異世界帰りのヒーロー、アバンナイト (小狗丸)
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黒岸健人・オリジン

 ドラゴンクエストみたいな異世界に転移して、その異世界の危機を救ったら元の世界に帰ってこれた。

 

 俺、黒岸(くろきし)健人(けんと)に起こった出来事を簡単にまとめたら上の一文となった。

 

 事の始まりは俺が十歳の時。いつもの様に自分の部屋のベッドで眠っていた俺は、次に目覚めると見覚えの無い中世の城の武器庫にいた。

 

 そしてその武器庫にあったやたらと不気味な剣に何となく触ると剣が手から離れなくなってしまい、困っているとやたらと目付きが悪い白髪の少年を連れたゲームの勇者のような格好をした男が俺の前に現れたのだ。

 

 行く当てのなかった俺は、そのゲームの勇者に誘われて白髪の少年と共に彼について行くことにして、そのままゲームの勇者……いいや、「先生」の弟子となった。

 

 先生は非常に優秀で多才な人で、先生のような人を「天才」と言うのだろう。先生は俺と白髪の少年に剣術を初めとする様々な武術だけでなく魔法の知識も教えてくれて、俺はこの魔法の事を聞いた時点でここがドラゴンクエストの世界だと確信した。

 

 俺はこのドラゴンクエストのような異世界で色々な事を経験した。

 

 まず、先生から免許皆伝の証を受けた記念すべき日に、兄弟子と言うべき白髪の少年が先生に襲いかかり、その戦闘によって白髪の少年が行方不明になった。

 

 先生と別れてからは世界各地を巡って武者修行をしながら元の世界に帰る方法と行方不明になった白髪の少年を探していたのだが、結局どちらも見つからず、武者修行を初めて数年後に大魔王を名乗る存在とその軍団が世界征服をするべく現れた。

 

 大魔王の軍団と戦いながら旅をしているとその旅先で、何故か大魔王の軍団の一員になった白髪の少年……いいや、白髪の剣士と同じ先生の教えを受けた妹弟子、弟弟子達と一斉に出会った。

 

 それから後は弟弟子達と共に大魔王の軍団と戦い、厳しい死闘と危機を何度も乗り越え、ついには弟弟子が大魔王を倒したのだ。

 

 しかし大魔王を倒してこれで終わりかと思った矢先に、死神を名乗る魔族が魔界に伝わる危険な爆弾を使い、地上の全ての生物を滅亡させようとする。

 

 この危機に俺は思わず仲間達の制止を振り切り、移動用の魔法を使って魔界の爆弾を持って天高くへ飛び立ち、地上への被害が出ない高さまで到達したところで魔界の爆弾が爆発した。

 

 魔界の爆弾が爆発した光を見た俺は自分の死を覚悟したのだが、爆発の次の瞬間、俺は元の世界にある自分のベッドの上で横になっていた。しかもドラゴンクエストの異世界に転移した当初の十歳の姿に若返って。

 

 十歳に若返った自分の姿を見て、あのドラゴンクエストの異世界での経験は全て夢だったのかと思った。だが身体能力は信じられないくらい高くなっていた上に、異世界で覚えた魔法は全て使えたので夢ではないのだろう。……何より異世界で長年愛用していた剣や鎧が、部屋の片隅にあったのがこれ以上ない証拠だ。

 

 爆弾が爆発した後、あのドラゴンクエストのような異世界は、弟弟子達は大丈夫なのだろうか? そもそも一体どうして俺が異世界に転移したのだろうか?

 

 いくら考えてもこれらに答えが出ることはないだろう。だが、そんな俺でもはっきりと分かることがある。

 

 それはこの異世界で得た力を正しい事に使うということ。

 

『その力を人々の為に使いなさい』

 

 俺に剣と魔法、そして人としての生き方を教えてくれた大恩ある先生の口癖。俺はこの先生の教えを実行する為に「ヒーロー」を目指す事にした。

 

 ヒーロー。

 

 それは世界人口の約八割が「個性」という超常能力を持つこの世界で、個性を悪用する犯罪者「(ヴィラン)」を、同じく個性を用いて取り締まる社会の味方、文字通りの「英雄(ヒーロー)」。

 

 ヒーローになると決めた俺は早速この若返った体を鍛え直し、数年後に数多くのプロヒーローを輩出した名門雄英高校へ受験した。

 

 これは俺が異世界で鍛えた力を持って、多くの人々を救うヒーローを目指す物語。

 

 ちなみにヒーローになった時のヒーロー名はすでに決めてあったりする。その名は……。

 

 

 

 

 偉大なる大勇者アバンの教えを受けた騎士「アバンナイト」!




……続く?


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それじゃあ行こうか「相棒」

「はぁ……。大丈夫かな?」

 

 雄英高校入学試験当日。俺は内心の不安に耐えかねてつい一人呟いていた。

 

 不安の元というのは勿論、今日受けている入学試験だ。

 

 雄英高校、そこのヒーロー志望者を育てるヒーロー科の入学試験は、通常の筆記試験に加えてヒーローとしての実力を計る実技演習試験というのがある。実技演習試験は都会を模した試験会場内で、四種類のヴィラン役のロボットと戦い、ロボットを倒した時に得られるポイントの合計を他の受験者と競い合うというもの。

 

 そして俺を含めたヒーロー科の受験生達は現在、筆記試験を終えて実技演習試験の準備をしていた。

 

 ちなみに俺はこの実技演習試験に関しては全く不安を感じていない。不安を感じているのはその前に受けた筆記試験の方だ。

 

 あの異世界から帰還(?)して、ヒーローになるために雄英高校を受験する事を決めた日から俺は、少しでも異世界にいた時の実力を取り戻すべく身体を一から鍛え続けた。だからよっぽど不利な状況にならない限りは大丈夫だという自信がある。

 

 しかし筆記試験の方は実技演習試験程の自信はない。一応、身体を鍛えるのと同時に受験勉強もしていたのだが、自己採点をしていると気になる点がいくつも思い浮かんでくるのだ。

 

「はぁ……」

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

 筆記試験の不安によりため息を吐くと、誰かが話しかけてきた。声がした方を見るとそこには、ボサボサ頭でどこか愛嬌のあるニキビ顔が印象的な、俺と同じ受験生がいた。

 

「あっ、ゴメン。何だか調子が悪そうだから声をかけたんだけど……」

 

 俺が視線を向けるとボサボサ頭の受験生は何故か謝ってきた。

 

「いや、大丈夫。筆記試験の結果が気になって、つい考え込んでいたんだ。こちらこそ心配をかけてすまなかった」

 

「ううん。それなら良かったんだ」

 

 俺が答えるとボサボサ頭の受験生は首を横に振って、明らかにホッとした表情を浮かべ、それだけで彼が本当に俺の事を心配してくれていたのが分かった。

 

 凄いな、彼は。自分も受験生で緊張しているはずなのに、こうして他人の、しかもこれからライバル関係の俺の心配をできるだなんて。

 

 そこまで考えた俺はつい嬉しくなってボサボサ頭の受験生に自己紹介をすることにした。

 

「俺は黒岸健人。未来のヒーロー名はアバンナイト。君の名前は?」

 

「あ、うん。僕は緑谷出久……って、もう自分のヒーロー名を考えているの?」

 

 俺の自己紹介、というかヒーロー名にボサボサ頭の受験生、緑谷が驚いた顔になり、俺達の会話を聞いていた他の受験生達が「もう受かったつもりかよ」とか「ヒーロー名とか気が早すぎだろ」とか笑ってくる。だけど……。

 

「当然。俺達は全員、雄英高校に受かって、将来はプロヒーローになるためにここにいるんだろ? だったらヒーロー名の一つや二つ、考えていてもおかしくないだろう? 勝利の女神ってのは、常に自分の勝利を信じて走っている奴にしか微笑んでくれたり、横っ面をひっぱたいてくれないんだよ」

 

『『………!?』』

 

 と、俺が言うと緑谷と俺達の会話を聞いていた受験生達は全員、何かに気づいたような表情となり黙ってしまう。

 

 あの先生なら、常に前向きでどんな困難を前にしても進み続けることを教えてくれた先生ならこう言うだろうと思って言った言葉は、予想以上に緑谷達に響いたみたいだ。

 

「HEY! 中々良いことを言うじゃねぇか、そこのボーイ! それじゃあ、準備もできたみたいだし試験を始めるぜ。はい、スタート!」

 

 俺の言葉に首元にスピーカーみたいなものをつけた男、この実技演習試験の試験官で雄英高校の教師であるプロヒーロー、プレゼントマイク先生が試験の開始を告げた。……って!? もうスタート!?

 

 俺が慌てて試験会場に向かって走り出すと、後ろから「もう試験は始まっているんだぜ?」というプレゼントマイク先生の声や他の受験生達の声が聞こえてきた。

 

「それじゃあ行こうか『相棒』」

 

 俺は走りながら何も無い虚空から「あるもの」を取り出した。

 

 それは一振の剣。無数の骸骨を寄せ集めて作ったような切っ先が斧の刀身が特徴的な剣。

 

 この剣の名前は「はかいのつるぎ」。

 

 地獄の悪魔が人間への憎しみを集めて作ったという設定で、高い攻撃力と「会心の一撃」の発生確率が魅力だが装備すると呪われて一定確率で行動不能になるという、ドラゴンクエストのファンの一部に人気がある剣だ。

 

 俺がこのはかいのつるぎを手に入れたのは、あのドラゴンクエストの異世界に転移してすぐだった。

 

 転移先の城の武器庫ではかいのつるぎを見つけて手に触れた俺は剣に呪われてしまった。だが結局俺ははかいのつるぎの呪いを解くことなくそのままこの剣を、大魔王との最後の戦いまで使い続けた。

 

 異世界での時間も合わせれば使い続けた時間は十年以上になるため、俺がはかいのつるぎを「相棒」と呼ぶのは決して過言ではないと思う。

 

 そして俺が「行動不能になるかもしれない」という凶悪なデメリットを持つはかいのつるぎを最後の戦いまで使い続けることができた理由は、俺自身の「個性」のお陰だ。

 

 俺の個性は「超健康体質」。

 

 どんな毒や病を受けてもすぐに無効化できる上に、傷や体力の回復も早いという個性。凄いと言えば凄いのだが、平時では「無個性」と大差無い超地味なこの個性、実はドラゴンクエストの世界の呪いにも有効だったのだ。

 

 個性のお陰で行動不能というデメリットを排除できたことにより、はかいのつるぎは強力な上に使い易く、呪いの効果でどんな離れた所にあっても呼べばすぐにやって来て、おまけに手入れ不要という便利アイテムに大変身。

 

 正直相棒、はかいのつるぎを持っている限り、どんな敵が現れても負ける気がしなかった。



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どうやら俺の個性に大きな影響を与えているようだった

「まずは……『ピオリム』」

 

 俺は走りながら速度を上昇させる魔法をかけて更に走るスピードを上げた。

 

 この実技演習試験はスピードが命だ。他の受験生よりも速くヴィラン役のロボットを発見して倒す。そうして多くのポイントを得ることがこの試験に合格する条件だ。

 

 その為、身体速度と反応速度を上昇させるこの魔法ピオリムは、まさにこの試験にうってつけと言えた。

 

 ドラゴンクエストの異世界にいる間に俺は攻撃・回復・補助と全ての魔法を習得している。

 

 魔法を使うためにはその魔法と契約をする儀式を行う必要があり、儀式が成功すれば後は呪文で魔法を呼び出せるようになる。しかし人によっては相性が悪い魔法があり、何回儀式を行っても成功せずその魔法が使えない場合もある。

 

 その点俺は全ての魔法と相性が良く、それを知った先生が「いや〜、ケント君は魔法の才能がベリーベリーありますね〜。これなら勇者と賢者、どちらも狙うことができますよ」と笑顔で褒めてくれたのは俺の密かな自慢だ。

 

 そして魔法と契約をする儀式だが、どうやら俺の個性に大きな影響を与えていたようだった。

 

 異世界から帰ってきた(?)ばかりの頃、俺が異世界で覚えた魔法を試しに使っていたらそれを親に見られて、親は俺を病院に連れて行って詳しい検査をした。するとその病院の医者は俺の個性に変化が現れていると言ってきた。

 

 これは俺の考えなのだが、異世界で俺が行った魔法と契約をする儀式は個性そのもの、「個性因子」と呼ばれるものに魔法という新たな情報を書き加えるものだったのではないだろうか?

 

 とにかく魔法が使えることが分かったことがきっかけで、俺の個性は「超健康体質」とは別の名前で呼ばれるようになった。

 

 新しい俺の個性の名前は「魔法戦士」。

 

 戦士のような強靭な肉体を持ち、魔法のような様々な超常現象(というか本当に魔法)を操れる、という意味の名前だ。

 

 俺はあのドラゴンクエストの異世界で鍛え、生まれ変わったこの「魔法戦士」の個性で、必ず多くの人々の助けとなるヒーローとなる。だからまずはこの入学試験に必ず合格してみせる。

 

 俺が走りながら決意を新たにしていると、早速物陰からヴィラン役のロボットが一体現れた。

 

「標的捕捉! ブッ殺「遅い!」……!?」

 

 ヴィラン役のロボットがこちらを捕捉する頃には、俺はすでにロボットを右手に持つはかいのつるぎで斬り捨て、次の目標を探して走っていた。

 

 ヴィラン役のロボットと言うからキラーマシーンみたいなのを想像していたが、予想以上に弱くて遅かった。これならアバン流刀殺法や攻撃呪文を使わなくても、はかいのつるぎとピオリムだけでなんとかなるだろう。

 

 そしてここで一気に多くのポイントを集めれば、先の筆記試験の結果が悪くてもカバーをすることが出来るかもしれない。

 

 そう考えた俺は今の戦闘音を聞きつけ、次々と物陰から出てきたヴィラン役のロボットの群れに飛び込んで行った。



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ベホマ!

 実技演習試験にヴィラン役として出てくる四種類のロボットの三種類は、1ポイントから3ポイントと強さに応じたポイントを倒した時に加算される。そして残った一種類は正体が不明な上に倒しても加算されるポイントが0ポイントの、所謂「お邪魔キャラ」だと入試の説明時にプレゼントマイク先生が言ってた。

 

 実技演習試験が始まってからすでに三十分以上が経ち、二十体以上のロボットを破壊したのだが、倒したのは全て倒したらポイントがもらえる三種類のロボットばかり。0ポイントのロボットは一体も見つからなかった。

 

「試験を邪魔されないのは助かるけど、こうも見当たらないと少し気になる……なっ!?」

 

 俺が周囲を見回しながら呟いたその時、突然地面が大きく揺れて遠くから何かが破壊される音が聞こえてきた。音がしてきた方を見るとそこには、ビルよりも大きなロボットがビルを次々と積み木を崩すように破壊しながらこちらに近づいて来ていた。

 

「あれが0ポイントのお邪魔キャラ……?」

 

 新しく現れたロボットは、明らかに俺達が今まで倒した三種類のロボットとは比べ物にならないくらい巨大で強力な存在だった。しかも倒しても加算されるポイントは0で戦う旨味が全く無い。なるほど、確かにこれは「お邪魔キャラ」だ。

 

「さてどうしようかな?」

 

 他の受験生達が巨大ロボットに背を向けて逃げていく中で俺は立ち止まって呟く。

 

 確かに大きくて強そうではあるが、異世界で見た大魔王の動く城に比べたら全然迫力がない。倒すべきか、あれを無視して更にポイントが加算されるロボットを探しに行くべきか考えていた時、俺の目にある光景が映った。

 

 それは巨大ロボットが破壊したビルの破片に足を取られて倒れている女性の受験生の姿。そしてその女性の受験生に向かって進む巨大ロボットの姿。

 

「マズい! ……っ!?」

 

 俺は女性の受験生を助けるべくあの巨大ロボットを破壊しようとしたが、それより先に行動に出た者がいた。俺の目の前で、巨大ロボットに向かって常人を遥かに超えたジャンプをしたのは、試験が始まる直前に話しかけてきた受験生、緑谷出久だった。

 

「SMASH!!!」

 

『『………!?』』

 

 緑谷が気合いの声と共に放った右拳は一撃で巨大ロボットを破壊し、それを見た俺を含めた受験生全員は驚きのあまり声を失った。

 

 あれが緑谷の個性か? 多分身体能力を強化する個性だと思うけど、あそこまでの破壊力は珍し……いや、待て?

 

 そこまで考えたところで俺は、空中にいる緑谷の異変に気づく。先程巨大ロボットを一撃で破壊した緑谷の右拳なのだが、明らかに右腕ごと骨が完全に折れていて、その激痛で苦しみながら地面に落下している緑谷の姿は、とても着地どころか受け身も取れるようには見えなかった。

 

「っ! トベルーラ!」

 

 このままだと危険だと判断した俺は魔法を使って空を飛び、空中で緑谷の体を抱きとめる。

 

「……? 君は、黒岸くん?」

 

「そうだ。巨大ロボット退治、お疲れ様。……ベホマ!」

 

 俺は緑谷に返事をするとすぐに回復魔法で、折れた緑谷の右腕を回復させた。緑谷とは試験合格をかけたライバル同士だが、女性を守るために負傷した右腕を治すくらいのことはしてもいいだろう。

 

「え? えええっ!? 腕っ! 僕の腕が一瞬で治った!? 一体どうして!?」

 

 ベホマの効果で完全に折れていた右腕で完治したことに緑谷は面白いくらいに驚き、それを見た俺は思わず少し笑ってしまった。



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ベホマってスゲー

「ついにやってきたか……」

 

 雄英高校の入学試験から一週間後。自宅の自室で椅子に座っている俺は一枚の封筒を見ながら呟いた。

 

 封筒には「雄英高校」と書かれており、入学試験の結果がこれから分かるのだと思うと、封筒を開ける手が緊張で若干震える。震える手で封筒を開けると、中に円盤の形をした機械が一つ入っているだけで、機械を机の上に置くと突然機械が起動して光を放った。

 

『私が投影された!』

 

 機械が放つ光の中に立体映像が浮かび上がり、俺はその立体映像の人物を知っていた。

 

 オールマイト。

 

 日本が誇る名声実力共に世界で最高のNo.1ヒーロー。他の国がヴィランによる犯罪発生率二十パーセントを超えているのに対し、日本だけがヴィランによる犯罪発生率十パーセントを切っているのは彼の活躍のお陰だと言われている「平和の象徴」。

 

 そんな生きる伝説と言うべきヒーローがどうしてこの立体映像に? コレ、雄英高校の受験の結果発表じゃなかったのか?

 

『何故私がこの映像に映っているか不思議かな? 実は私、今年の春から雄英高校の教師となることが決まっていてね。こうして受験生達への結果発表を伝える役目を引き受けたという訳さ』

 

 オールマイトが、No.1ヒーローが雄英高校の教師に? ……マジかよ?

 

『さて、時間もないことだし、早速結果を発表しようか! 結論から言うと黒岸健人少年! 君は試験合格だ! おめでとう!』

 

 俺が内心で驚いていると立体映像のオールマイトは早速受験の結果を伝えてきた……って! 合格!

 

 本当!?  オールマイト、今合格って言った!? 「不」合格じゃなくて!?

 

『試験の結果なのだが、筆記試験はギリギリ合格ライン。ヒーロー科の合格者の中ではビリッケツの成績だな。学業の方も頑張りたまえ』

 

 雄英高校に合格したという事実に喜んでいた俺だったが、筆記試験がギリギリだったと言われてテンションが一気に下がった。

 

 あー……。そうか……。色々と不安だったんだけど、筆記試験ビリッケツかー……。

 

『しかし実技演習試験は素晴らしい! 敵ポイントは81ポイントで一位! 更に実技演習試験では敵ポイントだけでなく救助活動をする事で与えられる救助活動ポイントというものがある。君は実技演習試験で緑谷少……じゃなくて! 一人の受験生の右腕をドラクエのベホマで治したね? 映像から見て緑谷少……んん! 受験生の右腕はバッキバキに折れていたのに、君はそれを瞬時に治した。それが高く評価されて50ポイントの救助活動ポイントが与えられた!』

 

 救助活動ポイント。そんなものがあったのか。でも考えてみるとヒーローは救助活動もする職業だから納得できるかもな。

 

 でもあの時、緑谷の右腕を治したベホマ一回で50ポイントの救助活動ポイントか。ベホマってスゲー。

 

『敵ポイントと救助活動ポイントの合計で131ポイント! 文句無しで実技演習試験一位の成績だ! おめでとう!』

 

 合格を祝ってくれるオールマイトの言葉を俺は嬉しく感じた。

 

 筆記試験はビリッケツだったけど、実技演習試験は一位。そんなに悪くない結果じゃないか。

 

『……ところで黒岸健人少年?』

 

「ん?」

 

 合格を発表してくれたことでもうこの立体映像は終わるかと思っていたのだが、どうやらまだ続きがあったみたいだ。立体映像のオールマイトは先程までのオーバーリアクションから打って変わって、まるで内緒話をするような態度で俺に話しかけてきた。

 

『実技演習試験で君が見せてくれたベホマを見込んで頼みがあるのだが……。君さえよければ一人の怪我人を見てもらえないだろうか? もちろんこれは強制ではない。しかしもし君の都合が良ければ✖︎月◯日までに雄英高校に連絡を入れてほしい。……では! 春に雄英高校でまた会おう!』

 

 オールマイトはそこまで言うと、最後にまたいつもテレビに見せているオーバーリアクションを見せて、そこで映像は終了した。

 

 しかしオールマイトが俺に見てほしい怪我人? ……一体誰なんだ?



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一体どんな人物なのだろうか?

 雄英高校の合格通知が来てから五日後。俺は再び雄英高校に訪れていた。

 

 今日ここへやって来た理由は、例の合格通知の立体映像でオールマイトが言っていた怪我人の治療のためだ。

 

 今日と明日は土日で学校が休みだから大丈夫だと雄英高校に連絡を入れたら、朝早くに雄英高校の関係者だと言う眼鏡をかけた男が迎えに来てくれたのだ。ちなみに実家から雄英高校までの交通費は全て雄英高校が持ってくれた。

 

 オールマイトがわざわざ俺に治療を頼み、雄英高校の教師が迎えに来てくれるだなんて、その怪我人とは一体どんな人物なのだろうか?

 

 そんなことを考えているうちに怪我人が待っているという雄英高校の保健室に案内され、俺が一人で保健室に入るとそこにはまるで骸骨かと思うくらい痩せ細った顔色の悪い男が椅子に座っていた。その男は多分三十代くらいかと思うのだが、その痩せ細った体に顔色の悪さ、覇気の無さからもっと年老いているような印象を受けた。

 

「あの……。俺、ここに怪我人の治療を頼まれてきたんですけど……貴方が?」

 

「ああ、そうだよ。私のためにわざわざ遠いところから来てもらってすまなかったね。オールマイト達は今、用事で席を外しているんだ」

 

 俺が声をかけると保健室に先にいた骸骨のような男は弱々しい笑みを浮かべて答えてくれた。

 

「それで早速だが、君に見てほしいものは……コレだ」

 

 骸骨のような男がそう言って上着を脱ぐと、彼の左脇腹にある大きな傷痕が見えて俺は思わず息を呑んだ。

 

「………!? そ、その傷は?」

 

「これは今から五年前、あるヴィランによってつけられた傷でね。何とか一命は取り留めたが、呼吸器半壊に胃袋全摘と、日常生活を送るのすら少々辛いくらいなんだ」

 

 ヴィランにつけられた傷? この人って元プロヒーローだったのか? ……いや、そんなことはどうでもいいか。

 

「話は分かりました。その傷に回復魔法をかければいいんですね? ……でも効果があるかは分かりませんよ」

 

「構わないさ。例えそれがどれだけ低い可能性でも、私はそれにかけてみたい」

 

「分かりました」

 

 俺の言葉に骸骨のような男は覚悟を決めた声でそう答える。そこまで言われたら、もう俺から言うことは何もない。

 

 俺は骸骨のような男に近づくと、彼の傷痕に両手を当てて呪文を唱えた。

 

「ベホマ」

 

 

 

「本当に上手くいくのですか?」

 

 健人が骸骨のような男に回復魔法をかけていた頃、雄英高校の別の部屋で数人の男女が保健室の様子をモニターで見ており、眼鏡をかけた男が呟いた。彼は黒岸健人を雄英高校まで迎えに来た人物であった。

 

「君がそんな疑問を口にするだなんて意外だね。君の『個性』で彼がどうなるか分からなかったのかい?」

 

 眼鏡をかけた男の呟きに、この部屋で最も小柄な影が聞き返し、部屋にいる全員の視線が眼鏡をかけた男に集まる。眼鏡をかけた男はしばらく無言ではあったが、やがて観念したように口を開く。

 

「……はい。この数日、『彼』の未来は全く見えませんでした。そしてあの少年、黒岸健人を迎えに行った時も『個性』を使ってみましたが、これからどうなるか未来を見ることができませんでした」

 

『『………』』

 

 眼鏡をかけた男の言葉に、部屋にいる男女のほとんどが驚いた顔となり、眼鏡をかけた男に話しかけた小柄な影が興味深そうに頷く。

 

「へぇ……。それは中々興味深い話だね。でもそれだったら期待を持ってもいいんじゃないかな?」

 

「しかし彼の傷は今までどんな名医や希少な回復系個性の持ち主でも治療することは出来なかった。それを……………!?」

 

 小柄な影の言葉に眼鏡をかけた男は反論しようとしたが、突然目を見張り立ち上がった。

 

 

 

 酷い傷だ。

 

 骸骨のような男にベホマをかけた俺は、相手の体が全く回復しようとしないのを感じ取った。ベホマの力は確かに骸骨のような男の体に影響を与えているが、その影響があまりにも少なすぎるのだ。

 

 器に水を入れても底に大きな穴があるせいでほとんど水が漏れて溜まらない。

 

 焚き木に更なる種火を送っても火を維持する薪が僅かしかないせいで火の勢いが出ない。

 

 そんな手応えがないイメージが浮かび上がり、このままではいくらベホマをかけても時間の無駄だろう。そう思ったその時、俺は異世界で魔法を習い始めたばかりの頃、先生から教わった言葉を思い出した。

 

『ケント。魔法で一番大切なのは集中力ですよ。ただ魔力を放ちながら呪文を唱えても、それで呼び出せるのは効果の薄い魔法だけです。魔法の真の力を発揮したいなら、その魔法がどんな効果を出すのか正確にイメージすることです』

 

 先生の教えを思い出した俺はベホマを維持したまま、骸骨のような男の体がどの様に回復するかをイメージする。

 

 傷ついた臓器の細胞が活性化して少しずつ再生していくようなイメージ。それをベホマの魔力に乗せて送り出した瞬間……手応えのようなものを感じた気がした。

 

 俺がベホマを使い始めてからどれだけの時間が経っただろうか? 多分時間にしてはまだ十分も経っていないだろうが、それでも個人的にはもう数時間も魔力を送り続けているような気がする。だがその甲斐もあってか、骸骨のような男の体が少しずつ回復していっているのが分かった。

 

 水を淹れていたが底に穴が空いていた器が、穴を塞がれて水で満たされる。

 

 種火を送っても薪がないので勢いが弱いままの焚き火が、薪を足されて火の勢いが増す。

 

 そんなイメージが頭の中に浮かんだ瞬間、俺は自分の治療が完了したのだと悟り、ベホマを止めてそれまで閉じていた目を開くとそこには……。

 

 骸骨のような男……ではなく、上半身裸のNo.1ヒーローが驚いた顔で俺を見ていた。

 

「「オールマイトォッ!?」」

 

 突然の出来事に俺が叫ぶと、それと全く同時に俺を雄英高校まで連れてきた眼鏡をかけた男が、俺と同じく叫びながら保健室に飛び込んできた。




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正直やり辛い

 オールマイトから頼まれた怪我人……というかオールマイト本人の治療をした後は色々と大変だった。

 

 あの後、雄英高校の保険医であるプロヒーロー、リカバリーガールがオールマイトの詳しい検査をしてから「臓器が完全に再生している上に個性因子まで完全ではないが回復している」と言って、これにはオールマイトだけでなく俺も驚いた。

 

 個性因子が回復したということは、それまでオールマイトの個性因子はそれまで減退していたということ。個性を使ってヒーロー活動をしているヒーローにとって、引退を決意してもおかしくない大問題なのだが、そんな話は一度も耳にしたことがなかった。

 

 それから俺はオールマイトだけでなく雄英高校まで迎えに来てくれた眼鏡をかけた男にも礼を言われたのだが、この時の眼鏡をかけた男は泣きながら何度も礼の言葉を繰り返し、最後には「君がプロヒーローを目指すのなら、私は全力で君をサポートさせてもらう。いいや、させてほしい」とまで言ってきて、そこで俺はようやくこの眼鏡をかけた男が誰なのかを知った。

 

 あと、リカバリーガールに「将来私の後任になる気はないかい?」と言ってもらえたのは嬉しかった。だってそれは俺のベホマが、異世界で得た力がこの世界のプロヒーローに認めてもらえたということだからだ。

 

 そんな驚きの連続の日から一ヶ月近い日が経ち、俺は無事に雄英高校のヒーロー科に入学し、今日いよいよヒーローらしい授業を受けることになった。

 

 

 

「次の授業はヒーロー基礎学だよな! 俺、昨日は興奮して眠れなかったぜ!」

 

 教室でクラスメイトの男子生徒、鉄哲徹鐵が興奮した様子で叫ぶ。

 

 ちなみに俺が所属しているのは1年B組。そこにいるクラスメイト達は皆、クセは強いが仲間思いのいい奴ばかりで、俺はこのB組が気に入っている。

 

 それで教室内を見回すと、クラスメイト達は鉄哲程ではないけど興奮した顔つきをしており、その理由はよく理解できた。

 

 ヒーロー基礎学、ヒーローとしての技術を学ぶ授業というだけでも興奮するのに、その授業の担任が「あの人」なのだから。

 

 

「わーたーしーがー! 普通に! ドアから来たぁ!」

 

 

 俺がそこまで考えたところで教室のドアからヒーロー基礎学の担任、オールマイトが現れ、それによりクラスメイト達が声を上げる。

 

「オールマイトだ! スゲェ! 生で見るの初めてだ!」

 

「本当に雄英の教師やっているんだ!」

 

「雄英にきてよかった! 家族に自慢できるって!」

 

 オールマイト、No.1ヒーローの登場にクラスメイト達のテンションが天井知らずに上がっていく。そんな中でオールマイトは……。

 

「やあ! 黒岸少年! 先月は世話になったね! お陰で助かったよ!」

 

 と、右手を上げてフレンドリーに俺に話しかけてきた……って! ヲイ!

 

『『……………』』

 

「んん? 皆、どうしたのかね?」

 

 クラスメイト達が急に黙り込んだことに対しオールマイトが首を傾げていると、クラスメイトの女生徒、拳藤一佳が手を上げてから質問をする。

 

「あの、オールマイト先生? 先生と黒岸って知り合いなんですか?」

 

「ん? ああ、そうだよ。黒岸少年には先月、傷を治してもらってね。彼は私の命の恩人だよ。HAHAHA!」

 

『『……………!?』』

 

 拳藤の質問にオールマイトが笑いながら答えると、拳藤を始めとするクラスメイト達が驚きで言葉を失った。

 

 いや、何を言ってるのオールマイト!? 確かに個性因子を回復させてヒーロー生命を救ったという意味では命の恩人も間違ってはいないけど、ここで言うことじゃないだろう!?

 

「む? もうこんな時間か。時間がないから手早くいこう。今日のヒーロー基礎学だ! 入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた戦闘服(コスチューム)に着替えたらグラウンド・βに集合だ! 急げよ、有精卵共!」

 

 それだけ言うとオールマイトは教室の空気に気づかないまま先にグラウンドへ向かって行き、オールマイトが教室を出るとクラスメイト達が全員俺の方を見てきた。

 

「え、え〜と……」

 

「やあ、『親友』!」

 

 俺がなんて言おうか考えていると、そこにクラスメイトの男子生徒、物間寧人が笑顔で話しかけてきた。

 

 物間はちょっと性格に難があって入学したばかりの頃、俺達クラスメイトを品定めをするような目で見てきたのが気になるが、それでも基本は仲間思いのいい奴……だと思いたい。

 

 でも俺はいつから物間の「親友」になったんだ? 昨日までは俺のこと名前で呼んでいただろ?

 

「オールマイトの命の恩人だなんて凄いじゃないか、親友? でも水臭いな。そんな話があったら聞かせてくれてもよかったんじゃないか?」

 

「……別に言うほどのことじゃないと思っただけだよ。それより早く着替えないと授業に間に合わなくなるぞ」

 

「そうだね。それじゃあ行こうか、親友」

 

 俺がそれだけを言って更衣室に向かおうとすると、物間は俺のすぐ横についてきて、後からついてくる他のクラスメイト達の視線が背中に突き刺さってくるのを感じる。

 

 ……オールマイトに悪気がないのは分かっているが、正直やり辛い。



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全部じゃないけど一通りは使えるぞ

 今から一ヶ月程前、俺は自宅の自室で一枚の書類を見ていた。

 

 その書類はヒーロー戦闘服(コスチューム)の要望申請書類で、ヒーロー基礎学等の学園でのヒーロー活動で着用する戦闘服はこの書類に書いた要望と個性届の情報を元に作られるため、俺はすでに一時間近くこの書類を見ながらどんな要望を書くか考えていた。

 

「さて、どんな戦闘服にしようかな……。ヒーローとしてカッコいいデザインにしたいけど、実戦で使う以上はやっぱり使いやすさと個性を完全に使うための機能が第一だよな。……となると」

 

 そこまで一人呟いた俺は、自室の隅に置かれているものへ視線を向けた。

 

 そこにあったのはドラゴンクエストの異世界で俺が命を預けてきた武器と防具。

 

 長年の相棒であるはかいのつるぎと、その横にあるやたらと物々しくて不気味な大盾をしばらく見た後、俺は戦闘服のデザインを想像してそれを書類に書き込むのだった。そうして出来上がった俺の戦闘服は……。

 

 

 

「黒岸……。あんたの戦闘服って地味……て、いうかシンプルだね……」

 

『『………』』

 

 と、クラスメイトの拳藤から言われ、他のクラスメイト達も彼女の言葉に頷いて同意するという微妙な評価を受けていた。

 

 俺の戦闘服は一言で言えば、ダイビングなどで着る全身一体型のスーツ、いわゆるドライスーツと、それに加えて顔の下半分を隠すマスクを着用したもの。

 

 今いるグラウンドにはオールマイトやそれぞれが考えた戦闘服を着たクラスメイト達がおり、彼らの戦闘服と比べれば確かにシンプルであるが、それでも地味はちょっと酷くないか、拳藤?

 

「別にいいだろ? これが俺の個性に最適な戦闘服なんだよ」

 

「個性って言えば……黒岸、あんたの個性って何なの?」

 

 俺が拳藤の言葉に答えると、それを聞いた彼女が思い出したように質問をしてきた。

 

「この間の身体能力テスト……あんた、メチャクチャ凄かったじゃない? だから私はてっきり黒岸の個性は身体増強系だと思っていたんだけど……」

 

 拳藤の言う通り、B組は数日前に個性も使用した身体能力テストをやっていて、その時俺はバイキルトとピオリムの呪文を使い、ほとんどの種目で一位を取っていたのだ。拳藤はそれを見て俺の個性が身体増強系だと勘違いしたのだろう。

 

「でもさっきオールマイト先生が黒岸に傷を治してもらったって言っていたでしょ? これってどういうこと?」

 

 見れば拳藤だけでなく、俺達の会話を聞いていたクラスメイト達にオールマイトまでこちらを見ていて、別に隠すことでもないので俺は拳藤の質問に答えることにした。

 

「俺の個性は『魔法戦士』。戦士のように頑丈で健康な肉体を持って、魔法みたいな現象(みたいな、じゃなくて魔法そのものだけど)を起こして操る個性だ。ただし魔法を使うにはドラゴンクエストの呪文を唱える必要があるんだ」

 

「えっ!? 黒岸ってドラクエの魔法使えるの!?」

 

『『……………!?』』

 

 俺が答えると拳藤だけでなく、話を聞いていた全員が程度の差はあるが驚いた顔となった。

 

「拳藤ってドラゴンクエスト知っているんだ?」

 

「それくらい知ってるわよ、クリアだってしたし。それじゃあ、この前の身体能力テストは……」

 

「バイキルトとピオリムで強化」

 

「っ!? ……他の魔法も使えるの?」

 

「全部じゃないけど一通りは使えるぞ」

 

『『………!?』』

 

 次の瞬間、拳藤だけでなく他のクラスメイト達まで俺のところへやって来て「ドラクエの魔法を見せてくれ」と言ってきた。ついでに言うなら、本来止めるべき立場のオールマイトまでも期待するような表情を浮かべていたので、仕方なく俺は威力を最小限にしたメラ、ヒャド、ギラ、バギ、イオと基本的な攻撃魔法を披露してクラスメイト達に喜ばれたのだった。

 



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アレを使うか

 魔法の披露が終わった後、予定通りヒーロー基礎学の戦闘訓練が開始された。

 

 戦闘訓練の内容はB組の生徒が抽選で決めた基本二人一組となり、これも抽選で決めた組み合わせで戦い合うというもの。基本二人一組と言ったのは、B組の生徒は二十一人いるため一組だけ三人となるからだ。

 

 戦いの舞台となるのはグラウンドに用意された五階建ての廃ビル。核爆弾を強奪した二人のヴィランが廃ビルに立てこもり、そこに二人のヒーローが核爆弾とヴィランの確保に来たという設定で、二組の生徒はヒーロー側かヴィラン側のどちらかになってこの廃ビルで戦い合う。

 

 ヒーロー側の勝利条件はヴィラン側二人を捕縛テープで拘束するか、核爆弾のハリボテに接触すること。

 

 ヴィラン側の勝利条件はヒーロー側二人を捕縛テープで拘束するか、制限時間まで核爆弾のハリボテを守り切ること。

 

 この条件で戦闘訓練は開始され、最初の試合で早速俺の出番となった。俺のペアは拳藤でこの試合ではヒーロー側、対するヴィラン側は物間と黒色支配のペアである。

 

 試合が始めると俺はすぐに透明化の魔法レムオルを使って拳藤と一緒に透明となり、一階から順番に核爆弾が置かれている部屋を探すことにした。核爆弾は四階の一番大きな部屋に置かれており、それまで物間と黒色の姿や妨害の痕跡すら見つけられなかった俺と拳藤は、その事に疑問を抱きながらもとりあえず核爆弾と接触しようとしたのだが、そこで物間と黒色の反撃が始まった。

 

 黒色の個性は、影を始めとする黒色のものであれば何にでも溶け込める「黒」。

 

 そして物間の個性は、触れた相手の個性を五分間だけ自分も使えるようになる「コピー」。

 

 黒色は自分の、物間はコピーした黒色の個性を使って核爆弾を置いてある部屋の影に潜んでいたのだ。そして俺達が部屋に入ってきた瞬間、影から出てきた物間は俺の体に触れて個性をコピーしたというわけだ。

 

 完全にしてやられた。黒色の個性はともかく、物間の個性は俺もモシャスが使える以上、予想できてもよかった筈なのに……!

