黄昏共の日常 (東雲。)
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陽務楽郎:ツギハギノカラダ
4周年おめでとうございますっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(五体投地)
「いつもと違う事がしたい」
きっかけは小さな好奇心だった。
ほんのちょっとした寄り道をして帰るだけだった。
路地を歩く俺の前に現れた人影。
その顔は狼、服に隠されていない肌は獣のような体毛に覆われ、口元から覗く犬歯は、人のそれと比べて明らかに発達していて。
絵本の怪物が、フィクションの産物でしかないと思っていた
俺は、一刻も早くその場から立ち去ろうとした。
今思えば、悪手も良いところだった。
「ソレ」が本当に怪物であるのなら、人の足で逃げ切れるはずが無いのに。
逃げる背中を深々と切り裂かれた。
常識の範疇を越えた痛みと、死の恐怖に枯れた喉は叫び声すら上げられず。意識は水底へと沈んでいく。
人食いの怪物を前にして、気絶した者の末路など、1つしかない。
陽務楽郎の
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見知らぬ天井があった。
どうやら俺は、どこかの室内に寝ているらしい。
痛みがない…というか、首から下の感覚が無い。
そのせいか身体も言うことを聞かない。声も出せない。
首を、少しばかり動かすのが精々だった。
人の気配を感じて、緩慢な動きでそちらへと首を向ける。
「おはよう。ご機嫌いかがかなぁ?」
ニタニタと笑みを浮かべた、若い女が立っている。
その容貌は一目で心が奪われてしまいそうな程に美しかったが、俺の短い人生経験でも、わかることがあった。
この女は、ヤバい。
その認識が、奪われかけた心を引き止める。
「今の君はねぇ、生死の瀬戸際にいる」
「思考力と…辛うじて意思疎通が出来る程度には治しているけど、一時しのぎに過ぎないからこのままだと死んじゃうねぇ。悲しいねぇ」
人の命がかかっているのに、こいつはなんで愉快そうに笑っていられるのか。
湧き上がる怒りを、死ぬ前にせめてこいつにぶつけてやりたい。
俺の身体ではなくなってしまったかのように、動かない身体を無理矢理に動かそうとする。
だが、
「でも私なら、君を治してあげられる」
女が口にした言葉は、俺に怒りを忘れさせるのに十分な力があった。
「まだ広く公開されてない最新技術なんだけどねぇ?いやぁ君は実に運がいい。」
こいつは、フィクションに出てくるマッドサイエンティストみたいな手合なのか。己のエゴの為ならば、倫理道徳など簡単に蹴飛ばせる奴。
「まぁ保険も効かないから当然お高いんだけど…君は重ねて運がいい。いくつかの条件を呑んでくれるなら、その費用を全額こちらもちにしてあげてもいいよぉ?」
…都合が良すぎる。罠なのは確定的に明らか。
俺の現状を考えれば乗るしかないのだろうが…少なくとも、その条件を聞くまでは頷けない。
ところで、この口調にものすご~~~く嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
「あぁ、条件が気になる?しょうがないにゃあ…1回しか言わないよぉ?」
「一つめ。今後君はウチ以外の病院・診療所にかかってはいけない。君の身体は責任を持ってあげるからさぁ、どんな些細なことでも不調に感じたらウチに来てねぇ?頭のてっぺんから足のさきっちょまで余す所無くメンテナンスしてあげるからねぇ!望むなら別のさきっちょも世話してあげるよぉ?」
例の最新技術とやらの漏洩を防ぐ為だろうか。言い方が粘っこいのと「メンテナンス」という単語に小さな引っかかりを覚えるが…
「二つめ。君はこの技術のテスターになってもらう。今後君が同じような重症を負った時には、同じ技術で治療することになるよぉ」
いわゆる治験というやつか。モルモット扱いは気に食わないが、事故らないようにすればそもそも二度目を受ける必要が無くなる。この条件は踏み倒せるな。
「三つめ。君がもし今後、人でない存在…怪物に遭遇して、更にもしそいつを倒せたのなら…その怪物のパーツを持ってきてほしい。研究材料にしたいからねぇ」
雲行きが怪しくなってきた。その最新技術を受けた結果、俺はあの怪物と渡り合える程の力を得てしまうのだろうか。
…まぁ、要は遭遇しないように気をつければ良いだけだ。好奇心の代償は身に沁みている。
「四つめ。君の身体をモニタリングさせてもらうよぉ。さっきまでの条件をちゃんと守ってくれているか確認しないといけないからねぇ」
当然のようにプライバシーを無に帰すのやめろ。だが、そうでもしないと安心出来ないのもわかる。むしろ普段どおりの生活を送らせてくれるだけ、有情と思うべきか。
「さぁ、どうする?」
考えるまでもなく、道は1つしかない。
この手を取らねば俺は死ぬ。
鮮明に思い出せる…背中を切り裂かれ、流れ出す血の感覚。命が失われて意識が深い水底へ沈む喪失感。
死の恐怖が、俺に藁を掴ませた。それがどれだけ脆くとも、今目の前の救いに縋り付く。縋り付かざるを…得なかった。
鈍い動きで、首を縦に動かす。
途端、奴の顔が一段と綻んだ。
「うふふふふふふ…君ならそう言ってくれると思ったよぉ?こっちも助かるんだよねぇ。生きてる被験者は中々捕まらなくてさぁ…」
こうして、俺は女――推定ナッツクラッカー――の手を取り、
―――生き地獄が、始まった。
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「テセウスの船」という哲学的な疑問がある。
「ある物体において、それを構成するパーツが全て置き換えられたとき、過去のそれと現在のそれは同じ『それ』と言えるのか」という話だ。
今の俺の身体は、そういう状態になっていた。
奴の言う「最新技術」は文字通りの肉体の改造だった。…いや、移植や合成の方が正しいか。
俺が目撃した人狼や、その他フィクションに出てくるような怪物は、どうやら社会の裏側に相当数潜んでいるらしい。
俺の肉体は、奴が保有していたそいつらのパーツに置き換えられていった。
拒絶反応の類はすぐに慣れた。慣れるように全身をいじくり回されたから。
力の扱い方にもすぐ慣れた。慣れるように脳をいじくり回されたから。
短い経過観察を経て、俺は家に返された。
見た目を人工の皮膚で取り繕っているから、街を歩いても俺が人外だと気付く者はいなかった。
両親は突然行方不明になり、突然帰ってきた俺を叱って、その後泣きながら抱きしめてくれた。
ひとしきり謝って、なんとか許されて、自室に戻って、俺は――深く重いため息をついた。
両親には嘘をついた。まさか「バケモンに会って殺されかけてバケモンの肉体を移植して生きながらえました」なんて、正直に言えるはずがない。
そして、これを隠し続ける限り、俺は、他者と真に心を通わせる事はできないだろう。
あまりにも大きな、人との隔絶を抱えたまま、どうして対等な関係を築けようか。
「それでも…あのまま死ぬよりは、ずっと…マシ…だった…かなぁ…」
溺れる者は藁をも掴むと言うが、よりにもよって掴んだのがアレなんだよな…巡り合わせが悪いなんて言葉じゃとても足りない。そこんところどうなんですか乱数の女神サン?
ともあれ、生きていれば、取り返しはつくかもしれない。この身体も元に…人の身体に戻れるかもしれない。
そうでなくとも、俺は人の姿を取ることが出来る。これまで通りの陽務楽郎の姿を。いつもどおりの姿と、いつもどおりの心があれば、いつもどおりの生活を送れる。
高校に通い
授業を聞いたり聞かなかったりして
クラスメイトのうわさ話を聞き流して
時々帰りにロックロールに寄ってクソゲーを買って
家でクソゲーをプレイする
非日常を知ったからか、日常ってやつがどれほど有り難いものかを実感する。
怪物の世界なんぞ二度と御免だ。俺は俺の人生を全うする。あの時死んでいればそれすら叶わなかった。だから俺の判断は間違ってない。
自分に言い聞かせながらも、帰ってきた日常に俺は希望を抱き
――その日の内に希望を打ち砕かれた。
考えが甘かった。
「気をつけていれば、怪物との遭遇は防げる」と。奴の提示した条件の三つめ…上手く行けば二つめも無視できると。
怪物の身体を持ちながら、人の世界で生きようとする俺は、連中からすれば中途半端な裏切り者として映るらしい。
怪物の方から積極的に襲ってくるようになった。
日が暮れて家に帰ろうと、いつもどおりに静かな住宅街を歩く俺の前に現れた怪物――鳥の頭と翼と蹴爪を携えた人のような生き物――は、俺を半端者だと嘲笑い、愚か者だと詰り、飛びかかって俺にその蹴爪を向けた。
改造された身体が勝手に動いた。
俺の手は奴の首を容易く圧し折り、奴の蹴りは俺の首を刈り取った。
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俺は、
内二つは明らかに人の目の視界ではない。見たことのない色が視界に散乱して鬱陶しい。
奴は悪びれもせずに言った。
「相手の動きが見えてなかったでしょ?だからちゃぁんと見えるようにしてあげたよぉ。知ってる?深海には四つの目で360°見渡せる魚がいるんだってねぇ…まぁ君の場合は目の位置的に同じようにはいかないけどねぇ…草食動物並の視野角を手に入れたって感じかなぁ?他にも――」
奴の言葉は途中から耳に入らなかった。
自分の全てが悍ましかった。
思考はイカれていると叫んでいるのに、身体は生まれた時からそうであったかのように馴染んでいる。意識と肉体の乖離。深手を負う度に、俺はこうなるのか。このおぞましさを…自己嫌悪を…また味わうのか。
いつもどおりの日常など、もはやどこにもなかった。
家族を巻き込む事は出来ないから、夜は自室に籠もるふりをして外に出た。当然クソゲーをやる余裕など無い。ダイブ中に何が起こるかわかったものではないのだから。
太陽が登るまで、雑踏に身を隠す生活が当たり前になっていった。
いかに怪物と言っても、衆人環視の中で俺を殺しに来るほど暇な奴は少ないらしい。
それでも、0にはならない。
俺が少しでも人混みから離れれば、途端、いかにも力に酔ってそうな怪物の成りたてが舐めた口調で突っかかってくる。
逃げる先は無く、殺される理由もなく、戦う力がある。
選択肢など存在せず、殺し殺されが当たり前の世界に、否応なしに巻き込まれていく。
1度だけ、その最中を人に目撃された事があった。
俺が怪物を殺した現場を。
目撃者は、恐怖に染まった顔で俺を指差して言った。
――「バケモノ」
あれは中々に堪えた。人間からすれば、俺は既に連中の仲間なのだと思い知らされた。
この時を境に、俺は怪物と戦うことへの忌避感が薄れていった。
怪物を殺すことも…躊躇しなくなっていった。
戦い、時には勝ち、時には負けて――傷を負う度に奴の『処置』を受け、人から遠ざかっていく。
もう人間だった頃の俺のシルエットなど微塵も残っちゃいない。
周囲の認識を欺く擬態装置を体内に埋め込んで、ようやく普段の俺を維持している。
あの日のままの俺に…人の世界に拘る程に、俺を詰る声はボリュームを上げて俺の耳元で鳴り響く。
頭が、痛い。
俺の外から声がする。
『我等ト同ジ人越ノ癖二、人ノ真似事二現ヲ抜カス半端者メ。オ前ヲ見テイルト吐キ気ガスル』
俺の内から声がする。
(バケモノがいつまでも人の中で生きられるハズがない。いつまで現実から逃げるつもりだ?)
