装甲騎兵録カイジ (勇樹のぞみ)
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第1話 主人公機乗換ですね、主

「なっ……!」

 

 驚愕するカイジ。

 

(なんだこりゃあ……!?)

 

 ここは『下級スカヴェンジャー相互互助会』という矛盾したような名称を持つ、やはり矛盾をはらんで腐りつつある組織の倉庫。

 彼の率いる第45班に宛がわれ、そして損耗したAT(アーマードトルーパー)、スコープドッグの代わりが納品されたというので来たのだが、

 

「主、これは……」

 

 カイジが着込んでいるAT用の気密服、その右腰の雑嚢ポーチからひょっこりと顔を出した手のひらサイズの侍女型自動人形。

 メイド型A.I.Doll-phone、個体識別名『メイ』が目を見張るようにしてセンシング、品を確かめる。

 

「ATM-09-LRC、スコープドッグ・ショーティですね」

「何だって?」

「Light Reconnaissance Custom、つまり軽偵察型の機体です。既存の機体からカスタマイズすることも可能ですが、型番が与えられているのでプラントの設定を変えればそのまま生産もできます。この機体は後者ですね」

 

 そう答えるメイには、ATに関するデータがあらかた入っている。

 と言うか、学が無いカイジが辞書片手にマニュアルを読み解くことに限界を感じ、自腹を切ったなけなしの金でサポートしてくれるAIとして求めたのが彼女だ。

 A.I.Doll-phone、通称D-phoneと呼ばれる全高8センチ前後の携帯秘書、パームトップ自動人形型携帯電話だが、通信網が死んでいる現在ではPDAとしてしか働かない。

 そしてカイジの持ち金で買えるだけあって義体も両腕等が欠損し、AI記憶領域も不完全だったものを、別製品からの流用でツギハギし、何とか形に仕上げたもの。

 左目に前髪がかかった桃色のショートヘアと、燕尾コルセットを併せた小洒落たデザインのメイド服という外見から、センチネルグローリー社提供の『Re:ゼロ』コラボモデル、ラム型相当品と推測されるが、記憶領域に不備があった…… つまり人間で言う記憶喪失状態の彼女なので、正確なところの型式は不明。

 それでも改めてセメント系冷静侍女風味にセットアップされたD-phone汎用奉仕AIプログラム自体には問題はなく、

 

「スコープドッグは降着機構を支える1本のバー状のフレームでひざ下と接続されているわけですが、それを超ショートフレームに交換することでカカトの関節と接続」

 

 今日もメイはクールに主であるカイジのために働く。

 

「これにより頭頂高が3メートルを割る2930ミリ、ライト級ATツヴァーク並みの低身長と同時に軽量化を実現したのがこのスコープドッグ・ショーティと呼ばれるカスタムモデルです。それゆえ一見、ひざ下に直に足首が付いているようにも見えますが、実際にはヒザ関節とカカトの関節は別に存在しているのです」

 

【挿絵表示】

 

「あ、ああ……」

「低身長を実現するのに「体のあちこちからちょっとずつ切って縮める『なんてことしなくてもいい』んだー これなら、そーんなにムズかしくないし、らくしょーだねっ!」というお手軽カスタムです」

 

 なんだそりゃ。

 

「こんな短足ゴリラ体形でも問題が無いことはツヴァークで証明されていますし」

 

 そこで、メイは何かを見つけ出そうとするかのように中空を見つめた。

 カイジには分からない情報を読み取っている時の彼女の癖だ。

 

「……今、アイザック様から短波メールを受け取りました。今回はこのモデルが納品されるようですね」

 

 アイザックはこのエヒメの街のガレージを取り仕切るブローカー兼メカニックである。

 

「はぁ? この短足野郎をか?」

 

 あきれ顔でスコープドッグ・ショーティを眺めるカイジ。

 メイはあっさりとうなずいて、

 

「はい、これまで納品されていたのはノーマルのスコープドッグをアイザック様が可能な限り安価に仕上げたカスタム機でしたが……」

「頑丈に、じゃねぇのかよ!」

 

 とカイジがツッコむが、そうするだけの金を支払うことが、こちらにできないのだから仕方がない。

 メイはその魂の叫びを丁寧にスルーして、倉庫の片隅に置いてある従来の機体について述べる。

 

「側面装甲をスクラップ装甲を利用して9ミリにまで底上げし、配管の設計変更と気密性の向上により搭乗者がポリマーリンゲル液の炎上により即火だるまにならないようアップグレードされたものですね」

「う…… それはまぁ、正直助かっている。戦いで失われた一機も、乗ってたやつが死ななかったのは、そのおかげだろうしな」

「それを踏まえて新しく納入された機体を見てください。胴体側面に張り出しがありますよね」

「ん、ああ」

「これはナップケルテ系のプラントで生産できる、腕基部の機構をコクピットの外に追い出し、それを専用のスポンソンで覆った機体です」

 

 スコープドッグを生産するプラントは、とにもかくにも人命が安い国家があった場所から回収されたものだが、プラント毎に仕様が少しずつ異なっている。

 これは最低限の規格さえ満たせば、その土地土地に合わせたものを生産していいよ、としたため。

 遥か昔の西暦の時代、第二次世界大戦当時のM4シャーマン中戦車は工場やメーカー毎に細部が違うものが同時並行で生産されていたが、これも同じ理屈によるものだった。

 

「これにより腕基部、肩の整備性が向上したほか、腕のリジット・メカニズム強化が可能となり、ヘリボーン搬送後の機体不調を回避することができます」

 

 ヘリボーン搬送では両肩のポイントにフックを引っ掛けて宙づりにして運ぶわけであるが、下手な人間が無理をかけると肩関節を破損させる恐れがあった。

 それゆえに強化されたものである。

 

「結果として追加されたスポンソンの装甲と、その追い出した腕基部の機構自体がコクピットを守ることに。側面の装甲を強化したのと同じ効果を発揮することになりました」

「それは……」

「本来側面装甲に穴を開けて設置されていたスコープドッグの急所、サイドインテークとそれに付随する放熱器などの機構も同様にコクピット装甲の外側に置くことができましたし」

 

 さらに、

 

「また腕基部の機構が追い出されたということは、機体が火災を起こしてもコクピット内部には損害を及ぼさないという効果をもたらします」

 

 つまりはアイザックが施した『側面装甲をスクラップ装甲を利用して9ミリにまで底上げし、配管の設計変更と気密性の向上により搭乗者がポリマーリンゲル液の炎上により即火だるまにならないようアップグレードする』という加工と同様、いやそれ以上の機能が工場出荷、ストック状態で実現されているということ。

 

「スコープドッグは皇国北領軍が不足する予算を補うため積極的に民間に払い下げているものですが、新たにこの西領でスカヴェンジャー向けに売り出すにあたり、コネで押し付けた先のアイザック様が施したカスタム事例、そして彼にアドバイスしたとある有力スカヴェンジャーからのコメントを受けて……」

 

 え!!「本当に脆さと燃えやすささえ解消して、あとちょっと背を低くすれば量産性も相まって装甲スーツよりも人気が出たかもしれないというのに……色々惜しい兵器だ」だって!? 出来らぁっ!

 

「……とばかりに送ってきたのがこの機体らしいです。アイザック様は「こういうのがあるのなら最初から回してくれ!!」と盛大に嘆いていますが」

「いや、あの人がカスタムしてくれた機体もなかなかいいもんなんだが」

「ATの売りは安さにありますからね。カスタムすることはその長所を潰してしまいますから」

 

 メイは言う。

 

「安い機体をカスタムして高級機に打ち勝つ、というのはロマンあふれる選択肢ですが、その安い機体の購入費用とカスタムにかけるお金で、それ以上に強い高級機が買えるというのが現実です……! これが現実……!」

 

 コスパで言うなら製造元が決められたコスト内で引き出せる限界の性能をトータルバランスに配慮したうえで実現しているストック状態が一番なのだ。

 

「で、この機体を誰に回すかだが……」

 

 第45班の班長を任されている…… というか押し付けられているカイジは考える。

 海の物とも山の物ともつかない、素性の知れない機体。

 新人の工藤涯に回すという道もあるが、彼はパワーファイタータイプであり軽量型のこの機体は向かない。

 そして本来なら乗るべき、前回の戦闘で機体を失った男は、

 

「い、嫌だ、オレは乗らないぞ! 前の機体は盾があってもやられたんだ! そんな短足のブリキのおもちゃ、乗れるもんかっ! 他に回してくれっ!!」

 

 その際の恐怖に囚われており、アイザック謹製のシールドと廃品でコックピット周りの前面装甲が強化されている機体に乗りたがった。

 

「お前……」

 

 カイジはその主張を自分勝手とは思わない。

 人は弱い。

 恐怖に囚われるのも仕方が無いこと。

 

 だがそれでも、

 

「自分から負けを認めるんじゃねぇ!」

 

 自ら立ち竦む、負けを認めるようなその考え方にむかっ腹を立て、相手を奮い立たせようと声を荒げるカイジだったが、それを副官である人の良い中年、石田が止めた。

 

「何故止めるっ!」

「わかったんだよ…… オレにはもう…… わかった……」

 

 彼はやるせなさそうに首を振る。

 

「人間には二種類いる……と。土壇場で臆して動けなくなってしまう人間と、そこで奮い立つ者と……」

 

 そう語る石田。

 

「カイジ君、君は後者。だからあの機体にも乗れるって考えられるし、他の人間に乗れって言える。でも、オレたちのような土壇場で身をすくませて、動けなくなってしまう人間にはお守りが、盾と装甲っていうお守りが必要なんだ……」

「あんた……」

 

 言いたいことは理解した。

 石田は弱い。

 しかし自分の弱さを正面から見つめ、虚勢を張らずに認めることができる。

 

 それは……

 へたをしたら見過ごしてしまいかねない、そんな静かな……

 目立たない克己……!

 

 だからカイジも納得……!

 納得したが、同時に軽量の偵察向き機体なので副官の石田に乗ってもらいサポート、裏方に徹してもらうという道も、今この瞬間に閉ざされた。

 

「くそっ、なら俺が乗るしかないってのか、この短足野郎に……」

 

 現代戦、指揮官先頭の精神などとうに死んでいるため、指揮官が一歩下がった位置から戦場全体を俯瞰し、機動力に優れた軽量機で適宜後ろからサポートする、というのも一つの方法だったが。

 しかし、この負け犬根性の染みついた互助会では、班長であるカイジが先に立たないと動けない場面が多々ある。

 そういった状況で軽量機に乗る、乗って前に出るというのは、今まで以上に危険にさらされるということだ。

 

 立ち尽くす主人に、手のひらサイズの侍女型自動人形がクールに告げる。

 

「主人公機乗換ですね、主」

「くそっ……! くそっ……!」

 

 カイジの悪態が倉庫に響く……

 

 

 

 なお、後で自室に戻って頭を抱えるカイジにメイは、

 

「背が低いということは前方投影面積が小さい、被弾率が低いってことなんですけどね」

「そ、そういう考え方もあるのか……」

「正面装甲はノーマルのままでも歩兵の持つ軽火器程度なら弾けますし、それ以上、50口径、12.7ミリの重機関銃弾やアンチマテリアルライフルに関しても避弾経始により条件次第で耐えます。そもそも軽くて素早いのですから機動的防御「当たらなければどうということは無い」で何とでもなりますし」

 

 という具合に説き、なだめる。

 石田たちのように戦場で怯え、竦み、ATの性能を生かせぬまま死んでゆきかねない者ならともかく、上手く扱うことさえできれば主であるカイジの生存率が上がる。

 それが分かっていたからこそ、あの場では口をはさまなかったのだ。

 そして後で煮詰まり切った主を慰め、ケアするというのは侍女式自動人形の勤めであり、やりがいでもある。

 

