【完結】届け、ホシガリスポーズ! (お菊さん)
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ようこそ、初めてのガラルへ

 

さあ、あなたもやってみよう。

両手を固く握りしめたまま両腕を真っ直ぐ上に伸ばす。

ゆっくり手を下ろし始め、右の握りこぶしは右の頬に、左の握りこぶしは左の頬にくっつける。

そして渾身の大声で叫ぶんだ。

「――ホシガリス、ポオォズ!!」

 

 

 

 

 

 

届け、ホシガリスポーズ!

 

 

 

 

 

 

空港の搭乗ゲートをくぐり、生まれて初めてガラルの地を踏みしめた。

シンオウより温かく全体的に活気がある。あちこちから聞こえてくるガラル語に、改めて自分が本当にガラルに来たことを実感した。

 

シンオウ地方。ガラルとは土地柄も文化も言語も違う場所で、かの有名なカントーなんかとは同じ言語を使う。土地全体がやや寒冷で、最北端のキッサキシティにいたっては一年中雪が降る豪雪地帯だ。以前にはギンガ団という組織がひどいことをしていたが、チャンピオン・シロナ達によって組織は壊滅したと聞いている。

自分はそんなシンオウのノモセシティに住んでいる。近くにノモセ大湿原という有名な湿原があり、ポケモンと自然の保護及び研究が行われている。逆に言うと、それとジムしか名所のないめちゃめちゃ田舎だ。

 

 

 

 

「ようこそ、お客さん。空飛ぶタクシーは始めてかい? それならアーマーガアも始めてだね。見た目から凶暴に見えるかもしれないが、こいつは人懐こいから大丈夫さ。スピードはイマイチだが揺れは少ない、ゆったりした観光にはうってつけだよ」

 

ガラルに来たらまず探せと言われていた『空飛ぶタクシー』。空港を出てすぐに見つけた乗り場に近づいたら向こうから声をかけられた。黒光りする甲冑を思わせる羽をまとった鳥ポケモン、アーマーガアは主の言う通りだと言わんばかりに「カァ」と一鳴きする。ヤミカラスにどことなく似ているが、近縁種だろうか。

 

「それでどちらに? ジムチャレンジなら二日後開会式があって、その後から試合が始まるからそれまで観光? ……ほう、ラテラルタウンか。あそこには英雄の像があるからド定番だ。……ああ、人に会うのか。それでも見ていきなよ、かつてガラルを救った英雄達の像を!」

 

あれを見つけたソニア博士の本を読んだかい? などと続く運転手の会話を適当に相づちを打って聞き流していく。申し訳ない、観光に来たんじゃないし、歴史を知るために来たんでもないんです。

 

「また移動の必要があったらぜひこの番号にかけてくれ! スマホロトムに登録させとけば何かあってもすぐ呼べるからな!」

 

飛び去って行く運転手に頭を下げながら聞き慣れない言葉を反芻する。スマホロトム、スマホロトムか。……あいつ扇風機や冷凍庫だけじゃなくて、スマホにまで入り込んだのか。それにあの言い方だと、何匹もいるってこと? シンオウじゃあまり見つからないんだけど、やっぱり土地ごとの違いってあるんだなぁ。

 

 

 

 

 

「こんにちは。君、もしかしてマキシさんから連絡を受けた……?」

 

しばらく待っていると、近づいてきた人に声をかけられた。白髪の男性が黒と紫を基調としたユニフォームを着てこちらの様子をうかがっている。おかしいな、確かに自分はマキシマム仮面にここで人と待ち合わせるよう言われたけど、相手はジムトレーナーであってスポーツ選手じゃないはず。

 

そうそう、マキシマム仮面。有名な覆面レスラーでシンオウ地方ノモセシティのジムリーダー。水タイプのエキスパートにしてプロレスファンも抱える、我らがシンオウが誇るヒーローの一人。個人的なつながりはないけど、今回ガラルに来るために力を貸してくれた大恩人だ。

 

「私はレイジ。この街にあるラテラルジムのトレーナーだよ。シンオウと違ってこっちではトレーナーは公式戦の時、ユニフォームを着るルールがあるんだ」

 

レイジさん。確かに待ち合わせの相手の名前だ。生まれも育ちもガラルだけど縁あってマキシマム仮面と知り合いだったらしく、今回のジムチャレンジをフォローしてくださるのだ。そんな大切な人をジロジロ見てしまったことを詫びる。

 

「いいんだよ。土地が違えば文化も違う。さぁまずは私の家へどうぞ。ガラル以外の土地からのジムチャレンジャーは珍しいから、今から色々教えてあげよう」

 

そう。わざわざ遠いシンオウからここガラルに来た理由。それはここで行われている年に一度のジムチャレンジに参加するためだ。

 

 

 

 

レイジさんの家にお邪魔し、お茶をいただいてから本題に入る。まずレイジさんが渡してくれたのは白い封筒に入れられ、厳重に封がされた手紙。

 

「これが推薦状だ。いくらマキシさんがジムリーダーでも他地方だからね、推薦状は作れない。だから私名義で作っておいたよ。これをエンジンシティのスタジアムにいる受付に渡せば申請完了になる。なくさないように……って、10歳の子どもならともかく、君のような大人にわざわざ言うことではないね」

 

そう。自分は23歳、立派に仕事をしている大人だ。ノモセの近くにある飲食店スタッフとして、店長の手伝いとして日々料理を作っている。結婚はしてないけど独り暮らしをしてて、今も職場には長期休暇を取ってここに来ている。……ジムチャレンジ期間が終わったらシンオウに帰らなくてはならない。

 

「次にユニフォームだけど、チャレンジャーには無料で一着おそろいのユニフォームが配られる。……これだね、白いやつ。それとは別にガラルの各ジムはジム専用のユニフォームを販売してる。大人の君なら分かると思うけど、ジムの運営資金のためであり、同時に宣伝のためでもある。君が望むならウチのラテラルジムユニフォームをあげようか? ゴーストタイプのジムらしい配色だろう?」

 

なるほど、ユニフォームの真ん中にプリントされているマークはジムのロゴなのか。俗に言う人魂の形をしていたのはゴーストタイプだからか。この人には大変助けられている。ユニフォームはありがたく着させてもらうことにした。

 

「開会式には白い方を着るルールだから、公式戦の時からそっちを着るように。次にタウンマップは持ってるかい? ……なかったか。それならあげるよ。持っていきなさい。それとこれも。チャレンジャーに渡されるバッジホルダーだよ。ジムからもらったバッジはこれにはめておくようにね。それとスマホはあるかい? ……ロトム? ああ、入って無くても失格とかにはならないから大丈夫さ」

 

良かった。スマホにロトムが入ってなければならない、なんてことになってたらお先真っ暗だった。

 

「多少不便だけど活動できないことはないと思うよ。そういやシンオウにはそもそもロトムはいるのかい? ……いるけどスマホには入ってない。ふぅん、やっぱりポケモンは同じでも生態は違うんだねぇ」

 

レイジが「なぁ?」 と声をかけるとポケットからスマホが飛び出して「ロト!」と電子音で応えた。さすがはゴーストタイプ使い、当然ロトムも持っていたか。そんな視線を感じてか「スマホロトムはバトルに使わないよ」と教えてもらう。一切バトルはせず、日常のパートナーなんだそうだ。ガラルすごい。

 

「こちらから渡すものはこれで全部だけど、エンジンシティで買い物しておくものを教えるよ。バトルじゃなくてジムチャレンジに必要なものさ。本当は自転車が欲しいけどそれは無理だろう。となると必要なのは――、カレーだね」

 

……カレー?

 

「カレー知らないのかい?」

 

いやいや知ってる。良く知ってる。トレーナースクール生人気給食トップ10に入るみんな大好きカレーライス。でも何で今、カレー?

 

「ああ、ジムからジムへ移動する時大抵キャンプで食べるのがカレーなんだ。ポケモンも大好きだよ? 一緒にカレーを食べたイーブイがブラッキーに進化するなんて話もよく聞くし」

 

ポフィンは。 シンオウでポケモンとの絆を上げるって言ったらポフィンである。その文化は存在しないのか。せっかくポフィンケースと小鍋も持ってきたのに。

 

ちなみにポフィンはポケモン用の焼き菓子で、見た目は人間が食べるマフィンのような物。ただその生地に煮詰めた木の実を使うため、その木の実の出来に味が左右される。煮詰めるのが上手い人が作ったポフィンは高額だが買い手は多く、特にコンテストやポケウッドに出るポケモン達がコンディションを調整するために食べるのだ。

 

「ポフィンはないなぁ。木の実は人の敷地でなかったら自由に取っていいから作ることはできると思うよ。ただ、ワイルドエリアではカレーを何人かと作る方が効率がいいから覚えておくといい」

 

ワイルドエリア? その問いにレイジは含みを持たせた笑顔を浮かべ「その時になったら説明されるよ」とだけ告げる。今は入る資格がないらしい。どんな所なのだろう、ワイルドエリア。

 

 

 

 

「ということで、ここでできる説明は終わりかな。開会式は明後日だから、今日はラテラルジムが抑えてるホテルに泊まりなさい。明日エンジンシティに行って必要なものを買って受付をすませる。いよいよその次の日が開会式。そこから君のジムチャレンジが始まるんだ」

 

そこでレイジは一度呼吸を整えると、「最後に二ついいかな」と前置きした。続きを促す。

 

「マキシさんに聞いてるんだけど。君のジムチャレンジの目的がチャンピオンになることじゃなくて……、前チャンピオンのダンデに会うことだってのは本当かい?」

 

うなずく。

 

「そうか。今のダンデがいるバトルタワーに行くにしても実績が必要だから、ジムチャレンジで手っ取り早くその実績を作るんだね?」

 

うなずく。

 

「その……。どうしてダンデに会いたいのか、聞いても?」

 

申し訳ないが、言いづらい。別にやましいとか悪いことをするためとかじゃないのだが、涙を誘うような動機でもなければこれが本当に正しいのかも分からない。はっきり言えば、手紙でも済むようなことなのだ。

ただ、どうしても。どうしてもポケモンバトルという形を取りたかった。どうしてもトレーナーとして会いたかったのだ。

答えに窮していると「無理には聞かないよ」と気をつかってもらってしまった。

 

「最後の二つ目だけど。君のポケモンを見せてくれないかな。この歳までトレーナーをやってると、ポケモンを見ればある程度の人となりは分かるからね」

 

うなずいて腰に手を伸ばし、二つのモンスターボールを投げた。

 

「グレッグルと……、ええと、こっちのポケモンは? ガラルでは見たことないポケモンだね」

 

一匹目はグレッグル。どくづきポケモン。青い体、さらしを巻いたような胴、人のような二足歩行。ノモセ大湿原のマスコットポケモンでもある。

そして二匹目はこおろぎポケモン、コロトック。赤茶色の体にナイフのような二本の腕、こちらも虫でありながら二足歩行。確かにガラルにはいないポケモンだ。

 

「ふーむ、なるほど……。こっちのコロトック、特に君に懐いているね。付き合いも長そうだ」

 

その通り。コロトックは十年前からの付き合いだ。グレッグルは一年前に捕まえたので、確かに懐きは差が出ている。こればっかりは仕方ないことだ。

 

「ありがとう。もう私から言うことはないよ。ダンデはバトルタワーのオーナーになってからも度々他の場所で目撃されているらしい。君の目的が果たされるといいね」

 

ありがとうございます。お礼と共に、マキシさんに託されていたノモセ名物を渡す。湿原で土産物販売されている『グレッグルまんじゅう』だ。15個入りで、とても精巧なグレッグルの顔の形をしたまんじゅうに紫いもあんがぎっしり詰まっている。食べたときに口が紫色になる様子が毒の再現そのままと言われる、ある意味有名なお菓子だ。

 

「……素敵なお土産ありがとう」

 

明らかにひきつったレイジさんに向けて、グレッグルがとびっきりのウインクとサムズアップをかましていた。

 

 

 

 




主人公の性別はあえてぼかしてあります。
原作も男女選べるので、読み手の方に好きな性別を想像してもらえれば良いと思ってのことです。

また、レイジさんは原作ラテラルジム(盾)にいるNPCですが、この方だけオリジナル設定を付けさせてもらいました。公式設定ではないのでご容赦ください。


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ガラルポケモン、初ゲット

 

十年前、シンオウ地方。

 

『皆様、大変お待たせいたしました! いよいよエキジビションマッチが始まります! 今回は共に若くしてチャンピオンの座についた、天才同士の対決となっております!』

 

スタジアム中に歓声が響く。誰も彼も、瞳を輝かせてトレーナーの入場を待っている。隣に座ってるお父さんはすでに涙を浮かべながら『シロナ』と書かれたうちわを握りしめている。そんな父を母が般若の形相で眺めている。

 

『まずは我らがシンオウが生んだ才媛! 考古学者でありながらチャンピオンの座を守る、シンオウ最強のトレーナー、シロナァァッ!!』

 

大歓声と共に入ってきたのは長い金髪を揺らす女性、シロナ。隣からうおぉという嗚咽が聞こえてきた。これはお父さん、一ヶ月は家事全部やらされるな。

 

『対するチャレンジャーはガラルが産んだ奇跡の少年! 公式戦デビューの年にチャンピオン就任、以後防衛成功記録を更新中! ガラルポケモンリーグ委員会委員ローズ氏も見守る中、入場するは、新進気鋭の若き天才、ダンデェェッ!!』

 

おおお、と会場が沸き上がる。シロナの相手にとって不足なしと判断されたからだ。わざわざガラル地方から応援に来た人たちもいるらしく、聞き慣れない言葉も耳に届く。

 

「まぁ、カワイイ顔した男の子ねっ! あなたより少しだけ年上ってとこ? ……あら? そんな驚いた顔してどうしたの?」

 

 

――あのダンデさん、さっきまで一緒だった。

 

 

この返答を聞いてポカンと口を開けていた母を、今でもよく覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

ガラルに着いて二日目。ラテラルタウンを出てエンジンシティへ。レイジさんが呼んでくれた空飛ぶタクシーでたどり着いたそこは、ラテラルタウンと違って都会だった。田舎者の自分にはラテラルタウンの方が落ち着く。

 

「いらっしゃいませ」

 

トレーナーグッズ専門店に入る。そういえばさっき昇降機に乗ってみたが、思ったより勢いがあってびっくりした。吹っ飛ばされるかと思った。

 

「カレー鍋ですか? こちらのキャンプセットの中に入ってます。テント、鍋、調理器具一式、寝袋、あとウチのイチオシ、トロッゴン製石炭ですね。着火しやすいのでこれがあればカレーがすぐに適温になりますよ!」

 

手痛い出費だ。社会人トレーナーは親からの仕送りなどないので、自分の財力でジムチャレンジをしなくてはならない。特に自分のような他地方の人間は帰りの交通費もバカにならないので、節約しなくてはならないところにコレである。

 

「ジムチャレンジ期間のホテルですか? 確かにスボミーインは無料提供されますが、毎日律儀に戻る人は少ないですよ。基本的に道中でポケモンを捕まえたりバトルしながら進むので、キャンプで寝泊まりしながら町から町へ移動しますね」

 

そりゃそうだ。自分も一度だけジムバッジを集めようとしたことがあるが、ジムからジムへの道中出会うポケモン、トレーナーなどとの戦いを経て強くなるのは大切なこと。キャンプのための金を浮かせてホテルから最短距離でジムを巡ってもいいが、ポケモンの成長は間違いなく阻害されるだろう。

 

「お買い上げありがとうございました!」

 

爽やかな笑顔の店員に見送られ、重たくなった荷物を見る。大丈夫、シンオウに戻ったらこのキャンプセットで湿原キャンプしよう。そうすれば無駄にならない。そうさ、未来への投資だと考えれば大して高い買い物じゃない。うん。……うん。

 

 

 

 

 

「いよいよ明日、ジムチャレンジの開会式だ! 望遠レンズは持ったかい? お気に入りのジムリーダーを間近に見るチャンスだよー!」

 

露店のおじさんが声を張り上げている。そうだ、明日だ。明日からとうとうジムチャレンジだ。このジムチャレンジ中にダンデさんに会えなければ、ほぼ自分の望みは絶たれることになる。

 

「キリリ!」

 

「グエロッ」

 

町中の公園、人気の少ない場所でポフィンケースを取り出した。そしてコロトックとグレッグルをボールから出す。前祝いだ、作っておいたポフィンをあげて士気を高めてもらおう。蓋を開け、一つ取り出してグレッグルに。

 

「グエグエ」

 

ニコニコ笑いながらポフィンをかじる。次はコロトックだとケースの中に指を入れるが空を切る。あれ、落としたかな。地面を見ても落ちていない。

 

「キリ、キリリリ!」

 

珍しいコロトックの激しい声を受けて顔を上げれば、コロトックが鋭い腕で何かを押さえつけていた。灰色の毛が生えたソレは、押さえつけられるがままにピクリとも動かない。

 

「キリリ! キリリリ!」

 

声を聞けばだいたい分かる。どうやら捕まえたそいつがポフィンを盗んだらしい。それを見つけたコロトックがとっさに押さえつけたのだ。自慢じゃないが料理だけではなくポフィン作りにも自信がある。今回作ったオボン味ポフィンはコロトックの大好物で、だからこそ怒り心頭、命令も無しに動いたのだろう。

 

怒るコロトックを見て、グレッグルが半分くらい食べかけのポフィンをコロトックに差し出そうとしている。大丈夫だグレッグル、気持ちは嬉しいが毒タイプのお前が食べたポフィンをあげたらコロトックが瀕死になる。だから安心して全部食べてくれ。

 

「グレ……」

 

申し訳なさそうにゴクンと飲み込み、コロトックが押さえつけていた下手人をグレッグルが持ち上げる。ようやくこそ泥の顔を見ると。

 

 

 

 

 

ほおぶくろをパンパンに膨らませたまま長い尻尾を丸めた灰色のポケモンが、キラキラと輝く瞳をこちらに向けていた。

 

 

 

 

 

「キキキィ……」

 

口の回りにポフィンの食べかすを付け、ほおぶくろから少しずつポフィンを飲み込むたびに味に感動しているのか体がブルッと震えている。最初は輝いていた目もしだいに恍惚に満ちた濁った目に変わってくる。なんだこいつ、泥棒のくせにちょっと嬉しい反応をするじゃないか。思わず照れてしまった。

 

「…………」

 

まずい、コロトックがシザークロスの構えをしてる。目が尋常じゃないくらい鋭い光を宿してる。――主ともども殺す気だ!

 

「キキィッ」

 

気がついたらほおぶくろの中身がなくなったようで、両手でほおぶくろを優しく撫でながら満ち足りた表情を浮かべている。そのポーズが妙に印象に残った。と、次の瞬間そいつはグレッグルの腕から飛び出すと、一直線に旅の荷物の中に飛び込んだではないか。ポフィンを取り出す時にチャックを開けたままだったのが災いした。

 

「キリリリィ!」

 

「グレ、グレェッ!」

 

シザークロスを発動する寸前、グレッグルがどうにかコロトックを羽交い締めにする。あ、危ない、そのまま発動したら例のこそ泥がミンチになる上に公園中に荷物が散乱してしまう。もう一度キャンプセットを買うのは勘弁願いたい、余分な金はないんだ! 助かったぞグレッグル!

 

「キキッ」

 

リュックからお騒がせポケモンがピョコンと顔を出す。残念だな、鞄の中にはさっき買ったキャンプセットに付随しているカレールーくらいしか食べ物はない。だからお前がいくら探してもポフィンはないのだ、ざまあみろ! と笑おうとした顔がひきつった。

……そのポケモンが手にもっていたのはカレールーではなく、空のモンスターボールだったのだ。

 

「キッ!」

 

待て待て待てこっちは金欠だからたくさんのポケモンを育てることはできないしこのジムチャレンジ期間も最高六匹まででどうにかやりくりしないといけないうわあぁあアイツ自分でモンスターボールのスイッチ押して中に入ったぁー!

 

 

 

ピコン、ピコン、ピコン、……パチッ。

 

 

 

お決まりのゲット成功を示す音を鳴らし、モンスターボールは非情にも泥棒の住みかとなってしまった。一瞬の出来事にコロトックもグレッグルも、そして自分も固まって動けない。しばらく放心した後、ゆっくりと顔を見合わせると、はぁ、と悲しいため息をもらす。

 

「グレ……」

 

コロトックを解放したグレッグルがモンスターボールを拾ってきてくれる。今回の旅、金銭的事情はあれど確実にジムチャレンジをクリアするために手持ちを増やしたいと思ってたのは事実。とんでもない形ではあるが記念すべきガラルゲット第一号とさせてもらおう。

 

「キリ! キリ! キリー!」

 

コロトックが両腕で腹をかき鳴らし、かなりパンクな感情を訴えてくる。ごめん、食べ損なったポフィンはホテルで作り直して改めて食べよう。

 

「キキーッ!」

 

その瞬間ボールから飛び出し喜び勇んで駆け回る謎のポケモン。そんなに気に入ってくれたのか。こいつがやったことは泥棒だけど、その反応は料理をする者には効果バツグンなのが辛い。結局我慢の限界を超えたコロトックのうたうを受けて爆睡した新しいポケモンを連れて、ホテル・スボミーインに向かうことにしたのであった。

 

 

 

 




そのうちバトルも書いてみたいですね。
ジムチャレンジ始まったら挑戦してみたいなぁ。


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ジムチャレンジ、スタート

 

 

「……なるほど。お前のやりたいことは良く分かった。確かに心残りってのはそのままにしない方がいい。解決できるならそれにこしたことはねぇ」

 

ノモセシティ、ノモセジムの一室。ジムリーダーのマキシは目の前の人物をじっと見る。ガラルのバトルタワーに行くため、ジムチャレンジに参加したい。どうやったら推薦状を得て参加できるだろうか。そんな相談だった。

 

「悪いが俺は推薦状を出せないんだ。ガラルの人間が出すのが最低条件なんだと。その代わりガラルのジムトレーナーとかならだいたい誰でもOKみたいだな。子どもにやらせたい親が推薦状依頼を最寄りのジムに出すのが一般的らしいぜ」

 

ガラルにいる俺の知り合いに頼めば推薦状くらいは用意できるだろう。ただ、もっと根本的な問題がある。

 

「だがな。分かるだろ? ジムチャレンジはポケモントレーナーが強くなるためのイベントだ。その上お前はただ参加するんじゃなくてダンデに会うためにガラルのバトルタワーに行かないといけねぇ。こっちのバトルタワーとシステムは同じだろう、ただ単に『ジムチャレンジに参加したトレーナーです。タワーに入れて下さい』ってんじゃ門前払いされるがオチだな。つまり、ジムチャレンジである程度の結果を残さなきゃってんだ」

 

シンオウにもバトルタワーはある。そこに行くには強いトレーナーであることが条件だ。それこそジムバッジ全部持つのは最低条件で、タワーではより過酷なバトルが待ち構えているという。ガラルの物も同様だろう。マキシが言うのも最もだ。

 

「プロレスも同じよ。レスラーになるのは簡単だが、売れるためには結果が必要だ。無名のレスラーなんざゴロゴロいる。スポットライトに照らされた舞台へ上がれるのは、例え前座に出るのだって実績がなけりゃ一生かかっても無理だ」

 

マキシはおぅしっ! と叫びながら立ち上がる。そして目の前の人間を指差しながら宣告した。

 

「お前は十年以上前に一度だけジム巡りをして、一つだけジムバッジを得て終わったんだろ? 当時のポケモンたちも一匹を除いて野生に返したんだな? そんなお前に推薦状の手伝いするにゃ条件がある。――このノモセジムをクリアしろ! できたらツテに依頼してやる。このマキシマム仮面に二言はねぇ!」

 

仕事をしている者にいまさらいくつものジムを巡るのは無理だ。職場に迷惑がかかる。だが、全く戦えないトレーナーを他地方に送り込むのは向こうに失礼になる。目の前にいるこいつが本気なら、ウチのジムをクリアしようと努力するはず。口先だけならどんな夢も語り放題だ。

 

「見せてみろよ、お前のやる気。俺は頑張る奴の味方だぜ!」

 

 

 

 

 

 

『それはホシガリスに間違いないね』

 

捕まえたポケモンを知るためにレイジさんに電話をすると、ガラル全土にいるメジャーなポケモン、ホシガリスだと判明した。ノーマルタイプで特性は『ほおぶくろ』。あの行動、納得の特性である。

 

『わりとタフだけど鈍足だよ。特殊攻撃、特殊防御は無いからそこに注意してバトルに出すといい。もちろん特性を活かして木の実を持たせてね』

 

ポケモン図鑑などポケモン研究所とコネを持つ人間くらいしか持てない垂涎の代物だ。普通のトレーナーは行動や生態から推測しながらそのポケモンのことを理解していくことで、ポテンシャルを引き出すことができる。

 

「キリキリ」

 

レイジさんにお礼を言って電話を切りって振り返ると、コロトックとグレッグル、そしてホシガリスが仲良く同じ皿からポフィンを取って食べている。ホテルに入ってポフィンを作り直し手持ちの三匹に振る舞ったところ、すっかり三匹は打ち解けていた。ホシガリスもある程度木の実を渡しておけば、盗み食いなどをする危険はないようだ。

 

「グレ」

 

袖を引っ張られたので下を見ると、グレッグルが皿を示している。……待って、多めに作ったはずのポフィンが無くなりつつある。どれだけ食べるのホシガリス。ガラルの木の実が取り放題で本当に助かった。

 

『……明日の天気は晴れですが、キバ湖周辺は霧がかかるでしょう。他のワイルドエリア内天気は以下の通りです』

 

いよいよか。いよいよ始まるジムチャレンジ。どうなるかなんて分からない。すでに想定外の形で三匹目が手に入っている。この先も楽にいけるとは思ってない。とにかく今できるのは、ポフィンをもっと作り置きしておくことだ。それが終わったら寝よう。次にベッドに入れるのがいつになるか分からないのだから。

 

 

 

 

 

快晴のエンジンシティに花火が上がっている。大勢の観客がスタジアムに集まり、開会式の始まりを今か今かと待ちわびている。

 

『さぁいよいよ今年も始まります、ガラルで最も盛り上がるイベント、ジムチャレンジ! 一昨年のチャンピオン交代という劇的な体験はまだ我々の心を熱くします。今年もあのような戦いが待っているのでしょうか!? では、大会委員長のダンデ氏に代わります』

 

控室にいる大勢の子どもチャレンジャーに形見の狭い思いをしていたが、ダンデさんの名前に弾かれるように壁のスクリーンを見る。そこには確かにあのダンデさんが映っていた。心臓が跳ねる。ダンデさんは挨拶、様々な諸注意を説明していく。

 

『……最後になりますが、今年のジムチャレンジ、本当はエンジンシティはカブさん担当だったのですが、急遽帰郷する必要が出てしまったため、外れてもらいました。その代わりとして、メジャージム昇格寸前の二つのジムリーダーから好きな方を選んで挑めるようになっています』

 

『はい、こちらは毒タイプ専門のクララさんとエスパータイプ専門のセイボリーさんですね。最近頭角を現してきた二人なのでダンデさんも楽しみなのではないですか?』

 

『そうですね。二人とも今までにいないタイプのジムリーダーなので期待しています。この点が例年までとは違うので、確認をお願いします。以上です』

 

『はい、ダンデさんご説明ありがとうございました。それでは今年は九人のジムリーダーに入場していただきましょう!』

 

フィールドがライトで照らされ、入場口から九人のジムリーダーが姿を現す。途端に会場は黄色い悲鳴で埋め尽くされた。戦う順番にジムリーダーを確認していく。

 

 

一つ目、ターフタウンのヤロー。

二つ目、エンジンシティのセイボリーもしくはクララ(日替わりで好きな方一名)。

三つ目、バウタウンのルリナ。

四つ目、ラテラルタウンのオニオン。

五つ目、アラベスクタウンのビート。

六つ目、スパイクタウンのマリィ。

七つ目、キルクスタウンのマクワ。

八つ目、ナックルタウンのキバナ。

 

 

驚くほど若いジムリーダーばかりだと感じつつ、タウンマップに素早く今までの情報を書き込んで行く。地の利がない以上こういった情報が攻略の助けになるはずだ。シンオウに帰るという明確なタイムリミットがある以上、無駄な行動は避ける必要がある。

 

『そしてそして! 八つのジムリーダーを下した者の中から一名のみ、ファイナルトーナメントへ進むことができる! 本気のジムリーダーを下した先に待つのは、我らがチャンピオンその人だ!』

 

プシューとスモークが立ち上ぼり、まだ子どものチャンピオンが入ってきた。スポンサーが印字されたマントが妙に大きく見える。この子がダンデさんを倒したチャンピオンか。不思議な雰囲気を感じる。きっとそれは神に愛された才能なのだろう。

 

『これから、ジムチャレンジが始まります――』

 

チャンピオンのあいさつが終わり、最後に自分を含めたチャレンジャーがフィールドに入場して開会式は終わった。最後の方は放送の声は聞こえていなかった。

 

 

 

離れた所にいたダンデさんを、じっと見つめていたからだ。

 

 

 

今はまだ、数多のチャレンジャーの一人でしかない自分が彼の目にとまるのは不可能だ。でも、このジムチャレンジの中でどうしても存在を認知してもらわなくてはならない。やりたいことと、伝えたいことがあるから。

 

『……以上で開会式を終わります。最初はターフタウンからです。皆さんの健闘をお祈りしています!』

 

熱気にあふれるエンジンシティスタジアムを出る。チャレンジャーのほとんどは十代だ。 「絶対チャンピオンになる!」「ワンパチと一緒なら勝てるもんね!」と盛り上がっている。一方で自分と同じ、あるいは年上のチャレンジャーは誰も彼も無言で真剣な表情をしている。自分と同じで何らかの『動機』を抱えているのだろう。

 

「ターフタウンは三番道路からガラル鉱山を抜けて、四番道路の先にあるんだよ!」

 

トレーナー達は我先にと街の外へ向かう。その先にある夢に向かって走り出す。さあ自分も向かわなくては。

行こう、みんな。

ジムチャレンジのその先で、ダンデさんに会うために。

 

 

 




ジムリーダーは独断と偏見で決めました。なお私は盾のみプレイ済みです。
また、可能ならジムチャレンジ対象じゃないカブ達や、ソニアのようなトレーナー以外のNPCの出番も作りたいところです。マスタードが難しい……。


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到着、ターフタウン

 

 

……俺は、迷っていた。

初めて来たシンオウ地方、空港までは順調だった。空港からスタジアムに向かう途中、見たことないポケモンを見つけて追いかけたのがいけなかった。

 

「リザードン、ダメか?」

 

空から降りてきた相棒に問うが、眉間にシワを寄せて首を横に振る。仕方ないことだ、リザードンだってシンオウは初めてなんだ。空から見たってここがどこだか分かる訳がない。

 

「ん? でもあっちに屋根が見えた? そうか、そこまで行けばなんとかなるかもしれないんだな! よし今すぐ行くぞリザードンって何で俺の服を引っ張るんだ! え? そっちじゃない?」

 

結局リザードンに乗って空を飛び、屋根の方に行く。ところがそこは廃屋か何かで人はいなかった。困り果てたところに、ガサガサという草むらをかき分ける音。ハイパーボールを構えたダンデの前に、年の近い子どもが飛び出してきた。

 

「――野生のトレーナーだな!?」

 

……それが、ダンデさんが自分にかけた初めての言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

「キキッ!」

 

ホシガリスに攻撃の指示を出すと、ガラル鉱山で出てきた野生のコロモリに飛び上がって噛みついた。コロモリは甲高い声で叫ぶとヨロヨロしながら飛び去っていく。ホシガリスはたくましい笑顔を浮かべてコロモリを見送ると、すぐさま木の実をくれとねだってきた。ふんぞり返ってるけど指示への連携はまだまだだし、第一木の実はバトル前にあげたばかりじゃないか。

 

「キキキィ……」

 

もらえないと人生、いやリス生が終わったような顔で落ち込むので見ていて辛くなる。こちとら料理人の端くれだ、飢えで嘆かれるのは辛すぎる。

 

「こんにちは、あなたのポケモン元気ですか? 疲れてるなら手当てしますよー」

 

鉱山を出てすぐのところにボランティアらしい人が立ち、トレーナーに声をかけていた。ガラルでは地域全体でジムチャレンジを応援するのが当たり前らしく、野生のポケモンが多く出る場所の近くには必ずボランティアがいて治療してくれる。なんてありがたいんだ、きずぐすりを買うお金が浮く。

 

「ターフタウンですか? ええ、この道をまっすぐ進んでいけば着きます。今の時期はとにかくジムに挑むトレーナーが多いから、町に着いたらすぐジムに予約いれた方がいいですよ」

 

そうか、開会式に参加したチャレンジャー全員がターフタウンに向かうってことは、ジムへの挑戦は順番になる。チャレンジャーは山ほどいても、ターフタウンのジムリーダーはヤローただ一人なのだ。

 

「ジムチャレンジ、頑張ってくださいね!」

 

礼を言って道を進む。野生のポケモンと遭遇したり休憩したりしながらいよいよターフタウンのスタジアムが見えた頃だ。

 

「わああぁぁあぁん!!」

 

けっこう近い所から子どもの悲鳴が聞こえてきた。横の小高い丘を見れば、白いユニフォームを着た子どもが泣きながら坂を駆け降りている。その後ろから白い毛玉が転がり落ちてくる。……いや、毛玉じゃない。モッコモコでフワフワな白い毛を持った、目の横で三つ編みに毛を束ねたおしゃれなポケモンだ。そいつが走ることを諦め、慣性の法則のままに坂を勢い良く転がり落ちているではないか。

 

「わあぁあウールーが止まらないよぉぉ!」

 

「グメェ~!」

 

あいつウールーっていうのか。ってぼーっとしてられない。子どもは今にも足がもつれそうだし、ウールーの速度は上がるばかりだ。声を上げながら子どもとウールーの間に入り込んだ。

 

「グメェッ!」

 

見事に腹に突っ込んできたウールー。さっき食べたボブの缶詰が胃を逆流しかける。肺にあった空気が全て鼻と口から出ていき、あまりの衝撃に自分が初めて友達に腹パンくらった時のことを思い出した。いやあれも辛かったよ、子ども心に。

 

「あぁっ!?」

 

ウールーの直撃を避け、すっかり腰を抜かした少年がさらに悲鳴を上げる。ねえ待ってこれ以上の惨劇が来るの? そう思って顔を上げると。

 

 

 

 

 

さらに二匹のウールーが、こちらに向かって転がり落ちてきていた。

 

 

 

 

 

やめてよ。もう無理だよ。一匹の衝撃ですでに意識が十年以上遡ったんだよ。二匹なんて、まだお母さんのお腹の中にいた頃に戻っちゃうよ。

ジムチャレンジはおろか人生を諦める羽目になると思わなかったため、精神への過負荷を避けるため思わず目を閉じた。さよならガラル、さよならカントリーロード。

 

「……っと、元気なウールー達だなぁ。はしゃぎすぎると危ないぞ?」

 

ジンギスカン鍋になると思い込んでいたが、いつまでたっても衝撃がこない。恐る恐る目を開ければ、どこかで見た男性が二匹のウールーを抱き抱えていた。嘘、あの衝撃を人間の身でいなしたの? この人実はメタモンなのでは?

 

「すみません、助かりました。おかげで怪我人無しですわ。本当に本当にありがとうございます」

 

そう言って目の前の男性、ヤローさんは深々と頭を下げる。まだ小脇に二匹のウールーを抱えたままである。

 

「ジムチャレンジのためにウールーを集めていた最中でしてね。これで全部です。あなたのど根性も見せてもらいました。ジムチャレンジ、楽しみにしとりますよ」

 

これお礼ですわ、とげんきのかけらをもらった。そのままヤローさんは自分の腹に食い込んでいたウールーをひっぺがし、腰を抜かして泣きじゃくる子どもをなだめに行く。……ジムチャレンジにウールーを使う? またあの体当たりされるの? シンオウのものとだいぶ違うなこの土地のチャレンジは!

