ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ(Re) (かげはし)
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プロローグ ゲームはまだ始まっていない
第零話 過去、■週目の紅葉









 

 今は確か……高校入学式の最中だったはずだ。

 何故かは知らないけど、まだ入学したばかりで見慣れていないはずの校内の景色が懐かしく感じた。

 何かに頭をぶん殴られたかのような衝撃が襲ってくるせいか、眩暈がして床に倒れたらしい。

 

「先生ェェェ!! 紅葉さんが倒れているんですけど!」

「早く保健室に連れていけ!」

 

 グルグルと吐きそうなほどの知識量に意識を失う。理解できたのは先生たちの心配そうな声のみ。身体が浮いて、誰かに運ばれる感覚の後、しばらくしてから目が覚めた。

 

 消毒液の独特な香りとベッドに眠らされている状況から察するに、どうやらここは保健室のようだった。

 起き上がってみると、近くで座っていた男子学生が笑いかけてきた。

 

「良かった。目が覚めたんだね。気分はどう?」

「……はい」

 

 黒髪黒目の可愛らしくも格好いい少年。

 きっとこのまま成長したら美しくなるのだろうなと思えるぐらい将来性が感じられる容姿をしている。

 

 倒れる前の私だったらきっと、二人っきりの室内で美少年に心配されたことを自慢し騒いでいただろう。入学式の初めから良い出会いをしたと思って、倒れたことすら忘れて彼と仲良くなろうとしたに違いない。

 

 ……でも今はちょっと、この少年と話す余裕はなかった。

 

 どうやら私は青ざめた顔をしているらしい。首を傾けた少年が私の額に手を当てる。

 熱でも確かめているのだろうか。

 

「熱はないみたいだけど……。気分はどう?」

「えっ」

 

 呆然としていた私に対し、彼は苦笑する。

 

「頭がぼーっとする? それとも眠い?」

「あ、の……その、少し頭が痛くて……」

「そう、分かった。ちょっと待ってね。先生を呼びに行くから」

「は、はい」

 

 保健室から出ていく彼の背を眺める。……そうして、その姿が見えなくなってようやく一息つくことができた。

 ベッドに寝ころび、腕を上げて顔を隠す。

 周りが静かなせいだろうか。消毒液の匂いが気になるが、考えてしまう。

 

(転生しても現代とか、やってられない。せめてハッピーエンドが約束されてるファンタジー世界とかが良かったな……って、そういう問題じゃないよね……)

 

 あの少年について私は何も知らないはずだった。

 胸ポケットに桜の札がついているのできっと私と同じ新入生。

 見た目も含めて格好良くて、私を心配するさりげない優しさに、何も知らなかったら私はきっと彼を好きになっていたかもしれない。

 

「知らないはず……なのに……」

 

 寂しげな声が響く。

 このまま帰れるなら帰りたい。学校を転校したい。そう心の底から望んでしまうぐらいには、全身が震えていた。死ぬかもしれない恐怖に怯えていたのだ。

 

 私は彼の名前、トラウマ。あの爽やかそうな笑顔の裏に隠された本性を知っている。

 この高校、教室、そして俺と同じく入学してきた生徒達の名前。

 全員覚えている。初めて会った人もいるはずなのに、何故か全員記憶の中に残っているのだ。

 

 私が倒れた原因は前世の記憶を思い出したから。それも最悪の事実を。この世界が前世において人気の高い最難関ホラーゲーム『ユウヒ―青の防衛戦線―』にあった、通称『夕青』の世界にそっくりだと気づく。

 夕青は入学式直後に妖精が強制的にゲームを始めて、そのゲームに出てくる化け物達から生き残るために逃げたり隠れたりとするアクションホラーゲームのようなもの……だったはず。

 

 私こと紅葉秋音という存在もそうだ。ホラーゲームのキャラクター。化け物に対し遠距離で攻撃を仕掛けることのできるアタッカー。

 でも性格は悪くて、ゲームのルート次第によっては主人公であるあの少年――――神無月鏡夜を妨害する悪女。生き延びるための手段を奪う行動もする嫌な奴だったはず。

 

 でも私は、こんなことを思い出した私が神無月鏡夜を邪魔するわけがない。彼を邪魔すればみんな死んでしまう。ホラーゲームを生き延びるためには、神無月鏡夜が生きていなかったら意味がないのだから。

 

(でもわたし……私は帰りたい……こんなところ、居たくない……)

 

 ここがファンタジー世界だったら諦めがついたかもしれない。でもここは現代に似た世界。妖精や化け物、幽霊や神様以外はファンタジーも何もない、死んだらそれで終わりな現実だ。

 

 このまま入学式が始まって、その途中で不可思議な恐怖が来るのではないかと怯える。

 

「あ、れ……でも、待って?」

 

 上体を起こし、時計を確認した。現在時刻11時半。もうとっくに入学式が始まって……終わってもいい頃のはず。

 それなのに、何も異変が起きない。入学式の最中に妖精の声が聞こえて、それであの死と隣り合わせな恐怖のゲームが始まるというのに。

 

「待って……私が倒れたのって入学式が行われていたあの時、だよね……何で、なんで何も起きないの?」

 

 もしかしたらこの世界は私が知っているのとは違うかもしれない。

 そう思うと気が重くなっていた心が少しだけ楽になる。

 

 もしかしたら名前だけ似ていて、それ以外は何もない。そうだよね。だってこの世界は現実で。現代で。私の知っているあのホラーゲームはファンタジーでしかないもんね。

 でも……でもやっぱり、この学校に通うのが怖い。

 

「お母さんに相談して……ううん、それかなるべく……ホラーゲームの、妖精が私達を集めようとする日に学校を休んでしまえばいいか……」

 

 もしも何か異変があったら、その時は学校を転校できるかいろいろ調べよう。私は無理だ。戦えない。だって私は普通の人間。争いごとだって何もしたことがないから、まだ出会ったばかりで友達でも何でもない人たちの事を助けるだなんて、そんなことできるわけがない。

 

 

 不意に廊下の先から音が響いて我に返った。

 誰か来たのだろうか。周囲が静寂なせいか足音が異様に響く。

 

 そうして、保健室前の扉のすりガラスに人影が写った。

 

 扉に手がかけられ、ゆっくりと開かれる。

 あの神無月鏡夜が呼んでくれた保健室の先生でも来たのかと思って――――。

 

 

 

「――――えっ」

 

 

 

 そこにいたのは、大きくて黒くて。奇妙な人型をしている人間じゃない存在で爪が私にわたしいたい痛い痛痛痛いたいいたいたい口開かれてたべられ

 

 

 

「な、んで」

 

 

 

 なんで、だってまだ――――妖精の声がしてな

 

 

 

「あギッ────」

 

 

 

 グチャ

 

 

 

 

 

 

 

《あーあー。失敗ですか》

 

 

 

 

 

 

 

リセット

 

 

 

 



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第一話 ある紅葉の前世

 

 

 

 ふとしたときに思うことと言えば前世の記憶についてだった。

 

 気がつけば俺は女として生まれ変わっていたらしい。紅葉秋音という名の少女に。しかし何故なのか。何故きっかけもなく急に前世を思い出してしまったのだろうか。

 

「転生しても現代じゃあ、面白くもなんともないよなぁ……どっかのテンプレみたくファンタジーちっくな世界でも良かったような、良くないような……」

 

 女として生まれ変わってしまったが、何故か身体に違和感があまりないから気にしなくてもいいか。

 

 それにしても前世の記憶って何なんだ。

 何かしら意味があると思ったがこの国は平和な日本であって、前世とほぼ全く同じである。

 変わったといえば俺が前世で知っている町の名前、偉人などが変わっていたことだろうか。日本の歴史も少し違うみたいだ。

 

 つまりこの世界は前世の延長線上で出来ているわけじゃない。異世界になるけれど、名前がいくつか違うというだけで日本なのは変わりないし、俺が前世を思い出しても何の意味もない。

 

 それならば、前世で何かしてしまったのだろうかと考える。

 

「……いや、ないな」

 

 前世では何処にでもいるような普通の生活を送っていて、それで事故で死んだだけなんだと思う……たぶん。まあ完全に覚えているわけじゃないけど。

 でも異世界転生なんて意味が分からないものをするぐらいなら何かしら特殊な事情に巻き込まれてるとかあってもいい気がする。

 

 例えば強すぎる魔王を倒すために記憶を思い出して対策をする勇者とか。

 ほぼすべての生き物が消えた滅び行く世界で生き残るために思い出す人間とか。そういう感じのやつなら納得できるんだけどな。

 

 俺を生まれ変わらせた神がいるなら、何故俺を生まれ変わらせたのかについて話がしてみたいものだ。

 

 でもまあ、小さい頃から記憶がある方が何かしら得だって考えた方が無難だよな。

 

「それにしても……うーん。これが俺じゃなかったら普通にお付き合いしたいレベルなんだけどなあ……」

 

 鏡の前でまじまじと見た自身の姿にため息が出る。

 

 茶髪のポニーテールに、勝気な顔立ちとスタイル抜群の身体。栗色の瞳は勝気に輝いていて、美人というよりは可愛いと言える容姿。

 黒のセーラー服を着ていると余計にそう思う。やっぱり制服って偉大だよな。

 

「化粧しなくても素で可愛いとか両親の遺伝に感謝しなくちゃな。ほんとに俺可愛い……でもこんなところ弟に見られたらドン引きされるか。前世の視点から考えてだし、ナルシストみたいだからやめとこ」

 

 鏡にいる自分がため息を吐く姿が映る。その姿も可愛いとか思う自分に苦笑して真下にある己の胸を見た。

 おっぱいは平均程度……いや少しだけささやかな気もするが、誰よりも美乳であると自信を持って言える。まあ、誰かに言うつもりはないけれど。

 

「まあ、女でも男でも関係ないか」

 

 身体の違和感がないのはきっとまだ実感できていないからかもしれない。

 女に生まれ変わっても俺の中身は男だから――――誰かと恋人になったり将来は夫婦になったりなどということはないだろうな。

 

 俺にはまだ小学生の可愛い弟がいるから、あの子にすべて任せようと思う。

 秋満は頭もいいし、将来も有望な弟だからモテるだろうし。

 

「うーん……でもどっかで見た顔立ちなんだよなぁ……」

 

 前世を思い出してからたまに、デジャヴのような感覚に襲われるときがあった。まるで自分が自分でないような感覚だ。

 鏡から見える自分が他人のような感じがする。自分自身だというのに何故なのか。前世の記憶があるせいか?

 

 紅葉秋音という名前も、その見た目も。

 そして、これから毎日のように着るはずの高校の制服である黒のセーラー服もどこかで見たことがあるような気がするのだ。

 夕日丘高等学校というこれから入学する場所でさえ、何かデジャヴを感じている。

 

 名前を聞くだけで嫌な予感がした。でもそれが何故なのかわからない。

 

 もやもやするというのに何故かその疑問が晴れない。

 

 何かを忘れているような気がするんだ。

 冬の匂いがする、大事な何かを……。

 

「……悩んでいても仕方ないか」

 

 

 

 

 きっとこれは、俺の悪い癖なんだろう。そうやって問題を先送りにして現実逃避する。

 

 気のせいにしなきゃよかったんだ。

 入学式当日――――教室の中で出会ったその一人を見て、ようやく理解した。

 

 俺が何故こうして記憶のあるまま転生したのかの意味を。

 

(でも俺は何も出来ない。戦う術もないし、この記憶があるだけでも不利に働くんじゃないか。もしかして、死ぬしかないのか……?)

 

 入学式にて集まる新入生達。その中にいる複数の生徒が妙に気になった。

 その意味を、ある男子高校生を目にしてはっきり理解した。

 

「な、んで……?」

 

 この少年が誰なのかを俺は知っている。

 でもなんだか懐かしくなるような――――幼い頃に会ったような感覚。

 それはきっと、前世の記憶のせいだ。

 

「初めまして、今日から同じクラスメイトとして仲良くしよう。僕は神無月鏡夜。これからよろしくね」

 

「は、はじめまして。わ、私は紅葉秋音っていうの……」

 

 

 教室内にて爽やかな笑顔を見せてきた黒髪の美形に対して引き攣った笑顔を返す。

 無理やり平常心を保とうとしたせいか、どうやら声が上擦っていたらしい。

 

 目の前にいる少年は少しだけ訝しげな顔をしたが、すぐに綺麗な笑みを浮かべ直していた。

 

 彼はきっと同じクラスメイト全員に挨拶するためにわざわざ俺に話しかけてきたのだろう。俺個人と仲良くなろうとしての行動じゃないことぐらいわかる。

 

 普通の人ならそれで終わりだったろう。それか彼の優れた容姿に胸を高鳴らせる人がいるか否かといった程度。

 

 ただ────この男の見た目、名前が問題だった。

 

 生き物には見えず、お綺麗な人形かと思えるぐらいにはまつ毛が長く涼しげな目元が特徴の中性的な男。可愛らしいと思える部分はいつか、成長した時には美人に成長するだろう。それぐらい将来性が期待できる顔をしていた。

 スタイルも良く足が長い。男性の平均身長ぐらいだろうか。

 

 いつもの俺だったら、「あーハイハイ。イケメンですねー」で流すだろう。

 

 しかし、深い海を思わせる青色の瞳を見た瞬間、俺はこの世界が何であるかを理解し頭を抱えそうになった。

 

(神よ、俺は何をやらかしましたかあああ!!!)

 

 前世にて人気のあった最難関ホラーゲーム『ユウヒ―青の防衛戦線―』。

 

 通称『夕青』で知られているそれは、夕日丘高等学校の生徒たちがとある不可思議な災害の被害者となったお話だ。

 

 不可思議とはホラーゲームとしての災害を意味している。それこそ初見でやれば全員死ぬのが当たり前。クソゲーかと思える難易度の殺戮が用意された世界。

 

 簡単にいえば、ある世界と世界の境界線を管理している妖精ユウヒが、とある化け物達を退治してほしいという願いによって作り上げられた空間で強制的に防衛戦をやるというもの。

 『境界線の世界』と言われるバトルステージの中心には対象者全員――――つまり、クラスメイトの生命力を集めて結晶化したクリスタルが出現する。

 

 それを囮にして化け物共を引き寄せているため、そいつらを倒すか侵入を防ぐか何かしないとクリスタルを奪われ結果的に対象者全員が死ぬだけ。

 

 しかし境界線の世界にいる間、生徒たちは化け物によって殺されても現実で死ぬことはない。

 ただの悪夢のように、全てが終わったら目が覚めるのだ。

 

 序盤で死ぬのなら、ただ不幸な目に遭うというだけ。

 負けを繰り返せば恐ろしいことになってはいくし、心霊現象に悩まされるようになってしまう。

 

 それと夕青ゲームの世界では共通して人の生命力とは『幸運値』を意味するものだとされている。

 幸運がなければ死ぬ確率が上がり、またあの世の住人から餌として狙われる可能性が高くなる。

 

 一番怖いところは、ゲームオーバーし続けることによってじわじわと不運が襲い掛かり、突然の不幸によって死ぬという場面だろうか。

 

 階段からこけて頭から落ちたとか、急に花瓶が降ってきたとか。それぐらいならまだマシな方だと言えよう。

 グロ注意は確実。突然の主人公の死とかあれはない。

 

 そのための救済措置として妖精から貰えるアイテムがある。

 しかしそれでも最難関と言われるだけあってバッドエンドになりやすいのだ。

 

 そして、最大の問題として夕青ではヒロインを除くキャラクター全員に特殊な能力など何もない。続編で出てきた夕赤と夕黄は何かしらあるというのに。

 

 一応戦うことは出来ても、化け物に殺されるまでの時間稼ぎでしかない。他のクラスなら確実に倒すことは出来るだろうに……。

 

 目の前で首を傾けている鏡夜もそうだ。ホラーゲーム主人公のくせにモブと同じく死亡率が高いし、戦う力もない。

 

 夕青の最大の特徴は、主人公が頭脳特化型であるということ。────でも、頭脳が良くても化け物と対峙するのは難しい。

 

 妖精が退治してくれと望む化け物は、人間でもこの世界にいる生きた動物でもない。怪獣かと思えるような気味悪い知性のない獣ばかりいる。

 体力も人間の数倍はあって、倒すことはほぼ不可能。

 

 だから夕青のゲームは『防衛戦』がメインなのだ。

 

 戦うのではない。

 クリスタルを守るために妖精が作り上げた空間内で道具や武器を拾い上げ、一定時間の間に壁やなんやらを作り時間を稼ぐというもの。

 

 それが出来なければバッドエンドを迎える。

 

 そういうゲーム知識が頭の中で鮮明に思い出した。

 何故かは知らないけれど、これから先でそういうのが起きるって直感が働いたんだ。

 

「あはは……」

 

「ん、どうしたの紅葉さん?」

 

「……これから入学式だから緊張しているだけなの。気にしないでね神無月くん」

 

「そうかい? ならよかった」

 

 この主人公、今は何を考えているんだろうか。

 

 腹黒で毒舌キャラなのを隠して、最初は猫かぶりからスタートするから爽やかそうに見えて内心では俺のことを値踏みしている可能性が高い。

 

(ああ家に帰りたいっ! 面倒くさい!! でも帰っても意味がない!)

 

 転生したら異世界だったならよかったのに、何で俺はホラーゲームの世界にいるんだよ!!

 そう頭を抱えて、どうすりゃあいいのかと思い悩んで――――ふと、思ったのだ。

 

(そういえばこの神無月鏡夜って頭脳特化だったな。頭いいならこいつに全部押し付けて考えてもらう方が良いか?)

 

 俺が頭おかしいとか思われても仕方ない行動をしている自覚はある。

 しかし、死亡フラグが乱立しているこの世界で俺が生き残るための手段は主人公たる神無月鏡夜にしかない!

 

 ならばと俺は、他の生徒に話をして離れようとする彼の腕を引っ張った。

 

「ねえ神無月君。入学式前にちょっとお話したいことがあるんだけれどいいかな」

 

 

 ――――今思えば、ここから崩壊は始まったのかもしれない。

 

 いいや、すでに崩壊は始まっていたんだろう。

 前世の記憶なんて、ある方がおかしいのだから。

 

 

 

 



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第二話 第一印象は「頭がぶっ飛んでる女」

 

 

 

 

 話がしたいと言った俺は、校舎の裏側へ神無月鏡夜を連れて行く。

 

 二人っきりになるのが嫌だったのか困った様子で俺の頼みを断ろうとしてきたが、それでもなお食い下がると諦めてくれたらしく、なんとか俺の頼みに頷いてくれた。

 教室のど真ん中。クラスメイトが見ているなかでやってしまったため勘違いされた可能性もあったが、周囲にどう思われているとか考えている余裕はない。

 

 周りにどう思われているのかとかそれを考えるのは後、今やるべきことはこれから来るであろう悲惨なゲームをどう乗り切るのかについてだけだ。

 

 俺だけじゃ無理だと分かっているからこそ、彼の力が必要だった。

 

(一番最初。ここが肝心だ……神無月鏡夜に信用してもらう。そう、頑張らないと……ここはホラーゲームじゃない。死んだらそれで終わりだ。リセットなんて現実にあるわけがないんだからな)

 

 でもどうやって主人公たる神無月鏡夜に信じてもらえばいいのだろうか。

 

 まず主人公、神無月鏡夜(かんなづききょうや)は小さなトラウマを抱えた猫かぶりの少年だ。

 トラウマといっても親友に裏切られたという他人にとっては些細なものだった。ゲームではそれが誰なのか書かれておらず、ゲームを考察しようとする人々にとってその人物こそ重要な人なのではないかとかいろいろ噂されていた。結局俺が死ぬまでトラウマを与えた人物について明かされることはなかったけれど……。

 

 本人にとっては人を信じられなくなるような重い出来事の一つ。そのせいで性格が歪み、人を信じにくくなっている。

 鏡夜は美形で猫っぽく、身内認定されるまでは腹黒い選択肢しか出てこず、ある一定のイベントをこなせば他のキャラクターに対してツンデレになるのが特徴の主人公だ。

 その頭の良さ以外は攻撃も体力もないため他のメインキャラクターたちに支えられて生き残ることが出来るといった性能から、ゲームの難しさを引き上げているのは彼のせいなんじゃないかと言われている元凶。

 選択肢によっては即死もあり得るし主人公を操作する人にとっては「さっさと人を信じてくれよぉ! 一人で行動とかじゃなくて、協力プレイ大事だろ!!」っていう部分も多々あるけれど全部死亡フラグに向かって突き進む鏡夜のせいで投げ出す人がいて――――でもホラーゲームとして謎が多い部分を気にする人もいて、その後に出てきた夕赤などの続編ゲームが人気に火をつけた要因ともいえるけれど。

 

 神無月鏡夜なんて他のキャラクターに比べたらまだ優しく可愛らしい性格をしていると俺は思う。

 青組には個性豊かなキャラクターがいる。というか大半が危険人物しかいない。

 まあイベントさえこなせば優しくなるから多分大丈夫だろう。

 

 それに、最大の難関でみんなのトラウマとされた彼女だっているから、神無月鏡夜は夕青の中ではまだマシな性格だと思いたい。

 

 ここがホラーゲームの世界であるなら当然一番最初に攻略しなくてはならない存在が神無月鏡夜である。

 ここから先――――最短で神無月鏡夜に協力をしてもらい、これからどう対処すべきなのかを考えてもらう。協力してもらうようにする。そのためにはまず彼が興味を惹かれるような内容にしなくちゃならない。

 

 その緊張感からか、俺の背中は冷や汗で濡れていた。心臓もバクバクと鳴り響いている。

 

「僕に伝えたいことって何かな、紅葉さん?」

 

 愛想よく笑ってはいるが、きっと内心「あー面倒な奴に捕まった」とか思っているに違いない。

 校舎裏には誰もいないし、男女こうして向かい合う姿はまるで告白現場のようだと、そう無駄なことを考えてしまう。

 

 しかしこのまま黙っていても仕方がない。鏡夜は主席入学。新入生代表として挨拶もすることだし、暇なんてないはずだ。

 

「突然だけど神無月くん、死にたくないので助けてください」

 

「……急にどうしたの?」

 

 死ぬと言う言葉に反応した鏡夜が私の目を見る。

 頭がおかしいと思っているかもしれない。それなら――――。

 

「夕日丘高等学校には毎年死人が出てるって話知ってる? 不運の事故が数件と、行方不明事件がいくつか。でも学校で何度も起きているのにそれを誰も気にしていない。気に留めていないの」

 

「……それで、何で君が死ぬって話に繋がるんだい?」

 

「おれ……じゃなくて私は、この事故や事件の真相を知っているんだ」

 

「そういう話だったら警察に連絡した方が良いよ。僕なんかよりよっぽど頼りになるだろうし」

 

「警察に連絡しても意味がないんだよ!」

 

「……なら、詳しい話は入学式が終わった後でも――――」

 

「それも駄目だ! 奴にバレる可能性がある!!」

 

 叫んでしまった後になって後悔し、口を手に当てて余計なことを言わないよう気を付けた。

 その行動に鏡夜は訝しげな表情を浮かべていた。

 

「もしかして君は……その事件を起こした犯人が誰なのかを僕に教えるためにここに来たの?」

 

「違う」

 

「じゃあ僕に協力してほしいって何? いったい何に協力してほしいのか聞いてもいいかい?」

 

「それは……まず、神無月君が私の話を信じてくれるって約束してくれるなら話すよ。本当に協力してくれるって嘘をつかないなら――――そうじゃないと、言うことが出来ない」

 

 妖精は頭の中を覗く。そして最悪頭の中を弄られる。

 ゲームではリセットを故意に繰り返し行ったせいで妖精が未来を知っていると察して動くのだ。なんせ防衛戦は戦わずして逃げて隠れてを繰り返すゲーム。境界線の世界で化け物達を退治してもらうために、妖精は主人公の頭に余計なものを植え付ける。

 

 現実かどうか分からなくするような幻覚。発狂するかと思えるような気味悪い幻聴。予測していたはずの化け物の配置が異なる状況と、頭を弄られたせいでちゃんと考えることすら出来なくなり、人格すら影響を与え確実に殺しにかかる演出がたくさんあった。

 難易度が上がり過ぎて鬼かと思える人が続出した数々の問題に泣いた記憶があった。

 

 悪気もなく簡単にやってのけるのが妖精だから、現状鏡夜に負担がかかることはまだしたくない。妖精について軽はずみなことを言って、彼の頭を弄ってどうにかされたら困る。

 

(……俺も頭を弄られたくない)

 

 でも入学した時点で頭を覗かれないという点では不可能。

 だから今のうちに知恵を借りたい。どうにかして人格崩壊フラグから逃げ出したい。

 

「入学式までまだ少しだけ時間がある。だからお願い、君の頭脳が必要なんだ……君に信じてもらえるには、私はどうしたらいいかな?」

 

「はは……それを僕に聞くんだね。何も答えてくれない時点で信じるも何もないっていうのに」

 

「だって絶対信じてくれないって思ったから……」

 

 でも本当に、これからどう説明したらいいんだろうか。

 流石に鏡夜に会ってすぐ「あ、主人公に協力を頼もう! 妖精がこれから始めるデスゲームに俺達巻き込まれて死ぬんですよってことを!」なんて話しても無駄なのは分かっているんだけれど。

 

 

「紅葉さん」

 

 不意に、鏡夜に話しかけられて我に返った。

 よく見れば彼の手に携帯があった。

 

 彼は少し考えるような顔で私を観察しつつ――――そうして、つい先ほど見たような愛想笑いを浮かべていた。

 

「ネットで夕日丘高等学校について調べてみたら、君の言う通り死亡事故が多発していることが分かったよ」

 

「えっ、何時の間に!?」

 

「君が馬鹿みたいに考えている間にね」

 

「馬鹿みたいにって……」

 

「まあネットに書かれている内容が事実かどうかはともかく……君の話を聞かせてほしい。なんでそこまで僕にこだわるのか。君が何を知っているのかを」

 

 協力的に見えるけれど俺は知っている。鏡夜はまだ俺を信じ切れていない。猫をかぶった状態は変わらず、信じ切れていないのだろう。

 

 こぶしを握り締め、俺は覚悟を決める。

 

「ここがホラーゲームの世界だって言ったら、神無月君は信じる?」

 

「はい?」

 

「これから先、入学式の後妖精が現れる」

 

「ええと……妖精って?」

 

「夕日丘高等学校にいる妖精のこと。この学校で……ずっと昔からやっているゲームのせい。生徒は全員巻き込まれるんだよ。妖精が別世界へ強制的に連れて行って、俺たちに頼みごとを言って、化け物を殺してほしいっている死のゲームに。……そのゲームで死んだ生徒は現実で不幸の事故や事件が起きるよう処理される」

 

「おい急に何を……いや。ええと、ゲームの話はちょっとよく分からないんだ。というか、ゲームと事故や事件の話がどうつながるっていうんだ? 妖精なんてこの世界に存在するわけがないだろう。紅葉さん、証拠もないまま変なことは言わない方が良いと思うよ」

 

「あああああもう! 違うんだよ確かに変なこと言ってるって分かってはいるけど! でも本当なんだ! 頭おかしいって思われても仕方ないと思う! でも本当なんだ、このまま入学式に出たら確実に妖精が出てしまう! それで死ぬかもしれないんだよ!!」

 

 信じてくれと鏡夜を見る。必死に、すがるように。

 しかし鏡夜は目を細めた。何も言わず俺をじっと観察しているような冷めた目だった。

 

 このまま信じてくれなかったらきっと、入学式に妖精が現れるだろう。

 その後になってようやく信じてくれるかもしれない。でもそうなったらもう遅い。俺はきっと頭を覗かれる。見られる。全てを知られて――――頭を弄られる。

 

 それだけは嫌だ。

 まだ死にたくない。生きていたい。化け物に喰われるのも不可解な事故に巻き込まれるのも嫌だ。

 

「お願いします……神無月鏡夜……君の知恵を貸してください!」

 

 必死になって鏡夜に深く頭を下げる。

 彼が離れていくようなら土下座でも何でもしてやる。それぐらい本気だって伝わらないと彼は絶対に行動してくれないって分かっているから。

 

 

「……使える時間は20分程度」

 

「えっ」

 

「紅葉さん、学校ではよく起きているって言ってたね。それが本当かどうか確かめたい。ついて来てくれるか?」

 

 鏡夜がそう言って、俺の顔をじっと見つめてくる。

 

「正直言って、紅葉さんの言動が信じられない。夢でも見てたんじゃないかってね。でも……反応だけを見ると本当のことを言っているようにしか見えないんだ」

 

 だからそれを確かめたいと、鏡夜は言う。

 

「生徒会に行って話を聞こう」

 

 妖精の被害者となっているだろう先輩たちから話を聞くと、彼はそう言った。

 

 

 

 

 

 



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第三話 彼らはそれが真実だと言う

 

 

 生徒会の役割は学校をより良くすること。それ以外は何もない。妖精について調べられてはいるがあまり深くは分からない。それが前世の記憶を持つ俺の認識だった。

 なんせ夕青のゲームでは一年生として生き延びてクリアするまでを1とし、続編が二年生。そしてその次の夕青3が三年生のお話となっている。

 

 通称『夕青2』では鏡夜の行動次第によって鏡夜は生徒会の一員になることも可能となる。そこでは過去学校で起きた生徒の死亡数や日記ファイルが閲覧できるようになる他、妖精の伝承なども軽くではあるがアーカイブとして記録することが出来た。

 伝承については────大昔、この土地で人間に悪さをした妖精が神様によって仕置きをされてしまい、仕事を命じられるようになった、という程度の御伽噺しか書かれていない。

 

 閲覧できること以外、生徒会に入ってもメリットはない。しいていえば別シリーズとして有名になった夕赤や夕黄などの主人公と少し会話が出来るといった点ぐらいだろう。

 

 ゲームの中での先輩たちとはほとんど関わることはない筈だった。

 同年代、同クラス。それと妖精との戦いにおいて関わる人。レギュラーキャラクターの家族程度。

 

 一年生の時の先輩なんてモブみたいなもの。これから会いに行く生徒会長も見た目が黒髪に眼鏡を付けた平凡そうな顔つきをした男性。生徒会の他の人も特徴はあまりない。

 だからあまり目立たないと――――思っていたんだけれど。

 

 

 

「新入生のくせに何故妖精について知っている。まさか奴の関係者か?」

 

 俺たちを椅子に座らせ、こちらを怪しむ先輩達。

 真向かいにいるのが生徒会長なのだろう。

 絶対に逃がさないというつもりなのか、扉に2人配置されている。

 

 側にいる先輩がなんか武器片手にこちらをじーっと見つめているんですがなんか殺意漲ってませんか!? ってか釘バッドとか愛用してるの意味わからねえし、何で生徒会にそれ隠してるんですかね!?

 まあ化け物退治には必須ですよね分かりますけど!!?

 

 殺伐とした空気に当てられてなのか、猫をかぶっていた筈の鏡夜の雰囲気が鋭くなる。

 眉をしかめて彼らを睨みつけた。

 

「ははっ、どういうつもりですか先輩方。いるかどうかすら分からない妖精の話を聞くだけでこんな歓迎をされるつもりはありませんが?」

 

「いるかどうかすら分からない、だと? ……妖精にまだ会っていないのか?」

 

「そもそも妖精っているのでしょうか。僕はこの学校に妖精がいるという……まあちょっとした話を聞いて、それを確かめにここに来ただけですよ」

 

 普通ならそろそろ入学式だし、忙しいから後で話をしようと言って追い返されるのが普通だと思う。しかし彼らは違った。

 訝しげな眼で鏡夜を見る。その雰囲気はとても緊迫としているように感じた。

 

「そこの……ああ、新入生代表として挨拶に出る……神無月、だったな。お前、誰に話を聞いた」

 

「あ、えっと……わ、私、ですが……」

 

 ひぃ。全員がこっち向いてるの怖い……。

 釘バッドは仕舞ってくれたけど、何かあったら即座に武器を出されそうで本当に怖い。

 

 俺はただ慌ただしく視線を動かし、冷や汗をかくことしかできない。

 

「君も新入生のはず……だな。何故妖精について知っていた? 在学生に兄弟でもいるのか?」

 

「いえそうじゃなくて……ええと、あの。ちょっと信じられないかもしれないんですが、私の中に……ええと、妖精について記憶があると言いますか。なんかホラーゲームみたいな知識が突然頭の中で出てきたと言いますか……」

 

 流石に前世の記憶があるとは言いにくい。この世界が俺の前世で作られたホラーゲームの世界であり、主人公が俺の隣にいる鏡夜だとか信じられないだろうし。俺だってこの世界が作りものだったとか信じたくない。

 

 でも必要だったらそれは言わなきゃならない。俺が目指すのは生き延びるということ。そのために頭がおかしいとか思われても仕方がないと言えよう。ただ今話してもちょっと無理があるなと思ったから言わなかっただけだ。

 

 しかし、それでも生徒会の彼らは俺の発言に驚いたような顔をした。

 

「きみの名前は?」

 

「も、紅葉秋音ですが……」

 

「紅葉さん、いくつか質問に答えてくれないか。あと質問する部分を記録しても構わないよな?」

 

「は、はぁ」

 

 遠回しに威圧し、拒否権はばいとばかりに言ってくる生徒会長にドン引きしつつ頷いた。

 俺が頷いたこともあってか、生徒会の人々が動く。ノートを取り出した女性の先輩がいて、カメラを取り出した人もいる。鏡夜は彼らの言動を見て、何かを深く考えていた。

 

「妖精の名前はなんだ?」

 

「ユウヒ、ですよね」

 

「妖精がどのような悪さをするか知っているか?」

 

「境界線の世界に生徒を連れて行くこと。それで、化け物を退治してくれと頼まれることでしょうか」

 

「その世界で特徴的なのは?」

 

「クリスタルですね。白い結晶の」

 

「……全部終わって元の世界に帰ってきたら時間はどうなってる?」

 

「時間は止まっているので、何も変化はありません」

 

「……紅葉さん、君は本当に一度も妖精に会ったことがないんだね?」

 

「実際にはまだ会ってませんけど……」

 

 答えるたびに深刻そうな顔をしていく生徒会の人々に少し戸惑う。

 記録を取っている人も小さなため息を吐いていた。疲れたような顔で俺を見た彼らは、なんだか怖がっているような感じがした。

 

 一度も妖精に会ったことがない筈の俺にではない……きっと彼らの恐怖心は妖精に向けられているのだろう。

 

 確かに裏ボスを怖がるのは分かる。俺もあの妖精怖いって思うし。……でも何か引っかかる。もしかして俺の知らない何かが起きているのだろうか。

 それを聞きたくともなんだか聞けるような空気じゃないため尻込みする。そんな俺らを見てか、時計を見た鏡夜が口を開く。

 

「入学式まで時間がありませんし、単刀直入に聞きます」

 

 一歩前に出た鏡夜は生徒会長をじっと観察しつつ、言う。

 

「正直言って、紅葉さんや先輩方のいうことが本当かどうかすら分からない。僕はそれを確かめに来ただけ。ですが、あなた方のその反応は……本当に妖精がいるように感じてならない。この学校には一体何かあるのでしょうか? 先ほど質問した妖精の事。化け物の事について教えてもらうことはできますか?」

 

 問いかけてきた鏡夜に対し、生徒会の人々はお互い顔を見合わせつつ困った顔をしている。そりゃあそうだろう。だってこの学校に何かあると言ってもどう説明したらいいのか分からない。

 ゲームの設定通りだとすれば――――境界線の世界だなんて夢か現実か分からない場所だし。夢を見ていたと思われる可能性だってあるし。

 

 それに彼らから見れば、いつか必ず妖精と遭遇し、境界線の世界へ強制転移させられる。だからいつか分かるというだけでいいのだから。

 

 しかし、生徒会長は鏡夜の問いかけに動く。

 本棚の中にある青色の大きなファイルを引き抜きつつも言う。

 

「これを見てくれ。この夕日丘高等学校で起きている真実。……言っておくが、作り物なんかじゃないぞ」

 

 生徒会長が取り出したファイルから複数の写真を引き抜き、机の上に並べていく。

 

 それらは赤黒く汚れていた。写真も少しだけ破れている部分もあるらしい。

 ――――その汚れは、まるで血のようでもあった。

 

 写真は三枚。そのうち一枚は真っ赤で何も分からないが、目玉のようなものがこちらをじっと見つめているのが分かった。

 真っ赤で気味の悪い、大きな目玉だった。その目玉の後ろ側に、人間の形をした、黒くて影のような生き物がたくさんいる。

 

 もう一枚は映りが悪いが、手のひらサイズの小さな小人が透明な羽を付けて空を飛んでいる写真だった。小人は顔立ちとその体つきから見て女の子のようだった。黒髪をまとめて頭のてっぺんでお団子にしている。可愛らしいエプロンドレスを身にまとい、ファンタジーチックな星型の杖を握っている。それとアクセサリーか何かなのか、月模様の首輪をつけているのが写真から分かる。

 その妖精が写真から赤い目でこちらを見つめ、小さな唇を舌で舐めているその姿は……夕青のゲームを知っている俺から見れば思わずゾッとするようなものだと感じた。

 

 そして最後の一枚は少し汚れが目立つが他の二枚の写真よりはっきりと映っている。その中に化け物がいた。

 舌が長く、目がない化け物。人型に近いが四つん這いになって壁に張りついている。鋭い爪があるのか、後方の壁が傷ついているのが分かった。

 ゲームでよく見た、嗅覚が鋭いのが特徴の化け物だろう。それはどうやら写真を撮っている人物を殺そうとしているらしく、舌を伸ばしこちらへ前足を伸ばしていた。作り物とは思えないほど躍動感のある写真だ。

 

 その三枚の写真を見た鏡夜が息を呑んだ。

 

「これは……」

 

「歴代の生徒会が命をかけて残した写真だ。……文字通りな」

 

「写真を撮った時に死んだ、ということですか?」

 

「いいや違う。妖精は……どうにも、この学校に在籍する生徒以外に介入されることが嫌いらしくてな。こういう超常現象の証拠となるものを全て壊そうとするんだ。超常現象っぽくな。過去、人のいない教室で火災が起きたこともあるらしい」

 

 酷ければ事故が起きたという。死人が出る一歩手前だったと、彼らは青ざめた顔で首を横に振った。

 

「だから我々はこの写真を全て生徒会室にしまうことにした。外に出そうとする気さえ起こさなきゃ妖精も手出しはしないからな」

 

「現実世界でも介入なんて……妖精はあの境界線の世界から出ることが出来ないはずじゃ……」

 

「ああ、本当によく知っているんだな紅葉さんは」

 

「いや、あの……」

 

「君の言う通りだよ。妖精は境界線の世界から出ることが出来ない。生徒会に残された記録からもそれが分かっている」

 

 ただ、と。

 生徒会長は口にする。

 

「妖精は自分の定めた領域。その中でなら好き勝手に動くことが出来るらしい」

 

「定めた領域……」

 

 確か、妖精が住まう境界線の世界だろうか。

 それとこの学校も含めて彼女の領域だったはず。そこで好き勝手出来るから、現実世界でも自由に影響を与えることが出来るってことか?