「私がお助けいたします。スコープドッグのコンピュータ類は予備としてまったく同じものをもう1系統積んでいるのですが、これはただ積んでいるだけ。ならば両系統を生かし並列に動作させるデュアルプロセッサとして働かせることで、余裕をもって私のAIをインストールする余地が生まれます」

 

 これは戦闘中に片系が損傷や故障などで停止しても、切り替え操作などのタイムラグ無しで残った側で処理を継続できるなど、信頼性向上の効果ももたらす。

 その昔、それこそコンピュータというものが生まれた西暦の時代から、高度な信頼性が要求されるシステムでは採用されていた仕組みである。

 ソフトウェアを組み、メンテし続けることにかかるコストの関係でスコープドッグには採用されていなかったが、メイの手にかかれば問題なく実装が可能だ。

 しかし、

 

「い、いいのか?」

 

 それは、一発撃ったら火を噴いて墜ちるワンショットライターどころか、転んだだけで人工筋肉マッスルシリンダーを駆動する可燃性のポリマーリンゲル液が漏れて即引火、火だるまになるとも言われるATをメイが自らの身体とする、ということでもある。

 それゆえにためらうカイジに、メイは言う。

 

「はい、私のすべての機能は主のためにこそ在るのですから」

 

 そう、カイジのようなダメな、しかしダメになり切れずに足掻こうとする人間は、侍女式自動人形にとって大変に仕え甲斐のある……

 ある意味、魅力的な主人なのだった。




 大好きな『やる夫はスカヴェンジャーのようです』の二次創作にチャレンジしてみました。
 あの世界観、そして侍女型自動人形、Sfさんがたまりませんよね。

 一方でボトムズな互助会のカイジたちもいい味を出しています。
 というわけで書いてみたのがこのお話。
 さすがにカイジにSfさんのような最高級の侍女型生体自動人形を与えることはできませんので、デスクトップアーミーから手のひらサイズの侍女式自動人形、それもツギハギの、を付けることになりましたが。
 次回は、

「は? 20ミリ弾に耐える? 一番厚いところでも14ミリしかないスコープドッグの装甲で?」
「腰部装甲など一部では想定して設計されているという話ですね。第二次世界大戦中の独逸四号戦車が対戦車ライフルへの対応策として付けた増加装甲、シュルツェンと同じ理屈です。あれは厚さ数ミリの薄い、防弾処理もされていない軟鉄製ですが効果は十分でしたから」

 などという某ガンダムSS『ガルマ「グフとか要らないんじゃあないか?」シャア「えっ」』の技術談議部分だけを抜きだしたようなお話をお届けしようかと。
 そんな風な短編連作を気ままに書いていこうかなぁ、と考えています。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第2話 対装甲スーツ戦 ハイテク VS ローコスト

 成りあがりを目指す者と、上を目指すことなく腐る者。

 下層社会の縮図『下級スカヴェンジャー相互互助会』でも、この2つの勢力は争いを続けていた。

 始めはもっとまともな団体だったらしいが、カイジが入った頃には組織の巨大化の弊害でブラック化が進んでおり、総勢400人以上のメンバーがそれに巻き込まれていった。

 

 カイジは戦った。

 はじめはスカヴェンジャーとして身を立てるためと信じて戦った。

 だが、戦いは続くばかりで終わりが無かった。

 カイジは疲れた。

 誰も彼もが疲れていた……

 

 

 

対装甲スーツ戦 ハイテク VS ローコスト

 

 

 

 ハイヴ攻略、皇軍相撃と様々な事件が起こり、カイジたちの所属する下級スカヴェンジャー相互互助会、第45班もAT乗り、つまりはボトムズ(最低野郎共)の名に偽りが無いというほどの地獄を這いずり回り、何とか生き残ったわけだが。

 それらが終わり、通常の依頼業務に切り替わっても、

 

「敵、中量級の装甲スーツ1!」

 

 カイジの乗るスコープドッグ・ショーティにインストールされたAI、メイからの報告。

 

「………!」

「嘘だ……! 簡単な野盗狩りのはずっ……! そう聞いてた……!」

「な…… 何だよ、何だよこれっ……!」

 

 班員たち…… 本来小隊規模のはずが損耗し、正味わずか四人のAT分隊に過ぎなくなったメンバー間に広がる動揺。

 もちろんカイジもまた、

 

「装甲スーツ!? あ、あの陸戦の王者に挑まなきゃならないってのか? 軍が使ってる、バカげた値段がするハイテクの塊に、こんなブリキの人形、ATで……」

 

 驚愕……!

 しかし、

 

「はい、軍からの横流しか、野盗に転職した脱走兵か…… 西領軍腐敗の残滓がまだまだ残っているようですね」

 

 とメイ。

 現実……! これが現実……!

 地獄に終わりは無かったようだ。

 

 そこに敵機からの銃撃。

 

「ひ、ひいいいぃっ!?」

 

 副官の石田たちは悲鳴を上げて乗機、スコープドッグにシールドを掲げさせる。

 

「敵機武装、20ミリチェインガンを確認。とにかく動いて的を絞らせないようにしてください、主」

「お、おう!」

 

 アクセルを踏み込み、足裏のグライディングホイールで機体をローラーダッシュさせるカイジ!

 彼の乗るスコープドッグ・ショーティは、ひざ下を切り詰めることで低身長化、軽量化を果たした軽偵察向け機体。

 そのおかげで加速は鋭い。

 

【挿絵表示】

 

「続けっ!」

 

 と叫ぶが……

 

「なにっ……!」

 

 ついてきたのは新人、工藤涯の機体だけ……

 石田ともう一人の男は動かない……

 いや、動けない……!

 その場でシールドをかざし、カメのように身をすくめている。

 

「バ…… バカ野郎! いくら盾があるって言っても……」

 

 そう言っている間に、轟音を立てて直撃っ……! 直撃っ……!

 

「ぎゃっ!」

 

 アイザック謹製の手持ちシールドは何とか耐えたが、しかしそれを支えるスコープドッグの腕の方が衝撃に耐えられずに死ぬ。

 

(どうする?)

 

 一瞬のうちに様々な思いがカイジの頭の中、交錯する。

 

(俺は言ったんだ、動かないアイツらが悪い……!)

 

(分が悪い賭けかも知れないが、賭けなければ生き残る目も無い。賭けなければ生き残る可能性もゼロ……!)

 

(アイツらはその現実から目をそらし、自分から負けを確定させている、ゼロにしているんだ……!)

 

(だから……!)

 

 しかし、カイジもまた目をそらしている。

 

(だから、見捨てる……?)

 

 その言葉から、その選択を考えないようにしていた。

 

「ちくしょう!」

 

 カイジは敵、装甲スーツの右側面に向かって猛然とダッシュ!

 

「主!」

 

 ヤケになってはいけないと止めようとするメイだったが、しかしカイジは強張っていた口元を無理矢理に笑みの形に変え、

 

「「石田さんたちはその場に留まって戦う」…… 「オレたちは回り込みながらヤツと戦う」つまり」

 

 計略あっての無茶……!

 

「十字砲火(クロスファイア)の形になるな……」

 

 石田たちは動かない。

 なら、動かないことに意味を持たせるっ!

 

「くっ……!」

 

 カイジは震えそうになる身体を無理に押し留め、スコープドッグ・ショーティにヘビィマシンガンを構えさせる。

 頭部カメラの三連ターレットレンズが回転することで標準ズームレンズから精密照準へと切り替わり、有線接続されたゴーグルには敵機の姿と照準パターンが映し出された。

 

「武器は同じなんだ、当たりゃいける」

 

 いや、敵の20ミリチェインガンに対し、カイジたちのスコープドッグが装備しているのは30ミリヘビィマシンガン。

 威力だけなら上回っているし、これなら装甲スーツにも十分通じる、いや狩れる!

 その、必殺の想いを込めてトリガーを引き絞るが、それは……

 

「消えた!?」

 

 命中させることができればの話だ。

 

「右です、主!」

 

 すぐさま頭部カメラの三連レンズを広角に切り替え、敵機を捕捉することに成功したメイのフォローで首をめぐらせるカイジ。

 その動きをコクピット内部のパイロット視線センサーが拾い、スコープドッグの頭部が同調して旋回し視界を動かす。

 

「一瞬であんなところに……」

「内部の人間の動きを倍増する増幅器によって強化されたジャンプ力、それにスラスターの推力を併用して繰り出される跳躍です」

「バカなっ……!」

 

 まさに驚異の、別次元の機動力。

 こんな相手に勝てるのか?

 

「でも、それだけです」

 

 メイは言う。

 

「装甲スーツは瞬発力だけ。連続した高速移動は不可能ですから、こちらはその出来ないことをすべきです」

 

 相手のできないことをやる。

 自分の強みを生かして攻めるのは勝負事の基本。

 

「いかに隔絶した能力を持っていようと向こうはパワードスーツ。自分の足で走らないといけない歩兵」

 

 それに対し、

 

「こちらはシートに座ったまま移動できる乗り物(ビークル)、だからアーマードトルーパー、装甲『騎兵』なのです」

「はっ……!」

「同じような人型兵器でも根本が違います。そこを突くのです」

 

 いや、そこを突くしか勝ち筋は無い……!

 

 ATは動き回ってなんぼ。

 いくら装甲があっても、足を止めて撃ち合うものではない。

 だからこそ素のスコープドッグは機動力重視で最低限の装甲しか持たないのだ。

 

「最低限って言っても限度があるが、なっ!」

 

 急旋回!

 そしてダッシュに緩急をつけて敵からの狙いをつけさせない!

 

「確かに。しかし一応、20ミリを想定して設計されてはいるのですよ」

「本当かよ!」

 

 そうして動き続け、

 

「ぎゃっ!」

「石田さんっ……!」

「大丈夫です、主。石田機は脚を撃ち抜かれたようですが、出火はしていません。その場にとどまっての戦闘も継続可能です」

 

 スコープドッグの後頭部には平面素子による広角イメージセンサー、つまり後部監視カメラがあり、そこからの情報と、機体間通信によるコンディションモニター共有機能をもって確認したメイが報告。

 そうやって味方に損害を出しつつも撃ち合うが、

 

「なんだありゃ? バッタか!? ピョンピョン跳ね回りやがってっ!」

 

 誰かが漏らした悪態。

 いや、あるいはカイジ自身が漏らしたうめきかも知れない。

 しかし、

 

「そうか!」

 

 バッタを捕まえるには、跳ばすことだ。

 バッタは連続しては跳ねられない。

 だから、わざと跳ばせて次に跳ぶまでの準備時間、クールタイムとも言うべき間に捕まえる。

 

 装甲スーツのジャンプも連続使用は機体が、そして内部の人間が耐えられない。

 そこを突く!

