ウマれた意味を探すRPG (ゆーり)
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サイレンススズカ

この世界、馬がいないからスティール・ボール・ランが生まれないし『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前』って語録が使えないんですよね……。

自分でもこれがなんのジャンルなのかよく分かってないが、たぶんラブコメ?


 それは何時のことだったか。まだ、小学生にもなってない時分、その夢を抱いた。

 

 レース場を颯爽と駆けるウマ娘たち。真剣に、全力で、誰よりも速くあろうとするその姿に目を奪われた。自分も同じようにと思い外を全力で駆けてみれば、流れる景色と心地よい疲労に心が躍った。何時か自分も彼女たちのように、そう考えて、そのために全力で走り始めた。

 

この夢と想いは、誰にもバカになんてさせない。……けれど、もしも己に罪があるとするならば。人間の男性である自分が、そんな夢想を抱いてしまったことだろう。

 

 

 

 

現実を知ったのは、小学校に入って一年も経たないころだった。クラスのかけっこでも自分より足の速い子はいなかった。別に天狗になってた訳じゃない。けれど、クラスで一番足が速かったから運動会のリレー代表に選ばれた。そして、一つ上の学年のウマ娘の子と競争して、どうしようもない違いというものを思い知った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 なんでだ。体格に大した違いなんてない。手足だって、ずっと俺より細いじゃないか。心肺機能だって、あの体格で優れているわけがない。

 

 そんな、いくつもの不条理が頭のなかを巡る。小学校は、自分に言い訳をしながら過ごした。女性のほうが男性より成長期が早いから。自分の肉体が成長しきれば、それまでに努力をして技術と経験を積めば……そんな、種族という壁の前ではなんの足しにもならないことに必死になって、認めたくない事実から目を逸らしていた。

 

 そして、中学校を卒業して高校生になり、肉体の全盛を迎え始めて……彼女たちとの差はもはや背も見えないほどに広がっていた。勝ち負け以前に、同じ舞台に立つ資格すら自分にはないのだと、絶望という名の毒が、心をどうしようもなく蝕んでくる。

 

「くそっ……。嫌だ、絶対に認めない。負けたくない。俺だって、あの景色を見たいんだ。誰よりも速くゴールしたいんだ」

 

 体は、これ以上は無理だと付いてこない。心は軋んで悲鳴を上げている。それでも、抱いた夢を捨てられない。ここまで走ってきた想いを、なかったことにしたくない。

 

「絶対、絶対に諦めない」

 

 例えそれが、地獄への道行きだとしても。

 

 

 

 

 

「ゼェ……ハァ……、も、もう一本だスズカ」

 

 今のは惜しかった。あとちょっとやれば勝てそうな気がする。

 

「今日はここまでにしましょうトレーナーさん。全然惜しくないですから。人間がウマ娘の走る中距離を全力疾走するのは無理があります」

 

「フゥ……フゥ……。なに言ってんだ俺は勝つぞお前! そのために体を鍛えてるんだ。この前だってゴールドシップに勝ったからな!」

 

「ゴールドシップさんに? ああ、ドロップキックかましてきたゴールドシップさんの脚を掴んでジャイアントスイングしてたやつですね。でもあれ、途中で力尽きて投げられなかったんじゃ?」

 

 あいつ体がデカくて重いからなぁ。

 

「いいんだ。遠心力がなくなったあと、頭から地面に落ちて悶絶してたから。これは勝ちなんだ」

 

「そのあと組伏せられて泣かされてましたよね。控えめに言っても引き分けでは?」

 

 ……違うから、一勝一敗だから。俺があいつに勝った事実は消えないから。

 

「スズカって、先頭を走ることさえできれば後はどうでもいいくせに、意外と細かくて口煩いよね」

 

「ど、どうでもよくはありません! それにこの性質はウマ娘ならみんなそうです!」

 

 いや、スペとオグリは食欲に屈したし、マックイーンも甘味置けば止まったぞ。スカーレットは……ダメかもしれんね。

 

「それと先頭云々も今は少し違います。そういう意味でも、トレーナーさんには感謝してます。誰にも前を走らせたくなかった私に、別の楽しみ方を教えてくれたんですから」

 

 え、嘘だろ。ゲートが開いてからゴールするまで、一瞬たりとも先頭を譲りたくないスズカに別の楽しみ方?そんなことあったか?

 

「ゼェゼェ言いながら必死に走ってるトレーナーさんを周回遅れにして悠々と追い抜くの、クセになってしまったみたいで。あれが差しウマの快感なんでしょうか」

 

 こ、このアマ……!私、無害ですみたいな顔しておいて、とんだサディストじゃねーか。

 

「ち、調子に乗ってられるのも今日までだからな! お前に勝つための策を用意してきたんだ! 人間にレースで負けたって泣きべそかかせてやる!」

 

「へぇ、構いませんよ。受けて立ちます。手は抜いてあげませんけど」

 

 おい待て、そんな目でこっちを見るな。お前はそんな流し目で大人な雰囲気を出すウマ娘じゃないだろ。神秘性のある高嶺の花を装った天然ちゃんだったはずだ。

 

「で、何のレースにしますか? 人間らしく百メートル走でもいいですよ」

 

 はっ!自分が負けないと思ってるやつは隙だらけだな。己の迂闊さを呪え!

 

「距離は六千キロメートル! 途中九つのチェックポイントを通過し、先にゴールした方の勝ちだ! あと、妨害行為は反則だからな」

 

「スティール・ボール・ラン!? ウマ娘とか人間の問題じゃなくないですか?」

 

 あ、スズカ知ってるんだ。漫画とか読まなさそうだけど、一応レース漫画だし誰かに勧められたのかな。

 

「もう手段は選んでいられないんだ。走って先にゴールした方が勝ち。これさえ守れば全てはレースなんだ」

 

 結局、諦めきれないまま此処まで来て、勝つ可能性を探るため必死でウマ娘を研究していたら、トレーナーになってしまっていた。でも、こんな手段しか取れないんじゃ、いい加減に現実を受け入れるべきなのかもしれない。

 

「ふふ、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよトレーナーさん。トレーナーさんは、既にレースでウマ娘に勝てているんですから」

 

「……え? どういう意味だそれ」

 

「私はトレーナーさんのウマ娘です。そして、トレーナーさんは何時も私を見守っていくれている。レースの時だって、体の物理的な距離は離れていても、心は一番傍に居てくれます。そして、私はレースで一着になる。なら、私の一番近くに居てくれているトレーナーさんは二着ですよね? 私、誰にも先頭を譲るつもりはありませんから、トレーナーさんもずっと二着で他のウマ娘に勝ち続けます」

 

 えぇ……。それは俺がウマ娘にレースで勝ったと言っていいのか?精神的勝利ってやつ?……いや、まてよ。

 

「俺の心がレース中もスズカを見守ってるのはその通りだけど、それ後ろに居るとは限らないよね? 俺が前に居たら、実質一着でスズカに勝ってるじゃねーか! やったぜ!」

 

 むしろ、常にスズカを前から見守っていることにすれば、俺はスズカに対して常勝不敗では?はは、強すぎて困っちゃうね。

 

「も、もう! 私、いいこと言ったのに、そうやってすぐに茶化すんですから! これからも絶対にトレーナーさんにレースで負けてなんてあげませんから!」

 

 に、人間の可能性は無限大だから。いつか必ず追い縋って追い抜いてみせるから。

 

「……そうですね。可能性はゼロじゃありません。その夢が叶わないなんて、三女神様にだって断言させません。だから、諦めちゃダメですよ? 私に勝てる日が来るまで、ずっと私を追い掛けてきてください」

 

「あったりまえだろ!俺、諦めの悪さでも負ける気ないから。勝つまで一生追っかけてやるぜ!」

 

「うふふ。……ええ、是非そうしてください。一生、絶対に、追い付かせてあげませんから」




私のうまぴょい・温泉童貞を捧げたのは委員長ではなくスズカです(迫真)
好きなウマ娘はサイレンススズカ、マルゼンスキー、サクラバクシンオー。
早く育成させてほしいウマ娘はエイシンフラッシュとマンハッタンカフェ。

私は女の子を肉体的にも精神的にも虐めたいドSな人間のはずなのに、その昂りを文字に起こすとなぜか男性オリ主が虐められてるんだ。おかしい、何かが変だ。間違っている……。


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ダイワスカーレット

チュートリアルでダイワスカーレットの育成をさせてくるサイゲ、私の脚質に合っていますね。


「来たわね、トレーナー! さっそく今日のトレーニングを始めましょ!」

 

「おう、もちろんだ。まずは軽くスクワット千回からいくか」

 

 スカーレットは相変わらずトレーニングに対して貪欲だな。その精神、俺も見習わなければな。

 

「……アタシは全然いいんだけど、またトレーナーも一緒にするの? まだまだメニューはあるんだし、百回位にしておいたら?」

 

 コイツ!俺が同じメニューについて行けないとでも言うつもりか。ナメやがって!

 

「いや、ちゃんと最後までやりきるってとこは疑ってないわよ? けど、終わるまでの時間が私の倍じゃ収まらないだろうし、待ち時間が休憩にしても長すぎるのよね」

 

 ぐっ……、事実だから言い返せねぇ。元々、ウマ娘の育成なんざ興味なくて勝つための方法を探す一環でトレーナーになったんだ。極論、コイツらがどうなろうと知ったことではなかったのだが、いつの間にか絆されてしまった。それに、俺よりも圧倒的に高い身体能力を有しているとはいえ、その感性と人生(?)経験はまだ子供なのだ。放り出すわけにはいかない。

 

「……このメモに今日のメニューは全て書いてある。俺を待ってる必要はないから、休憩はちゃんと取りながら先にこなしてろ」

 

 今に見ていろ。いずれ、お前より強くなって『まだ終わらないの? スカーレットは鈍足だな』って鼻で嗤ってやるからな。

 

「またアホみたいなこと考えてるでしょ。全てにおいて一番になるアタシに勝てないのは仕方のないことよ。速さも、可愛さもね。そこにウマ娘も人間も関係なんてないんだから、気にしなくていいのに」

 

「はぁー?? 俺がトレーナーとして付くんだからウマ娘としては当然一番にしてやる。けどな、種族統一の一番は渡さねーから!速さも、可愛さもだ!」

 

「一番にしてやるって部分、スズカさんにもおんなじようなこと言ってるわよね。そういうとこはホント信用できないわ」

 

 アイツはあんまり俺が育てたって感じがしないんだよなー。なんか自分の走りがどーたらで悩んでたから『走りたいように走るのが一番じゃね?』って言ったら、勝手に覚醒してハイパー無敵モードみたいになったし。

 

「ふーん、まぁいいわ。そんなスズカさんに勝つのが、私の大きな目標の一つであり楽しみでもあるんだから」

 

 スズカが目標ねぇ。同じチームで出るレース被られてもデメリットしかないんだが、やりたいのならしょうがないか。

 

「ま、なんにせよ仲良くなったみたいでよかったよ」

 

 以前は会う度に目線で火花散らしてたからなぁ。互いに相手を尊重できない性格ってわけじゃないし、相性は悪くないと思ってたんだが。

 

「譲れないことはあったけど、取り合うより複数で囲んだほうが確実って結論になったからよ」

 

 レースの一着は譲れないってことなんだろうけど、囲むってなにをだ?

 

「というかさっきの一番になるってやつ、そのビジュアルで可愛さの一番は無理があるんじゃない? 割と身長高いし筋肉も付いてるじゃない。目指すなら、カッコいいの一番にしなさいよ」

 

「うるせぇ! 俺が勝ちたいのはお前たちウマ娘だ! だったら速さと可愛さは譲れねーだろうが。俺がセンターでうまぴょいするのを指を咥えて見させてやるからな!」

 

 もちろん歌と踊りの練習もこっそりやっている。キレッキレのパフォーマンスを披露してやるよ。

 

「ぶふっ。もう、変なこと言わないでよ! 踊ってるところ想像しちゃったじゃない。まぁ、ライブはともかく新年会のかくし芸には良さそうね」

 

 かくし芸じゃねーよ!勝利の舞だ!

 

「はいはい。それじゃ、軽くストレッチしてトレーニングを始めましょうか。待たずに先に行くけど、無理はしないこと。頑張るのは好感持てるけど、怪我しちゃったら無意味なんだからね?」

 

「俺、これでもトレーナーなんだが? なんで担当のウマ娘に怪我の心配をされてるんだ。お前は俺のママか。そんなことに気を回さなくていいんだよ」

 

「誰がママよ。母性が恋しいならクリークさん呼ぶけど?」

 

「冗談でもそれを言うんじゃねーよ! 俺の人生でも一、二位を争う苦い敗北を味わった相手だぞ! もうできるだけ関わりたくないんだよ」

 

 『頑張ってるトレーナーさんを甘やかしてあげます~』とかいきなり言ってきたから、冗談じゃねぇ俺がお前をパパとして甘やかしてやる!って勝負を挑んだら秒で負けて赤ちゃんにさせられたからな。ウマ娘に勝てるようになったとしても、アイツに挑むのは最後だ。もし、もう一度負けたら俺の自尊心がもたない。

 

「一、二位を争うってアレと同等のが他にもあるんだ……。私も赤ちゃんにされるなら死んだほうがマシだとは思うけど。ちなみにもう一つの苦い敗北経験ってなんなの? ウララに短距離で二十バ身差つけられて負けたやつ?」

 

 人の嫌な記憶を掘り起こすのやめろって。負けても楽しそうなウララを見てると自分の覚悟が揺らぎそうになるから、アイツも別の意味で危険なんだよな。

 

「もう一つは……ニシノフラワーにハンデで指二本で腕相撲してもらったのに負けた時だ」

 

「あー、それはなんというかご愁傷様。私ほどじゃないけど、フラワーは小柄で可愛いもんねー。勝てそうな気がするわよね」

 

 お前に俺の気持ちが分かるかよ。小さな年下の女の子に申し訳なさそうな顔されて『指一本にしましょうか?』って言われた俺の気持ちがよ。まぁ、一応試そうとしたら、指一本だと組むのが難しくてダメだったんだけどな。

 

「ところでトレーナー、今お付き合いしてる女性はいるの?」

 

「急にどうしたんだよ。話変わりすぎだろ」

 

「いいえ、ちゃんと話の続きよ。とにかく答えなさい」

 

「いないけど。人の身でお前たちに勝とうとしてるんだ。余計なことにかまけてる時間はない」

 

「そう。じゃあ、好きなウマ娘のタイプは?」

 

 そこは好きな女性のタイプを聞くところだろ。ウマ娘限定ってことは走りに関してか?

 

「うーん、好きなウマ娘ねぇ。好ましくないやつが思い浮かばないんだが、あえて挙げるならサクラバクシンオーかな」

 

 他のトレーナーが付いてなきゃ、俺が育てたかった。

 

「は? なに自分の育成してるウマ娘を置いて他の娘の名前挙げてんのよ」

 

 そっちが聞いてきたんだろーが。

 

「……で、どこが良いわけ? 底抜けに明るいのがタイプなの?」

 

「いや、好ましい性格なのは否定しないけど、挙げた理由は適正距離への反抗心だな。短距離以外を諦めない、あの不条理を覆さんとする精神性は大変素晴らしい」

 

 俺も似てるところがあるからだろうか。例え夢破れるのだとしても、全距離を走らさせてあげたかった。

 

「あれは不条理に抗ってるんじゃなくて、自分の適正に気付いてないだけでしょ。悪く言うつもりはないけど、彼女かなりアホの娘よ?」

 

「小賢しいのに比べたら、真っ直ぐなアホのほうが遥かに上等だろ。そもそも、お前もスズカも根っこはアホの部類だろ。でなきゃ俺はトレーナー引き受けねーよ」

 

「私は賢さでも一番よ!」

 

 その考え方、まんまバクシンオーじゃないか?まぁ、内心でどう思ってたって構わないか。顔立ちや立ち振る舞いで勘違いしそうになるけど、お前の一番になるためなら、どこまでも泥臭くなれる根性論と努力、俺は大好きだからな。俺が勝つ日までは協力してやるさ




ずっと勘違いしてたんだけど、ティアラって勝負服じゃないときも付いてるんですね。


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勝負服

勝負服(というかキャラデザ)ならダントツでマルゼンスキーが好きです。
今日はイタ飯食べに行くか。


「勝負服を作ろうと思う」

 

「……?」

 

「なにいきなり言い出すのよ」

 

「勝負服を! 作ろうと思う!」

 

 そのピコピコしてる愛らしい耳は飾りか。ちゃんと聞いておけよ。

 

「デッカイ声で言わなくても聞こえてるわよ! 私もスズカさんも勝負服持ってるじゃない。二着目ってこと?」

 

 なにを厚かましい勘違いしてるんだコイツ。スズカはともかく、お前はもうちょい実績出してからだ。

 

「お前たちのじゃなくて、俺の勝負服だ!」

 

「トレーナーさんの勝負服、ですか?」

 

 その通り。ウマ娘のレースと言えば勝負服と靴(蹄鉄)だろう。ウマ娘の力を更に引き出す特別なものだ。

 

「そっちだけ勝負服を着ているのは、俺にとってはハンデを背負っている状態と言ってもいい。その差がなくなれば、俺の勝ちは確約されたも同然」

 

 ふふ、勝負服を纏いウマ娘どもをぶっちぎる俺。ああ、夢が膨らむぜ!

 

「やめておきなさいよ。一つ位は負けた言い訳を残しておかないと、心が折れて戻らなくなっちゃうわよ?」

 

 スカーレット……お前、その言葉がどれだけ俺の心を傷つけているか分かってるのか?もしかしてそれで慈悲のつもりなの?

 

「私は賛成です」

 

「ええっ!? どうしちゃったのスズカさん!」

 

 さすがはスズカだぜ!一年間、絆を紡いできただけあって俺のことをよく理解してくれている。こういうのがデキる女だぞ、近くで見て学んでいけよスカーレット。

 

「子供を見るような目で見てくんな! ホントにどうしちゃったんですかスズカさん。トレーナーのそういうお遊びには付き合い悪かったじゃないですか」

 

「そうね。けれど、少しだけ考えてみてちょうだい。勝負服は普段着とは違うわ。制服、礼服、軍服、ベースになる服は色々あるでしょう。それを着たトレーナーさんを見てみたくはない?」

 

「!!!、……見てみたいです」

 

 なにコソコソ話してんだ。別にスカーレットに反対されたって強行するから、説得なんてしなくてもいいぞ。

 

「しょうがないわね! あたしも賛成してあげるわ。デザインは任せておきなさい!」

 

 なに意味わからねーこと言ってドヤ顔してんだコイツ。

 

「なんでお前にデザインを任せなきゃいけないんだよ。俺の勝負服なんだから、俺がデザインするに決まってるだろ」

 

「トレーナーさん、それはやめておいたほうが……」

 

「アンタ、服のセンス悪いじゃない。適当に無地のシャツとズボン着てたほうがマシなレベルでなに言ってるのよ。ちゃんとカッコいいのにしてあげるから安心なさい」

 

 小学校卒業したてのお子ちゃまに俺のセンスが理解できるか!そもそも、スカーレットはコンセプトからして勘違いしている。

 

「なんで方向性がカッコいいで決め打ちなんだよ。可愛い系にするに決まってるだろ」

 

 勝負服であると同時にライブの衣装なのだ。当然、うまぴょいを意識しなくては。

 

「アンタまだ諦めてなかったの!? ウケ狙いにしても寒いし、いざ実現したときに後悔するから大人しくカッコいいのにしなさい!」

 

 やだやだやだ!俺のファンに可愛い衣装でうまぴょいを見せつけるんだ!

 

「ダダ捏ねるんじゃない! ファンなんて一人もいないでしょうが! それにウマ娘にだってカッコいい系の衣装着てる娘はたくさんいるでしょ。ウオッカとかテイオーとか」

 

「だったら俺が可愛い系着たっておかしくねーだろうが! 自分の殻を破っていかなきゃ先に進めねーんだよ!」

 

 新しい境地が開けるかもしれないだろ!

 

「……あの、トレーナーさんはもしかして女装癖があるんですか?」

 

 いきなりなにを言いだすんだスズカよ。

 

「いやそんな趣味はねーよ。ただ、ウマ娘に勝つなら速さ以外もって考えてるだけだ。だいたい女装した野郎がうまぴょいって絵面が地獄だろ」

 

「アンタの中でどう住み分けされてるのか、こっちは訳わかんないんだけど。それよりも、自分の殻を破るだなんて言っておいて、やってることはウマ娘の後追いじゃない。そんなんで私たちに勝とうだなんて大甘ね!」

 

 なんだと!言わせておけばこの女!

 

「ウマ娘には真似できないカッコよさで、誰にも追いつけないようになってみなさいよ!」

 

 ……おおっ!今のフレーズはビビッと来たぞ。ウマ娘には真似できないカッコよさか。確かに女性しかいないんだから、例えばダンディーな感じは誰も出せないだろう。

 

「となると、ここはオペラオーの世紀末覇王に対抗して世紀末救世主をモチーフにした勝負服でいくか? それとも亀の字が書かれた武道着か」

 

「なんでそんなキワモノな恰好をチョイスするのよ! 普通にあたしに合わせた礼服ベースでいいでしょ!」

 

 ……ん?

 

「あっ」

 

「ふふ、いきなり抜け駆けするとはいい度胸ね。やはり一度、上下の別というものを教える必要がありそう」

 

 なんでスズカはいきなり剣呑なオーラを振り撒きだしたんだ。走りたくて我慢できないのか?行ってきても構わないぞ。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますね。スカーレットちゃん、行きましょうか」

 

「ま、まま負けませんからね」

 

 めっちゃ声震えてんじゃねーか。まぁ、スズカは普段が大人しいぶん、キレると怖いからな。女帝も真っ青だ。なんで急にキレたのかは全然分からんけど。

 

「あ、トレーナーさん。勝負服のデザインは後でチームのみんなで決めますから。先走ったりしちゃダメですよ」

 

 えー、俺の服なのに。ていうか全員とか意見がまとまる気がしないんだけど。

 

「私も抜け駆けして逃げ切りたいですけど、まだ協定を破る段階ではありませんから。最近、脚を溜めるということの意味を私も理解したんですよ」

 

 大逃げしながら脚を溜めているという意味の分からない状況を作り出す辺り、今のコイツは本当にやばいと思う。……それにしても協定ってなんだろう。あいつら同士で出るレースを調整とかしてるのか?

 

 

 

 

 

「さーてどうするかな。先走るなとは言われたが、案の下地くらいは考えておくか。あいつらと違って、着たからといって力が出るわけでもないしな」

 

 さすがにダボダボの袖とか招き猫を背負うようなことしたら遅くなるだけだ。風の抵抗を受けず、体の動きを阻害しないデザインは必須条件か。……とりあえず、他のウマ娘たちの勝負服のデザインと被らないかは確認しよう。

 

「うーん、ルドルフ、カフェ、バクシンオーのとかを改造すれば男が着てもカッコいいのにはなりそうだな」

 

 それにしても、改めて見ると変わった恰好が多い。これでレースが速くなるとか物理法則に喧嘩売ってるだろ。

 

「お、スズカのトレーナーじゃん。どうしたんだ難しい顔して。ゴルシちゃんに話してみ? どんな悩みも一発昇天で解決だぞ!」

 

「ああ、ゴールドシップか。生き物の死後、魂はどこへ行くのか考えていてな。ちょっとお前を昇天させて試してもいいか?」

 

 考え事の邪魔者を消せて魂の有り方も分かる、一石二鳥の名案だな。

 

「あははは、やっぱ面白れぇな~ここのトレーナーは。……勝負すっか? あ?」

 

 テンションと言動の読めない困ったやつだ。まぁ、隠すことでもないからいいか。

 

「実は勝負服のデザインを考案していたんだ。なにかカッコいいモチーフに心当たりはないか?」

 

「カッコいい勝負服のモチーフ……だと……? ああ、あるぜ」

 

 お、マジで?でもコイツのことだから沢蟹とか焼きそばって言ってきそうだな。

 

「それはな、宇宙だよ。あそこには無限があるんだ」

 

 ふーん。無限とかはどうでもいいけど、宇宙服とか星ってのは割りと有りなデザインかもな。 

 

「反応うっす!! 実感湧かないなら、宇宙まで蹴っ飛ばして星にしてやろうか~?」

 

 はっ!蹴り技への対処は既に修得済みだ。逆にお前を沈めて偉大なる大地と懇意にさせてやるよ。

 

「っと、ゴルシちゃんはスーパーにマックシェイク買いに行く途中だったわ。お前に手ぇ出すとスズカが冗談通じなくなるし、今日のところは見逃してやんよ。じゃあな~」

 

 ……言うだけ言ってそれかよ。相変わらず嵐みたいなやつだな。

 

「ま、俺が指定するのは色くらいにして、後はアイツらに任せるか」

 

 アイツらから俺がどう見えてるのかもちょっと気になるしな。




出来上がった勝負服は日の目を見ることなく、夜のうまぴょいに使用されるかもしれないし、されないかもしれない。


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トウカイテイオー

今日はテイオーの誕生日らしいので、急遽ご用意いたしました。


「あ、いたいた。お~いトレーナー。今日の特訓はじめるよ~」

 

 元気な声が聞こえてきたので振り返ると、トウカイテイオーが軽やかに駆け寄ってきていた。

 

「こんにちは師匠。もうそんな時間か。スカーレット、今日のトレーニングはここまでだ。クールダウンしたら上がってくれていいぞ。確かウオッカと出掛ける予定があるんだったよな」

 

 スズカもタイキシャトルに会いにいってるし、上手く予定が空いてくれたな。

 

「ええ、いまウオッカに断りの連絡を入れたわ。なんの特訓か知らないけど、私もトレーナーについていくから」

 

 Why?なに言ってるのかよく分からないんだけど、どうして断ったの。ていうかそのスマホどっから取り出した。

 

「要注意ウマ娘と二人きりにする訳ないでしょう。テイオー、アンタいつのまにトレーナーに取り入ったのよ」

 

 要注意ウマ娘ってテイオーのことか?レースの相手としては確かに強敵だが、俺から情報を盗み出そうなんて真似するやつじゃないぞ。

 

「スカーレットたちは警戒心が強すぎるよ。ボクたちは(恋の)ライバルであると同時に学園の友人でもあるんだからさぁ。それに、なんといってもボクはトレーナーの師匠だからね。お世話になってるだけのキミたちとはちょっと立場が違うんだよね~。だからさぁ、邪魔しないでくれるかな?」

 

 ライバル発言のときのニュアンスがなんか妙だったな。やけに言葉に凄みがあるし、いったいどうしたんだ?

 

「それよ! 師匠ってなんなのよ。私とスズカさんに黙ってチームメンバーでもないテイオーに弟子入りするなんてなに考えてるの!」

 

 俺がプライベートでなにしてようが勝手だろう。

 

「スカーレットが否定的なことばかり言うからチーム外のやつに頼んだんだよ。テイオーなのは、単純に上手いやつに習うのが近道だと思ったからだ。俺はダンスの心得なんてまるでなかったからな」

 

 うまぴょい伝説のセンターはマスターしたから、次は『Make debut!!』の振り付けを習うつもりだ。

 

「だからライブは諦めなさいって言ってるでしょ! 入賞どころか出場する算段すら付いてないんだから順序がおかしいでしょ!」

 

「う、うるさい! 俺だって華々しくデビューして輝く未来を見たいんだよ! お先真っ暗なのはもういやなんだ!」

 

 まだオッサンというには少し若い気もするが、伸びが期待できるのなんて後数年が限界だろう。小学生に毛が生えた程度のスカーレットとは違い、すでに猶予はないのだ。

 

「あ~、スカーレットってばそんな酷いこと言ったらいけないんだよ? トレーナーは必死に努力してるんだからさ。夢が叶ったときの準備を楽しむくらいいいじゃん。ねぇねぇ、トレーナー。こんな酷いこというウマ娘の担当なんて辞めてさ、ボクを担当してよ。ボクはトレーナーのやりたいことを否定なんてしないよ? ううん、むしろ全部肯定してあげる。トレーナーとウマ娘は一心同体なんだからさ。トレーナーの夢はボクの夢だよ」

 

 テイオー師匠っ!!

