碇シンジは夢を見る (ゼガちゃん)
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碇シンジの夢①

どうも。
初めましての方は初めまして。

正直、エヴァの詳細はあまり覚えていないので色々と間違い等もあるとは思いますが、その時は教えて頂けると幸いです。

では、本編です。


―――ああ、これは夢だ。

 

 真っ先に少年――(いかり)シンジ――は思った。

 そう考える理由は2つ。

 

 1つは今よりも目線が高く、身長が伸びている事が窺えるから。

 そしてもう1つが……目の前に広がる光景は“決して手に入れる事のできないものだから。”

 

「おはよう。シンジ」

 

「…………」

 

 至って普通、至って平凡なリビングだ。

 亡くなった筈の母親の碇ユイがエプロンを付けてキッチンで朝食の用意をしている。

 幼少期、シンジを叔父夫婦に預けた――――いや、捨てた父親の碇ゲンドウがテーブル席に着いてサングラスをして新聞を読んでいた。

 

 これが明晰夢というものだろう。

 シンジは興味本位で読んだ本の知識を思い出していた。

 しかし、記憶に殆んど無い母親の顔まで出てくるとは自分の記憶力には恐れ入る。

 

「学校は休みの筈だけど…………って、どうかしたの?」

 

「えっ、と」

 

 母親に尋ねられ、シンジは一瞬狼狽する。

 

「トウジ君やケンスケ君と遊ぶ約束でもしてる? あっ、もしかしてアスカちゃんかレイとのデートの約束でもあった?」

 

「え? 誰?」

 

 素で返答してしまう。

 それもそうだ。知らない人の名前が一気に4人も出てきたのだから疑問しか出ない。

 

 夢と言うのは脳が情報整理を行うと言う話を聞いた事がある。

 しかし、知らない人の名前が出てくるとはさすがにどうだ?

 

「ふむ」

 

 先程まで沈黙を保っていたゲンドウが呟く。

 思わず、本当に条件反射にシンジの肩が揺れた。

 いや、揺れたのはシンジの心の方だろう。

 

 幼少期の頃に捨てられるも同然の行為を父親にされたのだから。

 

「むっ!! もしかして、あなたがシンジに何かしたの?」

 

「ま、待ってくれ!! 俺は無実だ!! 昨日は釣りに行く約束しかしてない!!」

 

 そんな約束を交わした――――本心でゲンドウとはそれだけの関係性を結びたいとシンジは思っているのか。

 随分と自分に都合の良い夢だ。

 だからこその明晰夢とも言えるが。

 

「なあ、シンジ…………何か辛い事でもあったのか?」

 

「いや、その……」

 

 シンジは口ごもる。

 これまでの出来事でシンジは内向的な性格を形成していた。

 預けられた先でも待遇は良い訳ではなく、庭の離れでの生活を強いられていた。

 

「話してくれないか?」

 

 いつの間にか新聞ではなく、その眼はシンジへと向けられていた。

 思わずそっぽを向いてしまう。

 

 けれど、2人は特別に追求しようともせずにシンジの言葉を待ってくれていた。

 

「その」

 

 その眼光に負けたからか、シンジはポツリポツリと口を動かし始める。

 どうせ夢だから――――そういった思いも背中を後押ししていた。

 

「僕が小さい頃に、母さんが死んだんだ。それで、父さんに捨てられるも同然に叔父夫婦の家に預けられて――――」

 

 我ながら何も考えずに発言してしまったと思う。

 見切り発車の発言をたどたどしいながらも、2人は聞いてくれていた。

 

 苦しかったと、悲しかったと、寂しかったと――シンジの言葉がどう受け止められるのか分からない。

 それでも、言葉の波は留まる事を知らなかった。

 

 次から次へと言葉が溢れる。

 溢れ、溢れ、溢れ、溢れ、溢れ――――けれど、それも終わりを告げた。

 

「そうか」

 

 ゲンドウの反応はたった一言であった。

 しかし、それはそうか。

 彼からしてみれば荒唐無稽な話だ。

 

「シンジ」

 

 席を立ち上がり、ゆったりと近付いてくる。

 両腕を高々と挙げ――――

 

 

 

 

 

「うおおおおおおっ!! 可哀想に!! そんな目に遭っていたとは!!」

 

 

 

 

 

 シンジに抱き付き、濃いお髭が頬にジョリジョリ当たってくすぐったい。

 

「おのれ!! 向こうの私はこんな可愛い息子をほったらかしにするとは許せん!! 制裁だ!! 鉄拳制裁だ!!」

 

 シンジを解放し、ゲンドウは見よう見まねのシャドーボクシングのポーズを取る。

 

「落ち着きなさい」

 

 旦那の脳天に「ていっ!!」と言いながらチョップを喰らわす。

 喰らった本人はと言えば、頭を擦る。

 

「全く。親バカなんだから。けど、気持ちは分かるわ。こんな可愛い息子を置いて先に逝っちゃう向こうのあたしも許せないしね」

 

 でもそれがゲンドウらしいとユイは思った。

 

「信じて、くれるの?」

 

「「当たり前」」

 

 シンジの疑問に2人は即答する。

 こんな話なのに信じてくれる2人――――父と母の存在を嬉しく思い、涙ぐむ。

 これが、夢で、自分の思い描く理想の世界の中だとしても。

 

「多分だけどね。向こうのこの人も同じように不器用だからシンジとの接し方が分からないのよ」

 

「不器用なの?」

 

 旦那の事を丸裸にする妻。

 言われた当人はそっぽを向く。

 

「まあ、座りなさいシンジ。今の話で気付いた事がある」

 

 ゲンドウが誤魔化すように言葉を掛ける。

 言われるがままに席に着き、ゲンドウはと言えば真正面の席に座り、両ひじをテーブルに乗せて顔の真正面で手を組むポーズを取る。

 

「平行世界、パラレルワールドといった単語は分かるか?」

 

「本とかの知識で良いなら」

 

 重なりあう異なる世界の俗称。

 有り得たかもしれない世界の事を差す。

 今、シンジの眼前の光景も言ってしまえば平行世界のようなものだ。

 

「これは仮定の話だが、もしかするとシンジの夢を介して平行世界に繋がったのかもしれない。その証拠に今挙げた面々の名前を知らなかっただろう?」

 

 問われた際に開口一番に「誰?」と返したのだ。

 そういう結論になるのは当たり前である。

 

「仮定の話だが、私はそう思う。それに、こんなにも困っているシンジを放ってはおけない」

 

 世の中には鏡やガラスを使ったり、本を使ったり、夢の中で繰り広げられる平行世界の物語が存在するのだ。

 オカルトの領分と言われるが、そうでない証拠も逆に無い。

 

「しかし、こうなると私にはどうしようも出来ない」

 

「シンジに頑張って貰う他に無いものね」

 

 シンジの為に父と母は揃って頭を悩ませている。

 その様子を眺め、シンジも考え込み…………

 

―――あれ? いつの間にか父さんと母さんを見てる?

 

 反らしていた顔は、いつの間にか2人へと向けられていた。

 

「よし!! こうなったらシンジを強く大改造するしかない!!」

 

 ドーンッ!! と少年漫画のような効果音が聞こえてきそうな勢いだ。

 大改造とはまた思いきった発言をする。

 

「えと、今の話が本当なら2人とは住む世界の違う子どもの話なのに……何でそんな親身になってくれるの?」

 

 シンジには不思議で仕方無い。

 だって、話が本当なら同姓同名、姿が同じだけで2人とは異なる世界の息子なのだ。

 こんなに親身になる必要が何処にある?

 

 シンジの質問に答えるよりも前に2人はキョトンとした表情になる。

 しかし、次には声を揃えて明るく告げた。

 

 

 

 

 

「「どの世界だろうと、碇シンジは私達の愛する息子だから」」

 

 

 

 

 

「あっ…………」

 

 もう駄目だった。

 それは言って貰いたかった言葉。

 碇シンジは今度こそ涙を流した。

 

 悲しいからではない、嬉しいからだ。

 

 この時初めて知った。

 

 嬉しいからこそ出る涙もあるのだと――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「う、うん」

 

 あの後、母に優しく抱き締められた。

 そして、母の胸の中で泣いた。

 もうワンワン泣き喚いた。

 父も抱き締めたがっていたが、指を加えて羨ましそうに眺めるのみだった。

 だが、空気を読んでくれたのは非常に助かる。

 

「私の事だからきっと何かに変わって見守ってると思うわ。動物だったり、草木だったり、建物だとか、ひょっとしたら巨大ロボットになってるかもね」

 

「それでも、会えたら嬉しい」

 

 幼い頃の記憶しかない母親との思い出。

 もし、少しでも会って言葉を交わせるなら嬉しい事はない。

 

「シンジよ。いきなり変わるのは難しいと思う。だが、アドバイスだけでもさせてくれ」

 

 もしかすると、今この場に居る碇シンジに出会えるのは最後かもしれない。

 世界は違えども、愛する息子を放ってはおけない。

 

「趣味を持つんだ。何でも良い。料理でも音楽でも、何なら漫画やアニメだって構わない」

 

「は、はい」

 

「それと女性には優しくしてやるんだ。だが、間違っているなら正し、厳しくするのも優しさだ」

 

「む、難しいね。でも頑張ってみる」

 

「そして友達を作るんだ。助け合える友達を、な」

 

「友達、か」

 

「あとは迷ったら誰かに頼るのも手だ。逆に助ける事もある。助け合いの精神を忘れないように」

 

「う、うん」

 

「そして、最後に――――筋肉を付けるんだ」

 

「き、筋肉?」

 

「そうだ。筋トレだ。筋肉は裏切らない」

 

 最後だけ一番力説している。

 ゲンドウの握り拳はそれはそれは固く作られていた。

 

「筋肉を付ける事でな――――」

 

「ところでシンジは料理はできる?」

 

 父親がヒートアップするよりも先に母親が話に割り込んでくる。

 あまりの勢いに父は撤退するより他に選択は無かった。

 シンジも勢いに押されてそちらに答える。

 

「いえ、あまり……」

 

「なら、覚えましょう!! それで色んな人の胃袋を掴むのよ!!」

 

 似た者夫婦と言う訳か。

 ユイも力強く宣言する。

 

「古今東西、そして世界が違えど美味しいものを食べるのは幸せな気分になれるものよ。それで居候させて貰ってる叔父夫婦の胃袋を鷲掴みにしちゃいましょう!!」

 

「鷲掴みって……」

 

「良いから良いから」

 

 ユイに背中を押されてキッチンへとシンジは足を踏み入れる。

 旦那は禁制と言わん限りのオーラも放っている。

 

 

 

 こうして夫婦による「碇シンジ育成計画」が幕を開けるのだった。




如何でしたでしょうか?

読んだ人には分かるかもしれません。

そう、ここに出てきた碇ゲンドウと碇ユイは漫画「碇シンジ育成計画」の2人です。

さて、こんなにも明るい2人に触れた碇シンジはどう変わっていくのか――――刮目せよ!!

では、また次回。


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碇シンジの現実①

連続の投稿。

今回は短めです。

では続きをどうぞ。


「ん…………朝?」

 

シンジが目を覚ますと、そこはいつもと変わらぬ離れの一室であった。

六畳程の狭い部屋だが独り暮らしかつ物が少ないからこそ問題無い。

 

エアコンも設置されているし、床は畳で、布団も折り畳み式ながらテーブルもある。

窓から差し込む太陽の光でようやく自分の置かれた状況を思い出す。

 

「さっきのは、夢?」

 

そう言っている時点で夢であっても覚えている出来事である。

 

「そう、しっかりと覚えている」

 

『平行世界』の存在の是非を確かめる手段こそ無いが、シンジは父と母の教えを覚えている。

 

「父さん、母さん」

 

夢であれ、あのような形でも家族の在り方を感じられたのは嬉しかった。

例え夢であろうと、異なる世界であろうと。

 

「あっ」

 

そして、思い出す。

自分は叔父夫婦の家で“何をすべきかを。”

 

「やるしか、無いよね」

 

両親との約束だ。

それをシンジは果たす。

 

「料理で胃袋を鷲掴みにする」

 

それが母との約束。

父も応援してくれた。

それに今のが夢だったのかを確かめたい気持ちもあった。

 

碇シンジは立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

「何だと?」

 

珍しい光景が目の前にあった。

あの内罰的な性格から内向的な面のあるシンジが頭を下げて懇願していた。

 

その内容が「料理を作るから食べて欲しい」と言ってきたのだ。

しかも、作るものは叔父の好物でもある「唐揚げ」である。

 

叔父からすると偶然にも自分の好物をぶら下げられた気分になっているだろう。

しかし、真実のところはシンジが先程の夢を検証したい気持ちがあった。

 

『平行世界』の父母から聞かされた叔父の好物。

調理の仕方、そして好物をちらつかせてストレートに切り出せば即座に蹴り飛ばす事はしないという親類からの御墨付き。

 

事実、シンジが言った事は抜きにしても叔父は考える素振りを見せている。

考えていると言う事は蹴り飛ばすつもりもない。

 

それにシンジは「物が欲しい」と言うのではなく、むしろ逆に「作ってあげたい」と申し出た。

デメリットが発生するとしたら材料費位なものだ。

つまり、状況的には断りづらい。

 

「まあ、良かろう。キッチンを貸してやる。食べるかはその後に決める」

 

「はい!!」

 

この叔父も父よりはマシであるが、素直ではない部分を垣間見た。

 

 

 

 

 

 

端的に言ってしまおう。

碇ユイ直伝の唐揚げは叔父の胃袋を一瞬で鷲掴みにした。

舌を唸らせる結果となり、次には叔母が――――といったように次々とシンジの料理の虜となった。

 

シンジの踏み出した一歩は小さいかもしれない。

しかしながら、それは彼にとって大きな一歩であった。

 

この前進を期に、少年は変わっていく。

 

余談であるが、この日以降に碇シンジは料理当番に組み込まれる事になり、食卓を一緒に囲む仲になった。




如何でしたでしょうか?

叔父夫婦のところに預けられた設定となっております。

シンジは手料理を覚え、叔父夫婦の胃袋を見事に鷲掴みにしました。

はてさて、今後の彼の成長や如何に?

ではまた次回に。


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碇シンジの夢②

どうもです。

今更ですが前々回から書き方が変わってます。

では続きです。


「あっ」

 

碇シンジはいつもの離れで眠った筈だ。

なのに目の前は見覚えのない光景がまた広がっていた。

先程の呟きは驚いた為でもあった。

 

「どうしたのよシンジ? 変な声出して?」

 

「大丈夫? 碇君?」

 

自分の名前を呼びながら心配そうに声をかける少女が2人。

 

下の名前で呼んできた少女は赤みがかった長い金髪に赤い髪飾りを付けた碧眼の少女。

名字で呼んだのは色白でショートカットの青みがかった白髪と赤い瞳を持つ細身の少女。

 

片や太陽、片や月といった印象を与える少女2人はどういう理由か学校指定らしい体操服に身を包んでいた。

それぞれがスポーツドリンク入りの缶を片手に持っている。

 

ここは休憩スペースのようで、シンジも椅子に腰掛けていた。

格好は見知らぬ2人の少女と同様に体操服。

自身の着ている体操服は汗で濡れており、肩にはタオルが掛けられている。

 

「訓練でへばったんでしょ? だらしないんだから」

 

「他にも何か飲む?」

 

「だ、大丈夫だよ」

 

2人の少女が――――雑誌のアイドルも顔負けの美少女2人とこちらの『碇シンジ』は知り合い、もしくは友人の関係性らしい。

シンジとて健全な男の子だ。

美少女とお近づきになりたいと思わない訳がない。

 

―――けど、2人の知ってる『碇シンジ』じゃないんだよね。

 

そう。残念ながらどちらも今の碇シンジではなくてこの世界の『碇シンジ』に対して向けた言葉だ。

 

―――と言うか、これでこの前言ってた父さんの仮説が真実味を帯びた事になるのかな?

 

夢の中限定ながら平行世界に繋がってしまったという仮説だ。

事実、このような美少女2人をシンジは見た事がない。

 

となると、平行世界の父親の説が有力となる。

 

「ちょっと、父さんに用があったのを思い出して。何処に居るのかなって考えてたところ」

 

口から出任せではあるが、シンジの言は全く以ての出鱈目でもない。

だが、父が何処に居るのかまではシンジには分からなかった。

 

「それなら――――」

 

青みがかった白髪の少女が記憶を掘り出しながら父の所在の部屋を教えてくれた。

 

 

 

 

 

「あらシンジじゃない」

 

「どうかしたのか?」

 

「父さん。母さんも居たんだ」

 

2人の少女達と別れ、シンジは父親の居る所長室を訪れていた。

部屋では休憩していたのか、ゲンドウとユイはテーブルを挟んで向かい合わせに座ってお茶を啜っていた。

2人掛けのソファーを豪快にも1人ずつ占拠している。

平穏な光景を微笑ましいと思いながら、シンジはどう切り出したものかと考えた。

 

「もしかして…………」

 

「別の世界のシンジ?」

 

シンジが言い淀むのを見ただけで2人はそう推測した。

 

「よく、分かったね」

 

「親ですもの。当然よ」

 

ユイが胸を張って言うと、同調するようにゲンドウも首を何度も縦に振る。

 

碇シンジにとって欲しい言葉をくれる。

『碇シンジ』とは異なる筈だというのに。

 

「それにしても数日振りか」

 

「え? 数日…………?」

 

ゲンドウの発言にシンジは首を傾げる。

叔父に唐揚げを振る舞ったのは本日の事だ。

夢で平行世界と繋がったのも同じ日。

 

「その様子だと、そっちとは時間の流れが異なるのかしら?」

 

「う、うん。僕からすると母さんに料理を教わったのは昨日の事だから」

 

シンジが言葉にせずとも察して言葉を繋いでくれる。

こういう事はシンジには苦手分野なのでありがたい限りだ。

 

「そうだ。叔父さんの好物を教えてくれたのと料理を教えてくれてありがとう。おかげで叔父さんの胃袋を鷲掴みに出来たよ」

 

言ってて表現方法が実にワイルドだ。

しかし、実際にその通りになってしまったのだから仕方無い仕方無い。

 

「それで、さ。少し分かった事があるんだ」

 

「まあ、座りなさい。立っていては疲れるから」

 

ゲンドウに促され、シンジはユイの隣に腰を下ろす。

 

「実は、叔父さん達は僕と親しくしないよう言い付けられていたみたいなんだ」

 

誰に? その相手を問うまでもない。

 

「別の世界の私――――『碇ゲンドウ』だな?」

 

面と向かって言いづらそうにしているのは分かっていた。

だが、ゲンドウもユイも察する。

 

「理由は分からないけれど、シンジの心を“強くしすぎない事が目的なんじゃないかしら?”」

 

横でユイが彼女なりの推論を口にする。

 

「僕が精神的に弱くある事を望んでる?」

 

「恐らく。でも、極度の接触をしないよう言われ、離れで暮らすようにも言われていたのでしょう? なら、あり得ない話じゃないわ」

 

これはある意味で確信を持った推論でもあった。

 

「そんな事をして何の意味があるのかな?」

 

「それは“本人の意見を聞くのが良いかもね”」

 

そう言って白羽の矢を立てられたのは当人――――碇ゲンドウだ。

 

如何な平行世界の『碇ゲンドウ』とは言え、その根本的な行動原理まで変わるとは思えない。

 

「あなたの『はりきりすぎ』が悪い方向に出てるのかもね」

 

「ふーむ」

 

ユイに指摘され、ゲンドウは考え込む。

 

「とりあえずシチュエーションが大事ね。この前に言われた事を思い出して」

 

「分かっている」

 

ユイに指摘されるまでもない。

ゲンドウの脳は可愛い我が子との会話を忘れないご都合主義の設定がある。

 

「これだけが真実なのかは分からない。だが、“ある目的を達すると決めたのかもしれない”」

 

ゲンドウは前置きをし、そして発する。

 

 

 

 

 

「恐らく、母さん――――『碇ユイ』ともう一度で構わないから会いたいと思っているのだろう」

 

 

 

 

 

他ならぬ『碇ゲンドウ』を知る目の前の碇ゲンドウからの言葉だ。

 

「これも推論でしかない。だが、碇ユイを失いでもすれば取り戻そうとする」

 

それが『碇ゲンドウ』を知る碇ゲンドウからの言葉。

 

「同じ結論ね」

 

彼女もゲンドウと同じ意見であったようだ。

しかしながら、その事と碇シンジの因果関係は何がある?

 

そう思い悩んでいた時だった。

 

 

 

 

 

「ねえ!! 今の話ってどういう事!!」

 

「何が起きてるんですか!!」

 

 

 

 

 

先程の美少女2人が勢いよく乱入してきた。

 

「アスカにレイまで」

 

その名前は最初に平行世界に来た際に聞いた名前だ。

こんな美少女2人と御近づきになれているこちらの世界の『碇シンジ』が羨ましいと思っていた矢先だ。

 

「ねえ!! 別の世界のシンジってどういう事なのよ!!」

 

「教えて下さい」

 

2人は所長室に入るなり『碇シンジ』の心配をする。

今、目の前に居る碇シンジでは決してない。

 

「外で話を聞いていたのね」

 

「アタシが挑発したのにあまりにも弱々しく返したし」

 

「所長室の場所が分からなかったみたいでしたから様子がおかしいと思って」

 

たったそれだけのやり取りで違和感を覚えた2人は気になって外で様子を窺っていた訳だ。

それだけ2人は『碇シンジ』を良く見ているのだろう。

 

「それが良く分からないの」

 

こうなった詳細を誰にも説明が出来ない。

事はファンタジーの領域にさえあるのだから。

 

「良く分からないけど、少なくとも向こうのシンジのパパがここにいるシンジを良く思っていない事は伝わってきたわ!!」

 

「向こうの碇所長は酷い」

 

まるで自分の事のように憤慨する2人。

その矛先は会った事もない『碇ゲンドウ』の筈だ。

 

なのに今目の前に居る碇ゲンドウの心に痛烈なダメージが入った。

 

「うう、私ではないのに」

 

「はいはい。いじけないの」

 

テーブルに「の」の字を書いていじけ始める夫を妻が宥める。

碇ゲンドウに向けた矛ではない事は分かっているが、同一人物なのは確かなので心に来るものがある。

そんなゲンドウを脇に置き、アスカとレイとやら(どっちがどっちかまでは分からない)がシンジと向き合う。

 

「じゃあ、アタシ達の事も分からない、の?」

 

「碇君……」

 

すがるような目で見てくる。

ここで嘘を吐くのは簡単だ。

だが、偽りの言葉を並べてもボロが出るのは必然。

 

「僕は2人の事を知らないんだ」

 

残酷だと分かってはいるが、真実を叩き付けるより他にない。

 

「で、でも、今居る僕は眠ってる状態だから向こうの僕が目を覚ませば本来の『碇シンジ』は目を覚ますと思うよ」

 

実際、シンジはいつの間にか目を覚ましていた。

そして、ゲンドウやユイの反応から『碇シンジ』は意識を取り戻していた筈だ。

 

自分から自分への憑依と言うのはいまいち実感が湧かないが、それが良い意味でも作用していると考えたい。

 

「だから、心配しなくても――――」

 

「アンタ、バカァ?」

 

「碇君は何も分かってない」

 

シンジなりに言葉を並べていると、意外にも両者から反論を喰らった。

何か不満でもあると言うのか?

 

「バカシンジはどの世界でもバカシンジなのね」

 

「いや、僕と(きみ)との関係性は分からないけど、いきなりそう言う呼び方されるのは…………」

 

「『(きみ)』じゃないわ」

 

またもシンジの話をぶったぎり。

そして、続けて彼女はこう言い放つ。

 

「アスカよ。惣流(そうりゅう)・アスカ・ラングレー。アスカって呼びなさい」

 

綾波(あやなみ)レイです」

 

赤みがかった金髪の少女は惣流・アスカ・ラングレー。

青みがかった白髪の少女が綾波レイ。

唐突に行われた自己紹介に碇シンジは首を傾げる。

しかもアスカに至っては名前呼びまで強要される。

 

「シンジがアタシ達をどう思ってるか分からないわ。アンタだって、アタシ達がアンタをどう思っているかなんて分からないでしょ?」

 

「それは、まあ…………当然じゃないかな?」

 

アスカの言うように人の心を完全に理解できる人なんて居やしない。

空気を読んだり、表情や声音等から窺ったり――――それでも推測の域を出ない。

 

「でも、他人の癖や考え方は“理解する事はできると思うの”」

 

次の言葉は綾波が受け持った。

心までは分からずとも、その人の理念等は分かる筈だ――――そう主張を始める。

 

「けど、僕とこの世界の『碇シンジ』は違うよ。全然違う」

 

それは彼女等を見ていても分かるし、何より温もりのある家庭で育った『碇シンジ』は碇シンジとは全く異なる。

 

「何を言ってるんだか」

 

対してアスカが鋭く切り返してきた。

綾波も「何を言っているの?」と呟く。

続けざま、彼女等は言い出す。

 

「アタシ達の知るシンジと――――」

 

「今、目の前に居る碇君は“何も変わらないよ”」

 

「変わらない? 同じだって意味だよね?」

 

他にどういう意味があるのかは逆に知りたい所だ。

事実、2人からは大きな溜め息を吐かれる。

 

「本当、そういう抜けてる所も一緒だよ」

 

「それに底抜けにお人好しな部分もね」

 

「お人好し、かな?」

 

綾波の評価はまだしも、アスカの評価には首を傾げる。

 

「だってそうでしょ? 自分が『違う世界の碇シンジだ』って言いながら“アタシ達の心配を解いてくれたじゃないの”」

 

「え? そんな事をしたかな?」

 

アスカの言い分にシンジは首を傾げる。

 

「『本来の碇シンジは起きる』って真っ先に教えてくれたから」

 

「それは、まあ。心配してるかなと思って」

 

「自分の事なんて御構い無しに他人に安心する言葉を伝えられるシンジだからこそお人好しって言ったのよ」

 

そこのところ分かった?――――両手を腰に当て、ズイッ!! とシンジを睨むようにアスカは見てくる。

 

正直、彼女のような美少女に見つめられる経験の少ないシンジは目を反らしたくなるのだが、それは許さないと無言の圧力を感じた。

コクコクと頷くより無かった。

 

「なら。良し!!」

 

アスカは満面の笑みを咲かせる。

綾波も横で微笑んでいる。

 

 

―――ああ、そうなのか。

 

彼女等の笑顔を見てようやく理解できた。

“ちゃんと見てくれていた。”

他の誰でもない――――『碇シンジ』ではなくてこの場に居る碇シンジという少年を。

 

家族だけではない。

彼女等との間にある絆を碇シンジは感じ取った。

これが「理解する」と言うもの。

 

「ありがとう。2人とも」

 

「「お礼を言われるまでもないわ」」

 

口を揃え、屈託無い笑顔で返答される。

これ程までに嬉しいと思わない事はない。

 

「ふふ。それにしても2人に会った事はないの?」

 

「えと、残念ながら会った事はないです」

 

「となると、鈴原とか相田とかも知らなそうね」

 

「うん。そうなんだよね」

 

この場で会った事のある人物は父親以外に居ない。

 

「そっちの碇君はどれだけこっちに居られるの?」

 

「ちょっと、分からないかな」

 

前回は体感にすると数十分といった所だった。

今回も同じだとは限らない。

 

「別の世界のシンジが乗り移っていた事は本人も覚えていたわ。その上で自分がそうしたと言う認識で居たの」

 

なるほど。碇シンジの行動でこちらの『碇シンジ』は自分の意思で行ったと思って行動するようだ。

 

「あっ、一応こっちのシンジにも話は通してあるけど、変な事はしちゃダメよ」

 

「それは、もちろん」

 

理性的にも犯罪紛いな事はさせられない。

 

「シンジに聞きたいのだが」

 

いつの間にか復活していたゲンドウが口火を切る。

 

「この世界以外の平行世界には行ってないか?」

 

「そう、だね。まだ2回で、2回ともここだよ」

 

「もしかすると、ここ以外の世界にも行くかもしれない。その時は気を付けるんだ」

 

「う、うん。肝に命じておく」

 

正直、こうやって世界を渡り歩いている実感もない。

けれど、飲み物も味がしたし、シンジの記憶だけでは考えられない様々な展開の数々が話を裏付ける。

 

「そんな事より!!」

 

ビシィッ!! 人差し指をシンジへ向けるアスカ。

 

「そのナヨナヨとした態度は良くないわ!! それだと、向こうの学校でも友達とか居ないんじゃない?」

 

「うっ!?」

 

図星を突かれ、言葉に詰まる。

 

「そうならないよう特訓よ!! まずは自分に自信を付けるところからね!!」

 

「私も手伝うから頑張ろう碇君!!」

 

アスカも綾波もヤル気満々のようだ。

当のシンジは彼女等の熱に押されて人形のように頷くのみ。

 

「決まりね!!」

 

「じゃあ、特訓!!」

 

彼女等に両腕を掴まれてシンジは捕まった宇宙人よろしく連行されていく。

 

「行ってらっしゃい」

 

「気を付けろ」

 

その様子を微笑ましく思いながらも、親には考えねばならない事がある。

碇シンジを突き放した『碇ゲンドウ』の目的についての考察だ。

 

「とりあえず、色々と考察していきましょうか」

 

「そうだな」

 

別の世界ながら愛する息子の為に親が立ち上がる。

 

 

 

運命を仕組まれた少年の歯車が今変わり始める。




如何でしたでしょうか?

ヒロイン2人の出会いで碇シンジはどう変わるのか。

では次回に。


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碇シンジの夢③/碇シンジの現実②

どうも。

続きをどうぞ。

追記
こちらの説明不足があり、序盤の所に加筆しました。

3年も経過していますが、それでも『平行世界』では「15歳以降の時のものもあるが、14歳の時間に来る事が多い」と言う表記です。
要は『平行世界』の中限定で15歳以降の時間も行きますが、基本は14歳のものが多いと言う事です。
更に言うと、15歳以降の『平行世界』はいわゆる「有り得たかもしれないifの世界」が多くあったと言う事です。

そして共通して、『平行世界』の事を告げている状態になっている。

と言うものです。

ややこしくなって申し訳ありません。


碇シンジが夢の中で『平行世界』と繋がってから早3年。

彼の年齢は14歳となっていた。

後から知った話だが、初めて『平行世界』と繋がった時にはシンジの年齢は14歳だったらしい。

 

そして、『平行世界』の『碇シンジ』に憑依する際は3年前から変わらずに“何故か14歳の時のものが一番多い。”

時間や日にちも数日経過したものもあれば、1時間と経ってないものもある。

 

勿論ながら15歳以降の時のものもあり、セルフで過去と未来を行ったり来たりしており…………いや、今は置いておこう。

その時の『平行世界』の話までするとややこしい事になる。

未だに解明出来てない部分があるのだから。

念のために言っておくと、漫画のように枝分かれした文字通りの『平行世界』であったという事だけは伝えておこう。

その話は追々に。

 

共通しているのは、いずれも『平行世界』を訪れた事を教えて以降のものとなっている事だ。

 

そして現在、14歳の時のもので、訪れる世界も最初の頃と同じ世界である。

 

「「「イッエーイ!!」」」

 

時刻は『平行世界』での放課後。

カラオケボックスにて。シンジは何人か連れ立ってカラオケに来ていた。

今回は9人と、大人数で来ているのでパーティー部屋を利用している。

 

「ほら、シンジも何か歌いなさいよ」

 

「碇君、カラオケのラーメンも捨てがたいよ」

 

もはやお馴染みのメンバーとなった惣流・アスカ・ラングレーと綾波レイ。

彼女等は横に座っている。

ここは定位置なんですよと言わんばかりだ。

 

「こーらー。ひーめー!! 私の歌声をちゃんと聞いてたー?」

 

そんなアスカに後ろから覆い被さるように抱き付いたのは赤いフレームの眼鏡を掛けた茶髪ツインテールの少女だ。

名前は真希波(まきなみ)・マリ・イラストリアス。

とっつきやすい彼女の性格は男女問わずに人気のある。

 

「はいはい。聞いてた聞いてた」

 

そんな彼女はアスカの事を「姫」と呼ぶ。

 

「むふふ。シンジ君との会話を邪魔したのがそんなに気に入らなかったのかにゃ~?」

 

「そ、そんなんじゃ無い!!」

 

「照れない照れない。実際、私からしてもシンジ君程の優良物件は少ないと思うにゃ~」

 

マリも美少女の部類に入る。

シンジもそう言われると悪い気はしな――――

 

「いてっ!?」

 

「碇君…………鼻の下を伸ばしてた」

 

綾波が頬を膨らませながら告げる。

 

「むむ!! 碇さん!! ちゃんと歌を聞いてくれとった?」

 

マリに引き続き、今度はシンジへ感想を求める声があった。

黒髪の肩まで伸ばした少女。

名前は鈴原(すずはら)サクラだ。

 

集められたメンバーの中で唯一の小学生でもある。

 

「う、うん。聞いてた。凄く良かったよ」

 

「本当ですか? えへへ~」

 

シンジの感想に顔を緩ませる。

よっぽど嬉しかったのだろう。

 

「くーっ!! センセが羨ましいわ!! 」

 

「くそっ!! 碇め!! 孫に囲まれて穏やかに暮らして看取られやがれ!!」

 

そんなシンジの様子を血の涙を流しながら呪い――――と言うか、もはや祝いの言葉と共に睨み付けてくる少年も2人。

 

片方はジャージの少年――鈴原トウジ。

先程の鈴原サクラの兄である。

そして、何故かシンジの事を下の名前もしくは「センセ」と呼ぶ。

 

次に眼鏡を掛けた少年――相田(あいだ)ケンスケだ。

愛用のビデオカメラでシンジの置かれている状況を面白可笑しく撮影している。

 

「はあ…………全く」

 

その横で頭を抱えるのはこちらもツインテールを作ったそばかすがトレードマークの少女だ。

洞木(ほらき)ヒカリ――――クラス委員長である。

 

「渚君と霧島さんが来れなかったのは少し残念かな」

 

「あー、良いの良いの。アイツらは来れないって言うんだから」

 

この場に呼ぼうとしていた残りの2人の名前をヒカリは口にする。

しかし、アスカは手をヒラヒラとさせてそのように返した。

 

(なぎさ)カヲルと霧島(きりしま)マナだ。

前者は美少年、後者もこの面々に劣らない美少女。

碇シンジのクラスメイトの顔面偏差値は随分と高い。

 

「こーら、あんた達。食べ物を頼むのは良いけど、遠慮しなさいよ。お金だって湯水のごとく出る訳じゃないんだから」

 

そう注意を促してきたのはこの場で唯一の大人の女性。

背中まで伸ばした紫がかった黒髪のスタイル抜群の女性――――クラスの担任の葛城(かつらぎ)ミサトだ。

 

シンジも詳細は分からないが、こちらの『碇シンジ』とアスカは彼女を保護者役として同居している。

家族の了解も取っている。

 

はっきり言って美女と言って良い容姿の女性なのだが――――いわゆる残念美人の部類に入る。

教師としてはこちらも全幅の信頼を寄せているし、人当たりの良さから相談も親身に乗ってくれるので非常に好印象を受ける。

 

しかしながら、だ。

彼女の私生活は壊滅的だったのだ。

正確には家事全般が殆んど出来ないと来た。

 

こちらの世界の『碇シンジ』は葛城家の家事を担っている。

正直、ある程度は出来るようになって欲しい。

レトルトカレーを不味く作れるという逆の意味での才能を発揮してくれた。

 

彼女にはその内に何処かで一から鍛え直す必要がありそうだ。

 

「シンちゃ~ん? 何だか失礼な事は考えてないでしょうね?」

 

「そ、そんな事はありませんよミサトさん。さて、僕の順番なんで歌いますね」

 

丁度シンジの歌う順番になり、マイクを持つ。

 

「それにしても、ホンマに驚きやな」

 

「そうだよな。平行世界の碇が同じ碇に憑依するなんてな…………ネット小説かって話だよ」

 

トウジにケンスケの言はつまり碇シンジの現状を知っている意味となる。

それは彼等に限らない。

ここにいる面々は碇シンジが平行世界から来ている事を知っているのだ。

 

「しかし、自分で自分の中に入るって妙な気分になんじゃない?」

 

「何処のSFの主人公だって話よ」

 

「あ、はは」

 

マリとミサトは面白がっている。

ヒカリは苦笑する。

 

「でも、あの時と比べると明るく…………と言うより、オタクになったのよね」

 

今、シンジはアニソンを熱唱している。

アスカも「何故こうなったのか?」と頭を抱える。

 

いや、本当はもっと健全でいこうとしたのだ。

シンジが愚直にも父の言葉を信じた結果だ。

 

碇シンジはアニメや特撮、ゲームといった娯楽にハマっていた。

その沼に浸かるキッカケを作ったのは平行世界の碇ゲンドウの「趣味を持て」の発言の中の例えの1つを実行し、そしてクラスメイトから教えてもらったのが大きい。

 

だが、おかげで元の世界でもクラスで孤立せずに居られるようになったので結果オーライ。

 

「でも、筋トレなんかもしとるんやからええんちゃうか?」

 

「まあ、そうなんだけど」

 

それも父に言われた事である。

 

「しかし、シンジ君も大変ね。こんな事になっちゃってさ」

 

「うーん。何でこんな事になってるのか、興味あるにゃー」

 

「僕も知りたい、ですね」

 

歌い終えたシンジが会話に入ってくる。

 

「とにかく、そこは置いておこうや。今は向こうの世界のセンセの“引っ越し祝いをしとるんやろ?”」

 

「そうそう」

 

そもそも、カラオケに来たのは碇シンジが引っ越ししてしまうからその祝いだ。

『平行世界』の『碇シンジ』ではなく、この場に来ている碇シンジの事だ。

 

音信不通な父から呼びつけられた。

現在、向こうでは長野に居る碇シンジだが、これからは神奈川の方まで行く必要がある。

 

『平行世界』をまた訪れられるかは分からない。

トウジとケンスケの発案だ。

これはシンジも嬉しい限りである。

 

まあ、恐らく真実はカラオケ会を開きたいだけなのかもしれないが。

 

「それじゃあシンジ君や、次はお姉さんとデュエットと行こうぜ!!」

 

「待って下さい!! 碇さんは次は私です!!」

 

「待ちなさい!! アタシの曲の方が早いんだからね!! バカシンジ!!」

 

「むう。碇君、私とも」

 

「えっと…………順番で」

 

碇シンジと『碇シンジ』を混合して皆は発言していない。

確かにそれぞれ別々として扱っているが、それでも根本は同じだと皆は言ってくれた。

 

碇シンジの引っ越し祝いと称したカラオケ会はまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『平行世界』にて引っ越し祝いを兼ねてのカラオケ会を終えた日の朝一だ。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「気を付けてな。たまには連絡をくれよ」

 

「また唐揚げを作りに来なさい」

 

あの一件以来、碇シンジは叔父夫婦とも良好な関係を築けている。

学校でも気の良い友達も出来た。

 

「うぅ~。行っちゃうの~?」

 

「うん。ごめんね。でもまた会いに来るし、連絡もするから」

 

叔父夫婦の一人娘とも仲良くなった。

年はシンジの3つ下。

シンジも一人っ子である為、妹が出来たようで嬉しくもあった。

 

「しかし、奴から連絡があるとは」

 

「実は僕も驚いてます」

 

叔父の口から出てきた抽象的な呼び方の人物――――名を碇ゲンドウと言う。

碇シンジの実父で、連絡なんてまともに取り合わない。

亡くなった母親の参拝の時に会うか会わないか――――本当にその程度の頻度だ。

 

そんな父親から「来い」と二文字だけ書かれた手紙と何やら高そうなカード。

そして、『葛城ミサト』の名前と共に女性の写真も同封されていた。

 

碇シンジは今年で14歳――――中学2年になる年齢となった。

そんな年頃の少年には少々刺激の強い写真が同封されていた。

簡単に言うと着衣はしているものの胸元をアップに撮られたものである。

しかし、シンジもそういった事柄に興味を惹かれ始める年齢ではある。

 

叔父も鼻の下を伸ばしていたが、叔母に耳を引っ張られていた。

一人娘の方には見られない内に写真は没収されてしまった。

 

話を戻そう。

こちらから連絡を取ろうにも連絡先さえ知らない音信不通気味な父親からのいきなりのご招待。

しかも内容は味気の無いものである。

 

「気を付けて行けよ。何かあるかもしれない」

 

「はい」

 

叔父の口からは血縁関係があるのかと疑いたくなる発言が飛び出す。

しかし、それも無理ない話だ。

 

「何かあって挫けそうになったら、また連絡します」

 

「ああ、相談してくれ」

 

シンジは地面に置いていたボストンバッグを肩に掛ける。

前以て他のものは父親に指定された住所へと送ってある。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

碇シンジはお世話になった叔父夫婦へと告げると、父親の元へと向かう。

場所は第三新東京市だ。




如何でしたでしょうか?

『平行世界』は漫画の碇シンジ育成計画の設定なので本来なら出てこないマリが出てきている事にはツッコミは無しで。
あくまでベースが碇シンジ育成計画なだけという訳です。

正直、碇シンジ育成計画も全部は読んでない上に殆んど忘れてますので口調とか色々変わってたりしたら、すいません。

さて、ようやく本編に以降します。

いや、本当に本編いけるかな?

作者の気分次第で(笑)

ではまた次回に。



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碇シンジの悪夢

どうも。

続きの前に1つ。

前回の話で『平行世界』関連の話での矛盾点のご指摘があり、加筆しました。
私の説明不足で申し訳ありませんでした。
前話のまえがきに説明文を加えておいたので、読んで下さい。
読んでくれると助かります。
『平行世界』関連の部分に触れてますので。

それでもややこしいかもしれませんが。


あと今回はサブタイトルの通りです。

ええ、サブタイトルの通りです。
大事な事なので2回言いました。

先に付け加えておきますが、今回もオリジナルの部分の描写多数です。

長くなりましたが、続きをどうぞ。


シンジは揺れる電車の中で「S-DAT」から流れる音楽をイヤホンを通じて聞いていた。

 

「ちょっと、冷房の効きが悪いかな」

 

今は夏――――と言うより、今の日本は年中常夏状態だ。

この世界は『平行世界』とは異なる歴史を紡いでいる。

 

セカンドインパクト――――そう呼ばれる大災害が今から15年前に起きた。

南極にて謎の爆発が発生し、それに伴って地殻変動や地軸の変動などの環境激変、洪水や噴火といった自然災害が全地球規模で引き起こされ、初期に南半球で約20億人の死者を出した。

 

結果、各地で紛争等も起こり、更には日本に限って言えば一年中夏の状態となってしまった。

四季と言うものが完全に失われたのだ。

それ以外にも様々な生物が絶滅している。

 

セカンドインパクトは大質量の隕石の落下が原因らしい。

人類にとって――――否、地球全体にとっても悪影響しか及ぼさなかった負の出来事の塊である。

 

「まだ、時間は掛かりそうだ」

 

終点まで行く必要があり、目的地までにはまだ時間が掛かる。

電車の揺れは定期的で、身体を背凭れに預けていたのもあった。

 

しばらくすると瞼が重くなり、シンジを夢の世界へと誘うのであった。

 

 

 

 

 

『世界が変わる』

 

気付けば、シンジはどこぞの操縦席に座っていた。

アニメで見るようなロボットの操縦席を連想する。

 

そして、目の前には見たこともない怪物が居る。

その怪物へ何やら物騒なものを持って突撃するロボットの姿があった。

 

「さようなら、碇君」

 

突如、綾波レイの声がした。

モニターがあり、そこにはこちらと同様の操縦席に座る綾波の姿が映されていた。

 

分からない。分からないが、嫌な予感しかしなかった。

 

「綾波!!」

 

手を伸ばす動作をする。

乗っているロボットのものだろうか、紫のカラーリングの腕が前へと伸びる。

 

直後、碇シンジの予想は悪い意味で的中した。

 

ロボットの持っていたのは爆弾のようで、光が弾けると同時に爆音が世界を支配し――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

目の前には病院のベッドで横たわる惣流・アスカ・ラングレーの姿があった。

病院服を着ているが、所々乱れている。

 

扇情的な様相に年頃のシンジには刺激が強かった。

だが、それ以上にアスカの様子はおかしかった。

 

「アスカ?」

 

胸に付けられた心電図の吸盤。

名を呼ばれた少女にこれまでの光輝く太陽のような明るさは微塵も無かった。

 

その姿は痛々しい。

あるのは生きているのかさえ定かではない儚さと、虚ろとなっている瞳だけで――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

またも操縦席にシンジは座っていた。

目の前には粉々になったのだろうロボットがあった。

 

モニターには鈴原トウジが映っていた。

否――――正確には“かつて鈴原トウジだったもの。”

 

ロボットの破片か、建物の瓦礫か、彼の半身はそれに押し潰されていて――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

葛城ミサトと口付けを交わしていた。

 

「大人のキスよ、帰ってきたら続きをしましょう」

 

口付けを終え、告げられると同時に押された。

エレベーターに押し込められたようで、扉がミサトの手によって閉められる。

 

手に何かを持っていた。

それは彼女が所持していたペンダントと、(おびただ)しい鮮血にまみれた自らの手と――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

「ごめん、な。碇、こんな、大変だ、なんて、知らないのに、俺、俺……」

 

相田ケンスケが目の前で涙を流して血塗れで倒れていた。

見慣れない服を着ており、自分もまた見知らぬ白いピッチリとしたスーツを着ていた。

 

脇にはこれまでシンジが何度か乗っていただろう紫色の機体があった。

だが、そんなものは目にも入らない。

 

今、目の前で涙を流す友人の(まぶた)がゆっくりと閉じられて――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

「ごめん、ね」

 

真希波・マリ・イラストリアスが息を切らしながら告げる。

彼女もピンク色のスーツを着ているが、既に汚れてボロボロ。

眼鏡のレンズもビビ割れ、額と腹部から出血していた。

 

傍らには見た事の無いロボットが見るも無惨に破壊されていた。

 

「ここまで、みたい。あとは、頼んだ、よ。ワンコ君――――」

 

そして、彼女の命の灯火が消えていき――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

またも操縦席に座っていた。

ただ、今度は2人乗りらしく、隣には渚カヲルが居た。

 

「また、会えるよ。シンジ君」

 

隣でそう言った直後、彼の身体が()ぜて――――

 

 

 

『世界が変わる』

 

目の前には大きめのポッドがあった。

 

「式波大尉!!」

 

大勢の人々が駆け寄り、その中に居るだろう人物の名を叫んでいた。

 

「アスカ!!」

 

その中には葛城ミサトの姿もあり、彼女が呼んだ名を聞いてシンジはようやく理解した。

 

ストレッチャーに運ばれる赤いスーツを着ているのに血に塗れているのが分かるアスカで――――

 

 

 

『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』『世界が変わる』

 

 

 

『世界が変わる』

 

 

 

「はっ、あぁっ!!」

 

シンジは荒い呼吸と同時に目を覚ました。

反射的に「S-DAT」も止める。

 

「今の、は?」

 

恐らく、いや、間違いない――――『平行世界』の出来事だ。

イヤホンを外し、先程の出来事を思い出す。

 

「うっ、ぷっ!!」

 

吐きそうになったが、寸でのところで踏み留まれた。

公共の施設で吐くだなんてしたら、今後は電車もバスも使えなくなってしまう。

 

今の、率直に言ってしまえば「悪夢」の直後なのだからこうもなる。

 

最初は普通の夢なのかもと思った。

 

『平行世界』と繋がって以降、何も毎回そういう訳ではない。

 

なのだが……この手に残る感触や、その時の『碇シンジ』の負の感情が流れ込んできた。

それが『平行世界』の存在を碇シンジに強く刻み付けた。

 

何よりも、これまで『碇シンジ』の感情など流れて来る事は無かったのに、今回だけはより鮮明に突き付けられた。

 

これまでの『平行世界』とは少し様相が異なる。

 

「知らない、名前とか、格好とか、ロボットとか」

 

指折り数える。

第一に皆が『平行世界』のシンジを知っている筈なのにその様子がない事。

次には多少の異なりもあるが、基本的には平和な世界での出来事で、間違っても巨大ロボットなんて代物は出てこない事。

知らない格好や名前の変わっていたものも一部だけあった。

 

確かに、これまでも碇シンジが体験した『碇シンジ』には“様々な種類の『平行世界』が存在した。”

 

具体的に言ってしまおう。

綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー、真希波・マリ・イラストリアス、鈴原サクラ、霧島マナ――――彼女等とそれぞれ恋仲になった“それぞれの『平行世界』があったのだ。”

 

最低でも5つの異なる『平行世界』があった。

その詳細はいずれ語るとしよう。

 

何が言いたいのかと言えば、何かのキッカケで世界と言うのは変わってしまうものでもある。

今の具体例だけで述べるなら何処のギャルゲーの主人公かと羨ましいのでツッコミを叩き込みたくなる。

 

「け、ど、こんなマ○ラヴの主人公みたいな展開、聞いてないよ」

 

R指定のあるゲームではなく、無論ながら全年齢版しかプレイしてない……ではなくて。

 

平穏無事な世界ではなく、血みどろな、化物と戦う『平行世界』を見せられるなんて初めてだ。

 

「バッドエンドのダイジェストは、さすがに御免被るかな」

 

脂汗が止まらない。

電車に誰も乗っていなくて助かった。

 

「こんなに、目まぐるしく『平行世界』が何度も変わったのは、初めてだ」

 

普段なら1つの『平行世界』しか見られず、こう何度もアニメのように場転する展開は今まで無かった。

 

「それに、誰かが『世界が変わる』って何度も言ってたよね」

 

男なのか女なのか、子供か大人か、はたまた老人か、変声機で作られたものか、それは覚えていない。

 

頭の中に響いた声と、見せ付けられた数々の「悪夢」だ。

思い出したくもない。

 

―――だけど、これが、何かの警告だったら?

 

分からない。

そもそも『平行世界』に繋がった理由さえ判明していないのだ。

 

けれど、この『平行世界』で助けられた事がある。

もしも、向こうが助けを求めているなら――――

 

「今度は、僕が助ける番かな」

 

きっと、『平行世界』で皆と触れ合えなければそんな考えに到れなかっただろう。

 

もしも、「悪夢」が仮に真実だったとして、きっと膝を丸めて(うずくま)っていただろう。

肝心な事から逃げていたに違いない。

 

けど、知ってしまったから。

皆がくれた優しさ、明るさ、楽しさ、愛しさ――――向こうの世界の『碇ゲンドウ』から言われた言葉を思い出す。

 

―――助け、助けられだよね。『平行世界』の父さん。

 

この「悪夢」が来ると言うのなら乗り越えたい。

碇シンジはそう思えるだけの強い心を持ち始めていた。

 

「僕はバッドエンドより、ご都合主義上等でも皆が笑い合えるハッピーエンドの方が好きだからさ」

 

先程までの「悪夢」が来ると言うのなら跳ね返す。

 

そして、碇シンジは無謀でも構わないと目指すものをこの時に決めたのだった。




如何でしたでしょうか?

いつから、暖かい話ばかりだと錯覚していた?

今回は「碇シンジ視点でのバッドエンドダイジェスト」になります。

ケンスケやマリなんかはオリジナルです(ここ大事なポイント)

他の面々は少しばかりアレンジがありましたが、殆んど覚えてなかったって事でここは1つ許して下さい。

そして、この悪夢を通じて碇シンジは1つの信念が生まれました。
信念があれば、それを貫こうとするのが碇シンジ君。

『平行世界』に助けられ、精神的にいつの間にか、文字通りに勝手に成長していた彼が今度は向こうで助けられた人の為に立ち上がる。

私の知る碇シンジは「ヘタレ」でもありますが、同時に「主人公」の要素をきちんと兼ね備えているなと感じたのでこのようになりました、なっていました。


ここからどうなるのか。
やっぱり本編にはいけませんでしたが、次こそはミサトさんやリツコさんは出したいかな。

では次回に。


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邂逅、そして非日常への招待

どうも。

今回から本編へと入っていきます。

正直本編の展開で忘れてる部分が多いので間違ってる部分は平に御容赦を。

では、続きをどうぞ。


「参った…………電話が繋がらないよ」

 

シンジは『平行世界』では見掛けなくなった電話ボックスの前で座り込んでいた。

手紙に書かれた葛城ミサトのものと思わしき番号へと電話を掛けたのだが、結果は繋がらず。

 

それも仕方の無い事ではあった。

まさか乗っていた電車が停止する等とは考えもしなかった。

 

そして、こちらでもスマホは普及を始めていた。

シンジも連絡手段として、叔父夫婦から買い与えて貰ったものがある。

しかし、電波が一本も立っていないので物言わぬ箱と化している。

 

なので公衆電話を使おうと思い至った訳なのだが…………駅員に確認したら「結構距離がある」と言われた。

しかしながら、今日中の復旧の目処が立たないと言われてしまった。

そうなると、立ち往生しているよりか遥かにマシだと思って歩き出した。

 

この選択を今は後悔する。

「結構」の感覚があまりにも違いすぎた。

だって30分以上も歩く結果になるなどとは思わなかったのだ。

 

セカンドインパクトによる影響でオールシーズン夏となっている「こちらの世界」では、現在も炎天下の真っ只中。

照り付ける日差しを受けながらシンジはひたすらに歩いた。

ここで、シンジの体力が“ありすぎたのが問題だった。”

愚直に鍛えた結果、体力も相応に上がっていたのだ。

もし、以前までのもやしっこならば最初からこんな事をしなかっただろう。

出来てしまったのだからそれはそれで仕方の無い話だ。

 

しかしながら、最大の問題はその次に起こった。

公衆電話を見付けたのは良い。

だが、肝心の相手と繋がらなかった。

 

「だけど、電話口で言ってた『緊急事態宣言』が原因なのかな?」

 

そのせいで回線が繋がらないと言っていた。

スマホは単純に電波が届かないから使えないので、本当に連絡手段が無くなってしまった事を悟る。

 

時間は日中。

南風が吹き始め、気温はぐんぐん上がっていく。

更には日差しを遮るものはない。

 

車が2台通れる位の広さのアスファルトがあるのみ。

このアスファルトも曲者だ。

照り返しにより、体感の気温は更に伸びていく。

 

いくら体力が向上していようと、この猛暑では座っているだけでも徐々に削られていく。

体力に限界が訪れるのも時間の問題だと言えた。

 

「いや、本当に参ったよ」

 

無鉄砲に行動を起こした末路である。

それでも帰り道は覚えているし、飲み物もまだある。

少し休憩した後、駅まで戻る事にする。

 

駅員に事情を説明し、何とかして貰うより他にない。

 

「と言うか、最初からその選択をすれば良かったな」

 

人生にはゲームのようにセーブ&ロードのシステムは存在しない。

ここから状況をケアしていこう。

 

そう決意した矢先だった。

 

 

 

 

 

ズドォォォッ!! という鈍い音がしたのは。

 

 

 

 

 

「な、何が…………?」

 

原因は何かと視線をさ迷わせる。

だが、捜索の結果はすぐに出る。

顔を上げると、遠目に“巨大な化け物が見えた。”

 

人の形に似ているが、手足の形状が細く長い。

しかし、首にあたる部分はなく、頭部は仮面のような無機質な形状をしている。

 

「あれは…………『平行世界』で見たのと違うよね?」

 

つい先程に見た『平行世界』の化け物とは異なる。

だが、あんな存在がこちらに来れば一堪りもない。

あんな巨体に踏まれるだけでシンジの14年の生命は終わりを告げてしまう。

尚、『平行世界』を換算すると年数が増えてしまうので考えないものとする。

 

 

「ま、まず――――っ!?」

 

言葉が区切られる。

遥か上空を戦闘機が通過した。

直後、あの化け物めがけて攻撃が仕掛けられる。

 

遠目からで分かりづらいが、爆発が起きている事からミサイルのような爆撃を行っているのは容易に想像できる。

アニメ知識で、戦闘機にはマシンガンやミサイルが備え付けられているイメージがある。

 

爆炎が起こるが、あの〝化け物〟に通用しているようには見受けられなかった。

その見解は正しく、戦闘機めがけて槍の形をした光が放たれる。

発信源は言うまでもなく、〝化け物〟から。

 

それを諸に受けた戦闘機は黒煙を上げ、徐々に高度を落としていく。

 

「まさ、かっ!?」

 

シンジの驚愕は戦闘機がやられた事にではなく、その結果によって“こちらめがけて墜落をしてきている事だ。”

 

「っ!!」

 

逃げる事は叶わない。

せめてもの防衛手段として、頭を手で覆い隠してボストンバッグを前に置いて身を伏せる。

直後、彼から少し離れた所で戦闘機が墜落…………爆風が発生したのは直後の事だ。

 

「つぅっ!?」

 

爆風により、小石が多少強く投げ付けられて当たる程度で済んだのは幸運と言うより他に無い。

 

けれども、こんな幸運がそう何度も続くと思わない。

少なくともこの場を離れなければ自身の身が危ない。

 

―――けど、その前にやらなきゃならない事がある。

 

“その為にも”碇シンジは立ち上がる。

もう暑さの事など考えている余裕は無くなった。

一刻も早く、行かなければならない。

 

 

 

 

 

「ごめーん!! お待たせ!!」

 

 

 

 

 

声が掛かったのはそんな時だった。

 

「あっ…………」

 

その人物の登場に碇シンジは言葉を失う。

写真で“彼女が居る事は知っていた。”

だが、こうして現実にまた出会うと言い知れない不可思議さを持つ。

 

黒いタイトのワンピースに赤いジャケットを羽織っており、首から十字架のペンダントが掛けられている。

だから、確認の意味も込めて問い掛けたくなる気持ちが優先したのを許して欲しい。

 

「葛城、ミサトさん?」

 

「そうよ~。あたしは葛城ミサト。あなたが碇シンジ君ね? 話は車に乗ってから」

 

「はい!!」

 

ボストンバッグを引っ付かみ、ミサトの車に乗り込んだ。

助手席に乗り込む事となり、荷物を後部座席へ放り投げる。

 

「シートベルトはしたわね。じゃあ、飛ばすわよ!!」

 

「わっ、わっ!?」

 

制限速度を守って下さい――――そう言いたかったが、こんな非常時に言ってられる話ではない。

こうしてる間にも〝化け物〟はこちらへ近付いてきているのだから。

それに、行って貰わなければならない所もある。

 

「あの!! ミ…………葛城さん!! この近くの駅へ向かって下さい!!」

 

「? どうして?」

 

「あそこには人が居ます。助けないと!!」

 

思わず『平行世界』の癖で名前呼びになりそうになったのを神回避しながら懇願する。

碇シンジは駅へ戻り、駅員にこの事を知らせて逃げる算段で居た。

逃走方法は考え付かずとも、駅員を放って逃げ出せなかった。

 

「大丈夫よ。そっちにもお迎えが行ってるから」

 

「そう、ですか。良かった」

 

それを聞いて一安心する。

 

「見ず知らずの人達の心配をするなんて、正義感があるわね」

 

「さっき夢見が悪かったので、見ず知らずの人達でも助かって欲しいと思っただけです」

 

真っ先に他人の心配をするシンジの発言にミサトは「良い男じゃない」と心の中で思っていたりもした。

知人等ならまだしも、駅員ともなれば赤の他人でしかない。

そんな人達を心配しようとするシンジの「心」をミサトは再評価する。

 

(けど、これだと“報告と違うような”)

 

心の中で呟く。

彼は『内向的、内罰的な部分がある』との報告を受けていた。

これでは印象はガラリと変わる。

“まるで意図的に悪いイメージをミサト達に与えているかのような印象を受ける。”

 

そんなミサトの心情をシンジは知るよしも無く、先程から気になる事がある。

 

「あの、さっき『迎えが行ってる』と言いましたけど、あまりにも用意周到ですよね? あの〝化け物〟の事を知っていたんですか?」

 

さらりと「迎え」と言うがシンジには出来すぎた話に思える。

何せ〝化け物〟が現れてから数分しか経っていない。

 

見て、そして用意する――――とてもではないがそれでは間に合わない。

“予め用意していたのでもなければ。”

 

「ええ。そうよ」

 

ミサトから肯定の言葉が返ってくる。

 

「あの〝化け物〟は何なんですか? 戦闘機が出ているのなら自衛隊も出向いているんですか?」

 

「正確には戦略自衛隊だけどね。略して戦自よ」

 

「戦自…………ですか」

 

陸海空自衛隊とは異なるようだが、日本政府の国防省や内務省が直轄で保有する実力組織だと補足してくれる。

 

「率直に聞きたいんですけど、戦闘機だけであの〝化け物〟に勝てると思います?」

 

「良い勘してるじゃない。断言するけど、“無理だと思うわ”」

 

「そうなんですね」

 

ミサトの断言は、ある意味でも“お約束だ。”

 

「と言う事は、光の巨人みたいな存在でもないと倒せそうにないですね」

 

「そうね。だけど、現実にそんなヒーローは突然現れたりしてくれない。奇跡を頼りたいところだけど、そう都合良くはいかないのが現実なのよね~」

 

それはそうだ。

ヒーロー物のお約束踏襲で、ピンチに駆け付けてくれるヒーローが存在するのなら今すぐ出て来て欲しい。

現実問題、あの〝化け物〟に戦闘機の攻撃が通用していない以上はその「奇跡」に頼らざるを得ない状況なのが皮肉なものだ。

 

「けど、あんまり焦ってないですよね?」

 

「ん~。まあね~」

 

状況は最悪。

だが、隣で運転するミサトの表情は言い方は悪いかもしれないが楽観的に見える。

まるで、この状況を打破できる存在に心当たりがあるような。

 

それを聞こうとした所で、違和感を覚える。

先程から〝化け物〟に勇ましく攻撃を行っていた戦闘機が尻尾を巻くように離れていったからだ。

 

「ところで話は変わるんですけど、あの戦闘機が〝化け物〟から離れてる理由は分かりますか?」

 

「えっ!? まさか、N2地雷を使うつもり!?」

 

シンジの何気無い質問は予想以上にミサトを狼狽させていた。

武器――――いや、兵器と呼称するべきだろうか。

名称は分からないが「地雷=爆弾」のイメージは定着している。

そして、ミサトがこれだけ狼狽すると言う事は威力はそれなりだろう。

 

ちなみに「N2兵器」と呼ばれており、国連軍や戦略自衛隊が所持する兵器の中で最大級の威力を誇る兵器の事である。

その威力は地図を書き換えなければいけないほど。地雷以外にも爆弾や航空爆雷がある。

専門知識を有するミサトが驚くのも無理ない話なのだ。

 

だからこそ、彼女の次の行動は身を守る事。

車を咄嗟に止めてシンジを抱き寄せ伏せようとし――――

 

「伏せて下さい!!」

 

先に動いたのは誰あろうシンジだった。

車を止めた瞬間、何かが起きるのだと直感した。

ミサトの狼狽ぶりもシンジの悪寒を走らせるのに一役買った。

 

後ろで〝化け物〟が更に一歩を踏み出した――――直後、足元から爆発と火柱が発生する。

威力はミサトが危惧していた理由が分かる程だ。

凄まじい爆風が車を浮かせ、車が上下反対となる。

 

それだけで済んだ事、シートベルトをしていた事、それらの要因が重なった幸運――――もはや奇跡と呼んで良い展開。

シンジもミサトも大して怪我は無かった。

 

「だ、大丈夫?」

 

「な、何とか…………」

 

ドアを力付くで開け、車から這い出る事は出来た。

しかし、肝心の車は横転してしまっている。

 

「参ったわね。歩くには距離があるし…………」

 

「まだ〝化け物〟も近くに居ます。ただ、こっちの方へ来てないですけど」

 

シンジの視線の先に居る〝化け物〟は先程の兵器の直撃を受けて尚、健在である。

今頃、戦自の面々は自慢の戦力が通じなかった事に驚愕している事であろう。

 

ただ、幸いな事に〝化け物〟の進行方向はシンジとミサトの位置から外れてくれている。

先程までの緊迫感は去ったと考えて良いのは救いである。

 

「車は動きそうですか?」

 

「何とか、ね」

 

見た目の状況に反して車はオシャカにまではなってないようで安心した。

しかし、ミサトの口から「でも修理は必須よね」と溢していた事から無傷ではない事だけは窺えた。

保険料が上がるとか、経費で何とかならないかとか聞こえてくる。

今だけは難しい大人の世界を知らない中学生で居よう。

 

「じゃあ、車を戻しましょう」

 

「そうね。埒があかないものね」

 

片や男とは言え子ども、片や大人とは言え女性だ。

そんな2人でひっくり返った車を起き上がらせられるのか?

 

「「せー、のぉっ!!」」

 

その結果は成功であった。

シンジはもやしっこ卒業の為に鍛えていた事、そして意外にもミサトも身体能力は高かった。

『平行世界』でも運動神経は良いのを目の当たりにしてきた。

こちらでも彼女はスポーツか何かで身体を鍛えていたのだろう。

 

「さて、車も戻ったところで…………聞きたい事があります」

 

「はい? 何か?」

 

「何故、さっきは“あたしを爆発から守ってくれたの?”」

 

「え? 何かおかしかったですか?」

 

ミサトの質問の意図が理解できず、シンジは言葉のバットで打ち返した。

しかもフルスイングで。

 

打ち返されたミサトはと言えば頭を抱えた。

シンジは本気で言っているのだ。

 

「危ないのは教えて貰ってましたから、だから『守らないと』って思って……」

 

「その気持ちは嬉しいけれど、あたしは大人であなたは子ども。大人のあたしには子どものあなたを守る義務があるの」

 

純粋にシンジが咄嗟に庇ってくれたのは嬉しい気持ちが大きい。

だが、それで彼が怪我をされるのは困る。

 

彼は未来ある子どもで、自分にはそれを守る義務がある――――葛城ミサトはそう思っているから。

 

「今のは運が良かっただけ。もし当たりが悪ければあなたは大怪我をしていた可能性がずっと高いのよ?」

 

ただ横転だけで済んだから良いが、ガラスの破片等が刺さっていたら大変な事になるのは中学生の彼なら分かるだろう。

 

「だから、こういう無茶は今後はしないで。守ろうとしてくれた事には感謝して――――」

 

「確かに葛城さんが言うように僕は子どもです」

 

感情に任せて言葉を紡いでしまった。

だが、ミサトを名字で呼ぶ位には冷静ではあった。

 

「でも!! 誰かを救いたい気持ちに子どもも大人も関係ありません!!」

 

『平行世界』で見せられた「悪夢」のダイジェストは未だに碇シンジの中から拭えない。

けれど、その「悪夢」が碇シンジの「救う決意」を強くした。

 

「そっか、あなたは子どもだけど『男』なのね」

 

シンジの決意はきっと嘘ではない。

子どもの戯れ言だと一笑に出来ない気迫がそこにはあった。

その瞬間、ミサトは碇シンジの中に「男」の部分を見せられた。

 

「すいません、生意気を言って。だけど、自分を犠牲にしてまでとは考えてたつもりは無かったんです。これからは気を付けます」

 

ミサトは自分の為を思って言ってくれていた。

なのに、それを感情に任せて口だけになってしまっていた。

その事だけは素直に謝罪しなければ。

 

碇シンジも『平行世界』で色々な事を経験した。

その中で彼は助けられてきた。

 

目の前の葛城ミサトと向こうの世界の『葛城ミサト』は違うのかもしれない。

言っても信じて貰えるのかは分からない。

 

碇シンジにとって、そして『碇シンジ』にとっても、『葛城ミサト』は様々な「特別」を持つ存在なのだ。

そして今、目の前の葛城ミサトの言葉を受けて分かった。

いや、本当のところは全部が全部分かった訳ではない。

シンジが都合良く考えているだけなのかもしれない。

 

でも、どの世界でも葛城ミサトと『葛城ミサト』は碇シンジや『碇シンジ』にとって姉のような、母のような……「特別」な存在なのだと思えてしまう。

 

こちらの世界の葛城ミサトの事は分からない。

だが、碇シンジは『碇シンジ』と根本は同じだと皆からも言って貰えている。

だから、きっと、多少の違いがあっても葛城ミサトの根本は『葛城ミサト』と変わりはない筈なのだ。

 

「あーっ!! もう!! 互いに謝罪合戦は終わり終わり!! 辛気臭いわ!!」

 

急に声を張り上げながらミサトは告げる。

 

「ねえ、あたしの事はミサトで構わないわ。あたしもシンジ君って呼ぶから。良いでしょ? さっきは守ってくれてありがとう。次はあたしが守ってみせるから」

 

随分と強引な提案に展開だろうか。

手を差し出され、握手も強要されている。

しかし、これぞ葛城ミサトだ。

 

「は、はい。よろしくお願いしますミサトさん。こちらこそ、心配してくれてありがとうございます」

 

そんな様子を嬉しく思い、差し出された手を握り返す。

 

「それじゃあ、今度こそ行きましょう」

 

「はい」

 

ミサトに促され、シンジは目的地へと向かう。

そう言えば、一体何処へ向かうつもりなのか、あの〝化け物〟は何なのかを聞きそびれたなと今更ながらに思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わる。

国際連直属の超法規的武装組織――――特務機関「NERV(ネルフ)」。

その第1発令所の巨大主モニターを国連の幹部の面々は見ていた。

 

モニターには例の〝化け物〟が映っており、先程までシンジが見ていた戦闘機と〝化け物〟の戦闘シーンも映し出されていたのである。

 

その結果は、言葉を濁さずに言ってしまえば「成果無し」の一言だ。

否、全くの「成果無し」は虚偽が過ぎた。

あの〝化け物〟相手に戦自の切り札とも呼べる「N2兵器」を始めとした武器が“無意味である事が判明した。”

 

つまり、あの〝化け物〟を相手にするには「戦自では力不足」というと言うべき結果をもたらしただけだ。

 

ついに国連軍は指揮権を「NERV(ネルフ)」へと譲渡する事に。

 

「今から本作戦の指揮権はそちらに移る。お手並み拝見といこう」

 

「了解です」

 

「我々の所有兵器が通用しないのは理解した。だが、君の所ならあの〝化け物〟に勝てると断言出来るのかね?」

 

向こうから嫌味を交えた質問を受けたのは眼鏡を掛けた中年の男性だ。

名を碇ゲンドウ――――碇シンジの実父である。

 

彼が何故こんな場に居るのか?

理由は単純にして明快だ。

 

「その為の「NERV(ネルフ)」です」

 

碇ゲンドウ――――彼こそが特務機関「NERV(ネルフ)」の総司令だからである。




如何でしたでしょうか?

おかしいですね。
ミサトさんと会うだけで終わってしまいました。
仕方無いですね。
ミサトさんみたいな綺麗な人の事を考えてたら(彼女の普段の生活からは目を背けながら)



本編ですが、スマホ普及してます。
ある前提にしておかないとミスがありそうなのでいっそのことと思って取り入れました。


シンジ君も『平行世界』で成長しています。
そして、その影響はミサトさんへも現れます。

ミサトさんもシンジ君を「子ども」であると同時に「男」だと認め、彼に「名前呼び」を許可する展開にしてみました。
正直上手くやれてるかは不安です。

これには少なからずミサトさんの心情的変化が起きている筈です。多分、恐らく、メイビー。



さて、次にはリツコさんとか父さんとか綾波と初号機とか、イベントが盛り沢山です。

さて、どうなる事やら。
では、また次回に。

次回、初号機の出撃が可能か不安になってきました。


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理由はいつだってシンプル

どうもお待たせしました。

今回も長くなってしまいました。

続きです。


ミサトの乗ってきた車はやはり先程の衝撃でガタが来てしまった。

更にはタイヤも途中でバーストしてしまうと言うトラブルにまで見舞われる。

 

それでも執念で当初の目的地まで通じる貨物列車が走る所までは辿り着けた。

そこの人員へ話を付けて車を一時的に置かせて貰い、こちらは貨物列車に乗って目的地まで一直線に向かう事に。

座席で向かい合う形で2人は座る。

 

「落ち着いたところでミサトさんに聞きたい事があります」

 

「大体想像出来るけど、何かしら?」

 

「まず、あの〝化け物〟って何ですか?」

 

明らかに異常な存在の正体を真っ先に突き止めたい。

シンジはあの〝化け物〟の事を知る必要があった。

何せ、直前で見せられた「悪夢」の中に存在していた〝化け物〟と直結しているようにしか見えなかったから。

 

「あれは我々人類の敵――――〝使徒〟よ」

 

「使徒、ですか」

 

「ええ、だけど、その存在は謎めいた部分があるわ。詳細は専門の人に聞くのがベストね」

 

暗に自分はその手の専門ではないと自白しているようなものだ。

名前まで分かっているとは、〝化け物〟改めて使徒の存在を知っていたのは確かなようだ。

 

「でも、人類の敵って言うのは随分とスケールの大きい話ですね」

 

正直に言ってしまえば実感は沸かない。

それは話しているミサトも同じだった。

 

「じゃあ、質問を変えて。これから何処へ向かうんです? 父からIDカードみたいなものは渡されましたけど」

 

手紙に同封されていた1枚のカード。

何処かの施設のパスに使えそうなものだ。

 

「これから向かうのはNERV(ネルフ)と呼ばれる特務機関の組織よ」

 

「そんな所へ…………」

 

自分がますます何に関わろうとしているのか不安になってくる。

 

「はい。これを読んでおいて」

 

そう言ってミサトに渡されたのは「ようこそNERV江」と書かれたパンフレットだ。

先程に「特務機関」と言っていた緊張感がいきなり仕事を放棄してしまった。

 

「こんな所で父は何をしてるんですか? まさか!! 科学特◯隊の設立を!?」

 

「まあ、人類を守る仕事って意味だと間違いじゃ無いかもね」

 

「そ、そうなんですね」

 

冗談半分もあったのだが、どうやら正解を引き当てたらしい。

しかし、自分の父がそういう仕事をしているとは…………

 

「お父さんの事は苦手?」

 

「正直な所は『分からない』ですね。だけど、もし話せる機会があるなら話したい…………そうは思います」

 

『平行世界』を通じてifの『碇ゲンドウ』とは言葉を交わしてきた。

そして、分かったのは彼が何処と無く不器用な部分がある事だ。

愛情表現でいきなり背後から抱き付かれるなんて展開もあった。

 

シンジもそんな不器用さを受け継いでいる。

それは『碇ユイ』からも指摘があった程だ。

 

「どうなるのかまでは分かりませんが、出来るだけ歩み寄りたい――――そうは思ってます」

 

「話す機会はあると思うわ。歩み寄れると良いわね」

 

シンジの答えを受けたミサトは柔らかく微笑み、暖かみのある声でソッと彼の背中を押すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地には何の問題もなく到着した。

ジオフロントを初めて目の当たりにしたシンジは目を輝かせた。

空想の世界でしかお目に掛かれない景色を前に彼の中の男心が(くすぐ)られる展開もあった。

 

ミサトからここがNERVの拠点となる場所らしい。

要は基地としての役割を果たすようだ。

案内役のミサトが先陣を切り、中へ入った…………そこまでは良かった。

 

「あの、ミサトさん」

 

「ん? シンジ君、どうかしたの?」

 

「さっきから同じところを通ってる気がするのは気のせいですか?」

 

「あ、あははは。まだ慣れなくてね~」

 

現在、その拠点となる基地にて絶賛迷子になっている。

しかも案内役の筈のミサトが居るにも関わらず、だ。

 

「SNSでミサトさんの写真と一緒に『美人職員と一緒に彼女の職場で迷子ナウ』って文章でアップすればバズると思うのでやっても良いですか?」

 

「止めて!! お願いだから止めて!!」

 

あまりにも無慈悲な行いをしようとするシンジにミサトが思わず涙目で懇願する。

 

「冗談ですよ冗談」

 

「ちょっち心臓が止まるかと思ったから今後は止めて」

 

シンジが本気のトーンで言ってる気がしたのでミサトは釘を刺した。

一方のシンジはと言えば、本当に冗談のつもりでいた。

 

しかしながら彼は『平行世界』の『葛城ミサト』の事を知っている。

更には彼女が残念美人である事実も。

その時の事をついつい思い出してしまい、からかってしまうのだ。

 

『葛城ミサト』のズボラさに辟易する事もしばしばだが、恩義を感じる事から少なくともシンジはからかわない。

 

しかしながら、目の前のミサトとは会ったばかり。

そして今見せた残念美人な部分にデジャブを感じ取った。

これからも彼女に困らせられる時が来そうなので、からかえるタイミングはからかってしまおうと言う悪戯心が珍しく芽生えたのだ。

 

きっと、葛城ミサトと言う人物を知るからこその一種の信頼の表れでもある。

 

「シンジ君って物怖じしないタイプなのね」

 

「そうじゃないです。ミサトさんは信頼出来るって僕の第六感が叫んでるだけですから」

 

「嬉しい事を言ってくれるじゃない。お姉さん嬉しくて涙が溢れるわ」

 

目元を拭うポーズをするミサト。

シンジの切り返しはともかく、彼女を「信頼する」の言葉は非常に嬉しい。

まだ出会って数時間と経たないのにこれだけの信頼を得られた事を嬉しく思わない筈がない。

 

「ところで、誰かと連絡を取れば良いんじゃないですか?」

 

そろそろ本題に戻ろうとシンジは至極全うな意見を繰り出す。

誰かと連絡を取り合えるご時世なのだ。

ここは通信機器を有するスマホの出番である。

 

「あー、それがねー。スマホの充電切れちゃってるみたいで」

 

「え? そうなんですか?」

 

これで電話が繋がらなかった理由が判明した。

判明したのだが、些か腑に落ちない点がある。

 

「あの、ミサトさんは僕をどうやって見付けたんです?」

 

「ん? そんなの勘よ、勘!!」

 

サムズアップして良い笑顔で答えてくれる。

いや、勘って――――とシンジはツッコミを入れようとして止めた。

葛城ミサトはこういうハチャメチャな部分がある事を思い出したからだ。

 

「じゃあ、誰かしらの電話番号は?」

 

「いや~、電話帳って便利よね。番号を覚えなくて済むものね」

 

「覚えてない、と」

 

ここで利便性に富んだ機械の欠点が浮き彫りとなった。

ゲームで言うなら「詰み」の一言だ。

 

目の前で「あははー」と笑うミサトに頭を抱える。

 

「うーん、どうしたものか」

 

手持ちは「S-DAT」とイヤホンにスマホ。

ボストンバッグには念のための着替えと来る前に買った飲み物の入ったペットボトル、そして暇潰しのラノベや漫画が少々とミサトから預かったパンフレット位で――――

 

「あっ!!」

 

瞬間、シンジに電流が走る。

某探偵漫画のように脳内で電撃が走るエフェクトを再生する。

 

「ミサトさん、この詰みの盤面を引っくり返してみせます!!」

 

シンジは胸を張ってミサトへ告げた。

まるでクライマックスで犯人を突き止めた探偵のようなテンションだ。

 

力強く言うものの、彼等は案内役の職場で迷子になっているだけなのを忘れてはいないだろうか?

 

 

 

 

 

「葛城一尉、何をしているの? 私達には人手も、時間も無いのよ? 分かってる?」

 

「ご、ごみーん。リツコ。道に迷っちゃって」

 

「何で基地で迷うのよ」

 

全く――――とボヤくリツコと呼ばれた女性。

 

眉毛は太く、左目の泣きボクロが色っぽいクールビューティだ。

髪型はセミロングで、金色に染めている。

紫のハイネックシャツ、黒のタイトスカート、ストッキングを着用し、その上に白衣を着ている。

 

彼女の名前は赤木(あかぎ)リツコ――――勿論、彼女の事を『平行世界』で知っている。

向こうでは保健室の先生であったが、こちらではそうでは無さそうだ。

そこのところはミサトと同様である。

 

「まさか、本部に連絡が来るとは思わなかったわ。しかも『迷ったから迎えに来てくれ』と言う内容なのは斜め上にも程があるわよ」

 

そう。シンジはパンフレットに記載された連絡先への電話というシンプルな解決策を行っただけなのだ。

そして、赤面必至な事にミサトが基地内で迷子になった事まで皆に知れ渡ってしまった。

 

「基地の構造が広いのが悪いのよ」

 

当のミサトは「基地が広いのが悪い」と言い出した。

この反論にリツコも溜め息を吐く。

しかし、ミサトとリツコが旧知の仲である事は彼女等のやり取りで分かる。

 

シンジにとっては見慣れた光景で、彼女等の関係が何処の世界だろうと変わらない事の嬉しさを密かに抱いていた。

 

「それで? 例の男の子ね?」

 

「そう。マルドゥック報告書による、サードチルドレンの碇シンジ君よ」

 

「初めまして碇シンジです」

 

マルドゥックやらサードチルドレンやら妙な単語が飛び出すも、先に挨拶をしておく。

特に自分を指す言葉だろう「サードチルドレン」は気になる。

 

「あのミサトさん。こちらの方は?」

 

「こっちはあたしの学生時代からの友人の……」

 

「特務機関NERVの技術局第一課 E計画担当責任者の赤木リツコ。よろしくね、碇シンジ君」

 

ミサトが目線でリツコに合図を送る。

旧知の仲の成せる業か、リツコは視線を受け取ると自己紹介もバトンタッチする。

 

「よろしくお願いします。赤木さん」

 

「ミサトの事も下の名前で呼んでるみたいだし、せっかくだからリツコで構わないわ。私も下の名前で呼ばせて貰うから」

 

「分かりました。リツコさん」

 

彼女にそう言われるなら無下には出来ない。

正直、その呼び名の方が個人的にも助かる部分はある。

 

「あの、ところでさっき言ってたサードチルドレンって?」

 

「申し訳ないけれど、説明は後でさせて貰うわ。今は一刻を争う時だから」

 

シンジの質問に答えたくない訳では無さそうだ。

しかし、時間が無いとはどういう意味なのか。

 

「もしかして使徒、ですか?」

 

「察しが良いわね」

 

疑問はここへ来る直前に見た使徒の存在が関係しているのだと当たりを付けた。

となると、ここからはその使徒が絡んだ話となる。

 

ミサトが「一尉」と呼ばれていた事から漫画知識でしか無いが軍が絡んでいる事ではないか?

彼女も戦自の事を知っていた事、兵器の名称や効果を知っていた事から可能性は高いと見ている。

 

「百聞は一見にしかず。見てもらってから説明した方が早いと思うわ」

 

付いてきて――リツコは告げると、颯爽と前を歩き始めた。

シンジとミサトも彼女に付いていく。

 

 

 

 

 

 

 

リツコに連れられた先は薄暗い広々とした場所だった。

何と無く、ロボットアニメであるようなケージの印象を受ける場所だ。

 

「ここに何かあるんですか?」

 

「ええ。シンジ君に見せたいものがあるの」

 

問い掛けに応じると同時、照明が点けられた。

 

「こ、これはっ!?」

 

目の前には額の一本角が特徴的な紫色の巨大ロボットの顔があった。

 

「汎用人型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン初号機よ」

 

これがミサトが知っていた「奇跡」の正体だと判明した。

人類にとっての切り札であり、希望の建造にミサトが関わっていたなら落ち着いていたのも納得だ。

 

「けど、このロボット……何処かで見たような」

 

「…………そうなの?」

 

「うーん、どうでしたっけ」

 

シンジはこのロボットの存在にヘジャプ…………ではなくてデジャブを覚える。

一本角、紫色、巨大ロボット――――そして〝化け物〟と戦闘する。

 

それらのピースが重ねていき、シンジは思い出した。

そう、何と無く似ているのだ。

顔のパーツ等に違いがあれど、共通項が多い。

 

「あの、これ実は将軍専用機とか言ったりしませんよね?」

 

「あなたは何を言ってるの?」

 

「ですよねー。ゲームに出てくるロボットの武◯雷に似てるなとか考えてました」

 

「残念だけど、違うわよ」

 

リツコがバッサリと切り捨てた。

 

―――危うく、変な事を口走るところだった。

 

正直、似てるなと感じたのは嘘ではない。

目の前のロボット……名を改めてエヴァンゲリオンが『平行世界』の『碇シンジ』が搭乗していたものと酷似していたのだ。

 

全体像をまじまじと見ていないので、正直なところは分からない。

あの時は真正面に出現したバッドエンドの数々の方に意識を持っていかれたから。

この疑問は搭乗する時に分かるだろう。

 

これは『碇ユイ』や『碇ゲンドウ』からの発案で、『平行世界』の存在は信用できそうな人物にしか明かさないよう言い含められている。

現に『平行世界』の存在を知らせている相手は信用できる面々ばかり。

こちらでは叔父夫婦相手にもまだ教えていない。

父の目的が『碇ゲンドウ』の予想通りだとして、敵味方の区別が付かなければ、シンジは『平行世界』の行き来を利用され兼ねない。

下手をすればモルモットにされてしまう。

最悪の事態を恐れての両親からの忠告だった。

 

そこのところは今は置いておこう。

他の気になる点を聞くべきだ。

 

「それで、これが父の仕事と関係あるという事ですか?」

 

『そうだ』

 

シンジの質問に答えたのはミサトでもリツコでもない第三者のもの。

ケージを見渡せる上部。

ガラス越しに『こちらの世界』の碇ゲンドウと相対した。

肉声ではなく、スピーカーを通しての声だ。

 

「父さん。3年振りだね」

 

『久しぶりだな。シンジ』

 

3年前に母親の墓参りで会って以来だ。

『碇ゲンドウ』の存在を思い出すと、シンジにはつい最近の出来事にも思える。

 

墓参りは毎年欠かさずに行っているのだが、シンジとゲンドウもそう簡単には都合が合わなかったので、こうして顔を合わせるのが久方ぶりとなったのだ。

 

『出撃』

 

「出撃っ!? 零号機は凍結中の筈では!? まさか、初号機を使うつもり?」

 

「ええ。他に手段は残されていないもの」

 

ゲンドウの無慈悲な命にミサトは疑問を吐く。

完全に蚊帳の外に放り出されたシンジを他所に、話が勝手に進んでいく。

 

「初号機は動かないんじゃないの?」

 

「起動確率は0.0000000001パーセント。オーナインシステムとは良く言ったものだわ」

 

数字の「0」が並びすぎて、それだけで数えるのを止めた。

数えるだけで脳がパンクしてしまいそうだ。

 

「それって動かないのと同じじゃない?」

 

「でも『ゼロ』ではないわ」

 

「それは数字の上では、でしょう?」

 

初号機はこの目の前にあるエヴァンゲリオンの型番なのはシンジでも分かる。

しかしながら「動かない」の部分が引っ掛かる。

 

話のやり取りから他に「零号機」なる機体もあるらしい。

何とも少年心に来る設定を用意してくれているのかとシンジは思いながら様々な疑問を抱く。

しかし、情報が圧倒的に少ない。

 

「それに動く動かないもあるけれど、肝心のパイロットは? レイはまだ動かせないでしょう?」

 

レイ――――ミサトの口から出てきた名にシンジは反応する。

シンジとミサトに共通する「レイ」の名前は突然の新キャラさえ考えなければただ1人だけ――――綾波レイだ。

 

彼女もこの場に居るのだろう。

これはあくまで推測に過ぎないが、シンジが「サードチルドレン」と呼ばれているように綾波レイにも別称……この場合はコードネームと言うのが正しいのだろうか?

