アサルトリリィ ~生まれ変わったら財団Bの手先になりました~ (葉川柚介)
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最近の暴走フォームは一か月くらいで制御できるようになる傾向

 のんびりと歩きながら見る街並み。

 静かで、風が少しだけ潮の香りを含んで山へと向かう。

 私を追い越していった風の行き先に目を向ければ、そこには緑生い茂る山とその手前に陣取る白亜の園が視界に入る。

 なんだかんだこういう角度で見ることってあんまりないよな、と思いながら見上げるそれは、私の母校。

 

 

 無機質を感じるほどに整った校舎と庭。それは乙女たちを育み守る、人造楽園。

 百合ヶ丘女学院。それがこの学校の名で、そこに所属するリリィが私だ。

 

 

 この世界には、人類種の天敵がいる。

 その名は<ヒュージ>。生物が変質した存在と言われているが、その見た目は硬質かつ非生物的の極み。サイズも姿も様々なそれらはしかし、<マギ>という魔法にも似た力をもって人類に牙を剥く。

 ヒュージに対し、人類が築き上げてきた科学という名の叡智は歯が立たなかった。

 全世界的に発生するヒュージと、都度繰り返される戦い。そして敗北。

 人類の生存圏は縮小の一途を辿り、抗う術はマギをもってマギを制することのみ。

 

 <リリィ>とはすなわち、最後の希望。

 マギによって駆動し、ヒュージを葬る唯一の兵器<CHARM>と共鳴しうる十代の乙女たち。

 人類の未来は、少女たちに託されている。

 

 百合ヶ丘女学院はその最前線の一つだ。

 私を始めとするうら若き乙女たちを集め、教育し、また守る。そのために作られた箱庭として、今日も鎌倉の奥に鎮座する。

 

 かつてこの地が担っていた、防衛の役目をそのままに。

 

 

――カーーーン、カーーーン

 

「あらら、ヒュージ警報。当直は……レギオン未所属メンバー、かあ」

 

 ちょっとした野暮用で学院を離れていた私が帰ってきたまさにそのとき、ヒュージ襲撃を告げる鐘が鳴り響いた。

 百合ヶ丘女学院は由比ガ浜沖に鎮座するヒュージネストから発生するヒュージを誘引し、周辺市街地への被害を抑える役目を持つ。

 だからこういった襲撃は日常茶飯事で、それに対する迎撃の備えも常にある。

 

 私の記憶が確かなら、今日この時間帯の防衛担当はリリィで結成されたチームである<レギオン>にまだ所属していない新入生だったりわけありだったりするリリィたち。

 新人たちはさておき、レギオンに所属しないことを選ぶほどのリリィは相応の実力を持つし、全体で見れば数もそれなりに多くなる。

 

 今回出現したヒュージは遠目にだが見た感じせいぜいラージ級。十分な数のリリィたちの手に負えない道理はない。

 

 ……はずなんだけど。

 

「たぶん大丈夫だろうけど、どっかのレギオンじゃないなら私が混じってもバレないわね!」

 

 その行動がただの気まぐれだったのか胸騒ぎだったのか、私にもわからない。

 でも、そうするべきだという確信に私は従った。

 ……え、命令違反? リリィは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する権限が与えられてるからダイジョーブ!

 

 そんなわけで、私は急遽参戦してみることにした。

 身体を流れるマギの力を感じ、飛ぶ。

 マギを得たリリィの身体能力はビルを飛び越え、巨木をなぎ倒すだけの力に至る。

 とりあえず防衛担当メンバーの邪魔にならないような位置から様子をうかがおうかなー。

 

 

◇◆◇

 

 

「やけに歪な形だと思っていたけど……<レストア>ね」

「百由さま!? いつの間に……。あの、レストアって……?」

 

 補欠合格で百合ヶ丘女学院への編入を許された一柳梨璃(ひとつやなぎりり)は、新米のリリィである。

 入学に足ると認められこそしたものの、リリィとしての実力はもとより知識の面においても成長途上。

 何もかもが初めて見聞きするものばかりである。

 

「レストアード。リリィと戦い、傷を負いつつもネストへ帰還して、修復と再出撃をしてきたヒュージのことよ」

「リリィとの戦闘を生き残れるスペックがある上に、リリィとの戦いを学習しておる。厄介なんじゃよなあ……」

 

 海から姿を見せた巨大なヒュージは、その形状があからさまに歪だった。

 バランスに欠ける外殻はつぎはぎと間に合わせのような装甲が梨璃の素人目にも見て取れて、いつの間にか隣にいた工廠科所属の真島百由(ましまもゆ)と、同じく工廠科兼リリィであるミリアム・ヒルデガルド・v(ふぉん)・グロピウスが語る通りのものであることに疑いの余地はなかった。

 

 しかし、そんな強力だというヒュージであっても。

 

 

――ズズン!!

 

「夢結さま、1人で圧倒しておるのう。冗談みたいな光景じゃ」

「いやー、相変わらずすごいね。さすが夢結」

 

 山と人、とすら言えるほどかけ離れた体躯の差を押して、一人の少女が優勢だった。

 その少女の名は、白井夢結(しらいゆゆ)

 百合ヶ丘女学院2年生にして、一柳梨璃のあこがれの人。そして今は、梨璃のことを(シルト)として守り導く守護天使(シュッツエンゲル)でもある。

 

「お姉さま……」

 

 かつて梨璃はその強さに憧れた。

 2年前、梨璃の故郷をヒュージが襲った甲州撤退戦の折り、命を救ってくれたのが他ならぬ夢結だった。

 あの日見た美しいリリィの姿が胸に焼き付いて、その熱に導かれて今ここに立っている。

 リリィを育てるガーデンの名門、百合ヶ丘女学院のリリィとして。そして白井夢結のシルトとして。

 

 

 夢結がただ一人ヒュージと対峙する戦場のはるか後方で。

 それは、本当になりたいと望んでいた姿だろうか。

 

 

「……ん? あの爆発、夢結がわざとやったみたいね。ヒュージの装甲は吹っ飛んだみたいだけど……なっ!?」

「おいおいおい、あんなん聞いとらんぞ……!」

「えっ……え?」

 

 そんな梨璃の心にちくりと刺さる無力感の棘を吹き飛ばす爆発音。

 そして、直後にざわめく周囲のリリィたち。

 何かがおかしい。梨璃をしてそう察するに足る異常な雰囲気だった。

 

 咄嗟に、夢結が戦っているヒュージへ目を向ける。距離はあるが、リリィならばそれでもわかる。

 ヒュージが放ったミサイルを逆に叩きつけることによって吹き飛んだレストアの装甲の内側。

 歪に歪を重ねたその形の意味。

 

 

 巨大なヒュージの背が妙に尖っていた理由。

 その理由に、あらわになった形に、梨璃は見覚えがあった。

 

 

 CHARM。

 それはヒュージに致命傷を与えうる人類唯一の決戦兵器。

 十全に扱えるのはリリィのみ。ゆえにCHARMはリリィの分身であり、幾度となくヒュージを斬り、突き刺さってきた。

 

 だがヒュージに突き刺さったままリリィと離れ離れになる理由など、一つしかない。

 無数のCHARMが突き刺さったレストアヒュージが意味することなど、一つしかない。

 

「あのヒュージは、あのCHARMの数……いえ、きっともっとたくさんのリリィを……」

「思っておった以上の相手じゃの」

「あ、あ……!」

 

 華やかな学園にて学び、育まれるリリィたち。

 しかし彼女たちが真に役目を果たすのは、ヒュージとの戦場において。

 そこには情けも容赦もない、人類種の天敵との存亡をかけた戦いのみが横たわる。

 失われた命の数は、そのままヒュージと人間の戦いの歴史だった。

 

 

 そんなものを見て、CHARMとの親和性が最も高い十代の少女が心揺らさずにいられるわけもなく。

 

 

「――あ、ああ……ああああああああああああああ!!!!!」

 

「お姉さま!?」

 

 戦場を見守る誰の目にも明らかだった。

 夢結の様子が、それまでと違う。

 

 白い喉も裂けよとばかりの咆哮が鎌倉を囲む山々に反響し、思わず後退りしたリリィは一人や二人ではない。

 しっとりと濡れたように輝く黒髪がざわざわと白く染まっていく。

 俯いた顔の奥で、紫の瞳が赤く輝く。

 

「ルナティックトランサー。マギを暴走させて絶大な戦闘力を得る代わりに、正気を失って敵味方区別なく目の前の全てを攻撃する夢結のレアスキルよ。……2年前、夢結が自ら封印したはずなんだけどね」

 

 夢結の動きが、変わった。

 それまでも激しくはあったが同時に流れる水のような柔軟さも併せ持っていたスタイルが、烈火の猛攻へと染まる。

 リリィかくあるべしという姿が、憎しみのままに敵を屠るだけの殺戮機械に変わってしまったとしか思えない。

 

 あの、白井夢結がである。

 一柳梨璃のシュッツエンゲル、白井夢結がである。

 

 

「――止めないと」

「止めるってお主、どうするつもりじゃ? ルナティックトランサー状態の夢結さま相手には近づくことすら難しい上に、スキルを解除する方法もないじゃろ!」

「……っでも!」

 

 止めねばならない。

 シュッツエンゲルとは、きっとそういうものだ。

 シュッツエンゲルが下級生を守り導くものならば、シルトもまた上級生を救わなければならない。

 

 一柳梨璃はごくごく自然に、そして心の底からそう思う。

 だが、力が足りない。手段がない。

 たとえ今すぐ夢結の元へ駆けつけたとしても、声を届けたとしても、正気に戻せるという保証がどこにもなかった。

 遠目に見てもわかるほど狂乱する夢結の姿。

 それに恐怖を覚えないといえば嘘になるし、声の限りに叫んだとして、その耳に、心に響いてくれるかは全く分からない。

 

 だが、行く。

 

「……それでも、行きます。私はお姉さまのシルトだから。たとえ、元に戻す方法がなくても……!」

 

 それこそ、シュッツエンゲルの意味。

 それこそが夢結と梨璃のあるべき姿だと信じ。

 

 

「方法、あるよー」

 

 

 なんか、片隅とはいえ戦場とは思えないほど気の抜けた声が、湧いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 振り向いた先にいたその人は、美しいリリィだった。

 

 いつの間にか梨璃の隣に立っていた、百合ヶ丘女学院の制服に身を包んだ女性。

 スラリと背が高く、細いのではなく鍛え抜かれ、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを備えた美を感じる。

 

 あと、リリィなら必然的に身につけている指輪がなんか違う。梨璃もつけている指輪はルーン文字が刻まれた白いリングが金のリングに挟まれた形なのだが、この人の指輪は妙にデカい。

 赤い宝石が仮面をつけているような形だった。アレ、本当にリリィの指輪なのだろうか。新人である梨璃には判断がつかない。

 

 だがそれでも、美しい。

 鎌倉の町を吹き抜ける潮の香りを含んだ風が後頭部でひとまとめにされた長い髪をなびかせる。

 

 後方とはいえ戦場の只中だというのに、緊張も恐怖も感じない。

 恐れる必要はないだけの力が自分にはある、と言わんばかりの笑みを浮かべている。

 梨璃の知らないリリィだった。百合ヶ丘女学院に在籍してまだ日が浅いとはいえ、こんなにも鮮烈な印象を与えるリリィを今日まで一度も見なかったとは。

 

「あれ、帰ってたんですか?」

「うん、いまさっき。そしたらなんか変なヒュージが湧いたみたいだし、様子見に来たら夢結ちゃんがルナティックトランサー使ってるじゃん? ……なに、暴走スキル祭り? 私も参加していい? 新作あるんだけど」\プーリーミーティーブ! ドラゴーン!/

「……やめてください。絶対やめてください。収拾つかなくなりますから」

「そんなー」

 

 うん、間違いなく見たことないなと梨璃は確信する。

 暴走したいとばかりのエキセントリックな性格も、どこからともなく取り出したなんとなく禍々しい感じがする小さい本のようなナニカも、間違いなく見たことがない。

 だが、だとしたら誰なのだろう。2年生の百由の話し方からするに最上級生のように思えるが……。

 

 

「もしかしてあなたはああああああああ!?」

「ひゃっ!? ふ、二水ちゃん!? この方のこと、知ってるの……?」

 

 とかなんとか考えていたら、後方からすさまじい速度で迫りくる仲の良い同級生、二川二水。

 リリィのことが好きで、百合ヶ丘女学院にて生徒会公認の掲示物、週刊リリィ新聞を一人で刊行している猛者でもある。

 なるほど、そんな二水なら知っているのかもしれない。

 なんかめっちゃ鼻血垂らしてるし。二水がああなるということは、相当有名なリリィなのだろうし。

 

「ご存知、ないんですか!? レギオンに属さず、でもたった1人で外征任務を担う世界屈指の実力派リリィ! 数々の試製装備のテストに協力している、百合ヶ丘女学院3年生! 常盤つかさ様です!!」

「常盤、つかさ様……」

「通りすがりのリリィよ、覚えておいて!」

 

「や、百合ヶ丘の3年ってことは別に通りすがりじゃないじゃろ」

「なんでかあの名乗りが好きなのよね、つかさ様」

 

 

「まあそれはそれとして、夢結ちゃんのルナティックトランサーを止めたいんでしょう? なら、はいこれ」

「あっ、ありがとうございます! ……えっとこれは、棒?」

 

 なんだかよくわかんないけどすごそう、という表情を浮かべていた梨璃の手の中に放り投げられたのは、思わず口をついて出た通り棒状の何かだった。

 CHARM、とは違う。だが似たような気配は感じる。これが、夢結を救う鍵となるのだろうか。

 

「まずはその先端を回して」

「こう、ですか? くいっと」

「で、振る」

「ふ、振る……? わっ」\ピョインピョイン!/

「そしたら真ん中から折り曲げる」

「えっと……こう!」

「あとはそれを夢結ちゃんのCHARMに刺せば、ルナティックトランサーの暴走状態を制御して戦えるようになるよ」

 

 本当に大丈夫なんだろうか、という気持ちがないと言えばウソになる。

 だが、相手はリリィだ。ならば信じる。梨璃は、そう決めた。

 

「……ん、いい目ね。がんばって、夢結ちゃんを助けてきなさい。私も手伝うから」

「えっ、力を貸していただけるんですか……?」

 

 暴れるヒュージと激闘を繰り広げる夢結たちとの距離は決して遠くない。安全とは言い切れないこの場所でありながら、梨璃にかける声と笑顔はとても優しい。

 きっとこれが強いリリィというものなのだろう。梨璃はふとそう思った。

 

「もちろん。リリィは助け合いでしょ――いくぜ?」

「――はい!」

 

 ちょっとワイルドな口調もカッコいい。でもなぜかキャラが固まってない感があるのはなぜだろう。

 ともあれ、行かねばならない。夢結を助けるために、初めての戦場へ。

 リリィにとっての分身たるCHARM、ユグドラシル社製の高い汎用性を誇る<グングニル>を握りしめ。

 

「ガングニールだとぉ!?」

「ぴえっ!? だ、ダメでしたか……?」

「ううん、全然。私の癖だから、気にしないで」

 

 癖とは。

 突然叫んだつかさに、梨璃の困惑は深まるばかりだった。

 なぜグングニルのことを微妙に違う言い方するのかもさっぱりわからない。リリィは奥深いなあ、という感慨に浸る。隣にいる二水も同じように思っているのだろう。鼻血がさっきから止まらないし。

 

「それじゃあ、私もユグドラシルのCHARM使おーっと」\火縄大橙DJ銃!/

「えっ、ユグドラシルの……?」

 

 しかも、そんなつかさがどこからともなく取り出したCHARMは見慣れない形状のものだった。

 なんかしゃべるし。光るし。

 形としては、両手で抱えるほど巨大な銃。全体的に黒いパーツが多いが、鮮やかなオレンジ色が刃を彩る、美しいというか男の子が好きそうなカッコいい系のCHARMだった。

 

 あと、なんかトリガーのすぐ前に円盤がついている。その円盤を擦ってなんか軽快なビート音を鳴らしているし、どういう思想の元に開発され、どういう運用をするCHARMなのか想像もつかない。

 これが同じメーカー製なのだろうか、と梨璃は真剣に疑問だった。

 

「さ、それじゃあ早速行きましょうか。ヒュージの相手は私がしておくから、夢結ちゃんのことを助けてあげてね」

「はっ、はい!」

 

 そして、飛んだ。

 一足で驚くほどの距離を飛び、地に降りるなり目を疑うような速度でヒュージへ向かって駆けていく。梨璃では、とてもではないが追いつけない。

 

「うぅ……? うあああああああ!」

「はいはい、今日の相手は私じゃないよー。ダメでしょ、夢結ちゃん。シュッツエンゲルなら、シルトを守護(まも)らなきゃ。……あいつみたいに、ね」

 

 つかさと先に接触したのは、ヒュージの一撃を力任せに押し返したトランス状態の夢結。

 まっすぐ迫る夢結が振り下ろすブリューナクの斬撃に迷わず踏み込み、銃モードのCHARMを突き出し、その背で受けた。

 飛び散る火花は遠目にもわかるほど眩しく散り、しかし慌てることなく身をひねって回避し、そのまま夢結を後方へ蹴り飛ばす。

 間違いなく、梨璃の元へ近づけるためのことだろう。

 

 事実、つかさはそのまま夢結に構うことなく再び振り返り、ヒュージと対峙する。

 火縄大橙DJ銃、と叫んだCHARMから迸るのは無数の光弾。マシンガンよろしく放たれる弾幕がヒュージの動きのことごとくを潰していく。

 目まぐるしい立ち回りは反撃を許さず、おそらくヒュージはつかさを視界にすら捉えられていない。

 

「す、すごい……お姉さまみたいに、一人でヒュージと戦ってる……!」

「あれが常盤つかさ様なんです! つかさ様を支援する組織<財団B>からもたらされる試製CHARMの数々を使いこなす規格外のリリィ! その実力はデュエル世代としても指折りで、単騎でのラージ級ヒュージ撃破数もすごいんですよ!」

「そんなに……! でも、今はお姉さまを助けないと!」

 

 先ほどまでの夢結に勝るとも劣らぬ勢いで、単騎にてヒュージを圧倒するつかさ。

 ならばこそ、梨璃は夢結を救わねばならない。

 蹴り飛ばされた結果敵を見失っていた夢結が、梨璃をその目に捕らえた。すぐにもこちらに襲いかかってくるだろう。

 

 好都合だ。

 手を伸ばし、手を掴み、そうしてはじめて救えるのなら、梨璃はそれをためらわない。

 

「お姉さまーーーーーーーー!!!」

「――!」

 

 飛び込む先に、夢結がいる。

 白い白い髪の奥に赤く光る瞳。

 だが不思議と恐怖はない。必ず救うと伸ばしたCHARMは、人類を救う最後の希望。

 ならば必ず、夢結のことも救えるはずだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「うん、あっちは大丈夫そうね。……じゃあ、改めてあんたの相手させてもらおうじゃないの。――百合ヶ丘女学院3年、常盤つかさ! タイマン張らせてもらうよ!」

 

 トリガー前のディスクをスクラッチして、ツマミをいじって射撃モードを変更。

 大威力の大砲モードで迫りくるヒュージの腕を迎え撃つ。

 一撃で吹き飛ばされた腕はくるくるとゆるく周りながら宙を舞い、廃ビルに命中してガラガラと崩れ、ほこりっぽい匂いが押し寄せてくる。

 あー、これは帰ったらシャワー浴びないとなー。そんなことを思いながら、首を振って絡まる髪を背後に流す。

 だが相手の武器の一つは削った。

 

「よっし、あとは一気に間合いを詰めて切り落とす!」

「えっ、つかさ様その武器でどうやって」

「大丈夫! CHARMって変形がデフォでしょ?」

「……えっ、2つめのCHARM!? ……合体したー!?」

 

 さっき二水ちゃんと呼ばれていた子がそりゃあもう面白いほどリアクションしてくれる。

 そんなにおかしなことしたかなあ。

 

 ただ、無双セイバーと火縄大橙DJ銃を合体させただけなのに。

 

「いやっ、え、なんで!? CHARMは一人一つですよね!? つかさ様がいくつも使い分けるって聞いたことありますけど、同時に2つ……円環の御手(サークリットブレス)のレアスキルですか!?」

「まあまあ、気にしない気にしない」

 

 細身の刀状の無双セイバーを火縄大橙DJ銃の銃口から挿入し、大剣モードへと合体させる。

 こうなると、ただでさえ割と巨大な火縄大橙DJ銃は重量級のCHARMと化し、当然威力もそのサイズと重さにならう。

 最後にセーフティ解除用の<ロック>を取りつけ、マギを全力励起する。

 

 

「いっくわよー……セイハーーーーーーーーーーー!!!」

 

 力いっぱいに振り抜いたのは、CHARMの間合いの遥か外から。届くはずのない位置だ。

 だが、実のところ私の使う武器の全力に距離はあんまり関係ない。

 斬撃は炎を生み、炎は巨大に燃え上がる刃となって軌跡を走る。

 

 飛び出した巨大な斬撃はヒュージのド真ん中に直撃し、その表面装甲を溶断し、半ばまで抉りぬいた。

 

「さすがレストア……! まさか、つかさ様でも倒しきれないなんて!」

「大丈夫、もう勝負ついてるから。……でしょう?」

 

「はいっ、任せてください!!」

「いくわよ、梨璃!」

 

 私がするのはそれで十分。

 トドメは、今日を初陣とするらしい新たな姉妹に譲るべきだろう。

 

 ルナティックトランサーの狂気から解き放たれた夢結ちゃんと、彼女を救った梨璃ちゃん。

 手をつなぎ合い、重ねたCHARMの間にマギスフィアの光を灯し、リリィの絆がヒュージに終わりを持ってきた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ふぃー。お疲れ。夢結ちゃんのこと、正気に戻せたみたいね」

 

 ヒュージは骸を残さない。

 マギによって変質した、変質しすぎた元生物は生命活動の終了と共に塵と化してこの世から消える。

 このヒュージも同様で、夢結ちゃんと梨璃ちゃんの一撃で倒されてすぐに崩壊し、風に流されて消えて行った。

 多くのリリィを散らせただろうレストアも、今日この地で命運が尽きた。

 

「はい! ありがとうございます、つかさ様!」

「いやいや気にしなくて大丈夫よ。……あれ、どうしたの夢結ちゃん怖い顔して」

「………………梨璃に手を貸していただいたこと、感謝しています。でも、これは……これは一体……!?」

 

 だってのに、なんで夢結ちゃんはそんな風に私を睨んでくるんだろうね? 顔真っ赤だよ?

 

「あの、つかさ様に貸していただいたCHARMの拡張パーツ? で夢結さまのルナティックトランサーを鎮めることができました。……でもその、なぜかこんなことに」

 

 プルプル震えて涙目になりつつある夢結ちゃんは、両手で自分の頭を押さえている。

 たんこぶでも出来たのかと思えばさにあらず。

 

 ピクピクふわふわと動いている、しっとり黒い。

 

 

 ウサミミが生えていた。

 

 

「ああ、それ? フルフルラビットタンクフルボトルの作用だから気にしなくて平気よ。そのうち消えるし」

「えっ」

「そもそも……! なんでこんなことに……!」

「あのボトルに封じ込められた通常の2倍のラビット成分がルナティックトランサーを制御してくれるんだけど、そのとき余剰マギがそういう形になっちゃうの。ちなみに、タンク側の成分を使うと額から砲塔が伸びるわよ」

「梨璃……! ウサギの方を使ってくれてありがとう! あなたをシルトにして本当によかったわ……!」

「アッハイ」

 

 梨璃ちゃんをぎゅっと抱きしめる夢結ちゃん。

 うん、最近色々こじらせてた夢結ちゃんがシュッツエンゲルになったらしいけど、シルトである梨璃ちゃんに心からの感謝を捧げるこの光景、感動的だな。だが無意味じゃない。

 

「あの、えっと……本当にありがとうございました、つかさ様。おかげでお姉さまを助けることができました」

「うん、無事でよかった。いやー、夢結ちゃんがシュッツエンゲルになるとか本当に感慨深いわー」

 

 梨璃ちゃんから感謝される一方、夢結ちゃんがなんとなくじっとりした目で私のことを見てるけど、よくあることだから気にしない。

 私ってば、よくリリィたちから変なものを見る目で見られるのよねー。

 

 

 

 

 ちょっと、特撮大好き女だった前世の記憶を持ってるだけの普通の女の子なのに。

 

 

 なんか気付いたら死んで生まれ変わり、物心ついて人類が滅亡の危機に瀕していると知ったときはショッカーかグロンギかゴルゴムの仕業か思ったものの、その実態はヒュージなるどこから来てるのかわからない謎の敵。

 リリィになればそれに対抗できるというのなら、躊躇う理由などありはしない。

 今世の私は、かつて憧れた彼らのように生きることを決めた。

 

 ……と思っていたら、なんか財団Bなる謎の組織から声を掛けられ支援を受けて、あからさまに前世で見覚えのあるCHARMを使って思ってた以上に彼らのような有様になりつつ今日に至る。

 

 色々辛いこともあるけれど、私は元気です。

 誰かが生きるために誰かが血を流すこんな世界、私が前世で愛した彼らならきっと命の限りに抗うだろう。

 ならば、私もそうしてみせる。

 人類の脅威を討つ。リリィを、人を守る。

 

 

 幸い、私には力があった。

 リリィとしての資質、どういうわけか私に目を付けた財団Bからもたらされる数々の装備。

 

 力の使い方の参考になる例は、いくらでもあった。剣でも棒でも銃でも弓でもハンマーでもギターでも、魂に焼き付いた戦い方を思い出せば使いこなしていける。

 人を、世界を救うために戦い抜く。それが私の、常盤つかさの、儚くも美しく戦う物語だ!

 

 

◇◆◇

 

 

「ところでつかさ様。工廠科としての興味なんですが、さっき使おうとしてた暴走しそうな本みたいなのを使ったらどうなってたんですか?」

「ごく普通よ? ルナティックトランサーと同じように、見るもの全てを敵とみなして破壊本能のままに暴走する上に、私の体力使いきるまで暴れ続けるだけで」

「普通でもない上にあの状況でそんなもの使おうとしないでくださいよ!?」

「大丈夫大丈夫、制御の方法はあるから。できたばっかりでまだ私はもらってないけど」

「ダメじゃろ、それ」

 

 なお、このあと理事長代行から制御方法の確立してないルナティックトランサー系のアイテムは使わないように言われました。

 暴走フォームも華なのにちくしょう!



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レギオンに所属すると、メガネかけてる人を無性に襲いたくなるという噂を流したリリィがいるらしい

「梨璃。レギオンを作りなさい」

「レ、レギオン……はい、お姉さま!」

 

 そういうことになった。

 それが梨璃の新たな使命である。

 

 

 夢結とシュッツエンゲルの契りを交わし、初陣においても見事勝利を収めた梨璃。ウッキウキでお茶会に興じる彼女の顔はとろとろりんと弛みきり、その辺を二水にスッパ抜かれて全校的に「結梨様」とかいうカップル扱いをされる始末。

 彼女が製作する、生徒会公認の判も眩い週刊リリィ新聞は既にして特級のゴシップ紙としての地位を確立し、そういうものが超大好きな年頃の女の子なリリィたちから絶大な支持を受けている。

 多分、夢結が抗議したとしても撤回されないだろうほどに。

 

 これではいけない。

 なったばかりとはいえ、夢結は梨璃のシュッツエンゲル。梨璃のことを守護(まも)らねばならない。

 このままゴシップにエサを供給するだけのリリィにしてはいけない。

 緩んだ根性を叩きなおすためにも、難題の一つも課して気合を入れねばならぬのだ。

 

「……ところで、レギオンってなんですか?」

「えっ」

「そこからですかぁ!?」

 

 対する梨璃のこの知識量。本気でいろいろと育てていかねばならないな、という決意を新たにするとともに、ちょうどいいところに出てきた結梨様なるカップル沙汰を引き起こした下手人を見つけたので利用することにしよう。

 どうせ、夢結と梨璃のシュッツエンゲル成立をクソデカフォントの号外で周知した時と同じようにゴシップ集めの取材をしていたのだろうし。

 

「二川さん、説明してあげて」

「はい、喜んで! えーとですね、レギオンというのは9人一組を基本とするリリィの戦闘単位です!」

 

 特に百合ヶ丘女学院で重視される、ノインヴェルト戦術。

 その実施のため必須に近く、他の学園でも現代のリリィにとって必須と言えるチーム。それこそがレギオンである。

 その重要性は言うに及ばず。

 

「言うなれば運命共同体。互いに頼り、互いにかばい合い、互いに助け合う。1人が9人のために。9人が1人のために。だからこそ戦場で生きられる。レギオンは姉妹。レギオンは家族なのよ」

 

「あっ、つかさ様!」

「徹頭徹尾ソロでリリィをしているつかさ様が言うと説得力がありますね」

「やめて夢結ちゃん! 猜疑に歪んだ暗い瞳でせせら嗤わないで!」

 

 なんか変なことを宣いながら話に割り込んでくる常盤つかさでも知っているほどの常識である。

 

「まあ、話はよくわからないけどレギオンはいいものよ。百合ヶ丘女学院でリリィやるなら所属しておいて損はないわね」

「なるほど……じゃあ、私がんばって、お姉さまのレギオンを作りますね!」

「……えっ」

「私もお手伝いします! あの夢結様と梨璃ちゃんのレギオン……見逃せませんし!」

「えっ」

 

 そうと知っては居ても立っても居られないのが一柳梨璃という少女。

 憧れの人のためならえんやこら、9人の仲間集めの旅にさっそく突っ走っていくのであったとさ。

 

 

「……いい子ね、梨璃ちゃん。ガードベント(シルト)にしたんでしょ? しっかり守ってあげるといいわ」

「……言われるまでもありません。少し、話を聞かないのが玉に瑕ですが」

「そのセリフ、そのうちそっくりそのまま返されるわよ夢結ちゃん。コミュ障リリィなんて、平成過ぎるんだからそろそろ卒業しなさい」

「つかさ様の言うことは時々意味が分かりません」

 

 梨璃が去ってから、代わって席についたつかさと言葉を交わす夢結。

 その所作はどこかぎこちなく、いつの間にか紅茶を口に運ぶのも止まっていた。

 

 

 白井夢結は、常盤つかさと知らない仲ではない。

 話もするし、訓練に付き合ってもらったこともある。戦場を共にしたのも1度や2度ではない。

 ちょっと思考がどこかへカッ飛んでいるのではと思うときはあるが、リリィとして尊敬に値する実力と精神を兼ね備えている人だと思う。

 孤立気味な夢結のことを気にかけてくれている人のうちの一人でもある。

 

 だがだからこそ、夢結はどうすればいいかわからない。

 親しくしてもらっていたのは「2年前」までのこと。それ以来は、どうしても、余計な何かが心をよぎる。

 つかさの顔を見るたびに、言葉を交わすたびに、夢結の心にはどうしても一人のリリィが浮かび上がってしまうのだから。

 

「……失礼します」

「ん。ああ、そうそう夢結ちゃん」

 

 だから、夢結は席を立った。

 それが逃げだと分かってはいるが、立ち向かえない。

 そんな弱さが自分の中にあるなど、2年前まで思いもしなかった。

 

 

「今度、『墓参り』してもいい?」

「……ご自由に」

 

 決然と身を翻し、夢結は食堂を去って行った。

 

 

◇◆◇

 

 

 うーん、やっぱり夢結ちゃんとのお話は緊張するなあ。

 私としては夢結ちゃんのこと嫌いじゃないわ! って感じだし夢結ちゃんから嫌われてもいないと思いたいけど、まあ昔色々あったからね。割り切れってのが無理な話か。

 

 とはいえそれはそれ。過去のことは過去のこととして、とりあえず今の現実に目を向けよう。

 

 夢結ちゃんのシルトである梨璃ちゃんがレギオンを作る。

 もう6月で、主要なレギオンは既にめぼしい新入生を確保しているころだけど、百合ヶ丘女学院に入学できるような子たちはみんな優秀だから残ってる子たちでも十分やっていけるだろう。

 この期に及んで既存のレギオンに入ることを選ばないくらい根性座った個性的な子たちを集められるなら、そりゃあもう立派な戦隊(レギオン)になるに違いない。

 

 

 

「……ということで、つかさ様! お姉さまのレギオンに入ってくれませんか!?」

「そうきたかー」

 

 とか思っていたら、さっそく新入生に勧誘されたでござるの巻。

 いやまあ、確かに私はレギオン所属してないけども。

 

「たしかに良い手ですわね。常盤つかさ様といえば百合ヶ丘女学院でも屈指のリリィ。どこのレギオンに所属していないわけですし、とてもお買い得ですわ」

「はい! つかさ様は経験豊富で優秀なリリィですから、単純な戦力としてはもちろん連携や訓練でもご指導いただけると思います!」

 

 うーん、期待が重い。

 

 なんとなく梨璃ちゃんとの距離が無駄に近い気がする子は、楓・J(じょあん)・ヌーベル。CHARMメーカーの一つ、グランギニョル社の社長令嬢にして百合ヶ丘女学院入学前からリリィとして実戦に立って経験を積んできた実力派という噂の子。

 でも、梨璃ちゃんを見るときの目が知り合いに似ている。アレは大分ヤバい女の目だ。

 

 もう1人は二川二水ちゃん。

 先日乱入したレストア戦のときに私のことを説明してくれたありがたい子。

 梨璃ちゃんと夢結ちゃんのシュッツエンゲル結成を報じた週刊リリィ新聞なんてものも作ってるし、そのテのジャンルの話がとても好きなんだろう。

 この子になら私が昔書いてたリリィ情報誌<LILYジャーナル>の後継者を任せられるわね。

 

 ともあれ、レギオンへの参加かー。

 

「うん、いいよ」

「……でも、やっぱり無理ですよ梨璃さん。つかさ様はこれまで本当に一度もレギオンに参加したことがないんです。きっと深いお考えがあるからこうやってお誘いしてもえええええええええええええええ!? 入ってくれるんですか!?」

「入るよー」

「二水さんのノリツッコミが大分長くなってましたけど、滅茶苦茶あっさりしてますわね。なんでですの?」

 

 二水ちゃんがめっちゃ驚いとる。

 まあ確かに気持ちはわからなくもない。実際私、マジでこれまでレギオン参加してなかったし。

 

「いや別に、誘われたら入るよ? これまで、私自身がレギオン作ろうと思わなかったし、なぜか誰も誘ってくれなかっただけだし」

「……あっ」

「おいちょっと待ちなさい後輩。『あっ』てなによ『あっ』て」

 

 目を反らすな楓ちゃん! ちくしょうユグドラシル……じゃなかったグランギニョル絶対に許さねえ!

 

「え、つかさ様、レギオンに誘われたことなかったんですか……? そういえば、シルトがいるって話も聞いたことないような……」

「それね。これまで気になった子とか将来有望な子とか放っておけない子がいたんでシュッツエンゲルになろうかって誘ってみたことはあるのよ? ちゃんと『袖が片方ないコート着て白夜を見に行こう』って誘ったのに……」

「……えーとですね、百合ヶ丘の先輩リリィに取材したところによると、まさにそんな感じで誘っていたのだそうです。つかさ様がまた何か新しい遊びを始めたのだろうと微笑ましく見守っていたようです」

 

 ちなみに、気になった子たちは他にちゃんとしたリリィの子を紹介してシュッツエンゲルになってもらいました。結果として今でも元気にリリィしてるから別にいいんだけどさあ!

 

「ともあれ、レギオン入るよ。……でもごめん、メンバーは私以外で9人揃えてもらっていいかな。実は、百合ヶ丘を留守にすることが結構あって」

「そういえば、お姉さまを助けてくれたときもどこかから帰ってきたところだって百由様が言ってましたっけ」

「うん、それ。結構長いことリリィやってるせいか、色んなところに知り合いがいて、その伝手で他のガーデンから呼び出されること多くてさー。この前も東京のルドビコ女学院に呼ばれてたのよ。あそこ、デュエル戦術を重視してるからたまに呼び出されて特訓相手にされるの。今回もワンターンスリーキルゥとかしないといけなくて大変だったわー」

「は、はあ……? ワンターン……?」

 

 

 <外征>という制度がある。

 

 主に規模の大きなガーデンに所属するリリィが、他のガーデンへと出向くこと。

 交流だったり訓練だったり、あるいは援軍だったりと理由は様々で、行先も目的も色々だ。

 とはいえ、私はレギオンに属さないぼっちリリィなので、援軍としてではなく訓練の相手役として呼ばれることが多い。

 その最中にヒュージが襲撃してきてなし崩し的に参戦することもよくあるけども。

 そうやってしばき倒したヒュージも何体になるか。もう数えてないです。

 

「そんなわけで、私のことは追加戦士みたいに思ってもらえるかな。もちろん、百合ヶ丘にいるときはレギオンに参加するから」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 そんな感じでレギオン所属することになりました。

 高校3年生にして、人生初。笑えよオイ。

 

 とはいえ、これなら色々気になる夢結ちゃんたちの様子をうかがうこともできるだろう。

 なんとなく、色々起きそうな気がするのよね。

 

 ……気になるのは、この前のレストア。ああいう変なのが出るときって妙なことが起きるもんだし。

 

 

◇◆◇

 

 

 その後。

 梨璃ちゃんたちは少し出遅れたもののレギオン結成のためのメンバー集めを続けた。

 夢結ちゃんと梨璃ちゃんは中核メンバーとして、仲のいい二水ちゃんと楓ちゃん、そして面白がった工廠科のミリアムちゃんも入ってこれで私を除いて5人。

 これであと4人揃ってリリィ戦隊レギオンジャーが完成する。

 

 と思っていたら、さくっと話が進んだらしく同じく1年生の有望株、王雨嘉(わんゆーじあ)ちゃんと郭神琳(くぉしぇんりん)ちゃんもメンバーに加わったらしい。

 なぜか、狙撃合戦したうえで。

 

「普通よ、普通。リリィってヒュージと戦うものだから。リリィ同士でも戦うことでしか分かり合えない! みたいになるのってよくあるの。最近はそういう頭平成なリリィも少なくなってきたんだけど」

「あ、頭平成……?」

 

 とはいえともあれあと2人。こういう残り少しってなってくるとまた面倒なんだけど、だからこそ梨璃ちゃんには頑張っていただきたいところだ。

 そういう段階を経てこそ、リリィの絆ってのは強くなっていく物だから。

 

 

◇◆◇

 

 

「で、今日は梨璃ちゃんの誕生日なわけでしょう?」

「あ、はい。そうです……」

「だっていうのに夢結ちゃんどっか出かけちゃってるんだからもー。こういうところあるわよねあの子」

 

 後日。

 朝から夢結ちゃん見かけないな、と思ったらなんか外出届を出してどこかへ出かけているらしいということが二水ちゃんの調べで分かった。

 よりによって、梨璃ちゃんの誕生日に。

 

 ……多分だけど、そのことを知らないとか知ってて無視したとかじゃないと思う。

 知った上で、梨璃ちゃんのために何かしてあげたくて、プレゼントとか用意しようとしてそれが全力で空回ってるんじゃないかな。そういう子なんだよねーあの子。

 リリィとしては超絶一流なんだけど、それ以外の部分で必要な要素をどこかに落っことしてきちゃったタイプ。リリィも極まってくるとそんな感じになる子ってちょいちょいいるのよ。

 ……私は違うよ。本当だよ。

 

「ともあれ、お誕生日おめでとう。これ、知り合いの会長さんから贈られてきた梨璃ちゃんのバースデーケーキ。どうぞー」

「わ、すごくおいしそうなケーキ! ありがとうございます! ……あの、ところで知り合いの会長さんって……?」

「財団Bの支援を受けてるファウンデーションの会長さん。やたらめったら人の誕生日を祝うのが好きで、この前梨璃ちゃんのことを話したら勝手に誕生日まで調べたみたいで、今日いきなりこのケーキ送り付けてきたの」

「ええ……その方、大丈夫ですの?」

「大丈夫じゃないよ。大分ヤバい人。世界が滅んでる最中でも構わずハッピーバースデーの歌を歌いながらケーキ作りそうな感じ?」

 

 いかん、つい正直に話したら梨璃ちゃんたちにドン引きされてる気がする!

 まあでも仕方ないよね、財団B関連の人たちってマジで変な人たちばかりだし!

 梨璃ちゃんたちも使ってるグングニルと同じユグドラシル製のCHARMも使ってるけど、なぜかそういう正統派なのとは違うタイプのヤツばっかだし!

 ……まあ、私はそういうヤツの方が使いやすいんだけど!!

 

「ともあれ、夢結ちゃんのことは気にしなくていいと思うよ。あの子のことだから、たぶん梨璃ちゃんへのプレゼントでも買いに行ってるんでしょ。そういう子だから、あの子」

「そうだったら、嬉しいです。……つかさ様は、夢結様と昔からお知り合いだったんですか?」

「私と夢結ちゃんは友達じゃないけど、私の友達と夢結ちゃんはシュッツエンゲルしてた、って感じかしら。……いや、あいつと私って友達だった……か?」

 

 なんだかんだでいまこうして梨璃ちゃんと夢結ちゃんのレギオンでメンバー面してるけど、実は私と夢結ちゃんとの関係ってそんな感じなのよねー。縁があるんだかないんだか。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、その日の夜。

 

「お姉さまが、私のためにラムネを……!」

「え、ええまあ」

 

 梨璃ちゃんと夢結ちゃんは当然として、レギオンメンバーの二水ちゃん、楓ちゃん、ミリアムちゃん雨嘉ちゃん神琳ちゃんがいる。

 あとなぜか夢結ちゃんの側に2年生の梅ちゃんと、梨璃ちゃんたちのクラスメートでもある鶴紗ちゃんが。なんだろう、梅ちゃんはともかく鶴沙ちゃんとも友達だったんだろうか。

 

「これ、正門のそばにある自販機のラムネですよね!」

「……………………ええ、そうよ」

「あ、やっぱり知ってたんだな、梨璃」

 

 さて、どうやら色々がんばって梨璃ちゃんの誕生日プレゼントを用意しただろう夢結ちゃん。なんかめっちゃ疲れた顔してる。

 こう、「灯台下暗し」という言葉の意味を魂で理解しました、みたいな?

 

「お休みの日によく買いに行くんです。あのラムネの自動販売機はつかさ様の要望で維持されてるらしくて、時々ご一緒します。……ラムネを買いに来るつかさ様は、なぜかいつも革のジャケットを羽織って帽子を被ってハーモニカを吹きながら現れるんですが」

「それがラムネを買うときの正装なのよ」

「正装ってなんじゃい」

 

 そんなこんなの楽しい誕生日パーティーが開催されることと相成りました。

 昼間にケーキを食べたんじゃないかって? リリィは訓練も実戦も厳しくて消費カロリー半端ないからセーフ!

 

 

「――あははっ、夢結も楽しくやってるみたいだな! じゃあ、せっかくだし梅も梨璃のレギオンに入れてくれ! 鶴紗も一緒だぞ!」

「はぐれ者だが、よろしく頼む」

「いやあの、だから私じゃなくてお姉さまのレギオンで……って、2人が!?」

「ということは……これで9人ですよ梨璃さん! つかさ様も合わせると10人ですけど!」

 

 そして、梨璃ちゃんのレギオンが完成する。

 百合ヶ丘女学院で、実力はあるくせにレギオンに所属しなかった3人。

 そして新入生にして逆シュッツエンゲル要望出した梨璃ちゃん、リリィ新聞編集長の二水ちゃん、実戦十分の実力派にして梨璃ちゃんガチ勢の楓ちゃん。

 自信はなさそうなんだけどその実やり手の雨嘉ちゃんに、なんか達観してる感があるけど多分怒らせたらヤバいタイプの神琳ちゃん。

 更に、ちょっとぶっきらぼうで百合ヶ丘女学院では少ないタイプの、色白でお人形さんみたいな鶴紗ちゃん。

 

 ……うん、楽しいメンバーになってきた!