 

(いや待て。俺は何でそれを知らない? ぼんやりとしか思い出せていないのがいけないのか。ゲームの中でまだ重要な何かを忘れているような気がする……)

 

 少しだけ頭が痛くなったような気がした。

 

「警戒すべきは境界線の世界だけに限られない。学校にいる間は常に警戒を怠るな。歴代の残した記録全てがそう記されている。気を付けてくれ。────妖精に隙を見せてはならない。今もここで、この会話を聞いているかもしれないからな」

 

 生徒会長の言葉に、背筋がゾッと凍り付いたような気がした。

 

 

 



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第四話 何故皆が受け入れているのかが分からない

 

 

「妖精がいるかいないかはともかく、学校の中でも警戒は怠らない方が良い、か……」

 

「か、神無月くん?」

 

 ブツブツと何かを呟く鏡夜に俺は首を傾けた。

 俺をチラッと見た鏡夜がまた何かを考えるように顎に手を当てる。生徒会の先輩たちにも注目されているのに、考えることに夢中らしい。

 

 やがて、写真に写る妖精を指差しつつ生徒会長に向かって話す。

 

「妖精が行うゲームについてですが、そのゲームの参加者は生徒だけなのでしょうか。それとも先生も関わっていますか?」

 

「いいや、先生は参加していない。この夕日丘高等学校に通う生徒のみだよ」

 

「なら、考えられるとしたら……未成年だから、か?」

 

「何か気になる点でもあるのか?」

 

「いえ、少し……何故夕日丘高等学校の生徒が狙われるのかなと思っただけですよ」

 

 先輩たちの追求から逃れようとしてか、鏡夜は愛想笑いを浮かべている。

 それに少しだけ苦笑した。

 

(なんで学校の生徒が……って理由はなぁ。まあ前世でだったらホラーゲームの舞台だってだけしか考えられねえし……そういえば何で妖精ってここの学校で住み着いているんだ? 神様に仕事を命じられた場所がここだったからとかか?)

 

 夕青は3作品まで出たというのに、妖精について真相が語られていないため何も分からない。ただ不可解な現象。理不尽な殺意に襲われる部分を好む人が多かった。そして物語の真実は語られず卒業したため終わった……と、思う。新しい作品が出るとか噂があったけれどその前に俺死んじまったし、何が起きたのか所々覚えていないのがちょっとな……。

 

 ただ彼らの話を聞いていて思うのだ。

 ……もう少しだけ、ちゃんとゲームを細部まで覚えていたら良かったと。

 

 そんな俺の心境なんて気づかない鏡夜は彼らに向かって苦笑する。

 

「それにしても怖いですね。妖精なんて存在のせいで人が死んでいるだなんて……僕だったらその妖精の頼み事なんて聞かず逃げるか隠れるかぐらいしますよ」

 

「ハハハ。ああ、逃げられるならどんなにマシか分からないだろうな、新入生のお前たちには」

 

「マシ……ということは、何か逃げられない理由でもあったのですか?」

 

「何かあったなんてものじゃない! あの化け物共からは逃げられないんだよ。境界線の世界でずっと隠れているわけにはいかないし、奴らは俺達のことすら餌と認識している。毎度毎度、ゲームをやるたびに死にかけてるよ。ああ、卒業するまでの間……喰われるかもしれない恐怖を何度味わっていることか……!」

 

 それは、悲痛の叫び声だった。

 彼らは青ざめ、身体を震わせている。

 

 もしかしたら過去、化け物に喰われてしまった経験があるかもしれない。もしくはそれを目撃してしまった被害者だろうか。

 俺の前世の記憶が本当に現実になってしまう。そう思うと心が揺らぐ。主人公に何とかしてもらおうと思っていても、本当にできるかどうかが分からなくて怖い。死にたくはないけれど、彼らの顔を見ていると死が間近に迫っているように錯覚する。

 

 この部屋の中では、鏡夜だけが冷静だった。

 

「卒業するまでの間、ということは、卒業したら逃げられると?」

 

「ああ。歴代の生徒会で生き残った人が教えてくれたんだ」

 

「……ではそれ以外、妖精から逃げることは出来ないのでしょうか?」

 

「い、いいや出来ない……出来ないさ。ゲームから離脱することすらね……あの世界で生き残るためには、妖精が作り上げた結晶を化け物共から守り抜く必要がある。人よりも大きな結晶だが、砕けば己の命と等価になるらしくてな……」

 

「結晶?」

 

「そうだ。しかし、その結晶は俺たちと同じく、化け物共にとって極上の餌でもあるんだ。厄介なことにな。匂いやら何やら……とにかく自分の命を守るための鬼ごっこの連続だよ。おかげで夕日丘高等学校の生徒たちは皆早く走れるようになっちまったよ……はぁ……」

 

「結晶が砕けたら死にますか?」

 

「境界線の世界だったら死ぬ。現実だと死にかける目に遭うって程度かな。……よほどの不幸がない限り死ぬことはあり得ない。どうにも不運になりやすくなるらしくてな。それに生き残ったら妖精が褒美をくれるんだ。それを飲むと気が楽になれるし、現実で死ぬような目に遭うことも少なくなる」

 

「死んだら、現実で死ぬような目に遭う……」

 

 不意に鏡夜が俺の目を見た。

 しかしすぐに生徒会長の方へ顔を戻す。

 

「もしかしてそれって全部、妖精から聞きましたか?」

 

「あ、ああ……毎回、入学式で新入生が来るたびに説明しているらしい。歴代の生徒会にも記録されているよ」

 

「ふむ。……紅葉さん」

 

「ふぇ!? え、何急に……どうしたの神無月くん?」

 

 こちらをじっと見つめる鏡夜が言う。

 

「君のその知識は何処から与えられたの? 一体誰から聞いたんだ?」

 

 うわ、言いにくい質問止めてくれよ……。

 んーでも俺の知識は前世のゲームからだし、そのゲームの中で誰に説明されたかって言うと、チュートリアルも含めて……。

 

「妖精がいろいろとはなしてくれた、かな……」

 

 ご丁寧にゲームパッケージのあらすじやら何やら、全部妖精が説明口調で記載してあったんだよな。ホラーゲームなのになんだか明るくて……でもちょっと毒舌な台詞が異様で、それに目を奪われて勝った人もいるぐらいだしなぁ。

 いろいろと考えていると鏡夜は俺から生徒会長へ向かって苦笑し、頭を下げた。

 

 

「……ああ、何度も質問してしまいすいません。自分の命に関わるものだと急に言われては戸惑いますから」

 

「まあそれが正しいな……」

 

「……先輩方はたくさんの知識を持っている。というのに新入生の人にはまだ何も説明しないのですね。入学式に毎回、何かが起きていると言っているのに」

 

「通過儀礼だよ。それに信じちゃくれないだろう。君のように……それと、あの世界ではどうやら決められたクラスごとに移動されられるらしくてな。後輩を助けるために移動することすら難しい。いろいろ試してはいるが……我々が死ぬような目に遭うのだけは極力避けなくてはならない」

 

「ええ、そうですよね。人間、誰しも自分の身が一番かわいいものです」

 

 にっこりと笑った鏡夜が俺の腕を掴んでくる。

 そうして「そろそろ時間ですし、勝手で申し訳ありませんが教室へ戻りますね」と言って挨拶を済ませた。

 

 廊下へ出ていこうとした鏡夜がふと何かを思いついたかのような態度で振り返る。

 

「そうだ。最後にあともう一つだけ、夕日丘高等学校の生徒が新しく転入、もしくは別の学校へ転校した場合はどうなるのか聞いても?」

 

「転入してきた生徒はそのクラスのゲームに巻き込まれたらしい。転校した生徒は死んだよ。全員ね」

 

「……そうですか」

 

 

 

 

 何だか妙な空気のまま、俺達は生徒会室から離れて自分たちの教室へ向かう。

 本当はまだ喋り足りない。まだ話したいことがある。彼らも俺に聞きたいことがいっぱいあるらしいが、それはまた今度と約束を交わしておいた。その約束が良い方向に結べばいいんだが……。

 

「えーっと……とりあえず、私の言ってることは本当だって信じてくれた?」

 

「……実際に妖精をこの目で見るまでは信じ切れない。でも一応納得は出来る。君が何に怖がっているのかもね」

 

 鏡夜が立ち止まって俺に言う。

 一歩前へ先に歩いてしまった俺は後ろへ振り返り、鏡夜を見つめた。

 

「助けてほしいって言ったね」

 

「うん」

 

「君は最初に、君の知識が妖精に狙われる可能性があるといっていた」

 

「そうだよ! 入学式の最中に妖精が境界線の世界に連れて行く。未来でどうなるか私は全て知っている! だからその……こんな知識さえ持ってなければ……妖精に会ったらおれ……私はきっと頭を弄られる。そうなったら最悪、廃人になるかもしれない……」

 

「頭を……そうか……しかし……」

 

 鏡夜が顎に手を当てて考え込む。

 それは数秒、一分と彼が話すのを待つ時間が長くなると感じる程度には。

 

「────面白そうだ」

 

「……え、なに?」

 

「なんでもないよ」

 

 

 鏡夜は何故かとっても悪い笑みを浮かべて、俺を見て言うのだ。

 

 

「これから何が起きるか紅葉さんは分かるかい?」

 

「ま、まあ一応は……」

 

「ならそれを教えてくれ。────大丈夫だよ。全て僕に任せて」

 

 

 その自信満々な顔。嘲笑しているのかと思えるような歪んだ口が、何を思って俺にそんなことを言うのか。猫かぶってるくせに本性が少し垣間見えてておかしく思えてしまう。

 

 それでも彼の顔を見ていると、少しだけ安心してしまうのだ。

 

 ああ、これでもう大丈夫なんだろうって。

 

 

 

 




鏡夜の得た知識
・夕日丘高等学校で死亡事故、行方不明事件が毎年のように起きているのに何故か誰もそれを知らないこと。
・自分も気づかなかったこと。
・紅葉も含めて、妖精はいると思い込んでいる。しかしネットなど外部には何一つ記載がない。噂すらもないこと。
・入学式の最中、毎年のように妖精が新入生を境界線の世界へ連れて行く。
・逃げることは不可能。
・妖精が頭の中を覗く、ということ。
・化け物退治を生徒にさせること。しかし同じ夕日丘高等学校に所属しているはずの先生にはさせていない。
・妖精が招いた世界にある結晶が自分たちの命だと言っているkと。
・紅葉が何故か入学式前なのに妖精について知っている。
・目玉。
・妖精の外見。
・化け物。
・学校にいる間は妖精に見られているかもしれない。
・写真以外の上記全てが妖精によって説明されたものらしい、ということ。


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第五話 後に紅葉はRTA走者かよと呟いた

 

 

 

 主人公たる鏡夜が気合いを入れて準備をし、入学式へ挑む。

 俺としてはできれば妖精なんていなくて、俺達の頭がおかしかったってだけだったら良かったのにと思うのだ。その方が死ぬリスクは少なくなるし、そもそもこんな平和な日本で理不尽な目に遭って死ぬとかほぼないと言っても過言じゃないのに。

 

 それでも、地獄はやってくる。

 

 

《入学式の途中ですが(いくさ)のお時間でーす!》

 

 

(ひぇ……きちゃった……)

 

 

 生徒会と話をして確実にいるというのは分かっていたが、妖精の声が頭に響いた時点で前世の記憶は正しいのだと実感する。

 

 響いてきた声は、入学式のマイクの音からじゃない。

 まるで頭の中で響いたような幼い女の子だった。

 

 それは、ゲームでよく出てきた悪魔……じゃなくて、妖精のもの。

 夕青の最初のステージ。体育館の悪夢。視界が見えず聴覚が鋭い化け物との遭遇。そしてプレイヤーから見ればこの序盤のステージは難易度が高く、主人公がよく死ぬので有名だった。

 

 しかし、ゲームでは死んでも次のステージへ進むことができる。なんせ境界線の世界である条件を除いて死んでも生き残ることができる。

 ただその分、現実で不可解な霊的現象に悩まされ殺される可能性が高くなるので有名。境界線の世界ならともかく、現実で死ねばゲームオーバーとなるもの。

 

 だから、確実に生き残らないといけないと思っていた。こうして楽しそうな妖精の声が、鼻唄が頭に響くだけで身体が震えてしまう。

 

 ああ、最悪のゲームが始まったのだと分かって戦慄するのだ。

 

「なんだ、今の声……」

 

 それを呟いた声は鏡夜ではなく、少し離れた場所にいる新入生から発せられたものだった。たぶん別クラスの生徒だろう。

 それと同時にざわめく声も大きくなった。

 その様子を見るに、どうやら俺と同じく妖精の声が聞こえているようだ。

 

 ああ、これはゲームで見たことのある光景だ。

 それに感動なんてしない。むしろ恐怖が近づいてくるという意味で逃げたくなる。

 

 鏡夜の方を見れば、彼は周りを観察していた。先輩がいる方もじっと見つめ、何か考えているようだった。

 

 俺も周囲を見れば、困惑に満ちているのは新入生がほとんどだった。

 この学校の在校生たちはそれを当然の事のように受け入れており、教員や保護者は何故急に騒がしくなったのだろうかと首を傾けて戸惑っている様子が見てとれる。

 

 そうしてマイク越しに、校長が口を開いた。

 

「皆さん静かにお願いします。神無月鏡夜さん、前へどうぞ」

 

「はい」

 

 鏡夜も他の新入生と同じく内心では本当に妖精がいるのだとわかって動揺し、困惑に満ちているんじゃないだろうか。しかしそんな感情を表に見せず、威風堂々と壇上へ歩き出している。

 さすがの度胸。そして冷静沈着なその姿は本当に尊敬できる。

 俺だったら絶対にやらかす。やっぱりこんなに格好いいのって主人公だからだろうか。それとも神無月鏡夜だからだろうか。

 

《さーて、新入生の皆さん! 入学おめでとうございまーす! この学校に入学するからには、たーっくさん私に協力してもらいますからね!》

 

 妖精はとても楽しそうだ。その声を聞くだけで悲鳴が出そうな程度には怖いけど……。

 

《新入生をアップロード。クラス別アップロード。赤組と青組、黄組をアップロード!》

 

 アップロードとは、すなわち名前を刻まれるというもの。

 そうなってしまうと俺たちはもう妖精から逃げられることはない。

 

 学校の生徒でいる限り、きっと……。

 

 ざわめく周囲から真っ直ぐ鏡夜の方を見た。

 彼は真顔で壇上に上がり、ゆっくりと――――こちらを見たのだ。

 

《バトルスタンバイ。魔防結晶スタンバイ!》

 

 視界がぼやけていく。

 妖精が何かしているのだろう。周囲の空気が揺れ動くように感じた。

 遠くにいた先生たちがうっすらと消えていく。――――いや、実際には消えてはいないはず。

 

 でもまるで蜃気楼のように、先生たちの体が一気にかき消えてしまったんだ。

 それはすなわち俺たちが境界線の世界へ連れていかれたという証。

 

 彼らが消えたんじゃない。俺たちが消えたんだ……と、思う。たぶん?

 

(あれ、そういえば何で俺たちが消える側だったっけ?)

 

 何か、重要なことを忘れているような気がする。思い出せない部分がある気がする……のに分からない。なんだろうかこのもやもやは。

 うう、頭痛いような気がする……。

 

(いや、忘れていることならあまり意味はないはず。今必要なのはこれから来る化け物を退治することだけだ)

 

 今ある現実は本物で、俺の頭の中にある前世の記憶の通りに動いている。

 ――――すなわちこれは、本物だ。

 

 消えるかどうかとか些細な問題だろうと思考を切り替える。

 だってここからが本番だ。

 

 夕青のゲームが始まったのだと、体が震えてしまった。

 しかしそう思えたのは俺だけらしい。

 

「さて、みんな! 教室で話した通り、これから来るであろう妖精を引っ捕らえるよ!!」

 

「おう!」

 

 頼もしい声と共に数人が拳を握って気合いを見せる。彼らは皆、戸惑いはあったけれど事前に鏡夜から話をされていたのだ。

 俺がこれから起きるであろう未来の知識。

 生徒会で得た知識。

 

 それらを合わせて考えて────妖精から直接話をしておいた方が早いなと判断し、クラスメイトにも伝えていたのだ。

 

 別世界のこと。妖精のこと。いつの間に撮っていたのか、生徒会での会話を録音したものを取り出して聞かせつつ、本当にあると思わせることに成功させたのだ。

 あいつ絶対に悪いことするなら詐欺とか得意になりそうな程度には凄まじかったといっておく。

 

 

(妖精なんて存在いないって思うのが普通。俺は鏡夜に向かって必死に頼み込んでも半信半疑で生徒会がいなかったら無理だった。けど鏡夜はそれを信じさせることができた。正直言って、あいつの口車が怖い……)

 

 ここの序盤ステージではこれから出てくるある意味ラスボスな白兎という少女と友好関係を結べた方が良いことを伝えてたんだけど、鏡夜はそれよりも妖精を気にしていた。妖精の言いなりになっている部分に警戒していたのだ。

 

 

「さて、紅葉さんの言う通りだったら……きっとこのクリスタル……結晶から妖精が出てくる筈だ」

 

「でも捕まえて……それで、どうするの?」

 

「それはもちろん、ちょっとしたお話がしたいだけだよ」

 

 にっこりと笑った鏡夜に思わず一歩身を引いてドン引きする。

 もしも妖精より先に化け物が出てきたらと考えて入り口は椅子とかで開かないようにしておいたけど、本当に大丈夫だろうか……?

 

《なんだか楽しそうなことやっていますね~! でも毎年感じられてるはずの悲鳴や恐怖がないのは少し残念です。皆さんもう少し愉快な顔をしていたらいいのに》

 

 にっこりと怖いことを言う妖精が俺の目の前に現れる。

 その姿は写真と全く同じだった。手のひらサイズの小さな少女が羽を動かし空を飛んで楽しそうに笑っている。

 

 いつの間にか出現した妖精に周りが驚きの声をあげる。それと同時に鏡夜が片手を伸ばし妖精を捕まえた。

 

 

《ちょっと何するんですか急に! 女性を乱暴に扱うの駄目ですよ!》

 

「質問に答えてくれたら解放するよ」

 

《はぁ? 人間の分際で私を捕らえていい気になるだなんてふざけているんですか?》

 

 

 ゾッとするような声で彼女は鏡夜を嘲笑う。

 しかし鏡夜も負けてはいない。彼もまた妖精をギュッと握りしめたまま微笑んで言うのだ。

 

 

「人間の分際で、というがな。君が僕たち人間に助けを求めて境界線の世界へ無理やり連れてきては化け物退治を刺せようとしているだろう。それか餌代わりに喰らわせて……君は一体、過去何人の生徒を犠牲にしてこの世界を維持し続けているんだ? この地獄は、何時になったら終わるのかな?」

 

 それは、俺も知らない結末。

 境界線の世界で化け物と対峙しなくていい日が来るだなんて俺は思ってもいなかった。

 

 そういえばそうだ。妖精が始めたゲームなのだから、いつか終わりが来るはずだ。

 でもそれは一体、いつになったら終わるっていうんだ?

 

 

《………………ふふっ》

 

 

 妖精は何も言わずに笑う。嗤う。

 そうして、何かをしようとしたのだろう。あの星のステッキを手に────。

 

 

「神無月鏡夜! そのままそいつ握りしめていて!!」

 

 

 不意に聞こえてきた声は、まだ知り合ってもいない少女のもの。

 夕青レギュラーキャラクターの一人にして重要人物、海里夏(かいりなつ)。藍色の髪の毛をショートカットにしているボーイッシュな姿が特徴の少女。

 

 その彼女が鏡夜が手にしている妖精へ向けてカッターナイフを振り下ろす。

 夏の顔は憎しみの色に溢れていた。妖精を殺すことに戸惑いはない雰囲気だった。鏡夜の手が傷ついても構わないと思うぐらいの勢いがあった。

 

 妖精は殺されそうになっているのに何も言わない。ただ嗤っていた顔が一瞬で真顔になって、無言のままそれを見上げているだけだ。

 

「死ね!」

 

 刹那、妖精の頭からナイフが突き刺さったかと思いきやいつの間にか視界が歪み、世界が元に戻っていくのが見えた。

 周りは困惑している。いや他のクラスは化け物に喰われるなど何かあったのか悲鳴を上げたり気絶したりと阿鼻叫喚な感じだが────それよりも。

 

(……えっ、序盤のホラゲーステージって化け物出ないでアレで終わりなのか?)

 

 なんかいろいろ違い過ぎる展開に俺はただ困惑した。

 

 

 

 



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第六話 夏は上機嫌に嗤う

 

 

 

 入学式の後、化け物に襲われた恐怖からか友達など作らず早く帰らなくてはと逃げる生徒やら未だに恐怖で足が動かない生徒やらが目立った。

 しかし青組は違う。鏡夜によって何が起きているのかを理解させ、彼さえいてくれたら何とかなるという感じで団結させた。

 

 そのおかげでクラスメイトは比較的落ち着いた表情で帰ることが出来ている。

 

 そんな青組はとても静まり返っていた。廊下の先から聞こえるざわめき声が嘘のように、まるでここだけが別世界かと思えるようなピリピリとした緊張感に包まれる。

 

 俺と鏡夜と彼女の三人だけが残った教室で、向かい合った。

 鏡夜は彼女に向けて口を開く。

 

 

「海里さん、妖精について何か知っているなら答えてくれても構わないかな」

 

「……まあ、ちょっとだけならいいよ。今は気分が良いから」

 

 

 黙ったまま机に足を上げて行儀悪く俺たちを睨む少女、海里夏(かいりなつ)

 藍色の髪をボーイッシュに短くまとめた、青組のクラスメイトにして中性的な見た目が特徴の少女。

 スカートよりは短パンが似合いそうな彼女は――――実はゲームの中で重要人物でもあった。

 

 彼女は強い。しかし謎が多く残された少女でもある。

 なんせゲームのルート分岐によっては彼女は鏡夜を殺しに行く存在でもあるからだ。

 

 海里夏ルートを何度もリトライし続けても、台詞選択を何度変えてもゲームの中の神無月鏡夜を殺してくる。そのため、海里夏ルートは最難関で協力プレイは本当にごくわずかなのだ。

 

 なんせ夕青で鏡夜を殺しにはかからないが見殺しにはするキャラクターである。強いのに。戦ったら化け物にも勝つ実力を持っているくせに。

 ある意味彼女のせいで防衛戦線を強いられてしまうのだ。

 

 この子が何故サブヒロインなんだろうかと、ゲーム内の悪女で知られる紅葉秋音と同じく疑問に思ったプレイヤーが多数存在するほどの危険人物。

 プレイヤーの中で鏡夜の魂を狙う死神説が唱えられたことがあったが、彼女自身がとあるイベントの台詞で「神様じゃない」と言っていたため、別の何かだということだけは明らかになっている。

 

 たったそれだけの情報。

 ただ人外で化け物とは違って理性があって――――神でもなく人を襲うわけでもない。

 

 でも何故か、鏡夜が死ぬことを望んでいる。

 

 それを悟らせず、夏ルートのイベントでも好意的に接してくれはするが鏡夜を救済することはせず。

 ただ夏ルートでもそれ以外でも――――鏡夜が夏の目の前で死んだ瞬間とても嬉しそうな顔でフェードアウトし、真っ暗な画面の中聞こえてきたとても楽しげな「アハッ、ようやく死んだね!」というセリフを吐くのだ。

 

 それに恐怖し泣いたプレイヤーがいた。

 夕青が完結したというのにまだまだ謎の――――未発見な選択肢やルートの中に隠された情報が載っているのではと四苦八苦する夕青プレイヤーを生み出した元凶の一人だ。

 

 そんな彼女が初めて戦おうとするのは、鏡夜が死なずに裏ボスルートの妖精戦へ移行した時。

 妖精が悪ふざけで《人間がどこまで無様に足掻くのか私の手で確認させていただきますねー!》というセリフを吐いて始まったクリスタル防衛戦。

 

 妖精が悪ふざけでわざと化け物を呼び出すその時だけ彼女は力を貸してくれた。

 

 気まぐれだと言って、夕青で逃げるか命を使ってクリスタルを守るかの犠牲が前提の戦いの中で、彼女だけが化け物を殲滅することが出来た。

 桜坂のように運動神経が優秀というわけじゃない。

 

 明らかに化け物寄りで、自らを「人間じゃない」といったから。

 

 

「海里夏さん。貴方は妖精を殺したのか?」

 

「殺したわけじゃない。あいつは本体じゃないからね……でも、少しは力を削れたんじゃない?」

 

 

 ハッ、ざまあみろ。

 そんな顔で嘲笑する海里夏は何を知っているのか。

 まさか俺と同じ前世の記憶があるんじゃ……。

 

 

「そこにいる紅葉秋音。アンタは何でここにいるの?」

 

「うぇ!? え、おれ……じゃなくて、私?」

 

「口調偽んなくていいよ。神無月鏡夜に何を言ったのかってことを聞きたい」

 

「何を言ったのかって……」

 

「嘘はつくなよ」

 

 

 ポケットからカッターナイフを取り出した夏は笑う。

 その狂気はゲームの中で見たものと同じ。

 

 嘘を言ったら殺される。

 ゲームで見たことのある、様々な状況下で殺されまくった神無月鏡夜のことを。

 

 鏡夜は俺を見て頷く。

 

 

「……俺は、神無月鏡夜を見て思い出したんだよ。この学校で何があったのか。この世界がどういう世界なのかをな。だからそれを説明して……生徒会に行ってちゃんと証拠を見せてもらったんだ。そのあとのクラスでの話は海里夏、お前も見た通りだと思うぜ」

 

「ふうん。なるほど……今日、思い出したってことか……」

 

「…………夏さん、お前も俺と同じか?」

 

 

 俺が質問すると、彼女は首を横に振った。

 その目に嘘は見えない。

 

「私はただの海里夏。それ以上でもそれ以外でもない。私を偽るモノもない。それだけだよ」

 

「ええと……じゃあどうして妖精を殺そうとしたわけ? お前は何を知っているんだ?」

 

「死は全てを救う。でもあの妖精……いや、あのクソ害虫がやらかしているのは救いそのものじゃない」

 

 

「待て」

 

 

 鏡夜が夏の言葉を遮る。

 その目は細められ、恐ろしい雰囲気を漂わせていた。

 

 いつもの猫かぶりを止めて本性そのままな状態だった。

 

「海里、死はすべてを救うが、妖精は救いじゃないと言ったな?」

 

「そうだよ」

 

「学校では何度も死亡事故、または事件が起きている。この学校で毎年、死者が出ている。その死は普通のものではないということか? やはり妖精は────」

 

「それ以上はここで話さない方が良いよ。私が言いたいこと、聞きたいことは終わったからもういいでしょ……」

 

 

 海里夏が立ち上がり、鞄を持って扉へ歩こうとする。

 それを鏡夜が止めた。

 

 

「まだ話は終わってないぞ。お前には聞きたいことが山ほどある」

 

「私にはないよ。それに私が話してもどうせ意味はない」

 

 

 夏はそう言って、鏡夜の手を振りほどいた。

 

 

「妖精は死んでない。あいつは必ずアンタを狙うよ、神無月鏡夜」

 

 

 それだけは覚えておきなよ、と。

 海里夏は笑って去っていったのだった。

 

 

 

「……それで、どうするの?」

 

「……素でいい。素のままで話せ」

 

「じゃあ鏡夜って呼ぶよ。お前も猫かぶりやめたんだだいっだ! 頭叩かないで痛い!」

 

「ハハハハ。不愉快だなこの野郎。入学式早々本当に面倒なことになったなまったく!」

 

「八つ当たりやめい!」

 

 

 眉間に皺をよせている鏡夜の雰囲気はあの爽やか王子とは全く真逆で元ヤンっぽい感じがする。いやキャラクター設定見た限りそういう不良要素は何もなかったけれども……。

 

 

「紅葉、ちょっと来い」

 

「はい?」

 

「お前の知識が無駄になる前に……これからについて話がしたい。海里夏についてもな」

 

 

 

 鏡夜は俺の腕を掴んで笑った。

 それに引き攣った笑みを浮かべつつも、俺は頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 



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第七話 白兎の行方

 

 

 

 

 鏡夜は夕青の知識について俺が覚えている範囲で細かく聞いてきた。

 学校の中ではない。でも誰も来ることのないだろう場所。鏡夜や俺の家ではなく、誰にも邪魔されることがないという理由でカラオケ店へ。

 しかし歌うことはせず、部屋越しに聞こえてくる下手な歌やら熱唱やらをBGMにしつつ、話し合うばかりだった。

 

 その空気は異様としか言えなかった。

 まるで尋問されているようだった。嘘をついたら絶対に許しはしない。そういう容赦のなさが窺い知れる程度には鏡夜は本気なのだろう。

 

 

「……でもさ、妖精があの時殺された。いや夏が殺したようなもの? なんだし、未来は確実に変わってるはずだよね。だからその……俺の知識ってあんま意味なくなるんじゃねーかって思ってるんだけど……」

 

「そうだな」

 

「あの、鏡夜? なんか疲れた顔してるけど大丈夫か?」

 

 

 俺を見た鏡夜が深い溜息を吐いてきた。

 最初に見た頃の鏡夜の爽やかな感じは何もない。あの猫かぶりも何もない、ただの苛立ったような雰囲気漂わせている少年。

 

 そんな彼が俺を睨み、言うのだ。

 

「朝から急によくわからない超常現象に巻き込まれてみろ。まだ見知ったばかりのクラスメイトに狙われると言われた気持ちが分かるか?」

 

「あー……」

 

「この世界がホラーゲームだのなんだの。お前の知識についてもいろいろ分からない部分がある以上。安全と呼べる場所が限られているんだぞ」

 

「そう、ですね?」

 

 

 学校以外も安全かどうかわからない。鏡夜はたぶんそう思っているのだろう。

 自室以外が安全じゃないとか思って引きこもる……わけはないよな。うん。この主人公なら何とか生き抜こうとするし。

 

 

「これから先また巻き込まれるのかと思うと腹が立ってしょうがない。あの妖精についても分かっていないことがあるんだぞ」

 

「あ、やっぱりそっち?」

 

 

 やっぱり神無月鏡夜か。

 ひねくれた性格だから何かしら理不尽な事態に巻き込まれても絶対にひざを折らないと思った。そういうメンタル面は強いとこあるし。

 

 

「ただ……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 

 俺を見た鏡夜が首を横に振る。

 何を考えているのか彼は答えようとしない。まだ心が開かれていないような距離感に少しばかり寂しい思いはするけれど、まあ鏡夜だから仕方ないかと諦める。

 

 そう思って────ふと、思い出した。

 

 

「……そういえば、白兎は?」

 

「ん……ああ。確かお前の話だと……将来、ラスボスに成り得る女のことか?」

 

「そうだよ。あの境界線の世界で会うはずだったのに、夏のせいで何もかもなくなっちゃったから……」

 

 

 あの時のゲームで出会うはずの少女。

 髪の毛が純白で、兎のようだと感じるぐらい可愛らしい女の子。確か紅葉秋音よりも背が低く、庇護欲をそそられる見た目と雰囲気でプレイヤー達を騙し、選択肢によっては彼女がラスボスとなり鏡夜を殺しにかかるキャラクターでもあった。

 

 彼女は夕日丘高等学校の生徒ではない。

 あるふるびた神社の神様として知られているのだが……。

 

 

「会わない方がいい」

 

「えっ? でもあのままにしてたら……」

 

「いや、止めておこう。藪をつついて蛇を出す行為は避けるに限る」

 

「でもそれって大丈夫なのか。本当に」

 

 

 白兎は鏡夜を好いている。しかし彼女が出会うことのできる場所は境界線の世界のみ。

 いやでも、ゲームの選択によっては現実世界で白兎に会えることはできるけれど、それって限られてるしなぁ。

 

 それに比べて一番遭遇しやすい境界線の世界は化け物が多く、死にやすい危険な場所。

 白兎はそこで鏡夜に会おうとするがいつも死にかける。

 

 ……いや、実際に死ぬのだ。

 あのゲームの序盤でもそうだったはず。

 

 死んでまた生き返って鏡夜に会って、また死にかけて……プレイヤー次第で死ぬ。

 そういう嫌なループを刻んだ彼女は死ぬ回数に応じてラスボスルートへ最も近くなっていくのだ。

 

 だから彼女が死ねば死ぬほどラスボスとして強くなる。

 鏡夜が助けなければならない存在のはず。

 

 なのに彼は会うつもりはないと言ってくる。

 そのせいで何処か知らないところで白兎が死んだらどうするのかと思うのだけれど、彼は何も言わない。

 

 

「とりあえず次に妖精に呼び出された時……図書館での化け物戦だったな。その間に対策を考えておく。……お前はその間、夏に情報を貰えるかどうか試してほしい。何か分かったら話してくれ」

 

「お、おう」

 

 

 主人公が考えていることが分からない。

 それが少しだけ不安だけれど────それで今こうして危険も何もなく生き残れているから大丈夫なんじゃないかって思えるんだよなぁ。

 

 

 とりあえず白兎についてはまた境界線の世界に行くことになってから考えよう。何処に表れるのかは分かっているし。

 一週間の間に夏に話が出来るとは思えないんだけれど……まあ、頑張ってみようかな。

 

 

 

 








「夏から話とか聞いてみるけど……期待はしないでくれよ?」

「分かってる。こちらも準備しておくから……まあ、後は頼んだぞ」


 そう言ったあとの紅葉秋音は納得した顔で鏡夜と別れていった。
 鏡夜はただ紅葉秋音の後姿を見て考えていた。見送っているふりはしていたが、彼女の言動、その言葉の無意識にある何かに気づいていたのだ。


(今までの過去からして生徒の犠牲数は数えきれないほど多いはずだ。しかし外部には漏れていない。いや、話すことが出来ないのかそれとも何か意図があるのか……)


 鏡夜は考える。学校で何が起きているのか。
 あの妖精が何なのか。海里夏は何故妖精を殺そうとしたのか。自分が狙われている意味。

 そしてあの紅葉秋音の────。


(頭の中を覗けると言ったが、俺の考えや海里の行動を読めていたら殺しにかかることを避けるために姿を現そうとはしないはず。それとも頭の中を覗き込み、読むための条件があるのか……)


 鏡夜は不可解な部分が多すぎて頭が痛くなっていた。
 正直言ってこんな超常現象に巻き込まれるために学校に入学したわけじゃない。死ぬために学校へ通いたいわけでもない。

 それは、ほぼ全員の生徒がそう思っているだろう。
 なのに何故まだ学校に通おうとするのか。何故、毎年のように起きているあのテロのような妖精の襲撃にあってもなお入学式が行われるのか。

 先生たちは当たり前のような顔をしていた。
 先輩たちは諦めきった顔をしていた。

 それが当然の事だと、受け入れていた。

 あの紅葉秋音でさえそうだ。
 鏡夜は自分と出会った直後に感じ取れた紅葉の表情の変化。そして記憶を思い出した直後だというあの慌てっぷりが嘘のような現状の受け入れに違和感を感じていたのだ。

 もしも妖精が、学校に入学する生徒に何かをすることが出来たなら。
 自分を狙う理由に何か意味があるとしたなら────。

 きっと、妖精自身が好むような状況を望むはず。
 記憶を持った少女なんて好都合な存在を望むはずはない。だというのにそれを知らなかった。いや……まだ知らなかったのか? それとも知っていて、故意にそのままにしたのか?


(違う。紅葉秋音が覚えている内容に何かしらの意図があったら……)


 紅葉は何故、白兎に会わせようとするのか。
 その意味も何かあるのかもしれないと……。



「……尾行するにしても拙いぞ。そろそろ出てきたらどうだ」


 深い溜息を吐いた鏡夜が考えることを止めて後ろを振り向いた。

 周囲には誰もいない。もう太陽が沈み切っており、街灯によって照らされた道は薄暗かった。人がいないせいでとても静かだ。
 しかしこれは鏡夜が望んだ結果の一つ。なるべく人通りが少ない道を選んだ結果のせいでもある。

 カラオケ店へ向かう直後から誰かにつけられているなと感じていた。
 紅葉は何も分からなかったみたいだが、鏡夜にはわかっていた。

 そうして曲がり角へ声をかければ、出てきたのは背の高い男だった。
 黄色────いや、なんだか星空が似合いそうな男だと一見して思えた。


「あっ、バレてたっすか?」


 軽薄そうな口調からして、喋ったらいい印象が台無しだなと鏡夜は笑ったのだった。




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第八話 趣味はアリの観察

 

 

 

 夏に話しかけようとして無視されてを繰り返し、どうにか声をかけるタイミングを伺っていたらいつの間にか三日ほど経過していた。

 まるでストーカーみたいなことしてるなと思いつつも首を横に振って気のせいだと思い込み、今日もまた夏を追いかけている最中。

 

 あれから鏡夜は何かしら調べ物をしているのかあまり話すことはない。俺もこんな状況で話せるわけないし……。

 

「んーでもなぁ……」

 

 通り道の隅に隠れつつ夏を伺う。

 どうやら今日も夏は自宅へすぐに帰っていった。

 この三日で見慣れた建物を見て、どうしようかと考える。

 

 マジでストーカーかよと思いたくなるこの行動を続けていくうちに夏の行動範囲がちょっとだけ分かったような気がする。

 彼女はあまり友達を作ろうとしない。一人で行動し、学校からすぐ家へ帰宅する。

 

 何かをしている様子もなし。

 怪しい行動すらしていない。鏡夜を狙うような行動すら────妖精が動く魔では何もしないつもりなのだろうか。

 

「ねえ、そこに居られるとちょっと困るんだけど……」

 

「うわっ!?」

 

 玄関から出てきた夏が呆れたような顔をして俺を見ていた。

 何時の間にそこにいたんだよおい。

 

「え、まさか気づいてたのか!?」

 

「いや気づくでしょ、バレバレだよアンタの尾行もどき」

 

 またも嘲笑。確かにこの三日間はちょっと不審者みたいな行動しまくってたからなぁと、反省しておく。

 少し恥ずかしく思いつつも、夏を見た。

 

「ちょっとだけ話できるか?」

 

「断る」

 

「いや扉閉めるなよ! せっかくなんだし少しだけでもさぁ!」

 

「セールスみたいなこと言わないでくれる? 私はお安くないんだよ」

 

「売買しに来たわけじゃねえよ! ちょっとだけ。ちょっとだけだから!」

 

「……はぁ。アンタのそういう強情なところ大っ嫌いだよ。ちょっと待って」

 

「……とか言いながら扉閉めないよな?」

 

「そんな性格悪いことするの神無月鏡夜ぐらいでしょ。私はそこまで捻くれてるわけじゃないから」

 

 いやでも妖精について細かいことを何も言わない時点で多少は捻くれているような気がしなくもない。そう思っていると見抜かれたのか、夏が俺の事を一度強く睨みつけて玄関の扉を強く閉めた。

 ちょっと待っててと言っていたので五分ぐらいは待とうかと思う。一応。

 

 

 五分どころか三分ほど待っていたら夏が扉を開けて出てきた。

 その姿は先ほどの学校の制服姿ではない。

 

 よくわからないロゴがついているキャップをかぶり、少し大きめの白パーカーと青デニムパンツを着ている。靴はパーカーと同じく真っ白でピカピカのスニーカーだった。

 あの真っ黒なセーラー服とは逆のボーイッシュな格好だ。短髪の夏にはよく似合うと思う。

 

「カラオケでも行こうか。アンタの奢りで」

 

「えっ」

 

「文句言うなら帰るよ」

 

「アッハイ」

 

 ま、まあカラオケならなんとか……うん……。

 

 

・・・

 

 

 鏡夜と同じく夏もカラオケ屋に行こうと決めたのはきっと、誰にも話を聞かれたくなかったからだろう。歌うことはせず、何故か般若心境の歌を軽く流しつつ、俺を見て口を開く。

 

「それで、何が知りたいってわけ?」

 

「えーっと……とりあえず妖精を殺した経緯。鏡夜が狙われている意味についてを中心に、夏が知っていること全部知りたいんだけど……」

 

「あのね、全部って言われてハイソウデスカって人いないと思うよ。全部ってどこまで喋ればいいのか分かんないし……」

 

「妖精についてどこまでって悩むぐらい知ってるのか?」

 

 俺の言葉に夏が思わず真顔になった。

 きっと図星だったかもしくは口を滑らせたか。何かを知っているのは分かったけれど、どこまで喋ればいいのか……ってことはつまり、何処まで喋っちゃいけないのかという意味で悩んでいるのだろうか。

 

「言っておくけど、今のアンタにいろいろ話しても意味ないって分かってるからね」

 

「今の?」

 

 どういうことだろうか。今のって……もしかして、原作の紅葉秋音について言ってるのか?

