ゴミでカスなクズトレーナーは今日も今日とてウマ娘を虐待する。 (カチュー)
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#1 虐待こそ至高。異論は認めない。

キタサン完凸記念に投稿。ウマ娘楽しすぎんよぉ……!


 爽やかさもクソもない生暖かくなった初夏の風が吹き抜ける夕暮れ時。

 

 そんな中、オレは何度も急傾斜な坂道を往復ダッシュしているウマ娘を眺めている。

 

 そう、オレは有望なウマ娘を輩出する超名門であるトレセン学園の一トレーナーである。オレがトレーナーを志したきっかけはただひとつ。

 

……かわいい女の子の苦痛や苦悶で歪む表情を間近で見るのがたまらなく大好きだからだよお! そこに耳や尻尾がついていたら尚のこと最高! フゥハアアアハハッハッハ!

 

 そんなゴミでクズな俺の願望を合法的に満たせる職業がウマ娘のトレーナーになることだった。だって、『調教』っていうマジックワードで何でもさせられちゃうんだぜ。

 おいおい、ちょろすぎんだろ。神はこんなゴミカスにも平等に生きる喜びを与えてくれるってんだからなあ!

 

「あ、あの……お兄さま」

 

「ん、ああ。ライスか」

 

 人には決して見せられない歪んだ表情を出さないように口を真一文字に結んでいると、オドオドとオレに片目を髪で隠したウマ娘が遠慮がちに話しかけてきた。

 コイツが今回オレが選んだ初めての専任ウマ娘のライスシャワーだ。ケッ、いつ見ても陰気で内気そうな面だ。だからこそ、従順で扱いやすそうと思って熱烈にスカウトしたわけなんだがなあッ!

 

「え、えっと、坂道往路10セット終わったよ……次はなにすればいい?」

 

「次は外周3周だ」

 

「……うん、わかった! ライス、がんばるから……見ててね? お兄さま」

 

「ああ」

 

 ククク、しっかりと見ていたぞ! 幼気で小柄な少女が肩で息をするほど疲れきっている姿をな!

 

 さらに! オレだったら即逃げ出すほどの苛酷な追加トレーニングの報告に目を見開きながらも、逆らえない自分に絶望している瞬間を! 反抗の意思を隠すために顔を一瞬俯かせたのを! 

 

 フゥハハアアアアアアアハハハ!!! ああ、これだ。これなのだ! たまらんッ! 濡れるッ! 何が濡れるかわからんが濡れるッ!

 

 まさに人生の有頂天ッ! 虐待こそ至高である! ガハハハハハッ! 

 

 いや、ほんとウマ娘のトレーナーって最高だぜッ!

 

 

 

※ ※ ※

 

「……あ、あの! シャワー浴びてきたよ……」

 

「よし。なら、いつもの“アレ”やるぞ」

 

「あ、うんっ。お兄さま、今日もおねがいします……!」

 

 このオレに捕まったウマ娘に練習後とて安息の時間はない。憐れにもトレーナー室にやってきたシャンプーとリンスの香り漂う体操服姿のライスシャワーを……さらに苛め抜いてやるぜえ!

 

「さあ、ライス。こっちに来な」

 

「うん、お兄さま……あっ」

 

 ライスシャワーを軽く抱き寄せ、準備しておいたマットにゆったりと寝そべらせ……陰湿かつ苛烈な虐待のはじまりだ。

 

「……あっ、ああっ。お、お兄さま……!」

 

「ふんッ! ふんッ」

 

「……あっ、あんっ……ふうっ……ああっ! ……ふ、深いとこにっ、来てるよぉ……」

 

「ふんッ! そらッ!」

 

「あっ、やめ、あっ……激しいよぉ……。お、おねがいっ……も、もうちょっとやさしく……!」

 

「うぇーい! わっしょいッ!」

 

「……ふあっ……あんっ! も、もう許してぇ……!」

 

 

 これだ、これなのだ! 余りの辛さから許しを請う無様な姿、たまらんッ! 

 

 何を隠そう、地獄のスペシャルマッサージタイムをライスシャワーにプレゼントしている真っ最中である! 

 

 しかも! ただのマッサージではない。全身をこれでもかと苛め抜き、蹂躙する悪魔のマッサージである! 

 

 学園指定の体操服姿となっているライスシャワーの白い柔肌、鍛えられた足や腿に直接触れ、刺激を与えていく。

 

 いいねえ、風呂上りなのに脂汗が滲んだその顔! 体がめちゃくちゃに固いコイツにとってはトレーニング以上に苦しい時間だろう。辛いよね、苦しいよねえ、今すぐやめて欲しいよねえ! くははははっ! 

 

 まあまあ、ゴミカストレーナーなオレでも引き際は弁えている。負荷を掛けすぎることで、非常に大事な玩具を壊すわけにもいかない。明日以降もコイツにはオレの欲望を満たしてもらわなければならないからな。

 

 そろそろ今日はこの辺で勘弁してお……。

 

「……ふう、あんっ……あ、あれ?」

 

「どうした?」

 

「……えと、もう終わり、なの? も、もうちょっと、おねがいしたい、んだけど……ご、ごめんなさい! ワガママ、いっちゃって……」

 

「……え、あ、ああ。うん、いいぞ」

 

 コ、コイツッ!? 露骨に煽ってきやがった……!? 早くもこのヘルズタイムに適応し始めてきたというのか!? うっそだろ!? オレがこの技術を文字通り体得するまで何度も悲鳴と怒号を上げた苦痛しか生まないキング・オブ・ペインマッサージのはずだぞッ!

 

「あ、ありがとう、お兄さま! あ、あの、そのっ! もうちょっと太ももの上の方にもふ、ふれて、ほしゅッ! あぅう……噛んじゃった」

 

 く、ククク! さすが、このオレが選んだウマ娘だぜ。オドオドした態度の奥底に隠された根性は正に一級品だぜ。恐怖から言葉を嚙みつつも、あえて触れずにいておいてやったデリケートで敏感な部位を自分から弄ばれに来るとはな!

 

「わかった。やるからには徹底的にやってやるから、覚悟しておけ」

 

「えへへ……うんっ」

 

「……おらっ!」

 

「……あああっ♡ あんっ♡ ふあっ……♡」

 

――痛さを堪え、気持ちよさそうな声を出す反骨ウマ娘にオレは負けじと鞭を入れ続けるのであった。

 

 




ライスシャワーを虐めたくなっちゃうのは自分だけではないはずッ……!

次回はライス視点です。


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#1裏 ライスの『お兄さま』

 

 どうしてライスがお兄さま――トレーナーさんに選ばれたのか、今でも不思議になることがあるの。

 

 選抜レースにすら怖くなって出られなくて、他の人を不幸にして泣くことしかできないだめだめなライスにお兄さまは……。

 

『ライスシャワー、君をスカウトさせてくれ! 頼む! 何でもするから!』

 

『……え、ほんとうにライスなんかでいいの? 選抜レースにすら出られないだめだめなウマ娘、なのに?』

 

『何を言っているんだ! 君みたいなウマ娘だからスカウトしたいんだ! まさに君は理想のウマ娘じゃないか!』

 

……ライスはすごいウマ娘じゃないのに、あの会長のような超一流のウマ娘に向けられるような期待と執念ともいえるほどの熱意でスカウトしてくれたんだ。

 

『うれしい、よ。でも、わかんないの……。どうして、ライスなの?』

 

『えー、あ……そうだなあ』

 

 言葉を詰まらせた後、ぽりぽりと頬をかき、照れくさそうにしたお兄さまはというと。

 

『辛そうな顔をしつつも、他のウマ娘より数倍以上のトレーニングを積んでいる努力家で自分を変えようと懸命な君を見てきたから。そんな君をオレは支えたいと思った。いや、支えさせてほしいんだ』

 

 

 今まで何も期待なんてされてこなかったライスにとって、お兄さまの言葉は自然と涙が出るほどとってもうれしかったんだ。

 

 でも、それ以上にライスに期待してくれている大事な人を裏切ることがとってもこわかった。

 

 だって、ライスは『しあわせの青いバラ』のようにせっかく選んでくれた人、その周りの人たちを幸せにできないってわかっていたから。ううん、そう思い込んでいたから。

 

 そうやって、デビュー戦すら怖がってボイコットしかけたライスに手を差し伸べてくれたのは――男子禁制のウマ娘寮舎に乗り込んできたお兄さまだった。

 

『君が変わろうとすることを諦めない限り、オレも絶対に君のことを諦めない』

 

『で、でもぉ……!』

 

『でも、じゃねえ! ライスシャワー、君はこのオレが今回のトレセン学園で選んだ初めてのウマ娘なんだぞ! もっと自信を持て! 大丈夫、必ず君は咲ける! 人々を、オレを幸せにできるから!』

 

 お兄さまのおかげでライスは恐怖を飲み込みレースに出走し、ギリギリで勝つことができた。

 そこではじめてレース場の人たちに歓喜と祝福を与え、ライスはそれをレース場の人から授かることができた。全部、お兄さまのおかげだ。

 

 

 この時、嬉しさと高揚感に身を包まれながら、ライスは決めたんだ。

 

 

 

――お兄さまがライスのことを望む限り、ずっとついていくんだって。

 

 

 

※ ※ ※

 

 お兄さまの指導はとっても厳しい。それにトレーニング中はいつも難しそうな顔をしていて、少しでもお兄さまの指導通りの動きができていなかったら、すぐに檄を飛ばすお兄さま。

 

 あまりお兄さまを知らない他の子にはきつめの指導内容も重なって怖がられているみたい。

 

 でも、ライスは知ってるよ。

 

『……まだまだ足りねえ。全然こんなもんじゃねえはずだ。もっと、もっと引き出せるはずだ。しっかりとメニューを練らねえと……』

 

 練習中に怖い顔で近寄りがたい雰囲気を出しているのは、ライス……ううん、担当ウマ娘のことを常に一番に気にかけてくれているからだよね。

 

『はあ、はあ……おわ、った!』

 

『……クク。よしよし! 今日もよくやり切ったな! いや、ほんとお前は偉いぞ、ライス!』

 

『お、お兄さま、くすぐったいよお……えへへ』

 

 練習後は穏やかに微笑みかけてくれて、よしよしと頭を撫でてくれるやさしいお兄さまが好き。

 

『……もっと、お兄さまに教わったように態勢を低くッ……あっ、っとと、あぶなかったあ……』

 

『……ライスッ!? 大丈夫か!? 足を見せろ! どこか捻った場所は!? 違和感はあるか!?』

 

『あ、あの、ライス、だいじょうぶだから、ふえっ!?』

 

『……ふくらはぎ、腿、アキレス腱、異常なし。なら、走れ! 今すぐ! 少しでも違和感があったらすぐに報告すること! わかったな!』

 

『は、はいぃ……!』

 

 練習中にほんの少し躓いただけでも作っている無表情を崩して、飛んできて触診をする心配性なお兄さまが好き。異常がないと分かった瞬間、すぐに檄を飛ばす熱血なところも好き。

 

 

 でね、最近のライスの楽しみのひとつは練習後にあるんだ。それはね、トレーナー室という二人きりの世界でのお兄さまの秘密の時間……。

 

「……あっ、ああっ。お、お兄さま……!」

 

「ふんッ! ふんッ」

 

「……あっ、あんっ……ふうっ……ああっ! ……ふ、深いとこにっ、来てるよぉ……」

 

「ふんッ! そらッ!」

 

「あっ、やめ、あっ……激しいよぉ……。お、おねがいっ……も、もうちょっとやさしく……!」

 

「うぇーい! わっしょいッ!」

 

「……ふあっ……あんっ! も、もう許してぇ……!」

 

 お兄さま自らが行うアフターケアをかねたマッサージの時間だった。最初はとっても痛くてつらかったけど、なんかそれがクセになってきちゃって……ライス、変な子になってきちゃったかな?

 

 ライスが痛そうな声を出すたびにちょっと嬉しそうにするお兄さまはほんのちょっぴりイジワルだ。

 

 だけど、そんなお兄さまの一面を知っているのがライスだけだと思うと、なんだか心の奥底から歓喜の感情がふつふつと湧き上がってくるの。

 

 それとライスの腰や腿にお兄さまの手が直接触れられるたびに、なんか体がぽかぽかってなってきちゃう。も、もうちょっと、足や腰だけじゃなくてもっと深いところにも触れて欲しいって思っちゃうライス、とってもわるい子だ……。

 

 お、お兄さまにそんな気はないのはも、もちろん、わ、わかってるよっ! お、おこがましいというか、その、ごめんなさい!

 

 ライス、ちんちくりんだし……最近、坂道往路トレーニングで一緒になるブルボンさんみたいに大きくないし……。

 

……はぁ。もうちょっと、牛乳飲むべきなのかなあ。

 



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#2 朝虐待は日課である

ようやくチーム戦で活躍できるライスシャワーを育成できたので、投稿します。


 

 トレーナーの朝は早い。朝っぱらからスケジュール管理やトレーニングメニューの考案、ライバルウマ娘のチェックに彼らは余念がないのだ。かくいうオレも朝4時には起床する。

 

 

 だがな! オレは貴様らのような凡百の輩とはレェベルが違うんだよ、このヤロー! 無駄で無意味で無価値な行動を取りやがってよお! クハハハ

 なら、朝起きて何をするのが一番いいかって? 決まってんだろォ! 虐待の準備だァ!

 

 ライスシャワーの起床時間は朝5時。着替えを済ませ、5時20分にはグラウンドにやってくるだろう。

 

 その前にィ! ライスシャワーの朝練に付き合う前に練習後の残虐な仕込みを全て終わらせるのさ! 

 

 クークックク! 今日もかわいい担当ウマ娘の絶望顔を拝めると思うだけで気分がウッキウキだぜえ! フワアッハハハハア!!

 

 

※ ※ ※

 

「お、おはよう! お兄さまっ!」

 

「おはよう、ライス。今日も元気そうでなによりだ」

 

「お、お兄さまのおかげだよっ! 今日もどんなトレーニングだってがんばるからねっ!」

 

 クク、今日も従順なふりをしているねえ……かわいい我が担当ウマ娘のライスシャワーよ。今日もお前の肉体にも精神にもしっかりと刻みつけてやるよ……虐待の怖さってやつをなあ! 

 

「準備運動を終えたら、芝2000を軽く2周走ってきてくれ。もちろん、タイムは測るからそのつもりで」

 

「はい!」

 

「で、その後は……坂路全力駆け下り2セットをやろうか」

 

「……は、はい。がんばれー、ライス。がんばるぞー、おー……」

 

 両手をグーの形にして、気合を入れているようだが……声に元気がなくなったのをオレが見逃すとでも思ったのか? 

 

 クク! この急傾斜から全速力で駆け下りるこの鬼畜トレーニングはいわば度胸試しのようなもの。ましてやウマ娘の走力+怖がりなライスシャワーにとって、肉体的にも精神的にも非常に負荷がかかる鬼も裸足で逃げ出す非情なるトレーニングだ。

 

 ククク、このトレーニング名は“決意の直滑降”とでも名付けようか。

 

「う、ううっ……」

 

 クク、怖がってる怖がってるぅ! うぇーい! 実にいい気持ちだあ! オレがやれと言われたら、間違いなく体が拒否反応を示し、ちびりそうになる害悪な指導内容だもんなあ!

 

 

 でもまあ、もちろん大事な玩具が壊れないようにケガ対策は万全だ。

 

 日々の虐待から緻密な計算を重ねて、坂の頂点からではなく今のライスシャワーがギリギリ全速力で駆け下りれる地点からのスタートでリスクを分散。

 

 加えて、オレが懇意にしている狂気のマッドウマ娘、“アグネスタキオン”特製万能サポーターを高額ではあったが自腹で仕入れた。一回限りではあるが、摩訶不思議のテクノロジーパワーで万が一転んだ場合でも大怪我を負わないチートアイテムで安全を確保。

 

 所有物の管理不足による途中棄権(リタイア)なんて、許されねえからなあ!

 しかぁし! 安全であると分かっているのはオレだけ。ライスシャワーには取れたて一番の濃厚な恐怖を味わってもらおう。

 

 まあまあ、寝ぼけた頭をすっきりさせるにはちょうどいいだろう? もっとも! 全身から冷や汗が吹き出る副作用つきだろうがなあ! 

 

 あー、毎日が楽しすぎるぅ! ウマ娘のトレーナーって最高だぜッ!

 

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 練習後も虐待は終わらない。普通のウマ娘は朝練後に学園内に食堂でそれはそれは満たされたおいしい朝食を味わうのだろうが……そうはさせねえ!

 

 オレの担当ウマ娘にはオレ自らが用意した見るだけでテンションがガタ落ちすること間違いなしのゴミクズ朝食を毎日食べさせてやらないといけねえからな!

 

 

 学園のすぐ傍にあるオレが住み込んでいるアパートにライスシャワーを招き入れたオレは完全密室での虐待を開始する。フワアッハハハハ!! 仕込みは完璧ッ! 見たまえ、この血も涙もない外道メニューを!

 

 まず主食は……人間が食べられると思えない茶色でぼそぼそとした食感の悪い米ェ!

 

 3日前から定期的に水を入れ替え、寝かせておいた新鮮度が圧倒的に下がっているクゾマズイ茶色の米を圧力鍋でふっくらと炊き上げ、すぐに飲み込ませないように熱々に仕立てた極悪の主食だあ! 

 

 もちろん、どんぶりに山盛り盛り付けてある。完食するまではお残しは決して許さねえ。我ながらなんて酷すぎる仕打ちなんだ……自分で自分が怖くなってきたぜ。

 

 続きましてえ! ジュワジュワと脂が飛び出しているクッソ生臭い鯖を大量投下ァ! これは辛い! 文句なし! 

 

 さらにクセや雑味が半端ねえかつお節でダシを取ったお吸い物! 質素極まりねえ三つ葉をちょこりと載せておくのがワンポイントだ!

 

 トドメに余った最悪のダシを利用しただし巻き卵! 

 

 ダメ押しに飲み物はこれまた湯気が立ったとんでもなく苦い緑色の液体を常備! これで水で流し込む作戦も通用しねえ!

 

 これぞ朝虐待のフルコースってわけよ! クワアアアアアアアッハッハ!!

 

 人間の三大欲求の内の一角である食欲をこんな形で台無しにされてしまったライスシャワーは涙目になりながら、ゆっくりと食べている。

 ククク! これで今日こそは……今日こそはッ……!

 

「……おいしい。いつもおいしすぎるよ、お兄さまぁ……!」

 

 なん…だと……!? あ、ありえん! こ、この計算され尽くした拷問を耐え切るというのか!? な、何故だ? 何がいけない? 何故、オレは昔から飯づくりだけはまるっきりの逆効果になっちまうんだッ!

 

「お、お兄さま!」

 

「な、なんだ?」

 

「そ、その! お、おかわりって、ある?」

 

「……はぁ?」

 

「ご、ごめんなさい! こんなにおいしいご飯を食べさせてもらっているのに……ほんと、ごめんなさい! で、でもおいしくて!」

 

「お、おう。大丈夫だ。おかわりもたっぷりとあるから遠慮するな」

 

「あ、ありがとう! ライス、お兄さまと出会えて毎日が幸せだよ……」

 

 き、貴様ァ! 毎日が、幸せだとォ!? コイツ、日に日に皮肉が上手くなってきてやがる……! オレはお前に恨まれることはあれど、幸せを与えた覚えは毛頭ねえよ!

 

……クク、ククク! まあいい。そうじゃなきゃ、面白くねえ。簡単に物事をクリアできねえから人生は楽しいんだよ! ライスシャワーに苦戦しているようじゃ、あの“ドMサイボーグウマ娘”のようなヤツ相手にぜってえ虐待しきれねえからなあ!

 

 まだまだオレは成長できる。限界はねえ。もっと、もっと虐待の高みへと上っていけるに違いねえ。

 

 次の虐待にもいつまでその余裕が保てるか、ライスシャワー! クハハハ!

 




次回はクズトレーナーVSドM(だと勝手に思い込んでいる)サイボーグウマ娘VSダークライです。


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#3 虐待不可能!? 恐怖のサイボーグドMウマ娘!

テイオーの怪文書に感化されたので投稿します。


 この学園には“サイボーグ”と呼ばれるウマ娘がいる。

 

 そのウマ娘の短距離からマイルまでの走破タイムは歴代の有名古バとも比較しても遜色ない。

 

 そして、恵まれた体格と体のバネから発せられるターフを抉るほどの脚力により、スピードとパワーは彼女と同年代のウマ娘の中では間違いなくトップ。今からでもクラシック戦線に乗り込んでいけるような将来有望なウマ娘だ。

 

 そして、彼女の”サイボーグ”たる所以は並みのウマ娘なら一日と持たないハードトレーニングを無表情で淡々とこなしている点。

 

 あとは口調までもが機械的。故に人間ではなく、サイボーグなのではないかとまことしやかに囁かれることとなった。

 

 そんな規格外のウマ娘相手にライスシャワーは勝たなければならない。アイツにとって、非常に高い壁だ。

 

 

――そして、このオレにとっても必ず乗り越えなければならない超難敵なんだよなあ!

 

 

 素晴らしき虐待をライスシャワーに与えた日の夜――仕事帰りのオレがグラウンドを覗いてみると、やはりといって良いのかグラウンドにヤツはいた。

 

「……目標タイムより大幅な遅れを確認。測定結果、スピード及びスタミナ不足と判断」

 

 サイボーグウマ娘――ミホノブルボンは夜になると超高確率で自主トレーニングに励んでいる――ように見せかけている。

 

 おおう、やっぱコイツかわいいなあ。

 

 グラウンドの照明と薄い月の光に照らされたミホノブルボンは神秘的な美しさを誇っていた。機械のように均整の取れた肉体と愛嬌のカケラもない無表情にも関わらず、トップ女優顔負けの抜群のルックス。

 

 しかしながら、容姿端麗なかわいいウマ娘が大好物のオレだが――コイツにだけは苦手意識を持っている。

 

 だがよ、逃げるのは恥だ。臆病者だ。そんなのは虐待を愛する男のすべき行動じゃねえ。だからこそ、立ち止まり息を整えているミホノブルボンにオレは平等に虐待をすべく近くに寄り、話しかけた。

 

「こんな遅くまで今日も精がでるな」

 

「こんばんは、ライスシャワーのトレーナー。貴方の考案したフローチャートはまさに完璧。効率的な中・長距離用のトレーニングメニューにより目標“三冠ウマ娘”へと確実に近づいております。改めて、感謝を」

 

「いやいや、感謝なんていらないよ」

 

 ケッ、感謝だあ!? 軽々しく使われてイライラさせるワードを簡単に口にしてんじゃねえよ!

 

 欲しいのは、かわいいウマ娘が苦しむ姿なんだからよお!

 

「で、確認なんだが――無理はしてないだろうな?」

 

「問題ありません。本日の自主トレーニングは3時間35分しか実行していません」

 

「いや、だいぶやってんだろ……」

 

「3分48秒後にスタミナ回復。このまま坂路トレーニングを続行いたします」

 

「やはり全然わかってないじゃないか。坂路トレーニングはもう切り上げたほうがいい。これ以上は疲労が溜まり逆効果になるぞ。1600m一本だけで今日はやめておけ」

 

「……オーダー確認。チャートを修正」

 

 わかっただろ? コイツはサイボーグウマ娘なんかじゃあない。

 

――どんなに虐待しようにも全て悦楽に変換できる生粋のドMウマ娘だッ! 

 

 そう、ミホノブルボンは超弩級のド変態なんだよ! 

 

 だって、ドM以外ありえねえだろ!? トレーナーの指令以外で体を痛めつける大バカ野郎はよお! 

 

 更に! 適正外の距離を走ろうとする茨の道を自らに課すなんざ、頭のネジがどっか飛んでしまっているに違いねえ!

 

 しかも、ほっといたら、いつまでも自らに虐待を加えているんだぜ、コイツ! 一体、造り上げた無表情の裏でどんな快楽を得てるのか、想像もできねえよ……!

 

「3分48秒経過。トレーニング、再開いたします」

 

「タイムはオレが測るから、正確なラップタイムを刻むことを心掛けるんだ」

 

「了解。オペレーションスタート」

 

 無表情のまま、再びターフを駆け抜けるミホノブルボンの姿を見て、オレは悔しさから拳を握りしめた。

 

 ああ、つまらん! つまらん! つまらん! まったくつまらん! 被虐体質のヤツが苦しむことは逆に体を労わってやることだ。

 

 せめてもの虐待がトレーニング内容の軽減しかできねえなんてよお……! 自分が情けなくて、悔しくて仕方ねえぜ!

 

 と、どうやったらヤツに虐待できるのか対策を練っている間にすぐにミホノブルボンは1600mを風を切り、駆け抜けてきた。

 

「また早くなったな。ほら」

 

「……自己ベスト更新。目標へまた一歩前進いたしました」

 

「いい調子だな。短距離からマイルまでなら、君に勝てるウマ娘はそういないはずだ」

 

「ですが、私の目標は“三冠ウマ娘”。まだ目標達成にはステータスが足りません」

 

 そういったミホノブルボンはほんの微かに無表情を崩し、一瞬不安げに瞳を曇らせた。

 

「……やはり、あなたも無謀だと思いますか? 中・長距離に適正のない私がクラシック三冠を制覇するのは」

 

 コイツのトレーナーはヤリ手のベテラントレーナーだ。G1で勝てるような数多くのウマ娘を見てきたからこそ、“正しいだけ”の判断ができる。

 

――ミホノブルボンのことを何もわかってねえから下せる判断だ。

 

 さて、どうするか。いかにドMといえども事細かに現実を突き付けて、ぐちゃぐちゃに歪ませることもできる。

 

 所詮、コイツはライスシャワーと同年代。ドMといえどもサイボーグでもなんでもねえただのかわいいウマ娘だしな。

 

 けどよお――それじゃあ真の意味での虐待とはいえねえし、何も面白くねえよなあ!

 

「オレは君の目標を否定はしない。君が実践してきた尋常じゃない努力を否定しない。君の目標は決して夢物語じゃない」

 

「……はい」

 

「だが、君の目標が叶うことはないよ」

 

「……疑問。根拠を提示してください」

 

「言わなくてもわかるだろ? オレの担当ウマ娘のライスシャワーが必ず君の目標を阻むからだ」

 

 そう、ヤツの夢であり目標をライスシャワーに潰させる。それこそが真の虐待であるッ!

 ミホノブルボンが夢を打ち砕かれた瞬間の喪失感、絶望した姿を間近で見てえ! 

 

 そのためには今以上の虐待をライスシャワーに与えていかなければならねえ!

 

 おいおい、オレって天才か? ライスシャワーもミホノブルボンにも同時に虐待できるなんて、一石二鳥すぎんだろ。

 

 おっ、明らかに無表情が崩れた。眉が数ミリ上がり、口元が引き締まったのが見えたぞ。クク、今更気づいたか! オレがお前の味方でも何でもねえ虐待を至高とするクズだってことをなあ!

 

「三冠ウマ娘になるのは、私です」

 

「いいや、ライスシャワーだ」

 

 クハハハ! 見てろ! 絶対にお前を真の意味で虐待してやるからな!

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 ライスシャワーのトレーナーに出会ったのは、私が学園外でのミッション『トレーニング備品購入』を失敗間近の時でした。私が困惑していると察した彼が素敵な笑みを携えて、目的地まで導いてくれたのが始まりでした。

 

 次に再会したのは、私が独自のフローチャートによる肉体改造を行っている最中。

 彼は即時、私の杜撰な計画の問題点を修正。その場で具体性のあるフローチャートを提案。

 

 経験を積んだ優秀な熟練トレーナーなのかと推測しましたが、彼は外見年齢通りの若い新人トレーナーだと発覚。彼に対して、マスターに伝達された情報と私自身の目標を語ったところ。

 

「君のトレーナーの言うことは正しい。だが、スタミナは努力で補える。精神は肉体を超越するとオレは思っているよ」

「……同感です」

 

 その時にかけて頂いた言葉と雰囲気が私を育ててくれた父にそっくりでした。

 

 以降、自主トレーニング時に彼と遭遇する機会増加。その度にアドバイスを頂いてきました。指導ではないものの、彼のアドバイスは明確かつ的確で私の目標実現に多大な貢献を果たしてくれました。

 

 時には差し入れで練習中にもすぐに摂取しやすいゼリーと鶏肉・ハチミツ・納豆・くさやといった栄養価の高い食料を混ぜた特製ドリンクを作成していただいた日もありました。結果、彼は調理も一流だと断言できます。

 

  特に特製ドリンクは大変美味でございました。

 

 トレーナーとして優秀であり、大人の包容力と父に似た雰囲気を持つ彼に『好印象』を抱くのは必然でした。

 

――そして、ある日を境に彼が視界に入ると、自然と目で追ってしまうバッドステータス『散漫』が発生。

 

 視界の伝達情報から真剣な表情で自身の担当ウマ娘であるライスシャワーのトレーニングを見守り、時には激しい檄を飛ばす彼の姿の確認が取れました。

 

「フォームを乱すな! もっと足の回転を速めろ! 踏み込みの力も全然足りねえ! 一瞬たりとも気を抜くな!」

 

「は、はいっ!」

 

 不本意ながらトレーニングの鬼と噂されている私ですら凄烈(せいれつ)であると評価するトレーニング内容。ですが、そのトレーニングの中でもライスシャワーは指導する彼に応えるために全力を尽くしていたと思えました。

 

 彼もライスシャワーから決して目を離さず、常に改善内容を思案しているようでした。

 

 その時、私は視認してしまいました。かぶりを振って、厳格な表情に戻す前にライスシャワーの懸命な姿に満足気に微笑みを浮かべた彼の姿を。その表情パターンは私のログには存在しない心からの笑みだったと推測。

 

 担当ウマ娘であるからこそ、彼から授けられる『鞭』と『愛』。ああ、なんて――。

 

「……ッ」

 

 気づいたら、唇を痛みを感じるほど噛み締めていました。またしても、深刻なエラーが発生。判定結果……『嫉妬』?

 

「……ブルボン、どうした? 唇を切ってるぞ。少し入れ込み過ぎだ」

 

「申し訳ございません、マスター。直ちに修正を」

 

 正体不明のエラーに私はガラにもなく戸惑ってしまっていたようです。私のトレーナーであるマスターから指摘されるまで、全く気づかないとは。

 

 エラーが発生した日の夜。自主トレーニングに励んでいた彼と会った私。その時に発生したステータスは『高揚』でした。

 

 何故、彼と出会うだけでグッドコンディションになるのか解析不能。けれども、不思議と彼といるのは『心地よい』と脳内が判断。

 

 日に日に私に蓄積されたバグは溜まっていき、処理が困難になっていきました。

 

 しかし、バッドステータスを解消する方法を把握。解決手段は、彼に直接会うことでした。

 

 

● ● ● ●

 

 彼がトレーナー室から帰宅する時間が20時40分から20時58分の間。今日も私は彼が現れるまで、淡々と日々のフローをこなしていました。

 

 そして、予定通り姿を現した微かに疲労が顔に出ている彼に私は本日マスターから告げられた『現実』を吐露してしまいました。

 

「……やはり、あなたも無謀だと思いますか? 中・長距離に適正のない私がクラシック三冠を制覇するのは」

 

 サイボーグのような不要な感情を持たない機械なら、自分に絶対の自信を持つウマ娘なら決して発しない『弱気』の言葉を投げかけてしまいました。発言した後、後悔。彼に軟弱なウマ娘だと失望されてしまった可能性大。バッドステータス『不安』が発生。

 

 彼は私らしくない発言に少しだけ目を丸くした後、顎に手を当てて言葉を選んでいる様子でした。若干の間の後、彼はゆっくりと話し始めました。

 

「オレは君の目標を否定はしない。君が実践してきた尋常じゃない努力を否定しない。君の目標は決して夢物語じゃない」

 

「……はい」

 

 ……マスターだけではない。トレセン学園のトレーナーの方々が実現不可能と断言する私の目標を肯定してくれた歓喜から口が逆ヘの字に傾きかけるのを意識的に抑えました。

 

 父に相対しているときとは違う安心感と幸福。いつまでもこの感情を忘却せずにログとして保管しておきたい。けれども――。

 

「だが、君の目標が叶うことはないよ」

 

「……疑問。根拠を提示してください」

 

「言わなくてもわかるだろ? オレの担当ウマ娘のライスシャワーが必ず君の目標を阻むからだ」

 

 私の目標――夢の否定と共に見せた不敵な笑み。それは自身の担当ウマ娘への一点の曇りもない『絶対』の信頼でした。彼による暖かな感情の発露により、先程まで感じていた私の体内における心地よい熱が一気に喪失していく。

 

 すぐさま、歓喜と幸福に包まれていた私の心は一気に光の差さない暗闇へと引きずり込まれていきました。

 

 理解不能の感情と体の奥底から湧き上がってくる負のエネルギーを抑制せずにはいられない。

 

――何故、選定対象が私ではないのか。何故、彼に選ばれたのがライスシャワーなのか。私ならライスシャワーよりも、更なる指導(アップデート)を施せるというのに。

 

 支離滅裂な愚問により、感情の制御不能。致命的なエラーが発生。渦巻く感情の奔流を抑制しつつも、これだけは彼の前で宣言しておく必要があります。

 

「三冠ウマ娘になるのは、私です」

 

「いいや、ライスシャワーだ」

 

 

 あなたはこの学園内でもトップクラスの優秀なトレーナーであると、私の蓄積されたデータから独自判断。ですが、優秀な貴方でも認識すら不可能でしょう。

 

 解析不能。ですが、私が父と似て非なるあなたと接触したいと思案するエラーが生じているのを。

 

 理由不明。ですが、貴方と僅かにでも接触するのを期待して日々のフローチャートを遅延させているのを。

 

 精査不可。ですが、貴方との時間をかけがえのない貴重な時間だと認識していることを。手放す度に失意の底へと急降下していくことを。

 

 

――私には既にマスターがいるのにあなたに、あなただけにいつまでも指導してもらいたいと邪な想いがバグとして存在していることを。

 

 

 新たな目標を設定。彼の『絶対』であるライスシャワーを完膚なきまでに打倒。彼の『絶対』を塗り替えてみせます。

 

 そして、私というウマ娘を……彼のログの深奥に永遠に刻み付けてみせます。

 

 




知らないところで精神的な虐待を加えているクズトレーナー。なお、ミホノブルボンの強化アップデートにより真の意味での虐待は遠のいた模様。

関係ないですが、アプリ版のテイオーのメスガキ感、ほんますこ。独占欲も高いところもすこ。
曇らせ隊が横行しているのも、マジですこ。もっと流行れ。


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#4 プライベートに浸食してくる虐待の魔の手。

読者の皆さまが虐待したせいで、日間ランキング1位を取ってしまいました。

なんて酷い読者なんだ(本当にありがとうございます!)

加えて、感想・高評価・誤字報告も非常に励みになります。モチベーションが虐待に繋がっていきます!



「よし! 今日はここまでだ! お疲れさん。がんばったなー、ライス」

 

「う、うん! がんばったよー、おー!」

 

 ククク、今日もありとあらゆる角度から虐待をしてやったぜ! いやあ、見物だったぜえ。体中から発汗させ、ひいひい言いながらオレの無理難題のトレーニングをこなしていた地獄を味わっている姿ァ! 全く、最高じゃねえの! 何度見ても飽きねえもんだ。

 神さま、こんなクズ野郎に今日も幸福と愉悦を味わわせてくれて本当にありがとうございます!

 

 ただ、何だ。そろそろ練習や食事以外の虐待にも手をつける頃だと思ってきたところだ。ワンパターン戦法だと慣れが生じ、相対的に効果が薄れてくるもんだしなあ。そこで、だ!

 

「そうだ、ライス」

 

「どうしたの、お兄さま?」

 

「今度のオフの日、予定はあるか?」

 

「えっ、そ、その……特にないよ」

 

 チラチラと視線を逸らしつつも、上目遣いでオレのことを見つめるライスシャワー。

 

 クク、そうだろうよ! お前は今『なんで、プライベートのことまで聞かれなければいけないの?』と思っているはずだ。

 

「なら、良ければオレと街にでも出かけないか?」

 

「え? お、お兄さまと!? そ、それって……でで、でででで……!?」

 

 クフフフッ! 休日もオレと一緒に過ごさなければならないストレスに言語能力が崩壊してやがるッ! ああ、エクスタシィー! 

 

 そう、今回の虐待はプライベートへの侵略だあ! 絶対安全圏だと思っていた拠点を崩壊させるまさに外道の所業!

 

 想像してみろ? 女子高生に学校の教師が「今度の休みの日、一緒に出掛けよう」ってめっちゃキモい誘いをしているようなもんだぜ? 精神的負荷はこれ以上ねえはずだ。

 

 ただまあ、今日のオレは寛大だ。慈悲として逃げ道を与えてやろう。

 

「いや、嫌ならいいんだ。悪い、せっかくの貴重なオフだもんな。忘れてく……」

 

「う、ううん! そんなことないっ! いくよ、絶対行くから!」

 

 ふんすと鼻息を荒げつつ、食い気味にオフを削る選択をライスシャワーはしてしまう。決して言葉には出さないが、オレに対しての恐怖と怒りで顔を真っ赤にさせながらだ。

 

 うんうん、嫌で嫌で仕方ないよねえ! でも、断れなかったねえ! あーあ。あえて逃げ道を用意してやったのに、自ら檻の中に飛び込んでくる滑稽なヤツ。

 

 ……ククク、ハハハッ! そうだ、そうだろうよ。お前の性格上、絶対に断れねえ! 断ったら、トレーニング時の虐待内容がどんな残虐なものになっちまうか、怖くてたまらねえもんな!

 

 選択肢があるように見えて、片側の選択しか掴み取ることができねえとは、なんて可哀そうなんだ! クハハハッ!

 

 さてェ……次のオフが今から楽しみだなあ! 

 

「よかった。じゃ、オフの日は空けておいてくれ」

 

「うん! 絶対行くからっ!」

 

「はは、わかったって」

 

 いやはや、他人事ながら空元気を保つのも大変そうだ。っとと、忘れるところだったぜ。

 

「それと、練習終わりに一杯どうだ? 特製ドリンク」

 

「やったあ! えへへ、お兄さまの特製ドリンクとってもおいしいから楽しみっ」

 

 今までは“マズイマズイウマイ”特製ドリンクだったかもしれねえが、試行錯誤を重ねて“マズイマズイマズイ”極悪無情改良版に仕立て上げておいたからよお……! 

 

 その笑顔と余裕いつまで持つかなあ? クハハハッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 ライスね、こんなに幸せでいいのかって最近思っちゃうんだ。

 

 大好きなお兄さまと過ごす日々は毎日が刺激があって、新鮮で温かくて。

 

 もちろん、お兄さまの指導が辛いときもあるけど……今はそれも期待の裏返しだとわかっているから。こんなライスに期待してくれているのが、いつも嬉しいよ。

 

 でね、お兄さまがトレーナーになってくれてから、すっごく自分でも成長できているのを感じるんだ。前まではすっごく速くて勝てないと思っていたウマ娘さんを見ても、今はライスの方が速いって思えるようになってきた。自信を持つなんて、だめだめなライスらしくないのに。

 

 でもでも、お兄さまの担当ウマ娘になったんだから……ちょっとぐらいライスが自信を持っても神さまも許してくれる、よね?

 

 それでね! 今日はとっても嬉しいことがあったんだ! お、お兄さまとで、デート……じゃなくて、一緒に休日にお出かけすることになったんだ!

 

 で、デートなんてお兄さまがぜんぜん思ってないことなんて知ってるよ。勘違いなんてしないもん! きっと練習漬けのライスを気遣って誘ってくれたんだ。

 

 ほんとうにお兄さまって、カッコよくてやさしくて素敵な人。ほんとうにお兄さまに選んでもらえて、よかった。

 

 いつもありがとう、お兄さま。お兄さまと一緒に居られるだけで毎日が幸せだよ。

 いつの日か、お兄さまから貰った幸せ以上の幸せを分け与えられるウマ娘になってみせるからね。

 

――ライスの夢であると同時にトレーナーであるお兄さまにとって、そのことが一番幸せに思ってくれることだとライスは信じているから。

 

※ ※ ※ ※

 

「私のささやかな~♪ 祈り~♪ 今~♪」

 

 いつもおいしくて味にバリエーションのある特製ドリンクを飲ませてもらって、幸福の絶頂にいたライスが“しあわせ”の歌を口ずさみながら、ルンルンとシャワー室へと向かっていたところだった。

 

「……こんにちは、ライスシャワー」

 

「いつかあなたのように~♪ 誰かのことを~♪ 照らせる人に~♪ なりた……あっ! こ、こんにちは! ブルボンさん!」

 

 気が付くと、ライスの同年代でライスが密かに憧れているウマ娘のミホノブルボンさんが目の前にいたんだ。慌てて、早口であいさつを返した。

 

 ううっ、恥ずかしい。それに声をかけられなきゃ気づかないまま通り過ぎようとしていたよ。礼儀知らずにもほどがあるって……ライス、だめだめだ。

 

「ステータス『ご機嫌』のようですね。あなたの『幸福度指数』が平均時を遥かに上回っているのを確認」

 

「え、その。はい……」

 

「よろしければ、理由をご教授いただけないでしょうか」

 

「は、はい。あの、とってもいいことがあったんです!」

 

 慌てたライスを無表情で眺めつつ、ブルボンさんは淡々とライスの今の気持ちを言い当てた。そ、そんなに幸せオーラを巻き散らしてたかな? ご、ごめんなさい! 

 

 ブルボンさんと話す機会はあまりないし、ブルボンさんと話すときは他の人と話す以上にいつも緊張しちゃう。

 

 だって――ブルボンさんはライスの憧れのウマ娘のひとりだから。

 

 表情を表に出さないクールな美人さんで胸も大きくてスタイルも良いブルボンさん。ら、ライスにも少し分けてくれたらってやっぱり思っちゃうな。

 

 男の人だったら、ちんちくりんなライスじゃなくてブルボンさんのような綺麗なウマ娘の方が絶対に魅力的だもん……。

 

 容姿に関しても憧れてるけど、容姿の他にも当然あるよ。

 

 まずは他のウマ娘を寄せ付けないトップスピードと瞬発力。模擬レースでブルボンさんの走りを見た時、背筋がゾッとして、絶望したのを今でも覚えてる。本能的にこの人には勝てないと思ってしまったんだ。

 

 でもね、ブルボンさんの血反吐を吐くようなトレーニングを毎日こなしている姿を間近にして、あの人の力の源は才能だけじゃなく、努力だって思い知らされた。

 

 ライスがブルボンさんを一番尊敬しているところは――努力すれば結果を出せると体現してくれたウマ娘だからなんだ。

 

 それにしても、珍しいなあ。ブルボンさんから話題を振ってくることなんてなかったのに。

 

「良いこと、ですか」

 

「はい! お兄さま、えっとライスのトレーナーさんと今度のオフにお出かけするんです! それが今から楽しみで!」

 

「……ええ、良かったですね」

 

「はい! どこに連れて行ってくれるんだろうとか、一緒に何をしようか、今から考えるだけでワクワクしちゃうんです!」

 

「……ええ、確実に素晴らしいログを作成できることでしょう」

 

 ライスの満面な笑みに釣られたのか、ブルボンさんも口元に手を当てて微かに笑ってくれた。あ、ブルボンさんが笑った所初めて見たよ! やっぱり笑うといつもより数倍美人さんに見える。

 

 

 

――え、でも……ッ!?