 

 しかしマズいことになったな。俺がドラゴンクエストの異世界で覚えた魔法は、魔法の儀式で個性因子そのものに書き加えたもので、それを物間がコピーしたということは……。

 

「ベギラマァッ!」

 

「まさかこれほどとは……! これが伝説の世界に伝わる禁じられた知識か……!」

 

 物間も魔法が使えるということで、彼は俺達に向けて左の掌から魔法の熱線、ベギラマを放ってきた。そしてそれを見て黒色が目を輝かせながら驚愕の表情で呟く。

 

「はははぁっ! 凄い! 君の個性は凄い個性だよ、親友! まさかドラクエの魔法が使えるようになるなんて! こんな凄い個性は今まで見たことがない! やっぱり君は僕の親友だよ!」

 

 魔法が、強力な力が使えた事実にテンションがおかしくなった物間が大声でこちらへ話しかけてくる。

 

 ……どうでもいいけど物間の言う「親友」って、俺が知ってる「親友」と意味が違うんじゃないか?

 

「きゃあっ!? ちょっ! 黒岸、これどうするの?」

 

 物間が放つ魔法を避けながら拳藤が俺に聞いてくる。

 

 興奮しているせいか物間の魔法は狙いが甘い。しかしだからこそ危険でもある。

 

 もしここで物間がベギラゴンやイオナズンを使ったら俺はともかく拳藤や黒色が危険だし、この廃ビルが崩れて物間自身も巻き込まれるかもしれない。

 

「……仕方がない。アレを使うか」

 

「へぇ? 魔法以外にもまだ何かあるのかい?」

 

 俺が一気に勝負をつけようとすると、それに気づいた物間が興味深そうにこちらを見てくる。

 

「物間。魔法が使えるようになっただけで俺に勝てると思うなよ? ……こい!」

 

『『………!?』』

 

 俺が呼ぶと俺の頭上、何もなかった空間に「それ」は現れた。

 

 それは、はかいのつるぎと一緒にドラゴンクエストの異世界から持ち帰ってきた、物々しくて不気味な大盾。

 

 突然現れた大盾に、物間だけでなく拳藤と黒色も驚いた顔となった。

 

「拳藤」

 

「えっ!? な、何?」

 

「何で俺の戦闘服がシンプルなのか教えてやる。ゴテゴテした戦闘服だったらあれを装備できないからだよ。……鎧化(アムド)!」

 

 拳藤にそれだけ言ってから俺が呪文を口にすると、頭上にある大盾が変形して俺の体に巻き付いてきた。そして次の瞬間、俺の姿は銀色に輝く全身鎧を装着した騎士のような姿にと変わっていた。

 

「変身完了! アバンナイト、ここに見参!」

 

 全身鎧の騎士に変身した俺はせっかくだからた大声で名乗りを上げた。すると……。

 

「『う、うおおおおっ!?』」

 

 と、この場所と俺達の試合を見ているモニタールームから興奮した歓声が上がったのだった。

 

 

 

 

※今回の話で「物間が魔法を使うのはおかしくないか?」というコメントをいただいたので、ここで説明文を書かせてもらいます。

 

 ダイの大冒険では魔法とは「儀式で契約した後に呪文で呼び出す力」とあって、作者はこれを「個性因子そのものに書き加えた情報を呪文というキーワードで再現したもの」と考えています。

 そこから「物間は魔法の情報ごと黒岸の超健康体質の個性因子をコピーしたので魔法を使えるようになった」という設定を考え、今回の話で魔法を使わせました。

 しかし魔法の情報を再現するためのMPや技術は物間自身のものなので、今回物間が使ったベギラマは外見だけのもので実際はギラ程度の威力しかありません。

 これは勇者の親友の大魔導師と、賢者のお姫様との攻撃魔法の威力が全く違うのと同じ理屈です。



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大人しく降参しろ

 やっぱり変身シーンは見た目のインパクトが大きいな。

 

 全身鎧姿に変身した俺に驚きの表情を浮かべながらも興奮した歓声を上げる拳藤、物間、黒色を見て俺は内心で自慢げな笑みを浮かべた。

 

 何しろこの鎧に変形した大盾、「鎧の魔盾」は長年の相棒であるはかいのつるぎと同じくらい命を預けてきた第二の相棒と言える自慢の防具なのだから。

 

 俺が鎧の魔盾を手に入れたのは、あのドラゴンクエストの異世界で先生から離れて一人武者修行の旅をしている時だった。

 

 武者修行の旅の途中でランカークスという小さな村に立ち寄った俺は、その近くにある森で一人の魔族の男と知り合った。その時は知らなかったがその魔族の男は魔界一の刀匠で、はかいのつるぎの呪いを受け付けない俺に興味を持ったらしく、俺は彼に誘われて一年程寝食を共にした。

 

 魔族の男と暮らした一年間は家事や雑用、偶に強力なモンスターの撃退をするという毎日で、その間に俺は彼から戦士としての心構えを教えられた。そして俺が再び武者修行の旅に出る時に魔族の男から与えられたのがこの鎧の魔盾だ。

 

 鎧の魔盾は、はかいのつるぎを使う俺の為に作られた専用の防具で、使ってすぐに手に馴染み大きく役に立った。呪文や炎、吹雪を無効化して一人で戦う俺の身を守ってくれるだけでなく、盾の内側にはかいのつるぎを収める為の専用スペースもあり、切っ先が斧の刀身で通常の鞘では収められないはかいのつるぎの持ち運びもずっと楽になったのだ。

 

 あと全身鎧に変形した姿は初代ドラゴンクエストの勇者の鎧に似ていて、そこも俺は気に入っていた。

 

 そんな訳で鎧の魔盾の変形に拳藤達が驚いている事に気を良くした俺は上機嫌で物間を見て彼を指差した。

 

 

「物間、そして黒色。大人しく降参しろ。この姿になった俺には呪文は通用しないぞ」

 

「……!? は、ははっ! 変身だなんて驚いたね。それも君の個性なのかい、親友? でも呪文が通じないとは限らないじゃないか? ……イオラ!」

 

 物間は俺の言葉に引きつった笑みを浮かべるとこちらに向けて爆裂の呪文を放ってきた。だけど……。

 

「無駄だ!」

 

『『………!?』』

 

 俺は左腕にある一回り小さくなった盾で物間が放った魔法の砲弾を全て弾き飛ばし、それを見た物間だけでなく拳藤と黒色まで絶句する。

 

「な、何よそれ……? 黒岸、まるで勇者みたいじゃない?」

 

「禁じられた知識だけでなく、神秘の防具を呼び出し身に纏うとは……! 黒岸、お前こそまさに魔界からやって来た孤高の騎士よ!」

 

 うん。後半の黒色の言葉はよく分からないけど、前半の拳藤の言葉は聞いてて悪い気がしないな。

 

「さて、次は俺の(ターン)だ。……ここには核爆弾もあるから穏便な手段でやらせてもらう。……こい、相棒」

 

『『………!?』』

 

 そう言って俺は何もない空間からはかいのつるぎを呼び出し、再び驚いた顔となる物間達を無視してはかいのつるぎを前にかざし意識を集中する。

 

「くらえ……! 『呪しき波動』!」

 

 俺の言葉と同時にはかいのつるぎから黒い波動のようなものが放たれて物間と黒色を襲う。

 

 呪しき波動。

 

 魔法を弾き返す鎧の魔盾の特性を利用して本来は使用者を襲う呪いの力を敵へと放つ、製作者である魔族の男が考えてくれたはかいのつるぎと鎧の魔盾両方が揃っていないと使用できない機能だ。

 

「……!? これは……体が動かない……?」

 

「み、見事だ。黒岸……」

 

 呪しき波動により体の自由を奪われた物間と黒色は揃って地面に倒れ、この瞬間、俺と拳藤の勝利が確定したのだった。

 

 

 

 

 

「……私、何もしていないんだけど?」

 

 後ろから戸惑ったような寂しそうな拳藤の声が聞こえてきた気がするが……ごめん、拳藤。



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興味があるんだったら教えようか?

 試合が終了して俺と拳藤、物間と黒色がモニタールームに行くと、予想通りというかなんというかクラスメイト達(それとオールマイト)が一斉に俺の所へやって来て質問をしてきた。

 

 質問のないようはやはり鎧の魔盾とはかいのつるぎについてで、ドラゴンクエストの異世界に転移してそこで手に入れた武具だと言うわけにもいかないので、「魔法戦士」の個性で呼び出した戦士らしい武具ということで誤魔化すことにした。

 

 すると物間が更に俺の個性に興味を持ったようで、また俺の個性を使わせてほしいと言ってきて、俺はそれに首を縦に振った。

 

 さっきの戦闘訓練で思ったのだが、物間が俺の個性をコピーして放ってきた魔法は予想よりも「軽かった」。外見はそれっぽいが肝心の威力がない見かけ倒しの魔法という印象だ。

 

 物間の魔法が見かけ倒しとなった理由は恐らく、使用に必要なMPが全く足りないのと、魔法がどの様に効果を発揮するかというイメージが出来ていないからだと思う。そこまで考えて俺は正直勿体ないと思った。

 

 もし物間のMPがもう少しあって、魔法を使うイメージが出来ていたら戦闘訓練の時にもっと強力な魔法ができていただろうし、似たような炎や氷を放つ個性をコピーした時に上手く使えるようになるはずだ。

 

 そうなった物間を見てみたいと思った俺が、いくらでも個性をコピーしてもいいし使い方のアドバイスもすると言ったら、物間は感極まったような顔になって他のクラスメイト達は「コイツ、菩薩かよ?」と言いたげな顔で俺を見てきた。

 

 そんなやり取りがあった後、他のクラスメイト達の試合も順調よく行われ、今日の戦闘訓練は終了したのだった。

 

 

 

「メラ!」

 

 日曜日。俺は雄英高校の戦闘訓練に使用されるグランドに来ており、目の前では俺の個性をコピーして魔法を使っている物間の姿があった。

 

 ここに来ている理由は、先日物間に言った俺の個性の使い方のアドバイスをするのと、自分自身の訓練のためだ。

 

「物間。魔法はただ呪文を唱えればいいわけじゃないぞ? どんな風に魔法が出て、どの様な効果を発揮するか、イメージをしっかり持って呪文を唱えるんだ。そのイメージが完璧にできたらそうだな……一見火の粉だけど触れたら火柱になるメラだって出せるさ」

 

「それって本当にメラなのかい? メラゾーマじゃなくて?」

 

 俺が異世界で戦った大魔王のメラを思い出しながらアドバイスをすると物間が戸惑った声を上げてきた。

 

「いいからイメージをしっかり持って魔法の訓練をしろよ。俺は向こうで訓練をしてるからコピーの時間が過ぎたら言ってくれ」

 

「わ、分かった」

 

 俺は物間にそう言うと、少し離れたところにある自分の背丈の倍以上ある岩の前に立ち、相棒であるはかいのつるぎを呼び出した。

 

 あのドラゴンクエストの異世界から帰ってきた日から今日まで、俺は身体を一から鍛え直すのをメインにしていたのもあるが、周りにはかいのつるぎを呼び出して振るえる場所がなかったため、剣の訓練は基本的な素振りくらいしかしていなかった。だけどこうしてはかいのつるぎを存分に振り回せる場所を得た以上、これからは本格的な剣の訓練をすることにしたのだ。

 

「まずはアバン流刀殺法……大地斬!」

 

 俺が気合いを込めてはかいのつるぎを振り下ろすと、岩はあっさりと縦に二つに斬り割かれ、続けて俺は次の技を繰り出した。

 

「海波斬!」

 

 次は横薙ぎに大地斬以上の速度ではかいのつるぎを振るうと、二つに斬り割かれた岩が今度は四つの岩石となる。

 

 いける! 久々に本気で剣を振るったけど、それほど違和感は感じない! このまま最後の技もやるか。

 

「空裂「……凄い」……えっ?」

 

 三番目の技を繰り出そうとしたちょうどその時、聞き覚えのある声が聞こえてきて思わず動きを止めてしまう。そして声が聞こえてきた方を見ると、グランドの入り口で拳藤と鉄哲、クラスメイトの女性の塩崎茨が驚いた顔となってこちらを見ていた。

 

「あっ、ごめん黒岸……。邪魔をする気はなかったんだけど……」

 

 驚いた顔から気まずそうな顔となって謝ってくる拳藤に俺は首を横に振って声をかける。

 

「いや、気にしてないよ。拳藤達も自主練?」

 

「う、うん。そうなんだけど……ねぇ、黒岸?」

 

「どうした?」

 

 俺が聞くと拳藤は今さっき俺が四つに斬り割いた岩石を一度見てからこちらへ視線を向けてくる。

 

「今の凄い技って、あれも黒岸の個性なの?」

 

「いや、あれは訓練で身につけた技、技術だよ」

 

『『………!?』』

 

 俺の言葉に拳藤、鉄哲、塩崎、そして離れた所で見ていた物間が同時に目を見開く。その目からは強い興味の光が宿っているのを感じた俺は、つい次の言葉を口にした。

 

「興味があるんだったら教えようか?」

 

 この言葉に物間以外の三人、拳藤と鉄哲、塩崎は即座に頷き、今日俺は三人の弟子を得たのだった。




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キアリクやシャナクも使えますよ

「今日は皆にクラスのクラス委員長を決めてもらう」

 

「『学校っぽいイベントきたー!』」

 

 朝のホームルームでB組担任のブラドキング先生がそう言うと、大勢のクラスメイト達が大声を上げた。それと同時に隣からも全く同じ叫び声が聞こえてきたので、隣のA組でも担任がクラス委員長を決めるように言ったのだろう。

 

 普通のクラスではクラス委員長なんて面倒な役職、自分以外の他の人間に押し付けあったりするものだが、生憎ここは将来のヒーローを目指す雄英高校ヒーロー科のクラス。B組のクラスメイトの大半がクラスのリーダー的存在であるクラス委員長をやりたがって、自分がいかに相応しいかアピールしていた。

 

 しかし俺はどうしようかな? ドラゴンクエストの異世界で魔王軍と戦った時、複数の兵士を率いて戦う場面がいくつかあったけど、あれは実にしんどかった記憶がある。だけど将来の経験を得る為にここは立候補してみるべきか?

 

「あー……。それと黒岸」

 

「? はい」

 

 俺がクラス委員長に立候補するべきか考えていると、ブラドキング先生が気まずそうな表情で俺に話しかけてきた。

 

「すまないがお前には保健委員になってほしいのだが」

 

「保健委員ですか?」

 

「そうだ」

 

 俺が聞き返すとブラドキング先生は一つ頷いてから俺に保健委員になるように言った理由を説明してくれた。

 

「この雄英高校は一年から三年にかけてヒーロー科の実戦訓練やサポート科の実験等で他の高校と比べて生徒が大きな怪我をする割合が大きい。そしてそれを治療するのがリカバリーガール先生だけではいざという時に手が足りなくなるのでは、という声が以前から上がっていた。その時にリカバリーガール先生が個性でオールマイト先生を治療したというお前を推薦したという訳だ」

 

 そう言えばリカバリーガール、俺がオールマイトの傷を治した時に後継にならないか、と言っていたけどあれって本気だったのかな?

 

「それと黒岸。ドラゴンクエストのベホマが使えるということは他の回復魔法、毒を消すキアリーとかも使えるのか?」

 

「はい。キアリクやシャナクも使えますよ」

 

 ぶっちゃけ、麻痺を治すキアリクはともかく、この現代社会に呪いを解除するシャナクの出番があるか分からないが、それでも使えることを言うとブラドキング先生は満足気に頷いた。

 

「だったらなおさら保健委員にぴったりだな。保健委員になると他のクラスに出張してもらうこともあるが、その時抜けた授業の単位等を融通してもいいと学校側も言ってくれている。それで引き受けてくれるか?」

 

「……まあ、それだったらいいです」

 

 保健委員として出張するということは他のクラスの訓練を見ることができていくらかの経験となるだろう。それに抜けた授業の単位を融通してくれるなら断る理由はないと思う。

 

 そこまで考えて俺が保健委員となることを了承するとブラドキング先生は僅かに安心した表情となった。

 

「そうか。そう言ってくれると助かる。……それですまないが三日後、早速出張してくれないか?」

 

 三日後!? いくら何でも早すぎないか?

 

「……ちなみにどのクラスにですか?」

 

「隣の一年A組だ。A組は三日後のヒーロー基礎学で大掛かりな訓練をするからそれについて行ってほしい」

 

 一年A組か……。

 

 ブラドキング先生からA組の訓練について行くように言われた俺は、ふと入試試験で出会ったあのぼさぼさ頭の受験生、緑谷のことを思い出した。

 

 そう言えば緑谷の奴、試験に受かったのか? B組にはいなかったけどA組にいるのかな?



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大したことじゃないから

 俺が保健委員になった後、B組のクラス委員は投票で拳藤に決まり、俺はいい人選だと思った。拳藤はなんというかリーダー気質というか姉御肌なところがあるからクラス委員に適任だろう。

 

 そしてその日、オールマイトが雄英の教師になった話を聞きつけやって来た大勢の記者達が学園内に入り込みパニックになるという事態があったが、それもすぐに収まって三日後。俺は保健委員としてA組のヒーロー基礎学に参加することになった。

 

 ブラドキング先生が言っていたように、今日のヒーロー基礎学は大がかりな訓練になるので専用の施設で行うらしく、その施設にはバスで向かうようだ。俺が自分の戦闘服(コスチューム)を着てバス乗り場へ向かうと、そこにはそれぞれの戦闘服を着たA組の生徒「二十一人」とA組の担任である相澤先生が集まっていた。

 

 突然現れた俺に気づいてA組の生徒達がざわめき、相澤先生がマイペースに生徒達に話しかける。

 

「来たか。……おい、お前ら。彼は一年B組の黒岸健人。非常に珍しい個性による治療能力が使えて、保健委員として今日の訓練に参加することになった。……黒岸」

 

「はい、相澤先生。初めまして、一年B組の黒岸健人です。未来のヒーロー名はアバンナイト。どうかよろしくお願いします」

 

 相澤先生に言われて自己紹介をしてA組の生徒達を見ると、そこには一人だけ学校のジャージ姿の緑谷の姿があった。

 

 よかった。やっぱりお前も受かっていたんだな、緑谷。

 

 

 

「……ねぇ、黒岸君?」

 

 それからバスに乗って訓練を行う施設に向かう途中、俺の向かい側の席に座っている緑谷が話しかけてきた。

 

「どうした、緑谷?」

 

「いや、その……。入試試験の時に僕の腕を治してくれたよね。そのお礼を言いたいなと思って……ありがとう」

 

 ああ、入試の実技演習試験で巨大な敵ロボットを倒して右腕が折れた時のことか。

 

「別に気にしなくてもいいって。大したことじゃないから」

 

「いやいや! 十分大したことだったって!」

 

 俺が緑谷にそう返事をすると突然、明るそうな雰囲気の女生徒が横から話に入ってきた。

 

「君は?」

 

「私? 私は麗日お茶子。私も入試の時、同じ場所にいたんだけど、あの時の黒岸君って空を飛んで地面に落ちてるデク君を助けてくれたよね? その後でデク君の腕を治したって凄くない?」

 

「そうだな。ぼ……俺も同じくあの場にいたのだが、黒岸君は何もないところから剣を取り出して、かなりのスピードで敵ロボットを次々と斬り倒しているのを見た。……ああ、失礼。俺は飯田天哉。一年A組のクラス委員長だ」

 

 緑谷に続いて麗日と飯田の言葉により、バスの中の視線が俺に集中する。

 

「そういえば……黒岸君の個性って何なの?」

 

 緑谷の質問は恐らく、今A組の生徒達が全員思っていることだろう。別に隠すことでもないので俺は質問に答えた。

 

「俺の個性は『魔法戦士』。戦士のように頑丈で健康な肉体を持ち、戦士の武具を召喚して、魔法を操る。そんな個性だ。だけど魔法を使うにはドラゴンクエストの呪文を唱える必要があるけどな」

 

『『超! RPG(ロープレ)っぽい個性!?』』

 

 俺が自分の個性の説明をするとバスの中にいるA組の生徒ほとんどが一斉に叫びだした。ノリがいいな、コイツら?

 

 ちなみに叫ばなかった生徒のうちの二人。顔の左側に火傷の痕がある男子生徒と、何やら気品がある女生徒が「ロープレ? ドラゴンクエスト?」とか言って首を傾げていたが、マジかあの二人?

 

 そして……。

 

「……………」

 

 同じく叫ばなかった生徒の一人、ボディースーツとプロテクターを合わせたようなメタリックブルーの戦闘服を着て右目を眼帯で隠している女生徒。彼女はバス乗り場で挨拶をした時からずっと俺の事を見つめていた。

 

 俺は彼女の顔を知らなくて、完全に初対面の筈だ。しかし何故か何処かで会っているような気がした。

 

 一体何者なんだ、彼女は?




最後の女生徒は作者のオリキャラです。


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正直もう二度としたくない

 しばらくバスに乗って着いたのは、雄英高校の教師であり災害救助のスペシャリストでもあるスペースヒーロー、13号先生が設計と管理をしている様々な災害現場が体験できる施設、USJ(ウソの 災害や 事故ルーム)であった。

 

 今日のヒーロー基礎学ではこのUSJで災害救助の訓練を行う。13号先生と相澤先生、そしてオールマイトがその監督をするはずだったのだが、オールマイトの姿だけはどこにもなかった。何でも「最近急に元気になった」オールマイトは、通勤前や学校の終了後にいくつもの事件を解決する様になり、今日も通勤前に他県のも含めて九件の事件を解決して、そのせいで授業に遅れてしまったそうだ。

 

 ……これって俺がベホマでオールマイトの傷を治したからじゃないよね? 何やら相澤先生が不満気な視線をこちらに向けている気がするけど違うよね?

 

 仕方がないので相澤先生と13号だけで授業を始めようとしたその時、「奴ら」は現れた。

 

 USJの中央に出現した黒い霧、その中から次々と出てくる武装した大人達、ヴィランが。

 

 

「全員動くな! ……あれはヴィランだ」

 

「ヴィランンンっ!? な、何でヴィランがここに!?」

 

 突然現れた大勢のヴィランを見て相澤先生が緊張を含めた声で言うと、A組の生徒の一人が悲鳴のような声を上げる。

 

 確かに何でヴィランが雄英高校の施設に現れたのかは謎だけど今は行動するのが先! 見たところヴィラン達は油断しているみたいだし、今ならはかいのつるぎと鎧の魔盾を使った呪わしき波動で動きを封じることができるはず!

 

「こ……えっ?」

 

 俺がはかいのつるぎと鎧の魔盾を呼び出そうとした時、俺よりも先に行動した人物がいた。それはバスの中でずっと俺を見つめていた、あのメタリックブルーの戦闘服(コスチューム)を着ていた女生徒だった。

 

 女生徒はヴィラン達に向かって走っていき、それを見た相澤先生が大声で彼女の名前を呼んで止めようとする。

 

「待て、機械島! 戻ってこい!」

 

 しかし機械島と呼ばれた女生徒は相澤先生の声を無視して走り続け、その途中で自らの個性を発動させた。

 

 機械島の背中を見て初めて気づいたのだが、彼女の背中は大きく肌を露出していて、そこから大量の金属らしきものが作り出された。その金属らしきものは巨大な鎧のような形になると機械島を内部に取り込み、最初は一人で向かってくる彼女を笑っていたヴィラン達、そして俺は機械島が作り出した巨大な鎧のようなものを見て思わず揃って驚きの声を上げた。

 

 

『『き、キラーマシン!?』』

 

 

 そう、機械島が作り出したのは、ドラゴンクエストに登場する四本足で両手に剣とクロスボウを装備した特徴的な姿をした機械系モンスター、キラーマシンだった。

 

 俺はキラーマシンとなった機械島の姿を見て、ドラゴンクエストの異世界で戦ったある敵のことを思い出した。

 

「あいつ……『マキナ』か?」

 

 ドラゴンクエストの異世界を征服しようとした大魔王の軍隊は大きく六つに分かれており、マキナはそのうちの一つ、魔影軍団に所属する団員(?)であった。

 

 とある魔王が勇者を抹殺するために作り出した兵器、キラーマシン。魔王が一度倒されて活動を停止したキラーマシンに、魔影軍団の軍団長が暗黒闘気というエネルギーを与えて再び活動をするようにしたのがマキナだ。

 

 俺が初めてマキナと出会ったのは弟弟子の知り合いである王国の姫様を助けに行った時だ。

 

 その姫様は一度は魔王軍に敗れ、少数の家臣達とある孤島に避難していた。そこに氷炎将軍と名乗る魔王軍の軍団長が現れて、島全体に敵を弱体化させる結界を張って、姫様ごと救援に来た俺や弟弟子達をまとめて抹殺しようとしてきた。

 

 幸い俺は「超健康体質」のお陰で結界の効果は無く、弟弟子や姫様達が逃げる時間稼ぎをしようとしたのだが、その時に現れたのがマキナだ。何とか弟弟子達を逃すことはできたものの、その後俺は孤島で一人マキナや氷炎将軍の部下達から逃げ回るベリーハードなサバイバル生活を、弟弟子達が結界を何とかする手段を整えるまでの数日間送るはめになったのだ。

 

 それからもマキナは何度も俺達の前に立ち塞がり、その度に相手をするのが俺だった。

 

 倒して復活する度にマキナは身体を新造して来て、最後の大魔王の宮殿での戦いではキラーマジンガの姿となり、しかもキラーマシン2を四体も引き連れて現れ、俺一人でそれらと戦ったのは嫌な思い出だ。正直もう二度としたくない。

 

 だがマキナは復活する度に身体を新造するだけでなく自分の意思を持ち始めていて、最後にマキナを倒した時「マタ……戦、イ……マショウ……」と言ったのを俺は覚えていた。

 

「………」

 

 俺がマキナの事を思い出していたら、機械島が中に入っているキラーマシンの顔がこちらに向いて、一つしかない目が赤く輝いた。

 

『ようやく思い出しましたか?』

 

 赤く輝いたキラーマシンの目を見た俺は、キラーマシンの中で機械島がそう呟いたような気がした。



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ソイツらは何だ?

「な、何でキラーマシンがこんな所に……あべしっ!?」

 

 ヴィランAをキラーマシンとなった機械島が右手の剣で薙ぎ払う。

 

「俺達、いつからゲームの世界に……ひでぶっ!?」

 

 ヴィランBを機械島が左手で掴んで投げ飛ばす。

 

「俺、キラーマシンにはトラウマが……たわばっ!?」

 

 ヴィランCを機械島が四本ある足の一本で踏み潰す。

 

「機械島無敵じゃん。もうアイツ一人だけでいいんじゃね?」

 

「全くあの馬鹿が……!」

 

 ヴィラン達相手に無双をする機械島の姿にA組の生徒の一人がそんな事を言い、相澤先生が頭痛を堪えるように額に手を当てる。……気のせいかもしれないが今、相澤先生の髪が三本くらい白髪になった気がする。

 

「マキの奴、一人で勝手に……!」

 

「やっぱりまきちゃんは凄い!」

 

 A組の金髪の男子生徒が悔しそうに、緑谷が感動するように呟くのが聞こえた。

 

「緑谷? マ……アイツの事を知っているのか?」

 

「え? うん。まきちゃんは僕とかっちゃんの幼馴染みで、昔からケンカも個性も凄く強かったんだ」

 

「アイツと幼馴染み……。何だか大変そうだな。緑谷もかっちゃんとやらも」

 

「かっちゃんじゃねよ、クソが! 俺は爆豪だ、覚えとけ!」

 

 俺がしみじみと呟くとそれが聞こえていた金髪の男子生徒、爆豪が声を荒らげてこちらを睨んできた。

 

「そうか。それはすまなかっ……!?」

 

「おい! 黒岸!?」

 

 爆豪に謝ろうとした俺はヴィラン側の動きを察知すると、考えるよりも先に相澤先生の声を振り切ってヴィラン達に向かって走り出した。

 

 動き出そうとしているのは最初に現れ、大勢のヴィランをこのUSJに連れてきたと思われる黒い霧を体に纏っているヴィラン。あの黒い霧のヴィランを放っておいたらマズいと俺の直感が告げている!

 

「元気なお嬢さんですね。しかしこれ以上味方の数を減らされては困るので貴女にはここで退場を「空裂斬!」……何!?」

 

 黒い霧のヴィランがマキナに向けて黒い霧を広げて包もうとした時、俺ははかいのつるぎを呼び出して空裂斬を放ち黒い霧を晴らした。本来実体の無いものを斬るのは海波斬の方が向いているのだが、あの黒い霧は普通の霧ではない気がして空裂斬を放った俺の判断は正しかったようだ。

 

「私の霧を……!? 小僧、何をした!」

 

 自分の霧が晴らされたことがよほど意外だったのか、黒い霧のヴィランは声を荒らげて俺を睨み、その横に立つ顔と両腕に人間の手の装飾をつけた不気味な男が面白そうに話しかけてきた。

 

「へぇ……。黒霧の霧を消すなんて面白い手品だな。それにキラーマシンと……はかいのつるぎかぁ。ドラクエのファンか、二人共?」

 

 手の男は俺とマキナに親し気に話しかけてくるが、彼の内から感じる殺意が徐々に強くなっていくのが分かる。それはマキナも同様で、彼女も他のヴィランを無視して手の男と黒い霧のヴィランに向けて剣を構えた。

 

「俺もドラクエは好きだぜ? 初代ドラクエから最新のまで全てクリアしたからな。……でもお前達もドラクエのファンなら分かるだろ? こういう戦闘では強力なモンスターが追加で出てくるって。おい、黒霧。『脳無』を……そうだな『三体』程出せ」

 

 手の男が黒い霧のヴィランに指示を出すが脳無? 何のことだ?

 

「よろしいのですか、弔?」

 

「いいんだよ。まだ『二体』いるし。それにドラクエで強いと評判のキラーマシンとはかいのつるぎの持ち主、俺達の脳無とどっちが強いか確かめてみようじゃないか?」

 

「……分かりました」

 

 黒い霧のヴィランは手の男に頷くと黒い霧を広げ、そこから三つの大きな影が出てきた。

 

 それは脳が外に剥き出しになっている三人の大男。これが脳無か?

 

 脳無と呼ばれた三人の大男の目からは意思の光が感じられなかったが、それ以上に気になったのは脳無達の気配だ。

 

 まるで複数の人間が無理矢理一人の人間の体に押し込まれているような気配。これは何だ? 本当に人間なのか?

 

「ソイツらは何だ?」

 

「コイツらか? コイツらは脳無。オールマイトと戦わせるために特別に用意したヴィランだよ。何だか最近、オールマイトが急に強く……いや、『回復』したのかな? まあ、とにかく元気になったって話を聞いて頑張って脳無を複数作って持ってきたってわけ」

 

 俺が質問をすると手の男はまるで自慢の玩具を自慢するかのような口調で話しだしたが……この手の男、今オールマイトが回復したって言ったか? オールマイトの怪我の事を知っているってことか?

 

「だけど肝心のオールマイトがいない訳だからさぁ……。平和の象徴が来るまで遊んでくれよ……!」

 

 俺の疑問をよそに手の男は、顔の手の装飾で素顔が分からないのにも関わらず、笑っていると分かる声を俺とマキナに向けてきた。



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今から先生を強化します

 今、あの手の男は脳無という三人の大男を「オールマイトと戦わせるために特別に用意したヴィラン」と言った。

 

 それはつまり脳無にはオールマイトと正面から戦っても勝算があるくらいの戦力があるということ。しかも恐らくあの脳無の一人一人が。

 

 その話が本当ならこれ以上無い脅威だ。その上、マキナが大分数を減らしてくれたが他のヴィラン達も残っているし、黒い霧のヴィランがあの黒い霧で増援を呼んでくる可能性も考えれば、この戦いは決して油断出来ない。そこまで考えて俺は横にいるマキナに目を向ける。

 

「おい。マキナ……で、いいんだよな」

 

「はい。機械島巻菜。それが私の名前です」

 

 俺がマキナに声をかけると、キラーマシンの中から思ったより可愛い女の子が聞こえてきた。

 

「機械島巻菜、ね。お互い言いたいことはあると思うけど、『今』は味方だ。ここは協力して戦うぞ」

 

「ええ。私も同じ事を考えていました」

 

 俺がマキナに共闘を願い出ると彼女はあっさりとそれを受け入れてくれて、俺達がいざ戦おうとするとそこに黒い影が空から降ってきて呆れた声を出した。

 

「戦うぞ、じゃないだろうが」

 

 空から降ってきた黒い影は相澤先生で、俺とマキナをそれぞれ一瞥するとあからさまなため息を吐いた。

 

「はぁ……。機械島はともかく、大人しそうだった黒岸までこんな勝手な事をするとはな……。まあいい。とにかく雑魚の掃討ご苦労。後は俺がするから二人は13号の所へ避難……と言いたいが、あれらに背中を向ける方が危険だな。二人は俺からあまり離れるな」

 

 俺とマキナを庇うように立つ相澤先生。それを見て手の男が楽しそうに笑う。

 

「へぇ……。イレイザーヘッドも参戦か。まあ、これで三対三になってバランスがいいかな。後は……黒霧」

 

「了解しました」

 

 手の男の言葉に黒い霧のヴィランは頷くと一瞬で姿を消し、次に現れたのは13号先生と緑谷達がいる場所だった。

 

「しまった!」

 

「さあ、ゲームスタートだ」

 

『『………!』』

 

 黒い霧のヴィランが緑谷達の所へ行ってしまい、俺達が思わずそちらへ向かおうとした時、手の男の命令を受けた三体の脳無が俺達に襲いかかってきた。それに向けて俺は魔法を放つ。

 

「マヌーサ」

 

『『……? ……!』』

 

 俺の放った魔法により三体の脳無は幻覚に惑わされてそれぞれ見当違いの方向へ攻撃をし、その光景に手の男だけでなく相澤先生も驚いた表情となる。

 

「黒岸、お前か?」

 

「はい。それと今から先生を強化します。……バイキルト。ピオリム。スカラ」

 

「はぁ? 今度はドラクエの呪文かよ? ドラクエ好きすぎだろ」

 

 俺が唱える呪文に手の男は呆れたような声で言うが、相澤先生はそれに構う事なく強化された自分の体を確認した後、俺に向けて小声で話しかけてきた。

 

「ありがとうな、黒岸。……それとお前、・・・・は使えるか?」

 

「え? 相澤先生?」

 

「俺もドラクエはスリーからファイブまでクリアしたことがあるんでな」

 

 そう言って小さく笑う相澤先生に俺は小さく頷いて呪文を唱える。

 

「分かりました。……レムオル」

 

 相澤先生が俺に使えるかと聞いてきた呪文は、味方を一定時間透明にする呪文レムオル。

 

 俺がレムオルを唱えた瞬間、相澤先生の姿が消えて、虚空からどこか楽しそうな相澤先生の声が聞こえてきた。

 

「待たせたな、ヴィラン。早速始めよう」



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アバン……ストラッシュ!

 一年A組担任、相澤消太。ヒーロー名「イレイザーヘッド」。

 

 視界にいる相手の個性を無効化する「抹消」の個性と、炭素繊維を織り込んだ特殊な束縛布を用いた奇襲を得意とするヒーロー。

 

 そんな相澤先生を筋力を倍加させるバイキルト、敏捷を増加させるピオリム、身体を耐久度を向上させるスカラで強化した上に、レムオルで「透明化」という奇襲においてこれ以上ないアドバンテージを与えた場合どうなるのだろうか?

 

 答えは一方的な蹂躙だ。

 

「クソッ! 個性が使えねぇ!? 次は俺か! 一体何処から……ぐわっ!?」

 

「ちょっ!? それは反則だろ! レムオルは戦闘では使えないはず……ぶへぇっ!」

 

「いや、確かトルネコが主役のあのゲームでは……ごほぉっ!?」

 

 透明人間と化した相澤先生は次々とヴィランを時には投げ飛ばし、時には強化された拳や蹴りで吹き飛ばすという無双ぶりを発揮していたが、何も知らない人間が見ればヴィランが勝手に吹き飛んでいっているようにしか見えないだろう。

 

 ……ちなみにこの透明人間と化した相澤先生の無双を後で聞いたA組の女生徒の一人が「私の存在価値がぁ!」と叫んでガチへこみをして、俺がそれについて女生徒に謝罪したのだが、それはまた別の話。

 

「はぁ!? 何だよそれは?」

 

 透明人間と化した相澤先生によって数分で脳無を除くヴィランが全て倒されたのを見て手の男が首元を掻き毟りながら苛立った声で話し出す。

 

「イレイザーヘッドをドラクエの呪文で強化した上にレムオルで透明にしただぁ!? 何だよ、それ? チートじゃないか? ……おい! 脳無! いつまでも遊んでないでさっさと全員殺してしまえ!」

 

『『………!』』

 

 手の男が怒鳴るとそれを聞いた三体の脳無が相変わらず見当違いの方向へ攻撃しながらもこちらへ近づいてくる。

 

「っ! させるか!」

 

 何処からか相澤先生の声が聞こえてきたら脳無の一体の動きが止まる。恐らくは相澤先生が捕縛布で拘束してくれたのだろうが、残り二体の脳無がこちらへ向かってきていた。

 

 こうなった以上仕方がない。相澤先生は動くなと言っていたが敵が来るのなら戦うしかない。

 

「マキナ、一体は任せた。俺はもう一体と戦う」

 

「了解」

 

 マキナは短く答えて脳無の一体に向かうと、俺はもう一体の脳無にとはかいのつるぎを振るった。

 

 脳無が本当に人間なのかは分からないが、それでもいきなり斬り殺すわけにはいかない。だがそれでも殺す気でくるなら骨の一本や二本は覚悟してもらう。

 

「……何っ!?」

 

 俺は脳無の足を狙ってはかいのつるぎを振るったのだが、はかいのつるぎの刃は脳無の足に食い込んだ所で動きを止めてしまった。

 

 何だこの感触は? まるで分厚いゴムの塊を切ったような感触。これが脳無の個性なのか?