耳障りな声は、出処を潰せばしばらくは聞こえなくなるのが不幸中の幸いか。
頭痛の種はもう一つ。
忌々しくも、奴と関わってしまってからそれなりの期間になってきたが、奴のことがわからない。
様々な所作から育ちの良さが伺えて、三日くらい痣が残るようなキズも翌日には治っている。俺と同じ擬態装置を使っているのだろうが…こいつも人外なのだろうか。
一度暴いてやろうかと思ったが、思考の殆どを読み切られている現状では、俺一人で奴を出し抜くのは不可能であることを悟った。
――今日はどんな怪物と戦ったんだい?へぇ蛸!つまり触手プレイだねぇ!そうだ、そいつの触手を君に移植していいかなぁ!ダメ?残念…君が次死にかけたらくっつけとくね…
――おはよう。いい夢は見れたかな?あ、欠損修復のついでに擬態装置に女体化機能を追加してみたよ。変身願望満たしてこうぜ!
嬉々として俺の身体をゲテモノに改造しようとする奴に殺意が湧いたのも、一度や二度ではない。
それでも、俺は
殺意も筒抜けであるというのもあるが…俺が俺でありつづける為の、重要な一線だと思っているから。これを一度越えてしまえば、向こう側は下り坂。遠からず心まで怪物に染まってしまう。そんな予感がした。
人の世界にも怪物の世界にも居場所はない。唯一俺の正体を知る奴は下ネタ魔神のロクデナシ。
道を選ぶ事すら許されず、いつか訪れる、俺が俺でなくなるその時に終わるだけの、窮屈で苦痛に満ちた日々。
自殺だけは選べないのは…あの日の恐怖が心から離れてくれないからか。
それとも、いつか、何もかもが元通りになる日を、どこかで夢見ているのだろうか。
あるいは、自分の全てを曝け出しても、俺を拒絶せず、俺の痛みに寄り添ってくれる誰かを求めているのか。
女々しい妄想に縋っている余裕など無いのに。
受け入れるしかないのに。
受け入れた上で、誰にも聞かれないように叫ぶしか無いのに。
「
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「そろそろ君の名前を決めようかと思うんだけど」
「名前?」
「いつも"君"としか呼んでないでしょ?君の実名とかどうでもいいんだけど、そろそろ何か呼び名がほしいなぁと思って?言わば源氏名!水商売には必須だよねぇ源氏名。女体化機能あるしキャバ嬢いけるよぉ?そのままお持ち帰りされて見ず知らずの男にズッポシされちゃうねぇ!」
こいつの発言は話半分に聞いた方が疲れない。これが処世術ってやつか。
「…つまり、怪物としての名前を決めろってのか」
「あ、いいねぇその表現。怪物としての名前。決めない?」
「いらねぇだろ別に、面倒くさい…」
「そうは言うけどぉ、いつまでの人間の名前のままでそのボディに向き合うのは辛くなぁい?もう一つ名前作ってさ、そっちに自分の怪物性を押し付けちゃうんだよぉ」
「誰のせいだと思ってやがる」
「君は正当防衛で怪物を殺してるけどさぁ…"君"がやったと思うより、新しい名前の"君"がやったと思ったほうが気が楽になるよぉ?」
聞けや。
「それにぃ、もし今後君が名を名乗る必要が出た時に、実名名乗っちゃうよりマシ…でしょ?」
イマイチ理解出来ない理屈だが、拒絶して長々と絡まれるのも鬱陶しいだけ。仕方ないな………
あ、でもアレはマズい。
「じゃあ………『ラクヨウ』で」
「ちなみに由来は?」
「どうでもいいんだろ?」
「……そうだね。じゃあこれから君はラクヨウ君だ。ラクヨウ…うん、まぁ良いんじゃない?」
「それじゃあラクヨウくぅん!ラクヨウ君の新たな門出を祝して!こちらに特別な馬並化改造パーツをご用意して」
「いらん」
「いやんいけずぅ。ちっちゃい男は嫌われるよ?ナニがとは言わないけどねぇ!でもデカけりゃイイのはフィクションの中だけだぜ?」
「ゴリラローキック」
「すっねァ!!!!?」
殺しはしないがこのくらいは出来るんだからな。
Q.なんで紗音ちゃんは楽郎=サンラクだって気付かないの?
A.紗音ちゃんはリアルの世界をまともに見ちゃいないし、サンラクを内心でかなり美化しているフシがあるので(そして美化している自分にキレる)、目の前にいるフッツーの男子高校生には、かなり近しいものを感じてもドンピシャな訳がないと勝手に可能性を潰しているんです。
後サンラクサンの方も警戒してスペクリの事頭から追い出してる。
Q.本音は?
A.元々このユニバースにはVRMMOもクソゲーも存在しない予定でしたが、クソゲーはサンラクサンの日常の象徴とも言えるものであり、
・クソゲー を なくすなんて とんでもない!
・だがディプスロがサンラクだと気付いたらシリアスが完全に死ぬ
二つの命題を解消しようとした結果です。
余談(怪物化サンラクサンについて)
原作でサンラクサンが使う数多のアバターや装備をごちゃ混ぜにしたイメージ。
複数の怪物のパーツをつなぎ合わせて肉体を構築している後天的キメラ。
・6つの眼が蠢く顔
・狼のような鋭い爪を持つ左腕
・ゴリラめいた太い右腕
・機械のサポートを併用することで、飛行に適さない重い身体でも空中の機動力を確保する翼
・ウサギのような、太い筋肉と多い関節を持つ足
・爬虫類系に近い形状の血のように赤黒い尾
を持つ。
なお、構成パーツは処置の度に変化する。
瞬発性に優れた脚力を回避と攻撃に活用し、どうせナッツクラッカーの処置で治されるので、反動での自壊も厭わない捨て身の攻撃が基本戦術。
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陽務楽郎:ケダモノノココロ
心の軋む音が聞こえる。
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俺の人生が終わってしまったあの日から、二ヶ月くらいが経った。
あれからも、俺は度々怪物との戦いを強いられ、負った傷をナッツクラッカーの『処置』により、怪物のパーツで改造される日々を続けている。
二ヶ月も経つと、流石に多少慣れてくる。目を覚ませば下半身が馬になってるくらいじゃもう驚きもしない。
クソゲーを遊べないのはどうにも辛いが、その辛さにもそのうち慣れていくのだろう。
今までの日常には戻れないのかもしれないが、新しい日常に適応できれば、俺は俺として生きていける。
そうやって、知った風に考える。
浮ついている事にも気付かない癖に。
「好事魔多し」
調子が良い時こそ、気を付けなければならないのに。
だから
あんなことになるんだ。
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見慣れた天井にコンニチワ。二度と面見せんな。
…これ毎回言ってんだよな。進歩が無いのは俺か周りか…
ん?なんか違和感。
「おい」
「なぁに?ラクヨウくぅん」
「お前、俺の身体をどうした?」
「どうしたもこうしたも、腕を四本にしただけだよぉ?あの怪物相手には手数が足りてなかったっぽいからねぇ。と言っても、今の所のうみそ一つで腕四本を制御するのは難しいから…追加した二本は、基本的にはラクヨウ君の思考を読み取ってオートで動くようにしてるよ。これで両腕どころか四肢を押さえつけられるし、三箇所どころか四箇所同時に責められるねぇ!」
はいはいノーコメントノーコメント。そして俺が聞きたいのはそうじゃない。
元あった腕の脇の下辺りから生えたもう一対の腕。形状はヒトのそれに近いようだが…
「この追加した腕…なんか妙な感じなんだが。ヒトの腕に見えるけど」
「ん?あぁ…まぁ…?ちなみに、妙な感じってどんな感じぃ?」
何だよ歯切れ悪いな。
「どんな感じ…馴染むような馴染まないような…違和感があることが違和感に思えるような………、…?」
何か、嫌な予感がする。
「へぇ…二ヶ月経つとそうなるんだねぇ」
「…どういう、意味だ?」
この先を、俺は聞いてはならない。
「ラクヨウ君についてるその腕なんだけどねぇ…」
待て。
「実はぁ」
やめろ
「本物のぉ」
言うな
「君が人間だった頃の腕なんだよぉ?」
思考が
空白に
塗りつぶされた
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「…あ?つまり…何か?お前は俺の腕を保管していて今の今まで俺につけようと思えばつけられたのに俺に返さず二ヶ月経ったからって遊びでくっつけたってのか?」
「どうしたのラクヨウくぅん。早口言葉の練習?」
「お前…まさか…俺の他のパーツも…元々の身体を…」
「もっちろん!貴重なサンプルだからねぇ…劣化しないように大事に大事に保存してるよぉ?」
「返せよ…元は、俺の身体だぞ…今の俺なら…もう元に戻ってもいいだろ…?二ヶ月も…お前の悪趣味な実験に付き合ってやってたんだぞ…」
「二ヶ月『も』…?あはぁ、バカ言わないでよぉ。実験はまだまだこれから…でしょ?」
「それにぃ…やめといたほうが良いよぉ?今のラクヨウ君じゃ多分耐えられないよ?」
「耐えられない…?何にだよ…だって、俺の、身体…」
「だってラクヨウ君、自分の腕なのに…自分の腕って思えなかったでしょ?」
「それはッ………っぐ…!」
反論したかった。そんなことはない。俺の身体に気付かないなんてあるものか。と。
…出来ない。言えない。思ってしまった事は事実だから。
他人に嘘はつけても、自分自身は偽れない。
「今戻ったらキレイなヒトの身体に馴染めないよぉ…?自分の身体なのにぃ、自分の身体じゃない…拒絶反応も激しくなるし、今度こそ狂っちゃうかもねぇ。」
「だったら…!馴染めるようにすれば良いだろ…お前は現に、俺を人外に改造した時に…!」
「怪物の身体は頑丈。だから負荷の高い処置にも耐えうるよぉ?でもねぇ…人の身体は、負荷に脆いから…」
「もしもラクヨウ君が、
「自分の身体に固執するほどに、身体をすげ替える行為でのしかかる負荷は重くなるからねぇ…今の君にはとてもとても…」
ナッツクラッカーは肩を震わせてクツクツと笑う。醜く足掻く俺を嘲笑うかのように。
「――っが」
ナッツクラッカーが何か言ってるような気がする。
だが、俺はもうそれどころではない。
「なんだよ…それ…」
でもここはリアルで。俺の身体は容易に替えが効かなくて。
それを大事に思うな?躊躇いなく捨てろ?
……出来るわけが、ない。
「恥じる事じゃ、ないよぉ…?…単にぃ、新しい…身体、心…魂…?ぁが…順応してる、だけ…」
「心は…身体にぃ、引っ張られる…君の変化は…っげ…正、常……ぇぐ……」
正常?
これが?
