特級呪霊 阿部高和 (修羅場好き)
しおりを挟む

プロローグ

リハビリ作

万が一需要があれば続きを書きます


特級呪霊 阿部高和

 

 

外見 青いつなぎを着た精悍な成人男性。十人中十人がいい男と答えるであろう整った外見であり、日本で唯一討伐不能と公式認定されている特級呪霊である。

 

如何なる呪術も効果がなく、どのような呪具も効かないとされる。

 

遭遇した場合、男なら大人しく尻を出せ、女なら素通りしろ

 

それが、呪術界における共通認識である。

 

特級呪霊 阿部高和による死者はゼロである。彼は基本的に人間を害することはない。

 

 

彼はただ、男を性的な意味で掘るだけである。

 

 

尻が数か月ガバガバになることを除けば命を奪ってくる他の呪霊対比一般人に対する被害は軽微である。

 

しかし、特級呪霊 阿部高和の討伐には5億円の懸賞金がかけられており、有効な攻撃手段を見つけ、立証しただけでも3000万円の報奨金が支払われることとなっている。

 

 

特級呪霊 阿部高和に掘られれば「呪術を失う。二度と使用できることはない」

 

 

呪術を特権階級とみなし、血筋を重んじる呪術界においては、それは許されざることであり、討伐すべきとの意見は今も多い。そして、今日も今日とて無謀にも討伐を試み、尻が拡張される呪術師が増える

 

 

否、呪術師に限った話ではない

 

 

人型であれば呪霊も特級呪霊 阿部高和のターゲットになるのだ。

 

「いいのかい。ホイホイついて来て。俺は呪霊だって食っちまうんだぜ」

 

 

これはどうやっても討伐不能な阿部さんによる蹂躙劇であり、それ以上それ以下でもない。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

伏黒 甚爾は走っていた。

 

 

常人離れした身体能力をフルに活かし、伏黒 甚爾は走っていた。

 

 

伏黒 甚爾は必死に走っていた。

 

 

しかし、彼はほとんど前に進んでいなかった。

 

 

自尊心など捨てたはずだった。最愛の妻を失った際に全てを全て、投げやりに生きてきた。面倒ごとは避け、倫理観を捨て、汚い仕事であろうとも、金のためであれば簡単に請け負った。

 

 

慎重に準備はしたものの、今回も旨く行くはずだった。

 

 

一人の女子中学生を殺害する。それだけのはずだった。

 

 

自分には何もないはずだった。

 

 

全て自分から捨てたはずだった。もう、自分の子供の名前すら思い出せない。

 

 

だが。それでも懸命に離脱しようと走っていた。何故か、ここで止まっていはいけないと自分の本能が叫んでいた。

 

 

「や・ら・な・い・か」

 

 

その言葉が聞こえると、また、自分の体が吸い込まれそうな浮遊感を感じる。

 

 

「ふざけるな。誰がてめぇとヤルかよ」

 

 

しかし、踏みとどまり、ただ走る。自分を吸い込もうとする公衆便所から逃れるために、ただ走る。

 

手持ちの呪具にはあらゆる呪術を強制的に切断する効果があるものもあったが、全くと言っていいほど効果がなかった。

 

 

打撃も、斬撃も、銃撃も何一つ効果がなかった。

 

 

ブラックホールのように周囲の男を吸い寄せる公衆便所から自分がまだ逃れているのは単に自分の身体能力が優れているからであることを伏黒 甚爾は誰よりも自覚していた。

 

 

一瞬でも気を抜けば終わり、そんな極限の状況を数時間程、伏黒 甚爾は耐えていた。

 

走り、走り、走り、マラソン選手でももうこれ以上走れないというレベルを超過しても尚、走り続けていた。

 

 

口の中がガラガラに乾き、酸素を求めて肺がヒューヒューと音を立てる。

 

 

極限状態でまるでアニメーションのコマ送りのように数日前の出来事を思い出す。

 

 

どうして、こんな状況に陥ったと

 

 

ふと、亡き妻の顔が浮かんだ

 

 

「いい奥さんじゃないの。ずっと旦那を守っているだなんて」

 

 

とたん、自分を縛っていた吸引力が消える。

 

 

自分を庇うように見慣れた、もう見れないはずの妻の背中が自分と呪術界最悪と言われる特級呪霊の間に立っているのが見えた。

 

 

やめろ、やめろ!それだけはやめてくれ

 

 

必死で手を伸ばす、亡き妻の悲しげな顔がこちらを見ていた

 

 

「甚爾さん、あの子は?」

 

 

心臓が搔きむしられるような感触を感じながら、伏黒 甚爾は耐えきれず膝をついた。

 

 

妻に何を言えばいいか分からない。

 

 

どれほど、そのまま固まっていただろう。

 

 

 

段々と冷めていく思考がこの始まりの数日前の出来事を頭の片隅から引っ張り出し始めていた。

 

 




流石に五条先生でも阿部さんには勝てないと作者は思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伏黒 甚爾の回想

 

戦場において情報は命だ。

 

 

だから、信頼はできなくとも、信用はできる人物から入手する必要がある。

 

 

星奬体である少女の暗殺依頼を仲介してきた孔時雨という男はそういう意味では伏黒 甚爾にとって優秀な仲介人であった。

 

 

「星奬体暗殺の依頼をしてきた盤星教の幹部が襲われた?」

 

 

「ああ、正確に言うと、幹部だけじゃない。男全員だ。幹部の方も生きているのはいるが、アレはもう駄目だ」

 

 

「廃人にでもなったのか?」

 

 

「……ケツを掘られたらしい。もう、快楽しか頭に無い。奴らにとって星奬体なんざ、どうでもよくなっている」

 

 

「この業界でケツっていうと、アレか。例の特級呪霊」

 

 

「ああ、阿部高和だ」

 

 

特級呪霊 阿部高和に依頼主である盤星教が襲われた。その時点でこの依頼は自動的になかったことになる。生きてはいるものの、ガバガバになった尻と、快楽に侵された脳ではもはや、神を讃えることはないだろう。何しろ、何百年と続いた呪術関連の関係者ですら、一度掘られれば、ハッテン場に行くことしか考えられなくなる。

 

 

「ハッ、ホモに掘られて壊滅なんて、カルト集団の末路としてはお似合いだな」

 

 

「その通りではあるが、依頼がお釈迦だ。それに、こっちだって、色々準備してただけに金銭面の被害は結構出てるぞ」

 

 

「確か、阿部の懸賞金5億だったよな?」

 

 

「……止めておけ。アレはいくらお前でも無理だ」

 

 

「まあ、だろうな。俺も見えてる地雷を踏む気はねぇよ」

 

 

「日本にはかつて、特級呪霊が10体以上いた。今じゃ残り4体。全部阿部に喰われちまった。特級だけじゃない、強い1級、準1級なんざ、もうほとんど国内に残っちゃいない」

 

 

おかげさまで、呪霊による犠牲者は激減、呪術師はお仕事が無くなりましたとさと孔時雨はぼやいた。

 

 

「昔、呪霊が掃除機に吸い取られるみたいに公衆便所に吸い込まれていくの見たから知ってる。あれは一種の領域展開、それも強力過ぎて、俺でも回避不能だ」

 

 

「だろうな、禪院家の連中が総がかりで阿部討伐しようとして、全員掘られて呪術奪われたからな。今じゃあ、禪院家なんてつぶれかけのボロ小屋だ」

 

 

禪院家では非呪術師はまともな人間として扱われない。

 

 

かつて「禪院」の姓であった伏黒 甚爾も猿と呼ばれ、動物のように扱われていた。そんな、禪院家が阿部高和に手を出し、男が掘られ尽くされ、今では壊滅状態。まともな呪術師は分家にしか残っておらず、禪院家はもはや、絶滅危惧種に近い。

 

 

禪院家を風前の灯火にまで追い込んだ阿部高和に伏黒 甚爾は密かに感謝していた。

 

 

「確か、歴代初の女の当主が出るかもって話が出ているんだったか?」

 

 

「ジジイ共が認めるなら、そうなるな」

 

 

ただ、伏黒 甚爾はそうはならないことを知っている。誰でもない己の息子の中に禪院家が欲して止まない呪術の残骸が残っているのだから。

 

 

問題は、そう、いつ売り飛ばすかだ

 

 

最も高い値段が付くのは今ではない

 

 

もう数年必要だ

 

 

ただ、星奬体暗殺という大口依頼が無くなった以上、別口で金を稼ぐ必要はある。そんな 伏黒 甚爾の心境を悟ってか孔時雨はポツリと呟いた。

 

 

「なるべく無傷で星奬体のガキ攫えるか?」

 

 

「誰が、金払うんだよ」

 

 

「星奬体なら、金を払うやつは探せばいくらでも出てくる。ただ、盤星教ほど金払いは良くない」

 

 

「やっぱ、そうなるか」

 

 

金を使った戦略が使えない以上、単独でシンプルに動くしかない。

 

 

「呪術高専の敷地に入って油断した瞬間をサクッとヤッて拉致する。それしかないな」

 

 

まあ、それしかないわなと孔時雨も相槌を打った。

 

