推しとイチャイチャするだけのお話 (なぁくどはる)
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反骨の赤メッシュ
インターホンの音が聞こえる。
(誰なんだ、こんな朝早くに・・・)
のそのそ起き上がり、玄関へ赴き扉を開く。
「・・・・・・遅い」
「・・・・・・なんでいんの、お前」
扉の先にいたのは、艶のある黒髪に一筋入った赤メッシュが特徴的な少女だった。
「で、何しに来たの?こんな朝っぱらから」
赤メッシュが特徴の少女『美竹蘭』を部屋に招き入れ、その真意を問う。
「は?なんでって、あんたが昨日家に来いって言ったんじゃん」
・・・そういえば、そんなことも言った気がする。なんでそんなこと言ったんだっけ・・・?
「・・・あ、今日のデートは家にしようと思ったんだった」
「ほんっと、あんたって・・・」
蘭に呆れられてしまう。もうそろそろ付き合い始めてそれなりに経つのだからわかってほしい、というのは傲慢か。
「いや〜、悪かった。寝起きってどうも頭働かなくて・・・」
「・・・時間もこれぐらいの時間で、って言ったのはあんたなんだけど?」
うーむ、かなりお怒りのようだ。100:0で俺が悪いのだが、どうしたものか・・・。
「・・・はぁ。もういい。・・・ご飯は?食べたの?」
「あ、いや、まだだけど・・・」
「作るから待ってて」
そう言ってキッチンへ歩いていってしまう。置いていかれないように立ち上がって蘭についていく。
「手伝うよ」
「・・・ん」
短く返事だけして作業に取り掛かる蘭。材料を切るぐらいしかできないが、やらないよりマシだろう。
「・・・なぁ蘭」
「・・・・・・なに?」
「・・・ほんとごめん」
「だからいいってもう。あんたがそういうやつだってわかってたし」
そう言われては何とも言えなくなるが・・・
「・・・・・・それに、それも含めて・・・好き・・・だし・・・」
(やばい、やっぱり俺の彼女世界一可愛い)
蘭は普段から無愛想で言葉足らずなところがあるので誤解されがちだが、本当は友達想いでアツいところもある魅力的な女の子なのだ。そんな蘭がたまに見せる素直な気持ちは心にクる。そしてそれを見せられると俺は決まって・・・
「・・・ごめん蘭」
「えっ・・・」
包丁で怪我がないように細心の注意を払いながら、後ろから蘭を抱きしめる。蘭は俺より10cmほど身長が低いのですっぽり腕の中におさまる。
「ちょ・・・!今はダメだって・・・!」
「ごめん、我慢できなくなっちゃった」
「・・・どれくらいで満足すんの」
耳まで真っ赤にしてそんなことを訊いてくる蘭。
「うーん・・・あと1時間ぐらい?」
「はい、もう終わり」
答えを間違ったのか俺からパッと離れてしまう。
「もうちょいダメ?」
「・・・朝ご飯食べ終わったらね」
やっぱり俺の彼女は世界一可愛い。
「ごちそうさん」
「ご馳走様」
2人して朝食を食べ終える。相変わらず蘭の料理は美味しい。今でこそこんなに美味しい朝食を作ってくれる蘭だが、付き合って間もない頃は全くと言っていいほど料理ができなかったのだ。それを気にしたのかは分からないが片っ端から料理ができる人に教えてもらい今の腕前になったそうな。
(いやあ、その話をモカから聞いた時は感動で涙が出そうになったな・・・)
彼女は『Afterglow』というバンドに所属しており、そのギター担当の『青葉モカ』という少女にその話を聞いたのだ。・・・蘭にバレたら怒られるからあたしから聞いたって言わないでね〜と釘もさされたが。
「何考えてんの?」
ボーッとしている俺を不可思議に思ったのか、問いかけてくる。
「・・・いや、なんでもないよ。今日も美味かった。サンキューな」
「・・・ん」
彼女は感情をあまり表に出すほうではないし、今も無表情を装っているが口許が緩んでいる。こういうところも可愛らしい。
「で、これからどうすんの」
「特に考えてないんだよなぁ・・・蘭は何かしたいことあるか?」
「あたしも別に・・・」
(どうしたものか・・・)
そうやって頭を捻っていると蘭が何か思いついたらしい。
「・・・あ」
「ん?どした?」
「・・・なんでもない」
「なんだよ?なんかあるなら言えよ」
少し悩む素振りを見せた後に意を決して口を開く。
「その・・・腕枕、ってやつやってみたい・・・かも・・・」
上目遣いの蘭のお願いの前では選択肢は1つしかなかった。
「どんな感じなんだ?腕枕って」
「んー・・・ゴツゴツしてる・・・かな?」
「悪かったな」
蘭のお願いを叶えるべくベッドに移動し、現在は俺の右腕の上に蘭の頭が乗っている状態だ。腕枕って初めてやったけど結構しんどいな・・・
「しんどくない?」
そんな心中を察したのか不安そうな顔で問いかけてくる。
「いーや、全く。てか、軽すぎだ。ちゃんと勉強してんのか?」
「・・・なんで勉強の話になんの」
「頭カラッポ的な?・・・・・・うっ」
素晴らしいボディーブローを1発頂戴した。こんにゃろ、結構マジでやりやがった。
「あんたが失礼なこと言うからでしょ」
「・・・すみませんでした」
ふんっとそっぽを向いてしまう。
(それにしても・・・)
やたらいい匂いがする。何かの花の香りだろうか。かなり変態的なことを考えているような気がするが、蘭とは恋人関係にあるし構わないだろう。・・・こんなこと考えてるってバレたら殺されるかもだけど。
(女の子は砂糖とスパイスと素敵な何かで・・・みたいなやつ聞いたことあるけど割とマジなのかも)
とりあえず蘭を怒らせたままでは後々困るのは自分なのでご機嫌取りにかかる。
「悪かったって」
「・・・・・・・・・・・・」
さて困った。まさかここまで怒るなんて・・・
「・・・・・・頭撫でてくれたら許す」
ウチの彼女チョロくない?と思ったがそんなことを口走ったが最後、悲劇は目に見えているので口が裂けてもそんなことは言わない。
「・・・これでいいか?」
「・・・まだ」
ほんとワガママだよなぁ。まあでも、そんなところも好きだと思えるんだから相当蘭に参っているんだろうな。
それから数十分撫で続けた。
「・・・ん・・・寝ちゃってたか」
どうやら蘭と寝転んで戯れているうちに寝てしまっていたらしい。蘭はいまだ眠りに落ちたままだ。蘭の顔を覗き込む。サラサラとした黒髪に一筋入った綺麗な赤色。整った鼻筋に顔立ち。美少女と言って差し支えないだろう。
(ほんと、なんで蘭みたいな子が俺なんかと・・・)
今でも思うことだ。俺自身、イケメンでもないし何か秀でたものがあるわけでもない。強いて言うなら、ギターと歌ぐらいのものだ。しかしそれも大したものではない。精々ごく小規模のライブに出られるくらいだ。蘭たちとは比べ物にもならない。
(蘭に聞かれるとまた怒られるだろうなぁ・・・)
実は過去にも一度、近しい出来事はあった。
蘭と付き合い始めてそれなりに経ったある日。ショッピングモールに出掛けていた時の話だ。蘭と2人で食事をとっていたのだが、あちこちからあのカップル釣り合ってなくない?や女の子の方は超可愛いけど男の方がなぁ・・・など俺を揶揄する声が相次いだ。俺はその通りだと思ったから言い返したりはできなかった。けど蘭は・・・
「さっきからなんなの?言いたいことがあるならはっきり言えば?それに、こいつのこと何にも知らないくせに顔だけで決めつけて勝手なことばっかり言わないでくれる?」
と、言い放ったのだ。あの時の蘭はカッコよかった。心底惚れ直した。それと同時に俺が蘭と釣り合わないことを痛感した。そして、帰り道に蘭にそのことを訊いたのだ。
どうして俺なんかと付き合ったのか?と・・・
それを聞いた蘭は思いっきり俺を睨みつけ、こう言った。
「・・・あんたまでそんなふうに思うんだ・・・・・・あんたにはわかんないかもしれないけど、あたしはあんたの音楽に救われた。みんなと違うってことがわかってどうしたらいいかわからなかったとき、あんたの音楽があたしを導いてくれた。違うことを認めて、変わったことを認めて前に進めばいいんだって・・・そして、そんな音楽が奏でられるあんたが心底カッコいいと思った。だからあたしは・・・」
言葉を失ってしまった。蘭がそんなに俺を想ってくれていたなんて知らずになんてこと訊いたんだ、って・・・
それが蘭との初めての大喧嘩だった。しかし、それを乗り越えたことで蘭との絆がより深まったような気がしているので今では良い思い出だ。
そんなことを思い出していると蘭が目を覚ます。
「ん・・・あたし寝ちゃってた・・・?」
「いや、俺も寝てたし」
「そっか・・・」
起き上がってうーん、と大きく伸びをする蘭。外も暗くなってきており、そろそろいい時間なのだろう。
「晩ご飯どうする?」
「え、食べて帰るのか?」
「んーん。泊まってく」
「は!?聞いてないぞ、そんなこと・・・」
ん。と蘭が指差す方向に目を向けるとなにやら大きめのカバンが置かれている。・・・全然気付かなかった。
「親父さんには言ってあるのか?」
「うん。なんか怒ってたけど大丈夫でしょ」
(それ、俺が後で怒られるんだよなぁ・・・)
蘭は毎回こんな感じで泊まりに来るので、その度に俺が怒られている。うちの娘に変なことはしてないだろうなとかまだ結婚は許さんぞとか。・・・まあ、蘭のためならいっか。
「冷蔵庫何にも無いからとりあえず、何か買いに行こうぜ」
「じゃあ、選びながら決めよっか」
蘭の提案に頷きながらようやく寝間着から着替える。諸々の準備を終えると玄関で待っている蘭のもとへ歩いていく。
「鍵持った?」
「おー大丈夫。・・・蘭」
玄関の扉を開こうとしていた蘭を呼び止める。
「・・・どしたの?」
雰囲気で何かを察したのか怪訝な顔でこちらを見つめてくる。
「いつもありがとな」
「なっ・・・!べっ、別に・・・あたしが好きでやってることだし・・・」
「それでも、だよ」
ふと日頃の感謝を伝えようと思った。あの時のことを思い出したからだろうか?
「じゃ、じゃあ・・・その・・・」
何やら蘭がそわそわしている。不思議に思い観察していると、
「んっ・・・」
瞳を閉じて瑞々しい唇をこちらに向ける。
(言葉じゃなくて行動で示せってか・・・)
こんなことするのいつぶりだろうか、と思いながら彼女の唇に自身の唇を重ねた。
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慈愛の女神
「はい、できたよー☆」
「おー、さんきゅ」
彼女の料理はいつも美味しそうだ。そう、じゃくて文句なく美味しいんだけど。
「・・・うん、美味い」
素直な気持ちを伝えると嬉しそうな顔をしてくれるから、こっちも感謝のしがいがある。
彼女は『今井リサ』。コンビニのアルバイトで知り合ったのが始まりだ。
「なんか今日はやたらテンション高くないか?」
「うんー?そうかな?」
「いや、俺の気のせいかもしれないんだけど」
そうは言ったが多分気のせいではない。さて、今日は何かの記念日だっただろうか・・・。頭をフル回転させるが一向に出てくる気配がない。
今も満面の笑みを浮かべる彼女には申し訳ないが、正直に伝えることにした。
「ごめんリサ、俺にはわかんないや」
「えっ?なんのこと?」
ん?なにやら話が食い違っているような・・・
「・・・いや、リサの機嫌がいいから何かの記念日だったのかと思ったんだけど何も思いつかなかったから」
「あー、なるほどね。大丈夫だよ、そんなんじゃないから」
(あれ?違ったのか。じゃあ一体・・・)
「・・・いつも美味しいって言ってくれるからさ。つい嬉しくなっちゃって。それに、キミに料理作ってあげるの好きだし☆」
・・・そういうことか。
「それぐらいなら何度だって言うよ。いつも助かってるんだから」
そう伝えると余程嬉しかったのか、んふふーと片腕を掴んで擦り寄ってくるリサ。
(ヤバい。感触が・・・)
リサが好んで着る服は露出度が高めということもあり抱きつこうものならその部位の感触というのも結構ダイレクトに伝わってくる。
「・・・今えっちなこと考えてるでしょ」
「・・・俺は悪くない」
「ふぅ〜ん・・・・・・えいっ!」
「ちょ、何を!?」
あろうことかさらに体を押し付けてくる。彼女の体型はいわゆる、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいると言われるものなので密着度が高まると伝わってくる感触もより濃いものになる。
「ふ、ふっふ〜ん。これでもまだそんな口がきけるのカナ〜?」
(自分だって恥ずかしいくせに・・・)
その証拠に彼女の頬には赤みがさしていた。
「・・・わかったよ。降参。俺が悪かった」
「わかればよろしい!」
(全く・・・変なところで負けず嫌い発揮しやがって・・・)
それでも憎めないどころか、そんなところさえ愛おしく思えているのだから俺は余程リサに参っているのだろう。
「ん?どした?」
一向に箸を進めようとしない俺を怪訝に思ったのか不安そうな顔でこちらを見つめるリサ。
「え、あ、いや・・・食べないのカナ〜って思ってさ」
(やっちゃったか・・・)
こういうことはしばしばある。リサはきちんと言葉や態度で愛情を示してもらわないと不安に感じてしまうことが多々あるのだ。本人はそんな重い女じゃないと否定しているが友希那からの情報もあるしこれまでの付き合いでそういったことは何回も経験している。まず間違いない。
そんな不安が少しでも晴れるように力一杯彼女を抱きしめる。
「んっ・・・」
「・・・悪い。不安にさせちゃったな」
「・・・んーん。もう大丈夫☆」
過去にどのような出来事があったのかはわからないが、リサは人一倍誰かに尽くそうとする。だがその実、人一倍誰かに愛されることを望んでいる気がする。だから俺の気持ちが少しでも伝わるように彼女が不安になったときは今みたいにスキンシップを取るようにしている。
「ご飯食べ終わったらどうしよっか」
俺の片腕を掴んだまま上目遣いでこれからの予定を尋ねてくる。
「そうだなぁ・・・俺は特にないんだよなぁ。・・・それより」
「うん?」
「そんなに引っ付かれると食べづらいんだけど」
「いいじゃんいいじゃん♪アタシこうやってるの好きだし☆」
さっきまでの暗い表情はどこへやら。俺の彼女がチョロすぎて少し心配になる。
「なんなら食べさせてあげよっか?」
からかうような顔つきで問うてくる。
(いつもやられっぱなしは悔しいしな・・・ここは・・・)
「んじゃ頼むよ」
「えっ!?・・・あ、うん。・・・お姉さんに任せなさいっ☆」
そう言って俺から箸を奪い取って一口分を差し出す。
「は、はいっ。あーん・・・」
(顔真っ赤にして・・・今んとこは仕返し成功だな。後は食べるだけ・・・)
そしてここでこの作戦の欠点に気付く。
(これ意外に俺の方も・・・)
欠点とは食べる側も存外恥ずかしさを感じるということだ。
「あ、あ〜ん・・・」
「ど、どう・・・?」
「美味い・・・と、思う・・・」
正直恥ずかしさで味なんて気にしている余裕はなかった。
「じゃ、じゃあ、もう一回!」
「え!?もういいんじゃ・・・」
「だって感想イマイチだったんだもん。だから、もう一回!」
結局最後の一口までリサに食べさせてもらう形になった。・・・今度からは後先考えて仕返しすることにしよう。
ご飯も食べ終わり一息ついていたところにリサが話しかけてくる。
「これからどーするの?」
「んー・・・特に何も考えてない。リサは何かしたい事とかあるのか?」
「アタシも・・・あ、春服は見ときたいカモ」
「ほんじゃショッピングモールだな」
元気よく返事をするリサと家を後にした。
「相変わらず人多いなぁ・・・」
こういう人の多いところは本当に慣れない。リサも隣で苦笑いしている。
「大丈夫?やっぱやめとく?」
「いや、大丈夫。まだ耐えられる範囲だし」
しかし納得していないのか心配げな表情だ。
「ほんとに辛い時はリサに癒してもらうから大丈夫だよ」
「それでなんとかなるならいいケド・・・」
「え、マジで?」
「・・・言っとくケド、外でえっちなのはダメだからね」
まあ、最初からそっちの期待はしていないので問題はない。
「とりあえず行こうぜ」
「あ、待ってよー」
腕を組んで2人並んで歩き出す。しかし・・・
(またか・・・まあ、リサのこのカッコじゃ仕方ないんだけど・・・やっぱ彼氏としてはやだなぁ)
リサと外でデートする時は決まってこうなのだ。リサは普段から比較的露出度が高い服を好んで着ているので当然、男からの視線は集めやすい。情けないが、できるならリサと外デートをしたくない理由の一つだ。
「・・・・・・大丈夫だよ。アタシはキミしか見てないんだから。それに・・・もし何かあっても守ってくれるでしょ?」
「・・・もちろん。何があっても守るよ」
そう伝えると食事の時と同じように嬉しそうに擦り寄ってくる。・・・俺みたいな非力な人間にどこまでできるかはわからないけどこの笑顔は、リサだけは守ってあげたい。
そう思うようになったのは、あの時からだ。
「今井リサでーすっ。よろしくお願いします☆」
「青葉モカちゃんで〜す。よろしくどうぞ〜」
「よ、よろしく・・・」
第一印象は正直良くなかった。見た目からいかにもギャルって感じが伝わってきてたし。モカの方はのんびりした子だな、くらいだった。
しかし数日後には見事にそのイメージを覆された。
「ふむふむ、なるほど・・・」
「ここのボタンを押すとこうなるんだね・・・」
見た目とは裏腹に彼女は真面目だった。わからないことは訊きにくるし、忘れないようにメモもする。接客はあの見た目ゆえ、少し心配だったが持ち前のコミュニケーション能力で見事にこなしていた。
そう思った
「でね〜、モカってば──────────」
いつものようにバイトあがりに分かれ道まで彼女とおしゃべりしている時に以前からの疑問をぶつけてみた。
「なぁ、リサ」
「んー?」
「なんで俺なんかにもそうやって話しかけてくれるんだ?」
「・・・どしたの、急に?」
「いや、リサみたいな美人な子が俺みたいな普通のやつを気にかける理由なんかないよなぁって思ってさ」
「・・・前から思ってたケドさ、キミってすっごい自虐的だよね」
自覚はあったが他人にそうやって言われるとなかなかクるものがある。
「・・・いや、当然の疑問じゃないか?」
「そーなのかな?アタシにはわかんないや。・・・とにかく、気にし過ぎだと思うよ?」
俺には当たり前のことだったがリサにとっては違うみたいだ。まあ、価値観は人それぞれだしそういうこともあるか。
「それにアタシ、キミのこと好きだし」
「はあ〜なるほどね。そりゃ気にしないわけだ。俺のことが好きなら・・・・・・・・・・・・って、はぁ!?」
「あ、ちょっと待って!今のナシ!!」
まさかのカミングアウトだった。自然な流れだったから流してしまうところだった。
「・・・その・・・いつから?」
「うぅ・・・・・・一緒に働くようになってちょっと経ってからかな・・・」
顔を真っ赤にして答えてくれる彼女は間違いなく可愛かった。
「・・・なんでか訊いてもいい?」
「もうよくない!?これ以上は恥ずかしすぎて死にそうなんだケド!!」
リサにとっては追い打ちとなってしまったようだ。しかしここまで来たら俺も止まるわけにはいかない。
目をじっと合わせると諦めたようにため息をつき、続きを語り始める。
「その・・・アタシこういう見た目だから結構避けられたりすること多かったんだ。でも・・・キミはそんなことなかった。仕事でわからないことはどれだけ忙しくても答えてくれたし、教え方もすごく丁寧でわかりやすかった。この人、こんなに誰かに寄り添える人なんだって思った」
照れるように目を伏せながら話してくれるリサ。
「だから、アタシはキミがいいって思った」
「・・・そっか」
今までの彼女との日々を思い返す。俺の中でずっと前に答えは出ていたのかもしれない。
「えと・・・その・・・返事は・・・」
不安げな表情で視線を彷徨わせるリサ。
「・・・俺なんかでいいのか?」
「・・・うん」
「・・・ほんとにいいとこなんかないし顔だって普通だ。明らかにリサと釣り合ってない」
「顔なんて関係ない。アタシはキミじゃなきゃイヤなの」
さっきまでの不安げな表情はどこへいったのか、はっきりと俺の目を見つめて告げる。
「・・・俺の方からお願いするよ。俺と付き合ってくれ、リサ」
「〜〜〜っ!うんっ!!」
そうして俺とリサは恋人になった。
「さっきからボーッとしてるけど、どしたの?」
「いや、昔のこと思い出しててさ」
「昔のこと?」
「リサが俺に告白してくれた日のこと」
「ちょ!!それ忘れてって言ったじゃん!!」
「え〜それはちょっとな〜」
「もう!!ほんとイジワル!!」
完全に俺が悪いのだがこの話題でからかうとリサは少しの間口を利いてくれなくなる。
(どうやって機嫌取ろうかなぁ・・・)
まあどうしようもなくなったら
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サッドネスメトロノーム
「もうちょい寝かせてくれ・・・」
「ダメよ。もうお昼前なんだから」
凛とした声に揺り起こされ目を覚ますが眠気が勝ってしまう。俺の体を揺すりながら声をかけてくる彼女は『氷川紗夜』。
「昨日も遅くまで潜ってたから眠たいんだよ・・・」
「またなのね・・・。あれだけほどほどにしなさいって言ったのに・・・」
とは言うものの、彼女も熱中して翌日眠たそうにしているのをたまに見かける。バレていないと思っているのだろうがそういう日はいつもに比べて欠伸の回数が多い。数えているわけではないが間違いないだろう。そもそも紗夜は欠伸することが少ないし。
「仕方ないだろ?燐子とあこも一緒に潜ってたんだし」
「・・・・・・・・・・・・」
あ、ヤバい。完全に怒ってる。
「あの〜・・・紗夜さん?」
「・・・・・・なにかしら」
(しまったぁ・・・)
普段の紗夜はいたって真面目で他人にも自分にも厳しい人間だ。しかし本当の紗夜はそんなことはなく、他人を想いやれる優しさもあるし今みたいに嫉妬して機嫌も悪くなる。
「・・・・・・ごめん」
「白金さんや宇田川さんと遊ぶのは構わないけれど・・・あなたの恋人は私なのだから・・・その・・・」
(俺の彼女可愛すぎない?)
顔を真っ赤にして遠回しにもっと構ってくれとアピールする紗夜。
「ほんとごめん、紗夜」
「わかれば──────────」
彼女が何かを言い切る前に口を塞ぐ。
「〜〜〜!・・・ぷはっ。なっ、なっ・・・!」
さらに顔を赤くして口許を抑えて狼狽える。そんな様子も可愛らしい。
「いきなり何!?」
「いや、ちゃんと紗夜が好きだってわかってもらおうと思って」
「それならもっと別の形でも・・・!」
「えぇ・・・」
だが俺は知っている。先程の口付けがいきなりだったのは確かだが、彼女はちゃっかりキスを楽しんでいたことを。その証拠にキスをしている間は満たされているような、そんな表情をしていた。
(まあ、それ言うと間違いなく怒られるんだけど)
彼女の照れ隠しは後が怖いのだ。
「と、とにかく!今後いきなり・・・その・・・キス、するのは禁止よ!言ってくれればいつでも──────────はっ!」
「え、ほんと?いつでもしていいの?」
「だ、ダメに決まってるでしょ!少なくとも外では─────────」
「家の中ならいいんだ」
「〜〜〜〜〜!もう知らないわよ!」
(どんどん墓穴掘るなぁ・・・)
これも彼女の魅力的な一面だ。普段の様子からは想像もつかない気を許した相手にしか見せない自然体な紗夜。俺は普段の凛とした紗夜も好きだが、こちらのリラックスした紗夜も好きだ。・・・というか好きじゃないところはないんだけど。
(とりあえずまたご機嫌とらなきゃな・・・)
紗夜は目元から上の部分だけ見えるようにクッションで顔を隠してこちらを睨んでいる。正直可愛いとしか思えないので全く怖くはないのだが。
(とは言ったもののキスはもうダメだろうしなぁ・・・)
頭を悩ませていると紗夜が俺の名を呼ぶ。
「・・・・・・ポテトLサイズ3つで許してあげるわ」
「・・・りょーかい」
俺の彼女チョロくない?大丈夫?
そんなこんなでやって来ました、ファストフード店。席取りを紗夜にお願いして俺はポテトを買うべくカウンターに立つ。
「いらっしゃいませっ」
「おう。お疲れ、花音」
彼女の名前は『松原花音』。紗夜とファストフード店に通ううちに顔見知りになった。
「ポテトでいいの?」
「ん。Lサイズ3つとMサイズ1つと・・・ドリンクはこれとこれで」
「かしこまりましたっ」
いつもポテトを頼むのですっかり覚えられてしまった。
そしてお会計を済ませて準備が終わるまでカウンターの隅で待つことにする。しかしなにやら刺すような視線を感じる。まあ、犯人はわかってるんだけど。
「・・・・・・・・・・・・」
(めっちゃ見てるな・・・)
やはり犯人は紗夜だった。・・・また怒ってるなぁ。
「ふふふ、紗夜ちゃんってあんな顔するんだね」
「んー・・・普段ならまずしないな。今日は・・・なんというか・・・ご機嫌ナナメだから・・・」
「何か悪いことしちゃったの?」
「・・・決めつけるのはひどいと思います」
「でもそれしか考えられないし・・・」
いや・・・全くもって素晴らしい推理なのだが、そうやって言葉にされて確認されると少し心にクる。
そうやって世間話をしているとポテトができあがる。手渡してくれた花音にお礼を伝え紗夜のもとへ急ぐ。
「・・・相変わらず仲がよさそうだったわね」
ジト目で話しかけてくる。
「浮気とかじゃないから大丈夫。内容も紗夜の事だったし」
「私の・・・?」
「ん。紗夜の魅力を懇切丁寧に説明してたんだよ」
「なっ・・・!」
恥ずかしかったのか頬を染めながら目を見開く。
ちなみにこの間ポテトを食べる手を休めてはいない。
「一体どんなことを話したの!?」
「うーん・・・ほんとの紗夜は結構嫉妬深くて〜とか案外抜けてるとこもあって〜とか」
「〜〜〜っ!信じられないわ!!」
(ポテト食べながらそんなこと言われてもなぁ・・・)
既に2つ目に突入している。
「冗談だよ、冗談。紗夜の事話してたってことは本当だけど」
「変な冗談はやめてちょうだい・・・・・・で、本当は何の話をしてたの?」
「俺と花音が話してる間ずっとむくれてたろ?」
「そ、そんなこと・・・」
「それを花音が見てて紗夜もそんな顔するんだな〜って」
「なるほど・・・・・・それにしても松原さんに見られていたなんて・・・」
俯いて恥ずかしさに悶えているが普通にわかるだろう。こっち向いてたし。
「普段の学校の紗夜のイメージとは違うからじゃないか?」
「・・・・・・やっぱりそうなのかしら」
(うん、180度は違うと思う)
こうやってポテトを食べまくっている姿は普段からは想像もつかない。俺も知り合った頃は考えもしなかったし。
(出逢い、か・・・)
ふと紗夜との出逢いを思い出す。
「少し待ってください」
「・・・・・・・・・・・・」
「あなたに言っているんです」
そう言って俺の目の前に立ちはだかる薄水色髪の少女。雰囲気はキツそうな感じだが間違いなく美人の部類だろう。
「・・・ああ、ごめん。俺だとは思わなくて」
「構いません。それより・・・あなたの先程の演奏についてお訊きしたいのです」
「ん?俺の演奏?」
首肯しながら返事をする彼女。
実はさっきまでステージにあがってギターを弾いていた。ソロなんて夢のまた夢だからヘルプに入って、という形だったが。
「・・・あなたの演奏は下手ではありませんでしたが何故か耳が離せなかった。その疑問を解消したいと思ったのです。普段、どんなことを思いながらギターを弾いているんですか?」
「うーん・・・どんなことって言われてもなぁ・・・・・・ただ必死なだけだよ」
俺とっては本当のことなのだが彼女は納得していないようだ。
「・・・まあしいて言うなら、俺の音楽が誰か一人にでも届けばいいなって思いながら弾いてる」
「誰か一人にでも・・・ですか・・・」
「ライブを観に来てくれた人全員に届け、なんて言えるほど上手じゃないしね。だからそれまでは来てくれた誰か一人に俺の音楽をよかったって思ってもらえるように心掛けてる」
「そうですか・・・」
なんとか納得してもらえたみたいだ。こういう感覚的な事は上手く説明できる自信がないから不安だったが一安心だ。
「それじゃ俺はこれで──────────」
「待ってください」
再び引き留められる。
「その・・・よかったら私と・・・セッションしていただけませんか?」
「え?」
「あなたの音楽がどういったものなのか知りたくなりました」
「いや、そんなこと言われても・・・」
「気が向いたらこちらにご連絡ください」
そう言ってメモ帳の端切れを手渡してくる彼女。
「私は氷川紗夜と申します。・・・連絡待ってますから」
それだけ言って立ち去ってしまう。
「・・・どうするんだよこれ」
結局俺から彼女に連絡を取ることはなかった。しかし・・・
「あら、奇遇ですね」
「そりゃライブハウスここしかないからな・・・一緒になる事もあるだろうよ・・・」
彼女と顔を合わせる機会は多かった。
俺も彼女も暇があればこのライブハウスを訪れギターを弾くもんだから、近くにここしかライブハウスがないという事も相まって必然的に顔を合わせる可能性は高まる。
そしてその度にセッションのお誘いをうけるのだ。断っても彼女が諦めることはなかった。休憩時間が重なった時には俺が切り上げるまで彼女が傍にいるなんてことはザラだ。
そんな日々も続いたある日、前々から抱いていた疑問を彼女にぶつける事にした。
「なぁ、氷川」
「なんでしょうか?」
「いつも俺なんかと一緒にいていいのか?」
「─────?仰っている意味がよくわかりませんが・・・」
「氷川みたいな美人が俺みたいな冴えないやつの近くにいるとバカにされるってこと」
「・・・私もあなたと似たようなものです。私自身この見た目を良いとも悪いとも思ったことはありませんが、私の心は酷く醜いものですから・・・」
そう語る彼女の横顔はひどく苦しそうだった。
理由はわからないが俺はそれをなんとかしてやりたいと思った。しかし特に思いつくものもなかった俺はある提案をする。
「氷川・・・セッション、やろうか」
「何故急に・・・」
「んー、なんとなく・・・だな」
「ふふっ・・・なんとなく、ですか」
それが初めて見る彼女の笑顔だった。
「どうしたの?」
紗夜の声で思考の海から引き戻される。
「・・・紗夜と出逢った時のこと思い出しててさ」
「・・・随分急ね」
「俺もなんで今思い出したのかはわかんないだけどさ。・・・いやあ、あの時の紗夜は強引だったなぁ」
「そ、そうだったかしら?」
(
あらぬ方向を見て震える声で過去を否定する紗夜。正直バレバレだった。
「そういえば俺の音楽ってどんなのかわかったの?」
「・・・・・・さあどうでしょう」
「・・・ここの惚けはいらないんだけど」
教えてくれと頼むが頑なに話そうとしない。
(一体どういう理由なんだか・・・)
そして気が付けばいつの間にやら机の上のポテトは綺麗さっぱりなくなっていた。
「って、ちょっと待て!俺のポテトはどこやった!!」
「・・・私は知らないわ」
「お前しか犯人いないだろーが!!」
「さあ、帰るわよ。晩ご飯は何にしましょうか?あなたの好きなもの作ってあげる。何がいいのかしら?」
「そんな気遣いいらないんだよ!やっぱりお前が食ったんじゃねーか!しかも飯食ってくとか聞いてないんだよ!」
「違うわ。泊まるのよ」
そんな言い合いをしながら出ていく俺たちを花音が微笑ましい顔で見送っていたのは気付くはずもなかった。
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微笑みの鉄仮面
「なぁ、これいつまで続けるんだ?」
「私の疲れが取れるまでよ」
「いつまでなんだよ・・・」
もうかれこれ一時間程この調子だ。
始まりは久々の休みの日にソファで寛いでいた千聖が近くのカーペットにクッションを置き寝転んでいた俺の名を呼んだことだった。
「ちょっとこっちに来なさい」
「ん?なんだよ?」
起き上がり彼女の近くまで歩いていく。
「ここに座って」
「──────?」
疑問に思いながらも彼女に促された場所に腰掛ける。
「一体どうし──────────」
「ちょっと失礼するわね」
一言断ったかと思ったら彼女が俺の足の間に自身の身体を滑り込ませて背を預けてもたれかかってくる。
「・・・・・・何してんの?」
「何って恋人との大事なスキンシップに決まってるじゃない」
(そんな開き直られても・・・)
人目がないところの千聖はこんな感じだ。普段は人の目もあるし彼女自身のイメージを損なわないためにも一定の距離を保っている。だが一転して他の誰にも見られる事がない場所では途端に甘えたがる。
「毎回引っ付いてくるけど飽きないのか?」
「逆に訊くけれどあなたは飽きるの?」
「・・・・・・飽きない、かな」
「それと同じよ」
微笑を浮かべる千聖。
(やっぱりそんだけ千聖の事が好きってことなんだろうか?それとも皆恋人とはこんな風に暇があれば触れ合っていたいと思うんだろうか?)