巫山戯てるのか?俺が今どれだけ苦しんでいるか、
「どうしたよ
目を疑った。
俺の腕、
俺の手が。
「ッあぁ!?」
反射的に手を放そうとするが、離れるのは元から宙ぶらりんの化物の腕だけ。
俺の手は、ナッツクラッカーの首を放さない。
――今の所のうみそ一つで腕四本を制御するのは難しそうだから、追加した二本は基本的にはラクヨウ君の思考を読み取ってオートで動くようにしてるよ。
――
「ぁが……ぅ゛……ぇ゛……」
「ッ…違…俺は…お前を許せないけど……これは、違う…!」
自由に動く腕で人間だった頃の俺の腕を掴んで引き剥がそうとする。
なのに、膂力の差は明白であるはずなのに。
外れない。怪物の腕が、ヒトの腕を無理矢理動かせない。
俺の手は容赦なくナッツクラッカーの首を締め上げる。
このままだと窒息以前に――首が折れる。
「クソッ!やめろ!離せっ!俺は…俺は…!」
――
――
違う…違う!違う違う違う!か、考えろ…何か、手はあるはず…!
「ッ!!」
こいつは「基本的にオートで動く」と言っていた。なら俺の意志で動かせるようにする方法があるはず!
だが既に、俺の意志で動かそうとしているのに動かない。俺の身体なのに思考がトリガーじゃねぇのかよふざけてんのかお前ェ!!
「
「ぉ゛……?………ぁ、れぇ……?」
ナッツクラッカーの顔から血の気が引いて、青ざめていく。
口の端から涎が垂れ、目は焦点が定まらず、ふらふらと彷徨っている。
「どうした!早く…早く言えよ…!」
「…サン………ラ……ク………くぅ、ん……?」
「!!?!?」
ナッツクラッカーの口から溢れた言葉が、俺の思考を上書きする。
なんで、ばれた。
あぁ、俺が『ナッツクラッカー』って呼んだから…?
状況は既に俺の理解の範疇を越えていた。越えていたのに…尚も加速する。
にへら。
ナッツクラッカーが、笑った。
喜びにふやけて、幸せに満ち足りた笑みを。
理解が、及ばない。
「何………笑ってんだよ…………」
「がっ…えへぇ…そりゃぁ……だ、て………」
ナッツクラッカーの顔は青を通り越して白くなりつつある。
この手を離さないといけないのに、俺はもう思考が止まっていた。
「うれしぃ゛…が、ぁ……ぎみ……おもい……わた、し……むけ、て…くれて………、る…」
ナッツクラッカーの身体が痙攣し始めた。最早一刻の猶予もない。
俺は何をしている?
腕が、コイツの首を締めている。
この腕が悪い。俺は悪くない。
この腕が…
もう、どうでもよくなった
「――くそったれが」
俺は自分の…ヒトだった頃の俺の腕を掴む。
掴んで――
とても痛い。それがどうした。
俺の思考に基づいて動くなら、断線させれば止まるだろ。
なんでこんなことに気付かなかったんだろうな。バカみたいだ。
「ッッがア!!!」
握りつぶして断線し、念を入れて根本から引き千切る。
ようやく、ナッツクラッカーの首から俺の手だったものが離れてくれた。
「―――がひゅっ!………ひゅっ……ひゅ………げぶ……」
生きている。
「はっ………ぁ………」
手足を投げ出し、口から泡を吹いて倒れているナッツクラッカーを見下ろす。
潰して千切った俺の腕も、視界に映っている。
もう、ヒトだった頃の俺の腕は戻ってこないだろう。
無理矢理握りつぶし、引きちぎった断面はグチャグチャ。修復は不可能だろう。
それでもいい。
ヒトだった頃の身体なんて、もうどうなったっていい。
俺の中で囁く声が、俺にあの手を動かさせた。
俺の怪物性。耳を塞いで逃げ続けていたツケがここで回ってきた。
忌々しいのは、ツケを払うのが俺だけじゃなかったことだ。
心は、身体に引っ張られていく。数多の怪物の部品を取り込んだ俺の身体は、俺の心を汚染していたというのか。
それとも…これが、俺の本性なのだろうか。
正当防衛だと言い聞かせて、怪物を殺してきた。いつしか、それを当たり前だと思っていなかったか?殺すつもりで来てるんだから、殺し返しても問題ない。そんな風に、暴力を肯定していなかったか?だとしたら……今こうして考えてる俺って何だ…?
「………もういい。帰ろう。帰って、寝る…」
この惨状をそのままに、踵を返して出口に向かう。
もう何も考えたくなかった。
ナッツクラッカーの言葉の意味も。
これからの事も。
明日の俺に、全てぶん投げてしまおう。
ああ、でも。
明日の俺に、
まぁ、いい。もういい。なるようになるだろ。
…自棄にもなるさ。
俺が俺である事を信じられるのは、この世に俺しかいないのに。
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心の軋む音が、聞こえる…
投稿者は決してサンラクサンを虐めて楽しんでいる訳ではなく、「悲劇と苦痛・絶望を経てこそ、その後に来る喜びが際立つ」という思想に準じているだけなのです。
なのでちゃんとハッピーエンドまで書きます。
…ハッピーエンドの定義は、人それぞれですよね?
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陽務楽郎:「陽」は沈み
ナッツクラッカーの元には行かなくなった。
陽務楽郎のすることではないから。
朝が来るまで街で雑踏に隠れる事もなくなった。
陽務楽郎のすることではないから。
朝になったら学校に行き。
授業を聞いたり聞かなかったりして。
クラスメイトの話を聞き流して。
時折――過去の俺の行動パターンから見て妥当な間隔を空けて――、ロックロールに行きクソゲーを探して。
夜は自室でクソゲーをプレイ………したいが出来ない。こればっかりは…どうしようもない。
そうだ。これが陽務楽郎の日常だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
……
今日もいつもどおりの日常を終えられた。だから俺は俺だ。
……
…………
今日もいつもどおりの日常を終えられた。
……
…………
………………
今日も…
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午前で授業が終わり、昼前に
そのHRの最中、担任を前にしてクラスメイト達は談笑を続けている。
「静かにしろお前ら」
担任の一言で、喧騒は徐々に鳴りを潜めていく。まぁ、はしゃぎたくなるのも無理はない。
なぜなら、
「明日から夏休みだ」
教壇で担任が切り出した一言に喝采が湧いた。
「わかっていると思うが…学生の本分は勉強であり、お前らには各教科担当の先生からたっぷりと夏休みの宿題が出ているだろう」
「それを終わらせずに遊び呆けるような真似はするなよ。言ったからな。宿題を忘れましたなんて寝言が通ると思うなよ」
(先生相変わらず口悪いな…)
(機嫌悪そう…いやいつもか?)
囁き声が聞こえてくる。
「ああそうだ。先生は今機嫌が悪い。お前らが夏休みを満喫している間も教師は仕事をしなきゃならんからだ。それを思うと憂鬱になると同時に苛立つ。全くもって妬ましい。」
(はっきり妬ましいって言ったよ…)
(よく先生になれたよな…)
クラスメイトの一人が手を挙げる。
「せんせー話が長くないですかー?」
「よく気付いたな。夏休みを迎えるお前らへの、先生からのささやかな嫌がらせだ。HRを切り上げて帰らせるなんてサービス精神があると思うなよ」
教室から悲鳴が沸き起こる。
担任は意にも介さなかった。
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HRの15分間をフルに使い切って夏休みの注意事やら小言やら恨み言やらを垂れ流した担任は、ブーイングを背に悠々と教室を去っていった。
「マジでぶっ通しで話し続けやがったよ関せんせー…」
「人の心がないなありゃ」
ビクリ、と肩が震える。ただの戯言、俺に言った訳じゃないと頭ではわかってる。わかってはいるが…
「はぁ」
ため息1つで気持ちを切り替え。俺も帰らないとな。
去年の陽務楽郎はそうしていたから。
荷物を纏めていた所で、雑福ピが声をかけてくる。
「陽務ー、カラオケ行かね?」
…いつもどおりの俺ならどうするだろうか。
「いや…今日はやめとく」
「……そっか、じゃな」
「おう」
雑福ピはさっさと鞄を掴み、既に声をかけていたらしい連中のグループに向かっていく。
それをなんとなく見送り……こっち向いた。
「陽務、………あー…なんだ、無理すんなよ!」
「―――」
なんで、
今、
その言葉が出てきた。
俺は無理なんかしていない。
俺は俺で
俺は陽務楽郎で
バケモノなんかじゃなくて
ずっといつもどおり過ごせていたはずだ。
いつもどおりから外れてなんかいなかったはずだ。
気付かれていた?
俺はいつもどおりを達成できていたつもりで…周囲にバレていたってのか?
四つの目で周囲を見渡すが、俺達の会話に気を留めている者は見当たらない。…気付いているのは、あいつだけか?
――なら、好都合じゃないか?
――あいつの口を封じてしまえば、実質的にバレてない事になるよな?
「ッ!」
自分の腕に爪を食い込ませる。
痛みが脳裏を過ぎった思考を中断する。
やめろ。それは――
「おま――」
取り繕おうと顔を上げた時には、既に雑福ピは教室にいなかった。
追いかける気力も湧かず、俺は椅子に座ったまましばらく呆けていた。
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気が付けば、教室には俺だけが残っていた。
時計を見れば三十分程経っていて。
椅子に座ったまま、ぼんやり考える。これからどうするか。
雑福ピの事ではない。あの調子じゃ、夏休み明けにはすっかり忘れているだろう。
問題は俺だ。
俺は陽務楽郎ではいられなかった。僅かにでも、周囲に違和感を持たせてしまった。その上、クラスメイト――無辜の一般人に、俺はその怪物性を向けようとした。
安易で短絡的な解決策を、
俺にはもう、陽務楽郎を続けていける自信が無い。
俺は、とっくに俺ではなかったんだ。
だから、これからどうする。
いつもどおりは続けられない。いつか俺は、今こうして思考している、この上辺のヒトらしさすら失い、真の怪物と成り果てるのだろう。
そうなる前に…どこか遠くへ行ってしまおうか。
人のいない場所。誰にも迷惑をかけない場所に。
あれやこれやと考えてみる。
森の奥?山の中?時折人が踏み込む事もあるよな。特に山は登山家とかが。
空…俺は飛べるっちゃ飛べるが永遠に空の上に居続けるほどのスタミナは無い。どっかで休まないといけないし、俺の図体で空飛んでたら目立つ。
じゃあ海か?エラはつけてないからなぁ…溺れたら死ねる………死ね、る?
「………ああ」
そうか。
やろうと思えば今すぐにでも出来て、もう二度と、誰にも俺の怪物性を向けずに済む方法があったな。
万が一にもナッツクラッカーの手が届かない場所で
誰の邪魔も入らない場所で
全てが終わった後は魚の餌にでもなるのだろう
…家族に、迷惑はかけたくないな。
家出って事にして、書き置きでも遺しておくか。
しばらくは気が気じゃないかもしれないけど、いつか諦めるだろう。
…書き置きか。クラスメイトには何て言おうかな。
「誰のせいでもない。俺が抱えた俺だけの問題だ。気に病む必要はない」
…言ったところで気に病む奴は気に病むだろうが、何も残さず消えるよりはマシかな。多分。
…カッツォやペンシルゴンにはなんて連絡するべきだろうか。
いやもういっそ何も言わないで良いか。
引き止められても、流されても俺が傷付く。
なら…その方が楽だな…
煙のように消えて、いつか誰の記憶からも忘れ去られる。
それで良い。
死に損なった、人でなし
生き損なった、バケモノ未満
半端者の末路には相応しいか。
「はは」
自嘲的な笑みがこぼれる。
少しだけ気が楽になった気がする。今更、何の助けにもなっちゃくれないが。
教室の窓から外を見てみれば、太陽は赤みを帯びて、その姿を山間に触れ始めていた。
夕焼けが…今の俺には血の色にも見える、赫々と赤い空と、静謐な夜の紺に染まりつつある空が、入道雲とも混じり合い、幻想的な美しさを見せている。
「世界は今日も美しい…なんてな」
クサい台詞を吐いてしまった。誰も居ないよね?