 

それが三日前だった

 

 

想定通り、星奬体の護衛として配属されていた五条悟は慣れ親しんだ呪術高専の敷地内ということで油断していた。

 

 

計画通り、五条悟を背後から刺し、星奬体を奪い去った。

 

 

正確には奪い去ろうとした。

 

 

ちょうどその瞬間、5体に分裂した阿部高和が呪術高専を上空から襲った。

 

 

天元様による結界に守られているにもかかわらず、腰の一振りで結界を破壊した。

 

 

 

 

「「「「「この分身って術式いい感じじゃないの」」」」」

 

 

 

それを見た瞬間、星奬体の少女を阿部高和に向かって投げ捨て、伏黒 甚爾は逃げ出した。

 

 

「そう、慌てるなよ。兄ちゃん」

 

 

その声はすぐ耳元で聞こえた。

 

 

「俺と一発。や・ら・な・い・か」

 

 

伏黒 甚爾は走馬灯を見ながら全力疾走でその場から逃げ出した。

 

 

背後から呪術高専が蹂躙される音が聞こえていた。

 

 

 





分身の人は阿部さんに掘られて術式を奪われました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏油傑の受難

 

ホモが空から降ってきた。

 

 

 

その股間は既に臨戦態勢であり、青いつなぎの上からもその大きさが伺える。まるで木刀のようなそれを背後からぶち込まれたら、数か月はオムツのお世話になるには待ったなしだ。

 

 

分身した阿部高和は5体。3体が五条悟、夏油傑、伏黒甚爾の元に向かい、残り2体は高専を蹂躙していた。高専の至る所から「アーッ」という断末魔が聞こえる。

 

 

「特級呪霊と手を組んで同時襲撃だと!?」

 

 

「ふざけるな!」

 

 

星奬体の護衛任務中である五条悟と夏油傑からしたらたまったものではない。実際はただの偶然であるが、当の伏黒甚爾は逃亡しようとして回り込まれており、尻を庇うのに必死のため、弁明ができない。

 

 

「傑!二人を連れて逃げろ!お前の方が早い」

 

 

事実、呪霊操術を使える夏油傑の方が護衛対象である2人を連れて逃げるには適している。

 

 

「落ち着きなって、兄ちゃん達。そこのお嬢さん二人には俺は何もしないし、できない」

 

 

静かな、落ち着いた口調で特級呪霊 阿部高和が口を開いた。

 

 

「俺の『縛り』でね。いかなる状況においても俺は女性を傷つけることができない。誰の命も奪うこともできない。その代わり、俺の股間はどんな術式でも、呪具でも貫通することができるし、やろうと思えば相手の術式を奪うことができる」

 

 

つまり、五条悟の無敵の防御である『無限』を無効化し、貫通、その術式を奪うことができることを意味する。

 

 

「だから、落ち着いて、俺とやらないか?」

 

 

「お断りだね」

 

 

その宣言と共に五条悟の術式反転【赫】が炸裂し、ろうそくをかき消すように無効化された。

だが、五条悟の攻撃はそこで終わらない。

 

 

「少し潰れてろ」

 

 

術式順転【蒼】が周辺の木々、ブロック塀を引き寄せ雹のように上空から阿部を襲い、僅かながら足止めに成功する。

 

 

「全呪霊開放!襲え!」

 

 

そこに夏油傑が呪霊操術で操作できるだけの呪霊全てをぶつける。護衛対象に危害が加えられないことが事実ならばここで集団戦で少しでも消耗させた方が有利と判断、自身が保有するすべての呪霊をぶつけた。

 

 

「へえ、いいじゃないの」

 

 

次々と襲う呪霊は一体一体丁重に掘られていく、その股間の剛直は折れることなく、天を貫かんばかりにそびえ立っている

 

 

「こ、攻撃が完全に無効化されている。悟、どうにかならないか」

 

 

「できるならとっくにやっているよ!」

 

 

「ごもっともだ」

 

 

夏油傑が使役している呪霊が尽きれば次は自分たちの番だということを本能的に2人は理解していた。

 

 

「長髪!後ろだ!」

 

 

器用に逃げ回っていた伏黒甚爾の忠告が校庭に響いた。悪寒を感じた夏油傑が振り向くといつの間にか別の分身が自分の尻に狙いを定めていた。

 

 

夏油傑には物事が全てコマ送りのように見えていた。恐ろしく太い剛直が自分の尻に迫っている。

 

 

避けられない。

 

 

尻に生暖かい感触を感じる。

 

 

自分はここで終わるのか、そう覚悟した瞬間、夏油傑は自分の体が猛スピードで何かに引き寄せられるのを感じた。術式順転【蒼】による引き寄せ。それが間一髪、夏油傑を窮地から救っていた。

 

 

しかし、完全には間に合っていなかった。阿部高和の剛直は夏油傑のズボンを突き破り、その尻に僅かであるが、触れていた。

 

 

そして、もう一体の分身を抑えていたはずの呪霊の制御が無くなるのを、妙に冴えた頭で夏油傑は理解した。

 

 

「さ、悟。ありがとう。でも、もう終わりだ。奪われた」

 

 

「え?」

 

 

「呪霊操術を阿部に奪われた」

 

 

この瞬間、呪霊操術が可能な特級呪霊が誕生した。

 

 




メロンパンの計画完全崩壊


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五条悟の苦悩

 

酷い悪夢を見て五条悟は目を覚ました。

 

 

 

約10年近く前の星奬体の護衛任務の夢。

 

 

護衛対象は守れたものの、呪術高専はほぼ壊滅。

 

 

親友であった夏油傑は術式を失い、最強は片翼を失った。

 

 

自分があの時、生きていたのは護衛対象の二人と、数少ない女友達とも言える家入硝子、そして、普段はからかっていた庵歌姫がその身を挺して守ってくれたからであり、完全敗北だった。

 

 

女4人に尻を庇われながらの逃走。

 

 

助けることができなかった親友。

 

 

失われた多くの呪術高専の関係者の術式。

 

 

最強と信じていた自分の力の完全敗北。

 

 

あの日から鍛え続けていた。自分が遥かに強くなったという自覚もあるし、力の扱いも旨くなった。

 

 

あの時、一緒に逃げ出した伏黒 甚爾との鍛錬で体術も強くなった。

 

 

己の領域展開も手に入れた。

 

 

でも、それだけだ。

 

 

特級呪霊 阿部高和を討伐できるかと言えば、できない。

 

 

 

『五条悟では、特級呪霊 阿部高和を討伐することができない。』

 

 

 

その事実だけが重たく圧し掛かっていた。

 

 

親友の力を奪われた。いつか取り戻してやると約束しておいて、その目途すら立っていない。

 

 

結果、本来、自分と同じ最強であるはずの親友は補助監督に留まっている。

 

 

ある村で監禁されていた双子を助けた。その時、親友は泣きそうな顔をしていた。

 

 

「なあ、悟。本当はこの世界が許せないんだ。でも、もう私には精々見ることぐらいしかできないんだ」

 

 

その時の親友の顔が脳裏から張り付いて離れない。

 

顔を洗う。

 

己の碧眼が目に入る。

 

六眼と無下限呪術という破格の能力を生まれ持った。

 

しかし、救いたいものは何も救えておらず、ただ、失っていくだけ。

 

仲間を増やそうと思い、高専の教師になったものの、まだ、結果は芳しくない。

 

忌み嫌う上層部を変えるにも

 

親友が奪われたものを取り戻すのも

 

「最強」そう称しても、何も残らない

 

鍛える、鍛える、鍛える、数を繰り返すしかない

 

鍛える

 

鍛える

 

五条悟は飢えていた。

 

更なる強さに飢えていた。

 

まだ、届かない。でも、伸びしろはまだ残っているなら、続けるしかない。

 

領域展開のその先に、鍛えて、鍛えて、鍛えて、至るしかない。

 

五条悟は最強に至れる人間だ。

 

でも、まだ、至れていない。

 

まだ、先がある。

 

単独の特級呪霊 阿部高和撃破。

 

それこそが最強の証明。

 

まだ、足りない。まだ、足りない。まだ、弱い。まだ、全然足りない。

 

今日も報告が入る。

 

どこぞの呪術士が阿部に掘られた。

 

相手はもっと強くなっている。

 

なら、その倍以上のペースで強くならなくてはならない。

 

今日も五条悟は鍛える。

 

 

 

 

 

まだ先に、まだ先に、まだ勝てないと理解しているが故に

 




五条先生が死ぬ気で鍛えているので原作対比パワーアップ。
このパワーアップした五条先生を本気で封じる必要があるメロンパン。


次回、阿部さん乱入の0巻


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乙骨憂太の喪失


誤字脱字の報告誠にありがとうございました。


乙骨憂太という青年の人生は決して幸福なものではない。幸福ではなかった。

 

 

将来結婚を約束した折本里香を交通事故で失い、彼女が自身に害する全てを排除する呪いとなって以降、「生きてもいいという自信を持ちたい」と願いつつも死を願っていた。

 

 