 

 

「それでは、私は自主トレーニングに戻ります」

 

「は、はい。お疲れ様です……」

 

 ライスとの世間話を終えたブルボンさんの後ろ姿を見送りつつ、ライスは止まっていた息を大きく吐き出した。トレーニングで温まっていた体がすっかり冷めきってしまったような錯覚に陥った。

 

 今のブルボンさん、レース中に後ろから差してくるウマ娘のような強烈なプレッシャーを出していた、ような気がする。あんなに綺麗な笑みをしたブルボンさんが、どうして体が凍えてしまうほど怖かったんだろう……。

 

 




無意識に”先頭の景色は譲らない”ライスシャワーと半意識的に”ブルーローズチェイサー”を発動しているミホノブルボンの構図。


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#5 トレーナーの気持ちも考えろ、この変態ウマ娘!

カレンチャン、100連回しても出なかったので投稿します。

トレーナー諸君、カレンチャンの「お兄ちゃん」になるまで引く覚悟はあるか?


 吐き気を催すはずの改良版特製ドリンクを取り繕った笑みで完飲したド根性に敬意を表して、ライスシャワーへのスペシャルヘルズマッサージを今日は軽めにしてやった。

 

 もう訳が分からねえ。何故、我慢しているとはいえあの劇物を飲み干せるんだ……?

 

 そんなこんなでライスシャワーを早期解放してやったオレはオフの日に全力を出すためにトレーナー室で事務作業をまとめて終わらせていた。

 

 すると気づいたら、時間は21時30分をとうに過ぎていた。少し根を詰めすぎたか……。

 

 

 パソコンの画面から放たれるブルーライトにやられた目を擦り、凝りに凝った肩をグルグル回しつつ、帰宅する途中だった。まさかと思いグラウンドに行くと。

 

「出力限界。強制スリープモードに移行……」

 

――そこにはドMウマ娘がフラフラになって倒れかかっていた。チッ、これだから変態は!

 

 猛ダッシュでミホノブルボンの傍にいき、倒れかかっていた体を腕で抱きかかえてやる。

 

 うわ、体アッツ! どれだけの時間、コイツは自身に圧倒的負荷のかかる虐待をしてきたんだ……!?

 

 

「……このバカが! もう少し自分の限界点ぐらい見極めて調整しろ!」

 

 ミホノブルボンが極度の被虐体質なのはもう十分すぎるほどわかっている。

 

 だが、体を再起不能にまで損傷させてしまったらよお――ミホノブルボンのトレーナーがコイツに虐待を加えることができなくなるじゃねえか! トレーナーの幸福を奪うな! もっとトレーナーの気持ちも考えろ、この変態ウマ娘!

 

「……あなた、今日は遅かったのですね。心配していたんですよ」

 

 抱きかかえられたままの姿勢で透き通るような瞳を潤ませてオレをじっと見上げている目の奥にすら熱が籠ったミホノブルボンは普段と違って、その……蠱惑的だった。こんな年端もいかねえウマ娘に心をほんの僅かにでも惑わされちまうとは! クソが、オレもまだまだだな。

 

「君に心配される覚えはない。とにかく、すぐに応急処置をするから少しでも安静に……」

 

「……いえ、後32秒はそのままで」

 

 そう短く言葉を切った意識が朦朧としている様子のミホノブルボンは――ニコリと、とても柔らかく自然に笑っていた。コイツ、笑うとこんな顔をするのか……じゃねえよ! 何、お前がオレに指図しているんだよ!

 

 当然、ヤツの言うことには従わねえ。オレの腕の中に納まっていたミホノブルボンをそっとその場に横たわらせる。そして、流れるまますぐ傍に置いてきたショルダーバッグから常備している緊急キットをオレは取り出す。ああ、クッソ腹立つわ! だが、これも偉大なる虐待の先駆者のため! 我慢我慢!

 

 おいおい、応急処置とか何やってんだよ。虐待とは正反対の行動だろと思っている浅はかな輩もいるだろう。

 

 

 だがな、ニワカは相手にならんよ! 物はやりようってヤツだッ!

 

 まずは体を動かすことができないミホノブルボンの水分補給をオレが手伝ってやる。男の硬い膝の上に頭を乗せてやり、ストックしておいた特製ドリンクをストローを咥えさせてチューチューと摂取させる。これにより、生殺与奪の権利を今はオレが握っていることを自覚させてやるのさ。

 

 クク、コイツに我が特製ドリンクの虐待効果がないことは理解しているが……こんな赤ちゃんプレイ、ある程度成熟した女の子なら屈辱以外の何者でもないだろう? ましてや、親じゃなくてどこのウマの骨かもわからねえクズ男なんだからよお!

 

 

 で、次はタオルで包んだ氷嚢で体を急激に冷やし、鈍くなった意識を無理やり覚醒させてやる。

 

 ハハハハ! キンキンに冷やしてある特注品だから、効果は絶大のはず! オレに虐待を受けているという絶望と恐怖を脳内の奥底まで刻み付けてやるよォ! 

 

 

……しかし、コイツはやはりオレの思い通りの反応はしなかった。反応は皆無。抵抗ははなからする気はないようだった。それじゃ、つまんねえじゃねえかよ!

 

 それどころか、安らかな表情でオレの膝の上から全く動こうとすらしねえ。こんなところだけポンコツサイボーグウマ娘になるんじゃねえ!

 

 

……仕方ねえ、とことん根比べと行こうじゃねえか!

 

 

 

 10分程その場で応急処置という名のカモフラージュ虐待を実行していると、ようやくミホノブルボンは静かに上半身を起こした。

 

 そうして、オレに対して放った第一声はというと。

 

「ありがとうございます。トレーニング、実行可能になりました。適切な処置に感謝を」

 

 自他共に究極的にまでコケにした内容だった。大概、オレも目の前のコイツのように感情を表に出さないことは得意な方だが……こればかりは我慢ならなかった。

 

「ああッ!? 感謝を、じゃねえよ! 何がトレーニングだ! ずっと言ってきたよな? 過剰なトレーニングは逆効果だってよ! お前、あれだけ言っても何にもわかってねえじゃねえか! こんなところで体を壊したらどうするつもりなんだ! 体調管理も碌にできない、しようともしねえお前のようなウマ娘なんて言語道断だ!」

 

「……怒って、くれるのですね」

 

 ミホノブルボンはオレの烈火すら生温い激怒に目をぱちくりとさせると、再びクスリと笑みを零した。小娘なら間違いなくトラウマものの恐怖を抱くようなキレ方をしたはずなんだが、効果がまるでないどころか嬉しそうにしている。

 

 他人の怒りすら悦びに変換できんのか、このドMは!? いや、むしろ一周回ってSなのか!? やべえ、キレすぎて混乱してきた。

 

 一旦、星空が瞬く夜空を見上げて、怒りやら呆れやらでぐちゃぐちゃになった感情を天に向かって吐き出した。よし、ある程度落ち着いた。

 

「……分かったら、これ以上のオーバーワークは二度とするな」

 

「はい。あなたの指示に従います」

 

 口調を和らげて、オレは理外の範疇にいる希代のドMウマ娘をこれ以上快楽を貪らないように説得する。もう少し反発があると思ったけど、案外あっさりだったな。それじゃ、次はと。

 

「それと、今日のことは君の専属トレーナーにも報告しておく。今後、自主トレーニングに関してもあの人の管理の元で行うように」

 

「……ッ!?」

 

 オレは立ち上がりながら、今後の展開を事前に伝えておく。はっ、とミホノブルボンが息を飲み込む音がオレと彼女しかいないグラウンドに響いた。

 

 ちなみに、今回の件は自身の担当ウマ娘を虐待しきれねえコイツのトレーナーも悪い。てか、他の担当ウマ娘にかまけて、コイツの内面を全然理解できてねえはずだ。いい機会だし、いかにミホノブルボンが常人の思考とはかけ離れた異端なのかをきちんと報告しておく必要が……って、痛ってえ!

 

 あ!? な、なんだ!? コイツ、何でいきなりオレの腕を掴んで……!?

 

「前者に関しては了解しました。しかし、マスターに報告は不要です」

 

「しかし、この件は流石に」

 

「今後、自身の体調も垣間見て、フローチャートを練り直します。同じ過ちは繰り返しません」

 

「いや、そういう訳にもいかないだろ。一度君のトレーナーときちんと話し合いをした方がいいって」

 

「不要だと、申し上げたはずです」

 

 震える声を重ねるたびにどんどんとミホノブルボンの空色の瞳が揺らいでいく。別にここまで抵抗する必要なんてねえはずなんだが。というか、コイツも専属トレーナーに見てもらった方がメリットが大きいはずなのに。

 

「くどい。なら、不要である根拠を伝えてみろ」

 

「……それ、は。マスターの手を煩わらせる必要のない案件だからです」

 

「全く理由になってない。もう、いいから」

 

「……報告、しないでください。お願いします」

 

 座ったままオレの腕をへし折るように力を加えてきたミホノブルボンはうっすらと涙を流し、これまた見たことのない必死な表情で懇願する。

 

 お、まさかコイツ……それほどまでに他人に特殊性癖を知られたくないのか? 特に自分の専属トレーナーには。

 だから、己の秘密を知られてしまったと思っているオレのことを機械のような冷静さを投げ捨ててまで引き留めているのか。いくらなんでも、ここまで来たら隠し通せねえと思うはずだしな。

 

……く、ククク! だよなあ! ドMでも羞恥心ぐらい備わっているもんなあ! やっとだ、やっとコイツに初めてまともな虐待行為を行えている気がする! って、気分は清々しいがマジで痛ってえ! リンゴを片手で握りつぶせるゴリラウマ娘相手にこれ以上は腕が持たねえ!

 

「わ、わかった! わかったから、手を放せ!」

 

「……申し訳、ございません」

 

「その代わり、自主トレは3日間は禁止だ。もちろん、オフの日もだぞ。破ったら、すぐに報告するからそのつもりで」

 

「……畏まりました」

 

 これ絶対腫れてんだろ、クソが! しかし、それなりの収穫はあったぜ。ようやくコイツのウィークポイントを探ることができたんだからな!

 

 クハハハッ! 破ったら空前絶後の変態ウマ娘ということがトレーナー、いや下手すると学園中のウマ娘にも伝わってしまう。かといって、オレの言うことを鵜吞みにするのであれば被虐の快楽を得ることはできねえ。いやあ、ジレンマですなあ! どっちを取ってもヤツにとっては地獄! クハハ!

 

――だが、ただでは転ばないオレの認めた強敵であるのがミホノブルボンだった。

 

 ヤツはすくりと立ち上がり、深呼吸ひとつ行った後に先程よりも更に温度が増した視線をこちらに向けてくる。

 

「ですが、私はトレーニング以外の時間の費やし方に関するメソッドを知りません。よろしければ、ご教授を」

 

「いくらでもあるだろ。友達でも誘って、街にでも出かけることでリフレッシュするとかさ」

 

「あなたらしい明確な提案です。しかし、私のデータベース上にカテゴリ『友達』検索結果ゼロ。代替案が必要となります」

 

「あ、ああ。なんだ……その、すまなかった」

 

 人生で一番楽しいはずの学生生活を彩るものが何もないとは……。いかにゲスでクズなオレでも憐れすぎて若干の罪悪感が湧いてしまった。すると、熱のせいでまだ顔が赤いミホノブルボンは涙を軽く拭いつつ、オレの心の隙をついてきた。

 

「質問いたします。次のあなたの休日はいつですか?」

 

「ん? 3日後だけど……」

 

 そう素直に答えてしまった直後、ミホノブルボンは再び微笑を携えた。オレの休日なんか調べて何になるんだ?

 

「スケジュール確認。その日は私もオフです」

 

「へ、へえ。そうなんだ」

 

「代替案を提出。共同ミッション『あなたと一緒にお出かけ』を遂行しては頂けないでしょうか?」

 

「いや、何故そうなる!?」

 

 心の叫びが声に出ちまったよ、おい! まずは自分の担当トレーナーを頼れよ! どうしてオレなんだよ!

 

「私のマスターはその日も別の担当ウマ娘のレースに付き添うため、不可能。また、このミッションは常に明確で正しい判断を下せるあなたの方が適任です。あなたと一緒であれば『リフレッシュ』のメソッドを確認することができると判断。無論、お礼は私の実現可能な範囲で何でも致します」

 

 年相応のかわいらしい表情を浮かべているミホノブルボンは機械のようにドモらずにスラスラと長文を並べてくる。まるで予め決めておいた台詞を言うように。

 

「お礼はいらないんだけど……悪いんだが、その日はライスシャワーと一緒に出かける約束があるんだ」

 

 その日は貴重な休日虐待のスペシャルデー。普段よりも気合を入れていかなければならない勝負の日でもあるのだ。ヤツの謎の思惑を遠回しに断ったはずなのに、更にヤツは畳みかけてきた。

 

「存じ上げております」

 

「え?」

 

「私も同行を希望いたします。あなたとライスシャワーの承認が得られるのであれば」

 

――いや、どういう流れだ、コレ? 一体、どうしてこうなったんだ?

 



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#6 狂気の虐待施設にショータイ! 前編

書きたいことが多すぎて、纏まらなかったので前編・後編に分割します。

それにしても、ウマ娘楽しすぎる。因子ガチャが永遠に終わらねえ!


 自傷行為によりオーガズムに悶えていたミホノブルボンを寮まで送ってやった翌日、不承不承ながらライスシャワーにあの変態の同行許可を求めた。

 

「……と、いう流れでミホノブルボンも今度のオフに同行したいって話になったんだが……どうする?」

 

「……うん。ライスは大丈夫だよ。あの、お兄さま」

 

 大分回答までに間があったもののライスシャワーは最終的には頷いた。だが、顔を俯かせて表情を見えなくさせたライスシャワーは通常時の鈴の鳴るようなソプラノボイスとは正反対のアルトボイスを絞り出していた。

 

 その声色はまるでオレを詰問するかのようだった。

 

「どうした?」

 

「……なんで、仕事終わりなのにブルボンさんに指導してたの?」

 

「指導じゃない、アドバイスだよ。あの子のこと、どうしても放っておけなくてな……」

 

「……そっか。そうだよね。お兄さま、とってもやさしい人だもんね」

 

 顔を上げたライスシャワーは耳を垂れさせつつ、手を震えさせて、あからさまな作り笑顔を貼り付けた。

 

 きっとひ弱で心が生温いライスシャワーのことだ。ミホノブルボンを巻き込まないため、本来の希望ならば同行を断ろうとしたのだろう。

 それと新たな犠牲者を作りだしたオレに対して、はらわたが煮えくり返るほどの激情を胸に秘めて。実に健気で扱いやすいヤツだ。

 

 今回、初めて担当ウマ娘にライスシャワーを選んだのは間違いなかったとしみじみ思うぜえ。

 

 それに比べて、ミホノブルボンはマジで予測がつかねえ。

 

 トレーニングが出来ねえからってわざわざ休日を棒に振るか? しかも、1秒たりとも一緒にいたくねえはずのクソ野郎と一日一緒に過ごさなければならねえのに。

 

 自分のトレーナーでもない上、こんなグチグチと口うるさく自分の性的興奮を妨げる面倒なヤツだって認識はミホノブルボンにはねえのか? いや、あった上でトレーニングがダメなら、精神的被虐を愉しもうとクソムカツク奴筆頭のオレについていく選択を取ってきたのか? 

 

 変態の思考は本当に考えもつかねえ……

 

 まあまあ、虐待する相手が一人から二人に変わっただけ。計画に支障はねえ。クフフ! クハハハハ!

 

 

 

 そして、記念すべき休日虐待の日。オレが待ち合わせ時間の20分前に車を校門前まで走らせると、そわそわと落ち着かない様子の動きやすいラフな恰好をした私服姿のウマ娘2名を発見した。

 

 言うまでもなく、ライスシャワーとミホノブルボンだった。20分前行動を取れるとは感心感心。コイツらにはブラック企業に順応できる才能があるぜ。

 

 車の窓から顔を出したオレを発見したライスシャワーは輝くような笑みで手を振ってきた。ミホノブルボンも最近よく見せるようになった微笑をオレに向けてきた。

 

 まだ朝だからそんな薄っぺらい元気を出しているようだが……見てな、すぐに凍り付かせてやるよ。

 

 しょっぱい軽自動車に二人を詰め込んで……一日がかりの楽しい楽しい虐待のはじまりだァ!

 

「……今日は一緒に来られて、ライス嬉しいよ」

 

「ええ、私もあなた(・・・)と来られて気分が高揚しています」

 

 目的地へ向かう道中は会話もなく、しばらく無言の空間が形成されたがようやくライスシャワーがめちゃくちゃ下手な会話の切り出し方で会話を発展させようとした。が、相手もコミュ症ドMウマ娘。すぐに会話は途切れてしまう。

 

 それもそうだろう。コイツらって坂路トレーニング以外ではあまり関わり合いがなかったようだからな。で、お互いコミュ力が低めになるとこうなることは目に見えていた。

 

 後部座席に座らせた二人の会話が妙に重苦しくて、ぎこちねえ。それに冷房をかけてねえのに不思議と冷気が漂っている気が……まあ気のせいだろ。それよりも特別な虐待日を全力で愉しまねえと損だ!

 

 普通の女の子ならおしゃれなカフェを回ったり、ショッピングモールで流行の洋服やアクセサリーといったおしゃれ用品を仕入れたり、スイーツを食べ歩いたりして休日を過ごすもんだろうが……んなことさせるかよ! 

 

 オレの選択した処刑場は――ここだァ!

 

「あ、ここ……」

 

「この施設をご存知なのですか、ライスシャワー?」

 

「うん! 前から一度は行ってみたいと思ってたんだ!」

 

「ここが『リフレッシュ』する為の施設なのですね」

 

 車を飛ばすこと約30分。さあさあ、お待たせしました。テメエらには狂気の施設「スポッチュ」にご招待だ、コラァ!

 

「スポッチュ」とは日光の差さない室内で、ひたすら立てられたピンに向かって球を投げ続ける不毛すぎるスポーツ場や喉を潰させる密室、機械から放たれる豪速球を恐怖心を押し殺しつつ打ち返さなければならない特殊拷問器具まで用意されている娯楽とはかけ離れた血も涙もない施設だ。

 

 休日ですら体と精神を追い込ませる悪行を思いついてしまうとは……オレって、ほんとクズ! 自画自賛しちまうよ!

 

 さてさて、金を出そうとした二人を制止して愉しむための入園料を3人分支払ったオレは憐れな同行者2名を連れて、最初の目的地へと向かう。

 

 まずは定番中の定番、ピンを倒すだけで何も生み出さねえスポーツ「ボウリング」からスタートだ。このスポーツは無駄に普段使わねえ全身の筋肉を使うからな。球を投げているだけに見えて無駄に負荷が高い害悪競技だ。

 

「えいっ! うう……またガーターだ」

 

「三投目までは入射角に誤差あり。次こそは確実に仕留めます……またしてもエラー発生」

 

 おいおい、見ろよ! コイツらの曇った顔! ただピンを倒すだけの競技をやらされるだけではなく、それすらまともに出来てねえ! 超絶無様だなあ! 

 

 ククク! 更に煽ってやるか!

 

「……フンッ!」

 

「す、すごいよ、お兄さま! 三連続ストライク!」

 

「この競技においても優秀とは流石です、あなた」

 

 ケッ! コイツらに褒められても何も嬉しくはねえが……フィジカルで勝る自分たちに出来なくて、自分たちより劣っている野郎に出来ている事実に心の中ではめっちゃ悔しがってんだろうと思うとワクワクしてくるぜ!

 

「あ、あの……おにい」

 

「あなた、アドバイスをお願いします。どのようなプロセスを踏めば、結果を導き出せるのでしょうか」

 

「え、あ……」

 

 早速、プライドを投げ捨ててミホノブルボンが身を乗り出すようにオレの傍に寄ってきた。

 

 ライスシャワーも言いたげに手をモジモジさせていたが、さすがドM。恥や尊厳を捨てるスピードは常軌を逸している。

 

「そうだな。君の場合、ボールのリリースタイミングがズレているんだ。体の向きも右に傾いているせいでボールがヘッドピン、真ん中を捉えることができていない。そこを修正すれば、間違いなくストライクは取れる」

 

「了解。インプット完了。あなたのアドバイス、ログに永久保存」

 

 すると、次の一投でミホノブルボンは。

 

「ストライク、達成しました」

 

「ミホノブルボンは飲み込みが早いな」

 

 苦も無く修正をしてきてストライクを取ってきた。何も面白くねえが、ここからが本番よ!

 

「ナイスストライク! ウェーイ!」

 

「申し訳ございません。手を高く掲げながら『うぇい』という単語を発する意味についての検索結果なし。どのような意味を持つのでしょうか」

 

「ストライクを取ったらハイタッチがボウリングのマナーだ。喜びを分かち合うのは当たり前だろ? ウェーイに関しては……そう、これもマナーだ!」

 

 ノリをマジレスで返すな、このポンコツが! オレの方が恥ずかしくなってくんじゃねえか!

 

「かしこまりました……うぇい」

 

 どうだ!? 毎回、ストライクやスペアを取るたびに体の接触を強制される嫌悪感! マナーだから断るわけにもいかねえ! うんうん、最悪だよなあ……っておい! 無表情ながら何嬉しそうに顔を赤らめている!

 

「……ずるいよ」

 

 お前はライスシャワーをもう少し見習えや、コラ! 見ろよ、ライスシャワーもオレの気持ち悪い行動にぼやきつつ、眉を下げて引きつった顔をしているのを! これが本来の反応! お前は異常なの、異常!

 

 いや、マジでライスシャワーがいると自分が正確に虐待が出来ていることを実感できるってもんだ! 

 

 このままライスシャワーのドン引き顔を眺めるのもいいが……トレーナーたるもの差別はよろしくない。ライスシャワーにも公平に助言をしてやるか。

 

「で、ライスは投げるときにボールばかり見て、レーンやピンに注視していないな。後、オレみたいにボールを曲げようとしなくていいから、もう少し落ち着いて、真っ直ぐ投げるように心掛けてみろ」

 

「う、うん! がんばるぞー、おー!」

 

 と、いつもの掛け声で気合を入れていたものの……。

 

「ど、どうしてダメなのぉ……?」

 

 その数秒後には2連続ガーターで耳と尻尾を垂れ下げて落ち込んでいたライスシャワーの姿があった。クハハハハッ! いいぞ、お前こそウマ娘の中のウマ娘! これが王道の反応ってやつよ! すぐに順応できるヤツはそうはいねえもんな! 

 

 いや、マジでライスシャワーかわいいわ……! クックククッ!

 

 さあ、ミホノブルボンと違ってだめだめだったライスシャワーには苛酷極まりない追い打ちといこうか!

 

「ほら、ライス。ボール持って」

 

「え、あ、うん……ふえっ!?」

 

「ニュートラルポジションはここ。で、背筋を伸ばして……足の位置はこう。で、投げるときに腕を振り子のように使う」

 

「う、うん。お、お兄さま……その、あのぉ」

 

「そうそう、こんな感じだ。力ではなく、遠心力で投げるイメージを持て」

 

「ほ、他の人に見られてるよっ。は、恥ずかしい」

 

「気のせいだって。案外、人ってのは他人に興味は持たないもんだ」

 

 体を触って無理やり修正しているオレに対して小声でやめるように懇願してくるが、当然ガン無視だぁ! 公衆の面前での羞恥プレイと女の子の体にベタベタ触るといったトレーナーじゃなきゃ、法的に完全アウトな所業を思う存分愉しんでやるぜ! クハハハッ!

 

「……ストライク、達成しました。うぇい」

 

「で、だな……ん? ああ、またストライク取ったのか! ナイスストライクッ! ウェーイ!」

 

 クク、あまりにも楽しくてミホノブルボンが投げているのも忘れて、学園内では見せられねえひっどいニヤケ面でライスシャワーの虐待に没頭しちまったぜ。雑目にミホノブルボンとハイタッチをかまし、すぐにライスシャワーの虐待の続きにとりかかる。

 

 うむうむ、ミホノブルボンに狂わされた調子を着々と取り戻してきているぜ!

 

「………何故ですか、何故、何故、何故」

 

 虐待の光景を外から俯瞰的に見ることで、ようやくミホノブルボンも先程行われていた虐待の意味を理解したようで、一定のトーンでブツブツと何かしらの呪詛を吐いているようだった。

 

 よしよし、間接的にダメージを与えられているようだ。

 

 その後も3ゲームほど投げて、コイツらがいかに身体能力にかまけているだけの無能であるかを知らしめさせ、屈辱と無力感をたんまりと堪能してもらった。

 

 ククク、第一フェーズは満足いく結果だったな。この調子でどんどん虐待していくぜ!

 

 

 続いては日が差す屋外へと有無を言わさずに連れていく。そして、網目上に張り巡らされたガット付きのラケットで黄緑色のボールを相手に叩きつけ、ノックアウトさせる超絶野蛮な競技をコイツにやらせる。

 

 そう、スポーツの皮を被った何でもありの異種格闘技である『テニス』だ!

 

 トレセン学園に就職する前、アマチュアのテニスの試合を生で見物する機会があったんだが、コートが爆発したり、ラケットでブラックホールを生み出したり、骸骨の幻影が相手の全身を剣で抉っていたりとこれはまあ惨い有様だった。

 

 オレもとてもスポーツとは思えない殺人技術を取り入れるべきかと一瞬検討したものの、見様見真似で模倣しようとしてすぐに断念した。アレらは威力が高すぎて虐待には使えねえ。モノは大事に扱う主義だからな。

 

 なので、今回の虐待は少しばかりハードルを下げて、ワンバウンド以内に相手コートにボールを返す超ぬるいルールで地獄の片鱗を味わってもらうことにした。このルールでもきついことには変わらねえがな。

 

 オフの日だろうがしっかりと足腰、そして腕・肩とありとあらゆる部位をとことん虐め抜いてもらうぜ! クッソ、ミホノブルボンにはただのご褒美になっちまうのが悔しいッ!

 

 に、しても……。

 

「……絶対に負けませんッ! ブルボンさん!」

 

「私に譲りなさい……! ライスシャワー!」

 

 更衣室でスポーツウェアに着替えたウマ娘二人のかわいい姿を目に焼き付けたオレがあいつらの体を使って直接教えただけなんだが、今回はボウリングの時とは違ってサーブ以外二人とも覚えるのが早かった。というか……何が何でも覚えてやるといった執念が途轍もなかった。ミホノブルボンは特にだ。

 

 剥き出しの地肌に触れて虐待を楽しむはずのオレが若干たじろいてしまった。

 

「はあッ!」

 

「やあッ!」

 

 てか、めっちゃ白熱してんなー。ミホノブルボンは持ち前のパワーで無理やり突破口をこじ開けるパワーテニスで、ライスシャワーは打球は遅いが相手を前後左右に振り回すスタミナと根性を削り取る嫌らしいプレイスタイル。共通する点はトレーニングで追い詰められた並のウマ娘なんか比較にならねえほど、鬼の形相をしているところだ。うん、息切れして苦しんでいるところは実にグッドだが、なにが奴らをここまで必死にさせるんだ?

 

 

 尚、勝負の結果は決着が着く前に両者ともにぶっ倒れ、体力回復している間にコートの使用時間が過ぎてしまったため、引き分けとなった。

 

 もしかして、コイツらがここまで血相を変えていたのは”勝った方の望みを一つだけ叶えてやる”っていったからか? たまには虐待側にも反抗されるリスクがないとオレの気が緩んじまうから提案したんだが。

 

 お前ら、ご褒美という名の要求を盾に積もり積もったドッロドロの恨みをどのように晴らすつもりだったんだ……?

 

 クク、まあいい。やっていいのはやられる覚悟があるクズだけだからな!

 

 さてさて、まだまだ終わらせねえよ。時間はたんまりとあるんだ。今日は地獄の淵が見えるまでとことん追い詰めてやるから覚悟しておけよ……!

 

 




アンケート結果から重バ場お出かけから書くことにしました。

思った以上にしっとりブルボンさんにも票数が集まっていたので、こちらも終わってから執筆していきます。


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#7 狂気の虐待施設にショータイ! 後編

今回は冒頭部がクズ視点でそれ以降は変態ウマ娘視点です。


 さてさて、まだまだ終わらせねえよ。時間はたんまりとあるんだ。地獄の淵が見えるまではとことん追い詰めてやるから覚悟しておけよ……!

 

 よっしゃあ、畳みかけて行くぜえ! 

 広々とした拷問部屋を追加料金を支払うことで確保し、息も絶え絶えな脆弱なウマ娘に更に鞭を入れる!

 

 防音機能が完備された密室で行われる喉と全身を痛めつけ、羞恥心を煽る「カラオケ」のお時間がやってきましたあ! 

 

 またの名をうまぴょい!

 

 マジでウマ娘ってレースに勝った後にうまぴょいしなきゃいけねえのが、残酷だと思っている。

 

 あくまでレースに勝つことがウマ娘の目標。ウイニングライブなんていらねえだろ。

 

 なんで布面積の小さい服でアイドル紛いの歌とダンスを不特定多数の輩に晒されなきゃいけねえんだか。

 

 

 まずは先程の虐待で消費した体力を少しでも回復させるべく、部屋のソファに二人とも座らせ、ドリンクや器具を整えて虐待の前準備を整える。

 

「元々のお出かけの目的はライスにウイニングライブの練習をさせるのがメインだったんだ。本来はトレーニングだけではなく、ウイニングライブの練習もしなきゃいけなかったのにな」

 

「あ、そうだったんだねっ! そろそろ勝ったときのことも考えておかなきゃいけないもんね……!」

 

「今までトレーニングのことばかり頭に回り、全然手を付けてなかった。せっかくの休日なのにレッスン目的で誘って悪かったな、ライス」

 

「ううん、全然! むしろ、ここまでライスのことを考えてくれてるなんてとっても嬉しいよ!」

 

 言い回しを変えただけで結局は自分勝手に休日出勤をさせた不合理極まりないオレの言動に、ライスはミホノブルボンをほんの一瞬だけ視界に入れた後に愛らしい瞳をオレに向けて、幸せそうに微笑みかけてきた。

 

 その一方で、ミホノブルボンは何かを耐えている様に数秒の間目を閉じていた。

 

 おいおい、そんなにうまぴょいが嫌いなのかよ。ククク、好都合!

 

「ミホノブルボン」

 

「はい」

 

「……あまり楽しくなかったりするか? さっきから表情が硬いようだからさ」

 

「誤解です。私の提案が実現している現状、私は『楽しい』です」

 

 いやー、コイツの無表情もある程度パターンがあるのがわかってきた。

 

 今の表情パターンはとても楽しそうとは思っていねえ顔だ。そりゃ、オレからあれだけの虐待を受ければそうなるわな。

 

「ブルボンさん、ごめんね。もうちょっとライスがお兄さまのように楽しい話ができればよかったんだけど……」

 

「……気遣いは無用です」

 

 え? なんか一瞬、憐れなミホノブルボンを気遣ったライスシャワーが暗いオーラを纏っていたような……クク、ありえねえ妄想をオレもするもんだな。

 

 ライスシャワーは腹に一物を抱えることのできねえ純朴で純粋で無垢なウマ娘なんだからよお!

 

「そういえば、ミホノブルボンはウイニングライブの練習は進んでいるのか」

 

「私の現在の進捗はマスターからウイニングライブに関しての指導は全体練習で3回のみ。満足いくパフォーマンスを行うにはステータスが足りておりません」

 

「そうか。なら、ミホノブルボンにも徹底的にレッスンをつけようと思う。こういうダンスや歌は少人数でやった方が覚えやすいし。今日だけはオレを君のトレーナーだと思って遠慮なく何でも聞いてくれ」

 

 そう伝えると、ミホノブルボンは胸の上で両の手をぎゅっと握りしめた。

 

 突如湧いてきた、極上の獲物を決して逃さないように、だ。

 

「……今日だけはあなたが、マスター」

 

「ん? どうした?」

 

「いえ。是非、ご指導のほどよろしくお願いいたします」

 

 さあ、今日のメインディッシュを堪能していくとしますかねえ。オフの日なのに、嫌々踊らされるウマ娘の可哀そうな姿を見るのもまた一興だぜ。

 

 だが、まあ……今回はオレに関しても、ただじゃすまない自爆特攻の虐待になるかもしれねえ。

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

「ミホノブルボン」

 

「はい」

 

「……あまり楽しくなかったりするか? さっきから表情が硬いようだからさ」

 

「誤解です。私の提案が実現している現状、私は『楽しい』です」

 

――申し訳ございません。あなたに、嘘をついてしまいました。

 

 今の私はエラーにより、徐々に『あなたと一緒に居て楽しい』感情よりも『あなたとライスシャワーを見ていると苦しくなる』感情が3%ほど上回っています。

 

 本日のミッション『あなたと一緒にお出かけ』は本当であれば『あなたと二人きり』で出かけたかった。

 

 理由不明。ただ、あなたと二人きりであれば『楽しくて幸せ』だったと根拠のない確信がありました。

 

 今日の私は彼、そしてライスシャワーに承諾を得られたからこそ、同行を許されている身。

 

 突如、強引に横入りした私を受け入れてくれたライスシャワーには誠心誠意感謝を伝えるべき存在です。

 

 しかし、エラー。何度シミュレーションを出しても――ライスシャワーが邪魔で目障りな存在だと結論を出してしまいます。

 

 ありえない下種な思考。ライスシャワーは何も悪くないのにこの場からいなくなってほしいと切に願ってしまう。

 

 彼を独り占めにしたい理解不能な欲望が今にも漏れ出しそうになる。

 

 そして、理路整然としていない上に倫理観に欠けた私自身に1ミリも嫌悪感を抱かない。

 

 そのような嫌悪感を抱かない私自身に嫌悪してしまう。

 

「ブルボンさん、ごめんね。もうちょっとライスがお兄さまのように楽しい話ができればよかったんだけど……」

 

「……気遣いは無用です」

 

 私は人の感情の機微に疎い自覚があります。けれども……対人能力の乏しい本能ではっきりわかります。

 

――ライスシャワー、あなたは間違いなく私と同じ感情を抱いている。

 

 きっと、あなたも理由がわからないのでしょう。

 ですが、私のことを『いらない』存在だと定義付けている。

 

 ライスシャワーは私の不俱戴天の敵であると改めて認識します。

 

 

「よし。準備出来たし、どっちから先にやるか?」

 

「あなたからお願いします」

 

「お兄さまの歌、聞きたいな」

 

「……まあ、そうか。指導する立場のヤツが見本みせない訳にもいかないよな」

 

 誰から歌うかという彼からの声掛けに私とライスシャワーは同様の提案を同時に行いました。

 

 彼はあからさまに渋った顔をしたものの、すぐに機械を操作して曲を検索し始めた。

 

 やはり、ライスシャワーとは分かり合えます。彼というかけがえのない存在が双方に介入しなければですが。

 

 彼さえ、いなければ。

 

 きっと……私たちは良き『友人』になれたのかもしれません。

 

「じゃあ、無難な曲からいってみるかな」

 

 彼が少考した後に選曲したのはウイニングライブの定番ナンバーでした。夢に向かって駆けていくウマ娘の心情を歌にしたヒットソング。

 

 女性用の曲であるのにも関わらず、原曲のキーで音程を外さずに歌う技量とマイクという補助機器なんていらないのではないかと思わせる部屋全体を響き渡らせる声量。

 

 さらに正確無比でキレのあるダンスには目を奪われました。

 

 ああ、なんて格好いいのでしょう……! 

 

 学園では決してみられないあなたの姿を消去不可のログに早急に永久保存しなければなりません。

 しかし、ログに保存し、再度読み取った結果……夜に発生する『熱』と『欲求』は更に勢いを増してくるのが予測されます。

 

 粗相をしないようメンタルを更に強化し、ニシノフラワーさんに迷惑をかけないようにしなくては。

 

 彼の歌が終わった後、私は賞賛を称えるために掌に痛みを感じるほど拍手を送りました。

 これほどの出来栄えは並大抵の努力では補えません。

 そもそも歌とダンスは彼の本業ではないはずなのですが。

 

 ライスシャワーの姿も横目に入れると、彼女も頬を赤く染めて心ここにあらずといった呆けた様子でした。

 

 ですが、その数秒後には私と同様の喝采を送ると私の聞きたかった疑問を投げかけました。

 

「すごいすごい! お兄さまって、歌とダンスはどこで習ったの?」

 

「何の面白味はないと思うけど、レッスン場に通って地道に覚えたよ」

 

「そうなんだあ。どうやったら、お兄さまみたいに上手になれるかな?」

 

「一番の上達方法は他の人に直接教えることかな。他人を教えることで自分を見直す結果にもなる」

 

「ふええ……ライス、他の人に教えられるほど上手くなれるかなあ」

 

「練習を怠らなければ、誰だってなれるよ。そうそう、アイツも……」

 

 どこか懐かしむように宙を見つめた彼は途中で不自然に言葉を止めました。

 

 私もライスシャワーも首を傾げます。何か、今の箇所でおかしいことはあったのでしょうか。

 

「はい! 無駄話終わり! 見本も見せたし、これからはお前たちだけでビシバシやっていくからな!」

 

 彼はこわばった表情を隠すように厳しい表情に変えて後、指導する時のような緊張感を漂わせ始めた。

 

 ここからが、本番なのですね。アドバイスではなくあなたの指導を直接受けられる。

 

 ライスシャワーだけの特権が、私とライスシャワーの二人の特権になったことに『歓喜』いたします。

 

 その後、私もライスシャワーの二人とも浮ついた思考を想起させる暇もないほどウイニングライブの練習に励みました。

 

――手慣れた様子でどうすれば伝わるのかを的確かつ簡易的に歌やダンスの指導すらこなす彼。

 

 とても素敵でいつまでも指導してほしいのですが、何か引っ掛かりを覚えます。

 

「んじゃ、ライスが歌って最後にするか。踊らなくていいから好きな曲を入れてくれ」

 

「うん! じゃあ、これにしようかなっ」

 

 指定された時間が迫ってきた中、最後にライスシャワーがクールダウンに入れた曲はバラードでした。

 

 彼女の透明な声と非常にマッチングした良い選曲だといえるでしょう。

 

 しかし、彼の姿を常に視界に入れるようにしていた私は見てしまいました。

 

 曲名がディスプレイに表示された瞬間に、彼は表情を無くしていたところを。

 

 どうしてかは、一切わかりません。元々、自分の感情すら理解できない私が彼の感情など推し測ることなんて出来ない。

 

 だけれども、その無表情は彼にとって『よくない』ものを隠すためだと彼の身体状態から判断。

 

 曲がスタートしてからは歌を一生懸命に歌っているライスシャワーに笑みを向けていたものの、唇は正常時よりも微弱に震え、瞬きの回数も平均よりも1分間に12回多くなっていました。

 

 確実に彼は『動揺』している。

 

『優しい人が笑ってた。どうして、それなのに苦しいの。無理に笑うことはないよ。心のまま、生きていいの~♪』

 

 ライスシャワーの可憐な歌声が部屋を包み込む中、彼はカタカタと震えている手を同様に震える膝の上に置いて、足を押さえつけていました。

 

『きっと未来で~♪ きっと待ってる~♪ 輝くSilent Star~♪』

 

 ライスシャワーが歌い終わった直後、彼はよろけるように立ち上がり……

 

「ライス、いい歌だったぞ。悪い、ちょっと手洗いに行ってくる」

 

 ぎこちなく微笑んでからすぐに部屋の外へと出て行ってしまった。

 

「ライスシャワー、気づいていましたか?」

 

「うん……お兄さま、なんだか辛そうだった」

 

「ええ。普段のあの人では到底考えられません」

 

「……普段のあの人、かあ。ブルボンさんって、お兄さまのことを随分と知っているんだね」

 

「はい。とても頼りがいがあり魅力的な方だと、よく存じ上げております」

 

 そして、これからはあなたよりも彼のことをより詳細に理解する予定です。

 

 ライスシャワーは私の発言に髪で隠されていない片目を吊り上げた。

 臆病で温厚な彼女らしくない鬼が宿ったかのような鋭い眼に――私は表情を変えることはありませんでした。

 

 しばらく視線を交わしたまま、部屋の中に最新の歌の宣伝BGMだけが流れる。

 

 本来ならこのようなケースが『気まずい』沈黙というものなのでしょうか。

 コミュニケーション能力不足な私には微塵も感じませんでしたが。

 

 24秒ほどでようやく目を逸らしたライスシャワーは大きくため息をついて、膠着状態を解いてきました。

 

「……ごめんなさい、ブルボンさん。ライス、何かおかしいよね。ブルボンさんを睨むようなことしちゃって……」

 

「あなたが謝る必要は一切ありません。それよりも今はあなたのトレーナーのことを気に掛けることが先決です」

 

「うん、そうだよね。お兄さま、どうしちゃったんだろう……」

 

 ライスシャワーが非常に心配そうな面持ちで彼が出ていった扉の向こう側を見ていましたが、私は彼が動揺していた原因を探るための思考タスク処理をしていました。

 

 最後にライスシャワーが歌ったのは怪我で療養中のとある先輩の持ち歌でした。

 

 彼とは全くの無関係で関連性は極めて低いと分析可能――ですが、彼が『動揺』している結果に結びつきません。

 

 加えて、彼の計算され尽くした効率的な練習メニュー作成とライスシャワーに施していたウマ娘の体を熟知した直接的な指導を行える点。

 

 更にはダンスと歌までウマ娘に沿った指導をすることができる。

 

 ベテラントレーナーですら、ダンスに関しては外部からのダンス専門のトレーナーかダンスが得意なウマ娘を練習台として採用するのが基本です。

 

 今までは彼が優秀だからであると結論を出していました。

 

 しかし、優秀だけで片づけられるレベルでは無くなってきています。

 

 いかに彼がありとあらゆる分野の天才であろうとも……ウマ娘に教える指導力は別ではないのでしょうか。

 

――彼は本当にライスシャワーが初めての担当の新人トレーナーなのですか?

 

 




新たなウマ娘がゲートインしそうです。

一体、誰なんだ……!?