 

「甘やかすようなこというな! なにが肯定してあげる、よ。ずぶずぶに依存させる気じゃない。アンタ、いつからそんなに湿っぽい子になったのよ。前はもっと明朗快活だったでしょ」

 

 ふむ?テイオーが明るく生き生きしてるのは変わらなくないか。さすがに怪我をしていたときはションボリテイオーになっていたが。

 

「ふふ、スカーレットはまだまだ挫折の経験が浅いからねぇ~。本当に辛いとき傍に居てくれた人は離したくなくなるのさ。あぁ! 怪我でレースへの出場が絶望的だったボクに掛けてくれた『夢を諦めるな!』って言葉に籠っていたあの熱。いま思い出しても体が火照ってくるよ~」

 

 そんなこともあったっけか。それにしてもクネクネしているテイオーはちょっと気持ち悪いな。

 

「というわけでトレーナー! スズカさんとスカーレットはもう立派に自分たちでやっていけるよ。ここは一つ、いまも怪我がクセになってて危なっかしいボクを付きっきりで見ていてほしいな!」

 

「冗談もそこまでにしなさいよテイオー! コイツは私たちのトレーナーなの。チームメンバーを増やすだけでも業腹なのに、逆引き抜きなんて許すわけないでしょ!」

 

 なんかスカーレットも随分とヒートアップしてるな。というか、俺はさっさとダンスの練習に行ってデビューに備えたいんだが。

 

「へへーん、だったらいまここでトレーナーを賭けて勝負してみる? スズカさんならともかく、スカーレットならそこまで分の悪い勝負じゃないし、ボクは全然構わないよ?」

 

 なに勝手に俺を賭けの賞品扱いしてんだよ。テイオーも怪我がクセになってるって嘘だろ。最近は走りが異常に力強くなってんじゃねーか。剛と柔と併せ持った走りで周りがドン引きしてるぞ。

 

「だいたい、こういうのはトレーナーとウマ娘双方の合意があればOKなんだからさ。トレーナーが応と言えばその時点でスカーレットは外野なんだよ? ……で、トレーナー。ボクのお誘い、受けてくれるよね。後悔はさせないよ?」

 

「え? 普通にお断りさせていただくけど」

 

 スズカもスカーレットも中身がまだまだお子ちゃまだからな。ターフに入った瞬間に修羅みたいになるけど、それ以外は危なっかしくてまだ放任できん。

 

「えぇ~!? なんでだよトレーナー! この無敵のテイオーの専属になれるんだよ! 一生お金に困らせないし、名声も喝采も浴びるようにもらえるんだよ?」

 

 おおー、改めて口に出して羅列されても全く興味が湧かないな。俺は誰よりも速くゴールしたいのであって、その後に付いてくるものはただの余禄だ。ライブだけは別だが。

 

「ダンスの師匠としては感謝してるけど、ウマ娘としてのテイオーってあんまり興味が持てないんだよな」

 

「……え?」

 

 怪我から立ち直るときのコイツにはグッとくるものがあったが、立ち直った後はスズカと同じで無双状態である。いまコイツに付いているトレーナーも何を教えたらいいのか分からんと愚痴ってたし、組む意味もなさそうだ。

 

「あとお前けっこうなクソガキだしな。俺、生意気な子供は嫌いなんだよ」

 

 小中高とウマ娘に挑んでは負ける俺を笑いものにするやつが多かったからな。そういう意味ではうちのチームはむしろ精神的に成熟しているのか?

 

「ちょっとトレーナー、断るにしても言い方ってものがあるでしょ。テイオー泣きそうになってるじゃない」

 

「いやでもコイツ、初めて一緒に走ったときに負けたのをめちゃくちゃ煽ってきたからな。俺の絶対勝ちたいウマ娘リストで最上位に入ってるんだよ」

 

 あと俺は泥臭いウマ娘が好きなのだ。今のコイツはちょっと綺麗に羽ばたきすぎてしまっている。 

 

「ト、トレーナーが望むんならボクなんだってするよ? 作戦だって好みに合わせるし、出るレースも全部従う。性格もスズカさんみたいに物静かでお淑やかになるから!」

 

 いや、アイツは感情と思考のアウトプットが下手くそなだけで、別にお淑やかではないぞ。腹の内にはマグマがぐつぐつしてるタイプだ。

 

「そもそもチームの連中が例外なだけで、俺って基本的にウマ娘は全部クソだと思ってるしな。俺より速いやつよ、この世から消え去れ。なので師匠、弟子のために今すぐ引退してください」

 

「さすがにそれは嫌だよ!」

 

「……今日は割りと黒い部分を曝け出してくるわねトレーナー」

 

 む、いかんいかん。担当ウマ娘の前で下らない話をしてしまったな。最近のテイオーの活躍っぷりに嫉妬心が抑えきれなくなっている。猛省せねば。

 

「う、うぅ……。それでもボクは絶対に諦めないんだからね! 無敗の七冠ウマ娘になってトレーナーを迎えに来るから!」

 

 それますますトレーナー不要じゃね?

 

「いいえ、諦めてもらいます」

 

 こ、この肌を突き刺すような闘気は!

 

「スズカ先輩! やっと来てくれたんですね」

 

 あ、タイキシャトルもいる。おっす、久しぶりー。

 

「なんでタイキシャトルにはそんなに親しげなの!? ウマ娘全般が嫌いなんでしょ!」

 

 そうなんだけどね、そうだったんだけどね。トレセン学園のウマ娘は良い娘が多すぎるんだわ。テイオーのことも普通に好きだよ。言うと引き受けなきゃいけなくなりそうだから黙ってるけど。

 

「テイオーさん、以前に忠告したはずです。トレーナーさんに手を出すことは許さないと。よもや、忘れたわけではありませんよね?」

 

「そっちこそ、あれくらいで諦めると思ってたの? ライバルが多いからね。今の段階で目を付けられて袋叩きにされないよう裏で準備してただけに決まってるじゃん」

 

 なんだその不良漫画みたいな展開は。もしかして俺が知らないだけでウマ娘による暗闘とか場外乱闘があるのか?

 

「反省の色もなし、と。これは実力行使するのも致し方なしですね」

 

「前のボクと同じだと思ってると痛い目みるよ。たとえスズカさんが相手でも、簡単に負けてあげるつもりはないんだからね」

 

 なんでターフでもないのにバトル漫画の戦闘開始前みたいな会話が始まってるんですかね。二人とも闘気出すの止めてくれないかな。そういうのはグラスワンダーの領分だろ。

 

「Oh! 二人ともとっても仲良しデスネ! ビューティフルフレンドシップです!」

 

 このタイキシャトルの純真さよ。

 

「あたいのこと呼んだか~?」

 

 呼んでないから帰っていいぞゴールドシップ。 

 

「タイキとドトウ、うちのチームに来てくれねーかな。最近ちょっとメンバーが過激すぎて癒し要素が欲しいわ」

 

「……アンタそれ、本当に癒しが欲しくて選んでるんでしょうね」

 

 他に何があるんだよ。

 

「ま、まぁ大きさは私も成長性込みなら負けてないし、むしろあそこでバトルしてる二人には圧勝だから拘りがあっても悪いことじゃないわね」

 

 どうでもいいからダンスレッスン始めさせてくれないかな。

 

「ダンスなら私に任せてくれてノープロブレム! 本場仕込みの情熱的なダンスレッスンしてあげマス!」

 

 タイキ師匠っ!どこまでも着いて行きます!




以下、第3宇宙から受信した怪電波(各ウマ娘の戦闘スタイル)

スズカ:
フリースタイル。圧倒的な戦闘センスと攻撃スピードで敵の意識を瞬時に刈り取る。
相手を地に伏せさせることで、誰もいない景色を作り出す。

テイオー:
アウトボクサー。軽快なステップで敵を翻弄して手数とカウンターで沈める。インファイトではスズカの攻撃に反応できなかったため考案したスタイル。最近、残像を三つまで増やせるようになったが上位勢には通用しなかった。

グラス(未登場):
どこからともなく日本刀を取り出して剣術で戦う。居合いを最も得意とするが、抜刀した状態からでもアホみたいに強い。あと怖い。エルは口を滑らせるたびにメンコを両断されている。取り出してるのはたぶん妖刀の類い。

マックイーン(未登場):
どこからともなく釘バットを取り出して戦う。グラスの居合いに匹敵するスイングスピードを誇るトレセン学園のスラッガーにしてホームラン王。あまたの敵をレース場のスタンドに叩き込んできた。叩き込んだ相手の九割九分はゴルシ。

タイキ:
以前はどこからともなく拳銃を取り出して戦っていたが、無手の連中は平気で避けるし、武器持ちは斬ったり打ち返してくるので戦闘力は下位扱いをされていた。真の弾丸は己の肉体であると銃を捨て去ったとき、全力タックルというシンプルイズ暴力な戦闘スタイルを得た。以降、戦闘力ランキングを駆け上がっている。いずれヒシノアケボノとどすこい頂上決戦する。

ライス(未登場):
ペン回しに憧れて練習していたが全然上手くなれず、試しにナイフでやったら瞬時にマスターした。以降、物を上手に切るコツも分かったらしく、ゴルシの前で鉄塊をバラしてドン引きさせた。


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メジロマックイーン

なんで日刊ランキングに載ってしまったのか。これが分からない。
でも嬉しかったから急いで書いたゾ。


「太りましたわ……」

 

 いっぱい食べたからね。仕方ないね。

 

「めっちゃ太りましたわ……」

 

「成長期なんだしさ、栄養取ったほうがスタイルも良くなると思うぞ? スカーレットを見てみろよ、あれで中等部一年て言い張るのは詐欺だろ」

 

「私は食べたものがウエストにしかいきませんわ。スカーレットさんは胸部に二つ胃袋が付いてるんですわ。ウマ娘じゃなくて牛女ですわ」

 

「誰が牛女よ! 胃袋は一つしか付いてないから! あんまり大きくっても走るのに邪魔なんだからね。体型に合う服も減っちゃうし」

 

 持って生まれた者にしか言えない贅沢な悩みだな。……ん?

 

「おいマックイーン、バットを仕舞え! 落ち着くんだ、スカーレットの胸部に付いているのは野球ボールじゃない! 大きさ的にはハンドボールとかだ!」

 

「離してください! あの憎たらしい胸にフルスイングかませば、胸が引っ込んでそのぶん腹が出るはずなんですの! そうやって世界の均衡は保たれるべきなのですわ!」

 

「私の体はそんな愉快な構造してないわよ! ……なぜか食べても全部胸にいっちゃうのよねぇ」

 

 やめるんだスカーレット。マックイーンの目から光がなくなっているぞ。巨乳の自虐風自慢は憎しみしか生み出さない。

 

「それもこれも全部トレーナーが悪いんですわ! 新作のコンビニスイーツが出る度に買ってきて、一緒に食べようって誘うんですもの。そんなの断れるわけがありませんわ!」

 

 コンビニスイーツもすごく美味しくなったよなぁ。生チョコとか好きなんだけど、バレンタイン過ぎると見かけることが減っちゃうのが残念だ。

 

「最近はスイーツに限らず食事に誘ってくることが増えたわよね。私としては嬉しいから構わないんだけど、トレーナーってそんなに食べるの好きだっけ?」

 

 食べるのも、食べるのを見てるのも大好きだぞ。スぺとオグリの食べっぷりは見ていて気持ちがいいよな。

 

「まぁ食事に誘ってるのは、お前たちを太らせて俺がレースで勝てるようにするのが目的だけどな」 

 

 己を鍛えてバフを積むだけではいけないのだ。相手を本調子にさせないデバフもまた重要。

 

「やり方が狡い……。それだとチーム以外に効果ないじゃない。スズカさんも体重増えたのかしら」

 

「スズカは体重も体型も一切変化なかったな。全部走りのエネルギーとして吐き出してるんじゃないか。スカーレットは胸、マックイーンは腹か。とりあえずは太ればなんでもいいか」

 

 やはり距離が短いほうが勝ち目はあるからな。少しでも重くしてドスンドスン走らせてやろう。

 

「ダメよマックイーン、バットを仕舞って! トレーナーはウマ娘じゃないんだから、アンタのフルスイングが当たったら潰れたトマトになっちゃうでしょ!」

 

「離してください! あの時間を私がどれだけ楽しみにしていたと思っているんですか! それが肥え太らせるための罠ですって? もうトレーナーを殺して私も死にますわ!」

 

 そこまで怒らんでも。コンビニスイーツが好きで、どうせなら誰かと一緒に食べたいというのも嘘じゃないんだぞ。

 

「心配するなマックイーン。男ってのは多少なりと肉が付いててプニプニしてる女性のほうが好ましいと思ってるもんだ。俺から見ても、お前の肢体はしっかりと均整が取れているよ」

 

 走るのには最適なのかもしれないが、あんまり軽いと心配になるからな。

 

「そうよね。この勝手に付いちゃう肉も悪いことばっかりじゃないわよね」

 

 そろそろ口を閉じるんだスカーレット。マックイーンの目から光がなくなるどころか、周りの光を呑み込み始めたじゃないか。

 

「今日の会話、スズカさんにチクりますわ。巨乳死すべし、慈悲はありません」

 

「ちょっとやめてよ! 私は一部の変態ウマ娘と違って戦闘力の持ち合わせなんてないんだから、ただのイジメじゃない!」

 

「誰が変態ですか! 愛の成せる業ですわ!」

 

 ……戦闘力?そういえばスズカとテイオーが闘気剥きだしにしてたときも、ちょっと目を離したらテイオーが俯けに倒れてたな。スズカはいい笑顔で『疲れが出たんでしょう。眠っているだけですから、そのままにしておいてあげましょう』って言ってたけど。

 

「トレーナーは気にしなくていいわよ。テイオーも警戒して三メートルくらい距離取ってたのに、スズカさんはどうやってその場から動かずに当てたのかしら。まさか闘気を撃ち出せるようになったの?」 

 

「面白いこと言ってるなスカーレット。闘気云々はただの比喩表現だぞ。バトル漫画でも読んで影響受けたのか?」

 

「……比喩ならどれだけよかったか。マックイーンだって、数十キロの重さがある物体を平気で百メートルくらいかっ飛ばすわよ」

 

 ははは、さすがのウマ娘もそこまではできんやろ。そんな化け物だと俺の勝ち目がなくなっちゃう。

 

「そもそも、武闘派のウマ娘ってそんなにいないだろ。日本刀持ってるグラスがぶっちぎりで強いのは分かるけど、あとはエルが趣味でプロレス技を掛けられるくらいじゃないか?」

 

 他はみんな勝負と言えばレースか大食いって感じじゃん。

 

「ええ、その通りですわ。ウマ娘は走るのが本懐。それを腕力にものを言わせるだなんて野蛮なこと。おほほほ、とてもできませんわ」

 

 その腕力でも人間じゃ勝負にならないのが悲しいところだな。いったいなんだったらウマ娘に勝てるのだろうか。

 

「大丈夫よトレーナー。私、そっち方面は役に立てないけど、頼れる中立派に救援依頼はしてるから。無理矢理攫われても必ず助けるからね」

 

 なんでいきなり誘拐の心配をしてるんだよ。攫われる危険性という意味では、アイドル的な人気があるウマ娘のほうが遥かに高いだろ。実力行使は厳しいだろうけども。

 

「ええ、ええ、その通りですわ。誘拐だなんてとんでもない。ちょっとメジロの邸宅へ招待するだけですわ。ライアンにドーベル、パーマーも居ますから警備も万全ですわ」

 

 え、いや暴力は得意じゃないって話だったんじゃないのか?

 

「トレーナー、ウマ娘の実家に誘われたときは絶対に私かスズカさんに相談しなさいよ。セールストークは全部嘘だから。どこもかしこも伏魔殿よ」

 

 えぇ……。ウマ娘の友人とかいなかったけど、やっぱりウマ娘が生まれるだけの理由とかあったりするの?

 

「アタシの家は全然普通よ。そういえば、ママが帰国するときにトレーナーに会ってみたいって言ってたわね。そのときはお願いしてもいいかしら?」

 

「別に構わないぞ。周りに同族が沢山いて寮生活とはいえ、幼い娘を男に預けてるんだ。人となりを確認しておきたいと思うのは親なら当然だろう」

 

「しゃあっ!!」

 

 まるでウオッカみたいなガッツポーズだな。俺にとっては少なからず緊張するイベントなんだが、スカーレット的になにか嬉しい要素があるんだろうか。

 

「スカーレットさんだけなんて不公平ですわ! だったらメジロ家にも来てくださいませ! 来てくれたら金一封差し上げますから!」

 

 危ない仕事の勧誘みたいだぁ。俺が娘を預けるに足るか見定められる側なんだから、金を渡してくるのはおかしいだろ。

 

「行っちゃだめよ。メジロに仕えますって宣言して血判に押印するまで監禁されるわ」

 

 ……メジロって怪しい新興宗教の隠れ蓑かなにかなの?

 

「そ、そそんなことしませんわ! 精一杯のおもてなしをするだけです!」

 

 どうしてそこでどもるんですかね。

 

「まぁ、最悪の場合はルドルフさんにお願いして覇王色で無力化してもらうから大丈夫だとは思うんだけどね」

 

 スカーレットやっぱり漫画の話をしてるよね?現実の覇気に他者を気絶させたりする効果はないからね?

 

「やはり巨乳は敵、敵ですわ……」

 

 ほらほらマックイーン、この大福をやるから泣くなって。




マヤノとかタキオンを書いてみたいがプレイ時間が足りなくてキャラが掴めてないゾ。
これでマックイーンのキャラを掴めてると言ったら、それはそれで怒られそうだけど。

以下、第3宇宙からの怪電波続き

カイチョー:
トレセン学園生徒を統べる絶対皇帝。覇王色の覇気とクソ寒いダジャレによる凍結現象『エターナルフォースブリザード』を使用してくる広域制圧型。本人はなんでダジャレで相手が凍るのかはよく分かってない。実はまだ本当の戦闘スタイルを隠しているらしい。

エアグルーヴ:
女帝の異名を持つ鉄の生徒会副会長。実は戦闘能力なんて持ってないが、根が真面目なので違反している戦闘狂どもにもちゃんと説教する。いつか逆ギレされて殺されるんじゃんないかと内心ビクビクしているが、相手のウマ娘もなんだかんだ根は真面目なので正論なら大人しく反省する。周りの一般ウマ娘から戦闘も強いと勘違いされており、胃が痛いのが最近の悩み。チワワ系。

マルゼンスキー:
戦闘能力は欠片も持っていないが、領域展開『ホリデーナイトフィーバー』を使用できる。本来は領域内の味方を昭和のバブル的なノリでテンションアゲアゲにするバフ技なのだが、平成以降に生まれた馬のウマ魂を持つウマ娘は、昭和のノリが理解できずにフリーズするというバグ技になっている。条件さえ満たせていれば、スズカやグラス級の実力者でも抵抗不可能なクソ技。本人は良かれと思って使用しているのでフリーズしたウマ娘たちを見てしょぼんとする。


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アグネスタキオン

実装キャラ全員にはやく勝負服を与えてあげたい病気に掛かってしまいました。
現実の競馬で稼ぐしかないのか。


「ふふ、おはようモルモット君。例のモノが出来上がったから、さっそく持ってきたよ」

 

 タキオン!そうか……ついにアレが完成したんだな。

 

「おはよう、タキオン。朝早くからすまないな。ところで、トレーナー寮の入り口も部屋も厳重に施錠されていたはずなんだが、どうやって入ってきたんだ?」

 

「これが完成品だ。さぁ、ググッと一気にいってくれ」

 

 おい、どうやって入ってきたのか答えろよ。

 

「細かいことを気にしてはいけないよ。ハゲるからね。君がいま優先すべきはこのドーピング春雨スープだろう?」

 

「おお、これが!」

 

 タキオンの取り出したビーカーには煮だった半透明なスープの中に、虹色に明滅する春雨(?)が漂っていた。控えめに言ってすごく気持ち悪い。

 

「いま流行りのゲーミングなんたらを取り入れてみたのさ。食欲をそそるだろう?」

 

 いや、今までの人生の中でも断トツで食欲が失せるんだけど。

 

「なぜゲーミング。それで、効果はどんな塩梅なんだ?」

 

 ウマ娘どもを打ち倒すため、俺は禁断の手に出ようとしていた。スポーツマンの風上にも置けない卑劣な行為だが、タキオン曰く全て合法な素材らしいのでセーフです。

 

「ああ、まず全身の筋力が大幅に増加。心肺機能も強化されて数分間の無酸素運動に耐えられる。各種神経の反応速度も上昇し、アドレナリンとドーパミンがだだ漏れになってまさに頭がハッピーミーク状態さ」

 

 やっぱタキオンはすげぇぜ!……頭ハッピーミーク状態ってなに?

 

「ま、まぁいいか。とにかくこれがあればウマ娘に勝てる。俺の夢が叶うんだ。……ふへへ、思わず涎が垂れちまったよ」

 

 レースの出走予定を取り付けないとな。たづなさんはなんとなく怖いから理事長にしよう。よく考えもせずに『承認ッ!!』とか言って許してくれるだろ。小憎たらしいウマ娘どもが地に膝をつく光景が目に浮かぶぜ。

 

「まぁまぁ、落ち着きたまえよモルモット君。話しはスープを飲んでからさ。ほら、冷めないうちに飲み干してくれ」

 

 え、でもこのドーピングってそんなに長時間有効なのか?許可が下りても今日のレースに出るのは難しいぞ。

 

「……ああ、大丈夫だよ。効果時間もばっちりさ。なんなら一生解けないよ」

 

 お、おう。

 

「あの、ちなみに副作用とかは?」

 

「ちっ。……過ぎたる力には相応の対価が求められるものさ。なぁに、人の身でウマ娘に勝てる力を得ることに比べたら、なんともささやかな対価だ。男は度胸、まずは黙って逝ってみたまえ」

 

 なんで舌打ちしたし。でも、そうだよな。ここまで来たんだ。いまさら引き返せない。俺は人としての尊厳を捨ててでも、やつらに勝ちたいのだ。でちゅねと腕相撲でとっくに尊厳は失ってるとか言ってはいけない。

 

「騙されてはいけませんよトレーナーさん。それは悪魔の囁きです。その手を取ってしまえば、破滅することになります」

 

 グラス…………グラス!?なんでここに????

 

「あの、ここ俺の自室なんだけど、グラスは何時からそこに居たんだ?」

 

「つい先ほどです。トレーナーさんの部屋から不穏な気配を感じたので」

 

 お前の存在が一番不穏なんですけど。部屋の窓は鍵かけてるし、入口にはタキオンが立ってるのにどうやって入ったんだ。

 

「おやおやグラスワンダーじゃないか。急に割って入ってきて悪魔とはひどい言い草だね。私はただ、悩んでいるモルモット君の力になってあげたい一心だというのに。素材が合法なことも薬の効果も、なに一つ嘘はついていないよ?」

 

 そ、そうだそうだ!タキオンは俺に嘘をついたりはしない!これは俺が望んでいることなんだ。

 

「副作用について誤魔化していましたよね。嘘がないというならはっきり明言したらどうですか。疚しいことがあるのは明白ですから、なにも言えないとは思いますけど」

 

 ……相変わらずガンつけてるときのグラスは怖いな。普段は清楚で可憐なんだが、本質はウマ娘というより武士娘のような気がする。

 

「やれやれ、君に嗅ぎ付けられるとは私も運がないね。仕方ない、副作用について正直に話そうじゃないか」

 

 そんな……タキオンは俺を騙すつもりだったのか?

 

「副作用は単純明快だ。飲むと私のことが好きになる」

 

 ……んん?

 

「なにそれ。そんなピンポイントな副作用とかあり得るの?」

 

 なんでそんな訳の分からない副作用になるんだ。酔っぱらって判断能力が鈍るとかならともかく、対象がタキオン限定とかおかしくないか。

 

「やはりそういうことでしたか! なんて卑劣な手段。そんな邪な方法で手に入れた紛い物の結果になんの意味があるというんですか」

 

 ぐふぅ。ドーピングしてでも勝とうとした俺には耳の痛いセリフである。

 

「最初は紛い物だって構わないのさ。そのあと、ゆっくりと本物に仕立て上げていけばいい。手に入れられないことのほうがよほど問題だ」

 

 た、たしかに。一回でも勝ててしまえば、また違ったものが見えてくるかもしれない。

 

「いいえ、逆です。一度でもそんな方法に手を染めてしまえば、二度と元には戻りません。それが紛い物か本物か、誰にも分からなくなってしまいます」

 

 うっ……、そうだよな。俺が叶えたかった夢は自分の力で勝ち取りたいものだったはずだよな。手段を選ばないなら、レースに出場するウマ娘全員に下剤でも仕込めばいいだけだが、それで勝っても意味ないのだ。

 

「そうだよな、グラス。俺が間違っていたよ。あまりにも勝てない日々が続いたから、ネガティブになってしまっていたみたいだ。こんな方法じゃ夢を諦めたのと一緒だよな。ちゃんと自分の力で勝ち取るようにするよ」

 

 学生のウマ娘にこんな初歩的なことを思い出させてもらうなんて、俺もまだまだ心身ともに未熟だな。

 

「むぅ、モルモット君の意思を無視して飲ませるようなことはしないけどね。仕方ないからこの惚れ薬は処分するとしよう」

 

「おい、ドーピング春雨スープじゃなかったのかよ。……折角作ってくれたのに無駄にして悪かったな」

 

「気にしなくていいさ。私も興が乗って楽しめたからね。あとコレ、いつものオリジナル配合プロテイン。なくなりそうになったらまた言ってきてくれ」

 

 そういえば頼んでたな。サンキュー。

 

「グラスも本当にありがとうな。お前のおかげで目が覚めたよ。俺も一から鍛え直しだな」

 

「そ、そんなお礼を言われるほどのことではありません。ですが、これからも悪い虫が付かないよう傍でお守りしますね」

 

「いや、タキオンもグラスも今後はトレーナー寮を出禁にするから。不法侵入は犯罪だからな? エアグルーヴに報告しておくから、ちゃんと怒られてこい。っておい! 逃げるなタキオン!」




なお、タキオンもグラスも別チームの模様。
チームに名前付けてないと微妙に不便だから適当に被らなさそうなの考えよう。


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チーム名

適当に決めようかと思ったけど、どうせなら話として書くかと思った次第。


「そろそろチーム名を決めようと思う」

 

「そういえばなかったですね」

 

「なかったんだ……」

 

「普通、そういうのは最初に決めませんこと?」

 

 俺、そんなに熱心にトレーナーやるつもりなかったからなぁ。そこそこのウマ娘を担当して、ほどほどの実績をださせて後は自分のトレーニングにあてるつもりだったのに。

 

「スズカの担当になったこと自体が想定外だったからな。逆指名受けなきゃスカーレットも担当しなかっただろうし、チーム組むなんて完全に慮外だったんだよ」

 

さすがにこれ以上は増えないと思うけど、現状でも専属じゃないし『スズカのトレーナー』って肩書も正しくはなくなってきている。

 

「たしかにそうですわね! 私のトレーナーでもあるのですから! 不公平はいけませんわ!」

 

 不公平っていうほど内部で問題はないだろ。実際今日まで誰も気にしてなかったんだから。

 

「気にはしてたわよ。アタシたちと一緒に居るとき、スズカさんのトレーナーって呼ばれるのを聞くたびに怒りを抑えるのに必死なんだから。相手を睨むだけで許しているアタシたちを褒めてほしいわ」

 

 あー、ときどき『ひぃっ』って悲鳴上げて逃げていく娘はそれか。

 

「んじゃまぁ、チームメンバーの心と他のウマ娘の平穏を守るためにも決めるとしますかね。スズカも構わないよな?」

 

 すごくむすっとした顔してるけど、何も言わないってことはOKなんだよな?