恋人の哲学っぽいことを考え始めていると目の前の千聖が身動ぎする。
(ちょ、あんまり動かれると・・・)
彼女から漂ういい香りや彼女の身体の感触で変な気分になってしまいそうだ。
「ふふ、どうしたの?」
(こいつ・・・わかってやってるな。そうとわかれば・・・)
後ろから千聖に覆い被さる形で抱きしめる。あすなろ抱きというやつだ。
一瞬千聖の身体がびくっと震える。しかしそれも一瞬ですぐにまた身体を委ねてくれる。
「やっぱり私、あなたと触れ合うの好きみたいだわ。今もあなたから触れてもらっただけで飛び上がりそうな程嬉しいもの」
「・・・そりゃよかった」
これぐらいで喜んでもらえるならお安い御用だ。
「ねぇ、もう少し強くしてもらってもいい?」
「苦しくないのか?」
「・・・もっとあなたから愛してもらっているという実感が欲しいの」
「・・・りょーかい」
千聖の要求通り抱きしめる力を少しだけ強める。
「んっ・・・」
「悪い、苦しかったか?」
「・・・いいえ、私からお願いしたのだし構わないわ。それにすごく満たされているから大丈夫よ」
そんなに満足そうな顔をされたら何も言えなくなってしまう。
・・・抱きしめるだけでこんなになるとかチョロすぎて少し心配になってしまう。
「なぁ千聖」
「なにかしら?」
「何かあったのか?」
「・・・・・・お仕事で少しね」
(やっぱそうか・・・)
実はこの答えは予想の範疇だった。千聖が甘えてくるときは9割が仕事絡みで何かあったときだ。残りの1割はただ甘えたかったから、である。
「訊いてもいいのか?」
「いえ、これは私の心の問題だから・・・」
「・・・そっか。無理しすぎないようにな」
「大丈夫よ。いざというときはあなたに助けてもらうもの」
(俺が千聖を助けてあげられたことなんてないと思うんだけどその信頼はどこからくるのか・・・)
それを探るために彼女との出逢いから思い返すことにした。
「はあ〜早く始まんねぇかな〜!」
「・・・そんなに好きなのか?パスパレ」
「当たり前だろうが!俺は彩ちゃんに会うために今日までバイト頑張ってきたんだからな!!」
こいつは俺の友人で、いわゆるアイドルオタクと呼ばれる人種だ。現在は『Pastel*Palettes』のおっかけをしてるらしい。その中でも『丸山彩』というボーカルの子が好きなんだとか。
(ピンクに水色に緑に紫、それに黄色・・・すっげぇカラフルだな)
ライブ前に友人に貸してもらったパンフレットに目を通す。それぞれのメンバーの特徴が感じられる内容となっていた。
しかしアイドルはおろかテレビさえあまり観ないので自慢じゃないが世の中の流行には疎い。そういう理由もあって俺自身はあまりライブに興味はなかった。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「あと少ししたら開演だから急げよ〜」
友人に返事をした後トイレへ向かおうとするが・・・
「ここどこだよ・・・」
広すぎて迷った。
(え、ここ広すぎない?こんなとこでライブやるなんてパスパレってすごいんだな・・・)
呑気にそんなことを考えていると背後から声をかけられる。
「あら?あなたは・・・」
「ん?」
目の前にいたのは先程のパンフレットで紹介されていた一人だった。そんな彼女が困ったような表情で俺を見ている。
「一応ここは立ち入り禁止なんですが、迷ってしまわれたんですか?」
「え、そうなの?だとしたら君の言う通り迷ったのかも・・・ごめんなさい、すぐ戻るんで・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
謝って戻ろうとするが彼女のきょとんとした顔が俺の足を止める。
「・・・何か?」
「あ、いえ・・・普通の方ならもう少し騒がれたりするのですけどあなたは随分落ち着いていらっしゃると思いまして・・・」
「ん〜これでも驚いているつもりなんだけどね」
そうは言ったもののそれを表に出すようなことはしない。そんな事されても彼女には迷惑しか掛けないだろうし。
「ふふ、とてもそうは見えませんよ」
「ポーカーフェイスが上手なのかも」
(さすが女優・・・綺麗に笑うなぁ・・・)
彼女の微笑みに心を奪われつつ軽く冗談を挟む。
「パスパレのライブに来てくださるのは初めてですか?」
まだ会話を続けてくれる彼女に驚きながらも答える。
「ええ、まあ。テレビも観ないし申し訳ないですけどパスパレの皆さんはおろか最近の芸能人すらわからないんだけど」
「構いませんよ。今日のライブで必ずファンにしてみせますから」
「・・・・・・今日のライブが少し楽しみになったよ。頑張ってください」
笑顔で応えてくれる彼女は当然だがアイドルなんだなと思えた。
思えばこの時が『白鷺千聖』に焦がれる始まりだったのかもしれない。
「遅い!もう始まるぞ!」
「悪い悪い。ちょっと道に迷ってさ」
(あんなことこいつに言ったらどうなるか・・・)
こいつは丸山さん推しだがパスパレのファンでもあるので、彼女と偶然にも遭遇したと話したら俺は血祭りにあげられるかもしれない。・・・こいつだけじゃなく他のファンもそうだろうが。
そうこうしている間にライブが始まる。しかし俺の目が捉えていたのは彼女だけだった。
(綺麗だ・・・)
彼女の
「あー!最っ高だった!」
「そうだな」
ライブ終了後、会場を後にしようとするが・・・
「悪い。俺ちょっとトイレ」
「はぁ!?またかよ・・・折角この気持ちを分かち合おうと思ったのによー!」
「戻ってから聞いてやるから」
あの辺で待ってるからな、と言う友人に了承の旨を伝え先程俺が迷い込んだ通路を進む。
(流石にいるわけないよなぁ・・・)
もしかしたら彼女に会えるかと思ったが、それは都合が良すぎたようだ。
(あいつにも悪いし帰るか)
振り向こうとしたその瞬間、遠くの方で足音が聴こえる。誰かスタッフの人が来たのかと思ったが姿を現したのは俺が会いたいと願った彼女だった。
「何で・・・」
「・・・私にも何故だかわからないんです。ただ、あなたがここにいるような気がして・・・」
飛び上がりそうな程嬉しかったが、いざ会ってみると話すことがどこかへ飛んでいってしまった。
「ら、ライブよかったよ。初めてだったけどすごく心が躍った」
「よかったです。今日だけはあなたの為に弾きましたからね・・・届いていたなら嬉しいです」
「・・・・・・それもイメージ作りなんですか?」
「はい?」
アイドルが気安く
「そういうの、たとえサービスだとしても言わない方がいいですよ。勘違いする人も出てくるだろうし」
「・・・一応伝えておくけれど、誰彼構わずこんなことを言っているわけではないわ」
「──────!その喋り方・・・」
「あら、不快に思ったのならごめんなさい。何故かしら・・・あなたになら構わないと思ったの」
「全然構わないよ。寧ろそっちの方がしっくりくる」
彼女の発言の意図がわからず首を傾げる。
「・・・変なことを訊くけれど構わない?」
「ん?ああ、大丈夫だけど・・・」
「ステージの私と今の私、どちらの私を好ましく思うかしら」
尋ねる彼女の顔は真剣そのものだ。ならばこちらもそれ相応の覚悟を持って応えねばならないだろう。
しっかりと考えてから彼女の問いに答える。
「俺は
「・・・どういうことかしら?」
「ステージで演奏する君も初めて話した時みたいにアイドルとして一ファンを気遣っている君も素敵だと思った。でも俺はそうやって飾らないありのままの『白鷺千聖』が一番だと思う」
「・・・・・・やっぱり私の直感は間違っていなかった。ねぇ、あなたの名前は?」
「さっきから何も言わないけれど聞いてるの?」
「・・・あ、ごめん。ちょっと考え事してて。何の話だっけ?」
「私の方は大した話でもないから構わないけど・・・どうしたの?何か考えているようだったけれど」
「ちょっと昔の事を思い出してたんだ」
「昔の事?」
「ん。千聖と初めて逢った時の事」
「・・・・・・どうしてそんな昔の話を」
「さあ、なんでだろ」
何かを言いたそうだったが俺に話す気はないことが伝わったのかそれ以上は何も訊いてこない。
「てかそろそろよくないか?ほら、俺晩飯の用意もしなきゃだめだし」
「あら、そんなことしなくても私が作ってあげるわよ?」
「いや、そんなことしたら帰りの時間が・・・」
「今日は泊まっていくから大丈夫よ」
「あーなるほど。確かにそれなら・・・・・・って、は!?そんなこと聞いてないぞ!!」
「今言ったもの」
(こんにゃろ〜・・・)
千聖は時たまこうして唐突に泊まりの報告を行う。本当に直前まで知らないからびっくりするのだ。
「はあ・・・ご両親とかマネージャーさんには言ってあるのか?」
「ええ。お母さんは今度連れていらっしゃい、って言ってたわ。お父さんは俺の娘はやらん!!って怒っていたけれど」
(えぇ・・・俺殺されない?大丈夫?)
千聖のご両親とはお会いしたことはないがお父様と仲良くやるには時間がかかりそうだった。
「んで、マネージャーさんは?」
「最初は渋ってたけど・・・・・・黙らせたわ」
(なにそれ怖すぎない?)
彼女のマネージャーさんを若干不憫に思いつつ、心中で謝っておいた。
「そんじゃま、何か作るか」
「その前に・・・」
千聖がシャツを軽くつまみ、こちらを見ながら瞳を閉じる。それを見た俺は彼女の瑞々しい唇に自身の唇を重ねる。
「んっ・・・」
「・・・・・・これで満足か?」
「まだもう少しだけ・・・・・・お願い」
「・・・晩飯作んなきゃだからちょっとだけな」
そうして再び二人の唇が重なるのだった。
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迷宮のジェリーフィッシュ
「ううん。花音はよく頑張ったよ」
「ご、ごめんね・・・」
電話越しでも彼女が頭を下げているのが想像できる。電話の相手は『松原花音』。ファストフード店のアルバイトで出逢って、恋人になってからはそれなりに時間が経っている。
本日はそんな彼女とデートだったのだが、花音が道に迷ってしまったようだ。彼女はものすごい方向音痴でどこへ行こうにも必ずと言っていいほど迷ってしまうのだ。
(この前なんか学校に行くのに迷ったって千聖から聞いたときは驚いたなぁ・・・)
「とりあえず迎えに行くから待ってて。羽沢珈琲店の前にいるんだよな?」
「ありがとう。本当にごめんね・・・?私から言い出したことなのに・・・」
「構わないよ。だって花音が頑張りたいって思ったことなんだし。彼氏としては応援してあげたいって思ったんだ」
小声で俺の名前を呼ぶ花音。
実は普段なら待ち合わせをせずに俺が花音の家まで迎えに行っていたのだが、今日は何故か花音が待ち合わせを要求してきたのだ。花音の談によるといつも迎えに来てもらっているのは申し訳ない、とのことだった。
「とりあえずすぐ向かうから待ってて」
「・・・うん。待ってるねっ」
彼女が返事をしてくれたのを確認してから通話を切って、待ち合わせの場所の駅前から商店街の羽沢珈琲店に向かうべく歩みを進めた。
「・・・あっ」
「お待たせ、花音」
あれから30分ほどかけ羽沢珈琲店へとやって来た。
扉を開くベルの音で花音がこちらに気付いてくれる。つぐみの挨拶に応えてから花音の向かいの席に移動する。
「本当にごめんね・・・駅から遠かったよね・・・」
「まあそこそこ時間はかかったけど別に苦じゃなかったよ。歩くのは好きだし」
運動系の部活に入っているため歩くのは特段苦ではなかった。
「けど流石に喉渇いたから何か頼んでもいい?」
「うん。なんなら私が・・・」
「いいよ。弟くんに買ってあげたいもの、あるんだろ?」
それは少し前に言っていた事だ。何でも弟くんの誕生日が近いらしい。そのためにお金を貯めているのだとか。
しかし花音は迎えに来させてしまったことを未だ気にしているのか食い下がる。
「でも・・・」
「あ、じゃあ次のデートは俺が迎えに行ってもいい?」
「えっ?」
「やっぱり一秒でも早く花音に逢いたいしさ」
正直な気持ちを伝えると花音は恥ずかしくなってしまったのか俯いてしまう。
「・・・・・・じゃあお願いしてもいい?」
「何で花音がお願いしてるんだよ」
よくわからない構図に少し笑ってしまう。
「ふぇぇ・・・笑うなんてひどいよ・・・」
「ごめんごめん。じゃあ次のデートは俺が花音を迎えにいくって事で」
彼女の元気よい返事を聞いた俺はコーヒーを注文するべく店員のつぐみに声をかけた。
「お待たせしましたっ。ご注文ですか?」
「うん。コーヒー一つで」
「かしこまりましたっ。・・・・・・今日もデートですか?」
つぐみの問いかけに首肯して答える。
「ふふっ、相変わらず仲良しですね♪」
「つ、つぐみちゃん!?」
「だろ?俺は花音の事大好きだからな」
「君まで悪ノリしなくていいのっ!」
つぐみとは初デートの時からの付き合いだから俺たちのこともよく知っているし、こんなやり取りもできる程は二人で通っている。
(なんならここにモカとかひまりが混ざることもあるしなぁ)
からかうのが好きなモカはともかく、ひまりは色恋沙汰の話が好きだからよく花音に話を聞いている。たまに勢いがすごくて花音が俺に助けを求めてくるが。
「ごめんなさい、花音さん。・・・・・・コーヒーすぐにお持ちしますね!」
「ああ、頼むよ」
厨房の方へ立ち去ってしまうつぐみ。
「もう・・・いつもからかうんだから・・・」
「いや〜花音の反応が良くってつい・・・」
頬を膨らませながら顔を逸らしてしまう。
「あの〜・・・花音さん?」
「・・・・・・・・・・・・」
顔を逸らしたままこちらを向く気配がない。
(怒らせちゃったか?)
謝ろうとしたところでようやく花音がこちらを向いてくれる。
「なーんてねっ。怒ってないから大丈夫だよ。・・・・・・私も・・・好きって言ってもらえて嬉しい、し・・・」
(ヤバい。俺の彼女が可愛すぎる)
今すぐ抱きしめたいがここには人目もあるので断腸の思いで諦める。
どうにもならない気持ちを抱えてそわそわしていると、つぐみが注文の品を持ってきてくれる。
「お待たせしました・・・・・・って何かあったんですか?」
片や顔を真っ赤にしながら俯く少女。片やそわそわしている少年。
少女の疑問は当然だと言えた。
「はあ〜美味かった。やっぱここのコーヒーは美味いな」
「うん。私も普段は紅茶だけどつぐみちゃんのお家のコーヒーは飲めるんだ」
苦さはもちろんあるのだが、ただ苦いわけではない。クセになるような苦みなのだ。
また近いうちに行こうと心に決めていたが、俺の名を呼ぶ声で意識をそちらに向ける。
「じゃあ行こっか、水族館っ」
「おう!」
「休みなだけあってすごい人だな・・・」
「う、うん」
「ほら、花音」
隣で不安そうな顔をしている花音に自身の手を差し出す。
「──────!・・・うんっ!」
案内に従って歩いていくと立て看板が現れる。そこにはイルカショーのプログラムが記載されていた。
「おっ、イルカショーやってるって。見ていかないか?」
目を輝かせて返事をしてくれる花音を引き連れて進んでいくと大きな水槽を前にしたホールのような場所に出る。開始の10分程前だったので空いている席は少なかったが、たまたま空いていた後方の席に並んで腰掛ける。
花音はイルカが登場するのを今か今かと待ちわびている。とても可愛らしいのだが一つ懸念事項があった。
(・・・やっぱ嫌だなぁこれ)
花音は贔屓目抜きで美少女だ。サイドテールにされた少しくせっ毛のある
いつもの事ながら未だに慣れることはなく、どうしようもなく心が沈んでしまう。
そんな不安を振り払うように俺の手を握ってくれるよく知っている手。さっきまで握っていた手だ。柔らかくてどこか落ち着くようなそんな優しさを感じさせる彼女の手だ。
「花音・・・」
「・・・大丈夫だよ。私は確かによく迷子になっちゃうけど、君が私を迎えに来てくれるんでしょ?」
「─────!・・・ああ、どれだけ掛かっても必ず迎えにいくよ」
「うん、待ってるねっ」
もう俺の心に不安はなかった。
(よく飽きないよなぁ・・・)
とある生物の水槽の前からもう一時間以上離れようとしない彼女を見て思う。
(あの顔あんまり他の人に見せたくないんだけどな・・・)
現在の花音はおよそ人に見せられる表情ではない。厳密には
醜い独占欲に嫌気が差し、そんな顔をさせるクラゲを憎ましく思いつつも、少しでもそれが他の人に見られないように花音の隣に立つ。
「──────?どうしたの?」
「・・・・・・いや、何でもないよ」
首を傾げているところから察するに花音自身には心当たりがないようだった。
(そういえば初めて水族館来た時もこんなだったな・・・)
ふと初めて二人で水族館を訪れた時のことを思い出す。
あれは花音と恋人になる前のバイト終わりだった。
「ごめん、花音ちゃん!私、急にお仕事入っちゃって一緒に見に行けなくなっちゃった・・・」
「えぇ!?・・・でもそれなら仕方ないよね・・・」
「ほんっとにごめんね!」
必死に謝る彩を窘める松原だがとても困った表情だった。
最後まで松原に謝罪をして彩は仕事に向かっていった。それを見ていたパートのおばちゃんが、
「だったら彼に連れて行ってもらえばいいじゃない」
「え!?いやだって俺は・・・」
「・・・・・・グダグダ言わない。男の子でしょ」
「・・・・・・はい」
反論を試みたがあっさり封殺されてしまう。
「花音ちゃんはどうなの?」
「えっ!?わ、私・・・は・・・」
俺を見ては俯いて、を繰り返す。それをパートのおばちゃんは黙って見ている。
やがて決心がついたのだろう。顔を上げる。
「・・・できれば・・・お願い・・・したい、です・・・」
「ほら、花音ちゃんもこう言ってるわよ?」
(マジか・・・)
あれよあれよという間に松原との水族館行きが決定した。
そして訪れた約束の当日。しかし待てど暮らせど松原は来ない。
(すっぽかされたか?)
最悪の結末を予期しているとポケットのスマホが震える。相手は松原だった。
おそらくバイトの何かで連絡先を登録していたのだろう、と予想し電話に出る。
「もしも───────」
「ご、ごめんなさい!私・・・その・・・み、道に迷っちゃって・・・!」
言い切る前に彼女の声で遮られて少し驚いてしまうがすぐに平静を取り戻して状況を確認することにした。
「大丈夫だから。家はもう出てるんだよな?」
「は、はい」
「じゃあそこから何か目印になるようなものはある?」
「えーっと・・・・・・あ!商店街のオブジェがありますっ」
大体のアタリをつけ彼女にそこを動かないように指示を出して通話を終了する。そして彼女を迎えに行くべく歩を進めるのだった。
「本当にごめんなさい・・・」
「そんなに気にしなくてもいいって」
現在は目的地の水族館に到着している。到着してから松原が今までのことを謝罪してくる。
実はここに着くまでも三度ほど迷子になっている。いつの間にやら姿がなかったり改札を間違えたり。正直ここまでとは思わなかった。
そして考えた対処法が俺の鞄の端を掴んでもらう、というものだ。これを実践してから何とか迷わずに済んでいる。
「それより折角水族館に来たんだから魚見ないと勿体ないぞ」
「・・・!・・・うん、そうですよね」
何とか切り替えてくれたようだ。
それからはイルカショーやクジラ、ペンギンなどを見て回った。そしてクラゲのコーナーに差し掛かったわけだが・・・
(もうかれこれ一時間ぐらいここから動かないんだけど・・・よっぽどクラゲ、好きなんだろうか)
ふと彼女の横顔を盗み見る。そのあまりの妖艶さに思わずドキッとしてしまう。
(こんな顔もするんだ・・・)
人知れず彼女のギャップにドキドキしていると、隣の彼女がふと我に返る。
「あっ!ご、ごめんなさい、私・・・!」
「い、いや、別に・・・俺は・・・大丈夫、だけど・・・」
「──────?」
「その・・・松原はクラゲ、好きなの?」
「うんっ!あのね──────────」
そこからは彼女が如何にクラゲを好いているかを思い知らされた。
「クラゲさん・・・可愛かったなぁ・・・」
(まさかあれからさらに一時間滞在するとは・・・)
俺よりクラゲの方が好きなんじゃ・・・と思ってしまうのは仕方ないことだと思う。
「ねぇ・・・今日、泊まっちゃだめ・・・?」
「俺は構わないけど・・・ご両親はいいのか?」
「実は家を出る前に訊いておいたんだっ」
(・・・つまりOKはもらってるってことか)
「じゃあ、一旦花音の家に行ってから俺ん家でいいのか?」
それで大丈夫だよ、と答えてくれる花音。
「んじゃ行くか」
「楽しみだなぁ、久しぶりのお泊まり」
「前に泊まったのそんな前だっけ?」
「うん。もう1ヶ月前くらいじゃないかな?」
それが世間一般では短いのか長いのかはわからないが、俺たちにとっては長いと感じさせる期間だった。
「ほら、早く行こっ」
「そんな急がなくても・・・」
「・・・・・・・・・・・・だって今日はまだキスもしてないし」
(やっぱり可愛いよなぁ、俺の彼女)
改めてそんな花音が愛おしく思う。
そして、彼女の可愛らしい要望に応えるべく歩く速度を少し速めた。
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熊の中の常識人
「はぁ〜疲れた・・・」
「お疲れ」
今日もキグルミを着て一生懸命こころたちの無茶振りに応えていた彼女を労う。
彼女の名は『奥沢美咲』。ハロー、ハッピーワールド!というバンドに所属している。しかし、実際にステージにあがるのは彼女ではなく『ミッシェル』というキグルミに身を包んだ彼女なのだ。それなりに大きいキグルミなので、中に入っていれば体力はかなり使うはずだ。美咲のような女の子にはかなりの重労働だろう。
こういう日はもれなくお泊まりデーとなっている。
「ほんとあたしの癒しはこの時間だけだよ・・・」
「そんな大袈裟な・・・」
現在美咲は俺を背もたれにしてぐったりしている。そして俺の両手をお腹の上にまで持っていき自分の手を重ねている。
美咲は風呂上がりですごく良い香りがする。
(俺と使ってるシャンプーやボディソープは同じはずなんだけど・・・)
恋人だから問題はないと思うのだがつい変な気分になってしまう。彼女から漂うほのかな香り。耳やうなじも少し赤みがかっている。
いけない気分を振り払うように軽く頭を振っていると彼女が上を向く。頭上には俺の顔があるので丁度見合う格好だ。
「なんか眠くなってきちゃった」
「ん?ちょっと寝るか?」
「うーん・・・それも悪くないけど・・・」
晩ご飯も済ませてぶっちゃけ後は眠るだけなのだ。ただ時間が21時過ぎだというだけで。
「あ、折角だしあれやってよ。膝枕」
「男の膝枕って誰得なんだよ」
「彼女得?」
「なんだそれ」
しかし可愛い彼女からのお願いだ。叶えてあげたいと思うのは当然の欲求だろう。
「・・・ほら」
「んしょ・・・・・・硬い」
「やらせといてそれはひどくない?」
「ごめんごめん」
悪びれる様子もなく笑いながら謝罪する美咲。一発ひっぱたきたくなった俺は悪くない。
「・・・でもあたしは好きだよ、これ」
「硬い枕って寝にくくないか?」
「まあ、それはそうかもしれないけど・・・・・・でも、あんたの顔がすぐ近くにあるし」
「・・・そっか」
「ん?もしかして照れてる?」
「うっさい」
彼女の言う通り気恥ずかしさは感じたがそれを素直に告げるのは俺のつまらない意地が許さなかった。
「あんたってそういうのに弱いよね」
「・・・女の子とまともに関わる機会なんてなかったんだからしょうがないだろ」
共学には通っているが美咲と付き合うまでも付き合ってからも女の子と関わる機会なんてほぼなかった。それこそ授業でやるペアワークくらいのものだ。
自分で言うのもなんだが美咲がいなかったら随分寂しい青春だ。
「あんたって何でそんなに女の子と関わらないの?もしかしてあたしに気を遣ってるとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・単に周りの女の子が俺には苦手なだけだよ」
「そこは嘘でもあたしのためとか言ってほしかったなぁ・・・」
「そうは言うけどあんま嘘とか好きじゃないだろ?」
「そういう嘘ならいいの」
「なんだそりゃ・・・」
乙女心は複雑だとか言うけど複雑過ぎて理解不能だ。
頭を悩ませているうちに美咲が意識を手放そうとしていた。
「ほら、寝るならベッドに行かないと」
「・・・うん・・・わかってる・・・」
(まあ最悪連れていけばいいか)
なんとか返事をしたが限界を迎えたのか静かに眠り始めてしまった。
このままでは風邪を引いてしまうかもしれないので彼女をベッドにまで移動させて布団を被せる。
(これでよし・・・俺はリビングででも──────?)
美咲をベッドに移動させて自分はリビングで寝ようと思いその場を離れようとしたのだが美咲にシャツの袖を掴まれる。
「ん・・・・・・」
起きているのかと思ったがそういうわけではなくどうやら無意識だったらしい。
(ここにいろってことか?)
そう解釈しベッドの縁に腰掛ける。
視界に広がるのは愛しい
(ほんと可愛いよなぁ・・・)
肩口まで伸ばされた艶のある黒髪。普段のダウナーな雰囲気でわかりにくいが整っている顔立ち。紛うことなき美少女だ。
(何で美咲みたいな美少女が俺なんかを選んでくれたんだろう・・・)
考えたって答えは出ない。しかし美咲ならもっとかっこいい男とだって付き合えるはずだし、俺なんかより頭がよくて性格のいいやつなんていくらでもいるはずだ。
「・・・・・・・・・・・・なんで俺を選んだんだ・・・?美咲・・・」
俺の問いかけは夜の闇に消えていった。
「ん・・・・・・いつの間にか寝てたか・・・」
翌朝目を覚ました俺は美咲の姿が無いことに気付く。
(一体どこに・・・・・・ん?)
