五等分の花嫁~イベントでも五月のお団子が美味しい御話~ (鈴木ヒロ)
しおりを挟む

4月1日
エイプリルフール


4月1日
『エイプリルフール』
毎年4月1日には嘘をついても良いという風習のことである。

※朝思いつき夜に急いで書き上げたため、内容は薄く展開も無理やりな点があります。
 後日、時間ある時に清書したいと思います。

※こちらのみ移動したので投稿日が異なります。


「学食に今日限定の牛タンランチ!?」

教科書をまとめていた手が止まる。大学の講義室で2限目の講義を終えて、腹の虫が騒ぎ始めたタイミングの衝撃的な情報だった。

「えぇ、何でも新学期初日ってことでサプライズらしいわよ。特に公表しないで食堂で初めて分かるって仕組みみたい」

「そうそう、たまたまゼミ担当の研究室に行ったら先生たちが話していたのを聞いたのよ」

仲の良い同期生の彼女たちが嬉々として話してくる。この大学の学食はどれも美味しく、大学3年目の今も毎回メニュー選びには迷うほどだ。

「こんな悠長なことをしている暇じゃないよ!早く行かないと売り切れちゃう!」

いつもなら一枚一枚丁寧に整理整頓してから片付けるプリントを、今回に限ってはファイルに閉じず雑に教科書とまとめて鞄に入れる。

「私は先に行ってるよ!後から来てね!」

友達の返事を待つことなく、許される速度の早足で食堂に向かう。途中、入口近くで談笑していた学生が不思議そうな目で見てきたがそんな事を気にしている余裕はなかった。

 

「―――って話をされて急いで食堂に向かったのにそれは嘘で、『牛タンはないですよ』って食堂の人に笑われて凄く恥ずかしかったの!ご飯に関する嘘は流石に酷くない!?」

大学帰りの駅構内、ベンチで参考書を読んでいた上杉君に偶然出会い、嫌がる彼を無理やり捕まえて近くの喫茶店で今日の悲劇を話した。

「あー、エイプリルフールか。てか普通に考えれば分かるだろ」

「上杉君まで!?だって牛タンだよ、反射的に飛びついちゃうよ・・・・・・」

何も注文せず参考書に書き込みをしている彼。対して私は鬱憤を晴らすように大きめのイチゴパフェとパンケーキを注文した。

「そもそもエイプリルフールなんてくだらない。今日に限らず嘘付いている癖に『今日はエイプリルフールだからー』とか合法のつもりで嘘つくやつの気持ちが知れない」

「全くだよ。ホント、そんな人の気持ちが知れな―――」

ピコンッ

彼のスマホにメッセージが受信されたようだ。

参考書に書き込む手を止めて、机に乗ったスマホをそのままタッチしてメッセージを開く。

 

From 中野四葉

風太郎!

今UFOから宇宙人が降りてきて誘拐されちゃった!

To 上杉風太郎

 

自然と見てしまったメール画面。おそらく姉にとっては本気の嘘だが、内容が稚拙過ぎて思わず顔を背けてしまった。

「すみませんうちの姉が」

「気にするな今更だ」

そんな彼の慣れた反応で、彼らの日頃のやり取りが容易に想像できる。

彼はスマホを手に取り、少し考えた様子で画面を操作し始めた。

(四葉だってイベントとして楽しんでいるんだ。私も誰かに嘘つこうかな)

一花は嘘ついてもバレそう。二乃は内容によっては本気で心配しそうで怖い。

三玖なら嘘ついてもバレなさそう。四葉は、まぁ・・・・・・。

(上杉君には効かないだろうな)

澄ました彼の表情を困らせたい。密かに悪巧みをしながらパフェを食べていると、彼のスマホからもう一度通知音が鳴った。

上杉君は一通り操作したスマホをコートのポケットに入れ、開いていた参考書を片付け始めた。

「用事ができた。ちょっと付き合え」

 

連れて行かれた場所は、今月オープン予定の二乃と三玖の喫茶店だった。

「二乃たちに何か用事でもあるの?」

「いいから行くぞ」

扉を開けるとお洒落な内装には合わない野性的で美味しそうな匂いが充満していた。

「あ、来たわね。いらっしゃい」

「フータロー、四葉、もう少しでできるから席に座っていて」

促されるまま席に着く。店内を見渡すと、内装はオープン前ということもありほとんど完成しているが、ところどころ段ボール箱がおいてある。

「えぇっと、二乃、何が何だか分からないのだけど・・・・・・」

「はい、お待たせ」

私と上杉君の前に運ばれたのは湯気をまとった鉄板。その上に乗っているのは厚めに切られたお肉だった。

「これは、牛タンですか?」

「正解。たまたま、商店街の特売になっていたから買ってきたのよ」

「二乃、3店舗くらい見て回ったけどね」

「うるさいわよ三玖!」

逃げるように厨房に戻る三玖と、それを追いかける二乃。

まだ理解しきってない私とは対象に、上杉君はそれを気にすることなく牛タンに手をつける。

「これが牛タンか。初めて食べたが歯ごたえがあるな」

決して小さくはないひと切れを一口で食べたせいか、頬を大きく動かして頑張って噛んでいる。

そこに二乃が透明なドリンクを持ってきた。前に二乃がお冷代わりにレモン水を使う、と言っていたのを思い出す。

「私も牛タンは焼いたことないから味付けが分からなかったわ。とりあえず塩とレモンで味を付けたけどどうかしら?」

「あぁ、普通に上手いぞ」

「フー君のそれは素直に誉め言葉として受け取るわ。癪だけど」

「そんなこと言われてもなぁ。俺に繊細な味付けが分かるはずないだろ」

「味もそうだけど、急に言われてこの出来栄えなんだから、もっと褒めて欲しいわ」

「あ、いやぁ、今日誉めたら嘘と思われそうだからな」

「それこそ嘘じゃない」

そんな2人を見て自然と口が動く。

「ありがとう、二乃」

突然のお礼に二乃だけではなく上杉君も固まった。

「私のために急いで用意してくれたんでしょ。ありがとう、これは嘘じゃないよ」

本気で拗ねていた訳じゃない。少しだけ心残りあっただけなのに、わざわざ用意してくれた姉妹思いの姉に感謝を。

「それに三玖もありがとう」

「私はほとんど何もしてない。二乃が頑張ったから」

「別に感謝されるほどじゃないわよ。ただ、次までに勉強しておくから今度は早めに言いなさいよ。・・・・・・テールスープも作りたいし」

料理上手の二乃のことだ。次お願いした時は老舗にも負けないくらいの牛タン定食が出てくるだろう。

それから―――

「―――ありがとうね」

「なんの話だ」

「何でもない。ただの独り言」

4月1日。嘘が飛び交う日も悪いものではない。

 




日を超えてないギリギリ4月1日。

こういうイベント物もあったら面白そうかな、といった試作品です。
余裕があれば事前に書き溜めておき、ある程度溜まったら特別編専用のページを作ろうかと思います。

また、誤字脱字誤表記がいつもより多い可能性があるので、時間ある時に再度書き直したいです。

みなさんは嘘がある1日を過ごしましたか?
鈴木は上司に「今月減給ね」と言われてマジで焦った1日でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4月15日
それは上杉風太郎のバースデイ~親指の応援~


4月15日
上杉風太郎の誕生日

同日午前9時、上杉風太郎在住のアパートにて


「今年もこの日が来たか・・・・・・」

朝起きてスマホ画面にらいはから誕生日を祝うメッセージが入っていた。

他の家ではパーティだのプレゼントだのドキドキワクワクのイベントだろうが、上杉家では夕飯が少し豪勢になるだけのただの平日。

大学生になってからも自分への祝いに小さなケーキをコンビニで買うくらいでいいかな、と思っていた。

らいはへの返信を打っていると画面に新たなメッセージが表示された。

 

From 中野四葉

上杉さん起きてますか?

今日の夕方の件、忘れないでくださいね!

To 上杉風太郎

 

四葉の声が脳内で再生される。スポーツ推薦で入学した四葉は講義がない日でもクラブ活動があるが、この日だけは何かと理由を付けて休みをもらっているらしい。

嘘を付いてまで祝わなくてもいいのだが、それを四葉に伝えると

「嘘なんかついてないよ!顧問の先生に『大切な恋人のお祝いをしたいから』って言ったら笑顔で頷いてくれたよ」

と恥ずかしげもなく論破されてしまった。そこまで素直に言われたら拒否できないだろ、とその場にいないのに想像だけで恥ずかしくなる。

ピンポーン

朝ご飯を食べようと冷蔵庫に手をかけたタイミングで来客を知らせるチャイムが鳴った。

らいはが送ってくれた宅配便だろうか。例年、らいはからのプレゼントは宅配便で届き、それは手作りされたケーキだったり料理だったりと俺好みの美味しいものを送ってくれる。

