近界プルルン奮闘記 (ドドドドド黒龍剣)
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1話

主人公が屑の糞野郎かと言われればそうかもしれない。
門誘導装置を作った鬼怒田さんは超有能。




 突然だが異世界転生というものを知っているだろうか?

 ある日、突然に剣と魔法のファンタジーな世界の住人に生まれ変わる。それも自分の記憶や自我を保った状態でだ。

 その記憶を持ったりチートを用いてオレTueeeeするのだが、それと似たような事がもう一個ある。それは二次元の世界への転生だ。これは所謂二次創作とかでよく見る。

 

 そう、二次元の世界へと転生をしたのだ!

 

 なにを言っているか分からないかもしれないが、本当に二次元の世界への転生をしてしまった。

 生前の記憶とかモロにあり、死因的なのも無くてこれはいったいどういうことかと転生してから数年ほど考えてはいるものの、未だにその答えは見つからない。もしかすると神の様な存在の気紛れかもしれない。

 

 ワールドトリガー

 

 週刊少年ジャンプで連載しジャンプスクエアに移籍したSFバトル物な人気漫画。

 一時期作者が終了しそうになったものの、今はなんとか持ちこたえている感じで面白く能力バトル漫画みたいな理不尽らしさはあまりなく、全員が同じ武器で多種多様な戦いを見せる、今までに無いバトル要素が詰め込まれている……が、しかし

 

「もうすぐ終わりか」

 

 もうすぐ自分の人生が終わりな感じの雰囲気を醸し出している。

 28万人が住む三門市に、ある日突然異世界への(ゲート)が開いた。近界民(ネイバー)と呼ばれる怪物が現れ、現代の兵器が効かない怪物達の侵攻に恐怖し、謎の一団が現れ近界民を撃退する。界境防衛機関(ボーダー)を名乗り、近界民に対する防衛体制を整えた。門からは近界民が出現するにも関わらず、三門市の人々は今日も普通の生活を続けていた。

 

 それが大まかなワールドトリガーのあらすじだ。

 

 この大規模な侵略があった約四年半後にボーダーの訓練生である三雲修が空閑遊真に出会い色々と物語ははじまる。

 しかし、物語と言うのはそれよりもずっと昔からはじまっている。近界民(ネイバー)は大分昔から此方の世界の住人を拐っており、オレは拐われた。

 

 この世界がワールドトリガーなのは知っていたが、誘拐されるとは思ってもいなかった。

 

 これは俺の認識が甘かった。

 原作がはじまるまでSFとは、非日常とはかかわり合いが無いと思っていたのだが俺の認識は甘すぎた。創作物の世界に転生したら周りは敵だらけだと思わなければならない。事実は小説よりも奇妙で地獄と言うのに、それを体現出来ていなかった。

 

「Do you know where this is?」

 

 誕生日祝いで貰った懐中時計に狂いがなければ真っ白な部屋に閉じ込められて早くも一時間。

 俺以外に拐われた二十数名の人達は当初は慌てたり叫んだり泣いていたりしていたが、次第に冷静になっていっており周りの人との交流をはじめる……だが、1つだけ問題がある。

 

「I am Japanese」

 

 拐われた二十数名全員が日本人じゃない。

 近界民の世界から地球へと行き来する門だが、トリオンと言われる特殊な生体エネルギーを作り出すトリオン器官が優れた人間の近くに開く……筈だ。公式設定集とか買ったけど全部が全部覚えているわけじゃないからあまり分からない。

 ただ俺の記憶が正しければトリオン能力に優れた人達の近くに出現する門を一ヶ所に誘導する装置をボーダーが作り、それを用いることで三門市の一部の地域にのみ出すこと成功している……そして今はその装置が作られる前の話。

 

 

 要するに三門市在住じゃない俺も拐われるし、海外に住んでいる人達も拐われるわけだ。

 

 

「I can't speak english so much」

 

 顔付き髪の色、目の色からして拐われた人達……もしかしたら全員外国人かもしれない。いや、絶対に外国人だよこれ。あ、でも俺も外国人から見れば外国人だ。銀魂のサブタイトルでもなんか似たような事があった。

 世界には200いくかいかないぐらいの国々があって此処にいるのは二十数名。その中で日本人だけがやたらといるという都合の良いことは無さそうな雰囲気を醸し出している。

 現にさっきまで泣いていた女の子は年頃が近い俺に声をかけてくるのだが、物凄い流暢な英語で話し掛けてくる。英語は勉強以外で使う機会は無くてこれがある意味実戦だが、教科書もノートもなにもない状況で会話出来るほど達者ではない。

 

「どうやら落ち着いてきたようだね」

 

 心臓をバクバクと鳴らし恐怖に怯えていると、真っ白な部屋の唯一の出口が開く。

 ローブを身に纏った胡散臭い作り笑顔だと分かる笑顔を浮かべている男性が部屋に入ってきた。

 

「帮助来了!这是哪里啊!」

 

 男が入ってくると高校生ぐらいの見た目と発言のイントネーション的に中国人っぽい人が大きな声を出しながら近付く。

 

「うるさいな。なに言ってるか分からないから、ちょっと黙っててくれる?」

 

 しかし言葉が通じない。

 張り付いた笑みを浮かべたまま男性の口元を左手で掴み持ち上げ、空いている右手で何処かから拾ってきた鉄っぽい物を握り潰す。

 これは……最初から言語が通じないのを分かっている。自分は持っている力を見せつけて問答無用で黙らせるつもりか。

 

「Was ist dein Zweck? Selbst wenn Sie entführen und ein Lösegeld verlangen, haben Sie zu Hause nicht viel Geld!!」

 

玄界(ミデン)の人間は拐う場所によって言葉が通じないから困る」

 

 本当になにを言っているんだろう。

 さっき英語で話し掛けてきた子もなにを言っているのか分からずキョトンとしている。

 これ……俺は言葉を理解していますって言った方が良いのだろうか?いや、でも言ったところでなんになるんだ?誰かを救おうにも相手は専用兵器じゃないと倒せない近代兵器をものともしない存在だ。

 

「けれど、拍手なら通じる。まずはおめでとう、君達は僕達の基準を満たすトリオン能力を備えているって言葉が通じていないか」

 

 拍手を送ってくれる男性。

 なんだ?いったいなにがあるというんだ?

 

 近界民が地球(玄界)侵攻の目的は主にトリオン能力が優秀な人間を拐うこと。

 このトリオン能力が優秀な人間を拐ってトリオンを生み出すトリオン器官を抜き取ったり兵士として扱ったりする……。トリオン器官を抜き取ればその時点で死ぬ。わざわざ抜き取るのにこんな回りくどい事は誰もしない。

 

「最近はトリオン能力が低い子が多かったけど、今回は豊作でよかったよ……けど、優れたトリオン能力があるから強いとは限らないよ」

 

 作り笑いを止めて真剣な眼差しに変わる。

 笑っていた顔から表情を変えたので一同は身構えてしまうのだが、直ぐに作り笑いを浮かび上げる。

 

「はい、じゃあ全員一個ずつ配るね」

 

 そういうと男は腕輪の様な物を取り出す。

 あれは恐らくはトリガー。近界民の世界の兵器であり文明を支える道具でありワールドトリガーの世界で重要な鍵を握る道具。一人一個ずつ配っていき、腕につけてねとそれっぽいジェスチャーをする。

 

「トリガーオン、さぁ、皆も言ってみて」

 

「……とりが、ON」

 

 何処の国の人だろう?

 ちょっと下手な発言で男の言われる通りにトリガーを起動(ON)すると体にCTスキャンみたいに光が流れていき、最終的には黒色のジャケットと長ズボンという比較的ラフな格好に切り替わる。

 

「!?!?」

 

「玄界の人間はこの程度で驚くか……さぁ、皆もトリガー、オン!!トリガー、オン!」

 

 この人、言葉が通じないのが分かっているからジェスチャーとか身振りで必死になっているな。

 与えられたトリガーをそれぞれが起動していくと全員が最初に起動した奴と色以外は同じジャケットと長ズボンという格好に切り替わる……。

 

「どうやら起動の仕方は分かってくれた様だ」

 

 一先ずは思いの通りに行ってホッとする。

 しかし、そう思ったのも束の間、腰に装備されている剣と思わしき物を抜いた人が出てきた。

 

「Returner oss dit vi var fra!」

 

 ヤバいな。本当になにを言っているか分からない。

 腰についている剣と思わしき物を抜くとビームサーベルみたいに発光する剣になった。

 これを俺達を拐ったと思わしき人物に何処かの国の人は向けるのだが、俺達を拐った奴は笑みを崩さない。

 

「来いよ、やってみろ」

 

 クイクイと人差し指を動かして挑発をする男性。

 何処かの国の人は迷いなく斬りにかかる……恐ろしいな。外国は拳銃がありな国もあるから普通に迷いなくいきやがる。

 

「はい、おしまい。夢は見れたかな?」

 

「Oh……」

 

 何処かの国の人が振るった剣は男の肩に触れるも切り裂かれる事は無かった。

 この男さえどうにかすれば逃げ出す事が出来ると思っている人達もおり、俺に声を掛けてきた英語圏の女の子もショックを受ける。

 

「君達はトリオン強者だからね。戦闘用のトリガーを渡して万が一が起きると困るからトリオン能力で力の差がハッキリとする弾系のトリガーじゃなくて剣系のトリガーにした。無論普通じゃない仕様にっと、玄界はトリガー自体が無かったんだったな」

 

 笑みを絶やさずにご丁寧に説明をしてくれる。

 使っている言語が日本語なので理解しているのは俺だけ。とはいえ、武器を用いても相手には通じないという事は理解した。

 

「Ná maraigh!」

 

 またまた別の人が大きく叫ぶ。

 さっきの人と違って震えており、怯えた顔をしている。

 

「なにを言ってるか分からないけど、安心しなよ。殺しはしない」

 

 雰囲気から言っていることを読み取る男性。

 言葉が通じるオレはその事を聞いてホッとする。何時殺されるか分からない危機的状況に陥っていたので、一先ずの身の安否が取れるだけでもありがたい。

 

「もう既に間引いているからね」

 

 そう思ったのも束の間、絶望に叩き落とされる。

 

 俺達はこの男に殺されはしない。けれども、この男は間引いていると言う。

 近界民が人を拐う理由は1つ、優れたトリオン能力を持っていてそれを自国で利用するから……トリオン能力は人によって大きく変わる。伸ばそうと思っても伸びにくいもので別に伸びなくてもいいのに伸びている人間もいる。

 

 さっき男は拍手をした。俺達の事をトリオン強者と呼んでいる。そして既に間引いていると言った。

 

 この場にいる俺達以外にも何名か拐われている人間がいた。そいつ等はトリオン能力が低く、トリオン器官を抜かれて殺された……。

 

「っ……」

 

 既に死人が出ていることを実感して気持ちが悪くなる。

 既にトリガーを起動して生身の肉体からトリオン体になっているせいか吐き気の様なものは出てこない……今までに感じたことのない感覚だ。

 

「とはいえ、それ相応の罰は必要だ」

 

 なんとも言えない感覚に苦しまされていると男は小さな光る立方体を出現させ、自分を攻撃してきた人にぶつける。

 あれはトリオンで出来た弾。自分を攻撃してきた人は避けることも出来ず、弾は頭に命中する。

 

「言葉が通じないけど、雰囲気で空気を読んでほしかったよ。残念だけど君は脱落だよ」

 

「!?」

 

 頭を撃ち抜かれた筈なのになにもない状態に戻った事に驚く……けれど、言葉は通じない。

 

「言葉が通じない奴等が多いな……けどまぁ、映像なら通じるだろ」

 

 言葉が通じないことに困る素振りを見せるが、想定内だとリモコンを取り出す男性。

 スイッチを押すと空中にスクリーンが浮かび上がり映像が流れはじめる。

 

 これは……剣を使っての戦闘?

 

 自分達が与えられたトリガーに付属している剣を持った人達が森と思わしき場所で戦っている映像。

 剣のみを使っての戦いで、負けた人は連行されている……おい、これってまさか。

 

「精神を弄ったりする手もあるが、それだと限界が来る。自分の意思と洗脳されて曖昧な精神状態だと段違いだからな……生き残りたいなら戦えよ」

 

 俺達に戦えと言っている。福本作品も真っ青な正真正銘のデスゲームだ。

 

「無論、タダじゃない。飴と鞭を与えないと誰だってやる気は出てこない」

 

「Hvor skal du ta meg!??」

 

 男はパチンと指を鳴らす。

 音に反応したのか、軍服を着たフードで顔が見えない二人組がさっき男を攻撃した人を連れていく。

 

「生き残れば、それ相応の待遇を与える。負ければ、結果によっては精神を弄らせてもらう」

 

 なんでこうなったんだろう。

 自分の甘さを再認識し、今度は恐怖を感じている……。

 

「あの……」

 

「お!君は言葉が通じているのか」

 

 今までずっと口を閉じていた俺は震えながらも口を開く。

 男は言葉は通じないものだと思い込んでいたので、やっと言葉が通じる相手がいて喜びを見せるが此方はそんな感情は無い。

 

「飴と鞭ってなにがあるんですか?」

 

 負けた場合のメリットとデメリットが知りたい。此処で逆らっても、さっきの人みたいになるだけだ。

 

「君達は今、捕まっていて此方が生殺与奪の権利を持っている。ああ、怯えなくてもいいよ。さっき言ったように間引きは済んでるから殺すことはしない。情報を引き出す拷問をしようにもそもそも言葉が君以外、通じてないみたいだから出来ない」

 

「じゃあ、なにが?」

 

「今後の身振りだよ。別に(うち)は経営難じゃないけど物資には限りがある。パン1つでも無駄にするなんて出来ないからね……美味しいご飯を食べたければ、暖かい布団に入りたければ、身体を洗うお湯が欲しければ、勝ち取るんだ。君達には捕虜としての価値は無いけど戦力としての価値はある……かもしれない」

 

「……戦いなんてしたこと無い」

 

「じゃあ、今回がはじめてだ……出来る出来ないじゃない。やれよ」

 

 訓練も覚悟もなにも出来ていない。

 そんな中での問答無用での戦いを強いられる。ヤバい、気持ち悪い……っ。

 

「あの」

 

「今回は剣一本のみ。シールドもなにもない。全員が全員、同じ出力になる何処にでもある極々ありふれた(ブレード)タイプのトリガー、おっと、そもそもで玄界にはトリガーは無かったか」

 

 与えた武器は皆一緒。

 変えるつもりは無いと先手を打つ。けど、そんな事は言われるまでもない……武器は変えれない。

 

「服の色、変えれますか?」

 

「へぇ……」

 

 俺がやっている事は、最低な事だ。自分だけが言葉が通じるからと要求をする。死にたくないのかまだ生きたいのか、それとも今後の身振りは厚待遇がいいのか、よく分からなくなってきた。

 

「森に溶け込みやすい迷彩柄にしようと言うのなら却下だ」

 

「……違います」

 

 森のフィールドで戦うのならば迷彩柄は溶け込みやすい。出来ればそうしたかったが先手を打たれる。

 俺は必死になってなにかないかと頭の中を駆け巡らせていると1つだけ良い案を思い浮かべる。いや、思い出す。

 

「白と黒の縦縞の服にしてください」

 

 それが本当に使えるかどうかは俺には分からない。本に載っていた事だから完璧に信用出来ない。

 

「君、面白い事を言うね……やっぱり無理矢理洗脳とかしなくて良かったよ。いいよ、君の要求を飲もう」

 

 俺の要求は通った。

 トリガーを解除して元の姿に戻り、男に返すと部屋を出ていく……きっと、トリオン体を弄くりに行ったのだろう。

 

「What were you talking about?」

 

 唯一言葉が通じると分かってか、周りの人達は俺に近寄る。俺に最初に声をかけてきた女の子はなんの話をしていたのか声をかけてくる……。

 

「……別に」

 

 俺はなにを話していたのか答えない。具体的になにを言えば良いのか分からない。英語的な意味でも言葉をかける的な意味でも。

 十数分後に男は戻ってきて、俺のトリガーを渡す。俺の要求した通り、白と黒の横縞模様に服は変わっており、周りは少しだけ驚きなにかを言っていたが、俺は聞かなかったことにした。最低な屑人間だ。

 

「さぁ、戦え。玄界(ミデン)の少年少女達。最後の一人になるまで戦い続けるんだ」

 

 二十数名が森に放たれた。




世界中で門が発生していたって冷静に考えれば恐ろしい。


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2話

『さぁ、頑張って生き残れ』

 

 全員が全員、バラけた所に配置されてアナウンスが鳴り戦いは始まる。

 

「レーダー……出てこないか」

 

 レーダーが出ないかどうかを確かめてみる。

 森の中で戦うなんてサバゲーぐらいしか思い浮かばないもので、レーダーさえあれば位置が割れると思ったが無理だった。文字通りトリオン体と剣一本だけの真剣勝負で、普通ならあると思う機能はついていない。

 

「こんなだだっ広い所で剣一本でバトれって大分無茶なことを……いや、違うか」

 

 弾系の武器を使わずに剣一本だけで戦うならもっと別の場所でも出来るはずだが、そもそもでそう考えること自体が間違いだ。俺の考えは近代兵器を用いての戦闘でありトリガーと言う兵器を用いての戦闘じゃない。

 

「身体能力がバカみたいに上がってるんだよな」

 

 トリオン体なら2メートル以上ありそうな木の枝に向かってのジャンプを軽々と出来る。

 今までの自分ならば先ず絶対に出来ないことだ。改めてトリオン体のすごさを実感し、これから起こす事に不安を抱く。生身の戦闘と違って死ぬことは無いとは思うが、あくまでもマジの殺しあいをする為の訓練で自身の後々に関わってくる。

 

「話、ちゃんと伝わってんのか?」

 

 トリオン体と生身の動きの差異を感じながら疑問を抱く。

 今からやることを教えるために映像を見せてくれたが、それが通じているのか。もしかするとこの森から抜け出ようとして制裁をされている奴等が居るかもしれない。

 なにをするにしても情報が必要だと地を歩かずに、NARUTOの様に木の上を跳んで渡り歩いて人を探す。

 

「Не искам да умра!」

 

 状況を理解しているのかいないのか、鞘から剣を抜いて震えながら歩いている人がいた。

 凄くあれな話だが拐われた人間の顔面偏差値が高いと思っていると震えながら歩いている人は別の人と遭遇する。

 

「Ти си мъртъв!」

 

「Wats!?」

 

 震えていた人は別の人を見ると迷いなく攻撃しにいく。

 相手の方はいきなりの出来事に対応することは出来ず、そのまま刺されてしまいトリオン体から生身の肉体へと戻ってしまう。

 

『1人脱落。あ、言い忘れてたけど脱落者を攻撃しないでね……したら問答無用で失格だから』

 

 この光景は彼奴等側には筒抜けか。

 倒されて生身の肉体へ戻った人間は何処かからか現れた二人組に連行されていく。

 

「余計な事をしたら、終わりってことか」

 

 逃げ出そうにも逃げ出す事が出来ない。余計な事をしたら今、連れていった奴等に制裁を加えられる

 ルールを再認識しながら森を探索していると何名か戦っている奴等とそうでない奴等が居る。全員が同じ武器ならば数こそが1番の武器。複数名で戦うのが得策だと判断したのだろうか?

 

「……ルールをまだ理解できでいないか」

 

 言葉によるコミュニケーションが通じないものの手話やジェスチャーによる会話は何となくで通じている。

 遠くて声が聞こえないが相手の動作からして、此処から逃げ出そうと協力している……。

 

「逃げたら終わりなら、終われ」

 

 逃げたら失格になるんだ。

 手を組んで少しでも希望にすがろうと言う気持ちは分からないわけでもない。けれども、この原作知識が邪魔をする。

 生き残る為には利用……いや、悪用しなければならない。

 

『だから、逃げ出すなって言ってるだろう……次からは拐う地域を決めないとダメかな』

 

 逃げ出そうとした数名のグループは俺達を監視している二人組に簡単に倒される。

 剣を振るっては見るものの二人組には効果はない。俺達が使っているトリガーは俺達にしか効かない様に調整をされている。

 

「HEY!」

 

「!」

 

 やば、後ろを取られた。

 背後から声をかけられて振り向くと、俺に声をかけてきた女の子が下にいた。

 

「stop!」

 

 俺を見つけて嬉しそうにするが、待て。

 今、大声を出すのは得策でないが万が一が恐ろしい。

 

「Do you understand what the situation is now?There is no point in relying on me」

 

 そもそもで合っているかどうかすら分からない拙すぎる英語で、俺を頼っても無理だと言う。

 言葉が通じているならばと俺に期待をしてくれても困る。俺だって生殺与奪の権利を握られている側……既に間引きは終えているらしいが。

 

「What should i do?」

 

 自分はなにをすればいいのか、か……。

 

「The battle is about to begin. You are also one of the participants」

 

「Ah……」

 

「It doesn't end until I'm alone」

 

 腰に備え付けられた剣を抜く。

 最後の一人になるまで勝負は終わらない。時間無制限の正真正銘の一本勝負だ。

 

「……Then why not cooperate?」

 

「ほぅ……」

 

 ここで協力を提案をしてきたか。

 既に首筋に剣を添えているので何時でも斬れる、この状況での提案か……。

 

「What can you do?」

 

 数の利点を得ることが出来たとしてなにが出来る?

 俺も素人、目の前にいる女も素人……戦っている奴の中に戦闘経験の様なものを積んでいる奴が居たのならば、数の利点が一気に消し飛ぶ可能性がある。

 

「It works according to your instructions」

 

 俺の好きにしろか……悪くはない。

 

「……どうやら本気の様だな」

 

 警戒心を剥き出したまま、背を向けてみる。

 居合い抜きが出来れば斬れる間を作ったにも関わらず、女は俺に対して攻撃をしてこない。俺と本気で手を組むつもりなのだろう。

 

「……Move as instructed」

 

「!」

 

 あってるかどうか分からないが、取りあえずは伝わってるようで首を振る。

 手を組んで俺の指示通りに動いてもらう……。

 

「Climb up the tree and snoop around. Other than that, don't do anything now」

 

 この戦いは誰が何人倒したかを競うポイント制の戦いじゃない。

 最後の1人になるまで戦い続けなければならず、全員が戦闘の素人となると下手な事はしないのが得策だ。

 森のフィールドを利用するべく、女にも木の枝に乗ってもらおうとするのだが普通の木登りの要領で木を登ろうとしている。

 

「Don't climb trees normally.Jump on a branch」

 

「You can't do that」

 

「NO、I can do it now」

 

 跳ぶことで木の上に登れと言うのを無理だと言うが無理じゃない。

 今の俺達は近代兵器をものともしないトリオン体になっている。出来ないじゃなくてやるんだ。

 試しに俺が地上から跳んで木の枝に乗ると驚くのだが、俺のやれと言う視線に気付き息をゴクりと飲み込み跳んでみると、俺よりも遥かに高い生身では跳べない高さを跳んだ。

 

「あまり跳びすぎるな。格好の餌食だ」

 

 弾を撃ってくる奴等は居ないが、多数で来られたら困る。

 こっちは戦闘の素人で、いきなりの乱戦なんて器用な真似は出来ない。

 

「What are you going to do now?」

 

「様子見だと言っただろう……この場に長く居ても意味は無い。動くぞ」

 

 俺は拐われた奴等の正確な人数は知らない。

 二十数名で、最初に攻撃した奴はこの戦いに参加していないとしてさっき森から抜け出ようとした奴や戦って倒された奴の事を考えれば15名ぐらい。

 

「マジでどうするか……」

 

 1人になるまでは終わらない。今残っている正確な人数も分からない。

 フィールドは見渡す限りの森、地の利を生かすには服を迷彩柄にするか地雷みたいな武器が必要でどちらも出来ない。

 

『今度は二人同時に落ちたよ……まだ10人を切ってないから早くしろよ』

 

 アナウンスが唯一の情報。

 向こうもとっとと選別を終えたいのか、無茶苦茶を言いやがる……10人を切ってから動くか……いや、待ち惚けは多分無理だろうな。

 

「Let's find another person together.」

 

 ある程度は自分から動かなければならない。

 引き続き木の枝の上を跳んで移動していこうとするのだが、やはりと言うかトリオン体に馴れていないのか女の方が遅い。訓練もなにもしていないのにNARUTOみたいに木の枝を跳び交う事が出来る方が異常か。

 

「背中に乗れ」

 

 いちいち相手に歩調を合わせていたら間に合わない。

 中腰になり背中を向けると伝わったのか俺の背中に乗ってくれる。

 

「Sorry for the inconvenience.」

 

「謝るな、俺は使える駒を使おうとしているだけだ」

 

 緊迫した状況下で初対面の相手を心配できるほどの強さはない。

 流石はトリオン体と言うべきか、女の重さは一切気にならずに跳び回ることが出来る……これが遊びだったら、どれだけよかったのだろうか。

 

「Don't talk」

 

 とにかく跳び回るしかないと跳び回っていると剣を持ちながら歩いている男を見つける。

 これ以上は仲間を作っても意味は無いし、そもそもで視線の先にいる男と言葉が通じるかどうかも不明だ。今でさえ英語が通じているかどうか怪しいんだ。

 女に声を出すなと言うと、女はコクりと頷き口を閉じる……どうするか?

 

 相手は警戒心を剥き出しにしていて、目の前から堂々と登場すれば斬られる。

 横から奇襲を仕掛け様にもそこまで立体的な動きはまだ出来ない。主人公である空閑遊真みたいにするには訓練が必要だ。

 

 相手は1人、此方は2人。

 この利点を生かした方がいいが、どうする?

 

『はい、1人脱落』

 

「っ!!」

 

 無情にも鳴り響くアナウンスに過敏な反応を見せる。

 それだけ警戒心を剥き出しにしている……あの警戒心を逆手に取るか。

 

「I will fight」

 

「What are you going to do」

 

「Make a loud noise」

 

 やることは至ってシンプルだ。

 警戒心を剥き出しにしている男からほんの僅かながら距離を取り、背負っている女の子をおろす。

 

「3、2、1……GO」

 

AAAAAAA!!(アアーーーー!!)

 

 とにかく大声で叫んでもらう。

 あの警戒心を剥き出しにしている男以外にも連れる可能性があるが、それはそれで互いに潰しあいが巻き起こる。声を出しているのは女で、俺は木の上に隠れているのでバレない……いざという時には使い捨て出来る寸法だ。

 

「WHO! Wie schreeuwt!」

 

 声に反応して走ってきた男性は慌てている。

 女の大きな声に敏感になっており、興奮状態を隠せていない。スポーツの世界ならアドレナリンを出しまくっても問題ないが、これは戦争だ。アドレナリンを出してもいいが、それを理由に冷静さを欠いていけない。トリオン体を用いての戦闘なら尚更だ。

 

「もう一手、くらえ!」

 

 まだ、まだ足りない。

 女を見て男は突撃してきて、女は剣を抜こうとするが遅い。このままだと斬られてしまう。

 俺が上から奇襲を仕掛けるが最後の悪足掻きが恐ろしいのでもう一手……剣を納める鞘をぶん投げてぶつける。

 

「!?」

 

「先ずは1人目」

 

 鞘がこめかみにぶつかり怯む男の隙を逃さない。

 狙うのは首だと剣を一振り……感触はなんとも言えない。生身でなくトリオン体を斬っているからだろう。

 

「Ik heb mijn originele kleren!?」

 

 首を真っ二つすることは出来なかったが斬ることは出来た。

 死んだと思っていたのか男は驚いており、俺は一先ずホッとする。

 

『残り10人を切ったよ……面白い戦いをするな』

 

剣系(ブレードタイプ)のトリガーを渡したらやることは大体決まってるけど、面白い使い方をするな」

 

「Waar ga je me heen brengen?」

 

「うるさいな。なに言ってるか分からねえんだよ」

 

 連行する二人組がやってきて俺に称賛の言葉を送りつつ、何処かの国の男を連れていく。

 俺も負ければああなるのかと、勝たなければ今後の身の上に関わる……ビリならなにされるんだろう。

 

「Are the people taken safe?」

 

「知らん」

 

 連れていかれた人達を心配しているが、俺にはそんな余裕すらない。

 一先ずはこの戦法が通じる事にホッとし、次を探しだして同じ事を繰り返し、1人、また1人と減らしていく。

 

『残すところは4人だ。いや、2組と言ったところか』

 

 時折流れるアナウンス。

 今までは人数ばかり言っていたが、ここに来て有用な情報を流す。4人で2組……1組は俺達でもう一組、手を組んでいる奴等が居ると言うこと。

 

「言語が通じる奴がいたのか」

 

 見た感じ全員が別々の国の人だった。

 イギリスとアメリカの様に国が違っても使っている言語や文字が同じところもある。言語が通じる奴等が徒党を組んだ……そうなると俺達よりも連携は上だろう。

 

「残り4名だから負けても、なんて考えはダメか」

 

「What are you talking about?」

 

「The remaining two people are forming a team.」

 

 残り2人はチームを組んでいる。

 どうやって倒すか?まだ多対一なんて出来ない。さっきから倒した相手も全部、奇襲や不意打ちの様な事を一回挟んでからで純粋な実力で倒していない。真っ向勝負でどれくらいの強さか知らん。

 

「How are you going to win?」

 

「そうだな……」

 

 どうやって勝利するか……今から落とし穴なんて掘っている暇は無い。

 鞘をぶん投げたりするのも1人が隙を生むだけで、もう1人いるのならばフォローに回ることが出来る。何回かやってみて分かったのは、俺のサポートをしているこの女は戦えない。

 必死になって動こうとしているが、如何せん素人であるために限界がある。練習をすれば動けるだけで、元々出来ないとかじゃない……ダメだな。作戦が浮かばない。転生者やっているとはいえ、こんな状況どうしろって言うんだ。

 

「Am I disturbing you?」

 

「……」

 

 自分が邪魔者なのか聞いてきた。

 俺はその質問について答えることは出来ない……囮に使えば勝てる可能性がある。

 だが、囮に使えば確実にこいつは終わる。生き残った順番に待遇を決めるこの勝負で今倒れれば、どういった待遇を受けるかが分からない……。

 

「If I get in the way, please decoy.」

 

 自分が邪魔者ならば囮に使えと言う。

 

「Do you know what you are saying?」

 

 使えと言うのならば使う。

 行くところまで行ってしまっているので迷いは殆ど断ち切れている。本人がいいと言うならばやってやる。

 本当は怖いかもしれないのに首を縦に振る……それならば俺はやらなければならない。

 

 今までは囮に使うために使っていたが、次は違う。使い捨てる作戦で行く。

 名も知らぬ少女に具体的な作戦を伝えると表情を変えるが直ぐに納得してくれる。

 

AAAAAAA!!(アアーーーー!!)

 

 基本的な戦術は変わりはない。

 女が持てる限りの声で叫んでもらう。

 

「Il y avait une femme!!」

 

 すると、出てくる二人組。

 何処の国の言葉を話してるかは知らないが無駄にイケメンだな、こん畜生。

 

「Entourer!!」

 

 アナウンス通り二人組で、1人が横から回り込む。

 2人が対となる方向から攻めることで、攻める隙も避ける暇も与えない。シンプルだが、練習が特に必要じゃない連携だ。

 

「Mourir!」

 

 後ろから袈裟斬りをしてくる。前方からは右切り上げ。

 防ぐ方法があるとするならば、シールドを使うぐらいだが肝心のシールドは俺達のトリガーに備わっていない。

 前にも後ろにも引くことは出来ないこの状況で出来ることは少ない。

 

「!!」

 

 生き残ろうとすればの話でだが。

 囮になる覚悟はもう出来ている。俺が何回か相手を斬ったことで斬られても死ぬことは無いと理解している。後ろにいる人を無視して前にから右切り上げで攻撃してくる奴の腕を掴み……背中を斬られる。

 

「狙うのはこの一瞬」

 

 勝ったと思った瞬間ほど、人は油断する。

 

 1人倒せたと思って二人組は笑顔を浮かべる。

 残すは1人で、2人でならば倒せると思っている……完全に油断をしている。

 ここで問題はこいつらをどうやって倒すか。横薙ぎの一線をくらわせても刃が届くかどうか怪しい……斬ることは出来ない。

 

 剣は斬るだけじゃない。

 

「まさかマジでやる日が来るとは思わなかった」

 

 深く腰を落とし刀の切っ先を相手に向け、その峰部分に軽く左手を添えた状態で突撃して間合いを詰めて3人纏めて貫く。

 

「っと、本物は右手じゃなくて左手でやるんだったな……It's over」

 

『おめでとう、君が最後の生き残りだ』

 

「……っち」

 

 戦いは終わった。しかし、まだまだ続く。

 打ち切り漫画じゃないがこれからが本番だ。あくまでも自分の待遇が決まる為の戦いをしているだけ……最悪だな。



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3話

「やぁやぁ、おめでとう」

 

 俺以外が全員倒された為に戦いは終わった。

 森から元居た場所に連行されていくと1番最初に出た笑みが胡散臭い男が拍手を送られる。

 1番になるなんて早々に無いことで、喜ばしいことだが男が送っている拍手が酷く濁った音に聞こえる。

 

玄界(ミデン)の人間は戦ったことのない人間が多いけど、君は中々にやるね。剣一本だけだと出来ることが決まっているのに、よくやったよ」

 

「……」

 

「そう嫌そうな顔をしないでくれ。素直に称賛しているんだよ?」

 

「そんな胡散臭い笑顔を浮かべられても困る」

 

 さっきまで殺しあいみたいな事をしていた。

 その事についてよくやったと褒められても嬉しくはない。もっといいところで褒めてほしいが、少なくともコイツはごめんだ。

 

「君は落ち着いているね……いや、落ち着きすぎかな?」

 

「なにが言いたいんだ?」

 

「どんな言語かは知らないが慌てふためいたりする奴等が多く居たのに、君だけはやたらと静かだと思ってね……まぁ、訳の分からない言葉で色々言われたりするよりは何億倍も増しだからいいけど」

 

 遠回しにお前は怪しい、警戒はしていると言ってやがるな。

 とはいえ、既に戦闘用と思わしきトリガーを取り上げられており俺に出来ることは少ない……。

 

「色々と聞きたいことがある」

 

 ハッキリとした上下関係はあるものの対話と会話は成立している。

 今まで気にしないでいた事を色々と聞く機会だと訪ねようとすると待ったをかけると言わんばかりに手を伸ばして口を塞ぐ素振りを見せる。

 

「此処が何処だとか何者とかそういった事は答えるつもりは無いよ」

 

「少しぐらい言う間をくれよ」

 

「違う違う。教えるつもりはあるよ。ただ単にその辺りは明日からみっちりと教えるだけだ。なにせ此処は所謂別世界の一種で君が暮らしていた世界とは大分違っている」

 

「……随分とご丁寧だな」

 

 拐われた奴等に対して1から説明をする時間をくれる。

 普通ならば馬車馬の如くこき使うのだろうが、俺に関しては丁寧に扱おうとしている節がある。

 

「当たり前だ。君は勝ち残ったんだから、これぐらいの待遇はするだろう」

 

「……勝ち残ったから、か」

 

「そうだ……まぁ、言葉すら通じないから他が勝っても意味は無さそうだけど」

 

 今後の待遇を決めると言う事はそういう事だったか。

 俺が勝ったことで俺にはどういう世界でどういう状況かを聞くのと知ることが出来る権利が与えられる……。

 

「他はどうなってる?言葉が通じてない人達ばかりだったぞ」

 

 結局のところ、日本語で喋っていたのは俺だけだった。

 コイツらが喋れるのは現状、日本語だけで文字による会話は恐らくは不可能だろう。そいつらに対してはなにをする?そもそもで負けた奴等に対しての待遇が分からない。

 

「言葉は通じなくても、頭を弄る事は出来る」

 

「っ……」

 

「そう驚かないでよ。何処の国でもやっているよ」

 

 ワールドトリガーの原作で記憶操作や記憶封印措置なんて単語が出ている。

 現代の医術がどれだけ優れているかは知れないが、多分記憶を弄ったり封印したりなんて現代の医療技術を駆使しても無理だ。となるとトリガーを用いた超技術か。

 

「俺の待遇は詳しい事を聞けるのと頭を弄らない……ビリだった奴等はどういう扱いを受ける?」

 

「さっき言った様に頭を弄って都合の良い駒にする。中途半端な順位は嗜好品をある程度、制限する。果物や蜂蜜とかの甘い食べ物は数が少なくて配給しにくいからね。滅多な事じゃ口に出来なくする」

 

 おい、それ何処の福本作品の地下帝国だ。

 

「後は部屋とかだね。君にはちゃんとした一室を与えるけども、他は二人一組の部屋で2段ベット使わせたりとか、ビリの奴等は5段ベットの蛸部屋とか、ああ、真っ先に攻撃してきたバカはもう消しておいたから」

 

 だから、何処の福本作品の地下帝国だ。チンチロで金を巻き上げろと言うのか。

 改めて俺の待遇と負けた奴等の待遇を聞いて少しだけホッとする。もし負けていたのならば、この男とこうして対面する事すら叶わずに言葉が通じない相手と一緒に生活をしなければならない。

 

「質問、上に上がる事って出来るのか?」

 

 このままいけば近界の何処かの国の兵士として育てられる。

 嫌だと言って逃げれる事じゃない。そうなればどうやって生き抜くかを考えなければならない。待遇がある程度は良いとしても戦時中の日本兵よりも質の悪い。これから戦争の毎日であり、どうにかするには成り上がるしかない。

 

「君がそれ相応の価値を持っているのならば、上はちゃんと見てくれる」

 

「あんたが評価するんじゃないのか?」

 

「オレも評価するけど、オレだけが評価しない」

 

 この男もまた国に仕える社畜の様なものなのか。

 まぁ、たった1人の評価でコロッと上に成り上がれるほど、異世界は甘くはないか……なろうとかだったら、コロッと上に成り上がれるんだがな。現実は小説よりも厳しいと言うことだ。

 

「それで、他に言いたいことはあるか?」

 

 俺以外の敗北していった奴等が具体的にどうなるか知った。この国の事とかトリガーに関する詳しい説明は明日から教えると知った。俺が今後の暮らしは比較的にましな生活を送れると言うのも知った。上に上がる方法も知った。

 これ以上は聞くことは無さそうだが、男はまだなにか無いかと聞いてくる……後、聞いてないとなると、こいつの名前ぐらいだが、聞きたいってほどでもない。

 

「オレと会話を出来る時間は限られている。時間は無駄にしたくない」

 

「……」

 

 これ以上は聞くことは無い。向こうからも言うことは決まっている。なら、会話は成立しない。

 終わらせら方がいいのに、わざわざ終わらせずにいるのには意図があるものだと考える。

 

 いったいなにを話せば良いんだ?名前を聞けばいいのか……いや、違うな。

 

「俺を拐った時に鞄はなかったか?」

 

 今はアピールタイムだ。

 戦績以外でのアピールタイムの時間で、この男に自分の価値を示さなければならない。戦力として使い物になるかどうか分からない今、やれることをやるしかない。

 俺は学校の帰りに拐われた。ランドセルを背負っていた記憶はあり、拐われた時にコイツらが持っていったかもしれない。

 

「鞄か……確か拐った時に、皆色々と荷物を持っていたな。どれが君のか分からないし、トリガーらしき物は無かったし返してほしいなら返すよ……けど、なんなのかは説明をしてもらう」

 

 そういうと男は俺を閉じ込めた真っ白な部屋を去る。

 

「アピール、なにが出来る?」

 

 あの様子だと全部、持ってきそうな感じだ。

 拐われた人の中で日本人は俺1人。他の人の荷物を受け取ったとして、それを有効活用する事は出来ない。

 

「お待たせ。どれか分からないけど、持ってきたよ」

 

 手で持つタイプの鞄、肩に掛ける鞄、背負うタイプの鞄。

 国は違えど鞄は鞄だと、十数個の鞄を持ってきてくれたが山積みにされており、俺は自分の鞄は何処かと探す。

 

「殆どの中身が本みたいだけど、なんの本なんだ?」

 

「学校の教科書だよ」

 

「学校?」

 

 なんだそれと言わんばかりに首を傾げる。

 今時学校も知らないのかとなるが、原作で主人公の空閑遊真が学校とやらに行ってみたいと言っていた。となると学校がこっちの世界には無い可能性が高い。

 

「勉学を学ぶ場所だよ」

 

「親から読み書きや計算を教わればいいじゃないか」

 

「それ以外にも色々とあるだろう……歴史を学ぶとか」

 

 ごもっともな一言だ。

 読み書きと簡単な計算ならば親にならうか自力で習得するのが手っ取り早いが、他にも勉強ってのはある。

 

「専門職じゃないのに、専門的な事をわざわざ勉強するなんておかしいね」

 

 そんな事を言われても俺は教育を受ける側で、受けさせる側じゃない。

 山積みにされた鞄を探り、自分のランドセルを見つけると直ぐに中身を確認する。

 

「あった」

 

 最近の小学生は進んでいるからか、転生する前は無かった英語の教科書を見つけた。

 

「目的の物は見つけたようだね。見たところ何かの本だけど、それがいったいなんだと言うんだ?」

 

「……あんたは俺達を拐った。詳しい理由は知らないけれど、なんらかの条件を満たしている……けど、それだけだ。拐った俺達に戦わせたりしようとしているけど、そこで色々な壁がある……1番の壁は言葉だ」

 

 あまり顔には出そうとはしていなかったが、言葉が通じていない事に困っていた。

 頭を弄って洗脳する手段を持っているらしいが何故かそれを最初からせずにわざわざ回りくどい事をさせられた。コイツらにはコイツらなりの考えがあるのだろうが、その上で俺達とのコミュニケーションが必要だ。でも、それが出来ない。シンプルに言葉が通じない。

 

「君ならその言葉をどうにかする事が出来ると?……個人的な感想だけど、今回拐った玄界の人間は喋っている言葉だけじゃなくイントネーションもバラバラだ。君が会話出来るとは思えない」

 

 結局のところ英語が通じたのはあの子しかいない。

 他は何処かの国の人で、なにを言っているのかがさっぱりだ。何処かの国の人達は通じていた様だが、俺にはさっぱり分からない。その事を知っているのか、俺の言葉に魅力は感じられない。

 実際英語の教科書1つと中途半端な英語の知識だけで、英会話をマスター出来るとは思ってもいない。

 

「なら、俺の国に関する情報は?」

 

「面白いけど、その情報でうちがどうなる?」

 

 ああ言えばこう言われる。素人なりに色々と考えてみる。

 結果的に自分の国に利益になることならば採用されるが、そうでないなら採用はしない。具体的なビジョンが見える話ならば首を縦に振ってくれるのだろうが、なにを言えばいいのだろう。

 もしかしたら気付いていないだけでまだなにかあるのかもしれないとランドセルの中身を確認するも国語算数理科社会と使えそうな教科は無さそうだ。

 

「そう落ち込まなくてもいいよ……最初からそういうのには期待してないから」

 

 俺からなにか有用な情報を得れるとは思っていない。

 子供だからか、最初からその手の期待は持っていなかった……そもそもでこんな事になるなんて予想することは出来ねえよ。

 

「……俺以外の奴等は、今、どうなってるんだ?」

 

 気分と考えを変える為に他の事を話題に出す。

 負けたら蛸部屋とか色々と言っていたが、今こうやって俺みたいに話をしている?いや、多分無いな。言葉が通じていないから話そうにも話せない。動画を見せるぐらいしか説明方法が浮かばない。

 

「他の奴等が心配かい?」

 

「……まぁ、一応」

 

 名前も知れず、ついさっきまで殺しあいみたいな事をしていた。そのせいかあまりピンと来ないが、一応の心配の感情はある。俺が勝ってしまったから酷い目に遭わされたと考えてみるとお腹が痛くなる。他人の心配なんてしている暇は無いのに。

 

「何度も言うけど、既に間引きは終えているから殺しはしないよ。ただ単に今後の生活が有利か不利になるだけで、拷問とかはしない……しても意味は無い。言葉が通じないから」

 

 そう言われても気になることは気になってしまう。

 トリオン能力に優れた人がランダムに選ばれているとは言え男と女と性別が分かれてる奴等もいる。そんな奴等が1つの部屋だとしたらなんか怖い。

 

「あの子が心配かい?」

 

 勝つためとは言え犠牲にしてしまった女が今頃どうなっているのかが気になって仕方ない。その事を俺は見透かされている。

 

「そういえば、君は彼女と会話をしていたね……飴は必要だな」

 

 男の不適な笑みは俺の背筋をゾクリとさせる。

 これ以上は交渉しようにも交渉に使えそうなカードは思い浮かばず、最初に閉じ込められていた真っ白な部屋から移動し、十二畳程の広さを持つ部屋に連れてこられる。

 

「今日から此処が君の部屋であり家だ」

 

「っ……」

 

 部屋にある窓を見ると先程戦いを繰り広げていた森が目に入る……分かっていたことが辛いな。

 改めて自分が拉致された事を自覚させられる状況に立たされると胃の中がなんとも言えないムカムカに襲われる。

 

「欲しい物はあるかな?」

 

「……どういう扱いだ?」

 

「いや、ほら。部屋は与えたけどもなにも無いでしょ?このまま床で雑魚寝するのもいいけど、欲しいならベッドとかも用意するって意味だよ」

 

「おい、待て。そのレベルなのか?」

 

 勝者が厚待遇なのを何度も聞かされた。

 十二畳ぐらいの部屋を貰えることは嬉しいことだ。1人部屋となれば尚更だが、文字通りなにもない。絨毯ぐらいしておけと言いたい。

 

「もっとこう、ベッドとか常備されてるんじゃないのか?」

 

「それはビリの奴等が寝る五段ベッドとか……君は寝方も選べるんだよ」

 

 だから、福本作品の地下帝国か。

 まさかのところから始まるのでどうしたものかと頭を悩ませる。今、必要な物は揃えれるならば直ぐに揃えれる。

 

「畳、あるか?」

 

「たたみ?玄界の家具の一種か?」

 

 取りあえずの畳で言ってみるものの、畳は無いようだ。

 あれって日本独自の物か……どうだろう。考えたことは無かったな。

 

「絨毯にベッドとタンスと10日分の着替えと机と椅子に筆記用具、テーブルに後はなんだ……」

 

 テレビとゲームを用意してと言ってもこの世界にゲームは無い。

 体を動かそうにも外に出してもらえない。宇宙飛行士は真っ白な部屋に閉じ込められる閉鎖的環境での生活の訓練があるが、それをこれからずっと続けなければならない。

 

「女は要求しないのか?」

 

「俺はガキだぞ」

 

 何処にでもいるとは言わない。けれど、一般的に見れば小学生でガキだ。

 それなのに女を要求するとか……ああ、そういうことか。

 

「救済措置のつもりか?」

 

「無視したいなら無視してもいいんだよ」

 

「……少しだけ時間をくれ」

 

「うん。いいよ。ベッドとか用意してくるから、その間に答えを出してくれ」

 

 俺の頼みを聞いてくれ、部屋から出ていく。

 

「どうしろってんだ……」

 

 大の字に寝転び、腕で目元を被って考える。

 女をくれると言っているが、その意味は多分、俺と組んだ女をくれるという。

 俺はこうして一室を貰い、ある程度は厚待遇の様だが他の奴等は福本作品みたいな環境下に居るかもしれない。

 

「……どっちに転んでも相手は儲けるか」

 

 俺がこのまま1人でいいと言えばあの子は蛸部屋かなにかで住む。当初の予定通りだ。

 俺が女を要求すればこの部屋で住まう事になり、そこから俺とコミュニケーションを取らないとならない。

 そうなれば英語の教科書と前世の記憶しかない……そこで日本語を覚えて貰えば今度から英語圏内の人達を拐っても日本語を覚えて貰えばいいと儲け物。

 

「……俺が勝てたのはあの子がいたから」

 

 さっきの戦い、勝利した1番の要因は1人で戦わなかったから。

 手を組めない状況下で奇襲を仕掛けることが出来た為に、影からの奇襲を成功した。最後の牙突擬きもそうだ。

 攻撃をくらっても死なないと認識したからわざと攻撃を受け止めて、隙を作ってくれたから牙突擬きを使えた……。

 

「決まったか?」

 

 真剣に悩んでいると戻ってきた。

 腕には絨毯らしき敷物があり、寝具の準備が出来た……タイムリミットが来たか。

 

「俺が求めないと、あの子はどういう扱いになる?」

 

「彼女は3人目だから……ここより少しだけ狭い4人組の蛸部屋に入ってもらう。完全な1人部屋で好きに出来る権利を持っているのは君だけだ……どうする?」

 

「……連れてきてくれ」

 

「曖昧だなぁ」

 

 ハッキリとした答えを出さないので少しだけ苛立っている。

 俺だってどうしていいのか分からないこの状況にモヤモヤしている。胸の内をさらけ出したい気分だ。

 

「連れてきたよ」

 

「もうちょっとましな連れてきかたはないのか」

 

 アイマスクをつけた状態であの子は連れてこられた。

 完全に水■日のダウンタウンの連れ方であり、明らかに怯えている。

 

「Please remove the eye mask.」

 

「This voice!」

 

 俺の声に反応してアイマスクを外す。

 何処に連れていかれるか分からずに怯えていた彼女は俺の声を聞いて一安心をするのだが、安心するにはまだ早い。

 

「Do you understand what you are doing now?」

 

「……」

 

 自分の状況を聞いてみると無言になる悲しい表情をしながら俯く。誘拐されている事自体は理解しているか。

 

「I want you to choose the previous place or this place」

 

「……」

 

「言葉、合ってるの?」

 

「合ってるはず」

 

 頭の中に浮かんでいる単語とかを繋げてやっているから文法があっているかどうか知らん。

 少なくとも言葉は通じている。声は出さないが表情で伝わっている事が分かる。

 

「I want to be with you.」

 

「……そうか」

 

「なにを言っているんだ?」

 

「俺と一緒にしてくれって言った……ベッドをもう一個くれ」

 

「うん、無理だ」

 

「は?」

 

「あくまでもこの子をこの部屋に置くのは認めるけど、この子の分は無い。この子の分は既に此方が用意してた四段ベッドと決まっているんだ」

 

「つまり?」

 

「一緒に寝ろってことだ」

 

 この野郎、この状況を楽しんでやがる。

 作り笑いに若干の殺意を抱くが、女の子が俺の腕を掴んで今にでも泣きそうな顔をする。

 

「What about us?」

 

「俺達は今後、なにをすればいいんだ?」

 

 少しずつ落ち着いてくると今後の心配がはじまる。

 このまま戦場に行けと言われてもそれは死にに行くのと同じだ。

 

「安心してよ、剣一本で戦場に出ろなんて無茶は言わない。うちの軌道は決まっていないからっと、この辺りの詳しい説明をするのは明日になるから今日はもう休んで。食事は時間になったら送り届けられるから」

 

「待った」

 

「まだなにかあるの?」

 

「あんたの名前を聞いてない」

 

 作り笑いが絶えない男。

 名前を聞くつもりはなかったが、ここまで来たのなら聞いてやる。

 

「ルミエ、オレの名前はルミエだ……じゃあ、後で色々と運んでくるから部屋は自分でどうにかしなよ」

 

 ポイっと絨毯を投げると部屋から出ていった……「取りあえず、絨毯を敷くか」

 

「Hey you」

 

「なんだ?」

 

「Tell me your name」

 

「名前……ああ、そうだったな」

 

 短いが濃厚な時間を過ごしたのに、名前を一切名乗っていない。

 この子に対して警戒心があったからじゃなくて単純に名乗る暇が無かった……冗談抜きで周りは敵だったからな……。

 

「ジョン・万次郎だ」

 

「It's not a real name。Please tell me your real name.」

 

「悪いが、ジョン・万次郎だ」

 

 女は俺が本名を教えないことに怒り、頬を膨らませる。

 ジョン・万次郎と比べて今の俺はどうなのだろうか……明日からが不安だ。



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4話

「!」

 

 目を覚ますと知らない天井だった……いや、知っている天井か。

 近界民に拐われて2日目、未だに自分が何処の誰がなに目的で拐ったのかが不明だ。

 

「……」

 

「もっといいシチュエーションがあっただろう」

 

 隣で寝ているジャンルで言えば美少女に分類されている女の子。

 ルミエの糞野郎が、最終的にベッドは1つだけだとキングサイズのベッドを渡してきたので2人で一緒に寝た。

 実家で雑魚寝しているとはいえ床で寝るのはごめんなので一緒に寝る……もっといいシチュエーションで女の子と寝たかった。

 

「夜明け前か」

 

 彼女を起こさないようにゆっくりとベッドから出て、窓の外を見る。

 数時間前に戦った森が目の前にあり、ここが昨日まで住んでいた国じゃないと教えられる。本当なら今頃は学校に向かっていたが、今日からは戦場に向かう……なんでこうなるんだろう。

 ワールドトリガーの世界に転生したのはいいものの、原作知識が糞の役にも立たん。そもそもで原作前だから、どうしろと言うんだ。

 

「ラジオ体操、第一……締まらねえな」

 

 二度寝したいが本来の時間、何時起きればいいのかが分からない。

 幸いにも誕生日プレゼントで貰った懐中時計があるが合っているか分からない。幸いにも日本に近い時間だ。

 

 意識を叩き起こす為にラジオ体操を行う。

 これをやっておいて体の意識を叩き起こさないと今日からのスケジュールをこなせない。

 

「やべえ、二周してしまった」

 

 何時もなら適当にするラジオ体操だが、時間も時間なので真面目にやる。

 するとどうだろう?気付けば二回ラジオ体操第一をしてしまった……そういえばラジオ体操って第三まであるらしいが、学校で使うのも習うのも第一だけだ。

 

「……!」

 

 もう4回程ラジオ体操をした後に与えられた机に向き合っていると彼女が目を覚ます。

 

「おはよう」

 

「ぐ……オハヨー」

 

 グッドモーニングと言おうとする彼女はやめる。

 俺が英語があんまり得意じゃないのと、これから日本語を覚えないといけない事は教えてあるので言わないようにしている。

 

「無理しなくていい……なんて言えないか……goodmorning」

 

 俺の真似をしておはようと言うが、どうしてもイントネーションがおかしくなる。

 無理に日本語を覚えなくていい言えない。なんとか俺がいなくてもと思うけれども、そうそう上手く行かない。

 

「goodmorning……マンジロー」

 

「マンジローじゃない。ま・ん・じ・ろ・う、だ」

 

 どうしても伸ばしてしまうが、伸ばしちゃいけない。

 名前を訂正すると彼女は不満そうな顔をする。

 

「Please tell me your real name.」

 

「NO」

 

「If so, I'll have you call me by your nickname instead of your real name.」

 

「……リーナ」

 

 俺が名前を教えないなら自分も名前を教えない。

 本名でなく愛称を教えて貰い、その名で呼ぶと納得した様で微笑みベットから降りてくる……あ、着替えるの忘れていた。

 

「やぁ、いい夢を見れたか?」

 

 着替えをどうするかと考えているとルミエがやってくる。

 もう日が明けるのかと窓の外を見ると、さっきよりはまだ明るいが薄暗さが残っている。完全に日が昇ったとは言い難い。

 

「今、何時だ?」

 

「世間的に言えば、夜明け前だ。君達には超早目の朝食を取ってもらうよ」

 

 そういうと後ろから台車を引っ張ってくる人が来た。

 台車の上にはパンやスープ、鶏肉を焼いた物と色々と料理が乗っている……乗っているが

 

「味噌汁は無いのか?」

 

「miso soup」

 

「……それは君の故郷の料理か?残念だけど、そんなものはないよ」

 

 小麦でなく米が主食な日本人にとってこれは辛い生活かもしれない。

 持ってきた食事をテーブルの上に並べて、リーナと一緒になって食べる。幸いにも俺もリーナがアレルギー的な意味で食べれない物はない……だが、この時ですら油断は出来ない。

 

「豆……豆はあるのか……卵焼きとかないのか」

 

 パンがあるという事は小麦を生産している事になる。

 スープには野菜と一口サイズに切られた鶏肉、それと豆が入っており野菜はレタスっぽい。

 近界民の世界は食の文明が進んでないイメージがあるが、これは合っている……これをなんとか利用できないだろうか?

 

 唯一、気の抜ける食事時の筈が少しでも情報が欲しいと思い美味しく感じない……。

 

 食事を終えると食器は台車を引いてきた人に返還。

 これからなにをするのだろうと不安を抱いているとルミエがやってきた。

 

「最初はなにをやらせるんだ?……勉強系はやれって言われても困るぞ」

 

 今現在居るところは地球とは違うところに次元にある所謂異世界の国だ。

 地球とは別世界、近界(ネイバーフッド)に地球の様な大きさではないが大量の(くに)が存在していて、地球が太陽を中心にグルリグルリと回っているように、異世界の(くに)もグルリと周期があり、(くに)(くに)が近付けば、異世界に行く船を相手の星に近付けて侵攻する。

 

 

 俺が今いるこの世界も遠征艇を使って地球に近付いて、トリオン能力に優れた人間の近くで門を開いて拐ったわけだ。

 

 

「ああ、無駄そうだからやらないよ」

 

 他にも色々とあるが、その辺りの事を教えるつもりはルミエにはない。

 

「君以外はね」

 

「……俺は受けるのか」

 

 言葉が通じないから教えようにも教えれない。無理矢理教え込む術はあるがその手はあまり使いたくない。

 とはいえ、目の前にいるのは言葉が通じる相手なので教えるつもり満々だ。こういう時に言葉が通じるのは不憫だ。だが、原作知識だけじゃ補完出来ない部分もあるからお得と言えばお得だ。

 

「今度は草原で戦わせようってか?」

 

 俺とリーナ以外にも見たことのある連れ去られた人達が一同に連れてこられたのは草原だった。

 昨日は森のフィールドで戦わされたが、次はなんだ?弾系のトリガーの使い方を教えられるのか?

 

「いや、違うよ。ただちょっと働いて貰おうと思ってね」

 

「?」

 

 今度は俺達になにをさせるつもりだろう。

 再びトリガーが支給されたので軌道をしてみると昨日とは違い、服装は変化しない。変わりに鍬を手にしていた……。

 

「おい、どういう事だ?」

 

「どういう事もそういうことも、畑を耕して貰うんだよ」

 

「俺達をわざわざ拐って、やらすのはそれか!?」

 

 言いたかないが、もっと有効活用あるだろう。

 拉致して小間使いさせるとか、戦場に立たせるとか……いや、どっちも嫌だけども、なんでよりによって農業をしなければならない。

 

「うるさいな。お前しか言葉が通じなくて察しが良すぎるから問題ない様に見えるけど、こっちも色々とあるんだ。あんまり文句と無駄口を叩くなら、あの部屋から追い出すぞ」

 

 っぐ、生殺与奪の権利を握ってるのはコイツだったか。

 下手にルミエに逆らえば、今の環境から悪環境に堕ちる。それは避けなければならない。

 

「Plow the field」

 

「……口を動かす暇があるなら、手を動かすんだ」

 

「あ、そ……じゃあ、1つだけ言っていいか?リトマス紙、用意してくれ」

 

「リトマス紙?」

 

「……あさがおと紙をくれ」

 

 農作業の真意が読めず、脅されているので俺は鍬を手に自分のスペースを決める。

 俺は普通じゃないが家は普通なので農作業なんてやったことは無い。機械での作業が割と当たり前で収穫とかが手作業なこのご時世に畑を耕すのはこの国が遅れているからじゃないかと思ってしまう。

 

「It's surprisingly easy」

 

 逆らっても無駄なのは昨日の時点で知っている。

 文句を言わずに自分のスペースを決めるのだが、リーナは着いてくる。無理に着いてくるなと言うに言えず、黙々と作業をしているとリーナは簡単だと口にする……。

 

「農作業が簡単か……」

 

 近年農家をやめる人達が増えたり高齢化していて問題になっている農業。

 シンプルに儲けが少ないとか色々と理由があり、その内の1つがなんと言ってもしんどいだ。今の俺達は機械を一切使わずにいる。普通ならば暑いだしんどいだ色々と文句を言うが、誰も言わない。言えないんじゃなくて、言わない。

 

 普通ならば肉体的疲労を感じる場面で感じない。鍬やスコップだってそれなりの重さがあるのにも関わらず、子供の俺達は簡単に振り上げたりすることが出来ている。

 それら全て生身の肉体でなく、トリオン体から出来ていること。生身の肉体ならリーナも俺も今頃は根を上げていた。

 

「トリオン体の利便性と馴れさせる為か」

 

 昨日の戦いで、木の枝を跳び回っていたのは俺だけだった。

 リーナにやってみろと言ってみても出来ないと言っていた。木の枝から木の枝に跳び移るのはそれなりに訓練をしないといけない。いきなりのトリオン体で出来る方が異常……だから、その異常を今から普通に変える。

 

「どうやら順調にトリオン体を使いこなしてる様でなによりだ」

 

 言葉が通じないので黙々と作業をしているとルミエが袋を持って戻ってきた。

 読み通り、俺達にトリオン体を馴れさせるのが目的で、重労働をしても問題無い姿を見て納得している。

 

「今度はいったいなにをさせるつもりだ?」

 

 自分のエリアはある程度は耕せた。

 リーナも順調に耕す事が出来ており、このままいけばエリア拡大ぐらいしかやることはない。ルミエはそれを見計らってか俺達の元に来た。

 

「今度もなにも、やることは決まってるじゃないか」

 

 どさりと持ってきた袋を目の前に置く。

 中になにが入っているのかと確認をするのだが、大きな袋の中に更に小さな袋が入っている。

 

「好きなのを植えてね」

 

 小さな袋を開けると中にはジャガイモが入っていた。

 他の袋を開けてみると豆と処理する前の麦が入っており、これらを今から植えるのかと少しだけ気が重くなる。

 

「なんでわざわざこんな事を……農作業に人が必要とかじゃないんだろう」

 

 トリオン体を馴れさせる裏があるのは分かっている。

 けど、それなら昨日みたいに木の枝の上をピョンピョンと飛び回る訓練をした方が効率がいいのにそれをしない。

 飢餓が続いているとか、食べ物関係のトラブルがあるようには思えない。そもそもでそんな事をするなら俺達の扱いはもっと酷いはずだ。

 

「確かに(うち)が食べる事には困ってはいない。けど、あることに越したことはない……特にお金も道具も持っていない君達にはね」

 

「!」

 

 俺達は今現在、元居た国とは別の国にいて無一文状態だ。この世界にもちゃんとした通貨があり、俺達の持っている紙幣と両替することは出来ない。金を得る為には働かなければならないが、どいつもこいつもガキである。手段が限られている。

 不適な笑みを浮かべているルミエは俺達に仕事を与えている?……いや、なんか裏があるぞ。

 

「食事や住みかなんかは此方が最低限与えるけど、お酒とかの嗜好品は自分達で手に入れてもらうっと、全員がまだ子供だったね」

 

「それって売る当てがあんのか?」

 

 食料をどんだけ作っても買い手がなければ、話にならない。

 国自体が食べることに困っていなければ俺達みたいなのが作った食料を安く買い叩く可能性だってある。

 

「君には後で説明をするけど(うち)は特定の軌道がない国だ。近くにある国と通信を取ってみて、いけそうだったらそこに輸出をする。貿易に使わせてもらうよ」

 

 またとんでもないワードがポロリと溢れ落ちた。

 この国は特定の軌道で動いていない……原作で言うところの乱星国家。何処にあるか分からない国か。

 

「言った筈だ。上に上がれるチャンスはあると……まぁ、豊作になるかどうかは話は別だけどね」

 

 金を得る為にも今後の生活を楽にする為にもトリオン体に馴れる為にもこの農作業が1番。一石三鳥と言ったところか。改めて農作業をする意味を理解した俺は残っている部分も耕していく。

 

「君の言うとおり、あさがおを持ってきたけどなにに使うつもりだ?」

 

「調べもの」

 

 漫画で読んだことを本当に実践する日が来るとは思わなかった。まるで小説家になろうの主人公な気分だ。

 ルミエから貰ったあさがおの花を洗い、擦り潰した物を紙に漬け込んでリトマス試験紙を作り出して、俺の耕した部分にぶっ差す。

 

「赤色か……」

 

 簡易的なリトマス試験紙の色は赤く染まった。

 青色がアルカリ性で、赤色は酸性。俺が耕したところを手当たり次第にぶっ指すのだが、全て赤色に染まっていく。

 酸性の土で育つのはよく分からない植物で、ジャガイモとか小麦とかは育たない。

 

「へぇ、花を植えるかと思ったらそんな使い方があるのか」

 

 酸性の土にショックを受けていると、リトマス紙擬きに凄く関心をするルミエ。

 面白いと1枚拝借して地面にぶっ差して色の変化を楽しむ。

 

「土の成分を調べる技術は無いのか?」

 

 この程度の事は小学生でやる。こっちの世界はトリガー文明だからやったこと以前に手段が無いのか?

 

「成分分析はある。けど、こんな簡単に見分ける手段は無い……玄界(ミデン)は独自の技術に進歩していると聞くけど、コレは面白い」

 

「笑ってる場合じゃない。ここの土じゃどれだけ頑張っても作物は育たない」

 

 自分達の国の技術に感心してくれるのはいいが、現状は絶望的だ。

 俺のエリアの土が酸性の反応をしていたから、他の奴等のエリアも酸性の土の可能性が大きい。

 

「場所を変えてくれよ。でなきゃ、なにも育てられない」

 

 酸性の土に強い植物ってなんだ?

 少なくとも小麦は育たない。Dr.stoneで酸性の土だから育たなかった描写がある。

 ジャガイモも大豆も育てられなければお金にならない。貿易に使えない。

 

「ダメだ。お前達が使える土地は決まっている……それで?」

 

「それでって」

 

「玄界でも同じ酸性の土がある筈だ。そこを無視して畑を耕すなんてやっていない。玄界の技術でどうにかする方法を知ってるんだろ?」

 

「……貝殻があれば、どうにか出来る」

 

 漫画で得た知識だから、何処まで頼っていいかは分からない。

 少なくとも漫画だと貝殻を混ぜた砂で酸性をアルカリ性で中和して小麦を育てる事に成功している。

 とにもかくにも貝殻が無ければどうにもならない事を伝えると頭をポリポリと描いて困った様な仕草を見せる。

 

「ここには海が無いから貝殻は見つからないんだよな」

 

「……無いのか」

 

「あ、でももうすぐ他の国の近くを通るからもしかすると海のある国家かもしれない。そうだったら貝殻が貰えないか交渉をしてみるよ」

 

「してみる、か……」

 

「この国の貿易に携わる事だから、お前達が深く関与する事じゃない」

 

 あくまでも俺達は連れ去られた人であり、この国の住人じゃない。

 この辺りは非情だ……どうにかするには、自分が有能だと示さなければならない。連れ去られた奴隷じゃなくて、国の使える優秀な駒だと上に教えないといけない。

 

「今はね」

 

 ルミエは俺達の手柄を横取りするつもりはなさそうだ。

 もしこれで手柄を横取りする奴だったら、俺達は一生上がれない。奴隷のままだ。成り上がるには武勲を立てなければならない……のだろうか。

 

「で、どうするんだよ?このままだとなにも育てられない」

 

「う~ん、残念だけど貝殻が届くまで使わないでおこう」

 

「……」

 

「そう睨むな。こっちだって想定外の事なんだ。悪いと思っている」

 

 何処がだ。

 全く悪いと思っていない素振りしか見せてない。

 

「トリオン体と生身の肉体の違いを実感して貰えたからそれで充分だ……ただ、まだ完全に使いこなせていない。今から訓練をしてもらう」

 

 今までのはウォーミングアップに過ぎないか。

 ルミエについてこいと言われた俺達はついていくと昨日の戦いの場である森に連れてこられた。

 

「昨日は歩いていたけど、今日は跳んで一周してもらう」

 

 この日、地形踏破・隠密行動・追跡の3つの訓練があった。



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5話

「この国の名前はイアドリフ。平坦な道が多く20℃いくかいかないかの程好い気温が特徴的な国だ」

 

 トリオン体だから大丈夫だと次々と訓練内容をこなしていった結果、俺だけ別に講習を受けることになった。

 

「他の国は年中雪が降っていたり、海の上にあったり、城塞都市だったり変わった環境のせいで育てられる農作物や家畜が限られている国もあるけどうちは程好い温度で大抵の物を作ることが出来る」

 

 講習はこの世界についてだ。

 ずっと名前が分からなかったこの国の名前を教えて貰い、与えられたノートに要点を纏める。

 

「土地の環境を理由に農作物が育てられないと言ったことは基本的にはない」

 

「俺達に与えられた土地、酸性の土だったじゃねえか」

 

「あれに関しては本当に偶然、ある意味奇跡だよ」

 

 悪気は無いんだと胡散臭い笑みを浮かべるルミエ。

 本当に偶然なら偶然で、事前の調査をやってくれてもいいんじゃないかと思うが、コイツそもそもでどれぐらいの立ち位置なんだ?

 

「平地が続き気温も比較的安定しているイアドリフだけど、欠点が無いわけでもない。欠点が分かるか?」

 

「地の利を生かせない?」

 

「その通りだ。この国は住むには最適な環境だけど、戦いには不利な立地でもある」

 

 ワールドトリガーの原作で言っていた。地の利を生かす戦術は基本中の基本だと。

 平坦な道が多くあるイアドリフは他所の国の襲撃があった場合、地の利を生かした戦闘を取ることが出来ない。平地なのを生かそうにも使える戦術が限られている。

 

「ある程度の高低差があればいいんだけど、平地が多くて戦いづらいんだよな……平地で使えそうな戦術を言ってみろ」

 

 ここで更なる無茶を言ってくる。

 フィールドを生かした戦術……平地と言う地の利を生かすって、どうやって生かす?

 

「自分の得意なフィールドに誘導する?」

 

「得意なフィールドって、なんだ?」

 

「……地雷地帯」

 

「ん~……まぁ、それも1つの答えだね」

 

 ルミエは流石にコレは答えられないかと少しだけ残念がる。

 平地じゃなくても自分の得意なフィールドに誘導する作戦は使える。平地だからこそ使える作戦……ワイヤー陣?いや、あれは立体的な動きが出来る奴とある程度大きなフィールドじゃないと使えない。今の俺には無理っぽい。

 

「本来なら狙われやすい国だけど、この国は特定の軌道を周回しない。特定の軌道を周回している国なら今頃は何処かの国に支配をされている。特定の軌道を周回しない性質のお陰で狙われる機会その物が減るだけじゃなく、従属国にする価値が下がる……なんでか分かるか」

 

「報連相が上手く出来ないからか?」

 

 決まった軌道を持たずにいるとなると、周回をしている国と違って連携が取れない。

 報告も連絡も相談も安定して出来ずにいる。従属しようにも、この報連相が出来ていなければ裏切りとか色々とありそうだ。

 

「まぁ、大まかなところはそんな所だろう」

 

 ルミエも俺の答えに納得はしている。

 一先ずの及第点は貰えたようだが、喜んでいる暇はない。この国も国としての価値は無さそうだが、それでも狙おうとする奴等は普通にいるんだ。

 

「今のところ何処かと大きな戦争はしていない。けど、何時かは大きな戦いを起きる。そうなったらジョン、お前には戦場に出てもらう」

 

 浮かれている気分は見抜かれたのか現実へと戻される。

 俺は今、訳の分からんところで戦場に立たされに行く過程にいる……。

 

「他所の国と戦争をしてない間はどうするんだよ?」

 

 何時かは他所の国と戦争が起きる。なら、それまでの間はなにをするのか?

 答えは分かりきっている事だが、ルミエの口から聞いていた方がより実感をしやすい。

 

「他所の国と貿易をして国を豊かにする。お前がさっきやったのもその一貫で、他国との貿易を盛んにすることで国自体の経済を発展させ、最終的に軍事力を上げたり他国に狙うのは難しい事を教える」

 

「……」

 

「難しかったか?」

 

「いや、そうじゃない……富国強兵か」

 

 言っていることの意味はちゃんと理解しているつもりだ。

 海外との貿易を盛んにして海外の技術を取り入れたりして国の経済を潤して、結果的に国自体を強くする……それはつまり今から約100年以上前にあった明治政府が掲げた富国強兵だ。

 SFな世界の癖にやっていることは100年以上前の日本と同じとなると、偽名として使おうと名乗ったジョン・万次郎も嘘でなく、本当になりそうだ。

 

「国を豊かにするって言うけど、なにかこういう感じでってのあるのか?」

 

「今のところは食料集めぐらいかな?土地柄が土地柄だけに植物は育てやすいから、食べ物が豊かな国にすることで他の国に救援物資を送ったりして、その代わりにその国独自の物を貰ったり、美味しい料理自体で軍の士気を上げる……食は最大の商売であり武器だ」

 

 まんまとは言わないけれど、やっていることは明治の政府が掲げたやり方に似ている。

 食べ物が豊かな国になれば飢餓とかでの死者も減るし、海外との貿易にも使える。食料を渡す代わりにトリガーを寄越せとも言える。トリガーの技術は原作を見ていてスゴいと思えるものばかりだが、食べ物を作ったりとかは出来ない。

 例え世界が違えども食料の需要だけはどうにもならない。

 

「国の大まかな所はこんな感じで、次は国を運営する人達についてだ。君の国はどういうシステムかは知らないけれど、うちは王様が居て、その下に各エリアや部門を担当する人達が居る」

 

「領主、じゃないのか」

 

「そういう言い方もあるにはあるが、中には土地を貰っていない人もいる。トリガーを作ったりする人とかが土地を貰って開発しろなんて言われても無理だからな」

 

 まぁ、確かにそうだな。

 戦闘が専門な人が内政をやれなんてのは間違いと言うか、お門違いだ。戦闘のプロは戦闘を教える。餅は餅屋と言う。

 

「オレも領主とは呼べない立ち位置の人間だ。正式な役職はややこしいから言わないけど、主に外交関係をしていると思えばいい」

 

「外交関係をしている人間が奴隷みたいなのを用意するか」

 

「なに言ってるんだ。人間は1番貴重な資材だろ?」

 

 合ってはいるが、平気で恐ろしい事を言うな。

 ルミエがそこそこ偉いことを再認識し、話は続いていく。

 

「君達の今後についてだが、成果を上げれば正当な報酬は与えるつもりだ」

 

「さっき奴隷みたいって言ったのを全く否定しなかったのにか」

 

「生殺与奪の権利は握ってるって意味では奴隷だ。言っておくが、こういうことをしている国なんて少ないんだ。玄界(ミデン)から拐ったトリオン強者は問答無用で戦えと劣悪な環境での生活をさせたりする国もあるし、頭を弄る国だってある」

 

 ……そうなんだよな。

 俺が今こうしてルミエから講習を受けているのは普通ならばありえないかもしれない事だ……原作で拐われた人達が具体的にどういった扱いを受けているか描写が無いから分からないんだよな。

 

「なんでそういった事をしないのか、成り上がりのチャンスがあるのか分かるか」

 

「頭を弄るって事は人間の精神を弄ることだ。人間の心は早々に弄っていいものじゃない。成り上がりはモチベーションだろ」

 

「それもあるけど1番は新しい考えを取り入れる為だ。後で説明をするけどトリガーの中には(ブラック)トリガーと呼ばれる物がある。製造方法がちょっと特殊でイアドリフには1つも無い……この国はハッキリと言って弱い」

 

「愛国心無いのか?」

 

「ハッキリと言えるのも、愛国心さ。弱いと自覚しているのと強いと自惚れるのでは訳が違う。弱いからこそ、貪欲なまでに強さを求める。とはいえ、一人の人間だと決まったことしか考えられない。新しい考えが必要だ。玄界(ミデン)は此方の世界と違いトリガーを用いない文明を築き上げた。オレ達と考えが全く異なる……現にお前は二回もオレ達と異なる部分を見せてくれた」

 

「二回、か」

 

「ああ……最初の衣裳変更、あれは目の錯覚を狙ってだろ?」

 

 トリオン体の衣裳を白と黒の縞模様にしてもらったのは相手に目の錯覚を起こさせる為だ。

 剣による切り合いならば、間合いを少しでも間違えたら命取りになる。目の錯覚を起こさせる事で間合いの感覚を狂わせる……つもりだったが、リーナが仲間になった事でそこの部分を発揮しなかった。

 

「立体映像で偽物を作り出すトリガーはあるけど、ああいう考えは無い……」

 

「……なぁ、いっそのこと地球と貿易しないか?」

 

 俺の発想は良いぞと褒めてくれる。そこはまぁ、嬉しいが喜んでる場合じゃない。

 もう原作とかそういうのを気にしている程、余裕は無いので思いきっての提案をする。地球との貿易は確実に利益になる筈だ。

 

玄界(ミデン)との貿易ね……1つ聞くが、玄界(ミデン)には幾つの国がある?」

 

「200いくかいかないかだ」

 

「総人口は幾らだ?」

 

「約70億だ」

 

「1つの国で100万ちょっとの人口なら貿易する価値はある。けれど、玄界(ミデン)は1つの星に幾つもの国がある。もし、そんな所にトリガーと言う玄界にとって未知の技術を取り入れればどうなる?答えは簡単だ。此方の世界が危険に犯される。100000人の軍勢が襲ってくるなんてのもありえることだ」

 

 地球との貿易のリスクの高さを教えるルミエ。

 トリガーの技術はハッキリと言えば危険だ。第一話で近代兵器をものともしない描写があった。近代兵器に変わる新たな兵器を持ち込むのは危険すぎる。

 もし国との交渉に成功したら、アメリカみたいなバカデカい国にトリガーを与えたら、とんでもない遠征艇を作って襲ってくる。考えただけでも、ゾッとする。

 

「玄界の技術は気になるけど、此方の技術を安易に渡すことは出来ない……それに言葉が通じないんじゃ、交渉すら出来ない」

 

「言葉の壁か……」

 

 日本語って、日本人しか公用語として使ってなくてかなり難しいらしいんだがな。

 普通ならば他の言語が発達するのに、そこは漫画の世界だからのご都合主義と言ったところだな。

 

「そう、言葉による壁だ……全く、無駄に広大なせいで拐っても会話すら成り立たないんだから玄界の人間は扱いづらい」

 

 目の前に居るのに、ハッキリと言いやがって。

 

「今日は此処までだ」

 

「もう終わりなのか?」

 

 感覚的に言えば昼過ぎだ。

 黒トリガーとかの説明とか全然受けてないし、他にもやらないといけないことが多そうなんだが。

 

「1度に詰め込んだとしても無理がある。ジョン、お前は考えることが出来るタイプの人間だ。一気に教えて変に思想や知識を偏らせる訳にはいかない。それに、お前にはあの女に言葉を教えないといけない……流石に通訳できる奴が居るとは言え、訳の分からない言語を使い続けるのは困る」

 

「あれは英語って言って、地球じゃ最もメジャーな言語……の筈」

 

 中国人が物凄い多いから中国語が1番の公用語とかどっかで見たことあるから断定できない。

 英語がメジャーでスペイン語辺りがその次で、日本語が覚えるのが難しいとかどうとかしか知らない。

 

玄界(ミデン)基準じゃなくて近界(こっち)基準にしろ。でなきゃ、上に上がれないぞ」

 

 拐われた次の日にこんな事を言ってくるか、普通。

 とはいえ、言ってることに間違いは無い。俺はまだ此方の世界に馴れていない。コレからは此方の世界の考えを常識として持たないといけない……畜生。

 

「上に上がったって、家には帰してくれないだろう?」

 

「なんだ、家に帰りたいのか。そういう素振りを見せないから、家に帰るつもりは無さそうに見えた」

 

「ただ大人しくしてるだけだ」

 

 覚悟が出来た上で戦場に立つのはまだしも、覚悟もなにも出来ていない。

 まだ拐われたと言う感覚が薄いが、これから段々と出てくるんだろう。そうなればホームシックかなにかで泣く。

 

「第二の人生だと思って楽しめばいいさ。イアドリフは優秀な人間を歓迎する。優秀な人間なら一夫多妻も認められる」

 

 既に第二の人生は歩んでいるんだよ。

 なんてことは言っても意味が無さそうなので、これ以上はなにも言わずに与えられた自分の部屋へと戻っていく。

 

「リーナは……帰ってきていないか」

 

 部屋にはポツンと俺だけ。

 リーナが戻ってきているんじゃないかと期待したが、リーナはいない。

 日本語が通じるのとポンポンと与えられた課題をこなしていく俺と違い、言葉が通じずにトリガーに馴れていないリーナは悪戦苦闘中だ……出来れば会って、会話をしたかった。

 一人で居ることは楽だが、状況が状況だけに苦にしか感じない。嫌なことを忘れるためにも少しでも話をしてみたい。

 

「……ああ、やらなくちゃ」

 

 自由な時間を与えられた様に見えて、まだ完全に自由な時間じゃない。

 これからやらなければならない事は沢山ある。戦闘に関する訓練とかトリガーに関する説明とか、そういうのは順を追って説明してくれるから待つしかない。俺を奴隷として扱ってはいるがちゃんと説明等はしてくれる。

 俺がやるべき事は強くなることでもなければ成り上がることでもなく生き残ること……

 

「やれることを探さないと……」

 

 生き残る為には自分が使い捨てで代わりがある駒じゃないと証明しなければならない。

 ルミエの態度から俺は唯一言葉が通じる相手で、一応拐われた奴隷の中では1番評価が高い筈だ。ここから生き残るもとい成り上がるにはやれることをやらなければならない。

 

「マンジロー、Lunch has arrived」

 

 あれこれ考えていると台車を引っ張って戻ってきたリーナ。

 台車の上には遅めのお昼ごはんが乗せられてはいるのだが、白飯はない……あるのは蒸かしたジャガイモだ。おかずとかとは別に蒸かしたジャガイモが更に置かれている。

 米と小麦とトウモロコシが主な主食だって聞いたことはあるが、ジャガイモを主食としてこの国は食うのか。見たところ、日本じゃ市販出来なさそうな形の物だったりで……味は問題無さそうだ。

 

「リーナ、Do you think there is rice in this country?」

 

「rice……Does John want to eat rice?」

 

「……まだ、我慢出来る」

 

 拐われて部屋を与えられて1日目の昼御飯だ。

 毎日三食お米が当たり前な日本人でもまだ、まだ耐えることは出来る。

 

「リーナ、Have them learn Japanese from now on」

 

「……Oh……」

 

「嫌だと言ってもやらせる」

 

 先ずはリーナに日本語を覚えてもらう。

 その事を伝えると少しだけ俯くのだが、教える側も教える側で大変なんだ。ランドセルに入っていた英語の教科書と国語の教科書と前世の知識だけで日本語を教えないといけない……。

 

「What are the other people going to do?」

 

「……どうするんだろうな?」

 

 リーナは他の人達を心配している。

 コミュニケーションを取ろうにもイアドリフの奴等は言葉を覚えさせるという事をする素振りは見せていない。俺が喋れるのは英語で、拐われて生き残った人達の中で英語を使っているのはリーナだけだ。俺がリーナに日本語を教えるが、問題は他の人達はどうするのだろうか?

 

「ジョン・万次郎は何だかんだでアメリカでの生活を乗り切ったし、弥助は戦国時代、信長に気に入られて家臣になった……世の中、どう転ぶか分からん」

 

 昔の人達は何だかんだで通訳とか教科書無しで言葉と文字を覚えていった。

 俺が日本人で日本語が通じるとアピールをすれば、日本語を覚えればいいのかと理解してくれるかもしれない……けど、そんな余裕は何処にもない。

 

「いただきます」

 

「……イタダ、キマス?」

 

 俺のいただきますをリーナは真似をしてからごはんを食べ始める……ジャガイモはおやつやおかずにはなるが、主食としては食いづらいな。

 

「I want to eat sushi if I have rice」

 

「Can't be made without vinegar」

 

 まだまだこの世界の事を知らないので、学ばなければならない。今は基礎を固める大事な時だ。

 にしても、寿司食いたいか……俺は寿司よりも丼ものが食いたい。



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6話

 拉致されてから3日目。

 今日も俺だけ言葉が通じるので講習を受けることになった。今日の内容はトリオンとか黒トリガーとか冠トリガーとかの原作を知ってる人ならば知っている常識的な事だ。

 俺はあくまでもなにも知らない日本人なので時折、質問をしたりして知らないフリを演じ続ける。

 

「今日は戦闘訓練をする」

 

 また森に移動したかと思えば今日はルミエ以外にも見ない顔がいる。

 進行はルミエの様だが、なにかを準備している。

 

「言葉が通じないけど、一応は言っておこう。今日はより実戦的な戦闘訓練を行う……やっぱ分かってないか」

 

 俺以外にもリーナを含めて何名か居るのだが、なにを言っているのかちんぷんかんぷんだ。

 日本語を覚えようとしているリーナも訳が分かっておらず、この中で俺だけがなにを言っているか理解している。とはいえ、実戦的な戦闘訓練とはなにをするつもりだ?

 

「どうも。俺はイアドリフの戦闘用のトリガー開発部門の1人、ドロイだ。今日はトリオン兵との戦闘訓練を行ってもらう」

 

 ルミエの横でなにか準備をしていた男は卵の様な物を投げる。

 すると、卵の様な物は光を放ち段々と大きくなっていき最終的には自動車ぐらいの大きさのフナムシに尻尾をつけたロボットみたいなのになった。

 

「コイツはモールモッド。戦闘用のトリオン兵で、今回はコイツを倒してもらう……2つの内のどちらかのトリガーを使ってだ」

 

 黒い腕輪と白い腕輪を見せるドロイ。

 2つと言う事はタイプが違うのだろうと思っていると、黒色の腕輪の方にUSB的ななにかをぶっ指して操作をするとイメージCG映像でよく見る感じの人のトリオン体が作られる。色は青色じゃなくて黒色か。

 

「黒い方は君達が来た日に使った剣型(ブレードタイプ)のトリガー【カゲロウ】何処の国の技術でも作ることの出来る汎用的なトリガーだが、その分使い勝手はいい」

 

 ブンブンと黒色のトリオン体が剣を振るう。

 言葉が通じないのを向こうも分かっているから、あの手この手で教えに来ている。

 【カゲロウ】についての説明は特にない……剣型はトリガーとしての性能よりも使い手の性能が物を言う感じか。

 【カゲロウ】の説明を終えると黒色のトリオン体は消えて、今度は真っ白なトリオン体が作られる。

 

「2つ目、白い方のトリガー【ミラージュ】。これはイアドリフ独自のトリガー……と言っても、他国でも作ろうと思えば作れるんだけど」

 

 縦に長い六角形の鏡を複数個出現させる。

 鏡で戦うのか?と見守っていると鏡から光線が放たれる。

 

「能力は至ってシンプルだ。トリオンの弾を鏡から放出する。鏡を使うことで反射することも弾道を途中で変えることも可能で、鏡を重ねる事でより強い弾を撃てる」

 

 原作で言うアステロイド(通常弾)バイパー(変化弾)を合わせた感じか。

 縦に長い六角形の鏡から光線を放つと落ちていた木の枝は簡単に貫かれていく。

 

「この2つの内のどちらかを使ってモールモッドを倒してもらう」

 

 白色のトリオン体を消して、俺達にトリガーが入った箱をドロイは見せる。

 1つは黒色の腕輪で【カゲロウ】が入っている。もう1つは白色の腕輪で【ミラージュ】が入っている。

 原作風に言えば黒色が攻撃手(アタッカー)、白色が射手(シューター)のポジションと言ったところ……。

 

「他は無いのか?」

 

 この2つしか選ぶ権利は無いのだろうが、一応は聞いてみる。

 突撃銃とか狙撃銃とか他にも色々とトリガーがある筈だろう。何故それを出そうとしないんだ?

 

「この2つだけで充分だ」

 

「どういう意味だ?」

 

 他にもトリガーはある筈なのに、この2つだけ。

 ドロイとルミエはこの2つを用いて戦っているとは思えないんだが、この2つだけで充分の様だ。

 

「今回はトリオン兵との戦いを想定した訓練で、トリガー使いとの戦いを想定した訓練じゃない。狙撃銃なんかは主にトリオン兵よりもトリガー使いとの戦いに使うから今回は省いた。この2つにしたのは基礎能力を高める為でもある」

 

「基礎能力?」

 

 基礎体力なら分かるが、トリオン体に筋肉やスタミナは関係無い。

 能力となると後考えられるのは昨日やった隠密行動や地形踏破の訓練ぐらいだが、それだけじゃない。

 

「剣型のトリガーは剣の性能よりも使用者の性能が物を言うトリガーだ。使用者の性能はどれだけ効率よくトリオン体を動かせるかで腕の立つ奴ほどトリオン体を自由自在に使いこなしている」

 

「じゃあ、【ミラージュ】は?」

 

「【ミラージュ】の武器は鏡。手で持つ物でも足で動かすものでもない。第三の感覚を覚えさせる為のもので、コレを上手く使いこなせる人間ほどトリオンコントロールが上手い」

 

「……成る程……」

 

 体の使い方を覚えれば覚えるほどハッキリと成長していく【カゲロウ】

 手とも足とも異なる第三の触覚として動かさなければならない【ミラージュ】

 

 トリガーと言う兵器を用いての戦いを覚えるにはちょうどいい様にはしてある……のだろうか?

 俺だったらのトリガー構成をすると言う痛い妄想を何回かしたことはあるが、こういう軍事的な考えをしたことはない。多分、ボーダーもそういうのをしていないだろうな。そもそもでボーダーのやり方って自主性を尊重しすぎて指導する教官的なの自力でどうにかしろっぽいし。

 

「さぁ、どちらにする?トリオンが少ないなら【ミラージュ】は使えないが、お前達はトリオンが多い。基本的になんでも使える」

 

 ドロイは白い腕輪が入った箱と黒い腕輪が入った箱を見せる。

 さて、どうしたものか?トリオンが足りなくて困ってしまうと言う原作主人公のメガネ君の様な事にはならない様だが、此処は慎重に選ばなければならない……幾つか聞いておかねえと。

 

「幾つか質問していいか?」

 

「答えられる範囲でなら」

 

「コレって選んだ方をずっと使い続けるのか?」

 

 どちらかを選べと迫られているが、選ばなかった方が使い勝手が良かったと言う可能性もある。

 此処で可能性の幅を狭める事になるかもしれないのならば、慎重に選ばなければならない。

 

「基本的にはずっとだ。とはいえ、合わなかったり調整したりしないといけなかったりするからある程度の改造は許す」

 

「ある程度って例えば?」

 

「剣じゃなくて槍にするとか……無論、此方はそちらの意見を出来る限り取り入れるつもりだ。使えればだけど」

 

 今から貰うトリガーが暫くは自分のトリガーになるか。

 そうなるとどちらが正しい?トリオンには恵まれているから俺はこうして生き残っている。トリオンに物を言わせた戦闘……いや、それでいいのか……。

 

「両方は無理なのか?」

 

 どっちか選べないなら、どっちも選ぶ。

 万能手(オールラウンダー)というポジションがあるのを知っている。

 

「両方を同時に使いこなせるのか?」

 

「……無理だな」

 

 剣をまともに握ったこともないし、トリオンという第三の感覚を使いこなせると断言出来ない。

 どちらかを使いこなすにもある程度の時間は掛かる……そう考えるとボーダーの万能手はスゴいな。死なない訓練をしてるとはいえ、両立できる奴を数年で何人も作っているんだから。

 

「後が閊えるから早くしろ」

 

「……」

 

 これはどっちを選ぶのが正解だ?

 トリオン強者ならば弾型でそうでないなら剣型の方がいいが……そもそもで俺のトリオンが幾つなのかを知らない。

 

「……【カゲロウ】をくれ」

 

 色々と悩んだ末に【カゲロウ】を選んだ。

 正確なトリオン量を知らないし、トリオン量を増加する角を後天的に移植する手術をアフトクラトルはしている。なら、トリオンに物を言わせた戦いよりも技術云々を覚えた方がいい。

 俺が選ぶと、それに続いて別の人達も選んでいく。

 

「ジョン、which is good?」

 

「white」

 

 リーナは俺にどちらがいいのか聞いてくるので、選ばなかった方を選ばせる。

 

「じゃあ、早速やるか」

 

 トリガーを選び終えたら、早速戦闘訓練がはじまる。

 とはいえ状況がイマイチ理解できていない人達も居るので、俺が問答無用でお手本になれと1番手となる。

 

「どうしたものか……」

 

 最初の戦いと違い相手はトリオン兵、ロボットみたいなものだ。

 奇襲を仕掛けるといった感じの作戦無しでも倒せるには倒せるのだろうが、機械なだけに油断や隙が生まれにくい。純粋な実力で倒さなければならない相手であり、俺は自分の純粋な実力を知らない。

 トリオン体と生身の肉体は差異を掴み出してはいるものの、まだまだ未熟でそれなりの訓練を積んでいる奴等と戦ったら負けるだろう。

 

「勝利条件は相手を倒すこと……俺が持っているのは剣とシールドのみ」

 

 今回は前回と違い実戦を想定した戦いなのか前回無かったレーダーやシールドが標準的に装備されている。

 とはいえ、目の前に敵が居るのであまり役に立ちそうにはない。

 泰平の世を築いて100年。

 平和な日本では武術は廃れていっており、代わりにスポーツが発展していっている。俺はといえばなにか特別な事をしているわけじゃない剣の素人……。

 

「下手な小細工よりも一点突破の方がいいか」

 

 深く腰を落とし刀の切っ先を相手に向け、その峰に軽く左手を添えた構えを取る。

 本来ならばこの技は左手で行うものだが俺は右利き。左手を上手く使いこなすことは出来ないが、そこは気にしないでおく。

 

 必殺技の名前はわざわざ叫ばない。

 必殺技は必ず殺す技であり、なにを取っても倒すことが優先だと俺はモールモッドに向かってひた走る。

 

「っ!」

 

 モールモッドも俺に合わせた動きをしてくる。

 真正面から突っ込んでくる俺に対して左から薙ぎ払うかの様に前足を使って攻撃する。

 単純な攻撃だ。ただ単に素早いだけで、対処できないわけじゃない。

 

「そこだ!!」

 

 左からの攻撃を跳んで避けた際の勢いをそのままに目を狙いにいく。

 

「ちぃっ!!弱点はちゃんと理解しているか」

 

 目を狙いにいったが、攻撃は届かない。右側の足を目元に近付けてガードした。攻撃に使う部分かやたらと硬い。

 【カゲロウ】の刃だとどう頑張ってもモールモッドの装甲を切り裂けないのが分かっただけでも、御の字……いや、待てよ。確か原作の序盤で主人公達がモールモッドの足を斬ってた筈だ。

 

「チマチマとやってたら、評価に関わるが今の俺はその程度か」

 

 原作に出てくるキャラの殆どが、このモールモッドを雑魚扱い出来る。

 今の自分がどれだけ弱いのか痛感できるが、感傷に浸っている場合じゃない。幸いにもモールモッドの攻撃を避ける事だけは出来ている。

 何処から攻撃が来るのか分かってさえいればどうにかなる。巨大な敵の大振りの攻撃でどれだけの硬さか分からないシールドに命は預けられない。

 

「先ずは1本!」

 

 攻撃自体はどうにか対処が出来ている。

 守っていてばかりで攻めに転じれない自分に情けなさを感じつつも、攻撃してくる左足を避け、足の付け根部分を狙うとあっさりと切り落とす事が出来た。やはり原作の知識は神である。

 

「このまま連続でいかせてもらう!」

 

 左足の前の部分を切り落とした事によりモールモッドの攻撃範囲が少し狭まり隙が生まれる。

 この勢いを途切れさせてはいけないと感じた俺はそのまま真ん中の足、後ろ足を切り落としていき左足を完全に切り落とす。

 

「勝ったと思った時ほど人は油断する。右の部分も切り落とす」

 

 ここで目を狙いにいってもいいが、なにがあるかは分からない。

 全ての左足を無くしてバランスが取れなくなったモールモッドの右足を切り裂いていき達磨状態にする。

 

「これで終わ……!」

 

 後は目玉を潰すだけだと突撃するのだが、モールモッドが消えた。

 

「おい、どう言うことだ?」

 

 こんな事をするのはルミエ達しかいない。

 森の外側に向けて声を掛けるとドロイが姿を現した。

 

「後は目玉をぶっ潰すだけで終わりだ。いいところで中止にするな」

 

「あのね……時間を掛けすぎ」

 

「……」

 

 困った奴だと大きな溜め息を吐いて呆れる素振りを見せるドロイ。

 確かに原作みたいにシュパッと軽々しく倒すことは出来ず、時間を掛けてしまった。

 

「左足を潰した時点で目玉を狙いにいけばよかったのに、それをしなかったせいで時間切れになった」

 

「時間切れがあるとは聞いてない」

 

 あるならば足じゃなくて目玉を狙いにいったし、それ以外の作戦を考えていた。そういうことは事前に言ってほしい。

 

「時間制限が無いとは言ってない……第一、モールモッドごときで手こずっていたら話にならないんだよ」

 

「……ッチ」

 

 ムカつくがドロイの言っていることは間違ってはいない。

 原作では弱い事で知られている主人公のメガネ君ですら倒せる相手なのに、無駄に時間を掛けてしまっている。多分、ベテランとかになると一瞬で片付く相手に時間を掛けている。

 

「でも、一応は倒した扱いにはする。時間を掛けすぎた以外は評価出来る部分はかなりある……ただ、慎重になりすぎている。トリオン体を自由に動かせているのに慎重になっているせいで完全に使いこなせていない」

 

「初戦闘で、どれだけ俺に重荷を背負わせるつもりだ?」

 

 はじめてのトリオン兵との戦闘だぞ。

 これだけやれただけでも自分を褒めてやりたいぐらいなのに、原作のエリート集団ことA級の隊員の様に秒殺でもしろと言うのか?言葉が唯一伝わってある程度は従順だからと言って期待値を上げないでもらいたい。

 

「まぁ、死なないでなによりだ」

 

「……ちょっと待て。死なないで、だと?」

 

「トリオン体がやられて生身に戻ったら一応は此方側でモールモッドの電源を落とすつもりだが、万が一の事故はある。現に過去に何名かこの訓練で死者が出ている」

 

「っ……」

 

 まずいな。

 トリオン体であることとワールドトリガーの原作を知っているせいか、生死の実感が湧かない。

 改めて自分がやっていたことが命懸けの訓練であったことを再認識させられ、首に手を翳してもしかすると死んでいたかもしれない恐怖が今頃になって襲ってくる。

 

「……クソ」

 

「怒っているところ悪いけれど、次があるからさ……移動をしよう」

 

 分かっていた事だが、この世界は優しくはない。

 ドロイに連れられて森から出るとリーナ達と再会するのだが、直ぐに次が待ち受ける。俺が戦ったことで、次は自分達が戦うんだと教え込まれた様だ。

 

「時間はあるとはいえ無駄には使っていられない」

 

 その後は他の人達もモールモッドと一対一での戦いをさせられる。

 1人は勇猛果敢に挑むも呆気なくやられ、1人は逃げの一手を選んで失格されて、1人は相討ちと結果は散々なもの。

 

「最後の方になってくると、段々と学習をしてくるか」

 

 良いお手本と悪いお手本を見ることが出来るので後続の人間には有利だ。

 順番が最後のリーナは今までの人達の動きから学んだのか、はたまた脳筋なのか迷いなく鏡を複数出現させてトリオンの砲撃を浴びせる。

 

「トリオン豊富だとああいう事が出来るからいいんだよな」

 

 リーナの戦い方を羨ましそうに見るドロイ。

 

「俺達のトリオン能力はどうなってるんだ?」

 

 間引きが済んだ状態で生き残っているのはある程度のトリオン能力がある。

 実際のところを教えてはもらっていないので、気になる。

 

「1から10で言えばお前は9、彼女は13だ」

 

 十段階評価の意味を知っているのか?

 この評価は公式設定集に載っているトリオン能力だと思えばいいのだろうか?

 

「この歳でこのトリオン量。鍛えれば、まだまだ伸びる筈だ」

 

 結局まともにモールモッドを倒せたのは最後のリーナだけだった。

 そのやり方もトリオン能力によるゴリ押しであった為にルミエもドロイもあまりいい顔をしなかった。





ジョン・万次郎(偽名)

トリオン 9

リーナ(愛称)

トリオン 13


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7話

朝、点灯とアラームが鳴り目覚める

ラジオ体操を行い意識を叩き起こす

食事が運ばれてくる

ルミエが迎えに来る

トリガーを用いた労働をする

トリガーを用いた訓練をする

昼御飯

トリガーとかの基礎的な知識を教え込む(俺のみ他は訓練の続きをする)

トリオンを抽出される

自由時間

夕食

シャワー及び自由時間

消灯

 

 

 拐われてから1週間が経過した。

 1週間もあれば生活のリズムの様な物を掴むことが出来るようになってくる。朝、起きてから寝るまでの流れを何となくで掴んでくる事に成功して、色々と見えてくるものが多い。例えば俺だ。

 言語が通じて比較的従順な態度を取っているお陰で上からの評価はそれなりのものらしく、トリガー制作のエンジニアにならないかの誘いもあった。近界民の文字を覚えようとしている段階でプログラミングは無茶がある。

 しかし物は試しにと受講してみたものの、言っていることを正しく理解することは出来ない。リーナにも試しにとやらせてもらったが「こんなのは無理!」と中々に流暢になってきた日本語で匙を投げる。

 

 この事に関して困り果てた様子のエンジニア達。

 俺達の中から新しい発想を取り入れるつもりだった様だが根本的な仕事が出来ないとなると話にならない。

 エンジニア志望の人達も少ないみたいで今あるトリガーの性能の効率を上げたり量産化したりする部門でなく、一品物や新しいトリガーを作る部門に入れたいそうだ。

 

 歳は違えども残念ながら俺もリーナも小学生。

 最近の学校は進んでいるらしいが、プログラミングの勉強はまだ早い。仮にやったとしてもより高度で専門的な知識が必要になる。コレばっかりは努力云々は難しい。

 リーナは一手一手、戦いの中でも考えることが出来るタイプに見えて一時のテンションに身を任せるタイプでもある。所謂、静と動を両立している珍しいタイプである。地頭がいい筈だが性格的な部分も含めて細々としたのが苦手だ。

 要するにプログラミングの知識を得ることは出来ても、それを使いこなせるのは無理っぽい感じだ。俺も似た感じだろう。

 

「91、92、93、94」

 

 そろそろ拉致された奴等もストレスを溜め込む頃だと上は読んでおり、今日は休みとなった。なのでワンパンマンのサイタマがやっているトレーニングを行う……生身の肉体での運動がこれから減っていく。ただでさえ質素な食事の日々で栄養失調になるんじゃないかと少しだけ疑ってしまう……いざという時に頼れるのは自分の肉体であることを忘れちゃいけない

 

「95、96、97、98、99、100」

 

 リーナがカウントをしてくれ、なんとか100回腕立て伏せに成功した。間違うことなく1から100までを日本語で言いきった。これは大きな進歩だ。この調子で日本語を覚えてくれたらいい。

 

「……暇だな」

 

 外に出られないので10Kmのランニングが出来ない。

 腕立て伏せ、スクワット、腹筋を100回こなしても時間はまだまだ有り余っている……要するに暇である。

 いや、やることはまだまだ沢山ある。この世界の文字を覚えたり、リーナに日本語を教えたりと本当ならば暇じゃないが、ここ最近が激しい日々だった為かいざ時間を与えられると暇というものだ。

 

「どうやら暇な様だね」

 

 退屈な時を過ごしていると、それを予見してやって来たルミエ。

 今日は完全にオフな日だと聞いているのにわざわざここに来たことに思わずリーナも俺も身構える。

 

「ああ、そう身構えるなよ。今日は休みだって事は知っている。なにか特別な訓練をするとかそういうことはしない」

 

「じゃあ、なにしに来たんだよ?」

 

「お前達、暇だよな?」

 

「肉体労働ならやらねえぞ」

 

 暇をもて余している俺達になにかをさせようって魂胆ならばそうはいかない。

 暇であるのは確かだが、だからと言って忙しくなりたいわけじゃない。程好く暇なのがちょうどいい。

 

「そうじゃない……お前達はこういう時にどうやって退屈を紛らわせてる?」

 

「また随分と藪から棒に」

 

「答えろ。これは命令だ」

 

 またなんともまぁ、個人的な命令な事だ。

 俺達が休みだからルミエも自動的に休みになって暇なのだろうか?でも、ルミエは普通に外を出歩くことが出来るから……まさか、仕事中毒者(ワーカーホリック)なのか?

 

「外に出歩いて買い物をしたり、家で凝った料理をしたり、本を読んだり、スポーツをしたり、ゲームをやったり、ドラマを見たり、暇の潰し方は人それぞれだ」

 

 ルミエの仕事中毒はともかく、命令なので答える。

 暇の潰し方なんて本当に人それぞれ。俺も俺なりの過ごし方もあるし、リーナもリーナでなにかしているだろう。知らんけど。

 ハッキリとこうしたことをするんだとは言わず、人それぞれという極論を答えるとなにかを考えるルミエ。

 

「スポーツとドラマとはなんだ?ゲームはまだなんとなく理解できるが……」

 

「スポーツは一定のルールに則って勝敗を競ったり、楽しみを求めたりする身体を使った遊びだ……まさか無いのか?」

 

「うん。聞いたことないな」

 

 なんだそれと?を浮かべるルミエ。

 確か空閑遊真もサッカーを知らなくて驚かれていたシーンが序盤にあったな。割と序盤な部分で、全く気にしていなかったが、この世界は地球とは異なる独自の文明に発展していったんだな。

 

「休みの俺達になにしに来たかと思えば、そんな事を聞きに来たのか?」

 

「そんな事、か……お前にはそう思えるか?」

 

「どう言うことだよ?」

 

「何回も説明したりしているんだから、察せよ」

 

「無理だから聞いてるんだよ」

 

「What are you talking about earlier?」

 

「I'm listening to how to get rid of boredom」

 

 俺がなんでもかんでもポンポンと出来るほど器用な人間じゃないのは知っている筈だろう。

 リーナが日本語ばかりで話しているのでイマイチ分かっておらず、なにを話しているか聞いてきたので退屈を紛らわせる方法を聞いてきていると伝えると呆れていた。そりゃそうだろう。

 

「何回も言ってるけど、新しい発想とか取り入れたいんだよ。聞く限りだと玄界には色々と面白そうな物が多く溢れている。それをなんとか此方で輸入して上手く生かせる様にしたい」

 

「例えば?」

 

「別の国や玄界に行く為には船に乗っていく。その船は狭く降りることもままならない閉鎖的環境だ。優れたトリガー使いだが、遠征艇の閉鎖的環境が苦手で精神に異常をきたす為に乗れない者もいる」

 

 まぁ、そうだろうな。

 ハッキリとした描写はないが、ガロプラは遠征艇で一月ぐらい生活をしている。閉鎖的な環境で1ヶ月も過ごせば、訓練を積んでない奴等なら普通におかしくなる。NASAとかJAXAとかに閉鎖環境に一週間以上閉じ込めるとおかしくなるとかデータにあるし。

 

「閉鎖的な環境が苦手な奴等は狭いところが苦手なのと退屈すぎて精神的にキツいと言う奴等が大半だ。その退屈を紛らわせようにも娯楽となる物と言えばカードゲームか本を読むぐらい……玄界の娯楽ならなにか違うのがあるんだろ?」

 

 貪欲、恐ろしいまでに貪欲だ。

 他所の国のいいところを取り込んで進化する為ならばなんでもするというのが、これでもかと伝わってくる。

 

「そういうのは仕事がある日に聞いてきてくれよ」

 

「いや、今日だからこそ意味がある……お前達は退屈だろ?暇で暇で、仕方がないだろう?そういう時こそ本当になにが必要なのかが分かってくるものだ」

 

 今の俺達は遠征艇に乗っている人達と似たような心境だ。

 玄界の人間ならば、こういう時にどういった物を求めるのか?その求めた物を此方の世界で再現すれば遠征中のストレス等を解消させて作業効率を上げることが出来る……と言った感じか。

 

「テレビさえあれば閉鎖的な環境でそれなりに楽しくは過ごせる」

 

「テレ、ビ?……玄界の機械かなにかか?」

 

「映像を見ることが出来る道具で、ドラマ……演劇を録画した物を見たりとか漫画を映像化した物を見たりとかして時間を潰している」

 

「演劇を映像化……」

 

「ドラマも9時間から11時間ぐらいあって時間を潰すにはちょうどいい……けど、ここじゃ無理っぽいな。そういう技術は疎そうだ」

 

 面白い話を聞けた、がしかしと考えるルミエ。

 多分だが此方の世界にはアイドルとか芸能人とかの考えは薄い。演劇とかも探せばあるのだろうが、あくまでも演劇であり、日本のドラマみたいな感じではない。演劇は面白いが生で見るものであり、映像で見るものじゃない。ドラマは映像で見るから面白い。

 

「そういった娯楽は専門職の人間達が何人も協力して作り上げるもので、素人が作るのは難しい……いっそのこと、地球に行って、そのまんまの物を密輸してきた方が何億倍もましだ」

 

 日本の娯楽は面白い。これ、地球の常識だ。

 

「玄界の人じゃなくて物を密輸か……面白いことを考えるな。いや、それはある意味正解なのかもしれない……あ、そうだ!」

 

 なにかを閃いたと言わんばかりに去っていったルミエ。

 今日、本当に休日なんだよなと思うが休みの日なんて俺達には存在しないのかもしれない。

 

「これ、どうやっているか分かるか?」

 

 戻ってきたルミエは1枚の写真を見せる。

 その写真は何処かの国の繁華街の夜景を写しているもので、何処の国かと聞かれれば分からない。写真について聞いてるんじゃないよな。映像を見る技術があるから、写真ぐらい珍しくもなんともない。

 

玄界(ミデン)の夜の時間帯、何処を見ても明かりがついている。玄界の技術は知らないけれど、トリオンを用いていないトリガーでもなんでもないんだろ?」

 

「まぁ、そうだが……やり方を教えろと?」

 

「そうなるな」

 

 俺達がトリガー開発関係の仕事が全然出来ないのを知っている筈だろう……トリガーだから無理で、向こうの世界の技術ならば出来るかもしれないと思っているのか?

 

「……やり方を教えたとして、その場合どうなるんだ?」

 

「報酬の話か、知っているとも知らないとも言わずに聞いてくるなんて現金な奴だな」

 

「なんとでも言え」

 

 馬車馬の如くコキ使われるのは覚悟の上でやっているが、それ相応の報酬が無ければやる気が起きない。タダ働きはごめんだ。

 

「そうだな……仮にこんな風に明かりを灯す道具を作れるというなら、ある程度の金と外を出歩く権利を与えてやる」

 

「足りないな」

 

 ルミエからすればかなり譲歩した報酬なのかもしれないが足りない。

 

「トリオンを用いずに明かりを灯す技術を手に入れれば、コレからは明かりを灯す分のトリオンが自由に使える筈だ……技術は一生使えるものだ」

 

 安く買い叩かれたら困る。

 街の明かりを灯しているのもトリオンなら年間でかなりの量を消費している。そのトリオンをこれから自由に使える様になればかなりの利益を生み出す筈だ。

 

「これ以上の報酬を望むなら、先ずは現物を作ってみろ」

 

「……現物か」

 

 外交関係の仕事をしているだけあってかルミエの方が何枚も上手だ。

 今すぐに用意できる代物ではないので、これ以上の報酬だなんだとワガママを言ってたら話そのものが打ち切られる。

 

「後で材料を用意してくれ……運要素も絡んでくるからな」

 

 頑張れ、今まで小説家になろうで見た知識。

 雷が鉄棒に落ちれば強力な磁石になる。磁石があれば、電気を生み出す事が出来る……なんでこんな事をやるんだろうな。小学校で普通に勉強をしていたのになんでこんなサイエンスをしているのだろうか。第二の人生がおかしくなってってる。

 

「運要素も絡んでくるのか?」

 

「雷が落ちてくるか来ないかで関わるんだ」

 

 取りあえず、ルミエに必要な材料を要求する。

 幸いにも鉱石とかはちゃんとあるみたいで、加工する職人もいるみたいだ……。

 

「外、出たいな」

 

 最低で外に出れるのとある程度のお金を貰えるのは保証して貰えた。

 Dr.stone式発電機を作り上げさえすれば、少しだけ広い部屋から抜け出すことが出来る。そうすればリーナも退屈を潰せる……。

 

「俺って最低だわ」

 

「ジョン、どしたノ!?」

 

 リーナを建前や理由に使うことで、俺自身の本音を隠そうとしたり使わないようにしようとしたりしている。

 リーナの為なんて適当な建前を用意しとけばなんとかなると思っている自分が居るってハッキリと分かる。

 

「リーナ、ごめん」

 

「……ごめンなさいって言わなくクテイイ」

 

 自分に嫌悪している俺にリーナは膝を貸してくれた。所謂、膝枕の体勢で俺の頭を膝に置いてポンポンと頭を撫でる。

 

「ジョンは助けてくれなかたら、どうなてたか分からない」

 

 拙い日本語で俺にお礼を言ってくるリーナ。

 心からのお礼なのだが、そのお礼が俺を苦しめていく。リーナがいれば自分よりも下な奴がいて安心するとか、そういった邪な感情が生まれる……生きるためにはこの感情をどうにかしないといけない。

 

「だから、ありがとう」

 

 お礼を言ってくれるリーナ。

 礼を言うのは俺の方だ。一人だと心細くて、寂しい思いをしていた。特にこんな無駄に大きな部屋に軟禁されてるとだ。

 

「……生き残らないといけないか」

 

 一先ずは原作開始の時期までは生き残りたい。その為には強くならないといけない。俺が、国が……。

 

「原作知識をとことん悪用するしかないのか……」



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8話

 拐われてから2週間が経過した。

 本当に米が食えないのは痛い。なんとかして米を何処かから輸入してくれないかと頼もうにも、そんなに力を持っていないので頼めない。この一週間、雨が降らないから雷も落ちないから磁石が作れない。

 

「さて、残念なお知らせがある……お前達を実戦投入しなければならなくなった」

 

「それの何処が残念なお知らせなんだよ?」

 

 朝起きてから夜寝るまで訓練付けの毎日。

 何時現場に出されるのか分からない状況だったのが、今やっと分かっただげだろ。

 

「お前はまだいいけど、他の奴等は能力がバラバラで基礎的な部分が殆ど出来ていない。ちゃんとしていない状態で戦場に出すなんて、アホでしかない」

 

 2週間、何日かは休みをくれたりはしているがほぼ毎日訓練に明け暮れていた。

 筋肉云々は必要じゃないトリガーを用いた戦闘。トリオン操作を如何にして極めるかが重要だが、やはりというかそう簡単には馴れるものじゃない……簡単に動ける奴がおかしいか。

 

「どうして立たせるようになった?」

 

 上からの命令なので逆らう事は出来ない。

 そういうことだと決まった以上は受け入れるしかないのだが、本当に急すぎる。ここの国は無理矢理にやれとは言うが無茶振りはしない。少なくともそういう印象が付けられてきたんだがな。

 

「イアドリフが特定の軌道周回を持たないのは話しただろ?今現在、リーベリーと言う国の近くにいる」

 

「リーベリー、っつーと海の国か」

 

 そこに貝殻があるから持って帰るとかどうとか言っていた気がするな。

 どうせならば米を持って帰って欲しいのだが……いやでも、持って帰った米がタイ米とかなら口に合わない。

 

「現在リーベリーと交渉中の部隊が居て、若干ながら国の警備が手薄になっている」

 

「リーベリーと戦争をしてるのか?」

 

「その線もありえなくはないけれど、問題はそこじゃない。イアドリフと同様に軌道周回を持たない国が近くに来ている……試しに連絡を取ってみたが一切の反応はない」

 

 となると、黒か限りないグレーか。

 イアドリフと友好的な関係を築き上げたいのならば、ちゃんと連絡を取り合う。戦う意思があるならば、戦いますよの事前通告をせずに奇襲を仕掛けるのが1番だ。

 敢えて連絡が来ていないフリをし、此方の世界に足を踏み入れてから交渉に来ましたよとか言ってくる可能性もなきにしもあらず。

 

「リーベリーと貿易中で国の一部の精鋭達が居なくなってたりする為に色々と手薄になっているところもある。その部分を埋めてもらう」

 

 下手すりゃ最前線に飛ばされるのかもしれないのか。

 この国の状況を聞かされて、少しだけ顔を青くする。話が分かっていない奴等もなんとなく嫌な話をしているのを察する

 

「因みに何時から何時までだ?」

 

「今日から交渉中の部隊が帰ってくるまでだ」

 

 帰ってくる正確な日も分からず、何時になったら終わるのかが分からない戦い。

 そうなると拐われた人達に掛かる精神的なストレスが激しい……緩和する為には美味い飯とかが必要になる。それを今、貿易をしている人達が頑張っている……どうしたものか。

 

「2時間後から前線に出てもらう」

 

「既に戦ってるのか?」

 

「いや、戦ってすらいない。もしかしたら来ない可能性もある」

 

 それでも万が一を用心して警備を配置する。

 今更だが、迅悠一の存在がどれだけチートなのかが分かる。未来視を利用して何時襲われるのか分かれば、こんなピリピリする事をしなくていいんだから。

 

「残り2時間か……」

 

 誰が何処の配置で何時に休みを取ると言った詳しい説明は受けていない。

 恐らくは他所の国が近付いていたのが想定外の事で対応に遅れたりしていて慌ただしくなっているんだろう。

 内政の事は知らないが、任された以上はやりきるしかない……しかし、残り2時間。

 

「寝るのは無駄だな」

 

 何時休みになるのかは分からない状況で、睡眠を早目に取っておくのも手なのかもしれないが時間が微妙すぎる。

 せめて、3時間だったら考えていたがこうも微妙な時間だと寝るに寝れない。短い時間の仮眠の方が休むのにちょうどいいとか言うが、長く眠りたい。

 

「……」

 

 今回のこの防衛では手柄を上げても評価はあまりされない。

 元々、戦う為に連れ去られた。これは俺達がやらされる通常業務で、やれて当然の扱いになる……そうなると頑張る気力は無くなるな。

 まだまだ未熟なのは知っているので武勲による手柄は難しい。それ以外での手柄をなんとか掴むとして、ここでなにかをしておいても損は無い筈だ。

 

「ジョン、今からなに起こるの?」

 

「戦争、warsだ」

 

 ルミエの説明がイマイチ理解できていないリーナに分かりやすく教えると落ち込む。

 

「なんで私達が……」

 

 今さらな事を言い出すリーナ。

 甘えんなと言いたいが、俺と違ってリーナは普通の人間。俺よりも年下で今頃なら学校にいる。泣き言の1つや2つ言いたくなって当然か。

 とはいえ、俺は泣き言を言ってはいられない。もしかするとこの戦場で死ぬかもしれないのだから、やれることをやっておかなければならない……。

 

「トリオン体の改造をしたい」

 

 

 

 

 

※2時間後※

 

 

 

 時と場所は少しだけ変わり、2時間後。

 俺達は森とも草原とも違う市街地を歩かされ、最終的に街の入口と思わしき場所に連れて来られた。

 外に出歩く権利を持っていないから、まだなんとも言えないがイアドリフはライトノベルに出てくる街よろしく城壁に囲まれた街が幾つもあると言った感じだな。

 

「取りあえずは待機、敵が来ない限りは待機の体勢を取る」

 

「あんたが指揮をするんだな」

 

 ここでも出てくるルミエ。

 外交とか外の世界関係の仕事を担当しているならば、国の防衛はまた別の奴等が担当の筈。それなのにさも当たり前の様にここにいる。

 

「オレは外交関係もしているが、それ以前にお前達の隊長でもある。拐ってきて2週間、そろそろ使える奴と使えない奴がハッキリと分かれてくる。そういうのを見たりするのもオレの仕事だ」

 

 要するにここでの戦いは実験だと言うことか。

 相変わらず俺達の扱いは容赦はないナチュラルな外道っぷりを見せつけてくるルミエ。反抗する意思を持つだけ無駄だ。

 

「向こうがどういう国なのか見に行ったりとかしないのか?」

 

「貿易しませんかの通信をして、それで知らんぷりを決め込んでるんだ。わざわざ関わり合いを持つ必要はない……今はリーベリーと貿易中だ。無理に窓口を増やしても失敗するだけだ」

 

 最初から仲良く出来ないと分かれば一気に仲良くしない主義か。

 なんというかこの国は鎖国的に見えて、しっかりとしている部分が多い……貪欲でしっかりとしているから長い間、生き残ることが出来たんだろう。

 

「さぁ、話はここまでにして仕事に取りかかるぞ」

 

 ルミエはトリガーを起動し、トリオン体へと換装する。

 それに続くかの様に他の人達もトリガーを起動していき、俺も【カゲロウ】がセッティングされている黒い腕輪を起動せよと念じる……ダメか。

 

「……【カゲロウ】起動」

 

 音声認識で【カゲロウ】を起動する。思念を読み取って起動することが出来る筈なのに、どうも上手く出来ない。

 こういう細かなところを少しずつ矯正しておかなければ命取りになると考えていると、周りからの視線に気付く。

 

「Japanese samurai clothes!」

 

 改造したトリオン体を見ておおはしゃぎするリーナ。リーナが言った言葉を聞いてやっぱりと周りの奴等もざわめきだす。

 

「それは、なんだ?」

 

「うちの国の民族衣装だと思えばいい」

 

 与えられた2時間、寝ることも考えたが寝るには時間が足りない。

 トリガーを1から作る権利は無いが、トリオン体を改造する権利はあるので思う存分改造した。着物姿で靴は草履、浅葱色のダンダラ羽織を着ている……要は新撰組と同じ格好をしている。

 本来ならば誠と羽織の背中には書かれているが、漢字なのでエンジニアの人がなんだそれと言い、字を伝えてみたものの無理っぽい感じだったので、狼の顔が描かれている。

 

「ジョン、私も!」

 

「阿呆、今から防衛任務だ。トリオン体を改造してる暇はない」

 

 目を輝かせるリーナだが、今から任務でそんな暇はない。

 第一、リーナが使っているトリガーは中距離系の武器で幕末最強の剣客集団の新撰組の格好は合わないだろう。

 

「ふ~ん……まぁ、仕事に支障を来さないなら文句は言わないよ。けど、早々に都合の良いことなんて無い」

 

 周りが五月蝿い中、ルミエは冷静に俺の服装について考え見抜く。

 日本の新撰組の格好を知らないからこそ理解できるか……。まぁ、着るなと言われないだけましか。この格好をしておけば、大抵の奴等は日本人だと気付く……筈だ。

 

「暇だな……」

 

「暇で結構。平和がなによりだ」

 

 ルミエに言われた通り、何時でも戦える様に待機はするものの暇だった。

 向こうの国が襲ってくるかもしれないレベルなので、もしかすると襲ってこないかもしれない。それはそれで良いことなのだが、何時戦いになってもおかしくない状況に放り出されていると思うとピリピリする。

 

「口は達者でもまだまだ未熟か」

 

「当たり前だ、戦場になんて出たことは無いんだ」

 

 ピリピリしている俺を見て笑うルミエ。

 お前は馴れているかもしれないが、こちとら初戦場。ピリピリするなと言われる方が無茶だ。

 

「そうは言うが、これからお前達には馴れて貰わないと困る。うちみたいな特定の周回軌道を持たない国は長期戦が出来ない。攻めてくる時はとことん全力だ……逆に攻めてこない時は中々に攻めてこない」

 

 価値があれば手に入れに行き、無ければなにもしない。極端すぎるかもしれないが、近界の性質上そうなってしまう。

 

「これからなにもない1日となにもなかった警備は何度もある」

 

「実戦経験が積めないな」

 

「なに、その辺りは色々とやっている。剣一本だけで何処まで戦えるのか、剣使いだけの大会とかもやっている」

 

「お前等、暇なのか?」

 

「まさか、忙しいに決まっている。暇と平和は違うんだ」

 

 それは分かっている。お前の顔を見ない日は今のところ記憶には無いんだ。

 

「……お前なら、どう攻める?」

 

 感覚的に30分程か。

 流石に馴れているとはいえルミエも暇になったのか、不謹慎な話題を俺に振ってきた。

 

「反逆するつもりはねえよ」

 

「そんな事をしても無駄だと分かっているからしないだろう……ただ、お前ならどうやって落とすかを聞いているだけだ」

 

 本当にちょっとした世間話を振ってきたのか。

 そうなると答えないと更にめんどくさく絡んできそうだ……イアドリフを落とす方法か……どうやって落とす?

 地球と違ってトリガーとかトリオン兵の事は熟知しているし……。

 

「内部にスパイを紛れ込ませる」

 

「随分とベタな内容だな。もう少し玄界らしい捻りはないのか?」

 

 お前は地球人をなんだと思っている。

 

「国の中枢や軍隊に紛れ込むって言ってるんじゃねえよ、市街地にさも当たり前の如く溶け込むんだよ。国とドンパチやりあうには拠点が必要で、軍の基地を狙おうにもそう簡単に狙えない。食糧とかも考えれば市街地を奪えばある程度はやれる……長期戦がやれればだけど」

 

「そう、うちは出来ない」

 

 特定の周回軌道を持っていれば国同士が近付く時に救援物資を送れる。

 けど、特定の周回軌道を持っていないせいで、国同士が何時近付くか分からない。救援や増援が何時来るか分からない戦いで持久戦をやられたら無理ゲー過ぎる。戦争するには物資がアホほどいるんだ。

 

「だったら、国の中枢部分に門を開く」

 

「それは出来ない。国の市街地や中枢部分はトリオン障壁に守られている。こういう街じゃない所にしか出られない様になっているのはその為だ」

 

 成る程……原作じゃ門誘導装置なんてものがあったが、ここではトリオン障壁で門を閉じているのか。

 確かにトリオンが当たり前の国ならば街中の人達からトリオンを根刮ぎ貰う事は出来る。ボーダーと違ってトリオン集め放題だ。

 

「外からじゃなく内側から門を開けばどうなる?」

 

 どれだけ優れた装置でも機能でも穴はある。

 原作の序盤に起きたイレギュラー門は、門を外からではなく内側から開くことで門誘導装置の範囲外から門を開くことに成功している。

 

「門を内側からか……」

 

「逆に聞くが門を誘導する装置とか翻訳装置とか作れないのか?」

 

 俺はもう生き残るのに忙しい。自重は捨て去るつもりだ。だから、堂々と聞く。

 

「門を誘導する装置か……面白そうだが、作れる作れない以前に費用(コスト)が掛かる。イアドリフはトリオンに余裕があるわけじゃないから、そんな装置を作ってもそれを動かすトリオンが無い」

 

 エネルギー問題があるわけで、製作的な意味では無理じゃないのか。

 そうなるとますます電気による文明があればエネルギー問題を解決することが出来る……成り上がるには、それしかない。

 

「それと翻訳についてだが、既にやっているよ」

 

「……?」

 

「トリオンを乗せて言葉を話せばトリオン体が自動的に翻訳してくれる。話し手と聞き手のどちらかがトリオン体なら自動的に翻訳はされる……筈なんだけどな」

 

 そういうのもあるのか。知らなかった……けど、まだなにかあるのか困ってそうなルミエ。

 トリオン体を使えば言語が自動的に翻訳されるのであればリーナやその他の外国人達が言葉にわざわざ悩む必要は無い。

 

「そもそもで使っている言語が全く分かっていないから、トリオン体が翻訳出来ないんだ」

 

「……高性能か低スペックかイマイチ分からないな」

 

 日本語が通じていると言うことは日本語に自動的に翻訳される機能がある。

 けど、英語は……難しいな。英文ってスペル少し変えれば複数形とかになるし、英単語を書く場所を変えれば意味が変わる。海外の偉いさん達ぐらいしか翻訳機的なのを耳にしていないし翻訳機的なのはまだまだだ。

 難易度的に言えば、英語よりも日本語の方が難しいらしいがそこはそれ、漫画の世界のご都合主義と言ったところ。

 

「南東付近のエリアに多数のトリオン兵が出現しました!」

 

 新しい知識を得ていると、慌てた様子で此方に報告に来る一般兵。

 こことは違う区域にトリオン兵が出現した事を大慌てで報告をする。

 

「状況は?」

 

「レクス隊長が警備を勤めておりますので今のところは問題無いとのことで、トリガー使いの影は見当たりません」

 

「じゃあ、増援はいらなさそうだな……待機続行だ」

 

 まだ待たなければならないか。

 既に別の場所でドンパチやりあっている中で自分達が待機しておかないとなると先ほど以上にピリピリとした空気になる。もしかすると、襲ってくると言うのがもしかするとじゃなくなる。戦争はもう目の前で起きている。

 

「はい、交代の時間な」

 

 結果だけ言えば、その日は何事も無かった。

 他の区域でドンパチやりあっているとの報告は受けたけれども、それだけで救援に向かう程ではないから待機命令がずっと出されており暇と何時来るかの緊張感で今までに無い程に疲れが溜まった。

 

「明日も頼むぞ」

 

 今日1日だけならばまだよかったが、これが休みなしに続く。

 何時戦闘になるか分からない何処で起きるかも分からない戦い。近界民のやり方とはいえ、これが戦争なんだと感じる。

 

 俺達に未来視を持った実力派エリートはいない。だから、何時に誰が来るか分からない。

 

 俺達に優れたエンジニアである開発室室長はいない。だから、1度でもやられればそれが死に繋がる。

 

 生き残る為には自分の有能さを見せつけて成り上がっていくしか道はない。

 最初の戦場はなんとも言えないしょっぱい形で終わった。




最新話で翻訳機能が判明したけど、一応こういう設定にしておく。


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9話

「来たぞ」

 

 防衛2日目。

 今日も暇なんだろうと思っていたが、暇ではなくなった。(ゲート)が開いて中からトリオン兵が出現してくる。

 

「何時ものか」

 

 出てきたのは何時ものモールモッド。

 何時もと違うところがあるとすれば、色が黒色というところ。

 

「油断はするな。同じに見えて、使っているトリオン量が違えば出力は変わる」

 

 何時もと同じ相手だからと俺も含めて周りは気を抜いている。

 ルミエが喝を入れ直すと俺は真っ先に突撃してモールモッドの弱点である目を狙いにいく。

 

「何時もより早いな」

 

 何時も通り倒しにいこうとするが、前足の攻撃が来た。

 モールモッドの攻撃方法は限られており、足の動きにさえ注意すればいいのだが気のせいか何時もより早い。

 反応できない速度でないので避けるのだが、何時も通りの戦いで倒すことは少しだけ難しい。

 

「リーナ」

 

 1人でなら。

 

「OK」

 

 俺は1人で戦っているんじゃない。最初から頼れる奴はいる。

 俺がモールモッドに攻撃をさせて隙を作っている間にリーナはモールモッドの目玉に目掛けて鏡からトリオン砲を放つ。俺への攻撃に時間を割いているので足を目元に向ける事は出来ずそのまま撃ち抜かれる。

 

「何時の間に連携出来るようになったんだ?」

 

「そこまでの連携じゃない。初歩的な部分での即興だ」

 

 ただ俺が囮になって相手の隙を作り出し、リーナが仕留める。

 連携と呼ぶにはそこまでの代物で、昨日の仕事が終わった後に打ち合わせをしておいた。

 

「ジョン!」

 

「分かっている」

 

 まだ一体倒しただけで他にもモールモッドがいる。

 ルミエが言っていた通り、まだちゃんと戦えず手こずっている奴も居るので手当たり次第でなく選んで戦わなければならない。

 

「リーナ、手分けして……別々に行動するぞ」

 

 言葉1つ、選ばなければならない緊迫した空気。

 手分けしてを英語でどう言えば分からず、昨日一応はトリオン体が翻訳してくれるとの説明は受けたのでそれに賭けて次のモールモッドを倒しにいく。

 

 最初に戦った時とはもう違う。

 どういった攻撃をして来るのかが分かり、動きが見えてきたので直ぐに攻めに転じることが出来る。

 必要なのは集中を途切れさせないこと。足を狙って達磨にする必要は無い。目玉を潰せばその時点で活動停止するので無理に切り落とさなくていい。

 

「牙突ばかりだと何時かは限界が来るからな、別の技の練習相手になって貰う」

 

 原作の方は対人戦闘ばかりだが、忘れてはいけない。

 基本的にはこういうトリオン兵を相手にするのがメインで、他国に攻め入らない限りはトリガー使いを相手にする機会は早々に無い。何時ものビリヤードでよくやる構えをせずに【カゲロウ】を両手で握り、思いっきり振りかぶる。

 すると、モールモッドは1番装甲が固い足の先端部分で攻撃を防ぎにいく。

 

「それを待っていた」

 

 剣による攻撃を避けるのでなく防がれる。

 これから先、右片手一本突きもとい牙突擬きを防がれ研究される可能性がある。牙突はそれでも無敵なのだが、俺自身は無敵じゃない。攻撃を防いでくる相手に対してなにかをしなければならない。

 

「確か斬ると同時に押すだったな……」

 

 俺の剣はモールモッドの装甲を切り落とす事は出来なかった

 しかしモールモッドの装甲を凹ます事には成功した。モールモッドが立っている場所も凹んでおり若干ながら後退りした後も出来ている……失敗だな。斬ると同時に押すを使う難しい技だが使いこなせれば攻撃を防いだり受け流そうとする奴に有効打になる……多分だが。

 普通の剣術をせずに漫画に出てくる剣ばかり使っているので、ある意味俺は阿呆なのだが、案外これが使えたりもする。トリオン体で超人的な運動能力を得たからだろう。

 

「大分、戦いが板についたじゃないか」

 

 モールモッドしかトリオン兵が出てこないのでスパスパと斬っていくと感心するルミエ。

 もう完全にモールモッドを相手にする事が出来る。1度に5、6体来られれば難しいが一対一だと負ける気はしない。

 

「そういうお前はさっきから全然戦ってねえじゃねえか」

 

 人様を戦わせておいて見物しているルミエ。

 こいつが戦っている姿をマトモに見たことは無い。本当は弱いんじゃないかと時折疑うのだが、この疑いで足元を掬われるのだけはごめんだ。

 

「オレは隊長だからな、周りを意識しておかないといけない……っと、言ってたら大変な事になってきた」

 

「まだ劣勢じゃないだろう」

 

 少しだけダメージを受けている奴等はチラホラといるが、トリオン兵に負けた奴はまだいない。

 トリガー使いが来たのかと辺りを見回すとモールモッドじゃないトリオン兵が何体かいた。 四足歩行で首長竜程とは言わないが首が長いトリオン兵。

 

「あれは……」

 

「バンダーだ。砲撃兼捕獲用のトリオン兵で、お前達は相手をしたことない」

 

 知っているがはじめて見るトリオン兵。

 三雲修が純粋な実力で1番最初に倒した強いんだか弱いんだかイマイチな敵であり、今までの訓練で相手にした事は無い。トリオン兵の主な弱点は目玉で、こいつも目玉が弱点だった筈だ。

 

「アイツも倒さないとダメだろう」

 

「アイツを野放しにすれば、街への被害は拡大する」

 

 砲撃なんて危険で浪漫溢れる攻撃をしてくるんだ。

 野放しにしておけばこの防衛ラインを軽く突破する事が出来るだろう。

 

「バンダーはオレが相手をする……見ておけ」

 

 初見の相手を倒しにいけと無理を言わず、自分から戦いにいくルミエ。

 どんな戦い方をするのだろうかと見ていると、ルミエの影がウニョウニョと動き出して1つの弾となりバンダーへと向かっていく。

 黒い玉の形は少しだけ分解されて弾となってとんでいく。残っている大きい部分は剣とメリケンサックへと変化する。形状を変えることで斬撃、打撃、弾の自由に使いこなす。トリオンコントロールが難しそうで俺には扱えないトリガーみたいな感じか。

 

「と、余所見をしてる場合じゃない」

 

 ルミエが簡単にバンダーを倒しているが、まだ戦いは終わっていない

 物凄い居るわけではないのだが、1体でもトリオン兵を通してしまうと俺の評価に関わってしまう。

 

「ayúdame!」

 

「ジョン、そいつは頼んだ!」

 

「くそ、無茶を言いやがって」

 

 ルミエが後方でスタンバってたから戦いやすかったが、そのルミエがバンダーを倒しにいったので陣形が崩れた。

 酷くてひび割れ程度のダメージだった、まだ完全に戦えると認められていない何処かの国の人はトリオン体を破壊されてしまい、元の生身の体に戻ってしまう。

 

「何処に避難しておけばいい!」

 

 フォローに回れとルミエから指示は出ている。

 助けるにしても、こいつを何処に連れていけばいいのかが分からない。

 

「街の入口前にでも置いておけ」

 

「おい!」

 

「ここは戦場だ。負ける奴が悪い」

 

 避難所は何処にもない。

 そうなると攻略されれば詰む街の入口に置いておけと言うルミエの判断は間違ってはいない。地球の戦場ならばこいつは既に死んでいるのだから。

 

「多少手荒になるが、文句は言うなよ!!」

 

 倒された何処かの国の人を脇に挟んで安全地帯の入口付近まで連れていく。

 思いっきりぶん投げてやりたいが、それをやったら骨が折れそうなのでやらない。

 

「ジョン、他にも出てきた!避難は後にしろ!」

 

「くっそ……兵の質の差がありすぎる」

 

 リーナぐらいに動けるのは本当に数名ぐらいで言語の壁があるせいで会話が出来ず、上手くコミュニケーションがとれずに連携が出来ない。

 取りあえずは生身の肉体に戻った奴等の付近からトリオン兵を倒していく。途中、バンダーもいたが弱点が目でモールモッド程の動きではないので、砲撃さえ注意すれば初期の雑魚修でも倒せるものだったのであっさりと倒せた。

 

「増援が来たけど、油断はするな」

 

 何時終わるか分からず限界ギリギリで戦っていると、遂にやってきた増援と言う名のトリオン兵。

 原作じゃ対人戦ばかりだが、此方の世界ではトリオン兵を兵器として扱っている描写があった。

 

 増援で送られたトリオン兵のお陰でじり貧だった戦況は一転した。

 使い捨てしても問題の無い兵器なのでポンポンと導入していき、俺達が減らしていた分もあったのであっという間に殲滅することに成功した……が、それだけだ。

 

「人っ子一人も出ねえか」

 

 出てきたのはトリオン兵で、トリガー使いが1人も出てこなかった。

 本当に此方の世界を攻め入るならばトリガー使いを送り込むもので、様子見でこの世界に侵攻してきた。こっちは富国強兵の為に交渉をしようとしてるのに交渉に応じない癖に取りあえずの様子見とは胸糞が悪い……いや、違う。

 

「遂に出たか……」

 

 死人が出た事に腹が立っているんだ。

 トリオン兵の増援がやって来ても、直ぐに優勢になるわけじゃない。ほんの少しの間で、モールモッドの攻撃に巻き込まれた何処かの国の人が居た。

 幸いか不幸か、目に見える大きな怪我をしておらずポックリと逝っている……多分、体の骨がグキリと折れて体の大事な神経とかに刺さって死んだのだろう。

 

「はじめての事だらけなのに、随分と冷静じゃないか」

 

 戦後の処理を他の人に任せたのか、俺に話し掛けるルミエ。

 

「何処が冷静だよ。今にでも吐きそうな気分だ」

 

「トリオン体だから吐かないよ」

 

 ああ、そうだよ。

 激しい感情で泣いたり叫んだりしたいが、不思議とそういった気分にはなれない。心にそういった余裕が無いからか?それともこの人に対してなんの感情も抱いていないからか?

 

「ジョン、Did this person die?」

 

「……ああ」

 

 死んだかどうか俺に聞いてくるリーナ。

 首を縦に降るとリーナの表情は段々と変わっていき最終的には口を押さえる。

 

「Return to your original body」

 

 トリオン体じゃ吐くことは出来ない。

 ムカムカした気持ちは溜め込むだけ無駄。発散できるならしておいて損は無い。

 吐きそうだったリーナはトリオン体から元の体に戻って膝をついて嘔吐する。

 

「やれやれ、初戦場でこうだと本格的な戦闘になると耐えられないぞ」

 

「こんなもん、馴れたくはない」

 

「Mom……」

 

「……っち」

 

 遂に耐えきれなくなったリーナは涙を流して母を呼ぶ。

 泣きたいのは吐きたいのは俺だってそうだが、トリオン体のせいで涙はでない。トリオン体を解除すれば、リーナの様に泣き叫んでしまう。俺を頼ってくれるリーナの前で泣き叫べばどうなるだろう?

 俺がいるからとある程度は安心してくれるリーナに不安を抱かせてしまう……なんで俺は他人の心配をしているんだ?

 

「……ああ、そうか。ムカつく」

 

 誰かを助けたとか救ったとかの優越感で心の隙間を埋めようとしている自分がいる。

 人助けをしたんだと自分に言い聞かせている。この子は俺のお陰で生き延びることが出来ていると思いたい……。

 

「なにか考えている様だな」

 

「……俺がトリガーを開発する権利は何時手に入る?」

 

 今のところトリオン体を新撰組の衣装にするのと【カゲロウ】の日本刀にみたいにするしか出来ていない。あくまでも見た目を変えるだけであって、中身はなにも変わっていない。

 トリガーの見た目を改造する権利はあるがトリガーの開発そのものは許されていない。俺にエンジニアの才能があれば練習として作ってみろと言われたかもしれないが、俺にはエンジニアの才能は無い。

 

「お前、【カゲロウ】が合わないのか?」

 

「そうじゃない。戦う以外の機能が欲しい」

 

 今のところ【カゲロウ】が合っている。

 下手にあれこれ手を出すよりも【カゲロウ】で剣を覚えてから他のトリガーに手を出す。最終的に万能手と似たような感じに落ち着けばそれでいい。

 その辺りに関しては無理に焦っても意味はない。時間が解決するものも中にはある。どうしても強くなりたいと今は思っていないのでそこを重点的にしない。

 

「戦闘をサポートするタイプの機能か?【カゲロウ】をサポートするにしても刃が延びるか形状が変わるかの2つぐらいしかなさそうだが」

 

「違う。【カゲロウ】をパワーアップさせたいんじゃない」

 

【カゲロウ】は既に完成されているもので旋空や幻踊みたいなオプションはいらない。

 あった方が便利なのかもしれないが、それよりも今は欲しい機能がある。

 

「脱出機能を作ってくれ」

 

 戦場で人が死ぬのはトリオン体を破壊されて生身の肉体に戻った人間がそのまんまだからだ。

 トリオン体が破壊されても生身の肉体が生き残るのならば、その生身の肉体を何処かに持っていけばいい。

 

「トリオン体が破壊されたり捕まりそうになった時に基地とかに帰還するトリガーを作ってくれ」

 

「面白い事を考えるな」

 

「面白い事、か……」

 

 俺がやっていることは原作知識を悪用したものだ。

 今、ルミエに注文をしているのはこれから先の未来でボーダーが作り上げる緊急脱出機能(ベイルアウト)だ。

 原作ではこの緊急脱出機能のお陰で戦闘に破れた者をその場に残すのでなく、基地へと転送される。そうすることで本部とか基地が狙われない限りは死人を出すことはない。

 原作の方でも本部が狙われたから死人が出たけども、戦いでの死人がボーダー側から1人が出なかったのは緊急脱出機能にある。

 

「別空間に閉まった肉体ごと基地に、それこそ別空間にある遠征艇に転送する事さえ出来れば死亡率を大幅に下げることが出来る筈だ」

 

 これは原作のガロプラ編での出来事だ。

 ガロプラの方も緊急脱出機能を搭載したトリガーで挑んできて、緊急脱出機能を用いて自分達の遠征艇へ帰還する事に成功している。緊急脱出機能さえあればある程度はリスクのある仕事が出来るようになる。

 

費用(コスト)は戦っている奴等のトリオンで、トリオン能力2の奴でも運用することが出来るはずだ」

 

 主人公のメガネくんこと三雲修はトリオン能力2だが、それでも緊急脱出機能を搭載されたトリガーを使っている。

 なら、トリオン能力に優れた奴等のみに間引いている兵達に使いこなせない道理がない。

 

「成る程……面白い事を考えるな」

 

「死人が出ると困るだけだ。むしろ、なんでこの機能を搭載しないか謎だ」

 

「戦場で死なないと思っているのかそれだけ鍛え上げているかの、どちらかだよ」

 

 それこそ1番の慢心だろう。

 ある程度の実力を備えた人間が最も恐れないといけないのは油断よりも慢心だ。自分は強いから死なないなんて思っていたら1番足元が掬われやすい。

 

「この案を上に通してほしい。このままだと地球から拐っていった言葉が通じない人達がただいたずらに死んでいくだけだ」

 

 今回の戦闘でハッキリと分かった。

 俺はなんとか動けているが、他の人達は動けていない。動ける奴とそうでない奴の差が激しすぎる。ルミエの言うとおりだ。 それをどうにかするには訓練が必要だが、ボーダーと違って死なない安全な訓練なんて存在しない。戦闘系の訓練は一歩間違えれば死ぬ……どうにかしてボーダーの訓練施設を再現できればいいのだが、それをするにはまず電気による文明をこの世界に持ってこないといけない。

 

「脱出機能は面白い案だ。作れるか作れないかは別として、上の方に話は通しておくよ」

 

 俺の提案は一先ずは飲んでくれる。こういうところで融通が利くからルミエはいい。

 とはいえ、今回の一件で自分がどれぐらいの強さなのかを理解した。まだまだ弱く、やれるようにならなければならない課題は多く見えた。

 

「人が死んだな」

 

 トリオン兵の襲撃で溜まっていたフラストレーションは解放された。

 その後はトリオン兵は襲ってくることもなく、また暇な時間を過ごしていく中、泣き止んだリーナを膝に乗せる。少しでも落ち着いて欲しいから、こうやるしかない。

 

「ジョン、How long will such a day continue?」

 

「何時まで続くんだろうな」

 

 こんな日が何時まで続くか不安を抱くが、こんな日はずっと続く。

 どうにかする方法はたった1つ。成り上がること。武勲か発明か、発案かとにかく成り上がらないといけない。

 緊急脱出機能を提案した以上はもう戻れない。下手をすればボーダーと敵対する事になるかもしれない……玄界に独自発達したトリガー技術があると知ったのならば、どうするのか。

 

「これで俺もめでたく売国奴か」

 

 自分の情けなさを痛感しながらその日もリーナと一緒に眠った。



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10話

 初戦場から10日が経過した。

 初戦闘で死人が出たが、それ以降は出ることはなく何だかんだと上手く生き残れた。

 10日もあれば軌道周回から外れるらしく、暫くは襲撃されることは無いだろうとルミエから話を聞かされて少しだけホッとする。

 

 国を作っている(マザー)トリガーが今日の天気を豪雨にした。

 雨と言えば信長が桶狭間の戦いか長篠の戦いかは忘れたがゲリラ豪雨を利用して移動したとかで、戦争で銃が有用だと証明した。俺には【ミラージュ】は合いそうに無いので銃をその内作って貰いたい。

 

「本当にこんなのでいけるのか?」

 

「上手く行けば作れるはずだ」

 

 豪雨の中、イアドリフで1番高いエンバルテアと言う山へとやって来た。

 前に言っていたトリオンの代わりになる物を生み出す為にルミエに連れてこられた。

 

「少なくとも、成功の一例はある」

 

 エンバルテアの頂上で漆を塗りたくった銅線を巻いた鉄棒を避雷針の上に差し込み雷を待つ。

 そう。Dr.stoneの序盤の方でやった鉄棒に雷をぶつけて強力な磁石を生み出すアレである。NASAが実際にやって成功したと言う例がある……そういえば

 

「この世界に磁石はあるのか?」

 

 今更な疑問を持つ。

 原作ではヒュースが使っていたのは紛れもなく磁石だ。磁力を応用した物ばかりで、恐ろしく万能なトリガーだった。

 

「磁石はあるけど、方角を示したり金属を探知するぐらいにしか使えないな……玄界では違うのか?」

 

「……いや、大体そんなもんだ」

 

 磁石はあるけど、それはあるだけで研究はされていない。

 そもそもでトリガーの技術が多方面に優れているせいで火薬も発展することは無かったのだろう。

 家の明かりまで人を殺すまでなんでも出来るのがトリオンの技術だ。

 

「!」

 

「雷が落ちたか」

 

 今日も今までのように長時間待つものだと覚悟をしていたのだが、思ったよりも雷が早く落ちた。

 まるで母トリガーが新しい技術を取り入れろと言わんばかりの落雷。こんなに超至近距離で雷が落ちるのははじめてだ。

 

「おぉ、磁石ってこんな風に出来ているのか」

 

「無闇矢鱈と触れんなよ。てか、遊ぶな」

 

 漆を塗った鉄棒は消し炭になることなく磁石となった。

 ルミエは面白いものを手に入れたかの様にはしゃいでおり、反発している磁石を無理矢理くっつけようとする。

 

「それでこの強力な磁石をどうするつもりだ?」

 

「……竹、無いんだよな」

 

「そんなもの、聞いたこともみたこともない」

 

 この強力な磁石を使ってトリオンに変わる生活を支えるエネルギーを作り上げる。

 その為の第一歩は電球だ。夜中に明かりを灯す為に使うトリオンを全て電球に変えるとなると、壮大なプロジェクトとなると一歩でも躓くわけにはいかない。武勲による成り上がりはあまり期待出来そうにないからな。

 

「そもそもでどうやって明かりを灯すつもりだ?」

 

 なんで?と疑問を持ち続けるルミエを納得させるには説明より証拠を見せるしかない。

 エンバルテアを降りて市街地に戻り、グルグルと銅線を巻いたコイルの真ん中に磁石をグルリグルリと回す。

 

「へぇ……」

 

 グルリグルリと回しているコイルの先端部分に炭となった紙を触れさせる。

 すると、紙は光を放ち一瞬にして消え去る……この光景を見て、何時もの薄ら笑いとは別の笑みを浮かび上げて細めていた目を見開いている。

 

「これを実用するにはなにをすればいい?」

 

「別に難しいことじゃない。真空にした硝子の器にコレの配線と中身を入れればいい……とはいえ、竹が無いから別の品で代用するしかない」

 

「その竹とやらがあればもっといいのか?」

 

「竹は輸入するだけでいい。育てるのだけは絶対にするな」

 

 竹は海外では有害指定植物だ。

 1m先の地中深くにまで根を張っているので処理するのが大変だ。1本でも残っていたらゴキブリかの如く大量に増えていく。外国人が竹は面白いとか神秘的だとか言って持ち帰るが、竹は生命力が半端じゃない。専用の塩素ぶちこんで除草するしかない。

 

「う~ん」

 

「今は簡易的だが歯車(ギア)を用いて水力による発電が出来る。とはいえ、それは大掛かりな仕掛けになる」

 

 手で磁石を回し、発電をしながらルミエにプレゼンをする。

 ルミエは何度か燃え尽きていくフィラメントになり得ない炭となった紙を見て、これは実際に使える物なのだろうかと考える。

 

「これ、明かりをつける以外にも使えるのか?」

 

「此方の世界でトリオンを用いた物が全てなら、向こうの世界は電気(これ)を用いた文明だ……詳しいことを知りたいのなら、誰かを地球に派遣してくれ」

 

 千空並の知識を俺は保有していない。

 だから、ドローンを作れとか言われても作れない。あくまでもDr.stoneでやっていた事を少しだけ本当に出来るかどうかちらりと確認しただけで、本当にやったことはない。

 

玄界(ミデン)の技術を輸入ばっかしてたら国は傾く。自分達でどうにかしないと」

 

 エジソンみたいな事を言いやがって。

 とはいえ、発電に必要な物は揃っているので時間をかければ電球を作ることは出来る。そうなれば街の明かりに使うトリオンを別の物に使うことが出来る。

 

「それで明かりに代えればトリオンに余裕が生まれる。それならば前に言っていた門を誘導する装置を作れるはずだ」

 

 既に拐われていった人達に死人が出ている。

 最初に閉じ込められた場所にいたけども、それ以降は顔を見ていない奴等もいる……多分、既に死んでいるのだろう。

 トリオン障壁を張ることで市街地に侵入することは出来なくなっているが、市街地以外から何処でも入り放題なのは心臓に悪い。暇すぎる時はとことん暇で体にかかるストレスが半端ない。

 

「まだ実用に至っていないし、開発するとも言ってないぞ」

 

「……するつもりは無いのか?」

 

「トリオンに余裕が出来たから、一応の交渉はする……ほら、受けとれ」

 

 蛇の絵が刻まれた腕輪を投げてくるルミエ。俺は既に【カゲロウ】があるので新しいトリガーを支給されても困る。

 いや、そんな事をわざわざ1から説明しなくてもルミエは分かっているはずだ……だったら、これはなんだ?

 

「今回の報酬に街を出歩く権利とそこそこの金を支給する」

 

「は?」

 

「成果を上げれば、それ相応の報酬はくれてやる」

 

「おい、待て。それだけか?」

 

 自分なりに頑張って結構な物を作り上げて渡したつもりだ。

 それなのに貰える権利が外を出歩く権利とほんのわずかな電子マネーとなると抗議の1つや2つ、したくもなる。

 確かに外を出歩くことが出来る権利はありがたいしお金があれば遊ぶことは出来るだろうが、もっと別の報酬を期待していたのでそれだけだと明らかに足りていない。

 

「この手の技術は一個だけじゃなくて大量生産が出来てこそ意味がある物だ。基礎となる部分の更に基礎となればそれ相応の報酬はあるが、基礎は基礎……量産の目処もまだ立っていないからこれで充分だ」

 

 ぐうの音も出ない正論を叩き返すルミエ。

 あくまでも電気を産み出しただけで、まだそれを実用するには至っていない。コレを実用化して、街の明かりを全て電球に変えることに成功すれば、それ相応の報酬は貰える。今の話から察するに報酬は上乗せされそうな感じだ。

 

「まぁ、そう落ち込むな。コレがちゃんとした形で実用化されれば嫌でもお前の事を上は評価する」

 

「言っておくが、俺はエンジニアとか開発系は無理だぞ」

 

 ここから先の発明に期待をしてもらっても困る。

 あくまでも漫画で見た程度の知識だけなのでここから先は作れない。俺は優れたエンジニアじゃない。多分、根本的に向いていないんだろう。

 

「そこはこっちで色々とやってみる。今はトリオンに変わるエネルギーの開発に成功した事だけで充分だ」

 

 だったら、もうちょっと報酬を上乗せしてくれよ。

 

「とりあえず彼女とデートでもしてきたらどうだ?」

 

「彼女って、お前そう言う風に見てるのか?」

 

「いや、でもあくまでそういう名目でお前は彼女を求めただろう」

 

 痛いところを的確に突いてくるな。

 リーナを求めた理由は違うけれども、女が欲しいと言っている。建前上そういうことになっている。

 

「おかえり」

 

 部屋に戻るとおかえりと言ってくれるリーナ。

 これを言ってくれるだけで、俺の心は少しだけ安らかに和らぐ。

 

「どーなった?」

 

 まだまだ馴れない拙い日本語で結果を聞いてくるリーナ。

 日本語で答えると分からないかもしれないので、一先ずは親指をサムズアップすると喜ぶ。殆どリーナには関係の無い事でやってはいけない事なのに自分の事の様に喜んでくれる。

 

「リーナ、I got permission to go out」

 

「!」

 

 なにから言えば良いのかが分からない。

 リーナになんて言えば分からないので、一先ずは外出の許可が降りたことを伝えると驚く。

 

「Can I go shopping?」

 

「I have the money、So I have to accompany you」

 

 外出する権利をリーナも手に入れたが、お金を貰ったのは俺だけだ。

 ここまで来てルミエがケチってお金を全然持たせてくれなかったとは思えない。電子マネーなのでどれだけお金が入っているか実感は出来ないが、そこそこは持たせてくれている。

 

「Does that mean dating me?」

 

「……まぁ、そうなるな」

 

 金を持っているのは俺で、リーナは外出する権利しか持っていない。

 1人でバラバラに行動して土地勘が無いところで迷子になってしまったら笑い話にしかならない。

 英語で返事をせずに頭をポリポリとかいて答えると顔を手のひらで覆い隠すリーナ。あからさまな反応を見せる姿は初々しい。

 

「私、デートはじめて」

 

 やっぱりまだ日本語に馴れていないのか片言のリーナ。

 俺と顔を合わせずにゆっくりと告白をしてくれるのだが、デート扱いにしてくれるのか。

 

「はじめてなのか?」

 

 こう言ってはなんだがリーナは可愛い。

 俺の目が腐っていなければ成長するにつれてモテまくる気配をビンビンに醸し出している。

 綺麗な金髪に透き通る青い瞳に整った顔立ち。大人になれば絶世の美女になるのは確実なのは分かり、現段階でもモテるだろう……ああ、そうだ。

 

「まだ俺もリーナも子供(ガキ)だったな」

 

 第二次性徴する前に俺とリーナは拐われている。

 その事を今の今まで忘れてしまっている……それは此処での生活に馴れてしまったからか。

 

「If you don't like it, you can decline」

 

「……一緒に、行こう」

 

 気に入らないのならば、一人で行く。

 リーナは迷いに迷った結果、俺と一緒に外に出てくれる。嫌そうな顔じゃなくて恥ずかしそうな仕草を見せているのはなんとも初々しい姿で見ているこっちが……エモいと思ってしまう。

 お洒落をしようにも服は与えられた物しか持っていない。財布はなく、電子マネーと思えるもの……。

 

「確か、こっちだったな」

 

 自由に外出できる権利を得たので、何時もは固く閉ざされた入口は開く。

 何度か戦いのために出入りをさせられているので何処になにがあるのか大体分かる。渡された白色の腕輪は電子マネーとなるだけでなく、入口を開ける鍵にもなる。

 

「ジョン、こっち」

 

 出撃回数が多いリーナも道順を覚えているのか俺の腕を引っ張る。

 改めて自分達を閉じ込めている施設を見るとなにもない箱の様な形をしていて、如何にもな監禁場所だと納得をしてしまう。

 

「ちょっと待ってろ。幾らぐらい入れられてるのか確認してくるから」

 

 市街地へと辿り着くと昭和の市場を思わせる場所へとやって来た。

 ここに来てはじめての戦闘以外の外出でリーナは目を輝かせており、一先ずは幾らぐらい入っているのかを確認しようとするとリーナが手を掴んできた。

 

「リーナ?」

 

「It's a date so we have to be together」

 

「……まぁ、それもそうか」

 

 デートと言ってしまっているのだから、離れて行動するわけにはいかない。

 リーナは手を掴んできたのでなく、手を握ってきたんだと再認識し、繋いでいない手の方に白色の腕輪をつける。

 

「2人でデートなのか?可愛いな」

 

 当初の目的を果たそうと適当な店に目を付けるのだが、店主のおっさんはリーナと俺がまだ子供なのか微笑ましい目で見つめる。ガキ扱いされたくないが、ガキなのは事実。

 

「すみません、これが幾らぐらい入ってるか確認できますか?」

 

「ああ、それなら此処にかざせばいい」

 

 変な事はせず、支払いをすると思わしき機械に腕輪を翳す。

 すると立体映像が出現し、現在幾ら入っているのか教えてくれる……しかし、問題がある。近界の文字を俺は読むことが出来ない。

 

「数十万はあるな……坊主、うちの店の商品を買ってけよ」

 

「なにを売ってるんだ?」

 

「野菜だよ、野菜」

 

 食事は基本的に支給されるから料理をする機会が無い。

 料理をすることを娯楽として扱ってくれるならばルミエは許可してくれるが、問題は1つ。この国の飯が全くもって俺と合わない。飯が不味いとかそういうのはない。シンプルに米とかがない。

 

「米は置いていないのか?」

 

 トマトに人参、馬鈴薯、玉葱、キャベツ、ピーマンと定番的な野菜は置いてある。

 此処は八百屋なのだろうが、国によっては米を主食としてでなく野菜やおかずとして食べられる。この国で置いていないのは知っているが、情報があるならばほしい。

 

「あれはあんま味がしねえし美味しくねえから農家も作ってねえ。国も売れないから作るのを推進してねえよ」

 

「……その米ってこう、細長い形をしていたのか?」

 

「それ以外に米ってあるのか?」

 

「……」

 

 多分、このおっさんの言っている米は日本の米じゃない。インディカ米、俗に言うタイ米と呼ばれる品種の米だ。

 そもそもで地球で主に食べられている扱われる米は主に日本で食べられている米じゃなくてインディカ米の方で、日本の米の方が稀少すぎる。いやでも、冠トリガーが国を栄えさせるのにって描写で稲穂っぽいの出てきてたから、日本の米を探せば、カリフォルニア米辺りなら見つけ出せるかもしれない。

 

「リーナ、Can you cook」

 

「……」

 

 色々と教えて貰ったし、料理で息抜きも出来るかもしれない。

 リーナに料理が出来るかどうかを聞いてみると目が泳いでいる……リーナは料理が出来ないんだな。女性だからって料理が出来るとか思っていたら偏見だよな。

 

「ジョンは?」

 

「まぁ、出来なくもない」

 

 今時肉じゃがとか豚カツとか出来ないとダメなご時世なんだ。

 とはいえ、此処でそれが出来るかどうかはまた別の話である。そもそもで料理する事すら出来ないかもしれない。

 

「調味料が置いている店って何処だ?」

 

「それなら、三つ先の角を曲がったところだ」

 

「ありがとう」

 

 売っている野菜はとりあえず覚えた。

 日本で食べれる主な野菜で、スイカとかの果物に近い物は置いていない。そもそもで取り扱っていない可能性もあるが、果物を売っているところが別にあることを期待する。

 

「いらっしゃい」

 

 今度はそこそこのお兄さんが経営をしている店だった。

 字が読めないが、石とか粒とか葉っぱが入れられた容器が置かれている棚が並べられており幾つかは見たことがある物も置いている。香辛料のみ置いている店なんて日本じゃ中々に見ないが、此方の世界じゃ当たり前の如くあるんだろう。

 

「……味噌と醤油は置いていないのか?」

 

「みそとしょうゆ?」

 

 食べる料理が米以外を主食とした物で、米がないからと薄々は感じていた。

 やはりと言うか、この世界には味噌と醤油がない。日本人にとって馴染みのある物が無い。醤油はともかく、味噌の方はかなり歴史がある食べ物だ。

 

「みそ……Do you use it for miso soup?」

 

「yes……とはいえ、鰹節も無さそうだな」

 

 味噌だけあっても味噌炒めとか味噌煮ぐらいしか料理には使えない。

 海が無い国なので昆布に期待するわけにもいかない。椎茸とかの乾物で出汁を取ればまた違う味になる。

 これは本当に地球に行って技術を取り込んだ方がいいのかもしれない。

 

「次、行くか」

 

 街の探索はまだまだ続く。




遊真が紙のお金と鉄のお金で驚いてたから、多分近界は電子マネー主流だと思う(偏見)


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11話

 街の探索と言う名のデートは続く。

 八百屋や香辛料以外にも肉屋や酒屋と言った店を回ってみる。料理をする権利を貰っていないので、買うことは出来ない。部屋に冷蔵庫が備えられていたらよかったのだが、そんなものを与えられていない。

 

「リーナ、Did you have any favorite clothes?」

 

 食料品の市場を抜けて辿り着いたのは雑貨品の市場に出る。

 流石に戦闘用のトリガーは置いておらずペンダントや家具と言った雑貨品が置いており、服屋を見つけたのでリーナに欲しい服は無いのかを訪ねる。

 

「I don't have what I want」

 

 リーナのお気に召す物は置いていなかった。

 此方の世界は娯楽の方の文明があまり進んでおらず、娯楽品が少ない。チェスやトランプはあるがUNOとか将棋はない。

 此処は小説家になろう名物であるオセロでも作ってみるか?あれは確か、まだ出来て100年も満たないもので日本発祥の筈だ。

 

「味噌に醤油にオセロ……後はなんだ」

 

 もうこの際だから小説家になろうの主人公達と同じ道を辿ってやる。

 この世界に無いものを産み出せばルミエが上に話を通して貰う……てか、上って誰なんだろう?

