意図せずウマ娘達から目の光を奪うお話 (みっちぇる)
しおりを挟む

第1話(ウマ娘視点)

2回目の初ウマぴょいです

一人称で執筆していましたが、内容に納得出来ず今回は三人称でお送りします。


 ハルウララというウマ娘にとって、走るということに関して他のウマ娘と感性が違っていた。

 普通は、レースに参加しているウマ娘達は一着になりたい、一番早くなりたいと結果を求めて走っている。

 だが、ハルウララは結果を求めているのではなく、ただただ単純に走るのが楽しい、色んな子達と走りたいという欲求が一番にある。

 もちろん、彼女にも一着を取りたいと思う気持ちもあるが、まずは楽しんで走ることが一番と考えている。

 

 そんな彼女だが、ウマ娘としての才能は決して高いとは言えない。それは過去のレース結果を見ても明らかだ。

 レース出場回数は他のウマ娘と比べると断トツで多いが、未だにデビュー戦以来一着を取ったことがない。正確にはデビュー戦ではなく未勝利レース戦での勝利だったが、彼女にとって数十回目のレースにして生涯初の一着だ。

 

 この日のレースでの思い出は彼女にとって一生忘れられない日となった。観客も数える程しかおらず、一着を取った後に聞こえてきた拍手や声援もほんの僅かだった。

 それでも、一着を取れたという達成感、そして手作りの応援グッズでレース中ずっと応援してくれていた商店街の人達と、抱き合って喜んでいるサブトレーナーの姿を見つけて、彼女は疲れた体で観客席に向かった。

 

「「「ウララちゃんおめでとー!」」」

 

「えへへ〜みんな〜ありがとー!ウララやったよぉ!」

 

「うぉぉぉウララァァァおーめーでーとー!!今日は人参祭りの開催じゃあぁぁぁ!」

 

 いつの間に作ったのか、特性ウララTシャツとウララハチマキを着ている不審者、もといサブトレーナーが涙と鼻水を垂らして高らかに人参祭開催の宣言を行う。

 不定期で開催されている人参祭は、人参料理だけのパーティーだ。人間が行うと一ヶ月は食べたくなくなる程の量を用意して多種多様な人参料理を作る。勿論、作るのはサブトレーナーだ。

 

 この男、ウマ娘達の為に休みの日は料理教室に通い今では人参料理に関してトレセン学園の中でも上位に入る程の腕前になっている。努力する方向性が間違っている気もするが、彼にとってはウマ娘達が笑顔になってくれるならと全く苦ではなかった。

 

 本来はこっそり二人で行っていた人参祭だが、流石はウマ娘。その人間離れした(人間ではない)嗅覚で人参の香りがすると言い放ち、何処からともなくウマ娘達が現れる。

 特に”日本総大将”と”芦毛の怪物”と呼ばれる二人のウマ娘は今の所皆勤賞だ。そしてサブトレーナーの財布と腕が亡くなるのは毎回の恒例行事となる。仕方ないね。

 

 八百屋のオジさんがこっそりと「一本50円な」と格安で販売してくれることを約束してもらい、「あざっす!」と感謝の言葉を伝え、改めてハルウララの方に顔を向けた。

 

「ウララ、今日は本当におめでとう。でもある意味今日でようやくスタートに立ったんだ。これからもっと練習してまた一着取れるように頑張ろうな」

 

「うん!ウララがんばるよ〜!たくさん人参食べて、もっともーっと練習していっぱいレースに出るんだぁ」

 

 むん!と可愛らしくも力強く返事をするウララに周りの人達はほっこりと笑顔を浮かべる。そんな最中、ようやくテンションが落ち着いて来たサブトレーナーが、ふとどこかに連絡を取り始めた。

 

「よし、ウララ!今から先輩に連絡するけど自分で報告するか?」

 

「えっ?トレーナーに?うん!!ウララから報告するよ!!トレーナー喜んでくれるかなぁ?」

 

 ウララの言葉にあの先輩が喜ばないはずがないだろうとサブトレーナーは思う。今日は残念ながら高熱を出してしまい、担当ウマ娘達に病気を移してはならないと学園から自宅待機を命じられている。

 

 それでも諦めきれないトレーナーは葛根湯、栄養ドリンク、タキオン印の謎の薬を併用し、奇声を上げながら学園を出ようとした所を理事長秘書である”駿川たづな”により寮へ強制送還されようとしていた。

 

 その際薬の副作用か、顔色が緑色に変貌を遂げ、まるでナメック星人の姿になったかのような先輩にドン引きしつつも、「…ウララを…頼む…」と最後の力を振り絞ってサブトレーナーに遺言?を託し、たづなさんに額に生えた触手を捕まれ、ズルズルと引きづられて行く先輩トレーナーを見送っていた。

 

 そんなウララ大好きトレーナーが初勝利を喜ばないはずがない。きっと電話の向こうでは目から緑色の血涙を流している先輩が狂喜乱舞しているだろう。その姿を見せなくてよかったと目の前で嬉しそうに報告しているウララを見てそう思わずにはいられなかった。

 

 興奮冷め止まぬ中、二人は商店街の人達からのお祝い品として、ダンボール箱いっぱいに敷き詰められた人参を持ち帰路についていた。

 

 夕日を背に二人は今日のレースについて何度も振り返る。スタミナも尽きかけて呼吸も苦しい、脚が思うように動いてくれない。

 そんな時に聞こえてきたのが観覧席から大声で応援してくれているみんなの声。

 空っぽになったと思った力が体の内から湧いてくる。まだゴールじゃない。まだ終われない。最後の直線でウララは文字通り全身全霊(アゲマセ…ス!)でゴールまで駆けた。

 そしてウマ娘生初となる一着を取ることが出来た。だから今日勝てたのはみんなのお陰だよ。ありがとう!とウララはずっとお礼を言っていた。

 

「勝ったのはウララが今まで頑張ってきた結果だよ」

 

 そう言って優しく微笑むサブトレーナーを見て改めてウララは感謝の気持ちが溢れ出てくる。

 

 レースに出る為にはトレーナーと契約しなくてはならない。だが、ハルウララというウマ娘は走る才能はないに等しい。そんな彼女をスカウトしようとする程現実は甘くなかった。

 選抜レースに出てトレーナーからスカウトをしてもらおうと何度も参加したが、誰一人としてハルウララに声を掛けるトレーナーは居なかった。レースに出たい、みんなと一緒に走りたい。その思いで自分からトレーナーに売り込みを掛けることもしたが、いい返事をもらえることはなかった。

 

 何度目かの選抜レース後、また今日もダメだったかぁと耳をぺたんと萎れつつ帰り支度を済ましていると、観覧席で項垂れている人を見かけた。

 何かあったのかと興味本位で近付いてみると、そこには書類を握り締めてショックを受けている男がいた。

 

「ねぇねぇ、どうしたのぉ?」

 

「んぁ?」

 

 彼女の言葉に反応した男は彼女の姿を見て一瞬驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いを浮かべ何でもないよと彼女を気遣った。

 

「ほんとに?もしかしてお腹空いて動けないの!?待ってて!今美味しい人参持ってくるから!!」

 

「えっ?いやっ……別に腹減ってるわけじゃ……」

 

 初対面のウマ娘に腹ペコキャラ認定されそうになるが、男は暗い表情で語り始めた。

 

「子供の頃からトレーナーになるのが夢で、今年こそいけると思ったんだけどなぁ……見事に落ちちゃったよ……

また来年までサブトレーナーかぁ」

 

 悲しそうに語る男を見てウララの表情も一瞬曇る。だが流石は高知が誇るメンタル・モンスターハルウララ。すぐに満面の笑みを浮かべ男を励まし初める。

 

「だいじょーぶ!今回は残念だったけど、次はきっと合格出来るよ!ウララも中々レースに勝てなくてトレーナーさんにまだ会えてないけど、一緒にがんばろうよ!」

 

 自分より一回りは小さい女の子からの励ましの言葉を受け男は情けなさでいっぱいだったが、どこか暖かさを感じる気持ちになり改めて彼女の姿を確認する。

 

 体格は決して良いとは言えない、むしろ平均よりも小さくライバル達と比べたらこの小さな体は逆に目立つだろう。だがそんなハンディを努力でカバーしようと足の至るところに貼っている絆創膏が彼女の努力を証明していた。

 

「ねぇ、君の名前を教えてくれるかい?」

 

「ウララはハルウララって名前だよ。よろしくね」

 

 これが後にダートの女王と呼ばれるようになる”ハルウララ”と、表舞台に立つことはなかった彼のファーストコンタクトであった。

 

 それから男、サブトレーナーはハルウララが出ているレースに行ける時は必ず見に行くようにした。

 トレーナーではない彼は専門的なアドバイスをする事を禁じられている。正式なトレーナーではない指導は下手をすると彼女達ウマ娘の将来を潰してしまう可能性があるからだ。

 ウララが走っている姿を録画し、自分なりにフォームの修正点を見つけ、時間を見つけては先輩トレーナーに意見を貰いに行った。

 自分の担当ウマ娘ではないのになぜそんなことまでしなければならないのかと一部の先輩トレーナーに怒られたりもしたが、彼は諦めることをしなかった。

 

 基本的にサブトレーナーの仕事はトレーナーの下でアシスタントを行う。彼のサブトレーナーとしての実績は周りも評価しており、トレーナー達も彼の存在は重宝している。

 通常、サブトレーナーは一つのチーム専属で付くことが多いが、彼の場合日毎、又は週毎に様々なチームで業務を行っている。負担を考えれば一つのチームに居た方がいいが、彼は勉強させて下さいと自分から率先して仕事を引き受けていた。

 そんな彼が頭を下げて一人のウマ娘の為に頑張っている。先輩トレーナー達も仕方ないとばかりにため息を吐きながらも彼に力を貸していた。

 

 そんな生活が数日、数週間、一ヶ月と続き、遂にハルウララにトレーナーが付くことになった。彼が何度も彼女の話しをしていたら一人のトレーナーがハルウララに興味を持ったのだ。

 

 今日はピンク色かと、先輩トレーナーの顔色がまた変わっていることをスルーしつつも、先輩トレーナーと共にハルウララが出場しているレースを観戦しに行き、彼女の走りを直接見てもらう。

 

 レースの結果は相変わらずではあったが、最後まで諦めない姿勢に先輩トレーナーのお眼鏡に適ったらしく、彼女は無事トレーナーと契約することとなった。

 先輩トレーナーとハルウララが二人で話し合いをしている中、ウララがトレーナーと契約したことに嬉しさと自分の娘が嫁に行ったような複雑な気持ちに彼は悶々としていた所に、サブトレーナーの元にウララが駆け寄って来た。

 

「サブトレーナー!ありがとー!

ウララね、これからトレーナーと……サブトレーナーの三人でもーっと頑張るから!これからもよろしくね」

 

 ウララの言葉にトレーナーとサブトレーナーはお互い目を合わせ、苦笑いをしながらも三人は新たな目標に向かって走り出して行ったのだった。いつの間にか紫色に変色していた先輩はスルーしながらも……

 

 そうして月日は流れ、トレーナーを得たウララはメキメキと実力を伸ばしていった。ただし、それはウララ基準ではあるが。周りと比べるとかなりのスローペースではあるが、それでもウララにとっては楽しい毎日であった。

 

 レース後は観戦に来れなかったサブトレーナーにレース結果を報告するのはいつの間にかウララの日課になっていた。 

 

 今日は自己ベストを更新し(順位は下から三番目だが)いつもより気分良く走れたウララは、鼻唄を歌いながらサブトレーナーがいる部屋のドアを勢いよく開けた。

 

 

 しかし、そこで見たものはウララにとって生涯トラウマとして一生消えないキズとなり残ることとなる。

 

「うっららー!サブトレーナー!今日のレースいつもより順位が上だっ……サブトレーナー!?」

 

 目の前にいたのはいつも優しい笑顔で出迎えてくれる人ではなく、笑顔とは正反対の苦しそうな表情で口から大量の血を吐いているサブトレーナーであった。

 

「……っごほっごほっ……ウ……ウララ……」

 

「サブトレーナー!?しっかりして!!死んじゃやだよー!」

 

 真っ白であったであろうTシャツを真っ赤な血で染め、触れたら壊れそうな程に弱々しいサブトレーナーの姿を初めて見た。

 

 (サブトレーナーが死んじゃう…イヤだイヤだイヤだ!!)