引き出しからシャチハタ印鑑を取り出し、寝間着だったが特に気にせず扉を開けた。

「やっほーフータロー君。久しぶりだね」

そして静かに扉を閉めた。

「ちょっ、流石にそれは酷くない!?」

扉の向こうには帽子とマスクをした不審者こと一花がいた。

「お前午前は撮影とか言ってなかったか?おい、勝手に入るな」

改めて扉を開けると招いてもないのに「お邪魔しまーす」と入ってくる一花。

「撮影の休憩で遊びに来ちゃった。早朝からの撮影でまだご飯食べてないんだよね」

清楚系として売っている割には雑に靴を脱ぎながら、「それに私といるのを他のアパートの人に見られて困るのは君だよ?」と脅してくるため仕方がなく入室を許す。

「俺だってまだ朝食を食べてない」

「そうだと思ってご飯持ってきたよ。お弁当とサンドイッチどっちがいい?」

一花の鞄から派手な装飾がされた弁当と有名ロゴの入った箱が出てきた。

朝はあまり食べる方ではないので、正直サンドイッチの方が軽そうだが。

「もらう立場だ。お前が先に選べ」

「お、フータロー君がそんな気遣いできるとは」

成長しましたなー、と茶化す一花に腹が立ったので先にサンドイッチを取ってやった。

それに対して怒るわけでもなく、むしろ嬉しそうに見つめてくる一花。俺がサンドイッチを頬張ったのを見てようやく自分の弁当に手を付けた。

「つーか休憩時間に抜け出してよかったのか?普通は現場で食べたり台本を確認するとかあるだろ」

「いいのいーの。というか次のシーンの役作りのためにも必要だったし」

「役作り?」

俺の部屋で飯を食うことのどこに役作りがあるのだろうか。オウム返しで聞くと一花は罠にかかった獲物を見る目でニヤニヤとこちらの顔を見てきた。経験上、この時の一花はろくな事を考えない。その目から逃げるようにペットボトルのお茶を口に含んで誤魔化す。

「次のシーンはね。数年ぶりに想い人と再会するの」

「ぶっ!?」

お茶を吹き出しそうになって咄嗟に口を押える。その様子をケタケタと笑う女優様が腹立たしい。

「何が数年ぶりだ。先月会っただろうが」

「想い人、ってところは突っ込まないんだね」

あえて触れないようにしていたところを指摘され、またも誤魔化すように今度はサンドイッチを口にする。朝食をあまり食べる方ではないのに、今日に限ってはサンドイッチを掴む手が止まらない。

「そこを決めるのは俺じゃない。従って俺が突っ込む点ではないということだ」

「ふーん、そっかぁー」

背中を向けていてもニヤけ顔が脳裏に浮かぶ。こいつ、何とかして反撃をしてやりたい。

「で、その想い人とやらは誰なんだ?言ってみろよ」

この時の俺は久しぶりの攻撃に脳内がパニックになっていたに違いない。普段ならこんな返しはしないし、この後にどうなるかも予想できていたはず。

「今も昔も、私は君を思っているよ」

恥ずかしげもなく言い放つ一花。こちらの攻撃に合わせたカウンターだ。ガードできるはずもなく直撃を食らって赤面してしまう。

「あ、それはその、いやあの―――」

「―――って台詞が次の撮影のポイントなんだけど、どうだった?

その台詞にアタフタ動いていた手が止まってしまう。・・・・・・台詞?

「あー・・・・・・、撮影の台詞ね。もちろん気づいていたがな。流石は名女優様だ」

「それは誉めているの?馬鹿にしてるの?」

頬を軽く膨らませて文句を口にする一花を不覚にも可愛いと思ってしまう。しっかし演技ね。あぶねー、普通に騙された。

「嘘が得意なお前は演技にも生かされるわけか」

「ちょ!昔の話なんだからもういいでしょ!時効だよ!」

「馬鹿め、事項と言うのはそんなに短くなく、国が定めた―――」

「あー、はいはい久しぶりの授業もありがたいけど、もう撮影に戻るね」

今度は俺から一花が逃げるように雑学を遮って席を立つ。10分もいなかったが、本当に僅かな時間に来てくれたんだな。

「あぁ、続きは夕飯の時にでもしてやるよ。今日来れるんだろ?」

「もちろん。前々から社長にお願いして午後はちゃんとお休み貰ってるし」

玄関で変装し直す。正直怪しやつに見えなくない組み合わせだ。

しかし一花の雰囲気がその程度で隠せるはずもなく、10人に半分以上は振り返るだろう。

「じゃフータロー君、また夕方にデートしようね」

「デート言うな。お前の姉妹もいるだろうが」

「姉妹全員とデートとは、フータロー君もやるねぇ」

「からかうな。いいから早く行け」

と言い返したところで忘れていたことを思い出し、玄関件キッチンに置いてある冷蔵庫まで戻る。

「ほらよ」

「わっ、いきなり投げないでよ。―――これって」

「お前がよく行く店の飲み物だ。と言ってもコンビニで売ってるタイプだけどな」

投げ渡したのは有名カフェのロゴが入ったドリンク。在学中によく一花が通っていたカフェが、全国のコンビニ向けに出しているやつだ。

「・・・・・・ふーん、私の好きなお店覚えていたんだ」

「たまたまだ。何となく買ったけどコーヒー感が強そうだしお前にやるよ」

「何となくね、じゃあこの付いてる付箋は何かなー?」

一花が一枚の小さな付箋をヒラヒラと見せつけてくる。それは「一花用」と書かれた付箋だった。その瞬間失敗に気づいて何とか誤魔化そうとするが、もう誤魔化しが効かなそうなので両手を上げて白旗宣言。

「・・・・・・降参だ降参。コンビニでお前が好きそうなやつあったから、こういう場面があったら差し入れしてやろうと買っておいたやつだ」

「へぇー、嘘ついてまで差し入れとは、フータロー君も成長したね」

一花用と書かれた付箋をじっと見つめている。そこまで字を見られると恥ずかしいのだが。

「うるせー、お前だってさっき嘘ついただろうが」

本当は突然の差し入れで動揺した一花をからかってやろうと思ったが、俺の詰めの甘さが出てしまったようで反省点が出ると無意識に頭をガシガシと掻いていた。

「―――ないよ」

「ん?なんだって」

一花が小さな声で言ったのを聞き取れなかった。「何でもない」と言って靴を履き終えると背中を向けたまま自分の顔をパタパタと手であおぐ。

「それにしてもご飯食べてすぐだから少し熱いね。冷蔵庫で冷えたこれが丁度いいよ」

そう言いながら受け取ったドリンクを頬に当てる。そのまま玄関の扉を開け、キラキラとした光が一花を照らした。

「差し入れありがとうね。すっごく嬉しいよ」

そう言って振り返る一花はとても輝いており、まるで頬に当てている飲み物のCMのワンシーンのようだった。

「どういたしまして。あ、ゴミ預かるよ」

役目を終えた付箋を預かろうとしたが、一花はそれをきっぱりと断る。

「いいの。これはフータロー君からのファンメールとして受け取るから」

そういうと大事そうに鞄にしまった。付箋に名前を書いてあるだけなのに変わった考えをするやつだ。

「そうかよ。んじゃ残りも頑張れよ」

伸ばした手の親指を上にしてサムズアップをする。長男に長女、立場は違えどお互い苦労した同士だ。

らしくない俺の行動に小さく笑った一花は一度扉を閉めてこちらに寄り、俺の親指を両手で包んで何か小さく呟いた。

先程より小さな声は全く聞き取れず、聞き返そうとしたらパッと離れれて再び扉を開けた。

「じゃあまた後でね」

そう言って玄関で見送った。

去り際の一花の顔が赤く見えたが、それは光の具合によるものか、それとも―――

「いや、それよりも大学行く準備をするか」

こういった推測が当たらないことを俺は身をもって知っている。余計な考えはやめて、さっさと大学に行く準備をすることにした。

今日はまだ始まったばかりだ。

 




風太郎誕生日おめでとうございます。
本来は一話内で5人との絡みをまとめる予定がどうしても収まらなかったので、彼らの物語らしく五等分することしました。

最初は長女一花との話。冒頭モノローグがあるので他の姉妹より文字数多めになりました。

風一は、お姉さんとして風太郎を弄ろうとするけど返り討ちにあい、逆に攻められて弱々しくなる一花が可愛いですよね。本当はもう少し一花を照れさせたかったんですが、私の文章表現ではできませんでした。無念。
ですが風一も楽しく書かせてもらいました。美味しい美味しい。

次回の更新予定は4月16日です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは上杉風太郎のバースデイ~人差し指の戸惑い~

4月15日
上杉風太郎の誕生日

同日午後12時過ぎ、大学近くのスーパーにて

※多分原作だと各キャラクターの居住地はかなり離れている気がしますが、それに気づいたのは執筆後なので今回はご都合解釈させてください。


2限目の講義の終わりを告げる鐘が鳴る。俺が受講した分の講義は終了したため、昼食を学食で済ませるか家で食べるか迷ってしまう。

午後の講義がないのにわざわざ食堂で食べることもないか、という考えに至り、帰り道のスーパーで買って帰ることにした。

馴染みある店内BGMが流れる中、目的の総菜コーナーを探していると。

「あれ?フー君?」

高く張りのある声で呼ばれる。俺をその呼び方をする人物は周囲で一人しかおらず、振り向くと予想通りの人物が買い物カートを押していた。

「二乃か。久しぶりだな」

華やかな服装のイメージを持つ二乃だったが、今日の服装は落ち着いた色合いの家庭的な色だった。

「久しぶり、じゃないわよ!なんで遊びに来てくれないのよ!」

強い口調は相変わらずのようだ。初対面だと勘違いしそうな態度も、付き合いの長い人間が見れば全く別なものに見える。つくづく損な性格だと思うが、本人曰く「大切な人が知っているならそれでいい」とのこと。