 

 

◇◆◇

 

 

「それじゃあ、レギオン結成のお祝いに私の持ってるCHARMあげよっか? 一杯あるよ!」

「つかさ様の持ってるヤツはどれもこれもヤバくて並のリリィじゃ使えないのでナシですわ」

「そんな! 大丈夫だよ!? 滅茶苦茶切れ味いいけどマギに過剰反応して喰いに行って資格者として認められないと暴走しちゃう、砥石的なパーツがセットの剣とか、地面に手を突っ込んで抜き出すと見た人が本能的な畏れを感じる斧とか、その程度だし!」

 

「十分すぎるほどヤバくないですか? もしかして、つかさ様のいるこのレギオンって相当……」

「しぇ、神琳! 多分そこは気にしちゃダメ……!」




常盤つかさ

 百合ヶ丘女学院3年生。
 所属レギオン:なし。
 ポジション:レギオンに所属してないからこれもなし。
 レアスキル:???
 サブスキル:???
 使用CHARM:財団B製の色々

 かなり幼いころからリリィをしている現役最古参。結構強い。
 実戦デビュー当初から謎のCHARMメーカー支援組織<財団B>に実力を見込まれ、試作装備の実戦テストを任されている。財団B製、とはいうが実際には財団Bが資金提供などによって技術を共有する企業群が作ったCHARM。
 量産にこぎつけるものもあるが、なんか他のCHARMとあまりにも雰囲気が違うのであんまり使われないらしい。
 戦闘能力や仲間への気遣いなど十分立派なリリィなのだが、時々周囲にはわけのわからないことをしゃべるので微妙に距離を置かれている。

 ヒュージのいない平和な世界で、特撮大好きな女として生きてきた記憶を持っているリリィ。
 そのことを人に語ったことはない。当人、特に気にしていないから。
 財団B製のCHARMはその記憶にとても近いので素晴らしく使いやすいから情け容赦なく使っている。
 リリィとしての戦闘方法はかつての記憶で見た財団B製CHARMっぽい武器を使っていたヒーローのそれに準じている。


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ノインヴェルト戦術の確立時、「名前はリリィハリケーンがいい!!」とダダこねたリリィがいたらしい

 レギオンの結成には、当然のこととして手続きが多い。

 既定の書類にはメンバーたちの合意を示す指輪の印が必要となるし、その他学院への申請、政府への報告、契約書に誓約書に各人の戦力評価、行動指針、その他諸々で立ち上げ時に忙殺されるのは基本となる。

 

 そんなレギオン創設作業だが、実は最も困難を極める作業は別にある。

 私の知る限り、例外なく全てのレギオンにおいて最も時間がかかり、議論が紛糾する作業。

 

 

「レギオンの、名前……!」

 

 そう、レギオン名の決定だ。

 例えば、百合ヶ丘女学院のトップレギオンは壱盤隊や水夕会。

 だがこの名前は中心メンバーの名前などから取ったあくまで通称。正式名称は別にある。

 学院によって傾向は様々だが、百合ヶ丘女学院の場合は北欧神話由来の名前が使われる。

 先の例で言うと、壱盤隊は<アールヴヘイム>、水夕会は<レギンレイヴ>が対外的にも使われる正式な部隊名だ。

 

 このカッコいい名前を決めるにあたってはレギオンメンバーどうしの個性と趣味と中二魂がぶつかり合う。

 議論が紛糾して夜通し激論が交わされることは基本。決定手段としてデュエルが行われることもあるという。

 

「そのくらい大変なのよ。……あ、ちなみに私も候補考えてきたよ! <ヘルヘイム>と<ヨドンヘイム>でエントリーするね!」

「それは問答無用で却下します」

「夢結ちゃんひどい!」

 

 なお、部隊名の通称は発起人である梨璃ちゃんの名前から<一柳隊>、正式名は<ラーズグリーズ>になりました。一度死んだあと英雄としてよみがえりそう。

 

 

◇◆◇

 

 

「一柳隊。……お姉さまの部隊なのに」

「実際の所、設立に動いたのは梨璃さんですから。対外的には実質梨璃さんのレギオンですよ」

 

 レギオンには、楽屋というか控室というか部室というかたまり場として部屋が与えられる。

 百合ヶ丘女学院に正式に認められた新設レギオンたる一柳隊にも当然部屋が与えられ、カーペットやらソファやらテーブルやらがおしゃれに整った部屋にリリィが集う。

 今日は設立のお祝いということで、ドーナツを買い込んでのお茶会だ。

 

「つかさ様はドーナツどれにします? かわいいデコレーションされてるのもたくさんありますよ」

「ありがとう雨嘉(ゆーじあ)ちゃん。プレーンシュガーお願い」

「つかさ様、ドーナツは絶対それしか食べないよなー」

 

 吉村・Thi・(まい)ちゃんは夢結ちゃんと同い年の優秀なリリィなので、私のこともちょいちょい知っている。前にもドーナツ一緒したことあったなあ、と思いながら受け取ったドーナツをぱくり。うん、おいしい。

 でも、甘いもの食べてるとしょっぱいものとかすっぱいものとかも食べたくなるね。

 

「ということで。ちゅるちゅる」

「……何食べてるんですか、つかさ様? というかどっから出したんです」

「もずく酢。おいしいよ、食べる?」

「…………遠慮します。なんか、感触が苦手で」

 

 なんかすごーく微妙な表情をしたのは、安藤鶴紗(あんどうたづさ)ちゃん。

 金色の髪と白い肌がきれいな子だ。百合ヶ丘女学院スタンダードなお嬢様感が薄く、なんとなく親しみを感じる子だ。

 でももずくは嫌いかー。残念。なんとなくそうじゃないかなとは思ったんだけどね、なぜか。

 

 

「と、とにかく! こうしてメンバーが揃ったわけですから、ノインヴェルト戦術ができますよ!」

「頭数が揃った、ってだけじゃろ。諸々訓練が必要じゃよ」

「ノインヴェルト……? たしか、この前もらった……」

 

 イマイチなんの話か分かっていない感のある梨璃ちゃんだったが、ポケットをごそごそして封をされた金属筒を取り出した。

 指より一回り太く、手のひらに乗せれば端がはみ出る程度の長さ。

 それこそが、ノインヴェルト戦術の要となる特殊弾だ。

 

「扱い気をつけろよー、梨璃。それめちゃくちゃ高いらしいからな」

 

 梅ちゃんが気楽に言い、梨璃ちゃんがびっくりして取り落としかける。

 大丈夫だよ、梨璃ちゃん。貴重なのは確かだけど、実戦で使うものだからそんなにヤワじゃないから。

 

「ノインヴェルトっていうのは全てを破壊し、全てを繋ぐ(9つの世界)って意味なの。その弾丸で打ち出したマギスフィアを、9人のCHARMを通して成長させてヒュージに叩きつける技ね。その威力は、おのれディケイドォ!(どんなヒュージも倒す)くらいよ」

 

「……つかさ様、なんか変な説明しませんでした?」

「意味は正しいはずなのに、何か雑念を感じるというかなんというか」

 

 元々、リリィの戦闘はヒュージとのタイマン、デュエル戦術が基本だった。

 ……相手が小型だろうがラージ級だろうがギガント級だろうが、ね。

 それが改められたのが割と最近。百合ヶ丘女学院の先代アールヴヘイムが集団戦闘、並びに必殺のノインヴェルト戦術の運用ノウハウを蓄積してその情報が各ガーデンに共有されて今に至っている。

 あの頃は被害もヤバかったのよねー。ぶっちゃけ、私も何回か心臓止まるレベルで死にかけた。

 

「ちなみに、ノインヴェルト戦術用の弾はこんなのもあるよ」

「え、大きい……なんですかそれ。ラグビーボール……?」

 

 なお、私もその辺の初期研究に協力していた。

 これはそんな時期に提供されたノインヴェルト戦術用の試作弾だ。

 小型化前のものなのでラグビーボールのような形をした爆弾型をしている。

 9人揃わなくとも5人で、それもCHARMを介さなくても蹴り飛ばせばマギを込められるという仕様になっているのだが、嵩張るしそもそもCHARMなしで戦うようなリリィはそうそういないので無駄ということになりこの仕様はお蔵入りとされた。

 ……じゃあなんで持ってるかって? 使う機会もなかったから死蔵されてたんだよ!

 

「私たちに、できるのかな……」

「できるわ、いずれ。チームワークが必要な戦術だから、すぐにというわけにはいかないだろうけど」

 

 雨嘉ちゃんと神琳ちゃんが感慨深げにつぶやいている。

 ヒュージという脅威を、簡単ではないものの一撃で葬り去るという切り札の存在、アルトナイトでは大きく違う。

 

「そうそう、練習あるのみよ。ノインヴェルト戦術の本体ともいえるマギスフィアにはパス回しに参加するリリィのマギに影響されるから互いの性質を把握することが重要なの。つまり、パーフェクトハーモニー。完全調和よ」

「完全調和……! がんばりましょうね、お姉さま!」

「ええそうね、梨璃」

 

「でもつかさ様、前にG.E.H.E.N.A.絡みの面倒ごとに巻き込まれて機嫌悪かった時に『パーフェクトもハーモニーもないんだよ……!』って言ってたぞー」

「それ、多分梨璃には言わないほうがいいですよ」

 

 おい聞こえてるぞ梅ちゃん鶴紗ちゃん。

 人間だれしもヤサグレる時期くらいあるしいいじゃん!

 

 

◇◆◇

 

 

 そんなレギオン結成記念お茶会の数日後。

 一柳隊がレギオンとして本格稼働するためにも訓練その他が必要になるのだが、目指すべき姿をはっきり思い描いた方がいいということになり、夢結ちゃんがこっそり張りきった結果。

 

「私たちの戦闘を見学するのなら、特等席からでないと。割と見晴らしいいでしょ、ここ」

「まさか、あの夢結がシルトのために私たちの所へお願いしに来るなんて、変わったものねえ」

 

 なんと、百合ヶ丘でもトップのレギオンであるアールヴヘイムの戦闘を見学できることとなった。

 

 オシャレな椅子とテーブル、巨大なパラソル。

 フルーツも色とりどりのサイダーを手に手に、まるでうららかな午後のお茶会のような支度を万端整えてはいるがその実、ここはヒュージ襲来の際には最後方とはいえ戦場になる。緊張感を忘れてはならない。

 

「……ところでつかさ様、なにしてるんですか?」

「え、農作業?」

 

 まあ、私は畑仕事してるんだけどね!

 

 ……いや待って欲しい。訳を聞いて欲しい。別に、伊達や酔狂やボケでこんなことをしているわけじゃないんだ。

 

「ここら辺、私の家庭菜園なのよ。今はネギが食べごろだし、ヒュージが来る前に収穫しちゃおうかなって。吹っ飛ばされたらイヤだし」

「そもそも、なんでこんなところでネギ育ててるんですか……?」

 

 緑の葉に沿って鍬で土を削ると、真っ白な根深ネギが姿を見せる。

 薬味によし、そのまま食べてよし、実にいい出来だ。

 趣味で家庭菜園的なことを始めたのはリリィになったのと同じころ。なんだかんだで荒廃している地域も多いこの世界、手軽に美味しい野菜を食べたくなったら自分で作るのが一番手っ取り早いまであるから困る。

 まあ、そのおかげで結構楽しんでたりもするんだけどね、私。土いじり、結構好き。

 

「しかも、制服のスカートの下にジャージを履いて……生徒会に見つかったら怒られますよ?」

「大丈夫! そういうときは即座にキャストオフする(ジャージ脱ぐ)から!」

「そういう問題ではありません」

 

 鍬をその辺の地面に突き立て、収穫したネギをバサバサと束ねていく。うん、食堂に持ち込んで料理してもらおう。今夜はネギ尽くしもいいかもね! みんなもおすそ分け食べて行って!

 

 

「……お話はそこまでよ。来たわ」

「じゃあ、行ってくるわね。でも、ノインヴェルト戦術を使うまでもなく終わっちゃったらごめんなさい」

 

 鎌倉の海をざわめかせて、ヒュージの気配が近づいてくる。

 そのことに気付けないアールヴヘイムではなく、ヒュージ接近警報の鐘が鳴るより早く動き出した。

 手に手にCHARMを持って、ヒュージの予想進行経路上にフォーメーション通りの配置で展開する。

 これを自然となせるということこそレギオンという戦術単位の基本。それを見られただけでも、今回の見学は価値があったと言えるだろう。

 

 今回のヒュージは、かなりの巨体だ。

 形としては鎖のような細かいパーツの連結した触腕が漏斗から生えた、とでも形容すべき姿で、サイズもそこらで朽ちているビルの残骸に匹敵する。

 区分で言うなら、おそらくギガント級。これより上のランクはヒュージネストの主であるアルトラ級しか存在しない。

 

 だが、アールヴヘイムなら十分対抗しうる。

 それだけの実績が、あの子たちにはある。

 

 

 はずだったんだけど。

 

 

◇◆◇

 

 

「こいつっ! リリィ慣れしてる!?」

「また!? またレストアなの!?」

 

 

「押されてるな」

「リリィを、天敵を恐れていないわね、あのヒュージ」

 

 サイズ、重量、攻撃能力。

 それらはいずれもギガント級ヒュージの範囲を逸脱するものではない。

 違いがあるとすれば、動きの一つ一つ。人で言うところの立ち回り。それが上手い。

 

 振り回す触腕による攻撃に恐怖による無理はなく、殺意だけの無鉄砲もなく、勝利に向かって積み上げられる理があった。あれは、ただのヒュージに持ちうるものではない。まず間違いなくレストアだ。

 

「――私たちアールヴヘイムは、これよりヒュージにノインヴェルト戦術を仕掛ける!!」

 

 だから、対抗手段としてノインヴェルト戦術による有無を言わせぬ一気呵成の必殺を期すのは適切な戦術判断だ。

 打ち出されたマギスフィアはヒュージを取り巻いて展開したリリィたちの間で速やかに回され、9人分のマギを取り込んで。

 

「不肖、遠藤亜羅椰(えんどうあらや)! フィニッシュショット、決めさせてもらいます!!」

 

 最後の一撃、フィニッシュショット。

 ギガント級ヒュージは巨体と破壊力と引き換えに俊敏な動きとは縁遠い。それこそがノインヴェルト戦術を対ヒュージ戦線における最大の切り札足らしめている弱点であり、今日も高速で飛翔するマギスフィアはヒュージにとって回避しようのない必殺の一撃となり。

 

――ギィン!!

 

「なっ……!?」

「ノインヴェルトを、止めた……?」

 

 バリア、だと……?

 見学していた一柳隊のメンバーにも驚愕が走る異常事態。

 ヒュージが展開したバリアが、マギスフィアを受け止めた。こんなの、私も見たことないわよ……!?

 

 とはいえ、最終的にマギスフィアはアールヴヘイムの主力である天野天葉ちゃんが無理矢理叩き込んでヒュージに直撃させた。

 ……でも、まだ仕留めてないわね、アレ。バリアによる減衰が大分威力を落としてる。ギガント級相手じゃさすがに倒せてないと思う。

 

「くっ……! 残念ですが、ノインヴェルト戦術の反動でCHARMが限界です。アールヴヘイムは撤退します!」

 

 そして、ノインヴェルト戦術を使うということはリリィ側にとっても後がなくなる、ということに他ならない。

 ヒュージを一撃で葬るだけのマギを練り上げる過程でCHARMに蓄積するダメージも並ではなく、事実無理をした天葉ちゃんのCHARMは最後の一撃で砕け散った。

 アールヴヘイムのように強力なリリィ揃いのレギオンだとノインヴェルト戦術は威力と共にリスクもまた大きくなるせいだ。

 

「どういたしましょうか、アレ。ヒュージ、まだ動いてますわよ」

「アールヴヘイムのノインヴェルトでも仕損じた、ヒュージ……」

 

 この場に展開しているのは一柳隊のみ。

 あくまで見学のためにいるだけだから後詰のレギオンは用意もあるだろうけれど、即応可能かどうかはわからない。

 そして私たちは数こそ揃っているものの結成したばかりのレギオン。アールヴヘイムと互角以上に渡り合ったヒュージを相手に戦えるかと言えば、疑問だ。

 

 

「……行きます! ヒュージがいるのに、黙って見ているなんてできません!」

「梨璃ちゃんのそういうところ、私は好きよ」

「! わたくしの方が好きですわ! 超好きですわ!!」

「張り合わないで、楓ちゃん」

 

 そこで躊躇わず立ち向かうことを選べる辺り、梨璃ちゃんはリリィ歴こそ浅いもののとてもいい資質を持っていると思う。

 かつての生で私が憧れたみんなも、そういう魂を持っていた。

 私もそうありたいとかつて、そして今度も思った。

 だから、戦おうじゃないの!!

 

 

「よっし、今日はこれだ!」\解き放て、オーブの力!/

「つかさ様、そのCHARM変形機能ついてないのかー? 射撃は私がフォローしようか」

「大丈夫、弾は撃てないけどビームは出るから!」

「なに言ってるのかちょっとわかりませんわ」

 

 

◇◆◇

 

 

「まさか、ノインヴェルトが無効化される日がこようとはな」

「――状況の確認が取れました。アールヴヘイムに人的被害なし。ですがCHARMは半壊6に全損が1。しばらくはレギオンとしての活動ができなくなります」

 

 百合ヶ丘女学院の校舎は山肌に建てられている。

 学校としては特別異常な立地でもないが、リリィの育成と保護、そして対ヒュージ戦闘の拠点たることを旨とする為、その立地には別の意味合いもある。

 すなわち、戦況の俯瞰。

 校舎の高層、鎌倉の街を一望できる位置に据えられた理事長室はこういったときに高所から戦場を直接視認して状況把握と指揮を下すという使命もあった。

 

 だからこそ、この部屋には二人の人物がいる。

 

 一人は生徒会に所属する3年生、出江史房(いずえしのぶ)

 もう一人は百合ヶ丘女学院では極めて珍しい高齢の男性、理事長代行の高松咬月(たかまつこうげつ)だった。

 

「リリィの身が無事ならばなんとでもなる。……バックアップは?」

「アールヴヘイムの撤退で少々の動揺が見られますが、現在急ぎ編成中です。直接戦闘は見学中だった新設レギオン、一柳隊が引き継いだようです」

 

 眼下に戦場を見下ろしながら、咬月の表情に揺らぎはない。

 リリィたちを守り育てるガーデンの長たる者として戦場で動揺しないことは当然であり、さらに言えば彼は対ヒュージ戦の最前線に立ち続けてきた戦士。それはいまも変わっていない。

 

「一柳隊……たしか正式名はラーズグリーズ。レギオンとして稼働しているのか?」

「メンバー全員、一応の実戦経験はありますがレギオンとしてはこれが初陣になります。準備不足は否めませんから、まだ機能していないでしょう。ですが個性派な実力者が多いので、時間稼ぎに徹してくれればなんとかなるかと。……つかさ様とかいますし」

「…………常盤くんか」

 

 そんな歴戦の勇士、咬月と百合ヶ丘女学院全リリィに責任を持つ生徒会長、出江が渋い顔をするリリィ、常盤つかさ。

 ラーズグリーズなどの有力レギオンとは性質が異なるが、単騎での外征任務なども受け持ってくれる、最強というよりは規格外のリリィ。

 対ヒュージ戦において頼りになることといえば無類であり、何やらかすかわからない度でいえば世界レベルでぶっちぎり。そういうリリィだった。

 

 そんなつかさがはじめて所属するレギオン。

 白井夢結、吉村・Thi・梅といった優秀なメンバーが所属していることを差し引いて考えても、何が起こるか全く想像がつかない、というのが本音だった。

 

「……見守るとしよう。これも彼女らのレギオンを成長させる試練になる。後詰だけは準備を」

「はい、手配します」

 

 結果、とりあえず任せてみるというのが常なのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「いくわよ、梨璃! タイミングを合わせて!」

「は、はいっ!」

 

 瓦礫を足場に飛び回り、ヒュージへと接近する夢結と梨璃。

 レギオンの仲間たちは周囲に展開して射撃で牽制してくれている。結果、3本の触腕は梨璃たちを捕捉していない。本体まで、がら空きだ。

 

「おりゃー、くらえー!」

 

 つかさは今回もガンガンに攻めている。

 使っているCHARMは前回とも違っていて、鍔の部分が刀身と柄に沿う巨大な円盤になったような形の剣。

 円盤部分を回すたびに土とか火とか水とか風とかの属性の攻撃を放っている。

 どうやら変形機構はないようだが、「弾が撃てなくても剣からビームが出せればいいんじゃね?」的な意図が透けて見える。

 

 ともあれ、みんなが作ってくれたチャンスは生かさなければならない。

 梨璃は夢結と呼吸を合わせて飛び出し、ヒュージへ迫る。

 

「はああああああああ!!」

「ええええええええい!!」

 

 斬撃は、2振りで1度ずつ。

 回避も防御も全て封じられたヒュージの本体に直撃し、その巨体をほとんど真っ二つにまで切り裂いた。

 

「よしやったな! ……って、ん?」

 

 切り裂きざまに通り過ぎ、着地した地点にはレギオンの仲間たちが揃っていてくれた。

 振り向けば、そこには致命傷に近いダメージを追ったヒュージがいる。

 

 だが、そこには。

 

 

「光……? まさか、CHARM!?」

 

 真っ二つに裂けたヒュージは、その根本近くが繋がったままになっている。

 その、辛うじてつながっている部分に光が見える。

 青く、強く、そしてリリィの心に響く色。

 

 CHARMのコアクリスタルの、輝きだ。

 

「あの形……もしかして、ダインスレイフ?」

 

 それは、一世代前ながら高い威力と信頼性で人気の第2世代CHARM。

 先日のレストアのように、リリィとの戦闘を生き延びたヒュージであればたしかに突き刺さっていても不思議はない。

 しかし、それは。

 

 

「あれ……私の……?」

 

 白井夢結にとって、決して忘れられないものだった。

 

 

 記憶が、心が過去へと連れ去られる。

 

 

 2年という月日の重み。

 シュッツエンゲルとシルト。

 夜、甲州撤退戦。

 ヒュージ、CHARM、そして川添美鈴。

 夢結にとっての、大切な人。

 

 

 夜の冷たさが混じった風と手にしたCHARMの重さ。

 闇の中に月光を弾くヒュージの装甲。

 

 美鈴の匂いと血の匂い。

 よく知る温かさと知らない生暖かさとそれらが失われていく絶望に指一本動かない。

 息すらまともにできない。

 怖い。怖い。失ってしまう。

 

「お姉さま、危ない!!」

 

 目の前で、梨璃が戦っている。

 呆然とした夢結を守るためにヒュージへと立ち向かい、空中で迫りくる触腕を弾く、弾く、囲まれる。

 

 

 梨璃は、どうなった?

 ヒュージにやられた……?

 

 また、あの日のように。

 失わせるヒュージが、憎い。

 

 記憶と感情が、かつて使っていた、失われたCHARMを目の当たりにして蘇る。

 

 

「――――!!!!!!」

 

 

 

 

 ルナティックトランサー、起動。

 復讐と憎悪の乙女が、咲く。




財団B

 常盤つかさを支援する財団。
 現在主流となっているものとはなんかあからさまに違う試作CHARMの数々を実戦テスト用と称して提供している。
 実際にCHARMを製作しているわけではなく、メーカーに対して資金援助と技術共有をして、その成果をフィードバックすることを目的としている。
 ただ、どういう経緯で設立されたのか、資金源がどうなっているのか、などなどさっぱり不明なの秘密結社扱いされている。つかさもその辺全く把握していない。
 財団Bが支援しているメーカーは、「スマートブレイン」「BOARD」「猛士」「鴻上ファウンデーション」「ユグドラシル社(の、中でも飛び切りマッドなプロフェッサーがいる部署)」などなど。
 その他個人レベルの骨董品屋、時計屋なども支援している。
 本拠地は静岡にあり、ヒュージに襲撃された際に備えて地下に巨大人型機動CHARMが隠されているともっぱらの噂。


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マギクリスタルを舐めるとちょっと甘い、とかいう噂を広めているリリィがいるらしい

 戦場において、十分な視界が確保された状態というのは贅沢品だ。

 リリィが持つレアスキルのうち、俯瞰視点を確保する<鷹の目>や正確な位置関係を把握する<天の秤目>を持つなら話は別だが、そうでなければ障害物に、土煙に遮られて何が起きているかわからない、ということも多々ある。

 

「お姉さま! お姉さまー!」

「よくは見えませんけど、ルナティックトランサーで戦っているようです。速いし、強い……けどめちゃくちゃです」

「あんなもん、近づいたらわしらまで斬られるぞ!」

 

 空気が震え、閃光が煙の中に散る。

 ギガント級ヒュージがいるだろう辺りに今も残る夢結ちゃんの戦闘は、見えはしなくともはっきりと感じられた。

 

 おそらく、梨璃ちゃんのピンチを目の当たりにしてルナティックトランサーが発動してしまったのだろう。

 幸い梨璃ちゃん自身は梅ちゃんがレアスキル<縮地>の高速移動で助けてくれたけど、多分夢結ちゃんはそのことをわかっていない。

 そして、ルナティックトランサー中のリリィに話は通じない。もし梨璃ちゃんが目の前に飛び出しても無言で斬り捨てるだろう。

 

 ああなってしまったリリィを元に戻す方法は3つ。

 疲れて動けなくなるまで放っておくか。

 殴ってでも止めるか。

 財団B謹製のルナティックトランサー制御アイテムを使うか、だ。

 

「梨璃ちゃん、またこれ行っとく?」\ドォン! ドォン!/

「え、その音前回と違う。まさか、タンク……!? い、いえ今回は私が助けます! だって私は、お姉さまのシルトですから!」

 

 そしてそれ以外の奇跡にも似た選択が、「リリィの絆の力に賭ける」という方法だった。

 ……かわいくて肝が据わってるのね! 嫌いじゃないわ! 嫌いじゃないわ!

 

「いま行きます、お姉さま!」

「あ、ちょっ、梨璃さん!? ……あー、もう仕方ありませんわね! みなさん、わたくしたちはヒュージを抑えましょう!」

「オッケー楓ちゃん。梨璃ちゃーん、ヤバそうだったら言ってねー。ルナティックトランサー抑える本貸してあげるから!」\エーレーメンタル、ドラ、ゴーン!/

 

 そして、梨璃ちゃんは迷わず飛び込んでいく。

 夢結ちゃんの前へ、戦場の只中へ。

 

 

「お姉さま! しっかりしてください! ……でないとつかさ様がまたあのボトルを!」

「あああああああああああ!!」

 

 梨璃ちゃん決死の呼びかけも、夢結ちゃんの心へは届いていない。

 通常のルナティックトランサーは、マギの力を暴走させて絶大な戦闘能力の底上げしながらも精神を保った状態で戦うものだ。

 だけど、夢結ちゃんは融合係数が高すぎる。精神までマギに飲み込まれた狂乱は、自分のシルトのことさえ認識できない。

 だからヒュージに対していたのと全く変わらず、梨璃ちゃんにまでもCHARMを振るう。

 

 だが、梨璃ちゃんはそれを受けることができている。

 

 その理由は、おそらく梨璃ちゃんと夢結ちゃんの特訓の賜物だろう。

 シュッツエンゲルとして、梨璃ちゃんの訓練に何度となく付き合っていた夢結ちゃん。

 梨璃ちゃんはリリィとして成長しているし、夢結ちゃんの動きは目に焼き付いている。だからこそ、お世辞にも互角とは言えないが傷を負わずに戦えている。

 

「お姉様! 正気に戻って! これ以上傷ついたら……っきゃあ!?」

 

 でも、長く続くものではない。

 絶対的な技量の差は覆ることなく、数合の打ち合いの後、最初に限界を迎えたのは梨璃ちゃんではなく、グングニルだった。

 

「なっ、梨璃さんのCHARMが!」

「折れたァ!?」

 

 私だって思わず声を上げもする。

 夢結ちゃんのブリューナクと打ち合った梨璃ちゃんのグングニルが、折れた。

 あれは、ヤバい。リリィがヒュージと戦えるのはマギを扱えるからで、マギを扱えるのはCHARMを持っているからだ。

 正確にはCHARMに内蔵されているコアクリスタルの力なんだけど、どちらにせよCHARMがへし折れた状態で変わらず能力を発揮できる理由はない。

 

 梨璃ちゃんの位置は、ヒュージにも近い上に夢結ちゃんの間合い。CHARMなしでいていい時間なんて1秒もない。

 ……ああもう、しょうがない!

 

「梨璃ちゃん! これ使って!!」

「きゃっ! ……え、これ、つかさ様の!?」

 

 あからさまに梨璃ちゃんの首を狙っていた夢結ちゃんのブリューナクめがけて、私はCHARMをぶん投げた。

 狙いは違わずブリューナクと激突。弾き飛ばして夢結ちゃんもたたらを踏んで後ずさる。

 あとには、梨璃ちゃんの目の前に突き立つ私のCHARM。

 

 本来、CHARMはリリィの分身、専用装備の類だ。

 他のリリィと交換して使えるなんてものじゃない。

 でも今はそんなこと言ってる場合じゃないし、なにより。

 

「大丈夫、梨璃ちゃんなら使える! ……ラムネが大好きな梨璃ちゃんなら!」

 

「……CHARMってそういうものでしたっけ」

「さ、さあ……?」

 

 周囲を旋回しながら狙ってくるヒュージの触腕を銃撃で牽制しながら、神琳ちゃんと雨嘉ちゃんがなんか言ってるけど周りがうるさくて聞こえないなー。

 

「あ、ありがとうございます、がんばります! ……って、つかさ様はどうするんですか!? さっそくヒュージの触手が!」

「大丈夫! ふんっ!」

 

 心配しないで、梨璃ちゃん。小賢しくも後ろから狙ってきてるのはわかってるから。

 そこまで読んで、考えた上で私はここに降り立った。

 

 震脚一発、大地を揺らし。

 バンッ、と音を立てて浮き上がったのは、もしかするとCHARMよりも頼りになる、大きく重く、丸いあいつ。

 

「うおりゃあ!」

 

 それを空中で掴み、盾としてヒュージの触手にブチ当てる。

 力加減と角度と速度、うまいこと揃えば一撃を逸らす程度はたやすいことだ。

 

「……すみません、梅様。いま、つかさ様がマンホールの蓋でヒュージの攻撃を弾いたように見えたのですが」

「気にするな! つかさ様はちょいちょいやる!」

「やるんですの!? あれを!? わたくしが自分の正気をちょっと疑ったようなことをちょいちょい!?」

 

「と、とりあえず大丈夫なんですね……? じゃあ、ちょっとここをお願いします! 私はお姉様をなんとかしてきます!」

「うん、よろしく!」

 

 いやあ、マンホールの蓋は万能でしたね。

 これまでも、ヒュージの攻撃を何度となく防いでくれた私の頼れる相棒は今日も絶好調だ。

 重いし邪魔だからすぐ捨てるけど。なあに、マンホールの蓋なんてそこら中にあるから使い放題よ。

 梨璃ちゃんはなんか大人しくなった夢結ちゃんを抱えて後方に下がったし、たぶんそのうち正気に戻してくれることだろう。夢結ちゃん、ああ見えて大概ちょろいし。

 

 

「い、いやいやそれでもダメじゃろつかさ様! 攻撃手段もないならさっさと下がってもらわんと……!」

「いいえ、大丈夫! たとえCHARMがなくても、ヒュージを倒せるはず! 私に……リリィの資格があるなら!」

 

「いや、CHARM手放した時点でリリィ失格なんですけど」

 

 えぇいうるさいぞダディヤナチャン! ……じゃなかった鶴紗ちゃん!

 リリィってのはCHARMを持つ人じゃなくてヒュージと戦って人々を守る戦士のこと! だからCHARMなんてなくてもできるっちゃできるのよ!

 

 ……こんな風にね!

 

「はぁぁぁぁぁ……!」

 

 両手を広げ、腰を落とす。

 目の前には、巨大なヒュージ。触手の攻撃は、何かを察した一柳隊が引きつけてくれている。

 つまり、好機。叩くは今だ。

 

 体の中をマギが巡るのを感じる。

 気息に混ぜて整えれば、その力は熱く熱く、右足へと集中していく。

 ――いける。

 

「はあああああああ!」

 

 疾駆。

 目指すはヒュージ。狙うは胴体。

 一歩ごとに燃えるような滾りが唸る足先に、持ち得る全ての力を込めて!

 

 跳躍。

 回転。

 

「おりゃあああああああああああ!!!」

――!?!?!?!?!?!?

 

 放った一撃は、蹴り。

 ヒュージの本体に直撃した瞬間、巨大な爆発が巻き起こり、一気に数十mを吹き飛ばす。

 

「ええええええええええ!?」

「徒手空拳でなにしてますのつかさ様」

 

 なんか二水ちゃんと楓ちゃん辺りが言ってる気がするけど気にしない! シュタッと着地。

 

「ちっ、まだ動いてるとは……コアには届かなかったか」

「いやいや、ヒュージの本体が半分近く吹っ飛んでるじゃないですかどうなってんですそれ」

 

 ヒュージの身体が裂けていたことが災いした。

 私のキックはダメージこそ与えたものの、もう片方の半身には届かなかったらしい。結果としていまだ健在、触手もうねうね動いている。

 

「って、うわあ! こっち狙ってきた!」

 

「それはまあ、あれだけのことをすれば狙われるのは致し方ないかと」

「神琳、援護しないとっ」

 

 

「ええい、こうなったら……ふんぬらばっ!」

 

 触手がこちらを狙うこと、2度3度。

 しゅぱぱっとステップして避けているけども、こいつ完全に私を狙ってやがる。

 それはそれで一柳隊のみんなが安全になるからいいんだけど、CHARMを梨璃ちゃんに渡した素手でというのはさすがにキツい。

 ……ので、武器を調達することにした。

 そこらの廃ビルの壁を張っていた、おそらくなんぞの配管の成れの果てを引っこ抜き、構える。

 

「いやいやいや、いくらなんでも鉄パイプでヒュージの相手は……!」

「せいっ!」

「なんか鉄パイプがロッドに変わったー!?」

「心なしかつかさ様の目の色が青くなった気がするんじゃが!?」

 

 そして、鉄パイプがロッドに変わる。

 これもまた、ある種のCHARM。ヒュージの触腕を薙ぎ、打ち払い、まっすぐに突けばはね飛ばす。

 ついでに、さっきまでは紙一重でかわしていた相手の触腕の叩きつけは裏まで回り込む勢いで回避して、飛び上がれば真上を取ることもたやすい。そういう武器なのよ、これ。

 

「あれ……まさか、アルケミートレース?」

「んー? 知ってるのか、鶴紗?」

「マギクリスタルさえあれば、血を媒介にして擬似CHARMを作ることができるスキル。……いや、マギクリスタル持ってないっぽいけど。血でもないけど。なんなんだ一体……」

「つかさ様のやることは気にしないのが正気を保つコツだゾ」

 

 うーん、でもイマイチ埒が明かないな。

 このロッド、機動力は上がるし使いやすいんだけどどうしても決定的な攻撃力はない。

 その辺は一柳隊のみんなに任せるという手もあるんだけど……やっぱり私ももうちょっと暴れたいなー!

 そのためにはアレが、アレさえあれば……あったな、そういえば!

 

「二水ちゃーーん! ごめん、ちょっとそこにある『ソレ』こっちに投げてー!」

「えっ!? は、はいつかさ様! そ、ソレって…………え?」

 

 後方でレアスキル<鷹の目>を使って戦況を俯瞰して指示を出してくれていた二水ちゃんに頼む。ちょうどいい、そこに「アレ」がある! だからちょっとこっちにちょうだい!

 

 

◇◆◇

 

 

 なんだかわからない、というのが二川二水の正直な感想だった。

 二水はリリィが好きだ。どのくらい好きかと言うと、百合ヶ丘女学院で日々起きるあれこれを週刊リリィ新聞としてまとめて刊行するくらいだ。だから、つかさのことも入学前から知っていた。

 経験豊富、武勇絶倫。それでいて奇妙なCHARMを普通に使い、味方からすら変な目で見られる極めて珍しいタイプのリリィである、と。

 

 だが、これほどとは。

 CHARMなしでヒュージに蹴りをかまし、そこらに落ちていた棒をCHARM化する。いずれの場合でも戦闘能力は尋常ではない。極めて強い。

 だからきっと、「ソレ」とやらを投げてよこしてくれというその言葉にも意味があるのだろう。多分。

 二水の常識に照らし合わせると、どーーー考えても意味のあることとは思えないが。

 

 しかし、信じる以外に道はない。

 正気こそ取り戻したとはいえ、夢結と梨璃が戦線離脱中。戦力的な余裕などありはしないのいだから、戦えるようになる、というのなら信じるしかない。

 

 なので。

 二水は足元に積み上げられていた「ソレ」を1本掴み、振りかぶる。つかさの口ぶりからして、これのことを言っているとしか思えない。

 リリィの腕力はマギによって強化される。少女の細腕とはいえ、数十メートル先へ遠投する程度のことはたやすい。まして二水のレアスキルは<鷹の目>。位置関係の把握も十分ならば、外す道理もありはせず。

 

 放り投げたそれは戦場の空に弧を描き、ゆるく回転しながらつかさの元へ。

 

「っしゃあ! これなら斬り倒せるわよ!」

 

 それを認めたつかさはヒュージの腕を足場に蹴り飛ばしながら飛びあがって掴み取り、雄々しく振りかざした。

 二水の手により届けられた。

 

 

 

 

 ネギを。

 

 

 

 

「………………つかさ様?」

 

 ツッコミどころに迷うような鶴紗の戸惑う声。

 ヒュージとの戦場で、ネギを構えるリリィがいる。

 そんなことを宣えば、まず医務室行きを薦められるのは疑いない。

 最悪、いつの間にかG.E.H.E.N.A.に強化された(ナニカサレタヨウダ)と疑われてしまいかねない。そのくらいトチ狂った話である。

 

 たしかに、つかさは先ほど鉄パイプを擬似CHARMへと変化させて見せた。

 だから今回も似たようなことが……と納得しようと努める一柳隊の面々。

 しかし、失敗した。ネギが武器になるとかねーよそもそもカテゴリなんやねん。そんな気がしてならない。

 

「っ! つかさ様、ヒュージの触腕が!!」

 

 リリィ達の戸惑い(なお、元凶は同じリリィ)もどこ吹く風、ヒュージは構わずつかさを薙ぎ払うべく触腕を振るう。

 いくつものパーツが連なった鎖のような形状は、一つ一つのパーツが関節として振る舞い、加速と遠心力で先端部の破壊力を絶大なものとする。地を這うように飛んでくる、音速にすら迫るその一撃は万全のCHARMを持った熟達のリリィであったとしても回避がかなうかどうか。

 本来のCHARMを梨璃に貸した状態の、ネギしか持ってない状態ではひとたまりもない。

 

 

 はずだった。

 

 

――斬!

 

 

 それは、全てのリリィにとって手本となるような一閃だった。

 脱力と全力の間に、踏み込みと旋転と太刀筋とが完全に噛み合った。

 訓練の一環として素振りをするならば、この動きをこそ手本としてなぞるべきと誰もが称賛するだろう動きにて、振るう。

 ネギを。

 なぜかネギを。

 

 そして、切り裂かれるヒュージの触腕。

 踏み込みで打点を外された状態で斬られて宙に舞う。

 積み重ねられた加速は斬り捨てられてなお消えることはなく、ほとんど一直線にすっ飛んで激突した廃ビルを瓦礫の山と変える。

 

「ふっ、やっぱり切れるわね……このドンパッチソード(ネギ)は」

 

「それ剣扱いだったんですのーーーーー!?」

 

 決まったぜとばかりにポーズを決める、瞳が紫に輝くつかさの手の中、いつの間にか紫の刀身を持つ両刃の剣と化したネギを煌めかせているのが、どうにも腑に落ちなかったわけなのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

「お待たせしました!」

「梨璃! 夢結を正気に戻したか!」

 

「……ちっ」

「つかさ様、舌打ちしながら前回夢結様のルナティックトランサー解除したアイテムしまうのやめてくださいよ」

 

 そんな感じでヒュージをボコっていたら、梨璃ちゃんと夢結ちゃんが帰ってきた。

 夢結ちゃんの髪も元に戻ってるし、説得によって正気に戻すことに成功したのだろう。良かった良かった。一応、財団Bから最近送られてきた正気に戻す本もあるんだけど使わずに済んだのならなによりだ。

 

 なら、あとはあのヒュージをしばき倒すだけだ。

 

「死守命令、しっかりと果たしましたわ梨璃さん! ご褒美をくださってもよろしくてよ!」

「アッハイ」

「ついでに、ダインスレイフも取り返したぞ! ……やっぱり夢結のだな、これ。傷に見覚えがある」

 

 まあ、どういう経緯で夢結ちゃんが2年前に使ってたCHARMをあのヒュージが手に入れたのか気になるところだけど、今はそんな場合じゃない。

 半分に裂かれてCHARMを引っこ抜かれてなお動き続けているしぶといヒュージ、倒しておかなきゃ何をするかわかったもんじゃない。

 ただ、しぶとすぎて普通に戦ったんじゃ倒せないような気もする。

 

 ということは。

 

「じゃあ……アレ、使ってみませんか?」

「アレってなんですの?」

 

「ノインヴェルト戦術です!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

「この距離なら、パスは外れないな!」

 

『1、2、3……Rider Kick!』「おりゃっ!」

「つかさ様! マギスフィアを蹴らないでください!」

 

 なお、ノインヴェルト戦術はマギスフィアを飛ばさず直接相手のマギへ叩きつけるような勢いで回すという型破りな方法で成功しましたとさ。

 

 

◇◆◇

 

 

「あーもー! CHARMを使うわノインヴェルトを無効化するわ、なんなのよあのヒュージ! それにアールヴヘイムのCHARMがほぼ全滅するし!」

「ごめん百由。ほら、ケーキあーん」

「あーん! 次、チーズケーキがいい!」

「はいはい」

 

 ヒュージ撃破後。

 工廠科、そしてその中でも中心的存在である真島百由はフル稼働を強いられていた。

 修理が必要として担ぎ込まれたCHARMは全損含む7本。

 いずれも百合ヶ丘のトップレギオンが使うものなので、単純な修理のみならず使い手に合わせたチューンナップなども必要になり、複雑にして繊細な作業がある。

 それはつまり、どこかしらで必ず百由の手が必要になるということで、アールヴヘイム復帰がいつになるかは百由の手にかかっていると言っていい。

 結果、アールヴヘイムのメンバーは百由のご機嫌を取るべくケーキ持参で両手に花のあーん攻勢に出ることとなった。

 

(CHARMを使って、ノインヴェルト戦術に干渉するヒュージ……? いやいやおかしいでしょ。ヒュージがマギを使うんじゃなくて、マギがヒュージを動かしてる。なのに、マギを使うためのデバイスであるCHARMを、ヒュージが? ……なにか、状況を把握するために必要な要素が足りない気がする)

 

 そうして左右から差し出されるケーキをもしゃもしゃしながら、得た糖分で思考を回す。

 人類はヒュージのことを理解しきれているとはとても言えないが、それでも観測と研究の結果わかってきたことはある。

 

 ヒュージとマギの関係は、マギこそが主。

 マギによって駆動している、マギに支配されるものこそがヒュージというのが現在最も有力な説だ。

 

 だからこそ、人がマギに干渉するために作り出されたCHARMをヒュージが利用するというのは腑に落ちない。

 以前、一柳隊結成前に現れたレストアのようにCHARMが突き刺さったヒュージ程度ならばこれまでも例はあった。だが、CHARMを操って自身の性質を変化させたヒュージなど、前例がない。

 

 「何か、これまで確認されていない事態が起きている」と、そう結論付けざるを得なかった。

 

「……気になるねえ、調べてみないと」

「百由?」

「――次、パンケーキ! メープルシロップマシマシで!!」

「はーい、メープルマシマシ一丁ー!」

 

 だが、ともかく今はCHARMの修理が先だ。

 「ヒュージを調べる」「工廠科の仕事もする」。両方しなきゃならないというのが天才の辛いところだと、百由はとにかく手を動かした。

 

 

◇◆◇

 

 

「そういえばつかさ様、あの……棒とかネギとかをCHARMに変えてたのは一体……?」

「ああ、あれ? 昔、飴と間違えてマギクリスタルを舐めて飲み込んじゃって。以来、長き物とか射抜く物とか切り裂く物をCHARMに変えられるようになったのよ」

「言っときますけどネギは切り裂く物じゃないですからね? てーかマギクリスタルを飴と間違えないでください」

 

「あと、心臓止まるくらい死にかけたときに電気ショックで蘇生されてからはキックに雷の力を籠められるようにもなったよ。全力でやると周囲一帯吹き飛ばしちゃうからあんまり使わないけど」

「百合ヶ丘の近くでは絶対に使わないでくださいましね!?」



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戦技競技会になるとめちゃくちゃ張り切って財団B製のCHARMをしこたまデモンストレーションしたがるリリィがいるらしい

 由比ヶ浜は、鎌倉の正面に位置する海岸だ。

 往時は夏場に海水浴場も開設されて賑わい、それ以外の季節でもウィンドサーフィンやらのマリンスポーツが盛んに行われていた人気の観光地で。

 

 

「こいつはくせえッー! お排泄物以下のにおいがプンプンするぜッー!」

「つかさ様、言葉が汚いですよ」

 

 今日、一柳隊がパトロールがてら来た海岸は異臭立ち込める地獄のような有様になり果てていた。

 

 昨晩の天候は、かなり強い雨風の吹いた嵐。

 そうなると漂流物が海岸に流れ着くのはよくあることだが、あからさまに肉片とかそういう感じのものが腐敗臭を放つこの有様だから酷い。

 しかも、由比ヶ浜は水平線の向こうあたりから空まで伸びる巨大なヒュージネストがある都合上、まともな生物はほとんどいない。大抵がマギに汚染されてヒュージに変質してしまうせいだ。

 

 だからきっと、この汚物の山もヒュージの成れの果てなのだろう。

 

「そもそも、ヒュージってこういうものでしたっけ」

「ヒュージの体はマギで出来ています。活動を停止すればマギが失われ、崩壊と分解が始まります」

「つまり、今のこれがその真っ最中ってことか……」

 

 雨嘉ちゃんたちが口々に言う。

 たしかに、これはおかしな現象だ。

 

 ヒュージがくたばるのは、まあいい。リリィならよく遭遇する。

 だけど昨日はヒュージの襲撃があったわけじゃないし、ヒュージは仲間割れなんかしない。

 そして、嵐に巻き込まれてこんなに大量死するほどヤワだったらリリィはいらない。

 「ヒュージの残骸が漂着する」ということはありえるけど、そもそもヒュージが漂着するような状態になるのは何があったのか。それがさっぱりわからなかった。

 

 とはいえ、特別の危険もなさそうだ。

 今の時代、鎌倉は百合ヶ丘女学院以外に人の住む場所がないから悪臭を放置しておいても問題ない。……百合ヶ丘女学院が数日呼吸したくないくらいの臭いに苛まれるかもしれないけど、まあそれはそれ。もう少し見回って何もなければ放っておいていいだろう。

 

 

「……あれ?」

「梨璃ちゃん?」

 

 そんなときだった。

 ヒュージの残骸の陰をのぞき込んだ先で、首をかしげる梨璃ちゃんと。

 

 人の一人くらいならたやすく収められそうな繭っぽいナニカを見つけたのは。

 

「あ、つかさ様……なんでしょう、これ?」

「なにかしらね……? 私も見たことないわ。――気を付けて! もしかしたらおカネを食べるカエルかアンコウみたいな生き物が出てくるかも!」

「なんですか、その生き物!?」

 

 梨璃ちゃんは手に持ったグングニルの先っちょで繭を突こうとしてるけど、私はそれを止める。

 いやだって、あからさまに怪しいやん? デカい蛾とか出てきたらどうしよう。

 

「……よし、とりあえず一緒にちょっとだけ触ってみましょう。梨璃ちゃんはグングニルで、すぐ離れられるようにしてね」

「は、はい。……つかさ様はそのカードで触るんですか?」

「うん、念のためね」

 

 そうは言っても、めちゃくちゃ気になる。

 とりあえず危険物じゃないかくらいの様子は見ておいたほうがいいので、2人でとりあえず触ってみることにする。そのくらいなら大丈夫でしょ、たぶん!

 

 そして梨璃ちゃんはグングニルの切っ先を、私は懐から取り出したカードをそっと近づけて。

 

 触れる。

 

 

――キィン

 

「えっ、マギが……!?」

「反応、した……?」\スピリット!/

「なんかつかさ様のカードから声がしませんでした!?」

 

 そしたら、なんかマギが反応したっぽい。

 この漂着物はヒュージ由来のものだろうからそのこと自体はさほど不思議じゃないんだけど、ほとんど死体みたいなものなのになぜ。

 うーん、わからん。こういうのは百由ちゃんに丸投げするしかないかなあ。

 

「梨璃さーん、つかさ様ー。どうかしましたかー?」

「二水ちゃん! あのね、いまCHARMが反応して……」

 

 そんな私たちの背後から二水ちゃんの声。

 振り返ればひょっこりと姿を現しこちらをのぞき込んでいた二水ちゃんの顔が見え、そしてすぐに青ざめる。

 

「りっ、梨璃さん! 後ろ後ろー!」

「へ、後ろ……?」

 

 なにかあった、と二水ちゃんの顔が雄弁に語る。

 特に殺気の類は感じないし、いまさらヒュージが湧くわけもなし。

 さてはあの繭から巨大な蛾でも羽化したか、と思いながら振り向いて。

 

「……ぁー」

「ひゃああああ!? お、女の子!?」

 

 長い髪、白い肌、紫の瞳。

 透き通るように儚げで、天使のように無垢な目をした女の子が、梨璃ちゃんに抱き着いていた。

 

 全裸で。

 

「梨璃さん、また女の子にモテてる……」

「っ!」

「やめろ、楓! なんで制服を脱ごうとする!?」

 

「へぷちっ」

「え……えーと……?」

「私もリリィやって長いけど、海辺で全裸の女の子拾うのははじめてだわ」

 

 突如現れた全裸の女の子。

 なぜか梨璃ちゃんにしがみついて離れようとせず、私のことをじっと見てくる謎の子。

 楓ちゃんは対抗して服を脱ごうとしているし、それを取り押さえる梅ちゃんたちもわーわーと騒がしい。

 どうやらまた、楽しいことになりそうだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「えっ!? あの子、梨璃さんがお世話することになったんですか!?」

「う、うん」

 

 数日後。

 由比ヶ浜で見つかった女の子は、とりあえず百合ヶ丘で保護されることとなった。

 検査の結果リリィであることが判明し、ならば保護する合理性があるということになった、らしい。

 その辺の基準と言うかなんというかは政治的なあれこれもたくさんあるっぽいので、私はあんまり気にしないことにしている。全部理事長代行に任せておけばいいのよ。

 

 ともあれ、現状わかっているのはあの子がリリィであることと、なんだか妙に梨璃ちゃんに懐いていて、結果梨璃ちゃんがお世話係に任命されたということだけだ。

 あと記憶喪失。自分の名前すらわからないのだとか。

 

 レギオン設立直後でいろいろと大変な時期ではあるんだけども、梨璃ちゃんはこういうときに知らん顔できるような子じゃあない。

 そして夢結ちゃんを始めとした一柳隊の面々も、梨璃ちゃんのそういうところが嫌いじゃない。

 

「あの子の助けになりたいという梨璃ちゃんの欲望、実に素晴らしい! ハッピーバースデー!」

「大丈夫よ、梨璃。あなたのその気持ちは欲望ではなく優しさだから。思う通りになさい」

 

 ちくしょう、夢結ちゃんが私の発言を全否定してきやがる!