 

 ウララの心中はすぐに絶望に染まる。持ち前の明るさでどんなに辛いトレーニングも乗り越えてきた彼女の鋼のメンタルであっても、恩人とも呼べる人の苦しむ姿は直視できなかった。

 

「……っごほっ……ウララ……俺は何ともないから!大丈夫だから!」

 

「いやだよっ!死んじゃいやだよぅ……グスッ……いやぁ……」

 

 こんな状況でも自分を安心させようと無理に笑みも浮かべる姿はウララの心を攻め続ける。ウララはこんな笑顔なんて欲しくない!!そう思っても言葉にすることはできなかった。

 

「ウララ……今日見たことは誰にも言わないでくれるか?」

 

「えっ!?どうして!?早くみんなに言わないと大変だよ!!」

 

「頼むウララ!みんなには秘密にしときたいんだ!」

 

「でっ……でもぉ……」

 

 何て言葉を掛ければいいか分からず、ただ泣き崩れているウララにサブトレーナーは思いもよらぬ言葉を掛けてきた。

 今日見たことは内緒にして欲しい…彼の人柄からこの言葉の意味を理解するのは簡単だ。みんなに心配をかけたくない…また明日からいつも通りだから…

 彼はウララに残酷な優しさを突き付けている。ウララが黙っていれば明日からいつもと変わらぬ日常が送れる。でもウララは明日からどうすればいいの?と答えがない疑問が体の中で渦巻いている。

 

「サブトレーナー……もしかして病気なの?体のどこかが悪いの?」

 

「ん?いや、俺は超健康だぞ。まぁ頭は悪いかもしれんが」

 

「でもこんなに血を吐いて……本当に大丈夫なの?」

 

「いや、これは血じゃなくて……ってあぁ!ウララ!門限過ぎてるぞ!急いで寮に帰るんだ!また寮長に怒られるぞ」

 

「えっ?でもぉ……」

 

「また明日話すから今日はひとまず帰るんだ。」

 

「……うん、分かった……明日ちゃんとお話聞かせてね」

 

「おう、おやすみウララ」

 

「……おやすみなさい……」

 

 部屋から追い出されるように退出したウララは全速力で駆け出した。一刻も早くあの場所から離れたかったのだ。

 逃げるように寮へと駆け込み、同室者のルームメイトの声を無視したまま、ベッドに飛び込みフトンにくるまった。

 まるで悪夢から早く覚めるようにと願いを込めて…




1話からたくさんの感想、評価ありがとうございます。

自分の中では明るい勘違いラブコメを目指して執筆しているつもりですので、これからもお気軽にお読みいただけたらと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話(サブトレ視点)

初ウマぴょいです

1話(サブトレ視点)は一人称視点でお送りします


 きっかけは父に連れられて初めて見たレースだった。会場の外ではたくさんの出店が並び、自分の推しのグッズを大量に買い込み満面の笑みを浮かべている者もいた。こんなに大勢の人に囲まれるのは初めての経験で、はぐれないように父の大きい手に必死になってしがみついていたのを未だによく覚えている。

 

 でも一番の衝撃は、彼女達のレースを間近で見たことだ。”ウマ娘”と呼ばれる彼女達は文字通り人ではない。人間にはない耳と尻尾、そして人の身では追いつくことが不可能な脚が備わっており、正に走る為に生まれてきたと言っても間違いではないだろう。

 

 今自分の視線の先にはそんな彼女達が必死にゴールを目指し、全力でレース場を駆けている。先頭を駆けているウマ娘が最終コーナーを曲がり、最後の直線に入ると歓声が大歓声に変わり、普段は温厚な父が大声で応援している姿を見て、自分も負けじと喉が枯れるくらいに応援した。

 

 そして、レースの決着が着くと耳が破れるんじゃないかと思うくらいの大歓声と拍手に会場が包まれ、レースが終わったにも関わらず、応援していた人達はまだ興奮が冷めやらぬようだった。

 

 初めてのレース観戦に自分の中に言葉に出来ない気持ちが湧いて来て、気づいたらどこかのライブ会場に佇んでいた。

 

 いきなり景色が変わり困惑している最中、いつの間にかサイリウムを握りしめている父を見て更に困惑し、突然会場が真っ暗になったと思ったら、先ほどまでレースをしていたウマ娘達がステージ場に上がりライブが始まった。

 

 レース場を駆けていた彼女達はどちらかと言えばかっこいい印象を受けたが、ライブをしている彼女達はステージ場の演出も相まってキラキラ輝いていた。

 

 運動音痴を自称している父が知らないおっさん達共にキレのあるヲタ芸を踊っているのを横目に、僕は彼女達のパフォーマンスに夢中だった。おそらくこの瞬間が僕の人生を決める瞬間だったのだろうと思う。レース場を風の如く駆け巡る彼女達、たくさんの人を魅了するライブ、野太い声での合いの手うまぴょいは生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 この日を境に僕は彼女達、”ウマ娘”のことをもっと知りたいと思い始めた。ウマ娘のことを話す時は必ず早口になる父や、うまぴょいダンスを練習中に腰を痛めた祖父など、ウマ娘のファンは身近にいた為、色んな話を聞くことが出来た。

 

 話の中で”トレーナー”という職業があると知り、いつからか僕は学校の勉強と並行してトレーナーになる為の勉強もするようになり、将来の夢としてトレーナーになるという夢が出来た。

 

 幸いにも父と母は僕の夢を応援してくれており、母はトレーナー学校に通えるようにパートを始め、父からは会場限定ウマ娘グッズ(絶版)をプレゼントしてもらった。それを見た母は「あなた、それはいつ買ったの?」と詰め寄られて父は顔を青くしていたので、僕は逃げるように自分の部屋に駆け込んだ。

 

 そして少年期から思春期も過ぎた頃、一人称も僕から俺へと変わり、義務教育を終えた俺はトレーナー学校に入学して勉強を始めた。

 トレーナーという職業は俺が想像していた以上に大変で、また難しい。

 トレーナーになれるのは本当にひと握りの人間で、勉強はもちろんウマ娘達とのコミュニケーション能力も必須になってくる。

 彼女達は速く走れるようになる為にトレーナーを頼り、トレーナーもまた彼女達の信頼に応えられるように知識を深めていなければならない。

 だが知識だけあっても彼女達が納得するとは限らないし、彼女達だって感情がある。身体能力や見た目が人と違うだけであってそれ以外のことは人間と変わらない。お互いの信頼関係が無ければ成果は伴わないのだ。

 

 トレーナー学校での勉強を始めて数年が経ち、ここで俺にとっての転機が訪れた。

 

 ”トレセン学園”正式名称『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』

 国民的スポーツ・エンターテイメントであるトゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘が集まる全寮制の中高一貫である日本最大の学園が新カリキュラムとしてトレーナー育成の為の研修生を募集したのだ。

 

 俺は真っ先に立候補して結果を待った。トレセン学園は日本最大のウマ娘達の育成機関でもあるが、一流のトレーナー達が集まっている場所でもある。

 トレーナーを目指す者として、一流のトレーナーの下で勉強出来る最高の環境が整っている。このチャンスは絶対に譲れない。俺は応募願書を提出した後は教師や校長に何度も頭を下げに行き必死にお願いをした。

 

 熱意が通じたのか、トレセン学園への研修生に選ばれ、これからはサブトレーナーとしてトレセン学園で指導してもらえることになった。

 正直な所、本当にやっていけるかどうか不安な気持ちもあったが、改めて父と母に背中を押してもらって新しい環境での生活がスタートした。

 

 トレーナー学校からトレセン学園に舞台が変わり、早数年が経過した。

 学園に来た当初は右も左も分からず先輩トレーナーに怒られたり、名前も知らぬウマ娘に呆れられたりもしたが、真面目に仕事を取り組んでいたお陰か、少しずつ先輩トレーナーから雑用を任せてもらったり、ウマ娘達からも相談や話し相手になってくれたりした。

 

 学園での一日を終えると、次は俺がトレーナー資格を取るための勉強が始まる。自分の仕事で疲れているのにも関わらず、先輩は俺に勉強を教えに来てくれたり、差し入れを持って来てくれるウマ娘もいる。

 まぁ中には邪魔しに来たのかと思うやつもいるが。

おう、お前のことだぞゴルシよ。

 

 そんな生活が数年続き、俺はアラサーに近づきつつある年齢になったが、未だにトレーナーの資格は取れていない。

 とっくにトレーナー学校は卒業しているのにまだサブトレーナーなのは思う所はあるが、今年こそは絶対に受かってやると意気込みはバッチリだ。

 そろそろ先輩に恩返しもしたいし、いつかトレーナーになったらチームに入ると約束した(本気かどうかはさておき)彼女達にも胸を張っていい報告をしたい。

 

 そんな決意を胸に、今俺は学園祭に向けての準備に取り掛かっている。トレセン学園では年間を通じて色んな行事があるが、今回の学園祭は外部の人も来る大きなイベントの一つだ。トレセン学園への悪い印象を与えないようにウマ娘達が企画した催し物を成功させるようにフォローしなくてはならない。

 

 だが、俺にも納得出来ないものがある。

 

 なぜ学園祭でお化け屋敷をやるのかだ。というか誰が企画したんだよ。一応念の為理事長にも確認したが「承認!後は任せる!」とありがたくないお言葉を頂いた。しかもこのお化け屋敷はウマ娘達がやるのではなく、トレーナー達だけでやるという謎の企画だ。当然他のトレーナー達はやる気がなく、俺が主導で衣装なども用意しなくてはならない。

 

 面倒くさいが任された以上はやるしかない。こうなったらトラウマが出来るくらい怖い演出にしてやる。資格勉強の時間を削り、お化け屋敷の中身や衣装を用意して何とか学園祭までに間に合うことが出来た。

 

 自作のお化け衣装の出来栄えに満足した俺だったがふとあることに気付いた。

 

 (このゾンビ用の血塗れTシャツについでに口からも血を出したらもっとホラー感出るか?)

 

 夜の謎のテンション上がりで無駄にリアルな血塗れTシャツと口から血のりが出る小道具を作ってみた。我ながら中々の仕上がりだ。折角なので実際に使ってみることにしようとTシャツと噛んだら口から血が出るように見える小道具を口に含み鏡の前に立ってみる。

 

 (うーん……後は顔に血のり塗ればそれっぽく見えるか?いや、後は這いつくばって追いかけるのもありか?)