 主に外交関係をしていて俺達拐われた地球人の管理をしているらしいが、正式な役職名は知らない。一応の上司は居て、それとは別の系列の部隊がある。

 組織図を一応は教わっているが、当人達に全く会っていないので理解できていない。

 

「ジョン、ジョンは欲しいものが無いの?」

 

「……欲しいものか」

 

 色々と見て回り、飴を見つけたので購入したリーナ。

 俺は付き添うだけの形となっており、なにか欲しいと言う素振りを見せてはいない。単純に欲しい物は無いのでリーナに付き添う形になっているので俺を心配している。

 

「外出するだけでストレスは発散出来ている」

 

 今まで閉鎖的環境に閉じ込められっぱなしだった。

 外出したかと思えば戦闘の訓練ばかり。休みを貰ったとしてもあの部屋で待機を命令されていたのでこの外出は良いストレス発散になっている。

 

「それでも欲しい物を聞いてくるなら、週刊少年ジャンプが欲しい」

 

 雑貨用品店を巡ってよく分かる。

 近界には娯楽が少ない。テレビゲームは勿論の事、週刊誌といったものは存在しない。全てが電子になっているとかそんなんじゃない。普通に無いんだ。

 

「マンガ……What kind of country is Japan?」

 

「……」

 

「なんで答えない……ごめんなさい」

 

 どんな国なのかただ単に気になったから聞いたリーナ。

 答えることは簡単だ。だけど、答えれば嫌でも思い出してしまう。日数にすれば間もなく1ヶ月ぐらい。色々と感傷に浸ったりホームシックになったりする。

 転生者をやっていて精神年齢が多少上になっているとは言え、思うところが無いわけじゃない。

 

「はい、そこの2人! 今ちょうどミートパイが焼けたよ!焼きたてのミートパイはどうです?」

 

 雑貨品の売場を抜けて、次にやってきたのは飲食関係の通り。

 米が置いていないかと期待はしてみるもののやっぱり米は置いていない。代わりに客寄せのお姉さんが俺達を引く。

 ミートパイ……また随分とアメリカンな物が売っている。見た目が昭和の市場みたいな街並みで似合わないだろう。

 

「……ミートパイ」

 

「お腹がすいているのか?」

 

 ミートパイを見て立ち止まるリーナ。

 お腹が空いているのか、それともなにか思い入れがあるのかジッと見ている。

 

「二切れください」

 

「はいよ」

 

 取りあえずは二切れ購入する。

 これが幾らするかは分からないが、少なくとも値段相応の味がしている……とは思えないな。

 そもそもで日本人、ミートパイを食う機会が無い。そもそもパイって食う機会が何時あるんだ?パイの実以外にパイを食べる機会は無いな。タルトもそんな感じで……あれ、タルトとパイってなにが違うんだ?

 

「……」

 

 購入したミートパイを手にして無言で見つめるリーナ。

 これが美味しいものなのかそうでない物なのかは食べてみないと分からない

 

「……チーズが欲しいな」

 

 ボロネーゼとミートソースの間の挽き肉が詰まっているミートパイ。

 アメリカンなピザな味の仕上がりで、悪くはないのだがどうにもチーズが欲しくなる。しかし、イアドリフの環境的にチーズを作るのは難しい。銀の匙でやっていたからよく知っている。

 

「リーナ、食べないのか?」

 

「……食べる」

 

 ミートパイを持ったままのリーナはパクりと一口食べる。

 何時もとは違う雰囲気を醸し出しながらモグモグと食べていると、涙腺に涙を溜めていきポロポロと涙を流していく。

 

「大丈夫か……いや、大丈夫じゃないか」

 

 他のミートパイを食べたことはないが味自体は特筆することはないミートパイ。

 チーズが欲しくなるぐらいしか感想はなく特段美味いと言うわけではなく、感動するといったことじゃない。涙を流すには別のわけがある。

 

「The meat pie made by my mother is more delicious……」

 

「お母さんの方が美味しい、か……」

 

 ミートパイって、アメリカの味なのだろうか?

 思い出の味を思い出して涙しているリーナ。今日までに何回か泣いたのだが、今までと涙の度合いが違う。溜まりに溜まっていたものを吐き出している。

 

「リーナのお母さん、ミートパイが得意だったのか?」

 

「……うん……I want to go home」

 

 何時もならばこの辺りで泣き止んでくれる。けど、今日は違った。

 家族の事や友達の事、学校での生活に、クラブ活動やゲームと言った娯楽品で遊んでいる……そう、今頃ならばだ。

 

「くそっ……くそっ……」

 

 

 

泣くな、泣くんじゃない。泣いたとしても現状に変わりはないんだ。

 

 

 俺だって辛いものは辛いんだ。

 原作とかそんな事は関係無い。第二の人生を謳歌しようと思っていたら、拐われてしまった。与えられた任務をこなしているだけで、何時死ぬか分からない。

 

「ジョン……」

 

 涙を流している俺を見て、リーナは固まる。

 今まで余裕を見せているフリをしていただけで、俺だってずっと切羽詰まっている状況で泣きたい時や吐きたい時、自暴自棄になってなにもかも忘れて他の事に集中したい事だってある。

 それでも許されないのが現実だ……戦場と言う名の地獄を渡り歩いていかなければならない。

 

「だい、じょぶ……」

 

 涙を流している俺をリーナは抱き締める。

 本当なら逆でなければならない。精神的に大人なのは俺の筈なのに、涙はもう止まらない。

 俺の方が思っていたよりも溜まっていたようでリーナよりも泣いた。今まで溜まっていたものが全て出ていく感じがした。

 

「悪かったな、変なところを見せてしまって」

 

「ううん」

 

 ここでは弱さを見せてはいけない。

 強い自分になり続けなければならないと言い聞かせている……弱い人間に痛みしか与えない理不尽な世界か。

 

「……リーナ、帰ろうか」

 

「うん……」

 

 俺達が命を懸けて働かされている中で比較的に平穏な日々を過ごしている。平穏な空気に触れると感情の均衡が崩れてしまう。俺達も本来ならばこういった平穏の中を生き抜いていた筈だった。

 これ以上はこの空気に耐えられない。周りからも奇異の目で見られており、この場所にいればこれから我慢をしておかなければならないものに耐えきれなくなる。

 

 リーナと一緒に帰路につき、元の軟禁されている部屋に戻った。

 

「これから俺達は成り上がらないといけない。でなければ、常に最前線で戦わされる」

 

 部屋に戻って何度目になるか分からない事を言う。

 リーナも俺も溜まっている物を吐き出したのか、気分がスッキリとしている。

 

「How can I raise my rank?」

 

「1つは武勲を上げることだ」

 

 クラスを上げる方法は2つに1つ。

 俺達を戦わせる為にイアドリフは地球から人間を拐っている。これから多くの戦場を渡り歩いてそこで手柄を上げれば良い。イアドリフは無駄に好戦的な国でなく飢えてはいない。自らで戦争を仕掛けることは稀であり、基本的には防衛任務。

 人でなくトリオン兵が主に襲ってくる……もし人が襲ってきた時になにか手柄を上げれれば、待遇は少しは変わる。

 

「もう1つは発明だが、これは難しい」

 

 俺もリーナもトリオン能力と言う才能には恵まれている。しかし残念な事にエンジニアの才能は無かった。

 今のところ発明できそうな物はオセロと将棋と味噌と醤油ぐらいしか作れない。米が主食でないイアドリフで何処まで売れるのかが分からない。

 

「ジョン、There are limits to what we can do. Would you like to add more friends?」

 

「……The only language that can be spoken other than Japanese is English, and I can speak only a little.」

 

 他にも仲間を集えばいいのだが、そうしようにも言葉が通じない。

 トリオン体の翻訳機能は使えない。拐われた人達の中で日本人は俺だけで英語圏内の人はリーナだけだ。言葉によるコミュニケーションが取れない以上はなんとも言えない。

 

「仲間を作るにしても、俺達に足りない部分を補う仲間が必要だ」

 

 これから必要になってくるのは戦う奴等よりも考えることが出来る奴だ。

 トリオンは少なくても良い。代わりに俺達の無茶や要望を引き受ける知識がある奴が居てくれないと困る。けど、味方になってくれる奴は此処にはいない……何処かから連れてこないといけない。それをすれば同じ穴の狢になってしまう。

 

「先ずは生き残る為に鍛え上げないといけない」

 

 俺もリーナもトリオン兵を相手に苦戦する事は無くなった。

 モールモッド、バンダー、イルガー、バムスターと基本的なトリオン兵は相手にした。その土地固有のトリオン兵はまだだが、一通りはこなせているとルミエから評価は貰っている。

 そうなると残りは対人戦。トリオン体を一回でも破壊されれば修復するまで半日以上掛かる。ボーダーの様に死なないランク戦が出来ない以上は……。

 

「6キロぐらいの重さの木刀を要求するか」

 

 生身の肉体で覚えるしかない。

 トリオン体と言うハイスペックな技術がある癖に一周回って古くさい訓練をしなければならない。




今回短めなので現時点でのステータスを

ジョン・万次郎(偽名)

PAREMETARE

トリオン 9

攻撃 7

防御・支援 5

機動 6

技術 7

射程 1

指揮 3

特殊戦術 1


リーナ(愛称)

PAREMETARE

トリオン 13

攻撃 8

防御・支援 4

機動 4

技術 6

射程 5

指揮 1

特殊戦術 1 


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12話

 6キロほどの木刀を貰い、体を鍛える毎日。そんな毎日が数えて120、約4ヶ月が経過した。

 

「全く、少しは手を変えてこようとは思わないのか」

 

 毎日とは言わないが頻繁に襲撃してくるトリオン兵。

 基本的にはモールモッドが相手で自国のモールモッドアピールなのか、角が這えていたり緑色だったり縞模様だったりと少しだけ形を変えて頑張っている。

 独特のトリオン兵はトリガー使いを相手にするのを想定に作られたトリオン兵ことラービットを相手にしたいと言いたいが、自分の力量が分かっていないので下手に調子こくわけにはいかない。足元を掬われる時は掬われるもんだ。

 

「生身の肉体を鍛えはじめて、大分強くなってきたようだな」

 

 いちいち足を切り落とすことなくモールモッドとバンダーを倒したルミエは俺に感心をする。

 生身の肉体を鍛え出したことで今まで以上にトリオン体を使いこなせるようになってきた。

 

「剣しか使えない阿呆だ、俺は」

 

 強くなっていく一方で欠点も見えてきた。

 モールモッドを余裕を持って倒せると言うことでトリガーを交換する権利を得た。

 新しくトリガーを作る権利でなく今あるトリガーから別のトリガーに変える事が出来る権利で、試しに【ミラージュ】に変えてみたものの、上手く使えなかった。

 

「トリオンコントロールはセンスだからな」

 

「るせえ」

 

 本当ならば学校に行く時間を俺は戦闘に費やす事が出来るので、色々と試すことが出来た。

 剣ばかりで第3の手となるトリオンをコントロールする才能(センス)は無かった。一手一手を素早く動いて対処する事が出来ているが、それは体を動かす事が出来ているからで触覚と全く異なる感覚を扱うことは俺には出来なかった。

 

「ジョン、次が来るわよ」

 

 一方のリーナは普通に剣を使えた。

 どちらかと言えばお転婆な性格で体をおもいっきり動かすのが性に合っているのか、ある程度のレベルにまで直ぐに達した。モールモッド等のトリオン兵を簡単に倒すぐらいの強さであり、今のところどちらが強いかは不明である。

 4ヶ月と言う短さで日本語を覚える驚異的な学習能力と元々のセンスが合わさりあってメキメキと頭角を表していっている。

 

「またモールモッドか」

 

 懲りずに現れるモールモッド。

 一回一回距離を詰めてからの一突きが効率が悪く、その内練習しただけ強くなれる銃にでも手を出そうかなと考える。

 俺が向いているのは体を使うタイプのトリガー。狙撃銃は多分、使えないことも無いだろうが性格的には合わないだろう。

 

「待って!反応が複数あるわ!」

 

 モールモッドを倒しに行こうとすると制止するリーナ。レーダーを付けてみると直ぐ近くに生体反応がある。

 目の前にいるモールモッドは車ぐらいの大きさで、レーダーに写る影は直ぐ近くにいる。

 

「珍しい事もあるんだな」

 

 このレーダーの写り方から間違いは無い。

 敗戦状態に近いこの戦線で出てくるのは珍しいと驚くルミエ。

 

「……何時かは来るとは思っていたが、遂に来たか」

 

 俺の腕より短い二本の短刀を握っているジャージっぽい服装の七三分けの男性。

 何時かは戦うのだろうかと思っていたが、防衛任務での対人戦をするのははじめてだ。

 

「ったく、敗けが決まってるのに出てくるんじゃないわよ」

 

「まぁ、そういうなよ。向こうも向こうでなにかしらの成果を上げないと文句が言われるんだ」

 

 この戦いもとい防衛は殆ど達成している。

 日に日に拐われた人間が死んでいっているのを知っているが、それでもちゃんと防衛任務は完遂している。

 それでも前線に人が出てくるのは矜持と言うか上からの命令……なんとも世知辛い世の中だ。

 

「あんたに恨みは無いが、死ぬわけにはいかないんでな」

 

 緊急脱出機能は実用化された。

 とはいえ、それは主に遠征組に配られており、俺みたいな末端の末端にはまだ未実装だ。一応は考えた功績として優先的に実装はしてくれるのだが、ある一定の範囲を抜けたら基地に帰還出来ない欠陥もあるのでイアドリフの何処で緊急脱出をしても問題ないバージョンになったら実装して欲しい。

 

「ジョン、私が」

 

「お前はまず、モールモッドを倒すことを集中しろ……ジョン、相手は二刀流だから気を付けろよ」

 

 相手の武器が剣なので距離を取れる自分がと前に出るリーナ。

 ルミエは先に残っているモールモッドの処理を命じ、俺に忠告をしてくる。

 

「伊庭の麒麟児の八郎だろうがパンフィールドのキニジ・パールと二刀流は昔から強いのが相場が決まってるのは知っている」

 

「誰だよそいつ」

 

 歴史に名だたる有名人だ。

 トリオン兵ばかりを相手にしていて、対人戦はあんまり鍛えていない。それでも俺が頼れるのは今のところ牙突のみ。

 何時も通り右手の牙突での構えを取ると無言で真剣に此方を見てなにかを考えている素振りを男は見せるが、そんなのは関係無い。

 

「一歩、絶刀!」

 

 トリオン体の運動能力にかまけず生身の肉体でも出来る動きをする。

 一歩、また一歩と羽の様に軽く跳んでいき距離を一気に詰めていく。

 

「!」

 

 トリオン供給器官や脳伝達神経の大事な配線と呼べる部分があるのは首から上。そこを少しでも破壊すればトリオン体を維持することは出来なくなり、元の体に戻っていく。

 なんの仕掛けも無しの純粋な右片手一本突きで首元を狙いに行くのだが、二本の小太刀より短い剣を十字に交差して受け流す。

 

「っち!」

 

 相手は人間、今まで戦ったロボットじゃない。

 2つの短剣を滑らせて【カゲロウ】の刃を完全に受け流し、俺の首を狙いにくる。

 

「横薙ぎではやられん!」

 

 俺とてなにもせずに4ヶ月を過ごしたわけじゃない。

 横に薙ぎ払うように腕を振りかぶるということは、腕を大きく動かさなければならない。俺は剣を振るう腕の方角にシールドを出して腕の動きを妨害する。

 

「剣の命は一瞬だ」

 

 この一瞬があれば、倒せる。

 開いている左手を使い男の顔面を掴みにいこうとすると男は口を開いた。

 

「新撰組!!」

 

「っ!?」

 

 今まで黙っていた男は口を開いた。

 戦場で敵と会話なんてバカみたいな真似はするつもり無いので、ずっと無言を貫いていただけあってかその衝撃は大きい。こいつ、今なんて言いやがった。いや、そっちじゃない。

 

「もらった!」

 

 新撰組と言われた時点で俺の気が緩んでしまった。

 明確な隙が生まれてしまった俺の首を左右から男は狙いに来た。後ろに避けても今の距離からじゃ手を伸ばせば攻撃が届く。右に避けても左に避けても攻撃が届き後退する事が許されないのなら、道は1つ。

 

「まだ、死なねえよ」

 

「っぐ!!」

 

 前に進むだけだ。

 後戻りは出来ず、手足を動かしている暇が無いのならば頭を前に動かせば良い。攻撃が当たるよりも前に頭突きを相手にくらわせて大きな隙を生み出す。

 

「終わりだ」

 

 鼻をやられて一瞬の隙を生み出した。

 ここからは俺の番だと、更なる一手を生み出すべく男の顔面を掴んで押していき喉元を貫く。

 

「そんな……」

 

「新撰組の事を知っているなら1つだけ覚えておいた方がいいぞ」

 

 俺が新撰組の格好をしているのは俺が日本人だと周りにアピールするためだ。

 今までこれを見て、新撰組の格好だと気づいた奴はいない。精々侍の格好をしているぐらいの認識で、リーナもそんな感じの反応を見せた。これをわざわざ新撰組と言うならばある程度の事を知っている……だけど、1番大事な事を知っていなかったな。

 

「刀から銃火器での戦争がメインとなっていく幕末で最強と言われた剣客集団、それが新撰組だ」

 

 信長達が銃での戦争が最新だと証明して200年ちょっとのあの頃。

 回転式銃(ガトリング)やアームストロング砲だなんだと言っていたあのご時世に剣で武装した集団がとんでもなく強かったんだぞ。

 

「誠の信念は俺には無いが、強い剣客になろうとは思っている……修学旅行のお土産で買おうとは思っていたがな」

 

 修学旅行の行き先、京都の映画村だったんだよな。

 新撰組のコスプレをしている以上は牙突を使っている以上はおいそれと負けてしまえば、日本を生き残らせる為に必死になった時代の人達の顔が立たない。

 

「やれやれ、自分でアピールしておいて自分で墓穴を掘るとは情けないな」

 

「うるせえよ」

 

 新撰組と言われて一瞬だけ油断してしまった事を笑われる。自分でアピールをしているのに指摘されただけで油断をするのはただの阿呆だ。

 

「ジョン、大丈夫!?」

 

「なんとかなった」

 

 本当ならば勝てるところで余計な事をしてしまって勝つのに一苦労した。

 本来なら勝てる相手で予想外の一手をくらってしまい大きな隙を生み出してしまった。自分でアピールをしているのに、言われただけで固まるとは本当に阿呆だ。

 

「あんた、日本人か?」

 

 自分のミスを反省するよりも前に聞いておかなければならない事がある。

 俺の服装を見て新撰組の格好だと気付いたのならば日本の事を知っている。顔立ちからしてアジア系でもしかしたらと思い聞いてみる。

 

「そういうお前も、日本じ━━」

 

「ジョン、リーナ、離れろ!!」

 

「はっ!?」

 

「え、なになに!?」

 

 会話がはじまったと思ったら、急に慌てるルミエ。

 何事かと思ったらよくよく見れば男には首輪の様な物がついており、ピピピピピと赤く点滅をしている……まさか!!

 

「正気の沙汰か!?」

 

「遠征は命懸けなんだよ!」

 

 いや、マジで命懸けじゃねえか。

 生存本能と言うか嫌な予感は的中し、首輪は眩い光に包まれて……大爆発を巻き起こした。

 

「驚いた。遠征先で捕まったら余計な情報を漏らさないように自害するところもあるとは言うけど、まさかここまでやるなんて」

 

「ここまでなんてレベルじゃないでしょう!!生身じゃない!!」

 

 やられた時の保険なのか爆発を起こした。

 咄嗟の事と余りにも予想外の事で自分のシールドを貼るのが遅れてしまいトリオン体が破壊されてしまった。何だかんだでトリオン体が破壊されるのはコレが初だな。

 

「っ、これは」

 

 爆発は思ったよりも強かった……その筈なのに、腕だけがピンポイントに残っている。

 黒くグログロしく焼け焦げた左腕がポトリと地面に落ちており、気持ち悪さに気分が一気に沈んでいき口元を押さえる。

 

「この手の死体ははじめてか」

 

「ん……っぷ……」

 

 今まで死んでいる人は何人か見た。

 けれども、こういった形で死んでいるのはこの男がはじめてで、胃酸が逆流してくる感じがする。

 

 ……人が死んだ。

 

 今まで何回かあったがこういった形は無かった。

 首の骨をポックリとやられたりして死んでいて、物凄くグロテスクな死に方をしていない。何よりも自分が全く関係無い。

 今回はこの男を斬ったから、こいつを送り出した奴等が負けた奴は容赦しないと切り離したからこうなったわけで間接的に人を殺した事になる。

 

 ここは戦場で、人を殺したり殺されたりが当たり前で今まで死人を見てきたが訳が違う。

 

「うっ……っぐ」

 

「ジョン、大丈夫、じゃないわよね!?」

 

「次が来る。リーナ、ジョンを連れてさっさと後方に下がっていけ」

 

 何とも言えない不快感が俺の中を駆け巡り、限界を迎える。

 必死になって我慢をしようとしても胃の中にある胃酸が無理だと訴えて、逆流して嘔吐をしてしまう。

 

「く……そ」

 

 人が死んだとしても目的を果たすまで、この戦いは終わらない。

 リーナは豪快に俺を俵担ぎし、全速力で駐屯地へと走っていきなんとか危険のラインを越えることは出来た。

 

「ジョン、大丈夫!?How many fingers do you see?」

 

 あまりの慌てっぷりに日本語を忘れて英語に戻るリーナ。

 指を立てて俺の容態を確認してくるのだが視界がボヤけて来て、指の本数が分からない。

 

「なんだ……この程度で終わるのか?」

 

 戦争なんだから、人が死ぬことはおかしくもなんともない。

 それが頭では分かっているのに心では理解できず、頭の処理が追いついていない。精神的ショックで死ぬのかと思うぐらいゆっくりと意識は失われていく。

 

「っ!!」

 

「あ、起きたんですね」

 

 目が覚めると布団の中にいた。

 駐屯地の救護所で眠っていたと言うことは、あの後に俺は意識を失ってしまった。

 

「私が誰だか分かりますか?」

 

「……名前を聞いたこと無いから知らないが、救護所の看護婦なのは分かる」

 

 この場にはリーナがいない。

 また戦場に戻ったのかとゆっくりと腰を上げて、看護婦の指の数を数える……。

 

「右手2本で人差し指と薬指、左手中指と親指……」

 

 また随分と変な聞き方をしてくるな。

 視界が安定しないものの看護婦が出している指は見えているので本数を答える。

 

「なにか体に異常はありませんか?」

 

「……視界がボヤけて見える」

 

 手足に異常はなく吐き気の様なものもなくなった。

 代わりに視界がボヤけて見えている。日々の体調管理を受けているので急激な視力の低下は異常だ。

 

「ちょっと待ってください。視力検査をしますので」

 

 こっちの世界にもあるのか、視力検査のボードを取り出す看護婦。

 目を片手で押さえて、視力が今幾つあるのかと探ろうとするのだが、問題が発生した。

 

「あの、視界がボヤけているのですよね?」

 

「ああ」

 

 視力検査でなにが見えているか、どの方向が見えるのか答えるシンプルな内容だったが1、5まで普通に答えることが出来た。ただ単に視力が落ちたと思っていたのだが、予想以上に視力はそのままで遠くの物をハッキリと見ることが出来ている。

 目が悪くなった筈なのに視力はなんとも言えない、むしろ良好な形で看護婦は困惑をしていた。

 

「ジョン、目が覚めたのね!」

 

「リーナ、か……リーナ?」

 

「どうしたの?」

 

 リーナが救護所に大慌てで来た。

 心配してくれているんだなとリーナを見るのだが、リーナがボヤけている。……やっぱりそうだ。

 

「人を見ると視界がボヤけて見える」

 

 ベッドも視力検査のボードも布団も何もかもがハッキリと見えている。

 それなのに人だけがボヤけて見えており、なにか特別な精神の病気かとなるが人だけがピンポイントにボヤけていく病気なんて聞いたことはない。

 

「失礼ですが、トリオン量は幾つでしょうか?」

 

「トリオン?たしか、9だって言ってた」

 

「すみませんが、これを握ってください」

 

 管のチューブを出す看護婦。

 先端部分が機械と繋がっているので、もしかしたらと思い握ってみるとピーと言った音が聞こえる。

 

「貴方は今、おいくつですか?」

 

「今年で9歳になる」

 

「9……」

 

 因みにリーナは7歳だったりする。

 俺の実年齢を聞いて、もしかしたらと口元に手を置いて考える素振りを見せる。

 

「目を覚ましたみたいだな」

 

 言うべきか言わないべきか看護婦が悩んでいると、ルミエもやってくる。

 

「ルミエ、ジョンの体がおかしいみたいなの!」

 

「ジョンの?見たところ、外傷は無さそうだが……なにが起きている?」

 

「あんたも含めて人間のみボヤけて見えてる」

 

 最初に看護婦、次にリーナ。最後にあんたと来てハッキリと分かった。

 人だけ勝手にボヤけている。俺の意思に関係無く勝手にボヤけているもので、元に戻れと念じていても戻りはしない。

 

「アレイ、容態に異変はないのか?」

 

「あ、はい。特に体に異常はありません。脳波も正常です……その」

 

 看護婦に俺の容態を確認するルミエ。

 目立った外傷はなく、看護婦に確認をすると言いづらいのか口が止まる。

 

「ハッキリと言ってくれ」

 

「サイドエフェクトと思わしき物に目覚めていると思います」

 

 サイドエフェクト。

 優れたトリオン能力が人体に影響を及ぼしてちょっとした特殊な能力の事である。

 例えば人の数倍聴力が強化されたり、完全同時並列思考が出来たり、睡眠記憶が通常と異なって確実に学習したりと、その能力は凄いものから地味なものまでピンきりとある。

 あくまでも人間の身体能力の延長線上の物らしいが、未来を視たりすることの出来るサイドエフェクトはなんの能力の延長戦かは不明だ。千里眼の延長だろうか?

 

「随分とハッキリしないな」

 

「現在彼は私達の顔がボヤけて見えているだけで、なにか見えているわけではありません。視力自体も良好なもので、恐らくですがコレは発展途上のサイドエフェクトだと思われます」

 

「発展途上のサイドエフェクト?」

 

「あくまでも仮説なのですが、彼は目に関するサイドエフェクトを持っています。超技能や特殊体質と同じレベルのサイドエフェクトだと思われますが視覚と密接に繋がっているので体の成長と共に発現するかと思います」

 

「確か、お前9だったな」

 

「今年な」

 

 まだ第二次性徴期は来ていない。

 コレからぐんぐんと身長は延びるので、それにともないこのサイドエフェクトが発現してくる。

 サイドエフェクトって生まれながらに保有しているかそうでないかのものだと思っていたのだが、どうやら成長するに伴い発現するものもあるようだ。

 俺みたいな一例は今回が初で、恐らくは早々に無いもの。さっき人を間接的に殺した精神的ショックも合わさって発現した偶然の産物だと看護婦は言う。

 

「人が見れないだけで、トリオン兵は見れるんだろ……お前にはまだまだ戦ってもらなわないと困る」

 

 サイドエフェクトと思わしきものの発現を喜ぶ暇は無い。

 例え相手が雑魚だろうが、戦って戦って戦って戦って、時には見たことのないトリオン兵に足元を掬われて死にかけて、それでも戦って戦って戦い続けて1年以上の時が経過し、俺のサイドエフェクトがなんなのか分かった。



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13話

 サイドエフェクトが発現してから一年以上経過した。

 一応は拐われてから何日目なのかをやってはいるものの、正確な日付を計算したことは無い。計算したところで此方の世界と暦が違うので、合わせるのがめんどくさい。

 

 第二次性徴期を迎えて生身の肉体がぐんぐんと大きくなっていく側で俺のサイドエフェクトも成長してきた。

 最初はボンヤリとしていた人の姿は段々と形をハッキリと見れてきた……変なものが見えてきた。

 ある人は二足歩行の豚、ある人は鼻に輪を着けた牛。ある人はゴリラ。ある人は狐。ある人は蛇とその人の守護霊的なのが見えるようになった。

 原作で他人のオーラ的なのが色で見えるサイドエフェクトを持っている天羽がいたが、俺のサイドエフェクトはそれに似ている。その人がどんな人なのか動物で例えて見える。

 具体的に誰がどれくらい強いか、所謂戦闘力を数値化出来ない現状俺のサイドエフェクトは案外使えると分かった。鶏やヤモリと言った余り強くない動物はそんなに強くはなく、獅子や熊などの動物はそれなりの強さを持っている。

 初見の相手がどれくらいの強さなのか分かるのは物凄い便利なサイドエフェクトだ。

 

「ジョン、お前には今日から新しい仕事をしてもらう」

 

 そんな中、新しい仕事がやってくる。

 今日も防衛かトリガー開発の意見を出すのかと思えばルミエが言いはなった一言に少しだけ驚く。

 

「俺にこれ以上、なにをさせようと言うんだ?」

 

 現在、耕した畑から採取した大豆で味噌と醤油を作っている。

 基本的には休みの日しかなにかをすることは出来ず、味噌と醤油は取りあえず半年ぐらい待たないといけない食料品で、意外とこの生活と合っている。

 毎日とは言わないがイアドリフの防衛任務以外になにかと意見を出せと無茶振りをされては原作知識を悪用した結果、この国では緊急脱出機能が備わったトリガーが当たり前となった。

 一時期、トリオン兵にやられてしまう残念な実力を持った拐われた人達はポンポン死んでいたが、緊急脱出機能のお陰で死者が出なくなった。俺は緊急脱出機能が他国に知れ渡らないか本当にヒヤヒヤしている。

 

「前に言っていたパスポートだったか?そのシステムが採用されたんだ」

 

「あ~……」

 

 自分が使える奴だとルミエに証明するために、日本とか地球にあるシステムをとことん売った。

 その中でパスポートのシステムを言っていた……かもしれない。なにせ色々と適当な事を言っていたので覚えていない。

 顔写真と名前を国に登録をしさえすればなにかがあった時に対応することが出来るとかなんとか色々と言ったのを思い出す。

 

「詳しい事は歩きながら説明をする」

 

「そうか」

 

「ルミエ、私は?」

 

「リーナは何時も通り防衛だ」

 

 出来ればリーナも一緒に居て欲しかったが、上がそう判断してしまっているので俺しかいけない。

 常に俺と一緒が当たり前になっているので些か不満そうな顔になるが、遊びにいくわけではない。

 

「パスポートを作れって話なら他を当たってくれよ」

 

「まさか。お前に機械をさわらせても無駄だよ」

 

 パスポートに必要な個人情報を登録云々をしてくれと言うのなら無理な話だ。

 その事を言えばルミエは違うと笑って1から説明をしてくれる。色々と長々しく、わからない用語が多数あったので要約すると入国の際に行われる審査員をしてほしいとのこと。

 この国に流れてくる傭兵紛いや旅をしている奴等が、この国に居ても大丈夫かどうか、危険な存在じゃないかどうかを見極める為に一役を買ってくれと言う。

 

「俺はそういった心理戦は苦手だ」

 

「別に相手の心を読んでなにを企んでいるのか見抜けと言っているんじゃない。危険かそうでないか判断してもらいたいだけだ」

 

「俺の仕事はあくまでも国を守るために戦うことだぞ?」

 

「これも戦いだ……本当に強い奴は戦わずして勝つと言うだろう。なに、今回はちゃんと報酬としてトリガーを作る権利を用意している」

 

 やっとか。

 長い間、【カゲロウ】一本で頑張ってきたが、剣一本だと限界がある。銃の一つでも持たせて欲しいのだが、ルミエは1つの事がちゃんと出来ていないのに新しい武器を使ったところで器用貧乏になるだけだとトリガーを変えることすら許してくれなかったが、やっと許可は降りた。

 

「貴方はなにをしにイアドリフへとやって来ましたか?」

 

 やっとの許可に喜びを見せるのは、まだ早い。

 国が他国との貿易に使っている施設に行くと何十名もの移籍者がおり、入国審査をはじめる。

 

「私は商人で、色々な国々を回り商売をしております」

 

「商人ですか」

 

 1人目からめんどくさそうなのを引き当てた。

 商人だと分かると顔色を変えてしまうのはいけないことなので、顔色は変えないものの少しだけ硬直をしてしまう。

 

「私は主に各国特有の農作物の苗や種を売り渡っており、その作物の育て方等の技術も売っております」

 

 ここが国の中枢の人間にアピールする場だと感じたのか、問いかける前に言ってくる商人。

 先ずは名前をと思ったのだが名前よりもなにをしているのかを知っていた方がいいのでこのまま続けようと思う。

 

「では、イアドリフへやって来たのはなにかを売るためにですか?」

 

「はい!イアドリフの土地柄を知り、私が手に入れた種や苗を農家に売り更にはこの国特有の植物等を入荷するつもりです」

 

 迷うことなくスラスラと俺の問いかけに答える商人の男性。

 なにかを売りに来たのであって、なにかを売ると決めたわけではない……。

 

「一応聞きますが、現在なんの植物の苗や種を有していますか?ついでなのでなにかアピールしていいですよ」

 

「はい!先ずはこちら、イチオシの商品です。成長する前に狩り取り米の磨ぎ汁で煮て灰汁を抜き取ればとても美味しく頂け、成長した物は細工品の材料の1つに使える竹と言う植物です!」

 

 意気揚々として語りだし、出てきたのは緑色の若竹とタケノコ。

 竹自体がこの世界では珍しい、と言うか見ないもので普通ならば目を輝かせるところだ。俺も竹が手に入るのならば欲しいなとは常々思っていたところだ……だが、しかしこの男を信頼していいかどうかは別物だ。

 

「イアドリフでは米は栽培されていません」

 

「でしたら、こちらの稲穂をお使いいただければ」

 

「ちょっと見せてください」

 

 食べ物としても道具としても竹が使えることは重々承知している。

 だが、それを細工する技術と調理するための道具は無い事を教えると向こうも売れると思ったのか今度は米をアピールする。

 

「脱穀したやつはありますか?」

 

「こちらが脱穀したものです」

 

 稲穂のまんま渡されてもどういった品種かわからない。

 脱穀して精米が完了したものを見せてもらうと細長いインディカ米でなく少し丸みを帯びたジャポニカ米だった。

 

「これの育て方、知っているのか?」

 

「ええ、先ず普通の畑でなく田んぼと言われる水に使った畑を用意します」

 

 俺が興味を持ってくれたと意気揚々と語る商人。

 米の耕す方法はこちらの世界でも大体同じ方法で、手順を間違えなければ念願の米が食える。米があればオムライスや炒飯と言った米系の料理を食べられる……。

 

『それで、この男はどうなんだ?』

 

 米についての説明を熱心に聞いているとルミエから通信が入る。

 商人との商談はルミエ達にとって割とどうだっていい。その辺りはまた別の機会で、今はこいつが危険な存在かどうかを見ている。

 

『……関羽が見える』

 

『誰だそれは?玄界の生き物か?』

 

 改めて商人の持っているオーラの様な物を見ようとするのだが、何時もと違っていた。

 何時もだったらゴリラだ蛇だなんだと動物が見えるのだが今回見えていたのは人、しかもただの人じゃない。三国志に出てくる関羽が見える。

 確か関羽は商売の神様だ、この男は商人で世界を渡り歩いている。世界を渡り歩く強さと商人としての商売の上手さが掛け合わさって関羽が見えるのだろう。男に髭は無いけれど。

 

『歴史上の偉人で、商売の神様だ』

 

『人なのに神なのか、変わっているな』

 

 別に人から神様になるなんて珍しくないだろう。こっちの世界も向こうの世界も似たようなことはあるんだから。

 

『なにか悪巧みをしようとする感じじゃないけど、売っている商品には気を付けないといけない』

 

 世界を渡り歩いて商売をしているのは本当だろう。

 売っているのは農作物、技術、知恵。下手な物を売れば自分の命に関わってくるのを分かっている。

 

『なら、通しても問題ないか』

 

『問題無いけど、購入したりするのは少しだけ待って欲しい。竹を全面的に押してきているけど、竹を購入する事は危険だ』

 

『そんなに危険なのか?』

 

『生命力が半端じゃなくて1m以上の地中深くに根っこを作る……とにかく、一定の量だけ入荷しておいた方がいい』

 

「詳しい商談は上から来ますので、こちらの方で話は通しておきますね。後でパスポートと言う手帳が交付されますので、くれぐれも無くさないように。無くした場合はイアドリフへの入国を拒否されます」

 

「はい、分かりました」

 

 1人目から商人と重い奴が来たがなんとか乗り切った。

 まだ中学生ぐらいの子供に与える仕事じゃねえぞと精神的疲労を感じながらも俺は次々と入国審査をこなしていく。

 さっきの商人が例外的なだけで、基本的には傭兵だったり根無し草で放浪している人だったりと危険な要素を含んだ人達が多かった。

 

「次の方、どうぞ」

 

 俺のサイドエフェクトで視るのが合っているかは分からないが、今のところは危険な人物はいない。

 この調子で俺のサイドエフェクトの有用性を示して地位を向上しておかなければと次の人を呼び出す。

 

「すまないが、うちは親子で息子がまだ幼い。二人まとめてやってはくれないか?」

 

 ひょっこりと次の人が顔を覗かせる。

 親子連れとは珍しい。2人だろうが3人だろうが纏めても問題無いので大丈夫ですと答えると親と一緒に子供の方が入ってきて俺は固まる。

 

「ほら、自己紹介しろ」

 

「はじめまして、くがゆうまです」

 

「……」

 

 見た目は原作よりも更に幼い。

 けれど、モジャモジャした黒い髪と童顔でハッキリと分かり、子供の方が自己紹介をした途端にそれは変わる。

 原作主人公の1人である空閑遊真とその父である空閑有吾がイアドリフへとやってきた。

 

「っと、オレも名乗らないとな。遊真の父の有吾だ」

 

 固まってる俺に気付いたか、それともまだ気付かずにいるのかマイペースで話を進める有吾。

 こっちは初対面でこんな顔だったのかと驚いているとおかしいので出来る限りのポーカーフェイスを貫き、話をする。

 

「空閑さんは何処の国の人ですか?」

 

 空閑有吾は他人の嘘を見抜くサイドエフェクトを持っている。

 詳しくはあんま覚えていないが、文字とかでの嘘は見抜けない……とはいえ、文字とかでの会話をすれば怪しまれる。一先ずは出身地を聞いてみる。

 

「オレは日本出身だ」

 

「……そうですか」

 

 玄界の人間と言わず、あえて日本と言うワードを使う有吾。

 俺が新撰組の格好をしているのは気付いており、ニヤけているのが分かる……俺をコスプレかなんかだと思っているのか。

 

「有吾さんは日本と言う場所、出身ですが何故にイアドリフに?」

 

「色々と見て回りたくてな」

 

「成る程、ですがお子さんを連れてくるのは如何かと……この年頃の子供なら学校に通っているのが普通です」

 

「学校ねぇ……」

 

 あえて俺はボロを見せる。近界に勉学を学ぶ場所はあれども学校と言うものは無い。

 それを知っていると言う事はと空閑有吾に色々と考えさせる間を与える。表情を変えずに学校を知っていることはと手に取るように分かる。

 

「ところで随分と変わった格好をしているな」

 

「ええ、新撰組と言う剣客集団の衣装を模した物なんですよ」

 

「そうかそうか……」

 

 あえて自らボロを出していくスタイル。

 空閑有吾が日本人ならば一度はその名を聞いたことはあるだろう。それ聞いて反応するかと思っていたが、相手は嘘を見抜けるプロだ。俺は本当の事しか言っていないのでサイドエフェクトは引っ掛からない。

 

「むぅ、さっきから親父ばかりに質問しておれにはなんか無いのか?」

 

「そうですね……何処か1つの土地に根付きたいとは思いませんか?」

 

 原作が始まる9年ほど前まで空閑有吾と共に近界を渡り歩いていた遊真。

 所謂転勤族よりも転勤を繰り返し続けており、何処かの地に足をつけると言った事はしていない。基本的には戦場を渡り歩いているなんともバイオレンスな生活を続けていた。

 

「う~ん、仲良くなった奴と会えなくなるのはツラいけど、この生活、馴れてるからな」

 

 それが当たり前で失うことはそこまで辛くは無いと言う遊真。

 俺の方が歳上なのに随分と肝が据わっているんだなと感心しつつ、他に遊真に聞くことはないかを考えてみるが思い付かない。

 

『その親子が戦場を渡り歩いているのは事実だ……お前の眼にはなにが見える?』

 

 これ以上は質問しなくていいのか、ルミエから通信が入る。

 幾ばくかの会話で空閑親子の人となりを理解したようでその本質を俺に尋ねるのだが、俺は答えない。

 

『なんだっけな……』

 

 最初の商人の時と同じで人が見えるには見えるのだが、関羽みたいにある程度の歴史にハマった者ならば分かる偉人じゃない人が見える。

 石膏像で頭に羽みたいなものが這えていてアスクレピオスの杖を握っていることからギリシャ神話の神だ。俺がそういう風に見えていると言う事は俺の知っているものなんだろうが名前が思い出せない。

 

『神話に出てくる神様なのは分かるんだが、名前が思い出せない』

 

『また神様か。今度はなんの神様だ?』

 

『商人とか旅人の守護神で体育技能とか色々とあった神様だ』

 

『おい、普通は一個か二個ぐらいだろう。なんだその神様は』

 

 そんな事を言われても、ギリシャなんだから仕方があるまい。

 なんだったらうちの国には八百万も神がいてそれぞれがそれぞれを司っているんだ。唯一神教徒には分かるまい。この世界に神がいるかどうかは別だけども。

 

「貴方はこの国の内情を探って他所の国に情報を売り渡しに来たスパイですか?」

 

「その時、その時だ」

 

 そこでハッキリとNOと言わないのがなんとも男らしい。

 空閑親子がイアドリフに対してハッキリとした敵意を持っていないことが判明したので入国を許可する。

 

「後でパスポートを作りますのでトリオン体でなく生身の肉体でお願いします」

 

「パスポート?」

 

「オレ達の国籍や生年月日が記された身分証明書の事だ……まさか近界に来てまで、作るとは思ってもみなかった。君の発案か?」

 

「……違います」

 

「……そうか」

 

 嘘を見抜くサイドエフェクトを空閑有吾は保有している。

 俺は今、ハッキリとその通りだと言う嘘をついた。その事について空閑有吾はなにも言ってこない。わざわざ新撰組の格好をしてパスポートなんて作っているなんて相当な訳があるのだと察してくれた。

 

「次の方、どうぞ」

 

 空閑親子が来たので、もしかするとボーダーの誰かが来るのかもしれない。

 そう思ってしまったが、それ以降は原作に登場する誰かが出てくることはない……もしかしたら既に原作が始まっているのかもしれない。そうなると元の世界に戻るのは割と絶望的である。

 

 この日に30人近くの入国者を審査。

 変わったオーラを持っているのは最初の商人と空閑有吾だけで後はまちまちと言ったところ。流れの傭兵でも強い奴と弱い奴に分かれていて、一騎当千の強さを持っているのは空閑有吾だけだった。



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14話

 まず、はじめに大豆を一晩水に浸す。

 次にその大豆を柔らかくなるまで煮込み、ミキサーで擂り潰すのだがミキサーが無いのですり鉢で擂り潰す。

 擂り潰した大豆に麹を入れるのだが、米が無いので代わりに麦で出来た麹を入れて布で被って時折かき混ぜながら数日放置して白い物が出来れば麹の完成だ。

 そして水1リットルに対して200グラム程の塩を入れた塩水と一緒に容器に入れて容器ごとシェイク。

 

 最初の1週間は毎日かき混ぜる。

 

 次の1週間後から2ヶ月の間は2日に一度かき混ぜる。

 

 2ヶ月目から三日に一度かき混ぜる。

 

 3ヶ月目以降からは1週間に一度かき混ぜる。

 

 半年、10ヶ月ぐらいすれば大豆を入れている容器が発酵して黒々しくなる。

 黒々しくなった大豆を擂り潰した物を布に入れて三脚に吊るして、汁を点滴の如く垂らしていく。

 

 この吊るした際に垂れていった汁こそが醤油である。

 正確に言えば、この時点では生醤油で、この醤油を80℃程で20分程熱した物が市販されている醤油……の筈だ。

 

「こっちの方はどうだ」

 

 作り方はと言うか材料は一緒だ。

 

 一晩中水に浸した大豆を指で潰せる程に煮込んで擂り潰し人肌の温度になったところで麹と塩を混ぜる。

 

 それを団子状にした物を容器に入れる。この団子は途中で潰してもいい。

 

 更にそれを容器に蓋をして密閉空間に入れて塩が入った袋を重石にして風通しのいい冷暗所で半年ほど寝かせる。

 

 

 これが主な味噌の作り方である。

 

 

「……なにやってるんだろうな」

 

 空閑親子の入国審査を終えてから数日が経過した。

 リーベリーから入荷した貝殻の粉のお陰で酸性の土は中和されてなんとか大豆を育てることが出来たので、味噌と醤油を作った。学校で一度だけ習ったことと家庭科の教科書だけでよく此処まで出来たなと自分に感心をしつつなにをやっているんだろうと思う。自分が作っている物ややっていることが小説家になろうに出てくる主人公と似ている。

 別にその事で嫌になると言う気分は無いのだが、なんとも言えない気分はある。後、この醤油と味噌が思ったよりも出来なかった。醤油がもうちょっと取れるかと思ったが1リットルちょっとしか取れなかった。

 

「お、良いもの作ってるな」

 

 取りあえずはと照り焼きチキンサンドでも作ってみるかとキッチンを借りて調理をしていると空閑親子がやってくる。

 

「どうも」

 

 空閑親子と俺達は同じ部隊に配属された。

 余所者は余所者と一緒になるのが道理だとか適当な事をルミエは言っていたが、多分イアドリフの情報をやりたくないからだろう。

 

「いい匂いがしますな」

 

 三3三の顔をして俺を見てくる遊真。

 ジュルリとヨダレが垂れ落ちており、視線の先には俺ではなく俺の作っている料理がある。

 

「……少しだけならやるぞ」

 

 どうせ食べるのは俺だけなんだ。

 貴重な醤油を無駄にしたくはないが、此処で俺だけのだと強欲さを見せるのもなんか違う。

 包丁を火で軽く炙った後、パンに切れ目を入れてその中に割いたレタスと照り焼きチキンを入れる。

 

「全く、食い意地だけは1人前だな」

 

「一切れだけなら、ありますよ」

 

「おっと、悪いな」

 

「親父も食い意地は1人前だな」

 

「馬鹿、食い意地以外にも一人前だよ」

 

 どっちも食い意地の張った親子だよ。

 空閑親子が食べているのを横にフライパンや調味料等を片付ける……。

 

「それでなにかご用ですか?」

 

 この親子が食い意地の這っているだけの親子じゃないのは分かっている。

 わざわざ俺に会いに来たのは照り焼きチキンを作っているからな訳じゃない。食事はちゃんと上から配給されているんだから。

 

「少し聞きたいことがあってな」

 

「……誰だって言いたくない事の1つや2つ、ある」

 

 有吾さんは俺がイアドリフの人間じゃない事を見抜いている。

 イアドリフにはない醤油を使って照り焼きチキンを作っているのだから、余程の阿呆じゃなければこの世界の住人ですら無いことに気付くだろう。ハッキリとその確証を得ていないのと、どういう経緯で流れ着いたかのかが気になるのだろう。

 

「今の生活に、やっと馴れてきたところなんだ」

 

 だからと言って、ベラベラと話すつもりは無い。

 何度も危ない目に遭って、無茶振りをされて、周りの人間を犠牲にして、それで必死になって成り上がろうとしている。

 味噌と醤油作りもその成り上がりの一環だ……一度に大量生産出来ないので今のところは個人的に使うように納まっているが。

 

「……そうか」

 

 この言葉に嘘はなく、本心から言っている。

 遊真の様に自らで連れていってるのでなく、連れ去られた身で覚悟もなにも出来ていない子供がこういう姿を見せられると流石にショックを受けるのか、見せていた余裕が少し無くなる。

 

「だったら、一人言を言わせてくれ」

 

「どうぞ、ご自由に」

 

 一人言ならなにを言っても構わない。

 

「アリステラ、デクシア、メソン、この3つの国はとある国と繋がっている。3つの国の何れかと繋がればその国との繋がりを持つことが出来る」

 

「……」

 

「そこの国はまだまだ発展途上だが、独自の技術を持っていて何処の国よりも資源に満ち溢れている。そことの同盟を結べば国の繁栄に繋がる」

 

「……What I'm going to say is soliloquy」

 

「!」

 

 遠回しにボーダーの事を紹介してくれる有吾さん。

 今の段階からボーダー相手に貿易をすれば俺達は帰れるかもしれないが、はいそうですかとはいかない。

 リーナを相手にしていたお陰で多少は流暢になった英語を今此処で出す。

 

「Don't use triggers if you're thinking of us」

 

 急な英語には対応することは出来ないのか、トリガーを起動しようとする有吾さん。

 こちらの世界仕様のトリガーじゃないのか英語が対応しているっぽいが、そこでトリガーを使うのは俺にとっては逃げの一手のようなもので使われると正直な話、不愉快だ。

 

「悪い、英語は少し苦手なんだ」

 

 有吾さんにも英語でお願いをしようと思ったが、英語は不得意なようだ。

 色々と世界を渡り歩いて博識の様だが、この手の一般教養は乏しいのか。

 

「むっ、ジョンがなにを言ってるか分からないな……分かるか?」

 

 横で話を聞いている遊真も英語はちんぷんかんぷんなので隠れているレプリカに訪ねる。

 

「It ’s a soliloquy.……独り言ですよ、独り言」

 

 有吾さんに向かって言っているわけじゃない。

 あくまでも俺が勝手にベラベラと喋っているだけで、それをどう受け取るかは別だ。たまたま耳に入ってしまっただけかもしれない。

 

「……It's a lie if you say you don't want to go home……けど、帰り方が分からない」

 

 家の住所はちゃんと覚えている。通っていた学校も住所も自分の本来の名前も、なにもかも覚えている。

 日本にポンっと放り出されても家の住所を言って保護してもらえばなんとかなる……普通ならばだ。俺は迷子になっていたとか、そんな感じじゃないけど。

 

「こんなの何処でもあるとは言わないし、言いたくもない……くだらない同情は1番傷つける」

 

 もう既に越えてはならない一線は越えてしまっている。

 人は殺したし、殺された仲間もいる。緊急脱出機能や電気による文明の切っ掛けを与えてしまった。今こうして味噌や醤油を作っているのだって後戻り出来ない事だ。

 

「ジョン、It's time for training」

 

「この子は……」

 

 はじめてリーナと出会う有吾さん。

 如何にもな外国人の顔付きを見て驚き、そして納得をする。どうやって英語を覚えたのか、その答えが目の前にある。

 

「ジョンの彼女かなにかか?」

 

「……違うわよ」

 

 遊真がストレートに聞いてきて一瞬だけ喜ぶ素振りを見せるも、直ぐに否定するリーナ。

 俺みたいなのがリーナの様な美少女の彼氏なんて出来ない……状況が状況だけに、そう言った事を言ってられない。

 

「それさっさと食い終わったらキッチンを出てくださいよ」

 

「今からトレーニングをするのか?」

 

「……まぁ、そうです」

 

「だったら、オレも一緒に」

 

「……ヘタな同情が1番キツいんですから、やめてくださいよ」

 

「……すまん」

 

 自分からなにか出来ることは少なく、せめてもと戦う術を教えようとする有吾さん。何時もならば喜ぶのだが、俺達に同情をしているのが丸見えなのでそこは強く拒む。子供を重ねて見てしまっているのに気付いた有吾さんは申し訳なさそうに謝る。

 

「親父、オレじゃなくておれ達だろう……訓練するんだろ?だったら、一緒にやろうよ」

 

「……お前とはやり方が違うんだよ、やり方が」

 

 遊真はその辺りに気付いていないのか、俺達を誘ってくれる。

 気さくに誘ってくれることは嬉しいのだが、そもそもで鍛え方が違う。俺は遊真にイアドリフから支給されている木刀を渡す。

 

「重っ!なんだよ、これ」

 

 リーナが持ってきた木刀を渡すと驚く遊真。

 

「特注の木刀だ……通常よりも遥かに重い」

 

 イアドリフに特注で作らせた5キロ以上する木刀での素振り百回。数日に一回休みのペースでやっている。

 修学旅行で購入出来る木刀と違い、真剣よりも更に重い重さを持った木刀の為に腕が尋常じゃない程に痛い。素振りを日課にしてから一年以上経過しているが、全然馴れていない。剣を振ると同時に遠心力で腕が持っていかれそうな感じだ。

 

「これトリオンで出来てない木刀だろ?なんでわざわざ」

 

「生身の肉体を鍛えるためだよ」

 

「生身の肉体を?」

 

 トリオン体なら、この木刀の重みを感じないだろう。

 トリオン体を自在に扱えるようになるためには生身の肉体を鍛えておいて損は無い。後、シンプルに体を動かしておかないといざというとき大変になる。BBFで生身の運動能力が高いのに機動力が低い人とか弱い人とか普通にいるからそこまでのものでもないんだが。

 

「地球ではそれが普通なんだよ」

 

 なんでわざわざ生身の肉体を鍛えているのかイマイチ分かっていない様子の遊真。

 俺の行動を一纏めにすれば地球ではそういったやり方が主流だからやっているとしか言えない。生身の肉体とトリオン体は別なのだからトリオン体の使い方を覚えればいいと言われればそこまでだ。近界のやり方も悪くはないのだが地球ではこれが主流だ。

 

「それに俺にはこういうやり方しか向いていない」

 

 ルミエから自分専用のトリガーの開発権限が与えられたのだが、幾つか問題があった。今の今まで剣一本で戦っていたので、近距離の体を動かして戦うタイプのトリガーとの相性は良かった。ただトリオンを操ることはヘタクソだった。

 トリオン操作がヘタクソだった為に体を使わない系のトリガーは向いていないと開発陣営に言われ、取りあえずはと他の武器から始めることにした。

 

「お前達、普段どういう特訓をしているんだ?」

 

「……まぁ、色々とやってる」

 

 どうせ此処で強く拒んだとしても、付いてくるのが目に見える。

 深く関わるなと一線を敷いてみれば、その線を乗り越えてくることはせずに居てくれるので取りあえずはとキッチンを移動し、何時も訓練をしているお馴染みの森に連れてくる。

 

「今日はなにをするの?」

 

「何時も通りの訓練をするだけだ」

 

 交通安全のお守りに入っていた五円玉に糸を垂らして、木の上に吊るす。

 俺の胸元までの長さがある先端に爪楊枝の様な物が付いた棒を取り出すとリーナが少しだけゲンナリとした表情をする。

 

「もっとこう、派手なのとかアクション的な訓練をしたいわ」

 

 今からやる訓練は至ってシンプルだ。

 棒の先端部分に付けている爪楊枝を五円玉の穴に差し込む。口にすれば簡単だが、思いの外難しい。

 

「斎藤道三はコレをやっていた」

 

「誰よ、それ」

 

「日本の武将だよ」

 

 とはいえ、歴史とか戦史を学んでいる人以外にはピンと来ないだろう。

 槍を突いて五円玉の穴を狙いにいくのだが、これが結構難しく思いの外苦戦をする。

 

「むぅ、地味だな」

 

 その光景を横から見ていた遊真は少しだけ退屈そうにする。

 わざわざ森に移動したのに、地形を生かした訓練をするのかと思えば五円玉の穴に爪楊枝を通すだけと地味な訓練を見せられればそうなるのは当然と言えば当然かもしれない。

 

「だったら、一度やってみろよ」

 

 人の訓練に文句があるならば、やってみればいい。

 俺と遊真では体格差がそこそこあり、遊真は自分ほどの大きさの槍を持たされるがコレぐらいはちょうどいいだろう。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……ふっ!……あれ?」

 

 曲げていた腕を伸ばし、手のひらから滑らせるように一突き。

 結果は五円玉の横を通り過ぎるだけで穴に掠りもせず、簡単な訓練だと思っていた遊真は首を傾げる。

 

「見た目よりかなり難しいぞ、こいつは」

 

 簡単に出来ると思っていた遊真に笑う有吾さん。

 ちゃっかり自分はやらないようにしているのは難しいことを理解しているからだろう。

 

「こんな訓練、よく思い付くな」

 

「有吾さん達がどっち側かは知らないが、こっちの世界にはこっちの世界で積み上げた物があるように向こうの世界でも積み上げた物があるんだよ」

 

 トリガーを使った戦争を地球ではしていない。

 代わりにやっていたのは重たい数kgの鉄を装備した戦争で、積み上げていった戦術が沢山ある。俺はトリオンを用いた戦いの訓練は素人同然だが、そうでない戦争の知識なら人並み以上にはあると自負している。

 

「それに技術のインフレに勝つにはコレしか道はない」

 

 神の国と呼ばれるアフトクラトルのラービットは黒トリガーの能力を擬似的に再現していた。トリガー開発が進んでいる。

 イアドリフには一個も黒トリガーが無く、戦闘用のトリガーの開発もあまり進んでいない。代わりに剣などのシンプルなトリガーの使い手が優れている点があるものの、トリガー技術は劣っている。だからこそ、外国の技術を取り入れようと言う考えになるんだろう。

 

「ならさ、おれと勝負しようよ」

 

「勝負だと?」

 

「ジョンの言う積み上げた物がどんなものか気になる」

 

 俺との戦いを望む遊真。

 

「断る」

 

 原作の空閑遊真は物凄く強い部類に入る強さを持っている。

 しかし、それはあくまでも原作が開始するまでの間に戦場を渡り歩いて色々と経験を積んだからであり、今の段階では原作開始時の様なある程度、完成された強さを持っていない。

 俺のサイドエフェクトはオーラを神仏や歴史の偉人に具現化するもので、有吾さんはギリシャ神話の神が見えるが遊真からはドーベルマンぐらいしか見えない。ある程度は父親に訓練をされているが、今のところは程度が知れているレベルだ。

 

「負けるのが、怖いの?」

 

 分かりやすい煽りをしてくる遊真。

 

「ジョンが負けるわけないじゃない!!あんたなんかボコボコよ!」

 

「お前は乗るな」

 

 挑発をされてるのは俺なのに、乗ってしまっているリーナ。

 これぐらいの事で怒ってしまうのはチョロいとしか言いようがない。

 

「第一、どうやって勝負するつもりだ?」

 

 何時緊急出撃するか分からない状態だ。

 トリオン体を破壊すれば俺は半日、リーナは20時間ぐらいトリオン体を再構成に時間が掛かる。ボーダーの様に死なないけど死んだ状態が再現できるゲーム感覚の戦いが出来ない以上、変な事は出来ない。

 

「おれがこの木刀を使うから、槍を使ってみてよ」

 

「……お前、正気か?」

 

 わざわざ使う武器を指名してくる遊真。

 槍を相手に剣で挑むとか、基本的な戦術を知らないんだろうか?槍は剣よりも強いと定石があるし……

 

「お前、この木刀を使いこなせるのか?」

 

「生身なら無理だけど、トリオン体なら簡単に持てるよ」

 

「……そうか」

 

 何よりも、遊真の方が圧倒的に不利だ。

 原作を見る限りは遊真は小柄さを生かした素早い戦闘で敵を翻弄したりしている。俺の木刀は特注品で通常よりも遥かに重く、現在遊真が使っている短剣の二刀流とスタイルが異なる。

 

「俺が戦う理由は無い」

 

 腕試しとかの理由で私闘をするつもりはない。

 なんらかのメリットがなければやる気は起きない……あくまでも俺の戦いは生き残る為のものであり楽しむ為の物じゃない。

 

「だったら、おれが負けたらなんでも言うことを聞くよ」

 

「……俺が負けた場合はなにもないなら受けてやる」

 

 メリットしかない勝負なら受けてやるが、こんなところでデメリットのある勝負はしたくはない。

 本音を言えばやりたくないがなんでも言うことを聞くと言っている。だったら、もう一個注文を上乗せする。

 

「それでいいよ」

 

「すまんな」

 

「別に、俺が了承した事だから問題ないです」

 

 明らかに好奇心で俺と戦おうとしている遊真。

 まだ子供なので子供的な理由で戦いを望んでいるので有吾さんは申し訳なさそうにする。

 

「ジョン、ボッコボコにしてやりなさい!」

 

 はいはい。




タイトル毎回考えるのめんどい


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15話

「試合の形式はどうする?」

 

 遊真と戦うことは決まったが戦い方はまだ決まっていない。

 

「向かい合ってオレが開始の合図を上げたらスタートでどうだ?」

 

 それだと、よーいドンで開幕ぶっぱや一点集中の攻撃が出来る奴の方が強い。

 とはいえ、何処か適当な所から試合が開始されるとなると時間が掛かってグダグダになってしまう。

 

「それでいいですか?息子が瞬殺される様を見ちゃいますよ」

 

「そこまで柔な鍛え方はしていない」

 

 半人前だが、認めているところは認めているんだ。

 親子の絆は見えないところでしっかりとしている事を実感しながらも、先端部分についている爪楊枝を外す。

 

「じゃあ、はじめるぞ……開始!!」

 

 遊真と向かい合い、武器を構える。有吾さんはどちらも準備が出来たと感じて合図をすると互いに動き出す。

 遊真は木刀を振りかぶりながら此方に前進してくる。相手を倒さなければ勝利出来ない以上は攻め混まなければならない。よーいドンでの勝負だと素早さで翻弄するとか立体的な動きは出来ない。

 

「もらった」

 

 間合いを詰めて槍の間合いを取らせない遊真は笑みを浮かべる。

 俺は後方に下がるが、それを待っていたと言わんばかりに遊真は木刀を振るおうとする。

 

「もらったのはこっちだ」

 

 槍の間合いから剣の間合いを取ったと思った遊真。

 両腕を同時に前に繰り出すか、片方の掌を滑らせるように繰り出すかして相手を突く突き方を知っているが、どうやらこっちの方はまだ知らないようだ。

 試合がはじまる前に槍の太刀打ちに当たる部分に付けた左手で管を握り、右手で押す。

 

「!!」

 

 予想外の一撃をくらったのか驚く遊真。

 ポトリと尻餅をついて、握っていた木刀を離してしまう。

 

「……その槍、ただの槍じゃないな」

 

「別に変わった機能はついていませんよ」

 

 ボーダーの某槍バカの槍は如意棒の様に長さを変えることが出来る。

 俺の槍はそういった機能を持っていない。そもそもで普通の棒でありトリガーじゃない。

 有吾さんは俺がなにをしたのか考察し始めるので、使っていた槍(棒)を見せると太刀打ちの部分に竹で出来た管がくっついているのに注目をする。

 

「この管、さっきは無かったが」

 

「槍の基本戦術は決まっていて、これはそれの定石から外れた物です」

 

 槍(棒)を返してもらうと、突きを見せる。

 両手を動かしたり、手のひらからスライドさせる突きではなく、管を片手で握ってもう片方の手で槍を前に出す突きで、ピストン運動みたいで通常の突きよりも遥かに早い。

 

「この槍にそんな秘密があったのか……よし、もう一回」

 

 トリオンで出来た武器でなく普通の武器なのでトリオン体にダメージが全く無い遊真はひょっこりと立ち上がる。

 管槍(棒)の秘密を教えるとシュコンと実際に突いてみて、通常の槍よりも素早い突きが撃てて感心する。

 

「こら、一回勝負だろう」

 

 管槍(棒)に感心してどさくさ紛れにもう一戦と言う遊真を叱る有吾さん。

 勝てると思ったところで負けてしまったので、少しだけ残念そうにするが敗けは敗けだ。

 

「コレはお前が考えたものか?」

 

「まさか、コレも向こうの世界が積み上げていったものの1つですよ」

 

 管槍を自分で考えたかと言われれば嘘である。

 本音を言えばDr.stoneで見た知識だが、管槍は正真正銘地球の日本に実在する槍術だ。

 

「御留流尾張貫流槍術【管槍】、確かそんな感じの名称だったはず」

 

 俺はfateから歴史にハマった口で神話や伝承とかのファンタジーには強いが史実物はそこまでだ。

 戦史や武術となれば色々と曖昧な知識で、管槍の正式名称や誰が作ったとかそういうのはあんまり覚えていない。

 

「乙女の終わりの流派?」

 

「そっちの乙女でも終わりでもない……信長が治めていた地域の武術だ」

 

 多分そんな感じの武術だ。

 とはいえ、信長も知らない遊真にはちんぷんかんぷんで、武術の一種だと思えばいい。

 

「ともかく、この勝負はジョンの勝ちよ。言うことは聞いてもらうわ!」

 

「だから、なんでお前が威張るんだ……」

 

 俺が勝ったことで威張るリーナ。嬉しそうにするのはいいが、それとコレとは話が別である。

 とはいえ、俺が勝利したのもまた事実。なにもないで終わらせてもいいが、この権利をなんかに使わないと損である。

 

「……あんた達、後どれくらいこの国に居るんだ?」

 

 空閑親子は色々な近界の国を旅して戦争に参加したりしていた。

 この国も空閑親子にとって通過点の1つに過ぎず、暫くすれば別の国に行ってしまう。小間使いの真似事をさせても意味はないし、遊真を相手にそんな事をしてもなんかやらかしそうだ。

 

「どれくらいかは今のところは決まっていないな。なにせ、特定の軌道を持たないから何時他の友好的な国に近付くか分からない」

 

「……」

 

 そこなんだよな。

 空閑親子が何時、この国を出るかが分からない。それだと遊真にできる命令が限られてくる。

 

「米を入荷したから、それを植えるのを手伝ってほしい」

 

 空閑親子を入国審査した日、米と竹を持ってきた商人がいた。

 竹は絶対に栽培するなとルミエに釘を刺しておいたから問題ないとして、米は何とかして増やさなければならない。

 

「植えるって、そんな土地を持ってるのか?」

 

「海外との貿易に使う食糧を生産する為の畑が与えられていて、使える土地が最近増えたんでな」

 

「使える土地が増えた?」

 

「同胞が減ったとも言える」

 

 時には他国の人間にやられ、時にはトリオン兵にやられ、時にはこの国から抜け出ようと反逆を起こし失敗し、死んでいった。バカな真似をしようとすれば厳重に罰せられる殺られる。

 俺達以外にも畑を耕して海外に売る食糧を作る土地を貰っているが、もう生き残っているのは数えるぐらいで使われなくなった土地が多数ある。その土地を今回与えられた。

 

「……そうか」

 

 同胞がなにを意味しているのか理解してくれる有吾さん。

 これ以上その辺りをつついても出てくるものはロクでもないものだけで、聞いてこない。

 

「じゃあ、早速畑を整備しに」

 

「ジョン殿、よろしいでしょうか!!」

 

「……えっと」

 

 どなた?

 遊真を畑に連れていこうとするのだが、多分イアドリフの街の門番と思わしき人が話し掛けてくる。

 あんまりコミュニティを広げていないから、この人の名前を知らない。

 

「私の名はベイグっと、自己紹介は後にしますね。ルミエ外務官が探しておりますので至急、基地へ向かいください」

 

「基地だと?」

 

 今日は前線に立つわけでもなんでもないオフの日だ。

 そんな日に人を寄越すとは珍しい。いや、それ以前に初じゃないだろうか?

 

「報告はしましたので至急、お向かいください」

 

 それではとこの場を去っていくベイグ。

 

「緊急事態のようだな」

 

 呼ばれる時じゃないのに呼ばれたことで異変を感じる有吾さん。

 

「……ついてくるなら、来てもいいですよ」

 

 此処ではっきりとついてきてくださいと言えない自分が情けない。

 有吾さんはついてきてくださいと遠回しに言っている事を分かってくれるので、4人で基地へと移動をし、ルミエが居る会議室に向かおうとするのだが基地の警備をしている人に止められる。

 

「此処からは1人でお願いします」

 

 外部の人間である空閑親子はともかく、リーナまでもついて来てはいけないと言われる。

 これはまたなにかがあるのかと意を決して会議室に向かうとルミエがそこに立っていた。

 

「呼び出されたら直ぐに来てほしいんだがな」

 

「無茶を言ってもらったら困る」

 

「出来ないわけじゃないだろう」

 

 基地の会議室に来るまで少しの時間があったので、文句を言う。

 こっちだって暇じゃないんだから、はいそうですかと来れるわけじゃない……けれど、とっとと来いって言うんだろう。

 どれだけ実力をつけようが手柄を上げようが拐われていった奴隷として扱われている俺は文句を言っても改善はされにくい。

 

「で、わざわざこの場に呼び出したのですか?」

 

 会議室にはルミエ一人しか居ない。

 ルミエだけが呼び出したのならば緊急の事態だと呼び出されることはない。恐らくは此処とは違う場所でテレビ電話の様に繋いでいるのだろう。

 

「コレを見てほしい」

 

「……これは……」

 

 コトリと近くのテーブルに置いたものを驚く。

 丸い硝子細工で俺がイアドリフに拐われる前まで何度も何度も目にしていた物……電球だった。

 

「お前に言われた通りの方法で作ってみた」

 

 ソケットに電球を差し込み手回し式発電機と思わしき物をグルリグルリと回す。すると、電球から眩い光を放たれて若干だが薄暗かった会議室は明るくなっていく。

 

「これであっているか?」

 

 ルミエが呼び出したのは、俺に確認を取るためだった。タングステンとかのどの鉱石がフィラメントに使えるかは知らない。そもそもでどれがタングステンかもしらない。ただ蒸し焼きにした日本製の竹をエジソンは素材にしてジョゼフ・スワンが作ったのはいいが量産も実用性も薄かった電球を実用化に成功した。

 その知識をルミエ達に提供して、この前竹を入荷して……この数日で製造するのに成功した。

 

「……あっている」

 

 竹を入荷したことにより今まで目に見えなかった物がハッキリと見えるようになった。実物が目の前にあり、俺は首を縦に振る。その心情は穏やかじゃない。

 今までは素材が無いだなんだと色々な理由で電球を作ることは出来なかった。しかし、今回は作ることに成功し実物が目の前に置かれている。

 

「これはどれくらい灯せる?」

 

「竹の種類によって変わって……最低でも200時間は灯せる」

 

 最初に使った中国の竹かなんか200時間ほど灯した。

 200を12で割ったら約16、つまり半月ほど使える物で注目すべき所はそこではない。

 

「トリオン以外のエネルギーで200時間も灯せるコレについてどう思いますか?」

 

 近界は1にもトリオン、2にもトリオン、なにをするにもトリオン重視の世界。

 そんな世界でトリオン以外のエネルギーを実用化、夢のようなものである。

 

『明かりを灯すのをコレに変えれば、どれだけトリオンを集めることが出来る?』

 

 ブォンと立体映像が出現し、見たことが無い人の顔が出る。

 電球がトリオンの明かりに変わる事を喜んでおり、それによって生まれるトリオンの気にする。

 電気の代わりにトリオンを動力とする生活が当たり前になっているから、その辺を気にする気持ちはよく分かる。

 

「今のところは、何処までコレを灯せるか不明です。ですが、量産の目処は立っています」

 

「ちょっと」

 

「お前は黙ってろ」

 

 量産の目処が立っているなんて言っているが、今回入荷した竹には限りがある。

 竹が外国で有害指定植物扱いになっていて処理に困っているのは知っている。

 

『明かりを灯す鍵となっているのは植物だと聞いているが?』

 

「捕虜の人間に耕せていた土地が余っています。この植物は食べ物になるそうで、この男がその調理法を知っています」

 

『成る程、一粒で二度美味しいことか』

 

 息を吐くように俺に対して無茶振りをしてくる。

 筍の調理法と言えば米の磨ぎ汁であく抜きをして出汁や醤油で煮込む感じのイメージがある。まさかとは思うのだが、それを見越して竹を量産するだなんだ言い出したのか。

 量産の目処とトリオンに成り代わる代物が出来たと言う事で話題は弾んでいき、一先ずは市街地でなく基地で使えるようにと発電所の建設と電気で動く様に工事をすることが決まった。

 

「俺、何回も言ったよな?竹は育てるなって」

 

 会議は終わり、映像が切れたので口を出す。

 しつこいぐらいに竹について言っているのに育てようと言い出した。

 

「お前、今回入荷した竹だけで暫くはこの国の明かりを賄えると思っているのか?」

 

 その事について反論をするルミエ。

 数百本と竹を入荷したものの、数百本だけで何時かは無くなってしまう。竹自体が近界の世界では珍しい物で、鉱石でのフィラメントの作り方が確立されていないので竹に依存するしかない。

 

「なに、そう落ち込むなよ。お前が何度も何度もしつこいぐらいに育てるなと言っているのは分かっている。死んでいった奴が使っていた畑はお前の物だ。そこには植えないさ」

 

「そういう問題じゃない……と言うか、筍の食べ方を知っているのか?」

 

「さぁ?でも、商人が食べれると言っているんだし、お前も知っているんだし、ちゃんとした食べ物だろう」

 

「……お前、本当にざけんなよ」

 

 行き当たりばったりにも程がある。

 なにかコレだと言う案があるかと思ったら俺任せとか言う無茶振り。

 

「オレは出来ると思っているから算段があるからやっているんだ……限界を超えろなんて無茶は言わないさ」

 

 言わないだけであって、しないとは言っていない。

 これから竹を量産することは決まっていることであり、変えることは出来ない。ならばと、筍を調理するには米の磨ぎ汁を使うことを教え、お米を作ることと醤油を作ることを個人でなく集団でやる事を提案する。

 新しい特産品を作れるならば、それに越したことはないのだとルミエは俺の提案を飲んでくれ、お米と竹を大きな土地で作ることが決まる。

 

「お前、また随分と無茶振りをされたな」

 

 本部から戻るとまるで本部での会話を聞いていたかの様な素振りを見せる有吾さん。

 まさかと体をまさぐって何処かに盗聴機もといちびレプリカがいると探してみるが、見つからない。

 大事な会議を聞かれていたのがバレると一大事なので俺が会議室から出たらちびレプリカを消したのだろう。

 

「何処から何処まで聞いて、なにを見た?」

 

 電球の事や電気の事を知ったとしても日本出身だろうから、それ自体は大した情報にはならない。

 問題となるのは近界でトリオンでなく電気による文明を築き上げていると言う情報であり、今頃3つの国及びその何処かで活動をしているボーダーにとっては重大な情報だ。それが漏らされると困る。

 時と場合によってはルミエにこの事を報告して空閑親子を捕らえておかなければならない。

 

「待て待て、別に何処かに言い触らしたりするつもりはない」

 

「じゃあ、なんでわざわざ盗聴なんて真似をしたんだ?」

 

 俺の動向が気になったのか?それとも何処かの国に売り渡す情報でも集めていたのか?

 状況が状況だけにはいそうですかと簡単に頷ける立場じゃないので聞いてみると有吾さんは恥ずかしそうにする。

 

「お前が色々と重いものを背負っているのが見えたんだ」

 

「……だから、そういうのはやめてくれよ」

 

 俺に同情してるのか、それともボーダー隊員として頑張っている幼い子供達と重ねているのか分からない。

 変に俺を気に掛けているせいか必死になって取り見繕ってる物がゆっくりと崩壊していき涙が止まらない。

 

「俺は、こっちでがんばらないと、いけないんだ……もう、もう」

 

 後戻りは出来ない。

 緊急脱出機能を提案し、門を誘導する装置はあきたらず遂には電気による明かりを作ってしまった。コレから明かりを灯す分のトリオンを全てトリオン兵やトリオン障壁等に回す。技術でなく量での戦争が可能となり、今はまだ何処かに戦争を仕掛けるほど困窮していないが、何時かは仕掛ける可能性がある。

 

「ほら、泣くな……男だろう」

 

「五月蝿い……こっちはまだ子供なんだよ。今頃は修学旅行で本来持っていっていいお小遣いの倍以上の金額を靴下の中に仕込んで豪遊してる筈なんだよ」

 

「どういう例えだそれは」

 

 教師に反発して困らせるのが大好きな年頃なんだよ。戦争とは無縁だし戦ったことすらないし、自分でプレゼンをしなきゃいけない状況に追い込まれているんだ。

 これから米を作る方法を思い出さないといけないし、筍の調理法を調べなきゃならない。その為には醤油とかを自分用以外にも大量に作らないといけない。

 お米を作るなんて小学生の時にチラッとやるだけで本格的にやるのは農家か農業高校の人間ぐらいだ。種じゃなくて芽吹いて草になったのを植えないといけないのは分かる。多分、種を塩水で分けるんだろう。

 

「……一緒にオレ達と来るか?」

 

「……誘ってくれるのは嬉しいけど、いいよ」

 

「遠慮しなくていいんだぞ?お前だけじゃなくてリーナも一緒に連れていくつもりだ」

 

 俺の事を心配してくれる有吾さん。

 俺も遊真の様に色々な国に連れていってくれるだろうが、それだとダメなんだ。

 

「俺は根無し草の風来坊は向いていない。国によって生活様式も違うし、コロコロと環境が変わっていくのは耐えられない」

 

 空閑親子についていけば、各地を転々として移動する生活をする。

 そうなれば嫌でも戦場を渡り歩かなければならず、緊急脱出機能のお陰で死ぬ可能性が低くなった利点が無くなってしまう。何よりも環境がコロコロと変わってしまうのが耐えられない。

 

「一年以上掛けて色々と生活基盤を作り上げたんだ、今さらそれを手放せないし向こうも手放すつもりはないと思う」

 

 俺の知識には限界があるけど、まだ底は見せていない。

 もしかしたらと出来ることがまだあるのかもしれないとルミエは思っており、手放すつもりはない。と言うか電気の事を他国に知れ渡れば大変な事になると口封じで潰すかもしれない。

 

「……頑張れよ」

 

「もう既に色々と頑張ってるよ」

 

 頑張ってる奴に頑張れって言葉は時には1番傷つける言葉になるんだ。

 成り上がるために必死になって頑張ってるのにこれ以上、なにを頑張れって言うんだ。

 

「悪かった、今のはオレの失言だ」

 

「許さん、あんたも遊真と一緒に畑を耕すの手伝え」

 

 それで今の発言をチャラにしてやる。



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16話

 500日目

 

 ジョンに今日が私達が拐われてから500日目だと教えてもらった。500、言葉にすれば短いけれど1年と約5ヶ月、思い返せば色々とあった。ジョンから500日の記念にとメモ帳を渡されたので日記にしようと思う。英語じゃなくて日本語を覚えるために日本の文字で書こう。

 

 最初の日、家族と食事に出掛けた帰り道にトリオン兵に拐われたのを今でも覚えている。

 あの時はなにがなんだか分からなくて、気付けば見知らぬ場所で見たことが無い私よりも年上の人達が20人ぐらい隔離されていた。

 

 いったいなにがあったのか、よく分からなくなった私は誰かに話を聞こうとしたけれど言葉が通じなかった。

 顔からして周りにいないタイプの顔付きで別の国の人達で言葉すら通じないのは当然で誰も彼もなにされるか分かったもんじゃないから怯えていて、私はあまりの怖さに手当たり次第に話しかけていて、たまたまジョンが言葉を喋れた。

 

 あの時は本当に大変だった。

 ジョンは冷静になってたけど、本当は慌てていてトリオン体とはいえ殺し合うとは思わなかった。

 

 当時、逆らった人達はもうこの世には居ない。名前も出身地も知らない。お墓の1つでも作って上げたいと思うけれどなにも知らない、ただ私達と同じ時期に拐われたことしか知らない。ジョンはアロマの1つでも焚いておけば良いと言っていた。

 

 今までの出来事を振り返ってみても、私が生き残れて今日こうして日記を書けるほどの余裕を手に入れたのはジョンのお陰だと思う。

 

 だから、改めて「ありがとう」と言ってみるけどジョンは「ああ」と反応が薄い。

 私みたいに可愛い女子に対して、その反応ってジョンはその手の感情があるのかしら?そもそもで私をどう思っているのかしら?

 

 自分が1人でも誰かを助けた優越感に浸っていたいから助けたって言っていて、それが嘘か本当かは分からない。

 少なくともジョンは自分が1人になってしまうとダメになっていくのが分かっている。だから、私と一緒に居る。だから、私が明るくしないといけない。

 

 けど、1つだけ問題がある。私もジョンも未だに互いの本当の名前を知らない。

 ジョンは自分の事をジョン・万次郎だと言っている。昔の日本人で、うちの国に漂流した人で、今の自分がまさにそんな感じだと言っている。外国じゃなくて異世界だから、ジョンの方がスケールは大きいわ。

 

 どうしたら本当の名前を教えてくれるのか、聞いてみたら「今のところは教えるつもりはない」らしい。

 何時かはジョンの名前を知って、呼んでみたいと思うけれどそれは無理なのかもしれない。それはとっても悲しいわ。

 

 

 501日目

 

 

 私達には畑が与えられている。

 主に海外に売るために食糧用の畑で、私達がイアドリフに拐われて直ぐに与えられた。

 

 そんな畑を耕したのだけれど、今日は何時も使っている畑とは違う場所を耕した。

 ジョンが言うには新しく米を栽培するらしく、もう既に死んでしまってこの世に居ない人達の土地を活用するみたい。

 

 色々と難しい説明を受けたけど、要約すると米を植えるための準備をする。

 塩水が入ったカップに米の種を入れて、浮かび上がったものを捨てて浮かばずに沈んだ物だけを畑に投げ入れず、別のプランターに入れた。

 

 後はある程度の草になるのを待つだけで、その間に私は土を掘り起こす。

 途中で死んでしまった人達の土地で整備されていない。新しい畑は思ったよりも広くて、私とジョンだけでどうにかなるのかと心配をしていたけれど、助っ人がいた。

 

 クガ親子。ユーマとユーゴさんが畑を手伝ってくれた。

 ジョンと勝負をして負けたからやっている様でもう一回、勝負しようとジョンに言うユーマ。ジョンは戦うことがそんなに好きじゃないのかハッキリと「嫌だ」と言った。そしたらユーマは「負けるのが怖いの?」なんて言う。

 

 ジョンが負ける筈が無いのになにを言っているのかしら?

 一瞬で敗北したのを忘れたのか聞いてみると「次はおれが勝つから」なんて言い出す。次もジョンが勝つと言えば何故か大きなため息を吐く。私、ジョンの名誉の為に頑張ってるのになんでため息を吐くのかしら?

 

 もう一回、やれば勝つのは分かっているけど勝負するつもりは無いジョン。

 このまま言われっぱなしはジョンの名誉もあるし、助けてもらった私が情けない人に助けてもらったと言う不名誉な事にもなる。ユーマはジョンばかりを見ているけれど、私だって強いのよ。

 

 ジョンがその気にならないから代わりに私がと言うとジョンに額をつつかれる。

 一秒でも早く米を栽培する為に雑草を抜いたり土を耕したり、水を用意したりとなにかと忙しいのに遊んでいる暇はないと怒られた。結構本気に怒っていて、今まで米が食べれていない反動だったと、さっき謝ってきた。

 

 日本人って米を食べるのが当たり前らしいけど、毎日食べてる物が食べれないのは余程辛いみたい。私みたいに主食が決まってなくて色々と食べてる人もいればジョンみたいに米を毎日食べている人もいる。世界って不思議に溢れているんだと感じた。

 

 米を早く食べたそうにしているジョン。

 米と言えば、やっぱりSUSHIを食べたいのかと聞いてみれば呆れた顔で「こんな辺鄙な国で生の魚なんて食べたら、なにがあるか分からないだろう」と言った。そもそもでイアドリフは大きな川があっても海が無いから魚自体が少なくてマグロ?だったかしら、その魚は無いって言っていた。

 

 じゃあ、なにか食べたい物はあるの?と聞いてみれば恥ずかしそうに「おにぎり」と答えた。

 おにぎりってライスボールで、黒いよく分からないのを巻いてるアレよねと聞いてみたらそうだと頷く。

 

 もうちょっと豪華な物を食べたくならないのかしら?と思ってたら顔に出ていたのか「日本人は困ったらおにぎりを食べとけばなんとかなる」と教えてくれた。それだけ故郷の味が恋しいのね。

 

 

 502日目

 

 

 何度言ってもジョンが絶対に勝利する。

 最初に戦ったときもジョンはユーマに対して余裕を見せていたのに「もう一回」と言ってくる。あまりにしつこいから、代わりにジョンの次に強い私がユーマを相手にすることに。

 ジョンは別にそんな事をしなくていいと言っているけれど、舐められっぱなしが1番ムカつくのよ。

 

 あくまでも試合で本当の殺し合いじゃない。【ミラージュ】に非殺傷設定は無いので、ジョンが普段使っている木刀よりも軽いスカスカな木刀を持ってユーマと向かい合う。

 私はトリオン能力に優れているだけじゃなく、トリオン操作にも優れている。ルミエやジョンはその事を才能の1つだと言ってくれた。正直、こんな才能よりも料理の才能の1つでも欲しいとは思う。

 

 ユーマと向かい合い、武器を構えると開始の合図を告げるユーゴさん。

 開幕すると同時にユーマは飛んでくる。ジョンの時と同じだから、来るのが分かっていて避けることは出来る。問題はジョンの時と違って私が使っているのが木刀だということ。

 

 つい最近、トリガーを開発する権利を得た私達。1から新しくと言われても、私にはイマイチ、ピンと来ない。

 ジョンは色々と考えているみたいだけれど、なにをすればいいのか分からないので、今まで使わなかった剣を使うことに。そしたら色々と判明する。

 

 ジョンは体を使うトリガー以外の【ミラージュ】の様な遠隔操作をするタイプのトリガーを苦手としているけれど、私には苦手分野がない。元々、ジョンの筋トレに付き合っていた分、【ミラージュ】の時よりも素早く覚えることが出来る。

 一回、調子に乗ってジョンと戦ってみたけれど、思ったよりもボコボコにされた。剣を持ってるからって、切ってくるとは限らないって蹴りとか顔を掴まれたりとかレディにすることじゃないと思うわ。

 

 ユーマの急襲を避けて、どうするかを考える。

 剣を握って間もなく、ジョンの様な必殺技の様なものを持っていない。多分、真正面からやっても勝てない。色々とあれこれ考えてみてもそれを実行出来るほどトリオン体を動かせない。

 

 だったら、いっそのこととヤケクソ気味に木刀を投げる。

 流石に木刀を投げたことは予想外だったのか驚き、飛んでくる木刀を弾く為に隙が生まれるユーマ。ここぞとばかりに拳を叩き込んでトリオン体にヒビを入れるとユーゴさんから待ったが入る。

 

 後、もうちょっとで倒せそうだったのにいいところで止めないでほしい。

 そう思ったけど、よく考えればこれは訓練で後もう少しでトリオン体を破壊してしまうところだったわ。ユーマのトリオン体、どれぐらいで再構築されるか分からないから危なかったわ。

 

 でも、私になら勝てると思っていたユーマをギャフンと言わせることに成功したからよかったわ。

 

 

 503日目

 

 

 今日も畑か訓練か防衛任務のどれかだと思っていたけれど、ルミエから急遽呼び出された。

 何事かと思ったら、工事をするのを手伝えとの事でなにを作るかはジョンに教えるとジョンは顔を真っ青にした。

 

 まさか大量殺戮兵器を作る工場を作らされるんじゃとジョンに具体的になにを作るのか問い詰めると水力発電所を作ることを教えてくれた。発電所ってアレよね?電気を作る施設よね?

 聞いた感じ危険性は無さそうだけど、どうして顔を青くするのか分からず聞いてみるとすっかり忘れていた。この世界には部屋を明るくする為に使う灯りを電球に頼っていない。別の技術に頼っている。

 

 動力をトリオンとしている所を今から電気に変える。そうすることで明かりを灯すトリオンを別に使える様になる。

 通常よりもハイスペックなモールモッド等のトリオン兵が今後作られてくる……自分達の利点になる筈なのに素直に喜べない。

 

 工事をすると言っても私達に建築技術はない。ましてや水力発電所なんてどうやって作ればいいのか分からない。

 ルミエが言うには今ある川の上に作るとややこしいから、地下に流れる水脈を掘り起こして新しく井戸の様な物を建設して、その上に水力発電所を作るみたい。最新なのか古くさいのかよく分からないわ。

 

 私達の主な仕事は発電所を建築するための土台を作るために邪魔な岩や砂利を撤去すること。

 生身の肉体なら直ぐに根を上げていたけれど、トリオン体だから重たい岩も簡単に動かすことが出来る。

 

 とはいえ、砂利とかも持っていかないといけないからやることが多い。

 イアドリフ側もはじめての試みだからか手探りでやっているところもあり、途中でジョンに色々と聞いてみたりもしていた。発電所を作るのにジョンが携わっていたから流石と思っていたけれど、ジョンは人知れず頭を抱えて「やってしまった」と震えていた。やってはいけないことをしていると苦しんでいた。

 

 そんなジョンの背中を見て、私はいったいなにをやっているんだろうと深く考えてしまう。たまたま英語を話せて年頃も近かったから一緒になったけれど私自身が出来ることはない。対してジョンはイアドリフに自分を売っている。

 既に大きな差がついていてこのままいけば取り返しがつかない事になって1人になるんじゃないかと恐怖を感じているとジョンが私を抱き締めて「ごめんなさい」と呟いた。

 

 ジョンが大人っぽいけど本当は私よりも2つしか歳が変わらないことを忘れていた。本当はやっちゃいけない事をしている自覚はあり、その罪に苦しんでいた。この時、私が出来ることはジョンの側に居てあげる事だと気付き、ジョンの頭を撫でていると大きな音が聞こえた。

 

 何事かと音がした方向を見ると温かいお湯が……温泉が吹き出していた。

 地下の水脈を探して見つけて掘っていたのは良いけれど、温度は確認をしておらず全員が驚いている。ジョンも驚いている。

 

 水を掘り当てることには成功しているので、当初の目的である地下水を利用した水力発電所は作ることが出来る。けど、温泉をだからそれをそのまま水車を動かすのに使うだけでは勿体無い。

 早いところ温泉をどうにかしないといけないと工事は進んでいったけど、ルミエもこれがあればお湯を沸かす為のトリオンを使わなくていいと色々と考え始める。

 

 幸いと言うか、王都の市街地からある程度近くにある。

 日本のお風呂屋さんみたいなのをジョンは作れないかを提案していた。日本のお風呂みたいに浴槽にお湯を溜めたりしないし、基本的にシャワーだけど、ジョンにはその生活が耐えられないみたい。

 ゆっくりと足を伸ばしてお風呂に入りたいと言っていた。

 

 この温泉がどういう感じの扱いになるかは分からないけれど、イアドリフの貴重な温泉。無駄にはならないと思う。

 

 

 504日目

 

 

 昨日掘った温泉だけど、王都があるところに銭湯を作ることが決まった。日本ってお風呂が世界一大好きな国だって聞くけれど、本当みたい。

 今までシャワーみたいな生活が本当に苦しくて、日本式のお風呂をバンバンと提案していく。ジョンって見えないところでストレスを溜めているみたいで、発散が出来ていないみたいだけれど大丈夫かしら?

 

 色々と提案してるけどちゃんとお風呂として入れるのか成分を分析した結果、お肌に良い成分が多いことが判明した。ここって化粧品とかの美容に関する文明がそこまでだから、こういうところで女を磨かないといけない。

 何故か日本で1番高い山の富士山を壁に描くと執拗に言ってくるジョンは、先ずはお前が実験台としてお風呂に入ってみろと言われたので前を隠さずに堂々と入ってゆったりとする。

 

 お風呂としてはまぁまぁだと言うジョン。そこまで言うと日本の温泉がどんな感じなのか物凄く気になるわ。

 

 お風呂として入って問題が無くて温度も程よいから水やお湯を混ぜなくてもいい純粋な温泉。

 王都の市街地に銭湯を建設することが決まって、料金変わりにお湯を沸かす程度のトリオンを貰うと言うしっかりしたシステムを作っていたんだけど、ここでルミエがジョンに対して無茶苦茶を言ってくる。

 

「温泉を外交に使える様にしろ」なんて物凄く無茶な要求でジョンも「風呂上がりにコーヒー牛乳かフルーツ牛乳でいっぱいやればいいだろう!」なんて変な風にキレるけどルミエは相変わらずで、とにかくやれとの命令される。

 

 温泉を外交に使えと言われても接待で相手を入れる事ぐらいしか思い浮かばないけど、それはダメで、他のにしろと言うのでジョンは温泉で茹でた半熟玉子を出してみるけど、保存が効きにくいからダメだと言われる。

 温泉まんじゅうと言うお菓子を作れればいいのだけれど、饅頭に必要なあんこが何処にもない……さっきからジョンは頭を抱えている。なにも浮かばなかったら、何かしらの罰が与えられるのかしら?

 

 505日目

 

 今日は美味しい1日だったわ。

 温泉に入るのが禁止で外交に使えるものを作れと言われたジョンは小麦粉を温泉で練り始める。

 

 昨日、温泉饅頭が出来ないと言っていたのにいったいどうして、もしかしてチャイニーズ饅頭を作るのかと思っていたけど違った。ラーメンを作っていた。

 

 小麦粉を捏ねて細い糸みたいなのにするラーメン。

 今の今まで作らなかったのになんで急に今になって作り始めるのかと思った。小麦粉と水は最初からあるのに、なんでわざわざ温泉を使うのか聞いてみると「じゃあ、水でやってみろ」と言うのでジョンの隣で普通の水道水を使って小麦粉を捏ねていくのだけれど、ジョンとなんか違う。

 

 ジョンが言うにはラーメンはかん水と言う特別な水が必要で麺が独特の色合いや味をしているのは、そのかん水のお陰だと言う。でも、私達が掘り当てたのは温泉で、私達が入っても問題ないお湯だった。

 その辺りについて聞いてみるとお肌にいい美人の湯と言われるお湯はラーメンじゃなくてチャンポンと言うラーメンの亜種みたいなのに使われる麺を作る時に使う水と成分が似ているらしい。

 よくそんな事まで知ってるわねと感心していると「幕末編でやってたからな」と呟く。これも漫画で得た知識みたい。

 

 麺を作ったのはいいけれど、スープが無いことに気付く。

 その辺りは問題ないと食べれなかったりする屑野菜と鶏ガラを煮込んだ物とひっそりと作った醤油を出すジョン。

 

 匂いに釣られて、ユーゴさんとユーマもやってきてラーメンっぽいのをいざ試食した……私的にはまぁまぁだった。

 ユーマは美味い美味いとスルスルと食べていったけど、ユーゴさんとジョンは微妙そうな顔をしていた。ユーゴさんの知り合いにはラーメン好きが多いらしく、醤油を使ったラーメンが大好物の人が居て、その人と日本のちゃんとしたラーメンを食べた事がある。ジョンもちゃんとしたのだけじゃなくてレトルトのラーメンも食べた事はあるけど、このラーメンは美味しくないとハッキリと言った。

 

 プロの料理人じゃないのに無理してラーメンを作った結果、出来上がったのは微妙な料理だった。ジョンが言うには材料が足りなさすぎるかららしいけど、単純にジョンの技量が低いのも問題だと思う。

 けど、ユーマは普通に美味いと言ってくれて私もまぁまぁで決して食べれないわけじゃない。味を改良する余地はある。

 

 これが温泉を使用した名物でいいんじゃないかとルミエに提出するとラーメン擬きの味が気に入ったのか替え玉を頼む。

 結果的にはこれから色々と材料を仕入れるから改良してみてくれとのことでジョンが作っていた醤油を根刮ぎ取り上げられることで解決した。半年以上掛けて作り上げた醤油を取り上げられたジョンは今、私の隣で泣いている。

 

 時折、忘れかけているけれどこの世界は本当に理不尽ね。



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17話

 醤油ラーメン擬きを作った結果、醤油が取り上げられた。

 ルミエの奴を殺してやろうかと思ったが、そんな事をしても俺が殺されるだけなのでそんなバカな真似はしない。

 

「じゃ、植えますよ」

 

 無くなったのならば、また新しく作ればいい。

 醤油を作るための材料だけは沢山揃っているのでありがたく使わせて貰い、それとは別で育てていた米の苗がいい感じに育ってきたので、空閑親子とリーナと一緒に田植えをする。

 

「思ったよりも腰に来るな」

 

「トリオン体なのに、なに言ってるんだ」

 

 中腰で一本、一本丁寧に田植えをする。

 生身の肉体ならばとっくに根を上げているだろうが、そこはトリオン体と言うチートな肉体でカバーをする。

 しかし、トリオン体がチートと言っても疲れるものは疲れる。遊真は疲れを感じたのか腰に手を当てるが、有吾さんに笑われる。

 

「トリオン体は生身の肉体と違って疲れることは知らない。もし疲れたと感じてしまうのなら、それはトリオン体を完璧に使いこなしていないからだ」

 

「田植えをする動きをまだ完璧にこなしていないからか……いや、なんだそれ」

 

 田植えを完璧にこなしていないって、俺もリーナも空閑親子も農家じゃないんだ。

 一応の作り方は教えてやると上から教わってはいるが、やっていることは傭兵と軍人の様なものだ……ホント、なにやってんだか。

 

「米が育てば、なににするつもりだ?」

 

「そうだな……オムライスか炒飯が無難なところだな」

 

 苗も植え終わり、一息ついたところ。

 この苗を育て終え、収穫して精米し米にした頃、なににして食べるのかを有吾さんが聞いてくるので答える。

 

「そこはおにぎりじゃないのか」

 

「海苔が無いんだ」

 

 日本人ならばおにぎりだと思っているだろうが、おにぎりは米だけじゃない。

 塩と何よりも海苔が必要だ……塩はともかく、海苔の作り方は知らない。なんかこう、海に浮いているワカメみたいなのをくっつけて乾燥させて炙ってるイメージしかない。

 

「海苔、か……色々と見て回ったが作ってる国は見たことないな」

 

「海苔は中国、韓国、イギリス、ニュージーランドぐらいでしか養殖していない。食用として古くから食べているのは日本と韓国と中国とイギリスだけだ」

 

 日本食ブームだなんだで海苔を食べる機会が外国の人にも増えたが、それでも見ない。

 英語で海苔のことを海の雑草とか言うところもあるし、なんか消化されないとも聞く。

 

「なんにせよ、美味い米を食べれるようになってよかったな」

 

「まだまだだよ」

 

 今、終えたのは田植えだ。

 苗を田んぼに移しただけで、ここから育っていかない可能性もある。更に言えば、今回収穫できる半分をもう一回、植える分に回す。自分で食う分がどれだけ必要なのか分からない。一年間食うんだから、俵(60kg)一個は最低でも居るだろう。リーナが気に入るかどうかは別だが……そういえばリーナって、なにが主食なんだろう?

 

「これを確か、こうしてっと」

 

 リーナの主食はさておいて、トリオンで出来た柵を田んぼで囲う。

 イアドリフには野生化している色々な動物がいる。その動物対策で、トリオンで出来ている為に物凄い頑丈だ。トリオンで出来た物じゃないと破壊できないだろう。

 

「……この米はおれ達は食べられないんだよな」

 

 田んぼに植えられた苗を見て、口を3にする遊真。

 そう、空閑親子はこの苗から生まれる米を口にすることはない。

 

「後、数日でお別れか……」

 

 イアドリフに一月ちょっと滞在している空閑親子。

 そろそろ次の国とイアドリフが近付き貿易の交渉が進んでおり、空閑親子は相手の国に渡る。因みにだが相手がどんな国かは知らされていない。ただ前回と同じく入国審査はしろとは言われている。

 

「ジョン、そんな暗い顔をしないで」

 

「してねえよ……」

 

 別に一生の別れ……になるかもしれないし、この出会いは一期一会かもしれない。

 リーナは俺の表情が暗くなっていると言うがそんな事にはなっていない。

 

「それよりもさっさと狩りにいくぞ」

 

 耕している畑の作物を食われない様に柵を張ってあるが、なにをしてくるか分からないしここ以外を荒らす奴もいるので狩る。

 本当にここがワールドトリガーの世界なのか時折疑うことをしている自分がいるが、そんな事を気にしていたら美味い飯にはありつけない。

 命のやり取りをすると言う意味合いでもこの狩りは非常に効率が良く、リーナも俺も最初はゲロを吐いたり生きるために殺す矛盾に葛藤したりしたが今ではなんの迷いもなく殺れるようになり、戦場で人を殺すことに対して多少の耐性が付いた。

 

「取りあえず、適当に狩るぞ」

 

「適当って、随分とざっくりね。一応、上からの依頼でしょ」

 

「上も適当に殺れってきてるんだよ」

 

 この狩りもイアドリフの農林水産省的なところからの正式な依頼だ。

 農作物を荒らす害獣を程好く殺して、程好く生かす。あまり狩りすぎれば絶滅してしまう恐れがあり、それだけは防がなければならない。人間と同じで動物は増やしづらい。いや、人間よりはましか。

 

「スーパーでママ達とお買い物をしていた頃が懐かしいわ」

 

「なら、ここでスーパー作ってみろ」

 

「無理よ。基本的に専門店しか無いんだから」

 

 イアドリフにはと言うか近界にはスーパーは無い。

 肉は肉屋で野菜は八百屋、魚は魚屋と昭和な感じである。

 

「お前等、本当に仲が良いな」

 

「まぁ、一緒に暮らしてるんだし、当たり前の事よ」

 

「普通はそうはならないだろ……」

 

 俺とリーナの関係性を表すなら一緒にいるだ。

 家族とか友達とか恋人とかそういうややこしい関係じゃない、一緒にいるが1番合っている。

 

「普通じゃないんだよ、俺達は」

 

「……すまん」

 

 俺もリーナも拐われていった人達の貴重な生き残りだ。

 だから、自分の事を普通の人間なんて言うつもりは一切無い。そもそもで俺は転生してるし。

 

「ジョンさん、居たぞ」

 

「……おい、待て」

 

 害獣を探していると見つけたと言う遊真。

 鹿か暴れ牛か野鳥かと思ったのだが、とんでもないのが居やがった。

 

「犬、いや、狼だな」

 

 四足歩行のモフモフとした獣、狼だ。

 今まで野鹿とかを相手にして来たがこれは珍しい……いや、珍しすぎる。

 

「あれ、ニホンオオカミじゃないのか?」

 

 剥製で一度だけ見た記憶があるが、それにそっくりな狼。

 まさかとは思うがなにかの拍子にこちらの世界に紛れ込んだ可能性はある……いや、あるのか?

 

「親父、ニホンの狼って珍しいのか?」

 

「確か絶滅したと言われてるが……まさか、こっちの世界に紛れているなんて」

 

 流石にこれははじめてなのか戸惑う有吾さん。

 これは殺っていいのか?中国とかでは犬を食するが、俺は日本人で犬なんて食ったことが無い。これからも食いたくはない。

 

「あ、倒れたわ!」

 

 色々と考えていると、こちらを見ていたニホンオオカミが横になる。いや、倒れたと言った方がいいのだろう。

 俺達を見てからなにもしてこないからおかしいとは思っていたが、ニホンオオカミは衰弱している。

 

「狼って、こんなに細いのかしら?」

 

「そんなわけないだろう」

 

 痩せ細ったニホンオオカミに触れるリーナ。

 ニホンオオカミは反発することは一切せずにただただ受け入れ、息を荒くしている。

 

「ジョンさん、リーナさん、どうすんの?」

 

 上から害獣を何体かどうにかしてこいとの命令はくだっている。

 遊真はやるならば自分が代わりに殺ろうかと二本の短剣を取り出す……迷いが無いな。

 

「……いや、殺らなくていい」

 

「変な同情は余計に苦しむだけだぞ」

 

「なんだったら、私がするわよ?」

 

 お前といいリーナといい、あっさりとし過ぎだろう。

 

「俺達が狙ってるのは猪とか鹿とかで、こんな痩せ細った狼じゃない……」

 

 倒れている狼に触れる。

 犬は飼っていたので触っていたが、狼ははじめてだと少しだけ興奮しながらも狼がとても痩せ細っている事に意識が向く。

 その手の感情は抱いていたら戦場を渡り歩くことなんて不可能なのは知っているが、どうしてか殺す気にはならなかった。何時も猪や鹿なんかは迷い無く殺せたのに……見た目が犬だからだろうか?

 

「ここで殺らないと他の動物達に食べられるだけよ」

 

 それが万物の掟と言わんばかりに冷たい目で見るニホンオオカミを見るリーナ。

 

「コイツも俺達と同じだろう」

 

「あ……そうね」

 

 このニホンオオカミだって、好きでイアドリフに居るわけじゃない。

 最も日本に居たらいたで20世紀の始まりぐらいに絶滅しているのでどっちがいいなんて言えない。

 

「同情するならするで最後まで面倒は見るんだぞ」

 

 有吾さんは俺のくだらない情けを否定しなかった。

 結局、このニホンオオカミは俺達に抵抗することは無かったので、そのまま連れ帰って飼うことに。リーナはなにやってるんだかと俺の行いに呆れつつも狼を可愛がってくれている。

 

「有吾さん、一個だけ頼みがあるんだ」

 

「なんだ?」

 

「俺と本気で戦ってくれない?」

 

 空閑親子は間もなく別の国へと移動をする。

 それを引き留めることは誰にも出来ず、引き止まるわけでもない。だったら、喰らって強くなるまでだ。

 

「いいぞ」

 

「じゃあ」

 

「ただし、条件がある」

 

 まさかの条件を提示された。

 この人は嘘を見抜くサイドエフェクトを持っているので、何処かでついた嘘を見抜いて気になっているのだろうか?

 

「お前の本名を教えてくれ」

 

「……嫌です」

 

 意外な事を聞いてきたな。

 ずっとジョン・万次郎で通しているのに今更ながら本名を聞いてくるとは……でも、教えたくはない。

 

「もう、ジョン・万次郎が本名だと思ってる感じなんですよ」

 

「お前、つまんないウソをつくな」

 

 適当にのらりくらりと避わしてみるものの、有吾さんには嘘は通じない。

 俺だって本名が使えるなら使いたいが、使ってしまうとダメだと自分の中のなにかが言っている。それは多分、イアドリフの兵士としてでなく日本人として持っていた感情かなにかなんだろう。

 

「そんなに本当の名前を名乗りたくないのか?」

 

「今の自分はジョン・万次郎だと思いたいんですよ……そうじゃないと後戻り出来ないんです」

 

 拐われてから今日に至るまで沢山、手を汚してきた。

 原作知識や現代知識を悪用して越えてはならない一線を越えた。もし自分と同じ転生者が居たのならば、強く攻められるかもしれない。まぁ、いたらいたで仲間になることはまず無いだろう。

 

「お前はお前だろう……じゃあ、条件を変える。オレがお前に勝ったら、お前の本名を教えてくれ」

 

「また随分と自分に有利なルールですね」

 

「そうは言うが、お前はオレを倒して更に強くなりたいんだろ?」

 

 普段から戦っている雑魚じゃない。

 本当に強い強者を喰らって(倒して)更に強くなる。例えるならば大相撲の横綱の様に、圧倒的な強さが欲しい。有吾さんはその事を見抜いている。

 

「……分かりました」

 

「お、やってくれるのか?」

 

「でも、それだと有吾さんが負けた時に起きる俺のメリットがありません」

 

「この野郎、オレに勝つ前提で言ってるのか」

 

 当たり前だろう、こっちは本名を教えたくないんだ。

 有吾さんはオレの提示した条件をあっさりと飲んでくれた。自分が絶対に勝つことが出来る自信を持っているからだろう。

 

「っち!」

 

 その自信は慢心じゃなかった。

 遊真を相手に完勝する俺だが、有吾さん相手には手も足も出ない……分かっていたことだが、まだまだ未熟だ。

 今まで必死になって積み上げてきた物を否定するかの様な大差を感じてしまい、思わず泣きそうになる。俺の1年半はいったいなんだって言うんだ。

 

「くそ……」

 

「そう落ち込むな。オレの知り合いとだったらいい勝負をするぐらいの腕はある」

 

「いい勝負をするぐらいじゃダメなんだよ……せめてあんたに互角で渡り合えるぐらいの強さを持ってないと」

 

 この1年半、色々と積み上げてきたけどその積み上げてきた物が今、瓦解した。

 有吾さんが使っているのは普通のトリガーで黒トリガーじゃない。黒トリガーはインチキ染みた性能を持っていて、一個あるだけで戦況が変わると教え込まれている。

 

「だったら、数年先を見据えろ。オレだっていきなり此処までの強さを持っていたわけじゃない。遊真が生まれるまでに色々と経験を積み上げてきた……たった1年や2年で抜かれるほど、柔な鍛え方はしていない」

 

「……数年先じゃ生きてるかも分からないこんな世界でか?」

 

「数年先まで生きていたら、それはお前が強いって言う証だ。お前はオレが知る限りの子供で1番強い兵士だよ」

 

「兵士、か……」

 

「そんな風に呼ばれたくなかったか?」

 

「いや、ジョン・万次郎にはそんな風で呼ばれた方がいい」

 

 イアドリフの人間としてジョン・万次郎としては俺は兵士なんだ。

 遊真の事をまだ半人前以下と見ている中で俺の事を一人前の兵士として見てくれているのは喜ぶべき事だ。

 

 

 翌日、空閑親子はイアドリフを発った。

 有吾さんには文字で本名を教えたが気を遣ってくれたのか、有吾さんはその名前で呼ぶことはせず、ジョンと最後まで呼んでくれた。人の暖かさを感じて涙腺が緩むのはまだまだ未熟者だと俺は思った。



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18話

 空閑親子が居なくなってから半年。

 もうすぐ拐われてから2年が経過しそうになり、俺もリーナも大分成長してきた……多分。

 

 なにせ基本的には防衛任務で襲撃してくるトリオン兵を倒し、時折やってくるトリガー使いを殺したりしてるぐらいで強くなったと言う感覚は持っていない。

 こうなるとボーダーのランク戦は原始的な方法だが確実に強くなる方法なんだと改めて理解させられる……。

 

「やぁ、君の事はよく会議に出てるから知っているよ」

 

「……どうも」

 

「そう身構えないで……いや、身構えていた方がいいのかな?」

 

 何時も通り畑を耕したり、飼いはじめたニホンオオカミを調教したりと色々としていると呼び出された。

 俺から出せる知識なんてもう殆ど無いのに何事かと思いイアドリフの軍の基地に向かうと会話もしたことの無い男性がそこにいた。

 

「あんた、誰だ?」

 

 俺達拐われてきた人間はこちらの世界の人間と関わらせない様にしている。

 もし万が一、捕虜として捕まった時に余計な情報を出さない為で目の前にいる男の名前を知らない。

 

「僕はレクス、本隊の隊長を勤めていると言えばいいかな」

 

「!」

 

 また随分と大物が出てきたな。

 もう俺とリーナしか残っていないが、俺達はルミエの部下に当たる。そしてルミエは外務関係でイアドリフでなく外の人間を纏める役割を持っていると聞いている。

 イアドリフ出身の人間で構成されている部隊が本隊であり、目の前にいる男はそんな本隊を統括する軍の戦闘関係のトップとも言える人物だ。

 

「わざわざ末端の人間になにかご用ですか?」

 

 拐われた人間なので俺は奴隷みたいなものだ。

 末端も末端の人間であり、大物が俺に用事があるとはなにか良からぬ事を企んでいるのではと引いてしまう。

 

「色々と説明をしたいが、要点だけ纏めて言うと僕と本気の勝負をしてくれないか?」

 

「本気の勝負、ですか……負けるんで勘弁してください」

 

 俺のサイドエフェクトがレクスの背後にドナルド・マクベインが見える。100戦無敗の片手剣士でとんでもなく強い剣士として歴史に名を残しているぐらいの男だ。

 本隊の総隊長を勤めていると言うことはそれ相応の強さを持っている……有吾さんは神話の神様でレクスはドナルド・マクベイン、いったいどっちが強いんだ?

 

「そうか、戦わなくても負けを認めるんだね」

 

「俺は腕自慢の武芸者でも戦闘好きのバカでもないんでね」

 

 何時かは限界を越えるために大物喰い(ジャイアントキリング)をしなきゃいけないのは分かっている。

 それと同時に引かなきゃ行けない時に引く冷静さも必要で、少なくともわざわざ挑む相手じゃない……強い奴に進んで挑むのも大事だが、挑まないのも大事だ。

 

「そんな事も分かるなら、是非とも剣を交えたいね」

 

「話聞いてた?」

 

 俺はレクスとは戦うつもりは無い。戦う意思ではなく降伏や戦わない意思を見せているのに、むしろやる気を出してくる。人の話を聞いていないのか?俺は一切戦うつもりは無い。今は色々と忙しいんだよ。

 

「聞いているよ、だからこそ戦うんだ……言っておくけど、コレは命令なんだ。君が断ることは出来ない」

 

「っち……」

 

 相変わらずのパワハラっぷり。最近忘れかけていたが、あくまでも自分は奴隷だ。奴隷らしく分を弁えておかないといけない。

 上からの命令は絶対であり逆らうことは出来ない立場である為に渋々戦うことを承諾すると何時もの草原……でなく、なにもない真っ白な部屋へと連れてこられる。

 

「何時もの草原じゃないんだな」

 

 こういう相手は無礼だろうが何時もの口調でいく。

 

「うん、今回はちょっとね」

 

 ピッピッピと持っているタブレットを操作するレクス。

 すると真っ白な部屋の形状が変わっていき、何処かの国の市街地を思わせる場所へと切り替える。

 

「森とか草原とかじゃなくてこの市街地で戦ってほしい」

 

「市街地か……」

 

 別に戦うなら何処でもいい筈なのにわざわざ場所を指定してくるレクス。

 戦うのにはなんらかの理由が或るのだろうが……いや、今は余計な事を考えている場合じゃないな。余計な事は考えるな。

 

「【カゲロウ】」

 

 カゲロウを起動し、トリオン体へと換装をする。

 さて、どうするか。市街地での戦闘は曲がり角とか建物の上空による奇襲とかを警戒しておかなければならないが生憎な事に今回はタイマンだ。これが主人公の三雲修ならワイヤー陣でも作り上げるのだろうが、生憎と俺はそういう小手先の技術は無い。

 

「さぁ、何処からでも掛かってこい……君の実力を見せてくれ」

 

「この野郎」

 

 試す側の住人だからか、余裕を見せつける。戦いにおいて心は乱してはいけないものなのは分かっているが、一泡吹かせてやりたい。

 俺は刀の見た目にカスタマイズしたカゲロウで斬りかかるとレクスはそれに合わせるかの様に受け太刀を取る……コレは中々に厄介だな。

 

「どうした君の力はそんな物なのか!」

 

「まだまだだ……あんた本気を出してないだろう」

 

「本気を出して欲しかったらもっともっと見せるんだ」

 

 確実に戦闘の主導権を握られている。それだけ俺とレクスの間に実力の差があるわけだ。

 ドナルド・マクベインが見えるのとさっきから片手でしか剣を握っていないのを見るにコイツは片手剣の使い手……盾を使わないのは余裕だ。

 

「君は変わった槍を使うそうだが、それを使わないのかい?」

 

「槍はまだ修行中だ」

 

 実戦で使えるレベルにまであるのは剣だけだ。槍を剣で倒すには3倍の強さが居るとか言うが、槍は槍でも管槍だ。

 中途半端な技術を見せるぐらいならばまだ中途半端なものの実戦をこなしている剣術の方がいい……ちょっと技を使うか。

 

「来るか」

 

 鞘にカゲロウを納刀し、居合抜きの構えを取る。

 この技は見たことはあるが実際に使ったことのない技で……通用するかどうか知らないがこういう場で使わないと意味は無い。カゲロウを掴んで振るう。

 

「遅い!」

 

 カゲロウの一閃を完全に見切られ、攻撃を防ぐレクス。

 

「ありがとう」

 

 あんたならば防いでくれる、そう信じていた。

 

「っ、鞘付き!」

 

 レクスはここに来て気付く。俺の振るったカゲロウが納刀された状態のままで刃を剥き出していないのを。

 俺は気付かれると直ぐに鞘の部分を掴んで鞘を動かさずにカゲロウの刃のみを抜刀、カゲロウの鞘でレクスの剣を抑え込む。

 

「双龍閃・雷」

 

 鞘で身動きを封じつつの二段攻撃、これならば届くだろうと思ったがレクスは空いていた右腕を構えるとそこから黒色のシールドを出現させる。

 

「驚いた、まさかこんな技があるなんて」

 

「初見殺しの技を防ぐか普通」

 

 ハイパー明治な世界のなんちゃってな飛天御剣スタイルの実戦的な剣術だが、防がれるのは予想外。

 ドナルド・マクベインかレクスから見えることから盾持ちの片手剣士なのは分かっていた……原作風で言えば攻撃手4位の村上鋼と同じ、いや、向こうはレイガストを握って盾にしていて、レクスのは腕から出ているから似たスタイルといったところか。

 

「これでもイアドリフの中でも5本の指に入る実力者だからね、新参者には負けないさ」

 

「俺はここに来てから約2年は経過してるよ!」

 

 人の事をぽっと出の新人扱いしているが、1年以上はこっちにいる。

 向こうからすればまだまだひよっこかもしれないし、立場上後輩の様な者は出来ないがそれでも長く生きてるつもりだ……周りが多く死んでいってるとも考えられるが。

 

「それは失礼した……君は奴隷だが、お客様じゃない……本気で行かせてもらう」

 

 これは変な地雷を踏み抜いたかもしれない。見えていたドナルド・マクベインがオーラの様な物を纏っている。

 一旦距離を取ろうとするがレクスはそれを許してはくれず、俺との間合いを詰めてきて完全に剣の間合いを取った。

 

「どうした守ってばかりか!」

 

「ナメるなよ」

 

【カゲロウ】で攻撃を上手い具合に反らしてはいるが一撃、一撃が重い。どちらも戦闘用のトリオン体だが、出力の違いは無い筈だ……体を効率良く使えているのはレクス。約2年間、イアドリフで奴隷生活を送っているが、一日の長は向こうにある。小手先の技で翻弄出来そうにはないが……やるしかないんだ。

 

「もらった!」

 

 俺の隙を見つけて斬りかかるレクス。

 段々と攻撃に馴れて来たかその攻撃を防ぐのだが、レクスは両手で握っている剣を左手だけに持ち帰ると右腕をこちらに向かって押し付ける。

 

「インパクト!!」

 

「なっ!?」

 

 盾が胴体に押し付けられると衝撃が走った。一瞬だけ痛みも走った。

 例えるならばそう。ワンピースの衝撃貝(インパクトダイアル)の様な衝撃をぶつけられてしまう。これ自体は全くのダメージにならないがこの衝撃で体が浮いてしまう。

 

「終わりだ!」

 

「ナメるな!」

 

「なに!?」

 

 今まで使わなかったシールドを展開する。ただ単にシールドを展開したとしてもレクスの剣で斬られてしまう。だからもっと有効に活用する。

 

「シールドで腕を止めるなんて」

 

 シールドで攻撃してくる剣を止めるのではない。攻撃しようとして動かす腕を妨害する。

 強烈な切れ味を持っている剣を使っていたとしても振るわなければ使うことは出来ない。振るう腕を妨害すれば刃は届かない。コレが仮にトリオン兵だと問答無用でシールドを割ってくるので対人戦ぐらいでしか使えないと思っていた技だったが、まさか使う日が来ようとは思っていなかった。

 

「君も中々に芸達者だね」

 

「それはどう致しまして……」

 

 攻撃する腕に向かってシールドを張ることで、浮いた体から生まれる隙をどうにかする事が出来た。

 体を元に戻すことが出来たが……どうしたものか……よし、アレをやってみるか。

 

「逃げる!」

 

「え!」

 

 次の手を決意した俺はシールドを背中に展開しつつ逃げる。

 タイマンでの勝負をしているのにここに来ての逃げの一手を取ったことはレクスも意外だと思わず声を上げてしまう。

 

「ちょっと正々堂々と戦いなよ!」

 

「実戦形式の戦いに正々堂々も汚いもなにもない!」

 

 真正面から勝つことが出来ないのは対峙した時から分かっていた。

 勝てない相手は挑まないのが得策だが、それが出来ないのならば別の手を用いる……近距離戦闘メインの奴が真正面から勝利をもぎ取る事が出来ないのは実に情けない事だが、今はこれに縋るしかないんだ。

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

「!」

 

 曲がり角を曲がらずに一直線に逃げてレクスとの距離を開ける。

 当然、レクスは俺を追いかけて来る。走って、走って、走り続けて止まる事はないと思わせると振り向いて出来る限りの速度で抜刀。原作で言う旋空弧月を丸パクリして作ってもらった伸びる斬撃こと【ウスバカゲロウ】を決めに行く。

 

「驚いた、カウンターがあるのは分かっていたけど、まさか剣が伸びるなんて……腕が一本持ってかれたよ」

 

「っち、腕一本……だが、これで有利になった!」

 

 左腕を肘のところから切り落とす事に成功したのでレクスの強さが減った。

 使っているのは切れ味抜群の剣で、手で握ることを前提としていて攻撃する時には両手で握っている。左腕1本となればこちらにも勝機はあると構えるとレクスは手をあげる

 

「待った、この試合はここまでだよ」

 

「なに……後もう少しで倒せるんだ。ここで終わりは無いだろう」

 

「このままいけば僕の負けは決まる……逃げに見せかけての伸びるブレードでの不意打ちは見事だったよ」

 

 自身の負けを認めるレクス。負けを認めてくれたのならばそれで構わないと【カゲロウ】を納める。

 

「ただどうせなら真正面に逃げるんじゃなくて途中で曲がり角を曲がったりした方がいい。そうすればこっちは一直線に障害物を飛び越えながら回り込んできて空中での大きな隙が生まれる」

 

「負けた側なのにダメ出しか」

 

「ああ……最初から本気なら僕が勝っていたからね」

 

 自信満々に語るな……とはいえ、序盤に手加減をされて遊ばれていたのも事実だ。最初から全力だと負けていたかもしれない。

 強くなったと思っていたが、それは勘違いだったようだ。上には上が居るとハッキリと思い知らされた。勝負は勝っていた筈なのに負けの気分を味わうとは最悪だよ。

 

「それで俺はあんた達のお眼鏡に適ったのか?」

 

「あ、気付いてたんだ」

 

 この戦いは最初から最後までイアドリフの偉いさん方が何処かで見ている。

 真っ白な部屋でなにもない様に見えるがこんな部屋だからこそ監視カメラの様なものの1つや2つある……全く趣味が悪いもんだ。

 

「君は充分な力を見せてくれた……後、数年もすれば確実に僕を超える強さになるよ」

 

「それで?」

 

「遠征に行ってくれ」

 

「……遠征だと?」

 

 俺を試すという事は何かしらの任務をやるかやらせないかだとは分かっていた。

 しかし、遠征は無さそうだと思っていたので思わず声を出してしまう。

 

「イアドリフは基本的に侵攻はしない国だと聞いているぞ」

 

 地球の人間を攫って奴隷として扱ってはいるものの、基本的にイアドリフは何処かの国とは戦争を仕掛けない平穏主義だ。

 乱星国家で特定の集会軌道を持っていないから従国の様な物を作っても扱いきれないし、資源にも恵まれている……人材はまぁ、微妙だが。

 

「それが厄介な事になってしまってね」

 

 端末を取り出し、立体映像を見せるレクス。3つの球体が浮かび上がる。

 

「実は今、イアドリフは2つの国に囲まれた状態なんだ」

 

「また随分と厄介な事になってるな」

 

 左右がイアドリフでない国、真ん中がイアドリフ。

 俺の記憶が正しければイアドリフは比較的に温厚にしているだけで何処か固定で友好国の様なものは無かった筈だ……外構や外務関係はルミエ担当で愚痴を溢しているのをチラリとは聞いたことがあるぞ。

 

「そう、実に厄介な事だ。もし左右の国が協力をしてイアドリフに攻めてこられたらイアドリフは一巻の終わりだ。だからイアドリフは片方の国とコンタクトを取った。もう片方の国と協力して攻め込まないのを条件にそのもう片方の国を攻めることになった」

 

「まさか、遠征って」

 

「そう。もう片方の国を侵攻して打撃を与えること」

 

 何時かは攻め入る側の人間になるのは分かっていたが、まさかそれが今日とは思いもしなかった。

 

「俺でいいのか?もっと他に居るはずだろう」

 

 俺の実力を買ってくれるのは嬉しいが、それはおかしい。

 ルミエは俺やリーナに外の世界がどうなっているかに関して教えない様に慎重にやっている。あの野郎は地味にビビりな所がある陰険だから俺達が裏切らないかと考えている。遠征なんてもってのほかだ。

 

「書類を交わしての契約でもなんでもない口約束に近い形だから万が一があるかもしれない。だから普段は遠征に行かせないメンツも入れている……君が裏切る可能性も無いわけじゃないが、2年の歳月を掛けて手に入れた生活基盤をわざわざ捨てないだろう」

 

「それはどうかな?余計な事をベラベラと喋るかもしれないぞ」

 

「その時はその時……ああ、安心して。彼女はここに残るから」

 

 汚い、やり方が本当に汚いぞ、イアドリフは。

 遠回しにリーナは人質だと言いやがった……リーナが居てくれなければ乗り越えられなかった事が多々ある。見捨てる事は俺には出来ない……アイツはどう思っているのだろうか……いや、今は生き残る方が大事だ。

 

「しかしいきなり遠征に行ってくれとは急すぎる。閉鎖空間で生活をする訓練や遠征艇の操作なんて知らないぞ」

 

「その辺りの事はまた別の人がやってくれる。君は直接現場に出て暴れてもらいたい。ああ、安心して。緊急脱出機能があるから囚われてもなんとかなる」

 

 人の事を裏切るかもしれないと思っている癖にホントに至れり尽くせりな事だ。

 閉鎖空間で過ごす訓練していないが……まぁ、なんとかなると思っていいのだろうか?あれ、宇宙兄弟とかで結構過酷な訓練だとやっていたぞ。

 

「それでなんだけどどういう風に攻め入ったらいいと思う?」

 

「なんでわざわざそんな事を聞く」

 

「ただ攻め入ったと言っても向こうは納得してくれないかもしれない。マンネリ化している時は君に聞いたらいいってルミエが言っていたんだ」

 

 あの野郎、人を清涼剤かなにかか勘違いしている……有能だと見られているだけマシか。

 まさか攻め入る側になるとは思いもしなかった……人を拐うとか国を乗っ取るとか冠トリガーを破壊するとかの条件の指定は無い……。

 

「いきなり言われても困る。半日だけ時間をくれ」

 

「時間はまだあるけどなるべく早くね」

 

「……ラッド」

 

「ん?」

 

「ラッドに門を開く機能を搭載しておいてくれ。内側から門を開けば奇襲が可能だ」

 

 俺はいったいどれだけの罪を重ねればいいのだろうか。

 近い将来、地球の三門市に門を集束しているボーダーの裏を突くアフトクラトルの裏技を今ここで使う……ああ、俺ってホントに最低な奴だな。

 

「ところでその襲撃しないといけない国ってどんな国なんだ?」

 

「アリステラ……まぁ、そんなに大きな国じゃないから報復の可能性は少ないと思うよ」

 

「……そうか……」

 

 どうやら俺の罪の数は更に増えていくらしい。



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19話

主人公達の年齢を変えておいた。小南パイセンよりも更に経歴が長いほうが面白い。

久しぶりに投稿したらランキングに乗ったぜ、イェーイ


 アリステラ……どんな国なのか事細かな事は知らないが、ワールドトリガー(原作)において重要な役割を持つ国だ。

 具体的に言えば後に出来る新生のボーダーは実はアリステラが地球に亡命した姿と見られるぐらいである……そんな国を襲撃しなければならないとは実に厄介な事だ。

 

「あら、帰っていたの」

 

 上からの命令だと何らかの痛手を負わせろとの事で、ただ単に普通に襲撃するだけでは文句を言われそうだ。

 どうしたものかと頭を悩ませているとお風呂上がりのリーナが部屋に戻ってきた……。

 

「リーナ、話は聞いているのか?」

 

「……なんの事?」

 

 俺が遠征に行くことが決まったのはついさっきの事だ。流石に話は通っておらず、リーナはなんの事だと首を傾げた。

 

「俺が遠征に行くことだ」

 

「そう遠征ね……って、遠征!?」

 

 一旦間を置いてリアクションを取るリーナ。

 

「私達にその任務は無いはずでしょう!」

 

「何事にも例外がある」

 

「It's the same as being told to die.」

 

 感情的になり思わず言葉が日本語から英語に変わるリーナ。

 確かにリーナの言うとおり死ねと言われてるも同然だ……だが、行かなきゃいけない。俺達攫われてきた奴隷は例え嫌でも上からの命令は絶対なんだ。

 

「落ち着け、リーナ。なにもお前が行くんじゃない。俺だけだ」

 

「If so, am I a hostage?」

 

 もしそうなら自分が人質か。まぁ、そうだろうな。

 アリステラに亡命しないとも言えないから……だからリーナを残す。リーナは既に俺の心の支えになっているので見捨てる事は出来ない。その逆もしかり……危機的状況が故に生まれた共依存と言ったところか。

 アリステラだからボーダーが居る可能性も無いわけじゃない。亡命出来るなら……あれ……。

 

「亡命したいと思わない?」

 

「?」

 

 アリステラには旧ボーダーが居る可能性もあり、地球と仲良くしている可能性もある

 平穏な生活を取り戻すならば亡命一択の筈なのに何故か亡命したいとは思えない……ああ、そうか。

 

「牙が完全に抜かれたか」

 

 約2年もの間、イアドリフで生活をしていた。

 ラノベとか映画とかでよく見る奴隷の様な扱いは特に受けておらず、自分で畑を耕かせたり鍛えたりとある程度は自由を貰った。そのせいか余りイアドリフに対して憎しむ心を抱いていない……今日を生き抜き明日を迎えるのがやっとのせいで心に憎む感情が沸かない。

 

「リーナ、イアドリフは憎いか?」

 

「憎いわ……私の全てを奪ったのだから」

 

 今日を生き抜くのに必死な俺に対してリーナは憎悪を抱いている。若い証拠かな。

 イアドリフへの復讐を果たすならばマザートリガーをぶっ壊さないといけないが、そうなると次の場所を用意しておかなければならない。そんなコネは何処にも無い……ホントに無い事ずくめだ。

 

「安心して帰りを待っておいてくれ……向こうは裏切らせない様に準備をしている」

 

 特に緊急脱出機能、アレがある限りはラービットの様なトリガー使いを捕獲する用のトリオン兵が相手でない限りどうにかなる。

 遠征艇の様に次元の向こう側にある場所でも戻ってくることが出来るボーダーの緊急脱出(ベイルアウト)よりも遥かに優れた一品だ。

 

「ジョン……その、頑張ってね」

 

「問題はそこなんだよ……作戦の立案もやらされてる」

 

「普通に襲うだけじゃダメなの?」

 

 リーナからの頑張れの声援を受けたので現実へと戻る。

 どういう風に攻め込むかの作戦の立案をしなければならないのだが、襲撃する側になるのははじめてでなにをどう攻め込めばいいのか分からない。そもそもで今回の此方側の勝利条件の様な物がイマイチ分かっていない。

 

「相手の国になにかしらの痛手を与えないといけないんだ」

 

「適当に爆撃でもしておけばいいじゃない」

 

「そんな簡単に行くなら今頃何処もかしこも爆撃系のトリオン兵を多数用意してる……」

 

 門を開ける事が出来るラッドを現在全速力で作らせている。原作で言うイレギュラー門の様な事は……出来ないな。

 アレは事前にトリオン兵を派遣してやられるのを前提として使っているから出来た事で……どうする、どうする。

 

「ワン!」

 

 色々と頭を悩ませていると拾ってきたニホンオオカミことミブが吠えた。

 暗い顔をしている俺を心配してくれたから吠えたのかと思えば体をこれでもかと擦りつけてくる。散歩に連れて行けの合図だ。

 

「ったく……外に出るか」

 

「あ、待って、私も行くわ」

 

「風呂に入ったばかりだろう」

 

「もう1度入り直せばいいだけよ」

 

 お前の風呂は地味に長いんだよ……ともあれもしかするとコレが外に出歩く最後かもしれない。

 トリオンで出来たリードをミブにつけて自分の畑がある場所を目指す……。

 

「この畑も、大分広くなってきたな」

 

「殆ど私達の物よね」

 

 イアドリフから与えられた畑だが、段々と領土が拡大していっている。

 理由は言うまでもない。あの日あの時攫われていった人が今じゃ数えるだけになってしまった。農作業はトリオン体で行うので肉体的疲労はなくて畑が広がっていてもどうにかこうにか作物を育てる事は出来ている……お米の栽培は本当に苦労をした。小学校の授業でチラリと聞いた程度だったから手探りで最初は鳥に食われるとかあって大変だった。最近だとミブが畑にいてくれるので容赦無く鳥を食い殺してくれる。ありがたいことだ。

 

「これ以上増えたら流石に栽培するの無理だから断らないとね」

 

「もう一人誰かが居てくれればどうにかなるだろう」

 

「もう1人ってトリガー使わないと言葉が通じない人と一緒になれって言うの?」

 

 仲間が増える事をこれ以上は嫌だと言う。俺としてもこれ以上は人が増えると面倒は見きれない。

 しかし、それでも後一人は絶対に必要不可欠な事には変わりはない……。

 

「サポーターが1人は必要だ」

 

 俺は近距離、リーナは中距離での戦闘が出来る。遠距離の攻撃はその内に習得するとしてもサポート出来る奴がいない。

 戦闘的な意味ではなく、ボーダーで言うところのオペレーターやエンジニアの様な存在がいない……そういった存在は1人でも味方に居てくれたら心強いのだが、生憎と俺もリーナもその辺りの才能は無いと上からハッキリと言われている。これから更に上を目指すのならばその辺を視野に入れて置かなければならない……が、その前に何かしらの作戦を立案させないといけない。上は何かしらの期待をしているのだから答えないといけない

 

「リーナ、相手の国に痛手を負わせるアイデアかなにか無いか?」

 

「相手の国にミサイルでも撃ち込めばいいじゃない」

 

 バイオレンス、圧倒的にバイオレンス。

 日本語を一年ちょっとでマスターするだけあって地頭は俺よりいい筈なのにどうしてこうも脳筋思考なのか。

 とはいえ言っていることには間違いはない……何処かにミサイルの1つでも撃ち込んでおけばアリステラに痛手を負わせる事が出来たと言える。ただ問題はミサイルをぶち込んでもびくともしない住居が、王城とかがあるということ。

 

「もしくはこう、放射線的なのをばら撒くとか」

 

「そんな物騒な物はうちにはないだろう……いや、待てよ」

 

 更に物騒な事を言うリーナだが、案外それもありかもしれない。

 人を襲えば有能なトリガー使いに邪魔され住居を破壊してもトリオンで出来ている可能性が高いので直される可能性もある……だったら別のところに被害を出せばいい。例えばトリガーを用いてもどうする事も出来ない部分、アリステラがどういった地形なのかは知らないが確実に探せばある物がある。

 

「リーナ、戻るぞ」

 

「なにか浮かんだみたいね」

 

「ああ、成功したら敵に大打撃を与えれるかもしれない」

 

 アリステラ相手に亡命なんてことは出来ないのならば、やるしかない。

 ミブとリーナを連れて部屋に戻ると早速、どういう風に動くのか作戦を立案していく。我ながら悪質な作戦が思いついたもんだ……他の国が同じ事をやり始めたらどちらかが全滅するまでやり続けるから絶対に流行るなよ。

 

「今回、アリステラを襲撃するがただ襲撃したとしてもその場にいるトリガー使いやトリオン兵にやられるだけだ。緊急脱出機能があるので捕えられる可能性は低いが、それだと通常よりも大胆に攻め込むだけで他国は満足しない」

 

 企画書が出来たのでレクスを経由してプレゼンを行う。

 

「それで?」

 

「人や住居を狙っても無駄なので……を狙います」

 

「……をか?」

 

 今回の作戦隊長であるドツリは意外そうな声を出す。

 それを狙っての侵攻なんて何時の時代の話としか言いようがない……だが、狙うならばそれに限る。

 

「……を狙うと言ってもどうするんだい?奪ったとしても全てを持ち帰る事は出来ないぞ。どうすんだ?」

 

「……を持ち帰ったとしてもたいしてイアドリフに利益は無いのでそこを破壊します」

 

「破壊だと?……を破壊だなんて聞いたことが無い」

 

 俺の提案にありえなさそうなこの遠征で紅一点のシルセウス。

 今までやったことがない作戦の為に疑うのは当然だ……俺自身も知識として知っているだけで実際にはやったことが無いのだから。

 

「コレをそのままか水に溶かした物をバラ撒けば理論上はイケるはずだ」

 

 真っ白な粉をテーブルの上に置いた。

 それはなんなんだと周りが凝視をする。特にシルセウスは俺の作戦を疑っているので粉を指で摘みサラサラと落とし、更にはペロリと舐める。

 

「これは……塩だな」

 

「ああ」

 

「どれどれ……なにか特別な品種なのか?」

 

 ドツリもペロリと塩を舐める。なにもおかしなところはない何処にでもある塩の味がしたので俺に聞いてくる。

 

「イアドリフで取れた極々普通の塩だ」

 

 俺の持ってきた粉は塩だ。極々普通の塩で、イアドリフでもアリステラでも取れる。

 ヒマラヤの岩塩なんて洒落た物でもない極々普通の塩で、なんの仕掛けも無い……だが、これで充分なんだ。

 

「作戦の内容としては至ってシンプルだ。俺達が暴れている間に空から偵察出来るトリオン兵で……を探して、ラッドを内包したトリオン兵を送り込み、門を開く。そしてバラ撒く……俺達トリガー使いの作戦は相手のトリガー使いの誘導だ」

 

 作戦の大まかな内容を伝える。

 比較的危険じゃなくて相手にとって大打撃を与える事が出来る我ながらいい作戦だ……ホントにこんな事を考えれるのはクソ野郎の証拠だ。

 

「おれは賛成だ。この作戦がちゃんと成功するんだったらコレから先、似たような状況になっても同じ作戦が出来る」

 

 俺の作戦にドツリは賛成してくれた。ただシルセウスは疑っている目で塩を凝視していた。

 

「む……たかが塩でそんな事が出来るとは到底思えないが」

 

「だったら何処か適当なところで試せばいい。俺の知識が間違っているなら、俺よりいい作戦を思いついてくれ」

 

 俺は色々と考えた末にとは言わないが、この作戦に辿り着いた。

 トリガー使いの捕獲とかトリガーの奪取とかの高い難易度の任務を遂行するよりもこの作戦の方が成功率が高い……多少のコストが掛かってしまうのが難点だが幸いにもイアドリフは資源には恵まれている。何回かは出来るはずだ。

 

「実際に試してみるか……ルミエ総長、どう思われますか?」

 

 判断に迷ったシルセウスはルミエに意見を求めた。

 因みにだが今回はルミエは遠征に行かない。相手の国にどういう襲撃を仕掛けたのかを報告する為に此処にいる……コイツだけ安全圏内なのは地味に腹が立つがコイツがムカつく陰険野郎なのは今にはじまったことじゃない。

 

「他に代用出来る物は無いのか?」

 

「そんな便利な物をこっちの世界で作っていると思ってるのか……」

 

 地球の人間を見下している傾向があるが、ハッキリと言えば文化的な意味での文明は地球の方が遥かに上なんだぞ。

 

「……仕方ないか。ただ単に襲撃をしても返り討ちにされる。大規模な侵攻をしてしまえば本国の守りが手薄になる……塩を使うのは勿体無いがそれしか道が無いなら使おう」

 

 本人的には嫌なんだろうがそれ以外に道はない。背に腹は代えられない状況なので渋々それを承諾した。

 

「バラ撒く機能を持ったトリオン兵を作ってくる」

 

 遠征艇に待機して裏方に徹しているオペレーター的な存在のベイグは席を立って何処かに行った。

 多分、俺が言った事を実行出来る様にする為だろう……流石は近界(ネイバーフッド)、トリオン兵の改造はお茶の子さいさいと言ったところか。

 

「準備が出来次第アリステラに向かって出発をするから、今の内に腹いっぱい食っとけよ。遠征中はトリオン体で食事が普通で味気無ければ満腹感も薄い。遠征慣れしてないお前には1番の苦行かもな」

 

 バシバシと俺の肩を叩いてくるドツリ。

 遠征した事が無い俺に本人なりのサポートをしてくれるのだが、こっちの世界の食事が合わなかったなんて多々ある。今更、飯云々は言えない。鰹自体が生息していないから鰹節が作れなくて味噌汁が作れない。

 

「それはお前だけだ……今回は機材には一切触れなくていいが、何れは使える様になってもらう。覚悟をしておけ」

 

「シルセウス、そいつはこの世界の文字をそこまで読めないしトリガー関連に関しては驚く程に使い物にならない。教えて下手な事をされるよりも触らせないのが1番だ」

 

 ルミエ、お前は俺をなんだと思っているんだ。言い返したかったが、俺がトリガー工学がからっきしなのは事実でなにも言い返す事は出来なかった。

 

 トリオン兵等の準備が出来るまでは何時でも戦える準備はしておけと言われた。

 作戦の概要については説明をしたのでさっさと部屋に戻ろうと席を立とうとするとルミエに声を掛けられる。

 

「彼女の調子はどうだ?」

 

「なんだ、急に」

 

「君が危険な所に足を運ぼうとしてるからダダの1つでも捏ねないか心配でね」

 

「自分が人質に置かれている状況をすんなりと理解してくれたよ」

 

 ああ見えてもリーナも奴隷根性みたいなのは身についている。

 理不尽が俺達を襲ってきてもそんなものなのかとアッサリと受け入れている……文句は言いまくるが。

 

「自分だけ危険な地域に足を踏み入れてると思ったら大間違いだ。今回は万が一の可能性を考慮してレクス達をこちらの世界に残してある。相手の国がアリステラを狙わずにこちらの国に侵攻してくる可能性も無いわけじゃない……自分が危険な地域に行って彼女は安全なところにいるなんて甘えた考えを持っているならそれは違う」

 

「……分かってるよ、それぐらい」

 

 平穏な国に見えて、イアドリフは何時襲われてもおかしくない国だ。

 特定の軌道を持っていないからこそ他の国からの侵攻が少ない……少ないだけで0であるとは限らないが。危険度合いで言えば今回の作戦の方が危険で残るリーナの方が比較的に安全だ。もしかしたら襲って来ないかもしれないのだから。

 

「ったく、余計な事を言いやがって」

 

 俺が天狗にならない様に鼻っ柱を根本から叩き折りに来たルミエ。

 あんな話をされたら、もう1つの国が襲ってきてしまうんじゃないかと想像する……そもそもでもう1つの国がどんな国なのかも教えられていないので余計に不安になる。

 

「ジョン、どうしたのよそんな浮かない顔で」

 

「顔に出てるのか……」

 

 余計な不安が顔に出てしまった様で心配されてしまった。

 俺の方が年長者で更に言えば転生者なのだからもっともっとしっかりとしないといけない……こんな世界だから弱いところは見せてはいけない

 

「遠征がちょっと怖い……おかげで眠れない」

 

 英気を養う為にも睡眠を取ったほうがいいのだが、頭の中がモヤモヤしている。

 気持ちの整理があまり追いついていない。ルミエの奴はこうなる事を知っていてあんな事を言ったんだろう。

 

「ジョン、ジョン!!」

 

「ん、どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ、話聞いてた?」

 

 あ、まずい。色々と考えていたせいでリーナの話を全然聞いていなかった。

 

「聞いてるよ」

 

 聞いていなかったと言えばややこしくなるので聞いていたフリをする。

 リーナは意識がボーッとしていた俺に「全く、ジョンったら」と呆れてしまい俺はと言うとなんの会話をしていたのか一切興味を示さなかった。

 

「じゃあ、ゆっくりと動かないでよ」

 

「ん、ああ」

 

 いきなりの動きの制限に驚きはするものの、驚きはしない。

 リーナが俺の両肩をガッシリと掴んだと思えば深呼吸をしてそのまま顔を近づけ……キスをした

 

「は、はじめてをあげるからちゃんと頑張りなさいよ!!」

 

 顔を真っ赤にしながらビシッと俺を指差すリーナ……初心だな。

 

「こんなんで満足すると思ってるのか?」

 

「なっ、なぁ!?これ以上を要求するわけ!」

 

「お前、結構マセてるな」

 

 こんなもんじゃ満足はしないと言えば顔から煙をボンッと出す。

 キス以上と言えばセックスだが、リーナはまだ9歳(今年10歳)なので手を出せばロリコンになる……因みに俺は11歳(間もなく12歳)で恐らくは原作開始の時点でリーナは17,俺が19になっているだろう。原作開始の頃には近界歴10年行くか行かないかになるだろうな。

 

「リーナ、一応の為に言っておくがこんな事をしなくてもいい……俺はちゃんと帰ってくる」

 

「そういうのをフラグって言うのよ……ちゃんと帰ってきなさいよ」

 

 リーナが顔を真っ赤にしているので取り敢えず抱きしめてそのままベッドで眠る。

「あ、う」とリーナが恥ずかしがっている声を出しているが恥ずかしいのは俺も一緒だ。2度目の人生の初のファーストキスをこんな場面でするとは思いもしなかったんだ。




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20話

「…………落ち着かないな」

 

 リーナから最大の贈り物を受け取って半日ぐらいした頃に準備が出来た。

 トリオンのチャージも直ぐに完了し、更には星々を移動する訳ではないのでそこまでトリオンを食わない。流石は近界民、地球とは技術が違うと言いたいが1番言いたいのは気分が落ち着かない。

 そりゃそうだ。閉鎖空間での訓練なんてしたことない。宇宙飛行士とかのちょっと特殊な職業でもない限りは閉鎖空間での生活なんかを訓練していない。攫われてからは基本的に体を動かしてる時が多く、こういったなにもしないと言うのが新鮮だ。

 こういう感覚なのはダメな事だと俺は思う。常在戦場を目指しているわけじゃないので肩の力を抜く時には抜ける様にしておかなければならない。

 

「どうした、気分が落ち着かないのか?」

 

 ソワソワしている事にベイグは気付く。

 

「閉鎖空間での訓練をなんもしていないのに加えて今回が初の襲撃する側だ」

 

「そうか……どんなものであろうとはじめては怖い。そういう時は大事な人の顔を思い浮かべればいい。大事な人との大切な時間……オレの場合だと恋人のアクレと一緒に食事をしている時だ」

 

 本人なりの励ましを送ろうとしているのだろうが、結果的には惚気話になっている。

 見た目が老けてる方で既に中学生ぐらいの容姿をしているがまだ中学にすら行っていない年齢なんだぞ。

 

「そうそう。帰ったら美味い物を食うんだって意気込むんだ」

 

「それは玄界(ミデン)の一部地域では死亡フラグと言うんだ」

 

 ドツリも飴を舐めながらどうすればいいのか教えてくれる。しかしそれは下手をすれば死亡フラグだった。

 

「美味しい物って言うがイアドリフの食事、そんなに美味しくない」

 

「ふっ、ラファのプレーンオムレツを食ったことが無いから言えるんだ。腰を抜かすほど美味いぞ」

 

「そうだ。アクレのピーチパイは近界(ネイバーフッド)一美味い!」

 

「日本だとちょっと金を出せばそれ以上の物が食える」

 

 何気にリア充なドツリとベイグ。

 彼女の手料理こそ1番だと言うがこっちの世界に暮らして約2年。まだまだ右も左も分からず文字も読めなかったりするがコレだけはハッキリと言える。

 

「日本の飯をナメんじゃねえぞ」

 

 世界三大料理はトルコ、中華、フレンチとなっているが日本の飯はそれよりも美味い。

 他の国の料理をパクって日本風にアレンジをしていると言われればそこまでだが、それでもその辺の店で食える物と比較しても日本の飯は世界一美味い。

 

「そういや、お前は玄界(ミデン)出身だったな。そのニホンとかで1番美味い物はなんだ?」

 

「……ラーメンだな」

 

「ラーメン。ああ、温泉の湯を使った麺料理か。別に特段美味い訳じゃなかったけどな」

 

「こっちの世界じゃそれが限界なんだ」

 

 最近になって木の灰を使えばより良い麺になることを知れたが、1番の要である鰹が無い。

 そもそも魚に詳しくないので鰹がどんな見た目なのかイメージ出来ない……鰹節に至ってはどうすればいいのかわからん。燻すのは確かなんだろうが。

 

「お前達、無駄話はもうおしまいだ。さっさとコレを付けろ」

 

 メシ話にヒートアップが掛かるかと思いきやシルセウスが止めに入った。

 なにやらVRと思わしき機械とゲームのリモコンっぽいものを手に持っており、俺達に渡してくる。

 

「ちょっと待ってくれ。俺はこういう機材は扱えない」

 

「これはそんなに難しい物ではない。子供でも簡単に操作が出来る物だ」

 

「そうそう、おれでも操作出来るんだぜ」

 

 VRのゴーグルの様な物を嵌めるドツリ。

 これは俺もやらなきゃいけない展開だとゴーグルをセットしてみるがなにも見えなかった。いったいどういうことだとゴーグルを外して尋ねてみようとするがベイグ以外はゴーグルを装備していた。

 

「目当ての物を見つけれなければオレ達の負けだ」

 

 ピッピッピと機械を操作していくベイグ。

 これは言うとおりにしておいた方がいいともう一度ゴーグルをつけると視界は相変わらずの真っ暗だった。与えられたリモコンの様な物に触れてはみるものの、うんともすんとも言わない。

 

「トリオン兵、出動」

 

 ベイグがそう言うと視界が切り替わって、俺がなんの装置を使っているのか分かった。

 コレはトリオン兵を遠隔操作するリモコンだ。原作でも似たような形状の装置が出ていたのから多分同じ物なのだろう。

 

「俺の考えた作戦と違うんだが」

 

 俺の考えた作戦は俺達が実際に現場に出て暴れながら例の場所を探す筈だ。

 

「なにもお前の作戦を全て認めたわけじゃない。成功率を上げるならばこうしてトリオン兵を遠隔操作して探した方がいい」

 

「……まぁ、そうか」

 

 シルセウスにそんな事を言われたらなにも言い返せない。

 実際のところ、俺の作戦の中での不安要素としてそれが見つからないと言う可能性もあったわけで事前にこうして調べれるなら調べた方がいい。

 とはいえ、それを事前に言ってもらえなかった事に関しては若干ショックだ……いや、そもそもで俺にリモコン操作をさせない為だろうか。

 

「……割と普通のところだな」

 

「気をつけなさい。アリステラは大国じゃないけれど、それでも充分に驚異的でそれなりの実力者が居るわ!」

 

 トリオン兵を経由してのアリステラの光景はのどかな国だった。今からこんな所に災厄を撒き散らすのは心が痛むが、そうしなければ俺達の明日が手に入らない。

 

「ジョン、貴方は適当に動き回って撹乱しなさい。その間に私達が探すわ」

 

「ったく、捨て駒か」

 

 使い捨ての兵であるトリオン兵。倒されてもこちら側は痛くも痒くもないので躊躇いなく切り捨てる。

 俺のする仕事はとにかく相手を誘導する事だが、こちらの世界にも当然の如くトリガー使いがいるわけで剣を持った男にあっさりと切られる。

 

「今だ!」

 

「え?」

 

 初めての操作でトリガー使いをぶっ倒せとか無茶があると言いたくなっているとベイグが機械を操作する。

 何してんだよと思っていると視界が眩い光に包まれる……そう、これは所謂自爆である。

 

「トリガー使いを1人倒すことが出来たぞ!」

 

 ベイグの野郎、敵を一人一殺させる為に自爆機能を搭載したトリオン兵を使わせやがったな。

 使い捨ての駒だからって何でもかんでもやりやがる……こうでもしないと格上や同格の国には勝てないのか。

 

「ジョン、次のトリオン兵だ!今の自爆機能を見て前衛は下手に手出しは出来ない。シールドで時間を稼げ」

 

「シールドって、どうやって出すんだ!?」

 

「何時もの様に念じろ」

 

 俺に新しいトリオン兵を配給する。

 先程と見た目が同じトリオン兵で剣を持ったトリガー使い達は手を出すのを躊躇っている。攻撃すれば残存するトリオンを全て爆発に変えるトリオン兵なんて近距離から相手にするのは得策じゃない……ああ、さっきの爆発で生身の肉体に戻ったトリガー使いが倒れている……!