 

「ははは! 無駄無駄! 脳無はオールマイト用のヴィランだって言っただろ? ソイツらは全員『ショック吸収』と『高速再生』の個性を持ってるから並の攻撃じゃ倒せないぜ」

 

 俺の驚いた顔を見て手の男が愉快そうに笑う。

 

 なるほど。確かに対オールマイト用という言葉に嘘はないようだな。だけどそんな死ににくい個性を持っている相手なら俺も多少本気で技を出しても大丈夫ってことだ。

 

 相澤先生にかけた魔法の強化が解ける前にここは一気に決着を……っ?

 

 俺がそこまで考えている時に脳無が俺に向かって拳を振るおうとしていた。それは俺から見たら十分回避可能で、実際俺は攻撃を回避してすぐに反撃に移ろうとしていたのだが、その前に脳無に向かって高速で突撃してくる男がいた。

 

「危ない、黒岸君! ……SMASH!

 

 突撃してきたのは緑谷で、彼は常人を遥かに超えたスピードで右拳を脳無へと放った。……しかし。

 

「嘘? 効いていない」

 

「緑谷、下がれ!」

 

 やはりというか緑谷の拳も脳無には効いておらず、俺は緑谷の体を掴むと彼ごと大きく後ろへ跳んで脳無との距離を取った。

 

「緑谷、お前なんて無茶を」

 

「だ、だって……黒岸君が危ないと思って……」

 

 俺の言葉に返事をする緑谷の体は恐怖で震えている上、見ればさっきの高速移動と攻撃の余波で入試試験のように右腕と両足の骨が折れていた。恐くても、知り合って間もない俺の危機を自分が傷ついても助けようとする彼の言葉を聞いた瞬間、俺は……。

 

 

「…………………………ダイ?」

 

 

 大魔王を倒してドラゴンクエストの異世界を救った弟弟子のことを思い出した。

 

「ダ……? 今なんて?」

 

 緑谷が聞いてくるが俺はそれに答えず一つの事を決意して実行することにした。

 

「……緑谷。俺の名はアバンナイト。平和を守る未来のヒーロー(勇者)の一人だ。……お前と同じな。お前はヒーローに相応しい勇気を見せてくれた。だから今度は俺が見せてやる。……ヒーロー(勇者)の一撃を」

 

 そこまで言って俺は、はかいのつるぎを逆手に持ち直して「ある技」の構えをとると、脳無と戦っている相澤先生とマキナに向かって叫んだ。

 

「相澤先生! マキナ! 急いで脳無から離れろ!」

 

『『……!』』

 

 俺の言葉を聞いて相澤先生の気配とマキナが脳無から離れた。

 

 ……先生、それと弟弟子。彼は、緑谷出久はきっと将来、貴方達のように多くの人々を守る正義のヒーロー(勇者)になると思います。

 

 だから緑谷には見せるべきだと思ったんです。人々を守る為に悪を倒す勇者の一撃を。

 

 異世界にいる大恩ある先生と自慢の弟弟子に向かって心の中で言ったその時、先生と弟弟子がそれぞれ人懐っこい笑みと元気あふれる笑みを浮かべ、ピースサインをしてくれたような気がした。

 

 

「アバン……ストラッシュ!」

 

 

 俺がはかいのつるぎを振るった瞬間、剣から閃光が放たれて三体の脳無を飲み込んだ。



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オリキャラ紹介(ネタバレ注意)

「黒岸健人」

 誕生日  :8/20

 血液型  :B

 出身地  :兵庫県

 好きなもの:ドラゴンクエスト関係のグッズ

 性格   :ある意味ラッキーマン

 職業   :学生

 個性   :魔法戦士

 レベル  :31

 

<つよさ>

 ちから  :79

 すばやさ :94

 たいりょく:112

 かしこさ :105

 うんのよさ:255

 最大HP :231

 最大MP :83

 攻撃力  :218

 守備力  :157

 

<装備>

 Eはかいのつるぎ

 Eよろいのまじゅん

 Eヒーローコスチューム

  がくせいふく

 

<呪文>

 メラ、メラミ、メラゾーマ、ヒャド、ヒャダルコ、ヒャダイン、マヒャド、バギ、バギマ、バギクロス、ギラ、ベギラマ、ベギラゴン、イオ、イオラ、イオナズン、ライデイン、ホイミ、ベホイミ、ベホマ、キアリー、キアリク、ザメハ、シャナク、ザオラル、スカラ、スクルト、ピオリム、バイキルト、ルカニ、ルカナン、ボミオス、マホトーン、マヌーサ、メダパニ、ニフラム、フバーハ、マホカンタ、アストロン、レムオル、モシャス、ドラゴラム、メガンテ、アバカム、トラマナ、トヘロス、ルーラ、トベルーラ

 

<特技>

 大地斬、海波斬、空裂斬、アバンストラッシユ(A)、アバンストラッシユ(B)、斬竜双撃

 

<補足>

 この作品の主人公。

 十歳の頃にドラゴンクエストのような異世界に転移し、それから十年以上の時間をかけてその異世界を大魔王の手から救う戦士となったが、異世界が救われるとまた十歳の姿で元の世界に帰ったという過去を持つ。

 異世界で一度魔王を倒して世界の平和を守った勇者の弟子となり、その勇者の意志を引き継いで元の世界でヒーローになる事を決意し、多くのヒーローを輩出した名門である雄英高校のヒーロー科に入学する。

 ドラゴンクエストの知識のお陰か魔法を修得する才能があり、異世界では先生となった勇者から勇者と賢者の両方を狙える教育を受けている。

 ちなみ元の世界に戻り十歳の体に若返ったことでステータスが大幅に弱体化し、体を一から鍛え直したのだが、まだ大魔王と戦った時のステータスは取り戻せずにいる。

 元々の個性はどんな病気も毒も無効化して傷や体力の回復の早くなる「超健康体質」だったのだが、異世界で行った魔法の儀式により個性因子そのものにドラゴンクエストの魔法の情報が書き込まれ、異世界から帰ってきてから「魔法戦士」と変更された。

 ヒーロー科に相応しい正義感ではあるが基本的に普通の性格で、それでも「ある意味ラッキーマン」という性格にしたのは、異世界転移に原作改変という、幸運でも悪運でもない「奇運」としか言いようのない運命を背負っているため。

 異世界に転移してすぐに見つけたはかいのつるぎと、異世界で出会った魔族の鍛治師から譲られた全身鎧に変形する大盾「鎧の魔盾」を装備している。

 戦闘服(コスチューム)は黒いボディスーツに顔の下半分を隠すマスクだけというシンプルなもので、これは全身鎧と化した鎧の魔盾を装備するため。

 

 

 

 

 

「機械島巻菜」

 誕生日  :8/7

 血液型  :AB

 出身地  :静岡県あたり

 好きなもの:戦車

 性格   :サーチ&デストロイ

 職業   :学生

 個性   :自動鎧

 レベル  :21

 

<つよさ>

 ちから  :85

 すばやさ :91

 たいりょく:103

 かしこさ :90

 うんのよさ:39

 最大HP :204

 最大MP :0

 攻撃力  :65

 守備力  :78

 

<装備>

 Eヒーローコスチューム

  がくせいふく

 

<呪文>

 なし

 

<特技>

 へんしん(キラーマシン)

 

<補足>

 黒岸健人と同じく作者のオリキャラ。

 前世はドラゴンクエストの異世界で健人と何度も戦った意思を持つキラーマシン「マキナ」。

 自動で動く鎧を作り出して操る個性「自動鎧」を使ってキラーマシンだった前世の自分の体を作り出し、その内部で自動鎧を操り戦う戦法を取るが、生身での戦闘力も非常に高い。

 前世が前世だけに一度敵と認めた相手には容赦しない性格だが、味方にすれば多分頼りになる……はず。

 緑谷と爆豪の幼馴染みで、地元では同年代で敵無しだった爆豪を唯一泣かした存在として有名。

 幼稚園の頃に緑谷をいじめる爆豪を止めようとした際に爆豪から個性を使った攻撃をされたがそれに対して眉一つ動かさずに全力の右ストレートの反撃を行い爆豪の前歯を含めた歯を三本へし折った「全力カウンターパンチ事件」や、小学校の頃にやはり緑谷をいじめていた爆豪を後ろ回し蹴りで気絶させた後に下着を含めた衣服全てを剥ぎ取り焼却炉に叩きこんだ「爆豪全裸事件」は今でも地元の伝説である。

 戦闘服は背中の肌が大きく露出しているメタリックブルーのボディスーツとプロテクター。

 キラーマシンの全身鎧は剣とクロスボウを持っているが、あれは手と一体化している鎧の一部分であると本人は言っている。



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勇者の家庭教師、か……

 アバンストラッシュ。

 

 自分が持つ最大の力と速さ、そして心の叫びを同時に発揮することで初めて放たれる、ドラゴンクエストの異世界で俺が先生から学んだアバン流刀殺法の奥義だ。

 

 俺が放ったアバンストラッシュの閃光は三体の脳無を飲みこみUSJの外へと吹き飛ばしたが、アバンストラッシュを放つ直前に僅かに力をセーブしたし脳無の個性を考えれば死にはしないだろう。

 

 とにかくこれで相手の戦力は手の男と黒い霧のヴィランだけ。ここからどう出るかと俺達が思っていると、手の男が出した次の行動は「逃げる」ことだった。

 

 手の男はしばらくの間、俺がアバンストラッシュでUSJに開けた大穴、三体の脳無が吹き飛んだ先を無言で見た後、拍子抜けするくらいあっさりとした声で、

 

「ゲームオーバーだ。……帰ろ」

 

 と、言ったのだ。

 

 もちろん俺だけじゃなく相澤先生とマキナも手の男を捕らえようとしたが、その前に彼の言葉を聞いていたのか黒い霧のヴィランが手の男の側に現れて例の黒い霧で移動を開始した。何でも相澤先生の個性は発動に相手の本体を見る必要があるので、今回は上手く個性を消せなかったらしい。

 

 最大戦力である脳無がやられるとあっさりと、それも一応味方であるはずのヴィラン達を簡単に見捨てて帰ろうとする手の男は、まるでゲームをしている子供のような印象を受けた。そこまで考えたところで手の男は体が黒い霧に包まれる直前に俺の方を見てきて、

 

「お前の顔は覚えたからな。ドラクエから出てきたチート野郎。……また遊ぼうぜ?」

 

 と、言ってきた。

 

 どうやら俺は手の男に目をつけられてしまったようだ。

 

 その後、ヴィラン襲撃の報せを聞いてオールマイトをはじめとする雄英高校の教師陣がUSJに駆けつけ、そこにいたヴィランを全て逮捕して今回の事件は終了した。

 

 そして俺は、俺のために負傷した緑谷をベホマで治療してる時に弟弟子がいつか言っていた言葉を思いだし、あることを決めたのだった。

 

 

 

 ヴィラン達によるUSJ襲撃事件から二日後。今日は休日であるので俺は学校の訓練室の一つを借りて物間、拳藤、鉄哲、塩崎と一緒に訓練をしていた。

 

「それにしても黒岸って、よく毎回毎回訓練室を貸してもらえるね? 普通訓練室って、他の学年も使うからこうしょっちゅう貸してもらえないんじゃないの?」

 

 訓練の合間に拳藤が俺に聞いてきた。俺達は毎日早朝と放課後、休日は丸一日訓練室を借りており、彼女の疑問は最もだろう。

 

 多分だがこれは以前オールマイトの怪我を治したこと、そして俺が保健委員を引き受けたことが関係しているのだと思う。実際訓練の最中に生徒の治療で呼び出されたこともあったし。

 

「俺が保健委員になったからじゃないか? リカバリーガール以外の回復要員が長い間校内にいたほうが学校としても助かるって感じで」

 

 俺が自分の考えを口にすると拳藤だけじゃなく話を聞いていた他の三人も納得した顔で頷いてくれた。

 

「それよりも、今日から一緒に訓練するのが二人増えるから」

 

 俺の言葉がよほど意外だったのか、拳藤達四人が驚いた顔をすると、ちょうどその時訓練室に二人の生徒が入ってきた。

 

「し、失礼します……」

 

「失礼します」

 

 訓練室に入ってきたのは緑谷とマキナで、この二人が俺が呼んだ今日から一緒に訓練をする仲間だ。

 

「え……!? A組の緑谷出久と機械島巻菜ぁっ!? どうしてここに来た!? さては僕達の訓練を観察しに来たスパイ「俺が呼んだ」……親友!?」

 

 物間が緑谷とマキナを見て半狂乱になって叫ぶ言葉を俺が遮って言うと、物間だけじゃなく拳藤達三人もこちらを見てきた。

 

「緑谷とマキナにはこの間のUSJで色々手伝ってもらったり、助けてもらったからな。その礼と言ってはなんだけど、一緒に訓練をしないかと誘ったんだよ」

 

 俺の言葉に拳藤、鉄哲、塩崎は納得してくれて物間も渋々とだがそれでも首を縦に振ってくれた。

 

 二日前のUSJで緑谷の治療をしていた俺はいつか弟弟子が言っていた言葉を思い出した。それは勇者は沢山いたほうが心強いという内容の言葉で、確かにそうだと納得できた。

 

 あの手の男はこれから先も俺達の前に現れるだろう。その時は今回のUSJみたいなこともまた起こるかもしれない。

 

 だったらそれに備えてもっと強くなればいいだけだ。それに加えて仲間達も俺と同じくらい強くなってもらえば更に安心だ。

 

 これが俺が出した結論で緑谷とマキナを訓練に誘った理由で、ここでふと「勇者の家庭教師」を名乗っていた先生のことを思い出す。俺のやっていること、先生と同じじゃないか?

 

「俺が勇者の家庭教師、か……」

 

 そう呟いて俺は緑谷とマキナを加えて訓練を再開するのだった。



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二重で間違えているぞ

「それじゃあ緑谷は俺と訓練……する前に、まず個性の使い方をマスターしようか」

 

 訓練を再開した俺が緑谷にそう言うと、声をかけられた緑谷が面白いくらい驚いた顔となる。

 

「ええっ!? ぼ、僕の個性の使い方って?」

 

「入試試験とUSJの時に見て思ったんだけど、緑谷の個性は多分身体能力を強化する増強系。だけどそれをあまり使い慣れていないんじゃないか?」

 

 緑谷が個性を使うのを見た時、俺はドラゴンクエストの異世界で魔法使いの弟弟子が覚えたての呪文の使い方に慣れてなくて余計に魔法力を消費する場面を思い出した。そこから緑谷が自分の個性を使いきれていないんじゃないかと思って言ってみれば、どうやら正解だったようで緑谷は更に驚いた顔となる。

 

「………!? ど、どうしてそれを?」

 

「まあ、何となくそう思っただけだ」

 

「ちょっとそれってどういうことだ? 個性ってのは大体四歳くらいに出て、いやでも使い慣れるもんだろ?」

 

 俺と緑谷の会話を聞いていた鉄哲が横からそう言ってくるが、俺はそれに首を横に振って頭の中のある知識を思い出す。俺は異世界から帰ってきて弱体化した体を鍛え直す時、個性やトレーニング関係の本を色々と読み、その中に興味深い知識があったのを覚えていた。

 

「個性には使用者の肉体がある程度成長するか、何か能力が一定以上にならないと発現しない例がごく僅かだけどある。……緑谷、もしかしてお前、雄英高校に受験する一年か二年くらい前にいきなりトレーニングして、今の体を無理矢理作ったんじゃないか?」

 

「っ!?」

 

 俺が推測を口にすると緑谷は息をのんで驚き、それが俺の推測が正しいという何よりの証拠となった。

 

「多分、緑谷の個性は体が出来上がるのを待っていたんじゃないか? 個性を使った緑谷の超パワーは確かに凄かった。でも四歳くらいの子供がいきなりそんな超パワーを使ったら体は間違いなく壊れてしまう。だから緑谷の脳は体が出来上がるまで個性にリミッターをかけて、トレーニングでギリギリ超パワーに耐えられるようなった今、ようやく個性の使用が解禁されたと思うんだが?」

 

「え……ええっと……。多分それで合っていると思います」

 

 俺がそこまで言うと緑谷は何故か強張った表情となって頷き、それを聞いていた鉄哲達四人は納得したように頷き、マキナは興味深そうに緑谷を見ながら呟いた。

 

「なるほど……。今まで無個性だった出久がいきなり個性に目覚めたのはそういうことだったのですね。……こんな事だったら幼少時に私がしていたトレーニング、出久も誘うべきだったのでしょうか?」

 

「ヒィ!? ど、どうぞお構いなくぅ!」

 

 首を傾げながらマキナが言うと、緑谷は顔を真っ青にして後ずさる。マキナの幼少時のトレーニング……一体何をしていたんだ?

 

「まぁ、そんなわけで緑谷は訓練より先に自分の個性に慣れてもらう方が先だと思ったんだ。俺はバイキルト、スカラ、ピオリムと自分や他人の身体能力を強化できる魔法が使えるからいくらか助言ができる。ちなみに緑谷は今までどのようなイメージで個性を使っていたんだ?」

 

 個性の発動は自身のイメージの影響が大きい。緑谷がどんなイメージで個性を使っていたかを聞けば助言もしやすいだろう。

 

「う、うん。今までは体の一部に力を集中させて、レンジに入れた卵が破裂しないって感じのイメージで個性を使っていたんだ」

 

「………何?」

 

 緑谷の口から出た個性を使う際のイメージを聞いた俺は思わず固まった。

 

 体の一部に力を集中? レンジに入れた卵が破裂しないイメージ? それって……。

 

「緑谷。お前、個性の使い方、二重で間違えているぞ」

 

「えっ!? 間違っているの? しかも二重で?」

 

 白眼をむいて驚く緑谷に俺は頷きながら、先生の教えを思い出した。

 

『いいですか、ケント君? バイキルトにスカラ、ピオリムといった自分や他人を強化する魔法は戦闘を有利にするベリーベリー便利な魔法ですが、魔法使いでこれを修得しても使える人は本当に少ないんです。何故ならこういった強化魔法は体全体を強化しないと行動の反動を処理しきれず、逆に動かした部分を壊してしまうのですけど、運動があまり得意ではない魔法使いの人達は体全体を強化するイメージが難しいからなんです。幸いケント君は魔法だけなく剣も得意だから大丈夫だと思いますが、強化魔法を使う時は体の一部分だけでなく、全体を強化することを忘れないでください』

 

 つまり緑谷はあの時先生が言った強化魔法の失敗例を見事なまで実行していたということだ。

 

「いいか? 身体能力の強化は体全体を強化するのが鉄則だ。それと電子レンジに卵って、どうやっても最後には破裂するイメージだからやめた方がいいぞ? 力の強弱に関するイメージだったら水道の蛇口とかガスコンロの火とかの方が簡単じゃないか?」

 

「………!?」

 

 俺が助言をすると緑谷は今気づいたといった表情となる。

 

 どうやら緑谷は完全な個性の使い方の初心者のようで、これでよくあの入試を合格出来たものだと感心する。……しかし逆に言えば、自分の個性に慣れさえすればここから一気に化ける可能性もあるってことか。



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一体どうしたんだ?

「あ、あ、あ~! A組が憎い! オノレオノレオノレ~~~!」

 

 緑谷とマキナを加えて訓練をするようになってから更に二日後。いつものように早朝の訓練をするために訓練室に行くと、何やらテンションの高い物間が叫んでいた。

 

「おい、物間? 落ち着けよ。一体どうしたんだ?」

 

「これが落ち着けるわけないだろう! 最近学校の周りにいるあのマスコミ達のことだよ!」

 

 そう叫ぶ物間の声を聞いて俺は大体のことを察した。

 

 最近雄英高校の周りには、四日前にUSJがヴィラン達に襲撃された事件を聞きつけたマスコミが集まり、手当たり次第に学生にインタビューをしているのだ。しかしマスコミ達がインタビューしたいのはその事件の現場にいた者達、つまり一年A組で、物間はその事に腹を立てているというわけだ。

 

「親友からの話でUSJでは大変だったことは知っているよ! でも何でそれだけで僕達B組がA組のオマケ扱いされないといけないんだい!?」

 

「あ、その……。ごめんなさい」

 

「……いや、緑谷は悪くないから気にしないでくれ。僕が怒っているのはマスコミの態度だから」

 

 物間の怒声に緑谷が居心地が悪そうな顔で謝ると、少しだけ怒りが治まった物間がそう声をかける。最近になって少しずつ分かってきたけど、物間って身内と認めた相手には優しいんだよな。

 

「A組のオマケ扱いが嫌だったら、俺達の実力を見せることでそうじゃないって証明すればいい。……来週には雄英体育祭があるからな」

 

 雄英体育祭。

 

 それは雄英高校の生徒が学年ごとに様々な競技を行い、最後にはトーナメントで最も優秀な生徒を決めるという大会。この大会はかつてのオリンピックに代わる日本だけでなく世界からも注目されるイベントで、ヒーロー科の生徒にとっては、プロヒーローに自分を売り込む最大のチャンスと言える。

 

 ここでB組の生徒である俺達が優秀な成績を出せば、マスコミを初めとする世間も、俺達をA組のオマケだなんて思わなくなるだろう。

 

「そうだね、親友。ここにいる皆は親友のお陰で随分と強くなれたからね」

 

 俺の言葉に物間は機嫌が治ったようで自慢気に胸を張って言う。

 

 物間の言う通り、ここにいる全員はこの数日間の訓練で大分強くなったと思う。

 

 物間は俺の個性をコピーして魔法の訓練を繰り返したことで攻撃魔法の威力が上がって、俺以外の炎を放出するような個性をコピーしても十分に使いこなせるだろう。

 

 拳藤、鉄哲、塩崎の三人は、ドラゴンクエストの異世界で俺が先生から受けたトレーニングメニューを参考にした特別メニューをやらせて、体力だけでなく格闘能力も大きく上がっている。

 

 緑谷は元々普段から考えるタイプだったのか、俺が個性の使い方をアドバイスをした次の日にはまだぎこちないが全身の強化を出来るようになり、今は拳藤達三人にやらせている特別メニューのトレーニングをやらせている。

 

 そして俺はマキナとただひたすら模擬戦。お互いドラゴンクエストの異世界での実力を知っているので、良い刺激となり実戦の勘を徐々に取り戻せている気がする。

 

 自分で言うのもどうかと思うが、ここにいるメンバーなら他の競技はともかくトーナメントではそう簡単に負けることはないと思う。……雄英体育祭が今から楽しみだ。



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準備はいいか?

 時間が経つのは早いもので、一週間という時間はあっという間に過ぎていよいよ雄英体育祭の日がやって来た。

 

 体育祭の一年の部の実況をしているのは相澤先生とプレゼントマイク先生で、そこでプレゼントマイク先生は最初に入場してきたA組を大体的に紹介する。確かに今最も話題になっているのはヴィランの襲撃事件と鉢合わせたA組だが、それでも他のクラスはそれが面白くないようで大多数の生徒の表情が曇ったのが見てとれた。

 

 それに加えて入試試験でトップだった爆豪が開会宣言で言った言葉も問題であった。

 

「せんせー。俺が一番になる」

 

「言うと思ったぁっ!」

 

「ふざけるな! 何様だお前は!」

 

「引っ込め!」

 

 両手をポケットにいれて明らかにこちらを見下した態度で言った爆豪の言葉に、同じA組の誰かが悲鳴のような声を上げ、ついに不満が爆発した他のクラスの生徒達が一斉に怒声を上げる。しかし爆豪は自分に向けられたブーイングの嵐を全く気にもせず、むしろ挑発するような笑みを浮かべて、

 

「はっ! せいぜい俺の踏み台になってくれや」

 

 と、言ってきた。これによりブーイングを上げていた生徒達の怒りは更に強まり、それはB組のクラスメイトも同じだった。

 

「ちっ! A組にも出久みたいないい奴がいるのは知っているけどよ、やっぱりA組にはムカつく奴が多いぜ!」

 

 あからさまに舌打ちする鉄哲の言葉はまさにA組以外のクラスの生徒達の気持ちを現したものだろう。

 

 そしてそうしているうちに司会進行役である雄英高校の教師のプロヒーロー、18禁ヒーローのミッドナイト先生が第一種目を発表する。

 

 第一種目は障害物競走。一年全クラスで障害物のあるコースを走り、先にゴールについた上位四十二人が第二種目に進めるという簡単なルールだが、ここで参加人数が一気に絞られる。

 

「皆、ちょっといいかい?」

 

 第一種目が発表されて準備時間に入ると物間がB組のクラスメイト全員に声をかけてきた。

 

「僕から提案なんだけど、第一種目はあえて力をセーブして上位を目指さないっていうのはどうかな?」

 

 ……どういうこと?

 

「はぁ? 何を言っているんだよ、物間?」

 

 物間の言葉の意味が分からなかったのは俺だけではなかったようで、鉄哲が物間に聞く。

 

「第一種目があるってことはもちろん第二種目もあるってこと。次のことを考えれば第一種目で全力を出して僕達の個性とかをA組を始めとする相手に教えるのは避けたい。だから第一種目は無理せずB組全員で突破することだけを考えようってことだよ」

 

 なるほどね。次を見据えた長期的な戦い方をしようってことか。

 

 確かに雄英体育祭で最も注目を集めるのは第一種目、第二種目が終わった後のトーナメント。そこにより多くのB組の生徒を送り込むことができればB組の存在をアピールすることができる。

 

 物間は心がちょっと……その、アレでA組が相手になるとそれが特に表になるが、身内のことを思いやれる奴だ。だからこの作戦も俺達B組がより多く活躍できるようにと考えてくれたのだと分かる。……だけど。

 

「ちょっとつまらないな」

 

 俺がそう言うと物間を初めとするB組のクラスメイト全員がこちらを見てきた。

 

「親友? でもこれはB組が有利に次に進むための……」

 

「まあ、待ってくれ。要はB組全員で第一種目を突破して、なおかつ個性などの情報をあまり知らせなければいいんだろ? ……俺に考えがある」

 

 こちらを説得しようとする物間を手で制して俺が自分の考え言うと、B組のクラスメイト全員が驚いた顔となる。

 

「え? マジ? そんなことできるの?」

 

「できる。それで皆はどうする?」

 

 クラスメイトの取陰切奈の言葉に答えて俺が聞くとクラスメイト達は興味深そうな顔で頷いてくれた。

 

 そしてその数分後。いよいよ雄英体育祭の第一種目、障害物競走が始まった。

 

「それでは位置について……スタート!」

 

『『………!』』

 

 ミッドナイト先生の合図で一年の生徒達が一斉に走り出す。しかしB組の生徒は走ろうとせずに俺の周りに集まり、それを見た解説席にいるプレゼントマイク先生がコメントする。

 

『おおっと!? 他のクラスが全員必死こいて走っているのにB組だけ走らない? 余裕か! 早く行かないと追いつけなくなるぜ!』

 

 分かっていますよ、プレゼントマイク先生。言わなくても今から行きますよ。

 

「それじゃあ皆、準備はいいか? ドラゴラム!」

 

 俺がドラゴンに変身する魔法ドラゴラムを使って変身すると観客席から驚きの声が上がってきた。

 

「よし、いいぞ。皆、乗ってくれ」

 

 それから俺はB組のクラスメイト達を全員背中に乗せるとトベルーラを使い、高速で空を飛んだ。

 

 さあ、行くぞ! 狙うのは第一種目B組の上位独占だ!



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完璧にマスターしたみたいだな

『ド、ドォォラッゴォォン!? 一年B組、黒岸建人! まさかドラゴンに変身してクラスメイトを乗せて飛翔! いや、本当にどうなってんの、アレ!?』

 

『生徒の個性くらい把握しておけ。黒岸の個性は、詳しい説明は省くがドラクエの魔法を実際に使えるんだよ。あれはドラゴンに変身する魔法ドラゴラムを使ったんだな』

 

『ワッツ!? ドラクエの魔法ってマジそれ!? じゃあもしかしてメラとかギラだけじゃなくて、ルーラやレムオルみたいな便利な魔法も使えんの!?』

 

『ああ、レムオルだったら先日俺がかけてもらった』

 

『何それ!? その話もっと詳しく!』

 

 実況のプレゼントマイク先生と相澤先生の会話を聞きながら俺は高速で空を飛ぶ。下を見れば他のクラスの生徒達は皆驚いた顔でこちらを見上げており、俺はそれを一気に彼らの先に行くと目の前に巨大な影が現れた。

 

 俺の前に現れたのは入試試験の実技演習試験で戦った巨大ロボットで、それが二体もこちらを攻撃しようと向かって来ていた。

 

「あれが最初の障害か。ここは一気に片を「ちょっとまちな」……鉄哲?」

 

 俺が口から炎を吐いて巨大ロボットを一気に焼き払おうとした時、背中から鉄哲の声が聞こえてきた。

 

「お前ばっかり目立たせないぜ、黒岸。ここは俺達に任せろ。なぁ、拳藤」

 

「ええ。訓練の成果、今見せてあげる」

 

 鉄哲と拳藤はそう言うと俺の背中から巨大ロボットに向かって大きく跳んで、それぞれ右手を手刀の形にして大きく振り上げ、そして一気に振り下ろす。

 

 

「「アバン流牙殺法……岩砕掌!」」

 

 

『『……………!?』』

 

 鉄哲と拳藤が振り下ろした手刀はそれぞれ一撃で巨大ロボットを真っ二つにして破壊し、それを見ていた生徒に観客達が驚きのあまり絶句する。

 

 鉄哲と拳藤が巨大ロボットを破壊したあの岩砕掌という技は、この数日の訓練で俺が教えた技だ。

 

 俺がドラゴンクエストの異世界で先生から学んだアバン流刀殺法は基本さえマスターしていれば、剣だけでなく槍、斧、弓、鞭、爪にも応用できる。そしてアバン流牙殺法は鉄の爪のような爪系の武器、あるいは素手を使ったアバン流刀殺法で、岩砕掌はその中の大地斬にあたる技である。

 

 ドラゴンクエストの異世界で先生が書いた奥義書を読み、一応全ての技を記憶していたが、それがまさかこんな形で世に出るとは思いもしなかったな。

 

「やるな、鉄哲、拳藤。岩砕掌、完璧にマスターしたみたいだな」

 

「おうよ! 俺達も成長しているんだぜ」

 

「ま、でも塩崎には負けるけどね」

 

 巨大ロボットを破壊して俺の背中に戻ってきた鉄哲と拳藤に声をかけると二人は自慢気に胸を張って答える。すると後方から爆音と怒声が聞こえてきた。

 

「待てや! 俺の先を行くんじゃねぇ、ドラクエ野郎がっ!」

 

「……」

 

 後方を見るとそこには、両手から爆炎を出してこちらへ飛んでくる爆豪と、氷の波に乗ってこちらへ迫ってくるA組の顔の左側に火傷がある男子生徒の姿があった。

 

「死ねやっ!」

 

「これで止める」

 

 そう言って爆豪は手から爆炎を、顔に火傷がある男子生徒は氷をこちらに向けて放ってきた。あれをくらったら厄介なので、更に速度を出して回避するか魔法で防御するか考えていると、俺の背中の上にいる塩崎が話しかけてきた。

 

「黒岸さん。どうかそのまま飛んでいてください。あれは私が対処します」

 

 そう言うと塩崎は自分の個性を発動させる。彼女の個性は茨の髪を自由に伸ばしたり操るというもので、塩崎は自分の髪の一部を伸ばして切り取ると、それを手にとって鞭のように構える。

 

 

「アバン流鎖殺法……海斬衝」

 

 

 塩崎が自分の髪を鞭のように高速で振るうと、そこから放たれた見えない斬撃が爆豪の爆炎と顔に火傷がある男子生徒の氷を切り裂いた。

 

 アバン流鎖殺法海斬衝は鞭を使ったアバン流刀殺法の海波斬にあたる技で、これも鉄哲と拳藤と同様に俺が教えた技だ。

 

 爆豪と顔に火傷がある男子生徒は、まさか鞭の一振で自分達の爆炎と氷が斬られるとは思わなかったようで、驚いた顔をして俺達との距離が開いていく。

 

 俺はクラスメイトの三人が、俺の教えた先生の技で俺だけじゃなくクラスメイト全員を守ってくれた光景を嬉しく思い、ゴールに向けて飛ぶ速度を更に上げるのだった。

 




アバン流刀殺法が剣だけでなく槍、斧、弓、鞭、爪にも対応している情報はネットにもあるのですが、技名は作者が勝手に考えたものです。


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罰ゲームじゃないですか!?

 巨大ロボットが妨害をしてくるエリアを抜けると、その次は深い峡谷をロープを伝って渡るエリアと無数の地雷が地面に埋められて地雷原となったエリアが続いていた。しかしそれらは空を飛ぶ俺には関係無く、たまに空を飛べる個性用のミサイルとかが飛んできたが背中にいるクラスメイト達が防いでくれて、俺は特に大きな問題なくゴールである雄英高校のグラウンドへ飛んでいった。そして……。

 

『お、おいおい、マジか? まだ他の生徒のほとんどがコースの中盤辺りで頑張っているのに、もう第一種目突破四十二人のうち二十一人が決まっちまったぞ? しかもその二十一人全員……B組だぁ!』

 

『『………!』』

 

 プレゼントマイク先生の実況にB組のクラスメイトの何人かと観客達が歓声を上げる。そんな中……。

 

「あっれ~? おかしいな? A組の生徒が何処にもいないよぉ? A組は僕達よりも優秀なはずだからもう先についていると思ったんだけどなぁ~? A組は何処かなぁ~?」

 

 と、よほどA組よりも先にゴールできたのが嬉しかったのか、物間がグラウンドの出入口辺りで誰かを探すような仕草をしていた。

 

「アイツ何やっているんだか? これ、全国放送だって分かっているの?」

 

「アレ……名前がある精神の病とかじゃないのか?」

 

 拳藤が物間を見て呆れた声で言うとクラスメイトの泡瀬洋雪がドン引きした表情で言う。否定はできないな。

 

「ん? あれは緑谷じゃないか?」

 

 そろそろ物間を止めようと思った時、物間がグラウンドの外、地雷原を見て呟いた。グラウンドにある外の様子を映す大型モニターを見ると、緑谷が全身を強化して体から緑色の静電気を放った状態(緑谷は確かフルカウルとか言ってたっけ?)になってグラウンドのすぐそこまで走って来ているのが分かった。

 

「ふん。せいぜい頑張りなよ、緑谷。僕達と一緒に特訓したんだから無様な成績は許さないからね」

 

 緑谷の姿を確認した物間は、腕を組んで上から目線だが、それでも憎いA組であるはずの緑谷を応援して、それを見たクラスメイトの角取ポニーが首を傾げる。

 

「物間サン……。A組は敵だって言ってマシタですのに、緑谷サンの応援? 何故……?」

 

 緑谷と機械島はこの数日間、一緒に訓練をしていたからな。それで物間の中で緑谷は「身内のような存在」という判定が出たんだろう。

 

 これをきっかけに物間にはA組と仲良く、とまでは言わないが敵対意識を弱めてくれれば助かるんだけど……無理だろうな。

 

 それから数分後。緑谷を初めとして他のクラスの生徒も次々とグラウンドにやって来て、第一種目突破四十二人はA組が二十人、B組が二十一人、最後に普通科であるC組が一人という結果になった。ちなみにここで物間がA組を挑発しようとしたのだが、それは俺と拳藤が止めた。

 

 第一種目が終わってすぐに行われた第二種目は騎馬戦。

 

 ただしこの騎馬戦は通常の騎馬戦とはルールが少し違い、騎手役が地面に降りない限り、騎手の鉢巻きを取られても試合を続けてもいいらしい。そして制限時間が終わった時、所有している鉢巻きに記されている点数の合計点が高い上位四チームが次のトーナメントに進めるというルール。

 

 鉢巻きの点数は生徒にそれぞれ与えられた点数を合計したもので、その点数は第一種目の順位が上の者ほど高い得点らしく、しかも第一種目一位の得点は……。

 

「第一種目一位の得点は……ボーナスポイントとして一千万!」

 

「……………はぁ?」

 

 司会進行のミッドナイト先生の言葉に、思わず呆けた声を出した俺がモニターに映し出されている第一種目の順位表に目を向けると、一位のところに俺の名前が見えた。俺が一位となったのはゴールをする直前、クラスメイト達が一番の功労者が俺だという理由で譲ってくれたからで、あの時は本当に嬉しかったのだが今は素直に喜ぶことができなかった。

 

 周囲から俺以外の第一種目を突破した四十一人の視線が集まり、それに耐えきれなかった俺は思わず叫ぶ。

 

「ちょっと待った! 一千万って何ですか一千万って!? こんなのボーナスポイントじゃなくて罰ゲームじゃないですか! お笑い番組の罰ゲームでもここまでキツいのはないですよ!」

 

 一千万ポイントって、そんなの周りから一斉に狙われるに決まっているじゃないか! お笑い番組の罰ゲームは見ていて楽しいけど、実際にやるなんてゴメンだぞ!?

 

「異議は一切認めません! さあ! 今から騎馬戦のメンバーを決める交渉タイムです!」

 

 ミッドナイト先生は俺の叫びをバッサリと切り捨てて予定を進めていくが……上等だ! そっちがその気ならこっちにだって考えがあるからな?