随分と…長居をしてしまったな。
「…帰るか」
鞄を手に立ち上がる。
「陽務くん」
思わず振り返る。こんな時間に、一体誰が教室に来ているのか。
声の方向――出入り口に目を向ける。
――誰かが、扉を開けて立っていた。
服装と背丈から、同じ学校の女子生徒だとわかる。
今のクラスメイトじゃない、だが見覚えはある。
…去年、同級生だったっけ。
名前は…えっと…なんとか賀…だったはず。
伊賀…じゃない。甲賀…でもなくて。
ああそうだ、思い出した。
「――斎賀さん」
クラスメイトが違和感を感じる程に、不自然な振る舞いを続けていた『彼』を
【補足説明】
「前話から何があってサンラクサンこんなんなっちゃったの?」というところを今回意図的に省いています。
一人称視点の都合上、あまり自身の状況を地の文で語らせすぎると「サンラクサン案外冷静じゃん」ってなってしまうので。ここではその間の出来事を記述しておきます。
なんとなく察した方は飛ばしても問題ないかと。
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前話での出来事で深く重いショックを受けてしまったサンラクサン。アイデンティティ・クライシス的な何かを患ってしまったサンラクサンは、「陽務楽郎」である自分を保つために、自分に出来る事を模索します。
そして行き着いたのが『
「自分自身のロールプレイであれば、完璧に出来る。それが出来る間は、外から見れば俺は「陽務楽郎」でいられる」と考えます。しかし同時に、「それでも違和感を覚えさせてしまおうものなら、いよいよ俺は終わりだ」と強迫観念に囚われてしまいます。
その結果が冒頭です。「人であった頃の陽務楽郎」の行動に随分と固執しています。家族を怪物の世界に巻き込まない為に夜は家を離れていたのに、もうそこに気を回す余裕が皆無です。
しかし困ったことに、サンラクサンは強い精神的ショックを受けると(チュートリアルをすっ飛ばしたことで取りこぼしたものの大きさに気付いた時とか)、思考停止モードに入り単純作業に没頭する癖があります。
そのため、「人であった頃の陽務楽郎」の行動をチャート化しルーチンワーク的に陽務楽郎を演じていた訳ですが、人間の行動の一切合切をそんな簡単にルーチン化できるわけもなく。小さな差異、僅かな逡巡などから周囲に違和感を与えてしまった、という感じです。
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陽務楽郎:「陽」は夜を経て
言葉も出ぬほどのスゴイ・シツレイをやらかしてしまい申し訳ございません。
詫びの気持ちで一応1分空けて2話同時更新です。
斎賀さん。
去年同じクラスだったってだけで正直それ以外は全然知らない。
雰囲気的にいいトコのお嬢さんっぽい感があるけど、その真偽も定かではない。
で、なんで斎賀さんがここにいるのか。
そしてなぜ俺に声をかけたのか。
俺を不審に思うのはわかる。昼に授業終わってんのに夕暮れ時まで教室にいるような奴なんて、怪しまれて当然だ。部活動で残っているのなら不思議はないが…斎賀さんはそのクチだろうか。
だが、そこで態々声をかける理由が無い。気味悪がってスルーして帰るのが普通だと思う。
そうしてほしかったのに。
「…あー、昼寝してたら寝過ごしただけで…」
斎賀さんは据わった目つきで俺をじっと見ている。
どうして、責められているような気分になるんだろう。
むしゃくしゃする。
「もう帰るから…じゃ」
あまり彼女の印象に残るのは良くない。夏休み明けに変な事を考えさせてしまうかもしれない。
さっさと去って、こんな奴のことは忘れてもらわないと。
斎賀さんの横を通り過ぎ――ようとして手を掴まれた。
「待ってください。」
なんなんだよ。
俺はもう帰るんだよ。
俺みたいな奴なんてほっといてくれ。
「…離してよ」
「いいえ、離しません。」
間近で見た斎賀さんの顔。
その目に、俺はたじろいだ。
何か、とても、強く、堅い意志を秘めた眼差し。
なんで、そんな目を俺に向ける。
俺を止めようとする。
まるで――
「自らの命を絶とうとしている人を、見過ごすなんてできません。」
――俺の考えを見透かしているかのようじゃないか。
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「…は、はっ。じさ、つ…?何いってんのさ。変な事を言うなぁ。それより」
「誤魔化さないでください。」
話題を逸らそうとして、叩き伏せられる。
眼差し同様に、その声色からも意志を感じ取れる。
自分の考えに確信を持ち、俺を止めようとする意志を。
鬱陶しい。
「………」
どうすればこの場を切り抜けられるだろうか。
この手を振りほどくのは訳ない。逃げるのも簡単だ。
だが、そうすれば斎賀さんは、俺の事を自殺志願者として覚えてしまう。
そのまま俺が死ねば、まず間違いなく斎賀さんの今後に悪影響が出る。
立つ鳥は後を濁したくないのだ。なんとか穏便に済ませなければ。
「………」
至近距離で見つめ合う。互いに相手の表情から内面を読み取ろうとしているのか。
目、引き結んだ口。頑として俺を離さない手。
うん、無理だわこれ。
「……わかったよ。認めるよ。で?どうして斎賀さんが俺を止めようとするんだよ。単に去年同じクラスだっただけだろ。仲が良かった訳でもない。そこまでする義理が…あるとは思えないけど」
ささくれた苛立ちが口調に表れている。随分と刺々しい言い方をしてるな。
「…知りたいからです。」
斎賀さんの表情に、小さな迷いが見えた。
本心を隠しているのか。俺みたいに。
「何を」
「陽務くんに何があったのか。どうしてそこまで自分を追い詰めているのか。何故…誰にも打ち明けようとしないのか。」
どうしてそこまで俺の心に踏み込もうとする。
どうして俺を一人にしてくれない。
どうして…俺なんかに構うんだ。
苛々する。
「…思春期の男子高校生なんだから悩みの一つや二つあるよ。誰にも言いたくないような悩みが」
「だとしても、自殺を選ぶ程の悩みがあるのなら、放っておけません。」
まぁ、そうだよな。浅い言い訳だ。もっとなんかあるだろ。
…なんで、思い付かない。
「言いたくない」
「言うまで離しません。」
頼むから
「離せよ」
「言ってくれたら離します。」
俺を
「言ったところで、どうにもならない。誰も何もできやしない」
「言ってみないとわからないじゃないですか。どうして決めつけるんですか。それとも、」
困らせないでくれ
その目に、一段と強い覚悟が灯る。
「――嫌われるのが、怖いんですか?」
その言葉は、俺にとって間違いなく地雷ワードだった。
俺の中で何かがプツリと切れた。
玲さんの手を強引に振り解いて、
「…ああ、そうだよ」
堰が壊れた。
「ああそうだよ!怖いんだよビビってんだよ恐れてんだよ!俺の正体を、本性を、誰にも知られたくない!俺はもう俺じゃないんだっ!俺はっ!俺は怪物で!バケモノで!人の世界に居座ってちゃいけない人でなしなんだっ!自分を騙してあの頃のフリをして俺は俺だって言い聞かせ続けてきたのに雑ピにバレた!結局俺はとっくの昔に俺を失ってて心まで怪物に染まってだからこんな場所にいちゃいけなくて誰にも迷惑かけずに消えようとしたのになんで俺を止めるんだよ放っといてくれよ赤の他人だろうがただの元クラスメイトだろうが俺に優しさを向けるんじゃねぇよ俺をどれだけ惨めにすりゃ気が済むんだよ!!!もう嫌なんだ継ぎ接ぎの身体がケダモノの心が人の首を締めてクラスメイトを殺そうとした俺の中の怪物が血に塗れて真っ黒な俺の手が人を辞めたくせに人に縋る俺の弱さが自分勝手なルールでこの場所に留まってるつもりになってた俺の浅ましさが惨めで悲しくて悔しくて腹が立ってしょうがねえんだよっ!!!だったらいいだろ消えさせてくれよ死なせてくれよこんな奴がこんな半端者がいようがいまいが関係ないだろいっそ俺が居なくなったほうがキレイになるかもしれないなぁ!死に損ないの壊れた歯車が残ってた方が不思議だったんだ俺はあの時死ぬべきだったんだナッツクラッカーの手なんか取らなきゃ良かったんだ!生き地獄を味わってどこにも居場所が無くて誰にも打ち明けられなくて苦しんで苦しんで苦しみまくって挙句最後に残った道が自殺ってなんなんだよ!?ふざけんじゃねぇよ俺が何したってんだよなんで俺がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!!助けてほしいのに人は俺を拒絶して怪物は俺を殺そうとして誰も俺を受け入れてくれやしなかった!あんただってそうなんだろどうせ俺の姿を見りゃその聖人君子面もボロボロに崩れるんだ腰を抜かして這いずって逃げ回るんだ悲鳴を上げて走り去るんだバケモノと罵って勝手に恐れるんだっ!!何が悲しくて人を殺さなきゃならないんだよ俺がそんなマネするわけねえだろ人を見た目で判断しやがってまぁでもしょうがないよな俺は怪物なんだから見た目で判断するなってのも都合の良い世迷い言だよなぁこんな俺が人間サマの真似事しようってのがそもそも土台無理な話だったんだよ知ってんだよんなこたぁよぉ!!!でも此処にいたかった!!!俺の力が怖かった!人を怪物をあまりにも容易く壊して殺せる奴らが怖かった!!血と暴力と不条理に満ちた怪物の世界が怖かったっ!!!だからッ!!!」
今までずっと押し込めていた三ヶ月分の感情の濁流。
後に残るのは、ちっぽけでむき出しの「俺」の残り滓だけ。
立つ力も無くなり、膝から崩れ落ちて項垂れる。
視界に映る俺の身体は――人のものではなかった。
「俺は…人の世界にいたかっただけなのに……日の当たる場所にいたかっただけなのに。人だったころの、俺のままで、いたかっただけ…でも、もうだめなんだ。俺は、嫌悪していた怪物に…真の怪物になっちまうんだ。そうなる前に…少しでも理性が残っている内に…消えないと、いけない…死ななきゃ、いけない…」
「陽務くんは…死にたいんですか?」
斎賀さんの声が、思ったより近くで聞こえる。
「…そりゃ、そうだろ。俺みたいな奴は死ぬべきで…」
「私が聞きたいのは、『死ぬべき』かどうかじゃありません。『死にたい』かどうかです。」
軋んでひび割れた心を支えるように、斎賀さんの声が俺の中に入り込む。
「…言っても、良いのかな」
「私は、貴方の本音が聞きたいんです。」
ひた隠しにして自分自身が見失った、奥の奥にしまい込んだ本音を引き出される。
「…死にたくない。もっと、もっと生きていたい…学校に通って、クラスメイトと話して、クソゲーを買って、クソゲーを遊んで、クソゲーにキレて…」
導かれるように、俺は俺の中の最も醜い部分を曝け出していた。
なんでも無い日常が、どれだけ眩く尊ぶべきものか、俺はこの三ヶ月で嫌というほど思い知った。
今はどれだけ手を伸ばしても届かない
まだまだ遊び足りない。まだ見ぬ数多のクソゲー達が俺を待っている。たった十六年で、
「それなら生きてください。貴方の人生を歩む事を、誰も迷惑になんて思いません。法律やモラルに反した望みでもないんですから。」
「それに、どんな姿であっても関係ありません。陽務くんは陽務くんです。陽務くんの本質は、何一つ変わってなんかいませんよ。」
「…嘘だ」
「嘘じゃありません。」
「ならどうして」
「陽務くんが感じた苦しみは、私には察するに余ります。だけど、たしかにわかることがあります。」
「…?」
「想像を絶する苦痛を背負って尚、陽務くんは人の世界にいることを選んでいるからです。怪物の世界に流れることだけは許さずに、自らの命を断つ事を。それがどれほど難しいことか。陽務くんに、確固たる意志がなければ出来ないことだってことくらいは、私にもわかります。」
「…それでも、俺は、もう…」
「だったら!私がこうして、何度でも陽務くんを引き戻します!辛くなったら、いつでも私に言ってください!陽務くんの苦しみを、何度だって受け止めます!それで陽務くんが、人の世界に留まってくれるのなら、私は…私は…っ!」
あっけに取られた。毒気を抜かれるとはこのことか。
これは、夢ではあるまいか。
目の前にいるヒトは、俺の全てを知って尚、俺が俺だと肯定してくれる。
こんな人が居るなんて、思ってもみなかった。
――
かつて、俺が女々しい妄想と切って捨てた、俺が人の世界に縋った望みの可能性。
その一つが、此処にある。
俺が俺であると、俺以外の人に認められる。
自分で自分に言い聞かせるよりも、ずっと強く、俺を人の世界に繋ぎ止めてくれる。
そっと、うなだれた俺の頭に、俺の知らない感触。
これは…手?斎賀さんの手が、俺の頭に置かれている。
それが、ゆっくりと動いてる。…撫でて、る?