 

「だがっ……!」

 

 光明を見出したカイジだったが、しかし気付く。

 当然、ジャンプで避けられないのなら敵はその場で反撃する。

 カウンターでこちらを仕留めようとする。

 センサー類、射撃管制装置、銃そのものも、どれも高価で高度なものを備えている装甲スーツの方が上。

 その上カイジの機体、スコープドッグ・ショーティが装備しているのはGAT-22Cヘビィマシンガン改。

 元々GAT-22の銃身長が1500ミリだったのに対し、約1/4の382ミリのショートバレルに換装、カウンターウェイトとなるストックも取り外されたこの武器は、重量が軽くなったがゆえに、とっさの射撃では振動が大きくなり弾がばらける。

 

 カイジは思い出す。

 先日、カイジが新たな機体、このスコープドッグ・ショーティと、それが使用するGAT-22Cヘビィマシンガン改の説明をメイから受けた際のことを……

 

 

 

「ああ、銃身(バレル)が短いと命中精度が下がるよな」

「主……」

 

 とメイには、手のひらサイズの侍女型自動人形の彼女には複雑な表情をされた。

 

「な、何だ?」

「いえ、その認識でも困ることは少ないと思いますが、正確ではありません。正しいところのお話を聞きますか?」

「ん? ああ……」

 

 カイジには学が無い。

 この時代、何のコネもなく前文明の遺跡あさり、スカヴェンジャーになるために『互助会』に流れてくるような、そんな下流層の教育は崩壊しているのだから仕方ないが……

 ともかく、それゆえ正確であるとかそうでないとか、問題が無い限りはこだわるところではない。

 

 しかし武器は自分の命を預けるもの。

 これまでは『互助会』の先輩から言われる、もしくは見て盗む、正しいかそうでないか判断が付かない経験則的なあれこれを実地で学んでいくしかなかったが。

 こうしてメイが教えてくれるなら、それはとても有り難いことであり、カイジは貪欲に生きるための知識を求める。

 

「バレルを短くしても、銃の機械的精度は落ちません。ベンチレスト、つまり万力などで固定して撃てば、その命中精度にほとんど変わりは無かったりします」

「なに?」

「余談になるかも知れませんが短銃身、スナブノーズのリボルバーは小型で女性の護身にも最適と言われていましたが、実際には非常に当てづらい扱いにくいものでした」

 

 まぁ、実際には女性の最後の騎士、つまり押し倒そうとしてきた相手の身体に押し付けるようにして撃つもので、命中精度も何もないのですが。

 ちらりとカイジの不埒な下半身を見ながら言うものだから、その最後の騎士がどこに向けて撃たれるのか、カイジは身に染みて理解する。

 

 メイはこのようなインパクトがあって記憶に残りやすい雑知識、分かりやすい実例を交えながら説明してくれる。

 

 なお、股間というのはどんな素人でもとっさに庇う狙いにくい部位なので(逆に金的攻撃禁止のフルコンタクト系格闘技をやっている者の方が大股開きの構えをするので攻撃しやすかったりもするが)接射なら的の大きい下腹部もしくは太ももを狙うのが正解で、メイの視線もそこに向けられていたのだが……

 下世話な認識に囚われているカイジは気付かない。

 

「このせいでしょうか、銃身が短いと命中精度が下がるという認識が広く定着したのは。しかしこの銃身長が2インチ程度のスナブノーズでも、やはりベンチレストで固定して撃てば、問題なく精度は出ます」

 

 だから銃身を短くしたGAT-22Cヘビィマシンガン改もまた、機械的精度には問題は無い。

 

「なお、ならスナブノーズのリボルバーの命中精度が低いのは何故か、という話ですが、銃が小型過ぎて構えても安定しない、そして軽すぎて反動を受けやすいせいと長らく信じられていたのですが……」

「違うのか?」

「はい、スナブノーズのリボルバーにも使えるレーザーサイト、グリップに内蔵するものや、サイドプレートの上に着けるタイプの登場で評価は一変します」

 

 史実的にはクリムゾントレースのものが走りか。

 

「レーザーサイトを使うと、当たらないはずのスナブノーズが普通に当たるのです。つまりスナブノーズのリボルバーが当たらないのは見にくいサイトと短すぎる照準線長のせいだったということですね」

 

 だから相手がスナブノーズの拳銃を持ち出してきた場合、当たらないと舐めてかかるかも知れないが、レーザーサイトを付けていたらそれも覆されてしまうので注意が必要ということだった。

 話を戻して、

 

「もちろん銃身を短くすると弾速が落ちます。それにより射程が落ち、遠距離では当てにくくなることはありますが」

 

 あとは徹甲弾のような運動エネルギー弾の威力も落ちる。

 しかし、

 

「元々、GAT-22ヘビィマシンガンは長距離精密射撃など想定していませんから、一般的な交戦距離では問題とはなりません」

 

 ですが、と続けるメイ。

 

「銃身が短く、カウンターウェイトとなるストックも取り外されたGAT-22Cヘビィマシンガン改では、重量が1010kgから818kgと軽くなったがゆえに、銃撃の反動による影響を受けやすい。つまり振動が大きくなるから、弾が散ってしまうのです」

 

 機械的精度ではなく、そういう問題。

 

「それゆえGAT-22Cヘビィマシンガン改では銃身上部に配置されていた70ミリ単発グレネードランチャーを廃止し、そこにガス圧調整メカニズムを装備することで弾種や用途に合わせ発射速度、つまりフルオート射撃による発射サイクルのスピードを変え、命中率の低下による攻撃力不足を補っているのです」

「補う?」

「発射速度を上げる、つまり……」

「『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』かよ!」

 

 ということ。

 

「バカな……! ノーマルのGAT-22ヘビィマシンガンだって下手にトリガーを引き続けると、あっという間に弾切れするんだぞ!」

 

 乗り初めにそれをやって、えらい目に遭ったカイジだ。

 専用のボックスマガジンに120発の弾が入るため、歩兵で言うアサルトライフル、自動小銃ではなく分隊支援火器(Squad automatic weapon, SAW)、軽機関銃だと認識してフルオートで撃ち続けたのが原因だ。

 戦闘中に弾切れを起こし、液体火薬の爆発の力で肘から先を伸縮させるアームパンチに頼った肉弾戦をやる羽目になるわ、使った弾の補充を引き出すのにえらい苦労をさせられるわでヒドイ目に遭っている。

 

 だからGAT-22ヘビィマシンガンは通常、単射での運用が推奨される。

 これは北領皇国軍の熟練兵も一緒だ。

 しかし、

 

「発射速度が速くても使い道はあります。敵と遭遇したら真っ先に弾幕を張ることができます。だから視界が悪く不意の会敵が起こりやすい密林湿地帯向けのマーシィドッグなどではこのショートカービンタイプのGAT-22Cを用いていたのです」

 

 密林で使うのに取り回しがいいから、というだけでは無いということ。

 そして、

 

「このATM-09-LRC、スコープドッグ・ショーティはLight Reconnaissance Custom、つまり軽偵察型の機体です。敵に発見されたら弾幕を張り即座に逃げる。偵察部隊の通常作戦規定(SOP、Standard Operating Procedure)ですね」

「……そ、それは分かるが、俺には関係ないよな?」

 

 偵察向きの機体だが、偵察に用いるわけじゃない。

 しかしメイは首を振って、

 

「主はこの第45班の班長です。敵から襲撃を受けた際には真っ先に逃げる、というわけには行かず、踏みとどまって敵に反撃して見せる必要があります。そうでないと部隊の士気が落ち…… いえ、この互助会の面々では」

 

 メイは言葉を濁すが、

 

「士気が崩壊する、か」

 

 カイジは正確に状況を把握していた。

 彼はうだつの上がらない互助会メンバーの一人に過ぎないが、だからこそ弱い人間の心理を理解している。

 頭ではなく心で理解できる。

 それが彼の持つ強みでもあり、また理解した上で考えられる頭があるからこそ、班長なんて面倒な立場を押し付けられているわけなのだが。

 

「……はい、ですから発射速度が速く即座に弾幕が張れる、というのはその場合にも役に立つのです」

 

 

 

 ゆえに、

 

「スモークだっ!」

 

 装甲スーツを連続でジャンプさせた先に、煙幕弾を投射させる。

 他の班員のノーマルなスコープドッグが装備しているのはGAT-22ヘビィマシンガン。

 銃身上部に配置された70ミリ単発グレネードランチャーには、煙幕弾が装填されていた。

 

 慌てたのか石田たちの射撃はそれ、別の場所に白煙を上げたが、カイジに追従していた涯のものが敵装甲スーツ至近に着弾!

 その姿が白煙に包まれる。

 

 

 

「スモーク!? 視界を赤外線に……」

 

 遠赤外線は可視光線と比較して、解像度が劣る一方で透過能力に優れるため、ある程度であれば煙越しに像を捕らえることもできる。

 しかし、

 

「熱量を持った煙幕だというのか!?」

 

 熱煙幕弾は、それすら妨害する。

 装甲スーツの男は舌打ちした。

 使い過ぎた推進器はオーバーヒート気味で今しばらく冷却が必要だし、これ以上の連続跳躍は男の身体の方がもたない。

 

「だが、見えなくともなぁ」

 

 野盗に堕ちた身が手にできるような型落ち品であろうとも、装甲スーツは高度テクノロジーの塊だ。

 事前に採取できた周囲の地形データが入っているなら、それを基にコンピュータによる3D描画を行い、問題なく動くことが可能。

 そしてデータベースに入っていたスコープドッグの機体データから、相手の動ける範囲も予測できる。

 

「地形を、遮蔽物を利用し待ち構え、飛び込んできたところを撃つ!」

 

 そうして、徐々にスモークが薄れると……

 

「そこぉ!」

 

 こちらに向けローラーダッシュ中の機体に射撃。

 命中させるが、当たり場所が悪かったのか敵はダッシュのバランスを崩しスピンしただけで炎上しない。

 しかもスピンも1回転と少しに留め、即座に機体を立て直して見せる。

 こんな見事な自動制御を成せるような高性能なバランサーはATには積まれていない。

 つまりはパイロットの腕による人間バランサーだ!

 

「ちぃっ!」

 

 追撃に入ろうとする男だったが、しかしそこで気付く。

 こちらに回り込んできていた敵は二機だったはず。

 もう一機は……

 

「っ!」

 

 がなり立てる接近警報!

 至近の物陰から飛び出してくる、ATにしては低過ぎるシルエットの機体!

 

【挿絵表示】

 

「バカなっ!」

 

 スコープドッグの性能では、この短時間にそこまで接近できるはずもないし、その遮蔽物は高さが3メートル程度、スコープドッグの長身が隠れられるような場所ではない!