 

とんだ大波乱があったものの、無事にターフタウンに着いた。スタジアムに行って申し込みをする。すでに大勢のチャレンジャーが見える。これは明日になっても無理かもしれない。ところが。

 

「ヤローさんから聞いています。ウールーがお世話をかけたそうで。特例で明日の朝一番にお受けしますとのことですので、明朝にいらしてください」

 

なんと、情けは人のためならず。ありがたい。今日しっかりと準備して挑ませてもらおう。

 

「当日こちらでチャレンジャーの確認をしたらあちらから入り、ジムごとに異なるミッションに挑戦してもらいます。ミッションをクリアしたら一度手持ちのポケモンの回復などをし、スタジアムでジムリーダーとのバトルです。勝てば一つ目のジムバッジを進呈します。なお、勝つまで次のエンジンシティでのチャレンジに挑むことはできません。他に質問はありませんか?」

 

一番気になってたことを聞く。

 

「……ジムミッションの内容は言えませんが、その、ウールーを体当たりさせることだけは絶対にありませんよ。あなたのような大人はともかく、子どもにそれやったら傷害罪になりかねませんし」

 

じゃあ何に使うの、ウールー。

 

 

 

 

 

 

受付を終え、買い物をすませた夜。ターフタウンの丘や遺跡の周りにはいくつものテントが設営されていた。自分のような朝にチャレンジする者がホテルに帰らず残ったからだ。

 

「キリリ、キリリー」

 

十年来の相棒、コロトックが腹を腕の鎌でこすり、ゆったりしたメロディを奏でている。コロトックは仕事のパートナーでもあり、食材を切ったり店で一曲奏でてくれたりするデキるやつだ。その素晴らしい演奏を聞いてホシガリスはニヤニヤしながら舟をこいでいる。あいつ夢の中でも木の実を食べてるに違いない。

 

「グレグレ」

 

一方のグレッグルは明日ポケモンに持たせる道具のチェックを手伝ってくれている。好戦的な性格でありながら自分なんかと一緒にいてくれる貴重な仲間だ。バトルしなくてもサンドバッグさえあれば満足するらしく、店の裏でよくサンドバッグ相手に暴れている。この二匹がいなければ自分はここにいない。それだけは間違いない。

 

「すぴー……すぴゃー……」

 

寝入ったホシガリスを無視し、荷物をまとめながら明日の試合の注意事項を思い出す。ポケモンは最大六匹まで使用可能で、入れ替えも自由。回復も適宜可能で持たせる道具は一匹につき一つ。それと気になることを聞かれた。

 

『ダイマックスはさせますか?』

 

ダイマックス。軽く聞いたところによると、ポケモンを巨大化させるバトル形式らしい。だからこそシンオウのようなジム内でバトルではなく、スタジアムに移動してのバトルになるとのことだ。巨大化ってどういうことだろう。

 

実はダンデさんに会いたいなどと言いつつ、ガラル地方の試合は見たことがない。テレビで放映されなければ基本的に他の地方の試合なんて見ることはないし、テレビで流すのはそもそも自分達の土地の試合だ。そういったよその試合を流す衛星番組は高いから契約してない。

 

そもそも一年前まで自分はトレーナーですらなかった。子どものときにトレーナーを夢見てあっさり現実を突きつけられ、今や料理人になりたての大人にすぎない。ノモセジムを攻略するのに一年かかったのだ、自分に相変わらず才能がないのは誰より分かっている。

 

「あっ、流れ星! ねがいぼしのかけら、落ちてないか探しに行こうよ!」

 

どこかのテントから聞こえた声にうながされ、見上げた黒い空を横切った銀色の光。ダンデさんに会えますように。三回早口で唱えてポケモン達をモンスターボールに戻し、寝袋に入ってランプを消した。

 

 

 

 




ヤローさんの口調は難しいですね。
ちなみに主人公のコロトックは戦闘が得意という訳ではないですが、代わりにシザークロスでニンジンのみじん切りができるスゴイやつです。


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決戦、ヤロー!

バトル描写の回のみ、分かりやすさのために主人公の言葉をかっこ書きで表示しています。
ポケモンの命令まで地の文だと紛らわしかったのでセリフ描写にしました。
よろしくお願いします。


 

 

「勝者! チャレンジャー!」

 

はあはあ、と荒い息をついてプールサイドに座り込んだ。コロトックも限界だったのか、宣言が終わったとたんにひっくり返ってしまう。フローゼルをモンスターボールに戻したマキシマム仮面はニカッと笑って拍手した。

 

「終わっちまったか。お前と戦えて楽しかったぞ。何より、俺もお前も楽しめる試合ができて良かった。……久しぶりの勝利の味はどうだ?」

 

まだ膝がガクガクと震えていたが、気持ちは昂っていた。勝てた。ジムリーダーに勝てた。一年かかったけど、勝つことができた! 自然と顔が笑顔になる。

 

「約束だ。向こうの知り合いに推薦状の依頼をしておく。今ならギリギリ今年のジムチャレンジに間に合いそうだな。ところでお前の目的の話、俺も考えてみたんだがよ。……保険をかけておくのはどうだ?」

 

 

 

 

 

 

ターフタウンのスタジアムコート入場口。ラテラルタウンジムのユニフォームに身を包み、緊張で震える体で呼ばれるのを待つ。ジムミッションはまさかのウールーをゴールまで誘導する牧羊犬体験だった。コロコロ転がるウールーは可愛いが、誘導のために走り回るこっちはたまったもんじゃない。

 

『それではジムリーダー、チャレンジャー、共に入場して下さい』

 

きた。ついに呼ばれた。ガッチガチに固まったまま、なんとかコートの中央まで歩く。向かいからはヤローさんも歩いてくる。中央で向き合うと、ヤローさんは和やかな笑顔を見せてくれた。

 

「そんなに緊張しないでください。大丈夫、まだ一つ目のジムですよ。昨日ウールーを受け止めたど根性があれば、僕らに勝てるはず。……よそで少しジムの経験があると聞いとりますんで、ダイマックスさせてもらいますわ!」

 

よろしくお願いします、とだけ返して二人は距離を置く。朝一番だというのにスタジアムにはそれなりに客がいる。轟く歓声の中、ついにジムリーダーとの戦いが始まった!

 

「頼むぞぉ、ヒメンカ!」

 

「グレッグル!」

 

フィールドに現れたのは見たことのないポケモン。花を模しているから間違いなく草タイプではある。問題は複合タイプがあるかどうか。こちらのグレッグルは毒と格闘タイプなので、毒が効くなら試合を有利に進められる。

 

「うーんこれは……、ヒメンカ、りんしょう!」

 

「グレッグル、どくばり!」

 

可愛らしい声を上げて歌い出すポケモン。しかしこちらのどくばりを明確に嫌がってかわしたのを見逃さない。あの避けよう、間違いなく毒の複合ではない。どくばりが決まれば有利になる。

 

「グレッグル、ちょうはつ!」

 

「落ち着けヒメンカ! 挑発に乗っちゃダメだ! こうそくスピンで無視してつっこめ!」

 

グレッグルがカチンとくる顔をするもスピンをかけたヒメンカは見ていない。グレッグルがちらっとこちらを見た。……なるほど、受けるのか。

 

「グレッグル、待ち構えろ!」

 

「待ち構え……、ん、そうか、グレッグルは格闘タイプ。リベンジ狙いかぁ。ヒメンカ、そのまま倒す勢いで突っ込んでやれ! 腰を入れるんじゃあ!」

 

これだからプロのポケモントレーナーは嫌だ。強くないトレーナーの頑張って構築した手をいとも容易く見抜いてくる。ただし今回は十年前と違ってジムチャレンジを進む明確な理由がある。見抜かれたからと負けられない!

 

二匹のポケモンがぶつかり合う。グレッグルが圧されていく。かなり厳しい表情になったが、それでもヒメンカの花部分を全身で掴み、見事回転を止めてみせた。

 

「グレッ!」

 

気合いの一吠え、掴んだヒメンカに膝蹴りを叩き込んだ。リベンジは後攻で必ずダメージを受けるが、代わりに相手に大ダメージを与える技。まともな一撃を受け、ヒメンカは甲高い悲鳴を上げながら後ろに下がろうとする。

 

「逃がすな! どくばり!」

 

グレッグルが素早く腕を振り抜くと、射出されたどくばりがヒメンカに刺さる。ヒメンカはしばらくまだ戦おうと歯を食いしばっていたが、やはり毒は効果抜群だったようでへなへなと倒れてしまった。

 

「よーしよし。頑張ってくれたなぁヒメンカ。ありがとなぁ」

 

ヤローは優しい声でポケモンを労る。次のボールから出てきたのはまた見覚えのないポケモン。ヒメンカに似た顔をしながら頭の部分が綿のようになっている。順当に考えれば進化形か。

 

「このワタシラガが最後のポケモン。うん、グレッグルとの絆。ポケモンへの理解も十分あって良いトレーナーですわ」

 

今出したばかりのフワフワ漂うポケモンにヤローは再びボールを向ける。取り替えるポケモンはいないって自分の口で言ったばかりでは? そんな心の声が表情に出ていたのだろうか、ヤローはいたずらっ子のような笑顔で告げた。

 

「もう少し下がった方がいいかな。――ダイマックスするからのぅ!」

 

ヤローのリストバンドが赤色に輝き、手に持ったボールも同じ色に発光する。ワタシラガをボールに戻したその時だ。

 

 

 

 

ボールが、人の顔よりもはるかに大きくなった。

 

 

 

 

唖然とする中、観客もヤローも慣れたようにその現実を受け入れる。巨大化したボールを優しくポンポンと叩いてから後方に力一杯投げ上げると、観客席から大きな歓声が響く。ボールから出てきたワタシラガは段階的に文字通り『巨大化』し、紅色の雲を身にまとわせてヤローの後方におさまった。

 

「顔つきからカブさんと同郷かなって思っとったんですが、当たらずも遠からずですかね。これがダイマックス。初めてのダイマックスが僕なら光栄だなぁ」

 

ダイマックス。これが、ダイマックス。想像してたのはせいぜい一回り大きくなる程度のもの。それがどうだ、スタジアムの高さほどに大きくなったではないか。威圧感も存在感も全てが桁違い。好戦的なグレッグルもさすがに見上げたまま固まっている。

 

「ジムチャレンジ最初の関門としての責務を果たさんとなぁ。聞いといてくださいね?」

 

はっ、と我に返る。ヤローさんはわざわざ説明の時間をとってくれるつもりなのだ。この人が一つ目のジムを任されている理由が分かった気がする。

 

「まず大前提として、ダイマックスしたポケモンは体力が飛躍的に上昇します。ダメージを負った状態でダイマックスしても、加算される形で体力が増えます。さすがにダイマックスと同時に全回復ってのはないですわ」

 

つまり、経験則で倒せるダメージを叩き込んでも倒れない可能性が高いってことか。

 

「次に、ポケモンが持つ技は基本的に効果が一律になるんだなぁ。各タイプの技は『そのタイプ技として発生する効果』が同じで、ダメージの値が元々の技を反映するようになっとります」

 

草技は草のダイマックス技に統合されるが、元々攻撃力が高い技ならダイマックスしても大きなダメージの技になるということ。なおステータス変化系統の技は全て『ダイウォール』という防御技になるらしい。

 

「また、通常の技がダイマックスポケモンには通用しないってパターンもあるんで気をつけてください。あと状態異常は通ります。それと最後にダイマックスは各試合一度きり、一匹のポケモンのみ、時間で強制的に元に戻りますんで」

 

そう言うと、ワタシラガがぐぐっと体を浮かばせた。説明は終わりということか。今の説明から引き出されるこちらの行動は……!

 

「グレッグル! ピントレンズでよく狙って! 頭の綿はダメだ、顔か足の植物部分のどっちかにどくばり! せめて毒を残すんだ!」

 

「良い判断ですわ。そう、分かると思いますがこの巨体から放たれる技は『外す』ってことはあり得ない。――ワタシラガ、ダイアタック!」

 

目をこらして針を打ち込む場所を狙うグレッグル。そのグレッグルに、ワタシラガの巨大化した足部分の草が叩きつけられた。地震と間違えるほどの衝撃の後、爆煙の中から緩やかに浮き上がるワタシラガ。下にはコートの芝に倒れて動かないグレッグル。

 

「んー、二匹目は……? 見たことないポケモンだなぁ。多分むしタイプだと思っとるんだけど。どうじゃろか?」

 

グレッグルを労りつつコロトックを出す。ボールから状況は分かっていたろうに、それでもワタシラガを見上げて固まる。しかしフルフルと首を振ると両手の鎌を交差させ、戦闘意思を示した。

 

「良い顔をします……、ん? ワタシラガ? ……あちゃー、毒が残ったか」

 

ワタシラガが巨大化したことで低くなった苦悶の声を上げる。見れば目の近くにどくばりが刺さっている。グレッグルの最後の一撃は見事に爪痕を残していたのだ。

 

「コロトック、シザークロス!」

 

「やっぱりむしか! むしタイプは苦手なんですわ。ここは足場を固める方が大事とみた。ワタシラガ、ダイソウゲン!」

 

羽を使って飛翔したコロトック、足部分に深く斬撃を入れる。一瞬敵の体が震えるも、ワタシラガは頭の綿部分を震わせて大量の種をばらまいた。それはコロトックを巻き込みながら大地に落ち、一瞬で種子を芽吹かせる。フィールド中が植物に覆われると大地が緑の光に包まれ、コロトックとワタシラガも同じ色に輝いた。

 

「グラスフィールド。微量とはいえ、この大地に隣接する全てのポケモンは体力を回復する。毒のダメージもあるけど、これなら遅延するはずじゃあ!」

 

舌打ちをしてしまう。こんな巨大な相手、コロトックの耐久力では長時間相手にできない。だからこそ毒とシザークロスで大ダメージを稼ぎたかったのだが、回復されるとは計算外。コロトックも回復するとはいえ、あのダイアタックを受けたらもたないだろう。

 

「踏ん張れよ、ワタシラガ! ここが粘りどころ! 農家は粘りが大事なんじゃあ!」

 

コロトックが指示を出す前にすでに羽を震わせ飛翔の準備をしている。そうか、分かってくれるか。お前といいグレッグルといい、自分には過ぎたポケモンばかりだ。

 

「――シザークロス! ぎんのこなで威力を上げろ!」

 

「させちゃならん! ダイアタック!」

 

迫る巨体をギリギリでかわし、コロトックは渾身の力で顔面を斬りつける。ワタシラガは苦しそうな鳴き声を発しつつ、コロトックごとコートに倒れこんだ。押しつぶし。巨大だからこそできる技だ。

 

「コロトック……!」

 

「ん……、ダイマックスは時間切れか」

 

ワタシラガの体が赤色に輝き、みるみる本来の大きさに戻っていく。両者倒れたままだったが、ワタシラガはふらつきながらも立ち上がった。

 

「さすがの根性じゃ、ワタシラガ! ……次のポケモンがいなければ僕の勝ちにさせてもらいますけど、どうします?」

 

コロトックを戻しながら状況を確認する。自分の手持ちはあと一匹いるが、先の二匹に比べると戦闘慣れもしてないし、意志疎通もそこまでではない。だがワタシラガもグラスフィールドの効果で少し回復しているとはいえ、あと一回攻撃が決まったら倒せそうだ。どうする、あいつを出すか……!?

 

「……頼む、ホシガリス!」

 

「ん、ホシガリス。毛並みが良い子だなぁ」

 

コートに出されたホシガリスは、一瞬状況が飲み込めておらず、キョロキョロと周囲を見る。ワタシラガを確認し、ヤローを確認し、最後に自分を確認した。ご主人、マジでやるの? と目が訴えている。

 

「……相手がもう一回グラスフィールドで回復する前にお前の攻撃が通れば勝てる。阻まれたら負ける。頼むよホシガリス。後で新作のポフィンあげるから!」

 

ポケットからポフィンケースを見せつける。中には新しいブレンドで作ったポフィンが入っている。ホシガリスは視線をワタシラガとポフィンケースの間を何度も何度も往復させ、目を閉じて考えて考えて、最後はちょっと泣きそうな顔でワタシラガを睨み付けた。

 

「うんうん、覚悟を決めたかぁ。それなら容赦はしないぞ。ワタシラガ、マジカルリーフ!」

 

「ホシガリス突っ込め! 接近して思いっきりかみつく!」

 

ダッと四つ足で駆け出すホシガリスを、虹色に輝く木の葉が的確に捉えて切り裂いていく。痛いのだろう、キキッと悲鳴を上げながら必死に走る。

 

「今だ! オレンの実! ほおぶくろで体力をさらに回復! これなら間に合う!」

 

ホシガリスは尻尾から器用に木の実を取り出すと一口で食べる。ついでにとほおぶくろに残っていた食べかすも食べて気力も取り戻し、ワタシラガに飛びかかって噛みついた。

 

「頑張れワタシラガ! 耐えるんじゃ!」

 

「ホシガリス! 噛め! 絶対離しちゃダメだよ!」

 

二匹はもみくちゃになりながらコートを動き回る。ようやく動きが止まった時、荒い息をついていたのは、ホシガリスだった。ワタシラガは目を回している。

 

「勝者、チャレンジャー!」

 

わあああと今日一番の歓声が響く。勝った、勝ったのだ。座り込みそうになるが、その時言葉がよみがえる。

 

 

 

 

 

『ところでお前の目的の話、俺も考えてみたんだがよ。……保険をかけておくのはどうだ? 』

 

『保険、ですか?』

 

『そうよ。俺たちレスラーが少しでも上に行くためにやることでもある。……パフォーマンスだよ、パフォーマンス! 勝った時にとびっきりの何かをかましてやるんだよ。ほら、ダンデはリザードンポーズってウリがあったんだろ? だったらお前も何かポーズすんのさ。目立てば向こうから声をかけてくれるかもしれねぇじゃんか!』

 

 

 

 

 

そうか、今だ、今しかない。最も観客に注目されている今しかない。でも何のポーズにしよう。コロトック? グレッグル? どっちもあまり特徴がないし、コロトックはガラルでは知られてない。どうしよう……!

 

「キキ?」

 

はっとすると、目の前に、そう、そいつがいた。思い出すポフィンを食われた時のポーズ。それにレイジさんも言ってた、こいつは……、ホシガリスはガラル全土にいるポケモンだって!

 

両手を握って高く突き上げ、ゆっくり下ろして両頬に付ける。そして。

 

 

 

 

 

「――ホ、ホシガリス、ポオォォズ!!」

 

 

 

 

 

叫んだ。上ずったけど、叫んだ。一瞬スタジアムが静まる。直後、どわああという大爆笑が降ってきた。ポーズのまま固まってしまい、嫌な汗が背中を滝のように伝う。

 

 

 

ヤッチマッタ。

 

 

 

今すぐ腹を裂いて死ぬか、と思って前を見ると、ヤローさんも笑っている。でもそれは大笑いでも嘲笑でもなく、楽しそうな笑顔だった。そのまま指さした先を見てみると。

 

「キッ! キキッ!」

 

ホシガリスが、ホシガリスポーズをしながら大喜びでコートを駆け回っている。観客の笑いも嘲りではなくホシガリスをよく訓練されたポケモンと判断しての、ショーを見て笑っている類の物だった。でもどうして? たった今たまたま思い付いたポーズなのに。

 

「いやーかわいいものを見せてもらったなぁ。よく練習したもんですわ。ホシガリスポーズ、キバナさんあたりが聞いたらSNSでやってくれるかもしれないと思うと楽しみじゃ」

 

違うんです、これは本当に今思い付いたポーズで、ホシガリスと打ち合わせなんてしてないんです。それにこのバトルもホシガリスを出す予定すらなかったんです。

 

「それなら、きっとホシガリスは嬉しかったんだと思うなぁ。ポケモンバトルに勝った時に、主人はよりによって自分の真似をしてくれたんだって。嬉しくて嬉しくて、ああやってみんなに見せつけとるんですわ」

 

すっ、と手を出すヤロー。それが握手だと気づいて、改めてこの人に勝てたってことを実感した。……勝てたんだ、ジムリーダーに!

 

「まずは一つ、おめでとう。次も頑張って。応援しとります。またホシガリスポーズ見せてくださいな!」

 

こうして。ターフタウンのジムチャレンジは、見事一発でクリアしたのであった。

 

 

 

 

 




ヤローさんの口調が難しすぎて泣けてきた今日この頃。
ホシガリスポーズ、みんなもやってみてねっ!(宣伝)


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初めまして、ワイルドエリア

 

 

 

 

十年前。シンオウ、エキジビションマッチ。

リザードンとガブリアスがぶつかり合う。ガブリアスの地面技はリザードンに届かないが、リザードンの炎技はドラゴンのうろこを焼くことはできない。

互いにいくつかの手を封じられた上での戦いだが、だからこその激戦だ。

 

「ガブリアス、りゅうのキバよ!」

 

「リザードン、エアースラッシュだ!」

 

接近しようとするガブリアスを空中に逃げながら迎撃するリザードン。ガブリアスはあなをほるで回避しながら姿を消す。

 

「生ガブリアスかっこいいぃ!! なあ母さん、分かるだろ!? あれがクールビューティー・シロナなんだ! この世にあれほど最高な人はいないんだよ!」

 

「えぇ……。分かったことがあるわ……。浮気より腹が立つパターンもあるってことをね……。鼻水たらしながら見惚れてるんじゃないわよ……」

 

サメハダーより凶悪な表情になったお母さんがちらっとこっちを見た。気配で何となくこっちを見たのが分かっただけだけど。

 

「で? あなたもクールビューティーにメロメロとか言うの?」

 

ううん、と最低限の言葉で答える。今は一瞬すら惜しいので、できれば話しかけないでほしい。

あの空を駆ける炎竜とそのパートナーを、一秒でも長く目に焼き付けていたいのだから。

 

 

 

 

 

 

ターフタウンからエンジンシティに戻る途中、ガラル鉱山の奥。岩陰に無理矢理寝袋を出して引きこもっているのは、ホシガリスポーズ考案者たる自分である。

 

「ホシガリスポーズ、良かったボルよ!」

 

スタジアムの熱気から離れたとたん、恥ずかしさが頭から爪先までを駆け抜け、オマケにモンスターボールのコスプレをしたボール人間に声をかけられたことで羞恥心が爆発し、何とかガラル鉱山まで逃げてきたがそこで引きこもりになってしまった。マジ無理もうシンオウに帰れない。

 

『ぶわーっはっはっは! そうかそうか一勝してポーズしたが、恥ずかしくなっちまったか!』

 

すがる思いでマキシマム仮面に電話する。国際電話だから後で通話料めちゃくちゃかかるけど、背に腹は代えられない。

 

『なに、その恥ずかしいって気持ちはそのまま持ってていいんだ。人前で何かをするってのは想像以上に緊張し、視線を大げさなくらい感じるもんよ。新人レスラーも決めポーズやった後部屋に引きこもる奴はいるしな』

 

そうなのか。自分が異常なんじゃないのか。

 

『しばらくは人に言われるだろうし自分で思い出しても恥ずかしくなる。でも割りきれ! やっちまったぜはっはっはって吹っ切るんだ。それより、ここからがお前の目的、本番だろう? できるだけ勝って、できるだけポーズして、できるだけダンデの目にとまるようにしねぇとな』

 

そうだ、そうだった。むしろスタートを切ったばかりだった。ここから走っていかないといけないのに、寝袋引きこもりを敢行している場合じゃなかった。

 

『頑張れよ! 応援してるぜ! ……ところでグレッグルまんじゅう、レイジのやつにウケたか?』

 

 

 

 

 

 

ホシガリスを野生のポケモンと戦わせてみたりしながらエンジンシティに戻ってきた。うーん、このホシガリス、戦いの指示は行動に移すまで嫌々やるから時間がかかる。防御の指示は瞬時に反応するんだけど。どちらか言えば耐久仕様か。ダイマックス相手にどこまで通用するのか。

 

「なあなあ、お前どっちのジムリーダーにする?」

 

「えー、毒タイプかエスパータイプかでしょ? タイプ相性ならエスパーなんだけど、ほら、あのジムリーダーじゃん? まだ毒の方がマシかなーって」

 

「えー!? 俺ゼッタイあの女ヤダよ! あれ若作りのオバサンじゃん! だったらまだ変人の方がいい!」

 

「うっそ、あっちの方がやだよ! 何言ってるか分からないし、ボールくるくる浮いてるんだよ!?」

 

……どういうこと? 近くを通りすぎたジムチャレンジャー二人の会話に首をかしげていると、街の東側と西側に二人のジムリーダーが出てきているという。恐る恐る見に行ってみることに。

 

 

 

「ハァ~イ! クララよ! 今年のジムチャレンジはクララの毒ジムでけってぇ~い! わけワカメのエスパー選ぶなんてありえなぁ~い! クララをヨ・ロ・シ・ク~! クララにクラクラ~!」

 

 

 

一方。

 

 

 

「皆さん! ワタクシこそ未来予知で決まってるニューリーダー・セイボリー! ここでワタクシを選ばないとウールーよりも人生下向きローリングしますよ! さぁヤドンのように揺れぬ心でレッツエスパージム!」

 

 

 

……どういう、ことだ。

 

「あはは、クララさんとセイボリーさんには参っちまうよな。ほら、今年は特例で二人からどっちか選んで挑むんだけど、実は選ばれた数が多い方が来年のメジャージム昇格へ近づくことが決まってるんだ。選ばれるってことは支持されてるってこと。ジムリーダーは腕だけじゃなくて人柄も大事だからね」

 

ポケモンセンターで話しかけてきたおじさんに聞いてみて納得した。どうやらここの二人のジムリーダー、どっちも性格に難がある上に必死すぎて空回りしている。ヤローさんが神々しく見えてきた。爪の垢を煎じて飲むべきだ。

 

「君はどっちがいいんだい?」

 

実はそれは悩んでいた。手持ちの相性がどちらとも悪いのだ。まだエスパーがマシか。正直草ジムはウチのエース二人と相性が良いため強気でいられた。ところがそれでもダイマックスのせいで敗北寸前に追い込まれた。となるとエスパーも毒もダイマックスを使ってくるはず。多少は有利に立ち回れないと勝つ可能性すらなくなることになる。

 

「もし手持ちが不安なら、ワイルドエリアに行って捕まえてくればいいんじゃないかな?」

 

ワイルドエリア? そういえばレイジさんも言っていたな。あれはジムバッジを一つでも持っていないと入れないという意味だったらしい。ちょうどこのエンジンシティからも行けるようだ。確かに今のままだと不安も残る。行ってみよう。

 

「雨合羽があった方がいいぞ! なければ買ってきな。あとマフラーも」

 

窓から見えた空は快晴。今日は過ごしやすい気温。……雨合羽にマフラー? おじさんは冗談を言っているようには見えない。念のため、とその二つを買って行くことに。ブティックの店員によると、マフラーは一年中売っているらしい。何か嫌な予感がする。

 

このマフラーが、後に自分達を救ってくれるとは思ってもいなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

広大な土地、目まぐるしく変わる天候、たくさんのポケモン。ノモセ大湿原よりも広大なそのフィールドに、開いた口がふさがらない。世界って広いな、本当に。

 

「こちらはワイルドエリアの南半分になってますよ」

 

半分!?

 

「あ、私はワイルドエリアスタッフです。何かあればいつでも相談にのりますよ」

 

サングラスを付け白いウェアを着た男性がにこやかに笑う。これはありがたい。初めてなので色々聞いてみる。捕まえる数に制限はなく、キャンプも人の邪魔にならなければどこに設営しても大丈夫。ポケモンのレベルは高いのも低いのもいるので、相手のレベルが高すぎたら逃げることも必要。

 

「また、あなたのジムバッジの数ではエンジンシティより北側には行けません。説明はだいたい以上になります。初めての方にプレゼントをどうぞ」

 

差し出されたのは、カップ麺10個セット。ありがたいけど、キャンプではカレーを作るって聞いたんだけど。違ったのかな?

 

「これをカレーに入れるんですよ。いや違った、これにカレーを入れるんですよ」

 

それはもう別の料理なのでは? 料理人として物申したいが必死に飲み込んだ。文化をバカにするのは簡単だが、そこに学びもある。ある、うん、あるはずだ。

 

「それでは、良いワイルドエリアの時間を!」

 

お礼を言って、人生初のワイルドエリアへ。そのワクワクはほんの少しの間に吹き飛ぶことになったが。

 

 

 

少し進んだところでピンクの顔に黒い体をした無表情のクマに追いかけられて羽交い締めにされ、

水場にあったハーブを拾おうとしたらギャラドスが顔を出し、

リンゴを見つけたら木の上からリンゴに擬態したポケモンが降ってきて脳天を揺らし、

朽ちた塔がある所へ近づいたらフワンテの群れがわらわら沸きだし、

とどめにハガネールに見つかって追い回された。

 

 

 

どうなってんだ、ここの治安!

 

ヘロヘロになり、ようやくあまりポケモンや人がいない場所を見つけたのでテントを設営する。休ませて、マジで。ポケモン達をボールから出しテントに座り込んだ。コロトックの静かなメロディに緊張がほぐれると同時に抗えない眠気に襲われ、深い眠りの中に沈んでいくのであった。

 

 

 

 




今回は少し短めです。
改めて考えるとワイルドエリアの天気って、天変地異のたぐいですよね……。


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キャンプと、女子トーク

 

 

 

ポケモンと人の関わり方には、大きく三つの種類がある。

 

一つ、ポケモントレーナー。ポケモンを戦わせることを仕事とし、スポンサーや研究機関の援助を受けて地方を代表する存在になるために切磋琢磨する者達。たくさん捕まえる人もいれば一つのタイプに絞る者もいる。育成環境は支援があればあるほど良くなる。

 

二つ、ポケモン研究機関。いまだに未知なことが多いポケモンを研究、調査するための組織。地方の自治体の援助を受けながらトレーナーと協力関係になることが多い。規模は様々だが、ポケモンを育成する環境としてはトップクラス。

 

三つ、普通に生活する人々。ポケモンを家族として迎える、仕事のパートナーにするなど様々な目的でポケモンを連れている。基本的に一家族で一匹か二匹くらいなことが多い。家庭環境で暮らせるようなポケモンが好まれるため、氷や毒、ゴーストなどが選ばれることは少ない。エサ代などの問題もあり、育成環境はピンキリである。

 

自分は三番目だ。だからたくさんは捕まえられないし、面倒を見ることもできない。もし捕まえるにしても職場に連れても問題ないポケモンにしないといけない。

……今でも一番目になりたいという未練がある。でも料理人になりたいのも間違いない。決めきれていないのだ。この旅でそのことにも決着をつけられたらいいなと思う。それもこの旅を決めた理由なのだ。

 

 

 

 

 

 

「その時にね? ヤローくんが言っちゃったワケよ。『僕が一番目のジムチャレンジやります』って! ダンデくんも『それがいい』だなんて! だったら私だって二番目が良いって言ったのに!」

 

「まーそうよねぇ。でもルリナも分かってるんでしょ? ヤローくんはともかくルリナまで二番目は体裁上無理だって」

 

「分かってるわよ……。あの問題児二人に一つ目のジムチャレンジは任せられない。だからってヤローくんと違ってメジャージムじゃない。その辺を加味したからこその順番なんだって、分かってるわよ……」

 

「あ、こっちもおかわりくれる? ごめんねやらせちゃって!」

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

 

話は少しさかのぼる。コロトック子守唄で見事撃沈し、ふと誰かに起こされて目が覚めた。そこにはグレッグルがとホシガリスがいて、どこかを指差している。そちらを見ると、コロトックが大人のお姉さん達に絡まれていた。

 

「むしタイプなのは間違いないわよね……。ストライクみたいな鎌、複眼、顔つきなんかから判断できる。でもこのお腹の器官は何かしら? ストリンダーみたいに弾くことで演奏できてたことを考えると、意志疎通の器官なのかな。メロディを奏でてたことを考えると……」

 

「もーソニアったら、一度こうなると中々戻ってこないんだから。……あ、君たちのご主人様、起きた?」

 

慌てて飛び起き駆けつける。コロトックは困っているものの何かされた訳ではないらしい。ソニアと呼ばれた方の女性に見覚えはないが、もう片方の女性はついこの前見た気がする。確かバウタウンのジムリーダーだったような。

 

「私について知ってるの、それだけ? ……ふーん。あなたよその人? シンオウかぁ。なら仕方ないのかなぁ。こっちのソニアも数年前にブームの人になったんだけど、まぁガラルの中の話よね」

 

そっかぁと言いながら決して嫌そうではない。二人は喧騒に疲れて人のいないとこに来たかったという。ジムチャレンジが始まって忙しいから、貴重な息抜きという訳だ。

 

「そうそう、なんでキャンプなのにカレー作ってないの? ……あ、そっか。ガラル以外ではそこまでカレー流行ってないのね。じゃあさ、一緒にキャンプしましょ! こっちでのカレーについて教えてあげるから。ソニア、それでいいでしょー!?」

 

ジムチャレンジはいいのだろうか。

 

「今何時か知ってる? 夜7時過ぎ。もう今日の分は終わってるわよ」

 

ルリナはボールから見たことのないポケモンを出した。ドダイトスのような、ゼニガメのような、背中に甲羅をつけた水色のポケモン。口がかなり鋭利で噛まれたら危なそうだ。

 

「カジリガメっていうの。キャンプでは互いのポケモンを一緒に遊ばせることもできるのよ。って、あなたのホシガリスとソニアのワンパチ、もう打ち解けてる」

 

ワンパチの背中にホシガリスが乗って走り回っている。グレッグルがカジリガメに何やら声をかけ、少し離れたところで軽いバトルのようなものをやっている。どちらも好戦的なようだ。

 

「じゃあカレー作りましょうか。リンゴあるみたいだし、リンゴカレーで」

 

やっとコロトックの観察に満足したソニアも加わって、三人でカレーを作る。これでも料理人だ、配合さえ聞けば味を想像しながらカレーくらい作れる。木の実はイアの実をチョイス。お疲れの二人にはリンゴ自体の甘味と酸味に加え、イアの実の酸味と水分を加えることでさっぱりしてくどくない味付けにした。

 

 

 

 

イアの実を入れたすっぱくちアップルカレーの完成だ!

 

 

 

 

「あ、おいしい! カレーなのにこってりじゃない!」

 

「カジリガメも喜んでる。あなた料理上手なのね」

 

誉められると嬉しくなって、思わずニコニコしてしまう。人間と違って初めてカレーを食べるだろうコロトックとグレッグルは最初こそ怪訝な表情だったが、ワンパチが勢い良く食べたのを見てそっと一口。目を見開き、そこから一気にカレーを口に運んでいった。お気に召したようだ。

 

「あーおいしかった! そうそう、おいしかったと言えばこの前ホップがね……」

 

そうして女子トークが始まり、冒頭に至る。コロトックがムーディーなメロディを奏でているのもあって、二人の話は尽きないようだ。ワンパチとホシガリスは走り回り、カジリガメとグレッグルはまだカレーを食べている。と、その時だった。いつの間にか自分の背後に誰かが立っていた。

 

「イヌヌワン?」

 

それに気づいてワンパチが声を出すが、警戒というより困惑の吠え声だ。慌てて振り返ると、立っていたのは人ではなくポケモンだった。緑の帽子のように見える大きな葉を頭にかぶり、鳥のようなくちばしを持ちながら人に近い手と足を持つ。でも一番の特徴は、体を小刻みに揺すっていることだ。なんともリズミカルに……、ん? コロトックのメロディに合わせて揺れてる?