そんな乙骨憂太は五条悟との出会いによって、呪術の道に歩むこととなり、呪術高専に入学をする。入学の手続きの途中に五条悟は簡単に現状を説明した。

 

 

「僕たち呪術師は絶滅危惧種なんだ」

 

 

淡々と五条悟は語った。

 

「絶滅危惧種ですか?」

 

「そう、僕たち呪術師は一方的に狩られている。里香ちゃんと同じ阿部高和っていう、特級呪霊によって」

 

眼を隠している布を払い、まっすぐに乙骨憂太を見ながら五条悟は上層部の意図を語る。

 

「呪術界ってのは、クソだ。人を陥れる、騙す、時には自分の肉親さえも簡単に売り買いする。そんな人間が上層部の大半を占める」

 

ピッと指を立てて、五条悟は一度間を置いた。

 

「だが、奴らは、今、追い詰められている。一方的に狩られて、もう、後がない。そんな中に見つかったのが、君だ」

 

「僕ですか?」

 

「正確には、君と里香ちゃん。上層部は里香ちゃんなら阿部高和を殺せるかもしれないと考えている。んで、君と里香ちゃんと阿部高和をぶつけようとしている」

 

本来であれば、君は危険すぎるとして、死刑判決が出てもおかしくなかった。でも、上層部は保護観察にして、君を鍛えるよう僕に依頼してきた。里香ちゃんが制御できるようになったら、阿部高和にぶつけるためにねと五条悟は付け足した。

 

「…そんな!里香ちゃんは何も関係がない!」

 

「そう、関係がない。むしろ、僕の問題だ。だから、君には戦わないで欲しい。僕が阿部高和を討伐する。その間に里香ちゃんの解呪を進める」

 

「解呪?」

 

「呪いを解いて、成仏させてあげるってことさ」

 

「できるんですか!」

 

「うん、できるよ」

 

「だから、阿部高和は誰に何を言われようと僕に任せてほしい。アレは僕が倒さなくてはいけない」

 

飄々とした態度から一辺倒、五条悟は静かに拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

そして、乙骨憂太が呪術高専に入学してから3か月が過ぎた。徐々にではあるが、同級生とも打ち解け、友人関係が構築されていった。

 

乙骨憂太は失った幸福を取り戻しつつあった。

 

 

「傑。上層部がそろそろ動き出す。本気で折本里香を阿部にぶつけるつもりだ」

 

「君を敵に回してもかい?」

 

「あの老害共はやる。それも近いうちに」

 

馴染みとなった居酒屋で五条悟と夏油傑は話していた。

 

「だから、先に阿部を僕が潰す」

 

「…できるのか。正直、過去5年で阿部は1級を4人掘っている、上層部も相当ヤられている。呪霊も掘っていることを考えると、昔と比べ物にならないくらい強くなっている可能性が極めて高い」

 

 

「中途半端な術式を大量に抱えてもむしろ、邪魔になるだけだ。阿部の本当に怖いのは、術式の無効化・貫通能力、それと、恐ろしい程の移動速度だ」

 

「阿部の領域展開もあるだろう」

 

「ああ、だけど、それだけなら、僕の領域展開でも相殺ができる」

 

「なあ、生徒を守ろうとする姿勢は正しい。そうあるべきだと思うだけど、悟まで術式を失ったら、それこそ、すべてが終わりだ。折本里香をぶつけるという選択肢は必ずしも間違いではないと思う。女性である以上、傷つくことはないはずだ」

 

「駄目だ。万が一、呪霊操術で操られることがあったら、それこそ、本当の終わりだ」

 

「仮に呪霊操術を使うなら、乙骨憂太君を殺害しない限り無理だよ」

 

「…本当にそうか?」

 

「ああ、私の術式だったんだ。それは間違いない」

 

「それは傑が知っている呪霊操術のままだったらだろ?」

 

「阿部が術式の改造までできると?」

 

「そういう術式を手に入れた可能性はゼロじゃない」

 

「たしかにそうだが。それでも、悟が戦うよりリスクは低い」

 

アルコールが苦手な五条悟は一旦、ノンアルコールビールで喉を潤し切り出した。

 

「これでも、阿部について徹底的に洗ったつもりだ。アレは元人間、それも呪術とは何の関係もない一般人。ただ、事故で亡くなった自動車工場の整備士だ。それがいつの間にか特級呪霊になっていた。折本里香以上に出所不明だ」

 

「特級に至った過程も不明だったよな」

 

「呪霊になった瞬間から特級クラスだった説が一番有力でたぶん、正解。アレはたぶん、なんかの概念が呪霊になって、それがたまたま近くにいた人間の外見になったタイプ」

 

「それで、何が言いたいんだい」

 

「女の呪術師でも阿部は討伐できていない。帳を貫通できるからとか、それだけじゃない。純粋に阿部が速すぎるんだ。動きが速すぎて、誰にも補足できない。スピードがあれの最大の武器だ。アレの速度についていけるのは、もう、僕か甚爾のおっさんしかいない。折本里香は強い。でも決定的に速さが足りない。最悪の場合、乙骨が掘られて、折本里香の制御を奪われる」

 

そして、何よりも自分の責任だと思っているとは五条悟は口に出さなかった。

 

「だから、阿部は僕が討伐する。しないといけない」

 

「そうか、そこまで言うならもう止めないよ」

 

カキンとグラスを合わせる。十年前のリベンジ戦を静かに誓う二人の携帯電話に呪術高専が阿部高和に襲撃され、乙骨憂太が交戦中だという報告が届くのは数分後のことだった。

 

 

乙骨憂太の幸福がまた、崩れつつあった

 

 

 





次回、乙骨憂太 vs 阿部高和


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パンダの絶望

 

乙骨憂太が阿部高和を目撃した際の第一印象は事務員か、清掃員のようだであった。

 

 

それくらい違和感なく、呪術高専の正門付近に佇んでおり、清掃中のように見えた。

 

 

「そこの兄ちゃん。ちょっといいかい?」

 

「あ、はい。僕ですか」

 

「狗巻君いるかい?」

 

「今ならたぶん教室にいますけど」

 

「そうか、ありがとう」

 

 

軽く頭を下げて、青いつなぎを着た男は乙骨の横を通り過ぎようとし、そこで一旦立ち止まった。

 

 

「兄ちゃん。そのなんか憑かれてるみたいだけど、大丈夫か?」

 

「え、その、分かるんですか?」

 

「なんなら、祓ってやろうか」

 

「いえ、里香ちゃんは僕の問題ですので」

 

「そうかい、なら頑張れよ」

 

 

なんで里香のことが見えたのか、何故祓えると言ったのか、歩き出そうとする青いつなぎの男に訊ねようとしたその直後、背筋に何か嫌なものを感じた。

 

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 

相変わらず、朗らかな笑みを浮かべている青いつなぎの男がいるだけだ。

 

 

「あの、狗巻君に何のようですか?」

 

「ん、ああ。面白い術式を持っているし、タイプだから、ちょっと、一発やろうかと」

 

「……あなた一体何者ですか?」

 

 

そこで乙骨は改めて違和感を抱いた。まるで敵意は感じないが、何かがおかしいと。

 

 

「俺かい?阿部っていうんだ。よろしく」

 

「阿部。阿部高和?」

 

「そうだけど」

 

 

あまりに自然体だった。まるでちょっと散歩に来た程度の感覚。本当にただ、知り合いに会いに来た保護者にしか見えない。それだけに異常性が際立っていた。

 

 

『憂太に触るなぁ!』

 

 

何の前触れもなく、里香が出現、巨大な両手で阿部高和を叩き潰そうとした。

 

 

しかし、乙骨はその行動を咎めることをしなかった。あまりに違和感が無さ過ぎて、普通に会話をしてしまっていたが、ここは呪術高専の敷地内。一般人が入れるはずがない。なのに、この青いつなぎの男は平然と入っており、まるで勝手知ったる我が家のように寛いでいる。そして、なにより『阿部高和』については何度も教師である五条とその補助監督である夏油から話を聞いていた。

 

「と、特級呪霊 阿部高和!」

 

「俺のこと、知ってるのかい?」

 

「夏油さんの術式を返せ!」

 

「昔、俺が掘った誰かかな?」

 

 

被害者の名前すら認識していない。その事実が乙骨の怒りに火をつけた。

 

 

「お前のせいで、夏油さんがどれだけ苦しんだと思っている!」

 

『リカ、オマエ、キライ』

 

 

折本里香による拳の嵐が阿部高和に降り注ぐが、腰を前後させる動きだけで器用に躱される。

 

 

「ん、兄ちゃんは後一年か二年したらタイプなんだけどな」

 

「ぜ、全然当たらない」

 

「そらぁ、こんだけ大振りだとなぁ」

 

 

万が一、五条がいない場所で遭遇した場合の対処方法は聞いていた。距離を開け、決して近寄ってはいけない。対処は里香に任せ、遠距離から指示しつつ、攻撃。その間に逃走経路を探すか、女性の味方を呼ぶ。最悪、誰かが騒ぎに気が付いてくれる。

 

 

「里香ちゃん!一旦、下がって!【ふきとべ】」

 

 