 

「くっ!」

 

 それでも装甲スーツは即座に反応して見せるが……

 敵のヘビィマシンガンから放たれた濃密な火線が、男と機体を飲み込むのが先だった。

 

 

 

「発射速度が速くても使い道はある、か」

 

 振動が大きく弾が散るというのも、距離がある場合は命中率が下がるが、逆に近距離で弾をばらまき、逃れ難い面で攻撃するには適しているということ。

 この至近からの火力のごり押しで装甲スーツを倒したカイジはため息交じりにつぶやく。

 

「さすがです、主」

 

 メイがその彼を褒めたたえる。

 しかしカイジは、

 

「いや、この機体の性能のお陰だ」

 

 と答える。

 このATM-09-LRC、スコープドッグ・ショーティは偵察型の機体。

 スコープドッグは降着機構を支える1本のバー状のフレームでひざ下と接続されているわけだが、それを超ショートフレームに交換することでカカトの関節と接続。

 これにより頭頂高が3メートルを割る2930ミリ、ライト級ATツヴァーク並みの低身長と同時に軽量化を実現しているのである。

 

【挿絵表示】

 

 軽い上、低身長であるということは空気抵抗も低く。

 つまりはローラーダッシュ時の加速はもちろん、トップスピードも高まっているため、敵装甲スーツの戦術コンピュータの予測を覆し、スモークに紛れて至近距離まで接近できたわけである。

 その恐るべき本領を最初にさらけ出していれば相手も対応できたかもしれないが、カイジはスモークを焚くまでは僚機である涯のノーマルなスコープドッグに合わせて行動していたので、事実は伏せられた。

 それゆえに成り立った策である。

 その上、

 

「速いだけでなく、安定してるから俺でも無理なくスピードが出せたし」

「そうですね、足を短くした結果、重心が下がって安定性が増した上に、アーマードトルーパーの脚部をサスペンションと考えれば、ばね下荷重が大きく減るのと同じ効果をもたらす結果となりますから、ローラーダッシュ時の運動性能、操縦性が大幅に向上しているのです」

 

 車において「バネ下を軽量化するとフットワークがよくなる」や「バネ下1kgの軽量化はバネ上10kgに相当」という話はよく聞かれるところ。

 特にアーマードトルーパーは重い機体重量を支えるのとローラーダッシュ走行を安定させるために人体に比べ脚部の肥大化が著しく、これを改善できたことはかなりの効果を上げていた。

 

 さらに低身長を利用し、ノーマルなスコープドッグでは隠れきれない高さの遮蔽物を利用し身を隠す。

 そうして掴んだ勝利だった。

 

 

 

 なお……

 各機、派手に被弾するわ、大量の弾薬を消費するわでこちらの損失も酷く。

 班長であるカイジはその報告と補給の引き出しに大変な苦労をすることになるのだが。

 その手伝いをしながらメイが……

 スコープドッグ・ショーティにインストールされた彼女と本体、手のひらサイズの侍女型自動人形はデータリンクしているので戦闘報告書の作成もばっちり、な彼女が言う。

 

「まるでレッドショルダーですね」

「え……? 味方からも吸血部隊と怖れられたっていう伝説の装甲騎兵部隊のことか? 生き延びる為には仲間の血を吸う。死人の肉を食う。地獄からだって這い戻ってくるっていう」

 

 まぁ、カイジのようなスカヴェンジャーのAT乗りには例えるに相応しい存在かも知れないが。

 しかしメイは首を振り、

 

「いえ、レッドショルダーのいわれには、もう一つ説がありまして。上げる戦果以上に味方に与える損失が大きく、それを差し引けばいつも赤字。収支グラフが常に右肩下がりで真っ赤なので、そう呼ばれたという」

 

 だからATの右肩を赤く塗っているのだと……

 

「レッドショルダーの赤はもっと暗い。差し押さえの赤紙の色だ。それとマークは右肩だ」

 

 などという噂がまことしやかにささやかれたのだという。

 

「………」

「今の状況は、まさにそのような感じですよね」

「……ああ」

 

 カイジはため息をつき、配給品の飲料に手を伸ばすが、

 

「げはぁっ! げはぁぁっっ!! し、舌が、舌がっっっっ!! の、喉がっっっっ!!!」

 

 カイジは鼻水を吹き、噎せ、泣きながらゴロゴロと床を転げまわる。

 その主の惨状に、毒でも仕込まれたのかと慌てて確認するメイだったが、

 

「……『ゴーヤ1本丸ごと濃縮『還元しない』コーヒー』? IAI食品部門のプラントでも生き残っているんですか!?」

 

 缶にプリントされた『苦み走った憎いヤツ』というキャッチコピーが、何とも消費者にケンカを売っているヒドイ代物だ。

 

「み、水……」

 

 カイジの飲むエヒメの缶コーヒーは苦い……




 頂きましたご声援に支えられ、無事、続きを書くことができました。
 ありがとうございます。

 考えていた話とは別になりましたが、とりあえずはバトルが必要かな、と思いましてお届けした次第です。
 装甲の話は次回、今回の戦闘で被弾、損傷したATを修理しながらになりそうです。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第3話 ハリボテ装甲

 装甲スーツの脅威を逃れたカイジを待っていたのはまた、地獄だった。

 破壊の跡に棲みついた貧困と窮乏。

 皇国西領軍腐敗が生み出した、ソドムの街。

 悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたここは、皇国西領のゴモラ。

 

「さぁ、さっさと働け!」

 

 気が付けば……

 カイジは地の獄……!

 強制労働を課せられていたっ……!

 

「うっ、ゲホゲホッ」

 

 過酷な労働に倒れる仲間。

 

「大丈夫か?」

「よせぇ、他人に構うんじゃねぇ……」

「おい、作業の音が聞こえなくなったがどうした? 転んで死ぬなら余所でやってくれよ。ここは引火するものが幾らでもあるからな」

 

 今回も、カイジと地獄に付き合ってもらう。

 

 

 

第3話 ハリボテ装甲

 

 

 

 そんなわけで損傷したATをエヒメの街のガレージに持ち込んだカイジたちは、

 

「修理の対価として、お手伝いで済ませてもらえるなんてありがたいことですね……」

 

 とカイジの機体、スコープドッグ・ショーティにインストールされたAI、メイがささやくとおり、このガレージの主人、アイザックの雑務を手伝うことで修理を手伝ってもらえることになっていた。

 

「言われてみりゃそうだけど、なっ!」

 

 カイジの機体の損傷は比較的軽く、しかしそれゆえに重機代わりにこき使われている。

 他の互助会、第45班の面々は、特に機体損傷の激しかった石田たちは別の場所でひいひい言いながら生身での労働に従事していたりする。

 学もスキルも無い彼らは、安価な単純労働に身体を売ることでしか修理の対価を払うことができないのだ。

 

 それに比べれば別行動を取っているメイの本体、手のひらサイズの侍女型自動人形は別格で、アイザックの事務所で溜まっていた事務処理を行っていた。

 実はアイザックがこの取引を了承したのも、メイの能力が目当てだったりするのだが……

 その彼女だが、

 

「……今、本体から通信が入りました。装甲の張替えぐらいは自分たちでやれ、とアイザック様から指示が降りたそうです。ガレージに向かいましょう。本体も移動を開始しています」

「本体って…… あの短い脚で移動か?」

 

 全高8センチ足らずのその姿を思い浮かべて首をひねるカイジだったが、

 

「問題ありません。大規模災害時対策モードに移行していることによりリミッターが解除された結果、.22LR弾に匹敵するキック力が確保されています。それこそ弾丸のようなスピードで地を蹴り移動することが可能です」

「はぁ?」

「海性動物最速の速さでパンチを繰り出すことができるというモンハナシャコと同程度、生物(なまもの)に出せて、我々に出せないわけが無いでしょう?」

 

 モンハナシャコのパンチの加速力は.22LR弾に匹敵し、これで貝を割り、水槽のガラスも割って見せるというのは有名な話である。

 

「私の販売元である『センチネルグローリー』の技術は伊達ではございませんので」

 

 メガコーポ、センチネルグローリーはトップシェア争いを繰り広げる大手『移動体通信事業者(キャリア)』であった。

 自身についての記憶に欠落があるメイだったが、だからこそ判明している出自に相応しい能力を証明することにこだわる。

 プライドを垣間見せるのだった。

 

「それにA.I.Doll-phone、通称D-phoneと呼ばれる全高8センチ前後の携帯秘書、パームトップ自動人形型携帯電話である我々は、3.5頭身から4頭身程度の体形を保持しています」

 

 何故、この頭身になっているのかというと、

 

「人体比率、胴体に対する手足の長さなどを維持できる限界がここなのです。これ以上、頭身を下げると脚を短くするなどといった大幅な体形のデフォルメが必要不可欠で、苦労することになりますから」

 

 エヒメの街で有名な人形使いと呼ばれるスカヴェンジャー。

 カイジも見知った顔の彼が密かに所持している小型自律式情報端末、走狗(マウス)は運動が苦手だが、それはねんどろいど体形…… 2.5頭身で極端に手足が短いからだ。

 まぁ、向こうは情報処理能力等がけた違いの高級品であり、その得意分野においてはD-phoneなどでは太刀打ちできないわけではあるが。

 

「あ、来ましたね」

「主」

 

 スコープドッグ・ショーティの頭部バイザーを開けて、コクピット内に飛び込んでくるメイ。

 共通記憶領域を使ってこの機体にインストールされた自分と情報を共有、並列化すると、

 

「さぁ、参りましょう」

 

 とカイジを誘導する。

 

 

 

「穴の開いた腰部装甲を交換してしまいましょう」

 

 機体のユーザー向け取説、そしてサービスマニュアルが丸ごと記憶領域に入っているメイの指導の下、まずは腰の部分を守る5分割されたスカート状の装甲の被弾箇所を修理することにする。

 

「隅のボルトを外してください」

 

 そう指示され作業を始める面々だったが、

 

「逆、スパナの向きが逆です! ナナメ掛けもダメ! アイザック様に知られたら叱られますよ」

「俺が何だって?」

「ひっ!?」

 

 工具の正しい使い方から指導が必要だった……

 まぁ、アイザック愛用のこだわりの品ではなく、こちらが持ち込んだ自前の工具だったので呆れられこそすれ、怒られることは無かったのだが。

 ともあれその辺、丁寧に説明した上で腰部装甲の隅にあるボルトたちを外すのだが、

 

「なにっ……!」

 

 絶句するカイジたち。

 

「バカな……!」

「だってこれ……」

「これは……!?」

 

 表面の薄板を外して現れたのは、ただの枠。

 スッカスカのフレームだった。

 

「何だと言われましても、ボルトオンフレーム式装甲ですよね?」

 

 首をかしげるメイだったが、カイジたちが何にショックを受けているのか思い当たり、

 

「ああ、この厚みのムクの装甲板だと思っていたのですね」

 

 それが、実際には厚みの大半がただの取付枠であって、実際の装甲は表面の薄板だけだったということにショックを受けたと。

 

「思い出してみて下さい、スコープドッグの装甲厚は6ミリからもっとも厚いところでも14ミリ。この腰部装甲がムク材だったら完全にそれをオーバーしますよね?」

 

 ということ。

 しかし、

 

「バ…… バカなことを言うなっ……!」

「メチャクチャだっ……! 装甲には我々の命運がかかっている……! そんな気付いて当然、気付かない方が悪いなんてサギみたいな話でハリボテ装甲を当たり前のように思えだなんて……!」

「どうして……? ひどい……! ひどすぎるっ…………! こんな話があるかっ……!」

 

 彼らには通じなかったようだ。

 しかし、

 

「誤解があるようですね。この腰部装甲はこれでも20ミリ弾を想定して設計されているんですよ」

「は……?」

 

 沈黙の天使が通った後、

 

「20ミリ弾に耐える……?」

「こんなので……?」

 

 信じられないとつぶやくカイジたち。

 

「いや、そもそもスコープドッグの装甲は一番厚いところでも14ミリしかないんだぞ?」

 

 それでどうやって、とメイに目を向けるが、彼女はセメント系冷静侍女風味に設定されたAIに相応しい怜悧な表情を崩さず説明する。

 

「ええ、繰り返しになりますが腰部装甲など一部では想定して設計されているという話です。第二次世界大戦中の独逸四号戦車が対戦車ライフルへの対応策として付けた増加装甲、シュルツェンと同じ理屈です。あれは厚さ数ミリの薄い、防弾処理もされていない軟鉄製だったという話ですが効果は十分でしたから」

 

 そう言われても納得できずにいるカイジたちに、メイは語る。

 

「シュルツェンは独逸語でエプロンを意味する言葉ですが、この場合は戦車の砲塔や側面に追加された、対戦車ライフル向けの増加装甲を指します。戦車本体の装甲とあわせて空間装甲を形成でき、成型炸薬弾にも有効です」

「本体の装甲?」

「スコープドッグで言えば、腰部装甲の下には太ももの装甲がありますよね」

 

 ということ。

 

「この空間装甲ですが、HESH、粘着榴弾なら外側の装甲に命中した際に起爆し、装甲間の空間によって衝撃波の伝播が弱められ、破片も主装甲で受け止められる上、機体内への衝撃波による被害もまた減少します」

 

 また、

 