 

恐らく、シンジは真新しい方だと思う。

自分が「サード」、野球用語の「3塁手」でないのだとしたら「3番目」と考えるのが妥当なところ。

となると、呼び名に倣うなら綾波は「ファースト」か「セカンド」辺りか。

 

思考を巡らせているが、どうやらシンジも無関係では無くなる展開となった。

 

『今さっき届いた』

 

「今さっきって…………まさかっ!?」

 

「そう。碇シンジ君――――あなたが乗るのよ」

 

ゲンドウの淡々とした内容を察知すると、ミサトは考えたくもない可能性に至る。

それをリツコが口にする事で正解が発表された。

 

「正気なのっ!? レイでさえエヴァとのシンクロに7ヶ月もかかったのよ? いきなり、そんな無茶を――――」

 

「座っていれば問題ないわ。それ以上の事は望みません」

 

「リツコ、あなたねえ…………っ!!」

 

「仕方無いの。私達にはこれしか、彼に頼るより他に手段が残されていないのよ」

 

今にもリツコの胸ぐらを掴もうとしたミサトは彼女の言葉を受けて止まる。

やり場のない怒りがミサトの内に留まった。

 

リツコもミサトと同じ心情なのだ。

自分達よりも一回りも年下の子どもに残酷な命令を送っている。

しかも、つい最近まで平凡な中学生に過ぎなかった少年に「死ね」と命令しているようなものだ。

 

『どうした? 早く乗れ』

 

「父さん。聞きたい事があるんだ」

 

シンジは真剣な表情で父と向き合う。

ミサトとリツコも真剣な眼差しをする少年が何を言うつもりなのか、思わず息を呑む。

 

乗るか、乗らないか、戦場に自らを投じなければならない少年の決断が如何なるものか。

ゲンドウは分からないが、彼が拒否するならリツコは説得しなければならないと頭の中で算盤(そろばん)を弾き始め――――

 

 

 

 

 

「何で『サードチルドレン』なのに用意されてる機体が『初号機』なの? ここは『三号機』とかじゃないの?」

 

 

 

 

 

予想外の切り返し。

あまりの出来事にミサトもリツコも、そしてゲンドウでさえ口をポカンと開けてフリーズしてしまっている。

 

そんな事などお構い無しにシンジは続ける。

 

「これは根本的な話なんだ。戦隊シリーズで赤や青が必ず組み込まれてるみたいな感じのお約束みたいなものなんだ」

 

シンジは拳を握り、自分の矜持をこれでもかと力説し始める。

シンジの答えは父からすれば的外れなもの。

溢れる少年心を刺激する展開なのに惜しい所で折られてしまった。

 

「初号機の専属パイロットって言うのは実に甘美な響きなんだ」

 

そう。巨大ロボットのパイロットは男の子にとってロマン溢れる展開だ。

シンジとて胸が熱くなる展開だ。

あの有名なロボットアニメのように成り行きで乗ってしまった訳ではなく、選ばれたのだから光栄な事だろう。

 

「でもさ、僕はサードチルドレン……3番目なんだろう? 初号機なら最初にパイロットに選ばれた人が乗るべきだ。1号とかファーストとか呼ばれていそうな人が乗るべきなんだ」

 

そして、シンジは悲しんだ。

初号機――――つまりは最初の機体だろう。

零号機とやらはこの際聞かなかった事として、番号としては「1」となる筈だ。

 

「なのに何で『3番目』の扱いの僕が初号機――――最初の機体に乗る展開になってるのさ? お約束を破りすぎてる!!」

 

初号機なのに乗るのはサード、これ如何に。

いや、光栄だ。

真実を言えば跳び跳ねたい位に嬉しい。

 

だけど、碇シンジの中のオタク特有の矜持には引っ掛かる部分があった。

せめて、名前を付ける事で差別化を計るべきなのかもしれないと考える位に。

 

「いっそのこと、名前はポチにでもしようかな」

 

「止めて!! それだけは絶対に止めて!!」

 

シンジの呟きにミサトは泣いて懇願する。

人類の希望の名前が犬の名前みたいになるなんてあまりにも説得力が無さすぎる。

 

「この初号機の適性が高かったのがあなただったからよ」

 

「あっ、なるほど。そういうパターンでしたか」

 

最初に造られた機体を動かせる人物が居らず、第一話で最後にチームメンバーに選出された人物が動かすと言う展開もまた王道の展開だ。

リツコの説明で納得がようやく出来た。

 

『もういい。こうして話している時間が惜しい。連れてくるんだ』

 

シンジの話はどうやらゲンドウにとっては興味が無かったらしい。

話を無理矢理に切り上げ、別の手段を講じようとした。

 

彼の言葉により、数人が入ってきた。

1人の少女を運んでいた。

 

「っ!?」

 

運んでいたのはストレッチャー。

そこには怪我をした少女が乗っていた。

 

その少女を見た瞬間、シンジはボストンバッグを投げて弾かれるように動いていた。

 

 

 

 

 

「綾波っ!?」

 

 

 

 

 

『平行世界』で出会った碇シンジにとっても忘れられない人物の1人――――綾波レイだ。

 

駆け寄った彼女の姿を間近で見るが、その姿は「痛々しい」の一言に尽きる。

全身を包帯で巻かれており、顔も額の付近を巻かれている。

そして、彼女の苦悶の表情がより一層に事態の険しさを物語っていた。

 

「大丈夫? 綾波?」

 

「大丈、夫…………」

 

シンジの事など分かるまい。

だが、綾波は無意識に反応して答えた。

更には身を起こそうとする。

 

「動いちゃ駄目だ」

 

こんな状態の彼女を動かさせる訳にはいかない。

慌てて起き上がるのを阻止すべく、彼女の肩や背中を抑える。

瞬間、手にベタつく感触があった。

 

「え?」

 

まさか、とシンジは思った。

それは「悪夢」でも嫌と言う程に目の当たりにしてきた――――血だ。

綾波レイはこれだけの重傷を負いながらも動こうとしている。

 

『レイ、出撃だ』

 

「分かり、まし…………」

 

「駄目だ!!」

 

シンジは割って入る。

言葉を同様に言の刃で切り捨てる。

 

こんな綾波レイを碇シンジは放っておけない。

 

綾波はクールそうに見えてお茶目な部分がある。

恥ずかしい事があれば赤面する。

美味しいものを前にすれば顔を綻ばせる。

楽しい事があれば笑顔を咲かせる。

 

そして、嬉しい事があった時の彼女の笑顔の美しさを碇シンジは知っている。

 

もちろん、これは全て『平行世界』における『綾波レイ』の話だ。

『こちらの世界』の綾波レイとは異なるかもしれない。

 

けれど、だからと言って、こんな状態の彼女をシンジは前線に出すつもりなどない。

 

「父さん。せっかちが過ぎるよ。僕がどう答えるのか、まだ聞いてなかったでしょう?」

 

視線を綾波からゲンドウへと移す。

 

『ならば、変な問答などせずに答えれば良かっただけだ。それで? 答えはなんだ?』

 

「乗るよ。僕が」

 

強い決意を持った瞳、そして――――何よりも意志を込めた声音だった。

 

「シンジ君っ!? 分かっているの!? これに乗ると言う事の意味が?」

 

そんなシンジの搭乗に「待った」を掛ける人物が居た。

葛城ミサトである。

 

「使徒と戦う事になる、命懸けの戦いが始まる、ですよね?」

 

「それが分かっていて、何で?」

 

「初号機には僕しか乗れないんですよね?」

 

初めに言われた事だ。

シンジ以外には初号機を動かす術を持たない…………という結果があるそうだ。

真実のところは分からない。

しかし、自分が乗る事で助けられる命があるなら、動かないでどうする?

 

「はっきり言って怖いです。『死』は怖いですから。そうならない為に今をこうして必死に生きてる訳ですし」

 

「でも、これに乗ったらシンジ君が死んじゃうかもしれない!! これは、子どもに背負わせて良いものじゃない!! とんでもない重責を背負わされようとしているの!!」

 

使徒を倒す事を強いられた兵器――それがエヴァンゲリオンだ。

倒せなければ全てが無に帰す。

だが、それを操れるのは碇シンジという少年だけ。

 

大人として、葛城ミサトは子どもに重責を背負わせる真似なんてしたくない。

 

「ミサトさん。僕は、それでも前に進まなくちゃならない理由が出来てしまったんです」

 

「理由……?」

 

「はい。覚悟……は出来てるとは断言出来ません。ついさっきまで中学生だった僕には荷が重すぎる発言ですから」

 

苦笑しながらシンジは告げた。

覚悟の有無は分からないのが事実だ。

何せ、碇シンジは何処まで行っても平々凡々な少年なのだから。

 

「けど、今この場に居る皆を死なせたくない――――そんな理由を貰いましたから。まだ出会って数時間の付き合いですけど、そう思ってしまったんです」

 

「シンジ君…………」

 

彼が見せた「男」の部分をミサトは思い出す。

こうなると、きっと彼は折れやしない。

突き進むだけだと直感したからだ。

 

「良いの? シンジ君が突き進もうとしている道は『険しい』なんて言葉が裸足で逃げ出すような世界よ? 『地獄』と言っても良い位よ」

 

「その『地獄』は絶対に見たくありません――――その為に僕は進みます」

 

きっかけは『平行世界』と直前で見た「悪夢」だ。

あんな『地獄』を碇シンジは二度と見たくない。

 

『平行世界』からの、『碇シンジ』からのSOSだったのではないかとシンジは考える。

 

所詮は推測。

真実の程は不明。

 

けれど、『地獄』を見ずに済むのなら。

それを変えるだけの力があるのなら。

 

「僕は皆が『地獄』で苦しまないように生きてもらう為に戦い、助けます」

 

ただそれだけのシンプルな回答だ。

 

「その皆には自分も含んで頂戴。あたしも……いえ、あたし達も全力であなたを助けるから。生かす為にも!!」

 

碇シンジの見せた「男」に葛城ミサトは折れた。

そして、彼を助ける為に全力を注ぐ。

 

『では赤木博士、あとは頼む』

 

「分かりました。シンジ君、こっちに色々と説明するわ」

 

「はい。お願いします」

 

使徒と呼ばれる謎の生命体との戦いの火蓋が切って落とされた。

 

生かす為に助けたい――――そんなシンプルな理由で十分だった。




如何でしたでしょうか?

私がエヴァを観たのとマブラ◯オルタをプレイしたのって実は同じ位の時期で、シンジ君と似たような感想を持ちました。

ヘジャプは鍵作品のやつですね。
知らない人は夏休みを島で過ごしましょう!!

そして初号機を「ポチ」と呼ぶ小ネタですが、これは以前に読んだ事のあるSSのネタです(笑)
初めて触れたエヴァのSSで、かなり印象に残っていて思わず採用しちゃいました。
事後ですが謝罪します。勝手に使ってすいませんでした。

ちなみにハーメルンの捜索掲示板にもあります。
遅すぎた逆行です。LASになりますが、めっちゃオススメです。


さて、本編ですが…………いや、長くなりました。
初号機出撃出来ませんでした。

シンジ君はかなり冷静になってますが、気の許せる相手にはリラックスした状態になってますね。
テンションの上下が激しくなるのは仕方の無い事です。
だって難しい年頃ですもの。

ミサトが一尉と言う事は旧劇要素ですね。
果たして、本当かな?

そして綾波レイの登場。
ですが、ボロボロです。
シンジ君が思わず名前を呼んで駆け寄る程に。


さて、次でようやく初号機の出撃シーンとなります。
ここまで来るのに何話使ってるんだ?
まあ、漫画でも出撃に何話か掛かったしこんなものですよね? ね?
ようやく出番だよ初号機。

思う存分活躍させます。

ではまた次回に。


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初陣

どうもお待たせしました。

続きです。


シンジはエヴァ――エヴァンゲリオンの略称――のコックピットに座っていた。

『平行世界』で見たものと同様の操縦席――エントリープラグに搭乗している。

 

異なるのは『平行世界』で自分が着ていた服装とは異なる位か。

あの時は白を基調としたピッチリとしたダイビングスーツのようなものを着用していた。

今は着の身着のまま、半袖のワイシャツに学生服のズボンのままだ。

ボストンバッグやスマホにS-DATも預けてある。

 

『シンジ君、大丈夫?』

 

「はい。さっきのLCLと言うのには驚かされましたけど」

 

通信室から様々な用語が飛び出していた。

発進する為の下準備、起動の際に不備が無いのかをチェックする声が向こうで飛び交っていた。

 

専門用語は分からないので、向こうのオペレーターの方々に身を任せる。

その際に「LCL注水」なる言葉が耳に届いた。

足元から赤茶色の液体が溢れてきた。

リツコから飲むように指示を貰ったので飲んでみた。

エントリープラグ内がLCLという水に浸されているが、シンジは呼吸が出来ている。

これは胃に送り込むのではなく、肺に直接空気を送り込んでいる――――との旨をリツコから教わった。

 

「けど、このLCLは血生臭いですね。星は1つも付けられませんね」

 

『そんな料理人みたいな評価はしなくて良いから』

 

緊張感の欠片もないシンジの発言パートⅡ。

しかし、これが切っ掛けでオペレーター室に笑いが起こった。

シンジの言葉に突っ込むミサトも笑いを堪えて返していたりする。

 

『随分とリラックスしてるわね』

 

「そんな事はありませんよ。さっきから僕の中の『ビビり』が疼いてるんですよ。逃げろって」

 

随分と厨ニ病チックな表現だ。

正直なところ、シンジだって怖くて怖くて仕方無いのだ。

けれど、勇気をかき集めて立ち上がってくれた。

 

「でも逃げちゃったら、きっと『地獄』が待っています。毎夜毎夜「悪夢」に(うな)されるかもしれません」

 

『シンジ君……』

 

この中で言葉を一番多く交わしたのはミサトだ。

短時間ながら、彼の事は多少は理解しているつもりだ。

 

その最たるもので、彼は出会ったばかりの自分達を「助けたい」と答えてくれた。

何も考えず、突っ走った答えを出している訳ではない事は最初の問答で分かっていた。

 

はっきり言って中学生らしからぬ考え方も見られるが、それでも彼の決意は本物だと言えた。

それならば、ミサト達大人は子どものシンジを助けるように動くべきだ。

 

何せ、碇シンジは愚直にも信じてくれているのだから。

 

『終わったら、美味しいものでも食べましょう!!』

 

『良いですね。祝勝会を開きましょう』

 

『いやいや、その前に来てくれた彼の歓迎会をしなくては』

 

『どうせなら両方とも開いちゃえば良いんですよ』

 

『あなた達ね…………』

 

ミサトの言葉を皮切りに、他の面々が明るい未来を見据えた話をする。

リツコも嗜める声を掛けるが、それでも内心はそうは思ってはおるまい。

 

「賛成です。僕もご都合主義でも皆が笑顔になれる幸せなエンディングの方が好きですから」

 

シンジもまた彼等の想いに答える。

さあ、これでますます生き残らなくてはならなくなった。

 

『準備は良い? シンジ君』

 

「はい」

 

『発進!!』

 

シンジの心の準備を問うた後、ミサトは力強く命じた。

初号機を立たせたリフトがみるみる上昇していく。

上からGが掛かり、押し潰されそうになる。

 

しかし、それも長くは続かなかった。

しばらくの後、外へと出たからだ。

 

外は夜、そして街中。

しかし、ミサトが言うには住人はシェルターに避難しているらしい。

手際が良くて助かる。

 

使徒――――奴の名称はサキエルとNERV側が決めたので、それに(なら)ってサキエルと呼ぶ。

サキエルは初号機からかなり離れた位置にいる。

 

これは、ミサトの采配でもある。

乗る直前にリツコから簡単なレクチャーは受けた。

エヴァの動かし方と使徒の弱点であるコアについて。

 

弱点はサキエルの中心部にでかでかとある赤い球――それがコアだ。

 

そしてエヴァの操縦の方が問題だ。

戦闘では素人も同然のシンジではエヴァを動かせるかどうかも分からない。

仮に動かせたとして、まともに歩く事すら困難であろう。

これは、動かせた場合の保険も兼ねてサキエルと距離を取ってある。

 

エヴァは背中にケーブルを繋いでおり、それが外れると内部電源に切り替わって5分しか動けなくなるとの事だ。

いきなり出鼻を挫かれない意味も込められていよう。

 

『シンクロ率…………41,3%。安定しています』

 

3人いるオペレーターで唯一の女性――――伊吹(いぶき)マヤが告げる。

はて? シンクロ率とな?――――その言葉を受けたシンジは首を傾げる。

そんなものは先程の簡易講義の中には無かった。

 

『凄いわね。プラグスーツの補助無しでここまでだなんて』

 

『アスカだって、いきなりこれだけのシンクロ率は出せなかったのに』

 

「ちょっと待って下さい。今、パイロットスーツみたいなものがあるとか言いませんでした? それにアスカって…………」

 

今のはスルーしづらい反応になる。

プラグスーツなるものがあるらしく、それは『平行世界』で見たものと同じだろう。

そして、今出てきた「アスカ」という固有名詞も気になるところ。

綾波レイと来れば、間違いなく「惣流・アスカ・ラングレー」が真っ先に頭に浮かぶ。

 

『そこは追々話すから。今は歩く事を考えて』

 

「了解」

 

聞きたい事はあるが、今は黙っておくのが吉か。

リツコから事前に受けたレクチャー通りなら自分の思考パターンを読み取り、エヴァは動くと言う。

 

「歩く、歩く……」

 

エヴァが歩くイメージをしてみる。

足が前に出て、一歩を踏み出した。

 

オペレーター室から「おお」と短いながらも関心の声が届く。

どうやら、彼等にとっても驚きの出来事なのであろう。

 

初号機は動く事は無かったのだから、そういう反応になるのは当然と言えば当然だ。

しかしながら、感動はすぐに続かなかった。

 

初号機が次の一歩を踏み出そうとして、先に出していた足に引っ掻けてしまったのだ。

 

「うわぁっ!?」

 

その結末は転倒と言う形でもたらされた。

初めての操縦、慣れないのは仕方無いにしても歩行で倒れてしまうとはな情けない。

 

「あっ、つつ……って、痛い?」

 

鼻を軽くつまれたような感覚があった。

 

「これがシンクロ率って事ですか?」

 

『そうよ。痛みがフィードバックしてしまうの。実際よりも何倍も痛みは弱いけれど』

 

「痛いのは、勘弁願いたいですね」

 

軽く倒れただけでこういう事になるのは困る。

さっさと立ち上がり、サキエルの方へ向かおうとした時だ。

 

モニターの隅に何やら人影らしきものが映り込んだ。

シンジよりも年下、小学生位の少女だ。

それがビルの前に居た。

 

「えっ!?」

 

シンジはその少女に見覚えがあった。

長野に居た時には会わなかったから分からなかった。

だが、今はっきりと目の前に『平行世界』の存在と同じ人物がまたも現れた。

 

 

 

 

 

「サクラちゃんっ!?」

 

 

 

 

 

鈴原サクラ――――親友の鈴原トウジの妹だ。

シェルターに避難していると言う話なのに何故居る?

 

『シンジ君!! 前!! サキエルが来てるわ!!』

 

「なっ!?」

 

サキエルの接近。

このままではサクラが下敷きとなるのは火を見るより明らか。

 

―――そんな事はさせない!! 体当たりでも何でも構わない。意地でも突き放す!!

 

シンジが決意すると同時、初号機が立ち上がると同時にサキエルにタックルをする。

それだけに終わらない。

この場から突き放すように前へ前へと初号機は突き進む。

 

「うっ、おおおおおおおおおおーーーーーーっ!!」

 

雄叫びと共に押し退け、最後にだめ押しで力業でサキエルを無理矢理に押し出す。

様々なビルを巻き込み、サキエルは地面の上に倒れ込む。

それをただ見ているだけではいけない。

 

「ミサトさん!! さっきのところに女の子が居ました!! 大至急保護をお願いします!!」

 

『何ですって!? 了解よ!! こっちの事は任せて!!』

 

向こうでミサトがてきぱきと指示を飛ばす。

そして、シンジは今ので“確証を得た。”

 

エヴァ全体をイメージした動きを頭の中で思い描いていたが、そうでは無かった。

『平行世界』で『綾波レイ』が自爆しようとした時に「手を伸ばす」とイメージした。

その際、この初号機もそんな漠然としたイメージに付いてきてくれた。

それは今のタックルも同じ事なのだ。

漠然でも構わない。

今、自分がエヴァの脳になったと考えれば良いだけ。

身体に「こう動け」と伝達するだけで構わないのだ。

 

『OKよ。保護したわ。そっちは大丈夫?』

 

「何とかコツは掴みました。後は、やるだけやってみます」

 

そして、エヴァの身体能力と言うのが凄まじいの一言だ。

さすがは人類の切り札と称されるだけの事はある。

 

しかし、敵もそれだけタフだ。

あれだけの事をされても初号機へ攻撃を仕掛ける意志が折れないのだから。

 

痛みが無いのか?

その疑問に「Yes」と返事するかのようにサキエルは手のひらをこちらへ向けて光で出来た槍を打ち出した。

 

「っ!?」

 

その攻撃手段は戦闘機相手に繰り出していたので予想は出来ていた。

身体を横へ放り投げるように跳ぶ。

 

『そのまま横へ転がって!! 連続で槍を射出してくるつもりよ!!』

 

ミサトの指示に従い、側転をする事を止めない。

視界がぐるぐると目まぐるしく変わっていき、車酔いならぬエヴァ酔いを起こしそうになる。

幸いにして、そんな事にはならなかった。

 

ミサトの言葉通り、初号機の居た所へ光の槍が打ち込まれていた。

地面に突き刺さり、こんなものを喰らってはならないと暗に警告されているようにも感じられる。

 

『こうなったら接近戦に持ち込むしかないわ。あそこに見える赤い球……コアを狙うの』

 

「了解。と言いたいところ何ですけど……」

 

そもそも接近する事すらままならない。

エヴァの力ならサキエルをどうにか出来そうな事は先程のタックルで実証済み。

 

問題は接近する事そのもの。

どう見ても遠距離手段としか思えない攻撃を掻い潜り、懐に飛び込む必要がある。

 

「どうにかして隙を突くしかありませ――――えっ!?」

 

言葉は続かなかった。

サキエルの両目が光ったかとおもえば目映い光が飛び出していた。

言ってしまえばレーザー。

それが一直線に初号機めがけて飛んできたのだ。

 

『しゃがんで!!』

 

「っ!?」

 

一瞬早く、ミサトの指示が飛ぶ。

それを受けたシンジは反射的にしゃがみこむ。

後頭部に チリッ!! とした痛みがした。

けれども、どうやら最悪の事態は免れたらしい。

 

『今よ!! サキエルは攻撃の直後でその場に留まっているわ!!』

 

「了解!!」

 

ミサトの言葉を受けて、シンジは一目散に駆けた。

初号機の一歩で距離を詰める事に成功した。

 

サキエルは目と鼻の先だ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

シンジに武術の心得こそないが、『平行世界』での訓練で自衛程度には(たしな)んではいる。

その時に教わった事と漫画等で表現されるシーンを思い描きながら動作を真似る。

 

腰を捻り、拳を固く握って打ち込む。

サキエルの顔面へクリーンヒットする――――筈だった。

 

 

 

 

 

ギィィィィィンッ!! と、甲高い音と共に“見えない壁に阻まれた。”

 

 

 

 

 

「えっ!? これは?」

 

『ATフィールド!? いけない!!』

 

オペレーター室でも慌てた声が届く。

ATフィールドなる存在が初号機の攻撃を防いだ事は分かる。

 

そして、これにより攻勢が一転してしまう事も。

 

サキエルが初号機の顔を掴んだのだ。

そのまま、光の槍を出し入れする形で何度か打ち込んでくる。

 

「がぁっ!?」

 

痛みが走る。

これは本来の痛みではない。

しかし、殴られた感触がある。

 

『落ち着いてシンジ君!! 何で、こんなに痛がってるの!? シンクロ率はそこまで高くは無いでしょう!?』

 

『それが、先程のタックル以降に彼のシンクロ率がドンドン上昇していって…………今は70代まで到達しています』

 

通信の向こうから淡々とした声が聞こえる。

しかし、シンジにはその全てを聞き届けられる余裕が無い。

 

分かるのは、シンクロ率が高ければ痛みがフィードバックしやすいこと。

そして…………エヴァの動きが格段に良くなる事だ。

 

「こんな、もの、『アスカ』の扱きに比べれば、何てことあるか!!」

 

『平行世界』の『惣流・アスカ・ラングレー』から時折受ける無慈悲な折檻を思い出す。

比較対象の内容がどうかとも思うが、シンジにとって身近なものがそれであっただけの事。

 

掴むサキエルの腕を両腕で掴むと、無理矢理に捻りあげる。

可動域は決まっており、これ以上は回せないところまで持っていけば自然と掴む力が弱まると考えた。

 

無論、これは人相手の原理であるので使徒相手に通じるかは賭けだった。

その賭けにシンジは見事に打ち勝った。

サキエルのアイアンクローを外す。

 

「はっ、あああああっ!!」

 

そのまま腕を捻り、ジャイアントスイングの要領でぐるぐると回す。

遠心力に逆らえず、エヴァのパワーの前にサキエルは成す術はなく、されるがままだ。

 

「どぉ、りゃあっ!!」

 

柔道よろしく、背負い投げの格好でサキエルを地面へ叩き付けてやる。

周囲のビル群をも巻き込み、サキエルは地面にクレーターを作って仰向けに倒れる。

 

「このまま――――」

 

『待ってシンジ君!! 離れて!!』

 

シンジはトドメを刺すべきだと判断し、更に拳を構えようとする。

真逆な事に「待った」を掛けたのはミサトだった。

 

それもその筈。

シンジは見落としていたのだ。

サキエルはまだ攻撃手段を残している。

それは先程、ミサトの指示で上手く回避できたものだ。

 

 

 

 

 

閃光が放たれ、初号機の脇を貫いた。

 

 

 

 

 

「――――――ぁぁっ!?」

 

声にならない悲鳴が上がる。

しかも、それだけではない。

 

『アンビリカルケーブル、切断され掛かっています!! このままでは切れるのも時間の問題です!!』

 

『シンジ君!!』

 

ケーブル――――言ってしまえばエヴァの生命線が失われ掛かっている。

まだ電源が供給出来ているのが奇跡だ。

完全に切れる前に予備のコードに辿り着き、再接続をするのが望ましい。

ただ、そこまで辿り着くのをサキエルが邪魔しない訳がない。

既に初号機を「敵」と認識しているのだから。

 

そして何より、先程のダメージでパイロットであるシンジが満足に動けないでいる。

初号機も膝立ちの状態で静止してしまっている。

 

そして、痛みによってシンジの意識も沈んでいき――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の閃光で回線も一時的にやられてしまったのか、先程の顔面への光の槍が今になって尾を引いたのか。

両方が理由だろう。

シンジのモニターが映らなくなって様子が分からない。

 

初号機が動かない。

それは相対するサキエルに動く暇を与えると言う事。

 

至近距離で両の手のひらを向けてくる。

光の槍を2発同時に発射するつもりだ。

 

それだけではない。

両目が光始め、先程のレーザーをも叩き込む気でいる。

完全に仕留めに来ている。

 

「シンジ君!! 応答して!! シンジ君!!」

 

必死に呼び掛けるも応答は無い。

このままでは初号機を、碇シンジを失ってしまう。

しかし、ミサト達にはどうする事も出来ない。

指を加えて見ているしか出来ず――――

 

 

 

 

 

『ウォォォォォォォォンッ!!』

 

 

 

 

 

悲鳴にも似た雄叫びが上がったのは直後だった。

咆哮の出所はエヴァ初号機。

 

「まさか、暴走!?」

 

リツコはこの現象に理解を示し、驚いていた。

横で驚く友人を他所にミサトは画面を食い付くように見ていた。

変化が訪れたからだ。

 

初号機が立ち上がり様にサキエルの両腕を取り上げて真上に持ち上げる。

その勢いでサキエルをボールに見立て、思いっきり蹴り上げた。

 

蹴り上げたタイミングで手を放し、サキエルは上空に向いた状態で光の槍とレーザーは空へ打ち上げられた。

 

『ウォォォォォォォォンッ!!』

 

叫びを上げながら初号機は跳び上がる。

そして、右拳をサキエルにぶち込む。

 

しかし、見えない壁――ATフィールドに遮られる。

だが、そんなものなど知るかと言わんばかりに全体重を乗せて力業で押し込む。

 

重量もさることながら重力の助けもあり、地面へ叩き付ける。

 

『ウォォォォォォォォンッ!!』

 

いくら雄叫びを上げようと、ATフィールドを破らない限りはダメージを与える事は出来ない。

どうするべきか――――援護をすべく、戦自に大至急連絡をすべきなのか、思考をしていた。

 

しかし、その思考は無駄に終わりそうになった。

初号機の拳が徐々にではあるものの、ATフィールドを突き破って侵攻していた。

 

「初号機からATフィールドの発生を確認!!」

 

「サキエルのATフィールドを中和しています」

 

ロンゲのオペレーターの青葉(あおば)シゲル。

メガネが特徴的なオペレーターの日向(ひゅうが)マコト。

両名が状況を伝えてくれる。

 

「やはりエヴァもATフィールドを使えるのね」

 

リツコがボソリと呟く。

彼女の呟きに気付いた者は居なかった。

それだけ目まぐるしく変わる戦場に意識が割かれていたからだ。

 

ややあり、サキエルのATフィールドを初号機は突破した。

コアに突き刺さる――――サキエルの目が光ったのはその直前であった。

 

「いけない!! レーザーが来るわ!!」

 

ミサトが叫ぶもそれは無意味となる。

初号機の拳が振り抜かれる。

サキエルのレーザーの方が一手早かった。

 

腹部へ直撃。

その勢いに押され、初号機は真後ろのビルまで吹き飛ばされる。

レーザーを受けて拳の軌道はズレてサキエルの頬を捉える結果となった。

弱点は突けなかったが、サキエルは動きを鈍らせた。

 

未だ敵の殲滅は行えていないが、凄まじい戦闘力を見せ付けている。

このまま行けば勝てる――全員が希望を見出だした時だった。

 

ブチィッ!! と、何かが切れる音がしたのだ。

 

「アンビリカルケーブルが断線しました。内部電源に切り替わります」

 

何が起きたのかをマヤが簡潔に説明してくれた。

あと5分――――その間に敵を倒す必要が出てきた。

 

『ウォォォォォォォォンッ!!』

 

四度目の咆哮。

自らのタイムリミットに気が付いているかのように初号機は疾駆した。

サキエルとの距離を詰めるのは数秒と掛からない。

それだけの近い距離感であるのと同時、エヴァの身体能力の高さを改めて裏付ける。

しかし、だ――。

 

「また、来る!!」

 

初号機を近付かせまいと、サキエルがレーザーを連続で照射してくる。

しかも、それだけではない光の槍のおまけ付きだ。

 

それらが疾駆する初号機の脇に、肩に、腕に、足に、直撃こそ免れるも命中する。

初号機は近付けず、その場で横転してしまう。

 

「ちょっちまずい、かな?」

 

「でしょうね」

 

ミサトとリツコは最悪の想定をしていた。

暴走するエヴァはかなり野性的な動きをしている。

実にワイルドだ。

 

だが、限られた時間内で「敵を殲滅出来るのか?」と問われると「分からない」としか返せない。

こうなるとゴリ押ししか手段が無くなってしまう。

 

もし、それが通用しなかったら?――――そのパターンこそが最悪のシナリオだ。

現在進行形でそのシナリオが完成しつつある。

 

今の初号機は「早く敵を倒さなくては」と焦っているようにも見受けられる。

しかし、そのせいで逆に足下を掬われる形になっている。

 

「作戦はある。せめてシンジ君と連絡が取れれば……」

 

それさえ伝えられれば――――確実な勝機がある。

 

「シンジ君!! 応答してシンジ君!!」

 

この声が彼に届いていると信じ、叫ぶ。

彼を、あの少年を「守る」とミサトは誓った。

だから、彼を「守る」為にも声を飛ばす。

有らん限りの力を以て。

 

 

 

 

 

『お願いだから落ち着いて!!』

 

 

 

 

 

そんな声と共に「ガンッ!!」と音がした。

同時、エヴァの咆哮が止み、これまでの暴れ馬っぷりが嘘のように収まった。

何が起きたのか分からず、全員が呆けてしまう。

 

『すいません。気絶しちゃってて』

 

「シンジ君!! 無事なのね?」

 

『何とか』

 

紛れもなく碇シンジの声だ。

未だ映像は回復しないが、無事なのは分かる。

 

『初号機が勝手に動いてたんで止めちゃったんですけど、問題は無いですか?』

 

「ええ、問題は無いけれど……それよりシンジ君、どうやって初号機を止めたの?」

 

それは気になるところだ。

あれだけ暴れていた初号機が急に大人しくなったのだから。

 

『とりあえず「お願いだから落ち着いて下さい」って思いながら操縦桿(そうじゅうかん)を右斜め45度の角度でチョップを入れたら止まりました』

 

「そ、そんな昔のテレビを直す感覚で止まるなんて……」

 

常識はずれも良いところだ。

エヴァンゲリオン自体が非常識の塊なので言えた義理でもないか。

 

『ところでミサトさん。策はありますか?』

 

「あるわ。シンジ君、いける?」

 

『はい。やります。さっきの状態の時の記憶も朧気にあるんで、あの見えない壁……ATフィールドを発動させる感覚も残ってます』

 

先程の暴走も無駄では無かった。

更にはシンジに最高のお土産まで用意してくれた。

 

「勝つわよ」

 

『勝ちましょう』

 

映像は未だに映らない。

だが2人の、全員の目指す先は「勝利」の二文字なのは共通していた。




如何でしたでしょうか?

サキエルなんて序盤の敵は1話で終わ――あれ? 終わりませんでしたね~
おかしいです。
これはきっと妖怪の仕業ですね。

試しに続きを書いたら、結構な文字数なのでスクロールするのが大変(主に私が見返す時に)だし、丁度良い感じで終わったので区切りました。

シンジ君も初号機の操縦は初めて。
いくら『平行世界』で精神的な成長をしても戦闘は素人です。
苦戦は当然でしょう。

そして、エヴァの暴走に対して「右斜め45度からのチョップ」をする描写を入れたかっただけでした(笑)
これで暴走が本当に止まるのかは分かりません。
間違ってたらすいません。
でもやりたかったので許して下さい。

さて、いよいよサキエル戦後半です。
正直、2話も使うとは思ってませんでした。
いや、さすがに次でサキエル戦は終わるとは思います。

ではまた次回に。

ところでサキエルでこんなに使ってたら他の使徒戦は大変な事になりそうな……


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勝利を手繰り寄せる

お待たせしました。

サキエル戦後半です。


『――――という流れで行くわ』

 

『作戦と言うには少し無茶が過ぎるわね』

 

「はは、でもミサトさん達を信じてます」

 

ミサトから作戦の旨を伝えられ、横で聞いていたリツコが呆れた声で告げる。

シンジも苦笑をしながらもミサトの案に乗る。

 

サウンドオンリーのやり取りの中であるが、それだけでも全員の気持ちが一致団結しているのが伝わる。

 

『でも、これはぶっつけ本番。しかもシンジ君が一番危険よ』

 

「分かってます。だけど、出来なければ未来がありません。なら、やるしかないです」

 

『決意してくれてありがとうシンジ君。絶対にあなただけに負担を押し付けないから。あたし達も全力で支援するわ』

 

「ええ。目にもの見せてやりましょう」

 

互いに言葉を通じて拳を付け合い、鼓舞し合う。

 

「ふっ、う~」

 

深呼吸をし、サキエルを見据える。

今しがたサキエルの攻撃方法に関して、ミサトは気付いた点を教えてくれた。

 

サキエルの攻撃は単純明快だ。

レーザー照射、光の槍と、単純かつ効果的な手段で遠距離攻撃を行う。

しかし、それらにも一定のパターンがある。

目と手のひらが光り始めてから発射までと、次の攻撃までのインターバルにはそれぞれ秒単位のラグがある。

 

「発射までがそれぞれ約3秒。次までのインターバルは光の槍が5秒、レーザーなら10秒」

 

これらの計測も最速で行われたものを基準にしている。

もしかすると、これよりも最速があるかもしれない。

 

しかし、シンジが気絶している間に初号機は「暴走」と言う形で戦闘を続行していた。

その間にもすかさず撃ち込めば勝てる算段がある場合があった。

だが、それを行わないパターンが殆どだった。

 

ミサトの希望的観測でしかないが、これ以上の速度は出せない可能性としては十二分に高い。

あとは運に頼るだけよん――とはミサト談。

 

―――どのみち、やるしかないんだ。

 

シンジには行動を起こす以外の選択肢は残されていない。

サキエルの進撃をここで食い止める。

それが出来なければ、皆仲良く御陀仏だ。

 

『じゃあ、行くわよシンジ君。サポートは任せて、さっきの指示通りに動いて頂戴』

 

「了解です!!」

 

力強く返事する。

こういう時は気持ちが大事だ。

 

そして、信じよう。

共に戦ってくれるミサトを、オペレーターの3人を、リツコを――――初号機を。

 

―――力を、貸して下さい。

 

心の内で呟く。

暴走が無ければシンジは既に倒されていた。

初号機の独断とも取れる行動。

それに守られたのだ。

思えばリツコからは「ロボット」ではなくて「人造人間」だと説明があった。

正確な差違があるのかまではシンジには判断が付かないが、きっと“何かあるのだろう。”

 

その“何か”を知りたい。

勝って、エヴァンゲリオンの事を――。

“自分に戦いの仕方を簡単ながら教えてくれた初号機の事を。”

 

けれどもう、碇シンジにとって初号機ももう立派な仲間となっている事に間違いはない。

 

ウォォォォォォォォンッ!! と、応える叫びが脳裏に響いた気がした。

 

『シンクロ率上昇。80まで来ました』

 

マヤが通信の向こうで言っているが気に留めている暇はない。

 

初号機が内部電源に切り替わってから残り2分を切ろうとしていた。

時間がない。

それにサキエルも攻撃を待つつもりはあるまい。

 

「行きます!!」

 

宣言と同時に右へ半円を描く形で初号機を走らせる。

サキエルも初号機の動きを見逃すまいと手のひらを翳していた。

 

『来るわ!!』

 

「はい!! 見えてます!!」

 

ミサトからの指示でサキエルからは視線を外さないよう言われている。

サキエルが初号機に狙いを絞っている事も黙視できている。

ミサトの連絡は言わば合図のようなものだ。

 

『2、1、今よ!!』

 

教えられた発射までの猶予の時間を“1秒だけ早く数える。”

ミサトの合図が皮切りとなり、“更に一瞬だけ前進する速度を上げた。”

 

初号機の通過した場所に光の槍が突き刺さった。

だが、それは“まだ右腕だけだ。”

 

『左が来るわ!! 手筈通りに』

 

「了解!!」

 

残る左の光の槍。

それも既に照準を合わせていた。

 

『2、1、今!!』

 

先程と同様のカウントする通信が入る。

直後、今度は前転の要領でグルリとコンクリートで造られた地面を転がる。

 

再び、サキエルの光の槍を回避する。

だが、まだ“終わりではない。”

 

『ラスト!!』

 

「はい!!」

 

『2、1……今!!』

 

すかさずミサトからのカウントダウン。

転がり、初号機の足が地面に着いた瞬間に全身のバネ、エヴァという巨体の力を存分に奮って幅跳びする。

イメージするのは赤い帽子を被る配管工の動き。

 

サキエルのレーザーは見事に空振りに終わる。

あえて転がる事でレーザーの狙いを“下へと誘導した。”

 

無論、これには意味がある。

サキエルのような化物も“きちんと面がある方を向かなければ初号機を特定出来ない事にある。”

人間のように目で物を追っているように見受けられる。

だからサキエルの視界を下へ誘導すべく転がり、背後に回り込むように跳ぶ事で視界から外れた。

 

一時的にでもサキエルの真正面から逃れる事で奴の視界から逃れられるとも言えた。

そこのところは生物と何ら変わらない点に感謝させて貰う。

 

この短時間の間ながらサキエルを観察し、見抜いたオペレーター組の洞察力の成し得た価千金の情報だ。

3人も親指を立ててサムズアップをして、お互いの健闘を讃え合っていたりする。

 

エヴァの跳躍力は凄まじい。

しかし、サキエルから目を放してはいけない。

 

頭部をサキエルへ向けたまま、身体を捻る。

そして着地。

コンクリートの床を削り、滑っていく。

それをエヴァの脚力で以て力業でブレーキを掛ける。

 

「とっ、ととっ!!」

 

サキエルの真横を取った。

だが、位置取りをするだけでは意味がない。

それに光の槍のインターバルはとっくに終わっている。

 

左の手のひらだけでもと思考したのだろう。

こちらに振り返るよりも先に左腕を振るっていた。

初号機を倒す為に。

 

けれど、その努力には残念賞を贈りたい。

何故なら、サキエルの行動は“先読みされていたからだ。”

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

シンジの雄叫びが轟く。

初号機が投擲を行ったのだ。

 

何を投擲した?

この場にはコンクリートしかない。

砕いたコンクリートやビルもあるが、それらを投げ付けたとしよう。

 

エヴァの身体能力が高い事は言わずもがなだ。

シンジは未だ初号機の力を制御出来ている訳ではない。

初めての搭乗が実戦だ。

ミサトが言うには綾波は最低でも半年以上前から訓練している。

シンジは当然ながらエヴァの訓練の「く」の字も触れていない。

 

現在、エヴァの力を殆んど手加減無しでフルスロットルで戦っている。

例えるなら蛇口を全開で捻っているようなもの。

水量は蛇口の捻り具合で調整が可能なのだが“使い方を知らなければ不可能な話だ。”

シンジにとってはその例題の蛇口こそがエヴァである。

 

ならば何を投擲すべきか?

コンクリート等の柔なものではなく、エヴァの力で簡単には壊れにくいもの。

それは“最初からあったのだ。”

 

 

 

 

 

暴走状態の時に切断し、エヴァの背中に装着されたままのアンビリカルケーブルの接続端子だ。

 

 

 

 

 

エヴァに装着されたものなのだから頑丈なのは当然のこと、大きさも十分にある。

残念ながらまともな装備品を用意していなかったが故の急造の武器の代替品。

本来なら意図しない使い方だが…………使えるものは何でも使うのが作戦立案者の葛城ミサトの意向だ。

 

サキエルにとっても意識の外だった。

回そうとしていた左腕に見事に直撃。

ダメージこそ皆無だが、サキエルが振り向く時間を先延ばしにした。

 

『今よ、シンジ君!! 急いで!!』

 

「はい!!」

 

ミサトの言葉にシンジも応える。

急げと言うのは他でもない。

初号機の内部電源が残り1分を切ろうとしていたのだ。

残された時間でサキエルの殲滅を行う、だから急ぐ――――のではない。

 

全くの逆だ。

わざわざサキエルの攻撃を掻い潜り、先程までとは対岸側にまで来た最大の理由は1つ。

 

予備のケーブルに初号機が再接続する事だ。

 

『アンビリカルケーブル再接続』

 

『初号機、内部電源から外部電源へ切り替わります』

 

『よし!! OKよシンジ君。“第一関門は突破したわ”』

 

「良かったです」

 

接続の仕方は口頭ながら教えて貰い、それを実行できたのでホッとする。

ミサトの言うようにこれが最大の難所の1つだ。

 

そして、次なる難所は目と鼻の先にまで迫っていた。

 

「来る!!」

 

サキエルは完全に初号機と向き合っていた。

左腕の光の槍は既に発射されていた。

それを前に避けるのではなく、前進を選択していた。

 

何故か?

“これが出来なければ作戦の成功は無いからだ。”

 

「ATフィールド、展開!!」

 

手のひらを突き出し、初号機の前に不可視の壁を発現させる。

ATフィールドは平たく言えば心の壁を具現化したものとの事だ。

リツコからの話なのだが、詳細は分からない事の方が多い。

 

トリガーとしては「強い拒絶」が大事らしい。

負の感情に任せた力なのだろう、「守る」だとか「助ける」と言ったプラスの感情では発動しにくい。

だが、シンジにはそういったプラス面での思考の方が強かった。

それでは発動が難しい…………だから、発想を変えた。

 

皆を死なせたくない――――「死」そのものへの拒絶を行ったのだ。

 

見事に成功。

シンジは迫る光の槍を防いでみせた。

 

「は、あああああーーーーーーっ!!」

 

防いだだけでは勝利へ直結しない。

ろくな装備がないのだから接近戦以外の選択肢が無いのが残念なところ。

ATフィールドを盾にして駆ける。

おかげで、サキエルの次弾の光の槍をも防御した。

 

そのまま接近する事でサキエルの間合いまで初号機は侵入出来た

先程、初号機が行使したATフィールドの中和を思い出す。

あの時、気付いた点が3つある。

 

1つ目はATフィールドを展開していても物量、質量が高ければ押されてしまう事。

これは初号機の拳がサキエルのATフィールドで受けながらも押していたので間違いはない。

 

2つ目は中和するのには単純にATフィールドをぶつけるだけで構わない事。

これも初号機が実践する事で教えてくれた。

 

そして3つ目、ATフィールドは壁としての役割や中和する為の力としてだけには留まらない。

纏わせ、変化させる事も可能だろう。

正直、これは予想でしかない。

暴走状態で殴り付けた際、ATフィールドが拳にまとわりついた……ような気がした。

これは感覚の話でしかない。

だが、シンジは思う――“出来た方が面白いと。”

何せ中学生の男心を擽る力なのだから仕方無い。

 

「行くよ!!」

 

宣言と同時、初号機の右拳を強く握り込む。

 

「僕のこの手が怒りに燃える!! 使徒を倒せと轟き叫ぶ!!」

 

右手にATフィールドを纏わせるイメージをする。

すんなりと、イメージ通りにATフィールドが右拳に集まる。

 

「必殺!! エヴァパンチ!!」

 

『あっ、そこはフィンガーじゃないのね』

 

シンジの口上についついツッコミをするミサト。

それはさておき。

 

サキエルとの距離を詰めるかのごとく、全身を使って拳を叩き込む。

サキエルのATフィールドと衝突した瞬間のみだが、オレンジ色の八角形が層をなした。

サキエルもまた初号機の接近に合わせてATフィールドを展開していたので中和をする。

 

シンジもATフィールドの発動はぶっつけ本番だった事もあり、中和するのみで消失させてしまう。

ATフィールドと合わせて、拳の勢いも殺された。

 

この間に休まずに攻撃を仕掛けていたが、サキエルにはまだレーザーが残されている。

否、“より正確には”インターバル無しで打てる次の手がレーザーしか無い。

 

これもまた――――

 

『今よ!! シンジ君!!』

 

「はい!!」

 

ミサト達に誘導されたものだった。

“予め指示された通りに行動する。”

 

今の一連の動作も「当たれば儲けもの」としか考えていなかった。

ATフィールドの発動と中和をシンジが危険を冒しながらも成功させた。

それを支えたミサトやリツコ、オペレーター達の努力が、シンジの決意を無下にしまいと後押しした事で引き出せた結果だ。

 

あとは、この戦いを終わらせる為に動くのみ。

 

「行きます!!」

 

タイミングは既に身体で覚えている。

レーザーが放たれる一瞬前、初号機の身体を斜めへ沈ませる。

 

拳がATフィールドの中和に際して勢いを殺されるのも計算の内だ。

故に姿勢を低くする動作に狂いは無かった。

 

「っ!!」

 

その低い姿勢を維持したまま、初号機は全力疾走する。

その速さたるや、サキエルの脇を通り過ぎる程だ。

 

さしものサキエルも突然の事に驚き、通り過ぎた初号機に向き合う。

その時には既に初号機はサキエルから見て左へ回り込むように跳躍していた。

初号機の後を追うように身体を回転させる。

しかし、横飛びを何度も行う初号機の動きに付いていけない。

回り込んだ際と同様、反時計回りに初号機は横飛びを続け、サキエルの努力を嘲笑うかのように一周して戻ってきた。

初号機の動きをサキエルは追えていない訳では無かった。

結局のところ、あれだけ跳び回っても自分の周囲を一周したのみ。

動きを捉えるのは難しくなかった。

 

最後の着地に合わせ、狙いを定めて両手の光の槍を飛ばす。

初号機はと言えば、両手を地に付けていた。

再び低姿勢になり、斜め前へ跳ぶ。

 

初号機の頭上を光の槍が通過した。

紙一重の回避、そしてサキエルの背後を取った。

 

『今よ!!』

 

「はい!!」

 

ミサトの合図に力強く応える。

事前にあった指示、それをシンジは実行する。

初号機に繋がれているアンビリカルケーブルを手前に引っ張る。

 

 

 

 

 

すると、サキエルがうつ伏せに倒れ込む。

 

 

 

 

 

ドォォォッ!!

何が起きたのかサキエルには理解が追い付かなかろう。

 

『よし!! 上手く填まったわ!!』

 

『やれるものなのね』

 

これもミサトの作戦通り。

リツコは彼女の策の成功率をより上げる為に細かな調整をしてくれた。

今しがたのサキエルの周囲を跳び回ったのはミサト発案の作戦の内だった訳だ。

 

アンビリカルケーブルを接続したのは単にエヴァの活動時間を伸ばす為だけではない。

ケーブルそのものを利用し、サキエルの周囲を跳び回る事で奴の足下にケーブルを巻き付けた。

 

最初に低姿勢になり、駆け出したのも全ては奴の足にケーブルを引っ掻ける為の伏線だった。

即座に跳び跳ねるようにしていたのもサキエルをその場に釘付けにする為、迅速に行う必要があった。

あとは緩くなっていようが、エヴァの身体能力に任せてケーブルを思いっきり引っ張ってサキエルの足に絡み付かせるだけ。

 

けれども、これだけでサキエルの身動きを封じられた訳ではない。

うつ伏せに倒れればレーザーは飛んで来ない。

しかし、両手からの光の槍は健在だ。

 

かわしたばかりなので猶予はある。

だが、インターバルが終わってしまう。

 

「はあっ!!」

 

倒れ込んだサキエルに飛び掛かる。

その際、アンビリカルケーブルをパージする。

そうしないと、ケーブルが緩んでサキエルを自由にさせてしまう恐れがあるからだ。

 

『再び内部電源に切り替わります』

 

『シンジ君、少し充電してるけれど、残り稼働時間は1分10秒よ。落ち着いて作戦通りに行動すれば勝てるわ』

 

「了解です!!」

 

ミサトの話を受けて作戦の続きを実行する。

サキエルの両腕を掴み取り、真上に持ち上げる。

両腕を力付くで合わせて手首の部分を“暴走状態の時に断線したケーブルを使って縛り上げる。”

先程、しゃがんだ本当の理由は助走を付ける為ではなくてケーブルを拾う為だった。

 

サキエルの光の槍の射出をこれで封じる事が出来た。

けれども、奴も黙っている訳ではない。

身動きし、馬乗りになる初号機を振り落とした。

 

「うわぁっ!?」

 

初号機が転がり、シンジの視界も上下が入れ替わる。

幸いにもサキエルは視界には入ってる。

奴が起き上がった方が早かった。

このままではまずい。

 

「う、おおおおおおおっ!!」

 

叫びながらシンジは初号機を起き上がらせる。

直後、サキエルからレーザーが照射される。

今度は回避ではなく、ATフィールドを展開して真正面から受け止める。

 

サキエルのレーザーは初号機を中心に左右に散っていき、すぐに霧散した。

これでまたサキエルは10秒は動けない。

なので腕のケーブルを振りほどこうとしている。

こちらも残り40秒。

 

「ここで決めてみせる!!」

 

既にレーザーが霧散する直前には走り出していた。

 

10――。

 

ある程度の距離を走ったところで全身のバネを用いて天高く跳躍する。

 

9――。

 

右足にATフィールドを集中させる。

 

8――。

 

頂点まで付いたところで素早く一回転し、右足をサキエルへ向ける。

 

7――。

 

天から初号機が右足を突き出して真っ直ぐ向かっていく。

 

6――。

 

そうはさせまいとサキエルはATフィールドを展開させ、初号機の侵攻を拒絶しようとする。

 

5――。

 

だが、今度は先程までとは打って変わり、ATフィールドを右足に局所的に集中させている。

加えて上空からの落下の勢い、エヴァンゲリオンの重量、身体能力の高さが容易くサキエルのATフィールドを突き破った。

 

4――。

 

ギリギリのところでサキエルの両手が自由となる。

初号機の動きを封じようと腕を伸ばしてくる。

 

3――。

 

しかし、そんな事はシンジも想定の範囲内だ。

寸前、エヴァの身体能力に任せて身体をドリルのように回転させる。

 

2――。

 

 

 

 

 

「エヴァ穿孔(せんこう)キック」

 

 

 

 

 

イメージするのは仮面の戦士のキック技。

初号機が回転をしながらサキエルの腕を弾きながらコアに蹴りをぶち込む。

 

1――。

 

エヴァの蹴りに押され、サキエルは吹き飛ぶ。

コアに直撃――――とは言えなかった。

 

『パターン青、消失していません』

 

「すいません!! 少しズレました!!」

 

初号機は回転を終えると、仰向けに転倒した。

パターン青とは何かまでは分からないが、話振りから使徒の事なのは伝わってくる。

消失していない――――決めきれなかった。

当たる寸前にサキエルの腕を振り払う為に回転した事で狙いが上部にズレてしまったのだ。

 

『いえ、大丈夫よシンジ君。直撃ではないけれど、サキエルのコアの真ん中には穴が空いたし、大きなヒビが入ってるのを確認したわ』

 

『あれなら残り数十秒で消滅するわね』

 

ミサトは映像でコアに致命傷を与えた事を確認していた。

リツコも映像の状況からそう判断を降した。

 

「いえ!! 来ます!!」

 

シンジは油断なく、サキエルを見ていた。

残り数秒――――漫画のお約束で勝利を確信した時に敵も、主人公も、命を懸けて一撃を放つ。

 

サキエルもその例に漏れず、初号機めがけて突撃してくる。

こちらも転倒した結果、回避は間に合わない。

 

互いに残された時間は数秒だ。

消滅に王手を掛けているのは間違いなくサキエルだ。

その前に文字通りの命懸けの攻撃を仕掛けてくる。

 

こういう時、何を仕掛けてくる?

いや、想像は出来る。

 

―――相討ち覚悟で僕を倒すなら“全てを粉々にするのが手っ取り早い。”

 

よくある手段――――自爆こそがサキエルの最後の手だとシンジは予想する。

何故か?

サキエルに残された手段が殆んど無さそうな事がある。

それに……漫画やアニメのお約束で、確率が高そうだったからだ。

 

なら、被害が出ないようにATフィールドを発動するだけだ。

 

「おっ、おおおおおおっ!!」

 

ATフィールドを斜めにして、サキエルの侵攻を防ぐ。

仕掛けて来ないのはATフィールドがあるので、初号機に致命傷を負わせられないと考えての事だろう。

サキエルが街に落ちてくるのは避けたい。

どれだけの威力があるのかまでは不明だ。

街が吹き飛ぶ結果になれば、他の皆も巻き込まれてしまう。

 

―――そんな事は、させない!!

 

最悪の事態にさせまいと強く拒絶する。

ATフィールドの力も強まる…………が、ここまでの戦いで体力、精神力共に切れる寸前だ。

 

―――このまま、だと、まずい。

 

持てる力を振り絞り、サキエルを上空へ投げ出そうと初号機を動かし――――

 

 

 

 

 

ウォォォォォォォォンッ!!

 

 

 

 

 

初号機の雄叫びが響いた。

一瞬の出来事であり、ミサト達から反応が無いので聞こえていない。

シンジの脳内にだけ響いた感覚だ。

 

『シンクロ率上昇していきます。90まで到達!!』

 

それは誰が言ったものなのか、シンジには考えてる暇はなかった。

初号機からの雄叫びは「頑張れ」とエールを送られている気がした。

守るものの為に力を振り絞り戦うシンジの背中を押してくれる。

 

ここまでされたのなら、初号機の想いに応えたくなるではないか。

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

初号機の活動限界も近い。

残り20秒を切った。

 

「それだけあれば十分、だ!!」

 

ATフィールドを張った状態で足を上げる。

上体も自然と上を向くので両手を地面に当て、肘を曲げ――――腕の力のみで身体を持ち上げた。

 

 

 

 

 

「エヴァキック!!」

 

 

 

 

 

“自身の張っているATフィールドめがけて蹴りを放つ。”

すると、ATフィールドごとサキエルが上空へ打ち上げられた。

 

数秒後、サキエルを弾にした爆発が上空で巻き起こった。

シンジの予想通り、サキエルは自爆を行うつもりだったようだ。

 

『パターン青、消滅を確認』

 

『やったわシンジ君!! 使徒を殲滅したわ!!』

 

「良かった、です」

 

街中で大の字で寝転がる。

文字通りに最後の力を振り絞ったのだ。

初号機の内部電源も切れ、動かなくなっている。

 

「何だか、眠くなって来ました」

 

いきなりのこんな過酷な戦いに駆り出されるとは夢にも思わなかった。

それに緊張の糸が切れたのも要因か。

 

「ごめん、なさい、疲れたので、少し、寝ま――――」

 

言葉は最後まで続かなかった。

シンジの寝息声が通信室にまで伝わってくる。

 

『ありがとう。シンジ君』

 

これはお互いを信じ合った事で手繰り寄せた、皆で掴んだ勝利だ。

けれど、一番の功労者は間違いなく眠る少年。

 

眠る戦士に労いの言葉を送り、ミサト達は後片付けに取り掛かるのだった。




如何でしたでしょうか?

いや、長かったです。
自分でもドン引きしました。

まさか、こんなに長くなるとは。
やりたかったから仕方無いですね。

本編ですが、一度で良いからやってみたかったんですよ。
ケーブルを利用して、身動きを取れなくするとか言う手段を。
その為にはこの時点では他の武器は間に合っていないというように書かせて貰いました。

あと充電云々に関しては急速充電みたく可能なのか分かりませんでしたが、今回はこのような形で。
次に似たような事をした時にフル充電出来てたら「急速充電出来るようになったんだな」と思って下さい。

そして、初っぱなからミサトさんが作戦を立てていくスタイル。
彼女にも頑張って頂きたかったものでして。

リツコはミサトの策に穴が無いように計算し、オペレーター達はサキエルの行動を見抜く。

そして初号機は「暴走」という形でATフィールドの張り方と戦い方を伝え、最後の踏ん張りどころでシンジの背中を押しました。

皆で掴んだ勝利です。

そしてATフィールドの応用は他の作品でも色々と見られるように「纏わせる」ものを使いました。

多分、そろそろ更新するのに時間が空くとは思います。
その時はすみません(他作での前科あり)

では次回に。

必殺技のネーミングに関しては、ネタとして見てやって下さい。


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碇シンジの夢④/碇シンジの現実③

お待たせしました。

続きです。


「あっ……」

 

自分が『平行世界』に訪れたのだと、すぐに分かった。

 

「ボーッとして、どうしたの?」

 

「質問攻めで疲れたのかしら?」

 

印象として病院の診療室のイメージを受ける部屋でシンジは椅子に座っていた。

目の前には机に置いたコーヒーを手に取る赤木リツコと、立った状態の碇ユイが居た。

 

自分の服装は夏服仕様の学生服だ。

年齢としては14歳頃。

基本的に毎回訪れる時間軸と同じで、少し安堵した。

 

「いや、その…………『平行世界』のシンジです」

 

どうにも歯切れが悪くなる。

それもそうだ。

電車の中で見た『平行世界』はこれまでとは打って変わった内容。

バッドエンドも同然の最悪の結末の数々を見せ付けられた。

 

次からの『平行世界』は最早『悪夢』とも呼ぶべきものに変化している可能性があったので不安であった。

そうではないのだと、目の前の見慣れた――――しかも聡明な2人が居てくれた事に安堵の息を吐くのは致し方無い。

 

「何かあった?」

 

真っ先にシンジの変化に気付いたのは母親たるユイだ。

話すべきかどうかを悩んだが、話すべきだとシンジは思った。

自分だけで抱えていても始まらない。

 

「えっと、話すと長いんだけど――――」

 

「構わないわ。『平行世界』の話を一度で良いからじっくりと聞きたかったもの」

 

丁度良い機会だとリツコは微笑と共に話す事を促してきた。

当然、彼女もシンジが『平行世界』の住人である事を承知している。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

ミサトとの出会いから順番に話していく。

使徒やエヴァンゲリオンの事など、特に事細かに。

 

「大変、だったわね」

 

「ミサトさんやリツコさん、オペレーターの人達、それに初号機のおかげで何とかなりました」

 

シンジが立ち上がった理由等を聞いて「らしいな」と思ってしまった。

親としては心配が勝る。

なので、これ以上は無茶はしないで欲しい。

だが、シンジはきっと立ち上がるだろう。

 

向こうでのサポートは不可能だが、なるべくメンタル面でのサポートは行うつもりだ。

そして、もしも謎があると言うなら一緒に解明していきたい。

 

「それにしても、他の『平行世界』を見てしまった……ねえ」

 

シンジからまず最初に伝えられた内容に議題が向けられる。

これまでとは様相の全く異なる展開。

 

「恐らくは度々シンジの口から伝えられた『未来の平行世界』の出来事かもしれないわ」

 

「更に枝分かれした『平行世界』が幾つも存在する事だけは分かったわね」

 

時折、15歳以降の『平行世界』へ赴く事がある。

この状況を知っているなら『未来の平行世界』において伝えられる。

しかしながら、シンジはこれまで今よりも『未来の平行世界』においてエヴァンゲリオンなどの単語を伝えられた事は一度としてない。

 

今この時よりも更に分岐した『平行世界』である事が分かる。

ここに関しては以前にも話したように枝分かれした世界が存在しているのは承知しているので、受け入れは早かった。

しかしながら唯一共通していた「『平行世界』の碇シンジの存在を認知している事」が今回の『平行世界』では起きていなかった。

この点も含めて、更に不明瞭な点が生じた。

 

「現状、その時に連続して起きた『平行世界』への移動に関しては仮説を立てるにも情報が足りないわね。後回しにしましょう」

 

「それが良さそうね」

 

ユイとリツコは揃って同様の結論に至る。

考察なら幾らでも出来るが、目の前のシンジがいつまで留まれるか分からない。

話は保留にしておき、次の機会に繋げよう。

 

「あとは、向こうの世界の所長の理不尽な行動は置いておいて」

 

リツコがサラッと流す。

しかし、大怪我をした綾波に出撃を強要するのはいくら何でも見過ごせなかった。

しかし、彼女はそこにあえて目を瞑る。

 

「そんな事よりシンジ君。向こうには『私達』も居たのね?」

 

「はい。ミサトさんと、リツコさん、それから綾波ですね」

 

オペレーターの3人組も同じなのだが、彼等は学園の教師をしており関わりが少ない。

教員の立場ならミサトも同様なのだが、彼女はガッツリと関わっている。

 

「後は碇所長よね?」

 

「はい」

 

オペレーター組は出撃の為の準備に追われており、ケージの様子は知らない。

 

「その時、皆はレイの事を何て呼んでた?」

 

「こっちと同じで下の名前ですね」

 

記憶を掘り、シンジは『平行世界』と何ら変わらない事を伝える。

ふむ――リツコが告げると、次の質問に移った。

 

「その時、レイは怪我をしていた。それにシンジ君は駆け寄った。そうよね?」

 

「はい」

 

あの時の父親の非道っぷりは見過ごせない。

しかし、そんな彼の命令を遂行しようとする『綾波』。

『綾波』は不明だが、少なからず『碇ゲンドウ』の性格が180度違う。

そして、彼女と彼の関係性もこちらとは大きく異なる。

こちらでは綾波は親戚らしいが、向こうでも同様なのだろうか?

 

―――とと、今は話に集中しないと。

 

頭の中でごちゃごちゃと考えていても始まらない。

それにシンジからの話を聞いていたリツコは難しい顔を作っていた。

 

「もしかしてだけど、その時はレイの名前を呼んでなかった?」

 

「あー、呼びましたね」

 

「いつも通り?」

 

「まあ、いつも通りですね」

 

普段から名字で呼んでいる。

それは『碇シンジ』も同様で、シンジもそれにならっている。

 

「それは、まずいかもしれないわ」

 

シンジの回答を聞いたリツコが「考える人」のポーズで告げた。

彼女は真剣な表情で言うのでシンジは息を呑む。

経験上、彼女がじっくりと考えた末の結論は十中八九当たる。

しかも、内容が明らかに悪い意味での言い方であった。

正直、聞きたくない…………だが、そうは問屋が卸さない。

 

「シンジ君はレイを普段通りに呼んだ。つまりは「綾波」と」

 

「そう、ですね」

 

「レイの名字はその前に誰かから聞いた?」

 

「……………………聞いてないですね」

 

リツコに訊ねられた内容でようやくシンジは自分の失言に気が付いた。

ミサトが唯一「レイ」と呼んでいただけで、誰も「綾波レイ」とフルネームで呼ばなかった。

 

彼女の大怪我の具合を見て、頭が真っ白になって飛び出していた。

 

「まあ、仕方無いわ。一方的とはまた違うけれど、『平行世界』であれだけ仲の良いレイが怪我をしていたなら気が動転するのも当然よ」

 

「ありがとう。母さん」

 

自分の母親にそう言って貰えると心が軽くなる。

 

「自分の息子の事だからって甘くない?」

 

「でも、女性を大事にしない男よりはマシでしょ?」

 

「それもそうね」

 

「でしょ?」

 

これが手塩に掛けて育てた自慢の息子よ――――良い笑顔でそう言っているように見える。

リツコとシンジは顔を見合せ、そんなユイを見て笑い合う。

 

「さて、話を戻すけれど。恐らくは向こうの私が気付いていれば問い質してくると思うわ」

 

そう言ったのはリツコだ。

その可能性は大いに高い。

『赤木リツコ』も聡明な印象を抱いた。

自己紹介でも計画の責任者を告げていたし、最低でもシンジが知るリツコと同等の頭脳はあるだろう。

 

「言い逃れ出来ると思います?」

 

「無理ね」

 

シンジは「なんとかならないか?」と問うも無情にも切り捨てられる。

世界が違えども、他でもない御本人から断言されると逃げ場が無い事を改めて思い知らされる。

 

「一番良いのは向こうの私をこっち側に付かせてしまう事ね」

 

確かに『赤木リツコ』の協力が大きいのは間違いない。

しかし、大きな問題としてどのようにして『赤木リツコ』を仲間に引き入れるか?

どうしたものかと頭を悩ませていると――――

 

 

 

 

 

「話は聞かせて貰った!!」

 

 

 

 

 

バンッ!! 勢いよく部屋のドアが開かれる。

 

「あなた、勢いよく扉を開けないで。壊れたらどうするの?」

 

「す、すまん」

 

扉を開いた張本人――――碇ゲンドウは妻の鶴の一声にシュンとなる。

一瞬で小さくなった父親の様相に苦笑してしまう。

 

「それで? 碇所長の考えは?」

 

リツコが助け船を出す。

ゲンドウは威厳を取り戻すように「コホン」と咳払いをする。

残念ながらこちらのゲンドウの威厳は小さくなっている。

 

「ありきたりな手段だが…………向こうの『赤木博士』の弱味を握るしかない!!」

 

「それが最善手かもしれませんね」

 

ゲンドウの発言に、まさかのリツコも乗っかる。

ユイも同じ意見ではあったようだが、内容が内容なだけに複雑な表情ではある。

 

「弱味を握るって……」

 

「あら? 交渉を行う上でこちらが相手より上手である事を示すのは効果的よ?」

 

『平行世界』ではあるが、自分の事なのに楽しそうに語る。

 

「ふふ。まさか『平行世界』とは言えど、自分自身と相対するとは思わなかったもの」

 

研究者としての血だろうか。

生きる世界の異なる己自身との対戦に好奇心が起きているご様子で。

 

末恐ろしいものを感じながらも、リツコの頼もしさも同時に抱いた。

 

「そうなると、弱味だけれど…………」

 

「え? あるんですか?」

 

「………………無いと言ったら嘘になるわね」

 

シンジ達から目を逸らしながらリツコはまさかの告白をする。

正直、シンジからすればリツコに弱味らしい弱味があるとは思えない。

 

しかし、どうやら『平行世界』にて『碇シンジ』を含め、敵対勢力との繋がりがあったらしいが今では『碇シンジ』達の味方に付いてくれている。

かいつまんで話は聞かされてはいるが、シンジからしてもこの話は弱味になるとは到底考えにくい。

何より、目の前の赤木リツコと『赤木リツコ』とでは生きている世界が違うのだ。

 

『平行世界』とでは、やはり多少なりと差異が出る。

顕著な例は、やはりゲンドウの性格か。

あまりにも違いすぎる。

 

こう考えてしまうのは、シンジがリツコを疑う事が出来ないからだ。

色々と相談に乗って貰ったり、勉強についても分からない所を分かりやすく教えてくれる。

 

話が脱線していた。

リツコの弱味は本人が言うのだから間違いあるまい。

ただ、言いづらそうにしているのは何故なのか?

 

「さすがに自分の弱味を話すのは抵抗がありますものね」

 

「まあ、私も人間ですので」

 

意図を汲んだユイが告げ、リツコも頬を掻きながら苦笑する。

それはそうか。

他人に伝えたくない情報があるかもしれない。

 

「ただ、シンジ君が向こうで不利益を被るのも私としても困るわ」

 

リツコの台詞の裏で「『平行世界』なんて面白そうな研究対象があるんだから手放さない!!」の文面が含まれている気がしてならない。

それでも彼女等は倫理観がある。

某悪の組織のような改造手術のような事は行うまい――――多分。

 

その不安は『元の世界』の方がある。

エヴァンゲリオンなるオーバーテクノロジーを見せ付けられると、様々なものをモチーフとした仮面の戦士を造り出せると言われても頷けてしまう。

 

「じゃあ、私と父さんは少し席を外すわ。終わったら連絡して」

 

「分かったわ」

 

ユイは自分の夫の襟首を掴む。

 

「待ってくれ。自分で歩け――――」

 

「では、また後で」

 

呻き声を上げながらゲンドウはユイに引っ張られていく。

哀れな父親の姿にシンジはこんな時はどんな顔をすれば良いのか分からなくなった。

 

「さて、シンジ君。これからボカして話すけれども……内容は他言無用でお願いね」

 

「勿論です」

 

リツコに言われるまでもない。

暴露されたくない話はシンジにだってある。

ましてや今回はシンジの為にリツコ自らが教えてくれるのだ。

有り難く思わない訳がない。

 

「じゃあ、『私』自身の対策を始めましょう」

 

「は、はい」

 

シンジの返事が言い淀んだのはリツコがあまりにも楽しそうに笑っていたからだ。

赤木リツコによる『赤木リツコ』対策講座が幕をスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サキエルを殲滅後もNERV職員の仕事は終わらない。

初号機の回収を行い、中で眠っていたシンジを念のために病院へと送り届ける。

今頃はNERV直属の病院のベッドで寝かされている事だろう。

今度は事務処理の仕事が残っていた。

 

「はぁ~。つっかれたぁ~」

 

「はい。お疲れ様」

 

事務室にて、ミサトとリツコが両隣の席に座っていた。

机の上に書類が山積みにされていた。

それを今しがた片付けた所だ。

 

大きく伸びをし、やっとの思いで片付けを終えたミサトは達成感に浸っていた。

既に時刻は深夜に突入し、日付も変わろうかと言う矢先である。

 

隣のリツコはミサトよりも一足先に書類仕事を終わらせていた。

今は涼しい顔をして、コーヒーを口に含んでいた。

 

「優雅にコーヒータイムしちゃって」

 

「書類仕事が多かったのは、あなたが“変に提案を受けたからよ”」

 

ミサトが怨めしく言うが、リツコの方は「それはお門違いだ」と返答した。

 

「シンジ君を自分の部屋に住まわせるだなんて言い出すから、その為の手続きの書類を用意するのは苦労したわ」

 

「うっ!? で、でも提案をしたのはリツコよ?」

 

「まさか、本気にするとは思わなかったもの」

 

詳細を話すと、使徒の襲撃はこれからも起こる。

なのでエヴァンゲリオンのパイロットたるシンジの力が必要になるのは当然と言えた。

そうなると、当面の生活を行う為にも住む為の部屋を宛がう必要性があった。

NERVの息が掛かっているので、警備も万全であるマンションの一人部屋を用意するつもりだった。

本来なら父親たる碇ゲンドウと住むべきなのだろうが……残念ながらその父親が一人部屋を手配するよう命じていたのだ。

 

その話を回収作業の最中にリツコから聞かされたミサトが待ったを掛けた。

彼女の意見としてはまだ中学生のシンジを1人で住まわせるには如何なものかと言う発言があった。

それに対してリツコは「じゃあ、一緒に住めば良いんじゃない?」と軽い気持ちで提案をした。

そうしたらミサトは素晴らしい笑顔で「それよ!!」と元気よく言い出したのだ。

 

善は急げと、ミサトの行動は早かった。

リツコを通じて司令たる碇ゲンドウからの許可を得た。

そこからトントン拍子に話が進み、あれよあれよと手続きはあっさりと終わりを告げた。

結果、ミサトがこなすべき仕事量は手続きの分だけ増えたのだ。

 

「けど、中学生を相手にしようとするだなんて…………」

 

「そんなんじゃないわよ」

 

「それじゃあ、母性でも働いたのかしら?」

 

「まだそっちの方が近いかもね」

 

リツコが茶化すような発言をするも、即座に否定した。

次に出てきた「母性」とやらには多少は引っ掛かる要素があったのか、それには頷きはした。

 

「へえ。あなたも母親に憧れる気持ちはあるのね?」

 

「そこのところは…………正直言って分からないわ」

 

いえ、違うわね――――と、ミサトは自らの発言でさえも即座に切った。

 

「あたしは、いつの間にかシンジ君に何度も助けられていたの」

 

「それは、この場に居る全員がそうよ。彼がいなければサキエルによって全滅していたわ」

 

「うん。それもあるけど、違うの」

 

リツコの弁は間違ってはいない。

けれど、ミサトからすれば根本的な部分で異なっているのだ。

それを察知し、話に向き合おうとコーヒーを机へ置き直した。

 

「ここへ辿り着く前にシンジ君と話したんだけど、報告書と内容が違ってたわ」

 

「確かに、そのようね」

 

内向的な部分があるとの報告があった。

にもかかわらず、お茶目な部分を見せたり、覚悟を決めてエヴァンゲリオンに乗り込んだりと、男らしい一面も目の当たりにした。

 

「一番はね。お父さんと真正面から向き合おうとしてた事に驚いたの」

 

ミサトとて碇ゲンドウの事は見た目からしても怖い。

実の父と離れて暮らし、あまつさえ殆んど疎遠も同然の関係性であった。

いきなり、実の父からの素っ気ない文面の手紙を送り付けられた。

 

「苦手かどうかを訊ねたら『分からない』って言われちゃった」

 

「それはまた正直が過ぎるわね」

 

「でしょ? あたしも驚いちゃったわ。挙げ句には『歩み寄りたい』って言い出したんだもの」

 

「難しい話ね」

 

リツコの発言は、正直に言うなら「正しい」と言えてしまう。

あの碇ゲンドウに歩み寄りたいと言い出す物好きが居るものかと思ってしまった。

同時に碇シンジは、突き放した筈の碇ゲンドウの事を父親と見ていたのだ。

 

ゲンドウの方からは歩み寄ろうとする努力が少なくともミサトには見受けられない。

シンジとの親子の対話を見た後なら余計に「そうなのだ」と断言出来てしまう。

 

「けれど、それでもシンジ君はその道を突き進むつもりよ」

 

他でもない、碇シンジの父親はこの世にただ1人――――碇ゲンドウなのだから。

 

「あなたも父親とは色々とあったものね」

 

「少なからず、あたし自身と重ねてしまってる自覚はある」

 

シンジの「歩み寄りたい」発言の後に背中を軽く押したのも、ミサト自身の父―葛城ヒデアキ――への想いがある。

ミサトの父も研究肌で家庭を顧みず、恨んでいた。

しかし、ミサトはある時にその父親から身を呈して命を救われたのだ。

その時以来、愛憎が入り混じり、複雑な心境に陥るのは当然の事か。

 

葛城ミサト自身にもどうすれば良いのか分からなくなった。

この想いをぶつけたい相手は既に他界してしまっているから。

 

「気が付いてるだけでも大したものよ。目を逸らさずにいるのも、ね」

 

この聡明な博士とは付き合いが長く、ミサトの心の内も分かっていよう。

本当にどのような折り合いを着けるのかはミサト本人が決める事だ。

区切りを着けるのでも良い、キッパリ無視するでも良い、ずっと背負い続けるも良し。

ミサトがどんな選択をしようと後悔しないものを選んで欲しい。

きっと何も言わないのが旧友(リツコ)なりのせめてもの思いやりだ。

 

ひょっとすると、気付かない内に既に心の中では決めているのかもしれないと思っていたりする。

 

ただ、現状に関して分かっている事はある。

 

「あたしの父はもう居ない。だけど、シンジ君にはまだ居る。

 あたしは父ともっと話せば良かったとか、触れあえば良かったとか、後悔してるわ。シンジ君にはそうなって欲しくない…………そう思ってるのは確かよ」

 

「今は、それで良いわ」

 

ミサトの気持ちを吐露できる相手は限られてくる。

リツコは旧友で、ミサトのこういった脆さは見慣れている。

他にはもう1人居るのだが、その人物はこの場には居ないので割愛。

何にせよ、ミサトも少しずつ変わろうとしている。

 

「あたしみたいに確執を持ったまま、和解も出来ないのは辛かったから。

 あの時……セカンドインパクトで“目の前で父を失った時に知った時には遅かったから”」

 

彼女がこの場に、NERVへ来た理由でもあるのだから。

未曾有の大災厄・セカンドインパクト――――その爆心地である南極に葛城ミサトは父親を含めた数人の調査隊と共に訪れていた。

その時、ミサトは父親に脱出カプセルに押し込まれて奇跡的に1人生き残った。

脱出カプセルに押し込まれる間際、彼女は父親が消えていく様を目撃してしまった。

ミサトの父親に対する愛憎の起因はこの頃から。

 

その頃は現在のシンジと同年齢の14。

そんな年頃の娘が目の前で父親を失ったショックは計り知れない。

結果、失声症を患ってしまった。

回復後に第2東京大学にてリツコと友人となり、期間が短かったが恋人と呼べる人物と出会う事に。

 

今はこうしてお喋りに興じ、明るく振る舞う。

しかし、根の部分はまだ抜けていないなと、父親との関係性が似ているシンジとの邂逅にて考えさせられる事に。

 

「使徒の殲滅をしていって、父への想いが愛か憎しみかまで分かるとは思っていない」

 

後に聞かされた話だが、調査隊は南極で発見された使徒――――名称を『第1の使徒 アダム』の調査を行っていた。

その調査中に謎の大爆発が起きた。

これがセカンドインパクト。

恐らく、これらは使徒が呼び起こしたものではないかと推測されている。

 

これが真実なら、セカンドインパクトを引き起こし、父の命を奪ったのは使徒である。

葛城ミサトが使徒へ憎悪を抱くのは至極当然の結論と言えよう。

 

全使徒の殲滅――――彼女の心に刻んだ決意は、故にNERVの誰よりも大きい。

いや、もはや「決意」と言うよりは「呪い」に近いのかもしれない。

ミサトにとって「全使徒の殲滅」とは人生の使命……否、最早目的となっている。

気付けばミサトはあれだけ憎んでいた父親の弔い合戦を行おうとしていた。

 

「それで、さ。悩んでたんだけど…………いつの間にかシンジ君に助けられていたのよ」

 

ここで話の始まりに戻ってくる。

葛城ミサトは碇シンジに救われたと。

 

「まあ、どっちかと言うとあたしがどうしたら良いのかって方向性が見えてきたのが正しいかも」

 

いきなり整理を付けられる内容ではない。

それでも、碇シンジが道を示してくれた。

 

「ちなみに、どんな方法か聞いても? 」

 

「シンプルよ。向き合う事よ!!」

 

拳を強く握り、天高く突き上げてミサトは発言した。

思わず「はい?」と聞き返した。

 

「父とはもう話が出来ないから難しいかもだけど出来る事ならあるわ」

 

「出来る事?」

 

「そう。これまたシンプルだけどお墓参りとかね」

 

遺体は無いので形ばかりの墓参りになるのは分かっている。

だけど、それでも構わないから「向き合う」事は大切だ。

それを父親(ゲンドウ)と向き合おうとする息子(シンジ)の関係性に教えられた。

 

「まずは、父と向き合えるようになろうと思うの」

 

「そう。なら、辛くなったら来なさい。話位ならいつでも聞いてあげる」

 

「うん。ありがとう」

 

ミサトは前へ進もうとしている。

なら、リツコもそれを邪魔するような真似をしない。

彼女の心の底にある「父への想い」が果たしてどう転ぶのかまでは分からない。

だけど、これまであった「危うさ」は見えなくなっている。

 

(これもシンジ君のおかげ、なのかしら?)