寝惚けた頭を働かし美咲を探そうしたところでキッチンの方から何かを切る音が聴こえる。
確信はあったがその正体を突き止めるべくキッチンへと足を向ける。
「ん?・・・おはよ、やっと起きたんだ」
「おはよ。やっとって時間でも・・・・・・まあ、やっとか」
時刻は11時を少し回ったところだった。
「美咲は何時ぐらいに起きたんだ?」
「あたしは7時ぐらい・・・かな」
「・・・早くない?」
「まあ、昨日は疲れて早く寝ちゃったし」
確かに昨日彼女が眠りに落ちた時刻は普段彼女が就寝する時間よりかなり早かった。よっぽど疲れてたんだろう。
「はい、お昼ご飯」
「ありがと」
テーブルの上に置かれた彼女の昼食をいただく。
「ん、美味い」
「そりゃどーも」
そう言って美咲も食べ始める。
俺が食べて感想を伝えるまで食べようとしなかったので驚いた記憶がある。何でも美味しいと思ってもらえるか不安だから、だそうだ。
これを聞いたとき、我慢しきれず美咲を抱きしめたのはいい思い出だ。美咲には呆れられてしまったが。
「そういえば」
「ん?」
「俺が起きるまで何やってたの?」
「あんたの寝顔を見てた」
「それでよく四時間も我慢できたな・・・」
「まあ、好きな人の顔って飽きないもんだし。あんたもそうでしょ?」
「まあ・・・確かに・・・」
美咲の言う通り俺も彼女の顔を見て一日を過ごせる自信がある。
ふと、『寝顔』で昨夜の事を思い出す。
「・・・なぁ美咲」
「んー?」
「怒んないで聞いてくれるか?」
「・・・どしたの」
「その・・・何で俺を選んでくれたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
怒らないでほしいと前置きはしたがだめだったようだ。
「あたし付き合う時言わなかったっけ?あんたが誰よりもあたしのことを考えてくれるからだって。だからあんたが好きなんだって」
「・・・言ってたな」
「あんたが何でそう思ったのかは大体わかる。でも、二度とそんなこと言わないで。・・・・・・あたしはあんたがいないなんて考えられないんだから」
美咲の発言に思わず泣きそうになってしまう。
「・・・・・・ごめん」
「・・・いいよ。気持ちはわからなくもないし」
(美咲にもそういう経験があったってことか・・・?)
しかしそんなこと考えてもわかるはずがないので諦めた。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
食べ終わった食器を洗うべく二人で分担して流し台を前に並び立つ。美咲が洗って俺が拭く格好だ。
美咲が手渡してくれた食器を拭きながら美咲と初めて出逢った日のことを思い出す。
あれは妹を迎えに行った保育園での出来事だった。
「えーっと・・・クラスは・・・」
妹のクラスの場所がわからず彷徨っていると広場の方からなにやら楽しげな音楽が聴こえてくる。
足を運ぶとそこには四人と一匹のクマがいた。
(は?クマ?なんで?)
驚くべきことにクマがDJをこなしているのだ。そして一番の謎はそもそも何故クマのキグルミがいるのか、だ。
「みんなー!今日はありがとうー!また笑顔になりたくなったら呼んでちょうだい!すぐに駆けつけるわ!」
そうこうしているうちにどんちゃん騒ぎは終了したようだ。そして園児たちが一斉にクマのキグルミに駆け寄っていく。先生たちも対処しているが正直追いついていない。終始もみくちゃにされるキグルミ。
(なんて罰ゲームだ・・・)
戦慄が走った。
十数分経ってようやく解放されるクマさん。項垂れているのは気のせいだと思いたい。
「あの・・・」
「・・・はい?」
(やっぱ疲れてるな・・・)
あれだけもみくちゃにされれば仕方ないとは思うが。
「その〜・・・大丈夫ですか?助けてあげられればよかったんですけど・・・」
「・・・ああ・・・こんな心優しい人がまだ・・・」
(今までどんな環境で生きてきたんだ・・・)
「なんとか大丈夫ですよ。大分マシな方ですし」
(え、あれで?マジなの?)
再び戦慄が走る。
そんなクマさんが不憫に思え、何かできることは・・・と探したところ園外のすぐ近くに自動販売機を発見する。
「ちょっと待っててください!」
「え、ちょっと・・・!」
お茶とスポーツドリンクを買って両方を差し出して尋ねる。
「お好きな方、どうぞ」
「・・・何でそこまで」
「何でですかね・・・わかんないんです」
「・・・・・・・・・・・・じゃあこっちもらいます」
クマさんが手にしたのはスポーツドリンクだった。
「ぷはっ・・・・・・ありがとうございます。おかげで助かりました」
「そんな・・・これぐらいしかできなくて申し訳ないですけど・・・」
「・・・・・・・・・・・・あの名前訊いてもいいですか?」
「え?」
「あ、いや、やっぱいいで─────」
断ろうとしたクマさんに自身の名を告げる。
理由はわからないが教えなきゃだめだと思ったのだ。そして俺の名前を呟くように復唱した後、自身の名前を教えてくれるクマさん。
「あたしの名前は奥沢・・・奥沢美咲です」
クマさんはまさかの女の子だった。
「はい、これで最後ね」
「さんきゅ」
美咲から最後のお皿を受け取り、水分を拭き取ってからしっかり乾かすために食器などを収めるカゴに入れる。
「お昼ご飯も食べ終わったし何しよっか」
「うーん・・・あ、じゃあ今日は俺が膝枕してもらいたいかも」
「ん。りょーかい」
そして彼女の柔らかい膝に頭を載せる。良い香りも相まってすぐに眠気が襲ってくる。
「・・・あ、これやばいかも」
「ん?寝そう?」
首肯して意を示す。
「いーよ寝ても。ちょっとしたら起こしてあげる」
「・・・辛くないか?」
「んーん。全然」
「・・・辛かったら起こしてくれていいから」
彼女の返事とともに眠ろうとするが、制止の声で意識が浮上する。
「あ、待って。寝る前に・・・」
「ん・・・?」
彼女の顔がゆっくりと近づいてきて唇に柔らかい感触を感じた。
「昨日寝ちゃってできなかったし」
「急にするからびっくりして目、覚めちゃったよ」
「んじゃ、もっかいする?」
彼女の唇に自身の唇を重ねることが返事となった。
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発酵少女
「いつもありがとね」
「構わないよ。沙綾と一緒にいられるしね」
「もう・・・」
嫌がるような口振りだがその顔は幸せに溢れていた。彼女の名前は『山吹沙綾』。ここ、やまぶきベーカリーの看板娘である。そして俺の恋人でもある。
「いつも助かってるよ。本当にありがとう」
「亘史さんまで・・・」
彼は沙綾の父親で『山吹亘史』さん。やまぶきベーカリーの大黒柱だ。
「で、沙綾とはいつ結婚するんだ?」
「ぶっ!!」
「お、お父さん!!」
普段は優しい人なのだが、たまにこういう爆弾発言をする。お陰でこちらはその度にハラハラさせられる。
「どうなのかな?」
「・・・・・・いつかは夫婦として歳を重ねていきたいと思っています。けどまだ俺たちは学生ですし、今はまだ何とも・・・」
隣では沙綾がぽけーっとしながら俺の名を呟いている。
「・・・うん。全くもってその通りだね。しっかり考えてくれているみたいで安心したよ」
(はぁ・・・心臓止まるかと思った・・・)
何とか亘史さんから合格をいただくことができたようだ。内心はドキドキだったが。
一安心して胸を撫で下ろしていると店の奥の居住スペースから二つの声が聴こえてくる。
「兄ちゃーん!!」
「お兄ちゃーん!!」
「おっとと・・・」
沙綾の弟と妹である『純』と『紗南』が飛びつかんとする勢いで抱きついてくる。
「兄ちゃん今日もご飯食べてくのっ?」
「ごめん純。今日は用事があって帰らなきゃならないんだ」
「やだ!」
「やだー!」
「困ったな・・・」
ありがたいことなのだが今日は前々から約束していた日なのだ。二人にただをこねられ頭を悩ませていると沙綾が間に入ってくれる。
「こらこら。お兄ちゃんも忙しいんだからワガママ言っちゃだめでしょ」
「姉ちゃんはいっつも兄ちゃん独り占めしてるじゃんかー!」
「ええっ!?そんなこと・・・」
(既に負けそうだ・・・)
開始早々既に劣勢に立たされている沙綾を見て助け舟を出した方がよいと判断しフォローに回ろうとしたその時。
「二人とも、仕方ないでしょ。お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと大好きなんだから」
奥から姿を見せたのは沙綾や純、紗南の母親である『山吹千紘』さんだった。その顔はからかいの表情に満ち満ちている。
「なんだそういうことだったのか姉ちゃん」
「ねえお母さん、どういうことー?」
「紗南もわかるようになるわ」
純はそれなりの年頃ということもあり多少は恋云々がわかるようだが、紗南はまだ幼いということもあり、そういうのはまだ難しいようだ。
「お母さんまで・・・」
(・・・恥ずかしすぎて死にそう)
千紘さんが投下した爆弾のあとに残ったのは顔を真っ赤にする
「今日も助かっちゃった。ありがとね」
「いーよ、お店を手伝うのは楽しいし」
その後、閉店の時間を迎え現在は沙綾と並んで夜の道を手を繋ぎながら歩いている。彼女の方を向けば甘い香りが鼻をくすぐる。
「にしても久々だよね、キミの家にお泊まりするの」
「沙綾最近忙しそうだったもんな」
そう伝えると、沙綾が申し訳なさそうに謝罪してくる。近頃の沙綾はバンドのことやお店のことで忙しくしており、まともに逢える機会がなかったことを申し訳なく思っているのだろう。
彼女はやまぶきベーカリーの手伝いの他に『Poppin'Party』という五人組のバンドに所属している。沙綾以外の四人は個性派で一緒にいると楽しい気分にさせてくれる。
「そういえば新曲はどうなの?」
「有咲が今頑張ってくれてるんだ」
Poppin'Partyの曲作りはだいたいが香澄から始まる。だが香澄が提出してくる詞は理解不可能なものが大半なのだ。そこで、学業優秀であり近頃香澄語の翻訳が板についてきた有咲がそれを解読するという運びだ。現在はその工程らしい。
(一度見せてもらったことあるけどさっぱりわかんなかったもんなぁ)
あれは最早暗号の類だ。それを解読する有咲はほんとにすごいと思う。本人に言ったら何故か怒られるが。
そんなふうに他愛ないことを話していると俺の家に到着したようだ。今日は両親ともに帰ってこないので二人きりである。
「お邪魔しま〜す」
「はい、どーぞ」
もう何回も跨いだ玄関であるにも関わらず沙綾は変わらず挨拶をしてくれる。こういうところから彼女の育ちの良さが窺えた。
リビングへと入り手近な場所に彼女の荷物を置く。二人で手洗いなどを済ませ、ソファでくつろぐ。真ん中に二人並んで座るのが暗黙の了解だった。
「ふう・・・」
「先風呂にするか?」
「うーん・・・そうだね。汗かいちゃったしシャワー浴びたいかも」
「んじゃお先にどーぞ」
本当にいいのかと目で訴えてきた彼女に頷きをもって応える。そして、立ち上がり風呂場に向かっていった。
「さあ・・・晩飯の準備でもしとくかぁ」
重い腰を上げキッチンへと向かった。
「お風呂あがったよー」
「おー。湯加減どうだったー?」
「ばっちり」
親指と人差し指で円を作りながら答えてくれる。
(・・・・・・にしても)
まじまじと見てしまったのだろうか、気にしたであろう沙綾が首を傾げている。
実は沙綾が着用しているパジャマはボタンで留めるタイプのものなのだが一番上のボタンが留められていないため鎖骨辺りが見えてしまっているのだ。普段はポニーテールにしているが現在は髪を下ろしているのでギャップも相まって釘付けになってしまうが、恋人とはいえ流石にまずいと思ったので何とか視線を外す。しかしそこで沙綾が視線の意味に気付いてしまう。
「・・・・・・えっち」
「・・・・・・俺は悪くない」
それでも彼女は顔を背けるだけでボタンを留めようとしない。遠回しなアピールはしっかりと届いておりそんな彼女をとことん愛おしいと思った。
「はあ〜すっきりした〜」
風呂から出て再びリビングへと戻る。しかし机の上には先程準備しておいた料理が完成され、並べられていた。
「俺の考えが伝わったみたいでよかったよ」
「そりゃあれだけわかりやすく材料が置いてあったらね・・・」
彼女には伝えていなかったが実はペペロンチーノの準備をして風呂に向かったのだ。それを彼女はしっかりと汲み取り料理を完成させてくれた、というわけだ。
しかし机上にはペペロンチーノだけではなく簡単なサラダも用意されていた。
「こんなのまで作れる時間あったのか?」
「まあ、いつもやってることだし、これくらいはね」
二人でいただきます、と合唱し料理を食べ始める。
「ん、美味い。また美味しくなったんじゃないか?」
「そう・・・なのかな?」
俺はそう思うが彼女は自信なさげだ。
(間違いなく腕前は上がってると思うんだけどなぁ)
そんなことを思いながら食べ進めているとあっという間になくなってしまう。
「はやっ。もう食べたんだ。足りた?」
「うん。大満足」
笑顔で応えてくれる沙綾。
少し急いで食べ進めている彼女に急がなくていいよと声をかけこの後の予定に頭を悩ませるのだった。
「ふう〜・・・食べたね・・・・・・これからどうしよっか」
「そうだなぁ・・・」
「あっ」
「──────?」
悩んでいると沙綾が何かを思いついたようだ。
「今までの写真見てみない?」
「それいいかも」
肩を並べながら沙綾のスマホに収められている数々の写真を拝見する。
中にはPoppin'Partyのメンバーや他のバンドのメンバーと撮ったものがあったが、俺との写真も少なくなかった。
「あ、これ一緒に野球観に行ったやつだ」
「確かその試合、応援してたチームが負けて沙綾、ちょっとご機嫌ナナメだったんだよな」
「・・・そんなことないし」
そんなことを話しながらスクロールして時間を遡っていく。
「あ、これ・・・」
「うわっ、懐かしい」
画面に映し出されていたのはPoppin'Partyのメンバーに前に押し出されている俺と沙綾だった。
俺たちが初めて出逢ったのはやまぶきベーカリーだった。俺が立ち寄ったのが始まりだ。
「いらっしゃいませー!」
レジにいる制服を着たポニーテールの少女に軽く頭を下げ目当てのパンを探す。しかしどれも美味しそうに見えて目移りしてしまう。
「オススメはメロンパンですよ」
「えっ!?」
驚いて振り向くと先程の少女が後ろに立っていた。
「あ、ごめんなさい。驚かせてしまったみたいで・・・」
「あ、いえ・・・・・・メロンパン、オススメなんですか?」
「はいっ!ウチの一番人気ですから!」
彼女の言う通り値段票の横に『当店一番人気!!』と書かれた紙が貼り付けられている。
「じゃあこれもらいます」
「ありがとうございます!180円になりますっ」
「200円でお願いします」
「お返しは20円になりますっ。ありがとうございました!」
彼女の元気よい挨拶を背中で受け店をあとにした。
(可愛い子だったな・・・)
それから俺はやまぶきベーカリーによく足を運ぶようになる。そして足を運んだ日はほとんど彼女がいたのでいつしか顔を覚えてもらえるまでなった。
「あっ、また来てくれたんだ!」
「ここのメロンパンほんとに美味しくって」
彼女はいつも笑顔で俺を出迎えてくれた。そして彼女の友達でもある戸山さん、花園さん、牛込さんや市ヶ谷さんとも顔見知りになったある日・・・
「あ・・・いらっしゃいっ」
どこか元気がないような気がした。
「何かあった?」
「・・・!う、ううん。何でもないよ?」
(嘘だ・・・どう考えたって普段の彼女と違いすぎる・・・でも俺にそこに踏み込む資格はあるのか?)
彼女の手助けがしたいと思う一方、ただの客にしかすぎない自分が彼女に踏み込んでよいのかという想いが俺を留まらせる。
「はい、今日もメロンパンとっといたよ」
「・・・ありがと」
(このまま終わっていいのか?でも・・・)
その時、不意に戸山さんの言葉を思い出す。あれは偶然やまぶきベーカリーで戸山さんと出会ってその帰り道のことだ。
『もしさーやが辛そうな顔してたら助けてあげてね』
『え?いやでも俺なんかじゃ・・・』
『ううん、君じゃなきゃだめだと思うんだ。さーや、君と話す時は本当に楽しそうだから・・・』
『・・・・・・・・・・・・』
『だから、約束!』
『・・・・・・わかった』
・・・覚悟は決まった。
「ねえ、山吹さん」
「どうしたの?」
「本当に何もないの?」
「──────っ。・・・うん、ないよ・・・」
「俺には話せない?」
「キミだから、かな・・・」
「それってどういう──────」
「だってキミには迷惑かけたくないんだもん。私のことでキミに負担をかけたくないんだ」
その言葉に自分の中で何かの答えが出てきたような気がした。
「・・・俺は山吹さんからかけられる負担なら喜んで負うよ。だって・・・君の事が好きだから・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
何も答えない山吹さん。
「初めて声をかけてくれた時は正直かなり驚いた。でも、優しい子なんだって思ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・て」
「その時から俺は君の事が好きだったんだと思う」
「・・・・・・・・・・・・めて」
「それからはここで君に会えるのが楽しみで仕方なかった」
「・・・・・・・・・・・・めてよ」
「君の笑った顔を見るのが───────」
「やめてよ!!!」
何かに耐えきれなくなったように叫ぶ山吹さん。
「そんなふうに言われたら相談したくなるじゃん!弱音を吐きたくなるじゃん!頼りたくなっちゃうじゃん!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「私は私の事で誰かに迷惑かけるなんて絶対いや!!特にキミには・・・・・・」
「いいよ。さっきも言ったでしょ?俺は君の事が好きなんだ。好きな子からもらうものは何だって嬉しいんだよ」
「・・・・・・・・・・・・優しすぎるよ、キミは」
それから山吹さんは俺に悩みを打ち明けてくれ、さまざまなハプニングもあったが戸山さんたちの協力もありなんとか彼女の心の奥底にあるものを軽くしてあげることができた。そして彼女はその時に改めて俺に告白してくれたのだ。先程の写真はその時のものである。
「あの時勇気を振り絞ってよかったよ」
「・・・ありがとね」
お礼とともに俺の肩に頭を載せる沙綾。そして彼女と目が合う。それが合図だった。どちらともなく顔を近づけていき互いの唇が重なるのはすぐの事だった。
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狂い咲く紫炎の薔薇
「にゃーん、にゃーんちゃん」
(可愛い・・・)
スマホを取り出し一枚パシャリ。
彼女の名前は『湊友希那』。Roseliaのリーダーでありボーカリストだ。Roseliaと言えばプロ顔負けの演奏技術を持ったバンドととして知られている。その中でも友希那はRoseliaを結成する以前は『孤高の歌姫』なんて呼ばれていた。その名の通り彼女は常に独りでステージに上がっており、その素晴らしい歌唱力と神秘的とも言えるルックスでオーディエンスの心を掴んでいた。その彼女が今俺の目の前で野良猫と戯れている。
(孤高の歌姫なんて呼ばれてた時からは想像もできなかったよなぁ)
当時の彼女にファンは多数いたのだが、およそ感情と言える感情を示さなかったのだ。話しかけても冷たくあしらわれるのはもちろんのこと酷い時には無視、ようやくくれた返事はたった二文字だなんてざらだ。
そんな彼女が今はこんな無防備な姿を見せてくれている。それだけで心が弾むような気がした。
「ほら友希那。この後も猫と遊ぶんだし今日のところはそのぐらいにしておこう」
「にゃ───────そうね。早く行きましょう」
恐ろしい程の切り替えの速さに驚かされたが野良猫に別れの挨拶を告げ、目的地である猫カフェに向かう事にした。
(名残惜しそうにしてる・・・・・・これも写真撮っとこ)
何度も野良猫を振り返る友希那を写真に収め、俺たちは手を繋ぎその場をあとにした。
「にゃーん、にゃーん」
(・・・・・・デジャヴ?)
何だかどこかで見た光景だった。具体的には十数分前に。
(とりあえず写真だな・・・・・・今日だけで何枚増えるんだろうか)
スマホの容量が少し心配になるが何とかなるだろう。
(にしても・・・俺の彼女可愛すぎない?)
現在は二名専用テーブルに向かい合うように腰掛けている。向かい側の友希那の膝の上には猫が一匹。
(それに足元に三匹もいる・・・)
「ふふっ、にゃーんちゃん・・・」
満面の笑みで猫を撫で続けている友希那。彼女の笑顔はレアなので見る事ができた時は脳内メモリに永久保存するために絶対に目を離さないようにしている。
(でも気付かないんだよなぁ・・・)
彼氏としては複雑だった。だが、笑顔の友希那が見られるなら悪くないとも思っていると普段は気付かない彼女がこちらを見て優しい顔でしっかりと自身の想いが伝わるように語りかけてくる。
「・・・・・・大丈夫よ。貴方の事はちゃんと好きだから」
「え、あ、うん・・・さんきゅ」
「どうしたのよ」
「・・・いや、友希那がそうやって言ってくれるの珍しいなって思ってさ」
「・・・・・・あれだけ不安そうな顔をされれば私だって気になるわよ」
(そんなに顔に出てたんだろうか・・・気を付けよう)
そしてまた猫を
こういうことを平然としてくるからまた友希那に夢中になってしまう。
(こういうのって本来男の俺がやらなきゃいけないんだろうな・・・)
友希那に負けないように頑張ろうと気合いを入れ直し、俺も猫と戯れる事にした。
(これこの店の猫全制覇するつもりなのか・・・?)
あれから数時間が経過していた。友希那は猫を取っかえ引っ変えして遊びまくっていた。
(なんか字面だけ見るととんだクソ野郎だな・・・)
さすがに猫相手だけだろうと思っていると、友希那がこちらに歩いてくる。
「どうしたんだ?」
「喉が渇いたから少し休憩しようと思って」
「なるほど・・・ほい、メニュー」
「ありがとう」
軽く目を通しコーヒーを注文する。そして届いたコーヒーに友希那は角砂糖を8個9個と入れていく。
(ほんと苦いのダメだよなぁ・・・俺の前でくらい気を遣わなくていいのに・・・)
彼女は苦い物を得意にしていない。例えばゴーヤなんかはだめらしい。反対にさっきの行動からわかるように甘い物は好きなようだ。家ではよくはちみつティーを飲んでいると聞くし、バンド練習の時にはリサが作ってくれたクッキーを美味しそうに食べるらしい。これはリサからリークされた情報だ。
(リサから送られてきた友希那の緩んだ顔、可愛かったなぁ)
たまに友希那の目を盗んでリサから彼女の写真が送られてくる事があるのだが、それがまたベストショットばかりなのだ。
(まあ、リサは友希那のこと大好きだし当たり前か)
友希那と関わりを持ち始めた頃はリサとよく揉めたものだ。どこの馬の骨だとか友希那の面倒はアタシが見るだとか友希那のことどう思ってるんだとか。
(今にして思えばお母さんみたいだったな)
そんなことを思いながら友希那の方を向く。するとコーヒーを飲んでいた彼女もこちらを向く。
「どうしたの?」
「・・・友希那は愛されてるなぁって思ってさ」
「──────?」
首を傾げる彼女。まあ別に伝わらなかったとしても特段伝えなきゃいけない事でもないので構わないのだが。
「無理せず甘いやつ頼めばよかったのに。そういうのもあっただろ?」
「・・・・・・だって格好つけたかったんだもの」
「え───────」
心臓がやたら早く脈打っている気がする。
(これ大丈夫なのか?何かの病気とかじゃないよな?)
破壊力抜群だった。普段のクールな感じも相まってさらに効果が上乗せされていた。
「・・・・・・何か言ってちょうだい」
「あ、いや・・・その・・・・・・ありがとな。俺の為に頑張ってくれて」
「・・・・・・これぐらい何でもないわ」
それだけ言って顔を真っ赤にして背けてしまう。もう少し見ていたかったがやり過ぎると友希那の機嫌を損ねる事もあるから止めておいた。
「どうだった?久し振りの猫カフェは」
「やっぱりにゃーん・・・・・・子猫はいいわね」
(今更無理だって・・・)
どうやったって取り繕えないのにそれでも隠そうとする彼女が可愛らしくて愛おしかった。
店を出ると陽も沈みかけておりいい時間だと言えた。
「そんじゃ帰るか」
「待ちなさい」
「ん?まだどっか行きたいのか?」
「いえ、そういうわけではない・・・・・・そうだとも言えるのかしら・・・」
いつもなら言いたい事はストレートに伝える彼女とは真逆で煮え切らない感じだった。
「その・・・これから・・・・・・あなたの・・・・・・家に・・・」
「───────」
思わず言葉が出なくなってしまった。それぐらいの衝撃を今の彼女から受けた。
「・・・・・・それは泊まりたいってことか?」
俯いて首肯する友希那。彼女の綺麗な
「俺は構わないけど・・・」
「・・・・・・本当?」
顔を上げ窺いにくいながらも喜びの色が表情に現れていた。
「おう。荷物は取りに帰るってことでいいのか?」
「そうね」
「んじゃ行くか」
返事をする彼女と行きしなと同じように手を繋いで来た道を戻るべく足を進める。
少し身長差があるため彼女の横顔を少し目線を落として盗み見る。それに気付いた友希那は首を傾げながらこちらを見遣るが、首を横に振って応えた。
(ほんと出逢った時からは想像もつかないよなぁ・・・)
先程の友希那らしからぬ言動を見たからかそんなことを考える。
(確か出逢った時って・・・)
あれはとある公園でのことだった。
友希那は独りでステージに立ってその度にファンを増やして帰っていく。俺もその一人だった。俺はギターをやっていたが完全に趣味の範疇でステージに立って演奏するなんて到底不可能だった。そんな俺と彼女では住む世界が違った。
だけどやっぱり彼女がステージに上がる姿を見たくて、俺も追いかけてライブに参加する日々が続いていた。
「やっぱ難しいな・・・」
俺は公園で一人、湊友希那の曲をもし俺がギターだったらと勝手に考えて弾いていた。しかし何分彼女の歌はどれもハードルが高かった。大した腕もない俺には端から無理なお話だった。
にも関わらず俺は諦めずに一心不乱でギターを弾いた。そんな俺に神様か誰かが気を遣ってくれたのかもしれない。
「・・・貴方、何をしているの?」
「え?」
目の前にいたのは正真正銘『湊友希那』だった。
「それ私がこの間のステージで歌っていた曲よね?ギターなんてついていなかったはずだけれど・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「──────?聞いているの?」
「あ、ごめんなさい!えっと、その・・・何でしたっけ?」
「はあ・・・・・・あなたのそのギターはどうなっているのかと訊いているのよ」
若干お怒りのご様子だった。
(これはまずい・・・!えっと・・・えっと・・・!)
「こ、これはこの間のあなたの曲にギターをつけたらどうなるのかっていうのを・・・勝手に考えて・・・やってた・・・だけです・・・」
よくよく考えればかなり迷惑な事をしているんじゃないかと思ったのでそれが言葉の端々に出てしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
(めっちゃ怒ってるよ・・・!どうしようどうしよう!!)
「・・・それ、完成はしているの?」
「え!?いや、まだ・・・ですけど・・・」
「なら一緒に考えましょうか」
「え・・・一緒にってどういう・・・」
そう言って隣のスペースに腰掛ける彼女。ベンチ自体そこまで広くはないので肩と肩が触れ合っている。
(ヤバいヤバいヤバい・・・!あの湊さんと喋ってるだけでも驚く事なのに一緒のベンチに座って湊さんの曲にあてるギターを一緒に考える!?・・・俺明日死ぬのかも)
脳内大パニックだった。
しかしそれから甘い空間が広がるということは一切なく、ただただ湊さんに技術指導される時間が続いた。
「・・・
「・・・はい、ありがとうございます・・・」
俺のメンタルはズタボロだった。
(ん?
「明日はお昼過ぎに集合するように。それまでに今日言ったところは仕上げてきてちょうだい。それじゃ」
「あ、いやちょっと!・・・・・・行ってしまった」
(明日からもやるの?これを?)
正直もう遠慮したかった。
そこからは湊さんからの厳しい指導が始まった。彼女の予定もあるので中三、四日に一回ぐらいのペースだったがそれでも彼女が出してくる課題のハードルが高過ぎて死ぬ気でやるしかなかった。
そんなある日、ずっと訊いてみたかった事を彼女に尋ねた。
「なあ、湊さん」
「なにかしら」
その頃には変なファン視点のぎこちなさは無くなっており、比較的まともに話せていた。
「何でこんなにギター教えてくれるんだ?」
「・・・・・・そうね。貴方の音色が似ていたから、かしら・・・」
「似ていた?誰に?」
「私の大好きなギタリストよ」
『大好き』という言葉に引っ掛かるものを感じたが気のせいだと思い彼女にその先を訊くべく話を続ける。
「湊さんが好きなギタリストか・・・どんな人なんだ?」
「・・・・・・ギターを弾いている姿がすごく格好良くて私の憧れよ」
「・・・・・・そっか。さあ、そろそろ練習再開しよう」
「そうね」
多分この頃から俺は本格的に彼女に恋していたのだろう。
「どうかしたの?何か懐かしむような表情だったけれど」
「・・・いやなんでもないよ」
隣を歩く友希那が何かを感じ取ったのかそんなことを問いかけてくるがなんでもないと返す。
「・・・友希那」
「なにかしら?」
「大好きだよ」
「──────!・・・私も好きよ。いいえ、好きなんて言葉じゃ足りない。・・・愛してるわ」
そこからは二人してバカップルのようにどちらがより相手の事を想っているのかを言い合った。
沈みかけた夕陽がそんな俺たちを影として残していた。
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星のカリスマ
ご忠告くださった方本当にありがとうございます。
既に送っていただいた方は大変申し訳ございません。
リクエストなのですが、私『なぁくどはる』という名前で『転校生とバンド少女たち』という作品も書かせていただいているのでそちらの活動報告へ『コメント』という形でよろしくお願いします。
「おっはよー!」
「・・・・・・もうちょい寝かせてくれ」
「えー、でももう9時だよ?」
「・・・・・・全然早いじゃねーか」
布団を剥ぎ取られ覚醒を強制される。さらに何時だと訊けばまだ9時だと言うではないか。
「・・・香澄は朝から元気だな」
「当たり前だよー!今日は一日デートなんだしっ」
満面の笑みで今日という日を楽しみにしていたと話す。相変わらず喜怒哀楽がはっきりしていて可愛らしい。そうやって全身で自分の気持ちを伝えてくれる彼女は『戸山香澄』。Poppin'Partyという五人組バンドのギターボーカルでありバンドリーダーでもある。
(まあ、香澄が怒ったりするとこあんま見ないんだけど)
なので正確に表現するなら喜哀楽になるのかもしれない、なんてくだらない事を考えているうちに頭も冴えてきた。
「わかったわかった。今起きるから」
「早くっ、早くっ」
「そんなに急かさなくてもデートは逃げないんだから大丈夫だって」
「えー!もう待てないよー!ずーっとこの日を楽しみにしてたんだもん!」
俺の腕を引いて待ちきれないと伝えてくる。とりあえず着替えるべく洋服を収納しているタンスに近づく。
「それはわかったから・・・・・・って何でこっちを見てる」
「ちゃんと準備するかチェックしようと思って」
むむむ、と眉間に皺を寄せながら俺の動向をチェックする香澄。
「あの・・・香澄さん?俺着替えたいんですけど・・・」
「むむむ・・・え?着替えたらいいと思うよ?」
「え?」
「え?」
(これは俺が間違ってるのか?)