「そんな頻繁に外食するほどの金はない」

「フー君相手にお金取るはずないでしょ。それに、来てくれるとあの子も喜ぶしね」

姉妹を気遣うその想いも変わらずのようだ。

「もちろん、私もね」

この素直さも相変わらずのようだ。あざとい角度で覗き込んでくる二乃の視線を正面から受け止められず、咄嗟に近くの食品棚へ目を逃がした。

「お前は相変わらずだな」

「フー君も照れると前髪弄りながら目線を逸らす癖、相変わらずね」

指摘されてから右手が前髪に触れていることに気づく。何となく居心地悪くなりゆっくりと手を下ろす。

「あー、お前は今夜の買い物か?」

「そうよ。今夜は腕によりをかけて作るから楽しみにしててね。フー君は何か食べたいとかあるかしら?」

「何でもいいぞ。俺は作ってもらえるだけで十分ありがたい」

「何でもって、それが一番困るのよね―――あ」

「ん?どうした」

会話の続きを促すが返事はこない。気になって振り向くとそこにはニンマリと笑顔を浮かべた二乃がいた。

「今の会話、新婚夫婦みたいね、ア・ナ・タ」

「っ!」

こいつは、油断したタイミングで爆弾を投げてくる。そう言われると変に意識してしまい、今日の家庭的な服装も相まって新妻に見えてきた。

「変なからかいをするな」

注意をしても二乃の笑顔は変わらず、軽い足取りで調味料コーナーへと向かった。

目的の品が見つかったが高い位置にある様子。調味料を取ろうと背伸びをしていた爆弾魔の隣に立ち、頑張って身体を伸ばす二乃の代わりに目的の調味料をとってやる。

「っと、ほらこれか」

探していた調味料は何に使うのか俺には分からない香辛料だった。それを二乃に渡してやるとびっくりした顔で固まっていた。「おい」と喝を入れるとようやく動き出し、こっちが照れるくらいの笑顔になる。

「ありがとう、頼りになるわね旦那様は」

まだふざけ続ける二乃の頭に香辛料を乗せるように押し付けて距離を離す。

その行為すら嬉しいのか、「キャッ」と言いながらも嬉しそうに香辛料を受け取った。

このまま夫婦ごっこに付き合い続ければ俺の精神が持たない。

まだ調味料コーナーを見ている二乃を置いて弁当コーナーへ向かうことにした。

(弁当1つ300円前後・・・・・・高くはないがやはり自炊の方が安いな・・・・・・)

一番安いのり弁を手に取って思案する。200円で総菜を買って帰れば家にある白米で十分な昼食となる。いやしかし米を炊いていないから時間がかかる。

「費用をとるか、時間をとるか」

「市販のお弁当は栄養バランスが偏って良くないわよ」

いつの間にか隣に来ていた二乃が弁当を見て「これなんか野菜少なすぎ」と文句を言う。

「いくら栄養を売りにしていても所詮は市販だ。そんなものだろ」

今から炊いたら1時間はかかるだろう。時間をお金で買うことにし、一番安いのり弁当を手に取る。

「はい、回収します」

しかし手に取った弁当を買い物かごに入れる前に二乃に奪われて戻された。

「おい、何しやがる」

「どうせ日頃から適当な食生活しているんでしょ。たまには栄養のあるご飯食べなさいよね」

そう言うと俺に買い物カートを預けてどこか行ってしまう。言っている意味が分からないが、買い物カートを押し付けられた以上追わずにはいられない。

迷いない足取りで二乃が向かった先は野菜売り場だった。春野菜コーナーで野菜を吟味している。

「おい、どういうつもりだよ」

「さっきも言ったでしょ。フー君からお金を取るつもりはないって」

アスパラを手に取っては戻し、慣れた手つきで春野菜を俺の押すカートに入れる。

「あんな弁当より美味しいランチを作ってあげるわ。栄養も愛情もたっぷりのね」

軽くウインクしてくる二乃に、不覚にも見惚れてしまった。近くを通ったカップルの男性が振り向き、隣にいる女性に怒られる。

(相変わらずアイドルみたいなやつだな)

一花とはまた違うタイプの魅力で周りを惹きつけてしまう罪な女性に苦笑する。

「あー・・・・・・じゃあ世話になる」

「えぇ。何なら毎日三食作ってあげてもいいのよ」

「そこまで世話になってたまるか」

作って貰う立場なのだから、せめて荷物持ちをしようと引き続きカートを押しながら二乃の後ろを歩く。

それに気づいた二乃は振り返って戻り、わざわざ俺の隣を歩き始めた。

絶対に口には出さないが、こんな素敵な女性に好かれる俺はかなりの幸せ者なんだろう。

幸せそうに歩く次女を見ると同じタイミングで見てきた。その無垢な笑顔を見て反射的に前髪を触りそうになるが、先ほど指摘された自分の癖を思い出す。

行き場のない手を空中で右往左往したが、人差し指で頬を掻いて誤魔化した。




二乃の強気な態度は自信というより防衛みたいなものかなって思います。
だからこそ、その防衛をしなくて済む姉妹や風太郎には大きな愛を注げるんでしょうか。

風二はツン二乃とデレ二乃の2パターンありますが、俺はデレ二乃が好きです。
恥ずかしがることなく暴走列車となった二乃、風太郎に対して強気な愛情表現する反面、優しくされた時のチョロ顔が乙女過ぎて尊死です。

次回の更新予定は4月17日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは上杉風太郎のバースデイ~中指の後押し~

4月15日
上杉風太郎の誕生日

同日午後1時頃、喫茶店「なかの」にて




「三玖―?帰ったわよー」

カランカラン

「おかえり・・・・・・と、あれ、フータロー?」

「おう、久しぶりだな三玖」

街中の一角にある小さな喫茶店。木製のテーブルや観葉植物が多い中、時計が埋め込み式だったりメニューボードがローマ字表記だったりする点が、何とも二乃と三玖の店といった感じがする。

「久しぶりだね」

「そんな久しぶりじゃないだろ」

そんなに久しぶり感はない。たまにメールはしているし、疎遠になったつもりはない。

近くのテーブルに荷物を置きながら呆れ顔をする二乃。

「先月は一回だけでしょ。しかもホワイトデーのお返しって渡したらすぐ帰るし」

それに倣って俺も同じテーブルに荷物を置く。四葉と付き合うようになってから外出する機会も増え、高校時代より体力は付いた方だが二乃の荷物も一緒に持てるほどの体力はなかった。