 

リツコは親友の変化にそう思うより他にない。

大きくは無いが、些細でもない。

本当に小さな変化なのだ。

けれど、これまでミサトの奥底に(くすぶ)っていた(しこり)は僅かなりと除去出来たようである。

 

「気分が良いから帰ったら一杯やるしかないわね」

 

「晴れやかな顔をしてるけれど、これからはビールは程々にしておかないとね。シンジ君と暮らすのだから」

 

「うっ!? ま、まあ、一人暮らし最後の晩餐って事でね」

 

ミサトのビール好きは分かってはいる。

だが、仮にもこれから保護者代わりになろうと言うのだから節度は持って欲しい。

酒は飲んでも飲まれるなとは言うが…………果たしてミサトにどれ程の効果があるのやら。

 

「明日もあるんだから程々にってのは本音よ」

 

「ありがとうリツコ。それじゃあ、お先にね~」

 

ミサトの車は大事を取って修理に出してある。

なのでNERVからレンタカーを借りての退勤だ。

彼女の荒っぽい運転で、明日出勤する時にレンタカーが見るも無惨な事になっていない事を密かに祈る。

 

「さて、と」

 

1人残ったリツコにはやる事が残っていた。

仕事は先程にも言っていたように終わらせている。

 

やる事と言うのは、先程にミサトの口から出てきた少年――――碇シンジについて。

 

今のミサトのように考えられたら良かったのだが、リツコには懸念事項の山積みだ。

さっきミサトも言っていたように報告書とは異なる印象を受けた。

 

これも気になる要素ではあるが、何よりも気になるのは――――

 

「レイの名字を知っていた事、よね」

 

これは奇しくも『平行世界』の『赤木リツコ』の睨んだ通りの展開となった。

やはりと言うべきか、こちらの世界の赤木リツコにも気付かれていた。

 

「碇司令が教えた線は考えにくいし、ミサトが教えたとも思えない」

 

碇ゲンドウとは疎遠関係であるし、殆んど会話もしておるまい。

それは再会時の会話から察せられる。

 

ミサトもおいそれと軍事機密を喋るとは思えない。

彼女はあれでも軍人としての地位もある方なのだから。

 

「碇司令が出ているし、聞けないわね」

 

碇ゲンドウはゼーレと呼ばれる組織と会合をする為に出ている。

内容は恐らくは使徒の殲滅の内容とエヴァンゲリオン初号機、そのパイロットについてだろう。

いくら勝利出来たとは言えども被害は皆無ではない。

初号機も頑丈ではあるが、サキエルの攻撃で破損した箇所がある。

 

使徒の殲滅という一点を考慮するなら評価されるだろうが、NERVという組織を表立っては認めても内心では快く思っていないだろう。

エヴァンゲリオン等と呼ぶ兵器を有するNERVのみが使徒と戦える事実を面白く思わないだろうから。

戦自の所有するN2兵器が役目を殆んど成さなかったので、八つ当たりも同然のお小言を浴びせられるのは目に見える。

 

会合も終えれば、そのまま帰宅するだろう。

ゲンドウは現代人の必須アイテムのスマホを持っていない。

その側近の立場にある初老の男性――――副司令の冬月(ふゆつき)コウゾウは所持していると言うのに。

 

「いけない。考えてるのに脱線してしまったわ」

 

関係の無い事まで考え出す程に疲れているようだ。

技術責任者を始め、様々な案件が降りてくるが故に多忙を極める。

 

「どのみち、シンジ君にはレイの他にも“問い質さなきゃならない事も増えてるし”」

 

手元に起動しっ放しのパソコンを操作する。

エントリープラグ内の映像を映した動画が流れる。

パイロット達のメンタルケアをする為にもこういった映像をリツコは観れるだけの権限を有している。

 

既に動画は編集されており、既にリツコにとっても無視できない部分だけを切り取った動画となっている。

 

『ちょっと待って下さい。今、パイロットスーツみたいなものがあるとか言いませんでした? それにアスカって…………』

 

『サクラちゃんっ!?』

 

『こんな、もの、アスカの扱きに比べれば、何てことあるか!!』

 

そこで動画の再生は自動的に停止する。

彼はここへ来たばかりだ。

なのに見ず知らずの少女の名前を言い当てた。

 

更には「アスカ」の名前まで出てきた。

2人に面識がないのは資料を見れば一目瞭然。

両者に渡航歴が無いのだから当然なのだ。

 

もしかすると、シンジの交流関係に同様の名前があるのかと疑いを掛けたのだが「アスカ」の名前の人物とは交流が無い事が窺える。

しかしながら、プラグスーツの話の流れの際に「アスカ」の名前に反応を示した。

これが偶然だとは思えない。

 

「シンジ君に問い質しましょうか」

 

本当ならゲンドウへ問い質すのが一番かもしれない。

けれど、彼とのアポを取るよりもこちらの多忙さが故に簡単には会えない。

 

メンタルケアの意味も込めてシンジと話すのが一番だと考えた。

 

「さて、と。休みますか」

 

リツコはパソコンの電源を落とす。

まるでテレビの向こうで行われた非日常の出来事で頭が疲れている。

これではまともな思考など出来ない。

 

ワーカホリックな彼女とて休息は必須だ。

部屋の電源も落とし、今後の為にリツコは休息へ入るのだった。




如何でしたでしょうか?

ミサトさんの父親に対する想いにも変化が起きました。
年下のシンジが頑張ろうとする事に感化されています。

この物語のシンジは『平行世界』の存在のおかげで既に救われています。
だから、この物語は「碇シンジ“を”救う」のではなくて「碇シンジ“が”救う」ものとなっています。
ミサトの心境の変化がこの第一歩。

まず「救う」のだとしたら、シンジを最初に出迎えたミサトさんと決めていました。
しかし、それでもミサトは「助けられている」と言うだけで「救われた」とはなっていません。
それだけデリケートで、難しい問題ですから仕方無いですな。

道は険しいぞ。頑張れシンジ。
それと内容を思い出せ作者。

ゲンドウとゼーレの会話は面倒なのでリツコさんの話の中だけにしてカット(笑)

そして、やはりリツコさんは色々と気付いておいででした。
やはり聡明な博士です。

『平行世界』のリツコさんも自分の事とは言え、見抜くのはさすがの一言。
次回はリツコに助言を貰ったシンジVS彼の素性を暴こうとするリツコVSダークラ――ゲフンゲフン。

では、また次回に。

ところでミサトさんのお母さんってあまり聞かないですけれど、どうなってるか知っている人が居たら教えて欲しいです。




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真っ先に目に入ったのは知らない天井でした

お待たせしました。

続きです。


「知らない天井だ」

 

碇シンジが『平行世界(ゆめ)』から目覚めて開口一番がそれだった。

真っ白な天井、視線を動かして自分が病室のベッドで寝かされていたのが判明する。

服装も病服に着替えられていた。

 

半身を起こし、更に病室を見渡す。

何とも都合の良い事に個室と言う贅沢な限りを尽くして貰っている。

窓から外を見ると御天道様が顔を覗かせ、快晴である事から日中に目覚めた事を知る。

 

脇にはテーブルと椅子。

テーブルの脇にはボストンバッグが置かれていた。

テーブルには書き置きがされていた。

『起きたら教えてね』と書かれていた。

書き置きの主は右下に葛城ミサトの名前があったので即座に判明。

 

「心配させちゃったかな」

 

自分の状況を考えるにNERVのスタッフの方々が運んでくれたのは言うまでもない。

 

「とりあえず、病院に伝えるのが吉かな」

 

漫画知識だが、こういう入院している時には連絡手段は備わっている。

内線電話等もベッドから取れる位置にはある筈と思って探し始めた。

 

「あら。シンジ君。起きたのね」

 

病室の扉が開き、見舞い客が訪れる方が早かった。

 

「リツコさん」

 

「具合はどう?」

 

訪れたのは赤木リツコ。

備え付けの椅子を引っ張り出すと、シンジと話す為にベッドの脇を陣取る。

 

「僕は平気です。あの、皆さんは大丈夫でしたか? あの…………女の子も」

 

「ええ。皆無事よ。女の子も今朝には退院したわ」

 

「そう、ですか。良かったです」

 

シンジは安堵する。

サクラが怪我をせずに済んだのは本当に良かった。

『こちらの世界』では一方的に顔を見知っているに過ぎないが。

 

「真っ先に他人の心配をするのね」

 

「それはそうですよ。僕はその為に立ち上がったんですから」

 

碇シンジが立ち上がった理由は本当の本当にシンプルだ。

助けたい――――その気持ちが彼を突き動かした。

 

「でも、自分を蔑ろにするのだけはしないでね。特にミサトは昨夜から病院に運ばれたシンジ君を心配していたわ。

 今朝に出勤してからも何度かあなたの様子を直接見に来ているのだから」

 

書き置きを見てシンジが思った内容をリツコが「正解」だと知らずに答えを教えてくれた。

しかも、何度か見舞いに来てくれていたようだ。

昨夜は仕事に忙殺され、疲労から回復した翌朝になってしまったようだが、『こちらの世界』では初対面のシンジの為に会いに来てくれた事は純粋に嬉しい。

今回はどうしても外せない仕事があるとかで、交代でリツコに頼んで彼女が来てくれた……という流れだ。

 

そして、リツコの発言からサキエルとの戦闘から翌日、半日程寝ていたようだ。

その間に自らの仕事の合間に様子を見に来てくれたミサトには頭が下がる。

 

「気を付けます」

 

「あなたにはまだ頑張って貰わないといけないのだから」

 

「そうです………………え?」

 

シンジが相槌の言葉を返そうとして止まった。

リツコは何と言った?

まだ頑張って貰う――――ですと?

 

「あの、頑張るってどういう事ですか?」

 

「あの時は説明する余裕も無かったものね」

 

シンジの疑問はリツコからしても「尤も」と言える。

 

「今回襲来してきた使徒――――サキエルは第三。数えて“3番目の使徒なの”」

 

「第三使徒…………待ってください。なら、一と二は?」

 

「既に襲来しているわ」

 

「っ!?」

 

その事実にシンジは驚く。

あんな化け物が自分の知らぬ間に襲来していた。

秘密裏に処理されたのか分からないが『こちらの世界』はファンタジーと言うよりかはロボットアニメ感が強い。

 

「それらに関しては幸いにしてエヴァを抜きにして事なきを得たので大丈夫よ。問題なのは――」

 

「今後に第四、第五といった他の使徒の襲来がある事ですか?」

 

「ええ。薄々気付いてると思うけれど、あなたは全ての使徒を殲滅する為に呼ばれたのよ」

 

これで音信不通であったゲンドウからの呼び出しの理由が判明した。

だが、『平行世界』の『碇ゲンドウ』からは妻との再会を望んでいる節があるとの供述もあった。

使徒の殲滅を隠れ蓑に、主目的を隠している可能性は大いに高い。

 

「この話は後にしましょう。それより、あなたに渡したいものがあるの」

 

突然の話題の転換。

シンジとしてもこれ以上突拍子もない話をされるのは頭がパンクするので困ってしまうので助かる。

 

リツコは「これよ」と言ってシンジへと四つ折りにされた紙を渡す。

 

「あなたが助けた女の子からの御礼の手紙よ」

 

「ありがとうございます」

 

「本当は直接本人にお礼を言いたいと懇願されたのだけれど、さすがに機密事項だから断らせて貰ったわ」

 

「まあ、そうですよね。エヴァンゲリオンとか、使徒とか」

 

今やネットで様々なニュースが見れる時代だ。

そうでありながらエヴァンゲリオンや使徒の存在は明るみにされていない。

 

サキエルが第三使徒と呼ばれているらしく、それ以前の第一と第二の存在を今日まで、リツコの口から語られるまで知る由も無かった。

 

シンジに個室を宛がわれているのも機密の漏洩を防ぐ手段だと言えるだろう。

 

「ごめんなさいね」

 

「いえ、こういうのは仕方無いと思います。リツコさん達も色々と大変でしょうし。中学生でしかない僕に出来る事なんて限られてますから」

 

事実、シンジはエヴァンゲリオン初号機を操縦しただけに過ぎない。

初号機の開発、操作方法、戦闘――――その殆どがNERVの職員、ミサトとリツコ、そして初号機自体のサポートあっての事だ。

 

言葉を選ばないなら碇シンジは操り人形となり、言われるがままになっていただけだ。

しかし、それで人類の脅威から退けられたのなら安いものだ。

そして、今後に襲来する使徒との戦いには自身のレベルアップは必要不可欠な要素だ。

 

鈴原サクラの登場で鈴原トウジもこの街に居る、最低でも何処かには居る可能性があると分かった。

違う世界だろうと、シンジは鈴原兄妹と言う護りたい存在が居る事を再認識させられる。

 

「本当なら子どもをこんな危険な状況に巻き込むなんて大人として許される事ではないのに」

 

世界の命運をまだ14歳の子どもに託してしまっている。

その事実を重く受け止めているのはリツコだけではない。

ミサトを始め、NERV職員全員が子どもに重荷を背負わせてしまう事に悔しさ、罪悪感を抱いてしまっている。

 

「でも、僕は巻き込まれて良かったって思ってます」

 

対するシンジの回答が“これ”であった。

己の手のひらを見つめ、閉じては開くを何度か行った後に続きを口にする。

 

「確かに『怖い』って感情は付いて回ってます。それだけ命の危険がある事も承知しています」

 

それは偽らざる本音。

碇シンジは静かに独白する。

 

「本音を言うと、逃げてしまいたいです」

 

出撃前にも本人から語られた内容だ。

彼の本音の部分は「逃げたい」と叫んでいるのかもしれない。

けれど、碇シンジは逃げなかった。

 

「けど、あの時に思ってしまったんですよ。逃げちゃダメだって」

 

綾波の痛々しい姿を見せられたのもある。

リツコも全ての責を背負うつもりでシンジへの搭乗を促しただろう。

ミサトも彼女の気持ちを理解したから途中で言葉を失った。

他のNERVの職員からも碇シンジという無関係の人物を巻き込む事への罪悪感が心の中を支配していたのがわかる。

 

それでも、碇シンジでなければ成し得られなかった。

それを、何と無く察せられた。

 

恐らく『平行世界』の皆の事を知らなければ、間違いなく乗らなかった。

今のシンジにだって根底には恐怖がある。

以前までのシンジならその恐怖、そこから「出来る筈がない」と自己否定の言葉を羅列したに違いない。

 

真実、どうなるのかは分からない。

だけども、今の碇シンジには『平行世界』で培われた精神的な強さがある。

表に出さないだけで、本質的な部分は変わっていない。

考え方を変えて、自分を誤魔化している部分がある。

けど、それでも本心は変わらない。

 

「逃げ出したりしたら人類に未来があるとか無いとか関係なく、僕は皆を助けたいと思ったんです」

 

碇シンジにとって、助けたい相手が居なくなる方が未来が失われる。

それを避けたい気持ちが強い。

何故なら――――

 

「ご都合主義でも構わない。僕は皆で笑顔で終われるハッピーエンドの方が好きですから」

 

だから、彼は立ち上がった。

 

「あなたの命も「助ける」の範疇に入れてくれてるみたいね」

 

「はい。皆が僕を生かす為に動いていたのは身に染みましたから」

 

この部屋での冒頭での会話が言葉を変えながら繰り返される。

だけれど、それだけ碇シンジの身を案じているのが伝わる。

だから、シンジの考え方も多少は変わってくれている。

自己犠牲は何も生まない事を。

 

「あと、今更で申し訳無いんですけれど…………」

 

「なにかしら?」

 

「ミサトさんに起きた事を連絡して貰って良いですか?」

 

「ふふ。話に夢中で忘れてたわね。良いわよ」

 

「ありがとうございます」

 

シンジの願いをリツコは快諾。

本来なら真っ先にミサトへ伝えるべき事柄でありながらシンジもリツコも話に夢中になるあまり忘れてしまっていた。

 

「ところで、出撃前に居た女の子の事なのですけれど」

 

「それって、綾波レイの事かしら?」

 

「はい。彼女も大丈夫なんですか? 大怪我をしていましたけれど」

 

「ええ。問題無いわ。あの包帯も過剰なだけで明日にでも退院が可能な筈よ」

 

「それは、良かった」

 

これで胸につかえていた部分は取れた。

シンジも一安心である。

だが、今の会話のキャッチボールで“判明した事もある。”

 

「あと、ですね。リツコさんに聞いておきたい事があります」

 

「何かしら?」

 

彼のメンタルケアもリツコの仕事だ。

気になる事があるなら出来るだけ応えてあげたい。

シンジが次に繰り出す言葉は――――

 

 

 

 

 

「僕の事をあなたは知りたがってるんですよね?」

 

 

 

 

 

唐突にシンジがリツコの内心を暴くように切り出した。

 

「私が知りたがっている?」

 

「はい。そうですよね?」

 

シンジの突然の発言こそ驚いたが、リツコは取り乱さずに冷静に問い返した。

シンジも日常会話でもするかのような気軽さで告げる。

 

リツコが綾波レイとフルネームで呼んだのをシンジが頷いた。

その事が切り出す決心を付けたのだ。

リツコはシンジが何かしらの手段で「綾波レイ」の名前を知った。

突け込まれ無かったので、こちらから切り出す手法を取る。

 

向こうから来るなら初っぱなから『平行世界』の話を切り出すだけだった。

主導権を早々に握れたのが大きい。

 

「皆が綾波の事を「レイ」と呼んでる中で、僕だけが名字で呼んでた理由とか」

 

「なるほど、全てお見通しって事なのね」

 

これも『赤木リツコ』から伝授された対リツコ用の手法でもある。

わざとこちらから切り出して主導権を握る。

本当はシンジが迂闊にも名字で呼んだだけなのだが、このように自信満々に言えば「これも計算通り」だと思わせられる。

真実の是非はこの時点でシンジにしかわからないのだから。

 

恐らく自分の事だから幾つかの推測は立てていよう。

その上で気になる情報を餌にして、食い付かせる。

 

「なら、他の事柄もわざとなのかしら?」

 

リツコは予め用意していた映像をスマホで見せる。

鈴原サクラの名前を呼んでいる所や、アスカの名前に反応してあまつさえ口に出している映像だ。

これらは昨夜にミサトが部屋から出て観ていた映像と同様のものである。

 

「ええ。そうです」

 

シンジはさらりと告げる。

正直に言えば「他にもあったんだね」と内心で思っている。

これも『平行世界』で想定していたものだ。

恐らく、主導権を握られれば奪い返す為の証拠を用意している筈だ。

 

それが無ければ良かったが、あった場合は感情を表に出さずに堂々と「作戦通り」だと思わせる必要性がある。

シンジも戦闘の最中に色々と自白している可能性は十二分にあった。

パターンとして考えられる映像や音声での証拠の提示も予め考察していた。

驚きは確かにあるが、予想していた分だけ少なく済んでいる。

 

あとはリツコからの予想外の切り出しがある場合が怖い。

対策は単純明快。

先手必勝。こちらから切り込む。

 

「信じられないかもしれませんが、僕は『平行世界』で皆の事を知りました」

 

荒唐無稽な切り口にさしものリツコも大きなハテナが頭上からのし掛かる。

数瞬の後に理解に及ぶも、再び問い掛ける。

 

「『平行世界』ですって?」

 

「はい。『こちらの世界』とは異なる点も多いですけど」

 

問い返してくれる――――それはシンジの話に耳を傾けるつもりがあると言う事だ。

これは『赤木リツコ』から知らされていた彼女の特徴で、知的探求心から知りたがっている事が窺える。

 

「『平行世界』ではセカンドインパクトは起きていません。それに母さんが生きていて、父さんは考えられない位に親バカなんですよ」

 

苦笑しながらシンジは『平行世界』の事を話してくれる。

表情とは打って変わり、シンジの声音は楽しそうに弾んでいた。

 

「その時、出会った事の無い人達と会いました」

 

「それがレイなのね?」

 

一を知って十を知る。

赤木リツコの頭の回転の速さは『赤木リツコ』の御墨付きだ。

 

「綾波だけじゃないです。アスカにサクラちゃん、ミサトさん、リツコさんにも会いました」

 

「それだけで十分な証言ね」

 

知っているのかどうかわからない面々の名前は言わないでおく。

告げたとして、彼女が知っているのかどうかとは話が異なる。

もし話題にして論点がズレてしまい、やぶ蛇をつつく結果を避ける為だと『赤木リツコ』からも提案されている。

シンジも余計な事は口走るべきではない事を承知している。

 

だからだろうか、リツコが怪訝な表情を崩さないのは。

半信半疑なのは仕方あるまい。

ただ、使徒等と言う非現実的な存在を目の当たりにしている事から『平行世界』の存在に関しても頭ごなしに否定しない。

 

決定打が足りないのだ。

あと一押しの為のカードはある。

ここで赤木リツコから信用を得る為にも『赤木リツコ』から配られた手札を切る。

 

 

 

 

 

「あなたの想い人の情報を提供できると思います」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

それこそが決定打の一言であった。

あのクールビューティーな赤木リツコが頬を真っ赤に染めた。

 

「な、何を、言って…………」

 

「これも『平行世界』の『リツコさん』から聞きました。

 プライバシーの為に名前までは言いませんが、僕とも近しい人と言う事まで」

 

リツコからすれば『平行世界』の自分がシンジにそこまで教えている事の方が驚きであった。

それだけ彼の事を信頼しており、この時の為だけに自らの秘密を暴露してシンジを援護した。

その事実を突き付けられたリツコは観念して両手を挙げて降参のポーズを取る。

参った――――そう言うより他にリツコには無かった。

 

「にわかには信じがたいけれど。シンジ君が報告とは異なる性格である事から信じざるを得ないわね」

 

「ありがとうございます」

 

シンジへのかまかけのつもりでリツコは苦し紛れに「報告とは異なる」と言った。

スルーされただけか、それさえもシンジ――と言うよりは『赤木リツコ』――の手のひらの上なのかもしれない。

 

『平行世界』の事を知り、こちらの事情もシンジを通して把握している。

前情報の有無の時点で赤木リツコは既に『赤木リツコ』に敗北する事が決定していた。

 

「それで? そんな話を私にしてしまって良かったの?」

 

「はい。どうせ、遅かれ早かれリツコさんにはバレてしまうんじゃないかと思っていたので」

 

ならば思い切って言ってしまった方が楽になれるとの事だ。

 

「それにリツコさんが協力して頂ければ、僕が迂闊な事をしても誤魔化して貰えると思ったので。人体実験をされたくないですし」

 

「さすがにそこまでは無いわよ」

 

シンジの言にリツコは苦笑混じりに返した。

さすがに何処ぞの悪の組織のように改造手術なんて事は無いようだ。

少し不安だったのは心の内で留めておく。

 

「まだまだ『平行世界』の事に関してもわからない事だらけなので、リツコさんの協力は不可欠だと思いましたから」

 

3年も費やして『平行世界』の事はまだ分からずにいる。

この「3年」のワードから連想させるのは、最後に父親と墓参りに行った時位なものだ。

しかし、依然として真相は闇の中にある。

 

「全く…………頼られて嬉しくない訳がないわ」

 

リツコとて誰かに頼られる事を嬉しく思わない筈がない。

初対面も同然の少年に無条件に頼られるのだから。

決して、彼女にショタの気質がある訳ではない事を先に弁明しておく。

 

「それにしても『平行世界』だなんて面白そうなテーマを研究できるなんて……興味深いわ」

 

研究者の血が騒いでおいでのようだ。

リツコの表情はそれはそれは喜悦の色に染め上げられている。

興味を引かせる以上の効力が働いており、若干引き気味ではある。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします」

 

「ええ。よろしくねシンジ君」

 

互いに手を差し出し、友好の握手を交わす。

リツコから協力を得られた事に安心するのと同時、彼女の存在の頼もしさに心強さを抱く。

 

「じゃあ、友好の握手を交わしたところで――――私の求める情報を先に頂戴」

 

「えと、『平行世界』の事ですか?」

 

「違うわよ」

 

リツコが興味を引いているから『平行世界』関連のものかと思ったが、本人が一刀両断する。

はて、とシンジが悩んだところで元々の条件を思い出す。

 

「リツコさんの想い人の?」

 

「………………ええ、そうよ」

 

頬を赤くさせ、リツコは顔を横へ背けながら首肯する。

『平行世界』でもお目にかかれないリツコの珍しい様子にシンジは目を丸くする。

しかし、彼女がそれだけ恋焦がれている事をシンジは理解している。

何より、彼も“その想いは痛い程に理解しているつもりだ。”

 

「では『リツコさんの想い人を振り向かせよう大作戦』スタートですね」

 

「え、ええ……」

 

シンジの作戦名があまりにも安直で戸惑いを与えるものであった。

そして、シンジは『赤木リツコ』から教わった事を伝えていく。

 

 

 

余談になるが、『赤木リツコ』からは内容をボカして話されたのでシンジはリツコの想い人の正体を知らない。

彼女が答える際にどうして顔を横へ反らしたのか、その理由を彼が知る日は――――来るのだろうか?




如何でしたでしょうか?

冒頭にてサブタイ回収。
やはり「知らない天井だ」は自然と流れるように入ってきましたので。

時間軸は翌日のお昼です。

サクラちゃんの登場はもう少し先で。

さて、今回は前回のあとがきの通りにリツコさんとの対話回でした。

この手の舌戦って苦手なもので、苦手だからこそ先手先手で先回りして後詰めで勝つみたいなやり方を取りました。
多分、リツコさんに舌戦で勝てるとは思っていなかったので、想い人の所を突くという搦め手にて彼女の思考を掻き乱しました。

いやー、リツコさんの想い人って誰なんでしょうね?
何ドウさんなんですかね?
Aすっ飛ばしてCまでしてるんですかね?(いつのネタか)

あとシンジ君も覚悟ではないにせよ、誰かの為に戦うという少年漫画的な精神を見せてくれました。
しかし、根本の「逃げたい」の気持ちを上手く誤魔化しているだけでもあります。
戦う理由に「他人」を利用していますが、肝心の自分は蔑ろにしている部分もありました。
ですが、皆を心配させてしまったのを受けて自己犠牲の部分は成りを潜め始めました。

これからは自分も大事にしてご都合主義のハッピーエンドを目指すと思います。

はてさて、リツコさんの協力を得たシンジ君。
しかし、まだ何か忘れているような……?

では、また次回に。

ところで今回、病室から全く動いてないんですよね。
次の回には動いてる…………よね?


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今後の話をしよう

お待たせしました。

エヴァの映画も3回目行って来ました(新カットと特典目当て)

勢いに任せての続きです。


「目が覚めて良かったわ」

 

「心配して頂いてありがとうございます」

 

ミサトとは病院の待合所にて合流した。

既にシンジの退院手続きはリツコが行ってくれていた。

目覚めてから異常も見られなかったから医師からの許可もすんなり降りた。

 

学生服に着替え、ミサトの到着を待っていた訳だ。

 

「改めてリツコさんもありがとうございます」

 

「気にしないで。こっちも楽しい時間を過ごせたから」

 

『赤木リツコ』からの情報を伝えてある。

これから実践に移すらしい。

それにより協力関係を結び、勿論の事ながら『平行世界』の話は一時他言無用となった。

 

人の口に戸はたてられないとは言ったものだ。

真実を知る人間は少ない方が露呈する可能性はグッと下がる。

ましてや、この案件は下手をすれば他の人さえ巻き込みかねない。

リツコに関してはシンジのうっかりもあり、辿り着くのなら仲間になって貰うのが得策であっただけだ。

 

仮にシンジが口を滑らせていなかったとして、リツコはその内に違和感を抱いて追求していたのは間違いない。

早いか遅いか、たったそれだけの違いだ。

 

「リツコと随分と仲良くなったのね」

 

「ええ。彼と話す時間はかなり有意義だったもの」

 

「そこまで言うなんて、シンジ君との会話の内容が気になるわね」

 

リツコとミサトはかなりレベルの高い大学を出ている。

NERVにて技術課で責任者を任せられるリツコの聡明さは疑う余地もない。

そんな彼女が「有意義な時間を過ごせた」と言ったのだ。

中学生のシンジとどのようにして話が合ったのかが気になってしまう。

 

「シンジ君は碇司令の息子とは思えない位に社交性はあるし、知識も中学生よりかはあるからかしらね」

 

「うーん、それだけかな?」

 

付き合いが長く、リツコの言葉が全て真実であるとは思えずに疑わしく思うミサト。

思えばミサトはシンジを勘だけで見付けてしまえるのだ。

彼女ならそれだけで辿り着けてしまいそうである。

 

「話してみればシンジ君がどれだけ大人びているのか分かるわ。会話するのは本当に楽しいのだから」

 

「まあ、中学生らしからぬ事を言うのは同意するわ。はっちゃけると、からかってくることもね」

 

リツコの説明を受けて納得する様子をみせた。

NERVで迷子になった時にシンジにはからかわれた事を思い出したらしい。

 

「それにしても丁度良いから伝えておくわ。2人には後でNERVへ来て貰いたかったから」

 

「NERVへ? 何をしに?」

 

「今後のシンジ君の処遇についてね。ミサトもシンジ君の監督をする事になるのだから付いてきて頂戴」

 

「えっ、待ってください。ミサトさんが監督って…………もしかしてですけれど、ミサトさんの家に住む事になっているのですか?」

 

「そうよ~。中学生を1人で住まわせる訳にはいかないから」

 

『平行世界』において『碇シンジ』は『アスカ』と共に『葛城ミサト』と同居している。

彼女のズボラさはイヤと言う程に理解させられている。

チラリとリツコを見ると合掌していた。

 

『平行世界』について軽く説明をし、せっかくなのでミサトのズボラさが同様かどうか聞いていた。

結果はリツコの行動が示している通りだ。

『碇シンジ』が『葛城ミサト』の所へ居候することになった初日に部屋の片付けから取り掛かった事を『アスカ』から聞いている。

シンジも同じ道を辿る事になるだろう事は想像するまでも無かった。

 

「黙っちゃって、どうかしたの?」

 

「これからしなければならない作業があるので、どうすれば効率よく行えるのか考えてました」

 

「ふーん。そうなんだ」

 

シンジの言った「作業」がミサトの部屋の片付けだとは夢にも思うまい。

この後にわかるだろう事柄だが、今は置いておこう。

 

「話を戻しますけど、僕達はこれからNERVへ行くという事は父さんともこれから会うんですか?」

 

「そうなるわ。他に冬月副司令と私も行くわ。ミサトは今言った通り」

 

「なるほど…………」

 

シンジにとっては冬月との関わりは薄い。

だが、悪い人ではない事はわかっている。

 

「それなら、少しだけ時間を貰っても大丈夫ですか?」

 

「ええ。会うにはまだ時間があるから構わないわ」

 

リツコから時間はある事を伝えられる。

まだ昼過ぎ。

ゲンドウ達とは夕方頃に会う手筈となっている。

 

「何かするの?」

 

「はい」

 

ミサトはシンジへ問い掛ける。

首肯で答え、シンジはこう続けた。

 

「なら、ミサトさんの家に行きましょう。作業を先に済ませてしまいます」

 

 

 

 

 

 

 

シンジの発言で何をしようとしているのか察知したリツコは「用事を思い出した」と言って逃げた。

ミサトは当人であるから逃げられる筈もなく、シンジと共に家へと戻る事になる。

そもそもミサトはシンジのこれからするだろう行動が何であるのかすら理解できていない。

帰り際に立ち寄った店で買った材料からシンジが食事を作ると思ってる位だ。

自家用車は修理中なのでレンタカーによる移動だ。

 

「今日からここが君の新しい家よ。他の荷物は明日にでもここへ来るようになってるから」

 

「はい。ありがとうございます」

 

そういった手続きをしてくれるのでやはり頼りになる。

ミサトの住まいは『平行世界』と同様にマンションで、大きな一室である。

しかし、リビングの入り口から空っぽらしきビール缶やコンビニ袋が「こんにちは」とひょっこり顔を出している。

こんな所まで引き継がなくても良いのでは? そう言いたいが、現実を受け入れる強さが今は必要だ。

 

「さて、シンジ君。今日から君の家でもあるのだから…………どういう挨拶が好ましいか、賢い君ならわかるわよね?」

 

その台詞を聞いてシンジは嬉しさが込み上げてくる。

ミサトは『平行世界』の時と同様に疑似家族の真似事をしている。

シンジからすれば普段の事なので特段に疑問にも思わなかった。

 

けれども、彼女の台詞で認識が変わった。

そう言わせる程にミサトはシンジと家族、もしくは近しい存在になりたいと暗に言ってくれている。

 

「ただいま、ミサトさん」

 

「ええ。お帰りなさい、シンジ君」

 

だから、こんな当たり前のやり取りでも嬉しくなってしまう。

シンジの目頭が熱くなる。

 

「それじゃあ、まずは――――さっきから視界に入ってるゴミの片付けからいきましょうか」

 

「ん? あっ!!」

 

シンジに指摘されてようやく気が付いたらしい。

リビングからひょっこり出ている自らの出したゴミが。

 

「まだ時間はありますから。もちろん、自分の部屋の事ですからやりますよね? ミサトさん?」

 

「………………ええ」

 

シンジの勢いに押され、ミサトは頷いた。

かくして、シンジ主導で部屋の片付けが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「随分とグッタリしているわね」

 

「か、片付けだけじゃなくて、掃除まで始まっちゃって…………」

 

「さすがにあそこまで汚いとは思いませんでしたから」

 

ここはNERV。

リツコに案内され、シンジとミサトは歩いていた。

これから向かうのは司令室――――つまりは、あの碇ゲンドウの待つ部屋だ。

 

ミサトの部屋を片付けるだけに止まるつもりだったのだが、想像以上に部屋が汚かった。

故にシンジによる掃除計画までもが発令された。

全ては身から出た錆なのでミサトは文句も言わずにせっせと手を動かした。

 

「ところで、シンジ君。その手にあるトートバッグの中身は?」

 

「ちょっとしたお土産です。あとで皆さんにお渡ししますよ」

 

おかげで時間をあまり取らずに片付けは終了。

そして、シンジは“あること”をしてからミサトと共にNERVへ向かった。

それがトートバッグに入っている。

 

「さて、着いたわ。ここよ」

 

リツコに促され、司令室とやらに足を踏み入れる。

部屋は広いが、無機質と言って良い程に物が無かった。

厳密には、物はあるにはあった。

司令である碇ゲンドウの席だ。

大きめの机、そしてゲンドウが座る為の椅子のみ。

傍らに副司令である冬月(ふゆつき)コウゾウは立っていると言うのに。

 

リツコ、シンジ、ミサトの順に横並びになる。

一歩、ミサトはシンジよりも前に出る。

彼女なりにシンジに守ろうする気持ちの表れだろう。

 

「来たか」

 

「はい。御子息のシンジ君もお連れしてます。ですが、このような場は不慣れでしょうから普段のように接してあげて下さい」

 

真っ先にミサトがハキハキと返事をする。

先陣を切ってくれた

しかも、シンジの為に場も整えてくれた。

ミサトの気遣いに感謝して父に向き合う。

 

「来たよ父さん。改めて久しぶり」

 

「そうだな」

 

シンジが明るく、声のトーンも上機嫌なもので告げた。

それを受けたからなのかまでは不明だが、ゲンドウも簡素ながら返事をした。

 

これまで3年も交流が無かったのだ。

反応としてはいまいちでも、返答があるだけで前進は感じられる。

今はこれで良しとしよう。

 

「色々と話は聞いているな?」

 

「ミサトさんが住まわせてくれるって話なら聞いたよ。使徒がこれからも来る事も」

 

「そうか。なら、別の話をしようか」

 

話の手間が省けるとゲンドウは話題を新たに変える。

 

「これは葛城君にも関係のある話だ」

 

「あ、あたしにも、ですか?」

 

静観を保っていた冬月が補足した。

ミサトも自分に関わる内容があるとは察していたが、いきなりだとは思わなかった。

 

「その前に自己紹介をせんとな。初めまして碇シンジ君、私は冬月コウゾウだ。NERVで副司令をしている。今後も会う機会があるだろう。その時は気軽に声を掛けてくれて構わない。よろしく頼むよ」

 

「はい。よろしくお願いします冬月副司令」

 

こういう時は肩書きで呼ぶのが良いだろう(漫画知識)と思い、冬月の呼び名もそれに倣う。

 

「それで、話というのは?」

 

「そうね。まずはシンジ君の事よ」

 

「はい」

 

ミサトも自分の事だから気になるだろう。

しかし、その前にシンジからだとリツコは告げる。

 

「シンジ君には今後も使徒殲滅の為にNERVの一員として動いて欲しいの」

 

「NERVの一員として、ですか?」

 

「ええ」

 

気になったところを抜粋し、再度問い掛けると肯定の言葉が掛けられる。

 

「つまり、外部からの協力者ではなくて、正式にNERVの職員となる――――で合ってますか?」

 

「当たらずとも遠からずだな」

 

冬月が話を継ぐように割り込んできた。

 

「君は今まで一般人かつ普通の中学生だ。そんな君を命を懸けた戦いに身を投じさせる――――正直に言って、こんなのは狂気の沙汰だ」

 

彼自身、子どもをこんな事に巻き込む事を良しとしていない。

正直に言って、しなくて済むのならそうしたい。

しかし、それを許さない現状でもある。

その葛藤の末に組み込まれたのが――――次の話の内容となる。

 

「チルドレン、パイロット……呼び方はそれぞれになるだろうが、階級的には三尉程度の権力が与えられるだろう」

 

「何だか、言われてもあんまりピンと来ませんね」

 

階級は恐らくは飾りだろうし、権限と言われても自由度がわからない。

 

「それなりの権力は与えられると考えておけば良い。とは言え、NERVで好き勝手やって良い訳ではないがな」

 

「さすがにそんな事はしませんよ」

 

首を左右に振り、身勝手な行動はしないとアピールする。

そんな事をしても何の得にもなりはしない。

 

「あとは、君の自由意思でパイロットから降りる権限もある」

 

冬月から放たれた言葉は、いわゆる逃げ道だ。

シンジに限らず、綾波だって中学生で生死の懸けた戦いをさせられる。

如何に使徒を倒さねば未来が無いとは言え、恐怖を覚えない筈がない。

それは前の戦闘でもシンジは同様の感情を抱いていた。

 

そんな彼等彼女等の為に冬月達は逃げ道を用意してくれていた。

実にありがたい話だ。

 

「引き受けてくれれば給料も支払おう。どうだい? 私達を助ける為にも引き受けてはくれないか?」

 

助ける為――――その部分がシンジの中の琴線に触れる。

短期間で良くシンジを理解しているとも思えた。

よくよく考えればシンジはケージにて、初号機に乗り込む前に「助けたい」と言葉にした。

シンジの自発的な想いを少なくとも冬月は理解していた。

 

そして、最後の「引き受けてはくれないか?」の言葉でしかないが、大の大人が頭を下げているとも捉えられた。

いや、真実のところはわからない。

ただシンジが深く考察しているだけなのかもしれない。

 

―――けれど、冬月副司令は“僕達の事を考えてくれている。”

 

それが提示された逃げ道であり、先程に「狂気の沙汰」と告げた事だ。

無論の事ながらシンジは『平行世界』にて『冬月コウゾウ』の事も知っている。

向こうでは母の碇ユイと並んで副所長を務めている。

何度か会って話をしたが、人柄が良いの一言に尽きる。

 

かつては教鞭も振るっていたらしく、『平行世界』に訪れたばかりで勉強に付いていけないシンジに家庭教師としてマンツーマンで教えてくれた。

本当に親身になってくれた。

シンジの両親とは良好な関係で、ゲンドウからすれば恩師のポジションであるらしい。

 

一方、『こちらの世界』のゲンドウは『平行世界』とは打って変わっている。

しかし、こうして冬月が付いているとなるなら……彼等はシンジには計り知れない程に複雑な関係なのだろう。

 

ゲンドウが成し遂げようとしている事を見届ける為なのか、はたまた別の目的があるのかまではわからない。

いずれにせよ、冬月コウゾウは自らの意思で碇ゲンドウと行動を共にしているのはわかる。

恐らく、碇ゲンドウの胸の内を理解できるのは現状では冬月コウゾウしか居ないのだろう。

共依存とは異なるかもしれないが、それに近しい関係性なのを悟る。

 

話が逸れてしまった。

平たく言えば、冬月もまた中学生のシンジを巻き込む事に胸を痛めている事は伝わってくる。

それが昔から知っているだろう仲の碇ゲンドウの息子ともなれば当然か。

 

作ってくれた逃げ道は、他の人達を納得させる為のギリギリのラインだろう。

恐らく葛藤があったに違いない。

繰り返しになるが、シンジが引き受けなければ未来が訪れないのも事実だ。

今の冬月の言葉から「無理強い」は決して無かった。

 

ゲンドウは「無理強い」をしなければならない立場にある。

それが久しぶりの再会にも関わらずの無茶振りだったのだろう。

対称的な発言かつ内容の冬月に何も言わないのは、ゲンドウが先ほどの条件で納得させられた内の1人なのが窺える。

 

ただ、これらもシンジの推測の域は出ず、特にゲンドウに関しては目的遂行の為に気にもしていない可能性はあるが今は置いておく。

 

どのみち、シンジは今後どうするのかとっくの昔に決めていた。

冬月なりの見えない励ましにより、どうするのかの決意を固める。

 

「わかりました。引き受けます。僕に、皆さんを助けさせて下さい」

 

「本当にありがとう。全力で君を…………いや、“君達を”サポートさせてくれ」

 

言い換えたのはシンジだけではなく、綾波レイ、ひいてはNERV職員も含めての事であろう。

冬月の言葉にシンジは照れたように頬を掻く。

 

「それで葛城一尉の処遇についてだが――――おめでとう。君は現時刻を以て『一尉』から『二佐』へと昇進だ」

 

「えっ、はっ、はいっ!!」

 

話が切り替わるや、とんでもない話が降り掛かってきた。

ミサトとしても目を白黒とさせる内容だ。

突然の事に驚くのを自制し、何とか返事をする。

 

昇進は嬉しい。

だが、いきなり二階級も上がったのだ。

喜びよりも困惑の色が表に出るのは当然だ。

 

「何も不思議な事ではない。君の活躍無くして、今回の勝利は無かったからだ」

 

ゲンドウは肘をテーブルに付いて両手を合わせ、口元を隠すようにして告げた。

ミサトの困惑が伝わったのだろう。

 

「でも、それはシンジ君や他の皆の協力あっての事で…………」

 

「父さんの意見に賛成です。ミサトさんが居なければ、僕もこの場には居ないと思います」

 

ミサトが遠慮しようとするのを、当人であるシンジが口を挟んだ。

シンジからしてみても、何も知らない自分がサキエルに勝利を掴めたのはミサトの作戦あってのことだ。

 

「それならリツコ…………赤木博士やオペレーターの皆が居なければ無理な作戦でした」

 

「ええ。私も含めて既に報酬は受け取っているわ。でも、その上で皆が口を揃えて言っているのよ」

 

何を? 決まっている。

葛城ミサトが居たからこその勝利だと。

シンジが今まさに言った内容を全員が口を揃えて言ったのだ。

それはリツコも同じ意見なのだ。

 

「あなたが組み立てた作戦だからこそ、勝利を掴み取れたのよ」

 

NERVの職員としての言葉ではない。

葛城ミサトの親友、赤木リツコとしての言葉だ。

 

「それに昇進する事でシンジ君やレイを守る事が出来るわ」

 

「そう、ね」

 

階級が上である事は有利に働く。

持つ権限も強大になるし、何よりもシンジ達を守る際には役立つ。

 

「この昇進は使徒殲滅の功績のみではない。今後の活躍に期待を込めているのもある」

 

ゲンドウから重味のある言葉が掛けられる。

全てがポジティブな意味合いなだけではなく、今後の彼女の活躍に期待を込めての一因もある。

それ即ち、彼女には今後の作戦には重責が伴う事を理解させる為でもある。

 

「ありがとうございます。司令、副司令の御期待に添えるよう全力を尽くします」

 

ピシッ!! とした言葉でミサトは返す。

それはシンジ達のような子どもだけに責任を背負わせない大人としての覚悟も合わせていた。

 

「では、葛城二佐。今後ともよろしく頼む」

 

「話は以上だ」

 

最後はゲンドウの素っ気ない言葉で締められ――――

 

「そうだ。カップケーキを作ってきたんだ。良かったらどうぞ」

 

トートバッグから取り出したのはラップで包まれたカップケーキだ。

こういう時は組織のトップからだろう。

ゲンドウへと近寄ると机に1つ置く。

 

「…………」

 

無言でカップケーキを見つめるゲンドウを脇目に、冬月へと近付いて彼に手渡しする。

 

「ありがとう」

 

礼を述べながら冬月はカップケーキを受け取ってくれた。

 

「はい。リツコさんも」

 

「ありがとう。頂くわ」

 

今度は元居た場所へ戻り、リツコにも手渡す。

御礼を告げながらリツコもカップケーキを受け取った。

 

この事を当然ながら知っていたミサトは横で苦笑していた。

 

「それじゃあ、これで失礼します」

 

「失礼しました」

 

ミサトが先導する形で退室すると、シンジも遅れて退室した。

 

退室後、オペレーター3人や他のNERV職員にもカップケーキを渡してから帰宅するのであった。

 

これは後日談になるのだが、カップケーキは評判が良かったのか、これ以降でもリツコや冬月を始めとしたNERV職員に定期的に作る事となった。

ちなみに冬月が2個頼む事があるので、1つは父に渡しているだろう事は想像しやすかった。

 

見事に胃袋を鷲掴みにする事に成功するのであった。

 

 

 

 

 

「シンジ君。少し寄り道しても構わない?」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

NERVからの帰り際、車の修理が完了したとの旨を受けた。

仕事が早いなと感心しながら今度はミサトのマイカーにて帰宅の徒に付いたばかりだった。

 

その最中でのミサトの提案である。

向かったのは街から少し外れた小高い丘であった。

丁度ジオフロント全体が見渡せる位置にある。

 

「壮観ですね」

 

「ふふ。これだけじゃないわ。時間よ」

 

スマホではなくて腕時計をしている辺り社会人だな――――等と思っていると変化は目の前で起きた。

アラームがけたたましく鳴り響き、地面からビルが次々と生えるように上がってきた。

 

「これが使徒迎撃用要塞都市、第三新東京市。あたし達の街。そして、あなたが守った街よ」

 

ミサトが隣で説明してくれる。

 

「いえ、違いますよミサトさん」

 

しかし、シンジにはその説明は不満でしかない。

足りないからだ。

何が足りないかなど、わかりきっている。

 

「“僕だけ”じゃありません。“僕達が守った街です”」

 

「ええ、そうね。そうだったわ」

 

碇シンジだけではない。

それは先程の司令室でも言ったではないか。

 

碇シンジ、葛城ミサト、赤木リツコ、青葉シゲル、日向マコト、伊吹マヤ――――そして初号機。

彼等を支えてくれた他の面々のおかげで見る事のできた景色だ。

 

「僕もこの街を守りたいです。その為にも今後も“僕達で”頑張りましょう」

 

「もちろん」

 

1人ではない。

仲間が居る。

大事な事を子どもに教えられる事もある。

それを自ら体験している。

 

碇シンジだけではない。

葛城ミサトも守るべきものの為に戦う決意を新たに固めた。

 




さて、如何でしたでしょうか?

リツコさんは前回から全面協力してくれています。

ミサトとの同居の件は前々回に行っていたので、司令室ではカットしました。

そしてミサトの家にはいち早く上がっています。
最後の手作りのカップケーキを作って渡し、評判になる一連の流れをやりたかったこと。
それとミサトがシンジに「ただいま」と家族として迎え入れる流れをどうしても入れたかったのです。

原作でもあった「家族ごっこ」の始まりですが、そこには確かな「絆」があったのも事実。

こちらでは序盤に「シンジを守る」と宣言したミサトの理由が「自分は大人で相手が子どもだから」から「家族として」と意識を強く持たせました。
その上でゲンドウ達との対面。
前に出て守ろうとし、シンジが話しやすいように促しました。
本来なら文句言われそうですが、そこはそれ、流して下さい。

そして冬月、ゲンドウへの評価――これは本編でも書いたように“あくまで碇シンジ独自の解釈です。”
立場の都合上、彼等は“そうしている”のだとシンジは考えています。

冬月は教師であった事、何だかんだでシンジを後押しするシーンもあったので子どもを巻き込む事は良しとしていないでしょう。
勉強を教わったとかは何と無く、そうしているかなと考えただけです。
『平行世界』の冬月先生は頼めば喜んで教えてくれそうですし。

ゲンドウはシンジ自身のフィルターが入っています。
だから「推測の域は出ない」とシンジも言っております。

そしてそして、ミサトさんが早速一尉から二佐へランクアップを果たしました。
ドンドンパフパフ~
サキエル戦で作戦を練り、使徒を殲滅へ追いやった功績と今後の期待を込めての昇進であります。

いきなりの新劇要素でした。

そしてシンジにもそれなりの権限が与えられます。

最後にはあのお約束の景色を観に行く流れ。
でも、守ったのはシンジだけではない。
全ての人のサポートあってこそ。
全員で守った街です。


果たして、今後はどうなっていくのか?
本当に話は進むのか?
今回もあまり進まなかったけど大丈夫か!?

他のキャラの出番はいつになる!?
綾波なんかはストレッチャーで運ばれただけでしたし。
次は出せる事を期待して。

待て、次回。

ところで、作者はアスカやマリなんかも好きなんですよ。
このままのペースだといつになるやら。


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ドッキドキ☆学園生活

お待たせしました。

タイトル通りにシンジ君が学校行きます。

遂に学園の面々の登場です。


シンジがミサト宅に住むようになってから2日経過した。

あの後にエヴァに乗る為の訓練をNERV内で受けていた。

走り込みからゲームのようにシミュレーションを行うものまで。

射撃訓練なんてテレビの向こうでしか見ないような訓練まで行うとは思わなかった。

 

他に驚いた事と言えば、ミサトの家でペンギンを飼っていた事だ。

名前はペンペンと言うらしい。

種類は「温泉ペンギン」と言うもので、無論ながら『平行世界』では存在していなかったのでセカンドインパクト以降の新種だろう。

最初に訪れた時はリビングしか行かなかったので、帰宅後に風呂場にて遭遇した。

 

あとはアスカだ。

彼女はミサト宅――より正確には第三東京市にさえ来ていなかった。

リツコから聞いた話では、今はNERVドイツ支部に居るとの事だ。

彼女と会えるのはもう少し先らしい。

 

はてさて、シンジもNERVとミサト宅の往復、しかもいつ来るのかも分からない使徒を相手にピリピリしていては精神的に参ってしまう。

毎日訓練に明け暮れていては、勉学が疎かになってしまう。

『平行世界』へも、この間に行く事は無かった。

元より自由意思で行けるものでもなく、そこのところはシンジとしても不思議に思わなかった。

まあ、『平行世界』で勉強できますなんて言おうものなら病院へ連行されるのは目に見えていた。

故に彼には他に重大なミッションが与えられる事に。

 

「学校に通う事になるとは、ね」

 

それが「学校へ通う」というごくごくシンプルなもの。

名前は「第壱中学校」である。

『平行世界』では中学生の『碇シンジ』が通っていた学校と同じ名称であった。

こういうところまで同じ箇所があるとは。

 

何故、学校に来ているのかと問われれば中学生である以上、学校に通うのは義務であるから。

碇シンジは中学2年だ。

義務教育の真っ最中であるのだから、国の方針に従って勉学にも励むべきだ。

 

これはシンジ自身にも大事な事である。

聞けば使徒は15年ぶりに現れたとか。

次の襲来もそれだけの長い期間現れない可能性だってあるのだ。

そうした場合、シンジが仮にNERVを辞める事になれば「小卒」という肩書きになってしまう。

 

将来が安泰の公務員であるNERVに所属し続けるのが理想だが、何らかの理由で辞めざるを得なかったり、逆に全ての使徒を倒してエヴァンゲリオンが必要で無くなった場合の事を考えれば義務教育期間は当然ながら高校は最低でも卒業しておきたい。

 

『碇シンジ』は既に将来の夢を持っている。

シンジにはまだ将来に就きたい職業やなりたい自分のビジョンが見えずにいる。

こういった事に触れて、将来の夢を見付けた時に最低限の事をしておかないで後悔する事だけはしたくない。

 

―――それに、こういう平和な時間は結構大事だと思う。

 

これは完全に戦闘ものの作品のお約束でもある。

常にある日常が知らず戦いの支えになっているかもしれないパターンだ。

 

そうでなくても、こちらで気心知れる友人の1人でも出来ればシンジとしても息抜きがしやすくなる。

息の詰まる生活をして、倒れてしまっては元も子もない。

それにもしかしたら『平行世界』での友人と会えるかもしれない……そんな期待も持っていた。

 

「では、転校生を紹介する」

 

「はい」

 

担任教師からのお達しにシンジは返事をしながら教室へと入る。

シンジの一方通行で知った顔も多い。

 

新しい環境の中へ身を置くのは“何度経験しても緊張するものだ。”

そして、こういう時は親しみやすいネタを挟むのが掴みはOKというやつだ。

 

―――今期の旬なアニメはチェックしてる。それに王道な作品は僕の頭の中に全てインプットされている。

 

ネタと言っても適当が過ぎては駄目だ。

下ネタはNGなのは当たり前。

しかし、国民的アニメや特撮というのは多感な年頃では視聴しない可能性が高い。

となると、アニメ化もされている人気漫画、しいては中学生位の子が趣味としている話題がベストだ。

しかし、クラスが何で賑わっているのか不明なのでアニメネタに絞るのが良さそうだ。

 

残念ながら女子ではないので、そっち方面の話は疎い。

まずは男子と良好な関係を築く事が先決だ。

クラスの輪に溶け込む事が碇シンジの現在の最重要ミッションだ。

 

「初めまして、碇シンジです。趣味はラノベ、漫画、アニメ関連と料理です。この前扇風機の前で『あー』ってするやつの大会に出たんですが、予選で敗退してしまいました。よろしくお願いします」

 

「どんな大会や!!」

 

「ほう。恐ろしく速いツッコミ。僕でなきゃ聞き逃しちゃうね」

 

「それは無いやろ!!」

 

シンジの自己紹介に即座にツッコミを入れる声がした。

声の主へと視線を向ければジャージ姿の少年――鈴原トウジの姿があった。

ここへ来て、ようやく『平行世界』でも会えた他の人物との邂逅だ。

 

「ちょっと鈴原。ツッコミは良いから静かにしなさい」

 

「ワシのせいなんか委員長!?」

 

トウジのツッコミを一刀両断したのは洞木ヒカリだ。

どうやらこちらでも彼女は「委員長」の任に就いているらしい。

 

「ごめんね碇君」

 

「ううん。彼みたいにノリの良い人が居てくれるのは僕としても楽しいから問題ないよ」

 

委員長としての任に就くヒカリの苦労は絶えないようだ。

 

「じゃあ、質問のある人は挙手して。それで碇君が指名して答えてあげてくれない?」

 

「それが良さそうだね」

 

シンジのとんでも自己紹介にウズウズし始めている一部のクラスメイト達。

伝わる人にはしっかり伝わっているようだ。

かくして、転校生・碇シンジへの質疑応答が始まった。

 

「何処から来たんですか?」

 

「長野からです」

 

「料理は誰から習いましたか?」

 

「母さんに。今はネットでレシピを拾って色々と試してるかな。食戟ならいつでもドンと来い」

 

「スポーツはしてますか?」

 

「身体を動かす程度には。いつか分身してテニスしたり、存在感を消してバスケしたり出来るようになれたら楽しそうですね」

 

「遊○王で組んでるデッキは何ですか?」

 

「H○ROかな。良く使うカードはエ○ーマンとダーク○ウだね」

 

「他のTCGも知ってますか?」

 

「主だった種類のは知ってるよ。他にも遊んでるものもあります」

 

「三大好きな言葉は?」

 

「『ありがとう』『頑張ったね』『大好き』だよ」

 

「Are you ready?」

 

「出来てるよ」

 

「実は苗○誠って名前だったりしない?」

 

「それは違うよ」

 

「メロンパンで大事なのは?」

 

「カリカリモフモフ」

 

「ランララランララ麗○ちゃーん↑」

 

「世の中時代は○佳ちゃーん↑」

 

後半になるにつれてシンジへの質問の内容が分かる人には分かるといった内容へとなっていく。

それら全てのネタを拾うものだから、その筋の生徒達がこぞって元ネタありきの質問を投げまくる。

 

「ほな。ワシもええか?」

 

「どうぞ」

 

鈴原トウジが挙手をする。

これまで遊び半分で質問していた生徒達とは異なり、真剣な表情を作る。

 

これに教室中が静かになる。

シンジもトウジからの質問には真剣に答えようと決めていた。

 

「まずは自己紹介からや。ワシは鈴原トウジ。トウジって呼んでくれ転校生。こっちもシンジって呼ばせて貰うからな」

 

「うん。よろしくねトウジ」

 

軽いジャブから入ってきた。

これは前置きなのは分かっている。

シンジ自身にも分かっていた事だ。

使徒の襲来のあった“昨日の今日の転校生なのだからあまりにもタイミングが良すぎる。”

 

「昨日は避難が行われる程の騒ぎがあったんや。それとシンジの転校と何か関係があるんか?」

 

そう来るだろう事は予想の範疇であった。

真実を話す――――それは無理な話なのだ。

何よりもエヴァンゲリオンや使徒の存在はトップシークレットだ。

これまで秘匿されていた事を勝手に話す訳にはいかない。

ましてや、シンジは現在はNERVの預かりとなっている身だ。

会社の内部事情を話してしまうのは社会人としても失格になる。

しかし、全てが嘘で形作られた内容ではボロを出してしまう危険性が高い。

その事を『平行世界』にて学んだシンジの答えは決まっていた。

 

「無い…………って言ったら嘘になるかな。父さんがこっちで働いていて、こっちに呼ばれて危険を承知で来たんだ」

 

父が働いているのは事実だし、呼び出しこそ父が発端だったが来たのは自分の意思だ。

危険は承知の上でシンジは残る事を決めた。

いずれにも嘘はない。

ただ真実をボカしているだけだ。

よくある受け答えを利用させて貰った。

 

「父親に呼び出された?」

 

「うん。NERVの臨時職員みたいなものとしてかな。ゲームのデバッグ作業的なものが出来る人が居なくて、僕がたまたま出来て人手が足りないからって理由で呼ばれたんだ。“仕事の詳細までは知らないよ”」

 

これは暗に「これ以上の詮索は止めるべきだ」と告げている。

それでもウズウズしているように見える『平行世界』でのもう1人の友人が居るが――ストレートに言わないとわからないか。

 

人手が足りないのも嘘ではない。

シンジはエヴァンゲリオンのパイロットの適性が“偶然にもあった”事を適当な例えで言っている。

 

これらの内容は予めリツコと共に考えていたものだ。

どうせその内にNERVとの関係性を伝える必要はある。

ただ、機密事項には触らない程度には情報を与えておくべきだ。

 

「華々しい仕事じゃないから、聞かないでくれると助かるかな」

 

「ほな、これ以上は聞かんでおくで」

 

正直、人類の未来が掛かっている。

サキエル戦も四の五の言っていられない泥臭い戦いを繰り広げた。

華々しいものではないのも真実だ。

それをトウジが詮索しなかったので助かる。

 

「そういえば、こっちには来たばかりなんやろ? なら、街を案内せなあかんの。放課後にでも街を案内したる」

 

「助かるよ。まだ来たばかりで何処に何があるのかわからないんだ」

 

そう。これは正直な本音だ。

ミサトが『葛城ミサト』と同様であるとするなら、レトルトカレーさえ不味く作る可能性は十二分にある。

となると、そういった事はシンジが率先してやらねばならない。

 

それにミサトの階級が上がり、給料も上がったとは言えど彼女のそれはお金だ。

なるべくなら節約し、自分の為にも使ってあげて欲しい。

 

トウジの質問が終えると、質問をしようと挙手をする者は出なかった。

 

「では、よろしいかな? 綾波の後ろの席が空いてるから座りなさい」

 

「わかりました」

 

担任に指示された席は窓際の後ろの方の席だ。

そして、前にはシンジにも縁のある人物―――綾波レイが額に包帯を巻いた状態で座っていた。

 

「よろしく綾波さん」

 

「よろしく」

 

いつもの調子で呼び捨てにしないよう注意しながら『こちらの世界』でのファーストコンタクトを行う。

出撃前のあれはまともに会話をしていないので、会話をするのはこれが初だ。

 

「では、授業を始める」

 

これまで黙っていた担任教師からの声が掛かる。

新しい教室での授業が開始した。

 

しかし、それ以上に気掛かりな事があった。

 

―――綾波が寡黙すぎる。

 

それはほんの些細な違和感。

『平行世界』では寡黙よりかはおとなしい性格な『綾波レイ』。

積極的になる時もあるにはあったが、そこは今は置いておくとして。

隣の綾波レイはそうではなくて“必要最低限の事しかしていないように見受けられた。”

 

これは直感でしかない。

故に、シンジだけでは答えを導き出せる筈もなかった。

 

 

 

 

 

授業に関してははっきり言えば退屈なものが多い。

諸事情により、中学生の勉強は済ませてあるシンジには難しいものではない。

高校生の勉強も付いていけるだろう。

 

問題なのはそれよりも歴史関連の方だ。

セカンドインパクト以降の流れは『平行世界』と整合性が取れない。

だからこそ、向こうでの勉強がかえって足を引っ張る。

 

こればかりは『平行世界』でも勉強できる訳もないので、シンジが努力するより他に無い。

歴史は記憶力の授業だとは言ったものだ。

勉強を怠ってはいない。

前の学校でも似たようなシチュエーションはいくらでもあったのだから慌てる事はない。

 

しかしながら、どうしても『平行世界』のものとごちゃ混ぜになる場面は多々ある。

故にボロを出さないよう、歴史の授業では教師の話を聞きながら自分の中で毎回整理すると言う流れを行って、自分で再確認をしていく。

 

今の授業はPCを用いている。

悲しいかな、『平行世界』で扱うPCとは雲泥の差がある。

授業で使用するものであるが故に、スペックが低くても数を用意する必要性があるのだろう。

起動が遅いとか、操作性が悪いとか、言いたい事はあるが『平行世界』で利用するPCのスペックが高いせいで感覚がバグってしまっている。

こればかりは誰が悪いとかはないと諦めるしかなかった。

 

さて、話を戻そう。

シンジがそのように勤勉に励んでいるのに、PCを利用してメールが届く。

内容は『碇君があのロボットのパイロットってホント? Y/N』といったものだ。

 

何と無く、犯人に心当たりがある。

チラリと下手人だろう相田ケンスケの様子を伺う。

2つ隣の席に居る彼を見ると目が合った。

向こうは慌てて目線を前へ向ける。

それだけで今回の一件が誰の仕業なのか見当が付いてしまった。

 

『平行世界』でもサバイバル関連だったり、機械関係には強かったケンスケだ。

シンジのPCへ個人的にメールを送るのは雑作もあるまい。

それにパイロットといったものにも男の子なのだから憧れはあるだろう事は想像するに容易い。

 

また、気になるのは「ロボット」の部分だ。

人造人間と肩書きはあるが、知らない人からすればエヴァンゲリオンはまさしく「ロボット」の名称に恥じない姿をしている。

問題はどうしてケンスケがエヴァンゲリオンという“機密事項を知っているのか?”

 

何らかの手段を用いてハッキングを仕掛けたと考えるのが妥当だろう。

それでエヴァンゲリオン等の機密事項も知っている訳だ。

 

―――気になるところだけど、それは本人に後で聞こう。

 

もしもハッキングを仕掛けているなら罪に問われかねない。

その話は後回しにして、これに対する返答だ。

そんなもの「NO」と言うより他に何がある?

 

仮に「YES」と答えて、怒られるのはシンジなのだ。

肯定すれば詰問は間違いなく飛んでくる。

それだけは回避しなくてはならない。

 

ケンスケには悪いが「N」にカーソルを合わせていき――――

 

「碇。転校初日の授業中に余所見とは感心しないな」

 

カチッ!!

 

「あっ、すいませ――――」

 

そこで言葉が止まる。

今「カチッ!!」と音がしなかったか?

 

シンジは確かカーソルを合わせようとしていた。

つまり、動かしていた訳だ。

 

それは本当に「N」に合わせていたのか?

 

恐る恐る画面を見てみる。

カーソルは「N」ではなくて隣の「Y」に合わせられていて…………

 

「「「「「ええええええーーーーっ!?」」」」」

 

クラスメイトからの驚愕の声が発せられる。

授業そっちのけで、シンジへの質問の嵐が再開された。

 

委員長のヒカリや教師も注意しようにも他の面々の興奮が勝り、聞く耳持たずだ。

隣の綾波に助けを求めようとしたが、彼女はPCの画面を眺めているだけであった。

助け船の出航はまだ先らしい。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、参った…………」

 

机に頭を預け、何とか質問の嵐から脱する事が出来た。

先生に注意されて誤って「Y」を押したと説明し、ヒカリと教師の注意もあってようやく解放された。

 

しかし、騒ぎを起こした張本人のケンスケは疑いの眼差しを向けてくる。

はてさてどうしたものか――――シンジは考えていた。

 

「シンジ、ちょっと顔を貸してくれへんか?」

 

「? 良いけど……」

 

「あとは相田ケンスケ…………友達も来るけど、堪忍な」

 

突如、トウジから声が掛かる。

更にはケンスケまで連れてくるとの事だ。

2人に連れられて来たのは屋上であった。

 

「俺の名前は相田ケンスケ。ケンスケで良いよ。よろしく碇」

 

「よろしくケンスケ」

 

まずは互いに自己紹介から。

『平行世界』と変わらない呼び方に少し安心した。

それにカメラを片手にしている所も何も変わらない。

 

長いこと、彼等の事は下の名前で呼んでいたのだ。

うっかり下の名前で呼んだ日には恥ずかしさで身悶えてしまう。

 

「それで? 話って?」

 

「確認させてくれ。ホンマはシンジがロボットを動かしていたんやろ?」

 

「それはさっきも――――」

 

「ロボットの事をワシはもう知っとる。少なくとも存在しとる事は、やけど」

 

トウジは真っ直ぐにシンジを見る。

エヴァの存在を知る理由は恐らく彼の妹のサクラだろう。

その真偽を確かめたい気持ちが彼にはあるに違いない。

それを受けてシンジは話したくなる――――だが、これは“踏み込ませてはならない領域だ。”

 

「悪いけど、トウジが何を言ってるのか分からないよ」

 

結局のところ、シンジはNERVの機密事項を守るしかない。

それは「NERVを」と言うよりも「トウジとケンスケを」となる。

話を聞いて、非日常に身を置いて日常に戻ってこれる保証は何処にもない。

そんなギャンブルをシンジはさせたくない。

 

「………………せやな。シンジは“言えへんもんな”」

 

転校時のやり取り、その後のパイロット云々のやり取りも否定で終わらせた。

中学生のトウジには分からないものがある。

大人にしか分からない都合とやらだろう。

 

「シンジは、ジブンらとは違って大人なんやな」

 

「違うよ。まだまだ僕は他人に迷惑を掛けないと生きていけない子どもだよ。ミサトさん達の方が忙しくて、とてもじゃないけど邪魔をしてはいけない雰囲気だもの」

 

トウジはどうやらシンジの事を買い被ってるように見える。

彼が言うような大人にはなれていない。

 

いくら『平行世界』で様々な経験をしていても、それがイコールで「大人である」とは結び付かない。

単純に大人の忙しさを理解できてしまっているだけなのだ。

 

今回、シンジがNERV関連の事に真実であれば頷くのは簡単だ。

けれども、そうしたら誰に迷惑が掛かるのかなど火を見るよりも明らかだ。

ミサトやリツコ、父親…………下手をすればNERV職員全員に迷惑を掛けてしまう。

 

それだけではない。

もしも悪いイメージを含めた状態でNERVという組織の情報を発信されでもしたらNERVは立て直せない程に企業としての力を失ってしまうかもしれない。

 

修理や武器の用意(この前は無かったが)といった事柄には莫大な資金を必要とする。

仮にNERVが無くなったとして、エヴァンゲリオンを動かせる程の設備や状況を今のように改めて用意できるのか?

答えは「分からない」が適切だ。

 

最悪の事態を想定するなら下手に内部の事を話す訳にはいかないのだ。

 

「そんな事を言わずにさ~。頼むよ~。ちょっとだけでも情報があれば教えてくれよ~」

 

ケンスケは両手を合わせて拝んでくる。

けれど、させられないものはさせられない。

 

「駄目だよケンスケ。もし仮に僕が肯定したとして、ケンスケにその気が無くても外部に漏れでもしたら真っ先に疑われるのは教えた人達だ」

 

「それは…………」

 

「それにケンスケが言うようにNERVがロボットを造っていたとして、それが世間に知られたら不都合な情報だったとしたら――――迷惑が掛かるのは君だけじゃない」

 

何が何でもケンスケに、そしてトウジには教えられない。

あの時の…………「悪夢」の中で見せられた彼等2人の「死」のイメージが拭えないのだ。

 

今なら分かる。

あれがエヴァンゲリオンに搭乗した結果なのだとしたら、シンジはそれを許容出来ない。

 

本当なら綾波にだってして欲しくはない。

そこのところは彼女にも覚悟があるだろうだから。

半年近く訓練をしていたのだから、彼女なりの覚悟があるとシンジは判断している。

そこは後で真偽を確かめる。

 

話を戻して。

トウジとケンスケ――――特にケンスケはミーハーな気持ちが強いだろう。

そんな気持ちで乗せるのは躊躇われる。

いざ、実戦になった時に足がすくむ。

そして、命の危険に自らを放り投げる結果になるのは分かりきっていた。

 

それは予想ではなくて、2人と同様に平凡な中学生でしかなかったシンジが身を以て体験したからこそ断言する。

 

「ごめんよ。ケンスケ、それにトウジも。正直、僕にも分からない事だらけだし、迂闊に話してNERVの存続そのものを危うくさせられない」

 

「こういうのは所謂『大人の都合』ってヤツなんやろな」

 

「俺達には分からない事…………か」

 

トウジもケンスケも詮索は止めてくれた。

しかし、納得が出来るかと聞かれるとそうではないだろう。

 

シンジがこれ以上は口を割らないと直感的に理解しての事だ。

ともなると、2人も諦めるより他に無くなってくる。

 

「NERVも不都合があれば黙ってはいないと思うよ。ハッキングだとかして、情報を無理矢理に引き出そうとか考えない事だよ。そんな事をしたら本人を特定して、更には家族にまで迷惑が掛かるのは間違いないから」

 

これは主にケンスケへ向けた言葉だ。

当の本人も苦い顔をしている。

やはり、彼が不正な手法を用いて情報を引き出した張本人なようだ。

 

キーンコーンカーンコーン――――

 

直後、次の授業を知らせるチャイムが鳴り始める。

 

「ほら、授業が始まるから行こう」

 

「あ、ああ……」

 

「せやな」

 

シンジに言われ、2人も教室へ戻る。

前を行くシンジは気付かなかったが、2人は多少ながら距離を開いて続くのであった。

 




如何でしたでしょうか?

サキエル後からの訓練シーンはカットでございます。

初っぱなのネタまみれ。
特に最後を知ってる人が居たらめちゃくちゃ嬉しい。

話は少しだけ飛んでケンスケのメールに「間違って押してしまった」という展開に。
無理矢理に「違う」と否定して静かにして貰いました。

これはNERVの機密事項は隠すという事を徹底しているから。
ただ、所属している事は先に教えました。

そして、トウジから名前呼びをOKされてます。
これはシンジが予想した通りにサクラを助けたからこそ。

聞き分けが良く見えますが、内心は真実を知りたがっているでしょう。
恩人であれば礼を言いたいと思うでしょう。

ケンスケは変わらず、ミーハーと言うかパイロットに憧れを抱いています。
それは男の子なら仕方無いこと。
けれど、シンジに釘を刺されてしまいます。

屋上でのやり取り、しかしシンジから機密事項もあって話すつもりはありません。
下手をすれば「悪夢」の再来が起きると考えると、話しづらい空気となってしまいます。

その結果、彼等との距離が縮まったのかと問われれば否でしょう。
『平行世界』では予め2人とは友人でしたが、今回は1から構築する必要があります。
果たして、本当に友人となれるのか?
まあ、結果は分かりきっている気もしますが。

では、また次回に。

さて、少し前に言っていた「忘れていること」が出来ませんでした。
次こそ、次こそ……


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さあ、パーティータイムだ

どもどもお待たせしました。

書いていたらサブタイトルはこれが思い浮かんだので、これで。
死神さんが親指を下へ向けてそうなやつで再生して下さい。
指輪の魔法使いさんでも可です。

続きです。


学校へ行ったその日の夕方。

シンジはNERVへと足を運んでいた。

 

「歓迎会&祝勝会?」

 

「そうよん♪ まだシンジ君が来てくれた歓迎会も、使徒を殲滅した祝勝会もしてなかったからね。決行は今日の夜よ」

 

訓練を一通り終えたシンジにミサトはそう声を掛けた。

 

「これにはサキエルを倒す時に協力してくれたオペレーターの人達も呼ぶわ」

 

「それは、腕が鳴りますね」

 

『平行世界』と同様、やはりシンジがミサト宅の家事全般を請け負っている。

料理に関しては味音痴が過ぎるミサトの代わりにシンジが担当する。

料理をするのは苦ではないので構わない。

 

ただ、ミサトの将来の為にも簡単な料理は出来るようになるよう特訓をすべきだ。

その他の家事もちょくちょく教えている。

成果がいつ花開くのかまでは不明だが。

 

「念のために言っておくけど、シンジ君の歓迎会と祝勝会だからね?」

 

「でも、祝勝会に関しては皆さんのおかげでもありますから」

 

歓迎会のみならいざ知らず、祝勝会ともなれば話は変わる。

皆が居なければ――――と、これは何度もした話か。

 

「それなら、僕が作る他にも用意して貰えれば」

 

「了解。それで」

 

シンジは自分の力だけではないと言うだろう。

彼が折れるとは思えないし、確かに彼の手柄だけにするのはNERV職員にも失礼と言って良い。

 

「だったら、リツコさんも誘いましょう」

 

「それは良いのだけれど……シンジ君は他に誘いたい相手は居ないの? 学校の友達とか?」

 

「まだ出来ていなくて……」

 

トウジとケンスケとも話はしたのだが、まだそこまで良好な関係を築けてはいない。

 

「個人的には同じパイロットの綾波さんを誘いたいなと考えてます」

 

「レイね。良いんじゃないかしら?」

 

パイロット同士のコミュニケーションを測るのも大事な要素だ。

シンジが興味を持つと言うのならミサトとしても良い傾向だと言える。

 

一方のシンジは密かに綾波に「さん」付けする練習を重ねていた。

今ここで、その努力が実った。

 

「それにレイは可愛いからね~。シンジ君もお近づきになりたいのかしら~?」

 

「確かに綾波さんは可愛いとは思いますけれど、まだそういう感情があるかまでは分からないですね」

 

シンジは頬を掻きながら返した。

初な反応を期待していたのに残念だと思っていたり。

 

「それにまだ綾波さんとそこまで話していないですから。人柄なんかも分からないですよ」

 

シンジは綾波ともまだ挨拶を交わす程度の間柄でしかない。

最初の邂逅はエヴァに乗る直前のストレッチャーの上で。

次は本日の学校の教室にて。

通算してようやく1日程しか会っていない。

おまけに綾波は『綾波レイ』よりも無口である。

話すタイミングが掴めなさすぎた。

 

こういう時でもないと綾波を誘う機会が一生訪れないのではと感じていた。

だからこその提案でもあった。

 

「綾波さんに連絡って取れます?」

 

「連絡先は勿論知ってるわよ。だけど、今日ならレイはNERVに来てる筈よ」

 

どうせなら直接誘えと言うお達しだ。

確かに、連絡だけでは味気無い。

シンジとしても綾波と話せる機会が増え、早い段階で仲良く出来る方が嬉しいに決まっている。

 

「分かりました。誘ってみます」

 

「そう来なくっちゃね。多分レイはリツコの所へ行ってると思うわ」

 

「リツコさんの? なるほど」

 

それはリツコを誘う上でも丁度良い。

シンジも何度か訓練の後にリツコの所へ足を運ぶ。

基本的にメンタルケアや体調管理をメインにしてくれている。

綾波が赴くのも同じ理由だろう。

 

「それじゃあ、リツコさんの所へ行ってきます」

 

「あたしはオペレーターの人達を誘ってくるわ」

 

こうして歓迎会&祝勝会の計画が始まった。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

「あらシンジ君、いらっしゃい」

 

「…………」

 

病院の診療室のような間取りの部屋でリツコと綾波は椅子に座って向かい合っていた。

シンジからはリツコの顔は見えるが、綾波は背中しか見えない。

リツコはシンジの入室に返事し、綾波は振り返って入室者を見てくる。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「今夜僕の歓迎会と、使徒を倒した祝勝会をするそうで。リツコさん、それに綾波さんも参加しないかと誘いに来たんです」

 

「そうだったの」

 

綾波は相変わらず無言のままで、リツコばかりが返事している。

 

「ごめんなさい。まだ仕事が残っていて参加は難しいわ」

 

「そうですか…………じゃあ、綾波さんはどう?」

 

リツコが参加できないのは残念だ。

なので、ターゲットを彼女から綾波へ変更する。

 

「命令なら」

 

「命令? いやいや、違うよ。お願いだよ」

 

こちらの綾波は随分と軍人気質だ。

『綾波レイ』との違いが大きすぎる。

この分だと、実はアスカやまだ見ぬ他の面々も同様なのではと勘繰ってしまう。

 

「綾波さんとは同じパイロットとして打ち解けられたらって思うんだ。一緒に使徒と戦う仲間としてコミュニケーションを取るのは大事な事だよ」

 

『平行世界』の綾波も最初はこうだったのかなと思いながら胸の内を晒す。

 

「…………」

 

綾波は困ったようにリツコの方を向く。

どうしたら良いのか分からない――――と言った面持ちだろうか。

 

「シンジ君がこう誘っているのだから、行ってみたら?」

 

「分かりました」

 

リツコに促され、綾波は首肯する。

他人に決定権を委ねている。

しかし、綾波はシンジよりもNERVに所属している期間が長い。

先程の軍人気質っぽさも含め、シンジの知らない暗黙のルールがあるのだろう。

 

―――まあ、上司の許可なく動くのも問題はあるからね。

 

そう考えると府に落ちる点は多かったりする。

 

「司令は呼ばないの?」

 

「うーん、連絡先が分からないのもあるけれど…………」

 

「多分、参加しないでしょうね。今夜は忙しいでしょうから」

 

リツコへ視線を配ると、彼女は答えを導いてくれた。

まだ再会して少ししか会話していないが、無愛想なのは十二分に伝わってきた。

 

「そう」

 

随分と無機質な声音だ。

司令――ゲンドウを気にするのならば、少なくとも彼とは親しい間柄なのだろう。

 

―――その件に関しては、父さんがロリコンではない事を祈るよ。

 

恐らく、そういう意味合いではない事は内心では分かっている。

彼は『平行世界』では妻一筋だ。

その根本は大きくは変わるまい。

 

「ねえ、綾波さんは食べたいものはある?」

 

「ニンニク」

 

「なら、それで何か作るよ」

 

『綾波レイ』と好物(?)が被っていて助かる。

臭いが気にならない程度のものを作れば問題あるまい。

綾波も女の子なのに臭いは気にしているのか不安になる。

 

「料理、作れるの?」

 

「うん」

 

これは自己紹介の時にしたと思っていたのだが、想像以上に綾波は無関心らしい。

 

とりあえずそこは置いておこう。

さっきから、こんな事よりも気になる事がある。

 

「綾波さん。もうちょっと口角を上げて笑ってみようよ」

 

「? どうして?」

 

唐突なまでのシンジからの要請に綾波は首を傾げる。

 

「その方が可愛いと思ったから」

 

「可愛い…………?」

 

シンジに「可愛い」と言われるも、綾波はまたも首を傾げるばかり。

普通なら照れてしまいそうな場面ではある――――のだが、言われた事を理解していないと言った様相である。

 

「皆からの印象も良くなるよ」

 

「そうしたら、何かあるの?」

 

「皆とのコミュニケーションを取りやすくなって、使徒殲滅の確率もアップするよ」

 

「それだけ?」

 

「あとは単純に僕が綾波さんの笑顔を見たいな、と」

 

「何故?」

 

恐らく、その問い掛けは綾波レイにとって純粋なまでの疑問であった。

それは彼にとって何か有益なものになるのだろうか?

 

「可愛い女の子の笑顔を見たいのは男の子の性みたいなものだから」

 

「そう」

 

シンジの弁に綾波は素っ気ない返事をする。

無表情なのは変わらず――――だが、

 

「考えておく」

 

「うん」

 

綾波が考える素振りをし始めたのは良い傾向だと言えた。

シンジはそれを見て満足げに頷く。

 

「それじゃあ、行きましょう」

 

「行くって、帰らなくて大丈夫なの?」

 

「ええ。このままで良いわ」

 

綾波は案外せっかちな所があるのかとシンジは思った。

リツコに挨拶をし、綾波を伴ってミサト宅へと一足先に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて!! シンジ君がNERVへ来てくれた事と、使徒の殲滅の成功を祝して――――乾杯!!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

ミサト宅にて歓迎会と祝勝会が同時に行われる。

 

乾杯の音頭を取ったのは缶ビール片手に意気揚々とするミサト。

オペレーターの青葉シゲル、日向マコト、伊吹マヤの3人。

そしてパイロットからシンジと綾波だ。

 

「しかし、シンジ君が料理上手だとは聞いていたけど…………これは凄い」

 

「確かに、美味しいです」

 

「本当、ミサトさんが御飯時が待ち遠しくなるのが分かります」

 

パーティーように用意した長テーブルの上にはシンジが用意した料理の数々がバイキング形式で用意してある。

とは言え、時間もあまり取れなかったので唐揚げやポテトフライといったものが多めだ。

 

綾波ご所望のニンニク料理もある。

ミサトとマヤの反応が気になるが故に先にニンニク料理の件は伝えてあった。

そこは2人は寛容であったので、出させて貰った。

 

あとはパンやご飯ものなんかはミサト達に用意して貰った。

 

「けど、ミサトさんの部屋は綺麗にされてますね」

 

「うんうん。女子力高いから見習わなくちゃ」

 

日向が言うと、マヤも頷きながら言った。

ミサトの自宅は綺麗に掃除が行き届いていたからだ。

 

「あはは、だけど、あたしもシンジ君に教えて貰いながらやってるのよ」

 

「シンジ君に?」

 

ミサトがバレるより前に先にゲロった。

当然、矛先はシンジへと向く。

 

「家事なんかは一通り出来ますよ」

 

何の気無しにシンジは告げる。

全員一致で「主夫だ」と思った瞬間でもあった。

 

「レイも独り暮らしだから家事なんか出来るのかしら?」

 

「いえ、していないわ」

 

「………………え?」

 

まさかのカミングアウトだ。

ミサトもまさかそのような返しが来るとは思わず、フリーズしてしまう。

 

「それは、綾波さんは家事の必要性が皆無な状況って事?」

 

「ええ」

 

これ以上無い程に的確な質問をすると、返ってきた答えはまさかの「Yes」である。

NERVの方で家政婦でも雇っているのだろうか?