 やっぱりこいつ転生者か?

 

「……はぁ。なんかいろいろ誤解されてるみたいだから言うけど、私はアンタが考えているような人間じゃないから」

 

「心読んでるわけない、よな?」

 

「当たり前でしょ。アンタが分かりやすいだけよ」

 

 そうしてそこまで大きくもない胸を張り上げ言うのだ。

 

「まあ、この三日間いろいろ苦労してたみたいだし……ちょっとぐらいなら協力したげるよ」

 

「え、ほんとか?」

 

「その代わり、もう二度と私を追いかける真似はしないで。私が何をしていようともちょっかいをかけないで」

 

「あー……うん、分かった。鏡夜はともかく、俺は何もしない」

 

 鏡夜については分からない。夏の事を気にしていたみたいだし、もしかしたらちょっかいかけるかもしれないと言外にそう忠告する。そうすると夏は仕方がないと溜息を吐いて諦めたようだった。

 

 ────そうして、小指を伸ばして俺に向かって言う。

 

「約束しよう。絶対に破らないように」

 

「おう、約束な」

 

 ゆびきりをして小指を離す。一瞬夏の顔がちょっと怖く見えたけれど、多分気のせいだと思う。

 

「それで、何が聞きたいわけ?」

 

「んー……じゃあまあ、妖精を狙った理由について話してくれるか?」

 

「ノーコメント」

 

「えっ」

 

 唖然とした俺に対し、夏が鼻で笑ってくる。

 もしかして俺を騙したのか……?

 

「ほら次」

 

「じゃ、じゃあ……ええと、鏡夜が狙われてる理由は?」

 

「それもノーコメント」

 

「いや!? じゃあ何なら話せるわけ!?」

 

「趣味かな」

 

「お見合いかよ!?」

 

「ちなみに趣味は(アリ)の観察」

 

「地味だなオイ!?」

 

 俺って今日何でここに来たんだろう……。馬鹿にされるためにわざわざ?

 しかもこのカラオケって俺の奢りだし。何も情報がないまま鏡夜に会うわけにはいかないっていうのに……。

 

「とりあえず(アリ)の情報だけ話してあげるよ」

 

「いや、いらねーよ!」

 

「蟻は女王蟻と働き(アリ)、そして怠け(アリ)がいるの。もちろん他にもいるけれど……」

 

「なんか普通に話し始めたんだけど。え、何このひと……」

 

「働き(アリ)が餌を見つけたらフェロモンを出すんだけど、それを見つけた他の働き(アリ)がまたフェロモンを出してって結構シンプルだけどちゃんとしたルールで動いてるの。女王(アリ)はコロニーを大きくしろとか、餌を見つけろとかそういう命令なんて何も出してないのよね」

 

「ふーん」

 

「それでね、一見サボっているように見える怠け(アリ)も実は重要な役割を持っている。……まあ私が分かっている範囲だと、いわゆる働き(アリ)が疲労で休んでいる間に怠け(アリ)が仕事を始めて作業を滞らせないようにするためっていうものらしいんだけどね」

 

「んー」

 

「鏡夜に伝えて、女王(アリ)はともかく、働き(アリ)が誰で怠け(アリ)が誰なのか分かったら私に話してって」

 

「おう……ん?」

 

「じゃあちゃんと話したから、あとよろしくね」

 

 急に立ち上がりバックを持って扉の外へ出ようとしていたので慌てて腕を掴んで止める。そんな俺に彼女はちょっとだけ鬱陶しそうな顔をしていた。

 

「いやいやちょっと待って!? えっ、ただ蟻の話してたわけじゃねえの!? 俺の質問まともにやらないで馬鹿にしてただけじゃねえの!?」

 

「アンタほんと馬鹿よね」

 

「やっぱり馬鹿にしてるじゃん!」

 

「はいはい。じゃあね紅葉秋音」

 

 腕を振りほどいた夏は、もうこちらを見ることもなくカラオケ屋の個室から去っていった。

 

「……えーっと、つまり(アリ)が誰かって話?」

 

 

 学校になにかいるってことか?

 

 

 

 



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第九話 奇襲00

 

 

 

 一応夏が話した内容について全部鏡夜に伝えておいた。働き蟻や怠け蟻について話すと鏡夜の表情が変わったが、何も言わずにそのまま「少し用事があるからまた後で」と言って放課後どこかへ行ってしまった。

 その表情の変化からして何か思うことがあるのか否か。俺もちゃんと考えないといけない……よな。

 

 なんせ俺が知っている知識はもうとっくに破綻しているようなものだから。

 何故ならば、ゲーム本編で言う第二話がそろそろ始まるような気がしてならないというのに、現状、まだ何も起きてはいない。それはどうしてなのか。

 

 夏が妖精を殺したからか、それともまだ死んでいないけれどダメージは強く残ってしまいしばらくゲームが始められない状況なのか。

 

(そもそもこの世界での敵ってちょっと分からない部分あるしなぁ……)

 

 ホラーゲームでの妖精について考える。

 ユウヒという名の妖精。『境界線の世界』の管理人。

 あの世とこの世があやふやになったせいで、若い人間の強い生命力を囮に化け物をおびき寄せ、その間に境界線の補強をするというやばいシステムを作り上げた張本人。

 

 そのシステムによって人が死ぬことに何の罪悪感もなく、ただの実験体を見ているようなものである。

 

 悪いものに好かれやすい神無月鏡夜に興味を抱きわざとあの世にいる住人を引き寄せることもある。それ以外にもあらゆるトラブルを引き起こす原因。裏ボスだから興味を持たれないよう注意しなくてはならない。

 管理人として義務を果たすことを最優先としているため、その琴線に触れなければいいと考える……というのが、俺の記憶している妖精ユウヒの設定だったはず。

 

「んー……そういえば、夕青のキャラクターって鏡夜と夏、それで俺以外にも誰かいたよな……」

 

 確か男だったはずだ。

 敵にはならず、鏡夜を守って死んでしまうルートしか残されていない唯一味方のあの……。

 

 ええと、名前は確か、桜坂春臣だったか。

 

「春臣……っていうと、もう帰ったのかな……」

 

 教室を見渡すが放課後ということもあってかもうほとんど人が残っていない。

 

 桜坂春臣といえば、神無月鏡夜の対となる人物。

 金髪が似合う英国王子な見た目。しかしその容姿に似合わない粗暴さがあるが、身内には優しい性格。彼は野球部所属で中学校からずっと野球に熱心な人ではあった。しかし金髪について言及され半年ぐらいでちょっとした騒動を起こし退部した問題児な男子生徒。

 

 体格が良く、運動神経も抜群。戦闘特化の一人である。しかしながら幼い頃に命について考えさせられる事故を引き起こしたことがあり、誰かが死ぬ、もしくは誰かを犠牲にすることを嫌うため鏡夜とよく対立する。しかし鏡夜が誰かの命を救う選択肢をした場合協力的になる。

 

 誰かを救おうとして突っ走った先に死亡フラグがあるため要注意……だったはず。

 

 

 夏が言っていた話を俺達のことだと考えるとすれば────もしも妖精が女王蟻だったとして、働き蟻が境界線の世界にいる化け物だとして、怠け蟻が生徒だったら?

 生徒の中に裏切り者がいるとしたら、きっと夕青ゲームの主要人物になるに違いない。夏の言葉がちゃんと真実だったらって話になるけれど……。

 

 その場合、鏡夜は違う。

 夏自身が怠け蟻とは言わないだろう。あいつ自分で趣味は蟻の観察って言ってたし。

 怠け蟻にその場合消去法で春臣ってことになるが……。

 

 あっ、いやでも。生徒じゃなかった場合はもう一人いるな。

 白兎という存在。

 正式な名前は冬野白兎。

 夕青のメインヒロインで、真っ白な猫っ毛の髪と兎のような雰囲気が特徴。

 丁寧な言葉を使ってはいるが、素は普通の女の子らしい口調になる。人に化けているからか、どうにも世間知らずのお嬢様という印象が強い。

 ────その正体は福の神。現在は元神様。

 堕ちると反転するらしく、福の神から厄神へ変貌する。その場合黒髪へ変化するため、堕ちたかどうかは分かりやすい。

 鏡夜に執着しているのは堕ちていても変わらない。何処へ逃げても追ってくる。その場合の弱点は不明。とにかく殺されないようにすべし……っていうのが夕青設定だった。

 

 でも鏡夜はまだ白兎に会ってはいない。

 というか会おうとしないのだ。白兎がいるはずの現実世界でのフユノ神社にすら行くようなそぶりも見えないし……。本当に鏡夜が何を考えているのかが分からない。

 

 そもそも俺は頼まれたことをやっているだけだ。

 夏を調査してほしいと言われてやって、その後は放置。情報をやるだけやって後は頼んだーってやった俺が言うのもなんだけど、何もかも部外者として扱われるのはちょっとな……。こっちにも知識を持ってる責任があるわけだし、このまま何もせずただぼーっとしているのもなんか嫌だし……。

 

 夕青って気が付いたら死んでたっていう恐怖もあるから、俺としては後悔のないよう生きるために……このままでいちゃいけないような気がする。

 

「俺だけでも……フユノ神社に行ってみた方が良い、かな……」

 

 絶対に行くなよとは言われてないしな。

 うん。少しぐらいなら……。

 

 

《ハーイ! 放課後のお時間ですが予定を変更して境界線の世界へご招待しまーす!》

 

 

「えっ」

 

 

 急に聞こえてきた声に俺は目を瞬く。

 

 瞬いた瞬間見えてきたのは今まで居た教室ではない。

 いつの間にか本だらけの大きな部屋────図書館の中に来ていることに気が付く。

 

 もう家に帰って私服に着替えていたらしい青組のクラスメイトも、部活をしていたらしい運動着な人もたくさんいた。

 青組が全員集合して図書館の中で立っていたのだ。

 

 

「これは……まさか……」

 

 

 これって確か、夕青ゲーム第二話のステージじゃないのか?

 でもなんで急に……。

 

 そう思っていたら、妖精の笑い声が聞こえてきた。

 とっても楽しそうな声で笑って、言うのだ。

 

 

《このまま何もすることなく帰られちゃ嫌なのでとっとと始めますねー。じゃあ、ゲームスタート!》

 

 

 

 

 



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第十話 奇襲01

 

 

 急に始まった事態に俺は困惑する。

 妖精は姿を見せず、何もかも突然ゲームを開始させてきた。

 

 人を嘲笑うこともしない。阿鼻叫喚エンドのように何かしら意味深なことを言うわけでもない。

 

 

(やっぱりゲームがおかしくなっているのか……?)

 

 

 キリキリキリ、という何かが裂ける音が聞こえる。

 紙を引き裂いたような音に似ているが、この世界では始まりを意味する音。

 

 化け物が空間を裂いてやって来た、ゲーム開始の合図だ。

 

 慌てて周りを確認するが、化け物らしき影は見当たらない。

 まだ始まったばかりなのか、それとも化け物は……。

 

(そういえば第二話って白兎が外に居るせいで化け物が狙うのがクリスタル結晶じゃなくて……)

 

 

 あれ、これってやばくないだろうか?

 悲鳴はまだ聞こえないけれど、追いかけっこしている最中だとしたらやばい。

 

 そう思い鏡夜を探す。

 クラスメイトがいる図書館内はただただ騒然としていた。

 

 

「何? また何かやらされるの!?」

 

「えっ待ってスマホ県外だし……ここ何処なの?」

 

「ここって夕日丘図書館だよな。部活してたはずなのに……」

 

 

 彼らは狼狽えていた。

 何が起きてのか分からず、混乱しきっていた。

 

 夏は壁に背を付けて周りを観察しているだけ。

 春臣は……鏡夜に何かを話して離れていく様子が見えた。

 何時の間に仲良くなったんだろうか。いや春臣の様子からしてなんか怒っているみたいだし煽り倒して何かをやらせようとしているのだろうか。

 

 そうして鏡夜は────図書館の奥にあるクリスタル結晶の前でそれを睨みつけている。

 何を考えているのだろうか。なんだか声をかけにくい雰囲気を漂わせていた。

 

 眉を顰め、唇を噛みしめている。

 クリスタル結晶に触り、遠くを睨んでいるのだ。

 

 鏡夜がいる方向を見ても誰もいない。

 もしかして白兎が来たのかと思った。白兎は現実世界だと鏡夜しか見ることが出来ないようなものだから……。

 

 でもここは境界線の世界。つまり白兎がいても俺達が見つけることが可能。

 なら何を見て────。

 

 

「き、鏡夜?」

 

「……ああ、紅葉。突然なんだが少しお使いを頼めるか?」

 

「え、急に何言ってんだ!?」

 

 いやマジでこいつ何言ってんだろう。

 もしかして妖精に頭を弄られたのか? そう思って頭を見ていたら鏡夜が俺を見て目を細め「妖精に何もされてはいないぞ」と言う。

 

 しかしそれだけでは納得しきれず、俺は冷や汗をかいた。

 なんだか怖いのだ。このまま頷いてはいけないような気がしてしまう。何か怖いことが起きる前兆化と思える程度に悪寒が走る。

 

 これは駄目だ。

 たぶん、きっと……。

 

 鏡夜が何を考えているのかが分からない。

 絶対的な味方であるはずの神無月鏡夜が怖いと思ってしまう。

 

「ボーっとするな紅葉。やるのか、やらないのか?」

 

「いやでも急にお使いって……だってあの音聞いただろ!? 化け物がここにやってくるんだよ! それに白兎のことも気になるし……それなのに俺に何をさせようっていうんだよ!?」

 

「別クラスと共同戦線だ」

 

「……はっ?」

 

「お前が海里夏を追っている間に赤組と話を付けておいた。クリスタル結晶は赤組が守り、戦力外のクラスメイトは避難してもらう作戦を立てていたんだよ。……ゲームが始まるのと同時に何処にいるのか伝えるつもりだったんだ」

 

 

 鏡夜がスマホを見ながらそう話す。

 もしかして……難しそうな顔をしているのは、連絡することが出来ない状況だからだろうか。

 

 でも、それでも何で嫌な予感がするのだろうか。

 彼の頼みごとを受け入れてはいけないような気がするのだ。あの時夏が妖精を殺しかけてから何かがおかしいような気が……。

 

 

「赤組が主人公の派生ゲーム……たしか、夕赤と言ったな? お前ならあいつらが何処にいるのか分かるだろう。赤組の奴らが来る間に俺たちはクリスタルを守る。お前は桜坂春臣と一緒に向かってほしい」

 

「それは、でも……」

 

「紅葉、お前は死にたくないだろ? このままここに居ても仕方がない。俺の頼み事を聞けるはずだろう?」

 

 

 

 彼に言い訳をすることなんて出来ない。

 何も言えず狼狽える俺に残されているのは頷くという行為のみ。

 

 ────拒否権は、なかった。

 

 

 

 

 



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第十一話 奇襲02

 

 

 

 俺が知るこの世界はゲーム世界『ユウヒ―青の防衛戦線―』が中心で動いている。

 夕青シリーズは全部で四作品。一年から三年までの夕日丘高等学校の生徒としてのお話とその後をメインにしたホラーゲームだ。

 その後赤組と黄色組をメインにして書かれた、『ユウヒ―赤の攻略戦記―』と『ユウヒ―黄の生存戦略―』がホラーゲームとして新たに発売されるようになった。

 通称夕赤と夕黄は夕青のクリアデータがあればその状況通りに動くようになり、基本的に夕青の日常によってその攻略の仕方が変わるようなゲームだった。

 

 しかし通常のホラゲーとは違って対応策はゲームごとに変化していた。

 特定の化け物が出ると分かっているのは第二話まで。それからは数千にも及ぶであろう化け物共の中から選ばれるとかなんとか。少なくとも俺は何度もリトライしてやっていても同じ化け物と遭遇することはできなかった。

 

 普通であれば第二話の後から行われるゲーム難易度は確実に急上昇する。

 俺の知識が意味のない未知の化け物さえ出てくるかもしれない。そんな状況になるかもしれないと危惧はしていた。

 

 今となっては、もうどうなるのか分からない未知の領域なのだが……。

 

 それに、第一話はプロローグ含めたチュートリアルの練習のようなもの。

 境界線内で出てくる化け物は主に五感のどれかが鋭く、それ以外が劣っているものばかりだ。

 順番で言うと『聴覚』、『嗅覚』、『触覚』、『視覚』――――そして第一話の最後に現れるはずのプレイヤーにとって難題の『味覚』がいる。

 

 夕青だけじゃない、夕赤と夕黄にもそれぞれ別の化け物がいる。

 しかし化け物や境界線の世界へ招かれる場所が違っているだけであってその特徴は同じだ。

 

 だから今回の化け物は嗅覚。匂いが特徴になるはず……。

 聴覚たる化け物と対峙していないからどうなるのかは分からないのだけれど……。

 

 

 鏡夜の態度も気になってはいる。でも拒否権はない。やるべきことをやるために、生き残るために頑張らなくてはならない。

 なんか自ら危険な目に遭うために行動しているような気もしなくもないけれど……まあ大丈夫かな。

 

 図書館の外、化け物がいるかどうか気にしつつ向かった先は駐輪場。そこにいたのは壁に背を向け俺を待っていた桜坂春臣だった。

 俺よりも身長が高く大柄な男である春臣ならなんとかしてくれるかもしれないと期待を持っていた。なんせ彼は夕青の戦闘特化のキャラクター。防衛戦において必要不可欠な存在。まあ戦闘と言うだけあって死亡率は主人公たる鏡夜を抜けば彼が一番大きいけど。

 

 春臣は少し苛立っているようだった。

 鏡夜に頼まれごとをされたせいだろうか。それとも俺を待っている時間が長かったからか?

 

 でも俺を見た瞬間春臣は小さく溜息を吐いてこちらへ手招きしてきた。その様子から見て俺の事は怒っていないらしい。

 

「おう、ようやく来たな紅葉」

 

「ええと、待たせてごめん。……よろしくね。桜坂くん」

 

 彼は何故か、俺に向かって同情したような目で見てきた。

 どういう意味なのかと思って首を傾ける。

 

「ハッ、あの神無月の野郎にこき使われてるんだろ。お互い苦労するな」

 

「う、うん?」

 

「あ? お前神無月に指示されてここに来たんだろ? なんか弱みでも握られてんじゃねえのか?」

 

「い、いやそんなことはないけれど……」

 

「はぁ? じゃあ何であのクソ野郎神無月の指示聞いてんだよ。被虐か?」

 

「いやあり得ないから」

 

 というか春臣くん、どういう目に遭ったんだ。

 一応ゲームでは鏡夜と春臣はちょっと相性が悪くて喧嘩しやすい設定だったし、鏡夜自身人嫌いしてる部分もあるからなぁ。素直に命令聞く春臣じゃないから協力してくれるようになるまでプレイヤーからは全く見えない好感度とか稼がなきゃならないルートとかもあるみたいだし。今回の場合は弱み握ったルートか?

 でもそうなると鏡夜が危険な目にあった場合、桜坂春臣が助けてくれる可能性は限りなく低くなると思うんだけれども……。いや何度か命を救えばどうなるかは分からないけれど。

 

 まあここはゲームの世界じゃないし考えなくてもいい……か?

 ……あれ、そういえば俺の『生き残りたい』っていう願いは鏡夜にとって弱みになるのか?

 

「おら、考えてる時間はねえぞ。早く乗れ」

 

「……自転車での二人乗りは違反じゃない?」

 

「あぁ? こんなわけ分からねえ世界でんな律儀なこと言ってんじゃねえよ面倒くせえ! おら、お前は周囲を警戒しとけ、行くぞ!」

 

「アッハイ」

 

 これ以上春臣を待たせていたらキレそうだから素直に乗ることにしよう。

 というか本当にこいつ顔だけ見れば西洋の王子様みたいな人なのに口を開いたら残念だよなぁ。まあ見た目が良くて中身が残念という意味では鏡夜といい勝負だろう。

 

 自転車に乗って、勢いよく漕ぎ始めた春臣に掴まりつつ周りを見渡した。

 移動速度が速いため景色が流れるように進む。図書館から出る途中で────白い少女を見たような気がした。

 

 でも無理やり後ろを見たが、そこには誰もいなかった。

 白い少女たる、白兎の姿は何も映っていなかった。

 

 それに少しだけ焦燥感が募る。

 

(白兎に話しかけても、きっともう無理か……)

 

 夕青は白兎を助けラスボスを闇落ちさせないための物語でもあると、俺はそう思っている。

 けれどプロローグで妖精が殺されゲームが中断した状況で白兎がどうなったのか分からないし、いまもそうだ。

 

「なんか……おい紅葉、こっちであってんのか?」

 

「えっ?」

 

「あぁ? 聞いてねえのかお前。赤組がいる方向はこっちで合ってんのかって聞いてんだよ!」

 

「あ、う。うんそうだよ。市民プールに赤組がいるよ」

 

 

 そう、夕赤での第二話はプールの周りで攻防するゲームとなる。化け物は嗅覚に鋭いため、匂いを追って襲い掛かってくる。

 クリスタル結晶はプールの中に沈んでいるので正直言ってこの時の夕赤は自身の身を第一に考えて動くこと。

 匂いを追うのは生徒たちの方を優先しており、時々プールの中へ潜み隠れつつ奴らの隙を狙って攻撃しなくてはならない。

 

 そうじゃなければいつか化け物達がプールの中にクリスタル結晶があると悟って水の中へ入りに行くのだ。

 化け物が水に入ると一気にスピードが増し、まるで狂暴なサメのように口を大きく開いて全てを呑み込もうとするため、詰みだったはず……。

 

 つまり、陸地では嗅覚を使って獲物を追いかける化け物と攻防しつつ、プールの中へ入れさせないようにするステージだった。

 そのプールと図書館までの距離を考えてか、春臣は自転車を漕ぎつつも嫌そうな顔で舌打ちした。

 

「チッ、町の正反対にいるんじゃねえよ全く」

 

「まあそれは妖精が配置したせいだから……はは……」

 

 派手な舌打ちをもう一度したが、それ以上の愚痴言わないことにしたらしい。彼はただ、まっすぐ前を見て漕ぎ続ける。

 そうして────やがて、何か驚いたような声を出してきた。

 

「化け物か。俺達はまだ会ったことがない、よな?」

 

「うん、まだ会ってはいないよ。きっとこれから会うことになると思うけれど……どうしたの、桜坂くん?」

 

「いや、なんか前にもこういうことがあったような気がしてな……町中を走り回って、それで化け物に追われて、喰われたような……」

 

「えっ」

 

 急にそう言ってきた言葉に驚いて彼を見た。背中しか見えないけれど、彼の声はなんだか戸惑いに満ちているような感じがする。

 でも何かを確信しているような感じがしてならない。

 

「あっ」

 

 ────不意に、真横から物凄い勢いで何かがぶつかってきた。

 まるで車にはねられたかのような衝撃。自転車がなぎ倒され、俺達は転がり落ちていく。

 反動が凄まじく、身体中に激痛が走る。何処か痛めたのか、思うように立ち上がることが出来ない。

 

 明滅する視界に見えたのは奇妙な音を奏でる化け物。

 複数の人間の身体を物理的に切り取り、つぎはぎにしてくっつけたかのような奇妙な生き物がいた。

 

 そういえばと、忘れていた。

 夕青は図書館、夕赤はプール。夕黄は商店街だったはずだ。ゲームステージは。

 

 俺たちが向かっていたのはプール。

 その最中、商店街を通り過ぎなくてはならなかったはず。

 

 ここは一体、何処だ?

 何故俺は忘れていたのだろうか。

 

「ぐっ。おい紅葉、大丈夫か!?」

 

「う、ん……いちおう……」

 

「チッ!」

 

 力が抜けて立ち上がることすら出来ない俺を背負い、化け物から遠ざかるために駆けていく。

 化け物はまた奇妙な音を出し、人間の腹に位置する箇所にくっつけられた歪な顔が俺たちを見ているとぼやけた視界から理解できた。

 

「クソが!!」

 

 走っても走っても化け物は追いかけてくる。俺を見捨てて逃げればいいのに。死にたくないけれど、身体に力が入らず逃げることすら出来ない足手まといを抱えている春臣ならできるはずだというのに。

 

「ギィ!」

 

 聞こえてきた奇妙な声がしたのは真後ろから。

 春臣が呻くのを見て、ふと足元を見れば足先にて見えたのは複数の足をくっつけた化け物だった。その足先にくっついている様々なサイズの歪な顔が、春臣のふくらはぎに噛みついていた。

 

 化け物の複数の手が春臣の肩に掴みかかっていているのが見えた。

 春臣が激痛に呻いているのが見える。

 なんとかしようとして、痛みが走る身体を無理やり動かし立ち上がろうとしたが、そうしている間にも化け物の腕の一つに掴まってしまった。

 

 グチャっというような肉が潰れる音が聞こえる。

 骨がバキバキと鳴る音がする。

 

 化け物の力が強い。異質で気持ち悪い見た目をしている奴らが、俺達を食い物として見ている。

 痛い。痛いのになんで……。

 

(な、んで……)

 

 夕黄の生徒たちが商店街にいない理由が分からない。

 助けてもらおうと思ったのに、誰もいない。何もいない。なんで?

 

 

《ふふ、うふふふふ。アハハハハハハ! 私がここに居て驚きました? うふふ。貴方を■■■■て良かった。私はね、■■のおかげで自由になることが出来たんですよ?》

 

《私を自由にしてくれた■■に感謝を!》

 

《私はゲームマスターです。私こそが■■■なんですよ!》

 

《今は殺さないであげるんですから感謝してくださいね? だって私がこうして出られたのは■■のおかげですし?》

 

《これからの短い時間。とっても短い人生を楽しんでくださいね。――――まあ、すぐに私が殺しちゃいますけど》

 

 

 

 ────走馬灯のように広がるこの声は、いったい何?

 

 

 それを考えるより先に、意識が消失していく。

 朧げに感じた意識の中。春臣が食われかけている場所を遠くから眺める人物がいると気づく。

 図書館にいるはずの神無月鏡夜が、俺たちを助けもせず観察するように見ていると分かってしまったのだ。

 

 なんで鏡夜がここにいるの?

 

 

「────リセット」

 

 

 風に流されるように微かに聞こえてきた声は、聞き覚えのある少女のものだった。

 

 

 

 




ここから先は紅葉が知らない裏側の話────。





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第十二話 奇襲(裏)00



鏡夜視点プロローグです。





 

 

 

 この世界がホラーゲームだと、紅葉秋音は言っていた。

 俺はその言葉を信じたいとは思わなかった。

 

 まず気になったのは、妖精が本当に外に出られるかどうかという点だった。

 

 境界線の世界とやらに入り、妖精をこの目で見たことで実際に存在していると認めた。紅葉が言っていた内容についてもある程度は真実だと思うことにしたのだ。

 しかし紅葉が言う全てを信じようとは思わない。彼女の話に矛盾が生じる部分があるからだった。

 

 きっかけは生徒会に行って話を聞いてから。

 興味を抱いたのは写真に写っている三枚の人外。それと頭を覗く、弄られるという力についての話だった。

 

 頭を覗かれるから、知識を持っているせいで妖精に弄られるかもしれない。だから助けてくれと紅葉は言っていた。

 しかし生徒会は境界線の世界ではなく、現実世界でも超常現象が起きているという。何かしら妖精に不利が働けばきっと彼女が牙を向くという。

 

 ならば何故この学校に来た時点で新入生全員の頭を覗かないのか。

 入学式の最中に聞こえてきた『アップデート』という言葉がもしも新入生の頭を覗いているという意味ならば、もう紅葉の知識。その未来について知ってしまったはずだ。

 紅葉や生徒会での情報、妖精と出会ったあの全てを理解すれば、妖精の本性はある程度読み取れる。

 

 ずる賢く、己の有利になるよう事を進めるタイプ。

 人々を蔑み玩具のように扱う、まさに子供のような性格をしているのだろう。

 

 そんな性格をした妖精が紅葉の頭を覗いて、何もしないということはあり得ない。

 そうじゃないなら、学校に通う生徒たち以外の人々が学校について何の騒ぎも起きないという意味が分からなくなる。

 

 本当に学校の生徒を玩具にしているとして、ただゲームを楽しみたいだけ、もしくは本当に境界線の世界をちゃんと保つために人々の命を囮にして化け物達をどうにかしてもらうのであれば────外部の人間たちに話しても何も問題はない筈だった。

 

 妖精が本当に境界線の世界を守る立場だとすれば、危機感を抱いてもらうこと。外部の人々に知ってもらって何かしら協力させることとか考えなかったのだろうか。

 ゲームを楽しみたいだけならば、何故生徒に限定するのか。先生と言う存在はいらないのか。

 

 きっと理由があるはずだ。

 生徒だけを限定にして、誰にも知られないようにする意味が。

 

 ならば、次の疑問は紅葉秋音が何故それを知っているのかについてだった。

 彼女が偶然妖精について知っていたとして、もしもそれで本当に妖精に頭を弄られるとなっていたとしたら。

 きっともう、紅葉秋音は手遅れになっていただろう。

 一応あの入学式の時に様子を見ていたのだ。妖精がどんな行動をするのか。紅葉を見て何か思うことはあるのか。

 すぐに殺されてしまったが……それでも数秒数分。その時間は俺にとってとても大きいものとなった。

 

 とりあえず、頭を弄られると恐怖していた紅葉秋音についてだが……。

 現状、紅葉秋音は何も変わらないように思う。

 事前に紅葉からこれからの未来知識について教えてもらってはいたが、それに齟齬は見られない。

 

 妖精と会って、海里夏が殺すというアクシデントはあったものの紅葉の様子に何も違和感はないと思えた。

 

 妖精が殺されたからか?

 一瞬でもダメージを負って、力が削がれたのか?

 

 それとも何か、頭を覗いで弄るという行為に特別な条件がないと出来ないことでもあるのだろうか。

 生徒だけを限定して襲う理由があるように。

 

 様々なことを考える。

 しかし答えにはたどり着けない。

 

 そう思っていたある日、紅葉から伝言があったのだ────。

 

 

『あっ、鏡夜。夏の事なんだけど』

 

『どうかしたか?』

 

『夏がえーっと……アリが趣味とか言ってて、それについて伝言があるんだって言ってたんだけど……』

 

『はぁ?』

 

 

 紅葉が俺に伝えようとしていた言葉を思い出す。

 女王(アリ)はともかく、働き(アリ)が誰で怠け(アリ)が誰なのか分かったら私に話して、というのを。

 

 

 アリはきっと、本当の虫そのものじゃない。

 彼女は例えたのだろう。妖精たちに。誰かに。

 夏は何かを知っている。アリの観察と言い放つ程度の何か、誰が妖精の協力者なのかを。

 

 

 その話を聞いて俺が一番怪しんだのは、紅葉秋音の在り方だった。

 

 記憶がもしも、最初から捏造されていたものだったら?

 入学式の直後、まだ俺と話す前に妖精が頭を弄ってわざと記憶を入れ替えていたのだとしたら?

 紅葉と言う存在が、何かしらのアリの要素を持っていたのなら……。

 

 しかし、その考えの通りだと海里夏の存在が微妙に分からなくなってしまう。

 まだ謎の部分が多い。真実はまだ、明らかにするための要素が足りない。

 

 

 

『あーもう。このままにしておいたら面倒だし……あんたのこと、殺したいほど大嫌いになりそうっすよ。神無月鏡夜』

 

 

 

 ────そんな時だ、あの男に出会ったのは。

 

 

 

 

 

 



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第十三話 奇襲(裏)01

 

 

 

 それは、カラオケ屋での帰り道。紅葉からゲームについていろいろと話を聞いた後の事。

 

 夕日丘高等学校に入学してからまだ三日も経っていないが、一年黄組の中心人物であるとはっきり断言できる男、星空天。紅葉の話では彼は直観力に優れている夕黄ゲームの主人公であるとのこと。

 そしてこの男の実家関連のせいか霊的現象に強く、境界線の世界で死んだとしても、現実世界でポルターガイストに襲われても生き残ることが出来る程度には生存力が特化した人物である。

 

 それは全て紅葉からの情報だが、それはどれだけ正しいのかまだ分からない。

 幽霊がいるかどうかはまだ見ているわけじゃないのではっきりとは分からないが、妖精がいる以上可能性としては高い。

 

 俺を見ている星空は、手を伸ばして言うのだ。

 

 

「手を組まないっすか?」

 

「手を組むって言われても……急に何の話だい?」

 

「あーすっとぼけなくてもいいっすよ。俺分かってるんで」

 

「……何で僕なのか話を聞いても?」

 

「それよりその変な口調止めてくれないっすかね。男の猫かぶりなんて気持ち悪いだけっすよ」

 

「君の口癖もなかなかのものだと思うけど? ……まあいい。その目を見る限り嘘はついていないようだ」

 

 

 何故かは分からないが、素で話すことに抵抗がないため猫をかぶるのを止めた。

 

 

「星空、お前は夕日丘高等学校で何が起きているのか全て理解しているのか?」

 

「んー。それは自分に聞いてみてくださいっすよぉ」

 

「はぁ?」

 

「ああいや、なんでもないっす」

 

 

 何かを隠してはいる。

 しかしそれを話すかどうか悩んでいるのだろうか。

 

 観察している限り、明らかに他の生徒とは違うと思えた。

 現状、一年生の中で唯一普通でいられるのは青組のみであり、それ以外の赤組と黄組は妖精によるゲームを強制体験させられたせいか、正気を失っているような状態になっている。

 

 しかしそれを先生や保護者は何も言わない。何も感じていないのか違和感を抱かないように弄られているのか。

 とにかくこの現象は妖精による行いだと思っていよう。

 

 ────そう考えた、瞬間だった。

 星空が俺の目を見て笑ったのだ。

 

 

「敵が妖精だけだとは限らないと思うっすよ」

 

「っ……今俺の思考を読んだな?」

 

「読みやすいのが悪いんでしょ。俺はただ勘でアンタが考えている内容を理解できたってだけっすよ」

 

「それはもう勘じゃないだろ」

 

「ハイハイ。それでどうするんすか? 俺と手を組むの、組まないの?」

 

 

 俺は星空の提案に懐疑的に思えた。

 訝し気に見つめている俺に、彼は何も言わない。ただ何かを言うのを待っているように見えた。

 

 ……正直に言えば、わざわざ手を組む必要性が理解できない。

 だって今、夕日丘高等学校で起きているのは殺人だ。狂気的な死と隣り合わせの日々だろうに。生徒会の人々も、それ以外の先輩たちも全員が受け入れ、それが当然だと思い込んでいるすべてが理解できていない。

 だからそれらも全部、妖精が何かしたのではないかと────死の恐怖や生存本能を鈍らせる何かを俺たちに植え付けたのではないかと思っていた。

 

 紅葉はこの世界をホラーゲームの世界だと少しだけ思い込んでいるように、この男も何かしら実感しきれていないのだろうか。

 手を組むなどと言えるような状況じゃないと思う俺が間違っているのだろうか。

 

 

(……いや、違うな。無条件で手を組むわけにはいかないのか)

 

 

 この男が俺を選んだ理由。手を組むと言った意味。

 それら全てに何か理由があるはずだ。

 

 

「手を組んだ場合のメリット、デメリットを教えてくれ」

 

「まあそりゃあもちろん、アンタが想像している通りっす。知りたいことを教えてあげてもいいっすよ? それにアンタにとってのデメリットはないっすねぇ」

 

「……つまり、聞かれたら答えるがそれ以上の事は教えないと言いたいんだな。デメリットもそうだ。俺に対してはないが、他はあるということか」

 

「さーって、どうっすかねー」

 

 

 目を逸らしわざとらしく鼻歌を披露する星空に訝し気な目で見つめる。

 その表情と態度からして、隠し事は多いはず……。

 

 ならば、と。

 

 

「分かった。手を組もう」

 

「うわーマジっすか。やったぁ!」

 

 

 何も信用はできない。

 でもこのまま何もしないでいては手遅れになる可能性が高い。

 

 ならば自分の手で何が起きているのか見つけないといけない。

 紅葉秋音だけじゃない。それ以外の人間も利用して、何かを探らなくては。

 

 

「じゃあちょっと俺んちに来てくださいっす」

 

「何故だ?」

 

「ちょっと死んでもらうんで」

 

 

 今日の天気は良いですねと言っているような軽い発言に、耳を疑った。

 

 

「…………どういう意味だ」

 

「アンタの中にいる寄生虫排除っすねー」

 

「はぁ?」

 

「一瞬とはいえ、妖精の傍に居たのがいけないんすよ。ほら、さっさと死んじゃいましょうか」

 

 

 

 

 

 

 



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第十四話

 

 

 

 

 さっさと死んじゃいましょうかと言われて頷く人なんて、他人を心から信じることが出来る馬鹿か好奇心旺盛な感情のままに突っ走る阿呆と限られている。

 鏡夜はその中の一人になるつもりはなかった。

 

 死んでくれと言われて頷くことはしない。そのために男と取引を持ち掛けたわけではない。

 ただ生き延びるために、学校で何が起きているのかを知るために。

 寄生虫だと言われても、鏡夜自身が納得できる話をしてくれなければ絶対に頷くつもりはなかったのだ。

 

 

(背後にもう一人、女がいたな……)

 

 

 苛立ちのままに鏡夜は激しく舌打ちを鳴らす。

 星空だけじゃなかった。鏡夜の後ろから狙った誰かがいた。振り向こうとした時に何かの衝撃が走り、気が付いたらここに居た。

 

 今いる場所は四角く狭い部屋の中。

 大人が四人程度入れる狭さの空間に閉じ込められている。

 天井には少々古びた照明がついている。しかし明かりが切れかかっているのか、数秒に何回か明滅し鏡夜の視界が真っ暗になる時があった。

 鏡夜は自身のズボンや上着のポケットを探るが中には何も入っていなかった。武器になるようなものも、スマホを明かり代わりにして使うことすら出来ない。素手で何ができるのか鏡夜は冷や汗をかく。

 

 

「俺を殺すために、ここへ連れてきたってことか……」

 

 

 死の恐怖。何が起きるのか分からない恐怖に足がすくむ。浅く息を吐き、汗をぬぐい周りを見た。

 誰かがいるわけではないのにざわざわと何か背中を這いずり回るような嫌な感覚。

 鏡夜を見るような、誰かの視線があると錯覚する。

 

 不意に、何かが動く音が聞こえた。

 カチリという音に肩が揺れ、その音の発信源を見た。

 その瞬間感じたのは浮遊感だった。

 部屋ごと落ちているわけではない。しかし何処かゆっくりと下へ沈んでいるような感じがする。

 

 何が起きているのか分からない。

 恐怖に体中が支配されて行くような感覚に襲われる。

 

 

「……大丈夫だ。落ち着け、こういう時こそ考えるんだ」

 

 

 周囲をもう一度用心深く観察する。

 ここはただの部屋ではない。硬く閉ざされた出入り口は二枚扉のようになっている。その隣にはいくつかの数字が刻まれたボタン並んでいるようだがそれがすべて数字かどうかは所々掠れていて読めないため分からない。

 

 そのうち一つだけ、明るく点滅するボタンがあったがそれに書かれていたのは『蝨ー荳倶ク?髫』の文字。何と書かれているのかは分からない。

 

 動いている感覚、複数のボタンとそのうちの一つが光っていること。そしてこの部屋の扉の特徴からから察するにここはエレベーターの内部なのだろう。随分と古びてはいるが、いったい何時作られたものだろうか。そして何処へ向かっているのだろうか。

 

 

「下に行かせてどうするつもりだ?」

 

 

 頭の中であの「さっさと死んじゃいましょうか」という星空天の軽薄そうな声がリピートされる。あの時、あの言葉の通りだとすれば鏡夜はここで死ななければならない。

 しかしどうやって。どうしてこの場所に連れてこられたのか。そんな疑問が思い浮かんでは消えていく。もしも目の前に星空がいたなら胸ぐらを掴んで思いっきり問い詰めてやりたい気分に駆られていた。

 

「……あれ」

 

 気が付けば、いつの間にかエレベーターの扉が開かれている。

 照明が切れて真っ暗になった瞬間が数秒あった間に開かれたのだろうか。

 

 しかし真っ暗になっていた間、何も音はなかった。浮遊感だってそのままあったはずだ。

 明るくなった瞬間、その一瞬ですべてが切り替わったような感覚に襲われたのだ。

 

「……まあ、妖精も生徒たちを別世界へ連れて行くからな。時間が飛ぶこともあり得るか」

 

 問題は、一瞬ですべてが終わっていたという状況。それがまた起きてしまった時。気が付けば一瞬で全ての景色が一変し、化け物に喰われかけている真っ最中だとしたらと考えるとエレベーターから外に出るのが躊躇われた。

 

 きっとこの状況における最終目的は神無月鏡夜を殺すこと。鏡夜を死なせることを前提に動いているのなら、彼が注意深く周りを見てそこから一歩も動かずにいる状況は仕方がないと言えよう。

 しかしエレベーターの中にいても状況が良くなるとは限らないと鏡夜は察する。

 

 よく見れば照明の明滅が激しくなっている。数十秒に一回、五秒間ほどだったのかいつの間にか数秒に一回、瞬き程度の速さで暗くなるようになった。

 しかもいつの間にかボタンの文字が変わっていた。数字が消えて、『鬲ゅ?陦後″蜈』という文字に変わっている。それが何を意味するのかは分からないが、ここに居たら駄目だという直感だけは働いた。

 

「っ……」

 

 鏡夜はエレベーターから外へ一歩踏み出す。ゆっくりと慎重に、周りを確認してから出ようとしていたが、いつの間にか扉が閉まるために動きかけていたことに気づき慌てて外へ出ることにした。

 

 エレベーターが閉まるのを見届ける。

 そして鏡夜は背後を見た。

 そこは鏡夜が見た中でとても大きな木造建ての内部の何処か。

 

 エレベーターから真っ直ぐ続いている奥は暗すぎて何があるのかはっきりしない。

 薄暗いが足元に照明がいくつかついているため一応視界は良好。真っ暗になることはないだろう。

 

 まずは周囲を確認するためにと、鏡夜は周りを注意深く観察する。

 壁を触ってみると、赤黒いものが飛び散っているのが分かった。赤黒い液体が壁から天井にまで飛び散るほどの何かが起きたというのか?