拡声器を出現させ、狗巻家の呪言を再現。近寄れては終わりのため、距離を盗ろうとするが、一向に効く様子がない。

 

 

「本当に術式が完全に無効化されてる」

 

『憂太、逃げて』

 

「里香ちゃん?」

 

『逃げて』

 

 

普段の情緒不安定な言動と異なり、明確な理性が感じ取れた。

 

 

『憂太は里香が守る。だから、逃げて』

 

 

ガシッと乙骨の胴体を掴み、後方の校舎に向けて投げた。そして、騒動に気が付いてこちらに向かっていた禪院真希を中心とする女性呪術師に受け止められた。

 

「おい、乙骨。大丈夫か、しっかりしろ」

 

「真希さん。里香ちゃんが校門付近で」

 

「分かっている。阿部が出たんだろ。悟にも連絡がいった。あと数分でくるはずだ。その間は女性の呪術師全員で食い止める。いいからお前は下がっていろ」

 

「里香ちゃんを一人にはできません」

 

「そういう問題じゃない。お前がヤられたら終わりなんだ」

 

 

真希の目線には優しさと厳しさがこもっていた。

 

 

「たぶん、阿部に勝てるのは里香か、悟だけだ。だから、お前は何が何でも生き延びろ」

 

「真希さん、待って」

 

 

引き留める手を振り払い、真希は校門へと走り去った。

 

 

「…そうだ。狗巻君。アイツの狙いは狗巻君なんだ。まず、狗巻君に逃げるように言わないと」

 

 

里香も、真希も心配だが、聞いた話が事実であるなら、女性はいかなる状況でも傷つけることができない。なら、まず、阿部の狙いである狗巻を逃がさなくては。そう思い、乙骨は教室に向かって走り出した。

 

 

「ぱ、パンダ君?」

 

 

教室に至る廊下の前でパンダが青いつなぎの男と組み合っていた。

 

 

「ゆ、憂太逃げろ」

 

 

何故、校門にいるはずの阿部がここにと整理する間もなく、パンダは一瞬にして背後をとられ、そして、掘られた。

 

 

「ウォ、アッーーーーーーーー」

 

 

パンダの悲痛な悲鳴が廊下に響き渡った。

 





大体私の発想と感想をくださった方々の発想が一緒で安心しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狗巻棘の失望

 

「パンダは初めてだったが、こう、独特の締め付けがあっていいね」

 

 

未だに鋭角を保つ股間の剛直を引き抜き、阿部高和はそう一人呟いた。パンダは意識がないのか、ぐったりと床に倒れている。

 

 

「な、なんでここに校門にいたんじゃ」

 

 

刀に手を伸ばしながら恐る恐る距離をとる乙骨に対して、阿部高和は相変わらず人好きな笑みを浮かべていた。

 

 

「ああ、アレ分身な」

 

 

本体がここにいて、校門に分身がいるということはまんまと陽動に引っかかったことになる。里香を呼び戻すとう手段があるが、その場合、校門の防衛が瓦解する可能性がある。加えて、呼び戻している間は隙だらけだ。

 

 

「兄ちゃんはもうちょっとしたらタイプなんだけどな」

 

 

股間がむき出しのまま、阿部が迫ってくる。如何に膨大な呪力を持つ乙骨といえども、ここまで実力差があると切り込めない。自然体なのにまるで隙が無い。

 

とにかく、やるしかないと刀を阿部の首目掛けて振り回すが、腰の一突きで股間の豪槍が軌道に入り、あっさりと刀は粉砕された。

 

 

「私ごとやりなさい!」

 

 

その瞬間、パンダが起き上がり、阿部を羽交い絞めにした。抜け出そうと阿部がもがくか、突如自身の『縛り』が発生したことに気づいた。

 

 

「なんでメスになって…」

 

 

心の底から困惑している表情の阿部に対して、条件反射的に乙骨は動いた。可能な限りの呪力を練りこんだ拳を阿部の胸に叩き込んだ。

 

 

「…やるじゃないの」

 

 

どろりと阿部の身体が溶けた。

 

 

「これも分身!?」

 

 

「ええ、ここに来ているのは全部分身よ」

 

 

「パンダ君だよね?」

 

 

「その姉よ。弟と兄は掘られたショックで気絶しているから代わりに私が出てきたの」

 

 

「パンダ君のお姉さん?」

 

 

「詳しい話は後、まず狗巻と学長を助けに行くわよ。校門以外に分身はあと二体いるはず」

 

 

「本体はどこに?」

 

 

「京都呪術高専よ。京都校の学長を掘りに行ったってさっきペラペラ話してたわ」

 

 

走りながら乙骨とパンダは情報を交換した。学長もう、定年超えたジジイなんだけどとパンダが呟いたため、乙骨は想像してしまい、吐きそうになった。

 

 

「狗巻君はどこに?」

 

 

「天元様のとこに学長が連れて行ったわ。私は時間稼ぎで残ってたの」

 

 

パンダは走りながら天元について説明をした。

 

 

「確か、こっちには警備員の甚爾さんがいたはず」

 

 

「阿部が来たと分かった瞬間。真っ先に逃げたわ」

 

 

「……甚爾さん」

 

 

気持ちは分かるが警備員がそれでいいのだろうかと思わず、乙骨はため息を吐いた。その間も一人と一匹の足は止まらない。

 

 

「ドアが破られてる」

 

 

「もう来てるわね」

 

 

急いで天元の元に至る階段に足をかけた。

 

 

【潰れろ】【動くな】【死ね】【ふきとべ】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るな】【来るなぁぁぁぁ!】

 

 

最後の方は掠れてほとんど聞こえない。

 

 

「狗巻君!」

 

 

乙骨とパンダが乗り込んだそこには、下半身むき出しで白い液体に塗れ、床にうつ伏せで倒れた呪術高専:東京校の学長夜蛾。そして、壁際まで阿部に追い込まれて半泣きの狗巻棘が佇んでいた。

 

 

「来い!里香!」

 

 

乙骨はこの段階で躊躇なく、里香を呼ぶことを選択した。その瞬間、阿部は優し気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

術式発動

「呪い貫通」「解呪」「人形封印」

 

 

 

呼び出された里香が突如光りだす。

 

 

「里香ちゃん!?」

 

 

慌てて乙骨は里香に抱き着いた。女性を傷つけられないはずなのに、何故。焦燥感だけが募る。

 

 

「兄ちゃん、俺は女性を一切傷つけることができない。いかなる状況においてもだ」

 

 

しかしと阿部高和の分身は指を立てた。

 

 

「本人にとって、益になることはできるんだぜ」

 

 

「ゆ、憂太?」

 

 

光が収まった先には、かつての思い人が佇んでいた。

 

 

「里香ちゃん?里香ちゃん!」

 

 

たまらず、乙骨はかつて無くしたはずの想い人を抱きしめた。

 

 

「ちょっと、何をしているのよ!」

 

 

パンダの怒号が響いた。乙骨憂太と折本里香が感動の再会を果たしているその間に、いつの間にか、阿部高和と狗巻棘の姿が室内から消えていた。

 

 

日本の滅亡は着実に近づいていた。

 

 





完結まで後5~6話になります。

感想、評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

折本里香の憂鬱

「残念無念で不書感想」様。誤字報告誠にありがとうございました。


折本里香にとって、乙骨憂太は彼女の全てだった。

 

 

生涯を共にしたい唯一の伴侶。他の異性には一切近づいてほしくない。自分だけを見て、ずっとあの優しい笑みを見せてほしい。それだけが、折本里香の願いであり、死んだ後もそれは変わらなかった。

 

 

例え、憂太に呪われ、醜いバケモノとなっても「折本里香は乙骨憂太を愛している」。その事実だけは誰にも変えようがなく、永遠で不変。

 

 

そんな中、折本里香は生前の姿を取り戻した。

 

 

呪術高専の学長である夜蛾から奪った傀儡呪術、そして、阿部が奪った複数の術式の融合により特級呪霊 折本里香は呪骸に封じされ、生前の姿と理性を取り戻した。

 

 

阿部高和が討伐された場合、折本里香は元の特級呪霊に戻るか、最悪、消滅する可能性がある。

 

 

その事実を五条悟から告げられ、乙骨憂太は、阿部高和と戦えなくなった。

 

 

乙骨憂太も折本里香を愛している。

 

 

その事実が甘美な響きとなり、折本里香に改めて、最愛の伴侶の愛しさを感じさせている。

 

 

乙骨憂太は折本里香を愛している。

 

 

折本里香は乙骨憂太を愛している。

 

 

二人はどうしようもなく、相思相愛で、例え死後の束の間の夢だとしても、この時間は二人にとって何よりも大切なものだった。

 

 

再開から何度も言葉を交わし、互いの温もりを分かち合い、口づけを交わし、愛を共有する

 

 

乙骨憂太は折本里香を愛している。

 

 

折本里香は乙骨憂太を愛している。

 

 

それが全てで、それだけが事実だった。

 

 

同時に折本里香は理解している乙骨憂太は、自分以外にも大切な人を抱えている。

 

 