「…なに、してんの」
「撫でてます。」
「それはわかるよ…。なんで、撫でるのさ」
若干どころではない照れ臭さがある。できれば止めてほしいのだが…
「私がしたいから、そうしてます。嫌だったら、そう言ってください。」
なんじゃそりゃ。理由になってないじゃないか。
「…いやじゃ、ない……けど」
「けど、なんですか?」
ぱたり、と床に水滴が落ちる音。
それが自分の零した涙だと気付くのに、数秒かかった。
「っ、くそ、なんで、悲しくないのに。はは、みっともねぇ、なんだ、これ…なんだよぉ……これぇ……」
拭っても拭っても止まらない。
滂沱の涙が垂れ落ちる。
結局、俺が泣き止むまで、斎賀さんは優しく俺の頭を撫で続けた。
全ては楽玲に帰結する。
長台詞で心情を吐き出すのものっっっっそい好きなんですけど、どこから来てるんだろうと考えました。某ラノベの新約9巻でした。
Q.これホントにヒロインちゃん?
A.いくらヒロインちゃんが面と合わせるのも難しい恋愛力ピグミーマーモセットでも、サンラクサンが自殺しそうになってたら恋愛抜きにして絶対に引き留めようとするのでこうなると思います。異論は認める。
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陽務楽郎:「陽」はまた昇る。「楽」しさを求めて
改めて人の姿に戻った俺が最初に取った行動は何か。
そうもちろん、
土下座である。
「本っ当にお見苦しいところをお見せしてしまい心から誠に申し訳ェーーーッ!!!!」
なぜか斎賀さんも土下座している。
「ここここちらこそでで出過ぎた真似をしてしまい深く、深くお詫びを………っ!!!」
いやなにこれクッッッッッッソ恥ずかしいが!?
同級生に怪物の姿晒してカウンセリングされて頭撫でられてボロ泣きとか別の意味でお日様の下歩けねーじゃねーーーーか!!!!
夏休み前日であることを神に感謝。複数の要因からとても衆目に晒せる内容ではない。
顔どころじゃなく全身が熱い。日が暮れて少し涼しさを感じる頃合いですよね?
一生に一度の平身低頭。伏した顔を決して上げない。なぜなら今は斎賀さんの顔を見て平静を保てないから。頭撫でられた感触思い出しちゃう。
「えっと…その、とりあえず、もう大丈夫なので…」
「そ、その、それはなによりで…」
この微妙な雰囲気が辛い。
話を変えよっか。気になっていた事もある。
顔を上げ正座の姿勢。斎賀さんも同じ姿勢を取ってる。
「ソウイヤァ↑!」
緊張で声裏返った。恥ポイント+10。
「さ、斎賀さんって部活動とかやってたり?」
「い、いえ!特には!」
そうなのか。じゃあこんな時間まで学校に残ってい何をしてたのやら。
図書室で勉強とかかな?優等生感あるし宿題を夏休み序盤にさくっと片付けるタイプなのかもしれない。
聞こうか聞くまいか迷ってると、教室のスピーカーから謎のBGM。次いでアナウンス。
『間もなく最終下校時刻となります。校内の学生は速やかに下校してください。繰り返します――』
それどころではなかった。
「やっべぇ!斎賀さん早く出ないと!」
「ふぇあ!?は、はゃい!」
大慌てで教室を飛び出し門へ向かい、なんとか脱出出来た。
最終下校時刻ってあんなBGMが鳴るんだ。しらなかったなぁ。
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しばらく帰り道を歩く。隣には斎賀さんがいるがお互い黙りこくって目も合わせない。
ラブクロックでもこういう二人きりの下校シーンがあったな。話しかけるタイミング次第では、分かれ道までに会話が終わらずピザに一歩近づく。こっちからの発言である程度調整が効く分他のイベントよりは難易度は低かったな。世の中にはこのシーンでどこまで話しかけるタイミングを遅らせられるかを検証している猛者がいるらしい。ようやるわ。
別に、まるでギャルゲーのイベントみたーいなんて浮かれているわけではない。斎賀さんは見ず知らずの俺に手を差し伸べてくれる、天使とか女神とかそういうアレであり、俺が斎賀さんに抱いてるのは純粋な感謝と尊敬の念である。こういう考え方は失礼にあたると自分を戒めよ。
「あ、私、こっちなので…」
交差点で斎賀さんが切り出す。ohマジカ。
…言いそびれていた事がある。
今を逃せば、きっと次は夏休み明けで。
クラスが違う以上、機会があるかどうかも怪しい。
「ではその、また…」
とどのつまり、言うなら今しかないってことだ。
「斎賀さん」
「ひゃい!?」
……そんなびっくりせんでも。
「その、言いそびれてた事があって。……ありがとう」
「ふぇ?」
さっきから斎賀さんの反応が一々ユニーク。俺を説き伏せた時とは別人のようだ。
「斎賀さんが止めてくれなかったら、俺は本当に…自殺してたと思う。だから、ありがとう。」
「俺を、人の世界に繋ぎ止めてくれて。俺を支えてくれたことに、心の底から感謝してる」
「さ、ささえ…つまり内助の功……ってちちち違います!」
「えっ違うの!?」
「あ、あああいえ違います!あいえ違いません!!えっと、えっと!?」
よくわからんが違わないらしい。…何が違うんだっけ?
「とにかく、お礼をさせてほしい。俺に出来ることならなんでも聞くよ」
「な、なななななんあなななななんでも!!?そそそそれってつつつまり、つま、つま…」
「つま?」
「妻っ!?いいいいえそんなだめ、ダメですいえダメじゃないです!で、でもその…わわわ私達にはまだ早いと言うかですね!」
「う、うん」
早いの…?何が…?
「つ、つまり…ええと………」
うん。
「か、かんがえておきまひゅ…」
あ、はい。
斎賀さんの趣味とか全く知らないから任せてみたが…急に言われても出てこないか。そらそうよ。
「えーっと…じゃあ、連絡つくようにしとく?」
「っ!!!――――――――――」
なんてこったい。斎賀さんがフリーズした。
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ここに来るのは随分と久しぶりだ。
如何に奴が奴であっても、殺しかけてしまったことは事実だ。どんな顔すれば良いのか。普通は殺人未遂起こした相手とは二度と会わないと思います。
…悩んでいても始まらない。なるようになれだ。
特定のビルの特定の一室のドアを開ける。
「あ、ラクヨウ君久しぶりぃ。もう来ないのかと思ってたよぉ?」
ピンピンしているナッツクラッカーが俺を気さくに迎え入れる。その首筋に締められた跡は見られない。
「…元気そうだな、ナッ「そりゃあもう!」うおっ」
「手のかかる患者がいなくなったわけだしぃ?
無駄に回る舌。そのくせいつもの下ネタが足りない。いや無くなるなら余計な気疲れしなくて済むから助かるんだけども。
にしたって嘘下手すぎないか。もうちょっと上手く取り繕えよ。は?誰がブーメランだぶっ飛ばすぞ。
…まぁ、お前がそうしたいのなら乗っかるか。
申し訳程度の償いだ。
「さいで、今日はお前に………………頼みが……あって、来た………!」
「なんで頼み事するのにそんなに辛そうなの?」
「自分の胸に手ぇ当てて考えてみやがれ」
「私が胸でシてるところ見たいのぉ?」
こいつの頭はもう駄目だ。慣用句の引き出しまで全部下ネタで埋まってやがる。
「…それで、私に何を頼みに来たのかな?私にも出来ることと出来ないことがあるよぉ?」
どことなく…口調に冷たさというか距離を感じる。まぁ下手に執着されるよりは楽だしいいか。
「
「………、ぇへ?」
おっどうしたナッツクラッカー鳩がガトリング食らったような顔しやがって。
「今までずっと我慢してたんだが、そろそろクソゲーをやらないとこう…メンタルに支障をきたしそうでな」
「かといってダイブ中は無防備になるだろ?だからダイブ中の安全を確保できるような機能を付け加えたい。俺が考えたのは、自律的に行動する分身が作れたり、結界とか張れたり、ダイブ中の俺に知らせてくれたり、って感じ?もっと良いのがあればそれでも良いけど」
「えっと…い、良いの?自分の身体、大切なんじゃないのぉ?」
お前散々人の身体好きにしといてこっちが乗ったらヘタれるんかい。
だが無理も無い。一度はそれで…ああなっちまったし。
「…良いんだよ。よくよく考えりゃあ、この身体も案外便利だって気付いたんでな」
俺は今まで、このパッチワークの身体を毛嫌いしていた。
人に戻りたくて、これ以上改造されないように、されないようにと自分から何か注文をつけることなんてなかった。
だが、色々と吹っ切れた今の俺に、そんな拘りはもう無い。
人の身体にも、心にも余計な執着の無くなった俺にとっちゃ、この身体は超高性能なカスタマイズ機能を有した…それこそゲームのアバターみたいなもんだ。
快適なクソゲーマーライフの為に、俺に出来ることをする。必要とあらばお前の技術も使わせてもらう。
でもコイツに借り作りたくないから程々にしよう。
ナッツクラッカーを見やると、顔を伏せて身体を震わせている。風邪?