あ、次回からまた酷過ぎる虐待生活に戻ります。


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#8 虐待をすべく、自宅に未成年ウマ娘を連れ込むヤバいトレーナー

ウマ娘とは全く関係ないですが

今期アニメ「ひげひろ」の倫理観のアウトっぷりが半端なくて私は好きです。


 あー、バラードとかマジで気持ち悪くなるから勘弁してほしい。

 

 心が洗われる気がする? 冗談じゃねえよ。

 

 誰があんなお涙頂戴の作為が滲み出ている偽善の塊を聞かなきゃならねんだよ! 気色悪いったらありゃしねえ。

 

「お兄さま、大丈夫? 具合悪そうだけど」

 

「ステータス『不調』だと推測。私が常備している体調安定剤を摂取しますか?」 

 

 オレはトイレで胃液を吐き出した後、カラオケルームに戻った。

 

 すると、ヤツらが妙に心配そうにオレの顔色を伺ってくる。

 

……拷問である「うまぴょい」を強制されて、なお気遣える素振りを見せられるなんてな。

 

「気のせいだって。ほら、いつも通りのフツメンだろ?」

 

 いらぬ心配をかけるヤツらに両の頬に人差し指を押し付けて、ニカっと微笑みかけたらヤツらは顔を赤くして、視線を逸らした。

 

 そうだそうだ、調子に乗るんじゃねえ! 虐待者の鑑たるオレをもっと恐れやがれ!

 いっちょ前にウマ娘がトレーナーのオレのことを心配すんじゃねえよ!

 

――もっと、自分の身のことだけ気にしやがれ。

 

 

 ヤツらの認識を再度改めさせたところで、今日はこの辺で虐待は終わりにしてやろう。

 

 痛めつけすぎて、使い物にならなくなっちまったら本末転倒だ。

 

 飴と鞭は使い分けが重要だからな。

 

 

 後はボーナスタイムとして、オレには何が楽しいのか微塵も分からねえ「クレーンゲーム」をライスシャワーたちにやらせてやる。

 

 こういうのって、女の子は好きなんだろ? 知らんけど。

 

 てか、景品が欲しければ普通にネットとかで買えばよくないか? 時間も金もドブに捨てるクソゲーは見るだけでも苦痛なんだが……アイツらの頑張りに今日は我慢してやる。

 

 ライスシャワーはアームの力の弱いクレーンゲームに翻弄され、案の定オレに泣きついてきた。

 

 憐れなライスシャワーに横でアドバイスを出してやると、ようやく取れて尻尾を左右にぶんぶん振り回して大喜びしていた。

 

 一方、ミホノブルボンは機械類を触ると故障させてしまうという訳わからん言い訳でオレにクレーンゲームをやらせる暴挙に出やがった。

 

 オレを操り人形にしたミホノブルボンは試行錯誤しながら、微調整を重ねてとうとう目的のブツを入手した。

 

「あなたとの、初めての共同作業ですね」

 

 と、目尻を緩ませたコイツはやはりオレの天敵だと実感させてくるわ。

 

 

 ライスシャワーが白、ミホノブルボンが黒のクマのぬいぐるみを確保して満足そうに抱きかかえている姿を見る。

 

 うむ、一生理解は出来そうもねえがアイツらのリフレッシュになったことは間違いなさそうだ。

 

 クハハハ! 次の日からも容赦なく虐待が出来るってもんだな!

 

「今日は楽しかった! ありがとう、お兄さま!」

 

「あなたとのお出かけは大変よい刺激になりました。ありがとうございます」

 

「そりゃ、よかった」

 

 テニスまでは成功だったが、カラオケはオレのメンタルが貧弱なせいで失敗に終わってしまった。

 

 反省点をピックアップし、次は確実にプラン通りの遂行ができるようにならねえと。

 

「……ブルボンさんも今日はありがとね! ブルボンさんのおかげで、よくわかったから」

 

「それは私もです、ライスシャワー」

 

 虐待を受けたもの同士、仲良くなれたみたいだな。

 

 うんうん、良きかな良きかな。

 

 怒りを吐き出す場がねえと、軽度の虐待でも潰れかねないからなあッ!

 

 強引にミホノブルボンは付いてきたが、引っ込み思案のライスシャワーには同志となるウマ娘が必要だった。ある意味ではちょうどよかったのかもしれない。

 

 ひとりぼっちは寂しいもんな。

 

 このまま、ミホノブルボンと仲良くなってくれよライスシャワー。

 

 三冠ウマ娘というデッカイ夢を抱えているミホノブルボンに絶望を送るのがお前の役目でもあるんだからなッ!

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 

 一日を終えて狂気の虐待施設から脱出したオレたちは車に乗り、オレが暮らしているアパートへと向かっていた。

 

 さてさて、予定では外食をするはずだったんだが……何を血迷ったのか、アイツらはオレの手作り料理を食べたいと懇願してきた。

 

 せっかくオレがめっちゃ旨いと太鼓判を押している、スープがレンゲで掬えないほどのギットギト油マシマシ唐揚げラーメン店を紹介してやろうと思ったのに。

 

……ククク、唯一無二のオレの弱みを的確についてくるとはやるじゃねえか! 

 

 そう、料理だけはオレは何をやっても逆効果! 

 

 来る日も来る日も「うまい!」「おいしい!」とディスられ続けてきた。

 

 だがなあ……ミホノブルボンはもちろん、普段からオレの朝食を平らげているライスシャワーも知らねえ。

 

 夜のオレは文字通り、ひと味違うってことをな!

 

 ちょうど、来たる日の虐待のために取り寄せておいた食材が火を放つときが来たようだな……!

 

 

 現地に到着したオレはウマ娘二人を自室へと招き入れる。

 ライスシャワーは慣れた様子で、ミホノブルボンはゆっくりと丁寧に玄関で靴を並べた。

 

 この絵面、普通に考えたら明らかに未成年の女の子を自室に連れ込んでいるヤバイ奴なんだが、今のオレはトレセン学園のトレーナー! 何の問題もねえ。

 

 どこぞの女子高生を連れ込む危機管理のなってねえサラリーマンとは訳が違うんだよ!

 

 が、その前に汗くせえヤツらにはさっさと洗浄してもらわねえとな。

 

「汗かいただろ? 風呂はもう遠隔操作で沸かしてあるから先に……っと、ミホノブルボンは着替えは持ってきているか?」

 

「はい。替えの下着は準備しております」

 

「それならいいんだけどさ……」

 

 上は事前に汗をかくからと持ってこさせたからわかるんだが、下着も一緒になんて妙に用意周到だな……

 

「しかし、疑問。何故、ライスシャワーには聞かないのですか?」

 

「ああ、それはな……」

 

「ライスは朝練終わったら、いつもお兄さまの部屋で着替えをしてから学園に行くの。ある程度の私物を置かせてもらってるんだ」

 

「……なるほど、承知いたしました。朝練後に、ですね」

 

 説明しようと思ったら、先にライスシャワーが答えた。

 

 ライスシャワーには彼女専用の収納スペースを用意してある。ヤツの私物を保管するということは、間接的に人質に取っているわけだ。

 

 私物を取り返すにはオレの家に嫌々ながら来る必要がある。どんなに辛くてもお前はオレから逃げられねえんだよ! クックックク!!

 

 

 

※ ※ ※ ※

 

 風呂に入った順番は先にミホノブルボンで続いてライスシャワーだった。どうやら、仲良くジャンケンをして決めたようだ。

 

 ライスシャワーもミホノブルボンも何か手伝えることはないかと聞いてきたが、やんわりと断っておいた。

 

 今は二人仲良くニュース番組を視聴中だ。

 

 

 

『速報です。サイレンススズカ選手が約1年の休養期間を経て、本日より復帰することが表明されました』

 

『これまで無敗。皐月賞、ダービーを難なく制した二冠ウマ娘がいよいよ沈黙を破り、本格参戦です。菊花賞前での怪我の発覚さえ無ければ、と悔まれたファンも多かったでしょう』

 

『異次元の逃亡者の異名を持つサイレンススズカ選手。これからの活躍に期待が高まりますね!』

 

 

 

「サイレンススズカ先輩、とうとう復帰するんだ……」

 

「正確なラップを刻むだけではなく、最終直線で差しウマのように更に加速するあの人の走りは同じ逃げウマからすると『化け物』としか思えません」

 

 

 ウマ娘は人間よりも耳がいいからテレビの音は小さくして視聴している。オレには内容は聞こえて来ねえが、アイツらが共通の話題で盛り上がっているのは確かだ。

 

 

 よしよし、このまま黙ってテレビを見てくれ。絶対にこっちに来るんじゃねえぞ。

 

 もともと、飯を作る時に他人にウロチョロされるとイライラするタイプだし……なんてったって調理過程を見せるわけには行かねえからな!

 

 何故かって? 知られちまったら逃亡される危険性が高いほどの劇物料理を今日は作るからだよ!

 

「よっし! 出来たぞ~! 待たせたな!」

 

 オラッ! これで完成だ! この飯を喰らい、死の抱擁を受けなァ!

 

 

 初陣を飾るのは「なめこと納豆とおくらの激辛にんにくネバネバパスタ」だぁ!

 

 女の子が嫌う最悪極まりない口臭の元であるにんにくを刻み、鷹の爪をふんだんに入れてパスタに絡めることで激辛ペペロンチーノ風にまずは仕立てる。

 

 で、くっせえひきわり納豆と喉に纏わりつく茹でて柔らかくなったおくらとなめこを混ぜて混ぜて混ぜまくった一品ッ!

 

 湯気と同時に立ち込める臭気とぬめぬめとした触感は吐き気を催さずにはいられねえはずだ!

 

 お次は「ブルーチーズとゴルゴンゾーラのジェノベーゼ!」

 

 まずは匂いの強烈なブルーチーズとゴルゴンゾーラを悪臭に鼻がイカレそうになりながらも刻んで、温めることでドロドロに溶かしておく。

 

 それにオレ自らが実験体となり厳選した強烈な香りを放つバジル、セロリ、パセリの3種をミキサーに投下する。

 

 そして、エイリアンの血液のような緑色となった液体と溶かしたチーズと絡めることであら不思議!

 

 作ったオレですら涙目になるほどの視界に入れた瞬間に食欲が無くなる劇物料理に大変身だ!

 

 

 で、余ったクッソ青臭いバジルソースやベーコンやチーズを使ってポテトサラダを作成ッ! 更にはにんにくとコンソメでスープでもう一品追加ァ!

 

 おまけにパセリとセロリのスムージーをドバドバっと飲み物として補完!

 

 

 クク、悪いなあ。オレは無駄使いは一切しない主義なんでな!

 

 

 ここまでの最低最悪の力作。今日こそは、今日こそはきっとッ!

 

 

「……今まで、食べてきたパスタとは何だったのでしょうか」

 

「ううっ、うう……!」

 

 暗い顔をし出したウマ娘ふたりを見て、オレはほくそ笑む。 

 

――勝った! 今日こそは、勝ったんだ!

 

 ほら、全トレーナーの諸君! ご覧あれ! 

 

 おもてなしをしてやったオレの目の前だから、飯を吐き出せずにぷるぷると痙攣し始めたウマ娘たちをよ!

 

 コイツら、余りにつらくて泣き始めたぞ! 

 

――ん? 泣き始めた? んん? んんんんん???? おかしいなあ、このパターンって……?

 

「もう、あなたの作ったパスタ以外は口に出来ません。食事で涙を流せることが捏造ではないと認識……」

 

「お兄さまの料理を食べて、おいしすぎて涙が止まらなくなるの何回目だろ……!」  

 

 嘘だろ? と思いオレもネバネバパスタから口に入れてみるが……

 

「……ウガッ!?」

 

 ――即座に顔が青ざめるほどの破壊力だった。

 

 や、やはり調理過程は間違っていないはず!

 

 アグネスタキオンにも「ああ、君の料理は最低だよ。実に、実に最低すぎるッ」とお墨付きを貰ったはずなんだが……!

 

 試食段階でも鼻をすすりながら、自らが残虐料理のモルモットになってまで協力してもらったアイツの努力を無駄にしてしまったッ……!

 

 クソがぁああああああああ!! 次は、次こそは絶対に真の意味で泣かせてやるからな!

 

 

 

 

 

 

 

● ● ● ●

 

 

 

「スズカ、足の調子はどうだ?」

 

「グルーヴ、併走ありがとう。今のところは大丈夫そう」

 

「そうか、それは良かった。だが、あまりハメを外し過ぎるなよ。お前はまだ大怪我から復帰したばかりなんだからな」

 

「そうね。気を付けておくわ」

 

「……スズカ。前から思っていたんだが、少し変わったな」

 

「え? そう、かしら?」

 

「以前よりも表情が明るくなったし、憑き物が取れたようにスッキリとした顔をするようになった」

 

「ふふ、グルーヴは私のことをよく見ているわね。もしかして私のこと、好きなの?」

 

「そ、そういうところもだ! 前は人をからかう性格をしていなかっただろ!」

 

「ふふ、ごめんなさい。でも、そうね。たぶん、私が変わったように見えるのは――ケガをしたことで私にとって一番大切なことを思い出せた(・・・・・・・・・・・)から」

 

「なんだ、その大切なことって」

 

「それはね……」

 

「それは?」

 

「それは……うーん、やっぱり秘密にしておくわ」

 

「おい! さんざん溜めておいてそれか!? 中途半端に止められたら気になってしまうではないか!」

 

 

 




クズの部屋に私物を持ち込むことでマーキングをするライスシャワー。

後から入ってきた新参者にしっかりとマウントを取っていく。

尚、新参者もまたライスシャワーが口を滑らしたせいで良からぬことを企んでいる様子。


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#9 ウマ娘に対する虐待の対価

今回は虐待成分少な目で申し訳ないでやんす。


 まだまだ真夏並みに暑いせいでやる気が削がれる9月下旬。

 

 昨日、短距離とマイルしか出さないと未だにほざいていた虐待精神の足りないミホノブルボンのトレーナーとバッチバチの口論をしたせいでオレの気分はガタ落ちになっていたんだが……

 

「ライスッ! また頭が上がってるぞ! 姿勢はより低くしろ! コーナーでスピードを落とさないように!」

 

「は、はいっ!」

 

「練習は本番のように! 本番は練習のように、だ! 刹那の瞬間まで感覚を研ぎ澄ませ!」

 

 そんな中、オレは汗だくになりながらライスに苛烈な虐待をすべく鞭を打っていた。

 

 ククク! これよこれ! 嫌で嫌で仕方ないのに耐えるしかない惨めで懸命な姿ァ!

 

 これぞ、オレのウマ娘にふさわしい。テンションもおかげさまで相当戻ってきた。

 

 お前が苦しむ姿を見れれば、オレが最高に興奮出来てハッピー。

 その代わり、お前は並みのウマ娘なんかと比較なんてできねえ高みへと辿り着けるんだ。

 

 と、ライスシャワーがフラフラの状態で戻ってきたな。

 

「お疲れ様、今日のメニューは終了だ。最後の方はようやくマシになってきたな」

 

「……はぁはぁ。ホ、ホントに!?」

 

「マシ、になっただけだ。あまり調子に乗るんじゃない」

 

 ライスシャワーに指導している内容は何も知らねえウマ娘なら及第点を与えるところだが、オレが虐待するウマ娘ならこんなもんじゃ全然足りねえ。

 

「あうぅ。ごめんなさい……」

 

「ハハ、なんてな。よくやってるよ、ライスは」

 

 オレの手厳しい指摘に落ち込んだ様子のライスにオレは慰めの言葉をかけてやる。

 

「でもでもっ! こんなに教えてもらってるのに、ライス全然お兄さまの教えを身に付けられないし……」

 

「……実はな。オレが教えているのは才能があるだけじゃ身に付けられない走法なんだ」

 

「え? そ、そうだったの!?」

 

「ああ。この走法はいかに才能のあるウマ娘でも2日と持たずに体を壊す」

 

 隠された衝撃の事実にライスはぎょっとした顔をする。

 ククク、おぞましいトレーニングだと今の今まで教えてなかったからな。

 

 まあ、危険といってもケガをしないように管理しているが。

 

「でも、ライスはケガをすることなく1カ月以上トレーニングを続けられている。それはな、ライスの体が現役のウマ娘と比較してもかなり丈夫になった証拠だ」

 

「けど、ライス何もやっていないのに……」

 

「やってきたよ。お前は客観的に見て、オレが出す非常に辛いトレーニングから決して逃げ出さなかった。それは十分すぎるほど、他人に誇っていい事実だ」

 

「お兄さま……」

 

 なんだか感極まっているようだが、何か感動するところはあったか?

 貶すべき点は貶す。褒めるべき点は褒める。

 

 虐待を好きだろうが、嫌いだろうが人として当然のことを言っているだけなんだが。

 

 

「さて、ライス。残り3カ月になったけど、今年の目標を伝える」

 

 段階式に虐待の強度を上げていく中で歯を食いしばり、ボロボロになりながらもきちんと付いてくる健気で可愛くて虐待しがいがあるライスシャワーにオレが考えている目標を伝える。

 

「う、うん!」

 

 ここでオレは右手の人差し指と中指を2本立てた。

 

「今年の目標は11月の京都ステークス。そして、12月のホープフルステークスで1着になること」

 

 立てた指を1本ずつ畳んでそう伝えると、垂直に耳を尖らせたライスシャワーはあわあわと手を振りだした。

 

「京都ステークスって重賞レースだよね? そ、それにホープフルステークスって!?」

 

「新バ中距離最強を決めるG1レースだな」

 

「む、無理だよ!? だ、だってライス、今だって全然ダメダメだし……」

 

「ダメじゃない。何のためにウイニングライブの練習をやったと思っているんだ? ライスも言ってただろ? そろそろ勝った時のことも考えておかないとって」

 

「ううっ……確かに言ったけどぉ」

 

「いつも言っているけど、もっと自分に自信を持て」

 

 圧倒的なまでの自己評価の低さ。

 そんなライスシャワーの貧弱な性格がオレが虐待する面で扱いやすい。

 

 が、いずれ矯正させたい部分でもある。

 スポーツだけではない。ギャンブルだってそうだ。

 

 自分を信じられねえヤツは小さな勝負には勝てても、大舞台での勝負には勝てないもんだ。

 

「でも……」

 

「オレはな、その人に到底出来ないことは絶対にさせない」

 

「……ふえっ!?」

 

 語尾を強めた上で、オレはライスに近づいて泥がついている小さい手を取った。

 

「――このままトレーニングを続けたライスなら、絶対に勝てる」

 

しばらくの間、嫌悪感から固まっていたライスシャワーだったが……ようやく弛んでいた精神が引き締まったようだった。

 

「……うん、わかった。ライスね、まだ自分のことは信じられないけど……お兄さまのことなら信じられる」

 

 決意を秘めたライスシャワーはオレの手を握りしめ、両の手で包み込んだ。

 

 嫌悪感も何もかも飲み込んでやるといった意志の強さが感じ取れる握り方だ。

 

「だから、お兄さまにはもっともっと厳しくライスを鍛えて欲しいな。ライスがライスのことを認められるように……ずっと、ずっとお兄さまに幸せを与えられるウマ娘でいられるようにがんばるから!」

 

「もちろんだ」

 

――クハハッ! 計画通り! こうも思い通りいくとはな!

 

 危険であると伝えた以上、これ以上のトレーニングは流石にウマ娘との同意が無いとさせられないしな。

 

 だが、イリーガルユースオブハンズを使いつつ、ライスシャワーにまともな思考を取り上げた上で勝利という巻き餌で自らいばらの道へと足を踏み入れさせたッ!

 

 ああ、次はどんなトレーニングでかわいい顔を歪ませてやろうか。ワクワクが止まらねえなァ!

 

 やっぱりトレーナーって最高だぜ!

 

 

 さて……絶対に勝てるとライスシャワーに宣言してしまったからには、アイツに栄光を掴ませてやらないとならない。

 いかに私利私欲でトレーナーという虐待業を満喫しているクズとはいえ、ライスシャワーが恨みがましいオレから受けている絶え間ない苦痛に見合う対価を提供する義務がオレにはあるのだから。

 

 

――ところで、アイツが学園内でオレに接触してこない様子を見るとどうやらオレのことは覚えていないようだ。

 

 まあ、当たり前っちゃ当たり前なんだが……杞憂で済んで助かったわ。

 

 

 

 




ある日のトレーナー室での一幕。

「あなたは(ド変態である)ミホノブルボンのことを何も分かっていない」
「私は彼女のトレーナーだぞ。君よりは理解しているつもりだが」
「碌に彼女のことを見ようとも(虐待)しない癖によくそんな台詞が出てきますね。あの娘がどんな想い(被虐による快楽目的)で過剰すぎる自主トレーニングを続けているとお思いですか?」

と、傍から見ると熱い説得を重ねる+(被虐による快楽を与えない虐待)トレーニングメニューを差し出したことで、ミホノブルボン陣営の方針が変わったとか何とか。

で、トレーナー室の扉の前で佇む一人のウマ娘が尚のこと想い人へ熱情を募らせたとか。


次回、魔改造ライスシャワーがクズトレーナーの代わりに同期のウマ娘に真の虐待をする話です。


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#10 京都レース場 GⅢ 京都ステークス 芝2000m/蹂躙開始

情けないクズの尻拭いをする虐待ウマ娘の鑑。


 

――京都ステークス。この年、かの重賞レースに出走したウマ娘は絶望とは何か身を以て知ることになる。

 

 絶望の体現者――ライスシャワーによって。

 

 のちに漆黒の追跡者、魔王、史上最強の悪役(ヒール)と評されるウマ娘が蹂躙劇のコンサート場として初めて選んだのが淀の地であった。

 

 

 

 

 

 

● ● ●

 

 

「まもなく始まります。新バにとって希望への架け橋となるG3レース・京都ステークス。天気は雲一つない快晴。バ場も走りやすい良バ場との報告が上がっています」

 

「さて、注目のウマ娘を紹介しましょう。一番人気は1番・セキバリュウコウ。前戦では2着と3バ身差の見事な勝利でした」

 

「直線が短いこのレース場でも彼女の末脚が爆発することを期待されていますね」

 

「2番人気はこの娘、3番・サンキューレター」

 

「前戦のトライアルでは堅実な先行策で2バ身差の勝利を収めています。ただ出走スケジュールが過密の為、1番人気を譲った形になるでしょう」

 

「そして、3番人気は4番・レリックアース」

 

「ムラッけのあるウマ娘ですね。ただ、レース展開が噛みあえば圧巻のレースを見せることもあります」

 

「本レースの人気ウマ娘の紹介でした。改めて、ここでゲストを紹介しましょう。先月、見事に天皇賞・秋を圧勝したサイレンススズカ選手です」

 

「はい、サイレンススズカです。よろしくお願いします」

 

――私・サイレンススズカは今、重賞レースのゲストとして招かれている。

 

 自分で言うのも恥ずかしいけれど、復帰戦での劇的な勝利で今の私の人気は相当高いみたいだし……その影響でゲストに抜擢されたのでしょう。

 

 元々、人と話すのは苦手だったけれど……あの人のおかげで受け答えが容易にできるようになった。

 

 そんなことすら、“あの”直前まで忘れていたなんて。

 

 もう、私で“私”を殺したくなっちゃう……ううん、殺すだけじゃ飽き足らないわ。

 

 涙と苦痛に顔を歪ませ、ありとあらゆる懺悔の言葉を聞き出してからじゃないと……って、ダメよスズカ。

 

 そんなことしたら、またあの人のことを忘れちゃうかもしれないから絶対ダメ。

 

「先日のレース、復帰したばかりとは考えさせない見事な走りでしたね!」

 

「ええ、皆さまの期待に答えられて良かったです」

 

「ここでレースの現役専門家であるサイレンススズカさんに伺ってみましょう。ズバリ、このレースでサイレンススズカさんが注目する一押しのウマ娘はどの娘でしょう?」

 

「そうですね……やはり、ライスシャワーさんでしょうか」

 

「ライスシャワー、ですか?」 

 

「はい、ライスシャワーさんです」

 

「……えー、8枠10番ライスシャワーは本レース8番人気ですね。京都競バ場で外枠は不利とされていますし、過去の模擬戦も直前で出走停止となることもあった実力未知数なウマ娘なので人気下位ではありますが……サイレンススズカさんは彼女と学園内で関わりが?」

 

「ええ、深い交流はありませんが……このレース、勝つのは彼女でしょう」

 

 だって、あの人が選んだウマ娘ですもの。この実況の人、勉強不足なのではないかしら……なんてね。

 

「理由も伺いたいところですが……いよいよファンファーレが響き渡ります! さあ、夢に一歩近づけるのはどのウマ娘なのか!」

 

――ふふ、あの人が選んだウマ娘が一体どんな走りを見せてくれるのか……楽しみ。

 

 

 

 

 

● ● ●

 

 

 

 

「さあ、スタートしました! 飛び出していったのは5番、続いて7番、その後にサンキューレター、内をついてレリックアース、6番、2番、9番、8番と続きましてその少し後方にセキバリュウコウ、最後方にライスシャワーという展開」

 

「……あら」

 

 デビュー戦や学園内での模擬戦ではあの子は先行策しか採用していなかったはずだけど……あえての後方策とは。

 

『早くも1000mを通過。タイムは59.5秒とややハイペース。先頭から最後方まで未だに13バ身以上の差があるぞ!』

 

――なるほど。ああ見えて、派手な勝ち方が好きなエンターテイナー気質のあの人らしい。

 

 ここで私にはこのレースの結末が見えた。このレースにあの子を出した目的も。

 

 あの人の考えていることがわかったことに私はあの人と未だに繋がっていることに当然のことながら喜びを感じた。

 私たちの縁は例え死んでも切り離せないものですからね。

 

「残り700mを通過。レース展開もいよいよ激しさを増してくる! お、ここで先頭がサンキューレターに変わる! 負けじとレリックアース追走! 内をついたセキバリュウコウも徐々に先頭集団目掛けていく!」

 

 先頭集団も差しウマも仕掛け始めるけれど、ここで仕掛けるようでは遅い……ううん、ちょっとだけ違うかな。

 

――ここで仕掛けなきゃいけない力量じゃ、そもそも勝負の土俵に上がれていない。

 

「あ、ここでライスシャワーが動いた! ぐるりと大外を回ったライスシャワー、ぐんぐんと加速していく! しかし、最後方の不利なこの位置から間に合うのか!?」

 

 決まった。こうなってしまうと、マークを外してしまっている彼女たちに為す術はない。

 

「残り400mを通過! 先頭はサンキューレターとレリックアースの叩き合い! セキバリュウコウも追ってくる! やはり、この3人のレースに……いや! 大外から漆黒の影が迫ってくる! 迫ってくる! なんなんだ、この速さは!?」

 

 レース全体を眺められる特等席から見ていると、ライスシャワー以外のウマ娘がスローモーションに見える。ひと際小さい体が新緑のターフを黒く、黒く染めていく。

 

「まもなく残り300mに差し掛かる! ここでライスシャワー、捉えた! 先頭集団に並び……いや、並ばない! 並ばない! 無慈悲にも彼女たちを置き去りにした! 淀の地に黒き暴風が吹き荒れる! ライスシャワー、5バ身、6バ身とリードを広げていく! な、なんという末脚だ……ライスシャワー、今1着でゴールイン!」

 

 瞬きすら許さない彼女の走りにレースの決着がついたのにも関わらず会場は静まり返った。結果は2着と9バ身差の圧勝。

 

 そして、結果が表示された後にこのレースの勝利者の顔が電光掲示板にアップで映し出された。

 

――その時の勝利の余韻に浸る訳でもなく、ただ嗤っていた。

まだまだ走り足りないと言わんばかりの表情に現実を受け入れられないウマ娘・観客ともに全身が凍り付いていた。

 

「……私もレースが終わってもなお言葉が出ません。これで勝ちウマとなったライスシャワーはホープフルステークスの出走条件を満たしました。いや、それにしてもサイレンススズカさんの見立て通りの結果になりましたね」

 

「いえ、見立て以上でした……ふふ、あの子のファンになっちゃったかも。今からライスシャワーさんの次のレースが楽しみです」

 

 唯一抜きんでていた頃のスペちゃんや遊びごころを排除した全力のゴールドシップのように後方から苛烈に追い上げてきたライスシャワー。

 

 アレは余程の強心臓の持ち主でない限り、狼狽しないウマ娘はいない。

 

 ましてや、まだまだレース経験の浅い子からすると『どんなにベストな走りをしても、必ず後ろから差される』印象を植え付けられたに違いない。

 

 それは凶悪犯に追い回されて命からがら逃げてきた被害者のように、二度と忘れられないトラウマになりかねない。

 

 ちょっとだけかわいそうで同情しちゃうかも……

 

 これからどんどん成長していくことも考えると、彼女と同じ距離を走るウマ娘にとって共通の敵以外の何物でもないでしょう。

 

――それなら、バランスを取らなきゃいけませんよね? ね、トレーナーさん。




きっと次のレースはこんな無慈悲で悲惨な事にはならないでしょう。

”希望”の名がついている未来へ羽ばたく為のレースですからね。


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#11 虐待したウマ娘の虐待に大興奮した件

「はは、ハハハハッ! クハハハハハハハッ! どうだッ!」

 

 我が虐待の化身であるライスシャワーが後方から全バをぶち抜いた光景を見て、オレは笑いを堪えることができなかった。

 

 やってくれたぜ、チクショウ!

 

 本来のライスシャワーの脚質や性格的にターゲットとなるウマ娘を徹底的にマークをするヒットマンスタイルが合っているんだが……このレースでライスシャワーの敵になりそうなウマ娘はいなかった。

 

 ならば、全員を標的にして虐待してしまえばいいという追込へと作戦を切り替えた。

 

 オレの虐待を耐えてきた今のライスシャワーに芝2000mは短い。

 

 故に残り700m地点で仕掛けてもスタミナ切れは起こさない。あとは練習通りに走ってくれれば、蹂躙は完了する。

 

 おいおい、見たかよ! ライスシャワーの実力を思い知ったアイツらの間抜け面を!

 

 ウッハァ! 気持ちイイねえ! 

 

 ライスシャワーを意気地なしで根性無しのクソザコウマ娘だと勘違いしていた全てのアホ共に二度と消せない敗北と屈辱の刻印を焼き付けてやったッ!

 

 クハハ! ザマァ見ろ!

 

 お! 今日の虐待劇の立役者がオレ目掛けて超特急で来たな。しょうがねえ、素直に褒めてやるか。

 

「えへへ! ライス、やったよ!」

 

「よし! 偉いぞ~、ライス~。偉いぞ~」

 

 息を乱していないライスシャワーの頭を撫でると、少しだけ汗に濡れた艶のある黒髪の手触りと共にレース後の熱気が手に伝わってきた。

 

「でも……あんまり歓声は貰えなかったな。あっ、おこがましいのはわかってるんだけど……ライスが勝っても喜んでもらえなかったのかなって」

 

 そう言い、ライスシャワーはほんの少しだけ残念そうな顔をした。

 

 あら? この程度か? もっと落ち込んでいる顔をすると思ったんだがな。

 

 確かに歓声は少なかったが、それほどライスシャワーが与えた衝撃の余韻が凄かったということだろう。

 

「安心しろ。勝ち続ければ、いずれレース場はお前を称える歓喜と祝福の声一色になるはずさ。それに」

 

「…………?」

 

「例え、誰もライスを称えなかったとしてもオレだけは全身全霊でお前を称えてやるから」

 

「……うん! ライス、お兄さまに喜んでもらえるのが一番うれしいんだ。これからもライスは勝つよ。だからね、見捨てないでずっと見ていて欲しいな」

 

「見捨てろって言われても、見捨てないよ」

 

「……も~っ! お兄さま、ちょっとカッコつけすぎだよぉ!」

 

「え? そ、そうか?」

 

「うん……あんまり他の人にはしない方がいいと思うな。でもね、やっぱりどんなお兄さまでもライスは大好き……お兄さまさえいれば、ライスはそれだけで幸せだもん」

 

 そういって、火照った体をオレに押し付けてくるライスシャワーがクッソあざとい。

 

 今日はお前が主役なんだし、スポッチュの時以上にバッチリ注目浴びてんのに気づかねえのか? 

 

 全く、お恥ずかしい奴め。

 

 しかしまあ、目的が達成できて一安心だな。

 

 レースに“絶対”はないのはオレはよく知っている。結果は最後まで見てみないとわからないものだ。

 

 このレースに出走させたのはホープフルステークスの優先出走枠を手に入れる以上にライスシャワーに自信をつけさせるためでもあった。

 

 相対的な結果は自信へと繋がり、アイツの実力はより盤石なものへと近づいていく。

 

――だが、あれだけオレが虐待を重ねても堪えるばかりでしょぼい反抗しかしてこないのは問題だ。

 

 反抗させるだけさせ、屈服させてこそ虐待を楽しめるというもの。

 

 今だって、媚びを売るように虐待者であるクズのオレを大好きだとのたまっている。

 そんなことで懐柔されるオレではねえことぐらい知っているはずなんだが……言ってみるだけタダってヤツかもしれないな。

 

 だが、このままではダメだ。もっと虐待しなければ。

 肉体面だけではなく、なかなか育たない精神面を中心にな。

 

 喜んでいるコイツは重大な思い違いをしている。

 

 前にお前は自分のことは信じられないけど、オレのことを信じるって言ったよな?

 

 けどな、最後に信じるべきはオレじゃねえ。ライスシャワー、お前自身なんだよ。

 

「じゃあ、お兄さま。ウイニングライブの準備してくるねっ」

 

「ああ、最前列で楽しみに待ってるよ」

 

「うん! がんばるぞ~、お~!」

 

 正直、言いたいことはまだまだある。このレースだって、練習の7割程度の力しか発揮できていなかったしな。

 

 でもまあ……今は締めにかつてない規模で視姦されるライスシャワーのウイニングライブをしっかりと眺めてやって、虐待の余韻を味わうとしようか。

 

 

 クックック! フワアッハハハハア!!

 




あ、そうそう。タグにダークサイレンススズカを追加しておきます。


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#12 『愛』

ダークチップヲツカイナサイ……


 京都ジュニアステークス。

 

 周りのウマ娘を歯牙にもかけずに蹂躙したあの時のライスシャワーの走りを見て、私は思考回路に大きな損傷を受けてしまいました。

 

――私は、ライスシャワーに本当に勝てるのか?

 

 このような脆弱な意思では勝負をする前から負けている。ですが、日に日に焦りと不安は募っていくばかり。

 

 このままでは、彼の『絶対』がライスシャワーで固定されてしまう。それだけは『絶対に嫌』なのです。

 

 弛んだ考えを振り払うべくマスター……いえ、彼の考案してくれたトレーニングを日々こなすも全然足りないと分かってしまう。

 

 彼のトレーニングを受けている私と彼からトレーニングを受けているライスシャワーでは努力量で補いきれない溝が生まれ始めているのですから。

 

 もちろん、努力量で補いきれないのであれば更なる努力を重ねるのが私のスタイルです。

 

 しかし、私が無理に体を酷使すればまた優しい彼を悲しませることになります。

 

……それはそれで『高揚』しますが、彼にはずっと傍で見守っていてほしい。

 

「19時30分ジャスト。デイリータスク、オールクリア。クールダウンに移行」

 

 ですので、誠に不本意ながら最近は自主練習を短めに設定してあります。

 

 しかも……今日は1週間に1度発生するチャージタイムが訪れるのですから。

 

 彼の自室にお邪魔し、一緒に食事をとり会話をする私と彼だけの大切な時間。

 

 それだけでも贅沢すぎるのですが……直接、私の肉体に彼の手が触れるマッサージの時はまさに至福。

 

 彼から与えられる心地よい痛みはようやく彼に全てを支配されているような感覚。まさに彼だけの所有物になったような気分になります。

 

 しかし、人とは強欲なものです。幸せを享受すればするほど、より多くの幸せを望んでしまう。

 

 業が深いからこそ、人は過ちを犯し続けるのかもしれません。

 

 クールダウンをし、後片付けを終えた私はトレーナー室に行く途中にある三女神の像の辺りに差し掛かったところでした。

 

「こんばんは、ミホノブルボンさん」

 

 鈴が鳴るような可憐で美しい声の持ち主に急に話しかけられた私は声の方向を確認すると、女神像の影から思わぬ人物が現れました。

 

「……サイレンススズカ先輩」

 

 比較的体格の良い私と違って、今にも簡単に折れてしまいそうなほど華奢な体とすらりとした細長い手足。

 

 走る以外の機能は全て置いてきたかのようなウマ娘の理想に近い彼女のプロポーションは星の光と女神像の噴水のきらめきに照らされて、とても美しかった。

 

「今日は肌寒いけれど、星がよく見えてとても綺麗ですね。こんな日は思わず走りたくなっちゃう」

 

「その思考に至るまでのプロセスが私には不明です」

 

 彼女のことは以前から気になっていましたが、今はそれどころではありません。

 

「では、私は未達成のミッションがあるのでこれで失礼します」

 

「……待って」

 

 真正面に立っていたサイレンススズカ先輩の横を通り過ぎようとした私は彼女に腕を掴まれました。

 

 彼女の手はまるで死人のように熱を帯びず、ひんやりとしていた。動揺した私は反射的に腕を振り払いました。

 

 反動で少しよろけた私でしたが、彼女はその場から一歩も動いていませんでした。

 

「少しだけ、私とお話をしませんか?」

 

「”少し”とは、正確な時間に換算するといかほどでしょう」

 

「そうね。3分あればいいわ」

 

「……では、3分で。私もあなたに聞きたかった要件があります」

 

「ありがとう。じゃあ、単刀直入に聞きますね」

 

 ここで数拍置いたサイレンススズカ先輩は美しい微笑を携え、私が真っ先に飛びつくであろう話題を振ってきた。

 

「――ライスシャワーさんに勝ちたくはありませんか?」

 

「……ッ!?」

 

「あなたさえ良かったら、私の経験と技術を全て教えましょう。あの子に勝つ方法も、ね」

 

「……仮にあなたの提案が本当だったとしても、あなたにとってメリットが何一つありません」

 

「うーん……同じ逃げウマであるあなたに期待しているからではダメかしら?」

 

「ダウト。あなたの発言は真意ではありません」

 

……彼と出会う前の私なら、嘘か本当か区別はつかなかったでしょう。

 

 しかし、サイレンススズカ先輩の言っていることは嘘です。彼と違って、彼女の言葉には1ミリも熱量を感じません。

 

 彼はどんな時でも一生懸命かつ真剣に、相手のことを思いやる発言と行動をする。

 

 彼の底抜けの『善意』を知ったからこそ、彼女の『悪意』を見抜くことができたのです。

 

「あら、あっさりバレちゃった……私の同志なだけあるわね」

 

 同志? 彼女は何を言っているのでしょう。

 

「じゃあ、建前じゃなくて本音をいいましょう」

 

 彼がライスシャワーを見るときとそっくりな表情をしたサイレンススズカ先輩。

 けれど、そこには彼のような優しさと暖かさは微塵もなかった。

 

 どこか浮世離れした儚げで清廉な雰囲気を持つ彼女とは真逆の――ヘドロのように粘々と絡みつく黒い言葉に私は一瞬耳を疑う。

 

「私にとって、ライスシャワーは目障りで邪魔な存在なの。だから、あなたにはライスシャワーを二度と立ち上がれないほど徹底的に潰してほしいの」

 

「え……?」

 

「聞こえなかったですか? なら、もう一度……」

 

「ライスシャワーが邪魔で、目障り、だなんて……そんなことは」

 

「何も隠す必要はありませんよ。あの人の傍にいて、恵まれているあの娘に今すぐ消えて欲しいと願うあなたの気持ちはよくわかるわ」

 

「……」

 

「私なら、あの人をもっと喜ばせられる。あの人の願いを叶えられる。あの人の為にもっと尽くしてあげられるのにって思ってしまいますよね?」

 

 ダメです。表面上は彼と似た笑みをする彼女の倫理観が破綻したクリアボイスに耳を傾けてはいけない。そう頭の片隅では判断しているものの、全身の神経は既に彼女の甘言を聞くための準備を整えていた。

 

「今の私なら、あなたのことを勝たせてあげられるわ。逆に私の力を借りずに勝つのは……ゼロとは言いませんが、非常に難しいと思いますよ? 少なくともクラシック戦では勝てないと断言しましょう」

 

 淡々と暗闇に閉ざされた未来について語るサイレンススズカ先輩に私は何も言い返せなかった。

 

……クラシック期では勝てない? それは許容できない。私の目標はクラシック三冠。そして、新たな夢は彼の『絶対』を私で塗り替えること。

 

 そうです。『今』をライスシャワーに奪われているのなら、『未来』を私は手に入れる。

 

「私はあなたの夢をサポートするわ。その見返りとして、成就したあなたの夢の”おこぼれ”を私に分けてもらえればそれで満足です」

 

 そのためには確実にクラシック期でライスシャワーを上回る必要があるのです……彼女の提案は私にとって渡りに船。

 

 

 

 

 

――けれども。

 

 

 

「……申し訳ありませんが、お断りします」

 

「あら……どうして断るの?」

 

「あなたのことが一切信用できません。加えて、私は私自身の力でライスシャワーを打倒しなければならないのです」

 

 彼女の手を取ったら二度と取り返しがつかなくなりそうな予感がした。底知れぬ恐怖と本能が私の利己心を押しとどめてくれました。

 

「……うん、わかりました。今はそれでいいでしょう。ごめんなさい、時間を取らせてしまって」

 

 望む回答が得られなかったのにも関わらず、彼がライスシャワーに向けるような微笑みを保った彼女はとても陰謀や策謀を考えない純粋無垢な少女の顔をしていました。

 

 それが、また不気味で歪です。

 クスリと笑いつつも背中を向けて、去ろうとしていたサイレンススズカ先輩でしたがもう一度こちらの方を振り返りました。

 

「あ、私に聞きたかったことって何かしら? お詫びになんでも聞いてくださいね」

 

「……では、質問いたします。あなたとライスシャワーのトレーナーとの関係は?」

 

 ずっと聞きたかった。学園でも示し合わしたように一切接触をしない何の関わり合いのないように見えるあなた達の関係を。

 

 すると、突然無表情になったサイレンススズカ先輩は質問に質問を被せてきました。

 

「”死がふたりを分かつまで”って結婚式での誓いの言葉があるのは知っていますか?」

 

「存じております」

 

「なら、ミホノブルボンさんはこの誓いを素敵だと思うかしら?」

 

「はい。愛し合う男女が永久を誓えるのですから」

 

 両親にも言われてきました。この言葉通り、永遠の愛を誓える人を見つけなさいと。

 

 私も彼と『そういう』関係になれたのであればと想像したことは幾度としてあります。

 

 その度に多幸感に身を悶えさせ、愛し合う男女の行為を行っているところまで想像し快楽で脳がショートしかけたこともありました。

 

 想いを馳せらせながら出した私の回答にサイレンススズカ先輩は無表情を崩し……

 

「……ふふ! うふふ! あははッ!」

 

 さもおかしそうに……胸に秘めた何かを吐き出すように嗤った。

 

「私もね、昔はとても素敵な言葉だと思っていたの。でも、それってどちらかが亡くなってしまったら永久の誓いとは言えないわよね?」

 

「……ッ!?」

 

 段々と人間らしい熱を帯びていくサイレンススズカ先輩に私は一歩後ずさってしまった。

 

「そんなのは、私が見たかった景色なんかじゃない。だって、おかしいもの。死んじゃったら、繋がりが無くなるなんて。想い人の永遠を手に入れられないなんて。違うわよね。本当の愛ってもっと違うものだったの……!」

 

――解析不能。何を言っているのでしょう、この人は?