 

「おい、なにをしている!シールドを展開して時間を稼げ」

 

「いや、こっちの方が効率がいい」

 

 命令通りに動かない俺にベイグは驚くがこっちの方がいい。

 俺はトリオン兵を操作して爆発にやられて生身の肉体に戻ったトリガー使いをガッシリと掴む。

 

「成程、これなら攻めてこないな」

 

 シルセウスは俺の取った人質に納得をする。

 ボーダーのトリガーには流れ弾対策として安全装置がついているらしいが、こっちの世界で行われているのはマジの戦争でありそんなものは一切付いていない。仲間を人質として扱う卑劣極まりない作戦だが効果的であることには変わりはない。

 

『離せ、離しやがれ!』

 

 必死になって俺から逃れようと藻掻く。生身の肉体でトリオン兵に勝てるはずもなく、男の抵抗は虚しいものに終わる。

 トリガー使いの男を人質に取ったことで戦況は僅かだが変化をする。銃撃手達中距離以上の戦闘をメインとしている奴等はヘタに攻撃する事は出来ない。ヘタに攻撃をすれば自爆をしてトリガー使いを殺してしまう可能性がある。近距離戦闘メインの剣使い達もだ。

 

「時間は出来る限り稼いでいるつもりだ……まだ見つからないのか?」

 

「無茶を言うな。探し始めたばかりで最低でも後数分は掛かる……っ!」

 

「おいこら、撃ち落とされてるじゃねえか」

 

 俺が上手く揺動している間に探す手筈だったがシルセウスの操作する空中を飛ぶトリオン兵は破壊された。

 俺が下手に攻撃出来ない状況を作ったから代わりにシルセウスのトリオン兵を倒すのに力を割いたか……変なところで欲張ったせいでミスったか。

 

「見つけたぜ」

 

 次のトリオン兵を送り込まれるのかと思っているとドツリは笑った。どうやら目当ての所を見つけてくれたようだ。

 となると俺の出番ももうおしまいかと思っていると視界が再び眩く光り出した。

 

「お、おい、なにやってんだよ!目当ては見つけたんだぞ」

 

 なんの迷いもなくトリオン兵を爆発させたベイグ。

 既にこちらが目的を果たしているにも関わらず殺しを実行した。

 

「今回の仕事は敵の国であるアリステラに遺恨を残すレベルで痛手を負わせることだ。お前の立案した計画に気付かれない為にも1人殺しておけば注意はそちらに向く」

 

「っ……」

 

 あくまでもやっていることは戦争なので情けは一切かけない。

 今回は相手の国に恨みを抱かせるレベルでの侵攻をする……それは頭では理解していたつもりだが、心では理解しきれていない。

 

「そう落ち込むな。お前の立案した作戦は間違っていない……胸をはれ」

 

「そういう問題じゃねえよ」

 

 人が死んでいくのに慣れてきた筈なのに、こんなにあっさりと死ぬのを見てしまうと気分が下がってしまう。

 無理矢理拉致されて戦争に加担しているという自覚が最近薄くなっていた証拠だろう……もっともっと気を引き締めないと。

 

「それでどうする。今すぐに行くのか?」

 

 沈んだ気分を持ち直しているとシルセウスは次を話す。

 今回、作戦を立案したのは俺だが最終的な決定権を握っているのはドツリにある。

 

「いんや、少しだけ間を置く。警戒は厳重になるかもしれないけど、そうなればあの場所への警備が手薄になる……俺達には緊急脱出機能がある。出先での多少の無茶は可能だ……なによりこいつがな」

 

「……今すぐ出来る」

 

「そんな顔色の悪い奴を連れていけるかよ。時間をくれてやるから気持ちの整理をしろ」

 

 どんだけ悪い顔をしているんだろうか、俺は。

 今やった方がいいかもしれないのに俺を優先してくれるドツリには感謝をしなければならないが……気持ちの整理をしなければならない。

 

「お前は人を殺した事があるか?」

 

 目を閉じて肺の中の空気を全て吐いているとベイグが聞いてきた。

 

「……直接はまだないな」

 

 トリガー使いと何度か戦った事はある。

 情報漏洩を防ぐ為に自爆装置を持たされてたなんて事があったものの、直接自分の手で人を殺した事は無い……そんなもん無い方が良いに決まっている。

 

「なら今回が初になる可能性があるのを頭に入れておけ。これは遊びじゃない、戦争なんだ」

 

 厳しい非情な一言を俺に突きつける。

 そう、戦争なんだ……死人が出るのは極々普通な事だ。卓球でだって死人が出るんだ……くそ。

 

「手を洗うか?」

 

「そんな事をしても意味は無い」

 

 俺を気遣ってくれたのかシルセウスは手を洗うことを聞いてくるがそんな事は意味は無い。

 俺の手には血が付いていない……トリオン兵は爆発してしまったし、完全犯罪の成立だ。死体すらまともに残っていないのだから。

 

「作戦を実行するなら早く進めてくれ。チンタラ時間をかけてしまう方が精神的に来る」

 

 気持ちを落ち着かせようにもやることがない。

 閉鎖的な空間に居る為に余計に精神的に来る……俺って遠征向いていないタイプの人間なんだろうか……それはそれで困るな。

 

「そんな状態の人間を戦場に行かせるわけにはいかない。脱出機能があろうとも無駄に戦力を浪費するだけだ」

 

 俺の状態を俺よりも分かっているドツリは首を縦に振らなかった。

 こんな状態で戦うよりも気持ちを落ち着かせて戦えか……気持ちを落ち着かせる方法なんて俺は知らない。

 

「ゲームでもあったらな」

 

「トランプならあるぞ」

 

 気持ちを切り替えるのならばなにかゲームでもしたい。

 思わず呟いてしまうとシルセウスがトランプを取り出すが今はトランプをやりたい気分じゃない。

 

「テトリスかぷよぷよの落ちゲーがやりたい」

 

「てとりす?ぷよぷよ?」

 

 なんだそれと頭に?を浮かべる。

 そういえば何時だったかルミエも地球だったらどうやって暇を潰すか聞いてきた事があったな。今ならハッキリとぷよぷよとかテトリスとかボンバーマンとかで暇をつぶしてると答えれる。

 Dr.STONEで落ち物ゲーのプログラムは至ってシンプルとか言ってたし、ぷよぷよとテトリスはルールが至って単純だからトリガー技術で再現する事が出来るはずだ……オセロを作るんじゃなくてテトリスを作るとか何処のなろうだよ、俺は。

 

「少し仮眠を取る」

 

「なら、目を覚ました頃に襲撃を開始する。それまでは各自英気を養う、でいいか」

 

「ああ」

 

「それで構わないぞ」

 

 ドツリの案をベイグとシルセウスは賛成し、一先ずは休息を取ることにした。

 この間にも警備が頑丈になっているんじゃないかと思うが、それはそれでこちらの本来の目的を果たす事が出来るので丁度いい。

 

「……ルミエに頼んでみるか」

 

 なにかの本で読んだので記憶が曖昧だが、食肉用の生き物を殺すことで殺しに対する耐性を身に着ける事が出来る。

 多分なんかの漫画の知識だろうが、生き物の命を奪う事で耐性を身に着ける事が出来るのならばやっておいて損は無い筈だろう。帰ったらルミエにやらせてくれと言っておこう。リーナもやっておかないと同じ目に合うかもしれない……やれって言ったらああだこうだ言ってくるんだろうな。

 休もうとしている筈なのに気付けば余計な重圧の様なものが増えていっている。何時もの事だが閉鎖的な環境にいるせいで通常の何杯もストレスが掛かってしまう……こんちくしょう。

 

「うし、じゃあ作戦の確認だ。先ずはシルセウスとジョンが出て場を荒らして敵の本体を足止め、その間に門を開く機能を備えたラッドを農地に向かって飛ばし、そこからおれが塩をばら撒き荒らす……ホントにコレでいいんだよな」

 

 作戦を決行する直前になって疑い出すドツリ……正直俺も行けるかどうか微妙なところがある。

 

「地球の昔の言葉にこんな諺がある。敵に塩を送る」

 

「なに!?玄界(ミデン)は昔からそんな事をしていると言うのか!」

 

 あ、やべ、勢いに任せて適当な事を言ってしまった。

 シルセウスは完全に敵に塩を送るを破壊工作の意味だと勘違いをしているが訂正はしない。兵糧攻めは古来の戦でも当たり前の如く行われたものだから。

 

「さぁ、行って来い。脱出機能があるから思う存分に戦え」

 

 そんなこんなでトリオン兵と共に門を潜ってアリステラの大地を踏み込む。

 今まで出てくるのを迎え撃つだけだったのが、まさか襲う側になるとは思いもしなかった。今回の戦績が良ければ、もしかするとまた遠征をさせられるかもしれない……ああ、くそ、考えるのはやめだ。

 

「オラァ!」

 

 取り敢えずトリオンで出来た爆弾を出来るだけ遠くにぶん投げる。

 いきなりの襲撃に市街地に出入りさせないようにしている近衛兵達もワンテンポ反応に遅れる。

 

「(派手な動きは程よくしろ。無理に攻めるんじゃない)」

 

 俺の行動を横で念話を通じて注意するシルセウス。そういえばシルセウスはどんな戦い方をするのかを聞いていなかった。

 この遠征に選ばれるという事は相当な実力者なんだろうと思っているとアリステラ側もモールモッドを数体出してきた。

 

「敵襲だ!」

 

「トリガー使いは2名だ!」

 

 大声を出して報せを届ける近衛兵達。

 こちらもモールモッドが居るのでトリオン兵同士の戦いならばこちらの方が分がある。俺が電球の開発に成功したから市街地等に使われる灯りの殆どが電気に切り替わって、その分のトリオンをトリオン兵に注ぎ込んで通常よりも強い個体が出来ている。

 

「私がいく」

 

 近衛兵と思わしき奴等が俺達目掛けて突撃をしてきた。

 持っている武器が槍なので【ウスバカゲロウ】でも使って倒そうかとするとシルセウスが突撃をした。

 

「はやっ」

 

 走りのフォームの矯正とか色々とやってそれなりの速度で走れる様になったのに、それを遥かに凌駕した速度で走る。

 なにか裏があるなと狙撃や射撃に警戒をしつつ【カゲロウ】でモールモッドを切り裂いていると驚くものが見えた。

 

「捻り貫打突」

 

 腰の入ったいい拳で相手をぶん殴ると貫通した。

 トリオン体を使っての格闘技って、原作で言うところの遊真の黒トリガーと同じ戦闘スタイルを取っている……。

 

「(お前、トリオン体が普通じゃないな)」

 

「(ああ。私はシールドと脱出機能以外のトリオンをトリオン体に注ぎ込んでいる。その為に通常より遥かに高い性能のトリオン体で近接格闘が可能だ)」

 

 原作で言うところのガイストに近いのだろうか。シルセウスがトリオン体だけで戦えるのは素直に凄い。

 あっという間に叫んだ近衛兵達を倒す……

 

「殺さないのか?」

 

「私は無益な殺生は好まない」

 

「その割にはベイグのやり方になにも言わなかったな」

 

「それはそれ、これはこれだ」

 

 あくまでも戦争だから時には有益な殺生を認めるつもりか。

 戦争をしている奴等は狂気を感じると思っていると増援がこちらに向かってやってくる。

 

「!」

 

 もしかしたら、万が一、だったらいい。ここに来るまで俺は何度も何度も思った。

 まさかそれが本当に実現するとは思いもしなかった。

 

「なっ!?」

 

 俺の目が、俺のサイドエフェクトが正しければその男から虎の様な闘姿が見える。

 その顔は若いがハッキリと分かる……後にボーダーの本部長となる男、忍田真史がそこにいた。



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21話

 

 忍田真文、後にボーダー本部の本部長を務めるノーマルトリガー最強の男。

 俺のサイドエフェクトでもその闘志は凄まじく、虎の様なものが目に見える……コレでまだ成長段階とか原作キャラは末恐ろしい。

 

「その格好は、新撰組の」

 

 俺の格好に忍田さんは驚いている。日本人なら大抵知っている幕末最強の剣客集団、新選組の衣装を模した物だから。

 どうしてそんな格好をしていると言いたげな顔をしている。どうしてもこうしてもこの格好の方がなにかと都合が良いからだ。

 

「待ってくれ、君はもしかして」

 

 戦場では一瞬の油断が命取りになる。

 持っているトリオン爆弾を忍田さんに対して放り投げると忍田さんは回避するがトリオン爆弾の爆風に飲み込まれて体が大きく揺らぐ。

 

「話し合うのは無理なのか!」

 

 爆風により体勢が大きく乱れている中で忍田さんは剣を抜いた、俺との話し合いは通じないと判断したのだろう。

 元々話し合うつもりは一切無い。そんな事が出来るのならばとうの昔にやっている。そもそもでもう一個の国に攻められない代わりに攻めてきたので話し合うのは最初から無理なんだ……そう、無理なんだ。

 

「(今現れたアリステラのトリガー使いは相当な手練と見える)」

 

 シルセウスやベイグ、ドツリ達に頭に語りかける。他にもトリガー使いが居るようだがこの中で1番の使い手は目の前にいる忍田さんだ。

 

「(こちらシルセウス、そのトリガー使いと戦闘をして出来る限り粘れ。勝ちに急ぐな、死にも急ぐな。緊急脱出機能があるから余裕を持っておけ)」

 

「(了解)」

 

 忍田さんは弧月と思わしきブレードを振ってくる。上から倒すことでなく足止めを命じられたので槍で上手い具合に捌く。

 原作ほどの強さにはまだ至っていない……新体制のボーダーで何度でもやり直しする事が出来るゲーム感覚のランク戦が出来る様になってから強くなるのだろうか。

 

「っ、待て!」

 

「先を行かせてもらう!」

 

 シルセウスは忍田さんを無視して走り去っていく。

 行き先はアリステラが使っている農地に続く道、そこを荒らしに荒らして農地までラッドを辿り着かせ塩害を撒き散らすのが今回の作戦だ。忍田さんはシルセウスを追いかけようとするので管槍で忍田さんを突くのだが忍田さんは回避する。今の一撃、イアドリフの兵隊だったら普通に命中していた。事態が悪化していく中でも忍田さんは冷静に戦線を見据えている。流石は未来の本部長といったところだ。

 

「悪いが、足止めをくらっている場合じゃないんだ」

 

 俺が足止めをしてくると分かり、真剣な顔になっている。

 弧月と思わしきブレードを鞘に入れると高速の居合抜きを見せてくれるがその居合抜きが命取りだ。

 

「SHIELD」

 

「なに!?」

 

 無駄に発音よく声を出し、忍田さんの手元にシールドを出す。どれだけ優れた剣の使い手だろうと剣を振るう腕のところにシールドを展開されれば意味はない。忍田さんは一手、間が空いてしまい、その一手で詰めに掛かる事はしない。あくまでも時間稼ぎが目的で撃退が目的ではない。

 強いトリガー使いの足止めをしておけば俺はそれでいい。手柄だなんだと欲張ったとしても意味はない。管槍を使い、ピストン運動の要領で通常よりも素早い突きを決めると左腕の肘から先を切り落とす事に成功する。

 

「っく……」

 

 油断をしたと言いたげな顔をしている忍田さん。

 こういう姑息な手ならば俺は幾らでも持っている。なんだったら緊急脱出機能のトリオンを残して残りのトリガー全てを爆発に注ぎ込む禁じ手も持ってきている。

 

「君は、君は日本人なのか!」

 

「……」

 

 俺に対し忍田さんは語りかけてくる。それと同時に忍田さんから見えている闘志も揺らいでいる。

 さて……どうするか。ここで会話を繰り広げて時間を稼ぐべきか……余計な情報を他人に与えても意味は無い。

 

「Defeat me if you want to know」

 

 無理に会話をする必要はない……が、相手の思考を乱すのには丁度いい。

 リーナの事もあるのでここで大人しく降参をするなんて手は最初からない。故に英語で答える。どちらもトリオン体なのでなにが言いたいのかは伝わってくる。故に言う、知りたければ俺を倒せと。

 

「君は……っ……」

 

 やめろ……悲しそうな表情を浮かび上げるんじゃない。

 俺はもう覚悟を決めている。もう後戻り出来ないところにまでやってきているんだ……だからそんな悲しそうな顔をするんじゃない。

 管槍を手元で回転させて遠心力を与えつつ槍の軌道を見えない様に突くと忍田さんはシールドを展開するがシールドはあっさりと貫かれる……が、槍の勢いは失い、槍の棒の部分を左脇で挟み動きを封じる

 

「聞かせてもらおう」

 

 槍の動きを完全に封じた忍田さんは右手で弧月らしきブレードを抜こうとする。

 今から剣のタイプの【カゲロウ】を出したり管槍の【カゲロウ】を一度消して再構築すると一手間が空いてしまい、斬られてしまう。

 シールドを使って腕の動きを封じる技を使うべきかと思ったがシールドを展開する前にやられる……ならやることは1つしかない。俺は槍を手放して間合いを取らず、一気に距離を縮めて忍田さんに掌底をくらわせる

 

「っぐ!」

 

 トリオン体なので内蔵にダメージを蓄積した等という事は起きない。

 しかしフィードバックや衝撃は受けてしまう、痛みも一瞬だけだが感じるもので苦しそうな顔を浮かび上げる……シルセウスと違ってバリバリの肉弾戦用のトリオン体じゃないからトリオン体を破壊するには至らない。だが、一手を妨害する事が出来た。俺は管槍を消して刀の見た目にしてある【カゲロウ】を取り出した。武器を槍から刀に変えた事で忍田さんも目の色を変える……

 

「ふっ!」

 

 先ずはシンプルに右腕で刀を振り下ろす。

 片腕をもがれた状態で受け太刀に回るのは危険だと判断したのか、忍田さんは避けてくれるので空いている左腕で鞘を持ち、横からの攻撃を与えると忍田さんは鞘に殴打されて飛ばされる。

 流石の忍田さんもこの攻撃には片腕だけでは反応するのは無理……さて、どうするか。上からの命令では無理に攻めなくてもいい、足止めさえしていればそれでいいのだが、後もう少しで勝てそうな雰囲気はある……ここで勝てば、多少は評価されるだろう

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 上からはがっつくなと言われているが目の前に原作キャラが居るとなれば多少は欲というものは出てくる。

 刀の【カゲロウ】が届かない間合いまで間を開くと【ウスバカゲロウ】を使い【カゲロウ】の刃を伸ばし、忍田さんを一刀両断。流石に初見の【ウスバカゲロウ】は見抜き辛い……初見殺しの技で勝てたが、次は無いだろうな。純粋な剣技で勝てていない……相手の方が上手か。

 

「っく……」

 

 生身の肉体に忍田さんは戻る。

 確か緊急脱出機能は新しいボーダーが出来てから導入される機能で旧ボーダーの頃には搭載されていない機能で……忍田さんを殺す機会が与えられた……

 

「Our purpose is to sprinkle salt water on farmland and cause salt damage.」

 

「なに!?」

 

 別に殺さなくてもいい、むしろ今殺してしまうと後々厄介な事になる。

 上手い具合にワールドトリガーの原作が始まらないと此方も上手く出来ない。原作知識を生かして色々とやれなくなる……そう、原作通りに事が進まないと厄介な事になる。今ここで忍田さんを殺しても意味はないどころか更に厄介な事案が起きるかもしれない。だから殺さないでおく、だから教えておく。イアドリフがここにやってきた目的を。

 

「忍田!!」

 

「……」

 

 刀を首筋に当てていると後に林藤支部長になるであろう男がやってくる。

 俺に対して敵意を向けており、中々の闘志を持っている……が、決して勝てない相手とは言い難い。本格的な原作開始前だからだろうな。とりあえずトリオンで出来た爆弾をトリオン体の力を思う存分に林藤に向かってぶん投げると大きな爆発を巻き起こす。

 

「大胆な手を使うじゃねえか」

 

 固定シールドか。

 トリオンで出来た爆弾はトリオン体や住居を破壊するのには丁度いいがそれなりにトリオンを持っている奴のシールドを破れないのは難点だ。いや、仮に撃ち破れたとしても威力が高すぎて自分にまで被害が被る可能性があるか。

 

「林藤、彼は」

 

「ああ、修学旅行やドラマで見たことある……新選組の格好だな」

 

 当然というべきか林藤さんも反応を示す。

 なにか言いたそうな顔をしているが話し合いはするつもりはない。

 

「Take that person and evacuate to somewhere else」

 

「お、随分と優しいんだな」

 

「……」

 

 気安く話しかけてくる林藤さん……悪意の様なものは闘志から感じない。

 撤退するならば撤退すればいい、このまま戦いたいなら戦っても構わない。こちらには緊急脱出機能と自爆機能が搭載されているんだ。いざという時には自爆を起こして全てを飲み込みチャラにする。

 

「(こちらシルセウス、農地を発見。ラッドに門を開かせてトリオン兵を出撃。田畑に向かって塩水の放出を開始)」

 

「(こちらベイグ、トリオン兵を一部リモコン操作に切り替えた)」

 

 林藤さんが忍田さんを連れて撤退している内にシルセウス達から通信が入る。

 無事に門を開く機能を搭載したラッドがアリステラの食料供給の要である農地に辿り着いた様で塩水を搭載したトリオン兵が送り込まれて、蓄えられている塩や塩水を撒き散らす。

 

「残りは雑魚だけか」

 

 忍田さんが完全に去るとモールモッドの様な戦闘用のトリオン兵が溢れてくる。

 昔の俺ならば苦戦していただろうが今では雑魚も同然であっという間に【ウスバカゲロウ】で斬り裂いていく。

 

「っち、手段を変えてきたか」

 

【ウスバカゲロウ】でバッサリと切り裂いていると弾丸が飛んできた。俺が完全に近距離での戦闘をメインにしていると相手側が判断したのだろう。そしてそれは実際のところ正解だ。俺にはトリオンコントロールの才能はそんなに無い、恐らくだが変化弾をリアルタイムで弾道処理をする事は出来ない……リーナはできるな。あいつ、なんだかんだ言って天才だから。

 

「……走るしかないな」

 

 弾を撃ってくる相手にはトリオン爆弾を投げるのが1番だが、トリオン爆弾にも数が限られている。

 右に左にジグザグと走りながら距離を縮めつつ飛んでくる弾をシールドで防ぎ、何処に弾を撃っている連中が居るのかをサイドエフェクトで確認するとそこ目掛けて手榴弾もといトリオン爆弾を投げる。

 

「っ!……」

 

 トリオン爆弾を投げる事に成功し、建物の影に隠れ潜んでいるトリガー使いを焙り出す事に成功した。

 これでアリステラの戦力も落ちるだろうと少しだけ油断をしてしまい、遠距離からの狙撃をまともにくらい胴体の一部が吹き飛ばされる。コレはダメだ、コレでは戦うことはもうできない

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 残りのトリオンを全て自爆に回してもいいのだが、今回はしないでおく。

 これ以上は無闇矢鱈に暴れまわっても無駄だと判断したので潔く緊急脱出をするとイアドリフの遠征艇の中に戻る……どうやら俺が一番最初に落とされた様だな。

 

「戦局はどうなっている?」

 

 戦いはまだ終わっていない。ベイグにどういう状況になっているのか確認を取る。

 大分前に進めている感じだったので作戦は上手い具合に行っているのだろう……問題は何処まで行っているかだ

 

「後、少し……コレをつけろ」

 

 VRゴーグルの様なものをベイグは俺に渡す。

 コレにはトリオン兵に搭載されたカメラが見ているものが映し出されており、そこにはドツリの姿があった。ドツリも手榴弾型のトリオン爆弾を投げて農地を荒らしている。シルセウスは複数のトリオン兵を同時に相手にしつつ、上手い具合に暴れまわり時間を稼いでいる。

 

「首尾は上々だ……塩を撒くことに本当に効果があるのならなばな」

 

 ベイグはリモコンを操作し、トリオン兵を操る。

 塩水を撒き散らすのが本当に意味があるのか僅かばかり疑っているところがある……まぁ、確かに誰だって正気かと言いたくなるような作戦だろう。シルセウス達は農地を荒らす。実っている小麦などを爆弾で焼き払う……戦では相手の兵糧を突けばなんとやらとなろう系の小説で見たことある。

 

「あんまりやりすぎると一方的な恨みを買われるが大丈夫なのか?」

 

 シルセウス達があまりにも粘るので思わず聞いてしまう。

 今回の一件、成功すればアリステラに大打撃を与える事が出来るのだがあんまり恨みを買いすぎると後に復讐に走られる。

 

「特定の軌道を持った国家ならば隙を見つけて襲撃してくるだろうがイアドリフは特定の周回軌道を持っていない。次にアリステラと何時遭遇するのかが分からない状態だ。特定の軌道を持たない国は傘下にするのも復讐するの難しいんだ……だからこそオレ達にやらせたんだろう」

 

「……恨みだけは買われろか」

 

 全く嫌になる。eスポーツ感覚で生き死にを味わいたくないし、こういう非情な現実を見せられた方がまだマシだがそれでも世界を蝕む残酷な悪意を見せつけられると嫌になる。手と手を取り合い仲良くしようなんて一生不可能か……そう考えると現段階の地球の日本は上手くやってる。戦争に敗北しても国を奪われず王族も殺される事はなく、不景気になっているがなんだかんだと上手く国を回している……ダメだな、俺は政治には向かない

 

「流石に限界があるか」

 

 シルセウスが射撃をくらう。近距離戦闘のみしかないと見抜かれたので中距離以遠の攻撃を当てに来ている。

 近距離での戦闘では無類の強さを誇るシルセウスだが距離を取られるとどうしようもなく、徐々に徐々にトリオン体に穴が空いていき、トリオン体の活動に限界が来たのか緊急脱出した。

 

「この緊急脱出(ベイルアウト)機能は中々に有効だな。多少はトリオンを消費するがその代わりに敵地の奥に足を踏み入れた大胆な作戦を遂行する事が出来る」

 

 緊急脱出してきたシルセウスが生身の肉体に戻り、俺達の前までやってくる。

 緊急脱出機能が今回上手く役立った様でなにより……原作知識で未来の便利な機能を逆輸入している……イアドリフは変に攻めたりしない比較的に平和な国だ。特定の軌道を持っていないのでどんな国なのか情報収集も難しいからラービットの様なトリガー使い捕獲用のトリオン兵が相手でない限り緊急脱出機能無効化装置みたいなのは作れない……筈だろう。

 

「いやぁ、疲れた疲れた。向こうも中々にやるよ」

 

 ドツリも緊急脱出してきて遠征艇に戻ってきた。

 アリステラのトリガー使いの強さに参ったと水が入った容器をグイッと飲んで一息をつく。

 

「持ってきた特注の自爆と塩水をばら撒くモールモッドは殆ど使い切った……お前の言うとおりならばコレでアリステラに大きな損害を、恨みを買うことが出来る」

 

「成功してる事を祈るしかない」

 

 兵糧攻めなんてやった事はない事なんだ。戦争の素人に色々と無茶を言っている……いや、素人だからこそ地球人だからこそ意見を求めたんだろう。イアドリフは富国強兵政策を取っている。国を豊かにすれば国を強くできる、その為ならばどんな手段でも用いるか…………なら何時かは……

 

「イアドリフの方はどうなっている?もう片方の国に攻め込まれたか?」

 

 余計な事を考えているとシルセウスはベイグにイアドリフの事を尋ねる。

 俺達が遠征に行っている間に攻め込まれて落とされた、なんて話だけはホントに洒落にならない……リーナは無事なのか……

 

「今のところは攻め込まれたという連絡は来ていない……なにレクス達が居るんだ、そう簡単にやられはしない」

 

(ブラック)トリガーが前線に出てこなければの話だ……万が一(ブラック)トリガーが出てきたら」

 

「シルセウス、不安を抱くのは構わないが口にするな。全員の士気を盛り下げる」

 

「分かっている……」

 

 国に残してきた者でもあるのか重たげなシルセウス。ベイグはクールにシルセウスを捌く。過去に黒トリガーに遭遇でもしたのか?

 一先ずはコレで作戦が成功したかどうかの確認をしないといけない、持ってきた鉢植えに塩水をぶっかけて数日間様子を確認すると鉢植えに植えられていた植物は枯れ果てた。鉢植えに植えられていた植物に使った塩水とトリオン兵にばら撒いてもらった塩水は一緒のもので、ラッドをリモコン操作しアリステラの農地に向かわせると農地がコレでもかと枯れ果てていた。

 

「……俺達が悪者になっている間にもう1つの国が食糧支援をするのだろうか」

 

 塩害に犯されたところに食料品を売りつける悪どい商売をしようと思えば出来る。

 イアドリフにアリステラのヘイトを全て集めさせ、自分達は友好国だと示す……全く嫌になる。更に数日が経過し、持ってきた鉢植えの植物が干からびて枯れ果ててラッドを経由しアリステラの惨状を確認するとイアドリフヘと戻った

 

「さぁ、帰ってきた帰ってきた。ラファのオムレツでも食いに行きますか」

 

「待て、ドツリ。先ずは上に今回の一件に報告に行くぞ」

 

「わぁった、わかったよ……ちょっとした冗談だって」

 

「お前の冗談は冗談に聞こえない」

 

 シルセウスがドツリを引っ張っていき、上へと報告に行った。

 残されたのは俺とベイグ……俺が報告に行ったとしても言うことは特にない、シルセウス達が上手く報告してくれるだろう。ベイグを見るとベイグは遠征艇に乗せている物資をおろしている。手伝うか

 

「ジョン!!」

 

「……」

 

「I'm glad you came back safely. I had a nightmare that you would die」

 

「そうか……」

 

「お前の大切な者か?」

 

 荷降ろしを手伝おうとするとリーナが現れて俺に抱きついた。

 俺が無事に帰ってきてくれて良かったと安堵すると同時に俺が殺される悪夢を見ていた様で疲労しているのがサイドエフェクトで分かる。ベイグは俺に抱きついてきたリーナを見て意外そうな顔をしている

 

「ああ、そうだ……意外そうだな」

 

「お前は玄界(ミデン)の民だと聞いている。なにも無いと思っていた……違うのか」

 

「いや、俺にはなにも無い……だから1から始めている……まぁ、その実態はただの自己満足(エゴ)だがな」

 

 一人じゃ寂しいと思っているから余計な同情なんかをしてリーナと一緒にいる……俺はホントにどうしようもないクズだな。

 リーナは俺が帰ってきた事で安堵すると緊張の糸が途切れたのかゆっくりと眠っていく。

 

「ここはオレが受け持つ。お前はその子を連れて帰れ……まともな遠征の訓練を受けていないのに今日までよくやった」

 

「そうか……なら帰らせてもらう」

 

 トリオン体に換装し、スヤスヤと眠るリーナをおんぶして遠征艇を後にした。




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22話

 

 アリステラに侵攻し帰還してから数日が経過した。帰還してからリーナはオレにベッタリとくっついてきたが流石にうっとおしく感じる。

 リーナはどれだけ心配してくれたかホントは分かっているのだが、抱き着いてくるのはホントに勘弁してほしい……それだけリーナは俺に依存しているという事だろうが……まぁ、俺も依存しているところが大きいから仕方ないといえば仕方ないか。

 

「【ウスバカゲロウ改】」

 

 今日は防衛の仕事も無いので修行をしている。

 通常の【ウスバカゲロウ】よりも更に長く伸びる【ウスバカゲロウ改】の特訓をしている……生駒旋空と呼ばれればその通りだ

 

「っち、難しいな」

 

「ジョン、わざわざそんな難しい技を覚えなくてもいいじゃない」

 

【ウスバカゲロウ改】の修行をしているが上手くいかない。

 直ぐ側で見守っているリーナは技がどれだけ難しいのか理解している為にそこまでしなくてもと意見する。

 

「通常の【ウスバカゲロウ】が約20m、【ウスバカゲロウ改】は40mの倍の射程範囲を持っているけど其処までの距離ならわざわざ剣を使わなくてもいいじゃない」

 

 リーナは【ミラージュ】を起動し、鏡の様な物を出現させてトリオンの砲撃を放つ。

 その砲撃は40mを越えている……トリオンが豊富なリーナだから出来ているというわけじゃない。ミラージュの射程範囲は40mを越えている……

 

「俺には【ミラージュ】を扱う才能は無い……いや、そもそもで才能が無いんだ、お前と違ってな」

 

「そ、そんな事は無いわよ!ジョンは上手くやってるわ!」

 

「なら、やってみろ」

 

 リーナに刀の見た目に改造している【カゲロウ】を渡す。

 嫌そうな顔をしているリーナだが俺が強く睨むと渋々【カゲロウ】を受け取り、鞘に納刀して構える

 

「【ウスバカゲロウ改】……コレで満足かしら?」

 

「ああ、嫌になる程にな」

 

 俺が何度やってもコツを掴む事が出来ない【ウスバカゲロウ改】を一発で成功した。

 コツの様なものすら掴む事が出来ていないというのにリーナはホントにもう……コレだから才能がある奴は、羨ましいよ全く。

 リーナに【カゲロウ】を返してもらうと普通の【ウスバカゲロウ】を撃ち乱切りを行い、最後に【ウスバカゲロウ改】をやってみるがミスを犯す……まだまだ時間がかかるな。

 

「【ウスバカゲロウ改】は時間が掛かるが絶対に出来ない技じゃない……他も鍛えねえと」

 

 緊急脱出機能があるので大胆な手を使う事が出来る様になったのでそろそろ俺も他のトリガーを解禁する。

 トリオン能力が上がって1から10段階で言うところの10になっていたので刀や槍等の近接系の武器以外の武器、銃を使う事にした。

 弾を出して弾道を処理する事は出来ないが事前に処理していた弾道通りに弾が飛んでいく銃は俺には合っている。才能が無いのは努力でカバーするしかない。幸いにも他の人達より俺やリーナは努力する時間が与えられている。

 

「FIRE!」

 

 ホルスターに入れてある拳銃を抜き、的目掛けて弾を撃つ。

 撃った弾は的に命中したもののド真ん中でなく、横を掠る程度……銃に関しては完全に素人だ。目指すのは野比のび太の射撃レベル、確か世界一の早撃ちは0,02秒だったか……トリオン体は生身の肉体よりも遥かに運動神経は高い。ならば0,1秒の壁を切る事が出来る筈だ。

 銃は抜いて構えて引き金を引くだけの作業……サイドエフェクトで何処に誰がいるのかはなんとなくで見えている。ここは射程は30mにまで絞って残りは威力と速度に振る、弾数も極力少なくする……生駒旋空の次は弓場の拳銃、ボーダーの真似ばかりしているな。

 

「やぁ、精が出ているようだな」

 

「なにか用?」

 

 銃の訓練を行っているとルミエがやってきた。ルミエの事を一方的に嫌っているリーナは途端に不機嫌になり、嫌そうな顔をしている。

 

「お前には用は無いよ、用があるのはジョン、お前の方だ」

 

「俺に……またなにかロクでもない事を言いに来たのか?今度は誰を殺せと?それともなにか荒らせばいいのか?耕せばいいのか?」

 

 ルミエが俺に用事があるという。こういう時は大抵、ロクな事にならない。

 誰かを殺せばいいのか、それとも敵地に乗り込めばいいのか、荒れた土地をどうにかしろと無茶振りをするのか。

 

「今回はそんな物騒な話じゃない。上はお前をちゃんと認めようとしている、喜べよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

 上が俺を認めていると言うが、そもそもでルミエ以上の上の人間に会ったことはない。

 このイアドリフは王族が一番上にあって、その下にルミエ達が居るシステムで……政に関わらせるつもりはないのか情勢については一切知らない。基本的に受けた命令を死なない様に熟しているだけだ。

 

「お前、帰ってきて直ぐにゲームを企画しただろう。アレが通って、ブームになったんだ」

 

「あ〜……なんかやったな」

 

 遠征艇で何もしない時間があまりにも退屈だった。

 トランプはあるがやれることは限られているのでもっと暇を潰すゲーム的な物があった方がいいとテトリスとかぷよぷよとかの一部の落ちゲーみたいなゲームの内容を企画してシルセウス達に押し付けた覚えがある。あんな紛い物でも受けるんだな。

 

「オレの功績になるところだけど今回は誰が作ったのか上が問い質しているから正確に伝える様に言われている……まぁ、謂わば金一封と賞状をお前にくれてやる事になったんだ」

 

「ジョン、表彰されるの?やったじゃない!!」

 

「良くない……面倒だな」

 

「式典みたいな事はしないけど一応は勲章の様な物を用意している……ついてこい」

 

 本当は行くのは嫌だが、行くしか道はない。

 心の中に不満を抱いている。勲章なんか貰っている暇があるならば銃の腕を鍛えておきたい。銃の腕は練習すればする程に強くなれるんだ。

 リーナが恨めしそうにルミエを睨んでいたのでそこまでにしておけと宥めるとオレはルミエに連れられて王宮に向かう……そういえばこの国の王は一度も見たことはない、まぁ、特に興味も無いんだがな。

 

「シャーリー様、連れてきました」

 

 王宮の王の間でなく一室に連れてこられた。

 こういう場は緊張は……しないな。昔だったらしていたが今は緊張感という感覚が死んでしまっている。王族と思わしき女性は綺麗で私と同年代もしくは少しだけ歳上な綺麗な女性がいた……可愛さならリーナの方が上だから緊張はしない。

 

「表を上げろ」

 

「……連れ去ってきた奴隷に何か御用でしょうか?貴方達にとって奴隷みたいな者なのに感謝とは随分と変わった事を致しますね」

 

 顔を上げたら綺麗な言葉……でなく、毒を吐きまくり皮肉を言う。

 イアドリフにとって俺は消耗品の1つに過ぎない。わざわざ感謝状とは随分とまぁ言うね。

 予想通りというべきかトリオン体だから都合がいいのかルミエは俺の頭に肘を叩き落とす

 

「……悪いことをしているという自覚はある、私は戦争そのものは反対だ。だが、世の中には話し合いで通じない輩もいる」

 

「話し合いをせずに人を攫ってきてなにを言ってるんだ」

 

「……すまない」

 

「シャーリー様、口喧嘩で負けたらダメですよ」

 

 他所の国から人を拉致している事に対してシャーリーは申し訳ない顔をしている。

 イカれた戦場を絶賛生き抜いてきている俺からすれば甘い認識だが、こんな考えを持っている人も中には存在しているんだけまだマシか

 

「君が提案したあのテトリスとぷよぷよという物は面白かった。もしかして玄界(ミデン)にはあんな物が溢れているのか?」

 

「まぁ、溢れてるといえば溢れてる……もう何年も親の顔すら見ていないんだ、地球に関する事は聞かないでくれ。嫌な事を考える」

 

 本当ならば泣きたいんだ、吐きたいんだ、逃げたいんだ。でもそれを許してもらえる現実じゃない。

 リーナがいるから少しでも強い人間になろうと自分自身に活を入れる事が出来ているが、油断すると何時ボロが出るのか分からない結構危ないラインを立っているんだ。

 

「す、すまない。悪いことを聞いてしまった」

 

「シャーリー様、別にいいんですよ。こいつは基本的にこんな感じです、叩けば色々と出てくるんですから叩かないと」

 

「ルミエ、それはいけない事だ。確かに彼は玄界(ミデン)から攫ってきたが私達と同じ人間である事には変わりないんだ」

 

「相変わらず甘い考えをお持ちですね……優しいと甘いのは話が違うんですよ」

 

 コイツ、王族であろうと平気な顔して毒を吐いているな。

 シャーリーは気まずそうな顔をしている。自分がやっている事が他と違って浮いている事を心の何処かで自覚している……サイドエフェクトでは闘志は見えない。見えないということはそれだけ本性を隠すのが上手いのか性格のオンオフの切り替えが上手いのか……

 

「それで俺を呼び出した理由は?まさか良い物を作ったから良くやったと褒めにだけ来たんですか?でしたら、帰らせてください。イアドリフは平穏な国で特定の軌道を持っておらず狙う価値は少ないですが何時大きな戦になってもおかしくないんです」

 

「そうか……そうだな……マンジローだったな」

 

「ジョンで頼みます」

 

 マンジローはイントネーションがおかしい……まぁ、シャーリーも大分イントネーションがおかしいか。

 

「ジョン、なにか欲しい物はないだろうか?私に出来る事があるのならば出来る限りの待遇は与えたい」

 

「……なら部屋をもう1つくれ……流石にそろそろまずい」

 

 攫われてから2年経過したが未だに最初に貰えた部屋以上の部屋を貰う事が出来ていない。

 俺は11,リーナは9歳とそろそろいい感じの年頃になっている。リーナは特になにも気にせずに一緒にお風呂に入ったりしているが、ホントそういうの良くないから。リーナも暫くすれば思春期の様なものを迎える筈だから、女の子になるんだ

 

「そんなのでいいのか?」

 

「そんなのでって言うが何度かそこの男に申請をしている……今まで一切通らなかったがな」

 

「確かにリーナは才能があり優秀な兵士だが、兵士である事に変わりはない。部屋を与えなくてもいいし、なにより一緒に生活することで互いに依存し合う関係性になってくれるだろう」

 

「……ルミエ」

 

 相変わらずコイツは外道だな。だが、言っている事には間違いはない。

 リーナが側に居るからとリーナの事を考える……出し抜くという考えはない。依存し合えばそれで儲けものと捉えているコイツはホントにクズだ。

 

「部屋は私の方で手配しよう……今度ここに来る時はその子も一緒に来てくれないか?」

 

「今から連れてこようか?」

 

「やめとけ、イアドリフ全てを憎んでいる……王族が出てくればそれはもう殺したいぐらい憎しみに塗れるだろう」

 

 俺と一緒の時はそういった素振りを見せてこないが、イアドリフの事は大嫌いだろう。

 シャーリーは悲しそうな顔をしているがコレが現実……ああ、クソっ、ホントにロクでもない世界だ。

 

「他にはなにかないか?聞けば緊急脱出機能も君が考えたシステムだ、緊急脱出機能を搭載したお陰でトリガー使いの死亡率が激減した。その分の功績もある」

 

「だったらトリガーを作る権利を寄越せ……」

 

「おいおい、今銃を覚えるのに必死なんだろう。トリオン操作の才能が無い奴がどういうトリガーを要求するつもりだ?」

 

「それは追々と考える……とにかくトリガー開発の権利をくれ」

 

「分かった……出来る限り、いい案を頼む」

 

 とりあえずコレでトリガー開発の権利を手に入れた……やっとスタートラインに立つことが出来たといった感じだろう。

 シャーリーからの報償を貰い終えたので俺はさっさと王宮を後にしたいが中々に後にする事が出来ない。

 

「そういえばジョンは変わった槍を使うようだな。私も槍を使うんだ、少し手合わせをしてくれないか?」

 

「また随分と急に……接待はしねえからな」

 

 やるからには全力だ。シャーリーはトリオン体に換装すると槍を手に構えてくるのでこちらも管槍の【カゲロウ】を起動させる。

 シールドを手元に展開し動きを制限するのは難しい……小手先の技術を披露してもお姫様は喜ばないだろう。

 

「ふっ!!」

 

「なに!?」

 

 通常の槍は突き押す際に腕を動かすが管槍は管があるおかげで通常の槍とは異なる突きを放つ事が出来る。その突きをシャーリーはくらう。

 漫画で見ただけの知識だが管槍は中々に使える……実際の歴史だとあまりにも強すぎるから禁止制限をくらったとかどうとか本で見た気がする。御留流って他所に流すなって流派だった筈だし。

 

「その管が素早い槍さばきの秘密か!」

 

「自分で色々と考えてみ、ろぉ!!」

 

 槍を一旦引いてから槍を回転させつつ、高速の突きをくらわせる。

 シャーリーはシールドを展開して防ごうとするが管槍は鉄をも貫く威力を誇るもので、あっさりとシールドは貫かれてシャーリーのトリオン体は管槍に貫かれる。

 

「す、凄まじいな……この管を付けるだけでこんなにも槍の素早さが上がるのか。コレも君が考案したのか?」

 

「日本に500年以上昔から伝わる槍だよ」

 

玄界(ミデン)に……やはり玄界は資源の宝庫か」

 

「ああ、そうだよ……もう帰っていいか?」

 

 槍はある程度使いこなせていて、今から銃を覚えようとしているんだ。

 この前の遠征で俺は中距離以上の相手には弱いという事が分かったんだから早い内に銃の技術を会得したいんだ。

 もう帰ってもいいと許可を貰ったのでルミエについていき王宮を出ていく。

 

「全く、あのお姫様は能天気だ」

 

「お前、国の重役に毒を吐きまくってるな」

 

「彼女は別だよ。シャーリー・フダディ、イアドリフの王族の末席に座る彼女で玄界から人を拉致してる事や戦争を仕掛ける事に対して異議を唱えている……弱きを助け強きを挫く性格だけど、頭が悪い。典型的な理想家で現実を見ることが出来ていないんだ。だから彼女の敵は多いよ」

 

「お前もか?」

 

「オレはオレだよ。別に特定の誰かを指示するなんて事はしない、政には興味無いからね」

 

 相変わらず不気味な野郎な事だ……ただ、少なくとも話し合いが通じそうな人間が一応は居る。それを知れただけでまだ良かった方か。にしてもトリガー開発か……なにかいい案を用意しておかないと玄界の猿と思われる。

 

「ジョン、お前は彼女の味方になるつもりか?」

 

「俺に味方になると思うか?生憎だがこっちは常時四面楚歌みたいなもんだぞ」

 

「四面楚歌……玄界の言葉か?」

 

「周りに敵しかいない状況の事だ……はぁ……」

 

 新しい一歩を踏み出す事は出来ているが停滞している事には変わりはない。

 なんとかしてこのクソみたいな日常をどうにかしたいが、どうすることも出来ない……なにかいい案はないだろうか。トリガー開発の権利で凄いトリガーを開発してもらうか?いや、イアドリフの技術ってそこまで凄いものじゃないし、黒トリガーが一本もないのが現状だ。イアドリフの技術でどうにかする事が出来る物を作らなければならない。

 

「ただいま」

 

「おかえり!」

 

 部屋に帰るとリーナが出迎えてくれる。

 何時もの様に俺に飛んできて抱きしめてくれる……こんな可愛い子に抱きしめてもらえる俺は幸せものだが、もっと別のところで幸運を感じたかった。

 

「大丈夫だった?ルミエに酷いことされてない?」

 

「リーナ、ルミエはそんな事はしない」

 

 理不尽な事を平気な顔して言ってくるが、酷いことはしない。

 無闇矢鱈に暴力で抑えてくる事はしない比較的に話し合いが通じる仲だ……クソ野郎である事には変わりはないが。

 

「リーナ、よく聞いてくれ……お前の分の部屋が用意される事が決まった」

 

「へぇ……別にいらないわよ?私にはこの部屋で充分だから、苦になる事はないわ」

 

「お前が良くても俺は気にするんだ……もう一人で眠る事ぐらいは出来るだろう、来年には10歳になるんだろ」

 

「嫌よ!!断固として拒否するわ!私はジョンと一緒に居ないとなにも出来ないのよ!なんならオムレツ1つまともに作る事が出来ないわ」

 

「威張って言うことか」

 

 リーナをなんとかして別々の部屋にしようとするのだが、リーナは物凄く嫌がる。

 

「寂しいのよ、朝起きて誰もいないのが!お願い、ジョン。見捨てないで、見捨てられると私……なにするかわからないわよ」

 

「はぁ……分かった、分かった。じゃあ俺が出ていく」

 

「なに言ってるのよ、此処がジョンの部屋でしょう!」

 

 くそ、コイツなにがなんでも出ていくつもりはないか。

 どっちもそろそろお年頃になるというのに部屋は別々にしない……ルミエの言っていた通り、既にヤバいぐらいに依存してしまっている……お互いにだ

 

『ワォン』

 

「慰めてくれるか」

 

 拾ったニホンオオカミことミブは私の側に駆け寄り、体を擦ってくる……慰めにはなるので思う存分にモフる。



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23話

登録者1000人超えたら実名にすべきか……


 

 交通安全のお守りの中に5円玉が入っている。

 神聖な小銭だろうが5円ではなにも買えない、増税したうまい棒すらまともに購入する事が出来ないが役立たない事もない。

 1m50cmぐらいの棒の先端に爪楊枝をくっつけて5円玉を木の上で垂らし、爪楊枝で穴を突く……最早日課になっているこの訓練、時には木刀の先端に爪楊枝をくっつけて5円玉の穴目掛けて突く事をしている。恐らくだが俺の突きの精度は近界(ネイバーフッド)でもトップクラス……そう願いたい。

 

「飽きもせずき続けるわね」

 

「俺はお前と違って才能が無いんだ」

 

「私ってそんなに天才かしら?」

 

「俺が努力して会得した技術を見ただけ聞いただけで会得出来るのは異常だ」

 

 何時も通り管槍を用いて5円玉を突く訓練をしているとリーナは呆れている。

 この訓練を開始して、というか攫われてからもうすでに3年が経過しようとしている。相変わらずリーナに依存し依存されの危ない関係は続いている。シャーリーのおかげで新しい部屋を手に入れる事が出来たので何回かリーナを追い出すか自ら出ていくかをしてみるもリーナが最終的にガチ泣きするのでやめである。

 

「やぁ、相変わらず精が出ているね」

 

「どうも」

 

「なに、なにか用なの?」

 

 訓練を続けていると総隊長であるレクスがやってくる。

 今は訓練に勤しんでいい時間帯で、防衛の仕事は入っていない。わざわざ俺に会いに来るという事はなにかある。リーナは基本的にはこっちの世界の住人が嫌いなので嫌悪感を剥き出しにするがレクスはそんな事はお構いなしだと俺にトリガーを渡してくる。

 

「まさか、注文の品が出来たのか!?」

 

 トリガーの開発の権利を無事に得た俺はトリガー工学なんて知ったことじゃないと色々と無茶を要求した。

 一応は作ってみると言ってくれているので作ってくれているらしいが、まさかもう試作品が完成したのか……イアドリフの技術力も案外馬鹿に出来ないな

 

「いや、それはまだ未完成だ。理論上は可能だけどまだまだ時間がかかる……コレは新しい訓練の為のトリガーだよ」

 

「新しい訓練の為のトリガー?」

 

「ジョン、自分で提案していたのに覚えていないのかい?」

 

「色々と注文しすぎてなにに触れているのか分からない」

 

 トリガー技術ならば出来ると深夜テンションでイアドリフのエンジニア達に色々と注文をした。

 今、思い返せば色々と無茶を言ったが後悔はしていない。トリガーの技術ならば可能なんだ。とりあえずレクスがそのトリガーを起動してくれと頼むのでトリガーを起動すると何時もの格好に加え額に鉢巻きが巻かれていたのだが、鉢巻きに皿の様な物がついている。

 

「なに、それ?」

 

 似合ってないと言わんばかりに目を細めて俺の姿を凝視してくるリーナ。

 なんだったかな……額に皿…………あ、思い出した。

 

(コレ)しか破壊出来ない様にしてあるトリガーか」

 

 トリガーを用いた訓練は基本的にはトリオン体となり、色々とやる。

 原作ではボーダーの死なない何度でも繰り返し戦うことが出来るシステムのおかげで失敗しても何度も繰り返して出来るのだがこっちの世界じゃそうはいかない。実戦を想定しての訓練はトリオン体の構築とかの都合上、1日1回、よくて2回しか出来ない。

 ボーダーの様に死なない訓練をするにはどうすればいいのか?電球を再現するのがやっとなので、ボーダーの技術を再現するのは到底不可能、というか(マザー)トリガーがなければどうする事も出来ない。

 

「ああ、君のアイデアを採用させてもらった……シンプルだけど、実に良い訓練になるよ」

 

 無い知識を使い、有る原作知識を用いてボーダーのトリガー、攻撃手系のトリガーは知らないが弾系のトリガーは流れ弾防止で生身の肉体にぶつかった場合、ちょっとチクッと痛むぐらいの威力になるように施されている。

 緊急脱出機能を容易く再現する事が出来るのならば応用して特定の物だけ破壊出来るトリガーを作る事が出来るんじゃないかと提案した。銀魂の柳生篇と僕のヒーローアカデミアの仮免取得編の内容を思い出しながら意見を出した。

 皿かマーカーかなにかを付けて、そこに攻撃を当てれば終わりでそこ以外は一切ダメージにならない至ってシンプルなランク戦の様な物を行える様に提案した

 

「わざわざ試作品を持ち込んだという事は……」

 

「初回だから、提案者の君にもこの訓練に参加してもらいたいんだ。もしかすると改善点も見つかるかもしれない」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 5円玉の穴に爪楊枝を通すだけの訓練をしていても実戦に使えるかどうか怪しい。

 ボーダーの様な原始的だが至ってシンプルな実戦的な訓練が出来るのならばそれに濾したことはない。

 

「待って、またジョンだけなの?」

 

 レクスについていこうとするとリーナが待ったをかけた。

 基本的にはなにかあると俺が呼び出しをくらう事が多く、除け者にされる事がリーナは多い。今回もまた除け者にされるのかと不満そうな顔をするので参ったなとレクスは俺をチラ見する。言いくるめろと言っているのだろう。無理だな。

 

「リーナ、お前もやるか」

 

「勿論よ!レクス達をケチョンケチョンにしてやるわ」

 

「困ったな今回は訓練用のトリガーで戦わないといけなくて訓練用の【ミラージュ】は作っていないんだ」

 

「大丈夫よ【カゲロウ】で充分に戦えるわ」

 

 普段遣いしているトリガーが無いことを伝えて諦めさせようとするがリーナはその程度では諦めない。

 ぶっ放すだけで大体の敵を狩りとれるので【ミラージュ】を好んで使っているがリーナは普通に近距離戦闘を可能としている。このまま連れて行かないと後々ややこしくなったり泣かれたりするので連れて行く事に。

 

「お、やっと来たか」

 

「ドツリ、すまない。ちょっとアクシデントがあってね」

 

 レクスについていくとそこには十名程の人がいた。

 その中で知り合いはドツリだけで、やっと来たかとドツリはレクスに声をかける。ちょっとしたアクシデントとはリーナの事だろうがリーナは一切気にしていない。

 

「僕とジョン、そしてリーナを含めれば13名……割り切る事が出来ない数になっちゃうけどチーム戦でいくよ」

 

「幾つに割るんだ?」

 

 13,当初の予定なら12名だ。

 12を割れる数字は2、3、4、6……この人数からして3だろうか。

 

「3人1組のチームに、ジョンのチームは4人で1人は自動的にリーナに決定だよ」

 

 俺の予想は的中し、3人で俺のところだけは4人になる。

 部隊での動きを想定しての訓練になるのだろうが今回はどうなる……

 

「ジョンのチームにはルルベット、それとガルードだ」

 

「足引っ張るんじゃないわよ」

 

 俺と同じぐらいの年頃の女性と俺よりも3つぐらい上の男がチームか。

 ルルベットは俺を強く睨んできて言ってくれる……俺が足を引っ張る可能性があるのか。

 

「あんたこそ足を引っ張らないでよ」

 

「リーナ、いちいち噛みつくな」

 

「でも」

 

「でもじゃない……すまないな、リーナがこんな態度で」

 

「いや、当然と言えば当然の態度だよ」

 

 ツンケンしているリーナを上から抑えつけるのもどうかと思うがこれしか俺は方法を知らない。

 ガルードは俺達がどういった立ち位置の人間なのか知っているので説教する事などはせずにサラリと流している……大人だな。

 肝心のリーナはルルベットと睨み合っている。何時殴り合いをはじめるか分からない感じだが、二人共なんだかんだで大人なのか直接的な殴り合いには及ばない。

 

「武器の確認といこう。オレは剣と銃とハンマーの3つを状況に応じて使い分けてる」

 

「……私は剣、と言っても籠手から出した剣で近接格闘をしながら斬る感じで普通の剣とは異なるわ」

 

 チーム分けが決まったので早速使える武器の確認を取る。

 ガルードは意外と多彩でルルベットはシルセウスに似た感じの戦闘スタイルだろう……イアドリフには色々といるな。俺とたいして歳が変わらない癖に強そうなのは……ガルードとルルベットから見える闘志は中々のものだ。

 

「今回は槍一本だ」

 

「今回()って事は他の武器も使えるってこと?なんで使わないのよ」

 

「訓練だから今、自分が実際どれくらいなのか試すのに丁度いいんだ」

 

 管槍でトリオン兵を倒すことは出来ているがトリガー使いを綺麗に倒すことはまだ出来ていない。

 忍田さんはノーカン、あの人は俺が地球出身の人間だと思っていて持っている力を思う様に振るえなかった……迷いは人を弱くしてしまう。

 

「私は【カゲロウ】の二刀流よ!」

 

「そう……ガルード以外が近距離の白兵戦特化じゃない……不利ね」

 

「まぁ、それをどうにかするのがこの訓練の意味じゃねえの?」

 

 近距離3人、中距離1人と偏りがあるチーム。

 俺もリーナも使おうと思えば中距離以上の武器は使えるが、今回は近距離系の武器……練習無しで連携を取るのは難しいだろうな。そこをどうにかして作戦を練るのがチーム戦の意味だろう。

 一対一でなく多対多での戦闘は1つの事にだけ集中せずに常に同時並行処理が出来て、足を止めない、直ぐに次のステップに踏み出せなければならない。予想外の一手を想定する上で多対多は結構訓練になると思う

 

「ルルベットとリーナが切り込み役で俺とガルードが補助だ……ガルード、今回は剣じゃなく銃をメインで頼む」

 

「このメンツだと二丁拳銃がベストみたいだが……」

 

 こうなってしまえば素人だがあれやこれや指示をする。

 ガルードは俺の意見に賛成してくれるがルルベットはやや不服そうだ……リーナと一緒の扱いをしているからだろうな。でもリーナは本当に才能があって下手すればルルベットよりも上かもしれない。

 

「足引っ張らないでよね」

 

「そっちこそ」

 

「具体的な指示は俺が出すから一応は聞いてくれ、無理だと判断したらそれよりいい案を出してくれ」

 

 いがみ合うリーナとルルベット。

 こんなタイプはいざ仕事が、戦いが始まったら足を引っ張り合うかそれとも上手く噛み合うかの2極端のどちらかだと思う。

 ガルードが納める役を担うが何時の間にやらリーダーは俺になっている……コレでいいのか些か不安だが、与えられた手札で頑張るしかない。

 

「じゃ、合図が鳴ったら試合開始だ。それまでフィールド内を詮索してくれていいよ」

 

 例によって何時も通りの森のフィールド、ではなく廃墟と思わしきところにレクスに連れてこられる。

 より実戦的な訓練をするならば森や川なんかの自然的なところでなく住居があるところの方が良いだろう……そうなると隠れてからの不意打ちとかもありえるのだが……。

 

「ちょっとズルい気もするが、こういうのも1つの手だな」

 

 俺には人の戦闘力が動物や神仏の類に可視化して見えるサイドエフェクトがある。色々と調べた結果、ある一定の実力者になると今からやるぞとやる気を出している時にしか可視化されない事が分かった。今から行うのは軍事演習、訓練だ……やる気を出そうとしない人は1人もいない。

 故に見えてしまう。殺気を隠そうとしてもその闘志が、心を鎮めていても手に取る様に分かる。

 

「あっちに強そうなのがいるな」

 

 中々に強い闘志を持っている人が居ると廃墟の住宅を指差す。

 ここからでは誰も居ない様に見えるがハッキリと闘志が目に見えている……住居の中、ではなく裏側に居る感じだな

 

「リーナ、ルルベット、行くぞ」

 

「了解」

 

「あんたが仕切るのね……ちゃんとしっかりとやりなさいよ」

 

 指揮能力がここで試される。

 ルルベットとリーナを突撃させつつ逃げられない様に一定の間合いをガルードが取る……俺がいらない感じだが、そこはまだ作戦が未熟だろう。そもそもで転生しているとはいえ12の子供になにをしろと言うんだ。

 

「ホントに居たわね」

 

「っげ、よりによっておたくらかよ!」

 

「ルアビンか!」

 

 俺のサイドエフェクトをルルベットは若干疑っていたのか、住宅の裏に隠れている男を見て驚いていた。

 住宅の裏に隠れている男は見つかったと驚いており、ガルードは知り合いなのか驚いている。

 

「ガルード、情報開示。相手は知り合いなんだろう、使っているトリガーについて説明しろ」

 

「あ、ああ。ルルベット、リーナ、ルアビンは剣と銃を使った近距離戦闘メインのトリガー使いだ。気をつけろ。一定以上一定以下の距離を保て」

 

「全く、無茶を言ってくれるわね」

 

「貴女は出来ないなら出来ないって言えばいいじゃない。ま、私には簡単だけど」

 

「は?出来ないなんて言ってないわよ」

 

 歪み合いながらもルアビンとの距離を縮めて手数で攻める。

 これが実戦ならば既にルアビンは倒されていた可能性が大だが、今回の勝利条件は相手の体の何処かにセットされている皿を破壊しなければならない。ルアビンは胸元に皿をセットしており、そこを狙いたい2人だが隙が中々にうまれない。油断したり攻めすぎたりすると銃弾が飛んでくる可能性があるので大胆かつ慎重に戦わなければならない。

 

「ジョン、俺がサポートに」

 

「いや、駄目だ……来る!」

 

 ガルードがルアビンを倒すのをサポートに回ろうとするが事態は一転。

 ルアビンのチームメイトらしき物が別の住居から飛び出してきて弾を撃ってくるのでシールドを展開して防ぐ

 

「っち、不意打ちが効かねえか」

 

「スターチェ……まずいわね」

 

「ルルベット、一人で悩まずに情報開示してくれ。俺とリーナはコイツが誰だか知らない」

 

「おいおい、そりゃねえだろう。一応は本隊の隊長の補佐をやってんだぞ」

 

 銃を構えながら出てきたツリ目の男を見てルルベットは困った声を出す。

 本隊の隊長の補佐という事はレクスの右腕的な存在……そりゃ強い闘志を持っているわけだ。ルアビンとスターチェ、どちらも銃系のトリガーを持っている。油断すると皿が撃ち抜かれる……考えろ、考える事を諦めるな。止めるな……なにか作戦を浮かべろ……くそ、こんな事になるなら管槍じゃなくて銃を持ってくるんだった……なんか一周回って頭がスッキリしてきたぞ

 

「リーナ、シールドでスターチェを止めろ……弾丸を止めるんじゃない、動きを止めろ」

 

「OK、ドームでいいわね」

 

 ルルベット1人でルアビンの動きを封じれそうなので先にスターチェを潰しにかかる。

 リーナが斬りかかれば普通に銃で皿が撃ち抜かれるだけで終わってしまう。緊急脱出機能の事を考えればリーナが自爆特攻カマして隙を作り出す事が出来るが今回はそういう手が使えない

 

「ぬぅお!?」

 

 スターチェの周りに無数のシールドが出現してドーム状に囲まれる。

 リーナのトリオン能力は13だが、これではあっさりとスターチェの銃弾で破られる……だが、一手封じる事が出来た……一手、妨害をする事が出来たのならば俺の管槍がリーナの貼った分裂シールドごと貫いてスターチェの皿に刃が届く

 

「あの訓練も馬鹿には出来ないな」

 

 毎日飽きもせずに5円玉の穴を貫通していたのは無駄じゃなかった。スターチェの皿を見事に破壊する事が出来た……斎藤道三は偉大だな。

 スターチェを倒したがまだ気は抜けない。ルルベットが足止めしてくれているルアビンの事を集中しなければならない

 

「ふっ!」

 

 籠手から剣を突き出して斬り上げるルルベット。

 ルアビンは持っている剣で受け流すと銃を構えるのだがその前にガルードが動く。ハンマーを取り出し、ルアビンの手元に攻撃してルアビンの銃を弾き、ルルベットはその隙を逃さずに足からも剣を出し、ルアビンの胸元にある皿に蹴りを入れた。

 

「だぁ〜っ、負けだ負けだ!この訓練、やりづらい」

 

 ルアビンとスターチェは負けたが……勝った感じが薄い。

 正確に皿に当てないと勝ちにならないので銃を使って戦っている2人にとっては戦いづらいものだろう。コレが仮にボーダーのランク戦だったら普通に弾を当てる事に成功して緊急脱出させている時があった……この訓練は近距離戦をメインにしてる奴はともかく銃撃系の人は苦手だ。

 スターチェは訓練に文句を言っているので今度は銃撃系の訓練を提案しないといけない……スケットダンスでやってた銃撃戦を行ったらいいのだろうか。

 

「ジョン、余計な事を考えてる場合じゃないわよ。まだレクス達が残ってるわ」

 

 色々と企画を練りたいところではあるが、ルルベットは訓練に意識を割くように言っている。

 そう、まだ訓練は終わっていない。近距離での戦闘が得意なレクス達が残っている……さて、どうやって倒すか。



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24話

 

「さ、次にいくわよ……何処に潜んでいるのか教えなさい」

 

 スターチェとルアヴィンを倒したが試合はまだ終わっていない、ルルベットはジョンに何処に誰が隠れているのか指示を仰ぐ。

 まだ若いながらもルルベットはジョンの能力を認めている。ジョンに何処に誰が居るのかを見極めさせる。

 

「この訓練、レーダー禁止なのはキツイわね……」

 

「ジョンがチームに居てくれてホントに良かったよ」

 

 愚痴を零すリーナとホッとするガルード。今回のこの訓練ではレーダーの使用は禁止である。

 13人が使っている訓練用の特別なトリガーにはレーダー機能が搭載されていない。相手を自力で見つけろという中々にシビアなルール。しかし幸いか視覚に関するサイドエフェクトを持っているジョンがいる。遠くに潜んでいる人間を見抜く目を持っているので、何処に潜んでいるかなどの奇襲が受けづらく狙撃なども余り効かない。

 

「レクスが居るな……」

 

「どうするの?」

 

 ルルベットは指示を仰ぐ。ジョンは思考を加速させ頭を回転させる。

 別に原作のランク戦の様に多くポイントを稼がなければならない勝利出来ない、上を目指す事が出来ないという決まりがない。自爆特攻も今回の戦闘では不可能なので無理に強い相手に攻め込まなければならないわけじゃない。

 

「スターチェとルアビンはチームだった筈だ。となると残り1人が居るはずだ、そこを叩く」

 

 戦いは数だよ、質も大事だが量も大事である。

 ジョン達を除けば3人1組のチームであり、何処かに1人になってしまっている誰かがいる。

 

「こっちの方が数が多いんだから、レクスを倒しに行った方がいいんじゃないの?さっきみたいに」

 

「いや、上手く気配を隠しているけどもレクスの他にもう一人潜んでいる……那須与一が見える」

 

「ナスヨイチ?」

 

「玄界の日本という国の弓兵だ……そこそこ凄い」

 

 誰それとなっているルルベットに解説をするジョン。レクス1人に見えているが、上手い具合に隠れているのをジョンは見逃さない。

 多対多になった場合、少しでも連携が取れる方が有利で那須与一が見えたことから凄腕の剣豪でなく銃使いが潜んでいる。この訓練は皿に攻撃を当てなければならず、銃系のトリガー使いにはやや不利なルールで先程退場したルアビンとスターチェもコレが実戦ならば勝ってたと不満を漏らしていた。

 

「残っているチームのおさらい……くそ、オペレーターが欲しいな」

 

 何処の誰が落とされた等の通達は一切無い。

 補助してくれる人が居ない。こんな時にオペレーターの役割を担っている誰かが居てくれればとジョンは不満を漏らすが残念な事にいない。初回なので居ない、これでまたこの訓練の改善点が見えてきた。

 

「スターチェとルアビンは一緒のチームで残っているのはドロイだ」

 

 知っている情報がジョンは少ないのでガルードがフォローする。

 リーナと同じく二刀流の剣士であるドロイが一人きりになっている。ジョンは住居の屋根に登り、遠くを見つめて闘志を宿している猛者は居ないのかと探索をする。

 

「ドロイがどれか分からねえが……見えてきたな」

 

 大体誰が何処に居るのかがジョンには見えた。

 住居の屋根から降りたジョンはここからどうすればいいのかを考える。そして後悔する、銃と剣の二刀流でやっていればもっと上手い具合に試合を運ぶことが出来たのにと。しかし後悔をしていても意味はない。

 

「3人1組で固まっているところはない……2人1組か1人になっているところだ。こっちも無理に固まってても敵は撃退出来ない……ルルベットは俺と、リーナはガルードと一緒に分かれて行動するぞ」

 

「あんたと一緒、ね……」

 

「不満があるならそれよりもいい案を提案してくれ。こっちは素人のクソガキなんだ、作戦がそんなにポンポンと浮かび上がるもんじゃない」

 

 無い頭を必死になって回し、作戦を練っている。

 数の上での有利を今ここで消すのも如何なものかとルルベットは考えるのだがなにかいい案があるわけじゃない。数の暴力でゴリ押ししてもいいがその場合だとこの訓練も無意味になってしまう。

 

「一先ずはそれでいいわ……固まって動いたとしてもこのメンツじゃ連携に限界があるし」

 

 近距離戦闘3人で連携訓練無しではどうにもならないルルベットはジョンの意見に賛同する。

 ガルードも固まっていても埒が明かないのでジョンの意見を賛同するのだがリーナがやや不満そうな顔をしていた

 

「私、組むんだったらコイツじゃなくてジョンの方がいいわ」

 

「わがままを言うな、戦力的にガルードと一緒にいたほうがいいんだ」

 

 出来る限りイアドリフの人間とリーナは関わり合いたくない。

 そんな意味合いも込めてチーム分けに不服を申し立てるのだが戦いに私情を持ち込むなとリーナの額をジョンは軽く小突いた。

 

「俺達は優秀である事をアピールしないといけないんだ。でなきゃ、何時クビを切られるか分かったものじゃない」

 

 自分達が優秀であると上に認知させているから今の生活を手に入れる事が出来る。もし仮にこの訓練で自分やリーナが無能だと上や偉い方が判断したらもしかすると与えられた部屋を取り上げられるかもしれない。生殺与奪の権利を持っているのは常にイアドリフの上層部や偉い方である。

 例え訓練でも余計なミスをしてはいけない。今よりも底辺なところに飛ばされないとは言い切れないのだから。

 

「……分かったわよ」

 

 今後の身の上の事を言われればリーナも黙るしかなかった。

 渋々といった感じだがリーナはジョンの指示通りにガルードと共に行動をする事にし、ジョンと分かれた。レクス達が潜んでいる場所には向かわず他の人が潜んでいるところに向かわせる。

 

「あんた、手馴れてるわね」

 

「3年も一緒になって暮らしてたら嫌でも分かるさ」

 

 リーナの扱いにはもう手馴れたものだ。ジョンの口の上手さにルルベットは感服する。

 

「俺はお前達とは違う、奴隷みたいなものだ……それしかやることが無いと言えばそれまでだが」

 

「ガルードも私も似たようなものよ」

 

「嘘つけ、お前等は純粋なイアドリフの人間だろう。何処が似ている……お前達は志願したかもしれないが俺はそんな事をした覚えはない」

 

 好きでこんな風に戦っているんじゃない。無い知識を引っ張り出しているんじゃない。

 ジョンもリーナも選ぶ権利は最初からなく強制されている身、例えガルードやルルベットが重たい物を背負っていても大きく異なる。基本的には絶望でしかない。

 

「……そんなに平和なの?玄界(ミデン)って。トリガー技術とは異なる技術の文明が進歩してるって聞くけれど」

 

「イアドリフよりは幾ばくかは平和だ……とはいえ、楽しくて優しい世界かと聞かれればそれはまた別だがな」

 

 国が違えば人が違えば悩みも変わる。

 リーナがいる前では虚勢を貼っているジョンだが今はルルベットしか居ないので溜まりに溜まった鬱憤をぶちまける。必死になって我慢して抑えているものがあるが極力涙は流さない。もう後戻りする事が出来ないところまで来ている、超えてはならない一線は当の昔に超えているのだから

 

「なら、成り上がるわよ……私もただの1兵隊で終わるつもりはないわ」

 

「そうか……っと、誰かいるな」

 

「アレは、ドロイね」

 

 ルルベットとの談笑を終わらせ、ジョンは頭を戦闘モードに切り替える。

 二刀流の剣士でキニジ・パールが闘志として出ており、俺と同い年ぐらいの男が目に見える……ルルベットもそうだが今回の訓練を受けている奴等の平均年齢が低いな。若い連中を鍛えておかないといけないだからだろうか。

 

「隠れてないで出てこい!オレは何時でも勝負を受けてやるぜ!」

 

 コンコンと額に掲げている皿を叩きながら挑発的に叫ぶドロイ。

 これはまた随分と挑発的だと思いつつルルベットには茂みの中で潜んでもらい、ジョンだけがドロイの前に出ながら思考を加速させ、ガルードが居てくれればヘッドショットで額の皿を撃ち抜く事が出来たとミスを認め、武器を管槍にした自分も悪いと反省する。

 

「お前確か玄界(ミデン)の」

 

「ジョンだ……それと玄界と言うな、地球の日本で俺は日本人だ」

 

 もう帰ることは絶望的だろうがそれでも言っておく。

 そうか。とドロイは少しだけ悲しげな顔をするのだが直ぐに気持ちを切り替えて剣を構えるのでこちらも槍を構える。

 

「ふっ!」

 

「ぬぅお!?」

 

 管を左手で持ち、右手で槍を持ち捻りながら槍を突く。

 不規則な回転がかかった管槍の突きにドロイは驚き、右手に持っていた剣が弾かれてしまう。

 

「す、すげえ……その槍、どうなってんだよ」

 

「自分で考えろ……ルルベット」

 

「了解したわ」

 

「っげ、ルルベットもいるのかよ!!」

 

 剣を二本携えた二刀流なのはサイドエフェクトからでもよくわかる。

 一刀流でどれだけやれるかは知らないがドロイを二刀流で戦わせるのは危険だとジョンのサイドエフェクトが言っている……近くに闘志を潜めた奴は居ない。奇襲されることはまずないのでルルベットに表に出てきてもらうとドロイはマズイと言った顔をしており、直ぐに落とした剣を拾おうとするが俺が槍でドロイの腕目掛けて突く。二刀流にはさせない。

 

「確かに二本の方が一本よりも多く攻撃が出来るけど、一本でもオレは強いんだぜ」

 

 1本の剣を両手で持って構える。

 半身の構えになっているのでなんだかんだで基礎はちゃんとしている。だが、それでもこちらが有利なのは変わりはないと槍で突こうとするのだがドロイは大きく右に逸れて槍の刃が確実に届かない距離を開くと今度は間合いを詰めてきた。

 管槍が届かない間合いにまで詰め寄ってきた……槍は間合いを詰められると戦いづらい……それは中世や古代での戦いでの話である。

 

「ふっ!」

 

 槍を如意棒の様に短くする機能は搭載されているがそれでは一手遅い。

 こういう時の為に近接系の格闘術を鍛えている。相手が武器を持っているのを想定していてだ。ドロイが間合いを詰めてくるのは丁度いい、更にこちらから間合いを詰めまくり槍でも剣でも無理な間合いに詰めて腕に拳を入れる。無論、こんな事でダメージにならない……が、衝撃が走りドロイの攻撃を防ぐ事が出来る

 

「ルルベット、やれ」

 

「しまっ」

 

「遅い!!」

 

 ドロイの剣を持っている手の手首を掴んで動きを封じ、ルルベットに額を狙わせる。

 ルルベットは華麗にジャンプをして飛び膝蹴りを叩き込むと皿に命中した。皿はパリンと綺麗に割れ、ドロイは敗北した。

 

「あ~くそ、負けた……やっぱ2対1とか卑怯だろう」

 

「卑怯もなにもこういうルールでの戦闘なんだからあんたも仲間引き連れて連携を取ればよかったじゃない」

 

「そうは言うけどこっちのチームメイト、スターチェとルアビンだぞ?」

 

「丁度いいチームメイトだろう」

 

 銃メインのスターチェに剣と銃の両方を使いこなすルアビンに二刀流の近距離ドロイ、遠中近距離での戦闘を可能としている。

 それで戦えないというのは完全に未熟……与えられた手札でどうやって戦おうと考えなかったのが問題だな……若い連中には考えさせる時間を与えているのだろうか。

 

「これで1チームは落ちたわね」

 

 ドロイの敗北により、1つチームが居なくなった。

 これで自分達を除けば2チームとなっており、ルルベットは気を引き締める。

 

「残りは……ドツリのチームとレクスのチームか……ここにドロイがいたからリーナ達が向かったのはドツリのチームか……リーナ達は上手くやれてるか」

 

「死にはしないんだから、他人の心配よりも自分がどうすべきかを考えなさい」

 

「ああ、分かってる」

 

 勝たなければ意味はない。

 

「こっちの方で合ってるわよね」

 

 一方その頃のリーナ達は住宅地を歩いている。何時でも戦闘に入れるようにリーナは【カゲロウ】を両手に持ち、ガルードは2丁拳銃を持っていた。レクス達のチームを襲撃するのは危険だと別行動をしている他のチームを……ドツリのチームを狙いに行くのだが肝心の姿が目に見えない。

 本当にこっちの方で合っているのか、ややリーナは不安になる。ジョンがこんな時に嘘をつく筈が無いので信じてはいる

 

「よぉ!待ってたぞ」

 

「ロロク……お前は確かレクスのチームじゃなかったか?」

 

「チーム戦は性に合わない、男ならばやはりタイマンに限る」

 

 信じて道を突き進むとガルードよりもやや歳上の男性がいた。

 リーナ達がやってきてくれた事を嬉々として喜んでおり、知り合いなのかガルードは驚いている

 

「誰よ?」

 

「ロロク、剣の腕ならレクスよりも上なんだが……ちょっと色々と難があってな」

 

「部隊を引き連れては俺の性に合わん……しかし、ハズレを引いちまった様だな。俺は玄界の人間の男の方が来ると思っていたんだが、女の方が来ちまうとは」

 

「……あんたナメてるの?」

 

 ジョンでなく自分がやってきた事に不満そうなロロクにリーナは苛立ちを隠せない。

 確かにジョンは変わった武器を使っており自分は優秀な人間だと上にアピールをしている為になにかと目立っていてジョンの方を見てしまうのは仕方がない事だが分かっていてもイラッとくる

 

「ほぅ、良い構えを取るな。誰かに教わったわけじゃないんだろう」

 

「ええ、殆ど自己流よ……ガルード」

 

「ああ、分かってる」

 

【カゲロウ】を構えるとロロクはやる気を見せる。リーナはガルードに目を配るとガルードは持っていた銃を引き下ろす。

 気持ちは伝わっているとリーナは早速右手の【カゲロウ】で斬りかかるとロロクは左手の剣で防ぎ、右手の剣で斬りかかろうとするのだが、リーナは左手の【カゲロウ】で防ぐ

 

「コイツは失礼した……お前、意外と曲者なんだな」

 

「当たり前じゃない……私がなにもしてきてないと思ったら大間違いよ」

 

 普段はジョンに甘えてばかりいる自分(リーナ)だが、なにもしていないわけではない。

 左手を頭上に掲げて右手の剣で攻める剣道の二刀流に近いスタイルで戦いロロクと切り合う。

 

「見たことない剣の型だな!」

 

「ジョンが言うには日本の剣術の方らしいわよ!!」

 

「ゲツラン流とどっちが強いのか、勝負しようぜ!!」

 

 剣戟をまじ合わせながら話し合うリーナとロロク。

 戦いに熱が籠もりはじめて戦いにだけ集中しはじめる頃……ガルードがロロクの胸元にある皿目掛けて発砲した。

 

「は?」

 

「はい、終了」

 

 あまりにも呆気ない終わりに思わずキョトンとするロロク。

 リーナはこうなるのが分かっていた為に特に驚きもせず、あっさりと【カゲロウ】をしまう。

 

「おいおい、そりゃねえだろう」

 

「馬鹿ね、これは実戦を想定した訓練よ……熱くなって周りに目が向けられなくてどうするのよ?」

 

 勝つためならばどんな手段でも用いる。この世界にやってきてジョンから真っ先に学んだ事だ。

 ロロクは剣の腕ならば本隊の隊長であるレクスよりも強いと言われているが戦いを楽しみすぎたりしたり指示能力が低かったりと色々と弱点がある。今回は勝負に熱くなりすぎて周りが目に見えなくなる悪い点をリーナは利用した。

 

「くそ、そりゃねえだろう」

 

「ハハハ、すまないな……でも、これは試合じゃなくて勝負なんだ」

 

「ああ、分かっている。熱くなりすぎるのが俺の悪い癖だ……1つだけ聞いておきたい」

 

「なによ?」

 

「もう一人の男の方は強いか?」

 

「……強いわよ……でも、戦う事自体あんまり好きじゃないから挑もうとしないでよ」

 

「そうか。そりゃあ残念だ……じゃあな、レクスは強敵だから気を付けろよ」

 

 ロロクは破れたので去っていく。緊急脱出機能はあるがトリオンが勿体無いので歩いて帰る。

 

「コレで残りはレクス達とドツリのチームと……ん?あれは……」

 

「いや〜負けた負けだ」

 

 残すところ後僅かというところでこっちに向かってくる男が1人、そうドツリである。

 胸元にある皿は綺麗に斬り裂かれており、何処かスッキリとした表情でこちらに向かって歩いてきている。

 

「ドツリじゃないか……負けたのか?」

 

「ああ、レクスと勝負して負けたよ……上手い具合にブンレイが潜んでて動けないところをバッサリと斬られちまった」

 

「そうか……となると残りはマイテスとナユか?」

 

「いや、ナユは既に落とされてる。残っているのはマイテスだけだ……ガルード、もしかしてお前のチーム」

 

「ああ、1人も落とされてないよ……二手に分かれたのはある意味正解かもしれないな」

 

 そんなこんなでドツリは去っていく。

 意外なところで情報を集める事が出来たので心の中で小さくガッツポーズを取り、直ぐに気を取り直す。まだ戦いは終わっていないのだから



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25話

 

「っ!」

 

「あ、ウチはもう終わりやで」

 

 誰がどれだけ落ちているのかが分からないクソみたいな状況、せめて誰が落ちたかぐらいは報せてほしい。

 これもまた改善点の1つ……いやでも、落とされた事が分からない状況での戦闘の方が臨場感があって実戦に近いか。

 ツインテールの少女に遭遇するとルルベットは臨戦態勢に入るのだが、自分はもう既に落ちてしまったと割れた皿を見せる。

 

「あんた、誰にやられたの?」

 

「ヒ・ミ・ツ……言うてももう残っとるんはレクス達とマイテスと自分らだけや」

 

「そう……残りは僅かね」

 

 少女もといナユから誰に倒されたのか情報を得ると次にどう動くかルルベットは考える。

 ナユの言葉が本当ならばレクス達が最後に残った相手である……真正面からレクスと勝負し、ぶつかって勝てるかと言えば自信は無い。それだけレクスは強い、一度模擬戦の様な物をやったから分かるがあいつ手の内を隠している。なにをかはわからないがなにかを隠している事だけは確かだ。そしてそれは訓練では使ってきていない……多分確実に息の根を仕留めるからとかそんな感じだから使ってこないのだろう。

 

「どうする?」

 

「まぁ、そうだな……」

 

 ナユがレクス達と言っていたのでレクス以外にも見えた、あの那須与一の闘志を持っていた奴が居るという事だ。

 那須与一が見えたという事は弓兵、つまりは銃撃をメインに戦っている……レクスメインで那須与一がサポートをする。至ってシンプルだがレクス並の実力者ならばそういうシンプルな作戦の方が効くのだろう

 

「ジョン!」

 

「リーナ……何故ここにいる?」

 

 色々とどうしようかと頭を回転させているとリーナ達がやってきた。

 ガルードは少しだけ困った素振りを見せるのだがリーナが俺に抱き着いてくるのは止めようとしない。別に止めなくても良いことなのだが、何故此処に居るのかを一応は訪ねてみる。

 

「残りの人数がこっちの人数を上回ったから合流をしようと思ったんだ……まずかったか?」

 

「いや……どうだろうな」

 

 ガルードが状況を教えてくれる。

 ロロクというレクスのチームの二刀流の使い手をリーナとガルードが上手く連携をして倒して更にはドツリが落とされている事が分かった。

 残っているのはマイテスとレクスとブンレイの3人……さて、どうするか。向こうが徒党を組んでくるという事はまず無いだろう。そういうことをすればこの試合の趣旨が変わってくるっと

 

「お前等、着けられたな!」

 

「え!?」

 

 色々と考えていたいけれどもその時間すら俺達には与えられない。

 ブルース・リーっぽいのがリーナ達の背後から見えたので槍を構えると建物の裏から俺達と同じぐらいの男性が出てきた。

 

「驚いた、コッソリと着いてきたのによく気付いたね」

 

「面倒なサイドエフェクトを持っているんでな……1人で乗り込んでくるとは愚かだな」

 

「マイテス、お前には悪いがここで倒させてもらう」

 

 4対1の戦い、向こうの戦闘スタイルはブルース・リーが見えることからシルセウスと同じ徒手空拳。

 そうなると1番狙われやすいのは誰かと言われれば俺だろう。槍の間合いを詰められれば、一応は格闘術を鍛えているけれどもまだ本職に勝つことは出来ない……っ!

 

「お前、やってくれたな」

 

「ああ、分かるんだね……レクス達をここに引っ張ってきたのを」

 

 4対1で決して勝つことが出来ない相手ではない。

 このまま普通に激闘を繰り広げれば確実に負ける……のでレクス達をここまで引っ張ってきた。こちらに向かってレクス達がやってきているのが手に取る様に分かる。サイドエフェクト様々だな。

 

「ブンレイさん、フォローを頼んだよ」

 

「了解、おっさんに任せてちょうだいな」

 

 右手に剣を左手に盾の片手剣のスタイルのレクスに……アレは……なんだ?弓みたいなのを持っているブンレイのおっさん。

 持っている弓……ああ、鎧武に出てくるソニックアローに形態が近いな……となるとアレから弾が飛んでくるのか。

 

「てやぁっ!」

 

 レクスは俺に向かって斬りかかってくる。

 この混戦状態の中で槍使いである俺は間合いを詰められると管槍の本領を発揮する事が出来ない……というかトリオン体と槍の相性は地味に悪い。槍は切り裂くよりも殴打に使うのが正しい感じの武器って昔漫画で見た覚えがある。

 木製の棒で管槍の遠心力とピストン運動が加わった一撃の突きは鉄をも容易くへし折るとんでもないのだがトリオン体にヒビを入れるのが限界である…………さて無駄知識の披露目はここまでにして色々と考える。

 

「こんな状況を想定していないと思っているか?」

 

 槍は間合いを詰められればそこまでの武器であるが、間合いを詰められた時の事を想定していないわけがない。

 原作キャラこと米屋が槍の長さを調整する事が出来たように俺の管槍も長さを調整する事が出来る。小太刀ぐらいの短さにまで収縮するのだが、ここでブンレイの矢が飛んでくるのでシールドを展開する。

 

「俺を潰しにかかる気か」

 

「君が一番落としやすいからね」

 

 確実に落とせる駒から落としていくつもりなのだろう……だが、そう上手くはいかない。

 レクスの剣を受け流すと横からルルベットが飛び出してきてレクスに斬りかかるがレクスは左手の盾で上手く攻撃を防ぐ。

 

「ジョン、指示を」

 

「っちょ、今キツい……」

 

 混戦状態の中で指示をルルベットは仰ぐ。マイテスを倒しにかかればその隙を突かれてレクスとブンレイが襲ってくる。

 数の上では有利だが実力ではレクス達の方が上で4対2対1に見えるが実質4対3に近い……考えろ、思考を止めるんじゃない。

 

「おっさんを忘れてもらったら困るぞ、少年」

 

 ブンレイは弓を引いて、弾を撃つ……やっぱりソニックアローだ。

 もしこれが実戦ならば当てに来たのだが、今回は動きを制限する為に当たるか当たらないかスレスレの弾を拡散させた。動きを制限する弾で実戦ならば今ので落ちていた可能性が高い……格上だから、経験値に変えないと。

 

「ジョン、マイテスはオレに任せてくれ!」

 

 どうしようかと思考を張り巡らせているとガルードから提案を受けた。

 カッコよく言ってくれるのはいいけれども勝てる打算は無い……考えろ、考えろ。

 レクスが間合いを詰めてきて、距離を取ろうとすればブンレイが狙撃してくる。フォローに回ってくれるルルベットはレクスとタイマンで勝つことは難しい。リーナを呼び寄せたいけれども、マイテスが邪魔で呼べない。

 マイテスもマイテスで慎重に戦っている。途中でレクス達が襲撃してこないか意識を分割している……まずいな、詰んだか……いや、まだ終わっていない……

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 まだ使っていない手札は残っている。

 短くした状態の管槍で【ウスバカゲロウ】を起動し、レクスに突きを入れる……当然というかこの訓練の為に専用にトリガーを改造していてダメージが通らない様になっているがフィードバックの様なものは受けるのでレクスは仰反る。そこに隙が生まれる。ルルベットは勝負を決めにレクスに突撃をしようとするのだがその前にブンレイの矢が飛んでくる

 

「おっさんの存在を忘れないでほしいな」

 

「なら、この超絶美少女のリーナを忘れないでよね!」

 

「自分で言うのか」

 

 ブンレイの弾にルルベットの皿は命中して割れるが、ここで隙が生まれる。勝ったと思った時ほど油断をしやすいだろう。

 リーナが【カゲロウ】を振るいブンレイの金的にある皿を破壊した。そして思わずツッコミを入れてしまう、自分で自分の事が可愛いとか美少女とか言うのは無いだろう。

 

「ジョン!」

 

 ルルベットが落ちたのでこちらは3人になったがブンレイを落とせたのは大きい。

 狙撃による援護が無くなった……だが、危機的状況には変わりはない。ガルードはマイテスの猛攻を防ぐのにやっとの様なので救援を求めている。俺は槍を元の長さに戻し、マイテスの胸元目掛けて高速の突きを撃つ。

 

「させないよ!」

 

「いや、終わりだ」

 

 マイテスは管槍の先端部分を回避し、管槍の棒の部分を脇でガッチリと挟んだ。

 これはまずいとマイテスは一歩間合いを詰めてくると肘を俺の胸元に向けて打ち込んできて、俺の皿は見事に砕け散る……と同時にガルードが拳銃を発砲し、マイテスの胸元にある皿を砕いた

 

「ここまでか」

 

『終わったら余計な指示をせずに戻ってこい』

 

 俺の戦いはここで終わりだ。

 リーナになにか指示をしようと思ったが、それはさせてくれない様でこの訓練を裏で見守ってる誰かから通信が入る……ガルードとリーナはなんだかんだと上手く噛み合っているのでなんとかしてくれるだろう。

 

「ガルード、フォローに回れ」

 

「ああ」

 

【カゲロウ】の二刀流で早速切り込むリーナ。

 レクスは盾で防ぎつつ、盾の形状を変化させて凹みを作り上げてリーナの【カゲロウ】を挟み込むがリーナは直ぐに【カゲロウ】を手放してレクスの間合いよりも更に詰め寄りレクスの腕を掴んで足を払う

 

「今よ!」

 

 狙うならば今しかない。

 ガルードに体を崩したレクスを撃つように言うとガルードは二丁拳銃を撃ちレクスの皿を割った

 

「ふぅ……勝てたか……いや、違うな」

 

 この訓練、何度か負けに繋がる展開があった。

 そもそもで最初のスターチェ達との戦いの時点でこの訓練が銃手(ガンナー)達に不利だった……ボーダーのランク戦みたいにするんだったら、俺が無理矢理レクスの動きを抑えて俺ごとリーナに斬ってもらうという手立てもあったわけで……この訓練はトリガーに馴れる為の訓練としては有用かもしれないがトリガー使いと戦うのを想定して戦うのには向いていない。

 ボーダーのランク戦のシステムをどうにかしてこちらの世界の技術で再現する事が出来ないかと言いたいが、この世界にはコンピューターが、電気で動く電卓が無い。あるのは電球ぐらい……ボーダーが現れてこの世界に交渉に来てくれる、なんて都合のいい展開にはならないだろう。そもそもで今原作開始何年前なのか知らないし。

 

「あんた、中々やるじゃない。見直したわ」

 

 俺の事を下に見ていたのかルルベットは素直に俺を称賛する。

 しかし今回なにも出来なかったに近い。戦術らしい戦術を出せなかった……俺の指揮能力はまだまだ未熟だ。まだこんなので満足してたらいけない。もっと指揮能力も高めないと……この先を生き抜くことは不可能だろう。

 

「武器さえ違っていたら、もっと上手くやれた……槍一本に固執したせいで余計な手間がかかった……武器の換装を変えれる様に上に提案しないと」

 

 ボーダーのトリガーの様に武器を瞬時に変えれるシステムの開発を上に打診しよう。

 前々から注文しているトリガーと組み合わせればそれなりに強くなる……筈だと願いたい。コレばっかりは実戦経験を積まないとなんとも言えない。

 

「レクス、今回の訓練はこれで終わりか?」

 

「後は今回の訓練に対する不満点や改善点を……ジョン達はイアドリフの文字を書けなかったんだったね。音声認識で出来る様にしておくよ」

 

 はいこれとインカムの様な物を渡される。

 音声認識で文字を入力していくシステムを使ってくれるので俺はボソボソと今回の訓練の改善点や不満点を呟く。

 銃系のトリガー使いにとって今回の訓練はやりにくい。更に言えば近距離での戦闘も何処を狙ってくるのかが分かっている状態なので攻撃が読みやすい読まれやすい状況だ……トリオン体が勿体ないがランク戦をやった方がいい。

 

「大体こんな感じね……ジョンは?」

 

「俺の方も大体終わっている」

 

 リーナもこの訓練に不満点や改善点を言い、音声認識で機械に入力する。改善点等は大体言い終えたのでコレで終わりだ。

 インカムをレクスに返して帰ろうとするのだがレクスが待ったをかけた。これで終わりだというのにまだなにかあると言うんだ?

 

「今日の訓練は特別だったからね、打ち上げに極上の肉を用意したんだ。食べていかないか?」

 

「肉、ねぇ……お前等はどうする?」

 

 ここに来てのノミュニケーションが出てきた。別に肉が希少な物とかそんなわけではない。

 食おうと思えば何時でも食える物だ……だが、レクスの事だろうから上質な肉を用意しているだろう。ルルベット達はどうするのか聞いてから自分がどうするか決めよう。

 

「私はパスよ、甥っ子が家で待っているのよ」

 

「甥っ子がいるのか?」

 

「ええ……姉さんの忘れ形見よ……」

 

 ルルベット、なんか重そうな雰囲気を醸し出しているな。

 帰りを待ってくれる家族が居るからここで飲みュニケーションを取るつもりはないというとレクスはちょっと待ってくれと何処かにいく

 

「若いのに色々と苦労してるんだな」

 

「別に、もう馴れたわ……自分で選んだ道よ、後悔はしていないわ」

 

 甥っ子と一緒に暮らしているルルベット。

 両親や姉、義兄はとうの昔に他界していて甥っ子を食わせていく為にもイアドリフの軍に従属している事を、出来る限り自分が有用な存在だと示す為に努力している。

 

「変な同情はしないでよ、ムカつくから」

 

「そんな暇はねえよ……」

 

 他人に同情なんかしている暇は俺にはない。明日を生き抜くのにやっとな身の上なんだから。

 ルルベットの身の上を知ると意外と苦労しているぐらいの認識……下手な同情はしちゃいけないこと……なんて言える立場じゃないんだよな。なんだかんだでリーナを引き連れているのが俺の非情になれない甘いところだ。優しさと甘さを履き違えている。

 

「おまたせ、肉を切り分けてきたよ。持っていってくれ」

 

「こんなに貰っても食べきらないわよ」

 

 2kgぐらいの肉の塊を持ってきたレクス。ルルベットはこんなには貰えないと断ろうとするのだがレクスはグイグイっと押してくる。

 小さな甥っ子と俺と対して変わらない年齢の女子に2kgの肉の塊は……どう考えても多すぎるな。レクス自身は好意で渡しているのだろうが……まぁ、うん。

 

「俺もここでノミュニケーションを取るつもりはない」

 

 とりあえず俺もここに残るつもりがない意思を示しておく。

 仲良くしておかなければならない場なのは分かっているがイアドリフの住人と仲良くしようとは思えない。なんだかんだで俺達を拐った国なんだ、心を許せるわけがない。

 

「リーナ、お前はどうする?」

 

「ジョンと一緒がいいわ……肉なんて何時でも食べれるし」

 

「……なら、家に来る?」

 

「……は?」

 

 あまりにも突然の提案だったので俺は固まる。今まで黙っていたルルベットから意外なお誘いが来た。

 

「どうせ家に帰っても甥っ子とご飯するだけだし、この量の肉は処理しきれないわ」

 

 だから家に来る?と首を傾げるルルベット。可愛い……じゃなくてどうすべきか。

 チラリとリーナを見るとリーナもどうしたらいいのか戸惑っている。こんな状況になるなんて想定していない。

 

「いいのか?変な奴等を家に招いて……甥っ子がビックリして泣き出しても知らんぞ」

 

 自慢じゃないが子供に好かれにくいと俺は思っているんだ。リーナみたいに容姿に優れてるわけでもないし……甥っ子ビビらないだろうか。

 

「あんた程度で怯えるほど、あの子は臆病じゃないわ……嫌ならいいけど」

 

「…………どうする?」

 

「この場から去れるならそれでいいわよ」

 

 リーナはこの場にはいたくなさそうだな。

 ルルベットの家に行くのも本当ならば不満じゃないだろうか……ここは断るのも手だが……お腹空いてきて思考が纏まらないな。

 

「なら行かせてもらうか……レクス、俺達は別でやっておくから」

 

「はい、君達の分だよ」

 

 肉は要らないと言おうとする前にレクスに肉を渡された。

 向こうはニコニコ顔で渡してきている。純粋な好意で渡してきていて断りづらい……上質なサシが入った牛肉。部位が何処かは分からないが結構高そうな肉である事には変わりない……まさかと思うがコレ、レクスの自腹とかいうオチはないだろうな。尚更断りにくい。

 

「じゃ、行くか」

 

 貰えるものは貰っておいて損はない。配給で貰えるものは質が悪かったりする。

 俺は3kgぐらいする肉とルルベットが貰った2kgぐらいする肉を手にリーナと一緒にルルベットの家に向かった。




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26話

 

「ただいま」

 

「おかえり、ルルベット!……?」

 

 レクス達のバーベキューをの誘いを断りやってきたルルベットの家。

 意外と大きな家で俺やリーナより良い暮らしをしてるんじゃないかと思える。連れ去られた奴隷にはあれぐらいが丁度いいのか。

 ルミエが色々と甘く裁定を降しているが忘れてはいけない。俺やリーナが使える駒だから比較的にマシな生活を送る事が出来ている。

 

「フィラ、怯えなくていいわよ。こいつら私の……私の……なにかしら?」

 

 甥っ子と思わしき男の子がルルベットの元に駆け寄ろうとするのだが俺とリーナが居るからか固まった。

 ルルベットが紹介をしてくれるのだがルルベットにとって俺やリーナが何になるのかを悩んでいる。友達と呼べる程仲が良いわけではないし、仲間と呼べるほど絆があるわけではない。上司と部下という上下関係は一切無い。いや、人権を無視される時が極稀にあるので俺やリーナの方が下である。

 

「同僚が1番しっくりくるな」

 

「この二人は私の同僚よ」

 

 故に俺達は同僚というのがしっくりと来る。

 ルルベットもそれでいいと俺達を紹介し直してくれるのだが甥っ子は警戒している……コレは、俺に対しての警戒だな。警戒されるもなにも何もしていない。警戒される理由がなにかあるのだろうか……姉が取られると思う甥っ子の嫉妬か?

 

「ほら、ちゃんと挨拶しなさい」

 

「フィラです」

 

「あら、礼儀正しいのね。私はア……リーナよ」

 

「ジョン・万次郎だ。ジョンと呼び捨てで構わないぞ」

 

 危うく本名を言いそうになるリーナだが、なんとか堪えて愛称だけ教える。

 俺も本名でなくコチラでの名前を教える……リーナにだけ警戒心を解いている。解せん、別にルルベットを取って食おうと思ってるわけないだろうが。

 

「ちょっと待ってて、水を出すから」

 

「なにか手伝おうか?」

 

 ここでお茶じゃないのが近界の文化らしい。ルルベットに家の奥に案内されたのでなにか手伝う事はないのか聞いてみる。

 

「今日はあんた達はお客さんだからなにもしなくていいのよ……て言っても納得しないわよね。挽き肉を作るから肉をある程度纏まった大きさに切っておいてくれないかしら?」

 

「それなら私にも出来そうね」

 

 ルルベットに頼まれるとリーナが前に出てくる。

 コレは非常にまずい事に……ならないよな?肉をカレーとかでよく見るサイコロ状の大きさに切るぐらいだからリーナでも出来る筈だ。

 まな板と包丁とボウルをルルベットは置いてくれるのでリーナが手に取るのだが両手で包丁を持っている

 

「リーナ、違うぞ……こうやって肉を切るんだ」

 

 このままいけば肉が廃棄の道を辿るかもしれない。

 レクスが用意してくれた上質な肉を捨てるのは勿体ないとリーナの手と俺の手を重ね、一緒になって肉を切る。

 

「あんた、馴れてるのね」

 

「基本的には俺がなにか作ってるからな」

 

 リーナの出身国が英語圏内の国のせいかは知らないがリーナはマトモに料理が出来ない。

 配給される食料から食事の献立を組み立てないといけないので基本的には俺が食事を作っている。最近の子供はしっかりしているので料理が出来て当然とか思っちゃいけない。外国人、料理出来ない人は料理できない。

 

「挽き肉にするとはいえ、もうちょっと綺麗に切りなさいよ」

 

「綺麗にって、挽き肉にするからいいだろう」

 

「こういうのはちゃんとした方が美味しいのよ……貸してみなさい」

 

 リーナから俺に、俺からルルベットに包丁が渡る。

 最終的には挽き肉にするのだからそこまで乱切りの大きさを気にしなくてもいいんじゃないかと思ったが、ルルベットは綺麗に肉を切っていく。

 

「ぼ、ぼくもなにか手伝うよ!」

 

「フィラには危ないからまだダメよ」

 

 俺と一緒に肉を切っている姿を見て嫉妬したのだろうか、フィラは手伝おうと脚立を持ってくるがルルベットはダメという。

 フィラ、幼いけど幾つぐらいなんだろうか……いや、他人の年齢なんてどうだっていいか。それを言えば俺も12でもうすぐ13だし。

 

「後は私がやるからゆっくり寛いでて」

 

 ミンチ肉を作り出す道具に切った肉を入れるルルベット。

 ここからはやることがなさそうなのでルルベットの言うとおりに寛ごうと思うのだがフィラが俺の事を見てくる……

 

「俺の顔になにかついているか?」

 

「!……えっと……ルルベットの同僚、なんだよね?」

 

「まぁ……一応はそうなるな」

 

 基本的には国に向けてやってくるトリオン兵を撃退するぐらいで、誰かと一緒なんてない。あってもリーナとコンビでの仕事だ。

 ルルベットと顔を合わせたのは今日がはじめて……そう、はじめてなんだ。それなのに家に招待されるとは思いもしなかった。

 

「ルルベット、無茶な事はしてない?」

 

「……どうだろうな」

 

 フィラはルルベットの事を心配している。

 甥であるフィラ以外の親族や義兄は死んでしまっており、食わせる為にも食っていく為にもルルベットは軍に従属している。イアドリフの軍に従属すればある程度の食料は配給されるし、お金を貰える……奴隷である俺やリーナには一切給料は無いけれども。俺とリーナの収入源、与えられた農地で栽培した米とか、米を売った金で得た大豆から作った味噌とか醤油とか……ホントに小説家になろう系だな。

 

「まだまだ青いところがある。死に急ぐというか生き急いでいるというか」

 

「やっぱり」

 

「でも弱いというわけじゃない……まぁ、なんとかなっている」

 

 子供になにを話しているんだろうな、俺は。ルルベットは余計な事を言うんじゃないと強く俺を睨みつけてくるが今更そんな視線で怯えるほど肝は弱くはない。

 

「ジョンって強いの?」

 

「弱いよ……弱いからイアドリフで奴隷をやってるんだ……あんまりこの辺に関しては聞かないでくれ」

 

 自分が弱いとか強いとかあんまり考えない様にしている。強さというのは力とはまた別の物とか哲学的な事を考えたくない。

 俺は毎日必死になって生きている。油断すると余計な事を考えてしまう。だから難しい事は考えない、そうじゃないと……辛いから……ああもう、ホントに嫌になるよ。

 

「……なんでここにいるんだろう。なにやってるんだろうな、俺は」

 

 一周回って頭が冷静にハイになったのか今まで考えない様にしていた事がポンポンと浮かんでくる。

 イアドリフに何故居るのだろうか。地球の日本で平穏に暮らしていたのに拐われてしまって……ああ、ホントに嫌になる。

 

「出来たわよ」

 

 フィラに色々と聞かれるので答えていくとあっという間に時間が過ぎた。

 ルルベットは言っていた通りキッシュを作ってきた……キッシュとパイってなにが違うんだろう。どっちもパイ生地を使っているけど……お菓子か主食かの違いだろうか。

 

「……美味い」

 

 キッシュを八等分に切り分けて取り分けていただく。

 ひき肉とチーズとペースト状のトマトが絶妙なまでにマッチしており、普通に美味かった。キッシュなんてもの食べるの始めてだが普通にイケる。ミートパイっぽいのがまた絶妙な

 

「……」

 

「リーナ?」

 

「……口に合わなかった?」

 

 モグモグとキッシュの味を楽しんでいると隣に座っているリーナの手が止まっていた。

 リーナの嫌いな物は食べた感じ入っていない。じゃあなんで手が止まっているのかと思えばポロポロとリーナは涙を流しはじめた。

 

「……It tastes the same as my mom」

 

「え、え……なんて言ってるの?」

 

「お母さんと一緒の味がしているって言ってるんだよ」

 

 イアドリフに来て間もない頃に売られていたミートパイを口にして涙を流していた。故郷の、親の味を思い出してしまい泣いていた。

 7歳ぐらいの子供だからもしかしたらキッシュとパイの違いを分かっていなかったかもしれない。リーナの母親の味はミートパイじゃなくミートキッシュだったのかもしれない。

 

「リーナ、泣くな……泣いても意味は無いんだ。なにも変わらないんだ」

 

「……」

 

 ポロポロと涙を流すリーナ。泣いていたってなにも変わらない、泣いても誰も助けてくれないんだ。

 親の味と言われれば俺も覚えている……でももう食べられる事はないかもしれない。イアドリフに玄界と交渉する価値はあると言って地球に向かってくれないとなんにも出来ない

 

「あんた達は玄界(ミデン)の人間だったわね」

 

「……ああ、そうだ」

 

「玄界ってどんなところなの?」

 

「……いやっ…………」

 

「ルルベット、言葉は選んでくれ。落ち着け、落ち着くんだリーナ……俺達が居るのはイアドリフなんだ。アメリカでも日本でもなんでもない」

 

 リーナの反応を見て地球が、住んでいた故郷がどんなところなのか気になったのかルルベットは尋ねてくる。

 ルルベットに悪意は無いのだろうが、今まで考えない様にしている事を考えさせられる。思い出してももう二度と手に入らないかもしれない。

 とりあえず俺がやれることと言えば震えて涙を流しているリーナを抱きしめて落ち着かせる事ぐらい……でも、本音を言えば俺だって泣きたい。好きで転生者やってるわけじゃないし、好きでこんなところに居るわけじゃない。こんな生活を送っていると平穏な生活がどれだけ幸福だったのかよく分かる……あ〜くそ

 

「お前が余計な事を言うから俺も我慢出来なく、なったじゃねえか」

 

 必死になって我慢しているものが今、弾け飛んだ。

 ポロポロと俺も涙を流す……誰でもいい、助けてほしい……そんな事を口にしないのは俺のちっぽけな男としてのプライドだろう。

 

「なんで泣いてるの?どこか痛いの?」

 

「……うるさい……Shut Up……It wouldn't have happened without you」

 

「っ、リーナ!!」

 

 興奮して感情的になったリーナは憎しみの感情をフィラに向けて、手を伸ばそうとする。

 それはいけない、それをすれば二度と後戻りは出来ないし、やらせてはいけない事だ。フィラの胸倉を掴む前にリーナの手首を掴んで止めに入る

 

「Let go……Without them, I could have lived peacefully and attended school by this time.」

 

 感情的になり日本語で会話をしない。

 ルルベット達が、近界民がいなければ俺もリーナも今頃は平穏に暮らしていて学校に通って友達と笑い合っていただろう。だが、それが出来ない状況にある……全てはこの理不尽な世界のせいだ。

 

「言うなよ……そんなの言うなよ。ルルベット達だって明日は我が身の危険な事をしてるんだ……こんな馬鹿げている」

 

 甘い事を微温い事を言っている自覚はある。悪者を決めて楽になりたい思いもある……けど、それをすれば憎しみの感情に囚われる。

 憎む事が悪いわけじゃない。俺はリーナが思っているほど聖人君子じゃない。憎しみで負の連鎖を繰り返すぐらいならば、耐え凌ぐしかない……転生していてはじめて良かったと思える。子供ならばもっともっと感情的になっていたか感情が死んでいたかのどちらかだろう……もっと、もっと感情を上手く制御出来る様にならないといけない……くそっ。

 

「……泣きなさいよ。大人だって辛い時は泣くものよ……無理に意地なんてはらなくていいわ」

 

「それは出来ない事だ……俺はこの国に対して心は開いていないし、開くつもりはない」

 

 だから見せちゃいけない、弱い部分を……それが虚勢だと、強がりだと言われようが構わない。

 この最後の心まで失ってしまえばそれこそ本当の意味で奴隷に成り下がってしまう。現時点で奴隷みたいなものだけども。

 

「リーナ、大丈夫……じゃないよな。今日はもう疲れたよな、シャワーは浴びずに一緒に寝よう。大丈夫、俺はお前の側に居るからな」

 

「……」

 

 リーナは無言で俺の手を強く握った。今日はもう疲れた、涙を流して肉体的にも精神的にも辛くてウトウトしている。

 今日はもうコレまでだなとトリガーを起動してトリオン体に換装しリーナをおんぶする。

 

「泊まっていきなさいよ、部屋なら余ってるわ」

 

「いや、やめとくよ……家には帰りを待ってる狼がいるし……それに人の暖かさを感じたくない」

 

 泣いても意味は無いんだから泣く必要は何処にもない。イアドリフの日常の1ページを肌で感じるとポロポロと堪えていたものがこぼれ落ちてしまう。ルルベットには悪いが一線を引いておかなければならない……ホントに油断出来ないギリッギリのところを歩いているな。いっそのこと何処かで精神崩壊した方が楽なんだろう……子供じゃない分、早々に心は壊れないか。こういう時はガキだった方がよかった。

 

「……ジョン」

 

「なにも聞かないしなにも言わないよ……泣くなら泣いとけ」

 

「……ジョンは泣かないの?」

 

「俺はとっくの昔に涙は枯れ果てた……でも、リーナはまだ枯れ果ててないだろう」

 

 リーナは涙を流す。さっきみたいに興奮をしていない、ポロポロと静かに涙を流していく。

 さっきは泣くなと言ったのに泣いとけって言っている……俺もなんだかんだ情緒不安定だな。リーナの前だからカッコつけておかないといけないって心の中で思っている。リーナが居なければ今頃は泣き上戸並みに涙を流している……リーナがいるから……依存してるな、まったく。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

「おかえり」

 

「ただいま」

 

 部屋に帰ってきたのでとりあえずは言っておく、リーナは馴れたもので普通に返事をしてくれる。こういう何気ない日常は大事だ。

 部屋に戻ってくると飼っているニホンオオカミことミブが飛んできて、俺に擦り寄ってくる

 

「ただいま、ミブ」

 

「ワン!」

 

「こら、リーナが寝ようとしているんだ。吠えるな」

 

 オンブしているリーナをベッドの上に降ろす。ミブは俺が中々に構ってこないのか吠えるので軽くチョップを入れる。

 リーナは……目を閉じてゆっくりと呼吸を整えている、眠りにつこうとしているな。

 

「ジョン、何処に行くの?」

 

「何処にも行かねえよ」

 

「嘘……ミブを連れて散歩に行くんでしょ。私も……」

 

「リーナはゆっくりと休んでくれ……今日は色々とあったんだからさ」

 

 ベッドから離れようとするとリーナがパッと目を覚ます。こういう時のリーナはとにかく敏感なので眠らせるのが1番だ。

 俺は側にいるとリーナに言い聞かせて手を握る。リーナはゆっくりと目を閉じて眠りに落ちる……完全に寝るのに30分ぐらい掛かるから、30分はこの状態をキープ、その後にミブの餌やりと散歩……シャワーも浴びたいから寝るまでに1時間ぐらいかかる。夜ふかしは成長の妨げになるからしたくないがこれぐらいやっておかなければ俺の精神が安定しない。

 

「ジョン、寝ないの?」

 

「お前が寝るのを待っている……ゆっくりでいいから眠るんだ」

 

 俺が中々に布団に入ってこないのでリーナはパッと目を見開く。

 リーナは俺に布団に入ってきてほしそうにするがコレばかりは譲る事は出来ない。リーナは強く俺の手を握るので俺もリーナの手が痛まない程度の力を込めて手を握ると今度こそリーナは眠りに落ちた。

 こういう時にサイドエフェクトは便利だ。リーナが眠りに落ちた事でリーナが持っている闘志が見えなくなる。リーナから溢れている闘志が見えなくなる=リーナは眠りに落ちたというのがよく分かる

 

「……どうすればいいんだろうな」

 

 なんとか人並みの生活を送ることは出来ているが現状、行き詰まりを感じている。

 手柄を上げてなんとかして俺達が優秀で有能であるとアピールをしたいが事件らしい事件は起きない。時折、トリオン兵がやってくるからそれを討伐したりするだけだ……事件が起きなければなにも変わらないというのはなんとも言えん。

 このまま平穏であってほしいと思う反面、もっと上に成り上がって地球に帰る手立てを見つけたい……その為にはボーダーの存在が必要不可欠だ。玄界にもトリガー使いが、トリガーを使う団体が居ると分かれば交渉する価値があると見出してくれる。

 ただ問題があるとすれば今が原作開始何年前かということ。アリステラに若い頃の忍田本部長が居たという事と遊真の年齢から逆算して……6,7年ぐらいだろうか……この時間を無駄にしてはいけないな。

 

「仲間、か……」

 

 1人ではどうすることも出来ないのが現状だ。だから仲間を作らないといけない、が……どうすれば仲間が出来るのか俺には分からん。



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27話

 

 あれから更に1年経過した。俺は13歳に、リーナは…11歳になった。

 剣を知らねば槍は握れぬ、槍を知らねば剣を握れぬ。

 兵法書か漫画かは知らないがそんな格言っぽい名言を見た記憶がある。ホントに何処で見たかは覚えていないが、内容だけは覚えている。

 こんなくだらない事を覚えるぐらいならば電化製品の作り方を、石神千空並の知識を蓄えておけば良かったと後悔する事は拉致られてから何十回も思ったことだろう。そもそもで転生している時点で色々とおかしい……どうせなら転生特典で石神千空並の知識を寄越せよ。剣の才能とか槍の才能とか努力でカバー出来るが知識はある種の才能が必要なんだぞ。

 

「……開始してくれ」

 

 農地の作業も今は待つのが作業な為に水やり以外でやることは特にはない。雑草とか抜くのもいいが本職を忘れてはいけない。

 俺は攫われてしまった奴隷だ……奴隷らしい生活は送ってなくもない気もするがそれはそれである。今よりも下位で奴隷らしい生活を送るのは勘弁願う。

 暇な時間が出来ればなにをするか、訓練しかない。剣も槍もある程度の腕前になったので次に鍛えるのは銃の腕だ。

 俺にはトリオン操作の才能が無いので【ミラージュ】を使うことは出来ない。故に中距離以上の距離で戦うには体を動かして体で覚える銃しか道はない。

 

「っ!」

 

 2丁拳銃でなく1丁の拳銃をクイックドロウする。

 目標は野比のび太、あいつ冗談抜きで射撃のセンスがおかしい。列車の劇場版の際に撃った弾がぶつかった衝撃で空中を舞っている空き缶に5発の弾を命中させるとかホントにどうなっているんだ。実際に試してみたが3発しか撃ち込めなかったぞ。

 

「アレは減点でも撃つ」

 

 訓練の内容は至ってシンプルだ。飛んでくる的を撃つという至ってシンプルなルールだ。

 ただし全ての的を撃ち抜けばいいわけじゃない。時折的の代わりに人の顔が描かれたパネルが出てくるのでそれは撃ってはいけない……但しルミエの憎たらしい顔なので躊躇いなく撃ち抜く。あいつのあんちくしょうな顔を見るとこの上なく腹が立つ。

 

「っと、いけねえ」

 

 利き手である右手に握られている拳銃だけしか使わないのはいけない事だ。

 威力と速度に設定を割り振っている拳銃と威力は無いがその分多く弾が打つことが出来る突撃銃(アサルトライフル)を持っている。これも使う。飛んでくる的に発砲すると蜂の巣が出来る。今のところは順調だが、まだまだ未熟なのが分かる。

 今度は複数の的と顔が交互に同時に出てくる。コレは味方が近距離で戦っているのを想定した状況であり、味方に誤射をせずに相手にだけ弾を当てる……のだが、俺の腕はまだまだ未熟な為に弾が顔のパネルに弾が当たる。

 

「さて、どうするか」

 

 飛んでくる的に弾を当てる事は出来ているがまだまだだ。

 ここからどうやって上を目指すか、銃の腕前を鍛え上げるのか……ここから更に狙撃銃も覚えないといけない。何時死ぬのか分からない身なので時間に余裕はない。現状、中距離以上の攻撃に俺は弱い。リーナがフォローしてくれるが戦いになれば常に1人と思わなければならない。

 

「ここにいたか」

 

 一通りの的を撃ち終えるとルミエが現れた。こういう時にやってくるのは大抵ロクな事じゃない。

 嫌悪感を剥き出しにしてみるもののルミエの薄ら笑いは消えることはない。俺の事を完全に見下しているから、下に見ている奴に嫌われても心は痛くも痒くもないんだろう。

 

「今日は休みの筈だろう」

 

「休み?なにを言ってるんだ、お前達にはそんなものは存在しない。トリオンの回復の間であって休みはないんだ」

 

 息を吐くかの様に毒を吐くルミエ、こんなのは日常茶飯事なのでいちいち気にしていたらキリが無い。

 なにをしに来たのか尋ねるとルミエは着いてこいと言ってくるのでルミエに着いていくと何時ぞやの王宮と思わしき場所、でなく無駄にデカい豪邸に辿り着いた。商売をしている市場の地域にならば足を運んだりするが無駄にデカい豪邸が立ち並ぶ住宅街は足を運ばない、足を運ぶ理由がそもそもで無い。

 

「ここは何処のどなたの住宅だ?」

 

 豪邸ということは良い暮らしが出来る身分の人間が住んでいる。

 また会ったこともない国の重役と会合をさせられるのだろうか?ハッキリ言って俺は政は向いていないんだぞ。もう出せる知識といえば……なんだろう。娯楽系の知識か?……特撮ならばアホみたいに知識があるぞ。

 

「シャーリーの家だよ」

 

「……なに?」

 

 シャーリーといえば1年ほど前に会った俺よりちょっと歳上なお姫様だ。

 王宮に暮らしているんじゃなかったのかと言いたくなったが言葉を飲み込み屋敷に足を運ぶと給仕と思わしき人物が頭を下げた。

 

「お待ちしておりました」

 

「どうやら待たせてしまったみたいだな……言われた通り、ジョンを連れてきたよ」

 

「彼が、ですか……どうぞこちらに」

 

「ああ、オレはここで……これから色々と忙しくなるからな。案内してくれ」

 

「はい、かしこまりました」

 

 給仕がルミエを案内しようとするがルミエは断り俺を給仕に押し付ける。

 ここでルミエとはお別れ……コイツと一緒にいると色々とストレスを溜め込むので別れる事が出来たのはいい。給仕の人に案内をしてもらうと庭に出て、そこにはシャーリーがいた。

 

「ジョン、久しぶりだな」

 

「これはこれはどうも。私の様な身分の低い人間をこの様な場にお呼びいただき感謝いたします」

 

 シャーリーは私を出迎えてくれる。闘志を剥き出しにしていないので純粋に俺を歓迎してくれるが油断は出来ない。

 とりあえずこういう場所に来たのならばそれらしい態度を示しておく。するとシャーリーは困惑した表情を取った。

 

「そ、そんな事をしなくてもいいぞ」

 

「いえいえ、貴方様は末席とはいえ王族の身。対して私は文化も文明も異なる地球から攫われた奴隷、どうあがいてもどう逆立ちしたと対等になることは出来ません」

 

 あくまでも奴隷と王族……時折忘れそうになるのだが、コレが本来あるべき姿だ。

 そういう態度を取られたくないと優しさを持っているが、俺はこうしておきたい。こっちの世界の住人とあまり仲良くはしておきたくない。

 

「わざわざこんな奴隷を呼び出してなにか御用でしょうか?」

 

 とりあえずは本題を尋ねる。

 こっちも暇じゃない。テトリスとかを作った件に関しての報奨はとうの昔に得ている……まぁ、リーナは中々に部屋に出ていってもらえないが。

 

「一緒にお茶を飲まないか?」

 

「……」

 

「そう警戒しないでくれ……毒や怪しい薬は使っていない。ただ、その……玄界がどんなところなのかを教えてほしいんだ」

 

「ふざけるな、寝言は寝て言え」

 

 シャーリーなりのコミュニケーションなんだろうが俺の怒りの琴線に触れている。

 玄界の事を教えてくれと攫っている国の機関の中枢を担う人材がどの口を持って言えるのか……ホントに何様のつもり、いや、お姫様だったか。

 

「4年も地球に居ないんだぞ、記憶も段々と薄れてきてる」

 

 嘘である、ちゃんと地球に居た頃の記憶は覚えている。ただ他人には教えたくない。

 俺にとっては掛け替えのない思い出であり、それを喜々として他人に語るなどしたくはない……ここでは■■■■でなくジョン・万次郎という名前で生きているんだ。

 

玄界(ミデン)の人間は玄界の事を地球と呼ぶのか」

 

 シャーリーに対して嫌悪感を向けているがこの程度の事には馴れているのか動じない。

 逆に俺の発言から地球を地球と呼んでいると納得した表情になっている……めんどくせえ。

 

「帰っていいか?」

 

「それはダメだ、折角お茶会の準備をしたというのになにもしないのは勿体ない」

 

「俺は茶会なんて似合わねえ事はしたくは…………」

 

 別にこの場から部屋に帰ったとしてもなにも問題はない、精々姫様が悲しむぐらいだろう。

 それなのにやたらと俺を足止めするかの様な動きを見せてくる。そもそもで何故俺だけ呼ばれたんだ?基本的にはリーナとセットで呼ばれる筈なのに……なにか裏があるな。

 

「……微妙な味だな」

 

 裏があるのが分かれば飲みたくもない紅茶を飲む。

 日本人なので緑茶とか麦茶の味はちゃんと分かるが紅茶の味は俺には分からない。そもそもで食の文化が違う。ケーキらしき物があるので口にするがこれまた微妙。日本人は舌が肥えすぎてるというが確かにその通りだ。まだスーパーで売られてる100円のケーキの方が美味しく感じる。

 

「玄界のお茶はそんなに美味しいのか?」

 

「知らん……俺は静岡県民じゃない」

 

「シズオカケンミン?」

 

 お茶に関して詳しくは知らない。基本的にはティーパックの茶葉を湯で沸かした物しか飲まない……そう考えるとお茶が恋しくなる。

 余計な事を言えばシャーリーに情報を与えてしまう。こちらからなにも言わない方向で、聞かれたから受け答えする形で慎重になって言葉を選ばなければならない。

 

「ジョンは最近、目立った事はしていないが順調なのか?」

 

「俺は目立ちたがり屋じゃねえ……順調にやっている」

 

 なにか目立った事をしていると思っているのか、このお姫様は。

 電気を作って電球を作って緊急脱出機能を作って味噌を作って醤油を作ってトリガーを作ってもらって……作ってばかりだな。

 

「最近じゃ銃にまで手を出している……トリオン操作がヘタクソだからそこで打ち止めだ」

 

「銃だけにか?」

 

「くだらねえ洒落を言ってるんじゃねえよ」

 

 何一つ面白くもなんともない。ここ最近、笑う感情すらも死にかけているから余計にイラッと来る。

 八つ当たりは良くない事なのでこれ以上は何も言わない。

 

「銃は事前に弾道処理をした弾を撃つ物だ。銃を構えて引き金を引くだけの至ってシンプルな動作で鍛えれば鍛える程に腕は上がっていく」

 

「……トリオン操作の才能が無い以上は銃に頼るしかない」

 

 つくづく自分という人間が中途半端なのが分かる。

 もう少し手柄を上げれば更にトリガー開発を……いや、そもそもでトリガー工学に関する知識を持った人を仲間に引き込まないといけないから無理か。そもそもで仲間を作る方法が……。

 

「随分と仲良くしている様だな」

 

「あ、先生」

 

 嫌な事を考えていると1人の女性が現れた。見知らぬ顔で何者かは分からないがシャーリーは知っている様で座っていた椅子から立ち上がった。

 先生、ということは軍の人間だろうか……いや、どうだっていいか。

 

「お前が噂に聞くジョン・マンジローか?」

 

「マンジローじゃない、万次郎だ……人に名前を尋ねる前に自分から自己紹介はするつもりはないのか?」

 

 万次郎のイントネーションがおかしいので訂正をしつつ女性を睨みつける。

 

「それは失礼した。私はレグリット、主に重役の子息達の教官を務めている」

 

「……だから先生か」

 

 また随分と偉いようで偉くない地位がイマイチよく分からない人が出てきたものだ。

 重役の子息達に色々と教えているということは多方面に渡り様々な知識や知恵、技術があるのだろう。

 

「ジョン・万次郎だ、万次郎と呼ぶな。ジョンと呼んでくれ」

 

「先生、どうしてここに?」

 

 向こうが自己紹介をしてきたのでこちらも自己紹介をする。万次郎呼びは好きではない、マンジローと呼ぶ人多いし。

 シャーリーはどうしてここに来たのかを尋ねるとリグレットは俺に視線を向けてくる……闘志を剥き出しにしていないが……めんどくさいな。

 

「なんでも変わった槍を使っていると噂を耳にしてな……どんな槍なのか見せてくれないか?」

 

「それは命令か?」

 

 槍について尋ねてくるので確認を入れておく。

 ピクリと眉が動き闘志が剥き出しになる……吉田松陰か。重役達の子息を鍛えているから英雄を鍛えている英雄になる……ケイローンじゃないのがまたなんとも微妙なところだろう。

 

「命令でなければ出さないと?」

 

「俺は奴隷だ。命じられた事しかやらない」

 

「……そうか。ならば命令だ、お前の槍を出せ」

 

「……トリガー起動」

 

 命令とあらば仕方がない。トリガーを起動してトリオン体に換装すると管槍を出現させ、レグリットに渡す。

 

「ジョンの槍さばきは中々のものです……特に突きの速度と練度は桁違いで」

 

「ふむ……シンプルだが面白い構造になっているな」

 

 ふん!と管を経由して高速の突きを放つレグリット。俺に当たると危ないので距離を取る。

 

「コレは自分で考えたのか?」

 

「まさか……管槍は祖国で500年前に作られて……確か、現代では消火活動の道具に応用されている」

 

「500年……流石はトリガーを用いずに文明の発展に成功した玄界(ミデン)、といったところか」

 

 面白いものを見せてくれて感謝するとレグリットは管槍を返してもらう。

 ただそのまま返してもらうのもあれなのでパフォーマンスだと回転させながら突く管槍だからこそ出来る技術を見せると目つきが変わった。闘志が揺らいでいるわけではないが……なんだろうな。なにかを隠している事だけは確かなんだろうが

 

「そうだ、ジョン。折角だから先生に銃の手ほどきを受けてはどうだろう?」

 

 色々と考えていると閃いたという顔をするシャーリー。

 

「なんだ銃も使うのか?」

 

「最近、手を出し始めたそうです……先生は色々と武器を使えるがその中でも銃の腕に長けている。ジョン、先生の指導は厳しいがその分確実に」

 

「嫌だね」

 

 シャーリーはレグリットに銃を教わるべきだと提案をしてくる。

 レグリットからは吉田松陰が見える。吉田松陰は桂小五郎や高杉晋作等の偉人を教え子に持つ……腕は本物だろうが俺は教わるつもりはない。

 

「俺はここの連中からものを教わりたくない……お前もそうだがここの連中は大嫌いだ」

 

「っ……」

 

 くだらない感情なのは理解している。頭を下げれば伸び悩んでいる銃の腕の欠点を改善する方法を教えてくれるかもしれない。

 だが、それでも俺にだって譲れないものはある。ここの奴等に対して心は開きたくない。なにも思いたくない、虚無でありたい。嘘偽りなく本心で答えるとシャーリーは悲しそうな顔をする。お前に対して心を開いていると思ったか?大間違いだ。俺が気を許してるのはリーナだけで、そのリーナは甘えん坊なところがあるから気を置く事は基本的には出来ていないんだ。

 

「そうか……教えてほしくなったら何時でも教えてやる」

 

「随分と軽いな」

 

「なに、今のでその管槍の大まかな構造は把握する事が出来た。なにも難しくない、槍に1本の管を備え付ければいいだけでエンジニア達に負担を掛ける構造ではない量産が可能な武器だ……今後のイアドリフの標準装備になる可能性を秘めている。そう考えれば銃の指導は安い使用料だ」

 

「……1つだけ言っておく。管槍はそう安々と使いこなせる物じゃない。剣を知らねば槍は使いこなせないし、槍を知らなければ剣を使いこなせない」

 

「いい言葉だな……玄界の言葉か?」

 

「本かなにかで見た記憶がある……何処かは分からない、忘れた」

 

 ホントに何処で見た知識なんだろう……謎だ……まぁ、いいか。

 

「それで、なにを隠している?」

 

「……なんの事だ?」

 

「惚けても無駄だ。特になにかをやったわけじゃない気紛れを起こしたわけでもない、王族様がわざわざ俺を呼び出して茶会を開くなんてなにか裏があるんだろう……」

 

 尚、俺に惚れたという選択肢は最初からない。

 モッサリとした見た目の俺を吊り橋効果抜きで好きになる人間なんて早々にいない。仮に居たとしても今ならば闘志を経由して他人の好意や好感度も分かる。

 

「なにを言っているんだ、今回は私が玄界がどんなところなのか気になったから呼び出しただけで裏もなにも」

 

「姫様……貴女にはなにも知らされていないだけです」

 

「え?」

 

 純粋な好意で俺を呼び出したと主張しようとするシャーリーだがレグリットは諦めたのか一息吐いた。

 シャーリーはなにも知らされていない……この性格や王族の末席に座っている事から多分上層部の嫌われ者とか目の上のたんこぶ的な存在だろうな。

 

「現在、イアドリフはとある国と離れていっている……ここまで言えば分かるだろう」

 

「……まさか……」

 

「ああ、イアドリフは数年ぶりに玄界(ミデン)へと近付いた。何をするかは言うまでもない」

 

「…………そうか」

 

「吠えないのか?」

 

「今、頭の中がしっちゃかめっちゃかになっている。冷静でいられない」

 

 色々と言いたいことがあるのだが自分が奴隷だという事を忘れてはいない。イアドリフに対して文句を言ってやりたいが言ったところでどうする事も出来ないのが現実なんだ……。

 シャーリーが俺を気に入って呼び出すのを計算した上で俺の足止めに使ったな。万が一遠征艇を奪って地球に逃げ込まれない様にする為に……クソっ、また犠牲者が増える……ああもう、余計な事を考えたくねえ。

 

「命令だ、今から私の仕事を手伝え。マンジロー」




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28話

 

「ここだ……少し待っていろ」

 

「…………」

 

 レグリットに連れられてやってきたのは嫌な思い出しか残っていないなにもない真っ白な一室。

 手錠を嵌められた状態でレグリットはリモコンを取り出すと手錠の鍵を解錠した。それと同時に俺の尻を蹴って部屋の中に無理矢理入れる。別にそんな事をしなくても普通に入るのだが今回俺は攫われてしまった人の1人になっておかなければならない。イアドリフの連中と仲良くしている姿を今は見せることは出来ない。

 

「Bạn cũng đã được đưa đến đây?」

 

 レグリットが去ると1人の男性が話しかけてくる。

 しかし残念な事に使っている言語が日本語でも英語でもない……トリガーを使えば一発でなにを言っているのか分かるのだが、生憎な事にトリガーを取り上げられているのでなにを言っているのかさっぱりである。

 

「I can't speak english I can only speak Japanese」

 

 英語は喋る事は……多分出来るだろう。伊達に4年間リーナと一緒に暮らしていない、日常会話ならなんとかなる。

 ただ今回はその英語力を披露する場ではない。あくまでも純粋な日本人という設定を守らなければならない……なにをやっているんだろうな、俺は。言葉が通じないのが分かった男性は何処か諦めた様な表情をしており落ち込む。

 

「流石にスゴいのはいないか」

 

 グルリと一回転をして閉じ込められている人達をサイドエフェクトで見る。

 この中に優れた即戦力の闘志を持った人物はいない。大抵は獣畜生のオーラが見えるだけで歴史上の偉人や神話の生物は出てこない……まぁ、即戦力になる人間なんて早々にいてたまるかという話だ。

 

「日本語、日本語で喋りませんでしたか!?」

 

 あ、やべえ。油断していた。思わずボソリと呟くと俺と同じぐらいかそれか少し歳上の女が俺に声をかけてきた。

 日本語で喋りかけているというのと容姿からして完全に日本人……?……闘志を見ることが出来ない?……素では闘志を見せない猛者かなにかだろうか。

 

「ああ、お前も攫われたのか?」

 

「はい。塾の帰りに振り向くと四足歩行の変な生き物がいて……」

 

 俺の時と似たような状況で攫われているな。

 同じ気持ちを共感出来ることは嬉しい……例え自分が今悲惨な状態で、立ち位置であろうとも。まともに話をする事が出来るのが分かると彼女はホッとしている。わけがわからない場所に言葉も通じない人達と一緒にいる。精神的に掛かるストレスは尋常じゃない……リーナも似たような気持ちだったんだろうな。因みにだがリーナは今は防衛任務中である。この特殊な仕事はリーナでは任せきれないので俺一人で遂行している。

 

「自己紹介がまだだったわ。私は水無月葵」

 

「俺はジョン・万次郎だ」

 

 話せる相手がいて多少心が安らぐ状態になると自己紹介をする。

 向こうは心を開いてコミュニケーションを取ろうとしているのだがこちらは嘘の名前を教える。ホントの名前は極力使わない様にしている……リーナですら俺の名前を知らない

 

「ジョン……日系のハーフかなにかですか?」

 

「似たようなものだ……俺の身の上の話よりも、これからを考えよう。……コレはなんの集まりだと思う?」

 

「何処かの国が私達を拉致した……という線が大きいように見えますが、ここにいる人達は言語が皆バラバラで意思疎通が取れていない。何処かの国というよりまるで宇宙人に攫われたかの様です」

 

「葵は宇宙人に拉致されたと?キャトルミューティレーションされたと思ってるんだな」

 

「そうとしか考えづらいの、ここにいる人達は何一つ統一性が無い。宗教、人種、言語、どれも当て嵌まらない」

 

 葵は頭は切れる方のようだが流石に近界民関連は知らないので困惑している。

 ここにいる連中の法則性と言えばただ1つ、ある一定以上のトリオン能力を有しているということだ。それは葵にも当てはまる……ただそこにまでは至っていない。ヒントを与えるつもりはない、教えようが教えまいが後で嫌になる程に知るのだから。

 

「どうやらストレスを大分溜め込んでいる様だな」

 

「あれは、さっきジョンを連れてきた……」

 

 何時までこの状態が続くのか、タコ部屋で閉じ込められている連中がピリピリしているとレグリットが現れた。

 さっき現れた人間がまたやってきたと一同の視線はレグリットに向くと1人の男性がレグリットに声をかける。

 

「¿Que tipo de lugar es éste? ¿Quién eres tú? ¿Cual es tu propósito?」

 

「ふむ……」

 

 恐らくはレグリットが何者かここが何処か目当てがなにかを尋ねている。

 レグリットは今はトリオン体だ。俺達の時は一度に大量に色々な言語で質問をしてきたせいでトリオン器官を通じての言語の対話が出来ずに日本語でなに言っているのか分からない状態だが今回は違う。

 レグリットの出方について見ているとレグリットは拳銃を取り出し、質問をしてきた男の直ぐ真横に銃をぶっ放した

 

「な!?」

 

「その質問に対する答えはこうだ……お前達は我々の定めた基準を満たしている。故に他と違い生かした、生き残る事が出来た。おめでとう」

 

「意味が、意味が分かりません!!ここが何処で貴方が何者なのか目的はなんですか!身代金目当てですか?」

 

玄界(ミデン)の金には興味は無い……知りたければ働け!今から戦闘訓練に入る!」

 

 ルミエの時とは違ってポンポンとレグリットは話を進める。

 葵は説明を求めるがレグリットはそんな事はお構い無しだと部下と思わしき者達を引き連れて腕輪型のトリガーを沢山持ってきた。

 

「そこの男、こっちに来い」

 

 俺を指名するレグリット。なにをさせるつもりだと近付こうとするのだが葵が俺の服の裾を掴んでいる事に気付く。

 やっと見つけた話し合える人が拳銃をぶっ放すヤバい人間に連れて行かれるとなれば誰だってそうなる

 

「大丈夫だ……向こうはなにかしらの目当てがある。ちゃんと言うことを聞いておけばなにも問題無い」

 

「でも」

 

「逆らう方が危険だ……俺になにをさせるつもりですか?」

 

「……トリガー起動と言え」

 

 あくまでも素知らぬフリをする。ここから何をするのかは大体の予想がつくのだがあくまでも素知らぬフリ、初対面のフリをして装う。

 腕輪型のトリガーを嵌めてトリガー起動と音声認識で起動させると生身の肉体からトリオン体に変わった。生身の肉体とは違うと印象付ける為にか青色のジャージの様な物に服装が切り替わっている。

 

「……これはいったい」

 

 トリガー技術が未知の物なので葵は受け入れる事が出来ていない。

 とりあえずは他の人達にも腕輪型のトリガーが配られていく。

 

「トリガー起動と言えばいい」

 

 どうすればいいのか悩んでいるとレグリットは丁寧に説明する。

 与えられたトリガーをトリガー起動と音声認識で起動させると外国人達は生身の肉体からトリオン体に換装した。さっき俺が生身の肉体からトリオン体に換装するところを見ているとはいえ生身の肉体から別の肉体に切り替わると違和感の様なものを感じるだろう。

 

「どうやら全員、行き渡った様だな」

 

 トリオン体に全員が換装し終えるとレグリットは声を出す。

 言葉が通じていると一部の人達は驚くのだがレグリットはそんな些細な事を気にせずにリモコンの様な物を取り出して立体映像を映し出した

 

「今からお前達には支給された【カゲロウ】を用いて殺し合え……なに、安心しろ。今のお前達は生身の肉体ではなくトリオン体になっている。怪我をする事は無い」

 

 立体映像には何時かの攫われてしまった時のはじめての戦いの日の映像が映し出される。

 そこには既に死んでしまっている海外の方が映し出されており【カゲロウ】を用いての戦闘を行っていた。

 トリガーの翻訳機能と映像を見せることでこれから自分達がなにをするのか分からされた一部の人達は青い顔をする。生身の肉体でないとはいえ、今から殺し合いをするのだから嫌でも顔が青くなる

 

「你为什么这么做?」

 

「なに、タダとは言わない……お前達の今後を左右する戦いだ。温かい布団で寝たければ、シャワーで汗を流したいのなら、綺麗な服を着たいのならば勝ち残れ」

 

 戦う意味を聞く中国人っぽい人の質問にレグリットは答える。

 ここで勝ち残らなければ今後の暮らしに大幅に関わってくる……まぁ、既に部屋と農地を貰っている俺には関係の無い話である。

 

「Tôi không muốn làm điều đó」

 

「お前達に拒否権は無い。既にコレは決まったことで命令だ。この戦闘訓練の結果次第で今後の身の上が決まる」

 

「……すみません、ちょっといいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「この服装を変えたいです。黒と白のストライプ模様に切り替えてください」

 

 ここで俺がやれることと言えば、少しでも自分が有能ですよ感をアピールする事だ。

 戦うのは例によって何時もの森か廃墟地のどちらかだろう。迷彩柄にしたいと言った時はルミエに却下されたので恐らくは今回も出来はしないだろう。

 

「ほぅ……いいだろう(おい、目立ちすぎるな)」

 

 口で許可しつつ俺に念話での通話を取るレグリット。

 

「(そんな事を言われてもコレが1番の道なんだよ。俺の時も同じことをした)」

 

「(お前が悪目立ちしすぎると若い芽を摘む可能性が高い、程良くしろ)」

 

「(それは無理な相談だな。どいつもこいつも素人だ)……葵、お前も変えないのか?」

 

 レグリットに注意はされるのだが、生き残る為に自分は有能だのアピールタイムを忘れてはいけない。

 葵にも今しかアピールする瞬間はないんだぞと遠回しに言うかの様に服装の入れ替えを伝える。

 

「そうね……私もジョンと同じく青と白のストライプ柄にしてください」

 

「……トリガーを寄越せ。少しだけ待っていろ」

 

 葵も俺と同じくストライプ柄の服装に切り替えることを選んだ。

 レグリットは少しだけ考える素振りを見せた後に手を出してくるのでトリオン体から生身の肉体に切り替え、渡された腕輪型のトリガーを渡すと部下と思わしき人物にトリガーを持っていってもらう

 

「お前達は今の内に【カゲロウ】に馴れておけ」

 

 俺と葵のトリガーを弄っている間に他のトリガーを支給された面々は【カゲロウ】を手に取る。

 何処からどう見てもただのビームサーベルで実際のところはそんなものであり伸びる機能である【ウスバカゲロウ】や剣先の形状が変化する【トウロウカゲロウ】といった機能は一切搭載されていない。

 しかしここで問題が発生する。戦闘訓練を行いたくないのかレグリットの言うことを聞きたくないのかは知らないが【カゲロウ】を持った外国人がレグリットに向けて構える。

 

「やめておけ、お前達では私には敵わない」

 

「Si 3 personas atacan desde 3 direcciones, el arma no se puede prevenir」

 

 2丁拳銃なので3人で挑めば問題ないとする外国の人。

 そうだと言葉が通じた他の外国人達が【カゲロウ】を構えて突撃するとレグリットは目にも留まらぬ速さの早撃ちで3人の外国人を撃ち抜くとトリオン体が破壊された外国の人達は緊急脱出機能を用いて何処かに消え去った。

 

「私に挑むのは勝手だがここが何処だか分かっていて挑んでいるのか?勝手のわからない場所で無駄な事をすれば今の様に犬死するだけだ、馬鹿な真似さえしなければこちらも手荒な真似はしない」

 

「あ、あのっ。撃たれた人達は何処に行ったんですか!?」

 

「……お前が知る必要は何処にもない」

 

 葵は緊急脱出機能により消え去った3人の外国人達について尋ねるがレグリットは答えない。あえて答えない事により恐怖心を煽る。

 多分だけど何処かの牢獄か、こことは違う別の部屋に飛ばされている……逆らったとはいえ、イアドリフが出したトリオン基準値を満たしているので早々に殺すことはしない。仮にしても黑トリガーを作るのに使われる。

 

「さて、準備が出来たようなのでそろそろいかせてもらうぞ」

 

 何処かに飛ばされた事について葵は怯えている。怯えるのをやめろなんて事を俺は言えない。

 言われた通りにストライプ柄にトリオン体を改造し終えたのでトリガーを再び手にしてトリオン体に換装する。レグリットについてこいとついていけば何時もの森、ではなく廃墟地に足を運んだ。

 

「5分後に合図のブザーを鳴らす。それまでに各自、好きにしろ……ただし逃げたのならば問答無用でトリオン体を破壊する……外に狙撃手は何人も配備してある」

 

 レグリットが手を振り下ろすと俺達のすぐ近くに弾が飛んでくる。

 狙撃手が潜んでいるな……息を潜めていても闘志を潜めることは出来ない……そこそこの腕の奴等が潜んでいるな。

 これから戦闘訓練を開始すると言われると俺は廃墟地に足を運ぶ……さて、どうしたものだろうか。

 

「待って、待ってください!」

 

「なんだ、着いてきたのか」

 

 トボトボと廃墟を歩いていると葵が俺を追い掛けてきた。1人で行動しろとは言われていない。手を組むのは有りだが、それは俺の口から言わない。

 

「ここまで来たらもう戦うしか道は無いんだ。今更嫌だなんだと言っても意味は無い」

 

 戦わない道は何処にも存在しない。ここでまだやりたくないと駄々をこねるのならばこの訓練開始の合図と同時に斬り殺す。

 ここにいる連中よりも俺の方がハッキリと強いと断言する事が出来る。【カゲロウ】1本とはいえ数年積み上げてきたものがある。

 

「それは分かっています……」

 

「なら、やることは決まりだ。お前を倒す……優秀な成績を残しておかないと今後の生活に関わってくるらしいからな」

 

「手を、手を組みませんか?」

 

「手を組む、ね……」

 

「はい、ここで無駄に争うよりも互いに協力して生き残りましょう」

 

「最後はどうするつもりだ?」

 

「っ、それは……」

 

 俺と手を組んで協力しようと葵は提案してくるが、問題は最後だ。

 最後に残るのは俺と葵になったのならばどうするつもりだ?潔く腹でも切るつもりか。

 

「最後の事は最後になって決める、か……お前は人を斬る事が出来るのか?生身の肉体とは違う別の肉体みたいだが、それでも斬れるか?」

 

 手を組むと提案してきたのは葵だが問題は葵が人を斬る事が出来るかどうかだ。

 俺やリーナはなにも問題無く人を斬ったり撃ったりする事が出来るどころか生身の肉体を撃ち殺す事も出来る。人を斬る事が出来ないと葵が答えるのならば俺は葵を切り離す。ここで斬る事が出来ない撃つことが出来ない人材は不要だ。

 

「……斬れると思います」

 

「思います、か……ギリギリになって躊躇ったりしたら俺は容赦なくお前を切り捨てる。使えないと分かればお前ごと叩き切る」

 

 人を斬るなんて事をやったことがないので斬れると葵は断言する事は出来ない。

 サイドエフェクトで闘志を見れば揺れ動く心を見抜くことが出来るのだが何故か葵の闘志を見ることは出来ない。言葉から本気なのは分かるが……何故だろう。闘志を見ることは出来ない

 

「ありがとうございます……」

 

「お礼は生き残ってからだ…………はじまったな」

 

 戦闘訓練開始のブザー音が鳴り響く……この訓練をやるのは久々だ。今回はリーナが居ない、居るのは素人の葵だけだ。

 サイドエフェクトで闘志を見て、恐らくはタイマンで俺が負ける相手はいない。管槍じゃない剣だが、早々に負けることはない。【カゲロウ】だけでシールド無しの条件下だが多対一でも勝つ自信はある。

 

「ど、どうします?」

 

「そうだな」

 

 このトリオン体にはレーダーが備え付けられている。

 手の甲を翳すとレーダーの様な物が展開していく……割と直ぐ近くに1名いる。俺達の様に手を組む事が出来ていない奴か

 

「数の利を活かして多対一で1人ずつ狩る……手を組んでる奴等は極力避ける」

 

「でも、これは時間制限がありませんよね?」

 

「ああ……先ずは1人だけの奴等を狩る、そこから次の段階に移行する」

 

 慌てない、動じない。心も頭もクールにする。9歳の頃の自分ならば絶対に無理だっただろう。4年間積み上げたものが今活かされている。

 葵を先頭に俺はレーダーで1人になっている奴のところに向かった。



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29話

 

「いましたね」

 

 とりあえず1人の奴を狩るのに集中したいので葵と共にレーダーに1人でポツンと映っている人の元に向かった。

 向こうはこのトリオン体にレーダー機能が搭載されている事に気付いていないのか右を見ては左を見て、時には背後を見て警戒心を剥き出しにしていた……警戒心を剥き出しにしているが外国の人が纏っている闘志は花札の猪と特別変わったところはない。

 

「俺はあいつの後ろに回るから葵はあいつと勝負して時間を稼いでくれ」

 

「一度に2人で挑んだ方がよろしいのでは?」

 

「それもありだが数の暴力ゲーになったら相手より数が少ない時に対応する事が出来ない、実際に何処まで戦えるのか知る必要がある」

 

 外国人1人に対して2人同時に挑むのはありよりのありだが、それではいけない。

 葵は戦う覚悟を決めたようだが実際のところ本当に戦えるのか、人を斬る事が出来るのかが怪しい……せめて葵の闘志を見ることが出来れば判断する事が出来るんだけど、何故か葵だけは闘志を見せていない。

 

「分かりました……後ろに回り込んで奇襲を仕掛ける作戦ですよね?」

 

「ああ……時間が無い、やるぞ」

 

 葵はやや不服そうにしているものの、指示通りに動いてくれる。

 堂々と警戒心を剥き出しにしている外国人の前に姿を現したので廃墟を伝って裏に回り込む。

 

「不要出現,勝負」

 

「ええ、正々堂々受けて立ちましょう」

 

 葵が姿を現した途端に外国人は緊張の糸が僅かに途切れる。

 何時何処から来るか分からない襲撃が今やってきたとなればある意味ホッとする。【カゲロウ】を手に葵に向かって斬りかかるので葵は【カゲロウ】で受ける……葵の表情から焦りは感じていない。俺が裏で仕掛けてくるのを信じているからだろう。

 

「(こちらジョン……この訓練は新入りが何処まで動けるかを試すテストの様な物だ。俺は何処までやっていい?)」

 

 このままポッと出ていって終わらせる事は可能だが、その前にと上に確認を取る。

 この選別の戦いは葵達新しく攫われていった人達の今後の身振り等を決める戦いでもある。既に現状の中で好待遇でトリガーを使って戦う事に馴れている俺は好き勝手にしていいのかの確認を取っておく

 

「(好きにして構わない……だが分かっているだろうな?万が一新人に負けた場合はどうなるのかを)」

 

 言質は取れたが相変わらず恐ろしい。生かさず殺さず、江戸時代の農民の様な絞り方をしている。

 とはいえレグリットからの許可も降りたのでカゲロウを出現させて廃墟から飛び降りる。

 

「嗯,兩個人!?」

 

「そういうことだ」

 

 2人居ることが想定外だった外国人は驚いている。

 驚くなんて無駄な一手を踏んだものだから葵はその隙を逃さず【カゲロウ】で斬りに行くと剣を弾く事に成功するのですかさず外国人の両腕を切り落とす。【カゲロウ】はよく出来た剣だが剣であることには変わりは無い。腕さえ封じればどうにでもなる。

 

「葵……やれ」

 

「え」

 

「え、じゃない。コイツにとどめを刺すんだ」

 

 既に腕を切り落として虫の息に近い状態だ。だが、まだ生きている事に変わりはない。

 トドメを指すのは簡単だ……簡単だからこそ葵にやらせてみる。葵は自分がやらなきゃいけないのかと戸惑いを見せている。

 

「別に難しい事じゃない。既に見たけど腕を切り落としても血が一滴も零れ落ちない。俺達は生身の肉体とはまた違う別の肉体に換装している状態だ……死ぬことはない」

 

 本物の肉体でない事を証明している……だから斬るしかない。葵はゴクリと息を飲み込むと【カゲロウ】を握っていた手がカタカタと震える。

 生身の肉体でない事は頭で理解している。だがそれでも人を斬るのには勇気がいる。リーナはその辺りが躊躇い無かったのは海外育ちで銃火器が日常の中に備わっているからだろう……ただ葵はリーナとは違う

 

「早くしろ、俺とお前の2人になるまで戦わないといけないんだ。こんなところで躓いている場合じゃない」

 

「わ、分かってます!」

 

 そうは言うが手が震えている……やっぱりこの訓練は無茶があったか。

 暴力とか銃火器に程遠い日本人にいきなり武器を渡して殺し合いをさせれば誰だって震える……俺がおかしいだけだ。

 

「……えいっ!」

 

 覚悟を決めた葵は外国人の首を斬り落とした……やれば出来るじゃないか、と言いたいところだがコイツ斬る時に目を瞑っていた。

 攻撃する際に目を瞑っていたら攻撃の精度は当然の様にガタ落ちする。今回は両腕を斬り落とした外国人の首を跳ねるだけで済んだが一対一だと確実に負ける……

 

「斬った……人を斬った……」

 

 トリオン体とはいえ人を斬った事には変わりはない。その感触が忘れることが出来ないのか葵は手を震わせる。

 戦わなければならないのは葵も理解している。ただ人を斬れるかどうかはまた別の話で……この感じだと人を撃つことも出木なさそうな気がする。

 

「大丈夫か?」

 

「っ……大丈夫、です」

 

 明らかに大丈夫じゃない葵の返事。表情からもキツそうなのが分かるが、それでも多少の無理や無茶はしなければいけない。

 レーダーを展開し、1人になっていて尚且チームを組んでいない奴を探し当てると急いでそこに向かう。

 

「今度は逆でいくぞ」

 

 俺が囮を演じて、葵が裏から奇襲を仕掛ける。

 外国人が視界に捉えたので堂々と前から仕掛けにいく。

 

「Du kom」

 

「何処の国の言葉かは分からないが、言ってやろう……もう終わりだ、俺が来た」

 

 オールマイトっぽい事を言うと外国人は表情を変える。

 トリオン体がどういう感じに翻訳してくれているのかやや気になるものの【カゲロウ】を向けてくるので直ぐに戦闘態勢に入る。こちらも【カゲロウ】を取り出す……見た目がビームサーベルっぽい【カゲロウ】を持つのは何時ぶりだろうか。基本的には日本刀の形状の【カゲロウ】をブン回しているから違和感を感じる。

 

「Besegra, dö」

 

 負けろと言いながら【カゲロウ】を振ってくる。

 動きからして完全に素人なのが丸分かりでこちらは受けに回りつつレーダーを展開する。葵は上手く背後に回り込む事はできている。このまま順調にいけば奇襲を仕掛ける事が出来る……ただし幾つかは問題はあるが。

 

「っち……やっぱこうなるか」

 

 生かさず殺さず、勝つことが出来る相手だが勝ちに行かずにいると葵が一向に出てこない。

 脳内に直接語りかけるタイプの通話を取ることが出来ないのでなにをしているんだの一言も言えない。何故かは分からないが葵の闘志が見えないので何処に居るのか、正確な位置も分からない……仕方ないか。

 

「なにをやってるんだ!!もう充分なぐらいに隙は出来ているんだ、とっとと斬りにこいよ!」

 

 レーダーを使えば何処に誰が隠れているのかが分かる。

 葵が隠れているのをバレるデメリットはあるがこのままだと俺一人で勝ってしまうのでそれでは手を組んでいる意味は無い。

 俺の言葉を聞いてどんな感じに翻訳されているのかは不明だがコレで何処かに誰かが隠れているのは分かってしまう。俺にだけ意識を割くことは出来ず、直ぐに自分のレーダーを展開して何処に誰が隠れているのかを見つつ俺の攻撃を受け切る。

 手を抜いているとはいえ一度にここまでやれるとは……闘志は鹿が見える……そこそこやれるのか。

 

「捕まえた」

 

 葵が一向に出てくる気配は無いので、勝負を決めに行く。

 剣で剣の重心を抑える事で相手の動きを封じると剣の切っ先を返して相手の体を浮かし、相手の姿勢を崩す。受けからの崩しに入り浮いた体を斬り裂いた。斬り裂かれた外国人は光の矢になって緊急脱出していった。

 

「おい、どういうつもりだ?」

 

 1人で倒す事に成功したので【カゲロウ】を鞘に納め、葵が隠れている方向を睨む。

 葵は申し訳無さそうな顔をして出てくる……こういうやり方は指導者としては二流だがやるしかないだろう。

 

「すみま、せん……」

 

「奇襲を仕掛けるチャンスは何度もあった筈だ。すみませんじゃなくてどうして出てこなかった?」

 

 奇襲を仕掛けるチャンスをあえて何度も何度も作った。

 勝負を決める事が出来たが葵の事を考慮して作ったチャンスを葵は生かす事が出来ない。奇襲をミスしてしまったのならばまだ目を瞑る事が出来るが姿の1つも現す事がなかった。

 

「それは……すみません」

 

「すみませんじゃねえだろ……俺達はなにをしているのか言ってみろ」

 

「……殺し合いをしています」

 

「正確には殺し合いの訓練をしているんだ……死ぬことは無いがこの訓練で今後の身の振り方が決まると言っていた。ビリや下位になれば今後の生活に大きな支障をきたす可能性が高いんだ」

 

 明日を生き抜く為に見知らぬ誰かを踏台にしなければならない。

 

「こんなの、こんなの間違ってい──っ!?」

 

 間違っていると言おうとする葵に対してビンタを叩き込んだ。

 これこそ間違った事だろうがこれしか俺には能は無い。葵はビンタされた頬に手を翳す。

 

「甘えるんじゃねえ!俺もお前も戦わなきゃ生き残れない。間違ってるとか正しいとかもうそういう次元の話じゃねえんだよ!」

 

 命令された事を遂行しないといけない。上からの理不尽だったり危険だったりめんどくさかったりする仕事を熟さないといけない。

 葵は今にでも泣きそうな顔をしている……分かっている。俺が間違った事をしているのを、俺の方が正しくないのを。暴力に訴えかけて人を説得する事は3流以下の人間がやることだ。

 

「っ……っ……なんで、なんでそんな酷いことが言えるの!」

 

「泣いたってなにも変わらない……強くなるしか道は無い、ここは弱肉強食を体現した世界なんだ」

 

 涙をポロポロと葵は流していく。これがリーナだったら優しい言葉を掛けたかもしれないが厳しくいく。

 同じ日本人だからか、同じ境遇だからだろうか、それは俺にも分からない。ただ厳しくしておかないといけない……先輩だからだろうか。

 

「俺は1人でもやりきる……そうじゃないと、優秀だとアピールしておかないと今後の生活に関わってくる」

 

「っ、待って!」

 

 これ以上は付き合いきれないと突き放そうとすると葵は腕を掴んできた。

 

「放せよ」

 

 これ以上は付き合ってられない、斬らなければいけない状況で斬れないのはいけない事だ。

 辛いかもしれない、苦しいかもしれない、気持ち悪くなるかもしれない……でもそれでもやらないといけないんだ。

 

「俺は1人でやる……お前はそこで野垂れ死んでろ」

 

「もう一度、もう一度チャンスをください!次こそは上手くやってみせます」

 

「口ではなんとでも言えるだろう」

 

 そういうことを言う奴に限って上手く出来ないものだ。パターンは決まっているものだ。

 葵は口だけじゃない事を証明しようとするのかレーダーを起動し、何処で誰が動いているのかを確認する。

 

「すぐ近くに2人組と思わしき人がいます。向こうが二人がかりで挑んで来たのならば、幾らなんでも」

 

「それで?」

 

「私も一緒に戦います。数の上では互角になります」

 

「話にならないな……コンビを組んでる連中は斬る事が出来ているがお前はそれが出来るのか?」

 

 出会って間もないので向こうもコンビを組んだとしても上手い具合に連携が出来ないだろう。

 連携無しで2人で襲ってくる相手ぐらい余裕で倒すことが出来る。人を斬る事が出来ない葵が居ても居なくてもどうにでもなる。

 

「……斬ります」

 

「……次は無いと思えよ」

 

「っ、はい!」

 

 その言葉が嘘かどうか見抜くことは出来ないが、チャンスは与えるべき……優しさと甘さを履き違えてる気もする。

 非情になろうと思ってもどうしても余計な事を考えてしまう。心を殺す技術を覚えておかないと何時か足元を掬われる。

 

「俺が囮になるから、お前が奇襲を仕掛けろよ」

 

 3度目となる戦いはコンビでの戦いだ。俺は囮になる。その気になれば倒すことが出来るがそれだと意味が無い。

 レーダーを展開してターゲットを確認する。2人一緒に居るのに争っている素振りが見えない。コンビを組んで戦っているのだろう……この試合でコンビを組んで戦うのは中々に難しい事だが成功すれば数の利を得ることが出来る。

 

「俺、参上……とやってる場合じゃないな」

 

「È apparso!」

 

「Chỉ có một. Đừng để mất cảnh giác」

 

 俺の姿を見て即座に戦闘態勢に入る。

 入るまでの極僅かな時間があれば【カゲロウ】で一閃する事が出来たが、それはせずに襲い掛かってくる2人の剣を受け止め避ける。

 今のところは俺が不利、形勢を逆転する事は可能だが……葵にくれてやったチャンスを活かして貰わないと困る。

 

「どうしたそれまでか!!」

 

 シールドが使えないのが地味に痛いが攻撃を捌く、いなす、躱す。

 2人の視線や思考は俺に集中している……やるならば今しかない。ここで出てこなければ今度こそ見捨てる。

 

「そこだ!!」

 

 念話での通話はする事は出来ないので声を出す。

 日本語なので外国語に翻訳するとおかしくなったり同音異義語になったりする為に外国人の2人は一瞬だけピタリと止まる。その隙があればいいと重心を前に倒して移動する縮地でイタリア語っぽい言葉を喋っていた外人を斬り裂くと同時に葵が背後から現れる。

 

「隙あり!」

 

 葵は【カゲロウ】を振り、ベトナム人と思わしき人を斬り裂いた

 背後からの奇襲を受けたのでベトナム人の男性は対応する事は出来ずに斬り裂かれる……

 

「はぁはぁ……やった……やったわよ!!」

 

「ああ、そうだな」

 

 葵は言われた通り奇襲を仕掛ける事に成功した……まだ完全に勝利していないので油断をする事は出来ない

 レーダーを起動させて展開すると他にも戦っているところがある……葵の状態がイマイチ分からない。闘志を見れば一発で分かるのだが……コイツ、もしかして……いや、今は関係無い事か

 

「次に、次に行きましょう。早くこんなくだらない事を終わらせないと」

 

 テンションが一周回ってハイになっている。こういう時はどうすべきか、一時のテンションに身を任せるべきか。

 余計な事を考えさせずに済むのだから戦ってもらうのはいいことだが……下手に挑んで葵がやられたらそれこそ問題だ。葵を活かして生かした上で作戦を練らないといけない。俺が無駄に活躍しては意味は無いのだから……レグリットめ、面倒な仕事を押し付けやがって。

 

「一旦落ち着けよ」

 

「落ち着いていますわ……早く次に、次に行かないと」

 

「…………」

 

 一周回ってハイになっている……これ頭が冷静になったらどうなるのか……あ~……嫌われ役もやれということか。

 

「人を斬る事はそんなに楽しい事か?」

 

「え……っ!!」

 

 一周回って頭がハイになっている葵に毒を投げつける。頭がハイになっている葵は冷静になったのか体がビクリと動く。

 自分はついさっき人を斬ってしまった事を葵は段々と自覚していき口元を押さえる……人を斬ったという実感が今になって湧いてくる。とはいえトリオン体は体液を吐かないからゲロを吐くことはない。生身の肉体なら今頃涙とゲロ塗れになっていただろうな。

 

「なんでそんな酷いことを……」

 

「酷いから言っているんだ。後になって頭が冷静になると自分の手が血に塗れている感覚に襲われる。今、ゲロを吐いていた方がいい」

 

 泣いて叫んで苦しんでそれでも立ち上がらせる。

 葵はプルプルと手を震わせて涙を流している。人を斬ったという感覚が、実感が今になって湧いて出てきた……コレがトラウマになるかいい経験になるのかは俺には分からないし、責任は取れない。

 

「貴方は最低の屑よ」

 

「……ああ、だろうな」

 

 ゲロを吐かせてでも無理矢理に前に進ませる俺は善人とは程遠い……何時の間にかそんな人間になったんだ。

 葵は乱れた呼吸を整えていく。涙を流すのをやめる……少しずつ、少しずつ頭を元の状態に戻していく。

 

「残りは……っち」

 

「どうかしましたか?」

 

「3人組のチームがいやがる」

 

「さ、3人ですか」

 

 レーダーで3人に固まっている連中を見つける。

 前回と違って徒党を組む連中が増えている……あの時に見た闘志は基本的には雑魚ばかり、徒党を組んだとしても負けることはない

 

「どうしますか?1人になっている人と交渉して、こちらも3人で」

 

「いや……もう1人になっている奴はいない」

 

 徒党を組んで数の暴力で1人になっている奴等を狩る。至ってシンプルだが普通に強い作戦である事には変わりはない

 残っているのは3人の組と2人の組と残りは5人……恐らくはトリオン体にレーダーが備え付けられている事には気付いているだろう。

 

「あ、近付いてきました!!」

 

 レーダーを葵が覗き込むと2人組のチームがこちらに向かって来ている。

 2人組……相手に出来なくもない。

 

「どうする?」

 

「ど、どうしましょう……」

 

 あえてここで葵に問い掛ける。俺ならばという意見は一切出さない。

 今までは数の利を活かした奇襲作戦で上手くやれているが相手が2人でレーダーを見てここにやってきている。葵は自分ならば勝てるという自信は無いのでどうすべきかを悩んでいる。

 

「他の人達と手を組む、のは出来なさそうですし」

 

「別に手を組む必要なんて何処にもないだろう……そこに敵が居ると思考を掻き乱せばいいだけだ」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「混戦に持ち込むんだよ」

 

 1つのチームを相手にするのでなく複数のチームを相手にする。一度に自分の味方以上の数の敵を相手にするのだから素人には難しい事だろう。

 

「味方を増やすのでなく敵を増やすのですね」

 

「そういうことだ……時間が無い、さっさと行くぞ」

 

 狙うのは3人居るチームだ。

 葵はまだトリオン体に馴れていないので俺がお姫様抱っこをして3人組がいるところに向かった。

 

「Come out without hiding!」

 

「英語か」

 

 予想通りかレーダーを使って俺達がやって来た事に気付いたのか声をあげる。

 英語圏内の人だがリーナと訛り方が違うので英語圏内の国だがアメリカじゃない可能性が高い……別に仲良くするわけではないのでどうだっていいことか。

 

「葵、最初は勝つことを考えるな。生き残る事を考えろ」

 

「でもっ、相手の方が数が多いですわ!」

 

「耐えるだけなら問題無い筈だ!自分の腕を信じろ」

 

 数の利は向こうにあるが耐え抜くならばいける筈だ。

 外人は剣を突いてくるので弾く…………レーダーに映っている二人組は割と近くにいるのだがここまで近付いてこない。俺達が混戦を狙っているのを見抜かれてしまったか?それとも混戦は危険で漁夫の利を得る気か……はぁ、仕方ない。

 

「こういう事をやると後で怒られるが、やるしかないか」

 

 本気を出す。

【カゲロウ】を鞘に納めて斬りかかろうとすると英語圏内の外人は【カゲロウ】で受け止めるが鞘付きの【カゲロウ】を受け止めたのでそこから【カゲロウ】を鞘から引き抜いて鞘で【カゲロウ】を抑え、出来た隙を逃さず心臓目掛けて突きを入れる。

 トリオン体にヒビが入ったのが見えたので直ぐに【カゲロウ】を引っこ抜くと背後から突きに来る外人の剣を避けつつ体を捻り回転しながら攻撃を入れる。

 

「ラストワン」

 

 二人を一瞬の内に斬り倒すと最後に葵が相手をしている敵に斬りかかる。

 突然の俺の本気に対応する事が出来ないのか葵にだけ情報処理能力を割いているので隙は大きい。一瞬の内に3人を撃退する。

 

「作戦のアテが外れた……真面目に取りに行くぞ」

 

「真面目にって、今まで手を抜いていたのですか!?」

 

「さて……」

 

 葵は今まで手加減をしていた事に驚く。

 しかしそんな事はどうだっていい。レーダーを展開し、何処の方向に居るのか確認をすると潜んでいる方向を見つめる

 

「そこか」

 

 残りは後二人だからやりやすい。

 葵を置いてレーダーを頼りに相手のところにまで向かうと鞘に納刀していた【カゲロウ】を居合いで抜いて2人を切り裂いた

 

「(これで終わりだ)」

 

 レーダーを展開するともう誰も残っていない。レグリットに訓練が終わった事を伝える。

 

「(これは玄界の人間が何処まで動けるのか確認する試験の様なものだ。もう少し限度を知れ)」

 

「(そうは言うがどいつもこいつも似たような実力だ。チームを組んで動くのだから俺の時よりはマシだが)」

 

 最後の最後で独断で動いた事をレグリットは苦言する。

 そんな事を言われても【カゲロウ】一本でここまで来たのだからむしろ良くやったと言ってほしいものだ。

 

「(まだ終わってはいない、気を抜くな)」

 

「……了解」




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30話

 

「どうやら私達だけのようですわね」

 

 レーダーを展開して何処かに誰かが潜んでいないか葵は確認する。レーダー上には誰も写っておらず、残すところは俺と葵の2人だけになる。

 レグリットから俺と葵以外は全滅したとの報告は受けている……となると、やることは1つしかない

 

「葵、剣を抜け」

 

 この訓練は最後の1人になるまでは終わらないものだ。

 残すところは俺と葵だけになり、決着をつけなければならない。オレは【カゲロウ】を鞘から抜くのだが葵は抜こうとしない。相変わらず葵の闘志は見えないけれど葵が揺れている震えている事に気付く……やっぱりか

 

「口ではなんとでも言えるが、お前……斬る事が出来ないな」

 

 葵は人を斬る事が出来ない。

 人を斬ろうとは思っているけれどもいざそれを実際にすることは出来ない、肝心なところでチキってしまっており剣を抜くことが出来ない。

 

「どうして……」

 

「ん?」

 

「どうして貴方は普通に人を斬り倒す事が出来るの!生身の肉体じゃないとはいえ、やっていることは殺し合いじゃない!!」

 

「そう来るか」

 

 剣で人を切り裂く事を異常だと葵は主張する。確かに生身の肉体じゃないとはいえやっている事は殺し合いだ、生き残る為とはいえ誰かを切り裂く事が出来るのはハッキリと言えば異常だ。そもそもでバトル漫画に出てくる自称一般人達も生身の肉体なのに平然と殺し合いをしていたりするので異常としか言えない。

 

「おかしいならおかしいと思ってくれて構わねえ」

 

 葵の主張は間違ってはいない。平気な顔で人を斬り倒している俺達が異常だ。

 試合でもなんでもない命のやりとりをしている時点で論理的に大分間違っている……だからといって葵が全面的に正しいとも限らない。

 

「俺達は拉致された……奴隷として生きるしか道は無い」

 

「なんで貴方はそう平然としていられるの!!」

 

「……なんでだろうな」

 

 程よく生かさず殺さずの生活を数年も続けていれば牙の1つでも腐って抜け落ちる。

 葵から見れば俺の方が異常者……いや、そもそもで転生者な時点で異常者である事には変わりはないか。一歩前に進むと葵は一歩後退する。

 

「もう、もう私の負けよ!負けでいいから終わりにして!」

 

「(と、言っているが?)」

 

「(ダメだ、限界まで追い詰めろ。この手のタイプは限界ギリギリまで追い詰められて本性が出るタイプだ)」

 

 自ら降参をする葵。

 現場の総責任者であるレグリットと通話をするがレグリットは負けを認めない……攫ってきた奴隷がまともに人を斬れないのは使い物にならない。無駄飯食いを作るわけにはいかないと追い込む様に指示を受ける……これ、後で色々とネタバラシをするんだろうな……嫌われるだろうな、俺。

 

「悪いが今後の生活が掛かっているんだ、お前を倒して先に進ませてもらう」

 

「っ、いやっ!!」

 

 斬りかかりに行こうとすると葵は攻撃を受け入れる……なんてことはせずに抵抗してきた。

 死なないと分かっていても刃物の様な物で斬られるのは普通に嫌だ……あれも嫌だこれも嫌だと大分我儘なお嬢様だこと。

 

「そんな防御の姿勢じゃ俺は倒せないぞ」

 

 剣を振り下ろせば葵は教えていないのに受け太刀を用いて攻撃を回避する。

 防御は素人にしては中々のものだが、素人にしてはというレベルなので斬り崩す事は容易だ。リーナでも簡単に崩すことが出来る……追い詰められても防御の姿勢を見せている。限界ギリギリまで追い詰められれば本性を見せるとレグリットは言うのだが、葵は本性を中々に見せない。というよりかは葵からはなにも見えない。コレだけビビっているのならば秘められた闘志の1つや2つ見ることは出来るがなにも見えない。

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

「っ!?」

 

 【カゲロウ】を鞘に戻し聞いたことのない単語を出すと葵は身構える。

 今回支給されている【カゲロウ】にブレードの長さを伸ばす【ウスバカゲロウ】は搭載されていない、葵からなにか来るという一手を奪うためのフェイクであり、一瞬で間合いを詰めるとしまったと言う表情をする。

 

「あっ……!」

 

「安いな」

 

 限界ギリギリにまで追い詰められた葵は無意識なのかは分からないが【カゲロウ】を振るった。

 シールドの1つも搭載されていない【カゲロウ】だけなのでどうすることも出来ずに【カゲロウ】を持っていない左腕が斬り落とされる……が、この程度では緊急脱出する事は無いと【カゲロウ】を振りかぶり、葵の体を真っ二つに切り裂いた。

 

「(戦うことを拒む素人相手に腕一本持っていかれるとは随分と高い買い物をしたな)」

 

「(葵が限界ギリギリになってどうするか試したものだから安い……多分だけどアイツは人を斬る事は出来る、ただ単に馴れていないだけだ)」

 

 レグリットは俺が圧勝すると思っていたのだろうか。確かにまともに訓練をしていない素人に負けるつもりはないが剣一本だけだとやれることに限界がある。左腕の切断面から溢れるトリオン流出が納まるので緊急脱出していいのか尋ねると許可が降りたので緊急脱出をして葵達が飛ばされた一番最初の何もない真っ白な部屋に転送される。

 

「ジョ、ジョン……うっ……あっ……おぇ……」

 

 外国人が沢山いる中で葵は膝をついておりえづき吐いていた。

 自分は人を斬ってしまったと言う苦しみと実際に自分が斬られてしまったという2つの苦しみを背負っており、床には嘔吐物が流れ出ている。まともに食事をしていないから食べ物系のゲロは無し……

 

「私……貴方を……っ……」

 

 俺を見て葵は涙を流す。実際に俺を斬ってしまった罪悪感に悩まされている。

 どんな言葉を投げかければいいのだろう。元々人を斬る事に対して抵抗は無かったので最初から平然と出来る。どうしたものかと悩んでいるとレグリットが部屋に入ってきて拍手を送る。

 

「おめでとう、最初の訓練はコレで終わりだ」

 

うっ……うげぇっ

 

「何時まで嘔吐しているつもりだ?貴様は勝利をしたこの中での唯一の勝者だ、胸を張って誇れ」

 

「はぁはぁ……なんでこんな事に、それに勝者?最後に残っていたのはジョンの筈では?」

 

「ジョンは最初から此方側の人間だ」

 

「っ……騙していたのね!!……最低!鬼!悪魔!」

 

「……俺が好きでこんな事をやってると思ってるのか?」

 

 俺が運営サイド側の人間だと知ると葵は罵る。

 だが言わせてもらおう、俺だって好きでこんな事をしているわけじゃない。葵が戦えないのならば戦わなければいいと言う事は出来ない

 

「ジョンに関しては深くは攻めるな。いや、むしろ良かったと思え。お前がまともに戦えないのに最後まで生き残る事が出来たのは偏にジョンが力を貸していたからだ。でなければお前の様な弱者は直ぐに脱落していた」

 

「だそうだ……俺だって好きでこんな事をしているんじゃない。……俺もお前達と同じ立場なんだ」

 

 地球から攫われてきた人間であることには変わりはない。

 今でこそ成り上がっているがその道は容易くは無い、売国奴と言われても仕方無い事をしている自覚はある。

 

「ジョン、この女は使い物になるか?」

 

「……どうだろうな」

 

 結果として葵の勝利に終わったのだがレグリットは葵で良いのかと疑いを持つ。

 葵は最後の最後で俺を斬ることが出来た。斬ろうと思えば斬ることは出来るが……限界ギリギリにまで追い詰められないと斬ることは出来ないだろう。

 

「話にならないな。使い物にならない奴を好待遇にしても無駄飯食いだ……この女の前に落とされた奴を」

 

「……だったら俺が引き取る」

 

「なに?」

 

「葵は最後の最後で俺を斬ることが出来た、戦おうと思えば戦うことは出来る筈だ。この訓練と合わないだけかもしれない」

 

「愚問だな、この訓練で合わないと言うならばなにが合うと言う?」

 

「オペレーターなんかがあるだろう」

 

 俺は自分でなにを言っているんだろう。俺自体も苦しい立ち位置なのに葵を引き取ろうとしている。

 まともに戦えない、ゲロを吐かせながらでも戦わせるのが一番のやり方だろうがそれをすぐに選ぶ事が出来ない俺は甘い2流、優しいと温いのは訳が違う。

 

「葵はなんだかんだで最後まで勝ち残った、人を斬ることが出来ないからと切り捨てるのは無しだ、ズルだ」

 

「だがお前が居なければどうすることも出来なかったのも事実……ただでさえ厄介事を抱えているのに、その女を引き取ろうというのならば好きにしろ。部屋に関してはそのままにしておく……みっともない真似をするならばお前自身も落とす。覚悟はしておけ」

 

 レグリットから一応の許可は得る事が出来たのだが……あまり良好ではない。

 葵を引き受けると言ったが葵の目には疑いの眼差しが宿っており、俺を強く睨んでくる。騙していた人間を今からもう一度信じろなんて言うのは割と無茶な事であるがここではその無茶や道理が通らなければならない場所だ。レグリットは外国人達に今日から使う部屋に案内していく。

 

「大丈夫か?」

 

「っ、触らないで!!」

 

 手を差し伸べるのだが葵は拒む。裏切り者からの施しは受けたくないといった顔をしている。

 コレは困ったなと思いつつ普段遣いしている【カゲロウ】が搭載されたトリガーを起動すると葵の腕を強く掴んだ

 

「離して!貴方なんかの世話にはならないわ!!」

 

「ふぅ……………………この手は使いたくないから仕方無い」

 

 ホントならばこんなことはしたくはなかったが状況が状況だけにするしかない。

 葵の肩をガッチリと掴むと右手を構え……葵に思いっきりの平手打ちを叩き込んだ。

 

「キャッ!!」

 

「……うだうだと何時までも甘えた事を抜かしてるんじゃねえよ!俺だってこんな事を強要したくはねえよ。けどな、そんな事を考えている場合じゃねえんだよ!」

 

「暴力を振るうなんて最低な」

 

「ああ、そうだ。俺は最低な売国奴だ」

 

 キッと俺を睨みつける葵。俺は最低だ、自分の身勝手なエゴで動いているところもある。

 葵はまだ現実を見ることが出来ていないのだと腕を引っ張っていき、イアドリフの防衛戦の最前線に連れて行く。

 

「お前はまだ助けがあるとか希望を抱いているかもしれないけどそんなものは何処にもねえんだ」

 

「っ……」

 

 トリオン兵が現れてはトリガー使いやトリオン兵が撃ち倒す。

 日本人ならばこの光景が異常なのは嫌でも分かる。

 

「……ここは何処なの?」

 

「イアドリフと呼ばれる異世界だ……アメリカでもドイツでも中華人民共和国でも日本でもなんでもない、全く異なる異世界なんだ」

 

「っ……ハァハァ」

 

「過呼吸に対処する袋は持っていないんだ口で手元を覆え」

 

 改めて地球ではない日本でもないところに居ることを自覚した葵は過呼吸を起こす。

 ビニール袋は持っていないので手で口元を覆わせて過呼吸をなんとかして止めようとする……なんとかなるだろうか?