 

 ミッドナイト先生の態度に逆にやる気になった俺は、この騎馬戦を確実に勝ち抜くために三人の生徒に声をかけた。

 

 

 

「それでは第二種目……スタート!」

 

 騎馬戦のメンバーを決める交渉タイムが終わり、ミッドナイト先生が合図を出すとグラウンドにいる十三組の騎馬が一斉に動き出し、俺は自分とメンバーになってくれた三人に呼びかける。

 

「行くぜ、物間!」

 

「任せてくれ、親友」

 

「塩崎!」

 

「全力を尽くします」

 

「マキナ!」

 

「了解」

 

 物間、塩崎、マキナ。この三人が俺が選んだ第二種目のメンバーだ。マキナはA組だが、緑谷と同じくこの数日間一緒に訓練をしたので物間の中で「身内のような存在」判定が出ていて、チームの交渉はあっさりとすんだ。

 

 そして俺はこのメンバーであれば第二種目の騎馬戦を勝ち抜けると確信していた。

 

 試合が始まると他の騎馬が一斉にこちらへ向かってくるが、そんなのは想定内だ。早速俺は事前に考えていた作戦を実行するべくマキナに声をかける。

 

「マキナ、頼む」

 

「分かりました」

 

 マキナは俺の合図に頷くと個性を発動して、USJで見せたのよりも一回り大きなキラーマシンを作り出し、俺達四人はキラーマシンの中に入り込む。更にこれで終わりではなく、俺はキラーマシンの中で一つの魔法を使った。

 

「レムオル」

 

『『……………!?』』

 

 俺が魔法を使うと俺達が入っているキラーマシンの姿が消え、それを見た他の騎馬は驚きで声を失い、次の瞬間……。

 

『『ふざけんなぁっ!?』』

 

 と、一斉に怒声を上げるのだった。



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これが俺が考えた作戦だ

『はぁ!? へ、HEI HEI HEI! ちょっと待った黒岸チーム! 全員キラーマシンの中に乗り込んでからレムオルで透明化って、何だその凶悪コンボは!? 色々となんか反則だろ!』

 

『別に反則じゃないだろ。黒岸チームは一千万を超えるポイントのせいで他の騎馬から集中的に狙われる。それを防ぐための合理的な戦法だ』

 

 実況席からプレゼントマイク先生と相澤先生の声が聞こえてくる。

 

『いやだってアレ、相手の姿が見えなかったら実況がし辛いぜ?」

 

 プレゼントマイク先生、そんなにマキナのキラーマシンが見たいなら今から「沢山」見せてあげますよ。

 

「物間、頼む」

 

「オーケー、親友。マヌーサ」

 

 俺が声をかけると、すでに俺の個性をコピーしていた物間が呪文を唱える。すると試合会場内にキラーマシンの幻影が複数出現してそれぞれが勝手に動き出す。

 

『なんじゃあ、ありゃあ!? キラーマシンが消えたと思ったら今度は大量に現れた? これは一体どういうこと!?』

 

『ありゃあ敵に幻を見せる魔法マヌーサだな。俺が前に見たのは相手にだけ幻を見せるタイプだったが、今回は全員に幻を見せるタイプか。確かに自分達以外全て敵の状況ではこちらの方が合理的だな』

 

 プレゼントマイク先生の疑問を相澤先生が答える。

 

 ありがとうございます、相澤先生。お陰で説明の手間が省けました。

 

 他の騎馬は例え幻だと分かっていても複数のキラーマシンを無視できないようで動きが一気に乱れた。そしてこの隙に……。

 

「塩崎、出番だ」

 

「ええ、お任せを」

 

 塩崎は俺に頷いてくれると髪のツルを伸ばしてキラーマシンの体の隙間から外に出す。そのままツルは動きが乱れた騎馬の騎手へ向かって伸びていき、それから数秒してプレゼントマイク先生の声が驚いた声が聞こえてくる。

 

『おおっとどういうことだ!? 他のチームの得点が次々にゼロになっていき、対して黒岸チームの得点が急上昇!』

 

『これは……塩崎の個性か? たしか塩崎の個性は髪のツルを伸ばして操るものだったはず。恐らく透明になったキラーマシンからツルを伸ばして他の騎馬の鉢巻きを奪ったんだろう』

 

 そう、相澤先生の言う通り。

 

 マキナのキラーマシンに乗り込んでレムオルを唱えることで鉢巻きを奪われる危険を減らし、マヌーサで他の騎馬を混乱させてから塩崎のツルで相手の鉢巻きを一気に奪う。これが俺が考えた作戦だ。

 

 それから俺達は極力他の騎馬と接触しないように慎重に距離を取りながら試合会場を動き回り、マヌーサを重ねがけしたり時にはメダパニを使ったりして他の騎馬を翻弄しつつ塩崎のツルで鉢巻きを集めていった。その結果……。

 

 

 

『し、信じられねぇ……!? 第一種目に続いて第二種目でも予想外の出来事が起こりやがった……! 第二種目、突破したチームは黒岸チーム「のみ」! 他の全員鉢巻きを奪われてゼロポイントっ!』

 

 試合終了後。俺達のチームは他の騎馬の鉢巻きを全て奪い、次のトーナメントへと進出する事が決まったのだった。

 

 後のことは知らない。学校の方が何とかしてくれるだろうさ。



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そこまで怖がらなくてもいいんじゃないか?

 結局騎馬戦は俺と物間、マキナと塩崎を除いた生徒達でもう一度やり直すことになった。

 

 次に行われるトーナメントは総勢十六人の勝ち抜き戦。それに参加する残り十二人を何としてもこの騎馬戦で決めたいと言う事らしい。

 

 騎馬戦が終わるまでの間、俺はB組の観客席で休ませてもらうことにした。ドラゴラムにトベルーラ、レムオルとマヌーサにメダパニ。第一種目と第二種目でそれなりに魔法を使い魔法力を消費してしまったので、トーナメントにむけて少しでも休んで魔法力を回復させるためだ。

 

 今も騎馬戦を頑張っているB組のクラスメイト達の応援もしたいが、それはA組を煽りながらB組を応援している物間に任せることにして、俺は目を閉じるのだった。

 

 

 

「……友。親友。そろそろ起きなって。騎馬戦、終わったよ?」

 

「……何?」

 

 どうやら少しの間眠ってしまったようで、物間の声で目を覚ますと観客席にはB組のクラスメイト達が全員座っており、試合会場を見ればミッドナイト先生がトーナメントのルールを説明していた。

 

「それではトーナメントの組み合わせを発表します!」

 

 ミッドナイト先生の声と共に試合会場にある大型モニターにトーナメント表が映し出された。

 

 

 第一試合 緑谷出久 対 心操人使

 

 第二試合 切島鋭児郎 対 鉄哲徹鐵

 

 第三試合 轟焦凍 対 瀬呂範太

 

 第四試合 飯田天哉 対 塩崎茨

 

 第五試合 機械島巻菜 対 爆豪勝己

 

 第六試合 麗日お茶子 対 八百万百

 

 第七試合 芦戸三奈 対 拳藤一佳

 

 第八試合 物間寧人 対 黒岸健人

 

 

「俺は物間とか……」

 

「………!?」

 

 トーナメント表を見て俺が呟くと、その横では物間がマナーモードの携帯のように体を震わせており、他のクラスメイト達が彼の肩を叩いたりして励ましていた。……いや、そこまで怖がらなくてもいいんじゃないか?

 

 それから昼休憩を挟み、何故かA組の女子生徒全員がチアガール姿になって応援をするという奇妙なイベントを目撃した後、いよいよトーナメントが開始された。

 

 第一試合は緑谷と、唯一の普通科の生徒の心操人使。

 

「あの心操って奴、どんな奴なんだ?」

 

 俺、騎馬戦の間寝ていたせいで心操がどんな戦い方をする分からないんだよな。第一種目と第二種目を突破した以上は弱くはないと思うんだが……。

 

「心操は轟……ほら、第一種目で氷を出してきたあの顔に火傷がある子のチームにいたよ。最初は目立っていなかったけど、最後辺りに他の騎馬に声をかけて、声をかけられた騎馬は急に動かなくなったんだよね」

 

 俺の呟きを聞いた拳藤が心操の騎馬戦での様子を教えてくれた。声をかけられたら急に動かなくなった? 話しかけた相手を拘束する類いの個性ってことか?

 

「それはちょっと気になるな。……そういえば拳藤って騎馬戦で誰と組んでいたんだ?」

 

「アンタ、騎馬戦では私達のことをろくに見ずに全員の鉢巻きを情け容赦なく奪って行ったからね。……私は鉄哲と緑谷、それとA組の麗日って子と組んだのよ」

 

 俺が聞くと拳藤は僅かに恨むような視線を向けてから答えてくれた。

 

 ただ、騎馬戦のことは本当にすまなかった。あの時はミッドナイト先生に突きつけられた一千万ポイントという理不尽につい腹が立って、「Plus Ultra」しすぎたというか……。

 

 俺が拳藤の視線から逃れるために試合会場を見ると、今まさに緑谷と心操が入場しようとしていた。




トーナメントの組み合わせを一部変更しました。


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一筋縄ではいかないようだな

 正直な話、俺は今の緑谷の戦闘能力はA組とB組を合わせた一年のヒーロー科でも上位に位置していると思っている。

 

 自分の個性に少しずつ慣れていき、まだ岩砕掌は修得していないが拳藤と鉄哲と同じように俺からアバン流牙殺法を習っている緑谷は、一撃の破壊力だけを見ればプロの武闘派ヒーローにも負けないだろう。だから俺は相手の心操がどんな相手だろうと、緑谷がすぐに勝ってしまうだろうと思っていた。

 

 しかし現在、緑谷は俺の予想を反して負けようとしていた。……それも、自分から場外をしようとする意外な形で。

 

 試合が開始すると心操は緑谷に何か話しかけ、それに緑谷が返事をしたと思った途端、彼はまるで人形のように立ち尽くした。そして心操が「そのまま自分から場外に出ろ」と言うと、緑谷は心操に背を向けて場外へと歩き出して今に至る。

 

「おい、何やってるんだ緑谷!? そのままだと本当に場外になっちまうぞ!」

 

 A組の観客席から尻尾を生やした男子生徒が叫ぶが、緑谷には聞こえていないようで無表情のままだった。その様子を見て俺の中で一つの予想が浮かび上がる。

 

「もしかして……心操の個性って、洗脳か催眠の個性とかだったりするのか?」

 

「……あり得ますね。でしたら『声をかけて相手が返事をする』というのが個性の発動条件なのでしょうか?」

 

「そうか。だから騎馬戦の時、心操に話しかけられた騎馬が動きを止めたのね」

 

 俺が自分の予想を口にすると、それを聞いた塩崎と拳藤が合点がいったとばかりに頷き、物間が口に手を当てて呟く。

 

「だとしたらマズいね。緑谷はA組でも珍しい素直な性格だから、ああいったからめ手には弱い。このままだと本当に負けてしまうね」

 

 そう言っている間にも緑谷は場外へと歩いていき、後一歩足を踏み出せば場外となるその時……。

 

「………!」

 

 突然、緑谷を中心に強風が吹き荒れる。会場内のほとんどの人は何が起こったのか分からずにいるが、俺は一つの確信に近い予感を覚えて緑谷の体を見ると、緑谷の右手の指が二本ほど、明らかに変な方向に折れ曲がって赤黒く変色していた。

 

 恐らく緑谷は辛うじて動く右手の指を個性の超パワーで弾き、わざと暴走させたのだろう。今の強風はその反動で、指は当然今のように折れ曲がってしまったが、その痛みのお陰で緑谷は元に戻ったようだ。

 

 本当に緑谷って入試の時から無茶苦茶するよな。

 

 それから後は全身を強化したフルカウル状態となった緑谷が一撃で心操をあっさりと倒したのだが、観客席にいるプロヒーロー達は心操の個性を高く評価していた。

 

 確かに心操の個性は声をかけられて返事をしたら即戦闘終了になる強力な個性だから、上手く使えばヴィランとの戦闘で大きな戦力となるだろう。……このトーナメント、中々に一筋縄ではいかないようだな。

 

 第二試合は鉄哲とA組の切島との試合。

 

 鉄哲の個性は身体を鋼鉄にする「スティール」で、切島の個性は身体を金属のように硬くする「硬化」。

 

 個性も戦闘スタイルもダダ被りで、それだけなら両者とも一歩も譲らない泥試合が展開されただろう。しかし……。

 

「岩砕掌!」

 

「ぐわっ!?」

 

 鉄哲が放った岩砕掌が切島の左肩に当たり、切島が苦しそうな表情を浮かべて膝をつく。

 

 へぇ? 腕を鋼鉄にした鉄哲の岩砕掌は俺から見ても下手なモンスターを一撃で倒せる威力があるのに、それを食らってまだ戦意を失っていないなんて、あの切島って奴タフだな。

 

「……す、スッゲェ技だな? 何だよ、それ?」

 

「今のか? 今のはアバン流牙殺法岩砕掌っていって、黒岸から教わった拳を使った技だよ。俺はまだこの技しか使えないけど中々効くだろ?」

 

「アバン流……?」

 

「黒岸はアバンナイトっていうヒーロー名を名乗っていてな、それが使えるからアバン流って言ってたぜ」

 

 試合会場から切島と鉄哲の会話が聞こえてくる。

 

 俺のヒーロー名がアバンナイトだからアバン流というのは、鉄哲達にアバン流牙殺法を教え始めた時に俺が言った嘘だ。まさかドラゴンクエストの異世界で世界を救った勇者から学んだという訳にもいかず、苦し紛れで言った嘘なのだが今のところは疑われずいている。

 

「おいぃ。黒岸ぃ」

 

 俺が切島と鉄哲の戦いを見ているとカマキリのような顔をしたクラスメイト、鎌切尖が話しかけてきた。

 

「どうした、鎌切?」

 

「今、鉄哲の奴……拳を使った技って言ったよなぁ? それじゃあ『剣とかを使った技』もあるってことかぁ?」

 

 鎌切の奴、鋭いな。今の会話だけでそのことに気づくだなんて。

 

 俺は鎌切のカンの良さに内心で感心しながら頷いてみせた。

 

「あるよ。というか俺のアバン流は剣を使った技が本領。鉄哲や拳藤に教えたのはそれを拳で使った応用技だ」

 

「……じゃあ、その剣を使った技、体育祭が終わったら俺にも教えやがれ」

 

「そうだね。僕も興味あるかな」

 

 俺と鎌切の会話に同じくクラスメイトの庄田二連撃が入ってきた。

 

「さっきの鉄哲の岩砕掌という技はとても凄い技だった。あれを覚えることができれば僕はもっと強くなれる気がする。黒岸、教えてくれないかな?」

 

「……分かった。俺達はいつも早朝と放課後、それと休日に訓練をしているからそれに参加しなよ。その時に教える」

 

 俺は鎌切と庄田の言葉に頷いてみせた。

 

 鎌切は少し攻撃的すぎるところがあるが、それでも二人ともヒーローになるために雄英に来たのだ。きっと先生の技を正しいことに使ってくれるだろう。それならばクラスメイトが強くなるための協力を惜しむ理由はない。

 

 そう考えて俺が鎌切と庄田に返事をしたその時、鉄哲が二発目の岩砕掌で切島を気絶させ、第二試合は鉄哲の勝利で終わった。



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この時の俺は知らなかった

「そこまで怖がらなくてもいいんじゃないか?」の後書きでも書きましたが、トーナメントの組み合わせを一部変更しました。


 第二試合が終わった後の第三試合と第四試合はすぐに決着が着いた。

 

 第三試合はA組の轟焦凍と同じくA組の瀬呂範太の試合で、試合開始とほぼ同時に轟が巨大な氷の壁を作り出してミッドナイト先生ごと瀬呂を氷漬けにして試合終了。あまりにも一方的な試合内容に観客達から瀬呂に「ドンマイ」コールがされた。

 

 観客達やB組のクラスメイト達も轟の実力に驚いていたが、俺は轟が纏う雰囲気の方が気になった。あのやり場のない怒りを体の内に溜め込んでいつ爆発するか分からない感じ……なんだか昔の兄弟子を思い出すんだよな。

 

 第四試合は塩崎と飯田の試合。

 

 ミッドナイト先生が試合開始の合図をするのと同時に飯田は足が早くなる個性「エンジン」を使い、高速で塩崎との距離を詰めていく。塩崎のツルが一番効果を発揮するのが中距離だから距離を詰める飯田の狙いはいいのだが、塩崎の方も飯田の対策を立てていたみたいだった。

 

「アバン流鎖殺法地裂衝」

 

「何っ!?」

 

 高速で迫ってくる飯田に対して塩崎は、第一種目の障害物競走の時のように髪のツルを手に取り鞭にして、飯田……ではなく地面に向けて振るった。

 

 アバン流鎖殺法地裂衝。鞭を使った大地斬と言うべき技で、その威力はコンクリートで作られた試合の舞台を粉砕するのに充分な威力だった。

 

 そして地面が砕けて飯田の動きが一瞬止まると、その隙を逃さず塩崎の髪のツルが一斉に伸びて飯田を捕らえた。

 

 よし。これで鉄哲に続いて塩崎も二回戦に進出だな。あと物間、嬉しいのは分かるがA組を煽るは止めろ。

 

 次の五回戦はマキナと爆豪の試合。

 

 試合会場に現れたマキナと爆豪の姿を見て、俺は以前に緑谷とした会話を思い出す。

 

『え? かっちゃんとまきちゃんが戦ったらどっちが勝つかって? ……う〜ん? 個性や戦い方の相性以前にまきちゃんは「爆豪ハンター」とか「爆豪勝己のトラウマ製造機」とか周りに言われて、一年に一回はかっちゃんを盛大に泣かしているかっちゃんの天敵だから、かっちゃんは戦い辛いと思うよ。例えば幼稚園の全力カウンターパンチ事件から始まって小一の爆豪全裸事件、小二の全裸でドロップキック事件、小三の男子トイレでパイルドライバー事件、小四の歩道橋の上からムーンサルトプレス事件……』

 

 ……あの時の緑谷、すっごい遠い目をしてマキナが爆豪にしでかした事件を言っていたけど、実際はどんな地獄絵図だったんだ?

 

 そんな俺の疑問はこの後すぐに解消されるのだが、この時の俺は知らなかった。

 

 あの時緑谷が言っていた、マキナが爆豪の天敵だという言葉の意味を。

 

 これから行われる試合で爆豪に襲いかかる悲劇を。



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俺だったら泣く

今回の話は下ネタが中心です。ご注意ください。


「はっ! まさかこんなにも早くお前と戦うなんてな、マキ?」

 

「……」

 

 試合の舞台の上で爆豪がヒーロー候補生にあるまじき獰猛な笑みを浮かべていうが、対するマキナは無表情のままだった。

 

「テメェはガキの頃から俺に色々やってくれたが、その借りを今ここでまとめて返してやるぜ。覚悟するんだな?」

 

「……」

 

 爆豪の両手から火花のような小さな爆炎が彼の感情を表すように出ては消えていく。しかしそれでもマキナは無表情のままで、そんな目の前にいる自分を無視しているような彼女の態度に爆豪が怒鳴る。

 

「おい、マキ! 人がせっかく話しているのに無視すんなや! 何か言い返してみろよ!」

 

「……相変わらずですね、勝己は」

 

 爆豪の言葉にマキナは無表情のまま、どこか呆れたような口調で話し始める。

 

「いつも自分が一番じゃないと、注目されていないと気がすまない幼稚な性格。幼稚園の頃から全く変わっていない。勝己、貴方は成長という言葉を知らないのですか?」

 

「そんなもん知ってるわ、クソが! 誰が幼稚園児で成長してないだと? 滅茶苦茶成長してるだろうが見て分からねぇのか!?」

 

 マキナの言葉に爆豪が親指で自分を指して怒鳴り、それを見てマキナが首を傾げる。

 

「……つまり勝己は成長をしていると? そこまで言うのだったら確認してもいいですか?」

 

「はっ! 好きにしやが「では失礼して」……れ?」

 

 爆豪が腕を組んで胸を張りマキナの言葉に答えようとすると、いつの間に彼のすぐ近くまで移動していたマキナが彼のジャージのズボンを掴んでそれから……。

 

 ズボッ!

 

 と、いう音が聞こえそうな勢いでジャージのズボンを下に下ろした。……下着ごと。

 

『『……………』』

 

 時が、止まった。

 

 突然のマキナの奇行に爆豪は無言。俺を初めとする生徒達も無言。教師達も無言。観客達も無言。

 

 時が止まった会場内で唯一動いているマキナは爆豪の前でしゃがみ込み、爆豪の股間にあるアレのサイズを観察する。

 

 腕を組んだ状態で下半身を露出させて固まる爆豪と、その前でしゃがみ込むマキナ。

 

 外から見るとこれ以上ないヤバい絵面である。

 

「……ふむ。小学生の時と比べると少し大きくなっていますが、やはりあまり成長していませんね」

 

「……!? 成長ってそういう意味じゃねぇだろうが!」

 

 マキナの言葉でようやく我に返った爆豪が慌ててジャージのズボンと下着を履き直して彼女から距離を取る。

 

 うん。これは爆豪の言っていることが全面的に正しいな。……というか。

 

「爆豪の奴、強いな。あんな事されたら普通泣くぞ? というか俺だったら泣く」

 

『『………』』

 

 俺の呟きにB組のクラスメイトの男子全員がズボンを強く掴みながら青い顔で頷いてくれた。A組の男子も同様で、ただ一人緑谷だけが、

 

「まきちゃん、やっちゃったか……。何かするとは思っていたけど……」

 

 と、遠い目で空を見上げながら呟いていた。……本当にマキナは今まで何をしてきたんだ?

 

 そんな事を俺が考えていると、舞台ではマキナが何故爆豪が怒っているか本気で分からないといった様子で首を傾げていた。

 

「? 何を怒っているのですか? 私は貴方が成長したか確認してもいいと言ったから確認しただけですが?」

 

「〜〜〜!? もう許さねぇ、お前はやっぱり絶対殺す! 徹底的に叩きのめして、クソみたいな過去も全てぶっ飛ばしてやる! 泣いて謝っても手加減してやらねぇからな!」

 

 爆豪は顔を真っ赤にして憤怒の表情で怒声をあげるが、マキナはそれに全く恐れた様子を見せなかった。

 

「話が長いのですよ。私が気に入らないならさっさとかかってきたらどうです? この短小包『ストォーーープッ! 機械島巻菜! それ以上言うのはNG! これ、全国放送だから! というかその言葉は男の子限定のザラキだから言わないであげてぇ!?』」

 

 マキナの言葉を実況席のプレゼントマイク先生の叫びが打ち消す。プレゼントマイク先生、本当にありがとうございます!

 

「……………殺す!」

 

 マキナの言葉に爆豪は憤怒を通り越して鬼のような表情で言うのだが……目元をよく見れば、ちょっぴり涙目であった。

 

 

 

 ちなみにこの出来事は「全国放送で下半身露出事件」という名前で雄英高校で長く言い伝えられることになるのだが、それはまた別の話。



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準備をしていたってことか?

「それでは……始め!」

 

「死ねやぁっ!」

 

 ミッドナイト先生が試合開始の合図を出すのと同時に爆豪が弾丸のようなスピードでマキナに向かって突撃して、先程の恨みを全て叩きつけんとばかりに全力の右の大振りを放つ。

 

 爆豪の個性は「爆破」。手からニトログリセリンのような汗を出して対象を爆破する強力な個性で、爆豪の右拳から生まれた爆発がマキナを襲う。

 

 しかし爆豪の拳と爆炎は、マキナの背中からジャージを破って現れたキラーマシンの左腕によってガードされていた。

 

「はっ! そうだよな。お前だったらそうするよな、マキ?」

 

 自分の渾身の初撃を防がれても爆豪は特に慌てる様子を見せず、むしろ予定通りとばかりに獰猛な笑みを見せる。

 

「俺の爆破が効かない、そのふざけた腕で攻撃を防ぎながらキラーマシンを作って、完成したら後はキラーマシンの中に入って一方的にボコってくる。それがお前の必勝パターンだよな? ……だが!」

 

 そこまで言って爆豪は次の攻撃を仕掛けようとするが、その狙いはマキナ自身ではなく彼女の背中、キラーマシンの左腕が生えている部分であった。

 

「くたばれぇっ!」

 

 爆豪の拳がマキナの背中の辺りに当たった瞬間、爆発が起こってキラーマシンの体を構築していた金属片が散らばる。そしてそれを見た爆豪は更なる攻撃を放ちながら得意気に話し出す。

 

「分かったかよ!? キラーマシンが完成したら爆破は効かねぇかもしれねぇが、作ってる最中の部分ならぶっ壊せるんだよ!」

 

 それから爆豪はキラーマシンの左腕の攻撃を避けながら、徹底的に自分の攻撃をマキナの背中、キラーマシンの体を構築している部分に集中させる。

 

 なるほど。キラーマシンが完成してその中に入られたら爆破が通じないから、キラーマシンが完成する前に一気に叩くと言うわけか。

 

 確かに構築している最中なら爆破も通用していて、マキナ自身にも少しずつだがダメージが入っているみたいだ。更にキラーマシンの左腕しかない今の状況は、逆にキラーマシンの左腕がマキナの死角を作って、爆豪の攻撃のチャンスを与えていた。

 

「俺の勝ちだ、マキ!」

 

 攻撃を絶え間なく繰り出しながら爆豪が獰猛な笑みを浮かべる。しかしマキナはダメージを受けているにも関わらず相変わらずの無表情で口を開く。

 

「勝ち誇るのは勝ってからにしたらどうですか?」

 

「何? ……っ!?」

 

 マキナの言葉に怪訝な表情を浮かべた爆豪は何かを感じて横に飛び、その直後に彼がいた場所に巨大な片刃の曲刀が振り下ろされた。そして片刃の曲刀を振り下ろしたのは、太陽の光を反射して青色に輝く四本足のロボット、キラーマシンであった。

 

「キラーマシンだと!? いつの間に?」

 

「少し前にキラーマシンの『核』を作りました。核にはキラーマシンの体を作るだけのエネルギーと、自動で自分の体を構築するプログラムを与えていて、貴方が私を攻撃している間に完成したのですよ」

 

 突然現れた驚く爆豪にマキナが説明をする。

 

「キラーマシンの核だと!? そんなモン、いつの間に出しやがった?」

 

「勝己が最初に私の背中を攻撃した時、破壊された金属片に紛れ込ませて。ちなみに核の準備はお昼の休憩時間に」

 

「……!?」

 

 爆豪の質問にマキナが答えると彼は驚いた表情となるが、驚いたのは俺達も同じだった。マキナの奴、昼の休憩時間の時から、爆豪との試合が決まった時からこの状況に持って行くための準備をしていたってことか?

 

「マキ……テメェ、俺がお前の背中を攻撃する事を読んでいやがったのか?」

 

「はい。私は勝己、貴方の戦いの才能と勝つ為に努力をする姿勢は認めています。だから貴方だったら必ず私の個性の弱点を突いてくると確信していました。そして貴方は私の予想通りに動いてくれて……これで完成です」

 

 爆豪と会話をしている間にも、マキナの背中に生えているキラーマシンの左腕は増殖を続けていて残りの体の部分を作り出していた。そうして完成した二体目のキラーマシンはマキナを自分の中へと収納した。

 

 その後、二体のキラーマシンに前後を挟まれた爆豪は、それでも諦めることなくマキナに戦いを挑んだ。しかし爆破の個性が通じない相手、それも二体と戦うのは無謀であり、爆豪は善戦こそはしたが最後はキラーマシンの剣の一撃をくらい戦闘不能となったのだった。



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後で絶対殺す! by爆豪

[爆豪side]

 

(どう考えても状況は最悪だな。……クソッ!)

 

 雄英高校体育祭トーナメント一年の部、第五試合。

 

 試合の舞台で爆豪は、目の前と後ろを確認してから心の中で盛大に舌打ちをした。

 

 今、爆豪の前と後ろには、彼の幼馴染みでありこの試合の対戦相手でもある機械島巻菜が「自動鎧」の個性で作り出したドラゴンクエストに登場する機械モンスター、キラーマシンが一体ずついた。

 

 機械島が作り出したキラーマシンは、詳しくは知らないが地球に存在しないはずの金属で作られているらしく、純粋な物理攻撃以外はどんな個性でもほとんど効果がないらしい。しかもその上、対戦相手の巻菜はキラーマシンの一体の中に姿を隠しており、爆豪は彼女に対する攻撃手段を持たない状況に追い込まれていた。

 

(結局またマキの必勝パターンかよ。こうなる前に勝負をつけようとしたが……クソッ!)

 

 爆豪は試合が始まると同時に、巻菜がキラーマシンを作り出す前に速攻で自分の「爆破」の個性による攻撃を叩き込み、勝負をつけようとした。しかし巻菜はそんな彼の行動を読み切り逆にそれを利用して、今の二体のキラーマシンを作り出すという状況を作り、その事を改めて確認した爆豪はもう一度心の中で舌打ちをする。

 

「お、おい? 爆豪の奴、もう打つ手がないんじゃねぇか?」

 

「マジかよ? それじゃあ爆豪の奴、『俺が一位になる』とか大口叩いておきながらいいとこなしで一回戦敗退して、その上幼馴染みにズボンとパンツを脱がされた黒歴史を抱えて生きていくのかよ?」

 

(……!? あのクソアホとクソ玉、後で絶対殺す!)

 

 観客席から聞こえてきた同じA組のクラスメイトの上鳴電気と峰田実の声が聞こえてきた爆豪は思わず怒鳴りそうになったが、戦闘中にそんな隙を見せたら自分の幼馴染みは確実にその隙をついてくることを彼は知っていた。爆豪は後で必ずクラスメイト二人を処刑することを誓いながら目の前と後ろのキラーマシンに意識を集中する。

 

「おら! さっさとこいや、マキィッ!」

 

「言われなくても行きますよ」

 

 こちらが圧倒的に不利だと理解しつつも爆豪が挑発をすると、巻菜が作り出したキラーマシン二体が同時に彼に襲いかかる。一撃でも食らえばそれで意識を失うであろう二体のキラーマシンの攻撃を、爆豪は爆破の個性を使い推進力を得た高速移動で次々と避けていき、その途中で彼はあることに気づく。

 

(……ん? あのキラーマシンの動き、よく見れば……そういうことかよ!)

 

 巻菜が操るキラーマシンの動きから爆豪は僅かな勝機を見つけ、口元に笑みを浮かべる。

 

「食らい……やがれぇ!」

 

 爆豪は大声を上げると両手を勢い良く舞台に叩きつけて爆破の個性を発動させる。個性による爆発により舞台の一部が破壊されて大量の砂埃が発生し、爆発の煙と共に巻菜の視界を奪う。

 

「これは煙幕? 勝己、何処ですか?」

 

(誰が返事をするかよ、ボケがっ!)

 

 爆豪は心の中で巻菜に言うと、二体のキラーマシンの一体へと走っていく。

 

(こんな小細工は何回も使えねぇ……! チャンスはこの一回のみ! 食らえや!)

 

「……?」

 

 爆豪がキラーマシンの胴体に爆破の個性を使った打撃をいれるが、キラーマシンの胴体にはへこみどころか焦げ跡すらなく、攻撃を受けたキラーマシンは爆豪に反撃をするべく右手に持った剣を振り下ろそうとする。

 

「………かかった!」

 

 しかし爆豪はむしろキラーマシンの反撃を待っていたとばかりに獰猛な笑みを浮かべると、横へ飛んでキラーマシンを剣を避ける。そして……。

 

「……………くっ!?」

 

 キラーマシンの剣はもう一体のキラーマシンの体を切り裂き、その中に入っていた巻菜が突然の衝撃に苦痛の声を上げる。

 

「やっぱりな! マキ! お前、自分の入っていないキラーマシンには俺が近づいたらオートで攻撃をするように命令をインプットしていやがったな!」

 

 自分の作戦が成功したことに自慢気な笑みを浮かべる爆豪の言う通り、巻菜は自分の入っていないキラーマシンに彼が近づいたら自動で攻撃をする命令を与えていた。攻撃を避けているうちにその事に気づいた爆豪は、その命令を逆手に取って、無人のキラーマシンの攻撃を巻菜が乗っているキラーマシンへと誘導したのである。

 

 矛盾という言葉は、最強の矛と最硬の盾をぶつけたら双方ともに砕けたという中国の昔話から生まれたとされている。爆豪はその昔話をこの試合で再現したのだ。

 

「これでようやく爆破が通じるぜ!」

 

 同じくキラーマシンの攻撃を受けて、巻菜が乗るキラーマシンの体にはヒビや隙間が生じており、今なら内部に爆破の爆炎や衝撃を伝えることも可能。博打とも言うべき無謀な作戦を成功させて自ら掴み取った勝機を逃すまいと爆豪は自らの最大の技を放つ。

 

「成仏しろやマキィッ! ハァァウザー……インッッッパクトォ(榴弾砲着弾)

 

 跳躍中に両手から爆発を連続発生させ、その反動で錐揉み回転しながら相手に突撃し、その勢いを乗せたまま特大火力の爆発を相手に叩き込む「爆破」の個性を最大限に利用した爆豪の大技。その威力はキラーマシンを吹き飛ばすほどなのだが、キラーマシンの中に巻菜の姿はなかった。

 

「いねぇ!? ……上かっ!」

 

 無人のキラーマシンを見て爆豪が上空を見上げると、そこには彼の予想通り、キラーマシンの剣を持った巻菜の姿があった。

 

「クソが! 今ので死んどけよ! 今度こ……そ……?」

 

 爆豪は自分の大技で巻菜を仕留められなかったことに舌打ちをして、続けて攻撃を仕掛けようとしたのだが、その動きが急に止まる。空にいる巻菜はいつもの無表情ではなく、何か面白いものを見つけたという笑みを浮かべており、その笑顔は物心がついた頃からの付き合いである爆豪でも初めて見るものであった。

 

「見事な作戦と技でした、勝己。……今初めてちょっとだけ、貴方に興味が出てきましたよ」

 

 巻菜は笑顔のままそう言うと、手に持ったキラーマシンの剣を振り下ろして爆豪を地面に叩きつける。

 

(クソ、が……! ここまでやって『ちょっとだけ』って、何だよ……それ……?)

 

 巻菜が振り下ろしたキラーマシンの剣をその身に受けた爆豪は、自分でも分からない複雑な気分のまま意識を失った。



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俺の個性をコピーしろ

 マキナと爆豪の試合は、試合内容は見応えがあったがその前のやり取りが酷すぎた。実際物間なんて「A組に同情したくはないけど男としては同情せざるを得ない。A組の無様な姿を笑ってやりたいけど男としては笑えない」という、今まで見たことのない表情を浮かべていたし。

 

 ちなみにこの試合で雄英高校男子の間で「絶対に逆らってはいけない女子ランキング」にマキナの名前が堂々一位にランクインしたのだが、それはまた別の話。

 

 試合が終わった後、喉が渇いた俺は何かジュースでも買って飲もうと自販機を探して通路を歩いていたら、突然一人の男の大声が聞こえてきた。

 

「焦凍! 待て! 待つんだ焦凍!」

 

 大声を出していたのはヒーロースーツを着て顔から炎を出している大男、ヒーローランキング二位の燃焼系ヒーロー、エンデヴァー。そしてエンデヴァーが話しかけているのはA組の轟だった。

 

 轟はエンデヴァーと目を合わそうとせずに歩いて行こうとするが、それでもエンデヴァーは必死に轟に話しかけようとする。ヒーローランキング二位のトップヒーローがあんな表情をするなんて一体何事だ?

 

「大切な話なんだ! いいから話を聞くんだ、焦凍!」

 

「……うるせぇな、何だよ?」

 

 エンデヴァーの言葉に根負けした轟が立ち止まって面倒臭そうな顔を隠そうとせずにそう言うと、エンデヴァーは本題を口にする。

 

「さっきの試合で戦っていた女子生徒、機械島巻菜! 彼女とだけは関わるんじゃないぞ!」

 

 ……!? ここでもマキナ案件かよ? アイツは本当に何をしているんだ?

 

「……関わるなも何も、アイツはクラスメイトだぞ? 無理だ」

 

「クラスメイト……!? そ、それでもだ! 彼女と必要以上関わるな! 彼女は悪魔……いいや! 男を抹殺するキラーマシンなんだ!」

 

 トップヒーローの一人にここまで言わせるだなんて、マキナの奴、本当に何をしたんだ?

 

 

 

「なぁ、緑谷? お前、機械島と幼馴染みだったよな?」

 

「え? うん。そうだけど?」

 

 それから数分後。俺が客席に戻って自販機で勝ったジュースを飲んでいると、A組の観客席から轟と緑谷の話し声が聞こえてきた。

 

「じゃあ機械島とエンデヴァーの間に何か因縁のようなものがないか知らねぇか?」

 

「まきちゃんとエンデヴァーの間に因縁……ああっ! 中二の時のプロヒーローの股間へジャイアントスイング事件! そういえばあの時に来ていたヒーローがエンデヴァーだった!」

 

 ちょっと待て、何だその事件?

 

「ちょっと待て、何だその事件?」

 

 緑谷の叫びに俺の心の声と轟の声がシンクロした。いや、俺達だけでなく、今の言葉を聞いた全員の心が一つになったはずだ。

 

「それで緑谷? そのプロヒーローのって、どういうことなんだ?」

 

「うん。僕が中学二年生の時にプロヒーローが学校に訪問するイベントがあったんだ。それでやって来たプロヒーローがエンデヴァーで、よりにもよってその時にまきちゃんとかっちゃんがケンカしたんだ。それでまきちゃんはかっちゃんを高速のジャイアントスイングで投げ飛ばして、かっちゃんの頭……というか顔が向かった先が、その……丁度止めにきたエンデヴァーの股間で……って、轟くん?」

 

「………!」

 

 緑谷から聞かされたマキナが起こした惨劇に、轟は信じられないといった表情でフリーズしてしまう。

 

 というかマキナの奴、幼馴染みだけじゃなくて他のプロヒーローにもトラウマ植えつけているのかよ?