 

「これが、あの人と私の関係の答えよ」

 

 今までにないほど瞳と台詞に情熱を灯しつつも回答を返さない彼女に今すぐ精神科での受診を推奨したいところです。

 

 しかし、彼女の発言は不思議と私の胸の内にすとんと収まりました。妄言であっても彼女は自分を信じているのでしょう。

 

 ですが、彼女の発言を受け入れられるかどうかは別。人間は理解できないものと相対した時に拒否反応を示すといいます。

 

 彼が介入しなければ、本来なら分かり合えるはずのライスシャワーとは全く違った嫌悪感は拭いきれませんでした。

 

 

 正直、私はサイレンススズカ先輩のことは輝かしい実績以外ほとんど知りません。けれども、彼女の人柄はどこか天然で人付き合いもあまり良くない内気な性格だったと学園内で聞いたことは何度もあります。

 

 が、目の前の彼女はとても前情報には当てはまらない人物。まるで顔と造形だけが同じな別人物のようでした。

 

 そのことが非常に気味が悪く、冷静さを失っていた私は心に秘めていた言葉が漏れてしまった。

 

「……あなたは一体、何者なのですか?」

 

「私は、サイレンススズカ。走ることが大好きだった(・・・・・・)、あの人のことをこの世の誰よりも愛しているウマ娘よ」

 

 張り付けていた笑顔の仮面を脱ぎ捨て『愛』というワードに載せた汚らしい執着と嫉妬に塗れたサイレンススズカ先輩の狂った表情は鏡で見た私の姿と重なった。

 

 確かに私とサイレンススズカ先輩は同類でした。

 

 私の積もり重なる溢れるばかりの想いは到底『恋』では収まりきらない。

 

 生まれて初めての甘くて、苦しくて、暖かくて、切ない……彼の全てが愛おしく思う想いの強さで負ける訳にはいかない。

 

「では、時間が出来たらまたお話しましょう。そうね……年明け前辺りがちょうどいいと思うわ」

 

「……何度話そうともあなたの手は借りません」

 

「ミホノブルボンさんの次のレースは朝日杯でしたよね? 応援していますね。私はあなたの味方ですから」

 

 伝えたいことを一方的に伝え、今度こそ立ち去るサイレンススズカ先輩に私はようやく一息つけました。

 

 背中に張り付く汗はトレーニングで生じたものとは異なった非常に気持ちの悪いものだった。

 

 

――今は一刻も早く、彼に会いたかった。そうすれば少しはこの寒気と嫌悪感も収まるはずだから。




ダークサイレンススズカさんが物語を暗くしてしまったので

次回は希望溢れるレースのお話になります!



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#13 中山レース場 GⅠ ホープフルステークス 芝2000m レース前・パドック場にて

注意:ライスシャワーさんは非常に緊張なされていらっしゃいます。


――ジュニア期の総決算であるG1レース ホープフルステークス。

 

 レース名の通り、前途有望なウマ娘のみが出場できるクラシック戦線を占う試金石となるレースである。

 

 勝者はただひとり。それ以外は全て敗者。

 

 勝者は自身の未来が明瞭であることを確信し、敗者もまた苦々しい敗北を糧にして夢の舞台へと駆け上がっていく。

 

 ただ、この年だけは違った。そこに夢も希望も存在しなかった。

 

 この年、ホープフルステークスに出走した夢を駆けるウマ娘たちは知ることとなる。

 

 ひと際輝いていた才能は、安物のアクセサリーのように取るに足らないものだったことを。

 

 磨き続けてきた努力の結晶は、ただの石ころでしかなかったことに。

 

 尊厳も、努力も、憧れも、諦めすらも彼女には決して追いつけない。

 

『魔王』の前に愚民は首を垂れて跪き、ただ息を吸うことしか許されなかった。

 

 彼女はまさしく全ウマ娘の”絶望”であった。

 

 

● ● ● ●

 

 パドック場。レース前に観客たちがウマ娘の状態を見極めに用意された簡易舞台である。

 

 ウマ娘は一人ひとりジャージやジャケット等で上半身を隠し、パドック場で豪快に脱ぎ捨てる。

 

 その度に巻き起こる歓声がウマ娘の力となり、ファンも更にレースにのめり込むのだ。

 

 会場のボルテージが上昇していく中、観客たちはとあるウマ娘の登場を今か今かと待ちわびていた。

 

「続きまして、8枠14番ライスシャワー!」

 

「前走の京都ステークスではなんと9バ身差の圧勝! 本レースでは圧倒的1番人気の彼女は今日も全ウマ娘を背後から蹂躙するのか!?」

 

ゆっくりと舞台に登場した彼女が指定地点で身に纏っていた漆黒の外套を高らかに脱ぎ捨てた。

 

 隠されていた衣装は外套と同じく黒を基調とした勝負服。腰には煌びやかな短剣の鞘が飾られていた。

 

 服装や仕草までも注目を一身に集めたライスシャワーに歓声はどっと湧き、それと同じくらいどよめきも起きた。

 

 それは、何故か?

 

「なんか、全然強そうに見えないんだけど……」

 

「なんだか暗いし、愛想もあまりないな……前走はGⅢだったし、相手が弱かったのかな?」

 

 今までパドックでお披露目されていたウマ娘と比べてライスシャワーが強そうなウマ娘に見えなかったのだ。

 

 彼女の体は小さく、出走する他のウマ娘と比べると体格は下の下。

 

 表情は自信に満ちているわけではなく、視線を下げたまま観客の方を見ようともしない。

 

 ウマ娘をあまり知らない人々にとって期待外れもいいところだった。

 

 昨今、ウマ娘の人気……特にトゥインクルシリーズのファンの熱狂ぶりは凄まじいものになっている。

 

 その分、昔からのレース好きではなくレースに見識のない新参のニワカ勢が大きく幅を利かせていた。

 

『中山の直線は短い』『大ケヤキを超えたら第4コーナー』など古参のファンからしたら、鼻で笑うような基礎知識をしたり顔で語る連中には未だに彼女の実力が見えていなかった。

 

 一方でウマ娘オタクといっても差し支えない、暇さえあれば全国あらゆるレース場に顔を出している2人組の男は最前列の席からライスシャワーを観察し、持っていたドリンクを落としかけたほど心底驚愕した。

 

「おいあの子、マジでジュニア期に出る子なのか? ありえないだろ……」

 

「ああ……仕上がりすぎている」

 

 小さく細身の体に目を疑うほど凝縮された筋肉。逸脱した筋肉量を活かすための体の柔軟性と大木のように揺るがない体幹。

 

 そして、一瞬だけ覗かせた観客に見せようとしなかった人を視線だけで殺しかねない眼光。

 

 ニワカに混じってどよめきの声を上げたのは一部の有識者たちであった。

 

 服の上からでも肉体を数値化できるトレーナーまでとは行かずとも、ウマ娘を血眼に観察し続けてきた彼らだからわかったのだ。

 

――ライスシャワーがこのレースに出場するのはまちがっている、と。

 

● ● ●

ホープフルステークスにてライスシャワーと同走するウマ娘はひたすら顔を俯かせ続け、威圧感を放ち続けるライスシャワーに最大では足りない極大の警戒を行っていた。

 

 緊張し切っている自身が育てたウマ娘を見守るトレーナーたちもレース前から手に汗を握っていた。

 

 彼らも悩んでいたのだ。あの怪物相手に自分の大事なウマ娘を出走させていいものかと。

 

 現に直前で出走停止、またはホープフルステークスではなく、朝日杯の方が勝てるのではないかと急遽方針転換した陣営もいたほどだ。

 

 しかし、朝日杯にはあのサイボーグウマ娘がいた。

 

 そんな意思の弱い選択ではライスシャワーが台頭する前から、ファン・専門家の両方から注目されているミホノブルボンには勝てるはずもなかった。

 

 結果は――終始先頭を走ったミホノブルボンがペースを乱すことなく、危なげないレース運びで6バ身差の勝利。

 

 戦う前から逃走した弱者は淘汰され、このレースに残ったのは勇気と希望を信じた勇者たち。

 

 同じG1レースでも実力もレースにかける意思も朝日杯よりもレベルの高い、としたのがレース評論家の総論だった。

 

 栄誉あるG1に出走する実力者たちが今まであった油断や驕りを消し去り、ただ勝利と未来を望んでいたのだから当然といえば当然である。

 

 

 本レースの肝は爆発的な末脚を持つライスシャワーを自由にせずバ群に沈ませるか。

 

 前走のレースを研究し、トレーナーたちはライスシャワーの欠点に気づいた。

 

 前走の映像を見るにライスシャワーはポジショニングセンスに欠けていた。

 

 前走の京都ステークスでは単純に誰もいない大外に構え、ロングスパートをかける。

 

 そして豪脚で直線一気にぶち抜く素人映えするド派手な戦法で勝利を収めていた。

 

 が、大外を回り込むの時の位置取りが下手で直線で抜け出すときも前にいるウマ娘を避けるために更に外に回っていた。ロスが非常に大きい走り方をしていたのだ。

 

 本レースが2000mではなく、2400m以上であれば勝ち目はまずなかった。

 

 ライスシャワーのあの小柄な体躯は明らかに長距離を主戦場にするステイヤー向きである。

 

 スピードばかりに目が行きがちだが、あのロングスパートはスタミナに自信があるからこそ出来る芸当だ。

 

 けれども、幸い距離は2000m。

 

 加速するまでの距離が足りない上に、ウマ娘全員が神経をすり減らすことにはなるが、位置取りや抜け出しが下手な彼女をブロックしながらも脚を溜めることも出来る。

 

 もし、デビュー戦のように先行策に来た場合は……全陣営談合せずとも考えは同じだった。

 

 抜けださせないようにライスシャワーの四方を取り囲むように走り、潰し切る。

 

 ライスシャワーを潰したその後の細かい展開もトレーナーたちはウマ娘を勝たせるべく考えに考え抜き、ウマ娘は寝る間も惜しんで自分たちに応えようとしてくれるトレーナーに報いるために努力を重ねた。

 

 と、ジュニア期のウマ娘相手にすることのない包囲網は完成させた状態で闘いの舞台へ挑む彼らではあったが――現実は無情だった。

 

 

――強者はなぜ強者足りうるのか。ウマ娘がどのようにして希望から絶望へと堕ちていくのか。

 

 

 この直後、レースを見る全ての者が判らされることになる。




強敵揃いのG1レースだから緊張しちゃうのは当たり前ですよね(#^.^#)


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#14 中山レース場 GⅠ ホープフルステークス 芝2000m/泡沫の夢

注意:ライスシャワーさんはとても緊張されています。


 ゲートに集結したウマ娘。まもなくジュニア期の総決算である闘いが始まる。

 

 ライスシャワーの隣のゲートに入る予定だったウマ娘は緊張をほぐす目的もあり、意を決してライスシャワーに話しかけようとした。

 

 それに、勝つためには相手を知ることも大切だから。

 

「ね、ねえ! わたしのこと、覚えてるかな? 確かにあのレースでの君は凄かったけど……今日はわた」

 

 しかし、その選択は失敗だった。

 

「……潰す、潰す、潰す、潰す、潰す」

 

「ひぃ!?」

 

……目線を芝に向けたライスシャワーは彼女を無視し、ひたすらに剣吞な言葉を呟いていた。

 

(なんなの、この子……!? 思った以上にずっとヤバめじゃん……)

 

 ライスシャワーの威圧感に飲まれ、ゲートに入ってからも囁かれた彼女は既に涙目になっていた。

 

(でも、今日はわたしが勝つもん! 人よりちょっとポジティブなのがわたしの取り柄! あの子に勝つためにわたしはここに来たんだから!)

 

 前走でライスシャワーに完全敗北した幸薄ポジティブウマ娘はパンと顔を叩いて気合を入れ直すのであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

「全ての競バファンの皆様、お待たせしました! 本日のメインレース『ホープフルステークス』がいよいよ始まろうとしています! 天気は曇りでバ場はやや重となっております」

 

「本レースの注目は1番人気ライスシャワーでしょう。彼女を各ウマ娘がどのように対処するかにかかっていますね」

 

「前走で見せた後方一気のまくりは華々しい活躍を見せた三冠ウマ娘、ミスターシービーを思い出させますね。今日も豪脚で全てをちぎるのか! それとも、彼女の行く手を阻むウマ娘が出てくるのか!」

 

 ファンファーレが鳴り響く中、会場のボルテージは最高潮に達していた。ゲートインしたウマ娘たちもまた初めての大舞台に武者震いを起こしていた。

 

これからの希望と未来に向けた大一番がはじまるのだ。このレースにはなんとしても勝ちたかった。

 

「さあ、今年の希望と未来のチケットは誰が掴むのか! さあ、ゲートが開いた!」

 

 だがこの年のホープフルステークスは――ゲートが開いた瞬間に勝負が決まった。

 

「ホープフルステークス、とうとう始まりました! 各ウマ娘一斉に飛び出してい……ああっ!? なんとライスシャワーが猛烈な加速で開幕から一気に先頭に飛び出していった! リードを4バ身、5バ身とどんどんつけていく!」

 

「お、驚きました。この展開は予想していませんでした……!」

 

「驚愕です! 後方に待機すると思われていたライスシャワー、本レースは大逃げ! まさかの大逃げです! 観客たちのどよめき一色となりました中山レース場! これは波乱の展開だ!」

 

 漆黒の影がどんどんとターフを突き進んでいく光景に観客のみならず、全ウマ娘とウマ娘たちのトレーナーに多大なる動揺を与えたのは言うまでもない。

 

 積み上げてきた作戦が全て足元から崩れたのだ。だが……

 

「1000mを通過! タイムは……57.3!? 超ハイペースだ! 果たして最後まで持つのか!?」

 

(あの子、逃げもできるの!? で、でもこのペースならッ!)

 

 ライスシャワーの逃げはペース配分を無視した破滅的な逃げであった。だからこそ、最初は焦りに焦ったウマ娘たちも余裕が生まれた。

 

 あの後方から襲い掛かってくる異次元の末脚はもう発揮されない。

 

 ポジションを気に掛ける必要もなくなり、ウマ娘一同は相当気が楽になった。勝負をかける時はライスシャワーが垂れた瞬間だ。

 

「おっと、1200mを通過したライスシャワーが大きく減速し始めたぞ!? 20バ身ほどついていた距離が少しずつ縮まっていく!」

 

「やはり、この大舞台による緊張でかかってしまっていたのでしょうか……」

 

「これは必然のトラブルか!? 勝負はまだわからないぞ! ここからが本当の勝負! 後続ウマ娘がライスシャワーへと脚を伸ばしていく! あの遠かった漆黒の小さな背中にとうとう追いついてきた! 第4コーナーを通過し、直線に向かう! ライスシャワーと2着まで約6バ身差だ!」

 

((((いけるッ! 勝てるッ!))))

 

 後方で脚を溜めていたウマ娘たちはターゲットを射程圏内まで捉えたことで内心ほくそ笑んだ。

 

 後は直線で捲るだけ。中山の直線は短いが、脚が残っていないライスシャワーはもう取るに足らない存在――のはずだった。

 

 

――ドガンッ! 

 

「な、なんと! ここで脚を使い果たしたと思われたライスシャワーが加速する! 一気に心臓破りの坂でスパートをかけるッ! ライスシャワー、あっという間に追いつきかけた後続を突き放した! なんという速さ! あの京都ステークスの末脚は健在だッ」

  

 突如、芝を抉る足音がレースを見学していたウマ娘たちの耳まで届いた。無論、出走中のウマ娘の方が暴虐的な踏み込み音に恐怖心を煽られたのは言うまでもない。

 

 爆発音のような音と足元がぐらりと揺らいだかと錯覚させる衝撃と共にライスシャワーはゴール直前の急勾配の坂をまるで飛ぶように進んでいく。

 

(わ、わたしも行かないと……な、なんで!? 全然脚が前に行かない!?)

 

 一方、同じくラストスパートをかけようとした後方にいるウマ娘たちは坂で大幅に失速する。足が鉛のついたように重くなり、進む意思に反して肉体が前に進もうとするのを拒んでいた。

 

 彼女たちは序盤から中盤にかけてペースを抑えていたつもりでも、ライスシャワーの大逃げに惑わされたことでペース配分を狂わされ、先に自分たちが垂れていたのだった。

 

 気が楽になったことで更にペースが乱されたのも原因だった。

 

 

 

――いい夢は見れた?

 

 

 

 そんな悪魔のごとき憐れみと嘲笑が決して希望に届かないウマ娘たちに問いかけられた。

 

 顕現した希望の殺戮者は後方にいるウマ娘たちが無謀にも抱いてしまった輝かしい夢や希望を嘲笑うために速度を上げていく。

 

 

「なんというウマ娘だ、ライスシャワー! 後続は全く上がってこられない! ここまでが彼女の描いたシナリオなのか!? 束の間に見えた希望は彼女が創造した虚像にすぎなかったのかッ! 逃げて追い込むライスシャワー、抜けた抜けた抜けた抜けた抜けたッ! 強い! 強すぎる! 大楽勝だ! まさに一強ッ! ライスシャワー、他バの追随を許さない独走で今ゴールイン!」

 

 

 蜘蛛の糸を垂らし、登りかけたところを寸前で断ち切る無慈悲すぎる勝ち方。

 しかし裏を返せば、素人目にもわかる圧巻の勝利に怒号のような歓声が会場を包み込んだ。

 

「掲示板にも大差の文字! 文句なしのレコードタイムだッ! 会場にはライスシャワーを称える割れんばかりの歓声が響き渡っています! 記録にも記憶にも語り継がれる圧巻のレースでした! これからのトゥインクルシリーズを担うのは間違いなくこの娘でしょう!」

 

「ライスシャワーと同じく無敗であるミホノブルボンとの直接対決も今から楽しみではありますが……ライスシャワーの強さは正直規格外ですね」

 

「果たして稀代の怪物を討ち取れる英雄はこの世代にいるのか! それは桜が舞い散る皐月の舞台で明らかになるでしょう!」

 

 そして、ライスシャワーに敗れた殆どのウマ娘たちが失ったものは希望だけではなかった。

 

『もう二度と走りたくない』

 

 原初から備わっているウマ娘が持つ本能すら、漆黒の簒奪者により奪われてしまった。

 

 かのレースに出走した半数以上のウマ娘がしばらくの間走ることにトラウマを抱き……さらにその半分はウマ娘としての未来を捨て、トレセン学園から去っていった。

 

 かつてのシンボリルドルフが勝利と栄光の象徴である“皇帝”ならば、ライスシャワーは敗北と絶望の亡骸共の上に君臨する“魔王”であった。

 




どうやったら劇的に希望から絶望へと叩き落とせるかを熟知している虐待ウマ娘の鑑。

次回はせっかく大舞台で大勝利を収めたウマ娘に対して、クズトレーナーが無慈悲にも虐待するお話です。


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#15 公衆の面前における意図しない虐待

もはや、最近の虐待実績は担当ウマ娘のライスシャワーさんの方がはるかに上ですよね。

クズトレーナーは虐待面で超絶無能だった……? 


● ● ●

 

会場全体が耳がグワンってなるぐらいの大きな歓声が上がった瞬間にライスはようやく自分が勝ったことに気づいたんだ。

 

とても、とっても嬉しいよっ! 

 

ウマ娘にとって至高のレースのG1を勝ったことだけじゃなくて……ライスはこんなたくさんの人に喜びを分け与えてあげられたことがほんとうに嬉しくて幸せで……!

 

ライスの夢は「人にしあわせを与えられるようなウマ娘になる」こと。

 

 

こんなダメダメな……ううん、ダメダメだったライスが他の人に幸せを与えられるようになったのは全てお兄さまのおかげ。

 

それにお兄さまと一緒にいたから、やっとライスはライス自身のことを少しだけ好きになれたんだよっ。

 

早く、早くお兄さまに会いたい! 

 

いつものようにやさしく髪を撫でて欲しい。もっとライスを褒めて欲しい。そっと抱

きしめて欲しい。

 

レース後の疲れや興奮でボーッとなった頭をはっきりさせて、ライスは最前列で見守ってくれていたお兄さまの元へと走り寄っていった。

 

「お兄さま! ライス、やったよ! まるで夢みたい……G1も勝てちゃうなんて! 本当にありがとう! お兄さまに選んでもらえなければライスは今までずっとダメダメなままだったと思うの。これもぜんぶ……お兄さま?」 

 

まくし立てるように嬉しさと幸せと感謝をお兄さまにぶつけたライスは――ここでお兄さまが少しも笑っていないことに気づいちゃったの。

 

その時のお兄さまの顔は能面のようでトレーニング時よりもはるかに表情を押し殺していた。

 

ちょっとした沈黙の後、やっとお兄さまは重々しく言葉を紡いだ。

 

「……誰があのような走りをしろといった?」

 

「え……あっ、その、ごめんなさい!」

 

「謝らなくていい。オレはお前にどんな指示を出した?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「……謝るなっていってんだろうが! どうしてあんなバカな真似を……!」

 

「ごめんなさい!」

 

ライスは、はじめてお兄さまに本気で怒られた。

 

練習中に怒られたことは数えきれないほどあるけど、ここまで感情をむき出しにして怒りを表現したお兄さまは人が変わったみたいでとても怖かった。

 

ハッと息を飲み込んだお兄さまは頭を掻きむしると、ライスと目線を合わせることなく

 

「……よかったな、ライス。夢が叶って。ウイニングライブ楽しみにしてるから」

 

 

その場を静かに立ち去っていった――まるでライスのことを見限ったかのように。

 

 

「なんなんだ、アイツ。関係者席にいたし、アイツがライスシャワーのトレーナーなのか?」

 

「せっかく担当ウマ娘がぶっちぎりで勝ったのに、怒鳴りちらすことしか出来ないなんてマジでクソ野郎だな」

 

「あの娘が可哀そうよ。あんな男がトレーナーだなんて」

 

そして、先程の会話を聞いていた近くの観客の人たちはライスのことを晴れ舞台で怒ったお兄さまにブーイングを飛ばしていた。

 

 

――なんでお兄さまのことを悪く言うの? 悪いのは言うことを聞かなかったライスなんだよ。

 

会場全体がライスのことを讃えてくれる中、ライスの暖かなしあわせはどんどんと冷めていくばかりだった。

 

ずっと抱いてきた夢が叶ったはずのに辛いな。苦しいな。悲しいな。

 

夢が叶ったんだから、もっと嬉しさがこみ上げてきてもおかしくないのに……ああ、そっか。そうだったんだ。

 

 

――他の人にしあわせを与えることがライスの夢じゃなかったんだ。

 

 

お兄さまが近くにいないだけで、先程までの喜びや嬉しさは何も感じられない。

お兄さまが笑ってくれないだけで胸が張り裂けそうになる。

 

もう、どうしようもなくライスはお兄さまがいないとダメになっちゃった。

 

お兄さまに祝福を捧げることがライスの夢であり、お兄さまの傍にいる為に課せられた使命。

 

これからはちゃんと言うことを聞くよ。もうお兄さまのことを幻滅させたりしないよ。

 

もっとお兄さまが喜ぶような勝ち方をするから。

 

だから、ずっと傍にいさせてよお……! ライスのこと、見捨てないでよお……!

 

 

 

● ● ●

 

本レースでのライスシャワーは見事な虐待をしてくれた。オレが描いた虐待絵図を凌駕する方法で、だ。

 

 

今回のレース、ライスシャワーは他陣営に確実にマークされることがわかっていた。

王道の先行策では今のライスシャワーは他バの間を抜け出すだけの技量もないのは明白。

よって普通の戦法ではかなり厳しいレース展開が予想できたオレがレース前にライスシャワーに与えた指示はこうだった。

 

競争相手の作戦を潰す。そのために開幕から逃げて囲まれる可能性を潰す。

追いつかれる可能性を潰す。そのために一定のタイムで走り抜けるようにする。

 

これが最も効率的で勝算の高い戦法だった。普通に走ってくれれば、ライスシャワーが負ける可能性は極めて低いから出した策。

 

それがあんな無茶苦茶な走りをするなんてよ……! 誰が許したと思ってんだ! クソが!

 

序盤からトップギアに速度を上げ、途中で無理やりローギアに戻して最後はいきなりスパートをかけた。

こんなギアチェンジを無視した走り方は体に尋常ではない負荷がかかっちまう。

 

恐らく緊張から慌てた結果だからだろうが……オレの大事な道具が自分勝手に壊れるのだけは絶対に許さねえ。

 

だから大人げなく公衆の面前でとんでもない危険な走りをしたライスシャワーにブチギレちまった。

 

 

ある意味で大勢の前でキレられたライスシャワーへの虐待がこなせて、今思えば結果オーライだったがな。

 

 

まだまだお前はオレを愉しませる必要があるんだよ、ライスシャワー。

これからもオレはお前を虐待し、お前は他のウマ娘を虐待するんだ。

 

もっとライスシャワーには躾が必要だってことが今日の走りでよくわかった。

 

オレとしたことがまだまだ甘かったぜ。嫌といっても絶対にやめないほど徹底的に体と思考に我が崇高なる虐待を叩き込んでやらねえとな!

 

 

――もう二度と壊れたウマ娘は見たくねえからな。

 




次は本作初のまともな登場人物であるマッドサイエンウマ娘のお話です。

もう書き貯めは出来ているので二日後に予約投稿済みです。


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#16 ビジネスパートナー

本作の正統派マッドサイエンウマ娘のお話。


「やあ、トレー……モルモットくん」

 

「おい、逆だ逆」

 

「おや、失敬。で、最近巷で噂されている天才ゴミカストレーナーくんは何の用かな? 見ての通り、私に暇な時間はないのだが」

 

オレがヤツの根城に立ち入った瞬間にアルコールや医薬品の匂いが生温い風に乗ってきて鼻がイカレそうになる。

 

部屋の主――アグネスタキオンは学園内で開設したラボ(元トレーナー室)でティーカップを片手に人間工学に基づいたワーキングチェアに深く腰掛けていた。

 

狂っていても元々は名家・アグネス家のご令嬢。随分と様になってやがる。

 

ウマ娘の例に溺れず、タキオンもとんでもない美人だがこちらを実験動物としか見ていない無機質な目とその下の隈が全てを台無しにしていた。

 

「紅茶飲んでくつろいでるクセによく言うな。要件は……」

 

「またサポーターが壊れてしまったのかい? 私は科学者であって便利屋を営んでいる訳ではないんだがね」

 

「話が早くて助かるんだが、それを言われると返す言葉もないわ……」

 

「まったくもうっ! 早く破損品を出したまえ」

 

「ありがとう。それとライスシャワーの最新データを共有したから確認してくれ」

 

「ふぅむ……なるほどねえ。まだまだ研究が足りないようだ」

 

タキオンは白衣の袖元を口元に寄せつつ破損部分を念入りに調べた後、パソコンのモニターを眺めて大きくため息をついた。

 

続けざまに彼女はデスク下の収納スペースから新品のサポーターを取り出し、デスクの上にボンと置いた。

 

「とりあえず改良品が出来るまで、コレを使いたまえ。今の彼女なら持って2週間といったところだが」

 

「ありがとう。お前には世話になりっぱなしだな」

 

 

オレの虐待を受けて、ライスシャワーが無事なのは体が丈夫になっただけじゃない。タキオンの研究成果による薬と摩訶不思議なトレーニング用具が大きく関わってきている。

 

コイツはライスシャワーの虐待を続けるのに必要不可欠な存在となっているのだ。

 

「言っているだろう? WIN-WINの関係が続く限り、礼はいらないさ。それより、今日のブツはなんだい?」

 

「相変わらず物好きなヤツだな……オレの作る料理の実験台になりたいなんて」

 

「いいじゃないか。君のいう“虐待”ができて嬉しいだろう?」

 

コイツには途中で取り繕うのもバカらしくなった為、本音で話している。

 

コイツはオレに似て無駄や非効率、不利益を嫌うのでオレに利用価値があるうちは余計なことは言わないだろう。

 

それに、ライスシャワーの虐待に加担する共犯者みたいなもんだからな。

 

「タキオンのような反応じゃ全然面白くねえんだよ」

 

「つれないねえ。で、今日の虐待料理はどのようなテイストなんだい?」

 

「……これが今日のブツだ」

 

オレが本日土産に持ってきたのは酸っぱさと糖分たっぷりの地獄のコラボレーション

 

『クリームはちみつグレープレモンケーキ・ライムを添えて』だ。

 

一応は効能を試すために毒味をしたが、突き刺さる甘さと酸味の過剰摂取に頭が甘酸殺されそうになった。

 

頭の悪い造語をつくってしまうほど、ヤバすぎる劇物をまた生み出してしまったぜ……いつも付き合ってくれているコイツには本当に悪いことをしている。

 

ある意味、タキオンには毎回虐待が出来ているはずなんだがなんか全然愉しくないんだよな。

 

ミホノブルボンに対してもそうだが、自ら火中の栗を拾うヤツ相手には欲望が満たされない質らしい。

 

 

「これはまた……今日も破壊力がありそうじゃあないか」

 

「だろ? これで今度こそアイツらを黙らせてやろうかと思っている」

 

オレはいつの間にか用意されていた食器棚から皿を取り出すと事前に切り分けたケーキをその上に乗せ、ご丁寧にフォークまでタキオンの目の前にまで持ってきてやった。

 

しかし、いつもなら目をギラギラさせて毒味をするタキオンはケーキを目の前にして、口を半開きにしたまま微動だにしなかった。

 

「ん、どうした?」

 

「あーん」

 

「……え?」

 

「……あーん!」

 

「……は?」

 

無視を決めこむのも面倒くさいので聞き返すと、ぷくりと頬を膨らませたタキオンは腕が見えないほど余っている白衣の袖をパタパタと駄々っ子のように振り回す。

 

「あーん! あーん! あーん! あーん!」

 

「うるせえ! 何がしたいんだよ!」

 

「おやおや、随分と鈍すぎるんじゃあないかい? ああ、君ほど思考回路が欠損していないとあれほど事態を悪化させないか。では、モルモット以下の下等生物にもわかるように伝えて上げよう。これも実験の一種だよ。彼女たちにはまだこのような身の毛がよだつ禁断の行為はしていないんだろう? いわゆる、レクリエーションってやつさ」

 

まるで当たってないオレへの非難と妙な理屈を長文で並びたタキオンは口を開き、オレをジトッした目で睨みつけてくる。

 

オレほど機敏なヤツは他には居ねえよ。

 

でもまあ……タキオンの深すぎる目の下の隈もあって、ガンの付け方は反社会的勢力の人間もビビッて回れ右するほどのレベルだった。

 

しかも、理知的なように見えてタキオンはかなりのワガママだ。オレがしてやるまで止まらないだろうが……

 

「いや、だからお前みたいな反応のヤツにやっても……」

 

「……うわあー、とても気持ちが悪いよおー! 好きでもない異性に食事を手伝ってもらうなんてー! 私の尊厳も意思も全て君に掌握されているなんて最悪にも程があるーぅ!」

 

「……クク、そうか! そうだよな! なら、存分に喰らえッ!」

 

「そうだ! それでこそ私のモルモットくん! あーん……」

 

「あーん」

 

若干コイツの台詞が棒読みで乗せられた気もしなくもないが、目を瞑って小さく口を開けているタキオンに一口サイズにして食べやすくしたケーキを持っていく。

 

「クフッ……」

 

モキュモキュと咀嚼したタキオンは顔全体を手で覆い、耳や尻尾までプルプルと痙攣し始めた。

 

そして、決してこちらに表情を見せることなく今回の感想を伝えてくる。

 

「クフゥ! 今日も最低だ! 最低極まりない! 甘く、そしてガツンとくる酸っぱさに脳が壊死しそうになるこの感覚! 絶対に人に食べさせるべきものではないねッ!」

 

「だよなあッ! やはりオレは間違ってないよなあ!」

 

タキオンだけはオレの残虐な虐待行為を正当に評価してくれる。

 

「しかし、いかに酷い料理でも作ってもらった食事は完食するのが人の道理というものさ。自らの舌でウマ娘を殺しかねない兵器の解析をするためにも、全部食すとしよう」

 

一人でしたり顔で頷いているタキオンは、そこからオレからフォークを奪い取り一心不乱に劇物を食べ続けた。

 

うわっ、はええ! 早すぎる! 我慢しているとはおくびにも出さない光速の食べっぷりだッ! 

 

コイツ、やりおるッ! 

 

「ククッ、ごちそうさま。これで脳に刺激が行き渡り、非常に良いインスピレーションが湧いてきそうだよ」

 

「そりゃ、良かったよ……さてと、そろそろオレは仕事に戻るわ」

 

「では、さっさと行きたまえ。今の君はもう用無しだからね」

 

「はいはい……ッ!」

 

一瞬視界がぐらりと揺らぎかけ、その場に倒れそうになった。これから先の虐待の為とはいえ流石に3徹は無理をしすぎたか……?

 

「んん? どうしたんだい? 急に病弱アピールでもするつもりかい?」

 

「うっせえ……今日は仕事終わりにちょっと寄ってくわ。ちょうどお前とデータの検証もしたかったところだし」

 

「勝手に寄られても迷惑なんだが。君はこちらの都合をさりげなく無視してくるねえ。まあ、一度ミーティングを行うべきだと考えていたから利害は一致するね。寛大な心で許してあげようじゃないか……試作薬γとεも用意して待ってるよ」

 

「……ちなみに効能と副作用は?」

 

「効能は疲労改善。副作用は……飲んでからのお楽しみさ」

 

「お前の薬を飲むたびに治験のバイトがいかにヌルいかわかっちまうよ……でも、本当にお前には助けてもらってばかりですまないな」

 

「勘違いしてもらっては困るねえ。全ては研究の為だよ。モルモットがいなくなっては実験のしようがないじゃないか」

 

コイツもミホノブルボンと方向性が違ったドMだ。

被虐快楽が目的のミホノブルボンに対して、アグネスタキオンは知識欲を満たすことで快楽を得るタイプである。

 

けど、コイツが実験や検証を行う本当の目的は――ウマ娘の限界を超えた最高速の先へと自らの手で到達し、理論を証明するため。

 

そのためならどんな犠牲をも厭わない狂ったウマ娘だ。

 

コイツとは虐待無しで繋がっている信頼できるパートナーだ――今も昔も。

 

報酬には正当な対価を。ビジネスにおいてギブアンドテイクは絶対の法則だ。

 

ここまで助けてもらっている以上、オレもタキオンの野望を最大限叶える必要がある。

 

――こんなクズでどうしようもねえオレがタキオンにしてやれることなんて、限られているのだから。

 

クク、なんてな! 

 

コイツの脚部不安が無事改善されたら、オレの栄誉ある新たな虐待ウマ娘に認定してやって、思う存分使い倒してやるからな!

 

ずっとオレをモルモットにしてきたツケは必ず払ってもらうぜ! フハハハハハ!

 

 

● ● ● 

 

 

彼は新人であるのにも関わらず、出会った当初からサブトレーナーからではなく自らのウマ娘を選定する権利のあるメイントレーナーの権利を所有していた。

 

このことから日本一のウマ娘育成機関であるトレセン学園からの期待は相当のものだったのだろう。

 

事実、スポーツ医学に培った豊富な理論と机上の空論から新たな方程式を導き出す発想力には私とて目から鱗が落ちたほどだ。

 

――いや、発想なんかというレベルじゃない。まるで未来を見通す慧眼を持っているかのようだった。

 

更に悪辣な評判が広まっている私を信用し、妙に私の扱いに長けていた彼と行う常に新鮮な討論と議論および実験・研究は非常に心躍るものだった。

 

また彼は身体能力も通常の人間よりも並外れていて、ウマ娘用の実験器具を簡単に取り扱えるほど。

 

風林火山の教えを応用した雷の動きは是非とも技術に取り入れたいところだが……科学的に彼の動きを理論化することが今でも不可能なのが悔しいところだ。

 

「難儀なものだね、全く」

 

ひとつ言えることは彼は優秀であると同時に理想を追い求める完璧主義者でもあり、精神破綻者でもあった。

 

 

 

私とトレーナーくんとの付き合いは彼が今年の春に赴任してきた直後から始まった。

 

『……つまらないだろ。その程度のスピードしか出せないのは』

 

『アグネスタキオンが全力を出せるように協力する。だから、オレにも協力してほしい』

 

――初めてだった。心中を他者にも、そして自分にも決して明かして来なかった私が実験を行う根幹を指摘されたのは。

 

度重なる実験により学園にも居づらくなり、手を抜いた走りで賛美する曇り切った目で群がってくるトレーナー共にも飽き飽きしていたところだった。

 

何よりも……常に力をセーブしないと一瞬で壊れてしまう私の弱すぎる体には幾度も虫唾が走っていた。

 

もう自主退学してしまおうかと考えていた矢先にトレーナーくんと出会い、世界が変わった。

 

最初は私の専属トレーナーに成りたいがために近づいてきたのかと思ったが、彼は私を一切誘おうとする素振りは見せなかった。

 

宣言通りトレーナーくんは学園内に掛け合い、研究成果の一部を学園側に提供することを条件に私専用のラボを用意してくれた。

 

実験器具も自費で提供し、理論だけではインストールが遅い理想的な体の使い方も教わった。

 

その時に気軽に近づいてうら若き女性の体に触れるものだから、心拍数の上昇と実験続きによる自身の体臭が気になって仕方なかった。

 

私が香水の成分を分析・検証したり、非効率極まりない身嗜みに時間を費やすようになったのは思い返すとこの頃からだった。

 

彼のおかげで実験と分析および検証は大きく進歩し、私一人では半年以上はかかっていたはずの研究成果を僅か1カ月で挙げることが出来たのだった。

 

なぜ、そこまで献身的に動いてくれるんだい? と問いかけたら……

 

『全ては虐待のためだ』

 

と、答えた。

 

虐待の定義を疑うトレーナーくんの発言に最初は冗談を言っているのかと思ったら、どうやら本気のようだった。

 

『全ては研究の為』

 

奇しくも私の信条と重なるモルモットたりうる人物が通常の精神構造をしている訳がないのだ。

 

イカれた精神破綻者は同じくらい狂った異常者しか釣り合わない。

 

 

――だから、彼が選ぶ最初の被験者は私だと自負していたのに。

 

 

『オレ、ライスシャワーの専属トレーナーになったよ』

 

『……え?』

 

ライスシャワー。よりによって小柄で筋力も無ければ柔軟性のカケラもない臆病で闘争本能に欠けた普通以下のウマ娘を彼は選んだ。

 

自惚れではなく、客観的な事実として私と彼女との先天的な才能の差は天と地ほどかけ離れている。つまり、能力面での採用ではない。

 

「どうして、彼女なんだい? 他にも候補はいたじゃないか」

 

「あの子なら、オレの虐待についてこれるからだ」

 

トレーナーくんの過酷ではあるが理に適った最適なトレーニングを受けているライスシャワーを見続けたことで、徐々に私は彼の選定理由に腑が落ちていった。

 

純粋かつ素直で従順で自己判断をしない管理しやすい性格に加えて、体も丈夫で根性は一級品のウマ娘。

 

加えて弱者たる自分を認め、己を必死に変えようとする秘められた意思の強さと彼から与えられた指示を何があっても途中で投げ出さない泥臭さが彼女にはあった。

 

 

そうか。彼にとって強くても壊れやすいウマ娘は虐待のしがいがないのだ。

 

彼が私に献身的に協力していたのも、自身の選んだ理想のウマ娘を壊すことなく虐待するため。

 

ウィンウィンの関係を望んでいたはずの私の脳はこの現実を受け入れることを拒否したものの、理性の怪物たる私はすぐに平静を取り戻した。

 

それなら今まで通り、相互扶助の関係を続けよう。

 

あくまで私達は利用し、利用されるだけのビジネスパートナーであり続けようと。

 

だけれども、トレーナーくんは非常に残酷な男だった。

 

彼はお節介とばかりにライスシャワーの研究データと共に今の私が無理なくこなせる費用対効果に優れたトレーニング方法を常に送ってくる。

 

自堕落でマイペースな私の身の回りの世話を度たび行い、どんなウマ娘であろうとも堕落させるほどの破壊力がある料理を作ってもらって。

 

トドメには……

 

『オレが学園にいるうちに、必ずお前も虐待できるようにする。必ずだ』

 

実験を手伝う目的として、私の虐待にまで視野を入れている鬼畜ぶりに私は呆れ果ててしまった。

 

ズルいなあ。君はズル過ぎるよ。

 

 

――そんな風に言われたら、君を諦めきれなくなるじゃないか。

 

 

● ● ●

 

討論や研究の末、来賓用の大きなソファで眠りこけている虐待トレーナーの寝顔をじっくりと眺めると、化粧で誤魔化していた目のくまがくっきりと浮き上がって見えた。

 

「君への釈明は適当な観察結果で誤魔化すとするか……」

 

別に泊っていけといった訳ではない。

私がトレーナーくんを私のラボに泊まらせたのだ――疲労回復薬に遅効性の睡眠成分を混ぜ込んでね。

 

だって強制的に眠らせないと君は活動し続けてしまうだろう? 無理をするなと偉そうにいう割に自分はお構いなしなところにほとほと愛想が尽きるよ。

 

私たちはパートナーなのだろう? 

報酬には正当な対価を。ビジネスにおいてギブアンドテイクは絶対の法則だ。

 

今の私から君に上げられるものは研究成果とひと時の安らぎだけ。非常に歯がゆいものだよ。

 

私は室内の電気を消して彼の胸元に潜り込み、顔を押し当てながらぎゅっと抱きしめた。

 

……とても、温かい。私が非効率で不必要だと切り捨ててきた温もりとはこのようなものなのか。

 

フフ、バカらしいねえ。理屈では証明できない錯覚作用だ。けれども、全く決して悪くない気持ちだ。

 

「いつか、いつか……君の虐待を受けられるようになりたいな。私の目指す光速の先へ付いてこられるのは君だけだからね」

 

 

彼の心地よい匂いを至近距離で吸い込んだ私は一気に微睡の世界へと堕ちていった。

 

 

――なあ、トレーナーくん。君の知る“私”もこのような心の贅肉を抱えていたのかな……?