「用事はそれだけだったからな。早く家帰って勉強したかったし」

「ったく、勉強熱心は相変わらずね。そのせいで四葉に寂しい思いさせないでよ?」

「余計なお世話だ」

カウンター奥にいた三玖がテーブル上の荷物を確認する。冷蔵庫に入れるものや調味料類を分けていると、何かに気づいたように首をかしげた。

「二乃、予定していた料理以外に何か作るの?」

「えぇ、フー君のお昼がまだだからご馳走しようと思って」

カウンター奥に掛けられた紫色のエプロンを手に取って腰に巻く。シュシュで二つ結いしていた髪は一度解き、1つのシュシュでポニーテールに結い直した。

「メニューはパスタでいいかしら?うちのメニューの試作も兼ねて―――」

「待って」

厨房に向かおうとする二乃を三玖が制止した。そのまま近くにカウンター上に置いてあった青色のエプロンを首に掛ける。

「私はフータローに作る」

「アンタは今日の仕込みをするんでしょ」

「それは二乃も同じ」

「私はアンタと違って要領がいいのよ。時間かからないわ」

「私だって午前中にある程度済ませた。それに」

チラッと俺を見てくる視線に気づく。そして自信に満ちた顔で二乃に再度向き合った。

「フータローに、私の今を知ってほしい」

その表情を二乃はじっと見つめ返し、小さなため息をつく。手に持った材料の袋を三玖に差し出すその表情は、呆れたような、しかし少しだけ嬉しそうな顔をした。

「分かったわよ。春キャベツとアスパラのペペロンチーノ、レシピは覚えているわね?」

「うん、ありがとう」

袋を受け取った三玖はそこから必要な食材を取り出して調理に入る。

調理はホール裏にあるメインの厨房で行わず、カウンター裏の簡易キッチンで行うようだ。

最初は横で様子を見ていた二乃だが、少し経つと何も言わずにその場から離れてホール裏へと下がっていった。

調理をする三玖の顔は少し緊張したもので、手つきも二乃とは違い少しぎこちない。しかし、昔の三玖を考えるとその成長に驚く。

野菜を切る一定の音と店内に流れる静かなBGMが心地良い。

思わず三玖の料理姿をずっと見ていたが、見続けるのも悪い気がして何か時間を潰すものはないかと店内を散策する。

入口付近の本棚に並んでいるのは、ファッション誌や料理本らの雑誌や戦国武将の小説など、店員の趣味が全振りのラインナップだった。

「それ、お客さんに楽しんでもらうために私と二乃で選んだの」

フライパンに茹で上がったパスタを移していた三玖が手を止めて説明してくれた。

「だろうな。お前と二乃の趣味全開だ」

武田信玄と題された小説を手に取る。二乃が選んだと思われる雑誌類は喫茶店でも読みやすいが、恐らく三玖が選んだ歴史本は喫茶店で読むには手が出しにくい気がする。

「なぁ三玖、流石に喫茶店で小説は―――」

「それね、小説じゃなくて漫画なの」

大きな皿を乗せたトレーを席まで運んでくる。ニンニクの野性的な香りが鼻腔を通り、遅めの昼食で飢えた食欲を刺激してくる。

手に取った本を元の位置に戻して席に戻る。三玖は俺が席に座るまで料理を置くのを待ってくれた。

「お待たせしました。こちら春キャベツとアスパラのペペロンチーノです」

俺の目の前に置かれたトレーには、キャベツと小さくカットされたアスパラが散りばめられたパスタ。

シンプルな見た目にインパクトのある香りのギャップに反射的に生唾を飲んだ。

「い、いただきます」

フォークと一緒に置かれたスプーンの使い方は分からないが、フォークでキャベツとアスパラを一緒に刺し、パスタを無造作に巻いて口に入れる。

食レポをできるほど語彙力や表現力はないため、俺が口にできる感想は一つだけだった。

「美味い・・・・・・。こう、上手く表現できないが、本当に美味いぞ」

口に入っているパスタを呑み込む前に再度パスタを巻き付ける。そして口の中が空になったと同時にすぐパスタを口に運んだ。

「そう、良かった・・・・・・」

心の底から安心した顔をする三玖。そして何かを思い出してカウンター裏へと戻った。

しかし今の俺に他を気にする余裕はなく、次々とパスタを口に運んだ。

夢中で食べていると目の前にティーカップが置かれた。中身は若緑色の飲み物のようで、落ち着く匂いがした。

「これは緑茶か?」

「そう、メニュー名はグリーンティーだけどね」

目の前の空いた席に三玖が座る。『風林火山』と書かれた湯呑みに緑茶ことグリーンティーを淹れてきたようで、両手で包んでゆっくりと飲んだ。

一度フォークをトレーに置き、三玖に倣ってグリーンティーで一息つく。

緑茶の違いは分からないが、渋すぎず薄すぎない加減が口をスッキリさせた。

「ふぅ、これを食べたら学食のパスタは霞んでしまうな」

「それは言い過ぎだよ。でもありがとう」

少し照れたように顔を背けたがすぐに向き直って控えめに笑う。高校時代は前髪で表情が見づらかったが、今の三玖は前髪を分けているため高校よりも笑顔がはっきりと見える。

額を晒すのは自信の表れと言ったのは誰だろうか、今の三玖がまさしくそうなのは俺含め姉妹全員が思うだろう。

その笑顔は控えめながらも安らぎを感じる花のような魅力があり、視線が釘付けになる理由には十分だった。

「どうしたのフータロー?」

黙って見つめる俺を不思議に思ったのか、湯呑をテーブルに置いて問いかけてくる。

「あ、あぁ、昔のお前より今のお前の方が―――」

「? 今の方が、なに?」

「・・・・・・いや、何でもない。忘れてくれ」

言い終える前に恥ずかしいことを言おうとした自分に気づく。会話の流れを変えるために半分以上なくなったパスタを大きめに巻き取って食べる。大きめにしたはずのそれは、先ほど食べた一口より味が薄く感じた。

「フータロー、気になる」

不機嫌そうに頬を膨らませ文句を言う三玖を無視して緑茶に手を付ける。こちらも渋みが薄まっている気がした。

「大した事じゃない。前よりも自信家になったなと思ってな」

「・・・・・・本当に?」

「本当だ。嘘じゃない」

嘘ではないためこちらも自信を持って返せる。残ったパスタと野菜をフォークでかき集め、最後にまとめて食べようとすると、そのフォークを三玖が奪った。

「そっか。でも自信家になったのはフータローのおかげ」

音を立てずに静かに集めると、それを綺麗にフォークに巻き付けた。

俺ばかり食べてお腹が空いたのだろうか、それとも自分も味見したかったのか。

どちらにせよ最後の一口を譲ってお茶を飲んでいると、目の前にパスタを巻いたフォークが突き出された。

「・・・・・・これも自信家になっての行動ってわけか?」

「さぁ、どうだと思う?」

少し意地の悪い笑みで質問を質問で返してくる。出会った当初は消極的だったが次第に積極性を見せてきた三玖。そんな当時でもこんな余裕のある表情はしなかっただろう。

(三玖は昔から不安と戦ってきた。人の助けはあったとはいえ、最終的に大きな壁を1人で乗り越えたから自信は、間違いなく三玖の戦果であり武器だ)

そんな在りがちな言葉にまとめられるほど、彼女の成長は安くない。それでも俺はそれ以外の賞賛は思いつかず、それは三玖も自負していることだろう。

「悪いが俺は負けず嫌いなんだ」

差し出されたフォークの柄を掴んで奪い取る。そのまま向きを反転して三玖へと差し出した。

「大丈夫だ。鼻水なんて入ってないぞ」

予想外の行動にキョトンとする三玖。してやったと思い強気になった俺はゆっくりと三玖の口元に近づける。

慌てるとはいかなくても多少は恥ずかしがるだろうと思っていると、三玖は何も躊躇うことなく一口で食べた。

「さっきの質問の答えだけど」

手を口元に当てて上品に咀嚼して飲み込む。すると、先程の意地の悪い笑顔ではなく、優しく穏やかな笑顔になる。

「遠慮しなくていいって、誰かさんが言ったから」

迷いのないその瞳と優しい笑顔。その言葉にもう反論する気はなくなった。

「そうかよ」

高校時代は隠されていた綺麗な額、その額を中指で軽くデコピンをした。

小さく「あうっ」と声を出す三玖。その額は少しだけ赤くなっており、大した理由も分からず少しだけ嬉しくなった。

その後、一部始終を見ていた二乃に「乙女に痕を付けるなんて信じられない」と怒られた。

しかし三玖は赤くなったそれの苦情を言う訳でなく、デコピンされたその額を大事そうに撫でていた。




三玖は前半の消極的なアプローチが一転、後半には二乃に対抗できる程の積極的なアプローチが魅力の一つかなと思います。

風三は前半三玖だと風太郎の天然に三玖が慌てる魅力がありますが、後半三玖だと逆に積極的な三玖に風太郎が慌てそうですよね。どちらも美味しいです。

次回の更新予定は4月18日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは上杉風太郎のバースデイ~薬指の未来~

4月15日
上杉風太郎の誕生日

同日午後6時頃、喫茶店「なかの」にて


一瞬の静けさをの後に5つのクラッカーが鳴り響いた。

「「「「「誕生日、おめでとう(ございます)!」」」」」

「あ、あぁ。今年もありがとうな」

タイミングが少しずれて「パパパパパンッ」ってなるのがコイツららしい。

テーブルを何台か繋げて大きなものとした大テーブル上には、和洋折衷に限らず多くの料理が所狭しと並んでいる。

「はいフータロー君、これプレゼント」

一花から渡されたのは小さな包み箱。開けてみると中身はパッと見でも高いと分かる黄色のリップクリームだった。

「リップクリームか。化粧品はあんまり使わないが」

「だからこそだよ。それに、魅力的な唇だと四葉が喜ぶよー?」

「ちょ、一花!」

関係ないはずの四葉が慌てて一花を取り押さえる。高価なもので使うのは気が引けるが、せっかくの頂き物だ。箱裏には「向日葵の香り」とあるが全くイメージできん。

「一花アンタ・・・・・・プレゼントにそれってどうなのよ」

「別に、口紅じゃなくてリップクリームだからセーフだよ」

視界の端で一花と二乃が何か話しているが、俺には理解ができない話題のようだ。

「フータロー、これ、二乃と私から」

三玖から少し大きめの箱を受け取る。奥で一花と言い合いをしていた二乃が「三玖!勝手に渡さないでよ!」と慌てて戻ってくる。

二乃が戻ってきてから包装を解いて中身を開けると中から黒のシューズ出てきた。

丁寧に取り出したそのシューズは、黒色を基調とした柔らかそうな生地に控えめに緑色のラインが入っている。

「おぉ、歩きやすそうな靴だな」

「靴じゃなくてランニングシューズ。スポーツ用のシューズよ」

どうせロクに運動してないんでしょ、と決めつける発言をしてくるがその通りなので何も言い返せない。

「四葉が二乃に『一人で走るのは少し寂しい』って相談して、それを聞いた二乃が『2人で一緒に走れば四葉も寂しくない』って」

「三玖アンタ余計な事言わないで!」

「ちょ、三玖まで!」

今度は四葉だけではなく二乃も一緒になって取り押さえる。相手は一花ではなく三玖だが。

開放された一花がコソコソと隣に近づいてくる。

「四葉、フータロー君と運動したがっていたよ。でも勉強の邪魔はしたくないって」

一花の助言に頭を掻きむしる。確かに最近試験勉強ばかりで寂しい思いをさせていたかもしれない。あいつのことだ、俺に気を使ってずっと我慢していたのだろう。

「・・・・・・お前らに教えられたら、どちらが教師か分からないな」

「ふふっ、フータロー君は恋愛に関しては赤点だもんね」

「うるせーよ」

からかいスイッチの入った一花の近くにいて良い事はない。今後の課題を教えてくれたことだけ感謝し、「待て」を言われた空腹の犬のように料理を見つめる五女の下へ避難することにした。