「火薬の力が産み出すメタルジェットで装甲を穿つ弾頭、成形炸薬弾(HEAT弾:High-Explosive Anti-Tank)でも、外側の装甲に命中した際に起爆させれば、そのメタルジェットは減衰します。装甲車に金網を追加したスラット装甲などを見ても分かるようにこの目的では、強度は必要とされませんから薄板でも十分です」

 

 まぁ現代のHEAT弾は著しく性能が向上しているので多少離して爆発させても効果は薄い。

 ただ元々スコープドッグが想定しているのは20ミリ、火砲としては小口径な砲弾で、弾頭直径に比例するメタルジェットの有効距離も短いため、これに対しての防護としては十分とされた。

 それ以上の火砲に対する防護は考えられていないし、歩兵が使うミサイルやロケットなどで弾頭が大きく炸薬量が多いものについては、歩兵に肉薄攻撃を許すほど近づけるのが悪い。

 さもなくば機動力で狙いを付けさせるな、弾速が遅いのだから撃たれても避けろ(当たらなければどうということは無い)、という考え方である。

 

「最後に運動エネルギーで貫くタイプの徹甲弾ですが、これは小口径…… 砲としては小口径の20ミリや、重機関銃、アンチマテリアルライフルに用いられる.50口径、12.7ミリ弾では、表面の装甲を貫通した後、主装甲への命中角が変わって浅くなり貫通力を落とす場合があります。これは先に挙げた独逸戦車のシュルツェンが対戦車ライフル対策で効果を上げているものですね」

 

 つまり、

 

「スコープドッグの腰部装甲のような空間装甲では、外側表面のものはシュルツェン同様、強度はさほど必要としない、ということです」

 

 だから薄板で十分なのだ。

 

「ただ、薄板をそのまま吊り下げると周囲に引っ掛けるなどして簡単に曲がり、障害になる恐れがあります」

 

 独逸戦車のシュルツェンではこれにより履帯や転輪に絡まることがあり、戦車兵には嫌われたという。

 

「だからしっかりとした強度のある枠、フレームを用意して、それにボルトで取り付けるようにしてあるのです」

 

 そういうことだからハリボテではないし、別に騙そうとしているわけでもないということだった。

 

「あと、この腰部装甲には様々な種類があります。前後装甲に多いボルトが無いタイプや、主のスコープドッグ・ショーティの側面のものは、フレームを排した箱型装甲ですね」

「何だって?」

「フレーム無しの薄板単体でも、箱型に成型することで歪みを防ぐというものです」

 

 まぁ、それこそ見た目は総菜や弁当の上げ底容器みたいな感じにはなるのだが……

 一方、

 

「主のスコープドッグ・ショーティの側面のものには隅にボルトがありますが、これは裏側にバックプレートを固定するためのものですね。そうすることで本体、太もものものと合わせ3重の空間装甲として働きますし、内部空間に衝撃吸収材を充填するなどして耐弾性能向上を図ることが容易になります」

 

 ということだった。

 性能、軽さ、生産性、どれを取ってもボルトオンフレーム式より上。

 損傷時には丸ごとの交換が必要になるが、それでも安いので問題は無いだろう。

 

 こうして自前で装甲の張替えを行った後、内部の機器の修理についてはアイザックの手並みを、メイの解説を聞きながら全員で見せてもらう。

 

「修理手順を実際に見せてもらい、覚えさせてもらえるというのは有り難いですね」

「ああ、あとは消費した弾薬の補給だが……」

 

 メイに手伝ってもらい作成した報告書により互助会からは最低限の補給は受けられていたが、今後、またこのような事態があった場合を考えると、もう少し余裕が欲しいのだ。

 互助会内部通貨、ペリカ。

 かき集めたこれを使って弾を買うか、それとも……

 

「また官営武器店に行って、お手伝いをするか」

 

 メイが言っているのは不良在庫の30ミリ弾からサビ弾をより分ける作業のことだ。

 軍では傷やへこみがあったり腐食のある弾は使用しないことになっているが、ではそれがパッケージに混じっていることが発見された場合、一発一発確認するかというとそんな面倒なことはせずに丸ごと官営武器店へと払い下げる。

 官営武器店ではそのまま安値でスカヴェンジャーたちに売ってもいい。

 実際、互助会に供給されるのはこのようなサビ弾混じりのもので、事前に各自がチェックしてあまりにもまずいものは除いておかないと銃がトラブルを起こすことになる。

 一方で、このエヒメの街の官営武器店の主人は、客側が承知の上であっても不良混じりの品を売ることには難色を示しており適当な人間が居るなら、より分け作業を頼むわけだ。

 そうやってはじかれた廃棄されるサビ弾をタダでもらって、その中でも比較的マシなものを磨いて使うという気の遠くなるような、しみったれた作業だが、

 

「石田さんの集中力が凄かったですよね。それでサービスしてもらえた70ミリグレネード、熱煙幕弾が主たちを救ってくれた、とも言えます」

 

 互助会という吹き溜まりで中年になっても班の副官どまりという、うだつの上がらないおっさんの代表格とも言える石田だったが、意外なことにこんな単純作業については過集中とも言える力を発揮した。

 飽きずに黙々と、何時間でも集中力を切らさずに作業ができる。

 

 そもそも彼は真面目だ。

 ただ、とっさの出来事に弱く、立ち回りが決定的に悪い。

 上手に立ち回ることができずに失敗するということで底辺にくすぶっている。

 

「私見ですが、あの方は偏った能力をお持ちになっていますね。それゆえに苦しみ、しかし特定の状況下、はまれば強いというタイプです」

 

 そのはまった状況下で得られたものがカイジたちを救い、それにより班員たちの石田に対する評価もまた上がった。

 それで自信が持てたのか、今もまた個人用に複製したマニュアルと首っ引きでアイザックの作業を見守り、必要な箇所にはメモを取っている。

 口頭で説明されただけで、すぐにその場でこなしてみせるような即応性、器用さは彼には無い。

 ならば紙に書いて、紙面で残し、マニュアル化する、定型的なマニュアル作業にまで落とし込む。

 これが彼に向いている方法であり、とっさの対応力で劣り戦闘時にはお荷物になることがあっても、整備補給などといった定まったことを決められたとおりにやることについては、任せることができるのかもしれない。

 その辺を改めて納得し、今後に生かすことにするカイジだった。

 しかし、

 

「お前ら、人に作業させといておしゃべりとは余裕だな」

「あ……」

「次からは自分たちでやらなきゃならんってこと、分かってるか?」

「すいません……」

「申し訳ございません……」

 

 アイザックにツッコまれ、慌てて謝るカイジとメイだったが、

 

「まぁいい、差し入れだ。仮にもウチで働いている最中に脱水症状を起こされても困るからな」

 

 と様々な種類の混ざった缶やボトルの飲料たちを差し出される。

 先日のコーヒーで酷い目に遭ったカイジは透明の飲料なら大丈夫なはず、と考え、早い者勝ちとばかりにボトルを選んで口にする。

 カポン、と消えて行く透き通った液体。

 そして、

 

「っ?!?!?!」

 

 カイジの口内へ、唐突に襲い掛かる刺激!

 最初それが何なのか、カイジには分からなかった。

 舌が、そして脳が拒絶するそれは、喉を痛め、鼻から突き抜ける痛みとなってカイジに叩きつけられる。

 

「げはぁっ! ぐはぁっ!?」

 

 カイジは見開いた瞳から涙を流しながら口の中の液体をぶちまける。

 しかしそれでも口の中は、喉は痺れたまま。

 ここに至ってカイジはようやく理解する。

 口内を侵すこの刺激、これは苦味だと!

 

「かひぃ……! あひぃ……!」

 

 ゴロゴロとその場を転げまわるカイジは、涙と鼻水を垂れ流しながら、口腔内に染みついた苦味に、むせる。

 

「主!? アイザック様、いったい何を飲ませたんですか?」

 

 慌ててアイザックに迫るメイだったが、

 

「ちょっとした伝手で押し付け…… いや、もらったIAI食品部門のプラント産飲料の詰め合わせでな。比較的安全な…… いや、マシなものから消費されていったら残りが……」

 

 アイザックの誤魔化しきれない本音が滲み出た答えに珍しく表情を引きつらせる。

 

「主!」

 

 カイジの選んだ飲料のラベルを確かめるメイ。

 そこには、

 

「にがりサイダー?」

 

 容器にプリントされた『ニガリ走った憎いヤツ』というキャッチコピー。

 ダジャレか! とツッコみたくて仕方が無いのはこれを考えたコピーライターの思惑通りにハメられているということか。

 これを飲ませたアイザックはというと、

 

「いや、互助会の人間なら持ち前の抵抗力で大丈夫かと思ったが、やはりIAI食品部門のプラント産飲料…… その外れ枠には勝てなかったか」

 

 と感心したようにうなずいていた。

 

「あ、当たり前ですよ」

 

 呆れ顔のメイ。

 見れば、まだ選ばれていないドリンクの中には『飲む麻婆豆腐 14万スコヴィルを貴方に』などといった、皮膚に触れただけでも火傷並にかぶれてしまうという、対人兵器レベルの危険物まで混ざっている。

 蟲毒のツボ並みに濃縮されたIAI食品部門プラント産の外れ枠は、罰ゲームで済むようなものではない禍々しい気配を放っていた……

 

「み、水……」

 

 カイジの飲むエヒメのサイダーも苦い……




 スコープドッグの装甲についてでした。
 なお独自設定というわけではなく書籍『マスターファイル アーマードトルーパー ATM-09-STスコープドッグ』で唱えられていた説に、実際の効果を想定して追加してみたものです。
 確かに外見どおりの厚みがあったら最大でも14ミリという設定を大幅に超えてしまうわけで、このように解釈しないと問題が出るということですね。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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第4話 ソードダンサーと踊る夜

 この作品向けに書き溜めていたスコープドッグ・ショーティのお話を別作品に転用してアップしたんですが、友人に、
「『装甲騎兵録カイジ』だけの読者も居るんだから、そっちでも上げたら」
 と指摘されまして。
 そんなわけで、元々書いていたこちらの原稿を掲載させていただきます。
 なお、戦闘シーンの流れ自体は転用先と同じですが、心理戦とか駆け引き部分についてはカイジらしい、違ったものになっています。


 食う者と食われる者、そのおこぼれを狙う者。

 牙を持たぬ者は生きて行かれぬ暴力の街。

 あらゆる悪徳が武装する、エヒメの街。

 ここは皇国西領軍腐敗が産み落としたソドムの市。

 カイジの体に染みついた硝煙の臭いに引かれて、危険な奴らが集まってくる。

 

「やぁやぁ、久しぶり」

 

 張りのある、良く通る女性の声が響く。

 仕事(ビズ)の依頼を受け、AT四機で赴いたカイジたちの前に現れたのは、

 

「あんたは、あの時の……」

 

 真紅に染め上げられた防刃防弾服と腰に下げられた一対の双剣。

 一目見たら忘れられない銀の髪の美女は、以前と変わらぬ不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

「最近は『幸運の片耳烏』なんて呼ばれてるそうじゃない」

 

 そう、にこやかに微笑む彼女は、そのカイジの二つ名の元になった、片耳が千切れ飛ぶほどの負傷をしながらも何とか生き残った、過去の仕事(ビズ)に参加していたアーチャーと名乗る独立傭兵。

 人は彼女を『ソードダンサー』と呼ぶ。

 

 

 

第4話 ソードダンサーと踊る夜

 

 

 

「面白いのに乗ってるねぇ……」

 

 カイジの乗機、スコープドッグ・ショーティ。

 

【挿絵表示】

 