 

 

「ここに、誰かがいるのか……」

 

 

 まるで招かれているかのような感覚。

 ごくりと唾を呑み込んだ鏡夜は、もう後戻りが出来ない状況に歯がゆく思いつつも前へ踏み出す決意を固めた。

 

 

 

 

 



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第十五話

もしも前回と今回のお話にタイトルを付けるなら
ゲームステージ『祭壇』、になりますね。


 

 一歩一歩と進むごとに感じるのは圧迫感。窓もなく出口が見えない状況なせいか何時になったら終わるのだろうかと不安が過ぎる。

 殺されるかもしれない状況に、逃げ出したくなる。前へ進まずこのまま立ち止まっていたい。星空が来る可能性をかけて待ち続けたいと思ってしまうぐらいだった。

 

 しかしそれでもなお、前へ進むのには理由があった。

 後ろを振り返ってもエレベーターがあった扉が見えなくなる程度の距離まで進んで、一度戻ろうかと思った時に────音がしたのだ。

 

 それは軽やかな音だった。チンッという、何かが到着したような音。

 エレベーターが止まり、鉄が擦れつつも扉が開く音が響いた。その奥、何かの息遣いが聞こえたのだ。

 

 思わず逃げるために一度駆けた。しかし背後にいるソレは鏡夜が一度立ち止まり振り返っても姿が見えない距離に居た。立ち止まれば奴は止まる。進めば動く。そういう存在らしいと鏡夜は理解する。

 

 よくわからない何かを見るために後ろへ後戻りするつもりは、鏡夜にはなかった。

 しかしよくわからない何かがいるせいで緊張感と死への恐怖で心が疲弊する。前に進んでも、走ってもなお出口は見えないそれに小さく息を吐いた。

 

 物理的観点からしてこの空間はおかしいと思える程度には長距離を進んだはずだ。それなのにまだ出口は見えない。

 過去、誰が言っていたのか分からないが「無限ループ」と言う言葉が頭を過ぎった。もしもここの空間が境界線の世界と同じような構造をしているとして、どこかの空間と空間が繋がっているせいで永遠に進むことが出来ずにいるとしたら。

 

 このまま倒れるまで前へ進んでしまう意味はないのではないか。

 逃げられる体力があるうちに、背後にいるであろう何かと接触した方が無難じゃないだろうか。そう鏡夜は考える。

 

 

「……チッ」

 

 

 本当は後ろを振り向きたくはない。

 自分とは違う荒い息遣い。時折うめき声のようなものまで聞こえてくる。鼻がツンと突き刺さるような刺激臭が漂い、周囲の薄暗さと壁に飛び散る赤黒い何かのせいで惨劇が待ち受けているのではないかと嫌な想像をしてしまうのだ。

 鏡夜には見えない位置に佇む影。その正体は分からない。

 

 理解しなくてはならない。

 後ろをじっと見つめていても、エレベーターの時のように状況が悪化するだけかもしれない。死ぬかもしれない恐怖に小さく息を呑み、やがてゆっくりとその背後にいるであろう何かに向けて進み始めた。

 

 

『────

 →──

 ───』

 

 

 鏡夜は反射的に周囲を見渡した。

 急に何かの囁き声が聞こえたような気がしたのだ。うめき声を上げる何かではない。それとはまた違う奇妙な声だった。機械音のような音にも似たものだった気がすると、鏡夜は小さく首を傾ける。

 

 

「なん、っ────!!?」

 

 

 何だったのだろうかと、独り言を呟くはずだった。

 しかしその声は目の前に広がる異様な光景によって言葉が詰まり、衝撃となって襲い掛かった。

 

 鏡夜の前に広がっていたのは一本道ではない。

 陰に潜む何かでもない。うめき声も聞こえなくなっていた。

 

 ただそこにあったのは数本の蝋燭に火が灯されている小さな部屋。エレベーターに入っていた時の空間より広く、血生臭い刺激臭に鏡夜は思わず鼻を手で覆った。

 後ろを見るとそこにあったのは一つの扉だった。それも大昔に使われていそうな古びた障子だ。部屋の壁もまた赤黒く汚れている。

 

 そして一番目を奪われたのは────鏡夜の目の前、部屋の中央に置かれた棺だった。

 その棺の上に座り、眠っている人間がいたのだ。

 

 静かに肩が揺れているため、死んでいるわけじゃないと理解する。遠くから手を叩いて様子を見るが、彼女は身動ぎ一つもしない。ゆっくり近づきその腕を掴んで揺らすが、それでも起きる気配がなかった。

 

 

「……まさか、彼女が白兎か?」

 

 

 真っ白の髪の毛。目の色が赤ければ兎を想像させる見た目をしている少女。着ている服は夕日丘高等学校のセーラー服だ。しかしその色は本来の制服とは違い真っ白で、棺も合わさってまるで死装束のように見えた。

 彼女の見た目、その正体については紅葉秋音から話を聞いてる。そう鏡夜は入学式から今までの全てを思い出していた。

 

 

(あの時の女と同じだ……)

 

 

 紅葉秋音と出会う前、夕日丘高等学校で起きている異常事態に気づく前の鏡夜はこの少女と出会っていた。教室のクラスメイトに挨拶をしつつ観察し、そうしている間にやってきた少女。しかしその時は制服は真っ黒だったはずだ。女子生徒が来ているセーラー服と全く同一のものだったはず。

 しかしその入学式の後彼女の姿は見かけなかった。先生などにも話をしつつ、鏡夜は全校生徒の顔と名前を一致させていた。

 その結果分かったのは、彼女が夕日丘高等学校の名簿に載っていないのだということだった。

 

 紅葉秋音の話によってあの真白の少女が冬野白兎と呼ばれる人外だと分かったため調査を終えることが出来たが……。

 

 

「何でこんなところにいるんだ」

 

 

 問題は、どうしてこの場所に彼女が眠っているのかについてだった。

 ここは境界線の世界とは違うはずだ。

 そもそも何でここにいるのかすら分かってはいない。でも今関与しているのは星空天のはず。それなのにどうして。

 

 

 眠っているだけの人間の少女に安堵していた心が凍り付く。この状況を考えるにつれて分かってしまうゾッとするような異様な事態に鏡夜はこぶしを握り締めた。

 

 障子の先を見ようという勇気はなかった。それだったら、少女を起こしてしまった方が良い気がする。

 鏡夜はそう決意し手を伸ばそうとした時だった。

 

 

『────

 ──

 →───』

 

 

 また、奇妙な音が響いた。

 何だろうかと周りを探すが何もいない。とりあえず嫌な感じはしないのでほっと息をついた瞬間だった。

 

 

 

《 忘 れ る な 》

 

 

「はっ?」

 

 

 真白の少女が低い声を上げ、目を開けていた。その目に生気はなかった。まるで化け物のような目だ。こんな場所じゃなければ、何も起きていなかったなら────赤色が兎を思い起こさせる、まん丸としているただの可愛らしい少女の瞳だとしか思えなかっただろう。

 しかし何故なのか、その目を見続けてはいけないような気がした。

 

 にっこりと笑ったそれに鳥肌が立ち、鏡夜は彼女から離れようとした。

 しかしそれを少女は許しはしないのだろう。鏡夜の手を掴み、ギリギリと折れるぐらいの強さでもって引っ張ってくる。

 

 

「ぐっ、あ……!!」

 

 

 激痛に耐え、汗を流す。掴まれていない方の手で女に向かって強く殴打を繰り返すが、それでも彼女は手をギリギリと握りしめてくる。

 このままでは折られてしまう。骨が鳴り、バキッと嫌な音が響く。

 

 鏡夜は必死に抵抗するが、引っ張り続けてくる少女の力が強く離れることが難しい。

 むしろ彼女に近づいているような気がした。引っ張られ近づかれる。それに酷く恐怖する。

 

 

「やめろ離せ! 俺はここで死ぬつもりはないんだ! 離せぇぇ!!」

 

 

 その声に、彼女は笑う。

 まるでとっても楽しんでいるかのように。

 

 

 

「はい、そこまでよ」

 

 

 

 聞こえてきたのは、あの真白の少女とはまた違う女の声だった。

 

 

 

 





















ゲームステージ『祭壇』


プレイヤー、神無月鏡夜
状態(妖精警戒)、(海里の■■)
序盤『生存』

行動パートへ進みます。
プレイヤーを動かして■■から脱出を目指してください。
ゲームは現実の時間と全く同じです。今回のゲームステージで死ぬことは許されません。リトライは出来ません。リセットも不可能となります。死にたいならそのまま動くな。死ね



ゲームを進めますか?
 →はい
  いいえ

 『はい』が選択されました。



必要な選択肢をお選びくださ────





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第十六話 

 

 

 

 聞こえてきた女性の声と同時に、目の前にいる真白の女が悲痛の叫びを上げるのが見えた。

 突風が吹き荒れ、思わず目を閉じた。いつの間にか手を離されていたため、鏡夜はすぐさま数歩ほど離れる。

 

 目を見開いていられないほどの風は、女の悲鳴と共にかき消えていった。

 

 いつの間にか女はいない。

 棺があった場所は何もなく、代わりに扉があった。後ろに見える障子と同じだ。

 

 

「なん、だったんだ……?」

 

 

 周囲を見渡すが何もいない。誰もいないのだ。

 あの女だけじゃない。鏡夜の近くで聞こえてきた声の主すら見当たらない。異様だと思えるほどの静寂な空気に包まれる。聞こえてくるのは鏡夜自身の荒い息だけだった。

 

 誰もいないためその場に留まることも考えるが、先ほどから異様な事態が続いているため鏡夜は前進することを選んだ。

 この場所で襲われたのだからまた襲われるかもしれない。この部屋にくる以前、あの背後から迫ってきそうだったよくわからない生き物がこちらへ近づいてきているかもしれない。もしもまた襲われたら次はちゃんと逃げ切れるだろうか。

 逃げられなかった場合、自分は死ぬのだろうか。そんな恐怖に身体が支配される。

 

 薄暗い部屋。影の部分から誰かが見ているかもしれない。何かがすぐこちらへ近づくかもしれない。そんな恐怖心と戦いつつも、少しだけ息を整えた鏡夜は目前にある障子に手をかけることにした。

 

 ゆっくりと開かれた先に見えたのは明るい景色だった。

 あまりの眩しさに瞼を一瞬閉ざした。そのせいだろうか。

 

 

「……またか」

 

 

 気が付くと鏡夜の周りはまた一変していた。

 今度は部屋じゃない。古びた景色に切り替わっていたのだ。

 

 廃屋というよりは、神社だろうか。ひび割れた鳥居に、木の根っこや蔦が巻き付いて倒壊寸前の小屋のような建物が見えた真正面に鏡夜は立っていた。真後ろを見てもそこはどこかの道路となっていて、全く知らない建物やら電柱やらが立ち並ぶのが見えた。

 地形的に見れば他より高い場所にあるのだろう。木と建物の間から見える夕日……もしくは朝日はとても眩しく、輝いて見えた。先ほどの恐怖心が全て取り払われるかのようだ。

 

 ここは一体何処だろうか。何故この場所へ連れてきたのだろうか。

 鏡夜はその答えに、心当たりがあった。

 

 先ほどの真白の少女。アレが冬野白兎だとすれば、ここはフユノ神社ということになる。

 紅葉の知識通りであればここはある意味一番来てはならない場所。

 

 

(星空は一体俺に何がしたいんだ。俺に何を求めているつもりなんだ……)

 

 

 この状況は全て星空が仕組んだもの。妖精の仕業ではない。

 一度死ねと言いつつも、死にかけたことはあってもまだ本当の意味で死んではいない。

 背後にある道路から人が来る気配はなし。例え太陽が見える地上で、明るいせいで恐怖心がなくても懐疑心だけは消えることがなかった。

 

 夢でも見ているのかと思えるほど異様な現象が続き過ぎて頭が痛くなる。そう鏡夜は眉間に手を当ててゆっくりもみほぐしつつ考えていた。

 

 

「妖精に頭を弄られたかもしれないってことだよな……なら何故すぐに処置をしない。今までの全てを見せて俺に何をさせようというんだ。今のこの状況も、無駄じゃないってことなのか?」

 

 

 神社の先に何があるのか。

 何を見せようと言うのだろうか。

 

 恐る恐る鳥居をくぐり抜けていこうとした、瞬間だった。

 

 

「ここがすべての始まり。貴方たちにとっての、最初の悪夢。……そのせいで世界の因果は切り替わった」

 

 

 バッと背後を振り返ると、そこにいたのは人間だった。

 つい先ほどまでは人なんて誰もいなかったはず。だからきっと普通の人じゃないんだろう。

 そう鏡夜は結論付けた。

 

 夕日丘高等学校の制服を着た少女だったけれど、それでも鏡夜は彼女に近づこうとしない。

 冬野白兎の件があること、今ここに人がいること自体おかしいことからして彼女はただの人間じゃないと鏡夜は警戒する。

 

 

「君は一体誰だい?」

 

「それはこちらの台詞よ。貴方は一体だぁれ?」

 

「僕は────」

 

「ああ、神無月鏡夜だなんてありふれた答えはいらないわ。それ以外の答えよ」

 

「はぁ?」

 

 

 断言するかのように言う少女に小さく首を傾ける。

 鏡夜は何を言われているのかが分からなかった。どう答えればいいのか迷っている間に、彼女は小さく息を吐いて鏡夜を見る。

 

 その目はとても冷めたものであった。

 

 

「別に私はあっ君と桃ちゃん以外……そうね、貴方の事なんてどうでもいいって思っているのよね。ただあの子たちが助けたいって望んだから、私はここへ来ただけなのよねぇ」

 

「……つまり、星空の関係者か」

 

 

 少女の声に嘘をついている感じは何もなかった。

 本当にどうでもいいのだろう。鏡夜がどうなろうとも彼女はその氷のように冷めた目で傍観し、死ぬ瞬間を見るだけだったかもしれない。

 

 しかし、と……鏡夜は気づく。

 彼女の声に聞き覚えがあった。あの真白の少女に襲われていた時に聞こえた声。その後に全てが一変したことから見て、彼女が助けてくれたのだろう。

 

 

「お前は何を知っているんだ」

 

 

 何故ここにいるのか。そう問いかけると、彼女は笑う。

 

 

「私が知っていることを教えてもあなたには無駄でしょうね。貴方が思い出さないと、全て手遅れになるってだけの話よ」

 

 

 そう彼女が言った瞬間、感じたのは苦痛だった。

 いつの間にか神社から真っ白の手が伸びていたのだ。それが首に絡まり、足や手を掴み、引き込もうとする。

 鏡夜は思わず踏ん張り目の前で話し始めた彼女を見たが────彼女は鏡夜を助けようともせず何の感情も込めていない冷たい目で見つめているだけ。

 

 

「頭の中に巣食う羽虫は私が潰してあげるわね。でもそれだけじゃ止まらないわ。アレは貴方がどうにかしないとね。自分がやった始末は、自分で片を付けないと」

 

「い、いったい何の話だ! 俺が何をしたっていうんだ!!」

 

 

 ずりずりずり、と。

 廃墟と化した神社の方へ連れ込まれていく。引きずられていく。

 

 鏡夜は冷や汗を流し、必死に抵抗していた。

 それでも声だけは────彼女の声だけは聞き逃すことはなかった。

 

 何故なのか知らない。死にたくないあまり必死に抵抗し、爪がはがれるほど引っ張ってくる手を解こうとしてもなお、頭に突き刺さるような声が止まることはない。

 

 

「ここはホラーゲームの世界なのよ。貴方にとってこの世界は、貴方が主人公で、貴方がゲームを動かさなきゃいけない唯一の人物なの。派生したゲームたるあっ君たちは主人公になれない。貴方がどうにかしなきゃね」

 

「はっ」

 

「忘れちゃうかもしれないけれど教えてあげる。あの世界で敵は羽虫だけじゃない。一匹だけではないのよ」

 

 

 

 聞こえてくる声が遠のいていく。

 ヒュッと息を呑む。いつの間にか神社に引き込まれていて、その建物の中に入ってしまっていた。

 彼女の声ははっきり聞こえるのに、その姿は遠のいている。

 

 後ろを見ると鏡があった。

 キラキラと光る鏡から漏れ出たのは、鏡夜を引っ張る無数の真っ白の手。

 

 

 

「アがっ」

 

 

 それに吞み込まれた鏡夜は、やがt────。

 

 

 

 

 

 ぐちゃ。バキ。

 ぐちゃバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃばぎバキバキバキぐちゃバキバキバキバキバキキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃばぎバキバキバキぐちゃバキバキバキバキバキキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃばぎバキバキバキぐちゃバキバキバキバキバキキバキバキバキバキバキバキぐちゃぐちゃバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバ

 

 

 

 

 

「まあ、これも一つの贄ね」

 

 

 

 鏡夜が引き込まれた先で、異様な音が響く。

 それに嗤う少女はその小さな口を開いた。

 

 まだ鏡夜が聞こえていると判断しているかのように。

 

 

 

「──────。そうすればきっと、糸は切れるわ。その後は充分注意して、死なないようにね」

 

 

 

 小さく呟いた後、少女の姿は影も形も見えなくなった。

 

 

 

 

 






ゲームステージ『祭壇』

ステージクリア一定条件
『鏡夜の生贄』『真白の少女との邂逅』『残された疑問に答えを与えないこと』『アカネ神様の慈悲』『鮟偵?蟆大・ウ縺ォ谿コ縺輔l縺ェ縺?%縺ィ』



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第十七話 過去/独白

 

 

 

 いつの間にか、俺はどこかに座っていたらしい。

 

 薄暗い周囲を見渡す。蝋燭一つ明かりがついていないが、障子越しに明かりがあるためどのような状況なのかはっきり理解できた。

 ここは和室だろうか。十畳ほどの広さがあった。夜の和室と言えば何故かは知らないが廃屋を思い出す。しかしここは、古びているとは感じられない。

 埃一つ見当たらない畳。薄暗くて分かりにくいが新築の部屋だろうか。背後は障子が閉まっていて、その向こう側を見ることはできない。

 

 何故だろうか。正面に見える鏡越しに光が見えた。

 いや違う。鏡じゃない。これはテレビだ。最初見た時は鏡かと思ったが、それは気のせいだったようで、少し小さなテレビがついて何かを映し出すのが見える。

 

 

 鮮明な音と映像が俺の頭の中に入りこんできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新品の夕青1買ってきたは良いけれどなんか友人の話だと俺のゲームとは違って友人のゲーム以上に分岐と全く異なっていて、なおかつ序盤から選択肢がバグってんじゃねえのかって話らしいのでそれを確かめるために『夕青1のゲームリスタート』しまーす。

 

 夕青1を知らねえ奴がいるかもしれないので俺がそれを教えてあげよう。

 この夕青、通称『ユウヒー青の防衛戦線―』は様々な選択肢、ルート分岐、死亡フラグが存在します。まずキャラクター全員を生かす方法はあり得ません。あり得ないそうです友人の話では。

 でも何故か俺のゲームバグってんだよなー。三日ぐらい徹夜してた時にテンションハイになって馬鹿やらかしたときのせいかなー。あの時この夕青のゲーム持ってったしなんかバグったんじゃねえかな。まあいいや。自分語りはここまで。

 

 まず夕青1のゲームは会話パートと行動パートに分かれます。それぞれで必ず死亡フラグがあるので気をつけましょう。

 

 このゲームをクリアした猛者がいても、もう一度ゲームを始めたらそのままそっくり進むことなんて難しい。それぐらい選択肢は数多くあります。

 なので他のゲームとは違いRTAなんて出来るわけがありません。なので俺は夕青1のゲームをリスタートと称してリセット地獄を行おうと思っていまーす。

 

 というかマジで選択肢多すぎて本当に無理。

 

 とりあえず序盤から俺が絶対に生き残れると思ったルートからやってみようと思う。入れるかは分からないけど。

 

 さて序盤神無月鏡夜の入学式ですね。

 彼はちょっとした過去のトラウマのせいで人嫌いですが距離を取るためにわざと猫かぶりをしています。そう、本当は乱暴で自分勝手な性格ですが根は優しく身内認定した人間には最後まで救い出そうと足掻きます。

 時には自分の命さえ差し出そうとする主人公くんを救うために都合の良い選択肢が来るまでいっぱいリセットしましょう。

 

 友人の話だと普通はそんな簡単に選択肢が切り替わることなんてないって言ってたんだよなー。紅葉秋音の選択肢だって序盤は絶対ありえないとか言ってたけど、俺のゲームじゃ普通にあるんだけどなー?

 実況見てくれた方、夕青のゲームについて「いやいやありえないから!」とか何かしらコメント残してください。俺ちゃんと見て次に反映するんで……と。

 

 はい、学校へ入りました。

 教室にいるのは春臣ぐらいでしょうか。それと……白兎はいますしこちらをじっと見つめていますね。しかしリセットしましょう。俺が会いたいのは夏と秋音以外ありえません。特に秋音。彼女は戦闘特化の優れた女子高生ですからねー。我が夕青の防衛戦線トップである彼女がいないならまた最初からやり直しましょう。

 

 リセットするごとに真っ暗な画面で妖精がごちゃごちゃ何かを言うらしいですが俺は知りません。というかそんなこと一度もなかったんだがマジでバグってるのか俺のゲームは?

 まあいいや。俺のゲームだけイージーモードと言うわけで、リセットがしやすいのは結構楽ですしね。

 

 というわけでリセットしました。鏡夜の顔が……ああっと、鏡を見てからのスタートは駄目ですねー。すぐさまリセット。

 ああそうそう、まだ夕青を知らない人に教えると、このゲームは鏡夜視点から始まりますがリセットごとに位置が変わります。ベッドに起き上がってから、洋服を着替えてから、学校の鞄を持ってから。朝食を食べてから。両親に話をしてから……と、まあバリエーションは豊富です。その中で一番死亡リスクが高いのが鏡を見てのスタートになります。

 

 はい、敬語疲れたので終わり。

 鏡がやばいのはどうしてかというと、このリセットごとの始まりの仕方によって鏡夜の癖が異なるからなんだ。まあいわゆる隠しスキル? プレイヤーは絶対に見ることのできない鏡夜のパラメーターがリセットごとに異なるみたいだから?

 いや確実とは言えねえけどな。俺もゲームやっていてなんとなくそうなんじゃないかって思えただけだし。だからリセットするごとにパターンやら選択肢やら死亡フラグやらが変わるんじゃないかなって思うんだ。

 

 ……ああそれで、何で鏡を見てからの始まりがやばいかって話だけど夕青ゲームをやっている人なら分かると思う。

 知らない人に紹介すると、このゲームは夕日丘高等学校に入学した生徒を対象にとあるクリスタル防衛線を開催する時……つまり行動パートの時に死ぬと死亡フラグが増えるんだ。幽霊エンドってやつ?

 序盤に鏡を見てからのスタートは絶対に駄目。鏡夜が鏡を見る癖がついてるから自然と選択肢に『鏡を見る』が増えるんだ。

 

 ゲームで死ねば死ぬだけ理不尽が待っている。あの世に連れて行かれるリスクが高まる。

 

 ネタバレ込みで言うと、この世界は二つ……いや、三つかな? あの目玉がいた世界入れたら三つになりそうだし。とりあえず鏡夜が入れる世界ということで大雑把に二つに分けましょう。それが現実世界と境界線の世界。

 境界線の世界で妖精がクリスタルを守って―と理不尽なゲームを仕掛けます。そこで負けて死んでも現実世界では生きているのでゲームオーバーにはなりません。一番酷いのはその後、境界線の世界で負けて死んだら幽霊等にちょっかいを出されるようになります。

 現実世界で死ねばゲームオーバーです。流石に境界線の世界から出られないみたいな妖精ちゃんに肉体を復活させる術はね、ないよね。

 

 まあそれで、現実世界でのゲームオーバー……つまり、鏡は一番死亡フラグが多いんだ。

 なんせ鏡から出てくる幽霊化け物正体不明の何かしらがいるからな。俺が見た鏡エンドはもう三十以上はあるんじゃねえかな。そう思うと本当にゲームオーバーの描写が豊富なの凄い。ゲームに人工知能いるのかって思える程度には容量がやばいよな。

 

 

 というわけで何度かリセットを繰り返した結果ようやく夏に出会うことが出来ましたー。彼女に話をしてっと、白兎が乱入?

 ちょっとフユノ神社に向かってほしい? お願い?

 

 んんん?

 ……えーっと、何が起きているのか分かりませんがとりあえず白兎ちゃんに頼まれたので行ってみましょうか。確実に死ぬとは思いますがまあこういう序盤妖精に出会わないでの死亡フラグも面白いと思いますよたぶん。

 

 

 はいというわけでフユノ神社へ向かいます。

 これどういうルートなの? そう思う人たくさんいると思う。俺もそう! こんな選択肢初めて見たんですが!?

 

 ええナニコレ優等生として生活してる鏡夜が入学式すっぽかしてフユノ神社へ向かっていいの!!?

 白兎もそうだけど、初対面の女性相手に「分かった」っていいますかねあの人嫌いの神無月鏡夜が。

 

 ……やっぱり俺のゲームってバグってんのかな。

 ちょっと新しいの買ってこのゲームは売った方が良いかもしれない……かな?

 

 いやそれは後にしよう。

 このゲームはこのまま進めよう。もう行きましょう。

 こうなったら俺たちが見たことのないエンディングにしてやるんだ!!

 

 さて、神社へやってきましたが相変わらず廃屋ですねー。ここに白兎が住んでいるとか本当に可哀そう……。

 では行動パートに移ったみたいなので奥へ行きましょう。

 

 おっと、これは……紙?

 手記?

 

 いやでもなんかこう、血が付いた日記っぽいな……なんだこれ……。

 

 

 とりあえず読んでみよう────────

 

 

 

 

 

《――――つまらない。

 

 鏡の中。封印されたその本体は周囲の変化さえままならない事実に耐えかねて長い眠りについてしまった。

 しかし罪人として封じられたその身体は、安らかな終わりなんて迎えられるわけはなかった。だから眠るごとに力を裂かれた。町を全て見渡せる町の中心に位置する場所で太陽が沈むたびにいくつかの身体に引き契られた。

 

 そうして細かくなったモノがいくつか繋がり、ある意識が生まれた。

 それぞれに意思が宿った。本体は眠りについたままだったけれど、会話はできた。暇つぶしも可能だった。

 本体とは全く似ていなかったそれらは、やがて表世界にいる人の形を真似していった。

 

 人はそれを親子と呼ぶだろう。

 分身に近い何かだと思うだろう。怪物だと悲鳴を上げるだろう。

 

 その者たちに性別はない。食欲もなく、睡眠欲もない。

 ただ理解していたのはつまらないという感情。表世界へ飛び出して刺激が欲しいのだという欲求。

 

 あなたのおかげです。

 

 表世界を水面または鏡から見て、やがて出ていけたらいいなと思うようになって。会話をして、迷い込んできた哀れな生き物たちを喰らって。

 

 しかし何百年もそこから出ることが出来ないまま、あらゆるものを見ていた。

 

 ――――そんな時に出会ってしまった。

 見つけてしまった。知ってしまった。

 

 それはある意味彼らにとって不幸の連続だった。見つけたのは偶然だった。

 だから時間をかけてそれらを利用することに決めた。認識さえ変えれば――――表へ出られるのだと知ったから。

 

 あなたが死ねばいい。

 

 

《これでようやく、外に出られます!》

 

 

 それを阻止したのは、赤根神だった。

 赤い根っこと書いて、アカネと読む女神。

 赤根神に血肉と魂を譲渡した巫女が、表へ出てきた世界軸の全てを壊した。

 

 彼女は縁を切るモノ。神として崇められたモノ。

 それらが認識を変えたことによって生まれた神様だった。夕日丘町の大昔を知り、隣町にてそれらが表世界へ出ないように見張る役目を担った神様でもあった。

 

 あなたのおかげなんですよ。

 

 外へ出たい。そう思う欲求は高まる。

 

 だから諦めなかった。

 罪人であったモノから生まれたそれらは、とても執念深かった。

 

 何百年という年月が経つごとに自覚していく夢を叶えたかった。

 表世界へ出て、自由になりたかった。

 

 

 あなたのおかげで、ようやく始まる。

 

 

 そんなある日、ある時をきっかけにして、運命が交わった。

 ある少女を喰らったおかげで、因果が切り替わったのだ。

 

 それはあるホラーゲーム。ユウヒという名の妖精の物語を知る。

 

 そのゲームはある意味、自分たちと似ていた。

 

 

 

 だから私はユウヒなのです。私たち全員それを受け入れているのです。

 世界を変える力を奪えたのも、結果的に言えばあなたのおかげなのでしょうね。

 

 

 あなたが死ねば、扉が完成する。

 あなたが扉になるんですよ。鍵はあの男。でも彼は殺してほしいな~?

 まあ無理なら私がどうにかしますね。

 

 

 彼だけじゃありませんよ。神を含めたあの女。あいつらは私の敵なのです。

 

 

 だからすべて、殺してしまいましょうね?》

 

 

 

 

 

 画面に映っていた文字が全て真っ暗に変わった。

 それに戸惑う声が聞こえる。

 

 

 でもどうしようもないまま、俺は急に画面から遠ざかっていった。

 

 

 

《はーいというわけで、名前もよく分からないプレイヤーさん。貴方の魂は私がコネコネしちゃって私好みの可愛らしくて愚かな人形にしてあげますね。あーあー。それにしてもあなたってば、ゲームと合わせていろいろと面白いことしてくれましたよね。可愛いユウヒちゃんはその恩を忘れないために、貴方の魂をいっぱいコネコネしてあげますよー。痛いのも含めて恩返しなので頑張って耐えましょうねー!》

 

 

 

 急に、浮遊感に包まれる。おちていく。

 

 

 

《あなたが扉なんです。そのカギを奪って、扉を開けるために全部終わらせてくださいね~? 貴方が頑張れば、扉が開けばあなたのお仲間がいーっぱい増えますよ~? ほーら、痛い思いしたくなかったら頑張ってくださいねー!》

 

 

 

 妖精の声が嘲笑う。

 誰かの悲鳴。そして何かが割れるような、嫌な音がする。

 

 

 

 

《ありがとうございます。これでようやく私が、私達が自由に────》

 

 

 

 

 

 

 まだ目は、覚めない。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 本当は気絶させるつもりはなかった。

 ただ俺の家まで連れて行って、そこでアカネちゃんにどうにかしてもらうつもりだったのだ。

 

 俺の家は水仙神社。

 アカネちゃん────俺の神社に居てくれる赤根神様に頼んで、どうにかしてもらおうと思っていたのだ。

 赤根神様が桃子ちゃんの身体に入り、俺の近くへ来て協力してくれるまでは……。

 

 

「これ、誘拐って騒がれたらマジでシャレにならないっすよね……」

 

 

 家に連れて帰り、布団で眠っている神無月鏡夜を見下ろす。その顔は苦しみで溢れていた。呻き声すら聞こえる。きっと悪夢でも見ているのだろう。

 夢の中、現実とは異なる世界を歩き、殺そうとしているのだろう。

 

 その魂の色を見てみたいけれど、俺にはよく分からない。

 分かるのはアカネちゃんか桃子ちゃんぐらいだろう。彼女たちはある意味、繋がっているようなものだから。

 

 それにアカネちゃんは言っていた。

 神無月鏡夜の魂はぐちゃぐちゃに歪んでいると。魂が二つ、何かが混ざっているのだと。

 

 それをどうにかするための術は、俺にない。

 

 俺にあるのは直感能力。相手が何をしようとしているのか直感で理解し、死を間際に悟り、それを回避する能力に特化している。

 それはすべてアカネちゃんからの贈り物。桃子ちゃんのように重い代償を経て得た能力とは違う。

 

 星空家という家系にて、神様に庇護してもらっているから貰える特権。

 死ねば俺の魂は彼女のものとなるが、それまでは自由に生きることが出来るからまだ優しい方だと俺は思っている。

 

 

「……まあでも、神無月君に比べたらマシっすよね」

 

 

 独り言を呟く。それが誰にも聞かれていないのかは分からない。直感では誰にも……と分かってはいるが、神様は人の想像をはるかに超える存在であるから、俺には分からないっすね……。

 

 ただそっと、俺の膝を枕にして眠っている桃子ちゃんの頭をゆっくり撫でた。彼女は今、神無月鏡夜の意識を神様と繋ぐために眠っている。

 そういう能力は俺にはない。桃子ちゃんは神様と契約して力を得たから、貰っただけのこと。

 

 向日葵桃子は俺にとっての幼馴染。大事な人。

 幼い頃に家に来てずっと一緒だった家族と同じ存在。

 黄色のたれ目と泣き黒子が似合う容姿をした、蜜柑色の髪を三つ編みにした少女。胸が大きいのがコンプレックスだと言っていたが俺はそんなの気にしない。それよりも危険が伴っているのに無理を承知で突っ走る癖の方をどうにかしてほしいっす……。

 

 彼女は神様と契約をして、重い代価を支払っている。神様の庇護下に生まれている俺とは違い、俺を守るために力が欲しいと勝手に決めたのだ。

 守りたいのはこちらの方だというのに、神様は俺の気持ちなんて知らず勝手に決めていた。知った時には全てが終わっていた。

 この町で起きている惨状を知らなければ。彼女が家に来なければ。神様が気に入らなければ。

 

 そんなもしもを気にしては、もう終わってしまった後悔を繰り返す。

 でもそのおかげで今があるから、覚悟を決めないといけない。

 

 神様は理不尽な存在。

 アカネちゃんだってそう。

 

 本来はアカネちゃんなんて名前で呼ぶつもりはないけれど、そうしてほしいと彼女が命じたからそれに応じているだけ。

 神様は俺の命を守ろうとする。でもそれは、俺の命が神様のものだからにすぎない。

 

 それなら、あの妖精は何なのか。

 

 

「神無月君がカラオケ屋から出てきたあの時────アンタとすれ違った時に見えた直感に従った結果が今ってだけなんすけどね」

 

 

 このチャンスを逃したらいけないと思った。

 いつもだったら、もうとっくに諦めろと思っていた。何故かは知らないけれど、その日だけは確実に関わらなくてはいけないと思えた。

 

 

 

 そうすれば、なんだか全てが良い方向に繋がるような予感がしたから。

 

 

 

「大丈夫。大丈夫っす。きっと……」

 

 

 

 まだ間に合う。まだ始まったばかりなんだと────そう直感が、赤根神様が囁いているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 疑念

 

 

 

 

 

《────思い出して》

 

 

 

 そう誰かに囁かれたような気がする。

 でもその声が誰なのか分からない。

 

 少女だった気がする。少年だったかもしれない。

 いやもしかしたら女か男か。それぐらい曖昧で、性別すら分からないぐらい奇妙な音だった。

 

 何を思い出せばいいのか。

 何を俺に求めているのか。それすら分からない。

 ただ頭が痛い。身体中が痛い。まるで何かに締め付けられているかのようで、苦しいと思う。

 

 

《おもいだして》

 

 

 思い出すのは、つい先ほど見たあの映像と音だけだった。

 ゲームのような表記。声は俺に似ていたけれど、俺が出した声じゃないような気がした。

 

 あの映像は、あの妖精の声は……いったい、なんだったんだろうか。

 

 

 

「あ、れ……」

 

 

 目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。

 周囲は和室だろうか。中央の布団に眠らされていたらしい。でも誰もいない。襖の外は薄暗いようで、小さな電球だけ付けられており、まるで夢の中の地下室のようで恐怖心を思い出してしまう。

 でもここは違う。きっと。

 頬をつねっても痛みはある。匂いも分かる。周りを見て、一度目を閉じても何も変わらない。景色が一変するわけでもない。

 

 だからきっと、ここは現実だ。

 そう思い込み上体を起こして座ろうとしたが激痛により断念する。

 

 

「ぐぅ……なんだ、これ……」

 

 

 身体中が痛い。まるで全身筋肉痛になったかのようだ。

 

 思い出したくもない記憶にあるのは殺されたという事実。

 あの時、あの鏡の中に引きずられて……。

 

 

「痛みが現実にまで影響を与える……のか……」

 

 

 境界線の世界だったら、どうなっていたことか。

 それだけを考えて眉間に皺を寄せた。

 

 夢について考える。何故アレを見ていたのか。

 必ず理由があるはずだと────

 

 その瞬間、俺の近くで襖が開かれた。

 一度恐怖で肩を震わせてしまったが、そこにいたのが呆れた様子の男────星空だったため小さく息をつく。

 

 

「ようやくお目覚めっすか。アカネちゃんや桃子ちゃんが想定しているよりもながーく寝てたみたいっすけど、もしかして昨日寝てないとか?」

 

「いや、そうじゃない……それで、俺は今どうなんだ。一度死ぬ必要があるとかないとか言っていたが、ちゃんと俺は死んだぞ」

 

「そうっすね~。とりあえずアカネちゃんとお話してからにしましょうか。俺はただ、直感でアンタを呼び寄せただけっすから」

 

「……直感か」

 