 

 

 

 そんな緑谷と轟とのやり取りの後で行われた第六試合と第七試合は、似たような内容の試合だった。

 

 第六試合で戦うのはA組の麗日お茶子と同じくA組の八百万百。

 

 麗日の個性は触れた物を無重力する「無重力」で、八百万の個性は体の脂質から生物以外なら何でも作り出す「創造」。どちらも強力な個性だが、麗日の個性が接近戦特化なのに対して八百万の個性はどの距離からも対応が可能。

 

 だから麗日と八百万の試合は、何とか距離を詰めようとする麗日とそれを妨害して距離を取ろうとする八百万の、鬼ごっこのような展開となった。

 

 個性で自分の重さを無くして軽快で素早い動きを見せる麗日。マキビシや煙幕で相手の接近を阻みつつゴム銃などで攻撃をする八百万。

 

 二人の戦いは中々決着が着かなかったのだが、試合時間終了直前で、個性を使いすぎた反動で麗日が倒れて勝者は八百万となった。

 

 第七試合は拳藤とA組の芦戸三奈との戦い。

 

 拳藤の個性は両手を巨大にする個性で芦戸は酸を分泌する個性。

 

 この試合でも片方は接近戦に特化して、もう片方は距離を取って戦える個性。だから試合が始まってからの序盤は、距離を詰めようとする拳藤を芦戸が酸を投げつけ距離を取ろうとする、第六試合によく似た展開だったのだが中盤あたりで大きく流れが変わることになる。

 

「はぁっ!」

 

「うわっ!?」

 

 拳藤が手刀にした右手を横薙ぎに振るった瞬間、突風が起こって芦戸が投げた酸を切り裂き、突然の出来事に芦戸が尻餅をつく。

 

「ようやく出来た……! アバン流牙殺法海震掌!」

 

 アバン流牙殺法海震掌は俺が教えた爪系の武器や拳を使うアバン流刀殺法の海波斬にあたる技なのだが、この短期間、しかも試合の真っ最中でものにするなんて……拳藤の奴、やるじゃないか?

 

「な、何それー? それも貴女の個性ー?」

 

「違うって。これは黒岸の特訓で身につけた技だから!」

 

 芦戸の言葉に答えながら拳藤が再び彼女に向けて走り出す。その後、芦戸は再び何度も酸を投げつけて攻撃をするのだが、拳藤の新技である海震掌に吹き飛ばされ、最後はようやく距離を詰めた拳藤が芦戸を場外へと押し出して拳藤の勝ちとなった。

 

 そして次はいよいよ俺の試合で対戦相手は物間。

 

 物間の個性は別の人間の個性を五分間コピーして自分も使えるようになる「コピー」。しかしそれには相手、つまり俺に触れないといけないし、前もって誰かの個性をコピーすることはルール上認められなかった。

 

 つまり試合が始まったばかりの物間は「無個性」と全く同じ状態で、だから俺は試合が始まると彼に……。

 

「物間、俺の個性をコピーしろ」

 

 と言って、物間に右手を差し出したのだった。



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負けてやるつもりはない

 試合が始まってすぐに右手を差し出した俺を、物間だけでなく審判役のミッドナイト先生や観客達全員が驚いた顔で見ていた。

 

「親友? 一体どういうつもりだい?」

 

「どういうつもりも何も、戦いの最中に俺の個性をコピーするつもりだったんだろ? それを今やれって言っているんだよ」

 

 正直な話、物間は俺の個性をコピーして魔法を使う以外、マトモな戦闘手段がない。だから物間は試合が始まるギリギリまでどうやって俺に触れて個性をコピーするか考えていたはずなのに、いきなり俺から個性をコピーしろと言われたら驚くだろう。

 

「……それは、僕が親友の個性をコピーしても充分勝てると思ったからかい? 随分と余裕だね? まあ、実際はその通りなんだけどさ」

 

 俺の言葉に物間は、プライドが傷ついたのか僅かにぎこちない笑みを浮かべる。確かに俺の今の言葉はそう受け止められても仕方がないが、俺は首を横に振って否定すると自分の本心を口にすることにした。

 

「違う。俺はお前が気に入っていて、その力を見てみたいと思ったから個性をコピーしろと言ったんだ。……物間。正直お前はA組のように敵と見なした相手には異常なまでに噛み付く、ちょっと心が病んでいるところがある。そしてお前の個性はお前一人だけだと無個性と同じ全くの無力だ」

 

「……! いや、それをここで言うかい?」

 

 物間が僅かに傷ついた顔で言うが、俺はそれに構わず言葉を続ける。

 

「でも、味方と見なした相手は何だかんだ言って気にかけているし、一人では無力なお前の個性は仲間が一人でもいれば一気に出来ることが広がる可能性がある」

 

『勇者ってのは一人で何でも出来る反面、一人じゃ何も出来ないものさ。そんな足りないところを支え合うのが仲間(パーティー)ってものだぜ』

 

 物間を見ているとドラゴンクエストの異世界で出会った世界最高の大魔道士と、どこにでもいる武器屋の息子から始まって最後には世界を救った勇者の一番の支えとなった弟弟子の事を思い出す。

 

「俺は自分の個性を受け入れてコンプレックスを抱きながらも進もうとしているお前を気に入っているし、その力を伸ばしていけばこの超人社会で一つの『最強』になれるんじゃないかと思っている。それを確認したいから最初から俺の個性をコピーして本気で来てほしい」

 

「………」

 

 俺が自分の本心を口に出すと、それを聞いた物間が驚いた顔となって俺を見る。

 

 いや、何か言ってくれないか? せっかく人が本音を口にしたのにそんな反応じゃ、どうしたらいいか分からないんだけど?

 

「まぁ、俺にも打算が無いわけじゃ無いぞ? 物間が俺の魔法を使ってくれたら、周りのプロヒーローにアピールし易くなるってのもあるし?」

 

「……ははっ。うん。そう言うことにしといてあげるよ」

 

 俺が物間に個性をコピーさせる一応の建前を言うと、それを物間は自分の右手を出して俺の右手を握ってきた。

 

「そう言うことなら遠慮なくコピーさせてもらうよ。だけど負ける気はないからね、『親友』?」

 

 ここでようやく俺は物間が本当の意味で「親友」と言ってくれた気がした。

 

「ああ、俺も負けてやるつもりはない」



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お前が勝てたかもしれないな

「いいっ……! 二人ともとってもいいわよ! そういう青臭いの、先生とってもとっっても好きよ! それじゃあ試合、始め!」

 

 何やら妙にテンションが高くなったミッドナイト先生の合図と同時に、俺と物間は後ろへと跳んで魔法を放った。

 

「「ギラッ!」」

 

 俺と物間が放った魔法は、タメ無しで放てる上に攻撃魔法の中でも最速のギラ。俺達が放ったギラは舞台の中央でぶつかり合う。

 

「……へえ? 腕を上げたじゃないか?」

 

 物間のギラはただ呪文を唱えただけの魔法ではなく発動のイメージがしっかりとしていて、最初の戦闘訓練で放ったベギラマとは比べ物にならない「圧力」を感じた。入学からの訓練で魔法の基礎ができてきた証拠だ。

 

「ハハッ……親友にそう言ってもらえると嬉しいね。でもこれくらいだとは思わないでくれよ?」

 

 俺の言葉に物間は僅かにぎこちない笑みを口元に浮かべながら返事をする。

 

 やせ我慢とはいえそこまで大きな口を叩けるだなんて大したものだ。……でも、まだまだ甘い!

 

「……ヒャド」

 

「えっ!?」

 

 俺はギラに集中しすぎて足元がおろそかになった物間にヒャドを放ち、彼の足元を凍りつかせた。それにより動揺した物間に俺はすかさず次の攻撃魔法を放つ。

 

「イオ!」

 

「……!?」

 

 魔法の砲撃は足元が凍って身動きがとれなくなった物間に直撃し、彼の姿は爆炎に飲み込まれてしまう。これで終わったかって……ん?

 

 最初はギラで力比べ。次はヒャドで足止め。イオで追撃。

 

 ………あれ? 何だかスッゴいデジャブ。

 

 今の戦いの流れに違和感を感じて空を見上げると、そこには空を浮かぶ物間の姿があった。

 

「トベルーラ? いつの間に?」

 

「ふふん。驚いたかい、親友? イメージの基礎と魔法力の放出を覚えれば僕だってこれぐらいはできるさ。何より空を飛ぶなんて全てのヒーローの理想だからね。そりゃあ覚えるさ」

 

 自慢気な笑みを浮かべて答える物間に、俺もトベルーラで飛んで頭突きをお見舞いしてやろうかと思ったが、それより先に彼は次の魔法の呪文を唱えた。

 

「レムオル!」

 

 空中に浮かぶ物間が消えて観客席から驚きの声が上がる。物間の奴、死角から攻撃魔法を仕掛けてくるつもりか?

 

「させるか、バギマ!」

 

「うわぁっ!?」

 

 空に向けて風力を最大にしたバギマを放つと、透明化が解けた物間が舞台に墜落するが、物間は受け身をとるとすぐにこちらへ魔法を放つ。

 

「くっ! イオラ!」

 

 物間の手から放たれた数個の魔法の砲撃。しかしその狙いは俺ではなく、魔法の砲撃は俺の手前で地面に激突して盛大な爆煙を起こした。

 

「煙幕? 物間は一体何処に?」

 

「ピオリム……ここだよ!」

 

「っ!?」

 

 突然の煙幕で俺が一瞬物間の姿を見失うと、物間は魔法で自分の速度を上昇させてこちらへ殴りかかってきた。俺は物間の拳を両腕を組んで防御するが、物間は自分の奇襲が防がれても気にすることなく笑みを浮かべていた。

 

「これでコピーの時間、五分延長だね」

 

 っ!? 最初から俺にダメージを与えるのじゃなくて、触れること自体が目的だったのか? となると物間の狙いは……。

 

「お前、長期戦狙いか?」

 

「その通り! 親友は魔法力を温存する必要があるけど僕はそれがない! 魔法を使った勝負でこの差は大きいよ?」

 

 物間は俺の言葉に頷いて自分の考えを口にすると、再び後ろへと跳んで魔法を発動させる。

 

「レムオル! マヌーサ!」

 

 物間の姿が消えた瞬間、数人の物間の幻影が現れる。今度は騎馬戦で使ったレムオルとマヌーサのコンボか。物間の奴、本当に魔法力のペース配分を無視しているな。

 

 この試合はトーナメントのまだ序盤、一回戦だ。俺がこれから先も勝ち抜くのなら物間の言った通り、魔法力を最低でもベホマが一、二回は使える程度は残しておきたい。

 

 それに対して物間は、魔法を使えるのがこの試合だけだから、魔法力が枯渇する寸前まで魔法を使うことができる。

 

 魔法戦闘でこの差はとても大きく、そこに目をつけた物間の着眼点は中々のものだと思う。……だけど物間?

 

 一体いつからこの試合は魔法のみを競う試合になったんだ?

 

「………」

 

「イオラ!」

 

 俺が目を閉じて精神を集中すると、それを隙だと思った物間が魔法を放ってきた。

 

 透明になった物間は自分が作り出した幻影と幻影の間をすり抜けるように走りながら魔法を放つのが「分かる」。俺は物間の魔法の砲撃を最小限の動きで避けると、透明になった物間がいる方に向けて右の掌底を放つ。

 

「穿空掌!」

 

「っ!? がはっ!」

 

 俺が右の掌底を放つと物間は勢いよく場外に吹き飛ばされた。

 

 アバン流牙殺法穿空掌。

 

 拳を使ったアバン流刀殺法の空裂斬に当たる技で、目に見えない相手の生命エネルギーを感じ取り、そこへ闘気を放つ技。

 

「物間君、場外! 勝者、黒岸君!」

 

 ミッドナイト先生の言葉を聞きながら物間の方を見ると物間は場外で気絶していた。

 

「物間、お前は強くなったよ。魔法だけの勝負だったら、お前が勝てたかもしれないな」

 

 これは俺の本心だ。だけどこの試合は魔法だけを使った試合ではなく、物間の敗因は俺の魔法にしか警戒していなかったことだろう。

 

 更に言えば俺がドラゴンクエストの異世界で先生から学んだアバン流刀殺法は、魔王を倒して世界を救うために剣術以外にも体術、魔術、呪術等の様々な分野を研究してその極意を取り入れた、先生が言うところにベリーベリーストロングな剣術だ。透明になって囮の幻影を出した程度で破られるようなものではない。



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惜しかったな

 物間は勝った俺が言うのも何だけど善戦したと思う。そう思ったのは俺だけじゃなく観客達も同様だったようで、気絶して運ばれていく物間に向かって観客達が拍手を送ってくれた。

 

「あの物間って少年の個性、中々面白いな」

 

「ああ、対戦相手の子が最初からコピーさせてくれたこともあるが、同じ個性を使った戦いは見応えがあった」

 

「強力な個性を持つヴィランを相手にしても、個性のコピーさえできれば戦力になるな」

 

 観客席からプロヒーロー達の物間に対する評価が聞こえてくる。

 

 確かに物間は相手に触れることができれば、その相手の個性が強力であれば強力であるほど強くなれる。その為の問題点がどうやって相手の攻撃を避けて相手に触れるかなんだが……いい機会だから今度、物間にもアバン流刀殺法と牙殺法を教えてみるか?

 

 そして第一回戦の試合はこれで全て終わり、第二回戦最初の試合は緑谷と鉄哲の試合だった。

 

 緑谷と鉄哲は一緒に訓練をしているうちにお互いを認め合ういい友人同士となっているが、友人同士だからこそ最初から手加減無しの戦いを繰り広げた。

 

 緑谷はフルカウル状態となって高速移動で翻弄しながら攻撃をするという戦法をとり、対する鉄哲は全身を鋼鉄にして防御を固めカウンターを狙う戦法。フルカウル状態の緑谷のスピードとパワーは凄まじいが、それを鉄哲は鋼の防御力と気合いで防ぎ、いよいよ反撃をしようとしたその時……。

 

「岩砕掌!」

 

「………!?」

 

 土壇場で緑谷が岩砕掌を放ち、ここにきて予想外の一撃を受けた鉄哲は場外に飛ばされて気絶する。

 

 鉄哲が負けたのは残念だったけど、緑谷が岩砕掌を覚えたか……。これは緑谷の奴、一気に成長するかもな。

 

 岩砕掌や大地斬といったアバン流の「大地」の技は、動きの無駄を無くすことで相手に自分の攻撃力の全てを与えて破壊する力の技。それを緑谷が覚えたなら入学試験やUSJの時のように、個性の超パワーの反動で自分の体を壊す危険も下がるだろうし、個性の5%だけを使って身体能力を上げるフルカウルの出力も上がるはずだ。

 

 緑谷の成長が楽しみになってきて、先生が勇者の家庭教師として世界中を旅していた気持ちが少しだけ分かった気がした。

 

 次の試合は轟と塩崎の試合。

 

 轟は瀬呂との試合で見せた大規模な氷結攻撃を放ち、塩崎は髪のツルを使った地裂衝と海斬衝で轟の氷や冷気を切り裂き反撃をしようとする。

 

 しかし試合が進んでいくと冷気で塩崎のツルが凍りついて、更には彼女自身の動きも鈍くなった。そしてその隙をついた轟が塩崎に接近すると彼女の体を凍らせて試合は終了した。

 

 塩崎は惜しかったな。正直な話、塩崎の技量は轟に決して負けてないと思うが、個性の相性が悪すぎた。

 

 個性の相性次第では個人の力量の差もひっくり返すことができる。俺はそのことをこの試合と次の試合でよく知ることになった。



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むしろここからが本番だ

 第二回戦の第三試合はマキナと八百万の試合で、マキナが姿を表すと男子生徒のほとんどが彼女と目を合わすまいと視線をそらす。

 

 マキナの奴、爆豪との試合ですでに男子生徒達から天敵扱いされてないか?

 

 マキナと八百万は、二人とも個性で作り出したものを使って戦うタイプだ。違う点があるとすればマキナがキラーマシンのみしか作れないのに対して、八百万はどんな物でも作れるという点で、八百万が何を作るかで勝負の内容は大きく変わるだろう。

 

 ドラゴンクエストの異世界でマキナと何度と戦ってその力を知っていた俺は、試合が始まる前まで八百万には悪いと思うが、マキナが特に苦戦することなく勝利すると思っていた。しかしその予想は試合が始まってすぐに裏切られることとなった。

 

「いきますわよ、機械島さん!」

 

「………!?」

 

 試合が始まるとすぐにマキナはキラーマシンを、八百万は銃らしきものを作り出す。そして八百万が銃でマキナが中に入っているキラーマシンを攻撃すると、キラーマシンが痙攣をして明らかにダメージを受けている様子を見せた。

 

 マキナがあそこまでダメージを受けているってことは……電撃による攻撃か?

 

「電圧と電流を強化した特別製のテイザー銃ですわ!」

 

 俺の疑問に答えてくれたかのように八百万が作り出した銃について説明してくれた。

 

 テイザー銃って確か、導線付きの電極を飛ばして離れた相手を痺れさせる銃の形をしたスタンガンだったっけ? やっぱりあの攻撃は電撃……よくマキナの弱点に気付いたな。

 

 ドラゴンクエストの異世界で戦ったキラーマシンだった頃のマキナは、ゲームのキラーマシンと同様に直接攻撃以外の熱や冷気、魔法による攻撃が通じなかった。しかし一つだけ例外があり、それが電気による攻撃だ。

 

 どうやらキラーマシンの機体に使われている金属は銅以上に電導率が高いらしく、ドラゴンクエストの異世界でその事に気づいた俺は、何度も戦いを挑んでくるマキナ対策として、先生と共に魔王と戦った大魔道士の協力を得て一つの魔法を修得した。その魔法とは空から雷を降らせる、本来勇者にしか使えないとされている攻撃魔法ライデイン。

 

 ライデインはマキナとの戦いで最後まで通用していたが、その弱点は生まれ変わった今でも有効のようだ。

 

「そうか……! まきちゃんが作り出すキラーマシンは金属の塊。金属である以上は電気が通じる可能性は充分にある。こんな単純なことに今まで気づかなかったなんて……!」

 

「(デクと同じ意見なのはムカつくが、言われてみればそうだ。マキのキラーマシンにこんな分かりやすい弱点がありやがったのか)」

 

 聞き覚えのある声が聞こえてきたのでA組の観客席の方を見ると、緑谷がノートを書きながら、そして爆豪が悔しそうに歯ぎしりをしながらマキナと八百万の試合を見ていた。するとそこにどこか軽そうな感じのする金髪の男子生徒が口を開いた。

 

「機械島って、電気が苦手ってマジかよ? だったら俺でも機械島にもしかしたら勝て「ああっ!? 寝言は死んでからぬかせや、クソアホ!」何キレてんだよ、爆豪!?」

 

 金髪の男子生徒の言葉を爆豪の怒声が遮る。

 

 俺も爆豪の意見に賛成だ。確かにマキナは電撃が弱点だが、それだけで勝負がつくなら俺はドラゴンクエストの異世界で彼女に手を焼かされることはなかった。

 

 ……むしろここからが本番だ。

 

「ふ、ふふふ……! あっははははははははははははっ!」

 

 突然試合会場から狂ったような笑い声が聞こえてきた。笑い声の発生源はキラーマシンの中で、戦っている八百万だけでなく観客達もがキラーマシンから聞こえてくるマキナの笑い声に驚きを隠せないでいた。

 

「え? え? これ、まきちゃんの声……?」

 

「マキの奴が笑った、だと……!?」

 

 マキナの幼馴染みである緑谷と爆豪は、どうやらマキナの笑い声を聞くのが初めてだったらしく、信じられないといった表情をしていた。だが俺はこのマキナの笑い声を何度も聞いたことがあった。

 

 始まったか……。マキナの奴、やっぱり前世と同じなのは弱点だけじゃなく「アレ」もかよ。

 

 俺がうんざりしているとキラーマシンからマキナに声が聞こえてきた。

 

「ダメージを負う感覚、痛み……! それも弱点である電撃による痛み! 戦いで痛みを負うの久しぶりです! ええ、いい! いいですよ、八百万さん! やっぱり戦いとはお互いが痛みを感じてからが本番ですよね!」

 

「ええ……!?」

 

 普段の姿からは想像できないハイテンションで話すマキナに八百万は戸惑っているようだったが、その気持ちはよく理解できる。

 

 ドラゴンクエストの異世界で初めて会った時のマキナは何の感情も持たない機械だったが、何度も俺と戦っているうちに闘争心が目覚め、気がつけばより激しい戦いを追い求める戦闘狂のような性格になっていたのだ。そしてその性格がさっきの八百万の電撃によって火がついてしまったわけだ。

 

 今のマキナは、ドラゴンクエストでも屈指の凶暴性を持つバーサーカーがストレスの溜まった小型室内犬に見えるほどの、スーパーデンジャラスバーサーカーだ。



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貴女で四人目です byマキナ

[マキナside]

 

 自らが作り出したキラーマシンの内部でマキナは、八百万のテイザー銃による電撃を受けながら楽しそうに笑っていた。

 

 これが絶縁処理が施された戦闘服(コスチューム)ならあの程度のテイザー銃でダメージを受けることはなかったが、あいにくと体育祭では公平を保つために戦闘服の着用が認められず、こうして電撃の痛みを感じることとなった。しかしマキナはこの状況をむしろ楽しんでいた。

 

(不利な状況での戦い……まるで『あの人達』みたいじゃないですか)

 

 マキナは心の中で呟くと過去の、前世での記憶を思い出す。

 

 前世のマキナは、ドラゴンクエストの異世界で世界征服を企む魔王軍によって作られた意思を持つキラーマシンであった。そしてそこで彼女は魔王軍に挑む勇者の一行と何度となく戦った。

 

 マキナは最初、勇者の一行の行動が全く理解できなかった。何故この人間達は、自分達より圧倒的に実力も戦力も上の相手に勝算が無い戦いを挑むのだろうと。

 

 しかし勇者の一行はマキナの予想を反して何度も自分を含めた魔王軍の猛攻を跳ね除け、戦いの最中で更なる力を身につけて、最後には魔王軍の頂点に立つ大魔王を打ち倒した。そんな勇者の一行の戦いぶりを、何度倒されても復活して戦いを挑むことで間近で見ていたマキナは、次第にこう思うようになった。

 

 凄い、と。

 

 そして羨ましい、と。

 

 最初は意思はあるものの感情がなかったマキナだが、何度も倒されては復活して勇者の一行と戦っているうちに、より激しい戦いへの渇望と強者への敬意を持つようになった。

 

 最後の戦いで勇者の一行の一人で、初めて戦った魔法戦士との最後の戦いで敗れ、その後にこの世界で一人の人間として生まれ変わった幸運に感謝した。命を拾ったことではなく、勇者の一行のように一から強くなっていける存在に生まれ変わったことに。

 

 だからマキナは幼少の頃から自分を鍛え続けた。かつて自分を倒した魔法戦士や、それの仲間である勇者の一行にも勝てるように。

 

 だがそんな常軌を逸したトレーニングを見てマキナの周りにいる同年代の子供達は彼女達を怖がり離れていった。自分から離れない幼馴染みも二人いたが、その二人もマキナが望む激しい戦いを繰り広げる好敵手にはなり得なかった。

 

 しかし今、マキナはこの世界に生まれ変わって初めて「苦戦」と言うべき状況に遭遇した。八百万の実力は前世で戦った相手と比べると遥かに劣るが、それでもこうして電撃という弱点を的確に突いた相手はこの世界では初めてで、それが彼女の闘争心に火を点けた。

 

「さあ、続けましょう戦いを! お互いの限界を超えた激しい戦いを!」

 

「……! 言われなくても!」

 

 マキナの言葉に返事をした八百万はテイザー銃を操作して更なる電撃を与えようとするのだが、それより先にマキナが先の電撃によるダメージを感じさせない動きを見せる。

 

「甘い!」

 

「………っ!?」

 

 マキナが乗るキラーマシンは右手に持つ剣を振るいテイザー銃の導線を切り裂くと八百万へと向かって走り出す。

 

「さあ、次は何を出しますか? また新しいテイザー銃を作り出しますか?」

 

「その前に……!」

 

 迫りくるキラーマシンを前に八百万が小さな筒状のものを創造すると放り投げると、筒状のものから大量の煙が出て彼女の姿を覆い隠した。

 

(煙幕? さっきその前にと言っていたのはこれの事? では今のうちに新しいテイザー銃を作って……?)

 

(機械島さんの動きが止まりました。今のうちに……!)

 

 煙幕の中で八百万はその場で立ち止まり、自分を探すキラーマシンを見て新しい武器を創造しようとする。しかし新しく作る武器はテイザー銃ではなく、それよりはるかに大きな大砲。

 

(テイザー銃ではダメージを与えられても致命傷にはならない! でしたら高火力の大砲の一撃で一気に場外へ押し出す!)

 

 八百万の個性は大きな物を創造するのに若干の時間を要する。その為に彼女は煙幕を作り、自分が再びテイザー銃を作ると勘違いさせて大砲を作る時間を稼いだのだった。

 

(狙いは完璧! 機械島さんはまだ気づいていないはず! 今ですわ!)

 

 八百万は完成した大砲の狙いをキラーマシンの背中に向けると砲弾を発射する。しかしそれと同時にマキナが乗るキラーマシンが背後を振り返り左腕のクロスボウから矢を発射した。

 

 キラーマシンが放った矢は、八百万の砲弾を打ち砕くとそのまま彼女の隣にある大砲も破壊して、その衝撃によって八百万の体が吹き飛ばされる。

 

「きゃああっ!?」

 

「やはりその手できましたか。テイザー銃で戦闘不能にさせるのが困難だと分かれば、貴女なら場外を狙ってくると思っていました」

 

 八百万はキラーマシンのクロスボウによって大砲を破壊された衝撃で気絶しており、マキナは気を失っている彼女に語りかける。

 

「もう勝負がついてしまったのは残念ですが、貴女にも興味がわいてきました。私が興味を持ったのはケントと出久、あとついでに勝己に続いて貴女で四人目です」

 

 マキナが八百万に向けて口にしたのは、マキナの中で最大級の賛辞であった。

 

 あとちなみに台詞の途中で観客席から「ついでって何だ! ついでって!」という幼馴染みの声が聞こえた気がしたが、マキナはそれを華麗に聞き流した。



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先生は本当に色々と規格外だと思う

 マキナと八百万の試合が終わり、次は俺と拳藤の試合だ。

 

 俺からアバン流牙殺法を習っている拳藤は、俺の実力を完全ではないがある程度知っている為、最初から完全な戦闘態勢でこちらを見てきている。

 

「黒岸。アンタの力は知っているけど、私だって負ける気はないからね。全力で行くよ!」

 

「ああ、分かっている」

 

 拳藤の言葉に頷き俺も拳を握りアバン流牙殺法の構えをとる。

 

 拳藤は俺の弟子になるが、だからといって油断するつもりはない。それにこれは言っていないが、この試合は彼女にとっての「試験」でもある。

 

 そう、拳藤にアバン流の「大地」の技と「海」の技に続く第三の必殺技、「空」の技を教えるかどうかの試験。

 

 現在俺がアバン流を教えているのは拳藤と鉄哲、塩崎の三人だが、この三人には「空」の技の存在すら教えていない。教えていない最初の理由は、アバン流の全てを教えていいか見極めがついていなかったからだが、今は違う理由でそう簡単に教えられずにいた。

 

 これは俺の考えで確証はないのだが、恐らくアバン流の「空」の技は「個性そのもの」を攻撃し得る技なんだと思う。

 

 俺がそう思うようになった切っ掛けはUSJにヴィランの集団が襲撃してきた時、黒い霧のヴィランが放った黒い霧を空裂斬で霧散させたことだ。あの時はとっさの行動だったが、後にそれを不思議に思い「空」の技を使う際の、心の眼で相手の気配を探る状態で周りを観察してみると、何となくだが相手の気配に重なって「個性そのもの」も感じられるのが分かったのだ。

 

 更に先日、相澤の個性の詳しい内容について質問してみたら「人体以外のプラスアルファを個性因子として、その個性因子を一時的に停止させる個性」という説明を受け、俺は個性因子には「核」のようなものがあって「空」の技ならその核に攻撃できる可能性があるのではと考えた。

 

 個性そのものを攻撃してもし破壊する事が可能だったりしたら、それは世界総人口の八割が何らかの個性を持つこの超人社会に、俺が使う魔法以上に大きな影響が出るだろう。元々アバン流の「空」の技は正義の闘気を放つ技なので、邪な考えを持つ人間には使えないのだが、それでも教える人間は選ばないといけないと思う。

 

 だからこその試験だ。まだ付き合いは短いが、それでも拳藤達が「空」の技を私的に使う人間ではないのは分かった。後は「空」の技の存在を知って、力ずくでも聞き出そうとしてくる敵から身を守れる力があるかどうか。

 

 俺だってどんな敵にも負けないなんてとても言えないが、それでも拳藤が「空」の技を知るに相応しい実力を持っているかどうか、この試合で確かめてみようと思う。

 

 ……だけどそれはともかく、アバン流刀殺法を編み出した先生は本当に色々と規格外だと思う。代々学者の家系だと言っていたけど、剣以外の武器にも応用可能な魔王すら倒す武術や様々なマジックアイテムを発明するだなんて、凄いとしか言いようがない。

 

 大魔王も、世界征服の第一歩として先生の抹殺を企むのも納得である。



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泣くぞ

「それでは……初め!」

 

「先手必勝!」

 

 ミッドナイト先生の合図と同時に拳藤がこちらに向かって駆け出し、右手を手刀の形にして振り上げる。あの構えは間違いなく……。

 

「岩砕掌!」

 

 拳藤が繰り出したのは予想通りアバン流牙殺法岩砕掌。それも手刀を振り下ろす途中で個性で巨大化させてリーチを変化させている。これは知らない相手だったら避けるのは難しいだろうな。

 

「だけど……甘い! 海震掌!」

 

「くっ!?」

 

 俺は拳藤の岩砕掌を横に飛んで避けると、お返しとばかりに海震掌を放ち彼女の体を吹き飛ばす。しかしこの程度で拳藤が参るはずがなく、彼女はすぐに立ち上がるとこちらを睨みつけてくる。

 

「まだまだぁ!」

 

「ああ、そうだろうな!」

 

 再び向かってくる拳藤に俺も駆け出しぶつかり合う。お互いに拳や蹴りを放ち、攻撃を防いでは反撃をする。

 

 そして十回以上お互いの攻撃を防いだところで俺と拳藤は同時に後ろに跳んで距離を取り、そこで拳藤が拳を構えたまま話しかけてきた。

 

「ねぇ、黒岸? あんた、何で使わないの?」

 

「使わない? 何をだ?」

 

「魔法と、物間との試合で使ったあの技よ」

 

 そういえば俺ってば物間との試合で穿空掌……アバン流牙殺法の「空」の技を使っていたな。参ったな。心の眼で物間の位置を探ってから海震掌を使っておけばよかったな、俺の馬鹿。

 

「魔法はこれから先のことも考えて温存しておきたいんだよ。拳藤も気づいているんだろ? 俺の魔法力がもう全体の半分を切っていること」

 

 俺は第一種目の障害物競走と第二種目の騎馬戦で俺は大きく魔法力を消費した。少しだけ仮眠をとって僅かに魔法力が回復したが、物間との戦いでそれ以上に消費してしまった。

 

「確かに……。もし魔法が使えていたら今頃えげつない手で負けていただろうし」

 

「ちょっと待て。お前は俺のことを何だと思っている?」

 

 拳藤の言葉に俺が思わず聞くと彼女は僅かに首を傾げて口を開く。

 

「ん〜? 何でもありで怒ったら何をしでかすか分からないチートキャラ?」

 

「泣くぞ」

 

 拳藤のあんまりな言葉に思わず本当に泣きそうになった。……って、よく見たら観客席にいるB組のクラスメイト達や緑達が頷いているのが見えるんだけど?

 

 クソッ! お前らがそんな目で見るのだったらお望み通りに魔法を利用したえげつない手を使ってやろうか? レムオルで透明になっての奇襲から、アストロンで動けなくして場外に押し出すとか、色々アイディアはあるんだぞ。

 

 いや、駄目だ。これは拳藤に「空」の技を教えるかどうかを見る試験だって自分で決めたじゃないか。この試合は今のまま拳だけで戦うべきだ。

 

「……魔法は使わない。それと物間に使った技は姿が見えない相手に使う技だからこれも使わない」

 

 嘘は言っていない。先生も「空」の技の説明で見えない相手を攻撃する技と言っていたからな。

 

「そう。それだったら仕方がないね。……じゃあ、そろそろ行くよ!」

 

 俺の言葉に一応納得してくれたのか再び攻撃を仕掛けてきた。

 

「海震掌!」

 

 拳藤が次に繰り出したのはアバン流で最速の「海」の技。スピードで確実に当てようとする狙いはいいが……。

 

「覚えたての技なんかに!」

 

 俺は拳藤が技を繰り出す直前に彼女の懐に入り込み、拳藤の攻撃を逸らすと同時に彼女のガラ空きになった胴体に拳を放った。

 

「………!?」

 

 俺の拳は綺麗に決まり、拳藤は舞台に倒れてすぐに立ち上がろうとするが、その足は震えてダメージを受けているのが見て分かった。

 

「やっぱり強い……! でも、まだ……!」

 

 拳藤はふらつきながらも戦意を失っていないようで、個性で両手を巨大化させるとこちらへ向かってきた。さっきの攻撃の手応えからみて恐らくあれが彼女の最後の攻撃だろう。一体どんな攻撃をするつもりだ。

 

「これ、でぇ!」

 

 気合いの声と共に拳藤が放ったのは先程と同じ海震掌で、それを見た俺は少しだけがっかりした。あのダメージでまだ「海」の技を出せるのは凄いが、それだけだと……いや、違う!?

 

「当たれぇ!」

 

 拳藤の右手による海震掌を避けた俺に、彼女は空いていた左手を手刀にして振り下ろそうとしていた。あの左手……まさか岩砕掌か?

 

 海震掌の衝撃波で相手の体勢を崩して、岩砕掌の破壊力を確実に与える二段構えの攻撃。それって……。

 

「驚いた。俺のと同じだ」

 

「……え?」

 

 俺の呟きに拳藤は虚を突かれた表情となり、その一瞬の隙を突いて俺は、ドラゴンクエストの異世界で編み出した自分だけのオリジナルの技を繰り出した。

 

「斬竜双撃!」

 

「……………!?」

 

 俺のオリジナル技は拳藤の岩砕掌より先に彼女に決まり、拳藤は今度こそ気を失い、俺の勝利が決まったのだった。

 

 

 

 

 そしてこの時の俺は気づいていなかった。

 

「…………………………」

 

 拳藤が気絶して俺の勝利が決まった瞬間、観客席にいたマキナがこれ以上なく美しく、それでいて恐ろしい笑顔を浮かべていたことに。



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彼女が緑谷を認めている理由を理解した

 緑谷と轟の試合。本当だったら観客席で直接見て緑谷の応援をしたかったのだが、この試合が終わればすぐに俺の試合となるので、選手控え室にあるテレビで緑谷達の試合を観戦することにした。

 

 ……何故か次の試合の対戦相手であるマキナと一緒に。

 

「あの、マキナさん? 何でここにいるの? ここ、俺の控え室だったはずだけど?」

 

「私の控え室よりここの方が観客席から近かったですから」

 

 俺の質問にテレビを見たまま返事をするマキナ。コイツって今更だけどこれ以上なくマイペースだよな。

 

「それとも私がここにいると何か不都合でも?」

 

「いや、そんなことはないけど……始まったか」

 

 マキナと話しているうちに試合が始まり、テレビの中の緑谷と轟が動きを見せた。

 

 最初に動いたのは轟で、瀬呂との戦いでも見せたあの巨大な氷を作り出して緑谷を凍らせようとする。しかし緑谷は轟の冷気をフルカウルの高速移動で避けて、どうしても避けられない氷は岩砕掌で砕き、轟に接近していく。

 

『……!』

 

 轟は緑谷の攻撃を紙一重で避けると全方位無差別に大量の氷を作り出して緑谷を引き剥がす。

 

 それからは緑谷が轟の氷を避けて接近戦を仕掛け、轟も緑谷の攻撃を避けて氷の全方位攻撃で距離を取るというやり取りが何回か繰り返されたが、俺はこのやり取りにどこか違和感を感じた。

 

「緑谷……もしかして手加減しているのか?」

 

 今までのやり取りの中には緑谷が轟に確実に大ダメージを与えられる場面がいくつかあったが、何故かそういう場面に限って緑谷は攻撃をしていなかった。その理由が分からず俺が首を傾げていると、横にいるマキナが口を開いた。

 

「もしかして轟さんは何か悩みのようなものを抱えていて、出久はそれを知っているのでは?」

 

「轟が悩み? それが何で緑谷が手加減する理由になるんだ?」

 

「あの異世界で貴方達、勇者のパーティーもたまにしていたでしょう? 相手が悩みを抱えているとわざと決着をつけずに、戦いの最中なのに相手が悩みを解決するまで待つことが」

 

 俺の言葉にマキナは初めてこちらを見てドラゴンクエストの異世界での戦いを言う。

 

 確かに言われてみればそんなこともあったような気がするな。

 

「よく覚えているな。というかマキナも緑谷のことを『勇者』だと思っているんだな。……何でお前はそう思うようになったんだ?」

 

 俺が緑谷を「勇者」と思うようになった切っ掛けはUSJで自分も怖いはずなのに命懸けで俺を助けようとした勇気を見たことだが、マキナはそれより前から緑谷を認めていたような感じがする。同じ幼馴染みで、実力だけなら緑谷よりもずっと上の爆豪があんなに低評価なのに。

 

「……ケントも知っていますが、出久は雄英高校の入学試験まで個性が発現せず、ずっと『無個性』という扱いでした」

 

 マキナはテレビに視線を戻して緑谷と轟の試合を観戦しながら緑谷の過去を話し始めた。

 

「出久は子供の頃からオールマイトのような強いヒーローになりたいと言っていましたが、無個性の人間がヒーローになるのは非常に困難で、周囲の人間は無個性なのにヒーローになりたいという出久を笑って否定しました。勝己を初めとする同年代の友人達とその親、学校の教師、そして実の母親でさえも。出久の母親の引子さんは笑いはしませんでしたが『無個性に産んですまない』と泣きながらに謝罪をして、遠回しに出久の願いを否定していたことに変わりはありません」

 

「それは……」

 

 マキナの口から聞かされる緑谷の過去に、俺は何を言えばいいか分からなかった。

 

 夢を叶える為の道のりは他人よりも遥かに険しく、夢を叶える為の努力をしようにも理解者はいないどころか、笑うか諦めろと諭してくる者しかいない状況。

 

 俺がもし緑谷と同じ状況だったら諦めずにいられたのだろうか? 俺の場合はドラゴンクエストの異世界での先生の教えがあったお陰で、一から訓練をやり直すことに躊躇いはなかった。だが正直途中で訓練が辛くなったことも何度かあり、その度に当時近所に住んでいた紳士を自称するおじさんに励まされたのを嬉しく思った。

 

「同じだと思いませんか?」

 

 俺が子供の頃、訓練の休憩中に紅茶の差し入れをしてくれた紳士を自称するおじさんのことを思い出していると、マキナが声をかけてきた。

 

「え? 同じって何が?」

 

「出久と貴方達勇者パーティーです。あの異世界では最初、多くの人々が魔王軍に刃向かうのは絶望的だと感じていたはずです。ですが勇者パーティーは周りの絶望など関係ないとばかりに戦いを続けました。その姿は周りから否定されながらもヒーローになるという夢を諦めない出久に似ていると思いませんか?」

 

「ああ……なるほどな」

 

 マキナの言葉を聞いて俺はようやく彼女が緑谷を認めている理由を理解した。

 

「……でも、だったらマキナが緑谷を鍛えてやればよかったんじゃないのか? 子供の頃から鍛えていたらもっと早く個性が目覚めていたかもしれないぞ?」

 

 緑谷が今まで個性を使えなかったのは、緑谷の体が個性の力に耐えきれるようになるまで脳がリミッターをかけていたというのが俺の予想だ。そしてマキナも俺と同じく子供の頃から訓練をしていたと聞いている。だからもし緑谷がマキナと一緒に訓練をしていたら個性が目覚めていたかもしれないと思う。

 

「……もちろん子供の頃に何回か出久を訓練に誘いました。でも訓練をすると出久は次の日、必ず酷い筋肉痛になって、いつの間にか私の訓練を避けるようになったのです」

 

 俺の疑問にマキナは相変わらずの無表情だが、どこか不機嫌そうな口調で答える。

 

 ……うん。マキナってば戦士としては一流だけど教える才能は全く無さそうだもんな。



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俺達もそろそろ行くぞ

 緑谷と轟の試合は最初のうちは互角であったが、戦いが進むにつれて緑谷の方が優勢になっていった。理由は分からないが轟の動きが徐々に悪くなっていき緑谷の動きについていけなくなっていったのだ。

 

 しかし轟の動きが悪くなった今が絶好の攻撃のチャンスなのに、そこで緑谷は攻撃をやめて俺達には聞こえないが轟に何か話しかける。その時の緑谷の表情は轟の心配をしつつもどこか怒っているようだった。

 

 これは、どうやらマキナが言っていた轟が何か悩みを抱えていて緑谷がそれをなんとかしたいという考えは当たっていたようだな。

 

 轟の方もやはり俺達には聞こえないが緑谷の言葉に返事をして、会話をしている緑谷と轟の表情は少しずつ感情を激しくしていき、やがて緑谷が何かを大声で叫んだ次の瞬間、試合に変化が訪れた。

 

「轟から炎……?」

 

 なんとテレビの中にいる轟の左半身から炎が吹き出し、今まで氷で冷やされていた試合の舞台に強い風が吹き荒れたのだ。

 

「マキナ。轟の個性は何なんだ? アイツは氷系の個性じゃなかったのか?」

 

「それは半分だけ正解です。轟さんの個性は『半冷半燃』。体の右半身からは冷気を、そして左半身からは炎を出す個性です」

 

「……それ、どこの氷炎将軍?」

 

 マキナの言葉を聞いて俺がドラゴンクエストの異世界で戦った魔王軍の六大軍団長の一人を思い出して呟くと、彼女は目を見開いてこちらを見てきた。

 

「それです……! 今まで轟さんを見てきて何かが喉まで出かかっていたのですが、そうです。轟さんの個性はあの方と全く同じでした」

 

 ああ、やっぱりマキナもそう思っていたのか。

 

 ちなみにだが、この時の俺との会話が切っ掛けでマキナの中で轟のあだ名が決まり、更にはそれを聞いた彼が彼女がつけたあだ名を自らのヒーロー名に採用することになるにだが、それはまた別の話。

 

 そしてそんな話をしている間に、轟は冷気と炎の急激な温度差によって暴風を起こし緑谷を場外に吹き飛ばそうとする。しかしその瞬間、緑谷は……。

 

『………!』

 

 テレビの中の緑谷は何かを叫ぶと右手を手刀にして横薙ぎに振るい、轟が起こした暴風を切り裂いた。

 

 あれは海震掌!? 緑谷の奴、岩砕掌だけでなく海震掌も試合の土壇場で修得したのか?