 クールで美人で辛辣とかポイント高いなもう!

 

 ともあれそんな感じで、一柳隊のメンバー全員の合意もあって梨璃ちゃんは例の子のお世話係として旅立っていくのでありましたとさ。

 

 

「……でも、どういうことなんでしょう」

「と、仰いますと?」

 

 あの子のいる病室へと梨璃ちゃんが飛んで行ったあと、二水ちゃんが難しい顔でタブレット端末をいじりだした。

 覗き込んでみると、表示されているのは現在判明しているあの子の情報だ。

 ヒュージのうろつく海を漂流したショックもあってか、名前や出身地といった当人に聞くしかないパーソナルな情報は不明のままだが、身長体重推定年齢、そしてあの子がリリィであると判断された根拠となるスキラー数値なんかがわかっている。

 

「あの子はリリィなわけですから、どこかのガーデンに登録されているはずなんです。なので各ガーデンのデータベースや行方不明者のリストと照会をかけてみたんですが、該当するリリィが見つからなくて……」

 

 その特徴が、既知のリリィのそれと一致しないのだという。

 なんだかんだで、この世界の人類は存亡の崖っぷち。

 主に戦闘中などで「行方不明」になったリリィは多数存在するが、その中にすらあの子らしき人物の情報がないという。

 

 つまりあの子は、あの日どこからともなく降って湧いたようなリリィ、ということになる。

 

「最近、それこそ百合ヶ丘で目覚めてからリリィとして覚醒したのではないですか?」

「なるほど、それなら理屈に合いますね。……でも」

 

 しかし、神琳ちゃんの言う通り最近覚醒したばかりのリリィだというのなら、リリィでもない常人だった頃のあの子がどうしてヒュージの勢力圏である鎌倉の海にいたのか、という疑問が出てくる。

 ヒュージの残骸が散乱していたことも考えると、前日夜にヒュージに襲われたことは間違いない。 

 そのとき迎え撃ったリリィがあの子だったという考察もできなくはないけど、それならそれであの子の記録がどこにもないという点と矛盾する。

 本当に、謎の多い子だ。

 

「では、わたくしの方でもお父さまに聞いてみますわ。グランギニョル社の情報網でなら何か手掛かりがみつかるかもしれませんし」

「そう言えば社長令嬢だったよね、楓ちゃん。百合ヶ丘にいるときは梨璃ちゃん限界オタクな姿しか見てないから忘れてたけど」

 

 しかし、それもいずれわかってくることだろう。

 どうも理事長代行は割と本気であの子のことを調べているような雰囲気だし。

 

 ……やけに真剣過ぎるようなのが、気になるっちゃ気になるんだけどね。

 

 

 

 結果として、私がこのとき気にしたことは正しかったと言える。

 それがわかるのは、まだしばらく後のことになるのだが。

 

 

◇◆◇

 

 

 そこから、またさらに数日後。

 梨璃ちゃんは例のあの子のお世話とリハビリの手伝いに奔走し、一柳隊は隊長なしの状態で日々の学園生活と特訓に精を出すこととなった。

 ヒュージの襲撃も特になく、平和と言っていい日が続き。

 

 夢結ちゃんの梨璃ちゃん分がそろそろ枯渇するかなというそんなとき。

 

 

「……お姉様、ごきげんよう。お隣、いいですか?」

「ええ、いらっしゃい」

 

 ようやっとひと段落ついたらしき梨璃ちゃんが、テラスで夢結ちゃんとお茶をしにきた。

 なんだかんだで、本当に久しぶりのこと。感極まった梨璃ちゃんがスリスリと甘えに行き、近くで様子をうかがっている楓ちゃんが全力で嫉妬に燃える今日この頃。

 

「ん!」

「……あなたは?」

 

 いつの間にか、梨璃ちゃん、夢結ちゃん、そしてもう一人の女の子が座っていた。

 

「その髪の色……あの繭の子!」

「元気になったんじゃな! しかもその制服、百合ヶ丘のリリィになったか!」

「こ、これはニュースです!」

 

 その子が例の繭から出てきた子であることは一目瞭然。

 なんというか、すごく素直そうな子だ……。見た感じは梨璃ちゃんたちと同年代くらいなんだけど、まるで赤ちゃんみたいな目をしている。

 

「ほら、ご挨拶して。この方は、夢結様」

「ゆゆ……」

 

 うーん、人の言うことを聞く、というか頭の中に何も入ってないみたいな感じがする。

 OSインストールしてません、みたいな。

 

 

「ところで梨璃、この子の名前は?」

「それが……まだ記憶が戻っていなくて。わからないんです」

 

 梅ちゃんが聞いたところによると、この子が何者かはいまだ不明らしい。

 記憶喪失で浜に流れ着き、そのまま今日に至るとは……。

 

「じゃあ、とりあえず仮の名前が必要よね! 『津上翔一』と『桐生戦兎』どっちにがいい!?」

「つかさ様、そういうあからさまにアレな名前は……」

 

 なによう、私のネーミングセンスに文句があるとでも!? 記憶喪失な子にはぴったりじゃない!

 とか思っていたのだが。

 

「ゆり」

「えっ」

 

 どうやら、梨璃ちゃんは既成事実を作る方向に走っていたらしい。

 

「そっ、その名前は! 私が週刊リリィ新聞で提唱したカップルネーム!」

「なるほど、つまりこの子は夢結様と梨璃さんの子供のようなものなのですね」

「梨璃ちゃんがママになるんだよぉ!」

「つかさ様、お静かに」

 

「やっ、あの、それは本当にふと思いついた仮の名前というか!」

「はーい、それじゃあレギオンに登録しちゃいますねー」

「苗字は一柳でいいじゃろ」

 

「……まあ、いいんじゃないかしら」

「さりげなくまんざらでもない顔しないでくださいますかしら夢結様っ!? きいいぃぃ!」

 

 そんな感じで、ドタバタしつつも一柳隊に所属することになった謎の女の子改め一柳結梨ちゃん。

 

 ……ちなみに私の経験上、このタイプの子はなにかしらヤバい背景抱えていることが多いんだけどなー。

 

 

◇◆◇

 

 

 そして、少々変則的ながら結梨ちゃんは百合ヶ丘女学院のリリィとなった。

 一柳隊の預かりとして、CHARMとリリィを繋ぐ指輪も支給されている。このまましばらくしてマギが馴染めば立派なリリィとなるだろう。

 

「ちょっとー、なんでグングニルなのよー。私があげたドリルな剣とドリルな銃になるCHARMはー?」

「あれはボツです」

「初心者リリィにつかさ様が使うようなのは無理じゃろ。このグングニルもわしら工廠科が全ての部品を一から組み上げたんじゃから、新品よりも扱いやすいぞ」

「そんなー」

 

 そういうイレギュラーな事態にも見舞われつつ、百合ヶ丘女学院の日常は回っていく。

 具体的に言うと、毎年恒例の戦技競技会の日が近づいてきた。

 

「戦技競技会、ですか?」

「リリィの運動会みたいなものです。日頃の鍛錬の成果を示す場、ということになっています」

「普段は禁じられてるけど、この日だけはリリィたちを戦って戦って戦い合わせ、リリィ・ザ・リリィの称号を得るものを決める戦いなのよ」

「例によってつかさ様の言うことだから信じちゃだめだぞー」

 

 そう、戦技競技会。

 基本的に戦うことが禁止されているリリィどうしでのリリィバトルができるし、工廠科が作った新型CHARMのデモンストレーションなんかもあるとても楽しい日。今からワクワクが止まらないよね!

 私も、財団Bに頼んで新し面白いCHARMを送ってもらわないと!

 

「リリィ、戦っちゃダメなの?」

「ダメじゃないよ。リリィどうしでは戦っちゃダメってだけ」

「ええ、私たちの敵はヒュージだけですから」

「……みんな、悲しそうな匂い」

「匂いでわかるのか」

 

 私が近づく戦技競技会への期待で胸を膨らませている一方、結梨ちゃんたちはなんかシリアスな空気になっていた。

 

 

 リリィとは、何か。

 マギと共鳴し、CHARMを駆使してヒュージと戦う人類最後の希望、という説明はできる。

 だがそれは字義的な説明に過ぎず、リリィ自身が、そしてリリィを取り巻くリリィではない人たちがどういうものと受け取るかは、また別の話だ。

 CHARMは日進月歩で改良が続けられ、ノインヴェルト戦術を始めとした戦い方も洗練が進んでいる。すぐに、とは言えないが人類はヒュージに勝利しうるだろう。

 

 では、その先は?

 ヒュージがいなくなり、しかしマギというエネルギー、リリィという力を手に入れた人類は、その先どうなるか。何をするか。

 未来のことはわからな過ぎて、誰もはっきりしたことは言えない、しかし考えずにはいられない話題だった。

 

「でも、つかさからはそういう匂いがしない」

「やめて結梨ちゃん! 私が難しいことなんも考えずに暴れ倒してるみたいだから!」

 

「え、違うんですか?」

「神琳ちゃん!?」

「だ、大丈夫ですよつかさ様! つかさ様の迷いない戦いはリリィの励みになってますから!」

「二水ちゃんのフォローが身に染みるわよう……」

 

 くそう、このレギオンの子ら、先輩に容赦ねえ!

 私の扱いが日に日に雑になっていく気がするの……。

 

「……うん、だいたいわかった。結梨もリリィになる。ヒュージと戦う!」

「え、でも……無理しなくていいんだよ? 記憶喪失のままだし」

「記憶喪失でも戦えるよ? バイクの免許も取れるし」

「つかさ様は黙っていてください」

 

 そして、なんやかんやで結梨ちゃんもリリィとなることを決めた。

 楽しいばかりじゃあないだろうけど、歓迎するし、応援するよ。

 

 

◇◆◇

 

 

 抜けるような晴天の空の下、百合ヶ丘女学院のグラウンドにリリィ達が集う。

 今日は楽しい楽しい戦技競技会。

 ウキウキ顔のリリィがたくさんである。

 

 百合ヶ丘の戦技競技会は、クラス部門、レギオン部門、個人部門などなどの各種競技で成績を競うという形式。

 いわゆる運動会的なポジションのイベントながら、参加者はその気になれば人類をはるかに超越した身体能力を発揮できるリリィ。そして名目上「リリィとして鍛え上げた能力を示す」という都合上、競技は一般のそれとは異なるものとなる。

 

 たとえば、マギを駆使して飛びあがり、電柱のてっぺんくらいの高さにあるフラッグを取る競技。

 たとえば、棒を倒すか棒の先端についた的を撃ち落とすかを競う競技。

 

 そして、もう一つの目玉がデモンストレーション。

 曲芸じみたCHARM捌きであるとか、新型試作CHARMの性能のお披露目だとか、そういうものが楽しめる。

 

「えーと、次は工廠科による新世代CHARMですね。精神連結式起動実証機、ヴァンピールです。百由様の自信作らしいですよ!」

「それ、ダメなやつじゃね?」

 

 

「CHARMから、光が逆流する! きゃああああああ!?」

 

 

「ダメなやつじゃん」

「メディック! メディーック!」

 

 あくまで新型、試作型なのでトラブルが起きることもまーあるというのが困りものだ。

 精神連結式なんてあからさまにヤバそうなのを使ったせいか、2年生の長谷部冬佳ちゃんが担架で運ばれて行ってしまった。

 もー、これで終わったら空気悪いじゃーん。

 

「仕方ない、それじゃあ私がこの新型、『マルチ、パワー、スカイの3タイプに変形するCHARM』のデモンストレーションを!」

「……あの、つかさ様? そのCHARM、わたくしのジョワユーズにとてもよく似ている気がするのですが」

「違うよ? ほら、ソード形態とアロー形態だけじゃなくてクロー形態にもなるし、後ろのカウンターウェイトみたいなのもないし!」

「クロー形態とやら、中途半端にブレードが展開しているだけではありませんこと?」

 

 

 と思ったのに止められちゃった。

 大丈夫だって、GNソードとMURAKUMOくらい違うから! もし似すぎてたとしても、どうせ悪いのは財団Bだし!

 

 

 そんなこんなで楽しい戦技競技会。

 レギオン対抗的当て棒倒しも賑やかに終わり、最後のエキシビジョンマッチの時間がやってきた。

 

 例年だと試合形式のリリィバトルや訓練用のダミーヒュージを使われるのが常なのだけども、今年は。

 

 

「ほえー」

 

「ちょっ、なんですかあれ!? 私が百合ヶ丘に編入した日に襲われたヒュージとそっくりなんですけど!」

「あれ、たしか百由様が研究用に捕獲しておいたヒュージでしたわよね」

「情報が入ってきました。百由様が今回のエキシビジョン用に作ったヒュージロイドくんだそうです」

 

 なんと、百由ちゃん謹製のヒュージロイドだった。

 見た目は正しくヒュージで、機械製のようだけども動きはなかなか力強い。

 

 それに相対しているのは、ぽやっと眺めている結梨ちゃん一人。

 そう。対戦相手は、結梨ちゃんだった。

 

「ダメですよ! 結梨ちゃんはまだリリィになったばかりなんですよ!? こういう無茶は私の役目でしょう! もしくはつかさ様!」

「梨璃もつかさ様のことがよくわかってきたなー」

「しまいにゃ私も泣くわよ梅ちゃん」

 

 いつの間にか地面から伸びてきた鉄線が絡み合い、結梨ちゃんとヒュージロイドを取り囲んで金網デスマッチの様相を呈し始める。

 結梨ちゃんのことが心配で仕方ない、過保護のケがある梨璃ちゃんは金網にしがみついて泣き言を叫んでいるが、ヒュージロイドとの戦闘から周囲を守るという名目だろう金網は頑丈でびくともしない。

 

「梨璃! 私、やるよ! 私もリリィになって、みんなと一緒にいたい! ……だから、見てて。私の――変身!!」

 

「……つかさ様、結梨ちゃんに何を教えたんですか?」

「ヒエッ。ベ、別に変なこと教えてないよ!? ただちょっと、先輩としてリリィの心構えを説いただけで!」

 

 頼もしい結梨ちゃんの言葉と、その元凶が私にあると即座に察して据わった目で追及してくる梨璃ちゃん。怖い!

 

 いや本当に何もしてないよ!? 記憶喪失だからって料理を教えたりヒュージと戦う仮面リリィに育て上げようなんて、そんなことはこれっぽっちも! 精々サムズアップとか教えただけだし!

 

 

 

 

 結論として、結梨ちゃんは立派に戦った。

 

「やああああああああ!」

 

「そうよ、常に動き続けなさい!」

「百発のスリケンで倒せない相手だからといって、一発の力に頼ってはダメ! 千発のスリケンを投げるのよ!」

 

「相手を崩して、隙を作って、最後に立っていたものが勝者よ!」

「リリィは地水火風のマギと常にコネクトして操る存在よ! これがフーリンカザン!」

 

「たとえ自分はどれだけ動いても、相手の状態は常に把握しなさい! 目を離したら負けよ!」

「迷っちゃダメ! 敵の姿が見えないなら、邪悪なヒュージソウルの存在を感じればいいわ!」

 

「マギを感じて、その流れを支配しなさい! それこそがリリィの戦いよ!」

「ヒュージソウルに飲まれないで。手綱を握るのは、結梨ちゃん自身よ!」

 

 

「……つかさ様、いちいち合ってるようで変なアドバイスばかりですね」

「たぶん本人は言ってることを実践してあの強さなんだろうけど、他のリリィがマネできると思わないで欲しいな」

 

 どこで覚えたのか、あるいは記憶喪失前に体が覚えていたのか、夢結ちゃんや梨璃ちゃんに近い動きでヒュージロイドと互角以上に渡り合う。

 

 そして結梨ちゃんは、百由ちゃんがアホほど強くなるようチューンナップしたヒュージロイドを見事撃破し、百合ヶ丘女学院のリリィとしてみんなにその力を示した。

 勝利を喜び、仲間と分かち合うその姿。それこそがリリィの理想の一つだ。

 

 だから、誰が何と言おうと、結梨ちゃんはリリィなんだよ。

 

 

◇◆◇

 

 

「結梨ちゃんのDNAの解析が完了しました。解析科のおかげですね」

 

 夜。理事長室。

 部屋の主たる理事長代行、高松咬月と報告に来た真島百由。そして生徒会長の出江史房の3人のみ。最低限の人数なのは、この情報をあまり広めないため。極秘の報告会だ。

 

 結論を促す咬月の無言に、百由はわずかに表情をしかめながら現時点で判明している事実を述べる。

 

「DNAは間違いなく人間の女性のものでした。……ただ、不自然です。あまりにもはっきりと『人間の女性のDNA』過ぎるんです。まるで、人類の始祖の遺伝子パターンでも見せられているみたいに」

「……それを元に、真島くんはどう考える?」

 

 百由が、単なる事実の報告程度に躊躇いを覚えることはない。

 そして、百由ほどの研究者が不可解な事実に対してなんの仮説もなしにいられるはずもない。

 

「おそらく、結梨ちゃんはその出自をヒュージに由来する。そう考えられます」

「やはり、か」

「……どういうことでしょう、知っていたのですか、理事長」

 

 百由の推測をそのまま信じるならば、ヒュージが学院に入り込んだことになる。

 そしてそれを否定もせず受け入れる様子の理事長代行に、史房はさすがに黙っていられない。

 問いかける言葉は怪訝な顔から発せられ、対する咬月は疲労を隠せないうんざりとした表情だった。

 

「一手遅かった、といったところか。G.E.H.E.N.A.と、そしてCHARMメーカー<グランギニョル>が共同研究の内容を報告してきた。曰く、ヒュージから作り出した幹細胞を使って生み出した人造リリィ。その実験体が紛失したのだそうだ」

「……っ!」

 

 倫理、人道という言葉はどこに消えたのか。

 史房が息を呑むのも無理がない外法の沙汰を記した報告書が、咬月の机から現れた。

 そこには件の一柳結梨こそがまさしくその実験体だという証拠が記されているという。

 

「ヒュージの内なる系統樹には、地球上全ての生物の遺伝情報が備わっているという。だが……可能なのか?」

「具体的な方法はわかりませんし、試したところで実現できるかはわかりませんが、理屈の上では『試すことすら無駄だと断じる理由はない』ですね。そして実際にああして結梨ちゃんが生きているということは不可能じゃないってことで、そしてなりふり構わず回収しようとする程度は実用化に程遠いということなんでしょう」

「……だから、彼女を分析して研究を進めると?」

 

 G.E.H.E.N.A.が汚点でしかないこの報告を国連に届けたのはそのためだ。

 一柳結梨、ヒュージから生まれたリリィを解析して量産を目指す。

 そこに、人の姿と心を持った存在に対する敬意は存在しない。

 ヒュージ打倒、人類存続のためにあらゆる手段を許容するのが、G.E.H.E.N.A.という研究機関だ。

 

「我々百合ヶ丘女学院が彼女を保護しているのは、彼女が人であり、リリィであるからだ。ヒュージであるというのなら、その対象とすることはできない」

「……」

 

 ヒュージと戦う希望の乙女、リリィ。

 彼女たちを外の世界のしがらみから守るためにこそある白亜の城壁、ガーデン。

 だからこそ守るべきもの、庇護の対象とできるものはリリィのみ。

 明かになった全ての情報が、一柳結梨を守ることはできないと告げている。

 

 咬月たちが、百合ヶ丘女学院のリリィたちがそれを望むと望まざるとに関わらず。

 

 

 

 

 「ヒュージに由来する人造リリィ捕獲」の命令が下されるまで、そう時間はかからなかった。




安藤鶴紗

 一柳隊に所属する1年生リリィ。
 透き通るような白い肌と色素の薄い金髪、赤い瞳を持つ美少女。
 性格は少々取っつきづらい感はあるが根はやさしく、キャラ崩壊するレベルで猫が好き。
 かつてG.E.H.E.N.A.によって改造を施された強化(ブーステッド)リリィであり、生来のレアスキル<ファンタズム>の他に強化リリィ特有のブーステッドスキル、超回復能力<リジェネレーター>と擬似CHARM生成スキル<アルケミートレース>を有する。
 超回復能力を頼りとした負傷を恐れない戦い方により、<血煙のリリィ>と呼ばれる。

 常盤つかさはその辺の事情も大体知っているので何かと気にかけている。
 ただし、興奮していると滑舌が悪くなって鶴紗のことを「ダディヤナチャン」と言い間違える。

 苦手な食べ物はもずく。なんか、変なトラウマがあるらしい。
 


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何か事件が起きるたびに「G.E.H.E.N.A.の仕業だ!」と叫んで襲撃しに行きたがるリリィがいるらしい

「だ、大丈夫だからね~、ちょっと前髪整えるだけだから~……!」

「ふふっ。梨璃、落ち着け」

 

 雲は少し多いけど、同じくらい青空も多い好天の下、百合ヶ丘女学院の屋上で微笑ましい美容師さんが奮闘していた。

 小さい子供の時分によくある、お母さんの床屋さん。そんな光景が、梨璃ちゃんと結梨ちゃんの二人によって繰り広げられていた。

 

 女の子の前髪という決戦兵器、そこにハサミを入れるとあって梨璃ちゃんもしこたま緊張していて、切られる結梨ちゃんよりも梨璃ちゃんの方が心配になってくる。

 でもまあ、もし失敗してもそれはそれ。すぐに慣れるし、笑い話にもなるだろう。

 

「髪が終わったら私がお化粧してあげるねー」

「つかさ、お化粧?」

「えっ、いいんですか、つかさ様」

「もちろん。かわいい後輩は着飾らないと。……昔、化粧道具をギターケースに入れてるメイクアップアーティストに一通り教わったのよ。さすがに奥義までできるようにはならなかったけど」

「お、奥義……?」

「サングラスした相手の、サングラスの下にお化粧するとか」

「ええ……」

 

 リリィにお化粧は欠かせない。

 年頃の女の子なわけだし、コスメは基本。かわいく美しくなることは、強くあることと同じくらい大切だ。メイクというものは見目好くするためだけじゃない、気分をアゲてトロピカる為にも必要だしね。

 ……まあ、「戦場で万が一のことがあったときに血の気が引いた土気色の首を晒すのは無様だ」という武士みたいな理由でメイクする子もいるんだけど。

 

「と、とにかくよかったね結梨ちゃん。かわいくしてもらおう」

「うん!」

 

 嬉しそうに笑う結梨ちゃんと、それを見て一層優しい顔になる梨璃ちゃん。

 そしてついでに、学院をうろうろしていたら2人を見つけてなんとなくついてきた私。

 梨璃ちゃんが気合を入れてハサミを入れ、切られた髪先が潮の匂いと共に山へ向かって去っていく。

 

 本当に、いい天気といい風の、いい日だ。

 

 

――ガチャリ

 

 生徒会役員の3人が扉を開けて現れるまで、そう思っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……どういう、ことですか? 意味が分かりません!」

 

 梨璃ちゃんの叫びが空へと昇っていく。

 少し風が強くなって、雲が流れはじめた。天気が荒れるかもしれない。

 

「そこをどいてちょうだい、梨璃さん」

「どきません。結梨ちゃんをどうするんですか」

「……答える必要はないわ」

 

 現れたのは、出江史房(いずえしのぶ)秦祀(はたまつり)内田眞悠理(うちだまゆり)の生徒会三役。百合ヶ丘女学院において、生徒側の最高責任者たちと言っていい立場の子たちだ。

 今日ここに来たのもその職務のためだろうことは、言い出した無茶とそれが本意ではないだろう顔を見ればよくわかる。

 

 結梨ちゃんを引き渡せ、だなんて。

 乱暴にもほどがあるんじゃない?

 

 

「必要はなくとも、こちらには事情を知る権利程度はあるでしょう。そちらの要求は、私たちのレギオンの正式なメンバーの身柄を不当に扱うものよ」

 

 しかも、夢結ちゃんまで現れた。

 ……うーん、目に覚悟が滲んでる。事情は分からないまでもよくない雰囲気は察してるみたいね。

 

「結梨さん……いいえ、その『個体』はヒュージよ。G.E.H.E.N.A.とグランギニョルが開示した資料からそう判明しました」

「ヒュージ……? 結梨が?」

「彼女が見つかった前日の夜、由比ヶ浜ネストに異常接近した末に撃沈された実験船があったこと、ならびにその船体部品の漂着も確認されたわ。ヒュージから作り出した人造リリィをネストのマギで活性化させようとしたらしいけど、ほとんどが失敗。唯一の例外が……」

 

 集まる視線の圧に驚く結梨ちゃん。

 梨璃ちゃんは身体を割って入らせて遮る。

 

「で、でも! 結梨ちゃんは私たちと何も変わりません! みなさんも知ってるでしょう!?」

 

「ですが、ヒュージから作り出されたものであることも否定の余地はありません。……である以上、百合ヶ丘女学院は保護する理由を持ちません」

「?」

 

「G.E.H.E.N.A.とグランギニョルは引き渡しを求めてきています。政府もその要求に賛同して、百合ヶ丘女学院への命令が下りました」

「……もし、引き渡したらどうなるんですか?」

「???」

 

「G.E.H.E.N.A.とグランギニョルと政府は『ヒュージを』引き渡せと言っているのでしょう。なら、人間としては扱われないでしょうね」

「そんな……お姉様、そんな……!」

「?????」

 

 

「…………あの、つかさ様。さっきから思いきり体をひねっているのはなんなのですか?」

「おっと、ごめん。なんか話してる内容がよくわからなくて、つい」

 

 話を聞きながら、その内容の理解に努めながら、それでもなんか変な方向に行ってるな、と思っていたら首をかしげるのに合わせてついつい体がひん曲がっていた。祀ちゃんが止めてくれなかったら体がハテナマークみたいになってたかも。

 

「さっきから聞いてると、百合ヶ丘は結梨ちゃんを保護できないから引き渡すみたいな話になってたけど……」

「……ええ、彼女はヒュージですから」

「でもリリィだよね?」

「…………いえですから、ヒュージであると」

「ヒュージでリリィってことでしょ?」

「あの、つかさ様……」

 

 多分、顔のパーツが全部「?」になってるなという自覚が私にはある。

 でも実際疑問なんだからしょうがない。今の話のどこに、結梨ちゃんを保護できない、引き渡さなきゃいけない要素があるんだろう。

 

「……あの、もしかしてですけど、つかさ様は『リリィである』ことが最重要だと――『人間でなくともリリィたりうる』と思っていらっしゃいますか?」

「うん」

 

 あるぇー、なにその顔。

 「こいつヤベー奴だと思ってたけどマジでヤベーな」みたいな目で見ないでよう!?

 

 いやだって、話を聞く限り結梨ちゃんってヒュージ由来だとしても既に人間だし、リリィとしてヒュージと戦うんでしょ? なら別にいーじゃん。

 ……うん、何も問題ないよ。

 

 結梨ちゃんの細胞を取り込んだ人間がヒュージ化する、とかだったら始末しなきゃいけなかったけどね。

 

 

「と、とにかく! 命令は命令です」

「そんな……嘘です!」

「ウソダドンドコドーン!」

「つかさ様、真面目な話をしているので少し黙っていてください」

 

 あまりと言えばあまりな事態。思わず蹲って嘆く私とそれを雑に扱う眞悠理ちゃん。

 

 そして、私がボケ倒して注意を引いている間に、夢結ちゃんが梨璃ちゃんの元へと歩み寄る。

 

「梨璃。――」

「お姉、様……」

 

 梨璃ちゃんをそっと抱きしめる夢結ちゃん。

 ちらりと目線を上げると、夢結ちゃんの口元が小さく動いている。

 周りには聞こえないように、そっと話しているのだろう。

 

 後ろの生徒会三役からは、ただ辛い境遇を慰めているようにしか見えないだろう角度でこっそりと。

 

「……結梨ちゃん。結梨ちゃんは、どうしたい?」

「私……梨璃と、みんなと一緒にいたい。私も、百合ヶ丘のリリィだから!」

 

 夢結ちゃんが離れ、梨璃ちゃんは結梨ちゃんの手を取り問う。

 生徒会の面々は苦しそうに表情を歪めている。立場上結梨ちゃんの身柄を引き渡すよう言っているけど、それが本心でないことに疑いの余地はなかった。

 

「うん、わかった。じゃあ……いくよ!」

 

 

 百合ヶ丘女学院の制服は、黒を基調とした淑やかにして可憐なデザインをしている。

 しかし同時にリリィとしてヒュージとの戦闘においても着用される戦闘服でもある。

 こう見えて中々頑丈ながら同時に動きやすく、色々と機能が仕込まれている。

 

 例えば、ボタン。

 指先ほどの大きさながら、むしり取って床に叩きつければ目眩ましの閃光を放つ、一種の手榴弾になっていたりする。

 

 生徒会三役はいずれも中々の実力を持つリリィとはいえ、相手は下級生だし命令の出所はG.E.H.E.N.A.の要望を真に受けた政府だし梨璃ちゃんたちは滅茶苦茶悲しそうだし、と迷いを抱くなというのが無理な状況。

 十分な警戒をしていれば止められただろう梨璃ちゃんの動きは誰かが止めに入るより先に完了し、昼なお目を焼く閃光が収まる頃には、梨璃ちゃんと結梨ちゃん、そして2人のCHARMが姿を消していた。

 

「そんな……逃げるなんて……!」

「命令違反、と認定せざるを得ませんね」

 

 この瞬間、任務は結梨ちゃんの捕獲から梨璃ちゃんの確保も加わった。

 

「くっ……! なんてこと! この私がいながら……!」

「つかさ様……」

 

「『結梨ちゃん! 逃げルルォ!』ってやる絶好のチャンスだったのに! 一生の不覚……!」

「どうせそんなことだろうと思っていました」

「正直つかさ様がいた時点でリリィバトルになりかねないと思っていたので、極めて穏便に終わったとみるべきですね」

 

 みんなの認識がとてもヒドい。別にここで暴れるつもりなんてないのにー。

 

 

 ここでは、ね。

 

 

◇◆◇

 

 

「結梨のことは学院で保護すべきです。あの子はヒュージとは明らかに違います」

「ヒュージを、ヒュージと見なされるものと心を通わすことはタブーだ。その果てに、リリィもまたヒュージと同質のものとみなされかねん」

 

 その後。

 慌ただしく対応に追われる生徒会三役をよそに、夢結ちゃんは理事長室へと直行した。ついでに私もついてきた。

 突然の訪問ながら理事長代行が動揺する様子を見せなかったのは、こうなるということを予想していたからだろう。

 

「……既に防衛軍の部隊も動いている。人とリリィが争う事態だけは避けねばならん」

「私たちは、恐れられているのですね」

 

 理事長代行も、夢結ちゃんも、どちらも譲れず、そして悲しそうだ。

 直面している今とその先に予想される未来が、あまりにも暗いせいだろう。

 

「つまり、百合ヶ丘女学院としては政府の命令に従って結梨ちゃんを『捕獲』する、と?」

「……そうだ、つかさくん。ヒュージとされている存在を自由にしておくことはできない」

「ま、そうでしょうね。……それなんですけど、理事長代行。私にいい考えがあります。この状況をどうにかする最高にクールで冴えた方法、聞いてくれません?」

「ほう……?」

 

 少し、しかしはっきりと期待の色がうかがえる理事長代行。

 私なんかの話にすら縋りたいくらいなのだろう。

 

「結梨ちゃんについての命令は理解しました。とはいえ、そもそもその命令の出所ってのは突けば痛いところがありまくりで叩けばホコリしか出ないでしょう? ――だから、とりあえず理事長代行と私でG.E.H.E.N.A.を襲撃しましょう。結梨ちゃんのことはそのあと考える。完璧です」

「…………つかさくんは隙あらばG.E.H.E.N.A.を襲撃しようとするのう。そしてなぜわしも参加させようとする。見ての通りの老いぼれじゃぞ」

「えー、理事長代行ならイケますって。私が湖に浮かぶみたいな形になってる変な拠点を潰しますから、理事長代行は変態の巣窟の方をお願いします」

「じゃからやらんと言うに」

 

 だからいい案を出したのに、理事長ってば頑固なんだからー。

 理事長なら、変態共の拠点を襲撃して壊滅させるくらい出来ると思うんだけどなあ。そういう声してるし。

 

 

◇◆◇

 

 

「どっどどどどどん、どんっどどどうするんですか!? ヒュージが逮捕で結梨ちゃんは梨璃さんと!」

 

「二水の言ってること、要素は合ってるけど内容ぐっちゃぐちゃになってるなー」

「無理もないですね、正直私もすこし混乱してます」

 

 一柳隊控室にレギオンメンバーが集まっている。

 ただし、4名不在。

 学院からの情報でヒュージであるとされた結梨と、共に逃亡した梨璃。

 そして2人の逃亡現場に居合わせた後、理事長室で事情聴取されているという夢結とつかさの4名だ。

 

 残りのメンバーは状況を話し合う。

 結梨がヒュージだった、という俄かに信じられない情報もさることながら、梨璃の逮捕までなど到底受け入れられることではない。

 

「……どうする?」

「結梨ちゃんがヒュージなんてありえないです! 梨璃さんは正しいですよ!」

「でも、少なくとも学院も安全とは言えないでしょうね。逃げなければ捕まっていただろうことは想像がつきます」

 

 なんだかんだでブレない二水に対し、雨嘉と神琳は冷静だからこその懸念を示す。

 百合ヶ丘女学院はヒュージ迎撃の最前線にして、リリィを守るガーデン。そして根本的に人類の組織であるがゆえに、政府や国家機関からの命令には逆らえない。

 

「この一件、G.E.H.E.N.A.が原因だろ。……私はG.E.H.E.N.A.に体をいじくり回された強化(ブーステッド)リリィだ。百合ヶ丘に保護されて抜け出せたけど、そうならなかったらどうなってたかわからない。……あいつらのことは、信用できない」

 

 研究機関、G.E.H.E.N.A.。

 民間の研究者集団に端を発する大規模な多国籍企業であり、ヒュージ、リリィ、CHARMについて造詣が深い。

 その研究課程、そして成果の発揮に際して人道という観点が抜け落ちていることがままあることで有名な組織だ。

 結果として対ヒュージ戦において得るものは多く、高性能なCHARMの製造などリリィの役に立つ部分も決して少なくないが、距離を置くガーデン、敵視するリリィも多数いる。

 

 今回の命令はそういった点からも納得しがたい、迷いを生じずにはいられないものだった。

 

 結梨との思い出。

 梨璃への信頼。

 鶴紗の経験。

 

 単純に命令に従うには、一柳隊が抱えるわだかまりはあまりに多く。

 

 

「出撃よ。一柳隊は梨璃と結梨を追跡し、確保します」

 

 そんな中、部屋に入ってくるなりそう言った夢結の一言は、梨璃不在な中で指揮官として振る舞う副隊長の言葉とはいえ一瞬の沈黙をもって受け入れられた。

 

「……目的を聞いてもよろしいですか?」

「私たち一柳隊が他の誰よりも早く二人を保護します。……これはあくまで副隊長としての私の判断だから、従わなくとも罰則はないわ」

「それ、学院からの指示と違うなー?」

 

 吉村・Thi・梅が指摘する。

 夢結の目的はたしかに梨璃と結梨の二人を確保するものだが、現在下されている命令とは少し異なっている。

 

「私たちはリリィよ。――リリィは助け合い、らしいから」

 

 少し照れたようにどこかで聞いた言葉をこぼす夢結の姿は梨璃に見せてあげたいくらいにかわいかった、とは後にレギオンメンバーが述懐する鉄板の夢結弄りネタとなるのだが、それはまた別の話。

 

 

「よく言った夢結ちゃん! じゃあとりあえず、二人を助けに行こう!!」

 

 そして夢結に続いてにゅるんと部屋に入ってくるつかさ。それまで一柳隊控室に満ちていたテンションとは違いすぎるが、通常運転でしかない。

 

「つかさ様! じゃあ、つかさ様も?」

「もちろん。梨璃ちゃんたちが捕まえられなきゃいけない理由なんてないし。……てーか、百歩譲って結梨ちゃんがヒュージだって話を認めるとして、それならそれで人造ヒュージなんてもの作りだしやがったG.E.H.E.N.A.を潰すのが先じゃん?」

 

 まあ言われてみればそうでもあるが。一柳隊の心が一つになった。

 が、しかし。

 

「あの、つかさ様……? G.E.H.E.N.A.を、その、潰すって……」

「……私も、昔色々あってねー。ぶっちゃけ、ヒュージとG.E.H.E.N.A.が並んでたらまずG.E.H.E.N.A.を殴るわよ、私」

「えぇ……」

 

 常盤つかさという女、改造手術とかやらかす組織に対する慈悲を持ち合わせていないタイプのリリィであった。

 ちなみに、つかさが外征に出た先でヒュージと戦闘になった場合、近くにG.E.H.E.N.A.関連施設があれば流れ弾が着弾する確率が100%だという調査記録があるが、つかさ本人は「コラテラルダメージ!」の一言で押し通しているという。

 

 

◇◆◇

 

 

「捕獲命令の対象となっているヒュージを、百合ヶ丘のリリィが連れて逃走したという情報が複数筋から届けられている。その件についての説明を聞こう」

 

 広く、格調高い会議室。

 その中央付近に一人、椅子一脚に座らされている百合ヶ丘女学院理事長代行、高松咬月はさながら裁判にかけられる被告だろうか。

 あながち間違った話ではない。

 咬月がされているのは紛れもなく尋問だった。

 

「事実ですな。現在、彼女らを保護すべく学院のリリィを動員して対応中です」

「彼女ら、ではない。逃亡したリリィ1名とヒュージ1体だ。認識を改めたまえ」

 

 政府関係者がことさら居丈高なのは咬月の怒りを誘っているというよりも、彼らの抱く危機感の故だろう。

 理事長代行という立場のため直接の接触こそ少ないが、日々リリィと見守り彼女らの精神が戦士としての強さと同時に年相応の少女としてのやわらかさも失っていないことを知る咬月とは違い、ヒュージと同じマギの力を操ることに対する恐れを捨てられないのは、決して愚かとは言えない。

 

「ガーデンに対して許されている各種の優遇と大規模な予算。それらはリリィがヒュージと戦うためのものだ。ヒュージを内に抱え込む、などということは許されない。わかるね?」

「ええ、無論。そのヒュージを新たに生み出そうとするなど、あってはならないことですな」

「ぐっ……!」

 

 だからこそ、話の持っていきようはあった。

 人類危急の折りに政治家という責任ある立場を志した人間ならば、その胸に正義と使命感、野心と後ろ暗さを併せ持たねばやっていけるものではない。突き所は心得ている。

 男であり、髪は白く皺深い年となった高松咬月。ヒュージと相対する戦場に立つことはかなわなくとも、リリィのために舌鋒をもって魑魅魍魎と斬り合う覚悟はとうの昔にできていた。

 

「……理事長代行の貴重な時間を浪費するのは好ましくない。論点を整理しましょう。ガーデンはリリィのために存在し、リリィはヒュージと戦うためガーデンに所属する。ヒュージを庇うなど、あってはならない。よろしいですな」

「異論はありません。人とリリィと、ヒュージ。その区別は明確でなければなりません。――失礼、新しい情報が来たようです」

 

 そのためならば批判と中傷の矢面にも立とう。

 のらりくらりと追及をかわしてみせもしよう。

 

 そうして稼いだ時間が、真島百由の笑顔という勝利を確信しうる形で結ばれるならば望むところというものだ。

 

 

「どーもどーもー。百合ヶ丘女学院工廠科2年、アーセナル兼リリィの真島百由です。一応自己紹介しておきますと、昨年中に書いたマギに関する論文は51本。一応、それなりに知られた名前なんですよ?」

 

 政治の場には相応しからぬ、快活な少女の声が明るく響く。

 タブレット端末片手に現れたメガネのリリィの名、決して知らないものではない。

 リリィとして、研究者としての実力のほどの詳細は専門外ゆえわからぬとしても、「天才」の例として耳に入れ、記憶に残したことがあるものだったからだ。

 

「はい、さっさと話をしろという顔されてますねじゃあ言っちゃいましょう。結梨ちゃんはヒトです。ヒュージではありません」

「……」

 

 そんな百由が言い出したことをどう受け止めるべきか。

 沈黙、すなわち保留がこの場の答えであった。

 

 ならば押し通す。

 それが真島百由の選択であり、それができるだけの証拠は既に用意した。

 

「根拠はこちらでーす。結梨ちゃんのゲノム解析の結果、ヒトのそれとの一致率は99.9%となりました。ちなみにこの解析は百合ヶ丘女学院だけでなく、第三者機関として財団B経由で野座間製薬、人類基盤史研究所<BOARD>からも同様の結果が出ていますので客観性についてはご心配なく」

「……100%の一致ではない、と?」

「はい。100%一致するのはクローンか双子だけ。0.1%の差は個体差で説明のつく、人間の範囲内です」

「だがヒュージであるという点は変わらない!」

 

 声を荒げる。だが、それで動じるほどの常識など百由は持ち合わせていない。

 見出した真理だけが百由を動かす原動力だ。

 

「それについては2点。まず、ヒトの遺伝子を持つものはヒトと見なすという国際条約があります。発行は20年前。我が国の批准は去年ですけど。セーフですね」

「くっ……!」

「ついでに言うと、ヒュージ由来の遺伝子は結梨ちゃんがヒトとしての形質を獲得した時点で機能を停止しています。グランギニョル社から提供された開発資料にそうなる可能性が示唆されていましたし、事実その通りになったようです」

 

 それが、結論だった。

 最初から意図されていたかまではわからない。偶然そうなったのか、はたまたさすがのG.E.H.E.N.A.とグランギニョルでもヒュージを増やしかねない研究にセーフティをかけたのかは不明ながら、生まれた瞬間から結梨は結梨という人だった、ということだ。

 

「というわけで、心配ご無用です。野座間製薬が独自に設定している分類でいうところの、私たちのような人由来のリリィ<アルファ>ではなく、純粋にリリィとして生まれた<オメガ>ではありますが、結梨ちゃんは人で、リリィです」

「つまり、ガーデンの保護対象ということですな」

「ぐっ、く……!」

 

 その理論に、反撃の余地はなかった。

 リリィの為に存在するガーデンだからこそヒュージを保護できないという理屈は、結梨がリリィと認められればそのまま不可侵たらしめる論拠となる。

 そこに手を入れるということは、ヒュージ迎撃の体制が揺らぐことと同義。リリィに防衛の主力を任せざるを得ない現状において、それはいかなる理由があろうと許されない、自らの足元にさえ危険が及びかねないことだった。

 

 

 すなわち、百由の解析とそれを支えた各企業からの情報、それを財団Bから引き出す算段をつけたつかさの尽力、それらの結果が出るまでの時間を稼いだ咬月たちの、勝利である。

 

「やれやれ、これだから政治というものは……」

 

 解析科の作業と百由の理論的補強、財団Bの働きかけで動いた各研究機関との連携、そして咬月が稼いだ時間。すべてが揃ってようやく得た勝利に、咬月は椅子にもたれかかる。

 これなら百合ヶ丘女学院で対ヒュージ戦を見守っている方がよほどマシだ。

 早く帰って、風呂にでも入りたい気分だった。

 

 

◇◆◇

 

 

「私って、なんなのかなあ……」

「結梨ちゃん……」

 

 百合ヶ丘女学院から西へ離れた地。ヒュージの襲撃を受けて放置を余儀なくされた、廃墟の学校。梨璃と結梨はそこにいる。

 夢結に抱きしめられたときに告げられた、「西の廃墟へ逃げろ」という言葉に従ってここまで来た。

 追手はかけられているだろうから長居はできないが、これ以上どこへ行けばいいのか、土地勘もない梨璃にはさっぱり見当がつかない。

 できることと言えば、夢結のことを信じて待つことだけ。

 そうなれば、自然と話をするしかない。

 

「結梨ちゃんは、結梨ちゃんだよ。人で、リリィで、私たちの仲間で……」

「それから、ヒュージでもあるんだよね」

 

 梨璃は口をつぐむ。

 生徒会から告げられたその言葉を信じているわけではない。少なくとも結梨との間には確かな絆がある。それは、これまで目にして、戦ってきた人類種の天敵たるヒュージには全く感じられなかったものだ。

 

 だが、筋が通る。通ってしまう。

 

 

 一柳結梨。

 なぜ、結梨が由比ヶ浜に流れ着いた繭から出てきたのか。

 なぜリリィとしての素質を持っていたのか。

 なぜ一切の記憶を持っていなかったのか。

 

 それは、結梨が世界で初めてヒュージから生まれたリリィだからだとすれば納得できてしまうのだ。

 

「っ……!」

「梨璃……」

 

 そんな考えを、梨璃は内心で必死に否定する。

 結梨がヒュージだなどと思いたくない。

 だが、結梨を人の世で生かす方法が、どうしても考え付かなかった。

 

「――大丈夫だよ、梨璃」

「……結梨ちゃん?」

 

 だから、それを解決するのは結梨の中に芽生えた何かである。

 

「私、戦うよ。リリィとして、みんなのために。私がそうしたいの。私にはまだ夢も何もないけど、誰かの夢を守ることはできると思うから」

「……!」

 

 その気高さが胸を打つ。

 理不尽に怒らず、優しく尊いその魂、まさしく梨璃が信じるリリィのそれだ。

 ならば、守ろう。こんな風に思ってくれる子を悪と断じることなど、梨璃には決してできなかった。

 そしてその気持ちは、きっと仲間たちも同じはずだ。

 

「ありがとう……ありがとう、結梨ちゃん。大丈夫だからね、私が、みんなが、きっと結梨ちゃんの帰る場所を作るから……!」

 

 

「ええ、帰るわよ。梨璃、結梨」

「――お姉様! みんな!」

 

 

◇◆◇

 

 

「もう大丈夫よ。理事長代行と百由が、結梨は人間だと証明してくれた。一緒に帰りましょう」

「梨璃の逮捕もナシになった! 安心しろ!」

 

 そこには、一柳隊の仲間がいた。

 しかも、百合ヶ丘女学院の理事長代行達が結梨を救ってくれたという。

 全て、元通りになる。そのために、がんばってくれたことが、梨璃は本当にうれしい。

 

「わ、私逮捕されるところだったんですか!? というか、どうしてここが……?」

「あ、それはすごくわかりやすかったので」

 

 わかりやすく、とは。

 どういうことなのか、と振り向き窓の外に目を凝らせば空にぽつりと黒い点。ドローンだ。

 もしかして、と窓に寄ってみると校庭に、人、人、人。

 迷彩服の自衛隊、多数の軌道装甲車、そして三々五々にCHARMを携えたリリィたち。

 

 控えめに言って、一触即発でもおかしくない完全包囲の有様だった。

 

 

「だーかーらー、結梨ちゃんも梨璃ちゃんももう捕まえなくてよくなったんだからCHARM下ろしなさいって。リリィバトルなんて、平成なリリィのやることよ。――まあ、私は世界で一番平成なリリィのつもりだけどねぇ!」\ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘイ!セイ!ヘヘヘイ!/

「きゃあああああ! つかさ様がまためちゃくちゃうるさいCHARMを持ち出してるううううう!?」

 

 そして、そんな包囲網の正面に立って抑えてくれていたのがつかさらしいことが見て取れた。

 説得、していたのだろう。多分。つかさなりに。

 つかさはいつも瞬間瞬間を必死に生きているから、あんな感じになるのだろうと梨璃は思う。思うことにした。

 

 

 ともあれ、これで一件落着。

 結梨も梨璃も無実の罪に問われることはなく、みんな揃って百合ヶ丘に帰れる。またみんなと一緒にいられる。

 

 

 

 

 そうなるはずだった。

 

 

「はい、交戦は発生しませんでした。……ギリギリで。なんで常盤さんが追跡に出ることを許可したんですかっ! リリィ相手でもためらいませんよ、あの子は! ……え、なんですって?」

 

 事態が動いた。

 携帯電話で状況終了の報告をしていた出江史房が顔を上げ、東に目を向ける。

 何か様子がおかしいと気付いた周囲のリリィもそれに倣い、同時に防衛軍の機動戦闘車があわただしく引き上げて行った。

 空にはドローンの他にティルトローター機もちらほらと見え始める。

 防衛軍が、動いている。ただの撤退とは違うナニカの理由で。

 

 

「なに、あれは……?」

 

 場所を変え、海岸に出た一柳隊のメンバーはそこで見た。

 はるかに西方、江の島の先。おそらく鎌倉の、百合ヶ丘女学院正面の海に、山のようにそびえたつ白い構造物を。

 

 海面近くが太く、そこから上へ向かって極端に細くなる、塔の突き出た島にも見える形状。そして、周囲に浮かぶ光が、九。

 

 光が増し、収束し、家の一つくらいならば飲み込むほど太い光条となって放たれた先は百合ヶ丘女学院のある方向。

 しばらくの間をおいて響き渡る轟音と、吹きつけてくる莫大なマギの気配。

 

 間違いなく、ヒュージである。

 それも、とんでもなく強力な。

 

 

「……アレ、止めなきゃ」

 

 この時点で、その全容を把握できている者はいなかった。

 ただ一人、結梨を除いて。

 

 

◇◆◇

 

 

「なるほど、百合ヶ丘以外の学園のレギオンも動員したのはみんな集合する春のお祭り的なサムシングだったってことね……! つまり、普段は使わない限定フォームとか使わなきゃいけないヤツ……!」

 

「つかさ様がまたわかってるようなわかってないようなことを言ってますね」

「放っておきましょう」



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これまでに何度か死亡判定されているが、そのたびに水落ちしたから無事だったとか言って生還したリリィがいるらしい

 そのヒュージ自体は動かなかった。

 移動しないどころか、可動部すらほぼない。周囲に浮遊する9つのビットにマギを注ぎ込み、制御するための演算ユニットとしての役割が主なのだろう。

 莫大なマギを注ぎ込み、破壊の力へと練り上げて解き放つ。

 単純明快にして強力無比。それが、このヒュージの戦法だった。

 

 ビームが放たれる。

 海を割り、空を裂き、百合ヶ丘へと迫る。

 

「たっ、退避ー!」

 

 迎撃に出ていたのはレギオン<レギンレイヴ>。

 だが、何もできない。

 隊長である六角汐里は為す術なく身を守ることを指示するのが精いっぱい。

 

 そもそも、超威力のビームを前に避ける以外の選択肢はなかった。

 雲が散り、青い空が見える有様に対して、講じられる手段を持ち得るリリィはいない。

 

 リリィは強大な力を持つが、どこまで行っても白兵戦を主体とする陸上戦力だ。

 海上、それも水平線の先にいるようなヒュージから、超威力の遠距離攻撃のみで攻められると反撃の方法が何一つない。

 それを意図してのことなのかヒュージの変化による偶然なのか、いずれにせよ防衛のために鎌倉市街地へ展開したリリィ達は何一つ対抗手段がないまま廃墟の陰に隠れていることしかできなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「なんだあれ、無茶苦茶だ……」

「マギを、直接攻撃に使ってるようです。そんなことをしたら、すぐにマギが尽きるはずなのに」

 

 その巨体は、鎌倉から離れた梨璃ちゃんの潜伏先近くの海岸からも見て取ることができた。

 海上から動くことなくアウトレンジからの攻撃オンリー。芋スナにも劣る外道戦法が過ぎる。呆れるほど有効な戦術だなちくしょう。

 

「ねえ、梨璃。あれがヒュージ?」

「そっか、結梨ちゃんは直接ヒュージを見るのははじめてだったね。……そうだよ、あれがヒュージ。たぶん、だけど。あんなに大きいのなんて初めて見たよ」

「それだけじゃないわ。ヒュージはマギに操られるもの。マギを駆使して戦うなんて、どうして……」

 

 夢結ちゃんの疑問はもっともだ。

 本来のヒュージは荒ぶるマギという現象のようなもの。意思を持った行動とは無縁のハズなのに、あのヒュージはその辺の主従が逆転している。

 ……なんか、最近それに近いことをするヒュージがいたような気がしなくもないんだけども。

 

「ヒュージは、やっつけるんだよね」

「うん、そうだよ。だから、私たちも百合ヶ丘に……って、結梨ちゃん!?」

 

 そんな風に考えている間に、海面が爆ぜた。結梨ちゃんが、走り出した。海面を。

 

「結梨!? ……あれ、縮地じゃないか! 梅のレアスキル!」

「え、レアスキル使ってる? リリィなら普通に水面走るくらいできるでしょ。中国拳法の達人でも15mまでなら水面走れるし」

「そう言うのならできるんでしょうね、つかさ様は」

 

「というか、それをあんなに長く……フェイズトランセンデンスも組み合わせとるのか!? そんなことしたらすぐにぶっ倒れるじゃろ! 少なくともわしならとっくにばたんきゅーしとるころじゃ!」

「……その気配はないですね。あれほどのマギをどうやって……?」

 

 しかもそのまますごい速さで、江の島の先に見えるギガント級すら超えていそうなヒュージへ突っ走っていく。間違いない。戦うつもりだ。たとえ、結梨ちゃん一人でも。

 

「結梨ちゃん、戻って! いきなり、それも一人で戦うなんて無理だよ!」

「梨璃さん!? いまから走っても追いつけませんわ!」

 

 それを、黙って見過ごせる梨璃ちゃんではなかった。

 結梨ちゃんと同じように海面を走って追いかけるが……だめだ、速度が圧倒的に足りていない。

 身体能力とマギを駆使すれば普通のリリィでもある程度海面を走ることはできるけど、縮地まで使っている結梨ちゃんに追いつける道理はない。

 しかも、次々飛来する迎撃の弾幕がかすってバランスを崩し、海中に没する。

 直撃ではないし、梨璃ちゃんはリリィ。あの程度で死ぬとは思わないけど……結梨ちゃんを1人にしておけないわね。

 

 

「――あ、もしもし? 私。……あ、そう? 助かるわー。で、ちょっと水上戦になりそうだからスプラッシャー用意しといてくれる? ……了解。待ってるね」

「……あの、つかさ様? 誰と電話を?」

「すぐにわかるよ、雨嘉ちゃん」

 

 問いかけてきた雨嘉ちゃんに、ぱたんと携帯を閉じながら応える。

 いま必要なのは、とにもかくにも結梨ちゃんに追いつく手段だ。

 それも、ただ速いだけではなく海岸から数kmの距離に鎮座するヒュージまで辿り着けるような方法で。

 さすがにリリィであっても、それに向いたレアスキルがあっても無理がある。

 だが私なら話は別。方法は、ある。

 

 

ドドドドドドド……!