距離感や価値観を正確に把握しているが故に、友人やパートナー以上の関係には近づけないヒロインの図。

「マッドサイエンウマ娘が絶対に負けないラブコメ」

誰か書いてください。


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#17 見捨てないで

アオハル杯のライスがメンヘラちゃんになっていたので、投稿再開します。


 ホープフルステークスで1着。我が虐待ウマ娘は見事に目標を達成した。

 

 あの勝ち方はいただけなかったが……大観衆の前で痛烈で理不尽な虐待をしてやったからこれ以上オレが言うことはねえ。

 G1レースに勝つことはウマ娘にとって非常に名誉なことだ。素直にそこは認めてやろう。勝ったのは紛れもなく、アイツが苛烈なる虐待に耐えてきた証拠だ。

 

 でもまあ、なんだ。レース場でキレちまったのは、ちょっと大人げなかった気もしなくもない。

 なので、今日はライスシャワーへの褒美と詫びとして朝練は中止。午後から練習を始めることにした。

 集合場所でライスシャワーを待ち構えていると。

 

 

「お、お兄さま……」

 

 いつにも増して挙動不審になっている我が虐待ウマ娘が小柄な体を更に縮めるようにして、近寄ってきた。

 昨日の理不尽なマジギレが結構効いているみてえだな。オレと対面する緊張で、耳を真後ろに硬直させていやがる。

 

 いつもなら、怯えている可愛いライスシャワーを内心ニヤニヤして愉悦に浸っているところだが、今日は寸前のところで堪える。

 

「来たか、ライス。その、昨日は悪かったな。せっかくの大舞台で勝ったのに、水を差してしまった」

 

「え、ううん! 全然そんなことないよ! 言いつけを守らなかったライスがぜんぶ悪いのに……!」

 

 神妙な表情を作っているオレに対して、ライスシャワーは恨みつらみを押し殺して、社交辞令で返してくる。

 実に憐れだぜ。パワハラ虐待上司に文句ひとつ言えない脆弱さがよお……! クックック……おっと、いけないいけない。今日は我慢だ。

 

「いや、オレが……って、堂々巡りになっちゃうな。じゃあ、今日からまたよろしくな」

 

「うん、お兄さま!」

 

 誠に遺憾ではあるが、詫びも兼ねてしばらく虐待を控えめにしてやろう。過激な虐待ができなくて超絶つまんねえが、背に腹は代えられねえ。ライスシャワーの疲労蓄積度がピークに達しているというのが一番の理由だが。

 今までのメニューからしたら、天国ともいえるトレーニングメニューをこなしたライスシャワーにオレは静かに声をかけた。

 

 

「……よし。今日はここまでにしておこう」

 

「え、もう終わりなの……?」

 

「ああ。お前もレース明けで疲れただろう」

 

 珍しくオレが善意100%の神提案をしているのにも関わらず、ライスシャワーはなぜか目の奥にあからさまな怯えを滲ませた。

 

「そ、そんなことないよ! 全然足りないもん! まだまだライス、がんばれるからっ!」

 

「その気合は次の機会に取っておけ。しっかりと休むのもトレーニングだぞ」

 

「で、でも……」

 

 チッ! めんどくせえ! コイツまでMの気質が目覚め始めてきたのか!? 休めるときに休んでおけって言ってんだよ!

 

「……てないで」

 

「ん?」

 

「……ううん。何でもない。言いつけは守るよ」

 

 ボソッと何かぼやいた後に、ライスシャワーは儚げに笑った。

 

――その時のライスシャワーの暗く淀んだ表情に、オレは既視感を覚えてしまったのであった。

 

 

 

● ● ●

 

ライスはウマ娘の栄誉であるG1レースに勝つことができた。勝った瞬間はとっても嬉しかったんだ。人生の中でも、トップクラスにいい気分だった。

だって、観客の皆さんがあんなにもライスの走りで興奮してくれて……嬉しそうにしてくれて。

 

 やっと、こんなライスでも人々に幸せを与えられるようなウマ娘に一歩近づけて、――すごく幸せ、だった。だけど、ライスは自惚れから一瞬でも忘れてはいけないことを忘れてしまっていた。

 

 ライスにとって――絶対は、お兄さまだ。

 

 なのにライスは、お兄さまの指示に背いちゃった。お兄さまの、お兄さまの期待を裏切っちゃった。お兄さまに、失望交じりのすごく悲しそうな顔をさせちゃった。

 かつてない大観衆の前で行ったウイニングライブは、お兄さまのことで頭の中が真っ白になっちゃった。それでも、無事にやり切れたのはお兄さまが直接指導してくれた反復練習のおかげ。

 

 そうなんだ。ライスが行えるようになった全ての事に、”お兄さまのおかげ”がついてくる。

 

 そんなライスがお兄さまに見捨てられたら、どうなっちゃうんだろう、と。

 でも考えるまでもない事すぎて、ひとりで失笑しちゃった。

 

 ――全部が元通りになるだけ。ダメダメでどうしようもない、無価値なライスに戻るだけ。

 

 ただ一つ、元通りにならないことは……きっと、お兄さま無しで生き続けることが辛くて苦しくてしょうがなくなっちゃうんだろうな、ってことなんだ。

 

 ライスは失った信頼を取り戻さなきゃならないんだ。もっと、もっとがんばらないと。

 

 

 レース明けの翌日。朝練は珍しく無しで午後から練習と、お兄さまから連絡が来た。前走の時も休みだったけど、毎日お兄さまと朝練をして、お兄さまの自宅でおいしい朝ご飯を食べるのが当たり前になっていたから、どうにも居心地が悪かった。

 

 さらに最近、――ライスに内緒でブルボンさんがお兄さまの家に来ているようでとても不安な気持ちになっていたのも拍車をかけていた。

 ライス、知ってるんだ。隙あればブルボンさんがライスの目を盗んで、お兄さまに話しかけているのを。バレてないと思って、ライスが見たことの無い普通の恋する女の子のような甘えた表情でお兄さまに接しているのを。

 

 ブルボンさんのしあわせそうな顔を見ると、とてもモヤモヤした汚い感情が胸を渦巻いた。一言で例えると、不愉快だ。

 

 そんなこともあって、常にお兄さまの傍にいないとほんとうに落ち着かないよ。

 

 そうして、ようやくお兄さまに会える待ちに待った午後。集合場所のグラウンドに行くと、お兄さまは腕を組んで静かにたたずんでいた。ライスが来たことに気づくと、少しだけ気まずそうな表情で片手を上げてきた。

 

 

「よう、ライス。その、昨日は悪かったな。せっかくの大舞台で勝ったのに、水を差してしまって」

 

「え、ううん! 全然そんなことないよ! 言いつけを守らなかったライスがぜんぶ悪いのに……!」

 

 

 ――お兄さまはほんとうに、やさしい人だ。許してくれるどころか、何の落ち度もないのに、緊張しているライスに気遣って謝ってくれた。

 

 ライスがお兄さまから言われたいことを、全部察して言ってくれている。

 そして、ライスはほんとうにダメダメで汚くて嫌な子だ。お兄さまのやさしさに付け込んで、――お姫様のように扱ってくれるのを心のどこかで喜んでいるんだから。

 

 でも、お兄さまのおかげでライスのいつもの日常が始まった。お兄さまが指示を出して、ライスがそれに応える。練習は辛いけど、充実した毎日。これが、ライスの一番のしあわせな時間なんだ。

 

 ライスはお兄さまから与えられたウォームアップレベルのトレーニングの指示をこなしていると、

 

 

「……よし、今日はここまでにしておこう」

 

「え、もう終わりなの……?」

 

「ああ。お前もレース明けで疲れただろう」

 

 

 唐突にお兄さまから突然トレーニング終了を告げられた。な、なんで? ようやくこれからってところなのに……! 

 

 

「そ、そんなことないよ! 全然足りないもん! まだまだライス、がんばれるからっ!」

 

「その気合は次の機会に取っておけ。しっかりと休むのもトレーニングだぞ」

 

 そうやって淡々と口にしたお兄さまに、ライスは思わず身震いしちゃった。

 

 だって、今のお兄さまはいつものような練習時に見せる情熱がなかった。覇気がなかった。ライスの走る姿を見ても、生き生きとした表情を一度も見せてくれなかった。一度も、ライスに笑いかけてくれなかった。

 

 それって、――もうライスには期待していないってことなの? 

 

「……ないで」

 

「ん?」

 

 いや、いやだよ。見捨てないで、お兄さま。ライスは、お兄さまがいないとダメなの。お兄さまから離れたくないの。四六時中ずっとライスの傍にいて欲しいの。

 

「……ううん、何でもない。言いつけは守るよ」

 

 汚らわしい自己愛に溢れた願望を、口にできるはずもなく辛うじてたどたどしいであろう笑みをかたどった。

 

 

● ● ●

 

 まだ16時過ぎなのに、もう暗くなり始めている冬の夕暮れ時。肌をつんざく寒さは今のライスの凍り付いた心の中を表しているようだった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 呆然としていても、体に染みついた日課は簡単には振りほどけなかったライスはお兄さまに内緒で学園外をランニングしていた。指示以外の自主練はお兄さまに禁止されているのに、言いつけを守らないなんてまたお兄さまに失望されちゃう。

 

 けど、黙って部屋の中に閉じこもっていたら不安でぐちゃぐちゃに押しつぶされそうになっていた、と思う。

 

「……もっと、もっとがんばらないと。がんばる、がんばる、がんばる……」

 

 もう、失態はしちゃいけない。もっと、自分を追い込んで、弱い心を鋼よりも堅くして……お兄さまの指示はどんな状況でも守れるウマ娘にならないと。

 川沿いの土手で座り込み、休憩中も”がんばる”ことを自分に言い聞かせていると……

 

「あらあら。随分と悲しそうなお顔をしていますね」

 

「……」

 

「無視とは酷いですね。可愛い黒髪のウマ娘さん」

 

「……どなたですか? え……」

 

 しっかりと芯が通りつつも、美しい女性の声がライスの後ろから響く。他人に構っている余裕がなかったライスは一度目は無視して、二度目は普段なら怖くてできない粗雑な態度を取りつつ、振り向いて目を丸くした。

 

――絶世の美女ウマ娘。その言葉はライスの目の前でおしとやかに微笑みかけている、葦毛のロングヘアーを風に靡かせたウマ娘さんの為にあった。

 

 彼女はいかにもブランドものの高そうな赤いコートや洋服が汚れるのも気にせず、ライスの隣に座り込んだ。 

 

 

「黒髪のウマ娘さん。少し、私とお話をしませんか?」

 

「……い、今はそういった気分じゃ……」

 

「まあまあ、そう言わずに。あの人から教えを仰いだことがある同じウマ娘同士で、ね?」

 

 

 顔を合わせずに断ろうとするも、彼女は優雅な見た目と違って、結構押しが強かった。ちょっと、ちょっとだけ苦手なタイプかも……。

 

 ――え、あ、あれ? ちょっと待って……!?

 

「……あ、あの! あの人って、ライスのおにい……トレーナーさんのことですか?」

 

 でも、お兄さまはライスが初めての担当ウマ娘だって言ってたし……あれ、あれれ?

 

 突然降ってわいた衝撃の急展開のあまり、真正面から彼女の美しい瞳を覗き込むように凝視すると、

 

「やっと、上を向きましたね。ライスシャワーさん」

 

 不思議と似合ういたずらっ子ぽい表情でライスの頭をやさしく撫でてきた。

 

 




黙っていれば美人。某ご令嬢ウマ娘よりも上品なハジケウマ娘。

あ、この方はブラック要素皆無なのでご安心ください。


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#18 もう一人の担当ウマ娘

最近、ヴァルゴ杯用に何度も育成していて思ったこと。

――メジロライアンって、実はめっちゃ可愛くね?


 

「その、お兄さまの担当ウマ娘だったって……本当ですか?」

 

 突如、現れた”超”をつけても足りないくらいの美人ウマ娘さんもお兄さまのウマ娘だった? 

 でも、お兄さまは今年初めて赴任されてきた新人トレーナーさんだ。中央に来る前に地方で働いていた訳でもない。彼女の言っていることは明らかにおかしかった。

 

 ライスの疑問に、どことなく深い知性を感じさせる落ち着いた美しい薄赤色の瞳を怪しげに細めた。

 

「本当ではないけれども、本当ですよ。ジャスタウェイな、ショッキングファンキーパッションってやつです。この世界ではほんの一握りのウマ娘しか知らない、へっぽこ新人時代からの付き合いですからね」

 

 ど、どういうことなの? 本当ではないけれど、本当? 後、途中からこの人が何を言ってんのかわかんないんだけど……。

 さらに頭が混乱していく中、彼女は陽気に笑って、別の話題へ話を進めた。

 

「あの人、とても優秀でしょう? たまにナルシスト気味で気持ち悪くなる時はありますが」

 

「は、はい……い、いや! ぜんぜん気持ち悪くなんかないですっ! どんな時でもお兄さまは、すごくカッコイイんですから!」

 

「はは! カッコつけてるあの人に、今度目の前で”うわっ、マジですっげえ気持ち悪いんですけど”って言ってみてください。あなたみたいな純真で温厚なウマ娘から言われたら、いいリアクションしてくれると思いますよ」

 

「い、言いませんっ……!」

 

「どうしても? 言ってくれたら葦毛工場直出荷”パクパクモグモグ、ですわ! 黒糖マシマシ激辛麻婆メジロドーナツ”を上げますよ?」

 

「そんなヘンテコドーナツなんて、いりません! それと、絶対お兄さまにそんなこといいませんっ!」

 

「はいはい、そんな声を大きくしなくても聞こえてますよ。ほほーん。小動物のように見えて、案外我が強いんですねえ」

 

「……あ! そ、その! ご、ごめんなさい!」

 

「いえいえ、面白い方は好きですので」

 

 あ、あうぅ……お兄さまのこととはいえ、初対面の人相手に声を荒げちゃうなんて。彼女は気にする素振りを見せなかったけど、またしても失礼なことをしちゃった。

 ライス、だめだめすぎるよ……。

 

 この後、名前も知らない美人ウマ娘さんとお兄さま談義に花を咲かせた。

 

「お兄さまはすごいんです! えっと、ライスがちょうど困っている時に……」

 

「ふんふん、それでそれで?」

 

 もっとも、向こうが話題を振ってくれて、ライスが答えるような形だったけど。

 けど、彼女とのお話はすっごく楽しかった。お兄さまがよく取る仕草だったり、会話の内容だったり、お兄さまの作る料理のことだったり。共通の話題でここまで楽しく盛り上がれたのは、今までのウマ生を振り返っても、記憶になかった気がする。

 

 ……綺麗なだけじゃなくて、コミュニケーション能力も高いなんて羨ましいなあ。

 

 短い時間で談笑を重ねて、彼女のおかげで暗く閉ざされていた心も一時的に忘れて、ゆったりと和んでいた時。

 河川敷に流れる冷たくも草の匂いの混じった風に髪を靡かせた彼女は薄暗い夕暮れ空を見上げて、心底不思議そうな口調で言った。

 

「ところで、あなたは何を勘違いして落ち込んでいるんです?」

 

「え……?」

 

「大方、あの人に昨日のレース内容のことで理不尽にキレられて、責めなくてもいいのに自分を責めて、自分勝手にしょぼくれていたんでしょう?」

 

「どうしてそれを……? い、いや全然理不尽じゃありません! いつも、お兄さまは正しいんです! お兄さまは絶対に間違ってなんかないんです!」 

 

「それは、本当に?」

 

 

 絶対の確信を持って断言するライスに眼前の女性は問い詰めるように言葉を紡いだ。怒鳴られたわけでもないのに……どうしようもなく背筋が寒くなってきた。

 

 

「この前のレースだって、お兄さまの言うことを守らなかったからいけなかったんです!」

 

「言うことを何でも聞くのが、本当にあなたにとって正しいことなんですか?」

 

「そうです! お兄さまはいつも、正しいんです! だから、言いつけを守れなかったお兄さまに見捨てられそうになって。悪いのは全部ライスの方……」

 

「……あー、めんどくせえ。何が見捨てられる、だ」

 

 ライスの懺悔の言葉に優雅で丁寧な言葉遣いを崩し、人が変わったように荒っぽい雰囲気を纏った彼女は頭をガシガシと掻きむしった。

 ぎょっとするライスの尻目に心底呆れた様子でライスの方へ顔を向けた。

 

「今までの話聞いてわかったんだけどさ。アンタ、少しはアイツのことちゃんと見てやれよ」

 

「そ、そんなの……」

 

――お兄さまを見る?

 

 そんなの、言われなくたってやってるもん。いつもかっこよくてやさしい大好きなお兄さまのことは毎日、欠かさず見ている。話してくれることはもちろん、ふとした仕草や反応まで全て。

 

「お兄さまはかっこいい。お兄さまはやさしい。お兄さまはすごい。お兄さまは完璧でいつも正しい。何も間違ったことは言わない」

 

 ここで言葉を止めた彼女にギロリと目力を込められ、吐き捨てるように言われる。

 

「実に大層で気色悪りぃことだ」

 

 気色悪い? 一体どこが……?

 

「アンタから見たアイツは、まるで”人”じゃねえみたいだ。設定を加えに加えた、おままごとの人形のように滑稽だな」

 

「そ、そんなことあり、ません」

 

 ハっと息を飲み込む。声がかすれつつも返答したけど、か弱い否定の言葉しかでなかった。だってお兄さまはライスにとって、まさしくしあわせの青いバラに出てくるお兄さまみたいな”理想”の男性だったから。

 

 ――ううん、それもちょっと違う。

 

「他人のことを、テメェ勝手に当てはめてんじゃねえぞ」

 

 お兄さまはこうあって欲しい。このようでいて欲しいと思っていた。自分の”理想”をお兄さまに押し付けていたんだ。

 

 けど、お兄さまはそんなライスの高望みしているライスの理想を軽々と凌駕してくる。そんなお兄さまに更に憧れて、好きになって、もっと望んでしまっていて。

 ――あまりにもお兄さまが理想的すぎるから、ライスは自分が何もお兄さまの役に立っていないことに怖くなっていって。こんなダメダメなライスじゃ、いずれ見捨てられるに決まっていると幸せの中でもどこかで思ってしまっていたんだ。

 

 目の前の彼女は、一人で勝手な決め付けを行ったライスに対して静かに怒っていた。その怒りの重圧に思わず耳と尻尾をビクリとさせてしまった。

 

「……すみません。怖がらせてしまいましたか?」

 

「い、いえ。あ、その、ハイ……」

 

「あー、クソ! 慣れないことはするもんじゃありませんねー。我ながらつまんねえヤツ……」

 

 苦い笑みを浮かべ、丁寧な口調へと戻した彼女は続けざまに諭してきた。

 

「いいですか、ライスシャワーさん? 第一、あの人が自分の選んだ担当ウマ娘を見捨てる訳がないでしょう?」

 

「それは……」

 

「あの人は、あなたを傷つけるようなことをしましたか? 命令を聞けないお前は用済みだとでも言われました? オレの言うことを聞かないカスは消え去れとでも突き放されました?」

 

「お、お兄さまはそんなことしてません!」

 

「ほらね? 怒って言い返してくる辺り、あなた自身わかっているじゃないですか。アイツは、何があっても絶対に自分が選んだウマ娘を見捨てない」

 

……そうだよ。お兄さまは言ってくれたんだ。ライスから見捨てろと言われても、見捨てないって。

 

 それなのに、ライスは前日のレースでの失敗と間違いなくお兄さまに好意を抱いているブルボンさんのことで不安や疑心を持って……今のポジションを奪われると焦っていて。お兄さまがどう思っているか。何を考えているのかを直接聞こうともしなかった。自分の作り出した”偶像”のお兄さまばかり見ていて、目の前にいるお兄さまのことを見ようとしていなかった。

 

「結局、今日アタシが何が言いたかったかっていうと」

 

 そう言い、ライスの両肩に手を置いたこの人は痛みを感じるぐらいに強く肩を握りしめてきた。

 

「くっだらねえ被害妄想でメンヘラみたいにウジウジ悩んでんじゃねえ! アイツに言いたいことがあったら、恐れず直接ぶちまけろ! アイツのことを本当の意味で信頼しやがれ!」

 

 握りしめてきた手は熱量溢れる台詞のように暖かかった。そうして、握りしめる力を緩めた彼女は肩をポンと叩いてきて…… 

 

「――アイツが担当したウマ娘の中で一番信頼されるヤツになれ。アイツの夢を、叶えて上げてくれ」 

 

 そう言い、彼女はほんの微かに寂しさを交えたような笑みを見せた後……シックで高級そうな腕時計をチラリと見た。

 

「……そろそろ時間ですね。今日は貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございます」

 

「え、もう……ですか?」

 

「名残惜しいのはわかりますが、あえて去り際を引き留めないのも女性の魅力ですよ」

 

 子供をあやすようにあしらわれて顔がぽっと熱くなっちゃったけど……あ、そうだ! これだけは聞いておかないと!

 

「……あ、あの! じゃあ、最後にお兄さまの夢って何か教えてください!」

 

「ウマ娘を虐待すること、ですかね?」

 

「……え!?」

 

「ははは! 冗談ってことにしておきます。私の口から伝えてもつまらないでしょう? ちゃんと聞きたいことは本人から聞き出しましょうね」

 

 勇気を出して彼女から聞き出そうとしたが、あっさりと煙に巻かれてしまった。やっぱりダメかあ……それにしても、サラリと”虐待”ってビックリする言葉が出てきて、またまた驚いちゃった。

 

 お兄さまの夢についてはすごく気になるところだ。今まで一回もお兄さまの夢のことは聞いたことが無かった。

 

――そういえば、お兄さまの担当ウマ娘になって1週間ぐらい経った時に聞かれたんだっけ。

 

『なあ、ライスシャワー。君の夢は何だ?』

『……え、と。その。ちょっと、言うのは恥ずかしい、です」

『人に夢を話すなんて恥ずかしいかもしれないけど、これだけは聞いておきたいんだ』

『で、でも』

『まだ信頼もないヤツなんかにって思うかもしれないけどさ……』

『そ、そんなこと、ありません! ……ライスは人々に幸せを分け与えられるようなウマ娘に、なりたいです』

『いいじゃないか。とても、カッコ良くてキラキラした夢だ』

 

あの時のお兄さまはとても暖かい眼差しをしていた。真正面にライスの目を見てくるお兄さまと夢のことを話したことで顔が真っ赤になったことは今でも記憶に残っている。

 

「それでは、今度こそお別れですね」

 

 と、一瞬ライスが過去へと記憶を遡らせていた中、彼女はすくっと立ち上がり、コートやズボンについた汚れを払いのけてスタスタとトレセン学園とは逆方向の道へと歩き出した。

 慌てて、ライスも立ち上がり彼女の背中越しにお辞儀をする。

 

「あ、あの! 今日は本当にありがとうございました! ライス、もう一度お兄さまと自分のことをちゃんと見つめ直します!」

 

決意表明をあらわにしたライスに、足を止めた彼女は振り向くことなく右手を高く上げて、

 

「……んじゃ、ライス! アイツのこと、頼んだぜ!」

 

 そう言い残し、まるでこの場に存在しなかったかのように……

 

「え? ど、どこに行っちゃったの?」

 

 ライスの目の前から突如姿を消した。この場所は長い一本道で見失う訳がないのに……。

 

 でも、あの人なら突然消えても不思議じゃない気がした。神出鬼没でたまに何を言っているのか分からないけど……お節介でとてもやさしい人。

 

「――お姉さま。ライス、やってみせます。もう逃げません」

 

 自分に向きあい、お兄さまにもちゃんと向き合う。その上で嬉しいことも不安なことも共有して、レースでも日常生活でもお兄さまから一番信頼されるウマ娘になってみせる。

 

――それと、ブルボンさんには絶対に負けない。

 

 あっ、そういえば……!?

 

「お姉さまのお名前聞くの、忘れちゃった……」

 

 でもでも、あれだけ美人な人だもん。ネットで調べればお姉さまのことが検索で出てくるかもしれないよね。帰ったら、調べてみよう! 

 

 がんばるぞー、おー!

 




ライスシャワーちゃんの闇堕ちを期待していた方は大変申し訳ございません……!

その代わり、ライバルウマ娘がそろそろダークサイドに堕ちるかもしれんからね!


補足:謎の美少女ウマ娘さんには現界時間があります。お助けキャラは都合よく何度も使えないってことですね。


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#19 虐待トレーナーと虐待ウマ娘の夢

ライブラ杯用のウマ娘が育成難航しているので、再投稿します。

すっごく今更ですが、独自設定が出てきますのでご注意を。

後、改めてお気に入り登録・感想・高評価ありがとうございます!

不定期投稿にはなりますが、今後も書き続けていきます。


 

 虐待を愛するものは自らの肉体をも厳しく律しなければならない。

 

 何故かって? 虐待者が被虐待者にうまだっちされ、舐められるわけにはいかねえんだよ!

 

 てことで、しんしんと雪が降り注ぐ大晦日の前日に部屋の大掃除を終えたオレは室内で滝のような汗流してウエイトトレーニングに勤しんでいた。

 

 クッ、たった2時間のトレーニングでもう腕も足もパンパンになってきやがった。すっかりオレの肉体が怠けちまったようだ……。

 

 オレは汗がびっしょり染み込んだタンクトップを投げ捨てる。水分吸収量の限界を超えたソレはぴちゃりと音を立て、フロアタイルの床に着地した。

 

 ……あー、これは後でもう一度この周辺だけ拭きなおしだな。

 

 

 再び掃除をしなければいけない面倒くささとやらかした自分にため息をついていた直後、家のインターホンから高らかに音が鳴った。

 

 部屋に置かれているデジタル時計が示す時刻は17時過ぎだった。

 

 ……そういや、新しいフライパンを昨日注文してたっけ。年末なのに届くの早いな。基本的に朝も夜もフルに使っているから、すぐ調理道具にガタが来ちまうんだよな。

 

 だが、インターホンのカメラを確認するとそこにいたのは……

 

「ライス?」

 

「お兄さま……」

 

 事前に連絡もせず、訪問してきた無地のコートに身を包んだ不届き者……もとい散々ひどく痛めつけてきたオレの虐待ウマ娘だった。

 

「一体どうしたんだ?」

 

「ううん、別に用事があったわけじゃないの。でも、お兄さまとどうしてもお話がしたくて……」

 

「わかった。今開ける」

 

 思わぬ訪問者に少しだけ驚いたオレは急ぎ足で玄関へ向かう。年末は実家に帰省するってコイツの口から聞いていたんだが……どういう風の吹き回しだ?

 

「待たせたな」

 

「ありがと、おにい……しゃましゃまぁ!? あ、あうぅ……!」

 

ガチャリとドアを開けた瞬間、目を見開き、奇声を上げたライスシャワーは思いっきり仰け反った。

 

「本当にどうした? 今日は変だぞ」

 

「変なのはお兄さまの方だよ! でも、そ、その! すっごく、仕上がってるよ! お兄さま!」

 

「仕上がってる……ああ!? すまん!」

 

 ……そりゃ、上半身裸で汗だくになった男を見たら即座に逃げたくもなるわな。

 

……クク! しかし、その嫌悪感に満ちた真っ赤な顔は悪くねえ! 狙ったわけじゃないが、久々に気持ちのいい虐待ができている感じがするぜえ!

 

 

 とまあ、虐待ウマ娘の体を冷やしては今後の虐待に差し支える。まだまだライスシャワーの表情を楽しみたいところだがニヤケ面が出そうになるのを堪えつつ、ライスシャワーを自宅に招き入れる。

 

「お兄さま、それ……」

 

「……すぐ片づける」

 

 すると、先ほど脱ぎ捨てたホッカホカ汗だく大盛りのタンクトップがオレたちの目の前に現れたので、速攻で未だに熱を帯びたブツを手に取り、洗濯機の中にぶち込んでおいた。

 

……その時、未だに顔を赤くしたライスシャワーがタンクトップを名残惜しそうに見ていたのは気のせいだと思いたい。ド変態はミホノブルボンだけで十分だっての。

 

 

「外は寒かっただろ? 飲み物、コーヒーがいいか? それとも紅茶か?」

 

 飾り気のない黒一色のTシャツに着替えたオレはそのままキッチンへと向かい、ハンガーにコートをかけているライスシャワーに問いかけた。

 

「あ、その……できれば緑茶があったら嬉しいな」

 

「……了解っと」

 

 あえてクッソ渋みの強い緑茶を所望とは……やりやがる。けど、コイツの性格上“なんでもいいよ”って答えてきそうなものだと言うのに……今日は反骨精神旺盛じゃねえか。なら、コイツの反骨精神に敬意を表して、今日はさらに苦みが増すように茶葉を多くぶち込んでおく。

 

 ククク、必死に吹き出さまいと口に含み続け、号泣寸前になるところが目に浮かんでくるぜ! こら、存分に飲みやがれッ!

 

「ほら、できたぞ」

 

「ありがとう、お兄さま!」

 

 オレはライスシャワーに淹れたてほやほやの緑茶を出した後、長テーブルを挟んで対面上に座った。劇物を仕込まれたことを何も知らないライスシャワーは湯気が立った湯吞に嬉しそうに口をつけ……にこりと微笑む。

 

「……すっごくおいしいな。お兄さまの入れてくれた緑茶」

 

 ……だろうな! だと、思ったよクソが! マジでオレ、飲食づくり全般の才能はないのかもしれない……。

 

「ねえ、お兄さま。実はライス、紅茶やコーヒーよりも緑茶のほうが好きなんだ」

 

「そうだったのか?」

 

「お兄さまと出会う前までは緑茶の苦いところがちょっと嫌だったんだけど、今はその苦味がなんだか落ち着くんだ」

 

 ん? なんだ? 要するに、あえて苦味という苦痛に身を置くことでオレから受けてきた暴虐非道の数々を忘れないようにしたいってことか? 

 

 ――コイツ、ねちっこいところありそうだもんなぁ……。

 

「それなら、言ってくれれば毎回緑茶を出したのに」

 

「うん、そうだよね。言えば、良かったんだよね」

 

 そう言ったライスシャワーはかつてないほど緊迫感を秘めた顔で

 

「ねえ、お兄さま」

 

「ん?」

 

「お兄さまはライスががんばりきるまで、ずっと見捨てないでいてくれる? ライスのトレーナーさんで居続けてくれる?」

 

 アホにも程があることを口に出した。

 

「……クク、ハハッ! なんだ、そりゃ! クククッ!」

 

「な、なにがおかしいの!?」

 

「いや、ごめんな。今までに見たことない気迫で迫ってきた割には、あまりにもおかしい質問だったからつい」

 

 めちゃくちゃ真剣な目で取るに足らないことを言ってきたライスシャワーに笑ってはいけない場面だと知りつつも、吹き出してしまった。だって、その質問の答えは何度世界をやり直したとしても絶対に変わらないものだったから。

 

「お前に見捨てろと言われても絶対、見捨てないよ」

 

 お前が限界まで走りきるまで、ずっと。お前が何度へこんで、弱音を吐いて、落ち込んだとしてもそこから引きずり出してやる。

 

 そうすると、オレの答えを聞いたライスシャワーは口を結び瞳を潤ませたかと思うと、

 

「……ふふ、あははっ!」

 

 さっきのオレと同じような笑い方をした。今日のライスシャワー、なかなか舐め切ってくれるじゃねえか……!

 

「笑うところはなかったと思うんだが?」

 

「ごめんね。とってもおかしくなっちゃって、つい。あははっ……」

 

「何がだ、おいっ!」

 

「や、やめて! お兄さま! あははははっ!」

 

「やめろと言われても、絶対やめないぞ! おらっ!」

 

 寛大なオレもさすがに限界が来て、ここで立ち上がった。笑ったことでぽろぽろと流した涙を手で拭き取っていたちょっぴり生意気になった虐待ウマ娘の柔らかな髪をわしゃわしゃと触りつくす。

 

「くすぐったいよお……」

 

 一通り弄び尽くしたところで、手を離すと屈辱で顔を赤らめたままライスシャワーも立ち上がり、必然的に上目遣いになる姿勢で話し始めた。

 

「あのね、お兄さま、ライスの夢のことって覚えているかな?」

 

「もちろん。“人々に幸せを分け与えられるようなウマ娘になること”、だろ」

 

 シンプルだが、小柄な体に似合わずでっかい夢だ。そうでなきゃ、虐待のし甲斐がない。

 

「うん。それでね、もうひとつ夢が出来たんだ。それを今日、話しておきたくて」

 

「いいことじゃないか。聞かせてくれるか?」

 

「うん。それはね――お兄さまの夢を叶えるウマ娘になること」

 

――ライス、お前……。

 

 

「だからね、知りたいの。お兄さまの夢って、何かな?」

 

「……んー、お前みたいなかわいいウマ娘を虐待することかな?」

 

「もーっ! そうやって、いつもはぐらかすところが! ……ライス、その……ダメだって思うよ? そ、その! ごめんなさい!」

 

「ハハッ! 怒るのか、諭すのか、謝るのかはっきりさせたほうがいいぞ?」

 

「……ううっ、ごめんなさい」

 

「……何があったのか知らないが、また変わろうとしているんだな。んじゃ、新たな一歩を踏み出したライスに免じて教えようか」

 

 怖がりつつも、自分の意見を持ち始めている事実が……ムカつくことではあるが、嬉しい。仕方ない。オレも真正面からコイツに立ち向かわなければ。

 

「……ライス。オレの夢はな――担当ウマ娘の夢を叶えてあげられるヤツになることだよ」

 

「お兄さま……」

 

 包み隠さず夢のことをライスシャワーが“あれ、コイツ実はいい人?”みたいな態度をしてきたので、軽い口調で釘を刺しておく。

 

「おいおい、オレのことを底抜けの善人なんて思うんじゃないぞ。これは、半分義務みたいなもんだよ。一トレーナーとして、一人の人間として当たり前のことを言っているだけ」

 

「でも、お兄さまは本気でそう思ってくれてるんだよね?」

 

「……ん? ああ、そうだよ」

 

「……えへへ、やっぱりお兄さまってやさしいね」

 

 どいつもこいつも、何故こんな普通のことが優しさに繋がるんだ? 絶対他のトレーナーも真っ先に口に出してることだろ。

 

――担当ウマ娘の夢も叶えられないで、何がトレーナーか。

 

「もう一つは、そうだな……これは完全に個人的な夢で他人に話したことはほとんどなかったんだが」

 

「やっぱり、URAレジェンズで自分の育てた担当ウマ娘がトゥインクルシリーズに在籍したまま優勝するところをこの目で見たいな」

 

「それが……お兄さまの夢なんだね?」

 

「ほんと、夢のような話だけどな」

 

 URAレジェンズ。

 

 トゥインクルシリーズよりも格上のドリームトロフィーリーグで最上位レートを保持する超強豪ウマ娘と、トゥインクルシリーズの頂点を決めるURAファイナルズ決勝を制したウマ娘が雌雄を決するビッグレースだ。

 

 ――議論など、必要ない。知りたいのは、どのウマ娘が最強なのか。

 

 ファンやウマ娘が欲して止まない究極の回答があらわになる文字通り、夢のレースだ。

 

 

――無謀だと知りつつもオレは、どうしてもこのレースを担当ウマ娘と一緒に勝ちたいんだ。

 

オレの夢を黙って聞いていたライスシャワーは、目を閉じた。そして、穏やかに微笑んで頷いた。

 

「うん。わかった」

 

「わかったって、お前……オレが言うのもなんだが、URAレジェンズは魑魅魍魎が渦巻く怪物の見本市だぞ?」

 

「でも、お兄さまと一緒ならどんなウマ娘さん相手でも勝てるよね?」

 

「ライス……でもな」

 

「信じて、ライスを」

 

と、急に語気を強めたライスシャワーは、

 

「ライスは、どんなことがあってもお兄さまのことを信じる。お兄さまが信じてくれるライス自身も信じる。だから、お兄さまもライスのことを信じてほしいんだ」

 

 オレの右手を取り、両手で包み込んできたのであった。

 

 

 

 ――こんな寒い雪の中でも、とても暖かい。

 

 お兄さまに駅まで送ってもらったライスは雪が降り積もるホームで未だ冷めることのない熱を胸に抱きしめ続けていた。

 

 

 今日、お兄さまとお話してわかったのは……お兄さまはライスの創り出した虚像よりも数十倍魅力的な人だったってこと。

 

 お兄さまはとってもカッコよくてやさしい。でも、ちょっとイジワル。ライスが困ったり、慌てたりしたときとか、すごく楽しそうな顔をする。

 

 お兄さまはほとんどの場合、そつが無い。でも、急な訪問に慌てたりして上半身裸で迎えてくれることもある。

 

――お兄さまの体、すっごく仕上がってたなあ……お写真撮らせてもらえればよかったな。

 

 

 それと今日はお兄さまの夢も知れた。

 

 一つ目は「担当ウマ娘の夢を叶える」こと。

 

 それは、すごく優しくて完璧なお兄さまらしい夢だった。当たり前ってお兄さまは言うけど、お兄さまみたく自分のことを省みず、ほかの人の為に本気になれる人に今後出会うことはたぶんないと思う。

 

 でも、ライスが歓喜したのはもうひとつの夢の方だった。

 

「URAレジェンズを担当ウマ娘がトゥインクルシリーズに在籍したまま優勝する」という夢。

 

 つい最近のライスなら「ぜったいに無理」と言っていたに違いない。

 

 お兄さまの言っていた通り、URAレジェンズに出走するウマ娘は――もはや同じウマ娘とは思えない化物じみた走りをする。

 その中で頂点を取るのはURAファイナルズを優勝するよりはるかに困難。

 

 まして、お兄さまの夢はトゥインクルシリーズに在籍したままという条件付きだ。未だにURAレジェンズをトゥインクルシリーズから優勝したウマ娘は一人としていないのだから、無謀に無謀を重ねるような話だった。

 

 

――だけど、それがなんだ。やっとライスが明確に役に立てる目標ができたんだ。これほど、嬉しいことはない。幸せなことはない。

 

 それにその夢を話した瞬間、いつも自信に満ち溢れているお兄さまが「夢のような話だ」と最初から諦めかけている姿を見て、さらに心の炎は燃え滾り、思わずお兄さまの手を握り締めてしまった。

 

――今この瞬間、お兄さまの夢を叶えられる存在はライスしかいないってわかったから。

 

 

「お兄さまの夢――ううん、ライスたちの夢はライスが絶対に叶えて見せる」

 

 そのためには……

 

「邪魔するものは――全部、倒す」

 




魔王誕生秘話、ここに爆誕。

〇嘘予告

ゴミクズトレーナーが自宅に帰還。すると、何やらウマ耳の気配が……!
一体、どこの変態サイボーグウマ娘なのか!? どことなく危うい雰囲気を纏っているぞ! 果たして、うまぴょいは回避できるのか!?