 

 海震掌は高速の攻撃で炎や吹雪等の形のないものを斬るアバン流最速の「海」の技。しかもフルカウルの超パワーで振われたそれは、暴風を切り裂くだけでなく轟の体も吹き飛ばし、轟は場外に吹き飛ばされた衝撃で意識を失い勝敗は決した。

 

「緑谷の奴、また強くなったな。……それじゃあ俺達もそろそろ行くぞ」

 

「待ってください。その前にケントにはしてほしいことがあります」

 

 緑谷の勝ちが決まり、俺が控え室を出ようとするとそこにマキナが話しかけてきた。……って、してほしいこと? 一体何だ?

 

 最初は疑問に思ったが、話を聞いてみるとマキナのしてほしいことというのは、実に彼女らしい要望だった。

 

 

 

 準決勝第二試合。戦い合うのは第一種目の障害物競走や第二種目の騎馬戦、そしてこれまでの試合で予想外な行動や並外れた実力を見せた黒岸と機械島の二人で、自然と観客達の注目も集まっていた。

 

「それでは選手入場……って、あら?」

 

 試合の舞台に立つ審判役のミッドナイトが選手を呼ぶと、今まで選手は東西の入場口からそれぞれ入場してきたのに、黒岸と機械島の二人は東側の入場口から入場してきた。これに対してミッドナイトは驚いた顔となり、視界席にいるプレゼントマイクの放送が聞こえてきた。

 

『おいおいおい! 黒岸と機械島の二人、仲良く二人で入場ってどういうことだ?』

 

「すみません。試合の前にこの書類を提出していたもので」

 

 マキナはプレゼントマイクの放送にそう答えると、手に持っていた一枚の紙をミッドナイトに手渡し、その紙を見たミッドナイトが黒岸とマキナを見る。

 

「これは……。本当にいいの? 機械島さん?」

 

「はい。構いません」

 

「そう。分かったわ。それじゃあ、二人とも位置について」

 

 ミッドナイトの指示に従って黒岸とマキナはそれぞれお互いから少し離れた位置につき、それを確認したミッドナイトが試合開始の合図を出す。

 

「それでは……初め!」

 

「………!」

 

 ミッドナイトの合図と同時に、マキナが個性で自分の前世の体、キラーマシンを創造しようとする。一回戦で彼女と戦った爆豪は、キラーマシンが完成する前に攻撃をしたが、黒岸は攻撃を仕掛けようとせずただ小さく呟いた。

 

「こい」

 

 黒岸が呟くのと同時に、彼の頭上に切先が斧の骸骨で作ったような刀身の剣と物々しくて不気味な大楯が現れ、それを見た観客達からざわめきが生まれる。しかし彼の行動はまだ終わりではなかった。

 

鎧化(アムド)

 

 黒岸の言葉に反応して不気味な大楯、鎧の魔盾が変形をして彼の体を包み全身鎧へと変わる。

 

 先程マキナがミッドナイトに手渡した紙は、対戦する選手双方の同意があればサポートアイテムなどの使用を許可するという内容で、黒岸の武装を許可するためにマキナが用意したものであった。全ては全力を出した黒岸と戦うために。

 

 そして黒岸が全身鎧へと変形した鎧の魔盾を装着するのと、マキナがキラーマシンを完成させてその内部に入り込むのは全くの同時であった。



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斬竜双撃

『ちょっ……!? 何じゃありゃあっ!? 機械島がキラーマシンに変身するのは知っているけど、黒岸が全身鎧を着た戦士……まるで初代ドラクエの主人公に変身したのはどういうことだ?』

 

 俺が鎧の魔盾を全身鎧に変形させて装着すると、実況席にいるプレゼントマイク先生の驚きの放送が聞こえてきた。

 

『だから生徒の個性くらい把握しておけと……。まあいい、観客も分かっていないみたいだし、二人の個性を紹介しておけ。……ほらよ』

 

『サンキュー、イレイザー!』

 

 同じく実況席にいる相澤先生が俺とマキナの情報が記されている紙をプレゼントマイク先生に渡すと、それを読んだプレゼントマイク先生が俺とマキナの個性を説明する。

 

『機械島巻菜! 個性「自動鎧」!

 自動で動く鎧を創造してそれを操る! だけど何故か作る鎧は全てドラクエのキラーマシン!

 黒岸健人! 個性「魔法戦士」!

 戦士のような健康で強靭な肉体を持って戦士の装備を呼び出し、更には魔法のような事も出来る! ただし魔法を使うにはドラクエの呪文を唱える必要がある!』

 

『そういうことだ。あの鎧や剣は黒岸の個性で呼び出したもので、恐らく最初に機械島がミッドナイト先生に渡したのは、それの使用を許可する書類だろう』

 

『……ん? ちょっと待てよイレイザー? あのドラクエ装備が個性で呼び出したものだったら、機械島のキラーマシンと同じで、いちいち許可を取る必要無くね?』

 

 俺とマキナの個性を説明したプレゼントマイク先生だったが、相澤先生の言葉に疑問を口にする。

 

『機械島のキラーマシンや八百万の武器は「個性で作り出されたもの」でつまり個性の延長だ。しかし黒岸の装備はすでに別の場所にあるものを「個性で呼び出したもの」で個性の延長にするかサポートアイテム扱いにするか線引きが難しいんだ。無論、機械島と黒岸の二人が同意してるなら個性扱いでもいいんだが、この場合は横から余計なことを言われないために書類を用意したんだろう』

 

 相澤先生が言ったことは全て事実で、今の説明によって観客のほとんどが納得したように頷いているのが見えた。

 

 ありがとうございます、相澤先生。お陰でマキナとの戦いに集中できそうです。

 

 俺は心の中で相澤先生に礼を言うと、目の前にいるマキナのキラーマシンを見た。

 

 

 

 お互いに戦闘体勢を整えた黒岸とマキナの二人。最初に行動を開始したのはマキナだった。

 

 マキナの乗るキラーマシンは左腕のクロスボウの狙いを黒岸に向けるとためらうことなく装填されていた矢を放ち、黒岸は左腕の盾で矢を舞台に叩き落とすとすぐさまキラーマシンに向かって突撃をする。

 

 しかしそれはマキナも最初から想定していたようで、キラーマシンは剣を持つ右腕と上半身を高速で回転させ、人間では不可能な軌跡の剣撃で黒岸を向かえようとする。

 

 黒岸が左腕の盾で攻撃を防ぎ右手のはかいのつるぎで反撃するのに対し、マキナのキラーマシンは全ての攻撃を装甲で受け止め防御を捨てた攻撃を繰り出す。はかいのつるぎがキラーマシンの装甲に、キラーマシンの剣が鎧の魔盾にぶつかり合う度に火花と激しい音が起こり、試合を見ていた観客達全員を圧倒する。

 

 そしてそれは「この世界」のマキナの幼馴染みである爆豪も同様であった。

 

(マキの奴とドラクエ野郎、あんなに強かったのかよ……!? しかも二人ともまだ本気を出してるように見えねぇ……いや、あれは『本調子』じゃねぇのか?)

 

 爆豪が見ている前で繰り広げられている黒岸とマキナのキラーマシンの攻防は、回数を重ねるごとに激しさと動きの「キレ」が増していき、爆豪にはその姿が長い間実戦をしていなかった熟練の戦士達が少しずつ感覚を取り戻していくように見えた。

 

 

 

(だいぶ『取り戻せた』な)

 

 マキナが乗るキラーマシンと戦いながら俺は心の中で呟いた。

 

 ドラゴンクエストの異世界から帰ってきた俺は、若返った体を一から鍛え直してきたが、それでも長い間実戦から離れたことで戦闘の勘が鈍ることからは避けられなかった。

 

 しかしこの最近のマキナとの訓練、そして今こうして彼女の乗るキラーマシンと戦うことで俺は、戦闘の勘を少しずつ取り戻せているのを感じていた。……最も、それはマキナも同様みたいだが。

 

 とにかく、今なら「あの技」も確実に決められるはずだ。

 

 体の動きの「キレ」を取り戻したと感じた俺は、左肩を前にした半身の構えを取り、左腕の盾と右手のはかいのつるぎを胸と腹の前に持っていく。

 

「マキナ……この技、覚えているか?」

 

「……その構えは?」

 

 俺の構えを見てマキナが乗るキラーマシンが動きを止めた瞬間、俺はキラーマシンに向かって突撃をして、ドラゴンクエストの異世界で編み代した自分だけのオリジナル技を繰り出した。

 

 まず左腕の盾を高速で横薙ぎに振るいキラーマシンの剣を弾き、それによって体勢が崩れたキラーマシンの胴体に向けて渾身の力を込めたはかいのつるぎを叩き込む!

 

「斬竜双撃!」

 

 今繰り出したのは俺が先生から一人前と認められた後、一人で世界中を周り武者修行の旅をしていた時、とある山奥で出会った強力なドラゴン族のモンスターとの戦闘で編み出した技だ。

 

 斬竜双撃はまず海波斬の速度で振るった左腕の盾で相手の攻撃と体勢を崩し、その直後に右手のはかいのつるぎによる大地斬を叩き込むという二段構えの攻撃で、これによって当時出会ったドラゴン族のモンスターを退治したことから俺はこの技に今の名前をつけたのだった。

 

 斬竜双撃によってマキナのキラーマシンは胴体の装甲の大部分を砕かれて舞台に倒れた。並大抵の相手だったらこの一撃で終わるのだが、相手が相手だけに距離を取って様子を見ていると、案の定マキナは俺がキラーマシンの装甲を砕いて開けた穴から出てきた。

 

「ええ、もちろん覚えていますよ。斬竜双撃、懐かしい技です。そしてケント。貴方が昔の強さを着実に取り戻しつつあるのは非常に喜ばしい…!」

 

 キラーマシンの中から姿を現したマキナは額から血を流していたが、それに構うことなくまるで恋をする乙女のような、花のような笑みを浮かべていたが、俺にはその笑みがただ恐ろしく見えた。

 

 全く相変わらずの戦闘狂っぷりだな。だからコイツは苦手なんだ。



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一体何があったんだ?

「フフフッ……! アハハッ……! ケント、やはり貴方は素晴らしい。私と互角に戦えるのはやはり貴方だけのようですね。実力を全て出しあっての戦いは心踊ると思いませんか?」

 

 額から血を流しながらも楽しそうに笑うマキナ。はっきり言ってその姿はかなり怖かった。人間に転生した彼女は黙ってさえいれば美少女のため余計に怖く、多くの観客達が引いていた。

 

 そして正直な話、マキナの話には少しばかり同意できる。

 

 俺だって一応戦士の端くれ、お互いが実力の全てを出した熱い戦いを繰り広げたいという気持ちは当然ある。しかし鎧の魔盾はともかく、はかいのつるぎを装備して万が一手加減に失敗すれば、良くて対戦相手の腕や足の切断、最悪対戦相手が死亡するということもあり得る。

 

 そうなったら勿論、回復魔法や蘇生魔法で治すし、リカバリーガールの個性による治療はあるのだが、それでも全国放送でスプラッターな展開は全力で避けたい。

 

 その点、馬鹿みたいに頑丈なキラーマシンに乗ってドラゴンクエストの異世界でさんざん戦ったマキナなら「完全装備で本気で戦っても多分大丈夫だろ」という奇妙な信頼がある。だから俺は彼女の提案を聞いて、はかいのつるぎと鎧の魔盾を装備することを受け入れたのだった。

 

「さあ、続きをしましょう。この熱く楽しい戦いの続きを!」

 

 マキナは今まで見せていた無表情が嘘のようなハイテンションでそう言うと、個性を使って新しいキラーマシンを作り出そうと……いや、違う!

 

 マキナが新しく個性で作った自動鎧は、巨大な単眼に青を基調としたカラーリング等といったキラーマシンとの共通点をいくつも持っていたが、キラーマシンとは明らかに違うものだった。

 

 両手に持ったサーベルとメイス(戦槌)。宙に浮かぶトゲ付きの球体の下半身と、そこから生えている先端がクロスボウの尻尾。

 

『キ、キラーマシン2!? 新しく作ったのはまさかの進化バージョン!?』

 

 そう、実況席にいるプレゼントマイク先生が言った通り、マキナが新しく作ったのはキラーマシンの進化版であるキラーマシン2だった。

 

「おいおい……。キラーマシン2なんていつ作れるようになったんだよ?」

 

「つい先日です。先に言っておきますが、これに乗った私は強いですよ」

 

 知ってるよ……!

 

 キラーマシン2に乗り込みながら話しかけてくるマキナに俺は心の中で返事をした。ドラゴンクエストの異世界での戦いでキラーマシンからキラーマシン2になったマキナの厄介さは知っているし、何より宙に浮けるようになったことで出来ることが一気に増えたのは誰が見ても明らかだった。……だけど!

 

「マキナ、それ(キラーマシン2)は悪手だぞ? 俺の前で宙に浮くなんて」

 

 俺はキラーマシン2の内部に入り宙に浮かんだマキナに向かってそう言うと、呪文を唱えて魔法を放った。

 

「ライ……デイン!」

 

『……………!?』

 

 俺が呪文を唱えると空から雷が降ってきてマキナが乗るキラーマシン2を撃ち抜く。

 

「俺がお前と何回戦ったと思っているんだ? お前の弱点くらい知って……!?」

 

 そこまで言ったところで俺は一つの違和感を感じた。

 

 何回も戦ったのはマキナも同じだよな? だったら俺がマキナの弱点を知って、それを突くための呪文ライデインを使えることも知っているはず……というか当然知っている。それなのに何の対策もしていない? 前の試合で八百万のテイザー銃の電撃を受けたのに? 前世がキラーマシンで生まれながらの戦闘マシンのマキナが?

 

 ………もしかして悪手だったのは俺の方だったりするのか?

 

「遅いですよ」

 

 俺の内心の呟きに答えるようなマキナの声が横から聞こえてきた。声が聞こえた方に視線を向けるとそこには、俺が斬竜双撃で破壊したキラーマシンの剣を持ったマキナがこちらへ向かってきていた。

 

 しまった! やっぱりキラーマシン2はマキナの罠か!

 

 恐らくマキナはキラーマシン2を見た俺がライデインを使ってくるのを読んでいたのだろう。それでライデインがキラーマシン2に当たる直前に背中辺りから脱出して奇襲を仕掛けてきたってことか。

 

 ようやく使えるようになったキラーマシン2(新技)を何のためらいもなく囮に使うとか、そんなのアリかよ?

 

 そんなことを考えているうちにマキナはキラーマシンの剣を俺に向けて振るおうとしてくるが、今からでは防御が間に合わ……!?

 

 

 オイオイ……シッカリシテクレヨ。頼ムゼ、相棒?

 

 

 マキナの攻撃を避けられないとわかり俺がダメージを覚悟したその時、頭の中で声がしたような気がした。

 

「……え?」

 

「………!?」

 

 すると次の瞬間、俺の右手にあったはずのはかいのつるぎの柄尻がマキナの腹部に突き刺さっていて、全く予期していなかった攻撃に彼女は意識を失いその場に倒れてしまう。

 

 ……一体何があったんだ?



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何でいきなりペラペラ喋っているんだよ?

「まったくよぉ! お前はオレ様がいないと何にも出来ないんだなぁ!?」

 

「……ああ、そうだな。お前にはいつも世話になっているよ」

 

 マキナとの戦いが何も分からないうちに終わった後、俺は自分の控え室で自分に向けられた声に相槌を打っていた。

 

「大体さっきの試合は何だよ? 『あの』マキナが何も考えずに戦いに挑むものかよ? 他はどうかは知らないが、アイツは戦いに関しては一級品に厄介なのは俺達が一番知っているだろうが?」

 

 それに関しては一切の異論がなく頷くと更なる声が聞こえてくる。

 

「それなのに何の備えも無しにただ弱点のライデインを放って、結局は読まれて奇襲されやがってよぉ。オレ様が手を貸さなかったら負けていたかもしれないって分かっているのか?」

 

「分かっているって。その事には本当に感謝している。……でも、そろそろ突っ込ませくれないか?」

 

 俺はそこまで言うと俺はさっきから声をかけてくる声の主に視線を向ける。

 

「お前は何でいきなりペラペラ喋っているんだよ? 『はかいのつるぎ』さんよぉ?」

 

 そう。さっきから俺に話しかけていたのは、ドラゴンクエストの異世界に転移した時から使っていた剣、はかいのつるぎだった。

 

 マキナとの試合の最後、はかいのつるぎの柄尻が彼女の腹部に突き刺さったのは、もしかしてはかいのつるぎ自身の仕業ではないかと俺は思った。だから試合が終わってはかいのつるぎに返事が返ってくるとは期待せずに話しかけた途端、はかいのつるぎは今のように言葉を発してきたのだ。

 

 結論から言うとマキナを気絶させたのは、はかいのつるぎの仕業だった。その事に関しては助かったし非常に感謝しているのだが……。

 

「試合の時にあんなに思わせぶりに話しかけたらさ……しばらくの間は勿体ぶって話さないものだろう? ほら、物語の展開的に……?」

 

「はっ! オレ様がそんな事を気にすると思うかよ。オレ様を誰だと思っていやがる? オレ様は『はかいのつるぎ』。ドラクエから出てきたチート野郎様の相棒様だぜ」

 

 俺が物語の展開について言うと、はかいのつるぎはそれを鼻で笑ってきやがった。どうでもいいけどドラクエから出てきたチート野郎って、以前USJを襲ってきたヴィランが俺に向けて言った言葉だよな? 気に入っているの?

 

「ああ、そうかよ。でも何でいきなり喋れるようになったんだよ? というか、お前が喋れるってことは鎧の魔盾も喋れるのか?」

 

「喋れるようになったのはつい最近だな。理由は知らん。鎧の魔盾はまだ喋れないけど、近いうちに喋れるんじゃねぇの?」

 

 はかいのつるぎは俺の質問に興味なさそうに答える。しかし鎧の魔盾も喋るようになるかもしれないのか……それは賑やかになりそうだな。

 

「そうか……。じゃあ次に聞きたいんだけどお前のその…… ん?」

 

 俺がはかいのつるぎに次の質問をしようとした時、控え室の扉がノックされた。扉を開けるとそこにいたのはこれから決勝で戦う相手、緑谷だった。

 

「緑谷? 一体どうしたんだ?」

 

「あ、うん。……って、アレ? さっき誰かいなかった? ドラゴンクエストに登場しているような格好の……」

 

 緑谷は俺の控え室を見て首を傾げているが、俺はそれに気づかないふりをして緑谷に話しかける。

 

「気のせいだろ? それで何の用なんだ?」

 

「え? ああ、そうだった。……黒岸君にお願いがあってきたんだ」

 

「俺に?」

 

 その後俺は緑谷の口から出た「お願い」に僅かばかりに驚かされ、

 

(はっ! 中々無謀で面白いことを言うじゃねぇか。お前もそう思うだろ、相棒?)

 

 それと同時に頭の中にはかいのつるぎの笑い声が聞こえてきたのだった。



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そんな時代、未だ到来してねぇよ

 トーナメントもいよいよ決勝ということで、観客席にいる観客達だけでなく中継をテレビで見ている視聴者達も舞台に注目をする。そんな時に実況席にいるプレゼントマイク先生の放送が聞こえてきた。

 

『さあ、トーナメントもこれで最後だ! それじゃあ早速選手を紹介するぜ!

 まずは見た目は超地味でオーラ0! だけど内に秘めた実力は本物! ハイパワー&ハイスピードで敵を抹殺! 一年A組ヒーロー科、緑谷出久!』

 

 プレゼントマイク先生に紹介されながら舞台に上がる緑谷の表情は緊張しているが必要以上に気負ってはおらず、入学試験の時に見えた頼りなさは大分無くなっていた。

 

 緑谷の奴、結構良い顔つきになってきたな。どうやらこの体育祭で精神的に成長(レベルアップ)したみたいだな。

 

 ……しかし緑谷が出てきたってことは、次は当然俺の出番だよな? ……行きたくないなぁ。

 

「どうしたんだよ、相棒? まさか今更ビビってんじゃねぇだろうな?」

 

 俺が内心で舞台に出るのを嫌がっていると、はかいのつるぎが俺を急かしてきた。

 

 一体誰のせいで俺がこんな思いをしていると思っているんだよ? ああ、もう! 行けばいいんだろ!? 行けば!

 

『次は第一種目、第二種目共に予想外の方法で一位で突破! 本戦もこちらの予想を超える実力を見せつけてきた、この大会の台風の目! 一年B組、黒岸健人……って、アレ!?』

 

 俺がヤケクソ気味に舞台に出ると、プレゼントマイク先生が疑問符を口に出して観客席からもざわめきが生まれた。だけどそれは仕方がないと俺は納得すると、自分の隣に視線を向ける。

 

 

 そこには「ドラゴンクエスト3に登場する女戦士」の姿があった。

 

 

 外見の年齢と背の高さは俺と同じくらいで、外国人のモデルかと思うくらい整った顔立ちと腰にまで届く金髪。

 

 年齢とは不釣り合いなくらい豊かに育って歩く度に揺れる乳肉と尻肉、鋼のように鍛えぬかれた筋肉と、女性の魅力と戦士の逞しさを併せ持ち、更には全身に無数の刀傷と入れ墨が刻まれた肉体。

 

 頭部の大部分を被う白い兜と、下着のような外見をして体の極一部しか守る機能を持たない、いわゆる「ビキニアーマー」と呼ばれる兜と同じく白い鎧。

 

 その姿はいくつか違う点はあったが、それでもドラゴンクエスト3の女戦士としか言いようがなかった。

 

『え? え? 何アレ、コスプレ? 黒岸がドラクエの呪文を使えるのは知っているけど、何でドラクエのコスプレ美少女が一緒に入場してくんの?』

 

 実況席からプレゼントマイク先生の明らかに困惑した口調の放送が聞こえてくるが、これはこの場にいる全員の気持ちだろう。そして緑谷も俺の隣にいる女戦士を見て困惑したように首を傾げる。

 

「アレ? その人って確かさっき、黒岸君の控え室にいた……一体誰?」

 

「おいおい、緑谷? 今お前何て言った? 俺に向かって誰って聞いたか?」

 

 緑谷の呟きに女戦士がからかうような笑みを浮かべて話し出した。

 

「まったく冷てぇ奴だな! お前とはUSJだけじゃなく、この最近の訓練でも何回も顔を合わせていたってのに! そんな冷てぇことを言われたら、いくらオレ様でも泣いちまうかもなぁ?」

 

「え? USJや訓練で……!?」

 

 女戦士の言葉に緑谷は更に混乱した様子になり、俺は思わずため息を吐いた。

 

 コイツ、分かってて緑谷をからかってやがるな。

 

「それくらいにしてやれよ」

 

「はっ! 分かってるって! ちょっとからかっただけだっつーの。……おい、緑谷。これなら分かるだろ?」

 

 俺が横目で睨んで言うと女戦士は肩をすくめて返事をした後、緑谷に向けて自分の左腕を差し出した。すると女戦士の左腕は人間の腕から「切先が斧の形をした剣の刀身」にと変形して、それを見た緑谷が驚きで目を見開く。

 

「そ、それは! 君、もしかして……はかいのつるぎなの!?」

 

「その通り! 良くできました!」

 

 緑谷の言葉に女戦士は左腕を剣から人間の腕に戻すと盛大に拍手をしてみせた。

 

 緑谷が言った通り、この女戦士は俺が長年愛用してきたはかいのつるぎが人間の姿になったものだ。何でも喋るようになったついでに変身もできるようになったらしく、その理由はやはり本人(?)にも分からないらしい。

 

 ……正直な話、はかいのつるぎがいきなりドラゴンクエスト3の女戦士に変身した時は俺も本気で驚いた。驚きのあまり半分くらい放心状態となり、はかいのつるぎの「次はせっかくの決勝戦だからオレ様も一緒に出場するぜ!」という無茶な提案に思わず頷いてしまったくらいだ。

 

「えええっ!? 本当にはかいのつるぎなの!? な、何でいきなり人間の女の子に変身しているの!?」

 

 至極最もな緑谷の疑問に、はかいのつるぎは呆れたような表情となって肩をすくめる。

 

「おいおい? 何を驚いているんだよ、緑谷? 戦艦やら戦車やらの兵器が女になって自分の乗り手と仲間になったりエロい関係になるのが当たり前のこの時代じゃ、剣がドラクエの女戦士になるなんて珍しいことじゃないだろ?」

 

「そんな時代、未だ到来してねぇよ」

 

 はかいのつるぎの言葉に俺は思わず突っ込みをいれた。そんな時代、スマホの中にしかやってきてないからな。

 

 

 

 

 

「おいおいマジかよ!? あの美人でエロい女の子、本当に黒岸の剣なのかよ!?」

 

「黒岸がゲームみたいなキャラなのは知っていたけどよ、まさか剣が女になるなんて、まるでゲームかアニメの世界じゃん。……ちょっと羨ましいかも」

 

「ちょっとどころじゃねぇよ……! 剣が女の子に変身しただぁ? しかも変身したら超美人で、八百万のヤオヨロッパイ並みのおっぱいを持ったドラクエ女戦士でしただぁ? ……………ふっっっざけんな、黒岸ぃ! ちっくしょう! 許っ羨!!」

 

 ……気のせいか、何処かで血の涙を流した男の叫び声が聞こえた気がした。



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これは結構有難いかもしれないな

『ええ……? 話を聞くとあのドラクエのコスプレ美少女は黒岸のはかいのつるぎが変身した姿みたいだけど……? イレイザー、はかいのつるぎって人間そっくりに変身できたっけ?』

 

『知らん。ひとくいサーベルみたいな剣のモンスターや、モシャスを使って主人公の姿と特技をまねるモンスターは知っているが、はかいのつるぎがそうだという情報は聞いたことがない』

 

 実況席で困惑するプレゼントマイクの質問に相澤先生が答えるているのが聞こえてきた。相澤先生、ドラクエ詳しいですね。前にスリーからファイブまでクリアしたって言ってましたけど、それ以外のもクリアしているんじゃないですか?

 

 俺と一緒に舞台に上がったドラクエの女戦士がはかいのつるぎだと知って観客達のざわめきが更になる。

 

「皆、お前がはかいのつるぎだと信じられないみたいだな。まあ、仕方がない……というか、俺だっていまだに半信半疑だからな」

 

「………」

 

 俺が自分の気持ちを正直に口にすると、はかいのつるぎは満面の笑みで中指を立ててきた。

 

「ったく、相棒までオレ様を疑うのかよ? 人間になれたものはなれたんだからしょうがねぇだろ? ほら、『ゴメ』の例もあるし、世の中には戦士と一緒に旅しただけでイケメンの人間になったホイミスライムもいるらしいぜ?」

 

 ゴメ、ゴメちゃんか……。懐かしい名前を聞いたな……。

 

 はかいのつるぎの言葉を聞いて俺は、世界に一つしかない伝説のアイテムが変身して、世界に一匹しかいない珍しいスライムとなった、弟弟子の親友のことを思い出した。

 

 言われてみれば確かにゴメちゃん以外にも、チェスの駒から生まれて最終的にメタルスライム系の生命体となった親衛隊隊員もいるし、道具が生命体となるのは絶対にありえないと言うほどではないのかもしれないな。

 

 しかしはかいのつるぎよ? 神々が創造した伝説のアイテム、そして世界で初めて人間の仲間になった伝説のホイミスライムと自分を同列にするのはどうなんだ?

 

「……まあいいか。ここでこんな話をしても仕方がないしな。緑谷もそろそろ始めないか?」

 

「え? あっ、うん。……ミッドナイト先生、これを」

 

 俺に声をかけられて我に返った緑谷は、ジャージのポケットに入れていた一枚の紙を取り出すと、それをミッドナイト先生に手渡した。その紙は前の試合でマキナが提出したのと同じ、はかいのつるぎと鎧の魔盾の使用を許可する書類で、それを見たはかいのつるぎが面白そうな笑みを浮かべる。

 

「緑谷の奴、控え室で言ったことマジみたいだな。良い根性してやがる」

 

 はかいのつるぎの言葉に、俺は控え室で彼女と話していた時に緑谷がやって来て、ある「頼み」をしてきたことを思い出す。

 

 緑谷の頼みというのは、俺にはかいのつるぎと鎧の魔盾を装備した全力で戦ってほしいというもの。本人が言うには俺のことを凄いと思っているからこそ、お互い全力で戦いたいとのことらしい。

 

 その気持ちは分かるし嬉しいのだが、俺は緑谷の頼みは無謀すぎると思った。

 

 何度も言うが鎧の魔盾はともかく、俺がはかいのつるぎを装備して全力で戦えば本当に緑谷を殺してしまうかもしれない。だから俺はマキナ以外の相手にはかいのつるぎを使う気はなかった。

 

 しかしそんな時、はかいのつるぎが俺にだけ伝わる心の声で「オレ様に任せときな! オレ様が手を貸したら相棒が全力で戦っても緑谷を死なせないからよ」と伝えてきたので、装備の使用許可の書類にサインしたのだ。

 

「おい……。本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「おうよ、任せとけ」

 

 俺が聞くとはかいのつるぎは胸を張って自信ありげに返事をする。

 

 こうやって実際に話をする……どころか、はかいのつるぎに意思があるのを知ったのも今日が初めてなのだが、とりあえずは彼女を信じてみよう。はかいのつるぎはあのドラゴンクエストの異世界に転移した時からずっと命を預けてきた相棒で、騙したりはしない……はずだ。

 

 そして俺がはかいのつるぎを信じることに決めるのと同時にミッドナイト先生が開始の合図を告げた。

 

「それでは決勝戦……初め!」

 

「こい、鎧の魔盾。鎧化(アムド)!」

 

 試合が始まると同時に俺が鎧の魔盾を呼び出して全身鎧に変形させると、やっぱり変身シーンはウケがいいのか観客席から歓声が聞こえてきた。俺はそれを聞きながらドラゴンクエスト3の女戦士となったはかいのつるぎに手を伸ばす。

 

「いくぞ、相棒」

 

「応よ!」

 

 はかいのつるぎは俺の言葉に返事をすると全身が紫色の炎に包まれ、炎が消えると女戦士の姿から俺がよく知る切先が斧の剣の姿へと変わった。そしてはかいのつるぎを手に取った俺はそこであることに気付く。

 

「これ……刃が?」

 

 はかいのつるぎの刀身を見ると刀身の刃が潰れており、頭の中にはかいのつるぎの自慢げな声が聞こえてくる。

 

「どうだ? これなら安心だろ? 人間に変身する応用で本体の刀身もある程度変化させたんだよ」

 

 そう言えばはかいのつるぎは手入れをしなくても自動で刀身の修復や刃の鋭さを維持していたし、それの逆をしたってことか。……これは結構有難いかもしれないな。

 

 将来ヒーローとなる以上はヴィランと戦う力は必要不可欠だが、それでもヴィランを殺害していいわけではなく、はかいのつるぎは本来の威力が高すぎてヴィランを殺してしまわないよう手加減するのが非常に難しい。だが今の刃を潰したはかいのつるぎは剣の形をした棍棒のような状態で、手加減も大分やり易くなった。

 

 これなら本気で戦っても緑谷を間違って殺す、なんてこともないだろう。

 

「まあ、当たりどころが悪かったら死ぬだろうし、骨の一本や二本は折れるだろうけどな」

 

 俺の考えを読んだかのようにはかいのつるぎの声が聞こえてきた。……うん。やっぱり過信せず気をつけて戦おう。



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緑谷のブツブツ芸(?)は今日も絶好調のようですな

「待たせたな。そっちの準備は……聞くまでもなかったな」

 

 はかいのつるぎと鎧の魔盾を装備してから緑谷を見ると、彼もフルカウル状態となっており体から緑色の静電気を放ちながらこちらを見ていた。

 

「黒岸君……行くよ!」

 

「っ! やるじゃないか……お返しだ!」

 

 緑谷はそう言うとフルカウルの超スピードによって一瞬で距離を詰めて、そのまま速度を乗せた拳を放ってきた。俺はそれを左腕の盾で防ぐとはかいのつるぎを緑谷に向けて振るった。

 

「くうっ!?」

 

 俺がはかいのつるぎを振るった瞬間、緑谷は大きく後ろに飛んで、俺の攻撃は緑谷の腰の辺りをかする程度で終わる。攻撃がかすった箇所を見てみればジャージの一部が破けてはいるものの、切り傷などは見られなかった。

 

 いいぞ、はかいのつるぎ。自信ありげに言うだけあって、うまく破壊力をセーブしているじゃないか。……って、おい? 一体どうしたんだ?

 

(………)

 

 緑谷の体に切り傷がないのを確認した俺は、心の声ではかいのつるぎに話しかけるが、はかいのつるぎはそれに答えず何かを考えているような気配を感じさせた。

 

(……相棒。緑谷の奴、中に「何か」がいやがるぞ)

 

 はかいのつるぎが俺にだけ聞こえる心の声で話しかけてきて、その口調は何かを警戒しているようであった。

 

 緑谷の中? いやがるって一体何が?

 

 俺が緑谷の攻撃を防ぎながらはかいのつるぎに話しかけると、はかいのつるぎは少し考えてから返事をする。

 

(人間の魂の気配に似ているな……。それも一人や二人じゃねぇ……複数の気配が微かにしやがる)

 

 装備した者の心身を呪う(俺には効果は無いが)呪いの武具であるはかいのつるぎなら、人間の魂の気配を感じることも可能かもしれない。そう考えた時、俺は個性の反動で体を壊す緑谷の姿と、ドラゴンクエストの異世界で戦った魔王軍の大幹部の顔を思い出した。

 

 なあ、はかいのつるぎ? その魂って、魔影参謀みたいに緑谷の体を操って体の限界を超えた無茶な動きをさせたりすると思うか?

 

(……いや。そんなタチが悪い感じはしねぇな。せいぜい緑谷の中から行動を覗き見ているだけじゃねえか?)