 

 

「な、なんですか!? なんの音ですか!?」

「振動……まさか、ヒュージ!?」

 

 背後、陸側から迫る何かの気配に警戒する一柳隊のみんな。大丈夫、心配いらないよ。私が呼んだだけだから。

 

――ドガァンッ!!

 

「なんかでっかい車がきたのじゃー!?」

「……あ、アレ多分つかさ様の仕業ですね」

 

 10秒と経たずその正体が飛び出してくるなり、神琳ちゃんが私の関係だと悟って警戒を解いた。

 この子、クールで頭が良くて私の扱いが雑なことにかけては一柳隊でもトップクラスだよね!

 

「やー、ありがとありがと。早くて助かるわ――ギャリーさん」

――ブォン!

 

 それは、巨大な装甲車。

 図太い8輪、黒い車体。赤い複眼のようなキャノピーと、背負った円筒に備えた3つの特殊ユニット。

 これこそ私の頼れる相棒、ギャリーさんである。

 

「あー、見たことあるな、アレ。つかさ様の外征用機動装甲車だ」

「外征用ですの!? アレが!?」

 

 そう、どんなところも走れるパワーとヒュージに体当たりかませる頑丈さを備えている、お出かけのときの足だ。

 しかも。

 

「……なんで、装甲車の中にバイク入ってるんですか? それも、前輪がなんか倒れてるし後ろ半分はなにその……なんなんです?」

「スプラッシャーユニット。水上、水中移動用のユニットよ。――これなら、結梨ちゃんにも追いつける」

 

 色々装備があるから、こういうときにも便利なのよ。

 

「さすがに、途中で梨璃ちゃん拾ってる暇はないからそっちはみんなでお願い。私は結梨ちゃんと合流するから、みんなはギャリーさんに乗って追いかけてきて!」

「え、これに乗るって……あの、さっきまでバイクの乗ってた空間に私たち詰め込まれるんです?」

 

 おっと、こうしちゃいられねえ早く追いかけないと! ということでバイクにまたがり、さっそくアクセル全開。湘南の海に飛び出して、結梨ちゃんの向かう先へと私も急ぐ。

 

「あっ、逃げた!?」

「……仕方ないわ、みんなも乗って」

 

 

◇◆◇

 

 

(あそこ……つながってる!)

 

 海上を走りながら、ヒュージに近づくにつれて一柳結梨には状況がわかるようになってきた。

 無尽蔵に等しい出力を見せるあのヒュージ、どこにそれほどのマギがあるのかと思えばそのからくりは近くのネスト。

 なんと、ネストから直接マギの供給を受けることで規格外の遠距離攻撃とその連射を可能としていた。

 つまり、エネルギー切れを待つ持久策は使えない。

 百合ヶ丘女学院を守る方法は、速やかにあのヒュージを倒すことだけだ。

 

「なら……がんばる!」

 

 周囲に無数の光弾が爆ぜ、水柱が上がる。

 だが結梨はそのことに恐れもしなければ構うことすらなく、身をかがめて溜めた力を跳躍へと変え、空へと舞う。

 目の前には、ヒュージを取り巻くビット。百合ヶ丘を狙う超威力砲撃の砲口の一つ。

 

「やあああああ!」

 

 振り抜くグングニル。砕けるビット。

 本体にも効くかはわからない。だが、百合ヶ丘を守れる。いける。

 しかし、反撃もある。

 

「うっ……きゃああ!」

 

 単純な弾幕だった。熟練のリリィならばそれをすり抜けたうえで反撃をすることもできるだろう。

 いかに莫大なマギを使えようとも、複数のレアスキルを使いこなせようとも、戦闘勘という一点だけはいまだ結梨が持ち合わせていない。

 それがなければ、このヒュージには勝てないだろう。結梨一人では、勝てない。

 バランスを崩して海面に向かって落下しながら必死に体制を立て直そうとして。

 

 

「結梨ちゃん!!」

「つかさ!?」

 

 そこにつかさが、来た。

 結梨は見たこともない謎の乗り物を駆り、落水寸前だった結梨の手を掴み、追撃の弾幕を潜り抜けて海面を走る。

 

「ど、どうして、っていうかこれはなに……?」

「話はあと! とりあえずあのビットを砕くわよ! ……ちょうど残り8個だし、4つずついきましょうか。私と結梨ちゃんならいけるわ……どう?」

「……うん、がんばる!」

 

 力強い結梨の返事に、つかさは歯を剥いて笑う。

 アクセルをひねって加速。大きな弧を描きながらヒュージに再び接近する。

 高揚に舌なめずりをすれば、跳ねた海水の塩気が強い。

 敵は強大。だが恐れは二人の心に欠片もなく、負ける気も全くしなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

 一柳結梨と常盤つかさ。

 たった2人によるギガント級ヒュージとの戦闘は苛烈を極めた。

 ただでさえ人と比べて圧倒的な巨体。攻撃するべきビットは通常ならば手の届かない高所。海上で、しかも空中戦を強いられるという状況でありながら、2人は優勢に戦い抜いた。

 

 結梨の動きは、水上だと思えないほどにリリィの基本に忠実なもの。

 時折海面に足をつくことはあっても、すぐまた飛びあがってビットを狙う。

 当初は2度の跳躍に1つの撃破がやっとだったのが、3つ目を破壊するころには1度の跳躍で撃破するようになっていた。

 

 対するつかさは、遠目に見ていたリリィたちが「なんかいつも通りだった」と証言している。

 なんか、カードをCHARMに読み取らせてふわーっと浮かんだり、腕を突っ込んだCHARMがロケットになってそれで空を飛んだりといったよくわからない方法を駆使してビットを破壊していった。

 

 ヒュージは瞬く間にビットの数が減り、結梨とつかさの迎撃に手いっぱいで百合ヶ丘への攻撃もままならない。

 百合ヶ丘のリリィたちは加勢こそできないものの誰もが固唾をのんで勝利を祈り、見守っていた。

 

 

 そして、最後に。

 レアスキルとして<鷹の目>や<天の秤目>を持つリリィたちは目撃した。

 ビットを破壊しつくし、結梨がグングニルに莫大なマギを注ぎ込んで作り出した巨大な刃で。つかさがそれまで使っていた手甲と剣と斧とトンファーとバトンを突然合体させた巨大な剣からさらに伸びるマギの刃で。

 

 二刀にてヒュージの脳天から十字に裂いて、百合ヶ丘を救った。

 

 

 

 

 その直後、規格外のマギを取り込んでいたギガント級ヒュージの爆発に巻き込まれたことまで、知覚系レアスキルによって確認された。

 

 

◇◆◇

 

 

 材木座海岸は由比ヶ浜の東側、滑川の向こうに位置する。

 かつての景色も今はなく、廃墟に飲まれつつあることは由比ヶ浜と変わらない。

 だから、そこに流れ着くものが掻き立てるのは好奇心と興味ではなく、悔恨と絶望だけだった。

 

「……今朝、結梨ちゃんの髪を切っていたんです。前髪が少し、伸びてたから」

 

 一柳梨璃の声。

 震えて掠れ、誰もが寄り添うことすらできないほどに、壊れかけている。

 触れればそれだけで砕けてしまいそうだった。

 

「そのあとで、つかさ様がお化粧もしてくれるって。嬉しいねって、話して……」

 

 そんな梨璃が伸ばした指先が、触れる。

 CHARM、グングニル。砂浜に突き刺さったそれが結梨のものであることをよもや見間違える梨璃ではなく、リリィと一心同体であるCHARMのみがこうして流れ着いたこと、その中枢であるマギクリスタルが砕け散っていることが意味する所は、誰も口にできなかった。

 

「なのに、なんで……私は、何も……何もして、あげられなくて……!」

 

 涙はこぼれている。だが慟哭はできない。

 重く黒い悔悟が渦巻く胸からは、ただ結梨との思い出しかこぼれてこなかった。

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院。健在。

 リリィ、数人の負傷者はあれど重傷者なし。

 

 しかし、2名。

 

 一柳結梨。

 常盤つかさ。

 

 複数の知覚系レアスキル保有リリィの証言により、ギガント級ヒュージの爆発に巻き込まれたものと認定。

 

 死亡、と断定された。

 

 

◇◆◇

 

 

 百合ヶ丘女学院で最も景色のいい場所は、と問われれば多くのリリィがこの場所だと答えるだろう。

 鎌倉の町と海を一望できる山の一角。空が広く、風はそよぐ。

 ヒュージの跳梁跋扈によって気候が狂ったためいつになるかはわからないが、時折桜も咲く。

 そんな最高の景色は彼女らのためにあるべきだと、誰もが思うからこそ。

 

 ここは、リリィ達の墓地となった。

 

 シンプルな墓標に、名前だけが刻まれるのが常。

 そして幾列も並ぶその数が、ヒュージとの戦いの苛烈さを示すなにより明確な血の証だった。

 

 

 そこに今日、2基の墓が加わった。

 見送りに参列したリリィたちの表情は沈痛。何度経験しても慣れることは決してないが、それに増して今回は一度に2人。

 それも、ヒュージ扱いされかけた一柳結梨と、何考えてるか全くわからないものの頼りになり、助けられたリリィも多い常盤つかさの2人が命を落とした。

 

 2人だけ、だ。

 普通のリリィでは手の出しようがない遠距離からの攻撃を繰り出すギガント級ヒュージに百合ヶ丘女学院が直接狙われるという未曽有の事態において、犠牲は「たったの」2人だけ。大戦果、と言ってもいいだろう。

 

 結梨の、つかさの笑顔を知らない者たちならば、そんなことを言うかもしれない。

 それを知っている百合ヶ丘のリリィたちは、失われたものの重さに打ちひしがれる。

 

 これは式典ではない。ただ、別れを惜しみ、少しでも近くにという願いがこの場に足を運ばせた。それだけである。

 

 空は晴れている。だが心は重く暗雲立ち込め、言葉もなく。

 

 

 

 

「――誰か、死んだの」

「……はい。お2人」

 

 隅にいた参列者はその声をかけられたとき、素直に答えた。

 何か事情があって来るのが遅れたのだろう。ままあることだ。

 誰が犠牲となったのか知らないのも無理はない。戦場は混乱しているのが常だから。

 

「2人……? 死んじゃった?」

「ええ。……ほら、お祈りしましょう。2人がゆっくり眠れますように、って」

「本当に、惜しい方たちを失くしました。結梨さんも、つかさ様も、素晴らしいリリィでしたのに……」

 

 だから改めて、目を閉じ手を合わせ、安らかな眠りを祈る。ヒュージの撃滅と、人の世の平和を誓って。

 嘆き、立ち止まることなどきっと彼女らだって望んでいない。

 倒れたリリィの分も戦い抜くという決意こそがリリィを強くする。

 それだけが、いつかの終わりのその先で再会した時の祝福になるだろうから。

 

 今は、祈る。

 

「ゆっくり休んでね。結梨ちゃんと、私。……………………ん?」

「つかさと私、死んじゃったの?」

 

 はずだったのだが。

 

 

「ん?」

「へ?」

「は?」

「なんて?」

「ちょっとまさか」

「いやそんなそんないくらつかさ様でも」

 

 全員一斉に振り向いた。

 墓地の入り口近く、集ったリリィ達の端。

 そこにいたのは、ちょっとボロついた百合ヶ丘の制服を着た2人のリリィ。

 

 

 常盤つかさと一柳結梨である。

 

 

「ギャにィィーーッ!? なんで私の名前が墓に刻んであるの!? ま……まさか! この葬式は!?」

 

「つかさ様ーーーーーー!?」

「結梨ちゃんんんんんんん!?」

「正直ちょっと生きてるんじゃないかなって気はしてました! 特につかさ様!!」

 

 

◇◆◇

 

 

「いや、なんで生きてるんですかつかさ様」

「んーとね、ヒュージを結梨ちゃんと二人でぶった切ったら爆発しそうになったのよ。危ないから結梨ちゃんを抱えて真下の海に飛び込んで爆発から逃れたってわけ。……水落ちできなければ即死だったわね……」

「水に沈めば死なないってどういう理屈ですか」

「ちょっとさむかった」

 

「で、そのあとは少し流されて江ノ島に上がって。携帯が死んでたから連絡もできないし、結梨ちゃんが結構怪我してたから応急処置して、動けるようになったからようやく百合ヶ丘に戻ってきたのよ」

「な、なるほど……でもよく治療できましたね」

「うん、その辺はどんな怪我でもすぐ治るように包帯を『ニチアサ巻き』したらすぐ治ったわ」

「……たまにその応急処置しますよね、つかさ様。引くほど効くらしいですけど」

「わたし、げんき!」

 

 

◇◆◇

 

 

「……と、いうことがあったのよ。だから心配しなくていいわ、梨璃」

「えぇ……」

 

 百合ヶ丘女学院、地下隔離室。

 そこは今、梨璃を収容する独房となっていた。

 

 最終的に人として認められたとはいえ、結梨が拘束命令の対象となっていたこと、梨璃がそんな結梨を連れて逃走したことは事実。命令違反に対する処置は必要ということで、この隔離と相成った。

 夢結が状況を知らせに来たのも、シュッツエンゲルとしての立場を利用したグレーに近い行動だ。

 だが、どうしても知らせたかった。結梨もつかさも無事であることを。誰も欠けることなく、あの戦いを乗り越えたのだと。

 

「良かったです。本当に。……でも、私は何もできませんでした」

「梨璃……」

「正直説明を聞いても何がどうなったのかはよくわかりませんけど、きっとつかさ様がいなかったら、結梨ちゃんは……なのに、私は……」

 

 そこに、自分は何一つ関わることができなかった。

 幸せな結末を喜ぶとともに、ふがいなさだけは消えなかった。

 

 

 

 

「……だから、梨璃を元気づけたいの」

「そのために、髪飾りを探すわけですのね。……海に落ちたものを」

「さすがに難しそうですね……」

 

 なんだかんだで久々な気がする、一柳隊控室。そこに、梨璃ちゃんを除くレギオンメンバーが揃っていた。もちろん、私と結梨ちゃんも一緒。

 シュッツエンゲル権限を駆使して短時間ながら梨璃ちゃんと会ってきた夢結ちゃんが私と結梨ちゃんの無事を伝えてくれたらしいけど、梨璃ちゃんは自分の無力を嘆いているらしい。

 ……まあ、よくあることよね。ああしていれば、こうしていれば。そう思わずにいられるリリィなんて、この世に一人もいないでしょうよ。

 でもだからといってそれに囚われてはいけない。自力なり、仲間の力を借りるなりして乗り越えなければ戦えなくなるだろう。

 

 梨璃ちゃんが乗り越えるためのきっかけとして夢結ちゃんが考えたのが、先日の戦いで失われた髪飾りを探してあげることだという。

 

「髪飾りってアレでしょ? 梨璃ちゃんがいつもつけてた四葉の(ラッキー)クローバー。少し時間は経ってるけど、レアスキルを駆使すれば何とかなるかもね」

「失せ物探しにレアスキル、ですかつかさ様」

 

 そうよ鶴紗ちゃん。ドーナツ両手に持ってもっしゃもっしゃ食べてる鶴紗ちゃん。

 私らが行方不明になってから心配であんまりごはん食べられてなかったって二水ちゃんから聞いたわよ鶴紗ちゃん。

 

「二水ちゃんの<鷹の目>と雨嘉ちゃんの<天の秤目>、楓ちゃんの<レジスタ>なんかは知覚力が向上できるし、神琳ちゃんのテスタメントはその効果を拡大できる。普通の人海戦術なんて目じゃない捜索ができるはずよ」

「他にも使えそうなスキルは……」

「わしの<フェイズトランセンデンス>は短時間の出力アップじゃし、レアスキル使用時のマギ供給役じゃな」

「私はファンタズム。未来予知みたいなものだから今回は使えないか」

 

 そうやって力を合わせれば大体何とかなるのよ、リリィって。

 自分のレアスキル<ルナティックトランサー>が今回役に立たないスキル筆頭だということを思い知って闇に沈んでる夢結ちゃんと、それを慰める移動系スキル<縮地>使いの梅ちゃんはまあ置いとくけど。

 

「……すみません、ふと気付いたんですが、つかさ様のレアスキルってお聞きしても?」

「そ、そういえば……! つかさ様の活躍はたくさんん聞きますけど、レアスキルは私も知らないです!」

 

 そういう話題になると、やっぱこう来るよねー……。二水ちゃんもさっそくメモ片手に興味津々だし。まあそうなるだろうとは思ってた。

 いや、別に隠してたわけじゃないから普通に答えるんだけど。

 

「私のレアスキル? わかんない」

 

「……はい?」

「わから、ない……?」

 

 うん、そういう反応になるよねー。

 

「いや、マジの話よ。隠すとかじゃなくて。……スキラー数値ってあるじゃん?」

「は、はい。マギをどれだけ出力できるかを表した、リリィにとってすごく大事な資質です」

 

 スキラー数値。

 1~100で表される資質で、マギをどれだけ扱えるかを示したもの。

 CHARMの起動に50、高レベルのレアスキルの保有には80以上の数値が必要とされる、というのが研究と実例から分かってきていること。

 ちなみに現役最高のスキラー数値は98で、これ以上になると人間には耐えられないと言われているわけなんだけども。

 

「私、これまでスキラー数値計測した時、ことごとく『555』とか『913』とか『753』とかのわけわかんない数値が出るのよ。たぶんそのせいで、まともなレアスキルが使えないみたい」

「えぇ……」

「つかさ様マジつかさ様」

 

 おうこら鶴紗ちゃん、人の名前を何かの概念に使うんじゃねーわよどういう意味を乗せたのか言ってみなさいよ!

 

「ま、まあでも! 財団Bから贈られてくる装備を使えばレアスキルっぽいこともできるからいいの! このメダルで鷹の目みたいな視点は得られるし、こっちのメモリ的なキーを使えばファンタズムみたいな未来予測も使えるし、どこからともなく飛んでくる銀色のカブトムシを捕まえた時はZみたいな巻き戻しもできるもん! あっ、結梨ちゃんもよかったら使ってね!」

「一つ、変なものが混じっていませんでした?」

「神琳、違う。変なのは全部だ」

 

 へーんだいいもんねーだ。別にレアスキルなんて使えなくたって戦えるもんねーだ!

 だから見てろよ、梨璃ちゃんの髪飾り探しでもめちゃくちゃ活躍してやるんだから!

 

 

 

 

 なお、実際の髪飾り捜索においては。

 

「とりあえず視力と聴力を強化してみよっかなー。50秒以上やるとめっちゃ頭痛くなってぶっ倒れるけど」

「あとが面倒なので大人しく待っていてください」

 

 普通に夢結ちゃんたちと同じ、レアスキルが役に立たない組扱いされました。解せぬ。

 

 

◇◆◇

 

 

「ごきげんよう、梨璃さん」

「みんな、どうして……? 結梨ちゃんも」

 

 地下隔離室から出てきた梨璃ちゃんの表情に、生気はなかった。

 こんな暗くて狭い部屋に押し込まれていたのなら、そりゃあ気も滅入るだろうから仕方のない話。しかもそんなところに抱えて行ったのは暇つぶしの道具ではなく、結梨ちゃんを守れなかったという無力感だけだったというんだからなおのこと。

 

 そのままならば、リリィを続けられなくなることもありうる。そういう子を、私は何人も見てきた。

 乗り越えるために必要なのは、強い決意かたしかな勇気。

 

 あるいは、支えてくれる大切な、たくさんの仲間たち。

 

「梨璃さんのつけていた髪飾り、見つけてきましたわ。わたくしたち、みんなで」

「髪飾り……?」

 

 最終的に髪飾りを見つけた楓ちゃんが、梨璃ちゃんの手に髪飾りを返す。

 百合ヶ丘のたくさんのリリィたちが協力して、梨璃ちゃんのために頑張った。そのことはきっと、梨璃ちゃんを支える理由になるだろう。

 

「……よく似てますね。どこで買ったんですか?」

「え゛っ」

「楓ちゃん?」

 

 なるだろう、と思ったんだけどなんか雲行き怪しいなあ!?

 

 

「私の髪飾りには、傷が入ってたんです。でもこれにはそれがないから」

「あ、あらー……よく覚えてらっしゃいますのね梨璃さん……おほほほほ」

 

 話を聞くところによると、梨璃ちゃんの髪飾り自体は割と早い段階で楓ちゃんが見つけていたのだという。

 ヒュージの攻撃が直撃して、ズタボロになった状態で。

 ただでさえ精神ギリギリな状態の梨璃ちゃんにそんなもの見せたらそれこそファントムが湧くと心配した楓ちゃんは、こっそりと六角汐里(ろっかくしおり)ちゃんにお願いして設備を借りて、髪飾りを自作したらしい。

 ……なんつーか、本当にド根性よね楓ちゃん。

 

「……ありがとう、楓さん。みんなが心配してくれて、力を貸してくれてる。だから私、すっごく嬉しい。思ってくれた分、きっと強くなるから……!」

「梨璃さん……!」

 

 そしてその心は梨璃ちゃんにもしっかりと届いた。

 瞳に戻った光と決意の色。そういうリリィは強くなる。そういう子も、私はたくさん見てきたから。

 

「よかったね、梨璃。また一緒にがんばろう」

「結梨ちゃん。……うん、うん! 今度こそ、絶対に私が守るから!」

 

 

◇◆◇

 

 

「さーて、とりあえず『さっさと結論を言え』という目を向けられているので結論から申し上げましょう。ヒュージの中から見つかった、夢結のダインスレイフ。こちらを解析した結果、術式が書き換えられていることが判明しました」

 

 理事長室。

 高松咬月と生徒会三役に加え、報告に来た真島百由の5名が一振りのCHARMを見つめている。

 元々は白井夢結の持ち物であり、2年前の甲州撤退戦の際に失われ、数か月前にヒュージの中から回収された、あのダインスレイフである。

 

「術式が書き換えられた結果、マギに、そしてヒュージに影響が出たと?」

「CHARMというのはそもそも人がマギを操るためのもので、ヒュージはマギに操られた事象です。現状確認されているヒュージの異常行動に対して最も説明がつきます」

 

 それは、ただ単に失われたものが戻ってきたというだけでは済まないことになりつつある。

 

「説明がつくとはいえ、そんなことが可能なの? 夢結さんは工廠科じゃないのだから、戦場で術式の書き換えができるとは思わないけど」

「ええその通り。やったのは夢結ではありません。解析の結果判明したのは、このCHARMの現在の、つまり最後の契約者が夢結ではないということです」

 

 甲州撤退戦は激しく、辛い戦いだった。

 失われた土地は多く、故郷を追われた人は今も避難先での生活を余儀なくされている。

 壊れたCHARM、命を落としたリリィもまた然り。

 

 この戦いにおける白井夢結の戦闘や行動については詳細が不明な部分もあるが、それでもできる限りは調べられている。

 最後にどんなヒュージと戦ったのか。その時何が起こったのか。

 それらと照らし合わせれば、このダインスレイフを最後に振るったリリィとして、必然的に一人の名前が浮かび上がる。

 

 

「――川添くんか」

「はい。当時の夢結のシュッツエンゲルにして、百合ヶ丘トップクラスのリリィ。……つかさ様とも親交の深かった、川添美鈴様です」

 

 それが一連の事象に対する答えとなるのか。

 なったとして、2年前に死んだ少女に答えを求めることが正しいのか。

 

 何も言えない沈黙こそが、抱える迷いの証明だった。




ギャリーさん

 常盤つかさ専用の外征用機動装甲車。
 通常の外征はレギオン単位でガンシップに乗って行くが、つかさは一人なのでギャリーさんを使っている。
 廃墟となった街でもごりごり進める走破性と、ヒュージの攻撃を弾くレベルの装甲を有している。
 学習型AIを搭載しているので操縦は基本的に必要なく、ピンチのときにすっ飛んできてくれたりもする。ギガント級ヒュージに体当たりかまして吹っ飛ばしたこともあるとかないとか。
 普段からそこはかとなくつかさの近くにいるらしく、携帯で連絡されると駆け付ける。その際は普通に会話しており、つかさ曰く「とってもハードボイルドなイケボ」の持ち主らしい。


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川添美鈴と仲が良く、どちらかの年齢が違えばシュッツエンゲルになっていただろうと思われていたリリィがいるらしい

「こんにちはー! お話ってなんですか理事長代行! 外征ですかだったらG.E.H.E.N.A.の拠点が近いところか親G.E.H.E.N.A.派ガーデンがいいです深い意味はないですけど! 深い意味はないですけど! コラテラルダメージは建物2つくらいに抑えますから! ……って、あれ? みんなお揃いで」

 

 その日、私は理事長代行からの呼び出しを受けた。

 よくあることだ。外征という名のご指名があって他のガーデンに援軍だったり訓練の相手役だったりをしに行くというのはいつものこと。

 今日もその類だろうな、と想いながら元気よく理事長室の扉を開けると、そこには理事長代行以外にも4人のリリィがいた。

 

 生徒会三役と、百由ちゃんだ。

 

「えーと、揃ったところで報告をさせていただきますね。つかさ様もどうぞ中へ」

「アッハイ。……とりあえずみんなお菓子どうぞ。私のお墓にお供えされたヤツだけど」

「……一人では食べきれないからと配っていましたね。まだ残っていたんですか」

「みんな、たくさんくれたから」

 

 その様子を見て、ちょっと長い話になりそうだなと察する私。

 せっかくだしお茶菓子でもということで持ってきてたものを配ったんだけど微妙な顔をしている。

 ……うんまあ、勘違いで営んだ葬式のお供え物が微妙って気持ちはわかる。わかるけど、食べないともったいないじゃん?

 

「……ヒュージの中から回収された夢結のCHARM、ダインスレイフの分析の一環として――美鈴様について調べました。今日はその結果の報告ですね」

 

 ――ああ、そういうこと。

 私が呼ばれた理由は、その名が出たことで察しがついた。

 

 川添美鈴。

 2年前の甲州撤退戦で命を落としたリリィの一人。

 夢結ちゃんのシュッツエンゲルで、私の同級生。

 知らない仲じゃない。こうして美鈴の話題が上るとき呼ばれても、不思議に思わない程度には。

 

「今回行ったのは主にリリィたちへの聞き取り調査です。みんな、美鈴様のことはとてもよく覚えていました。品行方正、立ち居振る舞いも優雅で理想的。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿はリリィの鑑、と」

「えっ」

 

「ええ、そうね。私もそう思っていたわ」

「えっ」

 

 ……なんか、美鈴像に対して私と他の子らでとんでもない断絶があるっぽいけども!

 

 

「では、美鈴様のレアスキルが<カリスマ>だった、と言ったら?」

「カリスマ? 違うわよ、美鈴さんのレアスキルは……あら?」

 

 史房ちゃんが、ゾっとしたように表情を固まらせる。

 生徒会長である史房ちゃんは、生徒のことを大体把握している。

 少なくとも、レアスキルが発現すれば学園側に記録されるし、特別隠すようなものでもない。

 

 なのに史房ちゃんの反応は、まるで「レアスキルを保持していたという記憶はあるのに、なんのレアスキルかはわからず、そのことに疑問も持たなかったと初めて気づいた」ようなものだった。

 

「学園の記録も確認しました。美鈴様のレアスキルがカリスマだった、とする記述はありません。……でも、カリスマでなければ辻褄が合わないし、カリスマなら筋が通るんです」

「辻褄、とは?」

 

 理事長代行の顔色がじわりと苦み走る。

 ヒュージでもなく外野の政治家なんかでもなく、よりによって百合ヶ丘のリリィの中にヒュージ変質の原因があるかもしれない、把握しきれていなかった何かがあったらしい、と聞かされればそうもなるだろう。

 

「CHARMの術式を書き換えるためには相応の手順や設備が必要です。……が、このダインスレイフは戦闘の最中、瞬時に契約と術式変更がされています。それを可能とするのはリリィに、マギに影響を及ぼす支援と支配のスキル、カリスマだけです」

「ちょっと待ってちょうだい。いくらカリスマでもそこまでのことはできないはずよ。百合ヶ丘にもカリスマ持ちのリリィはそれなりにいるけれど、そんなことが可能という話は聞いたことがないわ」

「……カリスマには上位スキルの存在が予見されていたわね。マギの支配だけでなく、人の記憶操作すら可能になるというレアスキル、<ラプラス>」

「ですがラプラスを発現したというリリィの実例報告はありません」

 

「つまり、川添くんのレアスキルがカリスマを越えたラプラスに到達し、それによって自身のレアスキルについての認識を阻害し、さらにそのCHARMの術式を書き換えた、と?」

「そのくらいの理由がなければできることではないんですよ。……それで、つかさ様」

「あ、やっと私に話来た?」

 

 そこまで進んで、ようやく私が呼ばれた理由になるらしい。

 まあ、そんな感じじゃないかと思ってたけどね。美鈴の話になってたわけだし。

 

「つかさ様から見た美鈴様はどんな方でしたか? シュッツエンゲルの契りを交わしたのは夢結でしたが、美鈴様と特に仲のいいリリィといえばつかさ様なので、ぜひお話を聞かせていただきたくて」

「えぇ……」

 

 いやまあそこまで予想はしてたんだけど、ね?

 美鈴の話かー……。

 

「どうかしましたか? おかしな質問ではないと思いますが」

「いやだって、みんな美鈴のことをすごいリリィだって言ってたけど、あいつヤベー女じゃね? 私からすると、百合ヶ丘で一番ヤベーイ女だったんだけど」

「や、ヤべー……?」

 

 淑女としてそれはどうなの、的な視線を感じるけど気にしない。だって、美鈴について素直に評するとこうなるんだもん。

 

「ヤバいところは色々あったけど、特に夢結ちゃん相手には半端じゃなかったじゃん?」

「ど、どこがでしょう。白井さんのことを温かく見守り導く、理想的なシュッツエンゲルだったと思いますが」

 

 そーなのよねー。外面はいいのよあいつ。

 

「基本的にはそうだったけど、夢結ちゃん見る目ヤバかったって。アレは飢えた獣よ。いつかマジで手を出しそうになったら私が斬ってでも止めなきゃって思ってたし」

「ええ……」

 

 

 私から見た美鈴は、そういうリリィだった。

 ショートカットの髪に涼しげな目元。挙句一人称は「ボク」。

 一言でいえば王子様系。女子高でモテるタイプの女。

 リリィとしても優秀で、夢結ちゃんのシュッツエンゲル。

 

 ……美鈴のシルトになりたいと願ったリリィは数多く、よりどりみどりなその中から見出した唯一の女の子が、夢結ちゃん。

 美鈴が夢結ちゃんを見るときの目は本当にヤバかった。アレ、あと少し放っておいたら本気で手を出してたんじゃないかと、私は今でも思ってる。

 

「ありがとうございました、つかさ様。……この通り、つかさ様の美鈴様像と私を含めた他のリリィや教員の認識は大きく隔たっています。全て状況証拠ですが、美鈴様というリリィのことを記憶や印象から判断することはできない。それが現時点での結論です」

「……なるほどのう。よくわかった。美鈴くんについても本件に関連するものとして調査を始めてくれ」

「はい。ひとまず、私から夢結にも話を聞いてみます。これでも、中等部までは仲が良かったんですよ。少なくとも、私はそう思ってました」

 

 という話はいいんだけど、それを全く疑われないってのもどうなのかしらね?

 

 

◇◆◇

 

 

「……その、つかさ様」

「夢結ちゃん?」

 

 珍しいこともある。夢結ちゃんが私に声をかけてくるなんて。

 

「少し、お話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「……ええ、もちろん。人がいないところのほうがいいでしょ。屋上行こっか」

 

 でも、そうなるだろうなという予感はあった。

 百由ちゃんが美鈴についての話をしていただろうし、そうなれば夢結ちゃんは平然としてはいられないだろうと思っていたから。

 

 話し合いの場としては屋上を選んだ。

 大抵の場合人がいないし、見晴らしがいいから通りがかった誰かに気付かず聞かれる心配も少ない。

 階段を上り、屋上へ続く扉を開き、鎌倉の街並みを見下ろすいい感じの場所へたどり着くに至るまで、夢結ちゃんは一言も口を開かなかった。

 

「……」

「いい天気ね。海もよく見えるわ」

 

 何気ない話題を振ってみるが、それでも返事がない。

 無視している、というよりも思考に没頭してるという感じだろうか。なので、しばらく無言で待つ時間が続き、涼しい風が2度3度頬を撫でたころ、夢結ちゃんがぽつりと言葉をこぼした。

 

「……美鈴お姉様のことです」

「今日、理事長室で百由ちゃんから美鈴の話を聞いたわ。そのことかしら」

「ええ、おそらく。……最近のヒュージの変化にお姉さまが、お姉様のレアスキルが関わっているかもしれない、と」

 

 屋上を囲む柵に手を添えながら訥々と語る。

 百由ちゃんから聞かされたという話はまさしく私が聞いたのと同じものだった。

 

 回収されたダインスレイフ。書き換えられていた術式。最後の使用者。それを可能とするだろう、唯一の可能性。

 レアスキル<カリスマ>。

 あるいは<ラプラス>。

 

 そのことを誰も、夢結ちゃんすらも知らなかったという、2年経って初めて知った事実。

 シュッツエンゲルの契りを結んだ夢結ちゃんにとって、たやすく飲み込める話ではないだろう。

 

「つかさ様は、美鈴お姉様と……とても親しくしてらしたので、その……」

「親しかった、のかなあ。あいつが何かやらかしたら止める気でいたけど。そして多分美鈴も何かあれば私を止めるつもりだったろうけど」

 

 そして、やはり夢結ちゃんも私と美鈴の関係をそういう風に見ていたらしい。

 当時も思ってたことだけど、外面いいからなー美鈴。

 

 

「…………私、幻を見るんです。美鈴お姉様の姿をして、美鈴お姉様の声をして、美鈴お姉様のようなことを言う、幻を」

 

 ここが、核心か。

 夢結ちゃんの声と顔から、そう思った。

 

 私から見た川添美鈴というリリィは大概アレな女だったけど、美鈴と夢結ちゃんのシュッツエンゲルはとてもとても幸せそうだった。

 たくさんのリリィが憧れるのも無理のないこと、あんなに通じ合える相手と出会えたならヒュージとの戦場だって怖くないだろうと、私ですらそう思っていた。

 

 そんな片割れを失って、それでも残ったものが、残ってしまったものがあったとしても、不思議はないだろう。

 

「梨璃をシルトにして、私もシュッツエンゲルになって、思うんです。守りたい、大切にしたいと。美鈴お姉様も私のことをそう思っていてくれたのかもしれない。……なのに、私は今もお姉様の幻影に縋りついて……!」

「言っちゃなんだけど、夢結ちゃんの妄想よね、その美鈴」

 

 その想いは切り捨てられるものではない。

 だから、私にできるのは語って聞かせることだけだ。

 私から見た、夢結ちゃんは知らないだろう川添美鈴を。

 

「……でしょうね。お姉さまが生きていたら、あんな風には……!」

「美鈴が本当に化けて出たんだとしたら、絶対夢結ちゃんのお風呂とか覗くし」

「私はどうしてこんな風にお姉様を歪めて! ……は?」

 

 正直、言うべきか迷ったんだけどね。でもまあ、多分荒療治が必要だろうし仕方ない!

 私の大好きな言葉はコラテラルダメージ! 考えなしに動いた結果、あとは野となれ山となれって意味じゃないよ!