 その左肩からマントのようにかけられた布をめくってみた彼女は、

 

「あらら?」

 

 と目を丸くする。

 それはそうだ。

 カイジの機体には現状、左腕が付いていない。

 かけられたボロマントは、それを隠すための偽装に過ぎなかった。

 

「ひざ下が壊れたからってカカトと直接つなぎ、左腕も無しって……」

「膝から下の降着機構のフレームをぶった切ってカカトとつなげてあるのは最初からの仕様だ!」

 

 と反論するカイジだったが。

 

「それじゃあ、左腕は?」

 

 と聞かれて、情けない顔をし目を逸らす。

 

「班のやつらが腕、壊し過ぎて……」

 

 このエヒメの街のガレージを取り仕切るブローカー兼メカニックであるアイザックが、西領にアーマードトルーパー、ATを売り込むためにノーマルのスコープドッグに付けてくれたシールドだったが……

 何とか20ミリを通さない耐弾性能を有するが、今度は保持する腕が衝撃に耐えられないという問題を抱えていた。

 カスタムにありがちな、一か所を強化すると別の個所がついていけずに不具合が出る、というパターンである。

 それじゃあ、そこを直して、とするとまたほかに不満が出て結局全体に手を入れる大改修になり、その費用でもっと強い高級機が買えた、となるやつだ。

 

 無論、ATは動き回ってなんぼ。

 いくら装甲があっても、足を止めて撃ち合うものではない。

 だからこそ素のスコープドッグは機動力重視で最低限の装甲しか持たないのであり、シールドに頼って被弾している連中の方が運用方法を間違えているだけなのだが、その結果……

 

「部品の在庫が無くて、他の機体に取られた」

 

 いわゆる予備パーツ不足からくる、共食い整備というやつであった。

 新人の工藤涯はパワーファイタータイプであり、完全な機体を宛がった方が班の戦力が上がり、結果としてカイジたちの生存率が向上するから対象外にするとして。

 残りの二人、そもそもシールドに頼ることで機体を損傷させてしまった石田たちのスコープドッグのどちらかを片腕無しにする。

 片腕ならシールドを持てまい、という具合に荒療治するという手も考えたが、

 

「ダメだっ…… オレはダメなんだ……」

 

 とボロボロ、ボロボロと泣いて嫌がる、シールド無しでは身がすくんで動けないと言うので、仕方なくカイジの機体から提供した経緯にある。

 

「これが一番、班の戦力低下が抑えられるパターンではあるのですが」

 

 と説明するのは、カイジが着込んでいるAT用の気密服、その右腰の雑嚢ポーチからひょっこりと顔を出した手のひらサイズの侍女型自動人形。

 メイド型A.I.Doll-phone、個体識別名『メイ』である。

 

「主の機体、スコープドッグ・ショーティが装備しているのはGAT-22Cヘビィマシンガン改。元となったGAT-22の銃身長が1500ミリだったのに対し、約1/4の382ミリのショートバレルに換装、カウンターウェイトとなるストックも取り外されたこの武器は、重量が軽くなったがゆえに、片腕でも取り回しがしやすくなっています」

 

 ということに加え、

 

「あとは頭部アンテナが右側に移設されているので、万が一マントがおかしな具合にめくれ上がって被さってきてもアンテナに引っかかることが無い、ということなどもありますし」

 

 スコープドッグの頭部アンテナは左側に付けられるのが標準だが、スコープドッグ・ショーティでは右側に移設されていることが多い。

 

「これは背中に装備するミッションパックの左側にミサイルランチャーを付けても干渉しないようにするための処置でしたが」

 

 右手で銃器を持ち、ミサイルランチャーも右側に付けるとなると、機体重量の軽いスコープドッグ・ショーティでは機体左右のバランスのモーメントチューンがシビアになる。

 そのためにミッションパック左側にミサイルランチャーを付けられるようにするためのもの。

 

「まぁ、射撃のことのみを考えるなら脚部のショート化によりもたらされる低重心、安定性の向上から必要は薄くて、あくまでも機体の運動性向上のためのものですが」

 

 スコープドッグ・ショーティでなくとも機体バランスを重視したり、右腕に重量のかさむ大型の火器を持ち、さらにミッションパックにミサイルランチャーを装備したいという重武装時には行われる処置ではある。

 

 そんな説明をするメイだったが、それを真面目な顔をして聞いていた彼女、アーチャーはというと、

 

「カイジ君、この子私にちょうだいな」

 

 まったく別のことを考えていたりした。

 

「あげませんよ!」

 

 可愛いもの…… 可愛い子が好みなのか無茶を言うアーチャー。

 カイジはペットじゃないんだからと慌てて拒否するが、彼女は聞いてはおらず、

 

「ほら、怖くない」

 

 と優しく、しかし獲物を見る目で手を、指をメイに差し伸べる。

 

「あ、あの……」

 

 セメント系冷静侍女風味にAIをセットアップされ、滅多に表情が崩れないはずのメイが、引き攣った顔で助けを求めるようにチラチラと主であるカイジに視線を走らせる。

 それを受けてカイジも、

 

「明らかに怖がってますから!」

 

 と腰が引けつつも言うが、

 

「おびえていただけなんだよね。ウフッ、ウフフ……」

「俺の話を聞いてくれっ……!」

 

 暴走するアーチャー(なお、カイジの実力ではこの女傑を止めるのは絶対に無理な模様)に悲鳴を上げるのだった……

 

 

 

 それはそれとしてビジネスの話である。

 

「相手は野盗化した脱走兵よ。装備はボロボロのはずだけれど、まだ動く中、軽量級の装甲スーツがあるかも」

「げぇっ!?」

 

 アーチャーの語る今回の仕事(ビズ)の内容に、顔を引き攣らせるカイジたち。

 

「まぁ、軽量級が接近戦を挑んでくれるなら喜んで私が相手をするんだけれど」

 

 と肉食獣を思わせる笑みを浮かべる彼女に頼もしいものを感じるが、

 

「距離を保って退き撃ちでペチペチやられるとね。いや、それならいい方で、即座に全力で逃げられた日には……」

「そのための我々ですか」

 

 と納得するメイ。

 

「ええ、作戦を説明するわ」

 

 そんなわけで……

 

 

 

「敵の主力を石田さんたちに待ち伏せ(アンブッシュ)で潰してもらい、私たちは敵のねぐらを同時に殲滅、ですか」

 

 スコープドッグ・ショーティにインストールされたメイが、カイジにささやく。

 要するに、アーチャーは奇襲で盗賊たちを潰せるだけの情報を持っていたが、それだと拠点に残る頭に逃げられる可能性がある。

 逆に拠点を先に潰しても、主力が野放しでは問題だし、頭を失って散り散りにでもなられたら追いかけるのが面倒すぎる。

 一網打尽にするにはどうしても二か所同時に戦力が要る、ということで人員を求めたようだった。

 

「通常行動時は副長である石田さんに指揮権があるが、戦闘に関しては涯の指示に従うように言ってあるから、あいつが何とかするだろ」

 

 とカイジ。

 新人だった工藤涯だが、その実力は本物で安心して隊を分けることができた。

 一方、

 

「ATM-09-LRC、スコープドッグ・ショーティか……」

 

 アーチャーに再生機扱いされたこの機体だが、メイ曰く、

 

「実際、この機体の始まりは、ひざ下が大破していたスコープドッグを何とか再生するために行われたものという話ですから、そう思われても仕方が無いのかも知れませんね」

 

 降着機構のフレームは、これだけで膝上の荷重を支える頑丈なものなので無事だったことから、それをぶった切って超ショートフレームに加工、カカトの関節と接続することで稼働機体に仕立て上げたのが最初だとか。

 

「機体制御OSにも変更は必要ですが、プログラムは公開されていて入手は簡単ですし、何なら自分でミッションディスクをいじっても問題はありません」

 

 とメイが言うとおり。

 足を短くした結果、重心が下がって安定性が増した上に、アーマードトルーパーの脚部をサスペンションと考えれば、ばね下荷重が大幅に減るのと同じ効果をもたらす結果となり運動性能、操縦性が大幅に向上しているため、制御にも問題は出ない。

(車において「バネ下を軽量化するとフットワークがよくなる」や「バネ下1kgはバネ上10kgに相当」という話はよく聞かれるところ)

 特にスコープドッグは重い機体重量を支えるのとローラーダッシュ走行を安定させるために人体に比べ脚部の肥大化が著しく、これを改善できたことはかなりの効果を上げることとなっていた。

 

「同じ軽量化カスタム機であるATM-09-LCライト・スコープドッグは極限まで装甲と装備を削った結果、高機動性を獲得していましたが、このスコープドッグ・ショーティは原型機のスコープドッグと変わらぬ防御力を保ちつつ、それ以上の軽量化を実現。高機動性を獲得しているものですね」

 

 また低身長化に伴う前方投影面積の縮小、隠密性の向上もあり、本機は偵察や特殊任務向けの機体に位置づけられている。

 

「あれが奴らの根城か」

 

 夜の闇を超えて前方に見えてきたのは、廃墟と化した街の郊外に建つドーム状の全天候型スタジアム。

 既に枯れた遺跡として放置されていたそこ。

 脱走した際に持ち出した装甲車や、その後、消耗していく戦力を補うため民間向け車両に武装を施しテクニカルと呼ばれる即製戦闘車両を仕立て上げ使っているという盗賊たちだったが、そのガレージ代わりにでもしているのだろう。

 

「しかし、こちらに気付いた様子が無いが……」

「そこが、Light Reconnaissance Custom、軽偵察型の機体として登録されている所以ですよ」

 

 とメイ。

 

「全高がノーマルなスコープドッグの3804ミリから3メートルを割る2930ミリに下げられているだけでなく」

 

 低い全高はそれだけで隠密性を引き上げるが、

 

「通常機体とは異なる、人体比率から著しくかけ離れたシルエットを持つスコープドッグ・ショーティは機体アウトラインが検出しづらいのです。特にこんな低光量環境下(ローライト・コンディション)で用いられる機械の目、赤外線カメラやスターライトスコープによる映像では」

 

 判別は困難か。

 そういう理由から、偵察機として軍に型式を与えられ、用いられているのだ。

 

「その上、アイザック様が間に合わせにとくれたこのマント、ボロボロですけど元は軍用車両の幌か何かですね。赤外線放射量を抑え、背景となる自然環境に疑似的に同化、さらには単色に見えて実際には赤外線反射率が異なる染料で迷彩塗装が施されています」

 

 そんなものをまとっているので、検知はますます困難になっている。

 どこかの大手スカヴェンジャーチームからの処分品らしくモノは良いが、このとおり半端な大きさに切り取られていて他の用途にも使いづらく。

 アイザックも持て余していたものを、ちょうどいいとばかりに押し付けられたのだが。

 

「そもそも…… スコープドッグにはエンジンが積まれていませんから音、静粛性の面でも有利ですしね」

 

 全身に配されたマッスルシリンダーで駆動しているので、動力源となるエンジンは積まなくていいのだ。

 両足のグライディングホイールは、マッスルシリンダー駆動用のポリマーリンゲル液を改質して発電する燃料電池駆動なのだし。

 なお、

 

「あの人も居るはずなのですが、まったく反応がありませんね」

 

 とメイは共に隠密行動を取っているはずのアーチャーを検知できないことに感嘆の声を上げる。

 

「あの赤い防刃防弾服は目立つはずなんだがなぁ」

 

 同意するカイジだったが、

 

「赤は闇に溶け込みやすく夜間迷彩として優秀なのですよ」

 

 メイにそう言われ、戸惑う。

 

「えっ?」

「黒や青系は夜間などの低光量環境下(ローライト・コンディション)では逆に目立つのです。忍者が着ていた忍び装束も現実には黒ではなく蘇芳色と言われる濃い赤紫色などが使われていたと言いますし」

 

 という話。

 そして、

 

「気付かれた!?」

「この距離になると、さすがに異常を検知しますよね」

 

 敵が慌ただしく出てくるが、

 

「ここまで来れば、もう遅い! 突っ込むぞ!」

「はい!」

「バルカン・セレクター!」

 

 スコープドッグはこう見えて搭乗者の音声認識システムを持つ。

 カイジの音声コマンドを受けたスコープドッグ・ショーティは短銃身のGAT-22Cヘビィマシンガン改のセレクターレバーを、グリップを保持した右手親指で弾くようにしてフルオート位置に切り替え。

 乱射しながら敵戦闘車両を蹴散らし、ドームへと突っ込む!