「涎垂れているぞ」

「垂れてないよ!そこまで節操なしじゃないし」

そう言いつつも視線を料理から外さない辺り実にこいつらしい。遅めの昼食だったとはいえ、この料理を前に食べないでいるのは五月じゃなくてもツライものがある。

「おい、お前らの末っ子がそろそろ暴れそうだぞ」

「暴れないって!」

我慢できずに伸び始めた手を一瞬で引っ込める空腹の犬。他の姉妹が定位置に戻り、各々自分の好きなお酒を持つ。

一花はビール、二乃はワイン、三玖は日本酒、四葉はカシスオレンジ、五月はハイボール。

見事のバラバラなのはいつものこと。中野家五つ子クオリティ。

俺はウーロンハイを片手に持ち、一応今回の主役のため簡単な挨拶をする。

「あー、そのなんだ、本日はお日柄も良く」

「フータロー君、もう夕方だよ」

「フー君、そういう堅苦しいのはいいから」

「フータロー、らしくない」

「上杉さん!もっと楽にいきましょう!」

「上杉君!挨拶はもういいので早く!」

こいつら、人が丁寧にお礼を言おうとしているのに。

「ったく、今日は祝ってくれてありがとうな!乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

6種別々のドリンクがカツンッと心地よい音が鳴った。

一花と三玖は手に届く範囲の料理から取り、届かない料理は二乃と四葉が面倒見良く皿へ乗せてあげていた。五月は手あたり次第に皿へ盛り、幸せそうな顔でモキュモキュ食べている。

その様子を見ていると自然と笑みがこぼれるが、それを一花に見られれば再びからかい対象にされるので、俺も料理に手を付けることにした。さて、何から手を付けようか。

「はい、上杉さんもどうぞ」

魅力的な料理の数々に目移りしていると横から大きな皿が差し出される。皿の上は肉、野菜、魚、ご飯と、一つのプレートのようにバランスよく料理が乗せられていた。

「四葉セレクトのワンプレートです!あ、生魚は苦手って聞いたのでカルパッチョは外しておきましたよ」

しかも俺の好みを完全に把握しているようで、乗せられた料理に苦手なものは1つもなかった。

「あら、フー君生魚ダメだったの?」

「あぁ、昔ちょっとあってな」

受け取った料理に手を付ける。うん、美味い。

としか感想が言えない自分が悲しくなる。味だけではなく見た目も凝っている料理だ、相当手をかけてくれたんだろう。

味の評価はできないが、せめて見た目を誉めよう。

「この料理すごく見た目が凝っているな。何というか・・・・・・凄く美味そうだ」

口から出たのは薄っぺらい感想。どうやら俺は美術的センスが欠如しているらしい。

そんな評価でも気をよくしてもらえたようで、二乃は満足そうに、三玖は安心した表情をした。

新たな自分の課題に頭を悩ませていると、いつの間にかニヤケ顔の一花が隣にいた。嫌な予感しかないその表情に冷や汗をかく。

「それにしてもフータロー君の好みを把握しているなんて流石四葉だね。これはいつでもお嫁に行けるかなぁ」

嫌な予感は的中したようで、その爆弾発言に俺と四葉の動きが止まる。

「い、一花!急に何を言うの!」

「そんな慌てちゃってー。別におかしい事じゃないでしょ?」

四葉をからかう一花が思いついたように買い物袋に手を入れ、何かを俺の手に乗せてきた。

グミ、それはどこにでもありそうな小さなグミだった。他と違うのはそれがリング形状になっており、「指にはめられる」のキャッチフレーズで売り出されているものだった。

「はい、四葉は手を出して。あとは分かるよね、フータロー君?」

一花に誘導されて左手を差し出される四葉は、最初はキョトンとしていたが次第にその意味が分かったのか顔が一気に紅潮する。

ここまでお膳立てされたら俺にも分かる。が、流石にこれは。

「さぁさぁ、フータロー君、どうぞ!」

一花の一言で二乃、三玖、五月が注目してきた。四葉はどうしたらいいのか分からず、顔を赤くしてワタワタしている。

一花のワクワクした目、二乃のキラキラした目、三玖のオロオロした目、五月のドキドキした目。

その視線を一身に受け止めて、俺は―――

「くだらん!」

グッと目を瞑って手に乗せられたそれを一口で食べる。甘味を感じる余裕はなく、ただグミらしい弾力のある歯ごたえしか感じなかった。

「意気地なし」

「チキン」

「臆病者」

「サイテー」

姉妹順々に罵倒されるが何とでも言え。こんな恥ずかしいことをお前らの前でできるか。

罵倒を右耳から左耳へと流して無視する。しかし一瞬見えた四葉の表情は無視できなかった。

俺の愚痴で盛り上がる他の姉妹を見て笑う四葉の傍に寄り、他の奴らにバレないようコッソリと四葉の指に自分の手を近づけた。

左手薬指。その指を自分の親指と人差し指の根元で包むように握る。

予想外の行動に驚いた四葉はビンッと背筋を伸ばして硬直する。少し間をあけて錆び付いた歯車のようにギコギコと俺の方へ首を回す。

「う、上杉さん?」

「3年だ」

一度言葉を切って小さく息を吸う。そしてゆっくりと息を吐いて文字通り一息をつき、四葉の目を見る。

「3年以内にこの指に付けてやる。グミなんて偽物ではなく、本物をだ。だから」

そこまで言って急に羞恥心が襲ってくる。これ以上四葉の目を見ることができず目を逸らしてしまった。それでも一度口にした決意だ、ここで止めるわけにはいかない。

「―――もう少しだけ待ってくれ。・・・・・・今、指のサイズ覚えたからな!これ以上太くなるんじゃねぇぞ!」

恥ずかしくなり最後に意味の分からない言葉を付けてしまった。後から考えてもここの台詞は前半だけで終われば格好がついただろう。

四葉から返事はない。反応がないと不安になるのは誰もがそうだろう。時間を経つつれ羞恥心が焦りに代わり、焦りが不安になる。

自分の行動を後悔し始めて指を解いて手を引こうとする。しかしそれは重ねられた四葉の手によって阻まれた。

「―――待ってますから」

自分の手が四葉の手と重なり、自分だけではない優しい熱を感じる。

「私、いつまでも待ってますから」

重ねた指をゆっくりと動かしお互いの薬指だけを絡めるように手を重ねる。

薬指の未来を想い誓ったお互いの熱は、しばらく冷めることなかった。

 




正直花嫁の正体が四葉とは思いませんでした。
四葉の魅力は普段は元気いっぱいなのに、恥じらったり詰め寄られると弱々しくなるの可愛いですよね。

勤労感謝の日の四葉デート回でのペアルックを勧められて「やっちゃいます?」の表情が凄く好きです。

次回の更新予定は4月20日です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは上杉風太郎のバースデイ~小指の約束~

4月15日
上杉風太郎の誕生日

同日午後8時頃、喫茶店「なかの」二階ベランダにて

※投稿予定日に間に合わず急ピッチで書き上げました。誤字脱字、辻褄が合わない箇所があれば教えてください。


普段あまり酒を飲まなかったから知らなかったが、俺は案外アルコールに強いらしい。

そしてこれは知っていたことだが、四葉はアルコールに弱い。

「えへへ、上杉さぁ~ん」

「・・・・・・おい飲みすぎだろ」

ベッタリと俺の右腕を抱きしめる四葉。乾杯の1杯目とおかわりの2杯目、それを飲み終えた頃にはもう手遅れ。気づくと隣に座り酔っ払い四葉が完成していた。

「ヒューヒュー、お熱いねぇ」

「からかうな一花」

「えへへーいいでしょー?私のうえすぎさんですよぉ」

言葉が長くなれば呂律の悪さが顕著になる。普段の四葉なら羞恥心で一花に文句を言うが、今の四葉は嬉しそうに抱きしめる力を強くする。同じなのはどちらも顔が真っ赤になる事だろう。

「なんだか腹が立ってきたわね。三玖、奥にテキーラがあったはずだから持ってきて頂戴」

「二乃、四葉を潰そうとしないで・・・・・・」

二乃が不機嫌そうな顔でこちら、というか四葉を伏せ目で見つめてくる。それを三玖が咎めるが、何となく三玖も不機嫌そうな顔をしている気がする。

「まぁまぁ、今夜は祝いの席なんだし大目にみてあげようよ」

五月がフォローを入れてくれるが、大目にも何も、一応俺ら恋人なんだが。

「どーしたの二乃にみくー、怖いかおしてー」

「ダメだわ。物凄くイラっとしてきた」

「二乃、私テキーラ持ってくるよ」

「ちょ、二人とも!」

二乃の表情に縦スジが浮かび、三玖がガタリと席を立つ。それを五月が止めようとして、何かを思いついたように手を叩く。

「そうだ。一度四葉を二階で休ませよう。確か二階に休憩室があったよね」

「えぇ、と言ってもテーブルとソファー以外は荷物だらけだけど」

放っておけばこのまま寝落ちてしまう姉を案じてか、それともこれから起こる姉妹間戦争を予期してかは分からないが、五月の案は居心地の悪かった俺にとっても助け船だ。

「んじゃ、ちょっくら運んでくるわ」

「フー君、場所分かる?」

「引っ越し手伝いした時の荷物置き場だろ。流石に覚えている」

くっついて離れない恋人をどうにか立たせて肩を貸す。主役がここを離れるのは気が引けるが、他のやつに任せるのは格好がつかない。

すぐ戻ると言い残して二階への階段を昇る。だが四葉が想像より脱力しているため昇る足は重く、仕方がなく四葉を引きずるようにヨタヨタ足で二階を目指した。

道中、柔らかな肢体を変に意識してしまい邪な考えも浮かんでしまったが、下から聞こえてくる他の姉妹の笑い声と残された僅かな理性がそれを拒んだ。

(こいつ、スポーツして筋肉あるはずなのに、どうしてこんなに柔らかいんだよ・・・・・・!)