 

「ところで、シンジ君はどう?」

 

「どうって?」

 

話題転換するには下手な話の広げ方をミサトはする。

あまりにも抽象的な問い掛けが過ぎたので、綾波は首を横に傾げるばかり。

 

「同い年の男の子が来たのよ。興味が湧いたりしないの?」

 

「分からない」

 

ミサトがニヤニヤとした表情で問い掛けるも、当の綾波はこれまた首を傾げる。

 

「まあ、シンジ君が来てから日が浅いしね」

 

これ以上は何も言うまいとミサトは深く詮索するのを止める。

今告げたようにシンジが第三東京市を訪れてから1週間と経っていない。

互いの事を知らないなら進展が無いのも致し方あるまい。

相性の合う合わないは存在するとミサトも思っている。

何やかんやと突っつかれても当人達は困惑するだけだ。

 

「まずは、互いの呼び方を変えてみるって言うのも手かもね。下の名前だとさすがにハードルは高いから名字で」

 

「えと、僕は既に呼んでるんですけれど……」

 

ミサトの提案にシンジはそのように反論する。

しかしながら、ミサトは顎に手を当てながら――

 

「直感なんだけど、シンジ君がレイの事を『綾波さん』って呼びにくそうにしてたから」

 

鋭いお指摘で。

ミサトさんの直感はかなりの高ランクスキルに違いない。

 

「そう、ですね。出来るなら『さん』付けをしたくないなとか考えてました」

 

ここは素直に答えておこう。

正直、シンジ自身がいつもの癖で綾波の事を名字でも呼び捨てにするタイミングが来るか分からない。

 

「良いんじゃない? レイもシンジ君の名前を呼んであげればフェアだろうし。親睦も深まるしね」

 

「はい」

 

ミサトとしてはシンジと綾波がコミュニケーションを取り、仲間意識を強めて欲しいのが本心だろう。

シンジの提案は、2人を仲良くさせたいミサトからすれば渡りに船だ。

 

綾波は分かっているのか不明瞭だが、頷いてくれた。

少なくとも嫌ではないと解釈出来る。

いきなりのシンジの提案だからドン引きされないとも限らなかったが、どうやら彼女は気にしない様子だ。

 

「じゃあ、改めて…………よろしく、綾波」

 

「よろしく碇君」

 

ミサトが知らずフォローしてくれたのもあったが、おかげで『平行世界』と変わらない呼び名をする事が出来る。

これでボロを出してしまう心配は当面無さそうだ。

 

「さて!! パイロットの2名の親睦を更に深める為にもまずは食って、飲んで、楽しみましょう!!」

 

缶ビールを片手で高々と上げる。

直後、口へ持ってくると喉を鳴らしながら腹の中に一気に放り込む。

 

せっかくのパーティーだ。

彼女の言う通りに楽しまなければ損だ。

こうして、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

あれから日付が変わる間際にまで歓迎会&祝勝会は続いた。

 

「これは、また凄い事になっちゃったかな」

 

 

頬を掻きながらシンジはボヤいた。

リビングにて酔い潰れて寝転がる大人達の姿が目の前にあった。

 

「ごめんなさい。こういう時、どうしたら良いかわからないの」

 

隣で鼻眼鏡を掛け、白い服に「R」と赤く書かれた服に黒い肩当てをした綾波が表情を一切変えずに質問してきた。

 

「とりあえず、布団を敷いてから運ぼうか」

 

シンジは「本日の主役」と書かれた襷を掛け、とんがり帽子を被らされた状態で困惑した表情をする。

男連中はタオルを鉢巻代わりにしてパンツ一丁であり、ミサトは酒瓶を抱き枕にして寝て、マヤはNERVの制服を着て爆睡している。

この元凶を作ったのは酒瓶を抱き枕にする美人上司の仕業である。

当人は気持ち良さそうに寝て夢の中だ。

 

「さて、と。これで終わり」

 

綾波が意外と力があり、中学生の2人でも何とか大人4人を運び終えた。

男と女で分ける必要はあったが、リビングから一部屋分だけの移動なので難しくなかった。

 

その後に着せられたものを脱ぎ、宿泊前提で用意していた寝巻きにそれぞれ着替える。

綾波の分は予めミサトに頼んで用意して貰っておいた。

着の身着のままで来たのだから何も持ってなかったのだから。

 

「お疲れ様、綾波。はい、これ」

 

「ありがとう」

 

綾波へジュースの入ったコップを渡す。

2人で向かい合って椅子に座る。

 

「綾波に聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

 

「構わない」

 

「綾波はどうしてエヴァに乗るの?」

 

それは突っ込んだ質問だっただろうかと言ってから思ってしまった。

だが、それでもシンジは気になるのだ。

綾波がエヴァンゲリオンに乗る理由が。

 

「絆、だから」

 

「絆? 誰との?」

 

「皆との絆だから」

 

『この世界』での綾波とは出会い、言葉を交わした回数も少ない。

けれど、彼女の一言は紛れもなく芯の通ったものであった。

 

「私はエヴァに乗る為に生まれたようなものだから、パイロットをやめたら何もなくなってしまう」

 

しかし、次いで彼女が紡いだ言葉は悲しい内容を含んだものであった。

 

「もし、そうなれば…………それは死んでいるのと同じだわ」

 

綾波レイにとって、エヴァンゲリオンは存在意義も同然なのだ。

皆との絆が何を指しているのかまでは分からない。

けれども、綾波レイの考えを――――

 

 

 

 

 

「そんな事ない!!」

 

 

 

 

 

碇シンジは真っ向から否定する。

 

「エヴァンゲリオンのパイロットをするしか存在意義がないみたいな、そんな悲しい事を言わないで!!」

 

綾波レイが『この世界』で何があったのかは知らない。

シンジには分からない“何か”があったのは伝わってくる。

 

「僕は綾波がどんな想いで言ったのかは分からない。もしかしたら、赤の他人でしかない僕が踏み込むのはお門違いかもしれない」

 

そんな事はシンジとて理解している。

これは綾波の考えである。

自分がとやかく責め立てる必要性が何処にあるのかと問い掛けられよう。

 

そう言われたとして、碇シンジには踏み込まない理由が無かった。

 

「エヴァンゲリオンに乗る事でしか存在意義を見出だせないのは間違ってる!!」

 

変化球も何もない。

ど真ん中ストレートの豪速球だ。

 

「私はエヴァに乗る為にこれまで生きてきたの。他の生き方は知らないわ」

 

「それは、父さんや他の皆に言われるがまま?」

 

「ええ」

 

シンジからの問い掛けに綾波は迷う事なく頷いてみせた。

シンジも予想できていたからこその質問でもあった。

それに対して綾波は肯定する。

 

「綾波が言うならそうかもしれない」

 

一呼吸置く。

シンジからすれば至極当然に見えてしまった事柄を。

 

 

 

 

 

「だけどさ、綾波の存在意義はエヴァだけじゃ無くなってるよ」

 

 

 

 

 

「…………?」

 

まさかの発言に綾波は首を傾げる。

何故? 口に出さず、行動で問われる。

 

「“僕からしたら”綾波はエヴァとか関係無しに居なくちゃ困るんだ」

 

それは綾波レイにはエヴァンゲリオンだけではないと伝える。

しかし、これまで彼女はエヴァンゲリオンと共に道を歩んできたと言っていい。

それで彼女の心に響く等とは思っていない。

 

それでも良い。

こちらの考えを強要するつもりは毛頭無い。

ただ、知っていて欲しいだけなのだ。

 

「僕だけじゃない。綾波の参加に皆はOKを出してくれた。エヴァンゲリオンとか、パイロットだとか……そんな事は抜きにしてさ。

 それだけ皆が綾波と仲良くしたがってる。ただ、それだけの事が嬉しいんだ。少なくとも、僕は嬉しく思ってる」

 

「そう」

 

捲し立てられる発言の数々に綾波は言葉少なめに答えた。

 

「どう考えてるのかは綾波にしか分からない。だけど、覚えていて欲しいんだ」

 

「覚える?」

 

「うん」

 

鸚鵡(おうむ)返しに問われ、シンジは首肯する。

これは単純な事なのだ。

 

 

 

 

 

「綾波が思っている以上に、僕達はエヴァンゲリオンを抜きにして綾波レイって存在を認めてるんだ」

 

 

 

 

 

綾波レイが思うより、彼女の存在は皆にとっても大きい。

それは先程も言ったようにこの会に来てくれた綾波を歓迎してくれたのが何よりの証左だ。

それで綾波レイを認めていない筈がない。

 

「綾波はエヴァの事を考えずに生きていくのは不安?」

 

「分からない。そもそも、そんな事を考えた事がない」

 

綾波レイとして、これまで一度として考えた事の無いもの。

例え話として、挙げた事もない。

 

「大丈夫だよ綾波。僕達はまだまだこれから長い人生を歩んでいくんだ。気長にやりたい事を見付けていこう。って、僕も何か将来の夢を持ってる訳ではないけれど」

 

「将来の夢…………」

 

提示されるのは綾波も初めての事柄であるのだろう。

自分がエヴァンゲリオンに乗らない未来がいつか訪れるのか?

そうなったとして、綾波レイが歩みたい未来は何なのか?

 

それはまだ分からない。

分からないが、シンジの言葉に嘘がないのが分かる。

 

「でも、まずは使徒を何とかしないといけないんだけど……」

 

使徒をどうにか退けない限り将来の夢を持っても叶えるのは難しい事だろう。

その為に戦わねばならないのだが…………

 

「エヴァに乗るの、正直に言うと怖いんだ」

 

「怖い? 碇君のお父さんが造ったものを信じられないの?」

 

珍しく綾波が強く反応してきた。

綾波が如何にゲンドウと強い信頼を結んでいるのかが分かる。

それこそ、彼女の言う「絆」の1つか。

 

「違うよ綾波。信じるとか信じないとか、そういうのじゃないんだ」

 

きっと、同じパイロットである事が綾波に語りかける切っ掛けになっている。

胸の内を思わず吐露してしまうのも。

 

「エヴァで使徒と対峙した時、殴った時、蹴った時、攻撃を受けた時――――そのどれもが怖かったんだ」

 

シンジは手元にあるコップを見つめる。

中身のジュースに自分の顔が映っている。

その顔は、酷いものだ。

悲しみや恐怖といった負の感情が表に出てしまっている。

 

「僕はさ、自衛する程度には色々と習ってきた。でも、それで本当に誰かと殴り合ったとかはした事がないんだ」

 

シンジも争いそのものは苦手だ。

自衛の為の力があっても、それを無闇に振り回す主義は持たない。

 

「使徒と人類、どっちが先に手を出したのかまでは僕も分からない。だけど、使徒は僕達の未来を脅かす動きをしたのも事実だ」

 

下手をすればあの時に鈴原サクラは命を落としていたかもしれない。

 

「今頃になってだけど、僕は膝が震えてる。敵と戦うって、命を懸けて戦うって、本当に怖いものだって実感したから」

 

ミサト達にも吐露できない話だ。

人類の希望であるエヴァンゲリオンのパイロットなのだから、こんな事を考えるのは間違っているのではないか。

でも、仕方無いのだ。

 

「だって、死ぬのは怖いから。この恐怖は仕方無いものなんだ」

 

使徒は人類を脅かす存在なのだから、何も考えずに倒すべきだ。

そんな事は分かっている。

分かっているのに、シンジはつい考えてしまう。

 

けれど、彼は決して機械ではない。

感情のある人間なのだ。

だから、命のやり取りの中に放り込まれれば恐怖を覚えるのは全うだと言える。

 

「なら、どうしてまたエヴァに乗ろうとしているの?」

 

綾波の疑問は至極当然のものだ。

シンジは言ってる事と行動が矛盾している。

全くと言って良いほどに噛み合っていない。

 

「皆からの期待が嬉しいとか、頼られてるのが嬉しいのもある…………だけど一番は間違いなく、皆を助けられるだけの力がある事かな」

 

「皆を、助ける?」

 

「うん」

 

今度はうつ向かせていた顔を前へと向ける。

返ってきたのは、実にシンプルな答えであった。

 

「皆を助けられるなら、僕は戦える。でも、その「皆」には自分も含むようにリツコさん達に釘を刺されたよ」

 

他人の為だけじゃない。

自分の為にも頑張れと暗に言われた。

 

「僕だけじゃない。皆も必死で、使徒なんて化物に立ち向かってるんだ」

 

エヴァンゲリオンが如何に人智を越えた存在だとして、使徒に勝てるかどうかまでは分からない。

前線で戦うシンジ達を支えるべく、皆がそれぞれ頑張ってくれている。

戦自の面々もサキエルの時は身体を張って戦ってくれた。

 

「皆の頑張りを見て、僕も勇気を貰えたんだ。だから、決めたんだ――立ち向かうって」

 

真実までは告げられない。

これまで『平行世界』で救ってくれた皆と同じ人物達が困っている。

彼等彼女等を助けたい――――そんな気持ちも込められている。

 

「碇君もエヴァに乗る理由を見付けていたのね」

 

「皆の為、そこに自分の為が加わったかな」

 

自分の命も勘定に入れるようになった。

それは周りの助けがあってこそ。

 

「まあ、話が脱線しちゃったけどさ……つまるところ、綾波は僕にとって、僕達にとってエヴァ抜きでも仲良くしたいって事を覚えていて欲しい」

 

「覚えておくわ」

 

話が回りくどくなってしまったが、綾波には届いてくれたと思う。

こうして夜は更けていく。

 

片付けは翌日へと回し、2人も布団を敷いて就寝する。

 

余談だが、男女が同じ部屋で寝るのをシンジが良しとしなかった。

なので綾波はリビングで、シンジは男部屋の方で寝る事になる。

 

シンジは酒の臭いと男2人の寝相の悪さでなかなか寝付けなかった。




如何でしたでしょうか?

サキエル戦直前に話していた歓迎会&祝勝会をぶちこみました。

ここで綾波と初めて会話をさせました。
綾波の話し方は難しい。
こんな感じで良いのかな?

先にシンジと綾波の呼び方をラミエル戦後のものに。
そうしないと作者が間違えそうなので、ここで変えさせました。

そして、そこでのやり取りも一部を抜粋。
綾波の乗る理由、シンジの乗る理由を吐露してくれました。

綾波レイの事を『平行世界』で知っているからこそ、碇シンジは必死に語りかけました。
関係の変化もあり、届き始める事でしょう。

これまでも何度かシンジは言っていました、戦う事での『死』に恐怖を綾波に吐き出します。
ミサト達にも言ってはいました。
ですが、皆の為に戦うと決めたシンジは心の底からは言えていませんでした。
他の戦う人類の姿勢を見てきた事で、気持ちの変化も同時に伝えてくれました。
これは、誰にも言っていないので綾波相手が初です。

ちょっと軽いかなとも思いますが、シンジ君も中学生で感受性もありますから。

さて、そろそろ次の使徒が攻めてくるかもしれませんね。
では、また次回に。


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意外なところから

大変お待たせしました。

続きです。


現在、シンジの生活の中で「今最も日常的な時間は何時か?」問われれば真っ先に「学校」と答える。

もしくは『平行世界』こそが日常に近い部分はあるのだが…………それはまた別なので考えないものとする。

 

ともかく、シンジの他の生活はエヴァンゲリオンと隣り合わせの状態だ。

NERVでは訓練を行っている。

ミサト宅でも日常を感じる部分はあるが、それでも家主のミサトが仕事を自宅まで運んでくる事もある。

 

故にエヴァンゲリオンと隔絶された空間は最早学校だけとなっている。

 

何故このような話を考えているのか?

それは日付が変わるまで続いた昨夜の歓迎会&祝勝会が原因に他ならない。

 

今朝方、NERV職員の面々は一時帰宅した。

帰宅した…………のだが、やはり深夜近くまでアルコールを摂取していたのが理由だろう。

軽い頭痛に見舞われていた。

二日酔いとまではいかなかったのは幸いだ。

 

普段はアルコール類は控えているらしく、非常時に備えているそうだ。

使徒等と言う未知の存在が次にいつ現れるのかは分からない。

以前は15年程も前だと言うではないか。

下手をすれば同じ時間は経過してしまう。

 

警戒を続けなければならないのは精神的な疲労が溜まってしまう…………が、こればかりはどうしようもできない。

そうなると何気無い日常が実に心の平穏を保つ安定剤になってくる。

 

戦闘ものの作品で日常を大事にする気持ちが分かってくる。

 

 

―――僕もこの日常を大事にしていかないと。

 

今は授業中。

シンジは教鞭を振るう教師の言葉に耳を傾ける。

科目は理科――――分類的には生物学となる。

 

内容を言ってしまうなら『平行世界』のものと何ら変わらない。

多少の差異も見当たらないのは救いだ。

今は生物の「目」や「視界」といった内容を取り上げている。

 

―――それにしても……。

 

チラリと視線をトウジへと向ける。

最近――と言うか、昨日の今日の話だ――トウジは授業を熱心に聞くようになった。

特に今のような生物や数学といった授業を。

 

話によると妹が入院をしたのをきっかけに興味を抱いたそうだ。

シンジが助けたその後に彼の妹のサクラは大事を取っての検査入院という運びとなった。

 

その時、入院という言葉を聞いて血の気が引いて病室へ駆け込んだとか。

妹想いの彼の事だから血相変える事態となるのは致し方無い。

ともあれ、その時の医者の対応が凄く良かったそうだ。

それがトウジが医療に興味を持ち始めるきっかけとなった。

 

先程にトウジから「医者を目指してみる」と明確な目標を教えられた。

その為に数学と生物学には力を入れるようになった。

この事はシンジの他には彼の父親とケンスケのみしか知らないようだ。

 

トウジの変貌の理由を知らないクラスメイトからすれば青天の霹靂だ。

あの委員長でさえ、トウジの変わりように唖然としている。

 

―――けど、何処かトウジと、それにケンスケともだけど距離を感じるんだよね。

 

直感的にではあるが、シンジはそう感じていた。

 

理由は想像が出来る。

恐らく、シンジがNERVの一員である事を隠しているのが要因だろう。

 

それでもサクラを助けたとトウジも当たりを付けているからシンジを無下にはせず、医者を目指す事も伝えたのだろう。

 

―――でも、少し寂しいかな。

 

『平行世界』では彼等とも友好関係を築けている。

それを思うと、この現状にはモヤモヤが残る。

 

そのモヤモヤを抱いたまま、この次の休み時間に事態は変化するのであった。

 

 

 

 

 

 

「急に避難させられるとはな」

 

「外で何かが起きてるのは間違いないな」

 

あの後の休み時間、唐突に避難をさせられた。

場所は近くの避難所だ。

トウジは天井を眺めて壁に寄り掛かる。

その隣でケンスケは愛用のビデオカメラのワンセグテレビから情報を得ようとした…………のだが、

 

「やっぱ、駄目か……」

 

画面には「非常事態宣言発令中」という文字が浮かぶのみ。

外部の情報を一切漏らすつもりはないという鋼の意思を感じる。

 

「報道管制ってやつだよ。僕ら民間人にはビッグイベントを見せないんだ」

 

「ビッグイベントとか言えるのはケンスケ位なもんや」

 

外では――恐らくと前置きをするが――シンジが何らかの形で関わっているのは間違いない。

彼なりに誤魔化してはいたが、トウジは直感的に彼は関係者だと当たりを付けている。

それはケンスケが調べあげた事からも信頼している。

 

「碇もだけど綾波も居ないって事はバレバレなんだけどね」

 

「せやな」

 

本人にはぐらかされているが、避難所に来ていない時点で2人がNERVに関係する者だとこれ見よがしにアピールしているのも同義だ。

ただ、本人達から確約は貰っていないので予想の範疇という意味合いでは外れてはいないのも事実。

 

「なあ、トウジ。話があるんだけど……」

 

「何と無く分かるで。確かにワシも気になるからの」

 

ケンスケが内容を言うよりも先に全てを理解したトウジは頷いた。

 

「委員長、ワシら2人便所行ってくるで」

 

「もう!! ちゃんと済ませておきなさいよ」

 

ヒカリは「しょうがないわね」といった表情をしていた。

それを背中に男2人はトイレへと向かう。

 

 

 

 

 

避難を余儀無くされた理由はNERVに関わるシンジには分かっていた。

使徒が襲来してきたのだ。

 

綾波と共にNERVに到着後、シンジは初号機に搭乗する。

綾波は待機だ。

 

そして、シンジは前回と同様にエントリープラグにて待機している。

唯一、前回と異なるのはパイロットスーツに身を包んでいる事だ。

 

頭部にインターフェイスのヘッドセットは前回の出撃の際にも装着していた。

今回は『平行世界』の一部で見た事のある上を白、下を青で彩ったピッチリとしたスーツを着ている。

中央部には心肺蘇生のための電気ショック発生装置である丸いパーツがあり、左手甲部には各モード情報を表示するハンドモニターがある。

 

最初に着た時はブカブカだったが、そこはNERVの科学力が高かった。

スイッチ1つで身体にジャストフィットした。

こればかりは『平行世界』でもシンジの体験した中には無い代物だ。

 

「技術も進むべき方向によっては、進歩の速度が違うって事かな」

 

『シンジ君、調子はどう?』

 

『平行世界』と『こちらの世界』の技術力には実は大した違いは無いのでは――――等と考えていたらミサトからの通信があった。

 

「問題はありません」

 

『そう。なら良かったわ。今回も全力でサポートするから』

 

「お願いします」

 

酒をたらふく呑んだ翌日だとは思えない程にミサトはハキハキとした口調であった。

 

『シンジ君の料理は美味しかったからね』

 

『また何かを作って貰おうかな』

 

『この前食べたカップケーキなんかも美味しかったわね』

 

オペレーターの面々も昨夜の出来事があったとは思えない。

と言うか、昨夜に打ち解けすぎてシンジの料理の話にまで発展していた。

 

「そしたら、またカップケーキを用意しますよ」

 

『それ、本来ならこっちが言うべきものなのだけれどね』

 

一番の功労者となる筈のシンジが用意する展開となるのは些かおかしくないかとリツコは告げる。

 

「でも料理をするのは趣味みたいなものですから」

 

『でも酒のつまみを教えるのは程々にね。シンジ君が来る少し前まで二日酔いの症状が出ていた上司が居たのだから』

 

『ちょっと、リツコ。その話は止めない?』

 

『あら、ちょっとだけ大声出したら頭が痛くなり出したのは何処の誰だったかしら?』

 

通信の向こうで親友同士の掛け合いが始まってしまった。

やはり、少なからず影響は残っていたようだ。

 

「ところで、今回の使徒ってどんな奴なんですか?」

 

シンジは疑問を抱いていた点をぶつける。

サキエルの時は不可抗力の形で事前に見ていたので先に情報を得ていた。

 

今回は召集された際には既に使徒は姿を現しており、存在が機密な以上は外でおいそれと見る事は叶わない。

 

「今回の使徒――――第4の使徒 シャムシエルと呼称するわ。シャムシエルは海から来たの」

 

「海から?」

 

「ええ、そしてこれがシャムシエルの映像よ」

 

そう言って画面に映し出されるシャムシエルの容姿。

 

やはりサキエル同様に巨大である。

筒状の身体に、鞭状の腕部を持っている。

イカに近い形をしており、海から出現した。

足と呼べる部分は存在しない。

故に移動手段は主に飛行を用いている。

直立状態でも微弱ながら前進する事はできるようだ。

腹部の複数の節足を盛んに動かしている。

胴体と頭部の境目の辺りにコアを確認できる。

 

「どんな手段で攻撃を?」

 

『映像を観ていれば分かるわ』

 

足止めの目的だろうか、シャムシエルの周囲を戦闘機が飛び交う。

シャムシエルの鞭状の腕がピンク色に光ると同時に振るわれる。

しなやかに動く鞭に戦闘機は叩き落とされる。

近くにあったビルも真っ二つに切断される。

 

「この鞭がシャムシエルの攻撃ですか?」

 

『ええ、サキエルのようにレーザーといったものは使用されていないわ』

 

だが、シャムシエルは自らの一部である鞭状の腕を様々な方向に操作している。

サキエルのレーザーとは異なり、シャムシエルが自身の一部である鞭状の腕を自由自在にコントロール出来るなら厄介だ。

 

『これ以外の特徴は今のところは判明していないの』

 

「いえ、攻撃方法が判明しているだけでも価千金の情報です」

 

シャムシエルの腕をしならせる鞭の攻撃は外から見ても厄介なのは伺える。

どちらかと言えば中距離に近い攻撃手段を用いる。

ただ、それで近接戦闘が苦手だとは断定は出来ない。

 

『じゃあ、手筈通りにガトリング砲での遠距離攻撃。それで殲滅出来れば良し、出来なければ前回と同様に接近できるようにサポートするわ』

 

「了解です。ただ、ガトリング砲程度で通用すると思いますか?」

 

N2兵器とやらが通用しなかったのをシンジは目の当たりにしている。

それを考えると、ガトリング砲程度がどれだけ通用するのかが気になるところ。

 

『エヴァンゲリオン専用で作ってあるから下手な武器よりは信用できるわ。でも、使徒相手だとどうなるのかまでは未知数なのは確かよ』

 

「ですよね」

 

リツコの冷静すぎる分析にシンジは同調する。

まだ使徒との本格的な戦闘は2度目だ。

何が有効で、何が通用しないのか――――その判断をするにも情報は足りない。

 

火力が高い武器が強力なのは言わずもがな。

ただし、いくら火力が高くとも当たらなければ意味がない。

そうなると、トリッキーな使い方の出来る武器ならば話は変わらないだろうか?

例えば、ホーミング機能を有する武器等。

 

今回、所持しているガトリング砲はエヴァンゲリオン専用の武器であると同時に連射性や威力を重視したシンプルイズベストと言わんばかりの性能だ。

その他、左肩に収納されている近接戦闘用のナイフ――――プログレッシブ・ナイフもある。

 

サキエル戦の時には用意できていなかった武器を2つ引っ提げて、シンジは戦いへと挑む。

 

『シンジ君…………準備は出来てるけど、無理はしないで。こちらの武器の過信も禁物。まだ使徒への有効打となるかは不明だから』

 

「はい、気を付けます」

 

ミサトからもエヴァンゲリオンの装備は不確定な部分があると指摘される。

それでもシンジは戦うしかない。

その為の心の準備は――――

 

「こっちはいつでも準備万端です」

 

『じゃあ、行くわ。発進!!』

 

最初の時と同様、初号機を乗せたリフトが上昇する。

そして、街中へと初号機は繰り出した。

 

今回も距離を置き、左右と後ろをビル群に囲われた場所での登場だ。

ビル群を遮蔽物にし、シャムシエルから見えないようにする為の措置である。

故にこちらもシャムシエルの姿は出て一番には確認出来なかった。

 

『シンジ君、シャムシエルはそのビル群を出て右の方向へ進んだ所に居るわ』

 

『背中をビルに預けて注意深く進むんだ』

 

『戦闘機は下がらせてあるから思う存分に戦ってくれ』

 

「了解です」

 

マヤから位置を教えられ、日向から細かく指示され、青葉からは他に何も心配は要らないと促される。

ガトリング砲をいつでも放てるように準備、背中をビルに預けて顔だけ覗かせる。

 

左右を確認するもシャムシエルの姿は見当たらない。

ビルに背中を預けたまま、右へとエヴァを動かす。

 

囲いから出て、ゆっくりと右へと進むと――――見付けた。

シャムシエルの速度は遅い。

しかし、確かな足取りで初号機の方へと知らずに接近してきている。

 

「シャムシエルを確認しました」

 

『こちらが合図を出したらガトリング砲を発射。だけど、無理だけはしないで。敵の真正面に出る事になるから』

 

「了解」

 

シャムシエルの鞭が厄介なのは分かりきっている。

正面切ってやり合おうだなんて考えが愚策であることは、戦闘に疎いシンジでも判断が出来る。

しかし、サキエル戦のようにコアを狙わなければこちらに勝ちの目が無いのもまた事実。

 

ミサトも無謀だと分かりながらシンジへ指示を送る。

シンジの方もコアを壊さなければならない事を理解しているからこそミサトの無謀に乗っかる。

 

『相手はビルを容易く切断できるわ。エヴァも無事では済まないかもしれない』

 

「はい」

 

ミサトからも敵の攻撃の注意を受ける。

戦闘のプロからしても確実に倒す為には、やはり地の利を活かさない手はない。

だが、その手段を相手は真っ向から否定してくる。

その気になればビルを木にでも見立てて伐採し、辺り一面を平地に出来てしまいそうだ。

 

シンジにも緊張感が走る。

それでも仲間を信じ、シンジはガトリング砲を強く握る。

 

『今よ!!』

 

「了解!!」

 

ミサトの指示の下、初号機はシャムシエルの後ろへ躍り出る。

ガトリング砲の照準を合わせ、ぶっ放す。

 

ズガガガガガッ!!

凄まじい連射音が支配する。

だが…………

 

「爆煙が!!」

 

『まずい!! 前が見えない!!』

 

ATフィールドか、はたまたシャムシエルの身体が頑丈が故か。

どのみち、ガトリング砲が通じていないのは明らかだ。

 

『戦法を切り換えましょう。相手が見えないとなると、こっちが不利になっては意味がないわ』

 

「了か――――っ!?」

 

ミサトの指示は確かだと思い、返事をしようとして言葉が詰まる。

こちらの攻撃に反撃してか、シャムシエルの鞭が飛んできたからだ。

 

「まずいっ!!」

 

鞭を遮蔽物となるビルを豆腐でも切るかのように切断しながらぶつけようとしてくる。

そんなもの、まともに喰らえる訳がない。

 

バックステップを踏んで、後ろへ跳ぶ。

紙一重で回避し、お返しにガトリング砲をお見舞いしようとする。

 

だが、シャムシエルの鞭はそれよりも素早く動いていた。

蛇のようにしなり、ガトリング砲を両断したのだ。

 

「っ!?」

 

瞬間、ガトリング砲を手放して初号機は倒れ込む動作をする。

頭上を鞭が通過し、近くにあったビルを容易く真っ二つにする。

 

避けたと安心している暇はない。

真横へ転がり、即座に立ち上がる。

その直後、鞭が初号機を両断せんと真横から振るわれる。

 

普通であれば直撃は避けられない。

だが、普通ではない機能を初号機は、エヴァンゲリオンは備えている。

 

「ATフィールド、展開!!」

 

手のひらを鞭の方へ突き出す。

鞭からの攻撃を遮る不可視の壁が出現した。

 

シャムシエルの鞭がATフィールドに阻まれるのを目視した。

直後、初号機を更に下がらせる。

 

『ナイス判断よ。シンジ君』

 

距離を取る選択をした事をミサトは褒める。

未だ黒煙立ち込める状況にも関わらず、シャムシエルは初号機の位置を把握して攻撃へ転じてきた。

 

今回はサキエルとは異なり、何らかの手段を用いて位置を把握する術を持つと仮定した方が良さそうだ。

そうなると、黒煙が晴れるまでは距離を置くのが正解だとミサトも考える。

これには精神的な仕切り直しの意味合いとシャムシエルの鞭のリーチを把握する意味も込められている。

 

もし、向こうが攻撃に転じるというなら鞭を振るってくるのは確実。

レーザーであれば、発射前に熱源を感知して報せる事が可能だ。

 

 

エヴァの跳躍力を侮る無かれ。

シャムシエルとの距離は目算でも100メートルといったところだ。

互いが巨体すぎるが故にこれでも近すぎる錯覚がある。

 

『黒煙が晴れたら反撃を――――』

 

「いえ!! 来ます!!」

 

ミサトが指示を出すよりも先にシンジは叫ぶ。

理由は黒煙の向こうから光が一瞬だけ見えたから。

 

直後、黒煙を払いながらシャムシエルの残る鞭が接近してくる。

真っ直ぐ初号機に向かってくる。

 

「けど!! 動きは単調だね!!」

 

シャムシエルの鞭をかわすのではなく、ATフィールドを用いて受け止める。

ガィィィィィンッ!!

シャムシエルの鞭はATフィールドに衝突するや勢いを殺され、宙を舞った。

 

「よし!!」

 

それを確認すると、更に距離を取る。

さっきと今、距離はかなり離れた位置取りをしていた。

 

なのにシャムシエルの鞭は“今もさっきも同じ位の長さがあった。”

 

「ミサトさん、シャムシエルの鞭って…………」

 

『ええ。こちらでも確認していたわ。伸縮自在のようね』

 

オペレーター達がシンジの動きから察し、確認してくれた。

この分だと、どれだけ離れていてもシャムシエルは自身の鞭を伸ばしてくるだろう。

 

『これは、接近戦に持ち込むしか勝ち目は無さそうね』

 

「です、ね」

 

結論としてはそこに行き着く。

ガトリング砲は通用しなかった。

となると、他にも用意していた重火器の武装は意味を成さない可能性が非常に高い。

 

それならエヴァの単純な身体能力に頼った戦闘の方が無難となる。

使徒が異なるとは言え、エヴァの白兵戦をサキエルは途中で嫌っていた。

それを思えば、今回のシャムシエルの「鞭」は近付けさせない為の攻撃手段であるとも推察できる。

 

更にはタイムラグも見受けられない。

となると、サキエルとは異なり明確に接近戦を避けようとしているように見える。

 

―――いや、今は接近する為の方法を見付けないと。

 

シャムシエルの鞭を掻い潜る、もしくは鞭を掴むと言った方法になるだろうか。

どちらも厳しいものがあるが、絶対に後者だけは選択肢として持っていたくない。

理由としては単純に多少痛覚を抑えていても残りはそのままシンジに跳ね返ってくるからだ。

あの鞭の切断で簡単に傷付くエヴァだとも思えないが、もしも悶絶するような事があって初号機の動きが緩慢にでもなったら目も当てられない。

どうしようも無くなった際に取るべき選択肢だろう。

 

今はまだ冒険をするような状況にまでは至っていない。

 

『視界を遮ったところで、シャムシエルは対応してくるでしょうね』

 

『となると、接近を行うには根性が必要って事?』

 

『あまりこんな提案をしたくは無いけれど。もしくは囮を使う、とか』

 

リツコは冷静に分析してくれて、ミサトは根性論を並べてくる。

ただリツコは「囮」といった原始的ながら合理的な方法を挙げる。

 

まだエヴァンゲリオンというものに僅にしか触れてきていない。

創作物のキャラクターのように急に覚醒して倒す――――といった事は起こるまい。

 

この前のように暴走という形なら何とかなるかもしれない。

しかしながらシンジには「暴走」を行うのは反対意見を出したくなる。

これは何と無くでしかない。

けれど、あまり不確定要素に頼りすぎると大きなしっぺ返しが来るのではとも思う。

 

漫画やアニメなど、この手のバトル物の作品では大きな力には代償を支払うものも数多くある。

もしかすると、エヴァンゲリオンの「暴走」にも同じ事が言えるのではと推測する。

 

「ともかく、僕はシャムシエルに集中します!!」

 

相手から目を離してしまう事は出来ない。

シャムシエルは鞭を初号機に向けている最中であった。

 

真上から叩き付けるように鞭が振り下ろされる。

今度は受け止めず、身体を横へと投げるようにして跳ぶ。

エヴァの身体能力ならちょっとした跳躍でもかなりの距離を稼げる。

 

シャムシエルの鞭の連擊は止まらない。

次に初号機の頭部を狙ってくるので姿勢を低くして回避する。

頭上を通過した鞭はそのまま真っ二つにしようと振り下ろしてくる。

 

休む間を与えるつもりが無いのは見て取れる。

故にシンジも集中力を欠く事は許されない。

 

再び横っ飛び。

直後に地面を蹴って駆け出す。

アスファルトを粉々に砕きながらシャムシエルへの接近を試みる。

 

しかし、ここで予想外の動きが起きた。

シャムシエルが後ろへ飛び退いたのだ。

初号機との距離を取るのに鞭だけでは不十分であると察知したようだ。

 

こちらの接近を察知した可能性も考えられる。

いずれにせよ、シャムシエルの行動がシンジの動きを結果的に阻害する。

 

「くそっ!!」

 

せっかく縮ませる事ができると思った矢先のシャムシエルの行動。

それでもシンジは接近するより他に選択肢がない。

 

地面を強く蹴り付け、何とかシャムシエルに近付こうとする。

 

『シンジ君!! 鞭が来てるわ!! 足下よ!!』

 

「なっ!?」

 

接近に意識を割きすぎた。

初号機にピンク色に光る鞭が足首に絡まっていた。

 

「しま――――――っ!?」

 

自分の視野の狭さを痛感した直後、浮遊感があった。

初号機を逆さ吊りにする形で鞭をシャムシエルが持ち上げる。

 

「僕が釣り上げられた!?」

 

『言ってる場合か!!』

 

エントリープラグ内で大きな変化は無いが、揺れまでは緩和出来る筈がなかった。

 

「うっ、おぅっ!?」

 

更にシンジに――――より正確にはシャムシエルが新たな動きを見せた。

逆さ吊りにした初号機を振り回し始めた。

揺れにシンジは驚き…………ハンマー投げよろしくエヴァンゲリオンを容易く放り投げたのだ。

 

「おおおおおおおおーーーーーーっ!?」

 

その高さはビルは軽々と、付近にある山さえ俯瞰出来る高さまで投げ飛ばされる。

同時、充電していたアンビリカルケーブルが外れてしまう。

 

『内蔵電源に切り替わります』

 

『まずい!!』

 

内蔵電源に切り替わったのも非常に厄介な事態だ。

だが、今はそれよりも空中へ放り投げられた事の方が問題である。

 

いくら超人的な存在のエヴァンゲリオンとて、地球の重力には逆らう術がない。

飛行能力が無い以上、投げられた後の行き先は――――地面への降下が待つのみ。

重力に引っ張られ、初号機は空中で回転しながら落下していく。

 

先程の雄叫びで落下していく恐怖を掻き消す。

元より、エヴァンゲリオンの頑丈さや身体機能ならこれを耐えるのは可能だ。

 

操縦桿を握り込み、テレビで見掛ける鉄棒競技のイメージを浮かべる。

あんなにも鮮やかに空中で回転している。

今の初号機の状態と酷似している。

 

初号機は身を何度か捻り、空中で無理矢理に体勢を立て直す。

何度目かの捻りの後――――地面を強く踏みつけていた。

山を陥没させてしまったのは後で土下座して許しを請うしかない。

 

眼下にあった山ならば誰も居ない。

おかげで力を出し惜しみせずに済んだ。

 

シャムシエルとの距離は開いたが、奴の姿を改めて俯瞰して確認できる。

鞭を掻い潜り、接近する手立てを見付けようと辺りも見ていて――――

 

 

 

 

 

初号機の足下に腰を抜かして座り込むトウジとケンスケの2人を見付けた。

 

 

 

 

 

「何で、あの2人が!?」

 

何故? 確かに避難所に行ったのを確認した。

しかしながら、現にこうして外に居るのを目撃している。

脱け出したのだと解釈するのは早かった。

 

『シンジ君!! 鞭が来るわ!!』

 

ミサトはモニターしているのでシンジの状況は把握している。

シャムシエルの攻撃がまだ終わっていない。

ピンク色に光る鞭が初号機めがけて飛んでくる。

両腕――――つまり、2本同時に投げ付けてきた。

 

「くそっ!!」

 

一歩前に出て、鞭を掴み取る。

ATフィールドで弾いたとして、それがトウジとケンスケに被害を及ぼさないとも限らなかったからだ。

物理的に掴み、シャムシエルの攻撃の勢いを殺すより他にない。

 

シャムシエルの腕は2つ、鞭も2つ。

こちらも条件は同じだ。

しっかりと鞭を捕らえ、相手の攻撃手段を封じる。

 

だが、代償は伴った。

 

「いっ、づっ、うっ!?」

 

エヴァンゲリオンの痛覚がシンジにも伝わる。

ただ手のひらに掛かる痛みは一瞬であった。

向こうで痛覚の神経を遮断してくれたのだろう。

最初に危惧した通り、シャムシエルの鞭には掴む事でのリスクがあったのだ。

けれど、痛みが消えたなら放さずに済む。

鞭を放し、戦闘になれば下の2人に危害が及ばないとは断言出来ないからだ。

 

「くっ、そぉぉぉぉぉっ!!」

 

どうするべきか、シンジは思考する。

この状況で誰かを向かわせる事が自殺行為なのは分かる。

かと言って、エヴァを勢い良く移動させた際の余波だけで2人が無事で済む可能性もまた低い。

今、この場で最も安全な場所は何処か?

ある――――たった1つだけ。

 

「ミサトさん!! 2人を乗せます!!」

 

『考えてる時間は無いわね…………許可するわ』

 

シンジの提案にミサトは頷く。

元より、他の選択肢は残されていなかったからだ。

 

向こう側で何やら話が飛び交う。

シンジにはそちらを気にしている余裕が無い。

 

『準備が出来たわ!! だけど関係の無い人を入れる以上、リスクは大きい事は理解して!!』

 

「分かって、ます!!」

 

ミサトに言われずとも覚悟していた。

それは訓練の際にエヴァの操縦に関して説明された際にも指摘された。

 

エヴァはシンクロし、動かしていく。

当然ながらシンクロ率が高ければ動きも格段に良くなっていく。

シンクロ率の上下はパイロットの気持ち1つで変わる。

 

では、関係の無い人物達が入ってきたら?

人で言うところの神経に異常が起こり、動くのが困難になるとか。

 

例えそうだとしても2人を見捨てる選択をする事の方が碇シンジには許容出来ない。

 

『2人を操縦席に迎えるわ。そうしたら一時退却よ』

 

「了、解!!」

 

戦略的撤退には大賛成だ。

やがて2人がエントリープラグに入ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡る。

トウジとケンスケはトイレと偽り、警備員の目を盗んで脱け出した。

 

自分達の住む街を遠目から俯瞰できる位置に立つ。

 

「あれが敵だね。戦自の戦闘機じゃ歯が立たないみたいだ」

 

「イカみたいな格好しとるのに凄い事をしとるな」

 

ケンスケはビデオカメラを回し、シャムシエルと戦闘機の戦闘を眺めている。

トウジは対称的に冷めた態度だ。

 

「それにしてもトウジは何だって来てくれたんだ?」

 

「シンジが何をしているのか…………分かる筈や」

 

トウジが来たのは妹を助けたのがシンジかどうかをこの目で確認する為だ。

 

あの時、妹のサクラは忘れ物をして帰る途中だった。

シェルターの場所は遠く、その前に〝化け物〟が現れた。

その窮地を救ってくれたのは紫色のロボットだったと。

 

「おっ、来たよ来たよ」

 

やがて戦闘機は撤退。

代わりに街の地面からロボットが出てきた。

 

「あれは…………サクラの言ってたやつや」

 

「なるほどね。あれが!!」

 

トウジは納得を、ケンスケは更に興奮を。

紫色のロボット――――エヴァンゲリオンの登場を目の当たりにする。

街からはある程度離れた距離、しかし両者の巨大さ故に遠くからでもしっかりと視認できる。

 

恐らく、あれにシンジが乗っているのだろう。

あの〝化け物〟を相手に戦っている。

 

アニメや漫画で見るような戦いを繰り広げていた。

 

「ワシらは夢でも見とるんか?」

 

「夢じゃないよ!! 現実さ!!」

 

この状況に戸惑うトウジとテンションが高揚するケンスケ。

やはり、対称的な2人の様相だ。

 

やがて、エヴァンゲリオンの足が鞭に絡まり、こちらの方へ投げ飛ばされた。

 

「こっち来とるで!!」

 

「逃げよう!!」

 

2人は身を翻し、その場から離脱すべく走り出す。

しかし、エヴァンゲリオンも巨体だ。

それから完全に逃げられる訳がない。

 

エヴァンゲリオンが体操選手顔負けの身体能力を見せ付け、見事に着地に成功した。

その場所と言うのが、トウジとケンスケのすぐ近くである。

 

「うおっ!!」

 

「わあっ!?」

 

エヴァンゲリオンの着地の余波の風がトウジとケンスケの肌に当たる。

この山まで流れ着いただろう布やビニール袋なんかのゴミが身体にへばりつく。

 

それが済んだかと思えば、その場に2人は腰を抜かした。

 

そして、エヴァンゲリオンに釣られてやって来たシャムシエルの鞭が飛んでくる。

それをエヴァンゲリオンが掴み、その場で膠着する。

 

「何で、そこから反撃せんのや!!」

 

「多分、俺達が居るから自由に動けないんだ」

 

「っ!!」

 

自分達の行いがエヴァンゲリオンの、碇シンジの足を引っ張っている。

自分達の考えの足らなさがこんな事態を招いてしまった。

 

『そこの2人、乗って!! 早く!!』

 

女性の声と同時にエヴァンゲリオンの首の部分からエントリープラグが排出される。

ケンスケは念のために自身に引っ付いた透明なビニール袋にビデオカメラを入れて、トウジと共に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「やあ、トウジにケンスケ」

 

「すまんシンジ」

 

「ごめんよ、碇……こんな足手まといな」

 

「話は、あとだよ!!」

 

これで足下を気にせずに済む。

シャムシエルの鞭を乱暴に引っ張る。

たまらず、シャムシエルは前へと引っ張られる。

 

「こっ、のおっ!!」

 

先程の御返しとばかりに鞭を真上へ上げる。

直後、シャムシエルの身体も同じように真上へ投げ飛ばされ――――

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

エヴァンゲリオンの力を存分に発揮する。

持ち上げた両腕を再び力任せに振り下ろす。

鞭に引っ張られる形でシャムシエルの身体は強引に地面へと叩き付けられた。

 

ズゥゥゥンッ!!

 

地面を陥没させながらシャムシエルがうつ伏せに倒れる。

 

「よし!! これで――――」

 

シャムシエルの動きを一時的にでも封じれば何とかなる。

そう思ったのだが…………初号機を思うように動かせない。

 

『神経パルスに異常発生!!』

 

『さっきまでの一連の動作が出来たのは奇跡ね』

 

先程のシャムシエルに対しての一連の動作は無我夢中でいたから行えたのだろう。

現にそれ以降、初号機は精彩を欠き始めている。

 

 

「ミサトさん、シャムシエルから逃げられると思いますか? 率直に言って下さい」

 

『それは…………』

 

『精彩を欠いているなら難しいわ。それにシャムシエルが放る鞭の速度を考えると、ね』

 

リツコが厳しい現実を叩き付ける。

ミサトも分かっていたのだろう、彼女の答えに無言でいた。

 

「なら、ここで倒すしかないですね」

 

『状況は最悪だけどね』

 

初号機は内部電源に切り替わっている。

残りの稼働時間は限られている。

 

再三告げるが、エントリープラグに他の人間が乗る事でシンクロ率が安定せずに操縦が困難となる。

シャムシエルの鞭の速度を考えると、逃走が可能だとは思えない。

 

ならば迎え撃つ――――と言ったところで、この状態で何処までやれるのか不明瞭だ。

 

『シンジ君、来るわ!!』

 

そうこうしてる間にシャムシエルは起き上がる。

鞭をこちらへ飛ばしてくる。

 

「くっ!!」

 

全く動けない訳ではない。

迫るのは鞭なのは分かっている。

それを初号機の身体能力に任せて掴む事に成功した。

だが、その際にタイミングがズレて初号機の肩を貫く。

 

「ぐっ!?」

 

鈍い痛みが走る程度で済んだのは痛覚の神経を低く設定されている事。

加えてトウジとケンスケを乗せた事でシンクロ率が低迷している事だ。

不幸中の幸いではあった。

 

「このままだとじり貧や」

 

「碇、こいつは倒せるのか?」

 

「接近の必要は、あるけどね」

 

トウジが心配し、ケンスケが問い掛ける。

シンジの方もある程度の理解はある。

 

「煙幕とか使って視界を塞いだりとかすれば大丈夫なんじゃ?」

 

「駄目なんだ。煙幕越しに場所を特定されたんだ」

 

「なら、その掴んでる鞭を引っ張ってあいつをケチョンケチョンにすれば…………」

 

「ごめん。まだ、そこまでエヴァを自在に動かせないんだ」

 

ケンスケとトウジの案は現実的かもしれない。

だけど、シャムシエルは効果的とも思える行動を嘲笑うかのように無視してくる。

 

更にはシンジの戦闘経験の浅さがここで出る。

もっとエヴァを動かせるようになっていれば良かったが、まだ1週間と経っていない。

偶然にもパイロットとしての資質を持っていた。

それだけでエヴァを動かしている。

 

元々、彼は秀才肌の人間だ。

いきなり、歴戦の戦士と同じ行動や判断が出来るようになる訳ではない。

そんなものはフィクションだからこその世界だ。

 

「なあ、あいつの目って飾りなんか?」

 

そんな中、トウジが唐突に質問する。

 

「どうだろう? リツコさん?」

 

『飾りではない筈よ』

 

「なら、あいつの視界って下は見えないんちゃうか? 生き物の視界は決まっとるんやから」

 

『なるほど、確かに言えてるわ』

 

シャムシエルの目と思わしき箇所は頭部の、更には下部が見づらそうな位置にある。

確証がある訳ではないが、あれを目とするなら自身の下部は見る事が出来ないと推察も可能だ。

生物の授業を受けていたのがこのような形で活きてくるとは。

 

「あと、さっきの煙幕越しに場所を特定されるって話だけどさ…………これ、振動や音で特定されたんじゃない?」

 

ビニール袋越しにビデオカメラを操作するケンスケ。

その映像を見ながらケンスケは考察を述べる。

 

「横からビデオで撮影してたんだけど、エヴァが動いている時に攻撃を仕掛けていたと思うんだ」

 

『確かに、であれば身を潜めていた時に攻撃されなかった説明が出来るわね』

 

黒煙で見えない視界から攻撃してきたならビルに隠れて接近してきた際にも同様の事が行えた筈だ。

それをしなかったのなら、考えられるのはケンスケの言うように一定数を超える「音」や「振動」だろう。

 

『ふふ。お手柄よ2人とも。こっちは“自分達の事しか考えてなかったから気付けなかったわ”』

 

頭が固くなっていたようだ。

このように俯瞰して見てみれば、自ずと見えてくる道はあったのだ。

 

「なら、ミサトさん!!」

 

『ええ、言われるまでもないわ』

 

シンジが名を呼び、ミサトもまた不敵に笑う。

光明が見えたからだ。

 

何と無く、ミサトのやり方をシンジも理解している。

それに『平行世界』での突拍子もない行動の数々も見てきた。

 

だからこそ、突破口も自ずと理解できてくる。

 

『シャムシエルを倒すのなら、残り時間4分もあれば十分よね?』

 

「はい!! もちろん!!」

 

これは強がりなんかではない。

互いに「そうだ」と思えるからこそ。

 

さあ、この逆境を跳ね返してみせようか。




如何でしたでしょうか?

もうシンエヴァの話をしても大丈夫でしょう。
そちらではトウジは医者になっていました。
この話では妹のサクラの件もあり、目指したという事にしました。

シャムシエル戦。
はい、皆様の予想通りに続きます。
サキエルの時にも薄々感じていた方も居るかもしれません。

作者も何とか纏めようとしましたが…………長くなりそうなので止めました。
ただでさえ長いですから、分けてすっきりとさせた方が良いかなと。


そしてサブタイトルの通りに「意外なところから」シンジのクラスメイトが出て来て、ヒントを掴めるというもの。
何と無く、このまま乗せて「はい、終わり」は味気無いと思ったので。

授業を聞いたトウジやケンスケのビデオカメラが意外な活躍をしてくれます。


シャムシエルの攻撃方法や視界云々のところはこちらの勝手な妄想も含んでます。
設定と違うなーと思っても平にご容赦を。


ではではまた次回に。


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変わらないものがある

お待たせしました。

続きです。


「隊長、このまま我々は指を加えて見ている他に何も出来ないのですか?」

 

「仕方あるまい。こちらの戦力は殆んど通用しないのだから」

 

隊長と呼ばれた中年の男は苦虫を噛みながらモニターを見ていた。

戦略自衛隊――――略して戦自の作戦室である。

 

そこではエヴァンゲリオン初号機が使徒・シャムシエルと戦うシーンが映されていた。

こちらの兵器を意にも介さない使徒と互角…………いや、パワーだけなら確実に越えている。

 

それを戦自は隊長と部下数名が眺めていた。

 

前回、そして今回と現れた使徒へ戦自は成す術を持た無かった。

前回と同様、NERVの秘密兵器に頼るより他に道は残されなかった。

 

一応、戦闘機等に選りすぐりの隊員を待機させてはいる。

出動はいつでも出来るが、本当に必要な時が訪れるのか?

 

そんな折、戦自で配られた隊長のスマホが鳴る。

知らない番号ではない。

それはNERVからのものであった。

 

(NERVからの連絡だと?)

 

隊長は何事かと首を傾げながら通話をする。

 

『特務機関NERV戦術作戦部作戦局第一課の葛城ミサト二佐です』

 

「こちらは――――」

 

『すいません。時間が無いので用件を伝えます。今から1分以内に出撃は可能でしょうか?』

 

「…………ええ、可能です」

 

『では、今から出撃をお願いします。シャムシエル…………あの使徒の鞭は抑えておりますので、そちらの被害はありません』

 

「それは、モニターで確認している。しかし、こちらの戦力では使徒に傷を付ける事は敵わない」

 

悲しいかな、それが現実だ。

隊長としても悔しいだろう。

しかし、相手方である葛城ミサトも「そうかもしれない」と返してきた。

彼女も要求したい事は他にある。

 

『今からこちらの策を伝えます。あなた方の協力が無ければ勝利はありません。お願いします』

 

「………………承った。作戦を教えて下さい」

 

隊長はNERVからのいきなりの一方的な要望に困惑している。

 

こちらの戦力は通用しないと使徒に否定されてばかりなのに、相対する組織のNERVは戦自の力が必要不可欠だと言ってくれたのだから。

 

年甲斐も無く、気分が高揚している。

部下達も自分達に出来る事があると知ればモチベーションが上がるだろう。

NERVの協力要請を受け、隊長は授けられた策を元に指示を飛ばす。

 

全ては苦渋を舐めさせられてきた使徒に一泡吹かせてやる為に。

 

 

 

 

 

 

「まさか、戦自に協力要請を出すとはね」

 

「形振り構っていられないわ。プライドで使徒を倒せるとは考えられないもの」

 

リツコが珍しい策を取るものだと考えていると、ミサトはそのように返した。

使徒への復讐心は決して消えてはいまい。

だが、それをミサトは抑え込む。

冷静に状況打破の為に分析し、可能性ではない確実な一手を仕込む。

 

(これもシンジ君の影響が少なからずあるのかもしれないわね)

 

彼との触れ合いが、ミサトの復讐を緩和してきている。

 

「戦自の戦闘機3機、到着しました」

 

「回線を繋いで」

 

日向が到着を伝えると、向こうとの通信を要求する。

予め伝えてはあるが、簡潔であったが故にきちんと要望も伝えなくては。

 

「こちらは特務機関NERV戦術作戦部作戦局第一課の葛城ミサト二佐です。まずはこちらの我が儘で作戦に参加を表明してくれた事に御礼を言わせて下さい。ありがとうございます」

 

NERVの立場は現状では戦自よりも上だ。

であるにも関わらず、ミサトは迷い無しに感謝の言葉を伝える。

 

「先程も作戦を説明しましたが、改めて。と言っても内容は単純です。シャムシエルへ何でも構いません、黒煙が上がる程の攻撃を仕掛けてください」

 

ミサトの策は本当にシンプルなものだ。

考える必要のない、シンプルなまでの援護を求めている。

 

「現代兵器が通用しない事は周知の事実ではあります。ですが、それでも“このような形だとしても”使徒に対して一定の利用価値があります」

 

恐らく、戦自にとってもエヴァンゲリオンの援護にしかならない事に苦虫を噛む者も少なくないと感じていよう。

けれども、先程通信した今回の責任者の声音が弾んでいた事をミサトは聞き逃さなかった。

 

こうして出撃をしてくれている。

使徒に対して何らかの形で一矢報いる事が出来る。

それを理解してくれたからだと思っている。

だから、こんな事を言うのは今更だろう。

 

しかし、葛城ミサトが言いたいのは“そんな事ではない。”

 

「この戦いでも分かるようになります。如何にNERVと戦自――――“我々人類の力も使徒相手に通用する可能性がある事を!!”」

 

どんな形であれ、エヴァンゲリオン以外の人間の造り出したものが通用する可能性は残されている。

それを、葛城ミサトは証明したかった。

 

「だから、皆で使徒に一泡吹かせてやろうじゃない!!」

 

『『『おう!!』』』

 

もうNERVだとか、戦自だとか、責任者だとか――――そんな立場なんて関係無くなっていた。

 

普段の調子で檄を飛ばすミサト。

それに応える戦自の面々。

その様子に呆れながらも苦笑するリツコやオペレーターの面々。

 

想いはたった一つに重なる。

それは人類にとって、共通して変わらない想いだ。

 

人類に仇なす使徒の殲滅という――――。

 

 

 

 

 

 

時間はほんの少しだけ遡る。

ミサトとの通信を終えた後だ。

 

どうするのかは口頭で聞かされた。

その為に戦自へ協力要請を出すと言う。

 

ミサトからは協力を得られたと通信を受けた。

 

悠長に構えられるのもシャムシエルの状態を解析してくれた。

 

シャムシエルには鞭以外の攻撃手段を持たない事が起因している。

サキエルのようにレーザーは照射されない。

更には鞭を新しく生やす、造る、隠しているような動きも見られない。

初号機で抑え込むこの2本のみだ。

 

使徒は思考できる。

であるから、サキエルはこちらに何度か対応してきた。

それはシャムシエルとて同じ筈だ。

 

それらを踏まえ、奴がこちらへの攻撃を封じられて新たな戦法を取らない。

鞭を新しくしたり、レーザーの照射が行われない事がその証拠だ。

シャムシエルの攻撃は打ち止めだ。

接近をして来ないのは本能的にコアの破壊を恐れてだろう。

 

だから、戦自の到着を待つ事が出来る。

ただし、内蔵電源が切れる5分以内の話だ。

 

「じゃあ、2人には悪いけれどこのまま戦うよ」

 

「お、おう」

 

「分かったで」

 

「その為にもシンクロ率を上げないと」

 

危険は承知だが、2人に了承を得られた。

放置する方が危険が蔓延っているので仕方無いか。

 

まず、作戦の成功率を上げる為にシンジにはやらねばならない事がある。

シンクロ率を上昇させる事だ。

 

正直、これから行うのは単純な動作なので今の状態でも可能と言えば可能だ。

現にシャムシエルの鞭を掴み続けられているのが単純な動作が故にシンクロ率が多少低下していても可能にしている。

 

しかし、これ以上の低下は下手をするとエヴァンゲリオンが操作不能に陥る危険性も孕んでいた。

なるべく、不確定要素は排除しておきたい。

 

具体的なパーセンテージまでは聞いていない。

ただ、サキエルの時と比べれば動作にぎこちなさがあるのも伝わってくる。

 

集中し、シンクロ率を可能な限り上げる。

シャムシエルの鞭を掴み続ける事も考慮しながらなので、サキエルの時のようにまではいくまい。

多少なり、マシになれば良い――――と考えている。

 

「さて――――」

 

シンクロ率を上げる。

口にするなら簡単だが、こんな状況下では初めての試みだ。

 

訓練では幾度かシンクロ率を上げる内容のものも行ってきた。

ただ、サキエル戦のような大幅な上昇をした事は未だに無い。

 

「ふう…………」

 

シンジは息を一つ吐く。

初号機とのシンクロをどうすれば良いのか分かっていない。

 

「気合いだ!! こういうのは気合いだ!!」

 

「気張るんや!! 気張っていこうや!!」

 

「精神論なのは分かってたけど!!」

 

ケンスケとトウジが精神論で応援してくる。

シンジとしてもそうなる可能性は大いに分かっていた。

 

「こうなったら…………2人とも、初号機に挨拶をするんだ!!」

 

挨拶は大事だと古来より伝わっている。(シンジ調べ)

ならば、初号機へ挨拶をすれば話は通りやすくなるのではないか?

 

「僕のクラスメイトだって分かればきっと初号機も認めてくれる!!」

 

超理論も甚だしい。

クラスメイトというワードにそこまでの効力は発揮するものか?

 

しかし、このままでは初号機が不調の状態でシャムシエルに特攻するのは2人も把握できる。

なるべく万全な状態で行いたい。

 

「あ、挨拶って…………どうするんや?」

 

「これは、ニンジャも使うあの挨拶法をするべきだと俺は思うね」

 

「名乗る時のあれだね」

 

ケンスケの挨拶とやらが分かるらしいシンジは頷く。

眼鏡を掛け直す仕草をしながらケンスケは両手を合わせる。

 

「ドウモ、ショゴウキ=サン。アイダケンスケデス」

 

某ニンジャの伝統的な挨拶法を行う。

ケンスケはトウジの方を見る。

やれ――――そう目で訴える。

トウジも「ええい!! ままよ!!」と内心で叫ぶ。

 

「ドウモ、ショゴウキ=サン。スズハラトウジイイマス」

 

トウジも見よう見まねで挨拶を行う。

 

「2人とも、僕のクラスメイトなんだ。このまま外に出ると危険だから、しばらくは相乗りさせて」

 

シンジも初号機へと呼び掛ける。

果たして、その想いは通用するのか?

その結果は、オペレーター室からの報告で判明する。

 

『初号機のシンクロ率が現在50%前後を上下しています』

 

『ええっ!? そんな急に!?』

 

『作戦の成功率が上がるのだから良いのでは無くて?』

 

まさかの結果にミサトは驚く。

リツコはこの事態を喜ぶべきだとミサトへ告げる。

 

先程のままでは成功率は如何程かも分からなかった。

だが、ここへ来てシンクロ率は50%と半分まで来てはいる。

グッと確率が上がったと言って良い。

 

「よし、後は――――」

 

タイミング的には丁度良い。

戦自の戦闘機が到着したのだ。

 

『すまない。遅くなった。これより攻撃を開始する。今しばらく持ちこたえてくれ』

 

「お願いします」

 

戦自からの通信が入る。

気合いを入れて、シャムシエルが邪魔をしないように鞭を更に強く掴む。

 

ダダダダダッ!!

 

直後であった。

シャムシエルめがけて兵器を撃ち込んだのは。

 

それら全てがシャムシエルにはダメージにはならない。

しかし、それは計算された上での事だ。

ミサトの目論見通り、シャムシエルの視界を遮るように黒煙が立ち上る。

 

『我々に出来るのはここまでだ。すまない。君のような子どもに全てを託すような真似をして』

 

任務は完了した。

しかしながら、戦自の隊員には抵抗はあった。

 

大人として、子どもに全てを託さねばならない現実を認めたくなかった。

子どもを戦場に駆り立てなければならない現実を認めたくなかった。

しかし、これは認めなければならない現実。

 

エヴァンゲリオンの操縦者はまだ中学生だ。

そんな未来ある若者に未来を生きる為に戦わせる。

何と矛盾している事か。

 

「自分を責めないで下さい。僕は、あなた方に協力出来る事に嬉しさを感じているのだから」

 

シンジは嘘偽りのない言葉を投げる。

子どもが故の現実を知らないからこそ出る発言にも捉えられよう。

 

だが、シンジの口から出ているのは紛れもない本心だ。

 

「見せ付けてやりましょう。僕達人類が協力する事で発揮する力を!!」

 

『――――――ああっ!!』

 

『見せ付けてやってくれ!!』

 

『あとは任せた』

 

シンジの言葉に戦自の隊員にも火が付いた。

 

彼等が言葉にするのは子どもを戦場に駆り立てる事になった謝罪ではない。

共に戦おうと言った少年の心の強さに、戦自の面々の呼応し、激励する。

 

今、この場で立ち上がった戦士(シンジ)を戦友と認めてくれた。

 

これだけの強さを持った少年なら後を託せる。

託してくれ――――少年は背負う事を決めてくれた。

ならばこそ、彼の覚悟を彼等は信じた。

 

そして、信頼に足り得ると戦自の面々はシンジに後を託した。

 

押し付けるとか、そういうマイナスの意味合いでは決してない。

彼なら出来ると信頼し、言葉だけでハイタッチを交わした。

 

全身全霊で、碇シンジは応える。

 

『今よ!!』

 

「行くよ!!」

 

「お、おう!!」

 

「いつでも!!」

 

 

ミサトの合図。

次にシンジの合図に2人も冷や汗と声を発しながらも答える。

それを受けたシンジも動く。

残り2分だが、これだけあれば十分だ。

 

まずは掴んでいる鞭だ。

これを掴んだままではいられない。

しかし、このまま放せば攻撃の的になるのも確か。

 

「なら!!」

 

本当に単純な事だ。

無力化をするのではなく、“トドメを刺すまでは鞭が飛んで来ないようにすれば良い。”

 

右手に持っていた鞭を左手で追加で持たせる。

その流れで空いた右手を左肩の収納庫へ伸ばす。

 

そこから取り出したのはナイフだ。

プログレッシブ・ナイフ――――略称はプログナイフ。

使徒との近接戦闘において、有効的な武装として設計された。

 

その形状・用法は通常のナイフと全く同一である。

だが、ナイフが物理的に高い硬度とその鋭利さで対象物を切り裂くのとは異なる。

プログナイフは高振動粒子で形成された刃により、接触する物質を分子レベルで分離する事で切断する。

 

「うおおおおおおおおおーーーーっ!!」

 

咆哮し、シャムシエルの鞭めがけてナイフを切り込む。

鞭を容易く裂く。

その手にはシャムシエルの鞭がある。

 

黒煙があり、シャムシエルの様子はシンジからも分からない。

 

「これ、で!!」

 

シャムシエルから切り離した鞭を斜め前へと叩き付ける。

ズゥゥゥンッ!! と音を立てる。

 

『『『うっ!?』』』

 

オペレーター室から騒音と同時に呻き声がした。

 

『シンジ君、これだけの騒音があれば来るわ!!』

 

ミサトは今の呻き声を合図とした。

オペレーターの3人は昨夜の集まりにて軽い二日酔いの状態になっている。

その3人が呻く程のものとなれば、シャムシエルだって反応するのは明白。

 

ある意味で音の最低基準として軽めの二日酔いが機能している。

どの程度で反応するのか分からないので、いっそのこと騒音で気を反らそうという思い付きだ。

 

これが思いの外、当たりの策であった。

シャムシエルは騒音のした方へと鞭を伸ばした。

切断後に再生して更に伸ばしたものと推測する。

 

「今の内だ!! 2人とも、手筈通りに!!」

 

シンジは2人へ声を掛け、プログナイフを右手で逆手に持つ。

左腕を前に出し、右手を初号機の後ろの方へ持ってくる。

 

黒煙が晴れていき――――初号機が駆ける。

 

山を降り、シャムシエルへと一目散に接近していく。

一時的に意識を反らしたとは言えど、やはり初号機が動けば向こうもこちらの足取りを掴めてしまう。

 

故に、こちらへ鞭を向けてくるのは必然でもあった。

しかし、それをむざむざ受ける訳ではない。

 

「ATフィールド、展開!!」

 

左腕を前へ突き出し、迫る鞭を跳ね返す。

一度、受けられれば問題ない。

シャムシエルとの距離は山を降りた時点で数歩の距離まで近付いているのだから。

 

「っ!!」

 

ダッ!! 初号機は姿勢を低くして地面を蹴ってシャムシエルの死角に入る。

すなわち、奴の目線よりも下へ。

 

顎の部分にあるコアはこちらからも丸見えだ。

 

「行くよ!! 合わせて!!」

 

「おう!!」

 

「やったる!!」

 

腰を捻り、右腕を前へと突き出す形で振るう。

 

 

 

 

 

「「「エヴァストラッシュ!!」」」

 

 

 

 

 

コアめがけてプログナイフの刃が突き刺さる。

低姿勢から起き上がる力を利用し、勢いに任せて叩き付ける。

火花が飛び散り、ダメージを入れている事が黙視で確認できる。

 

「うっ、おおおおおおおおお!!」

 

雄叫びと共に刃を食い込ませる。

今ここでシャムシエルを討つ。

その一心で刃を食い込ませていく。

 

一刻も早く、使徒を殲滅する。

残りは1分程だ。

この間にシャムシエルのコアを破壊して――――――

 

「えっ!?」

 

その時、奇妙な事態が起きた。

火花が突如として消え去り、コアは色を失った。

赤色から青色へと変化し、同時にシャムシエルの身体も停止した。

 

鞭は力なく地面へと垂れ、それに合わせてシャムシエルの身体も仰向けへと倒れていく。

 

「はあ、はあ…………これって」

 

『やったわシンジ君!! 使徒を殲滅したわ!!』

 

肩で呼吸を整えながらシンジは事態を確認しようとする。

それを真っ先に通信でミサトが教えてくれた。

 

「お、終わった……」

 

「「た、助かった~」」

 

シンジだけではない、トウジとケンスケもこの状況に安堵している。

 

「けど、俺達は避難所から脱け出したから折檻は免れないかな」

 

「せやな」

 

「だけど、2人が居たからシャムシエルを倒せたんだ」

 

事実、彼等の得ていた知識のおかげで勝利を掴めた。

本当なら厳罰ものだろう。

だが、そこも含めて減刑してくれるよう掛け合ってみよう。

主に頑張るのはミサトやリツコになるだろうが。

 

「じゃあ、“ワシら3人の友情の勝利やな”」

 

「そうだな。“俺達の友情パワーがあいつを倒したんだ”」

 

何気無く告げたトウジとケンスケの言葉。

それはシンジにとっても喜ばしく、2人と「友達」として接する事が出来る意味を持つ。

 

「そうだね。僕達のチームワークの勝利だ」

 

笑顔で顔を見合せ、それぞれが握り拳を作って突き合った。

 

シャムシエルの殲滅の功績を得た。

 

しかしこの日、シンジは別の喜びの方が勝っていた。

 

世界は変われども、変わらない関係を築ける大切な友を得られた事を――――。




如何でしたでしょうか?

戦自と協力し、シャムシエルを討つ。

皆で協力した勝利です。

まあ、ミサトや戦自の面々はともかくとしてオペレーターの人達の活躍が、ね。
本当は前回に二日酔いのくだりを回収しようとしたのですが、タイミングが無かったもので。
いや、こんな形での活躍をしたいと思わなかったでしょう。
ごめんなさい。

トウジとケンスケ、2人とのワチャワチャなやり取り。
今回、これやりたかっただけなんですよね(笑)

シャムシエルは意外とあっさり討伐。
引き延ばしたのにごめんよー。

原作とは異なり、時間に余裕を持っての勝利です。
5分過ぎてそうじゃね? とかは言わないお約束で。
光の巨人と同じ理論です。

世界を越えても変わらない友を得られたシンジ君、嬉しさも人一倍でしょう。
これで学校でのボッチは卒業だ。
やったぜ!!

それでは、また次回。


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いざ、ドイツへ

お待たせしました。

めっちゃはりきって作ってました。

タイトルから予想できる人も多いでしょう。
予想通りです。

今回も長めです。


シンジは現在、少女と2人っきりだ。

その少女は美少女なのだから最高だと言わざるを得ない。

 

「はあ、何でアタシがアンタとこんな所で……」

 

「こうなっちゃったのは仕方無いよ。あとはなるようになるさ」

 

「なるようになるってね…………まあ、実際にその通りかもだけど!! アンタみたいな冴えないガキと一緒に居るのが嫌なだけよ!!」

 

どうにもシンジの事をこの少女は快く思っていないようだ。

キツい言葉を浴びせてくるとなると、先程の羨ましいと思えるシチュエーションも台無しだ。

 

しかし、強気な性格のこの少女をシンジは『平行世界』で良く知っている。

そして、この少女がツンデレなのも理解している。

 

「せっかく時間はあるんだから、同じパイロット同士親睦を深めようよ。ちなみに今期のイチオシのアニメなんだけど――――」

 

「パイロット関係無い話になってないかしらっ!?」

 

シンジがいきなり「今期の推しアニメ」を話題箱から取り出した事へ少女から鋭いツッコミが入る。

 

平常で居られないのも無理無い。

今現在、2人はエレベーターに閉じ込められている。

電源が落ちてしまい、開く気配は皆無だ。

 

少女もシンジもプラグスーツを着ており、荷物は置いてきている。

 

何故このような事になっているのか?

これからこの事態になった経緯を話さねばならない。

 

碇シンジと少女――――惣流・アスカ・ラングレーがエレベーターに閉じ込められるに至った経緯を。

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ君、明日ドイツへ向かうのだけれど付いて来てくれないかしら?」

 

「………………えっと、もう1度言って貰っても良いですか?」

 

シャムシエルを殲滅して早3日が経過した。

シンジには特段の怪我も無く、それはトウジとケンスケも同様だった。

 

ところで、この2人にはお咎めは無かった。

中学生が故のシンプルな視点から突き止められたシャムシエル殲滅の方法。

その功績を認め、エヴァンゲリオンといった機密漏洩を行わない事を約束させた。

 

この件を一も二もなく頷かせたのは誰あろうミサトである。

大人の女性、しかも美人から頼られた。

その事が男子中学生の2人を頷かせるには簡単な方法であった。

美人の前に残念が付く事までは知らない男子中学生は夢心地である。

 

ちなみに、2人への対応とミサトにそのようにするよう指示したのは碇シンジであったりする。

『平行世界』でも関わりがあり、年齢も近しいのだから彼等の心理に近しいのは言わずもがなだ。

見事に型に嵌まってくれた。

 

そんなこんなで現在に移る。

訓練を終えた後のリツコの部屋でのカウンセリングが行われていた。

その部屋の主から近くの店にでも出掛けるような気軽さで国境を跨ぐレベルのお出掛けに誘われた。

 

突然のリツコからの誘いにシンジはこめかみに指を当てながら再度問う。

 

「サキエル、シャムシエルと立て続けに使徒と戦った初号機に大きな損耗も無し。おかげで零号機の修理にパーツとお金を回す余裕と時間が出来たの。必然的に設計をする立場にある私の時間も、ね」

 

問い直した内容とはおおよそかけ離れたものからスタートをする。

しかし、リツコの事だから順を追って説明してくれるだろうと信頼して無言で聞き役に徹する。

 

零号機は言わば綾波レイ専用機の名称だ。

シンジも軽く話は聞いていただけで、つい最近まで凍結していたと聞く。

話の内容から凍結は解けたと考えて良いだろう。

 

「NERVドイツ第三支部でエヴァンゲリオンが組み立てられているのだけれど、それを協力するという建前で様子を見に行こうと思ってたの」

 

「けれど、それと僕に何の関係が?」

 

シンジが同行する理由が分からない。

エヴァンゲリオンの設計なんかは主にリツコが担当している。

彼女が組み立て中のエヴァンゲリオンの視察に赴くのはまだ分かる。

パイロット、所詮は中学生でしかないシンジが他の支部へ向かう事には繋がらない。

 

「ドイツ支部に居るパイロットが日本で立て続けに現れた使徒を撃破したパイロットに興味津々みたいなの」

 

「向こうにもパイロットが? いや、エヴァンゲリオンを造っているなら居るのは当たり前ですよね」

 

しかし、向こうからのご指名があったとは。

シンジの戦闘の様子は映像として送られていよう。

 

「けど、ドイツ語は話せませんよ?」

 

「訓練の片手間で日本語は覚えたみたいだから心配要らないわ」

 

「そうなんですか」

 

それならドイツ語が分からずに会話が成り立たないなんて事も起こらなそうだ。

それにしても訓練の内容がエヴァンゲリオンのものなのは言うに及ばず。

そんな中で日本語を習得するなんて相当の努力家なようだ。

 

「と言う事は、僕の先輩ですよね?」

 

シンジはサードチルドレン、綾波はファーストチルドレンだ。

つまり、セカンドチルドレンと呼称される人物となる。

 

「ええ、どんな人物なのかは――――多分、写真を見ればシンジ君なら分かるんじゃないかしら」

 

つまりはシンジも知る人物と言う事か。

しかし、『こちらの世界』でドイツの知り合いは居ない。

何なら日本から海外へと出た記憶もない。

幼い頃にはあったかもしれないが、物心付く前なら余計に記憶に残ってなどおるまい。

 

しかし、リツコはやけに自信満々だ。

恐らくは見せようとしているセカンドチルドレンの写真を見れば行く気になると思っているから。

シンジは手渡された写真を受け取ると固まった。

リツコの言うように見覚えのある人物――――少女であったから。

 

「アスカ」

 

惣流・アスカ・ラングレー。

碇シンジにとっても綾波レイと同等以上に大切な少女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真を見せられたシンジの選択肢は1つしか無かった。

その答えが翌日明朝、飛行機に乗る事である。

 

ちなみにドイツには日帰りで、リツコとシンジと数人のSPが来ているのみだ。

この件は他にゲンドウと冬月のみしか知らない。

ミサトさえも知らないらしく、彼女にはリツコから「シンジ君に用があるから借りるわ」と言われたようだ。

極秘裏の話に自分が付いてきても良かったのかとシンジは不安視もしたりした。

無論、その点以外にも気になる部分はある。

 

「あの、僕が来てしまって大丈夫だったんですか? 使徒が襲撃でもしてきたら――――」

 

「そこは心配は要らないわ。零号機の凍結が解除されて、これから先はシンジ君だけに戦わせる事は無くなったのよ」

 

零号機の凍結解除の話は前日に聞いていた。

確かに戦力増強は嬉しい話だが、シンジも離れずにNERVで待機して使徒の襲撃に備える方が適切ではないかと案じる。

 

「ふふ。レイの心配?」

 

「はい」

 

付いてきておいて今更かと言われてしまいそうだ。

しかし、リツコは苦笑しながら返した。

 

「大丈夫よ。あの子はパイロットとしての訓練をシンジ君よりも長く受けてきたのだから」

 

確かに『こちらの世界』では綾波はパイロットとして先輩だ。

後輩にあたるシンジが心配するだけ野暮とも取れはする。

 

「それに戦自の協力もある筈だから」

 

「そっか。綾波だけじゃないんですね」

 

「ええ。と言うより、戦自の協力を得られたのはシンジ君のおかげよ」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

さらりとリツコはそんな事を言い出す。

果たして、自分は何かしただろうか?

 

「シンジ君がシャムシエル戦の後に戦自にお礼に渡した料理が評判が良かったからよ。定期的に何度も渡していたから好意的な協力関係を築き始めているわ」

 

ミサトを通して行われているお菓子の配布。

シンジは直接に戦自の面々と会っていないし、NERVの内部事情にまで関わってはいない。

今のリツコの話を聞いて知ったばかりだ。

 

まさか、シンジの料理が戦自とNERVを繋ぐ架け橋となるとは。

ちなみに料理は手軽に食べられる小さめに分けてあるサンドイッチ等である。

 

「まあ、そこは置いておきましょう。ともかく、レイだけに戦わせるなんて真似はしないから安心して」

 

「なら、ホッとしました」

 

綾波だけではない。

他に助け合える仲間が居る。

それを聞けただけでも安心感がある。

 

「話は変わるんですけれど」

 

「何かしら?」

 

シンジは改めて話題を変えてくる。

リツコとしても彼の問いにはきちんと答える姿勢でいる。

 

「零号機って、どうして凍結されていたんですか?」

 

素朴な疑問であった。

綾波と何か関係があるのだろうとは思う。

聞いて構わない内容なのかも掴めない。

ただ、凍結の原因は気になる点でもある。

 

「気になるわよね。良いわ、シンジ君には聞く権利がある」

 

リツコはそのように言ってくれる。

 

「シンジ君が来る数ヶ月程前に起動実験を行った零号機が暴走したの」

 

「っ!?」

 

そんな事態になっていたとまでは知らず、シンジは驚きに声も出ない。

しかし、話はまだ終わらない。

 

「その時、零号機にはレイが搭乗していたの」

 

「っ!! 綾波が!?」

 

現在の様子を見る限り、綾波が無事なのは見て分かる。

では、どのようにして彼女は救助されたのか?

 

「安全の為にエヴァの充電を数十秒で止まるように調整していたの」

 

フル充電し、活動を終えるまでにしては5分と掛かる。

パイロットにもしもの事があっては意味がない。

その采配は妥当なものだ。

 

「その時に碇司令がレイを心配していたわ」

 

「父さんが?」

 

再会してから未だに言葉を交わした回数も少ない。

それどころか数回しか顔を合わせていない。

日数こそ少ないが、毎日顔を合わせる機会はミサトや飼っているペンペンの方が多くなっている。

 

「エントリープラグ内に身を乗り出す程には心配していたわ」

 

「そうなんですね。少し安心しました」

 

リツコからの話を聞いたシンジはそのように返答した。

 

「安心?」

 

「はい」

 

リツコから今度は聞き返す事に。

シンジは深く考えている様子は見られず、簡単に頷いた。

 

「だって、父さんはそれだけ綾波の事を見ている。どういう理由かは分からないけれど、人の心…………良心までは全てを捨ててないって思えましたから」

 

正直に言うと、NERVに所属する話の際にも思っていたようにあくまでシンジの個人的な願望も含まれている。

だが、誰かを心配する気持ちを持つのなら幾らかは安心できる。

そう思った…………が、

 

「こんな事を言いましたけど、初日に怪我した綾波を乗せようとした事を思い出しちゃいましたね」

 

今しがたのシンジの発言を自ら引っくり返す内容だ。

そう言えばゲンドウは道徳心を捨てているような行為をしようとしたではないか。

 

「今の話を聞くに、もしかして本当は綾波を乗せるつもりは無かった――――とか?」

 

「真意は分からないわ。けれど、あんな状態のレイを乗せられないと思っていた。多分、シンジ君が乗らなければレイでもない、別の手段を用いていたと思うの」

 

ゲンドウの真意はリツコにも不明瞭だ。

だが、万が一に備えてのプランは最初からあったようだ。

 

シンジが乗らない選択をした場合でも綾波が乗る必要の無くなる方法……。

 

「自動操縦、とか?」

 

「まだ開発中だけれど」

 

シンジの予想を否定せず、そのように答えた。

つまり、基礎自体は出来上がりつつある。

 

しかし、シンジがの乗らなければ未完成でも御披露目になった事だろう。

結果としてシンジが乗る決意をした。

あんなものを見せられたら男として乗らざるを得ない。

ゲンドウはそれを見越していたのではないかとも思えてくる。

 

それにしても『こちらの世界』の赤木リツコの仕事量には脱帽だ。

ミサトも多忙だと思っていたが、やはりエヴァ関連のマストな開発も担当している。

リツコの方もかなりハードなようだ。

 

「あの、無理だけはしないで下さいね」

 

「心配してくれてありがとうシンジ君」

 

労いの言葉を掛けたところでリツコは止まるまい。

こればかりは替えが利かない。

 

何かシンジも手伝える事があればと思う。

だが、中学生の身の上でしかない彼には何も出来ない現実なのを再認識させられるのもこれで何度目か。

 

自分の身の丈を考えている内に飛行機は目的地であるドイツに着陸する。

 

 

 

 

 

せっかくの海外ともくれば観光といきたいところ。

ノイシュバンシュタイン城やらケルン大聖堂やら、色んな観光地がある。

 

残念な事にシンジには観光地を巡るだけの時間的な猶予はない。

NERVドイツ第三支部にてセカンドチルドレンこと惣流・アスカ・ラングレーとの対面を要求されているから。

 

到着後、リツコと現地のNERV職員が聞き馴染みの全くない言語を交わすのを眺めている。

 

今回、シンジはそこそこの大きさのショルダーバッグに暇潰し用のラノベを2冊と携帯ゲームを持ってきているだけ。

財布なんかは持ってきていない。

日本からの移動に際してもリツコが前以て準備してくれていた。

と言うより、空港含めてNERVの息が掛かっていたのでそもそもシンジがお金を持ち歩く必要が皆無だったのも理由として挙げられる。

所在無くスマホを弄くるのも憚れる。

 

「行きましょうシンジ君」

 

「はい」

 

ようやく話を終えたリツコにシンジは頷き、異国の地のNERVへ。

緊張していたのも最初のみ。

内部が日本のものと殆んど変わらない。

実家のような安心感がある。

 

「シンジ君はこの人に付いて行って」

 

「はい」

 

リツコは仕事の為に来訪している。

シンジはご指名されて付いてきた訳だ。

ここで別行動となるのは事前に聞かされていた。

 

「では、こちらへ」

 

片言ではない日本語を話してくれる現地職員。

シンジのボディーガードの人も2人付いてきてくれる。

 

ここは敵地ではなく、海外のNERVだ。

本来は味方の立ち位置の筈なのだが…………やはり、一枚岩とはいかないらしい。

 

―――どうなるのかまでは分からないけど、悪い方向にはならないと思う。

 

多分、メイビーと心の中で反芻する。

シンジは希少な(と思われる)エヴァンゲリオンのパイロットだ。

 

その存在価値は来たばかりのシンジには分からない。

だが、NERVのトップに位置する父のゲンドウ、その腹心の冬月からNERVに存続させる為に提案をされた。

 

言い方を選ばないならシンジ自身には利用価値がある。

しかも、替えの利かない存在である可能性が高い。

 

成人した大人ではエヴァンゲリオンは操作不可能。

対して中学生の子どもには操作可能。

 

こういった点で誰でもエヴァンゲリオンを操縦出来る訳ではない事が窺える。

戦いともなれば、専門となる軍人に任せる方がより賢明なのだから。

 

「着きました」

 

シンジが案内されたのはこちらの管制室らしき部屋だ。

オペレーターらしき職員達が異国の言葉を交わし合う。

こちらには目もくれず、モニターを凝視している。

恐らくはシンクロ率だろう、数字も表示されている。

 

そして、肝心のモニターにはある1人の少女の顔が映っていた。

 

―――アスカ!!

 

惣流・アスカ・ラングレーがエントリープラグ内で操縦桿を握る。

シンジは内心で彼女の名を叫ぶ。

 

今は訓練の真っ只中だろう。

その最中に通された。

訓練は中断されず、続行を選択されている。

 

なるほど、如何にも彼女らしいなと思った。

これはアスカの提案だろう。

 

自身の実力を見せてやろうという魂胆だ。

負けず嫌いの一面もある彼女らしいなと感じる。

 

しばらく待つよう告げられる。

そして、彼女のシンクロテストを観察するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカの訓練は終わるとシンジは更に別室に案内された。

会議室と思わしき部屋だが、テーブルや椅子さえ無い部屋だ。

この場所にはシンジの他にもう1人だけ居る。

 

「来たわね」

 

シンジのものとは異なる赤いプラグスーツに身を包んだ少女――――惣流・アスカ・ラングレーだ。

『平行世界』では『碇シンジ』の幼馴染みのポジションで、『綾波レイ』共々に現在の碇シンジを構成してくれた人物の1人である。

 

「アタシは惣流・アスカ・ラングレーよ」

 

仁王立ちし、アスカは自己紹介する。

このやり取りだけで『この世界』のシンジとアスカが初対面である事が判明した。

 

「初めまして、僕は――――」

 

「知ってるわ。親の七光りでエヴァのパイロットに選ばれたサードチルドレンの碇シンジでしょ?」

 

シンジが自己紹介をしようと思った直後、アスカから名前は知っていると言わんばかりの言葉を受ける。

だが、それにしても随分な前置きがされていなかったか?