同級生の狗巻棘。事故で誰も呪わないように自身の語彙を縛っていた彼は、数日間の記憶と呪言を失った状態で阿部高和の襲撃の翌日自室で発見された。普通に話すことができるようになったが、もう呪霊は見えないため、今後は一般の高校に転入することになり、そのための勉強をしており、愛しい憂太が頻繁に差し入れを持って行っている。

 

 

狗巻君については、今後色んな人と話して、幸せになればいいと折本里香は思っている。憂太の数少ない、同性の友人であり、その優しさから素直に幸せが願える人。

 

 

同級生のパンダ君。阿部高和に掘られてからしばらく、女性の人格になっていたが、最近復活した。可愛いので、時々モフモフさせて欲しいと思う。

 

 

同級生の禪院さん。この人は駄目だ。憂太を異性として見ている。悪い人ではない、むしろとてもいい人だ。でも、駄目だ。とっても、駄目だ。胸も大きい。駄目だ。このヒトと憂太が接触する時は、自分が一緒じゃないとダメだ。目の前でいっぱい憂太にキスして憂太のことは完全に諦めてもらおう。

 

 

担任の五条悟先生。すごくダメな大人。憂太の恩人だけど、とても駄目で、ダメな人。

誰よりも阿部高和の討伐に意欲的な人で、友人想いの人。友人が失ったモノを取り戻すためならいくらでも頑張れる人。阿部高和が想像以上にパワーアップしているから、呪具で一時的に性別を女性にすることまでした人。

 

 

夏油傑さん。大事なものを奪われたけど、恵まれない子供たちのためにずっと努力している強い人。入学した頃の憂太の面倒を見て、相談に乗って、裏で支えてくれた人。優しいけど、どこかで折れてしまいそうな、泣きそうな人。とても、優しくて、弱い人。笑えない人。

 

 

家入硝子さん。私の健康管理をしてくれている人。何かを達観した人。どこか、諦めたでも何か引きずっている人。

 

 

学長の夜蛾先生。術式を全部奪われてしまったけど、教育者として残りたいと願った強い人。

 

 

灰原雄さんと七海建人さん。憂太に大学と一般企業への就職を勧めてくれている人。

 

 

枷場美々子ちゃんと枷場菜々子ちゃん。夏油傑さんに救われた双子。最近、よくお茶をする二人。夏油傑さんのために阿部高和を討伐しようと頑張っている二人、夏油傑さんの幸せを願っている二人。

 

 

「里香ちゃん。里香ちゃん。ぼんやりしていたけど、大丈夫?」

 

 

振り向けば、愛しい憂太の声がする。生を感じされてくれる優しい声。

 

 

「大丈夫、ねえ、憂太。憂太はどこにも行かないでね。ずっと、傍にいてね」

 

 

「どこにも行かないよ。ずっと、一緒」

 

 

「憂太。あの、阿部って人が討伐されたら、里香はどうなるのかな?」

 

今度こそ、本当に消えてしまうのではないか。それはしょうがない。でも、憂太を悲しませたくないと思う。

 

「大丈夫。大丈夫。僕が絶対にそんなことさせないから」

 

ギュッと抱きしめられ、生を感じる。愛しい人の心臓が、トクン、トクンと音を立てる。

 

「ねえ、憂太。こことっても、危ういね」

 

「どうして、そう思うの?」

 

「夏油さん、いつも泣きそうだよ」

 

「うん、そうだね。あの人はいっぱい我慢して、いっぱい耐えてるからね」

 

「五条先生は夏油さんのために、戦うんだよね?」

 

「うん、そうだね」

 

「憂太は行かない」

 

「うん、行かない。もう、里香ちゃんの傍から離れない」

 

それはいけないことだが、嬉しいと感じる自分がいることを、折本里香は自覚している。

このままいけば、阿部高和はきっと、討伐され、自分はまた、悪霊になるか、消滅するか、どちらにせよ、愛しい、愛しい憂太を傷つけることになるだろう。

 

 

それが、恐ろしい。もう一度死ぬことより、憂太を傷つけることが恐ろしい。

 

 

 

きっと、この時間は長く続かない。誰かが、壊してしまう。それが悲しい。

 

 

呪術高専はとても危ういバランスで成り立っている。それが崩れれば、きっと、一気に瓦解する。

 

 

ガラガラと、ガラガラと、とても簡単に壊れてしまう。

 

 

ああ、怖い。

 

 

「里香ちゃん、授業があるから、そろそろ行くね」

 

 

怖い、無くしたくない。

 

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 

ちゃんと笑えているだろうか。大事な人を送り出す。離れないでと本当は言いたい。できない、できない、とても大切だから、できない。

 

 

愛しい人の後を見つめながら、窓から、呪術高専の校庭を見る。

 

 

阿部高和討伐のために、一時的に女性に性別を変更した五条先生が、夏油さんと訓練しており、それを眺める双子がいる。

 

 

手段を選ばなくなった「最強」ならきっと、阿部高和に勝てるだろう。

 

きっと、勝ってしまうのだろう。

 

 

そして、また、憂太が傷つくのだ。

 

 

「本当にそれでいいの?」

 

 

五条悟、夏油傑、枷場美々子、枷場菜々子。ふと、この四人の関係が目に入る。

 

 

どうにか、できる方法を思いついてしまった。

 

 

まるで、悪魔のささやきだ。

 

 

ああ、でも、本当に憂太が自分の全てなら、呪術高専の危ういバランスを強固なものにすることで、憂太と一緒にいられるなら、きっと、自分は悪魔にでも魂を売ってしまうのだろうと折本里香は、一人愛しい人を待ちながら、微睡んだ。

 

 




狗巻君は数日間の記憶と術式を失った代わりに普通に話せるようになりました。
イケメン且つ性格も優しいのできっと幸せを手にしてくれるでしょう。

あと阿部さんが強い呪霊を掘りまくっているので灰原さんは生きています。

もう、手段を選んでいられなくなった五条先生。
次回、その反動の結果、いろんな人が暴走します。


完結まで後5話です。感想、評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある人物による『縛り』に関する講義



『縛り』に関する独自の解釈が存在します


 

 

『縛り』というのは一種の解釈論争だ。

 

 

阿部高和の縛りは「いかなる状況においても女性を傷つける・害することができない」だ。

 

 

これは女性であれば阿部からの攻撃を受けても無効化されるだけでなく、阿部側も甚大な被害を負う。『縛り』とは、呪術に関わる以上、絶対の法則であり、ルールだ。阿部のような超越者であっても破ることはできない。

 

 

さて、解釈論について、講義をしよう。

 

 

性別とは何だろうか、生物学的な解釈は当然の前提としよう。

 

 

呪霊と人間のハーフには、人間側の側面が強いので、当然、性別が存在する。人間の身体が男であれば、男だし、女なら女だ。

 

 

例えば、脹相は男であり、これは覆すことがない事実だ。

 

 

では、複数の人間の思念が混ざり合った呪霊にはそもそも性別はあるのか。

 

 

厳密にはない。呪霊は男性でもあり、女性でもある。同時に、どちらでもない。

 

 

しかし、阿部は、男のみ掘ることができるにも関わらず、奇形の呪霊も掘ることができる。性別がない奇形の呪霊を掘っても、阿部は『縛り』によるペナルティを受けない。

 

 

これは何故か。

 

 

実に簡単な話で、阿部が、その呪霊を「男だと定義付けた」からだ。

 

 

複数の思念の融合体である呪霊は、定義されるまで、男である可能性もあれば、女でもある可能性がある。

 

 

しかし、そこに外部から性別という定義を与えられれば、均等だった天秤が片方に崩れることになる。

 

 

つまり、呪霊は、外部から性別を定義づけられる。

 

 

何故なら、両方均等な可能性があるのに対して、外部から、「定義付け」という重りを乗せることで、その天秤を傾けることができるからだ。

 

 

逆説的に言えば、呪霊は自己申告、つまり、自己の認識によって、自己の性別を定めることができる。

 

 

例えば、自分は男だと認識していれば、男だし、女だと認識していれば、女だ。

 

 

より、精神構造がどちらに近いかによる。

 

 

さて、『縛り』の話に戻そう。

 

 

『縛り』は破った事実を認識しているかを問わず、縛った事項に抵触することでペナルティが生じる。

 

 

阿部の場合、「女性を傷つける」ことがペナルティを誘発する。阿部であっても、『縛り』からは逃れることができないし、それを破棄することはできない。

 

 

つまり、阿部を弱体化させることは極めて、簡単、「女性を傷つける」行為を実行させればいい。

 

 

実を言うと、呪術高専は、ほぼ正解にたどり着いていた。

 

 

複数の性別を内包したパンダの呪骸がその答えを示している。

 

 

阿部は、パンダの中に複数の性別がいると認識しておらず、掘った。

 

 

しかし、パンダの「男性」の人格が意識を失った後に、「女性」の人格が出てきたことで、阿部は後付け的に『縛り』を破ったことになった。

 

 

 

故に、あの日、阿部は呪術高専を壊滅させることはできなかった。

 

 

 