 

「あれ? コロトック、演奏やめちゃうの?」

 

「ねぇルリナ……。そこにいるの、ルンパッパじゃない?」

 

「あ、本当ね、ルンパッパ」

 

演奏を止めたコロトックとルンパッパが見つめあう。と思ったら、突然コロトックがギィン! と激しく腹をこすった。ルンパッパも足を肩幅に開いて腰を落とす。次の瞬間コロトックがかなりの速度でメロディを奏で始めた。ルンパッパも負けじと激しいステップを繰り広げる。突然の展開に人間達は口を開いて固まっている。

 

「ワン!イヌヌワン!」

 

「キキッ!」

 

ワンパチとホシガリスは楽しそうに二匹の間に入って両者を見ている。一方のカジリガメとグレッグルは遠巻きに様子をうかがっている。人間達は真剣な表情で突然のダンスバトルを始めた二匹から目が離せない。何だか分からないけど一つだけはっきりしていることがある。あいつのステップ、キレッキレだ。

 

「……ルンパッパって、確か良いリズムを求めてるんだって聞いたことある。そのリズムに合わせて体を動かすことで自分のパワーを増幅させるんだとか」

 

ぼそっとソニアが解説した。そういえばコロトックも奏でるメロディで感情を伝えるとか聞いたことがある。じゃあ何だ、コロトックの感情に合わせて踊ってるのか。あんなに真剣に。

 

 

 

 

 

「――ンッパ!」

 

ルンパッパが息を込めた声を出して、フィニッシュ。コロトックもルンパッパもはぁはぁと荒い息を吐いている。だが互いに歩み寄ると、がしっと抱き締めあった。深い友情が芽生えたようだ。思わず拍手してしまう。

 

「わあーすごい。……ってカレー食べるの? ルンパッパも? じゃあ、よそうね?」

 

清々しい表情をした二匹は隣同士に座ると、ソニアがよそってくれたリンゴカレーを食べ始めた。ルンパッパも味が気に入ったようで大喜びでガツガツ食べている。でもいいのだろうか、野生のポケモンにカレーあげてしまって。

 

「いいのよ。むしろそうやって仲間になるポケモンも少なくないんだから。このルンパッパもゲットしてあげれば?」

 

ここには確かに新しい仲間を探しに来た。でもこのポケモンは果たしてバトルにだせるようなポケモンなのだろうか。

 

「ルンパッパは草と水の複合タイプ。ヤローくんも本気の時は手持ちで使うことがあるわ。しかもあまごいを覚えるから、かんそうはだのグレッグルとも相性抜群ね。雨だとグレッグルは体力が回復するし、苦手な炎技も威力が減退するし。ルンパッパ、あなたにとってマイナスにはならないと思うわよ?」

 

「次はエンジンシティ? クララさんかセイボリーさんかー。あたしだったらグレッグルには悪いけどセイボリーさんを選んでホシガリスとルンパッパで耐久、最後はコロトックでノックアウトに持ってくかな。ルンパッパはスタミナもあるしね」

 

大変ありがたい。ポケモンの知識がある人達からの助言は正直お代を払う必要があるくらい貴重なものだ。まぁ、この二人はお代払ったら逆に怒りそうなので感謝を述べるだけにする。

 

「そうそう、使ってないからこれあげる。しめったいわ。バトルで天候を雨にした時、普段より長く雨にしておけるの。ルンパッパに持たせてあげて。さすがに天候を上書きされるのは防げないから注意して」

 

思わず二人の顔を見比べてしまう。この後悪い組織に大金を脅し取られたりしないだろうか。

 

「はっきり言ってね、あたしもルリナも君だから優しくしてるんじゃないんだ。『あたし達を知らない人』だったからキャンプにお邪魔したし、思いっきり話をさせてもらった。最近はどこに行っても視線を感じたり声をかけられたりでうんざりだったから。利用させてもらった分の対価を払っただけ」

 

「そうよ。それに私はあなたがバトルに来ても一切容赦しないわ。ルンパッパがいたって負けるつもりはない。……安心して、そっちのポケモンを知ってるからってジムバトル用のポケモンを変えたりはしない。逆にあなたが対策をすることで初めてジムに挑む資格を得たとすら考えるわ」

 

そのアイテムは口止め料よ、とまで言われればすんなり受けとるのが大人というもの。彼女達はきっと数日もすれば自分のことなど忘れてしまうだろう。それでいい。大人になってまで無駄な執着やしがらみを作る必要はない。

 

 

 

 

 

「それじゃカレーごちそうさま! お邪魔しました!」

 

「バウタウンで待ってるわ。楽しみにしてる」

 

二人は空とぶタクシーで帰って行った。残ったのは四匹のポケモンと自分のみ。嵐のようなイベントだったが、とても貴重な時間だった。

 

自分は今後、彼女たちのように有名になることなんてきっとないだろう。料理人としていつかお店は出したいが、まだ具体的なプランは決まってないくらいだ。だけどひょんなことで運命は交錯し、違う世界の住人が同じ鍋のカレーを食べることもあれば自分の料理が有名人の癒しを手伝うこともある。

 

 

この運命は、ダンデさんまでつながっているのだろうか。

 

 

ふと目が合ったルンパッパが、ビシッと親指を立ててウインクしてきた。こいつ調子良いやつだな。何はともあれ四匹目、ジムリーダーお墨付きの一匹だ。モンスターボールを投げ改めてゲットし、全員で片付けをやってからテントに入る。明日はエンジンシティで受付をしよう。受付をしたらルンパッパの技とかを確認しないと、と考えながら眠りについた。

 

 

 

翌日。エンジンシティに戻って本屋に入りファッション雑誌をめくる。でかでかとルリナの写真が載っているのを見て、自分が想像以上に大物のプライベートを見たことを実感し、奇妙な感覚に襲われるのであった。

 

 

 

 




ソニアさんとルリナさんでした。
主人公はどこにでもいる人間(原作主人公やライバル枠の人間ではない)を想定してますが、せっかくなので原作キャラとバンバン絡ませていく方針です。
原作キャラ、素敵な人が多いですからね!


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決戦、セイボリー!

今回もバトル回なので主人公にセリフがあります。
よろしくお願いします。


「ありがとう、助かった!」

 

目的のスタジアムが見えたところでリザードンが一声鳴いた。もう大丈夫だということらしい。俺は案内してくれたことを感謝し、ガシッと握手した。

 

「ここからならリザードンで飛んでいける。迷った時はどうしようかと思ったけど、君がいてくれて本当にラッキーだった。俺は今日のことをきっと忘れない!」

 

リザードンにまたがり、ゆっくりと飛翔する。手を振りながら最後に叫ぶ。

 

「――次会えた時は、君のポケモンを見せてくれ! そうでなくても夢を叶えた君と再会したい! 楽しみにしてるぞ!」

 

スタジアムに到着した時、リザードンがバギャアと鳴く。何だ、と思えばすっからかんの自分の手を見つめている。

 

「……あ、預けたまま忘れちゃったのか。まぁいいさ、すぐに使う物じゃないしな。次会ったときに聞いてみるさ!」

 

……ダンデさんから意図せず預かってしまった『それ』は、今もリュックの中に入っている。

 

 

 

 

 

 

エンジンシティジム、スタジアム入場口。スタジアムに入る前に四匹のポケモン達と作戦を確認する。ルンパッパをゲットした後もゴーストタイプか悪タイプのポケモンを狙ってみたのだが、付け焼き刃で言うことを聞いてくれるポケモンはいなかった。そもそも一流トレーナーでもない自分に従ってくれるような強いポケモンなどそういない。

 

『チャレンジャー、ジムリーダー、共に入場してください』

 

コロトック、グレッグル、ホシガリス、ルンパッパが作戦を理解したことを確認してからボールに戻し、スポットライトの当たるコートを歩く。中央にはすでに待ち構えているジムリーダー、セイボリーがいた。

 

「ようこそチャレンジャー。ワタクシのエレガントなジムチャレンジを選ぶとは、あなた中々見る目がありますよ。自慢していいです」

 

あれがエレガント……? ここのジムチャレンジはサイキックパワーで平衡感覚を失ったままゴールまで歩いて辿り着くというものだった。後から聞いたら毒の場合も平衡感覚を麻痺させるガスを吸ってゴールを目指すんだから過激すぎる。

 

「ところでラテラルタウンジムのユニフォームということは、あなたゴースト使いですか? さもありなん、エスパー対策筆頭ですからねゴースト、当然の構えです」

 

「いえ、これは頂き物でゴーストタイプは持ってません」

 

「まっ、紛らわしいっ! まぁいいです、それではバトルを始めましょう。お行きなさい、コロモリ!」

 

コロモリか! 予定と少し違うけど、エスパー・飛行の複合を相手にできるのは一匹しかいない。ガラル鉱山でも戦ってるからシミュレーションはできるはず。

 

「いけっ、ホシガリス!」

 

「んん~? ホシガリスですか。ははーんさてはかみつく狙いですね? あれはにっくき悪の技! あんな非道な技を使うやつは体もハートもサイコブレイク!」

 

「……ホシガリス、飛びかかりつつ、たくわえる!」

 

予想通りホシガリスは怖がらずにすぐ指示に従ってくれる。勢い良く走り出すと尻尾から何かの食べ物をたくさん口に放り込みつつ飛び上がる。

 

「飛んで火に入るサシカマスのごとく直線的な動き! コロモリ、エアカッター!」

 

「ホシガリス、のみこむ!」

 

たくわえるの技はたくわえている間は防御と特殊防御が上がる技。その状態でエアカッターを受けさせ、さらにのみこむを指示することで回復させる。耐久力の高いホシガリスならではの戦法だ。

 

「そしてたいあたり!」

 

「ホワッ!? かみつかない……!? それなら問題ありません! コロモリ、ねんりき!」

 

「ホシガリス、もう一回同じことをやって!」

 

再び飛びかかり、たくわえ、のみこみ、たいあたり、また走ってたくわえ、のみこむ。ダメージが蓄積したらオレンの実と特性ほおぶくろで回復。最後は思いっきりコロモリの顔にたいあたりをぶつけるという急所を狙った攻撃で倒しきった。

 

「よしっ! よくやったホシガリス!」

 

「くっ、まぁやりますね。ですがまだ一匹目。次はこちらですよ、ユンゲラー!」

 

ユンゲラー。このポケモンも知っている。エスパー使いの心強いパートナーで強力な念導力を持つポケモンだ。ここは本来の作戦でいこう。ホシガリスを戻しルンパッパを出す。さあ、初試合だルンパッパ!

 

 

 

 

「(ナゾノクサのごとき謎の行動……。どうしてあのホシガリス、かみつくをやらなかったのでしょう……。かみつくをやればもっと早くコロモリを倒せたはずです。わざわざオレンの実を使う必要はなかった……)」

 

 

 

 

「ルンパッパ、あまごい!」

 

「っと、特性発動狙い! これはやっかいです。ユンゲラー、サイケこうせん!」

 

ステップを踏んでいたルンパッパがよく分からない動きをすると、にわかにスタジアム上空を厚い雲がおおっていく。ポツリポツリと雨粒が落ち、一気に空は雨模様となった。ルンパッパの特性は『すいすい』。雨の時は素早さが上がる。サイケこうせんをくらいはしたが、見合うだけのアドバンテージは得た!

 

「ユンゲラー! スピードスター! どんなに早くなっても技が当たればこっちのものです! ヒットアンドアタック!」

 

「ルンパッパ、バブルこうせん! スピードスターを撃ち落としながら攻撃!」

 

雨によって威力の高まったバブルこうせんを口から吹き出す。スピードスターが確定命中なら軌道上に技を出して全部撃ち落とすまで。輝く星をぶち抜いた高速の泡は、そのままユンゲラーにも炸裂した。

 

「押しきれルンパッパ! もう一回バブルこうせん! 今のお前の方が早い!」

 

「なんの、かわすのです! かわしたところでサイケこうせん!」

 

「かわさせるな! テレポートできないなら姿を消すこともない! お前の動体視力なら捉えられるって信じてる!」

 

「動体視力!? サイケデリック・アイは我らサイキッカーの商売道具ですよ! 勝手に使わないで使用料を払いなさい!」

 

何の話だ。

 

「ンッパッパー!」

 

ルンパッパがバブルこうせんを継続しながら自分の指で四角を作り、その四角を目のところに持っていく。まるでカメラのスコープを覗くような仕草だ。そのまま回避しようと動き回るユンゲラーを捉え続ける。……お前は本当はエスパータイプか? 何だその手! 明らかにこっちの会話内容理解した上で悪ノリするんじゃない!

 

「キィーッ! 著作権侵害です! 法廷に訴えますよ!?」

 

いや著作権は関係ない。

 

「ええいワタクシのユンゲラーはペロッパフではありません! つまりは舐められるほど甘くない! ユンゲラー、サイケこうせん! 当てることに集中なさい!」

 

回避するのをやめたユンゲラーがスプーンをまっすぐルンパッパに向ける。瞳を怪しく光らせながらサイケこうせんを放つと、その光はなんとバブルこうせんの泡を生き物のように潜り抜けながらルンパッパに迫る。集中しながらの攻撃を回避するのは難しく両者に直撃した。二匹ともぶっ飛んでどさりと倒れるが、ルンパッパはむくりと立ち上がってステップを再び踏み始めた。

 

「ンッパ!」

 

このルンパッパ、調子のいい所はあるが戦闘へのポテンシャルはウチで一番だ。グレッグルを上回るその戦闘センスに舌を巻く。自分はその才能に見合う指示を出せるのだろうか。

 

 

 

 

 

「最後の一匹にまで追い込みましたか。やりますね、私の力を2.8%も発揮させるとは。さぁ出番ですよヤドラン! ダイマックス! 1、2の3で巨大化しなさい!」

 

ヤドラン! 今度も知っているポケモ……、待て、ヤドランってあんなのだったっけ? ヤドランと言えば焦点の合ってない目、ピンクの健康そうな体、尻尾に合体したシェルダー……えぇっ!? し、尻尾じゃなくて、手にシェルダーがくっついてる!? どういうこと!?

 

「フフン、うろたえることウールーの如し。ガラルヤドランは初めてのようですね? ではその強さを思い知りなさい!」

 

セイボリーは超能力でボールを操ると、巨大化したボールを後方へ投げる。出てきたヤドランを改めて見て、さっきの言葉を確認する。『ガラル』ヤドラン。おそらく、自分が知るヤドランとは生態が違う。油断はできない。ルンパッパを続投させる。ヤドランは水とエスパーの複合。ルンパッパなら悪くない勝負ができるはず。

 

「ルンパッパ! ギガドレイン!」

 

すいすいで速度の上がったルンパッパが大きく息を吸い込むとヤドランの体が緑に発光し、その光もまとめて吸い込んでいく。ところがルンパッパは「おいしくない」と言いたげな顔で振り返り、ヤドランと言えばあまりダメージを受けていなさそうだ。……まずい、生態だけじゃなくてタイプも変わってる!?

 

「ヤドラン、――ダイアシッド!」

 

巨大なヤドランが左腕のシェルダーをまるで銃器のように構える。そこから紫色の液体が射出され、ルンパッパを飲み込んでコートの壁に叩きつけた。そのまま動かなくなる。

 

「このヤドランは、エスパーと毒なんですよ。草タイプでもあるルンパッパはジ・エンド!」

 

嘘だろ、毒はもう一つのジムじゃなかったのか。でも確かに毒タイプは使わないなんてルールも宣言もない。これは悪手だった、まだバブルこうせんの方が良かったか。考えても仕方がない、まだバトルは終わっていない。

 

「もう一度頼む、ホシガリス!」

 

ホシガリスは巨大化したヤドランを見て、振り返ってこっちを見る。目だけで作戦を伝えると、泣きそうな顔でヤドランに向き直った。

 

「ホシガリス、たくわえる!」

 

「ふふん、かみつけないホシガリスなど角のないトサキントに同じ! ヤドラン、もう一度ダイアシッド! 一度ダイアシッドをするたびに特攻が上がるのでますます強くなるのです!」

 

再び射出された毒を受けて、たくわえていたとはいえホシガリスが耐えられるはずもなく。ふっとんで目を回している。……これでダイマックスの時間をかなり削れたはず。次が勝負だ。

 

「コロトック!」

 

「ははーん! コスモパワーで全てを悟りました! あなたの切り札はそのむしポケモン! ルンパッパとホシガリスはできるだけ体力を削るのが仕事! むしポケモンは速度はあっても長期戦に向かないことがほとんどですからね! これぞ自明の理、いや、ジメーノ・リ!」

 

変な口調はとにかく、その通りだ。防御型のホシガリスと雨で先手を取れるルンパッパでお膳立てをし、エスパーに相性有利なコロトックがとどめをさす。これがソニアさんの言っていた今回の作戦だ。見抜かれたところで勝負は終盤。毒とエスパー複合の相手に虫技は等倍だが、もうすぐダイマックスが終わると踏んで畳み掛ける!

 

「コロトック、シザークロス!」

 

「ヤドラン、ダイストリーム! 上がった特効で押し流しなさい!」

 

雨の中飛び上がったコロトック、ヤドランの左腕を切り裂くも直後噴射された水流に飲み込まれた。雨が強まる中ヤドランの体が赤く光り、元の大きさに戻っていく。コロトックもなんとか起き上がってヤドランを見据えた。

 

「コロトック、いける!? よし、とどめばり!」

 

「ヤドラン、シェルアームズ!」

 

同時に動いた二匹のポケモン。素早さならコロトックが上だ。回避されなければ勝てる! ……そのはずだった。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

コロトックのとどめばりが刺さる前に、突然ヤドランが素早く腕を構えたのだ。それは今までの行動からは想像できないほどに素早く、コロトックが攻撃する前に毒液を発射する。一歩及ばなかったコロトック、ほぼゼロ距離で攻撃を受けてしまい戦闘不能となってしまった。

 

「――ガラルヤドランの特性『クイックドロウ』ですよ。一定の確率で先制攻撃をします。さすがはヤドラン、エレガントすぎです」

 

そんな特性あるのか。絶句しながらモンスターボールにコロトックを戻す。またこの展開になってしまった。あと一撃なのに、相性不利の一匹しか残ってない。

 

「そちらの最後のポケモンは……、んん!? グレッグル!? グレッグルなんて毒と格闘の複合! エスパーが苦手な複合ではありませんか! これはもうボンッ、ですね!」

 

そう、格闘と毒それぞれがエスパーを苦手とするため、エスパー技を受けたら間違いなく一撃で落ちる。だが他のポケモンは戦闘できる体力がない。負けないためにはここで出すしかないのだ。

 

「とどめですよヤドラン! シェル――」

 

その先が言葉になることはなかった。今度はセイボリーが「え?」と呟くことになったからだ。攻撃指示を出した時すでにグレッグルはヤドランに接近し終わっており、ジャンプしながら裏拳をヤドランの側頭部に叩き込んでいたのである。

 

「ヤ、ヤァ~ン……」

 

ヤドランは聞き覚えのある抜けきった声を出してゆっくりコートに横になると、そのまますやすやと眠りだした。一応戦闘不能扱いらしい。

 

「ん、んな、なぁっ!? まさか今のは、『ふいうち』!?」

 

「そうです。悪タイプ技のふいうちです」

 

「な、まさかあの虫ポケモン以外にもエスパー対策をしてあったんですか!? あなたのホシガリス、効果のある『かみつく』ド忘れしてたのに!?」

 

「いいえ、覚えてました。……万が一この展開になることを考えて、あえて使わなかっただけです」

 

今回の作戦は二段仕込みだった。理想はソニアさんが教えてくれたルンパッパとホシガリスでなるべく敵を削り、とどめを相性の良いコロトックにやらせて勝つというもの。しかし何かあった場合はグレッグルまで回し、相手に何かされる前にふいうちで倒す。そのためにホシガリスにはかみつくをさせなかったのだ。

 

「わ、ワタクシに、グレッグルにエスパー対策があると分からせないための、布石……!?」

 

「コロトック以外が効果抜群の技をしなければ、コロトックこそが切り札だと思うでしょう? 実際そうなれば楽なのでそうなるように戦ってました。グレッグルは最後の最後の奥の手だったんです。危険な賭けでした」

 

もしもまだヤドランに余裕があったら。もしも先制技を封じられるサイコフィールドを出されていたら。そんな不安の残る中、最大限のやれることをやりきった勝利だった。

 

「勝者! チャレンジャー!」

 

わああ、という歓声が響く。ターフタウンよりかなり弱い声量だが十分だ。見ている人が一人でもいる限り、パフォーマンスをする理由になる。

 

「ホシガリス、ポーズ!」

 

腹の底から大声を出す。目の前でグレッグルが同じポーズを取ってくれた。あれ、教えたっけ? ちらりと振り返ったグレッグル、パチンとウインクして向こうを向いてしまった。

 

「あり得ぬ、いや、アリ・エーヌ! まさかこんな形で敗北など! ですが認めてさしあげます。ワタクシまだ6.3%しか本気を出しておりませんので。ちっとも悔しくありませんので」

 

ショックのあまり落としたモンスターボールを超能力で浮かばせながら、嫌そうに手を出す。その握手に応える。二つ目のジムミッション、クリアだ。いよいよ次は、ルリナさんの待つバウタウン!

 

 

 

 

 




セイボリー、セリフ調べつつ書いてましたけど、よく分からないこと言ってますね!
あとクイックドロウ、凶悪ですね!


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いらっしゃいませ、防波亭へようこそ

 

 

焦っている。今までにないほど焦っている。ヤローさんに追い込まれた時と同じくらい、本当に焦っている。

 

「グレグレ」

 

グレッグルが示した先を見て覚悟を決めた。背に腹はかえられない。いずれ訪れる危機を事前に回避する必要がある。

 

そうだ。――バイトしよう。

 

 

 

 

エンジンシティジムクリアから数日。第二鉱山を抜けてバウタウンに到着した。気持ちいい潮風が吹き抜けるこの町で、自分はだらだらと冷や汗を流していた。どうしてか。それは視線の先にある、明らかに薄っぺらくなった財布が原因である。

 

「ンッパ!」

 

貧乏ゆすりが止まらない主を見かねてルンパッパが楽しそうに踊ってくれるが、苦笑いしか返せない。ガラルに来る前に旅のお金は計算しておいたが、大きな誤算があったせいで経費が足りなくなるかもしれないのだ。散財の理由は予想外のものだった。

 

 

 

カレーである。

 

 

 

 

キャンプセットを買ってしまった時から金を浮かすために毎日野宿をし、少しでも経費を減らすために他の人と一緒にカレーを作っていたら……、カレーを作ること自体にハマってしまったのだ。同じリンゴカレーでも普通、甘口、苦口、辛口、渋口、すっぱ口と大まかに分かれ、さらに木の実の配合で無数のレパートリーが生まれるのがたまらない。

 

シンオウに帰ったら、ガラル式カレーとポフィンをメインにしたお店を開こうか。実は料理人を目指していても具体的な方向は決まってなかったが、そう思ってしまうくらいにカレー作りは楽しかった。楽しすぎて――、気づけば食費の予算を大きくオーバーしていた。

 

「キキッ?」

 

今日もポフィンをかじりながらホシガリスがこっちを見てくる。その期待に満ちた目は財布を緩める魔性の瞳だ。見つめられるたびに嬉しくなって米を追加購入してしまう。はっきり言って米は安くない。 おまけにガラルの米よりシンオウの米の方がおいしいから、ガラルでシンオウ産の米を買うとより高くつくのだ。

 

「キリリー、キリ」

 

呆れた声でコロトックがいくつかのポフィンをホシガリスに取られる前に手もとにかき集めている。おや、と思うとグレッグルがいない。どうやらグレッグルの分を取っといてくれているらしい。こいつがいなかったらもっと食費が厳しいことになっていたに違いない。ありがとうコロトック。

 

「グレグレ」

 

そんなグレッグルが戻ってきた。手に何か紙を持っている。何だかんだグレッグルも仲間を気遣って行動することが多い。ありがたい、本当にありがたい。渡された紙を見てみると。

 

『私の成功体験講演会

~飲食店の皿洗いから出世したサクセス・ストーリー~』

 

……なるほど。焦りすぎて盲点だった。お金がなければ稼げば良い。自分は料理人見習いだ、それこそ飲食店で皿洗いだってお手の物。このスキルで日雇いをさせてもらうのだ。

グレッグルが近くの店を教えてくれている。シーフードレストラン、『防波亭』というらしい。示されたレストランに足を向ける。もしここで断られてもエンジンシティ駅構内にもレストランがある。それらのどこかで一日だけでも雇ってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ料理人!? 助かるなぁ、厨房手伝ってもらえるなら賃金はずむし、まかないも出すよ!」

 

『防波亭』に行き事情を話すと、一発OKでバイトとして雇ってもらえることになった。元々人手不足ではあったらしい。手持ちのポケモン達も連戦で疲れていることからレストランの裏手で休ませてもらうことに。ただしコロトックだけは別だ。

 

「うっそ玉ねぎのみじん切りいけるの!? ぼうじんゴーグルつければ玉ねぎで複眼がひどいことにならないんだ! すごいね君のポケモン!」

 

シェフが感動した声でコロトックを褒め称える。コロトックめちゃくちゃ喜んでいるな、あの反応。

 

「なぁ頼む! そのポケモン、ジムチャレンジ期間の間だけ貸してくれない!? もちろん賃金はその間も出すから! ……頼むよぉ! ここまで精密に野菜を切れるポケモン、初めて見たんだよぅ! なぁ、同じ料理人を救うと思ってさぁ!」

 

めちゃくちゃ心が揺れたが、唇を噛み締めてお断りした。コロトックの目が冷えていた気がする。ジムバトルでも貴重な戦力だ、もちろん貸し出すはずがないじゃないか、ははは。

店長はダメかぁーとため息をつきながらも料理を作る手を止めない。さすがである。ちらちら盗み見しているが、やはりレストランを任されるようなシェフの手際は素晴らしい。勉強になるところしかない。

 

「そうだ、まかないの夕飯、何がいい? シンオウの人ならガラルらしい料理にしようか?」

 

カレー!

 

「カレー? カレーでいいの? じゃあリンゴカレーにしようか? ……ふんふん、イアの実で前に作ったことがあるのね。よーし分かった、楽しみにしてなよ!」

 

やったー! と喜んだ目の前に、料理を詰めた弁当箱を差し出された。

 

「じゃあ、カレーをおいしく食べるためにも運動しないと! てことでちょっと出前してきてねー!」

 

……調子いいなこの人。

 

 

 

 

 

 

「はーいおまたせ! イアの実を使ったリンゴカレーだよ!」

 

料理を作っては出前に行き、また料理を作っては出前に行きを繰り返していたら、いつの間にか夜になっていた。こんなに料理に集中したのはいつ以来だろうか。でも同時にチラチラとポケモン達のことが頭に浮かんだのも事実。いつの間にか、料理もポケモンも比べることはできないけれど、どっちも大切なものになっていたようだ。

 

ポケモンバトルもできる、ポフィンとカレーのお店。

 

なんだかいいな。ノモセジムに挑む一年間、今のガラルでの道中、決して負け知らずという訳じゃない。何度も何度も負けて、悔しくて、でも次は勝ちたいと思えた。

特にノモセに挑んだ時は、ノモセジムのトレーナーにこてんぱんに負けるところからスタートだった。でも、ダンデさんに会うという決意が支えてくれた。

ただ食事を楽しむこともできるし、ポケモントレーナー同士がバトルを気楽に楽しめむこともできる。そんなお店があってもいいんじゃないかな。

 

「ふふん、疲れて物思いにふけるのも悪くないけど、君のポケモン達を見てみな?」

 

シェフの声に我に返る。言われるままに見てみると、何と四匹とも瞳を輝かせながらカレーをガツガツと食べているではないか。その輝きは『いつもよりおいしいカレー』だという驚きの光。そんなポケモン達の様子をシェフ手持ちのイエッサンが上品かつ自慢げに眺めている。慌てて一口食べると……。

 

「多少野菜の産地が違うとかはあるだろうけど、キャンプで作るカレーとほぼ同じ材料、条件で作ったよ。リンゴもワイルドエリアのだし、あえて煮込み時間もそんなに多くない。イアの実を使ったリンゴカレー。でも……、断然、こっちのがウマいだろ?」

 

スプーンをくわえたまま固まった自分を見て、シェフがイタズラ成功と言いたげな顔で説明してくれる。でも、そんなのおかしい。いくらなんでもそこまで自分の料理は下手ではない。ここまで味に差はつかないはず!

 

「そう怒んなさんな。もう一つ木の実を使ったんだ。……オボンの実。これを煮込まないですりおろし、食べる直前に入れて混ぜるんだ。そうすると辛み以外が際立つおかげで酸味のさっぱり感が増すのさ。僕オススメの調理法」

 

オボンの実を、すりおろす……!? 木の実を煮込む、もしくは砕く以外の方法で料理に使うとは、考えたこともなかった。これはポフィンにも応用できるかもしれない。

 

「僕もそこまで木の実アレンジに詳しい訳じゃないから、他にも色々あるのかもね。あとそのポフィン、僕にも見せて。……なるほどねー、焼き菓子ベースなのか。ポケモンの負担を軽くするようにバターもできるだけ使わないでオーブンでじっくり焼くとは考えられてるぅ。お菓子作りもやるならペロリームかマホイップのどっちかくらいガラルで捕まえて帰ってもいいんじゃない?」

 

 

……なんだって?

 

 

「ペロリームかマホイップ。ほら、お菓子ベースのフェアリータイプポケモンだよ。プロのパティシエなら一匹は持ってるってやつ。ポプラさんの切り札がマホイップじゃん。……シンオウにはいないの?」

 

そんなポケモンいない。詳しく聞くと、その二匹はそれぞれペロッパフとマホミルから進化したポケモンで、お菓子作りに助言をしたりパティスリーの成功を約束してくれたりするらしい。是非とも欲しいが時間制限のある旅。わざわざ探しに行くことができないのが悔やまれる。

 

「そっかーいないのか、捕まえられたらいいね。あ、今日ここに泊まっていきなよ。従業員用のベッドあるから。よく働いてくれたからね、サービスサービス!」

 

次はいつベッドに入れるか分からないこともあり、ありがたく借りることにする。それにしても今日という日は自分にとって、進む道を考えさせてくれる重要な日だった。ダンデさんに会うために来たガラルが、それ以上の意味を持ちつつある。

 

明日はいよいよバウタウンジム。ルリナさんへの挑戦だ。失礼のないように挑むためにもしっかり休息をとる。鍵となるルンパッパの入ったモンスターボールを投げながら、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 




今回もちょっと短めです。
防波亭の出前イベント、最初分からなくて電車乗り継いで他の町に行っちゃったのは良い思い出です。
あとカレー楽しいですよね!


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決戦、ルリナ!

今回もバトル回なのでセリフあります。
よろしくお願いします。


 

 

モンスターボールを構える。激しい水飛沫を何度も浴びて、せっかくのユニフォームがずぶ濡れだ。それももう終わる。これが最後のポケモン。ルリナさんのカジリガメを見ながらボールを投げた。

 

「最後は――、お前しかいない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『チャレンジャー、ジムリーダー共に入場して下さい』

 

スイッチを切り替えて迷路を進むジムチャレンジをどうにか終えて、三度目のジムリーダーとのバトル。相手はルリナ。あのキャンプでの夜が懐かしい。コートの真ん中で向かい合うと、観衆に聞こえない小さな声で「ありがとう」と言ってきた。

 

「あなたが善人で助かったわ。キャンプでのことをSNSにばらまいたりされることも覚悟してたから。でもあなたはやらなかった。本当にありがとう。だからこそ、あなたにとって意義のあるバトルにしてみせる」

 

雑誌で見た彼女は繊細で神々しいとすら思えたが、ここにいる、そしてキャンプで会った彼女はもっと情熱的で荒々しい。どちらがではなくどちらも彼女だからこそ、これほどまでに魅力的なのだろう。

 

「いってらっしゃい、アズマオウ!」

 

「頼む、コロトック!」

 

ルリナが出したのは知っているポケモン、アズマオウ。トサキントの進化系、水単体のタイプだ。こちらは虫タイプ単体、直接的な相性の有利不利はない。さてどうなるか。

 

「コロトック、エコーボイス!」

 

「アズマオウ、たきのぼり! ひるませるのよ!」

 

コロトックが腹をかき鳴らすところへ水をまとったアズマオウが突っ込んでくる。コロトックは羽を広げるとあえてアズマオウの下をくぐるように飛び込んだ。たきのぼりが上へと昇る技だからこその回避方法だが、実はノモセジムで見たことがあったからできたのである。

 

「思ったより水ポケモンと戦い慣れしてるわね。アズマオウ、スマートホーン!」

 

「コロトック!エコーボイス! 威力を上げて!」

 

コロトックの発する音がさらに大きくなる。アズマオウは顔をしかめつつも立派な角に鋼をまとうと、水中を泳ぐような速度で素早くコロトックへ接近する。コロトックは再びかわそうとコートをジグザグに飛び回るも、アズマオウは的確に追い上げてくる。

 

「まさか必中技……! コロトック! 受けろ! 良く見て急所は外すんだ!」

 

コロトックが空中に舞い上がり、下からの突き上げを待ち構える。突っ込んできたアズマオウを両手を交差させて受け止めた。刺さりこそしなかったものの、思いっきり角で突き上げられ、かなり上空に飛ばされてしまう。

 

「そこから方向転換は難しいでしょう。アズマオウ、もう一回たきのぼり!」

 

「コロトック、エコーボイス! そこから水の中にまで響かせろ!」

 

空中で腹をかき鳴らす。三度目のエコーボイスはスタジアムにビリビリと衝撃を与え、観客に思わず耳を塞がせるほどだ。アズマオウにもその音は響いたようで、わずかに進路がそれた。それを見逃さずコロトックが攻撃を回避、素早くコートにまで戻ってきた。

 

「アズマオウがここまで追い込まれるとは驚きよ。アズマオウ、スマートホーン!」

 

「コロトック、とどめばり! 相手の技を受ける前に刺せ!」

 

鋼をまとった角がコロトックに刺さる前に、コロトックの手がアズマオウの腹に突き刺さっていた。しばらくじたばたしていたが、すぐに目を回して動かなくなる。

 

 

 

 

「妙に手慣れてるわね。ラテラルタウンのユニフォームだからゴーストファンかと思ったけど、シンオウでは水ジムで修行でもしたの?」

 

「その通りです」

 

「アズマオウなら世界中にいるものね。それなら、この子はどうかしら? 行くのよカマスジョー!」

 

ルリナの二匹目のポケモンが姿を現した。細長く小柄な体だが鋭利な牙がのぞき、尻尾が船のスクリューのような形をしている。どうみても魚ベースなので水は確定だが、他にタイプはあるのだろうか。油断はできない。

 

「コロトック、シザークロス!」

 

「遅いわ。カマスジョー、こおりのキバよ!」

 

「こ、氷技!?」

 

両腕を交差して構えるコロトックに目にも止まらぬ早さで突撃したカマスジョー。そのギザギザの歯は冷気を帯びて白い息を残す。コロトックは避ける間もなく噛みつかれる。甲高い悲鳴が響いた。

 

「効果抜群ね。たまったものじゃないでしょう?」

 

「こ、コロトック! とどめばり! 少しでいいからダメージを与えることに集中!」

 

ガタガタと震える体で、コロトックは自分に噛みついて離れないカマスジョーの腹に手を突き立てる。しかし刺さりもしないうちにコロトックがガクリと力尽きる。相性が最悪だ、このポケモンは水と氷の複合かもしれない。この二つの複合は多い。となると次は。

 

「頼む、グレッグル!」

 

氷ならグレッグルの格闘が効くと判断してのチョイスだ。ルンパッパのあまごいがあれば万全だが、この水タイプジムであまごいは悪手なので今回は組み合わせるつもりはない。

 

「グレッグル、ちょうはつ!」

 

「乗ってあげなさい、カマスジョー! お返しにドリルライナー!」

 

「げっ!? じ、地面技ぁ!? さっきは氷技で今度は地面……!?」

 

「水タイプポケモンを使うからって水技しか使えないってのは三流以下よ」

 

毒タイプを持つグレッグルに地面タイプは相性不利だ。幸いちょうはつに乗って直線的な動きがもっと直線的になっていたので回避はできる。それでも速度が早すぎてそう何度もかわせるものではない。

 

「(リベンジで受けるにはあのドリルライナーが危険すぎる。となるとこちらから攻撃しつつ回避に専念か……!)」

 

「カマスジョー、もう一回ドリルライナー! 相手のペースにしちゃダメ! かき乱すの!」

 

「グレッグル、どくばり! 動きを良く見て撃ち込め!」

 

左右にステップを踏みながらどくばりを撃つチャンスを待つが、あまりに早いため回避だけで精一杯だ。このままでは体力切れでどのみち負ける。いっそそれなら……!

 

「グレッグル! 息を整えて待ちかまえる! リベンジだ!」

 

「勝負に出たわね。いいわ。カマスジョー、突き刺してやりなさい!」

 

これは賭けだ。ポケモンの技は本来持っているポケモン自身のタイプと違う場合、威力が落ちる。グレッグルが地面技で大打撃を受けるのは違いないが、タイプ不一致の場合は耐えられるかもしれない。そうなればリベンジで逆転できる可能性がある。

 

「グレッ……」

 

グレッグルが腰を落とし、両手を広げて待ち構える。カマスジョーも四枚の尻尾を最大回転させる。ゴッ、という音だけを残してカマスジョーは飛び出しコートの地面ギリギリを進んで砂をまとい、グレッグルの腹に突き刺さった。

 

「グ、グレッグル!?」

 

ぐらりと体勢を崩して倒れる――と思ったその時だ。腹のカマスジョーの体を両手で掴み引っこ抜くと、倒れる反動で体をひねって地面に渾身の力で叩きつけた。

 

「カマスジョー!」

 

素早さ特化のポケモンだったのだろう、カマスジョーは一度ピチッと跳ねるとそのまま動かなくなった。グレッグルはどうにか起き上がったものの、片ひざついた状態だ。あと一回の行動が限界だろう。

 

 

 

 

「よくやったわカマスジョー。いよいよこちらは最後のポケモン、カジリガメ。キョダイマックスで全てを押し流してあげる!」

 

カジリガメが入ったボールが赤くなるのを見ながら、違和感を感じる。キョダイマックス? キョダイ? ダイマックスと何かが違う?

