楽羅來ららが語るには。 (那由多 ユラ)
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殺意なき殺戮災害 前編

 私は世界を愛しています。
 というと、かの有機無機、有象無象の区別なく全てを野菜炒めにせんと生きる少女は「それなら世界は安泰だな」と、冗談めかして笑うことでしょう、あるいはかの殺戮的な平和主義者なら「…………ぶっ殺すぞ」と、深読みに深読み、深入りしすぎて誤解しながら私を殺すでしょう。
 それほどまでに世界に対して無関心だと思われている私ですが、それ以上に世界を何度か滅ぼした私ですが、しかし私はつどつど世界を創世する程度には世界を愛しているのです。
 私は人間が大っ嫌いです。
 というと、やはりかの、神羅万象を卵で包みオムライスにせんと生きる少女は「ぶっ殺すぞ」と、言葉の意味も考えず脊髄反射で私をオムレツにしてしまうでしょう、あるいはかの平和主義の最終兵器は口角を上げ感涙の涙を流しながら私の手を両手で包みこむことでしょう。
 それほどまでに人間に対して脅威だと思われている私ですが、それ以上に人間に殺され続けてきた私ですが、しかし私はあの探偵は例外的に人間であれど、世界のように愛しています。
 こういうとさながら愛の告白、私が彼に恋しているようですが、決してそんなことはなく、言うなれば私と彼の関係は元飼い主と捨て猫のように終わっていて、世界のように終わっています。
 今日この場で語るのは、彼と私の物語。
 魔法のように突然で、マジックのように不可思議で、呪術のように恐ろしい、死と誕生の物語。


 

001

 

 

 

 語る前に、前置きを語っておきましょう。例えば『この物語はフィクションです』みたいな。いえ、この物語はさながらフィクションで、そして信じるも信じないもあなたの自由でしかないのですが、それでも前置いておかなければならないでしょう。

 私は今日、個人のプライバシーや人権にできる限りの配慮をして語ります。いくつか個人名のようなものが出てくるでしょうが、当然のように、その名の人間は存在しません。同性同名の無関係な人間はいるかもしれませんが。

 

 数年前、

 いえ、この言い方じゃ面白くありませんね。仮にも人に聞かせる話ですから、面白くなきゃいけません。

 

 20XX年、

 いけませんね。この言い方じゃまるでSF作品のようではありませんか。……語り手である私の現環境は20XX年の人間からしてみれば十分にSFの住民で、周囲の人たちはS(すごい)F(不思議)な人に満ち溢れている訳ですが。

 

 昔々あるところに、

 悪くありませんが、言うほど昔じゃありません。しかし悪くはありませんね。

 

 昔々、と言うほど昔ではありませんが、そこそこ昔と言って言えないこともない程度に昔のこと。

 世界中で、オカルトに類されてきたものが発見されるようになりました。超能力者や宇宙人、未来人、既に滅んでいましたが地底人がいたであろう地底文明。トイレの花子さんや口裂け女のような都市伝説に、スレンダーマンやSCPのようなフィクションとして生み出された怪物まで。

 今ではそれらS(すごい)F(不思議)なもの達をどうにかする組織がいくつかでき、かく言う私もSFの一個体にして組織の一員なわけですが、しかし当時にはそれらはまだまだオカルトのものでした。

 口裂け女を見たと警察に通報すれば、今なら近場の組織と連携して被害が出る前に動き出すのですが、その頃は通報しても悪戯で片づけられてしまうほどには、非現実で、ありえないものでした。

 

 そんな頃に私は、新たな飼い主ならぬ買い主の住所である日本に帰国しました。帰国と言うほど日本にいたわけではありませんが、しかし当時の私は初めての帰国だと、やはり心踊ったりはしていませんでした。なにせ私は商品だったわけですし。

 とはいえ、アメリカや中国、ロシアほどに非合法なことをされる心配はなさそうだと、ちょっとだけ安堵したのも事実です。なんなら家族とも会えるんじゃないかと、淡い期待もしました。その頃の私は日本の広大ささえ知らぬ、北海道を自然公園程度だと思っているような小娘だったのです。

 そんな私を買った日本人こそ、探偵でした。探偵の青年で、青年にして名探偵でした。そして名探偵にして、稀代の魔術師でした。キャッチコピーは『どんな些細な大事件もその日のうちに絶対解決。魔術探偵八ツ星』

 なんとも胡散臭い探偵でしょうが、その探偵事務所から半径百キロ圏内には迷子のペット探しの張り紙が存在しないと、近所からは評判のいい探偵です。

 そんな良くも悪くも噂の探偵、名を、八橋あられ。

 八ツ橋にあられ。なんとも美味しそうな名前の探偵ですが、空港で出会って最初の印象は、普通、の一言につきました。せいぜい、歳不相応に童顔で、三十代後半なのに青年というのは一般を生きる一般人からすれば普通とはいえないかもしれませんが、尋常ならざる存在が発生している頃には普通の範疇でしかありません。