いやこいつが風邪引くとは思えないが。ほら、頭が…ね?
「で?出来るのか出来ねぇのか、どっちなんだよ」
「……うふふ。ふふふふふふふふふ。ふふふふえへへへへへ」
「気色悪い」
「んふぅっ!」
一際強く震える。悦ぶな変態。
「…ふふ、その目良いよぉ私の下腹部にキュンキュン来ちゃうねぇ!そこまで言うならぁ、徹底的に
「お前がトチったら言ってやるよ。その時は今度こそ二度と来ないがな」
「おっとぉ…それはマジで困っちゃう。じゃあ腕によりをかけて君の身体を隅から隅まで完膚なきまでにいじくり回してあげるからねぇ…?」
何故かいつもの気持ち悪さに戻ったナッツクラッカーに辟易しつつ、俺は施術室に向かった。
明日から夏休み。俺の輝かしいクソゲーマーとしての日々が、第二の幕が上がる。
記念すべき最初のクソゲーはもう決めている。ルーチン状態で俺を演じてた頃にロックロールで買ったクソゲー。
待ってろよ
「フェアリア・クロニクル・オンライン」
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俺は怪物でありながら、人の世界にしがみつこうとする異端者。
怪物の世界にも人の世界にも排斥される半端者。
一時の危機を脱したとはいえ、俺の怪物性は手ぐすね引いて俺が真の怪物に堕ちる瞬間を待ち望んでいるのだろう。
だから俺は自らを強く律しなければならない。
「俺は俺だって事を俺が一番知ってるからやっぱり俺は俺だ」と。
だが、今は同時にこうも思っている。
サンラクサン編は以上になります。
別のキャラクターで最低2話ほど投稿する予定ではありますが…気長にお待ち下さい。
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陽務楽郎:「陽」は
『陽務楽郎:「陽」は沈み』からの分岐ENDの想定です。こういうのはディプスロの領域だろうなぁと思ってはいるのですが、セルフ解釈違いは「
九月。
長い夏休みが終わり、学生の本分を全うする時が訪れた。
必要なアイテムを鞄というインベントリに収め、セミファイナル地獄を乗り越え学校にたどり着き、いざ教室の扉を開けた俺は
「「「被疑者確保ォーーーーッッ!!!」」」
「一時撤退ッ!…バカな伏兵グワーッ!!!」
何故かクラスメイトに捕らえられた。解せぬ。
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椅子に強制的に座らせられ、肩を上から押さえつけられる。
…その気になれば力で負ける道理は無いのだが、無論そんな真似をする気はない。
俺は法治国家に生まれ法治国家の恩恵を受ける者だ。
それが言葉での解決の前に力に物言わせるわけにはいかない。
今はまだ対話の段階であるはず。
「被告陽務楽郎。申し開きはあるかね?」
「まず罪状を教えろ」
「反省の色無しか、処刑を執行する」
対話の段階では無いのかもしれない。
雑ピはその「意味不明な供述をするサイコキラーをテレビ越しに見るような目」をやめろ。
「夏休み中にお前が斎賀さんと2人で居るところを見たんだからな!」
「俺と斎賀さんに繋がりがあると思うか?他人の空似だろ」
「それはそうだ。だがあれは間違いなくお前だった!よって処刑の後問いただす」
「それ普通拷問って言わない?」
「うっせ!…そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ?こちらには物的証拠があるからなぁ!…ちょっと待ってろよ」
雑ピは懐からスマホを取り出し何やら操作しだした。写真でも持ってるのか?
それは――
――
「よしあった。これが証拠だ!」
「パスタが証拠なのか?」
「あ、これはその少し前に食った昼飯…じゃなくて、…あれ?」
「お?操作ミスで消したか?それとも、そんなの最初から無かったんじゃないのか?」
「そ、そんなはずは……!」
「さ・て・と」
異常事態に拘束の緩んだ隙を突いて立ち上がる。
まぁこいつらに俺を拘束する理由はもうあるまい。
証拠の無くなった俺以上に…眼の前で失態を犯した愚か者が此処に居る!
「虚偽の罪状で俺を拘束した罪が生まれちまったなぁ・・・?――ひっ捕らえろっ!」
「な、しまっグワーッ!」
形勢逆転、こちらのターンだ。
「わかっているだろうがこの場にいる全員が目撃者だ。――申し開きはあるか?」
「くっ…殺せ!」
「その姿勢やよし!片耳ピアス穴拡張の刑に処す!」
「なんでそうなるんだよ!くそ!離せ!せめて他の刑罰をっ…減刑を要求する!」
「ならばバランスを良くしてやろう。両耳のピアス穴に変更だ!」
「ギャーッ!ふざけんな
「―――」
瞬間、意識が現実から遠ざかる。
だがあくまで瞬間。1秒も経たぬ内に現実に着地する。
「どうした陽務、立ちくらみか?」
…周りにはそう見えるのか。覚えておこう。
「…休み明けだからしょうがない」
クラスメイトの心配を軽く誤魔化して流す。あんまし印象に持たれても面倒だ。
尚処刑は直後に1限目の教師が教室に入ってきたことでお流れになった。チッ運のいい奴め
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SNSのメッセージ履歴(12時~13時頃)
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サンラク:斎賀さん、今日時間ある?
サイガ-0:どうしました?
サンラク:
サイガ-0:わかりました。私も
サンラク:じゃあまとめて済ませようか
サイガ-0:そうですね。場所はどうしますか?今度は私の部屋にしますか?
サンラク:いや、当分は家はまずいかも。夏休みに俺達がいるところをクラスメイトに見られた
サイガ-0:
サンラク:やめとこう。時折鬱陶しいけど良いやつだから
サイガ-0:陽務くんがそう言うのなら…。ではどこにしましょうか。
サンラク:図書館とかどうかな。最悪勉強会って事に出来るし。
サイガ-0:なるほど、ではそこにしましょう。
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放課後、私立図書館。
約一年前に大規模な改修を行い、国内屈指のハイテク図書館に生まれ変わっている。
机そのものが大規模なタッチパネルシステムを有しており、蔵書の全てを椅子から立たずに読むことが出来る。
わざわざ歩き回る必要もなく、各々が図書館でやりたいことに没頭できるこの場所は、
そんな図書館の片隅、更に周囲の雑音から隔離するために設えられた個室で。
横に並んだ二脚の椅子に座って。
俺は、斎賀さんの首元に顔を埋めていた
今はここが一番良い。ここから上にずれても下にずれても、万が一誰かに見られた時に言い訳が立たない。
そういうのは……互いの部屋みたいな、本当に2人きりになれる場所でないと。
「今日は、どんな辛いことがありましたか?」
天使の囁きが頭上から聞こえてくる。
今の俺は斎賀さんの声に導かれるままの人形だ。
聞かれて答える。それだけの思考力があれば良い。
それだけしか、要らない。
「クラスメイトに………人でなしって……言われた………冗談だって………軽口だって………わかってる……。…けど………どうしても………考えちまう……………」
「俺は………俺だって………思ってる…けど……、他人……の目、には……そうは見えない……かも、しれない………」
「何度も…思った………その度に……大丈夫だって………言い聞かせて……」
斎賀さんが、俺の背中をゆっくりと撫でさする。それが、どこまでも心地よい。
「何度でも、言わせてください。陽務くんは、陽務くんです。陽務くんが不安に思っても、みんな、ちゃんとわかっていますから。貴方は、貴方だって」
自分でどれだけ言い聞かせても不安を拭いきれない言葉が、斎賀さんの言葉になることで、俺の不安と恐怖の全てを消し去ってくれる。これを救いと言わずしてなんと言おうか。
もっと救われたい、もっと忘れさせて欲しい。
しがみつき、縋り付く。
その動作で俺の意図を読み取ったのか、斎賀さんは空いた手で頭を撫でてくれる。
「だから、陽務くんは何も心配しなくて良いんです。また不安になったら、私がいくらでも抱きしめてあげます。言い聞かせてあげます。私が、貴方の心の拠り所になります。今は好きなだけ――私に甘えて良いんです」
後に残るのは確かな充足と安心。心の底から安らいで、彼女の腕に、優しさに、温もりに、俺の傷を委ねる。
とりとめもなく愚痴をこぼして、斎賀さんに頭を撫でられる。
時間にして…十数分くらいか。
「ありがとう、斎賀さん。暫くは…大丈夫だと思う。」
名残惜しいことこの上ないが、あまり待たせるのも悪い。
首元に埋めた顔を上げ、斎賀さんから身体を離す。
彼女の優しさに甘えて俺の傷を受け入れてもらうのなら、俺もまた、同様に。
「さ、今度は斎賀さんの番だよ。取引なんだから遠慮しないでね」
言いながら俺は左手をゆるく上げて、斎賀さんの――口元に近づける。
「で、では…失礼して」
ただ差し出すだけでは、斎賀さんはどうにも申し無さそうにして時間がかかってしまうが、取引であることを強調すると少し素直になってくれる。
ここまで含めて俺は斎賀さんに委ねているのだ。受け取ってもらわないと俺も困る。
「
はぷ、と俺の指を咥える。
くすぐったいが、すぐにそれどころではなくなる。
最初は唇で触れるだけ
舌が指を舐め回し、こそばゆい感触に背筋が震える。
かぷかぷと歯が当たり始める。
まだ甘噛み。今のうちに腹をくくる。
俺の指を噛む強さは段々強さを増していき
痛みが走り始める。
がぶ、がり、ごり――
「つっ!!」
決定的な音とともに、俺の指が一本、斎賀さんのものになる。
激痛が弾けて脂汗が滲む。痛みへの耐性は血なまぐさい生活の中と、夏休みの間でかなり身についてはいるが、流石にどこ吹く風とまではいかない。
俺の指を食いちぎった斎賀さんは、骨ごとゴリゴリと噛み砕き、味わってから、喉を鳴らして嚥下する。
指一本程度じゃ斎賀さんは満たされない。次の指を差し出す。
また咥えて、舌で転がし、食いちぎり、よく噛んで味わって、飲み下す。
ここまでくると斎賀さんの頭の中は食欲に埋め尽くされ、俺への遠慮は殆ど消え失せる。
食事は一日三回が基本なのに、それを3日も開ければこうなるのもむべなるかな。むしろ腕一本じゃ少ないくらいだろう。
俺に出来ることは、痛みに耐えながら、血痕を残さぬよう気を配るだけだ。
指を一通り食べたら次は腕にかぶりつく(手は骨が多くて好かないらしい)。
前回から三日開いてる…今回は片腕だけで済むかな?再生には多少時間がかかるが、擬態すれば見た目だけは誤魔化せる。腕動かないけど。
一週間開いた時は危うく左半身が骨格標本になるところだった。
斎賀さん曰く俺の身体は「噛む度に味が変わって飽きない」らしい。まぁ「ぼくのかんがえたさいきょうのキメラ」みたいなもんだからね。
一心不乱に俺の腕を齧る斎賀さんを見ていると、激痛とは別に不思議と嬉しくなる。