 

「そっか、まだダイマックスしか見たことなかったのね。ポケモンの中でも一部の個体はダイマックスした時、姿形が変わるのよ。それに合わせて専用の技も使えるようになるわ。覚悟なさい。キョダイマックスしたカジリガメは強いわよ!」

 

ボールから出てきたカジリガメは、本来四足歩行なのに二足歩行へと変化している。また、背中の甲羅が頭頂部を覆うくらい肥大化し、首が甲羅の奥へ引っ込んでいる。赤々と輝く瞳が暗がりからのぞく姿に背筋が冷たくなった。

 

「(実はカジリガメのタイプは調べてある。水と岩。ただキョダイマックスについては全く分からないから、ここからどうなるか!)」

 

「悪いわね、かんそうはだのグレッグルを回復させる気はないわ。カジリガメ! ダイアーク!」

 

「グレッグル、ふいうち!」

 

カジリガメの周囲に黒い光が収束していく。グレッグルはどうにかカジリガメの後方に回ると尻尾にかかと落としを炸裂させた。しかし威力はそこまでではないようで、黒い光に捕らわれたグレッグルが収束する光に押し潰される。光が霧散したそこには意識を失って動かないグレッグルが横たわっていた。

 

「ありがとうグレッグル。いけっ、ホシガリス、たくわえる!」

 

「カジリガメ、ダイロック!」

 

ボールから飛び出したホシガリスが尻尾から食べかすを口に含んで身構えると、カジリガメは二本の前足を思いっきり地面に叩きつけた。その衝撃で大地が隆起し岩の壁を作る。その岩の壁に頭突きをし、ホシガリス目掛けて倒してきた。

 

「ホシガリス、岩の隙間を探せ! どんな小さな隙間でもいい! そこに入ってダメージを減らすんだ!」

 

必死に走るホシガリス。果たして間に合ったのか、上から覆い被さる岩の壁。それは地面に激突するとバキッと砕けて小さくなったが、代わりに飛び散った砂がヒュウヒュウと風に吹かれてスタジアム中に舞い上がる。

 

「すなあらし……。スリップダメージでホシガリスの体力を削ぎ落としながらカジリガメの防御力で耐久する作戦ですか……!」

 

「ええ。安心して、このたくさんの土砂はあなたのポケモンごとまとめて洗い流して綺麗にするから。次のジムチャレンジャーを待たせることはないわ」

 

その時、コートに動く影が。ボロボロになったホシガリスが泣きながらもっちゃもっちゃと口を動かしている。ギリギリ体力が残ったのだろう。オレンの実と特性のおかげで少し持ち直したようだ。

 

「あら、タフね。でもここまでよ。カジリガメ、キョダイガンジン!」

 

キョダイ……、これがキョダイマックスしたカジリガメの専用技か!

カジリガメの開いた口に、大気中の水分が凝縮していく。密度を増した水は光と見紛う見た目と速度で発射された。まるでウォーターカッターだ。

 

「ホシガリス、たくわ……間に合わない、逃げてっ!」

 

「無駄よ。ダイマックス、あるいはキョダイマックスしたポケモンの技からは何があっても逃れられないのだから!」

 

青ざめ走るホシガリスに水が直撃すると、勢いを殺さずコートの地面まで抉る。コート中に岩が飛び散る中ホシガリスはくるくると宙を舞い、ポテンと墜落してきた。涙を浮かべたまま目を回しているその姿に罪悪感が芽生える。

 

「最後は――、お前しかいない! ルンパッパ!」

 

ボールから出たルンパッパ、すなあらしに痛がったあとに周囲の岩にも傷ついている。しまった、ステルスロックを引き起こす攻撃だったのか、キョダイガンジンは。

 

「……コロトックが予想以上に強かったせいで、キョダイマックスでルンパッパを仕留められなかったのは痛かったわね」

 

ギリ、とルリナが歯噛みする。その言葉が引き金だったようで、カジリガメの大きさが元に戻る。カジリガメもほぼ無傷ではあるが、ルンパッパの草タイプはカジリガメの最大弱点。ここまで温存できて良かった。

 

「ルンパッパ! 問題ないね!? よし、ギガドレイン!」

 

「カジリガメ、くらいつく! 絶対離さないで!」

 

カジリガメが突撃してくるより早く、ルンパッパが緑の光をカジリガメから吸収する。お肌がツヤツヤしてきたルンパッパに対し、カジリガメの足元がおぼつかなくなってくる。ルンパッパの体力が全快した時、カジリガメがズズン、とコートに倒れ伏した。今までで一番余裕を残した勝利だ。ノモセジムの経験が活きたバトルだった。

 

「ホシガリスポーズ!」

 

だいぶ余裕をもってポーズできるようになってきた。ルンパッパは軽快なステップでコートを動きながらホシガリスポーズをしている。相変わらずいつ覚えたんだそのポーズ。

 

「悔しいわ。キョダイマックスしたカジリガメならルンパッパだって倒せるはずだったのに、まさかアズマオウとカマスジョーが残り全員を倒しきれなかっただなんて。大したものね」

 

「たまたま、たまたまトサキントやたきのぼりを何度も見ていたからできたことです。現にカマスジョーのタイプは分かりませんでしたし、対応しきれませんでした」

 

「カマスジョーは水単体よ」

 

「き、器用なポケモンですね……」

 

ルリナと固く握手する。ジムバッジ三つ目だ。これでワイルドエリアの北半分にも入れるようになったとのこと。

次はナックルシティを経由し、ラテラルタウンへ。レイジさんと再会の時。感謝をバトルで伝えられるだろうか。

 

ここまで一度でジムをクリアできていた。ここまでは努力でどうにかなる。

ここからは、才能が努力を喰らっていく世界となる。

 

 

 

 

 

 




ルリナさんとのバトルでした。
書いてて何度も『かんそうはだ』のこと忘れそうになりました。危ない危ない。
原作同様、ここまでは前半戦ですが、この先どうなるか。
普通の人にどこまで行かせるか。悩みどころです。


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キバナ、砂地に吠える

 

 

 

 

――ポケモントレーナーになりたい。

 

十年前。エキジビションマッチを観終わって帰宅し、お父さんがこってり絞られた後、両親に切り出した。

 

「ポケモントレーナーって、まぁ13歳なら十分旅を始める頃だけど……。シロナさんかダンデさんに憧れたの?」

 

違う。言ってもらった。トレーナーとしてポケモンが見たい、そうじゃなくても夢を叶えてまた会おうと言ってもらった。

 

「あらぁ。学校の方は休校措置を申請すればいいけど、本当に行くの? けっこう大変って聞くわよ? それに料理に関わる仕事につきたいとも言ってたじゃない?」

 

トレーナーになっても料理の勉強はきっと継続できる。大丈夫、きっとなれる、ダンデさんみたいなカッコいいトレーナーになれる!

 

「……旅に行くのは止めないけどな。なれる、なんて確信も無しに言うものではないぞ」

 

お父さんが真剣な声でそういうからびっくりした。普段からポケモンバトルをテレビで見るのが大好きなお父さんなら、大賛成だと思ってたのに。

 

「今のお前には分からないとは思うが、トップトレーナーというのは絶え間ない努力、神に愛された才能、そして天に祝福された運の三つを持ち合わせた人間なんだ。ほとんどのトレーナーはそんな『天才』達が羽ばたくための踏み台にすぎない。そうやって踏みつけられて心を折ったやつを何人も知ってるよ、お父さんは」

 

静かに話すお父さんはさっきまでシロナさんを見て喜んでいた人物とは別人のようで。その瞳と声音は、心が凍りそうなほどの冷たさと、泣きたくなるほどの悲しさに満ちていた。

 

「お前には無理だ、なんて頭ごなしに決めつけるつもりはないけどね。考えておくことだよ、トレーナーになれなかった時のことを」

 

その時はひどい父親だとしか思わなかったが、二つ目のジムすらクリアできなかった時にあの言葉は真実だったんだと思い知った。後から知人に聞いたところ、父もまた昔はトレーナーを目指しジムバッチを全部集めるも四天王に歯が立たず、ゲットしたポケモンを全部逃がしていたんだそうだ。

 

「……お父さんは結婚してお前がお母さんのお腹にいるって分かった時、トレーナーへの未練をきれいさっぱり断てたんだ。これから父親になるのに勝ち続けられるか分からないトレーナーなんてやれない、ってね。それからテレビのバトルも楽しんで見られるようになったし、今の仕事にも食らいつけるようになったんだ」

 

あれから何年かして、シンオウ中の鉄道を管理する会社に勤める父が勤続20年記念の花束をもらった日、酔った勢いでそう話してくれた。

 

……このジムチャレンジが終わったら、父とお酒を飲みながら語り合いたいな。というより今すぐ家に帰りたい。何で急にこんなこと思い出すんだって、走馬灯を見てるに違いない。さっきから怖くて震えが止まらないし冷や汗も動悸も止まらないのだから走馬灯を見ても仕方ないだろう。

 

「すなあらし。逃がさねぇぞ」

 

目の前に立つ人物に退路を断たれ、走馬灯及びこの世に別れを告げる準備をした。さよならカントリーロード、さよならマイライフ。

そして何より、どうしてそんなに怒っておいでなんですか。……キバナさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

話はほんの少しさかのぼる。バウタウンからエンジンシティに戻り、ワイルドエリアを北上して砂塵の窪地まで来た時のこと。相変わらずのポケモンの多さに驚きながらてくてく歩いていたら、何だか人が集まっている。誰かを取り囲んでいるようだ。

 

「ようお前ら、ジムチャレンジがんばってるか? そろそろアラベスクタウンぐらいは行けてないと、俺サマのとこに来るのがギリギリになっちまうぞ?」

 

人垣の上から顔が少し見えるあたり、高身長の人物だ。声音から男性でオレンジ色のバンダナのようなものを頭に巻いている。周辺を飛び回っているのは……、スマホに入ったロトムか。

 

「悪いが今はオフなんだ。ちぃっと人探ししててね。……はっは、ダンデが迷った訳じゃねーよ!」

 

ああ、そういえば見覚えがある。ナックルシティジムリーダー、キバナさんだ。ジムチャレンジの順番が最後だから、間違いなくガラルで一番強いジムリーダーなのだろう。ほへーという感想を残してその場を去ろうとした時、ふとキバナさんと目が合った。そして直感した。

 

 

 

あ、見つかった。

 

 

 

どうしてかは分からないけど、なぜかそう感じた。笑顔でペラペラとファンに話をしているキバナさんだけど、確かに一瞬、目が合った一瞬だけ静かでいて激しい感情を感じた。明らかに自分を『こいつだ』と認識したのを理解した。

 

――なんかすごく、ヤバい。

 

これは初めて強敵にこてんぱんに負けた時の感想を述べるミニスカートのセリフではない。ミニスカートだってもう少し語彙はある。単に言葉に表しにくいけど、明確な危機を察したということだ。このままキバナさんの近くにいるのは、なんかすごく、ヤバい。

 

「まだ今はナックルジムまで来られたチャレンジャーはいねぇな。一番早いやつでスパイクタウンってとこじゃねぇか?」

 

ははは、と笑うキバナさんの方を絶対に見ないようにしつつ、さりげなくその場を去る。私は何も関係ありません、と全身で表しながら早足になりたい気持ちを制しながら離れた。こういう時に走ってしまうと悪目立ちするし、何もなくても『逃げるってことは後ろめたいんだ!』といらぬ勘繰りを受けることになるのだ。

 

「んじゃ、俺サマも人探し再会するわ。頑張れよ~!」

 

キバナさんがファンに手を振ってエンジンシティの方に歩いていく。ああ良かった、よく分からないけど良かった。きっとあの目は見間違いだっだ。それはそうだろう、どうして有名人キバナさんなんかにガンつけられなければならないのか。

安心して移動を再開し、五分もしない時だった。

 

 

 

「――やれ、フライゴン」

 

 

 

低く抑えた声が聞こえた。嘘だろう、イケボを一人占めするにしては最悪のタイミングだ。それにフライゴンってことはジムリーダーがポケモンを使って奇襲をするのか。あまりのことにパニックになっていると、自分の前後にすなあらしが吹き荒れ始めた。どうやら巨大な砂の渦に閉じ込められたようだ。訳が分からない。

 

「すなあらし。逃がさねぇぞ」

 

本気で奇襲してきたその人は、上からフライゴンに乗ってゆっくり降りてきた。初めからこちらを油断させるために一度場を離れ、フライゴンに乗ってはるか上空から追ってきたというのか。でも、そんな執拗に追われるようなことをした覚えがない。だからこそ余計に怖くて震えが止まらない。

 

「ロトム、頼む」

 

フライゴンは出したまま、キバナさんはロトムを呼び出し何かを指示する。するとロトムがこっちに飛んで来てスマホの画面を見せる。そこには。

 

『ホシガリスポーズまた見た! 今度はルンパッパがやってるー』

 

という、写真付きSNSの投稿だった。はっきりいって拡散数も8とかいう小さな呟きであり、炎上した訳でも大ニュースになった訳でもない。ただ、今このタイミングでそれをこちらに見せる意味はただ一つ。

 

「その写真に写ってるトレーナー。……お前だな?」

 

お父さん、お母さん。せめて遺骨はシンオウに届けてもらえるように頼みますね。

 

「やっぱりそうか。他地方からの挑戦者は少ないからな。アタリを付けて正解だった」

 

さっきまでのひょうひょうとした態度はどこいった。真っ直ぐ見下ろすその瞳には怒りしか感じない。何をしてしまったのだろう。ホシガリス、お前もしかしてガラルでは名前を出してはいけないポケモンだったのか?

 

「……ダンデの野郎はな、子ども達にとっちゃヒーローなんだよ」

 

ん? と一瞬意味を掴みかねる。ダンデさんがヒーロー、それはよく分かる。ここにそのヒーローに憧れたまま大きくなってしまった人がいるから。

 

「一昨年チャンピオンが変わったが、新チャンピオンはまだ子どもだ。いくら強いっても子どもは子どもに『憧れ』はしない。『畏怖』はするけどな。だからいまだにガラルの顔ったらダンデってことになってる」

 

まぁ、開会式で見たあの子では威厳はないのは分かる。しっかりしてるとは思うけど、やはり積み重ねはダンデさんの方があるし、長年チャンピオンだったという実績は今なお人々の心に残っている。

 

「だから、今でもリザードンポーズは子ども、ひいてはガラルの共通する大切なポーズだ。あいつがガラルを背負ったからこそ余計に重たい意味を持ちやがったポーズなんだよ」

 

……ん? 待て、何かピーンときた。話の先を確信した。そしてそれはキバナさんの勘違いだということも。

 

「子どもが憧れて真似すんのはいい。子どもがダンデみたいになりてぇから自分のポケモンのポーズをするのもいい! でもな! 他所からきた奴が面白半分でやるのは許せねぇんだよ!」

 

やはりか。仕方がないとはいえ、キバナさんは誤解している。ホシガリスポーズがダンデさんを貶めるものだと思ってる。……良い大人がポーズするのって、やっぱりおかしいのだろうか。

 

「俺さまがドラゴンポーズするのはSNSで映えるためっつう目的がある」

 

あなたもやっているのか!

 

「お前は俺サマと違ってSNSやってねぇだろ! 自分を目立たせる為じゃなきゃ、何のためにわざわざよその人間がポーズなんかするんだよ! ごまかすなよ、他の地方じゃあ流行ってるポーズなんかねぇのは調べてあるぜ!」

 

これはダメだ。レイジさんには恥ずかしくて言えなかったけど、キバナさんには全部説明しないと分かってもらえない。キバナさんに、こちらには逃げる意思はないのでフライゴンで攻撃しないで下さいとお願いしてみる。

 

「……いいぜ。すなあらしを維持するために出してはおくが、お前に一切攻撃させねぇ。だから理由を教えろ」

 

仕方なく話す。十年前シンオウで偶然出会いエキジビションマッチを見てからダンデさんのファンになったことから、もう一度会ってバトルタワーで彼の忘れ物を渡すためにジムチャレンジに挑戦していて、その一環でホシガリスポーズがこの世に生まれたことまで全部伝えた。改めて説明すると、我ながらめんどくさい事をやってるなぁと顔が赤くなった。

 

「…………」

 

一方のキバナさんは全部話を聞いてくれた上で、沈黙している。そして。

 

「……つまり、そんなめんどくせぇ、ぶっちゃけダンデは忘れてるだろうことのためにシンオウからわざわざ来たってのかよ? んで、ダンデに見つけてもらえる可能性を上げるために、ホシガリスポーズをやってる?」

 

いえす。

 

「っは~~! マジかよ! 念のため誰かに見られないようにすなあらしを起こして正解だったぜ! 超ハズいじゃん!」

 

このすなあらし、保身のためだったのか。びびり損である。

 

「ていうかダンデのやつ、わりと言ってるからな? 『トレーナーになったらいつかバトルしよう』ってセリフ。ダンデらしいっちゃあダンデらしいけどな」

 

天然タラシだ。

 

 

 

 

 

「いや悪かった。本当に悪かった。ガラルも一昨年の事件からガラルスタートーナメントとかを経て、ようやく落ち着いてきたトコがあってよ。そんなダンデのやってきたことに泥かけるつもりかと思っちまってな。俺サマらしくもねぇことをしちまった。本当に申し訳ない!」

 

パンッと両手を合わせて深々と謝罪された。まさかそんな事情があったとは露知らず、こちらも紛らわしいことをやってしまって申し訳ない。誤解が解けて良かった。

 

「これからもホシガリスポーズ、やってくれて構わねぇよ。何かあったら俺サマのSNSまで連絡くれれば対応できると思うし。あんたの願いが叶うといいな。にしても、何かお詫びができりゃいいんだが……。ダンデに会わせる、だと意味ないからなぁ……」

 

それなら流行とかに詳しそうなキバナさんに教えてもらいたいことがある。

 

「カレーのレシピィ? 本当にそんなんでいいのかよ? 俺サマオススメは苦口ヴルストのせカレーだが……、おっ、そうだ。これやるよ。ガラルカレーのある意味真髄ってやつ? 珍しいんだぜ」

 

手渡されたのはガラスのビンに入った紅色の粉。食紅だろうか。

 

「キョダイパウダー。ワイルドエリアでダイマックスの巣を攻略してると時折手に入る代物でな。こいつをカレーに使うと面白いことになるんだ。今度実際にやってみ?」

 

そんなもの食べて身体を壊さないのだろうか。今まで問題になったことはないし、近くにあるヨロイ島という場所ではダイキノコにダイミツもあるらしい。ガラルすごい。

 

「という訳で、邪魔して悪かった。最後に一つ教えとくぜ。バトルタワーへ行くにはジムバッチを全て手に入れる必要がある。受付くらいなら入れるが、受付で待ち伏せたってダンデにゃ会えないだろうな」

 

つまり、と言いながらフライゴンの背にまたがる。スマホロトムをポケットにしまうとこう告げた。

 

「バトルタワーでダンデに会うなら、ジムバッチ最後の関門である俺サマを倒す必要があるってことだ。もしここまで来られた時は、ドラゴンの恐ろしさをその身に刻んでやるから覚悟しな」

 

こちらを射抜く青色の瞳が秘めるのは、最初の怒りでも普段の柔らかさでもなく。獰猛かつ貪欲な強者の余裕。ドラゴンタイプを操る男もまた竜だということか。飛び去っていく姿に再び震えそうになり、思わず唾を飲み込んだ。

 

「(……ありゃあどうだろうな。多分、自分でも分かってるけどナックルシティジムまでは来られないんじゃないかね)」

 

ダンデのように無責任なことは言わない。一度言葉に踊らされてモンスターボールを手放した人間に希望的観測など、古傷に塩を塗り込むようなものだ。

 

「(ホシガリスポーズ、ダンデに届くといいな)」

 

もう会うことはないだろう。キバナは振り返ることもなく、ナックルシティまで戻るのであった。

 

 

 

 

 




みんな大好きキバナさん回でした!
ダンデさんがローズ委員長を継いでガラルの発展を望む以上、ライバルを自称する彼もまた陰にそれを支えていてもおかしくない気がするんですよね。
信念のある大人って、カッコイイ!


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ナックルシティと、ラテラルタウン

 

 

 

あれはダンデさんに会うよりもっともっと前。まだ10歳にもなってなかったと思う。家族で初めてイッシュ地方のライモンシティに行った時のことだ。あそこは巨大な遊園地があるので、たまの休みにと家族を連れてきてくれたのだ。

 

『お父さん、お母さん、どこ……?』

 

ところが遊園地で母とはぐれてしまった。父は別行動でポップコーンを買いに行っており、初めての場所で初めての外国、分からない言葉が満ちる場所で一人になったことでパニックになり、走り回って親を探して逆に自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。

 

『うえぇぇん……。誰かぁ……。お父さんとお母さん連れてきてよぉ……』

 

壁際で座り込んで泣きじゃくっていたところに、遊園地のスタッフが声をかけてくれた。何を言っているかは分からなかったけど、服がスタッフのもので迷子センターのイラストが書かれた建物を指差していたので大人しくついていった。

 

『すみません、放送を聞いてきました、ここにうちの子がいるって……!』

 

館内放送が流れて15分ほどしてからだろうか、母ではなく父が迎えに来てくれた。母も私がいないとパニックになって遊園地を飛び出してバトルサブウェイの方まで探しに来てしまったらしい。母と合流した父が遊園地に戻って放送に気づいたということだ。

 

ただその時、異国の子どもを元気付けようと、遊園地の料理スタッフがたまたま昼時でまかないご飯が残っていたのを分けてくれていた。料理スタッフが必死の身振り手振りで『食べてごらん、おいしいよ』と示してくれたそれは今なら分かる、オムライス用のケチャップライスに唐揚げを乗せただけの余り物のご飯だった。それでも憔悴しきっていた子どもには人生で一番おいしい食事に思えたものだ。思わず顔を輝かせたらスタッフ達も喜んでくれたのを覚えている。

 

あの時の経験が料理人になりたいという夢を持つきっかけとなった。言語や文化の壁を超えて人を笑顔にできる『料理』を学んで、いつか同じように迷える誰かに食べさせてあげたい。その夢がガラルに来たことでより明確になったのは、嬉しい誤算としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ここはナックルシティ。あれから無事にたどり着きポケモンセンターでポケモン達を回復させていると「ジムチャレンジ?」と優しいマダムに声をかけられた。毎年ジムチャレンジに挑む人と話すのが楽しみなのだという。

 

「まぁ、シンオウ地方からいらしたの。それは大変だったわねぇ。普段のご職業は? ……お料理を。素敵ね。ご専門は?」

 

いずれはガラルのカレーを扱う店を出したい、そしてポケモンバトルもやれる店にしたい、と話す。するとマダムは少し不思議そうな顔をした。

 

「確かあなた、シンオウにもそのようなお店があるのではなくて? 名前は……、そうそう『レストランななつぼし』。味にこだわりすぎのお店で、ポケモンバトルができると聞いているわよ?」

 

そう。その通り。シンオウにある『レストランななつぼし』は正にポケモンバトルもできるレストランなのだが、自分の夢とは相違点がいくつかある。一つは高級レストランなので万人向けではないこと。二つ目にバトルをしないと食事ができないということ。

 

マダムはご存知なかったが、シンオウには知る人ぞ知る『カフェやまごや』というバトルできる飲食店がもう一つある。店の在り方などはイメージに近いが、問題は商品がモーモーミルクただ一つきりだということ。店の規模など参考にならない部分が多い。帯に短し、たすきに長しだ。

 

「もっと気軽にというコンセプトをお持ちなのね。それなら、ブティックの隣にあるバトルカフェに行ってみたらいかが? マスターにお話を伺えば何か得られるものがあるかもしれないわ」

 

バトルカフェ? 確かエンジンシティにもあった店だ。経費削減のために入らなかった覚えがある。ここの他にシュートシティにも同じ店があるらしい。系列店があるほど人気店なら、たしかに経営のノウハウとか学べることがありそうだ。

 

「あぁ、それでも急いだ方がいいわよ? 初めての人はキルクスタウンに向かう水路で時間がかかるものなの。自転車がないなら手持ちになみのりができるポケモンが必要よ」

 

なみのりか。ルンパッパができるかもしれない。後で確認しよう。でも、もしかすると期間中に間に合わなくて必要なくなるかもしれない。そうならないことを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

バトルカフェにつき、入り口を開けると渋い男性の声が出迎えてくれた。店内はいくつかのテーブル席があり、入り口の向かいにはショーケース越しにマスターがいる。お客もそれなりに入っており、意外なことに男性客もそれなりにいる。

 

「ねえねえ、こっちのマカロンも食べてみなよ~」

 

「わ、私はいいです……」

 

「んもう、ウチらの前ではいいじゃん、スイーツ好きなんでしょ? それに今年は勉強優先でジムチャレンジ断ってるんだし、勉強には糖分が必要だぞ~?」

 

「うぅ、か、格闘ジムリーダーとして、あまり、その……」

 

女子学生達の可愛らしい声が似合う内装の店を進み、マスターの元へ。と、マスターの横でフワフワ浮遊しているポケモンがいる。見た目がまるでミルクのようなこのポケモンはもしかして……!?

 

「私のマホミルですよ。もしかしてマホミルを見るのは初めてですかな?」

 

これがマホミル……! 覚えておこう。とても可愛いミルククラウンの容姿をしたポケモンに笑いかけた後、こちらの事情を簡単に説明する。マスターは「なるほど」と言うと、店の奥から系列グループのパンフレットを持ってきてくれた。マクロコスモス・ライフという巨大企業の一部門が支援しているようだ。

 

「このお店のコンセプトや年間計画、経営方針なんかが載ってますよ。大企業の下でお店を開くんじゃなくて個人経営なら勝手は違うと思いますけど、こういう知識はあって損はないですからね」

 

なるほど。今の仕事先では経営についても学ばせてもらってはいるが、他の経営方針を知るのもまた勉強。ありがたくもらっておくことにした。

 

「それと、うちのコーヒーはヨシダ珈琲さんから、スイーツはアウローラさんから卸してますから、気になるならそちらにも話をうかがってみてください。これは個人的な教訓ですが、飲み物をバカにしちゃいけません。メインとデザートは良くても飲み物が貧相だとリピーター減りますからね」

 

うげっ、と心に言葉が刺さった。カレーならミネラルウォーターと子ども用にミックスオレがあればいいか、と簡単に考えていたためである。図星とはこのこと。マスターは意地の悪い顔をする。

 

「間違っても、ミネラルウォーターとミックスオレだけなんてダメですぞ?」

 

思わず「ひぇっ」と声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

「兄者、今日の我らが王の予定は把握済みですか?」

 

「もちろんです弟よ。エレガントな我々に抜かりなどあるはずがありませんよ」

 

強烈な個性を主張する髪型をした赤と青のスーツを来た二人組を三度見しながらナックルシティを出た。ラテラルタウンへは六番道路の遺跡を抜けて行く。高低差のある道をひいひい言いながら進むと、一度見たことのある景色が広がっていた。ラテラルタウン。ついにここまで来たのだ。

 

「はい、それでは明日の午前の部でお受けします。健闘を祈っています」

 

ジムに行って予約をすると、翌日に受けられるとのこと。ターフタウンの頃よりずっと早くなった。それだけまだバウタウン以前をクリアできていないチャレンジャーがいるということ。自分はまだ大丈夫、今回も全力を尽くそう。

 

……そう、心のどこかで『大丈夫』と。思い込んでいたのだ。

 

翌日になり、ラテラルタウンジムのミッションがスタート。乗り物に乗ってピンボールのようにジム内を縦横無尽に動き回り、行き着く先でポケモンバトルをして先を急ぐ。

 

「おめでとう、きみの勝ちだ。あれからルンパッパも手に入れたんだね。いよいよ次はオニオンくんとのバトル。気合いを入れていくんだよ」

 

フワライドとゴーストを繰り出したレイジさんの激励を受けてジムミッションクリア。スタジアムに移動し、観衆の見守る中。

――オニオンに、敗北した。

 

 

 

 

 

 




主人公敗北でした。
才能のない普通の人を描く以上必ず訪れる壁なので、どう書いていくか悩みましたがまずは一言で。

才能や努力の限界がある日目の前に現れて、そこから動けなくなるのって、本当に怖いですよね。


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道を選ぶのは、君だ

 

 

 

 

 

ご主人の声が、とても遠くに聞こえる。何か指示を出しているのだけど、聞き取れない。それほどに目の前の存在が恐ろしくて、目が離せない。

 

“戦えないやつは、引っ込んでな”

 

ゲタゲタと笑うその巨大なポケモンの意志が響いてくる。そして黒い光の攻撃に飲み込まれ意識を失ってしまった。傷はすぐに癒えたけど、あの意志が、ずっとずっと耳元で響き続けている。

 

 

 

 

 

 

ゴーストタイプ使いのジムリーダー、オニオンとのバトル。向こうのキョダイマックスゲンガーに対しこちらの最後のポケモンはホシガリス。ところがホシガリスはキョダイマックスしたゲンガーを一目見るなり怯えてしまい、動けなくなってしまった。こちらの声も届かなくなったホシガリスは、何もできずにゲンガーの攻撃をもろに受け、負けた。ジムチャレンジ初めての一回突破失敗であった。

 

「あ……、あのぅ……。ホ、ホシガリス、怖がらせちゃったかもしれないです……。も、もし、そうだったら、ごめんなさい……」

 

試合が終わって握手した時、オニオンさんはそう言っていた。ポケモンセンターで傷を癒した後全員をボールから出してみたら、ホシガリスだけずっと震えている。ジョーイさんに診てもらったところ、精神的な恐怖とのこと。

 

「オニオンさんと戦ったポケモンは、時々こうなっちゃうんです。彼のキョダイマックスゲンガーは恐怖をあおりますから。もしどうしてもこの恐怖が消えない場合は、もうバトルには出さない方が良いと思いますよ。トラウマになっている可能性もありますから」

 

そこからはよく覚えていない。あまりのショックに気づいたらもう夕方で、エンジンシティまで戻ってきていた。ラテラルタウンはレイジさんがいる、ナックルシティはキバナさんがいる、どちらも気まずい。それでエンジンシティだったのだろう。スマホには最初に来た時に連絡先を教えてもらった空飛ぶタクシーに電話した履歴が残っていた。

 

「スボミーインは深夜は締まりますので、戻る時間にはお気をつけください」

 

今日はこれ以上街を移動する気になれず、ホテル・スボミーインに荷物を置く。それでも落ち着けず、貴重品とモンスターボールだけを持って夜のエンジンシティにさ迷い出る。店の灯りが一つ、一つと消えていっても戻る気になれず、エンジンリバーを眺めながら今日までのことを思い出していた。

 

 

 

十年前のダンデさんとの出会い。

すぐ辞めてしまったポケモントレーナー。

ダンデさん敗北のニュース。

ノモセジムへ挑むこと一年。

ガラルに来て始まったジムチャレンジ。

三つのジムクリア、そして負けたラテラルタウンジム、オニオン。

 

 

 

初めはコロトックだけだった。そこからグレッグル、ホシガリス、ルンパッパが仲間になった。だが……。ホシガリスに深い心の傷を負わせてしまった。どうすればいいのだろう。何がいけなかったのだろう。考えても考えても答えは出ず、思考は袋小路に入り込んでぐちゃぐちゃだ。

 

『もしもし。こんな時間にこんなところでどうしたんだい?』

 

それは地元の言葉だった。シンオウやカントーなどで使われる、このガラルでは異国の言葉。すでに懐かしくなりつつあったその言語に反応して振り返る。そこにはロマンスグレーの短髪、鋭く細い目の男性が立っていた。すぐ横には見たことのない炎タイプのポケモンが控えている。ペンドラーの仲間だろうか、節のある体をしたむしポケモンのようにも見える。

 

『そこから身を投げるのはおすすめできな……えぇっ!? ど、どうしたんだい、具合が悪いのかな!?』

 

気づいたら涙が出ていた。懐かしい言葉と優しい気遣いに触れて、ここまでピンと張り詰めていた気持ちがゆるんでしまい、涙が止まらない。止まらないけどひとまず身投げではないことだけは伝えた。ガラルの言葉で。

 

「あ、こっちの言葉で通じるんだね。死ぬつもりがないなら良かった。……そうそう、僕はカブ。普段はエンジンシティジムでジムリーダーをやってるんだけど、ホウエンに帰郷しててさ。つい昨日帰ってきたんだ。それでその格好、君もジムチャレンジかな? スボミーインに部屋があるならそこで話すかい?」

 

ずびずびと鼻を鳴らしながら同意し、自分の部屋に案内する。ホテルにカブさんが来たらスタッフが驚いていた。さすがジムリーダー。

部屋に入ってこれまでのことを話す。一度キバナさんに話してしまったからだろうか、もう抵抗感なく話せてしまえる。

 

「そうか。話してくれてありがとう。大人ってさ、子どもと違って諦められることと諦められないことがごちゃごちゃになるんだよね。ある意味子どもよりワガママとも言える。でもさ、それを貫いたり守ったりできる大人が高みを目指せるんだと僕は思うよ」

 

僕も、とカブさんが悲しい笑顔を浮かべる。

 

「一時期マイナージムに落ちてさ。あの頃は荒れたなぁ。見映えの悪い戦術を使ったりしてメジャージムまで戻ってきたよ。僕はどうしても負けていることが許せなかった。マイナーのままなんて、そんなの受け入れられなかったんだよ。客受けがどれほど悪くてもね」

 

一流と呼ばれる人間達は自分とは違うと心のどこかで思っていた。でも、同じような壁や試練に対してどこまで立ち向かえるかで他人からの評価が変わるのかもしれない。料理もそうだ、卵焼きを作るだけなら子どもでも作れる。しかし素材や手法の違い、工夫がそこに加わることでプロの料理人が作った卵焼きになるのだ。

 

「……さて、君のホシガリスだけど。そもそも君は、ポケモン達に自分の考えや意思を伝えたのかい?」

 

意思?