 

「ええ、はい、いえよくはないんですけど、仕方なく受け入れます……」

 

「めちゃくちゃ不満そうですね。今まで自分だけ恩恵を受けてきたんですから我慢してくださいよ」

 

 じゃあ始めるか。俺も考えてはきたけど、とりあえずコイツらの案を聞いてみよう。

 

「それじゃあ、なにか案があるやつはいるか? 特に注文を付ける気はないから思い付きでいいぞ」

 

「はいはい! 私、私にとてもよい案がありますわ!」

 

 はい、じゃあマックイーン君。高貴でお上品な名前を期待してますよ。

 

「メジロタイガース、ですわ!」

 

「却下、次」

 

 ただのお前の趣味じゃねーか。メジロは一人しかいないし、虎要素どこだよ。

 

「な、なぜですの! 我々ウマ娘も猛虎の如き魂を胸に宿し、競争相手を狩るくらいの気概が必要という意味を込めた崇高な名前ですのよ!」

 

 嘘付け、絶対いま適当に考えただろ。

 

「そのチーム名にすると秋の三冠逃しそうだからダメです。お前だって秋天獲りたいだろ?」

 

「さ、最近はそこまで失速しませんわ!」

 

 ほんとぉ?まぁ、その辺を抜いても採用する要素ゼロな名前だけどな。

 

「スカーレットはなにかあるか?」

 

 マックイーン案を下回ることは事実上不可能だから逆に安心できるわ。

 

「クイーン・オブ・スカーレット」

 

「チーム名だって言ってるだろうが! お前たちの自己主張の場じゃねーんだよ!」

 

 マルゼンスキーが居るならともかく、赤要素も大してないだろうが!カラーリングで言うなら、うちは緑か白のほうが強いだろ。

 

「近い将来このチームの中心はアタシになるんだもの! 今からそれに沿った名前にしておくのが先見の明ってものよ!」

 

 すっげぇ自信家だな。スズカに負けっぱなしのつもりはないって言い放てる心の強さは評価しますけどもね。

 

「ふふ、スカーレットちゃんのそういうところ、私は好きよ。この後、併走しましょうか」

 

「ま、まま負けませんからね」

 

 やっぱ声震えてるじゃねーか。スズカに負けるときって最初から最後まで背しか追えないから割と心にくるんだよな。ま、俺は人生通しても背しか追ったことないんだけどな!

 

「あのトレーナーさん、急に崩れ落ちてどうしたんですか。お腹でも痛いんですか?」

 

 心配してくれてありがとうなスズカ。ちょっとお前の速さに嫉妬しているだけだから気にしなくていいんだぞ。

 

「私の速さはトレーナーさんのモノですから。嫉妬する必要なんてないんですよ?」

 

 ……スズカっ!!

 

「ちょっと目の前でイチャイチャするのやめてくださいませんこと!?」

 

 おっと、そうだったな。今はチーム名を決めなきゃだった。

 

「スズカはなにか案あるか? 一考の余地もないデッドボールが二連投されたから本命だぞ」

 

「……えっと、特にないのでトレーナーさんが決めていただいていいですよ」

 

 む、相変わらず走ること以外は無欲だな。

 

「けっ、良い子ぶりやがってですわ」

 

「本当ですよ。レースの一番だけじゃなくトレーナーの一番もまるで譲る気ないし、どれだけ強欲なんですか」

 

 なんか俺と二人の間でスズカに対する評価の乖離がすごいことになってるな。

 

「で、トレーナーはどんな案を考えてきたの。私たちの案をこき下ろしたんだから、よっぽど良いのがあるんでしょうね」

 

「そうですわそうですわ。変な名前だったらメジロユタカにしますからね」

 

 それだけはねーよ。ワンチャンその名前のウマ娘とかいるかもしれないけど。

 

「一応、アンタレスにしようかと思っている」

 

 さそり座で最も明るい恒星だな。ちなみに理由は他のチームが星に肖ってて、俺がさそり座だからである。……理由だけだと、他の二人とあんまり変わらんな。

 

「いい! いいわよ、その案! それにしましょう!」

 

 うぉ、なんかスカーレットの食いつきがやたらといいな。

 

「ダメですわ! 公平にという話だったのに、それじゃスカーレットさんの一人勝ちじゃありませんか! 反対、断固反対ですわ!」

 

 一人勝ちってなんだよ。チーム名に勝ちもなにもないだろ。

 

「たしかアンタレスは、赤く輝くことで有名な星ですよね……」

 

 あぁー、そういうこと?いや、特段そんなつもりはなかったんだが。

 

「トレーナーがこう言ってるんだもの。私たちがとやかく文句を言うことじゃないわよね!」

 

 いや、そこまで強いこだわりもないんだけど。β星の名前とかでも別に構わんよ?

 

「ならそうしましょう! チーム名が呼ばれるたびにスカーレットさんにドヤ顔されたら、私キレ散らかす自信がありますわ!」

 

 それでいいのかメジロの令嬢。

 

「ふふん、どっちにしても私は公私ともに負けるつもりはないわ!」

 

 ああ、このドヤ顔ね。俺は可愛いと思うけど、ライバルからしたら腹立つかもな。

 

「見てくださいませ、あの嫌味ったらしい笑顔を! どうせプライベートでも、去年まで背負ってたランドセルを着けてきて、アブノーマルな攻めをするに決まってますわ!」

 

 ランドセルでなにを攻めるんだよ。

 

「アンタは私をなんだと思ってんのよ!」

 

「胸部に属性を過積載した違法ロリですわ!」

 

「ポンコツやきうスイーツお嬢様に属性を過積載とか言われたくないんですけど!」

 

 お前ら、ちょっと落ち着けよ。その点、スズカはすげぇよな。属性スピードしか積んでないもん。

 

「あの、トレーナーさん」

 

 ん?どうしたんだスズカ。なんか耳が垂れてるけど。

 

「私もアンタレスはあんまり……。なので、緑色の星がないか調べたんですけど、光の関係で白っぽくなるらしくて……」

 

 それでしょんぼりしてたのか。

 

「まぁ、全員白の要素はあるし、白い星の名前でもうちょっと案を練ってみるか。急いで決めなきゃいけない理由もないしな」




チーム名決めるために書いたのに決まらなかったぞ。全部スズカがしょんぼりしたのが悪い。

本当はマヤノの話を書こうかと思ってたんだけど、ストーリー読んだらトレーナーちゃんに対してラブし過ぎてて『テイオーさん助けて、俺この娘好きになっちまう』ってなったのでやめました。


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ニシノフラワー

通常マックイーンが欲しくてガチャったら、カレンチャンと皇帝の二枚抜きが二連続で来ました。
……どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!(やっと言えた)


「ついに、この日が来たか」

 

 今日という日を乗り越えるために、俺は己を鍛え上げてきたのだ。

 

「……ニシノフラワー! 今日こそ貴様を倒す!」

 

「え、その、お手柔らかにお願いします?」

 

 いえいえ、お忙しい中お時間ありがとうございます。こちらこそお手柔らかにお願いします。いや本当に。

 

「なんか腰が低くない?」

 

「敗者の悲哀ですわね」

 

 シャラップ外野。千里の道も一歩から。ここから俺の覇道が始まるのだ。

 

「じゃ、じゃあまずは、指五本使って条件イーブンでいいですか?」

 

「申し訳ないんですけど、三本からにしてくれます?」

 

 お兄さん、まだハンデなしは厳しいと思うんだ。

 

「この体格差で腕相撲のハンディキャップを要求しているのは、やはり感覚が狂いますわね」

 

「まぁ、相当ダサいわよね」

 

 さっきから喧しいぞお前たち。これから真剣勝負をするのだ。黙って見ていられないなら帰れ。それと、これは現実を見据えた堅実な作戦だから。

 

「というか、クリークさんに挑みに行きなさいよ。勝ちたいんでしょ」

 

 やれやれ、困ったものだ。物事には順序というものがある。まずはこの可愛らしい速度特化型をパワーで打ち倒すのだ。魔王に挑む前の四天王的なやつである。

 

「勝てる未来が見えないって正直に言いなさいよ」

 

「……そんなことないから。前回と違って十秒くらいは渡り合って善戦できる自信があるから」

 

 この前はスリーカウント持ったかすら怪しかったからな。気付いたら前掛けとガラガラを持った状態でクリークの膝に寝かされていた。

 

「一般的に秒殺を善戦とはいいませんわよ?」

 

 食欲に頻繁に負けてるメジロさん家のマックイーン君が言うと説得力がありますねぇ。テメェのウエストが二センチ増えたのはバレてんだよ。

 

「セクハラで訴えますわよ! それに、そんなに頻繁に負けていませんわ! 月一……いえ四くらいの慎ましい敗北です」

 

 毎週じゃねーか。日アサの敵キャラかよ。

 

「さてと、腹がエレガンス・ライン(笑)になってるやつは放っておいて、始めるか。覚悟はいいか、フラワー?」

 

 ふっ、お前もとうとう年貢の納め時だな。

 

「誰がエレガンス・ライン(笑)ですか! ちゃんと臍出し衣装にも耐えられるボディラインを維持していますわ!」

 

 ほんとか?今のお前にエンド・オブ・スカイ着て最強の名をかけられるか?重さで飛べないとか恥だぞ。

 

「そっちこそ、初等部の年齢の子相手にハンディキャップ付きの勝負でキメ顔するのやめなさいよ。これが私たちのトレーナーかと思うと、なんだか泣きたくなるから」

 

 それを言うなよ。俺だって自分の情けなさに毎日枕を濡らしてるんだから。

 

「……えっと、私の準備は大丈夫です。一生懸命頑張りますねっ!」

 

 そういってフラワーが手を差し出してくる。スカーレットより更に年下なのに、いざ勝負となればこの凛々しい顔付き。年齢と体格の差をものともせず、トゥインクル・シリーズに乗り込んできた傑物なだけはある。

 

「ふむ、それにしてもフラワーは指先が綺麗だな」

 

 この小さくて綺麗な指がリンゴを握り潰すんだから、三女神はなにか設計をミスしたんじゃないかと疑いたくなる。

 

「ちょっと変態ロリコントレーナー、警察を呼ばれたくなかったら、今すぐフラワーの手を離しなさい」

 

「そうですわ。舐め回したくなるような綺麗な指だなんて、とんだ変態野郎ですわ」

 

 俺はロリコンじゃないし、舐め回したいとは言ってねーよ!そっちこそ失礼すぎるだろ!

 

「あ……、その、綺麗と言っていただいてありがとうございます」

 

 ああん?なんだこの無垢で可憐な笑顔は。これがロリコンという病を生み出す元凶か?

 

「フラワー、是非うちのチームにこないか? 俺はいま癒しを求めているんだ」

 

 うちのウマ娘は綺麗どころの別嬪さん揃いだが、攻撃性が強い。バランスを取るためにも慈愛が必要だ。ウマ娘としての将来性も抜群である。

 

「もしもし、スズカさんですか? トレーナーがついに本性を現して。はい、時代は小学生だって」

 

 言ってねーから!翻訳の仕方に悪意がありすぎるだろ!

 

「誘っていただけるのは大変嬉しいのですが、私がいるとお邪魔かなって」

 

 んん?全然そんなことないけどな。うちにはスズカっていう『スピード以外の能力? 競り合いが発生する後ろの方たちには必要なのかもしれませんね』って頭バクシンオーもいるから、いい練習パートナーになると思うぞ。

 

「今度、バクシンオーとレースするんだろ? アイツも言動はヘンテコだが、速さだけは文字通り群を抜いてるからな。勝つには相当なスピードが必要だぞ」

 

 マイルならスズカの圧勝だろうけど、はたして短距離ならどっちが速いやら。

 

「心配してくれているんですね。でも、大丈夫です。私もたくさんトレーニングして、バクシンオーさんを追い抜いてみせますっ!」

 

 ふむ、余計なお世話だったか。思い返せば、俺って自分からスカウトした相手には全部断られてる気がするな。

 

「私もトレーナーさんのこと、応援しています。ウマ娘にレースで勝つって夢、これからも諦めずに頑張ってくださいね」

 

 ……あー、なるほどね。理解したわ。これがロリコンの境地。これは是が非でもスカウトすべきか?

 

「ちょっと待ちなさいよ、トレーナー! ロリ属性ならすでにアタシが持っているわ! 被りはよくないと思うの!」

 

「そうですわそうですわ! 私もまだ中等部ですし、体系的には一番ロリってるはずですわ!」

 

 お前ら自分がなに言ってるのか分かってる?あと、俺はロリコンじゃないって何回も言ってるだろ。俺に癒しを与えてくれる存在がロリだっただけだ。

 

「ロリコンはみんなそう言うのよ!」

 

「これは一度、教育が必要ですわね……任せてください。メジロの英才教育を施せば、すぐに上品さこそが最も重視すべき要素だと気付けますわ」

 

 ライアンとか見てても育ちの良さは感じるけど、メジロが上品……?

 

「なんでそこに疑問符が付くんですの!?」

 

「はいはい、この話は後でな。フラワーにわざわざ時間を作ってもらったんだ。無意味に拘束するのはよくない」

 

「うふふ、みなさんのお話を聞いているの、とても楽しいですから。気になさらなくていいんですよ」

 

 アホ話に付き合わせているにも関わらず、欠片も気を悪くした様子のないこの精神性。これで十歳を超えたばかりというのは本当なのだろうか。

 

「それじゃ、今度こそ始めよう。スカーレット、合図を頼む」

 

「分かったわ。それじゃあ二人とも手の力を抜いて。……レディ、ファイッ!」

 

「うおおおおおーーーー!!!!」

 

 俺の腕力が小学生を倒せると信じてっ!!




このあと、めちゃくちゃ敗北した。


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ビヨンド・ザ・ホライゾン

怪文書を書いてたら遅くなりました。


「ボク、これからどうすればいいんだろ……」

 

皐月賞、日本ダービーを制して、いよいよ無敗の三冠ウマ娘に手が届くと思ったのに……。

 

「不全骨折かぁ」

 

 菊花賞に向けたトレーニングの最中に感じた違和感。念のためにと病院で診察を受けると、そう診断された。完全骨折ではないだけマシなのかもしれないが、激しいトレーニングに耐えられる状態になるには数か月を要する。菊花賞への出走は断念せざるを得ないと言われた。

 

「あはは、おっかしいや。ついこの前まであれだけキラキラして見えてたはずの未来が、今では真っ暗でなんにも見えなくなっちゃった」

 

 自分の担当トレーナーが、学園のみんなが、ファンの人たちが、誰も彼もが自分に起きた不幸を悲しんでくれている。自分がこんなにも愛されて、期待されていることが嬉しくないわけがないのに……。

 

「なんでかなぁ、あんまり嬉しくも悲しくもないや」

 

 心が乾いている。自分の夢、会長の成し遂げた偉業の再現、それが自分の手からするりと零れ落ちた事実に、心が追い付かない。それどころか、レースに対して持っていた熱量さえも、徐々に失われていくのが分かった。

 

 たった一度上手くいかなかっただけで、ここまでポッキリと折れてしまうなんて、ちょっと自分でも予想外だ。

 

「そういえばボクって、今まで生きてきて、上手くいかなかった経験をしたことがないなぁ」

 

 努力はもちろんしてきたけれど、つまるところ努力さえすれば成功が約束される程度の才覚があったということだ。そんなウマ娘、そうそう居るものではないだろう。

 

「ま、それも今となってはいくらでもいる、夢破れたウマ娘の一人なんだけどね」

 

 本当にこれからどうしようか。もういっそレースから離れてしまおうか。誰もいなくなった教室の窓から外を眺めていると、そんなやけっぱちな思考が頭の片隅をよぎる。

 

「トウカイテイオー、か」

 

 不意に、声が掛けられた。男の人の声だなと思いながら振り返ると、学園のちょっとした有名人が入り口に立っていた。

 

「スズカさんのトレーナー、どうしたのこんなところで」

 

 有名な理由は二つ。高い素質を持つと言われながらも、デビュー以来不振が続いていたサイレンススズカを復活させ、無敗の大躍進を遂げさせていること。そして、しょっちゅうウマ娘にレース勝負を挑んでは負けて、ターフで絶叫している変人だからだ。自分も一度、盛大に負かしておちょくったことがあったはずだ。

 

「クラスの誰かをスカウトに来たの? もうみんな練習に行っちゃったよ」

 

 スズカさん以外を担当しているとは聞いたことがない。実績は上げているのだし、学園としても専任ではなく他の有望株を見繕ってほしいと考えているだろう。うちのクラスだとマックイーンだろうか。ステイヤーで得意距離も被らないし、性格的にもスズカさんと衝突したりはしないだろう。素質を発揮しきれていないという意味では、ナイスネイチャなんかも彼に任せてみると面白いのかな。

 

「いや、スカウトに来た訳じゃない。教室に用事はあったんだが……なくなった」

 

 なにそれ。

 

「え、もしかして教室に置いてるウマ娘の持ち物にいかがわしいことをしようとしてたの? ボクもこのままだと危険な感じ?」

 

 ちょっとおどけて言ってみたが、本当にそうだったらどうしよう。ギプス付けてるし逃げきれないよね……。

 

「そんなことは断じてしない! ……俺のことはいい。お前はなにをしていたんだ。そろそろ気温も下がってくる時期だ。不全骨折とはいえ、怪我人が体を冷やすのはよくない。早く部屋に帰って休め」

 

「そろそろ帰ろうかと思ってたところだよ。残ってたのは自分の気持ちの整理というかチェックみたいなものかなー」

 

 あんまりいい結果とは言えないけど、もしかしたらここがボクの限界だったのかも。

 

「……お前、もしかして引退するつもりなのか?」

 

 "引退"。その言葉に、体がビクリと震えた。自分で思うのはともかく、他人から言われるとまた違ったものがある。

 

「あはは、おもしろいこと言うなぁ。三冠ウマ娘の夢が泡と消えちゃったからね。心がきっついのは事実だけど、それだけで引退なんてしないよ~」

 

 本当のところは分からない。熱が失せてきているのは確かだが、レースをすれば再燃する可能性はある。逆に、ダメだったならそれまでだろう。

 

 そう考えながらトレーナーの顔を見れば、なんとも苦々しい表情をしていた。ただ残念に思ってるって顔じゃないなぁ。一体どうしたんだろう。

 

「もし、お前が少しでも引退を考えているのなら、伝えておきたいことがある」

 

 伝えておきたいこと?ありきたりな慰めとかはもう聞き飽きちゃったんだけどな。善意で言ってくれてるのは分かるから、遮りづらいのがまた厄介なんだよね。

 

「正直に言う。お前が骨折して菊花賞に出走できないと聞いて、ざまぁみろって思った」

 

 ……え?

 

「俺が学園のウマ娘にレース勝負を挑んで負けてることは知ってるよな? お前たちからすれば、なんの遊びだと思ってるんだろうが、俺は全部本気だ。ウマ娘に速さで勝つために挑んでいる。だが、今日まで勝てた試しはない。そんな中、華々しい連勝街道をひた走っていた無敗のトウカイテイオー様は、これ以上ない嫉妬の対象だったのさ」

 

 ボクに嫉妬や敵意を向けるウマ娘が居ることはもちろん分かる。みんな本気なんだもん。勝てなきゃ嫌な気分になるし、ボクが勝っている以上は他に敗者がいるってことだ。でも、まさか人間に速さで嫉妬されているとは考えたこともなかったなぁ。 

 

「それで、ボクに嫉妬しているトレーナーはそれを伝えてどうしたいのかな? 抱いている感情が嫉妬だけってことはないでしょ。片足の使えないボク相手なら、その感情を発散できるかもしれないよ?」

 

 うーん、こんなこと言うつもりはなかったんだけど。思っている以上にやけっぱち状態だなぁボク。 

 

「俺はお前たちにレースで勝ちたいんだ。それ以外の手段に訴えても意味がない。……菊花賞、諦めるのか?」

 

 ちょっと安心。それにしても"諦める"かぁ。

 

「諦めるもなにも、仮に出ても勝負にならないんだってば」

 

 開催日までには全治しているだろうが、リハビリを終えているかは微妙だろう。仮に終えられたとしても、足を使ったトレーニングは果たして何日できるかといったレベルだ。出走権自体は間違いなく得られるだろうが、レースに向けて鍛えてきたウマ娘たち相手では、流石に勝負にならないだろう。

 

「それでも、出られないと決まったわけじゃないんだろう。なら、俺は諦めるべきじゃないと思う」

 

「それ、挑むこと自体に意義があるって話? ボクは無敗の三冠ウマ娘になりたかったんだよね。無様に敗北するくらいならいっそ……」

 

「それでもっ!! お前の夢なんだろ。……だったら、走る前から自分で結果を決めるべきじゃない」

 

 いきなり大声を出すものだから、びっくりして心臓が口から飛び出るかと思った。

 

「本来の実力を出し切れないかもしれない。夢が叶わず、敗北したという結果が残るだけかもしれない。けど、お前には可能性があるんだ。……俺とは、抱いた夢を捨てられずに沈み続けてるだけのやつとは違うんだ。俺は、お前の敗北が確定事項だとは思わない」

 

 ……なんで、ざまぁみろって思った相手をこんなに必死に説得してくるんだろう。

 

「あのさ、ボクのこと嫌いなんだよね? このまま情けなく引退してくれれば清々するんじゃないの?」

 

「すると思っていた。負け続けている俺と同じ地獄を味わえばいいさって嗤おうとしていた。けど、松葉杖を突いて歩くお前を、教室の窓から他のやつのトレーニングを眺めてるお前を見てると、全然楽しくない」

 

「え、そんなにボクのこと見てたの? もしかしてストーカー?」

 

「違う! 学園のトレーナーなんだから、一番注目されているウマ娘の動向を追うのは当然だ」

 

 ホントかなぁ。

 

「お前の夢は俺の妄想じみたのとは違うんだ。だから、夢を諦めるな」

 

 こちらを見つめてくるトレーナーの目には、なんとも言い難い色の光が宿っていた。決してキラキラはしていない。何度も傷付いて、諦めそうになって、それでも足掻き続けた先に出来上がった、鈍色の光。ボクの求めるものとは全く違うソレに、気が付けば見入ってしまっていた。

 

「簡単に言ってくれるなぁ。クラシック三冠のうち、一つを獲るだけでもすごいことなんだよ? 病み上がりのボクじゃ、せいぜい入着が限界でしょ」

 

「なんだ、自信たっぷりじゃねーか。俺なんざ心身共に万全の状態で菊花賞に出ても、二十バ身差以内でゴールできれば御の字だ」

 

 いや、それはそうでしょ。君、普通の人間じゃん。

 

「だが、俺が菊花賞に出られたなら、シンガリ負けだったとしても、出走を諦めたお前よりは上になるな? ……あの、トウカイテイオーに勝利した男か。マジで理事長に掛け合うか? 今から弱み握って人気投票を操作すれば出走できたりしないかな」

 

「勝手に勝利宣言して犯罪行為の案を練らないでよ! 例え片足でも、ただの人間になんて負けたりしないよ!」

 

「はっ、走る前から諦めてるやつなんざ、俺の敵じゃねーよ。地元に帰ってテレビの前で俺の勇姿を目に焼き付けるといい」

 

 むきーっ!なんなのこの人。さっきから諦めた諦めたって連呼してさ!今はちょっとネガティブになってるだけだから!

 

「……伝えたかったことはそれだけだ。なんにしても今はさっさと帰って休めよ」

 

 トレーナーは言うだけ言って教室からそそくさと出ていった。むぅー、さっきの会話から推測すると、ボクと話をするのが目的だったみたいだけど、ここにボクが居ると予想して来たわけでもなさそうだった。いったいどういうことだろうか。

 

「ん? トレーナー、なにか落としていってる」

 

 慣れない松葉杖を使いながら近寄ってみると、落ちているのは封筒だった。

 

「手紙? 仕事のやつかな。どうしよう、この足じゃ届けるのも一苦労だよ」

 

 足で走れないことの不便さを嘆きながら封筒を裏返すと『トウカイテイオー様へ』と書かれていた。……ボク宛て?

 

「誰かからの手紙を届けに来た、わけないか。知り合いと呼べるのかも微妙な関係性だし、先生に渡すか寮の郵便受けに入れればいいだけだもんね」

 

 ということは、これはトレーナーがボクに宛てて書いた手紙ってこと?これを置きに来てたの?なんかラブレターみたい。

 

「うん、読んでみよう」

 

 もしかしたら不幸を嘲笑うような内容かもしれないが、あのトレーナーがなにを書いてるのか興味ある。

 

「……これは、足以外のトレーニングと足に負担の少ないリハビリ方法?」

 

 中には何枚かの資料を印刷した紙が入っていた。どうやら抜粋したトレーニング方法と参考文献のリストみたいだ。そして、その紙の一番後ろには、手書きでこう書かれていた。

 

『無敵のテイオーの走りに魅せられたファンより』

 

「ぷっ、あはははははははははははっ!!!!」

 

 これ、ファンレターってことでいいのかな。あのセリフ言ってた人がこれを書いたって、ちょっと熱烈すぎない? いやー、そういえばボク、無敗の三冠ウマ娘を目指していたけど、普段から『無敵』のテイオー様って自称してたんだった。

 

 ……あぁ、そういうことか。なぜ、自分はこんなにも周りから応援されているのか。なぜ、走って負けることに臆病になっているのか。

 

「ボクに、夢を見てくれているんだね」

 

 あの日、会長に宣言したボクの夢。あの時点ではボクだけの夢だった。けれど、今はもう違う。たくさんの人が、ボクに夢を見ている。

 

「気付かない間に、その期待の重さに潰れそうになってたのかな。……けど、悪い気はしない」

 

 たぶん、出走すれば負ける。それは、きっと死にたいくらいに悔しいことだろう。たった一度しか挑戦できないのだから当然だ。それでも、挑む価値がある。ボクはみんなの夢を背負って翔べるのだと、証明したい。少なくとも、夢を挑みもせずに諦めるなんて選択はしない。

 

 だってボクより遥かに弱い人が、まだ勝ちを諦めていないんだから。……それに、彼に負けたウマ娘扱いされるのは業腹だ。

 

「あれれ? さっきまで乾いてたはずなんだけどなぁ」

 

 さっきまで何の熱も感じなかった心が、燃えている。走りたい、勝ちたい、魅せたい。ボクの全てで、目の前の困難にぶつかっていきたい。

 

「ボク、もしかして結構単純なウマ娘だったのかな」

 

 たったの一文でその気になれてしまった。だけど、これも悪い気がしない。

 

 ……そうと決まればさっそくトレーニング内容を練ろう。怪我の完治を最優先に、再発しないよう一から身体を作り直す。ボクのスピードに骨が軋むのなら、それを支える筋量の増加は必須。その上で、今の柔軟性を失わないよう両立させる。

 

 きっと、長い時間を費やすことになる。一年掛けて、やっと下地ができるかどうかと言ったところだろう。それでも、焦る必要はない。ただ、全身全霊を以て挑み、翔んでみせよう。

 

――――――――――――――――――――――

 

 あの日の出会いから幾何かの時が経って、グラウンドで足に負担を掛けない範疇のトレーニングをしていると、彼がウマ娘とレースをしているのが見えた。

 

「当たり前のことだけど、全く勝負になってないなぁ」

 

 一緒に走っているのは重賞レースに出場したこともない子たちだろう。それでも、その差は十バ身以上開いている。せめて短距離で挑めばいいのに。

 

 そう思いながらレースを眺めていると、ちょうど彼が自分の前を走りすぎていった。

 

「……っ!」

 

 胸がドキリと跳ねた。勝負になっていないそのレースを、彼は必死で走っていた。限界以上にスピードを出して掛かってしまったのだろう。息が上がっていて、フォームはボロボロに崩れてしまっている。

 

 なのに、歯を食いしばって前へと踏み出すその表情から、目が離せなかった。

 

「なんだろ、これ」

 

 あの日、胸に灯った炎とは違った熱に体が火照る。胸のドキドキがどんどん大きくなっていく。

 

「まさかボク、あんな不格好な走りに魅了されちゃったの?」

 

 ボクの憧れた会長の走りとは、まさに天と地の差があるアレのどこに惹かれたのか全く分からない。

 

「……え? もしかして、走りじゃなくて彼自身に魅了されてる?」

 

 呟いたその言葉に反応するかのように、体が一気に熱くなって顔から火が出そうになった。

 

――――――――――――――――――――――

 

「ふぅー……。よし、体調はバッチリ。足も問題なし!」

 

 その場でタンッタンッとステップを踏んでくるりと一回転。うん、今日もボクは素敵で無敵のテイオー様だ。

 

「懸念なくとはいかないが、お前がこの舞台に立てていることを嬉しく思うよ、テイオー」

 

 控室で最後の準備をしていると、激励に来た会長がそう声を掛けてくれた。

 

「最初からお前が諦めるとは思っていなかったが、聞かせてほしいことがある。ある日を境に、見違えるほどに覇気が漲ったな? いったい、何がお前を変えた?」

 

 会長がボクを見る目には、興味以上に闘志のようなものが見え隠れしていた。今のボクを好敵手足り得ると思ってくれているのだろうか。

 