ほのかに香る柑橘系の匂いが僅かに残った理性を追い出そうとするが、円周率をひたすら繰り返し暗唱することで抵抗する。

「ほ、ほら、四葉、着いた、ぞ・・・・・・」

激しい持久戦の末、タイムアップで理性が勝利を収めた。荷物置き場と呼んではいるが二乃が管理しているためか、隅っこに段ボールがあるだけで俺の部屋よりも整理されている。

「おい、四葉?」

返事がない事を不思議に思って横目で顔を見ると気持ちよさそうに寝ていた。

「こいつ・・・・・・人を振り回すだけ振り回しやがって」

部屋中央にある大きめのソファーに四葉を寝かせると、四葉のポケットから長方形の何かが転がり落ちる。黄緑色の包装紙で包まれたそれを拾うと裏にメモのような紙が貼ってあった。

(・・・・・・『Happy Virthday 上杉さん!』って、Birthdayの綴り間違えているじゃねぇか)

中身は何か分からないがきっとこれは俺へのプレゼントなんだろう。自然に緩んだ頬を自覚しながらそれを四葉のポケットに戻した。

「目が覚めたらプレゼント、待っているからな」

気持ち良さそうに寝ている四葉の髪を指で梳かす。これでその箱が俺へのプレゼントじゃなかったら恥ずかしさのあまり布団の上で転げまわることになるだろう。

春先とはいえまだ夜は冷える。アルコールによる体温上昇は一時的なもので、逆に時間が経てばすぐ冷えてしまう。毛布のようなものがないかと周りを見渡すがどうやらこの部屋にはないらしい。

仕方がなく自分の上着一枚を四葉にかけた。もし寒くなったら二乃たちに代わりの羽織れるものを借りよう。

部屋の明かりを少しだけ残して部屋を出ようとすると、暗くなった室内から見える満月がより一層輝いていた。さっさと一階に降りて合流しようと思っていたが、少し寄り道して夜風に当たるのも悪くないかもしれない。

少し浮ついた気分で廊下からベランダに続く引き戸を跨ぐ。雲が少ない夜空は満月がよく目立ち、黒いキャンパスの真ん中に大きな光があるようだった。

星が瞬く夜空というには星が少なく、あっても大きな満月の存在で興味から消えてしまう。

「月が綺麗だな」

程よい酔いと男心くすぐるシチュエーションに普段絶対口にしない恥ずかしい台詞を漏らしてしまう。恥ずかしい台詞と自覚はあっても誰が聞くでもない今の状況では、むしろ自身の自己愛を満たすに丁度いい加減だった。

「えぇ、本当ですね」

「!?」

背筋に冷や水を当てられたような衝撃が走る。恐る恐る声の方へ振り返ると、コップを両手に持った五月がいた。少しニヤついているその表情に、今の恥ずかしい台詞を聞かれたと確信する。

「お前、いつからそこに」

「上杉君が月に手を伸ばして意味深に『月が・・・・・・綺麗だ』って言った辺りでしょうか」

「そんな真似はしてねぇ!つか意味深ってなんだよ」

「冗談です。今日は月が綺麗だからベランダで飲もうってみんなと話になったので」

そう言って隣に立ち、手に持っていたグラスのうちウーロンハイを渡してくる。

「はい、貴方の分です」

「あ、あぁ。つかお前話し方」

「えぇ、今くらいはこの話し方でもいいかと思いまして。どうせお酒の回った今、貴方と話していると話し方に戻ってしまいそうなので」

五月にとってはこちらが自然体なのかもしれない。受け取ったウーロンハイを口付けると、五月も自分のハイボールを一口飲み、月を見上げて夜風になびいた髪を抑える。

月明かりに照らされるその姿に「月下美人」という言葉がよぎったが口には出さず、言葉を飲み込むようにもう一口ウーロンハイを飲んだ。

「そういえばお前ハイボール好きなのか?正直イメージできなかったが」

「ではどのお酒ならイメージ通りですか?」

「お前はカレーライスだろ」

「怒りますよ!飲み物は飲み物でもお酒の話です」

いや、カレーも飲み物ではないだろ。相変わらずこいつの価値観は理解できない。

五月はグラスを回して中の氷を一回しする。カランッと音を立てたそれを一口飲むと、夜空見上げて遠くを見つめるような目をした。

「昔お母さんが飲んでいたんですよ。その時はハイボールではなくウイスキーでしたが、小さな瓶に入ったそれを大事そうに少しずつ」

そこで一度言葉を止めた。見上げるのを止めて視線を落とし、今度はグラスの中に浮かぶ氷を見つめる。

「それが高いものか安いものかは分かりません。飲んでいた銘柄すら思い出せません。でも夜に私がふと起きるとテーブルの前で静かに飲んでいるお母さんの姿があったんです。その背中が子供ながらに切なく感じて、ついお母さんに抱きついたものです」

優しい笑みを浮かべるその顔にはどこか寂しさも感じる。ゆっくりと回されたグラスからは氷のぶつかる音はしなかった。

「その記憶がずっと忘れられません。ですから私にとってウイスキーは特別なものであり、こういった祝い事の時は飲んでいるのです」

話し終えると居心地が悪くなったのか「まぁ私には度数が強いので炭酸割りですが」と苦笑してオチを付け足す。月明かりが雲に遮られて一段階照明を落とされたように暗くなった。

母親の真似を止めても理想とすることは止めなかった五月。この行為は果たして真似事なのかリスペクトなのか、それを改めて問うのは愚問だろう。

こいつは自分と向き合い、自分の形を見つけて、自分の努力でここまで来た。その過程に他者の助けは多くとも、通した意思はこいつだけのものだ。

教師が卒業生に再会した時はこんな気分なのだろうか。誇らしい教え子を少しからかいたくなり、自分のグラスを五月のグラスに軽くぶつける。

カンッと小さな高音がなり驚く五月に対してわざとらしい口調で訊ねた。

「そういえばお前からのプレゼント貰ってないんだが、まさか忘れてたとは言わないよな」

急な攻撃に面をくらったのか少しのけ反る。そしてまた夜空を見上げるがその瞳に先程のような哀愁はなく、分かりやすいくらいに泳いでいる目だった。

「べ、別に忘れていたわけではありません!ただレポートとかバイトとかで少し後回しにしていただけで」

「それを忘れていたというんだよ」

忘れていたことを咎めるつもりはなかったが、変に真面目なこいつは本当に焦っている様子を見せる。それが面白くてしばらく眺めていたがそろそろ助け船を出してやろうと口を開く。すると自分のグラスを見ていた五月が同じタイミングでこちらに向き直り、名案が浮かんだと言わんばかりに前のめりになる。

「そうです!今度私のお気に入りのウイスキーを差し上げます!」

自分のグラスを見て思いついたのだろう。別にお酒が好きなわけでもないしそんな度数の高いお酒飲めない気がするが、「そうですそうです」と自身に納得させる様子を見ているとそれもいいかと思ってしまう。

「分かったよ。でも俺一人じゃ飲み切れないから、その時はお前も飲みに来いよ」

俺一人だと死ぬまで残りそうだ。どうせなら飲めるやつと一緒に飲みたい。

「では今度一緒にウイスキーを飲みましょう。ウイスキーの良さを教えてあげますよ」

「お前が飲めるのはハイボールだろうが。でもまぁ、楽しみにしてるよ」

五月にそこまで言わせるウイスキーは正直興味がある。しかしこいつが来るとなると大量の飯を用意しておかないとな。

現実的な心配をしていたら小指が目の前に差し出される。小指の元を辿るように五月を見ると、満面の笑みを浮かべていた。

月を遮っていた雲はいつの間にか通り過ぎ、取り戻した月明かりは五月だけを照らすようにその笑顔をうつす。

「約束、ですよ」

そう言って差し出された小指は細く、相手が儚い存在だと錯覚させるようだった。

月下美人、思わず見惚れてしまった時間を誤魔化すよう大きめの咳をする。そして何事もなかったようにその小指に自分の小指を絡めてしっかりと締めた。

「あぁ、約束だ」

そうしていた時間は長かったのか短かったのかは覚えていない。ただ氷がカランッと鳴るまで繋がっていて、それと同じくらいに階段を昇る足音がして慌てて離した。

その後は目を覚ました四葉も含めて改めて乾杯し、月見酒と洒落こんで誕生日の夜を過ごした。

(いくつ歳を重ねてもこいつらと一緒にいられますように)

照らす満月に五本の指を広げて、俺はそんなことを願った。

 




上杉風太郎バースデイ編終了です。

本来なら一日で全話投稿したかったのですが、仕事が忙しく結果的にこうなりました。
来月の五つ子誕生日も姉妹それぞれに分けて投稿しようと思っていましたが、恐らく風太郎視点か五月視点の一話のみになります。流石に五話連投はきつかった。