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#20 ミホノブルボン

お久しぶりです。
最近、どんどんチャンピオンミーティングのレベルが上がってきていて辛い。


――ミホノブルボン。

 

 過酷すぎるトレーニングを表情ひとつ変えずにこなし続ける姿から”サイボーグウマ娘”としてトレセン学園内――最近は学園外においても名を轟かせている。

 格闘家すら目を見張る筋肉量としなやかさを両立させた鍛え抜かれたトモによるスピードとパワーは将来有望とされるトレセン学園内でも抜きん出ていた。

 

 ミホノブルボンには努力する才能があった。彼女の努力量を上回れるウマ娘は同期ではまずいない。古バを含めても、ごく少数に限られるだろう。

 努力は裏切らない。彼女はそのことを信じ、常に結果を出してきた。

 

 しかし、培ってきた努力を万人が認めてくれるとは限らない。

 

 ミホノブルボンの本来の適性は短距離である。スピードとパワーを存分に発揮するには短距離の方が適しているというのもあるが――彼女には中長距離を走り切るスタミナが致命的に欠如していた為だ。

だが、彼女の夢であり目標は中長距離路線のクラシック三冠を制覇し、三冠ウマ娘になることだった。

 

 トレーナーたちは言う。

 

『君なら絶対に短距離界のスターになれる』

 

『無理なことはすべきじゃない。君が勝てる道は他にある』

 

『無謀だ。適正距離以外を走るのは勝てないどころかリスクが高すぎる』

 

 ウマ娘の指導者たる彼らは暗に言う。

 

『的外れなところで頑張ることに価値はないのだ』と。

 

 それでも、やる前から可能性を諦めている彼らを認めさせるため、何よりも自分の夢の為にミホノブルボンは更なる努力を重ねた。

 

 けれど、練習し続けても成果が追い付かない。中距離未満のマイルですら、スタミナが最後まで持たない。もどかしい。辛い。苦しい。

 

 表情こそ表に出さない彼女の内面は悲痛に満ちていた。

 けれども誰もが無駄だ、無謀だと匙を投げた彼女の努力と挑戦を認めてくれた人がいた。

 

『スタミナは努力で補える。精神は肉体を超越するとオレは思っているよ』

 

 元トレーナーだった自身の父親と同じ言葉をかけてくれたのは、高身長で筋肉質の少し目付きの悪い若い男性トレーナー。彼は自身をスカウトしたトレーナーではなく――自身とは違うウマ娘を担当している新人トレーナーだった。

 彼は新人らしい自身のウマ娘にかける情熱と新人らしくない豊富で理路整然とした知識を併せ持っていた。また優秀なだけではなく、お人好しで面倒見が良く大人の包容力を以て接してくれた。

 

 時には疲れが吹き飛ぶ大変美味な特製ドリンクを差し入れに貰い、肉体の疲労回復に効果的な方法を丁寧に教えてくれた。

 

 ある時には励ましてくれ、無茶なオーバートレーニングをする自分に対して本気で怒ってくれた。人生で初めての他人からの激怒に、ミホノブルボンは怖いという感情以上に嬉しさから涙腺が緩みかけた。あれほど自分の身を心配されたことは家族以外では初で、自身が彼にとって取るに足らない存在ではないと否定された瞬間だったためである。

 

 ミホノブルボンにとって彼に好意を持つのは当たり前で……やがて好意は制御できない”未知の感情”へと至った。

 

 あなたから指導を受け続けたい。あなたと会話をしたい。あなたに褒められたい。あなたに構って欲しい。あなたと喜びを分かち合いたい。あなたとずっと一緒にいたい。

 

 希薄だと自他ともに断じていた感情が次から次へと溢れだす。

 

 

 ――彼と共に過ごす度に日に日に膨らんでくる甘さと辛さをはらんだ願望を胸に押し込めて、ミホノブルボンは努力し続けた。

 

 

 結果、ミホノブルボンはデビュー戦から、直近のG1レース”朝日杯フューチュリティステークス”まで、隔絶された強さを知らしめた。

 

 ――邪魔で目障りで苛々しく妬ましいのに、どうしてか心の底から嫌いになれないとある同期のウマ娘以外には。

 

 

 

 美しい黒髪で片目を隠した小柄で臆病で内気な性格のライスシャワーは、ミホノブルボンが思慕する彼自らがスカウトしたウマ娘だ。

 彼女の存在は入学当初時点では気にも留めていなかった。これはミホノブルボンだけではなく、トレセン学園内のウマ娘……ウマ娘を管理するトレーナーたちに至るまで同じだっただろう。スタミナが多少ある以外、彼女には目立った長所が見つからなかったからだ。

 

 が、彼にスカウトされたライスシャワーは変貌した。

 その変貌の結果は新バ中距離最強レース”ホープフルステークス”でレース場にいた全員に畏敬と恐怖と絶望を与えた。

 

 前走のレースから察すると差しや追い込みを得意とするライスシャワーが今回取った戦法はミホノブルボンと同じ逃げだった。ペース配分も何も考えない、がむしゃらに前を目指す破滅的ともいえる逃げ。もし、ライスシャワーと同じ走り方をミホノブルボンがしたら一瞬でスタミナが無くなってしまうだろう。

 しかし、ライスシャワーは途中で失速するも息を入れ直した上で前走と同じ末脚で他バを置き去りにした。

 

 弱いウマ娘なんて一人だっていないG1レースのレコード板には”大差”という赤い文字が燦々と輝いていた。会場がファンの大歓声と熱気に包まれる中、ミホノブルボンは震えて凍えそうになる身を必死になって抱えた。

 どんなに理性で振り払っても、本能で理解させられた。努力しても”アレ”には決して勝てない。たゆまぬ努力をし続けても、決して及ばない。

 

 ライスシャワーが才能だけで戦っていたのであれば、まだ奮起できた。戦えた。

 

 けれど、ライスシャワーの根幹の強さはミホノブルボンと同一の”努力”によるものだった。

 

 努力の”質”と彼の存在。これが、ミホノブルボンとライスシャワーの決して埋まりようのない差だ。

 

 一度ミホノブルボンは、自身の願望が漏れ出てしまったことがある。彼の自室でマッサージを受けた後の二人きりの時間に聞いてみたことがあった。

 

『ところで、あなたはライスシャワー以外にウマ娘をスカウトしないのですか?」

 

『ん? 全く考えていないけど……急にどうした?』

 

 不思議そうな顔をした彼に自分でも発するつもりはなかった言葉に少しだけ焦りつつ、ミホノブルボンは無表情を貫いた。

 

『いえ……あなたほど優秀なトレーナーであれば、他のウマ娘の育成にあたっていても不思議ではないかと』

 

『はは、君のいう通り優秀ならそうしていたかもしれないけど……オレは優秀じゃないし、不器用なんだよ』

 

『あなたが、不器用? とてもそうは考えられませんが』

 

『担当ウマ娘ひとりの将来を担当するからには、重大な責任が伴う。決して中途半端な指導は許されない。あってはならない。だから、オレが持ちうる全部を担当ウマ娘になってくれた子に捧げなきゃいけないと思っている』

彼はどこか過去を悔いるかのように、自虐的に笑った。

 

『とても今のオレは複数のウマ娘に全力を捧げられるほど、器用じゃないし優秀じゃないんだ』

 

『そう、ですか……』

 

 言葉どおり彼はライスシャワーに全リソースを注ぎ、彼女を誰の手も届かない怪物に育てるだろう。

 ライスシャワーもまた彼の期待により一層努力し、己を高めていく。笑顔で、誇らしげに、幸せに。

 

 確固たる意思と絆。そこにミホノブルボンが入り込む隙間はなかった。

 

 

 

 

※ ※ ※

 

 大晦日の夕方。ミホノブルボンは実家に戻らず、毎日のルーティーンをこなした。ただ、そこに秘めた情熱はなく。ただ、日々の業務をこなす機械人形のようだった。

 練習を終え、三女神の像の付近へ差し掛かった時――前と同じく透明で清廉で浮世離れした雰囲気を持つウマ娘が音も立てずに姿を現した。

 

 今回は前置きすらおかず、彼女は美しく微笑みつつ話し始める。

 

「ミホノブルボンさん。これでわかったでしょう。今のあなたではライスシャワーには勝てない」

 

「………………」

 

「でも、本来ならあなたは勝てるはずなの。ううん、勝てていた(・・・・・)。勝てないのは、あの人が傍にいないから」

 

 こちらの心を見透かしたように、透明で清廉な”黒い”彼女はささやく。

 

「もし……もし、あなたが彼の担当ウマ娘になれた。そんな世界があるとしたら、あなたはどうする?」

 

「もしも、そのような世界があるのなら……」

 

 ――どれだけ幸福なのだろうか。

 

「ここは三女神の像の前。ウマ娘の願いを叶えてくれる場所」

 

 彼女はミホノブルボンに密着し、耳元でそっと言う。

 

「私と両手を合わせて、祈って。そうすれば、あなたの願いは叶うわ」

 

「…………」

 

 ミホノブルボンは虚ろになった瞳で彼女の白い手を――。




ダーク因子継承。

一般トレーナーとアプリ版トレーナーの差は激しい。
G1を10冠以上余裕で取れるように育成するアプリ版トレーナーはウマ娘にとって神のような存在ですよね……

まあ、何回もやっていれば嫌でも育成も上手くなりますけど。


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#21 迫る影

アクエリアス杯が開始されたので、投稿開始します。
手塩に掛けて育てた魔改造ブルボンが無双していて楽しいんじゃあ!



 本日は12月31日。世間では大晦日と呼ばれる日で家に引きこもって家族とにこやかに団欒しているヤツも多いだろう。

 労基法違反まったなしのブラック環境で働くトレーナーたちには日付感覚もわからなくなるので関係ないけどな。

 

 そんな過酷なトレーナーたちも年末年始は連続休暇を取れる。まあブラックって言っても、中央トレーナーの給料は一般会社員と比較したら比べるまでもなく高給取りだ。なにより、担当ウマ娘がレースに勝利した暁には特別賞与が出るのが大きい。さらにG1を制したと成れば、ただのサラリーマンからしたら半年は生活に困らない金額が一括で振り込まれる。

 

 賞金額がべらぼうに高いジャパンカップ・有馬記念を優勝した日には……と一攫千金が狙える夢のある職業でもあるのだ。なので、高収入目当てでトレーナーを志す輩も多い。

 が、オレはそんな程度の低い志なんか持っちゃいねえんだよなあ……!

 

 オレの目的は――可愛いウマ娘が苦しみ藻掻く姿を見て愉悦に浸り、虐待することにあるんだからな!

 

 と、現金な話はここまでとして、せっかくの貴重すぎる休日にオレが何をしていたかというと。

 

「ふう……この店のコーヒーは最高だな」

 

 休日返上で年明け後の虐待メニューに頭を悩ませた結果、年末でも平常営業していた行きつけのレトロな雰囲気のリーズナブルな喫茶店で息抜きをしつつ、これからのタスクを整理していた。

 コーヒーを5杯も注文し、昼から夕方まで集中して取り組んじまった。それも当然だ。

 何故なら来年はいよいよライスシャワーにとって、一生に一度のクラシック戦線が始まるから。我が虐待ウマ娘が他バに絶望を与えた上でクラシック三冠を取り、そのままシニア期のウマ娘たちにも虐待をしかけ、ジャパンカップ、有馬記念を制する。その為には……。

 

「今のところ同期で敵になりそうなのは、やはり超ド変態オブザイヤーのミホノブルボンか。純粋な精神面の強さでいえば、マチカネタンホイザも侮れねえ。ライスに絶望的な敗北を味わわされても、一人だけ未来を見据えていたしな……」

 

 軽く脳内の情報の処理に集中している中、オレのすぐ左方向から女の声が生まれた。

 

「あの、相席よろしいでしょうか? はい、ええ。銀河よりもドーナツよりも寛大なお心遣いありがとうございます、ですわ」

「……いや、許可していねえんだけど」

「細かいことを気にする男性は嫌われますですわ」

 

その女――正確に評するならばそのウマ娘は、誇張表現で唖然とするほど美しかった。神々しいまでに整った美貌。モデル並みの高身長に長い手足。一見すると非の打ち所がない葦毛のウマ娘がオレに話しかけてきた。

 

「っと……失礼いたします、ですわ。ここ、穴場なんですわよね。人通りのない路地裏にポツンと佇んでいる、今にも潰れそうなさびれた喫茶店」

 

 そいつは許可も取らないまま、オレの対面に優雅さを置き去りにどかっと大きく音を立てつつ、対面に腰かける。

 令嬢のような上品さを辛口レビューで台無しにしつつ、オレの飲みかけのコーヒーに手をつけた目麗しい彼女は、これでもかというほど渋い表情を見せた。

 

「……あら、泥水を啜ったほうが幾分マシな味と。わざわざ特製ブレンドで注文する品ではありませんわね」

「勝手に飲んでおいて、人の好みをディスってくるんじゃねえ! ったく」

 

 悪態をつき、自由奔放という文字の体現者に呆れの中に羨望を混ぜて睨みつける。

 

「いつまでマックイーンを中途半端に真似た気色悪い口調を続けるんだ……ゴルシ」

「あー、ひっでえな。ここにマックイーンがいたら、およよー! って悲壮感たっぷりで泣いちまうぜ。あー、店員さん! コイツにアイスカフェラテ、ミルクと岩塩とハバネロたっぷりで頼む!」

「そんなゲテモノ誰も飲まねえよ! 糖分・塩分・辛味成分のビックウェーブでオレを殺す気か!?」

「つまんねー。せっかくアンタが好きそうなの注文してやったのによ」

 

 ゴールドシップ……通称ゴルシ。容姿端麗が基本であるウマ娘の中でも誰もが認める絶世の美人でありながら、ウマ娘中屈指の変人である。

 学年不詳。年齢不詳。住所不定。実力未知数。ゴールドシップの生態は謎に包まれている。

 

 にしても、ここまでコイツが姿を現さないことは無かったんだが……。

 

「今までどこをほっつき歩いていたんだ?」

「おうッ! 漁業組合に殴り込みして、宇宙一周マグロ漁船旅行に行ってきたんだZE☆。壮観だったわ~、――煌めく星々に、波濤の如くマグロが飛び交うオーシャンブルーの惑星は……」

 

 ゴールドシップはよく通る声で、ぼんやりと遠い目をし、世にも奇妙な物語を思い返すようなそぶりを見せた。その姿はハリウッド映画に出てくる名女優のように、とても美麗で魅力的なものであったが、――コイツのイカレファッキ〇な感性を知っている以上、男として何の情欲も湧いてこない。

 

「んま、愛するゴルシちゃんがいなくても思ったより元気そうで良かったわ!」

「お前もいつも通りすぎて、却ってホッとしたわ」

 

 誰もが羨む美貌を存分に宙に放り投げている残念すぎるウマ娘はテーブルに肘を付き、頬杖をつきつつ、天真爛漫に歯を見せて笑った。

 ――けどまあ……アグネスタキオンといい、コイツといい態度が変わらないヤツは安心するな。

 

 にしても、ゴールドシップがここまで一度もトレセン学園に顔を出さないことなんて今までなかったんだが……。

 ひとり疑問に思っていると、パンと目を輝かせたゴールドシップが興奮気味に語ってきた。

 

「そうそう、見たぜー! アンタが担当しているライスシャワーのレースをよ! 完璧ゴルシちゃんをクレイジーリスペクトした走りに滾っちまったよ、おい!」

「まあ、やはり勝負事は派手に勝つことこそ映えるってもんだしなあ」

 

 ニヤニヤとしてくるゴールドシップに深く頷く。付け加えるなら、弱者であると偏見を持たれたヤツが強者だと勘違いしているヤツを倒すカタルシスは、最高の一言に尽きるってもんだ。

 自分勝手に人を舐め腐った敗北者の絶望面は見ていて胸がスカッとするからな。

 

「にしても、アンタが岩場で漁られないように震えているアサリのようなウマ娘をスカウトするとは、――ラグナロクを体で受け止めた時より衝撃的だったわ……」

「あー、お前のおかげで人類救われたー、ありがとうー」

「だろだろー」

「で、用事は?」

「うーわー、氷漬けにした温水を沸騰させたみたいに心に余裕がねえなあ。もっと日頃からスカイダイビングした方がいいって、絶対」

「めんどくせえ……!」

 

 ゴールドシップと話していると、会話の流れが崩壊しているのはいつものことだ。かといって、ただのバカではなく、研究肌のアグネスタキオンとは別ベクトルの高い知性を持っているのがこれまた厄介。

 コイツはなまじ頭が良い分、常人には価値観や思考を理解するのに時間がかかってしまうのが問題なんだよなあ……。

 

「んじゃ、アンタが収拾付かなくしたし本題入るなー」

「どう考えてもオレのせいじゃねえだろうが!」

 

 ハハハ! と笑い飛ばしたゴールドシップだが、しばらくすると表情を真顔に変えた。

 

「なあ、アンタさ……また壊すつもりなのかよ?」

「……ああ?」

 

 壊す。主語がない曖昧な表現だが、オレにそういったニュアンスで伝えてきた時点で意味することはわかっていた。

 また、担当ウマ娘を壊すつもりなのかと。

 

「何言ってんだよ。逆に壊れる要素なんて、万に一つも無いはずだ。壊さないように、今までライスシャワーを徹底的に虐待してきたんだから」

「……壊れかけだったってーの」

 

 オレの回答にゴールドシップは心底呆れた顔をして、聞き取れない声量でぼやき大きく嘆息した。

 

「にしても虐待ねえ……アンタ、変わっちまったな」

「オレは変わってなんかいないよ。ただ、楽しく生きるのはやめただけだ」

「……つまんねー。どうしてこうもスカッと生きらねえのかねえ」

 

 コイツの小バカにした態度に少しだけイラっときたオレは……。

 

「誰もがお前のように自由に生きられたら何の苦労もしねえよ」

 

 と、安易に言い返してしまった。それが引き金になった。

 

「――それを、誰よりも自由に拘ったアンタが言うのか」

 

 顔も口調すらも平坦だったが、ゴールドシップは短い台詞に怒気を何重にも織り交ぜていた。ゴールドシップに悪いと一言添えて、目線を空っぽのコーヒーカップに向ける。

 

「いったい、どこで間違えちまったのかな……アタシたち」

 

――違う。お前はずっと正しかった。間違えたのは、オレの方だ。

 

 まだトレーナーとして右も左も分からなかったオレは走ることが大好きで生き甲斐のウマ娘の夢を叶えるため、たゆまぬ努力をした。

 オレは、アイツの走る姿が大好きだったんだ。だから、アイツがオレの指導で止まることなく異次元の先へと歩みを進めるたびに胸が高鳴り、彼女の夢を叶えるために加速的にのめり込んでいった。

 

 結果、彼女の夢は叶った。叶ってしまった――彼女のレース人生の終わりと同時に。

 

『私は……あなたのことがずっと好きでした。誰よりも愛しているんです。トレーナーさんのためならどんなことだって出来ます。誰よりも役に立てます……! だから、お願い。お願いです! あなたの傍に、ずっといさせてください……!』

『……違うだろ! お前が愛しているのは、オレなんかじゃないだろうがッ……!』

 

 ――代替としての生き甲斐をオレなんかにしてくる変わり果てた姿に……目を背けて逃げてしまった。

 

 逃げたオレに対して、スズカが見せた瞳に渦巻く暗闇が今でも忘れられない。

 

 だから、今のオレは絶対に間違ってはならないんだ。

 

――二度と間違えない為に、ゴミでクズでカスな虐待を愛する男になったのだから。

 

 

「……おっと、もうカーブラックホールが閉じる時間か。んじゃ、しばらく会えねえと思うが、達者でな!」

「いや、待て! どういうことだ? これから学園に滞在するんじゃないのか?」

「ゴルシちゃんは謎の多いウマ娘! 学園じゃなくてもどこにでもいるから安心しろって! クハハ! では、100億ドーナツの果てでまた会おう! それとこの世界のスズカだが、アタシたちのよく知るスズカだったぞー!」

「……は!? ちょ、おま!」

 

 瞬きする暇もなく立ち上がったゴールドシップはオレを置き去りにして店を出た。慌ててすぐ後を追うも、ゴールドシップの姿ははじめからいなかったかのように影も形もなかった。

 神出鬼没で生態不明のゴールドシップではあるが、いつもハッキリと話すゴールドシップが早口で焦るように残していった最後の言葉がオレにとっては決してスルーできない内容だった。

 

「スズカが、オレたちのよく知るスズカ……?」

 

 ありえねえ。だって、この世界で一度たりともスズカ自らオレに接触してきたことは無かった。念のため、学園当初にリスクを冒してスズカと話してみたことがあったが完全に見ず知らずの他人と話すときのスズカで胸を撫でおろしていたのによ……!

 

 仮にゴールドシップのいうことが本当だとしたら、尚更わからねえ。アイツはきっと未だにオレのことを――。

 

 だとしたら、マズい。もう手遅れの可能性も……!?

 オレらしくない、この時点で動いても何の意味も持たない行動を取った。電話帳から大事な虐待ウマ娘の名前を探し出し、登録されたダイヤルを震える手で押した。

 

 たった1回の呼び出し音ですらもどかしい。2回、3回と呼び出し音が鳴り……4回目で可憐な少女の声がスマホのスピーカーから発せられた。

 

「お、お兄さま! どうしたの?」

「せっかく実家に帰ったばかりなのに電話をかけて悪いな、ライス」

「ううん! 全然! むしろ、お兄さまの声を聞けて嬉しいよ!」

「それでさ、ライス――お前はサイレンススズカと話したことってあるか?」

「スズカ先輩と? ……ううん、ほとんどないかな」

「そうか。それなら、いいんだ」

 

 電話越しからも伝わる困惑した声にオレは大きく息を吸い込んだ。どうやら接触はなかったらしい。心臓の鼓動が静まっていくのを確認して、世間話に切り替えた。

 

「ところでライス、久々の実家はどうだ?」

「うん! お父さまとお母さまにも会えたし……すっごくライスの活躍を褒めてくれたよ!」

「よかったな」

 

 電話越しでもライスシャワーの喜びが伝わってくる。クク、親御さんよ。もっと褒めてやれ。報われるべき存在が報われたんだ。娘を何よりも大事に思っているアンタ達が一番祝福してやらなきゃな。

 

「てか、褒めなかったらお前んちに乗り込んでやろうと思ってたのに」

「そ、それはちょっとまだ早いと言うか……!?」

「そうだな。それじゃ、オレたちの夢が叶ったときに訪問させてもらおうかな」

「……お兄さま。うん! 一緒に夢を叶えようね!」

「ああ。んじゃ、よいお年を」

「お兄さまもよいお年を!」

 

 電話を切り、自然と出ていた額の冷汗をハンカチで拭う。そうだよな。ライスシャワーに接触を図っていたとしたら、徹底的に虐待をしているオレがわからないはずがねえ。

 

「とすると、誰が狙いだ……?」

 

 アイツは変わっていないとしたら、オレ自身に被害を加えようとしない。オレの周囲を不幸にして、ほくそ笑むはず。だが、今のオレは自他ともに認める嫌われ者。ライスシャワーへの虐待を見ているウマ娘からも、マスメディアからも最悪の評価を受けている。

 そんなオレに唯一付き纏ってくる変わり者がいるとすればアグネスタキオンと……ミホノブルボンしかいない。

 

「出ねえか……クソッ!」

 

 油断していた。一人ぐらいなら多少気にかけてもいいと。アイツと同じ逃げウマ娘だから、夢を見てしまった。それにミホノブルボンがアイツ以上に無茶なトレーニングをしていたから……放っておけなかった。

 電話帳に登録されていない番号からの着信だ。だが、オレには見覚えのある番号だった。画面に表示された緑色の受話器のマークをスライドして、耳に当てる。

 

「……もしもし」

『……お久しぶりです、トレーナーさん』

 

 音声変換されてはいたが、幾度も近くで聞いた綺麗なソプラノボイスだった。あまりにも海馬に刻み付けていた情報と変わらなすぎて、感動的な状況とは真逆なのに目頭が熱くなりそうになった。

 

「不得意だった腹芸がすっかり板につきやがったな……スズカ」

『ふふ、トレーナーさんが教えてくれたおかげですよ。それよりも、思ったより驚かないんですね』

「今しがた、嵐のように去っていたヤツが教えてくれたからな」

『……この世界でも私の邪魔してくるなんて、本当に不思議で邪魔な人。でも、ちょっと到着が遅かったみたいですけれど』

 

 くすくすと愉しそうに話す声の主・サイレンススズカは本題へ切り込んでくる。

 

『せっかくの大晦日で恐縮ですけれど……今から会ってお話ししませんか?』

「どこに行けばいい」

『嬉しいっ。トレーナーさんが私に時間を割いてくれるなんて……』

 

 サイレンススズカの情感たっぷりの蠱惑的な声色に、どうしようもなく胸が苦しくなった。オレが壊してしまったスズカだと改めて現実を突きつけられたからに違いない。

 

「そうですね……では、私たちの約束の地。で、いかがでしょう?」

「分かった。すぐに向かう」

「お待ちしておりますね。それと……今でもあなたのことだけを愛してますよ、トレーナーさん」

 

 歪み切った愛の告白で耳元をくすぐったサイレンススズカは電話を切った。同時に店へ戻り、勘定を済ませ外に出たオレはビジネスバッグを担ぎつつ事務作業で怠けていた右足でコンクリートの地面を思いっきり踏みしめた。

 

――ずっと目を背けてきた大切だった人物に会いに行くために。

 




今回のお話では心に余裕がないせいか、虐待トレーナーが本心剝き出しになって綺麗に浄化されてしまっております。

ソウルクリーナーの役割を果たしてくれたサイレンススズカさん、ありがとうございました。


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#閑話1 桐生院葵は教わりたい

ウマ娘2周年が始まっているので、こっそりと投稿を再開いたします。

この話の時系列は京都ステークスが終わった辺り。


 

 

 ――クフフ! フハッハハ! いけねえ、笑いがこみ上げそうになってくる。 

 

 今日も汗だくで地面に倒れている幼気なウマ耳少女を見下ろすことが出来て、オレは最高に気持ちがよかったな!

 

 と、思い出し笑いを抑えて業務後に待ち構えている残業へと向かう。

 

 自分のトレーナー室から一区画先に移動したオレはトントンと丁寧に3回ノックすると。

 

 

「桐生院さん、オレです」

「あ、お待ちしておりました!」

 

 

 勢いよく扉が開かれ、にこやかな顔と明るい女性の声と共に同期のトレーナー室の中へと招かれた。

 このトレーナー室の主の名前は、桐生院葵。代々名トレーナーを輩出している、桐生院家のご令嬢だ。

 

 立ち振る舞いと丁寧な言葉遣いから滲み出る育ちの良さとウマ娘に負けない端正な顔立ち。そして桐生院家という名家の出により、今まで男性のアプローチを受けて来なかったのだろう。そのせいもあるのか、少々世間知らずなところもある。そこがまた、男心をくすぐるに違いない。

 

――まあオレはヒトミミよりウマミミを虐待することしか興味がねえから、多少顔がいいぐらいじゃ惑わされないがなッ!

 

 

 

 扉の右斜め前にあるソファに腰かけるようオレに伝えた桐生院さん。

 

 そして素朴ではあるが、どことなく高そうな雰囲気のある茶器に緑茶を淹れ「失礼いたします」と一声かけてオレの横に座った。

 

 

――この人さ。訪問するたびに、徐々に距離が近くなってきてるんだよなあ……。

 

 

「粗茶ですが、よろしければ……」

「ああ、ありがとうございます。頂きます」

 

 

 

 ごくりと温めの茶を嚥下すると……猛烈な渋みと苦味がオレを処刑しにかかってきた。

 

 うわ、マジ渋みつっええ! しかも、後から深く濃縮された苦味が全身をかけ巡るッ! 

 

 

「これは……いい茶葉を使っていますね」

「お分かりになられるんですね! 私のお気に入りなんです。これは京都の老舗の……」

 

 

 

 目を輝かせてウンチクを語りだした桐生院さんだったが、話を聞いてる余裕は今の自分には全くなかった。

 

 暗殺するつもりで飲ませたのかチクショウが! マジでオレが入れる茶とは素材が違いすぎるッ!

 

 さすが、彼女も名門の生まれだけあって虐待道具を入念に準備し、相手の体をいかに効率よく破壊できるか熟知してやがるぜ……! ククク! フハハッハ! ゲフッ!

 

 し、しかし! 人間相手にはやらないで頂きたいものだなあッツ! ゲホゲホッ!

 

 

 悟られないよう引きつった笑みを作りつつ必死に苦味と渋みのコラボレーションから逃れようとしている中、桐生院さんも湯呑を口元に持っていく。

 

 

「ふぅ……落ち着きますね」

 

 こんな緑一色の液体兵器を和みきった表情で啜る桐生院さん。畏敬の念を抱かずにはいられねえ。

 

「それでは、早速なのですがミークのことでアドバイスを頂きたいことがありまして……」

「はい」

 

 

 今日、桐生院さんと会合しているのは――ハッピーミークのことだ。

 

 ハッピーミークとは非常に稀有なポテンシャルを持つ、桐生院さんがスカウトした白毛のウマ娘のことである。

 

 ハッピーミーク芝・ダート・さらに距離適性にまで苦手を持たない可能性の塊みたいなヤツだ。タキオンと同部屋のアグネスデジタルを超える、いい意味での“変態”と言い換えてもいいかもしれない。 

 

 

――悪い意味での“変態”はって? 察しろ。

 

 ミーク、ミークとうるさいくらい同じ単語を連発する桐生院さんに適度に相槌やそれとなく助言をいうオレ。

 

 そんなこんなで最初は主にトレーニングの内容や改善案に関してのディスカッションであったが、話の流れは“うまぴょい”へと移った。

 

 

「そういえばこの前、あなたから教えていただいた甲斐もあってミークにしっかりとウイニングライブの指導をつけることが出来ました!」

「それは良かったです」

「琉球秘伝古武術……! 非常に素晴らしいですね! まさかダンスに応用できるとは……目から鱗とはまさにこのことでした!」

「オレとしても、桐生院さんの飲み込みスピードが早くて驚きました」

「えへへ……あなたの教え方が上手だったからですよ」

 

 

 少し恥ずかしそうなそぶりで口元を湯呑で隠した桐生院さん。相変わらず所作が上品だ。

 お茶を音を立てずに啜る桐生院さんと苦味と対抗するうちにズズッ! と音を立ててしまうオレ。

 

 ……クク、このオレをマナー違反野郎にしてくるとは、この女……間接的にオレを虐待してきやがる!

 

 

 しばらく無言の間が続く。

 

 

「あ、あの!」

「はい?」

 

 

 その沈黙を切り裂いたのは桐生院さんの綺麗なソプラノボイスだった。

 

 

「どうしたら、あなたのように担当ウマ娘と信頼を築けるようになるのでしょうか!?」

「……んん?」

 

 ナニイッテンノ、コノヒトミミ? イミワカンナイ!

 

 

「――あの、ですね。その内容をオレに相談するのは間違いなのでは?」 

「何を仰っているのですか! すごくライスシャワーさんから信頼されているのに!」 

「お、おおう……」 

 

 可愛さと美しさを絶妙に両立させた顔を近づけて、身を乗り出してきた桐生院さん。それに対して、ビビッて僅かに距離を取ったオレ。 

 元々距離感が妙に近い人から近づかれたらほぼ密着状態になっちまうだろうが。

 

 まあ、いい。今日の相談内容は信頼ねえ……。

 

 

「担当ウマ娘から信頼されるには、でしたよね」

「はい」

「逆に伺いますが、桐生院さんはどうすればハッピーミークに信頼されるようになれると思いますか?」

「そうですね――やはり『ウマ娘を十全に知るべし』でしょうか。もっとミークとコミュニケーションを取って、その上で彼女に適したトレーニングを考案していけばいずれはと考えています」

 

 

――ったくよ。ぬるい。いつもながら、ぬるすぎんだよ。

 

 

「では、今よりもハッピーミークとコミュニケーションを取るためにはどのようにしたらいいとお考えですか?」

「ええ、と。ミークに寄り添って……」

「――逆ですよ。オレとしての結論は“過度に優しく接しないこと”だと思います」

「優しく接しない、ですか?」

 

 

 正直、世間一般でいう“美徳”な性格であるアンタはトレーナーに向いてねえ。気を遣うことは必ずしも相手を心の底から気遣っているとは限らないんだよ。

 

 ――ここは少し厳しく言っておくか。

 

 

「桐生院さんは良くも悪くも、ハッピーミークに気を遣い過ぎです。たまに練習風景を見かけますが……あんな向上心が損なわれる練習内容じゃ、ハッピーミークがかわいそうだ」

「か、かわいそう!? 今はミークの現状の限界点からトレーニングレベルを調節している段階なんです!」

「ハッピーミークに気を遣って、碌に限界点を見極められていないのに?」

「そ、それは……」

「担当ウマ娘相手に遠慮や妥協は絶対にしてはならないとオレは考えています。常に全力でぶつかり合い、ギリギリまで追い詰める。もう走りたくないと根を上げるぐらいにね」

 

 

 限界を迎えたウマ娘の表情は――実にそそっちまうよなァ。

 

「必要以上に遠慮や忖度する指導者……そんなヤツ、信頼出来るはずもないでしょう」

 

 同期のくせに上から目線で話す男にそろそろ嫌気が差してきたころだろう。そうなれば狙い通りだ。こういった定期相談といった面倒事も減る。

 それに、クズの代表格であるオレと関わると桐生院さんにもあらぬ被害が来そうだしな……いい機会だ。

 

 

「――以前からお伝えしようかと思っておりましたが。桐生院さんはオレが学園やメディアからどのように呼ばれているか、ご存知ですか?」 

「……? ええ、まあ……」

 

 一瞬、何を言っているのかわからなそうな顔をしたがすぐに気まずそうに視線を逸らした。オレの悪評を認識し直したのだろう。

 

 

 ――担当ウマ娘をボロ雑巾のように扱うクズ。レースに勝ったウマ娘に理不尽な怒りをぶつけるカス。

 

 

 様々な罵詈雑言が陳列しているが、普段のライスシャワーへの虐待シーンを見られていたらそうなるわな。誹謗中傷ではなく、至って正当な評価だ。何も間違っちゃいない。

 

 

「そうです。学園で流れている噂通りのヤツですよ、オレは。そんな人間相手に自分の大切なウマ娘の相談をするべきじゃないし、関わるべきじゃない」 

「――どうして、いつもあなたは」 

 

 すると桐生院さんは眉をひそめ、口を真一文字に結んだ。

 若干の沈黙の後、彼女は深呼吸をひとつして育ちの良い善人ならではの澄んだ瞳を向けてきた。

 

 

「……私と関わるのはご迷惑でしたか? 私のことは、嫌いですか?」

「いえ、そんなことは……」

 

 ――正直なところ、他人から相談を受けるのは時間がかかる上に面倒だ。常にオレは虐待のことで頭がいっぱいなんだからなァ!

 

 だが、ウマ娘相手はともかく人間相手には時には忖度も必要だから口にしないでおく。

 

 

 それに――心の底から迷惑だと思っているなら、毎度呼びかけに応じていねえしな。

 

 

「なら、良かったです。所詮、噂は噂でしかありません」

「……はあ。桐生院さんは変わってますね」

「いえ、私は一トレーナーとしてあなたを尊敬しているだけです」

「……お言葉は嬉しいですが、オレは尊敬されるべきトレーナーではありませんよ。少々オレのことを買い被りすぎだ」

「ふふ、買い被りで結構ですよ。あなたはわたしにとって同期のトレーナーであり、目指すべきトレーナー像であり……超えるべき目標ですから」

 

 この人は、ホント変わらねえな。良い意味で自分の価値観がブレない。今のオレにはその愚直なところが眩しすぎる。吐き気が出てきそうになるな。

 

 

「あ、もうこんな時間ですね。今日もとても実りあるお話をしていただき、ありがとうございます」

「いえいえ。オレなんかで良ければいつでも」

 本当はかったるいんだが、相手はヒトミミ。しかも、良家のお嬢様だ。虐待ウマ娘相手にはしない当たり障りのない社交儀礼でそう返したら、桐生院さんは目を輝かせる。

 

 ……ん? またなんかオレ、やっちゃったか?

 

 

「あ、でしたらお言葉に甘えて! またミークの為に教えられる楽曲レパートリーを増やそうと思っておりまして! ……その、ご都合の合う日にお付き合いいただけませんか?」

「……はい。都合が合えば」

「やった! では早速スケジュールを確認しますね!」

「は、ははは……」

 

 

 桐生院さんは嬉しそうに笑い、胸の前に両手を持ってきてガッツポーズを取る。対するオレは引きつる笑いを見せるしかなかった。

 

 はい、対応ミスったァ! クッソ! どうして人間相手のコミュニケーションはこんなにめんどくせえんだ!? ウマ娘相手ならいくらでも柔軟に対応できるのによ!

 

 ……ったく。どうやらしばらくは切っても切れない関係は続きそうだ。




このような閑話をもう少しだけ挟んだ後にメインストーリーを更新します。

いよいよ涙と絶望のクラシック期やで。


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#閑話2 腹ペコスペちゃんは気になっている

スペちゃん、ほんまかわええなあ……!


 

 トレセン学園は昼休みの最中。生徒たちは束の間の休息を喜んでいることだろう。

 

 そんな中……オレはデスクワークで鈍った体をほぐすべく、軽くグラウンドの外周をランニングしていると。

 

「あ! ライスさんのトレーナーさん! こんにちは!」

「やあ」

 

 

 トレセン学園から外部転入生としてやってきたウマ娘が元気と活力、そしてでっぷりと膨らんだ腹を丸出しにして話しかけてきた。

 

 

 ――コイツはスペシャルウィーク。自分以外のウマ娘が一切いない片田舎からトレセン学園へ転入した異色のウマ娘だ。

 

 

 実際、トレセン学園へ入学できるウマ娘は限られている。

 過去に何の実績もないスペシャルウィークがエリートが巣食うこの地へ転入できたという事実。これはコイツがとんでもない才能を秘めているからに他ならない。

 

 

 それはそれとして、だ。

 

 

「……オレは君のトレーナーではないから口だしする権利はないが、食事はほどほどにしといた方がいいぞ」

「……え、えへへ。ここのご飯がおいしくてお代わりし放題だからつい……」

 

 

 そのボムッ! ドンッ! と、でっぷり膨らんだたるんだ腹ァ! えへへ、ついじゃねえよ! どうにかせいや! 

 そして、コイツのトレーナーッ! アンタが放任主義なのは知っているが、肝心の虐待をサボってんじゃねえッ!

 

 

「今日はですね……な、なんと! 特別メニューの五段重ねにんじんハンバーグがありまして! えへへ、おいしくて一杯食べちゃいました。で、でも! 自分でもちょっとまずいかなって思ってまして。だから少しでも貯まったカロリーが消化できるかなって、散歩に来たんです! きっと昼休み中ずっと歩いていれば大丈夫、ですよね!?」

「毎日がチートデーじゃ、いくらウマ娘でも厳しいんじゃないか?」

「チートデー? よくわかりませんが、やっぱりそうですかねえ……トレーナーさんの力でどうにかなりませんか?」

「ならねえよ!」

「で、ですよね……はあ」

 

 

 ウマ娘は人間とは異なり、少量の運動や時間経過で大量にカロリーが消化される。

 なので、生まれつきウマ娘は太りにくい。だが、物事には限度ってもんがある。スペシャルウィークの摂取量はウマ娘の尋常じゃない消化カロリーをも超越しちまっているッ!

 

 

「ライスさんはいいですよね。私と同じぐらい食べるのに、ぜんぜん太らなくて」

「君よりは食わないが、アイツも大概だよな」

「お腹もぜんぜん膨らまないですし……羨ましいです」

 

 

 ライスシャワーの体の神秘にスペシャルウィークと一緒に頷いてしまう。

 オレの虐待ウマ娘として絶賛虐待中のライスシャワーも小柄のクセに並みのウマ娘をはるかに凌駕する大食らいだ。何より不思議なのはアイツはいくら食ってもスペシャルウィークみたいに腹が膨らまない点だ。腹は膨らまないだけで、摂取量が多いときは普通に太ってはいるが。

 

 

 まあ、オレとしては目の前の天然アホ面のコイツやオグリキャップが誇る異次元の胃袋の方が不思議でならない。

 

 

「とりあえず昼休みは散歩程度にして、放課後は普段よりもハードなトレーニングを組んでもらえ」

「はい!」

「それとしばらく夕食は控えめにな」

「ええ!? そ、そんなあ……!」

「近いうちに君のトレーナーからも言われると思うぞ」

 

 

 食事制限を提案され、この世の絶望みたいな顔をしたスペシャルウィークに追い打ちをかける。

 

 

「痩せたいんだろ? レースに勝てるようになりたいんだろ?」

「ううっ……でも、うーん……」

 

 唸って、頭を揺らすスペシャルウィーク。とことん食い意地が張ってやがる。しかし、スペシャルウィークは少しした後に唸り声を上げるのをやめ、キラキラした真っ直ぐで純粋な瞳をして、しっかりとオレに対して顔を合わせてきた。

 

「……そうですよね! はい、わかりました! 私、鋼の意志を持って節食します!」

「そこまでの決意表明は聞いてねえ! しかもその意志とやらは序盤ですぐに効果が切れちまいそうだな、おい!」

 

 桐生院家直伝の使えな……使いどころの難しいスキルを使用しようとしたスペシャルウィークに呆れてしまう。愛嬌たっぷりの変わらない姿に呆れて、気が緩んでしまった。

 

「ったく……スペは」

 

 ここでスペシャルウィークはきょとんとした顔でオレを見つめてくる。オレもその顔を見て、自分の失言を悟った。

 

「今、私のことスペって言いました?」

「いや、言ってないよ」

「絶対言ってました! ウマ娘の耳からは逃れられませんよ!」

 

 

 一応誤魔化そうとしたが、人間の聴力より優れたウマ娘相手には誤魔化しは通用しなかった。普段は抜けてるクセに、こういう時だけ敏感になりやがって!

 

 

「悪かったな。馴れ馴れしく呼んでしまって」

「いえ、ぜんぜん嫌じゃないです! むしろ、懐かしいというか、安心するというか……これからもスペって呼んでくれませんか?」

「断る」

「即答!? ひどいです! トレーナーさんのいじわる!」

「ほら、昼休み終わっちまうぞ。少しでもカロリーを減らすんじゃなかったのか?」

「ううっ……そうでした」

 

 

 とぼとぼと歩き出そうとするスペシャルウィーク。オレはそのまま放っていこうとして、一歩歩いた瞬間……体が止まった。止まってしまった。

 

 止まって、オレはジャケットのポケットをまさぐって中が見える透明な包みを取り出す。

 

 

「……ほら」

「……あっ、クッキー! 私にくれるんですか?」

 

 

 今日の練習終わりにライスシャワーに渡そうと思っていた特製抹茶クッキーをスペシャルウィークに手渡す。

 ちなみにこのクッキーは桐生院さんから頂戴した激苦茶葉を混ぜ込んである。試しにオレが試食したら、あまりの激苦さに勢いよくクッキーを吹きだしてしまったほどの劇物だ。

 

 

「夜に口寂しくなったら、それをよく味わって食べるといい。少しは腹の足しになるはずだ」

「あ、ありがとうございます! えへへ、やっぱりトレーナーさんは優しいですね。トレセン学園の皆さんも評判だけじゃなくて、もっとトレーナーさんのことを実際に知った方がいいのに……」

 

 

 クク! オレが善人に見えるとか目が腐ってやがるな! タダほど怖いものはないって事を苦味と共によく味わっておけ!

 

 

「早く行きなって。放課後どころか午後の授業にも差し支えるぞ」

「はい! それではトレーナーさん、したっけ!」

 

 

 ニコニコと笑顔で手を振って歩いていく天真爛漫なスペシャルウィークにオレも釣られて笑ってしまう。そして何気なく話している風を装った気疲れから、大きく息を快晴に向かって吐いた。

 

 

 ――スペは大丈夫そうで本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

● ● ● ● ●

 

 

 私――スペシャルウィークがトレセン学園に転入してから、だいぶ経った。初めての学園生活で不安だったけど、毎日がとても楽しい!

 

 おしとやかなグラスちゃんや明るいエルちゃん、気位が高いけど面倒見がいいキングちゃんやひたすらマイペースなセイちゃん、いつも元気いっぱいなウララちゃん。

 その他にも個性たっぷりで優しいクラスメイトたちに恵まれて、お母ちゃんとは出来なかったウマ娘さんたちとの競争も出来て……本当にここに来て良かったと思ってます!

 

 やっぱりおもいっきり走るのは気持ちいいし、充実感がとってもある。

 改めて、私は走るのが大好きなんだってトレセンに来てから自覚した。何の実績もない私をスカウトに来てくれた学園関係者、そして笑顔で送り出してくれたお母ちゃんには感謝してもし切れないなあ……。

 

 

 そんなこんなで楽しい時間は着々と過ぎ、無事に担当トレーナーさんも決まった私は本格的に練習を始めるようになった。

 そこで気になったのは一人のウマ娘、そして一人のトレーナーだった。

 

 

「おい、ライス! 何やってんだ! 体の傾け方が甘い! ストライドはもう少し広く取れ! 一歩一歩を大事に踏みしめろ!」

「は、はい!」

 

 グラウンドでひたすら走り込んでいるウマ娘は今にも倒れそうな疲労困憊の顔をしていて、苦しそうで。そんなウマ娘にトレーナーは褒めることを一切せずに怒鳴り、厳しい指摘をしていた。

 

 

「ライスシャワーさん、かわいそうだよね」

 

 

 スパルタ指導ってああいう感じなのかなあと顔を引きつらせて見ていた。するとちょうど近くにいたクラスメイトのウマ娘、トモエナゲちゃんが気分悪そうな表情を全面に出して言った。

 

 

「あのトレーナー、いつもライスシャワーさんにあんな感じの指導してるの。ライスシャワーさんがおとなしいからって、やりたい放題。見かねた生徒が学園側に直接抗議しにいったこともあったらしいんだけど、ライスシャワーさん本人が自分のトレーナーのことを悪く言うなと突っぱねちゃったらしくて……」

「そうなんだ……」

「なんでこんな人が中央のトレーナーになれたんだろう……トレーナー試験って人格面も評価対象に入るはずなのに」

「……たぶん、そんな悪い人じゃないんじゃないかな? きっといい人なんだよ」

「もーっ! スペちゃんは甘すぎ! 都会にはいたいけなウマ娘を騙そうとする悪い人がいっぱいいるんだからね!」

 

 

 こんな悪い人には付いて行ってしまってはダメという事例を交えて、熱の籠った説明をし出したトモエナゲちゃんに私は苦笑いをしつつ、相槌を打つ。

 

 

(でも、あのトレーナーさん……)

 

 確かに身長も高くて、言動も目付きも雰囲気も怖い人だけど……どうしてかあのトレーナーさんは私には悪い人には思えなかった。

 

 

「それはそうとして、スペちゃんのトレーナーは……放任主義だよね?」

「うん! でもちゃんとトレーニングは見てくれるんだ!」

「それはトレーナーとして当たり前なんじゃ……」

「そ、そうかなあ……」

 

 私のトレーナーさんは初対面で足や太ももを触ってくるへんた……変人だけど、しっかりと私の話を聞いてくれるし、聞いた上でトレーニングメニューを調整してくれる。

 

 私は担当になってくれたトレーナーさんにも会えたことを嬉しく思っていた。

 だけど、それは別として……不思議とライスさんのトレーナーさんのことも気になっていた。

 

 

「あ、あの!」

「……ッ!? 確か、転入生のスペシャルウィークだったな。どうした?」

 

 だから私は意を決して、偶然街中で見かけたライスさんのトレーナーさんに話しかけた。急に話しかけられたからかトレーナーさんはとても驚いた顔をしてたけど、表情に笑みを作って聞き返してくれた。

 

「え、えっと……!」

 

 私自身、特にトレーナーさんと会話する内容は無かった。どうにかして世間話からでもと思った時。

 

――グオウウウウウウウ!!!