 

 すると突然、部屋のドアが空き誰かが勢いよく入って来た。

 

「うっららー!サブトレーナー!今日のレースいつもより順位が上だっ……サブトレーナー!?」

 

 入ってきたのは”ハルウララ”だった。この子は天真爛漫という言葉が擬人化したような子で、走ることが大好きなウマ娘だ。レースの結果は中々出ないが、彼女の明るさには他のウマ娘ももちろん、俺もたくさん助けられた。

 

 突然の来訪者に驚いた俺は、口に含んでいた小道具を思いっきり噛み、口から大量の血のりが出てしまった。

 

「……っごほっごほっ……ウ……ウララ……」

 

「サブトレーナー!?しっかりして!!死んじゃやだよー!」

 

 思ったより血のりが口から出てしまい上手く喋ることが出来ない。てかウララさん??めっちゃ泣いてますやん…誰だウララのような天使を泣かせたのは!?あっ、俺ですね…ごめんなさい…

 

「……っごほっ……ウララ……俺は何ともないから!大丈夫だから!」

 

「いやだよっ!死んじゃいやだよぅ……グスッ……いやぁ……」

 

 とりあえず落ち着かせる為にウララの頭を撫でる。ウララは撫でられるのが好きらしく、よくレース後は俺の所に来てレースの結果を報告しに来てタイムが縮んだり順位が上がったら頭を撫でるように頼んでくる。なんやただの天使か。

 しかし、ここまで怖がられるのは想定外だった。ウララがここまで怖がるとは苦労して作った甲斐があったというものだ。だがウララにお化け屋敷のメインのゾンビコスプレが見られてしまったのは想定外だ。ここは口止めをするべきだろう。

 

「ウララ……今日見たことは誰にも言わないでくれるか?」

 

「えっ!?どうして!?早くみんなに言わないと大変だよ!!」

 

「頼むウララ!みんなには秘密にしときたいんだ!」

 

「でっ……でもぉ……」

 

 涙目でこちらを見上げるウララに言いようのない不思議な感情が芽生えてくる。あぁこれが母性…いや、父性か。

 

「サブトレーナー……もしかして病気なの?体のどこかが悪いの?」

 

「ん?いや、俺は超健康だぞ。まぁ頭は悪いかもしれんが」

 

「でもこんなに血を吐いて……本当に大丈夫なの?」

 

「いや、これは血じゃなくて……ってあぁ!ウララ!門限過ぎてるぞ!急いで寮に帰るんだ!また寮長に怒られるぞ」

 

「えっ?でもぉ……」

 

「また明日話すから今日はひとまず帰るんだ。」

 

「……うん、分かった……明日ちゃんとお話聞かせてね」

 

「おう、おやすみウララ」

 

「……おやすみなさい……」

 

 今までに見たことがないくらい耳がションボリしているウララを見送り俺は一息ついた。何か勘違いしてそうな気もするが俺も今日一日疲れたしな。早く風呂入って飯食って寝よう。今日の晩飯は何にしようかなーと呑気に考えながら俺は血のりたっぷりのTシャツを脱ぎいつものジャージに着替え、そそくさとトレーナー寮に戻るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(ウマ娘視点)

マニーが足りないので初ウマぴょいです



 ヒーローとは何か?困っている人を助けてくれる人?世界を救うほどの英雄?確かにそんな偉業を成し遂げる人はヒーローと呼ばれるに相応しいだろう。

 

 だが、”ライスシャワー”というウマ娘にとってのヒーローは悪と戦う戦士でも、世界を救うような力も持っていない。

 

 あなたの暖かくて優しく頭を撫でてくれる大きな手が好きだった。口下手でも最後までニコニコしながら話を聞いてくれるあなたの笑顔が好きだった。たまにイジワルなことをしてきて怒った顔をすると慌てて謝るあなたの困り顔が好きだった。

 

 だから三女神様お願いします。もしもライスの声が聞こえているなら、ライスから、ライス達から……お兄さまを奪わないで!!

 

 雲一つ見当たらない満天の星の中で祈る彼女の姿は幻想的で、月明かりが照らす三女神像の前でいつまでも祈っていた。

 

 この日は珍しく朝から調子が良かった。いつも見ている占いでは一位を取り、毎日必ずといっていいほど捕まる信号も今日は引っ掛かることはなかった。

 

 ライスは周りで起きる不幸は自分のせいだと思い込んでいる。実際はただ単に間が悪かっただけなのだが、小さい頃から自分の周りに不幸なことばかり起こってしまうと、臆病で弱気な性格も相まって、全て自分が悪いと思い始めてしまった。

 優しい性格の彼女だからこそ、自分のせいで誰かが不幸になることは我慢ならない。それならいっそ一人で不幸を引き受けよう。幼いながらライスはなるべく他人を避け、孤独に生きることを決めた。

 

 そんな彼女の転機となったのは、一つの絵本と巡り合ったことだ。そのタイトルは【しあわせの青いバラ】

 

 話の内容は、たくさんのバラが咲いている庭に真っ青なバラの蕾をつける。周りのバラや庭を訪れた人は気味悪がるが、そこに『お兄さま』が現れる。『お兄さま』はその真っ青なバラを買い取り、鉢に植え替え毎日声を掛けて大切に育てた。「ボクはダメな花なんだ」と萎れていたバラは『お兄さま』の優しさを受けて見事な花を咲かせる。青いバラは『お兄さま』の家の窓辺に飾られ、道行く人達をたくさん幸せにした、という物語だ。

 

 ライスは初めてこの絵本を読んだ時に、自分もこの青いバラのようになりたいと思うようになった。みんなを不幸にするダメな子ではない、みんなを幸せにできる青いバラのように。

 

 そう思い始めた頃、ライスは母に連れられ初めてレースを観戦しに行った。その時の記憶は今尚鮮明に残っている。

 たくさんの人が集まる場所には、普段家でじっとしていることが多かった自分には目が回る程に混乱したが、レースを観戦している人たちはみんな笑顔であった。応援している子がレースに勝ったら、みんな幸せそうな顔になっていた。

 自分もあんなふうになりたい。みんなを不幸にするダメな子ではなく、みんなを幸せにする、そんなウマ娘に。

 

 それからは家でじっとしている時間をトレーニングに当て、自身の才能を開花していった。小柄な体格というハンディを感じさせないスタミナと、相手がどんなに速くても必死に喰らいついていく根性は、他のウマ娘達と比べても頭一つ抜けていた。そんな彼女の頑張りと才能は、日本最大の教育機関であるトレセン学園でさらなる飛躍を目指すこととなった。

 

 しかし、トレセン学園に入学したライスの学園生活は決して順風満帆とはいかなかった。練習は真面目に取り組み、教官からも評価をもらっているのにも関わらず、彼女はまだデビューしていなかった。いや、デビューどころかトレーナー達にアピールする場でもある選抜レースにすら一度も出場したことがない。

 教官からの評判を聞き、彼女の走る姿を期待していたトレーナー達は揃って失望していた。実力はあるのになぜ出走しないのか?やる気がないのか?彼女の気持ちなど分かるはずもないトレーナー達は冷たい言葉を放つ。

 

 「ぐすっ、ふぇぇ……うぇぇぇぇーん!!」

 

 誰も居なくなった夜の学園内に彼女の泣き声が響き渡る。

 

「ばかっ、ばかばか、ライスのばか!がんばるって、がんばろうって、決めたのに……」

 

 自分は何て不甲斐ないのだろう。なんでこんなにダメな子なの?ライスは自分を攻め続ける。

 彼女は選抜レースに出たくない訳ではない。出れなかったのだ。レースが始まる時間が少しずつ迫ってくると同時に謎の恐怖感が彼女を襲ってくる。呼吸が荒くなり、自分の体とは思えない程、脚に力が入らない。無情にも選抜レースが始まる時間が過ぎても、ライスはレース場に向かうことは出来なかった。

 

「おーい!大丈夫か!?」

 

「ふぇっ……!?」

 

 背後から突然話し掛けられてビックリしながらもライスは声のした方向に振り返る。そこには、見覚えのある男性がこちらを心配した表情で見つめていた。

 瞳に溜まった涙を拭き取ると、朧げだった男性の顔がはっきりと視界に入ってきた。話し掛けてきた男性は、毎日校門前で挨拶をしていて、学園内でたまに見かける人だった。よく芦毛色のウマ娘からセグウェイで追いかけ回されていたり、頭にキノコが生えた人を背負い、部屋に怒鳴りこんで入って行く姿を見たことがある。

 

「泣き声が聞こえて来たから様子を見に来たけど…何かあったのか?」

 

「ぐすっ……うぅ。

あの、ごめんなさい……それ以上、こっちに来ないで……」

 

 ライスの言葉に男はこちらに少しずつ歩み寄って来る足を止めて、ゆっくりとその場に腰を下ろした。

 

「これ飲むか?今日新発売の『肉汁たっぷり!人参風味のコーンポタージュ!炭酸仕立て』

さっき業者の人に自信作です!ってたくさんもらったんだけど」

 

「えっ!?あっ……ありがとう……」

 

 飲む前から地雷と分かるゲテモノジュースをつい受け取ってしまい、二人だけで静かに乾杯をする。男はジュースの蓋を開け勢いよく口に入れると、当たり前のように口から放物線を描きながらジュースを吐き出した。

 

「ごほっごほっ……何が自信作だよ!ただの罰ゲームじゃないか!」

 

「だっ……だいじょうぶ!?」

 

 男を心配しながらもいつの間にか自分が相手を介抱している状況に、ライスは可笑しくなり少しずつ笑みが溢れていた。

 そんな中、口の中がようやく落ち着いてきたらしい男は聞いてもいないのに自分の事を語り始めた。

 先輩トレーナーから怒られてしまったり、あるウマ娘にいつもからかわれて仕返しをしようとしていつも返り討ちにあってしまう。口では文句を言いながらも、その表情はどこか楽しそうだった。

 

 話の中で彼がトレーナーを目指して今はサブトレーナーとして頑張っていると聞いた。もう何回もトレーナー試験を受けているのに中々結果が出ない。落ちる回数が増える度にトレーナー試験を受けるのが怖くなってくると。

 ライスはその話を聞いて、少しだけ自分に似ていると思った。だが彼は自分とは違い、怖くても勇気を出して夢に向かって進んでいる。自分はあと一歩の勇気を出すことが出来ず、立ち止まったままだ。だから聞きたかった。その一歩を踏み出すにはどうすればいいのかと。

 

「うーん……別に特別なことは何もしてないけどな。ただ自分の夢を叶えたいからってのが一番の理由だし、こんな俺を応援してくれる人がいるから頑張ろうって思えるんだ」

 

 男の言葉にライスは改めて自分の夢を思い出す。不幸を届けるんじゃなくてみんなを幸せにするウマ娘になりたいと。

 そしてライスは男にゆっくりと自分の悩みを打ち明けた。次こそは絶対にがんばるって決めたのに足を踏み出すことが出来ない。結局何も変えることが出来ず、いつまでも弱い自分のままだと。

 

 男は黙ってライスの話を聞いた後、クソマズジュースを気合で飲み干し、涙目になりながらもライスに力強く伝えた。

 

「じゃあさ、次君が走るところを応援しに行くよ。一人でも応援してくれる人がいたら、絶対に力になると思うから!」

 

「えっ!?」

 

 男の宣言に戸惑いを隠せずにいると、彼は勢いよく立ち上がった後、こちらに手を伸ばしてきた。恐る恐る彼の手を握りながら立ち上がり、父親以外の男性の手の感触に少し恥ずかしくなりながらも、その手が離れた瞬間に寂しさを感じてしまう。

 

 その後、門限の時間が近いからと寮に帰るよう言われたライスは、もらったクソマズジュースを試しに一口飲んでみて、意外とおいしいと味わいながらゆっくりとした足取りで寮に帰るのであった。

 

 そして次の選抜レース当日、ライスはレースに出場することはなかった。体の準備は出来ている。だが心の準備はできないまま時間だけが過ぎていった。

 

 ライスは夜にこっそりと寮を抜け出し、レース場に向かっていた。彼が応援しに来ると言ってくれたのに裏切ってしまった罪悪感から、自然と足がレース場に動き出す。何で今になって動くの!と自身に嫌悪しながら目的地に到着した。

 

 誰もいないはずのコースに一人の人影が見える。まさか、何で!?と自分の予想が外れて欲しい思いを抱きながら人影に近付いていくが、ライスの思いも虚しくそこにいたのは今彼女が一番会いたくない人だった。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が二人の間を駆け巡る。ライスは彼の顔を見ることができないでいた。きっと怒っている。約束を破ったライスのことを嫌いになったと。堪らず涙が溢れ落ちる。それでも彼に謝らなければと意を決してライスは口を開いた。

 

「ぐすっ、あ、あの、ごめんなさい……せっかく応援しに来てくれたのに……ごめんなさい……」

 

「……」

 

 彼の沈黙が心を締めつける。やっぱりライスはダメな子なんだ。ライスはみんなを幸せにすることなんかできないんだ!負の感情が彼女の心を痛めつけていく。

 心が絶望で染まりかけたその時、突然頭に暖かい感触がした。

 

「なーに謝ってるんだ?ちゃんと君は来てくれたじゃないか」

 

「ふぇ!?」

 

「俺は走るところを応援しに行くって言ったろ?レースに出ている所だけを応援するなんて言ってないぞ?