五月は原作の高校卒業時点で丁寧な話し方から標準な話し方になっています。
その五月も可愛いですが、風太郎と絡ませるときは丁寧語の五月がいいなって個人的に思います。

五つ子それぞれの視点から書かせてもらいましたが、少しでも楽しめてもらえたら幸いです。
風太郎、誕生日おめでとう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5月5日
5つのケーキと1つのイチゴ


5月5日
中野一花、中野二乃、中野三玖、中野四葉、中野五月の誕生日



白いドレスに身を包み丸みを帯びたラインが誘惑してくる。赤い突起物が背徳的な魅力を醸し出し、思わず手で触れたい欲求に駆られる。

触れてはいけない。欲望に反する理性が働くが、目の前のそれを見ると主張も弱くなる。

ついに本能のまま、ゆっくりと手を伸ばして―――

「おい、何つまみ食いしようとしてんだ五月」

「ひゃぁ!?」

意識外からの急な刺激を受けて変な声が出てしまう。その声に恐る恐る振り返ると腕を組みながら仁王立ちしている上杉君がいた。

「そのケーキは主役全員が揃って食べるものだ。人がせっかく買って来たのに台無しにする気か」

「わ、私も主役の一人だし、ちょっとだけなら―――」

「ダメだ我慢しろ」

そう言うや否や私の襟を掴んでケーキから引きはがす。想い人との別れのような喪失感を味わいながら抵抗なく上杉君に引っ張られる。

しかし別れは新たな出会いとはよく言うもの。連れられた先からお肉の良い匂いは流れてきて私の喪失感は一瞬で埋められた。

「あ、フー君丁度良か・・・・・・って、何してんのよ・・・・・・」

「あぁ、ネズミがケーキに穴を開けそうだったから捕縛してきた」

「ね、ネズミとは流石に酷くない!?」

「はいはいネズミちゃんは私が預かるから、フータロー君はこの料理持って行って」

「もう、一花まで!」

「あいよ。これで料理は全部か?」

「えぇ・・・・・・ったく、なんで私の誕生日でもあるのに私が作るのよ」

その言葉に思わずビクッと肩を揺らしてしまう。なにせ二乃に料理をお願いしたのは私だ。

「もしかして二乃、怒ってる・・・・・・?」

申し訳ない気持ちで訊ねると二乃が慌てた様子になって詰め寄ってきた。

「ち、ちが、怒ってるわけじゃないのよ!ただちょっと思っただけというか、いや全然思ってたわけじゃなくて」

慌てふためく二乃。不思議そうにその様子を見ていると、洗い物をしていた三玖が笑顔で補足してくれる。

「二乃、喜んでたよ。『お店の料理より私が作った方が美味しいだって。三玖、気合入れて作るわよ』って昨日言ってた」

三玖お得意の姉妹真似で昨晩のやり取りを再現すると、別の理由で慌て始めた二乃が三玖に組みかかった。そのまま一方的な喧嘩が始まったが、三玖がハンドサインで「先に行ってて」と手を振るのでその場は三玖に任せて、料理が並ぶテーブルへと移動した。

三玖も成長したなぁ、と些細な姉妹の成長を感じていると、店の扉が開いて四葉が荷物を持って入ってきた。

「ただいまー、飲み物買って来たよー」

テーブルの空いたスペースに買い物袋を下ろすと、テキパキと中から飲み物を取り出す。いまだに噛みつく二乃を連れて戻ってきた三玖が「抹茶ソーダがない」と悲しむのを「ごめんね、何店舗も探したんだけどなくて」と謝る。

「数店舗回ったのか・・・・・・一緒に行かなくて正解だったぜ」

貴方は彼氏として行くべきだったのでは、と言葉にするのをグッとこらえる。それを突っ込めば、言い合いになるのは容易に予想でき、ご飯を食べる時間が遅くなってしまう。

テーブルの上の料理をジーッと見つめていると、それに気づいた一花が両手をパンッと叩き「そろそろ始めようか」と促してくれる。

各々が席に座りグラスを手に取る。視線は自然と上杉君へと向かい、それは他の姉妹も同様だった。

その視線をむず痒い表情で受け取った彼は、わざとらしい咳を一つ入れてグラスを掲げる。

「あー、お前ら誕生日おめでとう。乾杯!」

その合図で6つのグラスが中央に集まってカンッと小気味よい音を立てた。その後は開始の音頭がつまらないとか、もっと言葉が欲しかったとか、彼に関する文句が飛び交うが、私は黙々と目の前の料理に手を付ける。

「そうだ。五月ちゃんがお腹いっぱいで食べられなくなる前にケーキ分けようか」

「いえ一花、そんな心配しなくても大丈夫だよ」

「あんたがSNSにアップしたいだけでしょ」

バレたかぁ、と笑う一花に呆れる二乃。「飯食いながら甘いもの食うのかよ」と少し引き気味の上杉君に「うちはいつもこんな感じです」と説明する四葉。

「ケーキナイフ、持ってきたよ」

三玖が奥から長いナイフを持ってきた。どのご家庭にはなさそうな調理師ならではの専門道具だ。持ってきたそれの柄を無言で上杉君へ向けると挑発的な笑みを浮かべた。

「ケーキ六等分、先生ならできるでしょ?」

その挑発に初めはポカンとしていた上杉君だったが、すぐに挑戦的な表情に変わり「当然だ」と意気揚々にその柄を受け取った。

その後、結果的に言えば六等分ができた。しかし理論的に六等分できても手先の器用さがそれに追いつかなかったようで、均等な六等分にはならなかった。

「しかもイチゴが7個ってなんでよ。1つ余るじゃない」

「仕方がねぇだろ。それしか売ってなかったんだから」

各々の席にケーキが配られたがケーキがあった容器の上にはイチゴが一つ残ることに、上杉君へ非難する二乃を「まぁまぁ」と四葉がなだめる。

そのイチゴに苦笑いする一花はナイフを持って色んな角度から観察していた。

「まさかこれも六等分とか言わないよねぇ・・・・・・」

「流石に、無理だと思う」

「六等分したら食べた気がしないよ」

「五月、お前はぶれないな・・・・・・」

上杉君から温かいような冷たいような視線を感じたけど気にしない。かくなる上はジャンケンを進言して―――

「これはフータロー君からの特別なイチゴです」

ひょい、とイチゴの乗った皿を急に持ち上げて一花が宣言した。その行動にみんなの視線が集まり、注目したことを確認してから言葉を続ける。

「私たちの誕生日にケチなフータロー君が買ってくれた特別なものです」

「ケチは余計だ」

「ということは、このイチゴは誰にふさわしいでしょうか」

一花は宣言を終えると視線をとある一人に向けた。釣られて私も視線を向けると、既に他のみんなの視線も集まっていた。

「え、え、えぇ!?」

5人分の視線を一身に浴びた四葉は今日一番の声を上げて動揺した。「いや、流石にそれは」としどろもどろに口を動かすが、それを二乃が一蹴した。

「癪だけど異議はないわ。むしろ話がこじれる前に決まって良かったわ」

自身の髪を払ってそっぽを向く二乃を見てクスクス笑うのは三玖。そして手を挙げて自分の意見を述べた。

「私も賛成。四葉が適任だと思う。でも問題は・・・・・・」

「そうだね。五月ちゃんが納得するかどうか・・・・・・」

「2人とも!流石の私も自重するから!」

その一言にドッと笑いが起きたが私だけ頬が膨れる。笑いが収まると一花がイチゴの乗った皿を四葉に渡してみんなの視線は再び四葉に集まった。

「うぅ、じ、じゃあお言葉に甘えて・・・・・・」

恥ずかしそうな申し訳なさそうな様子でイチゴを口に運ぶ四葉と、それを見守る4人と1人。

「えぇっと、美味しい、ですよ?」

「そ、それは良かった」

上杉君は一花が言ったことを気にしてか頬を赤らめて顔を擦らす。こういうところは相変わらずのようだ。

そのことを一花に指摘されて戸惑う上杉君。その様子を見て恥ずかしそうな、でもどこか嬉しそうな表情になる四葉。そんな2人を見て私は―――

『これはフータロー君からの特別なイチゴです』

そのイチゴは自分が食べたイチゴよりずっと、他のみんなが食べたイチゴずっと、赤く美味しそうに見えて、ふとそのイチゴを食べる自分が脳裏に浮かんでしまう。

そんな考えを振り払うように視線を逸らすと、店のカウンター上にある写真立てが目に入った。それは黄、紫、青、緑、赤のカラフルな五色で彩られており、中には卒業式で撮った私たちの集合写真が入っている。

上杉君から姉妹全員への誕生日プレゼントとしてもらった写真立て、その写真立てを彩る五色の内の一つ赤色。イチゴのような赤色を少しだけ見つめて、私は自分の皿に乗った赤いイチゴを頬張った。

 




物凄く出遅れて申し訳ありません。

本当は当日に挙げたかったのですが、GW前後は忙しく間に合いませんでした。
本編も仕上がってませんでしたが、一度書き始めていたので中途半端にできず、先にこちらを投稿した次第です。

しばらくはイベント事がないはずなので、本編を書き進めたいと思います。
・・・・・・ないですよね?