 

「……ホントに、ホントにここは日本でも地球でもないのね」

 

「ああ……ここは危険だから行くぞ」

 

 ここにこれ以上いたって仕方無い事だ。

 葵を連れてレグリットの元に向かうと葵の部屋は既に用意されている様で部屋に向かうと6畳の一部屋を与えられる。

 

「ここが私の部屋……狭いわね」

 

「一人で住むには充分過ぎる広さだろう……さて、ベッドとかはトリオンで構築する事が出来るから後に回すとして、今後の身の振り方についてだ」

 

 よっこいしょと床に座る。

 今後の事について大事な話し合いをすると分かれば正座をする……所作からして葵、良いところのお嬢様かなにかか?育ちの良さが滲み出している。

 

「お前はまともに戦う事が出来ない……ゲロを吐かせながらも戦わせる事は可能だ。だがそうすればお前の精神が崩壊する……お前はどうしたい?今後の身の振り方としてお前には2つの道しかない」

 

「2つの道……それはいったい」

 

「1つは泣こうがゲロを吐こうが戦わせる戦闘員だ。もう1つはオペレーターになり有事の際には現場に出て戦闘する戦闘員だ」

 

「戦闘員にならない道は?」

 

「そんな道が何処にある?俺だって戦いたくない。こんなところで美人を相手に拳骨を叩き込むよりも学校で馬鹿騒ぎをしていたかったよ」

 

 改めて思うよ、なんでこんな事になっているのか。今頃は学校で青春を送っていた頃だろう。

 おかげさまで今や田中角栄よりも学歴が低い、小卒すらしていない……小学生生活をやり直せるのならばやり直したい。いや、ホントに切実に願うよ。

 

「お前は戦おうと思えば戦う事が出来るんだ。人を斬ることが出来ないのは致命的だ、悪いがゲロを吐きながらでも前に無理矢理進んでもらうぞ」

 

「っ……」

 

 コレばかりは酷な話だが無理を強いる。

 人を斬ることが出来ないのは致命的な弱点だ、これからの事を考えると人を斬ることが出来るようにならなければならない。その為には色々とさせる。人間として大事な物を失う可能性は高いが、それでも殺ってもらわないと困る。

 

「オペレーターとして俺達を支援してくれ。ホントに危なくなった時に戦えばいい……限界ギリギリまで追い詰められればお前は戦う事が出来る筈だ」

 

「……俺()?」

 

「そうだ……ああ、そうだったな紹介をしていなかったな。俺の部屋には俺以外にもう1人、リーナと言う女が住んでいる……おい、なんだその視線は」

 

「年頃の男女が同じ部屋で住むなんて不潔だわ!!」

 

「……言っとくが俺がフォローを入れて置かなければお前はタコ部屋で見知らぬ外国人と同じ部屋で暮らす事になってたんだぞ」

 

 年頃の男女が一緒に住んでいると言うのは不潔なのだろうか?

 まぁ、リーナも美少女に分類されているだろうから部屋を別々にした方がいいとは前々から言っているけどもリーナは一向に部屋を出ていく素振りはない……まぁ、俺もリーナが居ないと寂しい気持ちでいっぱいになるから一緒なのはそれはそれでありがたい。

 

「私……恵まれていたのね」

 

「ああ、恵まれているな」

 

 たった1人の日本人と鉢合わせする事が出来たのでその時点で奇跡に近い。

 もしかしたらトリオン器官を抜き取られていた可能性だってあるんだ……生き残っているだけ奇跡なんだ。もし俺や葵のトリオン能力が低ければ今頃はトリオン器官を抜き取られて殺されてしまっていたんだ。

 話は大体纏まったので取り敢えず今の内にやれることはやっておくぞとリーナと顔合わせをする為に俺は自分の部屋に案内をする。

 

「おかえり!」

 

「ただいま、リーナ」

 

 俺が特別な仕事をしていると耳にしているリーナは嬉しそうに俺の元に駆け寄るのだが途中で足を止める。

 

「誰、そいつ?」

 

 葵の事を指差すリーナ。嫌悪感を剥き出しにしているので大きく溜め息を吐いた後に葵の肩にポンッと手を置いた。

 

「俺達のオペレーターになる予定の水無月葵だ」

 

「……hello. I'm Lina」

 

「……ええ、よろしく。私は水無月葵……貴方と同い年かしら?」

 

「I will be eleven years old this year」

 

「えっと……じゃあ、私が最年少かしら?」

 

「…………っち」

 

 英語が普通に通じる事にリーナは舌打ちをする。

 英語でマウントを取るつもりだったのだが葵はリーナがなにを言っているのか理解している。

 

「最年少って、いくつなんだ?」

 

「10歳……どうかしたの?」

 

「いや……俺は改めて外道になっていってるなって思ってな」

 

 10歳の女の子に人を殺す事を強要したりガチビンタを入れたり俺はなんて事をしているんだろうか。

 無理強いは良くない事なのは理解しているけども……人間、堕ちるところまで堕ちてしまえるんだな。

 

「とにかく葵が仲間に加わった事は大きいはずだ」

 

 俺達のチームを安定させるにはオペレーターが必要だ。

 オペレーターが居ることで色々と状況や戦況を理解する事が出来るようになる。それだけじゃなく暗視などの補助を受けることが出来る……ただまぁ、色々と問題が生じる。

 

「葵、お前外国語は得意な方か?」

 

「英語とフランス語なら喋れますけど……」

 

「オペレーターになるには最低でもこっちの世界の文字に馴れておかないといけない。こっちの世界の機材を使うからこっちの世界の文字に、日本語は一切通用しない。アラビア数字すら無い可能性もある」

 

「1から全く異なる言語を勉強しろと……ふふっ、いいじゃない。やってやるわ」

 

 因みにだがこっちの世界の文字は俺は読むことは出来ない。

 リーナはあっという間に日本語をマスターしこちらの世界の文字を覚える……リーナは冗談抜きで天才である。



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31話

 

「コレは?」

 

「えっと……20m先、西から人がやってくる。相手はおそらく剣の使い手で中距離以上の戦闘をすべき、かしら?」

 

「かしら?じゃないわよ。合ってるわよ」

 

 葵が拉致されてイアドリフにやってきてから3か月が経過した。

 イアドリフの言語を、文字を覚えなければならない葵だったが地頭力が高いのかみるみる内にイアドリフの文字を覚えていった。外国語を覚えるのと同じ要領で覚えており、文字を覚える事にだけ集中しているのか物凄い早さでイアドリフの文字を覚えていっている。

 

「基礎的な部分は問題無さそうね」

 

 こちらの世界の文字を完璧にマスターしているリーナから及第点を得た。

 それを聞いて葵は良かったとホッとする。こちらの世界の文字を読み取る事が出来なければオペレーター作業なんて夢のまた夢だ。なんとか最初のステージを乗り越える事が出来た……だが、ここからが大変な道だ。

 

「読み書きに関しては問題無さそうよ……けど、ここからが重要になるわ」

 

 オペレーターとしての腕を磨かなければならない。

 機器操作、情報分析、並列処理、指揮、戦術を磨かなければならない……指揮能力に関しては俺も磨かなければならない。リーナと適当にやってて今はなんだかんだと生き残っている。緊急脱出機能を搭載してから1度も戦闘不能で緊急脱出していないのはちょっとした自慢だ。

 

「オペレーターも良いが生身の肉体も鍛える事を怠るなよ」

 

「分かっています……」

 

「生身の肉体は鍛えておいて損は無い……何時か役に立つ日がやって来ない事を祈ろう」

 

「普通は逆じゃないのですか!?」

 

「危機的状況に陥っているんだぞ。常識的に考えてもアウトだ馬鹿野郎」

 

 生身の肉体がトリオン体よりも強いというのならばそれでいい。

 もし生身の肉体でトリガー使いと戦わないといけないとなると……卵の冠を相手にした時だろう。イアドリフは特定の周回軌道を持っていないのでアフトクラトルの相手をすることは……あるかもしれないな。アフトクラトルもなんだかんだと切羽詰まっている状況である事には変わりはない。

 

「機械の操作と支援はリーナと俺と3人4脚でやっていくとして……そろそろ停滞してしまっているな」

 

「?」

 

 リーナも俺も順調に強くなっていっている。

 リーナは与えられた【ミラージュ】と【カゲロウ】を使いこなしている。俺も管槍の【カゲロウ】と見た目を日本刀にしている【カゲロウ】の二本とトリオンで出来た弾を撃つ2丁の拳銃を上手い具合に使いこなしている。

 だがそれだけだ。基礎的な能力は地道な訓練をコツコツと積んではいるがコレだと未知のトリガーを相手にした際に詰む可能性が存在している。【カゲロウ】と【ミラージュ】以外のトリガーが必要だ。

 

「新しいトリガーを作る権利は何時になればもらえる?」

 

 場所は移り変わりルミエが事務をしている一室に向かった。オレが何かをする時は大体ルミエから許可が必要だ。

 ルミエはパソコン的な端末をカタカタと操作して事務仕事をしており俺に視線を向けない……部屋から出て行けとは言わないので話は聞いてくれている様だ。

 

「このまま【カゲロウ】と【ミラージュ】だけでやっていても頭打ちだ。既にある程度は使いこなせている、なにか新しい機能的なのを搭載しないとコレからの戦いにはついて行けない」

 

「……」

 

「俺とリーナは同年代でイアドリフの中じゃトップレベルの筈だ。ここからのレベルアップをさせてくれ」

 

「……」

 

「黙りか……」

 

 俺達がトリガーを作ることに関してうんともすんとも言ってこない。

 話は聞いてくれているのだろうが返事が一向に返ってこない。お前達には【カゲロウ】と【ミラージュ】だけで充分だと言いたいのだろうか?そうなると日々の訓練をコツコツと積み上げるしかない。そうなると木刀での訓練を増やさないといけない……既に限界まで鍛え上げている気もするが、剣の道はとにかく厳しい。

 

「……企画書は何処だ?」

 

「は?」

 

「だから、企画書は何処だと聞いているんだ。新しいトリガーを作るんだろう、だったら具体的にどんな物を作りたいのかを示せ」

 

「いいのか?」

 

「オレはトリガー工学に関しては専門外だ。開発者や技術者達が作れる物ならば作ってもいい……だが、お前は新しい物を作りたいと言っているだけで具体性に欠けている。具体的にはどんなトリガーを求めている?先ずはどんなのを作りたいのかを要点を纏めて企画を作り上げてこい」

 

「……分かった」

 

「ああ、それと開発担当の連中が作れないと言えば諦めろよ。お前の事だから奇妙奇天烈なトリガーを考案するだろうが、作れない物を無理に作る暇は技術者達には無いんだ。お前達以外にもトリガーを作って欲しいとの声はごまんといる……分かったのならばさっさと企画書を作ってこい。上にはオレが通しておく」

 

 断られると思っていたのだが割と案外すんなりと通るものだ。

 ルミエが企画書をさっさと用意しろと言うので部屋に戻り葵とリーナに企画書の様な物が必要だと報告をする。

 

「今の時点で充分に強いのにこれ以上強くなってどうするんですか?」

 

「なに言ってるんだ。この国には無いが、トリガーの中では命を落とすのと同時に作られる(ブラック)トリガーが規格外の能力を有している。過去に対峙した事があるイアドリフの兵曰く理不尽らしいぞ」

 

 今の時点で充分だと言いたいのだろうが、俺は知っている。

 形状を変える事が出来るトリガーを、サークルを展開し無数の刃で切り裂くトリガーを、触れた物を問答無用でトリオンキューブに変えるトリガーが存在しているのを。それ等に打ち勝つトリガーを開発しないといけない

 

「まぁ、強くなれば色々と有利になるみたいだし……そうね……」

 

「エンジニア達が開発する事が出来る範囲内の物で頼む…………」

 

 さて、俺はどんなトリガーを開発してもらおうか。

 俺にはトリオン操作の才能は無い。体を動かす系のトリガーの才能は少しだけある……となると烏丸京介のガイストか?シルセウスがトリオンの殆どトリオン体に割り振っていると言っていた。ならばブレードや弾丸に通常以上のトリオンを注ぎ込む事は可能だろう。

 何だったら俺も通常よりハイスペックなトリオン体を作っておく、幸いにもトリオン能力には恵まれている。トリオン能力5ぐらいに引絞ってトリオン体と【カゲロウ】にトリオンを注ぎ込んだハイスペックなトリオン体を作ることは可能だろう。

 

「こう、トリオン効率を度外視した一撃が欲しいわね」

 

 割と脳筋でトリオン豊富なリーナは力を求める。

 トリオン効率を無視した一撃か……俺には向いていないだろうな。火力のゴリ押しとか極端な話、雨取千佳が頂点に居るみたいなものだからな…………

 

「葵はなにかないのか?」

 

 とりあえずネタを出させようと葵からも意見を求める。

 

「私は……特にコレがあればなんて無いです」

 

「お前も有事の際には現場に出て戦わないといけないんだ。【カゲロウ】も【ミラージュ】も使えないならなにか別のトリガーを持っておかないと……傍観は許さないぞ」

 

 自分だけ何もないとかそういうのは無しな方向だ。

 そういえば葵は顔色を悪くする。戦う事が根本的に向いていない、トリオン兵を破壊するのが限度なら……どうするか。雨取千佳や三雲修の様に妨害特化のトリガーが……鉛弾の様な物をイアドリフならば簡単に作ることが出来る筈だ。そっち系を想定して作ってもらう……。

 

「俺はどうしたものか」

 

 葵の事は最悪見捨てればいい。それよりも自分のトリガーがどんな物にしたいのかを考えたい。

 烏丸のガイストの様なトリガーを開発してもらったとしてどうする?最初から運動性能が高いトリオン体を用意すればいいだけの話だ。トリオンには恵まれているので色々と出来る、出来ない事は無い筈……いや、無いは言い過ぎだな。

 

「あ、そろそろトリオンが切れそう」

 

「葵、チャージしとけ」

 

「2人のどちらかがチャージをすればいいのでは?」

 

「馬鹿言ってるんじゃないわよ。私達は戦闘員でトリオンに余裕を持たせておかないといけないわ」

 

 部屋に貯蓄しているトリオンが底を尽きそうなので葵にチャージをさせる。

 葵は俺達がやればいいというがお前は戦闘をしないのでトリオン体を作らない、トリオンを消費する機会が早々に無い。ならその余っているトリオンは有効に使うべきだ……

 

「トリオンをチャージする……」

 

 なにかが閃きそうな予感がする。

 この部屋の物はトリオンで動いており、トリオンはチャージする事が出来る。コレをトリガーに利用する手立ては無いが……なんだろうか。閃きそうな予感がするのだがなにかが一手足りない。なんだろう……喉に小骨が刺さった様な感覚がする。

 トリオンを貯蓄するシステムを応用すれば事前に溜め込んでいたトリオンを銃に注ぎ込んで強烈な砲撃が、バズーカの様な物を撃つことが出来るのだが俺には高火力は必要無い。もっと意外性のあるものが必要だ。

 

「私のこんな社会で役に立ちそうにない能力、もっと他の人にあればいいのに」

 

「言っとくけどトリオン能力が低かったら問答無用でトリオン器官を摘出されて殺されていたわよ」

 

 こんな能力欲しくなかったと言いたげな葵。

 リーナはそのトリオン能力があったからこそ生き残る事が出来たと皮肉を語る。そう……優れたトリオン能力を持っていたから葵も俺もリーナも生き残る事が出来た。ルミエ達は間引きはしていると言っていたのでそういうことはしているんだろう。

 優れたトリオン能力を如何せん発揮しようにもトリオンにも限界がある。そもそもでアフトクラトルの(ホーン)トリガーみたいな物がないと今以上にトリオン器官の成長は望めない。今の時点で十二分なトリオン能力なんだけどな。

 

「トリオンを貯蓄するシステムを応用すればトリオン効率を度外視した強烈な一撃を撃つことが出来る筈だ」

 

 事前にトリオン爆弾の様な物を用意しておけばいい。

 確かトンガリの砲撃もそんな感じだった。トリオン効率度外視の一撃をお見舞いするならば事前に別枠でチャージしていたトリオンで発射すればいい。事前に別枠でトリオンを貯蓄するシステムは簡単に作ることが出来る筈だ。

 なら俺はどうする?強烈な砲撃が撃てる様になるのは魅力的だが、敵を効率良く倒すのならば無駄にトリオンを消費する必要は無い……むしろ俺のトリオンを分割してトリオン体を2個用意しておけば…………!

 

「コンティニューしてもクリアしてみせる……」

 

 舞い降りた。閃きが舞い降りたぞ。

 紙とペンを取り出し、紙にスラスラと自分の思い描くトリガーを書いていく。

 

「トリオンを貯蓄するシステムを応用して事前にトリオン体を……トリオン貧乏な人に豊富なトリオンを……殺られたとしても直ぐにやり直す事が出来る……登場方法は土管で、カメレオンみたいに透明になる機能を搭載したりして……」

 

 閃いた事をとにかく紙に書いていく。この瞬間を逃してしまえば次は無いととにかく使えそうなネタを書いていく。

 勝てない相手にどうやって喰らいつくのか、優れたトリガーを作る事が出来ないのならばどういう感じにフォローをしていくのかを考える。

 

「こんな物か……」

 

「もういいの?」

 

「ああ、もう大丈夫だ」

 

 鬼気迫る感じでメモを取っている俺にリーナ達は声を掛けて来なかった。空気を読んでくれたので俺が書き終えるのを待ってくれた。いい子である。葵は俺が書いたメモを見ていく

 

「コレは……こんなのを上に要求するつもりなのですか?」

 

「俺は体を使うタイプのトリガーしか向いていない。新しい武器を要求するよりも他の機能を要求した方が効率がいい」

 

 こんな機能を搭載させるのかと葵は驚いている。理論上はいや、技術上は不可能じゃない、いや、むしろ簡単な技術の筈だ。

 今以上に強くなるには新しい武器よりもこういった変則的な能力が必要だ。メモを纏めたので葵にこちらの世界の文字に変換してもらう。一応は誤字脱字が無いのかと確認をした後にルミエに企画書を持っていく。

 

「出来たぞ」

 

「ん」

 

 企画書を渡すと事務仕事をしつつ受け取ったルミエ。

 パラパラとページを捲っていき内容を確認していくとルミエは笑みを浮かび上がた。

 

「相変わらず面白い事を考えるな。新しいトリガーの企画を練ってこいとは言ったがこんな機能を作るとは思いもしなかったぞ」

 

「作ることが出来るのか?」

 

 トリオンを貯蓄するシステムを応用すれば出来る筈だ。

 だが、実際のところは開発担当者にしか分からないものでルミエはトリガーを開発している実験室に連れて行かれる

 

「タリ、どうだ?」

 

「へぇ……あんた、面白い事を考えるじゃない」

 

 実験室に足を運ぶのは初めてで俺より幼い女の子に企画書を通す。面白いと笑みを浮かび上げており俺の方を見てくる。

 

「確かにトリオンを貯蓄するシステムを応用すればこの機能を作ることが出来るわ……ただ問題はそこまでトリオンに余裕が無い事よ」

 

「問題は無い、うちにはトリオンを生活用品にしか使い道が無い奴が居る。そいつからトリオンを抽出してトリオン体を作り上げる……トリオンは混ぜても問題は無い筈だろう」

 

「ええ、可能よ……これ、応用すればトリオン能力が10のトリガー使いを量産する事も可能ね……あんた中々に賢いじゃない」

 

「それはどうも……で、作ることが可能なのか?不可能なのか?」

 

「誰に物を言っているのよ、コレぐらいならそうね……1か月あれば試作品は出来るわ」

 

「一ヶ月もかかるのか」

 

「仕方ないじゃない、こっちも色々と忙しいのよ!!」

 

 まぁ、理論上は作ることが可能で不可能じゃないだけマシとするか。

 新しい機能を搭載したトリガーを作ることになり、一先ずは企画が通っただけで良かった……トリガー工学に関してはちんぷんかんぷんなんだから専門家に任せるしかない。

 

「トリガー名を考えないといけないわね……あんた、なにかイイ名前は持ってないの?」

 

「……幻夢(ゲンム)かガメオベラのどっちかだな」

 

「……あんた、ネーミングセンス無いわね」

 

 はいはい、俺にはセンスは無いですよ。

 トリガーを作ることが決まったので企画書が通った事をリーナ達に報告すると我が事の様に喜んでくれた。



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32話

 

『前方39m、バムスター2体撃墜確認』

 

「了解……他はいないな?」

 

『はい。今のところレーダーに映っているトリオン兵は居ません』

 

 あれから更に歳月が過ぎた。俺は15,リーナは13,葵は11歳になった。

 ルミエを経由して若き天才エンジニアことタリに作って欲しいトリガーがあると注文をし、一先ずはトリガーを作る事に成功した。一品物のトリガーだが中々に良い発想だと似たようなトリガーを上は量産する様に命じていた……あんなシステムが役立つとは思いもしなかった。エンジニア達は考えた事も無かったと言っていたな。

 

「……葵、レーダーをもっと正確に出来るか?」

 

『出来ますが、何をするつもりなんですか?』

 

「念の為だ」

 

 ここ最近は平穏な日常を過ごす事が出来ている。

 まぁ、平穏と言ってもトリガー使いでなくトリオン兵が派遣されて襲撃してくる日々が続いている……緊急脱出機能が上手いこと死人を増やさない。俺と一緒に攫われた人はもうリーナしか残っていない。それと比べれば圧倒的なまでに良いことだ。

 

『なにもありませんよ』

 

「そうか。ならいいんだが」

 

 なんとなくだが嫌な予感がしている。

 俺の勘はハズレる時にはハズレる……まぁ、嫌な予感がハズレるならばそれに越したことは無い。準備しても無意味に終わりましたはめんどうだが、結果的にはいいことである。とりあえず今日の分のシフトはもうすぐ終える。雑魚のトリオン兵が出てきてもなにも問題は無い。

 

「やぁ、上手くやっている様だな」

 

「なんだ、お前か」

 

 シフトが間もなく終わる頃で交代としてルミエがやって来た。

 ルミエだけじゃない、葵と一緒に連れてこられた外国人の人達もいる……表情が死んでいる、と言うか恨めしい視線をリーナと葵に向けている。タコ部屋に住まされて上に上がる事も逃げることも出来ない危機的な状況に居るせいでストレスが大きく溜まっているのだろう。

 上に大きく上がるにはなんらかの騒動が起きなければならない。平穏な為に成り上がるチャンスが少ない

 

「あ〜……終わったわね」

 

「ああ、終わったな」

 

 チャンスが少なくともこうして生きているだけマシだと俺は思うが、待遇が酷い人は辛い生活を送っているのだろう。

 そう考えるとあの戦いの勝者になってホントに良かったと持ち場を後にして部屋に戻ろうとするとレグリットと遭遇した。

 

「ジョン、シャーリー姫がお呼びだ」

 

「今、仕事が終わって一休みしたいんだが」

 

「お前達に休息は無い。上からの命令は死でも絶対だ」

 

 ブラック企業も真っ青な体系だこと。

 上からの命令は絶対なのと従わなければどうなるのかとレグリットは脅してくるのでリーナと別れ、シャーリー姫が住んでいる屋敷に向かった。

 

「シャーリー姫、ジョン・万次郎、ただいま参りました」

 

「そうかしこまらないでくれ。もっと素の状態で構わない」

 

 一応は王族なのでそれっぽい態度を取ってみる。

 姫様は一線を引かれているのが嫌なのか素で話してくれというので堅苦しい態度を取るのはやめて素の状態に戻る。

 

「それで、俺をわざわざ呼び出してなにか用か?言っとくがこっちはあんたの娯楽に付き合ってる程暇じゃねえんだよ」

 

 シャーリー姫からの呼び出しは過去に何度かあった。

 玄界(ミデン)、つまり地球はどんなところなのかと興味津々に尋ねてきた。語る程の人間ではないので適当に百人一首があるなどを教えるだけでそれ以上は深くは関わっていない。俺がこっち側の世界の住人でちゃんと意識して関わってるのはルルベットとルミエぐらいだ。後は顔見知り程度で深く親交を持っていない。

 

「今回は大事な話があるんだ」

 

「大事な話か。それは攫われた奴隷に聞かせて良いことなのか?」

 

 待遇が色々とマシになっているとはいえ忘れてはいけない。俺やリーナは地球から攫われた奴隷だ。

 この国の行政がどうなっているのか、具体的な事は一切知らない。王族が国を回しているのだろうが、王族とは程遠い存在である俺には縁もゆかりも無い話だ。

 

「……何者かがイアドリフの機密情報を持ち出している」

 

「また随分と厄介な……それは部外者どころか一奴隷である俺に言っていいことなのか?」

 

 明らかに国の重役や貴族関係の出来事だ。俺みたいな奴隷に対して何をしろと言うんだ。

 とりあえず姫様の言葉に耳を傾けようとしてみる。

 

「ジョンはイアドリフの歴史を知っているだろうか?」

 

「こんなクソみたいな国の歴史なんざ知りたくもねえよ」

 

 さも当たり前の様にこの国について知っている的な感じだが俺はこの国についてなにも知らない。

 乱星国家で特定の周回軌道を持っていない、トリガー技術が物凄く優れている訳じゃない何処にでもある辺鄙な星だ。

 

「今から500年ほど前に今の王家が誕生した……当時はかなり荒れていて王が統べるのでなく領地を持つ領主が居るシステムで、当然の如く内部での戦争は起きた。王家の祖であるエルヴァンティアが冠トリガーを用いて天下を納めた……500年の平穏な世の中を築き上げる事が出来たのは王家のお陰なんだ」

 

「だから王家を維持する為に力を貸してくださいってか?ふざけるなよ。お前の国のゴタゴタなんだからお前が自力で解決してこその筋だろう」

 

「そ、それはそうなんだが……私が動いたら勘付かれる可能性がある。最前線の現場に出ていて頼ることが出来そうなのがジョン、君なんだ」

 

「……ッチ……」

 

 誰が言ったのか分かる音の舌打ちをする。

 確かに俺は最前線の死地の現場に立っていて頼ることが出来る人間が居ないだけで決して頼りになりそうな人間じゃない。大体俺にどうしろと言うんだ。情報の漏洩が分かっていて漏洩している奴に心当たりがあるならば適当な罪をでっち上げでもして捕まえておけばいいだろう。

 

「……攫われた人達がなにやら怪しい動きをしているんだ」

 

「……お前等からすれば何時でも抑える事が出来る相手だろう。トリガーを取り上げたり外部から強制緊急脱出で牢獄にでも閉じ込めてしまえ」

 

 俺をなんとかして動かしたそうなシャーリー姫だが、俺はリーナと葵しか仲間だと思っていない。

 攫われた奴隷がなにをしているのか知らないがなにかをしようとしているのならば現行犯で逮捕すればいい、ただそれだけの話だ。なんだったら拷問でもすればいい。少なくとも俺達には人権なんて無いも同然なんだからな。

 

「この話はコレで終わりだ。俺を扱き使おうと思っている様だがそうはいかない……命令なら引き受けるが頼み事ならば尚更だ」

 

 シャーリー姫は俺に頼み事をしているのであって何かをしろと命じているわけじゃない。

 厄介な女に興味を持たれてしまっていい迷惑だと帰路について自分の部屋に戻る。

 

「おかえり。なんだったの?」

 

「またくだらない理由での呼び出しだよ」

 

 リーナがベッドの上で寝転んでいる。俺が戻ってきたのでなんの理由で呼び出されたのか聞いてくるのでくだらない理由と一蹴する。

 この国が滅んでしまうのならばそれはそれで構わない。愛着心なんて特に持っていない。帰る事が出来ると言うのならば家に帰して欲しい。

 

「ふ〜ん……夕飯、なんにする?」

 

「買い物に行くか」

 

 どうでもいいことと一蹴したのでリーナは呼び出された事について深くは聞いてこない。

 そんな事よりも夕飯を何にしようかとなり、部屋を出ようとすると葵が部屋の前に立っていた。

 

「ズルいじゃありませんか。私を除け者にして」

 

「……悪いな」

 

 リーナと一緒にいるのが当たり前になっているが葵とは一線を引いた関係になっている。

 男と女が一緒の布団に寝るなんてと言っており、葵は与えられた部屋で満足に暮らしている。リーナに1度、葵の部屋に行かないかと言ったが本気で嫌がっていたな。

 

「鰹節や昆布があれば美味しい味噌汁を作れるのですが……」

 

 葵はいい育ちをしているお嬢様だと俺は思う。所作に気品を感じる。

 味噌汁の材料に必要不可欠なカツオや昆布なんかの乾物は無い。煮干しでない干した小魚があるのでソレを代用して味噌汁を作るのだが手作り味噌と煮干しモドキなのでどうにもイマイチな味噌汁が完成する。なんとかして美味しい味噌汁を飲みたいと言う……日本人ならば銀シャリと味噌汁と焼き魚だろうな。

 

「おじさん、ほうれん草をちょうだい」

 

「はいよ」

 

「後は……スープはなににしようかし、ってジョン達じゃない」

 

 八百屋に向かえばそこにはルルベットがいた。

 畑から採れたてのほうれん草を購入しており、夕飯の献立は間もなく完成と言ったところだろう。

 

「相変わらず頑張ってるな」

 

 頑張っていお姉ちゃんとお母さんの両立をしているルルベット。

 近界民云々が無かったのならば口説いていた……は、言い過ぎか。そもそもで恋愛云々に今のところは興味無しだし、リーナが俺にベットリしていて離れようとしてくれないんだな。

 

「そういうあんたは両手に花ね」

 

 右には金髪美少女、左には和風の美少女がいる。

 モテたいと思っている人にとっては羨ましい事なのだろうが俺はそんな事を意識した覚えは無い。リーナと葵は逆に意識してしまっているがな。 

 当然じゃないとリーナは大きな胸を張るのだが気にする事なく俺達も八百屋からじゃがいもが売りだと言われたのでジャガイモを購入……カレー粉とかは無いので自動的に夕飯は肉じゃがになるだろうな。肉じゃが好きだから良いんだけども日本独特のカレーライスが懐かしい。1年以上も食べていないんだ。

 

「後は乾物屋から小魚の干物──っ!?」

 

「アレは(ゲート)!?」

 

「嘘でしょ。ここ市街地エリアよ!?」

 

 肉屋で肉を買ったので後は出汁になる小魚を購入しに行こうとすると突如として門が開いた。

 どうやってかは知らないがイアドリフは門を誘導する事が出来ている。こんな市街地に門が開くなんてありえないとルルベットは言うのだが開いている事は事実である。

 

「【カゲロウ】」

 

 何故に門が開いているのかは知らないが開いてしまったものは仕方がない事だ。

 常にトリガーを携帯していて正解だったとカゲロウを起動し、門に向かって走っていくと空中にドデカイトリオン兵が現れる。

 

「なによあれ。見たことないわよ」

 

 リーナもトリガーを起動して俺と共に現場に向かうのだが空中に現れたトリオン兵に圧巻する。

 バムスターとかモールモッドとか何時も相手にしているが今回は違う。見たことが無いトリオン兵だが俺は知っている。

 

「イルガー……」

 

 あのトリオン兵の名前はイルガー。

 爆撃なんかをメインとしているトリオン兵で爆弾をそこかしこに撒き散らす事が出来るトリオン兵で最悪な事に自爆機能も搭載されている。装甲もそれなりに硬いとこの上なく厄介な相手だ。

 

「爆弾を落としてきてるわよ!」

 

「リーナ、ルルベット、葵は避難をさせろ!俺はアイツをぶっ潰す」

 

「ぶっ潰すって、あんた大丈夫なの?」

 

「問題無い」

 

 未知の敵で更には空中に居るのでなにも出来ないんじゃないのかと疑問を抱くルルベット。

 俺はこんな時の事を想定していないと思ったら大間違いだ。カゲロウ(管槍)を取り出し、住居の屋上をパルクールの要領で飛び交い、現段階で出せる最大の高さにまでジャンプし、イルガーと同じ目線に合わせると……カゲロウ(管槍)をイルガーの目玉目掛けてぶん投げるとイルガーは貫かれたってまずい。

 

「コレがこのまま落ちるのはヤバい!」

 

 イルガーは馬鹿デカい。

 市街地になんて落ちたりしたらマズい事になると今度は刀のカゲロウを取り出して居合の構えを取る

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 ブレードを長くするトリガーを用いてイルガーを細かく切り倒す。

 出来る限り市街地に被害が及ばないように蹴り飛ばして湖に向かわせたりと色々とやっておく……。

 

「またなんで市街地の地区にトリオン兵が出てきたのでしょう?」

 

 出てきたイルガーは1体だけだったので俺が倒してそれで終わりだった。

 幸いにも爆撃をする前に倒す事が出来たのだが何故に市街地の地区にイルガーが出てきたのか、トリオン兵を誰かが此処まで誘導してきた可能性が高い。

 

「……ッチ、人にしか効かねえんだよな」

 

 迅の様に便利なサイドエフェクトを俺は持ち合わせていない。

 中にまで侵入してきた事に関して色々と腑に落ちない点があるのだがとりあえずは人的被害を0に抑え込む事が出来たのでそれで良しとする……そう、コレで終わればの話だ。

 

「また出てきたわね」

 

 食材を買い終えて夕飯を頂く。

 夕飯は3人一緒に食べる事にしており、肉じゃがもどきと卵焼きとほうれん草の胡麻和えを美味しく頂くのだが警報音が鳴り響く。俺達が行った商店街の市街地でなくイアドリフの一般市民が住んでいる居住区にトリオン兵が出現した。

 幸いにも数体で倒す事が出来ない相手ではないとたまたま休みだったレクスがぶっ倒したが、なんで居住区にトリオン兵が出てきたのか分からなかった。一瞬だけラッドという線を考えるのだが、此処は近界。ラッドについては色々と熟知しており、一体でも見つける事が出来たのならばラッドの動きを強制的に停止させる装置をタリが作る……じゃあ、なんだって話になる。

 

「……ピリピリするな」

 

 王宮を除く色々な市街地にトリオン兵が送り込まれる。幸いにもその場に強いトリガー使いが居たので直ぐに瞬殺される。

 シャーリー姫が言っていた情報を持ち出そうとしている奴が裏で糸を引いているならばなんの為にだ?いや、そもそもでホントに国の情報を持ち出そうとしているのだろうか。

 とにかく毎日毎日、市街地や居住区にトリオン兵が送り込まれる。運が良いのでなくわざと強いトリガー使いが居る時を狙って……強いトリガー使いは簡単にトリオン兵を倒してくれる。あまりにもあっさりとしているので自作自演を一時期疑っていたのだが、イアドリフの実力者達が大勢居るので探すのを止める。

 

「あ〜もう、ウンザリ!毎日毎日チマチマと何処の国か知らないけどセコい真似して!」

 

 そんな日々が2週間ほど続いていてピリピリとした空気が流れ出ている。

 イアドリフでも安心な時間はあったのだが、市街地や居住区にトリオン兵が送り込まれるせいで休む暇もない。その事に関してリーナは愚痴を零す。ストレスが溜まっているんだろう。

 

「やぁ、待っていたぞ」

 

 今日の分のシフトを終えるとルミエが現れた。

 相変わらずの胡散臭い笑顔でありリーナが聞こえるレベルの舌打ちをした。リーナはこの国の人間を嫌っているので是非も無し。

 

「ここ最近、市街地にトリオン兵が送り込まれている」

 

「知ってるよ。その原因が不明なのも知っている。いったいなにが目的なのかも分からない」

 

「目的は大体分かっている」

 

「なに?」

 

「相手の狙いはオレ達に大きなストレスを与える事だ。何時大きな戦いになるのか分からない状況でイアドリフの軍は全体的にピリピリとしている。お前も顔にこそ出していないが少しでも苛立っているんじゃないのか?」

 

「まぁ、多少は……」

 

 ピリピリとしているし、若干だが苛立っている。仕事に差し支え無いので問題無いのだがこのままいけば流石の俺も参ってしまう。

 このピリピリが狙い……ストレスはどれだけ強い人間でもコンディションを大幅に下げる。それが狙いなのだろう……という事は

 

「近々デカい戦があるのか?」

 

「大いにあり得る事だ……イアドリフは特定の周回軌道を持たない。故に狙う価値が少ないのだろうが従属させれば利用出来なくもない」

 

「今のところ何処の国が近づいているのか分かっているのか?」

 

「ああ、勿論だ……今、イアドリフに近づいているのはガロプラという国で、神の国と呼ばれるアフトクラトルの従属国家だ」

 

「……それバックにとんでもない大きな存在が待ち構えているのか?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 そうだなって、ヤバい状況であることには変わりはない。

 アフトクラトルがバックについているとか黒トリガーが1個も無いイアドリフはどうすれば……やっぱりあれかな、冠トリガーとか言うのが出てくるのか。冠トリガー、武器系のトリガーだと聞いている。レクスが使った事があるが具体的にどんな物なのかは知らない。

 

永遠(とわ)(つるぎ)ならば黒トリガーもなんとか相手に出来る……とはいえ永遠の剣は寿命を代価に支払う。純粋な剣の腕もモノを言うし、黒トリガーはなにが出てくるのか分からないビックリ箱の様なものだ」

 

 キチガイ染みた能力も有れば一芸特化の奇襲系の能力かもしれない。

 なにが出てくるのか一切分からないのが黒トリガーで……アフトクラトルが相手ならば色々と想定しておかなければならない。原作通りならばアフトクラトルの星は寿命を迎えようとしている。新しい神を作るのに必死だろう。

 

「恐らくだがイアドリフの中に裏切者が居る。そいつが(ゲート)を誘導して居住区にトリオン兵を出現させている」

 

「……犯人に目星がついているのか?」

 

「さっぱりだ」

 

「おい!」

 

「だが、犯人の狙いは分かっている。王家の断絶だ……命令だ。シャーリー姫を護衛しろ」

 

「……っち、また余計な仕事を押し付けやがって」

 

「国が滅んでしまえば元も子もない。今は市街地にトリオン兵が出てくるようにしていずれは王宮の、王族の隙を狙う……王位継承権が後ろから数えて直ぐのシャーリー姫は狙われるに持って来いの逸材だ」

 

 もうちょっとマシな言い方はないんだろうか?

 それはさておき今度は重役の護衛という厄介な任務を押し付けられてしまった。ルミエから見える闘志が揺らいだりしていないのでルミエが嘘をついている等は無さそうだ……王族を滅ぼしてイアドリフを乗っ取ろうと考えている阿呆は見つけ出さないといけないが、遊真の様に嘘を見抜くサイドエフェクトも無ければ迅の様に未来を視る事が出来るサイドエフェクトも無い……そう考えるとボーダーってチートだな。



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33話

 

「じゃあ、いくぞ」

 

 ルミエからシャーリー姫……めんどくさいからシャーリーの護衛を命じられた。

 ただ単に護衛をしていてもアレなので俺が具体的にどんな戦いをするのかを気になったのか聞いてきた……結果、シャーリーと戦う事になった。

 戦うと言ってもトリオン体に対してトリオンで出来た武器じゃなく、普通の武器、ヒノキ的な木を削って作られた棒状の武器をシャーリーは手にしている。

 

「分かっているな?危険な事はするな」

 

 シャーリーの先生であるレグリットも見守っている。

 危険な事をすれば即座に止めると拳銃を握っており、馬鹿な真似をすれば撃ち抜かれる。

 

「ジョン、見せつけてやりなさい!」

 

「怪我をしないように……トリオン体だからと言っても油断はいけません」

 

 接待しなくちゃいけない空気を醸し出しているが俺は接待なんて出来ない。

 石突となっている管槍を構えるとシャーリーは突撃してくるので槍を向ける。先ずは軽く突きを入れようとしてくるので避ける……

 

「ドーベルマンか」

 

 シャーリーから見えるオーラ的なのはドーベルマンだ。狼じゃないのがなんとも言うことが出来ない。温室育ちだから仕方がないか。

 シャーリーの突きを避けるとシャーリーは今度は棒を振り払おうとするのでシャーリーの手元にシールドを展開して動きを防ぐ。

 

「しまっ──」

 

 動きを防いだので今度はこちらから攻めに入る。

 管を手にしてピストン運動の様に突くと同時に棒を捻ると石づきは回転しながらシャーリーの喉元に向かっていき……石づきがシャーリーの喉にぶつかったのだがトリオン体の方が頑丈だった為に石づきに亀裂が走った。

 

「げほっ、ごほっ……」

 

「今ので1回死んだな」

 

「まさかシールドを防御でなく妨害に使うだなんて……」

 

「シールドの性能はトリオン能力が物を言う。俺のトリオン能力は1から10段階で10だが世の中上には上がいる」

 

 リーナのトリオン能力とか俺より上でリーナはトリオン操作が得意なので純粋なトリオン能力が物を言うが扱いが難しいトリガーを使える。

 俺のトリガーは地味な物だ……トリオン能力が豊富だからもうちょっと贅沢する事が出来るのだが俺にはトリオン操作能力が低いのでガメオベラがちょうどいい。自爆機能も搭載されているしな。

 

「もう一度、いいか?」

 

「次は俺からいかせて貰う」

 

 シャーリーは再戦を望むので受ける。

 シャーリーはその辺の雑兵と変わらない……ちゃんとした訓練を積んでいる様に見えるのだが常に戦場の最前線に立たされていた俺からすれば他愛の無い相手である。

 

「筋は悪くはないが、動作が遅いな」

 

 予想外の一手に戸惑って1手の隙が生まれる。

 動きにぎこちなさは無かったりするが全体を通して見れば槍使いとしては動きが遅い。

 

「ジョンが、早すぎるんだ!」

 

「そうか?」

 

「その管があるから通常よりも遥かに動作が早いんだ!」

 

 管槍がチートだと言いたげなシャーリー。

 伊達に御留流になっていないと武器の交換を提案してくるので管槍の石突と普通の石突を交換する。

 

「……」

 

 シュコンシュコンと管を手にして槍を動かすシャーリー。

 管槍がスゴい武器だと実感したので早速俺に向かって突きを撃ってくるのだが動きは単調なので回転してくる石突を回避する。ほんのちょっと槍を弾けば攻撃を逸らす事が出来る。

 

「槍が、当たらない……思う様に動かない」

 

「管槍はただの槍じゃないんだ。ある程度の訓練を積んでおかないと使えない」

 

 初動の動きが早いが管槍という武器を使っているのだと分かっているのならば対処は容易い。

 シャーリーから石突の管槍を返してもらい演舞の様に管槍捌きを見せるとシャーリーは拍手を送る……こんなもので拍手を送られても困る。

 

「強いな、ジョンは」

 

「お前等がこうなるようにしたんだろうが」

 

 俺だって好きで強くなったんじゃない……この世界は弱い人間を虐げる世界だ。

 理不尽な悪意が世界を蝕んでおり、強くなるしかない。痛みしか与えない……クソ、最近はそんな事を考えなかっただけに苛立つ。

 

「……そんなに故郷が恋しいのか?」

 

「当たり前じゃない。こんな何時死ぬか分からない環境よりも何億倍もマシなの」

 

「そうです。私達から日常を奪った事は許せません」

 

 シャーリーに文句を言うリーナと葵。

 

「王族は玉座に座って楽な暮らしが出来てさぞ気楽でしょうね」

 

「アオイ、それは違う。シャーリー姫はトリオン能力が乏しい、元々王族の末席だったのもあるが国の政治に関して口出しをする権利を持っていない……シャーリー姫は交流の意志を持っている。イアドリフを豊かにし平穏を齎したいと願っているんだ」

 

 王族にも王族の苦しみがあるとレグリットは主張するが、それはそっちの事情である。

 人としての最低限の生活を送る事が出来ているとはいえこっちは奴隷みたいなものだ。願っていても叶わなければただの弱者の戯言だ。

 気まずい空気が生まれるのだが是非も無し。そもそもでこっちの世界の住人と仲良くしろというのが無茶である。ルミエが護衛をしろと命令して来なければ今頃俺は……畑作業をしていただろうな。農民でもないし……ああ、考えてたらイライラしてきた。これもガロプラの狙いだろう。

 

「……む……そうか」

 

「なんだ通信か?」

 

「居住区にトリオン兵が出てきた。毎度の事だがその場に居た精鋭が蹴散らした」

 

 通信の様なものが入ったレグリット。今もこうしている内に市街地の何処かからイレギュラーな門が開いたりするんだろう。

 ここで呑気に姫様を護衛してていいのかと思ったが王族が断絶してしまったのならば国の命運に関わる。

 

「毎回国の精鋭がぶっ倒しているな……なにか関連性は無いのか?」

 

 一連の事件の犯人を見つけねえといけねえ。

 毎回、都合良くイアドリフの手練が現場に居合わせており被害が大きくなる前に事件は解決される。1回2回ならまだしもそれが毎日毎日続くならばピリピリとストレスが溜まってしまう。疲労のピークは……明後日辺りだろう。

 

「分からない事をウダウダと考えても仕方が無いわ。向こうが攻め込んで来るならば迎え撃てばいいだけ。来るならさっさと来いって話よ」

 

「ま、そうだな」

 

 敵は侵攻の一手を歩まなければならない程に攻め込んでいる。

 内通者が誰なのかは分からないがこうやって護衛をしておけば問題無い……もし問題があるとするならば襲ってきている国がガロプラという原作に出てきたアフトクラトルの従属国家だという事だ。既に俺という異物が居る時点で原作通りには行かない……遊真の年齢から逆算して原作開始まで後数年はあるのは分かっているが……なんとかして地球に向かうことが出来ないだろうか?きっかけの様なものがあればいいんだが……。

 

「ジョン、時間だ」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 色々とああだこうだと考えても俺には無意味に近い。力が無いにも程があるので仕方がない。

 今日の分の防衛のシフトが回ってきたので防衛戦の戦場に向かうと葵と同時期に攫われた奴隷達がいた。

 

「どうも」

 

 葵と同時期に攫われた奴隷達との関係は良好……とは言えない。

 タコ部屋に住まされトリガーを起動しなければ言葉が通じない等の色々な問題が生じており、大きなストレスを抱えている。英語が通じる国の住人もリーナ曰く居るとのことだが、何時でも寝首を取ってやろうと言う見上げた根性を見せている。

 

「Có chuyện gì vậy」

 

「う〜ん……」

 

 別に仲良くしたいかどうかと聞かれれば仲良くしたい訳では無い。

 しかしある程度のコミュニケーションを取っておかなければ仕事に差し支えてしまう。連携を取れないのは色々とめんどくさいのだが向こうは一方的に俺を嫌っている。理由は簡単、俺達がいい生活を送っているからだ。

 自分達も畑を持っているのだが足元を見られて安く買い叩かれており、支給品の物以外の生活品を買うお金が無い。不味いレーション生活を送ったりしており、普通の生活をしている俺達を妬んでいる。どうにかして生活の質を向上させることは出来ないのか一度だけルミエと交渉をしてみたのだが「彼等は使い捨ての駒以外の価値はあるのか?」とぶち込んできたので交渉は決裂……俺とリーナと葵が恵まれているのだと改めて教え込まれる。

 

「un traditore……」

 

「酷い言い分だな。そもそもで俺達もお前等と同じで地球出身なんだぞ?お前等より長くこの国で生きているんだから多少は優遇される」

 

 裏切り者だと揶揄する何処かの国の人。俺達には積み上げてきた物があるのでお前等も積み上げた方がいいんじゃないのかと思う。

 なにかいい案の1つでも出せばルミエは正当な評価はくだす。彼奴は理不尽である事には変わりはないが間違った評価や価値観を持ち合わせていない。

 

「ジョン、こんなの相手にしなくていいわよ」

 

「そうか……でもなぁ……」

 

『他人の心配をすることが出来る立場ですか?』

 

 俺達と境遇が同じなので思わず同情してしまう。

 他人を同情してしまう余裕が出てきたのは成長の現れかそれともただ単に甘い人間なのか分からない……そもそもで俺はこんな事、向いていない……今更な事だな。今日の分のシフトを終えて帰路につく。流石のイアドリフも睡眠する時間ぐらいは与えてくれる。兵士って下手な兵器よりも金と時間と手間がかかるので生かさず殺さず、江戸時代の農民かと言いたくなる。

 

「……ん?」

 

 とりあえずトリオン兵が来るまでは現場で待機が原則である。

 暇だなと思いつつも周囲の警戒を強めているとおかしな物が見える。俺のサイドエフェクトはその人の力量とかを歴史上の偉人や人間以外の生物で表したりする。闘志を見ていると俺は思っているのだが、そんな闘志を持っている中でおかしなのを見つける。

 

「……ユダ、だったか?」

 

「was ist auf meinem Gesicht?」

 

「いや、何もついてないよ」

 

 攫われた外国人は基本的には家畜である豚、羊、山羊、牛の闘志を持っている。

 攫われた奴隷らしいものなのだがこの人だけユダが、キリスト教のユダが見える。キリスト教のユダと言えば裏切り者で有名だが……まさか、内通者は攫われた奴隷……そう言えば俺を除けば基本的にはイアドリフの精鋭が倒したとルミエやレグリットは言っていたな。ユダが見えるということはなにかあるんだろう。

 

「……」

 

 イアドリフは現在ガロプラに狙われている。

 アフトクラトルが背後に立っているが原作ではそんな話を一切聞いていない、なんてのはもう考えなくていい。そもそもで俺という異物が居る時点で原作なんてない……というか今原作前だからな。もしかしたら大規模な侵攻をしてくるのかもしれない。

 

「(こちらジョン、応答願います)」

 

『はい、こちら葵……どうなさいましたか?』

 

「(内通者かもしれない人を見つけた……内通者は攫われてきた外国人の人達だ)」

 

『……なにかの間違いじゃないのですか?』

 

「(俺もそう思いたいが厄介なのが見えている……とにかく、時間は無いからな……)」

 

 この場合、何をするのが正しい?ルミエに報告する?いや、あくまでもユダが見えているだけで直接裏切ったという証拠は無い。

 怪しいから疑いがあるから拷問にする組織は流石に無い。奴隷の俺達に人権は無いに等しいのだがそこの越えてはならない一線を越えるつもりは無い。参ったな……現行犯で逮捕する事が出来るのならばそれが1番なんだけども。

 

『ジョン、ルミエにこの事は報告しますか?』

 

「(怪しいだけで証拠らしい証拠は1つも無い。この手のタイプは現行犯で取り押さえないといけない)」

 

『では、見逃すと?』

 

「(ルミエに緊急事態だからトリガーを常備する様に頼んでくれ。確かトリガーは位置情報をリアルタイムで算出している。この男が何処かでガロプラの使者と交渉するか門を誘導する装置を妨害したりしている可能性が高い)」

 

『分かりました』

 

 現行犯で取り押さえる。それしか道は無い。

 葵にルミエに怪しい奴が見つかったと報告する事にし、とりあえずはその場を乗り切る。因みにだがリーナにはその事は教えない。隠密行動とかひっそりとするのが根本的に向いていない。戦闘では頼りになるがこういう時は知性的な葵の方が頼りになる……リーナの方が頭はいいんだけども。防衛任務のシフトが終わったので今度は護衛の任務だとシャーリーの屋敷に向かった。

 

「リーナ、お前は休んでトリオン回復をしてくれ。俺はシャーリーの護衛をしておくから」

 

「分かったわ……仮眠室は何処にあるの?」

 

「こっちだ、ついてこい」

 

 トリオン回復の事を考慮してリーナを休ませる。

 レグリットはシャーリーの屋敷にある仮眠室に案内していき、俺とシャーリーは二人っきりになった。いや、葵がオペに付いているから3人か。

 

「犯人はいったい誰なんだろう?」

 

 何時何処でイレギュラーな門が開くかわからない状況で緊張の糸が張り詰めている。シャーリーは犯人の事を気にする。

 

『ジョン、動きがありました』

 

「そうか……シャーリー、申し訳無いが此処を後にさせてもらう。詳しい理由はルミエに聞いてくれ」

 

「待ってくれ。それはまさか犯人を見つけることが出来たという事なのか?」

 

 この場を去ろうとする俺の腕を掴んでくる。

 ここで去るという事はそういうことなのかと聞かれるのでそうだと頷くとシャーリーはトリオン体に換装する。

 

「おい、なにやってる」

 

「イアドリフの情報を流している者を捕らえる。犯人を捕まえてこの騒動を納めなければ……市民が安心して眠る事が出来ない」

 

 あ〜……余計な事を言ってしまった感じだな。シャーリーは捕まえると意気込んでおり、無視する事は出来なさそうだ。

 

「お前が来ても邪魔なだけだ」

 

「安心しろ。守られてるだけのお姫様ではない……ただのトリオン体だと思ったら大間違いだ」

 

 そう言うとシャーリーの姿が消えた……が、シャーリーの闘志が見えている。

 コレはアレか?原作で言うところのカメレオン的な能力を持ったトリガーなのだろうか?

 

「レーダーにも映らない高性能な光学迷彩だ。ジョンがそのまま行けば怪しまれる。私が聞き耳を立ててだな」

 

「はぁ……足を引っ張るんじゃねえぞ」

 

 隠密行動とか根本的に向いていないんだよな。

 レグリットには葵の方から説明をしておいてくれと頼んでユダの影が見えた外国人がいるところ……外国人の人に与えられた農地だ。ここに俺が居るのは怪しい。俺達の農地と今回攫われた人達の農地は別にあるからな。

 

「……あいつか」

 

「よし、捕まえよう」

 

「……いや、待った」

 

 何処の国の言葉かは分からないが外国人なのは確かである人は見知らぬ人と会合している。

 闘志は……駄目だな。戦う気を起こしていないから見ることが出来ない。少しでもイキりだってたら見えるんだが……俺のサイドエフェクト、ホントに使いづらいな。

 

「コレがガロプラの情報になります」

 

「Danke」

 

 USBメモリっぽい道具を受け取る外国人。

 なにを言っているのか聞こえづらいのでシャーリーに先行してもらい、シャーリーは透明化のトリガーを用いて距離を詰めて音声を拾う。ガロプラの情報を頂いているのでコレは黒なのだがなにかが怪しい気がする。

 

「Diesmal hast du das Tor geöffnet, aber hattest du irgendwelche Ergebnisse?」

 

「ええ、ありましたよ……イアドリフの精鋭達の様子と緊急脱出機能を見ることが出来ました。コレが次のラッドで」

 

「そこまでだ!!」

 

 ああ、早い!

 ラッドと思わしき物を取り出そうとしたガロプラからの使者の腕を掴んでシャーリーは透明化を解除した。

 

「wer bist du?」

 

「イアドリフのイレギュラー(ゲート)の原因はこのトリオン兵だったのか」

 

 突如として姿を現したシャーリーに驚く外国人。

 こりゃいけねえと俺も姿を現すと外国人の人はラッドを握っている事に気付く……ああ、そうか、そういうことか。俺はラッドが居ないと思い込んでいた。ラッドは多数居るもので単体では居ないと思い込んでいた。逆だ、門を開く機能に特化したラッドを一体だけ用意してトリオン兵が現れる様にする。そうすることでラッドが居るんじゃないかと思わせない様にする……ラッドをリモコン操作して門を市街地で開いたんだ。

 

「これはいったいどういう事だ!?どうしてお前以外のトリガー使いがいる!」

 

「ich weiß nicht」

 

「ジョン、やったぞ!現行犯で取り押さえる事に成功した!」

 

「余計な事を言うんじゃねえ……裏切り者がこんな身近に居るとは」

 

「nicht verraten. Vielmehr tue ich mein Bestes für dieses Land.」

 

「なに?」

 

 自分は裏切り者じゃないと主張する外国人。

 イアドリフの市街地にトリオン兵を放っているので充分な裏切り行為なのだがなにを言っているのだろうと思っていると情報を渡していたガロプラの兵士は眉を寄せた。

 

「この侵攻はガロプラとしては本意ではない……程良い失敗に終わる様にイアドリフの者と交渉をしていたのに、よくも水に流してくれたな」

 

「……なんだと?」

 

「コレはガロプラの今回襲撃してくるトリガー使いの情報だ。アフトクラトルに気付かれる事なくここまで上手く運んでいたのに邪魔をするな小娘が!!」

 

「だ、だが市街地にトリオン兵を」

 

「Denken Sie nicht nur an die unmittelbare Zukunft. Im Nachhinein wäre das die beste Vorgehensweise」

 

「まぁ……ガロプラの侵攻を失敗させるならな」

 

 市街地に被害はあったがこの後にあるガロプラの襲撃を準備してくれるのならばこの人の言う通り、後の事を考えればそれが最善の策なのかもしれない。一般市民に被害を与えているが、そこは上手い具合にやってトリガー使いがいるところにトリオン兵を仕掛けている。

 

「何処の小娘かは知らないが、ガロプラの情報は要らない様だな」

 

「Warten Sie mal. Ich brauche diese Informationen」

 

「コレはガロプラの中でも極秘事項になっている事だ……一度でも信頼が失ってしまったのならばもう遅い」

 

「っ、トリオン兵!」

 

 ラッドが門を開いたかと思えばトリオン兵が送り込まれ、情報を渡してきた男は消え去った。

 ……コレはあれか。敵の国の情報を引き出す事が出来ていたのに安易な正義感が原因で敵の国の情報や情勢を引き出す事が出来なかったというのか。ガロプラ的には今回の侵攻は乗り気じゃない、だから情報を渡して上手い具合に任務失敗に終わらせたかったのか。

 

「……葵、ルミエに今の一部始終を報告してくれ」

 

『分かりました……その……』

 

「シャーリーは悪くはない……ただ純粋に国の為を思った結果、空回りした」

 

 そしてその空回りはイアドリフにとって大きな痛手となった。

 ガロプラの情報を引き出す事が出来なかった……あ〜……もう、なんでこうなるんだ。

 

「私は、私は…………」

 

 自分は悪くないと言いたげなシャーリーだが、結果だけを見ればシャーリーが情報を引き出す情報屋を潰してしまった。

 お前は悪くないと言いたいのだがそれを言えばこの外国人の人が報われない……。

 

「とりあえずお前は現行犯で逮捕だ。国を危険な目に合わせた事実には変わりはない」

 

「ich bin nicht böse!!」

 

「いや、悪いことだからな」




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34話

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「コイツが内通者か」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「Warte bitte. Ich bin für dieses Land」

 

 イレギュラー門の犯人は見つかった。シャーリーには屋敷に戻ってもらい内通者である攫われた奴隷の人を連れ、ルミエの元まで向かった。

 当然と言えば当然の事だがトリガーは取り上げている。ルミエはトリオン体になっているのでなにを言っているのかは分かっているのだがルミエから見える闘志がプルプルと震えて見えている。明らかに怒っている。愛想笑いをしているが怒ってますよオーラが目に見えている。

 

「この国の為か……確かに敵の情報は大事だ。何処から仕掛けてくるのか分かればそれに越したことはない……だが、独断で動いていいと誰が許可をした?レクスを始めとするこの国の幹部達に一言も相談なく勝手に事を進めていた。見方を変えれば裏切り行為とも取れるぞ」

 

 ぐうの音も無い正論をルミエはぶつけた。

 確かに情報の売買をしていた事や市街地にトリオン兵を送り込ませる事は個人の独断と偏見で判断していいことではない。国が大凡の事情を知った上での侵攻ならばともかくだ……

 

「……Nur so konnte es funktionieren」

 

 成果を上げる為にはそれしか道は無いと主張する……ああ、そうか。

 

「あんた、今の暮らしからより良い暮らしになりたかったんだな」

 

「Warum muss ich das tun?Ich möchte alleine in einem Zimmer wohnen. Ich hasse schlechte Rationen mehr.」

 

 1人の部屋で暮らしたい、美味しくない食事はしたくない。この人はそう主張する。

 俺とリーナと葵は人並みの生活を送る事が出来てはいるが、俺達以外は苦しい生活を送っている。生活を良くする為には成り上がらなければならないがイアドリフは大きな侵攻を受けない。乱星国家なので侵攻しにくい。武勲で成果を上げる事は難しく、トリガー工学で成果を上げれるかと聞かれればNOである。俺はトリガーを考案する事は出来ても作る事は出来ない。リーナもだ。葵は逆にトリガー工学は向いている……脳のタイプが違うんだろうな。

 

「こんな裏切り行為をしてその上で贅沢をしたいとはいい度胸だな」

 

「ルミエ、どうするんだ?」

 

 牢獄的なところにぶち込むのだろうか?それだったら、そうでさっさとしてほしい。

 これ以上この人の話を聞いていれば余計な感情を持ってしまう……俺はホントにつくづく甘い人間だ。

 

「お前は使い捨ての替えが効く駒の1つだ。オレに相談無しにこんな勝手な真似をしてなにも無しは許されない……よって死刑だ」

 

「Bring mich nicht um! Ich habe einige Informationen, die ich von ihm gehört habe.」

 

「ほぅ……どんな情報だ?」

 

 死刑を免れたがると思えば情報があると言う。

 ルミエは不機嫌なオーラを隠そうとはしないが一応は聞く耳を持っている。どんな情報なのか興味を持った素振りを見せる……が、怒っている。

 

「Ich habe Informationen über feindliche Waffen.」

 

「へぇ……」

 

 USBメモリ的なのを取り出して敵の情報を得た事を報告する。

 敵の情報を得た……ガロプラはアフトクラトルの従属国家なのでラービットの情報でも手に入れたのだろうか?

 

「コレは解析に回させてもらう……だが、お前を罰さないといけない。痛いのと楽なのどっちがいい?」

 

「Ich hasse es, Schmerzen zu haben」

 

「じゃあ、こっちにしてやるよ」

 

 そう言うとルミエは腕輪を渡した。

 

「イメージしろ。自分の全てをトリガーに注ぎ込むイメージを……そして全てを注ぎ込め」

 

「ルミエ、まさか!」

 

「Gießen Sie alles in den Abzug」

 

「おい、やめっ──っ!!」

 

 ルミエが何をするのか分かった瞬間、それは起こった。

 腕輪型のトリガーを渡された外国人は真っ白になったと思えば粒子に成り代わる。

 

「っち、失敗か」

 

「お前、何やってんだよ!」

 

「痛い目に遭って殺されるのか痛くない楽な目に遭って殺されるのかのどちらかを選べとオレは言ったんだ。黒トリガーになる様にすれば一石二鳥だったんだがな」

 

 ルミエは外国人を黒トリガーの生贄にしようとした。

 結果は失敗、黒トリガーを作る事は出来ず外国人は灰となって消え去ってしまった。

 

「お前……最初から殺すつもりだったのか?」

 

「当たり前だろう。何処の馬の骨とも分からない奴が上に話を通さずに情報を漏洩していたんだ。ホントなら見せしめとして公開処刑をしてやりたいところだが痛いのは嫌だって言うから黒トリガーになる様にしてやったんだ」

 

「……クズだな」

 

「なんとでも言えばいいさ。少なくともこの男がイアドリフに危機を齎した事実には変わりはない。言っておくがちゃんとオレに報告してくれたいたらこんな目には合わせなかったんだぞ?成り上がりたいのは分かるが個人の独断で動いたんだ……組織に必要なのは個性じゃない、皆同じ一律である事が大事なんだ」

 

 ……ああ、忘れてたよ。人並みの生活を送る事が出来ているとはいえ俺達地球の人間は攫われた奴隷だ。

 ルミエの機嫌を1つでも損ねれば今の生活を全て失う事だって大いにあり得る事だ。今こうしてルミエにタメ口を利いている時点で下手すりゃ首を撥ねられる可能性だってある。

 

「しかし参ったな。ガロプラからの使者とのコンタクトを取ることが出来なくなってしまった」

 

 黒トリガーになるのを失敗した外国人の灰を片付けるとルミエは困った声を出す。

 ガロプラ側としては今回の侵攻は不本意なものだ。アフトクラトルの母トリガーの寿命が残すところ僅かだからこんな辺鄙なところにも足を運んでいる。ある程度は失敗する可能性を考慮した大規模な侵攻をしようとしている。

 

「ガロプラのトリオン兵に関する情報はコレに詰まっている事を期待するとして……シャーリー姫め、安易な正義感が原因で敵の情報を引き出す事が出来なくなったぞ。あの無能が」

 

「お前、アイツは一応は王族なんだぞ?そんな事を言っていいのかよ?」

 

「シャーリーがポンコツなのは今に始まったことじゃない。トリオン能力も恵まれていない、トリガー工学もタリやスパルカという天才が居るせいで凡百のエンジニアになっているし、王族という地位があるだけであってこっちの世界じゃ弱者も同然、影で呼び捨てや悪口を言ってる奴は結構多いぞ」

 

 なんかイジメの現場を聞かされているみたいだな。

 シャーリー、悪い人じゃないのは分かるのだが割と感情的で多方面に敵が居る。安易な正義感は身を滅ぼしやすいとはよく言ったものだ。

 

「それで、どうするんだ?重箱の隅を楊枝でほじくるみたいなチマチマとした作戦を向こうはしてくるが大規模な侵攻をしてくるのは確定なんだ……門を開くラッドを送り込む事はもうしないみたいだけど」

 

「そうだな……」

 

 イアドリフではイレギュラー門が開いている。

 そこから現れるトリオン兵は強くはなく現場に居合わせた手練が倒しているので問題はない……いや、イアドリフの精鋭の実力を見られてしまっているのだからアウトか。イアドリフの情報を更に引き出す為にトリオン兵にラッドを忍ばせておく?いや、イアドリフの手練がどれくらいのものなのかは見抜いている。既に十二分に成果を上げる事は出来ている……となると大規模な侵攻、奇襲を仕掛ける為にラッドを出す……いや、そもそもで敵の狙いは何だ?アフトクラトルの従属国家ならば母トリガーの寿命を迎えそうなアフトクラトルの為に金の雛鳥を探したりするだろうが……あ〜……くそ、何時ぐらいに大規模な侵攻があるのか分からないのはキツいな。ガロプラからの使者を失ってしまったのは大痛手、シャーリーが余計な事をせずに見逃した後に逮捕しておけばそれで良かった。マジで厄介な事になった。

 

「敵の狙いが母トリガーなのかそれとも優秀なトリオン能力者達なのか……不本意で動いているならば母トリガーの制圧の可能性は低いな」

 

「まぁ……どちらにせよ迎え撃つしか道はねえんだよな」

 

「そうなるな……ジョン、トリオンが完全に回復するまで休んでおけ。お前の力も必要になる」

 

「俺の力、ね」

 

 俺のサイドエフェクトの事を言っているのだろうか?

 ともかくイレギュラー門を開いている裏でガロプラと繋がっている裏切り者は見つかり、処刑された。黒トリガーが出来ればそれで良かったのだろうがそう都合の良いことは無いのである。

 

「ガロプラからの使者とやらから貰ったデータは解析に回しておくか」

 

 トリオン回復までの休みを貰う事が出来た。ガロプラが襲撃してくるのは確定事項なのでイアドリフは迎え撃つ体制に入る。

 俺はリーナの事が気がかりだったがシャーリーの屋敷に向かうことはせずにそのまま与えられた部屋に向かいベッドの上で大の字になる。何時もはリーナがいるのだが今はいない。基本的にはリーナと俺はセットの扱いだから1人になる機会は早々に無い。

 

「ジョン、入りますよ」

 

「既に入ってるだろう」

 

 大の字でボケーっとしていると葵が部屋に入ってきた。

 俺とリーナの専属のオペレーターという事もあってか俺達が休みだと言われれば葵も自動的に休みになる。トリオンが有り余っているので部屋の機械を動かすトリオンをチャージしてくれる。戦闘で使わないからこういうところで葵のトリオンは活躍する……トリオン能力が9だったっけ?

 

「イアドリフはどうなるのでしょうか……」

 

「不安か?言っとくが年中戦争してるみたいなものだぞ」

 

 ただそれを実感していないだけで常に俺達は死と隣り合わせに生きている。

 緊急脱出機能が搭載されてから死亡率は格段と減ったが何時かは緊急脱出機能無効化機能みたいなのは作られる。技術とか兵器とかは直ぐにパクられて鼬ごっこだ。

 

「ジョンは怖くないの?」

 

「……お前、俺がなにも思ってないと思ったら大間違いだからな」

 

 葵はハッキリと怖いと言ってくる。俺は……言わないだけで怖いものは怖いのである。

 ゲロ吐きながら泣きながらでも前に進んでいる。ホントは投げ出したい逃げ出したいけどその道はもう無いんだ……あ〜……くそ、辛い。葵が余計な事を言ってきたせいで悲しくなってきた。

 

「ジョ、ジョン大丈夫ですか!?」

 

「るせぇ、お前のせいで殺してた部分が出てきちまったじゃねえか……」

 

「その、ごめん、なさい」

 

「謝る気があるなら膝を貸せ膝を」

 

 余計な事を口走ってしまった事を今になって自覚する葵。

 謝罪の言葉程度で俺が落ち着くわけがないだろうとベッドの上に座らせて膝を借りる。人肌に触れる機会は早々に無い、美少女のものならば尚更だろう。

 

「ジョンはイアドリフに拐われる前にどんな生活を送っていたの?」

 

「普通だよ。親は市役所の職員で姉と妹がいて……まぁ、バカにはなるなよと進研ゼミはやらされてた」

 

「お姉さんと妹が居るんですね……羨ましい」

 

「俺は一人っ子の方が良かったよ」

 

「一人っ子は退屈よ。馬鹿騒ぎする事が出来る家族がいないもの……執事は居たけれど」

 

「おーおー、ボンボン発言か……はぁ、普通の暮らしが送りたい」

 

 何処で道を間違えたんだ。原作開始前に拉致されるとか完全に想定外だぞ。

 普通に学校に行って普通に生きたい……いやでも、ボーダーにスカウトされるとかも有りかもしれない。この厄介なサイドエフェクトも少しは役に立ちそうだしな。

 

「地球に、日本に帰る事が出来るのならばどうするの?」

 

「今更小学生からやり直しなんて出来ない……田中角栄もビックリな小学校中退だ……そう、もう後戻りをする事は出来ないんだ」

 

 越えてはならない一線はとうの昔に越えている。売国奴と言われればその通りな行いもしている。

 今更普通に学校に通いたいとは思わない。流石に中学数学とかの一般教養は使っていないので忘れている……日本史とか世界史の知識は無駄に残っている。どうせならば農業とか科学の知識が残ってくれればよかったのだが、その辺の知識があっても成り上がれるか謎である。

 

「そうよね……私達はもう後戻りをする事は出来ないわ。仮に日本に帰ることが出来ても、近界民の存在を露呈しないといけない……」

 

「……そうだな」

 

 遊真の年齢から逆算して第一大規模侵攻は起きている筈だ。

 そんな中で俺達が帰ってくれば……ボーダーが都合の良い設定を盛ったりするだろう。客寄せパンダにするかそれとも悲劇のヒロインにするのか……そんなのはごめんだ。ボーダーに所属するっていうのも今の現状を考えてもピンとこない。洗脳教育レベルでイアドリフに尽くす事を教え込まれているのでイアドリフの利益になる方法を考える……仮に日本に向かうのならば……いや、これ以上は考えるのは無意味か。

 地球の技術に関してエンジニア達は一応の興味は持っている。トリオンに代わる電気の技術、コレをイアドリフで実装すればイアドリフは豊かになる。冷蔵庫や洗濯機等の家電にトリオンを回さずに済めば色々と他の事にトリオンを使うことが出来る。強力なトリオン兵にトリオン障壁とか色々と……俺に石神千空並の知識があればエンジニアとして成り上がる事が出来たのだが俺にあるのは電球を作るぐらいの知識だ。理科の教科書全然役立たねえよ。

 

「寝るか……」

 

「このままで構いませんわ」

 

「そうか……抱き枕も欲しいところなんだけどな」

 

 リーナなら一緒に寝ようって言えば喜んで抱き枕の代わりになってくれる。

 葵は破廉恥だなんだと言ってくるのでしてくれない。でも、膝枕は嫌がらない。膝枕はセーフとはいったいどういう感性をしているのか小一時間程問いたいのだが、感性は人それぞれ。むしろ俺とリーナの方が異常だったりする可能性も高い。多分異常なんだろうな。

 

「あ〜……久しぶりに……ゆっくりする事が……」

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「すー……」

 

「ふふっ、眠ってますね」

 

 ジョンは私の膝の上で眠っている。

 ここ最近、イレギュラーな門が開いていて何時大きな戦になるのか分からない危機的な状況だったので仕方ないといえば仕方ないこと。やっとゆっくりと休めるとジョンは寝息を立てている。

 

「ジョン……ホントにありがとう」

 

 眠っているジョンに対してお礼を言う。

 私は人を撃つことも斬ることも出来ない。トリオン能力にも恵まれサイドエフェクトも持っているのだけれど人を撃つことも斬ることも出来ない。奴隷としては致命的な欠点……嘔吐しながらでも戦わされる道もあったけれど、運良くジョンに引き取られた。私達は攫われた奴隷、そのスタンスは変わりはない。あの最初のサバイバルもジョンが居なければ最後まで生き残る事が出来なかった。ジョンが居なければ狭苦しいタコ部屋に住まされて……女だからって変な事をされていたのかもしれない。

 

「……貴方はもう戻るつもりは無いわよね」

 

 私達はもう後戻りをする事は出来ないところにまで来てしまっている。

 売国奴と言われても構わないとジョンは覚悟を決めている……だったら私は、私達は最後まで地獄に付きそう。きっとこれから後悔だらけの日々を送るのだろうけど、泣いている暇なんて何処にもない。苦しくても辛くても前を歩く、いや、歩かされる……いいえ、それも違うわね。例えるならばそう、ベルトコンベアの上に私達は立っていて常に前に進まされる。途中で分岐点があるからそこで動くことが自立や選択なのだと思う。

 本音を言えば私だって家に帰りたい。兄妹は居ない、大きな屋敷で暮らしている。友達と何気ない日々を過ごしていた事は今でも夢に出てくるぐらいに熱烈に覚えているわ。

 

「一緒に地獄に堕ちましょう、ジョン」

 

 覚悟は出来た……なら、後は堕ちるところまで堕ちるだけ。

 眠っているジョンの額に手を当ててゆっくりと微笑んだ。




 


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35話

 

「解析、終わったわ」

 

 葵の膝枕で眠りにつきトリオンの回復を終えるとトリガー開発等を行う研究所に呼び出された。

 俺だけじゃない。レクスやルミエといった上の偉い人達やルルベットやシルセウス等の一般兵とイアドリフの猛者と呼ぶに相応しい面々が揃っている。

 

「敵のトリオン兵に関する情報よ」

 

 若き天才エンジニアことタリが内通者である攫われた奴隷の人が持ってきた情報の解析を終えた。

 ガロプラから受け取った情報はトリオン兵に関する情報だったらしい。

 

「トリオン兵……それはどんなトリオン兵なんだい?」

 

「トリガー使いを捕獲する用のトリオン兵よ」

 

 レクスがタリに聞けば聞き覚えのあるトリオン兵について語られる。

 トリガー使いを捕獲する用のトリオン兵と言えばアレしかないなと思っているとタリは手に持っているタブレット端末を操作し、トリオンキューブを出現させるとトリオンキューブがウヨウヨと変形してトリオン兵……トリガー使い捕縛用のトリオン兵、ラービットに変化する。

 

「このトリオン兵の名前はラービット。1体だけでもトリオンは馬鹿みたいに食うけどその分装甲は半端じゃないわ。誰か、戦ってみなさい」

 

「じゃあ、俺が」

 

 戦えと言われたのならば戦うしかない。

 少しでも生き残る為には経験を積んでおくに越したことは無いと挙手すると戦闘訓練を行う部屋に向かう。ボーダーの戦闘訓練と違い復活する事は無いので細心の注意を払って置かなければならない。

 

「さて、どうしたものか」

 

 俺のサイドエフェクトは基本的には対人のサイドエフェクトだ。人の持つオーラ的なのが歴史上の偉人や神話の生物、獣畜生と色々な生き物になって見える。このサイドエフェクトのお陰で相手の実力などを見誤る事は基本的には無い……のだが、対人のサイドエフェクトの為にトリオン兵には効かない。トリオン兵をリモコン操作してくれたりすれば微弱だが闘志を見ることが出来るのだが、ラービットはリモコン操作じゃなくてAIによって動いている。俺のサイドエフェクトは意外と使い勝手がいい。闘志に揺らぎが見えたりするとなにか仕掛けるとか分かる。後、暗いところとか煙があるところでもハッキリと見える……見え過ぎて困ると言う時もあるけども。

 

「とりあえず先ずは1発」

 

 拳銃を取り出して軽く数発撃ってみる。

 ラービットは腕を交差させてXの字にして弾を防ぐ……軽めの散弾だが、俺のトリオン能力的にバムスターを倒す事が出来るぐらいの威力はあるのだが流石はラービットだと言ったところだろう。散らす弾じゃ倒す事が出来ないと分かれば直ぐに刀の見た目にしている【カゲロウ】を展開するのだが、ラービットは前に進んできたかと思えば殴りかかってきた。

 

「くっそ、重い……が、まだだ」

 

 シールドを何重にも重ねて展開してラービットの殴打の威力を下げる。

 シルセウスのマジの一撃をくらっている気分だが、シルセウスの方がもっと素早くて重い。トリオン兵だから限界はあるんだと鞘に納めていた【カゲロウ】を抜刀、牙突の構えを取り

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 ラービットの目玉目掛けて突きを入れる。槍も悪くはないが刀の方も腕を磨いておかないといけない。

 高速の突きに反応する事が出来ずにラービットは目玉を貫かれて動かなくなった……どうやら無事に破壊する事が出来たようだ。

 

「並大抵のトリオン兵じゃないが、腕に覚えのある奴なら倒す事が出来るレベルだ」

 

 ラービットを無事に倒す事が出来たのでその事について報告する。

 ラービットは何時も相手にしているトリオン兵よりは強いが素早い攻撃に対抗する事は出来ない。内包するトリオンに物を言わせて空を飛んだりする事が出来るには出来るのだが力技に近い。小さくて素早くてパワーがあるが小回りは効かないといったところだろう。

 トリオンが勿体無いので破壊したラービットを回収し、トリオンに変換。その後、もう一度ラービットを出現させる。今度は別の誰かがラービットに挑まないかとなり、スターチェが挑むと挙手する。

 

「っ、硬え!」

 

 2丁拳銃で挑むスターチェだがラービットの装甲が思った以上に硬かった。

 剣とか槍の近距離系のトリガーならどうにかなる可能性は高いのだが、銃系のトリガーはラービットにダメージを与えるのが厳しい。原作でもギムレットとか使ってダメージを与えてたし、通常よりも強い弾を使うかトリオンに物を言わせるかのどちらかをしないといけない。

 

「舐めんなよ。レクスの取り巻きじゃねえんだよ、オレは!」

 

 とはいえ弱点が無いわけでもない。

 目玉付近は装甲が薄いのを俺の牙突もどきで判明したのでスターチェはシールドを展開したと思えばシールドを踏み台にして高くジャンプし、制空権を得たと思えばラービットの目玉目掛けて弾丸を叩き込んだ。

 なにか言っているっぽいがなにを言っているのか分からない……スターチェ、なに言ってるんだろう。

 

「スターチェでも倒すのに数分が掛かるのか……参ったな」

 

 スターチェは無事にラービットを破壊する事に成功した。

 しかし思った以上に時間をかけている。勝負とは一瞬だったりするわけで1体のトリオン兵を倒すのに数分の時間をかけるのは色々とマズいとレクスは困った顔をする。

 

「ラービットが出てくるって言うのならば常時複数小隊で居なければならない……トリガー使いを相手にする事も考慮すればラービットに時間は掛けてられない」

 

 レクスはラービット対策を考える。

 1人で簡単に撃退する事が出来る方が異常であり普通の一般兵はラービットを撃退するどころか捕まる可能性もある。数人一組の小隊を作って団体行動とチームプレイによるラービット撃退を考えるが渋い顔をする。ラービットにばかり気を取られてはいけない。今はトリオン障壁で門を開かない様にしているのだがトリガー使いも相手にしないといけない。ラービットよりもそっちの方を気にする。

 

「ジョン、君ならどうする?」

 

「そりゃ数人一組のチームを臨時でも組むしかないだろう。単体で倒せると思っても予想外の出来事に遭遇する可能性だってあるし」

 

 敵はなにもラービットだけじゃない。イルガーにバムスターにモールモッドと色々とある。

 臨時で部隊を編成するしかない。連携を取るのは難しいかもしれないがラービットを確実に仕留めないと……ラービットは緊急脱出をさせないようにトリオンキューブ化してくるからな。

 

「それよりも敵はその気になれば市街地に門を開く事が出来る。門を開く機能を搭載したラッドを持っている」

 

「昔、君が提案したラッドだね……何処からか情報が漏れたのかな?」

 

「いや、構造自体はシンプルだから漏れたんじゃなくて考えたんだと思うぞ」

 

 門を内側から開くって意外とシンプルだからな。

 それはさておき空飛ぶトリオン兵が市街地にやってきて門を内側から開いたりするのは洒落にならない。どうにかする事は出来ないのだろうか?

 

「ラッドに関してはデータさえ有ればどうにでもなるし、長期戦は無いわ」

 

「その心は?」

 

「イアドリフの軌道がもうすぐガロプラから離れようとしているもの。ガロプラは1回の侵攻に全勢力を掛ける……特定の周回軌道が無い国は一発で仕留めないと従属させる事が出来ないわ」

 

 成る程ねぇ……長期戦が出来ないか。だったらトリオン兵は色々と注ぎ込まれるか。

 こっちの世界の戦争は地球の戦争とはやや勝手が異なるなと思いつつも今後どうすべきかを意見を出し合う。と言ってもどうするのかの最終的な決定権を持つのは戦闘部隊の総長であるレクスだ……レクスはどう判断するんだ?

 

「……タリ、相手のラービットを持ち帰ればどうにかなるかい?」

 

「まぁ、このデータだけじゃちょっと無理っぽいわ」

 

「そうか。じゃあ、数人一組の小隊を組んでおこう。相手の国のラービットの現物を手に入れたのなら直ぐに持ち帰ってくれ」

 

 持ち帰ってどうするつもりなんだ?トリオンに変換する……じゃなさそうだな。

 色々と気になる事が多いのだが、とりあえずは方針が決まった。間もなくトリオン障壁が無くなってしまって門が開いてしまうとレクスから通達がある。

 

「ここを乗り越える事が出来れば、暫くは襲撃に合わなくて済むわね」

 

「まぁ、そうだな」

 

 数人一組の小隊を臨時でも組めと言うことなので組むことになった。

 俺にはリーナがいるのでそれで充分だと思ったのだがリーナとは別々にされてルミエとルルベットが配属された。葵は……大丈夫だろうか?オペの処理能力云々の問題でボーダーでは4人が限界だと判断して4人までになってるとかなんかの本で見た記憶があるが、葵はまだ11歳……う〜ん

 

「葵、大丈夫か?」

 

『大丈夫よ、ジョン。何時もより多いけれども捌ききれない量じゃないです』

 

 一応は心配なので通信を入れる。葵は問題無いと言うのだが大丈夫だろうか……11の小学生にオペレーターさせてるって何気に業が深いぞ。

 葵の方が限界が来たのならばそれはそれで考えておかないといけない。オペレーターに無理させるのもいけないことだ。

 

『トリオン障壁消滅まで残り1分、59,58』

 

 ラービットに関しては倒すことが出来ている……ただなんか忘れている気もする。原作知識があるから余計な事を考えてしまう。

 今頃は地球ではDANGERをダンガーと読み間違える男とぼんち揚げ大好きセクハラエリートがバチバチとランク戦を繰り広げてるんだろうな……俺もそっち側が良かった……なんて後悔はほぼ毎日だ。泣かないだけで叫ばないだけで苦しくて辛い思いはしている。

 

『6,5,4,3,2,1,0……トリオン障壁消滅を確認。同時に門が出現、5,10、15……30を超えます』

 

 葵のオペレートは中々に優秀である。戦線の最前線に立っている俺だがかなりの量の門を見ることが出来る。

 そこから出てくるのはバムスター、モールモッドと何処の国でも使っているトリオン兵……ん?

 

「アレは……」

 

「アイドラだな」

 

 人に近い形状のトリオン兵がいた。

 原作で見たことがあるトリオン兵でルミエが横で解説してくれるのだが……アイドラから闘志が見える。黒豹の闘志で中々に強い手練が居る……恐らくだが、トリオン兵に化けているのだろう。

 

「ルルベット、アイドラを落とすぞ」

 

「いいけど、他は?」

 

「他は俺がなんとかする……」

 

 そういうと拳銃を取り出す。拳銃と刀という中2的な要素を持っての戦闘だが悪くはない。

 万能手のポジションが俺には向いているのだと思いつつも闘志が見えるアイドラ目掛けて発砲するとアイドラはシールドを展開して横に避けていく。

 

「ジョン、あいつは」

 

「トリオン兵に化けてるトリガー使いだ!卑劣な手を使いやがって」

 

 他が機械的なのに対してヌルヌルと動いてくるアイドラ。

 全く持って厄介なものだとモールモッドの目玉目掛けて拳銃を発砲しつつルミエに説明をする。こういう時マーキングを出来るトリガーが有れば良いのだが生憎な事に搭載していない……戦闘能力特化なトリガー構成をしているから仕方がないといえば仕方がないが。

 

「ジョン、交代だ。彼奴の相手はお前がしろ」

 

「いいのか?」

 

「見失わないならそれに越したことはない」

 

 ルミエがここを引き受けてくれる。

 だったらその好意に甘えるのだと拳銃をホルスターに入れて走り出す。

 

「シールド!」

 

 あのアイドラを逃すと痛い目に遭う。

 俺の直観がそう言っているので筒状のシールドを展開して闘志が見えるアイドラを包み込む

 

「何故分かった?」

 

 アイドラはそう言うと筒状のシールドをぶん殴って破壊し、本来の姿になる。

 コイツは確か……トンガリじゃなくてガトリンだったか?黒豹が見えることからかなりの猛者なのは分かるが、決して倒せない相手じゃない。

 

「さてな……(葵、煙の状態でも見えるようにしろ)」

 

『分かりました。アレをやるのですね』

 

 ガトリンはどうして分かったのか驚くのだが揺らいでいない。

 この感じは……まさかとは思うが既にガロプラでは緊急脱出機能が搭載されているとかいうオチじゃねえだろうな?そうなるとガロプラ防衛戦で負ける可能性……ああもういいや、他人の心配なんてしてられない立場なんだし。

 

「ファイア!」

 

 トリオンで出来た煙玉をぶん投げる。

 プシューと煙玉から煙が発生して周りが見えなくなるのだが俺は葵から補助を受けて煙の中でも何処に誰が居るのか見える様になっている。コレは多分他所の国でも簡単に実装するというか実装されているシステムだと思いつつも管槍を出現させてガトリンが居る場所目掛けて投擲する。

 

「っ」

 

 案の定ガトリンの方も暗視機能的なのを使い周りが見えるようになっていた。

 別にそれで構わない。一直線にしか飛んでこないなんの仕掛けもない槍ならば避ける事が出来ると回避するのだが、その時点で詰みである。

 

卑劣斬り(飛雷神斬り)

 

 今回投げた槍はただの管槍じゃない。管槍を中心に半径5m以内ならば何処でもテレポートが出来るテレポーター機能を搭載させた管槍だ。

 管槍を投げて回避したのならばテレポートで一瞬の間合いを詰めて相手の首を斬り落とす……卑劣なる飛雷神斬りだ。事前に来ることが分かっているのならばまだしも視界が煙で覆われていてマトモに見えない状況で槍が飛んできてこれさえ避ければと思考を妨害、飛んできた槍の目の前に急にテレポートするので咄嗟の反応もする事は出来ず、ガトリンの首を刎ねる事に成功した。

 

「使っておいてなんだが卑劣な技だな」

 

 NARUTOの飛雷神斬りから着想を得た戦術だが中々に優秀である。

 煙で視界が不安定でオペレーターから補助を受けた瞬間には槍が飛んできている。咄嗟の事で反応する事が出来ても槍に向かってテレポートしてそのまま刀の【カゲロウ】に斬られるという隙のない……何段構えだこの技は?

 

「っ、不覚……」

 

「お、この展開は予想外なのか」

 

 ガトリンを一瞬で倒すことに成功したのだが、ガトリンは緊急脱出しなかった。

 どうやらまだ緊急脱出機能がトリガーに搭載されていない……人質を取って捕虜と交換的な事が出来る様にって、まずい!

 

「テメエ、ラッドを持ってやがるな!」

 

 どうやってかはしらないが何時の間にかガトリンの手にはラッドが握られていた。

 門を開く厄介な機能が搭載されていると色々と思考が鈍っているとラッドが門を開いて……ガトリンは消えていった。緊急脱出機能を搭載していない代わりにラッドを使って門を開いて逃げる方針なのか。

 

『ジョン、大丈夫ですか!』

 

「問題無い……トリガー使いはトリオン兵を使って逃亡した。どうやら負けた時の事を想定している」

 

 この侵攻自体が不本意で動いているらしいから敗戦覚悟なのかもしれない。

 負けたら上に色々と文句を言われるのだろうが、そこは仕方がない事で他人に情けを掛けている場合じゃないとモールモッドを切り裂く。

 

「【ウスバカゲロウ改】」

 

 トリオン兵を一掃するのに【ウスバカゲロウ改】は非常に便利である。

 モールモッドやバムスター、アイドラを一掃する……ガトリンが倒されて大丈夫なんだろうか?彼奴、遠征部隊に選ばれるぐらいには優秀で原作開始時には忍田本部長並の実力者だって天羽が言っていたな。今回は金星を得ることが出来た……初見殺しって強いのである。

 

『大変です、ジョン!リーナの居る南西の地区にラービットが出現しました!』

 

「リーナは誰と組んでる?」

 

『レクスとスターチェです』

 

「あの二人と組んでるならば問題はない」

 

 あの二人でどうすることも出来ないのならば俺が行ってもどうする事も出来ない。

 ラービットに関しては倒すことが出来ている……だがなにか忘れている様な気もする。

 

「リーナに無茶するなとだけ言っておいてくれ……死ぬんじゃないぞ」

 

『分かりました……っ、西側から新たに門を確認!』

 

「イレギュラーか?それとも普通……ああもう、どっちでもいいか」

 

 こっちは防衛戦なので来る相手を全て蹴散らせばいい。

 脳筋思考になっているのだが全てをぶっ倒せばそれでいい……余計な思考はコンディションを大きく乱してしまう。炎のような情熱を持っていても氷のような冷静さは大事である……。

 

「今やるべき事は敵を倒す。トリオン兵を倒す、ぶっ倒す」

 

 1番の強敵になりそうなガトリンは既に落としている。

 自己暗示だと自分がすべき事を呟く……そう、倒すんだ。倒すしか道は無い……仮にガロプラに拉致されたら、今よりも酷い生活を送らされる。折角いい感じに成り上がって来たって言うのに……死んでたまるか。殺さないと。




卑劣斬りは初見殺し。


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36話

 

「ったく、しつこいわね」

 

 大規模な侵攻がはじまった。何時もならば一緒のジョンが居なくて、レクスとスターチェとトリオのコンビを組まされた。

 ジョンと組んだ方が上手く連携を取ることが出来るって言うのに、何故かレクス達と組まないといけない……ホントになんでこんな奴等と組まないといけないのかしら。

 

「油断するんじゃねえぞ。今回は新型のトリオン兵が出てくるんだ」

 

「分かってるわよ、それぐらい」

 

 今回の侵攻は普段みたいなのじゃない。かなり危険な侵攻で未知の新型トリオン兵がいる。トリガー使いを捕獲する事を前提にしたトリオン兵でかなりのトリオンを注ぎ込まれているらしい。私はまだ見たことが無いけれどもかなりヤバいらしい。

 スターチェが気を抜くなと言うけど、モールモッドならば今の私でも余所見をしながらでも倒すことが出来るわ。

 

「っ、アレは!!」

 

「市街地を爆撃しようとしたトリオン兵じゃない!」

 

 蛇の様に胴体が長い市街地にも現れてジョンが真っ二つに切り裂いた確かイルガーとかいう名前のトリオン兵が出現する。

 空中を飛んでおり【ミラージュ】を当てる事は出来そうだけれどもこの場を離れていいのか分からない。臨時の隊長であるレクスの顔を見る。

 

「イルガーは僕に任せてくれ。総員、警戒を怠るな」

 

 ここはレクスが出るみたいね。

 レクスは住居を伝って跳んでいきイルガーの高さにまで飛ぶと【カゲロウ】を構えた。

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

【カゲロウ】の刃を伸ばす【ウスバカゲロウ】でイルガーを一刀両断。市街地に届く前にイルガーを撃墜する事に成功した。

 伊達に本部の総隊長に選ばれているわけじゃないわね。ジョンも似たような事は出来るけども……そうね。ジョンの方が強いわ。

 

「タリ、スパルカ、ドハルロ、まだか!」

 

『まだまだよ。肝心の新型が来てないんだから使うことは出来ないわ!』

 

「なんの話?」

 

 イアドリフの三賢人とかいう称号を持つ3人のエンジニアに連絡を取るスターチェ。

 なにを待っているのか聞いてみるけど答えてくれない。仲間はずれにされている事に若干の苛立ちを覚えるけどもなにか狙いがあるみたいね。だったらそれに賭けるしか無いと思っていると倒したモールモッドから複数のラッドが出てきた。

 

「【ミラージュ】」

 

 ラッドは1体でも取り逃がせば大変な事になる。

 トリオン兵を呼び出すことが出来る新型のラッドなんかも存在しているし、ここはなにがなんでも倒さなければならないと【ミラージュ】を起動して複数の鏡を出現させて一気にトリオン砲を放ち完全に焼き切る。

 

「……様子見はこんな感じなのかしら?」

 

 さっきから現れているのはトリオン兵でトリガー使いじゃない。

 今回の相手の目的はこの国なのか優秀なトリオン能力者なのかトリガー技術なのか……相手の目当てが分からない以上は油断する事は出来ない。

 今はきっと様子見、この前のイレギュラー門で得た情報を元に私達が実際どれくらいの腕前なのか見ている様子見の段階……それが分かっているからかレクス達もあんまり本気でやってない。

 

「ジョン、無事かしら?」

 

 ジョンは誰と組まされてるか分からないけれども、ジョンの事だから上手くやってるはず。

 アオイとも離れ離れになってる。アオイもジョンと一緒に居るのはムカつくわね。彼奴、戦えない癖にかなりの好待遇を受けているし……恵まれてる奴を見て嫉妬の炎を燃やすのは醜い事ね。

 

「っ、新型が出てきたぞ!」

 

「弱点は目玉だ!ラービットの装甲は硬いけど目玉は比較的に柔い」

 

 そうこうしている内にラービットが出てきた。

 何処となくウサギっぽい見た目をしているけれど、油断は出来ない。イアドリフ産のモールモッドが突撃していくのだけれど圧倒的なまでの腕力でモールモッドを殴り飛ばして凹ませる。コレは強いわね。

 

「【ミラージュ】」

 

 とりあえずは先ずは一発と【ミラージュ】から砲撃を撃つ。

 ラービットは腕をX字に交差させて【ミラージュ】の砲撃を受け切った……まずいわね。私のトリオン能力は14,イアドリフの中でもトップと言ってもいいぐらいのトリオン能力なんだけれどもその能力を駆使しての【ミラージュ】の一撃を防がれた。

 並大抵のトリオン能力の持ち主のシールドならば簡単に打ち破る事が出来る【ミラージュ】の砲撃を受け切った……コレはちょっとまずいわね。

 

「真正面に行くんじゃねえ。幾らなんでもソレで倒せるほど新型は弱くわねえ」

 

「分かってるわよ、それぐらい!」

 

 スターチェが単調な攻撃はやめろという。

 シンプルな攻撃で破る事が出来るほど今回の敵は弱くはない。2丁拳銃を構えるスターチェは弾を撃ち込むのだけれどラービットには通じない。

 

「スターチェ、あんたの弾効いてないじゃない」

 

 目玉を狙わないといけないのに目玉を狙うことが出来ていない。

 全くと言ってラービットに通用していないことをツッコむとレクスが背後からラービットを真っ二つに切り裂いた。

 

「バカ、何でもかんでも1人でするわけ無いだろう。オレは陽動だよ、陽動」

 

「スターチェが陽動で僕が斬る、シンプルだけど中々に強い戦術だよ」

 

 レクスとのコンビネーションをコレでもかと見せつけるスターチェ。

 私だってジョンがいればこれぐらいなら簡単に出来るわ……ホントになんでジョンが一緒じゃないのかしら?

 

「さて、リーナ。今から君に仕事を与える」

 

「与えるって防衛戦じゃない」

 

「ああそうだ……今のでハッキリと確信した。ラービットはイアドリフの猛者ならば倒すことは出来るけどもそうでない一般兵には厳しい相手だ」

 

「そう……別に私でも倒すことが出来たんだからね。そこは勘違いしないでよ」

 

 レクスは私が足手まといだと思っているかもしれないけれども、私一人でもラービットを倒すことが出来たわ。

【ミラージュ】の普通の一撃が効かなくても手段は他にも色々とある。【カゲロウ】だってあるんだからそこは勘違いしないで。

 

「分かってるよ。だから君にしか頼むことが出来ない任務を与える」

 

「自爆特攻しろとか言うんじゃないでしょうね」

 

 緊急脱出機能に必要なトリオンを除いて全てのトリオンを自爆に回す機能が私やジョンのトリオン体に備えられている。

 いざという時の為だとジョンは付けて貰っているのだけれどハッキリと言って使いたくない。コンティニュー機能を搭載しているけどもあんまり使いたくない。

 

「ラービットはトリガー使い捕獲用のトリオン兵だ……恐らくだが被害は出てしまう」

 

「でしょうね」

 

 ジョンが色々とやって手練が増え死亡率が減ったイアドリフ。

 それでもやっぱり強くなれない人……特にアオイと同じ時期に拉致された外国の人達は弱い。まともな指導も訓練する時間も無いんだから仕方がないといえば仕方がない事だけれど。

 

「被害を最小限に食い止める方法は1つしかない」

 

「相手の船にでも乗り込めっていうの?」

 

「それが出来たらこんなに悩まないよ……リーナ、このラービットを研究所に持っていってくれ」

 

「ここを離れろってわけ?」

 

「安心しろよ、オレとレクスが居りゃあ100人力だ」

 

 一応は上というかあんたが命じてこの区域に配属された。

 レクスは私にラービットを持って行けというのはちょっとおかしな事だけれども上からの命令ならば従うしかない。斬られて動かなくなったラービットを抱えてトリガー開発なんかをしている研究所目掛けて走り出した。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「出てきたわね」

 

「ルルベット、油断するなよ。そいつはその気になれば空を飛べるんだ」

 

 何かを忘れているモヤモヤが残った状態でラービットが出現した。

 別の地域ではトリガー使いが確認されているので本格的に相手が攻め込んできたんだろう。

 

「油断はしないわ」

 

 ラービットはA級でも苦戦する、ボーダーのトップクラスでも数体同時に相手をするのは難しいトリオン兵だ。

 ルルベットに一応の注意勧告を促すのだが自分は問題無いという……そういう奴ほど危ないのだが、そんな事は気にしてる場合じゃないと刀の【カゲロウ】と拳銃を取り出す。

 

「ジョン」

 

「ああ」

 

 ルミエが合図を入れてくるのでここはルルベットが主体で戦わせる。

 拳銃を発砲すると腕でラービットは防ぐ……弓場の様に威力と速度に能力値を割り切っていない弾丸だが、モールモッドを倒すことが出来るぐらいの威力はあるんだが流石は新型トリオン兵。伊達にバックに神の国が付いていないな。俺とルミエのサポートがあるのと他のトリオン兵を倒すのにトリオン兵をこっちも使うので余計な事に思考を割かなくて済む。

 

「こんなものか」

 

 ラービットの目玉をルルベットは蹴り抜いた。

 目玉が核なところもあるのでトリオン兵は倒しやすい……トリガー使いは姿を現さない。卑劣斬りでガトリンを倒したのが意外と意味があったのだろう。初見殺しで防ぐのがほぼ不可能に近い卑劣斬りはホントに卑劣であるが便利である。

 

「まだ来るぞ、油断はするな」

 

「くそっ、地味にめんどうだな」

 

 ラービットが出てきててトリガー使いが出てきている。

 その内向こうの戦力が底を尽くのだろうが何時終わるのか分からない戦いはめんどうだ。敵の大将格を倒せばいいわけじゃない。コレは防衛戦なので相手の攻めを全て受けきらないといけない……ホントに厄介な事だ。ただ攻めればいい侵攻とは違う。

 

「ルミエ、相手の目的は見えるか?」

 

「お前にはどう見える?」

 

 今回の侵攻の目的はなんだ?トリガー使いか母トリガーかトリガー技術かよく分からない。

 ただ門を開く機能を搭載したラッドを持ってきていて市街地に被害が被ったという報告が来ないという事は…………。

 

「トリオン能力が優秀なのを拉致しに来たのか?」

 

「それが1番の線だろうな」

 

 1番の線を想定するのだが生憎な事にイアドリフの手練は小隊を組んでいる。

 雑兵クラスが相手にするのはモールモッド等の何処の国でも使っているトリオン兵だ……コレは明らかに狙ってやっているな。事前に猛者がどれくらいなのかと調べていたからあえてラービットを飛ばしている……負けるのを覚悟しての敗戦に近いが……さて、どうしたものか。

 このままいけば被害は出てしまうのだが手練が攫われる事はない。重要な情報を渡していない奴隷達が攫われる。奴隷達が減るのは厄介だが、奴隷達のトリガーは何処の国でも作れるトリガーだ。緊急脱出機能が珍しいぐらいだろう……なんだろうな、なにかモヤモヤしている。

 

「あ!」

 

 3体目のラービットを撃墜してやっと胸のモヤモヤの正体に関して判明した。

 新たに門を開かれてそこからラービットが出てくるのだがラービットは今まで倒してきたラービットとは色が違っていた。そうだ、そうだった。

 

「ルミエ、あのラービットは」

 

「情報に無いな……なんだかんだで抜け目がないなガロプラも」

 

 色付きのラービットに関する情報が無かった。

 色付きのラービットは普通のラービットと違い、アフトクラトルのトリガーの機能を搭載した色付きのラービットが居るのを忘れていた。色付きのラービットは今までとは違うとルミエが気を引き締めつつ、突撃をしていく。

 

「おい!」

 

 危険な特攻をかましていくルミエ。

 近距離主体のルルベットのフォローを入れる形で連携を取った方がいいのだがルミエは一人で攻めに行く。

 

「っ!?」

 

 ルミエは【カゲロウ】でラービットの目玉を切り裂いた……のだがラービットはそのまま動く。

 コレは泥の王(ボルボロス)を模した感じのラービットだな。コレは危険だと何時でもルミエとラービットを撃ち抜く事が出来るようにしておく……コレが人ならば、ラービットの弱点とか隙とかを見つけれるんだが、ホントに俺のサイドエフェクトは使い勝手が悪い。

 

「コレはまずいな」

 

 ルミエはラービットと間合いを開こうとするのだがラービットはジェット噴射の如く間合いを詰める。

 ラービットに詰め寄られたルミエは【ミラージュ】と思わしき鏡を出現させてトリオンの砲撃を撃つのだがラービットを倒せていない。

 

「っ!」

 

「ルミエ!」

 

 ガッシリとラービットにホールドされるルミエ。

 このままだとラービットに取り込まれると思っているとラービットの胴体がパカッと開いてルミエを取り込もうとし、ルミエのトリオン体はウネウネと畝る。

 

「緊急脱出……っ、トリガーオフ!!」

 

 緊急脱出をしようとするルミエだがもう既に遅く、緊急脱出が出来なかった。

 これはマズイと判断したルミエはトリガーをオフにして生身の肉体に戻る。一人で先走るから厄介な事になるんだと管槍の【カゲロウ】を取り出した。

 

「【トウロウカゲロウ】」

 

 ルミエに刃を当てない様に高速の突きを目玉に入れる。

【トウロウカゲロウ】で抉るように色付きのラービットに攻撃を当てると破壊する事が出来たのか、ルミエを取り込む事は無くなりルミエを解放した。

 

「あんた、なにしてるのよ?」

 

「すまない。色付きの新型だったからな」

 

 生身の肉体に戻ったルミエ。

 ルルベットは一人で勝手な行動に走ったルミエに呆れているのだが、ルミエはルミエなりに必死になっている……

 

「っち、ダメか」

 

 トリガーを再起動しようとするルミエだがトリガーはうんともすんとも言わない。

 コレはトリガー自体を研究所の方に届け出さないといけない状態なんだろうが……また厄介な事だ。

 

「ルミエ、さっさとこの場から離れろ……トリガーが使えない以上は足手まといでしかない」

 

 ルミエがここで戦線離脱なのは痛いが色付きのラービットは決して倒すことが出来ない相手じゃない。

 最悪俺一人でもどうにでもなると思う……トリガー使いが出てこないし、後は色付きのラービットを撃退さえすればこの防衛戦は終わる筈だ。

 

「アオイに研究所の方はどうなっているのか聞いてくれ」

 

「研究所の方?葵、研究所の方でなにか異変は起きていないか?」

 

 さっさとこの場から去ってほしいのだが、ルミエは色々と聞いてくる。

 葵に通信を取ってみる……オペレート出来る管制室にはトリオン兵が攻め込まれている事はないな。

 

『リーナが撃破したラービットを研究所に持ち込んでタリとスパルカとドハルロの3人がなにかしています』

 

「イアドリフの三賢人がなんかラービットを弄ってるらしいぞ」

 

 何をしているのか具体的な事は聞けていないがラービットを弄くっている。

 この状況でラービットを弄くってるって事はトリオンキューブ化されたトリガー使いを元に戻している?……いや、イアドリフの猛者にラービットを当てているから捕らえられる事は早々に無い筈だ。

 

「そうか……となるともうすぐだな」

 

「なにがだよ?」

 

「トリオン兵は事前に設定された命令通りに動くように作られている。中にはリモコン操作もあるが今回のトリオン兵は事前に設定された命令通りに動くようになっている」

 

「まぁ……ロボットだからな」

 

 極端な話を言えばトリオン兵はトリオンで出来たロボットだ。人工知能が、AIが搭載されていたりして命令通りに動くように作られている。

 今回もトリガー使いを捕縛する様にプログラミングされており、AIが状況を見て判断して動いている。

 

『ジョン、タリ達が準備が出来たと言ってます!』

 

「準備ってなんの準備だよ?」

 

 全くと言って説明されてないからなにを言ってるのかサッパリだわ。

 ラービットの解析が済んでなにかの準備が出来たようなのでその事についてルミエに教えるとルミエは目を開く。

 

「コレでトリオン兵は全て無力化出来る」

 

 ルミエがそう言うと目の前にいたモールモッドの動きが急にピタリと止んだ。

 何事かと辺りを見回してみるとトリオン兵の動きが鈍くなっており最終的には動きが止まってしまった。

 

「まさか……」

 

「ああ、そのまさかだ。トリオン兵は命令通りに動くようになっているのならば動かないようにする命令も出来る……ラービットをはじめとするトリオン兵が動かないように命令する、強制的に動きを停止させたんだ」

 

「そんな事をして大丈夫なのか?こっちのトリオン兵も止まってるぞ」

 

「トリオン兵の動きを全て停止させたから仕方がない事だ……後はトリガー使いを撃退するだけでいい。こうなったら後は数の暴力に任せて戦う事が出来る……今回のこの遠征にガロプラは乗り気じゃないらしいからな。トリオン兵が使えないとなれば撤退しか道はない」

 

「サラリと言っているけど、それはすごい技術だな」

 

「ああ……イアドリフの三賢人が居てくれたから作ることができた技術だ」

 

 トリオン兵を強制的に停止させるプログラムを作り上げるとかうちの国のエンジニア半端じゃない。

 コンティニュー機能を作り上げた時から凄いエンジニアがいるのは分かっていたが……俺には無理な事だな。

 

『トリオン兵の活動停止を確認しました』

 

「こっちも大丈夫だ」

 

 オペレーター目線でも現場に立っている人目線でもトリオン兵が全て停止したのを確認できる。

 これにて一件落着……ルミエが生身の状態で戦線に居るのでとっとと離脱するかなんかしてほしい。追加でトリオン兵を送り込まれる可能性もあるし、まだ使っていないトリオン兵を送り込んでくる可能性だってある。

 

『トリガー使い達はラッドを経由して逃げていきました。どうやら後から送り込まれたりしたトリオン兵は停止していないみたいです』

 

「そうか……他所の国でも緊急脱出機能が搭載されるのも時間の問題だな」

 

『その内、緊急脱出機能無効化装置が作られそうね……っ、(ゲート)発生!!』

 

 このタイミングで門が出てきた。

 トリオン兵を送り込んでくるならば倒せばいいし、もう一回トリオン兵を強制的に停止させるプログラムを使えばいい。なにが出てきても問題はない

 

「コレは驚きました」

 

「っ!?」

 

「トリオン兵を強制的に停止させる装置があるとは、緊急脱出機能といいトリオン兵を強制的に停止させる装置といい辺境の国家とは思えませんね」

 

 そう思っていた。だが現実はそんなに甘くはない。

 俺の記憶やサイドエフェクトに間違いが無ければその男は、その老人は原作キャラの中でも最強と言っていい存在……ヴィザが門から現れた。



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37話

 

「ヤバい、老人が出てきた。絶対ヤバいぞ」

 

「そうなの?トリオン器官って25ぐらいを過ぎたら衰えて弱くなるものでしょう」

 

「確かにそうだが使い続ければトリオン器官は衰える事は無い……50過ぎで現役バリバリの前線に出てきてるとかヤバい実力者だ」

 

 ヴィザの爺が出てきて固まっているとルミエがヤバいと焦りを見せる。この業界は肉体の衰えの概念が存在しない、あるとしてもトリオン器官の衰えぐらいだ。肉体は常に最高の全盛期とも呼べる状態で、熟練の猛者になれば経験値が半端じゃなく豊富で、肉体の全盛期と戦士としての全盛期の両方を併せ持つ化け物兵士の誕生だ。

 

「ジョン、なにが見える?」

 

 出てきてまだ特に行動していないヴィザ。

 恐らくはトリオン兵の強制停止プログラムとかで遠征艇が慌てているんだろう。上からの指示があるまで待つ……いや、なに待っててもらうんだ。そんな事をしても無意味に近い。なんとかして撤退させないといけないのだが……どうしろと?

 原作キャラの中でも最強と呼んでもいい存在……同じ原作キャラの遊真に勝ったりする事は出来たのだが、次元が違いすぎる。

 

「タケミカヅチが見える」

 

 ヴィザの闘志が見える。

 ヴィザの闘志はタケミカヅチ、刀の逸話がある神霊だ……この時点で色々とヤバい。俺のサイドエフェクトで見える闘志は獣、歴史上の偉人等が主で神話の存在は有吾さん以外見たことは無い。有吾さんは嘘を見抜いたりするアスクレピオスの杖を持った神話上の神様だったが、今回は違う。タケミカヅチ、バリバリの武闘派の神霊だ。

 

「さて、どうしたものか」

 

「どうせだったらこのまま帰ってくれませんかねぇ」

 

「それは出来ない話ですね」

 

 ここからどう動くのか悩んでいるヴィザのジジイ。どうせだったらこのまま帰ってくれればそれでいいのだが流石にそんな都合良く帰ってくれるわけがない。交渉は……不可能だろうな。ていうかなんでそこまで狙う価値が低い国に国宝のジジイを導入しているんだよ。狙うならば地球を……ああ、ダメだ。遊真が1回しか使えない手段での奇襲で倒すことが出来た……。

 

「なら倒すまで」

 

「ルルベット、やめろ!」

 

「血気盛んですね……まぁ、ここまで来てそうでなければ困りますが」

 

 話し合いの余地も何もない相手だ。

 ルルベットは走り出して飛び蹴りを入れるのだが仕込み杖を抜刀し、ルルベットの蹴りに対応する。ダメだ、ルルベットは決して弱くはないが相手のレベルが違いすぎる。ルルベットの蹴りを受け切ったヴィザのジジイは持っている黒トリガーの力を発揮するのかと思えば普通に仕込み杖だけで対応している。しかも余力を残している。

 

「葵、動ける奴等片っ端から集めてこの爺さんの相手を……(クラウン)トリガーを持って来いって伝えてくれ」

 

『そんなに危険なのですか!』

 

「ルルベット相手に余力を残してる……トリガーの機能を使ってねえ」

 

 この爺さん、国宝である星の杖の能力を駆使していない。

 星の杖は刃が乗ったサークルを展開して高速で回転させたりする破壊力攻撃力共にエグい性能を誇っている黒トリガー、なにが質が悪いかって言えばトリガー使いの爺さん自体が尋常じゃない程に強い。

 

「面白いトリガーですね」

 

「っ……」

 

 余力を残している感を醸し出しているヴィザ。ルルベットの籠手から伸び出る【カゲロウ】を見抜いている。

 戦い方自体は独特だが、ルルベットの使っているトリガーは【カゲロウ】の延長線上にある……っ

 

「【ウスバカゲロウ改】」

 

 やるならば今しか無い。ルルベットのトリガーにも緊急脱出機能を搭載されている。

 原作で太刀川ごと小南がガトリンを切り裂いた事を思い出した。狙うならば今しかない。ルルベットごと【ウスバカゲロウ】で倒すしか道は無いのだと【ウスバカゲロウ改】の逆手一文字を狙いルルベットごと切り裂いた。

 

「ジョン、あんた……」

 

「成る程、そういった使い方もあるのですね」

 

「っ!!」

 

 ヤバい、間違えた、ミスった。

【ウスバカゲロウ】でヴィザのジジイを斬り倒そうとしたのだがヴィザは複数重ねたブレードで防いだ。

 

「この脱出機能があるから味方ごと斬り倒す事が出来る……中々に面白い。これだから戦いはやめられない」

 

「俺はこんな戦いをやめてえよ」

 

 ホントに何処で人生を間違えたんだろうな。こんなヴァイオレンスな日々よりもネカフェでグータラしている生活を送りたかったよ。

 ルルベットが緊急脱出機能で脱出して基地に戻ったのを確認した……どうする?どうすればヴィザは引いてくれる?交渉は不可能だし原作みたいに遠征艇をハッキングとか出来ない……となると

 

「倒すしかねえのか」

 

『ジョン、貴方の前に居る敵のトリガー使いからとんでもない量のトリオンを確認出来ます……』

 

「黒トリガーだ」

 

「おや、もうお気付きになったのですね」

 

「バックアップが中々に優秀なんでな」

 

 初の黒トリガーが星の杖(オルガノン)とかどうすればいいんだ。トリオン怪獣よりもトリオン能力高かったよな、確か。

 考えろ、考えるんだ。俺みたいな弱者は頭を使って考えてどうにかするタイプだ。

 

「ジョン、落ち着け」

 

「落ち着いてられるわけねえだろうが。つーかとっとと逃げろよ」

 

 色々と頭がてんやわんやしていると直ぐ側にいたルミエが落ち着くように宥めてくる。

 お前、トリオン体が使い物にならなくてトリオン体に換装出来ない生身の状態なんだからとっとと逃げてくれ。原作のボーダーのトリガーと違ってイアドリフ産のトリガーは安全装置なんてついていないんだ。アフトクラトル産の黒トリガーもだけど。

 

「そうしたいのは山々だが、あの爺さんがオレを狙ってくる可能性もある……あの爺さんの目的を考えろ。トリオン兵を強制停止させる命令は研究所を破壊しないとどうにもならない」

 

「時間を稼いで撤退するのを待ってもらう……いや、現実的に無理だろう」

 

 だってあの爺さんの闘志がタケミカヅチなんだから。

 バリッバリの武闘派の神霊だ。俺みたいなフェンリル的なのとは大違い、噛み殺しが出来ない相手だ。本気でこの国を攻め落とす可能性もある。トリオン兵を強制停止させるプログラムとかで遠征艇に積んであるトリオン兵が出すに出せなくなっているから……狙いは研究所だろう。

 研究所には優秀なエンジニア達が多くいる。俺の無茶なトリガーを作成してくれたスパルカとかトリオン兵を強制停止させるプログラムを組んだタリとか色々と優秀なのが多い。比較的に狙われにくい国だからだろうな。

 

「ふむ、脱出機能で飛んでいった先はあちらですね」

 

「……倒すしか道は無いのか」

 

 ルルベットが飛んで帰還した軌道を見て、どの辺りに帰還したのか目で測る。

 このままいけばこのジジイは居住区や研究所に足を運ぶ。トリオン兵を強制停止させる装置とか破壊……いや、破壊した後にタリ達エンジニアをラービットで捕獲したりするだろう。そうなると此処でこのジジイを倒すしかない。このジジイを倒す方法は……無いに等しい。

 自爆機能を使う?残っているトリオン量から自爆でルミエを巻き込んでしまう。ルミエの事は嫌いだけれど国に居なくてはならない人物なので死なせるわけにはいかない。誰かが爺さんの足止めをしている内に足止めをしている奴ごと切り裂く……をさっきやって普通に失敗した。ヴィザのジジイレベルならば1対1で余力を残した上で戦える。ルルベットはイアドリフの中でもそこそこ強い、多分複数で襲って意識を割かせないといけないのだが現在、俺しかこの場にはいない。

 

「(葵、トリオン兵の派遣は出来るか?)」

 

『出来ますが相手のトリガーは未知の物です。トリオン兵の質量によるゴリ押しで勝てない可能性が』

 

 冠トリガーを持っているレクスが来るまでにはそれなりに時間がかかる。

 近くのトリガー使いを招集してもいいがこのジジイは冗談抜きで強いので雑魚を送り込んでも一蹴されるだけの可能性がある。

 

『飛雷神斬りをやりましょう。アレは初見で塞ぐことはほぼ不可能に近いです』

 

「……ルミエ、飛雷神をするから」

 

「分かった」

 

 こうなってしまった以上はこのジジイを倒すしかない。葵は卑劣斬りで攻めようと提案するのでそれを受諾、ルミエに卑劣斬りをする事を教えておく。俺は煙玉を取り出してジジイに向けて投げるとジジイはそれを仕込み杖で切り裂くのだが煙玉が爆発して辺り一体を包み込む。

 俺の記憶が正しければ黒トリガーは弄れない。通信のサポートとかは出来るのだが暗視的なのは出来ない筈だ。

 

「これは……」

 

 ヴィザのジジイも自分が切ったのは弾でも爆弾でもない物だと気付く。しかし時既に遅し、ヴィザの周りを黒色の煙が包み込む。

 1回だけでいい、1回だけ成功すればガロプラは帰ってくれる。そうすればイアドリフに平穏が訪れる。俺は管槍の【カゲロウ】を取り出してヴィザのジジイ目掛けて投擲する。管槍はヴィザのジジイには当たらなかったが当たらなくても別にいい。 

 

「卑劣ぎ」

 

星の杖(オルガノン)

 

「っ!!」

 

 マーキングをしている管槍の前にテレポートをしようとするとヴィザのジジイが仕掛けた。

 自身の周りに小さなサークルを展開してその上にブレードを乗せて滑らせている。例えるならばハリネズミの様で、刀の【カゲロウ】で斬ろうと近づいたのだが、サークルに触れてしまい左腕を一本持っていかれてしまった。

 

「っちぃ、失敗か」

 

『そんな、飛雷神斬りは2段構えなのに』

 

「残念ですがその技は先程ガロプラの兵に使用した技です。隙の無い二段構えの技ですが、仕組みさえ理解していれば取るに足らないもの」

 

「嘘こけ、あんたが歴戦の猛者で反則じみた黒トリガーを持っているから出来た芸当だろう」

 

 卑劣斬りは既に一度見たので対処する事は出来ると一度見た技は通用しないという何処の聖闘士星矢だと言いたくなるようなジジイだ。

 あ〜くそ、マジでどうしよう。卑劣斬りに対して対応してくるとか何処ぞの実力派エリートぐらいしか初見で防ぎようが無いと思っていたのに、この技かなり便利なんだけどな。

 

「いえいえ、私など剣を振ることしか出来ない人間ですよ……ただ人より剣が上手かった、思慮深かったから今日まで生き残る事が出来ただけに過ぎません」

 

「謙遜はそれはそれで困るな……」

 

「強い弱いかは結果のみが語る者です」

 

「その結果、今日まであんたは生き抜いている(援軍はまだか?)」

 

『後、数分は待ってください』

 

「(その数分が有れば相手にぶっ倒される可能性が高いんだよ)」

 

 ホントにダメだこりゃあ。

 自爆機能は使えないし、卑劣斬りは通用しない。真正面から挑めばサークルが展開され、星の杖の刃の餌食になる……シンプルなトリガーだけど、それ故に強い。使い手も強いから…あ〜……くそ、どうしよう。

 そもそもでレクス達が増援に来て勝てるという保証はない。冠トリガーの永遠(とわ)(つるぎ)とか言うのがどういう性能をしているのかも一切知らない……要するに自分の力だけでなんとかしないといけない。

 

「考えろ、考えろ」

 

 自爆機能はルミエがいるから使えない。仮に使ったとしてもブレードをシールド代わりにして防がれる可能性は低い。

 卑劣斬りは既に対処されている。二度目の卑劣斬りをすれば恐らくは防がれるどころか逆に斬られてしまう。左腕が一本持っていかれたので管槍の使用は出来ない……どうしようか。

 あのジジイは理不尽なぐらいに強いが決して無敗でも無敵でも無い。現に遊真は1回しか使えない手段とはいえ不意を突いてジジイをぶっ倒す事に成功している…………

 

「……遊真、すまない」

 

 1度しか使えないが成功すればヴィザのジジイを倒す事が出来る方法を思い浮かべる。

 卑劣斬りと違ってまだ1度も使っていないトリガーが一応はある……が、コレを使えば遊真がヴィザのジジイに勝てる可能性が減る、もしかしたら勝つことが出来なくなる可能性も出てくるが未来の事なんて知ったことじゃない、俺は明日はいらない、今欲しいのは相手を詰ます次の一手だ。

 俺はもう一度煙玉をヴィザのジジイ目掛けて投げ、そのままバックステップで煙の中から出る。

 

「1度破られた技が通用すると思いでしょうか?」

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 管槍を投げての卑劣斬りは通じないので【ウスバカゲロウ】で切り裂くのだが腕が弾かれる。

 卑劣斬りが飛んでくると思ったヴィザのジジイは小さいサークルでハリネズミの様になって自身の身を守っている。

 

「そこですか」

 

「っ!!」

 

【ウスバカゲロウ】が飛んできた方向から逆算して俺が何処に居るのかをヴィザのジジイは当てた。

 此処に居るのだろうとヴィザのジジイは煙の中から飛び出して来たかと思えば仕込み杖を振るって来るので刀の【カゲロウ】で防ごうとするのだが上半身と下半身が別れる。

 

「私を警戒しすぎて星の杖(オルガノン)の警戒を怠ってしまっていますね……しかし誇っても良いですよ。若い兵を育てる事も担っていますが、貴方と同じ年頃の人ではトップと言っても過言ではない」

 

 ヴィザのジジイを警戒し過ぎて星の杖のサークルが自分の直ぐ近くにまで来ている事を気付かなかった。

 1枚も2枚も上手だ……拉致されて6年ぐらい経過しているが強い奴は理不尽なくらいに強い……だが、これでいい。

 

「さて……トリオン兵を強制停止させる装置は何処にありますかね?」

 

「うちは特定の周回軌道を持たない国家だ、狙う価値は低いぞ」

 

「確かに普段ならば狙いはしませんよ。アフトクラトルも色々と込み入っておりましてね、小規模な遠征でも私の様な者が派遣されたりするのです」

 

「アフトクラトルの黒トリガー使いか……その顔、覚えたぞ」

 

「今度は貴方が相手をしてくれるのですか?」

 

「時間差コンティニュー!!」

 

「っ!?」

 

「っ……」

 

 しまった……やってしまった。たった1度のチャンスを不意にしてしまった。

 ルミエが上手くヴィザのジジイの思考を誘導して俺を倒したものだと錯覚させて隙を作ったのに、ヴィザのジジイを倒す事が出来なかった。胴体の背中に切り傷を与える事しか出来なかった。浅い傷だ。

 

「バカな、貴方はさっき倒したはず」

 

「俺のトリガーは少々特殊でな」

 

『残りライフ31です』

 

 俺を確実に倒す事が出来たと思っていて完全に油断したところで不意打ちをしかける。

 その手筈だったが失敗に終わる。ルミエがもう少し誘導してくれたらなんて言ったらただの我儘なので言うつもりはないが……参ったな。

 

「ライフ……どうやらこの国のトリガー技術は私の予想以上に発展しているのですね」

 

「ルミエ、逃げろ……時間は稼いでやるから」

 

「ああ、分かった」

 

 まだだ、まだ終わっていない。幻夢(ガメオベラ)の本領はここからである。

 ルミエに逃げるように言えばルミエは走っていく。ヴィザのジジイは追い掛けたりするのかと思ったのだが、俺に視線を向けている。俺を敵と見ているな……だが揺らいでいない。歴戦の猛者だから予想外の一手があっても今までに積み上げてきたものが色々と言っているんだろう。

 

「俺の残りライフは27……さて、ここで倒すことが出来るのやら」

 

「普通は1度トリオン体を破壊すれば復活に最低でも数時間は必要とする……なにか仕掛けがあるのか」

 

「それは自分で見てみればいいさ」

 

 そう言うと拳銃を取り出し、ヴィザのジジイ目掛けて発砲するのだが胴体と下半身がバラバラになる。

 トリオン体は消滅すると紫色の土管が出現して中からトリオン体に換装した俺が出てくる。

 

「残りライフ26」

 

「ふむ……」

 

 俺の作ってもらった幻夢(ガメオベラ)は割とシンプルなトリガーだ。

 トリオン能力10のトリオン体を事前に何体も作っており、今使っているトリオン体が破壊されれば事前に作っていたトリオン体を使用して戦う……仮面ライダーエグゼイドに出てくる仮面ライダーゲンムのコンティニュー機能をイメージして作ってもらった。

 この技術は割と馬鹿に出来ない。トリオン能力が低い人間でも事前にトリオンを貯蓄するシステムを用いて出来たトリオン能力10のトリオン体を作ればあっという間にトリオン能力10のトリガー使いが完成する。最終的に雨取千佳並のトリオン能力を有したトリオン体を作ってみたいのだが、こっちの世界ではトリオン体を作るためのトリオンの貯蓄が中々に上手く行かない。幻夢(ガメオベラ)が完成して1年以上経過しているけども、トリオン能力10のトリオン体を32体しか作れていない。最大で128体までトリオン体を作ることが出来るんだけどな。

 

『ジョン、ルミエが市街地に入っていったわ』

 

「なら自爆するしかねえ!!」

 

 1番の足手まといが居なくなった。

 これでもう他者を気にする必要は無いのだと体を眩く光らせて自爆をする。

 

「トリオン能力に身を任せた戦法は若い内に止めておいた方がいいですよ」

 

「っ……」

 

 自爆機能を使えばどうにかする事が出来ると思ったが爆発もブレードを扇状に並べて防いだ。

 一応は効果はあったみたいで展開されている扇状に並べられたブレードはヒビが入っている……耐久力も化け物なのか、星の杖。

 

「充分に楽しむ事が出来ました……ですが、もういいです」

 

「なにを言ってるんだ。まだまだ足止めはさせてもらう。なんだったらあんたを倒してみせる」

 

 とはいったものの背中に浅い切り傷を付ける事が出来ただけで致命傷も部位破壊も出来ていない。

 トリオン兵を使って市街地の破壊とかをして来ないのがまだ救いだ……どうする?

 

『ジョン、レクスが間もなく到着いたします。相手の黒トリガーの性能は分かりましたか?』

 

「(複数のサークルを展開してその上に切れ味抜群で軽量だが頑丈な刃を乗せて高速で動かしている。構造自体はシンプルだが使い手が化け物で……レクスでも勝てるかどうか怪しい)」

 

 黒トリガーはホントにチート過ぎる。

 

『一部の市街地の避難を済ませており空になっている地域があります。そこに揺動して狙撃を』

 

「(おいおい、聞いてたか?)」

 

『スターチェがそうしてくれと言っているのです』

 

「(分かったよ……くそ)残りライフ23」

 

 葵と通信をしている間にもトリオン体を破壊されていく。

 流石に黒トリガー弱体化プログラムとか搭載されていないからな……あ〜…………どうしよう。

 

『合流まで残り100m、95m……』

 

「自爆!」

 

 この自爆は勝つための自爆じゃない、カモフラージュの為の自爆だ。レクスが堂々と表に現れて危険だと感じたジジイが即座に殺しに掛かったら困る。自爆する事で思考の邪魔をする。レクスは間もなく到着する。冠トリガーがどんなものなのか知らないがそこに賭けるしかない。

 

「やれやれ、自爆特攻は意味が無─」

 

「空間翔転移!!」

 

「!?」

 

「あ、くそ!」

 

 俺の自爆に苦い言葉を出そうとするヴィザのジジイ。

 完全に思考は俺に割かれているので狙うならば今しかないのだと思っていると突如として背後からレクスが現れたかと思えばレクスはヴィザのジジイを切り裂く。完全な不意打ちだがそれでもヴィザのジジイは反応する。右腕を斬り落とす事に成功したのだが、倒す事が出来ていない……トリオン切れとトリオン漏れのトリオン体破壊は無理っぽい……トリオン体を完全に破壊して、それこそぶっ倒さなきゃこの局面は乗り切れない。

 

「レクス、他はどうなっている?」

 

 スターチェとかルアヴィンとかまだまだ戦えそうなのはいる。

 無理にヴィザのジジイに挑んだとしても負ける未来しか待ち構えていない……

 

「その件に関しては内線で……(相手の黒トリガーを倒す準備をしているよ)」

 

「(倒す準備か……)この局面、この一戦……コンティニューしてでもクリアしてみせる」





 幻夢(ガメオベラ)

 説明

 トリオン能力10以上のトリオン体を事前に何体も作っておき、トリオン体が戦闘不能になった瞬間に新しいトリオン体に切り替えるシステム。
 トリオン能力が低い者でもトリオン能力10のトリオン体を使うことが出来るだけでなく違う人のトリオンで出来たトリオン体でも使うことが出来る。
 地球のトリガー技術でも実現は不可能じゃないのでイアドリフの三賢人のスパルカが作り上げた。ジョンとリーナのみ現在使用しているが、何れは量産してトリオン能力に恵まれていないが強いトリガー使い達にトリオン能力6〜8ぐらいのトリオン体を与える予定だったりする。
 これを考えたジョンは仮面ライダーエグゼイドに出てくる仮面ライダーゲンムのコンティニュー機能をイメージしており、トリオンが電力やガス代わりになっている近界(ネイバーフッド)では中々にトリオンを確保する事が出来ないので30体ぐらいしかトリオン体を作ることが出来ていない。リーナの残りライフは現時点では23だったりし、最大で128体までトリオン体を貯蓄する事が出来る。


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38話

 

「ジョン、残りライフは?」

 

「さっき言っただろう。23だ(27だ)」

 

「そうか……あのお爺さんを相手に近距離戦は難し過ぎる。永遠(とわ)(つるぎ)で戦ってもいいけど……」

 

「そもそもで永遠の剣の能力はなんなんだ?」

 

「時空を操る事が出来る剣さ」

 

 アバウト過ぎるだろう。

 俺が使っても使いこなす事が出来なさそうな冠トリガーなので詳しい詳細は聞かず、レクスの言う通りにする。

【カゲロウ】を用いて戦ったとしてもタケミカヅチに勝つことは不可能、腕一本を失ったが……いや、逆か。腕一本を失ったからかより一層に警戒心を増している。トリオンで出来た弾丸を飛ばす突撃銃(アサルトライフル)を取り出す……中距離戦は行けるが、基本的には近距離戦がメインで戦っているから一定以上は動けるには動けるが近距離戦以上の腕では無い。

 

「とにかく、相手を動かすんだ……ライフは使い切っても良い」

 

「1年掛けてコツコツ貯めたんだぞ……」

 

 くっそ、相変わらず理不尽だなこの国は。

 突撃銃は威力は低いが肉弾戦特化のトリオン体以外ならば破壊出来る程度の威力に抑えて弾数を増やし、乱射する。

 当てなくていい、確実に倒さなくていい。ただ当たったらマズい弾を撃っておいて意識を奪う……と言っても相手は歴戦の猛者で腕一本取られたが為に警戒心を増している。警戒心を増しているが派手な動きをしてこない。

 

「ふむ……いいでしょう」

 

 当てるつもりがないが油断すれば当たる弾を乱射する。

 ヴィザの爺は俺達が誘っている事に気付く。このまま乗って来ないで星の杖(オルガノン)のサークルを展開して全てを破壊してくる事をしない。爺は俺達が誘っている場所に都合良く移動をする……そう、イアドリフの一般人が住まう住宅地だ。

 幸いにも基地や研究所へはそれなりに歩かなければならない場所にある……が、しかし大丈夫なのか?この国の人間はどうでもいいとは思っているものの一般人まで殺されたら国はおしまいだ。

 

「(避難は済んでるのか?)」

 

『地下のシェルターに避難しております……ただ』

 

「(ただ?)」

 

「総員発射準備!」

 

「成る程、180度からの弾幕ですか」

 

 葵が言い淀んでいるとレクスが動く。

 レーダーには映らないバッグワーム的なのを纏ったイアドリフの中距離遠距離メインで戦えてこの場に来ることが出来たであろうメンツを揃えて一斉に弾を発射する。

 それだとダメだろう。サークルを小さめに展開して自分の周りにブレードを並べて弾が防がれる。俺でも簡単に思いつく1手なんだからこの爺が思いつかない筈も無い。

 予想通りと言うべきかレクスが出した集中砲火の指示は星の杖のブレードをシールド代わりにして全て防がれる……が、ここで違和感を感じる。何故か集中砲火した筈なのに一箇所だけ星の杖の並べられたブレードに隙間が出来ている。

 

「今だ!」

 

 まさか……狙っていたのか?