 そんなことを、初対面で、互いの自己紹介すら交わす前に言った私は、ここまで連れてきた使い捨ての運び屋から脳天に拳骨をくらいました。

 哀れな私。哀れむ買い主。だんだんと人通りが多くなっていくと、運び屋は消え、買い主は私の腕を掴み、逃げ去るようにその場から去りました。

 

 

 

002

 

 

 

 探偵にとっては帰りの道中、運転しながら彼は私に言いました。

「俺は八橋あられ。職業は探偵だ。楽羅來らら、お前を買ったのも仕事の一貫だ。軽々しく手放す予定はないが、わざわざ飼いならすつもりもない。つまりは一切期待していないということだ。一切、全く、微塵も期待していない。だから働かざるもの食うべからずとも言う気はない。適当に自立できる程度まで育てば俺はお前に用はない。それからは好きに生きたらいい」

 なんとも冷たい。飼い主の言葉ではありません。購入した所有物相手でも、例え盗んだ誘拐犯でも、もうちょっと熱ある言葉をかけるでしょう。

 しかし、その後数年連れ添った私に言わせるなら、その言葉は一人の少女を救済したいという、恩情溢れる暖かい、熱意すらある言葉です。彼は決して認めないでしょうが。

 当時の私はそうとも知らず、冷淡な彼に一種の意趣返しで返答しました。

「私は楽羅來らら。無職で超能力者です。八橋あられさん、私がここから逃げ出さないのは人生の一貫です。軽々しくこの人生を手放すつもりはありませんが、むざむざと殺されるつもりもありません。つまりは一切屈していないということです。一切、全く、微塵も屈してなんていません。だから食べるためなら自ずから働くつもりです。幾らか経ってから売り払ってくだされば私はあなたに用はありません。それまでは、どうぞご自由にご自愛ください」

 ただただつまらなそうに、見向きもせずに、聞いているのかもわからない態度で、彼は静かに運転していました。その日のうちに分かったことですが、彼は一つのことに集中するということが極めて苦手らしく、特に視線と指先は忙しなく動いていました。運転している時でさえ、カーナビの液晶画面にはアニメ映画が流れていて(おそらく女児向けの魔法少女もの)、ハンドルを握る指はピアノを奏でるかのように、リズムよく、不規則に動いていたのです。とはいえ別に、彼はピアノが弾けるわけではなく、どころか音楽の類には全く興味を示さない人種の人間でしたが。

 

 半刻ほど魔法少女達の奮闘を堪能していると、空港があった都会から離れ、かろうじて都会ではなく田舎に分類されるような町の、人通りが少ない場所で彼は車のエンジンを切った。別に彼は赤信号や止まれの標識で止まるたびにエンジンを切るような、環境問題を過敏に気にするような人間ではなく(そもそもそんなことをしたら返って環境に悪い)、もっと普通の理由。彼の自宅兼事務所の駐車場に車を収めたからエンジンを切ったのです。

『魔術探偵八ツ星』

 妙にカラフルで、丸っこいフォントの文字が書かれた、女児向けなアニメ調な看板を尻目に、私は彼の事務所に這入った。

 看板の雰囲気とも字面とも異なり、なんとも質素な内装だった。床、壁、天井、どこを見てもコンクリートが剥き出しで、特に天井は配線が剥き出しになっていた。家具も最低限、彼が作業するための机と椅子があるほか、客用のソファとローテーブルが一式ポツンと置かれているだけ。紙や本なんてひとかけらもなく、電灯以外の家電製品も見られない。ペンの一本すらないこの空間を事務所と呼んでいいのか、当時の私には疑問でしたが、しかし少なくとも、そこは彼が仕事をするための空間でした。

 私はなんの考えもなしに来客用のソファに座ると、彼はその対面に座りました。何を言うでもなく、ただただ無駄な時間が流れることに嫌気がさした私は彼に、何故私を購入したのか尋ねました。

 私の問いにはいつだって彼は渋々、という風でもなく、ただ疲れた風で答えるのです。

「そういう依頼があった。……そうでなきゃ、人間なんて面倒なもんに金をかけたりしない」

 なんて。

 やはり突き放すように冷たい彼ですが、しかし本質は私も彼もお喋りな性格で、そして尋常ならざるほどに正反対で。

 だから。

「死んでいい人間なんていない。たとえそれが絶滅趣味の殺人鬼だろうと、世界を揺れ動かす超能力者であろうと」

「生きていい人間なんていませんよ。たとえそれが博愛趣味の聖人だろうと、社会を揺れ動かす魔術師であろうと」

 これはそんのお喋りの一幕です。

 