香澄が当然のように居座るものだから自信が無くなってくる。
(いや、俺は間違ってないはずだ)
「いや、その・・・恥ずかしいんだけど・・・」
「あ、そっか!ごめんね・・・えへへ・・・」
(可愛い)
改めて俺の恋人は可愛いということを認識していると、香澄がじゃあ下で待ってるねと俺の部屋から出ていく。
それを見届けた俺はいそいそと着替え始め香澄の後を追った。
「お待たせ」
「ううん!じゃ、行こっ!」
一階のリビングで母さんと談笑していた香澄に声をかけ、行ってきますと二人で家を出る。歩き始めるとどちらともなく手を繋ぐ。
「楽しみだな〜!遊園地!」
「俺も行くの久々だからちょっと楽しみ」
本日は香澄の要望で遊園地に繰り出す事になっていた。俺自身、小学生ぐらいの頃から行っていないので楽しみだ。香澄も先程から笑顔で鼻歌を歌っている。
「それ新曲?」
「ううん。今思い浮かんだやつ!」
彼女たちが演奏する曲の中でも聴き覚えがないものだったので新曲なのかと思ったがどうやら違うようで今適当に口ずさんでいただけのようだ。それでも聴き惚れてしまうのだからやはり彼女の歌はすごいと思う。
実は香澄は高校に入学してから音楽に関わり始めたのだ。だからまだギターに触っている時間は多いとは言えない。けれど彼女たちPoppin'Partyは他のガールズバンドたちと並んで人気のバンドとなっている。そこには香澄の並々ならない努力とそれを傍で支えてくれた仲間たちの尽力が大きいのでは、と個人的には思っている。
「あ、そうだ。今度のお休みなんだけどまたライブするんだっ。・・・来てくれる?」
「もちろん。Poppin'Partyのファンの一人としては行かないわけにはいかないしね」
「じゃあ『取り置き』しとくね!」
取り置きをやたら強調して言う。なんでも彼女のお気に入りらしい。
(誰に教えてもらったんだか・・・)
そんなやり取りに心を和ませていると辺りが騒がしくなってくる。どうやらもうすぐのようだ。
「う〜!楽しみ〜!ほら、早く行こっ!」
「今日それしか言ってな───────ちょ、そんな引っ張るなって!」
香澄に腕を引かれあっという間に目の前に到着する。
「・・・・・・今度からはやる前に一声かけてくれ」
「──────?うん、わかった!」
(本当にわかってんのか・・・?)
危うく腕がちぎれるところだった。こういう活発なところも彼女らしいが。
そしてパスを買い二人で中に入る。
まずはどんなものがあるのか調べようと思ったのだが、そうは問屋が卸さない。
「最初はジェットコースターにしよ!」
「え、最初にそれはちょっと──────」
「しゅっぱーつ!!!」
「だから一声かけろってーーー!!!」
ある少年の絶叫が園内に響き渡るのだった。
「案外いけるもんだな」
「楽しかったねー!もう一回いっちゃう?」
「望むところだ。先にへばるなよ」
「だいじょーぶ!」
初っ端ジェットコースターはマズいと思ったが案外平気だった。そして香澄の挑発に促されるまま二回、三回と乗っていると・・・
「・・・・・・もう無理。参りました・・・」
「ふっふー、キミもまだまだだね」
(ちくしょう・・・なんでこんなに平気そうなんだ・・・)
五回目で俺がギブアップする形となった。普段の香澄のイメージからして強いのはわかっていたが想像以上だった。
「ちょっと飲みもん買ってくるけど一緒に来るか?」
「行く!」
二人で近くの自動販売機まで歩いていく。
「どれがいい?」
「えっでも・・・」
「いーよ。さっきの分って事で」
「・・・じゃあ、これ!」
ジェットコースターの件では俺が負けてしまったので安いものだが香澄に何かしてあげたかった。もちろん、あれが無くてもお金は俺が出していたのだが。
「ありがと!」
いつものように全身で感情を俺に伝えてくれる。それに俺は笑顔で頷いた。
「次はどうしよっか?」
「・・・そうだな・・・お化け屋敷なんてどうだ?」
「えっ!?い、いや〜・・・それはちょっと・・・」
香澄の顔が明らかに曇り始める。実は彼女、ホラーがあまり得意ではない。Poppin'Partyのメンバーであるりみがそっち方面が好きな事もあり一緒に映画を観たりはするらしいのだが、終始怖がっているらしい。
(ふっふっふ、ここでさっきの仕返しをさせてもらうぜ)
我ながら大人気ないとは思うが、それとは別に怖がっているらしい香澄を見たいという下心もあった。
「そっか・・・残念だな・・・香澄とお化け屋敷、入ってみたかったんだけどなぁ・・・」
香澄が乗り気ではないのでわざとらしく落ち込んでみせる。
「うぅ〜・・・じゃ、じゃあその・・・が、頑張るよ・・・」
「ほんとか!?」
「う、うん・・・」
「さんきゅー!」
そしてお化け屋敷に向かう俺と香澄。
「あ、そうだ。ここのお化け屋敷日本で三本の指に入るくらい怖いらしいぞ」
「えぇ〜!!!先に言ってよ〜!!!」
「うぅ・・・」
「まだ入ったばっかだぞ?」
「だってぇ・・・」
あれからお化け屋敷へと足を踏み入れた俺たちだが、入って早々香澄が俺に引っ付いて離れない。
(これ歩きにくいし・・・・・・その・・・当たるんだよなぁ・・・)
香澄は能動的なので体つきも健康体そのものだ。しかし、高校生ということもあり出るところは出ている。
(俺の勘違いじゃなかったら他の子よりも・・・)
「・・・・・・うん?どうしたの?」
「えっ!?あ、いや、なんでもない」
首を傾げる香澄。
(危なかった・・・危うく変態認定されるところだった・・・)
腕に当たる感触については不審がられない程度に楽しむ事にし奥へ進んでいく。
しかし、作りはかなり複雑になっておりまるで迷路のようだ。
(これなんか目印決めとかないと迷うな・・・)
ところどころにリタイア用の出口があるので最悪はそちらを使う事も頭に入れつつ足を進める。
香澄はぎゅっと目を瞑り俺にしがみついている。
「香澄、それじゃ見えな───────」
そんな香澄を窘めようとしたその瞬間、脇から何か飛び出してくる。
「うおっ!」
「え、何!?どうしたの!?」
俺が驚いて声をあげてしまったものだから引っ付いていた香澄にまで動揺が伝わりパニックになってしまう。
とりあえずお化けの方を何とかしようと思ったらいつの間にか音もなく消えていた。
(え?どこ行ったの?まさか・・・・・・)
速攻でギブアップしました。
(あれはだめだ。あんなの怖すぎる。マジのお化けじゃねーか)
正直舐めていた。あそこまでクオリティが高いだなんて思わなかった。香澄も心做しか元気がなくなっているような気がする。
「・・・とりあえず昼飯食べるか」
「──────!うん!!」
(え、回復早くない?)
香澄の驚異の回復ぶりに面食らいつつ食事スペースへと向かった。
「何にしようかな〜!」
(確かにこれは迷うな)
カレーライスやたこ焼き、焼きそば。オムライスなんてものもある。香澄が目移りするのもわかる。
結局俺はカレーライス、香澄はオムライスを選択した。
「ん〜!美味しい〜!」
「・・・ん、こりゃ美味い」
お腹が減ってた事やこういうシチュエーションだからなのかいつもより美味しく感じられた。
「ねぇねぇ!キミのも食べてみていいっ?」
「ん?はい、どーぞ」
お皿を香澄に差し出すが彼女は受け取ろうとしない。それどころか頬を膨らませて不機嫌そうだ。
「え、なに。どしたの?」
訊いても答えてくれずやがて口を開く。
(・・・あ〜んしてほしいってことなんだろうか)
そう思い一口分をよそい彼女の口元へ持っていく。すると彼女はそれを口に含み咀嚼し始める。
「ん〜!こっちも美味しい〜!」
(最初から言えばいいのに・・・)
こういう面倒臭いところも可愛く思えてしまうのだから自身がどれだけ香澄を好いているのか思い知らされる。
「じゃあ、はい!」
「おお・・・んっ・・・美味い」
「でしょ!」
彼女のオムライスも文句なく絶品だった。
「あ〜楽しかった!」
「そうだな」
日も沈み始めた頃閉園の時間も差し迫っているということで俺たちは帰路に着いていた。
「次はもっといっぱい乗ろうね!」
「ジェットコースターは勘弁だけどな・・・」
「え〜楽しいのに〜」
概ね同意だが流石に五回も乗りたくない。
「・・・また来ようね」
「・・・ん」
楽しい時間はあっという間ですぐに過ぎ去ってしまう。
「そして今日はこのままお泊まり!」
「お、覚えてたんだな」
「当たり前だよっ!?」
香澄から珍しいツッコミが入る。
「そっちも楽しみだったんだからっ。お母さんどんな料理作ってくれてるんだろうな〜」
「それご飯が楽しみなってるじゃねーか」
「そ、そんなことないよ〜・・・」
そんな他愛ない事を話してるうちに帰ってきていたようだ。
「・・・ねぇ」
「ん?」
振り向いた俺はすぐに香澄が今何を求めているのかを察する。
「ほら・・・」
「えへへ・・・」
香澄を胸元へ抱き寄せ彼女の
それが合図になったのか二人の唇が重なるまでそう時間はかからなかった。
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サッドネスメトロノーム②
「ねぇねぇ!次はあれ見ようよ!」
「ちょ、待て・・・!ちょっと休憩を・・・!」
(紗夜とのデートだったはずなのにどうしてこんなことに・・・)
紗夜そっくりな少女に手を引かれあちこちへ振り回される。お陰で紗夜は不機嫌オーラ全開だ。
あれは紗夜とショッピングモールの服屋さんで買い物していた時の出来事だ。
「私にはこんな可愛らしい服似合わないわよ・・・」
「いやいや、たまにはこういうのも───────」
「あれ?おねーちゃん?」
「日菜・・・!?どうしてここに・・・」
「うん?暇だったから何か面白い事あるかなーってふらふらしてただけ・・・・・・あれ?隣にいるのって・・・」
紗夜そっくりではあるが、髪の長さだったり纏っている雰囲気が違う少女が俺の方へ視線を送る。
「ねぇ、君!もしかしておねーちゃんの彼氏!?」
「え、うん。そうだけど・・・」
「やっぱり!!・・・・・・んーなるほど・・・」
紗夜そっくりの少女が品定めするかのように俺を上から下までじっくりと観察する。
「ちょっと日菜。彼が困っているじゃない。あまりそういうことは──────」
「うん!!るん♪ってきた!!」
「え、は?るん?」
「はぁ・・・またあなたはよくわからない事を・・・」
「あたしおねーちゃんの妹の氷川日菜!君の名前は?」
ようやく自己紹介がなされ紗夜の妹さんである事が判明したところで、俺の方からも自己紹介をする。
「ねぇ、おねーちゃん。あたしも一緒に行っていい?」
「そんなのだめに決まって───────」
「じゃあレッツゴー!」
「え、ちょ・・・!」
「ちょっと日菜!!」
日菜ちゃんが俺の腕を引いて歩きだす。
(俺の意思は無視ですか・・・)
彼女の自由奔放さには驚かされる。紗夜も呆れてため息を吐いている。
「それでね!彩ちゃんが──────」
未だ彼女が隣で喋り続けている。反対側に紗夜もいるのだが先程からずっと黙ったままだ。
(やっぱり怒ってる・・・よな?けどなんとかしようにも・・・)
今すぐにでも紗夜のフォローをしてあげたいが現状ではどうしようもない。
(どうしたものか・・・)
そんな事を考えていたら日菜ちゃんが声をあげる。
「着いたよ!」
「ここって・・・映画館?」
「うん!あたし観たい映画あったんだー」
(これで紗夜と隣の席になってなんとかできれば・・・)
券売機でチケットを購入する。どうやら恋愛ものの映画らしい。日菜ちゃんからはあまり想像がつかないが彼女も華の女子高生だ。そういうのにも興味があるのだろう。
(紗夜っていう身近な人間が恋をしてるっていうのも余計にそう思わせてるのかも)
「日菜ちゃんってあんまりこういうの興味なさそうだから意外だったよ」
「うん?いつもなら観ないよ?」
「え?」
「実はこれ千聖ちゃんが出てるんだー」
(千聖ちゃん?)
「日菜のバンドメンバーの方よ。『白鷺千聖』って聞いた事ないかしら?」
「あ〜聞いた事あるかも。・・・・・・ちょっと待って。日菜ちゃんもバンドやってるの?」
ようやく紗夜が口を開いてくれたことに少し安堵する。
「え〜!!やってるよ!『Pastel*Palettes』って知らない?」
(確か今話題のアイドルバンド・・・だったっけ?)
俺の反応が芳しくないのを見て日菜ちゃんが肩を落とす。
「うーん、あたしたちもまだまだってことかぁ」
「いえ、彼があまり流行に詳しくないだけよ」
「あはは・・・テレビとかあんまり観なくて・・・・・・紗夜は知ってたみたいだけど・・・」
「・・・・・・日菜が所属しているし、一応チェックしていただけよ」
こういう素直じゃないところは付き合ってからも変わらない。しかし全く嫌だとは思わない。むしろそこが可愛いと思ってしまうのだからかなりの重症だろう。
「へぇ・・・」
「ん?どうしたの、日菜ちゃん?」
「ううん、なんでもない!」
笑顔で答える日菜ちゃんを見て俺の気のせいだったのかと思い直す。
そして、日菜ちゃんがとある提案をする。
「さぁ!ここにおねーさんから貰ったチケットが三つあります!これをシャッフルして〜・・・」
この後の展開は予想がつく。
「はい!ど〜れだ!」
(やっぱり・・・)
「日菜・・・あなたって子は・・・」
紗夜も呆れているが日菜ちゃんの言う通りにするようだ。紗夜は日菜ちゃんに甘いところがあると思っていたがどうやら気のせいではなかったらしい。
(まあ、可愛い妹だろうしそういうもんか・・・・・・それより)
重要なのはここだ。紗夜と隣になるのがベスト。既に紗夜が一枚引いているため運の要素がかなり強いが何とかするしかない。
そして、覚悟を決め紗夜が引いて残った二枚のうちの一枚を取る。
「じゃあ、あたしがこれだねっ。それじゃあしゅっぱーつ!」
(なんでこうなるんだ・・・)
運命の席順だが日菜ちゃんが俺と紗夜に挟まれる形となった。
紗夜の隣であるからなのかご満悦の日菜ちゃん。対照的に俺と紗夜の顔は沈みに沈んでいた。
そんな俺たちの気を知ってか知らずか日菜ちゃんがマシンガントークを再開する。俺はそれに相槌を打つ事しかできなかった。
「あ、千聖ちゃんだ!」
「日菜、上映中は静かになさい」
「は〜い」
(仲良しだなぁ・・・)
紗夜のフォローを、と思っていたがむしろ俺の方が空気と化している気がしてきた。
(にしても・・・白鷺さん、だっけ。スゲー演技上手だなぁ)
彼女は劇中で主人公の後輩の女の子というポジションで主人公に好意を抱いているという設定なのだが、大胆なアピールはできないが好きだと気付いてほしいという微妙な塩梅をすごく上手に表現していると思った。
(そういえば紗夜も最初の頃はそんな感じだったっけ・・・)
紗夜も付き合って間もない頃は手を繋ぐのすら恥ずかしがっていた。顔を真っ赤にしてすごく小さい声でやっと、という感じだったのだ。
(それで俺がそこまで恥ずかしがらなくても・・・って言ったんだっけ)
そしたら彼女はこう言った。
『だって今まで異性を好きだと思った事はありませんでしたし・・・それに・・・あなたの事は・・・その・・・とても・・・好ましく・・・思って、いますし・・・』
それを聞いた俺が紗夜を抱きしめてキャパオーバーさせてしまったのはいい思い出だ。
(・・・懐かしいなぁ。最近ではあんまり恥ずかしがってくれないんだよなぁ。まぁ、ちょっと頬は紅くなってるんだけど)
未だ恥ずかしさが抜け切らず初心な彼女がとても愛おしい。
そんなことを考えているうちに映画が終わってしまった。
「う〜ん、あの千聖ちゃんすっごいるんっ♪ってきたよ!」
「さっきも言ってたけどその『るん』って何なの?」
「んー?るんっ♪はるんっ♪だよ?」
(えー、全くわからないんですけどー)
日菜ちゃんの説明はざっくり過ぎてさっぱりだったので結局『るん』が何なのかは謎のままだった。
「別に覚えなくても大丈夫よ。教えてもらったところでわからないもの」
「えー!ひどいよ、おねーちゃん〜!!」
こんなやり取りからも彼女たちの絆を感じる事ができた。
「それじゃあ、次はあそこで!」
「え、もう流石に──────」
俺の抵抗は敢えなく散った。
俺たちが次にやって来たのはゲームセンターだった。
「なんでゲームセンター?」
「この前パスパレのみんなで行ったんだけどすっごくるんっ♪ってするものばっかりだったんだ!」
(アイドルがゲームセンターか・・・注目の的だったろうな・・・)
しかし彼女たちにもプライベートというものは存在する。彼女たちがゲームセンターを利用していたとしても問題はないだろう。
「えーと、この前やったのは・・・・・・あれだ!」
そう言って日菜ちゃんが指さしたのはUFOキャッチャーだった。中には何やら変わったキャラのぬいぐるみが展示されていた。
(なんなんだこのぬいぐるみは・・・ワニ・・・いや、トカゲ・・・なのか?)
だが日菜ちゃんはこれをいたく気に入ったようで。
「すっごいるんっ♪ってきた!!」
(え〜・・・マジなの・・・)
俺にはさっぱり理解できなかった。
「あら・・・確かに少し可愛いわね・・・」
(えぇ!?紗夜!?)
「よぉーし!頑張って取るぞー!」
どうやら姉妹の好みは似るらしい。
そして日菜ちゃんが挑戦するようだ。
(まあ、一回やそこらじゃ・・・)
「やった!取れた!」
(うそん・・・)
あっさりと景品を獲得してしまった。
そんな日菜ちゃんに驚いていると紗夜がそわそわしているのに気が付く。
(欲しいん・・・だろうか?)
確証は無かったがやるだけやってみることにした。
100円を機械に投入する。
「おー、君も挑戦するんだね」
「どうして・・・」
「まあ、日菜ちゃんの一発獲りに感化されちゃってさ」
日菜ちゃんが頑張れー!と応援してくれる。紗夜も不安げな表情でこちらを見ている。
しかし穴の近くに移っただけで獲得までには至らなかった。
「ああ〜・・・惜しかったね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
でも、これで終わらせるつもりは毛頭ない。
再び機械に100円を投入する。
「え?」
「確かに日菜ちゃんみたいに一発では無理だけど・・・・・・ほらっ!」
「・・・・・・!」
景品が音を立て落ちてくる。
(近くで見ても何の動物かわかんないな・・・)
「はい、紗夜」
「え・・・?」
「あれ?欲しそうにしてたと思ったんだけど違った?」
「い、いえ。そういうわけではないのだけど・・・」
(俺の気のせいだったのかな・・・いらないのにあげてもだよな・・・)
「ごめん。いらなかったら俺が──────」
「あ・・・・・・ち、違うの!そ、その・・・ありがとう・・・」
「・・・・・・・・・・・・やっぱりるんっ♪ってするなぁ」
大事そうに胸に抱える紗夜。俺の直感が間違っていないみたいでよかった。
「ん?日菜ちゃん何か言った?」
「・・・ううん!よかったね、おねーちゃん!」
「え!?え、ええ・・・」
顔を赤くして俯いてしまう紗夜。
「・・・あ、あたしおかーさんに早く帰ってきなさいって言われてたんだった!」
「え?」
「ごめんね二人とも!ばいばーい!」
「ちょっと日菜!!・・・・・・行ってしまったわね」
(本当にそうなのかな・・・?日菜ちゃんは初めこそ偶然だっただろうけど何か別の目的があったような気がしてならないんだよな・・・)
「どうかしたの?」
「・・・いや、なんでもないよ」
時間も時間だったので俺たちも帰路に着くことにした。
「その・・・」
「──────?」
「今日はごめん。日菜ちゃんが悪いってわけじゃないんだけど元々紗夜とデートするって約束だったのに、俺が流されちゃったから・・・」
「・・・構わないわよ。あなたが私を気遣ってくれていたのは気付いていたから」
「・・・・・・そっか。ありがとう紗夜」
(ほんと、俺はいい彼女をもったよ)
「けれど・・・」
途中で言い淀んでしまう。
「・・・・・・けれど、その・・・日菜といえどあまり・・・仲良くは・・・」
「─────!・・・・・・ごめんね」
いけないとはわかりつつもつい笑みが溢れてしまう。
「なっ!何故笑うのよ!」
「いや、やっぱり紗夜は可愛いなぁって」
「・・・・・・あなたはすぐそういうことを」
そこまで言って紗夜は俺の顔を覗き込んでくる。紗夜とはそんなに身長が変わらないからそうされるとすごく顔が近くに感じる。そして紗夜が
「んっ・・・」
「・・・・・・これでいい?」
「・・・いいえ、もっと──────」
「・・・してあげたいのは山々だけどこれ以上は流石にここでは恥ずかしいし戻ってから、ね?」
「・・・・・・・・・・・・」
不満そうな顔を隠そうともしない紗夜。そんな顔も愛おしく思えてくるのだから手が付けられない。
「わかったわかった。あと一回だけね。それ以上は帰ってか──────」
言い切る前に彼女の整った顔が視界を埋め尽くす。
「・・・・・・せめて最後まで言わせてくれ」
「・・・・・・ふふっ、我慢できなかったんだもの」
そんな俺たちを見ていたのは沈みゆく夕陽だけだった。
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不動のスキルマ
「やばい!そっちで何とかできないか、燐子!?」
「うん・・・!何とか・・・頑張ってみる、ね・・・!」
こちらは既に大勢の敵に囲まれてしまい抜け出すのに精一杯だ。このままではあの巨大なドラゴンが好き勝手に動けてしまう。それは避けたかったので比較的手が空いていた燐子に何とかドラゴンの動きを牽制するようにお願いする。
『あこも頑張ってみるよ!!』
『頼んだ!』
『聖堕天使あこ姫』というプレイヤーからチャットが送られてくる。
実はこの聖堕天使あこ姫はリアルでも知り合いなのだ。名前は宇田川あこ。燐子と同じ『Roselia』という五人組のガールズバンドに所属している少女だ。
その彼女が燐子と協力してボスを抑えてくれている。こちらも早く何とかしなければ、と思った俺はMPの大半を削って小型の敵を一掃する。そして頑張ってくれている二人のもとへ急ぐ。
「こっからは俺も頑張るよ」
「・・・うん!」
『これで三人揃ったね!ふっふっふ、闇よりいでし暗黒のドラゴンよ。我らの・・・我らの・・・うーん、えーと・・・』
『必殺技?』
『それだ!我らの必殺技を受けるがいい!!』
そして苦労の末に何とかボスを倒すことに成功する。
「ふう〜・・・中々に強敵だったな」
「・・・周りの・・・小さいモンスターが、厄介だったね・・・」
「そうだな。出し惜しみせずにもう少し早く全体除去使っとけばよかったよ」
「ふふっ・・・もったいない、って・・・いつも使わないもんね・・・」
「なーんかMPって大事にしたくなっちゃうんだよなぁ・・・」
そんなふうに一息ついているとあこからチャットが送られてくる。
『今日はありがとっ!また一緒にやろうね!』
「『おう、りょーかい』っと・・・」
燐子もあこのチャットに返事をしてその日のNFOは終了となった。
俺たちが今やっていたのは『Neo Fantasy Online』というオンラインゲームで、俺と燐子が出逢うきっかけをくれたゲームだ。
「・・・これから、どうしよう・・・?」
前の燐子から今後の予定について尋ねられる。
場所は彼女の部屋でゲーミングチェアに二人で座っている状況なのだ。俺が膝を立て左右に分けるようにして座り、その間に燐子が座っているという構図だ。
目の前には燐子の艶のある黒髪が映し出されておりいい香りも漂ってくる。その上、燐子は俺にもたれかかるような体制なので彼女の肢体の柔らかさもダイレクトに伝わってくる。
・・・よくこんな体制でゲームやってたな、俺。
「そうだなぁ・・・」
考えるが特に思いつくものもない。どうしたものかと頭を捻っていると・・・
「じゃ、じゃあ・・・その・・・一つ、やってみたいことがあって・・・いい・・・?」
可愛い彼女のお願いである上に、上目遣いまでされては俺には断ることなどできなかった。
「あの・・・燐子さん・・・これは流石に・・・」
「──────?」
燐子の顔がすごく近くにある。流石にキスができる程ではないが、それでも日常生活でこんなに近付くことなどないだろう。では何故そんなに彼女の顔が近くにあるのかと言えば・・・・・・彼女のベッドで向かい合って寝転んでいるからだ。
燐子のお願いとは『添い寝をしてみたい』というものだった。俺も二つ返事で了承したのだが・・・
(これ思ったよりもやばい。燐子が近いし何かすごいいい匂いもするし・・・っていかんいかん!流石にこれ以上は───────)
と思ったところで、燐子が抱きついてくる。
「ちょ、燐子さん!?」
「・・・だめ・・・?」
「くっ・・・!・・・だめ、じゃ・・・ない・・・です・・・」
そう答えると彼女は嬉しそうにより身体を押し付けてくる。
(やばいやばいやばい!もうキスできるよ、これ!!いや、それどこじゃなくて・・・!)
先程よりさらに燐子を近くに感じるだけではなく彼女の他の同年代よりは明らかに育った
「・・・私・・・これ、好きかも・・・」
(これ俺、耐えられるのか?いやむしろなんで手を──────いやいや、そうじゃない!・・・・・・あっぶねー、こういう時はなんか違う事考えて・・・)
「・・・あなたからも抱きしめてほしい・・・な・・・?」
(これ以上!?)
なんと燐子からさらなる要求が飛び出す。
これ以上くっ付くともう二人ではなく一人になっちゃうんじゃないの?とかわけの分からない事を考えられるくらいには頭がパニックだった。
しかし身体はどうするべきかを把握していたようで自然と燐子の背中へと腕を回していた。
「ん・・・」
「あ、ごめん・・・!強すぎたな・・・」
何も考えずに抱きしめたせいか力が強かったのか、燐子から苦しそうな声があがる。
「・・・ううん。これぐらいの方が・・・いい、な・・・」
(俺明日死ぬんじゃないの?)