 

「どうしてジムチャレンジに挑んでいるのか、どうして勝ちたいのか。ジムチャレンジが終わったらどうしたいのか、ポケモン達には一緒に来てほしいのか、それともガラルからシンオウには連れ帰らないのか。君の考えも分からない中で、特に戦いたくて君のモンスターボールに入った訳ではないホシガリスはずっと不安だったんじゃないかな」

 

はっとする。そうだ、ホシガリスはバトル用に捕まえたポケモンじゃない。これまでもバトルのたびにこっちを見たり、泣きそうだったりしていた。ホシガリス、君はずっとずっと『主人の考えが分からない』まま戦っていたのか。それはどれだけ怖いことだっただろう。

 

「一度、君の手持ちのポケモン達と話してごらん? ポケモントレーナーだけじゃない、ポケモンと人が共に生きるなら、お互いの考えを理解しておかないと。悲しい誤解から人が傷ついたりポケモンが捨てられたりする事件は後を絶たない。良いきっかけだと思うよ」

 

それと、と一枚のチケットとメモを渡された。

 

「君たちが向かうべき方向が決まったら、そのメモを見なさい。そして必要ならそのチケットの場所に行って、僕の名前を出してごらん。その道のプロがいるなら、その人に聞くべきだからね」

 

それじゃ、とカブさんは出ていった。部屋には自分と四つのモンスターボールが残る。少し考えて、ポフィンを新しく作ってから四匹のポケモンをボールから出した。ホシガリスは相変わらず震え、ポフィンにも興味を示さない。

 

――聞いてほしい。

 

四匹がこちらを見たのを確認し、ゆっくり言葉を選んで話す。もう一度ダンデさんに会うために、できるならバトルタワーに行けるジムバッチ8つ分勝ちたい。無理なら一戦でも多く勝ってホシガリスポーズをする。キバナさんが気づいたように、ダンデさんも気づくかもしれないから。

そして、ジムチャレンジがどんな結果で終わっても、ポケモントレーナーとしてはそこで終わり。シンオウに帰ってポケモンバトルもできるカレーとポフィンの店を開きたい。それが自分の目的で、自分の願い。

 

 

 

 

これ以上一緒にいられない、と思ったら部屋から出て行ってかまわない。ドアは開けてある。

バトルだけ協力してくれるなら、ボールに入ってほしい。

お店まで手伝ってくれる、つまりシンオウまで来てくれるなら、一緒にポフィンを食べよう。

 

 

 

 

四匹のポケモンは互いに顔を見合わせている。まず動いたのはグレッグルだ。すたすたと進み出てポフィンを取り、そのまま仲間に背中を向けて床に座った。

次に動いたのはルンパッパ。ホシガリスに「ンッパ」と何か言うと、ポフィンを両手に持ってグレッグルの横に座った。

 

「キリリ」

 

コロトックはホシガリスに何かを促している。ホシガリスはまだ震える体でグレッグル、ルンパッパ、コロトック、そして自分を見る。自分は何も言わない。ホシガリスがどんな答えを選ぶにしても、後悔しないと言える。

ホシガリスはトコトコ歩くと、まずグレッグルとルンパッパの前へ。

 

「グレ、グレグレ」

 

グレッグルが何かを言い、ルンパッパもうなずいている。またトコトコ歩いてきて、コロトックの前へ。コロトックはお腹を静かに鳴らして感情を伝える。最後に自分の前に歩いてきた。じっと見つめるホシガリスは、いつの間にか震えが止まっていた。

 

「キキッ」

 

撫でて。そう言っている気がして、そっと手を伸ばした。頭にゆっくりと触れてわしゃわしゃと撫でる。また涙腺がゆるんできた。ホシガリスは目を閉じて撫でられるがままになっている。と、その時。

 

ホシガリスの体が輝き出した。

 

えっ、と驚いて手を離した。残りの三匹も目を見開いてホシガリスを見ている。輝きに包まれたホシガリスはだんだんと体が大きくなっていき、光が落ち着いたそこにはふた回りほど大きくなったホシガリス……、いや、進化した新しいポケモンがいた。灰色だった体は赤茶色に変わり、貫禄のある体により太くなった尻尾。そして何より。

 

顔つきが、ものすごくふてぶてしくなった。

 

「――バリスッ!」

 

鳴き声が、バリス……。ドスドスと重々しくテーブルに近づくと、ポフィンを鷲掴みにしてどんどん口に放り込み始めた。それに慌てたグレッグルとルンパッパがテーブルに飛び付いて自分達の分を確保していく。なんと他のポケモンが確保した分にさえ手を出していく元ホシガリス。その様はまるで。

 

「ヨクバリ……、ス」

 

何でだろう。間違いなくこいつの名はヨクバリスだと確信した。そんなヨクバリス、ふと目が合うと力強く「バリスッ!」と笑顔でうなずいてくれた。呆れた顔をしたコロトックが仲間達の仲裁に入り、各々が食べるポフィンを取り分けていく。気づけば全員がポフィン、つまり最後まで来ることを選んでいた。

 

ありがとう。

 

改めてみんな、これからもよろしく。

 

 

 

 

 




ホシガリスはヨクバリスに進化した!
アニポケではよく描かれていますが、戦いが好きじゃないポケモンやバトルを好まないトレーナーがいてもいいんじゃないかと思うんですよね。
人と一緒に生きることを選ぶポケモン達には、それぞれの考えがある。そういうの良いと思うんです。
あとカブさんカッコイイです!


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お先真っ白、カンムリ雪原

 

 

 

 

十年前。

シンオウ地方二つ目のジムに勝てず、ポケモントレーナーを辞めようと思うまで三日もかからなかった。六匹もポケモンを捕まえて挑んだ自分に対し、すぐ後にチャレンジした年下の子はジムにとって弱点タイプの手持ち含め二匹だったのに完勝したのを見たからだ。

 

今なら分かる。ただ捕まえただけではなく、技の構成、相手の動き、先読みなどがきちんとしてないと何匹手持ちがいても勝てない。軽い気持ちで無計画に挑んで勝てる世界ではないのだ。でも当時13歳の自分にはそんなことも分からなかった。だからやめることにした。

 

ダンデさんの言葉が甦ったが、もう一回挑もうという気持ちはどうしても持てなかった。ふて腐れながら家に戻る道すがら、ムックル、ビッパ、イシツブテ、コリンク、ブイゼルを捕まえた場所に近いところで逃がしていく。その五匹は一度だけ若い主人を見ると、そのまま走り去っていった。

 

最後のモンスターボール。出てきたのは初めて捕まえたポケモン、コロボーシ。コロトックの進化前のポケモン。他のポケモンにも伝えたことを告げる。もうポケモントレーナーじゃないから、逃げていいよ。コロボーシも一度主を見上げると、とぼとぼと歩きだした。耐えられなくなりコロボーシに背を向けて走ろうとした時だった。

 

「キリリィ!!」

 

聞き慣れた鳴き声。振り返ると、ただでさえ動きの遅いコロボーシが悲鳴のような声を上げながら追いかけてくる。他の五匹より早く捕まえたコロボーシだけは、主との間に確かに絆が芽生えていた。それにコロボーシは知っていた。逃げていいという主が、目に涙をためながらこぼさないように耐えていたことを。

 

コロボーシと一緒に帰宅すると、母はなにも言わずにポケフードを用意してくれた。父は「むしタイプは寒気に弱いから、暖かい寝床を用意しとくんだよ」とだけ告げて仕事に出かけて行った。あの日からコロボーシ、そしてコロトックは唯一無二の相棒であった。

 

あれから十年。

出会ってから初めて、コロトックに本気で怒られた。

……凍死させかけたために。

 

 

 

 

 

 

カンムリ雪原。一年中雪が降る地域でほとんど人は住まなくなった場所らしい。シンオウにもキッサキシティという豪雪地帯があるから大丈夫だろう、とたかをくくって行ったら予想以上に寒くて吹雪だった。寒すぎたため野生のポケモンとのバトルでボールから出したコロトックが、その場で状態異常こおりになってしまったのだ。

 

「キリリリリリ……」

 

慌てて避難した小さな村で、コロトックはとても低い声でさっきから恨み節をぶつけてくる。本当に申し訳ない。まさかそこまでとは思わなかったのだ。早く目的を果たして帰ろう。

どうしてカンムリ雪原にまでやって来たのか。話はヨクバリスに進化した時にさかのぼる。仲間達との絆が深まったことを確認し、カブさんにもらったメモを見てみることに。

 

『君がセイボリーくんと戦う時にゴーストタイプと悪タイプを探していたと言っていたから、悪タイプのエキスパートを紹介しておく。オニオンくんに勝ちたいなら悪タイプをおすすめするね。スタッフに僕の名前を出せば会えると思うよ』

 

紹介、という割には一緒にあるチケットはライブハウスでのライブチケットだ。『マキシマイザス』というグループらしいので翌日さっそくバウタウンにあるライブハウスに行き……、感激した。感激ついでに物販にあったアルバムのCD買いまくった。また財布が軽くなった。

 

「カブさんですか。面倒なことを頼んでいきやがりましたね」

 

感涙にむせびながらスタッフに話をしたら、よりによってたった今ファンになったマキシマイザスのゲストボーカル、ネズさんが出てきたではないか。年甲斐もなくめちゃくちゃ緊張しながら今日ファンになりました、サイコーです、CD買いましたと報告。

 

「……ありがたいですが、用事がそれだけなら失礼しますよ」

 

いけない、本来の目的を忘れていた。改めてネズさんに聞きたいこと。それは元悪タイプのジムリーダーだったネズさんに、ジムチャレンジ攻略用の悪タイプポケモンを教えてもらうことだった。

 

「ええと、本気でこの先もトレーナーやるというよりは、俺みたいに副業トレーナーって感じですか。となると気性が荒かったりなつきにくいのは合わなさそうですね」

 

あれじゃない、これじゃないとブツブツ呟くネズさんの後方では、コロトックと同じように胸の器官を弾いて音を出す二匹のよく似た紫色のポケモンとドラム担当の緑色の髪を持つポケモン、そしてネズさんの髪色と同じボーカル担当の白黒ポケモンが興味深そうにこっちを見ていた。

 

「……悪タイプの『悪』ってのは、人間が勝手に分類した決めつけの性質なことが多いです。野生のポケモンとしては似たようなことをやるのが他のタイプにいても、人に害なすポケモンが悪タイプに分類されてます。つまり、そもそも人間に敵がい心を持つ段階で扱いにくいんですよ」

 

そんな中で可能性があるなら、と前置きし。

 

「……アブソル。そっちの地方にもいるんでしょ? 細かいことは知らねぇですけど。あれなら受け入れられさえすれば温厚で従順ですよ。ただしガラルだとカンムリ雪原にしかいないし、受け入れてくれるかはアブソル次第だから覚悟して行くことですね」

 

アブソル。わざわいポケモン。シンオウにも生息するがあまり見られないポケモンだ。カンムリ雪原には電車で行けるが極寒なので寒さ対策をしていけとのこと。日帰りは無理だろう。ますます残された時間がなくなっていくが、ここでアブソルを捕まえないという選択肢は自分の中には無かった。

 

「あんたのこの先なんてどうでもいいんですがね。才能の限界を感じた大人同士、この先もやさぐれたまま頑張りましょうや」

 

言葉と裏腹に吹っ切れた様子のネズさんに感謝を述べ、カンムリ雪原へ。そして猛吹雪の中コロトックを凍らせかけたのである。極寒をなめてた。早いとこ誰かに聞き込みをしないとまずい。人も少ないし、この村を出て何かあったら最悪遭難するかもしれない。

 

「ほんっとに、いーかげんにしてよオヤジ!」

 

「そんなシャクちゃん、やっとカンムリ雪原の伝説の全貌を暴いてこれから新しい伝説をパパと一緒に紡いで行こうぜって時なのに! いや、ははーんシャクちゃんもうすでに新しい伝説見つけてて、パパを焦らしてるんだな!? ド・そうだろ!?」

 

「は? んなワケないから! あたしはダイマックスアドベンチャーでチョー良い感じにポケモン捕まえたからそろそろ帰りたいっつーの! もういい、一人で帰るから!」

 

……親子喧嘩だろうか。気まずい現場に遭遇してしまった。さすがにその人達に聞き込みはすまいと思っていたが、逆に父親らしき人物と目が合ってしまった。

 

「やいお前! 分かってるな、シャクちゃんはカワイイから見とれるのも仕方ないってもんだ。でもウチの娘とお友達になるなら、まず俺の面接を受けてもらおう! ご趣味は?」

 

なぜ父親が面接するんだ。

 

「そっちは無視していーよ。んで、何か用?」

 

アブソルをどこかで見かけなかったか聞いてみた。

 

「あー、見た見た。巨人の寝床っていう、マップある? ……ここ、ここらへんで見たし。でも今日ぐらいめっちゃヤバい吹雪の時でしか見たことないから、急いだ方がいーかも?」

 

「さっすがシャクちゃん! パパ感動したぜ! 世界一の自慢の娘だ!」

 

「そういう暑苦しい所がウザイんだよねー……」

 

感謝しつつ教えられた場所に向かう。カンムリ雪原のほぼ中央を少し南下した、雪原を流れる川の近くらしい。ゴウゴウと吹き荒れる雪を掻き分けるようにして進む。まずい、思ったより遠い。行ける行けると軽率に判断した二十分前くらいの自分を止めてやりたい。戻ろうか。そう思って振り返った。

 

 

 

 

 

世界は純白に染まっていた。

 

 

 

 

 

まずい。ものすごくまずい。目印になると思ってたダイ木とかいう巨木さえ見えなくなっている。キッサキシティよりは楽だと考えていた三時間前の自分を殴りたい。手をやみくもに振り回すも、触れるのは雪と風ばかり。これは本気で遭難してる。思わず雪の上に座り込んだ。

 

「ウォルルゥー……!」

 

どこか、近いところでポケモンの吠え声が聞こえる。左右を見るがあいにくの吹雪で何も見えない。誰? お迎えにはまだ早いよ? そんな心の声が思わず口から出たのか出なかったのか、ウルルという唸りがさらに近づいた気がする。もう一度左右を見た瞬間だった。

 

 

 

「パオォォオーン!!」

 

 

 

鼓膜を突き破るような大きな声。はっと視線を動かすと鼻が長くて緑の背中を持つ、ゴマゾウに似ているようにも見える大きなポケモンがこちらに向かって走ってくるところだった。紫色の光に追われているところを見るに攻撃を受けているらしく、自分達には気づかず一直線に突っ込んでくる。どうしよう、逃げたいけどどう逃げればいいのか分からない!

 

「――ウォルル!」

 

ぐいっとエンジンシティで買ったマフラーが引っ張られる。べほ、とかいう変な声を上げて後ろに引きずられると、少し雪の上を移動してすぐに背中に触れる感触が土のものに変わったのが分かった。山肌に開いた穴か何かだろうか。引き込んでもらった爪先のすぐ前を大きなポケモンが走り去っていく。

 

「…………」

 

そっと視線だけで外をうかがうと、知らないポケモンが空に浮いていた。全体的に紫がかった鳥のようなポケモンで、美しく長い尾羽が風を無視して緩やかに揺れている。目元には覆いのようなものがついていて、細く鋭い眼光がみえる。あの紫、逃げてきた大きなポケモンを襲っていた光と同じ色か。しばらくその場にとどまっていたが、パッと消えてしまった。

 

「ウルル」

 

もう一度マフラーをぐいっと引っ張られる。へげっと声が出ると同時にマフラーが首から外れ、取られてしまった。少し落ち着くとようやくそこが洞窟の入り口だということが分かった。安心したとたんに疲労と寒さがどっと襲ってきて、歯の根がガチガチと鳴り出す。近くにいるはずのマフラー泥棒も視界の外にいるのか見つからない。

 

 

 

 

 

――ごつっ。

 

 

 

 

不安と寒さと疲労でおかしくなりそうな瞬間、それが聞こえた。洞窟の奥から何かの足音が聞こえたのだ。地面に直接倒れているからこそ足音だと断定できる。でも、一体何が。何がこんな所に住んでいるというのか。

 

ごつっ。

 

まただ。また聞こえた。助けてくれた何かではない。あれは足音がせずにマフラーを取った。じゃあこいつは何だ。まっ、まさか、この洞窟の主か? 聞いたことがある、アローラ地方には『ぬしポケモン』と呼ばれる通常個体より大きいポケモンがいると。つまりはこの洞窟の主で、不用意に入ってきた侵入者を撃退するために、奥から出てきたのか……!?

 

ごつっ。

 

ああ、時間を司る神に等しいディアルガよ。空間を司る神に等しいパルキアよ。どうかどうか助けたまえ、シンオウのハクタイシティにある銅像にカレー捧げるから助けたまえ!

 

 

 

「グメェ」

 

 

 

この場に絶対いるはずのないウールーの声が聞こえた瞬間、恐怖が限界を突破して失神した。

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですよ。ええ、アブソルを薦めておきました。今後はいきなり厄介ごとを押し付けやがるのはやめてくださいよ」

 

スマホごしに文句を言う。相手は詫びながらも迷惑じゃないだろう? などと調子の良いことを言ってくる。

 

「マリィやチャンピオンは才能の壁なんてしばらくは感じねぇでしょうからね。そういう意味ではまぁ、悪くなかったですよ。トレーナーと他の事の両立なんて、それこそルリナでもない限り無理ってもんです。久々に一度へし折れた人間を相手するのも悪くはない」

 

それに、と続ける。

 

「あんたなりの発破でしょ? アレ。ジムリーダー降りて音楽でやってくって決めて二年。慢心すんなっつう。……いらねぇお世話ですよ。ネズにアンコールはない。ひよってる暇もないんでね、慢心なんて永遠にしねぇですから」

 

それなら良かった、今度また聞きにいくよ。そんな言葉を最後に通話を切る。

 

「……うっし、帰って気合い入れて新曲完成させますか」

 

丸めた背中が、楽しげに揺れた。

 

 

 

 

 




私がカントーのフリーザー様が一番好きなポケモンなので、出せない代わりにガラルフリーザー様にご出演いただきました。ガラル三鳥では断然ファイヤーがイケメンです。
今回は原作キャラが多めにわちゃわちゃしてて、書いてて楽しかったです!


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古傷とマフラーと、ポフィン

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、バイウールー、そろそろカレーできるぞー! どこ行ったんだー!? しかしひっどい吹雪だなぁ。ソニアの言ってた足跡は天気が回復したら探……!? え、人!? たたた大変だ死んでるのか!?」

 

グメェ、とバイウールーが首を横に振る。

 

「生きてるんだな!? じゃあ急ごう! 悪いけど二匹でテントまで運んでくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、あれはぬしポケモンではなくバイウールーというポケモンだった。フィールドワークに来ていたという少年に助けられ事情を説明し謝礼を払おうとすると「いいっていいって! それよりダイオウドウに追われたのに大きなケガもなくて良かったな!」と笑顔で言ってもらえた。いい人すぎる。

 

少年はカンムリ雪原にいるとても珍しいポケモンの生態調査に来たが、吹雪のためこの洞窟でキャンプしていたという。ようは似た境遇という訳だ。少し一緒にここで休ませてもらうために手持ちのポケモンを出したところ、コロトックがまたしても絡まれたのはソニアを思い出させた。

 

「ところであの野生のアブソル、よっぽどマフラー気に入ったんだな。首に巻いて離さないぞ」

 

そう。何の因果か普段の行いの賜物か、ダイオウドウから自分を助けてくれたのはアブソルだったのだ。白い体毛、引き締まった四つ足、顔の右側に紺色の角が一本だけ伸びているそのポケモンは、エンジンシティで買ったマフラーを器用に首に巻いたまま、今も逃げずに伏せの姿勢でこちらを見ている。その割には近づこうとするとウルル、と威嚇されるのだが。

 

「……そういやさっきチラッと見えたんだけど、あのアブソル首に大きな古傷があるんだ。それを見られたくなくてマフラー借りてるのかもしれないぞ。伝承通り災いから助けてくれたんだし、あげてもいいんじゃないか?」

 

アブソルの『わざわい』ポケモンとは、アブソルが現れると災いが起こると言われたからだ。その実態は角で災害などを察知し、先んじて人に知らせようとするからだと今では解明している。自分もそれで助かったのだ。命の恩人、いや恩ポケだ。

 

 

 

 

「俺はカレー食べたらここ離れるから、この場所でキャンプやってていいぞ。吹雪も落ち着いてきたみたいだし。……え、このカレー? 寒いとこなら絶対コレ! 体ポカポカ辛口スパイシーカレーだ! ……スパイスの成分? ビンのラベルに書いてあるから、好きなだけ見ていいぞ」

 

ありがとうと礼を言って別れた。初めて顔を見た時ダンデさんに似てると思ったけど、初対面の子にまで重ねてしまうとか失礼だ。そんなに会いたいのか、いや会いたいけど。

さて、残ったのはアブソルだ。カレーを食べに来なかったが逃げる様子もない。コロトック達を下がらせてから、ホテルでやったように自分の意思を正直にアブソルに伝えてみることにした。

 

ジムチャレンジの戦力として力を貸してほしい。可能ならその先シンオウ地方で店を開く時も一緒にいてほしい。もしそれらがダメでも、そのマフラーはあげる。

 

アブソルはじっと見つめながら話を聞くと、ゆっくりと立ち上がってついてこいと言うように洞窟から出ると、雪の上で四肢に力を入れ牙をむき出しにして戦闘態勢をとった。捕まえたければ力ずくでこい、ということか。グレッグルがずいっと前に出た。さすがは手持ちきっての戦闘好き。なおヨクバリスはまだ足りないのかさっきからずっと氷をかじっている。お腹壊すなよ。

 

「ウルルッ!」

 

「グレッ!」

 

アブソルが飛びかかり爪で切り裂こうとするのをかわし、どくばりを放つ。身をよじって回避したアブソルが後ろ足で雪を蹴り上げて簡易煙幕に隠れる。グレッグルの行動が一瞬鈍った隙に煙から飛び出しグレッグルの顔面を前足で打ち、付けていたピントレンズをどこかに弾き飛ばした。あれは『はたきおとす』の技だ。

 

「グレグレ……」

 

グレッグルは得意の『ちょうはつ』からの『ふいうち』に持ち込もうとするが、ちょうはつの視線を逸らされ回避される。仕方なく作戦を変更しどくばりを撃ち込もうと腕を振るうが、まるで最初からそう行動すると分かっていたかのようにグレッグルの手を頭の角で止めたではないか。驚くグレッグルに目にも止まらぬ早さで体ごと突っ込んだ。

 

「ウルルゥ!」

 

『みきり』からの『でんこうせっか』だ。一瞬ぐらりと揺れるグレッグルにアブソルが浅く息を吐く。だが、ニヤリと笑うのを見てアブソルは気づいた。身体をがっちりと掴まれていて動けない。『リベンジ』だ。

 

「――グレッ!」

 

グレッグルはアブソルを腰から持ち上げ、自分の頭上を通して後方に投げ落とす。ナゲキというポケモンが得意とするともえ投げの要領だ。ギャンと甲高い鳴き声と共に距離をおくアブソル。格闘タイプの攻撃は悪タイプに抜群に効く。うかつに接近すると危険と判断したのか、隙を伺って間合いをとっている。と、くわえていた何かを目元に装着した。

 

「ンッパ!」

 

それはグレッグルからはたき落としたピントレンズ。さっき投げられた時に拾ったらしい。急所に当たりやすくなるアイテムだ。ルンパッパがさすが! と言いたそうにサムズアップをアブソルにした。当のアブソルは何とも言いがたい顔をしているが。

 

このアブソルの特性はおそらく『きょううん』。この特性だけで攻撃が急所に当たりやすくなる。ピントレンズもまた急所に当たりやすくなる道具なので、今のアブソルは本来よりも攻撃が急所に当たりやすくなっているということだ。

 

「グレ……!」

 

警戒するグレッグル、それでもリベンジ狙いで腰を落とす。それを見たアブソルは思いきって飛びかかり、鋭い爪で切りかかる。互いに長期戦はないと判断したのだろう。渾身の一撃だ。アブソルの爪はグレッグルの腹部を切り裂いた。グレッグルはよろよろと千鳥足になり、手を伸ばしてリベンジを発動しようとしたが、痛みが上回って仰向けに倒れてしまった。本当に急所に当ててきたらしい。さすがである。

 

 

 

 

「キリリ、キリ?」

 

戦闘が終わったと判断し、ずっと黙って見ていたコロトックがアブソルに声をかける。アブソルもそれに応え、何か会話をしているようだ。その間にルンパッパがグレッグルを助け起こしている。なおヨクバリスはふてぶてしい顔の眉間に深くシワを刻みながら両手で土を握りしめ、前屈みになったままピクリとも動かない。冷や汗が額を一筋伝っている。……やっちまったか。

 

「キキリ」

 

コロトックが荷物の側に行き、いつもポフィンケースを入れているポケットを手で示している。ポフィンか? 示されるまま取り出すと、コロトックはアブソルに目を向けた。なるほど、アブソルにあげればいいのか。ポフィンを二個取り出すと、皿に乗せてアブソルから少し離れた所に置いた。その間も警戒していたアブソルだが、ゆっくりと皿に近づいていく。

 

「バリスッ……! バッ……、バリ……ス……!」

 

ポフィンに向かって這いずって進もうとするヨクバリスをルンパッパとコロトック、そして弱っているグレッグルが三匹がかりで必死に止めている。おいおいホシガリスの頃はそこまでじゃなかっただろう。何がお前をそこまで食の権化へと駆り立てた。……顔の青さと冷や汗の多さから本気でまずいと判断し、胃腸薬をヨクバリスの口に叩き込んでおいた。

 

「…………。ウルル……」

 

アブソルはためらわずそっとポフィンを口にした。ん、と思う。ガラルのポケモンはポフィンを知らないことが多いので、ルンパッパも最初は警戒したのだがアブソルにその様子はない。もしかしてポフィンを食べたことがある?

そんな思考をよそにゆっくりとポフィンを食べ終わると、アブソルがとても静かで悲しい声を出した。その目が潤んでいるようにも見える。

 

……もしかしたらこのアブソルはシンオウからこの土地に来て、首の傷が原因かは分からないけど、ひどい形で捨てられたのかもしれない。それでも人間への情を捨てられず、もう一度と言う目の前の人間のことを見極めたかったのかもしれない。アブソルにとって、ポフィンは懐かしいものだったのだろうか。だからあんな声を出したのだろうか。

 

もしポフィンがアブソルの何かを変えてくれたとしたら、それは言語も文化も、そして種族も越えて、料理というものが一つの縁を結んでくれたのではないだろうか。そう思ったらまた涙腺が緩む。大人になると一度涙が出ると止まらなくなるから困る。目をこすっていたら、足元にすり寄る影。アブソルがこちらを見上げている。表情は柔らかく、触っても逃げなかった。

 

「バァリィスゥ!」

 

あ、ヨクバリスが元気になった。元気ついでにポフィンをよこせとジェスチャーで訴えてくる。芸達者になったな、お前。ちょうど良い、みんなでポフィンを食べよう。

さあ、ついに悪タイプを手に入れた。待っていろラテラルタウン。リベンジマッチだ。

 

 

 

 

 

 




今回もちょっと短め、アブソル加入回です。
アブソルかっこいいですよね!
次回はがっつりバトル回の予定です。


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決戦、オニオン!

バトル回なので主人公のセリフがあります。
ご了承ください。


 

 

 

 

 

 

「ま、また……、いら、したんですね……」

 

ラテラルシティジム、スタジアム。中央で再会した相手はゴーストタイプ使い、オニオンさん。一度負けた相手だ。

 

「ホシ、ホシガリスは……?」

 

「大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

「良かったぁ……。でも、その、ジムチャレンジなので、また、倒しちゃうと思います……」

 

仮面の奥に、紫色の瞳がぼうっと怪しく灯った。

 

 

 

 

 

「お願い……、デスマス」

 

オニオンさんのダークボールから飛び出したのは石板の破片から黒い全身が伸びているポケモン。ガラルのデスマスだ。

 

「行けっ、ルンパッパ!」

 

オニオンさんが仮面越しに目を揺らす。前回負けた時にオニオンさんは最後のポケモンまで出してきたので手持ちは見ている。デスマス、ミミッキュ、サニゴーン、ゲンガー。ただ、最後のゲンガー以外は知らないポケモンだったので調べたところ、何とかデスマスだけはタイプが分かったのだ。ガラル地方のデスマスはゴーストと地面。ゆえのルンパッパだ。

 

「た、対策したんですね……。デスマス、たたりめ」

 

「ルンパッパ、あまごい!」

 

ルンパッパが奇妙なステップを踏む周りに紫色の炎がユラユラと現れ、ルンパッパを炙っていく。そこに空からポツポツと雨が降ってきて炎を消した。

 

「デスマス、かなしばり……」

 

「ルンパッパ、バブルこうせん……、うっ! 読まれてる……」

 

デスマスの目が怪しく輝くと、ルンパッパは一瞬映画のフィルムが止まった時のように動きを止める。だが問題なくバブルこうせんは放たれ、デスマスはあっけなく吹き飛んで戦闘不能となった。しかし代償付きの勝利だ。

 

「これで……、あまごいで威力の上がったバブルこうせんは……、連続で出せませんよ……」

 

かなしばりの効果は『同じ技を連続で出すことができない』というもの。あまごいコンボを止められてしまった。そして、前回と同じ流れになっていることに歯噛みする。

今までのジムリーダーと違い、オニオンさんの指示が早い。こちらの行動を予測して先に手を指示してくる。今まではこちらの指示を見てから応対してきたので、考える余裕があった。しかしオニオンさん相手にその余裕はない。これがワイルドエリア全部解放の対価。『これぐらい勝てるだろ』という無言のプレッシャー。

 

「(ルンパッパは引っ込めればかなしばりの効果はなくなるけど、続投する! 次のポケモン、はっきり言って次のポケモンが訳分からないからこその続投!)」

 

「ごめんねデスマス……。おいきミミッキュ……」

 

出た、こいつだ。ピカチュウの形をしたずだ袋をかぶったようなポケモン。ゴースト単体なのかと思ってグレッグルが『ふいうち』したけど効果は普通だった。何かの複合なのは間違いない。

おまけにこいつ、最初の攻撃を受けたとき、首が変な方に曲がっただけで無傷であるかのような動きのまま戦闘続投したのだ。オニオンさんは『ばけのかわ』とか言ってたけど、特性のことか?

 

「ミミッキュ、つめとぎ……」

 

「ルンパッパ、ギガドレイン! ぐっ、攻撃力と命中率を上げる技……!」

 

「『ばけのかわ』を打ち破る技は……、も、持ってなさそうだったので……」

 

ルンパッパがギガドレインを放つが、やはりミミッキュのずだ袋がくたびれるだけ。あの特性、一回は攻撃を受けてもほぼ無傷でしのげるのか……? とにかく次だ! 撃てるようになったバブルこうせん……、いや、前回は使わなかった技だ!

 

「ミミッキュ、かげうち……。先制で、倒して……」

 

「耐えて、ルンパッパ! 耐えてからのおどろかす!」

 

ミミッキュのかぶってる袋がわずかにめくれ、下から影でできた手のようなものが目にも止まらぬ早さで飛んで来る。それは先端が鋭利にとがっており、つめとぎの効果を雄弁に語っていた。ルンパッパはステップと雨の力でどうにかかわそうとするも、背中を深々と切り裂かれてしまった。動けなくなった、そう見えたルンパッパだが。

 

「――ンンッパァ!」

 

「ミッ……!?」

 

かっと目を見開いて一喝、ミミッキュは本気で驚いたらしく全身がビクッ! と震える。効果抜群だったらしい。その様子に満足したらしくルンパッパはサムズアップすると、ばたりと倒れた。

 

 

 

「よくやったルンパッパ。次だ、グレッグル!」

 

天気はまだ雨。グレッグルの『かんそうはだ』で持久戦ができるはず。効果があると分かったゴースト技はあいにく持っていないけど、粘って倒す!

 

「グレッグル……。ふいうちがあったっけ……。ミミッキュかげうち……。素の早さはこっちが上……」

 

「分かってました、そう来るのは! どくばりだよグレッグル! あの影に刺してやれ!」

 

おそらく『ふいうち』を警戒してそれを上回る先制技を出すと踏んで、あらかじめ先制しない技を準備させておいたのだ。初めてオニオンさんの行動を読めて内心ガッツポーズしながら指示を出す。

 

「グレッ!」

 

グレッグルはそもそもリベンジに慣れているため耐えるのは得意、かげうちを受け止めそのまま影を掴むと直接どくばりを影に突き刺した。暴れる影がずだ袋の中に収納されるが、毒が入ったのかフラフラしている。と、そこに涼しげな鈴の音が響いた。

 

「か、かいがらの……、すず……」

 

攻撃が当たったときに少し体力を回復する道具。ピントレンズをアブソルに取られてからグレッグルにはこっちを持たせていた。雨と鈴で二重に回復し、相手には毒を与えて長期戦へ持ち込む。ねちっこいけど仕方ない、勝つための作戦だ!

 

「ミミッキュかげうち……。今度こそふいうち……してくるから……。ダメージ少なくして……勝ちたいですよね……」

 

「ぐぬぅ、グレッグル、ふいうち!」

 

接近するグレッグルに影の手が迫り、足を掴んで転ばせようとしてくる。掴まれることは回避したものの鋭い爪が足に刺さった。声を漏らしながらもどうにかミミッキュに近づくと、袋の下部分、つまり本体がいるであろう場所に回し蹴りを叩き込んだ。ミミッキュが悲鳴を上げながらオニオンさんの元へ逃げ帰る一方、グレッグルも限界だったのかその場に倒れこんだ。

 

「(なんて威力だ、つめとぎで上昇した攻撃力……! まさかグレッグルが二回の攻撃でやられるとは……。毒が入らなかったら倒しきれなかったかもしれない)」

 

「ごめんねミミッキュ……。おいき、サニゴーン」

 

次に出てきたのは半透明のポケモン。地面に何かが割れた破片のようなものがあり、そこから半透明の風船のようなものが伸びている。中に悲しい顔をした本体のようなものが入っているその姿はユニランを思わせるが、底知れぬ暗さがゴーストタイプだと雄弁に語っている。

 

「ここが出番だ! アブソル!」

 

「アブ、ソル……。捕まえて……。カンムリ雪原まで……? マ、マフラーしてるし……」

 

「死ぬかと思いました」

 

「死んだら……『ここ』においで……」

 

やめて本当にやめて。全身鳥肌が立った。

 

「それじゃあ……。サニゴーン、のろい……」

 

「アブソル、み……、のろい!? まずい、つじぎり!」

 

のろい。『鈍い』と『呪い』。ゴースト以外が使えば鈍化するが攻撃などが上がる技。しかしゴーストが使えば己の体力を対価に相手を呪う技。呪われれば問答無用でこちらも体力を削られる。

 

「お前の方が早い! 急所を狙え!」

 

「サニゴーンの霊体は……、触れれば……、動きを鈍くしますよ……。で、できますか……?」

 

前回はコロトックを先鋒、ルンパッパ、グレッグルと続き、ここでホシガリスを除いて全滅した。互いに最後の一匹を出してホシガリスが戦意喪失、負けとなったのだ。今回はまだアブソル、コロトック、ヨクバリスが残っている。ここでアブソルに落ちてもらっては前回の二の舞だ。呪われる前に倒す!

 

「ウォルル!」

 

ピントレンズを付けたアブソルは前足の爪で恐れることなくサニゴーンの霊体を突き刺し、その向こうの本体を切り裂いていた。ゴーストタイプに悪技は効果抜群、サニゴーンは悲鳴を上げてぐずぐずに崩れ……いや、違う。崩れた霊体がアブソルにまとわりついている!

 

「サニゴーンの特性『くだけるよろい』……。もう戦えませんけど、冥土の土産に……、呪っておきますね……」

 

本来のくだけるよろいは一撃もらうと速度が大幅に上がるものだが、速度を上げる代わりに呪いを込めてアブソルにまとわせたらしい。アブソルの体力がなにもしてないのにみるみる減っていく。

 

「まずい、アブソル戻れ! コロトック頼む!」

 

「寒い……。寒いよ……。一人になるのは嫌だよ……」

 

一度交代すればのろいの効果は消える。アブソルの代わりに出たコロトックはこの後のことが分かっているのか、腹を一度鳴らして気合いを入れる。そう。ついに出てくるのだ、因縁の相手が。

 

 

 

「みんな飲み込んじゃえ……。みんな一つになっちゃえ……。ゲンガー、ゲンガー……。キョダイマックス、全て飲み込んでおしまい……」

 

 

 

大きくなったボールに振り回されるように後方に投げるが、一見ボールから何も出てこない。しかしコートから黒い影が伸び上がるとゲンガーの巨大な口となり、ゲラゲラという笑い声をスタジアム中に響かせながらその姿を現した。

 

「ゲンガー、キョダイゲンエイ……! 逃がさない、誰も逃がさない……」

 

「ごめん、コロトック! アブソルにいいきずぐすり!」

 

コロトックが一瞬振り返り、気にしないでと首を横に振ったように見えた。でもそんな素振りは見間違いだったかのように羽を広げると、あっという間にゲンガーへ向かって突っ込んでいく。その間にボールからアブソルを出すと道具を使って体力を回復させた。

 

「ゲゲゲー!」

 

ゲンガーの勝ち誇った笑いが響く。ゲンガーの周囲に霊体の椅子や机が出現し、コロトックにぶつかってコートに叩き落とす。墜落したコロトックが地面から沸き上がった黒い怨念に飲み込まれていく。その姿から目をそらす。勝つための犠牲。コロトックにしか頼めない、辛い役回りだ。

 

「ごめんよコロトック、ありがとう……。敵討ちだアブソル! 粘れ! つじ……」

 

「つじぎりですよね……。ゲンガー、ダイアシッド……」

 

読まれていようがもうここまでくれば関係ない。ゲンガーは大きく口を開けて息を吸い込んでいく。アブソルは飛び上がってゲンガーの額を切り裂く。ゲンガーは一瞬ひるむが、アブソルめがけて毒液を吹き出した。紫色の液体ごと吹き飛ばされたアブソル、コートに叩きつけられた瞬間に受け身をとって立ち上がったが、ギャンッと苦悶の声を上げる。まさか。

 

「ゲンガーだって……。どくタイプとの複合なんです……。本来はダイアシッドに……毒効果はないですけど……、呪いで免疫が……減りましたね……」

 

グレッグルがやったことの意趣返しを受けたか。アブソルがちらっとこちらを見てくる。その目はまだやらせろ、と告げていた。

 

「ゲンガー、ダイウォール……」

 

「アブソル、つじぎり……!?」

 

ダイウォール? まだ見たことのない技だ。どんな技だ。アブソルがゲンガーに迫ると、突然見えない壁が出現した。アブソルはそれにぶつかって攻撃が中断される。絶対防御の技か。

 

「まもる!? いや、範囲が広い、ワイドガード……!?」

 

「それよりも広いです……。ダ、ダイマックス技も……防げますから……。連発すると、は、外れやすいけど……」

 

アブソルが後方に下がると、ゲンガーが元の大きさに戻る。前回はここまで来られなかった。ここからはどうなるか分からない。ゲンガーが本来持っている技を何も知らないのだから。

 

「ゲンガー……、ベノムショック……」

 

「アブソル、みきり! っと、あぶないっ!」

 

ゲンガーがまたしても口から毒液を吹き付けるが、アブソルはあらかじめ分かっていたかのようにかわしてみせる。しかし、ベノムショック。相手が毒状態の時に威力が倍になる技。そんなピンポイントな技を覚えているなんて、さすがはジムリーダー。無駄のない技構成だ。

 

「(どうする、アブソルは毒で少しずつダメージが蓄積する。でもベノムショックを受けたら間違いなく落ちる。だからってみきりは連発すると外れやすくなる。こっちは先制技にでんこうせっかがあるけど、あれはノーマル技だからゴーストタイプのゲンガーにはそもそも当たらない!)」

 

「ぐうう、アブソル、みきり!」

 

「やっぱり……。ゲンガー、しっぺがえし……」

 

「しっ、しっぺがえしも覚えてるの!?」

 

ゲンガーが黒い光のビームを放つが、今度もアブソルはかわした。しかしギリギリの回避。次はかわせるか分からないというのが本音だ。それにしてもしっぺがえし。相手が先に行動していた場合、ダメージが二倍になる技。これは追い込まれた。

 

こっちのみきりが失敗、相手がベノムショックの場合、毒でダメージ二倍のためアブソルが負ける。

こっちのみきりが失敗、相手がしっぺがえしの場合、先に行動してダメージ二倍のため、アブソルが負ける。

 

こっちがつじぎりで相手がベノムショックの場合、向こうの方がそもそも早いのでアブソルが負ける。

こっちがつじぎりで相手がしっぺがえしの時のみ、耐えてこちらの攻撃が通る。

 

つまり、相手はベノムショックを選べば間違いなく勝つのだ。アブソルに逆転の目はない。だから入れ替えを考える。……ここまで間違いなく読んでくる。そして最後の一匹もオニオンさんは知っている。でも、一つだけオニオンさんが知らないことがある。そこに、賭ける!