 

 よかった。もし緑谷が本当にタチの悪い悪霊に取り憑かれていたら、試合は一先ず置いといて全力のシャナクかニフラムで除霊が出来ないか試すところだったぞ。

 

 はかいのつるぎの言葉に俺が胸を撫で下ろして緑谷の方を見ると、彼は俺から距離を取って注意深くこちらを観察していた。

 

「やっぱり黒岸君は強い。武装をして全力で相手をしてほしいと頼んだのは無謀すぎたかな? でもあの人の期待に応えて、何より強いヒーローになるにはこれくらいのことはしないと。だけど一体どう戦う? こちらの攻撃は全て防がれている上に、黒岸君にはまだ魔法という攻撃手段があって、あの無数にある魔法のどれか一つでも使われたら本当に打つ手が無くなる。僕が勝つには黒岸君がまだ魔法を使っていないうちに、一気に勝負をつける短期決戦しかない。それも生半可なダメージだったらベホマですぐ回復されるから、一撃で気絶させるか場外に押し出す方法で。そしてその為にまず黒岸君の剣と盾を何とかしないと。何か、黒岸君の両腕の動きを封じる方法があればいいんだけど、僕にはそんな便利な技なんてないし……」

 

 緑谷は構えを取りながら俺達に勝つ方法を必死で考えており、その思考は全て小声で口から漏れ出ていた。うん、緑谷のブツブツ芸(?)は今日も絶好調のようですな。アレは確かに緑谷で悪霊に取り憑かれてはいな……いや、待てよ?

 

 なあ、はかいのつるぎさんや? 緑谷が時々あんな風に呪文を唱えるのって、アイツの中にいる人間の魂の影響だったりする?

 

(いや〜……。緑谷がたまにバグるのは単なる素なんじゃねぇの?)

 

 俺の質問に答えるはかいのつるぎの声は微妙な感じで、もしはかいのつるぎが例の女戦士の姿であったら苦笑を浮かべているのだろう。

 

 まあ、いい。はかいのつるぎが言う緑谷の中にある魂のことは気になるが、特に悪影響を出していないみたいだし今は放置でいいだろう。そう考えて俺が今度はこちらから緑谷に攻撃を仕掛けようとしたその時、「それ」は起こった。

 

「………! う、うわぁっ!?」

 

 突然、緑谷の全身から出ている緑色の静電気が強くなったと思ったら、彼の両手から黒い帯のようなモノが大量に飛び出てきた。

 

 な、何だ? 一体緑谷に何が起こったんだ!?



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どこかで聞いたような話なんだが

「……アレ? 何処だここ?」

 

 気がつけば俺は見覚えの無い荒野に立っていた。周辺は黒い霧みたいなものに囲まれていて何も見えず、自分達がいる僅かな空間だけ霧が晴れているという奇妙な空間だった。

 

 いや、本当に何処だよここ? 俺はさっきまで試合の舞台にいたはずなのに何で場所が変わっているんだ?

 

 確か、試合の最中に緑谷の手から黒い帯みたいなものが大量に出て、それの一本がこっちに飛んできたからそれをはかいのつるぎで切り払おうとして……そこから先の記憶が全くない。 精神干渉系か瞬間移動系の個性の攻撃でも受けたのか?

 

「ここは……?」

 

「え? え? 何これ? ここドコ?」

 

 見れば俺の両隣には、女戦士の姿となったはかいのつるぎと緑谷の姿もあり、二人も驚いた表情で周囲を見回していた。

 

「まさか……精神世界の類いか?」

 

 周囲を見回した後、はかいのつるぎが何かを考えるような表情で呟く。

 

 え? はかいのつるぎ、お前何か心当たりがあるのか? というか精神世界ってなんだよ?

 

 はかいのつるぎの呟きを聞いて俺と緑谷が何かを聞こうと口を開こうとしたが、それより先に聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 

「そうだね。精神世界。それが最も近い表現かもね」

 

 声が聞こえてきたのは俺達の正面から。そちらを見ると先程まで誰もいなかった場所に、体は弱そうだが気の良さそうな兄さんと革ジャンを着たスキンヘッドの大男の二人が立っていた。

 

「その気配……お前らが緑谷の『中』にいやがった奴らだな?」

 

「っ!?」

 

「僕の、中に?」

 

 気の良さそうな兄さんと革ジャンの男に向かってはかいのつるぎがそう言い放ち、それを聞いた俺はすぐさま臨戦態勢を取る。しかし当の本人の緑谷は話について行けず困惑した表情を浮かべるだけであった。

 

「落ち着いてくれ。僕達は君達の敵じゃない。……簡単に言うとここは緑谷君の『個性』の中で、僕達は個性の一部みたいなものなんだ」

 

 臨戦態勢を取った俺に向かって気の良さそうな兄さんはそう言うのだが……ここが緑谷の「個性」の中? 気の良さそうな兄さんと革ジャンの男が個性の一部? なんか、凄まじいことを言わなかったか、今?

 

「…………………………っ!?」

 

 ほら見ろ。緑谷なんて驚きのあまり、目を限界以上に見開いているじゃないか。

 

「ここが緑谷の個性の中だぁ? お前達みたいなのがいるってことは緑谷の個性は単なる増強系の個性じゃないってことか?」

 

 はかいのつるぎが聞くと気の良さそうな兄さんは仕方なさそうに苦笑を浮かべて口を開く。

 

「こうして会ってしまった以上、下手に隠すわけにもいかないね。……そう、緑谷君の個性は増強系の個性ではなく『個性を譲渡する個性』なんだ」

 

 ……!? おい、今何て言った? 個性を譲渡する個性? それじゃあ緑谷は個性が遅咲きで目覚めたわけじゃなくて、元は本当に無個性だったところを誰かから個性を譲渡されたってことか?

 

「………」

 

 俺が緑谷の方を見ると緑谷は申し訳なさそうな顔となって頷いた。……本当ってことかよ。

 

「緑谷君のことを責めないでくれないか。この個性のことは出来るだけ秘密にしなければいけなかったからね。……君も、できたらこの事は周りに言わないでほしい」

 

 気の良さそうな兄さんの言葉は理解できる。個性を譲渡する個性なんて、この何をするにも個性が前提となっている現代の超人社会にどんな影響を出すか予想もつかないからな。

 

 そういえば昔ネットで他人の個性を奪ったり、逆に与えたりする個性があるって都市伝説があったけど、あれって本当だったのかよ。聞いた感じ奪うことは出来ないみたいだが、譲渡……与えるところなんかそのままじゃないか。

 

「それで話を戻すけど、僕達は緑谷君より前にこの個性を使っていた者達の残留思念のようなもので、本人はもう死んでいるんだ」

 

 気の良さそうな兄さんの言葉にはかいのつるぎは納得したように頷いていて、俺も納得した。彼女が言っていた魂のような感じとはそういう意味か。

 

「この個性は使用者の思念の他に、その人が鍛えた力や本来持っていた『個性』も蓄える効果がある。そしてさっき緑谷君が見せた黒い帯のようなもの。それが……」

 

「俺の個性『黒鞭』さ! ようやく俺の出番さ! 待ちくたびれたさ!」

 

 気の良さそうな兄さんの言葉の途中で、それまでずっと黙っていた革ジャンの男が急に話し出したかと思うと、両手の人差し指で緑谷と俺を指さした。

 

「緑谷お前さ! 試合の時にそこの坊主を拘束したいとか思わなかったか?」

 

「あ、はい。僕が黒岸君に勝つにはまず黒岸君の両腕を封じなきゃと思って……」

 

 革ジャンの男は緑谷の言葉に頷くと、自分の手からあの時緑谷が見せた黒い帯のようなものを出して見せた。

 

「多分その思いに引き寄せられたんだろうさ。俺の個性『黒鞭』は相手を拘束するのに適している便利な個性だからさ」

 

「だけど……いくら緑谷君がこの個性の今の使用者で強く願ったとしても、『今』はまだ黒鞭を呼び出せるはずがないんだ」

 

 革ジャンの男の言葉に気の良さそうな兄さんが不思議そうな表情で言い、それを聞いたはかいのつるぎが気の良さそうな兄さんを見た。

 

「呼び出せるはずがない? 実際緑谷は黒鞭とかいう黒い帯を出していたぜ?」

 

「うん。そうなんだ。……考えられる理由はワン……いいや、この個性が『もう一つ増えた』からかな?」

 

「ええっ!? ワン・フォ……じゃなくてこの個性がもう一つ!?」

 

 考えながら言う気の良さそうな兄さんの言葉に緑谷は信じられないとばかりに叫ぶと、気の良さそうな兄さんと革ジャンの男も自分達でも信じられないといった表情で頷く。

 

「うん。信じられないけどそうなんだ。普通この個性は次の使用者に譲渡すると、前の使用者に『残り火』が残るがそれも時間が経つと消えてしまうはずなんだ。……でも最近になってその残り火が急に勢いを増して、時間が経っても消えないくらいに回復したのを感じたんだ。そして残り火の回復は緑谷君に移ったこの個性にも影響を与えているみたいで、黒鞭が出たのもその影響かもしれない」

 

「個性の残り火……!? それが勢いを増して、消えない……!? ああ……!」

 

 気の良さそうな兄さんの言葉に緑谷は何故かその場で両膝をつき、感極まったように涙を流し出した。

 

 緑谷の奴、一体どうしたんだ? ……だけど今の話って要するに今にも消えそうなくらい弱まった個性が回復したってことだよな? なんかどこかで聞いたような話なんだが気のせいか?



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個性が変質したものなんじゃないか?

「それで? 緑谷に黒鞭って個性が出た理由は大体分かったけど、どうして俺達まで緑谷の精神世界にいるんですか?」

 

「それは……」

 

「多分それはオレ様が原因だな」

 

 俺が気の良さそうな兄さんに質問をすると、それに答えたのは気の良さそうな兄さんではなく、はかいのつるぎだった。

 

「オレ様と相棒は呪いによって魂が繋がっているのは相棒も知っているよな? そしてここからはオレ様の推測なんだが、あの時の緑谷の黒鞭は明らかに暴走していて、恐らくは魂と普段以上に深く繋がっていたんだろう。そんな黒鞭の一本をオレ様で切り払おうとしたせいで、オレ様を通じて相棒と緑谷の魂が一時的に繋がったんじゃねぇか?」

 

「そういえば確かに黒鞭をはかいのつるぎで切り払おうとしてからの記憶が無いな……。あの、それで俺達は元の世界に帰れるんですか?」

 

 はかいのつるぎの説明を聞いてから俺が聞くと気の良さそうな兄さんは一つ頷いて答えてくれた。

 

「もちろん帰れるよ。それに現実世界だとまだ一秒も経っていないはずだから問題はないはずさ」

 

 気の良さそうな兄さんの言葉を聞いて俺だけでなく緑谷も安堵の息を吐いた。もし現実世界でも同じ時間が流れていたとしたら、今頃俺達は病院に送られて、決勝戦も中止になっていたかもしれないからな。

 

「丁度いい機会さ。現実世界に戻ったら黒鞭の暴走も収まっているはずだから、そこの坊主を相手に黒鞭の扱いに慣れておくといいさ。俺の黒鞭はいい個性だからさ、使えて損はないさ」

 

「は、はい。……あ、でも」

 

 革ジャンの男に返事をした緑谷はその後すぐに考え込む表情となる。

 

「緑谷、どうしたんだ?」

 

「うん……。黒鞭のことなんだけど、どう説明したらいいのかなって……」

 

「ああ……」

 

 決勝戦で黒鞭の暴走を見せた以上、皆から黒鞭について聞かれるのは避けられないだろう。だけど「個性を譲渡する個性」についてはバカ正直に話すわけにもいかないし、短い付き合いだけどそれでも隠し事が苦手だと分かる緑谷はどう誤魔化したらいいか悩むところだろう。

 

 ……仕方がない。ここは俺が一肌脱ぐか。

 

「要するに、緑谷の個性が超パワーと黒鞭の両方を出せるものだと、周りに信じこませればいいんだろ? ……俺が何とか誤魔化してやろうか?」

 

「えっ!? できるの?」

 

「かなり強引だし、上手くいくか分からないけどな。それでもいいか?」

 

「う、うん! お願い!」

 

 俺がそう言うと緑谷は何度も首を縦に振り、俺はそれを見てどの様に緑谷の個性を誤魔化すか考えをまとめる。

 

「じゃあ、現実世界に帰ったら俺が話すから、緑谷は驚くふりをするか適当に相槌を打ってくれ」

 

「え? それだけでいいの?」

 

「いいんだよ。というかお前、嘘とかつけないだろ?」

 

「……うん。そうだね……」

 

 緑谷が俺の言葉に俯きながら返事をすると、気の良さそうな兄さんが口を開いた。

 

「話はまとまったみたいだね。それじゃあ、そろそろ現実世界に戻すよ」

 

 気の良さそうな兄さんがそう言うのと同時に視界が暗くなっていき、やがて視界が完全に無くなる直前、気の良さそうな兄さんが何かを呟いたような気がした。

 

 

 

「………!?」

 

 次に目を覚ますと俺は試合の舞台の上に立っていて、目の前には手から黒鞭を出した状態で驚いた顔で辺りを見回している緑谷の姿があった。

 

 どうやら俺達は無事現実世界に帰れたみたいだな。……さて、それじゃあそろそろ始めますか。

 

「それがお前の新技、もしくは『本来の個性』か? 緑谷?」

 

「ふぁっ!?」

 

 俺の言葉に緑谷が面白いくらい驚いた表情となる。

 

 緑谷の奴、驚くふりをしてくれとは言ったが中々迫真の演技じゃないか。

 

(いや、どう見てもあれは素で驚いてるだろ?)

 

『はぁっ!? オイオイ、黒岸! あの黒い帯みてーなのが緑谷の本来の個性って、どーいうことだぁっ!?』

 

 はかいのつるぎのツッコミと同時に実況席のプレゼントマイク先生の声が聞こえてくる。丁度いい。これを利用させてもらおう。

 

「……俺はここ最近、緑谷に戦い方や個性の使い方を教えてきた。そしてその最中に俺は何度か、緑谷の個性の使い方に違和感を感じていた」

 

 プレゼントマイク先生の声に答えるように周囲に話しかけると、周囲の視線が俺に集中するのが分かった。ここまでは予定通りなのだが……おい、緑谷。お前まで興味深そうに見てきてどうするんだ?

 

「緑谷。確かお前のお母さんの個性は『物を引き寄せる』個性だったよな?」

 

「えっ!? あ、うん。そ、そうだけど?」

 

 俺が以前緑谷から聞いた話を確認すると、急に話しかけられた緑谷は盛大に驚きながらも首を縦に振った。

 

「……これは俺の推測で確証なんかないんだが、お前の本来の個性はお母さんの『物を引き寄せる』個性が変質したものなんじゃないか? そう、『黒い帯を放ち、帯が捕らえた物を超パワーで引き寄せる』個性に」

 

「えええっ!?」

 

『いやいやいや! 流石にそれは無茶苦茶じゃね!? 発想力が凄すぎるな、黒岸!?』

 

 緑谷の手から出ている黒鞭を指差して俺が言うと、緑谷は更に驚いてプレゼントマイク先生もまた驚いた声で放送をする。そしてプレゼントマイク先生が言う通り、確かに今俺が言った嘘は無茶苦茶でとてもじゃないが信じられないだろう。しかしここは一気に押し通す。

 

「確かに無茶苦茶な考えかもしれないけど、今まで無個性だったのに急に超パワーの個性に目覚めて、しかもそれが試合の最中に変質した、なんてトンデモ話よりはマシだと思うけど? それだったら今まで発動が出来なかった個性が少しずつ使えるようになって本来の力が開花したと考える方が自然じゃないか? 元々緑谷は今まで例がないくらい個性の発動が遅咲きなのに、病院とかで正確な検査とか受けていないんだろ?」

 

 俺が緑谷に話しかける形で、自分でも考えながら話しているという外見をとりながら言うと、話を聞いていた観客達が戸惑いながらも徐々に納得した表情となっていくのが見えた。

 

 よし。これで緑谷の個性を誤魔化すのは一応成功した筈だ。……しかしそれにしても。

 

(おいおい、マジかよ……。観客の奴らどころか、教師までもが相棒の無茶苦茶なホラ話を信じ込んじまっているぞ? あんな話をマトモに聞くなんて素直すぎね?)

 

 頭の中にはかいのつるぎの呆れたような声が聞こえてくる。

 

 そうだよな……。俺が言うのも何だけど、もっと疑われると思っていたのにこんなあっさりと信じるだなんて……。なんか変なニュースとかに流されて事件を起こさないか心配になってくるんだけど?



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緑谷の奴、考えたな

『……確かにマイクの言う通り無茶苦茶な推測だが、それだけで切り捨てるわけにもいかないな。……緑谷、後日にリカバリーガールや病院に行って詳しく個性を調べてもらえ。いいな?』

 

「は、はい!」

 

 実況席から聞こえてくる相澤先生の言葉に緑谷が返事をする。よし、これでしばらくは緑谷の個性を誤魔化せるな。

 

「準備はいいか、緑谷? それじゃあ、続きをしようか?」

 

「……うん。分かったよ、黒岸君。行くよ!」

 

 そう言うと緑谷は早速黒鞭をこちらに向かって飛ばしてきて、俺はそれを避けたりはかいのつるぎで切り払おうとするのだが、はかいのつるぎの刀身は黒鞭をすり抜けてしまう。どうやら帯状のエネルギーである黒鞭は、対象を掴むとき以外は触れることができないみたいだ。

 

 こちらからは触れることは出来ないが向こうはこちらに触れて拘束することが出来て、しかも遠くに伸ばせば移動にも利用できる黒鞭。なるほど、確かにあの革ジャンの男が自慢するだけのことはある。派手さはないが便利ないい個性だ。しかし……。

 

(緑谷の奴、黒鞭に振り回されてねぇか?)

 

 頭の中にはかいのつるぎの声が聞こえてくる。

 

 手から放たれる黒鞭の勢いは凄まじく、それを何とか制御しようとしている緑谷の姿は、はかいのつるぎの言う通り「個性に振り回されている」という表現そのものであった。そしてそれは、俺やはかいのつるぎだけでなく、緑谷自身も感じているようであった。

 

「くっ……! 黒鞭の制御が予想以上に難しい! いや、そんなことは最初から分かっていたはずだ。今日始めて使えるようになった個性をいきなり使いこなせるなんて、そんなことできるはずがないじゃないか。でもこれからどうやって戦う? 黒鞭の制御ばかりに気を取られていると今度はフルカウルが解けてしまう。黒岸君を前にフルカウルが一度でも解けたらその時点でおしまいだ。やっぱりここはフルカウルをメインに、黒鞭をサブにして戦うべき。そうなれば僕が取るべき戦い方は……」

 

(おい、緑谷の奴がまたバグったぞ?)

 

 そうだな。今日二回目のブツブツ芸だ。……気を引き締めろよ。

 

(おうよ)

 

 こちらを見ながら小声でブツブツ呟き始めた緑谷を見て、俺とはかいのつるぎは軽口を叩き合いながらも意識を緑谷に集中させる。

 

 緑谷は普段から考えて作戦を立てて戦うタイプで、戦闘の最中にああやってブツブツ呟き出した緑谷は、どんな結果になるかはともかく必ず「何か」をしてくる。俺もはかいのつるぎも、それが分かっているから緑谷に意識を集中させるのだった。

 

「……はぁっ!」

 

 考えがまとまったのか、ブツブツ呟くのを止めた緑谷はフルカウルの超スピードでこちらへ突撃してきて、黒鞭を出して漂わせている右拳を繰り出してきた。

 

 何だ? 黒鞭の制御は諦めたの……!?

 

 緑谷の拳を盾で防ごうとした瞬間、俺は突然嫌な予感を感じて、横に飛んで緑谷の拳を避けた。すると緑谷の拳は舞台の石畳を砕き、手から出ている黒鞭が独りでに伸びて石畳の破片を捕らえた。

 

 黒鞭による自動捕縛!? 緑谷の奴、黒鞭を攻撃の副次効果にしたってことか?

 

 確かに拳による攻撃を当てた瞬間に黒鞭を伸ばせば対象の捕縛は容易だし、相手に距離を取られることもなくなる。黒鞭を飛ばして離れた相手を拘束するのが難しいから、「飛ばす」という選択肢を捨てて「殴るついでに拘束する」という戦法に変えたわけか。

 

 緑谷の奴、考えたな。

 

(……ああ、確かに緑谷はよく考えたとおもうけどよぉ……。何か、どこかで見たような気がするのはオレ様だけか?)

 

 はかいのつるぎの言葉には俺も同感だ。俺も今の緑谷の戦法と似たような戦法を知っているような気がする。

 

 具体的にはどこかの戦闘好きな手品師と同じ能力な気が……。



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そのヒーローは誰なんですか?

(それでどうするんだ、相棒? 今の緑谷はちょっと厄介だぜ?)

 

 俺が初めて使う黒鞭を何とか攻撃に組み込もうとしている緑谷の姿に感心していると、はかいのつるぎが話しかけてきた。

 

 はかいのつるぎの言う通り、超パワーと超スピードで攻撃してくる上に攻撃と同時に黒鞭で拘束をしてくる今の緑谷は中々厄介ではある。しかしそれは接近戦に限った場合の話で、接近戦で厄介だったら接近戦以外で戦えばいいだけの話だ。

 

「トベルーラ」

 

「そんなっ!?」

 

 俺が呪文を唱えて上空へと飛ぶと、緑谷は目を見開き顔色を青くした。だがそれは仕方がないだろう。何しろ黒鞭のお陰でようやく勝算がほんの僅かだが見え始めたというのに、俺が接近戦から空中戦に移ったせいでせっかくの勝算が消えてしまったのだから。

 

 だが緑谷、悪いけど俺はここで攻めの手を緩める気はないからな? トーナメントもこれで終わりなのだから、最後は派手にいかせてもらう。

 

 俺は頭上に魔力を集めて光の玉を作り出すと、舞台にいるミッドナイト先生と緑谷に声をかけた。

 

「ミッドナイト先生! 危ないから舞台の外に出てください! 緑谷も外に出てもいいぞ? その場合は場外になるけどな」

 

「……!」

 

 ミッドナイト先生が舞台の外に出て、緑谷が焦った表情となりながらも舞台に残ったのを確認した俺は呪文を唱えた。

 

極大爆裂魔法(イオナズン)!」

 

 俺が呪文を唱えるのと同時に光の玉は舞台に向かって落ちて行き、その直後に大爆発が起こる。

 

(おい、相棒!? イオナズンは流石にやりすぎなんじゃねぇか? 緑谷の奴、死んだぞ!?)

 

 はかいのつるぎの講義の声が聞こえてくるが俺はそれに首を横に振った。

 

 安心しろ、威力は抑えているよ。イオナズンって言っても、範囲が広いイオラ程度だ。

 

(いや、それにしてもやりすぎなんじゃ……何っ!?)

 

 はかいのつるぎの言葉の途中で、俺の左足に黒いエネルギーの帯が絡み付いた。そしてその帯の先には、ボロボロになりながらもしっかりとこちらを見据えて向かってくる緑谷の姿があった。

 

 緑谷の奴、イオナズンが爆発する瞬間にフルカウルの超パワーでジャンプしたみたいだな。しかも上手くイオナズンの爆風を利用しているだけじゃなく、黒鞭を伸ばして俺の左足を捕まえているし、やるじゃないか?

 

(やるじゃないか、じゃねぇだろ。相棒、お前最初からこれを狙っていやがったな? ったく! 敵に塩を送りやがってよぉ! そんな所、お前の師匠に似ているぞ?)

 

 はかいのつるぎの呆れた声が聞こえてくるが、先生に似ているってのは俺にとってはこれ以上ない褒め言葉だ。……そして、そろそろ終わりにしよう。

 

 こちらに向かってくる緑谷はフルカウルの力の全てを右拳に集めて渾身の一撃を繰り出そうとしており、俺もそれを迎え討つべく自らが編み出した技の構えを取る。

 

「SMASH!!」

 

「斬竜双撃!」

 

 俺と緑谷の技はほぼ同時に繰り出され、次の瞬間、戦いの決着が着いた。

 

 

 

「……リカバリーガール? 一体どうしたんですか?」

 

 トーナメントの決勝戦が終わり、俺が控え室に戻ろうとすると、そこにリカバリーガールが俺を待ち構えていた。

 

「黒岸君、優勝おめでとう。よく頑張ったね」

 

 通路で待っていたリカバリーガールが俺に労いの言葉をかけてくれる。リカバリーガールの言う通り決勝戦で勝ったのは俺で、その事を褒めてくれるのは嬉しいのだが、なんだかリカバリーガールの様子がおかしいのが気になる。

 

「……すまないが黒岸くんや。今から私と一緒に付いてきてくれないかい?」

 

「え? いやでも、俺、これから表彰式が……リカバリーガール?」

 

 リカバリーガールの言葉に俺がどう答えたらいいか分からないでいると、突然リカバリーガールが俺に向けて頭を下げてきた。

 

「そこをなんとか着いてきてくれないかね? ……実はあるヒーローがヴィランに命に関わる重症を負わされたって報せがきて、黒岸君のあの回復能力が必要になるかもしれないんだよ」

 

 ヒーローが命に関わる重症!? しかもリカバリーガールが一生徒の俺に頼るだなんて、どれだけ切羽詰まっているんだよ?

 

 リカバリーガールの言葉を聞いた瞬間、俺の中で躊躇いと悩みが消えた。確かに表彰式は大切だが、それでもヒーロー……人の命の方がもっと大切だ。

 

「分かりました。行きます。それでそのヒーローは誰なんですか?」

 

「助かるよ……。そのヒーローの名前は『インゲニウム』。一年A組にいる飯田天哉の実のお兄さんさ」



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人を助けることができました

「ここだよ」

 

 リカバリーガールについて行った先は都内で一番大きな総合病院。その手術室であった。

 

 俺達が到着した頃にはインゲニウムの手術は終わっていて一先ず死ぬのは免れたが、まだ危険な状態らしく数人の医者と看護師が油断なくインゲニウムの状態を監視していた。リカバリーガールも部屋にある医療装置が記している数値や医者から手渡されたカルテを見て辛そうな表情を浮かべている。

 

「これは……予想以上に酷いものだね。……黒岸君や。早速で悪いけどお願いできるかい」

 

「はい」

 

 俺がリカバリーガールの言葉に頷いて前に進み出ると、事前に話を聞いていたらしい医者と看護師達が俺の前を開けてくれた。

 

 麻酔によって手術台の上で眠っているインゲニウムは確かに弟の飯田と顔立ちがよく似ていた。しかし血を流し過ぎたせいかその顔色は白く、今にも死んでしまいそうに見えた。

 

「ベホマ」

 

 俺はインゲニウムの手を取ると回復魔法を唱えた。

 

 傷口の方は医者が縫合してくれているので体の修復は後回し。まずするべきなのは生命力の補充だ。

 

 以前オールマイトにベホマをかけた時に感じた「消えかけの焚き火に薪を加えて火の勢いを増す」イメージを思い浮かべながらインゲニウムに魔力を送ると、医療装置の数値等が変動してリカバリーガールや手術室にいる医者と看護師達が驚きの声を上げる。だがインゲニウムの顔色が目に見えて良くなっているところから、悪い結果にはなっていないのだろう。

 

 生命力の補充が完了した手応えを感じると、次にインゲニウムの体の修復を始めたのだが、インゲニウムの体全体に魔力を送った瞬間、奇妙な違和感を感じた。

 

 何だ? この、体の中にある「線」が何本もちぎれてしまっているような感覚は? よく分からないけど「コレ」って、放っておいたら不味いよな?

 

 奇妙な違和感を感じた俺は「ちぎれた線と線を結び合った後に、その結び目が消えて元の一本の線になる」というイメージを追加してインゲニウムの体に魔力を送り傷を消していく。そしてベホマを唱えてから一分ぐらいが経過して、インゲニウムの傷が完全に消えると、俺は精神を集中させるために閉じていた目を開いたのだが……。

 

『『……………』』

 

 目を開くと手術室にいる医者と看護師達が全員目を限界まで見開いて俺の顔を凝視していた。

 

「え? あの、何ですか……?」

 

「……奇跡だ」

 

 俺が思わず訊ねると医者か看護師達の誰かが呟き、その言葉に手術室にいる全員が頷くのだった。

 

 ………いや、何事?

 

 

 

 

 

 飯田天哉は走っていた。

 

 体育祭の最中、母親から実の兄であるヒーロー、インゲニウムがヴィランに重傷を負わされたと聞いた飯田は、自らの足が早くなる個性「エンジン」を使って兄が運ばれた病院へと向かって走り出した。ヒーロー免許が持たない者が個性を使用するのは通常禁じられており、非常に真面目な性格の彼からしたらとても信じられない行為だが、今の飯田にはそれを気にする余裕はなかった。

 

(無事でいてくれ、兄さん……!)

 

 電話で兄のことを教えてくれた母親は泣いており「もしかしたら助からないかもしれない」と涙声で言っていた。その言葉が飯田にどうしようもない不安を与えるのだが、彼に今出来ることは病院へと向かいながら兄が助かることを祈ることぐらいであった。

 

 病院にたどり着いた飯田は受付に兄がいる病室を聞くや否や、受付の人の言葉をろくに聞かず病室に走っていく。

 

「兄さん!」

 

「ん? 天哉じゃないか?」

 

「……………兄さん?」

 

 病室のドアを開けて叫んだ飯田が見たものは、コンビニのハヤシライスの弁当を食べている自分の兄、インゲニウムこと飯田天晴の姿だった。病室にいる天晴はヒーロー戦闘服(コスチューム)ではなく病院の入院服だったが、それ以外はいたって健康に見えてそれが飯田を困惑させる。

 

「兄さん? ヴィランに重傷を負わされたんじゃ……?」

 

「ああ、そうだぞ。危うく死にそうになったが、彼が助けてくれたんだ」

 

「彼?」

 

「………」

 

 飯田の質問に答える天晴の視線の先には、病室の隅で居心地が悪そうにグレープフルーツジュースを飲んでいる雄英高校の学生服を着た少年、黒岸健人の姿があった。

 

「黒岸君……? そうか、君が……!」

 

 ここでようやく黒岸の存在に気づいた飯田は、彼が雄英高校の入試で複雑骨折をした緑谷の右腕を一瞬で治したことを思い出し、一つの考えに思い至る。

 

「黒岸君。君が兄さんを助けてくれたんだね?」

 

「そういうことだ」

 

 飯田の質問に答えたのは黒岸ではなく、兄の天晴であった。

 

「医者が言うにはいつ死んでもおかしくなくて、もし助かっても下半身が動かなくなっていたそうだ。でも彼のベホマのお陰で体は元通りだし、足だっていつも通りに動く。明日の検査で異常がなければすぐにヒーロー活動を再開できるってさ」

 

「………!?」

 

 その場で両足を動かし走るポーズを取って笑う天晴を見て飯田は、自分の大切な兄と尊敬するヒーロー、その両方を救われたことに気付き、言葉を失うと同時に両目から涙が溢れだした。

 

「おいおい? どうしたんだよ、いきなり泣き出して?」

 

「ごめん、兄さん……! 嬉しくて……!」

 

 苦笑する天晴に返事をして涙をぬぐおうとする飯田だったが、しばらくの間彼の涙が止まることはなかった。そしてそんな兄弟の姿を見て黒岸は、二人に聞こえない小声で呟いた。

 

「先生……。貴方から教わった力で人を助けることができました。……ありがとうございます」



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【番外編】まきちゃんがやっちゃった(by緑谷)

 四月。雄英高校入学式。

 

 新たな新入生が入学してくるこの日、一人の新入生の女学生が雄英高校にやって来た。

 

 その女学生は長く伸ばした艶のある銀髪をツインテールにしており、瞳はルビーのように紅く、顔立ちはまるで芸術品の人形のように整っていた。背丈は同年代の女性に比べたらやや小柄だが、体型の方は同年代の女性より発育がいいモデル体型なのが制服の上からでも分かる。

 

 こうして遠くから見るだけならば非常に美しい容姿をしている彼女なのだが、その性格と言動は非常に過激極まりなく、地元では「絶対に敵対してはならない女子」、「予測不能なホーミングミサイル」、「静岡県辺りの最終兵器」等と言った非常に物騒な二つ名をいくつも持っていた。

 

 彼女の名前は機械島巻菜。

 

 こことは別のドラゴンクエストの異世界で意思を宿していたキラーマシンだった前世を持つ、所謂「転生者」である。

 

「あっ、まきちゃん」

 

「出久ですか。おはようございます」

 

 校門をくぐった所で巻菜は後ろから幼馴染みである緑谷出久に声をかけられて、後ろを振り返ってその姿を確認すると挨拶をする。その時の彼女は人形のような無表情であったが、幼馴染みで慣れている出久は気にすることなく巻菜に話しかける。

 

「うん、おはよう。そういえばまきちゃんってA組だったよね? 僕もA組だから一緒に行かない?」

 

「構いませんよ。それでは行きましょう」

 

「あっ? ちょ、ちょっと待って、まきちゃん」

 

 巻菜は出久の言葉に頷くとそのままA組に向かって行き、その後ろを出久が慌ててついて行く。

 

「………?」

 

 事前に雄英高校の地図を覚えていた巻菜は迷う事なく校舎の中を進んで行くのだが、自分の教室である一年A組の教室の手前まで来た所で彼女は突然足を止めた。

 

「まきちゃん? どうしたの?」

 

「出久。アレ、何だと思いますか?」

 

 急に足を止めた巻菜に出久が声をかけると、彼女は廊下の隅を指差して、その先には布の塊のようなものが転がっていた。

 

「……え? 本当に何アレ? 寝袋、かな?」

 

 巻菜に聞かれた出久が布の塊のようなものを見て言えば、確かにそれは人が中に入って眠る寝袋のように見えた。巻菜と出久が布の塊のようなものに近づくと、出久の言った通りそれは寝袋で、中には無精髭を伸ばした不健康そうな男が入っていた。

 

「………ん? 何だお前ら? 新入生か?」

 

「………」

 

 寝袋の男は眠たそうに目を開いて巻菜と出久に声をかけるが、それに対して巻菜は無言で寝袋の男をしばらく観察した後に自分のスマートフォンを取り出した。

 

「……? おい。校内での携帯電話の使用は禁止だぞ」

 

 寝袋の男は巻菜に注意するが、彼女はそれを無視してスマートフォンを操作する。

 

 ピッ。()ピッ。()ポ。()

 

「…………もしもし警察ですか? 雄英高校の校舎に不審者が侵入しています」

 

「おい、ちょっと待て!?」

 

 巻菜が連絡した先はまさかの警察。寝袋の男は驚いた顔となって上半身を起こして巻菜に声をかける。

 

「誰が不審者だ、誰が? 俺は相澤と言って、この雄英高校の教師だ」

 

「えっ!? 先生!」

 

「嘘ですね」

 

『『……!?』』

 

 寝袋の男、相澤の言葉を聞いて今度は出久が驚いた顔をするが、その直後に巻菜が即答。一秒の間も置かずに相澤の言葉を嘘だと言う彼女に、相澤だけでなく出久も驚きで絶句する。

 

「一体どこの世界に自分の勤め先の学校の廊下で、しかも寝袋持参で寝る教師がいるのですか? それにその無精髭を伸ばした不健康そうな顔は明らかに不審者そのものです」

 

「顔は関係ないだろう、顔は? 廊下で寝ていたのはこの方が合理的だからで……」

 

「そんな話が信じられると思いますか? 警察にはもっと上手い嘘をつく事をお勧めします」

 

「いや、だから……!」

 

 相澤は何とか自分が雄英高校の教師だと説明しようとするが巻菜はそれを認めようとしなかった。そんな二人の会話を聞いている緑谷は、巻菜と相澤のどちらが正しいのか分からなかったが、一つだけ分かることがあった。

 

(ああ、早速まきちゃんがやっちゃった……。これからもこんな調子で何かをするんだろうな……)



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嫌な予感的中

 インゲニウムの怪我をベホマで治した日の翌日。病院の精密検査を受けたインゲニウムは、身体に異常は見られないという結果が出て、無事にヒーロー活動を再開できるそうだ。

 

 何故それを俺が知っているかというと、その日にインゲニウム本人と弟の飯田を初めとする飯田家の家族全員が俺の家までやって来て、お礼の言葉を言うのと同時に報告してくれたからだ。飯田は涙を流しながら何度も俺にお礼の言葉を言い、インゲニウムも「このお礼は必ずさせてもらう。是非君がヒーローになる為の協力をさせてほしい」と言ってくれたのだが……このやり取り、前にもあったような?

 

 インゲニウムが回復したことはめでたい事だし、あのドラゴンクエストの異世界で学んだ事が人の役に立ったの嬉しいのだが、体育祭が終わってからは色々と大変だった。

 

 まずリカバリーガールとインゲニウムが運ばれた病院から「やっぱり私の後継にならないかい?」、「ヒーローになったら病院の医療スタッフになってほしい」というメールが来た。特に病院からは雇用体制の資料までも送られて来ていて……俺まだ学生だぞ? 色々と気が早すぎないか?