 星の杖のブレードで防ぐ事を想定していて、あえて一箇所だけ狙わない様にして隙間を作る。レクスは永遠の剣を構えたと思えばホントに同じトリオン体なのかと疑わしくなるような速度でブレードの隙間を狙って剣を振り下ろしたが……防がれた。

 

「っ!」

 

「見事……普段の私であれば咄嗟のその速度に反応する事が出来ませんでした。ただ貴方達は私を黒トリガーと認識した時点で過剰なまでに危険視している……無いのですね、この国には黒トリガーが」

 

 この一撃を防がれるのは予想外だったレクス。

 爺が完全に警戒心をマックスにしているから罠に引っかかる事は無いのかと思っていると足元にトリオン爆弾が転ぶ

 

「ああ、無いよ」

 

「足元を狙うのは貴方で7人目です」

 

「コレもダメ……」

 

 トリオンで出来た爆弾を爆発させるが原作で遊真が足元を狙った時と同じ様にブレードを扇状に展開して防ぐ。

 レクスがコレでもダメかと落胆している……気付けば爺から漏れていたトリオンも漏れなくなっている。確か……トリオン能力51だっけ?星の杖のコスパがどれだけのものか分からないし黒トリガーは通常よりもトリオン多いからトリオン切れを狙うのは無理……倒すしか道は無い。

 

「貴方のその(クラウン)トリガーと純粋な力で競い合う事をしてみたいですが……私にも色々と込み入った事情があります」

 

「っ、まずい!来る!」

 

星の杖(オルガノン)

 

 ヴィザの爺がそういえば持っていた杖から複数のサークルが展開されてそのサークルの上に乗った刃が高速で移動し……住宅地を切り刻む。

 原作でも一瞬にして住宅地を切り刻んでビルを倒壊させたりしていたが……エグい。レクスは何故か滅茶苦茶速い速度で滅茶苦茶早くに反応する事が出来た為に回避する事が出来たのだが俺はトリオン体が破壊されてしまう。

 

「残りライフ22」

 

 どうする?あえて残りライフを少なく言っていて、ライフに上限があると認識させる素振りを見せている。

 ライフが0になって緊急脱出して基地に戻ったかの様に見せつけて時間差コンティニューで相手を倒す手があるにはあるがそれは出来る限り最終手段として取っておかないといけない。

 

「やはり敵地ではこの手に限りますね」

 

「っ、クソ!!」

 

「スターチェ、やめろ!」

 

 住宅地を粉々にした爺。住宅地の至るところに潜んでいた銃撃手達が強制的に表に引き摺り出されていた。

 遮蔽物が無いところでの銃撃戦は難しい。というより純粋に速くて威力のある弾を撃つぐらいしか道は無い、相手よりも早くだ。遮蔽物を利用してあの手この手を出来るのだが、そういうのは全て取っ払われた。

 スターチェはやるしか無いと銃を構えて撃とうとするのだがそれよりも早くに星の杖のサークルの上にある刃がスターチェを切り裂く。スターチェだけじゃない、大勢のイアドリフの兵士達を切り裂く。

 

「どうする、どうする……」

 

 敵の黒トリガーの能力は至ってシンプル、強くて軽くて頑丈で切れ味抜群の刃を素早く動かす。

 なにか弱点らしい弱点は無い。強いて言うならば使い手が雑魚ならば突破口を切り開く事が出来るのだが使い手は歴戦の猛者だ。小卒より下の学歴である俺は必死に頭を無い知恵を振り絞る。爺の警戒心はマックスで確実に倒したと確信するまでは手を抜かない。コンティニュー機能はバレてて残りライフを詐欺っているがそれを用いてのコンティニューアタックは効かないだろう。

 

「まさか……ここまでだなんて」

 

 レクスだって強い。ドナルドマクベインが見えるだけあって滅茶苦茶強い。だが、爺はそれを容易く上回る。

 情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ……気品と優雅さは関係無いか。とにかくレクスをも上回る強さを秘めている。レクスも第二第三の手を考えたりしていただろう……しかし全てが通じない。フィールドを更地に変えて射線を通りやすくしたりしたが……狙撃銃程度で倒れるわけがない。

 

「(万策尽きたか?)」

 

「(いや、まだ永遠の剣を使った接近戦が残っている)」

 

「(真っ先にそれはするなと言わなかなったっけ?)」

 

「(ああ……だからコレは最終手段だ)」

 

「(一応聞くけど永遠の剣はどんな能力なんだ?)」

 

「(分かりやすく言えば自分の時間を操って通常よりも何倍も早く動いたり、ワープしたり出来るんだ)」

 

 成る程、衛宮切嗣の固有時制御(タイムアルター)的なのか。

 体感時間を伸ばすから仮面ライダーカブトのクロックアップに近いのか?……いや、今は考察している場合じゃないな。ヴィザとの接近戦は1番危険だ……1回自爆して視界から消え去ってからの時間差コンティニューからのテレポートによる奇襲を仕掛けるか?……コレを撃っても攻略されそうなんだよな。

 

『嘘……そんな……』

 

 流石の葵も完全に予想外だから声も出ない……いや、ホントにな。

 ポンポンと緊急脱出して基地に戻っていく……イアドリフの中距離以上の主戦力の殆どがこの場にいる。近距離メインの奴が来ても殺されるだけだ。

 

『ジョン、ジョン、聞こえますか!?』

 

「(ああ……今にでも心が折れそうだがな)」

 

 ガロプラを経由してアフトクラトルの傘下になんてなったらひとたまりもない。俺みたいな奴隷兵はなにされるか分かったもんじゃない。

 葵はなにかに慌てているので聞こえていると内線を居れる……心が折れる。起死回生の一手は無いのか?多分、あの爺一本だけ視覚外にサークルを用意して時間を加速させて動いてくるレクスの死角を突いて攻撃してくるぞ。

 

『よく聞いてください……ルミエが、ルミエが居ます』

 

「……は?」

 

『一般人を地下のシェルターの避難を誘導していたみたいですが間に合わなかったみたいです』

 

「ちょ、ちょっと待てよ…………もう戦えないんだぞ!?」

 

 色付きのラービットにトリオンキューブ化させられかけてルミエのトリオン体は殆ど使い物にならないと言うかトリガーを起動する事が出来ない。そんなルミエが居るという事は……まさか……。

 

「ああ、クッソ…………今まで色々としてきたからな」

 

「ルミエ!?」

 

 何時も胡散臭い笑みを浮かびあげているルミエは血塗れだった。

 住宅の瓦礫の破片が突き刺さっている……星の杖で破壊された住宅の瓦礫が突き刺さっている。

 

「なにをやってるんだ!早く地下のシェルターに避難するんだ!!」

 

 レクスは血塗れのルミエを見て地下に避難しろと口走るが直ぐにハッとした顔をする。

 

「成る程、成る程……地下に潜んでいるのですね」

 

 爺に余計な情報を与えてしまった。一般人を狙ってきたら……ヤバい……どうしよう……

 

「なに辛気臭い顔をしてるんだ」

 

「もう八方塞がりなんだよ……」

 

「ああ……黒トリガーがどんだけヤバいか分かっただろ?と言っても今回は使い手も異常に強いからな……」

 

「時間を稼ぐ!誰でも良い、あの人を倒す手を考えてくれ!」

 

 レクスは永遠の剣を構えて時間を加速させ、爺に挑みに行く。

 だがダメだ。この程度で倒れるというのならば既に倒すことが出来ている。

 

「よく聞け、ジョン……このままだとイアドリフは終わってしまう。ウチは特定の周回軌道を持たない国だから従属させるのは難しい国だ。だから手を変えて優秀なトリオン能力者を攫ってくだろう……トリオン能力者を攫われれば国民が減ればイアドリフの滅亡に繋がる、グフッ」

 

「おい、もう喋るな。血を吐いてるぞ!」

 

「……1つだけ聞いておきたいことがある」

 

「なんだよ?自分だけ先に逝くつもりか?」

 

「なに……お前がどうしてジョン万次郎と名乗っているかは知らない。お前の事だからジョン万次郎にはなにか深い意味合いがあるんだろう……だが、1つだけ気になる事がある……お前達の本当の名前だ」

 

「俺達の名前を気にしてどうする?」

 

「お前は頑なに本当の名前を教えてくれない……知りたいんだよ、最後にお前のホントの名前を」

 

「……お前、まさか」

 

「いいだろう、最後ぐらい……タルマには悪いと言っておいてくれ。お腹の子供にも……父親として最初で最後の務め、お母さんと子供を守る……勝つにはそれしかない」

 

 ルミエがなにを狙っているのか、分かった。

 コイツは………コイツは…………

 

「……名字は虹色の虹、村人の村、名前は勝利(しょうり)と書いて勝利(かつとし)と読む……虹村勝利(にじむらかつとし)だ」

 

「……いい名前だな……名前の通り、勝利を取ってこい」

 

 本当は誰にも教えたくはなかった。リーナにすら教えるつもりは無い……だが、ルミエは腹を括った。最後の希望を俺に託そうとしている。

 血塗れのルミエは最後に笑うと腕輪型のトリガーを取り出して……トリガーに命を、全てを注ぎ込んだ。

 

『っ、ルミエのトリガー反応消失……何があったんです!!』

 

「そうか……」

 

 葵は一連の会話を聞くことが出来ていたのだろうか?リーナにすら教えていない名前を聞かれるのは困るな。

 灰色に染まったルミエは崩れ去ってしまい後に残ったのは腕輪型の……黒トリガーだ。

 

「……ルミエ、お前の事は今でも大嫌いだよ。お前さえ居なければ俺は小学生として生活を送る事が出来た、中学受験をしたりしていい学校に入ることが出来ていた…………リーナも葵も被害者だ。お前を許すつもりは無い。お前はカッコつけて最後をしたんだろう。大事な嫁さんと子供の為にイアドリフの為に忠義を尽くした……ホンっとクソ野郎だよ」

 

 トリガーをオフにし生身の肉体に戻った。

 落ちている腕輪はまるで俺に使ってほしいと言わんばかりに俺の腕に綺麗に嵌まった……最後の最後まで嫌がらせをしやがって。俺がなにも思わないと思ったら大間違いだ。

 

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……名も無き(ブラック)トリガー、制作者の最後の望みは叶えてくれるんだよな?」

 

 頼むからちゃんと言うことを聞いてくれよ。

 そう願っていると黒トリガーは起動する事に成功した……が、喜ぶ事は出来ない。

 

「なんなんだ、この感覚は」

 

 黒トリガーを使用した途端に違和感を感じる。最後の最後までルミエの嫌な部分が残っていやがると不快感を感じながらも考える。

 この黒トリガーの能力はなんなのか?と黒トリガーにも強弱がある。何れは遊真が手にする黒トリガーの様にチートじみた物もあれば窓の影の様なサポートに近い能力もある。理解しろ。トリオン操作もトリオン能力もトリガー工学もリーナや葵に負けるがこのずる賢さは、生き汚さだけは誰にも負けない。

 

「体全体に違和感がある……」

 

 鏡の1つでもあるならば自分の今の姿を見ることが出来るのだが爺によってフィールドを更地に変えられた。

 この盤面をひっくり返すにはコレしか道が無かった……それは分からなくもないが、相変わらずと言うかルミエは最後まで俺に無茶を言ってくる。

 

「この違和感の正体…………頭が多い…………腕が沢山あるが……腕が沢山……腕なんて無い。代わりにあるのは……」

 

 ふと頭に触れてみた。

 俺の髪型は割と普通の筈なのだが、髪の毛に違和感を感じる……そう、知っている。この違和感の正体、それは髪の毛だ。髪の毛から来るものだ。

 

「成る程…………面白くねえ黒トリガー残してんじゃねえぞ……」

 

 素人がいきなり扱える様な黒トリガーでなくあの爺の様なベテランでしか使いこなせさそうなのを残した。

 なんでよりによってこんな能力なんだよと思いつつも俺に被害が及ばないと言うか地下のシェルターに近付けさせない為に距離を取ろうとしているレクスの元に向かった

 

「クソっ……」

 

 必死の抵抗をするが片腕と片足が奪われているレクス。

 爺の周りには小さめのサークルが展開されており、レクスの視覚外のところにもサークルが展開されていてレクスはそれにやられてしまい腕と足を持っていかれている。

 

「いい腕です……安心してください、アフトクラトルは中々に良いところですよ」

 

「もうここまでか……」

 

「ええ、ここまでです……ですが貴方達は色々と手を使ってくる。故に完全な勝利が決まるまで手は抜きません……星の杖(オルガノン)

 

「すまない……皆」

 

「ヘアロック!!」

 

 レクスが負けを認めたその時にはこの黒トリガーが何なのかを大体理解した。

 レクスを確実に仕留める為に展開された星の杖のブレード全てに……髪の毛を巻き付けた。

 

「!」

 

「よぉ、爺……レクス、諦めるのは構わないがこの国が終わることを忘れるなよ。こんな国滅びればいいが、それはそれで困るんだよ」

 

「その姿は……まさかルミエは!!」

 

「ああ…………最後の最後に覚悟を決めた……」

 

「ここに来ての(ブラック)トリガーですか!……最後の最後まで気が抜けない。ですが、残念な事に黒トリガーは通常のトリガーとは異なります。なにが出来るかは分からないもの、我が星の杖(オルガノン)とて一朝一夕で使いこなせる物ではない」

 

「だろうな……そもそもでこの黒トリガー自体、使用者にかかる負荷が尋常じゃない……だからチンタラしてられない」

 

 この黒トリガーは俺の予想が正しければ星の杖とも渡り合う事が出来るだろう。

 だが星の杖ほど使い勝手がいいわけでもない。出来立てほやほやのこの黒トリガー、大まかな能力は分かっておりそれに伴い俺の姿も変わっている。

 

「来いよ、最強。あんたを倒して俺達は生き残る」




やっぱ黒トリガーは持っとかないとね。
尚、ジョン万次郎の容姿は雲雀恭弥である。


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39話

生きるための悪だから羅生門でいいかな……サハスラブジャは変えないけど当て字は難しい。
感想お待ちしております。感想が作者のやる気を起こさせます


「髪の毛を操る能力?」

 

 展開されている星の杖のサークルの上に乗っている刃を全て髪の毛で絡めて動きを抑えた。

 ヴィザはここに来ての黒トリガーだとワクワクしているのだが頭の方はクールであり冷静に俺の黒トリガーを見つめて考察している。

 今の俺は髪の毛が異常なまでに伸びている。凄く分かりやすく言えばトリコのサニーの様に髪の毛が伸びている。髪の毛を操るトリガーと考察しているのだが詳細は分からない。なにせ使用している俺も触覚が馬鹿みたいに増えているという違和感に悩まされている。

 

「出来ればそれを使いこなした状態で戦いたかったですが、残念です」

 

 ヴィザの爺は分かっている。俺がこの黒トリガーを使いこなせていないのを。

 ヘアロックと言ってはいるものの髪の毛を絡ませて力技で星の杖の刃の動きを制限している……故に全力を出す。

 

「っ!!」

 

 まだ刃は出せると言わんばかりに杖から更に刃を展開する。

 髪の毛を絡ませて力技で食い止めていたのだがヴィザは髪の毛を切り落とす……が、切ったところからトリオンが漏れると言った事は無い。どういう構造をしているのか気になるのは俺も同じだがヴィザの爺の星の杖を完全に止め切る事は出来なかった。

 髪の毛に触覚がある為に髪の毛を切られた際に痛みが走る。幸いにも転んだ程度の痛みで済んでいるがトリコのサニーだったら触覚に痛覚が宿ってて麻酔無しで抜歯しているみたいなものでショック死する恐れがある。トリオン体万々歳だが……どうする?

 髪の毛を操る事が出来たとしてもヴィザの爺の言う通り完璧に使いこなす事が出来ていない。ヘアロックと言っているがその実態は髪の毛を絡めて力技で食い止めているだけに過ぎない。この黒トリガーは応用性は高いのだろうがそれを理解することが出来ておらず理解する時間も無い……あ〜クッソ、コレが漫画だったらカッコよく決めれたんだけど、やっぱり現実と漫画は全然違うな。あの爺、理不尽過ぎる。

 なんの装置も取り付けていない黒トリガーなので葵からの支援を受けることは出来ない……レクスもさっき時間を稼ぐからどうにかする作戦を提案して欲しいと言っていたので万策尽きたに近い。

 

「10000(ヘア)パンチ!」

 

 取り敢えず浮かんだ技を髪の毛を束ねて拳を作り出してヴィザの爺に向かって伸ばすのだが星の杖の刃が拳の腕の部分を切り落として刃を届かない様にする……

 

「咄嗟の判断や思いつきは悪くはない……だがまだ青い、まだ若い」

 

「本来だったら勉強に勤しむ学生に無茶を言うんじゃねえよ」

 

 老練故に生まれる余裕というのを俺は持っていない。

 転生する前の実年齢を含めてもヴィザの爺を越えておらず、戦闘訓練なんてものを積んだのはイアドリフに攫われてから。それ以外は、転生者である以外は横の知識が少しだけ広い人間だ。故にそんなものは持っていない……考えろ、考えるんだ。

 仮に風刃を持っている迅を相手にしていた場合俺ならどうする?奴は予知と風刃の物体を伝播して遠隔斬撃を行う事が出来る能力を組み合わせて巧みに戦い、純粋な剣技でもボーダーでもトップレベルに強い。遮蔽物が少ない更地に引きずり込んで風刃を回避して更には近距離戦でなく純粋な火力で攻める。大艦巨砲主義か俺は…………この黒トリガーならどうする?純粋に迅を不意打ちするのは不可能に等しい……って、なんで迅を相手にする事を想定しているんだ。何れはぶつかるかもしれないが今はヴィザの爺……待てよ?

 

「……レクス、成功すれば勝てるが失敗すれば終わりな作戦が浮かんだ」

 

「本当かい!?」

 

 あくまでも予想に過ぎない。

 ボーダーが持つ風刃の機能があんな感じだったのならば、もしかすると星の杖もそういう機能かもしれない。策自体が成功する確率は高いが、それで合っているかどうかの審議は不明だ。合っていると考えるしかない。

 

「……撹乱する事は出来るか?」

 

「少し、厳しい……トリオンも残すところ僅かだし、万が一を想定してこの場には向かうなと指示を出しているから増援も難しいよ」

 

 レクスが永遠の剣で時間を加速させてヴィザの爺を撹乱する。

 それが出来れば成功する確率は断然と上がるのだが、レクスは片腕と片足を失ってトリオン漏出等でトリオンも残すところ僅かになっている……

 

「……明日は要らねえなんて言わない。俺が欲しいのは明日だ……だからレクス、1回くたばってくれ」

 

「……分かった」

 

 ここをミスればイアドリフは終わってしまう。

 だから最後の最後まで諦めずにいて……最後の賭けを行う。俺は確認をする為に構える。大好きだったあの漫画の主人公が敵を倒す時に決める構えだ。

 

「爺、髪の毛を操るトリガーだと勘違いをしているが……コイツは毛を操る能力だ!」

 

「毛を操る能力ならば髪の毛を操る能力では?」

 

「こういう使い方も出来るんだ!!鼻毛真拳奥義!!鼻毛横丁!!」

 

「なんと!?そこからも出るのですか!!」

 

 頭だけでなく顔にも違和感があるからまさかだと思っていたがやっぱり出来た。

 鼻から極太の鼻毛が伸びていきヴィザの爺に向かって飛んでいき……更にはレクスがワープして背後からヴィザの爺を切り裂こうとし……星の杖のブレードが展開されて胴体を横に真っ二つに切り裂かれるのだがコレでいい。欲しいのはこの二段構え。きっとまだなにか隠していると思わせることだが…………

 

「取った!!」

 

「っ!!」

 

 鼻毛は切り裂かれた。レクスも切り裂かれた。

 だがコレでいい。鼻毛が出ると驚きながらもクールなヴィザの爺は中々に攻めてこない。無理に攻めてもヘアロックで星の杖のブレードを強制的に力技で止めに来るから……それが幸いだ。俺が欲しかったのはこの1手

 

星の杖(オルガノン)、貰ったぞ」

 

 星の杖のキーパーツとも言うべきヴィザの仕込み杖を奪う事に成功した。

 この黒トリガーの詳細は分からないが髪の毛や鼻毛を自由自在に操る事が出来る事は確か……ならば目に見えないレベルの極細の1本の髪の毛をヴィザの持つ仕込み杖の元に向かわせる事も出来る筈だ。鼻毛に神経を使いレクスに意識を少しだけ誘導してもらい見えない極細の髪の毛が片腕だけのヴィザの爺から仕込み杖を奪う事に成功した。

 

「あんたはコレが無ければただの爺だ」

 

 頼む。そうであってくれ。

 ボーダーの持つ黒トリガーである風刃が物体を伝播して斬撃を飛ばす事が出来る能力を持つ黒トリガーだが、その能力以外は軽くて切れ味抜群な何処にでもあるブレードタイプのトリガーである事には変わりは無い。

 

「…………星の杖(オルガノン)は手で持っていなければ使う事は出来ない、遠隔操作は不可能な黒トリガー。故に私から奪うとは、文字通り1本取られました」

 

「そうか、これなら!」

 

「……私が星の杖(オルガノン)を停止してもう一度起動すれば杖を戻す事は出来るでしょうがその間に貴方は私を叩く……参りました、私の負けです」

 

 ヴィザの爺は素直に負けを認める。

 

「1つ、お尋ねをしてもよろしいですか?貴方の名を聞いておきたい」

 

「ジョン・万次郎だ」

 

「ジョン・マンジロー」

 

「マンジローじゃない、マ・ン・ジ・ロ・ウだ!」

 

「これは失礼…………ジョン・マンジロウ。確かに覚えましたよ、その名を」

 

 ヴィザの爺がそう言うと門が開かれてヴィザの爺は消え去った。

 出来ればこの黒トリガーで杖を奪ったヴィザを叩いて星の杖を奪いたかったが、この黒トリガーは想像以上に神経をすり減らす代物で集中力に限界が来ている。単純な動作ならばまだしも鼻毛横丁と同時に1本の目に見えないレベルの細い髪の毛を星の杖の元に向かわせるのに神経を使いまくった。

 

「帰った……のか?」

 

「ああ、帰った……守ったんだ、守ったんだよ僕達は!!」

 

 1番の鬼門であるヴィザの爺から奪った仕込み杖が消失する。

 遠征艇の中でトリガーをオフにして生身の肉体に戻って星の杖を解除した……よな?こことは違うところに出て来て第二ラウンド開始とかいう悪夢は無いよな?トリオンはどうかは知らないけれども、精神が限界なんだよ。

 

「はぁ……勝った、いや、守りきったのか……レクス、生身で通信は出来るか?」

 

「ああ……タリ達がトリオン兵を強制的に停止させる装置のお陰でトリオン兵は全滅に近い」

 

「全滅に近い、近いのであって全滅じゃない…………それは」

 

「………安心して、アオイとリーナは無事だよ」

 

 葵とリーナ()無事か……まぁ、その2人しか仲良くしていないからいいか。

 イアドリフのテクノロジーにより生まれたトリオン兵強制停止プログラムのおかげでトリオン兵を封じる事に成功したのはデカい……が、拐われてしまった連中も出たのか。

 

「ジョン!!」

 

「リーナ」

 

「……なんか髪の毛伸びてない?」

 

「よく分からないが毛を操る事が出来たんだよ…………とはいえ、限界が近い」

 

 トリオン体故に肉体的な疲労は感じないが割と厳しい。

 リーナがやって来て無事に生きてくれてよかったのだと俺に抱きついて来るので抱きしめ返す。終わった……イアドリフを狙ったガロプラの大規模な侵攻が終わった。

 

「……ルミエ…………ありがとう」

 

 俺はお礼を言わないがレクスはお礼を言う。

 この侵攻の1番の功労者はタリ達に見えるがタリ達じゃない、ルミエだ。あのままだと普通に負けていた俺達が奇跡的に生還をすることが出来たのはイアドリフを守り抜くことが出来たのは、ルミエが覚悟を決めて自ら黒トリガー化してくれたから。

 

「…………ルミエは………コレって話に聞いてた黒トリガー?」

 

「ああ……あいつはなんだかんだでこの国に尽くしていた……レクス、これからどうすればいい?」

 

 トリオン兵等はなんだかんだで倒している。向こうは最大戦力のヴィザの爺を潰されるという想定外な事になりてんてこ舞いだろう。

 戦いは終わったがそれだけだ。ここから色々としないといけない。

 

「先ずは停止したラービットを回収しに行こう。それをトリオンに変えて破壊された住居の代わりにする」

 

「俺はなにをすればいい?」

 

「ジョン、リーナ、君達はもう休んでくれ。特にジョン、君はトリオン操作が上手く無いのに無茶をして神経をすり減らしているだろ?」

 

「当たり前だ。と言うかこの黒トリガーの詳細すら未だに分かってないからな」

 

「それは暫くすれば解析する…………君に頼みたい事がある」

 

「あんた今、私達に休めって言ったばかりじゃない!」

 

 言ってることとやってることが矛盾している事をリーナがツッコむがレクスは深刻そうな顔をしている。

 この防衛戦は俺達の勝ちだがなにかあるのかと考えてみると1つの答えに辿り着く。

 

「タルマに……伝えてくれ」

 

「お前、鬼か」

 

 ルミエの嫁さんことタルマ……お腹には子供が居るらしい。

 そんなタルマにルミエが命を振り絞り最後の賭けに出て黒トリガー化した事を伝えろと言う爆弾発言をしてくる。夫が戦死してその形見的なのを兵器として扱い続けろとか色々と重い……いや、コレは全ての黒トリガーに通じる事か。

 

「はぁ…………………分かった。全部が終わってから伝える……他に付き合い長そうな奴は居ないのか?」

 

「ドロイが付き合いが長かった……けど、ドロイよりも君が伝えないと。その黒トリガーは最後の賭けとしてジョン、君に託した物なんだから」

 

「だったらこの黒トリガーの名前を決める権利ぐらいは寄越せや」

 

「それぐらいならルミエも文句は言わないよ」

 

「ジョン…………お疲れ様」

 

「ああ、疲れたよ」

 

 あの手この手を考えては失敗したが最後の賭けは成功した。

 つくづく自分の弱さというのを実感する事が出来る……が、こんなもんだろう。俺と言う人間は。

 

「ジョン……よかった、よかった……」

 

 基地に戻れば葵が駆け付けてくれた。

 何度も何度も切り裂かれた俺を管制していて色々と心を痛めており、葵は涙を流すので葵も抱き締めて撫でる……可愛い女の子を合法的に撫でる事が出来るので色々と役得だ。

 

「もう無理かと思いました」

 

「無理だったよ……ホントに運が良かった」

 

 黒トリガーが生まれて、黒トリガーが使えて、黒トリガーの能力が強くて、ヴィザの星の杖が遠隔操作が出来ない武器で。

 主人公補正が掛かっているのかと思うぐらいにはいい感じの終わりを迎えた。

 

「ルミエ……」

 

 それから色々とあった。

 拐われてしまった人達は居ないのかを確認した。スターチェの妹やフィラは無事でルルベットやスターチェはホッとしていた。だが、やっぱりと言うべきかトリガー使いは拐われてしまった。幸いと言うべきか攫われてきた外国人やイアドリフの主戦力じゃなかったので国が傾く事は無かった。俺とリーナと葵は無事に生き延びる事が出来たのだと束の間の幸せを喜ぶ。特に今回みたいな大きな争いが初だった葵は何度も何度も涙を流したので抱き締めて……俺に依存してもらう。リーナが頬を膨らませていたが葵も頑張ってくれた。

 

「…………コレがルミエです」

 

「うそ…………」

 

 そして俺は伝えに行った。

 ルミエの嫁であるタルマとお腹にいる赤ん坊に、ルミエは最後の命を賭けて希望を残してくれたのを。俺はあいつの事は大嫌いだ、だがアイツにも守りたい人や大切な人、大好きな時間があった。薄ら笑いのイメージしか無いがアイツもなんだかんだで人間なんだなと思う。

 

「その黒トリガー、どうするの?」

 

「黒トリガーは貴重な戦力……特にイアドリフは黒トリガーを持っていない。待望の1個目の黒トリガーです……適合者を探して訓練するんじゃないんでしょうか?」

 

「っ……貸して」

 

「はい」

 

 やっと出来た黒トリガー、イアドリフはとことん利用するだろう。

 タルマは黒トリガーになったルミエを受け取るとポロポロと涙を流していく。何度か黒トリガーを揺らしているので自分で起動をしようと試みているがうんともすんとも言わない。ルミエは戦ってほしくないと言っているんだろうな……大事な人が居なくなってしまったのならば誰だって涙を流す。

 

「ザマァ見ろ……ファック!」

 

 大事な者を失う事を知ったイアドリフの人間を見てリーナは嘲笑う。

 

「リーナ、いけませんよそんな事を言っては」

 

「……Our fathers and mothers think the same」

 

「それは……」

 

「やめとけ……俺達とお前とじゃ年季が違うんだ」

 

 両親の事を出されればなにも言えなくなる葵。

 父さんと母さん、姉ちゃんと涙湖は今頃どうしてるんだろう……元気にやってるかな。

 

「ごめんね、みっともない姿を見せて」

 

「構いませんよ」

 

「ルミエが最後の希望に残した黒トリガー、名前は決まってるの?」

 

「……羅生門(サハスラブジャ)、俺はそう決めた」

 

羅生門(サハスラブジャ)?……玄界(ミデン)の言葉なの?」

 

「ああ……意味は教えないが強い意味を秘めてます」

 

「そう…………生まれてくるこの子にも同じ名を」

 

「いや、止めときなさいって。キラキラネームになるだけだから」

 

 ルミエの形見だと名を刻もうとするところにリーナは待ったをかけた。

 まぁ、羅生門(サハスラブジャ)が名前じゃシンプルに言いにくいよな。

 

「ルミエの文字をアナグラムにして……男の子ならエミル、女の子ならミエルにするのはどうでしょうか?」

 

 葵も同じことを思っていたらしく、ルミエの名をなぞる事を提案する。ルミエが残したものはそれほどまでに大きなものだった。

 タルマは葵の意見を採用し、男の子ならエミル、女の子ならばミエルと名付ける事を決めた……ルミエが死んだショックで流産するかと思ったが、こっちの世界の住人は強かだ。

 

「……私達も何時かはタルマさんの様になるのかしら?」

 

「……まぁ、人は死ぬ時は死ぬ。そんな生き物だ……忘れちまったらいけねえ、俺達は戦争をしていて戦線の最前線に常に立たされているのを」

 

 葵は自分も何れはタルマと同じ立場になるのかと想像する。

 老衰で死ぬのが難しい近界(ネイバーフッド)、何時かは俺も誰かの為に命を投げ出すのだろうか?この国に対して愛国心なんて一切持っていないんだけどな。

 

 そこからは色々とあった。

 羅生門(サハスラブジャ)を使える人間が他に居ないのかと探った結果、ルルベットが適合者だったがルルベットと羅生門(サハスラブジャ)の相性は悪い、と言うか誰が使っても使いこなすのは難しい黒トリガーだと研究所で言われた。それっぽい再現は割と簡単に出来るみたいだが毛を操る能力だと思っていたのだが少しだけ違うみたいで触覚を与えたり触手を生やしたり色々と弄ったり出来る能力みたいで試しにやってみたら腕が4本生えて阿修羅が出来たのでレクスにアルティメット阿修羅バスターを仕掛けたりした。

 俺とルルベットしか適合しない黒トリガーでルルベットは使いこなせないと素直に認めて俺に羅生門(サハスラブジャ)の所有権は渡ったのだが俺でも完璧に使いこなす事が出来ない。いや、出来なくもないのだが神経をすり減らすのでずっと使い続ける事が出来ない、緊急事態でここぞという時にしか使えない黒トリガーなのに使えない黒トリガーだなと烙印を押されてしまった……ルミエ、ザマァだ。




 尚、ルミエの容姿はブラッククローバーのナハト副団長である。
 主人公の声は置鮎龍太郎である。


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40話

感想お待ちしております。感想が作者のやる気を起こさせる。


 

 イアドリフはガロプラの侵攻を乗り切り更には黒トリガーを得た。

 そのおかげで一気にパワーアップして強国になんて都合の良い展開にはならない。アレから1年が経過する。葵が拐われて少ししたぐらいに最初の大規模な侵攻が起きた。俺が19,リーナが17,葵が15の時が原作開始だろう。

 

「……時間を置き去りにする。自分の中を空っぽにする……」

 

 黒トリガー、羅生門(サハスラブジャ)の能力はざっくりと言えば触手を生やして操る能力だ。

 近距離戦主体で手足を使い戦うルルベットには向いていない、トリオン操作が上手じゃない俺でも向いていない……いや、そもそもで向いてる向いてない以前の問題である。トリコのサニーが愚衛門に髪の毛を操りきれていないと言っていたシーンがある。触覚を持った触手を増やす羅生門(サハスラブジャ)を扱うのはほぼほぼ無理なのである。人間、利き手しか使わないのに利き手以外の手が数百本あるのと同じ状態でそれを使いこなせというのが無茶だ……だが、無茶でもなんでも使いこなさないといけない。羅生門(サハスラブジャ)はイアドリフが待望していた黒トリガーである。使えるものは使うスタンスで使用者に負担がかかるのを理由に早々に使えない……だから訓練をする。

 

『脳波、心拍数、共に一定です』

 

 訓練所を借りて結界師に出てきた無想の状態になるように特訓する。

 感情というのは色々と鈍らせてしまう。勇者アバンは大地斬をフルパワーでなく本当に必要な力と最適な速度等を用いて使っている。感情を押し殺して戦う事には馴れているがルミエ曰く俺は考えて動くタイプの人間だ。リーナは直感的なタイプで野生の動物に近い……天才という奴だ。

 故に余計な感情を削ぎ落とす、いや、削ぎ落とすという表現はおかしいか。0に、無にする。その特訓を今行なっている。

 

『よく耐える事が出来ますね』

 

「なに……コレぐらいしておかないといけないからな」

 

『ジョン、貴方は狂っている』

 

「ああ、そうだな」

 

 目の前でリーナや葵そっくりのトリオン兵が破壊されて赤い液体が飛び散る様を見せられる。

 普通ならば不快感を感じるだろう。だが、俺はなにも思わないように、心の中を無にして歩く。余計な事を考えない無に近い状態を維持する事が出来ているが葵は俺に対して引いている。人間が血みどろになっている姿を例え偽物だと分かっていても心拍数や脳波が変わらない俺は異常だ。それで構わない。わざわざサハスラブジャの当て字を羅生門にしたのはそれも含まれる。俺は秩序か中立か混沌かは分からないが悪属性になっているだろう。

 

「この特訓、ホントに意味があるの?」

 

「なに、驚かなくなる常に冷静……いや、平常心を保つことが出来るのはいいことだ」

 

「闘争心は必要なんじゃないの?」

 

「生憎、サッカーでもテニスでもなんでもない殺し合いを楽しむ程に俺は狂っていない」

 

「サッカー?テニス?」

 

 この特訓にルルベットに付き合ってもらっている。リーナは防衛任務中……ルミエが黒トリガーになってから貿易関係が、外務関係が色々と手薄になってしまった。あいつはなんだかんだで優秀なイアドリフの兵だったんだなと改めて再認識させられ、何故かシャーリー姫とレグリットが貿易関係をやろうとしている……シャーリー姫、王位継承権最下位に近いけど国の為に頑張ってるが、空回りだろうな。

 

「この技術は会得しておいて損は無い筈だ……頭のスイッチをオン・オフ出来るようになったりすれば苛立つ事も減──」

 

「フン!!」

 

「ぅう!?」

 

 ルルベットは突如として俺を腹パンしてきた。

 トリオン体なので痛みを一瞬だけ感じるだけでダメージにはならないのだが、ルルベットは呆れていた。

 

「今の拳、普段のあんたなら、集中してるあんたなら簡単にどうにかする事が出来ていた筈よ」

 

「まだこの技術の初歩中の初歩に足を踏み入れただけに過ぎない。頭のスイッチをオン・オフ切り替えれる様になっただけで、戦闘に使えるレベルじゃない」

 

 この技術は無意味と言いたげなルルベット。

 普段だったり集中して警戒心を高めている状態ならばどうにかする事が出来たが、それだとダメだ。無論集中力が極限にまで高まっている状態が悪いとは言わない。トリコにはアルティメットルーティーンなんて技があるし、ゾーンと呼ばれる領域も存在している……ゾーンに入ったことは無いけれども。ただ極限の集中は精神を擦り減らす。

 

羅生門(サハスラブジャ)を短時間とはいえ完璧に使いこなすにはこの技術が必要だ……」

 

「確かに羅生門(サハスラブジャ)は腕が何十……いえ、何百本も増えたような感覚になるけど」

 

「100の集中力も大事だが0の平常心も覚えておかないといけない」

 

 大事なのは100と0を素早く使い分ける事、チェンジ・オブ・ペースだ。

 よく漫画の主人公が絆だなんだと言うが俺からすれば鼻で笑うものだ。人を信じたり思いやったりする心と同じぐらい疑ったり憎んだりする力は強い……前向きにポジティブに考えたり憎悪による集中は難しいから指導者的な立ち位置になったら勧める事はしないけれども。

 

「この状態を維持して徒手空拳による特訓だ」

 

 頭のスイッチをオン・オフ切り替えれる様になった。

 ここからは平常心をオンにした状態を維持した状態で戦えれる様にする。故にルルベットが必要だ。リーナでもよかったがルルベットの方が色々と戦いやすい。ルルベットも俺から色々と技術を盗めるんじゃないかと思っている。それは間違いじゃない、俺は前世の記憶を含めて記憶している漫画に出てくる技や技術を会得しようとしている。おかげさまでムシブギョーに出てくる富嶽鉄槌割りを覚えたぞ。天翔龍閃も使えるぞ。生駒旋空も使えるぞ。燕返しも使える……Fateの農民のは無理だけど。

 

「……まぁ、悪くないんじゃない。普通に戦う事は出来てる……普通だけど」

 

「普通でいいんだよ。余計な力が入ってない1番の自然体を出して……何れはこの無想で何処をどう狙えば良いのか最適な答えが分かるようになるはずだ」

 

「曖昧ね……ジョン、こんな技術何処で知ったのよ?」

 

「日本の書物だ」

 

「……相変わらず玄界(ミデン)はおかしいところね」

 

『勘違いしないでください。ジョンがやっている事は時折滅茶苦茶です……フィクション、絵物語にだけ登場する技術です』

 

 葵は中には色々とおかしかったりするものはあると主張する。

 ウォーズマン理論とかは大丈夫だと思ってる癖にこの手のメンタル面の技術は否定的…………否定しておかないと狂ってしまう自分が居ると自覚している時点で色々と狂っているんだがな。

 

「アオイは特訓しなくていいわけ?」

 

『………』

 

「あんた今、トリオン能力ジョンを抜いて11になったんでしょ?戦術が上手いわけでもないしそのままでもいいわけ?」

 

 俺のトリオン能力は10で、葵のトリオン能力は11になった。

 自分と俺達の部屋で使うトリオンを常に供給する役割を担っていた結果か、俺のトリオン能力を追い越した……がしかし使い道が無い。

 色々とやってみたが葵はトリオン兵ならば撃ったり切ったりすることが出来るが人を撃ったり切ったりする事は出来ない、いや、出来なくもないのだがやったら最後精神が異常を起こしてしまう。特殊工作兵(トラッパー)的なのならばイケるんじゃないかと思ったが人を殺すという罪悪感から逃れる事は出来ないのかゲロを吐く。ゲロを吐かせて吐かせて心をぶっ壊すという手段もなくはないが、流石にそこまで外道にはなりきれない。

 

「基地が襲われて逃げる技術があっても戦う術を持ってないなら意味無いわよ……私みたいにトリオンが平均的ならいいけど勿体無いわ」

 

 ルルベットのトリオン能力は6か7だったけ?

 まぁ、ルルベットの言っていることにも一理ある。葵の使わないトリオンを放置しているのは勿体無い 残っているトリオンはトリオン兵に突っ込むだけ……何処かで現状を打破しないといけない。でなければ何時かは葵は拐われて今度こそゲロを吐かせても戦い続ける様に言われるかもしれない……俺は甘いな。自分の得た黒トリガーを使いこなせるように特訓しないといけないっていうのに他人の心配をしてるだなんて。

 

羅生門(サハスラブジャ)……う〜ん……キモいな」

 

「キモいわね」

 

 無想の特訓もいいが羅生門(サハスラブジャ)を普通に使えるようにしないといけないが……ルルベットはキモがる。

 巨大な腕毛とスネ毛が生えているならば誰だって気持ち悪い。もう一度だと徒手空拳で軽い蹴りを与えるのだが、蹴りの際にスネ毛もとい触手を操り蹴りを入れた後に触手を鋭くしてルルベットの頭部に伸ばし……停止する。ルルベットのトリオン体を破壊したら戦うことが出来なくなるからな。

 

「常に2,3発追加で別方向から来るって考えないといけないわね」

 

「黒龍二重の斬……いや、黒毛(こくもう)二重の打か」

 

『なに必殺技名を考えているんですか』

 

「必殺技の1つや2つ持っていた方がいい。アイツにはあの技があるから気をつけろと意識を割くことも出来るし現状打破する事も出来るようになる」

 

『……バカなのか真面目なのか』

 

 バカとは失礼……いや、俺と葵は最終学歴が小卒ですらないか。

 スネ毛真拳的なのと腕毛真拳的なのは使いこなせている。通常のキックやパンチから予想外の2、3打くらう。ヴィザの爺の様に1度に複数のところを攻撃できるか迅や影浦の様に不意打ち不可避に近い奴以外は防ぐのは難しい。

 

「しかし、まさかトリオン兵を強制的に停止させる装置を作り上げるとは」

 

 ある程度動かしたので一旦休憩を挟む。

 ふとトリオン兵を強制的に停止させる装置があった事について驚く。トリオン兵は言ってしまえばトリオンで出来たトリオンを動力とするロボットだ、色々とプログラミングされていて活動停止命令を出すと言うボーダーにあったらボーダー隊員もう不要じゃねえの?と思える様な凄まじい装置をタリやスパルカ達が作り上げていた。あんな便利な物があるならば普段から使えばいい。

 

「アレはこの国の女王(クイーン)トリガーに繋げて使っててトリオンの消費が尋常じゃないのよ。1回使ってもその場に居るトリオン兵しか停止出来ない、新しく投入されたトリオン兵は動かせるから……ラービットが相手だったから仕方なく使った感じなのよ」

 

『……女王(クイーン)トリガー?』

 

「ああ……あんた達は知らないのね。知らないなら知らなくていいわ」

 

 おそらくは(マザー)トリガーの事だな……俺は原作知識で色々とあるがその辺りの情報は伝えられていない。

 不必要な情報は奴隷には不要、ルミエが色々と言っていたが教えていない事の方が多々ある。生き残っている奴隷兵はこの国の名前すら知らなかったりするんじゃないだろうか。

 

「ジョン、ここに居たか」

 

「教官」

 

「ルルベットも一緒か……ふむ……」

 

 一休み終えるとレグリットが現れる。

 俺を探していたようだがまたなにか厄介な事になるのか?今度はなんだ?味噌に醤油にチャンポンに美人の湯にオセロにUNOに炭酸水と色々と作ったりしたがまたなにか作らせるのだろうか?

 

「ちょうどいい。お前も一緒に来い」

 

「え?……」

 

「今度はなんだ?もうこっちはネタを出し尽くしてるんだぞ」

 

「まだまだアイデアは振り絞る事が出来る筈だ……ルルベット、時間は大丈夫か?甥っ子が居る筈だが」

 

「大丈夫だけど……」

 

「なに、難しい事じゃない。今回の貿易で成果を上げる事が出来た……が、少々厄介でな」

 

「結局厄介事じゃねえか!!」

 

 でも言うことを聞くしかない。

 羅生門(サハスラブジャ)を解除してルルベットも【カゲロウ】を解除し生身の肉体に戻る。貿易で成功したとは言っているがなにに成功したんだ?トリガーを開発したりする研究所に向かえばそこには若き天才エンジニア、イアドリフの三賢人の1人、スパルカがいた。

 

「ヤッホイ!ジョン、元気かな?」

 

「あんたを見た途端に元気が無くなったよ」

 

 相変わらずというかなんというかテンションが高いなこの女は。

 知的好奇心とああしたら面白いという一歩間違えればマッド・サイエンティストな女であるスパルカ、俺がポンポンと面白いアイデアを出すのか俺は気に入られているが俺は面白いアイデアを出しているだけに過ぎず、何時かは飽きられる。

 

「レグリット、早くアレを見せてよ!」

 

「ああ」

 

 レグリットがそう言うと黒い炊飯器の様な見た目のトリオン兵が出てくるって

 

「レプリカじゃねえか」

 

「知ってるの?」

 

「昔、コレを持ってたトリガー使いの傭兵の親子がこの国を訪れたんだ…………トリオン兵なのは知っていたが……」

 

「コレはトロポイという国の自立型のトリオン兵だ……人間に近い意思を持ち、機械の精密操作を始めとして様々な事を可能とする」

 

 レプリカっぽいのが出てきたので驚く。

 ルルベットはなんだかんだで遊真達と出会っていないのでレプリカを知らない。レグリットは知らないルルベットの為に一応の説明をしてくれる……

 

「そのトロポイという国と交渉したのか?」

 

「ああ。トロポイは高度なトリオン兵の技術を有している。電球と引き換えにトロポイの自立型のトリオン兵の設計図を頂いた……が」

 

「なんだ?なにか問題があるのか?」

 

 レプリカ先生が居るならば色々と万々歳だろう。

 

「遠征艇を操作したりする能力とか意思を司る部分とかは出来たけど正直な話、量産してもそこまで意味はあるのかって話でね……ジョン、君ならこのトロポイの自立型のトリオン兵をどうやって改造する!?」

 

 トロポイの自立型のトリオン兵をベースになにか面白いアイデアを出せと結構な無茶振りをスパルカやレグリットはしてくる。

 レプリカ先生の時点で大分完成されたトリオン兵だ。これ以上なにか余計な機能が必要か?レプリカ、その気になればトリオン兵を作り出せるんだよな。

 

「一品物のトリガーじゃなくて一品物のトリオン兵を作る……この前のラービットにでもAI、人工知能を搭載させればいいだろう」

 

 ラービットのデータ、色付き以外はガロプラから貰っているだろう。

 

「それだと余計にトリオンを食うから量産は無理!もっとこう……玄界(ミデン)らしい面白いアイデアを出してよ!」

 

「……トリオンのコスパが悪い……ルルベット、フィラのトリオン能力幾つだっけ?」

 

「8よ……フィラに戦わせるつもり!?あの子は軍に志願してるけど絶対ダメよ!国を豊かにする偉い学者にしてくれって姉さんに頼まれてるの、戦場になんて絶対に出させないわ」

 

「んな事は分かってる。でも、トリオンは残るんだろ?」

 

「まぁ……家の明かりはあんたが作った電球でどうにかなってるし……絶対に関わらせないで」

 

「しねえよ…………トロポイの自立型のトリオン兵か」

 

「トロポイの自立型のトリオン兵は戦闘に使わなければそこまでトリオンは消費しない……なにかいい案は浮かんだか?」

 

 レグリット、無茶を言うなよ……とはいえだ、レプリカを兵器にしろというのは結構な無茶である。

 普通に動く分ならばそこまでトリオンは消費しないが、戦闘用に変えるのならばトリオンが沢山必要になる。俺が電球を作り出した事により、イアドリフの明かりは大体が電気の電球によるものになっていて多少トリオンに余裕を持たせる事が出来ている、が、トロポイの自立型のトリオン兵を兵器として量産は難しいから一品物が限界か……む……。

 

「アオイの護衛とサポートにでも使わせればいいんじゃないの?トリオンありあまってるんだし、コンティニュー機能を応用すればトリオンを貯蓄する事が出来るでしょ?」

 

「まぁ、それが無難だな」

 

「え〜面白くないよ!もっとこう、ドカーンと言ってズッバーンとするアイデアは浮かばないの?」

 

 ルルベットから最もらしい意見を貰うのだがスパルカはつまらなさそうにする。

 葵を守りサポートする為のトロポイの自立型のトリオン兵をベースにしたトリオン兵の開発、葵は今のところはオペレート業務等は問題無い。強いて言うならば心がまだまだ未熟、俺みたいなイカサマ野郎と違いまだ子供……それを言い出したらリーナもだけど……さて、どうしようか。

 普通にトリオン兵を作ったとしてもラービットにAI搭載すれば全て解決するのでは?の一言で済んでしまう。もう一手なにかないのか…………あ!

 

「武器に変形するトリオン兵とかどうだ?」

 

「武器に変形する!?なにそれ面白そう!」

 

「武器に変形する……有事の際に内包しているトリオンを武器に火力に変える。悪くはないアイデアだ」

 

 取り敢えず色々とアイデアが浮かんできたので出してみればレグリットとスパルカはいいアイデアだと頷く。

 

「……アオイは戦えないわよね?」

 

 しかしルルベットは肝心の葵が戦えない事を言う。

 

「なにも葵に戦えとは言っていない……リーナ辺りに武器を…………………ああ、アレがあったな」

 

「お、なになに?玄界(ミデン)的なアイデアが出てきた!?」

 

「トリオン兵を武器に変える…………描くものをくれ」

 

 口で説明するよりも絵で見せた方が早い。この世界では見た覚えは無いが……まぁ、使えるものは使うしかない。

 ペンタブ的なのを受け取ったので記憶を頼りにそれっぽいのを描く。鰐と飛竜(ワイバーン)……リーナが中心になるからあれは要らないな。

 

「こんな感じのトリオン兵がこんな感じになる」

 

「おぉ、おぉ……おぉおおおお!!面白い!面白いよ、ジョン!!採用!それ直ぐに作る!」

 

「多分俺じゃ使いこなせないし羅生門(サハスラブジャ)使った方が効率がいいから極力リーナに合わせる様に……葵のトリオンをリーナでも使える様に出来るよな?」

 

「簡単簡単、トリオン貯蓄システムを応用すれば茶の子さいさいだよ!」

 

「……人工知能はそこまで要らないが私にも作ってくれないか?」

 

 出した案が採用されるとレグリットも作って欲しいという。

 

「あんたじゃ使いこなせねえよ」

 

 色々と天才肌のリーナだから使いこなせる代物だ。

 多分……木崎レイジでも使いこなすのは難しいんじゃないだろうか?いやでも全武装(フルアームズ)に似てるんだよな。

 

「純粋に強いトリオン兵が欲しいんだ。剣や槍を使った近距離戦はこなせないとは言わないが私は銃を好む、誰かに近距離戦を担当させる戦い方もいいが有事の際に備えて近距離戦を主とするトリオン兵が必要だ」

 

「うんうん!いいよ!試作品いっぱい作るから好きなのを選んでね!」

 

 そんなこんなで深夜テンションに近いスパルカの元でトロポイの自立型のトリオン兵をベースに新たな一品物のトリオン兵を作る。

 理論上は不可能じゃないし面白いと言うだけでスパルカはやる気を出している……コイツはコレでいい。一歩間違えればマッド・サイエンティストなタイプ……コレで既婚者なんだから結婚した夫は凄まじい。確かどっかの町長の弟だったっけ?……まぁ、どうでもいいか。




 尚スパルカの容姿はFAIRY TAILの7年後のウルティアである。
 ジョンが出した案はアレである。そしてそろそろ原作に行けるようにする。


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41話

はい、ということで時計の針を一気に進めます。


 

 

 トロポイの自立型のトリオン兵をベースにイアドリフの武器に変形する事が出来るトリオン兵の開発は面白いぐらいに進んだ。

 中距離遠距離メインで戦うイアドリフの兵には割と評判はよかった。普段はトリオン兵として戦わせて有事の際には使い捨ての武器にするという案が良かったのだろう。

 俺はと言えば羅生門(サハスラブジャ)を時間制限があるが使いこなせるようになった。しかし時間制限がある。無想状態とかを維持して戦える様になったりしたがそれでもだ。故に訓練する、狙撃手としての訓練を。近距離戦も中距離戦も遠距離戦も全てで戦える様になり羅生門(サハスラブジャ)というイアドリフが待望していた黒トリガーを使えるこの国になければならない存在になりつつある。

 

「……まぁ、少しぐらいはな」

 

 イアドリフと言えばレグリットがまだ幼い頃にアフトクラトルより……2つか3つぐらい格下の国に襲われて大人達が居なくなったりしたとの事で道理で俺と同い年か10も歳が離れていない人達が国の中枢を担っている。ルルベットの義兄とかはそれで死んだらしい。

 幼かったり若い人材が特訓を重ねたりしているイアドリフだがなにもなかったわけじゃない。

 アフトクラトル程とは言わないが大きな国に襲われたりした。幸いにもスパルカが俺のアイデアを元に作ったトロポイの自律型のトリオン兵をベースとしたトリオン兵と死なない訓練で鍛え上げたイアドリフの精鋭達によってどうにかなった……が、死人が出た。

 

 スパルカ曰くトリガーを起動してトリオン体に換装する部分のトリガーのシステムは何処の国も大差変わらないシステムだ。

 そこを狙い、相手の起動しているトリガーを強制的にオフにして暫くトリガーを起動させることを出来なくするという緊急脱出機能があるのが分かっているから取ってきたとんでもない技術を持った国が攻め込んできた。

 幸いと言うべきかトリオン兵とかトリガー使いは弱くてスーパー戦隊の怪盗戦隊ルパンレンジャーvs警察戦隊パトレンジャーでお宝を盗む時みたいに直接トリオン体に触れないとトリガーを強制停止出来ない。近距離主体の俺や中距離で戦っていたリーナは無事だったが……拐われて来た外国人は死んだ。拐われた。

 

『くだらないな……親しき友であったわけでもないのだろう?』

 

 拐われた人間で最後に生き残ったのはリーナと俺と葵だけになった。

 叛逆を起こそうとした馬鹿もいるし自殺を図った奴もいる。俺もリーナや葵を自分の自分勝手で自己満足のエゴで生き残らせて、心を落ち着かせているが常人なら狂う。いや、既に狂っているんだったな。

 

「メイルバー……コイツ等と俺はなにも変わらないんだ。ただ俺が他の人より少しだけ賢かった。だからこうして立っている。でも、コイツ等と俺はなにも変わらない」

 

 ワイバーンに似た見た目のレプリカサイズの青色のトロポイの自律型のトリオン兵、俺達が普段使わない分のトリオンを注ぎ込んで出来た3体の内の1体、メイルバーは呆れていた。

 

自己満足(エゴ)に走るとはお前らしくもない……いや、お前はまだ人間という証か』

 

 死んだ人が使っていた土地に墓の様なものを作った。

 キリスト教でないので十字架の墓は作らない。トリオンで再現した大理石に【地球人】と刻んでいる日本式のお墓だ。遺骨なんて物は無いが……お供物はする。塩のおにぎりだ。宗教上食えない物とか色々とあるし、甘いものとかは稀少品なのであんま捧げたくない。故に俺が主体で作っているジャポニカ米のおにぎりを備える……墓参りの作法なんて知らないし線香は勿体無いのであげない。手を合わせて安らかに眠れと祈るだけだ。

 

「あむ…………ああ…………美味いな」

 

 自分で作った塩むすびだが味は悪くはない。

 自分で作ったジャポニカ米だからもっと感動的なのがあるだろうと思ったのだが、感情が枯れて行っているのだろう。涙を流さないように我慢してて感情が壊れてる。リーナや葵は壊れてないからそれで良しだ。

 原作は……今頃はどうなってるんだろ?葵が15になる歳でGWを過ぎた辺りだから三雲修がボーダーにペンチ持って入隊しているだろう。

 

「次の方、どうぞ」

 

 王家曰く数年に1回のペースで地球に近付くらしいがイアドリフは特定の周回軌道を持っていない乱星国家だ。

 狙う価値は少なく地球にボーダーが出来た事を知らない。そして油断する事は出来ない。何処にスパイが紛れ込んでいるのかが分からない、常在戦場とは言わないが一歩間違えればお陀仏な世界なので油断する事は出来ない。

 

「ストリアと言います。技術者として渡り歩いてまして」

 

 他所の国からこの国に入国するにはパスポートが絶対に必要になるようになった。

 イアドリフの人間も全員マイナンバーカード的なのを持っている。他所の国から流れ着いたりした奴が居たりすれば即座に捕らえる色々と厳しい国になったもののスパイ等が紛れる事は減った。

 

「技術者ですね……何処かの国に従属しているというわけではないのですね?」

 

「何時かは何処かに根ざしたいとは思っていますが、今は各国のトリガー技術を学ぼうと思っています」

 

 入国審査は基本的には俺がする。

 というのも俺のサイドエフェクトの闘志を見るサイドエフェクトが意外と便利で、嘘をついていないのか見抜いたり出来る。

 

「成る程……では貴方はこの国のトリガー技術を会得するのですね。見返りになにを差し出す事が出来るのでしょうか?」

 

「今まで得たトリガー技術を提供する事が出来ます」

 

「(ジョン、どう?)」

 

 一緒に入国審査をやっているリーナは内線を入れる。

 ストリアと言う男はトリガー技術を提供する事に関して嘘は言っていない。俺達の知らないトリガー技術を持っているだろう。

 

「(嘘は言っていないが……心拍数とかは?)」

 

「(緊張しているとかそんなのは無いわね)」

 

「(そうか)」

 

 ストリアは白と判断しても問題無いだろう……この手の人材はどうすればいいか。

 イアドリフはルルベット曰くクソ田舎らしいがトリガー技術は発展していて……一部のトリガー技術が漏れ出すのは危険だ。提供する事が出来るトリガー技術を見つけないといけないがトリガー技術関係はちんぷんかんぷんなのでその辺は他の部署に丸投げする。

 

「技術者としての仕事を求めているので軽い学科試験を受けていただきます。イアドリフが定めた基準を越えていれば、試験で高成績を納めればトリガー開発関連の研究所に派遣されますのでくれぐれも適当にしないでください」

 

「あの、試験の点数が悪かったりすればどうなるんです?」

 

「残念ですがイアドリフへの入国を拒否させていただきます。前に居た国に強制送還です」

 

「が、頑張ります!」

 

 闘志が揺らぐ事は無かったからストリアは大丈夫だろう。

 リーナに試験会場はこっちだと連れて行ってもらう。

 

「ふぅ……1人は厳しいな」

 

 入国審査を殆ど1人で熟しているみたいなものだ。

 リーナ達も色々と頑張ってるが最後は俺のサイドエフェクト頼りな部分がある……俺が死ぬまでは有用でそれまでにイアドリフを発展させる事が出来ればそれでいいんだろう。

 

『次ハ、数名ノ団体ダ』

 

「フリーの傭兵か?」

 

 鰐に近い見た目のレプリカサイズのトリオン兵、俺達の余ったトリオンを注ぎ込んで出来た3体のトリオン兵の1体、デッカーは次を教えてくれる。フリーの傭兵的なのがなんだかんだで楽である。永住先を見つけるまで旅する奴等も普通にいるが金の切れ目が縁の切れ目と割り切ったりしてくれてある程度の実力者ならば使える駒が増える。乱星国家で狙いにくいが、それでも毎日トリオン兵は襲撃してくるんだから。交渉の場で傭兵をやるからといえば喜ぶ国家は多くいる。1人でも強いトリガー使いが居ればそれで色々とお得なのだから。

 

「次の方、どうぞ」

 

 使える駒は使うしかない。

 出来る傭兵なのかは不明だからサイドエフェクトで見極めないといけないと気を引き締め直して次の一団に来てもらう

 

「し、新選組!?」

 

 俺はトリオン体に、新選組の格好になっている。

 大抵の人は変わった衣装だなと思うぐらいだ。スターチェとかイアドリフの住人も稀に聞いてくるので故郷の民族衣装と言っている。

 

「っ!?」

 

 故にその名を聞くのは久しぶりである。

 思わず表情が変わってしまうが、直ぐに無想状態に頭のスイッチを切り替える……この無想の特訓をしていて正解だったな。

 

「何故その名を知っている……いや、違うか。取り敢えず人数分のトリガーがあるから起動してください」

 

 俺は知っている。この一団を。

 

「ここに居る面々は目的は違えども悪さはしない、入国審査をするならば俺が代表で受け答えする」

 

「雨取さん、あたしも」

 

 雨取麟児と鳩原未来とその他の人達が……向こうの世界に、地球から近界(ネイバーフッド)に密航したボーダー隊員と一般人だ。

 GWは既に過ぎているのでこっちの世界を旅していてもなんらおかしくはない。現在イアドリフと接触をしている国家が偶然に雨取麟児達が渡った国だった……なんともキナ臭い運命だ。

 

「さて、トリガーを起動しましたね。先ずは軽い自己紹介からお願いします……ああ、言い忘れましたが私は嘘を見抜くサイドエフェクトを持っています」

 

「っ……」

 

「サイドエフェクト?」

 

 鳩原はマズいと表情を変える。麟児はまだこちらの世界の業界用語を知らないので頭に?を浮かべる。

 チラリと視線を向けて麟児の闘志を見る。チベットスナギツネの闘志……腹に一物を抱えている。対する鳩原は名前の通り鳩が見える、灰色の鳩だ……グレーな事をしているから罪悪感から灰色に染まっているんだろう。

 

「雨取麟児だ」

 

「鳩原未来です……あのっ、その格好は新選組よね?」

 

「…………ああ」

 

 滅多な事では新選組という単語を聞かない。精々聞いても葵からだ。

 

『この人達も私達と同じで地球から……』

 

 鳩原未来達の心拍数等を見ている葵は通信を入れてくる。

 新選組という長らく聞いていないワードを聞いた。

 

「この国って4年半前に地球を襲った国じゃ」

 

「いや、俺は10年も昔に拐われた奴隷だよ」

 

「どれっ……」

 

 色々と成り上がっているが俺が奴隷である事には変わりは無い。

 奴隷という聞き慣れない単語を聞けば鳩原は顔色を悪くするので麟児が前に出る。

 

「応答は俺がする」

 

「それを決める権利はお前には無い。アメリカやグアムに行ったことはないのか?入国審査はハッキリと受け答えしないといけないだろう。それでイアドリフにはなんの用事でしょうか?イアドリフは特定の周回軌道を持たない国の為に何処かの国に行きたいという事は出来ませんよ」

 

「え……」

 

「……青葉という女の子は居ないか?」

 

「人探しですか。残念ですが居るのはジョン・万次郎ぐらいで青葉という女の子は居ない……この広大な近界(ネイバーフッド)で人を探すのは困難、せめて目的地が分かればどうにかする事は出来るけれども」

 

「っ……4年半前に地球を、三門市を襲った国を知っていますか!?」

 

「残念ですが地球の情報は中々に手に入らない。なにせ数年に1回ぐらいしかこの国は地球に近付かないから……と言うか地球で近界民(ネイバー)の存在が認知された…………地球でなにがあった?」

 

 いい感じだ、いい感じに話が流れて行っている。

 流石にこっちの世界にずっといる俺がボーダーについて知っているのはおかしい。遊真が居るから有吾さんから教えてもらったは出来ないし。

 

「それを教えればこの国への入国を認めてくれるか?」

 

「それを決めるのは話を聞いてから……教えてくれ、俺達が居ない間にどうして近界民(ネイバー)の存在が認知された?何処かの国が地球に価値があるからと貿易をしているのか?」

 

「……4年半前に日本の三門市という街で大規模な侵略行為があった。自衛隊等が出動したが歯が立たずに終わりかと思っていると謎の一団が現れて近界民を倒した。謎の一団はボーダーと名乗り、近界民の存在を世間に公表し界境防衛機関ボーダーという組織を三門市に立ち上げた」

 

『日本に、近界民が……』

 

「成る程、それで貴方達はボーダーからの使者かなにかか?」

 

「……ああ、そうだ。こちらの世界にもトリガーを使う組織が出来た、故に和平交渉等を持ちかけに来た」

 

「(葵、揺らいだから嘘だ……ボーダーのくだりは本当だが和平交渉は嘘だ)」

 

『日本に……』

 

「成る程…………で、そちらの交渉カードはなんだ?まさかこっちの世界に戦争を仕掛けるとかいう馬鹿な行為を行うつもりか?」

 

「……俺達が出せるのはコレだ」

 

 麟児は背負っていた鞄から教科書を取り出した……コレは……

 

「電子工学の教科書?」

 

「聞けばこっちの世界はなにをするにもトリオンが必要だ。明かりをつけるのも火を起こすのも全てトリオンがいる……だから俺達はトリオンに成り代わる電気と電気の使い方を提供する」

 

 なにも考え無しでこちらの世界に来たわけじゃない、交渉に使う事が出来るカードを用意しているというわけか。

 

「……成る程…………いいですねと言いたいところですが残念だ。この国はトリオンだけでなく電気を用いた技術はある。水力発電所があるんだ」

 

「っ!?」

 

 俺の知識が不足しているので嘘だが、嘘も方便……いや、水力発電所は実際にあるから嘘でもなんでもないな。

 ただ今のところは電気は電球にしか使っていない。冷蔵庫や洗濯機等の作り方は知らないから無理だけど。

 

「ただこの国をアップデートするにはその知識は必要だ…………だから、もう1つか2つカードを出してくれればこの国の入国及び仕事や身の回りの品等を保証しよう」

 

「……なにが望みだ?」

 

「例えばボーダーという組織がどんなのとか……こちらの世界は常在戦場みたいなもので、話を聞いた限り友好を目的として三門市に向かったわけじゃない。侵攻をしたのならばこちらの世界全てを憎んでいる人やサイドエフェクトを持った人、(ブラック)トリガー等の情報を提示していただきたい」

 

「……鳩原」

 

「えっと、ボーダーは自衛隊みたいなもので志願者でトリオン能力に恵まれてる人が隊員を務めています。基本的には地球を襲いに来た近界民を相手に防衛任務をしたりしていて私達みたいに和平交渉等を持ちかけたりはしてるけど中々に成果は」

 

 麟児がついた嘘に便乗し自分達は和平交渉等を持ちかけにきたと嘘を吐く鳩原。

 原作知識万々歳だが……そうだな……取り敢えず出せるだけ情報を引き出しておくか。

 

「サイドエフェクト持ちは?」

 

「感情を受信したりする体質とか驚異的速度の学習能力を持ったりとか体を数ミリ単位に精密操作する事が出来るとか……後は未来を予知するサイドエフェクト」

 

「予知か……サイドエフェクトを持った人の名前は?」

 

「感情を受信したりする体質が影浦雅人、強化睡眠記憶が村上鋼、精密身体操作が宇野隼人、未来予知が迅悠一、他人の強さを色で識別する天羽くん、常人の5倍ぐらい耳が良い菊地原くん」

 

「……コレで最後だ。近界民(ネイバー)に対して激しい憎悪を抱いている奴は?」

 

「三輪くん、三輪秀次くんが1番近界民に対して憎悪を抱いています……」

 

「そうか……悪いが他にも入国審査しないといけないから少しだけ待ってくれ。お前達はこの国に、イアドリフへの入国を認めて仕事を与える」

 

 ……生きる為には悪の道を走らないといけないか。

 何時かは欲しいと思っていたボーダーに関する情報を入手する事が出来たのは色々とデカい。

 

『……あの人達に亡命すれば、ボーダーと交渉をすれば家に帰る事が……』

 

「(……葵、覆水盆に返らずだ……時計の針は常に動いている。時計は巻き戻す事は出来ても時間は巻き戻す事は出来ない……そもそもでコイツ等がボーダーからの使者という話は嘘だ)」

 

『じゃあ、この人達は?』

 

「(おそらくはボーダーが出来た後にこっちの世界に勝手に来た一団だろう……だがまぁ、拒む理由は無い。冷蔵庫や洗濯機、エアコンなんかにトリオンでなく電気を回すことが出来ればイアドリフの貯蓄するトリオンは豊富になる。だからこの国に入れる)」

 

『この国に取り込むのですか?』

 

「(探し人を求めての渡り鳥だ、永住は難しいから出来る限りの情報を引き出す)」

 

 迅悠一の情報は大事だ、あいつが居なければボーダーは瓦解すると言ってもいい。

 

「貴方は本当に向こうの世界の、日本人なの?」

 

 色々と情報を求めている俺に疑心を持つ鳩原。

 

「1582年に本能寺の変、明智光秀が織田信長を襲撃する事件が起きた」

 

「!」

 

「If you ask me if I am Japanese, I am Japanese, but I can say that I grew up in this country. But it doesn't change that I'm Japanese, I've never forgotten that I'm Japanese……英語もそれなりにペラペラだ。日本に関する知識は必要か?47都道府県でも言えばいいか?」

 

「…………………貴方の名前は?」

 

「ジョン・万次郎……悪いがこの名で生きている。どうしてジョン・万次郎と名乗っているのか知りたいのならば日本に帰った際に調べればいい。俺以外にも後2人拐われた奴隷が生きている……トリガーを停止して生身の肉体に戻ってください」

 

 俺が日本人であることを証明すれば鳩原は名を聞いてきた。

 本当の名前は使わない。一度も忘れた事は無いし、ジョン・万次郎が偽名だと認識しているがジョン・万次郎で通す。麟児達は生身の肉体に戻り、パスポートを作る為の部屋に向かわせる。




感想お待ちしております


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42話

原作キャラ出せばサクサク話が書けるぜ。
感想お待ちしております。感想が作者のやる気を起こさせる。


 

玄界(ミデン)でトリガーを扱う組織が生まれたのか」

 

「正確には昔からあったけど4年前に何処かの国が大規模な侵攻をした際に表に出たみたいだ」

 

 鳩原未来達、近界への密航者がイアドリフにやって来た翌日のこと。

 黒トリガーになったルミエに代わって外務関係を担当しているシャーリーにボーダーの事を伝える。因みにだがシャーリーと呼び捨てにしてもタメ口でも構わないと言われてたりする。割と気に入られている。

 

「聞けば定期的に実力者を遠征させてトリガーをパクったり色々とやっているらしい」

 

「彼等はそのボーダーと言う組織の人間なのか?」

 

「組織の人間と言っているが嘘だ……いや、正確には組織の人間とそうでない人間が居る。密航者だ」

 

「……人探しとはいえ私達ですら分からない程に近界(ネイバーフッド)は広い。4年前に襲撃した国が何処の国か分かっていない根無し草の放浪者になるならばある程度の実力を、それこそ私レベルの実力は必要なのではないか?」

 

「……向こうも色々と事情があるんだろう。そこに踏み込むと言うのは無理だ、雑に扱うよりも丁重に扱ってコイツ等は話し合いが通じる相手だと認識させればいい。おそらくは向こうの世界はこっちの世界を都合のいい悪者にしている、近界を知れないから色々と都合良くしている」

 

「悪者、か……君やアオイ、それにリーナを拐ったイアドリフは悪」

 

 なんとかしてボーダーと交渉出来ないかと考えるシャーリー。

 イアドリフは俺や葵、リーナを拐った……だがな……

 

「曲がりなりにも外務関係を担当している人間が善悪で物事を考えるな。ルミエならばこういうだろう。【玄界(ミデン)でだって異国同士での戦争を巻き起こした事が無いわけないだろう。戦争で多くの人が死んで拉致されて酷い目にあって、それらを知っている世代がそれらを知らない世代に伝えようと鬱陶しい事をしているんじゃないのか?】と」

 

 ルミエならば絶対にそう言う……あいつ外道だから。

 でも言っていることは間違いない。日本は内陸続きの国じゃないから基本的には内戦オンリー、海外との戦争はモンゴルが攻めてきた時ぐらいだ。近代文明になってから外国と戦争するようになった。それまでは尾張だ信濃だ色々と内部の戦争だった。前世で修学旅行先が沖縄で戦争があったと聞かされたが皆それよりも普通に遊ばせろよと思ってたな。沖縄に来たからには海で遊ばせろ、沖縄の飯を食わせろよと俺も思ったりもした。そしてタコライスが微妙だったのは覚えている。

 

「向こうの世界は内戦をしているのか?」

 

「俺と葵が住んでいた国は約7,80年前に大きな戦争に負けて以降戦争はしていない。その戦争を知っている世代の殆どが死んでる……俺が30になる頃には絶滅するかもしれない…………戦争を締結させた後に色々と遺恨は残るだろう。色々な意見が批難が飛び交うだろう。お前はそれを気にする事無く働け。外務担当が善悪を考えるな、損得と利益を考えろ。ルミエならばそうする」

 

 善悪で外交は出来ない……イアドリフを豊かにしたいという考えはいいことだ。戦争が常に隣り合わせな世界で富国強兵政策は間違いじゃない。

 善悪で外交を担当しているシャーリーはやっぱり根本的に外交は向いていない。国の防衛関係を担えばいい……が、才能が無いんだろうな。王位継承権は低いらしいし、強いかと言われれば……まぁ、そこそこである。

 

「私はルミエの様に損得だけで動けるほど合理的じゃない」

 

玄界(ミデン)では地球の日本という国にボーダーと言うトリガーを使う組織が出来た……そこからどうするかはお前達次第だ。意見を出せと言うならば出すが、決める権利はお前達にある……じゃあな」

 

 伝えるべき事は伝えたのでシャーリーが事務仕事等で使っているかつてルミエが使っていた部屋を後にする。

 後にして向かうのは鳩原未来達の元だ。あいつらは地球の日本出身、比較的に丁寧に扱うことを心掛けている。話し合いが通じる近界民も居るのだと認識させておかないといけない。

 

「だーかーら!持ってきた種を育てる為に畑耕しなさいって言ってるでしょうが!!」

 

「リーナ、なにをしてる?」

 

 鳩原未来達の元に向かえばリーナがカンカンに怒っていた。

 なにに対して怒っているのだろうか?

 

「ジョン。コイツ等まだ色々と隠し持ってたみたい」

 

「まだって電子工学や電気関連の本は葵に翻訳してもらってるだろ?」

 

 麟児がこちらの世界で生き抜く為の交渉のカードとして電気や電子工学関係の本を色々と持っていた。その本を葵が一時的に借りてこっちの世界の文字に翻訳している。

 麟児本人は工業関係の学生ではないのだが本があるならば色々と教える事が出来るらしいが、まだなにか隠し持ってるってなにを隠し持ってるんだ?

 

「野菜とか果物とか香辛料の種を持ってたのよ!」

 

「……また色々と厄介な物を持ち込もうとするな」

 

 家畜はまだしも野菜や果物、香辛料の種を持ち込んでいたとは盲点だった。

 種類によっては育てちゃいけない物もある。ミントとか意外と厄介だったりすると漫画で読んだ記憶がある。

 

「コレ等の栽培方法はちゃんと知っている。無論それも教える」

 

「だったら、このトリガーを使ってトリオン体に換装して畑を耕しなさい。トリオン体ならば生身の肉体じゃないから筋肉痛とかは関係無いから安心しなさいよ」

 

「……ジョン、頼みがある」

 

「話は一応は聞いてやる」

 

「戦い方を教えてくれないか?ジョンは独学で色々と覚えたとリーナが言っている……俺の認識が甘かった部分があるが、俺は素人に近い。少しでいいから戦い方を教えてくれ。報酬としてこの持ち込んだ植物の栽培方法を教える」

 

「やれやれ…………もう1枚、寄越せ」

 

 俺に戦い方を教わろうとする麟児。

 こっちの世界は強くならなければ生き残る事が出来ない世界、強くなろうとする事はいいことだが俺に指示してほしいのならばもう1枚交渉のカードを寄越せと要求する。

 

「あ、あたしが畑仕事を全部するからお願いします。麟児さんは妹のために」

 

 要求したら話を聞いていた鳩原が割って入るがお前には価値は無い。

 

「余計な事は言うんじゃない……とにかく教えてくれ」

 

「交渉のカード1枚追加だ。こちらの世界の物事をタダで教わろうとするなんて安い買い物は出来ない」

 

「…………向こうの世界との交渉権はどうだ?」

 

「お前達が日本人なのは分かっている。そしてボーダーと言う組織がこちらの世界関連全てを握っている。お前達にどうこうする力は無いしそれ以前にお前達は旅人だろう」

 

 帰還した際に一緒に交渉する事は出来ないだろう。

 

「……いや、ある。向こうの世界と交渉する手段は」

 

「……言ってみろ」

 

「俺に戦い方と知識を教えてくれるのが条件だ」

 

 この野郎、サラリと条件を増やしやがったな。知識を増やすぐらいならば最初からボーダーに入ってエンジニアの道を選べよ。

 とはいえ向こうの世界と交渉する手段はあるという……麟児に戦い方を教えたとしても10年の研鑽がある俺やリーナには届かない。何処の国でも量産する事が出来るトリガーでも渡せばいいか。

 

「サラリと条件を増やしたからお前達の持っているトリガー解析も追加だ。それで手打ちにしよう……ただし俺は弟子なんてものも取ったことない、戦術も出来るには出来るが超一流とは言わないから期待するな。お前1人にしか指導しない」

 

「戦い方とトリガー工学に関する知識を教えてくれればそれでいい」

 

「……リーナ、後は任せてもいいか?」

 

「いいけど、大丈夫なの?ジョンのは1日2日で得た技術じゃないでしょ?」

 

「まぁ、なんとかする」

 

 なんとかしないといけないのでリーナに後を託してトリガー開発研究所に向かい訓練用のトリガーをレンタルして麟児が鳩原から横流ししてもらったトリガー一式を解析に回す。

 

「俺はトリオン操作は上手じゃない、だから教える事が出来るのは拳銃と突撃銃(アサルトライフル)と狙撃銃と刀と管槍だけだ。爆弾の投擲とかもあるが……使い道は無いしトリオン爆弾は別枠で作らないといけないから無理だ」

 

「刀と銃の使い方を教えてくれ」

 

「ならコレを使え……訓練用のトリガーだからダメージが一切通らない仕組みになっている。ただしトリオンは消費するがな」

 

 訓練用のトリガーを渡すと麟児はトリガーを起動する…………何故今更になって戦い方を学ぶのだろうか?謎だが……まぁ、本人なりに色々と考えたんだろうな。後悔が混じっているかどうかは知らないが……どうだっていいことか。

 

「刀の基本的な所作は何処まで行っても同じだ。唐竹、袈裟斬り、胴、右斬上、逆風、左斬上、左薙、逆袈裟、刺突……俺が相手になるから掛かってこい」

 

「普通は素振りとじゃないのか?」

 

「トリオン体になるから筋肉関係は基本的には不要だ。体に染み込ませたいのならば地味だが基礎として素振りは必要になるが1日2日で身につくものじゃない。そっちの方がいいならその動作を教えるだけだが」

 

「なら実際に戦ってくれ」

 

 地味な反復練習はしている暇は無いか。

 まぁ、そっちの方が教える事が少ない……

 

「メイルバー、麟児との戦闘を映像で記録しておけ」

 

『了解だ』

 

「っ!?」

 

「俺達が作り上げたトリオン兵だ。後で戦うから覚悟しておけ」

 

 メイルバーをはじめて見る麟児は驚いているがここじゃコレが普通だ。

 訓練用のダメージを与える事が出来ない剣を構えるので俺は鞘付きの【カゲロウ】を構える。【カゲロウ】なので麟児を斬ってはいけない、鞘で叩いたりするだけで済ませておかなければならない。

 麟児は剣を持って振り被ろうとするので大振りだと注意しながら胴を叩き込む。考えて動くタイプだから理論派に見える俺だがこういう実戦的な訓練の方がなにかと気が楽だ。初日だから剣を教えるだけにしておく。

 

「……お前はなにをしにこちらの世界に足を運んだ?単なる好奇心ならば今すぐに帰れよ」

 

「妹の、為だ」

 

 切り込んでくる麟児の剣をシールドと【カゲロウ】で防ぎつつ会話をする。

 麟児は無駄な会話に意識を割くことが出来るぐらいに実力差が開いている事を実感するが無駄口はたまにはいいだろう。

 

「妹か……」

 

「お前にも居る……居たのか?」

 

「ああ……と言っても向こうは俺の顔を覚えているかどうか怪しい。今年で13歳になる筈だ……妹の為にと言うことは妹を探すためじゃないんだな」

 

「妹は、千佳は三門市に居る……ただ、千佳は近界民(ネイバー)に狙われやすい。そういう体質なんだ」

 

「そんな体質は存在しない。極端な話をすればトリオン兵はロボットで優秀なトリオン能力者を拐う様に出来ている。トリオン能力が優秀なんだろ」

 

「っ……千佳はそんな物は要らない。そんな物があったから友達が……」

 

「深くは関与したくないが……守るならば側に居なくてどうする。連れ戻したい人が居るからそっちを優先したのか?」

 

 俺の知識が間違いなければ千佳の為に向こうの世界に向かったんじゃなかったっけ?

 

「……俺の認識が甘かったというのもあるし、なにも知らなかったというのもある。知れば知るほど認識が甘かったと思い知らされる」

 

「それで戦う術を学ぶと?それならば直ぐに帰還した方が妹は喜ぶんじゃないのか?」

 

「それだと前に進めない。前に進む為の、勇気を出す為のきっかけが必要なんだ……千佳の友達を連れ戻せば変わる事が出来る筈だ」

 

「ならば何故学ぶ?」

 

「千佳を守るためだ」

 

「守るため、か…………昔の俺なら分かった事だが今の俺じゃ理解する事が出来ない愚行だな」

 

「なんとでも言え」

 

 なにが目的かは知らないが、ロクな事をしようとしないなこの男は。

 まぁ遠征してこっちの世界のトリガーを持ち帰るぐらいしか成果がなく、トリオン怪獣と言ってもいい程のトリオン能力を有した千佳を未だに見つけることが出来ないボーダーに対して色々と思うところがあるんだろうな。

 深くは踏み入れるつもりはないのでそれ以上は問わない。

 

「こちらの世界の文字を学んでもらう……悪いが日本語に翻訳した物は無い」

 

 数時間が過ぎて麟児の精神の方が限界が来たので今日の修行を終える。

 実戦経験に近い練習を積めば……まぁ、ある程度は戦う事が出来るようになる。が、積み上げてきたものというのは意外と馬鹿には出来ない。その辺の一般兵程度には鍛え上げてやる。

 体を動かす修業を終えたので勉強の時間だ。

 

「それで、向こうの世界と交渉する手段とはなんだ?」

 

 こっちの世界の文字を学ぼうとしている麟児に向こうの世界と交渉する手段を尋ねる。

 ここでそれが嘘でしたと言われれば明日から畑を耕す仕事をさせるだけなので麟児は答える。

 

「なにボーダーという組織は……だ。そしてこっちの世界に関する情報等をボーダーは牛耳っているから。ボーダーとの正面衝突を避けて………で………に向かって自分達が近界民(ネイバー)だと主張してみせれば向こうは乗っかってくる筈だ」

 

 見えている闘志がチベットスナギツネなだけあるよ、コイツは。

 麟児が考えた作戦は結構エグかった。と言うかだ

 

「そんな事をしたらボーダーという組織の存続が危ぶまれるぞ?」

 

「ああ、そうだな……だが俺や鳩原はただ普通に帰っても意味が無い、ボーダーに捕まってトリガーを取り上げられて記憶を操作されてボーダーと関わり合いを持つことが出来なくなる……お前達がそれをするのならば俺達が戻った後の避難場所としても使える」

 

「チベットスナギツネめ……」

 

 エグい作戦かと思っていたらなんだかんだで自分達が得する作戦だったじゃねえか。

 まぁ、麟児はともかく鳩原は弟を連れ戻す事が出来るのならばボーダークビで二度と関わり合いを持つことが出来なくなっても構わないと言うだろうな。他の連中は知らないけど。

 

「それでトリガー工学を学んでどうするつもりだ?トリガーの開発をするのか?」

 

「ボーダーのトリガーの中にはバッグワームというレーダーに映らなくなるトリガーがある……近界民(ネイバー)のレーダーに映らなくなるトリガーを作りたい」

 

「……なら上に話は通しておいてやる。この国を出ていく前ぐらいにはそれが作れる感じにはしておいてやるよ」

 

「……いいのか?」

 

「くだらない同情だと思ってくれれば構わないし、それが巡るに巡って自分に帰ってくるとも思っている」

 

「だったら……を頼む」

 

「交渉のカード1枚追加……そうだな、学生証か住基カードか運転免許証を寄越せ」

 

「そんなのでいいのか?」

 

「むしろそれが無いと色々と困る……」

 

「……分かった。大学の学生証でいいか?」

 

「ああ、構わない」

 

 欲しいのは身分証明書だ。学生証があれば比較的に足が付かない筈だろう。

 そこからは普通だった。トリオン兵は相変わらず攻めてくるし麟児に剣と銃の基本的な使い方を教えたりしてトリガー工学を学ばせた。その間に葵が必死になって冷蔵庫や洗濯機、テレビ等の電子機器の原理を纏める。洗濯機やテレビ等の日用品にトリオンを回さなくて済むようになり、蒸気の力を利用した発電所、火力発電所の原理が分かったりした。鉱石や化石燃料の都合上で一部の電子機器の再現は難しいがそれでも冷蔵庫や洗濯機、エアコン等を再現する事は可能になったので大幅に前進、鳩原達が持ち込んだ野菜や果物、香辛料の栽培に成功して更に国の資源が豊かになり……国の名前は教えてもらわなかったが、麟児達は別の国に向かった。最後にちゃんとしたお別れを言いたかったが、何時かは再会を果たすだろう。




 ジョン・万次郎(虹村勝利(にじむらかつとし)

 年齢 19歳

 誕生日 6月19日

 身長 188cm

 血液型 A型

 星座 うさぎ座

 職業 ?

 好きなもの 明石焼き ハンバーグ 漫画 ライトノベル カードゲーム ゲーム 

 得意科目 日本史 世界史 学校に通っていれば学力は東のちょっと下、文化系寄りで東と同じぐらい賢い 現在は太一レベル

 モテ具合は風間の1つ下

 FAMILY

 父 母 姉 妹

 トリオン 11
 攻撃 15
 防御・支援 10
 機動 10
 技術 12,5
 射程 7
 指揮 7
 特殊戦術 8

 TOTAL 68


 水無月葵(みなづきあおい)

 年齢 15歳

 誕生日 4月13日

 身長 162cm Fカップ

 血液型 AB型

 星座 はやぶさ座

 職業 ?

 好きなもの うなぎの蒲焼き ミルクティー ジョン・万次郎

 得意科目 数学 外国語 学校に通っていれば宇佐美と綾辻の間ぐらい 現在は太刀川と同じぐらいの学力

 モテ具合は嵐山と二宮の間くらい

 FAMILY

 祖父 祖母 父 母

 トリオン 12
 機器操作 10
 情報分析 8
 並列処理 9
 戦術 3
 指揮 5

 TOTAL 47

  リーナ(愛称)

 年齢 17歳

 誕生日 8月2日

 身長 167cm Gカップ

 血液型 AB型

 星座 ぺんぎん座

 好きなもの ミートパイ 肉 ジョン・万次郎 日本の創作物 ギター

 得意科目 特に無し(大体全科目出来る)学校に通っていれば鬼怒田と同じぐらいの成績の良さで村上ぐらいの体育会系、現在は米屋よりちょっと下の位置の体育会系

 モテ具合は烏丸の1つ上

 FAMILY

 父 母

 PARAMETER ()は貯蓄したトリオンを用いた専用トリガー使用時のもの

 トリオン 15(?)
 攻撃 12(22)
 防御・支援 8(6)
 機動 9(15)
 技術 10(10)
 射程 5(8)
 指揮 5(2)
 特殊戦術 3(1)

 TOTAL 67 専用トリガー使用時(トリオンを除いて64)


 尚、水無月葵の容姿はキュアアクア(ババア)もとい水無月かれんである。水無月かれんにちぃっとおっぱい足した感じです。後、作者の倫理観は色々と狂ってるからね


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43話

感想お待ちしております


 

「……この量でいいのよね?」

 

「ああ、構わない」

 

 麟児達は別の国に行った。麟児に色々と頼まれごとをした、無論それに見合う対価も頂いている。

 電気工学関連の本、野菜や果物、香辛料等の種、そして向こうの世界に対しての交渉する手立てと。とにかく色々と頂いた。麟児達は目当ての国に辿り着く事が出来るかどうかは分からない。なにせ俺というイレギュラーが色々とやっているんだから、こっちの世界に関しては色々と原作崩壊していたりするだろう……生き残る為に悪になるんだ。

 

「普通のミートボールにコレをちょこっと足しただけでいいの?もうちょっと足した方が」

 

 麟児達はこちらの世界で生き残る為に色々と持ち込んでいた。

 技術系は電気工学関連の物だけだったが、食に関する物は色々と持ち込んでいた。食というのは外交に使えるもので時にはトラブルの火種になる。地球ではコーヒーや紅茶を巡って戦争が起きたりした事もあるし、胡椒が金と同価値だった時代もある。

 近界民が人だと知っているのならば食による交渉が出来る。だから、食べ物関係を色々と持ってきた。人間が死なない限りは飲食関係の産業は基本的には絶滅しない。需要と供給があるのだから。

 

「ナツメグは入れ過ぎたら中毒症状が出てくるからほんの少しでいい」

 

 麟児達が持ち込んだ野菜や果物、香辛料等が実るのには時間がかかる。

 特に木から生えるタイプの香辛料や果物は木が成長するのを待たないといけない。年単位で待たないといけないのだが、俺は麟児達が持っていたナツメグを手に入れる事が出来た……100均で売ってそうなナツメグだ。

 

 何故にナツメグを持ち込んだのか気になったので聞いてみれば

「こっちの世界と日本は色々と異なるけど食事を取ったりするのは一緒で、美味しくない食事はストレスの元になります。少しでもストレスを緩和し余計なトラブルを避けたいのと現代人、特に日本人は舌が肥え過ぎているから原始的な食事だとストレスがかかって食事が出来なくなってサバイバルでは生き残る事が難しいって東さんって人が言ってて」と鳩原は教えてくれた。

 

 東さん、あんた自衛隊の隊員でもなんでもないのになんでそんなサバイバル知識が豊富なんだ……横の知識が広い人間がツッコミを入れるのはいけない事か。

 本音を言えばカレー粉が欲しかったのだが、麟児達から手に入れる事は出来なかった。麟児達が持ち込んだ香辛料だけではカレー粉が作れない。めんどうだ。

 

「コレを平べったくすればいいのね」

 

 他にも麟児達から美味しい軍向けのレーション的なのの作り方(レシピ)も教わったりもした。食関係は国を豊かにさせる動力源だ……コレも東さんの入れ知恵らしい。と言うかボーダーが遠征した際に食関係を交渉のカードとして切ったことがあったらしい。

 

「空気は抜くんだっけか……まぁ、パンパンしておけばいいはずだ」

 

 そんなこんなでナツメグを手に入れる事が出来た。

 種の方は栽培しているのだが数年かかり、直ぐに使えるナツメグは横領した。100均で売ってるナツメグなので横領してもバレないだろうし、ナツメグは使い方を間違えればヤバい。信長のシェフでヤバい使い方をしていた。

 

「後は焼くだけね」

 

「焼き目がついたらひっくり返して水を入れて蒸し焼きだ」

 

「分かってるわよ、それぐらい」

 

 ルルベットの家でハンバーグを作る。

 100均程度のナツメグとはいえ横領しているのは事実、何処かで足が付いて面倒な事になるのは嫌だがハンバーグを食べたいという欲求には勝てなかった……色々と狂っている人間になっているが食に関する欲望はまだ平均的だ。

 卵とパン粉と塩と胡椒とナツメグを入れて、合い挽き肉を掻き混ぜてハンバーグの肉ダネを作りフライパンに投入して焼く。

 

「アシッド、ちゃんと火が通ってるか確認しておいて」

 

『了解です。マスター』

 

「いや、火が通ってるかどうか確認するなら串を1本刺せば」

 

「試作品ならいいけど、あんた達も食うんだから生焼けはごめんよ。ちゃんとした料理を出さないと」

 

 ハンバーグがちゃんと作れているかどうか確認する為に、レプリカサイズで戦闘機をそのまま獣型にしたような機械的に見えて犬っぽい感じな外見のトリオン兵、トロポイの自律トリオン兵の1体でルルベットを補助したりパワーアップさせる為に作られたアシッドを使う。

 かなり勿体無い事をしている。フィラの使わない分のトリオンを用いているのでトリオンの問題は解決しているが……無駄だ。

 

『マスター、全体に火が通ったようです』

 

「そう……コレで合ってるの?ソースは?」

 

「あったほうが美味しいが、今は純粋にハンバーグを楽しみたい」

 

 ハンバーグを皿に移す。

 見た目はちゃんとしたハンバーグ……ちゃんとしたハンバーグだが味の記憶は薄れていっている。

 

「照り焼きソースはないのですか?」

 

「照り焼きもいいが普通のハンバーグを」

 

「チーズ」

 

「チーズの作り方は怪しいから、そもそもでチーズが無い」

 

 銀の匙で見たぐらいで詳しい作り方は知らん。

 出来たハンバーグを並べれば葵は照り焼きソースを要求する。リーナはチーズハンバーグを食いたいと要求する。

 暑くもなければ寒くもないイアドリフでチーズを作るならば専用の工房が必要になる筈だ。

 

 香ばしい匂いがするハンバーグ、俺と葵は手を合わせていただきますと言う。

 ナイフとフォークを使って綺麗にハンバーグを切ると肉汁が溢れ出す。鉄皿だったらジュワと言っていただろうか?

 

「……………………」

 

 ハンバーグを口に入れる。

 久しぶりのハンバーグだ……久しぶりのハンバーグなんだ。

 

「美味しい、美味しいよ!ジョン!」

 

 ミートボールやキッシュと異なる、と言うかナツメグの味が初体験なフィラは笑みを浮かべる。

 ルルベットは結構イケると満足げに食べている。

 

「久しぶりのハンバーグ……美味しいですね」

 

「日本のhamburgerってこんな感じなのね……相変わらずご飯が美味しい国だわ」

 

 葵とリーナも割と満足している。

 ちゃんとしたと言えるかどうかは分からないがハンバーグは久しぶりだ。ちゃんとした日本食……ハンバーグって何処の国の料理なんだ?色々と発展し過ぎてて分からねえな。

 

「ああ…………違うな…………」

 

「……違う?なにが違うの?」

 

「気にするな、美味しいハンバーグだ」

 

 大好物のハンバーグである事には変わりはない。

 気にするなとルルベットに言うのだが俺が出来たハンバーグに対して不満を抱いている事が分かるのか、ルルベットはムスッとしている。

 

「文句があるなら言いなさ……ジョン……」

 

「泣いているのですか!?」

 

 ムスッとした顔のルルベットが文句を聞く姿勢に入ろうとするのだが黙る。なんで黙るんだと思っていると葵は驚く。

 

 何事かと思い目元に触れると涙を流している自分が居た。

 

「ああ……クソっ……」

 

 感情は殺すしかない。平静を保たないといけない。

 

  俺は転生者で実年齢は二十歳を超えているんだから大人の心を持たないといけない……けどっ、けどっ……。

 

「そんなに感動したの?」

 

 大好物のハンバーグの味を久々に味わう事が出来て嬉し泣きをしているとリーナは勘違いをしている。

 俺は無言のまま首を横に振るとリーナ達は心配をする。心配させちゃいけない、俺がしっかりとしておかないといけない。

 リーナと葵に自分に依存してもらう様に仕向けたのは生き残る為なんだ。黒トリガーを羅生門にしたのは生き残る為に悪の道を歩むと決めたからだ……だから、(こんなもの)は俺には不要だ……だけど──っ

 

母さんの味と少しだけ違うんだ

 

「…………そう」

 

美味しい、美味しいんだ。ルルベットと一緒に作ったハンバーグは。でも少しだけ味が違うんだよ

 

「……どんな味なの?なにか隠し味でもあるの?」

 

カレー粉を少しだけ入れていた。カレー粉は香辛料の塊だから便利だって言っていた

 

「かれぇこ?」

 

「カレーというターメリックをはじめとする様々な香辛料で肉、ジャガイモ、人参、玉ねぎ等を煮込んだ料理といったところです」

 

 ルルベットはどんな味なのか聞いてくる。カレー粉がどんな物か分からないので葵が説明する。

 隠し味にカレー粉を入れていると覚えている。カレー粉は色々な香辛料が入ったもので、ハンバーグの味を良くする。

 

「…………来なくていい」

 

 椅子から立って俺の元に駆け寄ろうとする葵、リーナ、ルルベット。俺に対してなにかをしてくれるのだろうがそんなのはいい。

 

 涙を見せるのは弱い証だ。弱い奴は簡単に死んでいくのがこちらの世界だ。泣きながらでも前に進む……(これ)が俺の弱さだとするならば拒まないといけない。葛葉紘汰の様に弱さを受け入れることは出来ない。駆紋戒斗の様に強さを求めないといけない。

 

「昔……ルルベットの家にはじめて来た時も似たような事があったわね……」

 

 涙を流して感傷に浸る俺に対してリーナは言葉を投げかけない。ただ過去を懐かしむだけ……そう、それでいいんだ。

 

 人として大きく狂ってしまうがそれでいい、余計な情けは持ってはいけない事だ。

 俺は涙が出なくなるまで涙を流す。誰かがその涙を拭う事は無い……泣いていたって意味が無い、この涙は受け入れることは出来ないものだ。

 

「久しぶりに泣いたな……葵、悪いな。みっともないところを見せてしまって」

 

 流せるだけ涙を流し終えた。気持ちが少しだけスッキリとしたので一先ずは葵に謝る。

 リーナやルルベットの前で泣いた事はあったりしたが、葵の前では泣いたことがなかった。弱さを見せてはいけないとか色々と思っている。俺に依存してもらっている葵に弱さを見せれば葵もおかしくなる。だから俺は葵やリーナの前では強くないといけない。

 

「いいえ……ジョンも本当は普通の人間なんだと分かったから構いません」

 

「普通の人間か……いや、多分違う」

 

 転生者である時点で普通の人間じゃない。

 

 仮に転生者だとしても、前世があるとしても俺は色々とおかしい狂った人間だ。

 生き残る為に悪の道を歩もうとし、心を完全に壊さない為に自己満足のエゴに走りリーナと葵を依存させている。

 

 例え転生者だとしても、生き残るには強くならなければならない世界に居たとしても、こうなるのはおかしい……リーナと葵で狂わない様にしていたがどうやら最初から狂っていたみたいだ。

 

「ジョンのお父さんってどんな人?」

 

「っ、フィラ!!」

 

「怒るな、ルルベット」

 

 流せるだけ涙を流し心が落ち着き食事を終えるとフィラが俺について聞いてくる。

 ついさっき家族の事を思い出して我慢したりしてたものが色々と崩壊したりしたのでルルベットは触れてはいけないと怒るが今は気持ちが落ち着いている。頭のスイッチを無想状態に切り替える。

 

「どうしてそんな事を聞こうと思ったのですか?」

 

 触れてはいけないと思っている事なので葵は急にフィラが聞いてきた事を疑問を投げかける。

 

「僕のお父さんとお母さんは僕が生まれてすぐに死んじゃった。お父さんとお母さんは僕に愛情をいっぱい注ぎ込んでくれたってルルベットは教えてくれて、ルルベットは僕に愛情をいっぱい注ぎ込んでくれた。勉強を学ぶ機関に入れてくれた、美味しいごはんを作ってくれた。たまには喧嘩をしたりするけどルルベットは僕のお姉ちゃんでお母さん……だからお父さんがどんなものなのか知らないんだ」

 

「……厳格で真面目な人だ。感情で動かない様にしていて感情論は好まない人だと思う……けど、父親としては頑張ってる。父親としてのコミュニケーションは少なかったけど」

 

「……ルミエみたいな奴?」

 

 どんな人なのか語ればルルベットはルミエを出すので首を横に振る。

 

「いや、あいつは正真正銘の外道だから。そこまで合理的主義者じゃない、厳しくて顔が怖い人だ……最初に生まれたのが姉で、次に生まれたのが俺で、最後に生まれたのが妹で、俺が男だから無意識に厳しかったのかもしれない。市役所の職員として毎日頑張ってる。休みの日は母さんと一緒に買い物に行ったりしてるし、進研ゼミもやらせてくれたりしてる……なんで結婚出来たかどうかは謎だけど」

 

「謎なんだ……」

 

「ああ、謎だ」

 

 ホントになんで結婚出来たかどうかは謎なんだ。

 

「苦手だったの?」

 

「最初は怖かったけど慣れれば楽だ。苦手意識も無くなった……見た目や言動は怖いけど、ちゃんとしたお父さんだった」

 

 俺が転生者で普通の子供とは違うところがあると認識してた事もあったが、人より少しだけ賢い子供だと認識してたぐらいだ。

 フィラが俺の父さんに関して聞いてきたので答えるとお父さんってそんなもんなんだなと認識してリーナや葵に視線を向ける。リーナや葵の親について聞きたいのだろう。

 

「悪いけど、教えるつもりはないわ。それを奪ったあんた達には」

 

「……私は父と居る時間よりも母や爺やと一緒にいる時間が多くて父親としてはあまり……けど、立派な人でした」

 

 リーナは語る事を拒み、葵は語る事は少なかった。

 何処の家庭も色々と複雑な事情が入りくんでいるんか。ていうか葵、爺やって言ってたけど金持ちなのか。

 

「お母さんやお姉ちゃんは優しくて、お父さんとお兄ちゃんは強いんだね」

 

「かもしれないな…………姉ちゃん……いや、姉さんと知世はどうしてるんだろうか」

 

 近界民関係で被害にあってなければ姉さんは23歳,父さんの事だから大学には行かせてるだろう。

 ちゃんとしたOLになってるのだろうか?……出来ればボーダーと関わり合いを持たないでほしい。

 

「……」

 

 懐の中に入れている懐中時計を取り出す。

 懐中時計はハマグリの様にパカっと開く蓋がついているタイプの懐中時計で、家族の写真が入っている。フィラやルルベットが覗き込もうとするので直ぐに懐中時計の蓋を閉める。

 

「覗き込もうとするな」

 

「ごめん、なさい」

 

 コレを見せていいのは葵とリーナだけ……2人にも見せることは正直な話、嫌だ。

 2人にあえて見せることで色々と思わせるようにしている。

 

「…………上はいったいどうするつもりなんだろう」

 

 ボーダーが出来たことをイアドリフは知った。

 ルミエに代わり外務関係を担当しているシャーリーは温厚で友好的な人間、考えが足りないといえばその通りだがそれでも友好的な近界民だ……俺は向こうの世界に行くことについては考えていない。覆水盆に返らず、本来の道筋から離れてしまっており、超えてはいけない一線をとっくの昔に超えている。ボーダーは近界民を排除する派閥が多いので玉狛支部との同盟が限界だ……だから麟児が考えた作戦で無理矢理和親条約的なのを結ぶしかない……イアドリフが向こうの世界に行くかどうか……仮に行くとしたら葵や俺を悲劇のヒロインとして使わないといけない。俺はそれはごめんだな。




 カバー裏風紹介


 お姉ちゃんでありお母さん ルルベット

 幼くして父と母と姉と義兄を無くし残された甥っ子を姉として母として育てている立派な女の子。ジョンが数少ない少しだけ心を開いている人物
 家事万能で比較的に話が通じたり容姿端麗で非の打ち所が無いように見えるが、戦闘力は普通に戦えば米屋より上くらい。自分の為にと作られたトリオン兵であるアシッドを使った戦闘を用いてパワーアップを測るのだが中々にパワーアップが出来ない努力家だが努力が実を結びづらい。
 ジョンに対して好意を寄せているがジョンが一線を敷いており本名を一切教えるつもりはないと心を完全に開いていないのを知っているので心の何処かで諦めているがそれでもと思っているGカップのいい女、ジョンとはタメである

 容姿はテイルズオブベルセリアのベルベット

 尚、ジョンの父親の容姿は八軒数正である。


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44話(現段階の設定)

とりあえず勢いとノリに身を任せてなにも考えてません。感想お待ちしております


 

 イアドリフ

 

 特定の周回軌道を持たない乱星国家の1つ。

 王族が頂点に居てその下に防衛大臣的なのとかが居る日本とは似ているが異なる国のシステムで幾つか街があって国の首都があるナーロッパ的な感じで、平地が多く生きる為の食の資源には困っておらず気温は17〜24℃ぐらいの住み心地の良い国。

 

 特にコレと言った特徴が無い国で特定の周回軌道を持たない乱星国家の為に従属させるのが難しい。

 知ってる人は知っているという国で襲う価値は少ないがジョン達が拐われる数年前にアフトクラトル程とは言わないがかなり大きな国に大規模な侵攻を受けて25過ぎのベテラン以上の世代の多くが戦死し当時あった1本の黒トリガーが奪われるなど色々と不幸が起きたがなんとか敵国の周回軌道から離れる事が出来て生き残った。

 

 大規模な侵攻の後に生き残った王族や若い世代が国が他国の脅威を退ける為には国を豊かに発展させて強くする嘗ての日本の明治政府が掲げた富国強兵に近いものを掲げ政策をシフトチェンジ。若い世代の意見を多く取りこむだけでなく、基本的に奴隷として扱うジョン達地球人に上に上がる事が出来る機会(チャンス)を与えたりしている。

 

 富国強兵の思想を掲げ若い世代の意見を取り組んだりした結果、他国と貿易を出来るぐらいには豊かになった。

 ジョンは生き残る為に成り上がる為に持っていた知識や知恵を悪用し緊急脱出機能等を搭載したり訓練方法を変えたりしたので、他所の国からは凄まじい技術力や黒トリガー等は無いが無駄に兵の戦闘能力が高くて緊急脱出機能がある為に捕らえにくい襲うよりも貿易を行った方がいいクソ田舎と見られる傾向が多い。

 

 ジョンが漫画で出てきた記憶と僅かな知識を振り絞り電気と電球を手に入れて水力発電所が作られた。電球のおかげで明かりを灯すのに使うトリオンを別の事に回す事が出来ている。現在イアドリフの7割ほどの民家等が明かりを灯すのにトリオンを使うのでなく電気を使うシステムに切り替わっており、麟児達が持ち込んだ電気工学関係の本のおかげで洗濯機や冷蔵庫などが試作段階で徐々に徐々に作られていく予定。

 

 食う為の資源には困ってないので自ら侵攻したり遠征したりはそんなにない、兵士を拐おうと考えてるトリオン兵との戦闘を行う防衛任務が多い。

 トリオンに余裕を持たせる事が出来たのとジョンが色々と提案してきたのと麟児達が電気工学関連の本や香辛料等の種を持ってきたのでクソ田舎でありながら昭和以降の日本の如く一気に発展途上国になろうとしている。

 

 ガロプラ以降に大きな侵攻が1回かあり、イアドリフのトリガーは緊急脱出機能が標準装備されている事がバレていたのでトリガーをハッキングし強制的に停止させて生身の肉体に戻して最低でも数分間トリガーを使えなくするという技術を持った厄介な国が攻めてきて戦死したり拐われたりし、クーデターを企んでたりして黒トリガーになる様に処刑されたりと色々とあって最終的には拐われた人間でイアドリフで生き残ったのはジョンとリーナと葵だけになった。

 

 

「生きる為の悪だから羅生門」

 

 ジョン・万次郎虹村勝利(にじむらかつとし)

 

 年齢 19歳

 

 誕生日 6月19日

 

 身長 188cm

 

 血液型 A型

 

 星座 うさぎ座

 

 職業 ?

 

 好きなもの 明石焼き ハンバーグ 漫画 ライトノベル カードゲーム ゲーム 

 

 得意科目 日本史 世界史 学校に通っていれば学力は東のちょっと下、文化系寄りで東と同じぐらい賢い 現在は太一レベル

 

 モテ具合は風間の1つ下

 

 FAMILY

 

 父 母 姉 妹

 

 トリオン 11

 攻撃 15

 防御・支援 10

 機動 10

 技術 12,5

 射程 7

 指揮 7

 特殊戦術 8

 

 TOTAL 68

 

 容姿 家庭教師ヒットマンREBORNの雲雀恭弥に似ているが髪の毛を伸ばしているので(フォン)に近い。

 

 サイドエフェクト

 

 闘志

 

 他人の強さ等がジョンの知っている歴史上の偉人や神話の生物、動物、神様などになって見える。

 カメレオン等の透明化のトリガーを使っても見えており、闘志がブレたりしたら嘘をついている等が分かる。

 

 説明

 

 なんでかは分からないがワールドトリガーの世界に似た世界に転生した転生者で本作の主人公。

 前世の記憶をハッキリと覚えており、転生して間もない頃は前世の家族や友人の事を引きずっていたがなんとか振り切り今生を謳歌しようとしていた第二の小学生生活を送っており下校時にイアドリフに拐われた。成績はかなり高いが努力しての成績で、縦の知識よりも雑学や小ネタ等の横の知識の方が広い努力できる秀才に近いタイプ。Fateに嵌ってたので歴史や伝承、神話系は割と強い。

 

 イアドリフに拐われた際には死を覚悟して怯えたりしており、ルミエが最初に出した剣1本を使っての戦闘訓練でリーナと手を組んで1位に生き残り、リーナに対して色々と心残りがあったのでリーナを女を要求する名目で手を差し伸べるが、なにかと理不尽が多いイアドリフ、近界(ネイバーフッド)で本当に絶対に越えてはいけない一線を越えて狂っておかしくならない様にリーナと葵に共依存の関係を築き上げる。本名は使わず、ジョン・万次郎と名乗っているが偽名だと認識しており本名は一度も忘れていない。

 

 外務関係を担当しているルミエがイアドリフの富国強兵の為に地球人に色々と機会(チャンス)を与えられ、前世で読んだDr.STONEに出てきた鉄に雷をぶつけて強力な磁石を作りそこから電気を発電する発電機と明かりを灯すのに使う電球を開発した。

 成り上がる事が出来れば生活が快適になり生き残る事が出来ると原作知識を悪用し、未来で生まれる緊急脱出(ベイルアウト)機能をボーダーよりも早くにイアドリフで実装し、兵隊が死亡する死亡率を限りなく0に減らした。戦場で人の死を目の当たりにしたり実際に人を殺したり色々と越えてはならない一線を越え続けた結果、サイドエフェクトの闘志に目覚める。

 

 近界民の世界の文字等を覚えたり、畑を耕したり、拐われた際に持っていた英語の教科書と国語の教科書と前世の記憶だけを頼りにリーナに日本語を教えたり、イアドリフへの入国審査などをしているが基本的には殆どの時間を戦闘訓練に積んでおり漫画で出てきた技やボーダー隊員の技術を会得している。

 管槍、剣、拳銃、突撃銃、狙撃銃、徒手空拳と全距離で戦え、煙玉や爆弾の投擲などの搦手も使えるがトリオン操作は下手な方で努力が実を結んでいるタイプ。同世代どころか近界(ネイバーフッド)でも滅多に見ないレベルの実力者になったがヴィザにはまだ届かないと分かっており慢心しない。ヴィザ以下、忍田本部長以上ぐらいで後10年もすれば剣1本、同じトリガー同士でならばヴィザに勝てるぐらいの実力になる。

 

 ガロプラの侵攻の際にルミエの最後の賭けだと黒トリガーを託される。

 ガロプラの侵攻後はイアドリフ待望の黒トリガー使いになるかに思われたが黒トリガーである羅生門(サハスラブジャ)が長時間の戦闘に向いていないので緊急時以外は通常トリガーである幻夢(ガメオベラ)で戦う。

 

 普通は越えてはならない一線をとっくの昔に越えており、狂っていることは自覚している。

 本当にヤバい一線を越えない様にリーナや葵に依存して安定している。

 

 イアドリフが地球やボーダーに対してどう出るかは知らないが和親条約的なのを結ぶならば麟児が考えた案を使い交渉権を握るつもり。

 常に家族の写真が入った懐中時計を持っており、家族に会ってもいいものなのかと悩んでいる。

 

 通常時使用トリガー 幻夢(ガメオベラ)

 

 トリオンを貯蓄するシステムを応用して事前にトリオン能力10のトリオン体を幾つも用意しておき、戦闘体が破壊されても直ぐに次のトリオン体で戦える仮面ライダーゲンムのコンティニュー機能から着想を得ている。

 

 トリオン体は使い捨てで破壊すれば再構築するのに暫く時間が掛かるのだが幻夢のおかげで倒されても次のトリオン体に換装して倒すという遊真の一度しか使えない黒トリから普段のトリオン体に切り替わる戦術に似た戦術も使える。

 

 トリオン操作自体は下手な方なので管槍、剣、威力よりも弾数に振った突撃銃、威力と弾速に振った拳銃、トリオン体とは別枠で貯蓄したトリオンで出来た煙玉と爆弾、テレポート機能等色々とトリオン操作が関係していない技術を用いる。強い手や弱い手を組み合わせてテクニックで戦うタイプ。最大128までライフを作れる。

 

 黒トリガー 羅生門(サハスラブジャ)

 

 触覚を持った触手を生やしたり操ったり与えたりする黒トリガー。

 毛に触覚を与えて触手にして伸ばしたりしてトリコのサニーやボボボーボ・ボーボボのボーボボの様に髪の毛や鼻毛を操るかの様に戦う。毛の太さによって強度が変わるが、太さ0,1mmの毛1本でも300kgのものまで持ち上げれる

 

 触覚を持った触手を操っているので第3、第4どころか数百本の腕の感覚があり両方の手を使うのがやっとな人間では扱うのには神経を使う為にジョン以外に適合したルルベットは扱いきれず、ジョンの物になり、長時間の戦闘に向いていない欠点があるがそれを除けばかなり強い方に部類される黒トリガー。この黒トリガーを使いこなす為にジョンは無想を会得した。普通に腕を4本生やしてアシュラマンごっこを何回かやった。

 

 生き残る為に悪の道を歩むから羅生門と書いて手を生やす事が出来るの能力なのでサハスラブジャにした。サハスラブジャはググってね。

 

 ジョンが使える技(一部)

 

 ウスバカゲロウ(旋空弧月)

 ウスバカゲロウ改(生駒旋空)

 クイックドロウ

 富嶽鉄槌割り

 富嶽鉄槌割り 円錐

 胴田貫

 双龍閃・雷

 牙突 壱式 弐式 参式 四式

 受・崩・殺・龍尾三匹

 無想

 飛雷神斬り

 OLAP

 ビッグベンエッジ

 無拍子

 山突き

 

 

 アイ・アム転生者 ジョン・万次郎

 

 なんでか分からないが転生していた転生者。転生前の事で色々と葛藤してたが振り切ったところで拉致られた。

 転生者らしく原作キャラ救済等を考えておらず生き残る為に悪の道を走ろうとする可哀想な男。巨乳美女にモテるが殆どの人に心を開いていない。親は市役所の職員で、横の知識が広くて転生者である以外は極々普通の人だった。生駒達人の事を羨ましいと思っている。

 

 リーナ(愛称)アンジェリーナ・シールズ

 

 年齢 17歳

 

 誕生日 8月2日

 

 身長 167cm Gカップ

 

 血液型 AB型

 

 星座 ぺんぎん座

 

 好きなもの ミートパイ 肉 ジョン・万次郎 日本の創作物 ギター

 

 得意科目 特に無し(大体全科目出来る)学校に通っていれば鬼怒田と同じぐらいの成績の良さで村上ぐらいの体育会系、現在は米屋よりちょっと下の位置の体育会系

 

 モテ具合は烏丸の1つ上

 

 FAMILY

 

 父 母

 

 PARAMETER ()は貯蓄したトリオンを用いた専用トリガー使用時のもの

 

 トリオン 15(?)

 攻撃 12(22)

 防御・支援 8(6)

 機動 9(15)

 技術 10(10)

 射程 5(8)

 指揮 5(2)

 特殊戦術 3(1)

 

 TOTAL 67 専用トリガー使用時(トリオンを除いて)64

 

 

 

 アメリカ出身の女の子、父親がなんの仕事をしているかは分からないジョンと同じ時期に拐われた。

 拉致られた当初は怯えており英語が通じなかったりなにも分からなかったで自分と年頃が近い少しだけ英語が話せたジョンと会話し、最初の戦闘訓練でジョンに利用された後、ジョンの自己満足のエゴで救われる。

 

 ジョンに自身を依存する様に仕向けられており、その事に関しては察しているがそれでもジョンと一緒に居たい、居なければまともに生きられないと自覚している。

 

 戦闘関係は基本的になにやらせても上手でトリオン操作は特に上手く、トリオン能力もズバ抜けている。

 基本的にはトリオンが物を言う【ミラージュ】を使って戦うが、【カゲロウ】も持っており一応はヒュースレベルの剣の腕を持っている。

 

 ルルベットの作ったキッシュが母の作ったミートパイと似た味で涙を流しルルベット達一部の人には心を開いているがジョンが本名を教えない限りは教えないつもりである。

 

 ジョンが持っていた英語の教科書と国語の教科書とジョンの拙い英語だけで日本語を会得するとかなり賢いがチマチマしたのが苦手な大艦巨砲主義なところがある。

 

 人を撃ったり斬ったりする事には躊躇いはなく既に何回か人を殺しており、その度に泣いたり吐いたりしておりジョンに懺悔したりしジョンは俺「大丈夫。俺もだ」と同族が居ることで大丈夫だと思わせ依存させている。 

 

 料理は出来ないが掃除は出来る。

 

【ミラージュ】と【カゲロウ】を使っての戦闘では小南相手に6:4で負けるが専用のトリガーを使えば全武装(フルアームズ)状態のレイジやガイストを起動した烏丸、小南を相手に勝つことが出来る。

 政治関係等はジョンに任せており、色々と諦めているところがある。

 

 

 専用トリガー ???

 

 ジョンが提案した武器に変化するトロポイの自律トリオン兵をベースとしたトリオン兵であるデッカーとメイルバーを用いての戦闘スタイル。

 ジョンがその今生では見た覚えは無いが前世で見た記憶はある、とあるものが元になっており、葵の使わない貯蓄したトリオンを貯使っている。現状リーナにしか使いこなせない。全武装(フルアームズ)に似ているとのこと。

 

 

 大体なんでも上手なアメリカン リーナ(愛称)

 

 アメリカから拐われた女の子。とっても可愛いからとっても綺麗に成長した。

 外国の血は半端じゃないGカップの持ち主だが女子力は掃除ぐらいしか出来なくて馬鹿舌に近かったがジョンとの生活で普通の味覚になった。

 日本に行けるならば寿司を食べてみたいがイアドリフで生魚なんて食えばどうなるか分からないので食べれない。魚派に見えて肉派である。

 

 水無月葵(みなづきあおい)

 

 年齢 15歳

 

 誕生日 4月13日

 

 身長 162cm Fカップ

 

 血液型 AB型

 

 星座 はやぶさ座

 

 職業 ?

 

 好きなもの うなぎの蒲焼き ミルクティー ジョン・万次郎

 

 得意科目 数学 外国語 学校に通っていれば宇佐美と綾辻の間ぐらい 現在は太刀川と同じぐらいの学力

 

 モテ具合は嵐山と二宮の間くらい

 

 FAMILY

 

 祖父 祖母 父 母

 

 トリオン 12

 機器操作 10

 情報分析 8

 並列処理 9

 戦術 3

 指揮 5

 

 TOTAL 47

 

 リーナやジョンが拐われて数年が経過し、第一次大規模侵攻が起きる少し前に拐われた女の子。

 学校はエスカレーター式のお嬢様学校に通っていた。滅茶苦茶高い学習塾の帰り道、自転車を漕いでいるところを襲撃された。

 

 ジョン達が行った戦闘訓練を行うのだが鳩原未来同様に人が撃てない、斬れない、罪悪感で罠が仕掛けられない等の致命的な欠点を抱えておりオペレーターが必要だと思っていたジョンがオペレーターに回してオペレーターになるように訓練させられる。

 トリオン豊富で部屋で使う分のトリオンを使っても結構余るので自身を守り武器に変化する自律トリオン兵のデッカー、メイルバー、サイバーにトリオンを回している。

 

 料理が一応は出来るのでジョンと一緒に料理を作ったりしている。

 ジョンの事を外道だなんだと色々と思い依存している事も自覚しているが生き残る為にはジョンが居ないといけない、頼れるのはジョンだけだと思って依存して離れようとはしない。

 

 まだ人は殺したことはないが人が死ぬのは見たことある。

 

 ボーダーの存在を知り、もしかしたら帰れるんじゃないかと思っているがその場合は色々と覚悟を決めないといけない。

 本人に特になにか効果が起きているわけではないのでそんなに自覚はないがサイドエフェクトを無効化するサイドエフェクトを持っている。

 

 サイドエフェクト

 

 サイドエフェクト無効化体質。

 

 相手が居て発動するタイプのサイドエフェクトが効かない体質。

 迅の予知、遊真の嘘を見抜く、影浦の感情受信、天羽の色を見る、ジョンの闘志を見るサイドエフェクトに引っかからない。

 

 知性の青 あおい

 

 裕福とかいうレベルじゃないぐらいに大金持ちの家系、いいとこ育ちであるが家の教育方針で一般庶民的な事を知れと言われてたりしてた。

 戦闘の才能は皆無に等しく人が斬れない撃てない等はあるが、それでも生き抜く為に知性を磨いて普通のエンジニアぐらいには知識を身に着けた。メイルバー、デッカー、サイバーの図案に不満を抱いておりペガサスとかの方が良かったとたまに文句を言う。

 

 メイルバー

 

 トロポイの自律トリオン兵をベースに作り上げた葵の余っているトリオンを注ぎ込んでいるトリオン兵。

 青色のワイバーンの様な見た目をしており口が悪い。リーナの武器になり普段はレプリカサイズだが戦闘時は大きくなって人を乗せる事が多い。

 

 デッカー

 

 トロポイの自律トリオン兵をベースに作り上げた葵の余っているトリオンを注ぎ込んでいるトリオン兵

 黒色の鰐の様な見た目をしており優しい性格をしている。普段はレプリカサイズだが有事の際にはトラックぐらいの大きさになりリーナの武器になる。

 

 サイバー

 

 トロポイの自律トリオン兵をベースに作り上げた葵の余っているトリオンを注ぎ込んでいるトリオン兵。竜人の見た目をしており滅多な事では喋らない。

 戦えない葵の代わりに有事の際に戦っているデッカーとメイルバーの代わりに葵を守る役目を担っており、一応はレグリットとリーナの武器になる。

 

 

 ルルベット

 

 年齢 19歳

 

 誕生日 ?

 

 身長 170cm Gカップ

 

 血液型 ?

 

 星座 ?

 

 職業 軍人

 

 好きなもの キッシュ 甥っ子(フィラ) 

 

 幼くして父と母と姉と義兄を無くし残された甥っ子を姉として母として育てている立派な女の子。

 ジョン達が数少ない少しだけ心を開いている人物。米屋よりちょっと上くらいの強さ。

 

 アシッド

 

 ルルベットの甥っ子であるフィラの余っているトリオンを注ぎ込んで出来たトリオン兵。ルルベットに忠実でどんな命令も聞くが良識はある。

 

 ルルベットの武器になるにはなるのだが肝心のルルベットが使いこなすことが出来ていない。ジョンとリーナは使いこなせる。

 

 ルルベットの為に作られた形態変化(カンビオフォルマ)とは別にトリガーを強制的に停止させて生身の肉体に戻しトリガーをバグらせて起動する事が出来なくなる手錠に変形する形態変化(カンビオフォルマ)を持っており、ジョンが稀に使う。

 

 レグリット

 

 年齢 27歳

 

 誕生日 ?

 

 身長 172cm Hカップ

 

 血液型 ?

 

 星座 ?

 

 職業 軍人

 

 好きなもの ミートオムレツ 玄界風の食事

 

 主に王族や重鎮の子息に色々と教えている教官。

 トリオン操作技術をはじめとする様々な戦闘が可能で武器に形態変化するトリオン兵を持っている。

 ボーダーで言うところの完璧万能手は余裕なれる。多分、全部のトリガー、マスタークラスレベルに使いこなせる。レイジぐらいの実力者でジョンに対して色々と正当な評価をくだしており悪くはないなとは思っている。

 ジョン達が拐われる少し前に起きた大きな侵攻で色々と人が拐われたりしたので教え子は守ると決めている。ジョンやリーナは磨けば光るセンスを持っているので色々と教えようかと考えていた事もあったがジョン達が心を開いていないので教えるのを諦めた。ルミエの死後はシャーリーの補佐的なのもしている。ジョンが作っている食事を結構気に入って何度か食べに来ている。

 

 容姿はテイルズオブジアビスのリグレット似

 

 シャーリー・フダディ

 

 年齢 22歳

 

 誕生日 ?

 

 身長 167cm Gカップ

 

 血液型 ?

 

 星座 ?

 

 職業 外交官?

 

 

 王族のフダディ家の一人娘。王位継承権は下から数えて直ぐで王位には興味は無い。

 イアドリフは比較的に穏健な国で他所の国と戦争するつもりはない温和な国で玄界から人を拐う事に疑問を抱いている。

 

 ジョンから色々と日本の話を聞いて何時かは日本に行ってみたいが、ルミエから「玄界(ミデン)でオレ達の存在がバレたら袋叩き、玄界(ミデン)人総出で殺しに来たらどうするつもりだ?少しはものを考えてくださいよ」等と言われていた。

 ルミエの死後はルミエに代わって外交関係を色々としているが色々と甘い部分があるので誰かが補助しなければならずレグリットが補助したりしている。ボーダーの存在を知って向こうの世界と交渉する事は出来ないのかを考えている。

 実力的には熊谷よりちょっと上、マスタークラス届くか届かないぐらいの実力でジョンが持っている管槍に魅了されており、剣ではなく管槍を使う。トリオン能力は低い。

 

 容姿はテイルズオブゼスティリアのアリーシャ似

 

 ルミエ

 

  年齢 享年29歳

 

 誕生日 ?

 

 身長 182cm

 

 血液型 ?

 

 星座 ?

 

 職業 外交官?

 

 イアドリフの外交関係を担当している偉い人、ジョン達を拐おうと考えたある意味諸悪の根源で合理的主義なところがある。

 ジョン達奴隷から使える人材は居ないのか探したりジョンから色々と情報を聞き出したりジョンを相手に色々とやっておりリーナとジョンは嫌っている。ヴィザを倒すのと生身の肉体で瀕死に近い重症を負ったので覚悟を決めて黒トリガー、羅生門(サハスラブジャ)になった。唯一ジョンから、ジョンの口から名前を聞き出せたが仮に生き延びる事が出来たとしても誰にも言うつもりはなかった。

 

 容姿はナハト・ファウスト




設定書いたらスゲエ楽しくなったよ……たまにハーメルンで設定だけ出したりする人が居るけれども、気持ちがわかる


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45話

設定を書いたから筆がサクサク進むぜぇ!


 

「中々に難しいな〜」

 

「実験場でやってくれないか?」

 

「いやいやいや、実験も良いけども実戦も大事なんだよ!机上の空論を100並べるよりも1の実践の方が正しいんだ!!」

 

 俺や葵、リーナは畑を耕している。

 イアドリフの貿易等で使っておりそれに見合っているかどうかは分からないが耕した作物を買い取ってもらっている。主にジャポニカ米等を栽培している。麟児達が持ってきた香辛料等はちゃんとした農家で栽培している。俺が農家もどきをやっているのはあくまでも金を稼ぐ為である。後、ジャポニカ米の白米を食ってないとストレスが溜まる。

 

「光線系を撃つ様に出来ていねえって、それは雑草じゃねえよ!」

 

「めんごめんご!……う〜ん、1家に1台あればいいんだけどね……」

 

 そんな農地にスパルカがやって来た。

 なにしに来たかと思えばトリオン兵を出現させた。

 

「こういう長年の勘的なのはやっぱりトリオン兵じゃ再現不可能……いやでも自律トリオン兵が作れるから理論上は不可能じゃないはず」

 

 トリオン兵は……栽培している野菜の水やりや田んぼの雑草を抜いたりしている。

 スパルカはトロポイの自律トリオン兵をベースにしているかどうかは不明だが、農業を目的としたトリオン兵を開発している。

 トリオン体で農業をすれば足腰を痛めるというデメリットを回避する事が出来る。農業において1番のデメリットと言うか苦痛は暑い足腰が痛い等の肉体的疲労でトリオン体は肉体的疲労を無くす。他の国はどうかは知らないがベンチプレスで50kgぐらいしか持ち上げられない低燃費のトリオン体を用いてイアドリフでは農業を行っている。

 

「農業用のトリオン体に回すトリオンはトリオン能力1の人間でもイケる。トリオンを動力として動くトリオン兵はコストパフォーマンスが悪い筈だ」

 

「うん。私もそう思うよ」

 

「じゃあ、なんで作ってるんだよ?」

 

「外交関係に使える物じゃないかって……ああ、そうだった!!」

 

 農業用のトリオン兵ならば他所の国でも簡単に作れそうな気がする……エンジニア関係はちんぷんかんぷんなので実際のところはどうかは知らないが。外交関係使える物とは言っているものの、生身の肉体でなくトリオン体を用いての農業の時点で充分だ。充分なんだ。

 

 無駄な事なのと人の農地を荒らされるのは色々と心が痛いのでスパルカ、さっさと何処かに行かないかと思っているとスパルカはなにかを思い出す。

 

「シャーリー姫がジョンの事を呼んでたよ!」

 

「……そうか」

 

 地球に関して色々と興味津々のシャーリー。何度か俺が地球に関して色々と話せば行ってみたいと思っているらしい。

 くだらない理由で呼び出される事は多々あるので今回もまたなにか聞きたいのだろう……話相手になっているのだろうか?まぁ、奴隷である俺は逆らえばなにされるか分かったものじゃない。

 

「お屋敷じゃなくて基地に来てって……ああ、アオイとリーナは来なくてもいいって言ってたよ!」

 

「そうか……葵、リーナ、ちょっと基地に行ってくる!!後は任せてもいいよな?」

 

「はい、問題ありません」

 

「……なにをさせられるのかしら」

 

 葵達に農地を任せる。

 葵は大丈夫と言うが基地に行くという事は大抵ロクでもない事が待ち構えているのをリーナは知っているので心配そうな顔をする。

 ヴィザのジジイには叶わないがそれでもB級のマスタークラスぐらいならば相手にする事が出来るであろう実力の俺だからな……いや、そもそもでボーダーの実力が分からないので今自分がどれくらいなのか、トリオン以外のBBFで出てくるパラメータが分からない。

 

「失礼します」

 

 シャーリーからの呼び出しがあったので基地に向かう。

 基地の場所は知っているが行ったことが無い部屋に向かわなければならず、コレは一波乱がありそうだと部屋に入室するとシャーリーとレグリット、後は見たことが無い老人が居た…………老人の闘志は…………結構強いな、この爺さんは。

 

「ほぅ、彼がですか」

 

「ああ……10年ほど前に玄界(ミデン)から拐ったジョン・万次郎だ」

 

「どうもジョン・万次郎です……失礼ながら貴方は?」

 

「はじめまして、私はエンロウと言います。イアドリフの外交関係を務めているしがないジジイです」

 

「……こっちの業界は老人ほど恐ろしい存在は居ない」

 

 中々に強い闘志が見えるが、今の今まで防衛戦で顔を合わせた事は無い。

 外交関係を担当していると言っているということはかつてのルミエの同僚……あいつなんだかんだで外交関係で1番偉かった筈だから部下か。見た目は気さくなジジイだが、ヴィザのジジイ同様に老人は無駄に強いのがワートリ世界の法則なので油断できない。黒豹に乗るサー・アーネスト・メイソン・サトウが見える。

 

「ほっほっほ、私はたまたま生き残れただけ。トリオン能力なんてたったの4で、若い頃ですら5ですよ」

 

 トリオン能力=力だが絶対の法則ではない……が、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

「何故に自分をお呼びになったのでしょうか?イアドリフが他所の国を狙う代わりにイアドリフを襲わない締結でもしたのでしょうか?」

 

「そう身構えるな……お前達にとっては朗報だ」

 

 また厄介な事が起きるのかと覚悟を決めて要件を尋ねる。

 無意識の内に戦闘かと考えているのをレグリットに見抜かれてしまい、落ち着くように言われる。俺も精神方面は未熟か。しかし、朗報でお前達と言っている……なんだろう?

 

「イアドリフの星の軌道が玄界(ミデン)に向かっている」

 

「っ…………そうですか」

 

 レグリットから伝えられると衝撃が走るので頭のスイッチを無想状態に切り替える。

 イアドリフは数年に1回のペースで地球に近付くとは聞いたことがある。葵が拐われて約5年、そろそろ近付いてもなにもおかしくはない。

 

「……遠征して人を拐えと?」

 

「例年通りならばそうしていましたが、今回から少々事情が異なります……なんでも玄界(ミデン)にトリガーを使う組織が出来ていると」

 

「ジョン、私は玄界(ミデン)に向かおうと思っている。侵攻でなく和平の為に」

 

 シャーリーはそう言うと麟児達が持ってきた電子工学関係の書物のページをコピーした立体映像を映し出す。

 

玄界(ミデン)は資源や人材が豊富だ。ルミエはトリガー技術が渡りこちらの世界に遠征して襲撃してきて国を乗っ取られたりしたらどうする等と言っていた」

 

「ルミエ殿の言っていたことは間違いがありません。ジョン殿、貴方は向こうの世界育ちのようですが向こうの世界は広大ですか?」

 

「……直径12742kmの星に200ぐらいの国がある。総人口は70億を行くか行かないかで、俺の育った国は海に囲まれて船がないと他所の国に行くことは出来ない小さな極東の島国だ。それでも1億人以上の人間は居る」

 

「なるほど、確かに一致団結してトリガーを持たれたら困りますね」

 

 欲しいのは……向こうの世界に関する情報だろう。

 エンロウは向こうの世界の人口に驚きはするがルミエがトリガー技術を渡したりするなと言っていたことが正しかったのだと認識する。

 

「君が居た国に、トリガーを使う組織が出来ているようだ」

 

「その辺りについては色々と聞いておりますので説明は省いてくれても構いません」

 

「そうか」

 

「客観的でいい、和平交渉の様な事を出来ると思うか?」

 

 1からボーダーについて説明をしようとしているのだが既に色々と知っているので省いてもらう。

 レグリットは自身の視点から見て、イアドリフとボーダーは和平交渉的なのをすることが出来るかどうかを尋ねる。

 

「無理ですね」

 

「何故そう言える?」

 

「先ず、日本という国は80年ぐらい前に戦争に負けました。内陸続きではない外から侵入しにくい国で、他国と比べれば爆撃等は少ない国でそれ以降の戦争の記憶は薄れていく。過去に戦争があったと学校、勉学を学ぶ機関の歴史の授業で学んだりする程度で戦争等とは縁遠い国で、銃や刀などのトリオンでなく火薬を用いた兵器も厳しくて取り締まられている国で……平和ボケをしています」

 

「随分とハッキリと言いますね……そうでなければ困りますが」

 

「そんな中で約4年前に何処かの国が国の主要都市ではない街を狙い大規模な侵攻をして大きな爪痕を残した。イアドリフにやって来た情報提供者の1人はその国が襲ってきた際に弟が拐われたと言っていました。その国に家族を殺されたりした人も居て、その国でなく、こちらの世界の住人、近界民(ネイバー)に対して激しい憎悪を抱いている人が多くその組織に所属しているとも聞いています」

 

「戦争は生き残る為の戦い、善悪で区別をつけては…………いや、子供には無理か」

 

 襲ってきた国だけならまだ分かるが、近界民そのものに対して激しい憎悪を抱いている件に関してレグリットは色々と思う。

 漫画などでは悪の組織が私利私欲の為に戦争を行うのだが、戦争とは基本的には資源の奪い合い主な筈で戦争が間近にあった事はあったが50年はなにも無かった世代に戦争とはそういうものであるという認識をしろというのが無茶である。三輪秀次の姉を殺されて近界民に対して激しい憎悪を抱いている感情に関しては間違いと言えない。

 

「トリオン兵=近界民と思わせて他所の世界からの侵略者だと世間に認識させています……」

 

「む?気付かないのですか?」

 

 エンロウはトリオン兵=近界民で、近界民=人間である事に気づかない事を意外そうにする。

 それだけボーダーの印象操作が強いという事だ。

 

「……歴史関係の教授を努めている叔父辺りならばどうして戦争が起きるのか等を考えて世間一般に公表している近界民がロボットか何かで近界民は人間だと認識しているでしょう」

 

 冷静になって考えてみれば近界民が人である事に気付く。

 侵略するのには色々と理由があるものだ。勿論、世界征服なんてのもあれば豊かな土地が欲しい、そこでしか取れない貴重な資源が存在する、その土地が神聖な土地ととにかく色々とあって、じゃあ近界民はなんの為に此方に侵略する?となる。

 

 世界征服というのは色々と効率が悪かったりするし、普段から戦ってるトリオン兵の画像を見れば色々と考えれる。

 

 1つはああいう感じの人間、分かりやすく言えば宇宙人みたいなの。

 

 1つは害虫と認定される生物、もしくはドラゴン的なファンタジーな生物。

 

 1つは来ているのはロボットで、向こうの世界から送ってくる人間がいる。

 

 地球以外の別世界が存在していれば平穏になっている地球が侵攻をする事になる。ルミエはそれだけは危険だから避けていた。

 多分北朝鮮とかロシアとかに渡したりすれば条約とか結ばれてないから侵攻するとかするんだろう。

 

 そして叔父や父さんならばボーダーに近界民が居て戸籍偽造的な事をしている事も気付いているだろうな。二人とも色々と賢いし。

 

「賢明な方なのですね……ジョン殿、貴方の視点から見ても我々イアドリフと和平的なのを結ぶ事は出来ないと?」

 

「世間的に我々を悪、ボーダー(トリガーを使う組織)を善にしている。明確な善悪に分けて私達に対して敵対するつもりで居るようで、私達も私達で色々とやらかしている………俺がそのいい一例だろ」

 

 どんなに綺麗な言葉で取り見繕っても俺とリーナと葵を拐った罪は消えない。

 その事を言えばシャーリーは暗い表情になり、レグリットはフォローに入ろうとする。

 

玄界(ミデン)内でも戦争が起きた事が無かったというわけでもないのだろう。戦争を知っている間近に見ていた世代やそれを語り継いでいる世代が死ねば歴史に刻まれるだけになる。その中には拉致や拷問があったわけではない、多くの血が流れた筈だ」

 

 今は苦しむかもしれないが後の損得勘定を加えたりすれば和平的なのを出来るかもしれないのでは?と言うので首を横に振る。

 

「さっきも言ったが俺と葵の住んでいた国は海に囲まれた島国で他所の国に行くには空を飛ぶ船か海を渡る船に乗るしかない。資源は豊富で物の最低基準が高かったりするが海外との戦争は少ない国で内戦も100年以上起きていない……そんな国で内戦でなく他国との、異世界との戦争が起きているんだ」

 

「つまりは……我々イアドリフと玄界(ミデン)のトリガーを使う組織がとの間に和平の様なものを結ぶのは不可能だと?」

 

「中にはこちらの世界の住人に対して友好的な派閥も居るらしいが、少数派だ……無理に等しい」

 

「シャーリー姫、貴女には申し訳ありませんが玄界(ミデン)との和平の様な道を選ぶのは無理だと思われます」

 

 今までの話を聞いていたエンロウはボーダーや日本との交渉は無理と言う。

 ……無理だろうな。こっちが友好的にしても俺達を拐った罪は消えない。俺達も時間を奪った事に関しては死んでも許すつもりは無い。仮に同盟や和平的なのを結ぶ事が出来ても玉狛支部との間で、ボーダー全体では無理だろう。

 シャーリーに玄界(ミデン)に和平的なのを結ぶのは不可能だと現実を突きつける……けど……

 

「向こうの世界と交渉する抜け道が無いわけでもない」

 

「あるのか!?」

 

「……リーナと葵を呼べ。そうじゃないと決めれない」

 

「決める権利があるのは我々だ。お前達には意見を求めているだけに過ぎない」

 

 どうにかすることが出来ないわけでもない。

 普通ならばボーダーに対して和平交渉的なのを結ぶ事が出来ないが、日本に対して結ぶ事は出来る。葵とリーナを呼び出してもらう。

 

「あの、なんの会議ですか?」

 

「イアドリフが現在、玄界(ミデン)の方向に向かって行っている……今までイアドリフはトリオンを用いない独自の技術や文明に発展した玄界(ミデン)に対してトリガー技術を提供する事は危険だと捉えていた。しかしこの数年の間に我々の存在やトリガーの存在等が露呈して、和平交渉が出来るかもしれない」

 

「和平交渉…………今更になってするんじゃないわよ!!」

 

「落ち着け、ペリーだって似たような事をしてるだろう」

 

「誰よ、そいつ!!なんで今頃になってそんな事をするのよ。そりゃ拐うなって言いたいけど……けどっ……we can't turn back…It's trash that crossed a line that shouldn't be crossed……」

 

「リーナ…………鳩原さん達の話などが確かならば向こうの世界、いえ、ボーダーと和平を結ぶのは難しいと思います」

 

 リーナは後戻りは出来ないという。葵は冷静にボーダーと和平を結ぶのは無理だという。

 

「お前達を家族に会わせると言ってもか?」

 

「っ!?」

 

「情報提供者の1人は拐われた弟を探して旅をしていると言っていた……お前達を帰すのを条件に和平を結ぶ事は出来ないのか?」

 

「無理よ……'Cause I'm not Japanese, I'm American……likely to be unable to return home」

 

 リーナは色々とややこしいからな……しかし、レグリットが家に帰すと提案してくるか、いや、家に帰すとは言っていない家族に会わせると言っているか。

 

「……会えるなら会いたい……最後の別れぐらい言いたいです」

 

「リーナは時間がかかるが葵は比較的に早くに家族に会うことが出来る…………イアドリフが和平的なのを結ぶつもりが本当にあるならばだが」

 

「ジョン?」

 

「向こうの世界に対して切れるカードはトリガーで……とかを渡せば国の一部の問題は解決する」

 

「そんなものでいいのか?イアドリフどころかこちらの世界の何処の家庭にもあるものだぞ?」

 

 交渉するのに使うことが出来るカードを提示すればシャーリーは意外そうにする。

 何処にでもあるが地球には存在しない代物、あるかないかで言えばあったほうが色々と便利…………ああ、俺って本当に売国奴だ。

 

「まぁ、確かに問題にはなっていますが……大丈夫なのでしょうか?」

 

「それ以外の道は知らねえよ…………葵達を家族に会わせてお涙ちょうだいをやったり色々とする……ただ」

 

「ただ?」

 

「数日で解決する問題じゃない。イアドリフは数年に1回のペースで地球に近付くから最低でも数年間は地球に居なきゃならねえ。元から地球の人間の俺達はまだしもお前達は覚悟は出来ているのか?」

 

 俺達は最悪普通に自力で帰ってきたと言えば言いだけだが、シャーリー達は違う。

 その辺りについてはどうなのか……覚悟を決めているのか?下手したら二度と戻れない遠征になるかもしれない。

 

玄界(ミデン)と和平の様な道を辿ることが出来て、玄界(ミデン)の技術を得るのは望ましい……ですが数年の遠征となると」

 

「エンロウ、貴方は遠征しなくてもいい。私が玄界(ミデン)に向かう。私が居ない代わりに皆を纏めて」

 

「シャーリー姫、それはなりません!確かに貴女の王位継承権は下から数えて直ぐのものですがそれでも貴女は王族である事には変わりはありません!」

 

 シャーリーが遠征する事に関して異議を唱えるエンロウ

 

「どうでもいいわ。誰が来ても人種差別されるだけよ」

 

 リーナは相変わらず嫌悪感を剥き出しにしている。

 

「……シャーリー姫、どうしても向かうと言うのならば私も同行致します」

 

教官(先生)…………」

 

「ですが二度と戻れない可能性や失敗する可能性もあります……」

 

「私達も向かうんでしょ?ならさっさと決めて。ていうかどうするのよ?普通に交渉しても拒まれるだけよ」

 

「ボーダーは……だから……で……をして自分達が近界民(ネイバー)だと主張して和平的なのを結びに来たと言って葵を悲劇のヒロインにすればいい」

 

「ジョン、相変わらず最低ね……」

 

 俺が考えた作戦じゃない、麟児が考えた作戦だ。

 そこそこに外道な作戦の為に葵は引いているが、それ以外に道は無い。思い浮かばない。普通にボーダーに向かっても玉狛支部との同盟を結ぶのが限界だ。

 

「アオイ、協力してくれるか?」

 

「…………嫌だと言っても私達は貴女には逆らうことは出来ません……だから約束してください」

 

「なにをだ?」

 

「その遠征にジョンとリーナと私の3人を連れて行くのを、(ブラック)トリガーの羅生門(サハスラブジャ)を持っていくのを、絶対に家族に会わせてくれるのを!!」

 

「……ああ、約束しよう。必ず家族に会わせる。アオイだけじゃない、ジョンやリーナもだ」

 

「…………期待しないでおくわ」

 

 色々とややこしいリーナは半ば諦めている。

 

「では、イアドリフは玄界(ミデン)に和親または和平を結ぶという事で……シャーリー姫、くれぐれも」

 

「エンロウ……ジョンの考えた作戦が上手く行けば玄界(ミデン)と色々と結ぶ事が出来る筈だ。そうすればイアドリフは更に発展する……」

 

「…………Have we become traitors too?」

 

「とっくに裏切ってるよ、俺達は………………それでイアドリフは何時ぐらいに地球に向かうんだ?」

 

「もう2ヶ月は掛かる。シャーリー姫、貴女はリーナと共に遠征の為の訓練を積んでください。ジョン、アオイ、お前達は道先案内人の役目を担え」

 

「レグリット殿、間もなく近付く国家に対しては?なんでも最近戦争が終結したようですが……」

 

「ああ、そうだったな。救援物資を送る代わりにトリガーを要求する」

 

 2ヶ月……結構長いな。

 隣にある国に襲撃する事は多々あったが本格的な遠征ははじめてだが……なんとかなる、今までもなんとかしていたしな。

 

「また貿易、今度は何処の国とよ?」

 

 リーナは何処の国を相手に交渉するか尋ねる。

 普段ならば軽くあしらわれるがシャーリーがいるのでシャーリーが答えてくれた。

 

「カルワリアという国だ」

 

 ……マジで?