そう思えるくらいには今が幸せに感じた。そして燐子がじっとこちらを見つめる。
「・・・・・・んっ・・・・・・はぁ・・・・・・」
何を求められているのかはすぐに分かった。
ここまできたら、と思い彼女の柔らかそうな唇に自身の唇を重ねた。どうやら間違いではなかったらしく、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ん・・・・・・あれ?寝てたのか・・・」
ふと横を見ると燐子が眠っていた。
(自分のベッドより快適に眠れた気がする・・・単純にいいベッドなのか、それとも・・・)
そこまで考えたところで改めて燐子の顔を覗き込む。紛うことなき美少女だ。落ち着いた性格をしており気配りもできる。今でこそこうやって甘えてくれる燐子だが、出逢ったばかりは人見知りな部分が出てしまい全く会話ができなかった事を思い出した。
始まりは俺が初めてNFOにログインした時の事だ。
それまでは燐子とあこが二人で仲良く潜っていたらしいのだが、そんな二人が偶然立ち寄った旅立ちの村でNFOを始めたばっかで右も左も分からず困ってた俺に声をかけてくれたのだ。
『おにーさん、どうしたのっ?』
『え・・・』
急に声をかけられ咄嗟にプレイヤーネームを見ると『聖堕天使あこ姫』と表示されていた。第一印象はヤバい人だと思った。
『あこちゃん!・・・あれ?その人は・・・?』
『なんか困ってたみたいだから声をかけたんだ!』
『えーと・・・その、あなたたちは?』
『ああ、ごめんねっ。我は聖堕天使あこ姫。地獄より参りし・・・・・・死を・・・・・・その〜』
『司る?』
『そう!死を司る者よ!』
ぶっちゃけコントにしか思えなかった。しかしこれが燐子とあことのファーストコンタクトだった。
それから、内心不安に思いつつも二人に初めのうちはどうすればいいのかを教えてもらい一緒にクエストにまで行ってもらった。操作方法やちょっとした冒険のコツなども教えてもらった。
そうやって何回かクエストをともにしたある日だった。あこがこの3人でオフ会をしようと言いだしたのは。
最初はリアルではどんな人かも分からないという怖さもあったから断ろうと思ったし燐子も乗り気ではなかったのだが、あこに押し切られる形になった。住んでいる場所も近いという事が拍車をかけてしまったのかもしれない。
そして迎えたオフ会当日。
「ふっふっふ〜!あこは聖堕天使あこ姫だよ!よろしくね!」
「・・・その・・・は、はじめまして・・・RinRin、と・・・申します・・・」
二人が自己紹介してくれたのでそれに倣い俺も自己紹介する。その時から俺は燐子の事が好きだったのかもしれない。いわゆる一目惚れってやつだ。
「でね〜!あそこの敵が──────」
(さっきからあこ姫さんしか喋ってない・・・)
RinRinさんは俯いて一言も喋ろうとしない。俺も女の子とはあまり絡みがなかったので自分から話しかける勇気がなかった。
結局その日は燐子と一言も喋らずに終わってしまった。
そしてオフ会から数日が経過したある日。その日もNFOにログインしていたのだが、燐子からチャットが送られてきた。なんでもこの前の事で話があるらしい。燐子に促されて着いた場所には既に彼女が待っていた。
『ごめん、遅れたみたいで・・・それで、話って?』
『いいえ、私が呼び出したので・・・。その・・・この間はごめんなさい!私人見知りで・・・全然楽しくなかったですよね・・・』
『・・・俺の方こそごめん。女の子と話した事ってほとんどないから緊張しちゃって・・・』
そこからはお互いに謝り合うという奇妙な光景が繰り広げられていた。そんなお互いが可笑しかったのか、どちらともなく笑い合う。
『じゃあお相子ってことだね』
『ふふっ、そうですね。お相子ということで』
お互いに笑い合えたこの瞬間は俺の初めての燐子との思い出だ。
「ん・・・」
「お。起きたのか」
頷く燐子だが、まぶたを擦っているあたりまだ眠いのだろう。
「そろそろいい時間だし俺は帰るよ」
「あっ・・・」
「──────?どした?」
「その・・・・・・今日は・・・お父さんもお母さんも・・・帰ってこない、から・・・泊まっていけるよ・・・?」
言葉を失うには十分過ぎる程のダメージだった。
「・・・・・・着替え取りに戻るからそれまで待っててくれ」
「・・・・・・!・・・うん・・・!」
その日の俺は生きてきた中で一番早く走れた気がする。
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狂い咲く紫炎の薔薇②
「なぁ、友希那」
「・・・・・・何かしら」
「これ、いつまで続けるんだ?」
「あと少し待って頂戴」
そのセリフもかれこれ7回目だ。ぶっちゃけ聞き飽きた。早く解放してほしい。
友希那の頭を膝に乗っけてから2時間程経過している。彼女のお願いだしカッコつけたくはあるのだが、俺の膝が既に限界を超えている。
いや、もうほんと早くして。これ以上は立てなくなっちゃう。
「ふう・・・」
「お、終わったのか?」
僅かな希望を求め友希那に問いかける。しかし、俺に授けられたのは10分という僅かな休憩時間だった。
・・・・・・もう無理。たしゅけて。
そもそも何故友希那に膝枕をしているのかというと、彼女は作詞をする時には横になるのだ。そのため度々俺を枕にしていたのだが、ある日膝を貸したらいたく気に入ったらしく、その日以来彼女が作詞をする時にはこうやって呼び出されて枕役を担っている、というわけだ。
「進捗はどうなんだ?」
「5割、と言ったところね」
「いつも言ってるけど無理はするなよ」
「Roseliaのメンバーがいてくれるから問題ないわ。それに・・・・・・こうやって貴方に癒してもらっているもの」
「な、ならいいんだ」
友希那はストレートに気持ちを伝えてくれるから嬉しい。嬉しいのだが・・・今のように恥ずかしさが勝ってしまうこともしばしば。
「さあ、そろそろ再開しましょう。次は頭なでなでも追加よ」
「・・・了解」
褒めてもらってすっかりその気になった俺は単純なんだろうか?
「・・・ねぇ」
「ん、どした?」
「その・・・今更だけれど・・・辛くはないの?」
ほんと今更だな。
「まあ、辛くないって言えば嘘になるけど友希那も頑張ってるしな。俺だけが辛いって言ってやめるわけにもいかないだろ」
「・・・・・・ありがとう」
「・・・おう」
最近よく思う。彼女が笑顔を見せてくれる事が増えたと。きっとRoseliaのみんなのお陰なんだろう。
ほんとは俺がやらなきゃいけないことなんだよな・・・
「・・・・・・貴方は十分私に幸せをくれているわよ」
「・・・・・・本当か?」
「ええ、貴方といる時はすごく満たされているもの。Roseliaのメンバーといる時に感じるものとは明らかに違うモノ、はっきりと理解しているわ」
「・・・・・・そっか」
不安は尽きないが友希那もこう言ってくれている事だし、とりあえずは一安心だ。
「・・・・・・ならそれを証明してみせるわ」
だが、不安な気持ちも見抜かれていたのだろう。友希那は頭を起こし、俺と対面になるように俺の膝の上に乗る。
「・・・・・・スカートでそんなことしたら───────」
「貴方にしかしないから大丈夫よ。それより・・・」
そういう問題じゃないんだよなぁ・・・。
そんなことを思っているうちに友希那の顔が目の前にあって、いつの間にか唇が重なっていた。
「ふむっ─────!?」
「んっ・・・・・・」
キスをしている間も2人とも目を離さなかった。外せなかった、の方が正しいかもしれない。それぐらい友希那の顔は他の人に
そのままどれぐらいの時間が過ぎただろう。数十秒だろうし、数分かもしれない。時間がわからなくなるぐらいその間俺たちはお互いの事しか考えていなかった。
「・・・ぷはっ!・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・どうだった?伝わったかしら、私の気持ち」
「・・・・・・長過ぎだよ。どんだけ俺の事好きなんだよ、お前」
「・・・言ったでしょう?証明する、って」
「言ったけどさぁ・・・」
やばい。ニヤニヤが止まらない。友希那にバレると恥ずかしいから口許を隠そうとするのだが、バレバレだったようだ。
「・・・ふふっ、喜んでもらえたようでよかったわ」
あの後、作業をするという気にはならなくなったという友希那のお言葉により本日の作業は終わりにし、現在は2人で彼女のベッドに並んで寝転んでいる。
しかし、さっきあんなことをしたばかりなのでどうにも落ち着かない。めっちゃいい匂いするし。友希那可愛いし。めっちゃいい匂いするし。
そんな感じでそわそわしていると、友希那から話しかけられる。
「・・・貴方からは何も無いの?」
「俺から、か・・・」
そう言われて考えるが特に何も思いつかない。彼女によって既に口付けという愛情表現は使われてしまった。となると俺にできる事は・・・
「──────!」
対面の友希那を自分の胸元に引き寄せる。
彼女の体は小さくすっぽりと俺の胸の中に収まってしまう。
「・・・・・・久しぶりにこういうことをしたけれど、やっぱりいいわね。貴方を近くに感じられる」
「・・・・・・期待に応えられたようでよかった」
やばいやばいやばい。なんかいい匂いとか友希那の体の感触とか色々な事が混ざりあって頭がパンクしそうだ。
自分からやっといてなんだが、もう終わりにしたい。いや、やっぱりこのままでいたい。そんな相反した感情がせめぎ合う。
己と戦っていると友希那が上を向く。頭上には俺の顔があるのでばっちり視線が交わる。
友希那の表情から何かを求められていることはわかる。自然に視線が彼女の唇に注がれる。
しかしここでこれ以上の事をすると俺の理性が・・・
「・・・ねぇ、してくれないの?」
彼女に上目遣いでそんなことをお願いされて断れる彼氏がいるのだろうか?
少なくとも俺には無理だったよ。
本日二度目のキスは俺からだった。
「・・・・・・寝てたか」
友希那とイチャイチャしているうちに寝落ちしてしまったようだ。
時計を確認すると夕方だった。
隣には愛しい恋人が安らかな寝息をたてている。
俺には勿体ないぐらい魅力的な彼女だ。
「んっ・・・・・・起きていたの?」
「ん。ついさっきだけどな」
「そう」
一つ伸びをして、ベッドから降りる友希那。
「・・・もうこんな時間なのね。夕飯食べていく?」
「いやでも、そんな急に言っても・・・」
「構わないわよ。お母さんも貴方がいることを知っているから」
つまり俺の分の料理も既に用意されている、ということか。
「・・・なら、ありがたくいただくよ」
「じゃあ、行きましょうか」
「ふう〜、美味かった」
友希那のお母さんの料理はいつ食べても美味しい。それなのに友希那は・・・
「何か失礼な事を考えていない?」
「いえ、なんでもないです」
一瞬だった。今まで生きてきた中で一番の反応速度だったかもしれない。それぐらい今の友希那は怖かった。
「・・・・・・私だって最近は頑張っているもの」
頬を膨らませてそっぽを向く。
何この子。超可愛い。あ、俺の彼女だったわ。
改めて思い知った友希那の魅力にバカになってしまう。
「・・・それじゃ俺はそろそろ帰るよ」
「・・・・・・そう」
えー、そんな寂しそうな顔されたら帰るに帰れないじゃん。
「友希那」
彼女の名を呼びながら手招きすると少し嬉しそうな顔でこちらへやってくる。
そして彼女を抱きしめる。するとすぐに背中に手が回される。
「・・・・・・また明日来るから」
「・・・・・・約束よ」
ああ、と答えて彼女の背中をポンッと叩いてから体を離す。視線が交わる。これが俺たちの合図になりつつあった。
本日三度目のキスは2人同時で最長だった。
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笑顔の波状攻撃
「今日もいい朝ね!」
俺は寝惚けてるだけだ。こころがこんなところにいるはずがない。いくら恋人だろうと勝手に部屋に入り込むなんてことはできないはずだ。そもそもこころに俺ん家の鍵は渡していないし。
「・・・気のせいだな。寝るか」
「ダメよ!こんなにいいお天気なのに外に出ないなんて勿体ないわ!」
勢いよく布団が剥ぎ取られる。
彼女は『弦巻こころ』。ハロー、ハッピーワールド!のボーカルで、弦巻家という大富豪のご令嬢だ。
「あのな、こころ。今何時だと思う?」
「7時ね!」
「大正解だ。そして俺の活動時間は時間が2桁台に突入してからだ。つまり?」
「布団から出たいと思わせればいいのねっ」
違うわ!そうじゃねんだよ!もうちょい寝かせてくれってことなんだよ!
しかしこころにそんなことを言ったところで素直に従ってくれた試しがない。むしろ、なんやかんや言いつつこちらが流される始末だ。
このまま駄々をこねても後々疲れるだけ・・・・・・従った方が身のためか・・・
「・・・はぁ、わかったわかった。で、外に出るんだったか?」
「ええ!」
「何するかは決まってるのか?」
「いいえっ。これから考えるわ!」
「さあ、寝るか」
考える間などいらなかった。無計画でこんな朝早くから外に出ようだなんてどうかしてる。
「だから、寝るのはダメなのよ。お外に行くのだからっ」
被った布団を再び剥ぎ取られる。
こんにゃろ・・・
「外行くったって何にも考えてないんだろ?」
「じゃあ、何かを決めればいいのね?」
「まあ、それなら・・・」
そうして頭を捻り始めるこころ。数分唸っていたが何かを閃いたようだ。
「美咲たちも呼んで公園で───────」
「却下だ、バカタレ!!」
美咲たち、いつもこんな感じで巻き込まれてるのか・・・
マジごめん。俺の彼女がいつもご迷惑をおかけ致しまして。
心中で謝るとどこからか、全くだよ、もう・・・と聴こえてきたような気がした。
───────ほんとごめんなさい。マジでごめんなさい。
「うーん、中々難しいのね・・・」
「いや、行かないという選択肢はないのか」
「ないわ!」
「左様ですか・・・」
弾けるような笑顔で俺の提案は却下されてしまう。
「こころ様。お耳にお入れしたい情報がございまして───────」
「うおっ、いつの間に!?」
いつの間にやら黒服さんにまで侵入されていた。
部屋、鍵つけよっかなぁ・・・
セキュリティ強化を検討していると、黒服さんに何やら耳打ちされたこころが勝気な顔で言う。
可愛い。え?めっちゃ可愛くない?今の顔。・・・・・・いや、そうじゃない。なんかすげー不安なんだけど。
「温泉に行くわよ!」
「はい?」
というわけでやって参りました、温泉。
なんでだよ。そんな気軽に来れるもんじゃないだろ、こんな温泉。
現在
だが、弦巻家にかかればこんな場所にも気軽に来る事ができる。なんて言ってもここ弦巻家が運営する旅館だし。そんで貸切だし。流石弦巻家のご令嬢。・・・・・・お金あんまないんだけど大丈夫なんだろうか。
「心配いらないわ。パパが気を利かせてくれたの」
「・・・そっか。なら、楽しんだ方が恩返しになるか」
こういう事は間々あるが、こころが自分から何かを強請ったことはない。俺の知る限り、だが。
確かに彼女の家はお金持ちでこころは望めば何でも手に入る環境にいるだろう。しかしこころ自身、それを良しとしない。何事も自分でやりたいんだそうだ。
まあ、こうしてこころのお父さんが愛娘のために張り切ることがあるのも確かだが。
「・・・・・・で、なんで俺お前の頭洗ってんだ?」
「せっかくパパが貸切にしてくれたんだもの!それに・・・一度、誰かに洗ってほしかったの!」
小型のバスチェアに腰掛けはしゃぐ目の前のこころ。その度にバスタオルに隠された2つの果実が上下に揺れるのが視界に入る。・・・・・・正直、目に毒だ。
他の女の子の成長度合いはわからないが、こころはかなり発達が活発な気がする。なので、今の状況は男としては非常に辛いものがある。
「じゃあ、流すぞー」
「ええ、お願いっ」
彼女の返事を確認してから頭からお湯を被せて、泡を洗い流す。
「ん〜!とっても気持ちよかったわ!他人に頭を洗ってもらうのってこんなに気持ちいいのねっ」
「そりゃよかった」
「今度はこっちも──────」
「そっちは自分で洗ってくれ!頼むから!!」
何となく嫌な予感はしてたが、まさか頭以外も洗ってくれと言いだすとは・・・・・・いくら恋人とはいえそういうのはまだ早い・・・・・・はずだ。
「むぅ・・・仕方ないわね。なら次はあたしが貴方を洗ってあげる!」
「え、いや、俺は別に・・・」
しかしこころはそんな事聞く耳持たずで、既に手でシャンプーを泡立てていた。
潔く諦めるしかないか・・・
結論から言うと、人に頭洗ってもらうのめちゃめちゃ気持ちよかった。
ちなみに体は死守した。だって、まだ当分は清いままでいたいんだもの。
「ふう・・・」
はしゃぎ疲れたのか頭を肩に載せてくるこころ。彼女の湿った輝く金髪がさらりと俺の胸元ら辺にかかる。
「温泉なんて久々に入ったけれどこんなにいいものだったのね・・・・・・貴方がいるからかしら」
「・・・・・・ど、どうなんだろうな」
正直心臓の鼓動が早すぎてそんなことを気にしている余裕はなかった。
「ねぇ・・・」
「・・・・・・ん?」
隣を振り向くと、こころと視線が交わる。その瞳は潤んでいる気がした。そして、瞳が閉じられる。2人の唇が重なるのはすぐの事だった。
「・・・また来たいわ。こんなに心があったくなるのだもの・・・」
「・・・・・・当分は勘弁してくれ」
次に一緒に入るのはきっと・・・
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狂い咲く紫炎の薔薇③
「友希那ダメだよ、コイツは何しでかすかわかんないんだから」
「はぁ・・・」
「ひどい言い草だな・・・」
俺と友希那の間に立ち塞がるは『今井リサ』。
俺の恋人である友希那の幼馴染兼親友なのだが、困った事にこいつ友希那の事が大好きなのだ。付き合う前も付き合ってからも俺と友希那の関係に何かと口うるさく茶々を入れてくる。
「この間なんか2人で猫カフェなんて行っちゃって・・・!アタシだって友希那と行きたいのに・・・!」
普段はコミュ力抜群で家事もできるハイスペックギャルなのだが、友希那が絡むと、どうしてこうポンコツになるのか・・・
「てことで、今日はアタシが友希那をもらうから!」
「どういうわけで『てこと』なんだよ・・・」
「だって昨日も2人でどっか出掛けてたじゃん!今日はアタシの番なの!」
「番なの、って言われてもなぁ・・・どう思う?友希那・・・・・・ってどうした?」
「・・・・・・何もないわよ」
どこか不機嫌そうに見えたのだが、気のせいだったのだろうか?
「じゃあ、三人で行こう。それなら文句ないだろ?」
「ん〜・・・ホントはキミがいない方がいいんだケド・・・」
「おい」
「・・・まあ、仕方ないか。いいよ、それで」
何やら良からぬ事を考えていそうな顔だが、まあいいだろう。
「てことだ、それでいいか?友希那」
「・・・・・・ええ」
「──────?」
「ヨシ、それじゃしゅっぱーつ!」
早速友希那にべったりのリサ。
あいつ・・・これが狙いだったのか・・・あ、こっち見て笑ってやがる。あんにゃろ・・・
「・・・出発たってどこ行くんだよ?」
「ん〜?友希那はどこか行きたい場所ある?」
「いきなり人任せかよ」
しかし、リサの問いに答えようとしない友希那。どこか上の空だ。
「友希那?・・・友希那ってば!」
「──────!・・・ごめんなさい、何の話だったかしら?」
「友希那はどこ行きたい、って話だったんだけど・・・」
「そうね・・・・・・にゃーん──────特にないわ」
もう無理だよ・・・それは10割答え出してるよ。あまりの愛情に無意識に出ちゃってるじゃん。
リサも友希那に聞こえないように笑いながら、友希那可愛すぎでしょと言っている。・・・やりすぎると聞こえるぞ。まあ、可愛いのは同感だが。
「んじゃ、とりあえず公園にでも行くか」
「そうだね。行こっ、友希那」
「・・・・・・ええ」
「にゃーん、にゃーんちゃん。可愛いでしゅね〜」
「やばい、俺の彼女が可愛い。いや、可愛いなんて言葉じゃ足りない。この感情を表現できる言葉がこの世に存在しないのが・・・くそっ!」
「ふっふっふ、キミもまだまだだね〜。そういう時はこうやるんだよ!」
「しまった!?その手があったか・・・!」
リサが取り出したのはスマホだった。手当たり次第に友希那を撮りまくっている。リサに遅れるものかと俺もスマホを取り出し撮影を開始する。
ちなみに友希那は全く気付いていない。猫を愛でるのに集中しているからだ。・・・・・・猫への愛情強すぎない?
「ほら見てこの友希那!普段は滅多に笑わないのに、この笑った顔!めっちゃ可愛いんだケド!」
「甘いな、リサ。俺の友希那を見ろ!」
「──────!?」
俺がリサに見せたのは数匹の猫に押し寄せられ困った風な顔をしているが、その実嬉しさが隠しきれていない友希那だ。
すごく欲しそうな顔をしているリサだが、俺に頭を下げるのはプライドが許さないと言ったところか。・・・仕方ない。
「・・・リサにも送ってやろうか?このベスト友希那を」
「ホ、ホント・・・!?」
「ああ、今だけは全てを忘れて一緒に友希那を愛でよう」
「アタシ、初めてキミがカッコいいと思ったよ・・・」
「おい」
そんな風にリサと友希那の写真について感想を述べあっていると、
「ちょっと」
「ん?」
「どしたの、ゆき・・・な・・・」
先程まで猫と戯れていたはずの友希那がいつの間にかこちらまで来ており、俺たちに声をかける。その表情は何かを言いたげにしている。
「その・・・貴方は私の恋人なのだから、いくらリサと言えど他の女性と仲良くするのは・・・」
頬を赤らめ、私すごく不満ですとその顔で表していた。衝撃だった。友希那がそんな事を言うのもそうだし、そこまで俺を好いているということに。
「リサも、その・・・あまり彼に近付かないで頂戴」
友希那にそう告げられ固まってしまうリサ。その後、少しずつ瞳が潤み始め、足早に去ってしまった。
「うわーん!!!ごめん、友希那ー!!!」
「ちょ、リサ!?・・・・・・行っちゃった」
「・・・・・・言い方が良くなかったかしら」
「・・・リサがどう受け取ったかわからないけど、俺は嬉しかったよ。友希那の想いが聴けて」
「・・・・・・掘り返さないで頂戴」
不満げな表情を露わにし、そっぽを向いてしまう。
しかし俺はそんな友希那の頬を左右から両手で包み込み、無理矢理こちらへ向かせる。
「な、何を───────」
「ごめん、友希那。不安にさせちゃったな」
「・・・・・・本当よ。私がいるのにずっとリサと話しているのだもの」
「ほ、ほんと悪かった・・・・・・どうすれば許してくれる?」
怒っているのを隠そうともしない友希那だったが、やがて表情を緩め口を開く。
「・・・さあ?自分で考えなさい」
「厳しいなぁ・・・」
だが、ヒントはくれた。
目の前にはこちらの瞳を真っ直ぐに見つめる友希那。そして、首の後ろまで回された両腕。近付いた両者の顔。
(相変わらず綺麗な顔だ・・・・・・こんな綺麗な子が俺の恋人なんだ・・・)
そして、目線は自然と彼女の口許へ引き寄せられる。いつも彼女が観客の心に火をつけるような歌声を発している唇。今から俺はそこへ踏み込もうとしている。
しかし、気の小さいところが出てしまったのか友希那に最後の決断を委ねてしまう。
「・・・・・・本当にいいんだな?」
「・・・構わないわ。貴方なら・・・」
もう迷いはなかった。もう止まれなかった。
2人の顔が段々近付いていき、お昼の公園で俺たちは人知れず唇を重ねたのだった。
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不発の大号令
「はぁ・・・」
「どうしたんだ、ひまり?そんなため息ついて」
ようやく夏休み中の登校日も終わり、あとは休みを謳歌するだけとなった。しかし、何やらひまりの様子がおかしく、それに気付いた巴が問いかける。
「ひまり、もしかして・・・」
口調こそ疑いが孕んでいたが、そこに乗せられた蘭の感情には確信の色があった。
「え〜、ひーちゃんまたなの〜?」
「ま、まだ何も言ってないよ〜!」
「いや、すんごいデジャブだったし」
実は去年の夏もこういう事があった。
あの時も登校日の帰り道でひまりが元気なさげにしていたのが事の発端だった。
「うっ・・・」
「ひまりちゃん・・・」
「つぐまで〜!」
どうやら、また夏休みの宿題を溜めてしまったらしい。
「・・・一生のお願いは去年使ったからもう無理だぞ」
「え〜、そんな〜!手伝ってよ〜!!」
「去年の時点でもう何回か使ってたけどね〜」
最後通告をしたが、案の定泣きつかれてしまう。
「・・・・・・はぁ、わかったわかった。俺は構わないよ」
「やった〜!さっすが私の彼氏!!」
惚れた弱みというやつか、ひまりにはとことんまで甘くなってしまう。そして、こういう時は大概・・・
「あんた、ほんとひまりに甘いよね」
そう、蘭が注意してくるのだ。
「確かに〜。去年もなんやかんかで一番最初に折れたの君だったよね〜」
「・・・・・・そんな事ないし」
「わ、私は君のそういう優しいところすっごくいいと思うよ!」
今はつぐのフォローが物悲しい。
「アタシもいいぜ。実はアタシも宿題まだ残ってたんだ」
「巴も?珍しいな」
「まあ、ちょっとだけだけどな」
真面目な巴にしては珍しいと思ったが量はそんなにないらしい。30分もあれば終わりそう、との事だった。
「そういえば、去年だったらモカは終わってるって言ってたけど今年はどうなんだ?」
「ふっふっふ〜、バッチリよ〜」
モカはこんな感じでマイペースで宿題とかは溜めてそうなのだが、こう見えて勉強できるのだ。そして、宿題とかもそれなりにキチンとしている。たまに忘れてるが。
「てことで、モカちゃんも手伝ってしんぜよ〜」
「モ、モカ神様〜!!」
・・・これ、去年も見たな。
結局、蘭とつぐも参加する事になり去年と同様につぐの家で勉強会と相成った。
「ふう、やっぱつぐん家のコーヒーは美味いな」
「毎度ありがとうございます♪」
あの後、つぐの家に全員で向かい現在は勉強会前の一息となっている。
「で、何が終わってないんだ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい、こっち向け」
「ごめん!!国語と英語と歴史と理科と数学が──────」
「全部じゃねぇか!!」
まさかのパーフェクトだった。正直甘く見ていた。というか、ちょっとは終わってるだろうという前提で教える気でいた。・・・・・・ん?ちょっと待て。
「今『数学』って言ったか?」
「え?うん、言ったけど・・・」
何か嫌な予感がしてきた。それは皆も同じようで、全員が複雑な表情をしている。
そんな中、蘭がひまりに恐る恐る問う。
「・・・ねぇ、ひまり。参考書とかって持ってるの?」
「え?当たり前だよ〜。去年もやっちゃったし今年は・・・」
鞄を漁ったまま動かないひまり。この後起こる事はきっと皆予想できていただろう。予想というよりは確信と言った方がいいかもしれない。
「・・・・・・今年も一緒に取りに行ってほしいってお願いしたら、怒る?」
ひまり以外の全員の想いが一つになった瞬間だった。
というわけでやって参りました、夜の学園。
あの一言の後、ひまりへの不満が爆発し全員に何らかの返礼がする事が約束された。
「・・・あたしは別に来なくてもよかったんだけど」
「え〜、らん、怖いの〜?」
蘭をからかっているモカとそれに対して怒りを露わにしている蘭を見て心を和ませているうちに目的の教室に着いたようだ。
「あ、あった!あったよ、皆!」
「そりゃよかった。んじゃ、さっさと帰ろうぜ。また閉じ込められても面倒だし」
実は去年もこうして学園にひまりの忘れ物を取りに来たのだが、警備員さんに誤って鍵を閉められてしまい出られなくなってしまったのだ。
「そ、そうだな。早く出よう・・・・・・あんな思いは二度とごめんだし」
「・・・巴の言う通りだよ。早く行こう」
俺と巴と蘭の意見が反映される形で早々に学園をあとにする事になったのだが・・・
「・・・ん?」
「どーしたの〜?」
「・・・開かない」
「ちょ、ちょっと。そういう冗談はいいって。早く開けてよ」
蘭に催促されるが本当に開かないのだ。押したり引いたりしてみるが、一向に開く気配がない。
「・・・・・・嘘でしょ」
「・・・・・・またなのかよ」
こうして俺たちは去年に引き続き、夜の学園に閉じこめられるのだった。
閉じこめられてしまった俺たちは、脱出するべく案を練り始めていた。
「やっぱり去年と同じように体育館の非常口から出るのがいいんじゃないか?」
「で、でも!あそこは・・・」
「うーん・・・流石のモカちゃんもちょっとね〜」
「わ、私もなるべくあそこ以外がいいかな・・・」
「ア、アタシも別のところの方が・・・」
なんと満場一致の却下だった。
「・・・仕方ない。俺が他のところから出られないか見てくるから全員ここで待っててくれ」
「う、うん。気を付けてね・・・」
愛する恋人からの気遣いにしっかりと返事をしてから別の出口を探して校舎内を歩き始めるのだった。
「・・・ねえ、アイツ遅くない?」
「確かに・・・もう1時間ぐらいは経ってると思うけど・・・」
私の恋人である彼が他の出口を探しに行ってからもう随分と時間が経っている。
「モカちゃんも心配だな〜」
「アタシもちょっと心配だ・・・・・・皆で探しに行くか」
皆、私の恋人を心配してくれている。巴は探しに行こうとまで言ってくれた。
「こ、怖いけど、私も心配だしお願いしてもいいかな?」
一人では不安だったので皆に着いてきてくれるよう頼んでみると、了承の意が返ってくる・・・・・・私は本当に良い友人をもったと思う。
「とりあえず、近場から探してみるか」
巴の提案で近くから探してみる事になったのだが・・・
「いない・・・な」
「どこ行っちゃったんだろう・・・」
近くの教室を調べてみたが彼の姿はなかった。見当たらない彼に頭を悩ませていると、モカが思い出したかのように口を開く。
「そういえば、七不思議変わったのって知ってる〜?」
「な、七不思議って確か・・・」
去年の今頃もそんな話をしていた事を思い出す。
「・・・・・・モカ、その話はいい」
「あれ〜?らん、どーしたの〜?」
「うっさい!」
いつものように仲良くしている二人を見てると和むが、モカの一言で空気が凍りつく。
「そうそう。七不思議なんだけどね〜、ある時間にある廊下を通ると異世界に引き込まれるってやつがあるんだって〜」
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
「ま、まさかアイツその廊下を・・・?」
「モ、モカ!その場所と時間ってどこなの!?」
「あたしも聞いた話だから詳しい事はわからないんだ〜。ごめんね、ひーちゃん」
謝ってくれるモカに気にしなくていいと伝える。しかし、それが本当だったとしたらもう彼には・・・
「大丈夫だよ、ひまりちゃん!この前の七不思議だって結局は何ともないのもあったみたいだし、何よりあの人なら大丈夫!ひまりちゃんを置いていったりしないもん!」
こういう時はいつもつぐが助けてくれる。つぐの言葉に納得した私は彼の捜索を続けるのだった。
彼の捜索から一時間程が経った頃。私たちは途方に暮れていた。
「・・・だめだな。アイツの姿も見えないし、出口もない」
巴を始め、皆この状況に参ってしまっている。ここはリーダーの私が頑張らなければ・・・!
「だ、大丈夫だよ、皆!彼もすぐに出てきてくれるし、出口だってもうちょっと探せばすぐに──────」
その時だった。廊下の向こう側から足音が聴こえてきたのは。
「──────!もしかして、アイツなんじゃ・・・!」
「うん、きっとそうだよ!よかったね、ひまりちゃん!」
「これにて一件落着だね〜」
「まだ終わってないけどな」
彼が戻ってきた事に皆安堵の表情を見せる。しかし、すぐに異変に気付く。
「・・・・・・そういえば、あたしたちの履いてるのって学園指定の上履きだったよね〜」
「そうだけど・・・」
何かに気付いたらしいモカがそんな事を訊いてくる。
今は園内だし校内指定の上履きのはずだ。
「・・・・・・だったら何でこんなに高い足音がするのかな〜?」
「「「「───────!」」」」
モカの言う通り、先程から聴こえているのはカツンカツンというヒールの高い靴で歩くような音なのだ。
私たちが履いている上履きでは絶対に出ることのない音だ。
「じゃ、じゃあ別の誰かって事・・・?」
「そ、それってつまり・・・」
全員で顔を見合わせる。走り出したのは一斉だった。
「「「「「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
しかし、足音も私たちに釣られ歩くペースを速める。
「やばいやばいやばい・・・!」
「モ、モカちゃんもちょっとピンチかも〜」
「〜〜〜!」
「こんなのだめだろ・・・!」
皆もこの展開は予想外だったようだ。つぐに至っては声にならない声をあげている。かくいう私も、瞳から溢れる涙を抑えきれない。
「み、皆!あそこの教室に入ろう!」
私が指さしたのは『3-A』と書かれたプレートが備え付けられた教室だった。運良く鍵は空いていたようで、全員で中へ飛び込む。
「はぁ・・・はぁ・・・!あんなのだめでしょ・・・!」
「流石のモカちゃんももうダメかも〜」
「わ、私ももう・・・」
「アタシだってこういうのはダメなんだよ・・・!」
モカは余裕が伺える発言をしているが、他の皆と同様にその身体は震えており表情も真っ青だった。
そして、再びあの足音が聴こえる。
「ひっ・・・!もう無理・・・ほんと無理・・・!」
教室の前まで来てそこで止まる。窓には何者かの影が映っている。
(お願い、助けて・・・!)