分身がいた東京側で正しく、認識されていなかったが、本体が襲撃した京都側では、学長以外の被害が無い。あの阿部が襲撃したにも関わらず、被害者は一人だけ。

 

 

そして、分身も生徒一人を攫って、全て消えている。

 

 

それは何故か。後付け的に『縛り』に抵触したことでダメージを受け、その場から退却せざるを得ない状況に追い込まれたからだ。

 

 

つまり、何が言いたいかというと、

 

 

阿部など、呪霊であれば簡単に討伐できる。

 

 

誰かを掘らせて、生き延びて、その後、性別を「女性」に変更すればいい。それを複数回繰り返せば、確実に阿部を弱体化、討伐可能なレベルまで落とし込める。

 

 

 

 

 

 

つまり、極上の餌にホイホイ釣られてきた阿部に「男」という餌を食わせ、後で性別を「女」に変えてしまえばいい。

 

 

 

 

 

それだけで、それだけで阿部は討伐できる。

 

 

 

こんな簡単な事実に誰も気が付いていない。

 

 

 

幸い、我々には魂の改造が可能な真人がいる。性別を変えるのは容易い。何人かが、生餌になれば、阿部の討伐は極めて容易だ。

 

 

 

 

五条悟でもやろうと思えば、できる。自分を掘らせて、掘られたその瞬間に自分の性別を「女」に変えればいいのだ。そこで疲弊した阿部をお得意の無限で潰せばいい。問題は自分を生餌にするという発想が出るかと、その瞬間に性別を変更する手段があるかだ。

 

 

一回掘られて、その後性別を変更という手段はあるが、「無限」を取得した阿部はもはや討伐不能の怪物になる。それは誰も望まないだろう。

 

 

 

問題は、掘られたからの性別変更がいつまで有効なのか。

 

 

 

例えば、阿部に掘られてから一週間後に性別を変更しても『縛り』に抵触したことになるのか。

 

 

こればかりは、その時の運になる。何故なら、「阿部によって傷つけられた」という事実がいつ時点まで適用されるのか、誰も正確に把握していないし、外部から定義付けることも極めて難しい。

 

 

だから、掘られたら、その直後に真人に性別を変更させる。それで終わりだ。

 

 

阿部は、脅威とみなされがちだが、『縛り』を利用すれば、簡単に倒すことでできる。

 

 

従って、問題は五条悟だ。

 

 

通称「無限」による自動防御に加えて、ほぼ消費の無い呪力。きわめて汎用性の高い領域展開といい、こちらの方が我々にとって、脅威だ。

 

 

しかし、五条悟にも明確な弱点が存在する。

 

 

 

 

夏油傑と国外にいる天内理子と黒井美里だ。

 

 

 

 

まず、国外にいる天内理子と黒井美里を確保。その二人を餌に、夏油傑を単独で呼び出す。

 

 

この三人を抑えた時点で、五条悟は我々に従わざるを得ない。

 

 

特に、夏油傑の存在は、五条悟にとってあまりにも大きい。

 

 

まず、五条悟には、三人の命が惜しければ、阿部を討伐しろと命じ、阿部との討伐を通じて疲弊させる。

 

 

阿部が討伐できれば良し、阿部が討伐された時点で私の「器」を夏油傑に入れ替える。

 

 

討伐できなくとも、相当疲弊しているだろうから、3人を盾に、獄門疆へ封印する。

 

 

阿部は「生餌」作戦で我々が討伐すればいい。阿部が消えれば、自然と術式は夏油傑に戻る。その後、「器」を入れ替えればいい。

 

 

あと必要なのは、宿儺の指の確保と、宿儺の器の確保、それと諸々の下準備だけ。

 

 

如何に、阿部と五条悟と言えども、明確な弱点が存在する以上、戦術を用いて倒すことができるということさ。

 

 

 

さて、諸君。準備を始めよう。

 

 

 

 






『縛り』によって、阿部さんの自滅を目論むとある人物の話でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

与幸吉の暗躍

与幸吉という青年は、天与呪縛による先天的な五体不満足を抱えていた。そんな彼は、この世界において、最も悪魔に近い存在に魂を売り、健康的な肉体を得ることに成功した。

 

 

与幸吉は阿部高和と『縛り』を交わし、阿部の多種多様な術式によって、健康的な肉体を得る。

 

その対価として、日本全土に展開可能な傀儡操術を用いて、阿部にとっての魅力的な「いい男」の居場所を提供する。

 

 

また、与幸吉は阿部と取引をすると同時に、羂索を中心とする呪霊側にも阿部が約束を守らなかった際の保険として、取引を持ち掛けていた。しかし、阿部が約束を守り、与幸吉に健康的な肉体を提供したため、呪霊側との取引は必要なくなった。

 

 

京都校の同級生にとって危険な呪霊側を排除しつつ、自分の所業を隠すための手段として、与幸吉は超小型の傀儡を展開し、呪霊側が活動している際の位置情報を追跡、リアルタイムで阿部に共有することを選んだ。

 

 

その結果、呪霊・呪詛師側が、国外から天内理子と黒井美里を拉致し、夏油傑をおびき出すために待機していたビルに阿部高和が襲撃、小物とみなしていた一人の青年により計画が瓦解するという、呪霊・呪詛師側にとっては悪夢のようなできごとが発生した。

 

 

「うほ、いい男ばっかりじゃないの。とことん楽しませてやるからな。領域展開【くそみそテクニック】」

 

 

襲撃した阿部高和が領域を展開した瞬間、世界が一変した。

 

 

 

公園の公衆トイレにベンチ。そこに阿部高和が約20年近く掘り続け、ガチホモに目覚めた被害者たちが見渡す限り集結していた。

 

 

 

阿部高和の領域展開【くそみそテクニック】。それは阿部に掘られたことにより、ガチホモに目覚めた人間、呪霊を阿部と同水準の能力を持たせ、一時的に召喚するハッテン場構築能力である。そして、有効範囲は阿部が指定した範囲にほぼ無限に拡大可能であるため、場所さえ特定できれば、即展開可能といる利点がある。

 

 

この領域展開の恐ろしい部分は阿部が掘れば、掘るほど人数が増え、全員が阿部と同じスペックで召喚されることである。

 

 

「儂に触れるな!な、なんだこれは、身体が動かん」

 

 

漏瑚は既にガチの虜だ

 

 

「待て、私に穴などない。擦り付けるな!」

 

 

陀艮は既にガチの虜だ。

 

 

くそみそテクニックの有効範囲の拡大に伴い、周辺で待機していた呪霊・呪詛師たちが虜になり、公衆トイレに向かって列を作って歩いていく。顔は引き攣り、嫌だと懸命に拒否しているものの、徐々に公衆トイレに引っ張られていく。領域内にアッーという悲鳴が鳴り響く。

 

 

「私はなんともありませんが、本体がいるであろう公衆トイレに近づけません。一体どうすれば」

 

 

花御は精神が女性よりだったため、被害は待逃れたものの、何もできず、右往左往するしかない。木の根で公衆トイレ付近を覆ってもガチホモに壊させれ、被害を少しでも減らそうと足場を作り、上空に数名逃がしても、ガチホモに追いつかれる。

 

 

「いや、どうすんのコレ。無為転変も使えないし、領域展延もたぶん駄目だね」

 

 

性別を女性に変更することで難を逃れたものの、真人にも当初の作戦通り、掘られた味方を回収して、性別を変更させ、『縛り』のペナルティから消耗させるしかない。

 

 

「出てくるまで待つしかないね」

 

 

女性の身体に入り込んでいるため、効果の適用外だった羂索が答えた。

 

 

「出てこないじゃん」

 

 

真人の指摘通り、公衆トイレに吸い込まれた味方の誰も出てこない。公衆トイレの周辺でガチホモに襲われ、公衆トイレに連れ込まれるという地獄絵図の中で、公衆トイレから誰も出てこない。

 

領域が展開されてから数分、公衆トイレに吸い込まれる人数は増えど、出てくる人数はゼロ。つまり、全員掘られ続けているのだ。

 

 

「大丈夫。そのうち出てくるさ、領域展開は無限に継続可能なものじゃない。」

 

 

領域展開を長時間継続することは不可能。故に羂索にはまだ余裕があった。

 

数十分が経過し、誰も公衆トイレから出てこず、阿部高和の領域展開に呪具で性別を「女性」変更した五条悟が突入してくるまでは

 

 

健康的な肉体を得た与幸吉が講じたもう一つの策、それは担任である歌姫にコンタクトを取り、リベンジに燃える五条悟に阿部高和の居場所を通達すること。

 

 

一つの闘争が今、終わろうとしていた。

 

 

 




与幸吉君の場合、他に手段がなくて、真人と契約していましたが、本作品では阿部さんがいるので、阿部さんと契約してもらいました。


完結まで後3話。

感想・評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏油傑の献身

 

 

五条悟の作戦はシンプル且つ強引なものだった。

 

 

性別を女性に変更、自身に対する攻撃を無効化したうえで、肉弾戦で距離を詰め、ゼロ距離で最大火力の術式を叩き込み消滅させる。

 

 