君は勇気を出してここに来た。今まで出来なかったことが出来たんたぞ?なら君は別に約束を破ってないし、一つ成長できたんだ。これはすごいことだぞ!」

 

 興奮したように言葉を紡ぎながら優しく撫でてくれる彼の手は真っ暗だった自分の心に火を点ける。彼の言い分はただの詭弁だ。それでも嬉しかった。初めて自分という存在を認めてくれた気がして。

 

 ライスが落ち着きを取り戻した後、時間遅れのたった一人のレースが始まった。普段走っているレース場で観客は一人。彼の「いけー!がんばれー!もう少しだぞー!」と応援してくれている声はライスの耳によく響く。寮から出た時の重い足取りが嘘のように体が軽い。ライスは一人だけのレースを楽しんでいた。

 

 それからライスは勇気を出して選抜レースに出場し、後にお姉さまと呼ぶトレーナーと出会うことになる。その前から自分が好きな絵本の登場人物のように優しく導いてくれたサブトレーナーをお兄さまと呼んでいるのが分かったら、何故か怖い顔をしてその男を睨んでいたが。

 

 その後の学園生活でとある出来事があり、一時は走るのをやめようとしたこともあったが、彼女のライバル、親友、トレーナー、サブトレーナーから自分が走る理由を見つけてまた走り続ける決意をした。

 

(ふふっ、今日は何だかいい事がありそう)

 

 朝から上機嫌なライスは、トレセン学園に入学してからの事を思い出しながら登校していた。辛い思い出もあるが、今こうして笑って生活出来るのはたくさんの人に支えられてきたお陰だ。その内の一人である目の前で割り箸を頭に突き刺されているお兄さまの姿にくすっと笑いながら教室に向かうのだった。

 

 午前中の授業が終わり、親友のウララと一緒に昼食を食べる約束をしていたライスは、食堂で彼女の姿を探すが見つからない。まだ教室にいるかもしれないとウララの所属するクラスに足を運んだ。

 

「し、しつれいしまーす…」

 

 恐る恐る教室の扉を開けると、お目当ての人物は自分の席に座ったまま時が止まっているかのように静止していた。周りのクラスメイトは全員食堂に行ったのだろう、たった一人でいる姿は別人かと錯覚するほどだった。

 

「ウ、ウララちゃん!?どうしたの!?」

 

「……」

 

 話し掛けてみるも返事がない。いつも笑顔で天真爛漫な彼女とは思えない程に顔に生気がない。もしかして体調が悪いのでは?ライスは必死にウララは呼びかけ、ようやくウララはその重い口を開いて話し掛けてきた。

 

「ラ、ライスちゃん……」

 

「ウララちゃんだいじょうぶ!?どこか体調悪いの!?保健室まで一緒に行こうか!?」

 

 目の焦点が明らかにあっていないウララに更に困惑が隠せないライス。よく見れば体が震え、顔色も青白くなっている。ライスは無理矢理にでもウララを連れて保健室に連れて行こうと決心すると、ウララを抱き抱えようとする。

 

 無抵抗なままライスにされるがままだったウララが、何かを呟くとライスは思いもよらぬ言葉に余計に混乱することとなった。

 

「サ、サブトレーナーが……」

 

「え?なにウララちゃん?お兄さまがどうかしたの!?」

 

「……サブトレーナーが……死んじゃう……」

 

「……えっ!?」

 

 力無くそう呟くウララに、ライスは一体何を言っているのか理解できなかった。

 お兄さまが死んじゃう?冗談にしてはたちが悪すぎる。だが、今その言葉を呟いた本人はこんな現実は認めないとばかりに首を横に振っていた。

 

 詳しく事情を聞くため、ウララの背中を優しく擦りながらライスはウララが落ち着くまで側に付き添った。そして、ウララから聞いた内容はライスを絶望に染めるには充分な内容であった。

 

 昨日、レース結果を報告するためにサブトレーナーがいる部屋に行くと、そこには口から血を吐き着ていたシャツを真っ赤に染めるサブトレーナーの姿が。尋常ではない量の血を吐き地獄の苦しみを味わっているはずなのに、ウララを心配させまいと気丈に振る舞い、あまつさえ他の人に言わないように口止めされたという。

 

 朝顔を見た時はそんな様子を一切感じさせない、いつも通りの姿だったのに……自分達に心配させまいと苦しみを隠している事実にライスは胸が張り裂けそうな気分になっていた。

 

 確かめなければ…!もしかしたらウララちゃんの見間違いだったかもしれない…!淡い希望を持ちライスに手を引かれウララはサブトレーナーがいる部屋まで向かう。

 意を決してノックをするが、反応がない。部屋から出ていったのか、高鳴る心臓の音が嫌にうるさい。そっとドアノブに手を掛けゆっくりとドアを開けると、ライスの淡い希望を打ち砕く光景が目の前に広がっていた。

 

 痛みに体が耐えることが出来なかったのだろう、地面を転がり回り、それでも声を出して誰かに見られないように必死な形相で痛みを我慢しているサブトレーナーがいた。

 

「サっ…サブトレーナー!!」

 

「おっ…お兄さま!!」

 

 我慢出来ずサブトレーナーに呼びかけると、二人の姿に驚愕したが、すぐに何もなかったかのようにいつも通りの態度で接してくる。

 

「どっ、どうした二人とも?何かあったか?」

 

「「……」」

 

 もう今さら誤魔化しきれないのは本人にも分かっているはずなのに、それでも心配かけまいと演技をしている姿にライスとウララは涙が止まらない。どうしてこの人はこんなにも優しいんだろう。なんで頼ってくれないのと。

 

「ねぇお兄様?…ライス達に何か隠し事してない?」

 

 もう隠さなくていいよ。一人で無理しなくてもいいよ。ライスは彼に楽になってほしかった。弱音を吐いても絶対に嫌いにならないから……そんな思いでサブトレーナーに言葉を投げたが、彼が返事をすることはなかった。

 

「サブトレーナー…何でそんなにボロボロになってもウララ達のことを助けてくれるの?そんなにウララ達のことが信用出来ないの?」

 

 ウララもライスと同じ気持ちだった。辛いとき、苦しいときは必ず助けてくれるのに、自分のことは誰にも頼ることなく一人で解決しようとする。いつまでも助けられてばっかりじゃない、今度は私達が助ける番だと、ウララはサブトレーナーに想いをぶつける。

 

「ウララ…俺がみんなの手助けをしているのは信用していないからじゃない。寧ろ逆だ。信用しているからこそ力になりたいんだ。

 俺はみんなが頑張っている姿を誰よりも近くで見てきた。必死になって努力して、夢を叶えた子もいれば悔し涙を流した子もたくさん見てきた。

 だから一人でも多くの子達の夢を叶えたいから俺が勝手にみんなの手伝いをしてるだけさ」

 

 彼の言葉にもう流し尽くしたと思っていた涙が二人から溢れ落ちていく。誰かの為に自分を犠牲にして助けようとするのは物語のヒーローだけだ。だが、目の前にいる男は物語に出てくる登場人物なんかではない。実在する人間だ。

 

(やっぱりお兄さまはライスのヒーローだ!)

 

 溢れ出る涙を彼の優しい香りがするタオルで拭いてもらっている中でライスは改めて感謝の気持ちが湧いてくる。初めて会った時から今日までずっと、彼に頼ってばかりだった。だから今度は、自分たちの番だと。

 

「お兄さま……一つだけ約束して?辛かったり苦しくなった時は絶対に内緒にしないでライス達に言って!!いつの間にかいなくなるなんてライス嫌だよ!!」

 

「えっ?わっ、分かりました!ちゃんと言いますから!はい!」

 

 彼はきっとこの約束を守らないだろう、と二人はすぐに悟った。こちらがどれだけ言っても全部一人で背負いこもうとする。彼はそんな人間なのだ。

 

「ライス、心配しなくても俺は勝手にいなくなんてならないよ。ここに来て自分の夢が一つ増えたんだから」

 

「お兄さまの夢?」

 

「おう!俺の夢はトレーナーになるってことだけだったんだけどな。今は夢が一つ増えたんだ。

それはな…いつかウララとライスがダブルセンターで歌っているのを特等席で一緒に盛り上がることだ!

それまでは死んでも死にきれん!!」

 

 サブトレーナーの新しい夢。それを聞いた時は自分たちを励ますただの言葉だと二人は思っていた。でも表情を見ればそれが違うと分かる。この人は本気で言っている。なら分かりやすい恩返しはこれしかない。サブトレーナーの夢を叶える為なら、生きる希望を持ってくれるなら、絶対に叶えたい!!ライスとウララに鋼の意志が灯った瞬間だった。

 

「サブトレーナー…ウララ頑張るよ!絶対勝ってウイニングライブでセンターに立ってみせるからね!!」

 

「お兄様…ライスもがんばるよ!今度はライスがお兄様のヒーローになるから!!」

 

「おぉ!二人とも気合い入ったな!でも絶対に無理はしないようにな。ケガしたらライブどころじゃなくなるから」

 

 サブトレーナーの言葉に力強く返事をした二人は静かに部屋を退出した。教室に戻る二人の間に言葉はない。だが新たな目標が出来た二人の瞳には鬼が宿っていた。

 

「ライスちゃん……ウララがんばるよ。どんなことをしても絶対に勝って、サブトレーナーの夢を叶えるよ!」

 

「ウララちゃん……うん。ライスもやるよ。お兄さまのヒーローになれるなら……ライスはヒールになっても構わない!」

 

 二人の溢れ出る闘志を感じたウマ娘達は底知れない不気味さを感じ、その日は一日困惑しながら過ごすのであった。




三女神「「「えっ!?」」」

長くなりそうでしたので天皇賞の話はカットしていますが後々書くと思います。

たくさんの感想、評価をしていただきありがとうございます。

誤字指摘をしていただいた方にも改めてお礼申し上げます。

また次回もよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(サブトレ視点)

3度目の初ウマぴょいです。
今回は一人称でお送りします。


 トレーナーの朝は早い。チームによっては全体で早朝練習を開始する所もあれば、自主練に精が出るウマ娘もいる。もう少し布団の感触を味わっていたい気持ちを振り払うようにベッドから起き上がった。

 

 昨日はすぐに寝付くことが出来なかった。体は休息を求めているのに、目を瞑れば彼女の泣き顔が鮮明に思い浮かんでくる。

 ウララが実はホラーが苦手なんて知らなかったのもあるが、冷静に考えればもし自分が逆の立場だったら同じように恐怖を感じていたかもしれない。俺はどこぞの吸血鬼のように恐怖を克服しようとは思わないしな。

 

 とりあえずどこかでウララに会ったら謝ろう。そんなことを考えながら俺は学園まで歩き慣れた道のりをゆっくりと進んで行く。

 トレーナー寮からトレセン学園へと続く道の中で、ここらへんでは有名な桜並木を通って行く。春になれば満開の桜が来訪者を歓迎するが、残念ながら今は季節はずれだ。

 次にお目にかかれるのは半年後くらいかな。あまり睡眠が取れず家を出るときは重い足取りだったが、先の楽しみを想像したら少しだけ体が軽くなったような気がした。

 

 いつの間にか歩くスピードが速くなっていたのか、いつもより早い時間に目的地であるトレセン学園が見えてきた。

 総生徒数約2000人程が在席しているこの学園は、日本最大の名前に相応しくまず建物の広さに驚愕する。

 学園内の中にはウマ娘達が最高の環境でトレーニング出来るようにレーストラックはもちろん、スポーツジム、室内プール、図書館など、様々な施設が存在している。

 一部の施設は理事長が私財を投じて支援しているらしく、理事長のウマ娘愛が本物だと実感する。たまにやり過ぎて秘書のたづなさんに怒られたりしているが、そこはご愛嬌だ。

 

 噂をすれば、学園の校門前で遠くからでも目立つ緑色の服を着た女性、”駿川たづな”さんが門の前を掃き掃除していた。とある人達は緑色の服を着た3人の女性に恐怖を抱いているとの噂を聞いたことがあるが、まさかたづなさんがその3人に含まれていることはないよな?ないよね?