 

 

 私のお腹の虫が思いっきり鳴った。私のお腹のアラームを間近で聞いたトレーナーさんはというと……!

 

 

「……クク! フハハッ! フハハハッ! ほんと、コイツは……! 豪快すぎんだろッ! クハハッ!」

 

 

 悪役が挙げそうな三段笑いで楽しそうに笑い出す。

 

 

「う、ううっ……! あんまり笑わないでくださいよお~……」

 

 

 こんな時に鳴らなくてもいいのに! 

 私は恥ずかしさのあまり、顔がとっても熱くなってしまった。

 

 

「クク……悪い悪い。お詫びといっちゃなんだが、うまい焼肉屋を知っててな。今から一緒に行かないか? オレが奢るからさ」

「え! 焼肉!? ほ、本当ですか!? あ、でも……さすがに申し訳ないと言うか」

 

 

 ひとしきり笑い終えた後、笑い過ぎて滲んだ涙を拭ったトレーナーさんは私にそのように提案してくれた。だけど、そこまで良くしてもらうわけにはと一度は遠慮した。

 でもトレーナーさんは、ニヤリと口元を歪めると言葉で私を誘惑してきた。

 

 

「気にするな。それにな、その店はなんとウマ娘でも食べ放題だ。もちろん、味も保証する。切り落としカルビ、上ロース、ホルモン……どれも絶品なんだ」

「カルビ、ロース、ホルモン……!? た、食べ放題! じゅ、じゅるり……」

恥ずかしいだけで怒っていた訳でもないから、奢ってもらうのは気が引けたけど……トレーナさんの誘い文句だけで涎と共に申し訳ない気持ちがどこかに無くなってしまった。

「な、なら……遠慮はしません! どうか連れてってください!」

「いいだろう」

 

 

 そうして連れて行ってもらった店は繁華街からちょっと外れた場所にあった。トレーナーさんに説明された通り、本当に味は絶品だった。

お肉はもう口に入れただけで脂がジュワジュワと溶け出す。そして、お肉を噛むと閉じ込められていた肉汁が飛び出し、旨味が口の中だけじゃなくて頭の中から全身に広がっていくみたいで……なまら旨かった!

 

 

 何回お肉もご飯もおかわりしたか、もう覚えていないけど……おいしすぎてお腹がはちきれそうになるまで食べたのは覚えている。

 

 

――それとトレーナーさんと一緒にいる時間はどこか懐かしくて、安心して、とても楽しかったことも。

 

 

 

 

 

 

● ● ● ● ●

 

 

 

 夕食を食べ終えた私は寮の自室にいる。お風呂も入ったし、授業の課題も同室の先輩に教えてもらいながらなんとか終わったし……後は明日に備えて寝るだけ。

 だけど、眠気はやってこない。襲い来る空腹感とバッグにしまってあるとあるモノが原因だろう。

 

 

――グルルルウ……!

 

 

「ふふ、もうお腹空いちゃったの? スペちゃん」

「えへへ……ちょっとだけ」

 

 憧れの先輩に暖かく微笑みかけられ、恥ずかしさから私は頬をかく。このままじゃ体が持たないと思った私はバッグに仕舞ってあった包みを取り出す。

 お昼休みにライスさんのトレーナーさんから貰った緑色のクッキーだ。迫りくる怒涛の空腹相手に背に腹は変えられない。

 早速、袋を開けてみるとお茶葉のいい香りが漂ってきた。

 

 

 すると、同室の先輩――サイレンススズカさんが私が取り出したクッキーをまじまじと見つめて、蹄鉄を打つ手を止めて近づいてきた。

 

 

「そのクッキー、とてもおいしそうね」

「はい! ライスさんのトレーナーさんから貰ったんです!」

「そう……」

 

 

 スズカさんはようやくクッキーを視線を離す。そうして、普段のスズカさんとはどこか違う雰囲気でおねだりしてきた。

 

「よかったら、私にも分けてくれない?」

「はい、もちろん! あ、そういえば……スズカさんが夜におやつを食べるのは珍しいですね」

「スペちゃんが悪いのよ。私だって、スペちゃんが一人でおいしそうなものを食べようとしていたら羨ましくてついつい欲しくなっちゃう」

 

 

 と、珍しくイジワルそうな笑みを作って、スズカさんは答えた。

 けど、今まで私が間食していた時は一度も自分から分けて欲しいなんて言われたこと無かったのに……本当に珍しい。

 

 私はお茶を二人分用意して、小型の丸テーブルの上に置いた。そして、皿を取り出してたっぷりと詰め込まれていたクッキーの中身を開ける。

 

 

「おいしそうですね……! では、早速ですがいただきます!」

 

 両手を合わせ、お辞儀をした私はクッキーをつまんでひと齧りする。こ、これは――!?

 

 

「……うぐっ!? に、にがあッ!?」

 

 

 こ、このクッキー……すごく苦い!? 

 

 

「あ、でも……甘い? 苦甘くておいしい?」

 

 

 でも、あれ? 最初にガツンと強い苦味が襲い掛かってくるけど、なんだろう……!? 嚙む度に苦味が和らいで、じんわりと優しい甘さが広がる不思議な感じ。トレーナーさんの手作りクッキーは味わえば味わうほどおいしくなる、まさに魔法のクッキーだった。

 

 

「……ん~! なんか癖になるおいしさです! さすがだな~!」

 

 

 食べ進めていくうちに笑みが零れてしまう。やっぱりトレーナーさんは料理が上手だなあ……あれ? 

 

 

 ――どうして私はこのクッキーが手作りで、トレーナーさんが料理上手だってわかったんだろう?

 

 

「……うん、とってもおいしい。おいしいわ」

 

 

 だけど、そんな微かな疑問はスズカさんの顔を見たせいで消し飛んでしまった。

 

 

「ど、どうしたんですか……? 大丈夫ですか?」

「……あ」

 

 

 スズカさんの顔には嬉しさと悲しさが混じったような笑みと共に、一筋の零が流れていた。スズカさん本人も自分が涙を流していることに気づいていないようだった。慌てた様子でスズカさんは涙を拭う。

 

 

「大丈夫よ、気にしないで。このクッキーがとてもおいしくて、感動しちゃったの」

「よ、良かったあ~。スズカさんに何かあったら私……」

「ふふ、ありがとう。でも本当に何でもないから安心して」

「はい、わかりました! でもトレーナーさんのクッキー、確かにおいしいですよね!」

「ええ、絶品ね」

 

 

 お茶を淹れ直した私たちは談笑しながら、お皿に開けたクッキーを食べ進めた。たくさん袋に入っていたクッキーは見る見るうちに姿を消していく。えっと、その……主に私の胃袋へと。

 

 

「……あ」

「……あら」

 

 

 そうして、最後の一個になったとき……私とスズカさんの手がクッキー上で重なった。しかし、一度止まったスズカさんの手は固まった私の手をくぐり抜ける。

 伸ばした手は確かにクッキーをつまみ、小さく開けた口に運ぶ。

 

 

「ごめんなさい。最後の一個、貰っちゃった」

「いえいえ、そんな! 私の方がたくさん食べちゃってたので!」

「ふふ、スペちゃんは優しいわね」

「えへへ……」

 

 

 スズカさんの落ち着いた綺麗な声に私ははにかむ。

 

 

「ねえ、スペちゃん……一つだけお願いがあるの」

「あ、はい! どんと来てください!」

 

 スズカさんはクッキーを食べ終わった後、満足感と幸福感で包まれていた私に何気なく、だけど少しだけ重い雰囲気でそう切り出してた。

 

 

「スペちゃんはずっと、今のスペちゃんのままでいてね?」

「今の私、ですか?」

「ええ」

 

 そう言い、スズカさんは儚げに微笑む。スズカさんはたまに言葉足らずなところがあるけど、今回の言葉はとても曖昧で捉えづらかった。

 

 

(うーん……やっぱりよくわかんないなあ)

 

 

 だけど、スズカさんの言葉に込められた想いは言い表せられない重みがあって。どうして私が重みを悟れたのかはわからないけど……。

 

 

「わかりました! スズカさんのお願いだったら、何だって叶えて見せます!」

「……ありがとう、スペちゃん」

 

 

 心の底から尊敬していて、大好きなスズカさんのお願いを断れるはずがない。私はスズカさんのひんやりとした左手を両手で包んで、曖昧で抽象的で重い願いを叶えることを誓ってみせた。

 




スズカさんは今のスペちゃんが可愛くて仕方ありません。

今のスペちゃんは、ね。


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#閑話3 皇帝の願望

※このお話では、作者によるウマ娘界の歴史の妄想が含まれておりますのでご注意ください。


 

 

 トレセン学園の生徒会長は名実ともに卓越した者が選ばれる傾向にある。

 今期の生徒会長であるシンボリルドルフは歴代の生徒会長の中でも質実剛健、冷静沈着で瑰意琦行。まさに全ウマ娘の頂点に立つ理想的なウマ娘だった。

 

 

 故に名付けられた二つ名は『皇帝』。名は体を表すとはよく言ったもので、シンボリルドルフにこれ以上合う言葉は存在しないだろう。

 史上初の無敗の三冠ウマ娘。この世界では未だに打ち破られていないG1勝利数7つ。

 万全の状態のシンボリルドルフとその他のウマ娘では相手にならないことから『皇帝が出走したら、レースがつまらなくなる』とファンから揶揄されたほどだ。

 

 

『レースに絶対はない。だがシンボリルドルフには絶対がある』

 

 

 ある有名トレーナーの発した言葉はあまりにも有名だ。

 同期も後輩も、そして先輩。さらにはヒトすらも彼女を畏敬せずにはいられない。そして畏敬された彼女は自分以外のウマ娘のために勇往邁進、誠心誠意尽くしてきた。

 

 

 一方でシンボリルドルフは孤独だった。彼女にとってウマ娘たちの畏怖や敬慕は当たり前のものへと成り下がり、皇帝たる自分に歯向かってくる存在はひと握りの強者しかいない。

 そのひと握りの存在ですら、自分には到底及ばない。”スーパーカー”マルゼンスキーも同じ三冠ウマ娘であるミスターシービーもそうだ。

 

 

 彼女はやがて至る。

 絶対強者である自分が弱者である自分以外のウマ娘を庇護し、導き、救ってやらなければならないと。

 

 

 ウマ娘の誰もが幸せになる時代を作る。これが今のシンボリルドルフの願望だ。

 

 

 ――そう。世界ではなく時代、なのだ。

 

 

 ウマ娘はヒトよりも身体面において特に優れている。ウマ娘の手にかかれば、トラックを軽々と引っ張り上げることも容易である。

 中には可愛い掛け声とは裏腹に蹴りで海を割るものだって現れている。

 

 

 そんな世界の平和を脅かしかねない優秀で危険な知的生命体は一定の人々にとっては許容できなかった。

 だから、恐怖に溺れた多数派のヒトは少数派のウマ娘を差別し、迫害した。

 今でこそ先人たちの努力や積極的な政治運動、さらにトゥインクルシリーズを始めとしたレース興行によりヒトの過ちは薄れていった。だが、痛々しい歴史の傷跡はまだ完全には取り除けていない。

 

 

 ならばこそ、ウマ娘の頂点たる自分がウマ娘のための時代を作らなければならない。

 もっとも、自分の思想がウマ娘の域を超えた傲慢さを孕んでいることはわかっていた。だが、皇帝を否定できる者は誰もいない。だから、シンボリルドルフは前へ前へと進み続けた。

 

 

 やがて自らが掲げた責務と矜持を全うする度にウマ娘元来の走りたいという欲求も薄れ、胸の内から灼熱の如く高ぶる闘争心も欠落してきてしまっていたシンボリルドルフだったが……。

 

 

「まさか、彼女がここまで成長するとは……どうやら私の目は節穴だったようだ」

 

 

 生徒会室でとあるウマ娘の内容が書かれたネットの記事をちらりと眺めたシンボリルドルフは感嘆の想いを口にし、口角を大きく歪めた。

 

 

「ふふ、大きな過ちはこれで二度目だよ」

 

 

 シンボリルドルフはある程度走る姿を見ただけでウマ娘の素質がおおよそ把握できる。彼女の類まれな観察眼と検分と解析力、そして直感によるものだ。

 強者は生まれながらにして強者だ。自分が絶対的な強者であることがそれを証明している。強者には強者にしか通じないモノがあるのだ。

 

 だからジャパンカップで強者と認めていたミスターシービーではなく、弱者側であると認識していたカツラギエースに初めての敗北を味わわされたのはシンボリルドルフ史上最大の屈辱であり、汚点であった。が、同時に弱者への認識を改める結果となった。

 

 

――懸ける想いの力が強ければ、弱者ですら強者を喰らい尽くせるのだと。

 

 

 想いの力は自らの勝利こそが不変であり、絶対である皇帝には唯一欠落しているものだった。

 

 

 が、今ここに――皇帝の慧眼を搔い潜り、かの地位を脅かそうとする不敬な者が深淵なる闇の中から現れた。

 

 

「ライスシャワー、か」

 

 

 そのウマ娘の名は、ライスシャワー。京都ステークスの圧勝に続き、ホープフルステークスでは大差勝ちを果たし、”魔王”と評されしジュニア期最強のウマ娘。

 彼女もまた強者側ではなく、弱者側から這い上がってきたウマ娘だった。

 

 

「……面白いな。実に面白い」

 

 シンボリルドルフにとってライスシャワーは別次元からの刺客だ。

 しかも、彼女のポテンシャルは底が見えない。明らかに二戦とも彼女本来の走りを封印した戦法だった。

 

 

「私が仮にジュニア期まで時を遡り、ライスシャワーと相対したら……」

 

 

 シンボリルドルフは想像を駆り立て、ありもしない過去をシミュレーションする。

 当然というべきか、敗北のイメージは一切湧かない。が、自身が絶対なる勝利を手にしている姿も想像できない。

 

 

 

 ――そのことが冷静沈着なシンボリルドルフを激怒させ……至高の愉悦を感じさせる。

 

 

「……他者より強く、他者より先へ、他者より上へ。そして、私のところまで上りつめるがいい」

 

 

 一日の業務を終えたシンボリルドルフは万年筆を所定の位置に片づけ、席を立つ。

 

 

「史上最悪の外敵となった君を直々に裁ける日を楽しみにしているよ」

 

 

 そう一人で呟き、生徒会室を出た彼女が向かった先は――夜の帳が落ちきったグラウンドだった。

 

 皇帝ではない。一人のウマ娘としての願望を新たに得たシンボリルドルフの凛々しい相貌は喜色と残虐性に満ちていた。




ルナちゃん「どんどん…実っていく……♥️」



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#閑話4 【魔王】ライスシャワーについて語るスレ【最強】

実験がてら、初めて掲示板形式で投稿してみます。

地の文書かなくていいから楽ちんね!


【魔王】ライスシャワーについて語るスレ【最強】

 

1:@名無しのレースファン ID:fDYzZGqMC

やばい、強すぎる(小並感)

 

2:@名無しのレースファン ID:nlwiuE6AY

まさか京都ステークス以上の惨劇が待っていようとは……

 

3:@名無しのレースファン ID:nRLa2Huu+

ところがどっこい……夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!

 

4:@名無しのレースファン ID:C/6Zpb2d1

同じレースを走ったウマ娘が不憫でならない

 

5:@名無しのレースファン ID:kg9fGDdRd

最高峰のG1レースであんなに実力差って出るもんなのね

 

6:@名無しのレースファン ID:anMG7qMdL

焼かれながらも人は……そこに希望があればついてくる……!

 

7:@名無しのレースファン ID:tkpjMUMG3

>>6

希望はありましたか? 

ちな、人ではなくウマ娘な件

 

8:@名無しのレースファン ID:KrXgEV15E

>>7

絶望しか無かったんだよなあ

 

9:@名無しのレースファン ID:qeF5f9+Ig

途中で失速したかと思ったら最終直線でさらに加速

ウマ娘もワイらもライスシャワーに弄ばれたわ

 

10:@名無しのレースファン ID:jk9APkBup

前走がまくりで、今走は大逃げ

ヤツの脚質とは一体……?

 

11:@名無しのレースファン ID:Jseb6tSEo

七色の脚質を持つ処刑人、ライスシャワー

 

12:@名無しのレースファン ID:/PLoeIgR/

魔王さまの京都ステークスの上がり三ハロン 31.6

頭おかしいわ(誉め言葉)

 

13:@名無しのレースファン ID:lCVtyEDEz

それな

そんな上がりで来られたら勝てる訳ない

 

14:@名無しのレースファン ID:XLda2tX8e

>>12

短距離じゃなくて2000ってのが魔王ポイント高い

しかもクラシック前のウマ娘だからな

 

15:@名無しのレースファン ID:h/jufZTw9

ライスシャワー「このライスシャワーは出走をする度にさらにスピードが増す。その出走をあと○○回も残している。その意味がわかるな……?」

 

16:@名無しのレースファン ID:jOrI+UclB

ライスシャワー「ライス、ヤったよ!」

 

17:@名無しのレースファン ID:xpPTylhOn

>>16

いや冗談抜きでライスシャワーに負けたウマ娘、屍のようになってるぞ

 

18:@名無しのレースファン ID:52ViBEDuE

勝利直後の邪悪な笑みがワイらを狂わせる

 

19:@名無しのレースファン ID:pvBBQQEi2

ほんと、悪そうな顔してるよなww

 

20:@名無しのレースファン ID:Ew5BL78iv

小柄な美少女ウマ娘にあんな目をされながら罵られたい

 

21:@名無しのレースファン ID:G5dLM9c9O

>>20

わっかるう~! わわわ、わっかるう~!

 

22:@名無しのレースファン ID:q/2mrlR8d

オモシロイッ!

 

23:@名無しのレースファン ID:j4QLcfLx6

ニジカちゃんは別スレに帰ってどうぞ

 

24:@名無しのレースファン ID:j863XxN00

毎回毎回勝ち方がえげつないね

あの嗤い顔と合わさって、魔王と呼ばざるを得ない

 

25:@名無しのレースファン ID:7TAZJ83hh

でも実際のライスシャワー様は殺戮を好まない穏便な性格をしているらしいぞ

 

26:@名無しのレースファン ID:RjebQcRSX

殺戮ってww

 

27:@名無しのレースファン ID:DBkGia9UM

ちなワイはトレセン学園の生徒だけど

普段のライスさんも舐めちゃアカンで

 

憧れて、お近づきになろうと食事中に話しかけたら

ひと睨みされただけで処されかけたもん……

 

28:@名無しのレースファン ID:c5ll5hN6x

かわいそう

睨まれた>>27かわいい。

 

29:@名無しのレースファン ID:vhBBI28i2

恐怖のあまりおパ〇ツが湿ってそう

 

30:@名無しのレースファン ID:DBkGia9UM

>>29

そ、そんな訳ないじゃん!

勝手にキモい妄想しないでよねッ!

 

31:@名無しのレースファン ID:jzQO8Iw5y

>>30

ファ~wwwwwwww

 

32:@名無しのレースファン ID:cpJHiDFXB

特定班急げ! 間に合わなくなっても知らんぞ!

 

33:@名無しのレースファン ID:sHFVZrz5v

魔王さまにとって、食事ですら戦闘の一環だったんだろう

大食いのウマ娘の食事を邪魔してちょっかいをかけたヤツが病院送りにされたって話は珍しくもないし

 

そりゃ不機嫌にもなるわ

 

34:@名無しのレースファン ID:A0ldTZVTm

ところでライスシャワーって大食いなん?

 

35:@名無しのレースファン ID:DBkGia9UM

>>34

いっぱい食べてるよ

さすがにオグリキャップさんほどではないけど

 

36:@名無しのレースファン ID:T7dyCOOTZ

腹ボテライスちゃん、超見たい!

 

37:@名無しのレースファン ID:R2KxlQ71Z

>>34

情報サンクス

それ聞いて、なんか自然と息が荒くなっていく

ライスさま、可愛い

 

38:@名無しのレースファン ID:VbOJrDnqJ

一見守ってあげたくなる系の小柄ウマ娘なのに

レースでは圧倒的実力で他バを蹂躙

レース外でも睨みを利かせてウマ娘たちを泣かして回っているド畜生

 

正直、めっちゃすこ

 

39:@名無しのレースファン ID:y2Awe6wlt

てか、魔王さまばかり話題になってるけど

朝日杯を危なげなく勝ったミホノブルボンちゃんはどうよ?

 

40:@名無しのレースファン ID:BvQ0BeJ42

確かにブルルンちゃんもここまで無敗だったな

 

41:@名無しのレースファン ID:Bfj8lXfxa

ボインちゃんの勝負服がエッ! すぎて

こちらも抜かねば無作法というもの

 

42:@名無しのレースファン ID:pAKRPcPTe

お労しや、我が息子

 

43:@名無しのレースファン ID:9UOtlAbvz

抜けない! クソ! まだ仕事中だ! 抜けない! 

 

44:@名無しのレースファン ID:Z+3DjHSf5

今日はなんだかへんたいふしんしゃさんが多いな

 

45:@名無しのレースファン ID:kiNI7tNt5

コスモブルーフラッシュ!

 

46:@名無しのレースファン ID:ZOJHg81gJ

真面目な話、ミホノブルボンは強いだろ

例年だったら間違いなくクラシック期最有力のウマ娘

 

47:@名無しのレースファン ID:nR5HCj5nn

そう、例年ならね

 

48:@名無しのレースファン ID:ZwGYbMAu4

ライスシャワーの走りを見た後だとねえ……

どうしても格落ち感が否めない

 

49:@名無しのレースファン ID:2vicdnAzq

逃げを専門とするミホノブルボン 6バ身勝利

逃げを専門としないライスシャワー 大差勝ち

 

50:@名無しのレースファン ID:n4xzovcc5

ここまで無敗

更にG1マイルで6バ身勝利って普通にめちゃ強でしょこの子

 

51:@名無しのレースファン ID:tgypwezxF

やってることはミホノブルボンも異常

けど、ライスシャワーのド派手な勝ち方に消し飛ばされる

 

52:@名無しのレースファン ID:nEDUv9mRC

ライスシャワーのレース動画の再生数あっという間に2日で100万越えしたもんな。

 

53:@名無しのレースファン ID:cOV/fMF+h

素人目にもゾッとするような勝ち方してるしね

 

54:@名無しのレースファン ID:DIqCjIiRs

ワイも京都ステークスの動画見て、レースファンになりました

 

55:@名無しのレースファン ID:+s38vGtjR

見栄えがいいのはまくりの方だけど

やってることはホープフルの逃げのほうがヤバい件

 

56:@名無しのレースファン ID:HYq+NtJGN

逃げの常識を覆す走りだったな、アレは

 

57:@名無しのレースファン ID:Fsdu/Ddt6

ラップタイムもバラバラ、スタミナを顧みない超大逃げ

なのに最終直線でさらに伸びるって……アカンでしょ

 

58:@名無しのレースファン ID:0acj/BMLh

最終直線の加速は異次元の逃亡者さんを彷彿とさせる

 

59:@名無しのレースファン ID:tCnroksdg

逃げて、差す

逃げウマスキーのワイ、現地で大歓喜

 

60:@名無しのレースファン ID:3FDyx5vqh

こうやって色んな走りでファンを大歓喜させている裏で

ライスシャワー様は有望なウマ娘の競争人生を終わらせているんだよなあ

 

61:@名無しのレースファン ID:ODnjZtKUv

ああ……嫌な事件だったね(察し)

 

62:@名無しのレースファン ID:HfrfYlhFk

ホープフルで負けたウマ娘の中の三人がトレセンを去ったというねえ

 

63:@名無しのレースファン ID:3dJESZdc0

そらあんな走りをされたら心が折れますわ

この先、絶望しかない(確信)

 

64:@名無しのレースファン ID:1zUwX326U

嫉妬すら追いつかない。憧れすら届かない。

 

65:@名無しのレースファン ID:lw6JpvQff

それ別のティアラ三冠ウマ娘だろ

 

66:@名無しのレースファン ID:ef4uM6kJn

あのお方もライス様とは違った恐ろしさがあるよね

 

67:@名無しのレースファン ID:nQT95GMjq

違った恐ろしさ……ねんれいさしょ……ゲフンゲフン

 

68:@名無しのレースファン ID:Bx87W32Br

>>67

あ~あ、終わっちまったな

 

69:@名無しのレースファン ID:oc9N1C50r

>>67

あら――(自殺)熱心なのね

 

70:@名無しのレースファン ID:hbuAhiT0b

皇帝さまも、辛うじてスーパーカーさんも学生感はあるけど……う~ん

 

71:@名無しのレースファン ID:hLuBGAQVH

まるで名前を言ってはいけないあの人扱いだ

 

72:@名無しのレースファン ID:jbo269BNN

学生が出しちゃいけない色香を出しちゃってるのがいけない

妹さんのお清楚さ加減とは大違いや

 

73:@名無しのレースファン ID:GpTX1UGcO

ライスシャワー世代のウマ娘は厳しいな

どの距離にいっても逃げ場はない

 

74:@名無しのレースファン ID:lgU2B72zI

短距離:サクラバクシンオー

マイル:ミホノブルボン(もしかしたら、魔王も参戦するかも……)

中距離:魔王

長距離:魔王

ダート:???

 

75:@名無しのレースファン ID:sDeXrOWoB

>>74

この世代のウマ娘、かわいそすぎるでしょ……

 

76:@名無しのレースファン ID:yiy3oPf4X

>>74

いつから私が短距離やダートを走れないと錯覚していた?

 

77:@名無しのレースファン ID:jA+a2oAe8

ヒエッ……

 

78:@名無しのレースファン ID:f1CKoBfG2

スプリンターズステークスから

ステイヤーズステークスまで

 

魔王は全てのレースを支配する

 

79:@名無しのレースファン ID:NR5e/PZFd

ワイたちの妄想で終わら無さそうなのが草生える

 

80:@名無しのレースファン ID:Famu8OG66

にしても、こんだけ強いんなら入学前にもっと騒がれていてもおかしくなくね?

 

81:@名無しのレースファン ID:ziXLOIirC

確かに

トウカイテイオーの時はデビュー前から報道陣が駆けつけていたしな

 

82:@名無しのレースファン ID:VBCGCmPUi

まあ、デビュー前までは小柄だし

スタミナ以外パッとしないウマ娘だったからな(中央基準)

 

83:@名無しのレースファン ID:l2qEfILCC

中央に所属できる時点で十分すぎるほど怪物なんだよなあ

 

84:@名無しのレースファン ID:xW3C/Z7Yo

ライスシャワーもバケモノなら、化け物を育てたトレーナーもバケモノだろ

 

85:@名無しのレースファン ID:Oq16JuRLy

ああ……あのク〇野郎か

ライスちゃん涙目にしやがって

 

86:@名無しのレースファン ID:kEfOLyQ61

担当ウマ娘がホープフルステークス大差勝ち→なぜかブチギレ

 

87:@名無しのレースファン ID:vyhMrLcqy

すんげえ怒声だったもんだから

公式配信では映せませんでしたねえ……

 

88:@名無しのレースファン ID:Qo1dHobA7

魔王のトレーナーって何者なの?

トレーナーにしてはすんげえ若かったけど

 

89:@名無しのレースファン ID:aWwIfEmIk

年齢からして一発で中央のトレーナー試験に受かった新人トレーナーだよ

しかもサブトレーナーの下積みすっとばして正式トレーナーになっている天才くんです

 

90:@名無しのレースファン ID:O2bJHLgV4

んで初年度からG1ウマ娘輩出って、特級呪物並みじゃないすか

 

91:@名無しのレースファン ID:X3kyKpuv7

怒られてもいいから

私もライスさんのトレーナーさんの指導を受けてみたい(地方ウマ娘談)

 

いつか中央に行って、大勢のファンの前でウイニングライブ踊りたいんや……!

 

92:@名無しのレースファン ID:DBkGia9UM

>>91

やめといた方がいいよ、いやほんとマジで!

ライスさん、毎日毎日地獄すら生温いトレーニングをひたすらやらされているから

 

ワイがやったら一日で足壊す自信ある

 

93:@名無しのレースファン ID:EAGOURt7C

そうだね

あのトレーナーの指導、ウマ娘権を著しく無視してるもん

 

94:@名無しのレースファン ID:AHZRoCYP2

しかも、いつも怒鳴っていて練習中にライスさんを褒めてるとこ見たことないし

 

95:@名無しのレースファン ID:sQvdI6xrP

>>92 >>93 >>94

そうなんだ。よっぽど厳しいんだね

それでも、私は強くなるために優秀なトレーナーの指導を受けてみたいなあ

 

96:@名無しのレースファン ID:EAGOURt7C

同じくワイも(未勝利)

 

97:@名無しのレースファン ID:wTXnOBhP8

実はワイも(未勝利)

 

98:@名無しのレースファン ID:KcaPt58Bl

隠していたけどワイも(未勝利)

 

 

 



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#22 確定と罰

ここからクラシック期が開始いたします。

大晦日に密会したスズカさんとの会話内容はまだ秘密。

さて、ライスシャワーさんは一体どれだけのウマ娘たちの笑顔を曇らせていくのでしょうか……。

それと誤字脱字報告、感想、評価ありがとうございます!
励みになりますので、もっと頂戴頂戴!


 

 

「あけましておめでとう! お兄さまっ!」

「はは、もうUMINEでも電話でも何度も見聞きしたよ。あけましておめでとう、ライス」

 

 

 学生ウマ娘にとっての短い冬休みが終わり、我が愛しの虐待ウマ娘も学園へ戻ってきた。

 実家に戻り、オレという鬼畜な存在がいない束の間の幸福を味わったことだろう。……クク! 早速だが、ライスシャワーには救いの無い現実を見せてやろう!

 

 

「……ライス。少し太ったな」

「……え! ど、どうしてわかったの!?」

「トレーナーを舐めるな。ウマ娘の体重の増減なんて、見ただけでわかる。実家に戻って気がたるんでいるようだな」

「う、うう……」

「今日はトレーニング後に……厳しめのアレ、確定な」

 

 

 ライスシャワーは体重を見破られた恥ずかしい感情とあっさり女性の体重を暴露したオレに対して恨めしそうな顔を向ける。幸せ太りなんか、このオレが許すわけねえだろうが!

 

 

「もしかして……アレをやるの、お兄さま!?」

「嫌がってもダメだ。罰だから」

「ううん! 嫌じゃないよ!」

 

 

 必死に強がるライスシャワーだが、頬を赤らめているのを見ると相当堪えているようだ。ただでさえ、トレーニングが過酷なのに終わった後に更なる苦痛が待っているとわかると、憂鬱でたまらなくなるだろう! ククク! フハハハハ!

 

 

「じゃあ、早速だが……新年初のトレーニング、気合を入れてやるぞ」

「はい、お兄さま! がんばるぞー、おー!」

 

 

 

 

● ● ● ● ● 

 

 

 ウォーミングアップを行わせた後、三冠ウマ娘になるための最初の関門である皐月賞に向け、芝2000mのタイムを測ることにした。さて、オレの想定通りのタイムが出ていればいいんだが。

 

 

「ど、どうだった!?」

「……全然ダメだ! スタートが遅い! コーナリングが甘い! 姿勢がブレるから、直線で加速が乗り切れていないんだよ!  話にならん! 休憩後にもう一本行くぞ!」

「はい!」

 

 

 オレは必死に走り抜けたライスシャワーをボロクソに貶してやった。うーん! 実に気持ちイイ! 

 だがしかし、ストップウォッチに表示されたタイムは――去年の記録より僅かながら早くなっていた。

 

 が、その事実をあえて伝えなかった。虐待対象を調子に乗らせたらいけねえ。

 

 

 ライスシャワーの体重が増えるのも予想通り。ホープフルステークス後からライスシャワーのトレーニングメニューは自主練用も含めて、すべて軽い調整にしてあったからだ。狙いは――休息を取ることによる肉体の超活性化だ。

 今は肉体のアップデートに自分の感覚がついてきていないだけ。ここからだ。ここから……オレの担当ウマ娘のライスシャワーは更に覚醒するだろう。

 あの“皇帝”や“スーパーカー”にも――“異次元の逃亡者”にだって、引けを取らない大器へと昇華するはずだ。

 

 

 ウマ娘の頂点へと立つべくして立つ至高の存在へとコイツなら絶対になれる。

 

 

「さあ、休憩終了だ。いけるか、ライス?」

「うん、お兄さま! 何本でも走ってみせるよ!」

「言ったな。今日も軽めの調整にしてやろうかと思ったが……気が変わった。徹底的に絞りにいくぞ!」

「は、はい! お兄さま、お願いしますっ!」

 

 

 ――だからこそオレがもっと、もっと徹底的に虐待してやらないといけねえ。苦痛と絶望と虐待の末に待つ夢と栄光を掴ませてやるためにな。

 

 

● ● ● ● ●

 

 

「……よし! 今日はここまで!」

「……ぜえ、ぜえ、はぁ」

 

 

 スタミナ自慢のライスシャワーも今日の鬼畜メニューには相当体に堪えたようだ。話す余裕すらないぐらいウマ娘を甚振ってしまうなんて、オレはなんて惨たらしい虐待野郎なんだ! ククク! 息を荒げて、クッソマズイ特製ドリンクを飲み干している姿……唆るぜこれは!

 

 

 しかしまあ、よく耐え切ったな。肉体面ではギリギリ耐えられるメニューだったが、精神的に並みのウマ娘なら100回は根をあげているはずなんだが。

 クク、いつの間にか精神面が鍛えられているじゃねえか。いつも無理難題を押し付けてくるオレへの憎悪が増してきたようだな。

 

 

「ちょっとは落ち着いたか?」

「はあ……うん。ドリンク、ありがとうお兄さま」

「今日はかなり厳しめのトレーニングだったが、よく最後まで食らいついたな。偉いぞ、ライス」

「えへへ……」

 

 喜べ! お前の黒き原動力、オレ自らがさらに伸ばしてやろう!

 

 

「が、忘れていないだろうな。この後の罰を」

「わ、忘れてはいないけど……その。やさしくしてね?」

「ダメだ。罰だから」

「ひ、ひどいよぉ。お兄さま!」

 

 

 虐待ウマ娘の意思を無視して、トレーニング後にトレーナー室に呼び出して何の虐待をしたかというと……。

 

 

「お、お兄さま♡ も、もうちょっとやさしく……あぁん♡」

「ククク! ダメだ。素直に罰を受け入れろ!」

「はあ……♡ ふう……♡」

 

 

 通常のマッサージに加えて、ライスシャワーのたるんだ全身へリンパ節のマッサージを行った。それはもう、ねっとりと腋からお腹、腰、臀部まで徹底的にくまなくだ! クク、マジでリンパ節のマッサージは激痛が伴うからなァ。

 

 

 クハハッ! さらにさらにさらにぃ! 

 

 

「これでも喰らいやがれ!」

 

 今日は特大電気マッサージ器を両手に携えて、幼気なウマ娘の全身にぶち当てるッ!

 

「……ああああああっ!? は、はあぁん……♡」

 

 実にグッドな反応じゃあないか! ほんと、ライスシャワーはいい声で鳴いてくれるなァ! まったく、虐待しがいのあるウマ娘で最高だぜェ!

 

 ――本当にオレにはもったいないウマ娘だよ、おまえは。




お兄さまの前だけは可愛いウマ娘。


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#23 覚悟

曇っている女の子を書くのが愉しい。


 

 

 さて、今日は水曜日。水曜日ってことは……グラウンドにヤツがいる確率は100%だろう。

 ほら、やはりいやがった。年明け後も変わらずに嬉しそうに自らの体を痛めつけてやがるな。

 

 オレはターフの外からドMサイボーグウマ娘を呆れつつも眺めていた。すると、見られることにも興奮を覚えているせいか一瞬でオレの方へ視線を向けてきた。毎度思うが、コイツの気配察知能力半端ねえな。

 ミホノブルボンはターフへ近づくオレに先んじて薄っすらと微笑みを浮かべつつ、近づいてくる。しかし、その笑みにはどこか影があるように感じた。

 

 

「こんばんは、あなた。あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとう」

「新年のご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません」

「気にする必要なんかないよ」

 

 

 てか、コイツからも新年の挨拶は既に電話越しで貰っているんだがな。しかも、日を跨いだ直後にだ。親御さんも深夜に人ん家に電話かけるのはマナー違反だって娘に諭してやれよ! ライスシャワーはその辺りしっかりしていたぞ、コラァ!

 しかも物事を簡潔に伝え、言葉数の少ないミホノブルボンとは思えないほどオレに対してたわいのない話を振り続けられ、気が付いたら初日の出を拝む時間になっていた。

 

 

 コイツはやはり天敵だ。虐待を快楽として受け止め、オレの精神をありとあらゆる方法で削ってきやがる。

 

 

「どうやら休暇中も相当鍛えていたようだな」

「はい。あなたから与えられていたミッションもすべてコンプリート済みです」

「……オレが君に与えた指示は休暇をしっかり取れ、だったはずだよな?」

「はい。実家に帰り、束の間の休暇を取らせていただきました」

「ったく。まあ、確かに無茶なトレーニングはしてないようだな」

 

 

 ――ミホノブルボン、体重微増。ライスシャワーとは違い、コイツの場合は筋肉だけではなく胸の周りの脂肪が増えている。ウマ娘としてだけではなく、女性としての成長期も迎えているのだろう。

 

 ますます、コイツの際どいデザインの勝負服姿をいかがわしく見る輩が増えそうだな……んん? 勝負服、だと?

 そういえば、勝負服はウマ娘自身がコスチュームデザインを注文する場合が多い。ライスシャワーのはオレがデザインしたヤツなんだけどな。

 

 

 ……ん? もし、自分で注文したパターンだとしたらミホノブルボンって――露出狂の側面まで持っていやがるのか!? いやほんとマジで、虐待うんぬんを別にしてコイツの将来が心配になってきたわ……。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

「はい、あなた」

 

 一旦考えるのを放棄して、ミホノブルボンを連れて自宅へと向かうことにした。これ以上、変態の感性に染められる訳にはいかねえ。

 

 とまあ、ミホノブルボンを車に乗せた訳なんだが……助手席に座るミホノブルボンは終始無言だった。

 元々口数が少ないヤツだから不思議ではないんだが、だがいつもの無表情姿とはどこか雰囲気が異なり、両耳はピンと張りつめて落ち着かない様子だった。

 

 

 もしかして、トイレを我慢しているのかと思案したが……ライスシャワーならまだしてもミホノブルボンに伝えても、却って羞恥が快楽に返還される恐れがあるので言葉を出さずにおいておいた。

 

 

 ――この後、ミホノブルボンが想定外の行動を取るとも知らずに呑気なことを考えていたものだ。

 

 

「さあ、入っていいぞ」

「お邪魔します」

 

 

 そう。事件が起こったのは……オレが家に入った直後だった。

 ミホノブルボンを家に招き入れ、家の鍵を閉めたその時――オレの正面へと体を向けてきたミホノブルボンに背中に腕を回され、体を押し付けられた。汗とシャンプーとリンスの香りにミホノブルボンの匂い。そして、むにゅりと柔らかい脂肪の塊がオレの胸板に押し付けられる。

 

 

「どうしたんだ、ミホノブルボン?」

 

 

って、ちょいちょいちょいちょい! テメエ! 何しやがる! なまじ体が成熟していやがるから質が悪い! 