女性に触れられている間は無防備なのはパンダの一件で実証済み。なら、後は互いの領域展開をぶつけ合い、相殺させ、本体を引きずり出す。それで終わるはずだった。

 

 

「「「「「「「「領域展開【くそみそテクニック】」」」」」」」」」

 

 

阿部によって召喚されたガチホモ全員が領域展開を展開するまでは。多重展開された領域展開によって、五条悟の領域展開が相殺され、飲み込まれる。

 

 

「ウソだろ、おい」

 

 

思わず、五条悟は呟いた。羂索らはこの時点で嫌な予感がしたため、逃亡を開始したが、周囲をガチホモに包囲されていた。全員が拡声器のようなものを持っている。

数百人のガチホモによる狗巻家の呪言の展開。

 

 

 

【【【【【【【【【【【【【【や・ら・な・い・か】】】】】】】】】】】】】

 

 

 

真っ先に影響を受けたのは真人だった。魂レベルで改造したはずの肉体が男性に戻り、一気に公衆トイレに吸い込まれていく。元に戻しただけなので、『危害』を加えたことにはならない。元に戻す行為は阿部の『縛り』には抵触しない。

 

 

「ちょっ、ちょっと待って。流石にこれはない」

 

 

しかし、時すでに遅し、真人は既にガチの虜だ。

 

 

「アッーーーー!」

 

 

掘られた生餌を女性にする要であった真人が五条悟乱入から数秒で掘られた。

「馬鹿な、何故全員領域展開を取得している!?」

 

 

羂索の理解では領域展開は一人につき、一つ、それを分け与えることなど、できないはずであった。しかし、阿部によって掘られたガチホモ全員が同じ領域展開を取得している。

 

 

真人が掘られた時点で、羂索の計画は修正が必要となった、真人以外にも性別を女性にする手段を用意しているが、未だに誰も公衆トイレから出てこない。阿部が五条悟を狙ってでてきたところを獄門疆に封印したほうがまだ可能性がある状況だ。

 

 

「やむを得ないか」

 

 

獄門疆を握りしめ、阿部を封印することを羂索は検討する。完全に五条悟と阿部に意識が向いていた羂索は背後から襲撃された。

 

 

「何!?」

 

 

小さい蜘蛛のような傀儡が足元から飛び上がり、羂索の手元から獄門疆を奪い去った。

そして、高速で走り去った。即座に傀儡を潰すべく、羂索が動いたがいつの間にか、阿部が目の前に立っていた。

 

 

「阿部の分身か、そこをどけ」

 

 

自分の身体が女性である以上、傷つけられないと理解しているが、故に呪力を込めた拳で殴り掛かった。

 

 

「んふふふ、あんた、女にも、男にもなれるみたいだな。俺には分かるぜ」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、阿部はガチムチの呪骸をどこからともなく、取り出す。

 

 

 

術式【位置変更】

 

 

 

呪力や術式をまとった物体の位置を変更させる能力。それによって、羂索の脳髄がガチムチの呪骸の中に転送された。

 

 

「ま、待て!私にこんなことをして許されるとも」

 

 

千年以上暗躍した最悪の呪術師はあっさりとガチムチの呪骸に囚われ、そして掘られた。

術式で稼働していた羂索はその機能を停止した。

 

 

「ゾンビ映画かよ」

 

 

大量のガチホモの足場を吹き飛ばしながら、五条悟は本体がいるであろう、領域の中心にある公衆トイレに向かう。本体を倒さない限り、この地獄絵図は続く。

 

 

鍛え上げた術式と体術で肉壁になろうとするガチホモを吹き飛ばす、虚式【茈】であったも無効化されるため、足元を消し飛ばし、バランスを崩し、肉体が女性であることを活かし、取り押さえてダイレクトに術式を叩き込む。ついでに進行方向にいた花御も叩き潰した。

 

 

「久しぶりじゃないの、兄ちゃん。いや、今は姉ちゃんか」

 

 

公衆トイレから剛直がむき出しのまま、阿部が現れた。

 

 

「ああ、久しぶりだな」

 

 

一時的とはいえ、性別まで犠牲にして五条悟はここにたどり着いた。それに応えるべく、ガチホモたちは五条悟を囲むのみで一切手を出さない。

 

 

「行くぞ」

 

 

「来な」

 

 

先手は五条悟だった。爆発的に呪力を高め、強化した身体能力で殴り掛かると見せかけ、足払い、それを阿部は跳躍して躱す。足払いの勢いを利用して、そのまま足を真上に跳ね上げるが、それは阿部の腰の上下運動で回避される。

 

 

「虚式【茈】」

 

 

至近距離から衝突でも完全に無効化される己の術式に五条悟は内心舌打ちをした。

 

 

「どうした、そんなんじゃ、俺はイケないぜ」

 

 

余裕の阿部に更に加速した五条悟の拳が掠めた。僅かではあるが、頬が避けた。

 

 

 

術式【解呪】

 

 

 

性別転換の効果を解呪すべく放たれた術式を五条悟は大きく飛びのいて避けた。最悪のケースとして想定していたが、元に戻すという行為は『縛り』に抵触しないらしい。

 

 

「五条悟。先ほど奪った箱体の解析が終了した。想定通り極めて強力な封印効果のある呪具だ」

 

 

足元から蜘蛛型の傀儡が話しかける。阿部の居場所を五条に知らせ、偵察を行っていた与幸吉の傀儡だ。

 

 

「OK、作戦通りお願い」

 

 

阿部による【解呪】から逃れつつ、カウンターを狙う。五条悟の領域展開を拳のみに集中させた一撃必殺。それが徐々に阿部にダメージを蓄積させていく。五条悟の肉体が女性である以上、阿部は反撃できない。

 

 

【や・ら・な・い・か】

 

 

放たれた呪言を身に纏う呪力で回避、五条の拳が阿部の頬に突き刺さる。爆発的に高められた呪力がゼロ距離で放たれて、阿部を吹き飛ばす。一瞬、阿部の意識が途切れ、領域展開【くそみそテクニック】が瓦解、周囲を囲んでいたガチホモが消え、公衆トイレから下半身むき出しの人型が大量に吐き出される。

 

 

「しくじった」

 

 

阿部の頬に触れた瞬間、【解呪】が発動、五条悟の身体は男性に戻っていた。鼻血を流しながら阿部が立ち上がり、五条は一歩後ろに下がった。

 

 

「僕は、僕たちは『最強』なんだよ」

 

 

追い詰められたはずの五条悟の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

 

「傑と二人なら、テメエなんざ余裕なんだよ!」

 

 

いつもの間にか五条悟の足元に落ちていた箱体。それがカパッと開く。そして、五条の体が上空に打ち上げられ、背後から五条を掘ろうとしていた阿部の剛直をコンマ数秒の差で回避する。

 

 

何百回、何千回、何万回というシミュレーションを繰り返してきた。

 

 

絶対に阿部は背後からケツを狙ってくる、それを避けて最高のカウンターを叩き込む。

 

 

「全呪力持っていけ、虚式【茈】!!」

 

 

五条悟の全呪力が注ぎ込まれた虚式【茈】が炸裂する、無力化されるものの、阿部の足止めに成功した。

 

 

「閉じろ!」

 

 

そして、阿部の足元に展開されていた獄門疆が開き、阿部を飲み込んだ。

 

 

五条悟は夏油傑と組んで初めて最強である。夏油傑は天内理子と黒井美里を避難させた後、隠れて隙を伺っていた。必ず阿部なら自分よりも五条悟を優先するだろうと考え、震え上がる体を抑えて隠れていた。

 

 

「分かっていたさ。悟でも、もう、誰もお前を討伐できないと。もう、私の術式は返ってこないと。悟も同じだ。強くなり過ぎた悟には誰もが封印を選ぶことくらい分かっていたさ」

 

 

握りしめた拳は震えていた。夏油傑は自分の核である術式よりも、親友の安全を選んだ。

 

 

ゴトンと獄門疆が床に落ちる。

 

 

最強最悪の特級呪霊 阿部高和はここに封印された

 

 

 





完結まであと2話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五条悟のため息


誤字脱字報告ありがとうございます。


 

 

阿部高和が封印されてから、5年が経過した。

 

 

 

夜道、コンビニ帰りに缶コーヒーを飲みながら五条悟は一人回想した。

 

 

結局、阿部高和とはなんだったのか、本当に封印できたのか。

 

 

アレから5年経過した。明後日、親友である夏油傑がかつての護衛対象である天内理子と結婚する。それに猛反対した枷場美々子と枷場菜々子も内縁の妻としてついていく。

 

まさか、日頃、娘として扱っている美々子と菜々子が折本里香と結託して、呪言で拘束され、夜這いを仕掛けられるとは傑は想像すらしていなかっただろう。

 

その後、理子の保護者枠である黒井に傑が刺されそうになっていたのは、今も思い出すと笑えてくる。

 

傑の独身最後の夜は同期で飲み明かす予定だ。その時にまた、酒の肴にしてやろうと思う。

 

 

乙骨憂太は呪骸となった折本里香と交際を続けており、外見年齢の差から頻繁に警察官に補導されている。折本里香が高専の学生証を保有しているので、身分証明はできるものの、傍から見れば完全にアレな光景だ。