 「シンボリルドルフには、絶対があるんだよね。ボクも絶対になりたかった。けどね、今は絶対という結果は得られなくてもいいって思えるんだ。ボクの絶対は"結果"じゃない。諦めないっていう"意思と過程"なんだって、そう思えるようになったんだ。それが揺らがないなら、先にある敗北をボクは得難いモノだって言える」

 

 その言葉に、会長が目を見開いた。

 

「そうか。……今日の菊花賞に出走するウマ娘たちはみな強敵だ。万全ではないお前では無謀な勝負と言っていいだろう。だが、今の言葉を聞いて考えが変わったよ。結果がでるまで、勝負は分からない。頑張れ、無敵のテイオー」

 

 そういって、会長は部屋を出て行った。音のなくなった部屋の中で、"無敵"という言葉を反芻する。

 

「うん、改めて考えると、これほどボクにぴったりの称号はないのかも」

 

 ボクにとっては、もはや自分に惨敗を齎すウマ娘すら敵になり得ない。負けて負けて負け尽くして、絶望と諦観に塗れた先に、彼の見ている景色があるのだ。彼と同じ景色が見られるのなら、不満はない。むしろ感謝したいくらいだ。

 

「勝ててしまうなら、それはそれでよし。ボクに与えられる全てをあの人に捧げよう。ボクから諦める選択肢を奪っていったのは彼なんだ。他のモノもちゃんと奪って行ってもらわないとね」

 

 ふふ、なんだか楽しくなってきちゃった。勝っても負けても得しかないだなんて、暗闇を彷徨っていたのが嘘みたいだ。

 

――――――――――――――――――――――

 

「な、なぁトウカイテイオー。もう一度だけ確認させてほしい。あの日さ、教室になにか落ちてなかったか? いや、心当たりがないならそれでいいんだけどさ」

 

「んー? なんにもなかったと思うよ。あ、そんなことよりさぁ、そのトウカイテイオーって呼び方は他人行儀だよ。親しみと愛情を込めてテイオーって呼んでよ。はい、リピートアフターミー『テイオー』」

 

「なんで親しみと愛情を込めなきゃいけないんだよ。お前はうちにとっては厄介なライバルだろ。込めるとしたら対抗心とかじゃないのか」

 

 またまた恥ずかしがっちゃって~。ボクの走りに魅了されてるの知ってるんだからね。次はターフの外にいる一人のウマ娘として魅了してあげないと。

 

「ねぇ、トレーナー、負け続けて見えてくる景色ってどんななの? やっぱり痛くて苦くて辛いのかな。ボク、結局無敗の三冠ウマ娘になっちゃったから分かんないや」

 

「こ、このクソガキ……! お前が菊花賞逃してりゃ、万分の一くらいは味わえただろうさ!」

 

 そうなんだ。たぶん、ボクには一生味わうことができなさそうだけど、それを残念だと感じる日がくるなんて、思ってもみなかったなぁ。

 

「あのね、トレーナー。ボク、七冠ウマ娘になるよ。そしていつか会長を、皇帝ルドルフを超える。その栄光と名誉の全てを手に入れる。だから、見ててね?」

 

「へいへい、負けて泣き崩れるお前が見られる日を楽しみにしておいてやるよ。七冠なんて、ぜぇったいにうちの連中に阻止させるからな!」

 

 ボクが手に入れた全ては君にあげるつもりだから、そんなに嫌がらなくてもいいのに。

 

「うん、その挑戦受けるよ。トレーナーの育てた最高のウマ娘でボクを負かしにきてね?」

 

 その最高を打ち倒すことで、証明してみせよう。アナタの隣に相応しいウマ娘はボクなんだって。恐らく、その相手は……。

 

「異次元の逃亡者 サイレンススズカ。相手に取って不足はないよね。……必ず差しきってやる」

 

 あの日、燃え尽きて灰となるはずだったボクの夢は、新しい形を得て不死鳥のように蘇った。後はただひたすらに翔ぶだけだ。

 

「うふふふ、待っていてねトレーナー。ボクに諦めるなと言ったんだ。もちろん、君のことも諦めないよ。"絶対にね"」




わからせテイオーを出すのなら、そうなった過程も書いておくのが礼儀かなって。


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エレガンス・ライン

マックイーンを持ってないトレーナーが頑張ってマックイーンのカッコいいところを書こうとした結果、ただのテイオー上げ回ができました。ご査収ください。
ノリと勢いと隙間時間で書いてるので作風とか時系列がぶれぶれなのは見逃してください。


「最近、不当にメジロの名が貶められている気がしますわ」

 

 ほう、たとえば?

 

「やれガラが悪いだの、金と権力にモノを言わせるだの、何かあればすぐにバットを振りかぶるだの」

 

「……それ、メジロじゃなくて全部マックイーンの評判じゃないのか?」

 

 野球ボールより大きい相手なら、全てをバットで解決するウマ娘と裏で呼ばれていたはずだ。

 

「……いえ、貶められているのはメジロの名です。ライアンやドーベルも迷惑していますわ」

 

 おい、こっちを見て話せよ。完全に目が泳いでるじゃねーか。

 

「どうしてなんですの……。私はメジロに相応しい言動を心掛けているというのに」

 

 さっき自分で挙げた例をちゃんと思い返せよ。あれがメジロに相応しいなら、どう考えても悪徳貴族の類いだろ。

 

「メジロを代表するウマ娘として、この汚名は雪がねばなりませんわ」

 

 そうだな。自分が原因なんだから返上しないとな。

 

「で・す・の・で! 次に出走するGⅡレースの作戦会議をいたしますわ」

 

 レースで結果出して名を上げるより、普段の行動を見直したほうが早いと思うんですけど。まぁ、アイツも出走するらしいから無策ってわけにはいかないか。

 

「『無敵のテイオー』、まさか私と同じGⅡレースに出てくるなんて。これは間違いなく我々に対する宣戦布告ですわ!」

 

 実際、今更テイオーがこのGⅡレースに出てくる理由もないし、その通りなのだろう。先月はスカーレットの出走したGⅡレースに出てきて、見事に差しきられた。スカーレットの調子も良かっただけに、現在の実力差が如実に表れたと言える。いまのアイツはまさしく敵なしだな。

 

「お前に勝ったら、いよいよ次はスズカに狙いを定めるんだろうな。異次元VS無敵か。特撮映画のタイトルみたいでワクワクするな」

 

「私が負ける前提の話をするのはやめてくださいませんこと! それに笑いごとではありません! 万が一、スズカさんが負けたら次に狙われるのは誰だと思ってるんですか!」

 

 え、次?……今のトゥインクル・シリーズでスズカ以外って言ったら、短距離のバクシンオーか長距離のゴールドシップ、あとはオペラオーとかオグリかな。それとも遂にルドルフに勝負を挑むのだろうか。

 

「……はぁ、レース以外でも勝負勘が鈍いんですのね」

 

「はぁ!? その評価には断固として異を唱えさせてもらう! 俺、勝負の仕掛けどころの判断とか完璧だからな!」

 

「確かに私たちへの指示では外したことありませんわね。ですが、少しは気付いてくださいまし。すでにテイオーさんは徹底マークからの差しきり態勢に入っていますわよ」

 

 誰が狙われるのか分かってないんだけど、それはもう手遅れでは?

 

「そうならないように、私がテイオーさんをはり倒してきますわ!」

 

 そういう言葉選びをするから、メジロがアレな家扱いされるんじゃないですかね。

 

「……おほん、お倒しあそばせますわ!」

 

 うんうん、そうだね。ヘイローだね。

 

「とはいえ、実際どうするかねぇ。適正の話を抜きにして正攻法で攻めるなら、全員でテイオーを徹底マークして本調子を出させないのがセオリーだろうけど」

 

「いまのテイオーさんに通用するとも思えませんわね」

 

 かつてのテイオーなら、周りと協調して囲みながらプレッシャーを掛けて抜けられなくすることはできた。最期まで囲い切れなくとも、スタミナを削り、予定していた作戦を破綻はさせられていたのだが……。

 

「仮にその方法を取ったとして、間違いなく前を走ってるやつらが抉じ開けられるな」

 

 これがGⅠなら簡単に道を開けたりはしないだろうが、GⅡレベルのウマ娘では競り合いにすらならないだろう。

 

「GⅠに出てくるウマ娘たちであったとしても、抑えきれると断言できないのが恐ろしいところですわね」

 

 絶望視された菊花賞での大復活。そして、今も継続中の無敗記録。その原動力は天性のバネと柔軟性、ではない。

 

「まるでターフを踏み砕くかのような力強い走り。いまのテイオーさんには、それを可能とするだけの筋力が備わっています。そして、力強くなったのは肉体面だけではありませんわ」

 

 そういってマックイーンが視線を向けた先のモニターでは、録画していたスカーレットとテイオーのレースが第四コーナーに差し掛かるところだった。

 

「これで負けるってんだから、ホントどうすりゃいいんだか」

 

 スカーレットの走りは文句の付けようがないものだった。もしかしたら、デビュー以降で考えても最高の走りだったかもしれない。だが、その最高を成し遂げているはずのスカーレットの表情には、怯えが見て取れた。

 

「アレに追われたら怯えてしまうのも理解できますわ。実際、スタンドで観戦していたウマ娘の何割かは、顔が青褪めていました」

 

 必死に走るスカーレットの後方、一バ身開いて走るテイオーの顔は、笑っていた。……いつもの快活で見るものに元気を与える笑顔ではない。獰猛に、燃えるように、歯を剥き出しにして笑っている。

 

「スカーレットさん、殺されるかと思ったと言ってましたものね」

 

 実際のところ、テイオーにそんなつもりは欠片もなかったらしい。ただただ走れることが楽しくて、スカーレットという強敵の速さが嬉しくて、全力で挑んでいたら、ああなったと当人が言っていた。   

 

「GⅡなんて弱い者イジメと見られかねないレースに出て、もし負けるようなことがあれば評判は地に落ちる。だが、今のテイオーにそんな雑音は一切意味なかったようだな。肉体の強さを得たことで精神が盤石になったのではなく、なにがあろうと揺らがない精神性を得て、肉体が仕上がったわけだ」

 

 レースの結果がウマ娘に与える影響は大きい。当然、それを意識するが故の緊張や不安があるものなのだが。

 

「勝ち負けを越えて全身全霊でレースを楽しむ。その在り方そのものが、他のウマ娘たちにプレッシャーを与えていますわね。……めっちゃ先行したくねーですわ」

 

 口調が崩れ始めてるぞ、お嬢様。

 

「とにかく! 相手が強敵であるからと諦める軟弱者はメジロにも、このチームにもいませんわ! 差してくるというのなら受けて立つ。タイマン真っ向勝負ですわ!」

 

 おお、メジマク姉さん。その意気だ。

 

「結局それしかないかなぁ。他のウマ娘が上手く堰き止めてくれることに期待してると、こっちが崩れかねない。自分が絶対に前に行かせないって気概で勝つしかないな」

 

 まぁ、前に行かせないという行動がどれだけ意味を持つかも怪しいもんだけどな。

 

「その表情、やはり他にも懸念点があるのですね」

 

「懸念というか、スカーレットとのレースで見せたのが全部じゃないだろうなって。走りの力強さに目がいってしまうけど、アレは柔軟性を犠牲にして得たわけじゃないと思うんだよな」

 

 昔から持っていた一番の強みであるソレを、今のところ一度も発揮していない。それでも勝つ辺りが大概やばいけど。

 

「……バカ正直に私との勝負を受けなくても、前に立たれて邪魔なら、躱すのも可能ということですわね」

 

 力強さと柔軟性を別けて使う必要なんてないからな。

 

「どちらか一方しか出せないものではありませんものね。組み合わせて使うのが一番強いに決まってますわ」

 

「抉じ開けるか躱すか、どっちの作戦を取ってくるかという二択を相手に強いて、プレッシャーを掛けることもできるな」

 

 うーん、考えれば考えるほどゲロ吐きたくなる相手である。

 

「こういうとき、スズカさんは強いですわね。相手がなんであれ関係ないんですもの」

 

 アイツはゲート開いた瞬間に他の競争相手が意識から消えてそうだからな。もう自分の速さしか見てない。それもまた、ある種の揺らがない強さなのだろう。

 

「という訳でマックイーン君、頑張って逝ってきてくれたまえ」

 

 俺もスタンドから応援してるよ。

 

「投げやり! 投げやりすぎますわ! 『お前の勝利を信じてるぞ』くらい言ってやる気を上げてくださいませんこと!?」

 

 なんだ、やる気下がってたのか。コンビニで買ってきたシュークリームあるから一緒に食べるか?

 

「そんな食べ物で機嫌を良くする安い女じゃありませんわ! シュークリームに罪はないのでいただきますけど」

 

 そういう自分の欲望に正直なところ、けっこう好きだよ。

 

「負けて学べることもある。いまのテイオーは同期どころかトゥインクル・シリーズ全体で見ても屈指の強さを持ったウマ娘だろう。敗北は恥じゃない。……マックイーン、お前なら、そこからなにかを掴みとれるさ」

 

 負けないと断言はできないが、そこで折れないってことは信じてるぞ。

 

「ふん。テイオーさんに勝って、トレーナーのへっぽこ予測を覆してあげますわ。私が勝ったらスイーツバイキング奢りですわよ!」

 

 ああ、その日の店の売上が赤字になるくらい食っていいぞ。




この後、テイオーにボコられたマックイーンがブチ切れ覚醒してエンド・オブ・スカイ引っ掴んでリベンジかますのが劇場版『ウマれた意味を探すRPG』になります。上映未定です。

この話でなにが言いたいのかというと、いまのテイオーの腕力はフラワーの比ではないということです。


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サイレントイノセンス

ラブコメを頑張ってみたが、ここが私の限界だったようだ。
マックイーンという名の会話の潤滑油。


「よーし、それじゃあスズカ、音頭とってくれ」

 

「え、私がですか? あまりそういうのは得意じゃないのですが……」

 

 俺から言うと嫌味になるからな。ばっさりと言っちゃっていいぞ。

 

「いえ、むしろ私が言った方が角が立つといいますか、問題になるような」

 

 そっかぁ、ならしょうがないから俺がやるか。

 

「それでは、スカーレットとマックイーンが無敵のテイオーにボコボコにされた反省会&打ち上げを開始しまーす! カンパーイ!!」

 

「か、かんぱーい……」

 

 おいおい、声出してくれたのはスズカだけか?こういうのは取りあえず場の勢いに流されておくのが大人ってもんらしいぞ?

 

「うるっさいわねぇ! イライラしてるんだから煽るんじゃないわよ! スズカ先輩、お肉取りに行きましょう、お肉! もう今日はカロリーも糖質も一切気にしませんから」

 

「ガツガツ……もちゃもちゃ……ごくん……ふぅ。落ち着きなさいスカーレットさん。敗北は私たちの力不足が原因。八つ当たりはみっともないですわよ。スズカさん、初っ端からデザートも行きましょう。体重計なんて踏み潰せば量りは動きませんわ」

 

 ……料理取ってくるの早いなマックイーン。あと、体重計に八つ当たりするのはやめなさい。彼らはただ己の仕事を忠実にこなして真実を伝えているだけなんだぞ。

 

「いいえ、絶対に私が乗った瞬間だけ量りの動きがおかしくなっていますわ。それか重力が増大している」

 

 そんな都合のいい重力場があったらこえーよ。

 

「まぁ自棄食いは好きにさせておくとして、スズカも遠慮せず食べろよ。どうせバイキングで定額なんだ。食わなきゃ損だぞ。あのキャロットフォンデュとかいうのを試してくるか?」

 

 トレセン学園から比較的近場にあるこのバイキングはウマ娘によく利用されているらしく、会場の中央にある噴水みたいな器具からは、ニンジンソースが噴き出していた。周りにはセロリやリンゴ、ベリー類が並んでいるが、アレ美味しいのかな……。

 

「あ、でしたら一緒に取りに行きましょう。あんなもの見るのは初めてなので、私も少しワクワクしています」

 

 さっきから目線と耳が噴水をチラチラ見てるし、尻尾をブンブンしてるもんね。

 

「……ところでスカーレット君、マックイーン君。さっきからそのジト目はなにかね?」

 

 敗北したにも関わらず、この俺が奢ってあげているのだよ。もっと嬉しそうにしなさい。

 

「この打ち上げはアタシたちを慰めるのが目的なんじゃないのかしら」

 

「なぜ、負けていないスズカさんの世話を焼いてますの。尽くす相手が違うのではなくって?」

 

 いや、なんかお前らは勝手に諸々発散できてそうだったから、邪魔しちゃ悪いかなって……。

 

「優しい言葉の一つでも掛けなさいよ! 『たとえ負けたとしても俺の一番はお前だよ、スカーレット』とか!」

 

「そうですわそうですわ! 『これからは俺もメジロの一員としてお前を支えるよ、マックイーン』と言ってください!」

 

 スカーレットはともかくマックイーン、そのボイスレコーダーを止めろ。言質取ってなにをするつもりなんだ。

 

「ふふ、二人とも負けてしまったことを申し訳なく思ってるから、素直になれないんですよ」

 

 いや、相当素直に自分の欲望を口にしてないかこれ。バツが悪いのを隠すためにわざと変なことを言ってるってことか?

 

「私もテイオーさんの挑発に思うところはあります。敵討ちなんてつもりはないですけど、負けるわけにはいきません」

 

 挑発って、アイツそんなことしてきたのか。ちなみになんて言ってきたんだ?

 

「内緒です。でも、気合は入りました。勝負を仕掛けてくるのは宝塚記念だそうですよ」

 

 宝塚記念ね、まだ少し先の話だな。それにしても挑発、か。あまり嬉しい状況ではないな。

 

「私、飲み物を取りに行ってきますね。トレーナーさんもなにか飲みますか?」

 

 悪いな、じゃあホットコーヒー頼めるか。

 

「はい、それじゃあいってきますね」

 

 テイオーはスズカの弱点に気付いているのかもしれないな。

 

「随分と心配そうな顔してるじゃない。やっぱりスズカさんが負けるのは嫌なんだ」

 

「……お前やマックイーンと違って、あいつは負けを成長の糧にできない可能性があるからな」

 

 あるいは今のテイオー相手なら、スズカも敗北からなにかを得られるかもしれないが。

 

「具体的に、なにを心配なさっているのかは話してくれませんの?」

 

「言っても構わないが、先に挑発の内容を教えてくれよ。俺の思い過ごしならそれでいい」

 

 子供っぽく『次もボクが勝っちゃうもんねー』とかだったら気にする必要もないんだけどな。

 

「プライベートな内容も含まれるので少しボカしますが、要約すると『才能や努力に大きな差はない、ボクが勝てたことに明確な理由があるとするなら、それはレースに臨む気持ちの差だよ』というところですわね」

 

 気持ちの差か。敗北のリスクを負ってまで不要なレースに出てくるだけの理由があったということなのだろうが、俺たちのチームをそこまで倒したいのだろうか。それとも無敗記録を伸ばすことを目標にしているのか?

 

「……一応言っておくけど、レースに臨む気持ちに無敗記録はあんまり関係ないわよ?」

 

 だったら俺たちのチームに完勝することが最大の目的ってことになるか。そこまで敵視されるようなことしたかな。

 

「今後のために格付けをしておきたいのでしょう。あるいは、四人目になる権利を優先的に得るために他を牽制しているか」

 

 格付けはともかく、四人目になるってなんだ。七冠ウマ娘って三人もいないよな?

 

「アンタは気にしなくて大丈夫よ。それよりも、スズカさんの弱点ってなんなのよ」

 

 ……チームメンバーには共有しておいてもいいか。

 

「スズカはデビュー以来不振が続いてたってことは知っているな? あれは逃げ以外の作戦を無理にこなそうとしたことが理由だったんだが、そもそもなぜ逃げ以外はダメだったのかって話でな。脚質に合わない? ポジション取りが苦手? 仕掛けるタイミングが分からない? ……結論を言うと、気が散って仕方がない、だ」

 

「気が散る、ですか?」

 

「ああ。先行、差し、追い込みといった作戦を使うウマ娘たちは、当然ながらレース中に様々な駆け引きを行っている。それを楽しめるやつなら良かったんだが、スズカは根本的に自分以外が周りにいる状況で走るって行為が好きになれなかったんだよ」

 

 結果、本来の走りは失われ、本人はストレスを溜めながらも無理をするという悪循環が生まれたわけだ。逆に、自分の走り以外の全てを意識から排除している今は絶好調である。

 

「それとテイオーさんの挑発がどう関係してきますの? 結局は逃げを採用するのですから、スズカさんに影響はないのでは?」

 

「逃げ以外の作戦を取らせることじゃなく、少しでも自分を意識させることが目的だろう。一切眼中になくレースを進めればスズカが勝つ。だが、後ろからテイオーに迫られることを少しでも意識してしまえば、スズカの本来の走りは失われて……負けるだろうな」

 

 その可能性を一%でも高めるための挑発ということなのだろう。

 

「小賢しい、ではなく強かと表現すべきなのでしょうね……」

 

 はてさて、どうするべきかね。俺が気にするなと伝えても、余計に意識させる結果にしかならないだろうな。

 

「お待たせしました、トレーナーさん。コーヒー、どうぞ」

 

 やべぇ、聞かれてたかな。

 

「テイオーさんの挑発のことなら大丈夫ですよ。意図は私も理解していますので」

 

 それはつまり意識してしまっているってことで、喜ばしい状況ではないんだが。

 

「以前の私なら、テイオーさんの読み通りになったかもしれません。でも、今は違います。自分のスピード以外に意識する相手が一人から二人に増えるだけですし、その比重も大したものにはならないので問題ありませんよ」

 

 ……いつも通りの柔らかい微笑みなんだが、不思議と力強さを感じるな。周りを意識すると走りが崩れる癖を直せたとは聞いていなかったが。

 

「はぁー、お熱いことで。そうですよね。レース中もスピードの向こう側にいる誰かさんのことで頭一杯ですもんね。他のやつのこと考えてる隙間なんてないですもんね」

 

「レース勝負じゃなくて、待ってる人のところまで最速で駆けてるだけとか、ホント卑しいの極みですわ」

 

 むむむ、普段からレース中に誰かのことを考えているということか。最近、特に仲が良いらしいスペシャルウィークのことだろうか?

 

「ですから、トレーナーさんはなにも気にしなくていいんです。いつも通り私の走りを見守っていてください」 

 

 しかしなぁ、仮にもトレーナーなのだから、なにも打開策を示せないのは如何なものか。

 

「なら、私がテイオーさんに勝てたらご褒美をください」

 

 へぇ、スズカがそういう欲を表に出してくるのは珍しいな。

 

「まぁ、俺にできることならしてやるけど……」

 

 ピッ

 

「……おい、今の音はなんだ」

 

「ボイスレコーダーの録音を停止した音ですわ。言質取りましたわ」

 

 俺、さっき止めろって言ったよね。言うこと聞かない悪いウマ娘には容赦しないよ?

 

「そんなことよりトレーナーさん、この約束はもちろん我々にも有効ですわよね?」

 

 そりゃあスズカだけ贔屓はしないけど、これテイオーに勝ったご褒美って話だぞ。

 

「ええ、なにもスズカさんと決着がつくまで待っている必要はありませんもの。天皇賞(春)でも安田記念でも構いません。リベンジします。ご褒美、覚悟しておいてくださいね」

 

 顔のいいコイツが据わった目で首をゴキゴキ鳴らしてるとマジで迫力あるな。あと、なんで俺が覚悟する必要があるんだよ。テイオーじゃないのかよ。

 

「なにも難しいことはありませんわよ。ちょっと目をつむってハンコを押していただくだけです」

 

 それ裏稼業のやり口じゃねーか!

 

「あっ、マックイーンだけズルい! あたしもリベンジするわよ! ヴィクトリアマイルに出てこないか調べておいてトレーナー! 私はちょっと指に着けるアクセサリー買ってくれるだけで構わないわ」

 

 妙に具体的だなぁ、おい。

 

「もう、二人とも私がトレーナーさんに取り付けた約束なのに! それと強引なやり方はダメですからね!」

 

 なんだかよく分からんが、二人の調子も戻ったみたいだし、スズカは勝つ自信があるようだ。なら、俺は黙ってできる限りの環境を整えるようにしますかね。




年齢で出走制限があるレースってウマ娘だと、どうなってるんだろう。
デビューからの年数で一回しか出られないんだろうか。


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究極テイオーステップ

軽やかステップ、イナズマステップ、巧みなステップ、ライトニングステップ全部乗せで好ポジション(マウント)取られたトレーナーの図。


「なにかがおかしい……」

 

 なぜだ、いい加減に諦めてもいいはずなのに全くそんな素振りがない。むしろ、謎の余裕に満ちている気がするのはどういうことなんだ?

 

「まさか、いやでもそんなはずは」

 

 考え得るなかでも最悪の想像をしてしまい、胃に酸っぱいものが込み上げてくる。もしそうだとしたら、俺は破滅だ。

 

「トレーナー、なにかあったの? すごく具合が悪そうだけど。辛いならボクの部屋で少し休んでいく?」

 

 トレーナーがウマ娘の部屋で休んだら警察沙汰だろう。そもそも、具合が悪くなった原因はお前にあるんだが。

 

「これで断るの何回目だよ。もう芽はないって理解できただろ。俺はお前の専属にはならないよ、テイオー」

 

 そう、俺の吐き気の原因は、目の前でなんとも人好きのする笑顔をしているトウカイテイオーにある。どれだけ断っても、俺を専属にするんだと逆スカウトを諦めてくれないのだ。

 

「トレーナーこそ、いい加減に理解してほしいなぁ。ボクが諦めることは"絶対"にないって」

 

 なんでこんなに強気なの。諦めようが諦めまいが、俺がNOと言ってるんだからそれまでじゃないの?