 

「たぶんだけど、その妄想ウルトラ美鈴って時々現れてはクールな顔で思わせぶりなこと言ったりするんでしょう?」

「お、思わせぶり……。含蓄があるというか、私のことを見通したようというか……」

「美鈴、結構自分勝手でワガママよ。都合が悪くなると難しいこと言って煙に巻いて誤魔化すようなことも普通にするし。顔がいいから、そうしててもなんかすごいこと言ってる感が出てたけど」

「えぇ……」

 

 私が似たようなことすると、「また変なこと言い始めた」「今度はどんな新商品(おもちゃ)もらったんですか」みたいな顔で見られたのに。ぐぎぎぎ。

 

「で、でも! 美鈴お姉様は私を恨んでいてもおかしくないんです! 2年前のあの日、私は、私はお姉様を……この手で……!」

 

 とかなんとか思い返しているうちに、夢結ちゃんはエキサイトしていた。

 うっすらだけど、髪の毛先が白くなりかけているような。

 

「つかさ様だって、私を恨む気持ちがないとでも!? 美鈴様をこの手にかけたかもしれない、私を……!」

「たとえば、死んだライオンがいたとして」

「……し、死んだ?」

 

 だけどその相当なエキサイト、的外れなんだよなあ。少なくとも、私が夢結ちゃんを恨むとかありえない。

 

「そのすぐ隣にウサギがいるのを見て『ウサギがライオンを倒したんだ』って思う?」

「つかさ様、以前『ウサギというのは人間の首を刎ねる危険な生き物』だと吹聴していませんでしたか?」

「…………つまりそういうことよ。夢結ちゃんは美鈴を斬ったりしないし、美鈴だって夢結ちゃんにトラウマ残すような斬られ方は絶対にしないわ」

「……まあいいですけども」

 

 夢結ちゃんからの鋭すぎるツッコミにたじろいだりもしたけれど、私は元気です。

 ――だから、あんたもゆっくり休んでなさいよ、美鈴。

 鎌倉の海の反対側、山の中腹にちらりとのぞく、緑に包まれた墓地を見上げながら、心の中だけでそう呟いた。

 

 

◇◆◇

 

 

 2年前のことになる。

 

「夢結がかわいすぎて辛い」

「人を呼び出してどんな話かと思ったら開口一番なに言ってやがんのよこの女」

 

 珍しく美鈴からお茶会に誘われてホイホイついてきてみたら、屋上に用意されたテーブルと椅子とパラソルの一式と紅茶とスコーンを前にして美鈴がいきなりこんなことを言い出した。

 

「いや待ってくれつかさ。ボクは真面目な話をしているんだ」

「あの出だしの時点で、すでに真面目に聞く気が失せてるんだけど」

 

 とはいえ、実のところよくあることだ。

 外面のいい美鈴は、高等部1年ながら既に百合ヶ丘でも理想的なリリィの筆頭と見られつつある。

 華やかな女子高の中とはいえ、リリィは戦うことが宿命。

 心を支える理想は必要で、その役を己に課す美鈴としては表に出せない心も見せたくない表情もあるのだろうし、それを同期の私にぶちまけたいというのなら協力もする。

 

 するけどさ。

 

「どこまでならセーフだと思う? 可能なら一緒にお風呂くらい入りたいんだが」

「百合ヶ丘の入浴は基本学年別の大浴場だからそんなにおかしなことじゃないんだけど、あんたが言うといかがわしい意味に聞こえるわ」

「いかがわしい意味で言っているに決まっているだろう! 一緒にお風呂に入って、夢結の体の全てに触るにはどうしたらいいかという話をしているんだ!!」

「CHARM持ってくるんだった……。一応言っとくけどね、美鈴。あんたいま、私の中の『いつか斬るべきランキング』でG.E.H.E.N.A.とヒュージに次ぐ3位よ」

 

 あるいは、ヒュージより先に始末するべき相手とお茶会してるのかもしれない。

 そう思うしかない今が割と真剣に悲しかった。私の前だと割とこういうヤツなのよね、美鈴……。

 

「まあそれはそれとして。夢結は強いリリィだけど、少し不安定だ。だからこそ強力なルナティックトランサーの使い手で、何かがあれば脆くなる。ボクは命の限り支えるつもりだけど……もしものことがあったら、夢結のことを頼むよ、つかさ」

「えー。私じゃダメだと思うんだけど。美鈴とちょいちょい話すせいか、時々メロドラマの嫉妬に狂った女の目で私のことを見てくるわよ、夢結ちゃん」

 

 それでも、シルトである夢結ちゃんを大事に思う気持ちは本物だ。

 ……欲望塗れなのも間違いないんだけども。今はデートとかを楽しむ時期と思ってるらしいから手を出してはいないけど、一線を越えたら私が始末をつけなきゃいけないかもしれない。

 そんな風に思うくらいには、私も美鈴も本気だったろう。

 

 

 結局、私が美鈴を止める必要はなかった。

 このお茶会のすぐあとに勃発した甲州撤退戦において、美鈴は戦死。夢結ちゃんは美鈴が危惧した通りというべきか、ふさぎこんで孤高のリリィとなってしまった。

 私も気にはしていたんだけど、あからさまに私を避ける様子が強くてまともに話すことすらできはしない。たぶん、私を通して美鈴のことを思い出していたんだろう。

 

 そんな夢結ちゃんを救えるとしたら、きっと美鈴とは全く別の何かだ。

 憧れる、教え導いてくれる存在とは全くの逆。

 憧れという名の光を当てて、隣に寄りそうような。

 

 梨璃ちゃんはまさしく、夢結を救いうるリリィだった。

 

 

 

 

「ボクはね、怖いんだ。夢結への思いがいつかあふれてしまうのではないか、その想いが夢結を傷つけてしまうのではないか、って」

「キメ顔で一見難しいこと言って煙に巻くとか、そういうのは中等部のうちに卒業しておきなさいよ……。しかも、言った後で顔赤くするくらいならやめなさいっての」

「……う、うるさいうるさい! 忘れろ!」

 

 そしてこのとき、都合が悪くなった美鈴が手のひらを向けてきたのはなんだったんだろう。

 ご丁寧に、マギを使ってか手のひらに自分のバインドルーンを光らせたりして忘れろ忘れろ言ってたけど、そういうのはもうちょっと若いころにするか、金沢文庫のシエルリント女学薗に編入してやんなさい。あそこ、中二病の巣窟だから。

 

「……大丈夫、美鈴? 夢結ちゃん呼んで膝枕してもらう? それともシエルリントに転校してその筋で生きていく?」

「な、なんで効かないんだこの特異点! ……あと、シエルリントは勘弁してくれ。あそこはそもそも意思疎通すら成り立たない。以前交流会に参加したら、なぜか『セイバー様』とか名付けられて無駄にしっくりくるのが怖いんだ……」

「わかるわー。前に外征でお呼ばれしたけど、熊本弁をしゃべれなかったら何一つ会話できなかったわね」

「熊本弁とは一体……」

 

 

◇◆◇

 

 

 その異変は、一目でわかる形で始まった。

 

 轟音と、空に向かって伸びる3つの光。

 その出発点は由比ヶ浜のヒュージネストから。

 

 射出された質量体の軌道は直ちに観測・計算され、判明する。

 弾道飛行によって大気圏外に出た後、地球を一周し。

 

「戻ってくる、というの? なんのために」

「着弾予想地点はネストから少しだけ北ですので、戻ってくるというのとは違います」

「……つまり、百合ヶ丘への攻撃ということか」

 

 そう判断するのが妥当だった。

 

 だが、攻撃としては奇妙過ぎる。

 ステルス飛行でもケイブを利用したワープでもない移動がそもそも珍しい上に、百合ヶ丘への攻撃だとしたら弾道飛行で地球を一周するなど非効率が過ぎる。

 前回のヒュージのように、リリィの手が届かないところからの攻撃をさらに発展させたと見ることができなくもないが、あれほどの規模となるとマギの消費量、ネストそのものへの負担も尋常ではない。

 ヒュージがそんな方法を取るとは、俄かに信じがたい。

 

 しかし、現実として目の前の事象に対応しなければならない。

 大気圏突入してくるヒュージを迎撃する方法をリリィは持たない以上、どのように対処するにせよ地上へ着弾したあとの行動になる。

 

「百合ヶ丘の全生徒に退避命令。現時刻をもって全授業と任務を凍結。至急、避難区域へ後退する」

「……それで済むでしょうか」

「できることをするしかない。……行こう」

 

 

 理事長代行の命令は速やかに全生徒へ伝えられ、取るものもとりあえずCHARMだけを手に全リリィが退避することとなった。

 

 百合ヶ丘を離れ、列を成し、一様に不安げな表情で鎌倉の山を登るリリィ達。

 レギオンごとにまとまる余裕すらなく、三々五々に進んでいく様はまさしく敗者の列というに相応しい。

 

 

「――梨璃さん! ご無事でしたのね!」

「楓さん。会えてよかったです。……あの、お姉様を見ませんでしたか?」

 

 そんな中、梨璃が楓と合流できたのは幸運と言っていい。

 レギオンの仲間の顔を見られればそれだけで心強く、不安は消える。

 

 最も見たかった顔がない、そのことに消えない不安はあるが。

 

「夢結様、ですか? わたくしは見かけていませんわね。わたくしたちより先に避難を……するほど物分かりのいい方ではありませんわよね」

「じゃあ、まさか……」

 

 状況から導き出される、夢結の居場所の推測。

 後ろを振り向く梨璃の目には無人となっているはずの百合ヶ丘女学院と。

 

 空から降り注ぐ眩い閃光が、いままさに大地へ突き刺さる瞬間が飛び込んできた。

 

 

 隕石に等しい弾道軌道の落下物がもたらす破壊は、本来ならば都市を吹き飛ばしうるものだった。

 そうならないとするならば、それは落下が破壊以外の目的をもって行われたもので、制御されていたことに他ならず。

 

 鎌倉の大地に埋まり込んだ3つの質量体がクレーターの中から姿を現し、鎌倉全域を包み込む巨大な結界を作り出すに至り、何かの意図があることにもはや疑いの余地はなかった。

 

「……様子が変ですわ。攻撃にしては破壊が少なすぎるうえに、この違和感。なんですの、あのヒュージ」

「私、様子を見てきます!」

「お待ちになって梨璃さん! わたくしも一緒に……っ? マギが、入らない……?」

 

 そして、異変が起きる。

 CHARMに、マギが入らない。

 

 リリィの隔絶した能力はマギを使うことによって得られる力だ。

 マギを操れなければ、マギクリスタルへ注ぎ込むことができなければ、当然その恩恵は受けられない。

 周囲にマギが枯渇したわけではなく、しかし使えない。異常事態だ。

 

「……すみません、先に行きます!」

「梨璃さん!? 一人では危険です!」

 

 ただ一人、常と変わらずマギを支配し、百合ヶ丘へ向かって軽やかに飛び立つ梨璃を除いて。

 

 

 

 

「理事長代行、マギを使えません。他のリリィたちにも確認しましたが、CHARMが使用不能状態に陥っています」

「……あのヒュージの仕業か」

 

 その情報は、すぐに咬月たちの知るところとなった。

 だが、対処のしようがないというのもまた事実。

 

「ネストから射出された3体のヒュージは墜落によって地下深くへ潜り込んでマギに干渉する結界を展開しているようです。……そして、そのまま『あのヒュージ』に吸収されています」

 

 百由が指さす先に、漆黒の球体が浮かぶ。

 地中に埋まったヒュージ達からのマギを吸い上げ形を成していく、邪悪を感じる塊だった。

 

 異常なヒュージだ。

 為すことも、能力も。

 強い、弱いといった評価で表せるものではない、いまだかつて見たことのないヒュージであること、疑いの余地はなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「私にはもう、何もない。戦うしか……戦うことでしか、わかりあえない……」

 

 誰もいない、いないはずの百合ヶ丘女学院。

 その量の一室に、夢結がいた。

 ヒュージが襲来するという情報と、避難指示が出ていたことは知っている。

 だが従う気にはなれなかった。

 

 頻発する美鈴の幻。その言葉に、そしてそんなものが心の内から生まれ来るという事実に、夢結はもう耐えられない。

 美鈴はもう、どこにもいない。失ってしまった。そのぬくもりには二度と触れられない。

 そのことが辛く、冷たい恐怖となって夢結の心を蝕んだ。

 

 白井夢結はリリィだ。

 レアスキルという名の宿業は<ルナティックトランサー>。

 強くあることができるものであり、同時に弱さがそのまま狂乱の戦いへと導くスキルである。

 

「なら、もう……私は……」

 

 ざわり、と窓から吹き込む風が鳴く。

 揺れた髪が戻るたびに白く染まる。

 憎しみと破壊の意思が、夢結の体を満たしていく。

 

「――お姉様!」

「……」

 

 その黒い汚泥は、たとえシルトの声でも押し流せない。

 

 

「やっと見つけました! ここは危険です、早く避難しましょう!」

「……無理よ。私、びっくりするほど何もないの。戦うしか、戦うことしか残っていないのよ……」

 

 掠れるほどに小さい声。

 憧れ、共に歩んできた頼りになるシュッツエンゲルのその姿に、梨璃は思わず言葉が詰まる。

 だが、叫ぶ。

 

「そんなことありません! どうしちゃったんですか、お姉様……?」

「私に質問をするな!!」

 

 しかし夢結もまた叫ぶ。

 もはや止まる意志などない。邪魔をするなら、たとえ梨璃でも倒して進む。

 赤く染まりつつある瞳が梨璃を見据え、言葉よりも雄弁にそう語る。

 

「美鈴様は苦しんでいた。苦しませる世界を呪った。あのヒュージはその呪いの結晶なの。……私が倒すわ。どきなさい」

「……どきません」

 

 梨璃にCHARMを突きつける夢結。

 だが梨璃もまた、CHARMを構えた。

 覚悟は梨璃も負けずに持つがゆえに。

 

「どきなさい! 私は、私はもう……!」

「そんなCHARMで何をするつもりですか。――マギが入っていませんよ」

「……え?」

 

 虚は一瞬。

 その瞬間、すでに梨璃は動いていた。

 読みと反応と踏み込みが完璧で、何千何万と重ねた素振りがしみ込んだ梨璃の体は最速。

 マギの切れたCHARMという名の棒きれを持って、立ちすくんでいただけに等しい夢結を見逃さず、振り抜いた梨璃のグングニルが夢結のブリューナクを、へし折った。

 

「な、あ……!」

「あのヒュージのせいで、ほとんどのリリィがCHARMを使えなくなっているんだそうです。だから、きっとお姉様も同じです。……でも私は大丈夫らしいので、行ってきます」

「ダメ、ダメよ……! あなたも、あなたまで、ヒュージに……!」

 

 夢結がもう戦えないと知って、ヒュージにたった一人で戦いを挑むために窓から飛び出そうとする梨璃に、夢結は必死で手を伸ばす。

 2年前、夢結のダインスレイフを携えてヒュージに向かっていった美鈴の姿が脳裏に甦る。

 決意を秘め、それでも優しく目を細める梨璃の笑顔がどうしてもあの日の光景に重なった。

 

「守ります。守るために戦います。だって、それが私の憧れたリリィですから」

「梨璃……!」

 

 あの日は、己の未熟が。

 そして今は、あの日梨璃に見せた青い幻想が。

 再び大切なものを奪い去ろうとするという運命を、夢結は呪わずにいられなかった。

 

 

 その呪いに抗わずには、いられなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「くっ、出遅れた……! バリっと割ってズンっと伸びるCHARMで再突入前に1つくらいは潰しておきたかったのに! ……あーもー! なんで私が昼寝してるときに来るのよー!!」

 

 百合ヶ丘女学院の一角にて、昼寝から起きるなり大変なことになっているのを知って慌てて制服に着替えたり寝癖のついた髪を整えていたりするリリィがいたという都市伝説が後に語られることになるが、真偽は定かではない。




シエルリント女学薗

 金沢文庫にあるガーデン。
 黒系のゴスロリ制服を着て、花や宝石の名前で互いを呼び合い、所属リリィたちは魔女を自称する中二病の巣窟。
 川添美鈴がシエルリントも混じった交流会に参加した際、即目をつけられて「セイバー様」という異名を頂戴したことからめちゃくちゃ苦手にしている。10年以上呼ばれてる気がするくらいしっくりくる上に、つかさがねっとりと薦めてくる青くてロボ型に変形するCHARMを無性に使いたくなるから戻れなくなりそうでイヤらしい。

 ガーデンとしては親G.E.H.E.N.A.派の総本山として有名で、つかさはとりあえずここに外征しに行くときは施設の一つも燃やす気でいる。
 中二病が蔓延しているので他のガーデン所属リリィは何言ってるのかわからないレベルだが、つかさは「熊本弁が使えるからよゆー」らしい。


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百合ヶ丘女学院壊滅の危機に立ち上がり、力を合わせてついにアルトラ級ヒュージまで撃破したリリィたちがいたらしい

 百合ヶ丘女学院に姿を現したヒュージは4つのパーツで構成されていた。

 本体と思しき中心の漏斗型。それを取り巻く3つの衝角。それぞれ空中に浮かび、本体に繋がる必要すらなく自在に飛び回るだろう。

 

 百合ヶ丘のリリィとして数度とはいえ実戦も経験した梨璃は、一目でそこまでを看破した。

 

「すごい。敵意と憎しみ、それに『悪意』を感じる。どういうヒュージなの……?」

 

 グングニルを構え、たった一人で対峙する梨璃。

 サイズ的に考えても、まず間違いなくギガント級。通常ならばレギオン単位で挑まなければならない難敵。

 しかも、謎の結界を展開して梨璃以外のリリィはCHARMを使用できない状態にされている。

 孤立無援。この戦場に立てるのは梨璃一人だけだった。

 

 さらに。結界内で刺すように感じる、この気配。梨璃には心当たりがある。

 

 

◇◆◇

 

 

「ルナティックトランサー? どういうこと、百由」

「結界の中心部から放出されているマギの波形、ルナティックトランサーとそっくり。距離が離れているからCHARMが使えないだけで済んでるけど、避難が遅れてもっと中心近くで影響を受けていたら……」

「私たち全員、際限なしのルナティックトランサー状態になっていたかもしれない、と」

 

 ヒュージから離れた避難途中ながら、状況の確認はできる限りの手段で続けられている。

 そんな中、観測結果から百由が導き出した推測が、あのヒュージが作り出している結界の性質だった。

 

 夢結を始めとするリリィのレアスキル、ルナティックトランサー。

 極まってしまえば理性を失い暴走する狂乱のスキル。

 それに近い性質の、そして周囲のリリィに影響を及ぼす結界を展開するヒュージ。

 その影響が強い中心部にいて、無事で済むとは思えない。

 最悪の場合、正気を失ったリリィたちによる同士討ちの危険すらあり得た。

 

「……何か、手の打ちようはないの!?」

「先に落ちた3体のヒュージ、アレは地上に出てこないまま地下でつながってるみたい。結界の展開元はそこね。ただでさえCHARMが使えないのに、そこを攻撃して結界を解除する方法は……」

「万事休すということか。……いや、待て。それほどの有利な状況を作ったのなら、なぜあの場にとどまっている?」

 

 だとすると、不思議なのはヒュージが動かないという点。

 百合ヶ丘のリリィの撤退がヒュージ側の予想より早かったという可能性はあるが、あれだけ派手にネストから打ち上げていたこととの整合が取れない。あれだけのことをして、百合ヶ丘に気付かれないなどはヒュージでさえ思わないだろう。何か、理由があると考えるのが自然だ。

 

 そして、ヒュージが動かないとは言うが全く微動だにしないわけではなく、腕らしき衝角状のパーツが先ほどから動いている。

 周囲の地面に突き刺すように。

 

「……まさか」

「至急点呼を! 避難が遅れているリリィがいないか確認して! ……あと、つかさ様の姿を見た子は最優先で連絡を! そんな子いない気しかしないけど!!」

 

 それがただの無意味な行動とは思えず、遠目にも戦闘だと思えてならないからには、やらねばならないことは決まっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「こらー、そこのヒュージ! 私が相手になるんだから!」

 

 ヒュージの目の前に飛び出した一柳梨璃。

 だが、まともに戦うつもりは始めからなかった。

 相手は推定ギガント級。そんなヒュージに対して、単騎でどうにかできると思うほどの自惚れなど梨璃の中にはない。

 そして少し離れているが戦場の様子が見えるだろう程度の場所には避難の最中である百合ヶ丘のリリィ達がいる。

 時間を稼げば、必ず何か対策を見出してくれる。そう信じ、とにかく引き延ばす。そのために戦う決意を胸に秘め。

 

 

「っきゃああああああ!?」

 

 だが、梨璃一人には荷が重い。

 敵ヒュージの戦闘能力は単純に、3本の衝角とマギの弾丸程度のもの。

 しかし、純粋なサイズ、質量の隔たりはそのまま覆しがたい戦力の差となる。

 突き出された衝角は逸らすことすらできず、半ば弾き飛ばされるようにして回避する。

 追撃の光弾は無数。ステップを踏んで避ける先へと正確に追随してくるわけではないが、弾幕としての密度が濃い。

 一つ一つが雑ながら、巨大なヒュージと小さな人間では脅威に過ぎる。

 いまだルーキーと言っていい梨璃にとっては極めて危険な相手だ。

 

 仲間がいれば。

 それでも仲間さえいてくれるなら、勇気を持って戦える。

 必ず勝てると信じられる。

 せめて一人、憧れ、頼りになるあの人と共に戦えたなら。

 

「……あっ、校舎が!?」

 

 梨璃が回避した衝角は、勢いを減じることなく飛びぬけて、百合ヶ丘の校舎に激突する。

 校舎に施された防御機構によって突き刺さることこそなかったものの、衝撃は窓ガラスを盛大に割り散らす。もし、誰か人が残っていればとんでもないことになっていた。

 それに、繰り返されれば今度こそ校舎が崩壊するかもしれない。

 

 まだ在籍して1年もたっていないが大切な母校。それを失いたくないという動揺が梨璃の足を止め、それを狙い澄ましたヒュージの一撃が背中に迫る。

 

「っ!」

 

 梨璃が持つ、どんな手段でも避けられない。そのことがわかる程度には、梨璃もリリィだ。

 諦めはしない。せめてとCHARMをかざして防御に徹し、しかし脳裏には一柳隊の仲間たちの姿が次々と浮かんでは消え、同時に自分の体を貫かれる絶望の未来を幻視して。

 

 

――ギィン!!

 

 衝角の軌道が、変わった。

 何かが途中で激突したせいだ。

 梨璃の体をかすめて地面に突き刺さり、土ぼこりの匂いが鼻を突く。

 だが、助かった。

 

 間違いなく誰かのおかげ。では一体だれが。

 梨璃以外のリリィはマギを使えないようになっているはず。この場に駆け付けることすら難しいだろう。

 夢結はまだ学院を出られていないかもしれないが、使えるCHARMがないことは疑いなく。

 では、誰が?

 

 

「敵は大きいわね、梨璃ちゃん。……いや、大したことはないか」

 

 その声に振り向けば、土煙の中にシルエットが見えた。

 背が高く、引き締まった体躯は美しい。

 恐れを吹き散らす自負に満ちた、リリィの姿。

 

 逆光に影を落としながらゆっくりと梨璃の元へ歩み寄り。

 

「今夜は梨璃ちゃんと私でダブルリリィだからね」

「……つかさ様!」

 

 優しく肩に手を触れる、この上なく頼りになるリリィだった。

 

 

 

 

「いま、昼間ですけど」

「……さぁ、一緒に戦おう!」

 

 あ、誤魔化した。

 でも言わないようにしよう、と思う梨璃はとても優しい女の子であった。

 

 

◇◆◇

 

 

「だっしゃああああ!」

「つ、つかさ様、すごい……!」

 

 ヒュージが飛ばしてきた衝角に刃筋を立てて無理矢理逸らす。

 盛大に火花が飛んでちょっと熱いけど気にしない! 私の後ろには梨璃ちゃんがいるんだから下がってる場合じゃない。

 2度、3度と飛んでくるのもなんとか弾いて見せはしたものの、これはあまりよくない。

 この3撃、全部小手調べというか伏線だ。私をこの場にくぎ付けにしつつ、トドメに繋げるために私の戦力を計ってる。このままやられっぱなしじゃなく、どこかで相手の予想を外して動かないと……!

 

 ほら来た。

 既に弾いた衝角が再び正面から飛んでくる。十分受け流せる角度と速度ではあるけど、そのために足を止めたらさっき後ろに飛んで行った分が戻ってくる。

 そのことに気付いた梨璃ちゃんが止めに動いてくれているけど、梨璃ちゃん一人でなんとかなるかなあ……!

 

 まあ、梨璃ちゃんは決して一人じゃないんだけど。

 

「――お姉様!?」

「あああああああああああ!!!」

 

 夢結ちゃんが、来た。

 私と同じように、あるいはそれ以上に力強く衝角を弾き飛ばしたのは、髪を白く染めるルナティックトランサーの力だろう。もー、夢結ちゃんってばこんなときも張りきっちゃって……いや待て。あのCHARM、見覚えあるんだけど。ダインスレイフじゃん!?

 

「どうして、CHARMは使えないはずなのに……ヒュージの中にあったダインスレイフだから?」

「え、CHARM使えなくなってるの?」

「…………そういえば、どうしてつかさ様はCHARM使えるんでしょうね。つかさ様だから特に変だと思わなかったんですけど」

 

 梨璃ちゃんを守った夢結ちゃんは振り向く。

 白い髪の隙間から赤く輝く瞳が射抜くのは、ヒュージ。狂乱の中にありながらも消えない怒りが燃えている。

 そのまま、一瞬姿を見失うような速さで駆けた。

 私たちのところまでそこそこあった距離を3歩で詰めて、空中の衝角を足場にさらに跳ぶ。

 狙うはヒュージ。ダインスレイフを振りかぶる。

 

 そしてその動きは、ヒュージにとっても予想できるもの。

 地から足を離すのを見計らっていたようにヒュージ中央部分が光る。迎撃だ。

 

「梨璃ちゃん!」

「はい! お姉様、失礼します!!」

 

 私が声をかけるまでもなかったかもしれない。梨璃ちゃんは私の脇を抜けて最速で夢結ちゃんの元へ。夢結ちゃんの対空の動き、ヒュージのチャージよりも梨璃ちゃんの方が早い。

 まあ、グングニルで斬りつけるという荒っぽい方法なんだけども。

 ともあれ、そのまま夢結ちゃんを蹴り飛ばすなりして射線から逃れてくれれば今度はこっちからでも殴りかかりに行ける。

 今日のために持ち出したCHARMはちょっと特殊な日本刀型。鞘に納めて腰を落とし、居合で一気に斬りつける……!

 

 と思ったら、なんか突然梨璃ちゃんたちが光ったんだけども!

 

 

◇◆◇

 

 

「おぉ!? なんか戦っとるみたいじゃぞ!? 誰じゃ!?」

「梨璃さんと夢結様です! あとつかさ様も!」

「……あら? 二水さん、レアスキル使えてます?」

 

 その光は、避難途中で様子をうかがうリリィ達の目にも届いた。

 そして、よくわからない状況は確認するのがリリィの本能。知覚系レアスキルを持つ一部のリリィは半ば無意識にレアスキルを行使して状況を把握しようと努め、そこで初めてレアスキルが、マギが使えることに気が付いた。

 

 

「結界が、中和された……? まさか、さっきの光が」

 

 その現象は百由も即座に気付いた。

 観測結果は、確かに結界によるマギ干渉の影響が減じていることが示されている。

 これなら、CHARMも動くしレアスキルも使えるようになるだろう。

 

「よし、CHARMさえ使えれば、あんなヒュージごとき!」

「使える、のはあくまでこの辺りだけよ。中和されたとは言っても影響範囲が縮まっただけ。CHARMの射程まで近づいたらまたマギが使えなくなるわ」

「なんですって!? ああもう、なにか手はないの!?」

 

 だがそれも、あくまでヒュージから遠く離れた地点ならばの話。

 結界は縮小したとはいえいまだ健在である以上、通常のリリィならば戦える状態では決してなかった。

 なんか、その結界ド真ん中で戦っているリリィが3人ほどいるようだが、多分その3人は全員イレギュラーなのでこの際考えないことにした。

 

 

「ノインヴェルト戦術、してみませんか?」

 

 一柳隊も状況は把握している。

 CHARMが使えるようになったこと、しかし近づけはしないこと。

 その状態でも使える、唯一の方法。

 

「夢結様と梨璃の分はどうするんじゃ?」

「2人は戦ってます! つかさ様も一緒に!」

「つまり、マギスフィアを打ち込むことができれば……!」

「そうは仰いますけど、バレットがありませんわよ!」

 

 しかしそれは、使うことができればの話。

 ノインヴェルト戦術の始動には特殊弾が必要で、それはレギオンのリーダー、すなわち梨璃が持っている。

 ヒュージとの戦闘の只中にいる、梨璃が。

 

 つまり、ノインヴェルト戦術は、使えない。

 

 

「バレット、あるよー」

 

 

 ハズだった。

 

 

 

 

「一応聞きますけど、結梨さん? バレットとは、その……?」

「うん、これ。こういう時に使ってねって、もらったの。――つかさから」

「それ、つかさ様が持ってたラグビーボールみたいなヤツですよね!?」

「つかさ様……また梨璃さんに怒られますね」

 

 状況をどこまで理解しているかはわからないが、とりあえず梨璃を守れることだけは理解しているのだろう。ニッコニコ笑って顔を出した結梨が持ち出したのは、5色に塗られたカラフルなラグビーボール的なもの。

 見覚えがある。いつだったかつかさが見せた、ノインヴェルト戦術用の試作弾だ。

 

「……これで、やる?」

「…………仕方ないですね」

 

 葛藤はあった。だが長く悩む余裕がない。

 なんとなくバンバラバンバラという幻聴が聞こえる気がするが、仲間の為なら恥とか精神汚染とかも耐えねばならぬ。

 一柳隊の心は一つである。

 

 

◇◆◇

 

 

「くっ……! やはり分が悪いわね……!」

「大丈夫です、お姉様! 時間を稼げば、きっとみんなが倒し方を見つけてくれます!」

 

 梨璃ちゃん必死の救出によってか、あるいは打ち合うCHARMを通して交じり合うマギの為せるわざか、正気を取り戻した夢結ちゃんが梨璃ちゃんと共に戦っている。

 いまだ有効打の一つも入れられていない状況ではあるが、相手のヒュージは本来レギオン総出で挑むような相手。

 時間稼ぎをできるだけでも十分すぎるくらいだし、何なら百合ヶ丘のリリィたちも離れたところにたくさんいる。そのうちなんとかしてくれるはず!

 

「そうよ、夢結ちゃん! とりあえず誰かが何とかしてくれるのを待ちましょう! ……この距離なら、バリアは張れないな!」

「……そう言いながら肉薄して接射しないでくださいつかさ様」

 

 衝角をかいくぐった中心部は、おそらくヒュージ本体としての制御ユニットなのだろう。実のところ無防備に近い。CHARMの銃口がぶつかるような距離となれば案外危険なく攻撃できる。

 バカスカ打ちまくって装甲を抉っていくが、それでもあまりダメージは与えられていないようだ。

 すぐに衝角が戻ってきて離れざるを得なくなる。

 

 やはり、このまま私たちだけだと倒しきれないかもしれない。

 財団Bから送られてきた装備の中にこういう状況でも使えそうな切り札はいくつかあるけど、どれがどのくらい効くかは未知数だ。

 校舎まるごと吹っ飛ばしていいならその辺迷わずやってみるんだけどさ。

 

 そんな、ある種の手詰まりに陥った、その時。

 

「――マギスフィア!」

 

 頼れる仲間が、やってくれた。

 

 

◇◆◇

 

 

「……二水さん、頼みます」

 

 一柳隊のメンバー、王雨嘉は優秀なスナイパーである。

 持ち前のレアスキル<天の秤目>による周辺状況の精密な測定と本人の冷静沈着な性質が噛み合い、精確無比な狙撃はヒュージの急所を的確に撃ち抜くことや、ノインヴェルト戦術の始動時に長距離のパスを可能とする。

 

 その実力たるや、なんかラグビーボール型のバレットでもなんとかなっちゃうくらいである。

 そこからが、一柳隊の本領である。

 

 

「が、がんばらなきゃ……! つかさ様の弾丸を、結梨ちゃんが持っててくれて、梨璃さんたちを助けるために……!」

 

 

「このマギスフィアにっ! 勇気とマギと、梨璃さんへの愛をこめてッッッ!!!」

 

 

「別にいいけど、それ受けるの梅だぞー」

 

 

「それはそれとして、めちゃくちゃ気合入るのう! 負ける気がせんぞ!」

 

 

「体が軽い! ……そういえば、この言葉のあとに『もう何も怖くない、って続けるのだけはやめてね』ってつかさ様が言ってたな」

 

 

「つかさ様のバレットでも本当にノインヴェルト戦術できるんですね。あとで一応お礼言っておきませんと」

 

 

「梨璃ー! 夢結ー! 行くよーー!!」

 

 

 山から山へと、ヒュージが作り出すマギ干渉の結界の範囲外、鎌倉の市街地上空を越えて往復するマギスフィアが一柳隊の手によってつながれていく。

 繋がるたびに強さを増して、光輝くマギスフィアは結梨の手によってヒュージとの戦闘真っ只中の梨璃たちへ向かって射出された。

 

「来たわ! あれは私が受けるから、梨璃がフィニッシュを決めなさい!」

「ヒュージの方は私が相手しておくから、よろしくね!」

「はい!!」

 

 マギスフィアを受け止め、梨璃へとつなぐ夢結。

 それを邪魔されないよう一人でヒュージを抑えられるつかさ。

 そして、ヒュージの結界内でもCHARMを使える梨璃がトドメを担う。

 必殺の準備は整った。

 

 はずだった。

 

「!? あのファンネル分離しやがった!?」

 

 ヒュージが操る3つの衝角がそれぞれ3つに分離する。

 9つのビットと化したそれぞれはどこか有機的に連携しながら、しかし梨璃たちを狙うことはなく、軌道はマギスフィアのベクトルに沿い。

 

「マギスフィアを……!?」

「横取りした!?」

 

 ビットがマギスフィアの軌道を変え、ビットからビットへと繋いでいく。

 紛れもなく、マギスフィアを、ノインヴェルト戦術を、乗っ取られた。

 

「いつぞやノインヴェルト戦術を防ぐヒュージも出たけど、ついに干渉してくるまでになるなんてね……!」

「作戦は失敗よ、梨璃。ひとまず撤退し……」

「あのパーツを壊せばマギスフィアを手放すかもしれません! 行きましょうつかさ様!」

「よっしゃ乗った!」

 

 そして、その程度で動揺するようならリリィたりえない。

 夢結はひとまず仕切り直すことを提案する。歴戦のリリィらしい、なんとも冷静で的確な判断力である。

 

 惜しむらくは、この場にいるリリィが揃いも揃って人の言うことを聞かないタイプだったということだけだ。

 

 憧れ一つを旗印にして百合ヶ丘女学院入学を果たすほどの直情径行。

 結梨がヒュージ扱いされかけたときの逃走沙汰からもわかるように、己の信念に則って戦う意思の強さは屈指の梨璃。

 

 不屈と勇気、誰かのためにも自分のためにも戦うことをためらわない、とりあえずヒュージ相手ならぶん殴るというつかさ。

 

 総合的に考えて最適な判断より、とりあえず目の前に殴れる奴がいるなら殴る。そういうリリィが揃ってしまったことが不運である。

 いっそもう一回ルナティックトランサーしてくれようか。そんな風に思うほど言うことを聞かないシルトと、シルトと極めて近い思考をしている先輩に対して複雑な思いを抱かずにいられなかった。

 

「梨璃! いつもいつも言うことを聞かないで……! つかさ様みたいになるわよ!」

「えぇっ、お姉様、私のことをそんな風に思ってたんですか!? さすがにひどいです!」

「その会話の中で一番ヒドい扱いされてるのが私だってわかってる?」

 

 ヒュージを円状に取り囲むビットと、その中を循環するように巡るマギスフィア。

 正面からぶつかるのは危険なこともあり、マギスフィアと同じ方向にビットを足場として進む梨璃たち3人。

 次のビットへ移るときには用済みとばかりに斬りつけながら飛びすさり、3人が3度ずつ繰り返してついにマギスフィアへとたどり着く。

 出遅れた夢結でも、地味に2人のフォローとして中央ヒュージへの攻撃もしていたつかさでもなく、梨璃が真っ先に。

 

「……届いた! って、えぇ!? CHARMが侵食されて……!?」

 

 しかし、遅かった。

 ヒュージの影響を受けたマギスフィアには負のマギが溜まり、梨璃のCHARMを黒く侵す。

 このままではCHARMごとリリィまで汚染されることは避けられず、その前に引き離さなければ命に係わる。

 

「梨璃! 力を込めて!」

「……はい!」

 

 防ぐ方法は一つだった。

 梨璃へと肉薄した夢結のダインスレイフによる斬撃を、一度。

 研ぎ澄まされたリリィの技とマギが合わされば、ヒュージのマギに汚染されて機能と強度を発揮しきれなくなったCHARMを相手とする斬鉄すら可能となる。

 

 キン、と。

 無駄のない澄んだ音とともに、梨璃のグングニルの刃先が、斬り飛ばされる。

 

 制御を失ったマギスフィアはそのまま高々と天へ昇って行く。

 もう、梨璃たちの手は届かない。このままでは、ヒュージを倒す手段がなくなる。

 

 

 しかし、これはノインヴェルト戦術。

 リリィ達の力の結晶をもって邪悪を祓う、愛と勇気の奇跡であれば。

 

「いくよ、樟美!」

「はい、天葉姉様!」

 

 アールヴヘイム2年、天野天葉(あまのそらは)

 同じく1年、江川樟美(えがわくすみ)

 卓越したリリィ二人はマギさえ使えれば飛行にすら近い超人的な跳躍が可能となる。

 鎌倉を囲む山から市街地上空まで、打ち上げられたマギスフィアへ届くほど。

 

 そう、これはノインヴェルト戦術。

 リリィとリリィの助け合いである。

 

 

 マギスフィアは汚染された。

 リリィの手にその力を取り戻すためには浄化が必要で、しかし一人や二人のリリィの手では到底足りない。

 

――ギギギギギギン!!!

 

「山を、マギスフィアが……!」

「まさか、百合ヶ丘のリリィたちが……!?」

 

 ならば、百合ヶ丘に在籍する全てのリリィの力を合わせればいい。

 山肌を高速でジグザグに駆けるマギスフィアは、その加速と軌道変更の全てがリリィの存在証明だ。

 このヒュージに、そして百合ヶ丘の危機に立ちあがったリリィ達の力が、負のマギを乗り越える奇跡として結実しようとしていた。

 

「いける……! いきましょう、お姉様!」

「……ええ、一緒に!」

 

 

 なお。

 フィニッシュ一歩手前で懲りずに再び干渉しようとしたヒュージの目論見は、想定以上に強化されたマギスフィアの負荷に耐えられず砕け散り。

 

「てやんでぇ! こんなん私が打ち返したらぁぁぁ!!」

 

 なぜか江戸っ子口調になったつかさが、それまで使っていた刀風のCHARMを鞘に納め、鞘ごとバットのごとく振り回し、マギスフィアを梨璃たちの元へとホームランしていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「まずはこれを見て。百合ヶ丘女学院の管轄する由比ヶ浜ネストの現在の観測結果よ」

 

 夜。

 最終的に梨璃ちゃんと夢結ちゃんが2人で掴んだダインスレイフでパワーを溜めに溜めたマギスフィアを受け止め、ヒュージ入刀して決着がついた。

 その際の爆発の余波もあって百合ヶ丘女学院の校舎は割と壊滅的な被害を受け、電気もまともに通らない。

 私と梨璃ちゃんと夢結ちゃんが呼び出された理事長室もそれは変わらず、持ち込んだ発電機から伸ばしたケーブルをタコ足配線でつないで仮設の電灯やヒーターでなんとか話ができる環境を作っている。

 

 そして、呼び出された理由はどうやらネストにあるようだった。

 

「この、ネストの底で丸くなってるのがネストの主、アルトラ級ヒュージね。全長は400mから1kmと言われてるわ」

「すごく大雑把なんですね……!?」

 

 アルトラ級とは、現在確認されているヒュージの中でも最大最強のクラス。

 時々うろうろしてるヤベー奴が見つかったりもするが、基本的にネストの中でヒュージの製造を司っているとされる、女王アリみたいな存在だ。

 

「このアルトラ級、現在活動を休止してるらしいのよ」

「休止……? なぜ」

「今日のヒュージも含めて、最近出てきたおかしな行動をするヒュージ達。とんでもなく強力だったけど、その強さの源はネスト、もっと言うとアルトラ級から無理矢理引き出したマギだったのよ」

「本来ありえないほどのマギ使用量。その負荷にさらされた由比ヶ浜ネストは現在活動を休止していることが確認されたわ」

「……へえ。つまり、カチコミかけるなら今ね」

 

 殴りかかるなら今しかない。私のその発言に、理事長代行たちは積極的にではないものの頷いてくれている。またとないチャンスであることは疑いようがない。

 

「それと同時に、百合ヶ丘女学院にとっての危機でもある。先の戦闘において実施されたノインヴェルト戦術には、百合ヶ丘の全リリィが参加した。結果、ほとんど全てのCHARMが修復を必要な状態になっておる」

「つまり、もしも今この瞬間にネストが機能を取り戻してヒュージが襲撃してきた場合、為す術がないということでもあるわ」

 

 一方百合ヶ丘の側も、リリィこそ健在なもののCHARMはほぼ全損に近い。

 ヒュージとの戦いにはリリィが、そしてCHARMが欠かせないものである以上、いまの百合ヶ丘は事実上まともに動ける戦力がない状態と言える。

 

「……それに、各レギオンから困惑の声が寄せられているわ。『いつの間にか、3つのパーツの組み合わせで9通りの武装になるCHARMがレギオンの人数分届けられている』というホラーじみた報告が、ね。ちなみに差出人が置いたと思しきメッセージカードには『ピンクのリリィの人』と書かれていたらしいわ」

「ピンクじゃない、マゼンタだ!!」

「ええ、そうだったらしいわ。――そして、マヌケは見つかったようね」

「……ハッ!?」

 

 そんな状況を憂いた私の陰ながらの善意がさくっとバレている……だと!?

 

「……とまあ、うかうかしているとヒュージの襲来による百合ヶ丘の壊滅、もしくはCHARMの空白状態を利用した財団Bの浸食が予想されるので、早急にネストを壊滅させる必要があるんです」

「シブイねェ……。まったく史房ちゃん史房(しのぶ)イぜ」

「人の名前を謎の形容詞にしないでもらえるかしら、常盤さん」

 

 

「で、方法なのだけどダインスレイフを使うわ。美鈴様が、おそらく自分が使うために術式を書き換えたのだけど、それがヒュージを狂わせる方向にも影響を発揮させたらしいの。術式と結果から逆算して作った、ヒュージ自壊の術式を打ち込むの」

「幻夢コーポレーション、そしてマギ治療の研究をしている電脳救命センター<CR>が研究していた、マギによるヒュージへの無力化干渉技術、リプログラミングを使うわ。急ぎ仕上げたものだけど、ダインスレイフならいけるはずよ」

「……その任務を、一柳くんに頼みたい」

「わ、私ですか!?」

 

 そのための方法はある。

 実行可能なリリィもいるのなら、やるしかないというところなのだろう。でも梨璃ちゃんとはね。

 

「アルトラ級がいるのは、機能停止中とはいえネストの中心部。普通のリリィならマギの影響を受けて突入は無理よ。でも、今日出現したヒュージの結界の中でもマギを使えた梨璃ちゃんなら無事でいられるはずよ」

「な、なるほど……!」

 

 ちなみに、私もなんか結界の影響受けなかったんだけどダメだって言われました。

 私は他のリリィの子たちと違って財団B製のCHARMをたくさん持ってるから、万が一どこからともなくヒュージが襲撃した時に百合ヶ丘を防衛するために残れって。

 くっ、理屈はわかる……! 出来れば私も直接殴りに行きたいけど!!

 

「……わかりました。私、行きます。理事長先生は結梨ちゃんを助けるためにがんばってくれたって聞きました。あのときは何もできなかったけど……今度は私の番です!」

 

 そして、梨璃ちゃんはこういう子だ。

 危険だけど、大変だけど、それでも出来ることがあるなら躊躇わない。

 だからこそ一柳隊というアレな背景抱えてる子も多々いるレギオンをまとめるリーダーになれたのだろう。

 

「やはりそうなるのね……。いつ出発ですか? わたしも同行します」

「白井ん!」

「どこから生えてきたんですかその『ん』」

 

 

 以上の経緯を持って、百合ヶ丘女学院が掲げる至上命題の一つ、由比ヶ浜ネスト撃滅作戦の実行が決定されたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……あれが、アルトラ級ヒュージ」

「由比ヶ浜ネストの、主……」

 

 作戦は速やかに決行された。

 夢結と梨璃がガンシップに乗って百合ヶ丘から飛び立ち、由比ヶ浜ネストが機能停止しているなによりの証拠と言える一切の迎撃を受けない安全な飛行の後、降下用パラソルを携えてネストに直接落下。

 ゆらりふわりとネストの中を降下して、ついに到達した最下層に巨大な影が姿を見せる。

 胎児のように丸まった、しかしビルより巨大な人型。アルトラ級ヒュージである。

 

 本来、アルトラ級ヒュージを討伐するには最低でもレギオン単位で挑むことが必要とされる。

 だが今ならば。

 マギが枯渇して身動きが取れないこの時、2年に渡ってヒュージの中に取り込まれていたダインスレイフがあれば、たった2人のリリィでも討伐が可能だ。

 シュッツエンゲルの契りを結んだ夢結と梨璃。

 2人の手が、ダインスレイフを握って繋がる。

 この手のぬくもりがある限り、きっと大丈夫。

 

 光の届かぬ海の底、うっすらと発光するアルトラ級ヒュージに照らされながら、決別のCHARMを、突き刺した。

 

 ダインスレイフに刻み込まれた術式が起動し、アルトラ級ヒュージへと流れ込む。

 リリィ2人分程度のマギとはいえ、飢餓状態にあったアルトラ級ヒュージはそれを貪欲に取り入れて、同時に仕込まれた自壊の術式をも全身へと巡らせる。

 

 

\マキシマムマイティ! クリティカルフィニッシュ!!/

「えっ、なんですいまの声」

「…………この術式、例によって財団B経由で持ち込まれたものを参考にしていると言っていたわね」

 

 そして崩壊が、始まった。

 ヒュージとはすなわちマギの具現。巨体を維持する、という術式を崩壊の形に書き換えられたのならばそれに従い、崩れ去る。

 アルトラ級ヒュージとは、すなわちネストの中枢。ネストそのもの。アルトラ級が消滅するということはネストそのものもまた同じ道をたどるということであり、壁面が崩れて海水が流れ込む。

 本来ならば、この場所は海の底。あるべき姿を取り戻すまで、もういくばくの時間もなく。

 

「梨璃!」

「お姉様!」

 

 寄り添う二人は互いの制服のタイをほどく。

 それがトリガー。様々な機能が仕込まれたリリィの戦闘服たる制服は膨れ上がり、海上まで二人を守るシェルターと化し、荒れ狂う水流に揉まれながら海面へと向かっていった。

 

 

◇◆◇

 

 

「由比ヶ浜のネストは完全に崩壊したわ。……海岸にアルトラ級の骨格丸ごと流れ着いたのはさすがに笑ったけど」

 

 全長にして余裕で数百mの人型の骨、というのはそれだけで下手な巨大建造物よりも威圧感があった。

 鎌倉の砂浜を埋め尽くすようなそれは撤去するだけでも一苦労で、こういうときはリリィよりも防衛軍やら民間の処分業者が活躍する。廃墟と化した鎌倉市街に列をなして、連日がんばってくれていた。

 

 とはいえ、それはあくまで対外的な話。百合ヶ丘女学院自体は、直近のネストが消滅したこともあって平和と言えた。

 ……リリィは。

 工廠科の方はほぼ全CHARMが担ぎ込まれる羽目になって連日連夜のフル稼働を強いられ、アーセナルの子たちが体力回復のためと称してラムネをガブ飲みしたり、どこから持ち込んだのかうっすら虹色っぽい気がしなくもない青い宝石を砕いたりするという奇行が問題になりつつあるとかなんとか。

 

「夢結ちゃんは無事、梨璃ちゃんと帰ってきたわ。……制服のシェルター機能使ったから、発見時には下着姿だったけど。二水ちゃんに写真撮られて週刊リリィ新聞にガッツリ載せられて、新聞の張られた掲示板の前を通るたびに顔を赤くしてるけど」

 

 それら全て、梨璃ちゃんたちが全てをハッピーエンドに終わらせてくれたおかげだ。

 今の百合ヶ丘は戦力回復に専念せざるを得ないけど、それが終われば近隣のガーデンへ協力の遠征に出たり、他のネスト攻略の助力が待っている。リリィの戦いは、まだ終わっていない。

 

「あと、夢結ちゃんと仲の良かった百由ちゃん。あの子もシュッツエンゲルになったわ。シルトはミリアムちゃんって子。のじゃロリよ」

 

 だからこそ、だろうか。

 最近、これまでシルトを持たなかったリリィたちのシュッツエンゲル成立が相次いでいる気がする。

 百由ちゃんがミリアムちゃんをシルトにしたのもその一例。珍しくミリアムちゃんがガチ照れしてたのは大変に可愛らしかった。

 

「なんだかんだで梅ちゃんもシュッツエンゲルになりそうね。お相手は二水ちゃんなんだか、鶴紗ちゃんなんだか」

 

 同じく梅ちゃんも、そろそろ身を固めそうな気配がある。

 でも、あの子は面倒見がいいからなあ。手綱を付けないと暴走しそうな二水ちゃん、なんだかんだ放っておけない鶴紗ちゃん。どちらか一人なんて選べないなんてことになったりしないかが少し心配だ。

 

「結梨ちゃんのことも大丈夫。今回の一件が片付いて、今はG.E.H.E.N.A.を追求する段階に入ったみたいだから、多分そのうち研究所の一つも閉鎖されるんじゃないかしら。……襲撃するならその前よね」

 

 ヒュージだ、と言われていたのももはや過去のこと。

 結梨ちゃんも完全に百合ヶ丘の一員として政府的にも認められ、そうなってくると今度は人間を、リリィをヒュージ扱いしたということでG.E.H.E.N.A.が殴られるターンだ。

 その辺りになってくると政治的な対立とか派閥とかが絡んでくるらしいけど、理事長代行が上手いこと渡りを付けて調整してくれているらしいから心配はいらないだろう。でも、物理的に潰す時が来たら私にも声かけて欲しいな!