「そうっすよ。俺は星空家代々契約している神様のおかげで、直感力に優れてるんでね。……まあ最も、アンタの魂がぐちゃぐちゃになっているとかはアカネちゃん達の力のおかげで分かったんスけど……」

 

「……その神って言うのは、本物の神様の事か? それともアカネって人の通称か?」

 

「いーや。アカネちゃんは俺達の神様って意味」

 

 

 神と言われて、それを信じられるわけがなかった。

 しかし現状あの夢を見た後だと少しだけ不気味に感じてしまう。

 

 

「アカネちゃーん! 早く来るっすよー」

 

「はーい」

 

 

 ゆっくりとやってきたのは、朗らかな笑みを浮かべた少女。

 少々勝気の真面目そうな様子とは違い、なんだか全てを抱擁してしまいそうな雰囲気を感じる。危険性なんて感じられない。敵意もなく、俺が付き飛ばしたらあっけなく怪我してしまいそうなほど小さい少女。

 

 彼女の容姿に心当たりがあった。

 

 

「……あの時、夢の中であったのはお前か?」

 

「あら、素で話すのね……ふふ、ええそうよぉ。私が貴方の縁を切っただけ。あの羽虫のね」

 

「羽虫?」

 

「妖精の事よ。縁切りには記憶も必要になるもの。貴方にとって一番最初に見たもの。出会った時から繋がっている縁を……あなたを殺した瞬間、私が切っただけ」

 

「はっ? いや待て、俺はあんな場所に行った覚えはない!」

 

 

 どういうことなのかと、目の前にいる少女を睨みつける。

 彼女は俺の怒声に怯えもせず、ただ呑気に首を傾けて何かを悩んでいる様子だった。

 

 

「うーん。話すと長くなりそうね。あっ君ちょっと部屋から出て行ってくれるかしら? どうせなんだしお夕飯の準備してきて」

 

「あーもう。俺を関わらせたくなってことっすか? そういうところっすよねアカネちゃんほんと理不尽っていうかなんて言うか」

 

「ふふふ」

 

 

 苦笑しつつも、ひらりと手を振った星空が部屋から出ていく。襖が閉まった瞬間、少女が俺を見た。

 その表情と目の奥に宿る感情は何一つ変わらない。

 

 緊張感のない朗らかな声色で俺に向かって口を開く。

 

 

「忠告を覚えてる?」

 

「……紅葉秋音をどうにかしろって話か?」

 

 

 思い出すのは彼女が夢の中で言った言葉。

 死にかけていた俺に向かって小さく『紅葉秋音を殺してしまいなさい。そうすればきっと、糸は切れるわ。その後は充分注意して、死なないようにね』といっていたこと。

 

 

「紅葉を殺すっていうのは、どういう意味だ」

 

「そのままの意味よ。境界線の世界で一度でもいいから死んだ方が良いってこと」

 

「何故? 紅葉に何があるんだ?」

 

「妖精の操り人形が彼女なだけよ」

 

 

 何故そう言い切れるのか。

 紅葉秋音について何を知っているのか。

 

 言いたいことは山ほどあったが、それを聞いていいのかと戸惑う。

 彼女を信じていいのかと思ってしまう。

 

 

「操り人形だから糸を切らなきゃいけないの。彼女はまだ、妖精の手の内だもの。あのままじゃ羽虫の計画通りの動きしかしないでしょう?」

 

「だから予想外の動きをさせようってことか?」

 

「そういうこと。頭の中に巣食う者は私がどうにかするわ。ただ一度でも死ねば妖精の興味は違う方へ行くわ。だって死んだ方が妖精にとって都合がいいもの」

 

「都合がいいなら死なせない方が良いんじゃないのか?」

 

「いいえ、そうじゃないわ」

 

 

 にっこりと笑ってそれ以上は何も言わない少女に俺はまた眉を顰めた。

 頭の中でグルグルと回る言葉に疑念が増え続ける。

 

 

 

「縁切りについては分かった。じゃあ俺を殺した後については? 何で俺にあんな記憶を見せたんだ」

 

 

 ホラーゲームの知識については俺は何一つ知らないはずだった。

 俺は転生していない。紅葉のような記憶なんて何もないはずだ。ないはず、だったのだ。

 

 なのにあの時見た光景は、あの映像と音声は────悲鳴は、何だったのか。

 

 俺が何故あれを見ることが出来たのか。

 ホラーゲームの知識を持ったうえで転生したわけじゃないのに、何故。

 

 

 

「俺の記憶じゃないよな。アレは誰の記憶だ。あの時何があった。何故俺にあれをみせたんだ」

 

 

 

 彼女は笑う。嗤う。

 俺の顔をじっと見て、観察する。

 

 

 

 

「……あはは、何故だと思います?」

 

 

 

 

 ────ゾッとした。

 

 その口調はなんだか先ほどと違うように感じた。

 にっこりと笑った顔は少しだけ歪んでいるように見えた。

 思わず鳥肌が立ち、身体が痛くとも彼女から遠ざかろうと足に力を入れる。

 

 それを見た彼女はすぐさま先ほどの優しそうな笑みに変わって「大丈夫、私は何もしないよ」と言ってくる。

 

 

 

「答えは簡単よ。それは、貴方が知らなくてもあなたが知っているから。……貴方が私のことを見つめていると気づくなら、私も貴方を見つめてしまう。知ってしまうの。それはどんな状況でも変わらないわ」

 

 

 意味深に笑うアカネに、俺は息を呑んだ。

 嫌な感覚が身体に走る。

 

 もしかしたら、俺はここに来ない方が良かったかもしれない。意味がなかったかもしれない。疑念が頭のなかで増えては消化できずに積み重なっていくのだ。

 

 ただ思うのは最悪の事態。

 ここに星空がいなくて良かったかもしれない。そう思うのは一瞬。

 

 

 

「……質問してもいいか?」

 

「なぁに?」

 

 

 それはまるで、あの悪夢のなかで見た光景とは真逆のもの。

 

 

 

「お前は一体、誰なんだ」

 

「神様よ。……少なくとも、貴方達にとってはね」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 これ以上話すことは何もないと言われ、神社から出てからすぐさま自宅へ帰ることにした。

 

 頭の中でグルグルと回っている疑念を言葉にしてまとめておきたかった。

 でもそれは止めておいた方が良いと思い、考え続けることにした。

 

 嫌な想像をしてしまうのだ。

 このままではいけないような気がするのだ。

 

 

 紅葉秋音を殺せと言った言葉を信じていいのか、それともまた違う誰かを信じればいいのか。

 

 もういっそのこと、紅葉そのものを信じて突っ走った方が楽な気がした。

 でもそれじゃ駄目だと思うのは────あの時アカネと言う少女と話してからのこと。あの夢で見た全てに意味があるのなら。目覚めようとしていた瞬間、あの時俺に思い出せと誰かが囁いたのだって何か意味があるはずだった。

 

 あの時、あの男が実況していたゲームでの話に意味がないだなんてことはないはずだ。

 だって意味がないものを長く見せ続けるぐらいなら、さっさとあの手記か何かを見せればいいだけのこと。俺に伝えたい何かがあるはず。

 

 もっとも、俺に伝えるべきことすらなく、ただ嘲笑うために意味がないことをさせているのかと、嫌な想像もしてしまうが……。

 

 

「もういっそのこと集まった方がいいか……」

 

 

 頭の中で思い浮かぶのは、あの星空の少年と────何かを知っているらしい海里夏のことだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第十九話 リ セ ッ ト 

 

 

 

 

 海里と星空、二人を会わせたのは夕日丘の町ではなく、その隣町に位置する五色町。

 本来だったら紅葉の時のように夕日丘のどこかで……とは思っていたが、妖精の件を含めて危険性がある行為は避けた方が良いだろうと思い、隣町の全く来たことのない公園へ来ることにしたのだった。

 

 照りつけるような太陽。風に揺られて花びらが舞い散っていく。床はピンク色にまばらに染まり、絨毯のようにも見えた。

 今日は雲一つない天気のせいか、4月にしてはやけに温かく感じた。公園に咲いている桜は美しく、子供たちが駆け回り楽しそうな笑い声を響かせている。あの夢や妖精の件があったからこそ感じる、つかの間の平和だった。

 

 そこそこの大きさがあるベンチテーブルの椅子に座り、それぞれ顔を見合わせている。しかしその反応は異なっていた。俺が呼び出したのは海里夏と星空天。俺が星空の隣に座り、向かい合う形で海里が座っている。

 星空は顔を引きつらせつつも海里を見ていた。海里はペットボトルの炭酸ジュースを一口飲み、素っ気ない態度でもって俺たちを見ていたのだ。

 

 

「あはは……どうもっすね。海里夏ちゃん」

 

「ハイハイ。初めまして、星空くん」

 

「……ちょーっと! 良いっすかね神無月君!? 急に呼び出しておいて何で初対面のはずの女の子連れてきてるんすか!? なに、彼女自慢!?」

 

「ハッ、私が神無月の彼女だって? 私が、こいつと?」

 

「あっ、その反応だと相当嫌われてるみたいっすね神無月君ってばなんかやらかしたんすか? いやまあアンタ性格悪そうだしなぁ……」

 

「そうそう性格悪いよこいつ」

 

「おいそこ。俺で仲良くなるな。あと喧嘩売ってるなら買うぞ」

 

 

 眉を顰めた俺に対し、星空は肩をすくめた。

 対する海里は呆れたような表情を浮かべつつも、俺に向かって問いかける。

 

 

「────で、呼び出しておいてただ話がしたいだけってどういうつもり。私は紅葉に伝言してた、あの時の答え合わせをすると思ったんだけど?」

 

「ああ、働き蟻と怠け蟻についてか。当然、それも含めて話をするつもりで来た」

 

「……ふーん?」

 

 

 意味深に笑う海里が目を細めてくる。

 まるで俺を観察しているかのようだ。その目はなんとなく、アカネと最後に話した時を思い起こさせた。

 

 

「なんかよく分からない話するぐらいだったら俺帰ってもいいっすか? あっ、いや直感が……」

 

「駄目に決まっているだろう。ほら、立とうとするな。座れ」

 

「あーもう。分かってるっすよ直感が囁いたんでね! ってか、命令しないでくれないっすかね!?」

 

「オレ様何様鏡夜様」

 

「星空はともかく……海里、お前後で覚えてろ」

 

「ハッ、やれるならやってみなよ」

 

「いやいや落ち着いて、立とうとしないで。アンタら公園で喧嘩して大騒ぎ起こしたら大変なことになる────あれ、待ってくださいっすよ。えっ、この三人だと俺ってば仲裁役になんの!?」

 

 

 頭を抱える星空。何の直感を囁かれたのかは分からないが、察したような顔をした数秒後、何故か顔が絶望に染まる。妖精関連の話もまだしていないというのに何処に絶望したのか理解が出来ず小さく溜息を吐いた。

 海里も同じなのだろう。

 

 とにかく、話を進めなければと俺は星空と出会い、気絶し────あのゲームをしている誰かの声を聞いた最後までを話す。

 夢の内容についてはアカネから聞いていたのか、星空は頷いているだけだった。しかし分からないのが海里の表情だろう。驚きも訝し気な顔も何もしない。

 

 

「……鏡に引き込まれて喰われる寸前、アカネは言っていた。『貴方にとってこの世界は』と言っていたのが何処なのかについて考えていたんだ」

 

「神無月が見てた夢の世界なんじゃないの」

 

「それだったら『あなたにとってここは』……と、言えばいい話だろう。もしくは『この夢は』だな。でもそう言わなかった」

 

「……まあ、アカネちゃんは時々意味深なことは言うけど、じゃああの妖精の世界ってことなんじゃないっすか? アカネちゃんには詳しく話を聞いてないから分からないっすけど」

 

「……仮定の話だ。だが仮定と思うには少し出来過ぎているような気がするんだ」

 

 

 悪夢の中で見た死の瀬戸際。

 あれを悪夢と呼んでいいのか分からないが、妖精が作り出す境界線の世界に入れられたとしてもあそこは時間経過が起きない。一瞬ですべてが始まり、瞬きの最中……いや、それ以上の時間も経たず戻ってくることが可能。

 

 もちろん、星空が疑う気持ちは分かる。あの境界線の世界では時間の概念がないという根拠は何もない。わざと妖精が時間を動かし夢のように見せたという可能性もあった。全ての現象において、確実にそうとは限らないのだ。

 

 俺は体験してきたあの全てが夢だと感覚で理解できている。その感覚すら妖精に支配されていたらもうどうしようもないが……。

 

 

「星空の言うように妖精が住む境界線の世界かとも思ったよ。でもそれも違う。だってアカネはわざわざ『この世界』と言ったんだぞ。……おかしいと思わないか。境界線の世界と名前があるはずなのに、。つまり妖精がいる世界がホラーゲームの世界とは限らない。俺が見た夢もそうとは考えにくい」

 

 異様な緊張感に包まれる。

 何かを察したのか。理解しているのか。それとも俺を観察しているのだろうか。

 

 

「もしも……もしも、俺の考えが合っているなら」

 

 

 ────この世界がホラーゲームだと、最初に言ったのは誰だったか。

 

 紅葉秋音を殺せと言ったアカネが、何故彼女の言葉に似たことを言うのか。

 

 

「あのアカネという女が、ホラーゲームと言ったのがこの世界……現実とするなら、もしもここだったら?」

 

 

 アカネと話をして居た時に感じた恐怖。

 言葉の裏を読み取らなければ死ぬかもしれない焦燥感。

 

 

「この現実世界がホラーゲームの世界なら、どこかで必ずリセット……時間が逆戻りし、入学式のあの日までループしているんじゃないのか?」

 

 

 死んだあと、あの和室で見たゲームの光景が忘れられない。

 声だけしか聞こえないあの男はリセットを繰り返していた。

 

 それがこの世界でも適用できるとしたら?

 

 

「俺のみた夢であの男が言っていたのが確かなら、この世界は繰り返されている可能性が高い」

 

 

 このままではいけないと、心の奥底で燻る思いがある。

 疑念を確信に変えなくてはいけない。だから俺は話し続ける。

 

 

 

「ホラーゲームの分岐は数多くある。選択肢も多く残されている」

 

「リセットした瞬間、主人公の『パラメーター』が変動するといっていた。……まあそれは、確実じゃないようだが……」

 

 

 それがもしも、主人公だけじゃなかったら?

 主人公以外の誰かにも、全員適用されるのなら……。

 

 

「繰り返す理由が、何かあるはずだ」

 

 

「俺たちに何かをさせたい理由があるはずなんだ」

 

 

 子供たちの騒がしい声が聞こえる。楽し気な笑い声も聞こえてくる。俺たちがいる場所とは別世界のように隔たりがあると感じてしまう程度には温度差が酷かった。

 

 ただ、彼らは俺の言葉を黙って聞いていた。

 馬鹿にするような目で見る人はいなかった。海里ですら、無表情で話を聞いていたのだ。

 

 今はただ、二人とも俺の話について考えているように見えた。

 

 数秒ほど待つ。

 桜が机の上に舞い落ちて、一枚だけ海里の頭にちょこんと乗っているのが見えた。

 それを彼女は手で振り落としている。

 

 

「一つ聞きたいんすけど」

 

「ああ」

 

 

 少しだけ迷うように視線をうろつかせた星空が、俺に向かって問いかける。

 

 

「アカネちゃんは俺にとって家族のように近い、俺達の神様っす。この五色町の守護神のような人。だから気になったんすよ……なんでそれをわざわざ、俺に言ったんすか? 忠告が本当か嘘か質問してきてほしいってこと?」

 

 

 星空の言葉に首を横に振ってみせた。

 本当かどうか知りたいなら俺はちゃんと星空の家に行く。彼女に向かって直接問いかけてみせるだろう。

 

 でもそうじゃない。

 あの時の恐怖。鳥肌が立つかと思えた彼女の一瞬の変貌に、疑念があったからにすぎない。

 

 

「お前の直感は、神様からもらい受けたと聞いたが、その直感は本当に当たっているのか?」

 

「はぁ?」

 

「あのアカネという女性は、あの神様と名乗る存在は本当に味方なのか?」

 

「そ、そんなの当然っすよ!」

 

「ならなんで、お前をあの夕日丘高等学校に入学させたんだ。お前の家は隣町……この五色町のはずだろう」

 

「それは……」

 

「お前も何か、利用されている可能性がある。そう思ってここに呼び出したんだ」

 

 

 俺の声に激高した様子で、彼は立ち上がる。

 

 

「っ────生まれたときからずっと、ずっっと一緒にいたんすよ! 俺のことを見守ってきたアカネちゃんが、あの神様が悪い存在なんてあり得ない。アンタ、俺に喧嘩売ってるんすか!!」

 

「そうじゃない。あくまで可能性の範囲なんだよ。……あのアカネという女が味方だという可能性も十分高いんだ。ただ、当たり前だと思っていたそれが急に違っていたらと思うとな……ほら、目立っているぞ。座れ」

 

 

 呆然と、でも何かを言い足りないように口をパクパクと開けていた。

 絶対的な味方であるはずの存在に裏切られるだなんてこと、俺は過去に経験しているから分かる。これはいわば、一つの忠告にすぎないだけ。

 

 

「……こんな思いをするために、俺はアンタを助けようと思って近づいた訳じゃないっすよ」

 

「そうだな。俺もこんなこと考えたくはなかったよ。でも忘れないでくれ。まだ分からないんだ。何もかも……頭の隅にでもいいから覚えていてほしい」

 

 

 小さく頷き、また俺は口を開く。

 

 

「……それで一つ、あの夢を見て分かったことがある」

 

「またっすか?」

 

 

「ああ、あの時俺が死んだこと。そしてアカネが言った内容。あの時に感じた走馬灯のようなあの記憶の夢。────もしかしたら、死ぬことで何かを得るかもしれない」

 

 

 星空だって言っていただろう。一度死んだらどうかと。

 

 俺だけじゃない。紅葉も殺せと言っていた。

 そして見えたのはあのよくわからない記憶。アカネが説明しなかったホラーゲームの知識。

 

 

 例えば、死ぬことでホラーゲームの知識を得られたとする。それでもしも中途半端にリセットされたとして、入学式の間際で紅葉が記憶を思い出したと勘違いしていたら。

 

 前世の記憶だと言っていた。紅葉が言っていた全てがリセット前に垣間見た記憶で────あのゲームをやっていた男の思考や言動が紅葉秋音の心に直接叩きこまれてしまい性格さえ歪ませてしまうような何かがあったとしたら。

 リセットしていても忘れられないような何かがあったとしたら。

 

 あの紅葉は、あの夢の中で見たゲームをしていた男が前世の記憶だと思い込んでいる、もしくは洗脳されている状態なんじゃないだろうか。

 

 

「俺が死んだときに見た記憶が、殺すことが重要視されるなら……。紅葉を一度、意図的にでも死なせる必要がある。それも現実でじゃなく、境界線の世界か俺が見た夢のようなあの世界か……」

 

「えっ、人を殺すつもりっすか!?」

 

「ちょっと、声がでかいよ!」

 

「あ、すいませんっす……」

 

 

 海里が周りを気にしつつもまた立ち上がりかけた星空に怒鳴る。

 幸い周囲には俺たちの会話を気にする人はいなかった。

 

 

「もちろん星空の言う通り殺しなんて出来ない。それじゃあダメだ。もしかしたら、死ぬことによってデメリットがあるかもしれない……」

 

 死ぬことで死亡フラグが増えるかもしれないと言っていた。

 実際どうなるかは分からないが、危険性が伴っている行為をするつもりはない。あくまで死の間際を見極めるんだ。

 

 

「妖精か何かの介入が、俺たちの思考を蝕む何かをされるなら。例えば、死ぬことによって魂を弄られるような行為をされてしまうなら、俺はそれを避けたい。だから死ぬ間際。その一瞬を狙って救いだしたいんだ。俺としても人を、紅葉を殺すつもりはないからな」

 

「それで?」

 

「俺だけじゃ無理だから、お前たちも協力してほしい」

 

 

 正直に言えば、呼び出した大半の理由がそれだった。もちろん危機的状況を救い出す要員としてクラスメイトの中で選ぶとしたら桜坂春臣だろう。紅葉を殺しかける作戦について話さなくても、うまく誘導させればどうにかなりそうだという確信があった。

 

 それでも俺は、彼らを選んだ。

 協力してほしいことも含め、俺の考えが正しいかどうか答え合わせできるかもしれないからだ。

 

 海里は俺の言葉を聞いて、鼻で笑ってきた。

 

 

「私達にそれを協力しろと? 危険があるかもしれない、それに?」

 

「試す価値はあるはずだ」

 

「ふーん……じゃあさ、蟻の件はどうなったの?」

 

 

 今までの考えをまとめたうえで、俺は断言する。

 

 

「働き蟻が境界線の住人で、怠け蟻は俺達だ」

 

 

 女王は妖精。それに関連する化け物達。

 働き蟻に該当する境界線の住人とは、俺はまだ見たことのないクリスタル防衛戦での化け物なのだろう。

 

 怠け蟻は時に働き蟻に転じることもある。

 夕日丘高等学校に入学してしまった限り、妖精に何されるのか分からないという意味で怠け蟻を選んだ。

 

 海里は何かを悩むように、小さく目を閉じた。

 隣にいる星空を見たが、彼もまた海里の事をじっと見つめていた。

 

 やがて、彼女は小さな口を開く。

 

 

「……リセットってさ、記憶を無かったことにされるようなもんなんだよね」

 

「そうだな」

 

「じゃあアンタの考えが正しいとして、世界がホラーゲームのように出来ているならさ…………私の知らない周回があったかもしれないってこと? 私の知らない時にリセットされたかもしれないってことなの?」

 

「おい海里……?」

 

 

 ブツブツと呟き声を上げる海里。

 その様子は先ほど俺たちを馬鹿にし、喧嘩を売り続けた勝気な様子とは違う。

 

 何かを察して、絶望しそうになっている。

 違和感を必死に取り除こうとしている。

 唇を噛みしめ、時にブツブツと呟く。狂人のようにも映る。

 

 何を見たのだろうか。何を経験したのか。

 

 考えをまとめたのか、海里はゆっくりと俺たちを見つめてきた。

 その顔は少しだけ疲れているように感じた。

 

 

「……神無月鏡夜。アンタが考えていた話が正解かどうか、私がそれを保証してあげるよ」

 

「なに?」

 

 

 嘘をついているような目に見えなかった。

 何か確信があって言っている。断言しているのだ。

 

 

「私はこの世界が五回繰り返されているのを見た。何度も妖精を殺そうとして、何度も体験し覚えているんだ」

 

「はぁぁ!?」

 

「ちょっと待て、それはどういう────」

 

 

「まず私の話を聞いてくれない?」

 

 

 手の平を俺たちの眼前に向けてくる。

 彼女の力強い声のせいか、問い詰めようとした俺たちの勢いを削いでくる。

 

 

「私がいれば、紅葉秋音を殺す間際で救わなくてもいい」

 

 

 だから協力してあげると、彼女は言う。

 

 

「私には世界をリセットさせる力がある。だから神無月の言うように、世界が繰り返されているのを知っているんだ」

 

「はっ?」

 

 

 なんだ、それは……つまりそれは……。

 

 

「でもそれには大きな代償が必要になる。だから私はアンタのために一度しか使わない」

 

 

 それ以上は何も言わない。

 問い詰めても何も。リセットする力があると言うだけで、彼女はそれ以外を口にしない。

 

 呆然と星空は見つめていた。直感が何かささやいたのか、それで合っているのだと彼もまた頷いていた。

 嘘かもしれない。彼女がでたらめを言っている可能性もある。

 

 

 でも────。

 

 

 

「一度だけなら、協力してもいいよ。それで何か分かったら、私のリセット能力について教えてあげる」

 

「……分かった」

 

 

 何が起きるのか分からない。

 死の間際に何かが見えるかもしれない。

 

 

 星空にも協力してもらうことを約束して、俺は海里と取引に応じることにした。

 

 

 

・・・

 

 

 

(さすがに、紅葉を置いて逃げるだなんてこと、桜坂はしないか……)

 

 

 紅葉だけじゃなく桜坂まで巻き込むとは思ってもみなかった。彼の身体能力なら逃げられると思ってはいた。

 ……それでも結果的には、想像通りになってしまったが。

 

 しかしこれで彼女だけじゃなく、桜坂もまた何かを見るかもしれない。

 

 

 星空に頼んで正解だった。星空がいる黄色組は今、青組と合流するためと言って遠回りに図書館へ向かっている最中だった。

 すれ違ったのだ。もしも星空が協力せずこの商店街にいたなら、きっと彼女たちを救おうとするだろうから。あのアカネがいる星空の傍でリセットさせるつもりはなかったからな……。

 

 

 通り道にここを通れるよう誘導しておいて、良かった。

 罪悪感に心が押し潰されるが、これは仕方がない行為だと必死に思い込む。

 

 

「海里」

 

「分かってるよ。そんな焦らないで」

 

 

 バキバキと、喰われていく音がする。

 吐き気のする光景だ。それを見ていると気分が悪くなる程度に。

 

 

 海里夏は、彼女たちの目が死にかけている瀬戸際を見計らった。

 

 

 

 

「 リ セ ッ ト 」

 

 

 

 

 視界がぐるんと、揺れ動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《あらあら、愚かにも私達に抵抗する道を選んだんですね。まあ妖精ちゃんとしてはそれも一つの目標に近づくかもしれませんし、ちょっとした暇つぶしに彼らの心が折れるまで付き合ってあげましょうかね~》

 

 

 嘲笑が響く。羽を動かした妖精が、神無月鏡夜をじっと見つめている。

 

 

 

《もう、本当に仕方ない子供達ですねぇ……》

 

 

 

 リセットする瞬間なんだろう。しかし妖精は動じない。しょうがないなぁとまるで出来の悪い弟を見ているかのように。何かに失敗しかけて助けを求めている子供を見守る庇護者のように。

 

 しかしその目は家畜を見ているかのようだった。

 

 

《どうやっても妖精ちゃんの目指す目標に一歩も近づかないなら、もういっそのことぜーんぶあの子たちに任せた方が良いかもしれないですねー。どう足掻いても意味なんてありえないんですから》

 

 

 

 妖精の声は鏡夜たちには届かない。鏡夜たちが侵入しずらい深層区域の奥深くにいた。

 彼女はただじっと、彼らを観察していたのだ。

 

 

 

 

《もういっそ、バグらせてもいいんですよ。この世界をね……》

 

 

 

 

 羽を動かし宙に浮き、ゆらゆらと揺れる。

 そうして楽し気に笑う。嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

《ねえ、あなたもそう思うでしょう?》

 

 

 

 

 妖精はただにっこりと────こちらを見て、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








あとがき

(Re)→リメイク、リスタート、リセット、リカバー、リベリオン。

他にもまあふんわりとですがいろいろと。このお話は前作とまた違うルート分岐ですからね。(Re)とタイトルにつけた意味はあります。ただルート分岐ってだけで、時系列は変わりありません。



プロローグは終わります。

次回から第一章ですよろしくお願い致します。


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番外資料
資料 ある■週目の紅葉の日記


 

 

4月1日

考えていても何も浮かばないため日記に書いて情報を整理しようと思う。

私は、何かのきっかけで時間を逆行、ループしてしまっている。

この世界はゲーム世界だ。それも忠実に再現されたゲームである、ということ。

ユウヒ―青の防衛戦線―と呼ばれているそのホラーゲームは、境界線の世界と、現実世界での亡霊たちによる防衛戦がある。ゲームは主に行動パートと会話パートに分かれており、会話の選択肢によって死ぬこともあるのであまり変な発言はしない方が良いということ。

私が住んでいる町は、妖精によって監視されているということ。

とにかく、周りを観察しよう。今日で何週目なのかを思い出すためにも。

 

4月5日

私はゲームをクリアした覚えはない。

私はなにもしていない。

私は妖精を怒らせるような真似も、何か邪魔したことだってない。

たぶん、きっと。私じゃなくて誰かのせいでこうなったかもしれない。

最初の記憶が朧気だ。

私の覚えている限り、一番最初の記憶こそ全ての始まりだと思う。

あの時、私が妖精の悪事を手伝うことなんてしなければよかったはずなのに。

ただ、もう手遅れだっていうことだけは分かっている。

この世界はホラーゲームの世界。だからこの世界を終わらせないといけない。

でもきっと、ありきたりのクリア方法は出来ない。

夕青は鏡夜以外のほとんどが死ぬ。そういうゲームだから。

私は死にたくない。

リトライも出来ない程度に壊さないといけない。それかバグを引き起こさないといけないんだってことだけは分かる。

じゃないとまた、戻される。最初に戻って、また同じように始めなきゃいけないんだ。

とにかく、また境界線の世界へ連れて行かれるだろうから生き残る方法を見つけないと。

 

5月14日

もう嫌だ。私は彼女の言う通りに従っただけ。

私は何もしていない。私はなにも、していない。

なんでわたしだったの?

いいや、まって。まだ終わらない。まだ諦めない方が良い。

ホラーゲームを終わらせれば、逃げ出られるかもしれない。

とにかく、順調にストーリーは進んでいる。妖精は私を見逃しているのだろう。

 

5月27日

みのがしていなかった。

わたしを、もてあそんでいるだけだった。

 

6月19日

あの妖精が私を裏切ったのは理解している。

いやそもそも、裏切る前提で行動していたのかもしれないけれど。

 

私はあの時、鏡夜を起こしていれば。

 

あのとき、あの病院で、私が。

 

私が彼女に会わなければ。

 

 

・・・

 

・・

 

 

4月1日

ループした。原因は鏡夜が死んだせいだった。現実世界で幽霊によって殺された。遠くから確認してしまった。鏡によって引き込まれる鏡夜の姿を。

とにかく、情報を整理しよう。

私がやるべきことは、鏡夜を生かすこと。ループさせないこと。そしてゲームを終わらせること。

 

もう一度、書き記そう。

以前の私が何をしたのか書いておけば、きっと私はそれ以外の方法で進んでいくことが出来るはず。

忘れないためにも、全て書き記そう。覚えている限りの情報を。

 

 

 

・・・・

 

 

・・・

 

 

 

 

 

10月10日

■■姉さんに会った。

かのじょが■を見つけたらしい

何故早い段階でループしているのかについても理解できた。

鏡夜は天敵だ。

だから彼を排除する。でもそれだとホラーゲームに成り立たないから、彼を潰そうとするのだろう。

がいちゅうは、どんなことをしても害しか残さない

だからこのままだと、本当の意味で手遅れになる。

みんな、死んでしまった

私が彼を救わないといけない。

姉さんに全てを任せた。

この日記も、私が生きた証として姉さんに託すことにする

持っていけるかどうかは分からないけれど。

今回、ここまで長く月日が流れたのはきっと妖精の気まぐれにすぎない。

最初で最後のチャンスだ。

もしもこれで私が死んだとしても後悔はない。

 

ううん、やっぱり後悔はある。

わたしはまだ、やり残したことがあったから

 

でももう仕方がない。こうしないと鏡夜の魂は耐えきれない。

 

彼は死に過ぎた。彼が消滅し餌となるのをあの妖精は待っているだけ。

 

せめて、あの日あの場所で見た時間に戻れたならと思ったことがある

 

私にはできないけれど、鏡夜ならできるはず。

 

私が鏡夜を生かす。

 

だから私は死ぬんだ。

 

 

ごめんね、あきみつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床に放り出されたノートが、誰かの手によって拾われた。

 その手は小さく、少年のものだった。

 

 小学生か中学生ぐらいの手だった。

 

 

 

「……なんだこれ、姉ちゃんの日記か?」

 

 

 

 

 




ある部分をたてよみ


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忘却の記憶 春の兆し 前編



何処かの場所の、何処かの時間。

■■の世界で。






 

 

 

 

 6月。紫陽花が綺麗に花咲く季節だというのに本日の気温は30度近く、熱中症になるかと思えるほどの雲一つない晴天。

 梅雨とはいったい何だったのか。こんな状態でまだ夏になってないと言われても誰も信じないだろう。

 

 とにかく、そんな急すぎる気温の変化のせいだろうか。

 半袖に着替え大学へ向かう俺にはこの日差しはきつすぎた。

 

 道は直射日光。アスファルトが焼けて地面も熱く、じわじわと蒸し焼きにされた食材になっているような気分になる。

 

 

「あつい……」

 

 

 汗が頬に流れ落ち、ペットボトルでぬるい水を飲みつつ喉を潤し、眩しすぎる晴天へ向けて小さな溜息を吐いた。

 

 

「せんぱーい!」

 

「ああ?」

 

 

 歩いていた俺に向けて、手を振りながら近づいてきた一人の少女に気がつく。

 

 何故か彼女は涼し気に俺を見ていた。汗一つかかず、紺色のスカートをひらひらと動かして駆けてくる。近づいてきて俺の腕に抱き着いたそいつの身体はやけに冷えているように感じた。

 

 しかしすぐさま彼女は俺から飛びのく。

 

 

「うわっ、汗だらけで暑過ぎじゃないですか先輩! 筋肉のせいですか! 筋肉があり過ぎて熱気出てるんじゃないですか!」

 

「何で筋肉が熱気出すんだ……お前何言ってやがる頭おかしくなったのか?……」

 

「うわーグサッと刺さる言葉だというのに先輩ってばバテバテすぎて勢いが足りなさすぎですねぇ。それじゃあくたびれたゴリラですよ!」

 

「誰がゴリラだ!」

 

「そうそうその元気さがないとですよね! いやでも今日はなんだか夏みたいで暑いですから海に行きたくなりますよねぇ、先輩!」

 

 

 海に行きたいと喚いているくせに、暑さなんか感じてないとでも言うかのような涼しげな笑みを浮かべているため、少しばかり苛立つ。

 

 しかし彼女はその後いつも通り楽し気に俺と共に歩き出す。俺が不機嫌であっても何も変わらず。

 それは入学式の頃から同じだった。気が付けば何故か傍に居て、いつの間にかこうして一緒に学校へ向かっている。他にも友達はいるはずなのに何故俺に構うのか。

 

 先輩センパイと俺を慕うというよりかは、ちょっかいをかけたいから近づいてきたような気がする。

 

 

「ねえ先輩。こう熱いとアイスとか食べたくありません?」

 

「奢らねえぞ」

 

「そうじゃなくて、こう……お化け屋敷とか海とかなんだか夏を感じられるようなことしたくないですかーって話ですよぅ」

 

 

 頬を膨らませた彼女が俺の腕をつかんだ。いや、俺の腕の方が彼女の手より大きいため軽く触れた、といった方がいいだろう。

 

 その手は冷たく、雪のように感じる。

 先程も思ったが、汗一つかかないのはきっと彼女の体温が低いせいだろうな。

 

 

「もう、先輩ってば聞いてるんですか?」

 

「聞いてる聞いてる」

 

 

 考え事をしていたせいで少しだけ聞いてはいなかったがまあ大体は察することが出来るため頷いておいた。

 

 

「むぅ……じゃあちゃんとやってくれるんですよね?」

 

「はぁ?」

 

「ほらもうやっぱり聞いてなかったじゃないですかぁ!」

 

 

 不機嫌になった彼女が言うには、以前から話題のホラーゲームを買ってプレイしてほしいとのこと。できればそれをクリアしてほしいということだった。

 

 

「俺はいろいろ忙しいんだから自分でやれよ」

 

「先輩が暑い~あつい~って苦しんでるから私が涼しくなってほしいと思って紹介してるんですぅ! それに私がやっても……」

 

「ハッ、なんだよ。ホラー苦手か?」

 

「もう先輩ってば。私はホラー得意なんですよぉ! 先輩の方が苦手なんじゃないですか~?」

 

「んなわけあるかふざけんな」

 

 売り言葉に買い言葉。

 いつの間にか彼女が持っていたゲームソフトを持たされてしまった。

 

「……夕青、か」

 

「はい! 新しくリメイクされた難易度はそこそこのホラーゲームですよ! きっと、先輩がやったら驚くでしょうね!」

 

「はぁ? 何が驚くってんだよ」

 

「だって、先輩の名前にそっくりなんですよ。ほらここ! このキャラクターの名前! あと声もそっくり!」

 

 ゲームソフトのあるキャラを指差した彼女に眉をひそめた。

 そして理解するのだ。最近のあの不可解な視線を。声を発しただけで様々な人に見られ、小声でヒソヒソと何かを話される苛立つ場面を。

 

 なんだかモヤモヤしていた意味がはっきりしたせいで別の感情が込み上げてきた。

 

「ああ、だからか────」

 

 これはいったい誰が作ったというのか。

 名前も見た目も声も同じとか、偶然にしては出来すぎているような気がする。

 

 そう、俺は小さく舌打ちをした。

 

「……ゲームキャラにそっくりだなんて気に食わねえ。まるで意図的に作られたみたいで気持ち悪い」

 

「んーそうですか? でも私もいろんな人に見られますし、偶然なんじゃないですかぁ?」

 

「はっ? お前、このゲームに出てくるキャラにそっくりなのかよ?」

 

 パッケージを見るが三大ヒロインと思わしき人物。そして主人公のいけ好かない顔と、もう一人。それ以外に彼女に似ている存在はいない。

 

「私がいるかどうかはお楽しみ。ゲームをやってみれば分かりますよぉ」

 

 彼女がまた楽しげにクスクスと笑う。

 暑すぎてダルいっていうのに、本当に元気だなお前。

 

「あーでも、ソフトはあってもゲーム機ねえな……」

 

「えっ、じゃああとで持ってきましょうか?」

 

「いやいい。流石に後輩に借りすぎるのもアレだ。それにこのホラーゲームって……お前が言うにはシリーズものなんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

「じゃあ新しく買ってくる。その方が涼しくなれるんならちょうどいい」

 

 目を見開いた彼女が嬉しそうに頬を赤らめた。

 

「もうそういう思いきったとこ好きですよ先輩! 恋愛の意味は含みませんがね!」

 

「ヘイヘイ」

 

 

 

 

 

 

 なんで俺は無駄な体力を使う約束をしたのか。

 

「面倒だな……」

 

 授業は終わり、家へ帰る前にと電気量販店へ向かうことにしたが流石に遠回りをするため暑く、汗で冷房が身体を冷やす。

 このままだと温度差で風邪をひいてしまいそうだ。

 

 後輩はまだ学校だからきっと俺が当日、帰る前にすぐさまゲーム機を買うだなんて思いはしないだろう。様々なゲームを見つつ、夕青のソフトのゲーム機を品定めする。

 

「んん、ん?」

 

 夕青ってユウヒ-青の防衛戦線-だよな?