愛しい彼に助けを求める。
その祈りが通じたのか、別の足音が聴こえてくる。今度の足音はリノリウムの床を叩くような音だったり、こするような音だ。私たちが聞き慣れた音。その音が教室の前で止まり、勢いよく扉を開く。
「はぁ・・・はぁ・・・こんなとこにいたのか」
「「「「「う・・・」」」」」
「う?」
「「「「「うぁぁぁぁぁん!!!!!」」」」」
「え、ちょ、何なの!?」
ようやく会えた愛しい彼に抱き着かんばかりの勢いで迫る。そんな私たちに驚いている彼を放っておいて私たちは彼の温もりや他のメンバーの温もりを感じ、涙を流すのだった。
「・・・もうほんとこれっきりにしてくれよ」
「うぅ・・・ごめんなさい・・・」
あの後、結局去年と同様に体育館の非常口から学園の外へ出る事ができた。去年とは違い、幽霊云々を仄めかす事も起きず普通に脱出する事に成功した。・・・ひまりたちは何やら怖い思いをしたようだが。
「ほんとに頼むよ、ひまり・・・」
「モカちゃんからもお願い〜」
「私も今回だけにしてほしいかな・・・」
「悪いけど、アタシも同じ意見だな・・・」
「はい・・・ごめんなさい・・・」
そして、蘭やモカ、つぐみに巴を家まで送り届けた後。最後にひまりと、二人になる。いつもの流れだ。
「ほんとごめんね・・・」
「いや、俺よりひまりたちの方が怖い思いしたみたいだし。もう謝らなくてもいいよ」
「うん・・・」
「その・・・今日なんだけど・・・一人で大丈夫か?」
繋いだ手から伝わるように、紡いだ言葉から伝わるように優しく語りかける。
「それって・・・」
「まあ、そういう事・・・だな」
少し笑顔を見せてから、じゃあお願いするねっ、と返事をくれる。そして少しの逡巡の後、ひまりが目を閉じる。
「・・・んっ」
「・・・・・・これで大丈夫か?」
「・・・んー、まだもうちょっと」
「・・・・・・あと一回だけな」
こうして、夜道に二人で人知れず抱き合いながら唇を重ねるのだった。
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ゴーマイウェイ
「ふふ〜ん、パン〜♪パンがあたしを待っている〜♪」
「なんなんだ、その変な歌・・・」
「え〜、ひどいな〜。モカちゃん作、パンの歌だよ〜」
「初耳なんですけど」
隣でルンルン気分でパンの歌(本人命名)を口ずさんでいるのは『青葉モカ』。一つ年下の後輩兼恋人だ。馴れ初めとしては、モカが俺に告白してくれた形になる。
「そりゃ、今作りましたからな〜」
「やっぱそうかよ・・・」
どおりで聞いた事ないと思ったわ。
俺たちは現在どこに向かっているのかというと、『やまぶきベーカリー』という名のこの辺りでは名の知れたパン屋さんだ。そして、そこの看板娘の『山吹沙綾』はモカと同学年である。モカが楽しげに話しているのを見るに、それなりに仲が良いようだ。
そんなことを考えているうちに、やまぶきベーカリーに到着する。カランコロンと音をたて扉が開かれる。
「いらっしゃ──────モカに先輩!いらっしゃいませ!」
「やっほ〜、さーや」
「こんにちは、山吹さん」
「今日も買いに来てくれたんだ」
「いや〜、折角のお休みだしね〜。さーやの家のパンは格別だし〜」
「いや、お前休みだろうとそうでなかろうと毎日食ってんじゃねぇか」
「あれ〜、そうだっけ〜?」
こんにゃろ・・・
山吹さんも思わず苦笑い。
「で、さーや。例の物は───────」
「ん。あるよ。はい、チョココロネ」
山吹さんはこうして取り置きしてくれているのだ。チョココロネはこの店でも特に人気らしくすぐに売り切れるのだそう。なんでもチョココロネだけを山のように買っていくお客さんもいるらしい。
・・・どんな人なんだろうか。
「いつもありがとね、山吹さん」
「いえいえ。こちらこそモカにはいつも良くしてもらっているので」
笑顔で気にしなくていいと言ってくれる。彼女のこういう優しさは素直に尊敬できる。
「って、痛い痛い!」
「浮気は禁止〜」
「してないわ!」
「嘘つき〜。さーやに見蕩れてデレデレしてたもーん」
ほんとにそんな事はなかったのだが、モカにはそう見えたらしい。横から耳を引っ張られてしまう。
・・・めっちゃ痛かったんだけど。
「え、先輩そうだったんですか?でも、先輩にはモカが──────」
「だから違うっての!」
モカだけではなく山吹さんにまでからかわれてしまう。イタズラが成功して気を良くしたのか山吹さんはいい笑顔だ。
・・・勘弁してくれ。
「それじゃ、さーや。また今度ね〜」
「うん、待ってるよ。先輩もまた来てくださいね」
「・・・・・・了解」
普通にしてたらとてもいい子なのだが、いかんせんああいうイタズラ好きな子どもっぽいところもある。それは彼女の美点でもあるのだが、俺に対しては普通にしててほしい。・・・割とマジで。
「それにしても、よくポイントそんなに貯まるよな」
「えへへ〜、それほどでも〜」
「いや、褒めてないけどな」
先程の支払いでも何枚あるかわからない数のポイントカードで支払いを行っていた。つまり、それぐらい通っているということだ。
・・・まあ、一回の会計であんだけ買ってりゃそりゃ貯まるか。
俺の両手を見る。そこには右と左合わせて四つの袋がぶら下がっていた。
いや、普通に買いすぎでしょ。どんだけパン好きなんだよ。
彼女のパン好きは付き合う前から知っていた事だが、こればかりは慣れない。
「で、これからどうするんだ?」
「うーん・・・先輩ん家でパン食べるとか〜?」
「またかよ・・・まあ、いいんだけどさ・・・」
こうしてやまぶきベーカリーでパンを買った日は俺の家でパンを食べるというのが習慣のようになっていた。
「それじゃ、れっつごー♪」
「へいへい」
「え、もうそんだけ食べたの?」
「え〜、これぐらいふつーだよ〜」
絶対普通じゃない。
俺が席を外しているほんの数分の間に四袋あったパンは残り一袋になっていた。
ちゃんと噛んでんだろうな・・・
「先輩にもあげよっか〜?」
「お、いいのか。さんきゅ」
モカから差し出されたメロンパンの一部を食べる。
「ん、美味い」
「だよね〜。やっぱりさーやの家のパンは最高だよ〜」
「目の前でそんだけ食べられると俺も腹減ってきたな・・・なんか作るか」
思い立ったらすぐ、と思ったのだが何やらモカがこちらを見ている。
「どした?」
「・・・・・・んーん、なんでも〜」
「───────?」
まあ、いいかと思い台所へ移動して調理を開始する。しかし、その間もモカはジーッと見つめてくる。
・・・マジでなんなんだ?
不審に思い、モカの方へ向くがすぐにパンを食べる作業に戻ってしまう。
てか、食べんのはえぇな。今の時間だけでもう二つ食べてんじゃん。
そんなこんなであっという間に炒飯が完成し、リビングに戻る。
「・・・え、まだ食べる気なの?」
「違うよ〜、ひどいな〜もう〜」
腰を下ろしていざ、実食とスプーンを持ったところでモカがこちらを凝視してくるので食べたいのかと思ったが、どうやら違うようだ。
ちなみにパンはきれいさっぱりなくなっている。
だから、食べるの早いんだって。
「・・・そんなに見られると食べづらいんだけど」
「あ、ごめんごめん〜」
何だか違和感を感じたので、直接訊いてみる事にした。
「なんかあったのか?」
「・・・・・・んー?なんにもないよ〜?」
ふむ、何かはあるようだ。それが何なのかはさっぱりわからんが。まあ、おいおい探ればいいか。
そう思った俺は炒飯を完食するべく、食べる速度を上げたのだった。
「ふう〜、食った食った」
「美味しそうに食べてたね〜」
「モカ程じゃないけどな」
こいつのパン食ってる時の顔はマジで幸せ!って感じだからな。こう・・・ふにゃあとなるというか。
「・・・食べたら眠たくなってきた。ちょっと寝ていいか?」
「───────!う、うん。いいよ〜」
まただ。やっぱり何か変だ。ん〜、やっぱり直接訊くしかないか。
「やっぱり何かあっただろ」
「・・・・・・え〜、なんにも──────」
「嘘つけ。さっきからちょくちょく挙動不審だぞ。具体的には家に帰ってきてから。もっと細かく言えば、昼飯の時あたりから」
「・・・・・・・・・・・・」
黙ってしまうモカ。
うーん・・・まだ喋らないか・・・どうしたものか・・・
「・・・・・・はぁ。先輩には敵わないな〜」
「ん?」
「そんなにわかりやすかった〜?」
「んー、まあそれなりに長い付き合いだしな」
「そっか・・・」
それだけ言いまた黙ってしまうが、やがて意を決したのか、
「・・・・・・たまにはあたしも先輩を甘やかしてあげたいな〜って」
「どういう事だ?」
「普段から先輩には支えられてるからさ〜。蘭たちのこともそうだし・・・」
なるほど、そういう事か。俺としては愛する恋人の力になりたいだけだったのだが、モカは貰ってばかりでは申し訳ないと思ったわけか。
そういう事なら遠慮なく───────
「───────!・・・・・・先輩、いきなりこういうのはセクハラになっちゃうよ?」
「え、この流れでそういう事言うの?」
ちょうど足を崩して座っていたモカの太ももに自身の頭を載せる。
「・・・でも、あたしこれ結構好きかも〜」
「・・・そりゃよかった。足、しんどくないか?」
「うん」
そんなに嬉しいのかと思う程に、ニコニコしながら俺の頭を撫で始めるモカ。
思いの外、心地よくあっという間に眠気が襲ってくる。
「・・・ちょっと・・・それ、やばい・・・かも・・・」
「んー?眠たかったら寝てもいいよ〜」
「いや、でも・・・」
「だいじょーぶ。モカちゃんにお任せ〜」
「・・・疲れたら・・・起こしてくれ・・・」
モカの返事を意識半分で聴きながら、眠りに落ちた。
「おやすみ、先輩」
「・・・ん」
ふと目を覚ます。視界には愛しい恋人の眠っている顔。モカもあのまま眠ってしまったようだ。
時計を見ると短針が三つ程進んでいる。かなり長い間、この状態だったようだ。・・・辛かっただろうに。
彼女に悪いと思い、体を起こして自室から何か羽織るものを持ってきて、彼女にかける。
「・・・んー」
「・・・悪い、起こしちゃったか」
なるべく起こさないように、かけたつもりだったのだが彼女が目を覚ましてしまう。
「辛くなかったか?」
「・・・うん。先輩に甘えてもらえるの幸せだったし」
モカの言葉に思わず、顔の温度が上昇してしまう。
「あれ〜?先輩、顔赤いよ〜?」
「うるさい・・・ほら、送ってくから帰るぞ」
「え〜、泊まっちゃだめ〜?」
「俺はいいけど着替えとかどうすんだよ」
「んー、着替えは先輩の借りるからいいとして〜・・・・・・」
「まあ、乾燥機かけたらいけるか」
「おお〜、ナイスアイディア〜」
「ほんじゃ、まずは風呂だな」
「一緒に入る〜?」
「入るわけねぇだろ!」
そんな感じでいつものように一日が過ぎていくのだった。
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不動のスキルマ②
「ふう・・・今回のダンジョンはちょっと難しかったな」
「・・・うん・・・あこちゃんに助けられちゃった・・・」
燐子と俺、それに彼女の親友であり俺とも友人である『宇田川あこ』ちゃんとNFOに潜り別れの挨拶を済ませた後、俺たちは自室で寛いでいた。
「お、もうこんな時間か。晩飯何に・・・・・・ていうか冷蔵庫に何かあったっけ?」
横で首を傾げている燐子に一声かけ、リビングに設置されている冷蔵庫へと向かう。
「うん、なんにもないな」
「・・・そう・・・だね・・・」
冷蔵庫を開き中を確認したが、見事なまでに何も入ってなかった。精々飲み物くらいのものだ。
ていうか俺、これで晩飯どうするつもりだったんだよ。
いつの間にやら隣まで来ていた燐子に俺は告げた。
「・・・何か買いに行くか」
何がそんなに嬉しいのかわからなかったが、そう告げた途端笑顔になる燐子がただただ可愛かった。
「と言っても何にするか・・・燐子は何か希望ある?」
「・・・私は・・・特に、ないかな・・・」
となると俺が考えないといけないわけだが、一向に案が出ない。頭を悩ませながらとりあえず店内歩いて考えるか、と決めたところで二人引っ付いて歩きだす。
物色を始めて数分後、『広告の商品!』と売り出されたカレールーが目に入る。
「お、これなんかどうだ?」
「・・・甘口なら・・・」
「よし、ほんじゃ今日はカレーって事で」
そうと決まれば、あとは早かった。カレーに必要な材料を見繕い、次々にカゴへと放り込んでいく。・・・時たま目利きが甘く、燐子に注意される事もあったが。
お会計も済ませ、二人揃って店を出たところで燐子に声をかけられる。
「・・・今日の晩御飯・・・私が・・・作るよ・・・!」
「え、いやカレーぐらいなら俺でも───────」
「・・・だって、私の料理・・・食べてほしい、から・・・」
頬を染めながら愛しい恋人にそんな事を言われてしまえば、俺に断れるはずもなかった。
「ふう・・・ご馳走様でした。すげぇ美味かった。ありがと、燐子」
「・・・ふふ、お粗末様でした・・・」
何なの、俺の彼女。優しくて、家事できて、ゲームできるとか最強すぎない?
「なんなら結婚したいまであるな」
「えっ・・・」
「ん?」
何やら目の前の燐子がもじもじしながら顔を真っ赤にして、それはまだ早いんじゃ・・・でも、私も・・・とか言ってる。・・・これは何やらやらかしてしまった感があるな。
確認を急ぐべく、愛しい彼女の名を呼ぶ。
「・・・今すぐは無理だから、大学卒業したら・・・」
だめだ。完全に自分の世界に入ってしまわれている。この様子を見るにやっぱりやらかしたのは気のせいではなかったようだ。
・・・どうすっかなぁ。
あの後きっちりと話し合ってうっかり口が滑った事を謝罪し、きちんと結婚の約束をした。
・・・いや、なんでだよ。俺は嬉しいからいいんだけどさ。燐子はそれでいいんだろうか?
「・・・私は・・・その・・・貴方しか・・・考えられない、から・・・」
ほんとにこの子もらっちゃっていいの?こんな可愛い子を俺がもらっちゃっていいの?幸せすぎない?この後の人生で何か不幸があるんだろうか。
そんなバカな事を考えながら、食休みという体でソファーに二人並んで沈み込む。テレビをつけると、バラエティ番組が放送されていた。そこには五人組のアイドルグループが映し出されている。
ボーッとテレビを眺めていると、右肩に柔らかな重みを感じる。こういう時は大抵、燐子が何かを求めている時だ。彼女は何かを求める時、無言のスキンシップが多くなる。
「どした?」
「・・・・・・・・・」
黙ったまま何も答えようとしない。しかし、求めているものはわかった。
「んっ・・・」
彼女の顔を正面から見えるようにし、彼女の艶やかな唇に自身の唇を重ねる。どうやら正解だったようで、彼女の瞳が胡乱げになる。
肺活量の限界が訪れたので唇を離そうとするのだが、今度は彼女の方から口付けをされる。
「・・・まだ・・・」
お互いに火がついてしまい、30分ほどは続けていた。
久しぶりのキスの味はカレー味だった。
一旦ついてしまった火を冷ますために風呂へと向かった。ここは二の舞にならないように別々に入る事を提案した。燐子も久しぶりの
気分を落ち着けるためにゆっくりめに風呂を済ませて、リビングの燐子に声をかける。
「お風呂空いたぞ」
「・・・うん・・・行ってくるね・・・」
先程までの狼狽は息を潜めており、燐子は風呂場へと向かっていった。
それから数十分後、燐子が風呂からあがってきたのだが・・・
「・・・お待たせ・・・」
「いや、そんなに───────」
リビングに現れた燐子の服装を見て、思わず固まってしまう。
彼女の服装は白のワンピースと普通の部屋着だった。しかし、部屋着用なのかいかんせん生地が薄いように感じた。なので、彼女の豊満なボディラインがはっきりと浮き出ていた。
・・・・・・今日、寝れるんだろうか。
その後、特に何事も起こらず(欲望との戦いはあったが)就寝の準備を整えた俺たちは、二人してベッドに入った。
「・・・・・・・・・」
しかし、眠れる気がしない。なぜなら、燐子が身を寄せて俺の片腕を抱き枕にしているからだ。
腕に全血液が集中している気がする。だってめっちゃ熱いもん。今の俺の腕触ったら火傷するよ?ほんとに。
そんなくだらない事を考えるくらいにはテンパっていた。
(そもそもこのボリューム・・・・・・我慢できてる俺、すごくない?)
今、この状況で襲いかかっていない俺を誰か褒めてほしい。むしろ俺が、幸せな感覚に襲われている。・・・あれ?てことは、俺は襲い返していいって事なのか?だめだ、思考回路はショート寸前だ。
「・・・どうしたの?」
「あ、いや、なんでも」
心中の動揺ぶりが表にも出ていたのか、燐子に心配されてしまう。
「・・・・・・いいんだよ?」
あ、やばい。これはだめだ。みんなごめ──────────
「・・・ん、朝か・・・」
隣を見ると既に燐子の姿はない。帰宅したのだろうかと思い、リビングを覗くと朝ごはんを作っている彼女がそこにいた。
結婚したらこんな感じなんだろうか。だとしたら、幸せすぎない?毎朝この光景が見られるとか何時間でも仕事頑張っちゃう。あ、いや、やっぱり一日八時間でお願いします。
「・・・あ・・・おはよう・・・」
「ん、おはよう」
「・・・朝ごはん・・・もうちょっとで、できるから・・・」
「ありがと。じゃあ、その前に顔洗ってくるよ」
「・・・うん・・・いってらっしゃい・・・」
やばい、あと三回ぐらい言われたい。
そんなしょうもない事を考える朝だった。
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慈愛の女神②
「わかったわかった!出る!今出るから!!」
朝の早い時間に家の呼び鈴が何回も鳴らされる。心地良い睡眠の時間を妨害されて大変頭にきている。文句のひとつでも言ってやらねば。
「こんな朝早くから誰です──────────」
ドアを開けた途端、誰かに抱き着かれる。
「おうわぁ!?・・・・・・びっくりしたぁ。リサか」
驚いて変な声が出てしまったが、抱き着いてきたリサはそれどころではないらしく声にならない声をあげている。
「ほら、まずは落ち着け。はい、深呼吸〜。吸って〜」
「え、え、え!?」
「ほら、早く」
「そ、それどころじゃないんだってば〜!」
「まあまあ」
「・・・う、うん」
リサは言われるがまま深呼吸を始める。
「よしよし、いい感じだぞ。ほんじゃ、次はもっと吸ってみようか」
「うん、わかっ───────って、それさっきと一緒じゃん!!」
どうやら気付かれてしまったようだ。まあ、決してリサで遊ぶためにあんな事を言ったわけではない。オレ、ウソツカナイ。
「とりあえず、落ち着いたろ?」
「えっ、あ、確かに・・・」
「んで、どうしたんだよ?」
「じ、実はウチに
「アレ?」
「ほら!黒くてカサカサするやつ!!」
「あ〜なんだ。ゴキ───────」
「言わないで!!」
名前だすのもだめなのかよ・・・
確かに言われてみればリサは虫が嫌いだ。それもかなり。今みたいに名前を聞くのも嫌だと思うくらい。
「で、まさか俺にそれを退治しに行けって言うんじゃないだろうな」
「え?あたり前じゃん」
コイツ・・・ぶん殴ってやろうか・・・
「何時だと思ってんだよ」
「10時だケド?」
「はぁ?何言ってんだよ。俺ん家の時計は6時になって───────」
「キミこそ何言ってんの。ほら」
リサは自身のスマホを取り出し俺に画面を見せてくる。そこにはしっかりと『10時07分』と表示されていた。
「・・・まじかよ」
俺は急いで部屋の置き時計を確認する。すると衝撃の事実が判明する。
「止まってる・・・」
ものの見事に時間が『6時02分』で止まっていた。
・・・・・・やっぱりデジタル時計にしよう。
これが休みの日ではなかった時に起きていたら大惨事だ。時計の買い替えを固く決意した。
「時計止まってるじゃん」
「ほんとな。びっくりしたわ」
「今度新しいやつ見に行く?」
「頼むわ」
「りょーかい☆」
実は俺の部屋にあるカーテンやベッド、布団など諸々リサチョイスなのだ。
なんでも俺のチョイスはだめらしい・・・・・・ほっとけ。
「あ!そんな事よりアレなんだって!!」
「え〜まじで行くの?」
「とーぜん!ほら!」
こうして休日の朝はG退治とかいうわけのわからない予定となった。
「おじゃましまーす」
「ただいま〜・・・っていっても誰もいないんだケド」
それは先に言っといてほしかった。おじゃましますって言っちゃったじゃん。まあ、リサのご両親がいなくても言うんだけどさ。
「なるほど。だから俺を呼んだのか」
「そうそう。お父さんもお母さんもいないからさ」
「友希那は?」
「・・・・・・恥ずかしいじゃん。虫がだめなんて・・・」
もうとっくに知ってると思うんだけどなぁ。なにせ10年ぐらいの付き合いらしいし。
「・・・まあ、それは置いといて。どこに出たんだ?」
「えーっと、台所・・・かな」
「てことはリビングか。リサはここで待っててくれ」
「う、うん。気を付けてね・・・」
Gを退治に行くだけでえらい見送られようだ。俺はこれから戦場にでも行くんだろうか。
リビングへの扉を開け、台所へと進んでいく。ここまででヤツの姿はない。
えーっと、スプレーはっと・・・お、あったあった。
G用のスプレーを手にし、目的の台所へ到着する。だが、やはりヤツの姿は見えない。
「おーいリサー。いないぞー」
「ぜ、絶対いるって!アタシ見たんだから!!」
と言われても、戸棚を開いてみても出てくる気配はない。一体どこにいってしまったのか。
「やっぱりいないぞー?」
「そ、そんな事・・・」
リサがリビングへの扉を開けたその時だった。
「きゃあぁぁぁ!!!」
「え、どこ!?」
「あそこあそこ!!ソファーのとこ!!」
リサの指が指す方を見ると確かにソファーの下になにやら黒い物体が入っていくのが微かに見えた。このままでは手が出せないのでおびき出すためにソファーをガタガタと動かす。すると、音に驚いたのかヤツが出てくる。すかさず持っていたスプレーを発射する。効いているのかあちこちを駆け回るがやがて失速していき動かなくなってしまう。
その間リサがずっと廊下で叫んでおり、ぶっちゃけうるさい。
「これでよしっと。おーいリサ〜、袋ってどこにあるんだ〜?」
「もうイヤほんとイヤ・・・・・・え?」
「だから袋だって」
「・・・・・・もうやっつけたの?」
「おう」
「・・・・・・ほんとに?」
「ほんとだって」
「ほんとのほんとに?」
「信用なくない?一応彼氏なんだけど・・・」
「アハハ・・・ゴメンゴメン。袋なら台所の縦に四段並んでる戸棚の一番下に入ってるよ」
「四段目ね。りょーかい」
リサに指示されたところからビニール袋を取り出す。ティッシュで包み、ヤツを放り込んできっちりと封をした後、手をしっかりと洗う。
「ふう・・・終わったぞ、リサ〜」
恐る恐るリビングへと入ってくるリサ。
「アレは・・・?」
「ここに入ってる。ちゃんと見えないように黒い袋に入れたから」
「・・・・・・・・・・・・はぁ〜よかったぁ」
リサはそのまま床に座り込んでしまう。
「どんだけ怖かったんだよ」
「だって・・・」
「ほらほらこっちゃ来い」
言われるがままソファーに座った俺の膝の上へとやってくるリサ。俺を背もたれにして座る形だ。
「お前、ほんと虫だめだよな」
「・・・・・・・・・・・・」
「悪かった悪かった」
あまりこのネタでイジるのはよくなさそうだ。ご機嫌を取るために頭を優しく撫でていく。
「ん・・・」
「落ち着いたか?」
「・・・アリガト」
「よっしゃ、ほんじゃリサのご両親が帰ってくるまで何かするか」
「え?」
「え?」
「アタシ何も言ってないのに・・・」
「バカタレ。そんな顔に帰らないでって書いてあったら嫌でもわかるわ」
「───────!」
「だからとりあえず、リサのご両親が帰ってくるまでは───────」
言い切る前にリサが振り返って抱き着いてくる。
「・・・今日はえらくスキンシップが多いな」
「・・・嬉しいくせに」
「まあ、可愛い彼女に抱きしめられるのはぶっちゃけ嬉しいな」
「ふふ・・・」
「どしたの?」
「やっぱりアタシの彼氏様はカッコイイなぁって思ってさ☆」
「・・・恥ずかしいからやめてくれ」
「えぇ〜いいじゃーん」
すりすりと体を擦りつけてくる・・・・・・いかん。このままではまずい。非常にまずい。なんか柔らかいし良い匂いするし・・・
「・・・えっちな事考えてるでしょ?」
「・・・うっさい」
「アレ退治してくれたお礼にもうちょっとこうしてあげよっか」
「・・・・・・素直にYESとは言いたくねぇなぁ」
結局俺たちはリサのご両親が帰ってくるまで引っ付いたままだった。
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反骨の赤メッシュ②
「全部持った?」
「お弁当に飲み物、ブルーシート・・・・・・ん、大丈夫」
「ほんじゃ、行くか」
頷く蘭と玄関を潜り鍵をかける。
「晴れてよかったな」
「ひまりとつぐみはてるてる坊主作ってくれたって」
「マジかよ。何あの子たち、いい子なの?」
「当たり前じゃん。あたしの親友たちなんだから」
小柄な彼女には少々似つかわしくない膨らみがある胸を張りながら自慢げな表情で言う。
その仕草に思わず目線が胸元に移りかけてしまうが、慌てて視線を外す。
「・・・・・・・・・・・・今ちょっと見てたでしょ」
「・・・・・・・・・・・・見てない」
・・・・・・どうやら蘭にはバレバレだったようだ。
「はぁ・・・・・・別にあんただったら・・・その、あたしは・・・」
やばい。何この子。めっちゃ可愛い。今すぐピクニックの予定キャンセルしてお持ち帰りしたい。
しかし、いかんせん変な空気になってしまった事は否めないので咳払いをひとつ入れて仕切り直しを図る。
「んっ!・・・・・・今日はどこまで行くんだっけ」
「だから、駅近くの広場だって」
「あ〜、そういやそうだったな」
実は駅の近くには、少し広めの草原スペースみたいな場所がある。今回のピクニックデートはそこが目的地というわけだ。
「・・・・・・ちょっと遠くない?」
「あんた最近運動不足だから丁度いいじゃん」
「違う。運動不足なんじゃなくて運動する機会がないだけだ」
しかし蘭にはこういう言い訳は通用せず大体、はいはいと受け流される。今回も例に漏れずそうなってしまった。
・・・・・・ちくしょう、蘭のスルースキルが上がってるのは絶対モカのせいだな。
俺は頭の中で
「あんたには長生きしてほしいんだからなるべく健康でいて」
「へーい・・・・・・・・・・・・ん?それって・・・・・・」
「───────〜〜〜〜っ!ち、ちがっ!あ、あたしは別にそういうつもりで言ったんじゃ・・・!」
「はいはい、ちゃんとわかってるから大丈夫だぞ〜」
「・・・・・・後で一発殴るから」
「ごめんなさい」
満面の笑みでからかったらえげつないカウンターが飛んできて思わず反射的に謝罪してしまった。蘭を怒らせるとろくな事にならないのだ。長年の経験でそういう時は無意識で謝る癖がついてしまった。
道中そんなやり取りもあったが、1時間弱程かけて目的の広場に到着する。
「・・・・・・風が気持ちいい」
「確かに。こうやって自然に囲まれるのもいいな」
でしょ?と隣の蘭の同意を求める声に、肯定の意を示す。
適当な木陰を見繕い、シートの上に二人で座る。
「・・・・・・なあ、これちっちゃくない?」
「そ、そんな事ないし」
・・・変だ、明らかに。蘭は普段あまり表情を変えない子だが、だからこそ些細な変化は見分けやすい。今のは嘘をついている反応だ。
まあ、小さいと言っても肩と肩が触れ合う程度なので特別問題はないと思い置いておく事にした。
・・・・・・めっちゃ当たる肩に意識がいってる気がしないでもないが。ていうか、全神経を集中しているまである。
「───────?どしたの?」
「・・・・・・え、あ、いや、なんでもない。なんでもないぞ、うん」
「・・・・・・・・・・・・」
蘭から冷ややかな視線が浴びせられる。思わず目線を逸らしてしまう。
しかし蘭はため息をひとつついた後、いそいそと弁当や飲み物の準備を始めた。
蘭が何を求めてるのかはわかっている。けど、なんというか・・・蘭と付き合ってかなりの月日が経つが、正直どれだけ年月を重ねようが蘭のような美人に
「はい、準備できたよ」
「・・・・・・おう」
明らかにおかしかっただろうが、蘭はそれを追求することはしなかった。
・・・いやあ、俺の彼女できすぎじゃない?