 

 

「……現在、エネルギー充電中。充電完了まで今しばらくお待ちください」

「……おいおい」

 

 

 てか、コイツのバカ力で抱きしめられてるから痛いわ! 前にもあった気がするな、こんなの! オレの体が限界を向かえる前に早く手を……! って、コイツ……。

 

 

「……あなた」

 

 

 ――ミホノブルボンは顔をオレのYシャツに埋めて震えていた。暖かな水滴がYシャツの繊維に吸収されシミとなっていく。やはりコイツ、スズカに何かを吹き込まれたのか。

 

 

 オレは静かにミホノブルボンの頭を撫でてやる。

 仕方ねえ。虐待していいのは、虐待をされる覚悟のあるヤツだけだ。骨が軋み、体ごとへし折れそうな肉体の苦痛程度、耐え切ってやる。

 

 

「……申し訳ございません」

「構わない。トレーナーはウマ娘の為にいる存在だ。オレは君の担当トレーナーじゃないが、トレセン学園の一トレーナーとして君の力になるよ」

「……サイレンススズカさんに、会いました」

「……そうみたいだな。アイツから直接聞いたよ」

「あの人は、私に言いました。今の私ではライスシャワーには勝てないと。そして、あの人の力を借りればライスシャワーに勝てるようになると」

 

 アイツ、そんな誘惑をしてやがったのか……。

 

 

「だが、君は断ったんだろ?」

「はい。私は自身の努力の結果でライスシャワーを打ち破りたいと願っていました。努力は裏切らない。努力は肉体を超越する。断じて、邪道な抜け道を探して勝ちたい訳ではありません。何よりあの場であの人の手を取ってしまったら、取り返しのつかない事になる予感がしました。ですが……」

「なぜ、あの時――あの人の手を取らなかったのかと強く後悔する自分がいるのです。あそこであの人の手を取っていれば、順当に勝ち続け三冠ウマ娘になれて……ゆくゆくは、と」

 

 オレはミホノブルボンの懺悔のような言葉を黙って聞く。人もウマ娘も弱い生き物だ。目の前に禁断の果実があれば、誰だって手に取りたくはなる。

 

 

「原因は解析済みです。私がライスシャワーよりも努力を重ね続けたとしても、あなたと共にいるライスシャワーには勝てないと結論づけている為です。ですから、時間をおいてもバッドステータス『弱気』が解除されない。ライスシャワーと相対する前から敗北を飲み込んでしまっている弱い私自身が、心の底から嫌いです」

「……そうか」

「私の未熟な精神があなたに見透かされるのが嫌でした。あなたに、あなたに私の存在価値を証明できなくなるのが、恐ろしかった! あなたに会うのが、とても怖かったのです……!」

「そうか。そうだったか……」

 

 

 俯いた顔を決してオレに見せないまま、ミホノブルボンは叫んだ。コイツのデカい声を初めて聞いたな。

 サイボーグなんかじゃねえ。年相応のか弱く未熟なウマ娘がオレの目の前にいた。

 

 ……ったく。こうやって無防備に心をさらけ出されると虐待出来ねえじゃねえか。面倒だが、真剣な相手には真剣に答えてやらなければならないな。

 

 

「オレはライスシャワーのトレーナーだ。ライスシャワーの実力はオレが一番よくわかっている。加えてオレは中途半端に相手を気遣うことや、くだらない嘘は大嫌いだ。その上で……おまえに事実を伝える」

 

 

 オレが“おまえ”と使う相手は担当ウマ娘か一目置いた相手しかいない。取るに足らない相手に時間を割くほど、オレはお人好しなんかじゃないんだよ。

 

 

「今のライスシャワーに勝てる可能性があるのは――誰よりも愚直に貪欲にひたすらに努力を積み重ね続けられるウマ娘だけだ」

 

 

 ここでオレは力が抜けているミホノブルボンの肩に手を置き、ゆっくりと力を込めて体から離した上で涙で潤んだ空色の瞳を真正面から見つめる。

 

 

「つまり――ブルボン、おまえだけなんだよ」

「……ッ! それは真実、なのでしょうか?」

「そうだ。オレのことがそんなに信用ならないか?」

「……そんなことはっ!」

「そんで、どうしてオレが担当ウマ娘じゃないおまえを気にかけていたかわかるか?」

「……わかり、ません」

「――おまえの真っ直ぐで不器用な走り方が好きだから。夢を追う姿が好きだから。そして、努力は裏切らないと信じているおまえが好きだから」

「………っ」

「だが、いつもいつも人の言うことをこれっぽっちも聞かずにオーバートレーニングするのは非常に腹が立つけどな」

 

 

 ここまで言い、オレはミホノブルボンに笑いかける。続けて指の腹で涙を拭ってやりつつ、なるべく安心させるように穏やかに、優しく言ってやる。

 

 

「ブルボン。おまえはもっと自信を、プライドを持て。おまえはオレが見込んだウマ娘なんだから」

「……はい」

「あ、言っておくがな……勝ちを譲るつもりは毛頭ないぞ。勝って三冠ウマ娘になるのはライスだ」

「いえ……勝って三冠ウマ娘になるのは私です」

 

 

 挑発に挑発で返せるぐらい元気になったミホノブルボン。これなら大丈夫そうだな。ここで崩れてしまったら、ライスシャワーがミホノブルボンを全力で叩き潰す快感が味わえないところだった。

 

 

 

「んじゃ、さっさと風呂入ってこい。その間に飯作っておくから」

「……ありがとうございます。お借りします」

 

 

 ミホノブルボンが浴室へと向かっていくことを確認して、オレは大きく息を吐いた。

 

 

 ――ああ、よかった。

 

 じゃねえわ! またオレの悪い癖が出ちまった。こんなことを繰り返しているから……。

 

 

 っと、いけねえ。ネガティブ思考に囚われるのだけはダメだ。頭の回転が鈍くなり、判断能力が低下する。

 さてさて、気を取り直して虐待を再開するか! ククク! 今日のメニューはもう決めてある! 超激辛広東風薬膳麻婆豆腐! 辛みは抜群にあるが、いくら食っても胃には優しい薬膳特別設計だ! 腹痛で途中でリタイアなんてさせねえ。今日こそ、今日こそはお世辞にもうまいなんて言わせねえからな! 覚悟しておけよ、クハハハッ!

 

 と、その前に涙と鼻水で濡れたこのスーツに応急処置を施さねえとな……。

 

 

 

 

● ● ● ● ● 

 

 

 私は今、自身が思慕する男性の家の浴場で髪を洗い流し、一日のトレーニングで汚れた全身を手洗いで綺麗に洗浄しています。

 ボディーソープは彼が愛用しているものを使用。彼と同じ匂いを纏わせることが出来ることに気分が高揚します。

 

 

「あなた……」

 

 

 小さく呟いたはずの私の声は風呂場の壁に反響して、籠りつつも響く。また繰り返し、彼のことを呼ぶ。私の声が籠っているのは、風呂場にいるせいなのでしょうか。

 

 

 ――恐らく、それだけではありません。私が彼を慕う想いが声に載ってしまっているから。

 

 

 非科学的な思考。根拠のない断定。以前の私では考えられないエラーが発生中。

 ですが膨大なエラーに侵されているこの瞬間が、非常に心地よい。

 

「あなた……」

 

 何もかもが怖かった。サイレンススズカさんに会う前から。会ってからも、実家に帰ってからもずっと。

 

 ですが彼の心の中に私の存在が確かに根付いていたことを言葉で、態度で示してくれました。私だけが、あのライスシャワーに勝てるとまで仰ってくれました。

 いつもあなたは、私を見守ってくれている。私を愛してくれる。

 

 

「あなた……」

 

 

 ――好きです。大好きです、あなた。

 

 

「あっ……んっ……」

 

 

 ――三冠ウマ娘になること。これは幼少期からの私の夢であり、目標です。しかし、今の私が一番欲しいものは――あなただけ。

 

 

 あなたは私の夢を肯定してくれた。私のマスターではないのに、私を応援してくれた。愚かな私を切に叱ってくれた。そして今も、私のことを救ってくれた。

 あなたのことが大好きです。あなたさえいれば、それでいい。あなたがいなくなる日々には、もう耐えられない。

 

 

「んんっ……はあぁっ」

 

 

 彼に“好き”と言ってもらえた。彼のその時の声を想起する度に、脳内が幸福と快楽と悦楽で支配されてしまいます。

 

 

「あなた……っ!」

 

 

 もう――止まらない。愛が、欲望が、渇望が止まらない。快楽の高まりが極限まで達し、浴室の床にへたり込む。しばらくの間、心地よい余韻に浸った後、私は立ち上がって湯気で曇った鏡を愛欲に塗れて濡れた手でふき取る。

 そこに映し出された私の表情は案の定、とあるウマ娘の表情に類似していた。

 

「……私は」

 

 もう恐怖はない。これからはただ、前に進むだけ。

 

「私は、ライスシャワーに勝利します」

 

『――おまえの真っ直ぐで不器用な走り方が好きだから。夢を追う姿が好きだから。そして、努力は裏切らないと信じているおまえが好きだから』

 

 

 かしこまりました。あなたが好きな私を、私は実現します。

 

 私は夢を必ず叶える。ならば、夢を掴み取るためなら何でもしましょう。

 私は努力は決して裏切らないと信じている。だから、勝つための努力は何だってしましょう。

 

 真っ直ぐに不器用にひたすら走り続け……あなたが一番大切に、大事にしている存在を完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

 例え、悪魔に利用されたとしても。例え、何を犠牲にしたとしても。

 

 

 ――あなただけの“絶対”に私はなります。




「何かを変えることのできる人間は何かを捨てることができる人」

クズトレーナーの徳の高い助言のおかげで、ようやくミホノブルボンは覚悟を決めました。


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#24 天与の資

 

 

 二月、いよいよ皐月賞まで残り二カ月となった。

 

 今のライスシャワーの仕上がりは上々だ。だからこそ、ライスシャワーはトライアルには出さない。他陣営を毛ほども舐めてはやらねえ。ほんの小数点以下の情報のアドバンテージすら与えてなるものか。

 ライスシャワーはオレの数々の残虐な虐待の成果もあり、肉体面での完成度はミホノブルボンを軽く上回るほどにまで鍛え上げられている。

 

 

 オレがライスシャワーに叩き込んだ虐待およびトレーニングはいわば基礎工事。土台作りだ。クラシック戦線に突入した時期は小手先のテクニックや一発芸を覚えさせ、少しでも他者とのアドバンテージを取ろうとするウマ娘とトレーナーは多いが、オレは違う。

 勝負の根幹は基礎能力。続いて、精神。その次にテクニック――言うなればスキルだ。総合的な基礎能力だけを見れば、同世代ではライスシャワーに負けはない。

 

 だが、レースに絶対はない。

 

 

 時にウマ娘は強い精神力で肉体の限界を超えることがある。となると、やはり目下の最大の敵はミホノブルボンになるだろう。

 本来、ミホノブルボンは短距離専門のスプリンターとして活躍するはずのウマ娘だった。それが今や、長距離まで走り切れるほどのスタミナを手に入れ始めている。この事実は現在のウマ娘スポーツ医学には論理的な証明ができない。既にミホノブルボンはライスシャワーとは違い、限界を超えている。だからこそ、一切の油断はできねえ。

 

 

 故にオレの考えとは矛盾するようではあるが――これから二カ月間、ライスシャワーにはスキル面と精神面を磨かせる。

 

 

 そこでオレは言葉や映像では教えられないレースの駆け引きをとあるウマ娘に教えてもらうことにした。

 オレはそいつが生息している部屋に向かい、突入する。すると部屋の配置こそ変わらないものの、以前の刺激臭が強い空間からそれなりに清涼な空気が保たれている空間へとリニューアルされていた。匂いなんか気にするヤツじゃねえのに……どうしてだ?

 

 

「おや、トレーナーくん。私のことが恋しくて、会いに来たのかい? あいにく、私は実験中で君に構っている暇はないんだが」

「……実験? ソファで寝転がっているようにしか見えないが」

「……あー、これも実験の一環だよ。実験、実験、じっけんー」

「そんなにゴロゴロしてたら、制服がしわになるぞ」

「構わないさ。後で君が懇切丁寧にアイロンがけをしてくれるのだろう?」

 

 

 協力を仰ぎに来たそのウマ娘の名は――アグネスタキオン。いつもの白衣姿ではなく、学校指定の制服を着用したタキオンはぐうたらとソファに寝転がっていた。

 

 

「そうそう。これは人工的に超ショートスリーパーになるための実験だよ。目を閉じたらすぐに睡眠状態になり、少量の睡眠を確保することで脳や身体の疲労を回復させるという研究や実験を行うには理想的な体質のことさ。君も一緒に寝てみるかい?」

「寝たいのは山々なんだが、やることが多くてな。それより、おまえも定期的に換気するメリットに気づいたようだな。空気が重たくなくて、いつもより居心地がいいぞ」

「お、気づいたかい? これを見たまえ!」

「ん……? ボールペンだよな、これ」

 

 

 喜色を声に滲ませたタキオンは素早くソファから飛び起きると、制服の胸ポケットから通常品より大きめのボールペンを取り出してオレに押し付けてきた。ボールペンと換気に何の関係があるんだ?

 

 

「ほら、ここ。ここのノックボタンを押すんだ。はやくはやくっ」

「…………ああ」

 

 ボールペンの右サイドにあるボタンを押すように催促されるも、若干オレは訝しんだ。タキオンのことだ。ただのボールペンではないことはわかっている。が、男たるものボタンは猛烈に押してみたくなる!

 

 

 ……ポチリ、と。

 

「うおっ!?」

 

 

 その瞬間、ボールペンは摩訶不思議に膨張し――あっという間に小型の家電機器へと形を変えた。あまりにもイカれた現象に驚いて仰け反ったオレを見て、タキオンはお腹を抱えて大笑いする。

 

 

「フフ、ハハハ! いい反応をしてくれるじゃないか!」

「てめえ……虐待すんぞ!」

「クク! アグネスタキオン特製、可変型ボールペン式空気清浄機! たまには研究以外の暇つぶしも良いインスピレーションが湧くものだねえ」

「……もうおまえは別の世界に移住したほうが大成する気がしてきたよ」

「全く、君は何を言うんだい。私は、この世界で光速の先へと辿り着く。その為に研究と実験を繰り返しているんだよ」

 

 

 ――この世界で、か。

 

 

「それで、君は何をしに私を訪ねてきたんだい?」

「タキオンにしか頼めないことを依頼するためだ」

「……君らしくもない。結論から入りたまえ」

「わかった。それじゃ言うが、タキオンにはライスシャワーと併走してほしいんだ」

 

 オレの話した内容にタキオンは目を丸くし、耳をピンと逆立てる。

 

 

「……本気かい? 碌にトレーニングを積んでいない私ではライスくんの相手にはならない。分かり切っていることだろう」

「だから、タキオンにはライスの前をただ走ってもらう。それだけでいい」

「……なるほど。彼女に足りないものを身に付けさせるつもりだね」

「本当に話の理解が早いな。その通りだ」

 

 一を聞いて、十を知る。普段は面倒くさいが、こういう時の物分かりの良さは実に効率的でいいな。

 

「全く、デビュー前のしがないウマ娘を利用するとはね。私のどれ……モルモットくんはウマ娘使いが荒いねえ」

「モルモットよりひでえ扱いすんな。ん? 奴隷のほうがモルモットよりはましなのか?」

「細かいことは気にしないのが良い大人の男性というものだよ。モルモットも奴隷も大して扱いは変わらないじゃないか」

「変わるわ! 古代では奴隷は重宝されていたのを知らねえのか!?」

「現代や未来においても、モルモットだって大事な実験材料さ。私は君のことを誰よりも重宝しているんだよ?」

「一見いい台詞を言っているが、オレは騙されねえぞ」

 

 ニヤニヤと笑いながらタキオンは器用にウインクしてくる。コイツ、オレをボロ雑巾のように利用する気満々じゃねえか。

 

 

「フフフ、君も私を自分の選んだウマ娘を最強にする為にさんざん利用しているだろう」 

「……まあな」

 

 するとオレの心情をまるごと読み切ったようにタキオンは適切な言葉を重ねた。それを言われると何も言い返せねえ……。

 

 

 

「ギブアンドテイク。私達の関係は持ちつ持たれつって言葉がぴったり合う。フフ、仕方ない。私の為に営々と働き続けるモルモットくんの為なら一肌脱ごうじゃないか」

 

 ちょうど私も試したい検証があったんだ、と小さく呟いて。

 

 

● ● ● ● ●

 

 

「やあやあ、ライスくん」

「こ、こんにちは。タキオンさん。えっと、お兄さま……?」

「ライス、タキオンがいるのが不思議そうだな。コイツが今日のおまえの練習パートナーだ」

「フフ、こうしてグラウンド上で会うのは初めてだったかな? 今日はお手柔らかに頼むよ」

「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」

 

 

 ――タキオンさん。お兄さまと仲がよくて、ライスにもいろんなトレーニング機器を提供してくれているちょっぴり……ううん、だいぶ変わったウマ娘さんだ。

 

 

 お兄さまとお話している時にタキオンさんの話題になったことが何度かある。お兄さまはタキオンさんの自由奔放で奇想天外な行動を笑い半分、呆れ半分で話していた。

 その時に、お兄さまに聞いてみたんだ。学園で噂されているタキオンさんのことについて。

 

 

『ねえ、お兄さま」

『どうした?』

『タキオンさんって、その……やっぱりすごいウマ娘さんなの?』

『確かにアイツは色々な意味ですごい奴ではあるけどなあ。ライスの“すごい”はタキオンのウマ娘としての能力について聞いているのか?』

『うん。タキオンさんはとても速かったってよく噂で聞くの。一時期ものすごい数のスカウトも来ていたって話も耳にしたことがあるんだ。でもタキオンさんが走っている姿をライス、見たこと無くて……』

『なるほどな。じゃあ、オレ個人から見たアイツの簡易的な評価だけど』

 

 

 ここまではやんわりと笑っていたお兄さまだったけど“トレーナー”としての顔に変わり、タキオンさんについて話してくれた。

 

 

『アグネスタキオンは――本物の天才だ。トウカイテイオーをはじめ、“天才”と呼ばれるウマ娘はある程度いるが……タキオンの才能はそいつらをも足蹴にしかねない』

 

 もちろん、タキオンには持ち合わせなくて他の連中が持ち合わせているものもあるがなとお兄さまは付け加えた。

 天才、それは三女神さまから譲り受けた天からの贈り物を受け取ることが出来たウマ娘のこと。ライスには与えられなかった二文字だった。

 

 

 その選ばれた存在の中でも、タキオンさんはどうやら別格みたい。なんか、ちょっと……。

 

 

『……はは! なんだ、その顔! もしかしてタキオンに嫉妬しているのか?』

『し、してないよ!』

『本当に?』

『……ほんとはね、ちょっとしてるかも』

『正直でよろしい。タキオンの強みを挙げるなら、まず第一にトップスピードだろうな。これは素人目にもわかるほど圧倒的だ。手を抜いた状態でスカウトが数十人は呼び込めるほどにな』

『やっぱりそうなんだ……』

『この生まれ持った天性のスピードだけでも評価は高いんだが、アイツはそれ以外の能力も高水準で整っている。強いて弱点を上げるとするなら、パワーがあまり無いことだけだろうが……。さて、ここで問題だ。ライス、アグネスタキオンの最大の長所は何だと思う?』

『ええと……うーん』

 

 お兄さまからの問いかけに答えが思いつかなかった。だけど、何も答えを出さないのはお兄さまは嫌いだし……。

 

 

『あ、頭がいいこと!』

『……よくわかったな。正解だ』

『え……?』

 

 

 あ、当てずっぽうで答えたら当たっちゃった。少し驚いた顔をしつつ、嬉しそうに笑ったお兄さまは話を続ける。

 

 

『他の天才には持っていなくて、タキオンには持ち合わせているもの。それは自分や相手の本能や直感で取った行動を言語化し、活用することの出来る思考力だ』

『えっと、どういうことなのかな?』

『練習やレースを続けていれば、いずれライスにもわかるようになる。“レースプランナー”の恐ろしさがな』

 

 百聞は一見にしかず。

 頭の良さがレースとどのように関係してくるのか。ライスはわかっているようで何も分かっていなかった。

 

 

――だけど、タキオンさんの才能を目の当たりして賢さの重要性を身に染みてわからされたんだ。



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#25 心から信じられること

 

 ウォーミングアップが済んで、いよいよタキオンさんとの合同トレーニングがはじまった。

 

「フフ、体は十分に暖まったかい?」

「は、はい」

 

 

 タキオンさんがデビュー前なのもあって、距離は芝1200m。ライスにはちょっと短すぎる距離だ。

 

「ああ、それとね。今日は君の前を走らせてもらうが、抜けそうなら遠慮なくどんどん抜いてもらって構わないよ」

「わかりました……」

「――この私を抜けるものならね」

「……ッ!?」

 

 挑発的な言葉を投げかけてきたタキオンさんが先にスタートして、少し遅れてライスがスタートする。

 今、ライスは前を走るタキオンさんに追走している。

 

(タキオンさんのフォーム、とっても綺麗だ……)

 

 その後ろ姿に思わず見惚れてしまう。タキオンさんの走る姿はとても美しく、洗練されていた。とてもデビュー前のウマ娘とは考えられないほどに。

 やっぱりタキオンさんはすごい。お兄さまと出会わなかったライスだったら、一生かかっても勝てなかったかもしれない。

 

 

 ――けど、今のライスのほうが強い。

 

 

 最初のコーナーで内ラチを通るタキオンさんを抜くべく、ライスは外に回って加速して直線で抜けるように仕掛ける。

 タキオンさんには悪いけど、ライスだって負けられないんだ。

 

 この時のライスはタキオンさんとのスピード差から簡単に抜けると思っていた。

 

(え……? なんで有利な内ラチからわざわざ膨らんで……!?)

 

 だけどタキオンさんは大きく膨らんで、ちょうどライスの進路に重なるようにコーナリングしてきた。こ、これじゃここでは抜き切れない。だったら……次のコーナーは内をついて、一気に抜き去る!

 

 そうしてやってきた次のコーナー。タキオンさんはやっぱりコーナーを曲がるときに膨らみかけている。

 たぶん……まだコーナーリングの技術が足りていないのかな? なら、ここで! ライスは空いたスペースに体を潜り込ませるべく突っ込む。だけど……また。

 

 

「――甘いねえ」

(……ッ!? 今度はぴったりと内ラチギリギリを攻めてきた!?)

 

 

 まるでライスの思考を先読みしたかのように、タキオンさんはブロックしてくる。

 お兄さまと出会う前にも、トレセン学園に来る前にも模擬レースは何度もやった。

 

 その中にはライスをブロックしようとしてくるウマ娘さんも当然いた。けど、このタキオンさんのライスへの対応はあまりにも完璧すぎて……心が見透かされているようで気味が悪い。

 

 無理に抜こうとして加速が乗らないままのライスと、自然な形で十分に加速する時間を取れたタキオンさんとでは有利不利がはっきりしていた。

 

(あんな軽くしか踏み込んでいないのに、もうトップスピードに!? この直線の距離の短さじゃもう……!?)

 

 付け加えると、タキオンさんの踏み込みは異常なほど軽かった。なのに、簡単にトップスピードに乗れている。

 この練習場の最終直線は短い。タキオンさんの鋭い末脚は追い込んでくるライスを完全にシャットアウトした。

 

 ――ライスは負けた。完膚なきまでに。

 

 

「おやおや、巷で“魔王”とも評されるライスくんに勝たせてもらってしまったよ。フフ、力の差が歴然でもハンディキャップ戦なら案外なんとかなるものだ。クク、まずは私の一勝。約束通り、トレーナーくんには私の制服と白衣のアイロンがけと洗濯をお願いするよ」

「仕方ないな」

「次は何を頼もうかなー。楽しみだなあ~」

 

 

 勝者の笑みを浮かべるタキオンさんにライスは悔しさから歯を嚙み締めた。

 だってこの勝負はライスが勝って当然の勝負なんだ。ライスと距離が合わないとか、少し出遅れてスタートしていることなんか言い訳にすらならない。

 

 

 ライスのほうが練習しているし、お兄さまの力も借りている。

 それにタキオンさんは――デビューすらしていない。

 

 

「タキオン、おまえなら言われなくてもわかっていると思うが……」

「大丈夫。全く問題ないよ。さあ、ライスくん。次の併走に行こうか」

「……次は負けません!」

「良い返事だね……私なりに君のことは高く買っているんだ。あまり失望させないでくれたまえ」

 

 

 二度、三度……繰り返しでライスはタキオンさんと併走した。だけど、ライスは一度もタキオンさんを抜くことが出来なかった。タキオンさんはことごとくライスの動きを先読みして、ライスの行動に合わせた最善の動きを合わせてくる。

 きっとタキオンさんは――自分の動きと相手の動き、状況をすべて計算しながら走っているんだ。位置取り(ポジショニング)、駆け引き。どれをとってもタキオンさんに間違いは無い。

 

 

 ようやくお兄さまが言いたかったことがわかった。タキオンさんはただの天才じゃない。タキオンさんは状況判断、状況把握、そして適応力の天才なんだ。

 

 

 今までライスはお兄さまに教えられてきた個人での技術のみをレースで披露してきた。お兄さまはすごい。ライスのような取り柄のない平凡なウマ娘でも、お兄さまの教えを実践するだけで才能のあるウマ娘さんたちに勝つことが出来た。

 でもこの先……それだけじゃどうにもならないことが訪れるかもしれない。その時、危機的状況から抜け出させてくれるのはお兄さまじゃない。レースで走っているライスなんだ。

 

 

 ライスとお兄さまの夢を叶える為にはライス自身がもっと考えて動かないといけないんだ……!

 

 

 

「この後も研究の残りが待っているんだ。次がラストでいいかい?」

「ああ、わかった……すまない」

「謝らないでくれたまえ。これは私が望んでやっていることなんだ」

 

 

 とうとう最後の併走練習が始まる。

 今回の最初のコーナーもライスなりに揺さぶりをかけてみるが、タキオンさんには通じない。常に最善の手を打ち続けてくる。

 

 

 もう少しライスがレースの勉強をしていれば、タキオンさんの裏を取る行動を取れたかもしれない。けど、今のライスのたどたどしい考え方ではきっと簡単に読まれちゃう。

 

 なら、どうしたら抜ける? どうしたら、タキオンさんに勝てるの?

 走りながらも考えに考える。いつものトレーニングより走っている距離が短いのに、何だかとても疲れる。頭がぼうっとするよ……。そうしてぼうっとした頭の中で、ふと浮かんだのが――。

 

『出来ないことはするな』

『他人のことを尊敬しても、他人の力に憧れるな』

『自分を信じろ。自分がやれることを、全力でやり切れ』

 

 

 やっぱりお兄さまが話してくれたことだった。そうだ。ライスにはタキオンさんと読み合いをしたところで勝ち目はない。たぶんライスがたくさんレースの勉強をしても、生まれ持った差は埋まらない。才能が無いライスとは違い、タキオンさんは天才なんだ。

 だったら、タキオンさんにどの部分なら勝てる? 間違いなく自分が勝っているって、心から信じられる?  

 

 

 そんなの、決まっている。

 

 

 それはお兄さまに鍛えられた体――練習量だ。お兄さまと二人三脚で培ったことのすべては、誰にだって負けるはずがない! ううん、負けられないんだ!

 

 

 

 ――だから必ず、勝つ!

 

 

 

 最終コーナー。まずライスは内を走っているタキオンさんの背後にぴったりとつける。その状態で僅かにスピードを緩めた。タキオンさんとの間隔が空く。

 

 

「……ハッ!」

 

 

 その瞬間、外に重心を傾けるために大きく右足を踏み込んだ。

 

 

 するとタキオンさんもライスが動くより前にコースをブロックしにくる。

 わかってる。これぐらいじゃタキオンさんは抜けないってことぐらい!

 

 

 右足に体重を乗せたまま、浮いた左足を逆方向へと向け……強く地を蹴る。間髪入れずに僅かな内側のスペースに体を潜り込ませようとする。

 だけど、またしてもタキオンさんは対応してくる。でもさっきとは違い、ライスと同時……いや、ほんの少しだけライスより行動が遅れた。

 

 

(――ここしかないッ! その、逆ッ!)

 

 さらにもう一度、強引に外側へと稲妻のように進行方向を変える。

 正確にライスの動きが読めるからこそ生まれた細い隙。これならいくらタキオンさんが先を読めていても、対応できないはず!

 

 

「……なっ!?」

 

 タキオンさんのびっくりした声を左隣でライスは聞いた。後ろからじゃなくて、隣で聞いた。

 

 とうとう、ここではじめてライスはタキオンさんの隣で走ることが出来たんだ。

 

 でもやっぱり無理な態勢だから、スピードが乗り切れていない。だけど、それは相手も同じッ!

 

 

「はあああああ!」

 

 態勢を戻し、ターフを思いっきり踏みしめて姿勢を低くする。お兄さまと一緒に何度も繰り返し体に覚えさせてきた走りで、タキオンさんよりも前に出る。前に出て、突き抜ける。風の抵抗を最小限にして、弾丸のように空気を切り裂いた。

 

「……くっ、ぁあああああッ!」

 

 

――つもりだった。それでも、タキオンさんはライスの横から離れない。

 

 そんなタキオンさんの鬼気迫る走りはライスに恐れや怯えを。

 

(……なら、全力を持って真っ向から叩き潰す!)

 

 それ以上に滾りを与えてくれた。もう一段階姿勢を低くしたライスはさらに大地を抉るように踏みしめ、加速する。加速し、前に出て突き抜ける。

 そして勢いそのまま、ライスはゴール地点を全速力で駆け抜けた。

 

 

 

 これでようやくライスはタキオンさんにアタマ差で勝つことが出来たのだった。

 

(や、やった! やっとタキオンさんに勝てた! ……あっ!? でもお兄さまが教えてくれていること以外のことをまたしちゃった……)

 

 また失望されちゃったのかな……と不安になり、レースをじっと見ていたお兄さまを見ると――お兄さまはライスに向かって右手の親指を上げて、満足気に笑っていた。

 

 その瞬間、ライスの瞳から自然と涙がこぼれ落ちてきた。

 だって、とっても嬉しかったんだ。お兄さまの教えをようやく自分自身で応用できたことが、すっごく嬉しい!

 

 

「ライスくんには驚かされたよ」

 

 

 嬉し涙を拭っていると、後ろからゆっくりとタキオンさんが近づいてきてライスの横に立った。

 汗を額に滲ませたタキオンさんの表情は普段の飄々とした不敵な笑みではなく、どこか愁いを帯びた表情だった。

 

 

「まさか、私の描いた方程式を力技で押しとおろうとするなんてね。全く、戦略が戦術に負けてはならないと言うのに」

「タキオンさん……あ、あの! 今日はとてもいいお勉強になりました!」

「いいや、私も気分転換兼、良い実験になった。被検体を私自身にしてみないと見えない世界は多々あるからねえ……おや?」

 

 

 ここでタキオンさんの目線がライスの足元へ移る。ライスも釣られて、ジャージに隠されていた自分の足首を見た。

 

 

「また君に提供したサポーターが壊れてしまったようだね」

「あっ……ほんとだ!? ご、ごめんなさい!」

 

 すると、着用していたサポーターが変形し壊れてしまっていた。こ、これ何度も壊しちゃっててお兄さまにもタキオンさんにも迷惑かけてるよね……!

 

 

「構わないさ……よっと。トライアンドエラーは物事を進める上で必須なんだ。ククク! 君が壊してくれたおかげで、アグネスタキオン特製サポーターは更なる進化を遂げそうだよ……!」

 

 

 自信作を壊されて、いつもの薄ら笑いを浮かべるタキオンさんにライスは思わず半歩引いてしまった。

 

 

 

「ライスくんの存在はウマ娘には無限の可能性があることへの証明となる。面白い、実に面白いねえ」

「あ、ありがとうございます?」

「ウマ娘は想いの力で強くなる。非科学的でデータも無いが、多くの一流ウマ娘が経験則で語っているのは事実だ。最後に見せた君のお世辞にも綺麗とはいえない傲慢さは……必ず君自身の野望を叶える鍵となるだろう。それにしても……まったく、心の底から」

 

 

 表情こそいつもの笑みだったけど……どこか感慨深げに、どこか感傷的にタキオンさんは口を動かした。

 

 

 ――心の底から君のことが羨ましいよ。

 

 

 ターフに突風が吹く。強い風に巻き込まれ、タキオンさんの小さく呟いた声はかき消された。

 

 

 

 




緻密な戦略を杜撰な戦術で叩き潰すゴリライスちゃんでした。


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#26 超光速のプリンセス

 

 

 あの稲光りを彷彿とさせる走法……!

 

 アイツ、力技で超高難易度走法の”ライトニングステップ”をしやがった! アレはトウカイテイオーのような足首の柔らかさと天性のセンスが必要になる。

 いくら以前より体が柔らかくなっているとはいえ、ライスシャワーには向いていない走法だから一度も教えていなかった。だが、勝つためにライスシャワーは教わっていないステップを自らの頭と足で生み出しやがった! 

 

 とうとうライスシャワーに勝利への執着が芽生えた。これは褒めても褒めたりねえ大収穫だ! さすが、オレの愛する虐待ウマ娘だぜ!

 ただ、足を酷使する無茶な走りをしたことは許せねえ。が……この前はキレ過ぎたようで虐待の効率が悪くなってしまったみたいだから、今回は飴を与えてやることにする。

 

 

 サポーターが犠牲になってくれたおかげでライスシャワーにダメージは行っていないようだしな。

 

「いい走りだったぞ、ライス」

「ありがとう、お兄さま! ライス、ようやく自信がついたよ!」

 

 興奮しているライスシャワーの頭をオレはポンと撫でる。

 

「ライス、タキオンと併走をしてみてどう感じた?」

「……今までライスはレースに勝ってきた。でも、頭を全然使ってこなかったのがわかったよ。レース中に考えることってこんなに難しくて、疲れて、辛いことだったんだね」

「だろう? そりゃ、考えずに勝てるのが一番楽で効率がいいさ。だからオレは、おまえの専属トレーナーになってからずっと徹底して体の基礎改造を施した。同世代はもちろん、古バ相手にも圧倒できる強い肉体をな。でも、それだけじゃ……いつか思いもよらない相手に躓くことがあるかもしれない。常勝の道から、一回でも躓いたら二度と立てなくなるかもしれない」

 

 

 それでは虐待が出来なくなりオレが困る。

 そして、コイツ自身の夢も叶わなくなる。虐待者と被虐待者のお互いが敗北者になる結末なぞ、オレは絶対に許さん。

 

 

「だから立ち直れる今のうちに、ライスに完膚なきまでに負けてもらうことにした。負けに負けまくって、後でとことん反省会を開く予定だったんだが」

 

 

 何度も抜けないシーンを巻き戻し、自分自身で走ってもいねえのにネチネチと上から目線のうっぜえダメ出しをぶつけて、ライスシャワーの曇った顔を今日の肴にしようとしていたのに……残念だぜ。

 

 

「……今日おまえがタキオンから1本取れるとは考えていなかったよ。この調子でオレの想定をどんどん上回っていけ」

「……う、うん! ありがとうお兄さま!」

汗だくのライスシャワーの頭をくしゃくしゃと撫でる。ライスシャワーはオレの虐待に目を閉じ、にこやかに笑った。

 

 

 それにしてもライスシャワーが自発的に考え、オレの教えに無い行動をしたことにオレの口元もどんどん上ずってしまうな! 

 まったく、ライスシャワーは最高だぜッ!

 

 

「また走ろう、ライスくん。願わくば、次は大舞台のレースでね」

「は、はい! つ、次走る時もライスは負けません!」

「そうかい。楽しみにしているよ」

 

 

 今後の虐待の捗りが期待でき、ニヤニヤ顔を抑えきれないままお互いの健闘を讃え合っている二人を見る。

 そして、何でも無さそうに薄ら笑いを保っているタキオンの左足に目を向ける。その、微かに震えている足を。

 

(……おい。どうしてだ? なんで……いや、なんでじゃねえだろうが!)

 

 

 その瞬間、オレの顔から笑みは消え去った。迂闊だった。

 なんて無能なんだ。いつもなら一瞬で気づけるはずの違和感が歓喜の感情にかき消されていたとは。

 

 

「……んー、今日はちょっと疲労が溜まりすぎてしまったみたいだ。トレーナーくん、ラボまで背負っていってくれないかい?」

「……ああ、わかった。悪いがライス、クールダウンは一人で行ってくれるか。こういう時のコイツはテコでも動かないからさ」

「うん、わかった! タキオンさん、今日は本当にありがとうございましたっ」

 

 オレは急いでタキオンを背負って、ラボへと向かう。

 ラボにつくなり靴を脱がせ、あまり使われていないベッドに寝かせた上でタキオンのジャージをめくる。

 

 すると日焼けしていないタキオンの白い左足が露となり――その足首の付け根が赤黒く腫れ上がっていた。

 

 

「……触るぞ。我慢してくれ」

「……くうっ!」

 

 

 タキオンは大量の汗を額にため、苦しそうに呻く。

 ――足間接靭帯損傷。病名を診断したオレはほうっと息を吐き、肩を脱力させた。

 

 

 若干重い捻挫止まりで済んでいたからだ。最悪の状況になっていないとは思っていたが、万が一ってことがある。

 

 

 ――もう二度とあんな状況に出くわしたくない。

 

 

 

「ハハ、少しばかり本気になってしまったようだ」

「ハハ、じゃねえ。無理をするなとあれだけ言ったのに……!」

「無理をする予定なんてなかったさ。しなくても勝つつもりだったからね」

 

 

 クククとタキオンは含み笑いを続けていたが、やがて笑い声は脚部の痛みで呻き声に変わる。

 コイツのどこまでも現実的で利己的な性格上、自分を壊す行動は間違ってもしないと考えていたのに。

 

 ……ダメだ。オレの考えがまだまだ甘いんだ。無理をしない前提なら、コイツはサポーターやテーピング等、万全のケガ対策を行って練習に参加していたはずだ。それをしていない以上……ああ、クソッ!

 

 

「……随分と、ふう、手慣れているね。トレーナーの研修課程で習うにしても、手際が、っ、良すぎるんじゃないかい?」

「……今は余計なことを考えなくていい」

「常に思考を巡らせないと、くっ、生きていけないのが、私の性でねえ」

 

 

 軽口を叩くタキオンを無視して患部をテーピングで固定していく。その上からタオルで包んだ氷水で患部を冷やす。

 やはりタキオンも相当辛いのか、軽口が減り……お互いの会話が無い沈黙の時間が訪れる。

 

 

「……証明するつもりだったんだ」

 

 

 15分ほど経ち、一度アイシングをやめた時にベッドに仰向けになったままのタキオンはぼんやりと天井を見上げながら、話し出す。

 

 

「“アグネスタキオン”というウマ娘の才能を、価値を、潜在能力を、強さを。私と君と……とりわけ君の担当ウマ娘に対してね。だが、歪んだエゴに塗れた証明は、私に何の意味がある? 何のメリットがある? 解はゼロさ。何もないんだ。誰よりも、私が一番わかっているはずなんだが」

「それならどうして……」

「意味なんてない。価値なんてない。くだらないエゴだ。それでも、ライスくんだけには見せつけたかったんだろうね」

 

 

 私というウマ娘の存在を、と天井に視線を固定したまま語る。

 

 

「……ああ、いけないなあ。痛みのせいでつい余計なことを話してしまう」

 

 

 それとねとタキオンは言葉を付け足す。

 

 

「先の証明に対する解に対して、訂正しよう。解はゼロではなく、マイナスだ。なぜなら私が導き出した決して認めたくなかった仮定は、私自身の手によって見事に証明されてしまったのだから」

 

 タキオンは天井から視線をずらし、ハイライトのある綺麗な目をして、オレを見つめてきた。

 

「……ライス君のライトニングステップ。あまりにも非論理的で原始的で暴力的で、とても美しかったよ。ああ、これが君のウマ娘なんだと理解させられた」

「それがどうした? おまえだってアレに似た走りはいくらでも……!」

「そうさ。私ならあのステップに似た走法は身につけられるだろう。より無駄なく、よりリスクの無い理想的な方法でね。けれども、あの走法の理から逸脱したステップは私では絶対に真似することはできないんだ」

「……そんな、ことは」

「いいや、私には出来ない。可能性はゼロ。不可能なんだ。世間受けの良い単語に変換するとしたら運命と言ってもいいのかもしれないね。とてもロマンティックで刺激的で実に素敵な単語だ」

 

 

 不合理で非合理で凡庸で陳腐な言葉ともいえる、とタキオンは吐き捨てた。そして――。

 

 

「……私は、君の担当ウマ娘にはなれないんだね」

 

 

 と、活力の無い声で呟く。

 

 

「……は?」

 

 

 薄っすらと儚げに、綺麗に笑うタキオンは結論は最初から出ていたんだ、とかすれた声を喉から絞り出した。

 

 

「自分で自分の解を否定したかったんだ。だが結果は見ての通り、このザマさ。私は限界を超えようと藻掻き、足掻き、自滅した愚者だ。このようなザマになると自分自身で知っていたのだから、さらに救いようがないね」

「ふざけんなよ、勝手に現実を受け入れているんじゃねえ。……言っただろ? オレはおまえを必ず虐待してみせるって」

「……やめてくれたまえ。ありもしない希望を抱くのは、もう疲れたんだ。やっと今日、ライスくんのおかげで私の脳を蝕み続けている病巣を切除できそうなんだ」

「タキオン……」

「トレーナーくん……私との契約を履行しようとしているのなら破棄しても構わないよ。ああ、安心してくれ。ライス君への練習道具およびデータの提供は今まで通り行ってあげるからさ」

「タキオンッ! ッ……」

 

 

 淡々とタキオンが語っている間に脳内でありきたりな説得の言葉が浮かんだ。

 浮かんでは、口に出そうとして直前でやめた。 

 

 

「……ああ、ったく! 仕方ねえな! 恥ずかしいから、一度しか言わねえぞ」

 

オレが伝えたいのはそんな取って付けたような詭弁じゃねえ。汚くて、みっともない自分勝手な想いなんだよ。

 

「……おまえに諦められるとオレが困るんだよ! つまんなくなるんだよ! なんも面白くねえ! 嫌なんだ! 夢を、可能性を諦めるおまえをオレが見たくないんだよ!」

 

「オレはな、おまえが光速の先へと行きつく瞬間を目の前で見たい! その為なら出来ることなら何だってやってやるよ!」

「トレーナーくん……

「現実? 運命? 希望を抱くのは疲れた? いちいちうっせえんだよ! そんなもんオレが知ったことか! おまえの走りに魅せられた厄介なモルモット一号なんだから! 気づいてねえのか!? 今日の最後の走り、短い距離だったが全力で走り切ったじゃないか! 今日、おまえははじめて全力が出せたんだ。全力を出せるほど、体が出来上がってきたんだ。無理をしたのは許せねえ。けど、おまえの実験と研究の成果はおまえ自身の足で証明されたんだ。決して無駄なんかじゃなかったんだよ!」

 

 

 タキオンは目を見開き、息を呑む。本当に気づいていなかったようだ。コイツはバカだ。正真正銘の大バカ野郎だ。

 

 

「おまえがターフで自分の夢を叶えるのを信じている。おまえの無限の可能性を信じている。だから、頼むよ」

 

 

 オレはガシリとタキオンの右手を掴んだ。

 

 

「――おまえの走りで光速の先の世界をオレに見せてくれ」

 

 タキオンは呆然とした間抜けな顔で暑苦しさ満載のダサすぎるオレを見てきた。が、すぐに普通の少女がするような純粋で可愛らしい表情に変えて笑いかけてきた。

 

 

「今まで以上に君のことを拘束するかもしれないよ?」

「構わない。使えるものは存分に使うのがスタンスだろ」

「今よりももっと、ワガママが増えるかもしれないよ?」

「任せろ……と言いたいところだが勘弁してくれ。おまえのワガママを聞くと、生死に関わってくることもあるからな」

「おや、断るのかい?」

「断るとはいってない。勘弁してくれと言っている」

「……クク、“無理”だと言わない辺りが君らしいねえ。じゃあ、これが最後の問いだ」

 

 

 

「――私を、君のウマ娘にしてくれるのかい?」

「おまえが全力を出せるようになり、ライスの夢が叶った後ならオレの方から頼みにいくよ」

「そこは嘘でもいいから、条件無しで快諾する場面じゃないのかい? もうっ……これだから君は最低のクズなんだ」

 

 此の期に及んで、明確な回答をしなかったオレに思いっきり嘆息したタキオンはオレに握りしめられていた手を自分から絡めてきた。

 

「仕方ないね。どこまでも自分のことしか考えていないダメ人間な君のために、私がもう少しだけ骨を折ってあげよう」

 

 

 そう言ったタキオンは器用にウインクして、空いている左手でオレの額に指を軽く突き刺した。

 

 

「必ず特等席で見せてあげるよ――私が光速の先へと至る瞬間を」

 

 



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