主人公がボーダーに所属していた場合

なんだかんだで闘志のサイドエフェクトに目覚めており県外スカウトにたまたま来ていた迅の目に留まりスカウトされるが、父親や叔父が近界民=人間でトリオン兵がロボットか何かだと気付けるぐらいには賢い人なので息子を戦場に立たせるわけにはいかないと説得が中々に出来なかったが最終的には遠征に行かない、学業の成績を落とさない、人を殺さない等の条件の上で説得に成功する。

迅がS級になりランク戦に居なくなって燃え尽き症候群化している太刀川やまだスタイリッシュだった頃の雷蔵を引き連れて、藤丸ののにオペレーターを頼んで第一期東隊に挑むが1度も勝てずにA級2位になる。
二宮、加古、三輪、東の中距離以上の攻撃にムカついた雷蔵がエンジニアに転属する為に部隊を脱退し、転生者だけど特別な人間じゃない、サイドエフェクト等があっても東には勝てないと知り挫折を味わい隊を解散する。

A級2位になったりしたおかげで燃え尽き症候群化していた太刀川を再起させる事に成功して太刀川は再び成績や単位を犠牲にして格段と強くなっていく姿を見たのと後に入ってくる驚異的な学習能力を持つ村上鋼ですら勝ち越せないボーダー上位陣が居る事が原作知識であるのでそこそこ絶望し自分の才能等を受け入れて現実を見るようになり。

どうすればボーダーに対して利益を与える事が出来るようになるのかと考えた結果、苦手な射手以外のトリガーを一通り使いこなせるようになろうと努力しボーダーで唯一、弧月、レイガスト、スコーピオンの3つ全てがマスタークラスのレイジの次に完璧万能手になり新人育成、ボーダーの為に踏み台転生者になる決意をする。

射手以外のトリガーなら大体扱えてA級特権のトリガー開発等を使わずに量産や継戦重視の皆が使えるトリガーの基礎的なマニュアルを作り、木虎や緑川の様な天才肌じゃなくてマスタークラスじゃない子をマスタークラスに上げる仕事人になりコレにより熊谷が弟子になって那須隊と関わり合いを持つようになり熊谷は8100ポイントぐらいの弧月のマスタークラスになる感じ。米屋は10000ポイントを越える

原作知識や漫画に出てくる知識を使って特訓したりして師匠無しの独学で、秀才レベルの才能を努力とあの手この手で補っているタイプ。
二宮は自身の隊にスカウトする価値はあると思っており、加古もKなら名前の方も縁起がいいしスカウトしているが本人的には上を目指すのでなく下で燻っている人を上に上げるのに専念したいとフリーのA級で頑張り、ボーダー全体の底上げをするジョン、その中でも才能がある奴を鍛える東になる。

 派閥はとりまるより少し上の忍田本部長派。
 三輪達の近界民に対する憎悪は正当なものだが悲しいが戦争であるのでなにも言えない、しかしある程度は感情を制御出来るようにならなければならないのでは?とは思っている。

 持っているトリガーの中で最もポイントが高いのは弧月で15000ポイントぐらい。
 村上にこの人からは学ぶことが多くて学習して対策しても直ぐになにかしらの別の手を使ってくるトランプで例えるならばKQJ10は持ってないが、7から9のカードを何十枚も持っていて対応は出来るが手札が多すぎて戦いにくいと思われている。
後半年も居れば村上に抜かれると分かっているが気にはしない。

 部隊で動く際にはエースが必要ならエース、エースが戦いに集中できる司令塔など足りない部分を補うスタイルを取っている。
 要するに器用貧乏であり、上位互換の人が割と多く存在している。しかしまぁそれでも有能でありボーダーからの信頼等もあり小南にもそこそこやると認められる。

 大学では考古学、歴史関係を学びドラゴンやエルフ等は実は近界民ではなかったのか?等を提唱している。

 ボーダー所属の世界線では本編の様に修羅場を掻い潜っていないので強いけど上位互換は沢山いる秀才、縁の下の力持ちタイプ。

 尚、弾系のトリガーが普通のシールドよりかなり優れていた頃だったのと三輪、二宮、加古、東、月見の第一期東隊と勝利、太刀川、雷蔵、藤丸ののの部隊は近付くことに成功すれば勝てる、近づけないようにすれば勝てる感じの単純な相性問題の関係性があり東が持っている駒が純粋に強かったりしたのと二宮達の新人育成も大事だが自分も鍛え上げなければならないと東が新人育成無視して3人の特性を活かしまくった全力の作戦を使ってきたりしたので条件が異なれば、片桐達第二期東隊とかならばA級1位になれていた。隊服は改造長ラン、雲雀恭弥の雲のVGの形態変化のアレである。

 ジョンの叔父の容姿は岬越寺秋雨似で歴史系の大学教授を努めており、従姉妹の容姿は夜凪景似である。


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46話

旋空弧月、幻踊弧月だけでなく魔光弧月とかいう謎ワードが出て来て困惑


 

「……」

 

 ジョンは思考する、麟児が考えた作戦が上手く行くかどうかを。

 葵を悲劇のヒロインにすることをはじめとする様々な交渉のカードを提示すれば向こうの世界と和平の様な道を結ぶ事が出来る、かもしれない。

 あくまでもかもしれないレベルの出来事であり、確実とは言えない。もう1手か2手、欲しい。なにせやろうとしている事は今まで築き上げた物を全て崩壊させる最低最悪の行為だから。

 

 ルミエの命で生まれた黒トリガーを羅生門と書いてサハスラブジャと読むのは生きる為に悪の道を歩むから。

 人を殺すことをはじめとし、既に色々と越えてはならない一線を越えているジョンに躊躇いはない……が、危険過ぎる賭けである事は自覚している。なにせボーダーには未来を予知するとんでもないサイドエフェクトを持った黒トリガー使いが居るのだから。

 

 ただ純粋に戦えば、風刃を持った迅を相手にすれば幻夢(ガメオベラ)で4割の勝利を掴める。

 迅がノーマルトリガーだった場合は8割の勝利を手にする事が出来る。羅生門(サハスラブジャ)を使えば風刃との相性を考慮しても風刃を持った迅を相手に9割勝てる。絶対に勝てるとは言わないのは予知のサイドエフェクトがあるからだ。

 

 迅は常にトロッコ問題をしており、メンタルは強い方だ。そして暗躍を趣味だと豪語している。

 ただ純粋に戦うのならば最悪リーナに押し付ければいい。リーナとメイルバーとデッカーが合わさった強襲突撃形態はイアドリフでもトップレベルの火力を秘めているから。まだ完全に無想を会得しておらず相性と時間の関係で1回だけだが羅生門(サハスラブジャ)を倒した事がある実績を持っているから7割ぐらいの確率で勝てると思っている。

 

 迅の厄介なところは政にも関与する事が出来ることだ。暗躍を趣味だと豪語しているだけあって裏で色々とやっている。

 トリオン能力が低くて本来ならばボーダーの入隊試験に落ちていた主人公の三雲修の入隊を裏で手引きしているのがいい一例だ。全てはボーダーの為にと派閥争いはあるが街を守る等の意識は皆、一緒であり色々とやろうとする。1隊員だがボーダーで強い発言権を有している迅を上手い具合に出し抜かないといけない。

 

 迅を上手い具合に出し抜く事は可能なのか?その問い掛けに対する答えは出し抜けるには出し抜けるが可能性は極めて低いが低いであって0ではないといったところ。現に鳩原未来がボーダーからトリガーを横流しする事に成功している。麟児達と一緒に近界(ネイバーフッド)に向かう事に成功している。

 

 それでホントに大丈夫なのか?と思うこともなんだかんだでボーダー利益に繋がったりする。だが幾らなんでも鳩原達の一件は見過ごせない。

 迅は常にトロッコ問題をしている政も上手な相手、太刀川、当真、里見、二宮辺りならば自分が挑んでぶちのめすだけで解決する。迅だけはそうは行かない。故にあらゆる手を考える。イアドリフが向こうの世界と和平の様なものを結ぶために、イアドリフの利益になりボーダーにとって都合のいい傀儡にならない方法を。

 

「……あえて遊真を利用する、か」

 

 色々と考えた中で迅に顔を見られないのは大前提である。

 迅のサイドエフェクトは見たことがある人にしか発揮しない、見たことがある人は目の前にいなくても暫くは未来が見えている。だから迅に見られないのを大前提で動かなければならないだけでなくボーダーにある程度の信頼と疑いを勝ち取らないといけない。

 

 ボーダーにとって迅は要である存在だ。故に近界民関連で交渉などとなれば確実に顔を見られる。

 顔を見られずに迅やボーダーからある程度の信頼と疑いを勝ち取る方法は浮かんだのだが幾つか問題がある。その1つ目の関門が……やって来る。

 

「どうもどうも。イアドリフのパスポートは持っています」

 

「遊真!?」

 

 真っ白な癖毛が特徴的な11歳ぐらいの男子、高性能な嘘発見器である空閑遊真だ。

 イアドリフがカルワリアと交渉した末にこちらの国にやって来た。カルワリアで戦争が終わったのでカルワリアに居る理由が無くなったから。

 

「お、覚えてくれてたんだな」

 

「ええ、覚えてるわよ」

 

『誰ですか?』

 

「(私達が拐われて1年ちょっとぐらいした頃にやって来た傭兵の親子で、多分日本人よ)」

 

『日本人……ボーダーの人間ですか?』

 

「(さぁ、分からないわ)」

 

 遊真との再会でリーナは驚く。ジョンは喋らない様にしている。

 余計な事を言ってしまえば遊真に敵認定される。それだとボーダーから信頼と疑いを勝ち取れない。

 

「あんた、全然成長してないわね」

 

「いやぁ、色々とありまして……」

 

「有吾はどうしたのよ?」

 

「………親父は死んだよ」

 

「っ……そう……」

 

 ジョンが喋らずリーナが主に色々と聞く。

 有吾はどうしたかと聞けば死んだ事を伝えられる。近界は戦争が当たり前の世界で、誰が何時死んでもおかしくはない世界だ。

 有吾はかなり強い筈だが死んでしまったのかとリーナは驚きはするが、そんなものだと受け入れた。

 

「……」

 

 親父は死んだと言ったが黒トリガーになったとは言っていない。

 黒トリガーを所有していると言えば色々と厄介な事になるのが見えてるので言わないようにしているのだろう。リーナや管制している葵は有吾が黒トリガーになった事には気付かない。普通は気付けないものだからその辺りは気にしない。

 

「イアドリフになにをしに来たの?」

 

 遊真との再会を懐かしみつつもリーナは本来の仕事をする。

 イアドリフになにをしに来たのかの入国審査で、緩かった雰囲気も変わる。

 

「イアドリフ自体には用事は無いよ。ただニホンって国に行きたいから通り道になってる感じ」

 

「っ!?」

 

「……何故日本に行く?」

 

「親父が死んだら日本に行って親父の知り合いに頼れって言われているんだ」

 

「……イアドリフに滞在期間中に提示出来る交渉のカードは?」

 

「おれ自身。あれから滅茶苦茶強くなったんだ……それでも足りないって言うなら、レプリカ」

 

『承知した』

 

 遊真がしていた黒い指輪から炊飯器に似た見た目の黒いトリオン兵、トロポイの自律トリオン兵で遊真のお目付け役兼相棒のレプリカが出てくる。

 

『ユーマという戦力だけでなく他国に関する情報はどうだろう?』

 

 レプリカはそう言うとプラネタリウムの様に星空の様なものを映し出す。

 

『ユーゴの記録から見たイアドリフ等の星間の情報だ。イアドリフは特定の周回軌道を持たない国で何処に向かっているかは不明だがなにかの役には立つ筈だ』

 

『ジョン、どう見ますか?』

 

「(そうだな……)」

 

 レプリカの情報は便利と言えば便利である。

 星の位置が分かれば何処ぞこの国が近付いている等が分かる。しかしジョンにとってそれはそこまで欲しいものではない。

 

「遊真、お前なにか有吾さんから引き継いでいるか?」

 

「……親父の嘘を見抜くサイドエフェクトを引き継いでいるよ。どっかの国の捕虜でも居るの?自白させたりするなら手伝うけど」

 

「いや…………間もなくイアドリフは日本に近付く。日本のボーダーの基地がある三門市という街に門が開く……有吾さんの知り合いはボーダー関係者だろ?」

 

「……そうだよ」

 

 嘘は言っていないが、少しの違和感を抱える。

 ボーダーとは一言も言っていない、嘘は言っていないが腹になにか一物を抱えていると遊真は見抜く。

 

「……イアドリフも日本に向かう予定だ。遠征艇に余裕があるから連れて行く事は出来る」

 

「向こうの世界を襲えって話ならお断りだよ。イアドリフを経由しなくて別の国を経由してニホンに向かう」

 

「安心しろ。向こうの世界に対して侵攻と呼べる事はしない。イヤでござんすもしくはいやん誤算浦賀に来航と言っておく」

 

「……嘘じゃないみたいだな」

 

 向こうの世界に対して侵攻はしない。

 侵攻する国と一緒になって来たとなれば色々と揉める未来が分かっている。故に地球を襲わない国を経由して向かうつもりだ。

 ジョンは一切嘘は言っていない。向こうの世界に対して侵攻はしないとハッキリと断言した、ただイヤでござんす、いやん誤算浦賀に来航とはなにを意味しているのかは分からないので警戒心を強める。お互いにだ。

 

「ちょ、ちょっとジョン。なに勝手な事を言ってるのよ!?」

 

 遠征は秘密の計画で他に漏らしてはいけない事だ。

 特に遊真の様に他国に渡り歩いている人間に渡していい情報ではない。それだけならまだしも一緒に遠征に連れて行くと言っている事に対してリーナは慌てる。リーナだけではない、葵も慌てる。

 

「……なにが目的?」

 

「いやん誤算浦賀に来航を再現する、その為には色々とする。向こうの世界に関する常識なんかを知りたくはないか?知っているか?向こうの世界の国によっては牛肉を食べてはいけない、豚肉を食べてはいけない等のルールがある事を」

 

「む、そうなのか?」

 

「まぁ、vegetarianとか色々とあるにはあるわよ」

 

「べじたり……なんだそれ?」

 

「菜食主義者、簡単に言ってしまえば鳥や魚等の肉を食べない人達のことだ……お前は向こうの世界の常識をどれくらい知っている?」

 

「おれくらいの年頃の子供は学校って言う勉学を学ぶ機関に通ってるぐらい…………なぁ、ジョンさん」

 

「なんだ?」

 

「腹割らない?」

 

「お前は放浪者、俺達は従属の奴隷。出来ることと出来ない事はある」

 

 互いに腹に一物を抱え込んでいる事を見抜いている状況下で遊真は正直な話をすることを提案する。

 しかしジョンはそれは無理だと、仕事だから出来ないという。そしてそれは嘘ではないので遊真のサイドエフェクトには引っかからない。

 

「じゃあ、質問。ジョンさんってホントにジョン・まんじろう?」

 

「ああ、ジョン・万次郎だ。どういう名前の由来なのかを知りたければニホンの文明の利器を頼って調べればいい」

 

 嘘だ。

 

 ジョンが頷いた際にジョンから黒い靄の様なものが出てきた。嘘をついているとサイドエフェクトが教えてくれる。

 ジョンはジョン・万次郎と言う名前ではない、昔それっぽいやりとりを親父と交わしていたので分かっていた事だが確証を得られた。本人の口からハッキリと聞いていないがジョン達はと考える。

 

「向こうの世界を襲ったりしない?」

 

「ああ、しない……が、向こう側から襲ってきたりしたら正当防衛なんかはさせてもらうぞ。こっちにも色々と込み入った事情があるからな」

 

 念のための確認をするがジョンは嘘はついていない。

 自分の嘘を見抜くサイドエフェクトに引っかからない様に言葉を選んだりしてはいるものの、向こうの世界に関して色々と悪い事はしようとはしないと言っている。

 

「……向こうの世界で色々と手伝ってくれる?」

 

「その場合は聞かれない限りは俺達が日本に居る事を教えない等が追加される……そうだな。先ず、向こうの世界で友達を作れ」

 

「友達?」

 

「こっちの世界からやって来た人間だと知っても敵対心なんかを抱かない友好的な友達を作って、そこから色々と発展させればいい。日本と言うか向こうの世界では近界民(ネイバー)=悪、ボーダー=正義と言う風に印象操作をしている。そうしないと色々と厄介な事になるからな」

 

「……友達かぁ……ジョンさんとおれは友達か?」

 

「顔見知り程度だ。本当の意味で心を開いていない、理由はなんとなく分かるだろ?」

 

「……そっか……」

 

 本当の名前を打ち明ける事が出来ていないので、真の友達とは言い難い。

 親父はジョンさんから本当の名前を聞いたりしているがなんだかんだで自分は聞いていないなと振り返り、ジョンさんが自分に対して心を開いていないと納得する。

 

「向こうの世界で生活する為のサポートは少しだけしてやる。代わりに俺達の事を黙っておいてくれ……俺達が情報を開示してもいいと言えばボーダーに売り渡して構わない」

 

「…………リーナ、悪いことはしない?」

 

「i don't know what is right and what is wrong……私にはなにが悪いのか正しいのか分からないわ」

 

 念には念を入れてリーナの腹を探ってみる。

 聞いたことのない言語が飛んできたが直ぐに自分の知っている言語が返ってくる。そして遊真のサイドエフェクトには引っかからない。リーナは善悪の区別がついていないというのは嘘や建前などではなく本音なのだろう。

 

「分かった。連れてってくれるならニホンに連れてってくれ……ただ裏切ったりしたら連れて来た責任を取って……お前達を殺す」

 

「そうか」

 

「むぅ、もうちょっと動揺したり怯えたりしないの?」

 

「あれから色々と修行して感情を無にする技術を会得した……だから止めとけ」

 

 腹の探り合いなどをしてもジョンが上手い具合に出し抜く。

 現時点で遊真が嘘を見抜くサイドエフェクトに引っかからない言葉を選んだりしている。交渉の席ではジョンの方が上手だと素直に認めて深く追及する事はしない。

 

「……じゃあ、後で詳しい契約内容を決めるからイアドリフの入国を認める。入国審査通ったから通った人の部屋に向かってくれ」

 

「ん、分かった…………」

 

 腹に一物を抱え込んでいるがいざとなればぶっ飛ばせばいいと遊真は考えている。

 ともかく、遊真を抱き込む事に成功する。ジョンはこの事に心の中で大きくガッツポーズをする。

 

『よかったのですか?勝手にあんな約束を取り付けて。遠征に行けない可能性もあるのですよ?』

 

「問題無い……いや、逆だ。むしろ居てくれないと困る……ボーダーとの交渉の間の仲介人になってもらったりしないといけない」

 

 葵は勝手な約束を取り付けた事に関して大丈夫なのかと心配をする。

 しかしジョンは逆、遊真が居なければ今回の遠征の目的を果たす為の1歩を進むことが出来ないのを知っている。遊真が居ればボーダーの玉狛支部との同盟を結びやすくなるし、なにかとお得で……なによりもタイミングが良い。

 

「コレが最善の1手になる」

 

 ジョンは知っている。

 これから遊真が三雲修と会合してワールドトリガーの物語が本格的に始動するのを。

 

 その後はモメた。

 イアドリフの大規模とは言わないが、成果が上げれるかどうかは不明で死ぬ可能性もある数年間掛かる遠征を行うのに部外者を介入させる訳にはいかないと。しかし遊真を撒き餌にして自分達の存在がバレない様にすると言い、なんとかエンロウやレグリットの説得に成功する。

 

 ジョンは知っている。

 迅が修を経由して遊真の存在を認識するのを。それならばそれを逆手に取る。

 迅が修を経由しなければ遊真に辿り着く事が出来なかった、それはつまり修が黙ってさえいれば遊真の存在はボーダーにバレなかったという事になる。だったら遊真と同じタイミングで三門市に侵入すればいい、そうすれば見つかる可能性が低くなる、迅を出し抜く事が出来る。ただ1つの蜘蛛の糸に近い糸を引っ張ろうとしている。




原作知識があっても迅を出し抜くのが難しいな


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47話

さすおにならぬハワ親。
そしてなんかランクインしている。感想お待ちしております。
遊真がカラワリアに居たがカラワリアからやってきたのを言ってないのと向こうの世界に戻るとか住所の登録とか学校関係の手続きとかで絶対に裏に協力者が居るんじゃね?となったのでそこを上手く使いました


 遊真がイアドリフの遠征に加わる事がなんだかんだで決まった。遠征に向かうまではイアドリフの防衛戦の戦線に立たせたりしている。

 

「誰を選別するか……」

 

 レグリットは悩んでいた。この一か八か過ぎる危険な遠征に誰を連れて行くのかを。

 ジョン(羅生門(サハスラブジャ)付き)、リーナ、葵は確定で急遽遊真も乗ることになった。そこに自分とシャーリーが合わされば6人になる……が、色々と心許ない。日本の案内等はジョンに任せるしかないと認識しており、それは間違いではない。ジョンが居なければ日本に向かうのはリスクが大きすぎる。なにせ遊真は別件で動いて分かれるのだから。

 

 例えば遠征艇に必要なトリオンとか。

 トリオン能力はジョンは11,リーナは15,葵は12,遊真は7、自身は8,シャーリーは限りなく4に近い3で現段階で50だ。

 トリオン金持ちであるアフトクラトルの角付ならば数名合わされば遠征艇を動かす事が出来る。

 

 頑張れば太刀川、出水、国近、当真、冬島、真木、風間、歌川、菊地原、三上の10名の合計トリオン約56で遠征する事が出来る。

 ガロプラの7名のトリガー使いでも合計しても48で遠征出来なくもないがリーナは戦闘は得意だが政治関係は不得手。ジョンも頭は回るには回るのだがあくまでも原作知識を悪用しているだけに過ぎないので政治関係は得意じゃないと言っている。葵が機器操作が得意だったりするが1番幼く色々と経験が浅かったりする。

 

 向こうの世界に対してイアドリフはトリガー技術等を交渉のカードとして切る為にはエンジニアの1人でも連れて行った方がいいのではないのか?となる。イアドリフの三賢人と呼ばれるスパルカ辺りが向こうの世界に関する技術に関して色々と興味津々だ。しかしこの遠征は失敗する可能性が高い。

 イアドリフの三賢人を最低でも1年以上掛かる遠征に連れて行く事は出来ない。それ以前にイアドリフに1個しかない黒トリガーを持っていくだけでも問題だ。本当ならばイアドリフに羅生門(サハスラブジャ)を残しておきたいのがレグリットの本音だが、シャーリーが葵と約束を取り付けたので仕方がないと妥協している。

 

「普通のエンジニア…………いや、ダメだな」

 

 レグリットは上層部や重役、王族の子息に対して色々と教えている教官の役割を担っている。

 イアドリフで一般的に使われている何処の国でも簡単に作れる剣のトリガーである【カゲロウ】やトリオンの砲撃を鏡から撃つ【ミラージュ】をはじめとするイアドリフで使われているトリガーならば剣、銃、トリオン操作技術を人に教えれるレベルでボーダーで言うところのマスタークラスレベルにまで使いこなせるレイジと同等な実力者でレイジとは異なり、トリガー工学に関しても近界(ネイバーフッド)基準で並のエンジニアレベルの知識を有している。

 

 なんだかんだで近界(ネイバーフッド)でも中々に見ない本人はそこまで自覚は無いが既に忍田本部長を超える実力を持っていてイアドリフに唯一ある黒トリガーを持ち唯一使いこなせるジョン。

 

 トロポイの自律トリオン兵をベースに作り上げた専用トリガーを用いたコスパの都合上で滅多には使わないが高火力な強襲突撃形態を持つリーナ。

 

 戦闘関係は不得手だが機器操作等に関しては光るものを持っており5年で普通よりちょっと下ぐらいのエンジニアの知識を身に着けた葵がいる。

 

 戦争の要である黒トリガーとそれを使いこなす実力者が居なくなるのはイアドリフには大きな痛手だ。

 もしかすれば自分達が居なくなっている間にイアドリフが攻め落とされる可能性だって存在していないわけじゃない。イアドリフは数年に1回のペースで玄界(ミデン)に近付くが正確な日取りは分からない。

 

 黒トリガーを持っていくのでレクスをはじめとするイアドリフの実力者を連れて行く事は出来ない。

 トリガー技術等を交渉のカードとして使うが本国を手薄にするのは危険で数年の遠征なのでイアドリフの三賢人を連れて行く事は出来ない。ならば普通のエンジニアの1人でも連れて行くか?となるが普通のエンジニアレベルならばトリガー工学に関するあれこれをデータ化しておけばいい。スパルカ達イアドリフの三賢人が無駄にズバ抜けているだけでイアドリフの普通のエンジニアは近界基準では普通のエンジニアだ。有事の際を想定して戦えるエンジニアは居ないわけではないがそれでもだ。

 

「…………仕方がない」

 

 侵攻でないとはいえ途中離脱含めて6人だけで行くのは色々と心許ない。

 内1人は途中で離脱して帰りの事を考えたりすれば、もう1人は欲しい。だからレグリットは動いた。今日防衛戦のシフトが入っていないイアドリフ軍でレクスやシルセウスの様にイアドリフに居なければならない人材を除いて遠征に連れて行っても問題は無いであろうレベルの実力者を集めた。

 

「これよりイアドリフは遠征を行う……その為の試験を行う。しかし数年以上掛かるもので確実に帰る事が出来るという保証は何処にもない今までに無い危険な遠征だ。無理は言わない、辞退したいのならば辞退を申し出ろ。遠征部隊に選別された際には金一封をはじめとする様々な好待遇を家族等に用意する。無論、この遠征に成功した場合お前達の評価や待遇も上げるつもりだ」

 

 危険過ぎる遠征なので上司の命令は絶対だから言うことを聞けとはレグリットは言えない。彼女なりの甘さだろう。

 イアドリフで拐われたり居なくなったりしても問題は無いであろうレベルの実力者に遠征計画をざっくりと語り選抜試験について言えば、集められた一同は騒めく。何処の国に遠征をするか等は一切伝えられていない、1か月どころか1年以上の遠征なんて聞いたことのない事だ。

 

 遠征が絶対に成功する保証なんてものは何処にもない。それは分かっていることで危険なのは承知だ。

 それでも危険だとあえてレグリットは言っている。それほどまでに玄界(ミデン)に対して遠征するのは危険な行為だから。昔だったら簡単に拐えたが今は色々と異なっている。トリガーを使う組織が居て、防衛戦をしていたりする等を聞いている。

 

「どれくらいの待遇が貰えるの?具体性に欠けてるわ」

 

 遠征させても問題無くて居なくなっても困りはしない程度の実力者であったが為に呼び出されていたルルベットは質問をする。

 金一封を貰えたりするのは嬉しい。金は無いと困るものだが、それだけなのかともっと具体的なものを示してほしいとレグリットに問う。

 

「そうだな……先ず、お前達の家族が息子の代まで食うのに困らない金は用意する。余程の緊急時でなければ戦線に立たせない等を保証する……他にもなにか欲しい物があると要求するならば可能な限りは答えよう」

 

「……家に帰れる保証は?」

 

「遠征に成功してイアドリフが再び国に近付く事が出来れば帰りたいのならば帰す。それ以降に戦場にもう二度と立ちたくないと要求するならばその要求を飲もう」

 

 成功する保証は無い危険な賭けなので出来るだけリターンは大きくする。

 レグリットはルルベットに色々な報酬が用意されている事を伝えればルルベット達は考える。

 

 ルルベットの親は普通に戦死した。姉と義兄はジョン達が拐われる数年前に起きた大規模な侵攻で死んだ。忘れ形見である甥っ子のフィラは間もなく12際になろうとしている。

 姉として母として叔母として、姉の最後の言葉を守りフィラを戦場に立たせようとはせずにイアドリフを豊かに発展させる偉い学者に育てている。当の本人は結構戦闘の才能がありトリオン能力が8とかなり恵まれているので強くなりたいや戦線に出てルルベットを守りたいと思っている。親の心子知らず、子の心親知らずと言ったところだろう。

 

「……残っている家族に色々と出来る?」

 

「そこは条件次第だ。流石に(クラウン)トリガーを持たせろ専用のトリガーを作れ等は出来ない。あくまでも出来る範囲で望みを叶える」

 

 失敗するか成功するか分からない、失敗する可能性の方が高い作戦だ。故に好待遇にするがものには限度がある。

 

「……成功する確率は?そもそもでなにをするの?」

 

「詳細は選ばれてから教えるが大まかに言えば玄界(ミデン)に対して交渉を持ち込む……成功すれば数年間は玄界(ミデン)に住む事になる。イアドリフと軌道が合った際に帰還する予定だ……何度も言うようだが失敗する可能性の方が高い。色々と手を考えているが成功する確率はジョン曰く20%あるか無いかで死ぬ可能性も高い」

 

「成功すればどうなるの?」

 

「イアドリフが今以上に発展し、他国に無い技術を得る事が出来る……帰還した際に退役をしたいのならば構わない。それだけこの遠征には力が入っている……他に質問をする者は居ないか?なるべく早く選定したい。この遠征はただ純粋に強ければいいものではない、ある程度は理知的で感情に左右されない人物がいい」

 

 なにせ向こうの世界には予知とかいうチートじみたどころじゃないチートなサイドエフェクトを持っている男が居るのだから。

 ホントかどうかは不明だがその情報が確かならば政で1手も2手も常に上を取られている事を想定しておかなければならない。ジョンが慎重過ぎる気もしなくもないのだが、麟児が企ててジョンが色々と弄くった計画は向こうの世界の住人を殺したり拐ったりはしないが色々と積み上げてきたものを崩壊させる最低最悪の行為。迅がジョン達の顔を知れば予知を使って全力で止めに来る……ジョンは原作知識を悪用して迅に選ばせる。トロッコ問題を仕掛ける。

 

 

 ボーダーに所属するA級、B級、C級の隊員とオペレーター後方支援組と三門市の平穏と一般人の命か今まで積み上げてきたものを崩壊させない未来かを。

 

 

 ジョンは分かっている。

 まだ星の杖(オルガノン)を持ち自身を倒す事にのみ集中し街の被害等を計算しない全力のヴィザを相手に無想状態の羅生門(サハスラブジャ)でも確実に倒せると言える実力は持っていないのを。

 

 ジョンは分かっていない。

 ボーダー基準で見れば既に忍田本部長以上の実力を有しているのを。防御力がボーダートップの迅に相性的な問題で勝つことが出来ると見ているが実際のところは倒すのに10分ぐらい時間は掛かるが素の実力で、仮にボーダーと同じトリガーを使っても勝つことが出来るのを。

 

 ジョンがボーダーに所属している世界線ならば村上鋼や影浦よりちょっと強い縁の下の力持ちタイプだ。才能は秀才レベルだ。

 秀才が戦場という地獄と二度目の人生という努力、時間、才能、環境の四拍子が揃って一気に化けた。

 

 それに気付いていない。この世界線では上が化け物過ぎるのを知っていてもジョン・万次郎という男は狂っているので諦めない。

 ボーダーに所属している世界線ならば強いのは太刀川や二宮達に任せておこうと考えて何処か諦めているだろう。

 

 ジョンは迅にトロッコ問題を仕掛ける。レールが2個に見えて実は10個以上あり、1つが尋常じゃない程にヤバい未来に辿り着く。その未来に気付かせない様にする。街の人達やメガネくんを助けなければならないと思わせる。下手すれば雨取千佳が拐われたり三雲修が死ぬ世界線が存在しているのだから、大規模侵攻に集中させる……原作知識をとことん悪用する。

 

 後戻りは出来ないと覚悟はガンギマリしている。

 

「……私は行くわ」

 

 直ぐに帰ってくる事が出来る遠征ならば、ルルベットは普通に受けている。と言うか直ぐに帰ってくる事が出来る遠征ならばレグリットはこんな風に兵を召集したりしないだろう。レグリットなりの優しさで今回の遠征に関して色々と待遇や手当てを用意しているだけに過ぎない。仮にコレがルミエならば問答無用で選別したりするだろう。ルミエは合理的主義者で外道だから。

 

 ルルベットは考えた。考えに考えた。

 甥っ子であるフィラは12歳でまだまだ自分に甘えたいのだろう。いい意味での反抗期的なのを迎えたりするかしないかの年頃で、そこから起きる出来事から人格が形成される。幸いにも自身がイアドリフの軍に従属しているおかげで学問を学ぶ機関に入れる事は出来ている。

 

 現段階でも充分な暮らしが出来ているのでルルベットに旨味は無いに近いが、ルルベットはこの話に乗ろうとする。

 ジョン達の故郷がどんなところなのか気になる好奇心等もあるが基本的には家族と平穏の為に。作戦が成功すれば数年間頑張れば二度と戦わなくてよくなる、子供の代まで食うのに困らないお金を手に入れる事が出来る。可能な範囲内なら望みを叶えると言っている。心の何処かで諦めた恋が叶うかもしれないと小さく思っている。

 

 何処ぞのダンガーな戦闘狂とは違ったりする色々とメンタルがヤバい広報部隊の隊長に近い覚悟が決まっている。

 

「そうか」

 

 ルルベット以外にも挙手する兵は何名か居たので、それ以外は今回の遠征に関して口外しない様に言っておき帰宅させる。

 そこからは試験をする。長期間閉鎖空間に居て耐える事が出来るかどうかを、ある程度の学力を持っているかどうかを、連れて行っても置き去りにしても問題は無い程度の実力かどうかを。

 

 ルルベットは学科試験は中の下ぐらいだった。

 フィラに偉い学者になれと言ってるのに自分は頭が中の下ぐらいなのかと軽くショックを受ける。しかしそれでもめげずに努力する。

 葵はまだ大丈夫だがジョンとリーナに遠征艇の操作等をさせるのは危険だ。万が一ジョン達が裏切って亡命しようとした時の事もレグリットは想定している。万が一を想定して心の何処かで疑っている……3人共共依存の関係性を築き上げているので誰か1人でも置いていく事が出来ればいいのだがシャーリーは全員を連れて行くと葵に約束を取り付けられたので諦めるしかない。万が一を想定して万が一が起きなければそれでいいと思っている。

 

(かね)を用意しねえと」

 

 遠征の最後のメンバーがルルベットに決まるのは時間の問題だろう。

 遠征のメンバー選出についてはジョンは自分達が固まっていれば割とどうだっていいと思っている。嫌いな相手でも仕事だから奴隷だからと割り切る事が出来る奴隷根性が身についているとも言うが。

 

玄界(ミデン)のお金はどんな感じなんだ?」

 

「あ、おれ持ってるよ」

 

 時計の針は少しだけ進み徐々に徐々に遠征計画が具体的になってくる。

 交渉に使えるカードを葵達が用意している中、向こうの世界の住人は近界民=悪だと思っているので万が一を想定してシャーリーを鍛えているジョンと遊真は向こうの世界での生活関係について色々と話す。

 

 最低でも1年は地球に滞在しなければならない。長期保存の効くレーション等は勿論遠征艇に詰め込むが確実に食料が足りなくなる。

 何処かで、と言うか日本で物資の補給をしなければならない。しかしジョンは日本円を持っていない。略奪行為等をしないと遊真に言っているので泥棒じみた真似はしない。普通に買い物するつもりだ。

 

「束が10個ぐらいはある」

 

「束が10個ぐらい……1年は持つだろうか?」

 

 福沢諭吉が記された日本円、一万円札の札束を取り出す遊真。

 こっちの世界と向こうの世界は通貨の種類が違うのでシャーリーは1年持つか持たないかと計算をする。

 

「1年どころか5年以上は持つ……家賃とか税金とか光熱費を考えなくて食費にだけ回せば……いや、一部遊興費の金も必要か」

 

「コレってそんなに多いの?」

 

「ああ…………シャーリー、合計で400グラムぐらいになる純金のコインを用意してくれ……遊真、向こうの世界の金に関して色々と教えて向こうの世界で向こうの世界の金に換金出来る物を渡すから3束ぐらいくれ」

 

「400グラムぐらいでいいのか?1kgぐらい」

 

「それは多いし、多すぎると足が付きやすい……出処が分からない謎の金は色々と厄介だ」

 

 麟児から大学の学生証は貰っている。遊真の生活のあれこれをする為に向こうの世界に存在する有吾の戸籍等を使う許可は頂いている。

 やろうと思えば(きん)を換金する(きん)、プラチナ、宝石等を買い取る質屋に麟児の学生証か有吾の身分証明書を持っていって換金する事が出来るが出処が分からない謎の(きん)を持ち込んで足が付く。特に有吾の身分証明書で足が付くのはマズい。迅にもしかしてこっちの世界に送ってくれた奴等が居るんじゃないの?とか何故有吾の名前で金を質屋で換金しているかどうか、一応は言うなと釘刺しているが万が一があるのが怖いので遊真が持つ日本円を受け取る。

 

「わかった。3つぐらいでいいんだな?」

 

「ああ、それだけあればなんとか凌ぐ事は出来る…………多分」

 

 ハッキリと断言する事は出来ない。なにせ10年も居ないので物価がどうなっているか知らない……まぁ、そこの隙をつくんだが。

 

「だが何時かは底を尽く。なにか向こうの世界で商売の1つをした方がいいんじゃないのか?」

 

 遊真に400グラムぐらいの純金のコインを用意する様にシャーリーは指示を出した後に金儲けの話をする。

 

「……そうだな……」

 

 向こうの世界との交渉に成功すればお金関連の問題は解決する事が出来るだろうが、それでも万が一を想定しておく。

 自分達がやろうとしている事が最低最悪の行為だから、なにが起きてもおかしくはない。備えておいて損は何処にもない。

 

「トリガー関係で商売が出来る筈だがボーダーがどう出てくるか……あ……いや、ダメか」

 

「なんだ、その『あ』は?なにかいい商売があるのか?」

 

「いや、無いから」

 

「ジョンさん、つまんない嘘をつくね……向こうの世界で、ニホンでお金儲けが出来る方法が知ってるんでしょ?」

 

「いや、流石にコンプライアンス的なのに色々と言われるから……コスパはいいが確実に儲かるとは言えないし……」

 

「コンプライアンス?……私達にしか出来ない妙案なのだろう?ジョン、自信を持つんだ。ジョンの作戦ならばきっと上手く行くはずだ」

 

 純粋で真っ直ぐな瞳でシャーリーはジョンに訴えかける。

 ジョンは言いたくはなかったが高性能な嘘発見器が居るのと言わなければ更に厄介な事になるから渋々浮かんだ案を言う。

 

「特定の物しか破壊出来ない生身の肉体やトリオン体を傷付ける事が出来ない様に設定された銃で食器や家具型の的なんかに銃弾を乱射する」

 

「…………お金儲けになるのか?」

 

「流石に無理があるだろう」

 

 ジョンが提案した案を聞いて流石にそれは無いと言いたげなシャーリーと遊真。

 コンプライアンスに引っかかるから無理ではなく、そんなのでお金儲けが出来るわけがないと本気で思っている……が、ジョンは大丈夫だと思っている。コンプライアンス的なのに引っかかるという観点以外を除けば最高の商売になる。

 

「日本では基本的には自衛隊か警察という治安維持組織的なのの隊員しか銃を持つ事が出来ない。日本は銃関係の法律は厳しい……だから日本以外の銃の規制が緩い国では銃を撃つことが出来る射撃場があって、その射撃場に行って銃弾を的に撃ち込む、銃を撃つためだけに外国で遊ぶ旅行がある。単純に外国に行くだけでも最低でも数万円は掛かる、そこから更に宿の代金や食事代、遊興費、ビザなんかを含めれば海外旅行には最低でも十数万円が掛かり、銃を撃つ体験も最低でも10000円、その一万円札1枚以上の代金が必要になる……確かアメリカ辺りに戦車でミサイルを撃ち込む数十万円ぐらいする海外旅行やストレス発散で食器や家具等の物を壊しまくるが商売があった筈だ……」

 

 ※マジです

 

 某名探偵だってハワ親(ハワイで親父に習った)言っているのである。

 

「ストレス発散で銃を乱射して物を破壊する快感は良い商売になる…………弾丸や的はトリオンで出来ていて当たっても怪我はしない、トリオンというコストが掛かる以外でそれ以外は実弾なんかは用意しなくてもいい、最悪お客から搾取したトリオンをトリオン弾に回せばいい実質タダに近い代物……コンプライアンス的なのに引っかかるという問題があるが、銃の乱射は良い商売になるのは確かだが、絶対に確実に100%批判的な意見が飛び交う。コンプライアンス的なのに引っかかる」

 

 だから、この商売だけはダメだと念を押して言っておく。

 しかしそんなので儲かる商売が出来るんだったらとシャーリーは一応はジョンの言うトリオン体や生身の肉体を傷付ける事が出来ない、特定の物しか破壊出来ない銃のプログラム等を用意した。ジョンは絶対に使うなよと釘を刺しまくるのであった。




銃のくだりは某名探偵の犯人のスピンオフのハワ親(ハワイで教官(オヤジ)に習った)からので着想を得ています。
日本で銃を乱射する事が出来て外国に行くより安いならば客は来たりするんじゃないかとは思っている作者は狂っています。
感想お待ちしております


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48話

感想お待ちしております。
この話書いてたら金田一少年の事件簿 星見島 悲しみの復讐鬼を思い出した。


 

『日本のお金、確認。日本で日本のお金に換金できる純金や宝石類、確認。空閑有吾をはじめとする日本人の様なトリオン体、確認。雨取麟児の学生証、確認』

 

 イアドリフが地球に近付いた。例年通りならば遠征艇を派遣して地球から人をキャトルミューティレーション的な事を、拉致るが今回は違う。

 和平の様なものを結びに行く……失敗しても成功しても俺としては色々と助かるだろう。まぁ、個人的な意見を持って良いのならば成功してほしい。

 

『マスター、ジョン、全ての物を2回確認し終えました。何一つ忘れ物はありません』

 

 アシッドが荷物の確認を2回して終えたと教えてくれる。

 

「そう……」

 

「お前が来るんだな」

 

 下手すれば一生帰ってこられない大規模な遠征にルルベットが参加している。

 甥っ子であるフィラは幼い。知世よりも1つ下の12歳……ルルベットは残るべきじゃないだろうか?

 

「数年、たった数年我慢すれば後は全てが楽になるのよ」

 

「この遠征は失敗する可能性が大きい。俺の個人的な見解では20%の確率でしか成功する事が出来ない……何手増やしてもだ」

 

 ボーダーには迅が居る。迅が居なければ交渉の場で上を行くことが出来る。

 和平の様なものを結びに行くので流石に迅を殺すわけにはいかない。あくまでも疑いは持たれるがある一定の信頼と信用をボーダーから勝ち取り迅を出し抜いて交渉の場を設けないといけない……故にミスは許されない。

 

 どれだけ手数を増やしても「それはもう予知で見たよ」の一言で解決する事が出来るのが迅だ。

 ただ純粋にぶっ倒すだけならばリーナに頼ってもいい。迅はあの手この手を使ってくる。仮に俺が戦えば最低でも15分は足止めされるだろう。リーナが相手で迅を倒す事にのみ集中した場合は5分で決着が付くか負けるかのどちらかだろう。

 

 ボーダーの外務関係、技術開発関係、メディア関係は大人がやっている。

 よくラノベとかである有能に見えて実は無能でアンチ要素が多い頼りがない大人でなく割と頼りになる大人だ……俺は迅を出し抜いてその3人の大人を出し抜かないといけない……技術開発関係も出し抜かないといけないが、まぁ、どうにかなるだろう。と言うかどうにかしないといけない。

 

「ルルベット!」

 

 イアドリフが遠征計画については知っている人は知っているレベルのものになっている。

 万が一失敗したらトカゲの尻尾切りだと見捨てるつもりで居るのだろう。失敗したら尻尾切り、成功したら大々的にアピールする。そんな感じだ。

 

「フィラ……」

 

 ルルベットの甥っ子であるフィラと見知らぬ女性がやって来る。

 フィラはこの遠征について知っている。下手すれば一生帰ってこられない危険過ぎる遠征であることもだ。故にルルベットは視線を合わせようとしない。もしかすればコレが今生の、最後の別れになるのかもしれないのだから。

 

「僕、待ってる……ルルベットが帰ってくるのをずっと待ってる!玄界(ミデン)の技術をいっぱい学んでイアドリフを豊かにして、偉い学者になるよ。だからルルベット、約束して。絶対に帰ってくるって」

 

「っ…………ええ!約束するわ!だから元気に生きて…………」

 

「ルルベット、フィラ達の事は私に任せてください……必ずや守り抜いてみせます。だから貴女も必ず帰ってきてください」

 

 涙を流さない様にグッと堪えているフィラ。ルルベットに抱き着くとルルベットも抱き締める。

 さっきまで暗かったルルベットも今にでも泣きそうなんじゃないのかと思えるぐらいにはウルウルしているが気にしない。フィラと一緒に来ていた女性がルルベットにフィラ達の事を任せてと言っているので託すしかないんだろうなと思っていると俺の方を見る。

 

「貴方がジョン・マンジローですね、私はアレノエ、ルルベットから話は伺っています。貴方が飼っている犬、ミブ、ロウシとその子供であるソージ、パッツアン、ハジメは大事に育てます」

 

「……いいのか?いや、確かにミブ達は連れて行く事は出来ないが」

 

 俺が飼っているニホンオオカミのミブは嫁を見つけた。まだイアドリフにニホンオオカミが生息していた。

 子を成してソウジ、パッツアン、ハジメと名付けている……ニホンオオカミの寿命とかを考慮すればおそらくは帰ってくる頃にはミブとロウシは死んでいるだろう。

 

「ルルベットが信頼している人の頼みですし、なにより私の家もこの遠征の恩恵を受けています……だから気にしないでください。私、こう見えても犬は大好きなんです!」

 

「そうか…………」

 

 ミブ達は犬じゃなくてニホンオオカミなんだけども、まぁいいか。

 ミブ達に関してあれこれ頼める相手が居なかったので面倒を見てくれる人が居るならばありがたい。

 

「あ、ジョン!よかった、間に合った!」

 

「なんだ?」

 

 別れの挨拶を済ませたのでさっさと遠征艇に向かいたいのだが、スパルカに足止めをくらった。

 スパルカはコレを作ったんだよと言って餞別だと作るなと言っておいた筈の物を俺に渡してきた。幾らなんでもトリガー技術がオーバーテクノロジーだからと言って作るのは無理かと思っていたのだが作る事に成功するとかこいつマジかよと思った。

 

「皆、準備が出来たな?」

 

「とっくの昔に出来てるわよ……別れを言う相手なんて居ないんだから」

 

 ルルベットがフィラに絶対に帰ってくると約束を果たして別れを告げて俺はルルベットと一緒に遠征艇の前に向かった。

 シャーリーが最後の挨拶を済ませる事が出来たのか、やるべきことをやり終えたのか確認するがリーナから嫌味が飛んでくる。

 約10年イアドリフに居たがリーナは大して愛着心を抱いていない。俺も愛着心を抱いていない……なにせ葵とリーナが一緒になってついて来てくれるのだから心残りはミブ達ぐらいだ。帰ってくる頃には死んでるだろう。

 

「トリオン充填完了、物資の積み込み完了、最終点検完了……乗り込め」

 

 レグリットが最後のメンテナンス等を終えた事を伝えると俺達は船に乗り込む。

 俺、遊真、リーナ、葵、レグリット、シャーリー、ルルベットの合計7名での遠征……隣の国を襲撃する程度の遠征は何回かはあったが本格的な遠征はコレが初となる。

 

「トリガー起動」

 

 遠征艇に乗り込み所定の位置に辿り着けば全員でトリガーを起動してトリオン体に換装する。

 空腹等を感じさせず栄養吸収率を高めたトリオン体で戦闘のトリオン体とは異なるものだ……まぁ、遊真には関係無いけど。

 

「それでどうすんの?」

 

 門が開いて次元の狭間に入り込んだ。別世界に行く事には成功しているのだが、まだ地球に辿り着く事が出来ていない。

 あくまでも協力関係である遊真は俺達イアドリフが腹に一物を抱え込んでいる事は分かっているがそれでも協力する価値はあると認識している。故に深くは干渉する事はしない、一線を引いてくれているのだが今後の事について尋ねてくる。

 

「えっと……どうするんだジョン?」

 

「先ず遊真の方から処理をする。有吾さんが日本出身ならば戸籍等があるからそれを使って学校に通う手続きとかを申し込む……学校に行きたいんだろ?」

 

「うん。どんなところか気になるしな」

 

 色々と計画を組み立てては居るが何事も最初が肝心である。

 向こうの世界に対して使える交渉のカードを多数用意しているが具体的にどうやってそこにまで持っていくか等の作戦は俺に任されている。シャーリーは俺に対して意見を求めてくるので先ずは遊真の方から処理する事を決める。

 

(ゲート)を開くボーダーはトリオン反応によるレーダー探知をしているからトリガーを使わずに生身の肉体で三門市に入国する」

 

「む…………大丈夫かな?」

 

「ああ、大丈夫だ。その辺に関しては問題が無いようにしている」

 

 遊真は有吾さんの命で出来た黒トリガーの機能の1つで常時トリオン体になっている。

 レーダーに映ってしまうのではないのか?という心配をするので問題は無いと巾着袋を取り出した。

 

「なにこれ?」

 

「凄く簡単に言ってしまえばトリオンを消費する代わりにレーダー等に映らなくなるトリガーだ……ああ、トリオン体に換装したりするトリガーじゃないし、お前の物じゃないから最初の関門を突破する事が出来れば返してくれ。それは持ち主に渡さないといけないものなんだ」

 

「分かった」

 

「学校に入る手続き、住居の確保等が終わればお別れだ……だから友達を作れ、本当に信用と信頼が出来る心を開いても問題無いこっちの世界の住人で向こうの世界から来たと言っても大丈夫な友達をだな」

 

「……なんでそこまで色々としてくれるの?」

 

「なに、こっちもこっちで込み入った事情がある。何度も言うように人を拐ったりはしない……ギブ・アンド・テイク、そっちが有吾さんの戸籍なんかを使わせてくれるのならばこっちは色々と大助かりなんだ」

 

 麟児から託された学生証だけでは心許ない。やっぱちゃんとした使える戸籍を持った人の戸籍を利用するに限る。

 遊真は嘘はついていないのが分かっているので深くは踏み込もうとはしない。

 

「じゃあ、本名を教えてよ」

 

「それは出来ない事だ……でも、色々と気になるなら日本の、地球の文明の利器を頼ってジョン・万次郎について調べればいい」

 

 と言っても有吾さんの事とかを考慮すれば俺達について遊真は気付くだろう。既に薄々察しているだろう。

 俺の口からその一言を聞きたいんだろうが俺の口からは語らない。レプリカも一応は気を遣って深く踏み込んでくる事はしない。

 

「………………ふぅ………………」

 

 宇宙兄弟の宇宙飛行士選抜試験的なのを受けているので閉鎖的環境に馴れている、馴れている筈だがため息が出る。

 俺の中にわずかながら残っている罪悪感や良心がため息の原因だ。ただ普通にボーダーと交渉してもイアドリフを友好的な近界民と捉えるかどうかは8割ぐらい否である。なにせ俺や葵を拉致しているんだから、言い逃れ出来ない悪行を重ねている。仮に今から改心して国の方針を変えた等を言ったとしても玉狛支部と秘密の同盟を結ぶぐらいだろう。

 

 だから麟児が考えた計画をベースに原作知識を悪用して発展させた作戦を行う。

 それをすれば確実にボーダーにとって不利益になる……だから言葉は慎重に選んでいる。遊真という高性能な嘘発見器の網を掻い潜れば迅をはじめとする玉狛支部の近界民友好派の派閥からある程度の信頼を勝ち取れる……そして裏切る。

 

 後戻りは出来ない……後戻りがしたいかと聞かれればしたいだろうな。俺の二度目の人生は大変過ぎる。

 アポトキシン4869的なのが存在するのならば第三の小学生生活からやり直してもいいと思っている……でも、時計の針は戻しちゃいけない。戻すことは出来ない。迅悠一の次ぐらいには理解している。

 

 人は前に進む、いや、ベルトコンベアの様な物に乗せられて生から死に向かっている。

 ベルトコンベアの様な物には無数の分岐点が存在する。最終地点は死だが、その分岐点への移動が努力や才能、めんどくさがらないことなのだろうと俺は思っている。どれだけ過去を振り返る事は出来ても過去は過去で後戻りは出来ない。

 

「俺は全て壊す…………生き抜く為に…………」

 

 一般的な倫理観から見ても俺は既に狂っているんだから気にする必要は無い……少しだけ人としての心が残っている。葵とリーナが居てくれたからだろう。最初は俺のエゴなんかで手を差し伸べたが、今となっては共依存に近い関係性だろう。そうなるように仕向けていた。そうしないと何処かの時点で詰んでしまって本当に絶対に越えてはならない一線を越えてしまうから。

 

「悪を企む者達よ仲間みたいな顔をするな。俺はあいつを利用する為、逆のサイドに来てるだけだ。その手を離せ、俺に構うな。正義面をする者達よ。味方みたいなふりをするな俺はこいつを倒すだけ。お前達など相手じゃない、道を開けろ俺に構うな。天皇陛下 栄え給えあの鐘の響く胸で、俺は誓った すべて壊すと、Come on、ダディー 見ててくれよ ダディー ダディ。悪だとか正義とか大人に従う子供達よ どこのどいつも同じこと ずっと甘えて暮らすがいい その手を離せ 俺に構うな 天皇陛下 その名永久(とわ)に日の丸が昇る空に俺は刃向かう そして引き裂く、Oh、マミー 泣いているか マミー マミー……ダディー 見ててくれよ ダディー ダディー」

 

「……なに歌ってるの?」

 

「余計な雑念を振り払う為にしている……」

 

 好きだった漫画の好きなキャラのキャラソンだ。今生でも見かけている。

 ある意味、この歌の通りになっている自分だとちょっとだけ思うが、難攻不落の鉄騎兵には程遠い……そもそもで俺、日本人だし。人間だし。

 急に歌い出した俺になんで歌っているのかとリーナは疑問を抱くのだが、余計な雑念を振り払う為に歌っているだけに過ぎない。深い意味は無い。

 

「歌…………き〜み〜がぁ〜よぉ〜はぁ」

 

「……なんでその歌にしたんだ?」

 

「この歌を知っていると言う事で交渉の材料に使う事が出来ると思うので……それと気分転換です」

 

「ほぅ…………どんな歌なんだ?」

 

「意味は忘れました……でも、日本人なら大抵は知っている国歌です」

 

 歌を交渉の材料に使えると言えば興味を抱くレグリット。

 残念ながら葵は歌の意味を忘れてしまっている。確か古今和歌集的なのの一節にあった筈だが……ダメだな、長い間ちゃんとした日本の教育を受けたりしていないから学力が大きく低下している。多分数学関係は分数のかけ算や割り算が出来ないぐらいのレベルにまで低下している。リーナのおかげで英語、今生の叔父と前世の記憶で地歴公民系は滅茶苦茶強くなっているんだがな。

 

教官(先生)玄界(ミデン)付近に近付きました」

 

 歌を歌って気を紛らわせたりしつつも地球に近付く事に成功した。

 シャーリーは遠征艇を操作している…………ここからが色々と大事だ。原作知識をとことん悪用しなければ生き残る事は出来ない。

 

「雑魚のトリオン兵を派遣して……戦力及び実力の確認を行う」

 

 C級の出力を抑えた訓練生用のトリガーでも倒せそうなトリオン兵を大量に放つ。

 目的は戦力の確認、鳩原未来が人を撃てなかったり麟児の特訓に忙しかったりで自分がボーダー基準でどれぐらい強いのかが分かっていない。トリオン能力が11である事以外は不明だ……生駒旋空を撃ったりする事が出来るし、全距離で戦おうと思えば戦えるし、マスタークラスは越えている筈……9000点後半の万能手であの手この手を使う感じだろうか?でもイメージ的には迅悠一には相性なんかで勝てそうな気がするんだが…………悪い方向で考えておこう。

 個人ポイント10000越えているとか慢心しないでおく。なにせボーダーには単位や学業の成績を犠牲にする事によって40000を越える1位は別格過ぎるだろうと言える個人ポイントを持っている未来予知が無くても純粋に強い防御がボーダー最強の男が未来予知使ったりして自分に合ったトリガーを開発しなければ勝ち越すことが出来ない男が居て、そんな男に7:3ぐらいで勝ち越す化け物な本部長が居て更にはその本部長の剣術の技術10よりも上な技術が14のヴィザのジジイがいる。悪い方向に考えておかないといけない。いい方向に考えるのは確実に失敗するフラグだ。

 

「向こうの世界に手出ししないんじゃなかったの?」

 

 レグリットがトリオン兵を派遣する事を言ったので約束が違うんじゃないの?と言う遊真。

 

「人を拉致したりはしないだけで手を出さないとは言っていない。それにコレはお前達の為でもある。ボーダーには(ブラック)トリガーや強力なサイドエフェクトを持った兵が存在している。穏便に事を済ませるには掻い潜らないといけない。玄界(ミデン)のトリガーを使う組織は私達が向こうの世界からやってきただけで発砲する事もある……それとも大暴れしたいのか?」

 

「……う〜ん……拉致ったりするなよ」

 

 レグリットはなにも嘘は言っていない。正論を言っている。

 遊真は最上宗一に会いに来たので事を穏便に済ませたい。街を破壊する可能性を持っているトリオン兵を派遣する事について色々と思うことはあるが、向こうにも向こうの事情があるので釘を刺すだけで終わらせる。

 

「へぇ、ここがニホンなのか」

 

「三門市……神戸、名古屋、博多、横浜といった日本の主要都市じゃない街……」

 

 トリオン兵が派遣されて遠征艇のモニターに日本の光景が映し出される。

 イアドリフとは異なる街並みだ。葵はボソリと街のレベルを呟く。

 

 殺風景どころか震災があったんじゃないかと思えるぐらいには瓦礫が崩壊している。戦場が直ぐ側にあると言うのに三門市民はあんまり避難したりする描写が無い。アフトクラトルの大規模侵攻が第二次という事や米屋の初近界民は女の子かよ発言から考えて今のボーダーが出来てからトリガー使いが出るレベルの侵攻は無かったに等しいと考えていいだろう。あってもボーダーが揉み消せるレベルの侵攻だ。

 

「日が沈んでる……夜なのね」

 

「いや、時間的には深夜の4時だ……この懐中時計が狂っていなければだが」

 

 トリオン兵から送られてくる情報から日本が夜なのだと思うルルベット。

 夜に見えるが俺が持っている懐中時計は4時23分を示している。深夜の明け方に近いものだ

 

「(ジョン、どうだ?)」

 

「(居ないっぽいな)」

 

 口にすると色々と厄介なので無線を入れてレグリットと会話をする。

 俺の1番の懸念、と言うかこの遠征の1番の障害である……迅悠一が今日防衛任務に入っているかどうかの確認を行う。鳩原未来から迅の情報を聞き出すことに成功しているが、迅の詳しい容姿は判明していない。俺は知っているのだが、なんで知っているか?と言う謎が出て来てややこしくなるので俺のサイドエフェクトで迅悠一を探す事になっている。

 

 遊真はなんだかんだでボーダーにバレる事はなく三門市に降り立つ事に成功した。その後どうやってか漫画のご都合主義的なので省かれているが三門第三中学に転校する事に成功している。遊真が迅と出会うのは修を経由してで、それ以前は見つかっていない。迅も迅で遊真に会って遊真の顔を見ることで遊真が近界民(ネイバー)である事に気付く。

 

 遊真がこっちの世界あれこれするのに便乗すれば見つかる可能性が低くなる。

 

 無論俺達と言う存在はイレギュラーだろう。原作でもアニオリでもイアドリフなんてものは聞いた覚えが無いのだから。

 その為に迅のサイドエフェクトで見えている未来が変わっている世界線かもしれない……いや、そもそもでこの世界はワールドトリガーに似た世界であってワールドトリガーの世界ではない。

 

「時刻的にも狙うなら今がいいだろう……シャーリー、葵、ルルベット、頼んだぞ」

 

 学生が多い時間帯はマズい。

 ボーダーの隊員がチラホラ見えるのだが原作キャラ的なのは見当たらない。迅悠一は居ないと判断し、門を開かせる。

 

 全部とは言わないがボーダーのトリガーを鳩原達から解析させてもらった。

 ボーダーのトリガーのトリオン体に常備されている基本機能であるレーダーがどんなものなのか解析済みだ。

 

 だからボーダーのレーダーが映らなくなったり狂ったり誤認させたりする特殊な怪電波的なのを放つトリオン兵を派遣する。

 モールモッド程度の実力だからちゃんとしたB級隊員なら倒すことが出来る筈だ。

 

 日本に足を運ぶだけなのに、何重にも警戒をしておかないといけない。

 コレをやっても迅悠一が「その未来、確定だ」的な事を言ってくる可能性もある。あいつマジでチート過ぎる。

 

「じゃあ、行くか」

 

 トリオン兵を派遣する。

 レーダーを狂わせる怪電波的なのを発するトリオン兵、その間に俺は生身で、遊真はトリオン体がレーダーに映らないトリガーを持って日本に足を踏み入れる。

 

「…………よし」

 

 先ずは第1段階、遊真と一緒に迅悠一の包囲網を潜り抜けて日本の大地に踏み立ちボーダーが戦場している区域から抜け出す事に成功した。

 この一歩は大きな一歩である。




ジョンが居る世界はワールドトリガーと似ているが異なる世界です。
例えば原作だと三門第一高校はクラス分けがA組B組C組でしたが、1組、2組、3組になったりしています。
一部のアニメや特撮が存在しているけど一部のアニメや漫画が存在していなかったりしててジョンも自身が雲雀恭弥に似ているが別人だぐらいの認識をしています。リボーンはないがキン肉マンやドラえもんはあります。

【カゲロウ】

切れ味 A 
重さ  B 
耐久力 A

 イアドリフの基本的な剣のトリガー。余程の弱小国家でない限りならば簡単に量産する事が出来る切れ味良くて弧月よりちょっと軽い。
 ブレードを伸ばす【ウスバカゲロウ】とブレードの形状を少しだけ変化させる【トウロウカゲロウ】がある。割と普通の武器であり、イアドリフたトリガー使いの腕が無駄に高いのは一品物のトリガーをあまり量産しない方向にしているから。

【ミラージュ】

 六角形の小さな鏡の様なものからトリオンの砲撃を放つトリガー
 トリオン操作技術等が物を言い、鏡を大きくすれば撃つ砲撃の威力を上げる事が出来る。追尾機能や曲がる砲撃も威力を下げれば撃てなくはないが、ボーダー射手(シューター)系トリガー同様にトリオンが物を言うトリガーでトリオン操作のセンス等も必要なものでボーダーも時間をかければ量産する事が出来るトリガーだが射手(シューター)系のトリガーがあるので作る必要は何処にもない。


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49話

 

「よぉっし!!」

 

 先ずは第1段階、一番大事かは分からないがボーダーの包囲網を抜けて市街地に足を踏み入れる事に成功した。

 迅悠一に見られることなくボーダーの包囲網を抜けて市街地に足を踏み入れたジョンは大きくガッツポーズを取ったのだが直ぐに冷静になる。

 

「で、先ずはなにからすればいいの?」

 

「……落ち着け。物事には手順がある」

 

 目の前には高性能嘘発見器である遊真が居る。

 過去に遊真を見た時はドーベルマン程度の闘志を秘めていたのだが有吾からサイドエフェクトを受け継いだ影響かライガーに乗るギリシャ神話のヘルメスの様な物が薄らぼんやり見えている。

 

 遊真には言っていないが、ボーダーにとって不利益な事をする予定だ。

 遊真は腹に一物を抱え込んでいる事を理解しているがいざとなれば自分で始末をすればいいとも認識している。黒トリガー遊真と無想状態の羅生門(サハスラブジャ)ジョンのどっちが強いかは定かではないが、長期戦に持ち込んだりすれば遊真が勝つことが出来るのは確かだ。

 

「先ずは買い物だ…………財布を買いに行く」

 

『家探し等をしなくていいのか?』

 

「家探しも大事っちゃ大事だが色々とやらないといけない。幾つか手順を踏まないといけない。最初の一歩はお金を入れる財布を買うことだ」

 

 本音を言えば他にも色々な事がしたいのだが、遊真達は最低でも数百万を持っている。

 遠征艇に置いてきたが20kgぐらいの純金や宝石類等もある。現金の類を見せびらかすのはどちらかと言えば治安の悪い三門市では危険だ。現に原作では遊真が万札の札束を見せびらかしたら厄介な輩に絡まれた。

 

「四角い乗り物が走っている」

 

「アレは車と言って主に石油という化石燃料を色々と弄って出来たガソリンを動力源に走る乗り物って、おいまだ歩くな」

 

「なんで?車来てないよ?」

 

「この国は交通整備がしっかりされていて信号という物がある。目の前にある信号が青……緑に近い青ならば歩いてもいい、目の前にある信号が赤ならば歩いてはいけない様になっている」

 

 ジョンは遊真と一緒に三門市の市街地を歩く。

 約10年ぶりの日本に対して色々と思うところが無いと言えば嘘になるが、無想状態に頭のスイッチを切り替えて冷静さを保ち車が来ていないが赤信号の横断歩道を渡ろうとしていた。

 

「ニホンってめちゃめちゃしっかりした国なんだな」

 

「しっかりした、と言うよりは物の最低基準が高くて量は少ないが様々な資源に恵まれた陸地が外国に一切続いていない他国にとっては滅茶苦茶攻めにくい国だ……故にこの国の王族は1000年以上血筋を途絶えさせず滅ぼされてない」

 

「……マジで?内部で戦争とかあったりしたんじゃないの?」

 

「ああ、ありまくった。だが本当の意味での外国との戦争は外国との交流をするようになってからも数える程度しか行っていない。過去にモンゴルという国がこの国を攻めようとしたが様々な奇跡が重なって防衛に成功している」

 

「へぇ……ニホンって滅茶苦茶スゴいんだな」

 

「物の最低基準が高い、鎖国により他国の文化をあまり取り入れず独自の文化を持つ、細長くて様々な物が育てられる海を渡らなければ外国に行くことが出来ない立地……様々な奇跡が重なって日本という国が成り立っている。国レベルの戦争に負けても従属国家とかじゃなくて日本という国として維持を出来てるんだぞ?」

 

 日本という国は冷静になって考えてみれば色々とおかしい、奇跡が起こりまくっている国だとジョンは盛り上げる。

 嘘は言っていない。チラリと視線を街に向けてみても、トリガー関係の技術が無くても高度に文明が発達しているのがよく分かるのでスゴいなと感心する。

 

「ジョンさん、どっかで飯食わない?」

 

「まぁ……そうだな……時間帯とか考慮してもコンビニで軽くつまめる物を買うだけになるがいいか?」

 

 ジョンは三門市育ちではない。だから三門市の立地は一切知らない。

 24時間営業している大手の牛丼チェーン店等が三門市にあることぐらいは熟知しているが遊真の見た目が11歳なのが問題だ。懐中時計が狂っていなければまだ6時になったばかりで、今日がそもそも何月何日の何曜日なのかも分かっていない。

 

「コンビニ?」

 

「コンビニエンスストア、食料品から雑貨品まで色々な物が置いてある商店の事だ。基本的には24時間営業している……一石二鳥だな」

 

「なにが?」

 

「気にするな、些細な事だ……お、あったな」

 

「らっしゃいやせ〜」

 

 住宅街を通り抜けて繁華街に辿り着いたジョンはコンビニに足を運ぶ。

 地方にしか無いコンビニじゃない全国何処にでもあるコンビニで遊真も足を踏み入れると、おお!と驚いた表情を見せる。

 

「おにぎりとホットスナックと飲み物でいいか」

 

「その辺はジョンさんに任せるよ……ジョンさんの方が詳しいんだろ?」

 

「…………」

 

 遊真は気付いているが踏み込もうとはしない。だが、そういう事を言われると動揺したり余計な雑念が入り込む。

 まだまだ精神修行が足りない、政治関係で色々と行動しようとしているのに未熟者だなと思いながらも適当におにぎりと飲み物とホットスナックを買う。

 

「どうやって開けるんだ?」

 

「説明文が書いてあるだろ。その通りにしろ」

 

「…………読むのが難しい。ジョンさん、助けてくれ」

 

「…………分かった」

 

 おにぎりに包まれたビニールの袋を開ける事が出来ない遊真。

 自分もなんだかんだで10年ぶりなので色々と怪しかったりするが、遊真はよりはマシな方だと言い聞かせた後に遊真のおにぎりの袋を開ける。

 

「おにぎり、だったけどこの黒いのはなんだ?」

 

『成分解析……解析完了。この黒いのは葉っぱで出来ている。有毒な成分は無い』

 

「んなの使って売れるわけねえだろう。それは海苔って言って海の葉っぱを纏めて出来たものだ…………このレベルなのか、有吾さん」

 

 遊真が有吾共に6年間近界(ネイバーフッド)を放浪していた。有吾が死んでから3年間、合計9年間は日本には居ない。

 色々とこっちの世界に対する常識が疎いのは仕方がないのは分かるのだが、もうちょっとせめて外国人観光客レベルの知識は無いのかと、レプリカ辺りに保存されてないのかと思ったが、レプリカもそこまで万能でない。

 

「うん、結構美味しい……コレって普通の人でも買えるのか?」

 

「普通の人でも買える値段だよ」

 

 コンビニのおにぎりとホットスナックをモグモグと食べる遊真とジョン。

 10年ぶりの味だが涙は出ないように枯れ果てている。食事関係の涙は麟児達から貰ったナツメグで出来た普通のハンバーグで十二分に流したので出てこないのである。

 

「金曜日で時間は狂ってないか」

 

 それはさておきジョンは知ることが出来た。

 コンビニでおにぎり等を購入した際に貰えるレシートから今何時なのか、今日が何月何日の何曜日なのか、三門市のどのエリアなのか。

 今日は金曜日だ。金曜日で6時過ぎで懐中時計は一切狂っていなかった。誕生日プレゼントの懐中時計は結構いいとこの懐中時計なので良かったとホッとする……が、まだ油断は出来ない。本音を言えば三門市から出ていきたいジョンだが遊真関係で出て行く事は出来ない。三門市には予知予知歩きの男が居るのだからなにかの拍子で会うかもしれない。

 

「遊真、こっちの世界の文字の読み書きは出来るのか?」

 

「ひらがなとカタカナはいける。レプリカがいるからなんとかなると思う」

 

『ユーマ、一時的とはいえこちらの世界に身を置くのだ。こちらの世界のルール等を学ばなければならない。私に頼るのも構わないが最低限の読み書きが出来ないのは困る』

 

 郷に入っては郷に従えとレプリカ頼りな遊真に苦言するレプリカ。

 最低限の読み書きが出来るようになるのは必要である。

 

「むぅ…………こっちの世界の文字って向こうの世界と異なりまくってるんだよな?ニホンの文字とニホン以外の文字は大きく違うって親父から聞いたことがある」

 

「外国語関係は俺も色々と怪しいからせめて小学六年生までの漢字が読めるようになれ」

 

「6年生ってこっちの世界の人でも6年も時間が掛かるのを覚えろってジョンさん、無茶にも程があるだろう」

 

「郷に入っては郷に従え、その土地のものを受け容れろ」

 

 自分の名前なんかを書けるようにならないと色々と厄介な輩になる。

 

「……勉強は苦手だ。戦うことに頭を使うならいいけども計算したり文字を読んだり歴史を学んだりするのはな」

 

 だからこっちの世界の文字の読み書きが自信が無いと言い切る遊真。

 外国から来たので日本語が読むことが出来ないのは仕方がない事だがそれを理由に逃げれば遊真の目的の1つである学校に通う事が出来ない。

 

「覚えるのに6年も掛かるのに数日で覚えるのは無理だ」

 

「時間をかけて覚えろと言っているんだ。直ぐに覚えろとは言っていない……それに日本語でまだマシだと思わないといけない。仮にここがドイツやスペインならば俺は道先案内人になる事が出来ていない、葵でも無理なんだ」

 

 だから直ぐに覚えろとは言わない。

 ジョンは知っている。日本語は会得するのが難しい言語なのを。幸いにも会話をすることは出来ているので、後は文字や言葉遣いを覚えるだけで基本的には楽である。

 

「大体なんで同じ世界なのに内陸続きなのになんで文字や言語が異なるんだよ……」

 

「バベルの塔と言う塔を立てていたら神様の逆鱗に触れて人間の言語が通じなくしたという御伽噺の様なものは存在している……多分ホントだろう」

 

 色々とこっちの世界に関して疑問を持つ遊真に答えれる範囲で答えるジョン。

 そうこうしている内に時間が過ぎていき、デパートが開く時間帯になったのでデパートに向かって遊真と自分の分の財布を購入。

 

「……難しいな」

 

 空閑と雨取の印鑑もついでに購入した。

 ジョンが持っているのは麟児が使っていた大学の学生証、三門市在住の彼の身分証明書だが国が作った認可した顔写真付きの身分証明書ではない。なにか国が認めた顔写真付きの身分証明書がない。

 

「有吾さんの家関係でなにか知っていることはないか?」

 

『三門市のハチダイチョウとやらに住居がある』

 

「……一先ずは役所に向かうか」

 

 財布を買い終えたので役所に向かう事を決める。

 何処の区役所に向かえばいいのか分からないが、三門市民であったのならば何処かに戸籍があるはずだ。

 役所に向かって遊真の戸籍等があるかの確認などもすれば遊真の戸籍は一応はあった。有吾の戸籍や本籍地等もありマイナンバーカードも作ろうと思えば作れる感じだったが足が付くのは色々とマズい。

 

 有吾と遊真の戸籍を確認した後にジョンは住民票をコピーする。

 顔写真付きではないが身分を証明する物を手にする事が出来た。

 

「パスポートでいいか」

 

 次にジョンはパスポートを作りに行く。

 顔写真付きの身分証明書が必要で、有吾自体期限切れのパスポートを持っているが期限切れなので使えるかどうか怪しい。日本のパスポートは世界一信頼する事が出来る代物なので持っていて損は一切無い。顔写真付きの身分証明書としては最強の武器になるだろう。

 

「実は今度、海外に旅行に行くことになりまして昔、修学旅行でグアムに行く際にパスポートを作ってそれっきりの放置をしていたんですよ……いやぁ、思い出す。修学旅行がグアムだから国際便で行かないといけないから空港に朝に現地集合とかいうクソなのを……学校側が空港に行くバス代をケチったのは色々とツッコミたかった」

 

「……」

 

 有吾の見た目をしたトリオン体に換装してパスポートの申請を行いに行く。

 昔修学旅行でグアムに行って以降パスポートを使っていなかったという嘘を息を吐くかの様に語る。顔写真付きの身分証明書が必要なジョンや遊真はその事に関しては深くは追求しない。

 

「悪いがパスポートが手元に届くまでは学校に通うことは出来ない……まだまだやることは沢山ある。次だ次」

 

 公衆トイレで有吾の姿を模したトリオン体から生身の肉体に戻り遊真に告げる。

 やろうと思えば即座に三門第3中学に叩き込むことが出来なくもないが、自分の存在がボーダー側にバレるのは絶対にあってはならない事だ。

 全ては1つの作戦を成功させる為に、迅悠一を出し抜く為に、顔を見られてはいけないのだ。

 

「ここは?」

 

「インターネット、世界中と繋がっている情報機器から様々な情報を引き出したりする場所で漫画、絵が書かれた本を読むことが出来る施設だ」

 

 迅悠一の包囲網を潜り抜け、パスポートの申請等を終えたジョン達はネットカフェに向かった。

 三門市のネットカフェだと色々と厄介なので三門市のお隣にある蓮乃辺市の三門市に近くないところにあるネットカフェで、一先ずはと会員証を作ってネットカフェに入る。

 

「……10年もあれば色々と変わるか」

 

 漫画等が置いてあるコーナーに見たことがない漫画が多く並べられている。

 かつての自分ならばどんなものなのか気になって読んでいるが今は読んでいる場合じゃないと気持ちを切り替えない様にする。

 クッキングパパ、まだ連載が続いているんだな。ガラスの仮面数年経っても全然巻数が増えてない原作終わるより作者が終わるんじゃないのか?等色々と思ったが読まない様にしておく。

 

「なにするの?」

 

「この国の情勢や歴史を学ぶ。お前は暇になるだろうし、日本語を覚える意味合いを込めて漫画でも読んでおいてくれ。漫画はいい教科書になる。嘘じゃないぞ、複雑な日本語を覚える為に外国人は日本語を漫画やアニメで覚える一例は実在している」

 

 ジャパニメーションな文化をナメてはいけない。

 

『ジョン、君のオススメの漫画を頼む。出来れば遊真の教育に良いものでだ』

 

「そうだな……遊真に見せても問題無さそうなのでいいのは史上最強の弟子ケンイチか銀の匙……巻数的にも銀の匙の方がいいぞ」

 

 レプリカにオススメの漫画を紹介してくれと言われたので紹介する。

 史上最強の弟子ケンイチは60巻以上存在する漫画なので読むのに結構な時間が掛かる。銀の匙ならば十数巻なので読むことが出来ると本が置かれているスペースに向かって銀の匙を全巻取ってくる。

 

「分からない事があったらなるべくレプリカに聞けばいいが声は出すなよ」

 

「ほうほう……面白そうですな……ぎんのさじってどういう意味だ?」

 

『それを知るのもこの漫画を見る為の楽しみとしてとっておくんだ』

 

 そう言うとレプリカは子機であるちびレプリカを作り出す。

 一応は監視カメラが回っているのでなるべく目立つ真似は避けてほしいのだがレプリカの事だからなにかしらの考えがあっての行動だろうと深くは踏み込もうとはしない。

 

『ジョン、このインターネットとやらは玄界(ミデン)、つまりは地球の文明の利器で辞書の様なものでもあるか?』

 

「あるけど調べ物をするからパソコンは触らせねえぞ」

 

『大丈夫だ。君の邪魔はしない』

 

 そういうと大きい方のレプリカから管のようなものが伸びてパソコンのUSBメモリを指すところに入れる。

 こっちの世界の機会は全て電気を動力源にした機械だ。ハッキングや解析なんかは無理だろうがレプリカだしトロポイの自律トリオン兵は無駄に高性能(ハイスペック)だったりする。インターネットを純粋に使いたいのかもしれないし、自分の邪魔をしないならばそれでいいとジョンは調べ物をする。

 

 先ずはボーダーが出てくるまでの日本は出てきた後の日本はどうなっているのか?

 この世界は一部の漫画やアニメ、ゲームは存在していない。それに近しいパロディな漫画も存在していない。ワールドトリガーと似て異なる世界だとジョンは認識している。

 

 何処かで歴史の分岐点はあるのかと調べるが阪神淡路大震災や東日本大震災等日本で起きた自然的災害は記憶する限りは大体一緒だった。

 しかし総理大臣等が若干違う。総理大臣なんか誰でもいいと政治に全く興味を示さない現代っ子なジョンでも知っているレベルの政治家が居なかったりするのだがそれは仕方がない事だと受け入れる。

 

 三門市が日本のどの辺りなのか、自分の実家の住所を入れたりもする。

 因みにだがジョンがこの世界がワールドトリガーの世界である事を知っているのは転生した際にワールドトリガーの世界だと何故か認識する様になっていたからである。神様的な存在の超パワーである。

 

「やっぱり問題にはなっているか……」

 

 政治関係に興味は無いジョンだが色々と横の知識は豊富だ。その知識を悪用して現代の日本において問題になっている問題を見つめる。

 こっちの世界の交渉のカードとしてトリガー技術を切るつもりで、イアドリフの三賢人のドハルロに色々なトリガーの設計図を用意させてデータ化して遠征艇に積み込んでいる。

 

 コレと葵を交渉のカードとして切れば向こうは騒めく、飲み込む可能性が高い……政治家じゃないので断定が出来ないのが残念なところだ。

 和平の様な道を辿る事が出来るかどうかはほんとに不明だが確実に今の社会を崩壊させるのだけは確かである。

 

「必要な機材は幾らぐらいだ……」

 

 ジョンは調べまくる。

 1人で調べるのには限界があるので何れは葵達に頼らないといけないが、今は1人で頑張れるところまで調べる。作戦を考える。

 

 油断や慢心は出来ない。ジョンは昔見た金田一少年の事件簿のゲームで、犯人になって金田一を出し抜くゲームを思い出す。どれだけやっても金田一を出し抜く事が出来ない、どれだけやっても迅悠一を出し抜く事が出来ないという恐怖に襲われる。

 

 普通に戦うならば1手、足りなければ2手、2手足りなければ3手と迅悠一の予知とリアルタイムの出来事で処理する事が出来ない手数や火力で攻めれば良い。手数という意味合いではジョンの持つ羅生門(サハスラブジャ)は迅と相性がいい。

 

 迅のサイドエフェクトは脳内にウィンドウが現れる感じであり見ないようにすることは出来るがオン・オフすることは出来ない代物だ。

 リアルタイムと予知で意識を二分割に割くことは出来る。そこに100以上の見えない手をぶつける事が出来ればいい……が、迅の防御力は15、ボーダー随一の防御の達人である為に予知で長時間の戦闘が向いていないのがバレたりすれば泥沼試合化待ったなしである。

 

 ぶっちゃけた話、三門市を出ていって行動すればある程度は迅を回避する事が出来るのだがジョンは麟児にこちらの世界に関して色々と教える事を条件に色々と頼まれており和平の様なものをする為の1手として迅悠一の足止めは必須でボーダーから信頼と疑いを勝ち取らないといけない。ボーダーから信頼と疑いを勝ち取る手段は原作知識で知っている。とことん原作知識を悪用する。

 

 ジョンの後戻りは出来ない孤独な戦いは続く。

 

 後、数千円で住む寝るだけの三門市外のホテルを探して予約しておく。




感想お待ちしております。
ジョンは後戻りは出来ない事をする悪になります。
因みにだが親戚の修学旅行先がグアムで国際便がある空港に9時ぐらいに現地集合とか言うクソなのはマジである


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50話

 

『ユーマ、どう思う?』

 

「なにが?」

 

『ジョンの事だ』

 

 ネットカフェで必要な情報を収集して蓮乃辺市から離れたところにある格安のパソコンレンタルサービス付きのホテルに遊真とジョンは来ていた。最初の関門を突破する事に神経を使い、約10年ぶりの日本である事に浮かれずに感情を押し殺して無想状態のジョンは疲れ果てたので葵達遠征艇待機組に連絡を取らず直ぐに睡眠を取った。予想以上に疲れ果てていたのであろう。

 

「腹になにかは抱えてる……けど悪さをしようってわけじゃないんだよな」

 

 例によって人を拐ったり資源を奪う為に戦争を仕掛けに来ていない。

 遊真はジョンを悪い奴だとは思っていない。ただ裏でなにかとんでもない事をしようとしているのだけは確かだろう。

 

「それよりもレプリカ、なに調べてたんだ?」

 

『ジョン・万次郎という男についてだ』

 

 白と認めて悪さをしない以上は手出しはしない。

 だからこの話はコレで終わりだと遊真はレプリカがネットカフェのパソコンを用いてなにを調べていたのかを尋ねる。レプリカは文明の利器を頼りジョンについて……いや、ジョン・万次郎について調べた。

 

 調べるのは困難かもしれないとレプリカは考えていたが割とあっさりと見つかった。

 むしろインターネットに自身を接続するほうが困難だったと思うぐらいには割とあっさりと見つかったのだ。

 

『ジョン・万次郎とは』

 

「レプリカ、止めようぜ」

 

『ユーマ?』

 

「ジョンさんにだって色々とある……この遠征の真の目的は分からないけど、遠征は命懸けなんだ」

 

 遊真は知っている。

 約8年前にジョンとリーナと出会った際に父である有吾が色々と察していたのを。

 イアドリフから別の国を渡り歩いて傭兵なんかをしている時にあったほんの少しの平穏な時間、自身に出来た友達や自分よりちょっと歳上の少年兵を見て有吾は何処か悲しそうにしていたのを。

 

 はじめは色々と思うことはあったけども旅に馴れた遊真にとって、出会いがあれば別れもあるものとハッキリと分かるものだった。

 何時かは自分自身も死ぬ。何時かは親父も死ぬというのが分かっていた。

 

 自分自身のヘマが原因で父である有吾を亡くして嘘を見抜くというサイドエフェクトを引き継いだ。

 親父と一緒に参戦した戦争だからとカラワリアを守り抜いた。有吾で作られた黒トリガーで戦い抜いて戦争を締結に導いた。

 

 ジョン達は頑なに語ろうとしないがサイドエフェクトを経由して聞けば一発で分かることで過去を振り返れば答えは大体分かる。レプリカも遊真もなんとなく分かっている。

 ジョン・万次郎がなんなのか?その答えに辿り着けば、レプリカから聞けばより信憑性が増す。でも聞かないでおく……それでも知りたいなって思っているのはジョンやリーナの本名だろう。

 

 なにせ父である有吾はジョンをぶっ倒す事でその名を聞くことが出来た。

 ならば自身もジョンをぶっ倒す事が出来れば本名を教えてくれるんじゃないか?と脳筋に近い思考を持っているが、ジョンは戦ってくれない。

 

「ジョンさんはおれの為に色々としてくれてる……おれはもがみそういちさんに会う。それだけだ」

 

『ふむ……ユーマがそういうのならば私が口出しするのは筋が通らない……だがもしジョン・万次郎について知りたければ何時でも聞いてくれ。ジョン・万次郎については色々と記録している』

 

「うん…………とりあえずおれはコレを片付けないと」

 

 遊真はジョンに本屋で買ってもらった漢字ドリルを取り出す。

 ひらがなとカタカナはギリギリ読むことが出来ているので先ずはと小学生1年生の漢字から始める。

 

「縦にすれば数字に、横にすれば漢字になる……不思議だな」

 

 1と一は対して違いが無い様に見えて結構な違いがある。

 文字を覚えるだけでも大変なのにこの国の歴史、計算、科学技術、異国の言語を学ばないといけない。学生って戦闘系の訓練が無いだけで実は軍人か何かじゃないのか?と疑問を持ったりするが気にせずに遊真は日本の文字を覚えておく。せめて自分のフルネームを漢字で書くことが出来るようになればいいなと思っている。

 

 そこからは割と普通だった。

 三門市と三門市に隣接する市から離れて、ホテルに滞在しては昼間はネットカフェに向かう。足がついたり学校はどうした?等を聞かれたりすると困るので同じネットカフェには行かず系列は同じだが別のネットカフェに向かって色々と調べていた。

 レプリカが万が一があったら怖いからこっそりと遊真にバレない様にジョンがなにについて調べているのか調べてみたが、特に悪い事を連想させる様な事は見当たらなかった。

 

「ふ〜……顔写真付きの身分証明書ゲットだぜ」

 

 そんなこんなで遊真とジョンはパスポートを手に入れた。

 ジョンは自身のパスポートでなく有吾のパスポートだがとりあえず顔写真付きの身分証明書をゲットする事に成功する。この頃にはまだ完璧とは言えないが遊真は自身の名前を漢字で書くことが出来るようになっていた。1週間ぐらいだから遊真は決して頭は悪くないのである。

 

「パスポートさえあれば色々と問題が片付く……銀行口座作りに行くぞ」

 

「ぎんこう?」

 

「お金を預ける場所だ……こんな大金持ってたら心臓に悪い」

 

 パスポートがあれば色々と出来る。例えば銀行口座を作るとか。

 有吾の戸籍等を利用して銀行口座を作るので法律的には色々とアウトだったりするが、ジョンは気にしない。遊真もお金を預ける場所程度でその辺の法律には疎いので特に気にすることはしない。

 

 大手の銀行に向かって普通貯金の口座を作る。

 有吾名義の通帳と遊真名義の通帳を10万円で作り、足がつくのは厄介だからと複数回に分けて別の店舗の銀行のATMに預けに行く。

 

「…………やっとだな」

 

 約一週間、長かった。

 顔写真付きの身分証明書であるパスポートを用いて銀行口座を作ることに成功したのでやっとアレが……スマートフォン等が手に入れる事が出来る。現代っ子にとってスマートフォンは無くてはならないものだ。

 

 早速大手の携帯会社に向かってジョンは有吾名義で携帯電話を買った。

 銀行口座で引き落とす支払い方法で、なるべく足がつかない手段を用いる。大丈夫かなと心配になるがいざとなればと色々と企む。

 

「……後は学校に通わせるだけだな」

 

 三門市外の住居の確保等が終わった。葵達をこちらの世界に呼び込む手筈も整っている。

 二度目の日曜日、遊真を三門第三中学に編入させる手続きをジョンは行う。その際に学校に足を踏み入れたがなにも思わなかった。

 既に自分は19歳、学校に通う年齢ではあるが通っても大学だ。Fateから歴史関係にハマった口なので考古学とか歴史関係を学びたかったという思いはあるが時計の針は戻しちゃいけない。戻せない。

 

「……1回だけだ。1回だけ電話を掛けれる様にはしておく……だからコレでお別れ……とは言わないが、コレで一先ずは俺のお役はごめんだ」

 

 学校に入る手続きを全て済ませたジョンは荷物が入ったリュックを背負う。

 今日から遊真は三門第三中学の3年生として転校する。こちらの世界の料理に関する本は置いてある。塩などの調味料一式は用意してある。3日分の食料の買い置きはしている。

 

 だから、お別れだ。

 

 ジョンは別れる事を悲しむことはしない。

 自分の建てた計画通りに事が進めば再び遊真と再会を果たすのだから……ただ何処で迅悠一が妨害してくるかどうかが分からない。念の為に1度だけ遊真と通信する事が出来るようにした……コレでもまだ足りないとジョンは思ってるが遊真から見れば色々とやりすぎである。

 

「じゃ、いってきます」

 

「いってらっしゃい……ああ、どうせだったらあのバカでかいボーダー基地でも見てくればいいんじゃないか?なんだかんだで三門市とかボーダー関係は調べてないだろ?」

 

「ん……見てくよ」

 

 そんなこんなでジョンと遊真はお別れをする。

 

 ジョンは三門市を出て行く。蓮乃辺市を出て行く。

 電車を使って出ていき、スマホを取り出してボーダーをネット検索する。

 ボーダーの隊員は基本的には三門市民だが千葉や北海道から優秀な人材をスカウトしに行っている。原作知識に間違いが無ければ緑川を除いた草壁隊と片桐隊が林藤ゆりやミカエル・クローニン等と共に県外スカウトの旅に出ている。

 

 県外スカウトに関する情報はボーダーのネット検索で次回はどの辺りに来ていると紹介される。コレは色々と好都合だ。

 ボーダーのスカウトが来ない地方に向かう。流石のボーダーも三門市外ならば万が一を想定して県外に出た後に通信機を取り出す。

 

「こちらジョン、第1段階、第2段階成功。フェーズ3に移りたい」

 

『こちらシャーリー、了解だ……ユーマに変わった動きはあったか?』

 

「いや、無かった。遊真には言うんじゃないと何度も釘を刺していて人を拐ったりしないと言っている。アイツのサイドエフェクトは嘘を見抜くサイドエフェクトだ。だから引っかからずに俺を信用している」

 

『そうか……騙すような真似をしてしまっているが……』

 

「この作戦を成功させろ。そうすれば全てがチャラになる……人や監視カメラが無い街に向かう」

 

 遊真を騙している事にシャーリーは僅かばかり罪悪感を抱くが、全ては1つの作戦を成功させる為だ。

 ジョンは人気が無い道は舗装されたりしているものの監視カメラが無さそうな場所に向かい(ゲート)を開いた。

 

「ここが玄界(ミデン)……中々に空気が澄んでいる場所ね」

 

 初の地球の空気を吸うルルベット。

 

「田舎町だからだ……と言うか全員なんだな」

 

 門を開いて降り立ったのはレグリット、リーナ、葵、ルルベット、シャーリーの全員だった。

 誰か1人ぐらいは遠征艇に残るものだと思っていたのだが、全員が来ていた。誰か1人ぐらいは残っとけよと思うが、残らない。

 

「狭いのはもう嫌なのよ……にしても日本か…………何時かは行ってみたいなって思ってたけどこんな形で来ることになるとは思いもしなかったわ」

 

「分かっていると思うが余計な真似はするなよ……ボーダーとやらに亡命はさせない」

 

 日本にもっと別の形で来たかったと愚痴をこぼすリーナ。

 レグリットはボーダーに逃げる事をさせないと先に逃げ道を潰しておくがリーナは気にしないでおく。

 

「私はね……日本人じゃないのよ。アメリカって国の人間なのよ……だからボーダーに亡命しても家族に会える保証は無い都合のいい傀儡になるだけ。やるんだったらこの作戦を成功させた方が何百倍もマシなのよ」

 

「まぁ、リーナは色々とややこしいからですね……」

 

 この国の人間じゃないから絶対に揉める。故に作らないといけない。秘密のコネを。

 葵はリーナは色々と諦めているんだなと思っている。

 

「とりあえずレンタルした住居に向かうけどもその前になんかあるか?お金の方は1年は保つ筈だ」

 

「……その……」

 

「なんだ言ってみろ?」

 

 シャーリーは言っていいのかどうなのかと悩んでいる。

 ここまで来たのだから余計なヘマをやらかすわけにはいかないとジョンは色々と想像してどう対応しようかと考えているとシャーリーは少しだけ恥ずかしそうにした。

 

「お風呂に入りたい」

 

「……は?」

 

「いや、分かっている。分かっているんだ。一個人の勝手なわがままである事ぐらいは。遠征ではシャワーが当たり前なんだが……イアドリフのお風呂に馴れているから……」

 

「……先ず薬局に行くぞ」

 

「いいのか?」

 

「俺の仕事は道先案内人だ……風呂屋に案内してほしいのならば、案内する。ただ色々と勝手が違うからその辺りは葵に聞いてくれ」

 

「私にですか!?」

 

「風呂は面倒見きれないだろう!」

 

 突如として話が振られた葵は困惑する。

 なにせ葵は裕福とかいうレベルじゃないレベルのお嬢様である。一応は母親から一般庶民の感性を持っておいた方がいいという教育方針を受けて塾の登下校を自転車で行うなどをしているが……生まれてこの方、1回も銭湯に行ったことは無いのである。

 

「ど、どれを選べば……」

 

 薬局にジョン達は向かった。

 ジョンは大手のメーカーが出しているボディーソープ、シャンプー、リンスを買い物カゴに入れる。なんの迷いもなく入れているが葵はどのシャンプーにすればいいのか悩んでいた。なにせ自身が使っていたりしたシャンプー等は最高級の物で、執事の爺やが購入したりしていたもので一般庶民のシャンプーはどれがいいのかが分からない。

 

「とりあえず高いのにしとけばいいんじゃないの?」

 

 困り果てていた葵にルルベットはアドバイスを送った。

 玄界の文字はよく分からないけれども高かったりすれば高品質な物である事には変わりはないと思っている。ジョンからしてみれば日本の物は最低基準値が高いのでなにを選んでもそれなりに効果が発揮するものだろうと思っている。

 

 どれを買えばいいのか分からずお金を無駄遣いしてはいけないのでとりあえずは薬局に置いてある中で高くて量が豊富なのを選んだ。

 

『肩身が狭いな』

 

「ほっとけ」

 

 遊真が居なくなったことで5:1の男女比率になってしまった。

 メイルバーがジョンが葵達に色々と気遣っている事を察して少しだけ嘲笑う。男女比率がおかしいのは今にはじまった事じゃない。

 

 その後は銭湯に向かいジョンは心ゆくまで風呂を楽しむ。

 遊真に対して嘘をつかないホントの事を言わないギリギリのラインを渡り歩いていたので本当の意味で羽根を伸ばす事が出来る。

 心残りであったリーナや葵は壁の向こう側で心ゆくまで風呂を楽しんでいるだろう。5人全員デカくて絶世の美女なのでどう思われるか。

 

「ここが新しい家か……少し狭いな」

 

「6人で定期的に遠征艇に帰るならばコレぐらいがちょうどいい」

 

 ジョンが借りた住居は3LDKの東京近辺にあるマンスリーマンションで6人で住むのは少し狭いとレグリットは感じる。

 1年契約でフリーのWi-Fi付き家具付きで130万円ちょっとと高いんだか安いんだかイマイチ分からないが東京近辺ならばそれぐらいはするんじゃないかとは思っている。まさか一気に100万円以上失うのは予想外なので念の為に明日に純金300gを日本円に換金しようとは考えている。

 

「それでリンジと言う男が考えた計画だが……今のところボーダーという組織は私達を見つける事が出来ていない。イアドリフの軌道が外れるまで後2週間ほどある。狙うならば今しかないのではないか?」

 

 各自荷物を置いたりしたので作戦会議をはじめる。

 シャーリーが和平を結ぶならば今がチャンスだと思っている。実際チャンスだろう。なにせ三門市外どころか県外に逃亡する事に成功し住居の確保に成功した。狙うならば今しかない……と普通は考えるだろう。

 

「いや、ダメだ。それだけは絶対に駄目だ……ボーダーにバレる」

 

「ジンという男か?」

 

「ああ……一手間違えれば詰む」

 

 ジョンは迅を徹底的に危険視する。

 シャーリーはいくらなんでも危険視しすぎなんじゃないのかと思ったりするが、ジョンがダメだと言うならば信じるしか道は無い。

 

「作戦を決行すればボーダーという組織と対峙する事は免れない筈だ」

 

 レグリットは遅かれ早かれなので、時間を無駄にしたくない。

 作戦を決行すればボーダーにとって色々と不利益になる。ボーダーと対峙するのは確定で早目に作戦を決行した方がいいと進言する。

 

「……ダメだ……この作戦を実行するのは少しだけ待って欲しい」

 

 確実とは言わないが成功する確率をなるべく高くに引き上げなければならない。

 今和平の様な交渉を持ちかけに行ったら色々と厄介だ。ボーダーという組織から信頼と疑いを勝ち取る事が出来ない……ジョンには原作知識がある。そしてその原作知識をとことん悪用すると決めている。

 

「根拠はなんだ?」

 

「……明日辺りになれば分かる」

 

 ジョンはスマホを取り出して三門市の事件を確認する。

 三門市で開く筈が無い場所で(ゲート)が開くイレギュラー(ゲート)事件が発生している。原作通りに事が進んでいるのならば、遊真が三雲修との接触に成功して親交を深めているのならば、明日にイレギュラー門の事件が解決する。

 

 流石に原作知識があるからと言うわけにはいかない。

 レグリットも色々となんかあるなとは思いつつも1日待つことにし、待った結果………三門市でボーダーがイレギュラー(ゲート)の原因であるラッドを見つけることに成功してボーダーの隊員総出で駆除にあたっているとのニュースが流れる。

 

「コレは、ラッドか?」

 

 イレギュラー門の原因である近界民はこいつですと画像が映し出される。

 レグリットはそれを見て直ぐに偵察型のトリオン兵であるラッドである事に気付く。

 

「昔、アリステラに打撃を与える際に放った門をこじ開けるラッドに近いラッドだ。多分周囲の人間からトリオンを掻き集めて内側から門を開いている……如何にボーダーの門誘導装置が優れていても内側から門が開かれればおしまいだ」

 

 現にお前達が三門市を経由しなくて出てくる事が出来たのが良い証拠だろ?と言えば一先ずは理解はするレグリット。

 

「表沙汰にされていないが4年半前に三門市で大規模な侵攻があってからボーダーは三門市を守りきっている……つまりは4年ぐらいはこちらの世界から人を拉致する事が出来ていないわけだ。ラッドがなんの為のトリオン兵なのかあんたなら理解してる筈だろ?」

 

「偵察……侵攻が目的か」

 

「ああ……近いうちに何処かの国が大規模な侵攻を仕掛ける可能性が大きい。狙うのはそこしかない」

 

「……分かった。シャーリー姫、大規模な侵攻があるのを便乗しましょう」

 

「大丈夫なのか?敵と間違われたりしたら………」

 

「その為の布石は幾つか打っておく。狙うのはそこしかない」

 

 原作知識を悪用したたった1つの蜘蛛の糸を掴むしかない。

 シャーリーはやや不安を抱えているが、コレぐらいして20%の確率でしか成功しない。色々と手を尽くしてもコレが限界、ジョンはまだまだ頼れるOTONAじゃない。

 

「それまでの間は玄界(ミデン)、いや、ニホンの文字の習得。並びに農業、電気による技術の収集に当てる。ボーダーという組織が県外スカウトでこの街にやって来た場合は引きこもるぞ」

 

「「「「「了解」」」」」




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51話

 

『起きろ……起きろ、ジョン』

 

 日本に舞い降りてから3週間ほど経過した。

 その間に俺と葵は農業をはじめとする様々な産業の公開出来ている技術の収集をはじめる。リーナはルルベット、シャーリー、レグリットに日本の文字を教えている。アルファベットなんかも覚えないといけないのでかなり困難だが本人達は真面目な方なので時間を掛ければ日本語を会得する事が出来るだろう。

 

「んだよ……今、何時って3時じゃねえか」

 

 時差ボケなんかを直して人並みの生活を送ることが出来ている。

 3日以上戦闘をしない日なんてのははじめてである。10年間戦場にいたり畑を耕したりと明治時代ぐらいの人間の生活を送っていた為に違和感を感じまくりである。

 

『ユーマから電話だ』

 

「…………そうか」

 

 今日も1日仕事を終えたと眠りについているとメイルバーが嘴で俺をつつく。

 何事かと思い時間を確認すれば時刻は既に夜中の3時、時差ボケ等を無くしかけているというのにこの仕打ちはないんじゃないかと思ったが起こされた理由を尋ねたら直ぐに頭を無想状態に切り替える。

 

「もしもし」

 

『ジョンさん、悪いな。こんな時間で』

 

「時間帯を指定したのは俺だ」

 

 遊真は眠りにつかなくてもいい肉体になっている。

 原作通りに事が運んでいるならば遊真は迅悠一や三雲修と接触をしている。無数に見える未来の中で迅は俺と遊真が接触している未来が待ち構えているかもしれない。だから万が一、億が一を想定しておく。

 

 遊真が俺に対して1回だけ連絡をしてくるならば、電話をかけるのであれば夜中の2時から4時までにしとけと言ってある。

 遊真が誰かに電話をしている未来が迅に見られているからこの1回限りの電話もかなりのリスクを背負っている……が、遊真が三雲修とのコンタクトに成功したりしているかどうかの確認が必要となる。多少のリスクは覚悟の上だ。

 

「で、どうした?」

 

『ジョンさん、友達が出来たよ。オサムっていう面倒見の鬼かってぐらいに真面目な眼鏡……ボーダーの隊員で、おれが近界民(ネイバー)だって知ってても差別しなかった』

 

「そうか……有吾さんが頼れって言ってた人は?」

 

『死んでた……近界民(ネイバー)を理由に滅茶苦茶憎んでて目の敵にするボーダーの人も居たよ』

 

「だろうな」

 

 三輪隊との会合も果たしている。問題無く原作通りに事が運んでいる……問題無いのはいいことだ。

 泰平の世が30年以上も続いている日本に急に未知の国と戦争が勃発していて国の主要都市でもなんでもない街を戦地に、地獄に変えたのならば誰だって激しい憎悪を抱く。

 

「俺に電話をかけてきたって事は向こうの世界に帰りたいのか?悪いがイアドリフの軌道は外れている」

 

 人を殺したあの頃から、アリステラを襲撃したあの頃から、どの頃からは分からないがもう後戻りをする事は出来ない。

 イアドリフに返してほしいのだろうが既にイアドリフは遠ざかって何処に向かっているのかは分からない。頼むからアフトクラトルに近付いて侵攻を受けたとかはやめてほしい。

 

『実はボーダーに入隊する事が決まりましてな……』

 

「なにがどう転べばそうなる?」

 

『友達の幼馴染みがボーダーが向こうの世界に遠征してる事を知って家族や友達が拐われたのを探したいって言ってな、おれも一緒にやらないかって誘ってくれたんだ。おれ、やることが無いしその二人の友達だけじゃ危なっかしいから力を貸すって決めたんだ』

 

「そうか……その子達の希望になれよ」

 

『で、ボーダーにも近界民(ネイバー)にもいい奴が居るから友好的になろうぜって派閥の玉狛支部ってところで世話になってる。ジョンさんはどうする?』

 

「…………近い将来、ボーダーの前に姿を現す。それまでは俺達の事を黙っててくれ。レプリカは居るか?」

 

『居るとも。私になにかようか?』

 

「有吾さんと共に旅をした向こうの世界に関する記録は残っているか?」

 

『ああ、細かなことから大雑把で信憑性が薄い記録まであるが……それがどうした?』

 

「遊真の身の安全の保証をボーダーの偉い人達に交渉の際に交渉のカードとして使え。向こうの世界に関する情報は喉から手が出るほどに欲しいものだ。それを利用して身の安全を手に入れて……俺達の事について聞かれない限りは語らないで欲しい。向こうの世界に関する情報をあげるから身の安全を保証してくれと交渉してくれ」

 

『了解』

 

「携帯電話の電話番号を変えるから、次会うまでは連絡は取れない。なにか他にも聞きたいことはあるか?答えられる範囲でならば答えるぞ」

 

『今のところ私には無い』

 

『おれも無いよ』

 

「じゃあ、切るぞ……こっちの世界は楽しい物が多い。人生を楽しめよ」

 

『うん。今滅茶苦茶楽しいよ……じゃあね』

 

 遊真との僅か数分に及ぶ電話を切る。遊真が裏切っていなければ迅達にこの光景が見られていなければ、問題は無い筈だ。

 俺は頭を無想状態から普通の状態にスイッチを切り替えると睡魔に襲われるので普通に眠りにつく。ちゃんとした睡眠は割と大事だ。

 

「え〜っと……動画の生配信方法にボストン茶会事件にコンゴ戦争……」

 

 俺の負担がデカすぎるな……でもこれだけしても迅を出し抜く事が出来ないんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

 

『はじめまして、私はレプリカ。ユーゴに作られたユーマのお目付け役のトリオン兵だ』

 

「っ、トリオン兵!?」

 

 三門市外どころか県外に逃亡したジョン達は行方をくらました。携帯電話の番号が切り替わっていたので足取りを探すのは難しい。

 

 迅が遊真をボーダーに入隊させる為に師匠の形見である風刃を使い太刀川隊、冬島隊、風間隊を嵐山隊と共にぶっ倒し風刃を渡す代わりに遊真の入隊を認めろと交渉をした。

 

 空閑遊真が訓練用のC級トリガーでバムスターを相手に0,4秒でぶっ倒した。

 雨取千佳がアイビスを用いて狙撃の訓練所に大きな穴を開ける

 三雲修が風間隊の風間と24敗1分けをする。

 草壁隊の緑川が評判になった修をハメて修の評判を落とそうとして遊真の逆鱗に触れて遊真にボコられる

 

 等と概ね原作通りに事は運んでいる。

 そんな中で遊真と修は呼び出しをくらう。ボーダーが誇る実力派エリートのサイドエフェクトによる予知で近い未来で大規模な侵攻を受けるのが確定しているので遊真が持っている情報を引き出そうと上層部が遊真を呼び出した。

 情報を寄越せと言われたので遊真は自分よりもレプリカに聞いた方が話が早いとレプリカを出せば会議室に一緒に居た三輪隊の三輪がレプリカを強く睨む。

 

『キド司令……私の中にはユーゴやユーマと共に旅をした向こうの世界に関する情報がある。その情報を提供するのは構わないがユーマの身の安全を保証してもらいたい』

 

「……いいだろう。彼が問題行動を起こさない限りは一切の手出しはしない、身の安全を保証しよう」

 

『……承知した』

 

 遊真のサイドエフェクトに引っかかっていないので交渉には成功したとレプリカは断定する。

 

『ではなんの情報が欲しい?』

 

「お前、さっきまでの話を聞いておらんかったのか!!もうすぐこっちの世界に対して大規模な侵攻が起きるんじゃ!何処の国が狙ってくるのか教えろ!!」

 

 ジョンとの約束を守るためにあえてこういう事を言うと技術開発関係を担当している開発室長である鬼怒田がドンッとテーブルを叩く。

 

『…………了解した。部屋を暗くしてくれないか?向こうの世界に関する天体図の様な物を出したい』

 

 レプリカがそう頼み込めば部屋が暗くなり、天体図の様な物が映し出される。

 そこからは大体同じだ。特定の周回軌道を持つ国家があったり、周回軌道を持たない乱星国家というものがある等を教えて近付いている国的にもアフトクラトルとかじゃないだろうか?等を教えたりした。

 

『他に聞きたいことは無いだろうか?』

 

「今のところは無い……情報提供、感謝する」

 

『こちらこそユーマの身の安全の保証をしてくれて感謝する』

 

 聞きたいことは大体聞くことが出来た。

 他に聞きたいことは無いのかと尋ねるのだが、聞きたいことが聞けたので今は聞くことはないと言う。レプリカはコレでいいと思った。

 こちらは聞かれた情報を出せる範囲で出している。聞きたいことがあれば聞いてくれのスタンスで城戸達は向こうの世界に関する情報を、これから襲ってくるであろう国の情報を聞くことに成功したのでご満悦……嘘は言っていないが大事な事も言っていないのである。

 

「ありがとう、君達が居なければ向こうの世界に関する情報が手に入れる事が出来なかった。特に今回の情報は遠征30回以上の情報だ」

 

 そんなこんなで会議が終わるとボーダー本部の本部長である忍田が遊真にお礼を言う。

 遊真的には単に交渉しただけでお礼を言われるような筋合いは何処にもない。しかし忍田は遊真の父である有吾に色々と恩があり望みならば今すぐにでもB級に上がらせる事が出来ると言うのだが遊真は断る。そういう特別扱いをされると揉めるのが目に見えているから。

 

「……あ」

 

 そんな中で遊真は思い出す。

 

「……多分だけどおれ、怒られる事をすると思うから1回だけ怒らないでくんない?」

 

「それは……出来れば怒られる事をしないでほしいが…………」

 

「う〜ん……難しいな」

 

「分かった。君を1度だけ怒らない様にしよう」

 

「怒られること?」

 

 遊真が謎の条件を提示してきた。

 温和な性格で近界民関連もいいけども街の安全が第一だよな主義である忍田はどういう意味なのかは分からないが、1回だけ怒らないという約束をした。隣に居た修はいったいなんの事だろうと頭に?を浮かべる。

 

 大体は原作通りに事が運んでいるのだが大体であり、一部違うところがある。

 ジョンに日本の常識を教えてもらった結果、無闇矢鱈と大金を見せびらかす事をしていない。まぁ、財布の中には万札がギッシリと入っていて修を驚かせたりはしたのだが。三門第三中学の不良に絡まれてボコった事もあるのでその事を許してほしいのかと修は考える。流石に喧嘩は良くないことで報告していい事なのか、一般人をボコったのはボーダー以前の問題で遊真が日本の常識に疎かったというのもあるので見逃そうと考える。

 

「う〜ん……」

 

 遊真が忍田本部長に1回だけ怒らない様に約束を取り付けている一方その頃だ。

 実力派エリートこと予知予知歩きの迅は頭を悩ませていた。

 

「誰なんだろう?」

 

 この大規模侵攻の鍵を握るのは遊真、修、千佳の3人で特に千佳がキーマンだ。

 千佳は黒トリガーかってツッコミたくなる程に規格外のトリオンを有しており、狙われて当然なのは分かる。千佳は自分が撒き餌になって相手の注意を反らすことが出来るのならばと自己犠牲の精神を見せる。千佳を見捨てる事は出来ないと修が千佳の助けに入ろうとする。修は弱いので遊真が力を貸す。そんなざっくりとした未来が見える。

 

 可能性は低いが修が死んでしまう世界線も存在している。

 暗くて絶望しかない未来を明るく変える道を選ぶことが出来る三雲修を絶対に死なせるわけにはいかない。迅は三輪を次の風刃の候補者として推薦するから三輪に修を助けてほしいと交渉するが三輪は自分の後輩ならば自分で守れと言っている……が、なんだかんだで風刃を受け取る未来は存在しているのでその辺りは問題無い。

 

 迅はトロッコ問題に挑んでいる。

 誰を犠牲にして誰を救うか、全てを救うことなんてそれこそ神様でも不可能だ。それが嫌になるぐらいは分かっている。

 希望に溢れる未来を掴み取ることが出来る大事な後輩を死なせるわけにはいかない……だから模索している。出来る限り最善の道を歩むのを、ボーダーにも三門市にも被害が及ばない最善の道は無いのかと。

 

「……会見は絶対だよなぁ」

 

 ボーダーを予知予知歩きして色々な可能性を模索する。

 どう頑張っても最初から無かった、ボーダーの秘密にしておけよと言える範囲で済むレベルじゃない大規模な侵攻が起こるので記者会見をする未来は薄らぼんやりだが見えている。

 

 街に被害が及ばない等を条件に三門市を戦場にしていて越えてはならない防衛線を突破されるのだから記者会見は仕方がないことだ。

 ボーダーには漫画やラノベに出てくるアンチ要素の多い無能な大人は居ない。メディア対策室長の根付が上手い具合に誤魔化す。唐沢がスポンサーを引っ張ってくる。だからその辺は頼りになる大人に任せようとそっち系の未来を極力無視する。

 

 オレに今出来ることは大規模侵攻でよりよい未来を掴み取ることだ。

 旧ボーダーの頃と違って頼れる仲間や友が多く増えた。それを信頼も信用もしないのもしすぎるのもよくないことだ。だから後始末は大人に任せる。

 

「う〜ん…………ホントに誰なんだろ?」

 

 今回の大規模侵攻で鍵を握る雨取千佳を守らないといけない。

 先輩であるレイジに時間稼ぎを頼んだりしている。敗北するが時間を稼ぐことに成功している未来が見えている。

 1人で1部隊と計算される旧ボーダーの頃からの付き合いでボーダーで唯一の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)のレイジをぶっ倒すということは相当な猛者であり、マスタークラス隊員をぶつけても意味は無い。下手したら黒トリガーの可能性もある。

 

 千佳を守らないといけないのもあるが千佳を守るのに力を入れ過ぎれば他が手薄になってしまう。

 レイジでダメならば大体がダメである。自分が行くことが出来れば良いのだが人型の近界民が降りてくるのは確定っぽいのでそいつの足止めなんかをしないといけない。ボーダーの上位陣、太刀川達の実力を疑っているわけじゃないが相手は自分よりも上手な存在だと考慮しておかないと痛い目に遭うのを迅は知っている。

 

 だから分からなかった。

 

「メガネ君たちを誰かが守ってくれる」

 

 修達を誰かが守ってくれる未来が見えている。しかしその誰かが分からない。迅は顔を見たことがない人の未来は分からず介入する未来もなんとなくでしか分からない。A級の精鋭の顔は全員見たことがある。B級だけどマスタークラス以上の実力者の顔は大体見ている。もしかしたらC級隊員かもと予知予知歩きをしているのだが引っかからない。

 

 遊真と千佳と修がボーダーの話題性を掻っ攫って行って気付かないだけで緑川や黒江、木虎レベルの新人が居るかもしれない。

 

 しかし何処にも見つからない。

 現在外部スカウトに行っている片桐隊、緑川を除く草壁隊、ミカエル・クローニン達がとんでもないサイドエフェクトを有した逸材を拾ってきて即座にボーダーに送ってくれるのだろうか?そんな前兆は何処にも無い。

 

「守ってくれるのはありがたいんだけどなぁ…………」

 

 誰かが千佳達を守ろうとする未来は見えている。

 何処の誰かは分からないが助けに来てくれるのは確定だが、全くの未知数なので怖い。色々な物が見えているからこそ逆になにも見えないというのは恐ろしいものである。何処かの誰かが千佳達を守ってくれるならばそれに越したことはないのが万が一が怖い。

 

 迅は調べに調べてみるがなにも引っかからなかった。

 

(ゲート)発生!(ゲート)発生!』

 

 そうして訪れる1月20日(月曜日)

 ボーダー内で大規模な侵攻があるかもしれないとの通達があった。修がB級に昇格した事をクラスメイトのボーダー好きの三好がクラスに通達すればあっという間に広まった。イレギュラー門の際に命を懸けてトリオン兵と戦った修はヒーローの様な物である。修は修だけが自身をヒーローだと認識していないので疲れたと昼食を食べ終えた頃に……門が開いた。

 

 ただ門が開くのは三門市ではよくある事だ。しかし今回は規模が違いすぎる。

 学校の生徒がボーダーの本部がある方向を見ればコレでもかと門を開いていた。

 

「千佳、夏目さん。皆の避難を頼んだぞ!」

 

 大規模な侵攻がはじまったと修はトリオン体に換装する。

 C級の千佳と千佳のクラスメイトで同時期に入隊した夏目出穂に一般市民の避難を頼む。

 

「空閑、行くぞ」

 

「ちょっと待った。レプリカ、ちびレプリカを」

 

『了解した』

 

 遊真と共にトリオン兵を倒しに行こうとするが遊真は待ったをかける。

 万が一や念の為を考慮して通信機能等を搭載したちびレプリカを千佳に託す。

 

「ヤバいって思ったら直ぐに言えよ。駆けつけるから」

 

「うん!」

 

「頼みますメガネ先輩!おチビ先輩!」

 

 そんなこんなで遊真と修はトリオン兵をぶっ倒しに現場に向かって走っていった。

 

「えっと……なにからすればいいんだろ」

 

『とりあえず地下のシェルターに全員避難する事が出来てるかどうか確認してから、街に向かう』

 

 いきなりの現場仕事で避難誘導なんてやったことがない夏目はなにをすればいいのかが分からずに慌てる。

 ちびレプリカがアドバイスを送った。今回は自分達が戦う時では無い、市民の避難誘導をしてくれと上から通達があるのでその通りにしよう。

 

「あ、そこの人!こっちに地下のシェルターがあるんで来てください!」

 

 夏目は動いた。学校付近にいる人を学校にある地下のシェルターに避難させる為に……声をかけた。

 

幻夢(ガメオベラ)

 

「ってえ!?……あ、ボーダーの人ですか!」

 

 その声をかけた人はトリガーを起動した。

 夏目は一瞬だけ驚くのだが直ぐにボーダーの人だと思い込んだ。

 

「出穂ちゃん、皆の避難が終わっ──ぇ…………」

 

 

 

 

 

 

 そして千佳は大体の避難が終わった事を夏目に告げに行けば固まった。

 

 

 

 

「兄、さん……」

 

 

 

 

 そこには居なくなった筈の兄が立っていた……が、直ぐに兄でない事に気付く。

 

 

 

 

「俺は雨取麟児じゃない。雨取麟児から色々と依頼されてここにやって来た……ジョンだ」

 

 声が違う体格が違う。だが、男は……ジョンは雨取麟児だとハッキリと言った。




感想お待ちしております。
トリオン体の顔をいじれたりするので色々と弄っているだけです。


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52話

感想お待ちしております


 

『ほぅ、中々だな。何処の国かは知らないがかなり大きな国が侵攻してきたか』

 

「そうね」

 

 三門市と呼ばれる街の上空。

 アオイの余っているトリオンを注ぎ込んで作られたトロポイという国の自律トリオン兵をベースに作り上げたメイルバーに搭乗して街を見下ろす。街には門がコレでもかと開いている。イアドリフですら1度しか見た覚えが無いレベルの大規模な侵攻だというのがよく分かるわ。

 

「……どうしてジョンは今日だって分かったのかしら?」

 

 和平を結ぶ為の交渉をする為に三門市に足を運んだ。

 偵察を主な目的としたトリオン兵であるラッドが来ていたので何時かは組織で最初から無かったと誤魔化す事が出来ないレベルの大規模な侵攻が始まるのは予見出来ていたけれどもどうして今日だと分かったのかは謎のまま。

 

『奴にも語れぬ事情の1つや2つあるんだろう…………しかし面倒な仕事を押し付けて』

 

『メイルバー、面倒ではありません。ボーダーという組織に疑いを持たせる為の大事な行いです』

 

 ジョンがたまになにも言わなくなる事があるので今回もそれだと受け入れているとメイルバーは嫌そうな声を出す。アシッドは面倒でなく大事な仕事だと言う。

 今回私に与えられた仕事がメイルバーの性に合わない仕事……私も本音を言えばこんな面倒な役割を担うのは嫌だけど、1手でも多く準備をしておかないといけない。

 

 私はいくらなんでもやりすぎじゃないの?って思う。

 でもジョンは怯えている。ジンと言う玄界(ミデン)からの情報提供者からの情報が確かならば未来を見る事が出来るサイドエフェクトっていう今まで聞いたことがないサイドエフェクトを持っている男がボーダーという組織に居る事を。だからジョンは1手も緩めない。最大まで警戒心を高める。この作戦も全てはイアドリフの為にと受け入れる。

 

『見つけたぞ』

 

「そう……アシッド、形態変化(カンビオフォルマ)

 

『チェンジ、マスター』

 

 目的の人物を見つけ出す事に成功した。

 顔を見られるのだけはマズいのでアシッドとトリオン体を融合させる。ジョン曰くアシッド・エースというコードネームを当てられたけれども私は全然使わない。

 

『同期完了──を開始』

 

 アシッドの方の準備が終えたので私はメイルバーから飛び降りる。

 アシッドの鎧を身に纏った私は空を飛ぶことが出来るけれども今は空中戦をしない。ゆっくりと降下していく。

 

「はじめまして、ボーダー」

 

「っ、人型近界民(ネイバー)!!」

 

『私はイアドリフからやって来たコードネーム、アシッド・エース』

 

 ボーダーの隊員の前に降り立つ。

 私を直ぐに人型の近界民だと断定して銃口を向けてくるので私は手を上げる。

 

『我々は現在侵攻中の国家ではない。向こうの世界のイアドリフという国からやって来─』

 

「黙れ、近界民(ネイバー)!!」

 

 アシッドが交渉を持ち掛けようとするとボーダーの隊員の男は銃を発砲する。最初なので先ずは1回だけシールドで防ぐ。

 

『話を聞いてください。我々はこの侵攻を行っている国ではない』

 

「何処の国であろうと関係無い!!近界民全てが俺の敵だ!!」

 

 ボーダーの男の隊員は銃の弾を変える。

 なにを撃ってくるかは分からないけれどもシールドを展開させていると男が撃った弾がシールドをすり抜け、私に当たると六角形の円柱が出現して急激な重さに体が引っ張られる。玄界のトリガーはイアドリフのトリガーに似ているけれどコレはイアドリフには無いわね。

 

「死ね、近界民(ネイバー)!!」

 

 動こうと思えば動くことが出来たけれども私は動かなかった。

 男が持っている剣に切り裂かれた。

 

「っ……緊急脱出(ベイルアウト)機能だと!?」

 

 切り裂かれた私は生身の肉体に戻らずに……イアドリフの遠征艇に戻った。

 ジョンが提案した緊急脱出機能のおかげで結構トリオンを消費するけれどもこのおかげで兵の死亡率を下げている。ボーダーのトリガーにもコレが標準装備されているみたい。

 

「どうだった?」

 

「全然よ、全くと言って話をする気配は無いわ」

 

「……そう……」

 

 遠征艇に戻ればそこにいるリーナに感想を求められる。

 あの男は話し合いをしようとする気配が無い。私が向こうの世界から来た人間だから、近界民(ネイバー)だから敵だと認定していた。

 ジョン曰く泰平の世という30年以上平穏な世の国に突如として戦争が持ち込まれた。何処の国かは知らないけれど、大規模な侵攻を受けて1000人以上が犠牲になったらしい。

 

 戦争なんて殺し合いでだからと割り切れなんて言うのは無茶よ。

 仮にフィラが何処かの国の兵に殺されたら私は激しい憎悪の炎を燃やし続ける。何処の国かは知らないけど姉さん達を殺した国は憎い。けど戦争だからそんなものだと割り切る事が出来ているわ。

 

「アシッド、どう?」

 

『音質、画質共に良好……問題無く出来ております』

 

 アシッドに作戦が上手くいったかどうかの確認を行う。

 作戦は上手くいったみたいで欲しいものを得ることに成功した。

 

「……どれぐらい待てばいいのかしら?」

 

「さぁ……その辺りはジョンが決める手筈になってるわ」

 

 和平を申し込む為の準備は殆ど出来た。

 後は決行するだけだけどジョンの指示があるまでは動いてはいけない。レグリットやシャーリーは狙うならば今しかないんじゃないのかと思っているけど、ジョンの言葉を信じて準備にだけ留めている。

 

「て言うかジョンはなにしに行ったの?この作戦、私だけで充分よね?」

 

 時間を稼ぐわけでもなくただボーダーの隊員にぶっ倒されるだけの簡単な任務。

 私じゃなくて事前にトリオン能力10のトリオン体を何十個も用意しているジョンの方が向いている作戦で私がわざわざ行く必要があったの?

 

 その辺りに関してリーナに聞いてみればリーナは少しだけ困った顔をした。

 

「契約……ううん、約束したのよ」

 

「約束?」

 

「そもそもで今回の遠征は今までルミエのクソが向こうの世界の人口や国なんかを考慮してトリガー技術を提供したりするのは危険だと判断してたからだけどルミエが死んでシャーリーが外交を担当する様になってから色々と外交の方向性が切り替わったでしょ?」

 

「まぁ……正確にはもっと前だけど」

 

 何処の国かは知らないけど義兄さんや姉さん達を殺した国がある。

 ジョン達が拐われる数年前にイアドリフは何処かの国に大規模な侵攻を受けて、今のレグリットぐらいから上の年齢の世代が多く死んだ。

 そこからは国を豊かにさせるジョンが言うには富国強兵政策と呼ばれるものに方向性を変えて、他国との交流を盛んに貿易をしている国になった。特定の周回軌道を持たないのと食べる為の資源には困っていないイアドリフは主に食料支援をしたりしているって聞いたことがあるわ。

 

「他所の国からイアドリフの入国審査をジョンが行っていると出会ったのよ。向こうの世界の、ボーダーの住人に。そこから向こうの世界にこっちの世界の事が認識されたりこっちの世界の侵攻に耐える防衛隊みたいなのが作られたとか色々とあって…………ルミエならば慎重になったけどシャーリーは和平を結びに行くチャンスだと判断したの」

 

「……そう……でも、話し合いが通じなさそうよ?」

 

「いいのよ。元から話し合いはしなくていい、ルルベットはただ倒されればいいだけだから」

 

「…………ホントに大丈夫かしら?」

 

 あまりにも慎重になりすぎてやり過ぎ感が否めないわ。

 

「麟児って人が作戦を企てた、その作戦だと色々と綻びがあるからジョンが上手く調整して……向こうの世界の資源と情報と作戦をあげたり教えたりする代わりに戦い方やトリガー工学を教えて……1回でいい、1回だけでいいから妹と教え子のピンチを助けてくれって。ジョンはその約束を果たす為に向かったのよ」

 

「……書類なんかで交わしてない口約束なんか破ればいいのに」

 

「重なったんじゃないの……ジョンには妹がいるから」

 

「くだらない情の方が時として人は傷つくわよ?…………」

 

 アイツにもまだ人間らしい一面が残っていた……前にハンバーグを作った時に泣いていたのを思い出す。

 大人っぽくて頼りになれるジョンだけど、私と同じ19歳で頼れる人は誰もいない。自分を壊さない為にリーナとアオイと一緒にいる。頼れる人は自分で頼りにされているので期待に応えないといけないなどの義務感等で自我を崩壊させない様にしている

 

 ジョンは1人で過酷な道を選んでいる。

 

 拐ってきた国の人間である私はなにも言えない……けど

 

「本当の名前は知りたいわね」

 

 ジョンの本当の名前を知りたい。本当の名前で呼んでみたい。本当の名前にどんな意味が込められてるのか気になる。

 

「だったらこの作戦を成功させるしかないわ……葵、ジョンはどうなの?」

 

「三門第三中学の校門前に居ます。トリオン体の反応が複数あるので、おそらくは居る筈です……」

 

 ジョンをオペレートしているアオイ。

 ジョンの動向が気になるけれどもジョンにばかり気を回してたらダメで、アオイはモニターの前から離れる。

 

「……お父さん……お母さん……爺や……」

 

「……それしか道は無いわよ?」

 

 感傷に浸るアオイ。

 ジョンが補整した作戦の中に……アオイを悲劇のヒロインにする様に仕向けている。

 なんだかんだでルミエの思想を引き継いでいるんじゃないかと思えるぐらいには畜生な作戦だけど、リーナはそれしか道が無いと非情な言葉をかける。

 

「……ボーダーへ亡命する事に成功すれば、悲劇のヒロイン扱いされるか秘匿にされるかの二択。葵、あんたは15歳で今この国は学校に入る為の勉学の試験が行われてる。裏口入学で高校に入学する事が出来るかもしれない……けど、ボーダーは簡単にあんたを手放さない。悲劇のヒロインや都合のいい人形になる。ボーダーはきっと頭を弄くらずにオペレーターの道を勧める、トリガー工学が出来るからエンジニアの道を勧める……少しの身の安全が保証されるだけで今となにが違うの?」

 

「…………なにも、変わりません…………」

 

「私はこの国の人間じゃない。ジョンは既に19歳で色々と手遅れ……私も17でもうすぐ年が明けて18になる私も色々と手遅れ…………ああ、憎くて憎くて仕方がない。デッカーとメイルバーがいるならば今すぐにでもこの船をぶち壊したいぐらいよ」

 

「やめなさいよ」

 

「冗談よ、冗談。ちょっと小粋なアメリカンジョークよ…………だからコレしか道は無い。お父さんにお母さんに、執事の爺やに会うには悲劇のヒロインになるのよ」

 

「…………分かりました………」

 

 アオイは覚悟を決めたものの目をする。

 成功するかどうか怪しいこの作戦……ホントに成功するのかしら?

 

「扇風機を交渉の材料に使うだなんて聞いたことが無いわよ」

 

 外交関係や事務仕事等はせずに、基本的には戦線に立って現場仕事をしている。

 だから外交関係はよく分からないけれどもコレだけはハッキリと分かる。扇風機を交渉の材料に使うだなんて前代未聞な事を。

 

 

 

 

 

 

  ※

 

 

 

 

「兄を、兄さんを知っているんですか!?」

 

「ちょ、チカ子」

 

「構わない」

 

 顔だけ雨取麟児に改造したトリオン体を用いて雨取千佳との接触に成功した。

 雨取麟児の顔だと色々とややこしいので顔を元に戻して難攻不落の鉄騎兵の仮面を取り出して被る。

 

『このトリオン反応、ジョンか……何故この場にやって来た?いや、今まで何処にいた?』

 

「今まで何処に居たという質問に関しては答えられない。だが、この場にやって来た理由は答えられる」

 

『なにをしに来た?』

 

「雨取麟児と言う男にこちらの世界の情報を提供してもらう代わりに雨取千佳と三雲修を1回だけでいいから守って欲しいと頼まれた」

 

「っ……兄さんは何処に居るんですか!!」

 

「慌てるな、ある程度は教えてやる……物事には順序と言うものがある……お前の今すべき事はなんだ?」

 

 やっと見つけた希望の糸だと俺に問い掛けるが俺は答えない。

 別に秘密にすることでもない。雨取麟児は既にイアドリフを発っており、何処に居るのかは皆目検討もつかない。ただイアドリフと言う国に雨取麟児がやって来た事を伝えればいい、ただそれだけだ。

 

 千佳は自分がすべき事はなんだと聞かれればハッとなる。

 

「この大規模な侵攻を生き延びる事が出来たのならば教えれる範囲で教えよう……俺がだが。先ずは市民の避難だろ?この規模の侵攻で精鋭部隊であるA級が一部居ない。防衛任務のシフトの都合を考慮しても絶対に越えてはいけない防衛線を突破されるのは確定だ……だから生き延びろ」

 

「っ、はい!!」

 

 千佳を一旦落ち着かせる事に成功すれば千佳は夏目と共に学校の地下シェルターに避難をさせる。

 近隣の住人を避難させる事が出来たので今度は警戒区域に向かっていく。

 

「ちょ、ちょっと!ロビンマスクさん、見てないで手伝ってくださいよ!!」

 

「俺の仕事は雨取千佳と三雲修を守る事だ……避難誘導なんかは俺の仕事じゃない。ああ、安心しろ。ついでだからお前も守ってやる。後、ロビンマスクじゃなくてケビンマスクでジョンと呼べ」

 

 警戒区域には他にもC級隊員が居た。

 難攻不落の鉄騎兵の仮面をつけている俺に対し疑問を抱いたりしているが気にするなと言っておき、避難を見守る。手伝いはしない。俺の管轄外の仕事だから。そして俺のつけている仮面はロビンマスクじゃなくてケビンマスクで、俺はジョン・万次郎だ。

 

『ジョン……チカの事を知っていたのか?』

 

 ニュイんとちびレプリカは分裂して俺の元に向かってきた。

 ちびレプリカは俺が千佳の事を知っていたかどうかを尋ねる。

 

「雨取麟児と言う情報提供者から色々と聞かされていてな、ボーダーの存在も教えてくれたりした。色々と教えるのを代価に雨取千佳とついでに三雲修を1回だけ助けてくれと頼まれた」

 

『こちらメイルバー、予定通り手に入れる事に成功した……オレはどうすればいい?』

 

「(小さくなって俺の元に来い)」

 

『……リーナを出動させないか?リーナが居れば有象無象のトリオン兵を一網打尽に出来る』

 

「(この作戦はボーダーから信頼と疑いを勝ち取る為の作戦だ。迅悠一に顔を知られるデメリットを1%でも避けないといけない)」

 

 まだだ、まだ動くわけにはいかない。

 後数分は時間を稼いでおかなければならない……三雲修との会合を果たした方が効率がいいのか?いや、違うな……

 

『全く、まどろっこしい作戦だな。一気に焼き切る作戦は無いのか?』

 

「(今回の作戦は戦う為の作戦じゃない……手のひらサイズになってから適当に話が通じそうな強そうなのを1人連れて来い)」

 

『了解だ』

 

 メイルバーに一応の指示を出しておく。

 メイルバーはいざとなれば空に逃げれば良いし、緊急脱出機能も搭載しているから遠征艇に逃げれる。

 

「ギャアア!!ヤバい!ヤバいっすよ!!ここまで来たぁ!!」

 

 猫を抱え子供を抱えて大忙しの夏目。

 騒がしい奴だなと思いつつも日本刀の見た目に改造してある【カゲロウ】を取り出す。

 

「【ウスバカゲロウ改】」

 

 バムスターが現れて大慌てな中で【ウスバカゲロウ】の突きを放つ。

 核とも言うべき目玉の部分をあっさりと貫かれ、起動を停止する。

 

「マスクさん滅茶苦茶強いんスか!?」

 

「知らん……避難誘導を優先しろ。敵に襲われそうならば叫べ。助けれる範囲で助けるから……だが自分の命を最優先にしろ」

 

「了解っス!」

 

 元気があってよろしい。

 バムスターやモールモッドが現れる。アフトクラトル産なだけあって活きが良いが俺にとっては有象無象の雑魚である事には変わりはない。

 戦いにだけ集中すればいいわけではないので【カゲロウ】での戦いはいけない事だとある程度の数を撃ち倒すと突撃銃(アサルトライフル)に武器を切り替える。

 

『大変だ、ジョン……新型のトリオン兵が現れた』

 

 余計な事は考えない。

 三雲修がこちらに向かってくる筈だからそれまでの間は時間を稼いでおこうとしているとちびレプリカから通信が入る。新型のトリオン兵が出てきたとの報告だ

 

「種類は?」

 

『ラービットだ……トリガー使いを捕獲する用のトリオン兵──奴だ!』

 

 原作通りに事が運んでいる。

 問題があるとするならば三雲修がちゃんとこっちに向かって来ているかどうかだが、雨取千佳は自己犠牲の精神で、三雲修はぶっ壊れメンタルで自分が助けたいと思い、遊真が修に力を貸す芋蔓形式だ。確実にやってくると思いたい。

 

「アレか……久しぶりだな」

 

『知っているのか?』

 

「昔、ガロプラと言う国が侵攻してきた際に戦った。並大抵の隊員では相手にはならず、更には一部の色付きは特殊能力を持っている……今回狙ってきているのはアフトクラトルか?」

 

『私のデータと現状に間違いが無ければアフトクラトルで間違いない。ジョン、幾ら君でも』

 

「問題無い」

 

 ラービットとの戦闘経験は積んでいる。アレから色々とアップデートされているだろうがプレーン体ならば簡単に倒せる。

 突撃銃を消して日本刀の【カゲロウ】を取り出す。ラービットは装甲が硬いから倒す手順がある。リーナならばトリオン任せの砲撃で大体片付くが俺のトリオン能力でも腕の装甲を破壊するのは難しい。弓場の様に威力と弾速に能力値を割り切っている拳銃でも目玉とかは破壊出来るけれども腕の装甲は無理だ。

 

「富嶽鉄槌割り」

 

 高く飛んで【カゲロウ】を叩きつけるとラービットは腕の装甲で防ごうとする。

 流石に斬れ味抜群の【カゲロウ】でもラービットの腕の装甲を斬ることは出来ない……が、ラービットを中心に円形に地面が沈む。

 ムシブギョーに出てくる富嶽鉄槌割りを再現した。無論、これでラービットを倒せるとは思っていないと空中に固定シールドを出現させて踏み台にして高く飛び上がる。

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

 狙うのは目玉だと【ウスバカゲロウ】の突きをくらわせラービットを破壊した。

 

『……これほどとは……』

 

「有吾さんと分かれてから何年経ったと思ってるんだ?俺は殆どの時間を残っている知識で工夫を凝らした修行に注ぎ込んでる」

 

 A級でも厳しいラービットを容易く倒す事が出来たからA級クラス……緑川、米屋レベル?まぁ、いいか。

 自分が今どの辺りのレベルなのか分からないのだが1人でラービットをぶっ倒すことが出来るぐらいまではレベルがある。

 

「それよりも増援はまだか?空中偵察タイプのトリオン兵が居るからこっちの情報は筒抜けだ。雨取千佳と三雲修に力を貸すとは決めているが1人では限界がある。せめて正隊員の1部隊は寄越せと言っておいてくれ」

 

『それならば問題無い』

 

「…………ロビンマスク?」

 

「人型か!?」

 

「……1部隊を寄越せつってんだ。使えねえメガネと慢心してる阿呆は要らねえ。まぁ、早いだけ感心しておく」

 

 俺が空中偵察のトリオン兵以外を全滅させかけた頃に主人公である三雲修と嵐山隊の木虎がやって来た。

 三雲修の闘志、尋常じゃなくヤバい。ぶっちゃけ関わり合いを持ちたくないけど約束を果たさないと困るんだよな。




 因みに千佳の闘志がドラゴンの雛、夏目の闘志は山猫である。
 さぁ、修の闘志はいったいなんなんでしょうか?因みにルルベットをぶっ倒したのは三輪である

 薄々お察しの方もいりますので言っときますがアシッドの見た目は流星のロックマン3に出てくるアシッドで形態変化(カンビオフォルマ)でアシッド・エースになります。


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53話

 

「コレは……」

 

「遅い。A級は緊急事態で最前線に出ないのはまだ分かるがフリーのB級はそうじゃない。どうせならば中位から上位の部隊もしくはマスタークラスと呼ばれるレベルの隊員をC級の警護に付けておけよ」

 

 倒された新型を含むトリオン兵の山。

 現場に現着した木虎はどうなっているのかと辺りを見回した後に目の前に居る難攻不落の鉄騎兵の仮面をつけた男は文句を言う。

 ボーダーは死なない戦闘訓練で急成長を遂げているが避難訓練等は上手く出来ていない。そういうのは消防や警察とかの仕事である。

 

「こちら木虎、人型の近界民に」

 

「待ってください!!その人、敵じゃありません!!」

 

 一先ずは人型の近界民に接触した事を木虎は上に報告しようとする。

 しかし千佳はジョンの事を敵だと言わない。なにせ自身の近界民を察知するサイドエフェクトに引っかからない上に兄から言伝を預かってきたのだから。

 

「俺が敵か味方かどうかは自分の目で見て決めろ…………お前が三雲修で間違いないな?」

 

「…………どうして僕の名前を知っているんですか?」

 

「雨取麟児にお前と千佳を1回だけでいいから助けてやってくれと頼まれた」

 

「っ!?」

 

 麟児の名前を出せば驚きを隠せない修。

 当然の反応で修が次になにを言うのか予見していたジョンは修の口を人差し指で抑える。

 

「麟児さんを知っているんですか!?」

 

「この大規模な侵攻を無事に生き残る事が出来たのならば、答えられる範囲で雨取麟児について教えてやる……雨取麟児の情報が喉から手が出るほどに欲しいのならばそれをモチベーションにして戦うんだ」

 

「……はい!」

 

「……敵、ではないのね?」

 

「味方かどうかも怪しいがな」

 

 本部に人型近界民が現れた事について既に報告を上げている。

 木虎は万が一があるかもしれないと警戒心を高めているがジョンに敵対する意思は無い。

 

「また人型じゃと!?」

 

 場所は移り変わり、ボーダー本部の管制室。

 木虎に人型の近界民が現れた事について報告を受けたボーダー本部は慌ただしくなっていた。

 新型のトリオン兵の情報が入ってきて、とあるA級トップクラスと言っても過言ではない狙撃手が威力重視の弾丸を撃てる狙撃銃、アイビスを撃ったら弾かれるという事態になった。とあるB級部隊の隊長がラービットに捕獲されてしまった。A級の風間隊が救った。

 

 色々と情報がてんてこまいな中で鬼怒田は慌てるが直ぐに大人の冷静さを取り戻す。

 

「三輪くんが1人、人型と思わしき近界民を撃退したとの報告が上がっている……その近界民は緊急事態機能を真似た物で逃亡したとの事で」

 

 三輪が1人人型の近界民を倒した事を報告している。

 ならば今更1人ぐらい増えても問題はあるにはあるが、大慌てする程の事ではない。状況をクールに根付は判断をする。

 

『それがその……敵じゃないと言っています。新型を含めた辺りのトリオン兵を全て倒しています』

 

「敵じゃない……」

 

『ここからは私が話そう』

 

 トリオン兵を倒した事について報告を上げると上は判断に困る。

 もしかしたら自分達は敵じゃないと思わせる自作自演の行為なのかもしれないと考えているとレプリカから通信が入る。

 

『彼の名はジョン・マンジロウ……私達と一緒にこちらの世界にやって来た』

 

「なんですと!?」

 

「おい、何故その事について教えんかったんじゃ!!」

 

『私達と一緒にこちらの世界にやって来たと言うのは語弊があるな、私達がこの世界に遠征に向かう彼等の船に乗せてもらったが正しい。ユーマが学校に通うまでの手続き等をする代わりに聞かれるまでは自分達の存在について黙っていてくれと頼まれていた』

 

「…………今襲ってきている国との繋がりは?」

 

『イアドリフと言う国は特定の周回軌道を持たない乱星国家だ……私はユーマの身の安全を保証する代わりに聞きたい情報はないか?と尋ねた。アフトクラトルに関する情報は教えた。約束はなにも破っていない』

 

「えぇい!屁理屈をこねおって!」

 

 聞きたい情報は無いのか?とレプリカに尋ねるチャンスはあった。しかし城戸司令達は聞かなかった。

 嘘は言っていないがホントの事も言っていない。鬼怒田はレプリカの並べた屁理屈に対して青筋を立てる。

 

『ジョン達はこちらの世界を襲撃したりしないと言っていた、ユーマのサイドエフェクトに反応は無かった。おそらく本当だろう』

 

「ならば今まで何処に息を潜めてなにをしていた?」

 

『何処に息を潜めていたのかは私も分からない。ただジョンはこちらの世界の農業等を調べていた』

 

「農業?……何故そんな事を?」

 

『それは分からない。ジョン達は裏でなにかを企んでいるのは確かだ。だが人を拐うと言った事はしない。なによりもジョンは……いや、今はともかく、私の個人的な見解としてはジョンは敵ではないと断定できる』

 

「……君はどう思う?」

 

 レプリカからまだ大事な事を聞かされていないが、どうすべきかと考えた城戸司令は忍田本部長に意見を求める。

 忍田本部長は友好的な近界民は居るには居るがその友好的な近界民と交流を盛んにしているわけではない。だが友好的な近界民も居るのを認識していて話もせずにいきなり排除すると言う危険な思想は持ち合わせていない。

 

「……何故今になって現れたんだ?」

 

 忍田本部長は何故に今になってか尋ねる。

 

『雨取麟児という男から1度でいいからチカとオサムを守ってくれと頼まれたから来たそうだ』

 

「なんとも都合のいいタイミングですね」

 

 やっぱりなにか裏があるんじゃないのかと根付は疑う。

 

『シノダ本部長、ジョンから貴方に対話をしたいと通信を求めている』

 

「……繋げてくれ」

 

 色々と指示を出さないといけない立場なので余計な事に思考を奪われるわけにはいかない。

 しかし相手の出方が分からない以上はやるしかないとジョンとの通話を受ける事を決める。

 

『どうも……昔と違って声が変わっちまってるから分からないだろう』

 

「……昔?」

 

『あんたはかなり偉くなって今そこから動くことが出来ない。指示を出す役割を担っている……俺に対して色々と疑心暗鬼を持つのも無理は無い。だからあんたがボケてないのならば幾つかのキーワードで答えが分かる筈だ』

 

「……待ってくれ。君とは何処かで出会っているのか?」

 

『約8年前のアリステラ、新選組、Defeat me if you want to know、Our purpose is to sprinkle salt water on farmland and cause salt damage、Take that person and evacuate to somewhere else」

 

 忍田本部長の質問に答えずに一方的な通信を取る。

 最初の2つのキーワードでなんの事だ?となり、更には英単語が出てきて余計になんの事だ?となる。

 

『Defeat me if you want to knowは知りたければ自分を倒せ。Our purpose is to sprinkle salt water on farmland and cause salt damageは農地に塩水をバラまくのが目的だ。Take that person and evacuate to somewhere elseはその人を連れて何処かに避難してくださいという意味だ』

 

 万が一を想定して意味が伝わっていない可能性もあるとざっくりと翻訳する。

 

「農地に塩水をバラまくとは、やはり侵攻が目的な近界民(ネイバー)なのでは!?」

 

 翻訳した意味を聞いた途端にやっぱり敵だと敵認定をする根付。

 なにを意味しているかは分からないのだが、とりあえず進言だけはしてみようとすると忍田本部長は固まっていた。

 

「忍田本部長?」

 

「約8年前のアリステラ……新選組…………農地に塩水を撒き散らす…………!!」

 

 ジョンが並べたキーワードをパズルの様に繋ぎ合わせる。

 繋ぎ合わせた結果、忍田本部長の脳内にビリリと電流の様な物が走っては1人の子供を思い出す。

 

「君は、君はあの時の!」

 

『声も変わった。体格も変わった。あんたも立場が変わった…………だが、覚えていてくれたのか』

 

「あの時の少年なのか!?」

 

『あんたは今、現場に出て最前線で戦う仕事をしているわけじゃない司令官だ。だから1から説明をしていると長くなる……俺もあんたも生き延びる事が出来てから話せばいい』

 

「っ…………木虎、三雲くんそこの……ジョンと協力するんだ」

 

「いいのですか!?」

 

「なにかあった場合の全責任を私が受け持つ……彼を近界民として撃とうとするならば私は躊躇いなくその者を斬る…………コレは命令だ」

 

「命令……命令!?」

 

 本部長補佐の沢村は驚いた。

 忍田という男は本部長に位置する偉い人で、現在巻き起こっている緊急時には指揮官として色々と指示を出さないといけない。命令を出さないといけない立場だが、権力等を振り翳すタイプの人間ではない。故に驚いた。ハッキリと命令だと言ったことを。温厚で真面目な人間が命令という単語を使った、大規模な侵攻をしている今でさえ指示を出しているのに。

 

「いったい何者なんですか、そのジョンという男は!」

 

「詳しい話はこの大規模な侵攻を食い止めてから……迅、聞こえるか!」

 

『はいはい、どうも〜実力派エリートの迅です……誰かがメガネ君たちを助けに来たんですよね?』

 

「ああ」

 

「って、お前見えてたなら一言ぐらい教えんか!!」

 

 迅との回線を繋げば修達に助っ人が現れた事をもうわかっていると言う。

 鬼怒田は分かっていたことならば一言ぐらいは言っておけとキレるのだが迅は気にしない。

 

『だって誰か分からなかったんですよ……色々と駆け回っても視えなかったんだから伝えても極少数の人にしか伝えれないですよ』

 

「……迅、ジョンという男は敵か?」

 

 念の為だと城戸司令は探りを入れる。

 

『……誰かが千佳ちゃん達を守ろうとしてる未来が視えます。今は先ずこの大規模な侵攻を協力して乗り切る事に専念しましょう』

 

「……分かった。一時的な協力をしよう」

 

『あんたが許可しなくても勝手にってヤバい!!』

 

「っ、三雲隊員等が居る市街地付近に(ゲート)発生!!』

 

「なに!?その区域には門は誘導され……例の門をこじ開ける偵察型のトリオン兵か!!」

 

 沢村から報告を受けるとありえないというが鬼怒田は直ぐに原因に気付く。

 如何にボーダーの門誘導装置が優れていても内側から門を開かれれば一溜まりもない。

 

「コレは……C級隊員が避難を勧めている区域で門の多発!」

 

『どうやら敵の狙いはC級っぽい。ラービットを足止めや倒すことは出来ても、ボーダーの基地まで導く事は出来ない。色付きのラービットはトリガー能力を有したラービットだ。並大抵のボーダー隊員じゃ無理だから足手まといが居ない精鋭部隊を寄越せ』

 

「その点に関しては問題無い……ボーダー最強の部隊を派遣している」

 

『そうか……と言ってももうすぐ片付くんだがな』

 

 ジョンは倒したバムスターやモールモッドの内部から出てきた門を開く機能を搭載したラッドが開いた門から出てきた色付きのラービットを容易く撃退した。

 

「あ〜もう、修達がピンチだってのになんで私達遅いのよ!!」

 

「仕方ないじゃないですか。小南先輩を迎えに行ってたんですから」

 

 一方その頃、ボーダー最強の部隊である玉狛第一は現場に向かおうとしていた。

 自称最強で実際のところボーダーの中でも最強クラスである小南は可愛い後輩のピンチに駆けつける事が出来ない事に文句を言う。しかしまぁ、駆けつける事が出来ない1番の原因は小南である。小南の通っているお嬢様学校がシンプルに遠くてレイジ達が車で迎えに行くのにそこそこ時間が掛かってしまって殆どの部隊より出遅れてしまったのだ。

 

「京介、小南、もうすぐ現場に到着だ」

 

 うが〜と文句を垂れ流すのはそこまでにしておけよとレイジは言う。

 現場に到着するのが間もなくであるならばと烏丸も小南も頭のスイッチを切り替える。

 

「作戦はどうするんです?」

 

「小南が暴れて俺達がフォローをする」

 

「つまり何時も通りって事っすね。頼みますよ、小南先輩」

 

「任せなさい!トリガー、起動(オン)!!」

 

 ざっくりとした作戦だが、それでいい。

 玉狛第一は最強クラスの攻撃手である小南が暴れてレイジと烏丸がフォローをする。シンプル過ぎる作戦だが、それでも個の力が圧倒的で他を寄せ付けない強さを秘めている。

 

「待たせたわね、修!千佳!私が来たから安心しなさい……って、あれ?」

 

「ちょうど今終わったところだ」

 

「…………ロビンマスク?」

 

「小南先輩、色と形状をよく見てください。ロビンマスクじゃなくてケビンマスクですよ、アレは」

 

 ドヤ顔で修達の元に向かえばそこには色付きのラービット……の残骸があった。

 既に色付きのラービットは撃退されており小南の前には難攻不落の鉄騎兵の仮面を被った男が居た。それを見て何故にロビンマスク?と疑問を持つ小南だが、烏丸がロビンマスクでなくケビンマスクだと訂正をする。

 

「ふぅ、ヒーローは遅れてやってくるのは仕方がねえ事だがもうちょっと早く来いよ。見せ場が作ることが出来ねえだろう」

 

「……あんた、何者?」

 

 新型のトリオン兵が来てヤバいとの話を聞いており、新型のトリオン兵を容易く破壊したジョンを警戒する小南。

 

「ジョン・マンだ……今襲ってきている国とは別の国からやって来て雨取麟児という男に頼まれ雨取千佳と三雲修を1回だけ助けに来た」

 

「雨取麟児って千佳の兄貴じゃ」

 

「詳しい話はこの大規模な侵攻が終わった後……そしてその時には迅悠一を出せ」

 

「…………なんで迅の事も知ってるのよ?」

 

「知りたければ終わらせろ……言っとくが俺のトリガーには緊急脱出機能が搭載されている。力で抑えてくるものならばこの場から逃亡させてもらう」

 

『コナミ、トリマル、レイジ、ジョンは信頼する事が出来る者だ。そしてジョンのトリガーには緊急脱出機能が搭載されている。仮にジョンを倒したとしても緊急脱出機能(ベイルアウト)で逃げられるだけだ…………対話の精神を持ってほしい』

 

「……まぁ、分かったわ。修達を助けてくれたみたいだし、ありがとう」

 

「……めんどくさいなぁ……」

 

「なっ……人がお礼を言ってるってのになによその態度は!生意気よ!!」

 

「違う。お前に対して言っているんじゃない………………む………………」

 

 三雲修が実に厄介な存在である事を改めて思い知らされる。

 小南が怒っているが特に気にする事なくレーダーを展開するとレーダーにはそこかしことトリオン兵が映っている。空を見上げれば偵察型のトリオン兵も居るので当然と言えば当然だがジョンは少しだけ考える。

 

 本来の道筋であればワールドトリガーならば木虎がラービットに吸収されて千佳が覚醒してトリオン兵を撃つ。そして玉狛第一が登場する。

 自分が現れたラービットを全て撃退した事に関しては後悔は1ミリも無いのだが、ここで困った事になった。

 

「色付きを一瞬で撃退しただと?」

 

 中々にアフトクラトルのトリガー使いが現れない。周囲にはまだラッドがちらほらと居るので出ようと思えばこちらに向かって出ることが可能な筈だがアフトクラトルの遠征艇の作戦会議室的なところでトリオン兵から送り込まれてくる映像を見て呟くはアフトクラトル側の大将とも言うべきハイレインだ。

 

 ラービットはアフトクラトルの手練れでも倒すのが難しい。

 更に言えば色付きはアフトクラトルの手練れでも逆にやられる可能性を秘めておりトリオンをかなり注ぎ込んで出来ている代物だ。玄界(ミデン)の兵は少数一組の部隊を組んだり、白色で統率されているのが訓練兵だったりと色々と見抜いている中で情報に無かった謎の青い仮面を被った男が現れてトリオン兵を一掃した。

 

玄界(ミデン)の進歩も目覚ましいという事ですね……どうしますか?」

 

 この場にいるラービットは全て破壊されてしまった。しかし他の場所に居るラービットは健在だ。

 アフトクラトル側の最強の駒であるヴィザは次の一手をどう出るのかをハイレインに尋ねる。

 

「……当初の手筈通りに雛鳥を頂く。コイツはかなりの手練れだ……ヴィザ翁、ヒュース、時間を稼げ」

 

 滅茶苦茶強い駒が浮いているに近い状態だが、ヒュースとヴィザならばどうにかする事が出来る。

 ヴィザが負けたという話はこの数年で1度だけで聞けば出来立ての黒トリガーに起動中の杖を奪われたそうだ。手に持っていなければ操作する事が出来ない星の杖の唯一のデメリットを突いてきた一撃だ。

 

「了解しました」

 

「了解です」

 

「おい、オレ達も忘れるんじゃねえよ」

 

「分かっている。お前達も当初の手筈通りに撹乱をしろ、欲しいのは雛鳥だ。無理に欲張って玄界(ミデン)の兵を捕らえなくてていい」

 

 ハイレインは動き出す。

 ヴィザとヒュースを玉狛第一の元に放つ。エネドラを風間隊の元に放つ。ランバネインを旧三門大学付近で合同で固まっているB級の元に放つ。

 全ては戦力を分散させ、雛鳥達を捕まえるために。




感想お待ちしております。


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54話

言っとくが色々と端折るからね!
感想お待ちしております


 

「っ、(ゲート)!?」

 

「油断するな、そこら中に門を開く機能を搭載したラッドが居る。何時でも何処からでも奴等はやってくる」

 

 来たか。

 

 出てきた色付きのラービットを単独で撃退し、狙いがC級隊員だと教えた。

 C級隊員には緊急脱出機能が搭載されていない。C級隊員のトリガーは訓練用で出力が抑えられている。アフトクラトル側の目的を知っているのでそれっぽい事を言ってみせる。そして心の中でガッツポーズを取る。

 

「っち、よりによってあの爺さんか」

 

 俺はワールドトリガーの原作を覚えている。

 何故かは知らないがハッキリと覚えている。この世界がワールドトリガーの世界観だと分かったのもなぜかで謎だがその辺りは気にしないでおく。門が開いた先にはヴィザとヒュースが三門市に降り立った。

 

『知っているのか?』

 

「前にボコボコにされた……多分黒トリガーの遊真でも倒すのは難しい相手だ」

 

 相変わらずというべきかヴィザからはタケミカヅチが見える。

 ヒュースの方は……雷を纏った……アリストテレスか……分かっていたことだがどちらも強い相手だな。

 

 だがいい、これでいい。仮にランバネイン辺りが降り立ったら倒すのが難しい。

 リーナを呼んでデッカーとメイルバーで強襲突撃形態になってもらって真正面から撃ち倒さなければならなかった。エネドラは……まぁ、弱点を見抜くことはサイドエフェクトのおかげで容易いから問題は無い。俺にとって大事なのは原作通りに事が運ぶ事だ。

 

「誰が相手にする?いや、多分誰が行っても負けるだろうが」

 

「あの爺さんそんなにヤバいの?」

 

(ブラック)トリガーの使い手で能力自体は至ってシンプルだ。切れ味抜群で軽くて頑丈な複数の刃を反応出来ない速度で移動させて攻撃する。足元を攻撃しても刃を扇状に並べて防いでくる……この業界のジジイは生身の肉体全盛期とかいうチートだ」

 

「黒トリガー…………」

 

「おや、私の事をご存知なのですね?」

 

 徐々に徐々に近付いてくるヴィザとヒュース。

 俺と小南の会話が聞こえていた様なのでヴィザは少しだけ意外そうにするが気にしないでおく。

 

「俺の仕事は三雲修と雨取千佳を守る事だ。俺は倒されれば遠征艇に戻ってしまう……誰か時間を稼いでくれ」

 

 悪いが無駄なライフは使いたくないんだ。

 

「……俺が時間を稼ぐ」

 

「レイジさん?」

 

「1つは黒トリガーでもう1つは未知のトリガーだ。なにが出てくるか分からない以上は俺が動く」

 

「だったら俺もやります……」

 

「京介、ある程度時間を稼ぐ事が出来たらお前は修達を追いかけろ。ジョンはこの辺りの土地勘は0で何処に向かえばいいのかが分からない」

 

「ちょ、ちょっと私を忘れてない!?」

 

「逆だろう。お前に足止めの囮を、倒される役目をさせるのは勿体無い……お前はそうだな、市街地を狙おうとするトリオン兵の撃退に集中するんだ。向こうの狙いは優秀なトリオン能力者でC級がその条件を満たしているが、市街地を狙わないという手段がないんじゃない。敵地において戦地以外を狙うのはよくある手だ。だから一番強いお前が確実に倒す」

 

 自分の事を忘れていると言う小南だが、小南が落とされれば殆どの隊員が落とされるも同然だ。

 小南の仕事は1に俺達と一緒に本部に向かう、2に道中俺達を無視して市街地を襲ってくるであろうトリオン兵の撃墜だ。

 

「あんた、よく分かってるじゃないの」

 

 一番強いと言われて嬉しそうにする小南。

 実際イアドリフでも中々に見ないレベルの実力を持っている。レクスよりちょっと下……俺のサイドエフェクトは具体的に見えるけど数値化されるわけじゃないから判断が難しいな。

 

「今、オペレーターと繋がってるか?」

 

「いや、繋がっていない……どうした?」

 

「レーダーと視界を阻害する事が出来る煙玉を持っている。煙幕の中を見通す事が出来るならば1発ぐらいはおみまいできるだろ?」

 

「……すまないがオペレーターの支援は受けられない。玉狛のオペレーターが全速力で玉狛支部に向かっているが間に合わない」

 

「だったら撹乱に使う……行くか」

 

「木虎ちゃん、修、千佳、ジョン、後C級達こっちよ!」

 

「逃がすか!!」

 

 小南の先導でボーダーの本部に向かう事に。

 ヒュースが黒色の欠片を出現させるとこちらに向かって飛ばしてくるので先ずはと煙玉を投げると辺り一帯が煙に包まれる。飛んできた黒色の磁力を宿した欠片をシールドで防いで追撃だとトリオン爆弾を投げる……が、トリオン反応があるので倒すことは出来ていないだろう。

 

 問題は無い。

 木崎レイジからゴリラの闘志が見えている。ゴリラなだけあってその腕は確実だろう。足止めに成功する……だが油断は出来ない。

 ヒュースのトリガー能力を応用すればリニアモーターカーの様に移動する事が出来る。そこかしこにトリオン兵が居るのでヒュース達が連絡をすれば俺達の位置を割り出す事は容易い。一応はと突撃銃(アサルトライフル)を出して走りながら空中偵察型のトリオン兵を撃墜していく。

 

「葵からのフォローは無し……飛雷神斬りは出来ない。羅生門(サハスラブジャ)は長時間の戦闘に向かず射程は300m程で顔を晒さないといけないので使えない」

 

 まだだ、まだ動くわけにはいかない。

 

「風間さんが倒された!?」

 

 ここではないところで順調に事は運んでいる。

 おそらくだがエネドラが風間隊と交戦して風間さんを倒すことに成功した…………もう一手、もう一手欲しい。

 

 まだ作戦を決行するわけにはいかない。未来が確定するまでは動いてはいけない。こっちも1手間違えれば詰んでしまう。

 迅がその事を予知している可能性も考慮しておかなければならない。もしかしたら片桐隊と緑川を除く草壁隊がスタンバってるかもしれない。万が一を想定して色々と思考していると上空に黒い影が映る。

 

『使えそうな駒を連れてきたぞ』

 

「テメエ、離しやがれ!!」

 

「弓場ちゃん!?」

 

 黒い影の正体はメイルバーだった。

 メイルバーの足にガッチリと掴まれていたのは弓場隊の弓場で、小南はどうしてここにいると驚いた様な声を上げる。

 

「小南か。この近界民を倒すのを」

 

「コイツは俺達のトリオン兵だ……手荒な真似をして悪かった。緊急事態で強い駒が欲しかったんだ」

 

 メイルバーから降ろされた弓場はメイルバーを強く睨んで拳銃を取り出す。

 小南にメイルバーを倒すのを協力させようとするので俺達のトリオン兵である事を伝えると弓場は俺を強く睨んでくる。

 

「ケビンマスク?……人型か?」

 

「人型だけど今襲ってきてる国とは違うっぽいわ。忍田さんが協力しろって言ってるから協力して」

 

「本部長が?」

 

「……とりあえず詳しい事情は後で話すから今は一時的でいい。私情を挟まないでC級達の避難を手伝ってくれ」

 

『ジョン、コイツが居れば後は問題無いだろう?オレは小娘を救う為に作られたわけじゃない……帰らせてもらう』

 

「あ、こら!…………あいつ、マジでなんなんだ」

 

 自分勝手な性格にインプットしてない、葵を守りリーナをサポートする為に作ったトリオン兵なのに口や性格が悪い。

 スパルカにカッコいい性格で頼んだと言ったのになんであんな感じの性格になってしまったんだ。

 

「あっちの方って…………弓場ちゃん、ごめんだけど皆の先導を頼んだわ。本部に連れてって」

 

「おい、小南!…………っちぃ、どうなってやがんだ」

 

「弓場さん、色々と状況は飲み込みにくいですので簡略します。C級隊員が狙われていますので本部に行くのを手伝ってください」

 

 恐らくだが烏丸の家があるところ辺りにトリオン兵が居たのだろう。

 C級優先で一般市民の被害を無視してを出来る範囲が越えたので小南はトリオン兵を倒しに行く為に離脱、木虎が後を引き継いで大まかな事情を説明した。

 

「分かった……おい、近界民ァ(ネイバー)分かってると思うが変な真似をしたら頭に撃ち込むぞ」

 

 状況を一先ずは飲み込んだ後に俺を警戒している素振りを見せておく。

 ブラフに近いものだろうが、警戒していると思考を奪う為……だがまぁ、問題は無いだろう。

 

「っちぃ、数が多いな」

 

 ボーダーの本部に向かっているということは防衛線の内側に入ろうとしている事だ。

 トリオン兵は多くなることは必然で弓場は険しい顔をする。弓場の戦闘スタイルは近距離特化の銃手、22mの射程範囲内の中で素早く威力が高い弾丸を撃ち込むという割とシンプルで……撃てる弾数も絞っている。

 1発で確実に倒すことが出来るが、長期戦には向いていない。どれだけ出てくるのか分からないというのは一種の恐怖である。弓場のトリオンも何時かは底が尽く。俺はこの一ヶ月間有吾さんの顔になったり麟児の顔になったりで少しだけトリオンを使ったが、殆ど使っておらず幻夢(ガメオベラ)のライフを77個まで増やすことに成功している。

 

「すまない、待たせた!」

 

「大丈夫だ、倒すだけならば馴れている」

 

 ゆっくりとだがボーダーの本部に向かう事に成功している。

 だが手札が少ないと思っていると烏丸が現れる。レイジさんが1人になっても問題は無いぐらいには時間を稼ぐ事に成功したという事だが……ヒュースのトリガーはリニアモーターカーみたいな事が出来たからコレだけの距離は詰められる可能性が高い。

 

 トリオン兵はそこかしこに居る。

 ヒュースのマーキングそのものに成功していないから追い掛ける事は出来ないだろうなというのは楽観的な考えだろう。

 

『大変だ、レイジが倒された』

 

「レイジさんが!?」

 

「慌てるな、向こうの方が何枚も上手なんだ……あのジジイからはタケミカヅチが見えるから仕方がない。むしろここまでよく時間を稼げた方だ」

 

 ちびレプリカからレイジさんが倒された報告を受けると修は驚く。

 相手の方が何枚も上手なのと原作知識があるのでレイジさんが倒されるのは想定内だ……だからまだだ。まだその時じゃない。

 

「それよりも早くC級を本部に……ボーダー本部はまだ遠いな」

 

「いいえ、大丈夫よ……ボーダーのトリガーを通せば開く本部に通じる扉があるわ」

 

 ここまで来ればもう大丈夫だと木虎は廃墟っぽいドアの入口に手を翳す……が、なにも起こらなかった。

 何度も何度も手を翳してはみるものの扉がうんともすんとも言わない。

 

「どうなってるの!?」

 

「あ〜……本部が1回だけ爆撃にあったから回路がバグったり道が閉鎖したりしたんじゃないのか?」

 

 原因は知っているがあくまでも知らない素振り、それっぽい理由をつけてみる。

 木虎は大慌てで本部に連絡を取ろうとするのだが、本部に通信が入らない。

 

「万が一本部が襲撃された時の避難経路は?」

 

「……………無いわ…………」

 

 普通ならばプランB的なのを作っておけよと言いたいが二十歳前の子供に色々と無茶を言ってはいけない。

 だが聞こえるレベルの舌打ちだけはしておく。なにせコレは二度目の侵攻、まだ色々と手探りでやっている組織であるボーダーにプランB、プランCを求めてはいけない。用意しておけとは言っておきたいが。

 

「本部に続く道のドアがイカれてやがるなら直接出向くしかねえ!本部に行くぞぉ!!」

 

 慌てているメンツの中でも弓場は動じる事なく先陣を切ってくれる。この手のタイプは部隊に1人は居てくれた方が色々とお得な存在だと改めて認識をする。

 

 ボーダー本部に通じる道が無いので直接ボーダー本部に向かわないといけない。

 戦線の真っ只中だが頼れる仲間が、弓場と木虎が生き残っている。コレは非常にデカくて出てくるラービット以外のトリオン兵を瞬殺してくれる。ラービットは俺担当だ、トリオン兵なので簡単に切り裂く事が出来る。

 

「……っ!」

 

「チカ子、どうしたの?」

 

「く、来る!」

 

 一歩ずつだがボーダーの本部に向かう事が出来ている中で千佳はピクリと反応する。

 千佳には近界民を探知するサイドエフェクトがある。危険を報せてくれる虫の知らせ的なのから発展したサイドエフェクトかなにかだろう。そんな千佳のサイドエフェクトが反応したという事は……やっぱりか。

 

「流石は最新鋭の強化トリガー、一手で追跡出来ましたか」

 

「恐縮です」

 

「っ、人型近界民ァ(ネイバー)

 

 レイジが倒されたのでこちらに向かってきたヴィザとヒュース。

 弓場は何時でも倒せる準備だけはしているのだがヒュースやヴィザのジジイに至近距離に近付くのは愚策だ。

 

「レプリカ、流石にアレの相手は厳しい。時間を4,5分稼ぐのが限界だ……おそらくは角付は磁力的なのを宿した黒い欠片を操っている。リニアモーターカーに近い原理でこっちに近付いたんだと思う」

 

 割と冗談抜きであの2人を同時に相手をするのは厳しい。

 この通常トリガーでコンティニュー機能を使わずに戦えば4,5分……いや、葵のサポートを受けられないから2,3分が限界だろう。葵のサポートを受ける事が出来たのならば5分は確実に時間を稼ぐことが出来るんだが、流石に無理がある。

 

『問題無い』

 

 レプリカに稼げる時間を言ったら問題は無いと返事が帰ってきた。

 何事かとレーダーを展開してみればそこには一筋の流星が降り注いできて……すぐ近くの住居にぶつかった。

 

「あいたたた……遊真、急いでるとはいえコレはやりすぎじゃないか?」

 

「っ、迅さん!?」

 

 流星の正体は迅だった。

 修は迅が現れた事を驚き迅はこちらを見てくる。

 

「木虎、京介、弓場ちゃんサンキュー!……ケビンマスクもな」

 

「ケビンマスクじゃない、ジョン・万次郎だ……俺の仕事は1回だけ雨取千佳と三雲修を守る事、感謝される筋合いは無い」

 

「そっか……お前の事は色々と気にはなるけど、それよりもはじめましてだなアフトクラトルの皆さん!オレは実力派エリートの迅」

 

「自分でエリートは無い」

 

 知ってることだけどもその紹介方法はカッコ悪い。

 

 俺が余計な事を言ってしまっているのでなんとも言えない微妙な空気が流れる……が、コレでいい。コレでいいんだ。

 

「悪いんだけど今からあんた達の相手はオレがする」

 

「違うだろ」

 

「おっと、そうだった」

 

弾印(バウンド)六重(セクスタ)!」

 

「オレ達がだ」

 

「空閑!!」

 

 迅に続き遊真も飛来する。

 

強印(ブースト)二重(ダブル)

 

 黒トリガーの能力を全面的に使ってはヴィザのジジイが持っている杖に向かって渾身の飛び蹴りをくらわせて……色々と仕込んだ。

 

「ふぅ…………一先ずは峠を越えたか………遊真、あの爺さんは厳しいが任せたぞ」

 

「ジョンさんは?」

 

「俺は見ての通りだ……幻夢(ガメオベラ)の能力はコピーしてあるか?」

 

「うん……こっちじゃトリオン全然使わないから何回かは使えると思う」

 

「そうか……迅、遊真、アフトクラトルの連中を頼むぞ!流石に相手にしたくはない!!」

 

「了解了解、実力派エリートに任せてくれ」

 

 迅がそう言うとコレでもかと言うぐらいに地面からエスクードが生える。

 コレでいい……原作通りだ。万が一を想定して遊真に幻夢のコンティニュー機能を搭載させている……ここから迅はヒュースの足止めをする。遊真は1度しか使えないトリオン体マトリョーシカを使う。万が一を想定していて幻夢のコンティニュー機能を搭載させている。何回かは使えると言っていたから自爆特攻で1手詰ませる戦法を取った後に即座にコンティニューすればヴィザを倒すことが出来るはずだ。

 

 この瞬間だ……俺がずっと狙っていたのはこの瞬間だ。

 雨取千佳を守る為に来たというのは嘘ではない。実際麟児に色々と教えてもらう条件に1度だけ千佳と修を守ってくれと約束をした。だが、真の狙いがある。唯一の懸念である草壁隊と片桐隊はその場には居ないと調べがついている。

 

 迅悠一が街や三雲修を守る為にヒュースとヴィザのジジイを分断する。

 そして集中する……迅はヒュースの足止めを、遊真はヴィザのジジイの撃退を、ボーダー本部が侵入したエネドラから逃げる為に避難をしている…………だからスマホを見る時間なんて1秒も無い筈だ。

 

「(葵、作戦を決行しろ)」

 

「(分かりました)」

 

 詰み()の一手に近付いた。




さぁ、ジョンはなにを企んでるんでしょうね。感想お待ちしております


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55話

 

「(相手のトリガーの確認だ。角付は磁力を宿した黒い欠片を操っている。爺さんの黒トリガーは?)」

 

『(切れ味抜群で軽くて頑丈な複数の刃を反応しきれない速度で動かすとは聞いている)』

 

 人知れずジョンの作戦が動いている事に迅は気付かずに、一先ずはと意識を戦いに集中する。

 おさらいだとレイジが足止めをして得た情報とジョンから得た情報を元にヒュースとヴィザのトリガーをレプリカと共に情報共有をして解析する。

 

『(一方はシンプルな能力だが使い手が化け物、もう一方は複雑な能力で色々と応用が利き扱いが難しいトリガーだ。組ませるだけでも厄介な相手だ)』

 

「(じゃあ、ジンさん二手に分けよう。向こうはそれなりの連携は出来る。おれ達もやろうと思えばやることが出来るけど即興の付け焼き刃で倒せるほど簡単な相手じゃない)」

 

「(了解。オレはあの角付をいく……遊真、時間稼ぎじゃダメだ)」

 

「(了解)」

 

「全く、次から次へと邪魔をしてきて……」

 

「落ち着いてくださいヒュース殿……雛鳥を確保するには彼等を倒さなければなりません」

 

 立ち塞がる迅と遊真に苛立つヒュース。

 ヴィザは冷静に物事を見る。敵の基地の入口付近に突如として現れた二人組、自分達を確実に倒すことが出来る算段があるのかないのかは分からないが、たった2人だけで足止めをするという事は相当な猛者であるとヴィザの経験則が物を言う。そしてそれは大体当たっている。

 

「マーキングは出来ていませんが、玄界(ミデン)の雛鳥達はレーダーに映ります。追い掛ける事は何時でも可能」

 

強印(ブースト)二重(ダブル)

 

 まだ話をしている最中だがそんな事は知ったことじゃないと遊真が地面を強く踏むと土砂が巻き起こり視界が遮られる。

 突如として視界が遮られたことにより驚くヴィザとヒュース、ヴィザの持っている仕込み杖に向かって鎖が飛んできたかと思えばくっついた。

 

「せーのっ!!」

 

「っ、なんともまた力任せですな」

 

 鎖でヴィザごと引っ張り上げた遊真。

 力任せな荒業だがヴィザは余裕を崩さない。直ぐに自分とヒュースを分断する事を見抜いた。

 

「ヴィザ翁!」

 

「構いません」

 