 

 

003

 

 

 

「とある心理テストの話だが、お前なら人を殺すとき、3000円のナイフと300円のナイフ、どちらで人を殺す」

「常識的に考えるなら3000円のナイフ、効率的に考えるなら300円のナイフなのでしょうね」

「俺なら3000円のナイフで首を刎ねる」

「私なら300円のナイフで心臓を貫くでしょう」

「実はこれはサイコパス診断の心理テストなんだが、サイコパスでないノーマルな人間は手っ取り早く殺すために3000円のナイフ、サイコパスな人間は時間をかけて殺すために300円のナイフで殺すそうだ」

「その問題を作った人、センスないですね。性能のいいナイフほど殺人には不向きでしょう。それに、」

「だがしかし」

「ですけれど」

「本当に殺すなら、俺はこの身この腕で刎ねたい」

「本当に殺すなら、私はライフルで貫きたい」

「それでこそ命の重さがわかるというものだ」

「それでこそ命の距離がわかるというものです」

「忌々しい化物め」

「悍ましい怪物が何を言いますか」

 

 さながら心理テストの模範解答を見せつけられるような嫌な気分のサイコパス診断も。対極にして類似。自問自答。

 

 

 

004

 

 

 

 某日。

 私と彼は現場へと出向きました。

 ただの現場ではありません。事件現場です。猟奇殺人事件の犯行現場です。

 場所は、事務所から車で小一時間程度の距離。住宅街の一軒家で起きた事件で、被害者は住人一家の夫婦と、その子供二人のうちの兄。兄弟のうち幼い弟だけが無傷で現場に居たそうで。

 現場に着いたころには既に遺体は移されていて、弟さんはひとまず近所の交番で保護されていました。

 彼の運転する車が家の前に止まったことに気がついた警察官が出てきて、運転席の窓を開けるよう促す。

「ここの住人の方の関係者でしょうか? 大変申し上げ難いのですが――」

「俺は警察の誰だかから依頼されてきた探偵だ。事件を終わらせに来た」

 運転席から降り、名刺を渡す彼に、女性警官は顔をしかめる。

「言っている意味がわかりません。ミステリー小説じゃないんですから、探偵さんを現場にいれるわけにはいきません」

「そう言うお前はさながらミステリーの無能警察のようだな。安心しろ、現場に入る許可と権限はお前達の上からもらっている」

「…………確認してきます。ここで待っていてください」

 そう言って、女性警官は携帯電話を取り出し、その場から離れていきました。

「来い。手伝え」

「私も行って問題ないんですか?」

「お前を問題にできる奴はいないだろ」

「まあ、確かに」

 女性警官が戻ってくるのを待つことなく、彼は私を車から降ろし、現場へ出向きました。

 鍵の掛かっていない玄関から、インターホンを押すでも、ノックするでもなく土足で入って行くと、すぐに現場はありました。

 リビングでした。リビングでしたが、そこは到底団欒できる空間ではありません。遺体は片づけられていますが、さながらバラバラ死体のように、椅子もテーブルも、壁も床も、テレビもエアコンも、バラバラに切り刻まれていました。切断面はどれも鋭利な刃物で切られたように滑らかで、バリの一つもありません。

 私たちに気がついた初老の男性警官が近寄ってきます。奥のダイニングにもう一人、若い男性警官がいて、もう一人、私服の一般人と思われる男性が顔を青ざめさせています。

「よくきてくれましたね、名探偵殿」

 歓迎するように、私たちの分のパイプ椅子を運び出しながら朗らかに微笑む初老の男性警官。詳しいことは知りませんが、その方は言うなれば、八橋あられと警察のつなぎ役。警察からの依頼は全て彼を経由して届きます。

「殺人事件は速攻で締めるに限る。とりあえず情報を見せろ」

「構いませんが……、そちらのお嬢さんは? 子供に見せられるような写真じゃないのだけれど……」

「問題ない。こいつは人権なき人外、一切の配慮は不要だ」

「は、はぁ……」

 私を心配するように見るその方を安心させようと、そのとき私は微笑んで言いました。

「殴ろうと犯そうと殺そうと、せいぜい器物損害程度にしかならないという事です。私の心配は要りませんよ」

 同僚から弾性警官と揶揄されるらしいその方は、すんなり「そうですか」と聞き入れ、私と彼に数枚の写真を見せながら話を始めました。

「被害者は四十代の夫婦と中学生の兄。現場に居合わせていたと思われる小学生の弟だけが無傷ですが、……悪い言い方なのでしょうが、正気でない、と言うべき状態。現場の状況は見ての通り、まるで全身刃物の怪物が暴れ回ったような状況です」