 

「ふう。話しておくことは、このくらいかしら。いろいろ片付いて本当によかったわ。……また何か面白いことがあったら話に来るわね――美鈴」

 

 川添美鈴。

 そう刻まれた墓石の前に立つのは、実はこれが初めてだ。

 なんとなく、そう簡単には死なないような気がして。そして夢結ちゃんに見られているような気がして足が向かなかった。

 でも、それももう終わり。これからはたまに話をしに来てやるから、楽しみにしてなさいよ。

 

 

 みんなが無事で、ネストが消えて。

 でもまだまだ世の中にヒュージもネストも多々存在する、この世界。

 悲劇も絶望も数多いけど、それらを払うためにこそ、私たちリリィはいる。

 

 たくさんのリリィが、それを支える人たちがいる限り、人類は決して負けたりしない。

 対立も諍いもなくならないだろうけど、それでも力を合わせられれば強く眩い。

 

 

 美鈴の墓前に供えた、花束(ブーケ)のように。

 

 

◇◆◇

 

 

「えっ! 由比ヶ浜を狙って巣無しのアルトラ級が迫ってきてるって!? ……え、直立した黒い恐竜みたいな姿? 全長は身長は100mくらいで小さめだから楽勝……?」

「つかさ様!? どうしてCHARMあるだけかき集めてるんですかつかさ様!? 財団Bに連絡!? 総力戦!?」



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full bloom編
特訓といえばジープみたいなところあるよね、とか言ってリリィにドン引きされるリリィがいるらしい。当人は実際にそういう特訓したらしい


アサルトリリィのコミカライズ版、League of Gardens full bloomに則した番外編のような何かになります。
アニメ準拠の本作2話辺りから分岐した感じ、と思っていただければ大体正しいかと。


 リリィは、多忙だ。

 学生らしい授業、リリィらしい訓練はもちろんのこと、その他のあれこれも目白押しだ。

 たとえばお茶会、たとえば実戦。有力なレギオンに所属していれば遠征に出ることもあるし、それらの疲労が合わさればいかに十代の乙女たるリリィとてくったりしてしまうことはあり。

 

「きゅぅ……」

「梨璃さーーーん!?」

 

 リリィたちの憩いの場として使われるサロンにて、せっかくのお茶に手も付けずテーブルに突っ伏す梨璃ちゃんのような姿を目にすることも、実はあまり珍しくなかったりする。

 楓ちゃんがめっちゃ心配そうに駆け寄って背中をさすっている……んだけどもそれだけじゃないなこの子。背中をさする手がだんだんと降りていっている。これそのうち尻触ろうとしてるやつだ。

 そんな感じで、今日も百合ヶ丘は平和です。

 

 

 梨璃ちゃんは、夢結ちゃんに憧れてリリィを志した。

 ヒュージの脅威から人類を守るために日夜戦うリリィになる子たちはなんだかんだかなり幼いころからその道を目指す例も多いが、梨璃ちゃんはわずか2年前に一念発起したという例外たるにふさわしい根性を持っている。

 なにせ、入学早々に孤高で鳴らした夢結ちゃんにシュッツエンゲルの誓いを申し込んだくらいだし。

 

 その願いを聞き入れてもらうために、リリィたちが組むチームであるレギオンの結成のために奔走した。

 いまはようやくメンバーが揃い、最後の一人である夢結ちゃんの説得にも成功して万々歳。学院側に申請も出してあとは手続きを待つだけ……と言いたいところだったが、夢結ちゃんからさらなる条件を突き付けられた。

 それこそが、梨璃ちゃん自身の戦闘力を底上げする訓練をすること。お相手は当然夢結ちゃん自身で、その日の放課後から始まって今日の朝にもガッツリ訓練を行っていた。

 私はその様子を見に行くのは遠慮してたのだけど、どのくらいキツかったかは今の梨璃ちゃんの様子を見ればお察しだろう。

 百合ヶ丘でも屈指の実力を誇る夢結ちゃんからのマンツーマンで、リリィになってから日が浅くCHARMを起動したことさえ数える程度な梨璃ちゃんには相当キツかったらしく、楓ちゃんの手がそろそろ腰と呼ぶのが憚られるようなところまで届きそうになっているのに顔も上げない。

 ……あ、梨璃ちゃんのリアクションがなさすぎて逆に申し訳なくなった楓ちゃんが手を離した。

 

「授業もあるのに、あそこまで絞り上げるなんて……夢結様は加減を知らないのか」

「ほんとそれですわ! 梨璃さんの珠のお肌に傷がついたらと思うと、わたくし心配で心配で……! かくなる上は梨璃さんをわたくしたちの手に取り戻すために直談判を!」

 

 G.E.H.E.N.A.との関係のせいで夢結ちゃんに負けず劣らず孤高してたけど、梨璃ちゃんの説得や想いによってレギオン入りを了承してくれた鶴紗ちゃんも苦い顔をしている。

 なんだかんだでこの子も梨璃ちゃんに抱いている恩とか感情が結構重そうなんだよなあ。罪作りな子やで、梨璃ちゃん。

 

 

「私は同意しかねます」

 

 だからきっと、これもそんな梨璃ちゃんの罪の一つだろうと私はにっこりする。

 静かに異論を唱える神琳ちゃんもまた、心から梨璃ちゃんのことを想っているからこその反論に違いない。

 

「梨璃さんには強い意志があります。ですが、それと裏腹に戦う力は持ち合わせていない。私たちはリリィ。思いを通すために強さは不可欠です」

「それは……っ」

 

 神琳ちゃんも、なんだかんだでリリィ経験が長い。だからこそ、リリィとしてどうあるべきかという点に関して明確なビジョンを持っている。

 ヒュージと戦うことこそがリリィの宿命であるならば、強くなければなにも得られない。守れない。

 それは、リリィとして生きる日々が積み重なれば重なるだけ深まる確信と言えるだろう。

 

「……そう、ですよね。お姉さまはきっと、私にそのことを教えようとしてくれてるんだと思います。……よしっ! 授業までの間に射撃練習してきます!」

「燃えとるのう。どれ、わしがCHARMの面倒を見てやろう。メンテは重要じゃぞ」

「じゃ、じゃあ私も! ご一緒します!」

「抜け駆けはさせませんわよ二水さん!? わたくしも行きますわ!」

 

 そして、そういう心を受け止められるのが梨璃ちゃんのいいところだ。

 キツい朝練をして、これから一日授業があるというのにその前にさらに鍛錬を積もうと駆け出すその姿。お姉さんな身には若さが眩しいわー。

 

「神琳、あの言い方は……」

「必要なことです。梨璃さんの訓練も、その意味を知ってもらうことも。もし夢結様がしなければ私がしていたことですから」

 

 こういうとき、雨嘉ちゃんは辛いわよね。

 ただでさえ優しいから梨璃ちゃんのことが心配になるし、でも夢結ちゃんの考えもわかるし、神琳ちゃんの苛烈さが奥底にある優しさを隠してしまうことを危惧する。板挟みどころの話じゃない。

 

 

「そうそう。夢結ちゃんがするならそれが一番だけど、結局これはどうあっても通る道なのよ。かくいう私も梨璃ちゃんを特訓する準備してたし」

「…………参考までに聞いておきたいのですが、つかさ様はいったいどんな訓練を予定していたのですか?」

 

「私の訓練? 普通よ、普通。真冬に素手で滝の流れを断ち切るのとか、先を尖らせた丸太を振り子にして避けるのとか、ジープで追い回すのとか……」

「絶対にやめてください」

「それ、リリィでも死んじゃいますよ!?」

 

 そうかなあ。私もリリィなりたての頃は似たようなことして鍛えたんだけど。

 ともあれ、訓練は梨璃ちゃんにとって、そして夢結ちゃんにとっても実りあるものになるだろう。

 先ほどのにぎやかさもどこへやら、静かになったサロンで紅茶の香りを楽しんで、私は梨璃ちゃんの結成するレギオンの未来が明るいものになるのだと信じられた。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんな、新人リリィにとっては中々にハードだろう特訓付けの日々を超えて。

 未熟で粗削りながら、根性と夢結ちゃんへの憧れは溢れんばかりに持っている梨璃ちゃんのCHARM捌きはのびのびとした成長を見せ、時々見に行く度に太刀筋は鋭く、防御は分厚くなっていき、一通りの型を修めるのにそう時間はかからなかった。

 のだが。

 

「お休み……」

「また突然ですわね夢結様は! ……でも、休息もまた成長には不可欠ですわ。ささ、梨璃さん今日は久々にわたくしとゆっくりお茶にいたしましょう!」

 

 ある日いきなり終わりになるというのだから、夢結ちゃんの頭平成なコミュ力にも困ったものだ。

 梨璃ちゃんに抱き着いてハスハスと髪の匂いを堪能している楓ちゃんも大概ヤバいけども、さてちょっと気になる。

 梨璃ちゃんへの特訓はいい。それがひと段落ついての休息というのも理にかなっている。

 

 ……だが、それを今日この日にとなってくると、話が違ってきてね?

 

「うぅ、一面どうしましょう……」

「二水ちゃん? それっていつものリリィ新聞……どうかしたの?」

 

 私が夢結ちゃんの胸の内に思いを巡らせていると、二水ちゃんがタブレット端末片手に渋い顔をしていた。

 生粋のリリィオタクにしてジャーナリスト気質。百合ヶ丘女学院に入学早々生徒会からの許可まで取って週刊リリィ新聞を刊行する二水ちゃんの悩みと言えば、大体の想像はつく。

 

「いえ、それがその……ちょっと、こっちに来てもらえますか?」

「?」

 

 きょろきょろと周囲の様子を伺い、こっそりと梨璃ちゃんを手招きして見せるのは、タブレットに表示されている刊行前のリリィ新聞の記事。

 一瞥するだけでも目を吸い寄せる巨大なフォントで書かれているのは「援軍要請を黙殺!?」の刺激的極まる字面。

 生徒会が捺したであろう「発行禁止」の判にはさもありなんという納得しかない、あからさまにヤバそうな記事で。

 

 ――私が仕入れた情報とも一致する、二水ちゃんの取材力を思い知った。

 

 

「えーと……すみません、私はこういう事情にまだ疎いんですけど、何か問題が起きてる……の?」

「……大きな声では言えませんが、異例です。東京に先日発生した同時多発ケイブ、異常に倒しづらくて現地のルドビコ女学院が手こずっているそうなんです。しかも報道が控えられているうえに、ここにきて各学院への援軍要請まで出たらしくて」

「ルドビコって言ったら、東京御三家の強豪だよね。それが倒し切れないなんて……」

「でありながら、百合ヶ丘女学院からは最強戦力たるレギオン、アールヴヘイムの出撃が許可されなかった、ということですね」

 

 事態の意味を理解した雨嘉ちゃんが不安そうにしているが、それも仕方のないことだ。

 ヒュージの発生から色々あったとはいえ、東京は今も日本の中心で、そこを守護するガーデンは強豪揃い。私立ルドビコ女学院もその例に漏れず、縄張りでヒュージがのさばることを許すはずがない。

 本来ならば。

 どんな手段を使ってでも。

 

 ルドビコ女学院最強戦力たるテンプルレギオン。

 動いてしかるべきそのレギオンが出張るより先に救援要請を出すなんて、ありえないことのはずだった。

 

「ルドビコっていったら親G.E.H.E.N.A.派だろ。その管轄区域で妙なヒュージが出たとなれば、怪しいと思うのは当然だ」

 

 吐き捨てるように言う鶴紗ちゃんは、G.E.H.E.N.A.の所業をその身で知っている分怒りも強い。

 私としても援軍要請を事実上無視するようなことをするのはどうかと思うが、百合ヶ丘上層部の判断力と、それを支える情報収集力をそれなり以上に信頼している。

 学園の大事なリリィをホイホイと送り込んでいいような戦場だとは、とてもではないが思えない。

 

「背景事情はさすがにわかりませんが、事実の裏取りはできたので記事にしたのですが……止められてしまいました」

「そらそうよ」

 

 そしてそれをスッパ抜いて迷わず記事にして真正面から発禁食らう二水ちゃん。

 この子も相当肝据わってるわよね……。

 

 リリィの生活は、平穏無事ではありえない。

 どれほど優雅にお嬢様学校生活っぽいものをしていても、ヒュージ襲来の報を受けただけで一変する。

 そのための覚悟は常に必要で。

 

「みんな! ちょうどいい、揃ってるな!」

「梅様?」

 

 その覚悟を試される時が訪れるのは、いつだって唐突だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……たった一人の遠征申請、ですか。たしか、最近レギオン結成のために動いていると聞きましたが?」

「……これは私の問題よ」

 

 つい先ほど交わした会話を思い出しながら、夜の帳を騒々しく乱す甲高いエンジン音に身を晒す。

 離陸スタンバイ状態にあるガンシップが奏でる轟音は出撃を告げるマーチのように、高揚と緊張を掻き立てる。

 夢結は、それをかつて何度となく味わってきた。

 あるときは不安とともに。

 またある時は、頼れる戦友とともに。

 そしてまたある時は、何より信じられるシュッツエンゲルとともに。

 

 

 だが、今は一人きりで風と音を浴びている。

 

 

 リリィたちは学園を超えた繋がりも深い。

 ときに戦場を共にする彼女らは、協力して死線を乗り越えたことによる強い絆で結ばれることもある。

 その絆は、時に不審な戦場にある友を救いに行こうと決意させるほどのものともなる。

 

 下北沢は、ルドビコ女学院が管轄する地域。

 そしてルドビコには、夢結がかつて御台場迎撃戦でともに戦ったリリィ、福山・ジャンヌ・幸恵がいる。

 この戦いが、百合ヶ丘女学院をして援軍を躊躇わせるほどに怪しいものだということは夢結も理解していた。

 だがだからこそ、見捨てられない。もし逆の立場であれば、彼女もまた助けに来てくれるだろうから。

 

 そして、そんな戦いに仲間たちを付き合わせていい道理もまた、どこにもなかった。

 

 大したことではない。これでも孤高のリリィと呼ばれる身。一人での戦いは慣れている。

 誰に聞かれたわけでもなく、心の中だけに反響する言葉は自分を励ましているのか納得させているのか、それともごまかしているのか。夢結自身にも区別はつかない。

 

 だから、踏み出す一歩に迷いはなく。

 

 

「――夢結様!」

 

 その足を止めることができるのは、誰より夢結を思う一人の少女の声だけだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「……梨璃さん」

 

 息を切らせた梨璃がいる。

 ここまで走ってきたのだろう。必死に呼吸を整えながら、夢結を見据える視線を逸らさない。

 

 本当に、この子は。夢結はいつでもそう思う。

 自分をまっすぐ見つめるリリィなんていつ以来だろうと、そう思わずにはいられない。

 

「下北沢に行くんですね。幸恵様を助けに」

「――ええ、彼女には縁も恩もある。これは私の戦いよ。邪魔をしないで」

 

 そう。夢結は決めたのだ。

 かつて御台場迎撃戦でともに戦ったリリィが下北沢で戦っている。

 百合ヶ丘女学院をしてすらレギオンの派遣を躊躇わせるような戦場で、きっと今も。

 助けに行きたいと、行かねばならないと夢結の心は今も叫ぶ。

 かつて大切なものを失ってしまったからこその、恐怖にも似た焦りが駆り立てるのだ。

 

「……お姉さま、私たちは何者ですか」

「リリィよ。リリィだからこそ、見捨てるなんてことは……!」

 

 いてもたってもいられない。

 ただ待つだけなど耐えられない。

 そんな心の内を吐き出すように叫ぶ夢結の声を。

 

「そうです。私たちはリリィです。――つかさ様が言ってました。リリィは助け合い、って」

 

 

 遮る梨璃の言葉が、胸にストンと落ちて響く。

 昔から、何度も聞かされたその言葉。それを言い出した当人が今も変わらず吹聴しているのだと思うと、どこかおかしく、そして頼もしかった。

 

 

 顔を上げれば、そこには笑顔を浮かべる梨璃の姿。

 そして、CHARMを背負って駆けつけたレギオンの仲間たち。

 

「すみません、夢結様。学院へ提出された外征申請、少々訂正させていただきました」

「これは……!」

 

 神琳から手渡された訂正印入りの申請書類。

 内容は夢結自身が提出したものとほとんど変わりはないが、一点。参加リリィの名前が大きく違う。

 夢結を筆頭にしているのは当然として、梨璃たちを含めた仲間たちの名が書かれている。

 

「学院はレギオンを派遣しないと決定しましたが、『若干名』ならばかまわないそうですわ」

「私たちは、レギオンの設立を申請中。まだ認可されてないからな。ただのリリィの集まりだ」

「下北沢に集う有名リリィの方たちを取材するちょうどいい機会です!」

「こういう大がかりな戦いにこそアーセナル兼任のリリィたるわしが必要じゃろ」

「みんな、思ってた以上に無茶するんだね……」

 

「あなたたち……」

 

 夢結は半分呆れながらも笑みを浮かべる。

 ようやくこれからレギオンを結成しようかという時期だというのに無茶をする。

 だが思い返せば、優れたリリィ、頼りになるリリィというのは大なり小なり無茶をするものだ。

 かつて出会ってきた戦友たちしかり、背中を預けたリリィしかり。

 そしてついでに。

 

「……ですが、それはそれとしてつかさ様と梅にはあとでお説教です」

「なぜバレた!?」

「だから言ったじゃないかつかさ様! 最初から開き直って梨璃たちに交じってたほうが誤魔化せたって!」

 

 罪は罪としてキッチリ清算せねばならない。

 特に、世話をかけてしまっているけど後輩をそそのかすような同級生と、頼りになるのに後輩へいらんことを吹き込む先輩は。

 

 だが、喜びに胸が弾んでいるのもまた事実。

 夢結とて戦いに恐れがないとは言えないが、その恐怖にすら慣れつつある程度には数を乗り越えてきた自負がある。

 それでも安心させてくれるのは、いつも仲間の心が寄り添ってくれた時。

 こういうときは、きっととても強く戦える。

 

「では、さっそく向かいましょう。細かいことはガンシップの中で」

「はい、夢結様!」

 

 一人で乗り込むはずだったガンシップへと踏み出せば、梨璃が隣に並んでくれる。仲間たちの足音が背中に届く。

 そのことが、妙に嬉しかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……あ、定員オーバーですね。つかさ様は別の手段で現地へ向かっていただけますか?」

「えっ。なんでよ神琳ちゃん!? ガンシップってレギオン単位で輸送するんだから10人以上乗れるでしょ!?」

「すみません。最初は私一人で向かう予定だったので、差し入れ替わりに補給物資を満載してスペースがなくなっていて……」

「そういうことのようです。申し訳ありませんがこのガンシップ、今は9人用なので」

「チクショー! いいもんね! そっちより早くついて先に下北沢のヒュージ倒しておくから見てなさい! 行くよ、バジンたん!」

 

 ガンシップからハブられ、捨て台詞を叫びながらどこからともなく走ってきたバイクに飛び乗ったリリィが夜の街を疾走したという情報が複数寄せられたが、百合ヶ丘女学院は詳細不明を理由にノーコメントを貫いているらしい。




二水ちゃんが一柳隊の家庭環境などについて説明してくれる体の設定資料集「Assault Lily Setting Materials~Special Feature on Radgrid 」風味の常盤つかさ紹介!


 常盤つかさ
 デュエル世代の生き残りであり、世界的に見ても現役リリィの中では特に長い戦歴を誇ります。
 少し特異な部分もあるので、その辺りをご紹介させていただこうと思います。

[難しいこと何も考えてなさそうなてへぺろダブルピースをキメるつかさのバストアップ]

年齢:17歳(百合ヶ丘女学院3年生)
誕生日:4月1日
血液型:O型
身長・体重:170cm/50㎏
特技趣味:読書()、映画鑑賞()
好物:カレー、ドーナツ(プレーンシュガー)
苦手なもの:真面目な人
レアスキル:不明

財団Bとの関係
 幼少期、身体測定の一環として行われたスキラー数値測定の際に異常な記録が出たことで様々な検査を受けた結果、資質が発覚したことからリリィの道へ進まれました。
 検査の過程で多様なCHARMを使いこなす適性が判明し、そのことに興味を示した<財団B>からの支援を受けるとともに、新しく開発された技術実証用のCHARMを実戦テストする役割を担っておられます。
 そういった経緯もあるため特定のレギオンには所属せず、しかし大規模な戦闘などにも積極的に参加され、高い戦果を挙げてこられました。
 CHARMの使い方や戦術の実証のほか、百合ヶ丘女学院のみならず他のガーデンのリリィにもそれらを教え広めるために単独での教導・支援のための遠征をされているので、百合ヶ丘でお見掛けしない日もそこそこあります。
 そういった特殊性の発露なのか、普通のリリィには扱いづらいCHARMもやすやすと使いこなしてしまったり、言い回しが通じにくかったりすることも多いようですが、ご本人はそのことをあまり気にせずとても明るく振舞っているムードメーカーの気質があります。時々、とんでもなく空気を乱しますが。
 レギオンでご一緒することになって改めてつかさ様の戦歴を調べたところ、「死亡したと思っていたのに、水落ちしたからセーフだったと言って生還した」「戦闘記録を整理すると、どう考えても同時刻に4か所くらい別の場所で戦闘していたとしか思えない」「なんならCHARMなしでも戦えるらしい」などの都市伝説じみた噂がぽこぽこ確認され、謎が謎を呼びます。

家庭環境
 ごく普通のご家庭のお生まれのようです。
 つかさ様ご自身もご家族のことをとても大切に思っておられ、「死なないでね。マジで死なないでね!? めちゃくちゃヤバい家族構成なんだから!」とご心配しておられる姿が目撃されます。

父 会社員をされておられます。つかさ様がリリィとして活動することに理解と応援を示しておられ、ニュースや記録の類を収集しているそうです。
母 喫茶店を営む、おっとりした女性です。コーヒーを淹れるのがとてもお上手だそうです。
妹 おしとやかで料理上手の妹さんで、お母様の喫茶店を手伝って立派な看板娘を務めています。


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夏になると体を鍛え、ミドル級ヒュージくらいなら両手に持った棒みたいなCHARMでワンパンするリリィがいるらしい。

 梨璃たち9人のリリィを乗せたガンシップは、鎌倉から一路下北沢を目指す。

 下北沢は東京の都心からわずかに外れた外延部に位置し、かつては若者の街として知られた文化の坩堝だった。

 いまはルドビコ女学院が管轄する一帯であり、出発前の情報によれば今回の戦いはヒュージの発生数が多く、一帯全てが戦場になっているという。

 

 参戦しているリリィの数にもよるが、集団を形成しての組織だった反攻はまだできていないだろう。自分たちの援軍を加え、何とかして合流と包囲を形成できれば、あるいは。

 そんな算段を考えながら、夢結はすぐ隣に座った梨璃のことを気に掛ける。

 実戦経験が皆無というわけではないが、こうしてぶっつけ本番に近い形での外征など、並みのリリィでは不安に押しつぶされかねない。

 そう思っていたのだが。

 

「……思ったほど緊張していないのね」

「ふえっ!? あ、ご、ごめんなさい。……夢結様の髪が綺麗だな、と思って」

 

 意外なほどに落ち着いている姿を見て、少しだけ安心できた。

 その理由がかつて聞いた言葉と同じだったことで心臓が跳ねたが、悟られてはいないだろう。

 美鈴に髪を褒められたあの時味わった日差しの温かさと髪を梳く指の感触が蘇り、今この瞬間を見失いそうになる。

 

「つかさ様からは『緊張したらヘルシェイク矢野のことを考えるといいよ』って言われたんですけど、ヘルシェイク? さんのことを知らなくて……」

「…………考えなくていいわ。つかさ様の言うことは特に」

 

 そんな意識を現実に引き戻してくれた理由が頭痛を引き起こすようなものだったことについては抗議したいが、今この場に当人がいないのでやめておく。

 どうせこれから先も罪を重ねるだろうから、あとでまとめて一度に済ませた方が楽だろうし。

 

「あ、それからこれ……アールヴヘイムの天野様からいただいたんですが」

「!? それは……!」

 

 そして、梨璃が次に見せてきたものにまた違った意味で驚愕する。

 掌の上でころりと転がる2本の筒は、封を施された特別製。

 それが何なのか、外観だけでも見間違えるはずはなく、しかも「アールヴヘイムから」出撃前に託されたという事実。

 

 夢結の中で思考が走る。

 下北沢の異常なヒュージ。

 妙に動きが鈍いルドビコ女学院。

 出撃しないアールヴヘイムと、今ここにあるノインヴェルト戦術弾。

 

 予想以上にいろいろなものが渦巻いている。

 そう思わずにはいられなかった。

 

「みんな、そろそろ着陸するぞ! 準備を……え、ヒュージが!?」

 

 操縦席からの連絡を受けたらしい梅の驚く声を聞き、夢結はすぐさまガンシップの窓に飛びついた。

 

 狭い窓からかすかに見える下北沢の街。

 着陸予定地点となっているのは学校の校庭だったが、そこにヒュージが、いる。

 

「あれは……!」

「戦域はまだ先のはずですのに、もうこんなところにまで来ていますの!?」

「それに、あのサイズ。ラージ級だ。ガンシップじゃ近づけないぞ」

 

 特に暴れているわけではないが、校舎に匹敵する身の丈からしてラージ級であることは確実。ガンシップにも火器の類は備わっているがラージ級を撃破できるほどの威力はない。

 どこか別の離れたところに着陸するか、あるいはこのまま直接降下してヒュージを排除するか。

 どちらも決して安全とは言い切れない選択肢に迷うことしばし。

 

「あっ、ヒュージに飛びつく人が! CHARM? を持ってるしリリィで……はありますね。つかさ様です」

「本当にわしらより先に着いたのか!?」

 

「……梅、しばらく旋回してから予定通りの地点に着陸するよう伝えてもらえるかしら」

「わかったぞー」

「夢結様!?」

 

 なんかもうめんどくさくなったので考えるのはやめにして、梨璃たちに着陸の準備を促すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「音撃斬、雷電獄震!!!!」

 

 

◇◆◇

 

 

――イイネ、クレ……ッ!

 

「ふう、中々に強いヒュージだったわ。あ、夢結ちゃんたちお疲れー」

「さすがつかさ様と思う心があるにはあるのですが、素直に口にする気持ちが全く湧かないのはなぜなのでしょうね」

「しぇ、神琳! そんなこと言っちゃダメだよ……!」

 

 夢結ちゃんたちの乗ったガンシップの着陸地点に先回りしてみたら、なんかヒュージがいたので片付けておきました。これこそ先輩ムーブってもんよ。

 

「一体なんだったんですか、あのヒュージ。ラージ級なのはわかりますけど、怪獣のきぐるみ着た人間みたいな姿してましたよね」

「アレは、下北沢とか金沢八景辺りでたまに見るヒュージ<イイネクレロン>よ。メンダコみたいな形したスモール級からツチノコ型、人型のミドル級を経て怪獣型のラージ級にまで進化する珍しい種類なの。どういうわけか、他のヒュージと一緒にいるのは見たことないけど」

「いわゆるぼっちってやつじゃの」

 

 ……あのさ、ミリアムちゃんの言葉で同類を見る目を私に向けるのやめてくれない? 誰がぼっち・ざ・りりぃよ!

 

「というか、使っていたCHARMはなんですの、それ? まるでギターみたいですけれど。どうせまた財団Bの差し金ですわよね」

「そうだよー。ヒュージの体内にマギを乗せた清めの音を注いで内部から爆発四散させる系CHARMなの。他には太鼓とかラッパとかあるわ。……一弦が切れてペグが故障したときはどうしようかと思ったけど、弦のスペアが5本も残ってたからなんとかなったわ!」

「それスペアじゃないです」

 

 

 そんなこんなで夢結ちゃんたちと合流し、今後の方針を決める。

 こういうとき、鷹の目のレアスキルを持ってる上にリリィオタクの二水ちゃんがいてくれるからすごく助かる。

 下北沢一体のヒュージの出現状況と参戦中のリリィの情報を総合すると、取るべき方針が見えてくる。

 

「ラージ級のヒュージも現れ始めたということは、ギガント級の出現も近いでしょう。各校のリリィたちと合流しつつ包囲を狭めてギガント級に備えます。異論はあるかしら」

 

 夢結ちゃんの言葉に反対の意見は出ない。至極妥当なものだと思う。

 フォーメーションとしては、楓ちゃんを司令塔として夢結ちゃんと鶴紗ちゃんが前衛で切り込み、神琳ちゃんと梅ちゃんが中衛としてそれを補佐。大火力持ちのミリアムちゃんと狙撃手の雨嘉ちゃんが後衛となるのに加え、二水ちゃんに戦域全体の情報を収集してもらいつつ梨璃ちゃんがそれを守るという形だ。

 

 

「……あれ、私は!?」

「つかさ様は私たちよりさらに先行して、他校のリリィに状況を説明してきてください。普段から外征で顔が広いので、適任だと思います」

「ああ、なるほど。またハブられたのかと思ってびっくりしちゃった。そういうことなら任せて! ちゃんとお話してくるから!」

 

「……こう言ってはなんですが、大丈夫ですの? つかさ様と話の通じるリリィがいるとは考え難いのですが」

「大丈夫大丈夫。つかさ様ならやってくれる。……時々、『戦うことでしかわかりあえない!』ってなるらしいけど」

「それダメなやつですよね、梅様」

 

 そんなわけで、私たちは下北沢の街へと駆け出した。

 

 

◇◆◇

 

 

「どぉりゃああああああ!」

「佳世、前に出過ぎないで!」

 

 下北沢の街の一角に二人のリリィがいる。

 逆手に持ったダインスレイフ・カービンを振るい、手あたり次第にヒュージを切り捨てながら猛進する様、見る者が見ればルナティックトランサーの使い手であることは一目瞭然だろう。

 名を松永・ブリジッタ・佳世。ルドビコ女学院のテンプルレギオンに選出されるほどの実力を持つリリィオタクだ。

 

 それを追うもう一人は、両手にそれぞれCHARMを携えたリリィ。

 御台場迎撃戦を生き抜いた円環の御手の使い手、福山・ジャンヌ・幸恵だった。

 

 ルドビコ女学院の制服に身を包んだ彼女らの通ったあとに残るおびただしい数のヒュージの残骸は、これまでの激闘とそれを乗り越えられる実力を物語る。

 

 だがそれは、決して代償なく成しえたことではない。

 佳世と呼ばれたリリィの突進はルナティックトランサー発動中ということを差し引いても冷静さに欠け、息は荒く、ともに戦うリリィとの協調も難しいほどに距離が開き。

 

――!!

「!?」

「危ない!」

 

 横合いの瓦礫を砕いて現れたヒュージによって勢いを殺される。

 幸恵が咄嗟に投擲した片手のCHARMフィエルボワは急所を外してしまいヒュージは健在。5mはあろうかという巨体の腕1本を吹き飛ばすに終わり、佳世の危機は変わらなかった。

 

 距離が遠い。救う手段がない。

 残ったCHARMは防御特化のシャルルマーニュ。射程には遠く、仮にあのヒュージから守れたとしても他にスモール級やミドル級のヒュージはまだ多数いる。

 己の失策を悟り、ぞっと心臓が冷え。

 

 

「――失礼しますわ」

 

 左右から抜き去る影にも、すぐには反応できなかった。

 

 

「あなたたちは!?」

 

 その影は、リリィだった。

 長い髪はそれぞれ対照的な白と黒。

 しかし顔立ちは驚くほど似ていて、戦い方は苛烈。

 迷うことなくヒュージたちのただ中へと飛び込み、狙いをつける必要などないとばかりにCHARMを乱射、あるいは剣型CHARMヨートゥンシュベルトにて微塵に切り裂いていく。

 瞬く間に雑多なヒュージは数を減らし、佳世に迫っていたラージ級も驚くほど息の合った二人の斬撃が切り捨てた。

 

「小型ヒュージが多いという情報でしたけれど、ラージ級も出現しはじめているのですね、ルドビコの方……でよろしくて?」

「あっ、は、はい! あの、あなた方は……!」

「船田(うい)と申します。こちらは双子の妹の(きいと)。よろしくお願いいたしますね」

「こちらこそ、よろしく。遠征に来てくれたことに感謝する」

 

 にこやかに自己紹介をする初と、つまらなそうにする純の姉妹リリィ。

 制服はなんかもう原型をとどめないレベルで改造されているようでわかりづらいが、ヨートゥンシュベルトを持つということは御台場女学校のリリィとみて間違いないだろうと幸恵は見当をつける。

 同時に、相当な実力者であろうとも。

 

「ずいぶんと手こずっているようですね。……ああ、まだまだ湧いてきますし」

「ええ、何分数が異常なほど多くて、手が回り切らないというのが実際のところで……」

「ですが、ご心配なく。私と姉が来たからには、ギガント級を見つけ出して始末してみせますわ。手始めに、あの残党も……っ!?」

 

 強さに関しては、この時点で確信を持てた。

 周囲で様子をうかがっていた残りのヒュージを片付けようと戦意を向けてなお、戦場に起きた異変に気付いたのだから。

 

 異変。

 熟練のリリィならば感じられるそれを、言語化することは難しい。

 戦場の雰囲気、ヒュージの挙動の変化、ざわめくマギの感触。

 「気配」とでも評するべきそれが、変わり。

 

 

『ヒャッハー! ヒュージは消毒だァーーーー!!!』

 

「……なんですの、アレ」

「人、ではありそうですね。リリィのようでもありますけれど……」

 

 乱入してきた何者かがヒュージと戦うその様は、リリィのそれだ。

 おそらく。きっと。

 なんか、青いけど。

 全身青い装甲に覆われたロボットのような見た目だが。

 両手で抱えた巨大なガトリングガンを乱射してスモール級もミドル級もまとめてズタボロにしているので味方なのだろう、たぶん。

 幸恵にはとりあえずそのことしかわからない。

 

 ビルの上から飛び出して、着地するまでの間に残っていたヒュージの残党は全滅した。あれだけの連射力の武器でありながらしっかりと狙いをつけた射撃をしてのける辺り、只者ではない。

 いやまあ、風体の時点で常人かどうか、正気かどうかを疑わなければならないのだが。

 

 だが、顔が見えず素性が知れない。一体何者なのか、この場に集った4人のリリィたちはうっすらとした警戒とともにCHARMを握りしめ。

 

『……あ、幸恵ちゃんじゃん。おひさー』

 

 めっさ軽く挨拶され、幸恵はその声と強さ、そしてリリィとは思えない言動から記憶の中で無駄に燦然と輝く一人のリリィを浮かび上がらせた。

 

「まさか……つかさ様ですか?」

『そうだよー……ぷはっ。幸恵ちゃんに、船田の初ちゃんと純ちゃんも! あなたたちも来てたんだ!」

 

 その予想は、正しかった。

 顔を覆っていた仮面を外すと、そこにあったのはリリィとしては能天気に過ぎるのではとさえ思えるほどに眩しい笑顔。

 百合ヶ丘女学院3年生、時折ルドビコ女学院にもCHARMの運用や訓練を指導するために顔を見せるリリィ、常盤つかさがそこにいた。

 あと、船田姉妹、特に純がめちゃくちゃ引いていた。御台場女学校も東京に居を構えているのでつかさが訪れたことがあり、そこで色々と関わりがあったのだろう。ちょっと気持ちわかるな、と幸恵は思う。

 あの人を相手にしたリリィは、尊敬するかドン引きするかの二択なので。

 

「え、ええお久しぶりです。というかなんなのです、その恰好は……?」

「ああ、これ? 見ての通り、リリィバトルクロスだけど。この前純ちゃんたちもテストに協力してたって雑誌で見たわよ」

「わたくしたちが使っていたのとは明らかに毛色が違いますね」

「いやほら、結構な規模の戦いになりそうだし、多少はね? ……どうにも、G.E.H.E.N.A.の臭いがするのよねえ、この戦場」

 

 その理由は、つかさの姿を見るだけでわかるだろう。

 リリィバトルクロスとは、言うなればリリィ用の防具の類だ。

 フル装備ともなれば体の動きを邪魔しない程度に全身くまなく覆うこともなくはないが、だからとてこのように甲冑よろしく本当に全身を覆い隠すようなものはまだどこのガーデンでも開発されていないはずだ。

 まあ、常盤つかさというリリィはバックについている組織の技術力とそれを発揮する見当違いの方向性によってこういう装備を使うことが多々あるのだが。

 

「試しに使う機会としてちょうどいいかなって。……あー、でもさすがにそろそろバッテリーが減ってきたわね。脱ぐとしますか――キャストオフ!」

「それ、いちいち言わなきゃいけないヤツなんですか?」

 

 などと言っているそばから、ベルト部分を操作して装甲を排除した。

 辺りにバラバラと散らばったそれをせっせと拾い集め、なんか物陰から出てきた人型ロボに渡している。ギャリーさんのところに持って行ってくれるかなバジンたん、とか言っているからにはアレもつかさの装備の一部なのだろう。

 その時点で、幸恵を筆頭にこの場に居合わせたリリィたちはつかさの行動について考えるのをやめた。それが賢明なのだと、そう悟らざるを得ないだけの衝撃は間違いなくある。

 

「……ふう。さてそれじゃあどうするみんな。うちのレギオン……じゃなかったたまたま一緒になった百合ヶ丘のリリィ若干名はみんなと合流しようとしてるんだけど」

「合流、ですか。たしかにギガント級が現れるのも時間の問題でしょう。そうなれば、戦力の統合は必要ですね……」

「わ、わたくし達は二人いれば十分です! というかつかさ様のお仲間と言いますが、大丈夫なんですの!?」

「もちろん。レギオン結成のための申請中だけど、みんな頼れる子ばかりよ。百合ヶ丘のはぐれ者、一匹狼、変り者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、リリィの異端児とかだし!」

「それ大体つかさ様のことでは?」

「つかさ様みたいなのが……9人!?」

「君たち私のことなんだと思ってるの?」

 

 冷静なツッコミをする初、恐れおののく純。

 つかさが現れた時点で大体予想してたけど収集つかなくなってきたな、というのが幸恵の正直な感想だった。

 

 だが、頼りになることは間違いない。

 船田姉妹は半ばつかさから逃げるように先行してしまったが、その強さが頼りになることは既に見た通りだ。

 下北沢を奪還するために必要なピースが揃いつつある。幸恵の中で、その確信が徐々に大きくなりつつあった。

 

 

「じゃ、私はとりあえず他の子たちにも話通してくるからよろしくね幸恵ちゃんと佳世ちゃん!」

「アッハイ。つかさ様もお気をつけて」

「またあとで合流しましょう! ぜひ一緒に戦わせてください!」

 

 リリィオタクとしても名を馳せるだけあり、つかさの奇行を見ても鼻血をたらせる佳世のマイペースさが、今はとても頼もしい。

 幸恵にとって、それだけが心の支えだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「――はい、実験体ヒュージの配置は完了しました。各校のエース級リリィたちの所在地も把握。実験を開始します」

 

 ヒュージが襲来すれば、その場における人の生活は破壊される。

 街は廃墟と化し、人は避難し無人となる。

 その空白は、邪悪な意思持つ者たちが跳梁跋扈するのに最適な闇を生む。

 

 廃ビルの一室でタブレットを片手に通信をするのは一人の少女。片手に携えたCHARMを見れば、リリィであることを疑う余地はない。

 タブレットに映し出されているのは下北沢周辺の地図と、その他情報の数々。

 ヒュージの出現位置や予想進路、そして各校のリリィの展開状況と位置さえもが表示されている。

 それだけの情報、リリィたちの間で共有すればどれほど戦闘が楽になるか知れず、しかしそんなことをする気など微塵もないことは、タブレットから放たれるうっすらした光に照らされた顔を見ればわかるだろう。

 嘲りにも似た笑みが、ぼんやりと闇の中に浮かんでいる。

 

「百合ヶ丘のアールヴヘイムのデータもぜひ欲しかったのですが……代わりはたくさんいますから、まあいいでしょう」

 

 タブレットをしまい、CHARMを握ってガラスが砕けきったビルの窓に足をかける。

 眼下に見下ろす町並みは荒れ果てているが、そんな中でも咲く花はある。

 

 情報通り、神庭女子藝術高校のレギオン<グラン・エプレ>隊長、今叶星(こんかなほ)だ。

 

「……ん? もう一人?」

 

 しかしここに一つ例外が見つかった。

 さきほどまで参照していた情報によれば、最寄りのリリィは叶星一人だけのはず。

 だが実際目にしたのは、叶星と連れ立って歩くもう一人のリリィの姿。

 

 後ろ姿しか見えないので誰かはわからないが、紛れもない戦場である今の下北沢においては驚くほど自然体であるうえ、叶星と何やら話している様子だが気後れしている風には見えず、叶星とも知り合いのようだった。

 

 ならば、何も問題はないだろう。

 窓枠にかけた足に力を込めて、ルドビコ女学院に所属しG.E.H.E.N.A.に与するリリィ、戸田・エウラリア・琴陽は夜の空へと飛び出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 初撃は、落下の勢いを乗せたグングニル・カービンによる打ち下ろし。

 狙いはどちらかと言えば叶星の方であったが、なんなら正体不明のリリィでも良くはあった。

 

「!?」

「あら、なにかしら」

 

 それは、二人ともにあっさりと避けられた。

 ステップ一つでどうあっても手が届かない位置まで離れられてしまい、CHARMを振り抜いた勢いを止めたころには既に二人ともこちらへ振り向いている。

 叶星はクラウ・ソラス先行量産型をシューティングモードで油断なく構え、もう片方はCHARMを隠しているのか無手のまま、警戒の色は見られない。

 

 そこまで見て取り、琴陽は驚きの声を抑えるのに最大限の努力を要した。

 

 

「神庭女子藝術学校、グラン・エプレ隊長の今叶星様ですね? ――そして、そちらは百合ヶ丘女学院の常盤つかさ様とお見受けします」

 

 常盤つかさ。

 G.E.H.E.N.A.の天敵として情報共有されているそのリリィを前に、平静を保つことは絶対である。

 

 直接相対したのはこれが初めてだが、作戦において常盤つかさとの接触は可能な限り避けるべきものとしてしつこいほどに伝えられている。

 反G.E.H.E.N.A.主義ガーデンの代表格たる百合ヶ丘女学院の中でも、特に強硬なリリィこそがこの常盤つかさだ。

 表立って憎悪や排斥を訴えるわけではないが、息をするようにG.E.H.E.N.A.を攻撃する、ヒュージを叩くついでにG.E.H.E.N.A.の施設を破壊する、その際一切の躊躇なく、なんならG.E.H.E.N.A.のことをヒュージ以上に人類の敵として見なしているらしいというのが過去の行状から推測される行動規範。

 もし、琴陽がG.E.H.E.N.A.の手の者だとそんな相手に知れたらどうなるか、わかったものではない。

 

 だが。

 

「ルドビコ女学院1年、戸田・エウラリア・琴陽です。突然で申し訳ありませんが、お手合わせしていただけませんか?」

「手合わせ……? いま、ここで?」

 

 躊躇う叶星と、きょとんとした顔のつかさを相手に、琴陽はまっすぐ踏み込んだ。

 この戦場は本来、琴陽も所属するルドビコ女学院の担当区域。今も戦闘中のルドビコ所属リリィは複数存在する以上、普段の琴陽らしからぬ行動をしてしまえば怪しまれる可能性がある。

 それに、熟練のリリィに挑んでその力量を図るのは琴陽自身の望むところでもあるのだから、様子見のためにもぶつかってみるのは悪くない。

 

「っ! いけない、ダメ!」

 

 戦場の真ん中でリリィ同士の戦いを挑まれ、虚を突かれた叶星にかまわずつかさに向かってCHARMを振りかぶり。

 

 

()()()()()()()()!!」

 

 

 なぜか琴陽に逃げろという叶星の不思議。

 CHARMの軌道から避けようともしないつかさの奇妙。

 そして、とても嬉しそうに笑うつかさの表情。

 

 「間違えた」という直感が、怖気となって琴陽の背筋を震わせた。

 

「嬉しいわねえ。最近、こういうのって少なくなったから」

 

 挑んでくるのなんて亜羅耶ちゃんくらい? その声が聞こえたのは、背後。

 振り抜いたCHARMに手ごたえはなく、何をされたか全く見当もつかないが、回避されたことと死角を取られたことに疑いはなく。

 

「っ!!」

「せっかくだし、私も斧系CHARM使おうかなー」\Oh! No!/

 

 全身をひねっての追撃から、急激に力が抜けるような気がした。

 いきなりダジャレのような何かを聞かされたら、そうもなろう。

 いつの間にかつかさが手にしていたのは言葉の通り赤と黒の斧。ただし、「おの」とか書いてある。

 そんなものが、琴陽のCHARMの軌道に割り込んだ。

 

――ギィン!

 

 一撃が、重い。

 真正面から打ちあう形になってしまったのは失敗だった、と結論せざるを得ない。間違いなく、体術面では琴陽をはるかに上回る。

 

 その後も、予想や希望はことごとくを潰された。

 反撃の出足は踏み出す前にけん制される。距離を取ろうと思ったら追従される。体勢を立て直そうにも重さと速さで上回られてはままならず、先手を取ったはずなのに受けるだけで精一杯で。

 

「つかさ様っ!」

「おっと、つい夢中になっちゃった」

 

 叶星の叫び一つで、それはあっさりと終わりを告げた。

 殺気が瞬時に雲散霧消し、浴びせられていたプレッシャーが消えて前につんのめりそうになる。オンオフが激しいどころの話ではない。

 

「琴陽ちゃん、だっけ。ごめんね、手加減って苦手でさ」

「い、いえ。私から頼んだことですから……」

 

 G.E.H.E.N.A.からの情報は間違っていなかった。そう確信せざるを得ない。

 まさかここまでとんでもないリリィとは、実際対峙するまでわからなかった。

 リリィたるもの、敵はヒュージのみ。こうして琴陽が手合わせを願うと大抵は戸惑って戦う気のない防戦一方になることが多いというのに、この女は一切躊躇わずに反撃してきた。

 

 もし、相手がヒュージなら。G.E.H.E.N.A.なら。

 実力差からいってその気になれば琴陽を殺せていただろう機会がこの短いやり取りの中だけでも数度はあったが、見逃してくれなかったかもしれない。

 

「なんですか!? リリィどうしの戦いはご法度……って、相手はつかさ様ですか。ならいいです」

「琴陽さん!? 無事ですか! あなたの悪癖は知ってましたけど、その人だけはダメです!」

 

「あ、一葉ちゃんおひさ。幸恵ちゃんもさっきぶり。いい感じに合流できつつあるわね」

 

 そんな戦闘の気配を感じ取ったのか、続々とリリィたちが集まってきた。

 琴陽が事前に把握していた情報によれば、エレンスゲ女学園で1年生にしてトップレギオン<ヘルヴォル>の隊長を務める相澤一葉。

 つかさの口ぶりからして既に遭遇していたらしきルドビコ女学院の先輩である福山・ジャンヌ・幸恵と松永・ブリジッタ・佳世。

 つかさとの手合わせは終わりになったと言えるが、同時に少し動きづらくもなった。

 

「お久しぶりです。つかさ様も来てくれていたのですね。頼もしいです」

「結成予定のレギオンの方たちもご一緒だそうです。このまま合流していけるといいのですが」

「ところでいま、私のことを頭ルナトラみたいに扱ってなかった? ねえ、なんで目を逸らすの? ねえねえ」

 

 だが、同時に好機でもある。

 準備はある。話の流れからしてさらに各校のリリィとの合流は進んでいくようであるし、であるならば今が最後のチャンスという可能性は十分にあり得た。

 ならば躊躇うべきではない。琴陽はカチューシャに偽装した通信デバイスをそっと起動させ。

 

「――みんな、来たわ」

 

 あるいはその通信が為されるより先に動いたとさえ思えるつかさの反応の速さに、ドキリと緊張が走った。

 

 この場に集まったのはいずれ劣らぬ有力リリィたちだけに、つかさ以外も対応が早い。

 全員がCHARMを構え、打ち合わせもなしに互いの死角を補うフォーメーションを組み。

 

「そこね」\You! Me!/

 

 先ほど振り回していたCHARMをいつの間にか「ゆみ」と書かれた弓形に変形させ、隠れていた瓦礫からようやく体の末端を出したばかりのヒュージを一撃。

 それだけで倒すには至らなかったが、すぐに気付いた幸恵たちが射撃を集中。瓦礫もろともズタズタのボロ雑巾に変え、琴陽がカモフラージュとしての戦闘態勢に入るまでもなく、終わってしまった。

 

「あ、え……」

「呆けてはダメよ琴陽さん。ここは戦場なのだから、他にもヒュージがいるかもしれない」

「は、はいっ!」

「あと、さすがに手合わせをお願いするのもやめた方がいいですよ……?」

 

 予想以上の反応の速さに驚いている琴陽に、幸恵と佳世が声をかけてくる。

 ルドビコのリリィとして、後輩に戦場での心構えを説くという普通のことではあるのだろうが、その平然とした様子には改めて戦慄する。

 

 

 この二人は、つかさの初動の早さについて何の感慨も示していない。

 あの程度のことはやって当然という、他校のリリィに対するとは思えないほどの信頼が、そこにはあった。

 

 確かに常盤つかさは顔が広い。琴陽がルドビコ女学院に入学してからも遠征と称して一人でCHARMの教導に来たことはあった。そのとき琴陽はG.E.H.E.N.A.に呼び出されていたため顔を合わせることはなかったのだが、それが良かったのか悪かったのか。

 今は、悪かったのだろうと思えてならない。

 

「んー……?」

「え、つかさ様何をしているんですか? ヒュージの残骸を解体……?」

「いやね、なんかこのヒュージからはG.E.H.E.N.A.の臭いがするような気がして」

「G.E.H.E.N.A.の臭い、って……解体したら何かわかるものなのですか?」

「わかったり、わからなかったりかな。G.E.H.E.N.A.って、たまに承認欲求バグってるのがいるらしくて、怪しいヒュージをバラすと中からG.E.H.E.N.A.のマークが入ったパーツが出て来たりするのよ」

「えぇ……」

 

 もし少しでも知っていれば、もっと慎重に行動していた。

 琴陽が呼び出した実験体ヒュージをCHARMでバラバラに解体していくつかさの目に、一切の慈悲はない。

 元よりヒュージは人類の敵で、情けをかけるような対象でないとはいえあそこまでの冷たい眼差し。

 それを、つかさが嫌ってやまないというG.E.H.E.N.A.に、その関係者に同じように向けないという保証はどこにもないのだから。

 

「……琴陽さん」

「は、はい幸恵様!」

 

 最悪の想像に震えあがっていた琴陽を、幸恵の声が現実に引き戻す。

 一瞬バレたかと心臓の鼓動が跳ねたが、向けられる視線に交じっていたのは疑念ではなく善意の気遣いだった。

 

「ここからは私たちと一緒に行動しなさい。あなたを一人にしておくのは不安だわ」

「……幸恵様にお誘いいただけて嬉しいです。よろしくお願いいたします」

「…………同じ学校のリリィである私がついていないと、つかさ様が面倒を見ると言い出しかねないですから。あなたのこと、妙に気に入っているみたいですし」

「お願いします。よろしくお願いします本当に」

 

 動きづらくなる、とか言っている場合ではなかった。

 乗るしかない、この大きな気遣いに。

 さもなくば、なんだかわけのわからない大きな流れに呑み込まれて人生そのものを捻じ曲げられるかもしれない。

 そんな確信にも似た予感に苛まれ、琴陽はガッツリと幸恵の手を握った。

 

 

◇◆◇

 

 

「ところでつかさ様、その腰につけているのは、もしかしてヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステムですか? さっきリリィバトルクロスを身に着けていた時はなかったと思いますが……」

「そうだよー。なんだかんだ長期戦になりそうだから、使えるものは使った方がいいかなって。……ちょっと改造されてるけどね。想定されたコンセプト通り、バックル(アタッチメント)を付け替えていろいろできるようになってるの。マグナムとかブーストとかゾンビとかニンジャとか……」

「ゾンビとニンジャはいったいどんな機能なんですか!?」

 

「というか、元はG.E.H.E.N.A.に起源のある物ですけど、よろしいのですか?」

「大丈夫大丈夫。――G.E.H.E.N.A.由来の装備でG.E.H.E.N.A.を潰すっていうのも、また一興だしね?」

「ヒエッ」




 御台場迎撃戦に参戦したリリィ、巻き込まれた一般人からの戦闘聴取記録から抜粋

「つかさ様、ドラゴンの顔みたいなブレストアーマーから炎とか出してましたけどアレなんだったんですか?」
「えっ、私が見たときは羽生えてたよ」
「嘘だー、両手のクロ―でしょ」
「尻尾じゃないの?」
「ていうか、見かけたのって全部同じ時間じゃない? 私たち、そのときは全く別々の場所にいたのに」

「アルトラ級のヒュージがあんなに大きくて恐ろしいだなんて……! イグアナの生えた海賊船が戦ってくれなければどうなっていたか。……いや、本当なんだ! 恐怖で錯乱しているんじゃない! 本当に見たんだ! 信じてくれ!」


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新人リリィを育てるのが上手いと言えば上手いけど、対ヒュージ対G.E.H.E.N.A.に関しては「何事も暴力で解決するのが一番だ」で済ませるリリィがいるらしい

 幸恵ちゃんたち5人と合流してからの進撃は極めて順調だった。

 なにせ、揃いも揃って東京屈指の名門校トップクラスのリリィたち。ラージ級もズンバラリで、スモール級すら逃しはしない。

 何なら周囲の瓦礫以上にヒュージの残骸を積み上げていく破竹の勢いで進んでいく。

 

 のだが、好事魔多し。

 

「……ねえ、琴陽ちゃん知らない?」

「そういえば、姿を見ませんね」

 

 強いリリィたちばかりとはいえ、いやだからこそヒュージとの戦い以外に対する注意が欠けていた。

 普段からの戦いも激しいものなうえ、同格のベテランたちと一緒にいることが多い弊害だろう。

 気付いた時には、琴陽ちゃんの姿が見えなくなっていた。

 

「琴陽ちゃん! どこー!?」

「聞こえたら返事をしなさい!」

 

「す、すみません……ここです」

 

 リリィで、戦場に出てくる覚悟もあるし、手合わせしたときの感触からしてこの程度のヒュージ達に後れを取るはずがない。そう信じてはいたけど、大声上げて探し回り、ようやく姿が見えて安心する。

 廃ビルの中から申し訳なさそうに顔を出している琴陽ちゃんは、どうやら戦わずに隠れていたようだ。

 

「あなた……まさか、戦っていなかったんですか!?」

「す、すみません。実は私、ヒュージが……っ」

 

 おずおずと出てきて、さっきまでヒュージだったものが辺り一面に散らばっている様子に後ずさりしかける様子を見れば、理由は察せられる。

 リリィであるならば、ヒュージに襲われた民間人や新米のリリィ、あるいはかつての自身がそうであった光景を容易に思い出すことができるから。

 

「まさか、ヒュージが怖いんですか?」

「それは、知らなかったわね。ならばなぜここに? 戦場に出ることだけがリリィの戦いではないのよ」

 

 同じルドビコ女学院に所属する佳世ちゃんと幸恵ちゃんたちこそ、驚きは強かったようだ。

 今日私にしたのと同じように、普段から優秀なリリィにとりあえず手合わせを挑んでみる好戦的なタイプだという琴陽ちゃん。

 そんなあの子がヒュージを恐れて戦えないというのは、確かに違和感を覚える話だろう。

 

「……戦いたいんです。戦えるようになりたいんです。2年前、私は甲州崩壊のときヒュージに襲われました。あの時の恐怖を、乗り越えたいんです……っ!」

 

 でも、今は今、現実は現実。

 琴陽ちゃんの気持ちはわかり、わかるからこそ無理に戦場に出すべきではないという空気がじわりと広がった気がして。

 

 

「じゃあ、今日はちょうどいいわね琴陽ちゃん!」

「えっ」

「うわあ」

 

 あえてその空気を壊しに行った私に驚く叶星ちゃんはいいとして、またなんか言い出したみたいな顔しないでくれるかな一葉ちゃん!