 

「だったらこの話は永遠に平行線だろう。俺に決定権がある以上、絶対に諦めなかったとしても結果は変わらないぞ」

 

 そう、そのはずなのだ。だが、ずっと嫌な予感が消えない。具体的にはコイツが菊花賞に勝った辺りから。

 

「それはどうかなぁ。なんだかんだと言ってウマ娘の世界は実力主義。相応の結果を出せば、ある程度の我儘は許されるんだよ?」

 

 コイツ、オペラオーの妄言みたいにGⅠを総ナメして帝政でも敷くつもりなんだろうか。

 

「だとしても、お前の我儘を通さない程度にはうちの連中も結果を出すさ。スズカに勝つ気でいるみたいだが、足元を疎かにしていると他のやつに転ばされるぞ」

 

 あの反省会バイキングの翌日、マックイーンは手酷い敗北を喫した己への戒めとテイオーに勝利するための願掛けとして、断スイーツ宣言をした。それ以降のアイツは鬼気迫るものがある。スイーツを摂取できていない反動なのか、頬は痩せこけ、目には隈が浮かび、常になにごとかをブツブツと呟いている。完全に危険人物だ。……まだ宣言から十日も経っていないのだが、こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 

「あ、その話スカーレットから自慢気に聞かされたよ! もう、なんでボクも連れて行ってくれないのさ! 自分のチームのウマ娘に囲まれて、うはうはハーレム気分だったんでしょ!」

 

 女性しかいないんだから、男性トレーナーだと必然的に傍目からはそうなるだろ。俺にはそんなつもり欠片もないけど。

 

「ふんだ。マックイーンがどれだけ本気だったとしても関係ないよ。それはこっちだって同じなんだから。ボクを除け者にした罰として、今度の天皇賞(春)でマックイーンに勝てたら、一日デートしてもらうからね!」

 

 なにをマヤノみたいなこと言ってるんだ。俺とはそんなイベント起きないから。行きたいのなら、お小遣いをあげるから友達と楽しんできなさい。……いや、待てよ。

 

「分かったよテイオー。何でもかんでもダメとしか言わないのは良くないよな。お前が春天を獲れたら、一日デートしよう」

 

 よく考えたらテイオーとのデートなんて安いものだ。マックイーンが勝ったら俺は目をつむった状態でなにかも分からない判を押させられるかもしれないのだ。連帯保証人の承諾書とかだったら目も当てられない。

 

「ホ、ホントに!?」

 

 ああ、男に二言はないさ。

 

「ど、どうしよう。勝ったら二十四時間独占できるってことだよね。それだけあれば、一気に勝負を決められちゃうよね」

 

 二十四時間はダメだろ。俺が監督責任で怒られるわ。

 

「ちっ、まぁその時になればどうとでも出来るからいいや」

 

 ……もしかして、目先の危険を回避するために泥沼に足突っ込んじまったかな、これ。 

 

「はぁ……。専属の件もそうだが、なんで俺に拘る。いまのお前に教えられることなんてないし、担当トレーナーに不満があるわけじゃないんだろ。こんな大っぴらに担当変えに動くのは不義理なんじゃないか」

 

 いまテイオーを担当しているトレーナーは決して天才ではなく、無敵のテイオーに更なる進化を促せる程の引き出しは持っていないだろう。それでも、テイオーの功績に気後れすることなく傍で支えようとしている出来た人だ。

 

「うん、あの人に不満なんてないよ。怪我をして不貞腐れてたボクのことも決して見捨てようとはしなかったし、信頼してる。けど、不義理云々は問題ないかな。専属として逆スカウトしたいって話は一番最初に伝えたけど『全然OK』ってGOサイン出してくれたよ」

 

 えぇ……、GⅠを何勝するつもりなんだって稀代のウマ娘をそんな簡単に手放そうとするなんて正気か。もしかしたら俺が思っている以上に器のデカイ人なのかも。

 

「それに、教えられることが何もないなんてことはあり得ないよ。ボクが復活して菊花賞を獲れたのは、あの日、トレーナーから教えてもらったことが原動力になったんだよ。だから、ボクにもっと色々なことを教えてほしいな」

 

 あの日ねぇ。……なんかすごく恥ずかしいことをベラベラ話した気がするから記憶から抹消したんだよな。

 

「へぇ~、抹消したんだ。じゃあ、いまからここで一言一句違わず言うから、思い出してね?」

 

 あの、勘弁してくれませんかテイオーさん。

 

「本当に魔が差したんです。あんな偉そうに上から目線の説教をするつもりはなかったんです……」

 

 よく考えなくても担当外の二冠ウマ娘になに言ってんだという話だ。変にやる気にさせて怪我の悪化に繋がったりすれば責任の取りようがない。

 

「むぅー、それってあの時のことを後悔してるってこと? もしそうなら、ボクにとっては結構ショックなことなんだけどなー」

 

「……言った言葉に嘘はない。ただ、勢いに任せて話すことじゃなかったとも思っている」

 

 放課後になってそれなりに時間も経ってたからさー、もう居るわけないって思ってたんですよ。

 

「念のため確認させてほしいかな。あの日のことに、一つも嘘はない。それでいいよね?」

 

 さっきの俺の発言となにが違うのか分からんが、その通りだ。

 

「ああ。お前の怪我を喜んでしまったクソ野郎ってことも本当のことだ」

 

 あ、やばいなんか今更すごい自己嫌悪してきたかも。中学生に嫉妬して怪我を喜ぶとか、人格面が人類の底辺を這っている気がする……。

 

「なるほどなるほど~。つまり悪いと思って反省しているわけだね?」

 

 はい、そうです。

 

「信賞必罰。この場合はボクという被害者がいるわけで、誠意を持った対応が必要だと思わない?」

 

 ……思います。

 

「ボクね、遊園地のナイトパレードを見て、敷地内のホテルに泊まって二日連続で遊びつくすっていうの、ずっとやってみたかったんだよね~」

 

「そ、それは流石に、世間様が許さないというか、あらぬ誤解を招きかねず……」

 

 コイツ、もしかして俺のトレーナー生命を殺りにきてるのか!?

 

「泊まる部屋は別だし、ちゃんと担当トレーナーや両親の許可は取るよ? 事情を隠したりもしない。ただ保護者として付いてきてもらうだけだよ。ほら、うちのチームってボクはともかく他の子は今が大切な時期だからさ、あの人にチームを空けさせるのも気が引けるんだよ」

 

 ぐぬぬぬ……いや、でも……。

 

「もちろん、マックイーンに天皇賞(春)で勝てたらでいいよ」

 

 ……ハイ、ワカリマシタ。

 

「やったぁ~! 負けるつもりは元々なかったけど、これは当日隕石が降ってきても止まれないよ。よ~し、ボクもレースまでは全力トレーニングだ! それじゃあトレーナー、約束は"絶対"に守ってよね! 楽しみにしてるから~」

 

 …………ああ、お互い頑張ろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Prrrrr…………

 

「なんですのトレーナー。私、いま気が立っておりますの。くだらない用事なら承知しませ……」

 

「マックイーン、今日からお前の生活は全て俺が管理するから。春天、死ぬ気で勝て。もしも負けるようなことがあれば、二度とスイーツを口に入れられると思うなよ」

 

「は!? え、いきなりなんですの! ちょっ」

 

 ツーツーツー……

 

 条件、天皇賞(春)じゃなくて宝塚にしとけばよかったかも……。




テイオーステップはテイオーが大人の階段をホップステップジャンプすることだって聞いたゾ。


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マルゼンスキー

すごくライスを書きたいがガチャから出てくれないので微妙に書くのが難しい。


「はぁ~い、トレーナー君。元気してる?」

 

 全然元気じゃないんだなぁ、これが。

 

「あらあら、なにか困りごとでもあったのかしら。チームの戦績は順調だったわよねぇ」

 

 まぁ、スカーレットもマックイーンもGⅡでテイオーに負けたとはいえ、他には大差をつけての二着だからな。不調と呼ぶにはほど遠いのかも。

 

「悩みがあるならお姉さんに相談してみたらどうかしら。お世話になってるから力になるわよ」

 

 はて、マルゼンスキーをお世話したことなんてあっただろうか。

 

「ナウなヤングにバカウケなお店やスイーツを教えてくれたじゃない。後輩の子たちにも教えたんだけど、とっても評判がよかったわよ~」

 

 あー、あれね。俺が子供のときに流行ってたやつ、パンナコッタとベルギーワッフルだっけ。昔懐かしだよなー。

 

「むかし……なつかし……? そういえばみんな『お母さんたちが昔よく食べたって言ってました』って、あれ?」

 

 おっと、俺の気のせいだったよ。ベルギーワッフルの専門店とかあるし、きっとその後輩たちは田舎から出てきたんだろう。お母さんはあれだよ、ちょっと強がって昔って言っちゃったんだよ。

 

「そ、そうよね。少し焦っちゃったわ。でも大丈夫。これからも流行の最先端を走るスーパーカーとして、情報を発信していくわ!」

 

 少しくらい隙があったほうが可愛げがあっていいんじゃないかなって俺も思うよ。

 

「やだ可愛いだなんて、お世辞が上手ね。それで、元気がなかったのはどうしてなのかしら」

 

 ……マルゼンスキーなら信用できるし、話しても大丈夫かもな。

 

「これは俺の友人の話なんだけどな。どうやら自分の担当ではないウマ娘から泊りがけの旅行に誘われたらしい。ちょっと断りづらい状況にあるみたいで、どうしたらいいかと悩んでいるんだ。いや、本当に友人の話で俺は関係ないんだけどね?」

 

 とりあえずこれで誤魔化しながら相談できるだろう。

 

「あらあらまぁまぁ、でも分かるわ。学生の時分は大人な関係に憧れるものよね~。私もそういうトレンディドラマみたいなシチュエーションを経験してみたいわねぇ」

 

 あらあらまぁまぁって、おばちゃんの井戸端会議みたいな反応だな。

 

「なにか言ったかしら?」

 

 あ、いえなんでもないです。 

 

「でも、流石にそれはマズイわよね。テイオーちゃん、まだ中等部だし」

 

 だよなー。間違いなんて起きるはずもないけど、周りに好き勝手言われるようなことになれば、アイツの経歴に傷が付きかねな……ん?

 

「……俺、テイオーなんて言ってないよね」

 

「そりゃ、言わなくても分かるわよ。『これ友人のことなんだけど』が自分の悩みじゃないことってあり得るのかしら」

 

 なんでそこは鋭いんだよ!いつもの時代遅れブームBOTみたいにボケたところ発揮しろや!

 

「あ? 誰がボケたババアだって?」

 

 言ってねぇよ!

 

「ふーん、トレーナー君は私のことをそんな風に思ってたんだ~。あーあー、私悲しいな。悲しすぎてうまスタに今の内容あげちゃいそう」

 

 コイツ、普通に脅迫してきやがった……!俺の力になるんじゃなかったのかよ。

 

「ピチピチの女の子をババア扱いする男の子のことなんて知りませ~ん」

 

 まぁ言動はともかく見た目はピチピチか?そういやマルゼンスキーって一体何歳なんだろうか。

 

「もう! 女の子の年齢と体重を聞くなんてデリカシーのない男の子はモテないわよ!」

 

 年齢はともかく、体重は見ればなんとなく分かるけどな。トレセン学園のトレーナーには必修技能だろう。

 

「やだぁ、エッチ~」

 

 うわぁ、その反応もなんか懐かしいなぁ。九十年代くらいか?

 

「九十年代!? 今よ今! 世間を席巻してる漫画とかで使われてる表現よ!」

 

 ……マイブームってことにしておけばいいか。で、なんでテイオーだって分かるんだよ。

 

「それはまぁ、見てればねぇ。担当外って言ってたし、言いそうな中で一番可能性の高い子の名前を挙げただけよ」

 

 テイオーってガキだし、遊園地いきたいってしょっちゅう言ってそうだもんな。

 

「それにしてもいいわねぇ~、青春って感じで。私も誰かいい人を作ろうかしら」

 

 マルゼンスキーなら、それこそ引く手あまたじゃないのか。外見だけなら男を侍らせてても違和感ないけど。

 

「実際は侍らせるどころか交際経験もないんだけどね。そうだトレーナー君、私とお試しで付き合ってみない?」

 

 いや、俺そもそもウマ娘は対象外だし。

 

「…………え?」

 

 そんな愕然とした顔されてもな。なんか変なこと言ったか?

 

「変というかその、それはなにかの冗談よね?」

 

 冗談でもなんでもないぞ。そもそも男女交際に費やす暇なんてないが、仮にあったとしてもウマ娘は対象外だ。

 

「ち、ちなみになんでか聞いても構わないかしら。お姉さんちょーっと可愛がってる後輩たちの未来を憂いてる感じなんだけど」

 

 俺の恋愛対象とマルゼンスキーの後輩になんの関係があるんだ。理由はあれだ、ウマ娘は俺にとっては打ち倒すべき敵だからな。 

 

「あー、なるほどねー。そういえばトレーナー君、かなり拗らせてる感じだったわね」

 

 うっせぇわ。お前だって倒してやるリストに入ってるからな。

 

「ま、まぁあれよね。激しい戦いの末に芽生える感情ってあるし、むしろそっちの方が燃えるわよね!」

 

 ブライアンとヒシアマ姉さんみたいな関係のことか?俺がウマ娘に関して抱いている感情はもっと鬱屈としてヘドロみたいなのだけどな。

 

「それ、自分で言っちゃうんだ。その割には担当の子たちの面倒はしっかり見てるわよね」

 

 俺は学園に所属するトレーナーだからな。給料分は働くさ。

 

「あれ? でも、マヤちゃんとかネイちゃんからも相談受けたりしてなかったかしら。あんまりレースに関係ないことで」

 

 ……まぁ、子供の悩みを聞くのは大人の役目だからな。親元に居ない以上、身近にいる連中が対応するしかない。俺の個人的な感情でアイツらの先を捻じ曲げるのは、勝利ではないからな。

 

「うん、私の考えていたよりも遥かに面倒な拗らせ方をしてることは分かったわ。でも、そうなると正攻法でいっても効果が薄そうね……」

 

 どうしたんだ急に考え込んで。と言うか、俺の『友人』の悩みへのアドバイスがまだ貰えてないんだが。

 

「その設定は続けるのね……。そうね、悩まずにいくところまでいくべきだと思うわ!」

 

 やっぱボケてんじゃねぇかこの女。

 

「次言ったらグーで殴るからね。もちろん顔よ?」

 

 ……はい、気を付けます。いや、待ってくれよ。それで良い訳がないだろ。

 

「杞憂!! どうせ相手の子の経歴がーとか考えてるんでしょうけど、大切なのは互いの気持ちよ! 向こうが望んでいるなら受け入れる度量が男の子には必要よ!」

 

 なんで理事長のモノマネ?

 

「とにかく! 四の五の言わずに男の子ならレッツチャレンジよ。それとも、まさか相手がウマ娘だからって逃げるつもり?」

 

 はぁ!?誰が逃げるか受けて立ってやらぁ!!

 

 ピッ

 

「はい、言質取りました~」

 

 ……ウマ娘の間ではボイスレコーダーが必需品なの?

 

「そういうことだから。断れないなら諦めて一緒に行くしかないわね。心配しなくても、理事長とたづなさんに協力してもらえば外部への言い訳なんてどうにでもなるわよ。それじゃ、私はちょっと用事ができたから、これで失礼するわね」

 

 ……断るためのアドバイスが欲しかったのに、なんの役にも立たなかったな。ウマ娘の意見はアテにならんし、桐生院にでも相談してみるか。




ネタもとっくに切れてるのでいつ更新が止まるか分からないけど勘弁してほしい。


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桐生院 葵

僕は桐生院と温泉未経験の清い体です。
これだけは真実を伝えたかった。

まだマックイーンが天皇賞(春)で負けた訳じゃないから(震え声)
俺は馬券外したけど。
勘違いしても仕方のない書き方だったので、後でちょろっと内容追記しておきますね。


「こうやってあなたと食事をするのも、なんだか久しぶりな気がしますね」

 

「最近は俺もお前もトレーナーとしては順調だったからな。その分、忙しくて時間に追われていたが」

 

「ふふ、そんなこと言って、時間があっても自分のトレーニングに使うくせに」

 

 そういって葵は可笑しそうにクスクスと笑った。代々優秀なトレーナーを輩出してきた名家である桐生院家の人間だけあって、仕草も上品なものだ。

 

「それで今日はいったいどうしたんですか? トレーナー白書で解決できないことが起きたんですよね」

 

 トレーナー白書というのは桐生院家のノウハウが記された秘蔵の指南書だ。出会った当初の葵が割とポンコツだったから、ファミ通の攻略本くらいの内容かと思ってたんだが、読ませてもらうと非常に有用なことが多く書かれていた。どうやら本に問題があったのではなく、箱入り娘だったが故に人間関係で空回りをしていたらしい。今更だけど、相談相手として全然適切じゃないな。

 

「俺はお前と違って中身を全て暗記しているわけじゃないから断言はできないがな。スキャナーで取り込むかスマホで写真撮らせてくれるだけでよかったのに、本そのものを貰って本当に良かったのか?」

 

「はい、私があなたに貰ってほしいと思ったからそれでいいんです。でも、写真はともかくスキャナーのために裁断するのは絶対にダメですからね」

 

 まぁ、さすがに厚意で貰った人様の家の大切な本を裁断はできんな。

 

「ミークもせっかくの休日だってのに付き合わせて悪かったな。礼と言ってはなんだが、好きなだけ食べてくれよ」

 

「……気にしなくていいです。一緒にいるのは、楽しいから……」

 

 相変わらず表情から内面の読めないやつだが、こちらに気を遣っているということもなさそうだ。

 

「そう言ってくれると俺も気が楽になるよ。……さて、早速本題に入ろう。簡単に話すと、担当外のウマ娘とはどこまで仲良くしていいのか悩んでいてな」

 

「担当外、ですか。なるほど、大体のことは分かりました」

 

 え、早くない?苦手分野じゃないのか。

 

「優秀なトレーナーの元には多くのウマ娘が集まるものです。ですが、トレーナー側のキャパシティも無限ではありません。心苦しいことですが、取捨選択が必要になるのは仕方のない話です」

 

 なるほどな。俺とコイツはまだ中堅とも言えない程度の経歴しかないが、桐生院の歴代にはそれこそ何十年と務めた人たちも居たはずだ。当然、ウマ娘が求めてくる全てを受け入れられない事態に遭遇した経験もあるか。

 

「ですので、結論としては断る以外にありません。私も人付き合いが下手なので偉そうには言えませんが、これは人間とかウマ娘に関係のない話です。大切なのはどう断るかですね。それが原因で相手の調子が崩れてしまえば、あなたは気にせずにはいられないでしょう?」

 

「い、いや? べ、別に憎き怨敵であるウマ娘たちが調子を崩して不幸になったところで、飯が旨くて気分も爽快なハッピーミーク状態になるだけだが?」 

 

「ぜったいに無理。……わるいことしたなって落ち込んで、けっきょくそのウマ娘をうけいれる。女に騙される、典型的なダメ男」

 

 ちょっと待ってミークさん。いま君、俺のことダメ男って言った?

 

「……いってない。拗らせた卑屈野郎が、さっさと腹を決めろだなんておもってない」

 

 君、俺のことをそんな風に思ってたの!?卑屈じゃねないからね、世の常識に対して反抗心ばりばりだからね?

 

「ミーク!? そんなことを言ったら失礼でしょう。すみません、あなたとは仲良くしてもらっているから、つい言いすぎてしまうみたいで」

 

 ま、まぁ子供のすることだし。大人の余裕を持って接するけどもね。ちょっとその評価は認めがたいかな。

 

「……ごめんなさい。さいきん、疲れていて。もう誰でもいいからさっさとゴールしろって思って言いすぎました。うちのトレーナーとかどうですか? 実家の太さだけはありますよ?」

 

 ちょっと俺のなかでミークのキャラが分からなくなってきたんだけど。もしかして葵の人付き合いが下手なんじゃなくて、ミークの難易度が高かっただけじゃないかこれ。俺も上手くやれる自信なくなってきたわ。

 

「こほん、話が脱線しましたね。本題に戻りましょう。自身の許容量を超えると判断した場合にどう断るかです。ミーク、私の魅力が実家しかないかのような言い方はやめてくださいね?」

 

 そうだった、それを話に来たんだよ。ミークの知られざる一面を発掘に来た訳じゃない。

 

「変に濁しても尾を引くだけですから、担当になることについては、はっきりと断るのが一番でしょうね」

 

「いや、それは何度も断ってはいるんだけどな。今回はウマ娘から泊りがけの旅行で遊園地に誘われたんだ。理屈で説明して断っても納得してくれなくて困ってる」

 

「……なるほど、既成事実。軟弱野郎の逃げ道をふさぐフィニッシュブロー」

 

 あの、ミークさん。申し訳ないんだけど、もう少し発言に手心を加えていただけないですかね。ちょっと泣きそうなんですけど。

 

「ごめんなさいごめんなさい! ミーク、今日はどうしちゃったの!? そんなズバズバと物を言うウマ娘じゃなかったでしょう、あなた」

 

「……こういう手合いはいっぺん自覚させたほうがいい。後で余計にめんどうな事態になる。収拾を付ける方の身にもなってほしい」

 

 俺はミークがどの目線から話してるのか分かんなくなってきたよ。

 

「と、とにかくですね。担当外のウマ娘と外泊というのはさすがに外聞がよろしくないです。無難に乗り切るなら、二人だけでは行かないとかでしょうか」

 

 なるほど……、確かにそれはありだな。テイオーと泊りがけで遊園地に行くという約束ではあるが、二人だけでとは言っていない。マックイーンが負ける前提の話だから、アイツは一緒に連れて行けないかもしれないが、他二人ならいいか?最悪の場合はルドルフを誘えばテイオーも文句言わないだろ。

 

「素晴らしいアイディアだぞ、桐生院! いやー、やはり持つべきは頼りになる同期だな!」

 

「た、ただのアドバイスでそんなに褒められると照れてしまいますね。ですが、私もミークとのことであなたに散々お世話になりましたから。力になれるのなら嬉しいです。いつでも頼ってきてくださいね」

 

 正直、今日のミークを見てると俺のアドバイスはなんの役にも立ってなかったんじゃないかと思うけどな。

 

「本当にありがとうな。これは食事を奢ったくらいじゃ恩を返しきれないな。なにか俺にできることがあれば、そっちも遠慮なく言ってくれよ?」

 

「あ、その、でしたら、私も遊園地に行ってみたいです。お恥ずかしながら一度も行った経験がなくて、どうやって楽しめばいいのかも分かってなくて……」

 

 なんだそんなことか! そうだな、スケジュール見合わせて空いてる時にでも行ってみるか!

 

「…………はぁー、ほんと疲れる」




桐生院 葵:
天然にして魔性。発言に悪意や裏は一切ない。
トレーナーのことは良き友人にして好敵手と思っており、公私ともに仲良し。
卑しさなんて欠片もない真のお嬢様。
トレーナーとして成長して一皮剝けたので、最近実家からは孫の顔が見たいと言われている。

ハッピーミーク:
レース外でも様々な事態を乗り越え、心身ともに逞しくなった。口は悪くなった。
桐生院の微妙なポンコツさは理解しているので、同期のコイツとくっ付いて面倒を見てもらえると助かるなと思っていたが、付随する面倒事のせいでため息をつくことが多い。
もちろん強い。


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トップ・オブ・ブルー

私事ですが、昨日アニメ『ウマ娘プリティダービー二期』を見終えました。
一昨日までは4話までしか見てなかったり。
有馬も良かったけど、天皇賞(春)でマックイーンの名前を叫ぶテイオーの表情が最高だなと思いました。

感動しすぎて自分はいったい何を書いてるんだろうって虚無になったので、適当に書いてお蔵入りにしてた話を投稿して一息入れる時間を稼ぎます


「ああーっ!! やだやだやだ、死にたくない! 誰か助けてー!!」

 

 ほらほら走れ走れー。あと四バ身差しかないんだ、追いつかれたら食われるぞー!

 

「があぁぁーー!! その胸に付いてるモノを寄越せぇ!」

 

 うーむ、マックイーンの気合いの入り方が素晴らしい。遊び半分の内容だったが、やはりトレーニングは真剣にやるに限るな。二百メートル差がある状態からスカーレットにここまで迫るとは。

 

「確かにすごい気迫ですね。まるで本当に食べようとしてるみたい」

 

「……そうだな。きっとスイーツを食べられないストレスを精神エネルギーとして昇華させ、力に変えているんだろう」

 

 トレーニング前に言った『実はスカーレットの胸部には脂肪じゃなくて甘い食べ物が詰め込まれてるらしいぞ』なんて冗談を真に受けるわけがないからな。そういう意識でトレーニングに臨んでいるだけだろう。

 

「桃まん! 雪見だいふく! たまごアイスゥ!!」

 

「いやーっ!! なに言ってるか意味分からないし怖いー!!」

 

 ビビるなスカーレット!この前のレースでテイオーの圧に押されてペース配分を間違えたことを忘れたのか!お前の実力だってテイオーにそう劣るもんじゃないんだ。心を強く持つんだ!!

 

「あ、これ追い付かれますね」

 

 ……マックイーンすごいな。アメフトばりのタックルで完全にスカーレットを抑え込んだぞ。

 

「……あの、トレーナーさん」

 

 どうしたんだスズカ。

 

「追い付いたんだからトレーニングは終わりのはずなのに、マウント取ってスカーレットちゃんと揉み合いになってるんですが」

 

 ああ、スカーレットがものすごく抵抗してるな。なんかいけないものを見ている気分になってきたが、たぶんキャットファイトじゃなくて捕食行為だよな、あれ。

 

「と、止めましょう!」

 

 ……だなっ!

 

――――――――――――――

 

「お見苦しいものをお見せしましたわ……」

 

 これが天皇賞(春)に向けた禁欲生活の代償か。まさか理性を捨てて野生に還るとは。

 

「ぐすッ……。もう、お嫁にいけない……」

 

「大丈夫よスカーレットちゃん。ちょっと土埃で汚れてるだけよ。でちゅねに比べればなにも尊厳は失っていないわ」

 

 比べなくていいから。

 

「トレーナーさんが甘いものが詰まってるなんて言うものですから」

 

 焼肉とかでも脂肪は独特の甘みがあるから……いやすまん、俺が軽率だったな。

 

「マックイーンさんもだいぶ精神に来てますね。天皇賞(春)も近付いてきましたし、体の調子を整える意味で多少は緩めてもいいのでは?」

 

「いいえ、ダメ……! ダメなんですスズカさん。その油断が命取りなのですわ。テイオーさんという強敵を打ち倒すためには、一切の余計を排除しなくてはいけないのです。ましてや、物欲に溺れるなどという心の贅肉は言語道断。メジロの誇りに掛けて、私はこの禁を破ることはいたしません」

 

 さすがはメジロの期待を一身に背負うウマ娘である。立派だなぁ。

 

「ところでマックイーン。ここに牛乳寒天があるんだが、食べる?」

 

「トレーナー、アンタ鬼なの?」

 

 お、復活したのかスカーレット。いや、これは頑張っているマックイーンへのささやかなご褒美なんだ。決してコイツの覚悟を試しているわけじゃないんだ。

 

「どうだ、糖分は控えめにしているが、しっかりと甘みはあるぞ。なぁに、ちょっとズルしたってお天道様以外は見ていないさ」

 

「……ッ! ダメですわ! その一寸の緩みが破滅の元。一つ赦してしまえば、後はなし崩しです」

 

「偉い! 偉いわよマックイーン! トレーナーの悪魔の囁きに負けちゃダメよ! 一緒にテイオーを倒して、なんの憂いもなくスイーツをお腹いっぱい食べましょう!」

 

「ええ、スカーレットさん! その後はハンコと指に付けるアクセサリーですわ!」

 

 マックイーンが負ければ、俺は担当でもないウマ娘と泊りがけの旅行。これはとっても世間体がマズい。特にいまのテイオーは一番の注目株だ。どこにメディアの目が光っているか分からない。根も葉もない噂が立ちかねん。

 

 ……だが、マックイーンが勝てばハンコだ。マジでなにを押させるつもりなんだ。いくら聞いても教えてくれない。そんなにやばいものなのだろうか。

 

「トレーナー、その寒天をさっさとしまいなさい。なにを出されたって私たちは物欲になんか負けないわよ!」

 

 ……指に付けるアクセサリーってとんがりコーンでもいんだろうか。

 

「まぁ、これ牛乳寒天じゃなくて絹豆腐だから食べても別に問題なかったんだけどな」

 

「お前、いい加減にしないと張り倒しますわよ!」

 

 マックイーン、口調、口調が崩れてますわよ。

 

「うるさいです! トレーニングとしての追い込みならともかく、それはただの嫌がらせではありませんこと!?」

 

 俺もどうすればいいか悩んでいてな。どっちが勝っても悪いことになる気しかしない。何か切り抜ける方法はないのか。どっか別のチームのウマ娘が勝つことを祈るか?だが、今のテイオーとマックイーンに勝てるウマ娘なんて、それこそ皇帝かマブいチャンネーを連れてくるしかない。後者は適正的に春天が合うのか分からんし。

 

「理性も戻ってきたようだし、もう一本やってこい。今度は入れ替わりでスカーレットが追う側な。テイオーになったつもりで差しにいけよ」

 

「ふん! 天皇賞(春)に勝って、こんな仕打ちをしたこと後悔させてやりますわ!」

 

 女の子がそんなに大股でズンズン歩くもんじゃないぞ。

 

「なぁ、スズカ。トレーナーとウマ娘の関係性について少し聞いてもいいか」

 

「……え? はい、構いませんけど。私に大したことは答えられないと思いますよ」

 

 マックイーンとスカーレットはちょっと精神状態が良くないからな。お前だけが頼りなんだ。

 

「例えばの話なんだが、トレーナーが担当外のウマ娘と外泊するのってどう思う? そうだな、身近なところで俺とスペとか」

 

「は?」

 

 え、あ、いや、そのただの例でして、特に深い意味とかはないんですけど。

 

「……そうですね。女の友情は儚いものだと認めることになるでしょう。その後は戦争でしょうね」

 

 え、それはスペと?この場合は責められるべきはトレーナーのほうでは……。

 

「ふふ、わざわざトレーナー側がそんなリスクを冒す理由がありません。なら、ウマ娘側の勇み足に決まっています。悪い子にはおしおきが必要でしょう?」

 

 あ、そうですね。あの、例え話なので俺とスペの間になにかあったわけではないんですよ?