 

 そして表彰式には出れなかったが体育祭で優勝した事で、家族や親戚からの電話やメールが絶え間無く来るし、外に出れば色々な人からも声をかけられて買い物にもろくに行けなかった。

 

 正直学校で訓練をしたり授業をしている方がずっと気が楽で、生まれて初めて学校に早く行きたいと思った。

 

 

 

「それはまた贅沢な悩みだね、親友?」

 

 学校の授業が終わり、放課後の自主訓練中に俺が愚痴を言うと、それを聞いた物間が苦笑を浮かべた。

 

「僕も周りから声をかけられたけど、あれも将来プロヒーローになった時の人気に繋がると思ったら、むしろありがたいんじゃないかな?」

 

「確かにそうだが……それにしても限度があるって」

 

「まあ、黒岸の場合はそうかもね。今日聞いた黒岸の指名数は凄かったし」

 

 物間の言葉に俺が思わずため息を吐きそうになると、話を聞いていた拳藤が会話に加わってきた。彼女が言う指名数とは、簡単に言うとプロヒーローの下で実際に活動する体験学習でプロヒーローの方から来て欲しいと誘われた数の事で、俺の指名数は他のクラスメイト達と大差をつけて五千以上……つまり五千人以上のプロヒーローから誘われていたのだった。

 

「まあな……。あれだけの数から誰か一人だけ体験学習先を選ぶのも大変だよ。はぁ……」

 

「ははっ。やっぱり贅沢な悩みだね。……ん?」

 

「はぁ……」

 

 俺が体験学習の事で今度こそため息を吐くと、物間が笑った後で、少し離れた場所でため息を吐くマキナに気付いた。

 

「どうしたんだい、機械島? 君がため息だなんて珍しいね?」

 

「そうですか? ……実はヒーロー名が中々決まらなくて、正直困っています」

 

 物間に話しかけられたマキナが自分の悩みを口にする。

 

 相変わらず無表情なマキナだが、物間の言う通り珍しくため息を吐いているところをみると、それなりに悩んでいるのだろう。

 

 今日の授業でA組とB組は、体験学習の話をされた時にヒーローと活動する時のコードネーム、自らのヒーロー名を考えた。俺の場合はすでに「アバンナイト」というヒーロー名を決めていたし、他のクラスメイト達もそれほど悩むことなく自らのヒーローを決めたのだが、先生の話によると中々ヒーロー名を決められず、自分の名前をそのままヒーロー名にする生徒もいるらしい。

 

「でも意外だな。マキナだったら自分のなりたいヒーロー像とかがはっきりしていて、ヒーロー名もすぐ決まると思っていたんだけど?」

 

「いえ、ヒーロー名の候補は色々と考えていたのですけど、その全てがミッドナイト先生に却下されてしまいました」

 

 俺の言葉にマキナはそう返事をすると、何故自分のヒーロー名の候補が却下されたのか分からないとばかりに首を傾げてみせた。

 

 ……何だろう? ちょっと嫌な予感がしてきた。

 

「……ちなみにどんなヒーロー名を考えたんだ?」

 

「はい。まずはシンプルに『殺戮機械』。それを却下された後は『戦闘機械』、『虐殺機械』、『(ヴィラン)抹殺機』、『少女型殺戮機械』、『抹殺少女』、『挽肉製造機(ミンチメーカー)』、『処刑人』、『(デス)』、『斬撲射殺』、『デストロイヤー』等と色々考えたのですが全て却下されて……。特に一番自信があった『殺戮機械製造少女』も却下された時は少し落ち込みました……」

 

 嫌な予感的中。

 

 というかマジか? 本当にマキナの奴、今言ったのを自分のヒーロー名にしようとしていたのか?

 

『『……………』』

 

 そう思ったのは俺だけではなく、その場にいる全員が訓練を止めてマキナを指差し、彼女と同じA組の緑谷を見た。

 

「………」

 

 俺達がマキナを見ながら緑谷に視線を向けると、緑谷は疲れきった表情となって小さく頷くのだった。

 

 緑谷の奴……というかA組と先生方、本当に苦労しているんだな。



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そんなはずないだろう

 一年A組とB組が体験学習の説明を受けて自分達のヒーロー名を考えた次の日。その日の最初の授業はヒーローに関する条例等を学ぶヒーロー情報学で、それを担当するミッドナイトがA組の教室に入ってくると、マキナが声をかけてきた。

 

「ミッドナイト先生。いきなりですみませんが、ヒーロー名の候補があるので聞いてもらえませんか?」

 

『『………!?』』

 

 マキナの言葉に、昨日のヒーロー名の候補を次々と出しては却下された彼女の姿を思い出し、ミッドナイトだけでなくA組の生徒達の表情が強張る。

 

「ま、また考えてきたのね……。それはいいことなんだけど……授業があるから手短にね?」

 

「分かっています。考えてきたのは一つだけですから」

 

 マキナはそう言うと、昨日の授業で使っていたヒーロー名を書いて発表する板を取り出してミッドナイトに見せて、その板には次のようなヒーロー名が書かれていた。

 

 

 強襲装甲ヒーロー「イージス」。

 

 

「あら?」

 

『『………!?』』

 

 板に書かれていたヒーロー名が、昨日に比べてずっと「マトモ」であったことにミッドナイトが意外そうな声を出し、A組の生徒達が驚きの表情を浮かべる。そしてその様子を見て好印象だと判断したマキナはヒーロー名の意味と、それをつけた理由を説明する。

 

「イージスとは戦いの女神が装備していた鎧の名前だそうです。私が戦闘を得意としていること。個性が『自動鎧』で〝鎧〟繋がりであること。そして戦いの女神に関係する名前だったら縁起が良いことからこの名前にしたと言っていました」

 

「うんうん。発音も良い上に強そうだしとても良いと思うわ。……あら?」

 

 マキナの思った以上に常識的な説明に、ミッドナイトは思わずテンションを上げて笑顔を浮かべるのだが、次の瞬間にある違和感を覚えた。

 

 今の言い方だとマキナ自身ではなく、誰か別の人間が彼女のヒーロー名を考えたように聞こえて、それを聞いた緑谷が何かを思い出して口を開いた。

 

「ああ、それって、昨日黒岸君が考えてくれたヒーロー名だよね?」

 

 緑谷の言葉にマキナが頷く。

 

「はい。言いやすいですし皆にも好評なようなのでケントには感謝しています。ちなみに強襲装甲ヒーローの部分は私のオリジナルですが似合ってますか?」

 

「あー……。うん。似合っていると思うよ……?」

 

((確かに似合っているけど、それのせいでヒーローというよりモビルスーツみたいな感じが……))

 

 マキナの言葉に緑谷が微妙な表情で答え、そんな二人の会話を聞いていたA組の生徒の多くが心の中で呟いた。そして……。

 

「……チッ」

 

 マキナと緑谷の幼馴染みである爆豪だけが面白くなさそうに小さく舌打ちするのであった。

 

 

 

 

 

(それにしても相棒も面倒見がいいよな?)

 

 休み時間中。体験学習に向かうプロヒーローの事務所を決めようと、俺を示してくれたプロヒーローの名前や情報が記録されたタブレットを見ていると、はかいのつるぎが話しかけてきた。

 

 急にどうしたんだよ? というか面倒見がいいって、何のことだ?

 

(とぼけるなよ。昨日、マキナのヒーロー名を一緒に考えてやったことだよ。相棒がマキナと協力したり悩みを聞いてやるなんて、あの異世界では考えられなかったよな。何だ? マキナに惚れたか?)

 

 ふざけんな。そんなはずないだろう。確かに人間になったマキナは可愛いかもしれないけど、中身はキラーマシンのままなんだぞ? そんなのに付き合ったら体と命がいくつあっても足りやしない。俺は剥き出しの地雷原にダイビングする趣味なんてないんだよ。

 

(……それもそうか。中身はっていうか、個性を使ったらガワもキラーマシンに逆戻りするからな……)

 

 俺の返事に納得してくれたらしく、はかいのつるぎはそれ以上この話題をしなくなり、俺が体験学習先のプロヒーローを探すの再開するとタブレットの画面に気になるヒーロー名を見つけた。そのヒーロー名とは……。

 

 

 紳士ヒーロー、ジェントル・ジャスティス。



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お、お久しぶりです……

 一人の男の話をしよう。

 

 その男は自分に対して強い自信を持っていることを除けば普通の正義感の強い人間で、「自分の力を正しいことに使い、いずれは歴史に名を残す偉大な人物になりたい」という志を持って地元の高校のヒーロー科へと入学した。

 

 しかし男は悪意は無いが周りとどこかずれていた思考が悪い方へ働き、四度の仮免試験に四度も落ちて留年。高校から自主退学を勧められる落第生となってしまう。

 

 そして男が十八歳の時。ビルの清掃作業員が転落しかけた現場に居合わせた彼は、自らの個性を使い清掃員を助けようとするが、この行動によって丁度救助に駆けつけたヒーローを妨害してしまった。結局救助は間に合わず清掃員は重傷となり、男自身も公務執行妨害で逮捕されてしまう。

 

 この事件が原因で高校を退学して両親からも勘当された男は、地元から遠く離れた場所でフリーターとなり、二十二歳の時に学生の頃から成績優秀でプロヒーローとして活躍をしているかつて高校の同級生と再会をする。だが再会したかつての同級生は彼のことをすっかり忘れており、それが切っ掛けで男は歪んだ「夢」を懐きその準備を始めた。

 

 かつての同級生と再会をして歪んだ夢を懐いた男はその夢を叶える為の準備を始めて、ここまでは「本来の歴史」と全く同じ流れであったのだが、それから数年後に「本来の歴史」には無い出会いが起こった。

 

 男が出会ったのは、かつての自分と同じくヒーローを目指す一人の少年だった。

 

 少年は「常に健康である」という、ほぼ無個性の存在であったがそれでもヒーローになるという夢を懐いていて、そんな少年の姿に昔の自分を重ねた男は、仕事の合間に紅茶の差し入れをしつつトレーニングのアドバイスをするようになる。そして少年が十歳になった時、彼は少年の身に劇的な変化が生じたのを目の当たりにする。

 

 それまで「常に健康である」だけの少年の個性が、とあるゲームの魔法を使える強力な個性に変化した上、個性だけでなく少年の性格も変化が生じたのだ。まるでたった一夜で十年以上も何かの経験を積んだような雰囲気を纏い、今まで以上に真剣かつ必死にヒーローになるためのトレーニングに取り組み、そんな少年の変化を見た男の胸に一度は捨てた「夢」が浮かび上がる。

 

 自分より歳下の少年がここまで大きな成長を出来たのだから、自分もまだ成長を出来るのではないか?

 

 何より少年がこんなに必死で夢を追い求めているのに、自分が最初の夢を諦めて妥協して恥ずかしくないのか?

 

 何の根拠のない希望と僅かばかりの矜持から男は、歪んだ夢ではなく本来の夢を、すなわちプロヒーローの道を選ぶことを決意する。

 

 それから男はヒーローの資格試験に再び挑み、奇跡的に合格をすると今まで貯えていた資金を使って小さな事務所を立ち上げた。事務所を立ち上げた当初は、何の実績も無い上に前科があるせいで中々経営が上手くいかなかったが、ここで二度目の出会いが起こる。

 

 街をパトロールしていた男は、一人の女性が今まさにビルの屋上から飛び降り自殺をしようとしている場面に遭遇する。女性は周りの人達の呼びかけも聞かずにビルから飛び降りたのだが、そこで男は自らの個性を使い女性の身を守ることに成功した。

 

 図らずとも男が十八歳の時の、破滅した時と同じ状況であったのだが、今回彼は失敗することなく見事に「自分の力を正しいことに使い」一人の女性の命を救ったのである。

 

 飛び降り自殺をしようとした女性を助けたことで男は、少しだけだが人々からの信頼を得たのだが、今回の件で得られたのはそれだけではなかった。

 

 なんと男の元に、飛び降り自殺をしようとした女性自身がやって来て「貴方の力になりたい(役に立ちたい)」と言ってきたのだ。その女性は他者を援護するのに有用な個性の他に高いプログラマーとしての能力を持っており、それらを使って男の補佐をして、更に彼の元に訪れた一年後にヒーロー資格を取り正式に男のサイドキックとなる。

 

 人々からの信頼と便りになるサイドキックを得た男は少しずつだが確実に成功をおさめ、今ではそれなりに名が知られるヒーローへとなっていた。

 

 一度は地に墜ち、そこから這い上がってヒーローとなった男。彼の名は……。

 

 

 

「ハッハッハッ! いやぁ、よく来てくれたね! 我が弟子、黒岸君! いや、ここではアバンナイト君だったね!」

 

「ようこそ、アバンナイト君! ジェントルと一緒に歓迎するわ!」

 

 体験学習初日。体験学習をするヒーローの事務所へと行った俺は、そこで二人のヒーローとサイドキックから熱烈な歓迎を受けていた。

 

 相変わらずテンション高いよな、この人……。

 

「お、お久しぶりです……。飛田さん」

 

「ノンノン! いけないよ、アバンナイト君? ここではお互いにヒーロー名で呼び合わないと。だからここでは私のことは飛田弾柔郎ではなくジェントル・ジャスティスと呼んでくれたまえ」

 

「ジェントルの言う通りよ。だから私のことも相場愛美じゃなくてラブラバって呼んでね」

 

 俺が久しぶりにあった知り合いに挨拶をすると、その知り合いである本名飛田弾柔郎ことジェントル・ジャスティスさんが指を振って訂正をして、サイドキックである本名相場愛美ことラブラバさんもそれに同意してきた。

 

 うん。予想していたけど、中々賑やかな所だよな、ここ。この体験学習は退屈だけはしそうにないな……。



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ジェントルとラブラバさんは一体何をやっているんだ?

 俺が飛田弾柔郎こと、ジェントル・ジャスティスと出会ったのは、あのドラゴンクエストの異世界に転移するより前、九歳の時だった。

 

 当時の俺は周りの友人達と同じく「ヒーローになって活躍したい」という夢を持っていたが、個性の「超健康体質」は常に健康であること以外は無個性と同じであるため、周りから「そんな個性ではヒーローになれない」と言われていた。自分の夢を否定されたことが悔しかった俺は、周りを見返してやろうと一人で走り込みをしたり格闘技の真似事などをして、その時にジェントルと出会ったのだ。

 

 ジェントルは周りの友人達とは違って、俺のヒーローになりたいという夢と「超健康体質」という個性を決して笑ったりせず、紅茶の差し入れをするついでに基本的なトレーニング方法を教えてくれた。

 

 そしてその一年後、ドラゴンクエストの異世界に転移して何年もの冒険の末に帰ってきた俺は「一晩で雰囲気が変わった不気味な存在」と周りから見られて孤立してしまう。だけどジェントルは俺の変化に驚きながらも気味悪がったりせず、異世界での力を取り戻そうとする俺の訓練に、いつも通り紅茶の差し入れをしながら付き合ってくれたのだった。

 

 ジェントルには心から感謝している。家族以外で俺の変化を受けとめてくれて、夢を応援してくれたのはジェントルだけで、彼の差し入れの紅茶と応援はこれ以上ない心の支えと言えた。

 

 俺にとってジェントルは、ドラゴンクエストの異世界で出会った先生と同じ「恩師」であるのは間違いない。今回の体験学習でジェントルの事務所を志願したのも、あれから少しは成長したと思われる自分の姿を見てもらいたかったからだ。

 

 しかしその恩師の一人であるジェントル・ジャスティスはというと……。

 

 

 

 ノートパソコンの前で机に突っ伏してガチ凹みしていた。

 

 

 

 体験学習三日目。ジェントルの事務所にある客室に泊まっている俺が朝目覚めて事務室に行くと、ジェントルが自分の机に顔を埋めて何やら暗い雰囲気を纏っていて、その隣ではラブラバさんが必死にジェントルを励ましていたのだ。

 

 ……いや、一体どういう状況なんだ?

 

「え〜と、おはようございます。……あの、これは一体どうしたんですか?」

 

 とりあえず挨拶をしてから質問をすると、俺に気づいたラブラバさんがこちらへやって来て小声で話しかけてきた。

 

「おはよう、アバンナイト君。ジェントルのことなんだけど……実は、昨日配信した映像の評価が全然駄目だったの」

 

「配信した映像? 何ですか、それ?」

 

「ほら、アバンナイト君ってこの間の雄英体育祭の優勝者だったでしょう? だから二日前にアバンナイト君がやって来た映像と、昨日一緒に街をパトロールした映像を編集して『雄英体育祭優勝者がやって来た件』ってタイトルでネットに配信したの」

 

 ジェントルとラブラバさんは一体何をやっているんだ? ここに来た時からラブラバさんがやけにビデオカメラを撮影してくるなとは思っていたけど、そんなことをしていたのか。……もっと別のことをしろよ。

 

「……色々言いたいことはありますけど、俺の映像の評価が駄目って、どの辺りが駄目だったんですか?」

 

 正直あまり聞きたくはないが俺は一応ラブラバさんに質問をすることにした。ヒーローというのは人気商売のところがあるから、俺の行動に問題があるのなら早いうちに直しておくべきだろう。

 

「アバンナイト君には特に問題は無かったわ。……ただ、アバンナイト君がジェントルの所にやって来たことが視聴者に信じてもらえなかったみたいで、その辺りを散々叩かれたの」

 

 ああ、なるほど。だからジェントルはあんな風に落ち込んでいるというわけか。

 

(ハッ! 何だか面白そうな奴らじゃねぇか)

 

 ジェントルが落ち込んでいる理由に納得していると、頭の中にはかいのつるぎの声が聞こえてきた。

 

 はかいのつるぎ、ジェントルとラブラバさんが気に入ったのか? だったら人間の姿になって話してみたらどうだ?

 

(んー。いや、やめとくわ。よく分からないけど、ジェントルの前で人間の姿になったら、あのラブラバって奴がうるさそうだからな)

 

 ……………確かに。

 

 はかいのつるぎの意見に俺は思わず納得するのだった。



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【番外編】四人同時の行動

 人は当然ながら個人によって考え方や行動が異なる。例え息があった双子が「全く同じ行動をしよう」と意識したとしても、僅かばかりの「誤差」が生じる。

 

 そしてここに四人の人物がいる。

 

 黒岸健人。

 

 緑谷出久。

 

 爆豪勝己。

 

 相澤消太。

 

 この四人は「雄英高校ヒーロー科の関係者」という共通点はあるが、それ以外は考え方も行動パターンも完全に異なっている。しかしある日、この四人が場所こそは違うが、全く同じ時間に同じ気持ちで同じ行動を取ったことがあった。

 

 これはそんな非常に珍しい出来事の、本人達も知らない記録である。

 

 体験学習二日目の夜。その時、黒岸と緑谷と爆豪はそれぞれの体験学習先のヒーローの事務所で、相澤は雄英高校の職員室でテレビを見ていたのだが、突然テレビが緊急のニュースを放送した。

 

 その近況のニュースとは、とある地方都市で三十人以上のヴィランが暴動を起こしたというもので、テレビ局が生放送している中で一人のヒーローが三十人以上のヴィランの前に現れた。

 

 ラビットヒーロー、ミルコ。

 

 特定の事務所を持たずに日本全国をまわり、自らの個性「兎」による強力な跳躍力を初めとする高い身体能力を活かして、女性でありながら多くの凶悪なヴィランを撃退してきた武闘派のヒーローである。

 

 ミルコが今回のような大きな事件をどこからか嗅ぎ付けて解決に乗り出すのはいつものことなのだが、今日はいつもと少し違っていた。

 

「おーおー。悪そうなヴィランがいっぱいいるな! 取り敢えず全員蹴っ飛ば……?」

 

 三十人以上のヴィランを見てミルコが好戦的な笑みを浮かべ、今まさに飛びかかっていこうとしたその時、突然空から巨大な「何か」がヴィラン達の元に降ってきた。

 

 空から降ってきて数名のヴィランを踏み潰したのは、脚が無いのにもかかわらず何らかの力で宙に浮かび、両手に威圧感を放つ戦槌と剣を持った、とあるゲームで敵キャラクターとして登場するロボット……キラーマシン2であった。

 

『『………!?』』

 

 ヴィラン達はいきなりゲームの敵キャラクターであるキラーマシン2が現実世界に現れたことに驚き絶句して、ミルコが楽しそうに笑う。

 

「ははっ! 個性の使用を許可してすぐに奇襲とは中々いいぞ、『イージス』!」

 

「ありがとうございます。ミルコさん」

 

 ミルコの言葉にキラーマシン2、強襲装甲ヒーロー「イージス」こと機械島巻菜が礼を言い、それを聞いてミルコが頷く。

 

「よし! それでは私も遅れないようにしないとな! 行くぞ!」

 

 そう言うとミルコは今度こそヴィラン達に向かって飛びかかり、それと同時に巻菜が乗り込んでいるキラーマシン2もヴィラン達に攻撃を開始した。

 

 そしてその後、繰り広げられたのは戦いではなく一方的な蹂躙であった。

 

「脱兎の如く蹴りまくる!」

 

「はぁっ!」

 

『『ギャアアアアアッ!?』』

 

『『……………!?』』

 

 ミルコが蹴りを放ったり、巻菜のキラーマシン2が武器を振るう度にヴィランがゲームのように吹き飛ばされ、周囲にいる目撃者達はその嵐のような戦いぶりをただ驚きの表情で見ることしかできなかった。

 

「ひ、ひいいっ!? 助けて! 助けてぇ! お、お巡りさぁん!」

 

 三十人以上いたヴィランの一人が恐怖に堪えかねて近くにいた警察官に助けを求めようとする。しかし……。

 

「じ、自首します! 自首しますから助……ゲッ!?」

 

「逃がさん!」

 

「逃がしません」

 

『『………!?』』

 

 警察官に助けを求めようとしたヴィランは、ミルコの踵落としとキラーマシン2の戦槌によって警察官の目の前で地面に叩きつけられ、「じ、自首するって……言ったのに……!」と涙を流しながら呟いてから気絶した。

 

 これには警察官だけでなく目撃者達もドン引き。おまけに生放送を見ていた視聴者達もドン引きである。

 

 しかしミルコと巻菜は周囲がドン引いているのにも気づかずにお互いの顔を見て、やがてミルコが面白そうに笑う。

 

「イージス! お前、やっぱり筋がいいな! だがまだまだ私の方が強いからな!」

 

「……総合的な戦力は兎も角、ヴィランを倒すスピードと効率は負けていないと判断します」

 

「ほう……」

 

「……」

 

 ミルコの言葉に巻菜が返事をするとミルコは好戦的な笑みを浮かべ、巻菜はキラーマシン2の内部で見つめ返す。それから数秒間見つめあった二人は突然視線をヴィランの方へと向けて行動を開始した。

 

「私の方が速い!」

 

「いいえ。私の方が速いです」

 

 どうやらミルコと巻菜の二人は、どちらが多くのヴィランを倒せるかで勝敗を決めることにしたらしい。そして勝負の得点代わりにされたヴィラン達は……。

 

『『イヤアアアアアアアアアアアッ!』』

 

 全員泣きながら逃げ出した。こうなればもはやヴィランとしての目的やプライド等は何処にも存在しなかった。

 

 そこから先は三十人以上のヴィランと二人のヒーロー(一人はまだ学生だが)によるリアル鬼ごっこが行われ、その様子は正に阿鼻叫喚という言葉が相応しかった。

 

 

 

 プッ。

 

 テレビの緊急ニュースがヒーローとヴィランによる鬼ごっこになったところで黒岸と緑谷、爆豪と相澤の四人は、ほぼ同時にテレビの電源を切った。その後、テレビの電源を切った四人は、そのまま頭痛をこらえるかのように額に手を当てると同時に呟く。

 

「マキナがまたやらかした……」

 

「まきちゃんがまたやっちゃった……」

 

「マキがまたやらかしやがった……」

 

「機械島がまたやらかしたか……」



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少し不安になってきたんだけど?

「ほう、ここが保須市か。中々いい街じゃないか」

 

「そうね、ジェントル」

 

 駅から降りて街の様子を見たジェントルが言うと、それにラブラバさんが頷き返事をする。

 

 体験学習五日目。俺達はジェントルの事務所がある街とは別の街……どころか別の県、東京都の保須市に来ていた。

 

 何故俺達がこの保須市に来ているかというと、それは昨日ジェントルが呟いた一言が切っ掛けだった。

 

 

『そうだ。保須市へ行こう』

 

 

 ジェントルがそんな「京都へ行こう」みたいなノリの言葉を言ったのは、パソコンの達人であるラブラバさんがインターネットの情報網からとあるヴィランがこの保須市に潜伏しているという情報を得たのを聞いたからだ。

 

 ステイン。

 

 ヒーローのみを狙い、これまでに多くのヒーローを再起不能、あるいは殺害してきた「ヒーロー殺し」の異名を持つ凶悪なヴィラン。

 

 そして俺が先日ベホマで治療した飯田の兄、インゲニウムを襲い、病院送りにしたヴィランでもある。

 

 保須市にステインが潜伏していると知ったジェントルは、「凶悪なヴィランを捕まえる協力をするために、あとついでにここで活躍をしてこの間炎上して人気が下がったネットの人気を取り戻すため」という、前半が本音であってほしい目的で俺とラブラバさんを連れて保須市にやって来たのだ。

 

「東京都内なのに落ち着いた雰囲気がとてもいい。できれば仕事ではなくプライベートで来たかったね」

 

「ジェ、ジェントル!? それってもしかしてデー……」

 

(……なあ、相棒? コイツら、本当に大丈夫なのか?)

 

 俺がのんきに話をしているジェントルとラブラバさんを見ていると、頭の中にはかいのつるぎの呆れたような声が聞こえてきた。……うん。まあ、はかいのつるぎの気持ちも分からなくはないが……。

 

 大丈夫だと思うぞ? ジェントルもラブラバさんも実力者だし、根は真面目で正義感が強いから事件が起こればきっと……ん?

 

 心の中ではかいのつるぎに話しかけていると、少し離れた場所から何やら騒がしくなった。騒がしくなった方を見てみると、人相の悪い男がバッグを脇に抱えて走っており、その後ろで女性が叫んでいた。

 

「誰かその人を捕まえてぇ! 私のバッグ!」

 

「むっ? 引ったくりかね? 私の前で犯罪を犯すとはなんと愚かな」

 

 女性の叫びを聞いてジェントルが表情を引き締め、自分の個性を使って引ったくり犯を捕まえようとするのだが、それより先に行動に出る者がいた。

 

「脱兎の如く蹴っ飛ばす!」

 

「……!?」

 

 ジェントルよりも先に行動に出たのは頭に兎のような耳を生やした女性で、彼女は引ったくり犯に強烈な蹴りを叩き込んで、まるでサッカーボールのように吹き飛ばした。

 

 あれはプロヒーローのミルコ!? 何でこんな所に……っていうか、容赦ないな? いくら何でも普通たかが引ったくりにそこまでするか?

 

 そしてミルコに蹴り飛ばされた引ったくり犯が飛んでいく先には、四本足の全身青のロボット……キラーマシンの姿があった。

 

 ……あれってもしかしなくてもマキナか? あいつ、ミルコの所に行っていたのか?

 

「捕まえます。……あっ?」

 

『『あっ』』

 

 マキナが乗るキラーマシンはミルコに蹴り飛ばされた引ったくり犯を右手を繰り出して捕まえようとしたのだが、間違って引ったくり犯を掌底を叩き込む形で殴り飛ばしてしまう。

 

 これを見てマキナだけでなくミルコや俺達も思わず声を出してしまって、ミルコに蹴り飛ばされた上にマキナのキラーマシンに殴り飛ばされた引ったくり犯は、近くにあるそば屋の中に玄関を破壊して激突したのだった。

 

 

 

「こンの……大馬鹿者どもがぁぁぁっ!!」

 

 数分後。街に一人の男の怒声が響き渡った。

 

 怒声を上げたのはエンデヴァーで、その巨体からは怒りが具現化したような炎が凄まじい勢いで立ち昇っている。

 

 エンデヴァーの前には、それぞれ首に「私は過剰な暴力を振るった愚か者です」というプラカードを首から下げて地面に正座しているミルコとマキナの姿があり、後ろには両手に箸と蕎麦つゆが入った容器を持っている轟の姿があった。

 

 先程マキナが殴り飛ばした引ったくり犯が激突したそば屋、そこでは丁度パトロール中の昼休憩でエンデヴァーと轟が昼食を食べていたらしい。これにより久しぶりの息子との団らんを邪魔されたことと、現行犯の引ったくりとは言えオーバーキルすぎる暴力を振るったことにエンデヴァーは激怒して、こうして説教をしているのである。

 

 ミルコとエンデヴァーがこの街にいるのはジェントルと同じくステインが目的なのだろう。普通に考えれば無数にいるヒーローでも上位にいる二人がここにいるのは頼もしいはずなのだが……。

 

 ……なあ、はかいのつるぎさんや?

 

(どうした、相棒?)

 

 何だか俺、少し不安になってきたんだけど?

 

(……ああ、だろうな)

 

 正座をしているミルコとマキナに説教をしているエンデヴァーを見ながら、はかいのつるぎに心の中で話しかけると、はかいのつるぎはこちらを同情しているような声で返事をしてくれた。



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笑えばいいのか?

「ま、まあまあ……。エンデヴァーさん、もうそのくらいにしたらどうですかな?」

 

「ん? 貴様は確か……ジェントル・ジャスティスだったか?」

 

「ほう!?」

 

 見るに見かねたジェントルがミルコとマキナに説教をしているエンデヴァーに話しかける。するとそれによって初めてジェントルに気づいたエンデヴァーが彼の名前を呼び、No.2ヒーローに名前を知られていることにジェントルが嬉しそうな表情となる。

 

「これは光栄だね。まさかエンデヴァーさんに名前を知られているとは」

 

「ああ。貴様は自分の活躍をネットで公表する変わり種としてある意味有名だからな。……しかしネットでヒーロー活動を公表するのは止めたほうがいいと思うぞ? 確かにヒーローは人気商売でもあるから自分の宣伝をする意味はあると思うが、規制の入った情報を流してしまう危険もあるからな」

 

「ホウ!?」

 

「ジェントル!?」

 

 エンデヴァーの冷静な指摘にジェントルは嬉しそうな顔から一転、顔色を真っ青にすると胸に手を当てて膝をつき、ラブラバさんが慌ててジェントルの元に駆け寄る。

 

 どうしよう? エンデヴァーの言葉が正論すぎてジェントルのフォローができないのだが?

 

「あれ? そこにいるのはアバンナイト君じゃないか?」

 

「アバンナイト君。君も来ていたのか?」

 

 俺がジェントルをどう慰めようか考えたいると、後ろから聞き覚えのある声が俺をヒーロー名で呼んできた。後ろを振り返るとそこには、先日ベホマで傷を治療したヒーローのインゲニウムとその弟の飯田の姿があり、二人が俺のヒーロー名を知っているのは病院で俺が教えたからだ。

 

「この間はお世話になったね。お陰で助かったよ」

 

「ん? それはどういうことだ、インゲニウム? この少年がどうかしたのか?」

 

「えっ。ああ、それはですね……」

 

 インゲニウムの言葉にエンデヴァーが聞くと、インゲニウムは重傷を負って俺に治療された時のことを話した。するとそれを聞いたエンデヴァーとミルコが興味深そうに俺を見てきた。

 

「ほう……。どんな重症も治せるとは凄い個性だな。……ふむ。ジェントル・ジャスティスよ」

 

「ほう?」

 

「ここにいる我々は『ヒーロー殺し』を追跡するために協力体勢をとっている。そこに貴様も入る気はないか?」

 

 エンデヴァーは未だに膝をついて落ち込んでいたジェントルに協力を申し込んできたが、これって間違いなく俺のベホマのことも考えた申し出だよね?

 

 ジェントルもそのことが分かっているようで、少し考えてから口を開いた。

 

「……正直、アバンナイト君にばかり頼るのは不甲斐ないが、ここは協力し合う方がいいだろう。……すまないね、アバンナイト君」

 

「いいえ。気にしないでください」

 

 エンデヴァーの協力要請を受けてからこちらに謝ってくるジェントルに俺はそう言うと、マキナと飯田と轟に話しかけた。

 

「そんな訳でこちらもよろしく頼む。マキナ、飯田、轟」

 

「いや、待て」

 

 俺が声をかけると轟がどこか責めるような目で俺を見てきた。

 

「ヒーローコスチュームを着ている時は本名じゃなくてヒーロー名で呼び合うべきだ。……お前、案外常識がないんだな?」

 

 ……………………!?

 

 轟に非常識だと言われた瞬間、俺は何故かこれ以上ない屈辱を感じた。理由は分からないが、これ程の屈辱はそうはないと思う。

 

 言ってみれば物間に「人を挑発するようなことは言ってはいけないよ?」とか言われたり、鉄哲に「少し落ち着いた方がいいぜ?」とか言われたりするような、そんな屈辱だ!

 

 しかし轟が言っているのも事実なので、大人な俺は全力で抗議したいのを抑えて彼に謝ることにした。

 

「そ、そうだな……。それはすまなかった。じゃあ、俺はなんて呼んだらいいんだ?」

 

「ああ、俺のヒーロー名は『氷炎英雄(ヒーロー)フレイザード』だ」

 

 ……。

 

 ………。

 

 ……………。

 

 いきなりだけど轟って、ドラゴンクエストの異世界で一緒に先生の教えを受けた兄弟子と声がそっくりなんだよな……。

 

 そんな兄弟子そっくりの声で「俺はフレイザードだ」と言われたら、俺はどうしたらいいんだ? 笑えばいいのか?



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【番外編】……知りたい? by緑谷

久しぶりの投稿は、ある意味皆のヒロイン(?)マキナの武勇伝(??)を緑谷が語る話です。


 これは雄英体育祭が終わって少ししたある日のこと。俺は緑谷に用事があって電話をかけて、そのついでで会話をしていた時に、ふとあることが気になって聞いてみたのだった。

 

「なあ、緑谷? ちょっといいか?」

 

『どうしたの? 黒岸君?』

 

「マキナと爆豪の事なんだけどな? お前、体育祭の時に全力カウンターパンチ事件とか爆豪全裸事件とか言っていただろ? マキナの奴、今まで爆豪にどんなことをしてきたんだ?」

 

 俺が緑谷にこの質問をしたのは単純な興味。人間の女性に転生した元キラーマシンが、俺がいない所でどんなことをしていたのか知ってみたくなっただけだ。

 

 ……しかしその数分後、緑谷の話を聞いた俺は「聞くんじゃなかった」と心の底から後悔することを、この時の俺は知らなかった。

 

『……………………………………………………知りたい?』

 

「え? あ、ああ……?」

 

 俺がマキナのことを聞くと、緑谷は一切の感情が抜け落ちた声で確認してきて、俺は反射的に頷いた。頷いてしまったのである。

 

 すると緑谷は数秒後、大きなため息を吐いて今までしでかしたことを話してくれた。

 

『……………はぁ。分かったよ。それじゃあ最初に、いじめられていた僕を助けようとしてくれた時、かっちゃんから爆破の個性を使った攻撃をされても、眉一つ動かさず全力のカウンターパンチを顔面に叩き込んだ、幼稚園の「全力カウンターパンチ事件」。この時かっちゃん、前歯を含めて歯を二、三本折ったかな?』

 

 いきなり安定のキラーマシンっぷりだな。

 

 マキナの奴、いじめを止めようとして歯を折るだなんて、相変わらずヤバいな。

 

『次はやっぱり僕をいじめていたかっちゃんを後ろ回し蹴りで気絶させた後、服を脱がせて裸にした小一の「爆豪全裸事件」。ちなみにこの時のマキちゃん、かっちゃんを仰向けにした上にM字開脚にして、そのせいでしばらくの間かっちゃん、「エム豪開己」なんてアダ名で呼ばれて三日くらい学校を休んだっけ?』

 

 爆豪の奴、よく三日休むくらいで済んだな? そんな仕打ちをされたら三ヶ月くらい引きこもりになりそうだが?

 

『プール授業の後、かっちゃんとその友達に着替えの服と下着を隠されたんだけど、全裸で廊下を爆走してかっちゃんの顔面をドロップキックで蹴り飛ばした小二の「全裸でドロップキック事件」。かっちゃん、鼻血を思いっきり流していたけど、マキちゃんのドロップキックのせいだって必死に言っていたな……』

 

 うん。これは用意に想像できる。元キラーマシンのマキナに羞恥心を求める方が間違っている。

 

 あと小二の爆豪よ、そんなに必死にならなくても分かっているから。

 

『理由は忘れたけど、男子トイレで喧嘩をした時に大きい方の便器にかっちゃんの頭をパイルドライバーで叩き込んだ小三の「男子トイレでパイルドライバー事件」。その便器はしばらく前から使っていなかったと思う……きっと……』

 

 いや、緑谷。そこは使っていなかったと断言してやれよ?

 

『学校の帰り道、歩道橋の上から僕をいじめているかっちゃんを見つけたまきちゃんが、歩道橋の上からムーンサルトプレスをして見事にかっちゃんに着弾した小四の「歩道橋の上からムーンサルトプレス事件」。あの時のムーンサルトプレス、綺麗に決まって通行人から拍手が起こったんだよね』

 

 マキナの奴だったら無駄に芸術点が高そうだし、俺もちょっと見てみたいかな?

 

『理由は分からないけど、プールの授業で着替え中にまきちゃんが男子更衣室に乱入してきて、裸のかっちゃんの頭……じゃなくて股間の、その……アレにアイアンクローをした小五の「男子更衣室でアイアンクロー事件」。この時かっちゃん、凄い声で悲鳴を上げて、あれには僕だけじゃなく、他の男子も内股になっていたな』

 

 そりゃあ、内股になるだろうよ。マキナの奴、なんて恐ろしい真似をしやがる……!

 

『休日に駅で出会ったまきちゃんとかっちゃんが喧嘩して、電車の線路上でマキちゃんがかっちゃんにパロ・スペシャルを仕掛けた時に電車がやって来て、危うく二人揃って電車にひかれかけた小六の「線路上でパロ・スペシャル事件」。これはその日の夕刊に載ったと思うんだけど、どうだったかな?』

 

 いや、絶対載ってるよ。なんならニュースでも報道されてたと思いますけど?

 

『プール授業の最中のふとした口論がそのままケンカになった中一の「プールの底で卍固め事件」。この時はマキちゃんもかっちゃんも溺れて救急車で運ばれたんだよね』

 

 ……本当に何をやっているんだよ? マキナと爆豪。口喧嘩で救急車で運ばれるまで喧嘩するか、普通?

 

『プロヒーロー……エンデヴァーが学校に訪問するイベントで喧嘩をしたまきちゃんがかっちゃんをジャイアントスイングで投げ飛ばして、止めに来たエンデヴァーの股間にかっちゃんの顔が命中した中二の「プロヒーローの股間へジャイアントスイング事件」。……そう言えばこの頃から元々ファンサービスの少なかったエンデヴァーのファンサービスがほぼゼロになったんだけど……まさかね?』

 

 いや、まさかじゃねぇよ。明らかにマキナが原因だって。

 

『夏のプール授業の時、僕がかっちゃんに絡まれていると着替えの最中で下の下着一枚のまきちゃんが女子更衣室から出てきて、呆気に取られたかっちゃんをマウントポジションでひたすら殴った中三の『女子更衣室前でマウントポジション事件』。この時のまきちゃんは……『色々』と凄かった、かな?」

 

 今思ったんだけどマキナと爆豪のトラブルって夏のプールに起こりやすくない? あと緑谷、この事件でマキナのどこが凄かったのかは聞かないでおく。

 

 ……それにしても爆豪の奴、俺の予想を遥かに超えてマキナに酷い目に遭わされているんだな。

 

 とりあえず、これからは爆豪のことは「フェニックス爆豪」とでも呼んだ方がいいのだろうか?




ヒーローアカデミアの二次小説で新しく「笑えない少年のヒーローアカデミア」という作品を書いています。
ご都合主義の駄文ですが、よければ読んでみてください。


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