 

 

かつての教え子であった狗巻棘は現在、大学に通っており、将来は国語の教師を目指すようだ。

 

 

禪院真希は禪院家当主となり、伏黒恵は意識が回復した姉を経済的に支援するために呪術師を続けている。

 

 

新しく入学した虎杖、野薔薇はフィジカル面が優秀であり、その人格から周囲からの信頼も厚い。将来確実に優秀な呪術師となるだろう。

 

 

京都呪術高専は歌姫が新たに学長に就任し、体制維新を続けている。

 

 

家入硝子は相変わらず負傷者の治療を続けている。

 

 

阿部は封印され、上層部の腐った老害共は何も取り戻すことができないまま。

 

 

結果から見ればこの上ないハッピーエンドだ。

 

 

阿部が封印されてからこの5年間、呪霊の数は激減している。

 

 

呪霊は日本固有とも言える現象であったが、近年その数が激減していた。

 

 

その理由は今も不明なままだ。

 

 

「結局、傑の術式は取り戻せなかったな」

 

 

そういう意味では、『最強』は阿部高和に敗北したのだ。

 

 

いつの間にか、高専の門にたどり着いていた。近くの自動販売機に立ち寄り、空になったコーヒーの缶を捨てる。そのまま、自動販売機に寄りかかって、夜空を見上げる。

 

 

「僕はこのままどうすればいいのかな」

 

 

もう、上を目指す理由は無くなってしまった。無理に阿部を復活させるわけにもいかない。

 

 

「なんのための『最強』なんだか」

 

 

はぁとため息が出る。

 

 

「兄ちゃん。コーヒー買いたいんだけど、そこいいかい?」

 

 

「あ、すんません」

 

 

見知らぬ男に声を掛けられ、背を預けていた自動販売機から離れる。

 

 

誰だろうと見ていると青いつなぎのいい男だった。

 

 

「久しぶりだな、兄ちゃん。元気だったか?」

 

 

封印したはずの阿部高和がそこに立っていた。

 

 

 





次回完結です。

感想・評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【最終話】 阿部高和の征服

 

 

呪術高専の自動販売機の前で、五条悟と阿部高和は再会した。

 

 

「お前は封印したはずだ」

 

 

「おう、そうだな」

 

 

「だけど、僕の六眼がお前は阿部高和だと示している」

 

 

油断なく、五条悟は構えた。どうやって、出てきたとあの封印は高専の最奥で厳重に管理されているはずだ。

 

 

「どうやって、あの封印を解いた。僕だって、アレは内部から解けない」

 

 

「さあ、なんか、いつの間にか外にいてな」

 

あのレベルで封印ですら抑えきれないとなると、もう、消滅させるしかない。性別変更の呪具はないが、この場を切り抜けて、反撃するしかない。

 

 

「いつから、外にいた」

 

 

「ん~、3年くらい前からだな」

 

 

「その間何をしていた?」

 

 

「なんか、ヤバい呪いがとりついた宿儺の指って特級呪物を具現化させて、20回、3年かけて掘っていた。締まりが良くてついつい、何週間も掘ってしまった」

 

 

あと裏梅って坊ちゃんもよかったなと付け足した。

 

 

「……は?」

 

 

「いやー。封印から出た直後に天元って、いい男がいて、一週間くらい掘っていたら、まだ掘っていないいい男の情報が大量に出てきてな」

 

 

「え?」

 

 

五条悟ですら、何を言われているのか、意味が分からなかった。

 

 

「そしたら、なんか大地と融合してしまってな。土地神になったみたいでな」

 

 

「待て、頼むからちょっと待て」

 

 

もし、阿部が言っていることが事実だとするならば、阿部は神の領域に片足を突っ込んでいることになる。

 

 

「土地神になった以上、呪霊の被害も減らさないといけないと思ってな。分身を大量に放って日本全土をカバーしてるぞ」

 

 

「お前、本体じゃないのか」

 

 

「分身だな、俺は33番だ」

 

 

五条の六眼では、5年前の阿部と同じ量の呪力が見えている。つまり、分身で5年前と同じ実力、それが最低33体存在することになる。

 

 

「安心しろよ。俺はもう土地神だからな、人に害がある呪霊とか、呪詛師を掘ってるだけさ。兄ちゃんとは仕事柄どこかでまた会いそうだったから、今日挨拶に来たんだ」

 

 

「なら、俺の親友の術式おいていきな」

 

 

「そいつはできない相談だ。俺の未来視であの能力を返したら、あの兄ちゃん早死にするって出てるんでな」

 

 

「…何?」

 

 

「もし、この能力を返した場合、大量に一般人を殺害する。兄ちゃんもなんとなく気が付いてるんだろ」

 

 

「……っ」

 

 

五条悟に心当たりがないわけではなかった。

 

 

「ま、そんなわけで、仲良くやろうや」

 

 

「ふざけるな!俺の親友を、傑をなめるな!アイツが呪詛師に堕ちるわけがないだろ!虚式【茈】」

 

 

「んや、事実さ。まあ、そのうちあの兄ちゃんも落ち着くさ」

 

 

虚式【茈】が炸裂した後には誰にも残っていなかった。

 

 

その後も呪霊の被害は徐々に減り続けて、徐々に関係者は一般社会に溶け込んでいくこととなる。

 

 

呪霊を用いたテロによる大量虐殺もなければ、行方不明事件もない。

 

 

ただ、時折、呪詛師や悪人の耳元でこう聞こえるのだ。

 

 

「や・ら・な・い・か」

 

 

 

阿部が掘るなか、呪術界は緩やかに縮小して行く。

 

 

 

 

 

End





お付き合いいただきありがとうございました。
これにて本作品は完結になります。

次回作はアンケートの結果を鑑みて、上位作品の中から選ぼうと思っています。


最後にこの作品の感想・評価お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定集・あとがき

本作品を読んでくださった全ての人に心より感謝申し上げます。

 

本作品のコンセプトはどうやったら、腐った上層部を排除できるかであり、そのために阿部さんを導入しました。その結果がこの結末です。一応、作者はハッピーエンドだと思っています。

 

 

 

以下、設定集

 

 

阿部高和

全ての元凶。阿部さんの阿部さんを挿入されると術式が奪われる。また、「いかなる状況においても女性を傷つけることができない」という縛りにより、あらゆる術式を無効化することができる。本作品では呪術界の上層部ほぼ全員を掘り尽くし、強い呪霊も掘り尽くし、最後に宿儺と天元様も掘り尽くしたため、土地神となった。

 

今日も元気に呪詛師を掘っている。

 

 

や・ら・な・い・かと聞こえた時点で既に挿入されている。

 

 

五条悟

本作品の被害者の一人。性別まで犠牲にしたが、阿部さんに勝てなかった可哀そうな人。今も打倒阿部を掲げ鍛え続けている。後に歌姫と結婚して、家庭を維持しながら鍛え続け、本当の意味で最強に至るものの、最後まで、阿部さんには勝てなかった。

 

 

 

夏油傑

本作品最大の被害者。術式を奪われ、掘られかけ、世界に絶望しつつも何もできない状況が続く。しかし、天内理子と結婚、守りたいものを幸せにするために全力を尽くすようになる。天内理子との結婚に反対した枷場美々子と枷場菜々子に夜這いをかけられ、天内理子の保護者である黒井に刺されかける等、修羅場に巻き込まれる。

 

 

「夏油様がパパになるんですよ」

 

 

その後も、ロングヘアのとある女性呪術師に言い寄られる等、生真面目な性格が災いして色んな女性からアプローチを受け、その都度刺されかけた。

 

 

 

乙骨憂太

祈元里香と交際を続ける。周囲からはロリコンと誤解されているが、本人は至って幸せ。祈元里香に頼まれ、呪言で夏油傑を拘束、「パパになるんだよ作戦」に加担したため、夏油傑には頭が上がらない

 

 

祈元里香

乙骨憂太と交際中。友人である枷場美々子と枷場菜々子のために一肌脱いだ。年齢的に結婚を気にしていた歌姫の相談に乗って、五条とさり気なくくっつけたのもこの人。

 

 

狗巻棘

本作品の被害者その2。呪言を失った後、一般の高校に進学。その後、国語の教師として中学で職を得て、一般女性と結婚

 

 

禪院真希

禪院家当主になった

 

 

伏黒恵

義理の姉とイケナイ関係になった

 

 

虎杖悠仁

中学の同級生である小沢優子と結婚した

 

 

夜蛾正道

本作品の被害者その3。危うく道を踏み外しそうになったが、辛うじて踏みとどまった

 

与幸吉

健康な肉体を手に入れて、三輪霞に告白した。一旦返事は保留となりラブコメみたいな関係が続く。本作品で一番得をした人

 

 

あと他にその後が知りたい人がいれば感想をいただければ追記いたします

 

 

 

 




次回作ですが、いずれかにする予定です。


1. 絆レベル=性欲のカルデア
2. もう止めて、サマーオイルさんの胃はもう限界よ!
3. ボッチに懇切丁寧に接したら監禁されたでござる


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。