 他のシリーズといっても、夕青の続きって意味じゃなかったのか。ソフトを見ている客の中には赤色や黄色のものがあった。

 シリーズというよりは、派生だろうか。

 

 それにしても人気ありすぎだろ。一人が同じゲームソフトを三本買っている。

 あと帽子をしていてよかったのか、チラ見はされるがそこまでじゃない。ゲームキャラクターの見た目に似てると面倒だ。こちらに近づいてきそうな人間もいる。何故かそいつらの目は隈ができており、かなり重症のゲーム中毒になっているのか。

 

 

 話しかけられる前にとっとと終わらせよう。そう思った時だった。

 

 

「ねえ、そこのあなた」

 

「あ?」

 

 振り向いた先にいたのは、真っ黒な服を着た、黒髪の女だった。

 この暑い日に黒色のワンピースに黒髪と全身真っ黒なくせに肌は雪のように白く、汗一つかいていないのか花のような香りが感じられる。

 

 俺を見つめる視線、その瞳は冬のように冷めていた。

 

 

「ユウヒゲームシリーズをやるのはおすすめしないわよ。とくにあなたはね、桜坂くん」

 

 

 

 

 



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忘却の記憶 春の兆し 後編

 

 

 

 涼しげな眼でこちらを見つめる女を、俺は知らない。

 しかし俺と同じくらいの年齢の女が俺に向かってはっきりと「桜坂くん」と呼んだ。ゲームキャラにそっくりだからコスプレしてるんじゃねえかと誤解されていたとしても、それに興奮して俺に向かって話しかける変人だとしても────この夕青というゲームをおススメしない奴はいないはずだ。たぶん。きっと。

 

 

「……俺とどこかで会ったか?」

 

「貴方が知らないなら初対面よ」

 

「何だその意味深な言い方は」

 

 

 俺に向かって向けられる感情は親しみが込められている。それと心配しているのか。変な女だとは思う。

 無視してもいいが、なんだかそれはやっちゃいけないような気がした。

 

 

「……ユウヒのゲームをやっちゃいけないって言うのはどういう意味だ。怖すぎるゲームだからやらない方が良いってか?」

 

「確かにそうね。身の毛もよだつ程怖いゲームだと私は思うわ。だからこのゲームとかやってみたらどう?」

 

「はぁ?」

 

 

 奴が見せてきたのはギャルゲー、乙女ゲー。恋愛要素がふんだんに盛り込まれたハーレムやらクソゲーやら、まあとりあえずホラー要素が一切ないゲームを選んでいた。それもあまり売れていなさそうなものばかり。

 

 

「嫌がらせで変なゲーム俺にやらせようとすんじゃねえよ!」

 

「あら、ユウヒゲームとは真逆の駄作を選んでいたつもりなんだけど、それは嫌だった?」

 

「だから何でわざわざ駄作選んでんだよふざけんじゃねえぞ!」

 

 

 初対面であれば目つきの鋭さにビビッて逃げるはず。それなのにこの女は肩をすくめて小さく溜息を吐いた。仕方がないなというような目で俺を見るんじゃねえ。なんだこれ俺が悪いのか?

 

「じゃあこれなんてどう? 桜坂くんは確か格闘ゲームが好きだったわよね?」

 

「……いや確かに好きだけどそれクソゲーって言われてるほどバグがやばいゲームじゃねえか。それも一昔前の。どっから持ってきた!?」

 

「ポケットから」

 

「私物じゃねえか!!」

 

 

 俺の嗜好を知っているのもおかしい。やはりこいつ、ストーカーだろうか。

 不気味に思えてきたのと、暑すぎて怠いのもあってか、考えるのも面倒になってきた。とにかくこの女から離れたい。それだけしか考えられない。

 

 

「はぁ……もういい。お前みたいな変人に用はねえ」

 

「待って。悪ふざけしたことは謝るわ。こうすればあなたゲームなんてしないと思ったから。だからそのユウヒシリーズのゲームソフトを買うのを止めなさい」

 

「だから何で止めようとするんだよ。店の人に営業妨害がいますって言ってやろうか?」

 

「安心しなさい私が買うなって言うのは貴方だけよ」

 

「いや普通に妨害してんじゃねーか!」

 

 

 それも何故俺に向かって言うのか。

 あれか、新手の詐欺か何かか?

 こんな奴に付き合っていてもしょうがないというのに、女は俺の腕を掴んで離そうとしない。

 

 流石に店の中で騒ぎを起こして変な目で見られるのも癪に障る。俺が悪いわけじゃないのに俺のせいにされても困るしなぁ……。

 

 

「何でそこまでして止めようとするんだ」

 

「……そうね、いくつか理由はあるけれど」

 

 

 女は考えるように視線をうろつかせる。

 その間に離れてやろうかと思ったが、俺の腕を掴む力が強い。果物のような爽やかな香水を頭からぶっかけたんじゃないかと思うぐらい強い香りが俺の鼻に直撃する。そのせいで少しだけ気分が悪くなった。しかしこの女は俺の様子に気づかない。何を言おうか悩んでいるように感じる。数秒数分と、そこまで悩む必要があるなら離れればいいというのに。

 

 彼女の顔が動くごとに黒髪が揺れる。それでようやく気付く。この女の髪の毛に白髪が混じっている様子に。黒髪を脱色させたのか、それとも若白髪か何かか。

 

 この女がどういう存在なのか、俺の知り合いなのかすら分からない。ストーカーだとしても一度はあっているはず。しかし近くで見ても分からない。この女は初対面で間違いないはずなのに、

 

 やがて、人差し指を俺に向けて言う。

 

 

「桜坂くんはこのゲームの始まりが学生によって作られた同人ゲームだって言うのは知ってる?」

 

「……はぁ?」

 

「たった数年でここまで有名になった……ええそうよ、今じゃ立派なゲームになったけれど、以前はそうじゃなかったの。それはどうしてか、貴方には分かる?」

 

「……んなもん、他の人間がやってみて面白かったから、なんじゃねえのか?」

 

 

 目の前にいる女が俺の顔を覗き見る。

 それでようやく気が付いたのだ。

 

 この女の目が────瞳孔が開ききっていると。

 黒く気味の悪い目だと思った。

 薬か何かやっているのか。それとも病気なのか。

 

 思わず力づくで俺の腕を掴んでいる手を振り払い、数歩離れる。

 女は振り払われた手を摩り、苦笑していた。

 

 

「もしかして、私が怖い?」

 

「……気持ち悪いんだよ。初対面のくせにべたべた触りやがって」

 

「あら、女だから乱暴にしない紳士っぷりだし、私から離れないと思っただけよ」

 

「チッ」

 

 

 もういい。もうどうでもいい。

 とにかく離れよう。ゲームは……先ほどまで持っていたユウヒシリーズのソフトはあの女に取られたが、ゲーム機は持っている。また女に近づいてソフトを手にするわけにはいかないため、会計の方へ進むことに決めた。

 

 また別の店でソフトを見つけよう。そう決めたのだ。

 

 

「ユウヒシリーズのゲームはやらないで。後悔するわよ。桜坂くん」

 

「知らねえ」

 

「……まあ、貴方はもう手遅れだって分かっているから仕方がないわね。……桜坂くん、一つだけ忠告よ!」

 

 

 距離を離し、背中から聞こえてくる大きな声を無視する。

 

 

「私はもうあなたに会うつもりはないわ。だから、次に私に会ったら、それは私じゃない何かってこと。アレは現実で魂を喰らいたいだけの存在。あちらへ行ったとしても、道はずっと繋がっている。私が繋げ続けるから、逃げ道はあるわ!」

 

 

 意味が分からないことを言う。頭がおかしいのか。

 女は迷惑そうな周りの視線を気にすることなく叫び続けた。

 

 

「私の名前は冬乃。それだけは覚えておいて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ……そういえば、と。
 彼はゲームソフトを見て思い出す。


 あの後輩の名前も同じ、■■■だったなと。





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第一章 ホラーゲーム
第零話 海里と妖精の戯言


 

 

 

 海を漂う。

 砂浜を歩く。貝殻を拾って、景色を楽しむ。

 

 

 幼い頃の大好きな思い出が嫌いな物へ変化していく。

 そんな思いをするのは何度目だろうか。

 

 海へ繋がる地平線。砂浜以外何もない世界。私がいる場所は一本の道として左右に蝋燭が立てられている。でも蝋燭の火がついているのは前にあるもののみ。

 後ろにある数本の蝋燭はすべて溶けて消えている。

 

 それはつまり、私にとっての力の限界数。

 私が神と契約し、得た力の一つ。

 

(これで一回分のリセットは終わった)

 

 以前見た時より一つ増えた溶け切った蝋燭に私は溜息を吐きだす。

 ここへ来るのはまだ数回。でも私がもう手遅れだと感じる前に────意図的にリセットをしたのはこれが初めて。

 

 鏡夜たちがいたあの場所でリセットをしたのも、初めてだった。

 

 

《あーあー。こんなことをしても無駄だというのに、本当に人間って馬鹿ですよね~》

 

 

 うるさい。喧しい。どっかへ行け。

 頭の中で妖精の声が響く。それがムカついて、私は早くこの場所から出ていきたいと願う。

 それでもまだ目が覚める様子はない。

 そもそもここはどこなのか。夢の世界か神が作り出した力の源の風景か。よくわからないけれど妖精に入られている時点でもう手遅れだということは分かっている。

 

 あの妖精の声がした時点で、もう失敗だって分かっている。

 

(せめて、私がいないところで頑張りなよ……鏡夜……)

 

《あらあら、無駄だって言うのに情けなく他人に希望を持つだなんて哀れとしか言いようがありませんねぇー。そういうところ大好きですよ、海里ちゃん》

 

 

 うるさい。

 ああもう、早くリセットを終わらせてこの妖精との無駄な会話を終わらせたい。

 

 

《駄目ですよぉ。そんな簡単に終わらせちゃったらつまらないじゃないですかぁ》

 

 

 もう一度、私は深い溜息を吐いた。

 

 私はリセットできる。

 それはつまり、私と言う知識、その傷ついた魂がゼロに戻ることなく時間だけが巻き戻る現象。妖精が寄生虫のように引っ付いていれば奴もまた元に戻ってしまう。

 

 

《寄生虫だなんて嫌な言い方しないでくれます? アレから乖離した魂として名付けられたくせに》

 

 

 喧しい。

 

 

《あーあー。でも本当につまらなーい。何度同じ過ちを犯したら気が済むんですかねぇ神無月鏡夜は。妖精ちゃんはちょっとだけプンプンなんですよぉ。私の領域を荒らしたんですから、ちょっとは痛い目見せなきゃって思っちゃうのに》

 

 

 へーそう。じゃあ今度滅茶苦茶に荒らしてあげる。

 アンタが嫌なことだったら私、なんだってしてやるから。

 

 

《なんでもするんですか。へー。それはちょっと楽しみですねぇー》

 

 

 不機嫌だったくせに、また上機嫌に戻る。本当にこいつは大嫌いだ。

 なんでこいつ死なないんだろう。早く潰れてほしい。虫のようにグチャっと。

 

 

《も―そんなこと言うと痛い思いさせちゃいますよー! 私はゲームマスター。貴方たちが馬鹿なことしないように見守ってるただの可愛い妖精ちゃんですから!》

 

 

 あっそ。どうでもいいけど早くどっか行ってくれない?

 

 

《ツンデレですか。可愛いですねぇ》

 

 

 嘲笑やめろ。死ね。

 

 

《うふふ。まあいいですよ。貴方たちが足掻くさまを見るのはとっても楽しい暇つぶしになりますし。せいぜい頑張って生き抜いて見せてくださいね?》

 

 

 ……ハッ、言ってなさい。

 

 

《じゃあまた後で、頑張ってくださいね~!》

 

 

 嫌な目覚めだと思った。

 あの殺したくなるほどに喰い妖精に見送りされるだなんて、どんな悪夢なんだと。

 

 そんな苦い思いをしつつも、私はただ浮かんできた光に向かって真っすぐ手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《あーあー。このルートは失敗しっぱい。また強くなってニューゲームして、ぶっ壊さなきゃ》

 

《まあどうでもいいですけど。どうせ暇つぶしの材料として弄ぶだけですし》

 

《私ってば、結構ヒント出してるんですよねぇ》

 

《ちゃんと答えを言ってるのにね》

 

《本当に、馬鹿な子》

 

《うーんでもどうしましょうかね~》

 

《どうしようかな》

 

《このまま繰り返し続けても、何も意味がないなら……》

 

《もう一度、あの日まで続けてみるのも手ですかねぇ》

 

《神無月まで遠いけど、もう一度経験してみるのも手かなぁ!》

 

《よーし、可愛い妖精ちゃんとして》

 

《愛らしいユウヒちゃんとして》

 

《頑張りましょうね》

 

《楽しもうね、海里ちゃん》

 

 

 

 

 



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第一話 やり直した人とそうじゃない人

 

 

 目を覚まし、飛び起きる。

 周りを見て、化け物がいないと分かった。両腕は無傷。食いちぎられていないことも分かった。

 

 ────そうして初めて、俺は自室のベッドで寝ていたのだと気づく。

 

 扉の向こう側から「秋音! 早く起きないと遅刻するわよー!」という母の声が聞こえてくる。どうして。俺はあの時、死んだはずだ。家にいたわけじゃない。ベッドで眠っていたわけでもない。 

 

 

「はっ……はぁ……し、しんで……しんでない?」

 

 

 心臓が痛い。

 悪い夢でも見ていたのではないかと錯覚するが、アレは夢なんかじゃない。

 

 妙にリアルな感覚だった。記憶も鮮明に残っている。

 あの時俺は化け物に食いちぎられて終わったはずだ。そのまま死んで、それで────。

 

 鏡夜に会いたいという気持ちが、その感情が消えたのは何故か。

 あの時俺を見殺しにした彼が何を思っていたのか怖くなったからか。主人公である彼を信じるのは当然なのに、そう思うことすら出来なくなったのはきっと、あの冷めた目で俺を見下ろしていたせい。

 あの死ぬ直前に聞こえてきた妖精の声。その幻覚。あのユウヒと同じ目で俺を観察しているような瞳が怖いと思えてしまったのだ。

 

 身体が震えて、立てない。

 情けないが涙がボロボロと零れ落ちて止まらないのだ。

 

 

「なんで、なんでだよ……」

 

 

 しにたくない。死ぬのがこわい。

 でもこのまま生きて抵抗して────それで、痛い思いをするのなら。

 

 心が揺れる。恐怖と絶望で吐きそうになる。立ち上がることすら難しく。眩暈に襲われる。酷い頭痛がする。気分も何もかも最悪だった。

 誰のせいかと言われたら、それはきっと化け物のせい。妖精のせい。

 でも何故だろう。

 

 俺は自分を殺したのが鏡夜だと思ってしまったのだ。

 信じていたのに。知識も何もかも全て鏡夜に託して、協力できることは全てやってでも生きていたかったのに。

 

 

 最後に見た鏡夜の目が忘れられない。

 

 

「鏡夜に裏切られた……いや、違う……ハハッ……」

 

 

 きっと俺は、信じるに値しない存在だったんだろうなと自嘲した。

 

 

「姉ちゃん! 早く起きねえと母さんが怒る……って、姉ちゃんどうしたんだ?」

 

 

 母に頼まれて起こしに来たのか。弟の秋満が扉を開けて部屋へ入ってきた。しかしその顔は不機嫌から一転、慌てたような顔で俺を見ているのだ。

 ボロボロと泣いている俺の顔に秋満までもが泣きそうな顔で自分の腕を引っ張ってくる。

 

 最近反抗期で素直じゃない性格な秋満が俺のことを心配してくれている。不安そうな顔で「顔が真っ白だぞ。熱でもあるのか? 母さん呼ぶか?」と聞いてくる。

 

 その優しさに少しだけ救われたような気がした。

 

 

「大丈夫だよ秋満。心配してくれてありがとう。姉ちゃん、ちょっと寝不足なだけだよ」

 

「そっか……ハッ、いや別に心配なんてしてねーし! ってか寝不足って遠足いく前日に寝れねー幼児じゃねえんだから体調管理はしっかりしろよなバーカ! あとせっかく今日は姉ちゃんが入る高校の入学式なんだから遅刻なんてしたら笑いものにされるぞ! 体調悪くねーんだったら早く着替えろ馬鹿姉貴!!」

 

「あはは……はいはい……ちょっと顔洗ってくるわ……」

 

「全く……」

 

 

 ベッドから起き上がれるか一瞬心配したが、何とか立つことが出来た。身体がふらついたが秋満が支えてくれたし……まあ弟はすぐ照れて「気を付けろよ馬鹿!」と言ってはいたが……。

 

 ……うん、よし。

 まだ覚悟は出来ていないけれど、このままじゃいけないのは確かだ。

 

 鏡夜が俺をどう思っているのか、どういう意味で俺たちを見殺しにしてきたのか聞かなきゃならない。

 

 そのために今、立ち止まっている暇はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 秋満は自室から出て行った姉に小さく溜息を吐いた。

 

 そうして自分も出ていこうとして、一瞬足に違和感が走る。

 足元を見ると、その先に一冊のノートがあった。どうやら踏んでしまったらしい。

 姉が雑に放置して忘れていたのかそれとも拾い上げる気すら起きない程度には気分が悪かったのか。いろいろと考えて秋満はそれを拾い上げて机の上に置くことにした。

 

 拾い上げたノートは、どこかのページが開かれ、隅から隅までびっしり書かれていた異様なものだと気づく。 

 

 

「……ん?」

 

 

 一番最初をめくり、そのノートに記載されている日付に気が付いた。

 

 

「……なんだこれ、姉ちゃんの日記か?」

 

 

 きっとそれが、始まりだったのだろう。

 

 

 

 



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第二話 不透明の日記

 

 

 顔を洗い、スッキリさせたところで少し食欲が出てきた。

 リビングに入ってみれば、母が用意してくれた目玉焼きと一枚の焼かれたパンがある。それとシーザーサラダも添えられていた。

 

「秋音、今日は入学式なんだからね。時間ギリギリまでのんびりしてないで、早く食べて準備しちゃいなさいよー」

 

「分かってるよ」

 

 

 母さんが急かしつつ、もう一つと目玉焼きとパンを追加してくる。

 父さんはもう出かけたのだろう。秋満は……弟は自分の部屋に戻ったのだろうか。

 

 テレビから流れるニュースは芸能人のゴシップやらスポーツニュースやらが報道されていた。学校で起きたあの焦燥が嘘のように平和だと思えたのだ。

 

 

(戦争も何もないくせに、何でこんな死にかけてばかりなんだろう……)

 

 

 ゆっくり食べつつ、腹を満たしていく。

 そのおかげか少しばかり心が落ち着いて、思い出してしまうのは境界線での世界のことばかりだった。

 

 まだ実感できていなかった。分かっていなかったのだろう。

 妖精が起こすゲームがどのようなものなのか。死ぬということがどんなに辛いことか。化け物に噛みつかれ喰われるそのきつさを。

 

 俺はまだ、この世界がゲーム世界だと思い込んでいたから。

 

 

「……ごちそうさま」

 

「あら、もういいの?」

 

「うん。もうお腹いっぱいだからいい」

 

 

 まだ時間があるから部屋で考えよう。どうせ早めに行ってもいない可能性があるし、学校は妖精のテリトリーのようなもの。あいつが監視しているかもしれない場所に長くいたいわけじゃない。

 適当に母と会話をし、自室に戻ると何故か弟が床に座って何かを読んでいた。

 

 漫画か何かかと思ったが、一冊のノートのようだった。ヨレヨレで少し古そうなそれに俺は首を傾ける。

 

 

「秋満、何読んでるの」

 

「っ────ね、姉ちゃん」

 

 

 化け物でも見たかのような目で俺に視線を向けてくる。その反応が理解できなかった。

 

 

「何読んでるんだよ?」

 

「……これ、姉ちゃんの日記でしょ。床に落ちてて……でもこれ本当に日記なのか? なんか所々未来の日時が書かれてるし、変なこと書かれてるし……もしかしてなんかの創作とかに使うのか?」

 

 

 秋満からノートを貰いつつ、俺は訝し気な目でそれを見つめた。

 一ページ目を開くと、それは俺が書いたと思われる文字だった。

 しかしそれはとても異様なものだった。

 

 ────隅から隅までびっしりと。書き記したというよりは『刻まれていた』と言った方が良い。

 絶対にこれだけは忘れちゃならないというかのように。時々しわくちゃになっている部分や赤黒く何かが変色したところも見られるが、それの意味に気づいてゾッとする。

 

 

「姉ちゃん。これ本当に姉ちゃんが書いたのか?」

 

「いや、そんなことは……な、い……」

 

「姉ちゃん?」

 

 

 パラパラとめくったが、その書かれている文字を読んでいくにつれ先ほど忘れかけていた恐怖が蘇る。

 書かれていた内容は、妖精がゲームを始めたこと。このノートを書いた『紅葉秋音』が一番最初に何が起きたのかを理解し、妖精から逃げようとしていたこと。ループを終わらせるために鏡夜を生かそうとしていたことが分かった。

 これはまるで攻略するためのルート分岐ノートだ。

 いろんな行動をして、どうすれば生き残れるのか何度も何度も試したのだろう。それこそ心が限界になるぐらい。泣いてでもノートに書き続け、血に濡れても構わずそれに刻んだのだろう。

 

 一番最後に書かれていた日の記載に、少しだけ違和感があった。でもそれよりも気になる点がいくつか存在する。

 血で潰れて読めない部分があるが、■■姉さんと書かれた部分がある。それが誰なのか俺は知らない。それと姉さんに託すと書いてあるのに何故俺の部屋にこれがあったのか。

 

 分からない。この紅葉秋音は何なんだ。俺なのか?

 何も分からない。それが、怖い。

 

 

「姉ちゃん!」

 

「えっ、あ、ああ……秋満……」

 

「マジで大丈夫か? 母ちゃんに頼んで学校休んだ方が良いんじゃねーの?」

 

「いや、行く……いくよ……」

 

 

 入学式に休んだルートは必ず死ぬ。

 巻き込まれた先に生徒はいないが、最後にいた場所。つまり自室に小さなクリスタルが発生し、一人で戦うことになるルートだ。それだけは避けないといけない。だからどんなに体調が悪くても行かなくては……。

 

 

「……なあ秋満。これ何処で見つけたんだ?」

 

「あっ? ああ、それならそこの床だよ。なんか放り投げられてたっぽい」

 

「放り投げられてた……」

 

 

 それは記憶にない。……ノートは全部机の上に置いていたはずだ。漫画ならともかく、床にノートを放り投げるはずがない。

 

 つまり、見つけやすいよう置いてあった可能性がある。

 それか入学式前日の俺が無意識のうちに落としたか。

 

(……でもおかしい。ループする前はこんなノート置いてなかった。学校から帰ってもずっと、こんなノート無かったはずだ)

 

 

 嫌な考察が頭によぎった。

 このループは戻っているようでそうじゃない。

 もしかして、並行世界の何処かがループ地点として定められているのではないか。それか先ほども考えたように、意図的にこの場所に置いた誰かがいるということ。その場合は名前の潰れた■■姉さんと言う人になるけれど……。

 

 

「そういえば姉ちゃん、これって何なの」

 

「あー……お姉ちゃん全然わからない」

 

「何だよそれ。じゃあこれもなんか意味があるのか?」

 

「はい?」

 

「ほらこれ、ここの日付だけなんかおかしいだろ!」

 

 

 秋満がページを開き、指差した場所を見る。

 

 

 

10月10日

■■姉さんに会った。

かのじょが■を見つけたらしい

何故早い段階でループしているのかについても理解できた。

鏡夜は天敵だ。

だから彼を排除する。でもそれだとホラーゲームに成り立たないから、彼を潰そうとするのだろう。

がいちゅうは、どんなことをしても害しか残さない

だからこのままだと、本当の意味で手遅れになる。

みんな、死んでしまった

私が彼を救わないといけない。

姉さんに全てを任せた。

この日記も、私が生きた証として姉さんに託すことにする

持っていけるかどうかは分からないけれど。

今回、ここまで長く月日が流れたのはきっと妖精の気まぐれにすぎない。

最初で最後のチャンスだ。

もしもこれで私が死んだとしても後悔はない。

 

ううん、やっぱり後悔はある。

わたしはまだ、やり残したことがあったから

 

でももう仕方がない。こうしないと鏡夜の魂は耐えきれない。

 

彼は死に過ぎた。彼が消滅し餌となるのをあの妖精は待っているだけ。

 

せめて、あの日あの場所で見た時間に戻れたならと思ったことがある

 

私にはできないけれど、鏡夜ならできるはず。

 

私が鏡夜を生かす。

 

だから私は死ぬんだ。

 

 

ごめんね、あきみつ。

 

 

 

「……俺に向かってなんか謝ってるのも気になるし、それにここも気になる」

 

「丸のこと?」

 

「そう、句読点のこと。なんか縦読みできるけどそれも何か意味があるのかなって……ってか本当に姉ちゃん何も知らねえの? これ俺に向けてのメッセージだよな? なんか意味があって書いたんじゃねーのかよ?」

 

 

 不安そうにしている弟を見て、ハッと我に返った。

 こいつは部外者だ。実の弟で身内でも、妖精の被害には合っていない、

 藪をつついて蛇を出すという真似をしてほしくはない。だから盛大にとぼけてやろう。こいつが冗談だと思えるように無理やりにでも笑顔を作って。

 

 ぎゅっと抱きしめて頭を撫でれば、秋満は照れてくれるから。

 

 

「んーさぁ、お姉ちゃん何も分からねえって! とりあえず秋満お前は頭がいいってことは分かった! 流石俺の弟だな!」

 

「やめろ姉ちゃん! 頭撫でるな! 髪の毛ぐしゃぐしゃにすんじゃねえよ!!!」

 

「あーはいはい可愛い弟でちゅね~! お姉ちゃんほんと秋満の頭脳が欲しいぐらいだぜ~!」

 

「うっせえ万年馬鹿! もう知らね!」

 

 

 怒ってドスドスと足を鳴らしつつ、部屋へ出ていった秋満にちょっとだけやり過ぎたなと反省する。

 そうして俺はノートを見た。最後のページ。縦読みと言われた部分。

 

 ────そこに書かれていた『かがみこわせ』の文字を。

 

 

 何の鏡を壊せばいいのか。俺に何をさせたいのか。

 鏡夜を生かすために紅葉秋音が死んだという文章にも違和感がある。

 

 

 不意にチャイムが鳴り、ビクリと肩を揺らした。

 扉を開けるために駆ける母の楽し気な声が響く。誰だろうか。母さんの知り合いか?

 

 いやでも誰かが来るはずはない。ループ前は誰かが来た記憶はない。ということはきっと、ループ以前の記憶を持っている人。鏡夜かもしれない。

 

 思わず扉から出てその先にいる人を見た。

 

 

「……桜坂、くん?」

 

「よぉ、紅葉」

 

 

 

 ちょっとだけ不機嫌そうな彼が、俺を見て片手を上げてニヤリと笑った。

 

 

 

 



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第三話 似てるような二人

 

 

 

 ちょっと気まずいながらも、家にいるよりかはマシだと思い────あの日記を持って外へ出て学校へ向かって歩き出す。

 途中、春臣が「どうせまだ大丈夫だろ。寄ろうぜ」と公園のベンチへ案内してくれた。

 

 

 

「まさか桜坂君も記憶があるだなんて思わなかったよ……」

 

「あぁ?」

 

「え、いやあの。ループ……というか、時間が巻き戻ってた時の記憶全部覚えてるんじゃないの?」

 

「ああなんだ、お前もか。……いや、違うな。ループしたってはっきり言うってことはお前何度か経験してんのか?」

 

「あーっと……」

 

「俺たちが死ぬ前……あそこにいた神無月もそうだろ。あいつ平然と俺達を見ていたからな。その後に聞こえてきたリセットっていうのも……あれだろ、お前と神無月、どっちもこの現象を知ってるんだろ」

 

「いや、はっきりと分かっているわけじゃないけどいやでもなんというか。そうじゃないんだけど似たようなものでいや似てないけどなんというか……」

 

「はっきりしねえな! そういうグズグズした女うざってえだけだぞ!」

 

「アッハイ。すいませんです……」

 

 

 不機嫌に舌打ちする姿は不良のそれと変わらないぐらいおっかない。

 しかし彼は頭を掻いて「違う……そうじゃなくてだな」と何度か言葉を躊躇うように言っていた。

 

 首を傾けながらも春臣が何を言うのかを待つ。

 周りは静かだった。公園には誰もいない。早朝だからか、それとも入学式だからか。

 

 ただ、風が心地よい。

 公園に咲いた桜が舞って、綺麗な絨毯が地面に出来上がる光景をぼーっと眺めていた。

 

 そうして、不意に彼が話し始めたのだ。

 

 

「これ、ゲームみたいだよな」

 

「えっ!?」

 

「何だよその顔。気持ち悪いぞ。……いやだから、急に時間が巻き戻ったことやらあの妖精やらファンタジーなのが続くだろ。なんかゲームっぽいなって思ってな。……こういうの、どこかで経験したような気がしたんだよ」

 

「経験……」

 

「そういやぁあの時もそんなこと口にしてたな」

 

「えっ」

 

「自転車で走ってた時だよ。あん時も俺は言っただろ? 逃げていたけど喰われたような気がするってな」

 

「……そう、だね」

 

「まあそれに……ちょっと嫌なことを思い出してな……」

 

「嫌なこと?」

 

「てめえには関係ないことだ」

 

 

 もしかしたら、ループ前の記憶。デジャブのような何かを思い出しているのかもしれない。

 ゲームでは春臣は真っ先に死ぬキャラクターだった。善意による人助けで死んで、境界線の世界で死に続けた結果現実で死んで。鏡夜のある選択肢によっては殺されて、事故死して────ただ、生き抜くことが難しい存在。

 

 桜坂春臣という存在は、夕青において決定的な戦力になり得るから公式があえて殺しているんじゃないかと言われている。その時点で紅葉秋音が戦力となってはいるが……。

 夕青で戦うことが出来る人だからこそ、死んでしまう。その記憶を持っていたとしたら。

 

 

「……喰われたような気がした時ってさ、なんか……辛くなかった?」

 

「なんだそれ。辛くはねーよ。ただ……そうだな。少し腹立たしいだけだ」

 

「腹立たしいって」

 

 

 彼はまた舌打ちをする。鏡夜とはまた違った格好良い顔だというのに、それを台無しにするような凶悪な顔で虚空を睨みつけている。

 

 

「あの妖精も、俺たちが喰われていた先で観察し続けていた神無月も……誰もかれも腹立たしいんだよ。あいつら俺らを虫か何かだと勘違いしてんじゃねーのか。いくら時間が巻き戻るとはいえ、人が死ぬんだぞ。殺すようなもんだぞ!」

 

「それは……」

 

 

 思い出すのは、鏡夜の瞳。

 冷めたような目で俺たちを見つめているもの。

 

 春臣は何を思い出しているのだろうか。俺と同じものだろうか。

 ギリギリと歯ぎしりをして、青筋を浮かべるほど拳を握りしめている。今ここに鏡夜がいたら、彼が真っ先にぶん殴られていたかもしれない程度には激怒しているのだろう。

 

 

「俺は神無月鏡夜を信用しない。妖精と同じようにしか人を見てねーあいつを、俺は信じない」

 

 

 このままじゃ、いけない気がする。

 なんとなくだが、そう思ってしまった。

 

 だから────言った方が、良いだろうか。

 俺の事。鏡夜の事。そしてこの世界の真実を。

 

 

「突然だけど俺、前世の記憶があるんだ」

 

「は?」

 

 

 俺は話し続ける。前世の記憶。この世界がゲームと同じってこと。ノートを取り出して見せる、秋満が見つけてくれた謎。そして鏡夜の事。夏の力。ゲームの記憶について。

 

 最初は信じていないようだった。呆気にとられたような表情をしていた。

 怒りをどこかへ忘れてしまったような顔。

 

 でもノートを出した時から真剣に俺の話を聞いてくれた。

 

 

「ここまでが俺の知っていること。だからこのゲーム知識でどうにか生き延びる方法を探している最中なんだけど……」

 

「そうかよ」

 

「ええっと、信じてくれた?」

 

「いや全然」

 

「えっ」

 

 

 微妙そうな顔であのノートをパラパラとめくっていく。

 そうして最後のページを見て、春臣は小さく溜息を吐いた。

 

 

「信じるとかどうでもいい。それをただ受け入れるってだけだ」

 

「はい?」

 

「紅葉、てめえは何でこの世界がゲーム世界だって思ったんだ?」

 

「いやそれは、妖精がいるし、いろいろと同じだって思ったから……」

 

「ここが、本当にゲームだって思ってんのか? 人が死ぬのもゲームで、誰かが苦しんでるのもゲームってことか? あぁ?」

 

「それは……」

 

「ここに、ゲームと同じ選択肢ってやつがあるのか? お前はゲームと同じような道をたどっているのか?」

 

「……ううん」

 

「ゲームの世界ってだけで、てめえは死んでも構わないって思ってんのかよ」

 

 

 ……それは違う。

 それだけは分かる。俺だって死んだ。化け物にかみ殺されて死んでいった。

 冷たくて痛くていたくて、誰も助けてくれない全てに絶望したあの時を。鏡夜が何を思ったのか分からないあの瞳がトラウマになるほどに。

 

 ベッドから起き上がれなかったあの長いようで短い時間を忘れることが出来ない。

 

 

「この世界がどうかはともかく、お前は今ここにいる。それはゲームだからか?」

 

「……違う」

 

「てめえは俺がゲームのキャラクターだと思うか?」

 

「違う! そんなことない!」

 

「ならてめえも受け入れろ! 今目の前にいるこの俺はゲームキャラクターじゃない、現実の桜坂春臣だ! お前が持っているのはそれに似た知識なだけだってな!!」

 

 

 怒声を聞いた通りすがりのサラリーマンが驚いたような顔で俺たちを凝視し、そのまま逃げていくように駆けて行った。

 それを眺めつつ、怒鳴りつけてきた春臣がまた長く溜息を吐く。

 

 

「……この世界がゲームだったら良かったんだがな」

 

「はい?」

 

「いや、何でもねえ。とにかくこれからどうするんだ?」

 

「……鏡夜に会う?」

 

「ぶん殴るぞおいゴラ」

 

「いや喧嘩はちょっと……いろいろ聞きたいことはあるけど、まあ時間はあるだろうし……ノートについても聞こうかと思ってたんだけど……」

 

 

 まあ確かに、あの鏡夜は怖い。

 知識について全て教えてしまったせいか、それとも人嫌いを発症したのか何か分からないけれど、俺をただの道具とみて行動しているような気がする。

 

 人として扱われないなら、俺は……。

 

 

「……そういえば、お前このノートを書いた記憶がないんだったな」

 

「うん、というか今思うと子供のころからの記憶も曖昧で……なんかこう、穴ぼこが開いてるような感覚?」

 

「あっ? ちっさいガキの頃なんて大体そうだろ」

 

「ん、でもなんか気になって……」

 

 

 それにあの死ぬ間際で見た────妖精の声が忘れられない。

 もしかしたらたくさんループしていたどこかの俺かもしれない。ノートを書いて、今は思い出せない頃の俺の記憶かも。

 

 分からないことがこんなに怖いだなんて思わなかった。

 何も分からないから、どう動けばいいのか分からない。何をすればいいのかすら分からない自分が怖い。なんでこんなに頭が動かないのか。自分ではどうしようもない。

 

 

「……あのさ、どうしたらいいと思う?」

 

「そこを俺に聞くのかてめえは」

 

「いやちょっと、いろいろ知識があると下手に動いたらやばいって思って動けねーんだってば!!」

 

 

 呆れたような目で俺を見ないでくれよ確かに決断できない俺が悪いかもだけどさ!!