 

「やっぱり入れ替え……。じゃあホシガリスですね……。ゲンガー、ベノムショック……」

 

「アブソル戻れ! そしてホシガリスじゃない! ――出てこい、ヨクバリス!」

 

「えっ……!?」

 

初めてオニオンが動じた。ボールから出てきたのはホシガリスではなくヨクバリス。ずしっと着地しゲンガーを見て、一瞬後ずさりそうになる。でも踏みとどまり、まだ尻尾に隠してあったポフィンを食べて平常心を取り戻した。食べ終わったところにベノムショックが吹き付けられたが、ヨクバリスは嫌そうな顔をしつつもまだ余裕がありそうだ。

 

「進化したんだ……。おめでとう、乗り越えたんですね……」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、ゲンガー……、改めて『こっち』の世界に誘ってあげて……。もう一回ベノムショック……」

 

「ヨクバリス、進め! そして噛みつけ!」

 

ヨクバリスが勇ましく駆け出す。ゲンガーのベノムショックを全身で浴びるが、尻尾からオボンの実を食べ、特性ほおぶくろでさらに回復する。そしてにっくきゲンガーをギロリとにらみつけると、尻尾にがぶりと噛みついた。

 

「ゲンッ!?」

 

「ヴァ~リ~ス~!」

 

ヨクバリスの瞳にメラメラと怒りの炎が燃え上がっている。ゲンガーはとにかくもがいてもがいて大暴れだ。ゲンガーの特性『のろわれボディ』によってかなしばりが起きたようだが、とにかくかみつきをやめないために特性が発動できない状態のようだ。

 

「ゲッ……、ゲン!」

 

「バリッ、ス……!」

 

ゲンガーが尻尾を激しく振って、ヨクバリスを引きはがす。二度のベノムショックで実は限界が近かったヨクバリス、さすがに抵抗できなかった。両者はあはあと荒い息をついている。ちら、とヨクバリスがこっちを見た。えっいいの? と問うがヨクバリスの意思は硬い。うなずくと、ヨクバリスはニヤッと笑って前を向いた。

 

「ゲンガー、しっぺがえし……! ヨクバリスを回復してくるから……、直後を狙って……!」

 

「ヨクバリス……、ごめん!」

 

「えっ、まさか……!?」

 

いいってことよ、と言いたげな大きな背中を見せ、ヨクバリスは黒いビームに貫かれた。その間にもう一度アブソルを出し、いいきずぐすりを与える。ずずん、とコートを揺らしてヨクバリスが倒れると、仮面越しに驚くオニオンさんが見えた。

 

「て、てっきり……、ヨクバリスに、勝たせると思ったのに……」

 

「そのつもりでしたよ。……ヨクバリスが自分を犠牲にしろと言うまでは。さぁこちらも最後のアブソルです。毒は残ってますけど、ほぼ全快。――勝負です」

 

互いに手は分かっている。あとは、当たるかどうかだけだ。

 

「……ゲンガー、ベノムショック!」

 

「アブソル、つじぎり!」

 

アブソルが駆け、ゲンガーが毒液を吐く。当たる、と思った瞬間アブソルがギリギリで身をよじって回避した。みきりも合わせて何度も何度も見たからこそ、土壇場で底力を見せたのだ。驚愕するゲンガー。アブソルはすり抜けるようにゲンガーに肉薄し、その尻尾を、ヨクバリスに噛まれて傷の残っていた尻尾を切り裂いた。急所への一撃だった。

 

「あぁっ、ゲンガー……!」

 

それでもまだあがこうと、アブソルを睨み付ける。アブソルも毒が苦しいのか体勢を崩している。手を伸ばすも、ガクンと力が抜け、ゲンガーはとうとうコートに倒れこんだ。勝った。勝ったのだ。

 

「ホシガ……、進化しちゃったけど、ホシガリスポーズゥ!」

 

疲れきった体だけど、最後の気力でホシガリスポーズを決める。アブソルもちょっとだけ後ろ足で立つと、前足の肉球を頬に当ててポーズをしてくれた。お前もできるの!? いつ教わったの!?

 

「負けましたぁ……。か、勝てると思ったんですけど……。ヨクバリスが時間を作ったの、よ、予想外でした……」

 

手を差しのべてくる。握手する後ろに、拍手をするレイジさんが見えた。

 

「がんばってくださいね……。さ、最後まで行けるように……、応援してますから……」

 

オニオンさんの言葉に笑顔を返せたと信じたい。最後まで行くことは、もう無理なのだ。

ここまでかかった時間と今回の戦闘の結果から、どんなにあがいても最後のジムまでたどり着けないことは、誰よりも自分が一番分かっているのだから。

 

 

 

 




オニオン戦でした!
いくつか本来のバトルには無い効果を描写していますが、そこはゲームと現実に即したバトルとの違いということで……。アニポケなんかそうですし……。
あとゲンガーはカッコイイです!


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本日は、休憩日和

 

 

 

 

 

青い空、白い雲。絵に描いたような晴天。漂うのはカレーの匂い。ワイルドエリアのうららか草原は本日も平和である。だが、ここにある一つのテントでは主とポケモンがそろってごくり、と唾を飲み込んでいた。

 

紅色の雲をまとった、巨大なカレー。

 

キョダイパウダーで作ったカレーを見て即断する。これは、店に出すもんじゃない。

 

 

 

 

 

 

ラテラルジムクリアの翌日。再びエンジンシティに戻り、そこからワイルドエリアでキャンプをしていた。今日は一日ここでカレーの研究をして過ごす予定だ。ジムチャレンジの最中ではあるが、ポケモン達を休ませる必要があると判断したからだ。

 

オニオンさんとのバトル。全員が全力を出して、かろうじて掴んだ勝利だった。もう一回同じメンバーで戦ったら間違いなく負ける。オニオンさんの手持ちを知ってて、アブソルがいたから勝てた戦いだった。

 

『ゴーストの弱点、あくタイプばっかり捕まえて行けば楽に勝てたのに』

 

本来はそうすべきなのは分かっている。その時の手持ちで勝てないならメンバーを整えて挑み、勝つ。今回はあく、次のジムはまたポケモンを調整して挑む。それなら勝てるが、それは理想論だ。そこにかかる費用と捕まえたポケモンをすぐに懐かせる才覚とタイプや特性が分かる知識があれば、できるだろう。

 

 

 

 

自分はそこまでのトレーナーではないし、そこまでになるには時間がなさすぎる。

 

 

 

 

第一に、道中もトレーナーに負けたりバイトをしたり、オニオンさんのジムチャレンジでもリトライしたりと順調とは言えなかった。このペースだと次のジムが一発で勝てても次の次までしかいけない。ジム攻略の準備に時間がかかるなら次が限界だ。

 

第二に手持ち。確実に勝ちたいなら、ヨクバリスとコロトックを外すべきだろう。もっと戦闘に特化したポケモンを探して捕まえる必要がある。それこそシロナさんのガブリアスやダンデさんのリザードンのように。じゃあ入れ替えるヨクバリスとコロトックは逃がすのか? それは嫌だ、でも何匹も育てる金も環境もない。それを打破する方法も、またない。

 

「キリリ?」

 

カレーを食べる手が止まっていたのか、コロトックが声をかけてきた。見ればみんな心配している。キョダイマックスカレーを食べるのに躊躇してると思われたのだろうか。確かに躊躇しても仕方がない威圧感ではある。ごめんね、考え事してただけと告げると安心したのか食事に戻っていった。……やっぱり今のメンバーを替えたり逃がしたりはしたくない。この先お店を開く時にも一緒にいてほしい。

 

だからとダンデさんに会わずに帰るつもりはないし、この先のジムチャレンジを諦めるつもりもない。でも、今のままで次のジムに勝てる可能性は限りなく低い。オニオンさんとのバトルは、それを痛感させられた一戦だった。だったら何ができる。同じ負けるにしても、やるだけのことをやってからじゃないと踏ん切りがつかない。

 

『ポケモンセンターに技を思い出させてくれるスタッフさんがいるよ』

 

前にどこかの町で聞いたことは引っ掛かっていた。ポケモンの思い出し技。ポケモンは戦いの中で複数の技を習得していく。でも、十や二十の技の中から一つを指示されてとっさに使おうとすると、なかなか思い出せない場合があることが研究で明らかになっている。基本的に四つまで、四つまでならスムーズに行使できるのだ。その普段は覚えさせてない技を思い出させるのが思い出し屋である。

 

それと、わざマシンとわざレコード。前にここでゴーストとあくタイプを探して戦ったりした時に、少しだけ手に入れた分がある。これらを駆使してある程度対策された技に変える必要がある。後はフェアリータイプの調査。シンオウにはフェアリータイプはほとんどいないので全く知らない。どこかで知識を得ないと有効打すら分からない。

 

『トップトレーナーというのは絶え間ない努力、神に愛された才能、そして天に祝福された運の三つを持ち合わせた人間なんだ』

 

父の言葉がよみがえる。今ならより分かる、それがどれだけ恵まれたことか。それを持ち得ない自分でもやるだけやって、それからシンオウに帰ろう。何かしら動かないと、ダンデさんに会うこともきっとできないから。

よし、気合い入れよう。キョダイマックスカレーを一口。うーん、インパクトと食べたことのない味はポイント高いけど、それだけ。やっぱり店には出さない方向で。

 

 

 

 

 

一日キャンプで過ごし、夜はスボミーインでゆっくり静養した翌日。本屋とCDショップの併設された大型店舗で目当てのものを見つけた。ガラルカレーの歴史の本とレシピ本。あと、かつてフェアリージムリーダーだったポプラさんの名バトル集DVD。

 

「お買い上げ、ありがとうございました」

 

ずっしりと重たくなった荷物に満足する。これは今必要なものと、未来に必要なもの。ジムチャレンジが終わったからって全てが終わる訳じゃない。そのためにこのガラルでできることを、後悔しないためにやれるだけやっておきたい。……ガラルに未練を残さないために。

 

「キリリリ」

 

いつの間にかボールから出ていたコロトックが一度腹を鳴らす。それは勇壮だけど、どことなく悲しいメロディ。さすが相棒、分かっている。それは激励だ。『後悔だけはするな、きっとダンデさんに会うために』。すっからかんになった財布を握り、コロトックとハイタッチ。その足である場所に向かった。

 

「これに決めるロト?」

 

ポケモンセンターにあるパソコンと融合したロトム、通称ロトミ。そこにアクセスするとポケモンの力を借りて仕事をしたい企業からの求人ならぬ求ポケ情報が見られる。それがポケジョブ。ポケモン達も少し成長できるし賃金ももらえると聞いたので、今回はこれを利用することにしたのだ。

 

「選んでるのはターフ農場の収穫手伝いだロト。むしタイプを募集してて七匹まで一緒に手伝いに行けるロト。じゃあ、行ってくるロト!」

 

手持ち全部をパソコン転送してもらう。期間は一番長い一日を選んだ。久しぶりに手持ちが一匹もいなくて心細くなるが、そうも言ってられない。自分は自分でキルクスタウンにある『ステーキハウス おいしんボブ』で日雇いしてもらい、肉の大切さをこんこんと説かれながらバイトした。

 

「だから、今年は僕の方針に文句を言わない約束でしょう? 今もジムチャレンジは順調です。だから僕のスタイルに口を出さないでください」

 

「何言ってるのさ、口を出してるんじゃないよ。助言をしてるの。もう少しジムトレーナーにレベル高いポケモンを出させても大丈夫なんだって。ネズくんが降りてからジムチャレンジ七番目を担当するの、初だろう? 去年はあたしがやったし」

 

「そうですよ、そうですけど現状で問題ないって言ってるんですよ」

 

本日の昼は一時間だけ貸し切りとのことで、なんとこの街のジムリーダーが女性と口論しながら食事してる。岩がどうとか氷がどうとか運営がどうとか。あの女性、何者なんだろう。

 

 

 

 

翌日ロトミからポケモン達を受け取ると、賃金と共にレトルトカレーをもらった。気前良いな、ガラルの企業。それともう一つびっくりしたことが起きたけど、それは後で確認しよう。

と、急にスマホが着信を告げた。相手は『防波亭』だ。電話に出ると、急いで来てほしいとのことで飛んでいってみる。

 

「ごめん、急遽ヨロイ島に行ってほしいんだ。マスタード道場の女将さんにお弁当30個頼まれてて、運べる人がいないのよ。てことで前払いとチップと君の分のお弁当とカレーに使うしっぽのくんせい。……もちろんヤドンのしっぽだよ。ヨロイ島にはたーっくさんヤドンいるから、君にも損はないんじゃないかな? んじゃ出前よろしく~!」

 

……調子いいなこの人!

でもヤドンのしっぽは気になる。前金もたんまりもらったし、現地の人にもヤドンのしっぽの流通聞いておきたい。ええい仕方ない、いざヨロイ島へ!

 

 

 

 




原作主人公が快進撃を続ける裏には、きっとこうやって立ち止まったり悩んだりする人がいたと思うんです。
大人であればあるほど縛りが増える。

ヨロイ島が終わったらクライマックスも近くなります。
そこまでお付き合いいただけますと幸いです。


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お弁当です、ヨロイ島

 

 

 

 

 

砂浜に打ち寄せる波。どこまでも広がる空と海。ゆっくりと流れる時間。

空飛ぶタクシーを降りて目的のマスタード道場に着く。ガラルヤドンがぬぼーっとたたずんでいるのを横目に、扉を叩く。

 

「デ・デ・デ・デター!」

 

突然足元にディグダが飛び出し尻餅をついてしまった。何でこのディグダ、髪の毛生えてるの?

 

 

 

 

 

 

「いやー、ありがとねぇ。配送できる人が見つからないって言われた時はびっくりしちゃったけど、急遽『防波亭』の手伝いに来てくれたんだって? わざわざヨロイ島まで持ってきてくれて、ワシちゃん大感激!」

 

「ほんっとうにもぉ、助かったわ~! ほら、セイボリーちゃんとクララちゃんがついにジムチャレンジのジムリーダーに選ばれたじゃない? 二人で一人みたいなもんだけどさ、ウチで修行してた子達がここまで来たと思うと嬉しくって、今日はパーティーしようって話してたのよ! 二人はいないけど」

 

「ミツバちん、さすがの目利き! おいしそうだねこのお弁当!」

 

「でしょうダーリン!? さあ、もうドリンクは準備できてるから、飲むわよぉ~!」

 

空飛ぶタクシーで到着したヨロイ島のマスタード道場では、歳の差夫婦が待っていた。お弁当をキッチンまで届けると女将さんは準備に入る。お、と思わずしげしげと眺めてしまったのはスープが煮込まれている鍋。具材に紅色のキノコがあるのは見ないふりをして、その鍋は使い込まれてるがかなりの品だ。どこで買えるのだろう。

 

「あら、分かる? その鍋カロスで仕入れたの。テフロンとかは使ってないけど元々の鉄がいいから焦げ付きにくいし、昔扱ってた品の中でもイチオシの一つよ」

 

扱ってた?

 

「昔ね、貿易会社の社長やってたのよ。ダーリンに一目惚れしてやめちゃったんだけど。……え? お店を開きたいの? ――そうだっ!」

 

ミツバさんはガシッとこちらの肩を掴む。その細腕のどこにそんな力が、と言いたくなるくらいの、まるでゴーリキーに掴まれていると錯覚するような怪力だ。そしてにーっこりと笑う。もう泣きそう。

 

「ここで会ったのも何かの縁だし、後で少しお話しない? ちょーっとパーティーの間にワットを集めてきてくれたら、絶対損させない情報あげちゃうわ! お店を開く力になること間違いなしよ!」

 

え、それは大丈夫じゃないのでは? その話聞いたら後から悪徳業者に高額請求されない? ……この既視感、ルリナさんとソニアさんに会った時も感じたやつだ。

 

「ミツバちん気合い入ってるね~。島を回ってワットを集めてくれると、ミツバちんが助かるのよ。……その格好、ジムチャレンジ途中? ならむしろ良い話じゃないのっ! ほら、野生のポケモンも出てくるからそれと戦わせれば自分のポケモンも強くなるし、ジムチャレンジも進みやすくなるなる。ね、ワシちゃんからもお願いっ!」

 

……無理、断れない。この夫婦、別の意味でできる。

 

 

 

 

 

 

あの後道場の門下生の人が出て来て、

 

「怖がらせて申し訳ないっス。女将さんは本当に昔はやり手の社長でしたし、師匠もめちゃくちゃ強いポケモントレーナーなだけで、黒づくめの人達に拉致されるようなことはないっス。だから安心してワット集めて欲しいっス」

 

と言われた。結局集めることは確定なのか。やるけれども腑に落ちない。

ダイマックスの巣を調べてワットを集めながら現地のエリアスタッフにヤドンのしっぽについて聞いてみる。うーん、確かにすぐ生えかわるから生態に問題はないけど、店に出すほどの供給はないな。これも却下で。

などと考えながら島を歩いていると、向こうからシザリガーが走ってくるのが見えた。敵対する気まんまんだ。よし、ちょうど良い。試させてもらうとしよう。

 

「出番だよ、――ドクロッグ!」

 

ボールから出たのはグレッグルを一回り以上大きくし、頭部に角が生えたグレッグルの進化系、ドクロッグ。ポケジョブで十分な経験値を得たらしく、帰って来たとたんに進化したのだ。嬉しいサプライズをどこかで試したかったので、この敵襲をありがたく活用させてもらおう。

 

「ドクロッグ、どくづき!」

 

シザリガーに接近すると、指の中で一本だけ鋭利になった真ん中の指を硬い殻の隙間に突き刺す。シザリガーはびっくりしてみずでっぽうを撃ってきたが、『かんそうはだ』のドクロッグには回復にしかならない。

 

「リベンジ!」

 

シザリガーを掴んでぽーいと海まで投げた。圧勝である。強くなったことは素直に嬉しい。ただ、これがどこまで通用するかは別だというのも分かっている。それでも今は進化するまで頑張ったことを誉める。

 

「グレグレ」

 

あれ、鳴き声変わらない……? うちのヨクバリス、あいつなんで「バリス」になったの……?

 

 

 

 

 

ワット集めをしている間に森の奥まで来てしまったようだ。この島はかなり複雑な地形で、森の奥の方が海辺につながってるかと思えば別の出口からは洞窟に通じている。なかなか地理の把握が難しい。踊るドレディアに手を振りながら進むと、突然空から何かが落ちてきた。

 

「○✕☆!」

 

形容しがたい鳴き声で叫ぶのは異様な見た目をしたポケモンだった。灰色、赤、青の縞模様を羽のような突起の先端に持つ全体的に黄色を基調としたポケモンで、尾羽にあたる突起も同様の色をしている。顔があるべき場所には真っ黒な細長い器官に緑の一つ目が見えるが、それと同じ目が腹部と思われる円形の部分にも二つついている。ワイルドエリアで見たような気はするが、名前などは知らないポケモンだ。

 

「ギァー! ギァー!」

 

木々に覆われわずかに見える空には、二匹のエアームドが見える。どうやらエアームドに縄張りから追い出されたらしい。幸い森にまで追いかけてくる気はないようだ。しばらく上空を旋回した後、チャレンジロードの方へ飛んでいった。

 

「▲★■◆……」

 

謎のポケモンは起き上がろうとするも、怪我がひどいのか飛び上がることができないようだ。もっとも、怪我してるかもよく分からないのだが。このままなのもかわいそうなので、いいきずぐすりを使ってあげた。

 

「…………」

 

謎ポケモンはふわっと浮かび上がる。これはエスパータイプの動きだ。そう考えていると、ゆるゆると羽のような突起物を動かしながらこちらをじいっと見つめてくる。しばらくするとスーッと森の奥へ飛び去って行った。今度はエアームドに見つからないことを願うばかりだ。

 

 

 

 

 

島の様々な場所を巡るうちに夕方近くになり、道場に戻る。パーティーはもう終わっていて、今日はお開きということで門下生達は部屋に戻っていた。ミツバさんにワットを渡すと感謝され、その場で新しい設備が買えるとかで電話を始めている。

 

「ふう、おまたせ! さて、ガラルカレーとポフィンを売るお店なのよね、今考えてるのは。ドリンクは……、なるほど、モーモーミルクを使ったラッシーか。それはいいわね、シンオウはモーモーミルクあるから。水もテンガンザンから良質なものが出てるだろうし……」

 

さっきまでの『女将さん』といった柔らかい態度から『キャリアウーマン』の凛とした姿勢に代わる。メモに書き付けながらタブレットを操作する姿は彼女の才覚がまだ衰えていないことを示していた。

 

「いいわね、久々にこういうのやると楽しい~! ……ああ、いいのよ、あたしがやりたいから無理矢理あなたを捕まえたんだから気にしないで。ん~、どういうコンセプトがいいかしら! 少人数経営だからコストは抑えないとでしょ、だけどメニューに幅は欲しいわよね。となると……」

 

ミツバさんが楽しそうに仕事する後ろではお子さんだろうか、男の子がパソコンを操作して何かをやっているようだ。血は争えないということらしい。一方のマスタードさんはテレビゲームをやっている。本当に強いポケモントレーナーなのだろうか。好好爺にしか見えない。

 

「あ、今日は泊まってって! ジムチャレンジの途中なんだっけ? ダーリン、アドバイスだけでもしてあげてちょうだい。あたし今からちょっと集中するわ」

 

「あらら、ああなっちゃうとミツバちんはテコでも動かなくなっちゃうからね~。ジムチャレンジ、セイボリーちんかクララちんとはバトルしたのん? ……セイボリーちんを選んだのね! どうだった?」

 

バトルの様子を話すと、マスタードは目を細めてうんうんと聞き入っている。正に孫の活躍を聞いて喜ぶおじいちゃんだ。

 

「そうかそうか、しっかりやれてるんだねぇ。ワシちゃん嬉しいよ。話してくれてありがとねぇ。じゃあチミは次どこに行くの?」

 

アラベスクタウンです、と答えた時、本当に一瞬だけ瞳がぎらっと輝いた……気がした。きっと気のせいだろう、うん。

 

「フェアリーだね、あそこは。でもチミのふるさとシンオウはフェアリーあんまりいないよね? ……やっぱり。ワシちゃんも手持ちにいたことはないんだけどねぇ」

 

あまり助けちゃうのも良くないけど、これだけならいいか、と首をひねって呟いていたマスタード。一回しか言わないよ? と前置きすると。

 

「フェアリータイプはあく、かくとう、ドラゴンに効果抜群。逆にはがねとどくに弱い。ほのおタイプにはフェアリーの攻撃が通りづらく、逆にむしタイプの攻撃はフェアリーに効果が薄い。……後は自力で頑張るんだよ」

 

大慌てで今の情報をメモにとる。ばっ、と顔を上げるとマスタードはすでにゲームに戻っていた。ミツバもまだまだ集中している。そっとお借りした部屋に下がる。これはまずいことになった。

 

フェアリーに効果を出せるのが、どくとはがね。

 

手持ちで条件を満たすドクロッグも、かくとうとの複合なので大きなダメージを受けてしまう。また、あくは向かないということはアブソルは出しづらく、コロトックもむしなのでダメージが通りにくい。ルンパッパとヨクバリスは相性の上で有利も不利もない。前回のオニオンさんとのバトルをかえりみれば、はっきり言って勝ち目はないだろう。

 

新しく六匹目のポケモンを捕まえる?

 

ポケモンは餌がなくても生きていける訳ではない。人がパートナーにするなら育成環境を整える義務が生じる。今まではコロトックとグレッグルだけだった。でも今はグレッグルもドクロッグに進化し、さらにヨクバリス、ルンパッパ、アブソルと増えている。すでにポケフード代がかなり圧迫してきているのに、もう一匹?

その日は答えが出ないまま、眠れぬ夜を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 




アローラディグダ、150匹捕まえました。二匹くらい攻略見ました。
あれをヒゲと知ったときの衝撃はやばかったです。
ダグトリオに進化した時のフッサフサの金髪もパネェっす。


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ちょっと待ってよ、ハンサムさん

 

 

 

「そこまでだ! やっと見つけたぞ! 逮捕する!」

 

拝啓お父さん、お母さん。生まれて始めて手錠をつけられました。もうシンオウに帰れないかもしれません。

 

 

 

 

 

 

翌朝。泊めてもらったお礼を言うと、ミツバさんがファイルに綴られた分厚い資料を渡してくれた。中を見ると店を開く初期費用の概算、各地の個人経営店の店舗例、カレーに対する客層の調査結果、原材料の仕入先候補などがずらずらと綴られていた。一夜で作ったとは思えない分量に唖然とする。

 

「いくつかは少し古いデータを使ってるわ。すでに調べてあったヤツを流用したりね。それでも参考になるわよ。ただ、これで終わりにしちゃダメ。情報は生き物なの。自分でその先を調査していかないと店を維持することはできないからね」

 

「昨日はセイボリーちんの話を聞かせてくれてありがとね。ワシちゃんが直接行ければいいんだけど、そうもいかないのよ。ほら、ガラルスタートーナメントの時かなり長い間ここを空けたから、またってのは、ねぇ?」

 

ねぇと言われても。とはさすがに言わずに曖昧にうなずいておく。

 

「そうそう、アレよ、アレ」

 

いざ駅へ向かおうと後ろを向いたら、その背中に声が降ってきた。

 

「――普段できないことが本番でできるということは絶対にない。逆に今まで得たものは必ず戦いに活きる。その全てをぶつけきって戦いを終えることを、有終の美を迎えたと言うのだ」

 

えっ、と振り返るがマスタード夫婦は道場に入るところだった。都合の良い幻聴だったのだろうか。首をかしげながらヨロイ島に唯一ある駅へ向かうと、待合所に一人の男性が座っていた。トレンチコートを着ているその人はこちらを確認したとたん、走りよってきて手錠をかけ、冒頭の発言をしたのである。

 

「さぁ、大人しく遺跡から盗んだ品を出せ! もう調べはついているんだ!」

 

何のことだ。神に誓って悪事など働いたことはない。人にとがめられるようなことなんて、子どもの時にお母さんが作っていたケーキをつまみ食いしたことぐらいしかない。遊んでて隣の家のガラス割った時もきちんと謝った。冤罪だ!

 

「ん? あれ、シンボラーがいないな……。まさか、お前は盗掘団じゃないのか!?」

 

逆に何を決め手にして人を逮捕したのか。

 

「いや、ガラルの人間じゃない奴を狙って……」

 

それだけか! ひどい!

 

「申し訳ない! 私はハンサム、国際警察だ。この度イッシュ地方のリゾートデザートから新しい遺跡が発掘されてね。そこの貴重な出土品が先日盗まれたんだ。ガラルのジムチャレンジにかこつけて盗品売買が行われることまでは掴み、盗掘団の部下達は捕まえたけどリーダーと品物がまだ見つからないんだよ」

 

手錠を外してもらいながら説明される。

 

「犯人はガラルの人間じゃないことは分かってて、近くに必ず野生のシンボラーがいるはずなんだ。シンボラーはその遺跡を守ってたシンボラーのうちの一匹らしいんだけど、遠路はるばるこのガラルまで飛んで追いかけて来てね。このヨロイ島に行ったことは分かってるんだけど、そこから行方が判らなくて……」

 

シンボラー。知らないポケモンだ。昨日は島中を歩いていたからもしかしたら見ているかもしれない。特徴を聞いてみた。

 

「一度見たら忘れないよ。黄色っぽい体に生き物らしさを感じないフォルム。黒い顔に緑の目が一つ、腹には二つ! 真似できないような鳴き声なんだ」

 

……そいつ知ってる。

 

「ええっ!? 昨日助けた!? ……エアームドに襲われて森に避難してたのか。ありがとう、貴重な情報だ! シンボラーはどっちに飛んだ!? ……なるほどあっちか! ちょっと失礼。……こちら0836、シンボラーを目撃した民間人を発見、チャレンジロード方面を固めてくれ!」

 

無線機のようなもので連絡をとっているらしく、何やら早口で会話している。しばらくすると「よしっ!」とガッツポーズを決めた。

 

「ありがとう! 見つかったよ! チャレンジロード沖にドローンロトムを飛ばしたら見つけた! 見つけてしまえばもうこっちのものだ。一時間もすれば逮捕間違いないな。君には改めて謝礼をしたいから少し待ってくれるかな」

 

 

 

 

 

しばらく言われるままに待っていたのだが、このハンサムさん、なんと昔の手持ちがグレッグルだったとのことでドクロッグを出してあげたら大喜びしてくれた。グレッグルトークに花を咲かせていると沖からボートがやってきた。仲間のボートらしい。そして確かに昨日見たポケモンが船の上を飛んでいる。

 

「あれがシンボラーだよ。あいつがずっと追いかけてくれたおかげで捕まえることができたようなものだ。あの盗掘団、今までもあちこちで盗んでたから締め上げれば違法バイヤーとかまで一斉検挙できるかもしれない。本当に、協力感謝する!」

 

ボートから女性捜査官が降りてきて、例の出土品らしい物をハンサムさんに見せている。間違いないらしくうなずくハンサムさんの周りをシンボラーがぐるぐる旋回している。本当にあれを取り返すために、イッシュからガラルまで飛んできたのか。時にポケモンの行動力には驚かされる。

 

「連絡先を教えてくれるかい? シンオウのノモセ警察署に話を通しておくから、そこから謝礼金を受け取ってくれ。今は……、これくらいしか渡せるものはないな」

 

すごいきずぐすりをもらった。地味に嬉しい。

 

「よし、シンボラー、お前もお手柄だぞ。一緒にイッシュに帰ろう。これは私が責任をもってリゾートデザートの遺跡に戻すからな。……ん? どうした?」

 

シンボラーはハンサムさんの側を離れると、こっちに来た。そのまま自分の頭の周りを高速旋回している。本当にどうしたシンボラー。こっちじゃないぞ、ハンサムさんはあっちだ。こっちにいてもアラベスクタウンに行くだけ。しかもその後の行き先はシンオウで、イッシュに行く予定はない。あ、目が回りそう。

 

「うーん、これはシンボラーは盗掘品を取り返すという目的を果たしたから、遺跡に戻る必要はなくなったってことかな。君さえ良ければ連れてってあげてもいいと思うよ。もちろん無理なら私がイッシュに連れていく。どうする?」

 

どうする、と言われても。はがねかどくのポケモンを探すつもりだったのだが。このポケモンはどんななのだろうか。

 

「シンボラーはエスパーとひこう。そらをとぶを覚えるから移動は楽になるな。……はがねかどく? 確かラスターカノンを覚えるんじゃなかったかな? あとはがねのつばさ。他のエスパー技はだいたい行けると思うけど」

 

はがね技覚えるのか! それはありがたい。ひこうとエスパーもフェアリーとは問題ない。それに空が飛べるポケモンはシンオウでは重宝する。あそこはここみたいに空飛ぶタクシーなどないのだ。店を開いた後も間違いなく飛べるポケモンは戦力になる。

 

「どうやら問題ないみたいだね。それじゃあどうも、お元気で!」

 

ハンサムさんはボートで他の仲間と共に去って行った。シンボラーに改めて聞いてみる。フェアリージムのために力を貸してほしい。終わった後も、シンオウで店を開くから一緒にいてほしい。

 

「□☆◎▽◇」

 

やっぱり何を言ってるかは分からないけど、ボールには大人しく入ってくれた。ついに六匹。嬉しくなって、帰る前に顔合わせもかねてカレーを食べようとテントを出す。今日のカレーはレトルトめんを使ったしぶ口インスタントめんカレーだ! みんなの前に皿を並べる。ヨクバリスが真っ先にカップを持ち上げて喉に流し込み始めた横で、シンボラーはカレーをじーっと見ると。

 

 

 

カレーが、カップの中から消えた。

 

 

 

え? とまばたきするが、夢じゃない。カレーなど入ってなかったとばかりに中身だけがぱっと消えたのだ。汚れ一つ残さずに。シンボラーは体のどこかを動かした様子はない。高速で食べたわけでもない。ただ、中身がなくなっているのだ。

 

「……ンパ?」

 

ルンパッパはシンボラーを二度見した後、「ナイス手品!」とサムズアップをすると何事もなかったかのようにまた食べ始めた。コロトックは「また新しいタイプの癖の強い新入りか」と言わんばかりの落ち着きでシンボラーを一瞥すると、気にする様子もなく食事を再開する。

 

「バリス、バッ……! バッ……バ……」

 

ヨクバリスは喉に詰まらせてかすれた声を上げていたが、ルンパッパがバブルこうせんを口めがけて放ったため九死に一生を得たようだ。シンボラーの方を見てる余裕がなかったからか、気にした様子もなくルンパッパと二人でハイタッチしてる。

 

「…………!?」

 

アブソルだけがシンボラーの謎な食べ方に目を白黒させ主人とシンボラーの間を何度も何度も視線を往復させていたが、ドクロッグが「諦めろ」と言わんばかりに優しく肩を叩いて首を横に振った。おい待てコロトックとドクロッグ、そんな顔をするんじゃない。シンボラーの食べ方(?)は主の指示じゃないぞ。

 

こうしてヨロイ島で最後のポケモンをゲットし、本島に帰還した。ジムチャレンジ終了まで一週間ちょっと。もう少し準備したら、いよいよ挑む。勝っても負けても後悔しないよう、全てをぶつける!

 

 

 

 




ゲスト出演、知る人は知ってるハンサムさんでした。
この人便利ですね。
グレックルつながりもあって、出しやすかったです。
次はいよいよアラベスクタウンジム戦です!