 

「ええ、もちろん信じています。ただ、念のためスペちゃんにも確認をしておきますね?」

 

 ごめん、スペ。俺はお前に対して償えない過ちを犯したかもしれん……。

 

「例え話のことは置いておいて。担当外のウマ娘と外泊なんて絶対ダメですよ」

 

 そうだよなぁ。やっぱりマックイーンに勝ってもらうしかないか。

 

「マックイーンは勝ったら俺になんのハンコ押させるつもりなんだろうな。奴隷契約とかだったらどうしよう」

 

 大丈夫だよな。豆腐の復讐で人権剥奪されたりしないかな。

 

「そんなこと気にしていたんですね。大丈夫ですよ。トレーナーさんを不幸にするようなことをマックイーンさんがするはずありません。ちょっと目をつむって三人分の書類にハンコを押してもらうだけです」

 

 ……え、なんで三人分?

 

「ところで、トレーナーさんは家屋の好みは和風と洋風どちらですか? 立地はやはりトレセン学園に近い方が色々と便利ですよね」

 

 ちょっと待って、いまこれ何の話をしてるの?

 

「もちろん、宝塚記念のご褒美の話ですよ」

 

 ……もしかして俺、レースのご褒美に家をプレゼントしなきゃいけないの?マジで?




早くガチャから出てくるんだマックイーン。このままじゃお前、芸人みたいな扱いのままだぞ。それでいいのか。


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協定

今話もお蔵入りにしていた話part2。
時系列はマックイーンがGⅡでテイオーに負ける前。

本作ではマックイーンはテイオーを敬称付けて呼んでるんだけど、アニメを見た結果呼び捨てにさせたくなった……。
表記乱れがあったら許してください。

GW中の暇潰しにしていただくの目標だったので、とりあえず明日以降の投稿は不定期です。
ちなみに私のGWはとっくに終わっています。


「それじゃあ、作戦会議をはじめよっか」

 

「私とテイオーでなんの作戦を会議するんですの」

 

 いきなり麻袋を被せて拉致されたと思ったら、食堂に連れて来られていた。ゴールドシップかと思って危うくバットを振りそうになりましたわ。

 

「もちろんトレーナーを籠絡するための方法に決まってるじゃん!」

 

 やっぱりその話ですのね。

 

「申し訳なくないですけれど、お断りさせていただきますわ。協定もありますし、彼のチームに所属している私には、わざわざリスクを負う必要性がありませんもの」

 

 トレーナーを狙うウマ娘は多い。なにがそこまで私たちの琴線に触れているのかと言えば、彼の必死に走る姿なのだが、興奮のあまり先走るものが出ないように一定のルールを定めたのだ。

 

・ウマ娘の側から彼に勝負を挑むのは禁止。ただし挑まれた場合は全力でやってよし。

・勝負を挑まれた際にウマ娘の側から賭けや見返りを求めるのは禁止。

 ただし彼から提言された場合は内容に見合う範疇で乗ってよし。

・彼のトレーニングに支障がでる干渉の仕方は禁止。

 

 概ねこのようなルールだ。膂力で勝るウマ娘は簡単に間違いを犯すことができる。だからこそ、手に入れたいという欲求はあれど、無理矢理なことはしてはいけないのだ。

 

「それも分かってるけどさぁ、これタキオンさんとか相当有利だよね。トレーナーご用達じゃん」

 

 たしかにその通りだろう。要は彼がムキになってしまうレースを絡めたウマ娘側からのアタックは禁止という話なのだが、彼の趣味に同調したり協力する分には制限もない。サプリメントの供給やダンスレッスンの手伝いで接触することはOKだし、カフェさんのように彼からお願いされたのなら、コーヒーを一緒に飲むのも有りなのだ。

 

「ぐぬぬ、私も紅茶党から鞍替えしようかしら」

 

「ブラックコーヒーの味はボクには分かんないんだよなぁ……」

 

 まぁ、コーヒー自体はインスタントでも構わないらしいのだが、どうやらカフェさんの物静かなところが良いらしい。

 

「はぁ。物静かさなら、深窓の令嬢たるこの私がいますのに」

 

「ボク、今の自分は結構図太いと思ってるんだけど、マックイーンには勝てそうにないよ」

 

 それ、どういう意味ですの。私よりお嬢様然としたウマ娘はそうおりませんわよ。

 

「マックイーンの自己評価はともかくさ、ダンスはウマ娘なら誰でも教えられるからボクが特別有利ってわけでもないし、ここいらで出し抜く策が必要だと思ってるんだよね」

 

「たとえそうだとしても、私たちがルールを破っていいことにはなりませんわ」

 

 特に彼のチームに所属している私はその辺りをシビアに考えなければならない。隙を見せればチームを追われ、他のウマ娘に取って代わられかねないのだから。

 

「でもさぁ、正直チームの中で一番出遅れてるのってマックイーンだよ? このまま大人しく負けを認めるつもりなの?」

 

「はぁ!? 出遅れてなんていませんわ! いったいなにを根拠に言ってるんですの!」

 

 誉れ高きメジロの一員にして、容姿端麗なこの私が出遅れているなんてあり得ませんわ!

 

「だってさぁ、スズカさんはトレーナーが一番最初に担当したウマ娘じゃん? 普段の接し方を見てると、やっぱりスズカさんに対してだけは違うんだよねぇ。はっきりなにが違うって言えないのがモヤモヤするんだけど。マヤちんに頼んで見てもらおうかなぁ」

 

 たしかに。基本的にトレーナーさんがウマ娘を見る目にあるのは羨望と嫉妬だ。だが、スズカさんに対してだけは、明確に他のなにかが混ざっている。

 

「だとしても、それは恋愛云々ではないでしょう。そうであればとっくに決着は付いているはずです」

 

 まぁ、スズカさんもあれで拗らせているところがあるから、なにも進展しなかった可能性もありますが。

 

「いやぁ、わかんないよ。トレーナーってウマ娘に対しては勝ち負けに拘るからね。ウマ娘に惚れるのは負けって判断してたら、頑なに認めないと思うよ?」

 

 さすがにそこまで子供だとは……いえ、ウマ娘に可愛さでも勝つとか意味不明なことを言うお子様でしたわね。

 

「スズカさんはともかく、スカーレットさんと私の間になんの差があるというんですの。現状、実績の面でも私は負けていませんわ」

 

「スカーレットは胸に必殺兵器付けてるじゃん。トレーナーがデカいの好きだったらそれだけで勝負が決まっちゃう反則技だよ」

 

 ……あれは中一が持って来ていい武装じゃないですよね。あの質量を抱えて私たちと同等のスピードを出すなんておかしいですわ。脂肪じゃなくてスタミナ回復用のタンクなのでは?

 

「いまのところトレーナーが興味を示すそぶりは見たことないけど、大きいのが嫌いってこともなさそうだしさ。マックイーンとしてはかなり厳しい勝負になるんじゃない?」

 

 ぐぅぅ。否定したい。けれどその一点で勝負すると私の惨敗……。

 

「ほらね? 勝てる材料がない状況で意地張るのは悪手だと思わない?」

 

「いいえ、メジロには金と権力と高貴な血筋がありますわ! これも嫌いな人はそんなにいないでしょう!?」

 

 金と権力と血筋は持ってりゃ嬉しいコレクションじゃないのですわ。強力な資産なんですわ。資産は使わなきゃ。そのために長い時間を掛け集めてきたのですから!

 

「あー、それ言ってみたんだけどね。金とか名声は興味ないってさ。高潔というよりは趣味嗜好が子供だよね。そこが良いんだけどさ」

 

 そんな、それじゃあ私はいったいどうすればいいんですの。私が他に持っているものって?……猛虎魂?

 

「ウマ魂含めると二つ持ってることになるけど、魂ってそんなに持ってても大丈夫なの? ……まぁそれは置いておいて。悪い提案じゃないと思うんだよね。ボク、マックイーンとならトレーナーを分け合えると思うんだ」

 

 テイオー……。

 

「ボクが八でマックイーンが二くらいならさ」

 

「いい度胸ですわ。メジロの家訓は『売られた喧嘩は全買い』でしてよ」

 

 そんな家訓はないが、臆して退くなどそれ以上にあり得ない。

 

「最近マックイーンも逞しくなったよね。それもトレーナーのおかげかな? ……そう考えると腹立ってきたからやっぱり勝負しよっか」

 

 お互いにガタリと席から立ち上がると、周りにいた子達がさーっと波のように引いていった。関係ない方たちを巻き込んだりしませんのに。

 

「そういえば協定にウマ娘同士で賭けレースをしちゃダメってなかったよね。ボクが勝ったらチームから抜けてもらおうかな~」

 

「あら、取らぬ狸のなんとやらですわね。なら、私が勝ったら二度とトレーナーに粉掛けないでいただけます?」

 

 バチバチと目線で火花を散らせ合う。ここで最大の不安要素を排除しておくのも悪くはない。

 

「……お前ら、公共の場でなにをやってるんだ。周りに迷惑だろう」

 

「あっ! トレーナー! なになに何してるの~。食事? だったら一緒に食べようよ~」

 

 変わり身はやっ!ああやって素直に甘えられるのはテイオーの美点ですわね。私たちのチームは三者三様にその辺が下手ですが、私も思い切って甘えてみましょうか。

 

「構わんがそのやる気を抑えろ。これから模擬レースでもするつもりだったのか?」

 

「ええ、最近はテイオーとも走っていませんでしたから、いい機会だと思って。おほほほ」

 

 どこが問題なのか分からないが、どうやら私は物静か枠だと思われていないらしい。ここいらでイメージ改善を図りたいので少し言動に気を付けよう。

 

「だったら俺も交ぜてくれよ。昨日、またラップタイム更新したんだ。もうお前らには負けてやらねーからな」

 

 タイムが数秒縮んだ程度ではなにも変わりませんけどね。手抜きは失礼ですし、そこそこにボコしましょうか。……いや、感覚がマヒしているが、トレーナーのラップタイムはヒトが簡単に更新していいものではなかった気もする。

 

「もし俺が負けたらお願いきいてやるぞ」

 

 ……ふぅ、全力で潰さねばならないようですわね。

 

「トレーナー、吐いた唾は飲めないからね? ボク、今ならスピードの向こう側に余裕で到達するよ?」

 

「え、なんでさっきよりやる気が漲ってるの?」 

 

 鴨がネギと調味料を背負って油まみれで歩いてきたのですから、調理して美味しくいただくのがマナーというものでしょう。

 

「テイオー、三二〇〇mで構いませんわね?」

 

「うん。とりあえずマックイーンとの勝敗は気にしないよ。長距離で確実にトレーナーを潰そう」

 

 こういうところは気が合いますわね。

 

「……あのぅ、強気な発言の後に申し訳ないんですけど、一○○mとかでお願いできませんかね」

 

 できるわけねぇでしょう。大人しく己の浅慮を噛み締めてくださいませ。




ごめんゴルシ。俺、お前がくれた石でなにも得られなかったよ……。


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スペシャルウィーク

名前で考えたらゴルシじゃなくてスペがGWイベントやってもよかった気がするけど来年かな。


「トレーナーさん、いったいスズカさんになにを言ったんですか!」

 

 ……オレ ナニモ イッテナイ。

 

「誤魔化す自信ないなら素直に言ってください! 露骨すぎて逆に反応しづらいです!」

 

 へぇへぇ、俺が悪うございましたよ。ちょっとした例え話の引き合いにスぺを出したらスズカが勝手に誤解したんですー。

 

「なに開き直ってるんですか! 悪いことをしたのに謝れないのは人間としてダメだってお母ちゃんが言ってました!」

 

 むぅ、たしかにその通りだな。スぺ、俺が悪かった。お前を巻き込むつもりはなかったんだがな。スズカからの誤解は解けたのか?

 

「ちゃんと謝れて偉いです、許します! ……誤解はその、解けたと言いますか別の問題に発展したと言いますか」

 

 え、そうなの。スズカが掛かり気味になったのは悪かったと思うけど、事実として俺とは何もないんだから、話自体はすぐに終わったもんだとばっかり。

 

「ちょっとタイミングが悪くてですね。絶交一歩手前と言いますか、危うく凄惨な事件が起きる寸前だったと言いますか」

 

 そんなことになってたの!?でも、何もないですって言えばいいだけなんじゃ……。

 

「実はその、私ってこの前のGⅠで勝ったじゃないですか」

 

 ああ、後半の追い上げが素晴らしい圧巻の走りだったな。

 

「それでお母ちゃんが地元からすっごく出来のいいニンジンを送ってくれたんです。……三本だけ」

 

 へぇー、俺は会ったことないけど良いお母さんだな。それにしても三本か。スぺにとっては五円チョコ三個くらいだから、味はともかく食った気はしないよな。

 

「そうそう、そうなんですよ……って私はそんなに食い意地張ってないですよ!」

 

 む、言い過ぎたか。カプリコ三個くらいか?

 

「ニンジン三本はニンジン三本ですよ! ただ私が三十本は余裕で食べられるだけです!」 

 

 それはお前が食い意地張ってない証明になるのか。それで、そのニンジン三本がどう問題になったんだよ。

 

「そのニンジン、とっても色艶が良くて瑞々しくて、なんでも地元で今年採れた中でも最高品質のやつだったみたいなんです」

 

 それはすごいな。俺はニンジンの良し悪しに詳しくはないが、野菜も高い品質のものは本当に美味しいからなぁ。

 

「それでその、スズカさんにも分けてあげれば良かったんですけど、全部自分で食べたくて隠しちゃってたんです」

 

 これ以上ないほど食い意地張ってるじゃねーか。でもまぁ、お前に食べてもらうために送ったんだし、ダメってことはないだろ。

 

「昨日、トレーニングが終わって部屋に帰ったらスズカさんに『ねぇ、スぺちゃん。私に隠していることはない?』って聞かれて」

 

 お、おう……。

 

「私、ニンジンのことがバレたと思って、つい勢いで言っちゃったんです。『あげません!!』って……」

 

 あ、そっかぁ。

 

「今思えばアレ、トレーナーさんのことを言ってたんですよね。私、完全に勘違いしてて、スズカさんの体がブレたと思ったら意識を失っていました」

 

 えぇ……問答無用かよ。トレーナーの不祥事なんて担当ウマ娘からしたら言語道断とはいえ、そこまで強引に解決しようとせんでも。

 

「どうやら気を失っている間にどこかに運ばれたみたいで、意識が戻った私が見たのは、血走った目でバットをフルスイングするマックイーンさんでした」

 

 なにやってんのアイツ。

 

「ブツブツと何かを呟いていて、聞き耳を立てると『この泥棒ウマが、食品だけじゃ飽き足らずトレーナーまで食い荒らす気だったな。こっちは今後一生、スイーツを口にできないかもしれない時だってのに許せねぇ』って」

 

 アイツ、自分で断スイーツ宣言しといてストレス発散のために他人に当たるなよ……。 

 

「もうバットの音もブォン!とかじゃなくて大砲でも打ったのかって感じで空気を突き破る音がしてて、私怖くて」

 

 いやもうなんかごめんよスぺ。マックイーンの素振りはただの威嚇だと思うけど、まさかそんなことになっていたなんてな。

 

「部屋の電気がついたと思ったら、スズカさんとマックイーンさん以外にもウマ娘が何人か居たんですけど、『大人しく手を引くなら普段通りの生活に戻れる』って言われて……」

 

 そうか、本当に大変だったんだな。そのアホなウマ娘どもには俺から言って聞かせるから、とりあえず心配はしなくていいんだぞ?

 

「私、ニンジン食べたさに言ってしまったんです。La victoire est à moi!(調子に乗んな)って」

 

 ……君、ここ一番でクソ度胸あるよね。

 

「だって、あの数で等分したら私が食べられるの丸一本もなかったんですもん……」

 

 食いしん坊ってすげーな。それにしても特に怪我とかはないみたいだけど、よく何事もなく帰してもらえたな。

 

「どうやら反抗されるとは思っていなかったみたいで。スズカさんが崩れ落ちて『そんな、選りによって一番の親友に掻っ攫われるなんて。ウマ娘はプリティにダービーを走るのであって、灰髪の怪物も昼ドラ展開もないはずなのに……』って言ってるのをみんなで慰め始めたので逃げてきました」

 

 スズカはいったいなにを言ってるんだ。じゃあマジでなにも解決してない状態なのかよ。俺は誤解を解きに行ってくるから、部屋の場所おしえてくれるか?

 

「無我夢中で逃げてたから分からないです。……それでトレーナーさん。スズカさんになにを言ったんですか。あんなになるなんて普通じゃないですよ」

 

 いやぁ、ちょっと俺とスペが外泊したらどう思うか聞いただけなんどけどな。

 

「な、なな何を急に言い出すんですか! こ、恋人でもない男の人と外泊なんてはしたないです!」

 

 いや、うん、そうだよね。そうやって俺が罵倒されて終わりのはずだったんだけどなぁ。

 

「そ、そういうのはちゃんと順序を踏むものです。一目惚れというのも悪くありませんけど、仲良くなって告白してデートしてから……」

 

 あ、うん分かったから。これ例え話だから。スペに対して特別な感情とか別にないから。

 

「わ、私のことを弄んだんですか!?」

 

 やだ、この娘すごく面倒くさい。

 

「…………トレーナー、これはいったいどういうことなのかな?」

 

「て、テイオーさん?」

 

 どうもこうも何もないんだが。なんでテイオーはビヨンド・ザ・ホライゾン着てんの。誰かと勝負でもするの?

 

「ふふ、完全に油断していたよ。のほほんとした花より団子なウマ娘かと思っていたのに、食べ物以外も大食いとはね」

 

 なんか上手いこと言おうとしてるのかもしれないが、特に上手くないぞ。

 

「ご、誤解ですテイオーさん! 私、トレーナーさんよりニンジンの方が好きです!」

 

 それもそれですごく引っ掛かる物言いだな。

 

「信用できるもんか! 現にスペちゃんはトレーナーに弄ばれたんだろ! ボクだってそんなことされたことないのに!!」

 

 ……なんかもうどうでもよくなってきたわ。あと、俺はウマ娘を弄んだことは一度もねーよ。

 

「私、それは嘘だと思います。かなりの数を弄んでますよね」

 

 なんでだよ。ウマ娘どもを弄べるなら俺の精神はこんなに捻じ曲がってないから。

 

「羨ましい……じゃなくて! もうこれ以上の言葉は不要だよ。トレーナーに弄ばれる権利を賭けて勝負だ、スペちゃん!」

 

 あー、もうめちゃくちゃだよ。




ベルト系の装飾が二の腕とか腿とかに巻かれてるの凄く好きなんですよね(性癖)
今日エアグルーヴとマヤノの育成してたこととは特に関係ないんですけどね。


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タマモクロス

タマモクロス:対クリーク戦線の盟友。欠点は私に関西弁の記述を強要してくること。


「なんやしんどそうな顔しとるけど、今回も痴情のもつれらしいな。ほんまによぉ飽きんなぁ」

 

 別に痴情はもつれてない。最初はただ勝利に見合うご褒美をあげるって話だったんだ。

 

「ほー、ご褒美ねぇ。アンタのチームってことはGⅠやろ? まぁそれなりのモンを要求されるかもな」

 

 一泊二日の遊園地、使途不明の書類への押印、指に付けるアクセサリー、家。……羅列するとこれ、遊園地に行くのが正解なんじゃなかろうか。

 

「生殺与奪握られとるやん。ウチ、スズカに賭けとるんやけど大丈夫やろか」

 

 おい、なに人の不幸で賭け事して遊んでるんだ。レースで賭け事は校則で禁止だぞ。

 

「トゥインクル・シリーズは関係ない健全な賭けやからセーフや。……オグリと細かい決め事なしで飯の奢りを賭けたんは失敗や思うてるけどな」

 

 お前だって財産握られてるみたいなもんじゃねーか。愚かだな、タマ。

 

「アンタにだけは愚かって言われたくないんやけど。それにしても、これを痴情やと認識できんのは根が深いなぁ。ウマ娘に対する評価が変に高くて、自己評価が異様に低いから歪なモノの見方になるんやろか?」

 

 別にウマ娘に対する評価なんて高くねーし。ちょっと足が速くて体力多めで見た目が可愛いからって調子に乗らないでほしい。

 

「相変わらず難儀な性分やなぁ」

 

 ウマ娘って言っても年頃の女の子なんだよな。なに考えてるのか分からんし、よく怒られるし。世のお父さんたちの気持ちが理解できた気がするよ。

 

「それをオトンに対する年頃の娘の反抗期的な態度や思てるとこがアカンのやけどな。気難しい生き物なんは否定せんけど、今回の場合はアンタがアホなだけやと思うわ。……ほんで、昨日のドタバタ騒動はどないなったんや」

 

 あの後、テイオーがスぺに意味不明な宣戦布告をしたと同時に、部屋にスズカたちがなだれ込んで来てな。

 

「誤解があったみたいだから、俺とスぺの間で何かあった訳じゃないって説明したんだ。なのに誰一人として納得していない感じだった。スぺがレースに勝ったお祝いのニンジンを隠してただけって、ちゃんと伝えたんだがなぁ」

 

 マックイーンは『GⅠ勝利のご褒美としてトレーナーというニンジンを食すという意味かもしれませんわ』とか言ってたけど、アイツの思考回路はどうなっているんだろうか。ニンジンをあげたのは俺じゃなくてスぺのお母ちゃんだと言っているだろう。

 

「どうもその場凌ぎにしかなっていない気がしてな。抜本的な解決策が必要じゃないかと思ってるんだ」

 

「諦めたほうがええんちゃう? ウマ娘にレースで勝つ夢の方は応援しとるけど、こっちの問題は犬も食わんで」

 

「俺の悩みを犬の餌以下扱いするのやめてくれない?」

 

 こっちは真剣に悩んでいるんだ。そこで俺の思いついた策を聞いてほしい。

 

「聞くだけならタダやから聞いたるけどな。なんや考えがあるんやったらウチに相談せんで試したらええんちゃうか」

 

 協力者は多い方がいいと思ってな。

 

「色々考えた結果、スーパークリークを頼ろうかと思ってな……」

 

「クリークを? 確かに理性的なときは穏やかで人当りもええし、仲裁とかに向いとる性格かもしれんけど」

 

「いや、素直に仲裁を頼んだとして、なんか暴走気味のアイツらが言う事を聞くか分からないし、クリークがあちら側に付く可能性もある。だからもっと強引な手段を取る。……なんとなく俺が原因なんだろうなって気はしてるんだが、ウマ娘に負けを認めたみたいで嫌だからな。死なば諸共」

 

「アンタ、今かなり最低なこと言っとる自覚はあるよな?」

 

 まぁ、多少は。

 

「で、強引な手段ってなにするつもりなん?」

 

「無差別でちゅね計画だ」

 

「……!! トレーナー、自分が何を言うとるか分かっとるのか。戻ってこれんようになるで」

 

「ああ、俺も間違いなくでちゅねの波にのまれるだろうな。だが、全員を巻き込んでしまえば後は野となれ山となれだ」

 

 俺はすでに経験者だし。背に腹は代えられるのだ。

 

「全員が赤ちゃんになってクリークの一強支配体制を確立する。赤ちゃんは難しい問題なんて抱えない。これで全てを有耶無耶にする」

 

「前言撤回するわ。言っとること最低最悪やと思うで」 

 

「……ああ、俺は最低最悪のトレーナー『おウマ ジオウ』になる」

 

「しょーもないボケをしろとは言ってへんやろ。てか、そのアホ丸出しな作戦にウチが関わる要素ないやん。アンタらで勝手にオギャればええんちゃうか?」

 

 クリークに差し出す生贄が多いほうがやる気になるかと思って。ほら、タマってクリークのお気に入りだろ?

 

「あんまり舐めたこと言うとるとしばくぞ、ワレ!」

 

 すまんすまん、冗談だから電気をバチバチするのは止めてくれ。それ、ルドルフと属性被ってるぞ。

 

「アレはあっちがウチの属性パクったんやからな! 先に電撃バチバチしたんはウチやからな!」

 

 でもプリティなダービーだとルドルフが先に使ったし。

 

「そ、それでもウチには狐火的な炎属性もあり得るから。青い炎とかどう考えてもレア属性やろ」

 

 それもエアグルーヴとかグラスワンダーがすでにメラメラしてたような。

 

「生徒会の連中、ウチのお株奪い過ぎやろ。ウマ娘の活躍の場を奪うとか会長の理念はどこ行ったんや」

 

 ルドルフの理念は自分が頂点になってこそ始められるって言ってたから、まずは全員叩き潰すつもりじゃないっすかね。

 

「それにしたってレースの外で露骨なキャラ潰しはアカンやろ。ただでさえウチはイナリと慎重に擦り合わせしていく必要あんのに」

 

 ちんまい世話焼き関西弁とか、そうそうキャラ食われたりしないから大丈夫だろ。

 

「その油断が命取りや。なんやライスも最近お兄さまに近づく妹キャラが現れたとかで怖い目ぇしとったわ」

 

 ライスシャワーのトレーナーにねぇ。あんまり付き合いないけど、今度の春天に出てくるんだよな。頼むからマックイーンとテイオーを負かしてくれないだろうか。

 

「厳しいやろなぁ。いまの二人は断食したときのオグリ並みやろ。ウチはハングリー精神が大事や思うとるけど、アレに気持ちで勝つのは至難やで」

 

 タマがそこまで言うとはな。マックイーンはスイーツなのかも知れないが、テイオーはいったい何に飢えているんだろうか。やはり七冠の夢がそれほどに大きいのかな。

 

「ところでトレーナー、興味本位で聞くけど一人の女の子として見たらどのウマ娘が好みやの?」

 

 ウマ娘の時点で好ましくないんですけど。

 

「レースとか勝ち負け云々を排除した見た目とか生き様の話や。ウマ娘の個性を認めとらんわけやないやろ?」

 

 勝ち負けの話を抜きにして女の子として見たら、か……。

 

「うーん。ファル子、かなぁ?」




タイシンもファル子も可愛いよね。ところでゴルシ、最近配給が滞ってるんだけど?


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スマートファルコン

たしかに私はスペやファル子にひどいことをした。
だが、ガチャから出ない彼女たちにも非があるのではなかろうか。


「ファル子、大ピンチだよ~! これいったいどういうことなんですかトレーナーさん!」

 

 ファル子がこの部屋に来るの珍しいな。ユニットの打合せならスズカは居ないぞ?

 

「打ち合わせどころじゃありません! いきなりスズカちゃんが『逃げきり☆シスターズ』を脱退するって言って私の机に辞表叩きつけて行っちゃったの!」

 

 え、スズカのやつユニット抜けるのか。なんだかんだと楽しそうにやってたから意外だな。

 

「なに自分は関係ないみたいに言ってるんですか~! どうせトレーナーさんが余計なこと言ったんでしょ!?」

 

 いや俺はあいつのウマドル活動に何か言ったことはないぞ。最近は色々とありすぎて会話もあまりできてないしな。

 

「え……じゃあ、スズカちゃんは本当にウマドル活動に興味を失っちゃったってこと? そんなどうして」

 

 レースに集中したかったとか?宝塚記念に対する気合いの入り方が傍から見てても少し異常だったからな。そんなに持ち家が欲しいのだろうか。

 

「いいえ、ウマドルに興味がなくなったわけではありません。むしろ、俄然やる気が湧いてきたと言っていいです」

 

「スズカちゃん!? ……とテイオーちゃんにライスちゃん? えっと、三人はどういう集まりなんだっけ?」

 

 確かにあんまり見ない組み合わせだな。全然共通項が見当たらない。

 

「私は『逃げきり☆シスターズ』を脱退しました。そして、今日ここに『差し切り★デストロイヤーズ』の結成を宣言します」

 

「差し切り★デストロイヤーズ!?」

 

 物騒な名前だなぁ。ファンのハートをデストロイするってことなんだろうか。それに大して差しが得意とも言えないメンバーのような。

 

「安心してくださいトレーナーさん。刺し斬りとのダブルミーニングなので」

 

 なにを安心すればいいんだよ。辻切り同好会みたいになるじゃねーか。本当にアイドルユニットなのか?