 

「えと、七光りとかは良く分からないけれど……僕が碇シンジだね」

 

「ふーん」

 

とりあえずは名乗るものの、シンジを品定めしようと上から下まで眺める。

感じからしても、どうやら好意的には捉えられていないらしい。

 

「アンタ、冴えないわね」

 

「惣流さんは辛辣な評価をするんだね」

 

「当然よ。アタシはエヴァのパイロットとしてはエリートなの。七光りで選ばれたアンタとは違うのよ!!」

 

ビシッ!! と指を差される。

どうにもエヴァのパイロットに選ばれた理由が気に入らないのが見て取れる。

 

綾波もそうだが、きっとアスカも厳しい訓練をこれまで積んできたのだろう。

それをポッと出の少年がやって来て、あまつさえ一発で乗りこなして使徒さえ倒してしまったのだ。

アスカとしては、訓練も無しにエヴァを操縦する事にも一言あるに違いない。

 

「そうだね。惣流さんからしたらそう捉えられるよね」

 

「何? 違うって言うの?」

 

「正直なところ、僕にもよく分かってないかな」

 

「はあ!?」

 

あまりにもな返答にアスカも怪訝な顔を作る。

シンジからすれば「分からない」のは当たり前なのだ。

 

「僕は父さんとは疎遠だったんだ。だけど、いきなり呼び出されてエヴァに乗るよう言われたんだ」

 

だから、ある意味で七光りなのは間違っていない――――シンジは最後にそう付け加えた。

 

「じゃあ、アンタは成り行きでエヴァのパイロットになって、流されるがままに使徒と戦ってる――――と?」

 

「そう、なっちゃうのかな」

 

アスカの言うように周囲に流されるがままにエヴァに乗って戦っている。

無論、皆を護る為にも使徒と戦う決意は固めている。

切っ掛けはどうあれ、アスカの指摘は正しくある。

 

 

 

 

 

「ふざけないで!!」

 

 

 

 

 

それを聞いた瞬間、アスカの怒号が鳴り響く。

更には胸ぐらを掴まれる。

 

「アタシはアンタと違って自ら望んでエヴァのパイロットをしてる!! そんな成り行きでパイロットをするなんて、自分の意志で乗る気が無いならパイロットを降りて!!」

 

身勝手な論理を押し付けてくる。

いや、惣流・アスカ・ラングレーにとっては許されない事なのだと悟る。

 

『平行世界』ではあるが、だてに彼女との付き合いが長い訳ではない。

勝ち気で負けず嫌い、プライドが高く、自意識過剰な点がある。

しかし、彼女が努力を惜しまない事を知っている。

 

―――そうだったんだ。アスカにとって、エヴァンゲリオンに乗る事は特別な事なんだ。

 

それを綾波レイの時に実感した筈なのに、シンジは忘れてしまっていた。

結果、惣流・アスカ・ラングレーを怒らせた。

 

「降りないよ」

 

シンジは真っ直ぐにアスカを見て告げる。

短く、その一言を。

すかさず、シンジは言葉を紡ぐ。

 

「僕には皆を守るって決めたから。その為に僕は戦う」

 

「………………あっ、そ」

 

簡素に呟き、アスカは手を放した。

シンジは解放され、乱れた襟首の辺りを整える。

 

「なら、アンタの決意が結果に繋がるかどうか見てあげるわ!!」

 

「見るって……」

 

「アタシがしてる訓練がこなせるかどうか、確認するのよ。でもその格好だと動きづらいだろうから着替えに行くわよ」

 

今度は腕を掴まれ、シンジは連行される。

その後、更衣室にてプラグスーツに着替える。

荷物はその時に置いてきた。

 

その後にエレベーターに乗り移動を始め――――――話は冒頭に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「本当、いつになったら助けが来るのよ!!」

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

アスカは両腕を高く挙げて叫ぶ。

シンジはと言えば、興奮しっ放しのアスカを宥める役だ。

 

「何でそんなに落ち着いてられるのよ!!」

 

「エレベーターの電源が落ちてるだけだから慌てなくても助けはしばらくしたら来るのは分かってるから」

 

シンジとアスカの動向は見られている。

ましてやシンジに関してはボディーガードまで付いている。

気が付かない筈がない。

 

「ねえ、この状況が何者かの策略とかは考えないの?」

 

「それこそ無いと思うよ」

 

アスカの問いにシンジは否定の言葉で返した。

 

「使徒は全人類の共通の相手なんだ。戦力を有する組織を壊滅させるメリットの方が少ないんだもの。

 仮に上を抑えたとして、何処に有力な情報源があるのかも分からない。もっと言うと、下手な真似をして自分達の首を締める結果になりかねない事はしないさ。

 これは受け売りの言葉だけどね」

 

この意見も『平行世界』にて『碇ユイ』と『赤木リツコ』の受け売りだ。

何か不利益が降り注いだ際、重要な存在である自分自身を交渉のカードにも使える。

そして、危害を加えられる可能性も低いと。

 

更に組織内を破綻させたとして、上役が様々な情報源を持っていては使徒との戦いが不利になる可能性だってある。

 

これらの事からシンジは最悪の事態ではないと推測する。

無論、100%とは言い切れない。

だが、『碇ユイ』と『赤木リツコ』が言うなら間違いないと信じている。

 

「………………本当、冷静なのね」

 

「冷静であろうとしてるだけだよ。内心ではどうしたら良いのか不安で仕方無くて、それを誤魔化そうとしてるだけだから」

 

シンジはそう言いながら胡座を掻いて座り込む。

アスカも立っていても仕方無いと思ったからか、体育座りをする。

 

「ねえ、アンタはエヴァに乗るのは『皆を守る為』って言ってたわよね?」

 

「う、うん」

 

唐突な質問。

シンジは反射的に答える。

 

「どうして?」

 

「どうしてって、僕の戦う理由の事だよね?」

 

「他に何があるのよ?」

 

質問を質問で返すと、当然と言わんばかりのアスカの返答。

シンジは頬を掻きながら口を開く。

 

「エヴァに乗って使徒と戦って…………怖かったんだ」

 

「怖い? 戦う事が?」

 

「うん」

 

この辺りは綾波にも話したな――――そう感慨を抱きながらもシンジは言葉を続ける。

 

「戦って死ぬ…………言葉だけなら綺麗だけど、実際に目の当たりにしたら恐怖で逆の事を考えると思う」

 

「死にたくない、生きていたいって、生にしがみつくと?」

 

「少なくとも、僕は生に執着しちゃうかな」

 

綾波の時とはまた違った言葉のやり取り。

しかしながら、2度の戦いを経たシンジの気持ちもまた変化は訪れている。

 

「皆を守る為、皆を助ける為にって、僕は使徒と2回も戦ったんだ」

 

「他人が原動力って事? 他人に理由を見付けようとするなんて、随分な事ね。しかも『自分が守らなきゃ』って考えてるところも随分と身勝手よ」

 

「手厳しいね惣流さんは。でも、君の言う通りだ」

 

シンジは頬を掻き、アスカの弁は正しいと言う。

間違ってなんかいない。

 

「実を言うとさ、『皆の為に』って部分に自分を入れるように最近言われたばかりだったんだ」

 

あの時は自分の事も大切にして欲しい――――そういうメッセージだと受け取っていた。

けれども、今は異なる意味も含まれていると分かる。

それを他でもない、目の前の少女が教えてくれた。

 

「でも、惣流さんの言うように僕は他人を理由にしてエヴァに乗ってる」

 

エヴァンゲリオンに乗る理由に他人を利用している。

承認欲求によるものなのを今しがた理解した。

恐らく、アスカは感覚的にそれを受け取って嫌悪感を抱いているのだろう。

 

「それを理解して、エヴァには乗り続けるって訳なの?」

 

「それでも、僕は乗るよ」

 

アスカの問い掛けに真っ直ぐ、シンジは告げた。

 

「他人を利用してる自覚はある。だけど、それこそが僕が戦い続けられる“偽りの無い本心だから”」

 

嘘偽りの無い本心だとシンジは胸を張れる。

誰であろうと、彼の考えを決して否定はさせない。

 

「それにさ、これも最近なんだけど守るだけじゃない事を教えられたのもある」

 

「守るだけじゃない?」

 

「助け、助けられ――――助け合いの精神を学んだんだ」

 

前回のシャムシエル戦では民間人のトウジとケンスケを巻き込まれた。

NERVの関係者は戦う覚悟を持ち、守るべき存在でありながら共に背中を合わせて戦う仲間。

 

対して2人は違う。

シンジが矛となり、盾となり、守らねばならない存在だ。

その2人をシンジは乗せ、守りながら戦う…………筈だった。

 

「前回の使徒の時、僕は一般人を乗せて戦ったんだ。本当なら守らなくちゃいけない相手…………だった」

 

「だった? 何かあったの?」

 

「助けられたんだ。その相手に」

 

たった一言、シンジはそれを伝える。

アスカからしたら呆れるものであろう。

本来守るべき民間人に助けられる展開は有り得ないものだ。

 

「そんなの、エヴァのパイロットとして相応しいとは言えないわね」

 

「そうだね。僕はエヴァのパイロットとしては相応しくないよ」

 

民間人に助けられる。

そんなのはアスカには考えられない展開だ。

そうあってはならないと、エヴァンゲリオンの訓練を続けてきたアスカは思っていよう。

 

その思想は正しい。

軍の側面を見せるNERVに居るのだ。

漫画知識でしかないが、軍人が民間人を助けるのは当たり前で、助けられる描写なんてまず考えにくい。

 

災害時、救援に来た部隊を民間人が助けるような展開があるのか?

答えは否が殆んどであろう。

シンジの記憶にしかないものの、ニュースにしてもそんな話は一切聞かない。

 

つまり、シンジの話す内容は軍に所属するであろうアスカには信じがたい話となる。

 

「でも同時に僕1人で使徒は倒せなかったのも事実だよ」

 

「1人で倒せなかったですって? じゃあ、どうやって2体も使徒を倒したって言うのよ?」

 

シンジの言葉にアスカが苛ついている。

彼女はエヴァンゲリオンのパイロットとして、使徒を2体も殲滅した碇シンジに興味を抱いた。

なのに当の本人は「自分だけの力ではない」と言い出した。

では、彼はどのようにして使徒を殲滅したのか?

 

「さっきの話に戻るけど、色んな人に助けられたんだ」

 

ここへ来て話題の切っ掛けに戻ってくる。

 

「最初の使徒はNERVの人と協力して倒せたんだ。次の使徒はたまたま居合わせた民間人の協力があったおかげだよ。もちろん戦自の協力も不可欠だった」

 

シンジだけではサキエルも、シャムシエルも、弱点を見付けるだなんて不可能な話だ。

殲滅に貢献してくれたのは紛れもなくNERVの面々だ。

ミサトやリツコ、オペレーターの面々、整備士――――挙げればキリがない。

 

特に今回、シャムシエルの時のMVPは間違いなくトウジとケンスケだ。

2人の客観的な発想と視点のおかげで乗り越える事が出来た。

 

碇シンジが1人で使徒を殲滅した例は一度たりとも存在しない。

 

「随分と優等生な台詞ね。要は1人じゃ何も出来ないってだけでしょ?」

 

妙にアスカが突っ掛かってくる。

そこには何か理由があるのではと推測する。

いや、推測するまでもない。

既にアスカは告げているのだから。

 

真っ正直から伝える事が正しいのかは分からない。

だが、これはシンジにしか言えない事なのだと思う。

 

「そうだよ。僕は1人で生きていける自信がない」

 

アスカの言葉にシンジは真正面から肯定した。

これにはアスカは“間違いなく苛ついた筈だ。”

彼女よりも先に言葉を紡ぐ。

 

「それは、惣流さんにしても同じだよ」

 

「はあっ!? そんな訳がない…………」

 

「違わないよ」

 

シンジに突っ掛かる最大の理由、それは使徒を2体も倒した彼への嫉妬も含んでいよう。

使徒と戦う為に彼女は訓練を積んできた。

エヴァンゲリオンに乗って戦うのは彼女にとって“人生そのものなのだ。”

 

綾波レイと同様、惣流・アスカ・ラングレーはエヴァンゲリオンという存在そのものに取り憑かれている。

固執していると言い替えても良い。

 

エヴァンゲリオンに乗り立ての、同い年の少年に彼女は先を越されたのだ。

しかもNERVの司令の直系ともなれば面白く思わないのは確か。

 

綾波は無頓着ではあったが、遠く離れた異国の地でひたすら訓練に励む彼女には面白くも何ともない結果なのは容易に想像できる。

 

これはいけないとシンジは感じた。

綾波の時と同じなのだ。

 

惣流・アスカ・ラングレーの人生は既にエヴァンゲリオンと共にある。

しかし、何らかの形でエヴァンゲリオンに乗る事が無くなれば?

そうしたら彼女は生きる意味を失ってしまう。

 

それだけは避けなくては。

その為にも“この問答は重要だ。”

 

「聞くけど惣流さんは独り暮らしは出来ると思う?」

 

「え? そんなの簡単よ」

 

「じゃあ、料理は出来る?」

 

「そんなの、買ってくれば良いのよ。時短よ、時短」

 

「洗濯や掃除なんかも業者を雇うつもり?」

 

「そうよ。アタシにはそんな些細な事にお金を掛けてる時間は無いわ」

 

シンジの思った通りだ。

アスカの心の根底には「エヴァンゲリオンのパイロットとして生きていく」事しか考えがない。

 

もしも、何らかの形で破綻したら――――アスカの心が耐えられるとは思いにくい。

 

「今は良いかもしれないけれど、将来は必要になるかもよ」

 

「将来?」

 

「そう、将来。未来、フューチャーだね」

 

「急に英語圏の言い方をしたのは気になるけど…………将来なんて考えた事もないわ」

 

シンジからの問いにアスカはシンプルに返した。

それはそうか。

まだ中学生での年齢だし、今はエヴァンゲリオンのパイロットとしての気持ちの方が強いのだろう。

 

「まあ、普通はそうだよね。僕も同じさ」

 

「将来とか言っておいて、何も考えてないのね」

 

「今は使徒を倒さないと未来がない――――って考えてるからかもね。元々、やりたい事も無かったし」

 

「そうね。今は使徒の殲滅が先よ。一寸先どころか永遠に闇の中を突き進む事になるわ」

 

日本の慣用句も御手の物だ。

アスカの言い回しに内心で拍手を送る。

 

「惣流さんはもう少し肩の力を抜いて良いと思うよ」

 

「急に何を言い出すのかと思えば」

 

シンジの発言を理解が出来ないと言いたげだ。

 

「根を詰めすぎると、いつか重責に潰されちゃうよ」

 

「うるさい!!」

 

自分の事を何も知らないシンジにどうして好き勝手言われなくてはならないのか?

 

「アンタなんかにアタシの気持ちが分かる訳がない!!」

 

体育座りから立ち上がり、アスカは腹の底から叫ぶ。

 

「アタシはね、エヴァに乗る為に生きてきたの!! 背負ってるものがアンタとは違うのよ!!」

 

遂にアスカは感情を爆発させる。

 

「アンタみたいに成り行きで戦って来た訳じゃない!! アタシはアタシ自身の為に訓練して、エヴァに乗って使徒の殲滅を目標にしてきたの!!」

 

感情を爆発させたアスカの言葉はマシンガンのように次々と出続け、言葉の大きさは爆弾のようであった。

 

「将来だとか、夢だとか、そんなのは二の次よ!!」

 

「…………それは、惣流さんにとってはエヴァに乗る事が大事って話?」

 

「そうよ!! それなのにさっきから口を挟んできて、何がしたいのよ!!」

 

シンジの予想した通りだ。

アスカにとって、エヴァンゲリオンに乗る事は命題なのだ。

彼女の生き方そのものをシンジの言葉だけで変える真似なんて出来ない。

 

どれだけアドバイスをした所で、今のアスカの反応を見て分かる通りに余計なお節介にしかならない。

 

だからこそ、アスカからの質問。

シンジが先程から彼女へ言葉を掛け続ける真意を知りたがっている。

シンジはどう答えるべきか?

そんなもの、決まっているではないか。

深く考える必要なんてない。

シンプルに答えよう。

 

 

 

 

 

「アスカの為に出来る事をしたいんだ」

 

 

 

 

 

「はっ、あ?」

 

まさかの答えにアスカは言葉を失う。

だってシンジとアスカはまだ出会って数時間にも満たない間柄でしかない。

 

なのに自分の為?

そんな事を彼は本気で言っているのか?

 

「アンタ、何を言ってるのよ?」

 

「そのままの意味だよ」

 

シンプルなまでの回答だったが、アスカは混乱していた。

対するシンジは冷静で、まるでそれが当たり前のようであった。

 

「そうじゃなくて、何で会って間もないアタシの為とか言い出してるの? ふざけてるだけ?」

 

「そんな事はないよ。僕はアスカの努力を教えられたから」

 

「アタシが努力なんて言葉をいつ口にしたのよ?」

 

「してるよ。ずっと」

 

シンジも立ち上がり、アスカを真正面から見る。

余所見なんてしていない。

碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーだけを見つめる。

 

「さっきから言ってるじゃない。エヴァに乗る為の訓練を積んできたって。実際に今まで努力をしてきた証拠でしょ?」

 

「…………っ!!」

 

実際に言い当てられ、アスカも言葉を返せない。

努力を肯定してくれているのは簡単にエヴァンゲリオンを動かした目の前に居る少年なのが何と皮肉か。

 

馬鹿にしてるでしょ!!――――アスカの心は暴発寸前だ。

シンジの言葉を流せる程に自分の気持ちがコントロール出来ない。

 

この少年はアスカが長年積み重ねてきたものを容易く扱ってみせた。

しかも、彼女が行う筈の使徒の殲滅まで付けて。

 

アスカとしてもどんな少年か興味本位で呼んだに過ぎない。

どうせ訓練もまともに受けていないのだから自分よりも格下と言う思いもあった。

 

アスカよりも積み重ねてきた時間が違う。

エヴァンゲリオンに対する想いの強さに彼とでは温度差があるのは分かっていた。

 

けれども、パイロットとなるからにはアスカは先輩で後輩でしかないシンジよりも持っている物は多いと確信していた。

だからこそ、直接会って先輩として後輩に渇を入れてやるつもりだった。

 

しかし、彼に劣る部分を見てしまった。

シンジはアスカよりも自分の感情を上手くコントロール出来ている。

認めたくないが、彼は大人びていると言って良い。

 

エヴァとのシンクロは自身の心のコントロールと言って良いだろう。

それを上手く出来ず、シンクロ率は上下している。

 

それ事態は仕方無い。

第三者の視点で言ってしまえば、アスカはまだ中学生だ。

多感な時期の少女が精神をコントロールするなんて普通は難しい話なのだ。

 

そして、エヴァンゲリオンを操縦する上では残念ながら必要な能力であったりもする。

 

アスカは感情の制御が上手く出来ない。

その点、シンジは真逆にも感情のコントロールが出来ている。

 

少ない時間のやり取りながらアスカには理解できてしまった。

こうして閉じ込められた彼がえらく落ち着いているのも話を裏付ける。

 

こうしてシンジと対話する自分が如何に感情的になりやすいのかを見せ付けられる。

碇シンジにあって惣流・アスカ・ラングレーに無いものは存在しないと思っていた。

 

あったのだ。

単純な、実にシンプルなものが。

 

それを見せられ続ける事に嫌気が差している事も分かっていた。

しかし、アスカは一向に認めようとはしなかった。

 

認めてしまったら、長年費やしてきたものを簡単にシンジに奪われてしまうのではと危惧した。

 

「アスカは僕の出来ない事が出来る。その事実は、今後何があろうと変わらない」

 

この言葉に、先程までとは違った意味でアスカは思考を停止する。

ただ、シンジの次の言葉ですぐさま現実に引き戻される。

 

「もちろん、その逆もだけどね」

 

「逆って、アタシに無くてアンタにあるものって何なのよ?」

 

シンジが冷静なので、釣られてアスカも心持ちを落ち着かせていく。

いつの間にか心の奥底から吹き上がった憤怒のマグマは鎮まりつつあった。

 

「あるよ。僕は料理が出来るけど、アスカは出来ないとか」

 

先程の問答の内容を引き合いにする。

しかし、それがエヴァとは何の因果関係を結ぶのか?

 

「まだあるよ。僕は家事全般が出来るけど、アスカは出来ないでしょ?」

 

「うっ!? そ、それがどうかしたの!!」

 

最終的には開き直るアスカ。

シンジは思わず苦笑する。

 

「な、何を笑ってるのよ!!」

 

「ああ、ごめん。答えが予想通りでさ」

 

さて、話が脱線しそうになるが元に戻す。

 

「もちろん、これは僕の方にも当てはまるよ」

 

多分、僕の方が多い――――そう付け加えて続ける。

 

「僕はエヴァの操縦が苦手だ。単純な操縦で言うと、アスカにも劣る」

 

シンクロ率に任せた操縦でしかない。

いざというとき、シンジ自身の腕が試される。

それは前回の使徒戦で嫌と言う程に思い知らされた。

 

あの時、シンクロ率が低下して単純な操縦しか出来なかった。

普通のエヴァの操縦が可能であったのは事実なのだ。

 

もし、シンジがきちんと訓練を積んでエヴァの操縦が出来ていたなら――――シャムシエルだけじゃない、サキエルだって何とか出来た筈なのに。

 

「いくらシンクロ率で誤魔化したところで、エヴァの純粋な操縦の技術じゃ勝てない。多分、それは一生僕が追い付けない程だと思う」

 

仮にシンジがアスカをも越える操縦を行ったとして、一日の長どころではない彼女ならば簡単に越えてしまうだろう。

それだけの経験値をシンジを越えているのだ。

 

「他にもいくつかあるけれど、僕だけじゃない。他の誰にも負けない部分がある」

 

「そんなもの、会って間もないアンタに分かるの?」

 

「誰であってもすぐに分かる、一目瞭然の事だから」

 

シンジはやけに自信満々だ。

はたして、彼は何を言い出すのか?

 

 

 

 

 

「アスカは誰がどう見ても美少女な事だよ!!」

 

 

 

 

 

「……………………はい?」

 

たっぷり間を取って、アスカは惚けた声を出す。

いや、彼は何を理由として言い出したのか?

 

今日、彼とこの短期間で言葉を交わして何度目かの思案になる。

意味を脳内で反芻させ、理解したところで ボッ!! と、顔を赤面させた。

 

「な、何を言い出すのよ!!」

 

「え? 事実だけど?」

 

あっけらかんと伝えるシンジ。

ストレートに告げているのは感覚的に分かる。

随分と歯の浮いた発言をするではないか。

 

シンジ自身、するりと言葉が出て来て自分でも驚いている。

『平行世界』で抱いた彼女達――――アスカへの想いをシンジは忘れない。

偽りではない本心を彼女へ伝えた。

 

「そんなの、加持さんから聞かされてるから知ってる、わよ」

 

あからさまな歯切れの悪さが目立つ。

シンジの一言が予想外にもアスカには刺さったらしい。

 

加持の名前が出て来て「あの人なら言いそうだな」と思いつつ、「誰もアスカに対して言わなかったのか?」との疑問も抱いた。

 

NERVの職員はチルドレン以外は大人だ。

成人している人達が多いだろう中で同年代の人から言われる方が少ない。

 

思い返してみれば『平行世界』でもアスカに対して直接言っている人物は多くなかった。

恐れ多いと考える者も居たのだろう。

話が脱線し始めたが、とりあえず置いておく。

 

「言われ慣れてるかもだけど、ちゃんと自信を持って。アスカは美少女中の美少女、とびっきりの美少女なんだから」

 

「あーっ!! むず痒い事ばかり言うのは止めなさい!!」

 

顔を真っ赤にさせたアスカが叫ぶ。

同年代と接する機会が少ないのか、妙に照れ臭そうにしている。

 

「っで? 結局は何が言いたいのよ?」

 

「エヴァンゲリオンとか、パイロットだとか、チルドレンとか、僕とアスカじゃ考えに違いはあると思う」

 

一拍、シンジは間を置いて言葉にする。

 

「だけど、アスカはアスカのままで良いんだ。それだけ君は十分魅力的な女の子なんだから」

 

大雑把で、意地っ張りで、頑固で、プライドが高い少女。

その実、彼女はおおらかで、信念は曲げず、一途で、常に前を向き続けている太陽のように明るい少女。

 

碇シンジは『平行世界』の彼女とどれだけの付き合いだと思っているのか。

 

彼女の短所も長所も理解し、その上で彼は――――

 

―――ととっ、思考が脱線するところだった。

 

シンジは意識を真正面に戻す。

答えを受けたアスカは頬を赤くさせ、そっぽを向いていた。

気恥ずかしいのか、そこのところは分からない。

 

「ねえ、アタシにはエヴァに乗る以外に価値があると思う?」

 

「そもそもアスカに価値なんて付けるのが間違ってる。エヴァが無くたって、アスカは十分過ぎる程に凄いんだから」

 

何ともアバウトな表現をする。

だが、それだけ碇シンジは彼女を見ている。

 

エヴァンゲリオンのパイロットだとか、セカンドチルドレンだとか、エリート少女だとか――――そんな肩書きではない。

普通の少女、惣流・アスカ・ラングレー自身を見てくれている。

 

それだけは、最低限伝わってきた。

 

「あっ、開きそうだよ」

 

シンジがエレベーターの扉が開くのを見て言った。

アスカも後ろを見ると扉が開くのが見えた。

 

「シンジ君、アスカ、無事?」

 

「はい」

 

「良かったわ。エレベーターに不具合が起きてしまって。何とか修理を終えたわ」

 

リツコが心配しながら顔を覗かせる。

シンジは真っ先に答え、無事な事を表明する。

 

「アスカ、大丈夫だった?」

 

「ええ、“シンジと居たから退屈しなかったわ”」

 

「あっ、今名前……」

 

アスカがシンジの名前を呼んでくれた。

それを嬉しく思う。

 

「もしかして気付いて無かったの? アンタがさっきからアタシの事を名前で呼ぶから同じようにしただけよ」

 

「え? あっ!!」

 

「やだ。本当に気付いて無かったのね」

 

言われてようやく気がついた。

つい『平行世界』の癖が出てしまったようだ。

 

リツコを見ると頭を抱えているのが見えた。

シンジは心の中で両手を合わせて謝罪する。

 

「まあ、良いわ。特別にアタシの事を名前で呼ぶ事を許可してあげる。その代わり、アタシもシンジって呼ぶから」

 

「うん。よろしくねアスカ」

 

「よろしく、バカシンジ」

 

「いきなりバカ呼びは酷くないかな?」

 

「これ位の皮肉は良いでしょ。勝手にレディの名前を呼んだんだから」

 

「それもそうだね」

 

「やだ、納得しないでよ」

 

「でもアスカ基準ではそうなんだから。しょっちゅう呼ばれると泣きわめいちゃうけどね」

 

「いや、男なんだから我慢なさいよ」

 

「…………」

 

目の前で繰り広げられる夫婦漫才がごときものにリツコは目を白黒させる。

同年代の子と関わる事で不安定だったアスカの精神が安定しているようだ。

 

「ねえバカシンジ。話には聞くけど、日本のアニメは面白いの?」

 

「いきなりバカ付けは止めて欲しいな。日本のアニメは面白いよ」

 

「何かオススメを教えてよ」

 

「良いよ。その代わりエヴァの操縦のコツを教えてよ」

 

「それは考えておくわ」

 

「えぇ…………」

 

打ち解けている2人を見ていると、シンジを連れてきて正解だったなとリツコ思う。

その後、2人は話に花を咲かせる。

 

エヴァンゲリオンなど関係無い。

ただの少年と少女として。

 

こうして、NERVドイツ支部の渡航は終わりを告げる。

 

アスカとの再会はまた先の話。




如何でしたでしょうか?

綾波とゲンドウの話をさくっと終わらせてしまいました。

そして今回のメイン
アスカに会いたかったので、作者の想定よりも早くに登場しました。
手が勝手に動いてました。

と言う訳で満を持して『エヴァ世界』のアスカが降臨しました。
本編よりも多少は落ち着いてますね。
シンジが落ち着いているのでそれに釣られての事です。

エレベーター停まりましたが、何かの策略ではありません。
本当にただの故障ですwww

2人を閉じ込める為に神様が粋な計らいをしてくれました。

さて、今回もこれ位にして。
また次回にお会いしましょう。


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碇シンジの夢⑤ 今夜、お月様が見えなくても

はい。お待たせしました。

今回は番外編的な立ち位置の話です。

端的に言えばLRSです。

良ければ、どうぞ。



―――これは夢……『平行世界』だ。

 

シンジは即座にその結論へ至る。

これまでと異なるのはシンジの意識はあるのだが、身体を動かせない事にある。

 

主導権は本来の『碇シンジ』にあると言う事だ。

今回の主役は碇シンジではなくて『碇シンジ』であるようだ。

 

まるで映画を観ている感覚だ。

そして、碇シンジの意思を無視して上映が始まる。

 

これは碇シンジが体験した『平行世界』の1つである――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜は月が綺麗だね」

 

「今は曇り空だから何も見えないわ」

 

シンジが空を見上げて言うと、隣の綾波がそのように返した。

沈黙が2人の間に落ちる。

 

時間は夜中。

公園のベンチに2人並んで座っていた。

 

中学生の頃の自分達であれば補導は間違いなかった。

ただ、あれから自分達も年齢を重ねた。

 

大学に入学したものの、家から近場なので実家から通っている。

綾波はシンジと同じ大学へと進んでいる。

他の面々は地方の大学や違う大学、はては就職組も居るのでなかなか会う時間は取れない。

それでも年に何回かは皆で集まる。

 

話が反れた。

シンジと綾波も年齢的にも成人となったばかり。

互いに大手を振って酒やタバコといった嗜好品にも手を出せる年齢となった。

ただ、シンジも綾波もその手のものに興味が薄かった。

 

「それにしても、今日は少し冷えるわ」

 

「もう秋だからね」

 

ベンチに座る彼等の手にはコンビニで買ってきた温かいカフェラテ、それと団子だ。

 

季節は秋。

時期的にはお月見をする頃でもある。

 

つい先日まで空から照りつけていた太陽の激しさは無くなっていた。

熱帯夜でエアコン無しでは眠れない日々ともおさらばである。

 

しかし、それは冬の到来が近付いてくる証拠でもあった。

 

「冬が近くなったらアスカが鍋をしようって言い出しそうだ」

 

「想像できるわ」

 

唐突にLINEグループに「鍋をやるわよ!!」と切り出している様子が目に浮かぶ。

 

「夏でも暑くなったら避暑地に行ったものね」

 

「そうだね。トウジなんかは仕事もあるから都合を合わせるのは難しいね」

 

ただ、こういう集まりの号令を行ってくれるアスカの存在は大きいとも感じる。

 

「でも鍋をするとなると僕が作る事になりそうだけど」

 

「碇君の作る料理は美味しいから仕方無いわ。外食をする気も無くなるもの」

 

中学メンバーの中で料理をするのはシンジのみ。

となると、必然的に全ての準備はシンジが行う事となる。

 

まあ、料理を評価して貰えるのはシンジとしても嬉しい限り。

こそばゆさはあるものの、断る理由もない。

 

「それに食費も浮かせられるしね」

 

「そこなの!?」

 

いや、分かってはいたんだけどね――――シンジは息を吐いた。

実家暮らしのシンジに負担が来るのは致し方無い。

 

「でも、こうして皆で集まれるのもいつまで続けられるのかしら」

 

「…………」

 

綾波の呟きにシンジは黙ってしまう。

それだけ皆との日々は楽しかった。

 

綾波もあまり感情を表には出さないが、彼女にとっても色褪せない思い出として残っていよう。

特に彼女は中学生の頃に転校してきて、皆と友となった。

シンジの仲介はあれど、彼女にとっては大きな影響であったのは間違いない。

 

「大丈夫だよ綾波。昔と比べて技術の発展があるんだから」

 

以前では考えられないような集まり方だってある。

ビデオ通話によるいわゆるリモート集会のようなもの。

 

「どんな形であれ、僕達の絆は変わらないさ」

 

「そう、ね」

 

皆がそれぞれの道を歩み始めた。

確かに簡単に会えなくなってもいる。

だが、それが皆との絆が千切れると言う意味ではない。

 

「ねえ、碇君はこの先はどうするつもりなの?」

 

「どうするって、将来の夢的な?」

 

「うん」

 

綾波の抽象的な問い掛け。

その内容を意訳できる程にシンジと彼女との距離は近くある。

さて、彼女から受けた問い掛けにシンジは何と答えたものかと頭を悩ませた。

 

「正直、分からない、かな」

 

「分からない?」

 

「何も決まっていないのかと聞かれると、そうではないんだけど」

 

これまた綾波と同様にシンジが曖昧な表現をする。

綾波は首を傾げ、聞き直す。

 

「じゃあ、小説家になるの?」

 

中学生の頃、シンジの将来の夢を偶然にも知ってしまった。

これは未だに2人が共有する秘密であり、この話題が出せるのは彼女だけだ。

 

「難しいかな。夢を追い掛けるのはロマンがあるけれど、現実は非情だからね」

 

それだけで食べていけるのはほんの一握りだろう。

現実を見てみると、シンジの腕が通用するのかは未知数。

 

大学の課題にバイトに、その片手間で執筆活動は続けている。

続けている…………が、やはり大変な事なのだ。

小説家の先駆者の中にはバイト等をしながら書き上げる者も居るだろう。

 

趣味の延長であるなら難しくはないかもしれない。

ただ、仕事として生活する為の手段にするとなると話は変わってこよう。

 

そうなると「書きたいから書いている」のか「生きる為に書いている」のかの境界線が曖昧になる。

 

これはネットの受け売りでしかない。

「なりたい自分」になれていないシンジが言っても説得力は皆無だ。

 

「でも、それは碇君が小説家の夢を叶えない理由にはならないわ。逃げているようにも聞こえる」

 

「耳が痛いね。その通りだと思ってるよ」

 

綾波の一言はシンジにも頷けてしまうものだ。

シンジは小説家の夢を断念する為の道を模索しているようにも見える。

 

思わず耳を塞いでしまいたくなる。

だが、逃げていてもどうしようもない。

その現実を綾波が突き付けてくる。

 

「まだ時間はある。いつだって新しい事にチャレンジする時間はある――――言葉で列挙するだけなら簡単だけど、いざ実行となると足踏みするんだ」

 

踏み出す勇気が無いと指を差されそうだ。

シンジの選択は言葉を選ばないなら「停滞」の一言だ。

 

「碇君は何で月に兎が住んでいるのかの元ネタは知ってる? Google検索は無しでね」

 

唐突な質問が飛んできた。

月見の季節に乗せたのかなと考えながらシンジは質問に思考を巡らせる。

以前、小説のネタになりそうだからと調べた事はある。

 

「確か、インドとかの神話だったかな」

 

その時の事を思い出しながら綾波へ語る。

兎の他に猿と狐も居た。

その3匹は人の役に立ちたいと考えており、それを聞いた帝釈天(たいしゃくてん)が老人の姿となって食べ物を恵んでくれるのかを確かめる為に現れた。

 

3匹はそれぞれ食料を探しに出た。

猿は木の実を、狐は川の魚を。

しかし、兎だけは何も持ってくる事は出来なかった。

兎の住む野山には老人が食べるものが無かったから。

 

ある日、兎は猿と狐に火を起こすよう頼んだ。

そして、兎はその火の中へ身を投げた。

自分を食べてくれ――――そうメッセージを残して。

 

「この慈悲深い行動を他の動物達にも見せるため、その姿を月の中に映した。

 今も月の中にいるのはこのうさぎで、月の表面の雲のようなものはうさぎが焼け死んだ煙だって言われてるんだよね?」

 

「その話だけじゃないわ」

 

綾波はシンジの説明は間違っていない。

だが、それだけではないと言い出した。

 

「そもそも兎が死なないパターン、兎を帝釈天が生き返らせる――――そんな話もあるわ」

 

人の数だけ話はあると言ったものだ。

 

「でも、綾波も随分と詳しいね」

 

「調べたから」

 

サラッと言うが、凄い事だ。

興味の沸かないものを綾波は調べたと言う事なのだから。

 

「碇君は『月の兎が餅つきをしている』事になっているのは日本だけなのも知ってる?」

 

「あくまで月の表面の模様で『何となくそう見えている』だけだったよね? 他の国で見え方が違った筈」

 

モンゴルでは犬。

アラビアでは吠えているライオン。

インドネシアでは編み物をしている女性。

 

同じ国でも地域差がある。

ヨーロッパでは本を読むおばあさん、水を担ぐ人。

アメリカなんかでは女性の横顔、ワニ、トカゲなど。

 

「1つの話にしても千差万別な物語もあるし、捉え方もそれぞれ異なる時もあるわ」

 

「個人の創作したものもあるだろうから、そんなものを含めれば数は多いよね」

 

「そう。だから、碇君も色んな選択肢を片っ端から試してみるのが良いと思うわ」

 

綾波から提示されたのは複数の選択肢から選ぶのではなく、複数の選択肢を全て実行してみる事だ。

それは、学生の今だからこそ出来る方法論でもある。

 

目から鱗とはこの事か。

回り道になるし、道に迷うかもしれないが、碇シンジの選択肢の幅を広げる事にはなる。

選択肢の少なさで頭を悩ませるより、選択肢の多さで悩める方が良い。

 

「小説だって、題材によっては経験した事が使える事もあるもの。碇君なら料理を題材にしても良いかもしれないわ」

 

「小説だと難しくなるかな」

 

料理をテーマにすると、やはり作る工程も文章よりも絵が分かりやすい。

挿し絵を挟めば問題は解決できるので、一概には言えたものでもない。

ただ、やはり絵の方が料理を知らなくても分かりやすく伝えやすいのもある。

 

「動画なんかをアップするのも良いんじゃないかしら? URLをページに乗せておくの」

 

「斬新な発想!? でも、誰が動画を作るの?」

 

「碇君は料理を。私は撮影と味見をするわ」

 

「………………それ、綾波が料理を食べたいだけじゃない?」

 

食い意地を張る事を言う。

しかし、綾波なりにシンジを励ましてくれた。

 

互いが互いの悩みを打ち明け、そして励まし合う。

 

虚勢や見栄なんかない。

シンジも綾波とのこの関係は心地好い。

 

「碇君と居ると、私はポカポカするわ」

 

「ポカポカって、温かい飲み物を飲んでるからとかじゃなくて?」

 

「とっくにカフェラテは冷めてるわ」

 

随分と話し込んでいたらしい。

綾波との会話に夢中になっていたからか、いつの間にか手元のカフェラテはすっかり冷めてしまった。

 

手に持った団子を食べきる。

そして、カフェラテを流し込む。

勢いのあまり、シンジはむせてしまう。

 

「一気に飲んだりするから」

 

「は、はは」

 

今のは“勢いを付ける為に”と言う意味合いもある。

綾波相手に叶えるには難しい問題だったから。

 

遠回しな言い方では彼女の手は掴み取れなかった。

問題という雲に切れ間を待っていても時間の無駄だ。

 

しかし、彼女も「月」を題材にした様々な作品の知識は持っている。

タイミングが悪かっただけなのかもしれない。

ならば、直球で言っていたのだと伝えてやれば良い。

 

綾波の横顔を見ると空を見上げていた。

そこには厚い雲に覆われた空しかない。

夜空に浮かぶ月は見えず、赤い瞳には暗雲しか映されていない。

 

「空…………月はまだ見えないわね」

 

「そう、だね」

 

心臓が早鐘を打つ。

陳腐な言い回しと指摘されようが、現状のシンジの心情を説明出来るのがこの一言のみなのだ。

 

これからやろうとするのは何も無い荒野を歩くのに等しい行為なのかもしれない。

けれど、シンジの中にある想いはどれだけ小さかろうと光輝いている。

けれど、見ているだけでは駄目だ。

 

この光は、想いは、何らかの形で見せなければ伝わらないのだから。

 

「ねえ、綾波」

 

「何かしら?」

 

「月を使った表現って色々あるよね」

 

「ええ。あるわね」

 

シンジから振られた内容に綾波は頷く。

彼女も以前よりはマシになってきたが、それでも口下手な所はまだ残っている。

シンジとの会話のキャッチボールが続けられた事に内心で安堵する。

 

「一番有名なもので言うと夏目漱石が使った――――」

 

そこで言葉が止まる。

月を用いた言葉に、有名どころで夏目漱石が作った告白の言葉がある。

それをシンジはベンチに座った直後に使った。

 

ああ、そういう事なのかと綾波は理解した。

理解すると、顔が耳まで真っ赤になる。

カフェラテは既に冷めている。

これは綾波レイの本心が引き起こした熱さ。

 

ドキドキと、心臓が口から飛び出そう――――陳腐な言い回ししか出来ない程の緊張感が綾波レイの中で駆け回る。

それだけ、綾波レイの中で碇シンジは特別であったのだから。

 

「碇君、さっきの言葉は――――」

 

「本気だよ」

 

綾波が確認するまでもない。

碇シンジの本心。

 

綾波レイを愛している――――と。

 

 

 

恐らく、互いに中学生の頃には無自覚ながら想い合っていた。

 

自分自身、いやになる。

この想いは最初からあったのに、気付いたのは遅かったからだ。

 

別に(うそぶ)いていた訳ではない。

知っていた訳でもない。

 

けれど、この想いを吐き出して失う事を恐れた。

何か取り返しの付かない事になりはしないかと。

 

そうならない為にいつの頃からか、見ないようにしていた。

けれど、意識すればする程に見えないものを見てしまっていた。

 

まぶたを閉じていても無理であった。

いや、そんな事をすれば返って想いに向き合ってしまっていた。

 

例え傍に居なくとも、姿が見えずとも、相手の事を想っていた。

 

遂には抑えきれなくなり、当たって砕けろの精神で突撃する。

 

「碇君」

 

名前を呼ばれ、緊張が走る。

綾波がどのような答えを導くのか――――シンジは彼女の審判を待った。

 

「“もう1度、碇君の言葉を聞きたいわ”」

 

「僕の、言葉を?」

 

「ええ。あんな風にサラッと言われたのだと、私も分からないから」

 

何を言っているのか、分からなかった。

だが、彼女の言葉がどういう意図を持ってのものなのかは即座に判明した。

 

リトライさせて欲しいとの意味だ。

確かにベンチに座って、いきなり言うのも妙な話だ。

ましてやカフェラテと団子を持った状態なのだから。

やはり、シンジが今しがた推測したようにタイミングとシチュエーションの問題だったらしい。

 

ならば、綾波レイのリクエストに応えよう。

 

しかし、どうするべきか。

シンプルに「好き」と伝えるのは簡単だ。

だが、少し捻りを加えたい。

 

小説の為に色々と調べてきた知識を活かす時だ。

綾波レイの心に残ってくれる、そんな言葉を送りたい。

オマージュをしたとしてでも、これは綾波レイと碇シンジの間に一生に一度だけ訪れる記念になるような言葉を届けたい。

 

―――月、か。

 

真っ先に思い付いたワードがそれであった。

綾波レイへ送る言葉にそれを添えよう。

 

「綾波」

 

「何かしら? 碇君?」

 

「これから先、10年後も、20年後も、老人になっても…………僕の隣で月を見てくれませんか?」

 

顔を真っ赤にさせながらシンジは言った。

キザったらしいし、この場限りでしか通じない言い回しだ。

精一杯考えたが、合っているのか分からない。

そもそも正解は無いのだから。

 

「何故かしら?」

 

意地悪な笑みを浮かべながら綾波は質問を返してきた。

しかし、その綾波の顔は暗がりでも分かる程に朱に染まっていた。

 

「好きだから」

 

シンプルな一言で以て返した。

それ以外には何も無い。

碇シンジの胸の内をさらけ出した。

 

「僕は、綾波レイが大好きだから。綾波レイを愛してるから。ずっと傍に居て欲しいと思っているから」

 

「それにしては付き合う過程を飛ばしてるわ。いきなりプロポーズなんて碇君は大胆」

 

「えっ、あっ!!」

 

言われてからシンジは綾波の言葉を振り返って恥ずかしくなる。

もはやプロポーズの領域である。

それに気が付くと、途端に恥ずかしさが勝ってきた。

 

「聞きたいのだけれど、私で良いの?」

 

「綾波レイ“で”良いんじゃない。綾波レイ“が”良いんだ」

 

だって、それだけ綾波レイが好きなのだから――――それが碇シンジの偽らざる本音だから。

 

「なら、これから先もずっとずっと、一緒に月を見てくれる?」

 

「え、それって…………」

 

今度はシンジが困惑する番だった。

綾波は微笑みながらシンプルに返した。

 

「私も好き。碇君が――――シンジ君が好き」

 

彼女の本気度合いが伝わってくる。

これまで名字呼びであった彼女が、下の名前で呼ぶ。

 

「これから、よろしくお願いします」

 

「うん。よろしく綾波――――レイ」

 

シンジもまた綾波に――――レイに応える。

 

空を覆っていた雲がいつの間にか消えていた。

隠れて見えずにいた今宵の「月」が顔を覗かせていた。

 

しかし、空を見上げる必要は無い。

いや、これから「月」が見えなくても見上げる必要は無くなったからだ。

 

何せ、目の前に空よりも輝いている「月」があるのだから――――。




如何でしたでしょうか?

こういう設定であるからこそ出来る試みでした。

作るのであれば最初は綾波レイからと決めていました。

きちんと綾波を表現できたのか不安です。
違っていたら成長しているので多少は変わっていると言う事で。

今回はサブタイから文字ってるので気付いてる人も居るかもですが。
某アニメ映画の某主題歌――今宵、月が見えずともです。

私の中で綾波は「月」の印象が強く、その曲が頭の中で流れたので連想して作ってみました。

この手の話はまた機会があれば作っていこうかと思います。
綾波だけではなくて、アスカやマリなんかも。
今回の話の続きも機会があれば。

今回はこの辺で。
では、また次回に。


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碇シンジの夢⑥/碇シンジの現実④

さて、大変お待たせしました。

続きです。


「レイの部屋って、どんなマイブームが来てるのか分かりやすいわよね」

 

唐突にアスカが告げた。

まだ『綾波レイ』と『惣流・アスカ・ラングレー』は邂逅していない。

これは『平行世界』での出来事だ。

 

場所はアスカの部屋。

中学の帰り、父親達が何かしらやっている研究も休み、そして本日はアスカの母親も休みなので我が家に帰ると言った。

せっかくだからとアスカも帰宅し、そこにシンジと綾波にお誘いがあったのでお邪魔させて貰う事に。

現在、暇潰しにとテレビゲームをしていた。

 

アスカと綾波が協力プレイでボス戦をしている。

遠距離主体の敵のようで、先程から一歩も動かないボスに対してキャラクターを動かしながら近付いていく2人。

アスカに至っては身体ごとコントローラーを動かしている。

シンジは見守っている。

 

彼女等には『平行世界』から来た旨を伝える。

既に慣れたものなのか、彼女等は「お帰り」と言ってくれる。

ここはシンジにとっても第二の故郷みたいなものなので、そのように出迎えてくれるのは有り難かったりする。

 

「今『こっちの世界』で流行ってるゆるキャラのぬいぐるみやらキーホルダーやら、はてはフィギュアまであるもの」

 

「可愛いから集めてるの」

 

アスカが暴露すると、綾波はそのように返した。

 

「その前も流行ってたアニメのキャラのフィギュアとかを集めてたものね」

 

「綾波は流行に敏感なんだね」

 

収集趣味は何も悪い事ではない。

自分の財布と相談出来れば尚の事だ。

 

「ねえ、『平行世界』の『レイ』や『アタシ』の部屋はどうなの?」

 

「『綾波』と『アスカ』の部屋か…………」

 

シンジは顎に手を当てながら考え込む。

 

「『アスカ』に関しては最近会ったばかりだから分からない」

 

「そうなの? 向こうの『アタシ』って何処で何をしてるわけ?」

 

「ドイツでエヴァのパイロットをしてる」

 

「そうだったの!? 巨大ロボットを操るのか…………少し羨ましいかも」

 

「それだけ血の滲む努力はしているからね。僕じゃ、まだまだ足下にも及ばないよ」

 

エヴァの基本的な操縦技術はやはり一日の長――――どころか、それ以上の差がある。

アスカにも多少は教わったが、まだまだ追い付ける気がしない。

 

逆にシンクロ率を上げる為の方法を聞かれたが分からないので、とりあえず主人公が精神的に成長していく作品をオススメしておいた。

あわよくば彼女も沼に引きずり込みたいところ。

 

「じゃあ、『レイ』の部屋は?」

 

「実は、最近行ったんだ」

 

リツコにNERVの新しいセキュリティカードを届けるよう頼まれた。

その際、『綾波レイ』の部屋へと赴いた訳なのだが――――。

 

「…………何も無かったんだ」

 

彼女の部屋は第三新東京市建設時の作業員用宿舎を改造した物件。

コンクリ打ちっぱなし風の殺風景な部屋で、機能重視の無機質な空間とでも言おうか。

 

「それが『平行世界』の『私』の人間性?」

 

「そうとは限らないわ」

 

『綾波レイ』は実に中身のないように思われたが、そこに待ったを掛けたのはアスカの母親だ。

 

惣流・キョウコ・ツェッペリン。

ロングヘア・毛先に少々パーマがかかっている髪型をした女性である。

 

「おやつを持ってきたわ」

 

「どうも。あの、今の『そうとは限らない』って言うのは?」

 

母親として、娘の友人のおもてなしをしてくれた。

しかし、シンジは彼女の発言が気になって仕方がない。

 

「向こうの『レイちゃん』にとっての“こだわりの物件かもしれない”って話よ」

 

「こだわりの、ですか?」

 

「まあ、あくまで可能性の話なのだけれど」

 

キョウコは付け加えておく。

『平行世界』の出来事は基本的にはシンジの主観の入った話となる。

こういった客観的な意見を出せるのは、やはり大人だなと中学生の自分は感嘆するばかり。

 

「でもママ、何もない部屋で暮らすって考えられるの?」

 

「現実に自然の中で生きる人達も居るのだから、考えられなくもないわ」

 

言われてみると、『平行世界』のテレビの特集で海外の人達の暮らしにも様々なものがある。

都会のように何でもある生活から自給自足の生活まで。

人によって住みやすい環境と言うのは変わるものだ。

 

「アスカの部屋だって、考え方によっては住みにくい部屋なのよ? 部屋は散らかしっぱなしだし、片付けるのはママかシンジ君かだし。あっ、だけど最近は料理の本も――――」

 

「わーっ!! ママ、ストップ!! ストップ!!」

 

自らの不甲斐なさまで暴露されそうになって口止めする。

『平行世界』で借りているミサトの家のアスカの部屋の惨状を思い出すと、今更な気がするが。

気にするだろうから余計な事は言わないでおく。

 

「話を戻すけれど、『殺風景な部屋』が『レイちゃん』にとってのこだわりの物件なのだとしたら――――それを批難しては駄目よ」

 

「その部屋の様子そのものこそが、『綾波』にとって安心感を得られる状態だから?」

 

「そういう事」

 

言われてみると、『綾波レイ』も何のかんのと言って独り暮らしを行っている。

そこは『平行世界』の綾波レイと同じである。

両親が居るのかどうかまでは聞けていない。

もし、思い出したくもない過去があって土足で踏み込むのも迷惑だと考えているから。

 

「なんにせよ、『綾波』にとって大事な居場所なのは理解できました」

 

この場に大人の彼女が居てくれて良かった。

シンジ達だけでは、悪い方向にばかり思考を巡らせていただろう。

 

「そこの所は今度『レイちゃん』に聞いてみるのが一番よ」

 

「そうですね。機会があれば」

 

いつでも会えるのだ。

折を見て聞いてみようではないか。

 

「ところで、『レイ』の部屋に行って何も無かったの?」

 

「………………えっ、と」

 

アスカの唐突な質問にシンジは頬を赤らめてそっぽを向く。

 

待て、何よその反応は?――――アスカがそう口にするよりも先に彼女の頭脳が答えを導き出した。

 

「ま、ままままさか!! えっちな事でも……」

 

「い、碇君……」

 

「ち、違うよ!! 確かに鍵が開いてるのに気付かなくて扉を開けちゃって、父さんの眼鏡があったからつい部屋に入って手に取っちゃって、その間にバスタオル一枚の『綾波』の身体をまじまじと見ちゃって非があるのは分かるけど、多少の不可抗力はある訳で――――」

 

「ええい!! 問答無用!!」

 

ペラペラと説明口調で話してくれるシンジ。

それに反応したアスカは彼へ制裁とばかりにコブラツイストを決める。

何処で覚えたのか、シンジはされるがまま。

キョウコは「あらあら」と微笑ましく眺めていた。

綾波は顔を真っ赤にさせ、うつむいたままである。

 

ちなみにゲームのボスは片方を肩車させ、遠距離攻撃を全て叩き落としながら白兵戦を挑むというとんでもない方法で突破したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「新たな使徒が現れたわ」

 

NERVに召集され、管制室に通されたシンジがリツコから聞いた開口一番がその一言であった。

モニターにその姿が映されている。

 

「何と言うか、これまでとは変わった姿をしていますね」

 

シンジは新たな使徒の姿を見て、そう評した。

青い正八面体の姿だ。

これまでの使徒のように複雑な姿をしていない。

シンプルが故に奇妙であった。

 

「第五の使徒――名称をラミエル」

 

新たな使徒――――ラミエルはビルの上空を浮遊している。

前回のシャムシエルにも似た浮遊能力だ。

人が歩く速度と然程変わらない。

それでも巨体が故に進行の速度は想定よりも速い。

時折、「ホー……ホー……」と女性の声の音のようなものを発している。

 

「ラミエルはここへ向かってきているわ」

 

「ここ? NERV基地に、ですか?」

 

「ええ」

 

リツコは随分と確信を持って告げる。

シンジはそれに首を傾げる。

 

―――そういえば、サキエルやシャムシエルもこの辺りに現れた。

 

今回のラミエルも向かってきている。

つまり、ここには――NERVには何かがある。

 

しかし、現在のシンジには知る術がない。

元より、それを問い質す時間もない。

脅威は目と鼻の先まで訪れているのだから。

 

「やはり、来るか」

 

「零号機の動作テストは完了していない。初号機を出撃させる」

 

ブリッジに来ていた冬月が映像を見て納得し、ゲンドウが初号機の出撃を命ずる。

 

その相手は当然ながら葛城ミサトだ。

作戦を立て、指揮する者であるのだから当然だ。

 

「待って下さい」

 

しかし、ここで待ったを掛けたのは他ならない葛城ミサトだ。

それこそ、驚きでもある。

彼女は「猪突猛進」の四文字熟語が頭に浮かぶような行動を起こしている。

その彼女が待つようにゲンドウに、司令に要求してきたのだ。

 

「どうしたのかね?」

 

ゲンドウではなく、冬月が話すように促す。

ミサトは背筋を伸ばし、姿勢を正す。

 

「今回の使徒はこれまでとは異質な姿をしています。いきなり初号機を出撃させるのは危険ではないかと判断しています」

 

「なるほど、確かに葛城二佐の言う通りだ」

 

意外にもミサトの言葉に理解を示したのはゲンドウであった。

これまでの2体とは異なる姿見からして、警戒心を持つべきだ。

 

「これまで確認された使徒にも何らかの特殊な能力は備えられていました。今回、シャムシエルのような飛行能力をも有しています」

 

「つまり、その前のサキエルのような遠距離手段をも有している可能性も高いと?」

 

「恐らく。姿からして、前の2体とは真逆に白兵戦を得意とするようにも見えませんが、目標がそうと見せ掛けている可能性も否定出来ません」

 

「なるほど、葛城二佐が警戒しているのは“何をしてくるのか分からない使徒の姿そのものにあるという事だな?”」

 

「はい」

 

ミサトの意見に冬月が自身の見解を交えて彼女の憂いを聞き出す。

そして、ゲンドウが最後にミサトの懸念事項の根幹を口にした。

 

そうする事で、この場の全員に如何にラミエルの存在が異質なのかが伝わる。

シンプルな姿が故に分からない。

 

「何より、これまでは剥き出しになっていたコアを目視での確認が出来ません」

 

「確かに、確認も出来ていないのに出撃させて迎撃をされる事にでもなったらまずいわね」

 

リツコの発した懸念。

エヴァとパイロットの両方は当然として、いずれかの損害だけでも人類にのし掛かるリスクの大きさは計り知れない。

もし、たった一度の行動でとんでもないリスクを背負ってしまったら目も当てられなくなる。

 

「では、どうすると言うのだね?」

 

「シンプルにはシンプルに。威力偵察を進言します」

 

ゲンドウからの問いにミサトは極々シンプルな作戦で以て返した。

 

「よかろう。許可する」

 

「ありがとうございます」

 

司令直々の許可が降りた。

次の瞬間には行動が早かった。

 

何機かの無人の列車砲が出撃する。

ラミエル目掛け、砲撃が開始される。

 

今更な話だが、その程度では使徒は止まらない。

通用はする筈がなく、逆にラミエルからの反撃を受ける事に。

 

高エネルギー反応がラミエル内部からあった。

直後、加粒子砲を砲弾の軌道に合わせて解き放つ。

 

凄まじい爆風と爆発、それによって列車砲は見事に吹き飛ばされる。

 

しかも、それだけでは終わらない。

ラミエルは正八面体の姿から“変形してみせたのだ。”

 

複雑な変形を見せる。

中心部から上部と下部が逆方向へ“回転した。”

ラミエルの身体そのものが液体で出来ているかのような滑らかさだ。

 

そう思った瞬間、中心部にコアが確認できた。

その後、再び加粒子砲が放たれ、列車砲を粉々に粉砕した。

 

次には細長い6つの四角錐へと形を変え、さらに外側に薄い正四角錐を複数形成し、中心を軸に回転し始める。

そこからはこれまでの焼き回しよりも凶悪であった。

周囲一帯に加粒子砲をぶちまけ、周りの列車砲を虫でも払うかのように蹴散らした。

 

圧倒的なまでの火力、何よりも対応力。

更にこれまでの使徒とは決定的な違いがあった。

 

「接近戦は挑めない」

 

サキエルは勿論、シャムシエルにも接近するチャンスはあった。

だが、今回のラミエルは別だ。

完全なる遠距離主体の使徒。

それだけならまだしも――――であった。

 

「射程範囲が広いわ。それに攻撃にはオートで反応するようね」

 

リツコがラミエルの厄介さを呟く。

端から見ていたシンジにもラミエルの厄介さが際立って仕方無い。

 

「ATフィールドも当然ある訳だし…………っ!? 何ですって!?」

 

ラミエルはジオフロントの真上まで侵攻し、地下のNERV本部がある直上で停止する。

正八面体の下端をスクリュー状に変化させて地面に突き刺す。

ラミエルの作り出した即席のドリルは地下を目指して一直線に掘り進む。

 

「現在目標は我々の直上に侵攻、ジオフロントに向けて穿孔中です」

 

狙いがNERV本部である事は明らか。

理由は分からずとも、皆が危機に晒されている事は明白だ。

 

今、ミサト達が対処を考えてくれている。

何も出来ない自分がもどかしくもあった。

しかしながら、適材適所の言葉が存在する。

これは彼女等の出来る事だ。

シンジにはシンジで、出来る事があるのを理解している。

 

ミサト達の為にも、今は“邪魔をしないのが自らの仕事だ。”

 

「先の戦闘データから、目標は一定距離内の外敵を自動排除するものと推察されます」

 

「やはりと言うべきか、ATフィールドは健在です。おまけに位相パターンが常時変化しているため、外形も安定せず、中和作業は困難を極めます」

 

「MAGIによる計算では、目標のA.T.フィールドをN2航空爆雷による攻撃方法で貫くにはNERV本部ごと破壊する分量が必要との結果が出ています」

 

「松代のMAGI2号も同じ結論を出したわ。現在日本政府と国連軍が、NERV本部ごとの自爆攻撃を提唱中よ」

 

「ここを失えば全て終わると言うのに、対岸の火事で済む話ではないのにね」

 

オペレーターの3人、各々がこの場で気付いた事を告げていく。

情報は次々と集まってくる。

 

しかし、中にはタイムリミットを告げるものもあった。

約10時間程の後、中枢部であるセントラルドグマに到達すると。

それまでにラミエルの殲滅を余儀無くされる。

 

そして、ラミエルは敵意を察知しての迎撃があると推測できた。

これは列車砲を一度に纏めて薙ぎ払わなかった事が理由だと推察できる。

 

敵を一網打尽にする範囲攻撃があるのに、最初に行わなかったのが推測に至る経緯だ。

 

「…………司令、副司令、作戦立案の為にお話ししたい事があります。」

 

「場所はここでは無い方が良いかね?」

 

「では、作戦会議室をお借りしてよろしいでしょうか?」

 

「構わん」

 

冬月が橋渡しとして発言してくれた事からスムーズに運べた。

 

「シンジ君は休憩室で休んでいて。その間に作戦を立てるわ」

 

「はい。分かりました」

 

休むのも作戦成功の為の重要な任務だ。

 

「すいません。では、休ませて貰います」

 

「ええ。パイロットは作戦の要よ。作戦は私達に任せて」

 

「はい」

 

頼れる大人に恵まれたと思いながらシンジは管制室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの後、シンジと綾波に通達があった。

ミサトとリツコが直接作戦内容を伝えに来たのだ。

今から約9時間後、午前0時にラミエルの殲滅作戦を行うと。

内容はざっくりと言えば、超長距離からのライフル狙撃だ。

だが、当然の事ながら疑問は尽きない。

 

「あの、どれ位の距離から狙撃するんですか? それにライフルで使徒のATフィールドを撃ち抜けるんですか?」

 

大きく分けて2つの問題点がある。

素朴な疑問ではあるが、シンジは聞かずにはいられなかった。

 

「それはこれから計算するわ。威力の方も計算上は問題ないわ。ただ、現実的かどうかと問われると…………約1割といったところかしら」

 

陽電子砲――――ポジトロン・スナイパー・ライフルが用いられる。

日本中の電力を集約させ、それをラミエルへ撃ち込む。

 

「狙撃はシンジ君が。サポートはレイよ」

 

そう役割分担をするのにも理由がある。

零号機の機動力は皆無の状態だ。

 

これは最悪を想定した仮定だ。

一射を外す、もしくは通用しなかったパターンだ。

そうした場合、超長距離からもラミエルは加粒子砲を放ってこよう。

その場合、ポジトロン・スナイパー・ライフルを失う訳にはいかない。

 

綾波――――零号機は盾役を務める。

つまり、ラミエルの加粒子砲を真正面から受け止める必要性がある。

もし、受け止めきれないと判断されれば初号機は回避し、第二射が必要となってくる可能性も有り得る。

そうなると、切り札は機動力が現状である初号機が持つのがベストな選択だ。

 

これも含めて全て説明はしてある。

当然の事ながらシンジは綾波の危険度が高い為に反対意見をしたい。

 

けれども、だ。

綾波は覚悟を既に決めている。

その為に厳しい訓練を続けてきたのだ。

ミサトとリツコに関しては今更言うまい。

彼女等の心情がどれだけ荒れ狂っているのか、考えたくもない。

 

「それにしても、ポジトロン・スナイパー・ライフルでしたっけ? そんなものを何処で?」

 

「昔の伝を使って、戦自からちょっち拝借してきたの」

 

「ちょっち、ですか?」

 

蛇の道は蛇ね――――シンジと会話をするミサトの横でリツコがそう呟いた気がした。

『平行世界』とは違い、こちらのミサトもハードな人生を送っているのかもしれない。

 

「でも、シンジ君のおかげでもあるわ」

 

「え? 僕ですか?」

 

「そうよ。戦自の人達に贈り物をしてくれたのが役に立ったわ」

 

シンジの行いが巡りめぐって、ポジトロン・スナイパー・ライフルの貸し出しに一役買ってくれたらしい。

本人にその意図は勿論ながら無かったが、ミサトも喜んでいる事であるし深くは聞かない。

 

ただ、今のでNERVと戦自との間に溝がある事だけは理解できた。

今回は偶然にもシンジの行動が良い方向へ転がったに過ぎない事だけは覚えておく。

 

「それでシンジ君はライフルを撃った経験はある?」

 

「ハワイで父さんに習いました」

 

「ハ、ハワイで!? 司令が!?」

 

ミサトの驚きは大きいだろう。

そこには「『平行世界』の」の枕詞が付くのだが、分かるのはリツコだけだ。

 

「シンジ君の冗談はさて置いて。経験はあるのね?」

 

冗談として話を流す。

 

「ただ、機械越しともなると分からないですが」

 

「そこは何とかするわ。その為の私達なのだから」

 

人が撃つのとは訳が違う。

シンジが不安要素を口にすると、出来る女性筆頭のリツコから頼もしい言葉を頂いた。

 

「レイのサポートの為の道具も準備しておくから待っていなさい」

 

「はい」

 

綾波は淡々と頷くのみ。

だが、気負う様子も見られない。

実戦は二度目だが、戦いに慣れないシンジには綾波の冷静さが心強くもあった。

自分もしっかりしなければ――――気持ちを奮い立たせる。

 

「それじゃあ、作戦開始まで時間があるから各自準備をしておいて」

 

言い残し、シンジと綾波だけが残された。

まだ時間に余裕はある。

さて、どうしたものかとシンジは考え始めた。

 

「時間まで休むわ」

 

「それが無難だね」

 

身体を休め、体力・気力共に充実させておくのが最良の選択だろう。

作戦遂行まで休息にあてる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦決行の時間となった。

パイロットおきまりのプラグスーツに身を包む。

 

綾波のプラグスーツ姿をまじまじと見るのは初めてだ。

シンプルに白いデザインのもの。

 

「こうして、共闘するのは初めてだね」

 

「ええ」

 

シンジと綾波は外で待機している。

傍らには両名のエヴァンゲリオン。

工事で使われていそうな足場で待機している。

エントリープラグにもすぐに乗り込めるようにハッチは開いている。

 

視線の遥か先にはラミエルが第三東京市の頭上に位置している。

かなりの距離があるが、シンジの視力でもぼんやりとラミエルの姿が確認できる。

 

現在、最後の仕上げでポジトロン・スナイパー・ライフルの最終チェックが行われている。

これから起こる5分にも満たない時間で世界の命運が左右される。

 

「戦うと、決めてたんだけど――――」

 

やはりと言うべきなのか、シンジは手の震えが止まらない。

これまでは出撃し、無我夢中で戦ってきた。

今回のように事前に作戦を練るのは初めての事である。

 

更には未知数な部分を抱いた状態でシンジは立ち向かわねばならない。

しかも、彼と綾波の双肩には「人類の存続」が賭けられているのだからプレッシャーの大きさは半端無い。

 

こうして目の前で準備をしていては、嫌でも思わせられる。

 

「怖い?」

 

「正直、怖い。死んじゃうかもしれないしね」

 

綾波に問われ、シンジは返答した。

真っ正直に告げる。

 

「けど、逃げるつもりはないよ」

 

逃げちゃダメだ――――心の中で何度も唱えた。

ここで逃げて、最終的に後悔するのは目に見えている。

これはサキエルの時からシンジが心に抱き、立ち向かう為のある種のおまじないのようなものだ。

自己暗示と言っても良い。

 

「そう」

 

短い返事だ。

しかし、シンジが立ち向かう事を綾波は否定しなかった。

 

「大丈夫」

 

簡素に綾波は告げた。

そちらを見れば、綾波と綺麗な満月が視界に映る。

綾波はシンジ視点から真横を向いていた。

彼女の視線の先には打倒すべきラミエルの存在があった。

 

「あなたは死なないわ。私が守るもの」

 

そして、綾波は端的に告げた。

シンジは死なない。

理由は綾波レイが守るから。

 

―――あっ。

 

途端、シンジの脳裏にフラッシュバックするものが。

NERVに向かい始めた頃に見せられた『悪夢』。

その中に綾波レイが自身を犠牲にするものがあった。

 

彼女はきっと、己を犠牲にしてでもラミエル殲滅を成し遂げようとする。

そんな事はさせない、“させられない。”

 

『碇シンジ』が『綾波レイ』に想いを伝える時の事を思い出す。

あの時の気持ちが未だに鮮明に残っている。

 

彼女の全てを守りたい。

 

『碇シンジ』の気持ちを強く受ける程に碇シンジも目の前の少女を守りたいと強く想う。

この想いは『碇シンジ』の借り物でしかないかもしれない。

けれども、この想いは偽りではないのも確かだ。

 

その事を『平行世界』の面々は教えてくれた。

だから、何と言われようとも碇シンジは胸を張って言おう。

 

彼女を守りたいと想う気持ちは確かにある――――と。

 

だからこそ、綾波レイに碇シンジは言葉を返す必要があった。

 

「ありがとう綾波。けど……」

 

気付けば、シンジの震えは止まっていた。

皆の為にも、他ならない自分の為にも――――するべき事を決めたから。

 

 

 

 

 

「綾波も死なないよ。僕が守るから」

 

 

 

 

 

碇シンジは綾波レイへそう告げた。

目をぱちくりとさせながら視線をシンジへと移す。

 

「互いが互いを守れば、2人とも死なない。つまり、生きて帰れるんだ」

 

「2人とも死んでしまうかもしれないわ」

 

「嫌な想像だけど、それでも僕達は死なない。なんたって中学生の僕達には夢や希望に満ち溢れた未来が待ってるんだから」

 

明るい未来が待っている――――何処かで聞いたようなフレーズを告げる。

綾波は目をぱちくりとさせる。

どう返して良いのか分からないのだろう。

 

「僕が言いたいのは、生き残って美味しいものでも食べよう。リクエストがあれば作ってあげるから」

 

「じゃあ、にんにくを使った料理」

 

「綾波はにんにくが好きなんだね。良いよ、そうしよう」

 

互いに明るい未来の話をする。

現実逃避なのかもしれない。

 

けれど、今の2人には必要な他愛の無い話でもあった。

 

 

 

そして、ラミエル殲滅の作戦が決行される。




如何でしたでしょうか?

あの女のハウス……もとい、綾波宅には既に行っている事になっています。
『平行世界』のアスカや綾波も根本的な部分は同一人物ではあり、考え方や性格も似ている部分があります。

そして、ラミエル来襲。
ミサトさんの冷静さのおかげでシンジ君はラミエルの加粒子砲を喰らわずに済みました。

あとは原作通りの作戦展開。
やはり、ミサトさんの発想って凄かったんだなと実感しました。

そして、「あなたは死なないわ。私が守るもの」に「僕が守るから」と返したかった。
それと前回の話が無関係では無くて、碇シンジの心に変化をもたらしたものである出来事でもあります。

これを書きたくて少し駆け足気味になりました。
平にご容赦を。


ではでは、今回はこの辺で。
次回は出来るだけ年末年始辺りには更新したいなと。
予定は未定ですが、頑張ります。

では、また次回に。


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背中を預け合える仲間

お待たせしました。

年が明けてしばらく経ってしまいました。

今回は独自解釈もあります。

では、続きです。


エントリープラグに乗り込み、その時を待つ。

既に初号機と零号機は所定の位置に着いている。

 

映画等で観た遠距離射撃の体勢を見よう見まねで行っている。

厳密には戦自の協力の元、リツコが計算してくれた。

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)をうつ伏せの状態で初号機が射撃体勢で構える。

エヴァのサイズに合わせて用意してくれた手腕はさすがの仕事ぶり。

そして、横に零号機が耐熱光波防御盾を装備して待機している。

 

今回は陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電の方が中心となるので、電子ケーブルで繋げてある。

エヴァはアンビリカルケーブルの装着は無しだ。

使徒との戦いの時のように最小限の動きで済むので稼働時間には多少の余裕がある。

全力を出すとなると5分しか保てないが、今回は狙撃であるが故に現状はまだまだ余裕がある。

 

「ふ、う」

 

『緊張してるの? シンジ君』

 

「ええ、まあ」

 

人類の双肩が懸かっていると言われてもピンと来ていない。

しかしながら、このような大掛かりなものを用意されては嫌と言う程に思い知らされるのも事実。

 

「不安の方が大きい、ですかね」

 

『まあ、そうよね』

 

シンジの発言は何も間違っていない。

命知らずな事を言い出さない辺り、シンジは正しく「死」を恐れている。

目の前の敵を油断せず、相対しようとしている。

無謀なまでの特攻行為をしない事だけははっきりしている。

 

『シンジ君とレイ宛のメッセージがあるから、それを聞いてちょうだい』

 

はて? 自分達へメッセージを送るとな?

しかもNERV本部へと来たものだ。

簡単な方法ではメッセージを送るなど不可能。

そう思っていたがやらかしそうな親友の顔が思い浮かんだ。

 

『シンジ、気張ってくれや。綾波もここに居らへんからそこに居るんやろ? 頼んだで』

『碇、綾波……月並みな事しか言えなくてすまない。応援してるぞ』

『ちょっと鈴原、相田も。何をしてるのよ?』

『ちょうど良いタイミングや委員長。これからワシ等を助けてくれる奴にメッセージを送るんや』

『違法な手段を使ってない?』

『良いんだよ。応援は力になるんだから。“お咎めして貰う為にも”生きていて貰わないとな』

『はあ……えっと、なら、頑張って!!』

『ほな、頼んだでシンジ、綾波』

『え? 今碇君と綾波さんの名前……』

『『あっ』』

 

そこで通信が切れる。

親友with委員長からの激励。

しかし、最後にはうっかり機密事項を漏らされてしまう。

 

『これは生きて帰って、シンジ君に“咎めて貰わないとね”』

 

「――っ!! はい、そうですね」

 

生きてみせる。

そして、NERVへのハッキング紛いをした親友達を叱らなくては。

 

「生きて帰ります。綾波もね」

 

『了解』

 

画面の向こうは判然としない。

だが、綾波も今のメッセージを受けて何も感じていないとは言わせない。

 

『準備は良いかしら?』

 

「はい」

 

『いけます』

 

初号機の引き金に引っ掻けている右の指に力を込める。

NERVの面々のサポートもあり、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の照準はラミエルにセットされている。

科学の力も凄いが、ひいてはNERVメンバーのサポートの力量の高さに脱帽する。

技術や機械がどれだけ優れていようと、運用する者の力量が届いてなければただ使われるだけだ。

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の準備は出来たわ。カウントするわ』

 

「はい」

 

いよいよだ――――シンジは内心で緊張が走る。

引き金が固く感じる。

自身の肩に、手に、この指一本に全てが懸かっている。

日本中の電力を供給してもらい、使徒を確実に殲滅しなければならない。

 

責任の重大性を理解しているつもりでいた。

けれど、この土壇場で降り掛かる緊張感はあった。

 

『大丈夫? シンジ君』

 

「ミサトさん…………正直、怖いですね」

 

シンジは素直に内心を打ち明ける。

 

『恐怖を持つのは良い事よ。最悪を想定出来ない事は作戦の危険性を理解せず、勝手に突っ走る事になってしまうから』

 

だから、シンジの抱く感情は正しいのだと弁護する。

しかし、それで足踏みしている訳にもいかない。

 

『シンジ君、恐怖心は捨てては駄目よ。それを秘めて――――前だけではなくて、振り返ってみて』

 

「振り返る?」

 

『そう。自分が“何の為にそこに居るのかを”』

 

ミサトの言葉にハッとした。

シンジがエヴァンゲリオンに乗る理由、戦う理由を思い出す。

 

「ありがとうございます。ミサトさん」

 

『頼んだわ。シンジ君』

 

シンジの顔付きが変わった。

ミサトはそれを見て「後を頼む」と告げる。

 

シンジを信頼するかのようにカウントダウンが始まる。

 

5、

 

4、

 

3、

 

2、

 

1――――

 

『射てぇっ!!』

 

「っ!!」

 

ミサトの号令と同時に引き金を引く。

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォォォッ!!

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と共に閃光が照射される。

一直線にラミエルへと突き進んでいく。

 

直撃は間違いない――――シンジは手応えを感じていたし、ミサト達も疑わなかった。

 

キィィィィィッ!!

 

鼓膜を揺さぶる高音が響く。

これがラミエルのものなのは分かっていた。

 

こちらの攻撃を見抜かれてしまった。

ラミエルはATフィールドを展開する。

 

一瞬、ほんの一瞬だ。

ATフィールドに閃光が阻まれるも、次の瞬間には貫いた。

瞬く間に起こった出来事、それでもラミエルには突き進む勢いは止まらない。

直撃する――――

 

 

 

 

その寸前、ラミエルの身体が“変形した。”

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

『何ですって!?』

 

身体を分裂させるかのように細かな粒子となる。

コアをズラして直撃から免れる。

 

閃光は無情にも真っ直ぐに突き進み、ラミエルをスルーして遠くの建物と道路を粉砕する。

 

『碇君、来る』

 

そう、ラミエルの反撃は終わらない。

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の一撃を回避し、それで終わりの筈がない。

狙撃位置が把握された。

攻撃の意思を見せた。

相手は超長距離からの攻撃を行う。

解答はラミエルが極太のレーザーを放つ――――であった。

 

「ぐっ!?」

 

『大丈夫』

 

シンジが身構えようとし、零号機が…………綾波が初号機の前へ。

ラミエルの閃光に立ち塞がる。

 

迫り来る閃光を零号機が所持する盾が防ぐ。

しかし、勢いに押され徐々に後退していく零号機。

それに加えて盾が熱光線により融解を始めた。

 

『長くは保てないわ!!』

 

リツコが叫ぶ。

ラミエルの攻撃は予想以上の威力を有していると言って良い。

 

「っ!! ミサトさん!!」

 

『今、再充電しているわ!!』

 

シンジもミサトも焦る気持ちを声を荒げるのみに留める。

このままでは綾波の命が危うい。

 

『このままだと、生命維持が困難な程にLCLの温度が上昇してしまうわ』

 

「それって…………危ないんじゃ!?」

 

LCL液により、身体へ掛かる衝撃と言った負担はほぼ皆無だ。

しかし、熱による温度の上昇を完全には防げない。

ラミエルの光線を受け続ける事はリスクを背負っている。

 

「綾波!!」

 

『大丈夫。言ったもの』

 

私が守るもの――――と。

綾波の言葉を思い出し、彼女は実行に移している。

我が身を盾にし、シンジを守り抜く。

 

零号機が身を呈して初号機を守る。

これが元々作戦なのは理解している。

けれど、けれども――――

 

「そんなの、駄目だ!! 綾波!!」

 

“感情はまた別の話だ。”

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電はあと1分程で終了する。

だが、その間に綾波が無事で居てくれる保証は皆無だ。

それに何より――――

 

『いけない!! 盾が限界……』

 

頼みの綱の盾が限界寸前であった。

零号機もそうだが、ラミエル殲滅に必須の陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)をも失ってしまう。

何よりも綾波レイを失う事を碇シンジは良しとしない――――する訳がない。

 

「う、おおおおおおおおあああああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

 

獣かと聞き違う程の咆哮がシンジの口から飛び出した。

眼前に迫る恐怖を雄叫びで振り払い、うつ伏せの状態で左手を前へと突き出す。

 

瞬間、零号機の真正面に不可視の壁が出現する。

それはラミエルの閃光を抑え込む。

 

「これで、なんとか」

 

凌げた――――シンジがホッとするのも束の間たった。

 

「あっ――――」

 

思わず声が漏れる。

ラミエルの迎撃は未だに終わっていなかったからだ。

 

『第二射が来るわ!!』

 

目の前の現実をミサトが通信で教えてくれた。

しかし、一歩遅かった。

ラミエルの加粒子砲が勢い良く放たれる。

 

『まだ、もう少し、なのに!!』

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電はあと少し。

だが、人類を殲滅せんとする使徒がこちらの動向に情けをかけてくれる筈がない。

それを証明するかのように無情にも放たれるラミエルの加粒子砲。

 

「綾波!!」

 

このままでは陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電完了を待たずに零号機や初号機もろとも辺り一面が焦土と化してしまう。

射撃体勢で居る訳にはいかない。

立ち上がり、右手に陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を持ち、空いた左手で零号機の腕を掴む。

 

『碇君、これは命令無視――――』

 

「このままだと、皆やられるよ!! 下がってて!!」

 

軍の規律などシンジには分からない。

分かるのは皆が御陀仏になってしまう未来が待つ事のみ。

 

零号機を初号機の側へ引っ張り、入れ替わるように前へと飛び出る。

 

「これをお願い!!」

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を零号機へと預ける。

直後、目と鼻の先に迫った加粒子砲へ両手をかざす。

 

「ATフィールド、展開!!」

 

不可視の壁で加粒子砲を真正面から受け止める――――受け止める、が。

 

「勢いが、強…………いっ!?」

 

LCL液の温度の上昇も肌で感じ取る。

このままではシンジの身も危ない。

出した結論は、ATフィールドをそのまま真横へズラして宙へ軌道の変更を無理矢理に行うこと。

 

「こっ、のおっ!!」

 

内心で「根性だ!!」と叫びながらATフィールドをズラす。

 

ラミエルの攻撃は真横へ反れる。

 

「これで…………」

 

『まだ来るわ!!』

 

反撃できる――――シンジはそう考えた。

しかし、それは甘過ぎる思考だと行動で叩き付けられた。

 

「は?」

 

そう声を出してしまう展開となった。

それだけ呆然とさせられる展開であったから。

 

正面には視界を覆い尽くす程の閃光が切迫していた。

先程と寸分違わない極太の閃光――――加粒子砲だ。

 

「っ!!」

 

ATフィールドを再度展開する。

 

咄嗟に反応できたのはミサトが教えてくれたからなのもある。

零号機と陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を守る必要性がある。

 

一歩下がり、零号機も庇う形で立つ。

だが、残念ながら多勢に無勢――――更に悲報は続く。

 

『今度は真上!!』

 

「なっ!?」

 

驚くのも無理ない。

こうも休む間も与えないラミエルの戦闘スタイルは未熟なシンジには大きく刺さる。

 

先程と同等の加粒子砲が追加で叩き込まれようとしている。

しかも、初号機の展開するATフィールドの真上を取られた。

 

「くっ、づぅっ!?」

 

こちらが防げない範囲へ仕掛けてきた。

追い討ちを掛けるタイミングも完璧が過ぎる。

しかも、これで連射が可能なのだと分かると落ち着いてもいられない。

 

このままではデッドエンドまっしぐらだ。

 

「な、らっ!!」

 

さっきと同じ要領だ。

ATフィールドを真上へと反らす。

必然、加粒子砲の軌道も真上へ反れる。

 

次の瞬間、頭上で光が弾けた。

映画で観るような閃光弾とマッチする状況だ。

決定的に異なるのは、直後に大きな揺れがあった事か。

 

「うっ、あっ!!」

 

平衡感覚が失われる。

止まった頃にはエヴァは仰向けに倒れていた。

無傷で済んでいるのはLCLのおかげだ。

 

それに加えてシンクロ率上昇による痛覚が大幅にカットされていたのも起因している。

緩和こそされていようが、やはり痛覚が発生して動きが鈍りすぎるのは隙を生みすぎてしまう。

普通の操縦でもアスカのアドバイスのおかげで物にはなっている。

綾波を庇ったのは火事場の馬鹿力が働いた。

ただ、シンジ基準でも動きは緩慢だと思えてしまった。

 

『シンジ君!! レイ!! 無事!?』

 

『はい』

 

「こっちも、何とか」

 

『それと陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)も無傷です』

ミサトからの通信を使い、この場の切り札がまだ生きている事を綾波は伝える。

どうにも綾波も自身の事を考えない節が目立つ。

 

「って、考えてる場合じゃない」

 

ラミエルからの追撃を考えておかなければ。

地面に手を付いて、立ち上がろうとして――――ストンと真後ろへ倒れた。

 

「どうして……?」

 

立ち上がれなかった原因だろう両手を見てみる。

 

 

 

 

 

両手首から先が失くなっていた。

 

 

 

 

 

「――――――っ!? 初号機の両手が消し飛ばされてしまいました!!」

 

『何ですってっ!?』

 

この事実は悪い方向へと突き進む。

つまり、初号機は陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を扱えない。

 

『これは、ちょっちまずいかも』

 

ちょっちでは無い――――と、ツッコミをしたくなる。

それよりも気になる事が。

 

「ラミエルは?」

 

『今の攻撃でこちらからの敵意が向いていないから追撃はこれ以上は無さそうね』

 

リツコが冷静に場を分析し、そう結論付けた。

ラミエルは依然として待機状態にある。

 

「また陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)による狙撃を狙いますか?」

 

『そうしたいところなのだけれど、大問題が発生したわ』

 

「と言うと?」

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電が3分の2程しか完了していない状態になってしまっているわ』

 

「………………え? でもさっきまで充電してましたよね?」

 

リツコから衝撃的な内容が伝えられる。

記憶違いでなければ先程まで充電をしていた筈では?