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決戦、ビート! 前編

今回もバトル回です。
主人公がしゃべります。
ご了承ください。


 

 

 

 

『久しぶりだなぁ。ジムチャレンジ、どこまでいったよ?』

 

アラベスクタウンジムに挑む前日。電話の相手はシンオウのノモセジムリーダー、マキシ。

 

『四つ! やったなぁ! 俺も推薦の依頼を出したのが誇らしくなるぜ。……で、本題があって電話したんだろ? なんだ、言ってみな』

 

 

 

 

 

 

アラベスクタウンジムのチャレンジは、クイズに答えて正解の道を選びつつ、ジムトレーナーとの勝負の最中もクイズが差し込まれるという何とも言いづらいものだった。

 

『問題! ジムリーダーのビートが今朝飲んだ紅茶の銘柄は?』

 

……誰が分かると言うんだ。

おかげで防御力がめちゃくちゃ下がってルンパッパがワンパンされた時は肝が冷えた。何とか勝ったけど。そして今スタジアムに入る前の通路で手持ち全員を出して最終確認をしている。

 

シンボラー。最後に加わったポケモン。はがね技のラスターカノンはわざレコードで覚えさせた。

 

アブソル。今回は向いてないバトルではあるが、だからって出さないということはできない。技も少し調整した。

 

ルンパッパ。こいつも少し調整はしてある。とはいえ、元々のポテンシャルはトップなので頼ることになる。

 

ヨクバリス。やることは変わらない。木の実はイアの実に変え、さらに秘策を一つ仕込んでみた。

 

ドクロッグ。唯一フェアリーに効果抜群のタイプであり、同時に弱点でもある。相手を見るしかない。鍵を握るだろう。

 

コロトック。精神的支えだが、戦闘では今回も難しい役どころ。それでも久しぶりに技を見直した。

 

わざマシン、わざレコード、思い出し技。持ち物も特性も再度確認した。ポプラさんの名勝負DVDをホテルで何度も見て少しはフェアリータイプを研究してみた。ビートさんのはなかったから仕方ない。

全員の回復もすんでる、そしてこれが最後のジムチャレンジになる可能性が高いことも伝えてある。もうやり残したことはない。

 

『チャレンジャー、ジムリーダー、入場してください』

 

さあ、ガラル最後の戦いを始めよう。

 

 

 

 

 

 

「ガラルの人ではないですね。遠くからわざわざご苦労様です。今日ここを受けるということは到底ファイナルリーグには間に合わないということは分かってますね?」

 

ビートという人は顔こそ整っているものの、めちゃくちゃとげのある若者だった。そんな嫌われるようなことをしただろうか。

 

「分かってます。分かっててここに挑みに来ました」

 

「そうですか。投げやりな試合だけはやめてくださいね。僕はそういうの大っ嫌いなので」

 

互いに距離を取る。ボールを構えた。

 

「いきなさい、クチート!」

 

クチート! ポプラさんも使っていたポケモンだ。はがね技も使っていたからおそらくはがねとフェアリーの複合。となると出すポケモンは。

 

「いけっ! ルンパッパ!」

 

現れたルンパッパにクチートが後頭部の口から牙を見せて威嚇する。特性『いかく』だ。攻撃力が下がる。それでもはがねにとって、水は数少ない等倍以上のダメージを与えられるタイプだ。初戦で出したくはなかったが仕方ない、一応クチートが来る可能性も考えて技も――

 

「クチート、地面技に気をつけてください。おそらく対策として覚えています。当たりさえしなければ驚異は少ない」

 

ヒュッ、と喉が鳴った。嘘だ。何でそこまで一瞬で分かるの。確かにルンパッパには今回『マッドショット』を覚えさせていたのだ。冷静に考えれば分かるかもしれない。ルンパッパは草と水の複合だから、フェアリー対策をするならタイプ不一致技を何かしら用意するだろう。だけどこっちだってクチートが来ると分かっていた訳じゃない、念のためで仕込んだ技なのだ。なのにどうして確信を持って言える。

 

「うっ……、ルンパッパ、あまごい!」

 

「当然そうきますよね。クチート用ウェポンを警戒されれば次の手でくる。ルンパッパなら当然あまごい。雨で特性を発動させるのは大事ですから。クチート、じゃれつく。多少命中率が低いこの技ですが、あまごいして避けにくいルンパッパになら当たります」

 

まただ。また完全に読まれているし、相手の技も正にこちらの弱点を突くものがきている。どうしてだ。

ルンパッパがステップを踏んで雨を呼ぶが、たたっと接近してきたクチートが体を密着させてぐりぐりと押し付けてくる。地面に転がされるも、どうにか雨を呼ぶことができた。

 

「地面に触れたなら……! ルンパッパ、マッドショット!」

 

「クチート、地面にアイアンヘッドで飛び上がりなさい。落下しつつかみくだく」

 

へ、と思うのもつかの間、クチートはその巨大な口に鉄をまとわせると地面をぶったたき、反動で飛び上がる。その下をルンパッパが起こした隆起する地面が通り抜けていく。落ちながら大きな口を開け、ルンパッパの頭にかじりついた。

 

「る、ルンパッパ!?」

 

「噛みつき続けなさい。もし振り落とされたなら地面を転がって足元にじゃれつく。雨で上がってる機動力を削ぎますよ」

 

そんな戦い方あるのか。そんな指示の出し方ができるのか。何手先を見て指示を出しているんだ。ウチのトップ、ルンパッパが手も足も出ないのか。

 

「なら、なら、えーと、いっそ掴め! 掴んでバブルこうせん!」

 

「アイアンヘッドで離脱」

 

手を伸ばす瞬間に噛んでいた口が離れ、ルンパッパをつつく要領で距離を取る。頭を押さえながらもバブルこうせんを放つが、クチートはたくみにかわしていく。

 

「(こ、ここまでクチート無傷、ルンパッパはもう半分以上ダメージ……。どうして、どうしてこんなに読まれちゃうの……? 落ち着け、相手のペースに呑まれたらもう何もできない! よく見てよく考えて、どうせ読まれるなら読まれたままでも戦うしかない!)」

 

せめて一回はマッドショットをクチートに叩きつけないと、クチートに全滅させられるかもしれない。よく見ろ、よく考えろ! ポプラさんのバトルを思い出せ!

 

「……ルンパッパ、バブルこうせん! 下向きに狙え! アイアンヘッドで飛び上がるとこを狙うように!」

 

「クチートかわしなさい。少し距離をとればそれくらい問題なくかわせますよ」

 

ルンパッパはちょこまかと動くクチート目掛けてバブルこうせんを放つ。泡はコートに飛び散っていく。

 

「そろそろ技の切れ目ですね。クチート、疲労したルンパッパにとどめのじゃれつくです。撹乱しながら行きなさい」

 

距離を取っていたクチート、ぱっと駆け出すとルンパッパの正面に出ないように左右にせわしなく動きながら距離を詰める。ルンパッパはバブルこうせんを疲れきるまで撃ち、とうとう咳き込んで攻撃が止まる。その瞬間飛びかかろうとクチートが――、雨に濡れたコートに足をとられてバランスを崩した。

 

「――ま、マッドショットォ!」

 

とっさに叫んでいた。ルンパッパも一拍遅れて大地に手を触れて隆起させる。はっと目を見開いたクチートだったが、さすがにかわすことができず直撃した。泥を浴びたクチートの素早さが下がる。怒っているのか後頭部の口をガチガチ噛み合わせながら突進してきた。

 

「ギガドレイン!」

 

「足元を悪くして動きを封じるとは。偶然だとしてもやりますね。クチート、かみくだきなさい」

 

本当に偶然なのだから悲しくなる。せめて少しでもダメージを。ルンパッパが体を緑色に光らせ、クチートも同じ色に輝く。だが大した回復もできないまま巨大な口に噛みつかれ、振り回されて地面に叩きつけられた。ルンパッパはぐぐっと上体だけ起こすと、クチートではなくこっちを見る。

 

「……ンッパ!」

 

いつものように笑顔で、楽しかったと言うように。サムズアップすると、そのままバシャッと雨の中に沈んだ。

 

 

 

 

「ルンパッパ……?」

 

「この雨、クチートと相性良くありませんね。戻りなさいクチート。代わりに行きなさいサーナイト。常にサイコパワーで少し浮いているあなたなら、雨に転ぶようなことはないでしょう」

 

ビートはポケモンを入れ替えた。サーナイト。自分が知ってるのはエスパータイプだったが、おそらく後からフェアリータイプの素質もあると判断されたのだろう。つまりはエスパー・フェアリーの複合。天候を考えてもここで出すしかない。

 

「頼む、ドクロッグ!」

 

相変わらずの『かんそうはだ』と雨のコンボ。本当はフェアリー単体がいればそっちに出したいが、ビートが持っている保証もない。それに最高のコンディションでポケモンを選ばないと、一撃すら入れられないことはもう分かっている。雨が降っている間に少しでも有利にする!

 

「わざわざエスパーに極端に弱いドクロッグを出すなんてね。『かんそうはだ』狙いでしょうけど。サーナイト、サイコキネシス」

 

サーナイトは全身を虹色に輝かせる。サイコキネシス。エスパー技上位の一つ。対象が視界に入る限り当てられるこの技は障害物の陰に隠れるか、あなをほるやダイビングのように身を潜める技なら回避もできる。だが、スタジアムでは無理だ。ドクロッグにかわす術はない。

 

「どうせダメなら……、ドクロッグ、どくづき!」

 

せめて毒の継続ダメージを。ドクロッグが突進して毒の爪を撃ち込もうと迫る。一手及ばずサーナイトが技を放とうとした瞬間、ドクロッグが泥を蹴って跳び上がった。大ジャンプしてサーナイトの視界から姿を消す。主人である自分も初めて見た、四つ足でのジャンプだった。

 

「――グレッ!」

 

サーナイトが振り返るより早く着地したドクロッグ、横に腕を振り抜く要領でサーナイトにどくづきを撃ち込む。たまたま当たった先はサーナイトの胸にある赤い突起。それはサーナイトの心そのものとも呼ばれる大事な器官。サーナイトは目を見開き、パニックになったようにがむしゃらにサイコキネシスを発動した。吹き飛ぶドクロッグ。

 

「よく僕のサーナイトに一撃を与えましたね。毒まで与えるとは、特性『シンクロ』も無駄になりましたか。でもここまで……、へぇ、やるじゃないですか」

 

なんとドクロッグ、戦闘不能になってもおかしくない負傷をしながら立ち上がったのだ。向こうがパニックになったおかげで威力減衰したことに救われた。リリンと鈴の音が響く。かいがらのすずと雨のおかげで動ける程度には回復したらしい。そうは言ってもたいあたり一発もらえば間違いなく落ちるくらいボロボロだが。

 

「サーナイト、めいそう」

 

「ドクロッグ、ふいうち、あっ……」

 

ドクロッグが接近して腕を振り抜くが、目を閉じ動かなかったサーナイトの横を空気を殴るのみ。ふいうちは『相手が攻撃してきた場合、その攻撃に割り込んで先制攻撃する』というもの。めいそうは攻撃ではない。なのでふいうちは不発となり、サーナイトは特攻、特防が上がってしまったのだ。

 

「(まずい、ヘタにちょうはつして攻撃だけにすると、能力の上がった攻撃が飛んで来る。だからってもう一回めいそう積まれたら次からの手持ちも一撃もらうだけでやられることになる。相手には毒が入ってる以上回避に徹してもダメージは出続ける、だったらやるしかない!)」

 

逡巡する間に雨が上がり、スタジアムが本来の天気を取り戻していく。こうなるとドクロッグの『かんそうはだ』は意味をなさなくなる。

 

「ドクロッグ、ちょうはつ!」

 

「サーナイト、サイコキネシス。……あなたはこの僕のポケモンなんですから、あんな見え透いた挑発なんて無視しなさい」

 

ドクロッグがぴょんぴょん飛び跳ねて挑発するのを見て、サーナイトは少し迷っているようだ。そして気づく。おそらくサーナイトはめいそう以外にも何か補助技を持っているのではないのだろうか。だからビートさんは挑発に乗ることを許さない。それならこっちだって、やってやる。

 

「ドクロッグ! 思いっきり笑ってやれ!」

 

「ゲーロゲロゲロ!」

 

赤い喉をふくらませて痛快に笑う。サーナイトの目がつり上がったのが見えた。ビートがやれやれと呆れている。虹色の光がドクロッグ目掛けて飛んで来る。攻撃が当たる直前ちらとだけこちらを見ると、バチンとウインクをした。それは初めてここに来てレイジさんに見せたような、楽しげなウインクだった。そして光に呑まれ、戦闘不能になる。

 

「ドクロッグ……!」

 

もう気づいていた。ルンパッパもドクロッグも、これが最後だと察している。その上で主である自分の指示に満足し、感謝を伝えているのだ。唇を噛み締める。

 

「…………」

 

一方のビートもその様子を見て、あごに手を置いて何か考えている。その表情からは読むことができない。

 

 

 

 

「ありがとう、ドクロッグ……。出てこい、アブソル!」

 

「アブソルですか……。サーナイト、マジカルシャイン」

 

「今、みきりっ!」

 

サーナイトが技の準備行動に入ろうとした瞬間、それを分かっていたかのようにアブソルがサーナイトの頭を前足で叩いて揺らした。くらくらと揺れる視界に技が不発になる。そう、せっかくドクロッグがちょうはつしてくれたのだ。相手が必ず攻撃をするのなら、『相手が攻撃してきた場合、先制してそれを防ぐ』みきりが必ず一度は決まる。

 

「そこに、でんこうせっか!」

 

目にも止まらぬ早さで体当たり。サーナイトは毒もあって荒い息をついている。

 

「ちょこまかと邪魔ですね。ここで仕留めなさい。マジカルシャイン」

 

「アブソル、シャドークロー!」

 

今回のために入れてきた技、ゴーストタイプのシャドークローだ。飛びかかって切り裂こうとしたが、相手のサーナイトの方が早い。マジカルシャインを全身に受けるもかろうじて爪を振り下ろす。しかしそれはかわされてしまった。

 

「粘りますね。どうせ見切られるなら。サーナイト、サイコキネシス」

 

「みきり! そこからでんこうせっか!」

 

もう一度サーナイトの攻撃を無効にし、素早くでんこうせっかを決める。しかし再度のマジカルシャイン。これはもうどうにもできない。桃色の光が直撃し、アブソルは自分のすぐ横まで吹き飛んできた。

 

「アブソル……!」

 

アブソルは頭を持ち上げると、手にそっと顔をこすりつけてきた。それができたことに満足すると、くたっと動かなくなる。

 

「サーナイト、それ以上は毒が効いてきてまずいですね。下がりなさい」

 

サーナイトをボールに戻す。次に出したのはさっきのクチートだった。こっちの残りは三匹。ここで出せるのはこいつしかいない。ボールを握りしめて、名を呼んだ。

 

 

 

ここまでルンパッパ、ドクロッグ、アブソルが戦闘不能。ビートの手持ち、全員健在。この勝負、どうなるか。

 

 

 

 




後半に続きます。


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決戦、ビート! 後編

バトル回後半です。
主人公が話します。
ご了承ください。


 

 

アラベスクタウンジム、ジムリーダー・ビートとの対戦。クチートとサーナイトにルンパッパ、ドクロッグ、アブソルが負けるも相手を瀕死には追い込めていない。

ビートがクチートを再度出したところで、こちらは切り札を切ることにする。

 

 

 

 

 

 

「出てこい、シンボラー!」

 

最後に仲間入りしたシンボラー。はがねタイプを含むクチートにはヨクバリスもコロトックも有効打を持っていない。切り札を一足先に出すしかない。

クチートは再び特性『いかく』を放ち、シンボラーの攻撃を下げてくる。

 

「……クチート、かみくだく」

 

「引き付けて!」

 

クチートが飛びかかろうと走ってくるのを、浮遊し後退しながら距離をつめさせる。トンッとジャンプした瞬間がきた、ここしかない。

 

「ラスターカノン!」

 

シンボラーの腹部の前に鉄の輝きが収束し、ビームのようになってクチートに直撃した。吹っ飛んで転がるも、ぜいぜいと荒い息をつきながら立ち上がる。タフなポケモンだ。

 

「……あなたのポケモン、このジムへの対策技を一つずつくらい備えているようですね。マッドショット、どくづき、シャドークロー、そしてラスターカノン。残りの手持ちも何かしらフェアリー対策は持っているようだ」

 

クチートに待つよう指示しながら、観客には聞こえない声で話しかけてくる。

 

「でも、それだけだ。はがねタイプのポケモンがいるようにも見えないし、どくタイプだってドクロッグだけ。そもそもアブソルなんてフェアリー相手には不利でしかない。そうでしょう?」

 

怒っている。彼は怒っている。こちらに向かって、怒りをぶつけてきている。それは分かる。でも、どうして。

 

 

 

 

 

「――その程度の努力しかできない人が、この先に進めると思わないでください!」

 

 

 

 

 

その程度。今、その程度って言ったのか。

 

「クチート、かみくだく!」

 

このバトルにかけた準備が、ここまで来る道中が、『その程度』と呼ばれてしまうものなのか。

 

「早くシンボラーに指示を出しなさい! こちらが連続で攻撃しますよ!?」

 

そりゃあ、フェアリーにとって弱点となるタイプは手持ちにいない。シンオウに戻って店を開くのに、鉄を食べるはがねタイプや身体から毒を出すようなどくタイプは近くにおけないからだ。今いる六匹はそれらも加味した上でのメンバー。そりゃそうだ。強いメンバーじゃなくて、未来のためのメンバーなんだ。

 

「……もういい、クチート、かみくだく! 当たらないならアイアンヘッドを地面に当てて飛び上がりなさい!」

 

こっちはトレーナーで食べていく訳じゃないんだよ。生きていくために仕事しなきゃだし、トレーナーとしての才能だってない。ここまで勝てたのは年の功、子どもじゃできない経験則からの行動ができたからだ。それもなけりゃここにすら来られてない。ポケモンバトルだけで生きていけないんだよ、こっちは。

 

「えっ、ちょっと、あなた何をして……?」

 

完全にバトルだけを考えて準備して来なくって悪かったね! シンオウに戻ることを、バトルの後のことを考えなくていいなら、もっともっと強いポケモンたくさん捕まえ「★✕▼◆♯」

 

……へ?

 

「★✕▼◆♯」

 

目の前に。シンボラーが飛んでいた。あれ? バトルの最中では? 何で? クチートは?

 

「★✕▼◆♯」

 

さっきから同じ鳴き声。何を言っているのか分からず、思わず声を上げようとしたが、できなかった。羽のような突起で、額をトンと突かれていた。まるで『そこまで』とでも言うように。

 

「○●■△✕☆、◇★◎▽▲※○」

 

分からないはずなのに、こんどは分かった。『戦いに集中せよ』だ。そうだ、冷静になれ。さっきのビートさんの言葉だって、ジムリーダーとしてと考えるなら『もっときちんと努力すれば上に行けるのに、中途半端な状態で来るんじゃない』と言いたかったのだ。勝手に自分のことだと思ってしまった。

 

「チャレンジャー、そのシンボラー、勝手に行動してますが……。棄権ですか? それとも、シンボラーをボールに戻しますか?」

 

審判に声をかけられはっとする。シンボラーはわざわざ発破をかけるために敵に背を向けここまで来てくれたのだ。確かにこれはシンボラーにしか無理だろう。ここまでの道中のことを何も知らないからこそ、このタイミングで主に説教できたのだ。

 

「すみません、大丈夫です。戦闘続行します、シンボラーで続投です!」

 

「次やったらそのポケモンは失格扱いにするので気をつけてください。では、再開!」

 

シンボラーがこちらに背中を向ける。あっ、と声が出る。そこにはクチートのかみくだくを受けた傷が残っていた。弱点技だ、間違いなく辛かったはずなのに少しもそんな素振りを見せなかった。……もしかしたら顔に出ないタイプなだけかもしれないが。

 

「シンボラーにきずぐすりを使う時間は必要ですか?」

 

「いいえ、自分のミスなので、このままでいいです」

 

「分かりましたが、そのせいで負けたなんて言わないでくださいね。クチート、かみくだく!」

 

「シンボラー! サイケこうせん!」

 

大きな口を開いて飛びかかるクチートに、シンボラーは虹色のビームを放つ。クチートは身をよじって回避しようとするが、執拗に追いかけるビームにとうとう撃ち抜かれた。さすがにもう立ち上がれないらしく、起き上がってくることはなかった。

 

「戻りなさいクチート。おそらくシンボラーが切り札です。倒しなさい、サーナイト」

 

「その通りだからこそ、交代、ヨクバリス!」

 

やはりさきほどのサーナイトが出てきた。めいそうの効果はリセットされているが、同時にちょうはつの効果もリセットされている。まだ見ていない四つ目の技が何なのか。温存するためにヨクバリスに代える。果たしてどうなるか。

 

「ヨクバリス……。隠し玉はあるってことですね。サーナイト、ねがいごと」

 

しまった、とほぞを噛む。てっきり最後の技は『まもる』のような防御技だと思ってヨクバリスに代えたが、ねがいごとは回復技。次のターンの終わりにダメージを回復するというものだが、回復量がとても多い。残り二ターンでサーナイトを倒せればいいが、ここでシンボラーに戻したところで間に合わない。となるとやることは一つ。

 

「ヨクバリス、のしかかり!」

 

ヨクバリスが接近し、ばっと飛びかかって上から潰そうとするが、サーナイトに軽くかわされてしまった。シンボラーを続投させてラスターカノンを撃っておけば良かった、とは思うが後の祭りだ。

 

「無理か……! ならたくわえる!」

 

「サーナイト、サイコキネシス」

 

尻尾から食べ残した物を口に入れて体に力を入れる。その体が虹色に輝き、地面から少し浮かされてギリギリと締め上げられる。その間にサーナイトの体に空から聖なる光が降り注ぎ、体力がぐーんと回復した。毒こそ残っているものの、ラスターカノン一撃では落とせないくらいの回復だ。

 

「もう一回たくわえる!」

 

「悪あがきですね。こちらもサイコキネシスをもう一度です」

ますます持ち上げられるがヨクバリスの頬袋は膨らむばかり。ぐぐっと腕を動かして尻尾からイアの実を取り出し口に入れ、特性『ほおぶくろ』でさらに回復した。回復には回復だ。

 

「サーナイト、おそらく向こうの切り札は、はがね技のジャイロボール。体を回転させなければいい。そのままサイコキネシスで絞め上げなさい」

 

ヨクバリスの体がさらに持ち上がった、これを待っていた。サーナイトの顔の前まで移動するのを待っていた!

 

「ヨクバリス! ――ゲップ!」

 

ヨクバリスは任せとけとばかりにニヤリと笑うと。

 

「バ~~リスッ!」

 

サーナイトの人間観点で整っている顔面目掛けて思いっきりゲップをした。サーナイトは目が落ちるんじゃないかってくらい見開いた後、思わずサイコキネシスを中断して顔を押さえてコートにうずくまった。急所に入ったらしい。涙目になっている。

 

「なっ、何で発動に条件がいらなくてより効果的なジャイロボールじゃなくて、ゲップを覚えさせてるんですか!? どう考えても鈍足なヨクバリスならジャイロボールでしょう!」

 

そう。『ジャイロボール』は『相手より速度が遅ければ遅いだけ威力が上がる、体を回転させて突っ込む』技。一方『ゲップ』は『木の実を食べた後にしか使えない』という特性のある技。倒されるタイミング次第では使いたくても使えない癖のあるものでもある。その代わり発動できれば威力はとても大きいものとなるのだ。ヨクバリスなら間違いなく食べると信じて良かった。

 

「ジャイロボールのわざレコードは手に入りませんでしたから。無理でした」

 

「無理でしたって……! そこはベストを尽くすのが一流トレーナーでしょう!?」

 

どうせ一流じゃありませんよ。どうせ副業ですよ。でも、今は動じない。ヨクバリスが作ったこのチャンス、活かさなくてはヨクバリスに顔向けできない!

 

「ヨクバリス、のしかかりっ!」

 

「サーナイト、動きなさい、マジカルシャインです!」

 

ヨクバリスののしかかりが今度はサーナイトに炸裂した。ドッスンと音を立ててサーナイトの上に腹から落ちる。サーナイトは驚き目を白黒させるも、桃色の光でヨクバリスを遠くに吹き飛ばした。ゴロゴロと転がるヨクバリスはもう限界だ。くるっとこちらを向く。

 

「ヨクバリス……?」

 

目が合うと、両手を高く上げ、頬に下ろして『ホシガリスポーズ』をした。嬉しそうにニッコリと笑いながらそれをやると、指示も確認せぬままサーナイトの元へ突っ込んでいく。

 

「ヨクバリス、ヨクバリス……! もう一度ゲップ……!」

 

「サイコキネシスで沈めなさい! 口を開かせるな!」

 

サーナイトが虹色に発光し、ヨクバリスを地面に叩きつけた。目を回して戦闘不能になったヨクバリスの後ろでサーナイトが肩で息をしている。

 

「ヨクバリス、このおバカ……。頼むシンボラー!」

 

「やはり出ましたか。サーナイト、マジカルシャイン!」

 

「ラスターカノン!」

 

サーナイトの桃色の光が放たれる前に、シンボラーの銀色の光がサーナイトを貫いた。どおっと音を立ててサーナイトが倒れる。やっと半分を倒せたが、こちらは四匹やられていてシンボラーも手負い。まだダイマックスも控えている。

 

「あなたは何なんですか、どうしてジムチャレンジをやっているんですか、何が目的でそんなメンバーと態度で僕と戦っているんですか! イライラしますね! 行きなさいギャロップ!」

 

ギャロップ? 確かほのお単体のポケモンだったはずだと思いかけ、ここまでの記憶から答えを出す。リージョンフォーム。正解だと言うようにボールから出てきたのはギャロップ同様の四つ足でありながら額の角がもっと長く、たてがみが燃える炎から紫、桃、水色を織り混ぜたような色に変わったギャロップだった。

 

「(フェアリーと炎の複合か……? もしそうなら、はがね技はあまり効果がない。シンボラーもそう何発も耐えられないからよく考えないと!)」

 

「ギャロップ、マジカルシャイン!」

 

「シンボラー、サイケこうせん!」

 

ギャロップの角から桃色の光が放たれる。シンボラーも空中から虹色の光線を放ち、両者の攻撃はぶつかり合って相殺しつつ互いに当たる。シンボラーはよろけたがギャロップはどこ吹く風だ。

 

「(炎じゃない、あの反応、エスパーかあくか、はがね! でも体を見るにあくもはがねも要素が無い……。サーナイトと同じ、エスパーとフェアリーの複合か!)」

 

「ギャロップ、でんこうせっか。ラスターカノンにそなえてすぐに下がりなさい」

 

「シンボラー、ラスターカノン……、ぐうぅっ!」

 

シンボラーが反応するより早く接近、体ごとぶつけると素早く下がり、ラスターカノンをかわす。ヒットアンドアウェイ。このままではじり貧だ。なら。

 

「あなたはここで何か打開を、と考える。そうですよね? なら回避が難しくなる。ギャロップ、とっしん!」

 

「シンボラー、おいかぜ……、かわせないっ!?」

 

ギャロップが角をシンボラーに向け、一心不乱に突っ込んでくる。シンボラーは翼のような突起を揺らして風を起こす。かわすこともできず、シンボラーの腹にギャロップの角が刺さった。強まった風が倒れるシンボラーを少し動かす。その目はこっちをじっと見つめている。

 

「……ありがとう。もう大丈夫」

 

ただ静かに目を閉じた。戦闘不能だ。

 

「シンボラー……」

 

「最後の一匹ですよ、どうぞ」

 

おいかぜの効果は『しばらくの間味方サイドの素早さが上がる』もの。つまりここで出す最後のポケモンもその恩恵を受ける。素早いギャロップを追い抜けなくてもかなり近づくはず。また、ギャロップはとっしんの自傷ダメージを受けている。ここで追い込むしかない。

 

「最後は君に決まってる。コロトック」

 

姿を見せた、ガラルにはいないポケモン。大事な相棒。腹を鳴らして身構えるその背中は、何も言わなくていい、と伝えていた。

 

「コロトック、飛び回れ! 逃げながらエコーボイス!」

 

「ギャロップ、マジカルシャイン!」

 

羽を広げ、風を利用しながら飛び回る。その間に腹を一度強く弾く。紙一重で桃色の光が飛んで来る。

 

「二度目のエコーボイス!」

 

「マジカルシャイン!」

 

少しずつ体に光が被弾するようになってきた。コートにコロトックのメロディが響く。風が弱まる気配がする。もうすぐ追い風が終わるだろう。

 

「コロトック、風に乗って! 最後の風に乗ってギャロップにシザークロス!」

 

「でんこうせっか! やられるより前に突き刺すのです!」

 

風を羽に受け、あらん限りの力で羽ばたく。そこに光の早さで突撃してくるギャロップ。コロトックが腕を交差し――。

 

「し、下に潜ったですって!?」

 

ギャロップに衝突する寸前、ぐっとギャロップの角より低い位置に飛び込んだのだ。それはルリナ戦で見せたアズマオウを掻い潜る飛び方で。足の間を抜け様に、シザークロスを腹にお見舞いした。

 

 

 

 

 

『――普段できないことが本番でできるということは絶対にない。逆に今まで得たことは必ず戦いに活きる。その全てをぶつけきって戦いを終えることを、有終の美を迎えたと言うのだ』

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、マスタードさん。……でも」

 

倒せない。地面に着地したコロトックはかなり疲弊しているが、ギャロップは首を振りながらこちらに向き直る。それなりにダメージは与えたが倒すには足りなかった。

 

「そのポケモン、動きが良いですね。それだけは誉めてあげましょう。ギャロップ、とっしん」

 

「コロトック……! きりさく!」

 

コロトックに用意した今回用の技はきりさく。ノーマルタイプの何の特別な効果もない技。だけどシザークロスが通じない時に対応できるように入れておいた。それを繰り出す。しかし追い風のないコロトックよりギャロップの方が素早い。それはつまり。

 

「キリ……」

 

鎌は空を切り、ギャロップの体がコロトックを捉えていた。勢いのままに空中に撥ね飛ばされたコロトックはもう羽を広げることもかなわない。そもそもあまり戦闘好きではないコロトックにとって、高速で飛び回りながら戦うのは負担が大きすぎる。それでも、それでも主の最後の戦いにと死力を尽くして戦ったのだ。

 

「コロトック……!」

 

ダメだ、そんな顔をしちゃダメなんだよ。これで未練をなくすんでしょう。あなたと共に戦った我々に心残りはないんだ、だからどうか、悲しまないで。

……今鳴らしたこの音で、この想いがあなたに届くことを願うばかり。

 

『――勝者、ジムリーダー、ビート!』

 

墜落し動かないコロトックを確認すると、審判は勝負の結果を高らかに告げた。ギャロップが高くいななく。万雷の喝采を浴びながら、コロトックをボールに戻した。そして。

 

 

 

 

『そうよ。俺達プロレスラーもやる。引退する時こそ、それが自分を象徴するポーズだと思うなら、最後だからこそやるんだ! それがファンの、お前を支えてくれたみんなの、そしてお前と共に戦ったパートナー達への最大の感謝になるんだからな!』

 

 

 

両手を高々と突き上げた後、頬に付け。コートに同じポーズをしてくれる仲間がいないことが、こんなにも悔しいなんて。

 

「ホシガリス、ポーズ! ……ありがとうございました!!」

 

 

 

 

 




主人公のバトル、最後の相手はビートでした。
プロット段階から悩んだ終わり時でしたが、ここになりました。
残りは三話、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


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紅茶の香りに、ポフィンを添えて

今回だけ、バトル回ではないものの主人公がたくさんしゃべります。
男女特定しない口調にしてるため少し読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。


 

 

 

 

十年前。

 

「――野生のトレーナーだな!?」

 

俺が叫ぶと、その子はすごくびっくりした顔をして固まった。うーん、何か驚かすようなことをしたかな。後ろのリザードンが顔をおおっている気がするけど、どうしたんだろう。

 

「……$¢%ΛΓΩ?」

 

しまった、シンオウの言葉は分からない。ポケットからケータイロトムを呼び出し翻訳してもらうことにした。

 

「……すみません。トレーナーではありません。ポケモンでもありませんので、ボールを投げないでください」

 

草むらかきわけて出てきたから思わずボール用意したけど、人間は捕まえられないよな。うーん、テンション上がりすぎてて変なことしてる。だってシンオウのチャンピオンと戦えるんだぞ、興奮しない方がおかしい!

 

「すまない、ボールは投げない。ところでここはどこだろう? すっかり迷ってしまって。ここのスタジアムに行かないといけないんだけど……」

 

持っていたシンオウの地図を渡して見てもらう。渡したその場で地図を半回転された。ん、また地図を逆さに見てたか?