 

「納得できないよ! 私たち『逃げきり☆シスターズ』は共にウマドルとして輝くことを誓い合ったじゃない! なのにどうして!」

 

「先に裏切ったのはファル子先輩、あなたの方でしょう。まさかレースに勝利してライブのセンターになるだけじゃなく、トレーナーのセンターにもなろうだなんて。うふふ、本当に驚きました。ユニットのメンバーすら出し抜いて逃げきる算段だったとは。これがファル子先輩お得意の『あぶそりゅーと☆LOVE』なんですね?」

 

 なに言ってるのかさっぱり分からんが、たぶん違うと思うぞ。

 

「ち、ちがうよスズカちゃん! ファル子の愛は万人に惜しみなく注がれるものであって、特定個人にだけ向いたりしないよ!」

 

「……ライス、明るい性格で自分を可愛いと思っているピンクの要素を持ったウマ娘は、もうその時点でダメだと思うな。口では仲良しがどうのって言うけど、実際は倫理も常識もないよ。飢えた肉食獣だと思って接した方がいいと思う」

 

 すげぇピンポイントな属性だけど、それはファル子のことでいいんだろうか。それとライス、その目から出してる炎は怖いから消してくれないか。

 

「トレーナー、前はスカーレットに委員長が好みのウマ娘って答えたらしいね? そしてスぺちゃんにファル子さん……元気で明るい性格な子が好みなんでしょ! だったらどうしてボクはその中に入らないのさ! やっぱりスタイルなの!?」

 

 え、あー、うーん。テイオーはちょっとね……。

 

「くっ……。やはり男性は機能美よりもデカ盛りとか全部乗せに惹かれるんですね」

 

「……お兄さまも、やっぱりライスみたいな貧相な娘は好みじゃないよね」

 

 部屋に乗り込んできてユニット結成宣言して落ち込みだすとか、テンションの乱高下が激しいな。

 

「しかもここに来てアイドルが好きなんてさ。後出しで色々と嗜好をオープンにするのやめてよ! なに目指せばいいのか分からなくて迷走しちゃうじゃん!」

 

 迷走もなにも、俺は自分の嗜好をオープンにしたつもりないからな。……ていうかその話、なんでテイオーたちが知ってるんだよ。

 

「このふざけた現実をぶち壊す。それが私たち『差し切り★デストロイヤーズ』です。覚悟してください、ファル子先輩。あなたにトレーナーさんのセンターは渡しません!」

 

「ファル子、宣戦布告されちゃった!? もしかして、このままウマドル戦国時代編が始まっちゃうの~!?」

 

 なんか女児向けのアイドルアニメとかでありそうな展開だな。戦国時代で逃げと言えば高坂昌信とかだろうか。デストロイヤーは……信長?

 

「それじゃファル子が負けちゃうじゃない! 冷静に分析してないでなんとかしてよ、全部トレーナーさんが悪いんだからね!!」

 

 何で俺が悪いんだよ。スズカが新ユニット結成した理由もよく分かってないのに。

 

「理由は単純です。ファル子先輩を打ち倒して、私の方がウマドルとしても優れていることを証明するためです」

 

 ……なにがそこまでスズカを駆り立てているんだろうか。

 

「ボクも予想外のとこからライバルが出現してきて立場が危ういんだよね。ここは一度、ぽっとでの連中を一掃して仕切り直しをしないと」

 

 ダートならともかく、芝でファル子がテイオーに抗うのは無理そうだし、そんなに気にしなくてもいいのでは。

 

「ライスも、自信はないけど可愛さでも負けたくない。お兄さまのために、がんばるぞ、おー」

 

 ライス……お前の可愛さはもう充分、お兄さまにも伝わっていると思うぞ。

 

「トレーナーさんのハートをゲットしたいのは分かるけど、そのためにウマドルを利用するなんてダメだよっ! ライブは応援してくれるファンのことを思って、ファル子たちがキラキラするための場所なんだから!」

 

 俺のハートって、そもそもウマドルやってるウマ娘が好きなわけじゃないんだけど。

 

「……そうなんですか? なら、何故ファル子先輩の名前を挙げたんです。もしかして単にビジュアルが好みなんですか?」

 

「やだ~、トレーナーさんてばそうなの? でも、ゴメンね☆ ファル子はファンの皆のものだから、独り占めはダ・メ・だ・ゾ☆ ……冗談だから二人ともそんな殺気立った目でこっちを見ないで、お願い」

 

 ビジュアルはまぁ好きだけど特別ってことはないな。

 

「だ、だったらファル子さんのどこがいいのさ! ウマドル要素抜いたら没個性的じゃん!」

 

「テイオーちゃん、その言いぐさはひどいよ!?」

 

 うーん、あんまり言いたくないんだけど、このままじゃ引き下がりそうにないなぁ。

 

「俺はさ、泥に塗れてるウマ娘の方が好きなんだよ。無理無茶無謀って言われるような目標に向かって、足掻いて藻掻いて這い蹲っても進んでるようなやつ。ファル子が大きな舞台のセンターに立つって芝に挑戦してる時なんて最高だったなぁ」

 

 その泥に塗れた中でキラキラ光るものに、どうしようもなく惹かれてしまうんだよな。

 

「だ、だったらボクなんて無敗の七冠目指してるんだよ! これかなり無茶な目標だし、いい感じじゃないかな!?」

 

 今のお前は泥に塗れて進むというよりは高い空に向かって飛んでる感じだからなぁ。輝きが強すぎて、目が灼かれそうで直視できん。スズカも似たようなもんだな。

 

「うそでしょ……もしかして菊花賞勝たないのが正解だったの? いやでもワザと負けるとか論外だし、どうすればよかったの?」

 

「うそでしょ……トレーナーさんのおかげで大復活できたのにそれが敗因なの? え、これどうしたらよかったの?」

 

「ふ、ふたりとも元気だして。ライスはそのキラキラがたくさん努力して手に入れたものだって知ってるよ。きっとトレーナーさんも分かってくれてるから」

 

 もちろん分かってはいるけどな。ほら、これ趣味嗜好の話だから。

 

「分かりました。『差し切り★デストロイヤーズ』は解散します」

 

 ……結成から解散まで五分てところか?

 

「そしてファル子先輩、ダートであなたに勝負を挑みます!!」

 

「えぇ~!? そ、それはどうなのスズカちゃん」

 

 互いに逃げを得意とするウマ娘だが、ダートならさすがにファル子に軍配があがるだろうな。

 

「七冠の定義ってよく考えたら厳密には決まってないし、ボクも残りはダートのGⅠに挑戦する!」

 

 なに急に言いだすんだ。ダートの勝利は別計算だろ。

 

「だって泥に塗れてるのが好きなんでしょ! 雨の日のダートならそうなるじゃん!」

 

 そこまで物理的な話ではないんだが……いや、実際に泥に塗れたウマ娘も好きだわ。

 

「れ、レースの勝負はもちろん受けるよ。けど、『差し切り★デストロイヤーズ』は解散なんだから、スズカちゃんはこっちに戻ってきてくれるよね?」

 

「お断りします。私とファル子先輩は不倶戴天の敵同士。最後に立っているのはどちらか一方のみです。後任にはバクシンオーさんでも入れておいてください」

 

 ……俺はウマドルをやらせるならフラワーを後任に推すけど、逃げじゃないとダメなんだっけ。




天井までに星3が一回(会長三人目)ってうせやろ??

非常に攻略が面倒なトレーナーですが、ネイチャやヘイロー、芝ファル子などを担当した場合はチョロインと化します。折れてたときのスズカとテイオーもワンチャンあった。今チーム内で一番可能性があるのは、マックイーンが繋靭帯炎発症して心がへし折れるパターンですが、特にそんなこともなく元気に勝つのでやっぱりダメです。


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会議

マックイーンとタキオンにどっちがより饅頭顔か勝負してほしい。


「どうしよっか……」

 

「どうしましょうね……」

 

 想定外のトレーナーの好みを聞いてしまい、急遽スズカさんと対策を練ることにした。気分を上げるために、はちみーを買って食堂に来たんだけどショックであんまり味がしない……。

 

 まさか勝つのがダメなんて聞いてないよ。いま、ボク五冠だっけ。天皇賞(春)どうしよう……。遊園地デートしたかったけど、トータルで後退しちゃうんじゃ意味ないじゃんかー。

 

「そういえばスズカさん、最近トレーナーとマックイーンの行動が変な感じだったけどさ。チームでなにかあったの?」

 

 チーム全員に言えるのだが、最近妙な行動が多かった。なにか人間関係に変化が出たのかと注視していたんだけど、マックイーンがなんかもう凄い。気合い入れてトレーニングしてるのはボクにリベンジしたいからだろうけど、それにしても追いつめ方が尋常ではない。まるで負ければ死が待っていると言わんばかりだ。スズカさんとスカーレットも勝敗とは別に強い決意のようなものが見受けられた。

 

「……実は、テイオーさんに勝ったらトレーナーさんがご褒美をくれると言ったんです。ですので、もう囲ってしまおうかと」

 

 あー、なるほどね。ボクに勝ったご褒美でねー……。

 

「って、ズルじゃんそれ! トレーナーの気持ちを無視して強引なことするのはダメって決めたじゃん!」

 

 本当に油断ならない。だから三人ともあんなに気合いが入っていたのか。

 

「そういうテイオーさんこそ、なにか隠しているでしょう。気が逸ってスペちゃんに尋問してしまったけど、外泊云々という話にはテイオーさんが関わっているのでは?」

 

 ……うっ。

 

「いやぁ、実は話の流れで天皇賞(春)勝てたら泊りがけで有名なほうの遊園地に連れて行ってくれる約束をしてたんだよねぇ」

 

 はぁ……。夜はトレーナーの部屋に突撃する予定だったんだけどなぁ。

 

「どの口でズルとか言ってるんですか。トレーナーさんに前科が付くのでやめてください」

 

「別になにもしないよー。ちょっとベッドに潜り込んで添い寝してもらうだけ。ほら、ボクって今すごく幸せなんだけど、ふとした拍子に怪我した時の恐怖がフラッシュバックしてーとか理由もちゃんと付けるからさ」

 

 実際、そうなったこともある。無敗の三冠以降、無敵街道を驀進しているボクだが、怪我が再発しない保証なんてどこにもないのだ。骨折ではないとしても、競技生活を諦めざるを得ない障害が起きるかもしれない。そう考えると怖くて眠れない夜もあったりしたのだが……。 

 

「うーん、これだとレース外でもさらに無敵になっちゃうかもなぁ。絶望的な病気や怪我しても、そこから這い上がることを諦めさえしなければ、トレーナーは絶対に手を差し伸べてくれるって分かっちゃったし」

 

「恐ろしいほど前向きな思考ですね。さすがに私は走れなくなるのは嫌です。それにしても、"無敵"のテイオーの根幹を成している精神性がどこから来ているのか不思議でしたが、骨折したときにトレーナーさんとなにかあった訳ですね」

 

 あれ、スズカさんてボクとトレーナーの馴れ初めのこと知らなかったんだ。自分で言うのもなんだけど、しつこく付き纏ってるの見てるし経緯は本人から聞いてるものだと思ってた。

 

「馴れ初めって言い方やめてくれませんか。まだ馴れも初めもないですよね。……何度も聞いたんですけど、頑として話してはくれませんでした。だから私たちは弱みを握られているんだと思っていたんですが、違ったようで一安心です」

 

 いや、まぁ手紙っていう黒歴史は握ってるんだけどね。これトレーナーも知らないし、リーサルウェポンだから黙っとこ。

 

「そんなことより問題はトレーナーの好みのタイプだよ! あれってボクたち完全に圏外じゃん!」

 

 ボクもスズカさんも、チャレンジャーというよりはラスボスのポジションだ。挑んできた数多のウマ娘たちを打ち倒している。心を圧し折る側というのはトレーナー的になし寄りのなしだろう。ていうか、折れても諦めない子が好きって女の子の趣味としては割とアブノーマルだよね。

 

「チームのトレーナーを続けてくれているから、てっきり強いウマ娘は好きだと思っていたのだけど、どういう心境で担当してくれていたのかしら」

 

 確かに、ときどき黒いものが零れ出ることはあっても、態度としてはしっかり傍で面倒を見ていたように思う。

 

「やっぱり正攻法じゃ厳しいのかな。でもボク、お色気路線とか致命的に向いてないんだよねー」

 

 勝負服が二着もあるのにどっちも少年成分が増しちゃってるじゃん。もっとこう、スカーレットみたいなドーンッて感じで自己主張するのにした方が良かったかな。

 

「私が言えたことではないですが、自己主張するほどのモノがないのでは。あとビヨンド・ザ・ホライズンはベタ褒めしてましたよ。最高にカッコいいって」

 

 え、うそでしょ。……もう、これからはそっち一本でいこうかな。

 

「目を輝かせて『戦隊のレッドみてー。やっぱテイオーって主人公属性だよな』って嬉しそうに言ってましたよ。女の子として見られているのかは甚だ疑問だけど」

 

 がっくし。褒められるのは嬉しいけど、そうじゃないんだよねぇ。

 

「実際、お色気路線ってどうなんだろうね。ボクたちがって意味じゃなくて、他の娘がやったときの脅威って意味でさ」

 

「スカーレットちゃんがトレーニング後に目の前でジャージの上着をガバッと脱いで反応を確認してみたことはあるんですが、梨の礫でしたね。それはもう、私とマックイーンさんがやったのと一切反応が変わらなかったので、本人もちょっとショック受けてました」

 

 あの属性モリモリのスカーレットでもダメなんだ……。

 

「トレーナーさんがウマ娘にレースで勝って夢を叶えることで、コンプレックスを払拭できれば一番なんですが……」

 

「それってさぁ、うまぴょいのライブしたいって言ってるやつだよね? URAで優勝するってことになるんだけど本気なの?」

 

 出走できないでしょって問題は置いておくとしても、距離によってはボクかスズカさんが相手の可能性もあるし、他の距離だって間違いなくトレセン学園が誇る最強たちの競う場になる。ヒトが付いてこられるものになる訳もない。

 

「ファル子先輩の出ない距離のダートなら……いえ、無理でしょうね」

 

 芝に比べてレベルが落ちるって言っても、上澄みのなかでは下の方ってだけだもんねー。 

 

「ぶっちゃけ、トレセン学園のウマ娘とか変に相手を限定しなければ勝負にはなるよね。ウララとは最近走ってないんだっけ?」

 

「そうみたいですね。それこそレースに携わってないウマ娘相手なら、駆け引き次第でどうにでもなると思いますよ」

 

 プライドをどうにかできればと思わなくもないけど、ボクたちだってレースに勝ったあとのライブを特別なモノだと考えてるんだから、やっぱり無理なのかなー。

 

「これについてはトレーナーさんを信じるしかありません。無理なら無理で、その時に優しく慰めて依存させればいいだけです」

 

 ……スカーレットはボクのことを湿っぽくなったって言ってたけど、自分たちも大概だって全く気付いてないよね。

 

「あー、もう! 悩んでいたって結論はでないよね! よし、すっぱりと切り替えて天皇賞(春)で勝つ! あとはホテルの部屋に忍び込んでから考えればいいや!」

 

 こっそり添い寝すれば、向こうが勘違いして責任取ってくれるかもしれないからね!

 

「そんなことを見過ごすわけないでしょう! 私も自費でついていきますから!」

 

「成果に対する正当な報酬なんだから邪魔しないでよ!」

 

「嫌です! 私もトレーナーさんと遊園地行きたいです! 絶叫マシーンとか乗ってきゃあきゃあ言いたいです!」

 

 ちょっとキャラ壊れ気味だし、行きたいなら自分でレースに勝ってご褒美にお願いしてよ!?

 

「私は宝塚記念でテイオーさんに勝ったらトレーナーさんとの終の棲家を買ってもらうので無理です」

 

 ……スズカさん、ちょっといまから体育館の裏いこうか?




ブライアンは我慢するんだ。
エイシンフラッシュかマンハッタンカフェが来るまでは耐えるんだ。
……でもサポカ10連くらいならいいかな。


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マンハッタンカフェ

もはやガチャで誰が来るのか全く読めないので、祈願的なやつです。


「ふぅ、ごちそうさま。やっぱり心を落ち着けたいときはブラックコーヒーに限るな」

 

「お粗末様でした。……まぁ、気が向いたらまた淹れてあげます」

 

 そう言ってマンハッタンカフェは、自分のカップに入ったコーヒーを飲み干した。……こうやって、定期的にコーヒーをご馳走してもらう習慣ができたのは何時からだっただろうか。

 

「やはり慣れませんね。あなたの周りは騒がしいことが多いのに、コーヒーを飲んでいるあいだはとても静かです」

 

 そりゃあ、騒いでいるのは俺じゃなくてウマ娘たちだからな。一人で居るときの俺は静謐を好むダンディな大人なんだよ。

 

「静謐を好むダンディな大人はうまぴょい伝説のライブを夢として掲げないと思うのですが。静かな場所を好む私としては非常に同意し難いです」

 

 あっ、ふーん。カフェはそういうこと言うんだ。

 

「なんですか、その反応は……。私はあなたの傍に居るウマ娘と違って、バカ騒ぎには乗りませんよ」

 

「ここにダンスルームでうまぴょい伝説の振付を練習しているカフェを撮影した映像があります」

 

「なんでそんなものがあるんですかっ!!」

 

 振付チェック用のカメラが電源入りっぱなしだったみたいでなぁ。偶々つぎに部屋を使用したのが俺だったのだ。

 

「別になにも変じゃないよ? URAを優勝したときのライブ曲を練習することは、トレセン学園の生徒なら当然と言ってもいいからね。いつもは澄まし顔で馴れ合いを好まないカフェ君が満面の笑顔で踊っていても全然普通だよね」

 

 ただお兄さんね、夢を持つことにウマ娘とかヒトとか男女の差とかを持ち出すのは感心しないなって思うんですよ。

 

「仮にもトレーナーの職に就いているものが、ウマ娘に脅迫紛いの行動を取るのはいいんですかっ……!」

 

「脅迫なんてしていないだろう。カフェが恥ずかしがりそうな映像を入手してしまったから本人に渡そうとしていたら、なにやら悲しいことを言われてショックを受けているだけだよ。ショックのあまり、この後どんな行動を取ってしまうか分からんがな!」

 

 ほら、見てみろよこのチュウ顔を。こんな映像が流出してしまったら、あっという間にファンが三十二万人超えちゃうよ。

 

「この卑劣漢っ! ……訂正します。静謐を好むダンディな大人もうまぴょいライブを夢見ます。これでいいでしょう」

 

 分かり合えたようでなによりである。これが相互理解というやつなのだろう。取り敢えず、いま持ってる映像データは渡してあげよう。コピーも取ってるし。

 

「普段ならこういう時は教えてくれるのにどうして……」

 

 例の"お友達"と呼ばれている存在のことだろうか。なんか今もそっぽ向いてるような感じがするな。

 

「……前々から不思議だったんですが、もしかして見えているんですか?」

 

 いや全く。なんとなくそんな気がするだけの当てずっぽうだけど。

 

「見えてるわけでもないのに、あの子の存在を疑わないヒトはとても珍しいです。……不気味ではないのですか?」

 

 不気味ねぇ。そういえばウマ娘もお化けを怖がったりするんだよな。心霊現象が怖いことに身体能力は関係ないってことなんだろうか。

 

「スピリチュアルな存在って意味ではウマ娘もなかなかのもんだからなぁ。俺は変な幻覚とかもしょっちゅう見てるし」

 

 あれ、なんなのだろうか。精神的なもんが影響してるのかな。

 

「幻覚って、それは大丈夫なんですか? 疲れているのなら休んだ方がいいですよ」

 

 なんだかんだとカフェは優しいな。幻覚と言っても体の変調とかはないから心配いらないよ。

 

「この前はレース中にいきなりマックイーンが紅茶飲み出したから、目ん玉飛び出そうになったけどな」

 

 なんでアイツはレース中なのに優雅に茶をしばきだしたのだろうか。しかもそのままテイオーに負けるし。

 

「レース中にお茶? そんなわけが……いえ、だからこそ幻覚なんですね」

 

 うーん、そうとしか言えないんだよな。どっかの屋敷みたいな場所だったけど、あれメジロ邸なんだろうか。今度行って確認してみようかな。

 

「幻覚の内容なんてよく詳細に覚えていますね。白昼夢のようなものでしょう?」

 

 一回だけならすぐ忘れるんだろうけどな。レースの度に見てる気がするからなぁ。

 

「私が言うのもなんですけど、なにか良くないものに憑りつかれているのではないですか」

 

「憑りつかれているとすれば、レースで勝てずライブもできなかったウマ娘たちの怨念かもな」

 

 まぁ、俺に憑りつくくらいならもっとマシな相手がいくらでもいるだろうけど。

 

「……その幻覚、他にはどういったものが見えるんですか」

 

 あれ、カフェ興味あるのか。カッコいいのからヘンテコなのまで色々あるぞ。

 

「私は別に……。ただ、あの子がなにやら興味があるみたいで」

 

 ああ……たしかにこっちを向いてるな。

 

「だからなんで分かるんですか……」

 

「視線は感じるからな。……そうだなぁ、分かりやすいのだと、スペはいきなり夜空の見える草原で勝負服に変身するな」

 

「さすがにレース中に服装が変わるのはおかしいでしょ……」

 

 幻覚だしな。カフェはともかく"お友達"の食いつきがかなり良さそうだけど、スペになにか思うところがあるのだろうか。

 

「むっ……」

 

 なぜカフェはこっちを睨んでくるんだ。

 

「この話は終わりです。トレーナーが担当ウマ娘のレース中に幻覚を見てるなんて良いことだとは思えません。早く部屋に帰って休んでください」

 

 たしかに、もう門限が近いな。リラックスタイムにお邪魔させてもらって悪かった。相手するのが面倒なら断ってくれても構わないからな?

 

「節度を守ってもらえるのなら、断るほどの手間でもありません。……そういえば、聞いたことがありませんでしたね」

 

「……? なんの話だ?」

 

「コーヒーの好みです。豆の種類だけでなく、煎り具合や挽き方でも色々と味が変化しますから」

 

 飲ませてもらってる立場でどうこう言うつもりはなかったんだが。

 

「そうだな、酸味が強いのは苦手かなぁ。ビターテイストって言えばいいのか、苦味が感じられるのが好きだ」

 

 インスタントコーヒーばかり飲んでるから、語れるほど味に詳しいわけじゃないけどな。

 

「……そうですか。私とは好みが異なるみたいですね。まぁ、偶には趣向を変えてみるのもいいでしょう。次までに用意しておきます」




カフェのコーヒーの好みを隅々まで知りたいので早くプレイアブル化してほしい。


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アイネスフウジン

もはや二次創作小説というより、ウマ娘に日記を喋らせてるような気がしてきた。


「トレーナーさん、助けてほしいの!」

 

 優雅に缶コーヒーを飲んでいると、一人のウマ娘が部屋に突撃してきた。どうでもいいけど入るときはノックくらいしなさい。

 

「アイネスか。またお一人様一個までの限定品の買い出しか?」

 

 タマほど家計が切迫しているわけではないようだが。まぁ、自堕落に散財しているよりいいか。

 

「それもお願いしたいけど今日は違う用件なの! マックイーンちゃんも関係してることなの!」

 

 紹介が遅れたが、この『なのなの』言ってるウマ娘はアイネスフウジン。ピンクが目立つ勝負服を着ており、適正は砲撃とシールドだ。動きをバインドで封じてから放つごん太ビームは、敵の戦意を根こそぎ刈り取る悪魔の一撃として有名である。

 

「作品が違うの! 適正は逃げとマイル・中距離なの!」

 

 そういえばそうだったな。そして得意技は遠隔斬撃だ。

 

「視界内の物体を伝播する斬撃も撃てないの!」

 

 なんだよ、だったらなにができるんだよ言ってみろ。

 

「なんでそんなに偉そうなの!? トレセン学園付近のお買い得情報なら一家言あるのと、レースならトレーナーさんには完勝できるの!」

 

 は?いい度胸だ、いまから勝負しようじゃねーか。

 

「いや、今はそれどころじゃなくって。困ってるから助けてほしいの」

 

 そういえばそんなこと言ってたな。マックイーンがどうとか言ってたけど、アイツまたなにかやらかしたのか?

 

「そんなマックイーンちゃんをトラブルメーカーみたいに言うのは可哀想なの。実は庶民の食べ物を味わってみたいとかで、ガイド役としてファインちゃんやヘイローちゃんと一緒に牛丼屋さんに連れて行ったことがあるんだけど、また似たようなことを頼まれちゃったの」

 

 牛丼にガイドもなにもないだろ。と言いたいが、チェーン店ごとに方式が違ったりするから意外と恥ずかしい失敗をする可能性はあるんだよな。

 

「次はハンバーガー屋とかか? セットのサイドメニューとかサイズ指定とかは初見だと難しいのかもな」

 

 ちなみに俺がよくやるのはコンビニのコーヒーをレギュラーとSサイズで言い間違えることだ。この辺は名称を統一してくれないものだろうか……。

 

「ハンバーガー屋も疲れそうだけど、今回は難易度が比じゃないの。誰に相談していいか分からなくて……」

 

 難易度が比じゃないって、ニンニクヤサイアブラマシマシカラメを頼むラーメン屋にでも行きたいのか?

 

「それが、自動販売機のホットスナックを食べてみたいって言われて」

 

 それは注文の難易度じゃなくて、もう実物がほとんどないんじゃないかな……。

 

「探すよりも一から作らせた方が簡単そうだな。その三人の財力なら特注できるんじゃないか」

 

 落ち着いて考えるとそんなに美味しいわけでもないはずなんだが、旅行先とか夜に食べた思い出補正なのか異常に旨かったと記憶してるんだよなアレ。

 

「こういうのは現場のライブ感を大切にしたいって言われてて……」

 

 適当に肌寒い夜に冷凍食品をレンチンして外で食えば似たような気分は味わえるし、それでいいんじゃないか。

 

「でも、皆キラキラした目でお願いしてくるから断りづらくって」

 

 と言っても現物がある場所まで行こうとしたらそれなりに手間が掛かるだろうしなぁ。

 

「深夜に外で食べるカップ麺は同じくらい美味いぞ。おススメはカップ焼きそばだ」

 

 なぞの非日常感が味わえるので良い経験になるぞ。

 

「もう、それでいいかな。でも深夜だと寮の門限があるし難しいの」

 

 学園内でやるのなら、俺が監督役として居てもいいけどな。寮の敷地内は休日って条件付ければフジとヒシアマ姉さんなら許可してくれそうな気もするが。

 

「でも、それだと別の問題が出てしまうの」

 

 寮の門限以上の問題なんてあるか?

 

「東京だとやき○ば弁当を売ってるお店が少ないの」

 

 そこはU.F.○とかでいいんじゃないかな……。 

 

「ダメなの! こういうのは最初の一回がすごく重要なの! どうせなら一番美味しいカップ焼きそばを食べてもらわないと」

 

 戦争になりそうな話題はよすんだアイネス。

 

「提案しておいてなんだが、夜のカップ焼きそばかぁ。またマックイーンのエレガンス・ラインがエレファント・ラインになっちまうかもなぁ」

 

 吸収が良すぎるのか、本当にすぐカロリーがウエストに反映されるんだよなぁ。

 

「それ、絶対にマックイーンちゃんに言っちゃいけないの。競技者としてもだけど、乙女としても必死になんでもない風を装って維持してるの」

 

 食べた分は動けばいいから短期的なことは気にしなくてもいいんだけどな。限界まで追い込める根性もあるから、それこそアイネスとかと比べると少し心配になるよ。

 

「あたしはよく走ってよく食べるがモットーなの!」

 

 だよな。アイネスも先月より体重が増えてるもんな。ウエストは……。

 

「そこまでにするのトレーナーさん。育成者としての目線であっても、真昼間から女の子に向けてはいけない視線というのがあるの」

 

 おっと、これは失礼。バストとウエストが増えたことは内緒だな。

 

「……ふんっ!」

 

 ぐふっ……!なかなか良いブローじゃないか。俺の鋼の腹筋じゃなかったら穴が開いてたぞ。

 

「そりゃあ、ちゃんと相手は選んでやるの。ウマ娘が普通のヒトを殴ったら吹っ飛んじゃうの」

 

 とりあえず、アイツらがカップ焼きそばで納得するかは聞いてみるといいさ。学園でやるなら俺が監督と寮までの引率はするから、アイネスが付き合う必要はないぞ?