 

『途中でケーブルが切れてしまったの。またケーブルを繋がないと――――』

 

「そのケーブルって?」

 

『エヴァのアンビリカルケーブルを設置してある場所よ』

 

「アンビリカルケーブルの場所…………それって、もしかして?」

 

『もしかしなくても、そうなのよ。更にラミエルの射程範囲に入るのよ』

 

第三東京市を陣取るラミエル。

アンビリカルケーブルはその付近に設置してある訳で――――

 

「NERVの地下にあったりとかは?」

 

『残念ながら地下には無いわ』

 

「まあ、分かってはいましたけど」

 

万事休すか。

 

『一番近いところならエヴァの身体能力があれば数十秒で着けるわ』

 

問題となるのはボスキャラであるラミエルの存在となる訳で。

実に厄介な奴である。

 

まずは情報の整理だ。

 

遠距離主体のボス、こちらは狙撃の準備が完了していない。

初号機は機動力は残っている。

零号機は狙撃できる状態にはある。

恐らく、接近すればラミエルからの加粒子砲が放たれる現実は免れない。

 

「ん? この状況確か…………」

 

ふと、デジャブを抱く。

記憶の糸を辿っていき――――閃いた。

 

「……………っ!! リツコさん。陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電を完了するのにはどれだけの時間が必要ですか?」

 

『現状の段階で1分は掛からない筈よ』

 

具体的な数字までは出せない。

用意するのに時間をかけすぎた。

ただ、目安があるだけマシというもの。

 

「あの、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)は出力を抑えながら連射等は可能ですか?」

 

『それはこっちで操作できるわ』

 

『はい。任せて下さい』

 

リツコが言うとオペレーターの日向が頷いた。

 

『シンジ君、何か考えがあるの?』

 

「はい。上手くいくと思います。その為には綾波にも協力して貰います」

 

『私に?』

 

「うん。正直、危険は付き物だけど」

 

シンジだけで解決できる訳がない。

誰かに頼る必要があるなら頼る。

これは『碇ゲンドウ』から教えられた鉄則だ。

 

それに綾波も戦う覚悟を決めている。

彼女を遠ざける事は、その覚悟を足蹴にしているも同然の行為と言えた。

 

「両手のない初号機で陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)は扱えない。だから、綾波に頼みたいんだ」

 

『私は命令に従うわ』

 

『司令』

 

『やむを得まい』

 

作戦の変更は致し方無い。

出来ないものは出来ない。

その代わりに出来る事をする。

 

「僕が綾波を、零号機を連れて充電設備の整った場所まで連れていきます」

 

『でも、どうやって?』

 

「それはズバリ…………合体です!!」

 

拳を握り締め、シンジは高らかに宣言する。

何を言い出すのか?

次には行動に移していた。

 

その行動とは零号機を肩車する事だった。

手が無いので肘の間接部を用いて挟んでいるだけになる。

突然の事態に奇抜な策を思い付くミサトさえポカンとしていた。

 

「これで綾波がラミエルの加粒子砲を陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を使って叩き落とす。それが難しそうな場合は僕がATフィールドを張って攻撃を反らします」

 

これは『平行世界』で『綾波レイ』と『惣流・アスカ・ラングレー』がプレイしていたゲームの遠距離ボスの突破方法だ。

ゲームと現実とでは比較にはならない。

だが、この手は試すだけの価値がある。

 

「エヴァのバッテリーももう長くは保てませんから」

 

全力で動けば5分しか保てない。

動くなら今しかない。

 

「ミサトさん!!」

 

『………………分かったわ。シンジ君の案でいきましょう』

 

時間がない事を理解している。

だから、ミサトも悩む暇がない。

シンジの策に乗ったのは可能性がありそうだとミサトも直感したから。

 

こういった予想の範疇を超えた策はミサトの専売特許だと思っていたが、シンジも柔軟な思考を持つ。

これは『葛城ミサト』の影響が大きいのはシンジのみが知る事実。

 

「あいつを倒そう。その為に綾波は僕が守るよ。だから、綾波も僕を守って」

 

『碇君……了解』

 

シンジの言葉に綾波は一瞬考える。

綾波もこうして励まし合い、立ち向かう事に不思議な気持ちを抱いた。

背中を預け合える仲間の頼もしさを知らず知らずに気付かされた。

 

『じゃあ、細かい策を練りましょう』

 

今のでミサトの脳が回り始める。

成功へ導く為に策を改めて練り始めた。

 

さあ、ラミエルの奴に目にもの見せてやろう。




如何でしたでしょうか?

ラミエル戦はこれで終わると思ってましたか?
作者は思ってました。
何故か続きました。不思議です。

陽電子砲やラミエルの仕様が違う気もしますが平に御容赦を。

『平行世界』の出来事、経験も今回は活きてきます。
ゲーム内でのものでしたが、果たして上手くいくのでしょうか?

ではまた次回に。


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遠いようで、近い距離

大変お待たせしました。

今回もツッコミどころはあるかもですが、温かい目で見てください。

続きです。


『準備は出来た?』

 

「はい」

 

『問題ありません』

 

ミサトからの問いにシンジと綾波の両名は肯定を以て返答した。

初号機が零号機を肩車。

手が無いので腕を折り曲げながら無理矢理に挟んだ状態だ。

 

零号機は陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を構えている。

そして、念のための即席武器も用意してある。

 

『この場で出来れば問題は無かったのだけれど』

 

「仕方ありませんよ。」

 

『レイ、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の連射機能は説明した通りよ』

 

『はい。頭に入ってます』

 

リツコからの通信。

それは注意事項の確認である。

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の連射機能とは言ったものの、マシンガンのように一度に数十発も乱射出来るものではない。

一発一発を“数秒の間隔で撃てるだけなのだ。”

 

『あとはこっちでサポートするわ。思う存分暴れなさい』

 

「了解」

 

『了解』

 

『では、作戦開始』

 

ミサトの号令を以て、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を充電できる施設へ疾駆する。

 

当然、ラミエルもこちらが行動を起こすと同時に起動した。

 

『来る!!』

 

ミサトが叫ぶと同時にラミエルから加粒子砲が放たれる。

 

ラミエルの迎撃は分かっていた。

特筆すべきは威力ではなくて放たれた後の速度だ。

 

放たれてしまえばシンジ達の目と鼻の先まで来てしまう。

それだけの速度をラミエルの加粒子砲は備えている。

 

けれど、NERV職員は有能な人物達しか存在しない。

先程、加粒子砲を放たれるより前にミサトが状況に気付けたのが良い例だ。

ラミエルの加粒子砲が放たれる直前の熱源を分析し、解析してみせた。

 

「来た」

 

だから、シンジも即座に対応が可能となる。

初号機を横っ飛びさせる。

数秒の後、初号機が居た場所が爆撃される。

 

その余波でコンクリートは捲れ、上空へと巻き上げられる。

後に残ったのはエヴァもすっぽりと入れそうな位に大きなクレーターだ。

 

「――――――っ!?」

 

改めてラミエルの、使徒の力を思い知らされる。

人智を越えた力を持つエヴァンゲリオンと言えど、これを真正面から喰らうのは危険だ。

 

『碇君。ラミエルが次の手に出るみたい』

 

「っ!!」

 

ラミエルの真正面に光の球体が出現する。

それは先程から放っている加粒子の集合体であるのは間違いない。

凄まじいまでの高エネルギーは2体のエヴァを狙っている。

 

『広範囲の攻撃が来るわ!!』

 

リツコが声高に告げる。

彼女が告げた直後、ラミエルは加粒子砲を“散弾にして放つ。”

先程までの極太とは真逆の極細、しかしながら手数が圧倒的に異なる。

今度は1本ではなくて、横殴りの雨のように数多の加粒子砲が迫ってくる。

 

『碇君、このまま横へ跳んで』

 

綾波からの指示が来る。

従うままに初号機を跳躍させる。

 

『赤木博士』

 

『ええ、計算は済んでいるわ』

 

通信を介して綾波とリツコが言葉少なく意思疎通を行う。

直後、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)から甲高い音が響く。

閃光が一度に5発放たれる。

最初に放った時よりも閃光は小さいが、言っていた通りに連射が可能となっていた。

 

初号機と零号機を狙う数多の加粒子砲の雨へと突撃していく。

全てを薙ぎ払う必要はない。

こちらに当たるものだけを的確に撃ち落とせば良い。

 

その計算をリツコを始めとしたオペレーターが瞬時に行い、綾波へデータを送る。

あとは陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)で撃ち落とす。

 

言うのは簡単だが、難易度が高過ぎる。

技術もそうだが、必ず撃ち落とさねばならないプレッシャーも襲い掛かる。

とは言え、だ。

それを可能としてしまうのが綾波レイであった。

 

綾波の技術はシンジが想像するよりも高水準であった。

的確にこちらに直撃コースのものを撃ち落とし、当たるにしてもボディーを掠める程度で済んでいる。

 

被害を最小限で食い止めてくれる。

こんな芸当はシンジではまず行えなかった。

綾波がどれだけエヴァの為に訓練を積んできたのかが一瞬で感じ取れる。

 

アスカも始め、シンジの周りの人達の努力は凄まじいものがある。

しかも、実力をきちんとした場で発揮するのだから大したものだ。

 

以前までの自分なら自信を失っていたかもしれない。

けれど、今は違う。

彼女等に並びたい。

その決心から溢れる思いは――――

 

「負けてられない、ね」

 

彼女等の背中に食らい付こうという気持ちが爆発する。

 

『シンジ君、大丈夫?』

 

「はい。機体も掠めた程度なので、操縦も問題ありません」

 

ラミエルの攻撃は凄まじい。

しかし、人類の頭脳と技術も負けていない。

何せ、当初の目的の場所へ到着したのだから。

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電を行います』

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)のフル充電こそが最大の目的。

零号機をその場に降ろし、綾波に充電を行ってもらう。

だが、ラミエルもこちらの行動を見逃してくれる訳がない。

 

既にラミエルは行動を起こしていた。

形状を変化させ、加粒子砲の塊を集中させる。

 

狙いはシンジ達。

これから行うのは何度か目の当たりにした極太の加粒子砲を放つ事だ。

 

『当然、来るわよね…………シンジ君!! レイ!!』

 

ミサトが名前を呼ぶ。

それだけで何をするべきなのか、事前に打ち合わせをしてあった。

 

『碇君、これを』

 

「ありがとう、綾波」

 

綾波が――――零号機が初号機の足下に“あるもの”を設置する。

そして、初号機にサッカーでシュートを決める動作を真似させる。

エヴァンゲリオンの身体能力で蹴り出され、飛来していく。

 

蹴り出されたもの――――それは耐熱光波防御盾だ。

先程のラミエルの加粒子砲により、原形は殆んど残っていない。

しかしながら、ラミエルの加粒子砲から保たせた実績がある。

何より、現段階でエヴァンゲリオンの蹴りに耐えられる程の耐久性を示している。

これだけで十分に活躍は見込める。

 

加粒子砲が放たれるよりも先にラミエルめがけてぶちこむ。

凄まじい勢い、速度で突撃していく耐熱光波防御盾。

シンジ達の方が一手早かった。

 

加粒子砲が放たれるよりも早く、耐熱光波防御盾はラミエルの元へ到達した。

 

ガンッ!!

 

ラミエルからしたらどついた程度にしかならないだろう。

けれど、それで良かった。

 

「ATフィールド、展開」

 

自分達を守る為でなく、ラミエルを抑える為でもない。

発生させたのは耐熱光波防御盾の下、ATフィールドをトランポリンに見立てて耐熱光波防御盾を“ラミエルの斜め上へ”弾ませる。

 

ラミエルは敵意を持った相手に反応する。

無機物であれ、ラミエルに害成そうとすれば迎撃される。

条件反射、まさしく動物的な反応だ。

それがリツコを始めとしたNERVの面々が整理した、確定した情報であった。

多少の賭けではあった。

 

だが、結果として賭けに勝った。

 

ラミエルの狙いはシンジ達から耐熱光波防御盾に切り替わる。

加粒子砲は耐熱光波防御盾を瞬く間に包み込む。

時間稼ぎは出来た――――が、

 

「綾波!!」

 

『まだ、充電は不十分』

 

主目的である陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の充電が完了していない。

 

『仕方無いわね。シンジ君、レイ、もう一手よ!!』

 

計算外の出来事ではない。

そもそも使徒との戦いは計算外の連続だ。

故に、可能性はいくつか考えていた。

 

その1つに過ぎない。

そして、最悪のパターンの為の策も用意してある。

 

『碇君、もう1度』

 

「了解」

 

そして、零号機がまたも初号機の足下に置く。

先程と同様に置かれたものを蹴り上げる。

今度はラミエルの真正面ではなく、半円を描くようにラミエルの真上に。

 

次に蹴り上げたのは――――プログレッシブナイフだ。

初号機のものだけではなくて零号機のプログナイフも利用する。

持ち手の部分を中央にして縛り付けて二対のプログナイフへと仕立ててある。

それがクルクルと回転し、ラミエルの頭上にまで到達する。

 

「ATフィールド、展開!!」

 

先程と全く同じ流れを踏襲する形となる。

今度は真上から、重力の助けもあって落下速度が尋常ではない。

このコンボがラミエルに対して効果的である事を意味しているとも言える。

敵意を見せているのは目の前のシンジ達なのだが、今まさにラミエルの眼前に迫る脅威は間違いなく頭上に蹴り飛ばされた二対のプログナイフだ。

しかも、ATフィールドを張っているのだから見向きしない訳にもいかない。

 

これまでの展開でラミエルが無機物であろうとも接近してくる外敵に反応するのは判明していた。

確証こそ無かったものの、リツコやオペレーターの面々が短時間でラミエルの事を解析してくれた成果である。

 

そして、これまでの接敵で新たな情報も入手できた。

それはラミエルの攻撃は基本的に"迎撃を前提とした動きが多いという事だ。"

 

積極的にこちらへ攻撃を仕掛けたタイミングというものが少ない。

これはこちらが陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)による準備を行え、かつ長距離から攻撃の準備をしていた際に何のアクションも起こさなかった事が第一の根拠だ。

泳がせ、敵の位置を確認してから確実に討ち取る戦闘スタイルなのだろう。

自発的な行動はNERV本部への侵入と思わしき行動のみ。

 

つまり、ラミエルの戦闘スタイルの穴さえ突ければ戦いようはあると言えた。

 

無論、それだけでラミエルを攻略できるとは限らない。

だから、より確実性を上げる為にラミエルの行動を更に深く分析してみた。

とは言え、初号機と零号機への迎撃のパターンを見て気付けた。

 

すると、ラミエルの行動パターンには2種類のものがあると確定できた。

 

それは先程から"使い分けているように見える"加粒子砲の使い方である。

極太と真逆の極細の2パターンだ。

 

だが、注意深く観察していると分かってくる事があった。

まず、極太は対象が"一塊になっている事だ。"

これは初号機と零号機が陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)での狙撃を試みていた際に気付けた。

 

先程、飛び回っていた際に使っていた極細の加粒子砲がある。

それを用いて緩急を付ければ、仕留めやすさは格段に上がったであろう。

だが、ラミエルはそれをしなかった。

何故だ?

 

これは、もしかするとこれまでの使徒と姿が違う事に起因しているのではないかと推測した。

 

サキエル、シャムシャエル、この2体を繋ぎ合わせた特徴は散見される。

加粒子砲はサキエル、飛行能力はシャムシャエル。

そして、ラミエルを含めた3体の最大の共通項はなんと言ってもATフィールドである。

 

これは使徒側にとっても最大級のアドバンテージであり、人類では突破は困難な強固な盾だ。

成す術も持たず、蹂躙できる――――本来であれば。

まさか、人類もATフィールドの技術を手に入れているとは思わなかったのだろう。

 

その結果、人類が抗う術を手に入れ、対抗してきている。

エヴァンゲリオンという力は、使徒にとっても計算外の代物であっただろう。

 

これは完全に推測の域を出ない。

けれども、使徒には知性があると考えられる。

更に、知らず知らずに人類を敵と見なし、危ない橋を渡らないように対策を練っているのではないかとも推察できた。

なんと言ってもイレギュラーをこうして何度も引き起こしているのだから。

 

よって、こちらの行動は使徒にとって、全てイレギュラー尽くめの筈だ。

もし、こちらの行動が何らかの手段で共有されているのだとすれば、あらゆる行動を無視できなくなる。

 

それが例え――――何の変哲もない武器の投擲だったとしても。

それを、ATフィールドまで用いて当てようとしているなら尚更無視できる筈がない。

 

 

結論から述べてしまおう。

ラミエルは予想通り、上空から落下してくる二対のプログナイフに反応した。

加粒子砲により、一瞬で消滅させたのだ。

 

『そう来ると、思っていたわ』

 

通信を介してシンジと綾波の元にリツコが不適に笑いながらラミエルへ告げた。

当の相手には届かない声。

仮に聞こえていたとして、ラミエルが理解できるのかは永遠の謎なのだが。

 

それはさておき、リツコが不敵に笑うのも意味がある。

何せ、ラミエルは条件反射とも言うべき速度で上空のプログナイフに反応してみせた。

動物的な感覚の鋭さは舌を巻く。

だが、ブラフという言葉には滅法弱いと見た。

それは、最初の威力偵察の際に判明していた事柄。

全ては撒き餌だ。

 

 

 

 

 

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を持たせた零号機を肩車した初号機が接近する為の時間稼ぎで、囮でしかない。

 

 

 

 

 

「ここまで、来たぞ!!」

 

ラミエルは目と鼻の先。

エヴァンゲリオンの身体能力であれば、一足跳びで辿り着ける距離だ。

けれど、その一息が長い。

 

ラミエルは近接戦闘を嫌っている。

それ故、遠距離主体の攻撃手段ばかりを用いる。

ATフィールドもこれまでの使徒よりも常時張り巡らせている。

 

言い替えれば、ラミエルの耐久性は著しく低い可能性が高い。

そして、エヴァンゲリオンの近接戦闘での強さを認めているが故の策であろう。

様々なパターンでこちらを苦しめる。

けれど、使徒は何処かで人類をまだ格下だと思っていよう。

 

ここまで接近が出来たのも、その隙を突けたから。

ラミエルも、ここまで近付かれるとは想定していなかっただろう。

即座に加粒子砲を集めに掛かる。

それを放とうとするが――――

 

「見え見え、だよ!!」

 

これは初めて相手方の焦りを引き出せたと言って良いだろう。

初号機を横へスライドさせる。

肩車する零号機は動きがブレない。

避ける為にこちらも必死なので、綾波を気にしてもいられない。

これは前以て伝えてはあったのだが、綾波は一言「大丈夫」と告げるのみ。

その一言を実践してみせるのだから、彼女の実力の高さも窺える。

 

『碇君。行くわ』

 

「うん!!」

 

ラミエルの攻撃で尤も恐れるのは連続照射だ。

けれど、これまでラミエルは広範囲への攻撃の際も含めて続けて加粒子砲を放つ事は出来ても“次の加粒子砲を放つまでにはインターバルがある。”

 

殆んどコンマ数秒でしかないので、そうとは見えないだけ。

だが、最初の長距離からの加粒子砲の連打に多少なりとも感覚はあった。

それをオペレーター陣が解析してみせた。

 

『ATフィールドを展開しているわ。シンジ君』

 

「了、解!!」

 

ラミエルにとっての勝ち筋もこちらが積極的に潰す。

初号機もATフィールドを展開させ、前蹴りでラミエルのATフィールドを中和させながら蹴り飛ばすと言う荒業を披露する。

破天荒な技の数々だが、それでもこうしてラミエルを追い詰めていく。

 

遠い距離に思えたが、こうして理詰めをしていく事で距離は近付いていく。

そして、チャンスは巡ってくる。

それを今、皆の力を借りて体現する。

 

「綾波!!」

 

『任せて』

 

既にラミエルの間合いの内。

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の照準も向けられている。

タイミングもバッチリ。

そして、綾波にはこの決め必殺技名と共に陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)を放つ事を指示していた。

彼女の声はその必殺技名を叫ぶキャラクターとそっくりであったから――――それだけの理由である。

 

 

 

 

 

陽電子斬(ポジトロン・スレイブ)

 

 

 

 

 

瞬間、陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)から凄まじい閃光が放たれる。

新たにATフィールドを張り、加粒子砲での迎撃を考えていたのだろうが――――時既に遅し。

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)の一撃が、ラミエルの身体を貫く方が早かった。

 

勝負はこの一手で決まった。

ラミエルの身体を貫通した閃光は、その先のビルを吹き飛ばす。

遅れて、ラミエルの身体が目映い光を解き放つ。

 

『シンジ君、ラミエルが爆発するわ』

 

「了解です!!」

 

サキエルと同様、いたちの最後っぺで終わる訳にはいかない。

NERV側も当然ながら想定していた。

ラミエルの身体に変化があれば、気付ける位にはなっている。

 

直後、言う通りの事が発生する。

ラミエルの身体が爆発した。

爆炎をATフィールドにて完全にシャットアウトする――――のだが、風圧は想定していたよりも強かった。

 

「あっ、まずい!?」

 

気付いた時には遅かった。

零号機もろとも、真後ろに倒れてしまう。

踏ん張る事も出来ず、2体のエヴァンゲリオンは周囲のビルだった瓦礫を巻き込みながら、ひび割れたコンクリートの上へ仰向けに倒れてしまう。

 

「つつっ、大丈夫? 綾波?」

 

『ええ、何とか』

 

綾波の安否を確認する。

通信の向こうには無傷の彼女が映し出されていた。

どうやら彼女は問題が無いようだ。

その事には、ホッと安堵の息を吐く。

 

「何とか、勝ったね」

 

『ええ…………こう返事をするので、合ってるのかしら?』

 

「喜んでいるなら、良いと思うよ」

 

綾波の妙な疑問にシンジは少しばかり笑ってしまう。

けれど、『この世界』の綾波らしいなとも思えた。

 

喜怒哀楽の感情が無い訳ではない。

ただ単に感情を表現させるのが苦手なだけなのだ。

 

『ごめんなさい。こういう時、どういう顔をすれば良いのか分からないの』

 

「そんなに難しく考える必要はないよ」

 

変に律儀だなと思いつつ、シンジは綾波にこのように返す。

 

「笑えば良いと思うよ」

 

シンジのその一言で、綾波は通信越しではあるが、微笑んでくれた。

その笑顔は何とも美しかった。

月の光が霞んで見えてしまう程、彼女の笑顔は穏やかながら強く輝いていた。

 

「エヴァの内部電源も切れたし、あとは助けられるのを待とうか」

 

『ええ』

 

こうして、ラミエルの殲滅は成功した。

NERVの面々、そして戦自の協力を以て、全ては解決した――――――のだが、

 

『ところで、さっきの技の何処に(スレイブ)要素があったの?』

 

と、ミサトが先程の必殺技名の問題が浮上させるのであった。




如何でしたでしょうか?

矛盾だったり、無理がある設定なんかもあるかもですが平にご容赦を。

綾波とシンジ君の共闘。
ラミエルを見事に撃破しました。

必殺技名は矛盾しか無かったのですが、どうしてもスレイブの部分が頭から放れてくれなくて。
最後のミサトさんのオチで使うと言う事にしました(笑)
せっかく良いシーンなのに最後を台無しにしてごめんよー

さてさて、今回はお待たせしてしまって申し訳無いです。
そろそろ作者も原作の内容があやふやになってきたので復習タイムもあり、時間を労します。

なるべく早めに更新をしたいとは思いますので、どうか見捨てずにお願いします。

ではまた次回に。


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披露会────の前日

お待たせしました。

では、続きです。


「シンジ君、明日の夕飯は用意しなくて大丈夫だから」

 

ラミエルを殲滅した翌朝の事だ。

朝食を終えてシンジが食器を洗っている時に、コーヒーを飲みながら資料に目を通すミサトか伝えられる。

事前に報告してくれるのは本当にありがたい。

 

だが、彼女は立場のあるだ。

そんな彼女が夕飯を共にしないと言う事は――――

 

「仕事が立て込んでいるんですか?」

 

必然的にそう考えてしまう。

シンジは中学生が故に何も手伝える事はない。

せめて仕事の愚痴を聞いて、多忙な彼女の代役で家事を行う位しか出来ない。

 

「仕事なのは半分正解。ちょっち、パーティーに誘われててね」

 

「半分仕事のパーティー?」

 

飲み会か何かだろうか?

いや、日夜多忙を極めるNERVがそんな時間を作る余裕があるとは考えにくい。

 

「何処かの企業の方と打ち合わせ、とかですか?」

 

「お披露目会が正解かしら」

 

「お披露目って、その資料と関係が?」

 

食器を洗い終えたシンジは振り返り、ミサトの向かいの席に座る。

ミサトは「その通りよ」と言いながら資料を見せてくる。

 

何やらロボットの設計図らしい。

その道に詳しくないシンジでも分かる事はあった。

 

「これって、使徒に対抗する為に造ったものですか?」

 

「そうらしいわ」

 

しかし、これで本当に大丈夫なのかと疑いたくなる。

ジェットアローン――――略してJAと言う機体だ。

 

これがどういうものであるのか、事前に資料を渡されたので目を通していたようだ。

用途は先程も話していた通り、使徒殲滅の為の兵器利用だ。

 

しかしながら、既にNERVがエヴァンゲリオンという決戦兵器を開発している。

明らかにこちらへぶつけてきた内容である。

 

「もしかしなくても、NERVは目の敵にされてませんか?」

 

「敵は多い組織よ」

 

今は使徒という共通の敵を持っているからこそ、表面化では何も起こらない。

だがこの先、使徒の数が減っていく、もしくは全滅させたとして――――穏便に済むだろうか?

 

「この世で一番怖いのは人だって話を聞いた事があります」

 

「良いことを知っているわね。本当にその通りになりそうだから困るわ」

 

シンジが言うと、大きな溜め息を吐きながらミサトは返した。

 

「このロボットを造ったのは何処の企業ですか?」

 

「日本重化学工業共同体、通産省、防衛庁」

 

「共同で開発したんですね」

 

一組織であるNERVへ対抗し、企業や国が協力し合って開発した――――と。

言い替えると、それだけの事をして初めてエヴァンゲリオンみたいな兵器を造れるという事だ。

 

NERVはエヴァンゲリオンを2機(恐らくはアスカの分もあるので3機だろうが)も開発している。

1つの組織だけで使徒と戦えるだけの力を――――否、核兵器もかくやという程の危険性を孕む。

 

「使徒が居なくなったとしてもエヴァンゲリオンを造れるだけの技術を持っているなら、あらゆる組織、国が警戒しますよね」

 

「シンジ君って、本当に中学生? 怪しい組織に薬を飲まされて身体が縮んだ…………とかじゃない?」

 

「ちょっち、そういう物語を読んだ事があるだけでして」

 

ミサトの口癖を真似しながらシンジは返す。

残念ながら高校生探偵のような出来事は起きていない。

これも『平行世界』で培った経験だ。

 

いつだったか『赤木リツコ』や『碇ユイ』と会話した時にあった出来事。

皆が務める人工進化研究所にもサイバー攻撃はあったとか。

 

「NERVが出過ぎた真似をしないようにしたい…………そんな魂胆でしょ」

 

出る杭を打つ事で、今後もNERVだけが特別な軍事力を有していると思わせない。

同等の手札があると見せて、NERVを牽制するのが目的だろう。

 

「とは言え、これが上手くいくとは考えにくいんですが」

 

対使徒用の兵器なのは理解した。

しかしながら、事が上手く運ぶかどうかとはまた別問題だ。

 

「僕にはこの資料を見てもちんぷんかんぷんです」

 

「私も右に同じ。畑違いが過ぎるわ」

 

「餅は餅屋…………リツコさんに任せるのが手っ取り早いですね。リツコさんも参加するんですか?」

 

「ええ。私とリツコの2人でね」

 

両者共に立場ある身だ。

参加するのならば妥当な人選だろう。

 

「まあ、この開発の責任者が私達に茶々を入れたいだけでしょうけどね」

 

「嫌味を言われる前提ですか…………」

 

とは言え、ミサトの反応は正しいかもしれない。

何せ、これから行うプレゼンはNERVに対する牽制なのだとはっきりしたから。

何を言われるのか分からないのもあるが、そもそもパーティー会場での扱いも酷いものかもしれない。

 

「何か美味しいものとか、つまみとか、用意しておきますね」

 

シンジにはそれ位しか出来ない。

ミサトは「ありがとう~」と項垂れながら答えた。

 

「あれ? 責任者の名前…………」

 

「ああ、時田シロウって人よ。日本重化学工業共同体の責任者ね」

 

「時田シロウ……何処かで……」

 

正直に言うと『この世界』での関わりは皆無だ。

そうなると『平行世界』であるが――――――

 

「確か母さんをライバル視してた『AIUEO』の人」

 

「? そんなもの造ってたかしら? それよりお母さんが何故出てくるの?」

 

「い、いえ…………ゲームの話です。名前が似ていたキャラクターがあったもので」

 

「ふーん」

 

シンジは資料を返却しながら口早に伝える。

ミサトは生返事をしながら返された資料に目を通す。

気にしていないようで、一安心した。

 

『平行世界』での事を話してしまっても構わないかもしれない。

けれど、ミサトを巻き込んでしまうかもしれないのを危惧して誤魔化す。

 

ミサトの表情は真剣そのもの。

それを茶化す訳にもいかない。

 

互いの出勤、登校時間が来るまでパーティーで心身共に磨り減らすだろうミサトとリツコの為に何か用意しておこうと、考えを巡らせる事にした。

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

ラミエル殲滅のささやかな報酬とし、本日の訓練は休みだ。

体力等に問題は無いのだが、念には念を入れての措置だ。

 

NERVの職員の方々の好意に感謝し、シンジは久方ぶりの自由を満喫する事とする。

とは言え、だ。

明日は自分の上司がメンタル面で参った状態で帰ってくるかもしれない。

今のうちから下準備をしておこう。

アルコール類に関しては、未成年の身では買えないので誰かに頼もう。

 

明後日の分の献立を考えながらデパートへと入ろうとして――――

 

「あれ、この紙……」

 

入り口に1枚、紙が落ちている。

パッと見ただけでは何が書いてあるのか分からない。

けれど、何かの資料である事だけは理解できる。

 

「落とし物か。一応、デパートの人に渡しておこうかな」

 

重要な書類の一部を預けると言うのは気が引けるものの、それ以上は何も出来ないのも事実。

せめて誰の物なのか分かればデパートの人に呼び出して貰う事も難しくない。

 

「名前が書いてある」

 

その紙には責任者の名前が記載されていた。

記された名前を見た瞬間、シンジはギョッとした。

 

「そ、その紙!!」

 

シンジが資料を見ていると、膝に手を付いて息を整える男性が居た。

その人物はシンジには覚えがある。

更には偶然にもこの資料の持ち主である事も知っていた。

 

―――時田シロウさん?

 

まさかの邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

シンジは時田シロウに連れられ、個室付きのレストランへ赴いていた。

通された部屋は座敷になっており、彼はこの店の常連のようだ。

靴を脱ぎ、楽な姿勢で構わないと促されたので胡座を掻いて座る。

資料を拾ってくれた礼だと言ってくれるが、こちらは逆に恐縮してしまう。

 

「えっと、良いんですか?」

 

「遠慮しなくて大丈夫だよ。ただ、それだけで良いのかい?」

 

テーブルを挟んで向かい同士。

シンジの前には饅頭がいくつかとお茶があるだけ。

 

「この後に夕飯も控えているので、それにここのお店の和菓子は絶品だと知っていたので、これだけでも十分です」

 

「ほう。この店のオススメを知っているとは、なかなかの情報通だね」

 

若いのに感心感心――――自分の贔屓の店の事を評価された事が喜ばしいようだ。

 

「ところで、聞きたい事があるんだが…………良いかな?」

 

「はい? 何でしょう?」

 

「君は、碇シンジ君だよね? NERVのエヴァンゲリオンのパイロットの」

 

変化球ではなく、ド直球が投げ付けられる。

なるほど、どうやらシンジの事はお見通しらしい。

 

「はい。僕が碇シンジです」

 

だから、素直に答える。

はぐらかしても無駄であろう。

 

「それにしても、何で僕の事を知っているんですか?」

 

「独自の情報網があってね」

 

なるほど、この時田シロウもトップに立つ人間だと言う事だ。

NERVと渡り合おうとするだけあって、彼には「情報」と言う力が備わっている。

バックには政府らしき組織もある。

なるほど、彼の発言はハッタリではない。

 

「名乗るのが遅れてしまったね。私は日本重化学工業共同体の代表、時田シロウと言う者だ」

 

「改めまして、碇シンジです」

 

こちらは中学生だと言うのに畏まった態度を見せてくれる。

それを見せられては「子供だから」等と言う理由で軽く見られてしまうのは良くない。

シンジ自身も不得手ではあるが、精一杯の誠意を見せようと名乗りを返す。

 

「君とは一度で良いからゆっくりと話してみたかったんだ。私のホームグラウンドだからと言って、何かを仕掛けるだなんてしないから心配はしないでくれ」

 

誰も入れない密室だ。

ただ、シンジが懸念する事項は盗聴器であろうと当たりを付ける。

中学生のシンジがそこまで思考が回るとは思っていないが、思いっきり話せるようにと時田シロウは気を回してくれた。

 

これに関して、間違いなく時田は嘘を言っていない。

嘘か真かは別として、疑ったとしても無理ない。

けれども、だ。

 

「僕は時田さんは正々堂々な人だと思ってます」

 

「ほう? どうしてだい?」

 

「こうやって、僕と面と向かって話してくれているのが何よりの証明です」

 

シンジからの意外な発言に時田は疑問を返す。

それに対し、シンジは即答であった。

 

「普通なら子供と侮る所なのに時田さんはそういった様子も見られない。真摯に僕と向き合ってくれています」

 

「それだけかい?」

 

「それだけで十分です」

 

さらりと言ってのけるシンジ。

大人びているだけで、実質的には子供でしかないシンジと向き合っている事こそが彼を信頼に足る相手だと断言する理由。

 

「そう言われると、何だか照れ臭いながらも嬉しいね」

 

頬を掻き、一瞬ながら目を逸らす仕草をする。

シンジの真っ直ぐな言葉が本当に突き刺さったようだ。

 

「しかし、君は思っていたよりも随分と大人びている。話していても、ついつい大人と変わらない対応になってしまうよ」

 

「ちょっと、大人の人と話す機会が多かったので仕込まれたんです。まだまだ(あら)はありますよ」

 

「そういう発言が飛び出てくるのが驚きなんだがね」

 

とは言え、落ち着いて話ができると時田シロウは思う。

これは本当に助かる内容で、シンジへストレートに疑問を投げ付けられる。

 

「君はJAの資料には目を通してくれたのかな?」

 

「見る機会があったので目は通したんですが……」

 

「理解するのは難しいものがあるからね」

 

さすがに中学生という事もあり、この手の内容に精通している訳もなかった。

もし、理解しているというならそれはそれで呆然としてしまう事になるのだが。

 

「かいつまんで言うならパイロットの必要のないロボットなんだ」

 

「もしかして、遠隔操作ですか?」

 

「その通りさ。しかも動力源に核分裂型の原子炉を採用し150日間ものの連続行動が可能なんだ」

 

それが本当なのだとしたら────こうして正式に発表をする位なのだから実際に成功しているのだろう。

どこぞのリモコン操作で動かすロボットを思い出す。

 

「エヴァンゲリオンにとって変わる、新しい救世主の登場さ」

 

「エヴァを超えるロボット……ですか」

 

「そうさ。これが認められさえすれば、君のような子供がもう戦う必要だってなくなるんだ」

 

それは、確かに革命的な発明だ。

シンジ、綾波、アスカ────現状、判明しているパイロットは全員がまだまだ未来のある中学生ばかりだ。

命を落とす危険のある戦いに子供を送り込むのは抵抗があろう。

時田も、子供を戦わせる事には反対の心持ちなのであろう。

 

否、誰であろうとも危険な使徒との戦いに命を落として欲しくない。

だからこそ、このJAには搭乗者は存在しない造りとなっている。

誰の犠牲も出してくない────時田シロウの魂の叫びが聞こえてくる。

しかし………………

 

「時田さん、根っこの部分にはNERVにとって代わりたい気持ちの方が強いんじゃないですか?」

 

「何だって?」

 

シンジの切り返しは時田にとっても予想外の反応であっただろう。

今度は自分のターンだと言わんばかりにシンジは言葉を紡ぐ。

 

「時田さんは使徒やエヴァの事について、他に何か知っている事はありますか?」

 

先程のシンジ自身の発言に関する理由ではない、全く異なる質問が飛び出る。

ただ、シンジの表情は真剣そのもの。

順を追って話す為の前段階の内容なのではないかと考え、今しがたの問い掛けに対する答えを放つ。

 

「ATフィールドと呼ばれるものがあるとか」

 

「はい。それは実際に強固な壁と考えは似たようなもので、それを打ち破るだけの手段、もしくはATフィールドを発生させる事がJAにできますか?」

 

「それを可能にするのがJAさ」

 

「では、JAはN2兵器よりも強力な力を有していると考えて良いんですね?」

 

「何故、そんな兵器の名前が出てくるんだい?」

 

突然、シンジの口から飛び出した兵器の名称。

その理由に時田は理解が追い付いていないようだ。

 

「使徒のATフィールドはN2兵器を以てしても打ち崩せなかったからです」

 

「…………っ!?」

 

きっと、時田も知らなかった情報なのかもしれない。

シンジから聞かされた話を理解した途端、目を見開いたのだから。

しかし、まだまだ話は止まらない。

 

「同様に、先程も話したN2兵器程の威力を諸に喰らったとしても動作が可能な耐久力を有していますか?」

 

矢継ぎ早に叩き付けられる質問の数々。

それに時田は押し黙ってしまう。

 

───まさか、『リツコ』さんに鍛えられた成果がこんな形で現れるなんて。

 

一方、押し黙った時田を見て『平行世界』の天才から叩き込まれた手法が通用している事に驚きを隠せないでいた。

とは言え、教えられたのは単純なもの。

相手の話をきちんと聞き、違和感を抱く事だ。

直感というのはあながち馬鹿にできた話ではなく、本能が何かを察知してくれている。

その中にはもしかすると粗がある。

そこを突いてみると、案外脆かったりする。

 

今回、上手く当てはまったようだ。

 

「時田さん。あなたが指摘するようにエヴァンゲリオンには改良の余地は十二分にあります」

 

それこそ、先程に時田が示したように無人で動かせるようにでもなればシンジ達が出張る必要もなくなる。

稼働時間が長くなれば、ケーブルの問題も解決しやすくなる。

使徒相手に時間制限も気にしなくて済む。

 

しかし、“それだけで勝てる程に使徒は甘くない。”

その事実を、開発した組織と同じ位に理解するのはパイロットである碇シンジだ。

 

時田の着眼点は悪くない。

けれども、その欠点を補って余りある程の性能をエヴァンゲリオンは秘めている。

 

裏付けるようにエヴァンゲリオンはこれまで3体の使徒を殲滅した実績がある。

この数字は小さいながらも、決して無視できない。

 

「先程、時田さんが言葉を詰まらせた事をエヴァンゲリオンは出来ます。JAに劣っているとは断言出来ません」

 

時田が何をしようとしているのか、手に取るように分かる。

ミサトとの会話に出てきた内容と同じだ。

全ての使徒を殲滅し終えた――――その先の話の事を気にしている。

 

今、圧倒的な軍事力を持つのは他でもないNERVだ。

使徒殲滅の功績を考慮する事にでもなれば、実質的なリーダーとしても世界的にも君臨できるだけの力を持つ。

 

NERVに反感を買えば、間違いなく根絶やしにされる。

今後、NERVは畏怖される存在となろう。

 

その抑止力ともなれる力を造れたとしたら話は変わる。

そうすれば世界的にもNERVに次ぐ注目の的は間違いなし。

更にはNERVとは異なり、最初から政府がバックに付いていればそれだけでアドバンテージとなる。

 

時田はその位置を狙っているだけにしか見えない。

言ってしまえば、時田は己を大きく見せたいのだ。

 

「私は、JAでは使徒には敵わない、と?」

 

「断言はしません。ですが、最低限でもそれだけの力がある事を証明しなければ使徒と戦うのは不可能です」

 

時田の汗の結晶である事は認める。

しかしながら、現実は非情だ。

ここでJAを送り込む事となり、最悪の結果となる未来が待つならシンジは止める。

 

「そんな事はやってみなくては分からないよ」

 

「それを言っている時点で、あなたは不十分な開発しか出来ていないと自白しているようなものです」

 

「――――――っ!?」

 

シンジに指摘された時田は言葉を発しようとして、詰まらせた。

これにはシンジも驚く。

もっと感情的となり、罵声を浴びせるものだとばかり考えていた。

 

だが、彼は理性を働かせて言葉を止めたのだ。

やはり、子供でしかないシンジを相手にそういった態度を取れる時田は大人だ。

 

シンジも感情が入り、言葉のこん棒を叩き付けた。

さすがに反省すべき案件で、時田とは真反対にも感情が言葉として飛び出してしまった。

 

「すいません。時田さんの努力を否定するつもりは無いんです」

 

「いや、君の言わんとする事は分かる。正直、中学生だからとまだ下に見ていたと言って良いのかもしれない」

 

シンジの先程の発言を時田は受け入れていた。

そして、愚直にもシンジを下に見ていた事を素直に伝えてくる。

こういう真っ直ぐに頭を下げる事が出来る時田は出来た人だと思う。

 

「逆に問いたいが、君はエヴァンゲリオンに不自由な点が無いと思うかい?」

 

「いえ、それこそ時田さんが指摘した通りです」

 

誤魔化す事をせず、真摯に時田の問いに答える。

これはシンジに限らず、NERV内でも最大級の問題でもある。

特に稼働時間に制限がある事は注視している。

 

「ですが、このデメリットこそが僕達を守っている面もあると考えています」

 

「そうか。活動時間の制限が弱点でもあり、NERVを守る盾でもある訳だ」

 

エヴァンゲリオンの稼働時間に制限がある事は、ある意味でストッパーとしての役目もあるのかもしれない。

 

世界を滅ぼせる使徒と対等に渡り合えるエヴァンゲリオンが2機…………最低でも3機はある。

それなのに既存の兵器は使徒には通用しない。

ならばエヴァンゲリオンに通用するのかも怪しい。

もし、活動限界が無ければ“弱点の存在しない核兵器も同然ではないか。”

 

確かに活動限界がある事は使徒殲滅の観点では大きな足枷となっている。

皮肉にも人間と言う相手に対し、弱点が見えている事は多少なりと安心材料となっている。

 

普通なら逆であるべきなのに、残念な事に身内に向けた弱点の提示であると同時にNERVが今すぐにエヴァンゲリオンの放棄を求められない理由だろう。

 

無論、使徒殲滅に際しての実績やエヴァンゲリオンの開発と言った側面から監視と言う形で留まっているのかもしれないが。

しかし、シンジには明確となっているエヴァンゲリオンの弱点がNERVと他の組織にとっての防波堤となっているのではないかと考える。

 

―――正直、リツコさんが何も手を打ってないとは考えにくいし。

 

彼女の仕事量は不明だ。

だが、リツコならばエヴァンゲリオンの弱点をむざむざ放置しておくとは考えづらい。

今のところ対策はアンビリカルケーブルによる充電位だ。

今後、問題が解消された際にどうなるか――――考えるまでもない。

対策を予め用意されるだけの話だ。

 

「思っていたより、頭は回るね」

 

時田はシンジを称賛し、内心ではこういった大人の裏の顔を垣間見ているにも関わらずに真っ直ぐに居られる少年を羨ましく思う。

時田のバックに付いている存在の事を理解しつつ、シンジはそれでも“時田自身と向き合っている。”

 

「君は、何者なんだ?」

 

「エヴァンゲリオンのパイロットで、中学生の碇シンジです」

 

時田がポロっと溢した問い掛けにシンジは簡潔に答える。

ただ、一拍置いて言葉を続ける。

 

「使徒の脅威から人類を守る為に戦う皆さんの仲間です」

 

時田含め、シンジにとっては使徒と戦う面々全員が仲間だと断言する。

まだ世間を知らないからこそ言える――――きっと、シンジと会話をしていなければ子供が夢見る理想論だと片付けていた。

 

けれど、言葉は少ないながらも交わした彼の人と成りを時田なりには理解したつもりだ。

シンジは年齢にそぐわない考えを持っている。

更にはNERVと時田達との間にあるだろう隔たりを把握している。

 

それでも、その上でも、シンジは使徒と戦う全ての人を仲間だと言う。

 

「君は、自分の言っている事の厳しさを理解しているのかい?」

 

「はい。エヴァンゲリオンと言う兵器がある以上、製造出来てしまう手法がある以上、使徒を殲滅し終えた後も“争いが続くのは目に見えています”」

 

それだけエヴァンゲリオンの存在の大きさをシンジは把握している。

ただ使徒を倒し続けていけばハッピーエンドで終われる物語でない事も知っている。

 

「正直、どうしたら良いのかは分かりません。今後もギクシャクした仲になるのは間違いないですから」

 

今後の方策なんて決まる筈がない。

どうしたら良いのか教えて欲しい位だ。

 

「エヴァンゲリオンが製造できてしまった時点で未来は決まってしまっていた訳だ」

 

「エヴァンゲリオンを破棄する事は出来たとしても、存在そのものを“無かった事には出来ないですから”」

 

製造が叶ってしまった時点で、いくら方法を闇に葬ろうとも誰かが何らかの手法で見付けてしまう。

これはエヴァンゲリオンの登場から問題視されていた事だろう。

 

人類の希望となる筈の力が、一転して人類の脅威となる。

その未来がいつになるのかまでは分からない。

だが、決して遠い日ではない。

 

その事に今から頭を悩ませるだなんて考えたくもなかった。

しかしながら、向き合わねばならない現実でもある。

 

「けれど、君はその上で皆が一丸になれればと考えている訳だ」

 

「はい。色々と考えて、相談もしてるんですが…………なかなか良い案は出てこなくて」

 

シンジの本気具合が伝わってくる。

解決策が浮き彫りとなっていないのも、またリアルだ。

 

「誰かに頼る……結構簡単そうな事だが、これが意外と難しい」

 

唐突に時田は語り出した。

シンジは反射的に彼の話に耳を傾ける。

それだけ彼の切り出しには興味があったからだ。

 

「難しいんですか?」

 

「ああ。何せ、最初の第一歩である相談相手を見付けるのが非常に困難なんだ」

 

「あー、なるほど」

 

シンプルに考えていたシンジであったが、時田が言った最初の理由だけで頷けてしまう。

幸運にも『この世界』ではリツコ、『平行世界』においても『赤木リツコ』や『碇ユイ』も居る。

彼は周りの人間に恵まれていたのだ。

 

「私のような状況になってくると、色々なしがらみも増えてしまってね」

 

大人の事情というものさ────言葉にこそしなかったが、そういう背景が垣間見えた。

シンジには分からない、より大きな存在が蠢いている。

 

「なら、今日はこうやって腹を割って話せる相手が出来たという事になりますか?」

 

急に問われた内容を時田は脳内で反芻する。

理解に及ぶと同時、笑みが漏れてしまった。

 

「そうか。君は今後も相談相手になってくれると?」

 

「はい。時田さんも、他の皆さんにしても、目的に関しては同じ方向を見ているのですから」

 

使徒の殲滅────それは、人類にとっての共通項だから。

一致団結を取れるではないか。

 

夢物語になるかもしれない。

けど、この少年はその夢物語を目指している。

 

使徒との命懸けの戦いに身を投じる彼は人類の団結を諦めない。

この先に待ち受けるかもしれない残酷な運命と真正面から戦うつもりだ。

 

何者であろうと、少年は戦うに違いない。

そこに必要なものは暴力ではなくて信頼関係。

まだ世間を知らないだけ────そう一笑に伏すのは本当に簡単な話だ。

そうだったとしても、時田は不思議と彼の夢物語に付き合いたくなった。

 

 

「君の真っ直ぐな志に乗らせて貰うよ」

 

自然と、その言葉が出てきた。

 

「私も、君の目指す明るい未来を見たくなってしまった。一緒に目指そうじゃないか」

 

「はい!!」

 

2人は握手を交わす。

 

シンジの志に時田は突き動かされた。

少年の行く末をサポートしたい。

そう、思えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

後日談と言うべきなか。

翌日のJA披露会にて、NERVの待遇はそれは良かった。

自らJAのメリット、デメリットを語り、リツコから様々な提案を貰ったとの事だ。




如何でしたでしょうか?

今回は時田シロウ回────の前日という訳で。
時田さんってこんな口調だったかな?
少し不安はありますが、違ったとしても大目に見て下さい。

正直、JAの話は全く覚えていないのもあって、こうさせて貰いました。
本当はもうちょっとロボットが故のロマン溢れる話をしたかったのですが、時田さんに反論した辺りからおちょくりづらい感じになったのであえなく没に。
いつかやろうとは考えています。

さて、時田さんのNERVへの見方が変わった瞬間でもありました。
これなら今後も出番はあるかも。

では、今回はこの辺で。
また次回に。


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アスカ、来日するってよ

いや、大変お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。

スマホの調子が悪く買い替え、作るのに四苦八苦し、PCも新調できたので何とか完成しました。

続きです。


「うっひょーっ!! 凄い凄い!!」

 

「ちょっと、落ち着けやケンスケ」

 

シンジの目の前でケンスケが何やら興奮し、それを宥めるトウジという図式が出来上がっている。

しかし、親友の言葉が耳に入らないらしいケンスケはビデオカメラ片手に撮影している。

 

「シンジ君のお友達は随分と元気ね」

 

シンジの隣でミサトが苦笑しながら告げる。

 

今シンジ達が居るのは海の上、もっと言うならば輸送ヘリである。

輸送ヘリの窓から見下ろす景色がケンスケの感性を著しく震わせたらしい。

ずっと興奮してばかりだ。

 

―――ケンスケにとっては嬉しい事だろうな。

 

等と、彼の心情を察したシンジは内心で呟く。

ケンスケの視線の先にあるのは戦艦だ。

ミリタリー好きな彼には堪らない一時だろう。

 

「けど、センセ。ワシらも付いてきて大丈夫だったんか?」

 

「大丈夫よ。許可は頂いてるから」

 

トウジの問いに応えたのはミサトだ。

許可を出したのは彼女ではなくて、相手側――――国連軍の方だ。

行き先は国連軍太平洋艦隊だ。

 

許可を貰ったのだからせっかくならとの厚意に甘える事に。

それにトウジとケンスケにはシャムシエル殲滅の助言、ラミエル殲滅時の激励の感謝も込めて同行を許可した。

 

ケンスケのテンションボルテージがとんでもないだけで、トウジも滅多にない経験に心が踊っていた。

 

「と言うか、センセって? シンジ君のあだ名?」

 

「せや。ワシから見ても大人びて見えるし、勉強も分からんとこは教えてもろてるしな」

 

「だから『センセ』ね」

 

ミサトは先程とは変わって微笑んでいる。

学校で友好的な関係が築けている事への安堵もあるだろう。

トウジとケンスケという友人を得られたのはシンジにとっても今後の財産だと言える。

 

「そういえば、これから人と会うとか言ってたよな?」

 

「そうだね。セカンドチルドレン――――僕の先輩だね」

 

惣流・アスカ・ラングレーとこれから会う事になっている。

どうやら、これから彼女は日本で生活を送る事になるとか。

彼女の来日に合わせ、迎えの意味とシンジとの顔合わせを兼ねているようだ。

 

ちなみに既にドイツでフライングしているのだが、ミサトはこの事を知らない。

初対面と言う事になる。

 

アスカにはどうするのか相談しようとLINEを送ってあるのだが、既読スルーで終わっている。

リツコにも相談はしたが「自由にしなさい」と言われてしまった。

そんなこんなで当日となってしまった。

 

「その、セカンドチルドレン…………はどんな人なんだ?」

 

チルドレン――――ではなくて、エヴァンゲリオンに興味を持つケンスケが問う。

人物像への興味もあるだろうが、大元は「どんな人物像ならパイロットになれるのか?」の思惑がメインだろう。

 

その事に気付いているか、居ないか、ミサトは頬を掻きながら「えーと、ね」と言い渋る姿が見える。

 

「悪い子じゃないの。ただ、ちょっと誇りが高いと言うか何と言うか…………」

 

ミサトの声音がだんだんと下がっていく。

特にシンジに気を遣っての事だろう。

確かにプライドの高い彼女の事を思うと言い渋るのは分かる。

 

ドイツで会った際も仁王立ちで出迎えられた。

しかし、『平行世界』の彼女とあまり変わらなかったのは大きい。

 

「会ってみれば分かりますよ」

 

アスカを知っているが故に口から出た言葉。

ミサトは「そうね。会ってみてね」と言われる。

 

そうこうしている間に目的の空母へと着陸準備を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一同は甲板へ案内される。

そこから海が一望出来る位置だ。

目の前に広がるのは青い海。

 

「海は広いな、大きいな」

 

「歌いたい気分にでもなったんか?」

 

「何となく言いたくなっただけ」

 

有名な歌詞フレーズを抜粋するシンジにトウジは問う。

しかし、気分で言っただけだと返される。

 

実際、シンジの内心は「アスカはどうするつもりなんだろ?」の疑問でいっぱいでもあった。

アスカからの返答は依然として無し。

再会の時刻が近付くにつれ、心配度が増していく。

彼女は一体何を仕出かすつもりなのか――――。

 

「ここで待ち合わせって事になってるみたいだけど」

 

ミサトは周囲を見回して目的の人物を探す。

セカンドチルドレンこと惣流・アスカ・ラングレーは何処に居るのだろうか?

 

 

 

 

 

「アタシはここよ!!」

 

 

 

 

 

自分の存在をアピールすると共に高らかな声が降り注ぐ。

今居る場所よりも上部、手摺の部分に乗っかる腕を組んでいるアスカの姿が。

前回とは異なり、ワンピース姿である。

船の上なので風によって、服がはためく。

 

「久し振りねミサト。それと――――シンジも」

 

この瞬間、初対面ではない事でいくという事が確定した訳だ。

ただ、やはりと言うべきかミサトは「え? 知り合いだったの?」と当然の疑問を抱く。

 

そんな疑問を他所にアスカは手摺から飛び降りる。

 

「ちょっ!?」

 

突然の行動にこそ驚くが、アスカの身体能力は高い。

体操選手顔負けの身体のバネを活かしてこちらの甲板へと着地を決める。

 

「「おおっ!!」」

 

トウジとケンスケはいきなり美少女の登場、それに加えての彼女の登場シーンに感嘆する。

思わず拍手を送る程だ。

ケンスケに至ってはビデオカメラを回してバッチリ撮影までしている。

 

「拍手をありがとう。だけど、映像だけは消しておきなさい。下からなら下着も映ってるんでしょうしね」

 

アスカは2人へそう指示する。

ケンスケは最後の指摘が図星だったようで「うっ!?」と短く呻く。

そして、ツカツカとこちらへ――――より正確にはミサトの方へ寄ってくる。

 

「改めて。久し振りね、ミサト」

 

「え、ええ。久し振りアスカ」

 

ミサトの方も戸惑いがある。

アスカは自己顕示欲が強くはあったが、まさかあのような登場の仕方をするとは思わなかった。

しかも、その後の彼女の対応には驚かされた。

 

自分から下着を見せてしまう行為もさらっと指摘するのみに止めていた。

以前なら自分の行動だったとしても他人を批難し、平手を叩き込んでいただろう。

 

大人になろうとしている――――アスカは精神的にも成長途中のように窺える。

そして、彼女はもう1つ気になる事を言っていた。

 

「シンジ君と知り合い、なの?」

 

「ええ。実はそうなの」

 

とは言っても最近だけどね――――アスカは補足する。

リツコからはどうするのかはシンジ達の判断に任せると言っていたので、アスカの行動は何も間違っていない。

 

―――構わないけど、相談はしておくれよ。

 

恐らく、この登場シーンの為だけにアスカは返信してこなかったのだ。

やれやれと思いつつ、アスカらしいなとも思えた。

 

「センセ、こんな美少女と知り合いやったんか」

 

「くっそ!! エヴァのパイロットはモテモテかよ!!」 

 

連れてきたクラスメイト2名が羨ましいと嫉妬の念を送ってくる。

このままでは呪い殺されてしまうかもしれないとシンジはアスカへ話題を振ろうとする。

 

「じゃあ、船内を案内するわ」

 

「頼むよ、アスカ」

 

それよりも先にアスカが助け舟を出してくれた。

見るに見兼ねて――――というよりは元々そういう役目を担っていたから切り出したようにも見える。

だとしてもシンジには有り難い限りなので乗らせて貰う。

 

2人は納得してはいなさそうで、ミサトは「面白そう」と顔が物語っていた事からは目を逸らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカによる艦内の案内は一通り終了する。

ただ、正直なところ歓迎されていない雰囲気にある事だけは悲しい事に伝わってきた。

ミサトのみ艦長への挨拶の為に一時別行動をしていた。

万が一にでも輸送中の艦隊が使徒の襲撃に遭う事があればエヴァの出番なのは間違いないので、最悪の事態に備えて出動が可能なように手筈を整えるつもりであった。

その顛末は合流した際の彼女の表情が既に「不機嫌です」と雄弁に物語っていた事から察せてしまった。

 

どうやら自分達の役目が得体の知れない兵器の輸送に使われる事に不満の色を示しているようだ。

シンジは詳しくないが、ここには名立たる戦艦が集まっている。

中学生でしかない少年少女が操る機械よりも、自分達と共に何度も死線を潜り抜けてきた戦艦の方に信頼を置くのは当然と言えた。

 

ミサトも根っこのところでは艦長の気持ちを理解している。

けれども理屈でどうこうなる相手ではない。

それにドイツ支部からアスカと弐号機の身柄を預かっている使命感も合わさって、任務を成し遂げようとする彼らの心意気もあるからだろう。

やり場のない怒りにミサトは頭を悩ませる。

 

この話は食堂へ案内され、一息入れている所でされた。

 

長テーブルに着いている。

ミサト、アスカ、シンジの並びの向かいにトウジとケンスケも座る。

 

「ごめんねシンジ君、こんな話をしちゃって」

 

「いえ、話を聞いてミサトさんが少しでも楽になってくれるなら」

 

こんな形でしか普段は多忙なミサトの事を助けてやれない。

しかし、ミサトには大変に心の棘を抜くだけの切っ掛けにはなったようで「ありがとうね~」と言われる。

 

「失礼。君が碇シンジ君かい?」

 

そのようにシンジが声を掛けられたのはミサトの愚痴が終わった直後であった。

 

「げっ!?」

 

声の主を確認するよりも先にミサトの嫌そうな声がした。

 

「加持さん!!」

 

ミサトとは対象的に嬉しそうな声を挙げたのはアスカだった。

現れたのは加持リョウジ――――『平行世界』と変わりないのだとしたらミサトと加持が面識を持っている事に不自然さはない。

『葛城ミサト』、『加持リョウジ』、そこに加わえて『赤木リツコ』は同じ大学の同級生だったとか。

となると、リツコとも面識を持つと考えて良かろう。

けれども、気になるのは――――

 

―――アスカの反応が気になるけど。

 

『平行世界』と関係性が異なる事があるのは身に沁みて理解しているつもりだった。

ただ『平行世界』でも『加持リョウジ』とは隣のクラスの担任と言う事もあって『シンジ』や『アスカ』達とも関わりはあるので、既知の仲なのはまだ分かる。

 

「なあ、ワシらとは全然態度が違う気がするんやけど?」

 

「多分、気のせいじゃないと思う」

 

トウジとケンスケが加持の登場によるアスカの態度の変化が露骨な事を言っている。

アスカの登場の仕方からアグレッシブさ、今し方に案内してくれた時に見せた冷静な部分は見た。

 

加持に見せたのはそういうのとは異なる。

まるで恋をしているような、憧れている人へ声を掛けているような――――そんな印象を受けた。

 

―――そこの所は後で聞いてみれば良いかな。

 

問題を先送りにしているようでなんだが、それよりもミサトの加持に対する反応が気になった。

 

「ミサトさん? この人と知り合いなんですか?」

 

「ちょっと、ね」

 

「ちょっとじゃないだろ?」

 

ミサトが明後日の方向を見ながら言い辛そうにしているが、加持はそんな事などお構いなしに話を進めていく。

 

「もしかして、ミサトさんやリツコさんと同級生だったとか?」

 

「おや、そんな事まで知っていたのかい? 将来は諜報員だったりするのかな?」

 

「そういう職業の人が働かなくて済むような世の中になると嬉しいですけれどね」

 

しかし、加持とミサト、それからリツコの関係は変わっていないらしい。

そこまで『平行世界』と関係性が似ているのも不思議なものだ。

 

「知っているみたいですけれど改めて自己紹介させて下さい。僕は碇シンジです。こちらは学友の鈴原トウジと相田ケンスケです」

 

「「どうも」」

 

シンジに紹介され、そう言いながら会釈をする両名。

 

「これは御丁寧に。俺は加持リョウジ。葛城やりっちゃん――赤木リツコとは同じ大学の出なんだ」

 

「そうだったんですね」

 

「そして、俺と葛城は付き合っていたんだ」

 

「昔の話よ」

 

突然の爆弾発言に当人とシンジ以外の面々は「えええええええっ!?」と驚愕の声が上がる。

周囲に誰も居ないので迷惑にならないのは良い事だ。

しかし、アスカも驚いているので彼女も知らされていない内容ともなる。

 

「それって」

 

「イヤーンな関係?」

 

「そういう事。大人な関係だったのさ」

 

こういったアダルトな話にトウジとケンスケは喰い付く。

それを受けた加持は彼等の疑問に「yes」と返した。

言い方に関しても「大人な関係」というフレーズに2人は大いに惹かれたようだ。

 

「そ、そうだったの!? 加持さんっ!!」

 

浮気の現場を目撃したかのような驚きを含んだ責めた物言い。

言い出したのはアスカである。

 

「アスカ、僕達には分からない大人の事情というのがあるんだよ。一度きりの登場で終わる強化フォームと同じさ」

 

「同列に語るにしてはニッチ過ぎない?」

 

ミサトと加持はアスカが出会うよりも以前に知り合った。

大人なお付き合いをしていると言われても「わかる」としか言えないのも頷ける。

 

「でも、感情とは別なのよ」

 

頭で理解していても心は別物だ。

アスカとしてもそんな事は百も承知だ。

 

「自分の育ての親が別の子に構っていると分かった時の感情に近いのかな」

 

「そんなんじゃないわよ」

 

シンジの表現をアスカは否定する。

否定されるものの、シンジとしては加持に固執しているアスカの事が良い意味でも悪い意味でも気になった。

今後、心の拠り所にしている彼から突き放されるような事があった際に、彼女の心が負の感情に支配されはしないかと不安要素であった。

 

「なるほど、ね。ある意味これは真理かもしれないぞアスカ」

 

「加持さんまで……」

 

シンジの発言を加持は感嘆していた。

彼の例題に乗っかる加持にアスカは納得できないと「ええ~」と頬を膨らませて表情で訴えた。

先程まで見せていた姿とは異なる子供っぽい仕草はギャップに男子共は心がきゅんとなっていたのは秘密だ。

 

「ところで、加持さんは僕に何か用があって声を掛けたのでは無いですか?」

 

「おっと、話が脱線してしまっていたな」

 

そうだったそうだったと呟きながらシンジへ向き合う。

 

「とは言っても、君に直接会って話をしたかったのが理由かな」

 

「僕に?」

 

シンジに用があるのではなく、直接言葉を交わしたかったと言う。

それに疑問を抱かざるを得ない。

 

「アンタが思っているよりも「碇シンジ」っていう名前はこっちの業界では有名って事よ」

 

「情報は共有している訳だから、君の活躍や能力なんかは自然と流れてくるのさ」

 

以前にドイツに訪れた際にアスカは既にシンジの功績を知っていた。

同じ組織に属するのだからシンジの情報を共有しているのは当然の事だ。

 

「天才パイロットってこっちでは呼ばれてるんだ」

 

「天才ですか? 何だか過剰評価な気がするんですけれど」

 

「そんな事は無いさ」

 

加持は言う。

使徒を殲滅した事は別として、いきなりの搭乗でエヴァを動かしてみせたどころかシンクロ率も40%オーバーを記録した。

加持だけではなく、アスカも告げるようにシンジはこの業界においては「天才」と評されているのも当然と言って良い。

 

「これだけの武勇を残してるんだぜ? もっと誇って良いんだ」

 

「確かに評価されるのは素直に受け取ってます。だけど、これは"僕だけが受け取るべきじゃないです"」

 

シンジに与えられた評価は素直に嬉しいのだが、決して彼だけの功績ではない事を告げる。

そう切り出したシンジに加持は「どうしてだい?」と問いながら言葉を続けさせる。

 

「これまでの使徒との戦い、どれも僕だけの力で突破できた訳ではないからです」

 

「ほう? そうなのかい?」

 

「はい。NERVの皆さん、戦自の皆さん、綾波、ここに居るトウジにケンスケ、それにアスカ――――誰が欠けても使徒の殲滅は出来ませんでしたから」

 

だから、シンジだけが独占して良い名誉ではない。

皆の力で掴んだ勝利である事の方が圧倒的に多かった。

 

「シンジらしいわね」

 

そう言ったのは黙って聞いていた同じチルドレンのアスカであった。

しかも笑みを浮かべながら納得したかのような発言までする。

 

「加持さん、シンジはこういう奴だから考えるだけ無駄よ」

 

「そうね。これは本気で言っているのは間違いないわ」

 

シンジの発言を深読みしているようだが、そんな事は無駄だとアスカが告げる。

ミサトもシンジと暮らしている事もあり、彼の人と成りを理解してきたつもりだ。

故に彼の事を把握した上で発言できる。

 

「でも、謙虚でいる訳ではない――――なかなか、精神面が安定している。頼りになるチルドレンだ」

 

シンジをまじまじと見ながら加持は彼をそう評価する。

 

「ところで、だ。君はどうにもアスカに妙な事を吹き込んでくれたらしいね。その事に一言言わせて貰いたかったんだ」

 

「何かしましたっけ?」

 

「アスカにアニメや漫画を薦めただろう?」

 

「えっと、それが?」

 

まさか、オタク文化に関して差別的な発言をするつもりなのだろうか?

しかし、加持のような冷静さのある人が頭ごなしに否定してくるとは考えにくい。

そんな事を思っていると、加持はこう言い出した。

 

 

 

 

 

「おかげでアスカに散財する癖が付きつつあるんだ」

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

加持はそのように発言する。

シンジだけではなく、他の面々も彼の言い分にはハテナマークが頭上を駆け巡る。

 

「いや、悪い訳ではないんだけれども…………その、な。さすがに金銭感覚がバグっていて、凄まじい事になってるんだ」

 

「そんな事、ないわよ。これまで使い道のなかったお金を使っているだけだもの」

 

シンジもだが、NERVに所属しているので給料は振り込まれているらしい。

それはアスカとて例外ではなく、彼女はシンジよりも古株の筈だ。

ならばこそ、彼女の貯金は有り余っていると言えるだろう。

あの加持にそれだけ言わせ、アスカも加持に対して反論する。

反論するのは突かれたが故に恥ずかしいと考えているからかもしれない。

加持に悪い面を見せたくないと考えているからだろう。

 

「でも、趣味があるのは良い事ですよ」

 

「そうなんだけれどな」

 

やはり思うところはあるのか、加持の反応は芳しいものではない。

シンジとしてもアスカの金銭感覚がバグってしあっているのは今後の事も考えて矯正するべきだろう。

 

「そこで何だがアスカには――――」

 

加持が何かを言おうとした直後だ。

艦内に警報が鳴り響く。

 

「な、何や!?」

 

「これって、警報?」

 

こんなタイミングでの警報。

何かあると考えるのが自然だ。

これだけの戦艦があるのに襲撃者が居るとは考えにくい。

一体何が起きているのか?

次に行われたアナウンスで全てが把握できた。

 

『正体不明の生命体らしき存在が接近しています』

 

これだけで何が接近しているのか分かる。

慣れ親しむというのも妙な話だが、この可能性が十分に高い。

 

「使徒が、来たのね」

 

そう判断するのが妥当であった。

この海上にて使徒との戦闘が行われるだろう事態が避けられないのは、この場の面々には明らかだった。




如何でしたでしょうか?
中途半端な終わり方で申し訳ないです。

何とか早くお届けしたい気持ちと、この次も長くなる事を見越して分けるという事にしました。

前書きでも記載したようにスマホやPCの新調で四苦八苦していたので、文章の打ち間違い等があれば教えて頂けると幸いです。

さて本編ですが、アスカはシンジとのフライング気味の邂逅によって原作よりも棘が薄れています。

加持さんはオタク文化に染まったアスカの金銭感覚のバグに頭を悩ませています。
何だかんだ面倒見が良さそうですね。

さて、使徒が来る訳ですがはたしてどうなるのか。

まだ慣れていないので時間が掛かるかもしれませんが、なる早で作りますので。

ではまた次回でお会いしましょう。


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エヴァで相乗りする勇気はあるか?

大変長らく更新できずに申し訳ありません。

今回も長くなりました。

執筆していたら2カ月も経っていました。
本当に長く書き過ぎましたwww

読み辛くなりそうなので今回は分割して2話に分けました。
今回は2話更新します。

この辺りから原作の内容もうろ覚えの部分があるので違っている部分があっても暖かい目で見て下さい。

では長ったらしい前置きはこの辺にして続きをどうぞ。


「使徒が攻めてきました」

 

「分かっている。黙って見ているんだ」

 

部下から使徒の接近の報を艦長が受ける。

モニターに映る使徒は空母を遥かに上回る大きさの深海魚、もしくはシャチに似た姿見をしている。

これはNERVの面々なら気付く事なのだが、頭頂部にはサキエルと同じ顔が付いている。

 

「あれが、使徒」

 

モニター越しながら実物を目にするのは初めての事。

今は空を駆けるヘリが使徒の姿を映してくれている。

その付近に戦艦が一隻。

空母めがけて使徒は急接近してくる。

 

「馬鹿め」

 

その光景を目の当たりにした艦長は思わず使徒の浅慮すぎる行動を嘲笑った。

戦う為に造られた戦艦には武器がある。

闇雲に突っ込んでくるのであれば、こちらの砲撃の的になるだけだ。

 

「ってえ!!」

 

艦長が高らかに叫ぶ。

同時、使徒めがけて砲撃の雨霰。

使徒の周囲を爆発が支配する――――のだが、

 

「なっ、あっ!?」

 

思いもよらぬ事態に艦長は驚嘆の声を上げる。

使徒はこちらの攻撃など物ともせず、勢い止まらずに1隻の戦艦へ体当たりしてきた。

 

戦艦を軽く超える巨体の使徒による体当たり。

その結果は想像される最悪の結末と同じであった。

枝をへし折るかのような感覚で戦艦を真っ二つにへし折ったのだ。

 

戦艦を真っ二つにした使徒はそのままの勢いで接近してくる。

 

「このまま、見てるだけの訳が無いだろう!!」

 

「しかし、艦長…………砲撃が通用しないのであれば打つ手が無いです」

 

艦長が「これでは終われない」と言うが、こちらの攻撃が一切通用しなかった。

その事を改めて部下に提言され、それ以上の言葉は出せなくなる。

 

いや、形振り構わないのであれば手段は残されている。

 

「失礼します」

 

その「形振り構わない」の宛となる相手が艦長室へと入ってきた。

NERVから遣わされた葛城ミサト。

その組織が有するエヴァンゲリオンを用いれば使徒に対抗できる。

 

しかし、それは太平洋艦隊が音を上げてNERVに協力を仰ぐ態勢となる。

先程まで邪見に扱っていたNERVを相手に下手に出れば、もう主導権を握る事は叶わない。

 

(だが、それでも――――)

 

任務達成が叶わない事より、大切な部下を危険に晒してしまう事の方が問題だ。

 

「葛城二佐、我々は――――」

 

「艦長、提案があります」

 

艦長が言葉を紡ごうとしていたのはミサトの名を呼んだ事から窺える。

なのにミサトはそれをぶった斬り、彼女の方から声を掛ける形となった。

 

「まずはエヴァで戦闘を行う事の許可を頂けないでしょうか?」

 

「…………やむを得まい。許可する」

 

「ありがとうございます」

 

勝手にエヴァを動かすのは太平洋艦隊との仲に亀裂を

ミサトが「まずは」と言いつつ、エヴァの使用を求める。

つまり、この他の要求がある事を意味している。

 

「それと、戦艦を何隻かお借りします」

 

次に飛び出した提案は戦艦を要求してきた。

しかも、更に新たな要求も重ねる。

借りるという戦艦の船員を全員避難させるよう言ってきた。

 

「一体、何をするつもりなんだね?」

 

「何を? そんなの決まってるじゃありませんか」

 

当然の疑問、しかしミサトは艦長の疑問の内容にこそ首を傾げた。

さも当然のようにミサトは返す。

口調も少し荒々しさを見せつつ、宣言する。

 

「あの使徒を“協力してぶちのめしましょう”」

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして使徒の強襲の警報と共にシンジ達も動いていた。

ミサトが艦長の下へエヴァの出撃許可を貰いに行っている間に準備を進める。

作戦はミサトが即興ではあるが立案してくれた。

 

即座に思い付く辺り、経験が物を言うだけではない。

恐らく、仕事の傍らで様々なシチュエーション、状況下での戦い方を考案していたのだ。

それでも今回の作戦は随分とぶっ飛んだものだ。

サ〇シ君も顔負けの海と艦隊のある戦場を利用した内容であった。

 

『準備は出来てるか?』

 

「ええ。いつでも行けるわ」

 

無論、使徒の迎撃を行えるのはエヴァ弐号機のみ。

専属パイロットであるアスカが搭乗している。

彼女のコンディションを確認するのは加持だ。

 

エヴァ弐号機を格納している輸送船の管制室にて加持は弐号機の出撃準備を行っている。

輸送船の内部に弐号機は格納されており、天井を開けば甲板へと出る仕組みになっている。

管制室には加持の他にトウジとケンスケの姿もあった。

 

ミサトが艦長のところへ向かう際に加持に2人の護衛をお願い――――いや、上官命令を降した。

この時、加持は何処ぞへ行こうとしていたのでミサトが鋭い視線と言葉を突き付けた。

いつぞやの時はまだしも、今回は何も出来る事がない。

2人も全員の足を引っ張るつもりもない。

何も出来ないとは言うが、言い換えれば"何もしない事こそが今回の2人の役割だ。"

 

『しかし、B型装備しか用意して無いが大丈夫なのか?』

 

弐号機のカラーリングは赤。

一眼の零号機、二眼の初号機とは異なって眼部は四眼となっている。

 

話を戻す。

加持の懸念はエヴァ弐号機の装備しているものにあるようだ。

平たく言ってしまえば水中でまともに動けない装備しか用意しなかったのだ。

使徒の映像を観たが、如何にも水中戦が得意と言わんばかりの姿をしている。

それは加持も心配になる。

 

「大丈夫よ加持さん。ミサトの作戦もある。何よりアタシと"シンジが乗ってるんだからね"」

 

アスカは堂々と返した。

自信満々に自分とシンジが乗っている――――と。

操縦桿を握って座るアスカの隣にシンジは立っていた。

 

以前にも見せて貰ったアスカのプラグスーツは赤だ。

ここで思い出して欲しいのは弐号機はアスカが専属で搭乗している。

予備のプラグスーツもあるのだがカラーはもちろんのこと、プラグスーツは女性であるアスカがモデルとなっている。

故にシンジが着ているのはアスカを基準に作られた女性もの。

男のシンジが女性ものを着させられる結果となった。

特に違和感を持つのは同年代の女子よりも優れたプロポーションを持つ女性特有の胸部である。

 

これにはシンジも不満を言いたいところだが、残念ながらそれも出来ない。

 

こうなった経緯は偏に今回がアスカの初陣であった事に起因する。

管制室から指示は飛ばせるものの、いつものようにサポートできる訳ではない。

今回ばかりはパイロットの持つ操縦技術に期待をしなくてはならない。

 

「なら、碇が一緒に乗ったら?」

 

何の気無しにケンスケが提案した。

自分が一度トウジと共に乗ったからこそ出た発案でもあった。

エヴァとのシンクロ率を気にしてしまうので他人の搭乗は本来ならNGだ。

 

けれども、前も述べたように今回はシンクロ率のパーセンテージよりもパイロットの操縦の腕が肝心となる。

ある程度のシンクロ率の低下に目を瞑ればエヴァが動作できるのはシャムシャエルとの戦闘時のデータもある。

 

あとはアスカの実戦経験の無さが何処まで響いてしまうのかが問題な訳だ。

そこを経験豊富なシンジが同乗する事でカバーすれば良いのではないか?

 

「それが無難ね。シンジ君、アスカ、どう?」

 

「はい」

 

「仕方無いわね。確実に勝つ為に乗せてあげる」

 

ミサトがケンスケの案を採用。

シンジとアスカに問えば両者からも賛成の言葉を貰った。

ならばそれでいこう――――との事だ。

 

その結果、女性もののプラグスーツでシンジは搭乗する事になってしまった。

 

「何で、こんな……」

 

「そんな悲観する事ないわよ……ぷ」

 

『せやでシンジ。似合っとる……ぷ』

 

『うん。赤い色ってカッコいいと思う……ぷ』

 

「皆、楽しんでない?」

 

アスカ、トウジ、ケンスケは面白がっている部分がある。

シンジの尊い犠牲で初陣のアスカも変に気負っていないのが分かる。

それが無ければシンジは精神的な辱めを受けただけに終わってしまうから良かったと思う事にしておく。

 

『すまんすまん。頼むでシンジ。あんな魚なんか陸上に放り投げれば勝ちやろ』

 

「ここ海上だけどね」

 

トウジの言わんとする事は分かるものの、残念ながらここは海上である。

近くに陸も無いので悲しいかな出来ない手法でもある。

 

ちなみにだが、今回の使徒はガギエルと呼称するとミサトが告げた。

以降はガギエルとシンジ達も呼称する事に。

 

『アスカ、シンジ君、お待たせ』

 

「やっと出番ね。待ちくたびれたわ」

 

『存分に暴れて頂戴』

 

「ええ!! 任せて!!」

 

『シンジ君もアスカのサポートを頼んだわ』

 

「はい!!」

 

両者のやり取りの後、弐号機が輸送船の甲板へと躍り出る。

 

「ところで何で布を巻いたままにしておくの?」

 

「最近映画でピッ〇ロさんの活躍を観たから真似したくなったの」

 

思っていたよりもアスカはアニメ文化に浸かっているようだ。

いや、まだ国民的アニメのものであるだけまだ浅いだろうか?

いずれにしても、変に気負っていない事が分かる。

出だしとしては良いかもしれな――――

 

「あ、あれ?」

 

「バグが発生した? 何で?」

 

突如としてエントリープラグ内でアラートが鳴り響く。

 

「思考ノイズね。アンタ、もしかして日本語で考えてる?」

 

「それは日本人ですから」

 

「…………念のために聞いておくけれど、ドイツ語は分かる?」

 

「バウムクーヘンとか?」

 

「だと思った。日本語に切り替えるから」

 

「ありがたやありがたや」

 

アスカが標準言語をドイツ語にしていたのは彼女が日本人とドイツ人のハーフである訳だからだろう。

こちらの事情を察し、日本語にしてくれる。

 

「むう。やっぱり他の国の言葉も覚えなきゃなのかな?」

 

「最低限英語は出来るようになっておいて損はないわよ」

 

シンジが可能性の輪を広げようとしており、万国共通とも呼べる言語の取得をオススメされる。

この天才様に頼れば教えてくれそうだ。

エヴァの操縦技術のレクチャーが上手だった事を思い出すと、適任と言えるかもしれない。

 

感覚派だと思われがちな彼女だが、論理的に教えてくれる面があるので分かりやすい。

ただ、間違える度に「アンタ、バカァ?」と言うのだけは止めてほしい。

傷付く時は傷付くのだから。

 

「それなら今度家庭教師をして貰おうかな」

 

「良いわよ。受講料はシンジの手料理とオススメのアニメと漫画の情報ね」

 

お金はNERVから出ているので金銭には困らない。

だから、アスカの要求は少しズレたものとなった。

しかし、自分の料理や趣味に興味を持ってくれるのは嬉しい限り。

シンジも「それで行こう」と頷いた。

 

『意外と余裕のあるお二人さん、ガギエルも接近してきてるぞ』

 

「分かってるわ加持さん。ミサト、準備は?」

 

『完了したわ』

 

「よし!!」

 

シンジも自分が空気となっているのは悲しい話だが、今回の主役はアスカなのだから仕方ない。

弐号機をまともに動かせるのはアスカなのだ。

 

「行きます!!」

 

弐号機を覆っている布を良く漫画のキャラが脱ぎ捨てるワンシーンを真似しながら外し、大きく跳躍する。

異なる戦艦に超重量の弐号機が踏み潰すかのように着地した。

 

まずは弐号機にアンビリカルケーブルを装着させる。

起動させたは良いが、充電が切れてしまえば人智を超えた力も発揮できない。

最初の一手は弐号機の充電を確保する事だ。

 

既に弐号機周辺の戦艦の乗員は避難を完了しているので、人的被害は発生しようがない。

代わりに莫大請求書が送られてきそうなのだが…………それで青ざめる事になるのは作戦指示をしたミサトと総本山たるNERVだ。

後日に差し入れを持って行ってあげようと全く場違いな事を考えるシンジ。

 

「ガギエルは?」

 

「あっちで潜った」

 

アスカがガギエルの姿を見失う。

けれど、ガギエルから目を離さなかったシンジが即座に行動を教えてくれる。

これでガギエルの次のアクションが如何なるものであるのか――――予想が簡単に出来た。

海中に身を潜め、何処からか攻撃を仕掛けてくる。

 

普段ならばNERVのオペレーター達のサポートで相手のタイミングを測れるのだが、残念ながらそうはいかない。

それでも今回は幸いな点がある。

 

『ガギエルには今までの使徒のような中距離、遠距離を埋めるような攻撃手段はないわ』

 

そう。それこそがガギエルの得意なフィールドでも立ち回れる可能性のある事。

もしもガギエルが光線を放てるのだとしたらとっくに使っている筈なのだ。

 

それを行えばこちらを海の藻屑にするのは容易であるし、最も安全な手段なのだから。

しかし、ガギエルの戦術はまるで猪そのもの。

巨体を活かしての体当たり――あまりにも一本筋を持った使徒である。

明らかにこちらに勝ち筋を見出せる戦術を取るのは悪手とも言える。

何かの縛りプレイなのではないかと思ってしまう程に一辺倒な攻撃手段だ。

何故なのかは不明ではあるが…………確かにガギエルの行動は少し不自然なものにも見えた。

 

『何かを探しているような……』

 

「何かって、何よ?」

 

『いえ、ただそう思っただけよ』

 

ミサトはガギエルの行動をそのように評していた。

確かにこちらを攻撃するのであればもっと早くにいくつもの艦隊を沈める事が出来た。

なのにガギエはたまに戦艦の周囲を一周したりと、すぐには攻撃は仕掛けなかった。

あくまで「すぐ」なのでしばらくすると戦艦を体当たりで沈めてしまうのは事実であるし、こちらに害成す可能性を見せるのなら放ってはおけない。

 

「それよりガギエルがどう攻めてくるのか、よ」

 

今直面している課題をアスカが言葉にする。

海中へ潜り、接近してくるのに時間は掛からない。

なのにこちらを襲撃してくる様子はない。

何かを狙っているのか?