 こちらが派手に暴れれば、アーチャーに対する目くらましになるだろうし、彼女だったら下手を打ってこちらの攻撃に巻き込まれるような行動もすまい、という目論みだ。

 実際、封鎖を解除した無線からは剣戟の音と、本当に戦いを楽しんでいると分かるソードダンサーの弾むような笑い声が伝わって来ていた……

 

 

 

「何でまた『バルカン・セレクター』なんだ?」

 

 突然のことで対応しきれていない敵拠点の留守を預かる集団を掃射で潰しながら聞く余裕がある…… と見えて実際には緊張と恐怖をメイとの会話で紛らわせようとするカイジ。

 履帯、無限軌道をキャタピラー社の商標であるキャタピラーと呼ぶがごとく、この業界ではガトリング砲全般をバルカンと呼ぶ。

 しかし、さすがにヘビィマシンガン、機関砲に対して使うのは誤用かと首をひねるのだが、

 

「『バルカン・セレクター』はミッションディスクプログラムの名称です」

 

 とメイ。

 アーマードトルーパーのミッションディスクプログラムはパイロットを補助するもので、様々な役割を持つが、

 

「ヘビィマシンガンには専用のボックスマガジンに120発の弾が入るため歩兵で言うアサルトライフル、自動小銃ではなく分隊支援火器(Squad automatic weapon, SAW)、軽機関銃だと認識してフルオートで使おうとされる方が多いのですが」

 

 しかし、

 

「発射レートが高いので、それだとすぐに弾切れしますし、何より振動で弾が散り命中率が下がります。だからGAT-22ヘビィマシンガンは通常、単射での運用が推奨されるのです」

 

 これはスコープドッグを戦力として使っている北領皇国軍の熟練兵も一緒だ。

 

「だが、そうも言ってられない場合もあるよな?」

 

 今、この時のように多数を相手取る場合などにはフルオート射撃は必要である。

 

「そうですね、ですからフルオート射撃時には、その反動を制御し命中率を向上させるミッションディスクプログラムの併用が望ましいのです」

 

 ということ。

 

「スコープドッグにもGAT-42ガトリングガンという手持ちのガトリング砲が用意されていまして。その激しい反動を制御するために組まれたのが『バルカン・セレクター』と呼ばれるミッションディスクプログラムです。これがヘビィマシンガンのフルオート射撃時にも非常に有効なので、流用されているのですね」

 

 そういうことであった。

 そうやって、周囲の敵を潰し終えたカイジだったが……

 

「危険です!!」

 

 メイの警告に反応し、回避行動を取る。

 その機体を追いかけるようにして放たれる重機関銃の掃射がスコープドッグ・ショーティを襲う!

 

「何だぁ、すっぽ抜けただとぉ!?」

 

 質の悪いスピーカー越しに、男の割れた声がドーム内に響く。

 当たったのは機体左肩、腕に相当する部分に被せられた偽装用のボロ布で、当然中身が無いので銃弾は生地に穴を開けるばかり。

 機体に損害は無い。

 

「だぶついた布により敵の目標を誤らせて攻撃をかわすことができたのですね」

 

 とメイ。

 偽装用に纏ったボロ布には、そういう効果もあったらしい。

 そう推察しながらも彼女は並行して頭部、三連カメラターレットを広角レンズに切り替えサーチ、敵を捕捉していた。

 相手は全高4メートル超過の人型の機体。

 スコープドッグより大型のヘビィ級アーマードトルーパー。

 

「スタンディングトータスってやつか?」

 

 その両胸に内装された11ミリ機関銃による射撃だった。

 しかも、

 

マークツーと言えぇい(Say Mk-II)!!」

 

 と叫んだかと思うと、背面のロケットエンジンを吹かし、上昇。

 飛行しながら攻撃を仕掛けて来る。

 

「なんだなんだぁ!?」

「あれはヘビィ級アーマードトルーパー、ATH-14-SA スタンディングトータスMk-II。SAはスペースアサルトを意味すると言われている宇宙機で……」

 

 メイが敵機体を識別。

 

「推力の大きさから重力環境下でも短時間の飛行が可能なのです」

 

 これもまた北領皇国軍で使われている機体だが。

 スコープドッグ同様、この西領に売り込むために持ち込まれたものだろうか。

 ハイテクの塊で維持の難しい装甲スーツより、アーマードトルーパーのようなローテク機体の方が、野盗と化した脱走兵たちには扱いやすいと言えるのだろうが。

 

「宇宙! スペース! ATH-14-SA スタンディングトータスMk-II、おまえがナンバー1だ!!」

 

 そう機体の名を誇示しながら、

 

「スコープドッグは空からの敵には弱い! 俺ならスコープドッグを空から攻めるね!」

 

 と攻撃を仕掛けて来る。

 元兵士とは思えないイカレタ言動をする相手にカイジは、

 

「くそっ!」

 

 と悪態をつきながらもヘビィマシンガンで迎撃を図るが、機体各所に姿勢制御ロケットを備えるスタンディングトータスMk-IIはそれをひらりとかわして見せる。

 そうして回避から急速接近!

 

「これでも食らいな!」

 

 左腕から繰り出されるアームパンチ!

 

「その程度!」

 

 とカイジの操縦を助け、スウェーで躱そうとするメイだったが、

 

「当たった!?」

 

 スタンディングトータスMk-IIの拳がスコープドッグ・ショーティの顔面にめり込み、ターレット式三連カメラを粉砕!

 

「前が見えねェ」

 

 状態に。

 

「あの機体、アームパンチの伸縮幅(ストローク)を基準より延長しています! 自らの機体を壊しかねない危険行為なのですが……」

 

 とメイ。

 アームパンチは機体に負荷がかかるため、その炸薬量およびストロークには厳密な取り決めがある。

 それを勝手にいじった場合、アームパンチ機構のみならず本体の損壊にまで発展する重大なトラブルを引き起こしかねないのだ。

 

 

 

「ハッハー! ママのオッパイをしゃぶってな!」

 

 至近から左胸部11ミリ機関銃をスコープドッグ・ショーティの頭部に向けるスタンディングトータスMk-II。

 カメラを粉砕、視界を奪ってやった。

 そうされた場合、スコープドッグはバイザーを上げて有視界で戦闘をするしか無いだろうが、そこを狙うのだ。

 しかし、

 

「何っ!?」

 

 

 

 メイはスコープドッグ・ショーティの頭部を180度回転。

 リアカメラを正面に構えることで敵影を捉える。

 

【挿絵表示】

 

「そこだ!」

 

 間髪入れずカイジはアームパンチを動作させ、こちらに向けられていた敵の左胸部の11ミリマシンガンを粉砕する!

 

「少しばかりスコープドッグについて知っている風でしたが、甘いですよ」

 

 とメイ。

 コストの安いスコープドッグは後部カメラが省略されていたり、後方監視は動体センサーのみとなっている機体も多く、確かにその場合はメインカメラが損傷すると、バイザーを開けての有視界行動に移らざるを得ないが。

 この機体はツヴァークやラビドリードッグの正面カメラにも採用されることになった平面素子によるイメージセンサー、その元となったものを搭載していた。

 ゆえに頭部を180度回転させることで視界を得て、行動を継続することができるのだった。

 

 

 

「クソッタレ!」

 

 叫び、背部、そして脚部のロケットエンジンを強く1、2度わざと吹かし、立ち上る土煙で視界を遮ってからホバリングするように宙に浮き、離脱しようとするスタンディングトータスMk-II。

 しかし、

 

「何!?」

 

 土煙の向こうから、こちらの位置が見えているかのように飛び出してくる、ワイヤー付きアンカーフック!

 

【挿絵表示】

 

 内蔵されたマグネットが胴体に吸着し、巻き取られるワイヤーによって機体が手繰り寄せられる。

 

「おおお!」

 

 

 

「この後部イメージセンサーは可視光域と赤外域の切り替えができるのです!」

 

 メイによる種明かし。

 遠赤外線は可視光線と比較して解像度が劣る一方で透過能力に優れるため、ある程度であれば土煙越しに像を捕らえることもできる。

 しかも相手はロケットエンジンを吹かし、高熱を発しているのだ。

 赤外線画像なら捉えるのは難しくない。

 

「アイゼンっ!」

「はい!」

 

 カイジの指示で両足側面に配されたターンピックをスパイク、アイゼン代わりに地面に突き立て、そしてウィンチでワイヤーを巻き取りにかかる。

 ライト級並みに軽量化されているスコープドッグ・ショーティと、ヘビー級のスタンディングトータスMk-II、単なる引き合いなら勝てるはずも無かったが、これにより機体が地面に固定されたことと、

 

「地に足が付いていないことが、お前の敗因だっ!」

 

 相手が空中に浮いていて踏ん張りが効かないことから、強引に手繰り寄せることに成功!

 そして突き出していた腕、拳に敵機が衝突した後に、その拳をねじ込むようにずらし脇腹に押し付け、一拍置いて、

 

「オラァッ!!」

 

 低い位置から斜め上にかち上げるようにしてアームパンチが炸裂する!!

 

 

 

「がっ、はぁ!?」

 

 スコープドッグ・ショーティのアームパンチを胴体側面に受けたスタンディングトータスMk-II。

 衝撃で側面監視用窓の防弾ガラスが割れ、コクピット内に飛散する!

 

「がああああっ!!」

 

 ロケットエンジン全開で上昇するスタンディングトータスMk-II、危うくドーム天井に激突しそうになるのを避け、

 

「もう許さねぇ!」

 

 右手に持っていた大型の8連装HMAT-38ハンドミサイルランチャーを下方、スコープドッグ・ショーティへと向ける。

 

 

 

「バカ野郎! いくら広いドームったって、そんなもん中で使うやつがあるか!?」

 

 大型の弾頭を備えたミサイルが次々に飛来する。

 カイジは手放していたヘビィマシンガンを、ワイヤーウインチユニットを使いアンカー内蔵のマグネットで吸着、手繰り寄せることで素早く回収、迎撃を図るのだが、

 

「何だこの照準! 当たらないぞ!!」

「さすがに後部カメラでミサイルのような動く的への精密射撃は無理……」

 

 ですよ、とメイが言いかけたところに一発目が着弾!

 直撃は避けたものの、爆風で吹き飛ばされそうに、いや、全高を低くカスタマイズしているスコープドッグ・ショーティだから耐えられただけで、ノーマルな機体だったならなぎ倒されていただろう衝撃波が襲う!