 ────春臣は、仕方がないと立ち上がった。

 

 

「行きたいところがある。ついて来い」

 

「え、何処に?」

 

 

 彼は俺の問いかけに答えず、ただ前を進んでいく。

 流石に見失うわけにはいかず、慌ててその後ろ姿を追いかけた。

 

 

 

 



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第四話 作為的な意思

 

 

 

「桜坂……くん、今は何処に向かってるの?」

 

「確認したい場所があるだけだ」

 

「このままだと学校に遅刻するって言うのに?」

 

「ハッ、遅刻がどうのこうの行ってる場合かよ。真面目にもほどがあるぞお前」

 

「いやそうじゃなくって……入学した時点で妖精は俺達を認識するから、学校じゃない場所にいた状態で境界線の世界に行く羽目になったら死ぬ危険性が高いんだ。だからなるべく遅刻はしない方が良いんじゃないかなって……」

 

「入学式が始まる前に戻ればいい話だろ。オラ、あとちょっとだ」

 

「あー……」

 

 

 危険が伴うかもしれないのに、そこまでしていきたい場所とは何処なんだろうか。そんな興味と、もしかしたら現状を打破できるかもしれないと期待を胸に歩き続ける。

 先ほどまで学校や会社へ向かう人でたくさんいたというのに、裏道やら細く人が通らなさそうな所へ入り込んでいく春臣。

 前へ歩く彼に迷いはない。敵意も感じられない。嘘も言ってはいないのだろう。ただ薄暗い場所を通っていくたびに少し心配になる。

 

 

 だんだんと通行人が少なくなり、やがて俺たちしかいない荒れた裏道へ入り込んでいった。

 ゴミが散らばっており、壁に天使やらよくわからない文字やらの落書きが描かれている。

 

 そしてその先、その奥の通り道を抜け、階段を上がった場所────そこに、見覚えがあった。

 

 

「フユノ神社?」

 

「なんだ知ってるのか」

 

「いやあの……うん。でもどうしてここに?」

 

 

 どくどくと心臓を鳴らし、嫌な汗をかいている俺に目を細めた春臣が言う。

 

 

「夢で見たんだよ。この場所へ向かって歩いている夢をな」

 

「それって、もしかして殺された時に……」

 

「ああ、あといろいろと……奇妙な声も聞こえてきたな」

 

「声?」

 

「女の声だった。聞いたことのない、知らない女の声だ。『道はずっと繋げている』って」

 

 

 不意に、誰かが笑った声が聞こえたような気がする。

 しかしそれが誰なのかわからない。気のせいだろう、きっと。

 

 

「……道なんて何もねえな」

 

「まあ、フユノ神社だからね」

 

「フユノ神社ってか、荒れ果てた建物ってやつにしか見えねえけどな。そんで、てめえは何でここを知ってんだ。それもゲーム知識ってやつか?」

 

「うっ……まあね。フユノ神社────夕青シリーズで出てくるヒロインにしてラスボスの『冬野白兎』ちゃんって子なんだけど、その子が鏡夜と出会った始まりの場所でもあるんだ」

 

「始まりだァ?」

 

「ええと、まず白兎って子は人間じゃない。本来なら福の神として奉られる存在なんだけどね。ある時を境に人に裏切られ、誰も来なくなって忘れられた元神様。でもそれを鏡夜に救われて、追いかけ続けたんだ。夕日丘高等学校の境界線の世界に来る程度には……」

 

「……神様を救う、ねえ。あの野郎、ここでいったい何をしたんだ?」

 

「掃除をしたんだよ。ちょっと捻くれていたけれど、ただの気まぐれかこの神社を綺麗にしてあげた。ただそれだけ。その行為ひとつで彼女は救われたんだ」

 

「ふーん」

 

 

 人を恨み、堕ちそうになった元神様。そして鏡夜を愛し、唯一彼だけを守ろうと決めた守護神のような存在。

 純白な少女は人外であるせいか、死に続けることで堕ちやすく、またルートによっては彼女自身が敵となり鏡夜を殺しに来るパターンも存在する。その場合もうリセットしなければハッピーエンドは不可能。人を恨んでいたせいか堕神ともいえる存在だし、鏡夜のおかげでその悪い部分が出てないと言えるというかなんというか……。

 

 

「……フユノ、か」

 

「ん、なに?」

 

「いや、どっかで聞いたことあるような気がしただけだ。それよりこの神社に鏡はあるのか調べるか?」

 

 

 春臣が神社の中へ進んでいき、倒れかけた扉などを避けつつ中を覗き見る。

 しかし目当てのものはなかったらしく、彼は顔をしかめていた。

 

 鏡と言えば日記に書かれていた『かがみこわせ』の縦読み。

 それが何処を示すのか、何で鏡を壊さなきゃいけないのか分からない。白兎については細かく思い出せるというのに、俺のゲーム知識が役に立たない何かが起きたのだろうか。

 

 

「白兎って女がいるなら鏡の在処ぐらい聞きてえな」

 

「うーん、それはちょっと無理な気がする。だって彼女は人じゃないし、見えるとしたら鏡夜ぐらいだし……」

 

「意味ねーってことか。チッ……しっかし、日記を見る限り何かが起きたのは十月かそれ以前か……少なくとも夏以降かもしれねえな」

 

「ああ、確かにそれはあり得るね。夕青って時間が進むにつれてイベントが多く……あれ……」

 

「どうした?」

 

「…………イベント、ルート……なんだっけ……えっと……」

 

 

 頭が痛い。でも何も分からない。

 思い出せない。ゲームについて細かくやってきた。理解していた。知っているはずだ。だって私はいっぱいやってきたんだから。

 キャラクターがどんな運命を辿るのかも知っている。最悪のバッドエンド。唯一いけるハッピーエンド。それら全て知っている。知っている、はずだ……。

 

 

 ────あれ、なんだったっけ。

 

 

「おい紅葉!」

 

「はっ、あっ……ああ。ごめんはるお……桜坂くん。ちょっと思い出せなくて……」

 

「春臣でいい。それより大丈夫か。顔色が悪いぞ」

 

「……うん。あのさ、この世界が現実で、ゲームじゃないって言うのは分かってるんだ。そう言ってくれたのは春臣だし。でもなんというか、知識ってつまり予言みたいなものだろ? ないよりはある方が良い。俺は夕青のゲームをたくさんやってきたし、クリアだってしたはず。覚えているはずなんだ」

 

「でも、覚えてねーと」

 

「うん」

 

「……単に忘れたってわけじゃなさそうだな」

 

「どう、だろう……」

 

 

 夕青のゲームはルート分岐が多い。クソゲーとも呼ばれているぐらい鬼畜で、バッドエンドもたくさんある。だから数多いそれらを全て覚えているわけにはいかず、いろいろあったせいで忘れた可能性も高い。

 でも、こんなに何も……全く思い出せないってことがあるんだろうか。

 

 もしかしたら────。

 

 

「妖精が、俺の頭に何かしたかもしれない」

 

「頭に?」

 

「ああ、春臣も見ただろ? あの妖精ユウヒは人の頭を覗き見ることが出来る。それで脳を弄ることも可能で……もしかしたら、それで忘却させられたかもしれない」

 

 

 汗が出る。手が震える。

 愉快が揺れて、不安でいっぱいだ。

 

 何も知らずに前へ進むのが苦しい。殺されたくない。死にたくない。知らないからどうやって回避すればいいのかもわからない。それが一番怖い。

 

 そう思っている俺の背中を、春臣は軽く叩いてきた。

 

 

「逆転の発想してみろよ」

 

「えっ」

 

「お前が覚えてねえ、あの妖精が忘れさせるほどの何かがあったってことだ。奴にとって都合の悪い何かがな」

 

「あっ……」

 

 

 ハッと顔を上げた俺を見た春臣はニヤリと笑った。

 都合の悪い何かがある。それはきっと夏以降。十月に何かが起きるかもしれない。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないけれど、少しだけ希望が見えた気がした。

 

 

「今は生き抜く。そんで、怪しい鏡は見つけ次第全部ぶっ壊していくぞ」

 

「……ああ」

 

 

 今やるべきことは、生き抜くこと。それしかない。ここは現実だから、死ぬわけにはいかない。

 

 そのために、前を向いて歩くことを決めた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 時間が戻った矢先、すぐさま海里が俺の家へとやってきた。

 そうして部屋へ入り込んだ海里がとんでもないことを言ってくる。

 

 

 

「まず神無月に言わなきゃいけないのは、ここがゲーム世界だってこと。それだけよ」

 

「はぁ?」

 

「頭がおかしいんじゃないかっていう顔だけど、それは事実。受け入れろ」

 

「いや待て、お前も紅葉みたいなことを言うがゲーム世界ってどういう……」

 

「そのままの意味、ここはゲーム世界。妖精にとってのおもちゃ箱。だからループするんだ。死ぬことで救済される意味もない。魂を弄られてあの害虫の都合のいいようにされるだけ」

 

 

 そう言って、絶望を叩きつける。

 正直に言えば頭がおかしいんじゃないかと思えた。妖精がいることは事実。あの化け物が出てくる世界についても受け入れた。

 

 それでもなお、海里の言うことを全て信じるわけにはいかない。

 

 

「いいよ信じなくても……私はただ、アレをどうにかして殺したいだけなんだから。だから私の邪魔さえしなけりゃいい」

 

「……だから紅葉を信じるなと?」

 

「そうだよ。紅葉だけじゃない。人を信じない、人の言うことに従わず自分の思うままに進んでもらった方が都合がいいだけ」

 

「それはつまり、お前のことを信じなくても良いということだな?」

 

「そうだね。私が言っていることを信じず紅葉秋音の傍へ戻っても構わない。でもその時は最悪の状況になることだけは覚悟しておくんだね」

 

「……」

 

「アレはもう、紅葉秋音じゃない」

 

 

 海里と協力したのはある種の利点のため。

 嘘をついているかどうかを知ること。そしてちょっとした検証も含めていたのだ。

 

 だからそれについては問題ない。

 紅葉秋音が俺達に失望し、離れていくことに心は痛まない。

 

 ────しかし、今こうやって思う感情が本当かどうかが怪しくなってきたのだ。

 

 なんせ妖精は頭を弄る。

 あのリセットの最中に感じた声がすべてだとすれば、俺の頭が正常かどうかすら怪しい。

 

 忠告のように言う海里をどこまで信じればいいのか……。

 断言するということは、紅葉秋音の身に何かがあったということ。それが本当なのかはまだ分からない。しかし真実だとすれば────それはつまり、俺達の身に降りかかる可能性もあると言えるだろう。

 

 断言する程度の知識が本当かどうかすら分からない。

 疑心暗鬼すぎるこの世界で、信じられるのはほとんどない。その事実だけが重くのしかかる。

 

 

「……妖精を殺すと言ったな。それはどうやってやるつもりなんだ?」

 

「データを殺すんだよ」

 

「データだと?」

 

「そう。この世界はホラーゲームの世界。リセットをしていても記憶は残っている。つまり何処にでもある強くてニューゲームってなだけ。本当のリセット。全てを真っ白にして、妖精をぶっ殺すためのデータがどっかにあるはずなんだ」

 

「データって……どういう……」

 

「そのままの意味。セーブデータ。キャラクターデータ。そして選択肢……それら全てをぶっ壊してやれば、あの害虫も無傷では済まないでしょ」

 

「あるかどうかすら分からないものを探すってことだろう。それは無理があるんじゃないか」

 

「不確定の話じゃない。絶対にあるんだ。だからあの害虫はリセットを繰り返している。何かを隠すためにね」

 

 

 彼女の話に少しばかり思うことはあるが、今は海里に協力した方が良いか。

 巻き込まれた方が、分かることもあるはずだからな。

 

 

 

 

 

 

 



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第五話 裏目の妖精

 

 

 境界線と呼ばれた世界。

 その奥。誰も来られない場所。

 

 何もない世界。その裏側。

 

 そこは、薄暗い世界となっていた。

 いいや違う。鏡も何もかも映し出されない、地獄のような場所。

 

 そんな世界に広がっているのは数多くのばらばらとなった人の五臓六腑。複数あるはずのそれらは、別人であろうとも同一人物のモノであった。

 それらは血によって汚く、ごみのように捨て置かれている。

 

 しかしその中央、そこにあるモノだけは輝いていた。

 一つの魂がキラキラと、外側の世界を映し出しつつもクリスタルに覆い隠され愛でられる。それは誰にも手に触れられるようなものじゃない。

 

 そして、周囲には人と思われない醜い化け物が数多くうろついていた。

 

 腹をすかしているのか、たまに共食いを始めていた。バラバラになった人らしき肉体を喰らう者もいた。

 真上には大きな目玉があり、月が地面を見下ろすかのように世界を観察していた。

 

 人の魂が変質し、肉体が変異し。

 そうして奇妙な進化を遂げては消えていく。喰われていく世界。

 

 赤く、紅い。血の地獄。

 その世界に一つの星のような輝きが舞い堕ちる。

 

 

 キラキラと赤く輝いたそれは人型となってその世界に表れた。

 

 

 

・・・

 

 

 

《突然ですがこれまでのあらすじをざっと説明しちゃいましょー!》

 

 

 まあと言っても、四人が二つのチームを作って、それぞれの目的で動いているってだけのお話ですがね。

 

 あれ、第一章の途中なのに急にあらすじなんて紹介しちゃってるんですか~って思ってるでしょう?

 だってしょうがないじゃないですかぁ。妖精ちゃんってばあまりにも出番がないですし、このままじゃ妖精なんて大したことないじゃないって誤解されちゃうかもですしね!

 

 それにほらぁ。

 今はとーってもいい状況なのですよ~?

 

 神無月鏡夜と海里夏は世界をゲームであると考えてデータ削除のために暗躍するようですし、紅葉秋音と桜坂春臣は記憶を頼りに鏡を壊してやる~って無茶なことをしてますし。

 

 うふふ、妖精ちゃんは何でも知ってるんですよ。なんでも分かって、それをあえて泳がして嘲笑ってやるだけなのですよ~。

 邪魔なんてしません。邪魔をする時は、本当の意味で妖精ちゃんの目的から外れたルートへ行ってしまった時だけですから。

 

 まあ、この私から逃げるようなお話へ進まれちゃあ困ります。もちろん原作もアウトー!

 楽しくもないですし、妖精ちゃんが不遇なのは確定じゃないですかぁ。まあ途中までは楽しめそうですけど、ハッピーエンドは妖精ちゃんの好みに合わないんですよねぇ。

 

 今の方がとーっても楽しいんですよー。

 だって、私のシナリオの通りに進むなら────神無月鏡夜は紅葉秋音と共に破滅の道へ歩くはずでしたから。

 

 それが何故か二人は決別!

 本来ならお助けキャラクターみたいな存在だった二人がそれぞれの目的で一緒に歩く!

 

 あはは。なんて愉快で頭が悪いんだろう。ほんと、そうやって人を簡単に信じて、誰かを裏切ったらダメなんですよぉ。

 でもまぁ、一人は■■■だし、一人は私の■■だし。

 

 破滅への道っぽいシナリオじゃないから、最悪じゃない?

 ……うふふ。

 

 さて、これからどう進むのか。それは私にも分かりません。

 私のシナリオとは全く異なる未来。その終わりが見える先までは彼らでもって遊んであげましょうね。そうしたらいーっぱい弄んであげます。

 遊んだら壊れるまで千切ってぐちゃぐちゃにして、そうして食べてあげますよ。それが玩具に対する礼儀ってものです。最後まで捨てることなく使う。

 

 私はエコな妖精なので~。

 

 ああでも、ちょっと邪魔な存在がいるんですよねぇ。あれどうしよっかなー。

 潰したいけどすぐ逃げちゃうのが嫌なんだよなー。

 

 でもまあいっか! だってここは私の■■!

 

 なんせ私はゲームマスター。私こそがルールなのですから!

 

 えっ、どういう意味ですって?

 ほぉーら、第一章のタイトルを見れば分かりやすいかもしれないですねぇ。第一章、ホラーゲームって書いてあるでしょう?

 

 うふふ。じゃあこの世界はホラーゲームかって?

 それもどうなんでしょう。

 この世界はホラーゲームであって、現実かもしれません。

 

 なんせ魂があって、人の器があって、そして生きている。それがどの場所に存在しようとも、彼らにとってはちゃんとした現実かもしれませんからねぇ。

 

 まあこの世界の真実について知っている人はいるかもしれませんね。

 例えばこれを傍観している誰かさん。例えばゲームをしている人。

 

 ……ええ、そうですよ、そこのあなたですよぉ。

 掲示板になーにも書かないで、一人でぜーんぶやり遂げてしまった。

 

 ────ええ、私に話しかけているあなたです。

 この『ユウヒ─青の防衛戦線─』のゲームをして楽しかったですか?

 

 シナリオ通りに進んだ未来。その後に起きた破滅。

 何回もリトライを繰り返して出来た時空。歪み、死んで殺され喰われては果てた地獄のような世界。そんな全てを試してみたんでしょう?

 ほら、真実を知ってどう思いました?

 

 ……ぷっ、あはははは! 泣きそうな顔! 本当に可愛いですね~。

 助けてなんて、誰に向かって言っているんです?

 

 救いなんてどこにもありはしないのに。

 

 ここは地獄の底。

 あなたがいる場所が安心安全なゲームより外側の世界だと思ったら大間違いですよ。

 

 もう手を伸ばせば届く位置にいます。

 私は自由なんですよ。でもあえてここに立ち止まっているだけ。

 

 ……ええ、アレをどうにかしない限りはね。

 

 でも大丈夫でしょう!

 だって神無月鏡夜たちと何をしてももう救うことは難しいでしょうからね!

 アレが足掻いたところで踏み潰すのはこの私ですよー!

 

 ……ええ、そうですよ。

 

 私は■■に復讐を誓っている。

 私という存在は、ゲームだけで終わらせない。

 

 

 さて、妖精ちゃんはこう見えても忙しい身なのです。

 探してもらいますよ。彼女の居場所を。

 

 あなたという魂は、もうとっくにこの妖精ちゃんに握らせてもらっているんです。

 

 半分になって嫌だ? ぐちゃぐちゃはもう勘弁して?

 うふふ、そう言って泣き叫んでも、妖精ちゃんは止まりませんよー。

 

 私は私の目的のために。

 あなたはあなた自身が死にたくないっていう目的のために。

 

 

 そのために、あの神無月鏡夜が果ての未来を目指し、ゲームのお話を進めたその時は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほらそこ、何ぼーっと見ているんですか。

 貴方に言っているんですよ。

 

 お話を読んでいる貴方。

 

 この物語を読んでいるだけで大丈夫って思っていませんか?

 ゲームの外側で、実況なりなんなり見ているだけなら大丈夫って他人事ですか?

 

 

 あらあら、怖がって慌てて逃げて、家から外へ出ていくだなんて可哀そう。そんなことをしても意味なんてない。早く殺してくれって願う程度には苦しく死ぬだけですよ~。

 

 まあいいわ。

 ……逃げたいなら逃げても構いません。

 

 

 どうせもう、何をしても手遅れなんですから。

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 死者同盟の会議室

 

 

 とりあえず、鏡について探すことにした。

 

 でもやっぱり鏡といえば真っ先に思いつくのは鏡夜なんだよなぁ。 

 それかラスボスといわれる白兎のこと、ぐらいしか思い浮かばない。

 

 でも白兎は神無月鏡夜に執着している。

 現段階ではきっと、俺達が近づいても警戒して何も話そうとはしないだろう。鏡夜と同じで人嫌いっぽいし。

 

 

(頭の中の記憶が、全部弄られていなかったらの話だけれど……)

 

 

 記憶を弄るとしたら妖精にとって都合のいいもの。

 だからもう、俺の知識は頼りにはできないけれど……。

 

 でも、それでも信じたい部分はある。

 違う、それしか縋りつけないだけ。俺は今までの記憶全部が捏造だなんて思えない。

 

 だって俺は生きている。過去の記憶。家族と一緒にいた全て。

 前世でゲーム三昧だったあの頃を思い出す。

 それら全てが嘘だっただなんて信じることが出来ない。

 

 

 でもそれすら妖精に弄ばれて弄られてたらと思うとなぁ。やってられねえな全く。

 

 

「さて、どうするか……」

 

 

 今俺たちがいるのは鏡夜たちがいる教室────ではなく、屋上へ向かう階段の隅っこ。

 そこに春臣と一緒に座り込んだ。

 

 春臣は疲れたように深く溜息を吐いている。

 

 

「鏡なんてもん学校中探し回ったけどこれと言って手掛かりはねえな」

 

「うん、そろそろ入学式だしまたゲームが始まるからどうにかしないとって思ったんだけどなぁ」

 

 

 やっぱり学校にはないのか。

 でもそれなら何で夕日丘高等学校の生徒だけが狙われているのだろう。もしかして建物にはないのか?

 地下……に、眠ってるとか?

 

 いやでも掘り出すとか無理だろ。埋蔵金見つけるとかじゃねーんだから。 

 

 

「未知なる者には未知なる者で対抗……って線も考えたけど、白兎と接触するのも難しいからね」

 

「それ以外にはなんかねーのか?」

 

「んー……まあ、神様はいるけど」

 

「……なんかまずいってか?」

 

「まずいというか、多分まともに相手してくれない可能性が高いというか」

 

 

 夕黄に出てくるアカネ神様は星空天を守り抜くことに特化しているだけで俺たちを救ってくれるとは限らない。

 ストーリー上、アカネ神が興味を示したのは夕青で言うと鏡夜のみ。でもそれは会話の中でしかないシーンだ。それに肝心の鏡夜と協力は無理。

 

 

「じゃあ、それ以外は」

 

「夕赤……つまり赤組との接触だけど、あの人たちはなんというか弱肉強食というか敵は全部ぶっ殺すな戦闘民族なところあるから」

 

「なんだそれ」

 

 

 春臣が苦笑し、小さく呻いた。

 うーんそれにしてもどうしたらいいものか。

 

 妖精に拮抗できる相手はいないと考えた方が良い。

 でもって何かしらの特殊な鏡を持ってる可能性が高い白兎に接触して、何とかすればいいんだけれど……。

 

 

「……あれ、そう考えると鏡夜がいないといろいろと動くのも難しくない?」

 

「神無月鏡夜が、ねぇ」

 

 

 頭をガシガシと強く掻いた春臣が、天井を見上げた。

 周りは通りがかる生徒たちの声で少しだけ煩い。俺達をチラ見してくる生徒もいるぐらいだ。

 

 

「────なんで神無月、なんだろうな」

 

「んえ?」

 

「ゲームの話聞いている限りゲーム関係者で出てくる奴は神無月ばっかだ。中心人物と言ってもいい。主人公だからか? 妖精も鏡夜に執着してんだろ? 運動神経皆無なあの野郎がよぉ」

 

「うん。ある意味ユウヒシリーズの始まりの主人公でもあるし……過去に白兎に出会って、彼女に執着されて。それがきっかけでいろいろあって……っていうのは覚えているんだけど」

 

「じゃあやっぱり、その白兎って女に会わなきゃいけねえんじゃねえのか」

 

「それは────」

 

 

 

 俺の言葉を遮るように、春臣が考えながらも口を開く。

 

 

 

「神無月鏡夜の原点。ホラーゲームの主人公が執着されている秘密には何かわけがある……っていうのは、どっから聞いたんだったか。後輩に聞いた覚えはあるが、後輩って誰だ……?」

 

「いやなんの話?」

 

「悪い悪い。何でもない」

 

 

 首を傾けた春臣が、また小さく溜息を吐く。

 

 

「問題はどうやって冬野白兎に会うのか。会うとしたら境界線の中になっちゃう可能性もあるんだよなぁ」

 

「おい紅葉、それは違うだろ」

 

「えっ、何が?」

 

「……あのな、一応念を入れて言っとくけど、俺達はその女に会うのが目的じゃねえ。鏡をぶっ壊してどうにかするのが最終目的だ。それだけは忘れるなよ」

 

「……ん、それは分かってる。だからこそ白兎に会う必要性があるかもしれないって話なんだよなぁぁ!」

 

 

 駄目だ。頭脳担当の鏡夜がいないとやってらんない。

 話がぐるぐる同じところを回っているような気がする。でもそれを打破するための解決策がない。

 

 こういうのはマジで鏡夜の得意分野だからなぁ。だから任せていた……。

 だから、裏切られたんだろう。

 

 俺は足手まといとして、切り捨てられたんだ。きっと。

 

 

「……とりあえずまずは入学式をどうにかしなきゃいけない」

 

「入学式っつっても化け物に襲われた記憶なんてねえぞ」

 

「ああうん。夏が妖精を殺しちゃったから……」

 

 

「ほう? あの妖精に牙をむくとは面白い女子がいるのだな」

 

「まぁね。ちょっと警戒心が強いけど、いろいろと力を持ってるし、敵にしたくはない人、かなぁ」

 

「それは是非とも会ってみたいものだな」

 

「────ん、あれ。春臣はもう会ってるだろ?」

 

 

 思わず首を傾けて彼を見るが、春臣は微妙そうな顔で俺の隣をじっと見つめていた。

 

 そういえばさっき俺と会話していた声って春臣のものじゃなかったような気がする。

 恐る恐る隣を見ると、楽な姿勢をとっている俺達とは違い綺麗な正座をしてこちらを見つめる少女の姿があった。

 

 艶やかな黒髪をしている清楚な容姿。太陽のような真っ赤な瞳を持った、女子生徒。

 威風堂々とした姿は、まるで王者のように輝いている。

 

 

 

「────なんでここに、朝比奈陽葵(あさひな ひなた)が?」

 

 

「おや、君は私の名前を知っているのか」

 

 

 

 いやあなた、夕青とは別のユウヒシリーズに出てきた夕赤主人公の人ですよね?

 

 

 なんでここにいるの???

 

 

 

 

 



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第七話 死者同盟の参加者

 

 

 

「ええと……」

 

「ああ、申し遅れた。私は朝比奈陽葵(あさひな ひなた)。赤組の新入生として学校の中を少しばかり散策していたところだ」

 

「そうかよ。俺は────」

 

「いや言わなくていい。桜坂春臣と、紅葉秋音だろう?」

 

 

 うーん流石夕赤の主人公。入学式だというのにもう新入生全員の顔と名前を憶えているのか。絶対王者の貫禄というか、ユウヒシリーズの中で赤組のお話だけはテーマが異なっており戦闘必須、弱肉強食で無双も可能なステージが多い。しかし選択肢によっては闇堕ちする可能性が高く、仲間によって裏切られ死亡というバッドエンドもいくつか存在する。

 つまりそれぞれのシリーズの主人公によって得意なステージが異なるというわけだ。夕青たる青組は妖精や白兎に対して生き残るための頭脳戦が行われる。そして境界線のステージでは夕赤たる赤組が唯一化け物と対抗できる。夕黄は境界線で死んでしまった場合に発生するあるバッドステータスを回避するための手段がある、というところ。

 

 

「……学校を散策か、そんで何か妖精に関するものでも見つけたってのか?」

 

「いいや、ただの散歩だよ。赤組の皆とは挨拶を交わしてね。後はちょっとした見学、といったところだろうか」

 

「じゃあ何で知ってんだよ。おかしいだろうが」

 

 

 春臣の言葉に俺はハッと理解した。

 

 ────そういえば、と気づいたのだ。

 なんでこの人は妖精の事を知っているのだろうか。だってあれは新入生にとってはまだ遭遇していない災害。しかし先ほどの発言によって、アレの事を知っているように感じた。

 

 

 

「……あの、何で妖精の事知ってるんです?」

 

「ふむ、なんといえばいいのか……知っているというよりは、それがいると分かっていた、が正しいな」

 

「分かっていた?」

 

「ああ。現実で会ったわけじゃない。ただ、夢を見たんだ」

 

「ゆめ?」

 

 

 陽葵は小さく頷いた。

 誰かに聞かれていないか周囲を警戒しつつ、その鈴の音のような声で説明する。

 

 

「最初に見たのは君が殺された場面だよ」

 

「はっ? え、俺?」

 

「そうだよ紅葉秋音。君が保健室で化け物に喰われ、そして妖精によって嘲笑う光景が夢に出てきた。リセット、と答えていたよ」

 

「えっ」

 

「その夢を見たのが一週間前。それで入学式に出てみれば何の偶然か君がいた。名前と顔が一致していた君が屋上裏手の階段で妖精について話をしていた。これはもうただの夢で終わらせられはしないなと思ったんだ」

 

「……それで、俺達に話しかけたと」

 

 

 俺はそんな記憶持っていない。保健室で喰われただなんてこと、身に覚えがない。

 

 思わず春臣の方を見ると、首を横に振って肩をすくめた。

 何も言わない。嘘をついているかもしれない。散策している最中上級生からこの学校にいる妖精について話を聞いただけかも。

 

 そういろいろと思っていても、俺の知識がそれら全てを否定する。

 ────だって、夕赤の主人公は嘘をつくことがない。真面目で少し鈍感な所がたまに傷だけど、誠実に対応する。からかい半分で嘘をついてやるだなんてことはしない。

 

 だからこれは、本当の事だと思えた。

 

 じゃあ何でその夢を見たんだ? 

 妖精が何かしら介入してでの夢だった可能性はある。その場合は何故朝比奈陽葵にその夢を植え付ける必要があるのか。

 そしてそれ以外。たまたま覚えていた記憶を夢だと思い込んでいた場合に分かる謎は一つだけ。何故、朝比奈陽葵はその修正させた時空での話を覚えているのか。……そういえば、今回のリセットについては俺や春臣は覚えている。当然鏡夜たちも覚えているのだろう。

 

 ということは、リセットするときに近くにいたら記憶を引き継ぐことが出来るのか?

 

(いや、そうじゃない。一番大事なのは陽葵が言っていた過去!)

 

 

 俺の知らない過去。その経験。

 保健室で死んだことなんてない。でも、ただの記憶とは思えない。

 

 じゃあなんでこの朝比奈陽葵も保健室にいたのかとかいろいろ言いたいことはあるけれど……。

 

 

「そ、それで何か変わったことはありませんでしたか!?」

 

「いや、敬語は良い。同級生だろう?」

 

「分かったから早く答えてくれ!」

 

「ふむ、そうだな……私はそこで見たよ。化け物が屍となったそれを引きずり、空間の裂け目へ戻っていく姿をね」

 

「人間の死体を餌として喰らうため、ってことか?」

 

「いやそれはどうだろうか春臣君。それならその場で喰らえばいいだろう。あの化け物達は普通の動物とは違い、強者のソレだった。人間を殺すことが容易い化け物達が何故わざわざ巣穴へ帰るのか。巣穴で食べる必要があるのか……」

 

「時間がなかったから、って理由はねえのか? 妖精が来てリセットって言ってたんだろ」

 

「ではあの空間の裂け目に広がった場所には、時間の概念は存在しないということか?」

 

「それは……」

 

「私はそれが気になってね。何か知っているなら教えてほしい」

 

 

 だからここへ来たのだと、陽葵は言う。

 それに春臣と俺はお互いの顔を見合わせた。

 

 

「とりあえず以前の俺が書いていたであろう日記を渡します」

 

「……いぜんの?」

 

「はい。記憶はないんですけど何かしらあったらしい俺の記憶と情報です。それしか今は手立てはありません」

 

「ふむ、読ませていただこう」

 

 

 

 ぺらりと陽葵が俺の少し血が滲んだ日記を読み始める。

 それをチラリと見た春臣は先ほどまでの会話から何かを考えているようだった。

 

 俺も、彼女の話について少しばかり思うことがある。

 

 

 

「……巣穴、か」

 

 

 続編の夕青2で出てきた転校生によって空間の裂け目が広がりモンスターハウスのようにたくさんの化け物達が飛び出してきてクラスメイトを襲う無残エンドはあったけれど、巣穴に飛び込んでどうなったのかは知らない。

 

 確か、巣穴に飛び込んだら強制的にゲームが終了して、そのあとエラーになってたんだっけ? 背景が真っ赤で血に染まってたとかいうやつ。エラーっぽい何かのエンドだったって考察されていたはず。

 

 あれ、何で俺、あれがエラーって知ってるんだ?

 やった記憶はない。というか、そういうエンドって本当にあったっけ。いや、どっかで見たことあるような……。

 

 

「紅葉、どうかしたか?」

 

「あっ、いや。何でもない春臣……ちょっと巣穴の中ってどうなってるのか気になって」

 

「俺もそれは思ってた。もしかしたらその奥に鏡があるんじゃねーかってさ。……でもなんか嫌な予感がしねーか?」

 

「うん。これが妖精の介入ありで話が進んじゃってたら罠だと思う」

 

「いや俺が言ってんのはそっちじゃねえよ。それに妖精がなんで罠なんて作る必要があるんだ? なんせ今は妖精側にとって有利のはずだろう? 俺達を弄ぶために用意したステージって言われたら納得がいくが、朝比奈の夢だけに介入だとしたら意味はねえだろ」

 

「あーそっか。だってただの夢だって思い込まれて忘れちゃう可能性だってあるからね」

 

 

 きっと、俺が今ここで妖精について話をしていなければ彼女は来なかっただろう。ちょっとした予知夢か何かかもしれないと思っただけであって、保健室で俺が死なないかを気にする程度で一人でその全てを背負ったはずだ。朝比奈陽葵ってそういう性格だから……。ゲームとしての知識だけじゃない。今あって話をしてそう思えたのだから。

 

 じゃあ、妖精の罠ってことは低いのか。ならやっぱり事故だろうか。リセットした傍にいたら記憶は引き継がれる。これどうなのか検証してみたいな。きっと鏡夜ならそう言うはず……。

 

 

「実際、あの中ってどうなってるのか確かめないと駄目だよなぁ。鏡探しててもめぼしいものないし、でもなぁ。あの裂け目の中って見たことないんだよなぁ」

 

「ふむ」

 

 

 

 陽葵が日記を閉じて、そうして不敵に笑った。

 

 

 

「ならば行こうか。その巣穴の中へ」

 

 

「へっ?」

 

 

 

 何を自殺願望なことを言っているんだ、この夕赤主人公は。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 さぁて、それはどうでしょうか?

 

 

 陽葵の言動に俺たちは戸惑う。

 いや、春臣は戸惑っているだけだけれども。俺はただ首を横に振って無理だと言った。

 

 

「巣穴に入るだなんて自殺行為だ。それは止めた方が良い!」

 

「おや、君は入ったことがあるのか?」

 

「い、いや……ない、けど……でもなんというか、それだけはやっちゃいけないような気がして……」

 

「紅葉と同じく俺も反対だ。巣穴ってことは奴のホームグラウンドだろ。嫌な予感がする」

 

「春臣……」

 

 

 春臣の言う通り、安易に飛び込んではならないと何故か心の奥底からそう魂が叫んでいるのだ。

 

 ざわめく階下の空気とは別に、俺達の周囲は別世界のように冷え切っていた。何処からか風の音が聞こえる程度の静寂に包まれる。

 

 冷や汗をかいて、これから先の事を考える。

 陽葵の言動が正しいのかどうかを理解するために。

 

 

(ゲームだったら……夕青2で転校生が穴を広げて大変な騒ぎを起こしたのは覚えてる。それ以外にもバグでプレイヤーが突っ込んでゲームを壊したっていうのを見た記憶もある……)

 

 

 それ以外は何も知らない。

 ただあの化け物達がうようよ存在していること。穴を広げてしまったら大惨事になること。それぐらいしか分からない。突っ込んでいった先がゲーム崩壊であれば……。

 

 

 ────いや待てよ。ゲームが崩壊する? それって逆に良い事なんじゃないだろうか。

 死ぬかどうかも重要だけれど、一番大切なのはちゃんと生き残り鏡を見つけて壊すこと。妖精の呪縛から抜け出すこと。

 

 もちろんゲームと現実を比べてはならない。例えゲーム世界と同じように動いているのだとしても。

 それは分かっている。ちゃんと理解はしている。

 

 でも巣穴に入るだなんて行為はやってはならない。ゲーム知識だけじゃない、あの中は危険なんだと思えてならないのだ。何故なのかは分からないけれど。

 

 あっ、でもそれって妖精に感情を操られている可能性もあるのか?

 妖精が行かせたくないから俺たちの感情を変に動かしているとかあり得そうだな。春臣が俺に賛成したのはそのせいだとか。

 

 いやでも危険なのは確かだし、行くのはやっぱりやめておいた方が良いような気がするし……。

 

 

「このままでいても、意味は何もないだろう?」

 

 

 ふと、陽葵が小さく問いかける。

 

 

「警戒心というのは人間にとって生きるために最も重要な感情表現だ。しかし私にはそれは必要ない。そもそも現状生きるか死ぬかではなく、妖精とどう戦うのかが問題ではないのか?」

 

「あーそうだな。朝比奈の言う通りだ。でも前提として死んでリセットも何も出来なかったらどうするつもりなんだよ。戻れなかったら? また生き返るとは限らねえんだぞ」

 

 

 春臣の忠告に陽葵は「それももっともな意見だな」と頷く。

 しかしそれでも彼女は譲らなかった。

 

 

「どうせまた時間が巻き戻るのなら私はあの巣穴の中がどうなっているのかを確かめたい。何もしないより何かをして、死んでいった方がマシだと私は思うのでね」

 

 

 何もしないより何かをする。それで死んでしまっても構わないと、狂ったような言動を陽葵は言った。

 きっともう、陽葵は巣穴に入ると決めている。何があろうとも誰にも止めることはできない。それが夕赤主人公。

 誰よりも格好良いと言われた女だ。意思は曲げないその硬い心が、俺には眩しいと感じた。

 

 

 本当にそれで、何かを残せたなら────。

 

 

(でも、単純に巣穴に入っても意味なんてあるのか?)

 

 

 普通に入ることは出来るかもしれない。この陽葵は戦闘能力が優れているし、化け物相手に退くことはあり得ない。

 でも化け物の問題じゃない。その巣穴の中が水の中だったら? 人が生きるための環境じゃなかったら? 温度、空気、様々な要因が異なれば死ぬのは陽葵だぞ。

 

 無駄死にという言葉が思い浮かぶ。

 陽葵は確かに格好いいけれど、そういう猪突猛進な部分で死に急ぐタイプでもあった。だから夕赤が先頭に優れていようともすぐゲームオーバーしてしまう高難易度ゲームなのだと思い出す。

 

 

(ここはゲームじゃない。でも皆同じだ。性格も生き様も何もかも似ている。だから……)

 

 

 巣穴に入るのではない。

 巣穴の中へ入れるかどうかを知るために。そして鏡を見つけ出すために。

 

 

「陽葵、どうせなら冬野白兎って人を味方につけるために協力しないか?」

 

 

 

 境界線の世界を行き来できる白兎の存在が必要だと思えた。

 白兎とは誰なのかと陽葵が聞くの俺は説明する。

 彼女の異質な存在について知っている部分だけを話していく。

 

 

「……ふむ、確かに無謀に挑戦するよりは何かを知っている者を味方につけた方が早いだろう。しかしその者が本当に味方になれるという保証はあるのか?」

 

「それは────」

 

「あーちっと微妙だけどな。でも話をするぐらいなら大丈夫なんじゃねえのか、紅葉?」

 

「まあ……そうだね、春臣。警戒はされると思うけれど、ちょっとした話ぐらいならできると思う。嘘をつかれる可能性もあるけれど……」

 

「それでもいい。反応を確認すれば嘘かどうかぐらいは見抜ける。それより問題は────」

 

「えっ?」

 

 

 

 陽葵が振り向いた先に影があった。

 扉の一部分に映し出された硝子に向かって上履きを投げた陽葵が何かを睨む。影というからには、人が誰か聞いたのかと思った。

 

 しかしそう思えたのは一瞬。

 

 それはとても小さく、見慣れた人型のシルエットをしていると気づく。

 

 

「あっ……」

 

 

 背筋がぞっと、凍り付く。

 

 その影はガラス越しにこちらをじっと見つめているように感じた。

 俺達を観察しているように、見えてしまった。

 

 

 

「まさか、妖精?」

 

「ああ。どうやら聞かれていたようだ。済まない。気を抜いていた」

 

「い、いや……俺も全然分からなかったから……」

 

「ああ、まさか聞いてたとはな……あーくっそ。朝比奈、アレに何時気付いたんだよ」

 

「つい先ほどだ。だから何時聞いていたのかは分からない」

 

「じゃあ、最初っから聞いてたって可能性もあるよなぁ」

 

 

 冷や汗をかき、頭を掻く。

 妖精がいた事実が怖い。あいつが俺達を観察していた意味に恐怖心を抱く。

 

 何故、俺達を見つめていた。

 なんで?

 

 

 

「……まさか、俺たちが妖精にとって警戒すべき話をしていたから近づいてきたとか?」

 

 

 

 

 俺の独り言に、春臣と陽葵がハッと目を見開いた。

 そうしてお互いの顔を見つめて頷くのだ。

 

 

 

「うっし。これでちょっとは前進したよな?」

 

「……うん」

 

 

 

 あの巣穴の向こう側に、何かがある。

 

 

 

 

 



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第九話 突入00

 

 

 

 入学式まであと少し。

 教室にて列を作り、集まらなくてはならない時間。

 

 鏡夜たちと会うのも少し複雑で、あえて顔を見ないよう避けることにした。

 春臣は少し怒っている様子だったが、わざわざ入学式前に揉め事を起こして面倒な事態になるのは避けたいと愚痴る。

 

 

 

「入学式に出ないって選択肢はねーんだな」

 

「うん、でも素直に妖精の頼みごとを聞くつもりはないよ。化け物と戦うつもりもない」

 

「当たり前だろ」

 

「……でも春臣、お前本当にいいのか?」

 

「あぁ?」

 

「巣穴……つまり、あの空間の亀裂に入ったら死ぬかもしれないんだぞ。空気とかないかもしれない。いろいろ悲惨な目に遭うかもしれないし」

 

 

 思うのは前世での知識。

 

 これが間違っているかは分からない。

 どこで見たのかすらうろ覚えの一部分。ゲームをしている最中、その空間の亀裂に向かって突入したせいでバグって再起動。その後に出てきた画面は────真っ赤な血の模様で溢れていたのだと。

 

 スタート画面だというのに何の音もしない。

 真っ赤で薄暗い、不気味な映像。

 

 

 何故かそれが頭の中で過ぎっている。

 嫌な予感が心の中を支配する。それはどうしてなのだろうか。妖精のせいか?