「・・・・・・ちょっとずつでいいから。あんたなりのペースで、いいから」
「───────!・・・・・・さんきゅ」
やばい。俺の彼女がカッコよすぎて惚れそうだ。あ、いや、もう惚れてるわ。てことは、惚れ直すだな。惚れ直したわ。
気を取り直して、二人で詰めた弁当に箸を伸ばす。二人で詰めたと言っても作ったのはほぼ蘭で俺は本当に詰めただけだ。
・・・・・・料理覚えよっかなぁ。
「ん、美味い」
「・・・・・・そう」
あ、照れてる。めっちゃ可愛い。お持ち帰り・・・・・・はダメだったな。ちくしょう。
そんな葛藤はさて置き、すっかり蘭には胃袋を掴まれてしまった。もう蘭の料理じゃなきゃ生きていけないレベルだ。
・・・・・・でもなぁ、蘭ばっかに料理やらせるのもなぁ。よし、やっぱり俺も料理覚えよう。
「なぁ、蘭」
「?」
「今度、料理教えてくれよ」
「え・・・・・・」
蘭が箸をぽとり、と落としかけたのをすんででキャッチする。
「あっぶね!・・・え、なに、どしたの」
「・・・こっちのセリフなんだけど。急にどうしたの」
「いや、蘭にばっかり料理作らせるの悪いなぁって」
「別にあたしは・・・」
急にモジモジしだす蘭。一体どうしたのだろうか?
とりあえず、蘭が喋り始めるまで待ってみる事にする。
「・・・・・・別にあたしはあんたに料理作るの・・・その・・・嫌いじゃない、というか・・・あんたに食べてもらって美味いって、言ってもらうのが好き・・・というか・・・」
「──────────」
後になるに連れてどんどん整った顔が紅く染まっていく。
・・・・・・え、何、この胸の高鳴り。やばい、俺まだこの子の事好きになれるの?蘭ちゃん強すぎない?
「・・・だ、だから!あんたは無理に料理覚えなくても・・・」
「───────はっ!・・・そ、そっか。じゃ、じゃあ蘭が辛くなったらまた言ってくれ」
「う、うん・・・」
二人して顔を逸らしてしまう。しかし、お互いの顔が紅くなっているのは見えなくともわかった。
「ごっそさん」
「お粗末様」
蘭特製弁当を食べ終えて今からはくつろぎタイムだ。この木陰から微かに差し込む陽日が心地良い。お陰で今すぐにでも眠ってしまいそうだ。
「・・・眠くなってきた?」
「・・・いや、大丈夫・・・」
蘭が何やら言っているようだが眠気が勝ってしまい、上手く聞き取れない。
「・・・・・・おやすみ」
額に感じた柔らかい感触と蘭の澄んだ声を最後に俺は意識を手放した。
「ん・・・・・・」
「起きた?」
「ん〜・・・・・・おき、た・・・」
どんどん頭が覚醒してくる。こちらを見下ろす蘭の顔、頭の下に感じる柔らかい感触。間違いない、膝枕だ。
「ご、ごめん!すぐ退くから!」
「んーん、このままでいいから」
そう言われて肩を押さえつけられてしまう。
「いやでも・・・」
どれぐらい眠っていたのかわからないが、あたりは朱くなっていた。その時間まで膝枕を続けるのは相当な負担だっただろう。シートを敷いてあるとはいえ、その下は草でさらに下は地面になっている。その状態を続けて足に負担がかからないはずがない。
「いいの。あたしがやりたいんだから」
「・・・・・・辛くなったら言ってくれ」
「ん」
こういう時の蘭は絶対に引かないので、いつも俺が折れるのがお決まりとなっていた。
「・・・・・・蘭」
「ん?」
「いつもありがとな」
「どしたの、急に」
「いや、なんか言っとかないとな〜って」
「なにそれ・・・・・・・・・・・・こっちこそだよ」
「・・・・・・これからもよろしく」
「うん、よろしく」
俺たちは微笑み合ってから、人が少なくなり始めまるでこの世界に二人だけしかいないように感じる広場で人知れず唇を重ねた。
「・・・・・・あたし、さっきはあんたのペースでいいって言ったけど───────」
「わかってるよ・・・・・・その、今日は・・・なるべく頑張り、ます・・・」
「・・・・・・ふふっ、なんで敬語なの」
「うっせ!こう・・・なんて言うか・・・緊張すんの!俺も!」
あんたらしくないだとか、蘭だって可愛すぎるだとか、そんなくだらないやり取りをする二人の影が地面には伸びていた。
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微笑みの鉄仮面②
「私は・・・その・・・貴方の事が・・・」
「・・・・・・!お、俺も・・・君が・・・」
暫しの間黙ったままだったが、やがてどちらともなく顔を近付けていく。そしてそのまま・・・
「って、待て待て!フリだけだろ、フ・リ!」
「あら、そうだったかしら」
「お前、台本ちゃんと読めよ・・・」
危うくキスするところだった。あ、いや別に嫌な訳ではないが。寧ろウェルカム。
「失礼ね。読んでいるわよ。私が出演する作品なのだし」
「その割にはお前マジでキスするつもりだったろ」
「ええ」
さも当然のように言ってのける目の前の綺麗な
そんな事を考えつつ台本に従わない千聖にジト目を向けていると・・・
「・・・だってキスしたかったんだもの」
「・・・・・・・・・」
可愛い。
普段の千聖なら絶対に有り得ない発言だ。芸能人である彼女は人一倍人目があるところでの発言や言動には気を遣う。そんな千聖がそっぽを向いて唇を少し尖らせながら言うのだ。叶えてあげたいと思うのは甘いんだろうか。
「・・・・・・・・・一通りやってからな」
「──────────!ふふっ、貴方のそういう優しいところ好きよ?」
からかうような表情でそう言う千聖。そんな表情ですら綺麗なのだからタチが悪い。・・・・・・・・・本当にタチが悪い。
「ふう・・・とりあえずこんなもんか?」
「ええ、ありがとう。とても助かったわ」
芸能人である千聖とは違いただの一般人である俺の演技力なんてたかが知れてるだろうが、そう言ってもらえると頑張った甲斐があったというものだ。
「にしても・・・千聖があの映画に出るなんてなぁ」
「私だって予想していなかったわ。運が良かったのよ」
「まあ、運も実力のうちって言うしな。それに今回の監督さんみたいに千聖が頑張ってるのを見てくれてる人はいると思うぞ」
「そう・・・よね。このチャンスを逃さないようにしなくちゃ」
張り切っている千聖を見ていると頑張り過ぎところがあるから少し心配だが、そこは俺が気を付ければいいだけの話だ。
「それにしても・・・」
「──────────?」
「・・・・・・・・・キスはいつなの?」
「え」
「お預けはあまり好きではないのだけど」
・・・・・・・・・待ってたのか。今まで。けど、我慢できなくなったのか。てかどんだけキスしたいんだよ、こいつ。
「あ、そう言えば別の作品なのだけどベッドシーンが──────────」
「やめろ。今すぐ出演キャンセルだ」
「・・・冗談よ。怖いからその目はやめて頂戴」
「焦るわ。そういう冗談はやめてくれ」
「けど、いつかはくるかもしれないし今のうちに、ね?」
可愛い彼女のおねだりに迷う時間すら惜しかった。
あれから俺たちは寝室に移動して、2人並んでベッドに身を埋めていた。
「・・・添い寝ってこんな感じなのね」
「嘘つけ。お前休みのたんびに俺ん家来て一緒に寝るってきかないだろうが」
「そうだったかしら?」
こいつ・・・ほんっと・・・
「でも、貴方も好きでしょう?こうして私と寝るの」
「言い方。その言い方やめろ」
妖艶な表情で俺にそう言う千聖。・・・その顔外で絶対するなよ。
「何か間違った事言ったかしら?」
「いや、言ってないんだけど・・・」
「じゃあ、いいじゃない」
そう言って俺の胸元に飛び込んでくる。
・・・あ、やばい。なんかいい匂いする。鼻をくすぐる髪はさらさらしていてとてもくすぐったい。それに彼女の柔らかさが服を通して伝わってくる。
・・・相変わらずこの状態慣れねぇなぁ。
「このままシちゃう?」
「・・・・・・・・・まだ昼だからやめとく」
「ふふっ、『まだ』ね・・・」
「・・・なんだよ」
「いいえ、なんでも」
嬉しそうに笑う千聖。
彼女の笑顔はとても綺麗だ。普段の芸能人然とした笑顔も綺麗だが、年相応の笑顔もそれと同じくらい綺麗だと思う。いや、寧ろ素の彼女を感じられるのでこっちの笑顔の方が俺は好きだったりする。
「夜が楽しみだわ」
「まあ、その前に晩飯だな」
「そうね・・・すっぽん鍋なんて──────────」
「オムライス。オムライスにしよう。オムライスがいい」
何回ヤらせる気なんだよ・・・
「チッ・・・貴方オムライス好きよね」
「おい、舌打ちやめろ。聴こえてんぞ」
「はぁ・・・じゃあ、スーパーに食材を買いに行きましょうか」
「おう」
2人してベッドから抜け出し、いそいそと着替え始める。時計を見るとお昼過ぎといった時間帯だった。買い物して料理を始めればいい時間になるだろう。
「おーい、千聖〜」
「今行くわ」
彼女は有名人なのでしっかりと変装を行う。
「よっしゃ行くか」
「ちょっと待って」
「ん?」
振り向くと瞳を閉じ唇を突き出す彼女。あ、そういえばまだしてなかったっけ。
「んっ・・・」
「・・・・・・・・・これでいいか?」
「本当はもう少し欲しいけど夜まで我慢するわ」
「そうしてくれ」
そう言うが口許が緩みまくっている。ほんとに女優なのか、こいつ・・・
扉を潜る俺たちの右手と左手は固く結ばれていた。
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とびだせエゴサーチ
遅くなってしまい申し訳ございません。
「わぁ・・・!」
瞳をキラキラさせ彼女が感嘆の声をあげる。眼前は一面青色だった。
「ふぅ・・・やっと着いたな」
「うん!!ほら、早く行こ!!」
着いて早々ハイテンションな彼女に腕を引かれる。
「おい、ちょっと待て!ねぇ、待って!お願い!」
そこまで懇願してようやく彼女は停止する。
「ん?」
「いや、ん?じゃなくて・・・このまま海に入るのかよ・・・」
「・・・・・・あっ」
どうやらおわかりいただけたらしい。彼女の顔が少しずつ紅く染まっていく。
こういう少しおっちょこちょいなところも可愛らしい。ただ、これをライブの時とかテレビの時にも発揮してしまうのが少々残念というか・・・。まあ、そこも彼女が多くのファンに愛される魅力の一つなのだろうが。
そんな多くのファンを抱えるアイドルグループの一人である『Pastel*Palettes』のボーカルでありリーダーでもある『丸山彩』が俺の目の前にいる。さらにはそんな彼女と恋人同士で海デートなのだ。・・・ファンに知られたら死ぬんじゃないの、俺。
「じゃあ、着替えて・・・どこ集合にするか・・・・・・あ、あそこの海の家の前でいいか?」
「えっ、あっ、うん!」
どうやら今の今まで己と格闘していたようだ。そんな彼女と着替えるため一旦別れ、俺は手早く着替えて荷物を持ち集合場所である海の家に向かう。案の定、彩はまだだった。
(まあ、女の子にはいろいろ準備があるって言うしな・・・・・・それにしても、彩はどんな水着を選んだんだろうか?結局最後まで教えてはくれなかったが)
今回海に行くにあたって俺の水着の新調を行うために買い物に二人で出掛けたのだが何故か彩も新しい水着を買うと言い出し、さらには水着は当日まで秘密というお預けを食らっていた。
(ワンピース・・・いや、ビキニとか・・・)
少しイケナイ妄想をしていると、背後から名を呼ばれる。振り向くとそこには彩がいた。
「お待たせ♪・・・・・・ど、どう・・・かな・・・?」
「・・・・・・・・・」
おっとやばい、今意識が飛んでたぞ。何のリアクションもしない俺を彩が心配して声をかけてくれる。が、その顔は少し不安そうだった。
「・・・もしかして似合ってない?」
「い、いや!めちゃくちゃ似合ってる!ちょっと見惚れてただけだから!」
「そ、そっか・・・・・・えへへ・・・」
え、何この子。めっちゃ可愛いんですけど。もらっていいですか?あ、俺の彼女だったわ。
彩の水着は
様々な花柄がプリントされておりデザインもすごく可愛く彩の健康的な肢体と相まって適度な色気も感じられる最高の水着なのだが、一つ懸念事項がある。ぶっちゃけ似合い過ぎているのだ。さっきから周りの男たちがチラチラとこちらを見ている。帽子とサングラスを付けているためまだ彩とはバレていないようだがこの注目度合いでは時間の問題だろう。そこで俺は一旦その場を離れる事にした。
「彩」
「似合ってる、かぁ・・・・・・ふふっ♪・・・・・・」
「あの〜彩さん?」
ダメだ。完全に自分の世界にお入りになられている。・・・仕方ない。ここは強行突破だ。
「悪い、彩」
「んふふ・・・・・・えっ?何か言っ──────────」
何かを言いかけた彩の女性らしい柔らかさを感じる腕を掴み、その場を離れるべく人気の少ない方に足を進める。
「ど、どうしたの?」
「・・・・・・・・・周りを見なさい」
「周り・・・?あっ・・・」
ようやく気付いてくれたみたいだ。
「まさかあんなに見られてるなんて・・・」
いや、あれは見ちゃうでしょ。もうやばかったもん。可愛さの中に確かに感じるエr──────────色気が素晴らしかった。可愛いとエロいを両立してる俺の彼女やばすぎない?
幸せ過ぎてたまに怖くなってしまう。彩のことを今以上に好きになってしまったらどうなるのだろう、と・・・。ああ、どうか頑張ってくれ未来の俺。
そんな贅沢でどうでもいい悩みを未来の俺に放り投げつつ、先程よりは若干人が少ないエリアに移動してきた俺たちは早速海へと繰り出そうとしたのだが、彩から待ったがかかる。
「どしたの」
「んっ」
彼女が突き出す手の中にあるものは日焼け止めだった。
・・・え、塗れと?これを?俺に?マジで言ってんの?
彩の方は砂浜に敷いたシートにうつ伏せになっており準備は万端なようだ。
(ええい!ままよ!)
なるようになれと手のひらに軽く馴染ませてから彩の背中に触れる。
結論から言うとすごくえっちかったです。
その後は波に水着が攫われるというお約束もなく、海で泳いだり砂浜で砂山を作ったり、海の家で焼きそばやかき氷を食べて頭を痛めたりした。
しかし彩は一体何の作品を作っていたのだろう。どう考えても俺にはゴミ屋敷にしか見えなかったのだが・・・。本人曰く、首里城らしい。
「ん〜!楽しかった〜!」
「そりゃよかった」
現在は帰路の途中だ。
「向こうでもシャワーは浴びたけど早くお風呂に入りたいよ・・・」
「汗やらなんやらでベトベトだもんな。俺も早く風呂に入りたい」
「先に入る?」
「んー、彩が先でもいいよ。なんなら一緒に入るか?」
少しからかってみる。いつもなら顔を真っ赤にして否定の言葉が飛んでくる。しかし、今日は何かが違った。
「・・・・・・・・・うん」
「え」
まさかのYESだった。
「・・・・・・・・・ほんとにいいのか?」
「・・・・・・・・・今日だけ特別だからね」
そう言って夕陽に照らされて微笑む彼女は今日で1、2を争うぐらい綺麗だった。
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不動のスキルマ③
「人多いけど大丈夫か?」
「う、うん・・・でも、手は握っててほしい・・・な・・・」
「りょーかい」
巷で有名な海水浴場という事もあり、辺りは賑わいに満ちていた。
え、てかほんとに人多すぎない?これ歩けるの?一歩進んだら誰かとぶつかりそうなんだけど。
燐子は先程大丈夫だと言っていたが、人が多い場所はあまり得意ではないので少し心配だ。
「とりあえず脱衣所まで行くか」
「・・・うん」
彼女の柔らかい手を離さぬようにしっかりと握り一歩、また一歩と人混みという荒波を進んでいく。
ていうか手汗やばいんですけど・・・。絶対燐子も気付いてるよなぁ・・・。
「あ〜・・・」
「──────?」
「その・・・ごめん、俺の手汗まみれで・・・気持ち悪いよな。なるべく急ぐから──────────」
「・・・私は気にしない、よ?だって・・・」
燐子がそこで言葉を区切ったので不思議に思いつつ続きを待つ。
「私のために握ってくれてるんだもん・・・そんなの、嫌なわけ・・・ない・・・それに私、君の手・・・男の子の手って感じで、安心できるから好き、だし・・・」
「そ、そっか・・・」
どこか気恥ずかしくなってしまいあらぬ方角へ目線をやってしまう。燐子もかなり恥ずかしい事を言った自覚はあるようで俯いてしまっている。
そこから脱衣所に着くまで二人の間に会話は一切なく、ただただ微笑ましい光景だけが広がっていた。
(燐子遅いな・・・)
あれからどこかぎこちない雰囲気のまま脱衣所に到着した俺たちは着替えるためにそれぞれの部屋へ入っていった。早々に準備を終えた俺は待ち合わせ場所である脱衣所の前で燐子を待っていたのだが、中々燐子が現れない。少し心配していると・・・
「お、お待たせ・・・」
「よかった。何かあっ・・・た・・・のかと・・・」
「へ、変かな・・・?」
振り向くとそこには黒のビキニに同じく黒のパレオを身にまとった燐子がいた。
で、でかい・・・。何がでかいとは言えないがとりあえずでかい。服の上からでも充分わかるが、布一枚の上からだとよりわかる。
そんな邪念に満ちた俺の事など露知らず、燐子は不安そうな表情だった。
「や、やっぱり・・・似合って・・・ない、かな・・・?」
「え!?い、いや!!似合ってる似合ってるよ!!超似合ってる!!・・・・・・・・・その、とても・・・綺麗・・・です・・・」
何故だかはわからないが気恥しさを感じてしまい、言葉が尻すぼみになってしまう。
「あ、ありがとう・・・・・・・・・ふふっ・・・」
燐子も恥ずかしそうに若干顔を俯かせているのでわかりづらいが嬉しそうな雰囲気を感じる。俺の陳腐な言葉でも気持ちはしっかり伝わったようだ。
「そ、それじゃ早速遊ぼうか」
「う、うん・・・。あ、でもその前に・・・日焼け止め・・・塗らないと・・・」
「あ、確かにそうだな」
危ないところだったと手持ちカバンから日焼け止めを取り出そうとしたその時だった。
「あ、あの・・・」
「ん〜?」
日焼け止めが中々出てこずカバンをガサゴソする。しばらくゴソゴソすると日焼け止めらしい大きさで硬い感触がしたのでカバンから取り出す。
「お、やっと見つか──────────」
「ひ、日焼け止め・・・塗ってくれない、かな・・・?」
「──────────」
カン、とコンクリートの地面に落ちた日焼け止めの音がやけに耳に響いた。
あの後、燐子の衝撃的な発言に意識がぶっ飛んでしまったが何とか自身の意識を呼び戻し、現在は比較的人の少ない海水浴場のはずれに来ていた。
(落ち着け・・・!落ち着くんだ俺・・・!たかが日焼け止めだろ・・・!?そんなんパッって塗ったらすぐ終わ──────────)
砂浜に広げられたシートの上にうつ伏せに寝転がる燐子の綺麗な背中を見る。ちなみにトップは外されている。そのため巨大なお胸がシートに潰されておりぶっちゃけ目に毒だ。
いやこれだめでしょ。周りにあんまり人気がないのが救いだわ。いや、人気が少ないからある程度まではシていいのか?
あまりの光景に思考能力が著しく低下していた。
「あの・・・ま、まだ・・・?この体制、ちょっと恥ずかしくて・・・」
「ご、ごめん!すぐやるから!」
そうだよな。よく考えれば愛しい彼女に屋外でいつまでもこんな格好をさせておくわけにはいかない。手短に済ませてしまおう。
日焼け止めを手に取り軽くならしてから燐子の美しい背中に触れる。
「んっ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あっ・・・」
(・・・・・・・・・これすっごい生殺しじゃない?)
そんな事しか考えられないくらいにはえっちだった。
あの日焼け止め事件の後は特にトラブルもなく、浅瀬でゆっくりしたり砂山を作ったりした。お昼も海の家で二人でとうもろこしとかき氷を食べた。こういう場所の食べ物って何であんなに美味しく感じるんだろうか。
(燐子の砂山すごかったなぁ・・・万里の長城完全再現だった)
芸術家とかなれるんじゃないかというレベルの作品だった。思わず何枚も写真を撮ってしまった。燐子も俺の不出来な城を何枚も撮っていたが。あまり自信はないのでやめてほしかったのだが・・・
『私は好きだよ・・・?貴方らしさが出てて・・・』
愛しい彼女にそう言われてしまえばNOとは言えなかった。
「ん〜!今日は久々に遊んだな〜!」
「うん・・・」
着替えを終えた俺たちは最後にもう一回だけ海を見て帰ろうと決め、浜辺に訪れていた。
ここ最近は俺のバイトや燐子はバンドなどで忙しくあまり遊ぶ時間が取れなかったのだ。だからだろうか?今日はすごく充実した一日だった。
辺りはすっかり暗くなっており海の家なども閉店している。昼間はあんなにいた人だかりも今はすっかり影も見えない。世界に二人だけしかいなくなったみたいだ。
「また・・・来たい、な・・・」
「人混み大丈夫なのか?」
「うん・・・。確かにちょっと疲れたけど・・・貴方がいれば・・・大丈夫・・・」
「そりゃ彼氏冥利に尽きるよ」
ふと、二人の間に会話がなくなり一瞬の静寂が訪れる。
燐子が俺の腕に身体を寄せてくる。
もう言葉はいらなかった。
二人だけしかいない浜辺でお互いの顔が近付いていく。
月夜に照らされた夜の海で二つの影が重なるのにさほど時間はかからなかった。
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後ろに向かって全速前進!
「す、すごい人混みだね・・・」
「ほんとな。みんな夏祭り好き過ぎでしょ」
隣の彼女は『倉田ましろ』。『Morfonica』のボーカルであり俺の恋人でもある。
そのましろと手を繋ぎながら半端ない人混みをかき分けながら進んでいく。
「その浴衣、似合ってるよ」
「え!?あ、ありがとう・・・」
そういえばまだ感想を伝えてなかったと思い素直な気持ちを伝える。
その感想にましろは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
(相変わらずこういうのに弱いなぁ・・・)
付き合ってもう半年ほどになるが未だにこういう話にはめっぽう弱いましろだ。変わらず初心な反応をしてくれるましろが好きで堪らないから一向に構わないのだが。
「で、どこから回ろっか」
「そ、その前に!」
「──────────?」
「キミも・・・その、いつも以上にかっこいいよ・・・?」
「え、あ、ありがと・・・」
え、やばいこれ。めっちゃ恥ずかしいんだけど。俺こんな事してたの?うわぁ・・・そりゃましろもああなるよなぁ・・・。
にしても、服装のチョイスもいつもとさほど変わらないはずなのだが・・・。やはりこの季節には人を素敵に魅せる特別な何かがあるのだろうか。
夏という季節がもたらす何かを探ろうとしたのだが、隣のましろに呼びかけられる。
「あっ!あんなところにたこ焼き売ってるよ!!」
「えっ、ちょ──────────」
何やらすごい勢いで腕を引っ張られる。
え、え!?なんでこんな力強いの!?腕!!腕取れちゃうから!!ま、ましろさ〜ん!!!
俺の腕が無事守られた後、たこ焼きを購入したのだが・・・なんとロシアンたこ焼きだったのだ。しかも一風変わっておりハズレはなんとピーマン味になっているらしい。
たこ焼きにピーマン・・・。合わないことはないだろうができるなら口にしたくはない。さらに都合が悪い事にましろはピーマンが苦手なのだ。というより、子どもが好まないものはほとんど食べたがらない。いわゆる子ども舌なのだ。
「うぅ・・・ピーマン・・・」
「まあ、残すなんてできないからな」
「だ、だったらキミが全部食べてくれれば・・・!」
「う〜ん、美味しそうなたこ焼きだな〜。いい匂いが・・・あ、お腹空いてきた」
「う〜!!わ、私も食べるよ!!」
ふっ、かかった。
「よーし、じゃあどっちから食べるかじゃんけんで決めよう」
「う、うん・・・!」
「じゃーんけーん」「じゃーんけーん」
「「ぽんっ!」」
「うぅ・・・苦いよぉ・・・」
「ふふふ、ましろよ。人生はそう甘くはないのだよ」
「・・・・・・・・・イジワル」
イタズラが過ぎたのかそっぽを向いてしまうましろ。
「ま、ましろさん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あ、あの〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・悪かった。ちょっと悪ふざけがすぎたよ」
「ふふっ、冗談だよ。ちょっとしたお返し♪」
「・・・・・・・・・心臓に悪いからやめてください」
そんなやりとりもしつつ次にましろが目をつけたのがかき氷だった。
「キミは何味にする?」
「そうだな・・・レモン、かな」
「じゃあ私は・・・イチゴにするよ」
「りょーかい」
二人の注文が決まったので店主を呼ぶ。
「おう!どしたい?」
「イチゴ味とレモン味を一つずつお願いします」
「はいよ!・・・・・・・・・可愛い彼女さんだね〜!そんなお嬢ちゃんにサービスだ!ちょいと大盛りにしといてやるよ!」
「あ、ありがとうございます・・・」
「もちろん、兄ちゃんの分もな!」
「そ、そんな・・・俺の分まで・・・」
「気にすんな!もらえるもんはもらっとけ!」
「・・・ありがとうございます」
「おうよ!」
こうして少しボリュームアップされたかき氷を気前のいい店主から受け取った。
「いやいや、これは多すぎでしょ・・・」
「う、うん・・・」
あの後、落ち着いて食べるために移動した俺たちなのだがあまりの量に呆然としていた。
だってめっちゃ山できてんだもん。こんなに盛るんならシロップもっとほしかったよ・・・。
割合としては氷:シロップ=9:1だよ。申し訳程度のシロップだよ・・・。一面真っ白だよ・・・。
ふと、隣のましろのかき氷を見るがそちらも氷が山のように積まれているがその分のシロップもしっかりとかけられていた。・・・・・・・・・この違いはなんなんだ。
「キミのかき氷・・・真っ白だね・・・」
「・・・・・・・・・いいんだよ。俺は氷だけでご飯3杯は食べられるんだから」
「えっ、嘘!?」
「嘘にきまってるだろ」
唸りながらこちらを睨むましろ。正直全く怖くない。むしろ可愛い。
「ふんだ!」
そのままそっぽを向いてかき氷を食べ始めるましろ。
そんな彼女を微笑ましく見つめていたのだが、ふと彼女の首元に目線が引っ張られる。そこにあるのは彼女の白い首筋。もっと言えばうなじである。一度目についてしまえばそこから目を離すのは難しかった。そんなましろのうなじをガン見していると彼女が振り返る。
「そういえば・・・・・・・・・どうしたの?」
「・・・・・・・・・なんでもない」
「─────?まあ、いいや。それより花火の時間って────────」
そこまで言いかけたところで何か大きい音ともに夜空に一輪の花びらが咲く。
どうやら花火の時間が始まったようだ。
「わぁ・・・!」
「おお・・・」
一発、また一発と無数の花火が夜空に咲き誇る。
花火など久しく見ていなかったが、やはり綺麗だと思った。
「すごいね・・・!」
しかし、俺の眼は瞳をキラキラさせながら夜空を見上げる彼女に釘付けだった。
静かにベンチに置かれた彼女の片手に自身の手をのせる。
「──────────!」
一瞬ビクッとなったが、やがて彼女の手のひらが返され俺の手のひらと重なる。
指と指の間にお互いの指が通される。
「ましろ・・・」
俺は彼女の美しい顔にゆっくりと自身の顔を近付いていく。
しかし、彼女から待ったがかけられる。
「・・・・・・・・・こ、ここじゃ恥ずかしいから家に戻ってから、ね?」
頬を染めながら上目遣いでそう言う彼女。
こんなに綺麗な花火なのに早く終わってほしいと願うのは俺のワガママなんだろうか?
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慈愛の女神③
「なんというか・・・のどかなとこだな」
「アハハ・・・ま、まあ、確かに周りは田んぼばっかりだケド見た目通り中はすっごくキレイだよ☆」
「そうですね。それに交通量もあまり多くないので練習に集中できます」
「どんだけ練習したいんだよ・・・」
外の車の音すら気になるとか紗夜、感覚鋭すぎない?
「あ、暑い〜」
「だ、大丈夫?あこちゃん・・・」
「あこもへばってるし早く入ろうぜ。友希那、鍵は?」
「少し待って」
そう言って友希那が自身のカバンをごそごそし、1つの鍵を取り出す。その鍵を目の前にある建物の扉の鍵穴に差し込み回転させるとガチャリ、と音を立てる。どうやら開いたようだ。
「さあ、荷物を置いたらさっそく練習よ」
友希那を先頭に続々と建物に入ってくRoseliaのメンバー。
(というかなんで俺まで・・・)
彼女たちの後ろ姿を視界に入れながら今回の経緯について思い返す。
「合宿?」
「うん☆」
「どこに?」
「ん〜、海あるとこ?」
「Roseliaで?」
目の前のリサの
「海あるとこってどんくらいかかんの」
「ん」
そう訊ねるとリサがスマホで何かを入力した後こちらに画面を見せてくる。そこには目的地までの道のりや交通手段、到達時間などが表示されていた。
「は〜、結構かかるもんだな」
そこに表示されている到達時間は『52分』となっている。当日の交通状況とかを鑑みても大体1時間弱ほどだろう。
「で、いつ行くんだよ」
「明日」
「明日ね、りょーかい。・・・・・・・・・はぁ!?明日!?」
「うん☆」
満面の笑みで返事をするリサ。
「・・・・・・・・・聞いてないんですけど」
「今言ったからね」
「こんにゃろ・・・」
「てことで!」
すっ、と俺の膝の間から立ち上がり振り返る。
「明日の準備しといてね!」
「・・・・・・・・・はい?」
(今思い出してもひどい説明だったな・・・)
前日まで何一つ知らされずこの日を迎えている。
それでもキチンと来るあたり俺も律儀な男だ。いやまったく、惚れ惚れする。俺が女だったら、こんな良い男ほっとかないぜ。
そんなバカみたいな事を考えているうちに全員がリビングに集合していた。
「じゃあ、私は曲を作るからその間・・・」
「うん、みんなで練習しとくよ☆」
「お願い」
それだけ伝えると友希那は机に作業用のパソコンを置き、ソファに座って作業を始める。
リサたちは音を合わせるつもりのようだ。
(にしても改めてこの状況・・・いくら俺がリサと付き合っているといっても彼女以外の女の子と一つ屋根の下というのはいいんだろうか・・・いや、彼女公認とはいえ他の女の子と寝泊まりってだめじゃね?あれ、俺詰んでる?)