 

「琴陽ちゃんはリリィとして筋がいいし、戦う理由もある。あとは勇気さえあればイケるイケる」

「いやですからつかさ様、彼女はその勇気がないと……」

「誰にでも正義の心はあるし、戦う勇気は眠ってるだけよ。私たちと一緒にいればヒュージに襲われることなく戦場の空気が味わえるから練習にぴったりじゃない。……じゃ、手始めにヒュージの解体とかしてみましょう。死体(練習材料)はそこら中にしこたまあるし」

「えっ。……えっ、ちょ、待っ! いやあああああ! つかさ様私の手を掴まないで! ヒュージの死体にCHARM突き刺させないでえええええ!?」

 

 これも教育。多少荒療治でもこの手に限るのよ。

 琴陽ちゃんの後ろから抱き着くようにしてCHARMを握らせ、そこらに転がっているヒュージの残骸をバラさせる。

 なぁに、ほんのり生物っぽいから気持ち悪さに吐くかもしれないけど、3回も吐けば体も心も慣れるって!

 

「助けてください幸恵さまああああああああ!?」

「…………有効な方法であることは認めます。ルドビコのカリキュラムに組み込むつもりはありませんが」

「あはは……頑張ってくださいね」

 

 幸恵ちゃんと佳世ちゃんからもお墨付きをもらったし、ヨシ!

 ヒュージの体を解体するザクブシュいう音と琴陽ちゃんの元気な悲鳴が、いまだヒュージとの戦闘の最中である下北沢に響き渡った。

 

 

◇◆◇

 

 

 そんな激闘を経て、下北沢に集った精鋭リリィたちが集うことになったのだった。

 

「あなた方は! 御台場女学校生徒会長の月岡(もみじ)さんに、川村(ゆずりは)さん! お会いできて光栄です! 私、ルドビコ女学院の松永・ブリジッタ・佳世と言います! ……あと、あちらで虚無になっているのは後輩の戸田・エウラリア・琴陽さんです」

「本当に魂抜けたみたいな顔してるな!? 何があったんだ!?」

 

 厄介なラージ級ヒュージを中心に討伐しながら進むという方針は、色々な意味を持つ。

 まずは、被害の低減。町にも人にもラージ級ヒュージの存在は危険だし、リリィでもなければ討伐できない。下北沢防衛のために動いてくれている後方支援中のリリィや防衛軍のためにも、数を減らしておいて損はない。

 そしてもう一つ、ラージ級相手ともなればその戦闘は目立つ。

 そこそこ近くで戦っているリリィがいれば、気になって様子を見に来るくらいに。

 ということで派手にドンパチやった結果、御台場女学校の椛ちゃんと楪ちゃんが合流してくれた。

 楪ちゃんは御台場迎撃戦で幸恵ちゃんとも一緒になったことがあったから、とても嬉しそうにしているのが微笑ましい。

 

 なお、琴陽ちゃんはさっきのヒュージ解体練習からこっち、疲れてしまったようでぐったりしてます。

 

「…………的確なご指導だった、と思います。ヒュージ相手とはいえその遺骸を弄んだのではなく、急所や刃筋の立て方その他とても勉強になりましたほら見てくださいスモール級ヒュージがこんなにきれいな三枚おろしにぁぁぁぁぁぁぁ」

「なんかうわごと言ってるよ!?」

「足元に散らばっている、やけに切り口がきれいなスモール級ヒュージ、まさか……」

 

 うんうん、やっぱり筋がいいよね琴陽ちゃん。

 解体練習の成果をもとに、ほどよく弱らせたスモール級ヒュージをけしかけたら的確に斬ってくれたし。

 あの様子なら、そう遠からずヒュージの1体や2体は一人で狩れるようになるだろう。私のお墨付きあげるよ。

 

 そして、そういった作戦による効果以外にもリリィは特有の「引力」を持っているのか、時に引かれあうように集うことがある。

 

 

「何をしているのかと思えば、暢気に自己紹介……でもないですわね。本当に何をしてますの?」

 

 たとえばこうやって、純ちゃんと初ちゃんが再び合流してくれたり、なんてことも。

 

「またつかさ様の仕業ですか……! 状況がわかっているんですの!? ここは東京、私たちの守るべき土地です! 鎌倉のリリィに頼るのではなく、私たちで勝利し、戦いを終わらせなくてどうするというの!?」

「地球は我々人類、自らの力で守り抜かなければならない、ってヤツね。そういう考え方、私も好きよ純ちゃん」

「ダメよ、純。つかさ様には何を言ってもつかさ様自身が望むように変換されるわ」

「くっ……!」

 

 純ちゃんたちの気持ちもわかる。

 リリィとして戦って守るために通すべき筋というものは確かにある。

 ただ、それにしても焦って見えるというかなんというか。もともと頭平成の傾向のあった純ちゃんだけど、ちょっと磨きがかかっているような?

 

 せっかく集ったリリィたちの間にざらつく気配が流れ始めた、ような気がしたそんな時。

 

――ズンッッッッ!

 

 地震、ではない。

 空気、いや空間そのものさえも震えるような衝撃が走った。

 リリィとして長く戦場に身を置く者ならば一度ならず覚えのあるその現象に晒され、私たちが揃って顔を向けたのは全員同じ方向。

 ビルが一つ、新たに崩れている光景が遠くに見える。

 夜の暗さに加えて瓦礫と砂煙で判然としないが、何か「いる」。

 それも、相当に巨大な何かが。

 

「……さて、ここからが本番みたいね」

 

 私が口に出したその言葉がきっかけとなってか、みんなの間に緊張が走り、マギがざわめく。

 

 下北沢防衛戦、最大の戦いの始まりは、近い。

 

 

◇◆◇

 

 

 人が、生物が、似た形のものに親しみを覚えるのはごく自然なことだ。

 手があり足があればそこはかとなく人に似たものとして認識するというのは何もおかしくない。

 目が2つついててアンテナはえてりゃ大体男の子の好きなものになるという説も有力だ。

 

 だがそれにも限度がある。

 細い胴体。異様に長い腕。

 指先は爪のような部位がどこか柔軟性を保った様子で地面へ着くほどに伸び、両肩には巨大な球体が張り付いているそれを、人型と見なすのは無理がある。

 まして、周囲のビルと肩を並べるほどに巨大なのであれば、もはや弁護の余地なく「異形」と呼ぶより他にない。

 

「あれが、ギガント級……」

 

 髑髏のように全ての牙がむき出しになったその顔は、人類種の天敵と呼ぶにふさわしい恐れを抱かせるものだった。

 

 ヒュージを蹴散らしながら下北沢の街を進撃してきた梨璃たち百合ヶ丘女学院のリリィたちが目にしたのは、明らかに他のヒュージとは格の違う一体。

 佇むだけで動きは見せないが、それだけで周囲を支配する威圧感はただただ純粋に「勝てない」という確信だけを強く植え付けてくる。

 

 ギガント級ヒュージ。

 いかなリリィとはいえ、単騎での戦闘ではどうあっても倒しようのない存在である。

 

「予想はしていましたが、本当に出てきましたわね。どうしますの? あれほどのヒュージ、リリィの数を揃えただけでは勝てませんわよ」

「揃えただけ、でなければいいのよ。方法はあるわ、ここにね」

 

 だが、希望は存在する。

 人という生物の規格ではどうあっても倒せないだろうその存在を撃破せしめる唯一の手段が、ここにある。

 

 夢結が取り出したそれは、梨璃がアールヴヘイムから託されていた弾丸。

 魔術的な封をされているのは伊達ではなく、こういう時にこそ使うためにある。

 

「ノインヴェルト戦術か! ……え、それどこから仕入れてきたんだ? 梅たちまだレギオン認可されてないのに」

「……まさかとは思いますけど、つかさ様からもらったとかないですよね? もしそうだったら、ロクでもないことになりそうだからヤなんですけど」

「…………気持ちはわかるけど違うわ。ちゃんとした出どころのものだから安心して」

 

 その出自に一抹の不安を感じるリリィもいたようだが、そこはまあ気にしないでもらいたいというのが夢結の本心だ。

 一応、これがあのギガント級を撃破しうるのだからして。

 

「ノインヴェルト戦術って、確か……」

「マギをため込むその特殊弾を使い、リリィ9人のパス回しによって魔法球を作り上げ、ヒュージにたたきつける攻撃です」

「直撃すればギガント級でも倒せる、けど……」

「そうです! もし失敗すればリリィの消耗とCHARMの損傷が蓄積して戦えなくなる可能性もあります!」

 

 自分が託されたものの意味を知り、不安に曇る梨璃。

 神琳たちの言う通りのことを授業で聞かされてはいたが、実際に戦場の空気を知り、ギガント級を前にしてみると思っていたのとはまるで違う。

 この一発の弾丸に込められた希望と期待、責任の重さ。

 それこそが人類の希望を託されたリリィの本当の意味なのだと、改めて思い知る。

 

 

「なら、わたくしたちが代わってあげてもよくってよ?」

 

 そこに響く自信に満ちた声。

 瓦礫から生まれる土煙の向こうに浮かび上がる十の影。

 下北沢に集っていた、東京のガーデンに所属するリリィたちだ。

 

「……なんでその中に交じってポーズキメてるんですかつかさ様」

「いやだって、敵幹部大集合初登場! みたいな感じだし?」

 

 当たり前のような顔をしてそちら側に紛れ込んでいるつかさもてててて、と歩いてきて合流する。

 これで、現在の下北沢に揃っている主要なリリィが揃ったのだ。

 

 

「夢結! 久しぶり!」

「楪、幸恵……!」

 

 その傍ら、旧交を温める者もいる。

 彼女らは御台場迎撃戦の死線を潜り抜けた仲間たち。

 背中を預け合い、戦場を駆け抜けたリリィたちの絆は距離や時間を隔てても途切れはしない。

 

「これが、夢結のレギオンか」

「ええ。でも、作ったのはこの子よ」

「ひ、一柳梨璃です! よろしくお願いします!」

 

 友であればこそ知ることもあれば、触れられない部分もある。

 白井夢結というリリィの強さと優しさ。

 儚く繊細な心の奥底についた傷。それを癒す術を持たない不甲斐なさを悔しく思うとともに、未来への一歩を踏み出しつつあることが何よりうれしかった。

 

 

「でも、素人さんなのでしょう? そちらの隊長さんは」

 

 その喜びに冷や水を浴びせる一声に、梨璃の体はビクリとすくむ。

 声の主たる船田純の視線は険しく、容赦の色は微塵も見えない。

 リリィとしての経験の浅い梨璃が、それを受け止めることも受け流すこともできずに気圧されることは必然だった。

 

「わ、私は……」

「状況がわかっていまして? 見ての通り、相手はギガント級。それに対してノインヴェルト戦術を成功させる自信があるのか、と聞いているのです」

「っ!」

 

 梨璃は震えた。

 この場に居並ぶ歴戦のリリィを前にすると、この場に自分がいるという不相応さが身に染みる。

 いまだレアスキルも持たない自分が、本当にレギオンの隊長でいいのか、ノインヴェルト戦術を担当していいのか。

 

 

「お言葉ですわね! そういうそちらはレギオンですらない寄せ集めでしょう!」

「それはそちらも同じでは? つかさ様に曰く、まだレギオン結成を承認されていないとか」

「うぐっ」

 

 言われることはことごとくが真っ当なものばかり。

 努力はする。食らいついて見せる。夢結に恥じないリリィになる。

 その決意は今も揺らがないが、この瞬間に自分の意地を張ることが正解なのだとは、どうしても言えなかった。

 

「――みなさん、見てください! アレは……!」

 

 そんな葛藤の中に生まれた静寂を壊したのは、鷹の目のレアスキルで今も周囲の状況を探ってくれていた二水だった。

 緊迫したその声に誰もが一斉に振り向く先は、当然ギガント級ヒュージ。

 出現以降沈黙を保ち、佇むだけだった巨人が、咆哮を上げている。

 

 そして、両肩の巨大な球体が震えたように見えた、直後。

 

「なんです、アレは!?」

「まさか、ヒュージを生み出している……!?」

「へぇ、母艦(カブラカン)タイプとは珍しい。……妙にヒュージの数が多いし増援の底が見えないと思ってたけど、そういうことだったのね」

 

 球体から零れ落ちた大量のものはおそらく「卵」。

 中からスモール級やラージ級のヒュージが同じ数だけ現れて進軍を開始する。

 生産速度がどの程度かはわからないが、あのギガント級の討伐が急務であることは間違いない。

 

「……迷っている時間はありません。我々が周囲の小型を掃討しますので、百合ヶ丘のみなさんでノインヴェルト戦術を実行してください」

「ちょっと、勝手に決めないでくださる!?」

「私たちはたしかに腕に覚えのあるリリィが揃っていますが、足並みを揃えられるかは別の話です。ノインヴェルト戦術にこだわるより、掃討戦の方が個々の実力を発揮しやすいでしょう」

 

 そう、議論する余裕はなかった。

 叶星の提案は理にかなったもので、百合ヶ丘のみならず東京のガーデン所属リリィたちの間にも納得の空気が流れていることを、察せられない純ではなかった。

 

「そうですね。ギガント級の出現時、より近くにいたのは百合ヶ丘さんですから。そちらにお任せするということで。――いいわね、純」

「……っ」

 

 姉の言葉は、強制ではなく納得しかけていた純の背中を押すもので。

 

「私はっ、自信がなさそうだったので引き受けようと思っただけです!」

「ちなみに、今のが純ちゃんの本音ね。この子、かなり平成してるからこういう言い方になっちゃうけど優しい子なのよ」

「人の内心を勝手に解釈しないでいただけますか!?」

 

 そして、つかさの言葉はさらに背中を突き飛ばして崖下に叩き落すタイプものだった。

 こんにゃろー、とばかりに純が振るうCHARMは割と必殺の間合いだったが、つかさは笑ってかわす。

 声だけ聞けばじゃれあい程度のやり取りだが、目を開けてしまえば命を賭けるような無駄にレベルの高い攻防にドン引きする梨璃。

 

 

「――梨璃、行けるかしら?」

 

 そんな状況でも、夢結の声は優しかった。

 心配ではなく、逃げ道を作るのではなく。

 未熟でも、経験が浅くても、これが初めての戦いであっても。

 梨璃なら一歩を踏み出せる。その勇気がある。

 そう信じてくれているからこその優しさなのだと、梨璃は信じた。

 

「私は、今日ここに来ました。戦うために。守るために。……リリィとして、あるために」

 

 胸に手を当て目を閉じれば、心に浮かぶのは2年前の記憶。

 夜の闇の中、迫るヒュージの恐怖とそれを切り裂いて救ってくれた夢結の雄姿。

 あの日見た背中に憧れて、追いつきたくて、今日まで歩いてきた。

 リリィになって、夢結を知って、その道のりの遠さを思い知らされる毎日だが、それでも一つだけ確かなことがある。

 

 たとえ一歩ずつでも、進まなければ近づけない。

 どれだけ進んでも辿り着けないかもしれない。

 行きつく先は違う形かもしれない。

 

 でも。それでも。

 

 一柳梨璃というリリィは、憧れた光に向かって進み続ける。

 そういう生き方を、何より尊いと信じるリリィだ。

 

「――やります」

 

 

◇◆◇

 

 

 梨璃ちゃんの決意を、素人の無謀と笑うようなリリィはいなかった。

 

 たしかに素人、たしかに新設レギオン。

 実力と実績に不安がないとは間違っても言えないが、それは最初の一歩を踏み出すという決断をしたからこそ。

 

 マギ、それは聖なる力。

 マギ、それは未知への冒険。

 マギ、そしてそれは勇気の証。

 

 その力を信じて戦うことこそリリィのあり方なのだから、覚悟と決意を止めたりなんてなぜできようか。

 

「では、皆様。よろしくお願いいたします」

 

 そして夢結ちゃんが丁寧に礼を尽くし、作戦は決まった。

 

 

 

 

 この場に集ったリリィたちは優秀で。

 決まったからには迅速に動くためにギガント級へ、その周囲のヒュージへと意識を向け。

 

 

 全員の意識が遠くへ向けられるその瞬間を狙い澄ましたかのように。

 

 

――ギャリィン!

 

 

 CHARMが瓦礫を擦る音。

 夢結ちゃんの右後方、CHARMを携えてはいても振るう勢いをつけられない位置。

 いつの間にか行動における死角と言えるその位置へと飛び込んでいた琴陽ちゃんが、グングニル・カービンを振るって夢結ちゃんに迫っていた。

 

 踏み込みは深く、勢いは強い。

 寸止めの意思は感じられず、相手の意識も間合いも初動も潰した奇襲は完璧で、夢結ちゃんを驚愕のまま縫い留める目線に乗った殺意は鋭く。

 

 凶刃が、振るわれた。

 

 

 

 

「夢結様!」

 

 その太刀筋を止めることができたのは、いつも夢結ちゃんを思う梨璃ちゃんのグングニルだけだった。

 ガンモードからランスモードへと遅滞なく変形を済ませ、琴陽ちゃんの勢いを完全に止めるその動きの良さは、今日まで見てきた梨璃ちゃんの動きの中でも最高のそれだ。

 琴陽ちゃんの蹴りで弾き飛ばされてこそしまったが、少なくともあの一瞬の攻防において梨璃ちゃんは間違いなくこの場の誰より速かった。

 

 そして、結果として琴陽ちゃんの奇襲はすぐに潰えた。

 ただならぬ気配を察した純ちゃんと幸恵ちゃんによるインターセプト。

 私を含めた他のリリィも注目している今の状況では、さすがに動きようもないだろう。

 

「あなた、いったい何を……!」

「ごめんなさい、この子はリリィに手合わせを挑む悪い癖があって……」

「ああ、つかさ様みたいな?」

「……それよりは、マシだと思いたいけれど」

 

「これは手合わせなんかじゃない!!」

 

 琴陽ちゃんの叫びに、怒りと恨みとついでに私みたいと言われたことに対するめっちゃ真剣な否定の意思を感じたのは気のせいだっただろうか。

 今日何度か見た「手合わせ」とは様子が違うと思ってはいたけど、じゃあ一体何が起きているのか。その答えを、誰もが固唾を飲んで見守る中、琴陽ちゃんは叫ぶ。

 

 

「白井夢結ゥ!」

 

「2年前の甲州で! あなたは私と親友を……見殺しにした!!」

 

 2年前、甲州。

 甲州撤退戦という言葉は、多くの人に、リリィに悲劇として刻まれている。

 故郷を失ったもの。

 その後、リリィになった者。

 友を、大切な人を失った人達。

 その悲しみは今もまだ消えずに残っているのだと、琴陽ちゃんの目が炎となって吼えている。

 

「そんな、夢結様がそんなことするはずありません! だって、私のことを……!」

「じゃあ、私が嘘をついてるって言うんですか?」

 

 体験から得た事実という確信が、琴陽ちゃんから説得を受け入れるという選択肢を奪っている。

 夢結ちゃんが何者であろうとも、梨璃ちゃんを救っていたとしても、見捨てられたという琴陽ちゃんの中にある事実が揺るがないようだ。

 

 

 そうなのかもしれないと、私は思う。

 私だってリリィをやって長い。

 ヒュージと命のやり取りをする最前線で生きていれば、割り切れないことがたくさんあるという事実をいやというほど知っている。

 

「いいこと教えてあげるわ、琴陽ちゃん」

 

 でも、だからこそ救いたい。

 私は、リリィにあんな目をして欲しくない。

 ならば伝えよう、世界の真理というものを。

 

「なんですか、つかさ様。なんと言われようとあの日私たちに起きたことは……」

「うん、過去は変わらない。でも過去の『原因』を知ったら、変わることもあるよ」

「過去の、原因……?」

「そう。覚えていて、琴陽ちゃん」

 

 ヒュージが現れ、人類が存亡の危機にある今、明日には全てが変わっていてもおかしくない世の中で、それでも間違いなくそこにある、事実。

 

 

 

 

「それも全部G.E.H.E.N.A.ってやつらの仕業なのよ」

 

 

「なん、ですって……?」

 

 それは本当かい!? と続けて欲しいところだけど気にしない。

 琴陽ちゃんはとんでもなく予想外のことでも言われたかのように怯えた表情でよろめいているけど、そんなに驚くようなことだったかな?

 

「な、何を言っているんです、つかさ様。証拠……証拠はあるんですか!?」

「ないよー」

「ない!? ないのにそんな重々しく断定したんですか!?」

「うん。……でも、私の経験上結構な確率で大体合ってるわよこれ。ヒュージの襲撃全部がそうだとまでは言わないけど、変なところに変なヒュージが出てきたら、少なくとも私はG.E.H.E.N.A.が何かしら絡んでると思って出撃してる。……例えば今日、この下北沢とかね」

 

 妙におどおどしてる辺り、思った以上に琴陽ちゃんにとっては衝撃的な話だったらしい。

 いやまあ確かに証拠出せと言われたら何もないと真顔で答えるしかないんだけど、それでも私にとってこのテの事案にG.E.H.E.N.A.が関わっているというのは限りなく事実に近い確信だし?

 

 

 ともあれ、緊迫した空気は雲散霧消した。

 毒気を抜かれたというか憑き物が落ちたような琴陽ちゃんが夢結ちゃんに謝り、ひとまずこの場はそれで終わりという形だ。

 

 もちろんそれで全て丸く収まった万々歳とはいかないだろうけど、それでも時間は待ってくれない。

 今も健在なギガント級がこれから先も次々にヒュージを生み出しかねないことを考えれば、一刻も早い撃破は必要不可欠だから。 

 

 

 私は今日会ったばかりの琴陽ちゃんのことを何も知らない。

 ここに来るまでに聞いた話から、甲州出身で、甲州撤退戦でヒュージに襲われたことがリリィになった理由ということくらいが精々。

 

 それでも、夢結ちゃんに襲い掛かって純ちゃんと叶星ちゃんに止められている琴陽ちゃんが本気で夢結ちゃんを害そうとしていたのではないことくらいは、わかる。

 

 確かに奇襲としては完璧だった。でも完全に不意を付けたわけではないし、そもそもこの場は他にもたくさんのリリィがいる。

 戦闘のどさくさ紛れでもなく、完全に不意を衝くわけでもない。そんなやり方で夢結ちゃんをどうにかできるなんて、琴陽ちゃんだって思ってはいないだろう。

 

 それでも抑えきれないものが、あの子の中には渦巻いている。

 それは力になるかもしれないし、重石となって苛むかもしれない。

 吐き出すべき、とまでは言わないけど何らかの形で「答え」 を見つけないと琴陽ちゃんのためにはならないだろう。

 

 そして幸いなことに、答えは今日、ここにある。

 

「大丈夫よ、琴陽ちゃん」

「つかさ様……」

「今日はちょうどギガント級もいるし、リリィがギガント級と対峙するのがどういうことかよくわかるわ。……最前列で拝みに行きましょうね!」

「えっ」

「ノインヴェルト戦術叩き込む前に、雑魚ヒュージを片付けながら近づかなきゃだから結構ハードね……がんばるわよー!」

「……えっ」

 

 あれ、おっかしーなー。幸恵ちゃんと佳世ちゃんがすごくかわいそうなものを見るような目で私の周辺を見てるんだけど、そんなかわいそうな子なんていないはずよね?

 

 

 

「あああああああああああああ!!」

 

 

「琴陽さん……ごめんなさい、私たちが力不足なばっかりに」

「し、仕方ないですよ! 相手はつかさ様ですし! どういうわけかヤバい戦場であればあるほどテンション上がって戦果も上がる傾向あるみたいですから!」

 

 

◇◆◇

 

 

「梨璃さん。あんなことがあったけど、あなたは夢結のことを信じてくれているのね」

「幸恵様……。私は、戸田さんとは逆に甲州で夢結様に助けてもらったんです。だから……」

「いいのよ。あなたが得たあなただけの宝物、大事にするといいわ。……というわけで、夢結をよろしく。はいこれ」

「アッハイ。……なんですこれ、飴?」

「幸恵キャンディよ。……友人のことを頼むときはキャンディをあげるのが百合ヶ丘のマナーだってつかさ様に聞いたんだけど、違ってた?」

「ど、どうなんでしょう。私も高等部から入学したばかりなので……」

 

「つかさ様?」

「糸目でキレないで神琳ちゃん! ちょっとしたお茶目! 百合ヶ丘ジョークだから!」



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銃型CHARMを使うときはなぜか積極的にインファイトを挑むリリィがいるらしい。そして、相手がバリアを張っていなくても「この距離なら、バリアは張れないな!」とか言うらしい

 ノインヴェルト戦術、開始。

 ギガント級ヒュージ前面に展開した梨璃ちゃんたちが作戦を実行したことは、周辺で他のヒュージ達を掃討している私たちのところにも伝わってきた。

 

「いや、なんでこっちにいるんですかつかさ様!? あなた百合ヶ丘の、あのレギオンの一員ですよね!?」

「だって、梨璃ちゃんたちだけで9人揃ってるし。それなら私はこっちのお手伝いしたほうがいいかなって。だからよろしくね、純ちゃん!」

 

 そんな感じで、私は大量のヒュージを撃滅するために他校のリリィたちと一緒に行動することにした。

 純ちゃんってばそんなすごい表情するくらい喜んでくれるなんて嬉しいなあ。よーしはりきっちゃうわよー。

 

「くらえ、トンボガン!」\Change! Dragonfly!/

「どこからともなく飛んできた機械のトンボがグリップにくっついたら銃になった……!?」

 

 迫りくるミドル級と、空を飛んでるドローンみたいなスモール級をまとめてバシバシ撃っていく。

 一応水中戦が得意なんだけどね、この武器。地上でも使えるというか水中戦云々はあくまで設定上の話みたいなところがあるから気にしない気にしない。

 

 ともあれそうやって、ヒュージをバスバス倒していく。

 サソリがへばりついた剣とハチがしがみついたブレスレットも駆使して、他のみんなに負けないくらいに次から次へと撃って斬って刺してと、ヒュージの数が底なしだけに大忙しだ。

 とはいえここで頑張ることで梨璃ちゃんたちが安心してノインヴェルト戦術を進められるのなら、この戦いは大いに意味がある。踏ん張りどころよ、みんな!

 

「さすが梨璃ちゃんたち。いいチャージインね!」

「マギスフィアのパスをチャージインって呼ぶのつかさ様だけですよ」

「……相変わらず、見たこともないCHARMばかり使うんですねつかさ様。というか、円環の御手を持っているわけでもないのに3つ同時に使ってません?」

 

 少し距離があるところから見ているだけではあるけれど、ノインヴェルト戦術は順調なようだ。

 なにせ、ノインヴェルト戦術のためにあるようなレアスキルである<レジスタ>を楓ちゃんが、そしてその効果範囲を広げられる<テスタメント>を神琳ちゃんが有している。

 特にそういうことを意識したわけでもなく集めたメンバーなのにそういう資質が揃っている辺り、梨璃ちゃんはレギオンを導く才能、あるいは天運を持っているのかもしれない。

 ミリアムちゃんの<フェイズトランセンデンス>を使ったらしき大威力の砲撃や、その後の梅ちゃんが縮地を使って新たに湧いたスモール級ヒュージ数十体をまとめて切り捨てるという牽制も交えた進行は、メンバーが持つルーキーの資質とベテランの経験を感じさせられる。

 

 のだけども。

 

「……パス回しが、止まった?」

「っ! この感覚、まさか!」

 

 突然、マギスフィアが飛ばなくなった。

 それでいて、ギガント級や周囲のヒュージは先ほどまでよりも勢いを増して激しい戦闘を行っている気配もあり、さらに近くにいた佳世ちゃんが驚いた様子を見せている。

 

 ……これ、もしかしてヤバいのでは?

 ギガント級の周りで巻き起こる土煙の高さと量。

 リリィが引き起こしたと考えるには過剰な破壊力で、あの場所でそんなことができる手段を持っているリリィの心当たりは一人しかいなかった。

 

 

◇◆◇

 

 

「夢結様を止めないと……!」

 

 それは、ノインヴェルト戦術の最中に起こった。

 順調なパス回しによって育ち、繋がれていた魔法球。それを夢結が受け取った直後、生じた異常。

 慟哭のような叫びと、白く染まった長髪。

 なりふり構わずヒュージに向かっていって蹂躙するその圧倒的な力はいかに夢結といえど自然なものでは決してなく、レアスキル<ルナティックトランサー>が暴走したことは明らかだった。

 

 精神に負荷をかけるルナティックトランサーと、繊細な夢結の心。

 そして、琴陽から突き付けられた過去。

 夢結の心は限界だった、ということだろう。

 

「……ノインヴェルト戦術は中止。夢結のマギが尽きて鎮静化するのを待つぞ」

 

 そこまで理解できるからこそ、梅は苦渋の決断をした。

 ただでさえ卓越したリリィである夢結がルナティックトランサーの暴走で見境なくCHARMを振るっている。それも、多数のヒュージが混在する戦場のただ中、ギガント級のすぐ近くで。

 助けに行けば返り討ちにあうか周囲のヒュージに取り囲まれかねず、危険が大きすぎる。

 

「でも! 夢結様をあのままにしておくなんて……!」

「下手したら私たちが夢結に斬られることになる! ……そんなこと、夢結にさせるわけにはいかないんだ。わかってくれ、梨璃」

 

 そして、そんなことが起こってしまえば夢結の心は今度こそ取り返しのつかない傷を負う。

 かつてシュッツエンゲルたる川添美鈴を失った夢結の悲しみにくれる背中を見た梅には、そんな選択をすることはできなかった。

 

 

「――いいえ、わかりません。わかるわけにはいきません」

 

 だが、必要なことだ。そう断じる梨璃がいる。

 恐怖を踏み越えていく勇気と、どこまでも信じる心。

 梨璃がこの場の誰よりも強く持つそれこそが、夢結を救う力になる。

 

「そうは言うけどな、梨璃。方法はあるのか? あの状態の夢結をもとに戻すことなんて、今の梅たちには……」

「はい、ありません。でも、ジーっとしてても、ドーにもならないんです。……だから」

 

 そう、梨璃は勇気をもって、覚悟を決めた。

 

 「どんな手段」を使ってでも、夢結を助けると。

 

 

「つかさ様ーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 

「呼んだ?」

「……選抜隊と一緒に戦ってたはずのつかさ様がなぜここにいるんです?」

 

 そう、たとえつかさの持つビックリドッキリ財団Bアイテムに頼ることになろうとも。

 

 

「つかさ様! 夢結様のルナティックトランサーを鎮めるアイテムありますか!?」

「落ち着いてくださいまし梨璃さん。いくらつかさ様といえど、下北沢で既に数時間戦闘してるんですわよ? それなのに、ご自分のレアスキルでもないルナティックトランサー用の装備を持っているなんてことは……」

「あるよー」

「……………………梨璃さんにああは言いましたが、そうなんじゃないかとはちょっと思ってましたわ」

「楓さん! しっかり! 目に生気がなくなってますよ!?」

 

 ツッコミを入れはしたものの、予想通り全くの無駄に終わったことで楓が負ったダメージを必死にフォローする二水の健気が輝くが、つかさは気にせず懐から一つのアイテムを持ち出した。

 

「ノインヴェルト戦術弾……ではないですね? これ、もしかして、電池ですか?」

「そ、そうかな? トゲみたいなギザギザが生えてるよ?」

 

 それは、神琳の言う通りちょうど電池ほどの大きさの円筒だった。

 ただし、雨嘉の指摘も正しくヒレかなにかのような装飾がある。

 あと、側面が透明で中身が見えている。中にはなんか恐竜っぽい絵が描かれていた。

 

「夢結ちゃんのことを思いながらこの獣電池のスイッチを押してくれるかな梨璃ちゃん」

「わかりました! ……戻ってきてください、夢結様。――ブレイブ・イン!」

 

「梨璃がなんか言っとる」

「しかも驚いてるな。自分でもなんで口走ったのかわかってなさそうだ」

 

 梨璃が思いを込めてスイッチを押した瞬間、マギの波動がつかさ曰く獣電池に込められたのを、確かに感じた。

 自然と口をついて出た言葉は謎だったが、確かに何らかの力が宿ったことは間違いない。

 

「よし、成功ね。じゃあ、次は夢結ちゃんのところにこれを持って行かなきゃなんだけど、さすがに梨璃ちゃんには難しいと思うから、私に任せてもらえる?」

「……はい。でも、私も一緒に行かせてください。夢結様を助けたいんです!」

「もちろん。というか、持って行ったあとは梨璃ちゃんの呼びかけが必要よ。――覚悟はいい(Are you ready)?」

「――できています」

 

 その言葉を笑顔で受け取ったつかさは、梨璃とともに夢結が戦う場へと駆けていった。

 

 

 

 

「あああああああああ! 返せ! 返して!!」

 

 狂乱のままにCHARMを振るい、ヒュージを屠る夢結の姿はあまりにも痛々しかった。

 圧倒的に強いがゆえに傷を負うことはなく、しかし心に刻まれた傷からは血を流し続けているような叫びがいつまでも途切れない。

 

「止めるよ、梨璃ちゃん! 一瞬でいいから夢結ちゃんの気を引いて!」

「わかりました、つかさ様!」

 

 それを止めるべく、二人のリリィが走る。

 片や梨璃が思いを込めた電池だけを握りしめたつかさと、グングニルを手に恐れず踏み込む梨璃。

 ルナティックトランサーの狂気に苛まれた夢結はそんな二人の接近を察知するや容赦なくCHARMを振るい、丸腰のつかさを守るために梨璃は迷わず前に出た。

 

「夢結様っ! 私です! 梨璃です! つかさ様もいますから、落ち着いて……きゃっ!?」

 

 打ちあいが成功したのはわずかに一合。

 ただそれだけで梨璃は押され、体制を崩される結果となった。

 追撃があれば為す術なく切り捨てられるだろうそれは、しかし必然。

 歴戦のリリィたる夢結に対し、その薫陶を受けたとはいえまだ日の浅い梨璃では到底敵うはずがなく、勝敗ははじめからわかっていたも同然で。

 

「ナイス梨璃ちゃん!」

 

 それらすべてを織り込んでいたのなら、わずか一瞬の隙をついて懐に潜り込むことがつかさにはできる。

 

 縮地のレアスキルに匹敵する踏み込みは夢結の出足を封じ、腕が絡み合うような距離まで詰める。

 こうなれば既にCHARMを振るえるような空間はなく、いっそ素手の方が有利なほどで。

 

 つかさは振りかぶった拳に握った電池をそのまま、夢結に。

 

 

「ガブリンチョーーーーーー!!!」

「んがぐくっ!?」

 

 食べさせた。

 

「夢結様ーーーーー!?」

 

 梨璃、絶叫。

 電池っぽいあの形、何にするのだろうと思っていたら叫び吼える夢結の口の中にそのまま突っ込んだのだ、そうもなろう。

 一呑みするのはさすがに難しそうなサイズだったが、つかさの容赦ない勢いとアイアンクローじみた握力が吐き出すことを許さない。

 しばらくもがいていた夢結はしかし、ついに根負けする。

 

「ン……ごくっ」

「だだだだ、大丈夫なんですかそれ!? お腹壊しませんか!?」

「平気よ梨璃ちゃん。これ、もともとこういうものだから」

「そういうものなんですか!? お薬にしても尋常じゃなく大きいと思うんですけど!」

 

 呑み込んで、しまった。

 が、つかさの言葉に嘘がないことは夢結の様子が証明していた。

 色を失っていた髪が徐々に黒く染まり始め、開いてはいても何も映していないようだった目は正気の光を取り戻しつつある。

 

「財団B製のルナティックトランサー制御アイテムの一つ、獣電池。リリィが込めたブレイブをレアスキルの方のブレイブっぽい波長に変えることができるのよ。あとは、ほどよくガブリンチョさせてあげればルナティックトランサーの狂気をだいぶ抑えることができるわ」

 

 その言葉がマジであると、現に落ち着きを取り戻しつつある夢結の様子からして納得せざるを得ない梨璃。

 唯一悩みがあるとすれば、夢結が正気を取り戻したときになんと言えばいいかさっぱりわからないことくらいである。

 

「とはいえ、完全な除去はできない。……だから梨璃ちゃん、あとはお願い。言葉をかけて、思いを伝えて、夢結ちゃんを助けてあげて」

「は、はい……必ず!」

「よろしくね。それじゃー私は雑魚ヒュージの掃除に戻るわ! クロックアップ!」\Clock Up!/

 

 そう言って、つかさはまた当たり前のように去っていった。

 縮地のレアスキルでもあるまいに、よく見たらやたらごついベルトを巻いた腰のあたりをパシーーンと叩き、梨璃の目では追えないほどの速さで。

 道の脇から行く手を阻むべくのそりと出てきたヒュージはつかさの姿を捉えることすらできずに五体を切り裂かれて、何が起きたのかわからないとばかりにしばらく呆けた後、バラバラに切り裂かれた体がぼとぼとと破片になって地に落ちる。

 

 そんなつかさが去り行く間際の背を目に焼き付け、梨璃は思う。

 あれもまた、リリィの姿。

 助けを求められれば駆けつけて、きっと答えてくれる頼もしさ。それは、かつて梨璃が夢結に救われたときに見たのと同じ希望の光。

 方法は少々アレながら、つかさもまた梨璃にとって、リリィにとって、救いとなり、理想となる姿なのだろうとそう思う。

 

 だから、そのことを伝えよう。

 誰かを助けようとするリリィの姿がどれほどの人に望まれ、助けになっているのかを、心の闇に飲まれそうになっている夢結に、必ず。

 

 

◇◆◇

 

 

「みんなお待たせ! 梨璃ちゃんたちの方はたぶん大丈夫だから戻ってきたよ! 私の分のヒュージ残ってる!?」

 

 最後まで見届けたい気持ちはあったけれど、あの場は梨璃ちゃんを信じて任せるべきところだろう。

 それに、こっちはこっちでギガント級の周りで次々生み出されたり出現したりするヒュージを片付けなきゃいけないから、ものすごく急いで戻ってきた。

 ざっと様子を見た感じ、全員けがなく戦闘を続けているみたいだけど……少しだけ様子が変だ。

 

「も、もう行って帰ってきたんですか? ……ま、まあいいですけど。それより、今は少し手こずっています」

「見てください。あのヒュージ、ミドル級だというのにこちらの攻撃が全く効いていないんです」

 

 楪ちゃんと椛ちゃんの隠れる瓦礫の影に潜り込んでみたら、そんなことを聞かされる。

 こっそりと顔を出して見てみれば、確かにそこにはせいぜいミドル級のヒュージが1体。

 手足らしき構造がなく、サナギの背中に4本の羽というか棒が生えたような非生物的な造形でふわふわと浮かび、散発的に打ち込まれる射撃を避ける様子もなく直撃しているというのにダメージを負った様子がない。

 

 ……ってことは、まさか。

 

「……もしかして、ですけど。あのミドル級は『特型』では?」

「なんですそれ!? 初耳です!」

 

 佳世ちゃんの推測が、たぶん当たっている。

 

「一葉さんが知らないのも無理はありません。最近稀に確認されているヒュージで、シールド能力<マギリフレクター>を使うミドル級ですわ」

「そうです。通常火力では歯が立たなくて、1件を除いて他は全てノインヴェルト戦術でしか撃破できていません」

 

「1件を除いて? その1件はどうやって撃破したのです?」

「えーっと、私も記録でしか確認できていないんですが…………つかさ様が、マギリフレクターの内側に潜り込んで『この距離なら、バリアは張れないな!』とゼロ距離射撃を敢行したらしいです」

「つかさ様……」

「え、マジ? ごめん、その技は割とよく使うからどれが特型だったのかわかんないや」

 

 なんか、みんなから変なものを見る目が突き刺さって痛いんだけど! ヒュージからの攻撃よりも後輩たちのドン引きの方がダメージ多いわよちくしょう!

 

「と、とにかく! それならやることは一つです! ちょうど人数も揃っています。いけますね、皆様方?」

 

 ともあれ、こういうときに純ちゃんの決断は早い。

 これだけのメンバーが揃っているのだし、誰かしらノインヴェルト戦術弾の一つや二つ持ってきていてもおかしくない。そして、なんだかんだ私を含めて10人のリリィがいる以上、その選択は必然だ。

 

「では、つかさ様も……」

「よし、頑張ってね琴陽ちゃん!」

「えっ、私ですか!?」

 

 そう、琴陽ちゃんがノインヴェルト戦術のメンバーになることも必然なのだ。

 なのだったらなのだ。

 

「私たちの後輩を引き立ててくれるのは嬉しいですが、よろしいのですかつかさ様?」

「もちろん。特型とはいえ相手はミドル級だし、リリィ側のメンバーは豪華。こういうときにノインヴェルト戦術の経験を積むことは琴陽ちゃんにとってすごく為になると思うから。……あと一応。この中で、私が参加しても問題なくノインヴェルト戦術が成功すると思う人!」

 

「……」

「…………」

「………………」

 

「……少しは気を使いなさいよぅ!?」

「自分から提案しておいてキレないでください」

 

 それに、どうせこうなるしね! 泣くぞ!