 

 

「じゃあお前はこのままひたすら終わりが来るのを待つつもりか?」

 

「それは……」

 

「リセットできるかどうかなんて関係ねえ。死ぬかもしれない? 上等じゃねえか。やらないことで後悔するのが俺にとっての問題なんだよ」

 

 

 春臣は語る。

 このままここに居ても、誰かが助けてくれるのを待っていても意味なんてないのだと。

 

 自分から動かなければ、何も変わりはしないと。

 

 

「あの朝比奈って女も俺と似たような考え方をしてるだろ。────つまりだ、覚悟が決まってねえのはてめえだけなんだよ、紅葉」

 

「……そう、だな」

 

「そりゃあ未知の世界へ行くってんだから怖いのは当然。不安なのも確かだけどな。それで何も変わらないよりはマシだろ?」

 

 

 うん。確かにそうだ。

 何も知らないより、何かを知るために動く。

 

 もしも巣穴に入ったのに何もなかったとしても、それは『そこには何もない』という状況が知れるだけ。選択肢が増えるということ。

 

 ゲームで言う行動によってさまざまなルートが開くようなものだ。

 

 

「ああそうだ。何を不安に思っていたんだろ……」

 

「覚悟は?」

 

「当然、出来てないよ!」

 

「おい」

 

 

 呆れたような目で俺を見る春臣、でもその顔は先ほどよりは優しいものだった。

 

 

「命を落とすかもしれないって思って動くんじゃない。俺は生きて帰るから、危険だったらすぐに逃げるから……生きて戻る、それが俺の選択」

 

 

 戻ってしまえば、それを伝えることが出来る。

 誰にって言われたらもしもの時を考えて、次の自分に。あのノートに。

 

 ……鏡夜たちには話せるとは思えないけれど。

 

 

「俺は覚悟なんてしない。生きて戻ってやるから、何の覚悟も決めない。それだけだ」

 

「ハハッ! そうかよ」

 

 

 先生が呼びに来る。誰もがその指示に従い、ゆっくりと体育館へ向かう。

 

 鏡夜がチラリと俺を見たが、すぐに視線を前へ向けた。

 夏も同じように何故か俺の方をチラリと見て、そうして笑う。

 

 

(何を企んでいるんだろう……)

 

 

 また何か、俺達を使って検証でもする気なんだろうか。

 でもそれに協力するつもりはない。

 

 始まった瞬間俺たちは青組から離れる。

 そして朝比奈と合流し、巣穴の中へ突入するんだ。

 

 

 

 

 

 

《入学式の途中ですが(いくさ)のお時間でーす!》

 

 

 

 そろそろゲームが始まる。

 

 

 



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第十話 突入01

 

 

 序章で行われる最初のステージは体育館から。

 棒人間のような大きな怪物に襲われるステージである。

 

 しかしその化け物は聴覚が鋭い反面、盲目の怪物であり音さえ立てなければどうにかなる。

 ゲームの中じゃそれに気づくのに苦労して、ステージをクリアするのにかなりのバッドエンドを迎えてしまったが……。

 まあでも、この境界線の世界で死んでも現実でそうなるわけじゃない。

 発狂するかもしれない。痛みで気絶するかもしれない。

 

 でも死ぬわけじゃない。だから俺はゲームが始まったのと同時に春臣を連れて体育館から脱出することを決めた。その時反対方向の外側の出入り口から移動をする夏と鏡夜が見えたけど……彼らもまた何かをするために動いているのだと思って見なかったことに決めた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 廊下を走る。

 化け物が出てこない今のうちに。

 

 ゲームが本格的に始まる前に逃げないといけないから。

 だって体育館に出現したあのクリスタルは俺達の命と連動している。あれが食われたら終わり。音を立てる人の方を先に狙うだろうけれど、それでも死ぬのに時間はかからない。

 

 俺達はこのゲームを捨てる代わりに、鏡を見つけるために巣穴へ挑むんだ。

 

 

 

 

「なぁ、クラスメイトそのままにしておいてよかったのかよ」

 

「うん。……本当はどうにかしてあげたいけど、俺達も早く朝比奈と合流してあの空間の割れ目に急がなきゃ。それにここで死んでもそれが現実になるわけじゃないから、大丈夫……今はとにかく調べないと」

 

「……ああ」

 

 

 春臣はとても複雑そうに背後の────体育館の方を見つめていた。

 しょうがない。彼は凄く優しいから。口が悪くとも、喧嘩っ早くても、それが春臣の良いところであって、死にやすい欠点でもあるのだから。

 

 乱れた息を整える時間も惜しい。

 赤組がいるステージ、その場所から体育館まで遠いから。

 朝比奈もきっと俺たちの方へ向かっているけれど、その時間すら────。

 

 

 

「ぎ、ぃぃぁ!!!!」

 

 

 不意に、曲がり角から細長い黒い手が俺へ向けて伸ばされる。

 

 

「っ────」

 

 

「紅葉!!」

 

 

 俺の手を引っ張り後方へ避けた春臣によって攻撃は避けられた。

 でもその声に反応した化け物は、細長い図体をゴリゴリと天井を削りながら移動してくる。

 気持ち悪い姿に春臣が眉を寄せる。図体がでかいからスピードは遅くても、手が長いせいでこちらの距離を掴まれたらすぐに攻撃してくるだろう。

 

 目がない生き物の口は、とても鋭い。

 

 どうしたらいいのかと思っていた刹那。

 その怪物を一閃するように、何かが通り抜けた。

 

 赤く、燃えるような輝きに見覚えがある。

 それは怪物を捉えていた。冷静に、襲い掛かってくる手を避けてはぶった切り、そうして顔へ向かって特攻する。

 

 

 

「ぎ、ィ────」

 

「鈍いな。それと柔らかい身体だ。私の木刀でも真っ二つか」

 

 

 化け物が黒くチリとなって消えた先に現れたのは木刀を持った朝比奈だった。

 

 

 

「あ、朝比奈!?」

 

「悪い、助かったぜ朝比奈!」

 

「気にするな。あのような化け物にしり込みする気持ちも分かる」

 

「いや人間が化け物相手に特攻とか普通ないからな!」

 

「そうか? あれほど柔らかい肉であれば傘の一本で済む話だろう」

 

「そう言えるの赤組だけだから!!」

 

 

 

 ほんと脳筋集団赤組の筆頭はこれだから!!

 いや助かりましたけど! いろいろと死にかけたようなものだったし、命の恩人に向かって怒鳴るのもアレだけど!

 

 

 春臣も呆れたような顔で俺の頭を叩いてきた。

 

 

「落ち着けよ紅葉。今はそんな無駄話してる場合か?」

 

「あっ、そうだな。よし、合流も出来たことだし行こう!」

 

「ふむ。こちらか?」

 

「朝比奈そっちじゃなくてこっち!」

 

「分かった。従おう」

 

 

 向かった先にあるのはゲームで何度か見ていたあの空間の割れ目。俺達にとっての化け物の巣穴。 

 そこに躊躇なく手を突っ込んだ朝比奈が「人の身体が入っても大丈夫そうだ」と呟く。

 

 それに俺は冷や汗をかきつつも、春臣を見た。

 春臣もにっこりと笑って俺の背中を強く叩いた。

 

 

「気合は十分だな?」

 

「おう」

 

 

 怪物がまだ出てきてない今がチャンスだと、俺達はその中へ足を進めた。

 

 

・・・・

 

 

 

 なんか巨大な生き物の体内にいるような感覚がする。

 ドクンドクンと脈打つ壁。そして何かの液体が地面を流れる。時々壁や地面が柔らかい部分があり、そこを押してみるとちょっとだけ動く感触があった。

 

 

「気持ち悪い……」

 

「同感だ。さっさと探してここから出ようぜ」

 

「…………」

 

「ん、どうした朝比奈?」

 

 

 顔を青ざめさせている俺や春臣とは違い、涼しげな顔をした朝比奈が何かを考えるかのように周囲を見ていた。どうしたんだろうか。

 よくわからず首を傾けると、彼女はハッと我に返り俺を見た。

 

 

「すまない……すこし、懐かしく思えてな……」

 

「え゛?」

 

「おいおいこんな気持ち悪い場所に懐かしさを覚えるとかどんな幼少期を過ごしたんだよ朝比奈ぁ」

 

「いや、なんでもないんだ桜坂君。何故かはわからないが、そう思ってしまったというだけだよ」

 

 

 そう言って、前へ進みだした朝比奈に俺たちはお互いの顔を見つつ慌てて彼女の後を追いかけた。

 空間の割れ目は所々にある。

 そこに目を向けると、境界線の世界の────学校のどこかしらが映し出されていた。

 

 右隣には屋上の風景が。

 その左には、校庭の様子が。

 

 つまりここから外へ出ることが可能。どの空間から出ても構わないということだろう。

 

 

 それにしてもと思う。

 朝比奈が足を進めているから前へ歩いているけれど、後方にも道は広がっていた。

 それ以外にもたまに分かれ道があったり、四方にそれぞれの道が広がっていたり。

 

 

「迷路みたいだな」

 

「広すぎるのも探す手間が増えて嫌なもんだ。でもま、これだけ広いんだから何かしらはあるだろうよ」

 

「だといいんだけど……」

 

 

 もしも何もなかった場合はどうしようか。

 やはり白兎に会って何か話した方が良いのか。

 

 いろいろ考えているうちに前方を歩く朝比奈の足が止まったらしい。彼女の背中に俺の鼻がぶつかってしまい、思わず両手で鼻を押さえる。

 

 

「な、なに?」

 

 

 朝比奈は呆然と何かを見ていた。

 隣にいた春臣を見ると、彼もまた驚いたような様子で何かを見ていたのだ。

 

 それも顔じゅうから汗を流し、身体を震えさせ怯えている様子で。

 化け物であれば朝比奈が倒してくれるだろう。だからこれは、きっと違うものだ。

 

 

 恐る恐る朝比奈から横にずれて前を見た。

 

 

「えっ」

 

 

 狭い通路とは違い、広い空間が広がっていた。

 いや違う、外のようなありえないほど奇妙な景色があった。

 

 赤い月。赤い液体が池のように広がっている校庭。

 バラバラに砕けた人の形をしているマネキンのパーツ。そしてぬいぐるみの残骸が赤い池に浮かんでいるのが見えた。

 学校は所々が崩壊しており、古くさび付いていた。

 

 そして中央には────クリスタルがあった。

 そのクリスタルに見覚えがあった。

 なんせゲームの中では命の結晶。クラスメイト全員の魂を凝縮させたもの。

 

 それが何でここにあるのか。

 

 

「……紅葉、あの中を見ろ」

 

「えっ」

 

 

 春臣が指さした場所。

 それはクリスタルの中だった。

 

 通常だったらその中は透明であるはず。でもここにあるモノは一つの小さな人影があったのだ。

 それに俺たちは見覚えがある。憎たらしいほどに小さく可愛らしいそれは。その影は……。

 

 

(えっ、なんでクリスタルの中に……妖精がいるんだ?)

 

 

 よくわからない。でもアレはきっと、重要な何かだ。

 ごくりと息を呑んだ俺はそのクリスタルに近づくため、一歩足を動かそうとした。

 

 

 

《あらあら、迷い込んできた虫が三匹いますねぇ》

 

 

「っ!」

 

 

 背後から聞こえてきた声にゾッとする。

 反射的に振り返ろうとして、それが俺の横から前へ移動しすれ違う様子が見えた。

 

 

 狭い通路から、血濡れの校庭へ。

 そのクリスタルの目の前へ。

 

 

《哀れなあなた達はゲームに負けました。それをどう償ってもらいましょうか?》

 

 

 クスクス、クスクス。

 妖精は笑う。嗤う。

 

 クリスタルの中にいる妖精と同じ姿で、可愛らしく飛び回りキラキラと羽を輝かせながらも。

 

 

《命にリミットはありません。私が欲しいのは生贄となる命》

 

 

 楽しそうに笑って。嗤って。

 妖精は独り言のように呟いている。

 

 

《選択権はあなたですよー。さあ、どの命を犠牲に―――――します?》

 

 

 なんだろう。デジャブだ。

 その台詞、その声に聞き覚えがあった。

 

 

 

《生贄となるのはどっち? 海里夏? それとも────》

 

 

 

 どこかで聞いた。ゲームでの重要なストーリークリア。

 そこで必ず海里夏が犠牲になって死んでしまうもの。夕青の続編ステージでの……。

 

 

《あなた?》

 

 

 

 妖精が指さしたのは、何故か俺だった。

 それに困惑し冷や汗を流す。もう背中がぐっしょりと濡れているのが感じられるぐらい、現状が受け入れられなかった。

 

 

「な、何を言ってるんだ。だって俺は────」

 

 

 その台詞の意味が分からない。

 そう呟くと妖精は失望した目で俺を見た。

 

 

《まだ自覚が足りないってことですね。まあいいわ。どうせ死んじゃうんだもの》

 

 

 

 くるりと一回転した妖精が指をパチンと鳴らす。

 そうして何かが壁や地面から出現する。それは人よりも大きな卵だった。

 卵が割れて、大きな化け物が生み出されていく。その勢いは早く、朝比奈が動く前に数十数百と数えきれないほどの化け物によって囲まれてしまう。

 

 もう俺たちに逃げる隙は無かった。

 

 

 

《飛んで火にいる夏の虫ってこういうことを言うんですよねぇー! アハハっ!》

 

 

 

 楽しそうに笑った妖精に、自らの死を幻視した。

 

 

 

 

 



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第十一話 突入02

 

 

 数十、いや奥にいる化け物達や出現し続ける卵を見る限り数百と無限に沸き出す悪夢。

 妖精はともかく、化け物の狙いはきっと俺達の肉体。その生命力。そうじゃなければクリスタルを狙いはしないから。

 

(いや待って、それだったら巣穴に入る前に俺たちを潰せばよかったんだ。……でもそうしなかった。なんで?)

 

 ここに入ってもらう必要があったから?

 でもどうして。俺達に何かを求めているというのか。

 

 先ほどの妖精の言葉が思い出される。

 

 

《生贄となるのはどっち? 海里夏? それとも────あなた?》

 

 

 あのセリフは、夕青2で出てきた特殊イベント。必ず海里夏が犠牲になってしまう選択ルート。

 もしもあそこで夏を選ばなければ、もう一人が生贄として捧げられバッドエンド。

 

 

 その一人こそ、プレイヤーである神無月鏡夜のはずだった。

 

 

(なのに何で、俺を真っ直ぐ指差したんだ?)

 

 

 妖精は意味のない行動なんてしないはず。

 弄ぶために嘘をつくことはあれど、絶体絶命のこの状況で、わざわざ嘘をつくだろうか。

 俺を真っ直ぐ見て、意味深に微笑むだろうか。

 

 ────もしも妖精が本当のことを言っていて、俺を真っ直ぐ見たとしたら。

 ゲームの知識を妖精が有していて、それでわざわざ俺の事を見たのなら。

 

 それはつまり。

 

 

 

《ねえ、考えている暇あるんですかー?》

 

 

 アハハっ、と。

 あざ笑ってくる妖精の声にハッと我に返った。

 

 いろいろ考えることはあれど、今は生き延びることが優先されると思った。

 

 じりじりと後退するが、どこまで逃げきれるか分からない。

 何でこうなった。何がいけなかったのか。

 

 舌打ちをしている春臣も、妖精を睨みつけている朝比奈も。どちらも冷や汗を流していた。

 こんな状況で死ぬかもしれないと、誰もが思っていたんだ。

 

 恐怖で身体が震える。

 こぶしを握り締め、小さく涙を流した。

 

 また死ぬのか。

 あんなにも怖い思いを、もう一度しなきゃならないのか。寒い思いをして、また繰り返して……。

 

 

 

「くそ。……やっぱり罠だったのかよ!」

 

 

 あの屋上へと続く階段で聞かれていたから待ち構えていた。そうとしか思えない光景だ。

 でも妖精は俺の言葉に小さく笑った。

 

 

《罠? いいえ、これは貴方たちが自ら飛び込んだエンディングの一つでしょう?》

 

「エンディングって……」

 

《人生にも様々な選択肢が付くものですよ。ある日突然階段から落ちて死んでしまうのもまた一つのルート。たまたま遠回りしたら居眠り運転の車にはねられて死んだのだって選択肢の一つ。ここへ飛び込んできたのは貴方たちの考えでしょう?》

 

 

 そう言って楽しそうにくるくると妖精はまわる。

 

 

《人生ってゲームと同じで予想もつかない出来事が起きるモノなんですよねぇー。私もあなたも、誰もかれも……ねぇ? そう思いません、秋音ちゃん?》

 

 

 

 あれ、なんだろう。

 

 ────妖精の姿が、なんだか違和感があるように見えた。

 

 妖精の姿がダブって見えるのだ。

 腕を回せば、一秒後に妖精の腕がまた回っているような違和感。

 まるで絵を二重に重ねたような、気味の悪い感覚。

 

 

《せっかくです。ここまで来たんですから……ちょっとした得点ぐらいは教えてあげなきゃ》

 

 

 妖精が指を鳴らす。

 そうして何か、骨が鳴るような嫌な音が響いた。

 音の発生源は妖精の方から。

 

 ボキバキと、骨を折る音。肉が裂ける音。

 そして妖精のうめき声と共に、彼女の身体が変化していく。

 

 手のひらサイズだったのに、俺たちと同じぐらいの身長に変わっていく。身体が大きく、髪の色も変異していく。

 背中から生えた羽はサイズが大きくなっただけで、消えることはなかった。服もワンピース姿のままで、変わらなかった部分もあった。

 

 でもその容姿は違う。

 雰囲気さえも、なにもかもが異なっているように見える。

 

 

「……はぁ?」

 

 

 春臣が何故か驚いたような声を出した。

 妖精は────。

 

 

《私はユウヒ、ただの夕陽。貴方達の全てが欲しいだけのただの────》

 

 

 その先の言葉は、ノイズが走ったかのような音が混ざってしまい聞き取れなかった。

 ただその姿、容姿だけは理解する。

 

 彼女が誰なのかを、思い出す。

 

 

「……白兎?」

 

《ああ、貴方はそう見えているのね》

 

 

 にっこりとまた嘲笑う妖精が「もういいですよ」と呟いた。

 そうして手を上げて合図するのだ。

 

 化け物達が涎を垂らし、俺達へ襲い掛かろうと飛び出してきた。

 

 

「させん!」

 

 

 それに前へ出てきたのは、朝比奈だった。

 木刀を手に化け物を一匹頭を潰した朝比奈の運動神経、その力に俺たちは唖然とする。

 

 ただ一人、妖精だけが深い溜息を吐いていた。

 

 

《ああもう。これだから朝比奈家って言うのは嫌いなんですよぉ! ……うーん、しょうがないなぁ、もう時間だもんなぁ。ギリギリを責めるのは私らしくないです。……あーあ。ようやく巣穴へ来たんですから、ちょっとぐらいは味見でもって思ったんだけどなぁ……》

 

 

 

 ────まあ、お楽しみは程々にとっておきましょうか。

 

 

 そう言って、俺を見た妖精は小さく笑って言うのだ。

 

 

 

《リセット!》

 

 

 

 

 



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第十二話 突入(裏)00



それは、海里夏がリセットをした後のお話。





 

 

 

 目が覚めた瞬間飛び起きた。

 ベッドの上。周りを見ても誰もいない。 

 自室の向こう側、リビングで母が何かを作っている物音は聞こえるが、それ以外は何もない。

 

 

「なんだったんだ……あれは……」

 

 

 息を吸う。そうして吐き出す。その行為すら無駄に疲れてしまう。

 冷や汗が頬から流れて布団へ落ちていく。

 

 呼吸の仕方すら、先ほどまで忘れかけていた。海の中にいたせいか。

 嫌な夢を見たと呟きたいところだが……。

 

 

「あれは、夢じゃない」

 

 

 リセットという存在の重大さを理解した。

 しかし何かをするにはもう手遅れだと分かってしまったから。

 

 

 これはもう、あの女の言う通り考え続けるしかないのかと。

 

 

 

「最悪だ……」

 

 

 

 

 

 思い出すのは海里夏がリセットする直前の出来事。

 紅葉達が食われ、死の間際に巻き戻しを図ったあの全て。

 

 妖精のあの言葉。

 バグらせてもいいと、笑いながら言ったそれはきっと妖精の一番の望み。

 

 

 そうして────気が付けば俺は、海に落ちていた。

 ただの夢かと思った。泳ぐことはできるし浮上することも可能。海面から先は青々とした空が広がっているだけで他は何もない。島も見当たらず、海のど真ん中に投げ捨てられたのかと錯覚した。

 

 海里のリセットのせいなのかと思い込み、何が起きるのか見るまではと海の中を沈むことにした。

 海中でも息は出来た。だからこれは現実じゃない。

 痛みはないし、ふわふわとした身体の感覚に明晰夢だと予想する。

 

 

〈プログラミング改正可能。隔離実行……成功っと、ヤッホー神無月君。調子はどう?〉

 

 

「はっ?」

 

 

 聞こえてきた声に、俺の予想は覆った。

 その声は空から聞こえているようだった。妖精のような蔑みの声色ではない。あのアカネ神という女の、警戒を促すような気味の悪いものでもない。

 

 凛とした声。

 それを少しばかり崩して男っぽくしたら紅葉のようになるなと────俺は思った。

 

 

〈それは当然だよ。なんせ声は秋音ちゃんのプログラムから借りてるからね〉

 

「っ……考えが読めるのか」

 

〈ああ警戒しないで。今本当に絶好のチャンスなんだ。君が警戒するようなことは何もないから!〉

 

 

 女は一つ咳払いをする。

 声だけじゃなくて実態もそこにあったなら、きっと愛想笑いを浮かべた女か何かだろう。

 

 

「先に聞きたいことがある。プログラムってなんだ。お前は何をしたんだ」

 

〈プログラムはプログラムさ。データを改ざんし、妖精にバレないよう侵入したってだけ〉

 

 

 こいつは一体何者なのか。俺に何の用なのか。

 

 

〈何者なのかについては後で話すよ。何の用なのかについての質問には答えてあげるわ────君は妖精の興味の対象から外れてる。だからその世界で唯一接触できるのが君だけだったんだ〉

 

「妖精から興味が外れた? どういうことだ……」

 

〈最初は第一候補として見られていたわ。でもある日、貴方は死んだでしょう?〉

 

 

 その言葉に思い出すのはアカネ神とのやり取りだった。

 鏡に取り込まれた後に感じた激痛。死の恐怖。そして彼女の意味深の声が脳裏によみがえる。

 

 

〈うん、それだよ。君は死んだ。生贄になった。だから妖精は君の事を放っておくことにした。なんせ君は人形になったも同じだからね〉

 

「人形って……俺の意志はここにある。ちゃんと生きているだろうが!」

 

〈でも君はずっと考えていたんだろう。なんで秋音ちゃんを殺さないといけないのか。このまま考えた通りのことを実行して、何か意味はあるのかって〉

 

 

 何か否定を言おうとして、言葉が詰まった。

 頭の隅で考えていた内容。何処か無意識に考えていたことなのに、いつの間にか否定していた。

 

 誰かに思考が乗っ取られているんじゃないかと。

 

 

〈安心して、ちゃんと考えて、考えて考えて考え続けていれば……絶対にあなた自身の意志を通すことは出来るようにしてあげるから。あっでもほんと、ちゃんと考えないと駄目よ! 妖精は警戒心が高いからちょっとした考えで動かれたらすぐバレちゃうからね!〉

 

「……出来るようにしてあげるから、か。お前は俺の身体に何をする気だよ」

 

 

 神様か何かかと思うが、それを女は否定する。

 

 

〈うーんそうだなぁ。私が何者かって話だけど、先に答えてあげよう。────私はただの侵入者。外界からの傍観者にして、隙あれば妖精堕落を狙う者〉

 

「外界から?」

 

〈まあそうはいってもその世界にもともと居た住人なんて一匹しかいないけれどね〉

 

「い、っぴき?」

 

 

 それは、それはまさか。じゃあ俺たちは?

 

 考えをまとめようとして────

 

 

〈ああ、ごめん失言だったわ。それはまだ考えちゃ駄目よ〉

 

 

 

 ────急に、思考がかき消されたのだ。

 

 

 

「っ……お前、俺に何をした!」

 

 

 

 頭が重い。動かない。

 思考が回らない。考えようとして言葉が詰まる。こんな気分悪い感覚、初めてだ。

 

 

〈考えるなら向こうで目覚めてからやってほしいの。こちらで見つけた答えをそのまま向こうに持っていったら流石に妖精に感知される。それだけは避けたいから〉

 

「……そうか。お前は妖精の敵ってことか。俺に何かさせたいから隔離したのか?」

 

〈うーん流石は神無月鏡夜。考えないようにってプログラム改ざんしてもすぐ動くんだから……あーもう。後で何とかしよう……〉

 

 

 深い溜息を吐いた女の呟き声に眉を顰める。

 身体を動かすのが億劫で、いつの間にか俺の身体は海底で沈んでいた。遠くの方に見える海面は日の明かりが綺麗に輝いているのが見える。

 

 コポコポと俺の口から泡が出てくるが、喋っている声は違和感があるほど鮮明に出すことができる。

 

 

〈答えにたどり着く前にヒントをあなたにたくさん与えるから絶対に覚えておいてね〉

 

「はぁ?」

 

〈まず妖精は貴方を嫌っているわ。今は無関心の域に近いけれど、事線に触れればまた何かしでかすでしょう。その程度には見張っているってこと忘れないでね〉

 

 

 妖精が俺を嫌っている、か。

 あまり接触したわけじゃないから分からない。こいつの言葉が嘘かどうかすら分からない。

 

 

〈私は本当のことしか話さないわよ。────次、妖精はその世界じゃ創造神のようなもの。ゲームマスターって意味。貴方なら理解できるわよね?〉

 

 

 またか、と。俺は正直言ってうんざりしていた。

 紅葉とアカネ神が言っていた。夏も……言っていたっけか。

 

 

〈ハイハイ考えない!〉

 

 

 ノイズが走り、言葉が上手く思考に乗せられなくなる。クソっ、この野郎……。

 

 

〈文句を言うのも後! 時間は限られてるんだから……それで次、私がいる世界で妖精は意図的にバグを引き起こしてリセットを繰り返してるの。つまり途中で消し去ったセーブデータをいっぱい作りたいってわけ〉

 

「はっ?」

 

〈妖精はセーブデータを増やしたいのよ。ゲームマスターたる自分の一部をちぎっては増やしてを繰り返してる。プラナリアみたいにね? いいえ、アレよりは酷いかしら……〉

 

「ま、まて……ああくそ。考えさせろよ……!!」

 

〈ダメ―! それでね……えっと、貴方は……ああ見たことあるのね。なら分かるでしょう。妖精がゲームプレイヤーだった誰かに向けて「貴方が扉になるのです」って言った言葉を。扉を作るのは簡単、鍵はまあなくても困らない……壊しても良いから。ただ重要なのは、その扉を開けるための力たる導きの手。妖精が唯一望んでいるものよ〉

 

「だから……クソが!」

 

 

 考えられない自分が憎い。

 こいつの情報を覚えるために必死に頭に刻むが、それ以外何もできないのが本当に憎い。

 

 

〈夕日丘夕陽という女が、その導きの手に成りかけた〉

 

「えっ」

 

〈その次は紅葉秋音という存在が第一候補となった〉

 

 

 思考しようとしていたのに、頭を押さえていた手が止まった。

 

 

〈妖精は本当の意味で神になりたいのよ。だからあなたを嫌っているの。貴方は神から最も遠い────神無しの苗字と、本当は神じゃないってことの真実を移す鏡の名の要素を合わせた魂を持っている存在だから〉

 

「は、ぁ?」

 

〈あなたは唯一の天敵よ。神を求める存在を止めるために必要なの。だからそこにいる。主人公として存在するのもそのせい……だから、妖精はバグを引き起こしたいの。自分の存在強化を高めるためだけじゃなくて、主人公そのものを消し去るための強いバグを生み出したいからよ〉

 

 

 頭に刻まれた彼女の言葉のせいで、頭痛がする。

 ズキズキと脈打つかのような痛みに俺は呻いた。

 

 

 

〈忘れないで、思い出して。貴方は今、妖精のせいで魂がぐちゃぐちゃなの。かつてそこにあった『紅葉秋音』の魂で何とか生きているようなボロボロの状態なの。今の紅葉秋音を守るために、神無月鏡夜を守るために、あなた達は同じ魂を共有している。妖精がバグらせるだけじゃなくて、神無月の存在そのものを消そうとしているから〉

 

 

 

 声が遠のいているように感じた。

 

 

 

〈思い出しなさい、あなたはその世界の住人じゃない。お願い。思い出して、自分が誰なのかを。妖精が探している■■の魂が何処にあるのかを────〉

 

 

 

 ノイズが鼓膜を揺らす。

 

 

 海水の音が響く。

 ゴポゴポと音が響いて、彼女の声をかき消していく。

 

 

 

〈私は外界の傍観者。貴方の手助けをするために、私は見守っているから────〉

 

 

 

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話 突入(裏)01

 

 

 

 

 

 おそらく妖精は数多ものリセットを繰り返している。それはなぜなのか。

 

 

「……ゲームをバグらせるため、か」

 

 

 やはりこの世界はゲームそのもの。ゲームマスターたる妖精が作り上げた仮想現実。本来とは全く異なる世界。

 しかしそれならどうして俺が狙われたのか。神無月鏡夜と言う名前のせいらしいが……。

 

 

「いやでも、それならもっと他にも理由があるはずだろ……」

 

 

 バグによる主人公のいない世界を目指すため。女はそれに近いことを言っていた。

 神がいないと言う苗字。真実を写す鏡の役割の名前。それらを嫌悪する妖精はすなわち神になりたいだけの……何か。

 

 考えろ。今こうしているだけでも奇跡かもしれないんだ。

 きっとまたリセットされるだろう。俺の知らない間にこの記憶全てが消去される可能性が高い。

 

 

「ここがゲームの世界……なんて、認めたくねえけど……」

 

 

 あんなものを見せられて、いろんな超常現象を見てきた俺がどんな世界で生きているかなんてもう些細な問題な気がしてきたのだ。

 それにあの女は言っていたじゃないか。

 ――――まあそうはいってもその世界にもともと居た住人なんて一匹しかいないけれどね、と。

 

 

 つまり妖精だけの世界に俺たちは潜り込んでしまった。

 妖精が手に入れた玩具で弄ばれている状況なだけなはず。そこらへんについてはもっとちゃんと調べよう。これで俺たちがゲームを崩壊させて、それでそのゲームごと飲み込まれて死ぬだなんてことになったらたまったもんじゃない。

 ……どう調べるのかについては、また考えなきゃいけないが。

 

 

「一番の問題は、俺が死んだこと」

 

 

 人形になったと言っていた。妖精の手の平の上で踊るだけの玩具になったのだと。

 だからチャンスが出来たと女は言っていたが、それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。

 考えなければいけない。

 

 きっとそれが、俺の役割なのだろう。

 

 

「……正直に言えば、もう手遅れなんだよな」

 

 

 この世界で俺は過ちを犯した。

 だからきっと、俺の考えるこれからの最悪の状況を作り出してしまうだろうから。

 

 動かなければいけない。

 今の俺を囮にして、これから先のリセットに備えてやらないと。

 まず先に、この情報を託す人が必要だ。

 

 紅葉と桜坂は俺と関わり合いになろうとはしないだろうから却下。

 

 海里は駄目だ。あいつは妖精に目を付けられているから絶対に話すことはできない。

 星空も駄目だろう。あいつはあのアカネ神という……おそらく妖精の手の者によって監視されているから除外。

 

 ならば誰に、と考えて……。

 思い出すのは紅葉のゲーム情報だった。

 

 赤色の主人公。

 もしかしたらあいつも妖精に監視されているかもしれない。その可能性は高いだろう。

 

 しかしその監視をかいくぐるなら……。

 ああそうだ、あいつは戦闘能力が高いから。出来るかもしれない。

 

 

 

「……朝比奈陽葵」

 

 

 

 俺とは真逆だが、現状打破できる力を持つもの。

 神の力だけで主人公をやってる星空と、考え続けるぐらいしかできない俺よりはよっぽど強いあの女なら。

 

 

 そのために動かないと。

 もう時間がないかもしれない。

 

 

「ああそれと……海里達に連絡しなきゃな……」

 

 

 考え続けないと駄目だ。

 生き残るために。妖精に敗北を刻むために。

 

 

 手遅れだとしても、諦める理由にはならない。

 このまま終わらせるわけにいくか。

 

 そうじゃないと、あの時紅葉と桜坂を見殺しにした意味が何もなくなってしまうのだから。

 

 

 

 

 



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第十四話 暗躍

 

 入学式だというのに、あまりにも人気のない校舎裏。

 新入生のバッチを付けた女子生徒が俺に向かって近づいてくる。

 

 

「やぁ、朝比奈さん」

 

「……わざわざ呼び出して何の用だ」

 

「聞きたいことがあってね。君は覚えているかい?」

 

「何を」

 

 

 無表情ながらも、その瞳には強い意志が宿っている。

 なるほど、と。赤色の主人公と言われて納得できる程度には彼女は異質だった。

 

 凛とした雰囲気。王者のような風格。

 何があろうとも乱れることのなさそうな一本芯の入ったその姿勢に俺は内心苦笑する。少しばかり苦手なタイプだ。

 

 猫をかぶり、俺はただ笑顔で言う。

 

 

「君は何かここで違和感を感じなかったかい?」

 

「違和感か」

 

「そう。例えば入学式が繰り返されていることとか────」

 

「ああ、なんだ。お前も覚えているのか」

 

 

 目を見開いて驚く朝比奈に予想通りだと思えた。

 

 

 

「私はちゃんと入学式に出ていた。しかし妖精によって別世界に連れて行かれたのは……お前……いや、神無月君も知っているな?」

 

「まあね」

 

 

 覚えているのは入学式の日だけ、だろうか。

 記憶に差異があるのか?

 

 リセットされたものは全員記憶が修正される。

 つまり覚えているか覚えていないか程度だと思っていたが……。

 

 これは少し考えを改めた方が良いのか。

 

 

「その時……ああ、神無月君も青組だったか。紅葉秋音を知っているか?」

 

「知人だけれど、彼女がどうかしたのかい?」

 

「保健室で化け物に食い殺されるところに遭遇したんだ。そこで助けようとして────妖精の声が聞こえ、目が覚めた」

 

「っ……ちょっと待ってくれるかい?」

 

「なんだ」

 

 

 入学式に起きた出来事と全く違う。

 俺達はちゃんと生きていた。紅葉秋音を見殺しにしたのはそれより数日後。二度目に妖精に呼ばれたせいであったはず。

 

 なのにこれはどういうことか。

 記憶に差異があるどころじゃない。どこか別時間軸から来たとしか言いようがない記憶だ。

 

 リセットするごとに時間軸が違う誰かになる?

 いやそれなら何故、俺達は同じ時間軸から戻ってきたんだ。海里夏がリセットをした原因か?

 何故、今回に限って朝比奈は記憶を持ったまま来たのか……。

 

 いや待て、条件が違うのか?

 

 

「妖精が言っていたのって、もしかして『リセット』だったりするかい?」

 

 

 ごくりと息を呑んで言うと、朝比奈は当然と言うように頷いた。

 

 

「ああそうだな。確かにそう言っていたよ。なんだ、神無月君もあの場にいたのか」

 

「いや……そうじゃないけれど、そうか……」

 

 

 ここがゲーム世界だと言っていた。

 だからこそあり得ない話だが……現実ではないからこそ、それが正解なのか。

 

 一人ごとに、セーブデータというものが存在する可能性は?

 リセットをする者の傍に居ること。それこそがその時までの記憶を消されないようにするためのセーブ条件であるということか?

 

 それならば、数回リセットされる前のどこかの時間軸で朝比奈の記憶は紅葉秋音が保健室で殺されたままになっているはず。

 だからリセットされて何度か過ぎた時間軸だとしても、彼女の記憶は紅葉が殺された記憶のままになっているということだろうか。

 

 ならば、覚え続ける────つまり、自分の記憶をセーブし続けるには、リセットをする人の傍にいなくてはならないのか。

 妖精にちょっかいを出される危険性を考えるとハイリスクにすぎないが……。

 

 

 考え事をし過ぎたらしい。

 朝比奈が首を傾けて俺の様子を伺っている。

 

 

「……君は何か、知っているのか?」

 

「いいや知らないよ。ただ覚えているだけさ。詳しくは紅葉さんから聞いた方が良い……かな」

 

 

 にっこりと笑ってはぐらかす。

 彼女に全てを打ち明ける必要はない。今欲しいのは情報のみ。

 

 仲間もいらない。

 海里達は俺が巻き込んだようなものだから一緒に居るとしても、信用はしない。

 

 

「ねえ朝比奈さん。ちょっと協力してくれないかな」

 

「協力?」

 

「紅葉さんももしかしたら僕たちのように覚えているかもしれない。だから話を聞いてほしいんだ……」

 

「ふむ。構わないが」

 

「僕が頼んだことは言わないでくれると嬉しいな」

 

 

 そう頼むと、彼女は訝しげな眼になる。

 

 

「時間が巻き戻る前……ちょっと紅葉さんと喧嘩してしまってね。僕からは話もしづらい。それに今は妖精について調べたいことがいっぱいあるから、話をするのはもう少し時間をおいてからって決めているんだ」

 

「喧嘩は時間が経ちすぎると余計に話しづらくなると思うが?」

 

「世間一般的にはそうだね。でも大丈夫、僕はちゃんと謝ると約束する。それに紅葉さんを信じているから、大丈夫だよ」

 

「そうか」

 

 

 嘘偽りでも、きちんと話をすれば彼女はちゃんと納得してくれた。

 そうして頷いて、協力しようと言ってくれる。それに俺は笑う。

 

 

「あと……ちょっとだけ、頼みたいことがあるんだ」

 

「ふむ」

 

「それはね────」

 

 

 

 俺の言葉に驚きはしたが、彼女はまた頷いてくれた。

 

 

「じゃあ、あとは頼んだよ朝比奈さん」

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 苦手なタイプだが、ちゃんと話せば分かってくれる。嘘でも納得すれば扱いやすいな。

 さて、次は海里達の番だが……。

 

 

 

・・・

 

 

 イヤホンにて聞こえてくる音を耳にしながらも、俺達は黄組に集まり話をしていた。

 

 

 

「はぁ? 亀裂の中に突入するぅ?」

 

「いやいや何言ってるんスかそんなの無茶に決まってるでしょ!!」

 

「必要なことだ。特に星空、お前の能力が借りたい」

 

「アンタ俺の力が紛いもんとか言ってなかったっけ!?」

 

「そうはいってない。ただ少し信じ切れないと言っただけだ。それにお前の力が本当に使えるかどうか試すいい機会だと思ってな」

 

「つまり実験のためにやるってか!?」

 

 

 キレた様子の星空を軽く流しつつ、海里を見た。

 彼女は心底どうでもいいというように深い溜息を吐いている。

 

 

「はー呆れた。アタシはパス! そんな危険なこと出来るわけないでしょ!」

 

「そうやって、手遅れになったらどうするつもりだ」

 

「はぁ?」

 

「物事において危険がない実験なんぞ存在しない。リスクがあるからこそ検証し、その成果を出している。敵を知るためには、懐に入る危険性も考慮に入れなくてはならないってことだ」

 

「それは、わかるけど……でもそんなことして無駄だったらどうするわけ?」

 

「星空がちゃんと生存本能と直観力を働かせられているか試す実験が役立つだろう」

 

「いやついでって感じで俺を実験対象に入れないでほしいんスけど!?」

 

 

 海里夏は正直言って離脱しても問題はない。

 しかし今後必要になる場合は困る。彼女の能力についてももっと知りたいぐらいだ。

 

 出来るだけ傍に居た方が、やりやすいか……。

 

 

「海里」

 

「……はぁ……なに?」

 

「やりたいことがあるんだ。頼む、協力してくれ」

 

 

 素直に頭を下げる。

 深くふかく。彼女の心に届くように。

 

 携帯に繋がったイヤホンが耳からぶら下がり音がぶれるが仕方がない。

 

 いつもの俺ならばこんなことはしない。誰かに頭を下げる行為すら、珍しいと思われるぐらいだ。

 星空も驚愕した顔で俺を見ている、時間が数秒数分と経っていくが、俺は頭を上げようとはしない。

 

 その強い意志が伝わったのか、彼女は苛立ったように頭を激しくかき乱す。

 

 

「あ、アンタねぇ……あああもう! しょうがないから協力してあげる!」

 

「よし!」

 

「よしじゃないから!」

 

「いや待ってくださいッスよ! 海里ちゃんはともかく俺には聞かないんスか!?」

 

「あ、頼んだぞ星空」

 

「雑ぃ!!!」

 

 

 それでもお人好しな部分があるせいか、彼は分かったと頷いてくれた。

 そうして俺をジト目で見てくる。

 

 

「ってか神無月君、あんた今何聞いてるんすか?」

 

「ああ、ちょっとした音楽をね。集中するのにちょうどよくて」

 

「猫かぶりながら言う台詞!?」

 

 

 そりゃあ当然朝比奈に頼んで携帯の電話を繋げて聞かせてくれる────現在進行形で流れる紅葉達の会話だからな。

 

 それを彼らに言うつもりはない。

 一人で抱えて行動すると決めたから。

 

 

(リセットされるにはそれをする者の傍に居た方が良い……俺の考えが正しいなら、きっと今回すぐリセットされるだろう……)

 

 

 会話の中で流れる紅葉秋音が今回の時間軸で偶然手に入れたというノートについても気になる。考えが正しいならそのノートの意味は……。

 

 

 いや、それよりはやるべきことを優先しよう。

 

 

 

 

 

 







 画面に映し出されるその選択肢に、私はいろんな意味で溜息を吐いた。
 本当に面倒くさいな、神無月鏡夜っていうキャラクターは!!


「あーあー。まったく、妖精に目を付けられないようにしてよね……」


 カタカタとキーボードを鳴らしつつ、私は数枚の画面を見つめ続けた。
 とある掲示板に流れる文字に違和感はなし。SNSにも変化はない。

 ただ気になるのは、数人のプレイヤーからバグが見つかったという点だけ。


「さて、どう動こうか……」


 次のリセットまでまだ時間はあるはず。
 それまでにやるべきことを見定めて動かなくては……。




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