 

「こんな楽しそうなイベントから仲間外れにするのは酷いよ! それにトレーナーさんが監督役をしてくれるなら、あたしも羽目を外す側に回れるから平気なの! ……折角だからライアンちゃんも誘おうかなぁ」

 

 どうせならスズカやスカーレットも呼ぶか。絶対に夜のカップ麺とか食べないタイプだよな。

 

「スズカちゃんはあんまりお腹を空かせているイメージはないし、スカーレットちゃんは絶対に我慢しちゃうタイプなの。相部屋のスぺちゃんとウオッカちゃんは食べてそうだけど」

 

 スぺはカップ焼きそばとか一口で飲み込みそうだよな。

 

「おいおいおい、ちょいと待ちなトレーナー。焼きそばの話題でこのゴルシちゃんを通さないってのはどういう了見なんだぁ?」

 

 鉄板で焼いた焼きそばの旨さは縁日とかスポーツ観戦で味わうものであって、寮でってのはなぁ……。

 

「はぁ!? なんも分かってねぇなぁ! イカ焼きのタレの香りにチョコバナナと人形焼き、それが縁日の醍醐味だろうがぁ!」

 

 縁日の話題にすり替わって……いや、縁日では焼きそば以外を楽しめということなのか?

 

「分かったよゴルシ。カップ焼きそばだけじゃなくて明☆鉄板焼きそばも用意する。そういうことだな?」

 

「なんだよ、やればできんじゃねぇかよ~。それじゃ、今日の夜十二時に体育館に集合な! ばいなら~」

 

 ……これたぶん体育館に行かなかったら拗ねるんだろうな。

 

「なんでいきなり部屋に出現したゴルシちゃんと普通に会話してるの……」

 

 ……あれはもう、そういう生態なんだと受け入れたほうが気が楽だからな。




アイネスとマベちんが良い子すぎて困る。


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ナイスネイチャ

トレピ君もひと段落したし、ちょろっと更新。
ネイチャみたいなガードが甘くなる相手だとこうなる。


「お、おいっす~。ナイスネイチャで〜す」

 

 チームのオフ日。みっちりと自分のトレーニングをこなした後、汗を流し終えて自室で寛いでいると呼び鈴が鳴った。

 

 はて、通販でなにか買っていただろうかとドアを開けてみると、気恥ずかしそうにネイチャが手を上げて挨拶してきた。

 

「俺の部屋を訪ねてくるなんてどうしたんだ? 担当トレーナーが留守だったからなにか預かって欲しいとかか?」

 

 ネイチャはチーム外のウマ娘としてはかなり交友のある相手だが、今まで部屋に来たことはなかったはずだ。担当トレーナーは同じ寮の別階に住んでいると聞いた覚えがあるから、そちらに用事があったのだろう。

 

「いや〜、今回はちょっと別件でして。時間もあれなので単刀直入に言うとですね、毎度申し訳ないんですがコレを試食してもらえないかなと」

 

 そういってネイチャが差し出して来たのは、料理が入ったタッパだった。完全に予想が外れた訳だが、これは?

 

「牛スジの煮込み。頑張って作ったのはいいんだけど味にイマイチ自信が持てなくてですね、品評をお願いしたく」

 

 おー、そういえば前にもこんなことあったな。

 

「別に申し訳なく思わなくても、ネイチャの料理はどれも旨いから大歓迎だけどな。でも、また俺が相手でいいのか? 練習台にしても色んなやつに食べてもらった方がヒントは多く得られるんじゃないか」

 

 前回は作り過ぎちゃったから食べて欲しいと昼食時にトレーナー室に持ってきてくれたのだったか。そんなベタなことするやつ居らんやろと詳しく聞いてみたところ、自分とこのトレーナーに食べてもらいたくて作ったと言っていた。

 

 しかし、作ったはいいが味に自信が持てず味見役として白羽の矢が立ったのが俺だった。

 

「ん? んー、トレーナーさん以外のヒトに食べてもらうことはあんまりないかな。それなりに量を食べるヒトじゃないと迷惑掛けちゃうだろうから」

 

 まぁ、俺よりカロリー消費の激しい生活してるトレーナーはいないだろうけど。

 

「前回も思ったけど、あのレベルが作れるならそのまま渡しても大丈夫じゃないか?」

 

 この前は豚の生姜焼きだったが、あれも大変美味しくてご飯が進んだ。

 

「そうストレートに褒められると照れちゃいますねぇ。でもほら、年齢が近いヒトに食べてもらった方が色々と参考になるかなと」

 

 確かに年頃でアスリートみたいな生活してるウマ娘とトレーナーの職に就いてるやつじゃ好みの味が違うってのはあるかもな。  

 

「そんじゃ有難くいただくわ。貰うだけってのも悪いし、少し部屋に上がっていくか? コーヒーと茶菓子くらいなら出すぞ」

 

 主にマックイーンのために菓子類は充実させてある。

 

「え!? いやぁそれは逆にこっちが気を遣わせたみたいで悪いといいますか、あーでもちょこっとだけ入らさせてもらおうかなー」

 

 気にせずどうぞ。手料理とは比べるべくもない礼だ。

 

「へー、男のヒトの部屋ってもっと汚れてるかと思ってたけど、割と綺麗にしてるじゃん」

 

 目に見える範疇だけで、粗探しされるとポロポロ出てくるだろうけどな。エアグルーヴ辺りから見れば上辺だけ取り繕ってるようにしか思えないだろう。

 

「そこで諦めて汚れてもいいやにしないとこが高ポイントなんですよっと。わっ、このソファ結構質の良いやつじゃない?」

 

 俺だけしか使わない家具ならどうでもいいんだけど、ときどきアイツらも使うから安物すぎるのもな。

 

「あー、やっぱりチームの娘たちは頻繁に部屋にくる感じなんだ?」

 

 頻繁と言っても月に一回あるかどうかだけどな。ほぼ毎日トレーナー室で会ってるからこの部屋に来る必要性ってあんまりないし。

 

「ふ、ふーん。迷惑じゃなければでいいんだけどさ、ちょっと部屋の間取りとか見させてもらってもいいかな」

 

 間取り? 別に構わないが、そんなこと知ってどうするんだ?

 

「えっと、そのですね、あたしのトレーナーの誕生日が近くてですね。インテリアとか小物をプレゼントしようと思ってるんですが、その参考になるかなーなんて」

 

 なるほど。贈り物をする相手の部屋をあまりジロジロと見て回るわけにはいかないか。

 

 それにしても、手料理に部屋に置くプレゼントねぇ。

 

 ネイチャって自分とこのトレーナーを恋愛対象として見てるんだろうか。在学中に関係性を進めるのは危険極まりないが、然るべき年齢になるまで待つというのなら外野がどうこう言うことでもない。

 

 長い歴史のなかではトレーナーとウマ娘が結ばれた例なんぞ数知れず。お熱いことだ。

 

「まぁ、ネイチャくらい気立てがいい女の子が自分に想いを寄せてくれてるってんなら、トレーナーも嬉しいだろうな」

 

 これでウマ娘じゃなきゃ言うことなしなんだが。

 

「うぇっ!? ちょちょいきなり何言ってんのトレーナーさん!」

 

 はは、恥ずかしがるでない思春期少女よ。俺は察しがいい大人なのだ。

 

「そういうことなら協力してあげようではないか。門限までは存分に見ていくといい」

 

 俺のチームにはレースバカとスイーツしか居ないが、アイツら恋愛とかしないんだろうか。学園に同年代の男性はいないし、二人はまだ中学生だから早いか?

 

「へ、へぇー。いま協力してくれるって言いましたよねぇ。た、例えばなんですがこれからも部屋にお邪魔させてもらえたり?」

 

 不在のことが多いけど、居る時なら事前に言ってもらえれば構わんぞ。なんの面白みもない普通の部屋だが。

 

「ほー、へー、ふーん。タダで協力してもらうのも悪いし? これからもちょくちょく手料理を持ってきてあげるようにしましょうかねー」

 

 いや、それだと今度はこっちが貰いすぎだろ。食うのに困ってるわけじゃないし気にしなくても大丈夫だぞ。

 

「いやいや、担当でもないトレーナーさんのお世話になるのに手土産もなしってんじゃ、ネイチャさんの沽券に関わりますからね。その辺りはしっかりやらせてもらいますとも」

 

 いやいやいや、部屋見せるのに対価なんて貰えないから。気軽に手ぶらで来ていいって。

 

「それはちょっと聞けない話ですねぇ。あ、そろそろ門限だからあたしはこれで失礼しますねー。ネイチャさんはレパートリー豊富だからリクエストも聞きますんで、遠慮なく言ってよね」

 

 あ、おい……門限にはまだ余裕あるのに、走って出ていかなくても。

 

「…………ねぇ、今の会話なに?」

 

 んあ?

 

「テイオー……?」

 

 ネイチャが走って寮から出ていくのをドアの前で見送っていると、隣から声を掛けられた。

 

 振り向くとテイオーがフラフラしながら立っていたのだが、俯いていて表情が見えず、なんだか幽霊みたいで怖い。

 

「え、いやお前なにしてんの? なんでそんなとこに居るの?」

 

「遠征から帰ってきてボクのトレーナーの部屋で軽く打合せしてたんだよ。帰ろうとしてたらネイチャとの会話が聞こえてきたんだけど……ねぇ、なんなのあれ」

 

 いや、なんなのも何もそのまんまだが。

 

「ネイチャって自分のトレーナーのこと恋愛的な意味で好いてるみたいなんだよ。俺も世話になったし、軽くなら協力してやろうかと思ってな」

 

 全然もらってるもんと対価が釣り合ってない気もするが、ネイチャが納得してるんならしょうがないか。

 

「そんなわけないじゃん! トレーナーはあの毒婦に騙されてるよ! もう絶対に部屋に上げちゃダメだからね!」

 

 おいおい、毒婦って。同期の切磋琢磨するライバルをそんな風に言うもんじゃないぞ。

 

「そもそも騙すってなんだよ。何回も手料理作って誕生日のプレゼントまでしっかりと考えてるんだぜ。これはもう惚れてるだろ」

 

 ネイチャのトレーナーって直接会ったことない気がするけど、どんなタイプの男なんだろうか。

 

「この朴念仁! 鈍感ニブチン野郎! レースバカ! なんでこんな時だけガードが緩いのさ! ボクは一度も部屋に上げてくれたことないくせにぃ!」

 

 なんで急に罵倒され始めたんだ。鈍いとかガードが緩いとか訳分からんのだが。

 

「だってネイチャのトレーナーって、女のヒトじゃん!」

 

 ……………………そうなの?




このネイチャが卑しいナイスネイチャか、卑しくないグッドネイチャかは読者諸兄の判断に委ねたいとおもふ。


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ダイワスカーレットⅡ

育成の下手さを認識させてくるジェミニ杯嫌い。
負かした相手のブーツを追剥ぎできるレジェンドレース好き。
マックイーンのブーツは家宝にします。


「ほら、早く言いなさいよ」

 

 なんでここまで偉そうになれるのだろうか。

 

「スカーレット、お前が一番だよ」

 

 いきなり俺の部屋に突撃してきたかと思えば、ソファにふんぞり返って『私が一番と言いなさい』と命令してきた。

 

「ふふん。ええ、そうでしょうね。そうでしょうとも! ところで、具体的にどの辺りが一番なのかしら?」

 

 面倒な酔っぱらいみたいな絡み方をしてくるんじゃないよ。

 

「ええーっと、態度のデカさ?」

 

 正直、相手するのが面倒で他に思いつかない。

 

「ちょっと! 最後までいい気分に浸らせなさいよ! 大体、私の態度のどこがデカいのよ!」

 

 全体的にだよ。もう女王様かと思うくらいにデケーよ。

 

「それで、急にどうしたんだよ。なにかあったのか?」

 

 自己顕示欲と承認欲求が強いスカーレットではあるが、無理矢理同意をさせるようなことは基本的にしてこない。

 

 あくまで自分の実力で周りに認めさせるタイプなのだが。

 

「ウオッカのやつが、変なこと言うから喧嘩になって……」

 

 なのだが、こうやって定期的に己の目標に疑問を抱き、他者に同調を求めてくる。

 

 大抵の場合、トリガーになるのはルームメイトであるウオッカとの喧嘩だ。

 

 『一番』と『カッコイイ』。どちらも抽象的ではあるが、幾分ウオッカの方が芯を持っている。正しくは自分の中に明確なイメージがあるというべきか。

 

 スカーレットが適当なことを言っている訳ではないのだが、一番の対象範囲がかなり広い。レースの強さ、ファンの数に留まらず、人間性やら頼りがいやら割と見境いなしだった。

 

 最近は求める一番がなんなのか、ある程度の輪郭が定まったようだが、まだまだ成長途中の身だ。自分の思い描く夢の形が変わることだってある。

 

「アイツのこと思い出したらむしゃくしゃしてきた。今日は後100回は私のことを一番だって言ってもらうから覚悟しなさいよね!」

 

 いやだよー、時間がもったいないよー。面倒だよー。

 

「スカーレット。声に出して伝えるだけが全てじゃない。俺はいつだって心の中でお前が一番だと思っているよ」

 

 キリッとした表情をしてスカーレットの目を見ながら告げる。最近気付いたのだが、こうすると相手から追求が弱まり面倒事を躱しやすくなるのだ。なんでかは分からないが。

 

「ほ、本当に? スズカさんやテイオーよりも?」

 

「…………ごめん」

 

 やっぱ嘘は吐けねーわ。

 

「少しは粘りなさいよ! 私にだって二人に勝ってるところの一つや二つくらいあるでしょ! ……あるわよね?」

 

 自信あり気に見えて、悪い想像をすると一気に落ち込んじゃうんだよな。これがマックイーンなら適当なスイーツを上げておけば絶好調になるんだが、スカーレットは簡単にいかない。

 

「そりゃあいくらでもあるけど。スカーレットの望む内容かと言われるとなんか微妙なんだよな」

 

「とりあえず聞いてあげるから言ってみなさい。変なことでも怒ったりしないから」

 

 チームの連中にこう言われた時、正直に話すとほぼ怒られることを俺はよく知っている。

 

 だがまぁ、おべっか言うような話でもないか。

 

「困ってるやつが居れば手を差し伸べることを厭わない。誰かのために進んで貧乏くじを引ける。気が利いて周りをよく見ている。後は先行策を取ったときの駆け引きと勝負根性は大したもんだな」

 

 私生活については大部分が優等生のキャラ作りから来るものだが、そのために自分の身を粉にできる時点で面倒見の良さがある証拠だ。

 

 チーム内の母親役が誰かと聞かれたら、天然マイペースやポンコツ令嬢ではなくスカーレットになるだろう。

 

「い、いきなり褒め過ぎよ! それに母親って、つまり男性のアンタが父親役であたしの夫ってことで……」

 

 なんかボソボソと呟きだしたが、よくあることなので放っておこう。

 

 レースでは最後の直線で競り合いになったときの負けん気がとてもよい。ウオッカというライバルが居るからだろうか。並ばれても、そこから簡単には抜かせないのだという気迫がある。

 

「そう言えば、なんでウオッカと喧嘩したんだ?」

 

 喧嘩と言っても痴話喧嘩とかじゃれ合いの類だが、時々ウオッカが痛いとこを突いてくるんだよな。本人には悪気ないんだろうけど。

 

「『あたしが一番って言ってるけどチーム内ですら一番じゃねーじゃんか』って」

 

 とんでもない顔面ストレートじゃないか。やっぱり悪気あるんじゃないのか。

 

 うちの中で一番ということはスズカを超えるということだ。それは、そのままトゥインクル・シリーズで一番と言い換えてもいい。

 

 それを成せるだけの才覚がスカーレットにもあるとは思うが、そこに至るにはまだ時間が足りない。

 

「というかウオッカも摸擬レースではスズカにボコボコにされたよな?」

 

 本番のレースでご一緒したことはまだないが、トレーニングでは何回かスカーレットと二人揃って大差を付けられてたはずだ。

 

「そうなのよ! あいつ、自分だって負けた癖に私の目標にばっかりケチつけて! あんたからも文句言ってやってよ!」

 

 俺に実害はないし……いや、この時間自体が実害か。

 

「なら、俺にいい考えがある」

 

 傍目から見ている分には可愛いものだが、互いにヒートアップして拗れるかもしれん。その度に一番を連呼させられるのは困るし、頻度が少なくなるに越したことはないだろう。

 

「……碌な考えじゃないとは思うけど、一応聞いてあげる」

 

 ジト目で胡散臭そうに反応された。博学博識な俺に対して失礼ではないだろうか。

 

「そう難しい話じゃない。スカーレットは全部で一番になりたいが、いきなりは無理だ。だから順番にこなす必要がある。その最優先事項として、まずはウオッカの一番になればいい」

 

「ウオッカの一番?」

 

 レースの順位のように客観的に明らかな一番だけではなく、『カワイイ』のような印象に基づいた一番もある。

 

「ウオッカならカッコイイ奴が一番だと考えるだろう。つまり、ウオッカがぐうの音も出ないカッコよさをスカーレットが身に付ければ、アイツはなにも言えなくなるってことだ」

 

 文句も言われなくなるし、自分のほうが上だって証明にもなる。一石二鳥だろう。

 

「ふーん。あんまり自分のカッコよさなんて興味ないけど、ウオッカの鼻を明かすのは面白そうね。やってやろうじゃない!」

 

「ああそれと、しっかりとウオッカに宣言してやるんだぞ。向こうにも意識させておいた方が話が早いからな」

 

 そう伝えると、早速ウオッカにとってのカッコイイとは何かリサーチしてくると部屋を飛び出していった。

 

「俺も自分のトレーニングをやってこようかね」

 

 これで二人とも大人しくなってくれればいいんだが。

 

 

 

 

 

 

 

「うわーーーーん!! トレーナー、お前スカーレットになにを言ったんだよー!」

 

 翌日、ウオッカが泣きながら部屋に飛び込んできた。

 

「おいおい、どうしたんだよ。またスカーレットと喧嘩したのか?」

 

 俺の伝授した秘策はまだ実行されてないのだろうか。

 

「スカーレットのやつがいきなり『ウオッカ、あたし決めたわ。あんたの一番になる!』とか言い出したんだよー!」

 

 さすがはスカーレット。やると決めてから動き出すまでのスピードも一番か。

 

「しかも『あんたの求めるカッコイイになってみせるから、あたしから目を離さず見てなさいよね!』って!」

 

 うんうん、しっかりとカッコイイを目指すことを明言してウオッカにも意識させている。完璧なムーヴだが、ウオッカは何で泣いているんだろう。そんなにスカーレットのカッコよさが圧倒的だったのだろうか。

 

「いきなりそんな告白されても困るだろ!」

 

 挑発してきたのはウオッカなんだから告白、もとい宣戦布告されるのも仕方ないんじゃ。

 

「こ、これからどんな顔して部屋でアイツに会えばいいのか分かんねーよ」

 

「スカーレットの宣言通りに一番だと認めてあげればいいんじゃないか?」

 

 それで一件落着。俺もハッピー。

 

「そ、そそんなことできるか! 俺もアイツも女同士だぞ!」

 

 いや、ウマ娘は全員女性だし性別が何か関係あんの?

 

「ああーー! 分かってはいたけどトレーナーは役に立たねー! どうすればいいんだよー!」

 

 頭を抱えて叫びながら部屋から出て行った。いったいなんだったんだろう。




オリトレーナーとウオッカはよくカッコイイもの談義をする仲。
男女とか恋愛的な話は鈍感拗らせ勘違い野郎と初心な小学生なので全く噛み合わない。
マックイーンのブーツを入手できた嬉しさを共有したくて前書きのために急遽書いた。


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理事長と秘書さん

感想返信できてなくて申し訳ない。
諸事情により9月上旬くらいまでクッソ忙しくて育成していると時間が足りないのです。


「じゃじゃーんっ! VRウマレーター!!」

 

 見せたいものがあるから至急体育館に来られたし。

 

 わざわざ校内放送で呼び出されたから来てみれば、変な卵型の機械が鎮座していた。

 

「照覧ッ! このVRマシンを使用すればバーチャル空間で様々な体験ができるのだ! ファンタジー、SF、サイバーパンクなんでもありだ! どうだ、君も使ってみたいだろう!」

 

 バーチャルというと、タキオンが作ったやつの上位機種みたいなもんか。なるほど。

 

「ウマ娘の脚は消耗品。実験的なフォームやトレーニングについてはこれを使って危険性を事前に検証することでリスクを低減するわけですね。斜行の危険性のレクチャーやスタートのタイミングなんかの反復練習にも有用。さらには怪我をして体を動かせないウマ娘のレース勘を錆び付かせないようレース体験もできると」

 

 おいくら万円したのか分からないし、三機じゃ全然足りないだろうが、投資先としては悪くない。むしろ大いにアリだ。

 

 子供理事長などと反論のしようがない揶揄を受けることもあるが、やはり地位役職に見合うだけの才覚を有しているんだな。

 

「……明察ッ! そう、ウマ娘の栄達とトレセン学園の発展! そのためなら我が資産を擲つことを躊躇う道理はない!」

 

 うーむ、素晴らしい志だ。

 こんな子供でも皆のための行動をしているというのに、俺はまだまだ自分のことで手一杯なんだから情けない。

 

「あの、トレーナーさん。そういった理由が含まれていることは否定しませんが、半分くらいは道楽なのであまり褒め過ぎないでくださいね? 調子に乗ってしまうので」

 

 たづなさんの子育て方針は厳しいな。……まぁ、少し厳しいことを言った後、すぐに折れて甘い対応になるんだけど。

 

「否定ッ! 我が行いに一片の曇りなし!」

 

「とまぁこう言ってるので、今回は褒めてあげては? あと理事長、これを今から俺が使ってみてよいので?」

 

 VRシミュレータはタキオンにも貸してもらったことがある。ウマ娘の速度、見ている世界を実体験できたのは凄まじく有意義だった。おかげで俺の走行フォームも形になったからな。

 

 ……ただ、あまりのリアリティに実体の方も走り出してしまい、危うく事故になるところだったので使用禁止にしたのだ。

 

 タキオンが先回りして受け止めてくれたから助かったが、200mくらいは走ってたし、広大なトレセン学園でなければウマ娘か壁に激突していただろう。

 

 ウマレーターは着座して稼働させるみたいだから、流石に走れないし安心だ。

 

「無論ッ! どうだろうか、試運転を兼ねて私と王道ファンタジーや学園青春ストーリーを体験してみない……」

 

「では、晴れで良バ場の芝、次に雨天重バ場のダートから行きましょうか」

 

 極端な設定でバ場の再現度を確認。その後は18人のレース設定で臨場感やNPCのAIレベルを見てみるか。

 

「だから言ったじゃないですか。一緒に遊びたいならトレーニング用途の話は後にして、ストレス解消用の娯楽品だと説明しないと」

 

 実際のレース場を設定して観客数の増減によるラグも確認しておくか。ジュニアだと、見られていることに緊張して力を出し切れないウマ娘も居る。簡単に用意できない環境を手軽に再現できるのは便利だな。

 

「痛恨ッ! たづな~!」

 

「はいはい、少し待っていてくださいね。あの、トレーナーさん、ウマ娘からの視点という意味ではシンボリルドルフさんに試験を頼んでいます。ですので、VRゲームとして不備や不適切な点がないか確認をお願いできませんか? 学生のウマ娘だと楽しむだけになってしまうかもしれないので、大人の方に頼みたいんです」

 

 む、そうなんですね。トレーナーからの評価もあった方が良いとは思いますが。

 

「もちろん、それも必要ですが後日でも問題はありませんから。今日のところは、このドラゴンに攫われた姫を救うRPG『ウマゴンクエスト』を体験してみてください」

 

 ド直球の王道ストーリーですね。というかそれ、ラスボスはドラゴンじゃなくてウマ娘が出てきませんか?

 

「協力ッ! トレーナーが剣の勇者となり、私が魔法で支えるポジションだ。笑いあり涙ありのハートフルな内容になっている」

 

 へー。自分ではゲームなんてやらないけど、ちょっと面白そう。

 

「たづなさんは外でモニタリングですか? なんだか申し訳ないですね」

 

 試運転とは言うが実質遊びみたいなもんだろ。

 

「いえ。私はゴールで攫われた姫役をして待っていますので、カッコよく助けに来てくださいね、トレーナーさん」

 

「なにぃ!? そんな話は聞いてないぞ! 私を差し置いて美味しい役を奪うとは何事かたづな! こういう時は上役に譲るものだろう!」

 

「嫌ですよ。何のために徹夜して超特急で調整したと思っているんですか。モニタリングも並行しますから、これくらいの役得はあって然るべきです」

 

 ワーキャーと二人で騒ぎ出したが、やはり女性というのはお姫様に憧れを抱くものなんだな。

 

「でも姫役がたづなさんだと、俺は勇者として見劣りしてしまいますね」

 

 ただでさえ才色兼備なたづなさんだが、何よりこのヒト、女性かつヒールを履いてるのにとんでもなく脚が速いんだよな。

 

「謙遜なさらないでください。ウマ娘の育成と自身の鍛錬を両立しながらも、チームの実績を挙げ続ける能力。そして、明らかなオーバーワークにも関わらず、全く不調に陥らない肉体の頑健さ。なによりも尊ぶべき才能だと私は思いますよ」

 

 なにやら潤んだ目で見つめられながら、そんなことを言われた。たづなさん程のヒトにベタ褒めされるとコチラも気恥ずかしくなる。

 

「憤慨ッ! 真っ昼間の学内でいい年した大人が甘酸っぱい空気を出すのはやめてもらいたい! トレーナー、さっさとウマレーターに入りたまえ!」

 

 ぷんすこ怒りだした理事長にグイグイと押されてウマレーターに押し込まれた。理事長も子供なのにパワフルなんだよなぁ。

 

「あ、最初から全てプレイしていると時間が足りないのでコマンド『すべてのイベントを短縮』と『未読スキップ』をONにしておきますね」

 

 ゲームを起動する直前、たづなさんからとんでもなくメタなセリフが聞こえてきた。

 

 ――そうしてなんやかんやあって辿り着いた、姫が囚われている竜の根城。

 

 俺と理事長は遂にウマゴンと対峙したのである。

 

「私は勇者役をその辺のヒト男に奪われたことで悪堕ちし、欲深い竜へと変貌してしまったウマ娘『悪ネスデジタル』。私がウマ娘の間に挟まるのを邪魔する物は全て排除する!」

 

 出てきたのは、そんな訳の分からないことを宣うアグネスデジタルだった。特段、竜要素は見当たらない。

 

 ……あれ、本人じゃなくて模したNPCでいいんだよな? 

 挟まるってなに? 

 そもそも此処にはウマ娘お前しか居なくない? 

 

 などなど疑問は多かったが、デジタル(竜)の後方に捕らえられているたづなさんがノリノリでヘルプミーと言っているので戦闘開始。

 

 どうせ出落ちのギャグキャラだろとか思ってたのに戦ってみるとめっちゃ強くて『これ負けイベでは?』と諦めの感情が出てきた。

 

 どうしたものかと考えていると、業を煮やしたらしい理事長とたづなさんが悪ネスデジタルを拳で黙らせてゲームクリアと相成った。

 

 支援役の魔法使いと姫という設定はなんだったのか。

 えらく腰の入った拳から繰り出される重たそうな打撃音が妙に耳に残った。

 

「デュフフ、たとえ私が滅びようとも、ウマ娘の間に挟まりたいという欲望がこの世にある限り、第二第三の悪ネスデジタルが生まれるであろう。束の間の平穏を噛みしめるがいい……グフッ」

 

 消える寸前にそんなことを言っていたが、挟まりたいというのは物理的な話なのだろうか。その行為になんの意味があるのか分からないのだが。

 

「ゲームクリアおめでとうございます、トレーナーさん! さぁ、囚われの姫にキスをして目覚めさせれば感動のフィナーレです!」

 

 それは別の童話では?

 

「不潔ッ! そもそも、たづなは眠っていないだろう! 私の目が黒い内は学園内で斯様な行いは看過せん!」

 

 うがーっ!と理事長が吼えているが流石に冗談の類いだろ。

 

「もちろん冗談ですよ。ただ、昨夜からの激務で疲労とストレスが溜まってるんです。トレーナーさん、リフレッシュのためにも、このあと"学園外"で一緒に食事などいかがですか?」

 

 そうイタズラっぽい笑みを浮かべながらお誘いを掛けてくるたづなさん。

 

「ええ、構いませんよ。速く走るコツをまた聞かせてください」

 

 ヒトの中で最速にならねばウマ娘に勝てるはずもない。たっぷりと速さの秘密を聞き出させてもらうとしよう。




今日は七夕だからお願い事を書くぞい。
完凸たづなさん欲しい。赤テイオーほしい。白黒マックイーンほしい。完凸キタちゃんほしい。


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