一花、二乃、三玖、四葉、五月、誕生日おめでとう(ございました)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある日の話1
眠れる上杉の裏側で


3年進級〜修学旅行編の辺り
中野家マンションにて勉強会

※原作では、この時期は5人で借りたアパートで生活していますが、今回は夢の内容を都合よく編集したものなので、「こんな場面もありそうだよなぁ」くらいの軽い気持ちで見てもらえると嬉しいです。


「…くん、上杉くん」

「–––っんはっ⁈」

呼びかけに反応して風太郎の意識が覚醒する

勢いよく顔を上げると、5人の似た顔が揃って風太郎を見ていた

「大丈夫ですか…?」

「あ、あぁ、大丈夫だ」

声を頼りに横を見ると、五月が心配そうに覗き込んでいる。改めて見渡すと、五月だけではなく、一花、二乃、三玖、四葉も同じような表情をしていた。

風太郎はその視線に罰が悪くなり、思わず視線を合わせずにそっぽを向いてしまう。

「すまんな、ちょっとうたた寝してたようだ」

「うたた寝というかガッツリ居眠りしてたわよ…」

風太郎の大事が確認できたところで、二乃が心配半分呆れ半分で訂正する。

風太郎はその言葉に恥ずかしくなったのか、わざとらしく咳をついてからパンッと手のひらを叩いた。

「さぁ、勉強を続けよう!何か分からないところがあれば遠慮なく聞いてくれ!」

威厳を取り戻すように大きめな声を出す風太郎に対して、五つ子全員が顔を見合わせて、1つの結論を出した。

「もちろん、勉強はするよ。でもフータローくん」

「フータローは私たちに気にせず、少し休んで」

「そうですよ上杉さん!睡眠は大事です!」

「フー君がそんなんじゃ私たちも集中できないわ」

「いやしかしだな…」

普段から睡眠を削ってるせいで睡眠不足の感覚が狂っている彼としては、この程度でと考えてしまう。さらには、責任感の強さから自分だけが寝ているわけにはいかない、という気持ちもある。

「ではこうしましょう」

今度は五月が手のひらを合わせて、強情な彼に妥協案を提示する

「今から1時間、私たちは問題集に付いていた模擬テストを始めます。その間、上杉君はやることがないので仮眠していてください」

その案に他の姉妹全員が納得して、各々が声を出して彼に促す。

いやそれでも、と引き下がる風太郎だが、自分が集中を乱す原因だと二乃に言われたことを思い出し、渋々と頷いた。

決まれば早く、どこで仮眠するのかという話になった。

二乃と三玖は自分のベッドを使っていいと勧めたが、それは風太郎が強く否定した。

一花も立候補したかったが、自分の汚部屋を思い出して自粛した。

自分はそこら辺の床でいいと風太郎が提案するも、客人にそんなことはできないと今度は五つ子側が強く否定した。

短い話し合いの末、勉強しているここリビングルームにある三人掛けソファーを使用することになった。

「んじゃ言葉に甘えて休ませてもらう…が、1時間後にちゃんと起こせよ?」

「分かってるってー、フータロー君は心配性だなぁ」

「テスト形式として、タイマーセットしてるし大丈夫。フータローこそちゃんと休んでよ」

まだ不服そうな様子の彼だが、一度ソファーに横になれば一気に睡魔が襲ってきて、抗う余裕もなく意識を失った。

イビキこそないが、聴こえる程度に寝息を立てて、それを確認してようやく一同は安堵する。

「やっと寝ましたね」

「上杉さん、私たちの家庭教師だけじゃなくて自分の勉強もあるもんね。そりゃ寝不足にもなるよ」

「そうそう。睡眠は大事だよ」

「一花、アンタの場合は寝過ぎよ」

そうして各々がテスト用紙に向き合おうとする中、三玖だけがジッと風太郎から目を離さなかった

「ちょっと三玖、いくらフー君が気になるからって–––」

「違う、フータローに何かかけなくていいかなって」

室内は決して寒くはなく適温だろう。しかし、寝ている人を見れば何か掛けてあげたくなってしまう、それが好意を持っている相手なら尚更だ

「そうだねー、上杉さんに何か布団とか持ってきた方がいいかな」

「あ、じゃあ私が部屋から布団持ってくるよ。私の部屋が一番近いし」

「そんなの誤差じゃない!…そうだわ、私のブレザーを代わりに–––」

「二乃のブレザーは匂いが強すぎる。フータローが起きちゃうかもしれない」

「言い方!それじゃまるで臭いみたいじゃない!」

「似たようなもの。人によっては臭い」

「こ・う・す・い、よっ!そんな下品な付け方はしてないわよ!」

「2人とも!上杉くんが起きてしまいますよ」

日常的な小競り合いならしばらく続ける2人だが、意中の相手が休んでるところで騒ぐことを良しとしないのは共通のようで、五月の一言で我に返り何とか矛を収めた。

「とりあえずフー君にはバスタオルを掛けましょう。それなら全員文句ないでしょ」

「文句も何も、言い争いしてたのは二乃と三玖だけなんだけどなぁ…」

あはは、と乾いた笑いで一花が話し合い(2人の言い争い)を締めた。二乃が浴室からバスタオルを持ってくると、それを風太郎のお腹を隠すように掛ける。バスタオルとはいえ、彼の身長を覆い被せられるサイズではない。

「さて、彼の件はこれで終わりですね。さぁ、上杉くんが起きるまでにテストを終わらせましょう」

音が鳴らない程度に手を叩いて全員の集中を戻そうとする。しかし、

「いえ、まだよ」

バスタオルを掛けた二乃はその場でクルリと他姉妹の方に向き直る。

ポカンとする四葉と五月とは逆に、一花と三玖はその発言に納得して二乃の視線を見返す。

「そうだね。そこにフータローくんが寝てるとなると」

「次に話し合うべきは、誰がフータロー近くのソファー側に座るか」

うんうん、と頷きながら視線で互いを牽制する3人。剣術家が間合いをはかっているような雰囲気に、四葉と五月はアワアワと三者を見回す。

「そうね。座るだけなら3人掛けソファーだし、3人座れるわ。でも」

「勉強、って考えると2人が丁度いいよね」

二乃、一花が共通認識をすり合わせて、三玖が相槌で反応する。

最終的に、四葉五月を巻き込んだ五つ子ジャンケンの上位2名が上座(ソファー側)を手に入れる事となった。

こうなると、何となく結果が見えるようで–––

「えぇっと…私たちで良かったのかな…」

「しょっ、勝者の義務です!仕方がなく、仕方がなくです!」

勝利の女神は欲のない者に微笑んだようで、1発目で四葉と五月が勝利を手にした。

もちろん2人は辞退したが、三玖が「悔しいけど、公平な結果」と、二乃は「あんた達2人なら妥協できる」と、一花も意味深な笑みを浮かべて頷いた。

歪ながら5人の気持ちがまとまったところで、ようやくテストに手をつけ始めた。

彼が起きるまで終わらせないと、仮眠を勧めた手前ものすごく怒られる事を想像できる。5人は各々のシャーペンを握ってテストに立ち向かった。

しかし開始10分、誰かが消しゴムを落としたのを皮切りに、5人の集中力に切れ目が見え始めた。

まずは二乃。視線が四葉と五月の間を抜けて風太郎の寝顔にそそがれ、表情が崩れがち。

次に一花。他姉妹(特に二乃)を見回しながら、問題に手を付けず何かを考えている様子。

そして三玖。二乃と同じく風太郎に視線を送るが、二乃と違ってジッと見るのではなく、チラッと見てはテストに戻りを繰り返している。

四葉はうーんっと口に出して悩むことが増え始め、五月も行動にこそ出ないが、二乃と一花(たまに三玖)の視線に気付くほどには集中が切れている。

「皆んな!ちゃんと集中してください!」

「き、急にどうしたの五月ちゃん」

「ちょっと五月!立ち上がったらフー君の顔が見えないじゃない!」

「わ、私は別にフータローを見てないっ」

「うわっビックリした!どうしたの五月?」

四者四様の後、あーだこーだの言い合いが始まった。

さて、ここまで来るとオチは決まった様なもの。

テーブルを挟んで五つ子喧嘩が始まっている後ろで、ソファーからむくりと起き上がる姿があった。

それに気づいたのは反対側にいた一花、二乃、三玖。そして五月をなだめる為に偶然にも体の向きを変えていた四葉だった。

急に鎮まる4人を好機と見た五月は、ドンっとテーブルを叩いて注意を集めようとした。

「テスト中なんですから!皆んな静かに集中して–––」

「静かにするのはお前の方だァァァ!」

「きゃぁ!?」

突然背後から声が上がったことにビックリして勢いよく振り向く五月。そこには当たり前だが、寝起きの風太郎だった。

「お前が一番真面目だと思っていたが、まさか俺が寝ている隙に騒いでるとはなぁ…この馬鹿が!」

「んなぁっ!?ば、馬鹿とは何ですか!私は貴方の為にと思って注意したのに、貴方には人を思いやる気持ちがないのですか!?

「人が寝ている所で大声を出すやつが、人を思いやる気持ちを語るな!大体お前が発案者で仮眠を取り始めたのに–––…」

「それを言うなら貴方だって–––…」

2人の喧嘩は他4人が仲裁に入ってもしばらく続いた。

こうして彼と彼女らの勉強会は、思い出の一コマとなって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思いつきの執筆です。
前書きにもありますが、こちらの内容は私が夢の中で見た内容を、都合よく精査・編集して執筆したものです。
ちょうど5人のコミカルな絡みを書きたかったので、書いていてとても楽しかったです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。