俺は斎賀さんを必要としていて、斎賀さんは俺を必要としている。それを目に見える形で実感できるからだろうか。
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夏休み前日のあの日、俺は斎賀さんが怪物であることを知った。
俺とは経緯が異なり、生まれた時は人と変わらなかったそうだが、成長につれて徐々に変貌していったらしい。
姿形も俺と違い人間のままだが、内部構造が大きく異なるとか。
その際たるものが食事だ。
「生きた動物の肉」を身体が求めていると彼女は語る。味とかではなく、概念的な生命力?を直に摂取する事が出来る…らしい。吸血鬼の親戚なのだろうか。
そして、
この現代社会でまっとうに生きている間は、生きた動物にかぶりつく機会など皆無に等しい。
斎賀さんはここ数年間、満たせない飢餓に苛まれ続けてきた。
それこそ、鼠や野鳥を已む無く口にせざるを得なくなるほどに。
噛みちぎりこそしないものの、自分の指を噛んで飢えを紛らわそうとするほどに。
――友達が食料に見えてくるほどに。
なまじ生まれた時は人だったため、人としての倫理常識を身体に染み付かせている分たちが悪い。彼女の本能と心は、年を経て人外化が進むほどに乖離していった。
斎賀さんの告白を受けて、俺は深く、深く…
俺がうんざりするほど味わってきた苦痛と全く同じものを抱える人が、俺以外にも居たという事実に。
その嘆き、その悲しみを俺は疑わなかった。
同じ傷を持つ者同士、他者には明かせぬ秘密を抱えた俺達は、孤独な世界で互いに支え合っていく為に約束を交わした。
俺が自分を見失いそうになったら、斎賀さんが俺を引き留める。
斎賀さんの本能的な欲求が高まった時は、俺が身体を提供する。
互いに甘えて、互いに赦して、互いに、底なし沼に嵌っていく。
そんな未来が見えていても、俺は目の前に降って湧いた救いに手を伸ばした。
斎賀さんもまた、同様に。
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止血するまでに溢れた血を、一滴も零さず飲み干した斎賀さんは、ようやく一息ついたらしい。『食事』の後は心なしか血色が良くなり、生気に満ちているように感じる。そのまんま俺から持っていったってことなんだろうか。
「あ、あの、ありがとうございます…。ごめんなさい…ごめんなさい……私、また、陽務くんを傷つけて……」
俺の左腕は肉がキレイに削げ落ちているが、断面は再生が始まりつつある。
骨の周りを除いて皮膚で覆われ、じっくりと目を凝らせば変化が分かる程度の速度で肉が作られている。少しの間腕が動かないが、そんなもの些細なことだ。
「大丈夫だって。俺が持ちかけた約束なんだから。腕だって半日くらいで治るし」
一ヶ月以上、何度も繰り返した事。そんなに気に病むことも無いと思うのだが。
「で、でも…っ」
斎賀さんがその手で顔を覆う。
「私、怖いんです…。陽務くんを、食べている間、私は私じゃ、なくなるんです…。ただ目の前の、肉…を、満足するまでっ、食べるだけの怪物…!」
「いつか私は、陽務くんを食べ尽くしてしまうかもしれない…陽務くんを、こ、殺、殺して、しまうかも…私、また、一人…」
「私、もう、陽務くんがいないと…だめなんです…陽務くんのことを、
くぐもった、涙まじりの声だった。
俺が思うより、斎賀さんは自分の行いを深刻に考えていた……いや、違うな。俺の考えが足りていなかったんだ。
たった一人のパートナーを、自らの手で殺してしまうかも知れない恐怖。
何かの弾みで、一時の気の迷いで、永遠に失ってしまったとしたら。
後に残るのは、果てしない絶望、抑えきれない後悔、そして――血の涙を流して狂い叫ぶ一匹の怪物。
想像するだけで青ざめる。そりゃあ…こうもなる。
震える斎賀さんの身体を、まだ動く右腕で抱きしめる。不安な時はこれが一番。ソースは俺。
斎賀さんは、俺の身体を不必要に食べるような真似はしていない。本人はこう言うが、自制は出来ているのだ。
今後どうにもならなくなるようだったら、俺の身体をもっともっと弄くり回してしまえばいい。いくら食べてもなくならない、多大な再生力を手にすれば良い。
斎賀さんの心配は、杞憂に過ぎない。そう言ってあげないと。
「大丈夫。斎賀さんは、自分をコントロールできてるよ。俺が保障する」
「陽務、くん…」
「それに、斎賀さんがいないとダメなのは、俺も同じなんだ。もし斎賀さんが俺から離れたら、俺はもう俺を保てない」
「そんな、そんなことありえません…私は、陽務くんとずっと一緒にいた…いた…あ、えと今のはその…」
「そう言ってくれて嬉しい。俺も、同じ気持ちだから」
「ふびゃあ」
斎賀さんの体温が少し上がった。そういう能力でもあるのかな。
……
斎賀さんがそうしてくれたように、俺もまた斎賀さんの背中を落ち着くまで摩り続けた。
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俺達は、怪物でありながら、己の怪物性に恐怖する異端者。
人の世界にも怪物の世界にも居場所の無いあぶれ者。
だけど二人なら、新たな世界を作り出せる。
誰に迷惑を掛ける事もなく、誰に干渉される謂れもない、二人だけの世界。
此処には、痛みと悲しみを消し去る安寧がある。世界でただ一人の理解者が、心の傷を癒してくれる安息の地。
もうどこにも行くあてのない俺達が、やっと掴んだ
この世界を守るためなら、俺はいくらでも人の道を外れよう。
必要なら、どこまででも怪物になってやる。誰であろうと暴力を振るってみせる。
もう俺に、それを躊躇う理由は無い。
仕方ない 一度幻覚 見たならば 書かずにおれぬ 物書きの性(辞世の句(約3週間振り2度目))
ここまでディープなことやっといてヒロインちゃんが恋愛面で告白出来てない辺りに、この関係の歪み具合が伝わったら良いなと思っております。
以下余談
言うまでもないが首元でも十二分に言い訳が立たない。むしろ何してるのかパッと見わからない分言い訳しづらそう。知らぬは本人ばかりなり。
ラストリゾート(Last Resort)
"「最後の手段」、「切り札」、「最後の拠り所」という意味で、他の手段が全て無くなり最後に残された手段のことである。 "(Wikipediaより引用)
ところでぇ…『Last』以外にも「ラスト」と発音する英単語は他にもありましてぇ…発音記号が違うので本場だと別物なんでしょうけどぉ…カタカナ表記にするとまぁ同じになっちゃうんですよぉ…
スペルは『Lust』なんですけどねぇ…?
いえ別に、決して、このラストリゾートには互いの傷を慰め合う以外の何かがあるなんて話ではないんですよ?ええ。
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天音永遠:怪物との接し方
GGC…グローバルゲームコンペティションのエキシビジョンマッチを乗り越えた後、二次会にてユニーク自発しまくりマンへの制裁を終え、それぞれの部屋へと戻っていった
その一人である天音永遠は、最高級品質のベッドにダイブし、スプリングに余計な負荷を掛けてから天井を見上げる。
この一日の密度に、さしもの永遠も疲労がかなり蓄積している。このまま何もしなくても数分で眠りに落ちるだろうが、その脳は未だ回転を続けていた。
今をときめくカリスマモデルに時間の余裕は乏しい。明日は午後から宣材写真の撮影があり、起きたらさっさとここを発たねばならない。が、その前に考えるべき重要な事柄が無から発生した。
「いやー…まさか二人とも人外だったとはねぇ…」
まさかまさかの異常事態。ゲーム友達兼気の合う手駒二名が人ではなかった。
天音永遠は怪物の世界を
ともあれ彼女は知っている。怪物の世界と人の世界の狭間、身体は人ならざる者でありながら、人の世界に留まろうとする者がいることを。
そして、それら半人半怪物の者達は…ほぼ例外なく、精神面に爆弾を抱えていることを。
怪物が人の世界で生きる事は、兎にも角にも窮屈だ。
人に怪しまれない為の擬態
人を傷つけないための力の抑制
人、魔を問わぬ数多の、彼らを理解しない者達からの心無い攻撃
軋轢の全てに耐え続ける事は、多大なストレスと苦痛を生む。
元々人であった者が何らかの形で怪物の身体を手に入れた場合、それはより顕著となる。人の常識と、怪物の本能が反発して形成される、精神的な足元の覚束なさと来たら酷いものだ。どのくらい酷いかと問われれば素人の綱渡りくらい酷い。
一度バランスを崩せば、待っているのは人間性の喪失と破滅だけ。怪物として表の世界を離れるか、人に仇なす怪物として討たれるか。社会の裏側を知る天音永遠の記憶には、人で居られなくなった怪物により引き起こされ、怪物の存在を隠蔽されて報道された事件が幾つもある。
あの二人には、そんな怪物になって欲しくない。これは天音永遠の純然たる願いである。(無論口には出さない)
だからこそ、考える。あの二人が今どの程度危ういのか。手を差し伸べるべきなのか。
「サンラク君は、まだマシ…というより、一番危うい時期を抜けたって感じかな」
虚空に向けて呟く。
ただの人間が社会の裏側を知りながら生きていくには、生存力は必要不可欠だ。危機を嗅ぎ分け事前に避けるセンス…観察眼が無くては。永遠が普段ファッションセンスを見るのに茶目っ気で使う『
その本気の永遠審美眼で見る限り、サンラクは大きな山場を一つ乗り越えた、と永遠は見ている。怪物にとって、最終的に最も心を蝕む要因――『孤独』に打ち克っている、と。
(今のサンラク君には孤独を和らげる誰かがいる。家族のようにただ近くにいるだけじゃない。サンラク君の抱えた怪物性を…恐らくは知っていて、それでも側にいることを選んだ誰か。サンラク君を奈落の淵から引き上げる気概の持ち主が)
(んふふ、良いじゃない。未成年はまだ頭が柔らかいし、異常に夢を見てたりするからねぇ。異常性を受け入れる可能性は大人よりも高い)
(誰が『そう』なのかちょぉーっと気になるけど…まぁ無理かなぁ。私が同じ立場だったら絶対言わないし)
ともあれ、サンラクに関してはあまり心配は要らない。問題は――
「カッツォ君がなぁ…今はまだ、何も起きてないけど…逆にこれから起きるってのが確定してるだろうからねぇ…」
慧の状況と、永遠の知識・経験を照らし合わせると、現時点で危険なのは『力の誘惑』と判断した。
手にした力を、然るべきでない場所で振るいたくなる衝動。『これだけの力がある俺が、どうしてこんな窮屈な生活を強いられなければならない?』などと考えて、行動に移してしまう。『孤独』と比較すると抗いやすくはあるが、ひとたび犯罪にでも発展すれば、心が人の世界に帰って来る可能性はゼロに等しい。犯罪者のレッテルは人間性を破壊するに十分な威力を持つ。
(結局、抱えているものが何であれ、人外に必要なのは心の拠り所なんだよねぇ…モノでもヒトでも概念でも成立はするけど、一番良いのはヒト。相手の気持ちを理解するのは、モノや概念には出来ない)