 

「シンジ、もし今攻めてこられたら困るのはどういう攻撃のされ方?」

 

「ガギエルがアクションを起こしたタイミングでこっちが跳んだ時かな。空中だと移動が出来る訳じゃないから体当たりされたら直撃したら一溜まりもないから」

 

「なるほどね」

 

これは教科書とにらめっこしているだけでは分からない生の感覚。

闇雲に跳んだ瞬間、ガギエルの巨体を活かした体当たりが弐号機に炸裂する可能性は大いにある。

 

「けど、結局はガギエルも物理的な接触しか出来ないと言ってるようなものなのよね」

 

シンジの推測をガギエルが正しく行おうとしているなら、確かに物理的な干渉しか起こらない。

 

「それにどのみちこのままだとジリ貧になるのは変わりないわ」

 

地形での有利はガギエルにある。

膠着状態を続けたとして、意味を成すまい。

場をコントロールできる相手と戦うのに精神的に不利を強いられる。

 

『海中に潜るのは自殺行為。なら、誘き出すしか無いわ』

 

「同意見よ」

 

ミサトもアスカも目下、ガギエルを海上へ引っ張り出す事を第一に考える。

問題はどうするかなのだが――――

 

「どおっ、りゃあああああーーーーーーっ!!」

 

アスカの母親の『キョウコ』が聞けば「女の子がはしたないわ」と一喝しそうな程の叫びが響く。

行ったのは踏み潰した戦艦にあった戦闘機を掴むと、そのまま海中へ投げ付ける事だった。

 

いくらエヴァの怪力でも水の抵抗を無視してまで物が突き進むのは難しい。

けれど、投げ付けた衝撃で海面で大きな水柱が上がる。

それと同時に パッシャァァァァァンッ!! と音が鼓膜を揺さぶる。

 

直後、弐号機の後ろで海面が揺れる。

同時、弐号機の乗っていた戦艦もガギエルの起こした波に揺れを発生させた。

船体が横に倒れそうになる。

 

「くっ!!」

 

仕方無いと、アスカは弐号機を真上へ跳躍させる。

しかし、ガギエルは「待ってました」とばかりに海中から跳び出した。

大きな口を開き、弐号機へ噛み付こうとする。

このままでは噛み砕かれる――――

 

「そうはいかないっての!!」

 

ただし、ガギエルの行動を予測したこちらには通用しない。

エヴァの身体能力に物を言わせ、空中で膝を折り曲げて胸まで上げる。

ガギエルが口を開こうとするタイミングで両足を思いっ切り前へ蹴り出す。

 

ドオッ!! ガギエルの上唇の部分に弐号機の両足がクリーンヒット。

ガギエルにしてもこちらの攻撃に突撃してきたも同然だ。

弐号機は蹴りつけた勢いを利用して上空へ跳び上がる。

その際、アンビリカルケーブルが外れてまたも内部電源に切り替わる。

 

「行くわよ!!」

 

そのまま空中で反転。

真下に居たガギエルは先程の蹴りの勢いに負けて海面に叩き付けられていた。

ガギエルの動きが鈍い。

 

「アスカ、ATフィールドを上に、それを足場にして落下だ!!」

 

「その発想借りるわ!! ATフィールド、展開!!」

 

シンジの指示を受け、アスカはATフィールドを足場にガギエルめがけて急降下していく。

その最中、弐号機の身体を捻らせてドリルに見立てて落ちていく。

 

 

 

「エヴァドリルアタック」

 

 

 

弐号機の渾身の蹴りが炸裂する。

ガギエルの背中から身体が「く」の字に曲がる。

 

キシャアアアアアッ!!

 

ガギエルの口から悲鳴が聞こえる。

堪らず海上で身体を何度も上下に揺さぶる。

魚の姿をしているだけあって、挙動が全く一緒だ。

 

「これはまずいよ」

 

「仕方ないわね」

 

このまま追撃をしたいところだが、ガギエルの激しい動き、更にはガギエルは気付かないが海中へ引きずり込まれると不利になるのは弐号機の方だ。

なので、安全策を取ってガギエルから離れる判断を行う。

しかし、ただでは離れないとばかりに弐号機で何度かガギエルの背中を踏み付けた後に大ジャンプを行う。

 

「よっ、と」

 

弐号機の操作も慣れたもの。

これだけのパフォーマンスを行いつつ、次のアンビリカルケーブルが設置された戦艦へと飛び乗った。

再び充電をする。

 

一先ずは安心するものの、まだガギエルを殲滅出来ていない。

油断せず、プログナイフを構える。

弐号機のものは初号機のとは形状が異なり、カッターナイフ状となっている。

 

「さーて、次はどう出るかしら?」

 

後手に回るのは致し方無い。

ガギエルの舞台へ上がる事は避けたい。

必然、待ちの選択肢を取る事となってしまう。

口では余裕綽々に言っているが、ガギエルの行動に気を配らなくてはならないので内心では緊張している。

 

充電を気にする必要はまた無くなる。

先程のようにケーブルが切れる事態も有り得るので過信は出来ない。

 

『前方から来るわ!!』

 

「今度は真っ向勝負ね」

 

上等――――アスカはプログナイフを構えてガギエルを迎え討つ態勢を整える。

 

「いや、ダメだ!! アスカ!!」

 

その行動は危険だとシンジは声を荒げる。

使徒との対面の回数の多い彼だからこそ、何かを感じ取ったのだろう。

ただ、一歩遅かった。

 

ガギエルは海面を割るようにこちらへ猛スピードで走ってくる。

その速度のまま、ガギエルは海中へと身を潜める。

こうなれば弐号機で追う事は叶わず、設備も無いのでガギエルの行動も捕捉が出来ない。

 

「でも、これでもガギエルの取れる行動は1つしかないじゃない」

 

ガギエルの行動パターンが単純であるのが大きい。

だからこそ、警戒こそすれどガギエルだけが有利になるとは考えにくかった。

先程と同様に誘き出せば問題は無いように見える。

 

『いえ、シンジ君の言う通りよ。行動パターンが1つしかないからこそ危険なの。とにかく離れるしかないわ』

 

「……分かったわ」

 

ミサトもシンジの意見に同調する。

プライドの高いアスカだが、2人の様子から只事ではないのは察知した。

仕方ないとアスカはその場を離れようとする。

さっきと同じように戦闘機を横へ投擲してガギエルの意識を逸らす。

そしてその場を離れようとして――――それよりも先に先程の2人の慌てようの答えが示された。

 

 

 

 

 

ガギエルは戦艦の真下から大口を開いて出現する。

 

 

 

 

 

浮遊感が起こり、弐号機、乗っていた戦艦が宙へ放り投げられる。

しかし、重力に逆らえる筈もないので弐号機は落下する。

さっきのようにATフィールドを足場にしての移動も行われる前にガギエルは弐号機めがけて突進していく。

海上からの跳び上がりはかなり勢いを付けていたようだ。

 

「こなっ、くそっ!!」

 

こんな事でやられてなるものか。

ガギエルは弐号機を飲み込もうと大口を閉じようとする。

あわや飲み込まれる――――その寸前、弐号機は力技で咀嚼を阻む。

上から噛み砕こうとしてくる上部の唇へプログナイフを突き刺す。

しかし、それがどうかしたのかとガギエルは怯む事無く、弐号機を噛み砕こうとしてくる。

噛み砕かれそうになったタイミングで上顎を両腕、下顎を両足で、それぞれ抑え込んだ。

間一髪、飲み込まれるのは防げた。

けれども、窮地から完全に脱した訳ではない。

 

「何だか浮上してない?」

 

最初に違和感を抱いたのはシンジだ。

弐号機は落下していた。

いくらガギエルが跳躍したとは言っても重力によって海へと引き摺り戻されるのは変わらない。

なのに浮遊感を未だに感じるのは明らかに異常だ。

 

『ガギエルが上へ飛んでいるのよ』

 

「もしかして、飛行能力まで持ってるの!?」

 

外から見ているミサトが何が起きているのかを教えてくれる。

そこから飛行能力を有しているとは厄介だ。

 

「こんな見た目で水・ひこうの複合タイプなのか」

 

「言ってる場合じゃないわよ!!」

 

某有名ゲームで表現をしている場合ではない。

トウジが言っていたように陸に上げるという手段も使えなさそうだ。

 

「このままだと、まずい!!」

 

「ケーブルは?」

 

『安心するんだ。まだ繋がってる』

 

ケーブルの心配をするが、加持は心配要らないと言ってくれた。

 

「ケーブルが繋がってるなら…………"このまま実行しましょう!!"」

 

アスカは状況を分析し、他ならないミサトへ進言する。

進言している内容――――それは彼女の企てた作戦だ。

 

『行けるの? アスカ?』

 

「ここまで来たら、やるしかないんじゃない?」

 

弐号機は窮地に立たされている。

けれど、これはチャンスなのだ。

何故なら――――

 

「目の前にコアがあるわ」

 

使徒の弱点――コアがガギエルの口の中に隠されていた。

 

『探す手間が省けて良かったわ』

 

ミサトの策は元々はガギエルの動きを制限させる事でコアを見付けて破壊する事だった。

コアを発見できたのであれば、そこの問題も解決できたのならば話は変わる。

 

『アスカ、シンジ君、今ケーブルを接続している戦艦は外側に出てしまっているわ』

 

「つまり、それだけガギエルの力が強い、と?」

 

それでは作戦も成功するのか分からない。

ガギエルが浮遊しているなら尚の事。

 

『いえ、そうでも無いわ。ガギエルの上昇は終わって、今は身体は横を向いていてガギエルは海へ落下しているわ』

 

海中へ潜ってしまう事は間違いない。

窮地に陥るのは間違いない。

 

けれど、この窮地を好機に変える可能性は見えてきた。

 

「上等よ!!」

 

このまま泣き寝入りなんてしてやらない。

アスカの宣言にシンジも賛成であった。

 

ガギエルの殲滅をする事を宣言しているのと同様であった。

 

その宣言ができるのかやってみろ――――まるでガギエルは挑発するかのように海中へ潜るのであった。




ガギエルの浮遊はエヴァ2にあったものを採用してます。

ちなみにゲームはプレイしておらず、調べた情報のみなので違いがあるかもしれません。


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窮地をひっくり返す展開は燃えるだろう?

連投です。

ではどうぞ。


水飛沫を上げながら海中へとガギエルは潜っていく。

弐号機の視界に海水が入った事で視認して確定的になった。

 

「ああ!! もう!! コアは目の前にあるってのに!! さっさと投げ付けでもすれば良かった」

 

先程、カッコ良く決めていたがやはり状況は好転している訳ではない。

 

もっと早くにコアの位置に気付いていればプログナイフを投げ付ける選択肢もあった事に気が付いてしまったが故に文句を叩く。

だが、過ぎた事は仕方ないし、結果的にはこれで良かったかもしれない。

 

「仮に投げてもコアを確実に破壊できたとは限らないよ」

 

「…………そうね」

 

仮にプログナイフを投擲してもコアを破壊できるのかと問われると答えに詰まってしまう。

それが分かったがだけにアスカも冷静になった。

状況を考えれば焦りも見えるのは仕方無い。

アスカをこうしてクールダウンさせられたのだからシンジのサポートが役に立てたと思うと胸を撫で下ろす。

 

けれど、アスカの焦りも分かるので状況打破の為にシンジも頭を回転させる。

アスカがガギエルが閉口するのを防いでくれている。

彼女以上にシンジが思考せねばならない。

 

こういう時、焦るだけでは駄目だ。

深呼吸をし、ミサトの考案した策の内容を脳内で振り返る。

 

元々のミサトの策はガギエルの動きを制限する事が前提にあった。

無人となった戦艦を遠隔操作して砲撃で行動を阻害、隙を見ながらコアの発見を行うものであった。

発見後の策としては「弐号機による破壊」もしくは「戦艦の超近距離砲撃での破壊」という組み立てをしていた。

 

「ミサトさん、今戦艦はどの位置にありますか?」

 

『ガギエルの海上付近にあるわ』

 

水の抵抗もあるのだろう。

戦艦はガギエルの真上にあると言う。

こちらはガギエルの口の中なので全体像までは把握できない。

それでも自身の置かれた感覚、及びミサトの方から出来る限りのサポートが頼りになる。

 

「もしかして、そんなに深くは潜っていない?」

 

『違うわよ。ケーブルが長く緩いから戦艦は海上付近に留まってるだけ』

 

つまりケーブルの長さの限界が来れば艦隊も道連れの形で海中へ引き摺り込まれる。

ケーブルが緩い事が意外な形で活躍した。

 

『レーダーを見る限り、このままだと海底に激突するぞ!!』

 

状況を見ていた艦長が叫ぶ。

レーダーで弐号機とガギエルの位置は何とか把握できているらしい。

その艦長曰く、ガギエルは海底まで来ているらしい。

それは弐号機も海底へと引きずり込まれているのと同義だ。

 

直後、艦長の言っていた事が現実となる。

ガギエルは噛み砕くのを放棄し、弐号機を海底めがけて吐き出す。

 

「なっ!?」

 

これまで入れていた力の矛先が明後日の方へ流れる。

その瞬間、ガギエルは弐号機を息で吐き出した。

海底に背中から叩き付けられる。

アスカやシンジにはダメージは無いが、衝撃までは消せない。

 

「アスカ、大丈夫?」

 

「平気、よ!!」

 

弐号機を通してガギエルを睨み付ける。

あちらは助走を付ける為にか、旋回していた。

狙いは弐号機。

このまま巨体を活かしたのしかかりでも弐号機は海の藻屑と化してしまう。

 

「やっぱりB型装備だと無理があるか」

 

弐号機の動きが陸上と比べても緩慢だ。

それでも人が水中で身動きを取るよりも速度はある。

 

ガギエルはこちらの動きを待ってくれるつもりは毛頭ない。

弐号機めがけて突進してくる。

 

「ATフィールドを斜めに張って受け流そう!!」

 

「了解!!」

 

シンジに促され、ATフィールドを斜めに展開する。

ガギエルは誘導されるように海底に体当りする。

ドボンッ!! 横で砂埃を上げながらガギエルは衝突する。

 

この手の発想はアスカだけでは思い付かなかった。

こればっかりはシンジに感謝だ。

 

「まだ来る!!」

 

ここはガギエルの得意な戦場。

向こうの方が動きは速い。

即座に方向転換。

弐号機に再び狙いを定める。

 

「こっ、のぉっ!!」

 

ガギエルと真正面からやり合うのは危険だとアスカも判断する。

何とか弐号機をガギエルの方へ向けて、真横へ流す形でATフィールドを展開する。

 

狙い通り、ガギエルは弐号機の真横を通過する――――――しかし、

 

「向こうの動きが速すぎる!!」

 

まさに水を得た魚。

ガギエルは即座に弐号機へ方向転換をする。

アスカもその度にATフィールドを利用してガギエルの攻撃を逸らす。

 

真上にはケーブルが伸びているので、そちらには流せない。

故に横へしか逸らす事は出来ない。

しかし、何度通用するか分からない。

 

『今からケーブルを巻き上げて引き上げるわ!!』

 

「駄目よ!! それをするって事は危険な戦艦に誰かが乗るって事でしょ!!」

 

ミサトの提案は一番の解決策だろう。

しかし、アスカはその提案を良しとしなかった。

理由は今彼女自ら口にした。

シンジもアスカと同意見なので何も言わない。

 

『けれどアスカ、このままだと――――』

 

ミサトの声が途切れる。

それよりも弐号機に振動が起こったが故だ。

何故なのか。

 

 

 

 

 

ガギエルが弐号機のATフィールドもろとも吹き飛ばすように体当たりしてきたからだ。

 

 

 

 

 

「くっそ!! 学習すんなっての!!」

 

ガギエルが弐号機が受け流している事に気付いてしまった。

だから、速度を上げてATフィールドに突っ込んできた。

アスカの反応が間に合わない程の速度で。

 

苦悶の表情にアスカは内心で焦っていた。

操縦技術はパイロットの中でもエース級だ。

海中では水の抵抗を受けているものの、彼女の技術のおかげで何とか延命出来ている。

 

突破口はATフィールドとエヴァとのシンクロ率を上昇させる事だ。

しかし、どちらもガギエルの攻めに手一杯となってしまっている事から封じられてしまっている。

ましてやATフィールドはガギエルに向けてばかり。

 

―――このままだと、まずい。

 

間近に居るシンジもピンチなのは把握している。

このピンチをチャンスに変える。

 

その為には変化が求められる。

 

『なあ、シンジ。ワシらの時みたいにパパっと動けへんのか?』

 

「そうは言うけれど――――」

 

海中というフィールド下でおいそれと出来たものではない。

そう返そうとして、ふと言葉を止めた。

トウジの言葉に一考があるのではと脳裏を過ったのもある。

 

 

 

 

 

弐号機にガギエルがATフィールドの上から激突されてしまったのが原因であった。

 

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

弐号機に掛かる負荷は大きなものだった。

衝撃はエントリープラグ内の2人にまで伝播し、弐号機もまた海底で転倒する事になってしまった。

 

「まずい!! ガギエルが!!」

 

こちらの隙をガギエルは見逃さなかった。

アスカも弐号機を片膝で立たせた状態まで起こしてガギエルの突進を防ぐ為にATフィールドを展開する。

 

しかし、咄嗟の行動だったが故にガギエルの壁となる形での展開だ。

確かにガギエルの進撃を抑える事は出来ている。

シンジが懸念していた通りにガギエルの進撃はこれだけでは止まってくれない。

勢いは増していき、ガギエルとの衝突で発生する余波でオレンジ色の波が発生している。

それがATフィールドの存在を示唆しているなら、少しばかりヒビが入っている。

 

「ATフィールドを無理矢理に突破するつもり!?」

 

物理的な干渉が可能となるATフィールド。

シンジが以前にサキエル相手に見せた突破手段をガギエルに真似された。

 

『アスカ!! シンジ君!! 何とか堪えて!! 今助けるわ!!』

 

「駄目よ。ミサト!!」

 

それは先程と同様にエヴァの救助に誰かを犠牲にする危険性を孕んでいる。

そこまではさせられない。

 

―――どうしたら!!

 

このままではまずい。

シンジは今の自分の無力さに腹を立てていた。

 

同じように弐号機に乗っているのに自分には何も出来ないのか?

操縦もできない癖にできる事なんてない……客観的に考えてもシンジは完全なお飾りだ。

 

―――アスカを、助けなきゃ!!

 

その想いを強くさせ、シンジは考えを巡らせ…………

 

―――何、だ?

 

突如として違和感を抱いた。

乗っている弐号機の空気が変化したような。

LCLで満たされたエントリープラグ内で空気の変化を言うのも妙な話ではあるが。

いや、この感覚に実は覚えがあった。

 

―――もしかして弐号機?

 

答えは無かった。

けれど、これは初号機の時と同じだ。

サキエルとの戦いで無意識ながらシンジは初号機へ協力を仰いで力を貸して貰った気がしていた。

トウジとケンスケを乗せた際、シンジの推測が確かなものと直感した。

 

エヴァンゲリオンには意思がある。

 

開発者でもあるリツコからはそのような話を聞いた事はない。

なのでシンジの勝手な想像を働かせているだけかもしれない。

仮にそれが正しかったとして、秘密にすべき“何か”があるのかもしれない。

 

分からない事ばかり。

だが、その分からない事に今は賭ける。

奇しくも、直前にトウジが告げた事を実践する。

 

―――初めまして弐号機さん。僕の名前は碇シンジ。ごくごく普通の中学2年生さ。

 

まずは挨拶。

自分が何者であるのかを分かりやすく教える。

ただ、時間は無いので立て続けで申し訳ないが、要件を真っ先に済ませて貰おう。

 

―――今、見ての通りでアスカがピンチなんだ。僕に彼女を助ける手伝いをさせて。

 

シンジの思いが通じたのかどうかまでは分からない。

だけど、何となく……先程までと弐号機の中の空気が変化した気がした。

 

アスカを助けたい――――その一点が弐号機の心と合致した。

 

そこからは考える前に動いていた。

 

アスカの展開するATフィールドがガギエルに力技で突破される。

 

「しま――――っ!?」

 

「そのまま弐号機の手を前へ!!」

 

シンジの切羽詰まった声にアスカは従う。

 

 

 

 

 

直後、ATフィールドが張り直された。

 

 

 

 

 

「え?」

 

アスカの驚きも無理はない。

今、彼女はATフィールドの展開を行っていない。

では、誰が行ったのか?

 

この場にはアスカを除けばもう1人だけ。

 

「シンジ?」

 

アスカの問いには答えず、シンジは真っ直ぐ前だけ見据えていた。

 

―――集中!!

 

視界には眼前に居るガギエルしか映さなかった。

ATフィールドも真上に受け流すように展開する。

ガギエルの身体が弐号機の頭上を通過する。

直前までアスカが粘ってくれたからこそ、ガギエルを受け流す事に成功した。

だが、受け流した先には問題がある。

生命線とも言えるアンビリカルケーブルのコードがそこにあるのだから。

 

ケーブルがガギエルに当たってしまう。

それは避けられない事実。

 

「アスカ!! ケーブルをガギエルに巻き付けて!!」

 

「なるほど!!」

 

ガギエルは既にケーブルに体当たりしていた。

そのタイミングで弐号機がケーブルを引っ張る。

 

エヴァは海中に居るにも関わらず浮上する気配がない。

つまり、質量が大きい証左でもある。

それでもガギエルと比べてしまうと雲泥の差がある。

 

その上でガギエルへケーブルを当てたのには意味がある。

 

エヴァで使用するケーブルは案外頑丈だ。

サキエルの時のようにレーザー等で焼き切れる事は何度かあった。

けれども、体当たり等で切れた事は無い。

さすがに今回のケースでは絶対とは言い切れないものの、用途を考えれば問題無いと判断する。

 

ガギエルはケーブルに顔面から突っ込んでくる。

それを見て弐号機がガギエルの真下を通過する。

ガギエルは真っ直ぐ突っ込んでくるのでケーブルはその拍子で伸びていく。

 

伸びていくのは弐号機がケーブルを掴み、踏ん張っているのも理由だ。

だから、弐号機が踏ん張りを止めれば自然とガギエルの方へ引き寄せられていく事になる。

 

ガギエルは首を左右へ振ってケーブルを剥がそうとしている。

魚の形状が故にケーブルを剥がすのも一苦労だ。

その間に弐号機は海底を蹴ってガギエルとの距離を瞬く間に縮めていく。

更にはケーブルを伝ってガギエルへと接近していく。

 

ガギエルの身体が巨大な事もあり、接近するのは容易い。

すぐに真横まで来れはした。

だが、ガギエルは今にもケーブルの簡易な拘束を剥がしてしまいそうであった。

こちらも引っ張られる力が強いせいでケーブルを掴んでいるだけで精一杯であった。

 

「ここまで来た訳だけど、どうするのよ?」

 

「アスカはそのまま操縦に専念していて。ガギエルの動きは僕が止めるから」

 

アスカの問いにシンジは口早に答えた。

しかし、如何なる方法を取るのか疑問を持った。

その疑問は行動で以て示された。

何故、シンジは操縦に専念するように促したのか?

 

彼の取った手段はガギエルの進路上にATフィールドを張る事であった。

 

不可視の壁にガギエルは猛烈な勢いで激突。

ケーブルを振り払うのに夢中になっていたせいで、真正面が疎かになっていたようだ。

 

激突と同時にガギエルが振り払おうとしていたケーブルが外れる。

弐号機が掴んでいるケーブルも当然ながら波打ち、ガギエルの真上まで揺れる。

 

「本当、無茶苦茶してくれるわ!!」

 

そう言いながらも好機を逃してなるものか。

海中なので確実にガギエルにしがみ付く。

どんな形であろうともアスカならやり遂げられるというシンジからの信頼が寄せられていると勝手ながら感じた。

ならばその期待に応えようではないかとアスカは弐号機の操縦桿を強く握る。

 

「行っ、くわよおおおおおおおおーーーー!!」

 

雄叫びと同時にガギエルの背面へしがみ付く事に成功した。

既に絡まっていたケーブルを外し、ガギエルは再び海中で動き始める。

今度は背中に乗っている弐号機を振り落とそうとしているのだろう。

 

「放す訳が、ないでしょ!!」

 

アスカも引き剝がされまいと必死になる。

けれど、向こうの土俵の中ではこれが限界でもあった。

 

「アスカ」

 

弐号機を操縦するのに必死なアスカにシンジはなるべく穏やかに声を掛ける。

今回の主戦力を扱えるのは他ならない彼女なのだ。

そして、シンジはそんな彼女をサポートする立場に居る。

その為の協力を得たのだから。

 

「僕がガギエルを上へ誘導するよ。だから…………」

 

「なるほどね。理解したわ」

 

海上へ出ればまだ戦い様はある。

その後の展開もアスカには読めた。

問題はガギエルの誘導だが、その方法はもう分かりきっている。

 

「操縦は任せて。思う存分、サポートしなさい」

 

「うん」

 

真っ先にガギエルの真下にATフィールドを張る。

ただ張るのではなくて、斜めになるように角度を付けて。

弐号機を振り払おうと躍起になるガギエルは促されるように海面へと向かっていく。

確実に向かわせるように同様のものを2回、3回、と重ねていく。

その努力の甲斐は――――ガギエルを海上まで誘導しきる事で証明された。

 

「ありがとうシンジ。次はアタシの番よね!!」

 

シンジのおかげでここまで来れたのだ。

応えなければなるまい。

いつまたガギエルが潜水するとも限らない。

海上へ戻ると同時、ガギエルの背中を猛ダッシュで駆け出した。

ガギエルはかなりの巨体を誇る。

けれど、エヴァの脚力であればガギエルの巨体程の距離を短時間で走り切るのは難しくない。

 

走り出した弐号機、その目的地は――――ガギエルの口元だ。

そこには何がある?

弐号機が突き刺したままにしてあるプログナイフだ。

 

より正確に告げるならガギエルの口内にプログナイフは突き刺されたままとなっている。

あれだけ暴れ回っているのに外れないのは我ながら深く突き刺したものだと考えてしまう。

思考が脱線しそうになったが、今は目の前のプログナイフを思いっきり真上に引き抜いた。

 

「――――っ!?」

 

ガギエルが悲鳴を上げる。

同時に自身の巨体を仰け反らせる。

プログナイフを引き抜いた方向と同じなのは、その勢いに吊られてのものだろう。

弐号機もガギエルのアクションに逆らわず……それどころか、その勢いを利用して天高く跳び上がった。

 

「このまま突っ込むわ!! 足場を!!」

 

「了解!!」

 

アスカのリクエストに応えるとしよう。

最初に宙へ跳んだのと同じ要領でATフィールドを今度はシンジが発生させる。

先程までとは異なり、完全な役割分担を行っているのでアスカも操縦に専念できる。

弐号機の身を捻らせ、頭と足の位置が逆転する。

 

真下にはガギエル。

プログナイフを引き抜いた反動による痛みが引き始め、落ち着きを見せ始めた。

 

けれども、先程の暴れ様からすぐに落ち着いた訳ではない。

未だ、ガギエルの口は大きく開いたまま。

それを確認し、弐号機の足がATフィールドに触れた瞬間――――弾丸のごとく跳んでいく。

 

「ああああああああーーーーーーっ!!」

 

プログナイフを突き出し、咆哮を撒き散らしながら弐号機は瞬く間に目的地へ辿り着く。

その場所は――――――ガギエルのコアだ。

落下の勢いを利用してプログナイフを突き出す。

 

 

 

 

 

「エヴァ・スラッシャー!!」

 

 

 

 

 

重力+落下の勢い+エヴァの身体能力による刺突がコアを貫く。

ヒビを入れ、突き刺す事に成功した――――のだが、

 

『まだ動いているぞ!!』

 

外から見ている艦長が声を荒げる。

ガギエルは未だにその姿を保っている。

平たく言えば、弐号機でここまでやっても“突き刺しが浅いのだ。”

突き刺さっているので、決して無敵ではない。

これまでの使徒のものと比べると硬い。

だからこそ、ガギエルの殲滅までには至っていない。

 

『いえ、艦長』

 

「“想定内よ。” シンジ!!」

 

「分かってる」

 

対してアスカは、それにシンジとミサトも冷静だった。

ミサトは2人が元の作戦を無駄にするような事をしていないのは動きを見ていて分かったから。

そして、シンジとアスカも彼女の立案した作戦があるからこそ出来た立ち回りを行っていた。

 

どういう事なのかはこれから証明される。

 

弐号機はプログナイフをコアに突き立てている。

落下した時の体勢のままで。

操縦に専念するアスカに代わり、シンジが弐号機の足下にATフィールドを発生させる。

 

「いっ、けぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」

 

咆哮を轟かせ、弐号機はシンジの用意したATフィールドを蹴り付ける。

落下時の勢いはまだ活きている。

今度は弐号機自ら相手のホームである海へと突っ込むかのようにガギエルを押し込む。

 

ガギエルの方も気が付いたのであろう。

弐号機の行動に逆らわずに押し込まれる形で海中へと戻る。

 

『これでは、先程の二の舞いに――――』

 

『なりませんよ』

 

通信の向こうで艦長が状況の不利を口にするも、ミサトはその逆だと告げる。

忘れて貰っては困る。

弐号機は未だに戦艦に設置してあるケーブルが“繋がれたままである事を。”

 

「あとは、頼んだわよ!!」

 

繋がれているケーブルを思いっ切り引っ張る。

海上にある戦艦を無理矢理に海底へ、そしてガギエルの口内まで引き込んだ。

 

「今よ!!」

 

叫ぶと同時、弐号機はケーブルをパージし、コアを蹴り付けて後ろへ跳ぶ。

入れ替わる形で戦艦がコアめがけて一直線に突貫する。

 

『ってぇ!!』

 

遠隔操作による戦艦のゼロ距離射撃。

艦長の号令により、発射される。

弐号機が与えたコアへのダメージも手伝い、コアを粉々に砕ける。

 

直後に水爆が発生、ガギエルの消滅による十字の爆発とコアをゼロ距離で破壊した事で被害に巻き込まれた戦艦の爆破。

その余波が弐号機を海面へと押し上げる。

 

「きゃっ!?」

 

「うわっ!?」

 

余波の衝撃に機体が揺れる。

一瞬であったが、2人に掛かるGは強力であった。

操縦桿を握るアスカの方へシンジが倒れ込む。

その直後に弐号機が海面に浮上した。

付近に配置してあった戦艦へと乗り、ケーブルを接続する。

 

弐号機に目立った破損は無い。

あの至近距離で焼け跡のみで済んだのは奇跡だと言えよう。

 

『使徒の反応が完全に消滅』

 

『殲滅完了だな』

 

『お疲れ様。アスカ、シンジ君』

 

艦長がレーダーから使徒の反応が消えた事を教えてくれる。

それを受けた加持が任務完了である事を言葉にした。

遅れてミサトが2人に全てを終了した事を伝える。

 

「な、何とかなったねアスカ」

 

「ええ。やったわねシン…………ジ」

 

シンジは顔を見上げてアスカへ言葉を掛ける。

それを受けたアスカが応えようとして――――言葉がピシャリと止まった。

 

はて? どうしたのだろうか?

シンジが疑問を抱いていると、アスカの顔がみるみる赤く染まっていく。

 

「いつまで、乗ってるつもりなのかしら? バカシンジ?」

 

「………………あっ!!」

 

言われてようやく気が付く。

アスカの顔を見上げている時点でおかしいのだ。

彼女の太ももの上に乗っかっている。

いや、気付けと言うのが普通なのだが。

 

「ご、ごめん。今退くよ」

 

アスカの太ももから退こうと腕を伸ばす。

むにゅっ!! 伸ばした腕が何やら柔らかいものに触れる。

何を触ったのかな?

シンジが疑問を抱きつつも手が勝手に動いてしまう。

 

こんな所に柔らかいものはあったのか?

そう思いながらそちらへ目を向けた。

 

どうやらアスカの胸部へ誤って伸ばしていたようだ。

顔を真っ赤にさせたアスカは握り拳を硬く作っていた。

彼女の背後には覇気が発せられているではないか。

 

「英語の家庭教師をするよりも先に、女性へのマナーの家庭教師をするべきかしら?」

 

最初のパンチラは自分からやった事なので何も言わなかった。

今回は事故とは分かってはいても、ここまでの事をされるのであれば怒りのオーラを放つのもご尤も。

 

シンジも良い想いをしたのだ。

ならば、罰は受け入れるしかない。

 

「何か、言い残す事は?」

 

「ありがたき幸せ」

 

「こんのぉぉぉぉぉ!! エロシンジ!!」

 

叫ぶと同時、彼女の折檻がシンジに降り注ぐのであった。




如何でしたでしょうか?

今回のオチはこんな感じで決めていました。

え? 何か足りない展開がないかって?

原作最後であったラストのシーンはまた次回に持ち越しで。

色々と原作とも相違があるとは思いますが、何卒暖かい目でお守り下さい。

次回はなるべく長くなりすぎないように気を付けますんで。

完成させてから分割して、追加で書き足す作業はもうコリゴリです(笑)

では、また次回。


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碇シンジの現実⑤/碇シンジの夢⑦ 太陽

お待たせしました。
何とか1カ月で書けた。

今回は冒頭は前回の続き。
後は番外編第二弾となります。

今回はLASとなります。
では続きをどうぞ。



「惣流・アスカ・ラングレーです」

 

ガギエルとの戦いを終えた翌日の事だ。

シンジは自分のクラスの教壇で自己紹介をしている転校生を眺めていた。

 

シンジも転校してきて然程時間は経たずに転校生が同クラスに来るとは思わなかった。

同学年のクラス数は多くないものの、まさか続けて転校したばかりのシンジが居るクラスに来るとは思わなかった。

何か事情があるのだろう。

どんな子が来るのだろうかとクラスの全員が転校生に注目するのは必然だ。

 

担任が転校生に入室するように促す。

すると、男子も女子も色めきだった。

いや、男子の方が一番大きな衝撃を受けていたに違いなかった。

転校生は同性から見ても「綺麗」と「可愛い」を掛け合わせた美少女。

しかも、赤み掛かった金髪が前に入れば日本人ではなく外人である事も一目瞭然だ。

それが彼女を注目する理由となろう。

 

「「え?」」

 

色めき立つクラスの面々と相反する反応をしたのはトウジとケンスケだ。

それは転校生が2人も知っている人物だったのもある。

 

何と、シンジも知った顔と名前の少女であった。

昨日会ったばかりの、冒頭で自己紹介を行った少女。

弐号機パイロット――――惣流・アスカ・ラングレーが自己紹介をしていた。

 

「そうしたら惣流さんの席は……」

 

「先生。可能でしたら彼、碇シンジの隣の席でお願いしたいのですけれど」

 

担任がアスカの席を伝えるよりも先にアスカがそう切り出した。

当然、美少女からしかも名指しされたシンジに注目が集まる。

 

「碇君と知り合いなんですか?」

 

「はい。父の仕事の関係で」

 

NERVに所属している事はクラスメイトも薄々は気付いている。

けれど、こちらの件に深く関わらせるのは申し訳ないので濁した言い方をする。

 

「それなら知った人が居ると心強いわ。洞木さんも間に居るしね」

 

シンジと委員長ことヒカリの間に席がある。

そこを譲って貰えれば知人と委員長の隣り合わせとなるので、担任としても悪くない選択肢と言えた。

ヒカリは面倒見が良い事は既に知った事なので、安心できる程に教師陣からも信頼は厚い。

 

「悪いんだけど、惣流さんに席を譲ってくれないかしら?」

 

「分かりました」

 

シンジの隣の男子生徒が返事をする。

アスカは席を譲ってくれた彼に笑みを作って「ありがとう」と礼を述べる。

容姿の優れたアスカの笑みとお礼の言葉に「い、いえ」と言葉短く言うとアスカが座る予定だった席へ移動する。

どうやらアスカの笑顔に当てられた口だろう。

これは学校内で彼女のファン第一号が誕生した事だろう。

 

「よろしくね惣流さん。私は洞木ヒカリ。このクラスの委員長をしているわ。分からない事があったら遠慮なく聞いてね」

 

「よろしく。アタシの事はアスカで良いわ。こっちもヒカリって呼ばせて貰うから」

 

「うん。よろしくアスカ」

 

アスカとヒカリはすぐに打ち解けたようでホッとする。

続けてアスカはシンジの方を見る。

 

「シンジもよろしくね。分からない事は聞くから」

 

「僕も転校してきたばかりだから委員長の方が詳しいよ」

 

「え? シンジも転校してきたばかりだったの?」

 

アスカもそこまでは知らなかったようで、シンジの転校から1カ月程だとヒカリが隣で補足する。

 

「委員長と仲良いから僕の出番は無いよ」

 

「ヒカリとはこれから友好を深めていくんだから『仲良い』って表現するのは気が早いわ」

 

「…………そうだね」

 

アスカはヒカリの事を(いた)く気に入ったようだ。

シンジもそれ以上は言わず、言葉を区切った。

 

思わず口を滑らせてしまった。

『平行世界』での出来事が脳裏にすぐ出てきてしまった。

特別に何も思っていないようなので、これ以上は口に出してしまうと墓穴を掘りそうなのでお口にチャックで。

 

『アスカ』も『ヒカリ』も以前からの付き合いのある友人同士の印象が強い。

それは『碇シンジ』自身にとっても同じ事だ。

『アスカ』と『碇シンジ』は『平行世界』では幼馴染みである。

故に、これまで顔を合せない機会が多かった事の方が珍しい。

 

少なくとも今のようにアスカが転校してくる展開等は今まで一度も無かったのだから新鮮である。

それはヒカリとの仲の良さを何度も見ているので「仲が良い」のはシンジの中では当たり前であった。

 

しかし、隣でアスカとヒカリは既に昔からの友人のように談笑していた。

シンジの指摘が間違っていないではないかと言いたくなる程の仲の良さを転校初日から披露している。

横目で見ていると、『平行世界』ながら見慣れた光景に安堵する。

 

―――やっぱり、こうでないとね。

 

シンジがトウジやケンスケといった一生モノの友人と出会えた事も同じだと言えよう。

『平行世界』から良い意味で繋がる運命とも呼べる素敵な出会いをシンジはもちろん、アスカもしていた。

 

―――そういえば、アスカとも。

 

『碇シンジ』と『惣流・アスカ・ラングレー』との間柄が変化した出来事もあった。

その時の『平行世界』での出来事は碇シンジと『碇シンジ』に『惣流・アスカ・ラングレー』への見方を変えるきっかけを与えた。

この太陽のような少女との関係を大きく変化させた一幕の記憶を掘り起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、碇。本当に惣流さんと付き合ってないのか?」

 

昼休み。

大学2年に進学し、2度目の春を迎える。

高校とは異なって私服も可となり、買ったばかりの半袖の白いTシャツの上に水色の上着を着て、それとジーパンを履いている。

 

そんなシンジは食堂にて自作の弁当を食べていた。

このタイミングでたまに話す大学の同級生から訊ねられた内容がこれだ。

 

「付き合ってないよ」

 

「本当に? あんなに仲良さそうにしてるのに?」

 

「幼馴染みの(よし)みで仲良くしてくれてるんだよ」

 

アスカの容姿は幼馴染みのシンジから見ても「綺麗」と言える。

大人の色気とも呼べる雰囲気を彼女も纏いつつある。

しかし悲しいかな。シンジとアスカはそのような関係ではない。

 

「それなら告白しても構わないよな?」

 

「それは僕が止める事じゃないけど――――当たって砕けろの精神ならアスカは絶対に靡かないよ」

 

「え? それはまた何で?」

 

「だって、アスカが君の事を知ってるならまだしも少ししか話した事無いなら『アンタ、誰よ? 知らない奴と付き合う訳ないでしょう』って言われるのがオチだよ」

 

散々見てきたんだから間違い無い――――最後にそう付け加える。

その様子が浮かんだのか、同級生も「うっ」と言葉を詰まらせる。

 

「そ、それでも!! やるだけやってくる!!」

 

玉砕覚悟でアスカへの告白を決行するらしい。

そこまでの気迫を見せられてはシンジも「健闘を祈るよ」としか言えなかった。

それを受けた同級生は何処かへ行ってしまった。

 

やるだけやって後悔した同級生をシンジは何人も見てきた。

この手のパターンは毎度お馴染みだ。

しかも律儀にシンジに報告してくるまでがセットである。

その度にこれまでの恋に手を振って明日に待つ新しい恋を見付ける旅の為へ出ろ告げている。

 

「あーあ、良いのか碇。また玉砕して面倒が行くんだぞ」

 

シンジが男子生徒を見送った後に同じ大学に進学したケンスケがそう声を掛けてくる。

トレードマークとも言える眼鏡はそのまま、それと愛用のカメラを入れた肩掛けの鞄に入れている。

服装はといえば軍人もかくやという迷彩服を纏っている。

これは彼の所属するミリタリー好きが集まったサークルの正装(ケンスケ談)だとか。

この服装にも慣れたのでツッコミをする事はしない。

 

「仕方無いよ。本人が勇気を出して向かってるんだから」

 

彼の勇気まで否定してはいけない。

それに言えない理由も勿論ある。

 

「僕はアスカとは――――」

 

「付き合ってる訳じゃないから…………って、言いたいのかな〜? シンジ君」

 

シンジが言い終えるよりも前に言葉が被せられる。

加えて彼の背中に重みが掛かり、お弁当のおかずの唐揚げを摘み上げられてしまう。

 

「ん〜。相変わらずシンジ君の料理は美味しいですな」

 

「またですか。マリさん」

 

「ありゃ。良く私だって分かったね。コングラッチュレーション!! 脳内で色彩豊かに紙吹雪を舞わせてるにゃ〜」

 

シンジの背中にあった重みが消えると同時、目の前の席に真希波・マリ・イラストリアスが座る。

白いシャツに桃色のブレザー、黄色のスカートという恰好だ。

髪を二つ結びにしている点、赤縁眼鏡は出会った時から変わらない。

彼女は1つ上の先輩に当たる。

 

中学時代の後半からの付き合い、その後に高校も同じで、今も付き合いがある。

同じ大学へ進学する事になったのは本当に偶然だ。

掴めない所もあるが、気の良い人物である。

シンジの料理を甚く気に入ったようで、こうして許可も取らずに摘み食いするのが玉に瑕である。

 

「いい加減に勝手に摘み食いするのは止めて下さい。でないと怒りますよ」

 

「怒られる覚悟は出来ていなかったら、今すぐ立ち去ってあてどない流浪の旅へ出ています」

 

「分かりづらい表現をしてますけど、とりあえず食い逃げするつもりがない事だけは伝わりました。ですが、今後はこんな事をしないように」

 

「寛容な処分に感謝致しますお代官様ぁ~」

 

このやり取りも何度目になる事やら。

時代劇にあるような平伏するポーズを真似る。

それも文字通りのポーズにしか見えない。

シンジの言葉も右から左へ流している事だろう。

きっと、また懲りずに同じ事をする情景が目に浮かぶ。

 

結局、シンジとしても自作の料理を褒められる事はモチベーションの維持に繋がるので口だけでしかない事を見抜かれてもいるのだろう。

けれども、可能なら第一に食べさせたいな――――そう想う相手が居るのも確かだったりする。

 

「今日も姫の分は用意してあるのかい?」

 

「はい」

 

そんな事を考えていたらマリからそのような質問をされ、条件反射に頷いていた。

マリの呼ぶ「姫」はアスカの事である。

 

「じゃあ、姫が来る前にこの私が食べてしんぜよう」

 

「またアタシの分のお弁当を狙ってる訳なの?」

 

シンジが用意したお弁当を付け狙っている泥棒に背後から脳天からチョップが降る。

あっ痛っ!?――マリは脳天を摩りながら、この罰を与えた張本人へと振り返る。

 

「ひ~~~め~~~!! 酷いにゃ~~~」

 

「酷いはどっちよ。アタシの分のお弁当を食べようとした癖に。次やったら風船並みに空っぽな脳を割るわよ」

 

至極当然の罰だと言いながら怖い脅し文句を加えて、惣流・アスカ・ラングレーが登場する。

薄い黄色のワンピース、そして今は茶色掛かった長い金髪を"下ろしている。"

以前は髪留めにしていた赤い髪飾りはたまに使う位だ。

 

「そういえばシンジ。あの男に何を吹き込んだのよ?」

 

「吹き込んだ?」

 

話からそのお相手は先程にシンジにアスカとの関係を訊ねてきた同級生君の事だろう。

 

「アタシが告白を断った時の台詞を聞いたらシンジに聞いた内容と一語一句違わないって言ってたわよ」

 

「ちなみに姫が言った台詞はどういうものかにゃ?」

 

「アンタ、誰よ? 知らない奴と付き合う訳ないでしょう――――よ」

 

マリに問われ、アスカは促されるままに答える。

その答えを聞いたマリとケンスケは「ほ〜」と何処か感心した様子でもあった。

 

「本当だ。碇が言ってたのと一語一句違わない。以心伝心ってやつだな」

 

「これが愛の成せる技というやつですかね〜」

 

「なっ!? ちょっと待ちなさいよ!! 何を言ってんのよ!!」

 

完全にアスカを玩具にしている。

これを受けたアスカは顔を赤面させている。

 

「シンジも鼻の下を伸ばしてるんじゃない!!」

 

「伸ばしてないと思うんだけど。そもそも何に対して鼻を伸ばすのさ」

 

「アタシと以心伝心だとか、愛の成せる技だとか言われて内心で喜んでるんじゃないの?

 

「いや、そんな事はないけれど」

 

「何? アタシとアンタの付き合いはその程度のものだったとでも言いたい訳?」

 

「それはさすがに理不尽では!?」

 

怒りの矛先は最終的にシンジへ集約される。

しかも適当な言い掛かりまで付けてくる始末だ。

 

「聞きましたか真希波さん? 惣流さんってば碇との絆の深さをこれでもかと語っておられますよ?」

 

「いや~、これで付き合ってないんだから本当に信じられませんにゃ~」

 

「がぁぁぁぁぁーーーーっ!! 好き勝手言ってんじゃないわよ!!」

 

ケンスケとマリの息の合ったコンビネーションによるからかいが炸裂する。

それを受けたアスカの心はさながら荒れた大海原のように激しかった。

 

「シンジも何か言いなさいよ!!」

 

「ん~。違うって主張しても説得力が無いとか言われそうで……それにこの2人は知ってる訳だからムキになるのはどうかなと」

 

「でも、言わなきゃ勘違いされたままじゃないの」

 

「そうやってムキになってると、餌食にされちゃうよ」

 

シンジの方もこの事態は慣れたものだ。

現にシンジとアスカは周囲から注目の的になっている。

マリとケンスケも2人の仲の良さに「ニヤニヤ」とわざと口に出して様子を見て楽しんでいる。

 

「~~~~~っ!! ああっ!! もうっ!! さっさとお昼食べて次の講義の教室へ行くわよシンジ」

 

「よく噛んで食べなきゃダメだよアスカ」

 

シンジのお弁当を広げ、食べ始めるアスカ。

掻き込むように食べるので良く噛んで食べるように促すシンジ。

 

このやり取りを見て本当に付き合っていないのかと疑問を持たれるのも仕方ないのではとケンスケとマリは2人を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎ、放課後になる。

2人の通う大学は自宅からも近い。

故に2人も自宅から通っている。

 

この日、両方の両親が不在であった。

なので、シンジの家で夕飯を取る事になった。

 

「シンジ〜、ご飯はまだ〜?」

 

「もう少しだよ。お風呂掃除と洗濯は終わったの?」

 

「お風呂はあとは沸かすだけだし、洗濯機も回り終わるのを待つだけよ」

 

中学生頃ならシンジだけに家事全般を押し付けていただろう。

けれど、やはりそれでは女子としてもどうなのかと言う事で最低限の事はしている。

 

「たまにはアスカが料理しても良いんだよ? アスカも料理は上手なんだから」

 

「アタシはシンジの料理が食べたいの」

 

アスカも料理を覚えつつはあるが、やはり一日の長なのかシンジの方が美味しく感じる。

故に料理当番は常にシンジが担当している。

 

このやり取りは毎回の事でもある。

アスカにそこまで言われてしまうと、シンジも何も言えない。

純粋に嬉しさの方が勝ってしまうから。

 

褒められるから嬉しい――――いや、それだけではない。

理由は自分でも分かっている。

今まで気付かないフリをしていただけで――――。

 

「ねえ、シンジ」

 

「どうしたの? アスカ」

 

「その、えっと……」

 

背後から声を掛けられるが、未だに料理をしているのでその手は止めない。

アスカからの言葉を受けて即座に応えるも、アスカはまたも言い淀む。

 

「レイから連絡が来てたの」

 

「綾波から? 向こうの大学も忙しいだろうに」

 

綾波の通う大学はこちらからも電車を使えば会いに行ける距離ではある。

しかし、彼女は碇ゲンドウ等の設立した『人工進化研究所』の手伝いをする為にも特に理系の分野には力を入れている。

その為にレポート関係等で大学に泊まり込みが多くなっているとか。

 

「レイが近い内に遊びに来れるみたいだから日程を合わせて会わないかって」

 

「なら、トウジと委員長も呼ぶ?」

 

トウジと委員長ことヒカリを呼ばないかシンジは提案する。

もう既にヒカリは委員長ではないのだが、どうにもシンジの中ではヒカリは「委員長」という役職で呼んでしまう。

本人もある程度は理解しているのか、その呼び方に文句は出さないのであだ名として定着してしまっている。

 

「止めておきましょう。せっかく付き合い出したんだからあの2人」

 

アスカの言うように2人は最近になってようやく付き合い始めた。

中学生の頃から想い合っているのは丸分かりであったし、ようやくかとの声が多かった。

 

その反動というべきか、あの2人は暇さえあればイチャつき幸せオーラに当ててきて精神的にすり減らしてくる。

特にアスカはヒカリと頻繁に連絡を取り合っているが故にのろけ話に付き合っているのは間違いない。

 

「でも、一応連絡しておこうよ」

 

「それは良いけど……あの2人の事だからアタシ達にも同じような話題を振ってくるわよ」

 

「ああ、そうかもね」

 

シンジとアスカはどうなのか?――――その問い掛けを投げられる事は想像するに難しくない。

それだけシンジとアスカへの期待をあの2人はしている。

 

何の期待なのか、散々っぱら言われてきたのだからシンジとアスカも分かる。

 

「僕とアスカはいつ付き合うのか? だよね?」

 

「言われそうな事よね」

 

ケンスケやマリにからかわれただけではない。

他の面々も何度も言ってきた事だ。

付き合っていないのが不思議な位だと言われる。

大学の同級生に言われたのも然り、高校の時にも言われてきた。

 

「全く、面白がっちゃってね」

 

「言われている側からすると、色々と困るよね」

 

ハハハ――2人は乾いた笑いをすると同時に黙ってしまう。

部屋に響くのはシンジが料理をする音だけ。

ただ、それも殆ど完成に近かった事もあってすぐに終わった。

 

「…………できたよ。運ぶのを手伝って」

 

「…………うん」

 

シンジが完成を告げると、アスカも言葉に間を空けながら頷いた。

今日の献立は唐揚げとサラダ。

シンプルな内容であるが、アスカは文句の一つも出ない。

それだけシンジの作る料理は彼女にとって必要不可欠なものとなっていて――――

 

「って、何を考えさせるのよ!!」

 

「ええっ!? 僕何かした!?」

 

「したわよ!! シンジの料理がないとアタシはもう――――」

 

そこまで言い欠けて「はっ!!」と状況を思い出した。

勢いに任せて自分はいったい何を口走ろうとしていたのか?

 

「ごめん、今のは忘れて――」

 

「アスカ」

 

アスカが先程の発言を取り消そうとするも、シンジは訂正を阻む。

静かに、彼女の名前を呼ぶ事で。

 

「僕はさ、トウジやケンスケ、他の人なんかにも『鈍い、鈍い』って言われ続けたんだ」

 

シンジは箸を置いて言葉を続ける。

アスカもそれに倣って彼の話を聞く態勢へ移る。

 

「う、うん。それで?」

 

「正直さ、今ならその通りだって言えるんだ。本当に気付いてなかったのが分かると、昔の僕は何でその事に怒ったんだろうって逆に疑問が沸いたよ」

 

あれだけ同級生に問われ、否定を続けてきた。

けれど、それは本当の気持を隠す為の建前だったのかもしれない。

気付いていたのに、意固地になって見ていなかった、近過ぎて気付けなかった、自分自身の本心を。

 

でも、気付くきっかけをくれたのは皆の声だ。

そして、この気持ちを大きくしたのは紛れもなく自分自身だ。

気付いていたからこそ、意固地だったからこそ、近過ぎて気付けなかったからこそ、自分自身の本心が強く輝いたに違いない。

 

「アスカはきっと、僕にとって『太陽』なんだ」

 

「『太陽』?」

 

突然の例えにアスカは首を傾げる。

しかし、シンジは彼女の疑問に「そうだよ」と短く答えるだけ。

 

「『太陽』って近付くと熱いし、焼けるってイメージがあるでしょ?」

 

「何よ? 近付きたくないとでも言いたいの?」

 

「違うよ。僕が臆病だったから"自分の本心に近付けなかっただけ"」

 

『太陽』のイメージを渡され、その印象を告げるシンジ。

受けたアスカは当然ながら悪いものを受け取ったが実態はそうではない。

 

「アスカってさ、一緒に居るととても明るく僕を照らしてくれるんだ。それと一緒に色んな悩みにも親身に寄り添ってくれた。悪い事なんかも焼き尽くしてくれる。常に傍に居てくれる」

 

「だから、アタシを太陽だって言い出したのね」

 

シンジの言いたい事は伝わってきた。

けれど、話はまだ見えてこない。

 

「それでも? 何を、言いたいの?」

 

アスカはシンジへ問い返す。

シンジの頬は赤く染まっている。

緊張しているのか、表情も硬くなっている。

 

吊られる形でアスカも緊張する。

いや、きっと彼女も本能で分かっているのだ。

彼が何を言おうとしているのかを。

 

シンジは唾を飲み込み、意を決し――――――

 

 

 

 

 

「僕は、アスカが好きなんだ」

 

 

 

 

 

言った。

自分の紛れもない本心を言葉に変える事が出来た。

 

「なっ!? あっ!!」

 

まさか、こんなにもド直球に愛の告白をされるとは思ってもみなかった。

友達としてとか、そんなものではない事は彼の雰囲気から見て取れる。

ましてや、自分の気持に気付いてくれてなかったと思っていただけに尚の事だ。

身体全体が熱くなっている感覚がある。

自分の顔を見なくても今真っ赤なのが分かる。

 

「アスカは、僕の事を、どう思ってる?」

 

「そ、そんなの……」

 

咄嗟に否定の言葉を出そうとする口を何とか飲み込んだ。

条件反射でそのような事を言ってしまうのは良くないとアスカも理解したから。

 

きっとシンジは勇気を振り絞って告白をしてくれた。

自分の気持ちに嘘を吐かず、ありのままを言ってくれた。

 

ここでアスカは自分の気持を否定するのは簡単だ。

"それが本心であれば。"

違うからこそ、アスカは否定の言葉を出さなかった。

自分の方はずっと昔、それこそ中学時代から気付いている。

今更、そんな事で自らを偽る意味が何処にある?

 

「そんなの、昔から決まってる」

 

なら、自分も彼の勇気に、想いに応えなくてどうする?

一つ深呼吸。

そして――――

 

 

 

 

 

「アタシも、シンジが好き」

 

 

 

 

 

 

言った。

己のこれまで10年近く燻っていた想いの丈を短い言葉に乗せて伝える事が出来た。

 

「これで、晴れて恋人同士……で、良いのよね?」

 

「あまり実感はないけれど」

 

「まあ、今更変えられる程に短い付き合いじゃないしね」

 

10年――否、もうすぐ20年は経とうとしているシンジとアスカの関係。

すぐに何か特別な変化が訪れるものでもない。

 

「それじゃあ、これからもよろしくアスカ」

 

「ええ、シンジ。恋人になって早速だけど、良いかしら?」

 

アスカは手元の料理を指差す。

 

「ご飯、冷めちゃってるわよ」

 

「はは、そしたらレンジで温め直そうよ」

 

恋人になって初めての会話がこれかとも思うが、自分達らしいとも思える。

 

「ねえ、シンジ。アタシの事を太陽だって言ったけど、アタシからすればシンジも『太陽』よ」

 

「そう、なの?」

 

「ええ。一緒に居るのがずっと当たり前だったんだから」

 

「そうだね。僕もアスカと離れるなんて今更考えられないよ」

 

アスカの独白にシンジも頷く。

両者共に互いの事をそういう風に捉えていた。

 

居るのは当たり前、どんな時も自分達を照らしてくれる太陽のような存在。

 

「ふふ、明日にこの話をしたら驚かれるかしら?」

 

「いや、案外『やっとか』って言われるよ」

 

「違いないわ」

 

一足先に恋人同士になったトウジとヒカリからは特にいじられるのが目に浮かぶ。

しかし、そんな事も悪くはないなと思えていた。

 

「これからもよろしくね、アスカ」

 

「こちらこそ。よろしくシンジ」

 

互いに大切な存在だと気付いた事で変化もしていくだろう。

けれど、共に居る事が当たり前である事実はこの先も不変である事に違いはあるまい。

 

そう、何と言っても互いが『太陽』のように傍に"居て欲しい"存在だと気付けたのだから――。




如何でしたでしょうか?

ガギエル戦の後、アスカは転校してきました。

そして、今回のメインのLASです。
上手くできていたでしょうか?

個人的には前回の綾波とは真逆でアスカは太陽のイメージです。
こちらも前回のものと同様で某有名TCGの第二シリーズにあったEDの「太陽」をイメージして作りました。
まあ、その部分の印象があるのは後半部分だけなんですがね。

これまた綾波の時とは変わって他のキャラも登場します。
というのも、勝手な印象なのですが綾波との関係は誰に言われなくてもゆっくりと進展していく印象があり、逆にアスカとは他人の後押しがあって初めて進展していくという印象があったが故です。
最後の一押しはやはりアスカの人気にシンジが焦ったから告白をしたという形になります。
幼馴染みなのでそう簡単には変わらないでしょう。
告白後があっさり目なのもその点を意識してみました。
そう簡単には変わらないでしょうけれど、確かに2人の関係性は変化しました。

あとこちらではトウジとヒカリが付き合っています。
綾波は大学が違います。
ケンスケとマリは同じ大学です。
実はマリを出したかった気持ちもありました。
本編でまだ絡みが無いので、今回無理矢理に出した感もあります。
でも非常に扱い易く、楽しく出させる事が出来ました。



自分としてもLASは特別な立ち位置にあるCPでもあります。
このLAS、別作品のCPですがワンピのルナミ、ハルヒのハルキョン、うえきの植森(これ分かる人は居るのか?)の4つが昔にあった小説サイトで最初に観たCPだったので思い入れが特に強くて張り切って書いてました。

面白かった、良かったと思って頂ければ幸いです。

それではこの辺りで。
また次回に。

もしかすると次回も時間が掛かると思います。
そろそろ原作の内容が危うくきてますので、今しばらくお待ちを。


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コラ、増えるんじゃない!!

お待たせしました。

サブタイからにじみ出るネタバレ臭。

では、続きをどうぞ。


さて、アスカが転校して初日。

一時間目の授業終了後にはクラスメイトが彼女の机の周りに群がる。

 

同い年の、しかも外国人ともなれば物珍しくなるのは当たり前の事だろう。

矢継ぎ早に質問攻めに合うアスカ。

猫を被る――とは言いすぎな気がしなくもないが、実際に彼女の態度は船で会った時よりも柔らかな物腰である。

内心では「面倒ね」とか思っていそうだが、この状況を楽しんでいるようにも見えた。

 

委員長であるヒカリはアスカへ群がるクラスメイトを取り纏める。

とは言え、やれる事は質問を順番に行わせる為に1人ずつ質問をするように指揮っているだけだが。

それでも矢継ぎ早に質問攻めにあうよりかはやりやすいので、アスカも丁寧に答えている。

さすがは委員長だとシンジは感心していた。

 

「碇君は何故そこに座っているの?」

 

「今、僕の席に近付けないから」

 

シンジの席は彼女の隣である。

アスカに群がるクラスメイトのせいで席に近付けなくなった。

次の予鈴まで綾波の前の席が空いているので、そこへ避難する。

 

「しかし、凄い人気やな」

 

「容姿が良いからね。それに外国人は物珍しいのもあるさ」

 

トウジとケンスケもいつの間にやらこちらへ来ていた。

彼らもアスカの事は知っている。

特別に囃し立てるつもりもない。

 

「ちょっと、ごめんね」

 

アスカは一度自分の周りに集まったクラスメイトへ謝罪を口にしてからこちらへ来る。

いや、恐らくは同じチルドレンの立場である綾波の下へ、だろう。

その推測は正しかったようで、シンジに「彼女に用があるから」と告げる。

 

シンジもチルドレン同士でコミュニケーションを取るのは大事だと思っている。

なので、むしろアスカの行動に背中を押したくなる。

トウジとケンスケも割って入るつもりはないので、黙って2人の様子を見ている。

 

「初めまして。知っていると思うけど改めて自己紹介するわ。

 アタアシは惣流・アスカ・ラングレーよ。

 セカンド――って言えば分かるわよね? ファーストのアンタの名前を教えて」

 

「綾波レイ」

 

「そう。そしたらアンタの事はレイって呼ぶわ。

 アタシの事もアスカってファーストネームで呼んで良いから」

 

話のテンポも実に見ていて気持ちの良いものだ。

ただ、シンジとしては多少ながら綾波の返答の方がどうなるのかが気になった。

 

「命令なら、そうするわ」

 

思わず「何でそうなる!?」とツッコミたくなる返しであった。

アスカも案の定「はあ?」と首を傾げるどころか、大いに呆れている様子だ。

 

「命令なんて間には要らない。

 アタシはアンタと仲良く……いえ、友達になりたいからよ」

 

アスカの方は何故か言い方を変えて綾波へ告げる。

仲良くも友達も、意味合い的には何も違わないのではないかとシンジは思う訳で。

 

「正直、これから背中を預け合う同士だからって意味もあるわ。

 けど、もっと純粋に、アンタと友達になりたいって思えたから」

 

アスカの発言は既にアウトな気もしているが、空気の読めるクラスメイトは気付かないフリをしてくれている。

何と心温かいクラスなのだろう。

シンジの目頭が熱くなる。

 

「そう」

 

一方、綾波も簡素ながらもアスカの話には興味を示してはいる。

ただ分かりづらいだけだ。 

命令ありきだが、綾波自身が行動しない訳では無い。

自分の意思が無い訳ではない事も意味している。

 

「本当に分かってるのかしら?」

 

綾波の返事に首を傾げるアスカ。

淡白な反応なので、彼女の返答がそうなるのも無理はない。

 

当の綾波は次の授業の教科書を出して、ページを開いて目を落としている。

何ともマイペースな事だ。

 

「まあ、良いわ。後でね」

 

これでもめげるつもりはないようだ。

後で綾波に話に来ると宣言する。

神経の図太さを披露してくれる。

 

そして、次の授業を告げる予鈴と同時にシンジとアスカのスマホにNERVからの招集メールが届くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポイントに着きました」

 

『こっちも同じく』

 

招集直後、案の定というべきか使徒の襲来を伝えられた。

チルドレン3人がNERV到着の後にシンジとアスカはエヴァに搭乗して発進する。

 

今回、戦線へ赴いているのはシンジとアスカ。

つまりは初号機と弐号機のみ。

零号機はラミエル戦での脚部の損失が大きく、未だ出撃が可能な状態ではない。

初号機は手首だけであった事、どちらかを優先するなら修理の容易い方という訳でそちらに白羽の矢を立てて即座に修理をした訳だ。

 

「けど、ミサトさん。今回の使徒はこの先に居るんですか?」

 

『ええ、間違いないわ』

 

シンジとアスカはろくな説明も無しにあれよあれよという間に出撃させられた。

今回出現した使徒――――名称をイスラフェルとした使徒は海上で発見された。

それ故、今回は海辺に近い砂浜、それに似つかわしくない巨大なエヴァンゲリオンという兵器がアンビリカルケーブルを接続して待機している。

 

眼前には海に半分以上使っている建物が多く見受けられる。

逆に背後には街がある。

住民は避難しているが、これ以上の侵攻を許せば被害が及ぶのは想像に難くない。

 

「来た」

 

イスラフェルが姿を見せる。

二足直立歩行し、弓状に湾曲した腕を持つ。

頭部は無く、胸部に赤と青で彩られた対極図のような顔。

その顔の下にコアがある。

 

ラミエル、ガギエルの時のように視認がしづらい位置にコアは設置されていないようだ。

 

「あれ?」

 

何故だろう?

今、自分が言った事に違和感を覚えた。

 

コアの位置が見えるのは特段に悪い事ではない。

弱点の位置を教えてくれているのだ。

 

ラミエルの時のようにATフィールドを破った上で本体を貫いてコアをぶち抜く必要も無い。

ガギエルの時のようにこちらが倒されるリスクを承知した上で口の中へ飛び込む事も無い。

何の問題があろうか?

 

『まずはアタシが行くわ』

 

思考に耽っていると、アスカがそのような事を言い出した。

その直後、初号機に弐号機の腕を掴ませる。

 

「待ってアスカ。そのまま突撃するつもりだったでしょ?」

 

『もちろんよ。サクッと行って殲滅した方が手っ取り早いでしょ?

 それにもたついてても、敵の能力が把握できないんじゃ意味無いわ』

 

アスカの行動を先読みしたシンジに止められる。

そして、その行動の意味を懇切丁寧に説明してくれる。

 

『アスカの言う事にも一理あるわ』

 

今回は威力偵察を行えていない。

それはラミエル戦で生じた戦自の損害が大きかったからだ。

バックアップで数機はあるものの、それも虎の子に等しい。

 

ここで無理矢理に突貫させる事は命じれば可能だ。

NERVで重機や費用等を補填したとして、強制的に従わせれば向こう側との溝は深まってしまう。

 

まだ使徒は来る。

なのに関係に溝を深めるのはナンセンスだ。

 

イスラフェルの能力を把握できていない。

対策を立てる為にも突撃の選択肢は「あり」だ。

だが――――

 

『けど、突っ走る事とは話は別よ』

 

それは“通常であればの話だ。”

エヴァンゲリオンという存在を無駄に失うリスクは避けなければならない。

 

突撃するにせよ、闇雲ならば話は変わる。

そんな危険はさせられない。

 

『なら、頼もしい仲間が居るじゃない』

 

アスカは端的に言い出した。

彼女の言う相手はシンジだ。

 

『アタシが出るのは何も独断専行とか、活躍したいとか、そういう気持ちだけじゃない』

 

注目を浴びたい――――アスカはそれも認める。

けれども、それだけではないと彼女なりに理由はあるようだ。

 

『単純に弐号機とアタシの操縦技術なら何が起きようと対処可能な筈よ』

 

実戦用との触れ込みの弐号機とアスカの操縦技術を掛け合わされば大抵の事態に対処できると踏んでいる。

彼女はシンジよりもエヴァンゲリオンの訓練を積んできた。

シンクロ率ではシンジの方が勝りつつあるが、単純な操縦技術ともなると勝手が違う。

 

咄嗟の判断、それに反応し得るだけの技量、精度の高い操作――――どちらが高いのかと問われればやはりアスカだろう。

 

「けど、アスカ……」

 

『はいはい。どうせ、女の子に危険な事をさせたくないとかそんな所でしょ?』

 

今度はアスカがシンジの発言に先回りする。

自分の言いたいことを先に言われてしまい、シンジも何も言えなくなる。

通信の向こうで「はあ」と大きく溜め息を吐くアスカ。

 

『こういうのは適材適所。

 言わせて貰うなら、中途半端な技量しかないアンタにやらせた時のリスクの方が大きいわ』

 

成功ならまだ良い。

だが、失敗は最悪のケースも想定せざるを得ない。

その時、果たしてシンジは無事でいられるのか?

 

『だから、任せなさいシンジ。

 それと背中は任せたわシンジ。

 アンタが後ろに居るから、アタシは無茶が出来るよ』

 

「…………分かった。アスカに頼るよ。

 それに背中は任せて。

 けど、無茶はし過ぎないでくれると良いのだけれど」

 

これはシンジが折れるより他にない。

否、アスカに頼るのだ。

彼の言葉を受けたアスカは「任せなさい」と返事をした。

 

そして、彼女は後ろはシンジに任せると言ってくれた。

嬉しくはあるが、無茶だけは止めてほしいと切に願う。

聞く人が聞けば「それブーメラン」と言うだろう。

 

『行くわ!!』

 

アスカの宣言の直後、弐号機が飛び出した。

イスラフェルはもう少しで海岸へ辿り着く。

海面へ顔を出している建物を足場にして、跳躍しながらイスラフェルに急接近。

 

弐号機が接敵するのを受け、イスラフェルも迎撃に移ろうとする。

弐号機が堂々と真正面に着地する。

 

ザバァッ!!

 

海水が跳ね上がり、水飛沫が巻き起こる。

まるで水飛沫を振り払う勢いでイスラフェルが先制を仕掛ける。

 

弓状に歪曲した右腕を弐号機めがけて振り下ろす。

人間で言う手の部分に鋭い爪が見られる。

それで切り裂くつもりなのだろう。

 

『遅い!!』

 

しかし、アスカにはイスラフェルの行動はあまりにも遅すぎた。

左手でイスラフェルの右手首を勢いが付く前に抑え付ける。

すかさず、少し前進してイスラフェルの右の二の腕部分を掴む。

 

『おっ、りゃぁぁぁぁぁーーーーっ!!』

 

雄叫びと共に弐号機の身体スペックに任せてイスラフェルを“背負い投げする。”

背中から海面へ勢い良く叩き付けられ、再び水飛沫が両者の視界を妨げる。

 

ただ、アスカはこうなる事を予期していたので次の行動に移るのは一番速かった。

プログナイフを左で逆手に持ち、丸出しになっているコアを突き刺そうと振り下ろす。

 

イスラフェルも自身の弱点を狙われているのを気付いたのか、身体を横転させる。

弐号機のプログナイフは空振りし、海面を叩く。

 

その際にイスラフェルは起き上がり、態勢を立て直す。

無駄のない動きで、弐号機の真横を完全に取った。

すかさず、先程は防がれた爪で切り刻もうと腕を振り下ろそうとしてくる。

 

『無駄よ!!』

 

しかし、アスカには丸っとお見通しだった。

海面を叩いた左手を勢い良く振り上げる。

海水を掛けるかのような行為だが、水飛沫を上げるだけであるし、何よりもそれで止まるような相手ではない。

 

そんな事は百も承知だ。

だから、彼女の取った行動は何も海水を掛ける事が目的ではない。

 

彼女は弐号機の充電の為に接続したアンビリカルケーブルのコードをイスラフェルにぶつけたのだ。

シンプル過ぎるアスカの攻撃。

 

これはサキエル戦でも証明したようにアンビリカルケーブルの強度は高い。

使徒との戦いを想定されたものなのだから尚の事だろう。

 

強度の高いケーブルを鞭のように振るう。

衝突しても大した致命傷にはならない。

重々に承知している事であり、これは単なる囮行為に過ぎない。

 

イスラフェルも物理的な攻撃にふらついている。

そこへすかさず、プログナイフを持った弐号機が肉薄する。

 

流れるような一連の動作。

ここまで彼女は読み切った上で行動を起こしたのだ。

 

『はあっ!!』

 

気合いと共にイスラフェルを縦に真っ二つに切り捨てる。

 

「お見事」

 

アスカの活躍に目を見張るものがある。

操縦技術はチルドレンの中でもぶっちぎり一位の事だけはある。

シンジも感嘆の声を述べる。

 

『変よ』

 

ただ、この状況に違和感を覚える者が通信する。

いち早く気付いたのはリツコだ。

 

『使徒の反応は消えてないわ』

 

イスラフェルの反応は消えていない。

目の前で真っ二つになったままだ。

 

『でも、コアは確実に切り裂いているわ』

 

そう、アスカの言う事には何も間違いはない。

それを疑う事はモニターしているこの場の全員の納得のするところ。

しかし、機械の故障ではない事も普段から整備しているNERV職員の姿を見ているので疑えない事をシンジは知っている。

 

『いえ、変化は起きてるわ!! アスカ、離れて!!』

 

ミサトもまたイスラフェルの異変に即座に反応する。

アスカの眼前、真っ二つにされた筈のイスラフェルの顔部分が動きを見せた。

 

切断面からボコボコと奇怪な音がする。

 

『なっ!?』

 

不気味さを抱き、これは距離を取るべきだと咄嗟に判断したアスカは後ろへ跳躍する。

次の瞬間には奇妙な出来事が。

 

イスラフェルが2体に"分裂したのだ。"

姿見には大きな変化はない。

ただ、色が片方はオレンジに、片方は白へと変色したのだ。

 

『増えたっ!?』

 

『分裂する能力があったのね!!』

 

想定外も良いところだ。

まさかの事態に困惑する。

 

『けれど、幸いもあるわ。アスカ!!』

 

『分かってる!!』

 

ミサトの意思を汲み取り、アスカは白いイスラフェルに突撃する。

特殊な能力こそ驚くが、戦闘力は実戦経験の浅い弐号機とアスカのペアにも劣る。

故に、易々と懐へ飛び込んで……コアへプログナイフを突き刺すに至る。

 

流れるような動作。

アスカは手応えを感じ――――

 

「まだだ!! アスカ!!」

 

シンジの叫びがアスカへ届く。

何事かと思うと、イスラフェルの方はコアを突き刺されているのに「何でも無い」とばかりに動き出した。

 

『っ!!』

 

「アスカ!!」

 

シンジは耐え兼ねて、初号機を走らせる。

陸上選手顔負けのスタートダッシュを切る。

砂浜を蹴り上げ、海面に顔を出す建物を踏み付けながら瞬く間にアスカの下へ。

 

「退けぇ!!」

 

肩からイスラフェルへタックルを喰らわせる。

勢いでイスラフェルは吹き飛ばされ、海面で倒れ込む。

アスカはプログナイフを手放す結果となったが、イスラフェルから距離を取れた。

 

『ありがとうシンジ』

 

素直に感謝を述べる。

あのままイスラフェルから追撃を仕掛けられていたら無防備なところを狙われていた。

最低でも行動不能まで追い詰められる危険性はあった。

故にシンジの援護には助けられる形となる。

 

油断なくイスラフェルを見据える。

コアを突き刺されたイスラフェルは、プログナイフを抜き取ると海へ放り投げた。

そして、コアは修復される。

 

『これは、元々2体だったって考えた方が良いのかしら?』

 

「多分ね。もしかすると、増えるかも」

 

イスラフェルの特殊能力だろう。

分裂するというのはシンプルながら強力である。

条件こそ不明瞭だが――――

 

『プログナイフは通用しないのかしら?』

 

『いえ、それは無いわ』

 

アスカの疑問をリツコが否定する。

確かに今のはプログナイフが通用しなかったというよりは――――

 

「あのコアが本体じゃない、とか?」

 

アスカが突き刺したコアが偽物である可能性。

そう考えられもする。

 

『じゃあ、あの剥き出しになってるコアは何なのって話になるわよ?』

 

「そうなんだよね」

 

アスカの指摘はご尤も。

では、あれが本物だと仮定した場合はどんなカラクリが仕掛けられているのか?

 

「この手のパターンだと、実は両方とも本物だったりして」

 

『有り得るわね。同時のタイミングでコアを破壊したら消滅するとかも王道パターンになるわね』

 

『その推測は正しいかもしれないわ』

 

シンジが漫画知識を披露すると、最近はどっぷり沼に浸かっているアスカも同調する。

そして、彼らの推測が間違ったものではないとリツコが通信してきた。

 

『同時にコアの破壊――――それこそがイスラフェルを殲滅できる唯一の方法』

 

『なるほどね。シンプルだけど、難しいわね』

 

リツコの説明を受け、分かりやすいながらも達成が難しい案件だと知る。

丁度2機あるので、イスラフェルと数の上では互角。

身体能力に関しても、プログナイフを封じられてもコアの破壊は素手で行っても難しくない。

 

「いや、難しいけど、方法はあるよ」

 

『どんな?』

 

「ズバリ、片方を常に瀕死の状態にして、その間にもう片方のコアを破壊するんだ」

 

『雑な案だけど…………現実的ではあるわ』

 

イスラフェルは使徒である。

故に両方を同時に倒せずとも、各個撃破する手もある。

 

『コアに突き刺さったナイフを抜いたのも、片方が倒されても大丈夫なようにする為だったのね』

 

「多分だけど」

 

不死身ではない。

その事はこれまでの使徒が証明してきた。

そして今、自分は不死身ではないと証明するかのようにナイフを引っこ抜いた。

 

『念のため聞くけど、“それができる相手だと思う?”』

 

「…………無理かも」

 

アスカに問われ、シンジは自身の提案の無茶無謀を肯定してしまう。

イスラフェル、使徒が2体も居る現状。

アスカの動きを見ていると難しいとは言えない。

ただ、シンジが同じ事が出来るかと問われると厳しいものがあるとしか言えない。

 

『なら、どうする?』

 

「決まってるじゃないか」

 

『何をするつもりなの?』

 

今回ばかりはミサトは疑問を抱く。

シンジはいったい何を仕出かすつもりなのか?

 

「僕とアスカの2人でイスラフェルを倒します!!」

 

同時にイスラフェルのコアを破壊する。

その方がまだマシだ。

 

『そんな無茶な!!』

 

「無茶じゃ無いです」

 

ミサトは否定するが、シンジは真逆の意見だ。

アスカとなら出来る――――まるで、そう言いたげだ。

 

『正直、アタシも自信は無いわよ』

 

「大丈夫だよ。“僕達なら”」

 

アスカも不安を抱くが、シンジは何処から来るのか分からない自信を押し出してくる。

 

「僕はアスカの行動を先読みして止めたし、アスカだって僕の言いたい事を分かってたでしょ?」

 

『それは、まあ…………何と無くだけど』

 

シンジの問い掛けをアスカは否定出来ない。

本当に直感的に「こう」だと思ったからだ。

 

『まさか、それだけ?』

 

「うん。でも、僕達ならやれると思う」

 

『平行世界』でシンジとアスカが恋人になった時。

いや、それ以前の幼馴染みとしてのお互いの立場。

それによって互いの考えを読めてしまう程の間柄。

 

『この世界』では確かに違う。

けれど、シンジとアスカの間にある絆は確かなものだ。

 

「やれるよ。僕達なら」

 

『全く、そこまで言われると悪い気はしないわ』

 

シンジの言葉にアスカもまたその気になってくれた。

通信の映像からアスカの笑みが獲物を見付けた動物のように獰猛になる。

 

『良いわ。あいつらを叩き潰すわよ!!』

 

「うん!!」

 

こちらのコンビプレーを見せてやる。




如何でしたでしょうか?

すいません、今回も中途半端な終わりとなりました。

ガギエルの殲滅から日を置いていないのでシンジもアスカも十分に働き者ですね。

そういえば加持さんとゲンドウのやり取りがあったのですが、完全に忘れてましたね。
アスカの来日後に裏でやっていたという事で。

今再放送してるので、そっちで本編の復習してきます。


イスラフェルの登場ですが、アスカが本編よりも落ち着いているので背中をシンジに任せての突貫。
しかし、分裂したので1人での殲滅は叶いませんでした。

ただ、それで後退するような事態になりません。
このまま殲滅する為にイスラフェルとの戦闘に移ります。

果たしてどうなるのか?
結果は見えているかもしれませんが、次回をお待ち下さい。
恐らくはまた次回の更新も時間が空くとは思います。


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天丼!! カツ丼!! 親子丼!!!!

大変お待たせして申し訳無いです。

年末年始の仕事や自分周りの事でバタバタしていたもので。

展開は決めていたのでちょっとずつ書いていたので、何とか完成まで漕ぎ付けました。

久々の更新で何てふざけたサブタイだと思うでしょう。

この意味を知る為にも本編をどうぞ。


「うそ、でしょ?」

 

モニターの向こう側、その様子に呆気に取られた。

シンジとアスカが分裂したイスラフェルを相手に「倒してみせる!!」と豪語した。

しかも、2人なら出来ると息巻いて。

 

無理だ――――ミサトの忠告を無視して2人はあろうことかケーブルをパージする。

そして、分裂したイスラフェルへ無謀にも突撃した。

 

まだ出会ったばかりだろう2人が訓練も無しにチームによる行動が行えるわけが無い。

息が合わず、無様に敗北する様相が脳裏に過る――――のだが、

 

「まさか、ここまで“息ピッタリとは驚きよ”」

 

隣でリツコがミサトの、ひいてはこの場の面々の心情を代弁する。

そう、彼女の言うように“2人は抜群のコンビネーションを見せている。”

 

出会ってそんなに経ってないとは聞いている。

転校してきた本日を含めても3回程だと。

それがどうして、こんなにも息ピッタリのコンビネーションを披露できる?

 

「恐らく、シンジ君ね」

 

この状況に同様に驚くのはリツコもだ。

しかしながら、ミサトとは異なって既に論理的な結果に辿り着いているようだ。

 

「どういう意味?

 まさか、シンジ君がアスカに合わせてるとでも?」

 

「その逆よ。

 アスカがシンジ君に合わせているの」

 

ミサトの問いにリツコはズバリこうだと返答する。

その内容を耳にしたミサトは思わず「え?」と聞き返した。

 

それだけの奇妙な事態だ。

よもや、あの我の強いアスカがシンジに合わせていると?

 

「アスカなら『アタシに合わせなさい!!』位は言いそうなのに」

 

「それは同感するけれど、紛れもない事実よ」

 

ミサトの想像はリツコとしても頷ける点が多過ぎた。

けれど、現実はアスカの方が合わせている形となっている。

 

「私達には分からない“何か”があの2人の間にはあるのね」

 

「何か、か」

 

確かに通信を聞く限りでは2人にしか分からないやり取りをしている。

言っている意味が分からないのだ。

あの頭脳明晰なリツコにしても意味の分からない単語が飛び交う。

 

知らない言語等ではない。

話しているのは間違い無く日本語だ。

その中身で固有名詞や造語らしきものが飛び交っている。

 

「あ〜、何だか聞き覚えのあるものもあるわね」

 

「そうなの? 一体何なの?」

 

そんな中でミサトの方が両者の間に交わされる言葉の応酬を分かっているようだ。

シンジとの共同生活があるからこそ知り得ている情報もあろう。

答えを知っているのならリツコも気になる。

一体全体、何をしているのだ?

 

「あれ、多分アニメとか漫画とか、ゲームとかの話よ。

 ほら、ちょくちょく有名な題名も言ってる」

 

聞いてみれば、確かにリツコでさえも聞き覚えのある単語が飛び出しているではないか。

あの黄色い電気ネズミやら帽子を被った配管工、青いハリネズミ、ピンクのまんまる――――等々といったリツコも知るゲームの単語も飛び出る。

 

その中の、一部の状況をトレースしている。

より具体的なイメージ及び超級の操作技術――――それらが組み合わさる事により、シンジとアスカは共に組んで戦える。

また、事前に情報の受け渡しがあるおかげで意思疎通を短く出来る。

 

ただしそれは、互いの情報を共通認識している事が前提となる。

 

いやはや、こんな前提だと言いたくもない。

だが、その方が説明としてもしっくりくる。

 

両者の趣味嗜好が反映された結果だ。

イスラフェルには悪いが、このまま人類側に押し切ってもらう。

 

ここNERVの最重要地点は、同時に最後の砦となっている。

ここを破られるのは大きな意味でのゲームオーバー。

リスタートやロードが出来ない一発勝負。

 

そんなアニメやゲームの知識のみで悠々と倒せる相手ではないと声を大にしたい。

しかしながら、イスラフェルと互角に戦えている現状を見ると何も言えなくなる。

 

「この戦い、鍵を握るのはアスカね」

 

「アスカが?」

 

アスカこそがキーパーソンだと語るリツコ。

どうしてかとミサトが訊ねると、モニターを注視しながらリツコは口を開く。

 

「さっきの、アスカがシンジ君に動きを合わせているのが理由よ」

 

「確かにそうは言ってたけど、どうして?」

 

「単純よ、エヴァの操縦における練度の差が勝敗を分けるわ」

 

ぽっと出のシンジよりも、これまで訓練を積んできたアスカの方に一日の長があるのは事実。

エヴァとのシンクロ率は大事な要素ではあるが、かといって通常の操縦を疎かにして良い理由にはならない。

 

これまでのシンジの操縦技術はシンクロ率によって補われてきた。

初号機の動きが良かったのは、そういう絡繰りがある。

もしも、そこに操縦技術が上乗せされればエヴァは更に“強くなれる。”

その領域へ到れるかは時間が掛かるし、何よりもシンジの努力次第だ。

 

何故「シンクロ率」と「操作技術」を別にしているのか?