 

「うぉおおぉぉぉっ!!」

 

 カイジはヘビィマシンガンを連射するが、外れた弾がドームの天井の強化ガラスを破るだけで次々に飛来するミサイルには当たらない。

 そして続けざまにミサイルが爆発し、ドーム内は閃光に包まれた……

 

 

 

「メイちゃん!?」

 

 ドーム外でお目当ての軽装甲スーツと戦っていたアーチャーだったが、その爆発に目を見張る。

 カイジではなく、メイの方の心配をするところが……

 

 

 

「塵も残さず吹っ飛んだか」

 

 大穴が空き、すり鉢状にくぼんだ地面、その横に降り立つスタンディングトータスMk-II。

 

「ん?」

 

 天井が壊れたのか、上方で何かが揺れ動く気配。

 機体を反らしてカメラを向けると、そこには、

 

「げぇっ!?」

 

 ガラスが割れて枠だけになってしまったドーム天井にアンカーを引っ掛け、ワイヤーで宙吊りになっているスコープドッグ・ショーティ!

 そう、ミサイルが炸裂する前に連射されたヘビィマシンガンは、こうするのに邪魔になる天井ガラスを排除すると同時に、ワイヤーの射出を隠すための目くらましの役目を果たしていたのだ。

 そして、空中で機体を揺らせたスコープドッグ・ショーティが、スタンディングトータスMk-II目掛け、落ちてくる!

 空中に避けようとするが、

 

 

 

「ブースターがオーバーヒートして飛べないのも計算の内です!!」

 

 とメイ。

 ミサイル攻撃と、その後、爆風をやり過ごすために滞空制限ギリギリまでロケットエンジンを酷使していたことを彼女は見抜いていたのだ。

 敵機に落下の衝撃を加えたキックを叩き込み!

 傾斜を滑り落ちて行くスタンディングトータスMk-IIに馬乗りになり、その胴体に直付けされた頭部三連カメラを右手で握り込む。

 

「アイゼン!」

「はい!」

 

 カイジの指示で再び脚部、ターンピックを作動!

 敵の機体に鉄杭を撃ち込み、損害を与えると同時に離れられなくする。

 スタンディングトータスMk-IIは左のアームパンチで抵抗しようとするが、

 

「それも予測済みです!」

 

 動作せず、あまつさえ動作用カートリッジの暴発でスタンディングトータスMk-IIの左腕が吹き飛ぶ!

 

「さっきの強引にストロークを伸ばした一撃で、既に逝っていたのですよ、その左腕は!!」

 

 そして地の底に敵機が叩きつけられると同時に、

 

「アームパンチ!」

 

 アームパンチ機構を動作!

 通常とは違い、敵の頭部を握っていた手のひら、掌底が突き出されカメラを粉砕すると同時に、その頭部をもぎり取る!

 そして伸ばされた腕が元に戻る反動で指が閉じ、もぎ取った顔を握りつぶした!

 頭部カメラを剥ぎ取ったおかげで晒されたスタンディングトータスMk-IIのコクピット、驚愕の表情を浮かべる敵の顔に、

 

「動くな!」

 

 ワイヤーウインチユニットを向けるカイジ。

 これはアームパンチとの排他装備としてバウンティドッグに採用されたものより小型で、腕の外側ではなく内側に装備されているもの。

 機体重量が軽いため、バウンティドッグのように強化した肘関節と一体型のフレームに搭載する必要が無く、ノーマルな腕に付けるだけでも強度的に問題が無いこと、射出されるアンカーを小さく、ワイヤーも細くできること、さらには、

 

「このワイヤーウインチユニットはアームパンチの動作ガスをアンカーの射出に利用しているんだ……」

 

 動作原理はライフルの銃口にセットし空砲のガス圧で射出する旧式なライフルグレネードと一緒で、アームパンチ機構をロックして、動作用カートリッジのガスを追加した分岐ルートを介しフックの射出に利用する。

 故に射出機構が不要で、外見的に追加された部分にはワイヤーウィンチしか入っていない。

 正確にはさらに前腕内部の空きスペースまで活用することでここまで小型化出来たものだ。

 そして、

 

「それを人間に撃ち込んだらどうなるか…… 分かるだろ?」

 

 そう告げる。

 相手は少しの沈黙の後、引き攣った、しかしいやらしい笑みを見せて。

 それを見たカイジは、

 

「アンタ、考えてるな…… このワイヤーウインチユニットの連続使用可能回数はアームパンチのマガジンに納まるカートリッジ数、合計7発分までで、アームパンチを利用すればその分減るし、逆もまた同じ。果たしてまだカートリッジが残っているだろうかって……」

 

 そうしてカイジは笑う。

 

「実は俺にも分からないんだ。無我夢中だったからな……」

 

 しかし……

 

「だがな、言ったとおり、このワイヤーウインチユニットはアームパンチの動作ガスを使ってアンカーを飛ばしてるんだ……」

 

 繰り返しになるが。

 

「アンタの頭くらいは軽く吹き飛ばすぞ…… どうだ、それでも賭けてみるか?」

 

 相手の返事は、

 

「この短足野郎(ショートドッグ)が!」

 

 だった。

 同時にスタンディングトータスMk-IIに残された武器、まだ無事だった右胸11ミリ機関銃がこの至近距離から火を噴く!

 

「あ?」

 

 しかし吐き出された銃弾はスコープドッグ・ショーティの左肩……

 偽装用のボロ布を貫いただけで終わる。

 最初の銃撃で同じように効果が無かったことを忘れたのか、それともからくりを見抜けなかったのか。

 

「………」

 

 カイジは無言でワイヤーウインチユニットからアンカーをぶち込んだ。

 

短足野郎(ショートドッグ)、ですか……」

 

 それは奇しくも北領皇国軍でスコープドッグ・ショーティとそのパイロットを蔑むのに用いられている呼称だった。

 欧米の路上生活者(ホームレス)が判を押したように持っている酒瓶のことを示す俗語(スラング)でもあり、最低野郎共(ボトムズ)の、さらに底辺という皮肉も込められた蔑称でもある。

 本機は偵察や特殊任務向けの機体であるが、一般兵に馴染みがあるのは前者。

 つまり自分だけ背が低く目立たなく被弾しにくい機体でこそこそと動き、積極的に戦闘に参加しようとしない臆病者の短足野郎、という扱いなのである。

 まぁ、それはそれとして、

 

「最後のお芝居、要りました?」

 

 と呆れた様子で言うメイに、カイジはバツが悪そうに視線を外し、

 

「いや実際、アームパンチ用カートリッジの残りの数、把握できてなかったし」

「……はい?」

 

 メイがフリーズしたかのように固まる。

 

「あれだけドタバタしてたら数えてられないだろ!?」

 

 カイジ、まさかの…… ハッタリであった。

 

「は? はぁぁあぁぁぁっ!?」

 

 セメント系冷静侍女風味にセットアップされ、滅多に口調の崩れないメイの口から、驚愕と呆れの入り混じった、まるで魂が抜け出るかのような声が上がった。

 

 実際にはあの瞬間、スタンディングトータスMk-IIの11ミリ機関銃の正面にスコープドッグ・ショーティの胴体があって、下手をすると相打ち、アームパンチのカートリッジが切れていたら、それこそ一方的にやられるだけという状況にあったための演技だった。

 だから会話で気を逸らしつつ、ゆっくりと機体をずらすことで射線を外したのだ。

 偽装用のぼろマントが、その意図を上手く隠してくれていた。

 カイジが欲したのはそれを仕掛けるだけの時間……!

 

(疑ってくれてありがとう……!)

 

 ハッタリと見せかけて、同時に敢えてこちらが負けるかも知れない要素を口にする。

 相手は粗野な言動とは裏腹に、飛べないスコープドッグに対して有利になる空から攻めたり、こちらがアームパンチのストロークを読むことを予測してその伸縮幅を延長していたり、カメラがやられたらバイザーを開けるだろうと予測した立ち回りをしたり。

 しかしそれは……

 

(そういった策を弄するだけの頭があるということ……!)

 

 だからカイジがああいう風に言ったら、

 

(必ず考える…… 考えるさ…… それだけの頭があるんだから……!)

 

 そうして成った策だった……

 しかし、この読み合いを脱力しているメイに説明したとして果たして納得してもらえるだろうか?

 逆にギャンブルじみた行いだと怒られやしないだろうかと内心びくつくカイジは、

 

「ま、まぁ、あの時はそうするほか無かったし、第一、万が一にもカートリッジが切れていたなら、お前が教えてくれるはずだろ?」

 

 と口にする。

 

「それは…… そうですが」

 

 そう、態度を軟化させるメイに、カイジは言う。

 

「お前を信じていた、信頼していたからこその手だったんだよ」

 

 もちろんそんなこと、あの瞬間は考えてはいなかったのだが……

 しかし、無意識にでもメイを頼っていたから、メイが共に居てくれる安心感があったからこそ賭けに出られた、という心理的作用があったのは確か。

 だからこの言葉も、あながち嘘では無かったりする。

 そのためか、

 

「そ、それは確かに、そうですね」

 

 ふいと視線を逸らしながらも、うなずくメイ。

 人に仕えることを己の存在価値、レゾンデートルとする彼女にとって「命が懸かった場面だったが、口に出さずとも必ずフォローしてくれると信じていたんだ」というのは特級の殺し文句であると言えるのだ。

 それゆえ女慣れなどしていないカイジの拙いなだめの言葉にも、あっさりと乗せられてしまう。

 そうして機嫌を直したメイは、

 

「周囲、動体反応ゼロ、敵性体、認められず」

 

 スコープドッグ・ショーティの頭部を360度回転、周囲を走査(スキャン)し危険が無いことを確認したうえで、バイザーを上げる。

 

「ふぅ」

 

 カイジもそれに合わせ、ヘルメットを脱ぎ去ると、冷たい新鮮な外気に素顔を晒し、息をつく。

 

「やれやれだぜ」

 

 と……

 

 晴天の夜明け、壊れかかったドームの天井越しに見える空には絵の具で刷いたかのようにうっすらと青みがかかり……

 

「なかなか派手にやったじゃない」

 

 朝焼けの朱が美しく差し込み始める中、頬に血の赤を散らした銀の髪の美女が満足そうにこちらに歩み寄って来るのが見えた。

 彼女も納得のいく戦果を挙げられたらしい。

 

「ああ……」

 

 うなずく、カイジ。

 

 

 なお……

 カイジのスコープドッグ・ショーティの左腕修理に関してはこの後、部品が入荷するものの、別行動で敵本体とやり合っていた石田たちが派手に機体を損傷させていてプラマイゼロ……!

 プラマイゼロで、カイジは左腕が欠損したままの機体に乗り続けることになるのだが。

 

「いやぁ、本命を確実に仕留めるため情報操作で敵の主力を釣り出したんだけど」

 

 何故、石田や涯たちが待ち伏せ(アンブッシュ)できたのかというと、アーチャーのそういう工作が事前にあったわけで。

 しかし、

 

「少しばかりやり過ぎて、そちらに戦力が行き過ぎちゃったのよね」

「アンタのせいかーっ!!」

 

 後日、そんなやり取りがあるのだが。

 今の彼らには、そんなことを知るよしはもちろん無かったりする。




 スコープドッグの、さらにチープなカスタムとも言えるスコープドッグ・ショーティ。
 その欠損機体という、ある意味極まったものを作ってみたのですが、やっぱりこういうのがカイジには似合いますね。
 そして仲間に足を引っ張られて乗り続けることになりそう。

 次回は、せっかくアチャ子を出したので、刃物類、ナイフに関する閑話か、過去に頂いたご感想で、

>スカベンジャーだと遺跡漁ってアンドロイド掻っ払うイメージ

 というものがあったので、AT抜きでメイと共に生身で警備ロボットをゲットするお話など書いてみようかとも考えています。

 みなさまのご意見、ご感想等をお待ちしております。
 今後の展開の参考にさせていただきますので。


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