 ヴィザを追いかけようとするヒュースだがヴィザは必要無いという。

 ヴィザが言うならば絶対大丈夫であろうと目の前に居る迅をどうにかして突破しようと黒い欠片を飛ばすのだが迅は軽々と避ける。

 

「空中であるならばなにも気にしなくて良い……星の杖(オルガノン)──っ!?」

 

「成る程、ジョンさんの情報とレイジさんの情報は合ってたか」

 

 空中に浮いたヴィザは星の杖の能力を起動しようとするが直ぐに謎の重さを感じ取った。

 何事かと思っていると展開されたサークルの上にある刃の上に六角形の重しが、遊真が三輪隊と交戦した際に会得した鉛弾(レッドパレッド)が刺さっていた。

 

 遊真はジョンとレイジからの情報と星の杖の能力を生で見て大体どんなものなのかを察した。

 切れ味抜群で軽くて頑丈な刃が反応することが出来ないレベルで高速移動する。100kg以上する鉛弾を撃ち込んでいる筈なのにやっと目で追える素早いなと思える速度で星の杖のブレードが動いている。

 

「……足止めは禁止だったな」

 

 遊真は直ぐに察する。

 物心ついて有吾と一緒に旅をした6年間、有吾が死んで黒トリガー化してからの3年間、ボーダーに入隊するまでの数ヶ月を合わせても目の前に居る老人には敵わない事を。なにせこの業界は肉体の全盛期というのが無いに等しい。若々しい肉体でありながら老練された知恵や感性を持ち合わせていて最前線で戦うジジイは近界(ネイバーフッド)でも早々に見ない。物凄く珍しい。こちらの世界やイアドリフには緊急脱出機能が搭載されているが基本的には緊急脱出機能は搭載されていない物であり、40ぐらいのおっさんは割と見かけるが50以上のジジイは早々に見ないのである。

 

 そして遊真は思い出す。迅に時間稼ぎじゃダメと言われたことを。

 迅になにが見えているのかは不明だが、未来が視えている迅はヴィザの足止めはダメだと言った。それだけヴィザが危険だというのもあるのだろうが、まだなにか厄介な未来が待ち構えているのだろう。下手に踏み込まずに足止めをするだけならば今の遊真でも最低でも15分は出来る。

 

「……おれは黒トリガー使いだよ」

 

「なんと、黒トリガー使いですか……玄界(ミデン)にも黒トリガーがあるのですね」

 

 故に少しだけ揺さぶりをかけてみる。自分が黒トリガーである事を告げたとしても特に動揺は見られない。

 黒トリガーは1個あるだけで組織のパワーバランスを崩壊させる化け物じみたトリガーだがそれでもヴィザは動じない。メンタルも強ければ戦闘も強い。自分よりも確実に上だと断定する事が出来る相手で、時間稼ぎじゃダメと迅から言われており、倒せと言うのはかなりの無茶であり100回やって裏があると思わせて更にその裏をついてやっと1回勝てるレベルだ。

 

 時間稼ぎが限界だが遊真は弱音を吐かない。

 何故ならば知っているから。こっちの世界で最初に出来た友達が勝ち目が少ないからと言って逃げるという一手を1度も選ばなかったことを。死ぬ可能性なんて全く考慮せずに戦いに行った姿を目に焼き付けていた……まぁ最もその友達はトリオン兵にボコられて終わってしまったのだが。

 

「っく……」

 

 完全にヴィザとヒュースは分断された。

 ヒュースは当然、その事が分かっておりヴィザならば負けることは無いので先ずは目の前に居る迅を倒そうとする。

 黒い欠片を集めてハンドスピナーの様な見た目にして飛ばしたりするが迅は軽々と避ける。

 

「思ったよりも早くに分断する事が出来たな……」

 

 迅は完全に分断する事に成功したという。

 それを聞いてヒュースは怒涛の攻めをみせるのだが迅がスコーピオンで捌き、回避し……地面に穴が空いて地下道に潜り込んでしまう。急にバトルフィールドが変われば動揺の1つでもするのだろうが迅はそういった素振りを一切見せない。ヒュースは迅はあの手この手を仕掛けてくるタイプだと見抜き、早急に倒して雛鳥の回収に向かおうと黒い欠片を見えなくして飛ばすのだが迅はスコーピオンで捌ききる。

 

「良い腕だ……オレや太刀川さんクラスじゃないと既に10回は死んでる。相性的にも弓場ちゃんに任せなくて正解だった」

 

 間合いを詰めることが難しい相手で、色々な事が出来るトリガーだ。

 使い手の腕もいい、使っているトリガーもいい……だからこそ迅には分からなかった。

 

「お前、なんで見捨てられるんだ?」

 

「なにを…………貴様、なにを知っている!!」

 

 迅には見えていた。ヒュースが見捨てられる未来が。ヒュースは精神を揺さぶりに来たのかと考えるが1つだけ心当たりがあった。

 故に冷静さを欠いてしまいトリガーの機能を使わずに迅に向かって突撃すると迅は目を細めた。

 

「はい、予測確定」

 

 ヒュースの両サイドから壁が、エスクードが出現してヒュースを挟み込んだ。

 迅vsヒュースはヒュースよりも予知を持っている迅の方が心理戦や持久戦がやや上な方だ

 

「……メガネ君と千佳ちゃんは危ないけど、危ないだけか」

 

 ついさっき顔を合わせていた修達の未来が視えている迅。

 とある人物が助っ人に来てくれて修達の危機を救ってくれるという未来が待ち構えていた。そのとある人物は何故かキン肉マンのケビンマスクの仮面を被っていた。ホントにどうしてなのかは分からないが何処かの誰かが修達が危険な目に遭うものの最後まで生き残る、ジョンが守り抜く未来が視えている。修に見えた死ぬ可能性が限りなく0に近付いていっている。

 

 いい傾向だ。

 あのジョンが何者なのかは分からないが自分達にとって友好的な近界民(ネイバー)だ。遊真と一緒にこちらの世界に来て今まで何もしていないのは些か気になるが今はジョンの事に思考を割いている場合じゃない。自分には色々な事情を察する事が出来る予知のサイドエフェクトがあるのだからと先ずは峠を越えるべくヒュースの足止めに意識を集中する。

 

『大変だよ!本部に近界民が襲来してるんだって!!』

 

 一方その頃の修達はルートを変えて直接本部に出向こうとしていた。

 道中にも本部に続く入口があるのだがうんともすんとも言わない。どうしてだろうと思っていると玉狛支部のオペレーターこと宇佐美が本部に近界民が襲来してきている事を修達に教える。

 

「おい、のの大丈夫か!?」

 

『あたしの事は気にすんじゃねえ!覚悟は出来てんだよ!』

 

 報告を受けた弓場はオペレーターである藤丸ののに通信を取る。

 藤丸ののは宇佐美と違って本部のオペレーター、玉狛ではないので本部で後方支援をしている。既に一部の管制室が破壊された等の訃報も伝わっているので心配するが、ののは問題が無いと、本部が襲われたりもする危険な道を歩むのは覚悟の上だと語る。

 

「大丈夫なんですか!?本部に向かって」

 

「……迅さんが向かうなとは言っていないから大丈夫だ」

 

 本部に襲撃があったのならば本部に足を踏み入れるのは危険ではないのかと修は考えるが烏丸は迅を信じる。

 どの道、本部に避難する事が出来なければ何処にも行くことが出来ない詰みに近い状況である事には変わりはない。

 

「…………千佳」

 

「は、はい」

 

「俺は雨取麟児からお前と修を一回だけでいいから守ってやってくれと頼まれた。だがお前は自らの意思で戦線に立とうとしている……危険は承知か?」

 

「……危険だって分かってます。ボーダーに入隊する時もお父さんとお母さんに危険だって言われました。でも…………何もしないのは逃げるだけなのはもう嫌なんです!」

 

「そうか……だったら俺を信じて危険な道を歩んでくれるか?」

 

「っ、はい!!」

 

「おい、お()ぇなにするつもりなんだ!?」

 

「修、千佳のトリオンを使ってトリオン兵にぶつけろ」

 

「千佳のトリオンを?」

 

 ジョンは約束を交わした。雨取千佳と三雲修を1回だけでいいから守ってくれと。

 だから本心としては危険な目に合わせるわけにはいかないと思っている。しかし原作知識と現在葵が決行中の作戦を考慮すれば千佳を撒き餌にするしか道は無い。

 

「使って、私のトリオンを」

 

『トリガー臨時接続』

 

「っ……アステロイド!!」

 

 千佳のトリオンを修は使った。

 千佳のトリオンの為にトリオンキューブは尋常じゃないデカさで出現しては修が威力を重視したアステロイドをラービットにぶつけてラービットの腕の装甲を崩した。

 

「馬鹿な、ラービットの腕の装甲を貫いただと!?」

 

 アフトクラトルの遠征艇の会議室っぽいところ。

 敵側の大将とも言うべきハイレインは驚いていた。ラービットは頑丈だ、特に腕の部分なんかは普通のブレードで斬ることは無理に等しい。仮に出来たとしても黒トリガーレベルだろう。

 

「ミラ、どうなっている?」

 

「測定器がエラー反応を出しています……あまりの質、量です」

 

「おぉ!まさか金の雛鳥が居たというのか!」

 

 遠征艇のあれこれをしているミラに修の撃ったアステロイドのデータを確認する

 トリオンの量と質、共に見たことがないものであり撃ち倒されて帰還していたランバネインが目当ての者が見つかったと笑みを浮かべて少しだけ残念そうにする。

 

雷の羽(ケリードーン)と撃ち合う事が出来れば面白い勝負をする事が出来たのに」

 

「ミラ、残りのラービットは幾つだ?」

 

「7機です……ですがあの青い仮面の男が」

 

 思いがけもしない金の雛鳥を見つける事に成功したが、拐うのが難しい。

 基地付近なので精鋭がそれなりに揃っている。それだけでなく、ラービットを容易く倒すことが出来る兵士が居る。故にラービットを送り込んでも倒されるだけだ。

 

「…………仕方があるまい。思いがけないところに居た金の雛鳥だ、逃すわけにはいかない」

 

 この遠征にはアフトクラトルの未来が掛かっている。

 降りるつもりは無かったハイレインはミラの黒トリガーの能力を用いてボーダー基地付近の住居の屋上に出る。

 

「っ!」

 

「どうした千佳!」

 

「新しいのが、新しいのが来る!」

 

 そんなハイレインを一早く察したのは千佳だった。

 それを聞いたジョンは釣り竿に引っかかってくれたかと思っているとA級の三馬鹿である出水、米屋、緑川がやって来た。

 

「よ〜京介、可愛い後輩の為に先輩が助っ人に来てやったぜ」

 

「出水先輩、ありがとうございます」

 

「色付きの新型は大体は俺がぶっ壊すからそれ以外を頼む」

 

「え、ロビンマスク?」

 

「色合いをよく見てみろよ。ケビンマスクだぜ」

 

 ジョンから指示があると驚く緑川だが米屋が訂正を入れる。

 その辺りについては今はどうでもいいので深く追求する事はせず、ジョンが管槍を取り出しては目にも止まらぬ速さでラービットの装甲の中で最も柔らかい目玉を貫く。

 

近界民(ネイバー)の槍バカスゲえ……」

 

「誰が槍バカだ、誰が…………近界民か……まぁ、いい」

 

「米屋ァ、ボサッとしてんじゃねえ!!さっさとC級本部に連れてくぞ!!」

 

 ジョンがラービットを瞬殺してくれるおかげで米屋達がラービット以外に集中する事が出来ている

 コレはチャンスだと弓場が3人にC級を引き連れていく様に言ったその時だった、突如として光る魚が飛んできたと思えばC級隊員にぶつかった。

 

「あぁ!?」

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

 光る魚にぶつかったC級隊員のトリオン体はウニョウニョとうねる。

 敵の攻撃を受けてしまったのだと弓場や出水が判断している中でウニョウニョとトリオン体が変わっていた隊員がトリオンキューブ化する。

 

「コレって、新型の」

 

『恐らくだが類似しているものだろう』

 

 まだ直接この目で見ていないがトリオン兵をトリオンキューブに変える技術があるのを修は知っている。レプリカはそれに類似していると判断する。

 

「お(メエ)ら、その魚に当たるんじゃねえ!!」

 

「厄介な相手だけど、対応する事は出来ない速度じゃないよ!!」

 

 触れればアウトな即死ゲーの魚を回避する様に弓場は指示を出す。

 緑川はコレぐらいならばとスコーピオンで捌ききる……のだが、スコーピオンがトリオンキューブ化してしまった。

 

「ありゃりゃ……」

 

「修、千佳のトリオンを用いてトリオン体を破壊しない威力の低速の弾を撒き散らす事は出来るか?」

 

「低速の弾を……出来ると思います」

 

 再び修は千佳と手を繋いでトリガーを臨時接続し、千佳のトリオンを使う。

 ボーダーの入隊日で風間を倒す為に使った低速で威力の低い弾を撒き散らした経験が今ここで生きるとは思いもしなかった。

 

「…………烏丸」

 

「なんすか?」

 

 ハイレインが飛来してくるのが見えた。

 上手く千佳を撒き餌に誘いに乗ってくれた。千佳を危険な目に遭わせた罪悪感はあるが、苦しんでいる場合じゃない。

 

「ラービットの相手は任せていいか?」

 

 ジョンがポンポンとラービットを倒しているので原作よりはラービットの数は少ない方だ。

 しかし少ない方なだけあって決して0ではない。ラービットを相手に出来そうな緑川と米屋と出水のA級三馬鹿はハイレインの黒トリガーの能力に苦戦中だ。だからジョンは烏丸に後を任せていいかと尋ねる。

 

「3分ぐらいなら時間を稼げます」

 

「そうか…………烏丸」

 

「なんですか?」

 

「お前達にとって如何なる事情があろうと俺は近界民(ネイバー)扱いだ。向こうの世界で育ったのだからそう思われるのは当然だ」

 

「……?……俺は比較的に近界民に対して友好的ですよ」

 

「そうか……じゃ、行ってくる」

 

 ジョンがなにを言っているのかは定かではないが自分は近界民に対して友好的な派閥である事は自覚している。

 話し合いの通じる近界民も居るのを知っているのでいきなりの発砲はしない。

 

追尾弾(ハウンド)

 

 一方の出水はハイレインと対峙していた。

 ハイレインがトリオンキューブ化する魚を大量に引き連れているのを見てコイツは危険だと認識し、追尾弾で全ての魚にぶつけようとする。

 

「良い腕だ、トリオン能力もアフトクラトルで早々に見ないレベル……金の雛鳥が居なければ持ち帰りたいところだ」

 

近界民(ネイバー)に言われても嬉しかねえよ……」

 

 この出力といい能力と言い黒トリガーは厄介だなと出水は感じる。

 今は誘導弾で相殺する事が出来ているが何れは相殺しきれない。手数の方も向こうの方が上手だ

 

炸裂弾(メテオラ)

 

 だが、策が無いわけでもない。

 出水はメテオラを放ち辺り一帯を爆破する。ハイレインは目眩ましかと考えて自身の周りに魚を配備する。

 

「……どうやらトリオン以外はトリオンキューブ化出来ないらしいな」

 

 生き埋めに出来なかったものの瓦礫の山に沈める事には成功した。

 そこでトリオン以外をトリオンキューブ化する事が出来ない事に出水は気付くのだが、蜂型の弾に当たってしまう。

 

「ああ、その通りだ……中々の戦術眼だがコレで詰みだ」

 

「クソ……なんちゃって」

 

 出水は緊急脱出をするのだが笑みを浮かびあげていた。

 何事かと思っているとボーダーの基地上空から狙撃銃の弾が飛んできた。

 

「おいおい、アレを当てるとか変態過ぎるだろう、うちの狙撃手(スナイパー)様はよ!!」

 

 出水がメテオラを放ったのは時間稼ぎでなく狙撃できる射線を作ることだ。

 米屋は大量の魚が居るのにその網を掻い潜って撃ち抜く自身の部隊の狙撃手の奈良坂に驚くがコレならばと思っている。

 

「射線を通すための爆撃か。狙撃手の位置は?」

 

「割出しています。ラービットを送り込みます」

 

 ハイレインは焦る事をしない。

 ミラに冷静に状況確認をした後に待ち構えている奈良坂達の元にラービットを派遣する。

 

「ワープ出来るのはお前だけじゃねえんだよ!!」

 

 このままでは倒されるのだが当真達はワープしてラービットから退避する。

 空中に浮かんでいるミラに向かって狙撃するのだが撃った弾がそっくりそのまま返ってくる。

 

「お前等はC級を優先しろ!!既に一発腹にどデカいのを受けている。時間を稼げば」

 

「トリオン漏れでトリオン体が損傷すると?あまいな」

 

 ハイレインは近くに落ちているトリオンキューブからトリオンを回収してトリオン体を修復する。

 ジョンは驚かない。ハイレインの黒トリガーにはその能力が備わっているのを知っているから。コレでいいとジョンは判断する。

 

「この局面、この盤面、ノーコンテニューでクリアしてみるぜ」

 

 嘘である。




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56話

 

『チカの存在が露見した。アフトクラトルのトリガー使いの狙いの対象がチカに切り替わった』

 

「……レプリカ」

 

『ジョンやトリマルが居る……信じるしか道はあるまい』

 

 千佳のトリオンで撒き餌を作ることに成功してハイレインは乗っかってきた。

 千佳や修が危険な目に遭っているので早急に助けなければならないのだが目の前では星の杖のブレードが展開されている。この爺さんを、ヴィザを野放しにする訳にはいかないとレプリカを派遣させる事を考えたがレプリカは二人がいるならばなんとか出来ると信じていた。

 

『私達の目的はあの老人を倒すことだ。1回だけでいい、2度と通じない戦法でもいいから倒すことを優先しよう』

 

「……1つだけ作戦がある。準備も出来てる……失敗したら同じ手は使えない、2度目が無い作戦だ……ジョンさんの幻夢(ガメオベラ)を使う」

 

『了解した』

 

 一か八かの賭けであるが、使うしかない。

 

強印(ブースト)二重(ダブル)

 

「目眩まし……来る!」

 

 地面を強く叩きつけて土砂を撒き散らす。

 目眩ましと見せかけての攻めの一手が来るとヴィザは予測していると煙の中から遊真が現れ、星の杖のブレードの手前で止まった。が、遊真の両足が切り落とされた。

 

『やはり備えていたか』

 

 遊真の視界の外にブレードのサークルを展開していた。相手の方が上手なのでレプリカは驚きはしない。

 大丈夫、まだ大丈夫だ。遊真の足の損傷は酷いがまだ時間が残っている。トリオン体が崩壊するまでが時間だとヴィザの元に突撃した。

 

「残念です…………気迫だけでは私の剣には撃ち勝つ事は出来ません」

 

 そしてヴィザに斬られる。

 ヴィザの持っていた星の杖の本体とも言うべき仕込み杖に真っ二つに切り裂かれてしまう。

 若くて腕のいい黒トリガー使いだ。トロポイの自律トリオン兵のサポートも中々だ。しかしそれでもまだ1手か2手は自分には届かない。

 

 トリオン体が破壊されて生身の肉体に戻る描写っぽい煙を巻き上げる。

 ヴィザは勝利を確信した。中々に面白い勝負をする事が出来たと思っていた

 

強印(ブースト)二重(ダブル)!!」

 

「っ!?」

 

 だから予想外だった。

 確実に仕留めたと断定する事が出来る筈の遊真が傷一つついていないトリオン体になって自分に殴りかかって来たのを。直ぐに対処しようとするのだが、星の杖の網を掻い潜っているので星の杖のブレードで斬る事は出来ない。しかし仕込み杖ならば斬ることが出来ると思っていると仕込み杖に重さを感じて何事かと見てみれば鉛弾の重しが付いていた。

 

「コレは……あの僻地の……」

 

 トリオン体が破壊されたヴィザだが胴体部分が破壊されただけで顔は破壊されなかった。

 故に見えていた。煙の中に土管が紛れ込んだのを。ヴィザは知っている。この土管は倒された筈のトリオン体を復活させる事が出来る魔法の土管、過去に遠征で僻地の片田舎に飛ばされた際にそれを使った国が、それを使った少年兵が居たことを思い出す。

 

「コレだから戦いはやめられない……」

 

 負けてしまった事にヴィザは喜びを隠しきれていない。見る者が見ればキレるだろうが、気にしない。

 

「レプリカ、どっちだ!!」

 

「南東側だ!」

 

 倒されてしまったヴィザを無視して遊真は修達の元に向かおうとする。

 レプリカは遊真に道を案内する。

 

 一方その頃というか2分ぐらい前のボーダー本部付近。

 

「作戦は上手く行っているか……いや、上手く行ってないと困るな」

 

 ジョンはハイレインの前に対峙して距離を取って突撃銃を連射する。

 ハイレインは卵の冠の能力である卵から生まれる生物を模した弾でジョンが撃った弾を相殺する。

 

「ラービットを倒した腕といい中々の腕前だな」

 

「アフトクラトルの人間に褒められるのは悪い気はしないな……レプリカ、狙撃関係は?」

 

『準備出来ている……が、困難だ』

 

 ハイレインは狙撃を警戒して魚で網を作って壁にしている。

 ボーダーの狙撃手にかかればその網を通して狙撃することは可能だが限られた人しか撃つことは出来ない。

 

「だったらこう言うのを使うか」

 

 そう言うとジョンは煙玉を投げた。

 トリオン認識を阻害する煙玉で、視界も勿論遮る事は出来る。

 

「今だ一斉射撃だ!!」

 

 No.1狙撃手、当真の指揮の元でハイレインに向かって狙撃する。

 ハイレインに当てるのは難しい。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる戦法ではない。勝つ算段があるからと狙撃を行っている。

 

「宇佐美先輩、後どれくらいで到着出来そうですか?」

 

『う〜ん、2、3分は掛かるかな』

 

 一方その頃のC級隊員を引き連れた烏丸は宇佐美に本部に辿り着くまでどれくらいの時間を有するのかを尋ねた。

 本部は既に目の前にある、後もう少しといったところであり宇佐美は妨害込みで計算して2,3分はかかると時間を算出する。

 

「……木虎」

 

「は、はい!」

 

「米屋先輩達と後を頼んだぞ……敵の狙いは千佳に定まっている。ガイスト起動(オン)

 

『ガイスト起動、緊急脱出まで234秒』

 

 烏丸は今の今まで温存していたガイストを今使う。

 作戦を成功させる為の捨て石になると、1秒でも多く時間を稼ぐことを決めて木虎に託す

 

「ぎゃああ!!めっちゃ襲ってきてる!!」

 

 修が千佳のトリオンを用いてアステロイドを撃った為に千佳の規格外のトリオンが知られた。

 規格外のトリオンを持っている千佳を狙おうとトリオン兵がこぞって現れるのだが修が特に威力とか射程とかを気にせずに千佳のトリオン能力の火力ゴリ押しによるアステロイドで倒していく。しかし怖いものは怖いと夏目は叫んでいる。

 

「出穂ちゃん、落ち着いて」

 

「離れないで!」

 

「メガネ先輩もチカ子もなんでそんなに落ち着いてられるんスか!!いやまぁ、頼りになりますけど」

 

 落ち着き過ぎてて逆に怖いと思う夏目。

 修は千佳を引き連れ本部を目指していくのだが道中トリオン兵に遭遇する

 

「アレならチカ子の力で」

 

「アステロイド!!…………っ!?」

 

 普通のモールモッドだ。守りながらの戦いをする余裕や実力は今の修には無い。

 しかし千佳のトリオンが使えるので火力によるゴリ押しが可能だとアステロイドを放とうとするのだがアステロイドが出なかった。

 

『いかん。チカのトリガーと臨時接続したが為にトリオン体に異常をきたしてしまった』

 

 どうしてアステロイドが出ないのかをちびレプリカは解説してくれる。

 

「そんなっ……」

 

 唯一の希望とも言うべき千佳のトリオンによる火力のゴリ押しが出来ないとなって夏目は絶望にたたきおとされる。

 

「僕が時間を稼ぐ!だから、本部に」

 

「でも、修くんが」

 

「僕なら大丈夫だ。僕のトリガーは正隊員の物だ、緊急脱出機能がある!!」

 

「でもメガネ先輩のトリガー故障してるんじゃないんすか!?」

 

 もしかしたら緊急脱出出来ないかもしれない。

 夏目は不安を煽る様な事を言うのだが、もしかしたら緊急脱出出来ない可能性はある。しかしそれを理由に引き下がる程三雲修のメンタルは弱くはない。レイガストを構えて突撃しようとすると発砲音が鳴り響きモールモッドに六角形の黒色の円柱が何本も突き刺さった。

 

「コレは……」

 

「え、A級の人!?」

 

「……」

 

 銃を撃ったのは三輪隊の三輪だった。

 偶然か必然かは分からないが三輪は修の元にまで辿り着いた。

 

「千佳を……千佳をお願いします」

 

 自分ではもう守り切るのは難しい。

 修はそう判断したので千佳の事を託そうとすると三輪は聞こえるレベルの舌打ちをした後に修に蹴りを入れた。

 

「他人に縋るな、自分で救え」

 

「な、なにやってるんですか!それでもA級っすか!」

 

 修を見て色々と重なった三輪だったが修を蹴り飛ばした。玉狛支部は敵だと認めているから。

 

『ジョンが時間を稼ぎ狙撃手が包囲網を作っているが時期に潰れる』

 

 もう1手、もう1手必要だ。

 例えるならばそう、警戒心を最大にまで高めている相手に奇襲を仕掛ける事が出来る攻撃が欲しい。ジョンはジョンなりの考えがあってハイレインに挑んでいるが万が一が無いとも言えない。

 

『お前ならば相性がいいはずだ』

 

 レプリカは子機を経由して僅かばかりだが手に入れる事が出来るハイレインの情報から三輪との相性が良好だと判断した。

 三輪ならばハイレインに一矢報いるどころの騒ぎじゃないのだが、ともかくハイレインを倒すことが出来る希望を三輪は持っている。

 

「近界民は俺が殺す…………お前の力なんぞには借りん」

 

『私とて恩義を求めて言っているのではない。そちらの方が合理的だからだ』

 

 一触即発な雰囲気を醸し出すレプリカと三輪。

 

「メガネ先輩、チカ子、本部に向かわないと!」

 

 色々とギスギスした空気が流れているものの、ヤバい状況である事には変わりはない。

 腹を蹴られた修だったがトリオン体だった為にノーダメージで、夏目に本部に向かうことを言われれば立ち上がり本部に向かった。

 

『ジョン、こっちだ』

 

「っ、近界民(ネイバー)!!」」

 

『待て、ジョンは敵ではない!狙うのはあの黒い角の黒トリガー使いだ』

 

 ジョンが上手い具合に誘導する事に成功したのだが三輪がジョンに向かって発砲する。

 ジョンはシールドを展開して攻撃を防ぐ。

 

「少しは感情の制御が出来ろ、クソガキ。こっちだって必死になって頑張ってんだぞ」

 

「黙れ!!お前も敵だ!!」

 

「後で苦しめ…………いや、違うか」

 

 三輪の攻撃を回避してハイレイン、三輪、ジョンと三輪が挟まれる様な形を作り上げる。

 ジョンは知っている。ハイレインを倒せる可能性を三輪が有している事を。その可能性に賭けた方がハイレインに勝つ可能性が何割かは上がるのを。

 

「ゆけ、卵の冠(アレクトール)

 

 ハイレインは三輪に向かって蜂型の弾を飛ばす。

 三輪は小型に分散したシールドで蜂を防いでは拳銃のマガジンを入れ替えて弾を撃つと蜂や魚が貫通してハイレインに弾が命中して重りが出てくる。鉛弾だ。

 

「っ!」

 

 三輪の鉛弾に驚くハイレイン。

 ジョンはどうすべきかと考える。

 

「お前の刃はなんの為にある?」

 

「黙れ!」

 

 ジョンに向かっても鉛弾を撃つがジョンは回避する。

 

「油断したな」

 

 手を組めばもっといい方法が、もう少し自分を相手に時間を稼ぐ事が出来ていた筈だとハイレインは迫る。

 三輪の意識はジョンにも割かれており、ジョンがわざと余計な事を口走ったのとジョンに向けて銃を撃った為に三輪に大きな隙が生まれて、三輪に魚が命中した。

 

「っ!!」

 

 自身のトリオン体が変化していく事を実感する三輪。

 このままだとトリオンキューブ化してしまう。三輪は今のボーダーが出来て直ぐに入った。憎き近界民を殲滅する為に、そしてその近界民が目の前に居る。2人もだ。ここで負けてしまえば今まで頑張ってきた4年間全てを否定されてしまう事になる。

 

「っちぃ!」

 

 ハイレインの攻撃は即死とは言わないが一撃必殺みたいなものである。

 トリオン体に触れれば問答無用で強制的にキューブ化させられるが一瞬でキューブ化するわけではない。故にジョンは賭けに出る。三輪が隠し持っている刃を出すかどうかを。

 

「力を貸すな、手を出すな、近界民!お前の力など借りない!!」

 

「だったら死ね!同じ悲劇を繰り返せ……それが嫌ならば、秘めた刃を抜け!お前1人の問題じゃ無いんだぞ!」

 

『ジョン!』

 

幻夢(ガメオベラ)!!」

 

 ジョンは三輪に追撃だと言わんばかりに飛んでくる魚の弾に触れる。

 レプリカはこのままだとジョンもトリオンキューブ化してしまうのだがジョンは問題無い、ここまでくれば大体の未来は確定だと考える。三輪に激励を飛ばすことに成功したジョンはトリオンキューブになる。

 

「っ……トリガー、オフ!!」

 

 三輪はなにが何でも近界民を殺したいと思っている。その憎しみは正当な物である。だが、悲しいことに資源を奪い合う戦争に巻き込まれたのだ。我慢しろと言うには無理がある。

 三輪は使いたくはなかった。大嫌いな迅の手のひらの上で転がされているみたいだから……だが、だがそれでも今は抜かなければならないとトリガーを停止させて生身の肉体に戻った。

 

「風刃、起動!!」

 

 迅の策略に乗るのはムカつく事だが、不本意だが、手にするしかない。

 ボーダーに2つあり、自身に適合した黒トリガー、風刃を起動して新しいトリオン体に換装する。

 

「新しいトリガーだと?」

 

「死ね、近界民!!」

 

 ここに来ての新しいトリガーで警戒心を強めるハイレイン。

 持っている武器は剣だから剣術に注意すればいいかと思っていると三輪は地面に向かって剣を振り被り……風刃の能力である斬撃を伝播する力を発動してハイレインの狙いどころである両足を大きく切り裂いた。

 

「っ!?」

 

 なんの予兆もなく放たれた風刃の遠隔斬撃に驚くハイレイン。

 コレは黒トリガーなのかと思いつつも三輪を撃退しようと考えており……背後から現れたジョンに気付く事はなかった

 

「【ウスバカゲロウ】」

 

「っ!?」

 

 ジョンの声を聞いてはじめて背後に忍び寄るジョンの存在に気付いた。

 ハイレインには頭を真っ二つに切り裂かれて元の生身の肉体に戻ってしまった。

 

「馬鹿な、確実にトリオンキューブ化した筈だ!」

 

「ああ、その認識は間違いない…………だから別のトリオン体を用意した」

 

 仕掛けはなんて事は無い、簡単な仕掛けだ。

 ジョンがトリオンキューブ化される前にトリオンキューブ化されるトリオン体からそうでない全くと言って無傷なトリオン体に換装して風刃を起動した三輪が隙を作るのを狙っていただけに過ぎない。

 

「俺の残りライフは76…………ここまで温存していて正解だった」

 

 ジョンが蓄えてきたライフが今ここで役立った。残りライフを聞いたハイレインだがもう遅い。

 生身の肉体に戻ってしまったのでどれだけトリオンに恵まれていても、どれだけ凄い黒トリガーを持っていようが1度でも肉体を破壊されればトリオン体を再構成するのに時間が掛かる。

 

「俺の負けだ……だが、アフトクラトルの勝利だ」

 

『いや、まだ負けていない』

 

 ハイレインは万が一を想定していた。

 自分がやられたり足止めされたりする可能性を考慮していた。そしてその読みは的中しており、自身は負けてしまった……だが、アフトクラトルはまだ負けていないと断定する。

 

「アレは門?」

 

 千佳と夏目を引き連れ修がやってきたのはボーダー本部の入口だ。

 ボーダー本部の入口の空間には穴が開いていた。

 

「ええ、私が開けたのよ」

 

「っ!?」

 

「残念だったわね……後一歩のところだけど終わりよ」

 

 黒角の黒トリガー使いのミラが現れた。

 修達が目指しているのはボーダー本部の入口付近だ、来る場所が分かっているのならばなにも心配はない。道中にトリオン兵をバラまいて戦力を拡散させた後に金の雛鳥を持ってきてもらいそこで拉致る算段だ。ハイレインすらもフェイク、全てはこの金の雛鳥を捕まえるためだ。

 

『いや、我々の勝ちだ』

 

強印(ブースト)射印(ボルト)五重(クィンティ)!!」

 

 そしてそれをレプリカは読んでいた。

 千佳を狙う為に何かしら仕掛けてくるだろうと読んでいた。だから最短ルートで修達に被害が及ばないのを考慮した威力で遊真はミラに向かって100m以上の距離から弾を放ちミラに命中させてミラのお腹に風穴をあける。

 

『申し訳ありません……敗北してしまいました』

 

「っ!?」

 

 アフトクラトル側で最強の駒であるヴィザがやられたとの報告を受ける。

 

『ミラ、金の雛鳥と共に我々を連れて行け!』

 

 ハイレインから千佳を拉致れと言われる。

 しかし無理だ。トリオン体に大きな風穴をあけられている。何時トリオン体が崩壊してもおかしくない状況下であり……ミラはハイレインとヴィザの前に窓を開いて遠征艇に帰還させた。

 

「申し訳、ありません……」

 

「……やられたか」

 

 自身も遠征艇に戻るとミラのトリオン体が崩壊してミラは生身の肉体に戻った。

 ハイレインもやられた。ミラもやられたか。ランバネインもやられた。エネドラもやられて始末した。残っているのはヒュースだけだ。

 

「申し訳ありません……予想外の一手をくらってしまいました」

 

「まさかヴィザ翁がやられるとは……」

 

 負けたことを謝るヴィザ。

 ハイレインもヴィザが負けるという事だけは絶対にありえないと計算していたのだが予想外の出来事に驚きを隠せない。

 

「ランバネイン、他の雛鳥達は?」

 

「ヒュース達が追い掛けた雛鳥達以外はそこそこ捕らえる事が出来た……が、雛鳥だけだ。玄界(ミデン)の兵や民は捕まえる事は出来ていない」

 

「……………致し方あるまい。こうなってしまった以上はヒュースは置いていく」

 

 既に持ってきた戦力であるトリオン兵は使い切ったに等しいぐらいだ。

 金の雛鳥を逃さなければならないのは苦渋の決断だがこれ以上やれば今度はこっちが負けて殺される可能性が高い。既に自身を含めて5人も撃退されているのだから無理はない。ハイレインは帰還する事を決断した。




なんとか詰ませる事が出来たぁ……


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57話

 

「オサム、チカ、それにナツメも大丈夫か?」

 

「おチビ先輩!!」

 

 ハイレインが帰還すると決断したその頃だ。

 遊真は全速力で修達の元に向かって走っていった。修達が無事かどうかの確認をすると黒トリガーの遊真を見るのははじめてな夏目は驚いていた。

 

「大丈夫、なのか?」

 

 遊真は如何にも強そうな老人を相手にしていた。

 その老人を無視してここに来ても大丈夫なのかと修は疑問に思うのだが大丈夫だと伝える。

 

『トリオンキューブ化させる黒トリガー使いを撃退、国宝である星の杖(オルガノン)も撃退、門を開く能力を持った黒トリガー使いもあの傷ではもって数分程度だ…………この過剰な戦力からして追撃のトリオン兵は用意されていない。この防衛戦、我々の勝利だ』

 

「勝った……のか?」

 

「ああ、勝ったぞ」

 

 レプリカから勝ちを告げられたがイマイチ実感が湧かない修。

 遊真が勝ったことを伝えると夏目や千佳はホッとする。本当は怖くて怖くて仕方がないのだがなんとか乗り切る事に成功した。

 

『キド司令、敵のトリガー使いを複数撃破してトリオン反応が消失した……我々の勝利だ』

 

「勝利、か……………」

 

 街はボロボロで隊員達も拉致られたりしている。

 状況の確認だと太刀川や東などの実力のある年長者に連絡を取ってみるがC級隊員と現場にいる数が合わないと言っている。C級の拉致を阻止する事に失敗してしまった。果たしてこれを勝利と呼ぶべきものなのかと城戸は考えるが今は先ず、戦いが終わった事を告げろと警報音を街中に響かせる。

 

「お……終わったぁああ!!」

 

「?」

 

「いや〜危なかった。ホントに危なかった」

 

 危うくレプリカが連れ去られる、修が死ぬ、千佳が拉致られる未来が待ち構えていたがその未来を回避する事が出来たのだと迅は大きくガッツポーズを取る。

 

「守りきったぞこの街を……お前の負けだ」

 

「なにを言っている?」

 

「船に通信を取ってみろよ。お前は置いてかれてるぞ」

 

 まだまだ戦うつもりであるヒュースだったが迅に誘導される。

 雛鳥達の確保等はどうなっているかの状況確認の為の通信を取ってみるのだがヒュースは一切連絡がつかなかった。

 

「なんでかは知らないけどお前はこっちに残ってた方がいい……オレのサイドエフェクトがそう言っている」

 

 迅がカッコよくそう言うと1台の車が止まった。

 

「おぅおぅ、また随分と派手に暴れたな」

 

 車の運転手は迅の所属する玉狛支部の支部長である林藤だった。

 林藤はヒュースとの戦いで生まれた瓦礫などの残骸を見て過酷な戦いを切り抜けたんだなと感心する。

 

「まだ終わってないよ」

 

 しかし迅はまだ気は抜けない。

 ハイレイン達アフトクラトル勢を退ける事に成功したのであって謎の男ことジョンについてはなにも分かっていない。

 

『色々と言いたいことがあるからジンを出せと言っている……ジョンの使っているトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)機能のようなものが搭載されている。無理に倒そうとすれば逃げられるだけだ』

 

「はいはいっと……支部長(ボス)、ここを頼んでもいい?」

 

「ああ、任せろ」

 

 迅は急いでジョンの元に向かい、ちびレプリカは更にちびレプリカを作り上げる。

 

『リンドウ支部長、色々と聞きたいことがある。早急な案件だ』

 

「答えられるなら答えるけど……ジョンって近界民(ネイバー)の事か?」

 

『ああ……ジョンとの出会いは約9年前に遡る。まだユーゴが生きていた頃の話だ……イアドリフという乱星国家に入った私達でそこでジョン達と出会い……ユーゴが酷く気にかけていた。アリステラ、ディクシア、メソンという国が資源も豊かなとある国に繋がっていると。どうにかして上手く行くことが出来ないかと色々と模索していたが無理だった。イアドリフから離れてからもユーゴは時折ジョン達の事を思い返していた』

 

「……そのジョンって何者なんだ?」

 

『約8年前のアリステラ、新選組というワードがシノダ本部長に引っかかった。なにか心当たりはないだろうか?』

 

「8年前のアリステラ…………まさか、アイツなのか!?」

 

 ジョンについて思い当たる節がある素振りを見せる林藤……既に色々と手遅れである。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 

『繰り返す!青い仮面のトリガー使いには絶対に手をあげるな!!』

 

「手厚い歓迎だな……」

 

「お()ェ、何者なんだ」

 

 ちびレプリカを経由して忍田本部長が俺に手を出す事を禁じた。

 なんともまぁ、手厚い歓迎だと思っていると弓場が現れた。何時でも引き金を引くことが出来る警戒心を剥き出しにしつつも、俺について尋ねてくる。

 

「答え合わせをしたいのならば迅を出せ……」

 

「迅の奴、またなんか裏で暗躍してやがったか……」

 

「いや、コレは無関係だ……ただ俺にも色々と込み入った事情がある……だからまずはすまなかったと謝らせてくれ」

 

「謝る、だと?街をこんな風に滅茶苦茶にしてカタギに手を出しておいて今更どの面下げて謝るってんだ!!」

 

 おい、カタギとか普通は使わない業界用語を使うんじゃねえ。それっぽく見えるだろうが……いや、元からか。

 

「今回襲撃してきた国はアフトクラトルでイアドリフとは無関係、向こうの世界もこちらの世界みたいに色々と国があるんだ……俺が謝ってるのはその一件じゃない。メイルバーに使えそうな駒を探してこいって指示して無理矢理ここに連れて来られた。お前が担当する現場から離した事について謝罪している。無論、担当のオペレーターにもだ」

 

「……どの道、B級は部隊(メンツ)が揃うまで動くなって命令が出ている。お()ェが気にすることじゃねえ」

 

「そうか…………」

 

「っ、近界民!!」

 

「三輪ァ、手を出すんじゃねえ!!上の指示に従え!!」

 

 一先ずはと謝罪を入れる。

 弓場隊が動いている描写は原作には無かったが弓場はかなりの猛者である。闘志がワイルド・ビル・ヒコックだ。伊達にボーダーNo.2銃手(ガンナー)じゃないと思っていると風刃を携えた三輪がやってきては俺を斬り殺そうとするので弓場は止めに入るが間に合わずに俺を切り裂いた。

 

「残りライフ75」

 

「復活しただと!?」

 

「話を聞け、上の指示には従え馬鹿野郎…………俺のトリガーには緊急脱出機能が搭載されている。この場で俺を倒せば俺は日本の何処かに飛ばされる」

 

「っ……」

 

『おそらくは本当だろう。イアドリフでは既に緊急脱出機能が標準装備されている』

 

 嘘であるが遊真が居ない以上は使っておいて損は無い。

 ちびレプリカが補足すれば三輪は鋭い眼光で俺を睨んでくるのだが攻撃してこなくなった。が、余計な素振りを見せたのならば何時でも斬り殺すと鬼の様な視線を向けている。

 

「ただの人型ってわけじゃなさそうだな」

 

「俺は今襲ってきている国とは異なる国からやって来た。まぁ、お前達からすれば近界民(ネイバー)みたいなものだろう」

 

「なにが目的だ?」

 

「いやんごさん、浦賀に来航を再現する」

 

「ふざけるな!!なにが目的だ、正直に言え!!」

 

 嘘は言っていないのに激情に駆られて冷静さを欠いている三輪。そんな三輪を弓場は止める。

 

「やれやれ現役の学生がコレに反応しないとは……まぁいい。迅は後どれくらいで来る?」

 

『少しだけ現場の確認をするから迂回しつつこちらに向かってくる』

 

「そうか……そうだな……」

 

 迅が来るまでには数分が掛かると計算していた方がいいな。

 急に出来た予想外の時間、どうやって切り抜けようかと考える。

 

「弓場、そして弓場をオペするオペレーター。お前達はもう当事者だから最初から無かったって事には出来ない…………迅が来るまで歌っていいか?」

 

「……余計な真似をするんじゃねえぞ」

 

 何時でも脳天をぶち撒ける事は出来ると忠告する弓場。

 そんなつもりは一切無い……歌は、そうだな……

 

「誰も僕のことなんて 理解なんてしてくれないだろう

 

 

 簡単に理解される ほど僕だって浅はかじゃない

 

 敷かれたレールは外れ 邪魔な標的(ターゲット)次々消して

 

 完璧な自由だけを 求めてた

 

 奪うのも 与えるのも 僕が決める。

 

 それこそが権力(つよさ)なんだろう?

 

 ならば 迷わずに突き進むだけ

 

 戻らないPast the Point Of No Return

 

 もう誰も 必要としない世界の真ん中に立つ 力を手に入れるためなら善と悪の境界線 さえも越えて

 

 戻れない Past the Point Of No Return誰にも 赦されなくてもたった1人君がいれば 君が振り向いてくれるんなら生と死との境界線 今すぐ越えてみせる

 

 皆が幸せならば 自分が犠牲になってもいいそんな綺麗事なんて 結局弱者の自己満足

 

 戦って勝てる強さ 権力で制圧する強さ 僕だけが持てるはずの Double Standard

 

 希望とか 脆いものを 信じるとか…愚かだと気付かないから 僕が 別の正義を見せたかった

 

 戻らないPast the Point Of No Return どこにも 帰る場所はない 裏切りはまた裏切り 誘うだけの罠と知った後

 確かさと不確かさが 曖昧になる戻れない Past the Point Of No Return もう後に 引けはしないと

 わかっていたつもりでも 取り戻したいものばっかりで 過去と今の境界線 彷徨い続けている

 

 奪うのも 与えるのも 僕が決める。それこそが権力(つよさ)なんだろう?

 ならば 迷わずに突き進むだけさ I miss You戻らないPast the Point Of No Return

 もう誰も 必要としない 世界の真ん中に立つ 力を手に入れるためなら

 善と悪の境界線 さえも越えて 戻れない Past the Point Of No Return

 もう後に 引けはしないとわかっていたつもりでも 取り戻したいものばっかりで

 過去と今の境界線 彷徨い続けている……独りぼっちで」

 

 今の心情を現すならばこの歌だろうか?

 

「向こうの世界の歌か?」

 

 こっちの世界の歌だが聞いたことが無い歌なので弓場は聞いてくる。

 

「迅が辿り着くまでどれくらいだ?」

 

「はいはい、どうもどうも!迅悠一、参戦です!!」

 

「迅!」

 

 来たか……やっと来たか……さて、問題はここからだ。ここからどれだけ迅を出し抜く事が出来るかが重要だ。

 

「ケビンマスク、じゃなかった。ジョンでいいんだよな?大丈夫、オレは近界民(ネイバー)にもいい奴が居るってのは知ってるし向こうの世界にも何度か遠征した事がある。悪いようにはしない……忍田さんも手を出すなって言ってるし」

 

「…………ここに居る連中と弓場をオペしているオペレーターは当事者だ。……レプリカ、後で修達に説明するのめんどうだから通信を繋げろ。そして一字一句聞き逃すな」

 

「お、なにか教えてくれるのか?」

 

「……きぃ〜みぃ〜がぁ〜よぉ、はぁ。千代にい、やーちよーに、さざれ石の、厳となりで、こーけーの、むすぅう、まあでぇ……」

 

「……なんで君が代?」

 

 俺の口から出たのは向こうの世界に関する情報ではない。

 この国の国歌、君が代を歌った。迅はどうして君が代を歌ったのかどうか疑問を持つのだが、それよりも弓場が反応を示す。

 

「テメエ、なんで君が代を知ってやがる!!」

 

 それは誰もが知っている歌だが俺は本来知っているのはおかしいことだと気付く。

 

「そうだな……俺の口から語るのは簡単だが、先ずはお前の見解を……いや、忍田本部長さんの口から出会いを語ってくれ。今は後処理だけで細かな指示は城戸司令でも出来るはずだ」

 

「忍田さん、忍田さんが指示出さなくても大丈夫っぽい」

 

 迅から問題が無いと太鼓判を押された。

 ここまで来た以上は最初から無かった事には出来ない。オペレーターの藤丸ののを含めて通話が出来るようにしておく。

 

『……今から約8年前、まだボーダーが表に出る前の旧ボーダーとして活動していた頃の話だ。その頃は迅や小南がまだ所属しておらず、私達は向こうの世界のアリステラという国に居た。私はアリステラの防衛戦に立っていて、1人の少年兵に出会った』

 

「それがこいつなのか?」

 

『当時の私は今のボーダーで言うところのマスタークラスの力量を持っていたが私は少年兵に破れた……少年兵は私の命を奪わなかった』

 

「だから俺達に見逃せと言うんですか!!」

 

『違う!!……私はその時、激しく動揺していた。その隙を突かれて破れた…………その少年兵が新選組の格好をしていたんだ』

 

「新選組……新選組って言うとあの新選組ですか?」

 

 京都で活躍したであろう新選組を思い浮かべる迅。

 

「まさか…………」

 

『その少年兵が持っていた剣は刀に酷似していた』

 

 ある事が脳裏に過る弓場、迅は真剣な顔で俺を見ており、三輪は俺の腰に帯刀してある日本刀の見た目に改造してある【カゲロウ】に視線が向いた。

 

『酷く動揺していた私は少年兵に問い掛けたが帰ってきた言葉はアリステラの農地に塩水をバラまいて塩害を起こすという言葉だけだった……君はあの時の少年兵なのか?』

 

「…………レプリカ、お前も色々と調べていたんだろう。情報を開示するタイミングは今しか無いぞ?」

 

『…………彼の名前はジョン・万次郎、偽名だ』

 

「偽名ってホントの名前は知らねえのか?」

 

『ホントの名を知るものはもう居ない……何度かジョンの本名を尋ねたが教えようとはしなかった。そしてジョンはジョン・万次郎を文明の利器を用いて調べてみろと言っていた。私はジョン・万次郎について独自に調べてみた』

 

 こっちの世界に来て直ぐにネットカフェに向かった。

 ネットカフェで色々と情報収集をしている横でレプリカも調べていた。ジョン・万次郎について。

 

『ジョン・万次郎という人間はこちらの世界で過去に実在していた人間の名前だ』

 

「ああ、中浜万次郎の事だ」

 

「中浜万次郎?」

 

 誰だそれと言いたげな顔をしている迅……まぁ、歴史の授業ではそこまで深くは関与してこないから仕方がないか。

 

『中浜万次郎とは1827年、今から凡そ約200年前の人間で翻訳や教育携わる仕事をしておりジョン・万次郎の本名だ…………ジョン・万次郎がどうしてジョン・万次郎と呼ばれる所以は諸説あったがコレだけは確かだ。ジョン・万次郎という人間はこのニホンからアメリカという国に紆余曲折あり漂流した日本人だ』

 

「っ……まさか、まさかお()ェは!!」

 

『ジョンはこの国の文字や文化を不自然な程に知り尽くしていた……本人の口からそうだと聞かない限りは決めつけてはならないと線引をしていたが今こそ問おう。ジョン……君はコチラの世界の、このニホンの人間なのだろう?向こうの世界に漂流した日本人だからジョン・万次郎と名乗っているのだろう?』

 

 空気が一瞬、固まった。凍りついた。

 レプリカの情報や忍田本部長から提示された情報からでは聞き出し辛い難しい情報もあったがレプリカは爆弾をぶち込む。

 

「そんなわけが……そんなわけがあるか!!」

 

『ならば何故さっき君が代という歌を歌うことが出来た?』

 

「それはっ……それはっ……」

 

 三輪は俺の事を近界民(ネイバー)だと認識していた。しかしその事実をたった今、引っくり返されてしまった。

 目の前に居るのは殺したいほど憎い近界民だ。だから自分は使いたくなかった風刃を使って近界民を撃退しようとしている。

 

 

 三輪は姉を第一次の侵攻で亡くしている。姉を近界民に殺されており、近界民に対して激しい憎悪を抱いている。

 

 

 人という資源を求めての侵略行為を受けた結果で姉が死んでおり、戦争だからと割り切る事は出来ないだろう。

 そしてそれに類似した人達の多くがボーダーに所属している。近界民に対する怒りは正当なものだ。八つ当たり気味なのも若干居るが間違っているとは言えない。

 

「…………お前達の見解で合っている。俺はこっちの世界の人間、日本人だ……証拠に47都道府県でも言おうか?北海道地方、北海道。東北地方、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島。関東地方、東京、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川。中部地方、新潟、富山、石川、福井、山梨長野、岐阜、静岡、愛知。近畿地方、三重、滋賀、京都、大阪、奈良、兵庫、和歌山…………まだ聞きたいか?」

 

「もういい…………お前は本物のっ……」

 

 震える弓場だが俺は気にしない。

 

『本名を教えてくれ。戸籍を確認したい』

 

「悪いがそれは出来ないことだ……10年……ここに来るまで10年も時間が掛かった。こんな人間にあの名前は合わない……それに俺にはやらなきゃいけない事がある」

 

「やらなきゃいけない事……もし力になれるんだったら言ってくれ……いや、素顔を見せてくれないか?」

 

「人殺しの近界民(ネイバー)もどきの顔なんざ見たくないだろ」

 

「っ…………頼む」

 

「………なら幾つか正直に質問に答えろ。そうすれば素顔を見せる……ああ、レプリカ、顔を見れる様に映像を送れるようにしてくれ」

 

『心得た』

 

 俺がケビンマスクの仮面を付けている1番の理由は迅に顔を知られない為だ。

 迅に顔を知られれば詰んでしまう。入念に考えに考えた作戦が失敗に終わってしまう。

 

「……アフトクラトル側からの侵攻は来ないか?」

 

「向こうは完全に撤退した。残っている戦力も時期に片が付く」

 

「この大規模な侵攻は秘匿出来る物じゃない……後は頼れる大人に任せるつもりか?」

 

「ああ、オレの仕事は極力最善の未来に導く事だ。千佳ちゃんが拐われる未来も存在していた。メガネ君が死んでしまう未来も存在していた。木虎達A級や諏訪さん達B級が拐われる未来も存在していた……お前が居てくれたおかげで上から2,3番目ぐらいの未来に辿り着いた。後はコレを根付さん達に託して上手く処理してもらうつもりだよ」

 

「…………俺がこっちの世界に来た目的はいやんごさん浦賀に来航だ」

 

「それどういう意味なんだ?業界用語じゃないっぽいし……」

 

「言い方を変えよう。イヤでござんすペリーさんだ。お前去年まで学生だったんだろ、コレでわかるだろ」

 

「ペリー、来航、浦賀…………黒船に乗って日米和親条約結びに来た1853年の事か!?」

 

 ここで頭のいい弓場は答えに辿り着く。

 俺の目的はペリー来航を再現する事……無論、麟児から千佳や修を守ってくれと頼まれたから手伝いに来たというのもある。

 

 迅には未来視の予知がある。見たことが無い人には見たことがない人と接触する程度の未来しか視えない。

 だから普通にペリー来航を再現すればボーダーの介入は免れない。だが俺は知っている。迅悠一が他や視えない部分を気にしている場合じゃない時間が、ヒュースの足止めをしている間の極僅かな時間は他を気にしている場合じゃない。

 

 迅は常にトロッコ問題に挑んでいる。

 誰を選んで誰を選ばないのか、誰を救って誰を犠牲にするのか一歩間違えれば心が壊れて狂ってしまう問題に常に挑んでいる。そして迅は集中した。雨取千佳や三雲修達を助ける為になんとしてでもヒュースの足止めをしておかないといけない事を。ヒュースの出方や、三雲修達の動きから平穏な未来がやってきているのか必死だった。

 

「さっきまでボーダーは危機的な状況になっていた。1秒でも1手でも間違えれば一般市民にすら被害が及ぶ危険な状況だ。そしてそれを抜け出す為に、あらゆる手を模索したりして今に繋がる……1回だ、1回だけでいい。初見殺しで構わない…………俺はお前を出し抜く事に成功した」

 

「なにを……言ってるんだ……」

 

 迅には視えない。俺を経由した未来が。まだ俺の顔を見る事が出来ていないから。

 

 迅には視えている。この後、根付達が記者会見等を行う未来が薄らぼんやりと見えているのを。

 今回の騒動は最初から無かった事にする事は出来ない件で、記者会見をするのは当然でその辺りの対応は大人に任せると決めていると。

 

 ボーダーは今も必死だ。

 トリオン兵を撃ち倒すのに、一般市民を安全なところに避難させるのに……だからスマホなんかYouTuberをはじめとする動画投稿サイトを見ている場合じゃない。

 

「俺はとある人物に1度だけでいいから雨取千佳と三雲修を助けてくれと頼まれた……だが、俺には真の目的がある」

 

 俺はゆっくりとだが仮面を外した。

 

「……っ!?」

 

「無駄だ!雨取千佳が当真勇並の技量を持ち弾丸1つに全てを注ぎ込んでもここからは攻撃出来ない。黒トリガーの風刃の射程範囲も頑張って数百メートル、大袈裟に見ても1kmが限界だ……………俺の真の目的、それはお前の足止めだ、迅悠一!!未来を予知するお前を足止めする事だ!お前の足止めに成功すれば、15分以上も時間を稼ぐ事に成功している。唯一の懸念である片桐隊と草壁隊もそこには居ない…………詰みの一手(チェックメイト)だ」

 

 俺の素顔を見て迅は未来を視た。

 俺がやってはいけない事を、越えてはならない線を越えようとしている事を、ボーダーが積み上げた物を崩壊させるボーダーにとって不利益になる事をしようとしているのを。

 

「俺の勝ちだ、迅」

 

 俺は迅を出し抜く事に成功した。




迅を出し抜くのが割と冗談抜きで難しかったが、コレで許してちょ。

Q 向こうの世界と和平的なのを結びたいです。どうすればいいですか?


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58話

を出し抜くのが割と冗談抜きで難しかったが、コレで許してちょ。

Q 向こうの世界と和平的なのを結びたいです。どうすればいいですか?


 

『俺の勝ちだ迅!』

 

「何故迅の事を知っているんだ!?いや、コイツはいったいなにを言っておる!?」

 

 ボーダーの管制室で鬼怒田達ボーダー上層部はこの会話を聞いていた。

 ジョン・万次郎と名乗る男が実は近界民でなくこちらの世界の住人であった事に驚きを隠せないがそれ以上になにかしている事を鬼怒田達は気にする。迅のサイドエフェクトはボーダー内部でもトップシークレットだ、何処から情報が漏れているのか不明で色々と謎が多い。

 

「ホントにこちらの世界の人間なのでしょうか?君が代を歌っただけでは断定する事は出来ないですよ」

 

 君が代は日本人ならば大抵知っている国歌だ。音楽の教科書の最後のページ辺りに載っていてなにかの式典とかで歌うことが多い。

 良識と常識のある大人である根付はジョンが遊真と共にこちらの世界にやって来た人間ならば君が代を調べる時間があったと推察する。

 

「迅、ジョンと名乗る近界民(ネイバー)の顔は見たのだろう。なにが視えた?」

 

『…………誰かにぶん殴られてる未来が視えた。けどっ……………こっちの世界の人間だ』

 

 困った時の予知、御意見番の迅に城戸司令は尋ねる。

 ジョンの素顔を見たことにより迅のサイドエフェクトの効果が発揮した。ジョンを通した様々な未来が見えており、ハッキリと何処の誰かは分からないが生身のジョンを思いっきりぶん殴っている未来が視えた。そして戸籍謄本等も視えてジョンの本名が分かった。

 

『大変だ、城戸さん。フェイクだ……コイツ等、この大規模な侵攻を利用してオレ達の足止めをしてた』

 

「フェイク?もうアフトクラトルは撤退し、残っているのはトリオン兵だけではないのか?」

 

『その認識で間違いない……けどっ……っ、唐沢さんだ!唐沢さんに連絡を取ってくれ!!』

 

 つい先程、城戸の指示だけでも問題無いと太鼓判を押した筈の迅が大慌てになっている。

 サイドエフェクトで敵側が完全に去ったと分かったのにこれ以上に脅威があるのだろうか?迅は管制室に唯一居ないボーダーの外務関係担当の幹部である唐沢に連絡を取るように言うと城戸はボーダーの通信端末で唐沢に連絡を入れた。

 

『城戸司令…………そこに向かうことも出来ず、ボーダーや三門市が左右される危機的状況なので余計な情報を入れてはいけないと判断した為に連絡を入れませんでした……申し訳ない、やられてしまった』

 

 何処か暗い声の唐沢。

 唐沢は外務の仕事帰りで、この戦線には立ってはいない。唯一外部を気にする時間があったボーダー幹部だ。

 

 唐沢はいったいなにを言っているんだ?

 

 迅以外の人達は分からない。

 つい先程まで本部の基地がアフトクラトルの精鋭で黒トリガー使いであるエネドラに襲撃されていたから、本部の周りに人型近界民が多数出現していたから……それらを対処する為に外部の情報をシャットアウトとは言わないが、殆ど入れない様にしていた。

 

『俺の真の狙いはこの侵攻を利用してのボーダー、特に迅悠一の足止めだ……お前が大慌てで唯一外に居た唐沢さんが謝罪をしているという事は成功したんだな……』

 

 ボーダー側の迅の慌てる姿や唐沢の謝罪の言葉からジョンは作戦に成功したと喜ぶ

 

『誰でもいい、スマホを見てくれ』

 

「……コレは!!」

 

 ボーダーから支給される携帯端末でなく日常使いのスマホを取り出す。

 待機状態の暗い画面から電源スイッチを押せば画面に明かりがついて様々なニュースが通達。無論、その中には三門市が近界民の大規模な侵攻を受けているというニュースもあったが城戸の目に止まったのは1つのニュースだった。

 

『国会議事堂を狙われた』

 

 そのニュースは国会議事堂に近界民が現れたとの報せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※遡ること二十数分前、ジョンが葵に作戦を決行してくれと頼んだところに遡る。

 

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 レグリットは遠征艇に居るルルベットに連絡を取った。

 ルルベットが三門市に派遣された目的である事が終えて迅が未来の重要な分岐点に差し迫ったのを判断して今が作戦の決行の時だと通達が来た。

 

「ハロー、いや、はじめましてだな」

 

 レグリットはシャーリーと共に行動していた。全てはイアドリフとこちらの世界で和平の様な物を結ぶ為にだ。

 

 ジョンは知っている。ボーダーの隊員には1回目の侵攻で家族を失ったり拐われたりした人が大勢おり、如何にこちらが友好的な国家と言えどもボーダーは和平の様な物を結ぶのは難しい、出来ても玉狛支部預かりでトリガーを取り上げられる可能性が高い。ジョンの見解は間違いではない。普通に同盟的なのは結べないのである。

 

「はじめまして、私はレグリットだ」

 

教官(先生)、固すぎます」

 

「固くて結構だ…………それと教官ではないレグリットだ。私達は今、国会議事堂前にやって来ている」

 

 故に確実に同盟的なのを結べる作戦を考えてきた。

 レグリットとシャーリーは東京都千代田区永田町にある国会議事堂前にやって来て動画配信サイトというかYouTubeで生配信を行っている。

 

「この国会議事堂というところにはこのニホンと言う国の役人達が日夜国をどう動かすのか熱い討論を重ねている、国の中枢を担う場所だ…………ああ、言い忘れていた。私達はこの国の人間じゃない、イアドリフという国からやって来た……近界民(ネイバー)だ」

 

 レグリットがそう言うと空中に大量の門が展開されていく。

 道行く人達はアレはなんなんだと驚きざわめく中で門から大量のトリオン兵が降り立った。無論、それを見ている警備員達は即座に上や警備会社、警察等に連絡を入れる。

 

「ニホン政府に告ぐ!!我々はイアドリフ!君達で言うところの近界民だ!!ニホンという国と交渉がしたい!!」

 

 そんな中でシャーリーは1000円ぐらいで買える拡声器を片手に国会議事堂に訴えかける。

 

近界民(ネイバー)!?なんでここに、三門市に出てくるんじゃなかったのか!?」

 

 国会議事堂付近に居た民間人は驚きを隠せない。

 

「現在その街で侵攻している国と我々の国は異なる国だ!こちらの世界にニホンやアメリカ等色々と国がある様に向こうの世界にも色々と国がある!」

 

「ニホン人よ、私達は交渉に参じた!ボーダーという組織は我々が近界民だというのを理由に話もまともに聞かずに発砲した!!更にはボーダーは民間の組織と聞く……我々はニホンという国と和平や同盟を結びたい!!」

 

 忘れがちな設定かもしれないがボーダーという組織は国が認めた政府公認の民間の軍隊みたいなのであり、政府の組織ではない。

 唐沢をはじめとする様々な頼りになるOTONAが色々と上手い具合に交渉したり騙したりしてボーダーという組織を存続させている。

 

 麟児は知っている、ボーダーという組織は民間の組織だというのを。

 鳩原は知っている近界民に家族が拐われたり殺されたりして近界民に対して激しい憎悪を抱いているのを。ボーダーが色々と情報を規制している事を。

 

「…………出てこないか」

 

「ならば語らせてもらおう」

 

 現在国の偉いさん方が会議している国会議事堂前に見てくれだけの修でも簡単に倒せるトリオン兵を大量に並べた。

 シャーリーはなんとしてでも国の偉いさんとの対話を求めるのだが中々に国の偉いさんが出てこない。もしかしたら秘密の抜け穴を使って逃亡したりしている可能性もある……なのでその時間をレグリットは利用させてもらう。

 

「コレを見ている諸君、コレを撮っている者達よ。思う存分世界に向けて情報を発信しろ」

 

「皆が思っている知っている近界民(ネイバー)というのはトリオン兵と言う存在で凄く分かりやすく言えばロボットという物だ。そして我々の世界や国は何処も常在戦場、紛争地域に近い」

 

 避難しつつも野次馬根性を見せつけている人達はスマホのカメラを向けて撮影しようとしている。

 レグリットはそれを利用する。シャーリーもそれを利用して隠された事実である近界民=トリオン兵ではない事を伝える。

 そしてそれがバズる。1人も居なかった動画の視聴者が一気に数百人と視聴者が増えていく。この展開をシャーリー達は望んでいる。

 

「コレを見ている人達に問おう。そもそもで何故戦争は起きる?」

 

 政府の役人が出てくるまでシャーリーの口は止まらない。

 

「私利私欲に走った悪の人間が世界を支配する為に戦争が起きる……という一例もある。しかし、戦争が起きる主な原因は資源の奪い合いだ。こちらの世界で異国同士の戦争が勃発した際に鉱石や香辛料等を求めての戦争が多く勃発したと記録が残っている筈だ。今では簡単に手に入る胡椒や紅茶、コーヒーを求めて命懸けの冒険をした記録や争いもあるはずだ」

 

 戦争をする1番の理由は資源の奪い合いだ。

 悪い人間が世界を支配しようと世界征服を天下統一を企むという一例が無いわけでも無いのだが基本的には戦争は資源の奪い合いである。

 

「資源の中で最も取り扱いが難しく、量産も難しいものはなんだと問われれば答えは1つ。人間だ……その資源を求めて近界民はやって来る」

 

 兵器は設計図と素材があれば製造工程をミスしなければ100回やっても1回もミスる事は無い。

 料理もそうだ。レシピ通りに作っておけばちゃんとした味になる。常に100点の味を出せるかと聞かれればNOだがそれでもレシピ通りに料理を作れば80点以上の味を再現する事が出来る。

 しかし人間だけはそうはいかない。様々な個性を多様性を有しており、100回挑戦しても100回とも同じ結果になるとは限らない。

 

「向こうの世界は資源に乏しい国が多く様々な国を侵攻しておりこちたの世界を侵攻するのも人という資源の確保の為だ……だがイアドリフは食う為の資源には困らない……故にこちらの世界に交渉を持ちかけた。様々な技術を提供する。その代わりに農業をはじめとするこの国の技術を提供してほしい……故に、この国の首相よ出てきてほしい。我々はただ1度しか貴方達の前に姿を現さない。真実を語らない……ボーダーが秘匿にしている事や技術等を提供する事が出来る」

 

 シャーリーは待つ。レグリットも待つ。

 日本の首相が、総理大臣が出てくるのを待っている。きっと上は揉めているんだとシャーリーは考えていると屈強な警備に囲まれた男が……この国の総理大臣が出てきた。

 

「そこのボディガード、銃を持っているだろう?私に向かって撃て」

 

「え……」

 

「む、流石に抵抗があるか。ならばトリオン兵に向かった銃を撃ち込め」

 

 突如としてレグリットに銃を撃てと言われて困惑する警備兵。

 いきなり撃てと言われても撃つことは出来ない。人であるならば尚更だ。レグリットもそれを理解したのかライオンぐらいのサイズの四足のトリオン兵を総理大臣の元に向かわせると総理大臣を庇うように屈強な警備兵達は動き銃を構えてトリオン兵に向かって発砲した。しかし無傷だった。

 

「既に知っている者は知っているかもしれないが、こちらの世界の兵器では我々を傷付ける事は出来ない。トリガーを用いなければ傷一つ負わせる事は出来ない……安心しろ、私達は交渉に来た。暴力に走らない……玄界(ミデン)の映像を届ける道具か。よし私達を映せ、思う存分この国に発信しろ」

 

 もしかしたらYouTubeのアカウントが使えなくなる可能性を考慮してカメラの撮影をレグリットは許可する。

 秘匿する事が出来ない状況にまで追い込むのが今回の作戦の要である。

 

「……本当に近界民(ネイバー)なのか?我々が知る近界民は」

 

 総理は問う。近界民はトリオン兵じゃないのかと。

 

「トリオン兵、いや、こちら風に言えばロボットの事だろう。確かに驚くのも無理は無い。だから冷静になって考えて欲しい、仮にこのトリオン兵がそちらで言うところのロボットでなく生物だった場合、ゴキブリと呼ばれる害虫の様な存在だと仮定した方がいい。なにせ見た目は全て統一されているのだから」

 

 確かに

 

 とシャーリーが言ったことに視聴者や総理大臣は思った。

 ボーダーの広報が普段ボーダーは近界民(ネイバー)と戦っていて近界民はこんな奴ですよと紹介している。普段からあんな見た目なのを沢山相手にしている。ならばおかしくないか?近界民は全員同じ見た目をしているのか?虫の様に見分けにくい見た目をしているのかとなる。

 

「1つ、こういう感じの人間。2つ、ゴキブリの様に人間ではない害虫と認定される生物、3つ、ロボットで向こうの世界から送ってくる人間がいる……3つ目と仮定してみよう。別世界から近界民がやって来る?何故?……分かりません。だったら、害虫のよう存在かもしれない。向こうはただただ普通にやっているだけで、私達が生きるために駆除している……という説もあるにはあるが今は割愛しよう」

 

 シャーリーは色々と火種を撒き散らす。気付けば動画の視聴者は数千人に及んでいる。

 国営のテレビ局のカメラも回っている。圧倒的なまでにこちらが優位である。

 

「ボーダーが普段相手にしている近界民はこんなのだと世間に浸透している。近界民が此方の世界を襲う理由がわからないだろう?ただそこにいるだけで迷惑で殺す害虫がなんの為に人を拐う?となり停滞する。近界民はああいう感じの見た目の人間となるが、そうなるとまたなんの為に人を拐うのかが分からなくなる。とにもかくにも、近界民はどうして人を拐う?」

 

「それは……」

 

「性的快楽を得る為に拉致をしている?この見た目で性別があると思うか?」

 

 いや、それはない。だってロボットならばそんな事をしなくても構わないから。

 

「ならば自国を開拓させる為の奴隷か?だが、皆が知っている近界民は私達よりも遥かに大きく住居を倒壊させる等容易く出来る事っと、無駄話が過ぎたな」

 

 世間が思っている近界民=ロボットと思わせる事に成功した筈だとシャーリーは話題を別のものに変える。

 

「先程も言ったように我々は食う為の資源には困っていないが色々と技術が拙い。おそらくはこの国の農業や畜産業の方はイアドリフの何百倍も発展しているだろう…………そこでだ、私達の技術を提供する代わりにこちらの世界の技術を提供してほしい」

 

「……こんな物を作れるのにこちらの世界の技術が必要なのか?」

 

 総理大臣の目には無数のトリオン兵が映っている。

 拳銃をはじめとする近代兵器をものともしないテクノロジーを持っているのならば今更自分達の技術が必要なのか?と。それはこの動画を見ている人達も同じ疑問を抱いていた。

 

「……アレを出せ」

 

 緊張が走る中でレグリットが指示を出すと門が再び開かれて……ケビンマスクの仮面をつけた扇風機を持った葵が現れた。

 

「はじめまして、総理……私の自己紹介は後にします。ですので動画を見ている人達もこの扇風機に注目してください」

 

 葵は自身でなく扇風機を見ろと言う。

 扇風機にはコンセントがついておらず代わりに手錠の様な物が繋がっており葵は手錠を付けると扇風機はグルリグルリと回っていく。

 

「皆さん、ご理解出来ましたか?」

 

 葵は世間や総理に問うがなにが?と疑問を持つ。

 南米の民族で電気が通っていない家庭とかならば見ないが大抵の国には扇風機は置いてあるし作る技術力はある。だから葵がなにを言っているのかがさっぱりだった。

 

「この扇風機、電気で動いていないんです。ねじ巻き式でも手回し式でも電池式でもありません……石炭や石油等も蒸気機関を使っていません」

 

「こちらの世界では雷のエネルギーを用いた電気という物で明かりを灯す。しかし向こうの世界では電気とは別のエネルギーで明かりを灯す……この扇風機もその別のエネルギーで動いている」

 

 葵はシャーリーが言いたいことを説明する。

 扇風機はクルクルと回っている。葵が腕に手錠の様な物を嵌めている以外は何処にでもある極々普通の扇風機の見た目をしている。

 

「この国は電気というエネルギーが必須だと言わんばかりの文明が発達している物の最低基準が高い高度な文明国だ。そして春夏秋冬と暑い時期、寒い時期と色々とある…………そこでこの扇風機という道具やエアコンという涼しい風を送る道具が活躍する」

 

「それが……それがどうした」

 

「国は市民に電気を売っている、市民は暑さや寒さを凌ぐ為に電気を動力に動きエアコンを使う。そこにはかなりの金や資源が掛かる…………欲しくはないか?電気とは違う化石燃料の様に何時かは底が尽く資源とは異なる物に成り代わる未知のエネルギーを。この国の人達は年々高くなる電気の値段に苦しんでいる、貴方達もそれに頭を悩ませている。洗濯機やエアコン等の家電に成り代わる道具はほしくはないか?」

 

 ジョンはこっちの世界の日本で起きている問題を幾つか知っており、こちらの世界に戻ってからも調べた。

 その内の1つは電気代の高騰だ。様々な原因で電気代が年々高くなっている。それに悲鳴を上げている一般市民が多数存在しているのを。

 年々日本の夏は暑くなっている。昔は気温35℃越えで騒がれていたが今では気温35℃越えは当たり前、埼玉辺りでは40℃越えたとか越えていないとか。そんな中で活躍するのはエアコンだ、扇風機だ。しかしエアコンや扇風機は馬鹿みたいに電気代を食う代物だ。冷蔵庫と違って常時電源をONにしていなければならない物とは言わないがそれでも使い続けたい。だが電気代云々の問題がある。そして目の前にその問題を解決する方法がある。

 

 雨取麟児は言った。

 

 ボーダーという組織は民間組織だ。そしてこっちの世界に関する情報等をボーダーは牛耳っているからボーダーとの正面衝突を避けて国会議事堂辺りで総理大臣に向かって自分達が近界民(ネイバー)だと主張してみせれば向こうは乗っかってくる筈だと

 

 普通に国会議事堂を狙おうとすれば騒ぎになるのは確定だ。迅のサイドエフェクトに引っかかるだろう。ボーダーが適当に誤魔化す作戦を取るだろう。

 

 ジョンは知っていた。

 遊真がこちらの世界に来たことを三雲修を経由して遊真に接触しなければ遊真が近界民である事に気付かなかった事を。だからそれに便乗してこちらの世界に足を踏み入れて今日まで身を潜めていた。

 

 ジョンは知っていた。

 アフトクラトルが三門市に向かって大規模な侵攻をしてくるのを。ボーダーが全勢力とは言えないが総力を上げて対応しなければヤバいぐらいの危機で、迅悠一がヒュースの足止めをし三雲修の死に繋がる未来を回避する為に意識を割くのを。

 その僅かな時間だけが作戦を決行する時間だ。

 

 そして様々な作戦を考えた。とことん原作知識などを悪用した作戦だ。

 普通に和平を結びたいと言っても無理だから交渉に使えるカードをジョンは考えた。イアドリフ、というか向こうの世界では明かりを1つ付けるのにもトリオンを用いている。しかしこちらの世界ではトリオンを用いておらず電気を用いて明かりを灯す。

 

 一般市民達は知っている、年々電気代やガス代、水道代が高くなっている事を。なんとか節約しなきゃと思っている。

 そんな中で電気を用いずに電池や手回し式でもなんでもない石炭や石油を用いていない化石燃料も使わないエアコンや洗濯機があると言うのならば一般市民は欲しいと思うだろう。

 

「無論、それだけではない……気付いているだろうか?私達が会話をする事が出来ているのを」

 

「……?」

 

「この国の言葉はこの国でしか使われていない言葉だ。それなのに異世界の住人である私達と何一つ支障無く対話をする事が出来ている事に疑問を感じないか?」

 

 日本語というのは基本的には日本でしか使われていない言語だ。

 日本語を喋れる外国人は年々増加していっているが基本的には日本でしか使われていない。総理大臣や動画の視聴者は言われてみればと反応を示す。

 

「我々の技術の中には高度な翻訳技術もある。貴方達と会話をする事が出来ているのもその高度な翻訳技術のおかげだ」

 

 トリオン体には翻訳機能が常備されている。

 そしてジョンは知っている。学校で習う英語や外国語は完全に使い物にならないとは言わないが、本場の外国語と比べれば聞き取りにくかったりする。その逆もまた然りだと。

 

「文字の翻訳は不可能だが、言語による翻訳は容易に可能だ…………こちらの世界にも異国の言語を翻訳する翻訳家は居るだろう。異国の言語しか喋れない人を通訳する仕事も存在しているだろう。異国の言語は学ぶのは物凄く難しいだろう。最低でも100以上ある異国の言語や方言を翻訳する機械は欲しくはないか?」

 

 ジョンは知っている。

 日本は海外との交流が盛んな国だ。日本の美味しい物や名物を巡るために長期休暇を取って日本に来る外国人観光客は年々増加している。だから通訳する人や旅行会社は結構儲かってる。外国語、英語は喋れないと今後の世の中上手く渡り歩いていけないのを。

 

「この国の農業や漁業、畜産業の技術は高度に発達しているが肝心の若者がその産業から離れていっている……農家は儲からないというイメージがあるが育てる作物によってはむしろ儲かる。しかしシンプルに体のあちこちが動かなくなるほどキツいという欠点がある……だが我々の技術を用いればその問題の一部を解決する事が出来る」

 

 ジョンは知っている。

 若い世代が農業や畜産業等の一次産業から離れようとしているのを。それが社会問題になっているのを。

 休みがなかったり儲からなかったりと臭い汚いのがダメだったりと色々な理由で離農していっているのを。全ての問題を解決する事は不可能だが体がキツいという問題を簡単に解決する方法が向こうの世界の技術にはある。というかトリオン体になって暑さを感じる部分を調整すれば40℃以上のムワッとするビニールハウスの中でも簡単に活動する事が出来るのである。

 

「……」

 

 交渉に使えるカードはまだまだあるが、使いすぎるのは良くない事なのでシャーリーはコレ以上は交渉のカードを切らない様にする。

 総理は考える。ボーダーは色々と隠し事をしているのは知っている、ボーダーは未知の技術を持っていて独占しており出し渋っている。もし目の前に居る近界民(ネイバー)を名乗る者達の技術や話が本当ならば、喉から手が出るほどに欲しい物だ。

 

「もう1手……感動話があればいいか」

 

 レグリットは総理が色々と思考している事に、悩んでいる事に気付く。後1手で総理を口説き落とす事が出来る。

 シャーリーが持っている拡声器を葵に渡した。

 

「歌え」

 

「……きぃ〜みぃ〜がぁ〜、よぉお〜はぁ〜。ちぃよぉおに、やぁちぃよぉに、さざれぇ石の、厳となりで、こけのむすぅまぁで……」

 

「…………君が代?」

 

 ケビンマスクの仮面を付けた葵は君が代を歌った。

 総理大臣は当然君が代を知っている。だからどうして葵が君が代を歌ったのかが分からなかったが葵は仮面を外した。

 

「はじめまして……私は水無月葵と言います」

 

「水無月葵……まさか」

 

 ここで総理大臣も気付く。

 動画の生配信でチャットしている人達もまさか、もしかしてと君が代を歌った理由を、歌えた理由に気付きだす。

 

「彼女はアオイ……私達が侵攻を受けた国の兵士で、捕虜とした………………この国の人だ」

 

「っ!?」

 

「信じてくださいと言っても無理ですよね。君が代を歌えるだけで日本人だと認定するなんて無理ですよね…………お父さん、お母さん、爺やごめんなさい……兵庫県の芦屋の────の住所が我が家です。父の名前は」

 

 葵は自身が覚えている限りの家の住所を言った。親の名前を言った。

 世界中でこの動画が見られているのに住所を言えばどうなるのか?色々と大変な事になるのは確定だ。

 

「47都道府県を言います。県庁所在地も言います……だからお母さん達に会わせてください」

 

「もういい、もういい……」

 

「……DNA鑑定をお願いします」

 

 葵はそう言うと1本の髪の毛を抜いてトリオン兵を経由して総理に渡した。

 

「コレを急いでDNA鑑定に回すんだ!!そこの住所に向かってどちらかでいい。親のDNAを鑑定しろ。今やっているDNA鑑定を全て無視していい。それと芦屋の役所と警察署に水無月葵に関する情報はないのかを」

 

 総理は動く。

 葵が言っていることが本当かどうかを確認する為に。

 

「……本当ならばこんな事をしたくなかったがボーダーという組織を経由しようとしたがボーダーは私達が近界民(ネイバー)である事を理由に一切の対話をしてくれずに撃たれてしまった。事細かな詳細は後で取り決めてもいい……アオイを家族に会わせてくれ」

 

「っ……」

 

 総理は考える。

 近界民は異世界からの侵略者だと思っていたが友好的な存在が居た。

 近界民の世界の技術を提供する代わりにこちらの世界の技術を提供してくれと言われている。

 こちらの世界の火薬を用いた近代兵器は近界民には一切通じておらず、向こうが求めているのは農業等の技術、農業系は隠せるだけのものは無い。電気を用いないエアコンや洗濯機等があればこの国が抱えている電気の問題が大きく解決する。

 若者が農業をはじめとする一次産業を離れており、この国の食料資源の6割ぐらいは海外との貿易で得た物で賄っている。もし近界民の話が本当ならば若者の一次産業離れを食い止める、新しく農家に挑戦する若者を増やすことが出来るかもしれない。

 

 向こうが求めているのは、こちらの世界の技術。

 向こうが提供する事が出来るのは向こうの世界の電気を用いない未知の技術と過去に拉致されたこちらの世界の、この国の人間だ。

 

「……イアドリフと言いましたね?」

 

「ああ、我々は向こうの世界のイアドリフという国からやって来た……ここで拒むのならば次は無い」

 

「…………分かりました。この国と日本とイアドリフの間に和平を、同盟を結びます」

 

「……そうか」

 

 シャーリーは総理が和平を結ぶと決めたので総理の元に近付く。

 警備している人達は何時でも拳銃を抜けるようにしているが、シャーリーはトリオン体なので近代兵器は物ともしない。シャーリーは総理に向かって手を差し伸べた。

 

「コレは?」

 

「握手だ……詳しい詳細は今はまだ省くがこの和平を記念して握手をしよう」

 

「……ああ」

 

 シャーリーと総理は握手を交わした。

 この頃には100万人以上の人がこの動画を見ている。コレでボーダーは最初から無かった事にする事は出来ない。

 

「…………さて、コレはあくまでも私の独り言だ。些細な事だ、気にするな」

 

「え、レグリット?」

 

 ここまでは大体ジョンが書いた台本通りに事が運んでいる。

 ボーダーの邪魔が入らずにホッとしているとレグリットが予定に無い事をするので葵は驚く。

 

「先ず前提として言っておくが向こうの世界にはそれこそ我々でも数えきれない程の国がある。だから何処の国が4年半前に襲撃してきたかは不明だ…………その点を踏まえて1つだけ不可解な事がある。火薬を用いたこちらの世界の兵器は全くと言って我々の兵器には通じない。しかしボーダーという組織はどういうわけか我々の兵器であるトリガーを手にしていた……疑問に思わないか?」

 

 なんのことだ?と視聴者や総理、シャーリーや葵は思った。

 

「こちらの世界ではトリガー技術を独占する事が出来るぐらいにはボーダーはトリガー技術を独占している。4年半前の大規模な侵攻の際にはトリガー技術云々は無かった、皆知らなかった。しかしどういうわけか極少数で動いていたボーダーはトリガーを手に入れていた…………私の推察が正しければ極秘裏にこちらの世界の住人と向こうの世界の何処かの国の住人がコンタクトを取ってこちらの世界にトリガー技術を提供していた…………ボーダーには向こうの世界の人間が居る。そして何度か向こうの世界の何処かの国に遠征している筈だ……不自然な理由で休んでいるボーダー隊員が居れば黒だ」

 

 

 最後の最後でレグリットは爆弾を投下した。

 

 

 ともあれ麟児が発案し、ジョンが調整を施した作戦は成功した。

 迅悠一という壁があるのでたった1度しか出来ない、2度目はないあまりにもリスクが高すぎる作戦だが成功した。コレが後に日本史どころか世界史どころか世界中の歴史の教科書等に出てくる出来事になると葵達はまだ知らない。





A ボーダーは民間組織なのでボーダーを無視して日本政府と交渉する。交渉の台本は大体ジョンが考えてる。



いったい何時ボーダー相手に和平を結ぶと言った?そんなややこしいことするわけないじゃないですか、やだなぁ。


さぁ、こんな事をすればボーダーや日本にどれだけの被害と利益が出るんでしょうね。皆で考えてみましょう。


因みに葵の住所が芦屋なの日本の金持ちの住宅街でググったら出てきたのが芦屋だったから芦屋にした。

幾らなんでも迅を出し抜きすぎでしょうと思っても気にするな。ご都合主義が働いてるで終わる。


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59話

三輪の顔を曇らせたいんだ……更に時間を稼ぎます


 弓場が、迅が、三輪が俺を囲んでいる。

 至近距離におけるタイマン最強の弓場、未来予知で不意打ち不可避の迅、黒トリガー持ちの三輪と流石の俺もこの三人を至近距離で相手にしては負けるのは確定だ。弓場と三輪ならば対処法は思い浮かぶのだが迅だけは対処法を取ってきた未来を視て逆にカウンターをくらう。

 

「この遠征の目的はボーダーでなく日本とイアドリフの間に和平や同盟の様な物を結ぶ事だ……仮にボーダーと同盟みたいなのを結ぶ事に成功したとしても、近界民友好派の玉狛支部との間の秘密の同盟的なのしか結べないだろう」

 

 故に徹底的に時間を稼ぐ。心理フェイズに走る。

 迅のサイドエフェクトが確かならば残りは敗戦処理、動いているトリオン兵をぶっ倒すだけだ。弓場がここに居たり三輪が遠くに飛ばされなかったりレプリカが残っているなど色々と原作とは異なる部分があるがそれでも大体は原作通りに事が運んでいる。

 

「そしてその作戦を決行するには国の重役達が集まっている場所を狙うしかない。日本で一番偉い人は天皇陛下だが天皇陛下は政治の実権を握っているわけじゃない。式典等であれこれするが政策なんかを仕切っているわけではない……だから、天皇陛下は狙わない。国会議事堂を狙った」

 

「総理大臣達を人質にするつもりか!?」

 

「まさか、この遠征の真の目的は同盟や和平の様な物を結びに行くことだ。ペリーが来航した際に大砲で脅した時の様に軽い恐喝の様なものはするかもしれないが、この国に開国を迫る」

 

「迅……コイツは、コイツは本当にこっちの世界の人間なのか?日本人なのか?」

 

 俺と三輪との会話を聞いて弓場は疑問を投げかける。

 弓場は見た目も言動も体育会系のヤンキーみたいなものだが真面目で勉強が出来るインテリヤンキーだ。だから色々と頭が回る。

 

「弓場ちゃん、マジだよ……誰かにぶん殴られてる未来が見えるけど戸籍が確認出来てる。そいつはこっちの世界の人間だ」

 

「お前達からすれば近界民(ネイバー)もどきだろ?」

 

「っ……っ…………」

 

 迅に確かめると俯いて震える弓場。

 お前達からすれば向こうの世界から来た人間は近界民だ……話し合いを一切するつもりが無いんだから。

 

「……なぜだ……なんでお前は、お前はこんなふざけた真似をしている!!なんでお前は恨まない!なんでお前は憎まない!!お前の全てを奪った近界民(ネイバー)を!!」

 

 三輪は風刃の刃を俺に向けてくる。

 三輪は近界民に対して激しい憎悪を抱いている。正当な憎悪であり、だから分からなかった。目の前に居る俺は近界民による被害者の代表みたいな存在だ。普通ならば憎むだろう。殺してやりたいと殺意を抱くだろう。しかし俺からはこれっぽっちもそんな素振りは見えない。

 

「小学生の頃に拐われて戦場に立たされ、人を殺した。使ってはいけない知識を使った。作ってはいけない物を作った……俺を拐った奴は、拐おうと企てた奴は今でも憎い…………本当ならば友達と遊びたかった。学校で勉強をしていたかった。遊戯王をやりたかった。ラノベを読みたかった。家族で食卓を囲んで母の手料理を食べたかった」

 

「なら、どうして」

 

「死んだよ……俺を拐おうと計画を企てた馬鹿野郎は。アフトクラトルの国宝の黒トリガーの余波で……俺達は今でもそいつを憎んでいる」

 

 ルミエの事は例え別世界に生まれ変わろうとも許すつもりは一切無い。

 俺の、俺達の大事な時間を奪った。時間だけは誰も取り戻すことは出来ない。仮にそれが出来たとしてもやってはならない禁忌だ。

 

「怖いと思った。苦しいと思った。寂しいと思った。辛いと思った。憎いと思った。1年も2年も3年も……それが当たり前になって無自覚にならない様に自分が生き残る為にエゴに走った」

 

 リーナや葵、ミブを助けた1番の理由はエゴだ。

 可哀想だから助けてあげようとかコイツは使えるからとかもあるけれども1番の理由はエゴだ。

 

 俺は転生者だ。現在は19だが実年齢を考慮すれば、前世と今生の人生を合わせれば拐われたあの頃には二十歳を過ぎていた。

 自我というものや自己という物は殆ど出来上がってるも同然だ……だが、それでもまだ完全じゃない。完全な人間や完璧な人間なんて早々に居ない。完璧や完全に見えても何らかの欠点を有している人が居る。俺なんて前世はコンビニでアルバイトしたFateやテルマエ・ロマエから歴史にハマったただのオタクで横の知識が広い学生だ。

 

 だから分かっていた。自分の精神が未熟なのを。多分、1人だったら何処かで自分という物が崩壊していた。

 だからリーナを助けた。葵を助けた。ミブを助けた。全ては自分を崩壊させない為にだ。

 

「俺はお前が羨ましいよ……」

 

「なん、だと?」

 

「何処の国かは知らないが誰かを殺されたり拐われたりした、憎むのは当然だ……憎む時間が、心を憎しみに持っていくゆとりや余裕があるのを。俺には最初はあったが今では殆ど無くなっている」

 

 憎んだり怒ったり出来るのは心に余裕があるからだ。生活に余裕があるからだ。

 

「俺は昔と最近になって不幸を感じる…………分かるか?」

 

「…………なにがだ?」

 

「不幸を感じれるって事は幸せの味を知っているって証拠なんだ。俺はここ最近不幸を感じれる。幸せを思い出す事が出来ている」

 

「っ……っ……………」

 

「トリオン能力の優劣の問題があるからと動く事が出来る奴は好待遇を与えてやると剣1本で演習を行った。そこで女の子を騙して、殺し合いを生き残った。戦場に出て何処かの国の兵士を倒したと思ったら自爆して死んだ。まだ未熟だった他に拐われた人達はトリオン体を破壊されて生身の肉体に戻りトリオン兵に殺された、拐われたりした……時には拷問しても意味の無い捕虜の価値も無い奴を捕えたから殺せと上に指示され、殺した。自国を襲わない代わりに他国に傷手を負わせろと命じられて他国の農地に塩水をバラまいて塩害を起こした」

 

「もういい……もういい」

 

「嫌だね」

 

 俺を近界民(ネイバー)だと思って激しい憎悪を抱いている三輪は手に持っていた風刃を落としてしまう。

 迅はこれ以上は語るなと、三輪の中の大事な何かが壊れてしまうと言ってくるがまだまだ俺の不幸自慢に付き合ってもらう。

 

「母さんの味が恋しくなった事もあった……けど、そこにはもう手が届かないと思っている。迅悠一、お前なら誰よりも分かるだろう?時計の針は前に進ませる事は出来ても後ろに戻す事は出来ないのを」

 

「──」

 

「泣いた。叫んだ。苦しんだ。死にたくないとも思った。そして上は生き残るチャンスを、成り上がるチャンスを与えてくれた。きっとお前等には俺は売国奴に見えるだろう。感情論を抜きに理屈だけにすればその通りだ……だから俺を近界民(ネイバー)だと、近界民もどきだと思ってくれても別に構わない」

 

 

──そうなって当然の事をした以外はなにも思っていないから。

 

 

 コレを聞いているボーダー本部はなにを思っているだろうか?コレを聞いている迅はなにを思っているだろうか?

 まぁ、別にどうだっていい。既に後戻り出来ない事をしてしまっているという自覚はあるのだから。

 

「すまねえ!!俺は、俺ァ」

 

「謝るな……泣いたって叫んだって助けの手は来ない。ある人にアリステラ、ディクシア、メソンの3つの何処かに行けば帰れると言われたがそれも出来なかった大事なものを見捨てることが出来なかった愚か者が俺だ…………なによりお前は今のボーダーが出来てからの人間だ。お前の腕は確かだろうが、お前はB級、精鋭部隊のA級じゃない。遠征を手にすることは出来ない立ち位置だ……そこでお前が謝るのは、お前の中でケジメをつけたい……………ただのエゴだ」

 

「っ……」

 

 知らなかったとはいえ色々とやらかしてしまった事を弓場は謝ろうとする。

 だが、俺からすればそれはただのエゴ、自分勝手な自己満足に過ぎない。自分の中で謝罪を入れて終わりにさせたい、ケジメをつけたいと思っているだけだ。

 

「コレを聞いているお前等もだ……別に同情したいなら同情すればいいさ。だがどれだけやっても過去は変える事は出来ない、助ける事を出来なかった事を悔やみたければ悔やめばいい。だが謝ろうとするな。それはただのお前達の自己満足のエゴに過ぎない」

 

『……』

 

 なにか1つでも言い返してくると思ったが、ボーダー上層部達は言い返してこない。

 もしかして葵達の方に集中しているのか?……この近辺にボーダー隊員は多く居る。唯一の懸念である片桐隊と草壁隊は国会議事堂付近には居ない。迅は不意打ちをくらった顔をしていた……出し抜く事には成功している筈だ。今頃は近界民=人間、トリオン兵=ロボットだと説明したりして総理大臣辺りに向こうの世界の技術について世界中に説明している筈だ。

 

「俺は成り上がる為に生き残る為に色々とやった。大豆と麦の麹があったから味噌と醤油を作った。麦があったからビールの様な物を作った。漆を塗った導線を巻き付けた鉄棒に雷をぶち当てて強力な磁石を作って発電機を作った。別の国から竹を入荷して、蒸し焼きにした竹のフィラメントで電球を作った。インディカ米じゃなくてジャポニカ米を入荷して田んぼを作った。オセロも作った。ぷよぷよやテトリスを作った。掘り当てた温泉がたまたま美人の湯だったから小麦粉と合わせてチャンポンを作ったりした……味は微妙だった。リンガーハットの方がまだ美味い。トリオン体が破壊されたら自動的に基地に送還される緊急脱出機能も提案した…………醤油や味噌は取り上げられたりしたし酒の味は知らないからビールもどきも取り上げられたなぁ……小説家になろうに出てくる、異世界転生物のスローライフを望む逸般人な事ばっかりしてるよ俺は……いや、タイムスリップした日本人……どっちでもいいか」

 

 きっと聞く人が聞けば小説家になろう?と疑問を持つだろう。実際それぐらいの事はやっているので否定はしない出来ない。

 

「10年はよくも悪くも人を腐らせる」

 

「お前は腐ってなんか……」

 

「腐る=絶対的な悪と考えるんじゃない。納豆やチーズだって考えようによっては腐っている食べ物だ、そしてそれを人は受け入れて食べる……腐るとは変わる意味だ」

 

 俺が腐った性根の人間じゃないと言いたげな弓場だが俺の腐ったはそういう意味合いじゃない。変わったという意味合いだ。

 

「で、どうする?俺をボコボコにするか?俺はある意味、今回襲撃してきたアフトクラトルよりも(タチ)が悪い事をしている。お前からすれば近界民もどき、半近界民、売国奴……言い方は色々とあるが裏切り者である事には事実は変わらない」

 

「……あんたは……………」

 

「コレを聞いてるだろ……騙して悪かったな。イアドリフはこっちの世界に侵攻はしない。こっちの世界の人を拐おうとしないと言った……だが、ボーダーにとって不利益になる事をしないとは言っていない」

 

 三輪は落ちている風刃を拾おうとしない。俺に対して敵対する意志を持てなくなった……全く、二十歳前のガキを多く採用しているんだったらその辺りをどうにかしておけよな。

 

『……ジョンさんは嘘は言ってないよ、ホントの事も言ってないけど……おれを騙したり利用した事については色々と思うことはあるけど、おれはそれを承知の上で、なにかあるって最初から気付いてた。けど……………』

 

「今すぐにでも連れて来た責任を果たす為に俺を殺しに来るか?」

 

『ううん。ジョンさん達はなにも悪くない…………多分だけどコレは誰が悪くて誰が正しいとかいう問題に当てる事が出来ない問題だと思う。リーナの言ってることが1番正しかった。それでも悪者が欲しいって言うならそのジョンさんを拐って死んだ奴だ』

 

「そうか…………迅、雨取千佳をここに連れてきても問題は無いか?」

 

「千佳ちゃんを?」

 

「渡したい物がある……無理ならお前を経由して渡すが、最低でも1週間は会うことが出来ない。武器を手に取り戦う事を決意した人間には無用な物だろうが、それでも渡さないといけない……そう約束を交わしたから」

 

「……そこにいる4人、こっちに来れるか?オレのサイドエフェクトは問題無いって言ってるけど、万が一が」

 

『万全の状態のユーマが居る。黒トリガーが来ない限りは問題は無いだろう』

 

 迅は万が一を想定するがレプリカは問題無いという。

 修のトリオン体は殆ど使い物にならない状態に近いのだが、黒トリガー状態の遊真がいれば問題無い。場所的に数分掛かるので少しだけ待てば修と遊真と千佳と夏目がやって来た……夏目が色々と浮いてるなぁ。

 

「……迅さん、もう大丈夫なんですよね?」

 

「ああ、残っているトリオン兵達を片付ければ問題無く終わる。それは小南達がやってくれる」

 

「……無事に生き残る事が出来ました……教えてください」

 

「……俺の口から語れるのは僅かな事だ。奴は認識が甘かったと後悔していた……こちらの世界にアメリカやロシア、インドネシア等様々な国が存在している様に向こうの世界にも向こうの世界の住人が数え切れない程に国は存在している。そして何処も人という資源を求めて戦争していて……こちらの世界は狙いの的だ。いや、狙いの的だったと言うのが正しい」

 

 雨取麟児に関する情報はそんなに無い。そして言葉は慎重に選ばなければならない。遊真がいるからな。

 

「だから青葉と言う少女を探していた」

 

「っ……青葉、ちゃんを……」

 

「向こうの世界はどれだけ広いのかすら分からない程に広大な世界だ……探し出すのは難しいだろうがそれでも妹が前に進む為には必要な事だと言い、こちらの世界について教えるのを条件に色々と教えた。ズブの素人なのによくこっちの世界に来ようと考えたなと思うぐらいには酷かった。銃の撃ち方や剣の使い方を少しだけ教えて……今回の作戦の基礎を考えた」

 

 今でも思う。この作戦はあまりにもリスクが高すぎるのが。

 迅と言う障害が立ち塞がるだけでなくそもそもで作戦が成功しない可能性も高かった……だが、成功した。

 

「お前を勇気づけて一歩前に進ませる為に必死だったんだろう…………ほらよ」

 

 腕輪を取り出し千佳に投げた。

 

「コレは?」

 

「トリオンを消費する代わりにレーダーに映らなくなるトリガーだ……お前が狙われやすいのはトリオンが原因だからそれがあれば大抵は解決する。と言ってもお前には無用な物だ……ボーダーのトリガー開発班に回したいならば回せばいい。ただこっちの技術でも簡単に再現する事が出来るトリガー……あの人に作り方を教えた」

 

「っ…………兄さん……………兄さん……………なんで居なくなっちゃったの………」

 

「千佳……麟児さんは何処に?」

 

「俺は下請けの奴隷だから分からない。イアドリフから何処かの国に向かった…………俺の口から答えられるのはコレぐらいだ」

 

 千佳は俯いて震えている。涙は流さないが一歩間違えれば大泣きしてしまうだろう。

 そんな千佳を見て麟児が何処に行ったのかを修は聞くのだがあの人達があの後何処に向かったのかは俺には知らない存じないだ。

 

「……探すんだろ?」

 

「っ……はい!」

 

「……」

 

 雨取千佳からドラゴンの雛が見えていたが少しだけ成長した。

 まだ完全なドラゴンにはなっていないが何れはドラゴンに成長するだろう。それだけのポテンシャルを千佳は秘めている。

 

『ジョン、成功よ。シャーリーとこの国のトップの間で握手が交わされたわ』

 

「(…………最低でも1年は油断するな。流石に生身の肉体狙われたらどうしようもない)」

 

 千佳に渡すべき物と伝えるべき事を伝えるとルルベットから通信が入った。

 YouTubeで生配信をしているし国営のテレビ局のカメラが映っているから騙し討ちをしてくるという可能性は低い。

 イアドリフの価値を世界に知らしめる事に成功したから……厄介なのは国外の人間か?アラブとかの石油王とかは狙ってきたりするんだろうか?トリガー技術を我々にも寄越せとか言ってくるんだろうか?スパイを紛れ込ませるんだろうか?……気付かないだけでFBIとかMI6とかCIAとかこの国に来てるんだろうな。

 

「行くのか?」

 

「ああ…………お前達は火消しに忙しいだろう……迅」

 

「なんだ?」

 

「……葵を悲劇のヒロインとして家族に会わせてやってくれ」

 

「………………()っちゃんはどうすんの?」

 

「おい、グラサン叩き割るぞ…………俺はジョンだ……時間は十二分に稼がせてもらった。この勝負は完全に俺の勝ちだ、迅」

 

 もう後戻りする事が出来ない所まで来たのだから後戻りはしない。進むしかない。

 俺は搭載されている緊急脱出機能を用いてこの場から消え去り遠征艇に戻った。




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60話

時間稼ぎ(話的な意味で)だぜぇ!


 

「ふぅ……疲れた」

 

「お疲れ様……飲み物取ってくるわね」

 

「お疲れ、大丈夫だった?」

 

 戦線に立っていたジョンが緊急脱出機能を用いて遠征艇に帰還した。

 ジョンはトリオン体から生身の肉体に切り替えて腰を掛けて大きく息を吐いたのでリーナは水を取りに行った。

 

「……アレがあんたの本音なの?」

 

 ジョンは1秒でも長くジンと言う男やボーダーを足止めしないといけない。

 ボーダーについて情報を提供してくれた情報提供者の頼みを引き受けないといけないのもあるけど、真の目的はシャーリー達の存在をボーダーに気付かせない為。なんで今日、他所の国が侵攻してくるのが分かったのかは不明だけれど、なにはともあれ作戦は成功した。

 

 だから気になったから聞いてみた。通信で聞こえた話が事実なのか。

 敵の国が帰還してからも作戦が成功するまでの間の時間を稼ぐ為にジョンは開こうとしない心を僅かばかりボーダーに対して開いた。少し前にハンバーグで涙を流していた。出会った頃にリーナと一緒に涙を流していた。感情で動かない様に、ルミエの様に合理主義な人間に徐々に徐々になっていったかもしれない。

 

 心の何処かで助けてほしいと思っている……それがジョンの本当の気持ち。

 

「どっちだと思う?」

 

「茶化さないで。あたしは真剣に聞いてるのよ」

 

「なら言い換える。どっちだったら嬉しい?」

 

「…………」

 

 ジョンは難しい質問を投げかける。

 アレがジョンの本音、本当は助けてほしいと、救ってほしいと思っている。でも、1年待とうが2年待とうが3年待っても助けの手は来ない。だからジョンはイアドリフの与えたチャンスを物にして成り上がった。リーナとアオイ以外の連れ去られた人やルミエを犠牲にしてまで今日まで生き残る事に成功した。

 

「…………どっちがいいのかしら?」

 

 ジョンの頭の中や心の中はとっくの昔に狂っている。

 ホントに越えてはいけない壊れてしまう線だけは越えない様に今日まで頑張ってる。

 頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて……ジョンはさっき言っていた。不幸を感じれるのは幸せの味を知っているからと。不幸を感じなくなるのを避けている。

 

 ジョンが居なければ、今回の作戦は最初から無かったことになる。

 イアドリフに電球という明かりを灯すトリオンに成り代わる電気というエネルギーを齎す事が出来なかった。イアドリフにトリオンの余裕を持たせる事が出来なかった。緊急脱出機能を提案しなかったら兵士の死亡率が下がる事は無かった。ジョンは気付いていないだけでイアドリフに多くの功績を残している。イアドリフが国を豊かにする為に外部の意見を聞き入れる政策に変えたのが成功したいい一例よ。

 

「俺はどっちでも構わない……いや、どうでもいいと言う方が正しいか」

 

 私が変な同情心を持とうが持たないが全く興味無さそうなジョン……狂ってるわね。

 リーナが水が入った容器を片手に戻ってきたのでコレ以上はこの話題に触れるべきではないわ。

 

「扇風機1つで交渉出来るとかおかしいわね」

 

 葵の警護にあたっているデッカーとサイバーから流れる映像を経由してリーナはポロッと零す。

 今回の交渉の要はアオイに見えるけど、アオイはお涙頂戴の最後の一押しに過ぎない。決心をさせる情に訴えかける為の一手に過ぎないわ。

 

「まぁ……俺も半信半疑だったからな」

 

「そうなの?」

 

「知識としてはあったけど詳しい詳細は知らなかった……でも、こっちの世界も向こうの世界も技術の種類は異なれどもエネルギー問題は抱えている」

 

 トリオンで動く扇風機やエアコンを欲しがる向こうの世界の人達を意外そうにするとジョンは語る。

 今でこそイアドリフは電球で明かりを灯すことに成功しているけれどもそれまではトリオンを用いて明かりを灯していた。明かりを数時間灯すぐらいならトリオン能力が低い人でもどうにでもなるけれど、長時間付けっぱなしになるとどうしてもトリオンが不足してくる。ジョンは電球でその問題を解決した。明かりを灯すトリオンを無くす事に成功した。

 だからその隙を突いた。私達の世界がトリオンというエネルギーで困っているけど、向こうの世界は電気や石油とか言うので困っているのを。

 

「今回の交渉のカードは色々と意味がある……トリガー技術の中でも色々とあったのに扇風機を選んだ理由は分かるか?」

 

「…………皆に分かりやすいから?」

 

 ジョンの質問をリーナは必死になって考える。

 その結論の1つが皆に分かりやすいから扇風機を選んだ……こっちの世界は純粋に人の数が多い。兵器系のトリガー技術を下手に渡せばこっちの世界で戦争が起きたりこっちの世界に侵攻する可能性も大きいわ。だから、皆に分かりやすい扇風機を選んだ。

 

「そう、皆に分かりやすいから扇風機を選んだんだ…………怪物や化け物は人を殺す。人を殺す事が出来る怪物や化け物は英雄が殺す。じゃあ、怪物を殺すことが出来る力を持った英雄を殺すことが出来る存在はなんだと思う?」

 

「……もっと強い化け物か滅茶苦茶凄い神様?」

 

「それは力押しのゴリ技とジャンケンで言うグーでもチョキでもパーでもない、なにを出しても自動的に勝つ事が出来る負けることが出来るJOKERみたいなものだ……英雄を殺すことが出来るのは人間だ」

 

 リーナの答えが違うとジョンは否定して答えを教える。

 化け物を殺すことが出来る英雄を化け物に殺されるしかない人間が人を殺す事が出来ると言うのには違和感を感じるけど、ジョンはまだ続きがあると語る。

 

「化け物は悪であり個と言う力を持っていて個である事を構わないとする。英雄は正義や善であり圧倒的なまでの個の力を持っているが1人では生きられない。人間は悪でもあり善でもあり個と言う力を有していないが大勢居て皆で1つの力を持っている」

 

「でもそれだと圧倒的なまでの個の力を持っている怪物と英雄だけが有利じゃないの?」

 

「確かにそう捉えれる…………だから、今回の一例で考えてみればいい。俺達やアフトクラトルは化け物だ。ボーダーや政府の人間は英雄だ。ボーダー以外のこっちの人達は人間だ……化け物は英雄に勝てない仕組みになっている。現にボーダーは化け物であるアフトクラトルを退く事に成功した…………じゃあ、俺達化け物はどうすればいい?」

 

「英雄を殺すことが出来る人間を味方につける?」

 

 色々とリーナに教え、リーナは答えに辿り着く。

 化け物が、それこそジャンケンの様にチョキ(化け物)グー(英雄)に勝てない仕組みになっているのならば何処からかパー(人間)を持ってこないといけない。グー(英雄)を倒せるのがパー(人間)と言う話が本当ならね。

 

「そう。人間を味方につけるんだ……その為の扇風機と世界中に向けての動画配信だ」

 

「もっと効率がいい方法、あるんじゃないの?」

 

 武力による圧政っていう手段も無かったわけじゃない。

 力による圧政は相手側がより強い力を持ったら逆転される可能性が高いからあんまりよくないと思うけど……それでももう少しいい方法はあった筈よ。

 

「確かにルルベットの言うことも一理ある……だが、沿岸の火事は避けないといけない……そうだな。他所の国、他所の地方でナイフを持って暴れまわった人が居ると話題を聞けばどう思う?」

 

「どうって……まぁ、物騒じゃない?」

 

 あたしには全く関係無い事だけれど、ナイフを持って暴れまわった事件が起きたら物騒ぐらいの認識よ。

 

「じゃあ、それが家の近所で起きたらどうする?」

 

「…………フィラの送り迎えをするとか、1人で行動しないようにする」

 

「ああ、そうだろうな。それが普通の対応だ……日本という国は細長い極東の島国で、今は情報通信技術が発達して色々な地方のニュースがテレビで放送される。やれ殺人事件だ、やれ交通事故で子供が撥ねられただ……それを見た人の大抵は少しだけ可哀想だな物騒だなと思うぐらいで終わる。だが、事件の当事者ならば?その事件が身近に起きていれば?……危機感等を感じる」

 

「そりゃそうでしょ。他所の知らない手が届かない事より自分の事の方がより親身になるわ」

 

 なにを言っているの?と言いたげな顔をするリーナ。

 あたしはなんとなくだけどジョンの言いたいことが分かってきた。けど、リーナがまだ完全に理解する事が出来ていないからジョンは話を続ける。

 

「日本の人間は政治に興味が無い……正確には若い世代が興味は無い。選挙、国の政治家や代表を投票で決める行為に、投票にすらいかない。投票する事が出来る様になるのが二十歳から18歳に切り替わっても若者は選挙の投票に向かわない。仮に俺が18や二十歳になっても国が義務化して投票しないと罰金を支払わないといけないという決まりを作らない限りは投票のやり方を覚える為だけの1回しか行かない……理由はまぁ、色々とある。俺の場合は誰が政治家になっても誰が当選しても今の自分の生活が大きく激変するわけでもないからどうでもいいと思ってるのとめんどくさいからだ」

 

「あんた……いや、あんただけじゃなくて大丈夫なの?」

 

「その辺は俺の管轄外だから知らん。この人を当選させたら自分の生活の何かが大きく激変する。給料が倍近くに膨れ上がる。確実に最低賃金が上昇する……皆、当選したらこうすると目標を掲げているが大半は叶わない願いだ。俺は誰が当選してもなんも変わらないし興味無いから投票にすら行かない。もし当選したら確実に給料を倍にする、電気代を値下げする等を保証してくれるなら投票するが…………お前ならどうする?」

 

「……」

 

 ニホンという国のシステムはジョンから大体聞いている。

 王様が居るけれども王様が政治を仕切っているわけじゃない。式典とか他所の国の首相が来た時に挨拶をしたりする程度で、総理大臣とかが政治を仕切っている。色々と目標を公約を掲げても大抵が叶わないのならば、上の上流階級の人間にしか成果を得られないのなら……誰に投票したって同じね。

 

「政治家になろうと選挙に出ている人達は叶うか叶わないかは別として様々な事を掲げる。それが果たして自分達に恩恵があるのか?具体的に自分達にどんな影響を齎すのか?……俺は政治に興味が無いから分からない。もし仮に半年に1回5万円を、お金を支給する制度ならば皆喜ぶだろうがそれがなんだかんだで無理なのを皆知っていて心の何処かで諦めてどうでもいいと興味を無くしてめんどくさがる」

 

「……まぁ、そっちの方が分かりやすいわね。難しい理屈を並べられるより、半年に1回5万円を支給してくれる制度が作られた方が皆喜ぶわ」

 

 政治に興味が無いけどリーナも一応は納得する。

 

「だから扇風機が皆の心を鷲掴みする鍵になるんだ」

 

「…………ごめん、意味が分からないわ」

 

「遠くで起きている事件は可哀想だなと思う程度で終わるが近所で起きた事件ならば危険だなんだと色々と考えて対策をしたりする……化け物である俺達は一般民衆を味方に付けなければならない。そしてこの国の人間は政治に興味が無い人が多い…………じゃあ、皆に具体的にどんな結果を齎すのか馬鹿でも分かりやすい事があるならば?」

 

「……あ……」

 

 ここでリーナがジョンがなにを言いたいのか気付く。あたしも理解する。

 

「扇風機やエアコンは余程の貧乏か田舎暮らししていなければ皆持っている物だ。皆にとって身近な物だ……政治に興味が無いけども年々電気代が高くなっているのは分かると言うのは大体の人は理解している。そしてそれを解決する方法が存在していると言うのならば……政治が皆にとって身近になる。皆、興味を抱く。政治家達はそんな夢の様な技術を提供してくれるのかと思う……そこでお前達は侵略者だ敵だと突っぱねる事が出来ないのが政治家だ……そこに葵と言うお涙頂戴な悲劇のヒロインが居ればどうなる……一般民衆を一時的かもしれないが味方につける事に成功したのならば英雄である政治家は突っぱねる事は出来ないんだ」

 

 チョキ(化け物)グー(英雄)を倒す為にパーを(人間)を味方につける。

 ジョンが語った方法は理屈はシンプルだ。上の上流階級の人間にしか分からない事じゃない、一般の人達でも分かる恩恵を与える事が出来ると世間に公表して大勢の味方を作る。大勢の人間(パー)英雄(グー)を叩きのめす……………

 

「これだけやっても成功率20%ぐらいなの?」

 

 ジンって奴が予知のサイドエフェクトで先回りしてくる可能性がある。

 国会議事堂に居るシャーリー達を悪の近界民だと適当な事を言って世間なんかに誤魔化される可能性もあったけどジョンが上手い事出し抜く事に成功した。それでも成功率が20%行けばいい方だと言っている。慎重に成り過ぎにも程があるんじゃないかしら?

 

「石橋を叩いて渡る……注意に注意を重ねてとても慎重に物事を行なっても予想外の出来事は多々ある。例えば今やっている葵のDNA鑑定、鑑定結果が葵のDNAと親のDNAが合わなかったと言うだけで一瞬にしてひっくり返る。やっぱり近界民は敵だったのかとなる」

 

「そ、そこまでやるの?」

 

 トリガー技術という未知の技術、一般市民の身近に具体的にどんな感じに利益を及ぼすのかに加えて葵という情に訴えかけるお涙頂戴な悲劇のヒロイン。コレだけ交渉のカードを切ってもジョンは成功率が20%程度だと見ている。

 今現在やっている葵と葵の親のDNA鑑定とやらの結果が違うと言えば私達が積み上げてきた物は一瞬にして瓦解してしまう……でも、そこまでやれば人間として色々と問題があるんじゃないかしら?

 

「150年程前ならばともかく今の時代は金さえあれば犯罪履歴や入れ墨が無ければ大抵何処の国にも行くことが出来る。南米のアマゾン辺りには未開の地はありそうだが、この世界は、地球と言う星を世界は認識している。無論無人島や未開の地は無いとは言わないが空からどんな場所なのか見ようと思えば大体は見れる時代だ…………そんな中で、未地の大陸があったらどうする?……」

 

「それは…………」

 

「未開の地には大勢の人間が住んでいる。原始的な集落を作っているどころか俺達の文明に必要な電気や石油とは異なるエネルギーを用いて高度な文明が発展している…………日本は平穏な国だからまだいい。コレがアメリカやロシア、北朝鮮なんかのヤバそうな国に渡れば下手したらこっちの世界で戦争が起きるかもしれない……故にボーダーはトリガー技術を独占して慎重になっていた」

 

「…………大丈夫、なの?」

 

 あたし達がやろうとしている事が今になってとんでもない事だと自覚する。

 トリオン体の筈の私やリーナは冷や汗を流す。心が全然落ち着かない。

 

「知らん」

 

 心配するあたし達をジョンは一蹴した……知らんって……無責任にも程があるんじゃないの?

 

「俺達の目的はイアドリフと日本の間に同盟や和平を結ぶ事だ。そしてイアドリフがこっちの世界にもう一度近付くまでに色々と用意する。例えば電気とトリオン両方で動く洗濯機やエアコンなんかを……イアドリフには麟児達が持ち込んだ電気工学系の本のおかげで火力発電所とかが作られる話が上がっている。イアドリフが電気とトリオンの2つのエネルギーを用いたハイブリットな国家になるのは時間の問題だ……それでもイアドリフが滅んだなら滅んだで、こちらの世界でトリガー技術を用いた会社を起こせばいい。そして俺はめでたくどちらの国から見ても売国奴だ、何処にも帰る場所は無い」

 

 歴史上に稀に見るレベルのクソ野郎だと自分を卑下するジョン。

 

「…………あの歌は、あんたの思いなのね…………」

 

「否定はしない」

 

 この国の国歌とは別に最初に歌った歌はジョンの胸の内を表した歌……………

 

「大丈夫よ、ジョン…………私がジョンの帰る場所になるから」

 

「…………そうか…………でも、お前にも帰りたい場所が帰るべき場所がある筈だ」

 

「あるけど…………それでも貴方を見捨てる事は出来ないわ。例えこの思いが植え付けられた物だとしても、ジョンが大好きって気持ちはホントなのよ?」

 

「……そっか……ごめんな」

 

「謝らないで、私が好きでやってる事だから」

 

 好き……か。

 

 あたしがジョンに対して絶対に言うことが出来ない言葉をリーナは簡単に言った。

 この思いは胸に留めておかないといけない……ジョンにとってあたし達は憎い存在だから……でも

 

「あんたが望むなら、あたしもあんたの帰るところになるわ」

 

 少しぐらいは進みたい。

 

「………あ〜………ありがとう…………ちょっと抱き締めてもいいか?」

 

「な、なによ急に!?」

 

「嬉しいんだよ……後戻り出来なくても後に続いてくれる人が居てくれて」

 

「そう……」

 

 ジョンはあたしとリーナを抱きしめた。

 涙は流さなかったけれども、何処か嬉しそうにしていた。

 

『DNA鑑定の結果……母親のDNAと水無月葵のDNAが半分一致しました』

 

 そして数時間後、DNA鑑定の結果が世間に発表される。

 ジョンが危惧していたDNAが一致しないという事は無く、DNAが半分一致したとの映像が流れ込む。




尚、この後に(隊のエンブレムと順位以外を)モザイク処理された三輪がアシッドエースになってたルルベットを発砲した動画が流れる予定です。
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61話

三輪を曇らせる事が出来ねえ……けどまぁ、こんなもんですよ。作者の技量じゃね


 

 迅の予知通りアフトクラトルは撤退し、残った敗残兵もといトリオン兵処理だけになった。

 小南や太刀川をはじめとするボーダーの精鋭達が残っているトリオン兵を全て片付けた……が、被害が0とは言えなかった。

 

 アフトクラトル側の黒トリガー使いであるエネドラが基地の本部に侵入して暴れたが為にボーダーの後方支援者の中で死人が出た。

 新型のラービットが導入されたが為に戦力が分散されC級隊員が約30名ほど攫われてしまった。

 民間人に約50名ほど軽症を負わせた。重症者は20人行くか行かないかぐらいで絶対に越えてはいけない一線を、ボーダーが守り切ると言っている戦線を超えてきてしまった。

 

 しかし奇跡的にも民間人から死者が出なかった。

 最高から2,3番目ぐらいの未来だと迅は言っている。A級やB級が拐われる未来や、一般市民に死者を出す等の被害は0だ……一先ずは大規模侵攻は終えて峠は越えた

 

「さて、何故呼び出されたか分かるか?」

 

 本来の世界線でならば修が重症を負ったりするがこの世界線では存在していない。

 雨取千佳を無事に守り切る事に成功した世界線である……のだが、色々と問題が起きている。修が定期的に呼び出しをくらう例の会議室にて迅、三輪、遊真が呼び出しをくらった。

 

「ジョンさんの事でしょ?」

 

 忍田、唐沢、根付、林藤、鬼怒田、城戸のボーダーの上層部の面々に囲まれても遊真は動じない。

 呼び出された理由について心当たりありまくりな遊真は呼び出された理由を口にすれば鬼怒田がドンッとテーブルを叩いた。

 

「ジョンさんの事でしょ?じゃない!何故教えんかった!」

 

「こっちの世界に来る代わりに言うなって言われてたから…………そっちも聞く機会はあったじゃん」

 

 間もなく大規模な侵攻が起こり得ると迅は予知した。そしてレプリカに情報を提供しろと言った。

 レプリカは聞かれる限りの情報は答えた。自分達と一緒に誰かついて来ていないか?等を上層部は一切尋ねなかった。

 

「屁理屈を捏ねおって……」

 

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。こっちに落ち度が無かったわけじゃないとも言い切れないんですから」

 

「林藤支部長、庇おうとするな!!」

 

「庇っちゃない。聞く機会は確かに存在していた……屁理屈かもしれないけどコレは事実だ」

 

 チャンスを不意にしたのは鬼怒田達で遊真が100%悪いわけではないと林藤は主張する。

 無論、なにも言わなかった事は悪いことである。

 

「……レプリカ、居るのだろう?イアドリフ及びこちらの世界にやって来た近界民(ネイバー)について情報を提供してもらおう」

 

『心得た』

 

 遊真の付けている黒い指輪からレプリカが現れた。

 城戸司令は1つでも多くの情報が欲しいとイアドリフやジョン達の情報を求める。

 

『キド司令、私の中にイアドリフの情報は確かにある……だが、微々たる物だ。期待しないでくれ……向こうもこうなる事を分かっていたから私達に情報を与えなかった……イアドリフは乱星国家の1つ今まで我々が見た国の中でも中堅ぐらいの規模の国で、アフトクラトルの(ホーン)トリガーの様な特出すべく技術は持っていない平坦な道が多く、食う為の資源には困っていない国だ。ジョン達とはユーゴとユーマを連れて各地を放浪する様になってから出会った』

 

「ずっとその国に居たのか?」

 

『いや、別の国を渡り歩いていたから数ヶ月ほど滞在していた……そして紆余曲折あり私とユーマはカラワリアと言う国に居た。カラワリアは隣国と戦争を行っており、無事に戦争は締結した。そしてカラワリアに救援物資を送ったのがイアドリフだった……我々はモガミソウイチを尋ねる為にこちらの世界の通り道として通過しようとしていたがイアドリフはこちらの世界に向かっておりイアドリフも向こう側に向かっており我々を乗せてくれた』

 

「乗せた、だと……」

 

『大事な遠征で何故か乗せてくれた、確実に裏がある……今にして思えば、遊真を撒き餌にして自分達の存在を露見しない様にしていたのだろう』

 

 遠征は割と冗談抜きで命懸けである。

 1歩間違えれば裏切りの可能性もある。それでも遊真を乗せた。裏が確実になにかあると城戸司令は推察する。レプリカも同じ事を考える。

 

『ジョンは言っていた。向こうの世界の住人を襲ったり拐ったりしないと……ユーマの嘘を見抜くサイドエフェクトに引っかかる事は無かった。現にイアドリフは人を襲う事も拐う事もしていない。なにが目的かは知らないが腹に一物を抱えているのは分かっている、なにかがあった時は我々の手で始末する算段だった』

 

「始末…………」

 

『イアドリフは我々に余計な情報を与えない様にしていた。悪事を働くつもりはないのだとユーマのサイドエフェクトで分かっていた。だから、私達はイアドリフの船に乗り……こちらの世界に足を運んだ。そしてそこでジョンに色々と世話になった。こちらの世界の常識等を教えてくれて学校に入る手続き等をしてくれた……ネットカフェでジョンは調べ物をしていた』

 

「調べ物だと……まさかボーダーの事を?」

 

 ハッキングして色々と調べたりしたのではと顔を青くする根付。

 

『万が一を想定してジョンが調べているものについて調べた……この国の電気代が年々上昇していっている、若者が農業等の一次産業から離れている、この日本と言う国に外国からやって来る観光客が年々増加している等大凡悪巧みをしているとは思えない情報だった』

 

 この情報からどうやって悪巧みをしていると連想する事が出来るだろうか?

 どうあがいても無理である。電気代が値上げしているからこっちの世界を襲う?いや、無理である。迅の予知があってもギリギリ視えるか視えないかである。

 

『そして大規模侵攻中に語った様にジョンは本名は知らないがこちらの世界の人間だ。ジョン・万次郎と名乗っているのは向こうの世界に漂流した、拐われた人間だからそう名乗っている』

 

「本名は、知らないのか?」

 

『ユーゴだけが知っていた……だが、ユーゴはジョンが自身をジョン・万次郎だと主張していた。心の何処かで違うと思っており、嘘だと見抜いていたが、無理に本名で呼べばジョンの逆鱗に触れる。故に最後までジョンの名を我々にも教えなかった。無論、再び再会を果たした時に私やユーマは何度か尋ねたが教えようとはしなかった』

 

「……迅、ジョンと名乗る男は本当にこちらの世界の住人なのか?」

 

「……ホントだよ。誰かにぶん殴られてる未来が見えるけど、戸籍も見えてる……教えろって言うなら教えるけど、オレ個人の意見では教えたくない。ジョンは覚悟を決めてホントの名前を使おうとしていないから」

 

「っ……そうか……」

 

 迅を経由してジョンが本当にこちらの世界の住人なのか忍田本部長は確かめる。

 本当にこちらの世界の人間だと分かれば忍田本部長は強く拳を握った。

 

『ユーゴはアリステラ、ディクシア、メソンと言う3つの国の何処かに向かえば帰れると言っていた』

 

「……あの時だ……アリステラを襲撃してきたあの時に彼を倒す事が出来ていれば彼を救う事が出来ていた……」

 

「忍田……」

 

 約8年前にはじめてジョンと会合した際にジョンを倒す事が出来ていたら救えたかもしれない。

 忍田は激しく自分を責めて林藤は悔やむなと言いたいが言えない。こうなってしまったのは全て自分の責任だと強く悔やむ。

 しかしあの頃には緊急脱出機能がトリガーに搭載されていたので仮にジョンを倒す事に成功していたとしても緊急脱出機能で遠征艇に逃げられてしまって終わっていたのを知らない。

 

「……ジョンと水無月葵以外に拐われた人達は居るのか?」

 

『私の知り得る限りは1人だけ居る……しかし』

 

「なにか問題でもあるのか?」

 

『この国の言葉以外の言葉を喋っている、おそらくはこの国の人間ではない』

 

「日本人ではないと……また随分とややこしいですね」

 

 レプリカから提示された情報を聞いて根付は困った様な素振りを見せる。

 そりゃそうだ。日本人だったら都合のいい悲劇のヒロインにする事が出来るが、外国ならば国に帰す事が出来ない可能性も考慮される。

 

『彼等がどの様なトリガーを使うか等の情報はほぼ無いに等しい、唯一知っているのはジョンのトリガーぐらいだがある点を除けばボーダーのトリガーと大して変わらない。こちらの世界に足を運ぶ為に、彼等の真の目的はボーダーと言う組織ではなく日本という国を相手に和平や同盟を結ぶ為だ……そしてもう詰んでしまっている』

 

 ボーダーは政府公認の民間組織で色々と隠している。

 無論、政府の一部には近界民=人間で普段やって来ているのがトリオン兵、ロボットである事は認知されている……が、秘匿されている。

 

 それをジョンは徹底的に利用した。

 シャーリーとレグリットに動画配信サイト等を経由して近界民=人間だと世界中の人達に伝えた。そもそもでどうして戦争が起きるのか?と言う素朴な疑問についても答えた。

 

 マスコミ・メディアは動いた。テレビ局は動いた。戦争関係の歴史に詳しい大学教授をニュース番組に招いた。

 こちらの世界で今では簡単に手に入れる事が出来る胡椒、紅茶、コーヒーなどを巡って戦争をした、手に入れる為に命懸けの冒険をしたという言う記録は残っており、人と言う資源は量産するのが最も難しい事だと様々な事を語ってくれた。

 

 トリオン兵=近界民でなくトリオン兵=ロボットだと認識させる事に成功した。

 近界民=人間だと思わせる様々な火種を放つ事に成功しておりテレビ局は日夜向こうの世界についてどうなっているのか議論を交わしており、ボーダーからの情報提供を待っているが、ボーダーもボーダーで今回の一件やレグリットが最後に放ったボーダーに近界民が居るかもしれないを鵜呑みにして問い合わせが殺到している。

 

「どう思う?」

 

「……ボーダーの完全敗北ですね」

 

 この一件に関して城戸司令は唐沢に意見を求めた。

 今まで秘匿にしていた情報や技術を提供してくれた。扇風機や翻訳機と言った馬鹿でも分かるシンプルな物を見せつけた。更には水無月葵と言う悲劇のヒロインを用意した。

 

 日本という国は電気の問題を抱えている。一般市民達の電気代の値上げに苦しんでおり、それを解決する方法を提示してくれた。

 馬鹿でも分かりやすい、皆に渡る利益を提示した。水無月葵と言う情に訴えかける存在を連れて来た。馬鹿でも分かる情と利益を提示して訴えかけた。それを拒む事を日本政府に出来ない詰みの一手にまで追い詰めた。そこまでされても近界民は敵だと断定すれば国の首相として問題がある、もしかしたら他所の国に交渉に行くかもしれない。損得勘定でも感情論でも訴えかけたこの作戦は成功した。

 

 もし、水無月葵のDNAが一致しなかったと公表する事が出来たのならば近界民=敵だと出来たが間に合わなかった。

 仮に政府に交渉して葵のDNAが一致しなかった様にしてくれと頼んだとしても、ボーダーが秘密にしていることを知ったので政府はボーダーと言う組織に対して色々と疑いを持ってしまっていて交渉に応じてくれない可能性が高い。

 

「迅くん、この展開を視えなかったのかね?」

 

 ボーダーの完全敗北だがもしかしたら回避する事が出来ていた……ボーダーには予知と言うチートがあるのだからこの未来が待ち構えていたのを視えていなかったのか根付は迅に問いかける。

 

「多分、向こうも色々と分かってたんだと思うですよ」

 

「分かっていた?」

 

「向こうもこの大規模な侵攻が起きる事を予見してた。何処から情報が漏れていたかは知らないけれど向こうはオレが未来を視るサイドエフェクトを持っていると知っている。オレは必死になってトロッコ問題に挑んだ。今回のこの大規模な侵攻は世間に秘匿する事が出来ないレベルの出来事で、オレは何処を選んで何処を犠牲にするのか……だからそこを利用した」

 

 迅は思い出す。

 ジョンは大規模な侵攻を終えた際に、仮面を外す前にこの後の後処理を根付達に任せるのか?と尋ねたのを。

 迅がすべき事は修が死なない、千佳をはじめとするボーダー隊員達が拐われない、出来得る限りの最善な未来に持っていくこと。後始末や後処理は根付達に任せる方針にしていた。実際それは間違ってない事だ。迅の予知はチートで万能だが万能であって全能ではない、無敵でも無敗でもない。揉め事の処理は嫌味は言うけどもなんだかんだで頼れる大人に任せようと考えていた。

 

「オレの予知や行動を逆手に取った……それだけじゃない。あの葵ちゃんも厄介だ」

 

「厄介?」

 

「…………あの子から未来が一切見えない」

 

「それは……トリオン体で見た目を偽装しているからでは?」

 

 迅の予知を掻い潜る方法は顔を見られない、ただそれだけしかないと根付は分かっておりその抜け道を通ったのではないのかと考察する。

 

「いや、葵ちゃんは髪の毛を引っこ抜いてDNA鑑定をしてくれって言った。あの時は生身の肉体だった筈だ…………ジョンからもそうだけど葵ちゃんが関係してくる未来が全くと言って視えない……葵ちゃんにオレのサイドエフェクトが通じない」

 

「っ……迅くんの予知が通じない……」

 

 迅の予知はボーダーの頼みの綱である。ボーダーは迅の予知に依存していると言っても過言ではない。それほどまでに迅の予知は万能だが……そんな迅の予知を掻い潜るとんでもない存在がここに来て現れたのである。

 頼みの予知が通用しない相手が居ると分かれば根付と鬼怒田は苦虫を噛み潰したような表情を取った。

 

『恐らくだがアオイはサイドエフェクトが効かないサイドエフェクトを有しているのだろう。現にユーマのサイドエフェクトにも引っかからなかった』

 

 葵は現状、迅悠一の天敵とも言うべき存在である。

 

「迅くんのサイドエフェクトが通じないっ……」

 

 頼みの綱である迅が使い物にならない。

 根付や鬼怒田は顔を青くするのだが、林藤は気にしていない。迅が使えないのは厄介だが、迅ばかりに依存し過ぎていると何時かは痛い目に遭うのを知っているから。

 

「遊真、お前の目から見てそのイアドリフってのは敵なのか?」

 

「こっちの世界の技術が欲しいから向こうの世界の技術を提供するって言ってるし、ジョンさん達は根はいい人だよ」

 

「そうか……迅、ここから先はどんなヤバい未来が待ってる?」

 

「可能性は低いけどボーダーが政府に乗っ取られて民間組織じゃなくなったりする……オレ達は一兵士に降ろされる」

 

「回避する方法は?」

 

「ありますよ……イアドリフに交渉してボーダーとの間にちゃんとした同盟を結ぶ。玉狛支部だけとか秘密の同盟とかじゃない、世間に公表する意味合いを込めた同盟を結ばないといけない。向こうはトリガー技術を用いた会社を起業するつもりだ。そうなればボーダーに出資したいスポンサーが横から掠め取られる……葵ちゃんが居るから完全な制御下に置くことは出来ない。もう完全に詰みの一手にまで持って行かされた……イアドリフと公の場で正式な同盟を結ばないとボーダーと言う組織が乗っ取られる、滅びる……政府の管轄下に置かれる」

 

「そうか……」

 

 分かっていた事だがイアドリフがやったことはあまりにも質が悪い。

 秘匿にしている情報を公開する未知の技術を齎す等色々と(タチ)の悪い事をしまくっているのである。事の重大さを理解している林藤だが、そのレベルだったかと言葉を詰まらせる。

 

「遊真くん、彼等の連絡先は知らないか?」

 

「知らない……ていうか、国会議事堂とやらに向かえば会えるんじゃないの?この作戦を企てたのはジョンさんだけど、ジョンさんはイアドリフの実権を握ってない。シャーリーとレグリットが色々と権利を握ってる」

 

「む、そうだな…………私はお先に失礼させてもらおうか」

 

 向こうの世界の住人は交渉する事が出来る相手ならば交渉するしか道はない。

 唐沢は早速イアドリフからやって来た使者であるシャーリーとレグリットがいる国会議事堂に向かって行った。

 

「で、おれ達になんかあるの?」

 

 聞かれなかったから教えなかった。

 組織的には色々と問題があるのだから何らかの処罰があるんじゃないかと遊真は城戸司令に尋ねる。

 

「…………今回の一件はボーダー全体で出し抜かれた事だ。君が語らなかった事は問題だが聞かなかった我々にも落ち度がある」

 

「ふむ」

 

「本来ならば今回の戦功を無しにする予定だが雨取千佳にポイントを移さないかと林藤支部長から提案をされている……雨取千佳に今回の戦功で君に与えられるポイントを移し、君に与えられる報奨を0にする」

 

「ん、別にそれでいいよ」

 

 今のところは特にお金には困っていない遊真はそれでいいと言う。

 そして視線は三輪に向けられる。

 

「……既に知っているか?」

 

「……はい、知っています」

 

 城戸司令の問いかけに三輪は頷いた。

 ジョンが最後の1手だと三輪がルルベットを発砲した動画を投稿した。

 無論モザイク処理や音声処理はしている。ただし三輪隊のエンブレムだけは処理していない。三輪隊の事をよく知るボーダー隊員は三輪隊では?となる。幸いにも三輪隊は嵐山隊程顔が知られているわけではないものの交渉に来た近界民を発砲した事が世間で問題になっている

 

「……B級に降格ですか?」

 

「……君は人型近界民(ネイバー)を1人のボーダー隊員として倒そうとした。だが結果的にボーダーに不利益になってしまった」

 

「……全て俺の責任です。陽介……米屋隊員達は無関係です。ですから」

 

 今回の一件に関して色々と思うところがあり情緒不安定な三輪。

 人型近界民を倒したのは自分で、騒動も起こしたのも自分なのでせめて米屋達は見逃してほしいと懇願する。

 

「君に落ち度は無い……我々はハメられた……しかし何かしらの処罰は必要となる。故に隊のエンブレムの変更、A級最下位降格、そして君のA級固定給を1年間無しにする」

 

「…………それだけですか?」

 

 ボーダー史上初のC級降格すら覚悟していた三輪だが意外にも軽かった。

 

「今回の問題はボーダー全体での問題だ……君の落ち度は少ない。問題を起こす度にB級に降格させるなとB級隊員達からも苦情を入れられる……君の内面を放置していた我々も問題ありだ」

 

 三輪の近界民に対する憎悪は正当な物だが、まだ幼く感情の制御が出来ていない。

 色々と大事な年頃の三輪をボーダーがずっと放置していた一件に関してはボーダーの落ち度である。トリオン器官が二十歳ぐらいまでしか成長しないなどの諸事情により子供を多く使う組織がボーダーだ。成熟した大人でなく子供を使っている以上はある程度は大人がしっかりとしておかないといけない。ボーダーの落ち度である。

 

「さて…………ここからが本番か」

 

 遊真と三輪の処罰がくだされた。

 記者会見は後日開くと言っており、そこを間違えるとボーダーと言う組織が終わってしまう。政府公認の民間組織でなく政府の管轄下に置かれる行政の1つになってしまう。まだまだ非常事態は続く。迅は油断は出来ないと呟く。




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62話

 

「DNA鑑定の結果、父親のDNAも一致しました。水無月葵と名乗る少女は大規模な侵攻が起きる少し前、約5年前に拐われた日本人です」

 

 私の髪の毛から採取したDNAを急いで病院に解析に回した。

 今やっているDNA鑑定を後回しにしろと命じ、最低でも2週間ほど掛かるDNA鑑定を終わらせた。芦屋に居るお母さんは急いで国会議事堂……ではなく病院に向かった。DNA鑑定をする事が出来る大きな病院で、直ぐにDNA鑑定を行った。

 

 その結果は直ぐに発表された。

 私のDNAの半分はお母さんのDNA、だから半分一致したと医者は世間に向けて発表する。

 ジョンが危惧していたボーダーが何かしらの圧力を政府や病院に掛けて私とお母さん達のDNAが一致しなかったという偽の情報を流す事は無くて私は旨を撫で下ろす。もしDNAが一致しなかったと言えば一瞬の内にイアドリフは敵だなんだとなりましたが、今は違います。

 

 私とお母さん達のDNAが一致したと世間に公表する事に成功した。

 コレで私は向こうの世界から帰ってきたという悲劇のヒロインになる事が出来た。イアドリフに対する敵対心や警戒心を薄める事に成功した……けど、まだ足りない。私が悲劇のヒロインになることでイアドリフと日本の間に同盟や和平を結びやすくしなけれなりません。

 

「皆さん、改めてはじめまして。水無月葵です」

 

 今の私は胸がドキドキ、ジョンが会得した無想と言う技術を私も会得しておけば良かったと思う。

 リーナは結局向いていないから別の精神修行をしたりしていたけれども……まぁ、今はリーナでなく私のターン。

 

「約5年前に芦屋で塾の帰りに近界民、いえ、トリオン兵に拐われました。私以外にも多くの人が拐われていて、日本人はその中で私だけ……言葉も通じない、なにが起きているのかさっぱりな状況でした。そんな中で1人の男が現れ、剣を渡してきました。ボーダーの戦闘訓練の様に生身の肉体から別の肉体に換装していますので怪我はしていないです。ただ……10歳の少女に人を斬らせました」

 

 質問する時間はありますが、今は先ずは語る時間です。

 目の前に大勢居るテレビ局の人達や新聞記者、雑誌記者には嘘と真実を語る。真実の中に嘘を交えて語ることで信憑性を増す様にしています。

 

「生き残った、勝ち残った私はそこからは兵士として防衛戦に立たされました……時には他の国に侵攻し、そしてイアドリフと言う国に侵攻しました。私は1人の兵士に破れて捕虜になり…………私がこの世界の住人だと分かれば手厚く歓迎してくれました。イアドリフは色々な人達の意見を取り入れて国を強化する富国強兵の様な政策を取っています。そしてどうにかしてこっちの世界と手を取り合えないかと考えていました……私はイアドリフに様々な知識を提供し、5年掛けて日本に帰ってきました……私の口から語れる事はコレだけです。質問がある方はご質問をお願いします。ただ、私も思い出したくない事もありますので答えれない事もあります。ご了承ください」

 

 私が剣を手にしたのはあの時だけ、私は人を撃つことも斬ることも出来ない兵士としては致命的な欠陥品。

 ジョンは後方支援のオペレーターが欲しいからと本人の思惑はどうあれ私に救いの手を差し伸べてくれた。それが無ければ私は狂っていた。

 

「兵士として戦線に出ていたという事は人を斬ったり撃ったりしたんですか?」

 

「はい……撃ちました、斬りました……イアドリフに流れ着くまでは」

 

「イアドリフでは具体的になにをしていたんですか?」

 

「この世界の技術を提供したりボーダーで言うところのオペレーターの真似事をしていました」

 

「提供していた、と言うのは?」

 

「向こうの世界には味噌や醤油が無いです。ですが大豆や米、麦などは存在しています。麦の麹と大豆で醤油や味噌を作りました、麦を濡らして炙って乾かして揉み込んでゴミを排除してボコボコにしてお湯に溶かして濾過した麦の搾り汁を、ビールの様な物を作りました……まるで異世界に召喚された日本人の様な真似で、お酒の飲めない作ってはいけない法律を破っていますが許してください」

 

 イアドリフにはお酒を飲んではいけない年齢の規制はありますが、作ってはいけない法律は無い。

 私はノンアルコールのシャンパンの味は知っていますがビールの味は知らない……そもそもでジョンが独自に作っていた物、私はただそれを自分が作ったかのように見せつけているだけにすぎない。

 

「オペレーターの様な真似とは?」

 

「私を倒して捕虜にした兵士は後方支援が出来る存在を求めていました……働かない者は食べる事は出来ない。それは世界は違えども同じ事です。ボーダーのオペレーターと似たような真似をしていたと思ってくれて構いません」

 

 ここで畑を耕していた等を言えば奴隷感が溢れてしまう。

 だからそれは言わない様に胸の内に留めておく。言ったら余計に大変な事になってしまいます。

 

「向こうの世界の食事や生活はどうだったんですか?」

 

「食文化は日本の方が何倍も上です。レーション等の軍用食も含めてです。八畳一間の部屋で暮らしていました……あまり良い思い出ではありませんのでこれ以上は責めないでください。聞かないでください」

 

 ジョンが既に生活基盤を整えてくれていたから、生活苦はそこまで無かった。

 寂しい思いなどは色々とした。ジョンやリーナが見えないところでは何度も何度も涙を流した……。

 

「拐われた時は苦しくて辛くて涙を何度も流して助けを待ったりもしました……ですが、助けなんて誰一人来なかった。だから、5年という歳月を掛けてここに来ました」

 

「イアドリフは憎くないんですか?」

 

「向こうの世界は戦争が多いです……資源を求めての戦争で、生き残る為の戦争です。誰が悪で誰が善の正義の味方か決めてほしいのならば私を拐った国が悪です。手厚く歓迎してくれたイアドリフや私を後方支援のオペレーターに転身させてくれた兵士は善です…………そしてボーダーは頼れない。レグリットが言った様にきっとボーダーは向こうの世界に何度も何度も遠征している、でもなんの成果も上げる事は出来ていない。もし仮に成果を上げる事が出来たとしても向こうの世界の技術、トリガーを手に入れるぐらい……………向こうの世界の住人とボーダーはなにが違うんですか?仕えている国は違えども国を守るという使命は一緒の筈です……」

 

 

────コレは悪い王様や邪悪な魔王を倒す英雄の冒険譚ではありません。生き残る為の戦争です。正義も悪もありません

 

 

 私のこの一言で空気が凍りついた。

 分かっています。ボーダーが善で正義の味方じゃないといけないのを、近界民=悪だと認識させておかなければならないのを。私はボーダーが4年間掛けて積み上げてきた物を全て壊している……。

 

「私はボーダーに文句は言いません、ボーダーだって必死になって頑張っているのは分かっています……だからこの問題はコレで終わりです。私はボーダーを責めない……ただそれだけです」

 

 一線を引いておく。引いておかないと今の世の中が壊れてしまうから。

 ただでさえ未知の世界、未知の技術、未知のエネルギーと来たのだから100年以上掛けて発展した国をひっくり返す事が出来る。だからこれ以上は言わないでおく。

 

「何故今回こちらの世界に帰れたのですか?」

 

「こちらの世界にイアドリフが前々から興味を持っていました。私から日本の事を聞いて色々と行ってみたい等を思っていました……そして偶然にもこちらの世界から来た一団が居るという噂話を他国との貿易中に聞きつけました……今までは日本という国の人口が約1億人で若者は中高生の1000万人、更にそこにトリガーを使う才能を有した人が居るのを考慮しても最低でも10万人鍛えれば戦う事が出来る兵士が居るとイアドリフは計算していました。本格的な戦争になればどちらも傷手を負う。こっちの世界の小さな島国の日本ですら1億人以上の人が居ます……だからこっちの世界に交渉を持ちかけるのは危険だと判断していましたが、向こうの世界を知っている世界に切り替わっているのならば交渉を持ちかける事が出来るのでは?と判断し、こちらの世界に足を運びましたがボーダーは一切の話を聞かずに近界民(ネイバー)を理由に発砲されました。そしてボーダーは国営の民間組織……民営でもあり国営でもある病院に近い組織だと分かりましたので日本政府に交渉を持ちかけて今に至ります……私は5年の歳月を掛けて帰ってきました。これ以上はなにもありません。向こうの世界の生活もそんなに悪くはないです」

 

 言うべき事は言った。

 私は悲劇のヒロインを上手く演じる事が出来ているでしょうか?遊真くん辺りが嘘だと気付いている……いいえ、ボーダーは私の口から出る言葉が全て嘘八百だと思っているに違いない。でも、世間を上手く欺く事に成功している。ボーダーの株を下げてイアドリフの株を少しだけ上げる事が出来ています…………。

 

「こちらの世界に帰って来れましたがやりたい事などありませんか?」

 

「今すぐにでもこの記者会見を終えてお父さん達に会いたいです……」

 

「家族と再会を果たした後は?やはりボーダーに所属するのですか?」

 

「ボーダーは話が通じない、日本政府は話が通じます……なので向こうの世界の技術とこちらの世界の技術を組み合わせた技術を開発して病院や電力会社の様に国の管轄下でありながら民営でもあるボーダーの様な公私混合な会社を起こしたいとは思っています」

 

「学校に通ってみたいとは思わないのですか?」

 

「いいえ……日本語の読み書きは充分できますし計算も出来ます。中学以上の勉強は考える力を養ったり、めんどくさがらない為にあるものです……今の私には不要です。田中角栄より学歴は下ですが差別はしないでくださいね」

 

 学校に通ってみたいとは思っていますが、もう間に合わない。

 来年から高校生になれる年齢ですが中学の勉強を殆ど出来ていない私に何処の学校に通えと?親に裏金を積んでもらって私立のお嬢様学校に通いなおせと?……私にはその道を選ぶ事は出来ない。それを選べばジョンやリーナを見捨てることになってしまいます。

 

「他に質問はありますか?私は出来れば早くお父さん達に再会したい……」

 

 なにか質問はありますか?