 

「ほら、私ってCHARMも戦い方も独特でしょう? ただでさえレギオンでもないこのメンバーでぶっつけ本番なら、いっそ基本の動きができてる琴陽ちゃんの方がいいと思って」

「理屈はわかりますし、その理屈を発揮できる冷静さも評価しますがそれならそれで他のリリィに合わせられるようにするべきでは?」

「正論は下手なCHARMよりダメージデカいこともあるのよ初ちゃん」

 

 そんなやり取りもありつつ、特型ヒュージに対するノインヴェルト戦術を実施するのは私以外の9人で行われることになった。

 出身校はバラバラで、連携どころか顔を合わせるのすら今日が初めての子たちも多くいるこのチーム。琴陽ちゃんを含めて、私の方でフォローしていけたらいいんだけど……。

 

 

◇◆◇

 

 

「純! 百合ヶ丘のみなさんの戦域まで来てしまっているわ! 下がりなさい!」

 

 うん、ダメだったわ。

 ある程度パスをつないで、純ちゃんが魔法球を受け取った。そこまではいい。

 その直後、何を思ったか特型ヒュージを追い立ててギガント級の元へと向かうとはさすがの私も見抜けなかったわ。

 

 飛んでる特型を追ってビルの上を飛び回る純ちゃんのちょうど真下辺りに鶴紗ちゃんの金髪がちらりと見える。ギガント級が手を伸ばしたら、無駄に長い指先がこの辺りまで届いてしまいそうでもあるし、かなりリスクの高い選択なことは間違いない。

 

「ヒュージは大きければ大きいほど、強ければ強いほど周囲のマギも濃くなります。そのマギを使って魔法球を育てた方が効果が高いですわ」

 

 マギインテンシティ。

 純ちゃんの語った通り、ヒュージの、そしてリリィの力の源であるマギは強大なヒュージによってまき散らされるという側面が少なからずある。

 ギガント級ほどのヒュージとなればその放出量も莫大で、マギを駆使してCHARMやレアスキルの出力、魔法球の威力を上げることができるリスクが高い代わりに多くのリターンを得られる戦術が可能となる。

 

「そうなの! マギインテンシティなの! だから、銃系のCHARMを使ってるのにインファイトするのは仕方ないの! 大人の事情じゃないの!!」

\ファイア!/\ドロップ!/\ジェミニ!/

\バーニングディバイド!!/

「誰になんの言い訳をしているんですかつかさ様」

「分身してヒュージにオーバーヘッドキックしてることにもツッコミ入れたいのに追いつかない……!」

 

 逃げる特型ヒュージに蹴りを叩き込んで梨璃ちゃんたちの方へ向かわないよう、純ちゃんの進行方向に沿うようさりげなく誘導しつつ、それでも少し不安はある。

 確かに純ちゃんは海外の激戦地も渡り歩いた百戦錬磨のリリィだから決して無茶な選択じゃないと思う。

 とはいえ、それが純ちゃん以外の子たちにも求めていい水準かと言えば別の話だ。まして、慣れない急造チームなら。

 

「そこのあなた! 行きますよ、受け取りなさい!」

 

 そして、次にパスを回されたのはよりにもよって琴陽ちゃん。

 幸い地上で足場もしっかりしていたおかげか無事に魔法球を受け取ることができた。

 

 その成功のおかげか、うっすらと自信の感じられる笑みを浮かべているのは琴陽ちゃんの成長か。

 ……あ、まずい。

 

「きゃああああ!?」

「琴陽さん!」

 

 ギガント級ヒュージ、特に今回出現したギガント級に近づくということは、生み出された大量のスモール級、ミドル級の密集地帯に飛び込むということで、周囲を飛んでいたドローンっぽい形のスモール級の集中砲火が琴陽ちゃんを襲った。

 魔法球を受け取った直後という一番反撃しづらいタイミングを狙われてしまえば仮に熟練のリリィであったとしても避けづらい。

 偶然であれ必然であれ、それは琴陽ちゃん一人では切り抜けられるような状況ではなく。

 

「ヒュージェ……琴陽ちゃんになにしてんのよコラァ!」

「つかさ様!? 琴陽さんを守ってくれたのですか!?」

「メロンみたいな模様をした盾型のCHARM……? 珍しいものを持ってきてますねつかさ様」

 

 めちゃくちゃ急いで間に合うことができたが、ギリギリだった。

 こんなこともあろうかと用意しておいた、縁が刃になっていて武器としても使えるこの盾でヒュージの射撃を受け止めて琴陽ちゃんを守る。

 そして、刀と銃が一体になったCHARMでヒュージどもを撃ち落とす。これ、地味に便利なのよね。御台場女学校がヨートゥンシュベルトをとりあえず標準装備として配るのもわかるってもんだわ。

 ……あっちは普通の剣型で、射撃機能はないらしいけど。

 

「ふぅ……大丈夫、琴陽ちゃん!?」

「は、はい、なんとか……」

 

 さすがに怖かったのだろう。ものすっっっごい怯えた顔で見てくる琴陽ちゃんを抱きしめたりとかして安心させてあげたいところだけど、今は早く魔法球を他の子に渡したほうがいいだろう。

 ヒュージでもわかるくらいに莫大なマギをため込んだ魔法球はヘイトを集めてしまうから。

 

「琴陽ちゃんにケガはないみたいだから心配はいらないわ。魔法球をお願いできるかな、椛ちゃん」

「ええ、任せてください」

 

 そんな魔法球を椛ちゃんに託して一安心。正直、私も結構ほっとした。

 リリィがケガをするのは、いつ見ても肝が冷えるからね。

 

「おめでとう、琴陽ちゃん。ノインヴェルト戦術しっかりできたわよ」

「ぁ、ぇ……いえ。つかさ様に助けていただかなければ、きっと負傷して戦線を離脱していましたから……」

「そこを助け合うのがリリィの戦い方よ。誰かに助けてもらったリリィは、次に機会がきたときにリリィを助けてあげればいいの」

 

 

 だから、琴陽ちゃんも誰かを助けてあげてね。

 そう語ったその時、琴陽ちゃんの目が見開かれた理由を私は知らない。

 でも一つだけ。この時から琴陽ちゃんの笑顔が少しだけやわらかくなった。そんな気がした。

 

 

◇◆◇

 

 

――コオオオオオオオオン!

 

 結論を語ろう。

 特型ヒュージに対するノインヴェルト戦術は成功した。

 幸恵ちゃんの手によるフィニッシュショットはマギリフレクターに真正面からぶち当たり、突き破り、胴体ド真ん中を貫いて撃破した。

 鐘を突くような澄んだ音は、きっとマギリフレクターの悲鳴だったのだろう。

 案外きれいな音で、それはつまりマギをかなり強固に練り上げていたという証拠でもあり、特型ヒュージが今後増えるようならそれなり以上の苦戦が待ち構えていることもまた予想される。

 

 ともあれ、わずかに遅れてギガント級に梨璃ちゃんたちが育て上げた魔法球が炸裂するのを、確かに目撃した。

 レギオンの正式な結成すらまだ完了していないとは思えないほどに練り上げられた魔法球が、おそらく雨嘉ちゃんによって放たれたフィニッシュショットはギガント級の眉間へと正確に突き刺さり。

 

――コオオオオオオオオン!

 

「なっ! 外れた……!?」

「ギガント級、健在! ノインヴェルト戦術による損傷認められません!」

 

 魔法球が、外れた。

 本来なら、ノインヴェルト戦術はギガント級ですら貫いて撃滅するだけの威力がある。

 だが、直撃しなければどうということはないのは世の真理。そうして失敗したノインヴェルト戦術の例もなくはない。

 

 

 ……だけど、おかしいな? ちょっとつっついてみるか。

 私は、こんなこともあろうかと持ってきておいたCHARMを構え、マギを注ぐ。

 

「琴陽ちゃんどいて! ヒュージ(そいつ)殺せない!」

「へ? ……ッ!」

 

 そのとき、私とギガント級を結ぶ射線上には琴陽ちゃんがいた。

 まあ、ちゃんと頼んだら全力ですっ飛んで避けてくれたから問題ないんだけど。助かるわ、そのくらい移動してくれるとギリギリ当たらないからね!

 

\Maximum Hyper Cyclone!/

 

 まな板のように、これまで使っていた虫型CHARMを3匹乗せた剣のような銃のようなCHARMから放たれたごん太ビームが下北沢のビルの上を貫いて、ギガント級ヒュージへ突き進み。

 

 

 その時起きたことを、私は目に焼き付けた。

 

 狙ったのは頭部。

 下手な銃弾よりも速く空を突き進む光条はノインヴェルト戦術には及ばないものの、CHARM換算で4機分くらいの威力はあり、ギガント級相手でも傷をつけるくらいのことは十分に可能で。

 

 

 迫りくるビームを目の当たりにしたギガント級は。

 

――!!

 

 慌てたように、身をかがめた。

 

 直撃はせず、ヒュージを生み出す肩の球体を片方かすめ、半分ほど燃やすに留まる。

 そしてそのまま、体が不自然なほど沈み込んでいく。

 おそらくアレは、体が崩壊しているのではなくケイヴを介したワープに近い移動。

 端的に言うと、「逃げた」のだと思う。

 

 ノインヴェルト戦術には遠く及ばない、一人のリリィが放った攻撃を必死で避けて。

 

 見たことのない現象、聞いたことのないヒュージの反応。

 どうやら、ここが今回の鍵になるようだ。リリィ的直観がそう囁くのを感じながら、私はギガント級ヒュージの消えた下北沢の街並みを眺めていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「つかさ様!? 神妙な顔してますけどなんですかそのCHARM!? 剣のような銃のようなCHARMにメカの虫がたくさんくっついてますが!?」

「やめておきなさい、佳世。どうせいつものつかさ様よ」

「たまにノインヴェルト戦術に代わる次世代高火力CHARM使ってますよね。……なぜか、複数人運用を前提にしてるはずのものを一人で」




財団Bのルナティックトランサー研究。

 強大な戦闘能力と引き換えに精神の不安定を引き起こすルナティックトランサーのことを、財団Bはかなり熱心に研究している。
 ヒュージを倒すため、そしてリリィの心身を守るためにこのレアスキルの抑制や安定化、狂乱に陥った状態から回復させるためのアイテムをいくつか作成し、主につかさに持たせて実地試験を依頼している。
 なお、治療の元となる状態を発生させるためと称してルナティックトランサーじみた暴走状態を引き起こすヤベーイトリガーとか銀色イナゴのキーとか本とかスタンプとかも作っているらしい。


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財団Bの新作アイテムで新しいことができるようになると「だが、今は違う!(ギュッ)」とか言い出すリリィがいるらしい。

「ごはんの時間だ! おにぎりなら作れるよ! それも早く!」

「なぜか妙に嫌な予感のする宣言はやめてください」

 

 あれから大変だった。

 私が一緒にいた東京のリリィの子たちも特型相手にノインヴェルト戦術を使ったからCHARMにもマギにも大きな負荷がかかっているのに、梨璃ちゃんたちの方でもノインヴェルト戦術でギガント級を仕損じた上に逃げられた。

 純ちゃんはキレるしフォローに入った楪ちゃんが軽く煽ってケンカになりかけるし、楓ちゃんの旧友である相模女子高等学館の石川葵ちゃんが合流して二水ちゃんと佳世ちゃんが揃って鼻血を出すわ、それはもうしっちゃかめっちゃかだ。

 

 状況は混乱しているが、一つ間違いないのはギガント級ヒュージの健在。

 下北沢の街中でスモール級、ラージ級のヒュージが減る様子は見られず、それはすなわちギガント級の撤退があくまで一時的な物であるという証明に他ならない。

 

 また、来る。

 その時に今度こそ倒し切るための休息と補給と整備と作戦会議が、私たちの急務となった。

 

 

「だから仕方ないの。こういう時はおにぎりが一番ぐっとくるの。豚汁もあるよ!」

「つかさ様、お料理上手だったんですね……」

 

 梨璃ちゃん辺りなら、丸くなればすっぽりおさまるくらいドデカい寸胴鍋で豚汁を作る。ぶっこんだ豚肉の量はキロ単位だったかもわからんね。

 そんな風にご飯を用意して、食べてもらう。情報の精査と分析もしてもらわなきゃいけないけど、ギガント級の再来までにお腹を満たして仮眠を取ってとやって体力とマギを回復しないことには話にならないのよ。

 今回、情報処理に強い子たちがいるから料理は私。役割分担ってやつね。

 

「じゃ、夢結ちゃんたちに届けがてら作戦会議混ざりに行ってくるわ。みんなもしっかり食べておいてねー」

 

 でもそれはそれとして作戦会議の内容が気になるからちょっとお邪魔しようかな、ということで作ったおにぎりを人数分と、豚汁を分けた小鍋を抱えて防衛軍の人たちが用意してくれたテントの一つへと差し入れに行く。

 

「うっ!? な、なんだか急にいい匂いが!」

「そういえば、すごくお腹空きましたね……」

 

 行き詰っているのか、難しい顔してタブレットやらモニタやら睨んでいる知性派の子たちのところへてってこ入っていく私。

 先輩の立場はこういうときに遠慮しないためにあると言っても過言ではない。おなかが空いてると頭回らないからね。

 

「調子は、あんまりよくないみたいね。おにぎり食べて一休みしましょ」

「ありがとうございます、つかさ様」

「……違和感が、あるんです。今回のノインヴェルト戦術、フィニッシュショットが直撃したときの感じが、過去の事例と違うような気がして」

 

 二水ちゃんは筋金入りのリリィオタクだ。

 普通のリリィでも勉強の一環として他レギオンを含めたノインヴェルト戦術を調べることは多々あるが、趣味として好き好んで漁っている二水ちゃんが言う。

 ノインヴェルト戦術が、その直撃した瞬間がおかしいと。私が口元に差し出したおにぎりを半ば反射でもしゃもしゃしながらも、ギガント級との戦闘データが映し出されるモニタから目を離さない。

 

「直撃の瞬間……音?」

「待って、この音は……!」

「はい。私たちが特型ヒュージを、(・・・・・・・・)マギリフレクター(・・・・・・・・)ごと貫いた時の音(・・・・・・・・)に、似ていませんか?」

 

「――ビンゴです。ギガント級にマギスフィアが着弾した瞬間の、頭部拡大スロー映像。間違いありません」

 

 佳世ちゃんの閃きに基づいて映し出された映像は、多少不鮮明ながらはっきりとわかるほどにギガント級の頭部とそれに迫る眩いマギスフィア。

 そして、マギスフィアを阻む光のハニカム構造。

 <マギリフレクター>が展開されている光景を映し出していた。

 

 

◇◆◇

 

 

「ただでさえ特型まで現れた上に、これまで未確認のマギリフレクターを使うギガント級……!?」

「つまり、事実上の『特型』ギガント級ヒュージだったということですね」

 

 ノインヴェルト戦術が効かないヒュージ、そのタネと仕掛けは明らかになった。

 ただ、どうすればいいかについてはさっぱりだ。

 

「普通に考えて、マギリフレクターの強度も選抜隊のみなさんが撃破した特型以上のはずです。しかも一旦退避したのですから、再び同程度の出力で展開可能な状態になってくると思われます」

 

 二水ちゃんの分析が悲観論として否定されないのは、これまでに確認されたヒュージの生態的に十分あり得る話だから。

 いやむしろ、特型と判明した以上さらに想像を超えてくることすら覚悟しなければならない、そういう事態だ。

 

「対大型ヒュージ用の固定砲はどうです? 百合ヶ丘の真島様なら……」

「あんまりオススメできないわね。百由ちゃんなら用意できるとは思うけど、ギガント級、それもマギリフレクターブチ貫いて倒す威力となったら多分下北沢が更地になるわよ? そうならないよう財団Bがギガント級と殴り合える巨大人型ロボCHARMを開発してるけど、完成にはまだ時間がかかるらしいわ」

「何してるんですか財団B」

 

「では、ノインヴェルト戦術の威力を上げるのは? リリィの数は十分にいます。倍の人数なら威力も倍に、と言えるほど単純にはいかないでしょうが……」

「それも難しいわね。確かに威力は増すでしょうけれど、CHARMへの負荷も高くなって破損する可能性が高いわ」

 

 ああでもないこうでもないと意見は出るが、どれもこれも利点もある代わりに割と致命的な問題点も抱えている。現実的な案となると中々出てくるものではなかった。

 

「逆に考えるんだ。『バリアなんて近づけばスルーできる』と考えるんだ」

「それができるのはつかさ様だけです」

「……でも、発想を変えるという点は正しいと思います。そもそも、あのギガント級ヒュージ。マギリフレクターがあるならノインヴェルト戦術ですら脅威ではないはず。なのに、逃げた」

「つまり、私たちが思っている以上に追い詰めることができていた……?」

 

 こういう時に必要なのは、根本から考え直すこと。

 現状、リリィが出しうる最大の攻撃力をすらしのいでのけたギガント級が、出がらし同然の状態に陥っていた私たちを前に何を恐れることがあったのか。

 逃走を選んだということはすなわち、あの瞬間ギガント級もまた命の危険のただ中にあったという推測は、的を外れたものとは思えない。

 

 

 

「――そこから導かれる有効な戦術は、『ノインヴェルト戦術の連撃』です」

「つまり、2つの魔法球をぶつけるということ?」

 

 それが結論だった。

 

「そうです。マギリフレクターを使うギガント級が撤退を選んだのは、おそらくマギの消耗で防御力が低下した状態にあったからだと思われます」

「一度は弾いたとはいえ、同等の威力をすぐに再び防ぎきれる状況ではなかった。なら、連続してもう一発撃ち込めば……!」

 

 作戦が決まる。

 ノインヴェルト戦術が可能なリリィが2組揃っているからこそ可能なこの戦い。チーム内のみならずチーム同士の連携すらも必要となる困難を乗り越えた先にのみ勝利がある。

 だがそれを恐れる子はいない。強い意志を込めた目で、覚悟を決めた。

 

「ギガント級出現までの間、下北沢の守備と監視はルドビコ女学院で行います。みなさんは少しでも回復できるよう休息に努めてください」

 

 

◇◆◇

 

 

「つかさ様」

「どったの叶星ちゃん」

 

 作戦会議が終わり、割り当てられた仮眠部屋でも行こうかなとてってこ歩いていると、叶星ちゃんに声をかけられた。

 割かし真剣な表情。あまり、いい話を持ってきてくれたわけではなさそうだ。

 

「戸田さんのことです。……彼女は、本当に弱いのでしょうか?」

「……」

 

 弱い、という言葉が意味するのがなんなのか。

 単純に力や技の強い弱い、判断の速さと正確さ、あるいは敵に向かっていく勇気の多寡。

 何をもって弱いと評するかは、状況によって変わってくる。

 そして、少なくとも叶星ちゃんは弱いから悪いとか、そういう単純な話をする子じゃない。

 純ちゃんはそういう話しかしないという説もあるけど、それはそれ。

 

「夢結さんを狙った一撃は、それまでの彼女の印象からはかけ離れたものでした。ノインヴェルト戦術中にマギスフィアを受け取ってヒュージに狙われた時の動きも、なにかちぐはぐな気がして……」

 

 そんな叶星ちゃんの目が見た琴陽ちゃんの姿に、いくつか腑に落ちないところがあるというのは、相応に根拠と説得力のある話で。

 

 

「そうよ。琴陽ちゃんの強さは、最低でも夢結ちゃんにして見せたくらいの動きを基準にした方がいいわね」

 

 私の抱いていた見解と、同じだった。

 

「やはり……そう思いますか」

「あと、戦い方がルドビコだけで習った子じゃないわね。百合ヶ丘の流儀が混じってる……ような気もするんだけど、なんかしっくりこないかな。百合ヶ丘からルドビコに転入した子がいても、ああはならないと思う」

「そ、そこまで……?」

 

 そう、琴陽ちゃんは本人が言うような新人リリィではないっぽい。

 少なくとも実力と経歴のどちらか、あるいは両方を隠している。

 

「ま、いいんじゃない? 謎のリリィとかカッコいいし! あとで仮面でもプレゼントしようかしら」

「……G.E.H.E.N.A.の関係者、とは考えないのですか?」

 

 その隠された経歴に、良くない何かが紛れ込んでいるのではないか。

 叶星ちゃんの懸念は神庭女子藝術学校で隊長としてトップレギオンを預かる責任感からは当然のものであり。

 

「考えるけど、気にしない。私、G.E.H.E.N.A.のことは許さないけど、リリィは仲間よ。たとえ、どんな考えと力を持っていても。リリィである限り、守るし信じるし、守って欲しいし信じて欲しい」

「……変わりませんね、つかさ様」

 

 それでも、理想論じみた私の言葉に笑ってくれる辺り、本当に優しい子だと思う。

 

「つかさ様は、戸田さんと一緒にギガント級周辺ヒュージの掃討をされるのでしたよね。……お気をつけて」

「うん、ありがと。叶星ちゃんも、ギガント級の相手をお願いね」

 

 そう言葉を交わせば、必要なことは余さず終わる。

 何が起こるかはわからないのが戦場の常。

 言うべきことは言っておき、別れる時は笑顔と信頼を。それがリリィの心がけ。

 

 さあ、私も少し寝るとしよう。

 下北沢近辺で割と無事に済んでいる施設を防衛軍がいくつか確保してくれていて、私に割り当てられたのは元はライブハウスだったというビルで、かつての屋号は「STARRY」と言ったらしい。

 

 

◇◆◇

 

 

「寝られるときに寝ておくこともリリィの仕事だぞ、梨璃」

「……梅様」

 

 梨璃たちに割り当てられたのは、戦域から外れていたため施設が生きていたホテル。

 そのロビーで、梨璃は物思いにふけっていた。

 初めての実戦、他校のリリィ、琴陽から告げられた夢結の側面と、ルナティックトランサー。考えることが多すぎた。

 

「夢結のルナティックトランサー、今日のは特に大暴れだったからな。気になるのも無理はないか」

「……はい。あんなに強くて、取り乱すなんて」

 

 直接CHARMを交えた今なら一層わかる。

 夢結の秘めた力と、それを際限なく引き出し、振るわせるルナティックトランサーというレアスキルの強さと怖さ。

 もしも、自分がレアスキルに目覚める日が来たとして、それがルナティックトランサーだったなら。不安を抱かずに想像できる未来ではなかった。

 

「だからこそ、ルナティックトランサーを使うリリィには仲間が、信頼できる人が必要なんだ」

「信頼できる、人……」

「夢結のお姉様、……あー、実の姉って意味じゃなくシュッツエンゲルの川添美鈴様がそうだった。傍から見てても二人は仲が良くて、幸せそうだったよ」

「そんなことが……」

 

 過去形で語られるその理想が失われて久しいと、遠くを眺めるような梅の目線が言外に語る。

 

 甲州撤退戦。

 梨璃にとっては失ったもの以上に今へとつながる未来をくれたきっかけが、夢結にとって、琴陽にとっては絶望への入り口だったという事実が胸の奥で重石となるようだった。

 

「夢結とシュッツエンゲルの誓いを結ぶってことは、そういうことだ。……だから、最初に梨璃が夢結のシルトになりたいって聞いた時は正直不安だったよ」

 

 梅の言葉に嘘はないだろう。

 梨璃の考えは変わらないが、ただ無邪気に憧れるだけでは足りなかったのだと思い知らされる。それだけの重みがそこにはあった。

 梨璃を見つめる梅の眼差しはどこまでも、どこまでも真剣で。

 

 

「――でも、今は違う」

「……っ!」

 

 ギュッ、と思わず両手を握りしめる梨璃。

 そういえば初代アールヴヘイムであった甲州撤退戦のときの夢結はマントを羽織っていたな、となぜか関係ないことを思い出した。

 

「あの日起きたことは辛いけど、きっとそれだけじゃない。救えなかった人もいたけど、救われた人もいた。梨璃なら、そのことを夢結に教えてやれるはずだ」

「……はい、必ず」

「ん。期待してるぞ。……まあでも、難しい話をしちゃったからな。寝る前に外の空気を吸って気分転換するといい。――ウッドデッキとか、いいと思うぞ」

「っ! ありがとうございます、梅様!」

 

 駆け出す梨璃の背を、梅はその場で見送った。

 信じるように、励ますように、縋るように。

 かつて自分が友に与えられなかった救いが、どうか今度こそもたらされることを、祈るように。

 

 

◇◆◇

 

 

 結局、一晩眠ることすらできなかった。

 地下ライブハウスの程よいソファでぐだぐだうとうとしていたところを通信でたたき起こされ、外に出てみれば夜明け前の薄暗い街並み。

 情報端末を確認してみれば、現在下北沢防衛中のルドビコ女学院所属リリィたちにより、ヒュージの出現数の増加とマギ濃度上昇が報告されている。

 ギガント級再出現の兆候、と見ていいだろう。

 集合場所へ向かい、出撃だ。

 

 

◇◆◇

 

 

「ノインヴェルト戦術は梨璃ちゃんたちと幸恵ちゃんたちがやってくれるから、私たちはザコ掃除しよっか。行くわよ琴陽ちゃん!」

「えっ。あ、あの、私は足手まといにならないように見学を……」

「見学ならちょうどいいわね! 近ければ近いほど勉強になるし、実戦経験も積める。せっかくだから、私も財団Bのできたてほやほや新作使っちゃうわよー!」\BOOST MARK Ⅲ!/

「ヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステム!? なんだか他のものより倍くらい分厚くないですかそのバックル!?」

「こーん」

「なんか唐突に白いメカ狐まで出てきたんですけど!?」



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どんなに困難な状況になろうとも、たとえギガント級を相手にタイマンを挑まなきゃならなくなっても、最後まで諦めず不可能を可能にするリリィがいるらしい

 作戦開始。

 下北沢の街を駆ける18人のリリィが目指すのは、マギリフレクターを展開する特型ギガント級ヒュージ。未知の存在を前にして、しかし誰一人臆さず突き進む。

 

 狙うはギガント級ただ一体。

 瓦礫の山と化した下北沢の街を突っ切って、邪魔するヒュージ達を蹴散らしながらまずは近づかなければならない。

 ノインヴェルト戦術は一撃必殺。マギリフレクターの存在を抜きにしても、必中が可能な距離までたどり着くことが基本中の基本だ。

 

「ノインヴェルト戦術、開始します! 梅!」

 

 始動は夢結ちゃんから。

 名を呼ぶ一声だけで意図するところが伝わったようで、長い付き合いを感じさせる梅ちゃんはさっそく走り出す。

 目標への接近が第一の課題となるノインヴェルト戦術序盤において、縮地の使い手にパスを回すのは極めて安定性の高い定石と言える。

 

「よっしゃ、受け取った! そうだ、つかさ様。せっかくだから久々に一緒に行くかー?」

「いいわね、付き合ってあげる。……10秒間だけね」\Start Up!/

「つかさ様!? なんで制服の胸元をちょっとはだけるんですか!?」

 

 この加速装置使うとめちゃ暑くなるから排熱のためよ琴陽ちゃん。

 今は説明している時間も惜しいからその辺の話はあとですることにして、梅ちゃんの縮地に合わせて起動。体感で通常の1000倍くらいな気がするスピードでギガント級に向かって突っ走る。

 私も梅ちゃんも道中届く範囲にいるヒュージは軒並み切り捨てて、こちらを認識したギガント級が目から放つビームもさくっと避けて、そこを狙って夢結ちゃんが放ったマギスフィアを梅ちゃんは危なげなく受け取った。

 これで、十分に距離を稼ぎ、ギガント級付近の濃厚なマギを蓄積することができるだろう。

 

 

「こちらも始めましょう。スタートは任せます、楪」

「オッケー! ガンガン行こうか! テスタメント!」

 

 百合ヶ丘組も東京組も順調にマギスフィアのパスが回り、ギガント級の周囲に展開できている。それぞれの特性とレアスキルを活かした見事な立ち回りだ。

 

「雨嘉さん! 2時から飛行型です!」

「あと左右からも包囲しながら近づいてるみたい! 一旦そこ離れて!」\タカ!/

「……つかさ様、なんで赤いメダル握るだけで鷹の目みたいな俯瞰視点を得られるんですか?」

 

 雨嘉ちゃんからの、ギガント級の体をかすめるような遠距離パスを受け取った二水ちゃんと一緒に戦況を確認して情報を共有する傍ら、私たちがいるビルの屋上までよじ登ってくるヒュージを琴陽ちゃんが死んだ目でしばきながら呟いている。

 わかるわ、ぼちぼち嫌気がさしてくるころよね。でもまーしょうがないの。こういう戦場では、とにかくヒュージが多いものだから!

 

「なんだかんだで琴陽ちゃんもヒュージ相手に戦えてるみたいね。もしまだ怖いようだったらこのマスク貸してあげようと思ってたんだけど」

「つかさ様の使う道具にしては物々しいですね。ちょっとバッタみたいに見えます」

「バッタモチーフだからね。このマスクつけると暴力に抑えが効かなくなるからルナティックトランサー並みに容赦なく戦えるわよ。……あ、でもセットのベルトも忘れないでね。マスク外せなくなるから」

「なんでそういう恐ろしい装備ばかり持ち込んでいるんですか!?」

 

 

「ふはははははは! 隙だらけじゃのうデクの棒! いい的じゃぞ!」

 

 ミリアムちゃんのCHARM<ニョルニール>からの砲撃がギガント級に炸裂する。

 小柄な体にクソデカ武器という実に趣のある組み合わせに、火力特化のレアスキル<フェイズトランセンデンス>。ノインヴェルト戦術を例外とすれば単純火力は一柳隊どころかいまこの戦場に集ったリリィの中でも屈指かもしれないだけに、極めて派手だ。

 

――!

「ぐえっ!?ラージ級3体も出しよった!?」

 

 そして、当然大きなヘイトを向けられる。

 ただでさえヒュージを生み出すギガント級がミリアムちゃんに差し向けたのはラージ級3体。

 

「ここはルドビコ女学院の守備地域! ヒュージの好きにはさせない!」

「そうじゃの、地元のリリィに先手を譲るのが礼儀じゃろう。……まあ、わしも黙っとるつもりはないがのう!」

 

 そこに割り込む幸恵ちゃんは、2機のCHARMを同時に操る円環の御手使い。

 攻防一体にも火力重視にもなれるそのスタイルは強力で、ミリアムちゃんを狙っていたラージ級たちも一瞬狙うべき相手を迷うほど。

 

「じゃあせっかくだし、私も強めの行きますか!」\Full Charge!/

 

 さらに私まで割り込んだのだから、数の有利すら一瞬で消え去ったラージ級たち。

 ネストを介して空中に呼び出されたのは落下の勢いで攻撃するつもりだったのかもしれないが、ここに至ってしまえば逃げようもないというだけの話であって。

 

「はああああ!」

「ふんにゃあああ!」

 

 幸恵ちゃんの連撃が切り刻み、ミリアムちゃんの大斧が叩き潰し、私の斧型CHARMによる脳天からの斬撃で、ラージ級は地に足つけた次の瞬間には消え去った。

 

「――ダイナミックチョップ」

「……CHARM名なのか技名なのか知りませんけど、あとで言うんですね」

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁ……♡ <円環の御手>に<フェイズトランセンデンス>、それにつかさ様のなんだかよくわからないCHARMから繰り出される技! すごい威力です」

 

 他方、その様子を別の場所から眺めていた佳世ちゃんはリリィオタクらしく恍惚の表情で鼻血をたらし、多数のリリィが入り乱れる戦場を堪能している。

 

「……佳世、次あなたに繋ぎたいのだけど」

「は、はいっ! どんとこいです! ルドビコの意地を見せてやりましょう!」

 

 幸恵ちゃんからの軽く引き気味なパスを気合十分で受け止めて、メガネに指をかける。

 それは、佳世ちゃんがルナティックトランサーを起動する際のルーティンだ。

 一歩間違えれば敵味方の区別すらつかない狂乱に陥るレアスキルに向き合う勇気と覚悟を湧きたたせるための習慣で。

 

「やったらぁ! どおぅりゃああああああ!」

「がおああああああああ!」\プーリーミーティーブ! ドラ、ゴーン!/

 

「えっ、つかさ様? さっきまで向こうにいませんでしたか?」

「なんでCHARMの刀身部分を素手で掴むんですか!? 危ないからやめてください!」

 

 そんな佳世ちゃんのルナティックトランサーは激しくありながらもどこか冷静で、せっかくだから暴走スキルの一つも使いたくなった私と並んで戦っていてもこちらに刃が向くことは決してなく、向かってくるヒュージを二人で微塵に切り裂き突き進む。

 

「これでラスト……! 葵さん、頼みます!」

 

 そして最後のパスが回り、ノインヴェルト戦術も大詰めだ。

 梨璃ちゃんたちの方の様子を見れば、鶴紗ちゃんがギガント級の攻撃を搔い潜って接近して最大限にマギの濃い領域でマギスフィアをチャージしている。

 あちらも残すところあとわずか、双方すぐにも射程内に入ってフィニッシュショットの準備を完了させる必要があるだろう。

 

「みんなが伝えてくれたこのマギスフィア……! 必ず叩きつける! ファンタズム!!」

「手伝うよ、葵ちゃん!」\ジオウ! Ⅱ!/

 

「つかさ様、なんでファンタズムにしれっとついていけてるんでしょうね」

「眉毛がぐりぐりしてたしそのせいじゃないですか」

 

 戦場をあっちこっち暴れまわる私に、なんだかんだしっかりついてきてくれていた琴陽ちゃんがぼちぼちやさぐれ始めているが、これも修行なのよがんばって琴陽ちゃん。

 リリィ活動してるとそこそこ理不尽に襲われることもあるから、その辺に慣れるか受け流すことができるようにならないとやってられないのよ。マジで。

 

 

 そんなこんなでパスは回り切る。

 鶴紗ちゃんから梨璃ちゃん、夢結ちゃんへと百合ヶ丘組もパス回しが完了して、あとはギガント級に命中させるだけだ。

 

「余計なお世話かもだけど、様子を見に行こっか琴陽ちゃん」

「……今はつかさ様の指示に従うつもりです」

 

 その結末が、ちょっとだけ気になった。

 信じてはいるけれど、それはそれとして。

 

 

◇◆◇

 

 

 最後の一撃を決めるため、夢結はルナティックトランサーを起動した。

 梨璃はそれを背後から見守っている。

 

 深い集中のための瞑目。

 じわじわと白く染まり行く髪。

 

「――」

 

 開いたその目に宿るのは、紛れもない不安の色で。

 

「夢結様! よく見てください! いまここにいるのは私です! 百合ヶ丘のみんなです! 夢結様の強さをみんな信じています!」

「だめ……無理よ……! たとえ誰が信じてくれても、私が私を信じられない……! きっとこの力は、私は、これまでにたくさんの命を失わせてきた……!」

 

「まあ、そうかもね」

 

 その絶望を、いつの間にか近くに来ていたつかさが肯定した。

 

 

「つかさ様!? 一体何を……!」

 

 声がしたのは夢結より前方、ギガント級ヒュージのまさに正面。

 相手の巨体を思えば間合いの内。

 梨璃たちに背を向け、ヒュージと向かいあうその立ち姿は、まさしく人類最後の希望のようで。

 

「私たちリリィは、神様じゃないから。どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない思いもある」

 

 その言葉は諦観のようだった。

 リリィとして長く戦い続けるということは、救えない数が増えるということなのかとすら思わされる重みが籠っていて。

 

「だから」

 

 否、とその背が叫んでいる。

 ギガント級を相手に立ち向かうなどという酔狂が、ただの臆病によってできる道理などあるはずもなく。

 

「大切なのは、最後まで諦めないこと。最後まで諦めず、不可能を可能にする。――それが、アサルトリリィよ」

「アサルトって言葉どこから出てきたんですか?」

「……諦めるな!」

「誤魔化そうとしないでください」

 

 梨璃と琴陽による怒涛のツッコミもなんのその、自身の言葉を証明するかのような勢いで、つかさはギガント級に向かって走り出す。

 

「私がちょっと時間を稼ぐから! 夢結ちゃんの説得がんばってね、梨璃ちゃん!」\MARK Ⅸ! SET IGNITION!/

 

 どこからともなく取り出したバックルを2つに分けてベルトにつけてくるりと180度回転させてと無駄にギミックを駆使した直後、背中から白い羽にも尾にも見える何かを9本マントのようになびかせて。

 

 

「……あれどういう原理なんでしょうね、夢結様」

「昔からああいうのばかりなの、あの方は……」

 

◇◆◇

 

 

 戸田・エウラリア・琴陽はG.E.H.E.N.A.に与するリリィである。

 甲州撤退戦の折りに夢結と出会ったこと、親友ともども救われなかったこと、それによって夢結に恨みを抱いていることに嘘はない。

 だがそのあとの人生がそれだけであった、とも言えない。

 

 その後の紆余曲折が今の琴陽の状況を作っている。

 G.E.H.E.N.A.の指示を受け、情報を流し、この下北沢での戦いにおいても暗躍した。

 まあ、途中からそれどころではなくなった面もあるのだがそれはそれ。

 立場上、琴陽はいまもG.E.H.E.N.A.の側にこそ近い。

 

「琴陽ちゃん! ちょっと小さいヒュージの相手してられなくなりそうだから、そっちはよろしく!」

「……はいっ!」

 

 そうなったことに後悔はない。

 恩人もできた。その人のため、見ようによってはこの場のリリィたちを裏切るようなこともする。

 

 だが、もしも。

 

「せりゃあああああ!」\GEATS BUSTER QB9!/

 

 ギガント級は巨大で重厚。

 小石でも放るようにして、近くのビルをワンフロアまとめて握り込んで投げつけるようなことをする規格外。

 それに対して避けも守りもせずむしろ加速して行くつかさの背を見て、ありえたかもしれない未来を夢想する。

 

 あの日。

 琴陽の人生が変わった始まりの夜(ビギンズナイト)

 G.E.H.E.N.A.の研究所に現れたのがつかさだったなら。

 きっと特に理由もなく施設を破壊して、強化手術を施された琴陽のことを見つけ出し、放っておけずに連れ帰っていただろう。

 助け出された琴陽はその後百合ヶ丘に所属することになって、何くれとなく気にかけられて。

 なんなら、おもしれーリリィ扱いされ続けるつかさを見かねてシュッツエンゲルの契りを交わすという未来も、あるいは。

 

「――ふっ!」

 

 ありえなかった。しかし可能性はあった未来を、目の前のヒュージもろとも切り捨てた。

 つかさはギガント級に立ち向かっていったのだ。

 ならばその他のスモール級もミドル級も、一匹たりとてノインヴェルト戦術中のリリィたちには近寄らせない。

 それこそが、今の琴陽の誇りだった。

 

 

 つかさは投げつけられたビルの瓦礫を避けるのではなく、その隙間をすり抜けることを選んだ。

 まるで<ファンタズム>でも使っているかのように、大きさも軌道もバラバラの瓦礫にかすりはすれども直撃することはなく、大きな瓦礫は足場にすらして使い、ギガント級の腕を3歩駆けて頭部へと迫り。

 

 その時、不思議なことが起こった。

 つかさがギガント級に迫る道中無駄に殴った瓦礫が突如空中で停止し、まるで時間を巻き戻したように、レアスキル<Z>を受けたかのように元の位置へと戻り始めた。

 それはちょうどギガント級の進行を妨げる位置であり、ギガント級をしてすら意表を突かれる現象だったのか、つかさに向かっての歩みを止められつんのめり。

 

\BOOST TACTICAL VICTORY!/

 

 その隙を逃さず、つかさはどこかグングニルに似た紅白の銃型CHARMを剣型に変形させて切りつける。

 その一刀に込められたマギの威力、ギガント級すら怯えたか。たった一人のリリィを前に、マギリフレクターを発動するに至るほど。

 

「それじゃあみんな! あとよろしく!!」

 

 ギガント級が展開するマギリフレクターの出力は高い。ノインヴェルト戦術ですら貫けない。

 ゆえにつかさの一撃も何一つダメージを与えることはなく、しかし同時にマギリフレクターは長続きするものではなく、ギガント級自身も消耗を強いられるもので、それでもつかさの一撃を前に使わなければその瞬間の敗北が待ち受けていて。

 

 この戦場に多数存在するリリィの中でたった一人、睨んだつかさが勢いを失って落下していくのを目で追う余裕が、ギガント級にはなかった。

 

 目の前に、「死」が迫る。

 それはリリィたちの力と祈りを込められた魔法球の形をして、マギリフレクターに直撃。

 眩い光が一瞬の停滞ののち。

 

「いけえええええええええ!」

「終わりよ!!!」

 

 梨璃と夢結、二人のリリィが手を携えて、CHARMもろとも叩きつける追加の一撃が、1発目のマギスフィアもろともマギリフレクターを突き破り。

 

 

――ズドン!!!!!

 

 

◇◆◇

 

 

「――はい。ええ、そうです。……いや、本当なんです嘘じゃないですCHARMからのデータもほぼリアルタイムで送りましたよね!? 捏造でも勘違いでもないから休暇なんて勧めないでください! そ、それよりどうするんです? あのギガント級がこんなに早く撃破されることは想定外でしょう。得られたデータを見れば実験は成功と言っていいと思いますが……」

 

 ギガント級の撃破を確認し、琴陽は通信を入れた。

 その相手がリリィでないことは話す内容からも明らか。

 ノインヴェルト戦術に参加していたリリィは近くにおらず、ギガント級に突撃をかましたつかさも姿が見えない。おそらく百合ヶ丘の仲間と合流したのだろう。

 半ば以上廃墟と化した下北沢なら見通しもよく、通信の内容を聞き咎められる心配もそうそうあるまいと判断し。

 

「……なるほど、予定通りに」

『琴陽ちゃーん』

 

「ええ、確かにいいデータが揃いました。当然、白井夢結のデータも」

『いないのー?』

 

 話は終わった。首尾は上々。

 計画は着実に進行し、G.E.H.E.N.A.にとって都合がいい。

 

「……そして、あの方にとっても」

 

 それのみならず、琴陽にとって何より重視するべきこともまた。

 夜明けの空へ、祈るように感謝を捧ぐ。

 琴陽の、そして琴陽の信じる者の願いが叶う日は、きっと近いだろう。

 

 

『誰かー』

「……ん?」

 

 それに気付かなかった理由を挙げるなら、声の主が瓦礫に半ば埋もれて声がくぐもっていたことが一つ。

 こんなところに他の誰かがいるわけないだろうという油断が一つ。

 さらにあえて挙げるなら、払暁の闇はどうしても常より色濃く、崩れかけたビルのかろうじて残った壁の影、瓦礫から突き出ていたアレがまさか人の尻だなどとは想像もつかず、それがリリィであるならばあの程度の瓦礫は普通に跳ね飛ばせるはずであり。

 

「つかさ様!?」

『あ、もしかして琴陽ちゃん? たすけてー』

 

 まさかつかさが割と近くにいようとは、想像もできないことなのだった。

 

「何してるんですかそんなところで!? 早く出てください!」

『それがさー、あのバックルって使ったらすごく眠くなるやつでね? それでも我慢してがんばったから、もう疲れちゃって全然動けなくてェ……』

 

 G.E.H.E.N.A.の計画はおおむね達成できた。そういうことになった。

 そして達成できなかった部分は、大体常盤つかさに、目の前で瓦礫から尻と足だけ突き出ているリリィに阻まれたも同然だった。

 G.E.H.E.N.A.の意図を察していたわけではないだろうが、それでも暴れ倒したこのリリィに対して抱くべき感情はなんなのか、わからない。

 

 琴陽はそのことを改めて噛みしめながらつかさを引っこ抜き、肩を貸して百合ヶ丘のリリィたちの集合地点まで連れて行った。

 白井夢結が頭を抱え、吉村・Thi・梅が腹を抱えて爆笑し、一柳梨璃と王雨嘉が何度も頭を下げて感謝と謝罪をしていたのが印象的で。

 

「あのっ、戸田さん! もしまたどこかで一緒に戦うことがあったら、その時はよろしくお願いします!」

「……ええ、よろしく」

 

 最後は琴陽も少し笑って、この不思議なリリィたちとの別れを済ませた。

 

 

◇◆◇

 

 

「梨璃。――ありがとう。これを返すわ」

「それ、は……」

 

 後日、百合ヶ丘女学院。

 夢結ちゃんは、呼び出した梨璃ちゃんに髪飾りを返した。そういえば、ギガント級との決戦前辺りから梨璃ちゃんの四葉の(ラッキー)クローバー型の髪飾りを夢結ちゃんがつけていたような。

 どうやら、なんやかんやの末にお守り的なものとして夢結ちゃんにあげていたらしい。

 それを返すと言われて、梨璃ちゃんの顔は不安に染まって瞳が揺れる。

 決別の気配を感じてしまえば無理もなく、だけど夢結ちゃんの本意がそれでないことは、そっと梨璃ちゃんの手を取る優しさからも明らかで。

 

「これからは、あなた自身がそばにいてくれるのでしょう? ――シュッツエンゲルの契りを交わしましょう」

「夢結様……いえ、お姉様!」

 

 ここに、幸せなシュッツエンゲルとシルトが誕生した。ハッピーバースデー。

 

――バシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!

 

「え、なにこのエグいシャッター音」

「いい写真いただきました! また週刊リリィ新聞の一面が華やかになりますよー!」

 

 そして、幸せはおすそ分けされるべきもの、なんだろうねうん。

 二水ちゃん、レギオンの仲間でも情け容赦なくニュースのネタにする辺り実はこのレギオンの中でも一番警戒するべき人物なのかもしれない。

 まあ? 私はスッパ抜かれるような後ろ暗いところなんてない清廉潔白なリリィなんだけど?

 

「ときに夢結様? 今日は私たちも呼ばれたわけですが、まさか梨璃さんとのシュッツエンゲル成立を見せるためだったのですか? そちらで脳を破壊された楓さんが泡を吹いて倒れていますが」

「楓! しっかりせんか! ほれ、二水がくれた梨璃の隠し撮り写真じゃ!」

「あ、あば、あばばばば……梨璃、さん……」

 

「……いえ、違うわ。私たちのレギオンが学園から正式に認可されたわ。今日から、本格的に活動開始よ」

「わあ、よかった……!」

「やっとか。まあ、そのおかげで下北沢に行けたからありがたいけど」

 

 ともあれ、嬉しいことが二倍になった。

 梨璃ちゃんと夢結ちゃんの関係は丸く収まったし、レギオンの発足も認められた。

 ……正式な発足前にレギオンじゃないですタダの通りすがりですって面して学園が遠征を禁じた戦いに殴り込みをかけたのにすんなり許可が下りるあたり、あの戦いって本当に背後がいろいろあったんだろうなと思うけど今は考えないことにしよう。

 

「よかったな、みんな! ……そういえば、レギオンの名前はどうしたんだ?」

「それは、最初から決めていたわ」

 

 だって、夢結ちゃんがすごく晴れやかな顔をしているし。

 あんな表情、この2年間とんと見られなかったものだから、私はそれが本当にうれしくて。

 

 

「私たちのレギオンは――<一柳隊>よ」

 

 

 それは、笑って受け入れられる名前だった。

 梨璃ちゃんが驚き、夢結様のレギオンなのにとおろおろし、みんなが梨璃ちゃんのために集まったのだとその背を押して。

 

 私たちが誇りとして名乗るレギオンが、今日ここから始まった。

 

 

◇◆◇

 

 

「めでたい日に水を差すようで悪いけど、本格的にリリィやっていくなら気を付けることもたくさんあるわよ梨璃ちゃん。死んだはずのリリィによく似た仮面リリィが出てきてもついていっちゃいけないとか、自分にそっくりなワームリリィを見かけたら絶対に逃がさず仕留めるとか」

「えっ、リリィってそんなことが……?」

「ちょっと何言ってるんですかつかさ様。いくらヒュージ相手に戦ってるって言ってもそんなことあるわけが……」

「G.E.H.E.N.A.と関わるときは特に」

「……………………」

「鶴紗さん!? あなたがそこで黙るとつかさ様の言葉に説得力が出てしまうのですけれど!?」




 ブーストマークⅨリリィバックル

 財団Bの主要研究目的の一つである「外部機構によってリリィにレアスキル相当の能力を付与する」ためのアイテム。
 通常時はブーストマークⅢリリィバックルであり、それを分割してヴァルキュリアスカート・マギ・リンカネーションシステムに両方装填することにより能力を発揮する。
 その名の通りブーストマークⅢは3種、ブーストマークⅨは9種のレアスキルを同時に発動可能とする……ことを最終目標としているが、現状ではランクの低いサブスキル程度の能力が限度となっている。
 はずなのだが、つかさが使うと全てフルスペックにレアスキルを使っているとしか思えないような戦闘力を発揮する。
 つかさに曰く「レアスキルって生き様が反映されるって言うでしょ? 私の生き様桶狭間だからじゃない?」とのこと。

 なお、発現するレアスキルはブーストマークⅢ時の3種が<縮地><フェイズトランセンデンス><ルナティックトランサー>。ブーストマークⅨ時の9種が先の3種に加えて<ファンタズム><鷹の目><ヘリオスフィア><円環の御手><Z><この世の理>となっている。


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