今更ながらすごく不安になっているといつの間にか音合わせを終えたリサが声をかけてくる。
「どーしたの?」
「ん?リサか。いや・・・この状況いいのかな、ってさ」
「この状況・・・?あ〜・・・」
リサも思い至ったのかその顔色は決して良いものとは言えない。
「まあ、アタシはRoseliaのみんななら気にならないしだいじょーぶだよ?まあ、みんなに手を出したら明日は海に浮いてるカモしんないケド」
「怖い。怖いよ。そんな事しないからヒドイ事しないでね?マジでお願いね?」
何やら楽しげに会話をしている紗夜とあこ、燐子に目を向ける。
(うーん・・・でも、やっぱ来ない方がよかったよなぁ・・・)
そんな事を考えていると後ろから誰かに抱き着かれる。誰かと言ってもこの中でそんな事をしてくるのは一人しかいないわけだが。
「・・・だいじょーぶだよ。それでも不安なら・・・」
「・・・・・・不安なら?」
「二人きりの時は・・・・・・・・・ね?」
「─────────!・・・・・・・・・おう」
そんな感じで二人の空間を脅かす侵略者が現れる。
「んんっ!」
「「─────────っ!」」
「・・・・・・・・・お二人とも仲が良いのは結構ですが時と場所は選んでくださいね?」
「「・・・・・・はい、ごめんなさい」」
そんな風に叱られながら時間が過ぎていった。
「友希那、だいぶ参ってるみたいだな」
「うーん・・・」
あれから一時間程が経過した。リサたちもひとまずは休憩をとっている。
一方で友希那はかなり作業に苦しんでいるようで、現在はソファに寝転がっている。
そんな友希那を見かねたのかリサが近づいていき、友希那にとある提案をする。
「よし、友希那!」
「─────────?」
「海、行こう!」
(気分転換って事か。さすがリサ、ナイスタイミ─────────)
「・・・・・・去年と同じ流れじゃない」
「ふふふ・・・確かに、そうですね・・・」
「リサ姉ー!あこも行きたーい!」
「ええ・・・去年もこんなんだったの・・・」
はしゃぐあこを見て思わず口にしてしまう俺だった。
「てことで海に来たわけだけど・・・」
「「・・・・・・・・・」」
「若干二名が死にかけてんな」
「ア、アハハ〜・・・二人ともこういうとこ得意じゃないからねー」
砂浜にシートを敷きパラソルを立てた後、早速そこから動こうとしない友希那と燐子を見て素直に抱いた感想がそれだった。
「紗夜はこういうとこ大丈夫なのか?」
「ええ。得意ではないけれど特段苦にしているわけではないわね」
「なるほどな・・・あこは言わずもがなか・・・」
視界の端で大はしゃぎしているあこを見てそう思う。そんなあこに話しかけられている燐子は今にも死にそうな顔をしているのが気にかかるが。
「そんな事より・・・」
「ん?」
そんな光景を微笑ましく見守っていると背後からリサから声がかけられる。
「ア、アタシの水着の感想欲しいんだケド?」
「感想なぁ・・・」
「え、何か反応薄くない!?」
「いや、お前、みんなのいる前ではしゃげるわけないだろうが・・・」
「え」
俺の発言を瞬時に理解したのか一瞬で顔を真っ赤にさせて俯くリサ。そして躊躇いがちにこちらを見た後に言う。
「そ、その・・・・・・アリガト・・・」
(え、やばい。この可愛い子今襲っちゃダメ?・・・・・・ちょっとぐらいなら─────────)
そう思い彼女に触れようとした瞬間だった。
「何をしようとしているんですか?」
「うおぁ!!ビックリしたぁ!!」
いつの間にか紗夜に背後を取られていた。めっちゃビビった。イケナイ事しようとしてたタイミングだったから余計に。紗夜さん、忍者になれるんじゃない?水の上ぐらいだったら歩けそう。
そんなこんなで何とか欲望を留めつつ気分転換の時間を堪能した。
いやあ、もう若干名ブルンブルンでしたね。何がとは言わないけど。
お日様もすっかり顔を隠し、あれだけ騒がしかった喧騒はなく今はもう虫の鳴き声しか聴こえない。
(お昼にあんだけ遊んだのに何か寝れないんだよなぁ)
体は確かに疲労感を感じているはずなのに、目は冴えている。こういう時は決まって眠れなかった。
(なんでなんだろ・・・)
そうやって考えを巡らせようとした時だった。俺の部屋の扉が開かれる。
誰だと思い目をやるとそこにいたのは枕を持ったリサだった。
「どうしたんだ?」
「んー、なんか眠れなくってさ」
「そっか。こっち来るか?」
「うん☆」
返事をした後、枕をセットし俺のベッドへと侵入してくる。
「あつ」
「・・・ひどくない?」
「しゃーないだろ、夏なんだし」
「ふんっ」
機嫌を損ねたリサは背を向けてしまう。
(二人だけだし大丈夫・・・だよな?)
誰に対する言い訳なのかわからないが、大丈夫だと自分に言い聞かせ目の前の彼女を後ろから抱き締める。
すると、一瞬だけ反応したがすぐに体を委ねてくる。
「暑いんじゃなかったの?」
さきほどの事を気にしているようだ。若干言葉にトゲがあるような気がした。
「まあ、暑いけど・・・それとこれは別なんだよ」
「別・・・?」
「目の前に愛しの彼女がいるのにその状況を暑いって言って楽しまないのは損だってこと」
「ふふ、なにそれ」
微笑みながらこちらを振り向く彼女を見て眠れない理由がわかったような気がした。
(リサがいなかったからか・・・ひとつ屋根の下にリサがいる時は寝る時はもちろん、それ以外でも基本くっついてるからな・・・そりゃ落ち着かないか)
リサはスキンシップを求めたがる癖があるのでそれに応えようとしていたら俺までリサと同じになってしまった。少し意味合いが違うが、『ミイラ取りがミイラになった』に近いのかも。
そんなどうでもいい事を考えていると目の前から寝息が聴こえてくる。
(寝ちゃったのか。まあ、俺も・・・かなり・・・やば、い・・・)
リサが横に来たあたりから急激に睡魔が襲ってきていたがそれがいよいよ限界を迎えたようだ。
(おやすみ、リサ・・・)
心中でそう呟き、重たくなった瞼を睡魔に逆らわず閉じた。
翌日、俺の部屋でくっついて寝ている俺たち二人を見つけたメンバー全員から微笑ましい目線とありがたいご説教をいただいたのは良い思い出だ。
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正論爆撃機
「よし、軽井沢行こう」
「・・・貴方、ついに頭がおかしくなってしまったの?」
「失礼な。俺はいたって真面目だ」
俺が真剣な表情で告げると、瑠唯からとんでもない暴言が飛び出す。暴言を吐く彼女の表情には呆れが浮かんでいる。
「・・・はぁ。じゃあ、なおさら駄目に決まっているでしょう」
「え〜なんで〜」
そんな風にぶーたれていると瑠唯が目付きを鋭くして俺を睨みつける。
「─────練習の時間が減ってしまうからよ」
(ほんっとこいつってバイオリンの事しか頭にないよなぁ・・・)
まあ、渋られるのは計算内だ。元よりここからどうやって彼女をオトすかしか考えていない。
気を引き締め、少しでも瑠唯に想いが伝わるように真剣な表情で話しかける。
「でもよく考えてみてくれ」
瑠唯は変わらず疑心に満ちた表情をしている。
「軽井沢に行くとさまざまな観光スポットがある。中には心癒される場所もあるだろう」
「何が言いたいのかしら」
「休憩も必要なんじゃないのか、ってことだよ」
「必要ないわ」
「おぉふ・・・」
バッサリと切り捨てられてしまった。わかってたけど辛いんだよなぁ・・・これ・・・。
「・・・お前の好きな白玉ぜんざいもあるかもしれないぞ?」
瑠唯の体が少し反応する。
「出先で食べるのはまた格別だろうなぁ・・・。景色も良ければなおさら・・・」
「出発はいつにしましょうか。私は明日でも構わないけれど」
お、おぉ・・・なんだこいつ・・・。急にめっちゃ食いついてきたよ。どんだけ白玉ぜんざい好きなんだよ。下手したら俺よりぜんざいの方が好きなんじゃないの?
あまり当たってほしくない予想に勝手に打ちひしがれながら、瑠唯と旅行の日程を決める話し合いを始めるべく彼女を手招きする。すると、瑠唯は椅子から腰をあげ俺の足の間へその細い身体を滑り込ませる。
後ろから抱きしめるといい香りがした。いい香水でも使っているのだろうか。
「・・・お前ちゃんと食ってんの」
「食べているわ」
「細すぎない?」
「・・・・・・貴方がもう少し太れと言うなら考えるけれど」
えっ、何この子。めっちゃ健気。こんないい子早く告白しないと他の子に取られちゃう。あ、もう俺の彼女だったわ。
そんなしょうもない優越感に浸っている間も瑠唯は俺の発言を気にしているようでお腹まわりをさすっている。
「・・・あー、そのままでいい。ていうか、そのままがいい」
「・・・・・・そう」
ぶっきらぼうに答えた瑠唯だったが、その頬は少し赤らんでいる。
滅多に見せない表情なので、写真に残したかったのだがそんなことをすれば間違いなく怒られる。怒られるというよりかなぜ写真を撮ったのか長々と説明させられる。なにが恥ずかしくて彼女の写真を撮った理由をその本人に説明せねばならんのだ。少なくとも俺は嫌だ。
そんなこんなで旅行の計画を練っていくのだった。
「ん〜!やっと着いたな」
「ええ」
東京から長野まで新幹線で約2時間といったところか。近いような遠いようなといった感じだった。
背伸びをして座りっぱなしで凝った身体を解していく。しかし瑠唯はそんな素振りを少しも見せなかった。
「瑠唯は座りっぱなしキツくなかったのか?」
「さすがに少し疲れたわ」
瑠唯は普段から表情に感情が出にくいからわかりにくいがどうやら疲れているのは本当らしい。
「んじゃ、早いとこ宿行くか」
「そうしましょう。早くバイオリンも弾きたいし」
・・・バイオリン弾くの好きすぎでしょ。
駅から数分移動すると本日から我々が1泊2日予定の旅館が見えてくる。
「ほお〜写真でも見たけど立派なもんだなぁ」
「そうね」
「そういうわりにはリアクション薄くない?」
「それは貴方もでしょう」
「いやまあ、そうなんだけどさ・・・」
そんな話をしながら玄関口を通り抜けると、着物を来た女性にフロントへと案内される。
あまりの若さに受付で多少驚かれはしたが、それ以外はスムーズに事が進みあっという間に部屋へ通される。やはり良い旅館は接客も良いということなのだろう。
俺たちを部屋へ案内してくれた従業員の女性は挨拶の後に姿を消しており、俺は荷物を隅に置いて座椅子に腰掛ける。瑠唯も俺に習い荷物を隅に置く。それをボーッと見届けていると瑠唯から話しかけられる。
「お茶でいいかしら」
「ん?・・・悪い、頼む」
そうお願いすると瑠唯は馴れた手つきでお茶の準備を始める。そんな姿を俺はまたしてもじーっと眺める。
瑠唯も視線に気付いてはいるだろうが、その表情はどこ吹く風だ。だが、さすがに気になったのだろう。お茶を俺の前に置いて、腰掛けるのと同時に声をかけてくる。
「そんなに見られると落ち着かないのだけど」
「あ、ああ悪い。なんかこういうのいいなぁって思ってさ」
「こういうの?」
「瑠唯が当たり前にいて、それが生活の一部になってるっていうかさ」
「・・・・・・私も貴方以外は考えられないわ」
端正な顔を真っ赤にして瑠唯が自信の気持ちを吐露する。
瑠唯がこんなに気持ちをストレートに伝えてくれることは少ないので思わずどもってしまう。
「えっ、えっ?どうしたの、急に」
「・・・・・・貴方から始めたのでしょう」
「いや、そうなんだけど・・・・・・。普段あんまりそういうこと言ってくれないしさ」
「・・・・・・やっぱり言わない方がよかったかしら」
「いや、嬉しいからもっとしてくれ」
「もうしないわ」
キメ顔で言ったのがダメだったのだろうか、キッパリと断られてしまう。
・・・ちくしょう、正解はなんだったんだ・・・
少し移動の疲れを癒した俺たちは観光地を巡ったり、美味しいものを食べたりして旅行を満喫した。現在は用意された布団に入って寝転んでいる。瑠唯は椅子に座っているが。
「いやあ、あの滝すごかったな」
「ええ、さすが観光地というだけあるわ。インスピレーションも刺激されたし」
「お、おう・・・」
楽しみ方がちょっとズレてるんだよなぁ・・・
「あ、そうだ。風呂はどうだったんだ?」
「心地よかったわ。たまには温泉に入りに行くのも悪くないわね」
「じゃあ、今度混浴行くか」
「・・・・・・本気?」
「当たり前だろうが」
「・・・・・・たまに一緒に入っているのだからそれでいいじゃない」
「いや〜、家の風呂に二人だとやっぱ狭くてさ。広い風呂に二人で入れたら気持ちよさそうじゃないか?」
「・・・・・・そうかもしれないけれど」
ん〜、えらく渋られるな。家と外ではやっぱり勝手が違うということか。
「まぁ、瑠唯が嫌なら無理には・・・」
「・・・・・・・・・わ」
「ん?」
「・・・・・・・・・貴方が望むならいいわ」
視線を逸らしながらそう口にする瑠唯の顔は出逢ってから1、2を争うほど綺麗だと思った。
「・・・瑠唯って意外にむっつりだよな」
「前言撤回するわ。そして、別れましょう」
「あー!うそうそ!!ごめん、悪かったって!!」
一瞬にして真顔に戻った瑠唯にこれはまずいと思い、ここ一番の瞬発力で土下座する。
そんな俺の頭上から声がかけられる。
「冗談よ。言ったでしょう?貴方以外考えられない、と」
「瑠唯・・・」
頭をあげ座り直すと、目の前には浴衣姿の恋人。
その瞳は真っ直ぐ俺を見つめている。
「・・・ねぇ」
「・・・ん?」
「せっかくの旅行なのだし・・・その・・・」
いつも迷わず言葉にする彼女にしては珍しく歯切れが悪い。
それでも俺は彼女の言葉を遮るようなことはしたくなかった。
「・・・どう・・・かしら・・・?」
彼女は詳細を一切語らなかった。しかし、俺にはそれで充分だった。
「・・・やっぱり瑠唯はむっつりだと思うんだけど?」
からかうようにそう告げると、瑠唯は真剣な表情で答える。
「・・・・・・撤回の撤回ってできるのかしら?」
「・・・さあ、どうなんだろうな」
その聡明な彼女からは想像もつかないような回答に思わず笑みを隠しきれなかった。
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笑顔の波状攻撃②
遅くなって申し訳ないです・・・。
「おはようございます。早速ですが、こころ様がお待ちですので」
「あ、ありがとうございます」
何度訪れても一般庶民である俺にはこの待遇は違和感だらけだ。恐らくこれからも慣れることはないのだろう、と思いながら先を行く黒服さんに着いて長い廊下を歩く。
「少々お待ちくださいませ」
荘厳な作りで佇む扉の前で立ち止まってそう告げてくる黒服さん。
首肯して黒服さんに言われたとおり大人しくその場で待機する。
黒服さんは扉を3回ノックして中の住人に声をかける。
「こころ様、お客様が────────」
しかし、最後まで言いきられることはなく。
同時に耳に入ったのはドタバタという足音と勢いよく扉が開かれる音だった。
「ようやく来てくれたのね!!待ちくたびれてしまったわ!!」
「うお!?・・・ったく、いつも危ないって言ってるだろうに」
開かれた扉から勢いよく飛び出してきたのはこの宮殿とも言える豪邸の住人である弦巻こころだ。
こころは俺が迎えに来た時は毎回飛び出して抱き着いてくる。
(危ないからやめろって言ってるんだけどなぁ・・・)
内心ヒヤヒヤしながら彼女を窘めるが、意に介した感じはなくむしろ穏やかな笑みを湛えて言う。
「大丈夫よ。だって、貴方が受けとめてくれるって信じているもの」
俺の事を信じきっている瞳だ。そんな瞳でそんな言葉を言われてしまうとこちらとしては何も言えなくなってしまう。
こういうところがこころに甘いと言われる所以なのだろうか、なんて思いつつ。
「まあ、こころに怪我させるわけにはいかないからな。そのためならこころのひとりやふたりくらい軽く受けとめてみせるさ」
彼女の恋人として、精一杯の見栄を張る。
「うーん!!すっごく嬉しいわ!!なんだか歌いたい気分よ!!」
「それはまた今度にしてください・・・」
そんなやり取りを暖かい目で見ている黒服さんに俺たちが気付くはずもなかった。
ところ変わって現在は車内である。
「今日行くところはどんなところなの?」
楽しみで仕方ない、といった様子で訊いてくるこころ。
「まあ、着いてからのお楽しみってことで」
「むむむ・・・そういうことなら仕方ないわね・・・。わかったわ!楽しみにしておくわ!」
そう言うと、足をぶらぶらさせてこれから向かう場所を予想し始める。その顔には笑顔が絶えない。
そんな愛しい彼女の横顔を見ていると、俺が見ていることに気付いたのかこころもこちらに目線を移す。
「どうかしたの?」
「いや、楽しそうだなって思ってさ」
「当たり前じゃない!だって、貴方がいるんだもの!どんな場所だって楽しいに決まってるわ!」
弾けるような笑顔でそんなことを言う。
そんな彼女を見て、俺は前々から気になっていたことを訊いてみることにした。
「なあ」
「なにかしら?」
「1個訊いてもいい?」
「ええ、もちろん!」
「こころにとっての俺って何なの?」
ふと彼女から弾けるような笑顔が消え、穏やかな笑みに変わる。
「貴方は私にとって月みたいな人よ」
「月?」
「ええ。月のように静かに私に寄り添ってくれる人。・・・私って昔からお友達があまりいなかったの。私が普段からしていることが周りの人には理解できなかったみたい。だから、私に寄り添ってくれる人なんてお家の人以外にはいなかった」
それは俺もあんまり理解できてないんだよなぁ、とはとても言えなかった。
「でも、貴方は違った。貴方は私のしていることを一生懸命理解してくれようとした。その結果、理解できなくても距離を取ったりはしなかった」
「うーん・・・そこは俺にもよくわからないんだよな。一つだけはっきり言えることは、こころから距離を取ろうなんて選択肢は俺の頭には一瞬でも浮かばなかった。理由はわからないけど、なぜか傍にいないといけないと思ったんだ。・・・いや、正確には
「そう、なのね・・・。貴方からそういうことを聞いたのは初めてだけれど、貴方も私と同じだったのね」
「同じ?」
「私も貴方の傍に
嬉しくて堪らない、といった表情で整った顔を綻ばせる。
「・・・そっか。同じだったのか、俺たち」
「ええ!」
こころ。俺もそうだよ。こころは俺のこと月みたいな人って言ってくれたけど、俺にとってこころは太陽みたいな人なんだ。しかし、太陽と月はお互いに決して近付くことはない。けれども、両方ともなくてはならないものだ。願わくば、
「いや〜、やっと着いたな」
「わぁ・・・!すごいっ!すごいわ!!一面真っ紅よ!!」
横でピョンピョンと跳ねているこころを窘めながら、俺も目の前のとおりに目をやる。
長い一本道には左右に紅葉の木が立ち並んでいる。頭上の紅葉も美しいが、既に散ってしまった紅葉も足元を紅く染め上げており、これはこれで綺麗だと思う。
「ほら、早く行きましょうっ!」
「ちょ、引っ張るな・・・!」
すっかり興奮しきったこころに腕を引かれ、一本道を歩き始める。
こころはしきりに周りを見回しては感心の声を漏らしている。
そんな彼女を見て俺は紅葉の紅とこころの金の髪の色が交わって綺麗だな、とか場違いなことを考えていた。
「あ、あそこにベンチがあるわっ。あそこでゆっくり観ましょう!」
「へいへい」
道すがら備えられていたベンチに2人して腰掛ける。
座ってからもこころは目の前の美しい光景にその瞳を輝かせている。
「いくつかハロハピのみんなに見繕ってやるか」
「それはとっても素晴らしいわっ!!ぜひそうしましょう!!」
そうと決まれば早速と言わんばかりにベンチの近くに落ちている紅葉を見てみる。しかし、良いものはなかったらしくちょっぴり気落ちしているこころ。だが、そんなことで彼女は諦めたりしない。誰かを笑顔にするためなら妥協など一切しないのだ。
すぐに切り替えたようで、勢いよく立ち上がる。
そして、こちらを見て口を開く。
「ちょっと探してくるわ!」
「え、いやもうちょいゆっく────────」
そんな希望は当然聞き届けられることはなく、こころは走っていってしまう。
取り残された俺は、ため息を吐きつつゆっくりと立ち上がってこころが走っていった方角を見やる。
「って、はや!?もうあんなとこまで行ってるし!!」
こころの姿を捉えるべくその姿を探すのだが、見つかった彼女は遥か遠く。恐ろしい脚力だ。
内心ちゃんと探してるのか、と疑ったのは内緒だ。
そして、遠くから俺の名を呼ぶ彼女の声が耳に届く。
こんな距離でも届くなんてさすが有名バンドのボーカルだな、なんてくだらないことを考えつつ、満面の笑みを浮かべている愛しい彼女が待つもとへと歩みを進める。
空いてしまった距離を埋めるように────────。
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慈愛の女神④
「だから〜ピザパンと〜メロンパンを組み合わせると〜ちょーおいしーんですよ〜」
「え、それマジで美味いの?変な味にならない?大丈夫?」
「のーぷろぶれむです」
間延びした声とドヤ顔がまるで一致しない灰色髪の少女は、ただでさえ極上のやまぶきベーカリーのパンをさらに美味にする方法があると言い出し、互いの肩が触れ合いそうな距離でそれを俺に伝授してくれる。
いや、絶対美味しくないでしょそれ。試そうとも思わんわ・・・・・・・・・・・・・・・帰り、やまぶきベーカリー寄るか。
「はいはーい。二人ともお客さんいないからってレジでいつまでも喋ってちゃダメだよー」
そんな和気あいあいと談笑している俺たちに有難いお叱りが飛んでくる。
「は〜い、すいませ〜んリサ先輩〜」
「へーい」
「まったく・・・ほら、やることないならどっちかこっち手伝って!」
バックルームを指しながら俺たちに言うリサ。
というか俺に言ってんじゃねぇか・・・ちょ、その笑顔やめて。分かった分かったすぐ行くから。
「そんじゃモカ。レジよろしく」
「お任せを〜」
「忙しくなったらすぐ呼んでくれ」
「あいあいさ〜」
それだけ言い残しレジ番をモカに任せ俺たちはバックルームへと入る。
「それじゃ、ドリンクの補給お願いね」
それだけ告げるとリサはさらに奥へと進んでいく。恐らく食品関係の補給を行うのだろう。
「おう」
短く返事だけし、ドリンクの補給スペースへと立ち入るべく扉を開けようとしたところでやはり気になったのでリサに確認することに決め、彼女がいる食品スペースへと足を進める。
「・・・なぁリサ」
「なに?」
「・・・なんでそんな機嫌悪いの?」
「・・・別に」
「いや、絶対なんかあるだろ」
「なんでもないってば」
リサは頑なに否定するが絶対に何かある。
それは確信したので、まずは俺に落ち度があったのかどうかを思い返す。というか、リサの機嫌が悪い時は9割がた俺が悪いのだ。
・・・・・・・・・ん〜分からん。こうなったら・・・とりあえず放置だな!分からんもんは考えても仕方ない。
そうして思考放棄した俺はリサに言われた通りドリンクの補給へと向かった。
リサが何か言いたそうにしていたのにも気づかず。
「はぁ〜!疲れた〜!」
「・・・ふふ、今日も頑張ってたね・・・あこちゃん・・・」
「湊さん。あそこの私の演奏なのですが─────」
「そうね。私もそこは─────」
「二人とも相変わらず真面目だねぇ〜」
俺がいつものようにCiRCLE前にあるカフェの一席で待っているとリサたちRoseliaのメンバーが出てくる。
「お疲れ、みんな」
「ありがと〜!ふっふっふ〜、今宵も我が真なる力が・・・力が・・・りんりーん!!」
「・・・ふふふ・・・解放、とか・・・?」
「それだ!!我が真なる力が解放されたぞよ!」
「そっか。そりゃ何よりだ」
今日もあこは厨二病全開だなぁ。こうやっているあこを見て昔の自分を思い出して少し心が砕け散る感じがないわけでもないが、あこみたいな美少女がこういう言動をした場合、ヤバさより可愛さの方が上回るのでそれで癒されてプラスマイナスゼロみたいなところあるんだよな。
「燐子もお疲れさま」
「・・・ありがとう、ございます・・・」
「りんりんはねー、今日もすっごかったんだよ!」
「あ、あこちゃん・・・!」
「確かにいつかの演奏会で聴いた燐子の演奏は凄かったよ」
「・・・も、もう、やめてください・・・」
もう少しからかいたい気持ちがあったが、これ以上言うと燐子が爆発してしまいそうなのでこのあたりでやめておくことにする。
そんなパンクしそうになっている燐子を見て楽しんでいると背後から声をかけられる。
「今井さんのお迎えですか?」
「紗夜。ああ、こんな時間だしな。いくら友希那やみんながいるとはいっても心配だからさ」
「相変わらず心配性ね」
「そう・・・なのか?まあ、リサももちろん心配だけど紗夜たちも心配だからな。ついててあげられるならついててあげたいんだよ」
「・・・・・・今井さんに怒られても知りませんよ」
「え?なんで?」
しかし、紗夜が答えてくれることはなく返ってきたのはため息だけだった。
「貴方って本当にリサのことが好きよね」
「違うわ。
そう答えると周りからヒューヒューと黄色い声援が聴こえる。ていうかあこだった。
「・・・・・・私に言われているわけではないと分かっているけれど、釈然としないわ」
「何が?」
「なんでもないわよ」
紗夜といい友希那といい、なんなんだ・・・
「ほーら、バカなこと行ってないで帰るよ」
腑に落ちないため一人頭を悩ませていると、リサに耳を引っ張られる。
「ちょ!痛い痛い!ねぇ、めっちゃ痛い!とれる!耳とれちゃうから!なんでそんな怒ってんの!?」
「ほら!みんなも行くよー!」
「あー!待ってよリサ姉〜!」
リサの号令で各々家路へと着くべく歩き始めた。
若干名、リサの綺麗な長い茶髪から覗く白い耳が赤くなっていることに気づき呆れ笑いのような笑い声が響いていたことに俺は気づかなかった。
リサと友希那以外を送り届ければ残るのはいつもの三人。
リサと友希那は幼馴染で家も隣同士という。そのためリサを送り届ければ自動的に友希那の送迎も終了する、ということだ。
そして、友希那が家に入っていくのを二人で見送る。ここまでがいつも通りの流れだ。ここからはリサが家に入っていくのを見送って帰宅する、というのがいつもの流れだったのだが・・・
「・・・ねぇ」
ふと、シャツの裾を掴まれる。
普段からいくつか甘えたいサインがあるが、これをする時は決まって外にいるときでかなりの甘えたい欲求がある時だ。
そもそもリサは周りの目があるところでは甘えたがらない。それはきっとリサ自身、周りのみんなには頼れるお姉さんと思ってほしいからなのだろう。ところ構わず恋人とベタベタしている人物が頼れるかと問われると答えは否だろう。その理想とする人物像を崩したくないためリサは人目がある場所では滅多に甘えたがらないのだ。特に、メンバーや友人の前では。
「どした」
「・・・今日訊いたじゃん、アタシに。なんで機嫌悪いのか、とかなんで怒ってるのかって」
「ああ」
「あれ、なんでか分かった?」
「さっぱりだ」
そう答えるとリサは、はぁ〜とため息を吐く。
「・・・・・・ベタしすぎ」
「え?」
「だから!ベタベタしすぎ!」
「はい?」
「今日のお昼はモカとベタベタしてたし、さっきはあこと燐子と仲良さそうにしてたし、それに友希那と紗夜を口説いてたし!」
「いや、口説いてって・・・」
「アタシにはそう見えたんだもん!」
それっきりリサは俯いてしまう。
・・・なるほど。お昼の時やさっきの不機嫌はそういうことだったのか。
「・・・悪い。イヤな思いさせちゃったか」
「・・・・・・・・・」
「どうすれば許してくれる?」
「一生許さないから」
彼女の言葉に込められた想いに思わず笑みが溢れそうになってしまう。
「・・・分かった。だったら一生かけて償うよ」
「・・・・・・ふふ、なにそれ。カッコつけすぎでしょ」
「うるせ」
気恥ずかしさで一瞬顔を逸らしてしまうがすぐにリサに向き直る。
リサは瞳を潤ませて、その頬は紅くなっていた。
「・・・ねぇ」
彼女が今何を求めているのかはすぐに分かった。
俺はそっと彼女の柔らかい唇に触れた。
「・・・カサカサしててチョット痛い」
「・・・悪かったな。カサカサしてて」
「・・・でも、キライじゃないよ・・・・・・ねえ、もういっかい・・・」
「・・・あと一回だけだぞ」
そうして俺たちは閑静な住宅街の道端で静かに、しかし確かに熱く互いの愛を伝え合った。
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