 

「あら、サブトレーナーさん。おはようございます」

 

「おはようございますたづなさん。すぐに着替えてお手伝いしますね」

 

「ふふっ、まだ時間はありますからゆっくりでいいですよ」

 

 口に手を当ててくすっと笑うたづなさんの言葉を受け、足早に更衣室へと向かう。

 たづなさんは俺がトレセン学園に来てから一番お世話になっている人だ。まだ学園に来たばかりの頃、慣れない環境で戸惑っている俺を嫌な顔一つせずにいつも助けてくれた。

 きっと彼女からすれば俺は出来の悪い弟のお世話をしているようなものなんだろう。あまり手を煩わせるのは悪いと思いつつもついつい頼ってしまう、この学園で頭が上がらない人の一人だ。

 

 それはそうと、たづなさんについていつも疑問に思っていることがある。初めて顔を合わせた時は何の疑いも持たなかったが、この人は一体何歳なのか、いや、それよりも実は人ではなくウマ娘ではないのかと。

 以前それとなく聞いてみようとしたが、話を流されてしまった。しつこく聞いて怒らせるのもあれだと思いその場では深く追求しなかったが、門限を過ぎて逃走を試みる生徒を華麗なスタートダッシュを決めて捕まえるたづなさんを見て開いた口が塞がらなかった。

 というか、理事長とたづなさんについて知らない事が多すぎる。トレセン学園の不思議100選の中に二人のことも当たり前のように入っているので、いつか秘密を知れたらと思う。

 

 たづなさんと他愛ない雑談をしながら掃除を行っていると、そろそろ生徒達の登校時間が近付いて来た。

 掃除道具を片付けると俺はたづなさんの横に並び、彼女達が登校してくるのを待っていた。

 本来は校門前に立って彼女達の出迎えるのは俺の仕事というわけではない。まだ研修生だった頃、一人でも多くのウマ娘達の名前と顔を覚えようとたづなさんにお願いをして始めたことだ。今では彼女達と朝顔を合わせることが日課となっている。

 

 実はこの朝の挨拶は顔と名前を覚えること以外でも彼女達の体調確認が出来るといったメリットがある。特にレースが決まっているウマ娘は体調が優れなくても無理をしてしまう子が多い。

 精神的にも追い詰められ、余裕がなくなってくると当然練習でも結果が出せなくなり、また無理をするといった負のスパイラルに陥ってしまう。

 

 最悪の場合は無茶をし過ぎて怪我を負ってしまうこともあるのだ。明らかに疲労が溜まり顔に余裕がない子を見つけたら、即座に担当トレーナーに報告してフォローをお願いする。

 俺が出来るのはここまでで、後は愚痴を聞いてやることくらいしか出来ないことに歯痒い気持ちが湧いてくる。早く正式なトレーナーになってもっと彼女達の力になってあげたいと強く思った。

 

「サブトレさん!おはよー」「サブトレーナーさん、おはようございます」「はーっはっはっは!おはようサブトレーナーくん!今日はこのボクの輝きが一層輝くほどのいい天気だ。存分にボクに見惚れていってくれたまえ!!」

 

「おぅ!みんなおはよう。オペラオーもおはよう。今日も何かよく分からんが絶好調だな」

 

 生徒達が続々と学園に登校してくる。しかし改めて思うが先輩トレーナーもウマ娘もそうだが、個性が強すぎる人が多いなこの学園。

 キラキラと謎のエフェクトを出しながら登校して来たウマ娘”テイエムオペラオー”だけでももうお腹いっぱいだというのに…っておいスペ!人参咥えながら走るのはやめなさい!……おいゴルシ、お前はなんで俺の頭を割り箸で刺そうとしてんだ?……なに?ゴルゴル星で古来より伝わる神聖な生贄の儀式の準備?俺を生贄にすんなバカヤロウ!!

 

 朝から個性派達の相手にヘトヘトになりながらも、何とか朝の日課が終わりそうな時間が近付いてきた。するとそこへいつもの天真爛漫の笑顔はどこへやら、ウララの姿を確認すると、俺は昨日怖がらせてしまった件について謝りに行こうと彼女の元へ駆け寄った。

 

「おーい!ウララおはよう。昨日はごめんな!」

 

「!!っ……うんおはよサブトレーナー。…ウララ用事があるから先に行くね」

 

 そう言い残し俺から逃げるように走り去るウララ。声を掛ける暇もなく駆け出した姿に動くことが出来なかった。その様子を見ていたたづなさんが心配そうに声を掛けてくる。

 

「あの、サブトレーナーさん。ウララさんと何かあったんですか?」

 

「いやーちょっと昨日ウララを怖がらせてしまいまして…」

 

「あら、そうなんですか?ちゃんと謝らないと駄目ですよ」

 

 たづなさんに苦笑いをされながら注意をされてしまった。ウララだったらきっと「もーサブトレーナー!!昨日はすっごく怖かったんだからね!」とプリプリ可愛らしく怒ってくると思っていたが、どうやら予想以上に怖がらせてしまっていたらしい。

 学園祭が始まるまでは自作した血塗れTシャツは誰にも見せないようにしなくては。またウララや怖がりなライスにでも見られたら大変なことになりそうだしな。

 

 朝の登校も見終わり、たづなさんと一緒に学園の中に戻る途中、たづなさんがふと思い出したように話し掛けてきた。

 

「あっ、そういえばサブトレーナーさん。まだ健康診断受けられていませんでしたよね?」

 

「えっ?あぁ!そういやずっと行ってなかったですね。中々行く時間が作れなくて…すいません」

 

「いえいえ〜、サブトレーナーさんに無理を言ってスケジュールを埋めてしまったのは私達のせいですから。謝るのは私達の方ですよ。ただ一応規則ですので、病院に行って健康診断を受けてもらう必要があります。どこかで一日時間を調整する必要がありますので、後でサブトレーナーさんの予定をお伺いしに行きますね」

 

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 

 たづなさんに言われるまで完全に忘れていた。前から行くように言われていたことだったが、最近の忙しさも相まって自分の時間を作ることも難しかった。

 一般健康診断ならそんなに時間を取ることもなくすぐに終わるが、トレセン学園ではウマ娘だけでなくトレーナーやスタッフにも福利厚生が充実している。

 その内の一つとして健康診断を行う者は一日掛けてしっかりと検査をしてくれるのだ。まぁ俺は昔から大きな病気もしたことがないので特に不安なことは何もないが、トレーナーを目指す者として自分の健康管理は大事だ。

 

 日頃から生徒達に体調に関して口酸っぱく言っている本人が不健康では説得力がない。そうだ、折角ならついでに父さんや爺ちゃん達にも一緒に受けてもらおう。そんなことを考えながら自分の仕事場に戻るのであった。

 

 午前中は先輩トレーナーに頼まれていた資料作成に時間を費やし、気づけば時間はとっくにお昼の時間を過ぎていた。

 そろそろ飯にしよう、そう思い立ち上がろうとした瞬間、思いっきり机に膝をぶつけてしまった。

 

(いってぇぇぇー!!あかん死ぬぅぅぅ!!)

 

 打ち所が悪かったのか、冷や汗が止まらない。こんなドジっ子キャラは美少女だけの特権で、俺がやっても誰得なんだよ!と痛みで思考が定まらない。少しでも痛みが和らぐように必死になるが中々痛みが収まってくれない。

 いや、そういえば痛みを紛らわす方法をどこかの漫画でみたな。確か全身の運動の苦痛がどうとか言ってた気がする。背に腹は代えらん。試しに地面を転がりこんだら治るかもしれん。藁にも縋る気持ちで実践をしてみることにする。

 

(……全然治んねえじゃねぇかバカヤロウ!!)

 

 期待した俺がバカだった。むしろ疲れが増しただけだ。でもこのまま立ち上がるのも負けた気がするので痛みが収まるまでこのままでいよう。そう決心するが、どこからか視線を感じることに気付いた。

 

「サっ……サブトレーナー!!」

 

「おっ……お兄さま!!」

 

 そこにいたのはなぜか絶望したかのような顔をしたウララと、涙目でこちらを見つめる”ライスシャワー”ことライスが佇んでいた。

 あれ、二人ともいつからそこにいたの?もしかして今までの俺の行動見られてた?…クッソ恥ずかしいんですが…

 

「どっ、どうした二人とも?何かあったか?」

 

「「……」」

 

 何も言わずこちらをじっと見つめる二人にどう返事をすればいいか分からない。ウララとライスのような小柄な女の子に涙目で見つめられると変な気分になる。やめてくれ二人とも。その攻撃は俺に効く(特攻)

 

「ねぇお兄さま?……ライス達に何か隠し事してない?」

 

 突然のライスの質問に俺は困惑した。ライス達に隠し事?心当たりが多すぎる。一体何のことを言ってるんだ?ライスに絶対消してねと言われた、たい焼きを美味しそうに食べるライスの写真か?それとも同士デジタルに依頼したウラライス同人本のことか…?

 

「サブトレーナー……何でそんなにボロボロになってもウララ達のことを助けてくれるの?そんなにウララ達のことが信用出来ないの?」

 

 ライスからの言葉に戸惑っていると、我慢の限界がきたのか大粒の涙を流しながらウララが俺に問いかけてくる。

 確かに俺はまだサブトレーナーで他の先輩に比べれば仕事の出来も知識もボロボロだろう。でも、ウマ娘達の力になりたいと思う気持ちは学園一だと自称している。

 

「ウララ……俺がみんなの手助けをしているのは信用していないからじゃない。寧ろ逆だ。信用しているからこそ力になりたいんだ。

俺はみんなが頑張っている姿を誰よりも近くで見てきた。必死になって努力して、夢を叶えた子もいれば悔し涙を流した子もたくさん見てきた。

だから一人でも多くの子達の夢を叶えたいから俺が勝手にみんなの手伝いをしてるだけさ」

 

 俺の言葉にウララとライスは何かが響いたのだろう。静かに涙を流し続けていた。いつの間にか膝の痛みがなくなっていることに気付いた俺は部屋に用意していたタオルを二枚手に取り彼女達の涙を拭き取った。

 何があったか分からないが、見るまでもなく二人共精神的に疲労している。こんなコンディションでは練習にも身が入らないだろう。後で二人の担当トレーナーに連絡しておくか。

 

「お兄さま……一つだけ約束して?辛かったり苦しくなった時は絶対に内緒にしないでライス達に言って!!いつの間にかいなくなるなんてライス嫌だよ!!」

 

「えっ?わっ、分かりました!ちゃんと言いますから!はい!」

 

 前にマックイーンが言っていたのはこのことかと納得出来るほどに鬼が宿ったかと錯覚するような鬼気迫る勢いのライスに思わず敬語が出てしまった。いつもの天使なライスさんはどこ?ここ?

 

「ライス、心配しなくても俺は勝手にいなくなんてならないよ。ここに来て自分の夢が一つ増えたんだから」

 

「お兄さまの夢?」

 

「おう!俺の夢はトレーナーになるってことだけだったんだけどな。今は夢が一つ増えたんだ。

それはな……いつかウララとライスがダブルセンターで歌っているのを特等席で一緒に盛り上がることだ!