車で例えるなら前者は「融通が利かない自動運転」で、後者は「融通が利く人の運転」だ。

 

目的地までの道のりを設定した以上は動かない。

もし、道が混雑していても他のルートを使って要領良くやろうとはしない。

しかし、目的をきちんと遂行する。

 

一方、人が運転するのであれば要領良くやろうと脇道に逸れて辿り着こうとする。

しかし、確実性があるとは言えない。

何せ途中で止めて帰る可能性だってあるし、脇道から行くのが失敗かもしれないのだから。

 

「アスカが鍵になるのは良く分かったわ。

 けれど、アスカがシンジ君に合わせている以上は“これ以上のパフォーマンスは望めない”」

 

アスカがシンジに合わせる事にミサトは構わなかった。

それ以上に危惧すべき部分は他ならないイスラフェルとの戦闘にある。

 

確かにコンビネーションは抜群だし、言うことはない。

確かに使徒を圧倒するのもさすがだ、言うことはない。

 

けれども明らかに決定打が不足している、これでは勝てない。

 

「それは百も承知している筈よ。

 だからこそ、アスカはシンジ君に託したの」

 

「シンジ君に託す?」

 

冒頭、2人の動きの良さにリツコが「恐らくシンジ君ね」と告げた事に関係していそうだ。

 

「ミサト、今回の一件で何かサポート出来ると思う?」

 

「…………ちょっち、難しいかも」

 

リツコに聞かれ、ミサトはしばしの思案の後に「NO」と返した。

2人からはイスラフェルに対する見解を聞かれていたので自分ならどうするのが良いのか考えた。

今回の使徒の特徴から、これならいけるのではないかという考えだけは伝えている。

しかし、これには結局は"2人の問題もあるのだから。"

先程も言っていた操縦に関するもの。

 

他のサポート態勢としては戦自に頼む等の選択肢は確かにある。

協力要請を断る事はない確信もあった。

 

ただ、事ここに至っては足手まといになり得る。

 

イスラフェルの攻略には同時に殲滅するという方法を必要とする。

使徒の特徴から戦自とエヴァとで連携を取るのは難しい。

 

密に計画を練ればとも考えられなくもないが、そもそもエヴァと戦自の兵器とでは性能が根本的に異なる。

前回のガギエル、それ以前だとラミエルやシャムシエルでは戦自等のエヴァとは異なる兵器を利用させて貰った。

 

確かにこれらのおかげで何とか使徒を殲滅してきた。

いずれもエヴァをサポートする形態を取った。

 

今回、必要となるのは連携である部分は間違い無い。

ただし、これまでとの違いは“互いの能力を理解し合う程の同レベルの強さを必要とする。”

 

「戦自の兵器ではエヴァの助けにはならない」

 

使徒との戦いを想定された兵器であるエヴァであるからイスラフェルとも、他の使徒とも渡り合えている。

戦自の兵器とではそもそもの土台が違う。

 

仮にサポートに回ったとして、イスラフェルの足止めが任務となる。

陽電子砲(ポジトロン・スナイパー・ライフル)以外で使徒に致命傷を与えられるものはない。

それはエヴァ用にチューンナップして初めて使えるようになる。

切り札たりえるN2兵器はどうだろうか?

言うまでもなく、エヴァを巻き込む以上は論外だ。

 

となると、陽動するにしても戦闘機となるのだが――――言っては悪いが、それで使徒を止められるとは残念ながら思えない。

結論、足手まとい以外の何物でもなくなる。

 

「だから、エヴァに頼るしかない。

 零号機は脚部を修理中よ。

 となると、初号機と弐号機以外にエヴァの機体はない」

 

「アスカは操縦技術に問題はない。

 シンジ君は逆。

 操縦技術の方に問題がある」

 

「アスカレベルにまで追い付くのは不可能なのは承知しているわ。

 一時的でも良いから、最低限はイスラフェルを“圧倒できるだけの操縦技術を身に付ける必要があるわ”」

 

「そう都合良くいくの?」

 

「まあ、無理でしょうね」

 

言っておいてなんだがと、リツコはバッサリと切って捨てた。

これでは前提から覆ってしまう。

ミサトも同意見だが、ならば如何様にするのか?

リツコは「けれども」とすかさずに続けた。

 

「イスラフェル相手に2人が上手く立ち回れてるわ。

 これは、先程からある掛け合いが理由ね」

 

アスカとでは操縦技術に劣るシンジ。

しかし、イスラフェル相手に上手く戦えている。

その理由が先程からの掛け合いにあるのだとしたら――――

 

「今この瞬間だけでもイスラフェルを“圧倒できれば良い。”

 それが、例え操縦レベルが“低かったとしても”」

 

イスラフェルに特化した動き。

それを確立出来たとしたら、問題はない筈だ。

 

「シンジ君の方から自分が出来そうな動きを伝えているのは、アスカが“合わせられる限界レベルを探る為ね”」

 

ミサトもようやく気付いた。

いきなりアスカのレベルは無理だ。

ならばシンジに合わせる形で、アスカが最大限にパフォーマンスを発揮できる形を取りたい。

 

足の速い人と足の遅い人の二人三脚みたいなものだ。

1人が突っ走っても、互いに足を取られて転ぶだけ。

息を合わせる事こそが、速く走る秘訣となる。

 

「シンジ君の操縦技術の限界にアスカが“どのレベルまで合わせれば良いのか”」

 

「だから、アスカが鍵を握るのね」

 

シンジをサポートする面も増えてくる。

負担は必然的にアスカへ寄る。

それだけではイスラフェルには勝てない。

 

故に、シンジが探り探りでアスカに何処まで合わせられるか。

 

「今回は見守るしかない、か」

 

シンジとアスカが共にどこまで動けるのかは2人で決める事だ。

下手に作戦を組み込もうとして、2人の決めた事の足を引っ張る可能性は大いに高い。

 

「歯痒いけれど、信じましょう」

 

ミサトの発言はリツコも痛い程に理解している。

歯痒さは確かにある。

それを噛み締め、モニターの2人から目を離さない。

 

最後に加えた一言はミサトを落ち着かせる一面を含むと同時、自分自身に言い聞かせる一面もあった。

 

「ええ、その通りね」

 

彼女の発言の意図をミサトも呑み込む。

画面の向こうで必死に戦う2人を信じるより他にない。

 

「2人を信じましょう」

 

イスラフェルの殲滅を祈る。

無論、命懸けで二人三脚をする2人の無事を第一として――――だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全速前進!!」

 

『OK。悪くない反応よ!!』

 

シンジの指示にアスカは頷くと同時に前へ踊り出た。

その真正面にはイスラフェルが2体立っている。

 

イスラフェルは既にこちらへ攻撃の体勢を整えていた。

目が赤く光る。

恐らくはこちらへ光線を放つつもりなのだろう。

本当にギリギリのタイミングに離れるのではなくて急接近する選択肢を取る。

 

自殺行為にも思えるが、向こうの照準を合わせて解き放つタイミングもこれまでのやり取りで掴んだ。

アスカのアシストとオペレーターの解析のおかげなのは言うまでもない。

 

身体の中でリズムを刻み、シンジは前へ出る事で照準を外す。

光線を放った直後に硬直が生まれる事も解析済みだ。

この状況で一番のセーフティポイントは間違いなくイスラフェルの懐となる。

 

問題はそのタイミングだが、シンジの指示はアスカにとってもバッチリであった。

そして、大きな収穫はこういった動きを"シンジが可能とした事だ。"

 

でも、これだけでは終わらない。

これで終わってはイスラフェルに勝つのも、"これから先の使徒に勝利をするのだって難しい。"

 

「エヴァ連弾!!」

 

『付いて来なさいよ!!』

 

シンジが次の行動を飛ばす。

それにアスカがいの一番に動く。

やはり、操縦に関しては彼女が一番だ。

 

弐号機を両手を地面に付けて低姿勢からイスラフェルの片方を上空へ向けて蹴り上げる。

遅れてシンジが初号機を同様に動かした。

弐号機と同様の動きを片方のイスラフェルへ行う。

 

2体のイスラフェルが宙へ蹴飛ばされる。

それだけで終われるものかと、シンジとアスカはイスラフェルを追い掛けるように真上へ跳躍した。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

『はあああああああああああっ!!』

 

イスラフェルの真下へ。

身体を捻りながらの脇腹へ蹴り込む。

その一発だけでは終わらない。

捻らせた勢いのままに更に身体を回転させ、もう片方の足での蹴りをぶち込む。

これを両機共に同時に行っていた。

 

その蹴りはさしものイスラフェルにも予想外のものだっただろう。

コアが無事なので殲滅とまではいかない事は分かっている。

だが、こちらが攻撃のリズムを掴む事には成功した。

 

「アスカ!! ぶつけるよ!!」

 

『了解!!』

 

二度目の蹴りで動きを鈍らせたイスラフェルの腕を掴む。

弐号機も同様にしている。

反撃が行われる前に初号機と弐号機はお互いの位置を確認し合って――――イスラフェルを同時に投げ合った。

 

2体のイスラフェルがぶつかり合うようにお互いにぶつけ合う。

向こうにとっても予想の範疇を超えた行動。

イスラフェルは空中で身動きが取れない状態が続く。

 

それはエヴァも同じ筈であった。

 

「アスカ!! 足場!!」

 

『全く、ガギエルとの戦いが活かされるなんてね』

 

エヴァは2機とも"空中を闊歩し、イスラフェルの上を取っていた。"

これには予想外であろう。

 

前回、ガギエルとの戦いでアスカはシンジのアドバイスでATフィールドを足場として発動させた。

その時の経験が活きてくるとは。

確かにこの戦法は今後の戦闘でも大きな助けになる筈だ。

 

『行くわよ!!』

 

「うん!!」

 

今度はアスカが指示を飛ばす番だ。

攻撃を確実に当てるべく、彼女が先頭に立ってイスラフェルめがけて落下していく。

ATフィールドを足場としての落下、そこを蹴っているのだから勢いは当然のようにある。

 

このままなら押し切れる。

イスラフェルのATフィールドは解析の結果、これまでの使徒と比較しても弱いものである事が判明している。

こちらの単純な蹴りがATフィールドで防がれなかったのは、単純に防ぐ事が困難であるからと推察が可能だ。

 

恐らくはその辺りのリソースもこの分裂に割かれているのだろう。

厄介な事この上ないが、こういったデメリットはやはり各使徒にあるものだと察せられる。

 

この一撃で終わりにする。

 

 

 

 

 

直後、イスラフェルは1体に戻った。

 

 

 

 

 

わざわざ分裂を止めてまでこちらの攻撃に備えるメリットが分からない。

何をするつもりなのかと思えば、目から赤い光が見えた。

光線を放つつもりなのだろうが、既にこちらはタイミングを掴んでいる――――

 

『避けて!!』

 

エントリープラグ内にオペーターのマヤの声が反響した。

その叫びにシンジもアスカも即座に動いた。

 

「アスカ!! 足!!」

 

『なるほど!!』

 

互いに身体を横へ向けて両足を互いに向け、同時に真横へ跳躍する。

その一瞬のタイムラグの後にイスラフェルの光線が先程までエヴァが居た位置を通過した。

 

「危なかった」

 

『シンジの機転で助かったわ。あとマヤさんもありがとう』

 

『いえいえ』

 

両機共に無事に地面へ、より正確には浅い海面に着地した。

シンジの機転にアスカが礼を述べる。

 

「いや、アスカが僕の意図を汲み取ってくれたからだよ」

 

『何だかんだ、アンタの思考が分かってきたみたいね。

 それより、イスラフェルの光線のテンポが速くなってたの?』

 

『エネルギーの収束具合が早かったから、そうではないかと推測したの』

 

アスカは先程のイスラフェルの光線のテンポが速くなった事の疑問を持つ。

それを見抜いたマヤ及びオペレーターの観察眼は凄まじいものがある。

 

『分裂しなければ技の威力が上がって、出も速くなるな』

 

『分裂のメリットは手数が増えるのと、殲滅するのも難しいとかかな』

 

青葉と日向がイスラフェルの状態における特徴を口頭で伝える。

どちらにもメリットデメリットはある。

けれども、こちらが倒そうとすると分裂するのだから結果的に分裂する事は免れない。

なので、分裂を前提で考えるのは良さそうだ。

 

「あのさ、イスラフェルが降りてこないんだけど?」

 

『これは、飛行能力!!』

 

シンジがそういえばと真上を見る。

通信機の向こうで日向が驚きの声を上げている。

確かにイスラフェルは上空で待機しているではないか。

 

「あれはふゆうを持ってるね」

 

『元ネタは聞かないでおくわ』

 

そんな呑気な事を言っている場合ではない。

イスラフェルはこちらへ照準を合わせていた。

 

『来るわよ!!』

 

アスカの言葉と共に初号機を後ろへ跳ばせる。

そこまで高い位置に居る訳では無い。

しかし、こちらからの反撃は難しい。

それに遠距離の利は向こうにある。

なので、今回自分は囮として役割を果たせば良い。

 

『悪いけど、また分裂して貰うわ!!』

 

弐号機を走らせ、海面へ手を伸ばす。

腕を上げるとそこには最初に使ったプラグナイフを拾い上げた。

それをイスラフェルめがけて投擲する。

 

投擲されたプラグナイフは一切のブレも見せずにイスラフェルへ突っ込んでいく。

初号機に気を取られ、イスラフェルは無防備に背中を晒していた。

なので、投擲したナイフは吸い込まれるように突き刺さる。

 

位置的にもコアは近い筈だ。

あとは押し込めば良いのだが――――アスカが発した言葉通りの事が起こる。

 

イスラフェルは分裂したのだ。

その際にプラグナイフは落下する。

 

『ととっ!!』

 

プラグナイフを弐号機は反射的にキャッチし、上空で分裂したイスラフェルを見やる。

こちらも油断は見せない。

向こうも浮遊しているが、恐らくは長くは保てない。

 

『来る!!』

 

シンジの予想も的中した。

観測していた青葉が即座に発した。

イスラフェルが初号機のみを標的にして飛んでいく。

 

『やはり、長くは浮遊出来なさそうね』

 

これはガギエルの時も同様であった。

あの巨体で浮遊と海中を行ったり来たりしていれば、こちらも翻弄されていただろう。

だが、移動も海中を用いていた事から浮遊し続けるには限界があるのではと推測。

 

シャムシエルやラミエルも浮遊を続けていたが、基本的には地面スレスレの低空飛行だ。

その上で様々な特徴を持っていた。

となると、浮遊を続けるのだとしたら“予めそういう特徴を持っていないといけない可能性は高い。”

 

まだサンプルも少なく、確定させるには難しい。

検討の余地はある――――

 

「そんな考察は後回し!!」

 

こういうのはリツコの専門分野。

今は自分の事に集中すべきだ。

イスラフェルは2体とも、初号機を狙いに来ているのだから。

 

だが、忘れて貰っては困る。

 

『アタシも居るのよ!!』

 

片方のイスラフェルを背中から思いっきり蹴り付ける。

プラグナイフによる斬撃で分身が更に増えないとも限らない。

それ故に打撃系を選択する。

 

シンジの視点からは見えていた事柄なので、アスカが蹴り飛ばす瞬間に初号機を屈ませる。

次の瞬間には初号機の真上をイスラフェルが通過する。

残った片方のイスラフェルが一瞬だが、弐号機に意識が向いたように見えた。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

雄叫びと共に初号機を無理な体勢から疾駆させる。

全力で駆けつつの、頭突きをお見舞いしてやる。

 

初号機には額部に鋭い角がある。

これはあくまで装甲であるので、金属製である。

しかも使徒と戦う為に造られた特別製ともなれば、その硬度が如何程のものかが不明なままだ。

最低でもダイヤモンド、恐らくはそれ以上の硬度の鉄柱を突かれるようなものだ。

 

イスラフェルも初号機の頭突きを諸に喰らうのを拒むつもりだ。

証拠にイスラフェルは自身と初号機との間にATフィールドを展開する。

一瞬、ほんの一瞬だけ初号機の勢いは止められる。

 

「けど!!」

 

押し切れない訳では無い。

イスラフェルのATフィールドはこれまでの使徒よりも脆い。

ATフィールドはより強い力で押し切る事が可能だ。

初号機の自力は分裂したイスラフェルよりも強い。

なので、無理な体勢からでも押し切る事が出来た。

 

更に、その上でATフィールドによる中和を行う。

シンジも慣れたもので、あっさりと壁を突破する。

 

しかし、イスラフェル相手に一瞬の時間で十分だったらしい。

初号機の頭突きがイスラフェルに当たると同時に後ろへ跳ぶ。

直撃は免れ、ダメージを最小限に抑える。

 

「くそっ」

 

『一筋縄でいかないのは分かってたでしょ』

 

千載一遇の好機を逃したシンジは知らずに内心で舌打ちをしていた。

それを口に出す彼をアスカは窘める。

元より、容易く勝てる相手ではないのだから。

 

『それより、シンジも意外とエヴァの操縦が出来てるじゃないの』

 

「まだまだアスカには及ばないどね」

 

ここまでもアスカのサポートありきでの動きもある。

彼女から教わったもの、彼女の指示、そしてアスカを超えるシンクロ率があるからこそ成し得ている。

事実、今の突撃がアスカであればシンクロ率が劣っていたとしてももっとスマートに、より確実に接近してダメージを与えられたに違いなかった。

 

『当然。年季が違うもの。

 けど、ATフィールドの使い方の発想にはシンジに負けるわ。

 おかげでアタシも使徒と真正面から戦えてる』

 

操縦技術はアスカの方が圧倒的に上だろう。

しかし、実戦経験はシンジの方が上だ。

互いが互いの不足を補い合っている。

それでも足りない部分は、NERVの面々がカバーしてくれている。

 

『これで勝てないっていう方が難しいわよね』

 

「それは同意見」

 

皆の協力があるからこそ、戦えている。

決して二人三脚ではない。

単語としては正しくないだろうが、あえて言うならば「二人多脚」といったところか。

 

『それより、ごめんねシンジ。イスラフェルを分裂させるしか思いつかなかったの』

 

「謝らないで。助けられたんだから、お礼を言わせて」

 

感覚で分かる。

あのままだとイスラフェルに捕まって、自分は倒されていた可能性は十二分にある。

分裂されてでも初号機を助ける事を選択した。

結果的にイスラフェルの有利を生んでしまったが、シンジは助けられた。

シンジからしてみればアスカのおかげで助けられたのだ。

礼を述べる以外に何を口にすれば良いのか?

 

それにだ。

イスラフェルが分裂した事によって"殲滅する為の下準備が出来たと言える。"

 

『さて、そろそろエヴァの稼働時間も限界が近いけれど……いけそうかしら?』

 

「うん。いけるよ」

 

アスカの問いにシンジは肯定の意を以て返した。

それを受けたアスカは「OKよ」と満足そうにしている。

 

『ミサト。決着を付けるわ』

 

『いけるの?』

 

『シンジがいけるって言ってるのよ。

 "できるに決まってるじゃない"』

 

随分とプレッシャーの掛かる事で。

けれど、シンジは気負ってはいない。

画面越しの頷く。

 

『なら、こっちから言う事は無いわ。やっちゃいなさい!!』

 

「了解!!」

 

『もちろんよ!!』

 

シンジもアスカも答え方は違ったが、意気込みの大きさは同じだ。

瞬間、シンジとアスカは先程の意趣返しとばかりに1体のイスラフェルへと向かっていく。

 

イスラフェルもこちらの動きに反応を示す。

光線を放とうとする。

だが、何度も見せられたが故にパターンは読めている。

 

『ワンパターンなのよ!!』

 

アスカが跳躍と同時にイスラフェルの手前で着地する。

光線が放たれる直前のものであり、海面が大きく水飛沫を上げる。

視界を一時的ながら封じられる。

 

それはエヴァも同じなのだが、残念な事にこちらに不都合は生じなかった。

何せ、この手法は最初から予想されていたことだからだ。

 

既に初号機は水飛沫から大きく迂回する形で走らせている。

イスラフェルの背後をきっちり取る事に成功した。

 

「取った!!」

 

イスラフェルを後ろから羽交い絞めにする。

人型をしているので取れる戦法である。

 

「もう1体のイスラフェルの位置を!!」

 

『シンジ君、少し上へ持ち上げて』

 

「了解!!」

 

これはアスカではなくて日向からの指示だ。

シンジの発言から意図を察し、どうするべきなのかを的確に指示を出す。

イスラフェルの光線の発射は止める事が出来ない。

だから、そのまま同士討ちも同然の攻撃をしてしまえば良い。

コアによる損傷を同時に行わなければ、イスラフェルは不死身みたいなものだが、コアの損傷を受けた側の復活には多少の時間を要するだろう。

 

結論から言おう。

見事にイスラフェルの光線はもう片方へ命中。

そして、復活するのに多少なりとも隙を作っている。

 

『これで条件は整ったわね』

 

「うん」

 

アスカの言葉を受け、シンジはエヴァの筋力に物を言わせてイスラフェルをスイングする。

投げ飛ばした先はもう片方のイスラフェルのところ。

これで1体に戻ろうと構わないが、片方のコアの修復が済んでいないからか分裂したままだ。

 

これこそ、ミサトが2人に聞かれて思い付いた今回のイスラフェルを討つ為の戦法。

"あえて分裂させて、その特徴を利用させて貰う。"

 

どちらもスペックは同じ個体だ。

できる事も同様と見て良い。

その中でも光線は使えると考えていた。

どちらかを一時的にでも引き離し、2体で攻める。

その際、一塊になって光線を撃つ選択肢を作らせる速度で詰める。

殆ど賭けの要素もあり、この状態を引き出すのも時間を要した。

何度か同様のシチュエーションを呼んだものの、光線を毎回放つ事は無かった。

今回、ようやく引き当てた。

 

威力もエヴァを葬るつもりなら申し分ない事はサキエルの頃から実証済み。

コアを損傷させられずとも、身動きさえ封じられれば良かったが一番の結果を引けたのも運が良い。

これは粘り勝ちもあるだろう。

次にコアの損傷で身動きが取れない個体へ無事な方を送り付ける。

 

そこへこちらが猛スピードで挟み込むように詰め寄り、逃げ場を封じ込める。

少し斜めに位置取り、後方への退避しか選択肢を与えない。

必然、イスラフェルはその場へ釘付けにされる。

 

「いくよ、アスカ!!」

 

『分かってるわ』

 

そこへ、必殺の一撃を叩き込む。

その名も――――

 

「『エヴァダブルキック!!』」

 

要は同時に蹴りを打ち込む技。

口で言うのは易し。

けれども実行するにはコンマの猶予も無い。

だから、この事態の為に予め合言葉をいくつか決めていた。

某有名漫画の原作には無かったアニメオリジナルシーンのもの。

それらは――――

 

 

 

「『天丼!!』」

 

 

 

互いに走り、イスラフェルへ迫る。

 

まだ相方は行動できずにおり、どちらを攻めるべきか迷っている。

 

 

 

「『カツ丼!!』」

 

 

 

直前で跳び上がり、一回転。

 

ATフィールドを張って守る選択を取ろうとする。

 

 

 

「『親子……』」

 

 

ATフィールドを足へと集中させる。

 

両側へATフィールドを張って――――

 

 

 

「『ドン!!!!』」

 

 

 

イスラフェルのATフィールドを中和させて、攻撃を貫通させる。

寸分の狂い無く、見事にコアに渾身のキックを決めた。

 

 

 

エヴァの渾身の一撃を受けた2体のイスラフェルはそのまま海面を滑っていく。

その過程、イスラフェルは1体へ戻る。

時すでに遅し、コアは完全に損傷していた。

 

 

 

直後、使徒は光の柱となって爆破する。

 

既に見慣れた光景となったその光は使徒が完全に消滅した証明であった。

つまり…………

 

『殲滅、成功ね』

 

「うん。そうだね」

 

初号機も弐号機も充電を使い切り、物言わぬ状態となって座っていた。

あとは救助されるのを待つだけだ。

 

『あ~あ。せっかくカッコよく決めたかったのに、締まらないんだから』

 

「まあ、仕方ないよ」

 

アスカは不満げだが、シンジはいつもの事なので気にした様子はない。

しかし、アスカのは言葉だけなのが分かる。

モニター越しに映る彼女の顔は晴れやかだったからだ。

 

何だかんだと日本でのデビュー戦は殲滅からスタートを切れたのだから良い方だろう。

 

『む? 何を笑ってるのよ?』

 

「え? 笑ってた?」

 

『そうよ!! アタシを見て笑ってたでしょ?』

 

「いや、そんな事は無いよ。ただ、何だかんだでイスラフェルを倒せたから嬉しそうだなと思って」

 

『こんなもので満足できる訳が無いわ。

 今度はもっと余裕で倒してやるんだから。

 その為にもシンジは操縦が上手く出来ないとね。

 みっちりしごいてあげるわ』

 

「藪蛇だった!?」

 

アスカのスパルタ教室が開校されるらしい。

それに恐怖を覚えるシンジ。

このやり取りを見守る面々は微笑ましく眺めている。

 

その中で1人、アスカの発言の内容を別角度から見る者が居た。

 

『1人でやるとは言わなくなったな』

 

彼女の事を知る加持が実は陰でこの状況を管制室で見ていた。

それはアスカの成長と言って良いものだろう。

嬉しく思いながらその場を離れる。

彼が溢した言葉は実は機械が拾っていたのだが、誰も気付けなかった。




如何でしたでしょうか?

サブタイはトドメの為の合言葉でした。

一体、元ネタは何ゴンボールなんだ?

色々とサブタイを付けられそうな単語があったのに、シリアスがぶち壊しだよ。


イスラフェルの殲滅も、原作展開も考えました。
ですが、せっかくなら分裂をしている状態で倒したかったのもあったので。
そこで分裂状態を逆手に取るという手法を取ってみました。
上手くいっていると思って頂けると幸いです。


さて、今回は少しばかり駆け足気味の展開になってすいません。
加持さんは後方彼氏面みたいに隅っこで腕組んでました(笑)
出すタイミングが思いつかなかったので、このような形にすまん。

今回は雑なものも少し多かったと思いますが平にご容赦を。

次回も時間が空くと思います。
その時は申し訳ないです。

では次回に。


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親方ァッ!! 空から胸の大きい良い女が!!

大変お待たせしました。

急用でこちらの事情で用意出来ずに申し訳無いです。
更新も普段とは時間が少しズレてます。

さて、サブタイの通りのキャラの登場です。

では続きをどうぞ。


イスラフェル殲滅から数日が経った。

現状、シンジもアスカも大きな怪我はない。

使徒も出現しない平和な日々が続いた。

 

しかしながら、変化はあった。

まずアスカがシンジと同様に葛城家に居候する事となった。

パイロット同士の親睦を深める事かつ、メンタルケアをミサトに押し付け――もとい、一任した。

 

更にこれが一番と言って良い変化。

アスカがシンジの特訓をし始めた事だ。

 

きっと、アスカを知る面々からしたら鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする話だろう。

言葉を飾らないなら彼女には自己中な部分がある。

 

特にエヴァに対しての執着は並々ならない。

そんな彼女がどうしてシンジの指南役を買って出たのか?

 

アスカを知る面々からは様々な妄想話を繰り広げる。

とは言え、その面子も限られてくる。

以前までのアスカを良く知る面子と言えばミサト、リツコ、加持位なものだ。

 

その面々の中でミサトは共に暮らしている事もあり、相談を兼ねてリツコへ良く話題を振る。

加持は――――恐らく居ても現状のミサトでは話もしないだろう。

結果、ミサトの話し相手はリツコのみに絞られる。

 

「きっと、恋してるのよ」

 

「根拠はあるのかしら?」

 

今日も今日とて、ミサトは「アスカの変化」を話題とする。

NERVにある休憩スペース。

丸テーブルを挟んでミサトとリツコは各々飲み物片手に座っていた。

両者共にコーヒーを嗜む。

 

休憩の間にも業務とあまり変わらない話題が出ていた。

前回の使徒の特異性について議題にしていた――――筈であった。

なのに気付けばシンジとアスカを中心とした話となり、やがて話題はアスカのみとなった。

 

「ええ、アスカは何だかんだ言ってシンジ君を信頼しているわ」

 

「それは見ていれば分かるわ。でも、意外だと思うのは頷ける事ね」

 

言葉にすれば何てことない内容だろう。

ただし、他人を信じて使徒と戦う等という事は今まであっただろうか?

正直、アスカの"尋常ならざる人生を知っている。"

 

言葉を飾らずに言わせて貰えば、自己承認欲求の塊みたいなものだ。

あの年頃ならば何も不思議に思わない。

ましてやアスカはドイツ支部のNERV内でもエヴァのパイロットの資質を大きく買われている。

アスカの存在意義を証明する手っ取り早い方法がエヴァだっただけだ。

 

同じパイロットであるシンジの事をライバル視しているのなら話は早い。

実際、リツコが裏で彼と彼女を引き合わせた際にはライバル視していた。

ただ、エレベーターの事故で閉じ込められた時に随分と仲良くなっていた。

その時に心境の変化でもあったのだろう。

詳細まではさすがに覗き見するつもりはない。

2人にはプライベートがあるのだから。

 

この話は誰にもしない。

ドイツに密かに連れて行った事が明るみに出るのも避けたい。

何より、ミサトに教えでもすれば「見ましょ!!」と酒の肴にしかねない。

2人の為にも黙っておこう。

 

「む? リツコ、何か知ってる?」

 

「ちょっとね。何かあったらしい事は聞いたわ」

 

「何で同居人の私が知らないのに、リツコが知ってるのよ」

 

「パイロットのメンタルケアの一貫で教えて貰ったのよ」

 

こういう時、勘の鋭すぎる友人を持つ事にゾッとする。

嘘とまではいかない、真実を織り交ぜて伝える。

とはいえ、ミサトは未だに「本当かしら?」と呟いてリツコを見つめる。

 

「一緒に住んでるからこそ言えない事はあるわ。

 母親だからと言って、何でも言える訳じゃないのだからね」

 

「結婚もまだなのに既に母親みたいな扱い……」

 

シンジとアスカの中学生2人。

年齢としては若いかもしれないが、いつの間にか二児の母のようなポジションに着いてしまった。

 

「まあ、シンジ君には家事をして貰ってるし、アスカも手伝ってるみたいだから何も言えないのよね」

 

「中学生に家事で負けちゃ駄目でしょ」

 

とっくに成人している1人暮らしの女性の発言とは思えない。

しかし、シンジの主夫っぷりを見たら任せたくなってしまう。

料理も下手をするとNERV内でも指折り数える程の実力を持ってしまっている。

戦自からもお菓子の催促が遠回しにある位だ。

 

父親のゲンドウが突き放している間にとんでもないスキルを身に着けてしまっていた。

一体彼に何が起きたのだろうか?

 

「ほら、NERVは激務だから家事なんてしてる暇が無いのよ」

 

「分かってるから明後日の方向を見るのは止めなさい」

 

おまけに乾いた笑いまでする。

ミサトの言葉は正しく、しかも彼女は最近昇進した身だ。

それは仕事は増える訳だし、何よりもシンジとアスカを守る為にも必死になる。

そういう考えは彼女が否定したいだろう母親役が板に付いているとも言える。

 

「それで話は戻るけど、アスカはシンジ君を少なくとも意識してると思うの」

 

「色々な意味ででしょうね」

 

ライバル視しているのは間違い無い。

しかし、今までとは恐らく塩梅が異なる。

 

自分が一番でなくてはならないと思う心はそのままだ。

他人に教える事をしてこなかった彼女がシンジに教えを説いている。

 

蹴落とす事も視野に入れそうなものを、アスカは逆にシンジに手を差し伸べる。

同じレベルまで引き上げ、それでも自分が上だと証明する。

言うなればスポーツマンシップに則って正々堂々と戦う姿勢を見せる。

 

「同い年でアスカと張り合ってくれる相手も居なかったしね」

 

彼女がパイロット訓練の片手間に学校へ通っていた時期もあった。

当初は学業で劣っていたが、たゆまぬ努力の末に学年一位となった。

しかし、誰もその後にアスカと張り合おうとする猛者は現れなかった。

 

彼女の秀でた才覚が故と判断し、誰も彼女の努力を見てこなかった。

そこで諦め、アスカにとっても張り合いのない日々が続く。

そこへ一石を投じたのは他でもないシンジだった。

 

「加持君の事を好きと言ってるけれど?」

 

「そんなの近しい男があいつしか居なかったからよ。

 どちらかというと、褒めて欲しいって言うのがあるのかもね」

 

言いたくはないが、加持はパイロットの精神を安定させる言葉を選ぶ。

パイロットが居なくてはエヴァは動かないし、使徒とは戦えない。

悪い言い方をするならビジネスでアスカの近くに居る。

 

「けど、シンジ君は“求めなくても欲しいものを与えてる”」

 

シンジはアスカを認めている。

恐らくは素で彼女を褒めちぎる。

自身の弱味を隠す素振りも見せやしない。

 

だからこそだと思う。

アスカがシンジの事を特別視しているのは。

 

「話だけ聞くと天然たらしね」

 

「人をたらすのが得意技なのよ」

 

この場に居ないからと好き勝手言う。

嫌悪からの言葉ではなく、彼を称賛する意味で使わっているので複雑な気持ちになりそうだ。

 

「多分だけど、アスカも本能的に理解していると思うわ。

 その内にシンジ君に積極的にアプローチを――――」

 

「全く、何を話してるのかと思えば」

 

ミサトとリツコの会談に割り込むのは件の人物だった。

アスカは呆れながら姿を見せたのだ。

 

「あらアスカ。お疲れ様」

 

「お疲れ。というより何で良い大人が修学旅行の学生みたいなノリでコイバナしてるの?

 しかもアタシの話だし」

 

「この歳になると中高生のコイバナの方が盛り上がるものなのよ」

 

「本当かしらね。アタシの事を話の肴にでもしてたんじゃない?」

 

ジト目で見てくるアスカを無視してコーヒーの入ったコップを啜る。

確信犯なのは何となく分かったが、問い詰めるのもバカバカしい。

 

「言っとくけど、アタシはシンジに恋愛感情は無いわ。

 確かに話は合うかもだけど、アタシの好み加持さんみたいな頼れる大人なの」

 

「そういう事にしておいてあげる。

 人間いつ心変わりするのか分からないからね。恋愛の先輩からの助言よ」

 

「心に留めておくわ」

 

ミサトの言葉に普段までならもっと突っかかるところだっただろう。

だが、こうした対応をするようになったのは目を見張る。

シンジと邂逅してからというもの、彼女の精神的成長は凄まじい。

 

「ところでアスカ、ここへは何しに来たの?」

 

「ええ、シンジが帰りは遅くなるからミサトと買い物だけして先に帰ってて欲しいって」

 

言伝はシンジからのもの。

買い物というのは夕飯の材料、日用品だ。

手で持って帰るには量が多いのでミサトをタクシー代わりに使う必要があるので声掛けに来たのだ。

 

「わざわざ来なくても連絡してくれれば」

 

「入れといたわよ。だけど返信が無かったから直接来たの。

 仕事が立て込んでスマホも確認できないと思ったから」

 

言われてスマホを見ると、確かにメッセージが届いていた。

開いていないものに既読の文字も付かないので多忙なのは把握できていたのだろう。

 

「シンジ君が遅くなるって話だけど、何処に居るの?」

 

「学校よ。この前学力テストがあったけど、シンジだけ受けてないから今受けてるの」

 

「あ~、そういえばそんなのあったわね」

 

ここ最近の使徒ラッシュとエヴァの訓練に忙殺されて本業を疎かになっていた。

本来、NERVの預かりなので学業などで必須のテスト関連は免除されているのだが、シンジは馬鹿正直に受けている。

彼なりに将来を見据えての行動だろう。

 

ちなみにアスカも、綾波も既に受けて終わらせている。

 

「シンジ君、成績は悪くないんだけど、どうしても歴史は苦手みたいなのよね」

 

「時々訳の分からない事まで言い出すしね」

 

「人には得意不得意はあるもの。シンジ君にも苦手なものがあるのは少年らしくて良い事よ」

 

ボロを出さないか不安になるリツコが話題を無理矢理に断ち切る。

シンジが歴史を苦手とするのは『平行世界』の知識が邪魔している事が発端だ。

あちらとの歴史の内容は異なる部分が多い。

 

どうしてリツコの方が気を回す事となるのか?

いっそのこと本当の事を話すべきだと思う。

 

(そうもいかないのがもどかしいわね)

 

こういう事は知る人が少なければ少ないだけ良い。

シンジもリツコだからこそ腹を割って話した。

理由は人体実験などのろくでもない理由から身を守る為だ。

 

これでもミサトやアスカは口が堅い方だと思っている。

ただ、信頼しているからと話すのは違う。

下手をすると面倒に巻き込む危険性があるか。

もう少し、シンジとこの辺りを煮詰める必要があるだろう。

 

「帰ってシンジ君を待つのが良いんじゃないかしら?」

 

「それもそうね」

 

話題を思いっきりぶった斬って告げる。

シンジの話題を続けてリツコがボロを出すのも悪い。

後でシンジにも念押ししておこうと決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった〜」

 

シンジもテストを終わらせ、大きく伸びをして身体のコリをほぐす。

ポキポキと身体が鳴り、どれだけ集中していたのかを物語る。

 

「さて、あとは提出して帰るだけ」

 

筆記用具を鞄へしまっていく。

教師が手を離せないので直に持ってくるように言われていた。

 

「…………あれ? 無い」

 

筆記用具を片付けている最中に荷物が足りない事に気付く。

無かったのは昼食時に使用した箸の入ったケースだ。

 

「屋上に置いてきちゃったかな」

 

昼食の場所は屋上だった。

そこでトウジ達と食べていた。

確かテストを受ける関係で遅くなる話をし、テスト内容で出る可能性のあるところを予測して予習していた。

そのせいで次の予鈴ギリギリになったので慌てて片付けて教室に戻った。

 

「その時に落としちゃったのか」

 

さすがに一度口を付けたのだから衛生上、置いていくのは問題がある。

取りに行かなくては。

幸いにも屋上の出入りは自由なので、鍵当番の人が来るまでは余裕がある筈だ。

 

「テストを渡したら行こう」

 

職員室へ赴き、テスト用紙を渡すと同時に忘れ物を取りに行く旨を伝える。

その足で屋上へ来ると、ポツンと置かれていた箸がある。

 

「あったあった」

 

それを回収し、さて帰ろうか――――そう思った時だった。

 

「――――ど――――てぇっ!!」

 

「え? 何?」

 

ふと、声が聞こえた。

見回しても誰も居ない。

まさか、超常現象かと疑う。

実際、使徒やエヴァなどという超常の塊を見ているので受け入れるのはすんなり出来る。

 

「どいてぇっ!!」

 

思考に耽っていると、今度こそ聞こえた。

耳に届いた際、それは頭上から発生しているのだと発覚する。

状況を把握しようと、顔を上げた瞬間であった。

 

「どいてぇっ!! どいてぇっ!! どいてぇっ!!」

 

「うそおおおぉぉぉぉぉっ!?」

 

パラシュートを広げ、こちらへ落下してくる人が。

シンジには逃げる余裕は既に無かった。

相手方のヒップドロップがシンジのお腹にのしかかる。

減速はしていたので、衝撃はやんわりではあるが意識の外からのものでたまらず尻餅をつく。

 

「あたた……」

 

「ごめんごめん、大丈夫かい?」

 

「は、はい……何とか」

 

言葉を紡いでいて、目の前の人物を見て思考が止まる。

赤いフレームの眼鏡を掛けた茶髪ツインテールの少女。

服装は表現をするならば、ミッションスクール風の制服といったところか。

彼女の事もシンジはきちんと覚えている。

 

真希波・マリ・イラストリアス。

 

「マ…………えっと、あなたも無事ですか?」

 

「こっちの心配を真っ先にしてくれるとは――――なかなか出来る事じゃないね」

 

危うく名を呼びそうになったのを抑える。

その間にシンジの上から退いたマリが手を差し伸べる。

 

「私は真希波・マリ・イラストリアス。マリって呼んで」

 

「僕は碇シンジです」

 

「なるほど、わかったよ。わんこ君」

 

「名前に原型がないんですが…………」

 

「気にしない気にしない」

 

まさか原型がないあだ名を付けられるとは思わなかった。

そこを指摘すると、明らかに彼女の台詞ではない事を吐く。

まあ、構わないが――――

 

「それで、マリさんはどうして空から落っこちてきたんですか?」

 

「ちょっと、スカイダイビングを嗜んでいたら着陸に失敗しちゃってね」

 

差し伸べられた手を掴んで立ち上がり、シンジは質問を飛ばす。

それに対してマリはそのような返答をする。

 

「着陸に失敗って…………下手したら大怪我、それ以上の最悪の展開になってましたよ?」

 

「そこは御心配には及びませんぜ。そういう時の為の装備はこのリュックに入っているからね」

 

パラシュートを外しながら、そこに仕込まれているものが他にもあると言う。

それは良いのだが、そんな危ない事はしないで欲しい。

 

こちらの彼女とは今関わったばかりだが、『真希波マリ』との関係性があるが故に見知った顔の人が危険な事をするのは心臓に悪い。

実際、綾波やアスカが危険に身を投じる戦いをしているのを歓迎していないのだから。

 

「はあ、分かりましたよ。とりあえず、帰りはどうするんですか?」

 

「そこもぬかりありません事よ。知り合いに迎えに来てもらう事になっているにゃ」

 

「ぬかりないなら、着陸に関しても計画的に行えるように進言っしていおいて欲しいかな」

 

「向こうには『空から女の子が!!』ってスクープになるところだったって釘を刺しておくしかないね」

 

「そこだけ聞いたらラ〇ュタごっこかと勘違いされそうだね」

 

「でもあながち間違った事ではないからね」

 

「ありのままを話しただけでもややこしい事態なのは否定できないですね」

 

「これは何とも手厳しいですにゃ!!」

 

このやり取りも『平行世界』の彼女と変わらないものがある。

その事を嬉しく思う。

 

「おっと、迎えが来てくれてるみたいだから行くね」

 

「気を付けて」

 

「ありがとう。それと、私と会った事は他言無用でお願いね。NERVのわんこ君」

 

「え…………それって」

 

「じゃね」

 

シンジが訊ねるよりも先にこの場を後にする。

パラシュートを無雑作にリュックへ詰め込んで走り去る。

行ってしまった――――現状のこちらの事情を知っている。

NERVの機密情報が外部に漏れている?

はたまた、それだけの情報収集能力を持つのか?

いずれにしても、答えを知りたいならまた会うしかない。

いつ会えるのか、それは定かではないが。

 

ふと、彼女を迎えに来たという人物が居る事を思い出した。

場所を考えるなら校庭だろう。

ここから校門が見えるので、居るのではないかと見てみる。

 

遠目からなので顔までは見えないが見慣れない、明らかに怪しい人物が居た。

青い短パン、赤茶色のフード付きの上着を着ている。

顔はフードを深く被っていて分からない。

 

「スマホの写真機能でも使えば見れるかな?」

 

ふと、思い立ったのでシンジは悪いと思いながら行動する。

こちらでのマリの現在位置を知らないままでは会おうと思って会えるものではない。

 

その当人も校門まで到着してしまい、このままでは帰宅するのは間違いない。

何か情報を持てないかと、スマホの写真機能を用いてズームする。

 

距離がある事と、フェンスが邪魔をした事、更には画質の悪さが足を引っ張ったので顔も分からなかった。

ただ、髪が長いのかフードの隙間から微かに色が見えた。

赤み掛かった金髪であった。

そして、口が微かに動いているのも確認できた。

 

シンジへ向けて何かしらを言ったのかもしれないが、残念ながら分からない。

首を傾げるが、疑問に答えてくれる人は居ない。

ここに居ても仕方無いと、屋上を去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ〜」

 

「遅いわよ」

 

マリが元気良く手を上げながら迎えに来た人物へ声を掛ける。

受けた人物はぶっきらぼうにそう返す。

声からして少女である事は分かる。

 

「さっさと行くわよ。ただでさえ目立ってるんだから、見つからないようにしないと」

 

「大丈夫大丈夫」

 

「その自信は何処から来るのやら。誰にも会ってないわよね?」

 

「とりあえず、さっき屋上で人にあったからお近づきの印に名前だけ教えてきたにゃ〜」

 

「そう。会って名前を…………は?」

 

マリの発言は少女にとっても意味不明だった。

名前を明かした事を聞くと、固まってしまう。

 

「いや、何で教えたのよ?」

 

「いやぁ〜。ちょっとね〜」

 

「変な事をして、こっちの事を勘付かれたらどうするのよ」

 

マリの行動は軽率だと言うのが少女の見解だ。

つまり、証拠を残すような真似をする事は許されないと言いたいのだろう。

 

「それなんだけど、私の名前を知ってたみたいだからバラしちゃった」

 

「はあっ!?」

 

今度は驚きのあまり出てきた声だ。

マリの素性を、最低でも顔と名前が一致する人物が居たのだ。

 

「それって、まさか屋上に見えるあいつ?」

 

「そそ。大正解。花丸をプレゼントするにゃ〜」

 

パチパチと大きな拍手をするマリ。

そんなものは不要だと、少女は拍手を止めさせる。

 

「なら、変な噂を立てられる前に退きましょう。

 ただでさえ、怪しまれそうな恰好で来たんだから」

 

「フードを被らなければ問題無いんじゃ?」

 

「アンタ、バカ? コネメガネと違ってアタシは顔バレNGなの分かってるでしょ?」

 

少女がフードを被るのにはそれ相応の理由がある。

それを知らないマリではない。

その事を指摘しつつ、フードの下でジト目で睨みつける。

 

「にゃはは。冗談冗談。怒らないで欲しいにゃ。せっかくの美人が台無しだぞ〜」

 

「なら、怒らせないようにしなさいよ」

 

学校に背中を向け、この場を早く退散したい気持ちを行動で表現する。

マリも少女の意見に賛同のようで、後を付いていく。

 

「ところで、名前を話したって言ったけど誰なの?」

 

「男の子だよ〜」

 

「男の子って、どんな相手だったのかって意味で言ってるのは理解してる?」

 

「にゃはは〜。ごめんごめん」

 

マリも悪ふざけが過ぎたと謝罪する。

少女は「はあ」と呆れている。

どうやらいつもの事らしく、慣れた対応をしている。

 

「まあ、ここへ来るのにスカイダイビングを選択する位に思考がぶっ飛んでる訳だし、今更か」

 

「いやぁ〜。空を見てたら『青いな〜』と考えてたら急にスカイダイビングしたくなりましてな〜」

 

「思考がぶっ飛んでるって事を肯定してくれてありがとう。

 それで? 結局どんな奴だったの?」

 

マリよりも先を歩く少女の表情は分からない。

元より、フードを被っているので見る事は難しい。

分かるのは「さっさと話せ!!」と圧を掛けている事だけだ。

 

「むふふ〜。どんな男の子か気になるなんて、やっぱり姫も女の子だね〜」

 

「良いから、話す!! 人によっては対応する必要があるんだから!!」

 

「私がこうしてのんびりしてるって事は慌てる相手じゃ無かったからさ」

 

「そこは信頼してるわ。ただ、何かのきっかけで存在を察知されるのは避けたいだけ」

 

神経質とも取れるが、それだけ心配しているのも分かる。

だから、マリも「肩の力を抜いて欲しい」という意味合いで使っている。

 

「っで? 何処のどいつ?」

 

「碇シンジ君」

 

「そう、碇シンジ………………待って」

 

シンジの名前が飛び出した瞬間、少女の足が止まる。

勢い良く振り返ると、マリへ詰め寄る。

 

「碇シンジって、まさかサードチルドレンの?」

 

「そそ。NERVのわんこ君だよ〜」

 

「よりによって警戒すべき相手じゃない!!」

 

「ああ、大丈夫大丈夫。彼は何も知らないから」

 

「それはそうかもだけど……いや、頭痛くなってきた」

 

フード越しに頭を抑える。

一気に押し寄せてきた様々な案件に押し潰されそうだ。

 

「頭痛の事ならDr.マリにお任せにゃ。頭痛薬も常備してるから」

 

「比喩表現だって分かってて言ってるわよね?」

 

「何とか場を和ませようと必死なんです」

 

「それなら、悩みの種を育てる真似は止めて頂戴」

 

「でもでも〜。彼なら平気だと思うんですにゃ〜」

 

「さっきも聞いたけど、根拠はあるの?」

 

「胸の大きい良い女の勘!!」

 

「…………とりあえず戻ってしょっ引くのが早いかしら」

 

「わぁっ!! 待った待った!! ごめんって!!」

 

今回は悪ふざけが過ぎたと反省の色を示す。

でも、根拠はある。

少女の背中を前へと押しながらマリは歩き出す。

 

「どういう方法かは分からないけれど、私の名前を知ってたのが理由かな」

 

「方法、ね。確かにアンタの名前を知る人物なんて限られるし」

 

「そうそう。ゲンドウ君や冬月先生も私の名前を出すとは思えないしね〜」

 

忘れられてるとは思えないけど――――そう付け加える。

それにシンジがゲンドウと会っているのは聞かない。

冬月とは度々会っているようだが、それも世間話程度。

たまに勉強を教えてもらっている。

“彼女等”の組織はそれ位の情報収集は朝飯前だ。

 

ならば、シンジがマリの名前を知っていた理由は何なのか?

そこは気になる点であるが――――

 

「まさか、“あのぶっ飛んだ見解”を言い出すつもり?」

 

「いやはや、そのぶっ飛んだ見解の“証人”が何をおっしゃいますやら」

 

「でも、アタシは“中途半端”よ」

 

「私は中途半端でも十分。それだけ稀有な存在なのさ」

 

「その稀有な存在を迎えに来させる位に人手不足なのは何とかならない?」

 

「人件費削減って事で。人は先立つ物がないと動かないし。何より、今は色々と手一杯だからにゃ〜」

 

「多分、それだけが理由じゃないでしょうけど」

 

マリの独特な雰囲気に付き合える稀有な存在が少女である事も関係していよう。

もう一度、大きな溜め息が漏れる。

背中を押されるのはもういいと話し、自らの足で歩く。

 

「っで? 碇シンジは放っといて平気なの?」

 

「見た感じは平気かな。使徒の殲滅に燃えてる少年漫画的な展開が見えるにゃ」

 

「他の事にかまけてる暇はないと?」

 

「そそ。それに仮に私の名前を出されてもNERVの動きにも変化が見える事になる。

 言わないなら彼は“信用に足る存在”だと言えるしね」

 

「本当、喰えないわね」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「はいはい」

 

素っ気無い態度を取りつつも、少女はマリの行動を信頼している。

今回の一件、見た目だけならこちらに分の悪い内容だ。

ただ、先を見据えるならこれ以上無い一手になる。

 

「アンタの撒いた種が吉と出る事を祈っておくわ。さっさと戻りましょう」

 

「はいは〜い!!」

 

少女の提案に手を上げて賛同するマリ。

そうして、この場を後にする事に。

 

「何処かでアイス買ってこう。食べたくなっちゃった」

 

「最近無駄遣いが多いから我慢しなさい」

 

他愛のない話をしていると、1人の少女とすれ違う。

シンジの通う生徒の一員であるが、NERVとは関係のない人物だ。

なので、気にも留めない。

 

「あれ? 今のって…………」

 

すれ違った少女は立ち止まり、後ろを振り返る。

片方は知らないが、もう片方の人物が知り合いと似ていた。

ただ、フードを目深に被っていたので確信は持てない。

共通点は髪の色、そして少しだけ聞こえた声質だ。

 

「まさか、ね」

 

思い浮かべたのは最近転校してきたばかりの太陽のような少女だ。

彼女なら声を掛けてくれるだろうから他人の空似だろう。

 

そう考え直し、洞木ヒカリは忘れ物を取りに学校へ戻るのだった。




如何でしたでしょうか?

そろそろこの作品の根幹にも触れていこうという回でございます。

アスカの変化について話す大人の女性二組。
彼女は精神面で本編よりも大きく成長しています。
子どもの成長は早いですね。

ここでマリの登場です。
彼女が居ると言葉のキャッチボールとかしやすくて、ついつい要らない事まで会話させていました。
アスカに負けず劣らずの明るいキャラで良いですね~
さすがは胸の大きい良い女。

シンジとのファーストコンタクトは新劇破と同じものです。
会わせる為にかなり無理矢理な理由で学校に残らせました。

ただ、自己紹介の降りなど、原作とは異なる部分もあります。
果たして、その真意とは?

あとはフードの少女は一体何者なんでしょうか…………って、答えはバレバレな気もしますが、そこのところはまた後程に明かします。
まだ先の事になりますが。

本来はここでマグマダイバー回をしようとしていたのですが、書き直している際に手が勝手に動きました。
次回マグマダイバー回です。
調べるまで使徒の名前を忘れてたのは内緒です。

ではまた次回に。


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マグマダイバー…………それと

お待たせして申し訳ありません。

3カ月程前に怪我をしてしまいまして、執筆が滞っておりました。
大変申し訳ありません。

何とか書けるところまでは回復したので続きをどうぞ。


修学旅行、それは学生生活で一度しか訪れない学生の行事だ。

見知らぬ土地の冒険、友人との宿泊は気分を高揚させる。

普段の生活では得難い経験が出来る楽しい行事である筈―――――

 

「なのに、どうして!! パイロットは待機なの!!」

 

そう叫んだのは誰あろうアスカだった。

ドイツでは得られなかった同年代の友人をこちらで得て、尚且つ修学旅行の話を聞かされていた彼女は一番楽しみにしていた。

しかし、現実は非情にもエヴァンゲリオンパイロットは使徒に備えて修学旅行には参加せずにNERVでの待機となった。

 

「仕方無いよ。いつ使徒が現れるのか分からないんだから」

 

アスカを宥めつつ、シンジは言う。

正直なところ楽しみにしていたが、さすがに状況を考えれば有り得る話なので半ば諦めの境地に至っていた。

 

「分かってる!! 分かってるのよ!!」

 

使徒の殲滅はパイロットの責務。

それを考えればアスカだってこうなる事は予想していた。

彼女とて、現状を把握していない訳では無い。

 

「その代わり、プールを解放してくれてるんだから」

 

修学旅行の行き先は沖縄であった。

向こうで泳ぐつもりで新しい水着を用意していたアスカ。

ミサトやリツコの計らいでNERV内にあるだだっ広いプールを貸してくれた。

 

なんだかんだ言ってアスカは黄色のビキニに着替えている。

中学生らしからぬプロポーションを惜しげもなく披露している。

もしもこれで沖縄の海で泳ごうものなら「派手だ!!」と理由を付けられて着替えさせられていただろう。

 

男子は喜ぶだろうが、教員は頭を抱えること間違い無し。

行けなくなったのは教員にとって悩みのタネが消えたので良かったのかもしれない。

 

あれならマリの事は自分の内に隠してある。

その内にリツコに話すべきなのだろうかと考えてはいる。

第三者の意見として『平行世界』の面々に問いを投げるのもありだろう。

今夜辺りにでも行ければ良いが。

 

「しかし、何でシンジはプールサイドで勉強してるのよ?」

 

「ちょっと課題を渡されちゃって」

 

「はあ…………また歴史で変な事を書いたのね」

 

呆れるわ――――言葉にせずともアスカの言わんとする事が思い浮かぶ。

返す言葉もない。

どうしても『平行世界』の歴史とごちゃ混ぜになってしまう。

こればかりは慣れるより他にない。

 

「あと今回は理科もだね。熱膨張の意味とか」

 

「そういうのは覚えるしかないわね」

 

アスカの言うように勉強あるのみ。

熱膨張なんて言葉を知っていても咄嗟に意味なんて出て来やしない。

いつか使う事があるのだろうか?

 

「ところで、レイは?」

 

キョロキョロと辺りを見回す。

彼女の探している人物はすぐに見つかった。

 

綾波は既にプールで泳いでいた。

25メートルを泳ぎ終えると、そそくさとプールから上がる。

白いレオタードの水着だ。

派手さがあるわけではないが、時折見せる綾波の神秘的な姿に不思議と似合っている。

 

「そつなくこなしてるって感じね」

 

綾波の泳ぎに対し、アスカなりに降した評価はそれだった。

決して貶してる訳ではなく、ただ何と無く妙な違和感を抱いた。

 

「何だか機械的というか、事務的と言うか…………」

 

「それ、僕も分かる気がする」

 

アスカの女の勘にシンジも乗っかる。

決して綾波の行動を批難している訳では無い事は先に述べておく。

ただ単純に、楽しんでるのとは違う。

 

言うなれば訓練の延長線上のように、黙々と課題をこなしているように見受けられる。

やり方は人それぞれであるし、とやかく文句を言うつもりはない。

 

「仕方無い。勉強に縛られてるサードに変わって、エリートパイロットのアスカ様がファーストに楽しむ事の何たるかを教授しないと!!」

 

「1人で泳ぐのがつまらないだけじゃないか」

 

宣言するなり飛び出したアスカにシンジは言う。

聞こえていないのか、善は急げと綾波の元へ。

一言二言交わした後にプールで共に泳ぎ始めた。

競泳でも始めたのだろう。

アスカのコミュニケーション能力には脱帽させられる。

 

「やあ、シンジ君」

 

それを眺めていると声を掛けられる。

いつの間にか正面に男性が座っていた。

その人物はシンジ――――というよりはNERVに縁のある人物だ。

 

「時田さん」

 

時田シロウ。

エヴァンゲリオンに代わるジェットアローンという機体を開発して使徒と戦おうとしていた人物。

ジェットアローンは使徒と戦うには役不足だという事となり、開発は中止となった。

現在はNERVと協力し、使徒殲滅の為に様々なサポートを行ってくれている。

 

時田は開発の責任者の立場もあり、なかなか顔を合わせられずにいた。

こうして顔を突き合わせるのは本当に珍しい事だ。

 

「今日はどうして?」

 

「エヴァンゲリオンをサポートする為のユニットを開発してね。

 それが現実的に可能かのテストに来たんだ」

 

テストは成功。

後々に実際にエヴァンゲリオンに搭載しての訓練を行うそうだ。

 

「どんなものを?」

 

「シンジ君には伝えておこう。

 それはロボットの定番!! 飛行ユニットさ!!」

 

「飛行ユニット!! 遂にですか!?」

 

時田の開発したものは飛行ユニット――――ロボット作品の定番だとも言える。

背中に付いた機械の羽、もしくはジェット噴射機で空を自由自在に飛び回る。

それが出来るようになるだなんて夢のようだ。

 

「ただエヴァンゲリオンの電源と接続する形となるのがネックだね」

 

「持続時間にも難あり、ですね」

 

「下手をするとフル稼働で1分…………多く見積もって2分といったところかな」

 

それは使徒との戦いで致命的に成り得るもの。

話からアンビリカルケーブルの継続的な充電も行えない事となる。

 

「一番の問題は時間切れを起こした際の対処なんだ」

 

エヴァンゲリオンと電源を共有する時点で、芋づる式にどちらも機能停止後は沈黙してしまうのだろう。

大問題は空中に居る場合だ。

 

仮に使徒殲滅をしたとして、空中からの落下時にエヴァンゲリオンを損耗しては意味がない。

実際はパイロット含めて上空から落とされたとて大きな損傷は無いと言える。

 

その点を時田も理解はしているだろう。

しかしながら、理解している事と心内は異なる。

彼自身、戦場に向かわせる子どもに楽させてやりたい気持ちと危険な行為をさせる事のデメリットを理解しているから。

 

「一応、エヴァンゲリオンのサイズに合わせたパラシュートが自動で開くように設計はしてある。もちろん手動でも可能なように」

 

思い付く限りの保険は用意しておいたが、これ以上は難しい。

それよりもエヴァの質量をパラシュートだけで支えられるのかという疑念も生じる。

リツコも絡んでいるようなので心配する必要は無いだろう。

 

「あとは急な使用に際してもアンビリカルケーブルの待機所にいつでも出せるようにシステムは整備する事は可能にはしてあるんだけれど」

 

「いつ飛行能力を持つ使徒との戦いになるのかは分かりませんから。あるだけでも選択肢が増えるので悪い事では無いですよ」

 

備えあれば憂い無し。

最低限の安全装置はあるのだから何とかなってくれると思いたい。

今のところ燃費の悪さがネックだろう。

 

「そうそう。他にも色々と準備をしたんだ。例えば耐熱スーツとか」

 

「確かにどういうものが必要になるのか分かりませんもんね」

 

耐熱スーツなんかも使徒との戦いで役立つかもしれない。

敵が熱を利用して来ないとも限らないのだから。

不要になるのであれば良し、いざ必要な時に無ければ全く意味を成さない。

備えあれば憂いなし。

 

『3人とも、悪いのだけれどブリーフィングルームに来て頂戴』

 

プール室にある放送用スピーカーからミサトの招集が掛かる。

決して快くないものなのは分かる。

 

「ちょっと、行って来ますね」

 

「ああ、気を付けて」

 

時田に一言告げ、ブリーフィングルームへと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定というべきか、招集の理由は使徒であった。

ただし、これまでとは異なる点で使徒の状態が胎児――――いわゆる「卵」である事だ。

今回の任務はその胎児状態の使徒の確保である。

便宜上使徒の名前はサンダルフォンと名付けた。

 

生きた使徒のサンプルは将来役に立つからという最高司令官であるゲンドウの命であった。

確かに使徒の生態を理解出来れば、この先の戦いでも優位に事を進められるのかもしれない。

 

なので今回は「殲滅」ではなくて「捕獲」が任務である。

難易度でいえば殲滅よりも圧倒的に高い。

捕獲後も暴れたりしないように細心の注意を払う必要がある。

それにいつでもエヴァが待機できるようにしなくてはなるまい。

 

考えるだけでも数多の問題点が浮上する。

しかし、それらのリスクを承知の上で使徒について知らなければならない。

今回は下手をすると最初で最後のチャンスなのだ。

 

ただ、一口に捕獲と言っても難易度を上げる要因は他にもある。

今回の使徒の現在位置が何と火口の中だと言うのだ。

長野県の浅間山だと言うのだから離れた場所に居たものだ。

 

いくらエヴァでも火口の中に飛び込むのは自殺行為に等しい。

そこで新装備の登場だ。

 

こういった事態に備えて耐熱装備を用意してあった。

さすがNERVに抜かりが無い。

頼もしい限りであったのだが問題点がいくつか生じた。

 

この装備――――D型装備は弐号機にしか扱えないというもの。

そして、その装備に際して弐号機は深海の作業用服のようなダイバースーツを着させられる。

それだけに留まらない。

パイロットであるアスカのプラグスーツも耐熱素材なのだがアドバルーンのように大きく服が膨らむのだった。

 

弐号機を動かす事はシンジや綾波にも可能なのだが「弐号機の操縦には慣れてるからアタシが行く」と手を挙げてくれる。

正直、弐号機に不慣れなシンジや綾波よりもずっと適任であった。

 

一番の問題は装備の都合上、どうしても弐号機の機動力が死んでしまっている点だ。

こればかりはどうしようもないが、不安は残る。

更には装備の都合上、武器も装備出来ない。

いざという時の護身用のプログナイフの装備も不可能なのだ。

 

「何とかなるわ。いざという時は頼りにしてる」

 

アスカの一言にシンジは照れ臭さを覚えながらも悪い気はしない。

シンジと綾波に背中を任せてくれるのだから何も言えやしない。

 

作戦は進路を確保した後にD型装備用にこしらえた冷却装置や電気などを送る機能を持つ特注の複数本のホースで弐号機を吊るし、電磁柵を持って投下する。

初号機をそこで待機させ、非常事態に備える。

綾波は万が一のにサンダルフォンが火口から離れて本部に向かって来た際の対処する為に待機。

 

この布陣にて作戦が開始される。

弐号機がゆったりと火山の中を降下していく。

 

『ごめんなさいアスカ。こんな危険な事をさせてしまって』

 

「良いわよ。どうせ誰かがやらなくちゃいけない事なんだから。

 適任がアタシだっただけ」

 

『ありがとう』

 

アスカの言葉にミサトの心も若干軽くなる。

今回の一件はどうしたって命懸けだ。

彼女の言うようにお鉢が自分達のところへ回ってきただけというのは確かにとしか言えない。

それでも、こんな危険地帯へ放り込む事を許して欲しい。

 

『終わったら温泉に行きましょう』

 

「良いわね。豪華に焼き肉も頂こうかしら。もちろんミサトの奢りでね」

 

『お、お手柔らかに…………ね』

 

こうでも言っておかないと手加減してくれなさそうだ。

だが、言葉では言っていても自分の通帳とにらめっこをし始めて「一応予算はあるけれど」と呟く。

チルドレンの働きに焼き肉など対価としては安過ぎる。

口ではあんな事を言いつつ、なるべく奢るつもりのようだ。

 

「見えたわ」

 

降下は順調に進む。

胎児状態のサンダルフォンを発見する。

 

「任務開始します」

 

持ち込んだ電磁柵で使徒を囲う。

無事に捕獲に成功し、あとは引き上げて貰うだけだ。

 

「シンジ、よろしく!!」

 

『了解』

 

アスカの合図を受けてシンジはホースを引き戻す。

機械が自動操縦で勝手に行っているのでそれ以上の事は必要ないのだが。

 

対象が制止していた事も起因して、捕獲の難易度自体は簡単であった。

問題なのはこの後だ。

いつ如何なるタイミングで使徒が牙を剥いてくるのか分からないという点だ。

 

今この瞬間にでも羽化しない保証は何処にも無い訳で――――

 

『使徒のパターンに変化が!!』

 

最悪の事態というのは得てして起こるもの。

電磁柵の中で胎児状態の使徒が変化を起こした。

 

その変化は気付いた時にはもう遅かった。

これまでの胎児の姿ではない。

アノマロカリスとヒラメを足したような姿だった。

電磁柵を脱け出し、あろうことかこのマグマの中を平然と泳いでいる。

 

「ちょっと、イキが良すぎるんじゃない?」

 

そんな余裕を言っている場合ではない。

状況も「捕獲」から「殲滅」へと切り替わる。

 

それでも弐号機の売りの機動力はこの状態では活かせない。

使徒はアスカを見付けると、一目散に突撃してくる。

 

「こっ、のぉっ!!!!」

 

避ける事は出来ない。

となれば受け止める以外の選択肢は存在しない。

 

サンダルフォンの頭突きが弐号機の腹部に当たる。

弐号機の腕を何とか動かして突進してきた使徒を捕まえる――――のだが、

 

「うっ、そ!?」

 

踏ん張りも利かない状態だ。

いとも容易く弐号機は火山の壁際にまで追い込まれ、叩き付けられる結果に。

その瞬間、ワイヤーに亀裂が走る。

マグマ内で水が溢れ、更には起動時間を眺めるケーブルをも切断されそうになる。

 

『アスカ!! これ!!』

 

丸裸で応戦など不可能だ。

ならばとシンジは初号機のプログナイフを火口へ向けて投げ付ける。

視界は最悪、それでも弐号機の位置はオペレーターが監視してくれているので分かっている。

その座標へ向けて投げるだけだ。

 

「ちょっとシンジ、ナイフを送られたのは良いけれど、これでどうするのよ?」

 

思うように動けない状態でナイフを使徒の頭部へ斬り付けるも皮膚が堅くてビクともしない。

このままではアスカの方が根を上げる結果になる。

 

『そうだ!! さっき言ってた、熱膨張だ!!』

 

「なるほどね」

 

破損した部位から溢れる水を利用させて貰う。

幸いサンダルフォンは弐号機を圧し潰そうとしている。

弐号機を壁に押し付けた状態で口を大きく開いて頭部から吞み込もうとする。

おかげで使徒共通のコアがその中にあるのも確認できた。

更に奇妙な筒のようなものも見受けられるが…………極限状態の今、気にしている余裕は無い。

 

この環境下で口を開くという生態に驚きを隠せない面々も居るが、今はそれどころではない。

 

腕にある冷却装置のホースを引き千切り、それを使徒の腹部へと押し込む。

 

「これでも、喰ってなさいよ!!」

 

『冷却液を全て3番へ!!』

 

2人の会話を聞いていたから行動も迅速であった。

冷却液がサンダルフォンの身体を駆け巡る。

 

極端な温度差の熱膨張で表面の皮膚の耐久性をダウンさせる。

そうする事で――――先程まで通らなかったプログナイフが皮膚を貫く。

その勢いのまま

 

悲鳴も何も起こらなかっった。

サンダルフォンは弐号機から口を放し、尻尾の部分から徐々に黒く塗りつぶされつつ落下していく。

黒くなった部分は役目を終えたようにマグマの中で溶けて消えていく。

消え去るのも時間の問題であろう。

 

ただ、アスカの方にも問題があった。

 

「これ、まずいかも」

 

サンダルフォンを撃退したは良いが、吊るされているホースも千切れる間近。

このままではあの使徒と同じ道を辿るだろう。

 

「これで終わりか…………」

 

助かる訳が無い。

引き上げられるまでにはどうしても地上に辿り着けやしない。

それでなくともD型装備の破損で弐号機は限界を迎えている。

命綱だったホースも今に切れるだろう。

 

「悪いわね、あとの事は任せたわ」

 

瞬間、重力に逆らう事が出来ずに弐号機は火口の中へ落下していく。

その浮遊感を受けている――――

 

 

 

 

 

『アスカーーーーーーっ!!!!』

 

 

 

 

 

通信からシンジの声が聞こえる。

同時、浮遊感は消えた。

何者かに腕を掴まれている。

 

何が起きたのか?

いや、疑問に思うまでもない。

見てみればホースとアンビリカルケーブルを命綱代わりにし、壁に指をめり込ませている初号機が弐号機を掴んでいた。

 

「全くもう、無茶するんだから」

 

心の何処かで彼が来てくれると信じていた。

通信の向こうからアスカを心配する声がようやく聞こえる。

 

「けれど、これで終わりね」

 

使徒の捕獲こそできなかったが、仕方ない。

コアを貫いた感触もあったし、これで作戦は終了――――

 

 

 

 

 

『待ってください!! 使徒の様子が変です!!』

 

 

 

 

 

通信の向こうからそう叫んだのは日向マコト。

彼は未だに信号に変化のない使徒を観測していた。

 

案の定であった。

直後、サンダルフォンに変化が訪れたのだ。

 

奴の身体は黒くなっている。

けれども、今度は崩れる様子が見られない。

 

先程のように胎児の姿へと戻る。

それだけならまだ良かった。

その胎児がスライムのように身体を変化させていく。

まるで、これから新しく生まれ変わるようで…………

 

『いけない!! 逃げて!!』

 

言われて我に返った瞬間、全力で地上へと帰還する。

壁に足を付いて、上空めがけて跳躍する。

瞬間、ATフィールドを足場代わりに展開し、エヴァの超人的な身体能力で瞬く間に火口の入り口にまで逃走する。

飛び出ると、火口から離れるように転がる。

 

それに遅れて先程の使徒が火口から飛び出して来た。

その姿は明らかに先程までとは異なっている。

 

胴長の四足歩行する恐竜の骨のような容姿をしている。

尻尾の少し手前に黒と黄色の殻のようなものを持っている。

明らかに異形。

しかし、気になるのは何もその容姿に留まらない。

 

『あの首元……』

 

胴長の中心辺りに鉄の筒のようなものがある。

あそこだけやけに機械的で、あの姿にはそぐわない。

 

違和感はそれだけに留まらない。

あの鉄の筒は見覚えがある。

 

『エントリープラグ? どうして?』

 

『でも人の反応はありません』

 

解析をしてくれていた青葉シゲルが無人である事を説明する。

そもそも、使徒にそんなものがどうして植え付けられているのかというのが最大の疑問点だ。

 

『コアは後頭部の辺りです』

 

コアの位置は特定出来た。

さて、この使徒を何とかしなくてはならない。

 

「シンジ、これ」

 

声を掛けられ、弐号機が初号機に自身のプログナイフを投げる。

丸腰では敵わない。

せめて武装して戦うべきだというアスカの行動。

 

「ごめん、弐号機も活動限界みたい。あとは頼んだわ」

 

その直後、弐号機の充電が切れて活動限界が訪れる。

アスカが最後までプログナイフを持っていてくれたおかげで丸腰での戦闘では無くなった。

 

『うん。あとは任せて』

 

アスカはその通信を受け取ると、シンジと使徒の画面を映し出す。

確かに動けない。

けれど、自分にもまだ出来る事があると思って戦況を観察する事だけは止めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シンジは新たな姿に変化したサンダルフォンを油断無く見据える。

長い首を上下左右へ動かし、その度に骨同士がぶつかり合ってカタカタと音がする。

 

正面には火口があり、自分の隣には行動不能になった弐号機が倒れている。

周囲には何も無く、エヴァからすればミニチュアも同然の木々があるのみ。

綾波もNERV待機の為に離れられない。

そもそもこちらへ援護へ回すにも時間が掛かるだろう。

 

人はシンジとアスカ以外にはこの場には居ない。

あるのは念のために設置してある無人のアンビリカルケーブルのポータルがいくつかあるのみ。

言い換えれば、人は誰も居ないので好きなだけ暴れる事が出来る。

 

状況確認を終えた頃と同時に、何度目かの首振りを終えたサンダルフォンが自身を矢に見立てて頭突きをかますように真っ直ぐ向かってくる。

姿が変わる前と同様、ただ速度が限りなく上がっている。

マグマの中でも素早いと感じたが…………その時とは比べ物にならない。

 

「来たっ!?」

 

反応出来たのは直前の予備動作を確認できたから。

初号機を真横へ跳ぶように動かし、サンダルフォンの一撃を回避する。

 

しかし、サンダルフォンの攻撃は止まらない。

地面を抉りながら急旋回し、再び初号機へ突撃してきたのだ。

 

「分かってさえいれば!!」

 

対処は難しい話ではない。

今度はシンジも前へ走らせる。

プログナイフを突き出すように腰へ持っていき、コアがあるらしい頭部を貫く為に力を溜める。

 

『頭部に熱源反応!!』

 

『シンジ君!! ビームよ!!』

 

説明のおかげでサンダルフォンが何処を狙っているのか容易に理解できた。

頭部、より正確には目の部分が光ったのだ。

 

こちらの足下を狙っているのが丸分かりであった。

ミサトの指示が飛ぶと同時、初号機はサンダルフォンの真上を取るように跳躍した。

 

サンダルフォンのビームは予想通り、初号機の存在していた地面を焼く。

だが、一歩遅い。

既に真上を取ったシンジは後頭部にコアがあるのを発見する。

コアの見える範囲ながら端にヒビが入っているのが見えた。

先程のアスカの一撃はコアの芯には届いていなかった。

だからこその復活なのだろう。

 

しかし、これさえ壊せばサンダルフォンは消滅する。

コアにヒビがあるのならばプログナイフの一突きで壊せる筈だ。

プログナイフでコアを貫こうと腕を伸ばそうとして――――

 

『ダメ、シンジ!! そいつ首を戻してる!!』

 

アスカから通信が入る。

外から見ている分、視野が広いので現場慣れした彼女のアドバイスは的確だった。

既にサンダルフォンは首をしなやかに揺らすと初号機に打ち付ける。

 

「ATフィールド!!」

 

咄嗟に足下にATフィールドを設置して難を逃れる。

しかしながら勢いに押され、地面を何度か転がる事になる。

 

「くそっ!!」

 

『反撃が来てるわ!! シンジ!!』

 

向こうの攻撃が早い。

地面を大きく抉りながら巨大な槍となって初号機に突進してくる。

今度は回避の余裕は出来ず、真正面から受け止める。

 

凄まじい衝撃と共に初号機が押されていく。

力こそ無いが、それを補って余りある速度を活かした突進が初号機を押していく。

 

だが、いつまでも受け止められて膠着状態をサンダルフォンも望まない。

突如として、首を身体ごと真上に折り曲げた。

かなりの柔軟性、呆気に取られたシンジは意識をそちらへ持っていかれる。

 

『シンジ!! ボサッとしない!!』

 

アスカの忠告は一歩遅かった。

胴長の身体、柔軟性のある骨の身体、それらを駆使して初号機の真後ろへ身体を曲げて胴体を着地させていた。

そのまま首を引き戻すかのように、首を跳ね上げる。

 

「う、あああっ!?」

 

シャムシエルの時のように初号機を空中へと放り出される。

そして、そこへ狙いを定めてビームが放たれる。

 

なるほど、空中であれば身動きは取れない。

確かに理に適った戦術と言えよう。

これが普通の人間であった場合の話しだが。

 

「ATフィールド、展開!!」

 

残念ながらエヴァンゲリオンは普通の範疇には当てはまらない。

真下から放たれるビームをATフィールドで受け止める。

それを足場にし、初号機を横へ跳ばせてビームの範囲外へと逃げ込んだ。

 

向こうもそれで終わりではない。

初号機の着地と同時、骨をしならせ、初号機に照準を合わせようとする。

通信機の向こうから「熱源反応」の声を貰う。

それだけで何が起きようとしているのかは丸分かりだ。

 

「それなら!!」

 

プログナイフを投擲する。

狙いは頭部。

こちらへ完全に向きが決定するよりも以前にプログナイフを叩き込み、頭部を今一度上空へと向け直させる。

 

直後、初号機に当てる筈だったビームは遥か上空へ打ち上げられる。

その隙を見逃さない。

プログナイフは進路上に突き刺さる。

それを回収し、サンダルフォンへ突進していく。

 

刹那、カタカタと音がする。

散々聞かされた骨同士がぶつかり合う音だ。

この発生源は間違いなくサンダルフォン。

何処から――――その疑問が抱くと同時にサンダルフォンがこれまで使わなかった尻尾が大きく振るわれる。

 

『シンジ!! 尻尾!!』

 

胴長の部分のみに意識を割いていた結果だった。

オペレーターからの反応も無かった。

唯一、観察していたアスカが声を張り上げるも間に合わなかった。

予備動作無しに初号機を追い払うかのように尻尾が叩き付けられる。

 

予想出来ていたとしても回避は困難だったかもしれない。

オペレーターさえも感知できず、あまつさえアスカだって僅かに反応が遅れた。

これはサンダルフォンが意識を向けさせていなかったのも要因だと言える。

 

いや、今はそんな余計な思考は後回しだ。

サンダルフォンの突進は体勢を立て直した直後だった。

 

「くっ!!」

 

行動は馬鹿の一つ覚えだが、とにかく速い。

それがサンダルフォンの突進をまともに喰らっている理由である。

ATフィールドの展開が間に合わず、周囲からのサポートも遅れるのはこの為だ。

 

今回も受け止める事は出来たが、それだけでは終わってはくれない。

受け止められた反動で首の骨を波打たせて胴体を手前に持ってくる。

そのまま尻尾で初号機の腹部を叩き付ける。

 

「うわぁっ!?」

 

初号機に衝撃こそ起こるが、大した損傷が無いのは救いだ。

ただ、如何に直接攻撃が通じずとも悩ませる攻撃もある。

 

『またビーム!!』

 

指示が来るおかげで何とか攻撃を感知、回避へと迅速に対応できる。

数秒遅れて、サンダルフォンのビームが襲い掛かる。

 

ドオオオォォォッ!!

 

初号機が先程まで居た場所で小規模ながら爆破が起きる。

地面が抉れ、砂が巻き上げられる。

 

一点に集中している事から威力も凄まじいものとなっている。

まともに喰らう訳にはいかない。

 

それに気にしなくてはならない部分もある。

アンビリカルケーブルの存在だ。

付いている状態なので充電は問題ない。

だが、適当に避け続けてケーブルを焼かれでもしたらいよいよピンチだ。

 

サキエルの時のようにケーブルで罠を張れないかとも考えるも、向こうが速すぎる為に準備する余裕が無い。

今さっきの投擲でプログナイフを貫通してくれるかも怪しい。

ただ、剥き出しのコアの防御力に関してはこれまでの使徒と同様にプログナイフで突き破れる筈。

僅かな隙も逃してはならない。

 

『ごめんシンジ、アタシの位置から見えなくなった』

 

「こっちは大丈夫。何とかする」

 

アスカも弐号機から降りてしまうのは自殺行為だ。

動かずともエヴァの中の方がシンジも安心できる。

彼女もそれを理解しているから無茶は言わない。

けれど、これでアスカの生の現場の声が聞こえなくなったのは痛手だ。

ここまで彼女の掛け声のおかげで大きな損耗は起きなかった。

不安は残る、でもシンジは1人ではない。

 

「ミサトさん、リツコさん、何かサンダルフォンを足止めする術はありませんか?」

 

『シン…………こえてる?』

 

「え?」

 

NERVの面々にヘルプを求める。

だが、彼の思い描くものではなくて返事はノイズの入ったミサトの声だった。

映像も映らない。

 

「こんな時に!!」

 

電波の問題か、はたまた通信機器の故障か。

とんでもない熱気の中へ一時的にも身を置いたのだ。

何処かに問題が起きても不思議ではないが、あまりにもタイミングが悪すぎる。

 

援護は無い。

けれど、これを放っておく訳にはいかない。

 

「やるしか、ない!!」

 

プログナイフを構え直す。

気合いを入れろ。

ここを何としても切り抜ける。

幸いにもサンダルフォンのパターンは読めている。

 

「行く!!」

 

無茶だとも思えるが、あえて勇気の突進を選択する。

先程までのパターンでビームであれば一度動きを止めている。

物理的なものは予備動作が起こる。

あえて突進を選択する事でサンダルフォンの行動の選択を狭める。

エヴァの身体能力ならばサンダルフォンに追いつけるし、最悪突進ならば耐えられる。

剥き出しのコアを狙われないようにヒットアンドアウェイの戦法を取るのだ。

ジッとしていても消耗する位なら行動あるのみだ。

 

カタカタカタカタッッッ!!!!

 

サンダルフォンの骨が揺れ、擦れる事で音が発せられる。

身震いさせると同時、先程まで飾りだと思っていた黒と黄色の殻のようなものが地面に向けて光を噴射する。

何が起こるのか、想像するよりも先に事態は分かった。

なんてことはない、跳び上がったのだ。

 

「うそおっ!?」

 

有り得なくはない事であった。

ただ、これまでのやり取りで完全に思考から除外された選択肢でもあった。

 

光の噴射で擬似的な飛行を可能とし、初号機の真上を通過して背後を取る。

サンダルフォンの目が光っており、照準は既に初号機に定まっているのが見えた。

 

「なら!!」

 

咄嗟に防御を固めようとATフィールドの展開を試みようとする。

ギリギリ間に合うかの瀬戸際の状況であった。

 

 

 

 

 

『ちょいと待ったぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!』

 

 

 

 

 

何も聞こえなかった筈の通信機から声がした。

直後、サンダルフォンが横から突撃してきた“何か”に突き飛ばされた。

 

「あれは……………エヴァ?」

 

疑問形になるのも無理ない。

巨大な槍状の右手に、マジックハンド状の左手、そして狭い坑道を走破するための車輪の付いた四本脚の姿をしたロボットだった。

見たところアンビリカルケーブルは見受けられず、両肩に大きめな肩当てのようなものをしている。

本来の人型の姿から大きく外れた異様な形状をしているが、直感的にこれがエヴァンゲリオンではないかと仮説を立てる。

 

『ピンポンピンポーン!! 大正解!! いやー、意外と勘が鋭いんだね〜』

 

シンジの呟きを拾った通信機の向こう側の人物が拍手の音をさせながら返してきた。

相手側の声も聞き覚えがあった。

 

「その声、もしかしてマリさん?」

 

『ややっ!? 声だけで当てられてしまいましたか〜。

 謎のパイロットって肩書きでお茶を濁したかった所存なのですがね〜』

 

シンジが声の主を当てると同時、サウンドオンリーだったものに映像が流れる。

そこには桃色を基調としたプラグスーツに身を包む真希波マリが映し出された。

 

「何でこんなところに?」

 

『話は後々。まずはあの使徒をどうにかしないとね』

 

マリの登場は確かに面食らった。

だが、彼女の言うように今はサンダルフォンの殲滅を優先しなければ。

 

『とりま、なる早で片付けちゃいましょうぜ!! ワンコ君!!』

 

「せめて名前で呼んでくれませんかねぇっ!!」

 

マリの号令にシンジはツッコミを入れる。

この人は自分の名前をきちんと覚えているのだろうかと不安になるのだった。




如何でしたでしょうか?
待たせた癖に続く事を許して下さいませ。

さて、何の回か分かりやすいサブタイとは裏腹にサンダルフォンさんの超絶強化回でした。
元を知る方が殆どでしょうからサンダルフォンですらなくなってスグキエルさんになっていますが……

新劇で出たあいつですが、映画冒頭で使徒を切り刻んだ一部が独立したようなものとなっています。
サンダルフォンの消滅シーンが炭となって消えていくシーンを見て、全然違うけれど似たようなものじゃね?とかいう安易な発想から生まれました。
いつか出そうと思っていたので丁度良いのかなと。
マグマで皮膚も消えたとか、そんな取って付けた言い訳を思い付きました。

マリも出したかったので、タイミングとしてもバッチリかなと。

さてさて、色々なツッコミところを残しながら次回へ続きます。
まだ本調子ではないのでまた時間が掛かるとは思います。
今しばらくお待ちください。


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