永遠の見立てでは、慧はまだしばらくは己の怪物性に流されはしないだろう。
だ・が
「ちょーど候補もいることだし、先手を打っとくとして…うん、眠いや、寝よ」
方針を固めたところで眠いので寝た。
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翌朝、いつもより早く起きた永遠は身だしなみを整え、その足で夏目の下へと向かった。
「やっほー夏目ちゃーん」
「…何しにきたの」
あからさまに警戒心の籠もった第一声であった。
「ガールズトークしにきたよー」
「嘘でしょ?」
「まぁまぁ立ち話もなんだから中で話そうよ」
「それ来た側が言う台詞じゃなくない!?あと私の質問に答えて欲しいんだけど!」
永遠は夏目の横をすり抜けホテルの一室に入り込み、ベッドを占拠する。
まず会話の主導権を握りにかかる。永遠が話して夏目が受ける。この形にすれば話題の切り出しも誘導も数段やりやすくなる。
そのための一連の行動だ。人は、常に情報に飢えている生き物。相手の予想を覆す行動により、自分を想像の埒外の存在だと思わせる。こういう時、人間は相手の情報を得るために本能的に「見」の姿勢…つまりは後手に回る。
『対人戦で有利に立ち回るなら、想定外を味方につけろ』とは何処の誰の言葉だったか。きっと後先の事など何も考えていない大雑把な外道に違いあるまい。
「嘘じゃないよホントだよ。夏目ちゃんの恋路の為におねーさんが一肌脱いであげようってハナシ」
「なっ……!恋……っ!!ち、違…私とケイは、そんなんじゃないから!」
「あっれれ~?私カッツォ君の名前まだ出してないんだけどなぁ~?」
「っ!!!!!」
夏目の顔が一瞬で染め上がる。
相手のウィークポイントを突けば動揺を誘える。反論に二の足を踏ませれば、主導権は永遠の手の中だ。
(んふふ、焦ってる焦ってる。にしてもこうもやりやすいと一周回って面白くなってきちゃうねぇ…今どきいないよ?こんなにわかりやすい娘)
「夏目ちゃんのカッツォ君への気持ちは、傍から見りゃバレバレ。ま、カリスマモデルからは逃れられないってね!」
「私の中だと…貴女もうモデルよりも魔王なんだけど…」
「他人の事を魔王呼ばわりなんて…夏目ちゃん、酷いわっ!ぶわっ」
「『ぶわっ』じゃないけど…後、魔王呼ばわりは
「ありがとう今度シメとく」
閑話休題。
「とにかく、私にはよぉぉくわかるとも!夏目ちゃんの気持ちも、それを中々伝えられずに悩んでいることもネ!」
「だ、だからねぇ!」
「――でも今のままだとマズイよ夏目ちゃーん?」
声のトーンを一段階落とす。急な雰囲気の変化に夏目はたじろぐ。
「な、何がよ」
「だってシルヴィアちゃんどー見てもカッツォ君狙ってるじゃない?欧米のノリでグイグイいかれるとカッツォ君いつか持ってかれちゃうよ?それまでに夏目ちゃんが落とせるかどうか…」
「それは…!………そう、だけど…」
夏目の語気が弱まる。瞬間、永遠には心の隙が見えた。
此処が『機』だ。素早く背後を取り、夏目の耳元に顔を寄せ、
――囁く。
「想像してごらん?夏目ちゃん。」
「な、何を…」
「ヴァージンロードを歩くカッツォ君と、その隣にいるシルヴィアちゃん……。夏目ちゃんは二人の友人として、披露宴でスピーチを述べるの。」
「っ…!!」
ウィスパーボイスは相手の想像力を掻き立てる。語って聞かせるのではなく、夏目自身の思考に差し込むように、永遠は囁きかける。
夏目の顔を目だけで見る。その顔に浮かびだした恐怖から、永遠の
天音永遠にとって、対人術とはいつの時代もこれに尽きる。
「恐怖」で縛り、「利益」で誘導する。
まずは恐怖を叩き込み、焦りを植え付け、判断力を鈍らせる。
そのために、もっと追い込んでいく。
「自分の方が好きなのに、それを伝えられなかったから、こうして涙を呑んで二人を祝福せざるを得ない。『こんな苦しみを味わうのなら、いっそ好きにならなきゃ良かった』なんて、後悔しながらね……そしてスピーチの後は、誰にも気付かれないように会場の外に飛び出し、壁に背中を預けて座り込み、一人で静かに泣き続けるの。自分を呪い、自分を責める。これからの人生に、取り返せない傷を負った事を悔やみながら………」
「あ、あぁ……そんなの、嫌…嫌……っ!」
「悲しい」だの「悔しい」だのといった、『今の』夏目自身の感情を指定する単語は使わない。そういうのは相手が勝手に想像で膨らませていくものだ。言葉にすれば却って規模が定まってしまう。
「そしたら、カッツォ君が夏目ちゃんの所に来てくれるの。『探したよ、メグ。急にいなくなるから』なんて言うかなぁ……」
「ケ、ケイ……」
夏目はもう完全に永遠劇場の虜だ。おそらく今の夏目には、永遠が語るままの光景が、臨場感を伴うほどに鮮明に見えているだろう。
「夏目ちゃんは目元を擦って立ち上がり、『なんでもないの。人混みに疲れただけ』なんて嘘をつく。だって、折角の祝うべき日にカッツォ君を悲しませることなんて出来ないよねぇ?だから、カッツォ君は夏目ちゃんが隠した気持ちに気付かない。だから、『そっか、なら良いんだけど。』と言ってから、夏目ちゃんにトドメを指す言葉を言ってしまう………。」
ここで、数秒の間を敢えて作る。
「な、なに…?なんて言われるの…?」
「んふふ…」
焦らしはその後の衝撃を高める重要なテクニックだ。相手が身を…心を乗り出した所で、一気に崖から突き落とす!
「『こんなことになっちゃったけど、
「!!!!!!!!」
雷に撃たれるような衝撃。『仲間』『友達』。きっと、そこから先には一生進むことは出来ない。そんな光景を見せられた夏目は――膝から崩れ落ちた。
「あ……ぁああ………」
(あっやばい人生の希望全部なくした顔になってる)
夏目恵、精神崩壊三歩手前であった。
(落とし過ぎちゃったか…少しヨイショがいるね。まぁこのくらいならリカバリー可能な範疇。ここから軌道修正していけば…うん。いけるいける)
永遠も座り込み、夏目の肩を優しく叩く。
「ふふふ…だ、大丈夫だって夏目ちゃん。今のは最悪の未来って奴だから、今からどうとでも変えれる変えれる」
「あ、天音、さん……私、ど、どうすれば…っ!」
「恐怖」のターンはここまで、「利益」のターンに移る。夏目でも実行可能な方針を提示し、そのメリットを伝えてそれが最良の手段だと思わせる。ついでに恩義でも感じてくれれば言うことなしだ。今後の「お願い」が通りやすくなる。
(焦る余り当たって玉砕されても困るし…ここは長期的に動いてもらわないとねぇ…と、なると)
「よし、じゃあ告白しよっか!そのまま押し倒して既成事実作っちまおうぜ!」
「き、きせ……!?む、無理よ、そんなの!!出来るわけないじゃない!!!」
ここまで追い詰められても『それ』は拒むだけの倫理観を持っていることに、永遠は内心安堵した。
(あーよかった。ここで『そ、そこまでしないとダメなのね…』なんて変に前向きになられちゃあ本命のお願いがしづらくなるじゃない。まぁそっちはそっちで私の目的は果たせそうだから良いんだけど…カッツォ君の私へのヘイトがストップ高になっちゃう)
「えー、じゃあ別のアプローチにしよっか。まずはカッツォ君に、夏目ちゃんを恋愛対象として意識させるって方向で」
「つま、り…?」
「カッツォ君の近くにいる時間を少しでも長くすること。それも、大勢に見られるような仕事で。…今回みたいな、ね?」
「この仕事、カッツォ君と一緒になれるから受けたんでしょ?良いじゃない。そういうのをもっとどんどんやってこ!」
「え?そ、そんなこと、なの…?」
最初の方針が過激に過ぎたあまり、夏目の想像よりも遥かに難易度の低い方針に、あっけに取られる。
「んふふ、そんなこと、じゃあないんだよ夏目ちゃん。夏目ちゃんに合わせた作戦ではあるけどね。プロゲーマーって衆目に晒される立場をお互い持ってるんだから、効果的に使っていかなきゃ!」
「沢山の業界人一般人に同じ現場、同じ仕事にいる所を見せつければ、そのうち『あの二人いつも同じだな…まさか?』なんて思う人が出てくる。近くにいるだけで自動的に外堀が埋まっていくって寸法よ。自分から言い出すんじゃなくて、第三者を使って間接的に仕掛ける。カッツォ君に直接何かするわけじゃないから、夏目ちゃんにも出来るんじゃない?」
「た、たしかにできそうだけど……そういうもの、なの…?」
「ウンウン。ワタシウソツカナイヨ」
実際の所この方針が恋愛面でどの程度の効力を発揮するか、永遠には完全には分からない。だが、少なくとも永遠の目的には近づく。そのためにはまず、夏目が慧の側に居続ける状況を作っておきたいのだ。
「んふふ、基本の方針はそんな感じで、それ以外でも夏目ちゃんに出来る範囲でアプローチしてこーぜ?シルヴィアちゃんに
「っ!……わ、わかったわ。今よりは、積極的にやってみる……私、泣き寝入りなんかしたくないから…!」
『敗北』。それはプロゲーマーとして容易に受け止め難い概念。夏目の誇りに絡めた永遠の説得は、夏目の首を縦に振らせる結果を得た。
(よしよし、夏目ちゃんの目が前向きになった…ふぅセーフセーフ)
「その意気だよ夏目ちゃん!命短し恋せよ乙女ってね!夏目ちゃんの恋、応援してるゼ☆」
「う、うん…あり、がとう…」
「いいってことよ。じゃ、私はお暇するね。あ、何か困ったことや
(さーて、夏目ちゃんはカッツォ君の『理解者』になってくれるかな?)
こうして、永遠はホテルグランドスプリームを後に、
この少し後、シルヴィアが休暇に物言わせて慧の隣室に引っ越してきたことを夏目から涙声で報告され、永遠は夏目の恋愛計画の建て直しを余儀なくされた。
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天音永遠は、魚臣慧の為に夏目恵を唆した。
そのために口八丁手八丁を駆使し、夏目を自身の望むままに、夏目自らが選んだように見せかけて動かした。
ここで重要なのは、永遠自身が慧――即ち怪物の『理解者』になる気が無い事だ。
怪物の理解者とは、運命共同体とほぼ同義である。歩く地雷原と言っても過言では無い彼らと心を通わせ、個々人ごとに異なる苦しみを理解し、その傷に寄り添う。彼らが道を外れかけた時は、その怪物性が自らへと向けられる危険を顧みずその手を掴む。
(いやー無理でしょ)
いくらなんでも友達相手にそこまでは出来ない。永遠は刹那主義でスリル第一ではあるが、これは永遠の求めるタイプのスリルではない。自分自身が爆弾になりたいのであって、爆弾処理班になりたくはないのだ。
天音永遠はあくまでも友達として怪物と向き合う。友達として、自分に出来る事をする。
つまりは――
――
続きません。
Q.これ(ペンシルゴンネクロマンシー習得済)いる?
A.完全に人だと人外の世界との接点が乏しすぎるのでいる(鉄の意志)
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