「そっちの一般人は?」

「容疑者の■■さん、職業は研ぎ師。現場に残された、犯行に使われ、現場に残された刀剣を借り受けていたそうです」

 そう言って出されたのは、二本の日本刀。入る袋が無いからか、ドラマなんかで見るようなビニール袋ではなく、透明のプラスチックケースに入れられている。

「そうか。で、あんたは殺したのか?」

 容赦も躊躇いもなく直球に聞く彼に、研ぎ師の男性は肩を怒らせながら激昂します。

「そんなわけないだろう! 確かにこの二本を研ぐ依頼はあったし、借り受けていたけど! そんなもの殺しに使って、しかも現場に残すわけないだろ!? 犯人が俺に罪を押し付けるために置いて行ったに決まっている!!」

 日本刀が入ったケースを叩きながら叫ぶ研ぎ師の怒りに構わず、彼は聴取を続ける。

「だろうな。そんなこと言われなくてもわかる。被害者とあんたはどういう関係だ」

「まったく知らない! ……本当に、まったく知らないんだ。同じ街に住んでるからすれ違ってるくらいはあるかも知れないが、顔を合わせたことも仕事を受けたこともない。死んだ三人にも残された男の子にも気の毒だとは思うが、それでもまったくの無関係だ」

「そうか。じゃあ、もう帰っていいぞ。残された日本刀も、事件が片づけば返されるだろう」

 彼の言葉に、警官も研ぎ師も目を丸くする。

「は、は? いいのか?」

「あんたは刀を盗まれたこと以外無関係なんだろう? ならとりあえず用はない。おい、帰してやれ」

 若い方の男性警官に彼がそう言うと、困惑したような表情を浮かべる。

「ああ、名探偵殿がそう言うのなら、そうなのだろう。日本刀も彼が言った通り、後日返却されますのでご安心ください」

「え、あ、……あんた、一体何もんなんだ?」

 尋ねられているのは、当然探偵たる彼だ。

「どんな些細な大事件もその日のうちに絶対解決、魔術探偵八ツ星という探偵事務所を構えている、八橋あられだ。あんたも何か困ったことがあったら、うちに依頼してくれ。失せ物探しからペット探し、殺人事件、世界大戦までどんな事件も一括十万円で引き受ける」

 

 

 

005

 

 

 

「ちょっと! なんで部外者を入れた上に、犯人を逃してるんですか!!」

 そう言って現場に駆け込んできたのは、先ほどの女性警官だ。

「犯人ではなく容疑者だ。そして犯人ではなく、概ね無関係だと分かったからお帰りいただいた。そして彼は実質警察公認の名探偵だ」

 男性警官が説明したが、彼女は納得いかないようで、探偵たる彼を睨みつけたあと、私に目を向けた。

「それに、こ、子供? その子は、事件の関係者、ではありませんよね?」

 困惑した様子の女性警官。どうしたものかと私は彼の方を見ると、彼は何も言わずに無言で頷いた。好きに話せ、ということだと判断し私は答えました。

「私は事件の関係者ではなく、探偵の彼のおまけ、付属品のようなものです人権がなければ人間でもありませんので、どうぞお気になさらず」

 そうは言っても。

 女性警官は納得がいかないようで、私の両方を掴みました。

「そうはいかないの。ここは子供がいていい場所ではありません」

「私が生きていていい場所なんてありませんよ。今は探偵たる彼が買い主ですので、追い出したいのなら彼を追い出すことです。私も着いて行きますから」

 私がそう言うと、彼女は再度彼に目を向けた。

「言われずとも、もう出るさ。指紋だの凶器だの、証拠集めなんてしてたらキリがない。とりあえず犯人に会いに行く。話はそれからだ」

 彼が席から立つと、釣られるように私も立つ。

「それでは■■くん、せっかくだから君は彼に同行しなさい。きっと、いい経験になる」

 男性警官の言葉に、眉を潜ませながら、渋々と行った様子で彼女は口を開く。

「まともな情報がない今の状況で犯人を特定できるとは思えません」

 彼女の言葉に、男性警官は達観した目で答える。

「彼は探偵である前に名探偵で、そして名探偵である前に魔術師だ。情報が欠けていようと失われていようと、会おうとせずとも会えてしまう。……だったろう?」

「ああ、そうだ。無駄な問答をしているうちに被害者が増えても困るのはお前達の方だ。わかったらいちいち止めるな」

「わかるわけないでしょう! 魔術だか魔法だか知りませんが、そんなオカルトに頼ることはありえません!」

「だからお前は無能なんだ、ミステリー警官。今後警察として生きていくのなら、まずは俺達のような超常の存在がいるのだと理解しろ」

 

 

 

 



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