それまでは死んでも死にきれん!!」

 

 俺の新しい夢を聞いた二人は一瞬ポカンとした表情を浮かべるも何かを決意したような、瞳に力が籠もっていた。これがあの伝説の断固たる決意ってやつか?

 

「サブトレーナー……ウララ頑張るよ!絶対勝ってウイニングライブでセンターに立ってみせるからね!!」

 

「お兄さま……ライスもがんばるよ!今度はライスがお兄様のヒーローになるから!!」

 

「おぉ!二人とも気合い入ったな!でも絶対に無理はしないようにな。ケガしたらライブどころじゃなくなるから」

 

 俺の言葉に力強く返事をして部屋から出ていく二人を見送る。その背中は小柄な二人には似つかわしくなくとても大きく見えた。

 二人が元気を取り戻したことに満足すると、早く何か食わせろと急かしてくる胃を落ち着かせる為に食堂に向かうのであった。




偉い人が書いたら出るって言ったから書きました。
ライスちゃんもう100回は育成したんやからそろそろ☆3青因子出てくりー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話(ウマ娘視点)

セイウンスカイが実装されるので初ウマぴょいです

試験的に前半は一人称、後半は三人称でお送りします


 小さい頃からずっと追い求めていた。誰にも邪魔されない私だけの先頭の景色を。もっと速く、もっと前へ。いつか、先頭のもっと先……誰も見たことがない景色へ……。

 

 そして辿り着いた先は、何も見えない真っ暗な暗闇だった。今私は目を開けているのか、立っているのかも分からない。

 

 こんなものを私はずっと求めていたのか……?

 こんな景色を私は望んでいたのか……?

 

 違う!!私が見たかったものはこんな景色じゃない!!

 

 帰らなきゃ……そう思うがどうすればいいか分からない。このまま寂しく孤独に死んでいくのか?恐怖で震えが止まらない。

 

 もうダメだ……。心が折れかけたその時、かすかにどこからか声が聞こえる。必死に耳を澄まし声がする方向を探す。すると僅かに光が見える。あそこだ。藁にも縋る思いで光が見える方へ進んでいく。はやく、はやく、こんな地獄のような光景はもう嫌だ。少しずつ光が強くなっていく道を懸命に進む。瞬間、私の意識は飛んでいた。

 

 目を覚まして一番最初に飛び込んで来た光景は、大粒の涙を流しながら必死に私の名前を呼ぶサブトレーナーさんだった。私が意識を取り戻したのを確認した彼は、安堵の表情を浮かべている。

 

 泣きながら笑うなんて器用なことをするなぁなんて見当違いなことを思いながら、今までまともに見たことがなかった彼の顔を見つめる。意外とまつ毛が長いことや、口と顎の真ん中に小さなホクロも見つけた。

 

 しばらく彼の顔を観察していると、お医者さんが来て私の体を診察していった。話の内容はよく聞こえないが、深刻そうな顔を見るにきっと容態は良くないんだろうなと理解するが、不思議と気持ちは落ち着いていた。

 

 もう少し彼の顔を眺めていたかったが、自然と閉じていく瞼に抵抗ができない。もしかしたら、眠ってしまったらまたさっきの所に行ってしまうのではないか?と不安に思ったのは一瞬だった。そっと私の手を握る大きな手は、今まで感じたことのない安心感に包まれて私は意識を手放した。

 

 

 そして、目を覚ました私を待っていたのは苦痛の毎日だった。リハビリが辛い、チームメイトからの励ましが辛い、思い通りに動かない体が辛い、毎日お見舞いに来てくれるサブトレーナーさんの優しさが辛い。

 

 とうとう我慢ができなくなって、生まれて初めて人に向けて暴言を吐いた。たくさん罵倒した。物も投げつけた。

 

 そんな自分が嫌いになって命を絶とうと思った。

 

 それでも彼は私に対して態度を変えることがなかった。もう来なくていい。私に関わらないで。何度言っても、何を言っても私が好きなジュースを持参して毎日私に会いに来る。

 

 ある時、景色が綺麗で、もしも思いっきり走れたらとても気持ちよさそうな場所まで連れて行ってくれた。私に負担が掛からないようにゆっくりと車椅子を押して行くサブトレーナーさんの言葉が、いつもよりよく聞こえるくらい、息苦しかった病室から解放された私は久々に心が落ち着いていた。

 

 見渡す限りの緑が太陽の光を浴びて輝いているように見える道は、どこまで続いているのか分からない。ひんやりとした風を頬に受けながら、ゆっくりと道のりを進んでいく。

 

 彼にもう少しだけ速度を上げてもらうように頼み、レース場とは違う景色を楽しみながら、私はいつしか忘れていたものを思い出した。

 

 幼い頃から走っていたばかりの私に、ある日両親がレースへの出走を勧めてくれた。走れるならいいかな、と初めての参加したレースはすごく苦しいものに感じられた。たくさんの子達に囲まれた状況は騒がしくとても窮屈で……。

 

 だから誰もいない、絶対に追いつけない場所まで行こうって、思いっきり走って前に出た。そしたら、目の前がぱっと開けて、静かな誰もいない景色に辿り着けた。

 

 そうだ……私は先頭を走りたい。もう一度、何度でもあそこに辿り着きたい!この気持ちだけは……譲れない……!!

 

 病院に運び込まれて以来、まともに見なかった彼の顔をしっかり見つめ、少し頬が熱くなるのを感じながらお礼を言うと、彼の照れたように微笑む笑顔を見て、可愛らしいなぁと思いつつ二人だけの散歩を楽しんだ。

 

 それから心に余裕が出来た私は、みんなに支えられながらリハビリに励むことができた。もう立ち止まらないように、夢を叶えるために、少しずつ前へと進んでいく。

 

 怪我をしてから一年と一ヶ月、復帰レースで一着を取った私にみんなはとても喜んでくれた。これからもまた夢に向かって走ることが出来る、そう思っていたのに……

 

 

 

 

 ねぇ、サブトレーナーさん?私はあなたが思っている以上に弱くて、寂しがり屋で、負けず嫌いなんですよ?あなたが応援してくれるから、あなたがゴール前で待っていてくれるから、私は誰よりも先にあなたの元に駆けつけるんです。

 だからあなたが私よりも先にゴールしていなくなるなんて許しません。あなたを見つけるまで、私は見えないゴールを走り続けます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前まで半袖でも暑さを感じていたはずなのに、今では少し肌寒くなった季節の中、スズカは同室の“スペシャルウィーク”を起こさないよう静かにジャージに着替えて部屋を出た。

 今日は朝から病院で検査予定の為、いつもより早く起床して練習場に向かう。目的地に到着したとき、先客は見当たらず、しばらくは誰にも邪魔されずに静かな景色を独り占めできるとスズカは内心喜んだ。

 

(はっ、はっ、はっ……!!)

 

 フォームを確認しながら少しずつ走るスピードを上げていく。体の調子は悪くない。

 一人で走ったり、誰かと併走する時は問題ない。だか、模擬レースをするとどうしても脚が重くなる。復帰レースまでは問題なかったはずなのに、その後から無意識にブレーキを掛けてしまう自分の体に日に日に苛立ちを募りながら、スズカは黙々と誰もいないレース場を駆けて行った。

 

 朝練を終え、チームメイトに軽く言葉を掛けてからスズカは病院に向かっていた。怪我をする前はほとんど利用することのなかった道を歩きながら一人物思いに耽る。

 復帰戦以来のレース出場に内定が決まったというのに、このまま本来の走りを取り戻せなければきっとトレーナーから出場を辞退するように言われるだろう。早く何とかしなければ。焦る気持ちが体に引っ張られるように病院に向かう脚が自然と速くなるのにスズカ自身も気付いていなかった。

 

 病院に到着した彼女は受付を済ませ待合室に向かう。今日はいつもより人が混んでおらず、早めに学園に帰れそうだ。そう思いながらどこか空いている椅子を探していると、思いもよらぬ人と出会うこととなった。

 

「あの、サブトレーナーさん……?」

 

「えっ?……スズカ!?」

 

 彼女が話掛けると慌てて読んでいたものをカバンに仕舞い込み、バツが悪そうにする彼の態度を見てスズカは困惑した。確か今日は用事があって実家に戻ると言っていたはずなのに、なぜか病院にいる。彼はここにいることがバレてしまったことを誤魔化すように言葉を掛ける。

 

「スズカ?どうしたんだこんなとこで?……まさか怪我した所がまた痛くなったのか!?」

 

「いっ、いえっ。今日はいつもの検査です。怪我をしてから定期的に検査をしてもらっていますので……」

 

「ほっ……なんだそれならよかった。また怪我したら大変だしな!ちゃんと自己管理できてえらいぞ〜」

 

「もっ、もぅ、子供扱いしないで下さい!!

……それよりサブトレーナーさんは何で病院に?」

 

「ん?いや、今日はちょっと……っとスズカ!名前呼ばれたから俺はもう行くな!スズカも気をつけて帰れよー」

 

「あっ、あの、サブトレーナーさん!!」

 

 看護師に名前を呼ばれてこれ幸いにと逃げるように検査室に入っていく彼の背中を見て、スズカは言い様のない不安に駆られていく。

 なぜ彼が検査室に入っていくのか。今日は用事があって実家に行くと言っていたはずなのに……

 思い返すと話掛けた彼の顔色は悪く、目の隈もすぐに分かる程に広がっていた。一体何があったのか……

 彼女の疑問に答える人は誰もおらず、何度も呼ばれている自分の名前に気付かぬ程に、スズカは嫌な予感が脳裏に駆け巡っていた。

 

 それから数日、同室のスペシャルウィークが何度も心配の言葉を掛けるが、大丈夫と力無く返事をするスズカは精神的に追い詰められていた。

 本来の走りを取り戻せていない。それだけならまだ彼女はここまで疲弊していない。学園の授業を受けている時も、トレーニングをしている時も、脳裏をよぎるのはあの時病院で会った彼の顔。

 何かを隠している。それは病院での態度を見れば明らかだ。自分の思い過ごしであればそれでいい。意を決した彼女は彼の元に赴く。頭から離れない嫌な予感を振り払うように。

 

 部屋の前で一つ大きな深呼吸をして、彼がいる部屋をノックする。しばらく待つが何も反応がない。ゆっくりとドアノブを回し部屋の中に足を進める。

 失礼しますと小さな声を掛けるが部屋の中は誰もいなかった。ホッとしたような、残念なような、自分でもよく分からない感情に戸惑いつつ彼が作業している机に向かう。

 

 彼の机の上は一体何冊あるか分からない程の参考書が綺麗に立て掛けられており、その前はたくさんの写真立ての中に色んな子達が映った写真が並べられている。

 その内の一つを手に取り、スズカは自然と頬が緩む。それは自身が所属するチームが合宿の最終日にみんなで撮った写真だった。

 

 写真を見ながら合宿での思い出が蘇る。

 怪我から復帰を果たしたスズカだったが、メンタルがまだ追いついていないと判断したトレーナーが企画した合宿は、最後の特訓と称してトライアスロンを実施することになった。その時にスタイルのいい二人のウマ娘に鼻を伸ばしてたサブトレーナーももちろん忘れてはいない。

 

 合宿最終日にみんなで撮ることになった写真も無意識にサブトレーナーの隣を陣取ったことにトレーナーが嫌な笑みでからかってきたのもよく覚えている。

 まだ合宿をしてそんなに時間は経ってないはずなのに、もう何年も経過したような、スズカはそんな気分になった。

 

 そっと写真立てを元の位置に戻すと、ふと彼の机に一枚の紙が置かれていることに気付く。勝手に見てはいけないと頭では分かってはいるが、伸ばす手を止められない。

 

(見てはダメだ)(ヤメロ)(後悔するぞ)

 

 体から発せられる警告と、ドクンドクンと大きくなっていく心臓の音が嫌にうるさい。もう自分の意志が離れた体は言うことを聞いてくれなかった。

 

「ウソでしょ……

 なに……これ……」

 