 

 私から放たれる威圧感に記者達は怖気たのか質問は何個か飛んできましたが、簡単に答えられてイアドリフの評判を落とすものではないので答えて私の出番は終わった。

 

「(なにか不備はありましたか?)」

 

『(今のところは問題は無いわ)』

 

 私の記者会見からなにか余計な情報は漏れていないのか?イアドリフの事を悪く言っている人達は居ないのか等をリーナに確認してもらう。

 今のところはなにも問題無い……1つの難しいポイントを終えたけれどもまだ油断する事は出来ません。次にボーダー側から何かしらのコンタクトを取ってくる筈、そこを乗り越えないといけない。

 

「……」

 

 1人、部屋でジョンが好きな漫画のキャラが被っている仮面をつける。

 下手に人前で素顔を曝すのが嫌だからというわけではない、ただ自分の気持ちを整理して落ち着かせるのに時間とかが欲しいから。

 

 私は5年、リーナとジョンはここに来るまで10年掛かった。

 5年という歳月は長い……ジョンとリーナの10年はもっともっと長い。私の倍です。だから会うのに勇気がいる。さっき記者会見で言ったのはジョンが行った事、発電機を作らなかったと言わなかったのは言えば色々と厄介な事になるから。

 

 ジョンは成り上がる為に、生き残る為にやってはいけない事を沢山やった。

 本当の名を1度も教えてくれないのはきっと後戻り出来ない事をしてしまったからだと思っているから…………私はジョンのおこぼれを貰っているだけに過ぎない。ジョンは自分という物を壊さない為のエゴで救ったけれどもそれでも私がジョンに救われていた事実は変わりはない。

 

 ジョンは強くなる為に貪欲でした。

 心を殺すのでなく無にするよくわからない特訓をしていた。人の生き死にでショックを受けないように家畜の解体法を1から学び実戦した。

 私やリーナには一切やれとは言ってきませんでした。ただ自分が強くなる為に色々とやった……私を拐ったルミエは死んで黒トリガーになった。私と一緒の時期に拐われた人達は死んだ、拐われた、反逆を起こして黒トリガーになる様に処刑されて失敗して死んだ。

 

 多くの命を犠牲にして私はこの足で、日本に帰ってきた。

 私にお父さん達に会う資格があるのでしょうか?ジョンほどと言わないですが、私も多くの命を犠牲にしてここに立っている……私が生き残れたのは偶然、奇跡に近いです。

 

『ねぇ、葵』

 

「なんですか?」

 

『私達は菜食主義者(ベジタリアン)じゃない。生きる為に魚や鳥を食べている……命の価値は人によって変わるかもしれないけど、命の価値は本来変わるものじゃない筈よ。遅かれ早かれ生き物は皆、死ぬ運命にある』

 

「だから必要な犠牲だったと?」

 

『ええ、そうよ…………自分の胸に聞いてみなさい。死にたくないのか家族に会いたいと思っているのか』

 

「…………会いたいです…………」

 

 リーナに問いかけられ、自分の胸の内を明かした。

 死にたくないとも思っていますし、家族に会いたいとも思っている。

 

『私もジョンも親に会いたいと思ってるわ……私はともかくジョンは最初の一歩と最後の一歩を踏み出す勇気が無い。だからね、葵。ジョンに勇気を与えましょう。それが出来るのは私とあんただけで私は色々とややこしい。だから、あんたにだけしか出来ない事なのよ』

 

「ジョンに勇気を………………ありがとう、リーナ」

 

『別に、お礼を言われる事じゃないわ……私だって怖いもの。最初の一歩を誰かが踏み出してくれないと……ジョンに恩義を感じてるならその義理を果たしなさい』

 

 リーナは少しだけ天邪鬼ですね。

 ともあれ覚悟を決めることは出来ました。私はゆっくりと仮面を外して深呼吸をして気持ちを整えて外に出る。外には取材記者達が大勢居る。私を撮ろうと必死になっている……思う存分、私を撮ってください。世間の目を意識を集める為にも、私は悲劇のヒロインになる。

 

「葵!!」

 

「葵!」

 

 車の中から人が降りてきた。

 

「お、とうさん……おかあさん……………………っ…………グス…………」

 

 降りてきた人の顔を見て私の我慢していたものが限界を迎えた。

 5年という長い時間を掛けて私はここに辿り着いた。取材記者達が眩くフラッシュをたいているのを全くと言って気にせずに私はお父さんとお母さんに抱きついた。

 

「ごめ、んなさい…………ご、めんなさい…………ごめんな、さい」

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 私の口から出た言葉はコレしか無かった。もっともっと言いたいことは色々とあったけどお父さん達に謝る。

 お父さん達も涙を流して私の事を抱き締めてくる。

 

「お嬢様……」

 

「爺や、ごめんなさい…………門限を過ぎてしまって……早く帰らないといけないのに……お母さんのご飯が待っているのに……テスト勉強をしないといけなけないのに……」

 

「いえ、私がお嬢様を送り迎えしなかったからこうなったのです」

 

「それだと貴方が死んでいたわ」

 

 車の運転席から執事の爺やが出てくる。

 孫が出来なかった私の事を孫の様に可愛がってくれた爺やにも謝る。

 

「いいの……いいのよ…………謝らないで」

 

「ううん、謝らせて……私は悪い子。皆を心配させた」

 

「お前は悪くはない。悪いのは近界民(ネイバー)だ……最初は身代金目当てかと思った。だが、待てども待てども要求は来なかった。誘拐されたと警察や探偵に依頼をした。手掛かりは一切無く忽然と消えて……三門市に近界民(ネイバー)が現れた。ボーダーは近界民(ネイバー)が子供を拐っている神隠しにあったかの様な事件は近界民の仕業だと教えてくれた……ボーダーに依頼した、けどっ……この四年間何一つ手掛かりは無かった……もうお前に会うことが出来ないと思っていた……」

 

 お父さんは私が居なくなった後の事を教えてくれる。

 身代金目的の誘拐かと思ったが違った。近界民に拐われたかもしれないという針穴に糸を通す様な希望に縋っていた。

 

「お父さん……お母さん……爺や」

 

 言わないと、この一言を。ずっと言いたかったこの一言を。

 

 

 

「ただいま」

 

 

 

 

 やっと言えた。




この一言を言うのが割と大変なのである。
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63話

 

『5年という歳月を経て水無月葵は日本へ帰還しました』

 

「ふぅ…………見事なまでの悲劇のヒロインを演じているな」

 

「もう満足してくれただろうか?」

 

 国会議事堂にあるとある一室で葵と家族の再会を唐沢は見ていた。

 水無月葵という日本人の帰還に世間は話題で持ち切りだ。三門市が2度目となる大規模な侵攻があったにも関わらず世間の目は葵に注目されている。無理もない。ボーダーですら見つけ出す事が出来ていない過去に連れ去られた人が巨万の富を生み出すものを持って帰ってきたのだから。

 

 無論、ボーダーも記者会見をする予定だ。

 今回の一件は秘匿する事が出来ない一件なので記者会見をする予定だが色々とハードルを上げられてしまった感が否めない。

 

「我々は日本という国に同盟を結んだ。ボーダーと言う民間組織でなく国そのものに同盟の様な物を結ぶことが出来た……今更なんの用だ?」

 

 レグリットは唐沢の前で問う。

 イアドリフという国はボーダーという民間組織でなく日本という国そのものに同盟を結ぶことに成功している。

 世界中に向けて発信された口約束は今ではちゃんとした約束を交わしており、後戻りは出来ない。今更レグリット達を殺して最初から無かったという事には出来ない。

 

「勿論、交渉に来ましたよ」

 

「ほぅ、まだ火消しに忙しいのに私達に構っている暇があるというのか」

 

「……ええ」

 

 レグリットが最後の最後で放った爆弾はデカかった。

 確かに言われてみればこちらの世界にはトリガー技術という物は無かった。しかしどういうわけか表に出る前に極少数で動いていたボーダーは近界民の存在を認知してトリガー開発等をしていた。何かしらのコンタクトがあったという説は濃厚だろう。

 

 諸悪の根源に近い奴等がなにを言っているんだと唐沢は内心思いつつも、交渉をする。

 出来る限りボーダーに対して有益な交渉を、イアドリフは既に日本という国と交渉して同盟や和平を結ぶことに成功していると跳ね除けられれば詰んでしまう。ボーダー以外に政府公認のトリガーを用いた軍隊もどきを作ると言われて政府に色々とあの手この手言われてボーダーを乗っ取られてしまう可能性がある。

 

「君達はコレからどうするつもりだ?」

 

「この国と提携しトリオンと電気の2つで動くハイブリットな家電を開発する……葵が言っていた様に病院に近い国営の会社を起こす。街や国を守りたければ貴方達の好きにすればいい……ただし責任は取らない」

 

 トリオンはこちらの世界では未知のエネルギーだ。

 まだ正式にトリオンを発表していないが未知のエネルギーで扇風機やエアコンを動かすことが出来ると公表している。仮に普通に会社を起業してしまえばそれこそアラブの石油王とかが圧倒的なまでの財力で会社を買収してトリガー技術を乗っ取られるだろう。

 だから世間に渡していい技術とそうでない技術を慎重に吟味し、どの技術を提供するのか。少なくともエアコンと洗濯機は作る気満々である。

 

 シャーリーは国営の会社、病院みたいなのを組織すると言う。葵の宣言通りだ。

 さて、ここからどう攻めるかと唐沢は考える。普通に攻めても意味は無い。あの国会議事堂での出来事でボーダーの株は急降下、イアドリフの株はうねる様に上がっている。調べてみれば水無月葵は日本人なら大抵知っている会社の重役で、お金に関してもスポンサーになりたいという人達はごまんと出てくるだろう。

 

「日本政府と同盟を結んだ様に我々ボーダーとも同盟を結んでほしい」

 

「ボーダーとか……メリットはあるのか?ボーダーは私達近界民(ネイバー)を悪、自分達を善、正義としている。未知の大陸に未知の技術がこの時代で発見されたのならば何処の国も欲するのは理解している……それに我々も人を殺すなどの悪と認定されてもおかしくはない事をしている」

 

 色々とあの手この手使っても既にボーダーでなくボーダーよりも更に大きな日本政府との交渉に成功している。

 シャーリーが嫌だと言えばその鶴の一言で全てが終わる。どうにかして話題を繋ぐことは、隙間は無いのかと手探りで探るとシャーリーはポロッと零す。

 

「……水無月葵やジョン・万次郎と名乗る男は他所の国でなくイアドリフが拉致したのか」

 

「それは…………」

 

「本人達の口から聞いてみてくれ」

 

 イアドリフが拉致したかどうかを尋ねれば言い淀むシャーリー。

 レグリットは直ぐにフォローに回った。もしこの会話が録音されているのならば上げられているイアドリフの株価が一気に急降下する。やっぱり近界民は敵だったと世間に認識される。

 

「その本人達が居ないから尋ねている…………他にもまだ居るんだろう?裏は取れている」

 

「………………なにが目的だ?」

 

「先程も言ったようにボーダーとイアドリフの間に正式な同盟を結びたい。無論、世間に公表しない秘密の同盟とかでなく公式な公文書を用意した同盟だ」

 

「私としては構わないが…………貴方1人の判断で決めていいことなのか?貴方が勝手にやっている事ではないのか?」

 

「とんでもない。ボーダーと正式な同盟を結ぶ……トップである城戸司令に同盟の話を確かめてもいいんですよ」

 

 今回の一件は唐沢の独断で動いていない。

 唐沢が上手い具合にイアドリフと交渉して来いと言われており、ある程度は唐沢の好きに出来る。

 イアドリフと同盟を結ばないといけないところまで駒を進められているので色々と反感を買うのは確実だろうが、それでもだ。

 

「……私達は既に日本政府に交渉済みだ……そちらはなにを提示する事が出来る?」

 

「そうですね……三門市という街、迅悠一の予知と言ったところですね」

 

「……続けてくれ」

 

「三門市である程度の融通は効くほどにボーダーは三門市で力を持っている……今、電気とトリオンを用いた家電等を開発する予定だと言っていたが、それをどうやって販売する?大手の家電製品の会社がスポンサーに来ていたとしても普通に販売しても途中でトリオンが足りない等の問題で使えない粗品扱いされる可能性がある」

 

「……それで?」

 

「まず、三門市その物を数年以上の計画と見据えて改造する……一般市民からトリオンを回収するシステムを作り上げる。回収したトリオンと発電所で作られた電気を複合した街を作り上げる。こちらの世界の住人の大半はトリオン能力が1の人だ。故に普通にトリオンと電気を用いたハイブリットな家電を開発してもトリオンが足りなくなって電気で動かすしかない。それでは君達に利益が出ない。もし私ならば街ごと改築しておかないと、それこそ君達の世界の様にトリオンによって動く機械が当たり前の様なインフラ整備をしなければならない」

 

 唐沢の言っていることは割とまともである。

 こっちの世界の人は雨取千佳というとてつもない化け物が居るには居るが基本的にはトリオン能力は低い。大人になればトリオン器官が衰える。無論、トリガーを使い続けていれば衰えを防ぐことが出来るのだが基本的にはトリオン能力は1と考えてもいい。

 

 そんな中でトリオンで動くエアコンや扇風機が作られたら……途中でトリオンが足りなくなって結局は電気に頼る羽目になる。

 変えないといけない。試験しないといけない。街一つ改造してトリオンと電気のハイブリットな環境下を作って実際に暮らしていけるかどうかのデータは向こう側からすれば喉から手が出る程に欲しい代物だ。

 

「それは確実に保証できるのか?」

 

「勿論、約束しよう」

 

 と言うよりはそうせざる負えないのである。

 トリオンを用いて動く家電を作ったとしてもトリオンをチャージしたりする道具とか家の改築が必要になる。

 どちらにせよトリオンと電気のハイブリットな次世代の生活が出来るかどうか何処かで実験をしなければならない。国の首都である東京はダメだろう。ならば第二の首都である大阪?札幌?名古屋?神戸?博多?人が多い政令指定都市?それは分からない。ならば今の内に三門市という場所にイアドリフを縛り付けておこう。そういう魂胆である。

 

「次に迅の予知だが……迅くんについては知っているかね?」

 

「確か予知のサイドエフェクトを持っているとか」

 

「ああ、そうだ……イアドリフが起こすのは会社みたいな物で兵士を求めない。トリオン能力が低くてもエンジニアとして優秀な人材を採用する……が、それが産業スパイである可能性が高い」

 

 ボーダーは若い学生連中を多く採用している。理由はトリオン器官とかの問題でだ。

 運がいいのか悪いのか兵隊の産業スパイは少ない。しかしエンジニアとかには居るかもしれない。スパイというのは何処の時代も何処の国でも存在する物で気付かないだけで日本も色々なところに送り込んでいる。

 

 トリガー技術は兵器の技術故に提供するのは難しい。

 銃などの近代兵器をものともしないトリオン体だけでも十二分な平気である。故に他国の産業スパイ、FBI、MI6、CIA的なのが来ていないとは言えない。大半はボーダーの兵士として入隊試験を受けるのでトリオン能力の都合上落ちるが稀にエンジニアとして入ろうと企んでる連中もいる。そういうのを迅の予知で追い出したりしている。

 

「君達はトリオンを用いた家電を販売するかもしれないが、その技術を民間が徹底的に解析する事もある。そうしてトリガーという兵器を作る可能性だって0じゃない……そこで迅悠一の予知だ。彼ならば顔を見た人の出来事が分かる。採用するかしないか悩んでいる人が居るならば彼に顔を見せて判断してもらえばいい」

 

 一般市民をバカにしてはいけない。

 一般市民が3Dプリンターから拳銃を作ろうと思えば作れるこのご時世、トリオン技術の漏洩は防ぐのは難しい。もしかしたら一般市民が兵器としてのトリガーの開発に成功するかもしれない。

 

「……私達が作る商品に特許とやらを取れば」

 

「特許を取っても無意味だ……こちらの世界にはデ◯ズニーという権利関係に厳しくて有名な会社がある。そんな会社が存在してもお構いなしに無許可で色々とやっている国も存在する……情報や技術の漏洩は防がなければならない」

 

「…………トリガー技術が漏洩するのは好都合だ」

 

「どういう意味だね?」

 

「いや、なんでもない……そうだな……」

 

 シャーリーがボソリと呟いた事を気にする唐沢。

 シャーリーはなんでもないという素振りを見せるのだが、今の呟きで確実になにか裏があるのかと匂わせる。唐沢はブラフかなにかかと考えるのだが目の前に居るのはあの迅悠一を出し抜く事に成功した人達だ。まだ自分達の理解が及ばない何かを企んでいるのではないのかと考えておく。考えておくだけでいい、考えるのは金がかからない。万が一を想定しまくってそれでなにも無ければそれでいいのである。

 

「三門市という街よりも神戸や名古屋等の街の方が人が多くて集まりやすいが」

 

「……例えば三門市名物の蜜柑の農園でトリオン体を用いて蜜柑の採取を行う農業体験をする。三門市という街のインフラ整備の工事にトリオン体を用いる。ボーダーの息がかかった信頼も信用も出来る企業の人達がだ」

 

 なんとしてでも三門市にイアドリフを縛り付けたい。

 唐沢は使えそうなカードを軽くチラ見せする。ボーダーの息がかかった企業ならば信頼も信用も出来る……信頼と信用は1日2日で出来る代物ではない。

 

「しかしそれでは……そうだな……」

 

「他にお望みは……いや、もう1人居るのだろう?イアドリフが拐ったこちらの世界の人間で、この日本という国以外の人が」

 

「……」

 

「隠さなくてもいい、裏は取れている。ジョン・万次郎を含めて君達も扱いに困っているのだろう……迅悠一を使って彼女と彼女の家族を再会させこの国に永住権を与える。と言ってもFBIの証人保護プログラムの様に名前は切り替わるが。無論、仕事の方も斡旋しようじゃないか……この国の政府に言えば確実に揉める。もし何処かからかその人の存在が露呈されると困るのはボーダーもイアドリフも日本もだ」

 

「その言いぶりだとやはり居るのだな、ボーダーにも近界民(ネイバー)……いや、向こうの世界の住人が」

 

「ああ、居る。彼等がこの国で永住権を手にした様にその人にも永住権を与える」

 

 ここまで来た以上は嘘を言っても無駄である。

 ボーダーに近界民が居るというのは紛れもない事実、遊真の様なハーフじゃない、紛れもない近界民のミカエル・クローニンがいる。そして戸籍偽造等をした事も認める……もし誰かに聞かれていたのならば割とヤバいのだが秘密の会議なのでバレないのである。

 

「……分かった。イアドリフは日本政府だけでなくボーダーとも同盟を結ぼう」

 

「シャーリー、いいのか?」

 

「私達にも利益が無いわけじゃない……ボーダーとの間に亀裂が生じて出資者(スポンサー)の奪い合い等をしてしまって共倒れになってしまっては元も子もない……だが、私達は向こうの世界の住人だ。向こうの世界の住人としての市民権は貰う。そこの邪魔はさせない……だが、貰い過ぎも良くない事だ。同盟を結んで何もしないというのはこちらも気が引ける」

 

「と言うと?」

 

「こちらの世界の記録を調べた。そちらが秘匿にしているかもしれないが、トリガー使いが来るレベルの侵攻はこの前ので2回目だが……何れはこちらの世界にトリガーを使う組織が出来た事を知られるだろう。そうなれば本格的な戦争が巻き起こる……ジョン達を有事の際には使ってくれ。そちらが市民に秘匿しようとするレベルの案件でもだ」

 

「戦力の提供はありがたい……だが、出来ればトリガー技術の提供を」

 

「ならばサンプルを1つ持っていけばいい」

 

「っ!?」

 

「イアドリフは凄い技術力は無いが、腕自慢の実力者が多い国だ……トリガー技術には期待はしないでほしい。緊急脱出機能を除いたイアドリフの標準装備であるトリガーだ……と言ってもこちらの世界の技術者達でも簡単に再現できる代物だ」

 

 シャーリーがスッと差し出してきたトリガーに唐沢は驚く。

 トリガーは兵器である。兵器であるので他国に漏れたりすれば色々と大変だったりする……それをなんの惜しげも無く渡すのは正気かと、まだなにか裏があるんじゃないのかと疑念を深める。

 

「太刀川慶や迅悠一の様に既に向こうの世界基準でも一流の兵を更に強くするのは難しい事だが、そちら風に言えばマスタークラスでない子をマスタークラスに近しい実力に持ち上げる事はジョンならば出来る筈だ……なにが目的かと聞かれれば同じ事をされない為にボーダーを、ひいてはこの国を鍛えておかないといけない」

 

「鍛える?」

 

「この国の外に行くには国際便とやらに乗らなければならない……私達は空閑遊真がこちらの世界に来ると同時にこちらの世界に足を運んだ。どういう理屈かは私は知らないが、この街に世界中から開かれる門を誘導する事に成功している……もし、海外に兵器としてのトリガー技術が流れ込んだ場合、恐らくだがこちらの世界の平穏の均衡は崩れるだろう。この国は内陸で他所の国に続かない国だが仮にこれが別の国だった場合……我々はそっちの国にトリガー技術を提供していた」

 

「……」

 

 日本に留まらせることが出来てなによりだと日本が海に囲まれた国であった事に唐沢はホッとする。

 

「同盟を結んだ以上、ジョンを貸し出そう……無論、報奨は出してもらう。ジョンはそちらで言うところのA級レベルの実力を有しているのだから」

 

「ああ、分かった……しかし出資者の奪い合いをどう避けるか」

 

「そちらにはランク戦という軍事演習があるのだろう?ならばそれを有料で世間に公開すればいい……FPSというジャンルのゲームが世界を震撼させているのならば利益は出るはずだ」

 

「それだと色々と市民に反感が……いや、もう無理か」

 

 異世界から人間が資源を求めて戦争を仕掛けに来ている。

 その事が世間に露呈した以上は世間に害虫駆除や近界民=悪、ボーダー=正義、善と見せつけるのは不可能である。だって戦争に正義も悪もないもの。

 

「では、イアドリフとボーダーとの間にも同盟を結ぶということで……後日行われる記者会見に出ていただきたい」

 

「ああ、分かった」

 

「もしくだらない偽の情報を回すのであれば覚悟はしておけ」

 

 レグリットは万が一を想定して釘を刺しておく……そして唐沢は部屋を出た。

 

「ふぅ…………疲れた…………」

 

 唐沢が完全に出て行ったのでシャーリーはホッとする。

 ボーダーという組織がこちらに対して何かしらの交渉を用いてくるのは読めていたので、ボーダーが出してくる条件等を想定していた。出来る限り自分達に被害が及ばない様にしようと色々と考えていた。

 

「ジョン、コレで良かったのか?」

 

 例によってこの展開を読んでいたジョンにシャーリーは通信を取る。

 

『まぁ、いいんじゃねえの?どちらにせよ電気とトリオンの両方が使えるインフラ整備とかした街が必要になるのは確かだ……三門市管轄下なのはちょっと癪に障るが、イアドリフにとって不利益なのは無いに等しい……俺達が欲しいのは技術であって人材じゃねえ。トリオンと電気で動く家電の設計図とかがあればそれで問題ない』

 

「そうじゃない……君はもう戦わなくていいんだぞ?」

 

 イアドリフにとって有益かどうかは後になって分かることでシャーリーはそこを気にしていない

 ジョンは日本政府に交渉を結ぶ為の道先案内人の役割を十二分に果たした。迅悠一と言う交渉において最大の障害になりうる存在を足止めしてボーダーを出し抜く事に成功している……ジョンの役割はもう果たしている。

 

 ボーダーと言う組織があるのだから、こちらの世界の防衛はボーダーに任せればいいだけの話だ。それなのにジョンはまだ戦おうとしている。

 

「お前の仕事はもう終わりだ……これ以上なにを望む?」

 

 ジョンにもまだなにか思惑があるのでは?とレグリットは疑う。

 

『……お前等のせいで俺はもう後戻りする事が出来ないところまで行っちまった。だったらひたすら真っすぐ進むしかない、ただそれだけだ』

 

「っ……」

 

「……そうか。ならばある程度はボーダーの力になれ。そこは好きにしろ」

 

『シャーリー、謝るんじゃねえぞ。ここで俺に謝ったらルミエから始まった全てを否定する……ルミエ達の屍を踏み台にして高みを目指せ』

 

「…………分かった…………ところで」

 

『なんだ?』

 

「いったい何時になったら本当の名を教えてくれるんだ?」

 

『教えるわけねえだろう……とはいえ、あの実力派エリートが余計な事をする。仮に俺の本名を知っても使い分けろ、基本的にはジョンで通せ』

 

「…………分かった。ジョン、これからもよろしく頼む」

 

 イアドリフもジョンと密約を交わした。

 ともあれイアドリフは日本政府に続いてボーダーとの同盟関係に結ぶ事に成功したのであった。




いや〜早くジョンと迅のヤングマスターズとかを書きたい。
感想お待ちしております


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64話

 

「……作戦は成功か」

 

 有吾さんの名義で借りている東京のとある3LDKの一室。

 葵を悲劇のヒロインにし、更には扇風機や翻訳機等のバカでも分かりやすい利益を提示した事でイアドリフと日本の間に正式な同盟を結ぶ事に成功した。ボーダー側が一手として打ってくる手はイアドリフと同盟を結ぶ事。内容は出来ればボーダーにとって優位な方がいいのだろうが、一先ずはイアドリフとボーダーは手を繋ぐ事に成功したとなる。

 

「あ〜あ〜……消えてるわね」

 

 ボーダーの公式サイトをリーナは確認する。

 正隊員になったボーダーの隊員はネット上で名前を晒される。

 二十歳未満が多く在籍しており、如何に自衛隊や自警団の様に懇願した人達で出来た組織であれども異世界から人間という資源を求めてやってきてるとシャーリーがバラして更には三輪を利用したボーダーの株価を急降下させる作戦が予想以上に上手くいった。

 

 ボーダーは公式サイトに名前を載せる事を止めた。

 異世界相手に防衛戦をしていて今回C級という被害者を出してしまった以上はボーダーを辞めさせなければと思う親は続出だろう。そしてイアドリフは向こうの世界の技術を提示したのでイアドリフにスポンサーになりたいという出資者はごまんと出てくるだろう。ボーダーの弱体化待った無しだ……ボーダーは慎重に次の一手を打たないといけない。

 

 原作では一般市民の死者0で尚且つ最初の大規模侵攻と比較して街を防衛する事が出来たと言い、修を生贄に仕立て上げようとした。

 その修は記者会見で遠征をバラす。そして話題は遠征に移り、公開初遠征をすると言う嘘をついて世間に話題を掻っ攫う……が、レグリットが最後の最後で放った爆弾が原因でその1手は使えない。

 

 ボーダーに近界民が居るのではないのか?ボーダーは既に何度も向こうの世界に遠征しているのではないか?それを世間は議論している。

 世界中がトリガー技術を知らず近代兵器をものともしないトリオン兵を倒せるトリガーをどうやって潜んでいた頃のボーダーは入手する事が出来たのか?旧ボーダーがどの様な経緯で誕生したかは知らない。もしかしたら俺達みたいに成り上がって地球の技術を提供していたかもしれない……が、近界民と何かしらのコンタクトがあったのは事実だろう。

 

 葵が麟児達に出会ったとは言わず、向こうの世界からやって来た人達がいると噂を聞いたという話を流したのでボーダーの遠征は秘匿にしているだけで何回もやっている……それを証明する手立てはある。

 それはこの前の一件……アフトクラトルがこちらの世界の調査の為にトリオン兵を、ラッドを派遣した。その際にC級を含めた隊員騒動で駆除したと言っているがその頃には太刀川隊、冬島隊、風間隊は居ない。

 

 ボーダーが総動員でなければ対応することが出来ない案件なのに動いていない。

 何かしらの理由で休んでいる……大学生ならば必要な単位を取得するための授業に出ておけばいい話だが高校生組は違う。高校生は平日は毎日学校に通っているものであり……学校側もグルかそれともスカウト旅に行っていると偽装していたかのどちらかか。

 

「次の一手は…………」

 

 原作知識をとことん悪用しまくっているので原作から大分逸れたところに向かっている。

 次にボーダーがなにかしらの手を打ってくるならば記者会見だ……そしてその記者会見は明日に行われる。三雲修達は五体満足で生き残った……ボーダーは現在火消しに忙しく、この記者会見を利用して一気に火を消そうとしている。

 

 鎮火する為の方法はあるのか?

 C級が狙われた原因は修が学校でC級のトリガーを使用したからだ。その事を何処かのゴシップに伝えて意識を逸らすことは……無理だろうな。

 

 異世界が人間という資源を求めて戦争を仕掛けてきている。

 誰かを悪にしておいて世間の目を欺くという手段を用いるという手段は出来ない……イアドリフと同盟を結ぶ事に成功したと言ってボーダーにとって都合のいい展開、約束を交わす?……イアドリフと同盟を結ぶ事に成功したと言えば世間は盛り上がるだろう。

 

「ジョン……もう難しい顔はしなくていいのよ」

 

「……そんな顔をしていたか?」

 

「してるわ。とっても真剣な顔で本に一切視線が向いてないわ」

 

「……そうか」

 

「……ねぇ、ジョン」

 

「なんだ?」

 

「このままで大丈夫なのかしら……」

 

「葵は悲劇のヒロインとして家族との再会を果たした。イアドリフは売っても問題無さそうな技術を提供する代わりに日本を相手に同盟を結ぶ事に成功した。ボーダーは三門市という街を提供し電気とトリオンの2つを併せ持つハイブリットな次世代の街に改造すると約束を取りつけた…………成功率が良くて20%ぐらいの作戦を俺達は無事に完遂した」

 

 パソコンに視線を向けずに俺に顔を向けるリーナ。

 このままで大丈夫かどうか心配をするが既に問題が無い。ボーダーにとって都合のいい話や展開でなくイアドリフはボーダーを無視して日本政府に交渉する事に成功した。大規模な侵攻を利用して迅悠一を足止めしていたが、万が一が起きている可能性は多々あった。

 だが、もう無理だ。迅悠一が裏で暗躍してどうこう出来るのはボーダーという組織だからだ。そうでない悪い大人が多い政治の世界で迅は生き残る事が出来ない……あいつは常にトロッコ問題に挑んでいて基本的には1人だ。

 

「そうじゃないわ……葵が帰ってこないって言ったら」

 

「…………そっちの方がいいんじゃないのか?」

 

 俺とリーナは10年、葵はここに来るまでに5年が掛かった。

 葵はトリガー技術で色々とする会社を立ち上げると堂々と宣言していたが、あいつが帰りたいと言えば帰ればいい。葵の家族は葵を受け入れた。葵が帰りたいと言うならばそれはそれで別に構わない。俺達の本来の仕事は日本の道先案内人だから。

 

「…………私は会っても帰らないわよ……レグリットはこう言ってた。家族に会わせるって……家族の元に帰すって一言も言ってないわ」

 

「葵もそれぐらいは気付いているだろう」

 

 家族にただいまの一言を告げる事は出来ても、お帰りは出来ない。

 葵も葵でそれなりの覚悟をしている、だから悲劇のヒロインを演じている。レグリットの言葉遊びに気付かない程馬鹿じゃない。

 

「……私達の居場所は何処にあるのかしら?」

 

「……無いなら作るしかないだろう」

 

 ボーダーにとって俺達は近界民もどきだ。

 ボーダーが連れ帰ったのならばこちらの世界の住人として悲劇のヒロインとしただろうが俺達は自力でここまで来た。

 イアドリフ側からすれば俺達は奴隷から成り上がった異邦人だ……居場所なんてものは何処にもない。都合のいい悲劇のヒロイン扱いされるぐらいならば、どちらでもない人間で構わない。弥助やジョン・万次郎なんかはそんな思いをしていた筈だ。

 

「そう、ね……少なくとも私は一人じゃない。私にはジョンが居る」

 

「ああ、俺にはリーナが居る……だから後続の憂いの様な物は少ない」

 

 無いと言えないのがなんとも厳しいところだ。

 何処にも居場所が無いから弓場達の前であんな歌を歌った……俺もリーナも心の何処かでは誰かに助けてほしいと思っているが、助けなんて待ってても来ないと悟りを開いてしまっている。

 

 なんともまぁ、寂しい話題だと思っているとインターホンが鳴る。

 誰だろうと確認してみれば葵だったので出てみれば葵と両親がいた……

 

「執事の爺さんはどうしたんだ?」

 

「マスコミ・メディアの網から掻い潜る為の囮になってもらっています」

 

 家族との感動の再会を果たしたばかりの葵がやって来た。

 マスコミ・メディアはまだまだ葵に聞きたいことがあるのだろうが葵はもう語りたくは無い。感動の再会を果たして終わり……というわけにはいかないだろう。

 

「君がジョンか……」

 

「はじめまして……ここではなんですので上がってください。狭い場所ですけど」

 

「いや、逆だ……我が家に来てくれないか?」

 

「……俺達は隠れておかないといけない存在だ」

 

「……葵から真実は聞いている……本当は葵を拐ったのがイアドリフという国なのも、君が葵に言うことを聞かせる為に手を上げたのを……」

 

「否定はしない……貴方達は葵の親だ、俺を殴りたければ一発だけ思う存分に殴ってくれればいい」

 

 そう言うと葵のお父さんは俺の顔をグーで殴った。葵のお母さんは俺の頬を全力でビンタした。

 

「お父さん、お母さん、ジョンは」

 

「分かっている!分かっているんだ!……この人がお前を助けてくれた。この人が居なければお前は帰る事はおろか生きている可能性も無かった事を」

 

「頭では分かっていても心で納得する事は出来ねえだろ……でも、あんた等の拳は痛いから1発しかくらわない」

 

 俺に対して拳を振るっているのは半ば八つ当たり気味の葵のお父さん。

 近界民に対して一発ぐらいは報復してやりたいという気持ちはあって当然のものだ……だが、大人なのか一発で終わらせた。

 

「ありがとう……本当にありがとう……娘をここまで連れて来てくれて……」

 

「……俺は葵を助けたいから助けたわけじゃない……たまたまだ」

 

 恩義を求めて葵を助けたわけじゃない。その一線だけは変える事は出来ない事だ。

 

「貴方も日本人なのよね…………葵みたいに大々的に会いたくなくても1度ぐらいは顔を出さないと」

 

「……そうっすね……」

 

 葵の奴、余計なことまで語りやがったな。

 俺はどんな顔をして家族に帰ればいいのか分からない。ヤクザやマフィアに走って足を洗うというわけではないが、俺は10年前のあの日から普通の人の道を脱線してしまっている。その事を自覚しているからあの言葉が出ない。出せない。

 

「君達はこの家を拠点にしているが、今日でそれも終わりだ……東京にある別荘を使ってくれ」

 

「……流石にそこまで世話になるわけには」

 

「私はとある会社の重役を勤めている。ボーダーでなくイアドリフのスポンサーになると葵に宣言した……葵はスポンサー第一号だと受け入れてくれる。頼む、使ってくれ」

 

「ジョン、お父さんもこう言っている事ですし……遠征艇を何処かで表に出さないといけません。うちの別荘には広大な庭があります。そこならば遠征艇を出すことが出来ます……何処かで遠征艇のメンテナンスは必要です」

 

「なら何処か工場にしてくれ。流石に屋外だと目立つ」

 

「工場だな、分かった」

 

 そう言うと葵のお父さんは何処かに電話をかける。

 これでいいんだろうか……まぁ、葵の言う通り何処かで遠征艇を出して整備しておかないといけないのも事実だ。何処かの工場っぽい施設に遠征艇を置いて後はシャーリー達にメンテナンスを任せればいい。幸いにも何処かが壊れたなんかは一切無いし万が一を想定して遠征艇の設計図とかは用意してある。

 

「……ここを退居するのはここの家賃分使い果たしてからだから。行くには行くが……俺とリーナは表に出てはいけないんだ」

 

「……悲劇のヒロインは私一人で充分です。でも、今までのお礼をさせてください」

 

「……分かった。リーナ」

 

「……ここの家賃分使い果たしてからね」

 

 出来れば目立ちたくはないのだが致し方あるまい。

 葵の両親達の誘いを断るわけにはいかないとリーナと一緒に葵の東京にある別荘に向かえばかなりの豪邸に辿り着いた。

 

「正式な大使館を建てられるかどうか分からない。だからここを拠点にすればいい……それと廃工場の土地を買い取った。君達がこちらの世界に来る為に乗ってきた船をそこで整備してくれ」

 

「なにもかもありがとうございます」

 

「娘と会社の両方に利益を与える事が出来たんだ。安い買い物だ」

 

 おぉ、富豪な台詞だな

 ともあれコレで生活拠点に関してグレードアップする事に成功した。3LDKで15歳以上の人間6人暮らしはなにかと精神的にキツイ。特に俺は男なので肩身が狭い……いや、今更だな。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 

 葵が家族との感動の再会を果たして更にはジョン達に別荘等の提供から更に数日が経過した。

 

『以上が今回の大規模な侵攻における被害となっております』

 

 記者会見が行われボーダーは今回の一連の騒動を、第二の大規模侵攻について根付は説明をしていた。

 

「あのおっさん、マジでどうするつもりなのかしら?」

 

 それをテレビで見ていた小南はボソリと呟く。

 世間に秘匿にしていた事をイアドリフがバラしまくった。世間はもうボーダーに注目はしていない。無論、今回の一件で起きた被害等は注目はされるのだろうがレグリットが最後の最後で放った爆弾があまりにも大き過ぎる。

 政治関係に疎い騙されガールな小南でも越えてはならない一線を超えてしまっている事ぐらいは理解する事が出来ている。

 

「迅、あんたどうにか出来ないの?」

 

「無理だよ……幾らオレでも出来ない事はある……特に今回みたいに誰が悪くて誰が正しいのか分からない状況を作り出されて、その中で悪者を作り出さないといけない状況の中じゃな」

 

 こういう政は裏で暗躍している迅の十八番だが、今回ばかりはそうはいかない。

 なにせ秘密にしていることをバラしまくった上にボーダーに対して疑心暗鬼を抱かせたのである。

 

『今回、本部の基地が狙われた原因はなんでしょうか?狙いは訓練生だと聞いておりますが』

 

『おそらくですが緊急脱出機能で本部に帰還すると近界民は知ったのでしょう。如何な腕自慢とはいえトリガーで換装出来なければ捕らえる事は簡単ですから』

 

 そんなこんなで質問タイムに走る。

 どうしてC級が狙われたのか?どうして本部が狙われたのか?それらしい理由をでっち上げて周りを納得させている。

 

『今回の一件は訓練生のC級が狙われたと聞きます。何故訓練生のC級には緊急脱出機能が』

 

『緊急脱出機能もトリガーの一種だ!備え付けるのにも莫大な金や素材、時間が必要なんだ!湯水の如く湧いてくるとでも思っておるのか!』

 

「あのおっさん、記者会見なの分かってんの?」

 

 言っている事はまともであるが態度が思いっきり大きい鬼怒田に小南は少しだけ心配する。

 しかし言っている事はまともである。

 

『国会議事堂前に現れた近界民ですが、ボーダーと交渉をしようとしたが近界民を理由に隊員が発砲したと噂されていますが真偽のほどは』

 

『今はこの大規模な侵攻についての質問を受け付けている。それについては後で答えよう』

 

「……お、変わったな」

 

 本来の世界線であれば修を悪者に仕立て上げてエスケープする作戦だ。

 しかし今回は逃げ道を無くされており修を悪者に仕立て上げてもエスケープする事が出来ないのである。だからボーダーから意識をイアドリフに逸らすことにする。イアドリフを悪者に仕立て上げるのは不可能だがイアドリフとの間になにかがあったと囁やけば向こうは乗ってくれる。

 

 マスコミ・メディアにあること無いことを書かせるよりかは眼の前で起こり得る事実を書かれる方が幾ばくかはマシである。

 迅はコレは根付さんの仕込みである事を見抜いた。

 

「ねぇ、迅……あの葵って子以外にもこっちの人は居るのよね?」

 

「ああ……葵もそうだけど残り2人もイアドリフが拐った人だ……イアドリフも都合のいい話にしている。本人達もそれを承知の上だ」

 

「……」

 

「気に食わないか?」

 

「気に食わないわよ……でも、彼奴等は自力で帰ってきたのよね」

 

 ボーダーの手を一切借りることなく10年という歳月を掛けて日本に帰ってきた。

 小南はジョン達に対して色々と思うところがあり浮かない顔をしている。向こうの世界から自力で帰ってきたなんて聞いたことが無いのだから無理もない。

 

『ボーダーはどうやってトリガーを入手していたんですか、やはり近界民とのコンタクトが会ったのですか!』

 

『この前の訓練生であるC級隊員も騒動して動いたトリオン兵というロボットの駆除に一部のボーダー隊員が見掛けられなかったと聞いております。向こうの世界に何度も遠征しているという話は事実ですか!!』

 

「まずいわね……」

 

 小南は焦る。取材記者達が言っている事に間違いは何処にも無いのだから。

 現にボーダーは近界民とコンタクトを取っていた。現にボーダーは過去に何度も何度も遠征をしている。この前のラッドの駆除の際に太刀川達が居なかったのを調べようと思えば簡単に調べる事は出来る。

 

「大丈夫……オレのサイドエフェクトがそう言っている」

 

「ここからの逆転があるわけ?」

 

 このままだとボーダーに対してあること無いことを書かれてしまう。

 ただでさえイアドリフが爆弾を持ち込み爆発させてボーダーの株を急降下させたと言うのにここからの逆転がありえるのかと小南は疑問に思っていると……シャーリーとレグリットが現れた。

 

「彼奴等は…………なにをするつもりなの?」

 

「火消し作業だよ」

 

『はじめまして、私は皆で言うところの近界民(ネイバー)だ。向こうの世界、近界(ネイバーフッド)のイアドリフという片田舎な国からやって来たシャーリーだ……今回襲ってきた国とは無関係な国、と言っても君達からすれば人種差別レベルで近界民を敵だと思うだろう。今回の一件でそうなって当然な事をしていると理解している』

 

『今回こちらに足を運んだのはボーダーという組織に対して正式な同盟を結びにやって来た……答えられる範囲でならば幾つか質問に答えよう』

 

『水無月葵が向こうの世界でこちらの世界に関して色々と噂を聞いたと言っておりますが噂の出どころは?』

 

『真偽は不明だが、向こうの世界に関してえらく詳しい人が居た……私の予見ではおそらくは表に出てくる前のボーダーに所属していた人が向こうの世界で放浪しているのだろう』

 

 何処までが真実で何処までが仕込みなのかは分からないが、一先ずは世間の目をボーダーからイアドリフに移す事に成功した。

 レグリットが軽く爆弾を放ってくる。しかし言っている事はあながち間違いではない。現に有吾は近界を放浪していたのだから。嘘をつく時のコツは嘘の中に一部の真実を混じえる事である。

 

『つまり向こうの世界に何度か遠征しているという話は本当だと?』

 

『でなければ一部の謎が明かされないだろう……近代兵器をものともしないロボットをどうやって解析する?サンプルをどうやって入手する?』

 

「ちょ、ちょっと迅ホントに大丈夫なの?」

 

 色々と不穏な空気が流れ込んでおり小南は焦る。

 迅も真剣な目でテレビを見つめており、レグリット達から見える水無月葵が関連していない様々な未来から色々と予測する。

 

『その辺りの詳しい話に関してはボーダーに任せる……私達がここにやってきたのは同盟を結びに来た』

 

 シャーリーは自分達がやって来た理由を述べる。

 

『ボーダーに話し合いをしようとして発砲されたから日本政府に交渉しに行ったらしいですが?』

 

『その件に関しては我々の認識が甘かった……この国では50年以上の泰平の世が続いている、戦争を語り継ぐ世代は居ても戦争を実際に経験した世代は居なくなっている。そんな中で戦争が起きているのならば、被害にあったのならば誰だって激しい憎悪に身を焦がす……私達を撃った彼は市民を守る為に私達を倒した。彼は悪くはない、彼の怒りや行動は正当なものだ』

 

 だから彼は悪くはないとレグリットは主張する。

 

『では、何故今になってボーダーと同盟を?』

 

『ならば問います。数百年前ならばこの国から他所の国に行くのは命懸けの冒険で政府の一大プロジェクトでしたが、今ではどうでしょうか?犯罪履歴が無く高額ではあるもののお金さえあれば誰だって何処にでも行ける時代で、大抵の場所は踏破されています。そんな中で未知の大陸が発見されたのならばどうなりますか?未知の大陸には今まで我々にとって常識だった物とは根底が違う物で文明が築き上げられているならばどうですか?仮にこの日本という国と中国という国の間に新しい島が浮上すれば領土問題に発展します……我々の技術もそうです、下手に与え過ぎれば争いの火種になる……だからボーダーを間に置く。ボーダーはこちらの世界で唯一トリガー技術とこちらの世界の技術の両方を持ち合わせた組織でなにをしていいのか分かっている』

 

『つまりボーダーが中間監理すると?』

 

『いや、違う。ボーダーにも情報を開示する。ボーダーにも意見を求めるだけ……ボーダーもボーダーで色々とそれで利益を上げれる』

 

『利益ですか?』

 

『詳しい話はボーダーに聞いてください……この街に関わる重大な出来事です』

 

「この街って…………なにをするつもりなの?」

 

 ただでさえ街を戦場に変えてしまっているというのにコレ以上余計な事が巻き起これば流石にまずい。

 ここからボーダーにとって有益な未来はあるのかと小南は考えているとカメラはシャーリー達でなく城戸に向かった。

 

『……イアドリフと提携し、数年以上掛けて電気とトリオンと言うエネルギーを用いたハイブリットな次世代の街に三門市を作り替える』

 

 城戸の一言に記者会見の場はざわめく。

 

『それは今まで秘匿にしていた技術を公開するというわけですか!』

 

『トリガー技術を完全に公開するというわけではないが、電気や石炭などの化石燃料以外で動く扇風機や洗濯機等を作り市民に実際に使ってもらう予定だ……無論、そのトリオンというエネルギーの代金は取らない』

 

「……コレって要するに家を玉狛(うち)みたいに色々と改造するって事なの?」

 

「ああ……三門市全体を改造する。街の人達からトリオンを回収出来る様にインフラ整備をする……多分だけど、学校の身長と体重の検査でトリオン能力も計るようになると思う。千佳ちゃんの一例があるから、もしかしたら気付いてないだけでとんでもないトリオン能力を有している子が居るかもしれない」

 

 ぼんやりとだが迅には見えている。

 来年からボーダーと提携している三門第一高校の身体検査の際にトリオン能力を測定する装置を持ってきて生徒達のトリオン能力を測っているのを。

 

「……ここまでやらないとボーダーを守り切る事が出来ないのね」

 

「向こうは今まで積み上げてきた物を全てぶっ壊してきたからな……」

 

 一手でも間違えればボーダーが政府公認の民間組織の自警団から本格的な自衛隊に切り替わる。

 麟児が企てジョンが調整したボーダーを無視して日本政府に交渉を持ちかけるという作戦はボーダーが今まで積み上げてきた物を全て崩壊させる作戦だ。亀裂が走ったものはその隙間から徐々に徐々に割れていく。だったら新しい器を用意するしか無い。

 

 ボーダーと言う組織に対して世間は一気に疑いを持つだろう。今まで築き上げた信頼は一気に壊れただろう。

 1度でも道を踏み外した者が元に戻るのは容易ではない。ボーダーは今まで築き上げた信頼と信用を失いかけている。だから新しく信頼できる物を用意した。

 

『それだけではないだろう?向こうの世界に遠征する計画も企てているだろう?』

 

 ボーダーが4年間掛けて積み上げてきた物が無駄だったと言わせない為にあの手この手を費やしているがレグリットは平気な顔をして爆弾を投げる。

 

『……現在、ボーダーはイアドリフと提携して向こうの世界に関して調査しに行くことを計画中だ……過去最大のプロジェクトと言っても過言ではない』

 

『過去最大か……』

 

 それは過去にあった事を認めているんじゃないのか?とシャーリーは疑問に思い呟く。

 コレでもう誰が悪いのか誰が正しいのかわけがわからない状況を作り出す事には成功した。そして世間は真実の情報を求める。悪と正義を選り分ける事なんて最早どうでもいいと世界中が注目している。未知との遭遇はそういうものである。

 

 シャーリーは城戸の前に立った。

 カメラマン達は城戸とシャーリーにカメラを向けてシャーリーは手を差し伸べた。

 

『イアドリフという国と日本という国の同盟を結ぶ事はもう終えた事だが、ボーダーと言う組織とイアドリフという国は正式な同盟を結ぶ事は出来ていない……近界民(ネイバー)全てを敵だと認定するならば構わない。そうなって当然な事を過去にしてきた……だからこの手は弾いても構わない』

 

「…………ってぇ!出来るわけがないでしょう!!確信犯よ、あいつ!」

 

 この公の場で握手を拒めばボーダーは友好的な近界民も敵だと話し合いすらしないと言ってるも同然だ。

 友好的な近界民の存在も秘匿にしていてその近界民の存在が露呈した以上、城戸は1つの組織の長として拒む事は出来ない。仮にここで拒めばボーダーの株価は更に下がり政府がボーダーを乗っ取って城戸をクビにする。例によって詰み()の一手まで持ち込んでいる。

 

『長い付き合いになるがよろしく頼む』

 

『……ああ……』

 

 組織と個人の一感情を秤に乗せれば組織を選ぶしかない。

 この場で拒めばボーダーは完全に終わってしまうので城戸はシャーリーが差し伸べた手を握って……握手を交わした。

 

「迅……大丈夫なの?」

 

「この握手でボーダーが乗っ取られる未来は回避された。これをきっかけにボーダーに入りたいって人も増えるし、スポンサーになりたいって企業も増える……けど、城戸派にとっては完全敗北だ」

 

 近界民を徹底的に排除する派閥の城戸派の長ともいうべき城戸が向こうの世界の人間と握手を交わした。

 コレによって色々とボーダー内で反感を買うのは確実だろう……だが、そうでもしないと組織というものが動かなくなる。ボーダーを解散させろという未来は完全に回避する事が出来た……城戸派の完全敗北と引き換えにだ。

 

「視えなかったの、この未来を?」

 

「記者会見をするのは確定だった。だから、そこは根付さん達に任せる方針だ……オレは神様でもなんでもない。進める線路を切り替える事は出来るけども限界があるよ」

 

 もっといい未来がなかったのか小南は尋ねるが、今回の一件は完全に迅は出し抜かれた。

 記者会見はするのは確定、出し抜かれたのは予想外だが今向かっている未来の中で最善の未来に向かっている。

 

「……他にも居るのよね?」

 

「ああ……ジョンは紛れもなくこっちの世界の人間だ……けどっ……」

 

「けど?」

 

「……もう一人居るけど未だに姿を現さないけども、近い内に会うことになる未来は視えてるよ……多分、向こうはオレの力を欲している。遊真の情報が正しかったらその子は日本人じゃない、唐沢さんとオレの予知をフルに使って家族との再会を果たして日本で暮らせる様にするつもりだ……」

 

 迅は言えなかった。

 知らなかった気付かなかったとはいえ10年掛けて帰ってきたジョンを近界民扱いした事を。

 既に諦めてしまっているが本当は心の何処かで助けてほしいと思っている……でも、助けることは出来なかった。こっちの世界に自力で帰ってきた。自身を人殺しの近界民もどきと言った、言わせてしまった。

 

 自分に視えるのは未来だけだ。並行世界は見えない。

 でも、でももし拐われなかったらきっと自分達と一緒に笑い合いながら過ごしている。

 嵐山の様に顔になれるわけじゃない、柿崎の様に上に登りたいけど停滞しているわけでもない、弓場の様に先陣を切るわけでもない、生駒の様に面白いわけでもない、縁の下の力持ちになるだろう。

 

 今までだって迅は多くの人を見捨てた、トロッコ問題に挑んで救えなかった命は大勢居る。

 今更1人ぐらいはどうだっていい……なんて思うほど迅は壊れてはいない。1人で背負い込んでしまうものの、迅はまだ壊れてはいない。

 だからジョンを酷く気にしている。自分達が成果を上げる事が出来なかった末路の1人だと思っている。

 

「……まだ消えないか」

 

 迅にはまだ視えている。ジョンが見知らぬ誰かにぶん殴られてしまう未来が。




頑張ったらなんか1万越えたよ。
記者会見、修の乱入は無いです。城戸派の完全敗北です。
感想お待ちしております


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65話

 第二次大規模侵攻の後処理である記者会見を終えた。

 シャーリーとレグリットは三門市の市役所の一室で一息ついている。

 

「ジョンの先見は凄まじいな」

 

「俺は俺の仕事を、道先案内人の仕事をしたまでだ」

 

 レグリットの爆弾発言はともかく、ボーダーとの間の同盟に関する事は俺が色々と台本を用意した。

 今回は原作知識があまり頼りにならない状況だったがなんとか上手い具合に比較的に有利な条件下でボーダーとの間に政府公認で公に出来る同盟も結ぶことに成功した……コレが正しいことなのか悪いことなのかは誰にも分からない事だ。

 

「あんた爆弾発言多すぎだろう」

 

 台本に無い事をレグリットは言いまくっている。

 三輪の事とか三輪を弁護している様に見えてヘイトを自分に集めている。三輪に関しては触れなくても別に良かったんだ。

 

「誰が悪いのかなにが正しいことなのか分からない状況だ。誰かが悪役を演じていた方がスムーズに進む……向こうにとって私達は敵か?味方か?あまりにも味方だとすれば裏があるんじゃないのかと疑われる。強硬策を取ってくる可能性もある……だから信頼と実績だけでなく疑いも必要だ」

 

「交渉で疑いは必要なのか?」

 

「ああ、必要だ……現にコレでボーダーに対しても世間は疑いを持つことに成功した」

 

 そんな事をしなくても近界民=人間だと証明してトリオン兵=ロボットだと言った時点で殆ど詰みに近いだろう。

 俺もまだまだ子供(ガキ)な事が嫌でも分かる……本当の大人というものが俺には分からないから永遠に子供なんだろうな。

 

教官(先生)、敵を増やしまくってよかったのですか……数年はこちらの世界に滞在しないといけないのに」

 

「別に構わない……お前達以外には殆ど心を開かない方針だ。最も何名かは私に対して心を開いていないが」

 

 シャーリーはレグリットが敵を増やしていることを心配する。

 綺麗事をほざくバカの為にわざと悪役を演じている……そんなところだろう。最早誰が悪いのか分からない状況なので察することは出来ても深くは気にしない。

 

「ジョン……コレで後はイアドリフが再び近付くまでの間に生活基盤を作り上げる、それでいいんだな?」

 

「海外がどう出てくるかは知らねえけど、後はデータとかが必要なぐらいだ……問題は次に何時イアドリフが近付くか、その間にイアドリフが乗っ取られないか」

 

「特定の周回軌道を持たないイアドリフだ。従属国家にする事は難しい……羅生門が此処にあるのが唯一の心配だが」

 

「イアドリフが無くなったら無くなったでこっちの世界で色々と立場を得ればいい。目指せ年収600万だ」

 

 きっと今の俺達ならば年収600万の駐車場付きの二階建ての家を買うことが出来るぐらいの収入を得ることが出来る筈だ。

 野原ひろしや荒岩一味の様な偉大な男にはなれない……あの2人と違って俺はあまりにも道が逸れてしまったから。

 

 年収600万ぐらいならば今から得る地位で手に入れる事ぐらいは出来る筈だ。

 最終学歴が小卒ですらない人が一気に年収600万の人生勝ち組に……あ〜でも嫁とかが居ないか。

 

「む、誰だ?」

 

 色々とああだこうだ考えていると部屋のドアがノックされる。

 記者会見の途中で出ていってその後にトリオン体に換装して見た目を偽装してからこの部屋に入った……取材陣がこちらに来るという事は無いだろう。

 

「ボーダーの忍田と唐沢だ」

 

幻夢(ガメオベラ)……入ってくれて構わない」

 

 ボーダー側からコンタクトがあったか。

 万が一を想定してトリガーを起動してトリオン体に換装してから中に入れると言った通り忍田本部長と唐沢さんが居た……。

 

「ボーダーとの間に政府公認で公の同盟を結んだ……今から俺達を殺しに来たか?」

 

「いや、それをすれば我々が終わる…………今回の作戦、誰が発案したんだ?」

 

「発案者は情報提供者だが、細かな調整はジョンが行った」

 

「おい、バカ。言うな」

 

「そうか、やはり君か…………君はこっちの世界の住人だな」

 

「……あんた達にとっては近界民もどきだろ?」

 

「っ……」

 

「ああ、そうだね」

 

「唐沢さん!?」

 

 俺の言葉を聞いて悲しそうな顔をする忍田さん。

 唐沢さんは俺の言った事を否定するどころか認めてしまった。なにを言っているんだと言いたげな顔を忍田さんはしている……意見の対立だろうな……。

 

「ボーダーが連れ帰る事に成功した悲劇のヒロインならばまだしも君達はボーダーを経由せずに自力で帰還した厄介な爆弾だ……ボーダーにとっては不都合な存在で生まれはこちら育ちは向こうの世界の半近界民、城戸司令はともかく鬼怒田さんや根付さんはそう見ている……私もそれに近しい者と認識している」

 

「彼は、彼は10年という歳月を掛けてここまで辿り着いた……あの時、私が救うことが出来なかった」

 

「あんたのエゴはどうでもいい……俺は10年掛けてこっちの世界に帰ってきた。ただそれだけだ」

 

「っ…………」

 

「忍田さん、悔やんでも仕方がない事だ……彼は救えなかった。だから自力で帰ってきた……敵か味方か分からない立ち位置で」

 

「そうだな……俺は何者にも囚われる事無く独自の立場でこちらの世界を守る浮雲の様な存在だと敵でもあり味方でもある第三者の立ち位置だと思ってくれればいい」

 

 幸いにも俺の見た目は雲雀恭弥似だ。

 孤高とは言わないが囚える事が難しい浮雲ぐらいがちょうどいい。

 

「君とは別の形で出会いたかったよ……君は賢くて強い」

 

「その認識は少しだけ違う……俺はほんの少ししか才能がない。多分、才能だけ見れば三雲修や小南桐絵達の方が遥かに上だ……ただ他の人より知識が豊富だった。頭が少しだけ回った。努力を怠れば死んでしまう地獄の様な環境に居た。努力することをめんどくさがらなかった。他の人よりも効率の良い努力のやり方を知っていた。たまたまそれが自分と噛み合っていた……此処に来るまでに幾つかは無駄な努力も重ねたりした。多分だけど、別の世界線では俺は誰かの下位互換で終わってただろう」

 

 俺がここまで至れたのは偶然と奇跡が幾つか噛み合ったからだろう。でなければ今でも奴隷として虚しく生きていただろう。

 だから唐沢さんが好評価をくだす様な人材じゃない。特に今回の一件なんて原作知識を徹底的に悪用しまくった結果でおそらくは次は無い。

 

「……それほどまで過酷だったのか……」

 

「上には上がいる。黒トリガー使いの歴戦の猛者という化け物を見てしまった以上は強くなるしかない……でも、皆がついてくる事は出来なかった。生き残ったのは俺と葵とリーナだけ……だから下手な同情はしたければすればいい。でも、それを理由に行動はするな。裏切り者と罵られる覚悟はとっくの昔に、最初にリーナを騙した時に出来たから」

 

「そうか……此処に来たのはそのリーナと言う子についてだ。この後に玉狛支部に向かうが時間の方は問題無いかい?」

 

「俺に決定権は無い」

 

「日本政府との同盟を結んだ。ボーダーとも同盟を結んだ。少しの時間と心にゆとりが出来た……構わない」

 

「私達も連れて行くのが条件だがな」

 

「ああ、別に構わない」

 

 俺一人にしてなにかあったら危険だとレグリットは警戒している。

 シャーリー的にはもう大丈夫なラインを越えたから安心出来るだろうが、レグリットからすればまだ安心する事は出来ないだろう。

 レグリット達がついてくる事に関してなにも問題無いと言うのでシャーリー達は見た目を偽装したトリガーを起動し、唐沢さんが手配した車に乗り込んだ。

 

「待ってたぞ……久しぶりだな」

 

「……覚えてくれてたんですね」

 

「忘れたくても忘れられねえよ……お前はある意味、俺達の罪だ」

 

「エゴやノブレス・オブリージュの精神は好きじゃねえ……悪いが仮面を付けさせてもらう」

 

 あっという間に玉狛支部に辿り着くと林藤支部長が出迎えてくれた。

 向こうはほんの僅かしか俺と顔を合わせていないのに覚えてくれた。自分達が取りこぼした存在と認識しているが、今の俺にとってはどうでもいいことでケビンマスクの仮面を付ける。

 

「迅を出せ……此処に来たのはその為だ」

 

「ああ、迅を出す……けど……」

 

「なんだ?」

 

「修達も同伴させてくれないか……彼奴等は居なくなった人を探してる。お前みたいに自力で帰ってくる可能性は低い……夢を見るのは構わない。いいことだ……けど、何処かで現実と照らし合わせないといけない」

 

「…………三雲修とは関わり合いを持ちたくない」

 

「ん、遊真じゃないのか?」

 

「遊真は問題無い……三雲修はヤバい。化け物じみた才能を持ってやがる」

 

「……修が?」

 

「彼が……とてもそうは見えないが……」

 

 俺が修に対して強い警戒心を抱いている事を周りは疑問に思う。

 トリオンという才能では千佳がぶっちぎりのトップだ。戦闘経験等の積み上げてきた物や嘘を見抜くサイドエフェクトでは遊真が厄介だが真にヤバいのは三雲修だ。修の力量を知っている林藤支部長や忍田本部長はなんの事だと頭に?を浮かべている。

 

「何故彼に才能があると言えるんだ?」

 

 戦闘に関してはプロでもなんでもない唐沢さんでも修の才能が分からないので聞いてくる。

 

「俺のサイドエフェクトで三雲修からヤバいものが見えてるからだ……才能が完全に開花しているかはまだ分からないがボーダー側もその内放置する事が出来なくなる」

 

「サイドエフェクト……君のサイドエフェクトは確か……人の強さが動物に例えて見えるだったか?」

 

「正確には動物だけでなく歴史上の偉人やドラゴンやケンタウロス等の神話上の生物等にも見える……俺はコレを闘志と呼んでいる。三輪は角を隠した鬼が見えた。迅からはラプラスの悪魔が見えた。遊真は小さなライガーに乗ったヘルメスが見えた。千佳からはドラゴンの雛が見えた。忍田本部長は白く染まり始めている虎が見える……三雲修から見えたのは色々と厄介な存在だ」

 

「……修からはなにが見えたんだ?」

 

「劉備が見えた」

 

 劉備を修から見ることが出来ている。ハッキリとは見えないけども劉備っぽいのが見える。

 

「劉備って言うと三国志の劉備か……修はあんま強くないし、とてもそうは思えないが」

 

「闘志は強さだけを測るものじゃない、その人の性質も見れる……本人が何処まで自覚があるかどうかは知らないがあいつは人誑しの才能を持っている。現に遊真や迅も晒された口だろう。純粋な戦闘力ならば関羽や張飛が上だろう。三国志においては最強と言える呂布の方がもっと上だろう。知識においては孔明や陳宮が遥かに上だ……だが人の懐に入り込む才能は、それこそ農民から天下人に成り上がった豊臣秀吉クラスの化け物だ」

 

 原作知識があるからハッキリと言える。三雲修には天性の人誑しの才能があるのを。

 現にボーダーに多くのコネを作ることが出来ている。遊真を留まらせることが出来たのも三雲修の人柄があったからこそ出来た事だ。

 原作を見ているからよく分かる。修には後方彼氏面する人達が沢山いる……多分、修が男じゃなくて女の子だったら乙女ゲームの主人公かと思うぐらいにはフラグを建てているだろう。男の時点で後方彼氏面する人達沢山居るからな。

 

「あの手の存在に下手に同情されるのは堪えるしなにしてくるかどうか分からないから怖い……」

 

「成る程……君のサイドエフェクトは間違いじゃないだろうね。三雲くんは劉備や豊臣秀吉の様に懐に入り込む才能はある……当の本人は自覚していないだろうが」

 

 唐沢さんは俺の言っている事に関して納得する。

 記者会見の一件が無かったのに、修の事を買っているとはやっぱり三雲修は天性の人誑しの才能を持っているな。大成するかどうかは別だが。

 

「そんなに危険なのか?」

 

「敵意や害意は今のところは無いが何れはとんでもない化け方をする」

 

 劉備や豊臣秀吉について知らないシャーリーは修の危険性をイマイチ理解出来ていない。

 俺も修は危険だと判断しているが……敵とは言い切れない。既に修にほだされてしまっている……主人公補正、半端じゃねえ。

 

「まぁ、現実を見せたいのならば同伴させればいい……ただ聞くだけだ。会話はしない」

 

 修に関わり合いを持てば厄介な事になるのは目に見えている。

 林藤支部長に修達が同伴してもいいと許可を降ろすと玉狛支部のリビングに向かえば玉狛第一、第二の面々が勢揃いしていた。

 

「よ、待ってたよ……改めてありがとな。メガネ君達を守ってくれて」

 

「雨取麟児に情報を提供して貰う代わりに1回だけでいいから守ってくれと頼まれたからやっただけだ……貸し借りの勘定はコレで0だ」

 

「そっか……ジョンでいいんだな?」

 

「ああ、ジョン・万次郎だ」

 

 迅はサイドエフェクトを経由して俺の本名を知っている。

 俺は本名で呼ばれたくない。だから空気を読んでくれてジョンと呼んでくれる……まぁ、呼ばなかったら呼ばなかったでガン無視決め込んでたから。

 

「ボーダーとの同盟を結ぶ上での約束の1つとしてリーナを家族に会わせて日本で暮らしていける様にする事だ……リーナは7歳の頃に拐われた。俺もそうだが人を殺したりして一部の感情や記憶が薄れていっている」

 

「ああ、絶対に会わせてみせる……オレの持てる力全部掛けても……だから、その子に会わせてくれ」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 俺はスマホを取り出してリーナにテレビ電話を入れた。

 リーナは現在東京にある3LDKの部屋に居るから此処に来るまでに数時間は掛かる。無駄な時間は省略したい。

 

「目の前に居る胡散臭いグラサンが迅だ」

 

「君がリーナか……っ……」

 

『nice to meet you. I'm Lina... you're Yuichi Jin.』

 

「……え〜っと、出来れば日本語で話してほしいんだけど」

 

『Instead of being selfish, John learned English on his own and taught me Japanese……まぁ、あんたにそんな期待をしたこっちが悪いわよね』

 

 リーナは迅を相手に英語で喋る。

 トリオン体になれば英語は翻訳する事が出来るんじゃないのかと思ったが携帯電話越しで会話をしているからトリオン体が翻訳してくれないんだろうな。

 

「……先ず、君の本名を教えてほしい」

 

 日本語での対話をする事が出来るようになったので、唐沢さんは交渉する。

 リーナの本名を尋ねる。リーナの戸籍なんかを調べるには本名を知らないといけない

 

『ちょっとそこのメガネとかを退けなさい……貴方と迅にだけ教えるから』

 

「メガネ君、皆、画面の外に出てくれ」

 

『本当はあんた達にも教えたくはないわ……でも、そうするしか道は無い……死んだ扱いされてるかもしれないから』

 

「む?行方不明扱いじゃないのか?」

 

『アメリカって国は治安が悪い国なのよ……そうね、子供が1人自転車でスーパーに行くのが危険なぐらいには治安が悪いわ』

 

「そんなにか?」

 

「まぁ……日本と比べればかなり治安は悪いね」

 

 遊真はアメリカに関して色々と疎いのでリーナがざっくりと説明すれば唐沢さんは頷く。

 きっとリーナは行方不明から死亡届的なのが出されている……俺もその可能性が高かったりする。修達が画面の外に出て唐沢さんと迅が画面に映るようにするとリーナは恐らくだが本名を教えている。

 

「それが君の本名か……分かった。アメリカで10年前に行方不明になった少女でその名前で調べてみる……迅くん、なにが見える?」

 

「うっすらだけど、家族と再会を果たして泣いているリーナを見れますよ……見つける事は成功する」

 

「そうか……うっすらとか」

 

「多分1,2ヶ月は掛かる……けど、視えてるって事は可能性が0ってわけじゃない」

 

 リーナの本名を知れば行動に移る唐沢さん。

 迅から太鼓判を押されたのでこれでいいと色々と思案している。

 

『私は親に会うけど帰るつもりは無いわ。学校に通うつもりもない……けど親の分を含めてこの国の永住権とか市民権とか就職先を用意して』

 

「勿論、そうするつもりだ……ただし普通に本名ならば怪しまれる。特に君達が近界民がボーダーに居るとバラしたせいでそっち系の目が厳しくなっている。だからFBIの証人保護プログラムの様に名前を切り替えないといけない」

 

『別に今更本名が変わっても構わないわ…………名字も多いし佐藤リーナで……』

 

「佐藤◯奈になるからアウトだろう……工藤リーナでいいんじゃないのか?」

 

 奇をてらう名前だと色々と問題があるので工藤にする。

 工藤ならば別に違和感もなにもない名字だ……祖父辺りが日本人だけどそれ以外は全員アメリカ系のアメリカ系日本人と言う設定を盛ればいいか。

 

『じゃあ、それでいいわ。適当に工藤新一だろうが工藤優作だろうが偽りの戸籍を偽造してその孫って言う設定を盛ってて』

 

「せやかて工藤、工藤優作と工藤新一はマズイって」

 

『誰が工藤よ……ジョン、まさかだと思うけどせやかて工藤と言いたいから工藤にしたの?時間潰しにコナンの映画見てたから影響受けたの?』

 

「なわけねえだろう……とりあえずその辺りの設定は後で決める……お前等分かってると思うけど黙っとけよ。戸籍偽造なんてものは何罪かは知らねえけど、確実に何らかの罪に問われる……何処かの誰かさんがボーダーに近界民が居るって爆弾投下して色々とややこしくなってるんだから」

 

「私はあくまでも独り言を呟いただけに過ぎない」

 

 この野郎、開き直りやがったな。

 目の前で堂々と犯罪行為の交渉を、例えそれが司法取引と言えども割と普通に悪いことである。ルルベットとシャーリーとレグリットはイアドリフ人として日本で市民権とかを得るのに……。

 

『ジョン……私は司法取引みたいなもので親に会うわ。葵は悲劇のヒロインとして親に会ったわ…………後は貴方だけよ』

 

「……俺の知る限りではボーダーは過去に拐われた人を救ったという言う情報は無い……そして今回の一件を除けば四年半前の大規模な侵攻以降に誰かが拉致されたという話も聞いていない……ボーダーにとって都合のいい悲劇のヒロインになるかそれとも司法取引をして秘密裏に日本の市民権を与えるのか……今のところは2つに見えるが実際のところは4つか3つの道がある」

 

 俺は千佳や修達に視線を向ける。

 原作通りならば麟児や友達を探したいと千佳は思っている……誰かが汚れるぐらいならば、俺が先に汚れておいた方が少しはマシだろう。

 

「覆水盆に返らずという諺があるように一度起きた事は戻せない、例え軽い気持ちでも1度でも経歴に泥や傷が付けばその時点で詰みだ。ヤクザをやってたけどヤクザから足を洗って5年経っても預金通帳がまともに作れないと言う一例もある……人を助けるって事は凄く難しい事だ。些細な事で救われる奴も居ればそうでない奴も居る。手を伸ばしても届かないんじゃない、握ってくれない可能性だってあるんだ」

 

『……』

 

「葵は都合のいい悲劇のヒロイン、リーナは司法取引、俺は多分だが最悪の結果になる。それを踏まえた上でしっかりと考えてくれ……1度レールから脱線してしまった列車を元の路線に戻す事は容易じゃない。ボーダーという組織にとって都合のいい悲劇のヒロインになる可能性が大きい」

 

「……最悪の結果……ジョンさんは」

 

「リーナと葵が覚悟を決めたのに俺だけが逃げるわけにはいかない……ただ、皆に平等にハッピーエンドが訪れるとは限らないんだ」

 

 御伽話ならば友達を救ってのハッピーエンドで終わるが、コレはノンフィクション、現実だ。

 千佳はなにかを言いたそうだったが言う前に覚悟が出来ている事だけは伝えておき、考えておく事を言っておく。

 

「…………分かりました。ありがとうございます」

 

 色々と思うことが出来たのか千佳はお礼を言ってくる。

 

「……流石にコレばかりは付いてこいとは言えない。お前達はコレから上を目指してランク戦をするんだろ?……辛すぎる現実を見せつける訳にはいかない。少しぐらい未来は明るくないと」

 

「……ジョンさんは後悔していないんですか?」

 

 余計な事を口走り過ぎてしまったな。

 修があまり踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れようとしている。

 

「知りたいと言う気持ちは分からなくもない。だがな……触れない優しさってのもあるんだ。その質問の答えは自分で考えろ……」

 

「触れない優しさ……ジョンさんは…………」

 

「下手な同情は止めろよ。逆に俺達を傷つけるだけだ……コレからの事を考慮すれば最低でも5年こっちの世界に居なかった人に手を差し伸べるんだ……少しは疑いを持ってろ。楽観視ばかりしていると痛い目に遭う……俺から出来る数少ないアドバイスだ」

 

「……分かりました」

 

 やっぱりこいつ天性の人誑しの才能を持っているな。

 下手に踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れようとしていたら気付いたら色々とアドバイスの言葉を送ってしまった。




ダメだ、多すぎる。修の後方彼氏面する人達が……修が女体化したら確実に修は乙女ゲームの主人公並みにフラグを建てまくるだろうな。
そして大人になるにつれよく分かる。野原ひろしや荒岩一味の偉大さを。
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66話

サブタイトルをつけるならば【その一言はまだ言えない】


 

「イアドリフが悪か善か分からない、敵か味方か分からない状況を作り上げた……だが、私の個人的な主観では玄界(ミデン)にとって我々は悪だろう。この日本と言う国は50年以上も戦争とは無縁な泰平の世を築き上げてきた。幕末と呼ばれる時代や大正や昭和初期に日本と言う国が他国に乗っ取られる危険性もあった……先人達が多くの犠牲を払ってまで築き上げてきた物を全て壊した」

 

「なんだ?自分達が悪かったと今更罪悪感でも抱いているのか?」

 

 リーナを家族に会わせる算段がついた帰路、トリオン体で見た目を偽装しているシャーリーは重たく口を開いた。

 今になって自分が悪だと認識しているならば今更で、もう遅いとしか言いようがない。

 

「いや、過去を振り返っていただけに過ぎない……私は王族で外交を担当している。普通の人が背負わないであろう業も背負う覚悟は出来ている」

 

「その割には重苦しい口取りね」

 

「……もっと早くに生まれていたら、ルミエよりも賢かったら……君達を」

 

「それは言うな……あんた達に対して憎しみや憎悪は抱いているわ。戻したいって思う時間もあるわ……けど、無理なものは無理なのよ。あのクズならばこう言うわ。『必要な犠牲だ』って」

 

 ルミエの屑ならば確実に言いそうな事をリーナはハッキリと言った。

 必要な犠牲……犠牲という物自体を代価に求める世界を間違っているとシャーリーは思っているのか険しい顔をしている。

 

「私達はイアドリフを豊かにさせる為の必要な犠牲よ……あんたが今まで食べた動物の肉や魚だって1つの命だけどあんたが生きる為に奪った……コレと私達がなにが違うの?会話が出来るから?心を持っているから?人間だから?……あんたのそれは同情じゃない、ただのエゴよ」

 

「……私は本当にダメな女だな……此処に来るのも此処に来てからもお前達の世話になりっぱなしだ」

 

「それは違います……ルミエがあのまま生きていたのならばもっと酷い事になっていた。ボーダーという組織を解体させるぐらいには追い込む。一般民衆を味方に取り付ける。外国にトリガー技術を売り渡す……貴女が見せた優しさで今がある……甘さと優しさは違う。それを貴女は理解する事が出来ている」

 

 リーナの言葉で更に落ち込むシャーリーをレグリットはフォローする。

 ルミエならば日本以外を口説き落とそうとする。ボーダーと提携する道を選ばずに独自の路線に突っ走る……そう考えればシャーリーが下した判断はマシな方だろう。日本と同盟を結んだ。ボーダーと同盟を結んだ。後はイアドリフの発展の為に頑張るだけだ。

 

「後はこの国の王に会うだけか」

 

 今後のスケジュールをシャーリーは確認する。

 ボーダーのトップと握手を交わした。日本のトップとも言える総理大臣と握手を交わした。しかしまだ天皇陛下とは握手を交わしていない。

 日本と言う国と同盟を結ぶ為、仲良くしましょうの握手を公の場で交わせば大体終わる。何処かの国の首相やら大統領やらがイアドリフと同盟を結びたいと何時言い出してもおかしくはないだろうが、その辺りについては俺の管轄外だ。トリガー技術を用いた第三次世界大戦が勃発したとしても俺は責任を取らない。俺の仕事は道先案内人だ。俺は全と個ならば個を選ぶ。見知らぬ誰かを助けたいと思うほど善人じゃない。

 

「……俺とリーナと葵を踏み台にして高みを目指せ……迅からか」

 

 犠牲を支払ったのならば、それ相応の代価を頂かないといけない。俺達はもう覚悟は出来ているからそれでいい。

 シャーリー達に色々と言いたいこともあるがその前にと迅からメッセージが入る。

 

「…………」

 

「なにが来たんだ?」

 

「準備が出来たみたいだ」

 

 なんのとは言わないが準備は出来たとの連絡があった。

 シャーリー達はなんの準備なのか分かっているので険しい顔をしている。

 

「……私も、その場に」

 

「それはなりません。貴女には貴女の仕事がある……どうあがいても私達を敵と認定するのは確か……傷付くのは、汚れるのは私に任せてください」

 

「お前等くだらない事を言うならば無駄にデカい乳揉むぞ……お前等の仕事は別にある。恨みや憎しみを一手になって引き受ける前にやるべきことをやれ」

 

 シャーリーとレグリットはコレに同行しようかと考える。

 しかしシャーリー達はまだ忙しい、最後の仕事である天皇陛下との会合を残している。それさえ終われば完全にイアドリフが日本で根付く事が出来る……公の場での行為でここでボーダー側が邪魔が入ったらどうなるんだろう……まぁ、流石にそれをすればボーダーと言う組織が終わりを迎える。ボーダーもボーダーでギリギリのラインを渡り歩いている。天皇陛下との会合の際に銃撃事件なんて起こしたら歴史の教科書に載るレベルの大惨事だ。

 

 誰かが汚れる役を演じなければならないと思っているだろうが、そんな事をしなくても俺はとっくの昔に汚れている。

 シャーリー達は色々と言いたそうだったが、シャーリーとレグリットもやらなきゃいけない事がある為にそこには同伴する事は出来ない。新幹線に揺られて富士山などを眺めた後に東京に戻り、葵の別荘に戻った。

 

「三門市の拠点となるビルを購入したそうです」

 

「ビル購入って……」

 

「コレからの事を考えれば安すぎる買い物です……此処に居れば他の人達にも迷惑がかかります。ボーダーと同盟と提携をするので今度からは三門市を拠点にします……ただし遠征艇は工場に置いておきます」

 

 葵がサラリととんでもない事を語る。

 ビルを購入した、葵の家がとてつもないお金持ちなのは知っているがビルを購入したとサラリと言うとは俺とは縁遠い世界の住人だと思い知らされる。

 

「あっちこっちに拠点を置いたりして大丈夫なの?お金とか」

 

「お金の心配はしないでください。トリガー技術を用いた家電等を欲しいと言うスポンサーはごまんと居ます……ルルベット、貴女は私の護衛をお願いします」

 

 色々とやり始めたので問題は出てきていないのかと気にするルルベット。

 葵はコレぐらいは初期費用として当然のもので痛くも痒くもないと言い切る。俺はその事に関しては深く気にしない。

 

「ボーダーと提携するって言うけど、具体的にはなにをするわけ?ぶっちゃけボーダーに全部丸投げしても問題無いでしょ」

 

「兵の質を向上させる……幸いにも俺のトリガーはボーダーのトリガーと類似している……既に十二分に強い奴を上に上げるのは無理でも下で燻ってる奴を上に上げることぐらいは俺にも出来る。まぁ、近界民(ネイバー)の力なんて借りないって子も居るだろう」

 

「…………あたしだけ…………」

 

「今回の遠征は暴力でなく和平を求めるもので殆ど成功している……ルルベットは葵の護衛だ」

 

 この遠征で自分だけ全くと言って役立っていない事を気にするルルベット。

 エンジニアとして知識があるわけでも優れた指揮能力を持っているわけでもない、物凄く強いかどうか聞かれればそうでもない。ボーダーで言うところのマスタークラスレベルの実力者ではあるが、そこまでだ。

 

「……あたしに出来る事は無いの?」

 

「俺はお前を売るほど外道になりきれない…………葵達にも見せたくない一面もある………………」

 

「その言い振りだとあるのね。あたしにも出来ることが」

 

「無いよ。くだらない事を考えてるなら無駄にデカい乳を揉むぞ」

 

「……別に、あんたならいいわよ……」

 

「そういう自分を大事にしない発言は止めろ。将来の為に取っておけ…………」

 

 大丈夫おっぱい揉む?って言われたら揉むけども。

 

 

 ※

 

 

 

「結局こうなるんだな」

 

 1月31日、明日からランク戦が行なわれる。

 俺はと言えばとある県のとある市の市役所の一室にいた。

 

「……私達は見届けないといけないからね」

 

 今頃はシャーリーとレグリットは天皇陛下と会合を果たしている。

 色々と小難しい話をするが最終的には仲良くしましょうの握手を交わすだろう……俺一人でいいんだ、俺一人でいいのに色々と余計なのが、リーナと葵とルルベットが付いてきた。

 

「流石に無いと思うけど、お前が裏で余計な事はしてないだろうな?」

 

「いくらなんでもそんな事はしないよ……オレが此処に付き添っているのはオレの自己満足、自分勝手なエゴだ」

 

 本音を言えば居てほしくない迅もこの場にいる。

 迅が居るのはただの自己満足の為……迅から見えるラプラスの悪魔が揺らいでいないという事は嘘ではない、迅は自分のエゴの為にここにいる……という事はハッピーエンドは迎えないんだろうな。

 

「お前は余計な口出しをするな。ボーダーの人間……そこから先に踏み込むのならば、俺は潰す」

 

「ああ、約束する。オレは見届けるだけだ……例えどんな未来でも、ジョンは全て覚悟を決めた。コレはメガネ君達にはまだ見せちゃいけない。何時かは通らないといけない道だけど」

 

 ホントにロクでもない男だ……グランドクソ野郎とは言わないけど、厄介な存在だ。

 とはいえ葵がこの場に居てくれたからありがたい。葵はサイドエフェクトが効かないサイドエフェクトの持ち主だから今から葵が関与する未来は視えない筈だ。

 

 俺はトリガーを起動してケビンマスクの仮面を付ける。

 

「失礼するよ」

 

「!」

 

 トリガーを起動して待っていると部屋に3人の大人の男性が入ってくる。

 

「Japanese mafia, yakuza?」

 

「あ〜お嬢さん、そういう風に見えるかもしれないけれど違うからね」

 

 3人の見た目は厳つかった。

 リーナはその見た目から思わずヤクザを連想するが、1番若くて厳つくない見た目の男性が違うと否定をしている。

 

「私は大学で歴史関係の教授を務めている……最近は神智学と戦史にハマっててね。特に異世界から人間という資源を求めてやって来ている近界民(ネイバー)や近界民の持つ電気や石油等の化石燃料以外を動力源に動く技術は興味津々だよ」

 

「おいおい、戦争仕掛けてくる馬鹿野郎に興味を抱くのかよ?」

 

 1番厳つくない見た目の男性が近界民に関して友好的だと見せれば色黒の男性が呆れていた。

 

「日本と言う国が戦争から縁遠くなっただけで現に今でもこちらの世界でも紛争地域と呼ばれる場所は存在している……ただ不運にも日本が標的になってしまった。そう考えて割り切らないといけない。とはいえ今の時代で戦争を知ってしまう世代が生まれて憎悪の念に身を焦がし……それを利用するのは少々許せないがね」

 

「ガキの方が利用しやすいからかは知らねえがガキを採用するって事ぁ大人の責任は相当に重大なもんだ……今回の一件は一杯食わされたってところかね」

 

 色黒の男性は迅を強く睨みつける。

 ボーダーは子供が多い組織だから大人がちゃんとしっかりとしないといけない。三輪の憎悪を利用した例の動画の一件を2人は知っているのでその件に関して色々と思っているんだろう。

 

「いや〜アレは全面的に今まで放置していたボーダーの全責任ですよ。少年に非はありません」

 

「誰が悪か決める上での場でガキを生贄にしたら組織はおしめえよ……それで、ボーダーと近界民がなんの用事だ?」

 

「気付いてたんですか?」

 

「驚くことはねえ。こんなん誰でも分かることだ……過去にこの街に1度だけボーダーのスカウトがやって来たがそれ以外はボーダーに関して関わり合いは全くと言ってねえ街だ。ここは神戸や名古屋なんかの日本を代表する街でもなんでもねえ……まさかとは思うが三門市の次にこの街を弄るって魂胆(ハラ)じゃねえだろうな?」

 

 鋭い眼光で俺達を睨んでくる色黒の男性。

 近界民を敵とみなしている、と言うよりは平穏な日常を脅かそうとするならばぶん殴ると言ったところだろうな。

 

「次に弄る街は何処か決めてないよ……長次郎おじさん」

 

 色黒の男性……親戚の長次郎おじさんにこの街を弄るつもりは無いことを言えば長次郎おじさんは目を見開く。

 迅に視線を向けるのだが迅は表情1つ変えない。俺に鋭く睨みと威圧感を与えてくる。

 

「会見の場を望んだのはそちら側だ。近界民と言えども同じ人間ならば顔を見せないというのは失礼な筈だ」

 

 そして最後のヤクザ顔の男が顔を見せろと言う。

 長次郎おじさんは俺に対して警戒をする。ヤクザ顔の男は素顔を見せろという。

 

「まぁまぁ、兄さん落ち着いて……ケビンマスクのマスクはロビン王朝(ダイナスティ)のルールで素顔を見られれば石を持って王家を追われると言われている」

 

「詳しいんだね、秋雨おじさん」

 

「…………そこの彼女がケビンマスクの仮面を付けていたからキン肉マンの売上が上がったのだよ。ゆでたまご先生もどうぞ使ってくださいと言ってるしね」

 

 一番厳つくない見た目のおじさん……叔父である秋雨おじさんはピタリと空気が止まったかの様に黙った。

 しかし直ぐになにかを悟ったかの様にキン肉マンの事を教えてくれる。

 

「……トリガー、オフ」

 

「っ……」

 

「おめえ……っ……」

 

 秋雨おじさんと長次郎おじさんはトリガーをオフにして生身の肉体に戻った俺を見て驚く。

 秋雨おじさんは表情を変えないが精神は揺らいでいるのは闘志から分かる。長次郎おじさんは表情を変えているから分かりやすい。

 

「…………」

 

 一番ヤクザな顔の男は眉を動かしたが直ぐにジッと俺を見つめてくる。

 リーナや葵、ルルベットに対して視線を向けていたはずだったが今では俺にだけ凝視している。俺は懐に手を入れて肌見放さず持っていた懐中時計を取り出した。

 

「この時計は……(オレ)が誕生日プレゼントにって取り寄せた……」

 

「ああ……カッコいいから憧れて欲しいって長次郎おじさんに頼んだ少し高目な写真を入れる事が出来るアンティークな懐中時計だ」

 

 パカリと懐中時計の蓋を開ける。

 懐中時計側にはアラビア数字でなくローマ数字が刻まれた時計があった。もう片方には……5人の家族写真が入っていた。

 長次郎おじさんと秋雨おじさんは写真を見る。写真と俺を見比べる……最後のヤクザみたいな顔をしている男は写真を1度だけ見た後に俺を睨みつけてくる。

 

「やはり嘘だったか……いや、まだ居たと言った方が正しいのか……そこにいる水無月葵はイアドリフに救われたんじゃない、イアドリフに拐われたのだろう?」

 

「……」

 

「隠さなくてもいい、都合のいい悲劇のヒロインを作り上げた方が互いの国に利益がある……なによりも彼女が家に帰る事が出来る……感情論と利益の損得勘定の両方で有益な事だろう……君達全員か?」

 

「違うわ。あたしは向こうの世界の人間、近界民(ネイバー)よ」

 

「つまりそこの金髪の嬢ちゃんはこっちの世界の住人……くっそややこしい事になるな」

 

 秋雨おじさんが色々と空気を呼んでくれた。

 司法取引や悲劇のヒロインの方がなにかと都合がいいと秋雨おじさんは納得し、長次郎おじさんはリーナを見つめる。日本人が拐われたのならば都合のいいヒロインに出来るが、そうでないならばややこしい立ち位置である。

 

「……」

 

「……」

 

「ちょ、ちょっとさっきから無言で睨み合った状況じゃない……なにか一言ぐらいないわけ?」

 

「……なにを言えばいいんですかね?」

 

 1番厳つい顔の男と俺は睨み合う。

 なにか言葉を交わすわけでも行動をするわけでもない。ただただ無言で睨み合う。俺は頭を無想状態に切り替えようとするが出来ない……人の生き死にに左右されない様に心を乱さない特訓を重ねた筈なのに頭のスイッチが切り替わらない。

 リーナと葵はここからなにかあるんじゃないかと思っているが中々に発展しない。

 

「……ボーダーは言っていた。過去に神隠しの様に居なくなってしまった行方不明者の中には近界民(ネイバー)に拐われたかもしれないと……迅くん、君はボーダー隊員だな。嘘偽り無く答えてくれ……君達が見つけたのか?」

 

「いえ……自力で帰ってきました」

 

 ようやく重い口が開いたかと思えば迅に対して男は問いかける。

 ここでボーダーが見つけて連れ帰って来たという嘘を迅は言わない。最初に言った通り自分勝手な自己満足のエゴの為にここにいる。仮にくだらない嘘をつこうものならばトリオン体に換装してぶっ倒していた。

 

「……変わらないな」

 

 写真と男を見比べても何一つ変わっていない。

 変わっていないのはこの人だが変わってしまったのは俺の方…………なにもかもだ。

 

「信じてくれって言っても疑うよな。費用はこっちで持つからDNA鑑定をしてくれよ」

 

「大丈夫だよ、半分一致する結果(未来)は視えてる」

 

 いきなりの事で色々と頭が追いつかないのは無理もない。

 だから順序良く、幾つかの手順を踏んでからしようと思ったが迅には未来が、結果が視えている…………。

 

「……今更だよな。俺の事を」

 

 なにを言い出せばいいのかが分からなかった。

 胸の中でドギマギしているのでなんでもいいから言葉を出そうとすると男は……父さんは俺を思いっきりぶん殴った

 

「何故だ…………何故あの子の様に『ただいま』と言わない!!」

 

「ああ…………こうなってたのか…………」

 

 迅には俺がぶん殴られる未来が視えていたんだろう。

 俺がぶん殴られる姿を見て迅だけが驚かず、迅だけが1人悲しそうな顔で納得していた。




尚、長次郎おじさんの見た目は泥水次郎長似である。
海外の骨董品とかアンティークを扱っている古美術商している人である。
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67話

サブタイトルをつけるならば【その一言はまだ言えない】ですかね。


 

 予想通りと言うべきか、俺は父さんに思いっきりぶん殴られた。

 こうなる事は薄々と分かっていた。こうなるから会いたくなかった……でも、葵とリーナが最初の一歩を踏み出さないといけない状況を作った。最後の一歩を踏み込める様に無理矢理背中を後押しされた。

 

「和正、落ち着けや」

 

 長次郎おじさんは興奮する父さんを落ち着かせようとする。

 秋雨おじさんは尻餅を付いている俺に手を差し伸べるが俺は自力で立ち上がる。

 

「ホントに……ホントにお(メェ)は……」

 

「信じてくれって言うつもりは無い……言葉よりもDNA鑑定をした方が結果が確実だ」

 

「そういう事を言っているんじゃないんだよ……いや、違うか。心の繋がりが見つからないんだな」

 

 長次郎おじさんは時計の写真と俺を見比べる。秋雨おじさんはDNA鑑定をすればいいと言う問題ではないといいなにかに気付く。

 俺はと言えば無言になっている。なにを言い出せばいいのかが分からない。トリガーを起動して顔を隠したい気分だけどそれは逃げだ。今はリーナ達が逃げ場を作れない様にしているから逃げ道は何処にも無い。

 

「……ジョン……」

 

「ジョン?」

 

「……この人は自分の事をジョン・万次郎と名乗っています」

 

「ジョン・万次郎……アメリカに漂流した中浜万次郎の事か……向こうの世界に流れ着いた人だからジョン・万次郎と名乗っていたんだね」

 

 なにを言えばいいのか、フォローする方法は浮かばないルルベットは俺の名を呟く。

 本名を知っている秋雨おじさんは誰の事だとなるので葵が俺がジョン・万次郎と名乗っていた事を教える。

 

「……本当の名前は使いたくはなかった……秋雨おじさん、今回のイアドリフの襲来の一件はペリー来航と比べてどうだと思う?」

 

「そうだね……やり口は違うとはいえ日本と言う国を開国させた。コレが仮に地球上の何処かの国ならばまだ良かった。だが、地球の外の世界で未知の大陸、未知の技術、人材の宝庫……ハッキリと言ってテロリストのテロよりも最悪だ」

 

「……そうだよね……」

 

「普段来ている近界民がゴキブリの様な害虫でないならばアレはロボットではないか説は前々から考えていた事だ……近代兵器をものともしないロボットを大量生産する事が可能な大きさも特産物も何もかもが不明な未知の国が私利私欲の為の征服でなく資源を求めての侵攻なのは薄々気付いていた……………国会議事堂前で二人組が演説で言っていた事はお前が考えたんだね」

 

「……うん……」

 

「上手い手口だよ……確信犯による世界征服がアニメや漫画などの娯楽で震撼している中で、戦争と言う物を歴史の授業で習うが何故起こり得るなのかは大して教えない。資源を求めての命懸けの冒険や戦争は過去に何度も何度も繰り返されていた……おかげさまで戦争はどうして起きるのか?や胡椒や紅茶を巡って命懸けの冒険をしたのか?と言う素朴な疑問に関して問い合わせが結構あったよ」

 

「ごめん……」

 

「謝る事は無い……お前がやったことは下手なテロリストのテロよりも最悪な事だ」

 

「ちょ、ちょっと」

 

「金髪の嬢ちゃん……悪いがやっと訪れた平穏な時代なんだ。昭和にはヤバメな奴等は多く居て平成で矯正されていった。平穏な時代が少しずつ作られたってのにこのバカは争いの火種を持ってきやがった」

 

 秋雨おじさんと長次郎おじさんは俺を責める。

 責められて当然の事をしているのでなにも言い返さない。リーナは言い過ぎだと言いたそうだったが、その前に長次郎おじさんが動けなくする。

 

「俺ぁボーダーって組織には不信感抱きまくりだ。志願者限定とはいえガキを戦線に立たせてるヤベえ組織だ。けど、ボーダーって組織が間にあることでこっちとむこうの均衡を保っていた……お(メエ)はそれをぶっ壊した。明確に見える悪を明確に見える正義の味方が倒すだけで充分なのにそれをぶっ壊しやがった」

 

「そうだね……俺は3億円事件以降の日本最大のテロリストだ……名乗りたくなかった」

 

「自分は本当はこんな事をしたくは無いからか?罪の意識から逃れる為か……随分と臆病者になったな」

 

 自分が名前を名乗りたくなかった事を言えば黙っていた父さんの口が開かれる。

 臆病者……確かにそうだろう。臆病者で卑怯者だ。本当の名を語りたくない語ろうとしない未来の知識をとことん悪用しまくったクズだ。

 

「あの日、息子は学校から帰って来なかった。学校側に連絡を入れて下校したかどうかを確認した。友人と一緒に帰路についていたかどうかも確認した。最初は身代金かなにかが目当てなのか分からずじまいで警察に連絡し……調べに調べた」

 

「……なにが見つかったの?」

 

「なにも見つからなかった。突如として忽然とお前は消え去った……警察だけじゃない探偵にも相談した。高い依頼料を払ったが出てきたのは神隠しの如く子供が消え去る事件が世界中で起きている事だけだった……海外は日本と異なり治安が悪い。それとは異なる事件かなにかだと思い調べたがなにも出なかった」

 

「俺達も四方八方尽くして探した。ビラもバラまいた。ヤベえ事件に関与してるんじゃねえかとテロリストの仕業かなにかじゃねえか色々と情報を仕入れてみたがなんも出てこなかった……俺と秋雨は諦めちまった。どんだけ調べてもなにも出てこなかったんだ」

 

「それは普通の判断だよ……諦めた事に関しては文句は言わない。誰だってそうするんだ」

 

 父さんや長次郎おじさんは俺が居なくなった後の事を語ってくれる。

 警察や探偵、知り合いに依頼をしてとことん調べ尽くした。でも、何処にも居ない。地球から居なくなってるんだから見つかる筈も無い。

 

「5年目で諦めようとした……そんな時に三門市に近界民が現れた。過去に神隠しの如く子供が消え去る事件が近界民の仕業だと知った……息子は近界民に拐われた、ずっとそうであってほしいと願っていた……ボーダーは秘匿にしている事が多すぎる。きっと何度も向こうの世界に遠征しているという仮説を秋雨と一緒に話し合った」

 

「合ってるよ、その説は……ボーダーは向こうの世界の住人が何かしらのコンタクトを取って出来た組織だと俺は見ている。現に如何にも怪しげな奴も居るし、向こうの世界に何度も遠征してる」

 

「……だからボーダーに蜘蛛の糸に近い希望を託した……だが結果はどうだ?誰1人まともに連れ帰って来たという一例は聞いた覚えはない。向こうの世界の技術を手に入れているぐらいだろう」

 

「……耳の痛い話ですね」

 

 迅は否定はしない。

 向こうの世界に何度も遠征しているという事を、向こうの世界の技術を手に入れるぐらいしか成功していないのを。

 

「仮に連れ帰って来ても、ボーダーは悲劇のヒロインにするか今回の様に徹底的に秘匿にする……この国の人間でないならばFBIの証人保護プログラムの様に戸籍を弄る、それぐらいの事はするだろう……お前達が連れ帰らなくて良かったよ」

 

「……」

 

「仮に連れ帰ったとしても社会のレールに戻るプランは用意されていない。できても精々学校を裏口入学させるぐらい……そしてボーダー隊員として扱う。戦わせる……前となにが違う?」

 

「……なにも違わないです……多分、きっとそうしていたと思います」

 

 記憶消去という手段があるにはあるが、きっとボーダーが連れて帰ればボーダーにとって都合のいい存在になっていたか徹底的に秘匿される。

 社会のレールに戻る事は出来ないからとボーダー隊員としてしか生き残る道はないのだと父さんは迅を激しく責める。迅は返す言葉は何処にも無い。

 

「ボーダー達にとっては厄介な半近界民(ネイバー)近界民(ネイバー)もどきと言ったところか……10年掛けて自力で帰って来た子供達にかける言葉はそれだけか」

 

「……」

 

「まぁ、いい。お前達ボーダーが危険な存在なのは前々から分かっていた事だ。秘匿にしなければ、世間に公表すれば大事になる事実を幾つかも隠していた。今まで溜め込んだツケを支払う時がやって来ただけだ。同情の余地は無い」

 

 父さんは迅をバッサリと切り捨てる。

 10年経っても相変わらずな人だけど……変わってなくて良かったと心の何処かで思っている自分が居る。

 

「……お(メエ)はあの後なにがあったんだ?」

 

「……拐われたって自覚して怯えていた。トリガーを与えられて殺し合いをさせられた。生き残る為に色々とやった……今回の作戦も殆どが俺が企んだ事だ」

 

「そうか…………」

 

「人としての道は一気に逸れた。だからジョン・万次郎と名乗っている」

 

「向こうの世界は紛争地域に近いと聞くがやはりトリガーを持って戦争に出たのか?」

 

 秋雨おじさんの問い掛けに俺はコクリと頷いた。

 葵やレグリット達が向こうは戦争が当たり前、紛争地域だと認識している。その認識は間違いじゃない。

 

「残ってる朧気な知識と小学校の教科書だけを頼りに頑張った……いや、違う。戦ったんだ。戦って戦って戦って、それが当たり前にならない様に狂ってしまわない様にしようとしたけども無意識に狂ってしまった。それでも戦うしか道は無かった。使っちゃいけない知識や作ってはいけない物を沢山作ったりした」

 

「……お前は今も戦い続けていると?……ホントの名前を誰にも明かそうとせずに、罪の意識から逃れようとしているだけじゃないのか?」

 

「……ああ、そうだよ…………貴方はなにを求めている?」

 

「ジョン・万次郎と言う男からはなにも求めていない……ただ我が家の息子にはたった一言『ただいま』と言う言葉を求めている……今もずっとだ」

 

「そっか…………そうか…………」

 

「ジョン………………」

 

 リーナは言わないの?とは聞いてこない。

 俺はここに来るまで多くの犠牲を払ってきた。ただの犠牲じゃない、未来の知識をとことん悪用しまくった。

 こっちの世界を守る一応は善であり正義の味方であるボーダーという組織を崩壊させる一歩手前まで追い込んでしまった……本音を言えばトリガーを起動して顔を隠したい、逃げたいけど逃げ道は塞がれている。リーナは司法取引を、葵を悲劇のヒロインにして自分だけは逃げる真似は出来ない……けど、進むことも出来ない。

 

「人を殺したか?」

 

「殺したよ……向こうの世界ではトリガーとトリオン兵というロボットを使った戦争が当たり前だ。トリガー使いのトリオンというエネルギーで出来たトリオン体を破壊すれば生身になる……余計な情報を吐かせない為に爆弾を仕込んだ奴も居て目の前で爆散した。情報を充分吐かせたり偽の情報しか吐かない奴が居たから経験は大事だと処刑した。相手を生かすなと言われて生身の肉体に向かって銃を撃った……俺の手は血に濡れている」

 

「……今回の作戦を考えたのもお前だったな」

 

「この世界の、日本にボーダーが出来たって情報提供者が居た……そこからは裏切る行為を行い続けた。ボーダーが居ないと秩序を保てないのは分かっていたけど、こっちの世界に来るにはその秩序を崩壊させないといけなかった」

 

「…………お前はそれが分かっているのにどうして『ただいま』の一言を言うことが出来ないんだ!!」

 

 別にこっちの世界に来るのならば俺達以外でも良かったんじゃないかと父さんは考える。

 俺は心の何処かでこっちの世界に帰りたいと思っていることに父さんは気付き激怒する。その一言を父さんは待っているのに、俺はその一言を言わない。

 

「……リーナ、葵、ごめんな……お前達が必死になってくれてるのは分かってる……でも、コレが俺の現実だ。悲劇のヒロインでも司法取引でもない最悪な結果だ」

 

「…………千佳ちゃん達にはまだ見せちゃいけないか」

 

 感動的な再会を果たす悲劇のヒロインになると思ったか?司法取引を行って第二の人生を送ると思ったか?

 俺はどちらでもない。後戻りする事が出来ない道を歩んでしまっていて振り返る勇気すらまともにないどうしようもない臆病者だ。この光景を見た迅はこうなる事は予知で分かっていた……千佳にコレは見せちゃいけない。必死になって伸ばした手を拒まれる可能性を千佳達は一切考えていない。

 

「辛かっただろう。苦しかっただろう。怖かっただろう。寂しい思いをしてただろう……お前は昔から何処か人より大人だった。大人だからって背伸びする必要はねえんだ。辛かったら苦しかったら怖かったら寂しかったら泣いていいんだ」

 

「長次郎おじさん……ごめんね……泣き方が分からないんだ」

 

 辛い思いをして涙を流した。苦しい思いをして涙を流した。怖い思いをして涙を流した。寂しい思いをして涙を流した。弱音も吐いた。

 それでも立ち上がった。立ち上がらないと死んでしまうから。

 

 葵は両親と再会を果たして我慢していたものが限界を迎えて涙を流した。

 けれど俺にはそれが無い……心が狂っている。壊れてしまっているから泣くことが出来なくなっている。泣き方が分からなくなってしまった。

 

「きっと感動的な再会を果たす事が出来たかもしれない……でも、泣き方が分からなくなってしまった……涙を流しすぎて」

 

 俺が涙を流す心の引き金は、トリガーはいったい何処にあるのか分からない。

 きっと母さんのハンバーグを食べても心は動じない。ルルベットが作ったハンバーグを食べた時に流せるだけ涙を流してしまったから。

 

「……そうか……」

 

「自分の持っているトリガーの名前をつけた……生きる為の悪だから羅生門」

 

 そして千の手を持つからサハスラブジャ……

 

「……姉さん達はどうなってるの?」

 

「姉さん、か……」

 

 昔は姉ちゃんと呼んでいたが今は姉さんと呼んでいる。それだけ変わり果てたと言う証拠だ。

 

「……友江(ともえ)は大手の旅行会社に就職して日本にやって来る外国人観光客相手に通訳の仕事をしている。知世(ちせ)は中学受験に成功した。成績も上位だ……だが」

 

「だが?」

 

「知世は泣かなくなった……兄が居なくなってしまってから全くと言って泣かなくなってしまった。兄に甘えたい盛りの頃に兄は行方不明になってしまった。ワガママも言わない。涙も流さない。だから兄さんが帰ってきてほしいと言っていた」

 

「お兄ちゃんじゃなくて兄さんか……」

 

「10年は良くも悪くも人を変える……母さんは何度か死亡届を出そうかと考えていたが、それをすれば諦めた事になる。息子に授けた名前に誓って諦めるわけには、負けるわけにはいかない」

 

「そうか…………大それた名前を付けられたからな」

 

「お前の名はジョン・万次郎だろう」

 

「……そうだったな」

 

「私は息子が『ただいま』と言うのを死ぬまで待つつもりだ…………昔、1度だけこの街にボーダーのスカウトがやって来た。友江は息子を探しに行きたいと言ったがあの頃から既に秋雨と共に普段から来ている近界民(ネイバー)=ロボットではないのかと疑いを抱いていた。オペレーターだろうがなんだろうが娘を戦場にやるほど馬鹿な親ではない……近界民が本当に人間で人間という資源を求めてこちらの世界にやって来たというならば尚更だ」

 

 ボーダーに対して色々と疑念を抱いている父さん。

 その疑念は間違いではない。仮に姉さん達が所属していたとしたら今回の一件で今すぐにでもボーダーを辞めろと言っていただろう。

 

「……お前は戦って戦って戦って戦って、狂ってしまっても戦い続けて……今日まで生き残った。勝ち残った」

 

「勝ったって言えるんだろうか……俺は卑怯者で臆病者だ」

 

「ならば勇気を出せばいい………私の息子ならば例えどんなになろうとも前に出る。そんな名を与えたんだ……秋雨、長次郎おじさん、私は仕事が残っているからここで失礼させてもらう」

 

 父さんはそう言うと部屋から出ていった。

 

「……スマホ持ってるか?」

 

「持ってるけど…………」

 

「和正の野郎はお前に似て頑固なんだよ……お前に色々とあったのは分かってる…………おじさんの事をよく覚えてくれてたな」

 

「……うん……」

 

「俺のラインと携帯電話番号だ……秋雨、お前も」

 

「ああ……お前や向こうの世界の人達とは色々と議論を交わしてみたい……なにかあったら私達に相談してくれ。兄さんは色々と頑固なんだ……無論、お前もだけど」

 

 長次郎おじさんと秋雨おじさんの携帯電話の番号とラインのアカウントを登録する。

 2人は俺の力になってくれると言ってくれるが……俺は頼ることが出来るだろうか?

 

「………………」

 

「死亡届とか出されてないし、おじさんは行方不明者の捜索願を下げるつもりだ……マイナンバーカードとか住民票を移したりするなら早い内にやっておきなよ。有吾さん名義で色々とやってるの普通に犯罪だからな」

 

「お前等だって戸籍偽造してるし銃刀法違反に近い存在だろう」

 

 迅は本当に見守るだけだった……けど、これでいい。迅が余計な事をしてくるよりかは何百倍もマシだ。

 

「リーナ、葵……ごめん」

 

「……悪いのはルミエよ」

 

「そうです…………私達の認識も甘いのがよく分かりました」

 

 感動的な再会を果たすかと思ったが、そんな事はなかった。

 リーナと葵は2人なりに頑張って気を使ってくれたのだろうが……世の中、そんなに上手く回るわけない…………。

 

 

 

 

 

「虹色の虹に、村人の村と書いて名字は虹村(にじむら)勝利(しょうり)と書いて勝利(かつとし)と読む…………虹村勝利(にじむらかつとし)、それが俺の本名だ」

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

「ジョン、貴方……」

 

 今まで開こうとしなかった心を少しだけ開く。

 リーナと葵は驚いた表情を見せる。

 

「どうせ今から住民票とかを移動させるんだ。嫌でも目に入るだろう……」

 

「にじむらかつとし……勝利……あんたに合っているいい名前ね」

 

 戦って戦って戦い続けて勝った人間だとルルベットは名前を認める。

 ジョン・万次郎という逃げ道を作っていた臆病者、卑怯者には相応しくない名前だ。

 

「今まで通り、俺はジョン・万次郎だ……本名を知ったからって態度を変えるんじゃねえ。本名も呼ぶな……それは何時か……いや、無理か」

 

 こんだけ後押ししてもらったのに、最初の一歩と最後の一歩を踏み出す勇気と力を与えてくれたのになにも出来なかった。

 感情が何処か枯れ果てているので泣くことが出来ない……申し訳無いと思う気持ちがあるのに、ホントに情けないな。

 

「……アンジェリーナ」

 

「ん?」

 

「アンジェリーナ・シールズ……それが私の本名よ」

 

 俺が本名を教えたのかリーナも今まで教えるつもりはなかった本名を教えてくれた。

 

「そうか……レグリットとシャーリーにも後で教えないとな……」

 

 家族との再会は最高と呼べない結果で一先ずは終わった。




尚、虹村勝利の父親である虹村和正のcvは磯部勉
感動的な再会で終わらない終わることが出来ないのである。因みにコレの裏でシャーリーは天皇陛下と握手を交わして日本と言う国とイアドリフという国の間に完全な同盟を結ぶ事に成功しています。ネット中継とかをして世界中に向けて発信してるのでケネディ暗殺みたいな事にはなりません。そしてリーナの容姿はアンジェリーナに更におっぱい足した感じです。


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68話

ネクストコ◯ンズヒント【テニスの王子様】


 リーナ達に本名を教えた。リーナに本名を教えてもらった。

 泣き方を忘れた俺にとってはあまりいい感じではないものの葵がシャーリーに約束させた家族との再会を果たした。

 家に帰すとはレグリットは一言も言っていない。帰りたいのか、帰っていいものなのかと心の中で迷っている。俺はもう無理だろうなと心の何処かで諦めている。

 

「……ここがか……」

 

 今日からランク戦が開幕する。

 ボーダー隊員でもなんでもない俺には無関係な話だ……きっと主人公達は活躍したりするんだろう。しかし興味と言うものはあまり抱いていない。だってどんな試合結果になるのか原作知識で分かっているんだから。未来の知識があったらこういうところで退屈をするが……まぁ、どうでもいいか。

 

「ああ……ようこそ、ボーダー本部に」

 

「とても広い基地だな……支部もコレぐらいなのか?」

 

「いや、支部は基本的に小さいよ。学校とかを優先したい人が主に支部に配属されるんだ」

 

 俺とレグリットとルルベットがボーダー本部に足を運んだ。

 昨日、シャーリーが天皇陛下との会合と握手を交わす事に成功したので日本と言う国に対してイアドリフは同盟を結ぶ事に成功した。

 今更、ボーダー本部に足を運ぶ必要はあるのか?と疑問を持つ人は持つだろう。此処に来たのはあくまでも個人的な目的で、迅が案内人を務めてくれる。

 

「ここがランク戦を行うスペース……と言っても今日は少ないけど」

 

「確か機械にトリガーを繋げて何度でも繰り返して戦う事が出来るのよね」

 

 通り道だとランク戦を行うブースに案内される。

 今日からランク戦が開幕するのでランク戦を行うブースに人は多くない。今頃行われている上位、中位、下位のランク戦を見に行っているんだろう。

 

「単位や成績を犠牲にして頂点に上り詰めた人も居るって聞いたことがあるけど、マジなのか?」

 

「あ〜……ノーコメントで」

 

「それ実質答え言ってるものだ…………死なない実戦的な訓練で経験値を一気に積み上げる事はいいけど一歩間違えたらゲーム感覚に走る奴も出てくる……頭の中でオン・オフのスイッチの切り替えは出来てるかもしれないが批判的な意見は出てくるだろう」

 

「でも、コレが1番経験値を稼ぐのにはちょうどいいんだ……その結果が太刀川さん、米屋、緑川だけど」

 

 ランク戦をeスポーツ感覚、もしくは部活動の一種みたいな感覚で挑んでいる隊員が多く居る事について指摘すれば迅は否定しない。

 コレが仮にMMAや相撲みたいなものだったらそれは別に構わないことだが一応は地球防衛軍的な立ち位置であるのでその本分を忘れてはいけない……という考えを中高生に押し付けるのはよくない事か。その辺りは大人がしっかりとしておかないといけない事だな。

 

「お、迅じゃねえか。この1週間ランク戦に来てなくて心配したぞ」

 

「太刀川さん、オレも色々と忙しいんだよ……特に火消し作業が」

 

「そっか……その辺は根付さん達が頑張ってくれる事だから俺はよく分かんねえけど……ランク戦すっぞ」

 

 ソロランク戦を行えるブースを歩いていると45000ポイント越えのボーダー最強の男である太刀川慶が現れる。

 ここ最近ソロランク戦に迅が足を運んでいない事に対して不満を抱いていたみたいで、迅がイアドリフが起こした一件の火消し作業に忙しかった事を知れば大変そうだなと割と他人事に扱いし迅にランク戦を挑む。

 

「いやいや、今は忍田さん達から頼まれてる仕事でこの人達を案内してるから無理だって」

 

「この人達……あ!あんたテレビに出てた」

 

「あんたじゃない、レグリットだ……お前より歳上だから口の聞き方に気を付けろ……と言ってもお前達からすれば敵の様な存在だがな」

 

 ランク戦は無理で理由を教えれば太刀川はレグリットに視線を向ける。

 世界中で今トップレベルで注目されている人で流石のバカでも顔ぐらいは知っているか。レグリットは相変わらずの爆弾発言を繰り返すが太刀川は特に気にしていない。

 

「成る程、近界民(ネイバー)を案内してるのか……お前等強いのか?」

 

「知らん」

 

 面白い物を見つけたと言った顔に変わる太刀川。

 俺達の強さに関して聞いてくる。俺達が今具体的にどれぐらい強いのか、ボーダーみたいにポイントのやり取りをしているわけじゃないので実際のところは全くと言って分からない。

 

「この前の新型をぶっ倒せるからA級ぐらいの実力はあるんじゃないのか?」

 

「お、じゃあこのA級トップが試しに」

 

「ダメだってば!忍田さん達に連れてこいって言われてるんだから」

 

「じゃあ、その後暇だろ?ボーダーとイアドリフ?は同盟を結んだんだから交流しとかないと」

 

「……戦闘狂が個人総合1位で大丈夫なの?」

 

 強い奴とバトルをしてぇと闘志を滾らせている太刀川を見てルルベットは呆れる。

 もうちょっと理知的な人間だと思っていたのだろう。イアドリフも強い人間は理知的な人間が多いから……というか温厚な奴と外道な奴で極端に分かれているからな、あの国の人間は。

 

「絶対に負けない駒とそれとは別に軍師と補佐が居れば問題無い……この手の者は強いだけでいいんだ」

 

 呆れるルルベットにレグリットはボソリと呟く。

 グーだろうがチョキだろうがパーだろうがなんだろうが何にでも問答無用で勝利する存在は割と馬鹿に出来ない……アホであるならな何処かで誰かがカバーすればいいだけの話で、太刀川の太刀川隊には出水というフォローも戦闘も出来るプロが居る。なんだかんだで太刀川隊は戦術とかよりもシンプルな強さで上を取ってるのだと俺の見解では思っている。

 

「連れて来ましたよ」

 

「来たか……慶、なんでお前まで居るんだ?」

 

 太刀川を撒くことが出来ずに会議室に案内をされた。というか太刀川も付いてきた。

 林藤支部長、唐沢さん、根付、鬼怒田、沢村さん、忍田本部長、そして城戸司令とボーダーの上層部の顔ぶれが揃っている。忍田本部長は何故に太刀川まで居るんだと疑問に思ったのか聞いてくる。

 

「太刀川さんが付いてきたんですよ」

 

「忍田さん、なんか面白そうな事をするんですよね?俺も混ぜてくださいよ」

 

「……正直な話相手にしたくないが……1番強いのを倒す事が出来るのならばそれはそれで好都合だ」

 

 太刀川がこの場に居るのは困っているレグリットだが、太刀川を利用する手立てが無いわけでもない。

 1番強い太刀川をぶっ倒す事が出来るのならば大半の攻撃手(アタッカー)をぶっ倒すことが出来ると言っているも同然なのだから。

 

「さて、一応は自己紹介をしておく……ジョン・万次郎だ……あんた達にとって不都合な存在だ」

 

「っ……」

 

「どうして助けてくれなかったの?なんていう恨み言はない……期待していないから。だからその手の感情は向けないでほしい」

 

 自分達が救うことが出来なかった取り零した命の1つだと忍田本部長は認識している。

 助けを求めていた頃はあったが今はもう期待していない。忍田本部長は険しい顔を、林藤支部長の眼鏡は少しだけズレる。力を持っているあまりノブレス・オブリージュや誰かを助けないといけない使命感を持っていたりするんだろうが……どうでもいい。

 

「知っての通りボーダーとイアドリフは同盟を結び提携する事に決まった……我々の目的はこちらの世界のトリガー以外の技術、農業等の技術を求めている。見返りとしてトリガー技術を一般人に提供する……ボーダーになにかを提供するわけではない」

 

「それで?」

 

「この前のアフトクラトルによる大規模な侵攻、事前に来ると分かっていた。だが外部スカウトに行っている者達を呼び寄せなかった。彼等が居ればもう少しマシな結果になっていたかもしれない……ボーダーに提供するのはジョンとリーナと言う戦力だ。おそらくコレからはトリオン兵でなくトリオン兵を使役するトリガー使いが現れる。こちらの世界の人を簡単に拐う事が出来なくなりトリガーを使う組織が現れたと向こうも認識しているだろう……言っておくがコレしか提供できる物はない。別にボーダーと提携しなくてもこちらの世界の優秀な技術者志望の人間を採用し、こちらの世界の電気や石油の科学技術と我々の世界のトリガー技術を合せた物を作っても構わないのだぞ」

 

「っぐ……人の足元を見おって……」

 

 相変わらず爆弾発言が多いが……コレでいいんだろうな。

 少なくともスパルカ達エンジニアが1人も今回の遠征に参加していない。シャーリーも葵もレグリットも無効の世界基準で普通のエンジニアレベルの知識を有しているだけで……恐らくは鬼怒田レベルの才能は有していない。鬼怒田の闘志は狸とエジソン……エジソンは発明王なんて言われているが違う。既に発明されている物を効率良くしたり量産に成功したりしている。ニコラ・テスラでないのがまたミソだな。

 

「兵の質を向上させる……それが私達が提示できるものだ。と言っても後ろ2人の様に向こうの世界基準でも一流と呼べる兵を更にパワーアップさせる事は難しい事だ。此処の死なない何度も実戦を行えるシステムを使ってもだ」

 

「頭打ちに近いからな……オレや太刀川さんが更にパワーアップするなら専用のトリガー作ってもらうとか黒トリガー用意するとか色々とオレ達以外をパワーアップさせないと……現にオレはスコーピオン無かったら太刀川さんとやり合う事が出来ないし」

 

「既存の誰でも使える量産品を使うトリガー使いの質を向上させる……A級はラービットを倒すことが出来るぐらいの腕を持っているらしいから、A級以外を鍛えよう……ジョンが」

 

「え〜」

 

 お前が戦うんじゃないのかと太刀川は不満そうにする。

 

「参加したいなら勝手に参加しろ……ただ、ボーダーには近界民(ネイバー)に対して憎悪を抱いている奴が多い。お前達からすれば俺は近界民(ネイバー)もどきだ。近界民だと知られても問題無い、派閥争いや私怨で動かない近界民だからといきなり発砲しない話し合いが通じる理知的な連中を連れて来い」

 

 こっちは近界民もどきだと思っている。だから『おのれ、近界民』と思われても当然だろう。

 だが話し合いが一切通じない上司の命令だから渋々動いている的な奴のめんどうを見るほど俺は優しくはない。香取隊の香取の様に才能があって胡座をかいているに近い連中のめんどうを見るつもりは一切無い。

 

「ボーダーとイアドリフの交流の1つの合同訓練…………いいだろう」

 

「それとやるんだったら、玉狛支部でやらせてくれ。あんた達にとって近界民は敵だが政治的な問題で日本が同盟を結んだ……そこで仲良く手を取り合っている光景を耐えられないボーダー隊員は多い筈だ」

 

「……林藤支部長、くれぐれも」

 

「ええ、分かってますよ……迅、選別は出来てるよな?」

 

「勿論……既に準備は出来てますよ」

 

 迅にはこうなる未来を予見していたのか綺麗な敬礼をする。

 こうも簡単に話がスムーズに進むのは……イアドリフのトリガー情報を手に入れる為か?それともいざという時にイアドリフを潰せる為に戦力を確認しておく…………まぁ、いい。死んだら死んだでそこまでだ。

 

「ジョン、全員を玉狛支部に呼んでいいよな?」

 

「まぁ……大丈夫だと思うぞ」

 

 迅に連れられて会議室を俺達は出ていく。

 

「……どうだ?」

 

『強いと思う……ジョンって人は忍田さんより色が濃いし、色々と言ってきた女の人はレイジさんぐらい、全く喋らなかった人も米屋さんよりもちょっと強い』

 

「……そうか」

 

 俺達を天羽が見ていたことを気付かなかった。

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

「よぉ、集まってくれたな」

 

 そんなこんなで次の日、2月2日。

 修が怪我をしていない世界線で何かしらの不備があるかと思ったが、玉狛第二は最下位から一気に中位に上り詰めた。遊真が居れば中位である程度は好き勝手する事が出来るだろうが上に上がるには……まぁ、どうだっていいことか。

 

 俺達イアドリフは玉狛支部に向かった。シュミレーターの一室に俺とボーダー隊員はトリガーを起動している。俺はケビンマスクの仮面を付けている。

 ぶっちゃけた話、俺1人でも問題無い気もするが万が一とかを想定しておいた方がいいのかもしれない。1人での行動はあまりにも危険過ぎる。

 

「上からどういう風に聞いてる?」

 

「えっと……同盟を結んだイアドリフと合同の演習を行うって聞いてます」

 

 放っておいても上を目指す事が出来る才能豊かなA級隊員はボーダーのシステムで徐々に徐々に強くなるだろう。

 だから下位中位で伸び悩んでいて尚且つ上を目指そうとしている連中を呼び寄せた。

 

 弓場隊の弓場と帯島と藤丸のの

 

 玉狛第二の三雲修と空閑遊真と宇佐美栞

 

 那須隊の那須と熊谷と志岐

 

 東隊の東さんと小荒井と奥寺と人見

 

 柿崎隊の柿崎と巴と照屋と宇井

 

 太刀川隊の太刀川

 

 どんな風に話が通っているのか柿崎が代表して林藤支部長に答える…………。

 

「……弓場と遊真と太刀川と東さんは別に不要だろう?」

 

 ランク戦とかで伸び伸びと育っていく事が出来る、放っておいても上に登る事が出来る存在は別に鍛えなくてもいい。

 既にある程度完成された強さを持ち合わせている連中を更に強くする為の合同演習じゃない、弱い奴を強くする為の特訓なんだぞ。

 

「後、玉狛第一も要らないだろう」

 

 何故かさも当たり前の如く居る玉狛第一の面々。

 流石にこいつらを相手にするのは骨が折れる……羅生門ありならば全員相手にしても勝てる、いや、遊真が黒トリガー持ってるから良くて相討ちだな。

 

「大丈夫よ、見守るだけだから」

 

 とかなんとか言ってトリオン体に換装している小南

 

「お前絶対後でウズウズして戦わせろって言ってくるだろう……狙撃手(スナイパー)組は?」

 

 ここにいない狙撃手はどうしたと林藤支部長に聞く

 

「それは省いてる……お前は狙撃手やろうと思えば出来るだけで本職じゃないだろう?」

 

「だったら東さんを退かしてくれないか?」

 

「安心しろ。俺も基本的には見守ってアドバイスを少しだけ送るだけだ、戦いには加わらない」

 

 ボーダーの最強と言ってもいい人である東さん……。

 

射手座(サジタリアス)が見える……」

 

「ん?」

 

「いや、気にしないでくれ。口は出しても手出ししないならそれで構わない」

 

 伊達に多くのボーダー隊員を育成してきた人じゃない。

 東さんから見える闘志が射手座……つまり英雄を育てた英雄、賢人ケイローン……吉田松陰じゃないのがまたなんとも……。

 

「じゃあ、改めてボーダーとイアドリフの合同演習を行う……此処に居る面々はまだ未発達だ。バスケとかのチームスポーツをした事があるのならば分かると思うが確立された個の力を持ってこそ連携なんかに意味がある。未発達の実力で連携に走ればボロが出る……そして皆知っていると思うがボーダーにはマニュアルが無い」

 

「マニュアル……まぁ、教科書は無いわよね」

 

 俺の言葉に小南は納得する。

 

「足が速い、背が高い、高く飛べるのが得意とか人によって色々と個性がある。トリガー使いはトリオンが物を言ったりするところもあって、コレだというマニュアルを作りにくい。茶道で言うところの守破離の手が、基礎的なマニュアルみたいなのはボーダーには無い……だから中国の呪術の蠱毒の様に戦わせて本当に強い奴のみを選別する……それが悪いとは言わないけれども、それで登る事が出来ない人も中には居る」

 

 トライ&エラーで最初から自己流で動く奴も居れば既に上に上り詰めている人に頭を下げる一例もある。

 しかしボーダーにはマニュアルが無い……こうしておけばいいと言う絶対のグーとチョキとパーしか生まれない危険性がある。相性の都合上で絶対に勝つことが出来ないから色々と試させている、というのもあるだろう。でも何処かでマニュアルの用な物は必要だろう……ま、ボーダー隊員じゃない俺にはあんまり関係無い話だ。

 

「俺はお前等より努力する時間があった、どうすれば強くなれるのか考える時間があった、努力する事をめんどくさがらなかった……俺は近界民(ネイバー)もどきだ。近界民の力なんか借りたくないと思っているのならば、直ぐに降りてくれ」

 

 と言ってみたが誰も降りなかった。

 

「十人十色と言う諺があるように人には人の個性がある。俺には特訓する時間が多かったが、中には俺には向いていない特訓もあった。無駄な努力を重ねてしまうかもしれない。俺はお前等を確実に強く出来る保証は無い……」

 

 1%の可能性でも賭けてみたいのならば賭けるのは自由だが、先ずは相手が持っている俺への疑いを無くさないといけない。

 

「俺は基本的には1人で戦っている。故にコンビネーションとかを教えるのは難しい、確立された個の力を、強さを与える事ぐらいしか出来ない……そしてトリオン操作の才能が無いから射手(シューター)系のトリガーについてアドバイスを送ることは出来ない」

 

 2,3回ぐらい見えないところで【ミラージュ】の特訓をしてみたけれども俺には向いていないのがわかった。

 置き玉とかは出来てもリアルタイムの弾道処理は無理だ……多分、根本的に向いていないんだ。

 

「既にそちらで言うところのマスタークラスレベルについては自力で上がれ……そもそもでお前強いの?って言う疑問は抱いているだろう……オペレーターのサポート有りで……俺と勝負しろ、迅」

 

「なに、俺じゃないのか!?」

 

 俺がなにかのトリガー10000ポイント以上ならばある程度の信頼を勝ち取る事が出来ていただろう。

 でも俺にはなにもない近界民と言う疑いしかなくてブランド力というものを持っていない。だから此処で一気に勝ち取らないといけない。

 太刀川は自分が選ばれると思っていたのか、ショックを受けている……お前は既に向こうの世界基準で一流の戦士なんだから鍛えなくてもいい筈だろうが。

 

「悪いね、太刀川さん。向こうからの指名はオレなんだ……さ、全員出てった出てった。今からオレとジョンの真剣勝負がはじまるんだ」

 

「え〜」

 

「文句言わないの……そもそもで太刀川さん、此処に来る事がおかしいからね!」

 

 そんなこんなで迅は林藤支部長含めて訓練室から全員追い出した。

 多分今頃はリビングでこの戦いを見れる様にオペレーターが色々と勤しんでるんだろうな。

 

「凄く今更な事だが、ボーダーのトリガーじゃなくてよかったのか?」

 

「ボーダーのトリガーじゃなくてもいいよ……ていうかジョンのトリガーって殆どがボーダーで簡単に再現する事が出来るものだろ?」

 

「……まぁ、そうだな……」

 

『お〜い、お前等準備出来たぞ』

 

 ボーダーのトリガーで戦ってた方が特訓に意味がある……が、イアドリフのトリガー情報を引き出すには幻夢(ガメオベラ)使わせた方がなにかと効率がいいんだろうが……幻夢(ガメオベラ)の性能とボーダーの訓練室の相性って最悪なんだよな。

 

「分かってると思うけど、手を抜くなよ……例えそっちの方が効率が良いとしても5本勝負の真剣勝負だ」

 

「勿論分かってるよ……お前は強い。現に幾つかオレが負ける未来が視えている、手を抜けば絶対に負ける……お前はオレを1回、初見殺しとはいえ、完全に出し抜く事に成功したんだ……油断も余裕も無いよ」

 

「そうか……」

 

 きっとコレを見る人が見れば羨ましい限りだろう。

 あの迅悠一と妨害が一切入らない時間制限も存在しない勝つか負けるか決まるまで終わらない真剣勝負が出来る。ワールドトリガーの読者だったら待望な展開だろう……でも、俺はもう読者じゃない、現実を生きる人間だ。

 

 迅悠一を特別に警戒していたが顔を見られればその時点で詰みだ。既に俺は迅に素顔を見られてしまっている。

 だから決して迅対策に覚えたわけじゃない……と言えば嘘になるが、使えそうな技だと判断したからこの技を会得した。予想以上に時間が掛かった。

 

「……っ!?」

 

 試合開始の合図が告げられる前に互いに武器を構えようとすると迅の表情が僅かに変わった。

 俺は頭のスイッチを切り替えて無想状態にする。一対一の妨害が入らないタイマンだから余計な事を考えなくてすむのはいいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「知り難きこと、陰の如し……」

 

 

 

 

 

 




迅の対策の1つぐらいしておかないとね。さぁ、ジョンはなにをしたんでしょうかね。ネクスト◯ナンズヒント【才気煥発の極み】


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69話

「コラァ、じん!なにをしてるんだ!あんな青い仮面の男なんてケチョンケチョンにしてやれ!」

 

「……この子供は?」

 

「あ〜……ボーダー関係者だ」

 

「重役の子息と考えていればいいのか?」

 

「ま、そんなもんだな」

 

 ジンとジョンの真剣勝負が始まった。

 訓練室を後にした私達は訓練室での出来事がハッキリと見れる様にリビングで戦いを見ている。

 何故かは分からないがよく分からない生き物に乗った5歳児が居たのでリンドウに聞いてみれば重役の子息と判明した。

 

『トリオン供給器官破損、トリオン体活動限界』

 

 ジンとジョンの真剣勝負を見守る。

 ジョンは今からボーダー隊員達に色々と指導しないといけないが、そもそもでジョンを信頼してもいいものなのか?と言う疑問を打ち払うべくボーダー最強の男であるジンに挑み……今のところは2連勝している。

 

 ジョンは青い仮面を付けたまま動いている。

 別に視界が塞がれると言った事は無いが……む……そうだな……。

 

「空閑……ジョンさんは強いのか?」

 

「強いよ……使っているトリガーもボーダーのトリガーに似てるトリガーで、トリガーの性能がいいから勝ってるんじゃない。ただ純粋にジョンさんが強いから勝ってる……っぽいけども……」

 

 ボーダーでは名は知らない程の猛者であるジンを倒しているジョンを見てメガネの男、確かオサムだったな。

 オサムはユーマにジョンの強さに尋ねる。トリガーの性能でジンを上回ってるんじゃない、純粋な実力でジンを上回っている。

 

『これはヤバいな……』

 

『こう言ってはなんだが最初の1本を取られた時点でお前は負けみたいなものだぞ』

 

 訓練室の音声を拾う。

 ジンは表情を変えており余裕というものが感じられない。対するジョンは恐ろしいまでに静かになっている……心を無にする無想と言う技を使っている。よく分からない修行を何度か行っているのを見たことがあるが、コレが一概に静かさを生み出すのならば無駄な修行では無かっただろう。

 

『コレはeスポーツじゃなくて戦争だ……ゲームや部活動の感覚の真剣勝負でやってるんじゃないだろうな?』

 

『マジでやってる…………っちょ』

 

『トリオン体損傷』

 

「なにやってるのよ、迅は!」

 

「……何時もの余裕が無いな」

 

 3本目もジョンの勝利に終わった。

 コレでジョンの勝ち越し、残り2戦負けたとしてもジョンが3勝したので負けることは無い。

 コナミはやられたジンを見て騒ぐのだがレイジがジンの異変に気付いている。

 

「コレがジンのデータで間違いは無いか?」

 

「ああ、迅のデータだ」

 

 ボーダーとイアドリフの間での合同演習を行う。

 ジョンの勝手な行動に近いものの、万が一なども無いわけではない。私もほんの少しばかり力を貸しておいた方がいいと判断したのでジンのデータが書かれた紙をリンドウから受け取る。

 

 ボーダーが定めているパラメータは攻撃、防御・支援、技術、機動力、射程、指揮、特殊戦術、トリオンの合計8つ。

 1から10段階で分けられており、各隊にジンのトリガー構成やジンのパラメータやサイドエフェクト等のボーダー内でも公開しても問題無いデータが記された紙を配る。

 

「お前達はこれから強くなる……ならばどうやってジンを倒す?ジンと言う男はボーダーでも上から数えて直ぐの実力者と聞く……奴を倒すことが出来るようになればある一定の実力者は容易く倒すことが出来るだろう。ある意味、奴は越えなければならない壁の1つだ」

 

 此処に居る面々は上に上がろうとしている面々だ。

 ならば何処かでジンとぶつかる可能性がある。ジンが向こうの世界基準でも超一流の戦士である事は分かる。

 オン・オフのスイッチが無いとは言え強力なサイドエフェクトを有しており、更には本人がそんなものに依存しなくてもある一定のレベルの力量を有している。そんな迅をどうするべきか?

 

 既にジンは負け越したのでジョンの威厳もコレで保つことは出来ているだろう。ならば課題を与えてみる。

 どうやってあの男から確実な勝利を持ち込むのか。

 

「なんでもいい、浮かんだ案をとにかく出してみろ」

 

 アレはああだからダメだなんだと言う時間ではない、今は発想力を求める時間だ。

 配られたデータと自分のデータを照らし合わせる。ジンと言う1つの壁をどうやって倒すのかを検討してもらう。

 

「迅さんを……流石に迅さん相手に1人で挑んで勝つのは難しいから、奥寺と組んで倒すのを重視にするんじゃなくて最終的に東さんに仕留めてもらう感じで」

 

 コアライは1つの部隊(チーム)でジンを倒すと言う。

 

「なにも今すぐに倒せと言っているわけじゃない。お前達にも将来的にこうなりたいという理想の1つや2つある筈だ……その完成した理想の自分でジンに挑むのも手だ……お前達はまだ未熟なんだ、それを忘れるな」

 

「ん〜……迅を倒すって言ってもな。予知があるわけだし初見殺し系とか何かしらの対策をしないといけない必殺技持ちの奴でも『それは見た』の一言で対処されちまう……」

 

「太刀川さん、迅を倒す時にこうしようとか意識してねえんすか?」

 

「してないな。ここを攻めればいいとか考えるよりも隙間があれば無理矢理抉じ開けるって考えて戦ってる」

 

 ジンの倒し方をこの中で最も知っているらしいタチカワはジンの予知があるからと色々と考えても無駄なのを知っている。

 ユバがタチカワに意識するよりも、考えて動くよりも感じて動いた方が効率が良いことを語るとアズマが口を開く。

 

「そうだな。迅は何をしてくるか分かっている……不意討ちや奇襲は難しい。当てるところまでに、回避も対処も不可能な詰みの一手に持ち込めば狙撃で落とす事は出来るがそこまで持っていく事が出来るかどうかが鬼門になる……自分が撃たれる未来も見えるからな、あいつは」

 

 遠回しにコアライが考えた作戦が難しいとアズマは言う。

 実際のところそうだろう。狙撃が来ると分かっている、狙撃を当てる為の連携を取ってきていると分かりさえすれば対策の1つや2つ容易に浮かぶものだ。

 

柿崎隊(うち)の場合は狙撃手が居ないので……隊の方針通り纏めて動く……いえ、3方向から攻めれば」

 

「いや、それでも対処されちまう。あいつにはエスクードがあるから無理矢理分断されるし射線を封じられる」

 

 テルヤは自分の隊で叩く事を考えるが、カキザキがそれでも迅の方が上手だとする。

 迅には地面から壁を生やすエスクードと言うトリガーを持っている。予知で相手の位置を把握する事が出来れば射線等をエスクードで防いで連携を取らせない様にする事は容易だろう。

 

「じゃあ……どうやって倒せばいいのかしら?」

 

「迅さんは太刀川さんと同じぐらいに強くてボーダーで数少ない1人で1部隊を任せれる隊員…………私がマスタークラスどころか10000越えの攻撃手になっても倒せるイメージが無いわ」

 

 ナスとクマガイもジンをどうやって倒せばいいのか分からないと悩んでいる。

 それだけジンと言う男の実力がボーダー全体で見ても頭が幾つか抜き出ているという証拠か。

 

「ジンを倒すには幾つかの手立てはある……あくまでも個人的な見解だから参考にするまでで答えだと認識するな」

 

 全員がああだこうだと色々と意見を出し合う事に成功したので次の段階に移る。

 この頃にはジョンはジンから4本目を奪うことに成功しており、残すところは1本となった。

 

「先ず純粋にジンの実力を上回る……タチカワやコナミがそれをする事が出来ているだろう。ボーダー随一の防御の名手の防御を撃ち破る技量を持っていればいいが1番難しいだろう」

 

 そもそもでそれが可能ならば、今こうして此処に集まってもらっていない。

 ジンの実力を上回る、それこそ予知を持ってしても倒すことが出来ないであろうレベルにまで強くなる……脳筋に近いやり方だ。

 

「次に連携、数の利で勝負する……不意討ちや奇襲は効きが薄いが決して効かないというわけではない、回避や対処されるの前提の不意討ちをする。数の利を得ることで相手に1度に沢山の事を考えさせないといけない。奴は予知のサイドエフェクトを持っているが頭で全て並行処理する事が出来るサイドエフェクトは持っていない。2,3人どころか10人ぐらいで即席じゃない熟練の連携でそこに誰かが倒される前提の自爆特攻で挑めばチャンスはある」

 

「10人って……そんなに必要なのか?」

 

「あくまでも個人的な意見、確実に潰す為の場合だ」

 

 圧倒的な数の利で挑むことに対して色々と思うことがあるのかフジマルが呟く。

 ジンの予知がどうなっているかは知らないが、確実に倒すならば熟練の連携が出来る10名ぐらいの部隊をぶつけるのが手っ取り早い。

 

「次にトリガーの性能で上回る……要するに圧倒的なまでの火力で攻める。数の利すらも意味が無い圧倒的、回避不可能防御不可能、そもそもでそれを使わせないが為に行動する様な一撃を用意する。と言ってもボーダーのトリガーは継戦重視で量産もしやすい様に作り上げているから一品物の自分に合ったトリオン効率度外視のトリガーは難しいだろう」

 

「とりまるのガイストとかレイジさんの全武装(フルアームズ)なら……まぁ、いけなくもないわね」

 

「次に単純に相性の良いトリガーでぶつかる……ジンは攻撃手(アタッカー)という近距離戦の名手だが、中距離以上の攻撃を主とし自身よりも機動力に特化した相手ならばおそらく勝てる」

 

 如何に強いグーと言えどもパーには絶対に勝つことは出来ない。

 戦いも純粋な技量等もあるが相性と言うものもある。戦闘向きのサイドエフェクトでグーとは言い難いグーでパーにたまには勝てる可能性を秘めていたりするだろうが、それでも基本的にはパーとの相性は最悪だ。

 

「予知のサイドエフェクトが具体的にはどうなっているかは知らないが対処しきれない手数で攻めるか詰みの一手まで戦局を運ぶかのどちらかで倒すのが1番倒しやすいやり方……と言ってもジン自身が予知を除いても強く賢いので容易ではないだろう」

 

 あれやこれやを考察した後に一同はモニターを見る。

 ジョンとジンの5本勝負、既に勝敗は決まったが最後の1本が残っているので互いに油断はしない。ジンは一矢報いる為に、ジョンは自分の信頼と信用を勝ち取る為に最後まで気が抜けない。

 

【カゲロウ】で切り込むジョンをジンはスコーピオン二刀流で対応する。

 コレはダメだと防御を切り崩すのが難しいと判断したのかジョンは管の付いた槍を取り出しては【カゲロウ】を鞘に納めてジンに向かって煙玉を投げた。煙はジンを中心に包んでいき、ジョンは管の付いた槍を投げると槍はジンに向かって飛んでいく。

 

 煙の中なので上手く見ることは出来ないが、ジョンは突如として消え去る。

 カゲロウを構えることなく一瞬で抜き去ったが……ジンはエスクードで槍を防いで、槍を経由してテレポートしたジョンの【カゲロウ】をスコーピオンで防いだ。

 

「二段構えのあの技を防ぐのか!?」

 

 あの技を初見で防いだ事を姫は驚く

 

「どういう意味ですか?」

 

「あの技は先ずトリオン認識と視界を阻害する煙玉で相手を囲う。オペレーターが煙の中を見える様に支援して、煙の中に居る相手に向かって管槍を投げる。管槍を中心に半径5mまでテレポートする事が可能で、槍が刺さらない当たらなくても避けたり防いだりしても視界不良の中で即座にテレポートして剣で切り込む……防御しても回避しても問題二段構えの技で……多くのトリガー使いを葬ってきた技だ」

 

 オサムの問い掛けに姫は答える。

 ジョンの使っている技の仕組みはシンプルだが防ぐのがあまりにも難しい、初見でもそうでなくても防ぐことが難しい必殺技の領域にまで高められている技で……確か卑劣切りと呼んでいたか。

 

「どうやら鈍っていないようだな」

 

 この玄界(ミデン)、いや、日本と言う国にやってきてからは戦闘はほぼしていない。

 アフトクラトルの侵攻の際に情報提供者と交わした約束を果たす為にジョンは戦ったが、それだけだ。約2ヶ月もの間、戦闘をしていなかった。何処か鈍っているかという心配はあったのだが何処も鈍っていない。何時も通りの戦闘を行う事が……いや、少し違うか。

 

「ジョンがどうしてここまでジンに優勢に立てているか分かるか?」

 

 ジョンの動きが普段よりも違う事に気付いているのでボーダー隊員達に聞いてみる。

 この質問の答え次第でボーダーの強さが分かる。ただ単純にジョンがジンよりも強かったの一言で済ませるのならば、組織の人材の底が見えてしまう。

 

「…………動きに無駄と迷いが無いな」

 

 純粋にジンよりも強いと答えるかと思ったがタチカワがジョンの動きについて気付く。

 今のジョンの動きには無駄や迷いがない。重心のフェイク等を入れてもジンの予知を相手には無駄だと判断しているので余計な小細工を極力使わないようにしている。

 

「ジンは多分だけど、困惑してるのよ……自分のサイドエフェクトが通じない相手に」

 

 何をしているのか知っているルルベットは口を開いた。

 

「自分のサイドエフェクトが通じないって、サイドエフェクトが効かないサイドエフェクトを持ってるんじゃないんでしょ?」

 

 サイドエフェクトが通じないことにコナミは疑問を持つ。

 

「ジョンのサイドエフェクトは他人の強さや性質が動物なんかに見えるサイドエフェクトだ……サイドエフェクトが効かないサイドエフェクトを持っているのはアオイだ」

 

 そしてアオイはこの場に参戦していない。オペレーターとしてジョンの後方支援をしている。

 アオイのサイドエフェクトが効かないサイドエフェクトがジンに対してどの様な効果を発揮しているかは不明だが、少なくとも今戦っているのは葵ではなくジョンだ。ある程度はサイドエフェクトが発動している。現に二段構えの卑劣切りを初見で完璧に防ぎ切った。

 

「迅のサイドエフェクトを逆手に取る?…………可能なのか?」

 

「私達はジンが未来を視るサイドエフェクトを持っているぐらいしか認識していない……おそらくだが迅には確定した未来とそうでない未来が枝分かれの様に複数見えている筈だ」

 

「その認識で間違いはないですよ」

 

 アズマがジンのサイドエフェクトを逆手に取る事が出来るのか?と疑問を持つ。

 ここからは私達の主観、ジンは未来を視えるが確実に辿り着く未来が視えるのではないと考察するとカラスマはそれで合っているという。

 

「確実に辿り着く未来を見れればあの技は効かないだろうが、幾つも枝分かれしている未来を視てそこから色々と処理しているのならばあの技は通用する筈だ」

 

「あの技?ジンさんになんか仕掛けたの?」

 

「確か……(いん)って名前の技だったわ」

 

 技名をボンヤリとだったがルルベットは覚えていたので呟く

 

「ん〜…………なにか必殺技らしい必殺技っぽいのはしてないみたいだが」

 

 剣を交じ合わせるジョンを見るがジョンが特別になにかしているわけではない。

 重心のフェイク、視線のフェイク、そういったものを使ってもジンに対しては効果は0に等しい。タチカワもその辺りには気付いている。

 

「別に戦況を大きく変えたり相手に大打撃を与えるタイプの、それこそ必殺技って呼ばれる技じゃないのよ……凄く分かりやすく言えば無駄を省いたのよ」

 

「無駄を省いた?……どういう意味だ?」

 

 ルルベットからジョンがやっている事に関して教えてもらえばユバはますます意味が分からないと言った顔をする。

 

「そのままの意味よ……ジョンの動き、無駄が無くて一手一手が綺麗でスムーズに動いてるでしょ?ある程度の力量を持っていたら相手の予備動作とかクセとか重心や視線の動き方から次の一手が予測する事が出来るわ。ジンには確定した未来しか視えないんじゃなくて確定するかもしれないありえる可能性が存在している未来が複数視えてる…………分かるかしら?」

 

「……まさか……」

 

 ルルベットの説明でアズマはなにが言いたいのか気付く。ジョンがやっている事はあまりにもシンプルだ。

 

「一切の無駄や予備動作を無くして、次の動きを予測させない。ジンのサイドエフェクトはオン・オフ効かないものらしいから問答無用で未来が視える。ジンは異なる未来が常に幾つも視えているけれど予知による先読みやどう動けば良いのかのシミュレーションが殆ど出来てない筈よ」

 

「無駄な動きを無くすだけって、そんなシンプルな作戦でイケるんですか!?」

 

 ジョンの(いん)は無駄な動きを全て省いて相手に先読みをさせない事。

 卑劣切りを防ぐことは出来たものの負け越している事からジンはサイドエフェクトの予知を逆手に取る事は成功している。

 

 無駄な動きを無くし、次の一手を複数用意する。

 

 ジョンのやっている事はあまりにもシンプルな事だ。説明すればあまりにもシンプルな事でオクデラも驚いている。

 

「なら、お前は無駄な動きを一切取らずに、それこそ走り方から剣の握り方まで過去に今までフォームの矯正を行ったか?」

 

「それは……してないです」

 

「別に責めているわけじゃない。走り方から剣の握り方まで色々と徹底的に矯正した。相手に複数のパターンを予見させる程に無駄を無くした。口で言うのは簡単だが恐ろしいまでに地道な訓練が必要で…………私達は匙を投げた」

 

 フォームの矯正を行うのはまだ分かるがジョンの陰はそれの度が越えている。

 無駄を省いてもストレス等で精神が揺らいで無駄が生まれる可能性も多いにありえる事だが……ジョンは無想という心を無にする技術を会得している。

 

「人間というのは器用な生き物だ、正しいフォームや型が存在していても体格や精神的な問題で無意識の内に自分に向いた形を取る……そうだな、車や自転車で例えれば分かるだろう。正しい乗り方を最初に教わるがその内自己流の自分に合った乗り方をする……別にそれが悪いというわけではない、そちらの方が場合によっては効率がいい。ジョンのやっている事は恐ろしく地味で時間も掛かる。無駄な動作を無くすぐらいならばと誰しも代案を考えるだろう」

 

 現に私も姫もルルベットもアオイもリーナもこの技は向いていないとイアドリフの殆どの兵士も無理だと直ぐに判断した。

 例えクセや無駄な動作があったとしても、より多くの経験を積み上げて強くなれば問題は無い筈だ。そもそもで無理にクセなんかを矯正すれば逆に駄目になる可能性もある。

 

「無駄な動きって予備動作とかもか?そんなの出来るのか?」

 

 フジマルはそれこそ眉唾物だと言いたげな顔をする。

 

「……私が独自で調べた結果、この国出身のレスリングと言う格闘技で世界最強の女性選手がタックル等の予備動作が存在しないらしい……理論上は不可能ではない……ただし地味で時間も掛かる。お前達が直ぐに会得する事が出来るかどうか聞かれれば無理な技術だ」

 

「……どんだけ時間がありゃ覚えれるんだ?」

 

「……お前達の大半は学校に通っている。最低でも朝の7時から夕方16時までの9時間は学校に縛られている。だが、ジョンはその9時間を別の時間に使う事が出来た……それら全てを犠牲にしろと酷な事は言わない」

 

「っ……」

 

 ユバという男はジョンがこちらの世界のこの国の人間である事を知っている。

 だからそれを利用させてもらう。ジョンがどれだけの時間を費やして会得した技術かは定かではない。そもそもでまだ未完成なのかもしれない。

 ここにいる面々は学校に通っている。青春というものを謳歌している。長くて1日4,5時間ぐらいだろうか?それぐらいしか戦闘訓練等に時間を使っていない。実戦形式の練習をしているからフォームの矯正なんて考えもしないだろう。

 

『トリオン供給器官破損、5本勝負終了』

 

 5本勝負はジョンが1つも落とすこと無くジンに勝ち越した。

 

「迅さんが完敗した…………」

 

「ジンは弱くはない。むしろ強い方だ……だが、今回ばかりは相性が悪過ぎた。おそらくだが強者相手に予知を用いて戦闘している、依存し過ぎているとは言わないが頼りにしすぎている……サイドエフェクト抜きの純粋な強さならばタチカワの方が上だろう」

 

 ジンのパラメータの防御が異常なまでに高いのはサイドエフェクトの恩恵が大きいからだろう。

 トモエがありえないと言いたげな顔をしているがコレは事実だ。ジョンはジンを完封した。ジョンが覚えた陰という技がジンとの相性が最悪だったんだ。

 

「迅を対策していたのか?」

 

「それは私にも分からない事だ、少なくとも動体視力を強化する類のサイドエフェクトには見切られてしまう」

 

 だからあの特訓が生きるとは思ってもみなかった。

 レイジの質問に答えた後に弱点らしい弱点がある事を語る。

 

「確か……テニスの王子様?だったか?そんなタイトルの本に相手の動きを先読みしてシミュレーションする技に対して無駄を省いて先読みを防ぐ技で封じ込んだ筈だ」

 

 ジョンがなにから発想を得たかどうかは知らないが、少なくとも本に載っている技だ。

 ともあれコレでジョンはボーダー隊員達から一種の信頼と信用を勝ち取ることに成功し……ジョンはジンと言う危険な存在を倒せる存在だという事が証明された。予知という反則じみたサイドエフェクトだが、ジョンならば幻夢で倒すことが出来る。充分すぎるデータが取れた。




迅対策の陰はこんな感じになりました、許してくれ……なんでもはしないけど。
感想お待ちしております。因みにボーダー所属の世界線ではこの(いん)は会得する事が出来ない技術ですので悪しからず。

才気煥発の極みって予知能力に近くね?だったら風林火陰山雷に陰みたいなので防ぐことは出来るんじゃね?とアホな発想に至っただけなんだ。


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70話

 

「うう……ふうじんがあれば、ふうじんがあればじんはまけなかった!」

 

 迅との5本勝負が終わったので一先ずは訓練室から出る。

 陽太郎が迅が負けたことを認められないと言った顔をしている。と言うよりはポロポロと悔し泣きしている。

 

「風刃があっても負ける可能性もあると思う……オレも知らず知らずサイドエフェクトに依存し過ぎてた。いい勉強になったよ」

 

「風刃で挑んで来るならばそれを想定した戦いをすればいいだけの話だ」

 

 風刃を持った迅を想定していないわけじゃない……が、幻夢(ガメオベラ)で勝つのは難しいだろう。

 流石に通常のトリガーで黒トリガーに勝てると思うほど慢心していない。不意討ちや奇襲の類が効かない相手ならば尚更だ。

 

「よし、次は俺の番だな」

 

「違うでしょ……陽太郎、見ておきなさい。迅の仇討ちをするから」

 

「おい、お前等は無しだ」

 

 今回のこの合同演習は弱い人を強くするのが主な目的であり、既に一流の人間を更に強くする為の演習ではない。

 太刀川と小南がやる気を出しているが既に一流の人間である人間を相手にしたくはない……迅は迅対策とは言わないが、陰を会得していて今回それが上手く発揮したが、この2人相手ならば勝つことが出来るだろうか?……迅の弱点を突いたから勝てた感じがするな。

 

「お前達は俺の事を信頼も信用も出来ていないだろうが……今のでどうだ?」

 

 柿崎隊、那須隊、三雲修、東隊、弓場隊の面々を見る。

 俺にはポイントのブランド力というものを一切持っていなかった。ブランド力というものは意外と馬鹿には出来ない。あのメーカーだから、あの会社だから安心できる。信頼できる。信用できると無意識の内に人はそのブランド力に惹かれている。迅を相手に完勝したのでブランド力というものを手に入れる事に成功した筈だ。

 

「俺は俺が強くなる方法しか知らない……他人に指導したりする指導者的な立ち位置には居ない、上から命じられて前線で戦わされてるタイプだ。ボーダーの訓練システムは実によく出来ている。だから俺を無視して自己鍛錬に励むならばそれでいい……とりあえず10分間休憩させてくれ」

 

 俺はトリガーを停止して生身の肉体に戻る。

 なにか飲み物は無いのか?出来れば甘い飲み物が欲しいと言えば迅がジュースを取りに行ってくれる。無想で心を無にして陰で無駄な動作を無くしたのはいいが、頭のスイッチをオフからオンに切り替えるとドッと精神的な疲労が襲ってくる。

 

「お前……さっきの陰とか言う技を覚えるのにどれだけ時間を費やしたんだ?」

 

「分からん」

 

「分からんって」

 

「陰は無駄な動作を無くたり予備動作のモーションを無くしたりする技と呼んでもいいかどうかのレベルの技だ。誰だって何処かで動作確認の1つや2つするだろう。俺はそれを徹底しただけだ…………そしてそれは今も継続中だ。新しい技や技術を会得すればまた1から矯正しなおしだ」

 

 柿崎が俺が陰を会得するのに掛かった時間を聞いてくる。

 陰の技は完成する事が無い、そもそもで完成形すら存在していない技というより技術というよりも基礎に近いものだ。

 

「人間は器用な生き物だ、正しいフォームや型が存在していても体格や精神的な問題で無意識に自己流にアレンジをする、別にそれは悪い事じゃない、人間合う合わないの問題はある。けど、俺がやったのはその逆、正しいフォームを完璧に守っている。ストレスなんかの精神的な問題を排除してだ」

 

 陰の正体はなにも小難しい原理じゃない。

 予備動作等のモーションを無くしたりする。精神的動揺による動きの迷い等を無くす。人が無意識の内に勝手に弄くってしまっているものを本来あるべき形に変えているだけ。

 

「自分が思い描いている100の力を出そうと思って真剣にやっても自分が思い描いているものと実際の100の力は違って出し切れない。様々な理由がある、無駄な動きがあったり精神が揺らいだり……人間100ある内の80引き出せたら良いところだ。残り20は色々な事が要因して引き出す事が出来ない……俺がやったのは残り20を引っ張り出しただけだ……だから100じゃなくて120の相手には敵わない」

 

「つまり、お前より上な奴が居るって事か?」

 

「まぁ、そうだな。イアドリフにも何名か連携抜きで単体で俺を倒すことが出来る奴が居るし、そいつ等が挑んでも勝つことが出来ない(ブラック)トリガーとか言う理不尽な存在もある」

 

 俺は昔よりは強くなる事は出来ているだろうが、それでもまだ分かる。ヴィザの爺に届かないことを。

 俺だって毎日とは言えなくなっているが経験は積み上げているが向こうは俺よりも10年以上の厚みを持っている。同じトリガーを使ってもまだ倒すことが出来ない。それなのに向こうは星の杖(オルガノン)とか言う理不尽な黒トリガーを持ってやがる。

 

 上の壁が物凄く厚いという理不尽さを知ってか柿崎は少し困惑している。

 柿崎は今のボーダーが出来て間もない頃に入隊したボーダー隊員で様々なボーダー隊員を目にしている。当然、その中には迅や太刀川も含まれているだろう。柿崎の認識でも迅は攻撃手の中でも最強と言ってもいい存在で、そんな存在を完封した相手を倒すことが出来る相手が居て、それでも勝つことが出来ない理不尽な黒トリガーの存在がある。

 

「お前と付き合えば、俺は……俺達は強くなる事が出来るか?」

 

「俺は弟子を取った事が無いも同然で自分が強くなる方法しか知らない。自分が強くなれない手段は無理だと即座に諦めた……合う合わない可能性がある」

 

 俺のやっている修行や特訓は果たしてそれで強くなる事が出来るのか?等の疑問を持っても同然な事もある。

 現に覚えたのはいいものの、使っていない技術も幾つか存在している。トリオン操作の問題で覚えれなかった技術も多数存在している。

 

「こっちの世界は平穏な国で、お前には頼りに出来る人達は沢山いる。だから葵やリーナの様に強くなる事を強要するつもりは無い……お前には友達と楽しい時間を過ごす事が出来るんだ……無理にこうなる必要は無い」

 

「っ!?」

 

「んだ、その手は……」

 

 柿崎と藤丸に手を見せる。

 畑仕事の為に鍬を持った。銃をホルスターから抜いて銃口を的に向ける訓練をした。重さ6kgの木刀を毎日素振りした。管を付けた槍で5円玉の穴に向けて針を突き刺した。トリオン体で出来る訓練だが、生身の肉体レベルで精神がすり減るレベルで身に沁みつけた。

 

 だから手は豆やタコだらけだ。ボロボロだ。手のひらの皮も剥けた痕跡もある。

 トリオン体だから出来るけども生身の肉体だから出来ないって言うのも極力減らした。

 

「戦う技術が泰平の世にもなっても滅びないのは1の才能よりも100の努力が上回るから。1人の天才は凄まじいが努力家によって何百年も研鑽されて作られてきた武術の前では無に等しい。だから才能があるとか無いとかで区別はしなくていい」

 

 最も、俺は少しだけ人より才能があった。努力する時間があった。努力する事をめんどくさがらなかった。効率の良い努力法を知っていた。

 転生者だから色々と裏技を知っていたから此処まで来ることが出来た……転生者じゃなくて普通の人ならば今頃はイアドリフで野垂れ死んでただろう。

 

「お前は……頑張ったんだな」

 

「それしか道が無かったんだ」

 

 藤丸は俺が近界民でなくこちらの世界の人間である事を知っている。

 葵の存在等を考慮しても上から無闇矢鱈に俺がこちらの世界に帰ってきた近界民(ネイバー)もどきだと言い触らすなと言われているのだろう。唐沢さん達は俺を半近界民、近界民もどきだと認識していると言い切ったしな。

 

「さて、休憩は終わりだ……太刀川と小南は相手にしないからな」

 

「じゃあ俺はなんの為にここに居るんだよ!」

 

「お前が勝手に来ただけだろうが!」

 

 俺と戦うつもり満々な太刀川だが相手をするつもりは無い。

 休憩をする事が出来たので訓練室に足を運ぶのだが案の定、太刀川がついてきているが無視をする。

 

「準備出来たぞ」

 

「こっちも出来ました」

 

「俺達も準備出来ました!」

 

「私達も問題無いです」

 

 弓場、修、小荒井、那須は準備が出来たと言う。

 それに続き柿崎も出来たと言うのでオペレーターの準備が完了した。

 

「俺は俺が強くなる方法しか知らない……その内の大半は地味な反覆練習が多い。例えば槍の突きや剣の突きで5円玉の穴に通すのを100回繰り返すとか。別に俺が居なくても出来る基礎訓練は……まぁ、今は置いておこう」

 

「基礎訓練もいいけどよ、100の練習よりも1の実戦の方が大事なんじゃないのか?」

 

 太刀川、五月蝿い。

 無想とかの技術を教えてもいいが、俺自身無想をちゃんと会得しているかどうか怪しいところだ。

 

「知ってる奴は知ってると思うがこの前の大規模な侵攻でトリオン兵でなくトリガー使いが出てきた。向こうの世界の住人がこちらの世界もトリガーを使うと認識してこれからトリオン兵でなくトリガー使いが出てくる可能性が高い……仕方がない……太刀川、1回だけ勝負してやる」

 

「待ってたぜ、その言葉を」

 

「………羅生門(サハスラブジャ)

 

 口で言うよりも実際に見てもらったほうが方が幾つか分かる事があるだろうから1回だけ相手にする。

 

『ジョン、羅生門(サハスラブジャ)を使うのですか!?』

 

 今回の訓練では幻夢(ガメオベラ)しか使わないとは言っていない。

 黒トリガーを持ち込んでいると知られればボーダーが総力をあげて襲撃してくる可能性があるだろうが……まぁ、そうなったらそうなっただ。

 

「(別に使うなとは言われてないし、誤魔化す)」

 

 遊真が居る以上は下手な嘘をつくことが出来ないものの誤魔化す事ぐらいは出来る。

 太刀川との試合を生で観戦していろとだけ告げて太刀川と対峙する。

 

「……武器を出さないのか?」

 

「その認識の時点で間違ってるぞ。武器にトリオンを注ぎ込むんじゃなくてトリオン体にトリオンを注ぎ込んで通常の何倍も運動性能に優れたトリオン体による徒手空拳もありえる……相手は未知の相手だからあれしてこないこれしてこないの定石が通じないのもあるぞ」

 

「成る程、京介のガイストみたいなのか……剣を拳で倒すことが出来るかな?」

 

 ニヤリと笑みを浮かび上げると太刀川は弧月を鞘から抜いた。

 ブザーが鳴り響くと同時に俺は重心を前にズラして無想状態に頭を切り替える。さっきの迅の時と違って予備動作を無くせばいいとか色々と余計な事をしなくてもいい。

 

 太刀川を倒すことにだけ集中すればいいのはいいことだ。

 太刀川は弧月を振るおうとするのでそれよりも先に顔に向かって殴りかかろうとすると太刀川は顔狙いだと即座に分かったので避ける

 

「っ!」

 

「山突き」

 

 が、狙っていたのは顔だけでなくお腹もだ。

 太刀川は殴り飛ばされるのだが直ぐに立ち上がる。

 

「生身の肉体だったら胃袋が破裂していたかもな」

 

「…………純粋な殴り合いならお前の方が上だが、知ってるか?剣道3倍段って言葉を」

 

 面白いと笑みを浮かびあげた太刀川は二本目の弧月を抜いた。

 やっと二本目の弧月を抜いた……だが、たった2つに過ぎない。剣の間合いを取られれば倒される可能性は高い…………とでも思っているのだろう。

 

「このトリガーの名前はサハスラブジャ……こちらの世界の神の名を与えている」

 

 太刀川との間合いを詰めようとすると太刀川は弧月を振るおうとする。

 余計な事を口走って情報を与えると後でレグリットに怒られそうだが、ある程度は好き勝手にしていいと言われているので好き勝手にさせてもらう。

 

「もらった」

 

「やらん」

 

「っ!?」

 

 太刀川は旋空弧月を使わずとも俺を斬れる間合いに居る。

 後は斬るだけだと言ったところで太刀川の手首が太刀川の意識外のところから手が出現して手の動きが封じ込められる。

 

「第三の手!?」

 

「いや、違う。第四もある!」

 

 太刀川の意識外のところから手が出てきた……そう、文字通り手が出てきたのだ。

 俺の2つの腕以外から更に右腕が1つ、左腕が1つ生えて伸びていき太刀川の手首を掴んで弧月の動きを完全に封じている。修と弓場は俺に腕が生えた事を驚いている。

 

「っぐ……」

 

「やめておけ、振り解けない」

 

 弧月は手で持って振るう剣のトリガーであり腕を封じられればどうすることも出来ない。

 意識外から伸びた2本の腕に手首がガッチリと掴まれており、太刀川は振り解こうとするが羅生門の力は並大抵じゃない。

 

「ここから往復ビンタを叩き込むか貫抜で腹を貫いてもいいがそれだと芸が無い」

 

「5本目と6本目の腕が生えた!?」

 

 身動きが取れない太刀川の間合いを詰めつつ更に第5の腕と第6の腕を生やす。

 なにをするんだと巴は見守っている。

 

「敵の左肩下に頭を潜り込ませて両腕の絡みを強固にし大地の巨木を引き抜く心構えで相手を高く持ち上げる両腿を抑えつける」

 

「あ、あの技って確か」

 

 生で見るのははじめてだが知識としては知っていると驚きの顔で帯島は技を見る。

 

「き、キン肉バスターを撃つの!?」

 

 那須もなにをするのか分かったのか声を上げる。

 

「キン肉バスター?」

 

「キン肉マンって漫画に出てくる必殺技の事だけど…………マジ?」

 

 キン肉マンはまだ見せていないのでなんのことだ?と遊真が首を傾げるので熊谷が教える。

 プロレス技なんて基本的には魅せる技……この技が実戦的な技かどうか聞かれればあまり実戦的な技じゃないだろう。まぁ、史上最強の弟子ケンイチでルチャ・リブレの敵が居たからルチャ・リブレやプロレスが戦えないとは言えない。

 

「舐めんな!キン肉バスターならひっくり返す事が出来る!!」

 

「誰が何時キン肉バスターを撃つと言った?よく見ろ。キン肉バスターには無い4本の腕があるぞ」

 

 ガッチリと太刀川の手首を掴んで弧月を振るわせる事が出来ない様にしてある。

 その時点でキン肉バスターではない。クアドラプルバスターだが、まだそれでも二本の腕が残っている。足の膝下部分をガッチリとホールドする。

 

「ターンオーバーでもマッスル・(グラビティ)でもネオキン肉バスターでもリベンジバスターでもない。このまま鷹の如く舞い上がり、稲妻の如く落ちる!!」

 

 高くジャンプして一気に地面に向けて急降下して尻を地面に叩き付けた。

 

「そして首、背骨、腰骨、左右の内腿の合計5つが破壊される」

 

『トリオン体損傷』

 

「普通の阿修羅バスターだ」

 

 阿修羅バスターを太刀川に叩き込んだ。

 太刀川のトリオン体が損傷したとアナウンスが鳴り響いたので無事に太刀川を倒すことに成功したようだ。

 

「さぁ、お前達とのタイマンだ……ああ、言い忘れたが弾系のトリガーは使うなよ。近距離戦を想定しての戦いだ、中距離以上の射撃戦はしない。素の実力を高めたいだろう……言っておくがお前達とは鍛え方が違う。精魂が違う。理想が違う。覚悟が違う。流れた時間が違う……1人で倒せるかな?」

 

 予想外のトリガーとの戦闘もまた大事なものだ。





 羅生門(サハスラブジャ)使用時

 トリオン 39

 攻撃 27

 防御・支援 15

 機動 13

 技術 11

 射程 6

 指揮 7

 特殊戦術 14

 TOTAL 119


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