 

「えーと……、あ、行き先が同じです。道も分かります。一緒に行きますか?」

 

「それは助かる! さっそく案内してくれ!」

 

リザードンに二人も乗ったら試合前に疲れさせてしまう。だからボールに戻そうとすると念のために上空を飛びながら一緒に行くという。帰りのことを考えているのか。ははは、心配性だな。

 

「……あなたはトレーナーなんですか?」

 

「ああ。ガラルのな。君は?」

 

「ポケモンは好きだしポケモンバトルを見るのも好きですけど、他に夢があってトレーナーの旅には出てないです。トレーナーってどんな感じなんですか?」

 

「トレーナーは素晴らしいぞ。ポケモンとの信頼、バトルの手に汗握る駆け引き、負けた時の悔しさもあるが、それ以上に勝利の喜びはどんなものにも代えられない。トレーナーを目指して得られたものを挙げればきりがない」

 

「そんなに……」

 

「君もどうだ? 他の夢があるにしろ、大きな経験になることは間違いないぞ」

 

「…………」

 

深く何かを考えている間、黙っておく。こういう時は邪魔をしちゃいけない。ソニアがそうだから間違いない。

 

「……ジム巡り、やってみようかな」

 

「ああ。やってみると良い。努力することを忘れなければきっと続けられるさ。俺はまたきっとシンオウに来る。その時もし君がポケモントレーナーだったら、こんな嬉しいことはない。その時はトレーナー同士再会しよう!」

 

それからも会話を重ね、スタジアムが見えたところで別れた。だからダンデは知らない。その時の子どもが十年の時を経て、今、同じガラルにいるということを。

 

 

 

 

 

 

「ピンクじゃないね」

 

ジムバトルを見終わって思わず呟いた一言を聞いた者はいなかったようだ。ルンパッパを先鋒に出したトレーナーとの試合を見て、ポプラは呆れていた。あんなのを見せられたらたまったものじゃない。

 

「マホイップ。ちょっと頼まれてくれるかい。ああ、あとマダドガスも。……全く、あのジジイに影響されたかねぇ。気になって仕方がない」

 

この後のバトルをビートがしくじるとは思えないが、今の対戦相手とのやりとりはあの子にとって無視していい問題ではない。丁度いいとも言える。利用させてもらおう。次のチャレンジャーが来たとの放送に、ポプラは意識を切り替えた。

 

 

 

 

 

「着いた……」

 

アラベスクタウンジム。今日完敗したジムだ。そこの裏口の前に立っている。なぜかと言えば、呼び出しをくらったからだ。匿名の人物に。

バトルに負けてポケモンセンターで回復させた時、一匹の見慣れないポケモンが近づいてきた。一見野生のポケモンのようだが手紙を渡そうとしてくる。手紙にはこう書いてあった。

 

『今夜七時、アラベスクタウンジム裏口前に来ること。逃げたらじゃれつくよ』

 

どういう意味なの。

 

「あら、野生のミブリムってことは……。あなた、今日はお手紙の通りにした方がいいわよ。何ならポケモンセンターの個室貸してあげるから、町から出ない方がいいわね。ルミナスメイズの森で行方不明になるかもしれないわ」

 

めちゃくちゃ怖い。ジョーイさんは手紙の主に心当たりがありそうだが、含み笑いを浮かべるだけで教えてはくれない。仕方ないのでポケモンセンターでぼーっと過ごして現在午後六時五十分。

 

「……来たね」

 

「うわぁっ!?」

 

ギリギリまでインターホンは鳴らさないでいいか、と立っていたらなぜか中からガチャリと開いた。しかもその開けた人物に見覚えがあった。DVDで研究したその人、ポプラさんだったのだ。予想外すぎて変な声が出てしまう。

 

「あ、あの……」

 

「さあ入りな。あたしを知ってるなら自己紹介は省かせてもらうよ。……あんたのことは今日の試合で知ったのさ。あたしはここの試合は全部に目を通してるからねぇ」

 

どうして呼んだのか、何で十分前に来てると分かったのか、手紙を運んだ野生のポケモンは何なのか、じゃれつくってどういうこと。質問は山ほどあったがそれをさせない不思議な圧力がある。口をパクパクさせながら後ろに続くと応接間に通された。大きめのテーブルの上にはディナーが並べられている。

 

「サンデーロースト! 良い焼き色……! こっちはグリーンピースのポタージュ、根菜のバターソテー、食前酒は……」

 

「辛口のロゼさ。飲めるかい?」

 

「大丈夫です。良いピンク色ですね」

 

「ああ、良いピンクだね」

 

席につくとイエッサンがやってきてワインを注いでくれた。グラスをかかげて乾杯。食事が始まるもポプラさんから話す様子はない。

 

「あのう……」

 

「まずは黙ってお食べ。料理人ならこの料理、舌で記憶しておいて損はないよ」

 

「えっ、どうして料理人だって……」

 

「次はないからね、お黙り」

 

「ハイ」

 

もうやだ。

でも確かにこの料理、例えばポタージュは新鮮な豆を使って色味が飛ばないように弱火でゆっくり柔らかくなるまで煮ている。そして何度も裏ごしすることで均一な舌触りを作っているのだ。さらにロゼが甘くないことでますます料理が際立っている。他の料理も手間がかかっており、今の自分にこの味を再現することはできそうにない。とても良い勉強になる。

 

「わぁっ……!」

 

食事が終わって配膳が下げられ、次に出てきたものに思わず声を上げてしまった。ケーキスタンドと一緒に出てきた淡い紫色のティーセット。スタンドにはサンドウィッチ、マカロン、スコーンなどが色鮮やかに置かれており、ほのかに香る紅茶が心を落ち着かせてくれる。この反応は彼女としては正解だったらしく、叱責を受けずにすんだ。

 

「分かる相手だと出したかいがあるね。普段試合中に飲んでたカップと違ってこっちは来客用のセットさ。ビートに見せてもつまらないんだよ。今審美眼を鍛えているところだけど」

 

「ビートさん……。今日戦った、彼ですね」

 

「そうだよ。今日呼んだのはあの試合のことさ。ああ安心しな、戦術やら何やらについて言いたいんじゃない。そういう助言は必要ないだろう?」

 

ポプラさんは上品な仕草で紅茶をすする。

 

「……ビートが不用意な発言するまで、自分の未練の大きさに気づいてなかったね?」

 

全てを見透かされている。そう感じた。

 

「あの子が言った『この程度の努力』。その言葉にひどく動揺してたね。ビートの言いたかった意味とは違う聞こえ方をしたんだろう? ――ポケモントレーナーに『ならない』人間としては、できる限りの努力をしたはず、そうだろう?」

 

「……そうです。シンオウから来たのですが、このジムチャレンジが終わったら帰らなくてはいけません。帰ったら仕事もあるし新しい夢もあるから、ポケモントレーナーにはなれない。その前提条件がある中で、できるだけのことをしてこのジムチャレンジに挑んだつもりです」

 

「そうだね。だけど、あの時本当の心の声に気づいたんじゃないのかい?」

 

「…………」

 

続きは自分で言えということらしく、ポプラさんはただただこちらを見つめるばかり。こうなったら大人しく言うしかないだろう。

 

「……そうです。これでトレーナーが終わりだなんて、嫌なんです。料理人の夢を諦めたくはない、だけどもうあの興奮が得られないのも嫌だと思う自分がいるのも事実です。もっともっとポケモンバトルがしたい。いっそバトルだけをしたいとすら思うんです」

 

あの歓声を。あの高揚を。あの刺激を。一度覚えたら病みつきになってしまう。

 

「ダンデさんに会うために一時的に始めたトレーナーが、今ではとても大きなウエイトを占めていて。叶うなら料理人とプロのトレーナーを両立したいと……」

 

「やめておきな」

 

思わず熱くなる語りに水を差された。あまりに冷たいその言葉に心が冷えていく。

 

「料理の腕がどんなもんかは知らないさ。でもね、ポケモントレーナーを甘くみるんじゃないよ。両立なんてできない。忙しいからとかじゃない、あんたにポケモントレーナーの才能がないからさ。今日の試合を見たからこそ分かる。あんたは一流のトレーナーになれない」

 

「そ、それは……」

 

「まず手持ちのポケモンが温和すぎる。ポケモンは人間を見るよ、戦える人間には戦うポケモンが集まるもんさ。今日の試合、手持ち全員負ける直前そっちを向いてたね? あんなことやる余力があるなら一撃でも多く叩き込まないと。それを指示できない時点で勝利への貪欲さが足りないよ」

 

確かに、ポケモン達のあの想いに対して『そんなのいいから攻撃しろ』とは言えない。そんなこと、できない。

 

「次に良くも悪くもバトルに工夫ができない。ポケモンの特性や性格を把握するのはプロになるなら初歩中の初歩。プロはそこからポケモンのバトルセンスを伸ばし、一つの技からできることを増やしていくんだ。ビートのクチート、アイアンヘッドを回避や移動に使ったろう? ああいう気付きの多さが才能の差だよ」

 

「ぐっ……」

 

「そして最後に。……例え時間やお金があってジムチャレンジをクリアできたとしても、本気になったプロトレーナーには勝てないよ。だって、あんたの心は本当はもう決まっているからさ」

 

その言葉を待っていたかのように扉が開き、イエッサンが入ってきた。金縁の美しい皿に乗せられているのは、なんとポフィン。ふわっと漂う香りが食欲をそそる。ポプラさんは手だけで食べるよう促した。恐る恐る一口かじり、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまう。

 

「こっ……、これ、セシナの実を使ったポフィン!? かしこさを上げるから高値で買う人もいるけど、味は微妙なはずなのに……!」

 

「なのに?」

 

「これ、おいしいんですよ! 苦味がアクセントになってる! 酸味はほとんど感じない! ジョウトにあるお茶文化に近い、苦味を楽しめる味になってる! 調理法はそこまで違わないはずなのに、しっとりさせることで苦味が緩やかに舌の上に広がって……」

 

はっとする。ポプラさんはわずかに笑みを浮かべながら「それだよ」と告げる。

 

「情熱の比率がポケモンバトルより料理にある。その時点で、一流トレーナーにはなれないのさ。あたしもそのお菓子いただこうかね。……おや、おいしい。これはいい味だよ。さっき雄弁に語る姿、なかなかピンクだったじゃないか」

 

「ピンク……?」

 

「もうあたしのお節介はいらないね。ホテルにお帰り。……そうそう、これを渡さないと。このお菓子を作ったパティシエからで、使った材料を書いた紙。作り方はあえて書いて無いから自分で研究するように」

 

もらった封筒にはもう一枚何かが入っている。目で訴えるとニヤリと笑われた。

 

「もう一つはファイナルリーグの観戦チケット。ジムチャレンジ参加者は裏でモニターで見る権利はあるけどね。あんたはちゃんとその目で見てごらん。本当のプロトレーナーってやつをさ」

 

まさかこんな物までもらえるとは。感謝しつつどことなく不安になる。ここを出たとたんに黒塗りの空飛ぶタクシーに連れ込まれて違法な契約書にサインとかされないだろうか。……これもう三回目か。

 

「安心おし。これはあんたを利用するだけ利用したお代。たっぷりと有効活用させてもらったからもう充分だよ。ああ、もしこの事を誰かに他言でもしたら……、じゃれつくよ」

 

全身鳥肌が立った。

 

 

 

 

 

 

「……入っておいでよ」

 

珍妙な客が帰ったのを確認し、声をかける。応接間の入り口を開けて入ってきたのはビートだった。

 

「やっぱりあれは、わざと僕に聞かせるために呼んできたんですね」

 

「そうだよ。丁度あんたに足りないものだったからね。見世物になってもらったのさ」

 

「……僕は間違ったことを言ったつもりはありませんし、撤回するつもりもありませんよ」

 

「どうして撤回する必要があるんだい。分かってないねぇ。あたしは叱るためにここに呼んだんじゃないんだよ、ビート」

 

あからさまに怪訝な顔をするビートに、あからさまに呆れた顔で応対するポプラ。

 

「覚えておきな。ポケモンバトルをする人間全てが強くなるために戦うんじゃない。意地や未練という他人から見たら意味すらないもののために勝ち上がろうとする人間もいるってこと。目の前にいる人間がどういう意思でそこに立っているのか、それを分からないうちはまだまだピンクは遠いよ」

 

「……じゃあポプラさんはどうやってあの人のことを調べたんですか。あの人が料理人だってことや最後のその焼き菓子のこととか。魔術師とか言われてましたけど、実はヤラセなんじゃないんですか」

 

「ビート、本当に全く……。バトルのセンスはチャンピオンにも劣らないのに、人の内面を見る力がなさすぎる。そんなんじゃファイナルリーグは二回戦で辛くも負けるくらいの結果になるよ」

 

「何ですかその具体的な予言」

 

「……あのチャレンジャー、服や荷物から油の匂いとスパイスの匂いがしてた。あとカレーの染みも。それから右手に包丁タコ、左腕全体に複数の火傷痕。忙しい調理場で働いてる証拠。カバンのポケットから知らない甘い匂いがしてたのをマホイップや外にいる野生のペロリームらが指摘してたね。嗅ぎ慣れない匂いってことはよその地方のポケモン用のお菓子に違いない。買ったお菓子ならそこまで匂いは残らない、となれば自作。なら一つ前のラテラルに電話一本入れれば『シンオウからのチャレンジャーが一人いる』となって、お菓子の正体はポフィンになるのさ。……何か質問は?」

 

信じられないものを見る目でポプラを見るビート。ポプラは自慢げにすっかり冷えた紅茶を飲み干した。

 

「人間をよく観察しな、ビート。それはバトルに勝つことにもつながるよ。まずはウチのジムトレーナーたち相手に練習するんだね」

 

「……分かりましたよ、バ、ポプラさん」

 

「またバアさんって言おうとしたね!? 問題、バイバニラとダグトリオとナッシー、仲間はずれはどれ?」

 

「はいっ、バイバニラです! 一見進化すると頭の数が増えていく問題にも見えますが実際はナッシーとダグトリオにはリージョンフォームがありバイバニラにはない、が正解です! ……くっ、思わず癖できちんと答えてしまった」

 

ぎゃーぎゃー言いながら応接間を後にする二人。すっかり夜も遅い。アラベスクタウンを象徴する二人はまだまだ伸びていく。

 

 

 

 

 

 

自分の顔が夜のガラスに映っているのをぼーっと眺める。ポプラさんが手配していた空飛ぶタクシーに乗って、さっきのことを考えていた。あのポフィンを食べて「それだよ」と言われたのは、まるで自分の顔面を殴られたような衝撃だった。でも、その理由がまだ飲み込めきれてない。

あの瞬間自分がポケモントレーナーで『なくなった』ことを受け入れるには、あまりにこれまでの道のりに対して必死すぎたからだ。

 

それでも夜は明ける。

ジムチャレンジ、最終日の日が昇る。

 

 

 




この役回りはポプラさんにしかできない、そんな話でした。
ビートくんも人と触れあうのは苦手ですからね、ポプラさん面倒見てそう。
スタートーナメントで88歳のじゃれつくを見た時は吹き出しました。
ポプラさんはとても素敵なレディです。


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ジムチャレンジ、終了

 

 

 

『いよいよ今年のジムチャレンジ、泣いても笑ってもあと一戦となりました! チャンピオンの座をかけて戦うのはこの二人! 一人目は現チャンピオン――』

 

ガラルで今年最も強い二人のポケモントレーナーが入場する。この試合が終われば、ジムチャレンジは終わるのだ。

 

 

 

 

 

 

『はい、こちらシュートシティのスタジアム前から中継です! ご覧下さいこの人の数! スタジアムの中も外も今日の試合を待ちきれない人々でいっぱいです! 誰かにインタビューしてみましょうか……、あっ、ジムチャレンジャーの方がいますね、でもガラルのご出身ではなさそう……。すみませーん! 少しよろしいですかー!?』

 

綺麗な女性がカメラマンを引き連れてすっ飛んできた。コワイ。生中継、何それ、あああ緊張して何言えばいいのか分からない!

 

『シンオウからいらしたんですか! アラベスクタウンジムで敗退、惜しかったですね! ぜひまた来年もチャレンジしてください! ガラルは待ってますよ~! ……はい、貴重な別の地方の方のお話でした! では次は~!』

 

インタビューから解放され千鳥足で歩いていると「良いコメントだったボルよ」とボール人間に誉めてもらった。何なんだろうかこのコスプレ。ちらっと見ると他のテレビ局の中継も入っているようだ。また捕まってたまるかと慌てて席へ向かう。

セミファイナル、つまりジムチャレンジャーの中で一番強いトレーナーを決める戦いが終わり、正真正銘最後のバトルであるファイナルリーグを見るためスタジアムは満員御礼だ。この戦いに臨むのはチャレンジャー代表を除くとジムリーダー九人。

 

ヤロー、セイボリー、クララ、ルリナ、オニオン、ビート、マリィ、マクワ、そしてキバナ。

 

チャレンジャー入れた十人を勝ち抜いたたった一人がチャンピオンに挑む資格を得る。その半数は一度は戦った相手だ。だが、彼らが試練としてのジムリーダーであったことを、試合が始まると嫌というほど思いしらされることになる。

 

「やれ、ルンパッパ! ねこだまし! ひるんだ隙を逃しちゃいかん! たきのぼりで打ち上げるんじゃ!」

 

ヤローさんがルンパッパを使った時は、同じポケモンを持っているのに全く違う使い方で正にトレーナーとしての差を突きつけられた。あまごいをしなくても先制をとって試合の流れを引き寄せ、たきのぼりにつなげている。そんな発想したこともない。

 

セイボリーさん、ルリナさん、オニオンさん、ビートさんもジムバトルとは違ったポケモンを使い、より思考の先を見据えた指示を出している。それらに感心し始めた自分自身に気付き、あっと小さな声を出してしまった。少し前までの自分なら何か吸収できるものはないかと探していたはずだったからだ。

 

「さぁやるよ、ドクロッグ! ドレインパンチで回復しながら反動で距離をとる! よかよ!」

 

スパイクタウンジムリーダーだというマリィさんも自分の手持ちと同じドクロッグを持っていた。動きのキレが別物だったがそれに嫉妬することもなく純粋にすごいと思える自分がいる。そのマリィさんは今年のファイナルリーグを勝ち、今からチャンピオンと戦うことになっていた。

 

「今年も素晴らしいバトルばかりですね。ダイマックスも落ち着いてますし」

 

「そうですね、おばあさま。あ、これが終わったらホップがカンムリ雪原で調べてきたことについてお話したいんですけど、いいですか?」

 

「ええ。あなたも彼もがんばりますね。無理はいけませんよ」

 

なんか聞いたことあるような声がしたけど、思い出せない。誰だったっけ。

 

「モルペコ! きばっとよ! オーラぐるま!」

 

マリィとチャンピオンの試合が目まぐるしく進む。彼女達の目には何が見えているのだろう。最後は互いにキョダイマックスのぶつかり合いになり、結果はチャンピオンの勝利に終わった。父がトレーナーを諦めた時の気持ちが今なら分かる。この頃にはすでに、他の観客のように純粋に楽しむことができていた。

 

『来年のジムチャレンジはどのようなドラマが待っているのでしょうか! 全てのジムチャレンジャー、そしてジムリーダー、チャンピオンに改めて拍手を!』

 

わあああ、と割れるような拍手。自分もまた笑顔で拍手を惜しむことはしなかった。この拍手は昨日までの自分、『ポケモントレーナー』の自分へ送る決別の拍手なのだから。

 

 

 

 

 

試合が終わっても、しばらく立ち上がることができなかった。終わった。終わったのだ。ジムチャレンジが、ガラルでの旅が終わったのだ。ダンデさんに会うという最大の目標を果たせないまま、明日の午後飛行機でシンオウに帰る。

それでも不思議と心が落ち着いているのは、昨日ポプラさんに夢への指針を改めて示してもらえたからだろう。料理人とポケモントレーナーの二つをどうするのか。自分が選んだのは料理人。その夢を叶えるためにこれから進むのだ。

 

「……もしもし。具合が悪いんじゃないなら、あなたもそろそろ帰られた方がいいと思いますよ」

 

はっと顔を上げると隣に座っていた人が声をかけてくれていた。見れば同じように残っていた客がスタッフに帰宅を促されている。

 

「大丈夫なようですね。良かった。では失礼します。……ローズ委員長の配下じゃないスタッフに声をかけるの、オリーヴ、無理」

 

お礼を言って立ち上がると、女性は足早に去っていった。最後の方は何を言ってるのか聞き取れなかった。何だったんだろう。

帰るために人もまばらになりかけているスタジアムの連絡通路を抜ける。と、観客にぶつかって転んでしまった。幸い互いにケガもなく謝り、立ち上がってふと強烈な違和感に気づく。

 

腰のモンスターボールが一つ足りない。

 

チェックするとシンボラーのボールがない。今のどさくさに紛れて腰から外れてしまったようだ。あちこち視線を動かすが見つからない。その時通路の奥からシンボラーの特徴的な鳴き声が聞こえた。慌てて駆け抜ける。そこには自分のボールから出ているシンボラーと、ボールを持ちながらシンボラーを優しく撫でている男性の姿が。それを確認した瞬間、心臓が止まった。

 

「やあ、すまない。君のシンボラーか? ボールだけ落ちてたから中を確認したんだ。安心してくれ、何もしてないさ」

 

菫色の長髪、蜂蜜色の瞳。紛れもない、ダンデさんがそこにいた。

 

「良い生育環境のシンボラーだ。毛……はないけどさわり心地がとても良い。自分に合うものを食べさせてもらってるんだな」

 

「□◇☆◎」

 

「そうかそうか、満足か。良い主に恵まれたな。さあそっちに戻るんだ。さっきから主人が固まって動かないぞ?」

 

動かないのではなく動けない。あれほど追いかけ、焦がれ、手を伸ばした人が、今ここにいる。絶好のチャンスだ。

あなたに忘れ物を届けるためにジムチャレンジに参加しました、ポケモントレーナーとして会うという約束を守りたくてここまで来ました、アラベスクタウンジムで負けたけど頑張ったんです。

 

「さあ、シンボラーのボールだ。大事なポケモンなんだろ? なくさないように気を付けてな」

 

喉まで出かかった、散々準備し練習したセリフを全て飲み込む。ダメだ。言うことはできない。もうポケモントレーナーじゃないのだから、夢を叶えていないのだから、ジムバッジ集めてバトルタワーに行けてないのだから、言ってはいけない。再会は、夢を叶えてから。だからこそ、こう言うのだ。

 

――ありがとうございます。ずっと前からあなたのファンでした。

 

この誰でも言いそうな言葉を聞いて、ダンデさんもまた誰にでもやっているであろう爽やかな笑顔を浮かべて「ありがとう」と返す。たったそれだけで。あれほど願った再会は終わった。ダンデさんの姿が完全に見えなくなったのを確認し、はああと息を吐いてずるずると座り込んだ。

 

「▲◇★▼○」

 

シンボラーが横に来て、小さく鳴き声を上げる。何となく言いたいことが分かった。そう、あの人に会いたかったんだよ。会えたけど会えたことにはしない。だけど、忘れ物を返さないと。

手紙を書こう。本来ならそれで済む話を未練と可能性にかけてここまで来て、結局そこまでだったんだ。だから手紙に全てを書こう。それと同時に今度こそ誓うんだ。店を開いてあなたを待つって。

 

「◎◎◎◎◎!」

 

シンボラーをボールに戻し、スタジアムを出るために駆け出した。手紙はガラルで出さないと国際料金がとられる。無駄なお金をかけるわけにはいかない。すぐにレターセットを買って手紙を書いてポストに出さなくっちゃ。あ、封筒は大きめでないと忘れ物が入らないよ。

 

さっき座っていた場所には小さな小さな水滴が一つ落ちている。最後に残っていた夢を自ら諦め、心から追い出した一滴の涙。だからもう迷わない。一つの夢を供養して、もう一つの夢に向かって走るだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、お疲れダンデ」

 

「キバナか。君もお疲れ様」

 

シュートシティにあるバトルタワーの最上階展望台。まだまだ熱気冷めやらぬガラルを見守るダンデの元に、アポもなくキバナがやってきた。それは良くあることなのかダンデも気にせずあいさつをする。

 

「今年はマリィ君がファイナリストだったな。君は大丈夫か? ネットは荒れてないか?」

 

「予想範囲内の荒れ方だよ。今年のクジ運が悪いって擁護の声も多い。まぁ俺サマ初っぱなからチャンピオンだったからな、相手。負けるつもりはなかったがやっぱつえぇなアイツ。次やる時は対策完璧にしてぶっ倒す」

 

瞳をギラギラと輝かせるライバルを見ると思わず「なら俺でその対策試してみるか?」と言いたくなるのをぐっとこらえる。今日はさすがにダメだ。変にここでキョダイマックスしたら大騒ぎになる。キバナもそれは分かっているのでダンデをあおることはしない。

 

「ところでよぉ、今年のジムチャレンジ、お前の真似してオリジナルポーズしてた奴がいたんだってよ。知ってるか?」

 

それはこの前直接会いに行ったシンオウのトレーナーのこと。実際のところ今日まで忘れていたのだが、朝たまたまニュースの生放送にそいつが映ったのだ。ビートのところで負けたと言っていた。自分のところにも来ていない。つまり、バトルタワーでダンデと再会するプランは失敗したことを示す。なら、果たして直接会えたのか。気になってしまったので、わざわざ聞きにきたのだ。

 

「ああ、あれのことかな? よそから来たトレーナーがやってたやつだろ? ヤローさんのとこの試合を全部チェックした時に見たな」

 

「え、お前また全ジムチャレンジャーのバトルチェックしたのかよ? 何試合あると思ってんだ……」

 

「未来のチャンピオンがいるかもしれないんだ。苦になどならない、むしろ毎年の楽しみなんだぞ。今年ファイナル出た子はやっぱり最初から光ってたしな。……本当はスタジアムで直接見たいが、俺が動くと色々問題になるって言われてる」

 

「あったりまえだ。フットワーク軽すぎるのも問題だぜ。忘れもしねぇ、去年それやろうとしたお前をなぜかキルクスタウン近くの氷山の上で見つけた時は心臓止まるかと思ったんだぞ!」

 

軽口を叩きながら心では違うことを思う。やっぱり会えなかったんだな、と。

 

「話を戻そう。それは――」

 

ダンデは両腕を上に伸ばすと、拳を握って自分の頬にくっつける。それは紛れもなくあのポーズで、キバナは思わず間の抜けた表情をしてしまった。

 

「あれ? 君が言ってるポーズって、このポーズじゃなかったか?」

 

「あああいやいや、それだよそれ! お前がバッチリ知ってるから驚いただけだ。それバズったりしてねぇのによく知ってたな」

 

「俺も不思議なんだ。そのジムチャレンジャー、はっきり言ってトレーナーとしては凡庸だったんだが妙にこのポーズが心と記憶に残ってな。まるであのチャレンジャーから誰かへの、自分を見つけてくれというアピールに見えたんだ。言い換えるならメッセージかな」

 

「メッセージ?」

 

 

 

 

「届け! ホシガリスポーズ! ……って俺には聞こえたんだよ」

 

 

 

 

キバナは小さく口を開く。しかし、開いた口は何の音も作らないまま閉じられた。

 

「さっきからどうしたキバナ。口をパクパクしたり、動揺したりして。君らしくないぞ?」

 

「……いや、柄にもなくセンチになっちまってな。良かったなぁ、届いてて。確かに届いてたぞ、ダンデに」

 

あさっての方向を向いてボソボソと呟くキバナ。ダンデはそんなライバルの様子にさらに不安になっていく。

 

「キバナ……。きちんと三食食べているか?」

 

「いきなりどうした」

 

「睡眠は? 休養は? ネットでの心無い書き込みによるストレスか? 寝具は良いものを使っているか? 自慢じゃないがハロンタウンのウールー毛を使った掛け布団は最高だぞ。今度送ろうか?」

 

「それ地元特産品の宣伝じゃねぇか。何だいきなりどうした、俺サマの母親にでもなるつもりか?」

 

「君の心身が健やかになるためならそれでも構わない」

 

「冗談に決まってるだろ!?」

 

ぎゃいぎゃいと話すうちに、あっという間にシンオウのトレーナーの話題など流れていく。キバナもまた、自然と忘れていく。別に珍しいことではないのだ、夢破れて去っていく人間など。この世界では日常茶飯事。むしろ相手に届いていただけあいつは幸せだと言えるだろう 。

 

 

 

 

 

翌日、ダンデはたくさんの郵便物の中から見慣れない封筒を見つけた。その手紙の住所はシンオウで差出人に覚えはない。だが、差出人の名前の下に書かれた言葉を見て目を見開いた。

 

『十年前のシンオウでお会いした『野生のトレーナー』より、ホシガリスポーズを添えて』

 

 

 

 




一番悩んだ話でした。
当初の予定ではここでダンデさんに忘れ物を渡すつもりでしたが、
先に読んでチェックしてくれる通称編集さんが「渡せない方がいい」とアドバイスをくれて、書いてみたら確かにこっちの方がしっくりきましたね。
みんな幸せエンドも個人的には大好物ですが、大人ってハッピーエンドになることはほとんどない。
辛口エンドとなりました。

次が最終話です。どうぞ最後までお付き合いいただけれましたら幸いです。


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届け、ホシガリスポーズ

 

 

 

 

【拝啓 ダンデ様

突然の手紙で失礼いたします。私は十年前、あなたがシンオウにエキジビションマッチに来たときに道案内をした『野生のトレーナー』です。あの時の忘れ物をお返しするのと、実は今年のガラルジムチャレンジに参加していた顛末をどうしてもお伝えしたく、筆をとりました】

 

封筒の中には手紙の他に、古いシンオウの地図が入っていた。

 

 

 

 

 

 

シンオウに戻ってから寝る間を惜しんで勉強した。経理、料理、経営、流通、等々。貯金を切り崩してガラルに行ったため独立する資金がなかったのもあり、平行してお金も貯めた。辛かったり心が折れそうなこともあったけど、それでもこの夢を諦めることはできず歯を食い縛って耐えた。この夢はもう一つの夢を犠牲にして選びとった夢だから。

 

「ついに夢を料理人一つに絞ったんだな。だけど、コンセプトは変えないでいいんじゃないか? ポケモンバトルもできる飲食店。何もプロトレーナーだけがバトルする権利があるんじゃない。今度公園に行ってごらん。どういう意味か分かるから」

 

ガラルから戻ってすぐ両親に夢を伝えた時、父はそう言ってくれた。もうただのガラルカレーとポフィンの店にしようと思ってたのだけど、父の言うことが気になる。その週の終わりに公園に行ってみて、その意味を知った。

 

「すみません、ポケモンバトルやりませんか? 1on1で。……え、賞金? ははは、ここでバトルしてる人はプロじゃないから、お金のやりとりは禁止ですよ」

 

今まで公園なんて寄ったこともなかったから知らなかったが、週末になると純粋にバトルを楽しむ人が集まっていたのだ。ついこの前までガラルでやってた自分からすると簡単に勝てる相手ばかりだ。でも、間違いなくあの時より気楽で、何より楽しい。

 

「そうね。バトルもできるお店の方がいいわよ。あなたとあなたのポケモン達、帰ったばかりより今の方が良い顔してるもの。お父さんはバトルはもう辛いってやらなくなっちゃったけど、あなたはバトルそのものを楽しむことができる。それを忘れないで。頑張りなさい、お父さんもお母さんも食べに行くから」

 

やはり父はトレーナーの夢を諦めた時、たった一人で苦しみの中、夢への想いを自らへし折ったのだ。それに対し自分はたくさんの人のおかげで、今もポケモンとバトルを好きでいられる。その事に感謝しつつ、だからこそ前を向いて走っていくことを誓った。自分のようにプロになることを諦めた人でも楽しくバトルできるような店を作る!

 

「……久しぶりに入ってきて早々に土下座しながら金を貸して下さいなんざ、今日日ポケウッドでもやらないぜ。でもよ、その泥臭ぇ必死さ、俺は好きだな。ガラルに行って良い意味で一皮むけたじゃねぇか」

 

何年かしたある日、理想の物件が売りに出されたのを見つけてしまった。それは十年前ダンデさんと出会った廃墟であり、広さや立地も申し分なかった。ただ、手持ちがない。でも逃したら一生後悔する。そこでノモセジムに突撃し、ジムリーダーにスライディング土下座を敢行したのである。

 

「それならこっちの条件次第で貸してやらんこともないぞ? ……ものは相談なんだけどよ、お前が開く店って貸し切りとかできねぇか? アルコールもありゃあ良いんだが。マキシマム仮面ご一行の打ち上げやりてぇのよ。興が乗ってバトルになっても、そういう所なら問題ないしな。あとウチのレスラー達には安く飯を提供してくれ。レスラーも貧乏なやつは貧乏なんでよ。それが条件だ!」

 

二つ返事でOKを出した。隣のコロトックが無音で腕をシザークロスの構えにした時は半殺しを覚悟したが、背に腹は代えられない! 借金は少しづつ返す! まずは拠点がないと次に進めない!

 

『ハァイ、ミツバです。……あら~久しぶりじゃない! ……え? 良い金融機関教えてほしい? あらあらすっかり気合い入っちゃって! いいわよ、少しアタシも貸してあげる! その代わりアタシ御用達のとこの食器使って。あとインテリアも。大丈夫、カレーに映えること間違いないから!』

 

二つ返事でOKを出した。アブソルがめちゃくちゃ心配そうな顔でこっちを見ている。後には引けない。もうマキシさんと両親とミツバさんにお金を借りてしまった。何が何でも売り上げを出さなくてはならない。そして経費を削るところは削る。つまり、スタッフは雇えないから、君たち六匹がスタッフだ! そう告げた時、ヨクバリスが木の実を落として固まったのが忘れられない。

 

 

 

 

 

最初は赤字も赤字からスタートだった。店をオープンして数日は両親とノモセジムのメンバーだけがお客さん。店の運営、SNSの更新、メニューの開発、仕入れの確認等々。日々より良く、と目を回しながら働いていたある週末、突然数組のお客さんがやってきたのだ。喜びながら何でここを知ったのか聞いてみると。

 

「この店のSNS、ガラルのドラゴンストーム・キバナさんが紹介してたんです。彼は全国でもトップクラスのトレーナーだし、イケメンじゃないですかぁ。それで来たんですよ」

 

まさかキバナさんがここを紹介してくれたとは。やばい、泣きそう。しかしこれで終わりにしてはいけない。このチャンスを活かしてリピーターを増やし、店を盛り上げなくては。それでこそ気にかけてくれたキバナさんや援助してくれた人達を安心させられるというものだ。

 

キバナさん効果で最初よりは人が来るようになって半年ほどした頃。

 

「すみません。一人だけどいいかしら。あと……、カレー食べる前にバトルもお願いしたいの。1on1。こっちはガブリアスで」

 

シンオウリーグチャンピオン、シロナさんが電撃訪問してきたのだ。泡吹いて気絶するかと思った。実際は考古学のフィールドワークの途中でここを見かけ、さらに言うなら自分のシンボラーを追いかけて入ってきたという。シンボラー、本当に何を考えてるのか分からない。

 

「うーん、おいしい! 他所の料理がシンオウで食べられるのは嬉しい誤算ね。今度は四天王のみんなを連れて来ようかしら。……自分で片付けしないでカレー食べられるって、素晴らしいことよね」

 

ガブリアスにワンパンでシンボラーが負けた後、料理をお褒めいただいた。さらに許可をもらってツーショットを撮らせてもらい、お店に飾らせてもらうことに。写真効果とマキシさんがリピーターとして来てくれたおかげでプロトレーナーにこの店が認知されるようになったらしく、他のジムリーダーや他地方からの遠征トレーナーご一行からの予約が少しづつ入るようになった。酔った勢いでバトルできる場所は貴重なんだとか。

 

 

 

 

 

【……かつてあなたに感化され、トレーナーを目指しましたがすぐに挫折。今度あなたがシンオウに来たら『トレーナーは無理だった』と伝えて地図を返そうと思っていたのです。ところがその前にあなたがチャンピオンから陥落したとのニュースを聞きました。これではあなたに地図を返せない。正直に言いますと未練があったのもあり、ガラルでもう一度トレーナーになってあなたに『ポケモントレーナーの夢を叶えた』姿で地図を返そうと思い立ったのです】

 

 

 

 

 

「店長! お客さんからバトルご要望ですよー!」

 

あれからさらに数年がたち、ようやくスタッフを一人だけ雇えるようになっていた。そんなスタッフから声がかかる。この店でバトルを楽しみたいお客さんには客同士の了承、あるいは店長を指名して戦うようにしてもらっている。なおスタッフはまだバトルは修行中とのこと。

 

自分が選ばれた時はドクロッグの出番だ。相変わらず楽しそうに戦ってくれる。ノモセのマスコットキャラなのもあり、出てくるとお客さんの反応も良い。ああ見えて気遣い上手なのでバトルの後はファンサービスも忘れない。マキシさんのご贔屓でもある。

 

コロトックは厨房の手伝いと店のミュージック担当だ。普段はネズさんのCDを流してるけど、必要な時は演奏でムードを盛り上げてくれる。あと、なんと店の経営にも口を出すようになった。新作カレーの案を容赦なくダメ出しするその姿は『この店の真の店長』とまで噂されるほど。店で一番強いのは間違いなくコロトックだ。

 

ルンパッパはまさかの給仕担当になった。ステップ踏みながらモーモーラッシーをこぼさず運ぶのはいつ見ても天晴れである。コロトックのメロディでルンパッパが踊るのはこの店の隠れた名物だ。ちなみにドクロッグとルンパッパは休日ノモセ湿原に出掛けて体を潤してくるのが何よりの楽しみなんだとか。

 

どこかへ行く時はシンボラーと必ず一緒に行く。一見背中に乗って空を飛ぶをやってるように見えるけど、実際はサイコキネシスで固定されて浮かばされてるだけなので快適さはない。あと時々バトルしたがるのかドクロッグを押し退けて参戦するからちょっとびっくりする。なおバトルに満足するとどこかへ飛びさってしまうので帰ってくるのかめちゃくちゃ不安になる。

 

アブソルは遠出する時や何かを感じた時は必ず同行してくれるが、普段は店の屋根の上にいる。おかげで『マフラーしたアブソルがいるカレー屋さん』という特徴も出てしまったのは嬉しい誤算。でも人間はあまり好きじゃないのは知っているので「カメラが嫌なら逃げて良いよ」と伝えてある。逃げ先は大抵自分のベッドの中だ。

 

そしてヨクバリス。何とかお客さんの料理を横取りするのはダメというのは覚えてくれたが、代わりに席を回ってはあの手この手でおひねりを求めるようになってしまった。今や木の実お手玉という新しい芸すら物にした。欲望に正直なやつめ。子ども受けがいいので家族連れが来ると大抵子どもに尻尾をモフられている。その時は超ドヤ顔する。

 

「はいこちら『ガラルカレーとポフィンのお店・ホシガリスポーズ』です! ご予約ですか? ……はい、確認するので少々お待ち下さい」

 

ここ『ホシガリスポーズ』の看板はもちろんホシガリスポーズをするホシガリス。シンオウにはいないホシガリスというポケモンだが、ヨクバリスを見て「本物だー」と感動されるのもいつもの光景だ。実際は進化前なのだけど、細かいことは気にしない。同じように店がいつまで続けられるかとか、借金返済しきれるかとか不安は尽きないが、今はそんな細かいことは気にしない。必死に努力するのみだ。

 

 

 

 

 

 

【……私はポケモントレーナーにはなれませんでした。夢破れた私ではあなたに胸を張って会えません。ですがもう一つの夢、ガラルカレーとポフィンの店を出すことは、どんなことがあったって絶体叶えてみせます。だからどうかその地図を持って、もう一度シンオウに来て下さい。その地図はあなたにシンオウに来てもらうための言い訳です。でも本気の言い訳です。その地図を見ながらシンオウに来て、ホシガリスポーズを目印にお店に来て下さい。必ず待っています】

 

 

 

 

 

今日も世界はたくさんの挫折と諦めを産み、供養されない夢が打ち捨てられていく。努力することも諦めないことも簡単ではなく、一つの夢のために多くの何かが犠牲になる。

それでも人は夢が叶った輝きに魅せられて、前を向いて進み続ける。そして自分に言い聞かせる。頑張れば夢は叶うんだと。

 

 

 

今日もホシガリスポーズの看板が風に揺れる。迷えるお客様を待ちわびて、カレーの匂いを風に乗せている。この話は、そんなよくある夢のために夢を犠牲にした、少しだけ人の巡りに愛された人間の話。この後どうなったのか。それはまた、別の話。

 

 

 




届け、ホシガリスポーズ、完結です。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。
ポケモン世界を生きる普通の人を書きたいという動機から始まったこの話ですが、
無事に終われてほっとしつつ寂しくなっております。

今どきの流行からはかけ離れた文章ではありましたが、
最後までお付き合いいただける方がおられましたら、
至上の喜びでございます。
本当に、ありがとうございました。
皆さんの夢が、叶いますように。


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