 手元にあるのは病院からの診断結果だった。医者ではない彼女は人間の体に詳しい訳ではない。だが、素人でも分かるくらいに赤色で強調された検査結果。そして下に大きく書かれた”至急入院の必要あり”の言葉にあの日から感じていた嫌な予感が当たっていたことを悟る。

 

「あれ?どうしたスズカ?俺に何か用か?」

 

「……」

 

 いつの間に帰ってきたのか、彼の言葉にようやく体の自由を取り戻し急いで手に持っていた書類を机の上に置くと、彼に会いに来たはずなのに、今は見たくない彼の顔をゆっくりと見つめ返す。

 

 スズカはようやく全て理解した。彼が隠したかったことを。彼が秘密にしようとしていたことを。

 

 一体いつから……?恐らく最近ではないだろう。まさか、私が怪我をした頃にはもう……!?もしそうだとすれば、私は彼にとんでもない罪を犯したことになる。文字通り自分の命を顧みず私を救おうとしたのだ。それなのに、私は彼になんてことを……

 スズカは自分を責め続ける。謝っても許されるものではない。それでも、誰にぶつければいいか分からないこの感情は自分にぶつけることしか出来ないのだから。

 

「サブトレーナーさん……もう、あまり時間がないんですよね?」

 

「えっ!?……あぁ、うん、そうだな……」

 

「……っ」

 

 一縷の希望を持って彼に問い掛けるも、観念したように答える彼を見て、スズカにさらなる絶望が襲う。

 全部見たわけではないが、さっきの検査結果は明らかに彼の体に残された時間が少ないと分かるような内容だった。でも、もしかしたら治療に専念すれば助かるかもしれない。

 

 そんな希望は彼の一言で否定された。

 

 どうすればいい?何をすればいい?何て話をすればいい?焦るスズカとは裏腹に彼女に声を掛ける彼の顔は、驚くほどに穏やかだった。

 

「確かに残された時間は少ないけど……俺はスズカを信じてるから」

 

「……えっ?」

 

「俺はスズカが先頭に立って走っている姿も好きだけど、一番好きなのはセンターで歌っているスズカなんだ。だからさ……またキラキラしながら楽しそうに歌っているスズカを見せてくれないか?」

 

「っ、サブトレーナーさん……あなたは本当に酷い人ですね……」

 

「ははっ、今頃気付いたのか?俺はスパルタだからな」

 

「はい、本当に厳しい人です……

 ねぇサブトレーナーさん?ちゃんとゴールで待ってて下さいね?あなたがいないと、ゴールがどこか分からなくなっちゃいますから」

 

「?あ、あぁ、ちゃんと待ってるから安心しろ。最前列で見届けるからさ!」

 

「約束ですよ?」

 

 本当に彼は酷い人だ。スズカはそう思わずにいられない。きっと彼は自分の最後をURAファイナルズに捧げている。どんなに苦しくても、辛くても、誰にも気付かれないように頑張って、そして一人で逝くつもりなのだ。

 

 絶対に一人では逝かせない。彼が向かおうとしている景色はあの真っ暗で孤独な場所なのだから。あんな所に彼を連れて行く訳にはいかない。私が目指している景色の先に、あなたが待っていてくれているのだから。

 

(あぁ、そういうことだったのね……)

 

 スズカは今まで不調の原因をようやく理解した。ゴールで待っていてくれている彼がいたから、復帰レースで勝つ事ができたのだと。彼の居場所へ誰よりも早く、誰にも譲らないように走ったから一着を取ることができたんだと。

 

 スズカの暗かった心に火が灯る。彼は約束してくれた。ならば、私は彼の願いを叶えるだけだと。決意を胸にスズカはゆっくりと部屋を退出していった。

 

 

 

 

 もしも彼が帰ってくるのが遅かったならば、もしも後少しだけ時間があれば、もしも彼女が検査結果に書かれている名前を読んでいたら、きっと未来は変わっていただろう。

 だがもう彼女は、彼女達は止まれない。運命のレースに続々とゲートインする彼女達を、例え三女神であろうと止めることは出来ないのだから……。

 




三女神「「「誰か止めて!」」」

次回の投稿は遅くとも今週中には出来ると思いますので、気長にお待ちいただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話(サブトレ視点)

赤因子を継承してくれないので初ウマぴょいです


 よく晴れた平日の早朝、夏の暑さが鳴りを潜め始めた季節の中、子供の頃に通い慣れた道を懐かしいと感じながら俺は久々に実家に足を運んでいた。仕事の引継ぎに思ったより時間が掛かってしまったのでほとんど寝ておらず、目を瞑ればすぐに夢の中に旅立てそうだ。

 

 たづなさんと健康診断を受ける為のスケジュール確認をしたら、翌日しか時間が取れなさそうだったので、たづなさんがすぐに病院に確認して急遽健康診断を受けることになった。健康診断というより今日受診するのは人間ドックと同じ検査の為、だいたい検査に一日掛かってしまう。

 

 本来今日行う予定だった仕事の引継ぎをした後に、実家に連絡をしたついでに父さんと爺ちゃんにも検査を勧めた。二人ともまだまだ健康なはずだが、自覚症状がない病気に掛かっている可能性もある。

 定年を迎えた父さんも、もうすぐ90を迎える爺ちゃんも今の所大きな病気になったことがないが人間いつどうなるか分からない。大事に至る前に検査をした方がいいだろう。

 

 幸いにも父さんと爺ちゃんの丈夫で健康な体を引き継いだ俺も大きな病気に掛かったことはない。トレーナーという職業は想像以上にハードで体力を使う仕事だ。頑丈な体を持つということはトレーナーにとって必須と言っても過言ではない。

 ”チームスピカ”の先輩トレーナーだってウマ娘達から蹴りを喰らってもすぐに復帰する化物染みた体をしている。さすがにあそこまでは真似出来ないが、それでも病気になることなく健康で過ごせている体をくれた両親に改めて感謝をした。

 

 久々に実家に顔を出し、家族の顔を見たら懐かしさと安心感に包まれる。最後に会ったのは去年の正月以来だったか、元気そうにしている姿を見ると自然と頬が緩んでくる。

 まだ実家でゆっくりしたいと名残惜しみつつも、病院に予約した時間が近付いて来たので、母さんの運転で病院まで送ってもらう。父さんと爺ちゃんも一緒に車に乗り込むもその顔はどこか面倒くさそうだ。相変わらず病院嫌いだなこの二人は。

 

「どうだ学園生活は?彼女たちとうまくやれてるか?」

 

「ん?まぁ何とかやれてると思うよ。みんな素直でいい子ばっかりだしな。問題児が何人かいるけど」

 

「私の夢はサイレンススズカです」

 

「どうした急に?

爺ちゃんスズカのファンだったっけ?」

 

 突然真顔で自分の推しを告白する爺ちゃんの頭を心配するも、まぁ爺ちゃんだしなと勝手に納得し、車は病院に走り進んで行く。ちなみに、父さんの推しウマ娘は”ミホノブルボン”らしく、ブルボンの勝負服に鼻の下を伸ばしている所を母さんに白い目で見られているのは我が家の日常風景でもある。

 

 病院に到着し、すぐに受付を済ませて頭がボーッとする中自分の名前が呼ばれるのを待つ。やはり寝不足気味が効いているのだろう、急激に襲い掛かってくる睡魔に負けじと抵抗するが、油断したら一気に夢の中に連れて行かれそうだ。

 

 先に父さんと爺ちゃんは検査を受けており、母さんも先に自宅に帰ったので、今は一人で待合室で待機している。

 それにしてもここの病院に来るのはいつ以来か……スズカが怪我したときだったか、いや、テイオーが怪我をしてリハビリに付き合ったときが最後だったか……と眠気で頭が働かない中そんなことを考えていた。

 

 今来ている病院はここらへんの地域では一番規模が大きい病院であり、人だけでなくウマ娘の診療も行っている。特にトレセン学園に通っている生徒もよく利用しており、怪我の治療はもちろん、リハビリに通ったりレースが決まった子が念の為に検査をする場合も多い。恐らく外部の施設では一番お世話になっている所だろう。

 

 このまま寝てしまってはマズイと思った俺は、待合室に置いてあった雑誌を適当に一冊手に取り席に戻った。

 

『徹底解剖!ウマ娘たちの秘密をあなただけに!?

 〜ポロリもあるかも!?〜』

 

 ……何だこのふざけたタイトルは?出版社はどこだ?頑張っている彼女達をそんな目で見ているというのか?バカにするのもいい加減にしろ!!

 俺は興奮した気持ちを抑えきれずワクワクしながらページを開いていった。

 

 ……まぁ知っていたさ。タイトルに騙されるなんて男ならよくあることだ。俺はまた一つ賢くなったんだ。次は騙されんぞ!!

 

 それにしてもこの雑誌、クソみたいなタイトルだが中身は意外としっかりした内容だな。写真に載っているウマ娘の勝負服についてだったり、戦績から脚質まで細かい所まで解説している。ただ写真の中にいるウマ娘達はみんなどこか色気を感じる。一体いつ撮ったんだこの写真?

 

「あの、サブトレーナーさん……?」

 

「えっ?……スズカ!?」

 

 突然話しかけられてビックリした俺は読んでいた雑誌を咄嗟にカバンの中に仕舞い込む。後でちゃんと返さねばと思いつつ声のした方向に顔を向けると、そこには栗毛の長髪が特徴であるウマ娘”サイレンススズカ”ことスズカが困惑した表情でこちらを見つめていた。

 

 もしかして、さっきまで読んでた雑誌を見られた!?あんなクソみたいなタイトルの雑誌をニヤニヤしながら読んでた所を見てしまったのか!?

 ……ヤバい、クビになる……。トレーナーを目指しているやつが如何わしいタイトルの雑誌を読むなんてバレてしまったら……俺は誤魔化すようにスズカに話し掛けた。

 

「スズカ?どうしたんだこんなとこで?……まさか怪我した所がまた痛くなったのか!?」

 

「いっ、いえっ。今日はいつもの検査です。怪我をしてから定期的に検査をしてもらっていますので……」

 

「ほっ……なんだそれならよかった。また怪我したら大変だしな!ちゃんと自己管理できてえらいぞ〜」

 

「もっ、もぅ、子供扱いしないで下さい!!

……それよりサブトレーナーさんは何で病院に?」

 

「ん?いや、今日はちょっと……っとスズカ!名前呼ばれたから俺はもう行くな!スズカも気をつけて帰れよー」

 

「あっ、あの、サブトレーナーさん!!」

 

 俺たちの会話を遮るように名前が呼ばれたので、チャンスとばかりに逃げるようにスズカの側を離れて行く。正直助かった。もしさっきの雑誌を問い詰められて、スズカのような普段クールな美女に流し目で見られたら、俺のニンジンさんが一気に収穫時期まで成長するのは間違いない。長年の相棒は感性が豊かだからしょうがない。

 俺はスズカからの呼び掛けを無視して足早に立ち去った。

 

 

 病院の検査が無事終わり、数日が過ぎた頃に病院から検査結果が届いたと実家から連絡が来た。一週間は掛かると思っていたが思いの外早く届いたみたいだ。

 自分で中身を確認する前に母さんから内容を確認したら、俺と父さんは全くの異常なし。たが、爺ちゃんは年の影響か検査結果が思わしくなく、念の為入院することとなった。

 

 緊急性のあるものではないのでそこまで心配はしていないが、寧ろ勝手に病院を抜け出してレース観戦に行かないか心配である。あと数ヶ月で推しのスズカが出走するかもしれない新レースが開催されるので、それまでは大人しくしてもらおう。

 

 実家から連絡が来た翌日に、学園に向かう前にポストを確認すると、中には検査結果が入った封筒が入っていたのでそれをカバンに仕舞いつつ学園に向かう。

 それにしても今日は朝から腹の具合が悪い。昨日の夜に食べたウマ娘用巨大カップ焼きそばを食べたのがいけなかった?タマとオグリが美味しそうに食べてたから俺も買ってみたのだが。

 

 腹の痛みと戦いながら何とか午前中の仕事を終え、一息つくとカバンから検査結果の書類を取り出し確認することにした。封筒から書類を取り出すと、なぜか三人分の書類が出てきた。どうやら間違えて父さんと爺ちゃんの分まで送ってしまったらしい。

 

 また郵送で送り返すか、そう思いつつ自分の検査結果を確認した後、爺ちゃんの検査結果も確認することにした。

 ……年が年だから仕方ないとはいえ、これ大丈夫か?どの検査もアウトじゃん……。昨日電話した時は元気そうだったからちゃんと大人しくしとくように念を押しとかなければ。

 

 書類を眺めていたらまた腹の調子が悪くなってきた。もう今日は何回トイレに駆け込んだか分からない。今回は長い戦いになりそうだ。覚悟を決めた俺は手に持っていた爺ちゃんの検査結果が書かれている書類を机の上に置き、肛門に力を入れながら小走りで決戦場へと向かうのであった。

 

 

 無事死闘を制し色んな意味でスッキリとした俺は軽やかステップで部屋に戻った。前にカフェからもらったコーヒーでも飲んで午後からもがんばろう!そう気合を入れて部屋のドアを開けると、既に先客がいた。

 

「あれ?どうしたスズカ?俺に何か用か?」

 

「……」

 

 いつ部屋に入ってきたのか、俺が部屋に入った瞬間、慌てて手に持っていた何かの書類を机に置き、ゆっくりとこちらを向くスズカの顔は、レース中に大怪我をして入院していた時にただ一度だけ俺に弱音を吐いたときに似ていた。

 

「サブトレーナーさん……もう、あまり時間がないんですよね?」

 

「えっ!?……あぁ、うん、そうだな……」

 

「……っ」

 

 ふむ、スズカは一体何の話しをしているのかな……?一瞬戸惑うも、スズカの表情を見て彼女の悩みを理解する。

 

 彼女、サイレンススズカというウマ娘は過去に一度レース中に選手生命が断たれていたかもしれないほどの大きな怪我をした。

 入院中に色々あったが、仲間の励ましとスズカの努力でまた彼女は走ることが出来るようになった。復帰レースでも一着を取り、周囲は”異次元の逃亡者”完全復活!とスズカの復帰に喜んだが、その後スズカはレースに出場していない。

 

 最初から最後まで誰にも先頭を譲らなかったスズカの力強い走りを体が忘れてしまったのかと思うほどに、練習でも結果が出ない。スズカ自身も何が原因か分からず、気付いたらオーバーワークをしているくらいにスズカは追い込まれていった。

 

 スズカの所属するチーム”チームスピカ”のトレーナー、沖野トレーナーはスズカを病院に連れて行き、検査を行ったが体に異常は見受けられなかった。

 ここで沖野トレーナーはスズカの症状を医者に報告した所、体ではなく精神的な問題との結論に至った。全力を出してまた走ることが出来なくなるかもしれないと無意識に体がセーブをかけているのかもしれないと。

 

 そこから沖野トレーナーと俺は、スズカのメンタルケアに徹して彼女が無理をしないように細心の注意を払って指導にあたっている。

 

 そんなスズカは今年から初めて開催される新レース『URAファイナルズ』というレースに出場を内定している。

 二年前だったか三年前だったか……トレセン学園の理事長がマスコミを集め、開催を宣言したこの新レースは『すべてのウマ娘にチャンスをあたえる』という理念の元に開催されるレースで、ようやく今年初めて実施されることが予定されている。

 学園の生徒たちはこのレースを楽しみにしているが、特にスズカはこのレースにかける意気込みは人一倍だ。

 

 開催まで残り数ヶ月に迫って来たのに関わらず、未だに本調子にならないスズカは焦っているのだろう。

 

「確かに残された時間は少ないけど……俺はスズカを信じてるから」

 

「……えっ?」

 

「俺はスズカが先頭に立って走っている姿も好きだけど、一番好きなのはセンターで歌っているスズカなんだ。だからさ……またキラキラしながら楽しそうに歌っているスズカを見せてくれないか?」

 

「っ、サブトレーナーさん……あなたは本当に酷い人ですね……」

 

「ははっ、今頃気付いたのか?俺はスパルタだからな」

 

「はい、本当に厳しい人です……

 ねぇサブトレーナーさん?ちゃんとゴールで待ってて下さいね?あなたがいないと、ゴールがどこか分からなくなっちゃいますから」

 

「?あ、あぁ、ちゃんと待ってるから安心しろ。最前列で見届けるからさ!」

 

「約束ですよ?」

 

 少しは気分が紛れたのか、クスっと笑いながら部屋を退出していくスズカ。それにしても年下とは思えない程の色気があったな。俺はいつの間にか収穫時期まで成長していたマイニンジンのせいで、しばらく部屋の中で立ち尽くすこととなった。




たくさんの感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。

誤字指摘も大変有難いです。この場を借りて感謝を申し上げます。

明日の投稿が出来ないかもしれませんが、気長にお待ちいただけたらと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(ウマ娘視点)

ホープフルで負けまくるので初ウマぴょいです


『日本一のウマ娘になる』

 後に日本総大将と呼ばれるウマ娘”スペシャルウィーク”が二人の母親に誓った夢である。その夢を叶える為に彼女は生まれ育った北海道から単身上京し、トレセン学園に入学を果たした。

 

 転入初日、学園に行く前に立ち寄ったレース場で彼女は一人のウマ娘が走っている姿に魅せられた。

 ”サイレンススズカ”彼女の他の追随を許さない力強くも美しいその姿に。

 そこでなんの因果か自身が所属することになるチームのトレーナーとも出会うことになるのだが。

 

 転入後は憧れのサイレンススズカの同室となり、また同じチームメイトとしてお互いに切磋琢磨し、チームメンバーやライバル達ともしのぎを削り少しずつ成長していったのだった。

 

 ある日、トレーナーから質問されたことがある。

 

『日本一のウマ娘とは何か?』

 

 スペシャルウィークは直ぐに答えを出す事ができなかった。だがサイレンススズカはその問いに対し、

 

『見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘』

 

 と、少し考える素振りを見せてから答えを出した。今まで自分の夢について深く考えたことがなかったスペシャルウィークは、改めて自分の夢について考えていくことになる。

 

 敗北を知り、悔しさを味わい、努力を積み重ね勝利を挙げた彼女は、次第に自身の夢とは何か、答えを見つけていた。

 

『これからも応援してくれるみんなの夢を背負えるような、応援してくる人に夢を見せられるような、そんなウマ娘になる』

 

 生後まもなく実母を亡くし、その親友である人間の女性からたくさんの愛情を受けて育った彼女だからこそ、自分の為ではなく誰かの為に走ることができる。それが彼女の強みの一つであった。

 

 

 

 故に彼女は自分の前から誰かが消えるのを一番恐れている。

 

 

 もし、私にお父ちゃんがいたらどんな人だったのだろう。まだ食べ足りない時はこっそり自分のオカズをくれるような人?私が泣いている時は何も言わず胸を貸してくれる人?

 

 もし、私にお兄ちゃんがいたらどんな人だったのだろう。私がレースに勝ったら一番うれしそうに喜んでくれる人?私の勝負服をカワイイと照れながら褒めてくれる人?

 

 もし、この人がお父ちゃんだったら……

 もし、この人がお兄ちゃんだったら……

 

 もし、この人が私の前からいなくなったら……

 

 あなたの夢を背負います。あなたに夢を見せましょう。それが私にできるたった一つの親孝行なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(スズカさんの雰囲気が変わった……)

 

 ある日を境にスズカは変わった、とスペシャルウィークは困惑の色を隠せない。

 以前から自身の不調に悩んでいたのは知っている。

 長いリハビリ生活を乗り越え、奇跡と言ってもいい程の復活劇を遂げたスズカ。憧れの存在でもありライバルと思っているスペシャルウィークはその姿に感動したのを未だに記憶が鮮明に残っている。

 

 しかし、その後はスズカ本人も理由が分からないスランプに陥っていた。トレーナーからスズカのことをよく見ておくようにと指示を受けていたスペシャルウィークは、スズカが無茶をしないよう細心の注意を払って観察していたはずだった。

 

 だがいつの日か、確かにスズカは変わったのだ。言葉で表すのは難しい。敢えて言うならそう、己の全てを差し出してでも勝利を欲する修羅のようだと。

 

 当然、スペシャルウィークはスズカに事情を聞こうとした。このままどこかに行ってしまうような、もう二度と会えなくなってしまうような、そんな嫌な予感を払拭するために。

 

 それでもスズカは話をしてくれない。チームメンバーや友達には巧く隠しているようで、彼女の変貌に気付いている人はいないように見える。

 最近よく二人で食事を摂ったり、トレーニングをしているハルウララとライスシャワーは、珍しく一度だけスズカと食事をしていたのを見かけたことがあるが……三人は何を話していたのだろうか。

 

 それでも彼女、スペシャルウィークは諦めなかった。もしかしたらまたあの日のようにスズカが走れなくなるかもしれない。一歩間違えれば命を落としてしまうような事態に陥るかもしれない。そんな思いが彼女の心を蝕み不安にさせる。

 

 そんな彼女の熱意が通じたのか、はたまたスズカが観念したかはさておき、今日の夜に話があると一言だけ告げたスズカは、いつものように練習場に向かい黙々とトレーニングを開始していた。

 一体何の話をするのか……彼女がそれを気にするあまり練習に身が入らないのは当然の帰結であった。

 

 その日のトレーニングが終了し、スペシャルウィークとサイレンススズカの二人は、もう誰もいない学園の中を無言で歩いていた。

 どちらとも声を掛けることもなく、ただ冷たい秋風が練習終わりの火照った身体を冷やしていく。雲ひとつない暗闇の空は、月と星両方から照らされた三女神像を神秘的に照らしていた。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間を静寂が包み込む。どれ程の時間が経過しただろう、もう何時間も過ぎたと錯覚しそうになるくらいに、二人で秋の夜空を堪能していると、ようやくスズカが口を開いた。

 

「ねぇスペちゃん?もしもの話なんだけどね、もしも相手の好意を踏みにじって、好き勝手に言いたい放題する人がいたら……スペちゃんはその人のことを許せる?」

 

「えっ!?どっ、どうでしょうか……?」

 

「私は許せないわ。その人がどんな気持ちで支えてくれたか……命を削って支えてくれたのに……自分勝手にのうのうと生きて……」

 

 突然のスズカからの質問と返答に理解が追いつかない。彼女は何が言いたいのか?必死に頭の中を整理するも答えが出ることはなかった。

 

「だからこれは私の我儘でもあるし、償いでもあるの。

 例え誰であっても私の前は走らせないし、譲るつもりもないわ。先に宣戦布告してきたあの二人にもね」

 

「あの、スズカさん?」

 

「……ごめんねスペちゃん。私はもう次のレースまで止まる気はないの!……それにスペちゃんも時間がないわよ?悔いを残したくないなら……もうスタートしなきゃ」

 

「……」

 

 言いたい事は全て言ったのだろう。スズカは彼女を置いて先に寮まで歩いて戻って行った。

 スズカの言葉を受けて、スペシャルウィークの頭の中には一人の男性が思い浮かぶ。なぜかは分からない。だが今は無性に彼に会いたいと心が叫ぶ。

 そんな彼女の心を乱すように怪しげに微笑む三女神像が嫌に記憶に残るのであった。

 

 感謝祭当日、普段ならみんなと楽しめる筈のイベントなのだが彼女、スペシャルウィークはあの日のスズカの言葉がずっと頭から離れないでいた。

 

 あの日の夜に語っていた許せない人とは恐らくスズカ本人のことだろうとスペシャルウィークは思う。以前本人が悔やんでいたことと状況が似ている。

 ならばその支えてくれた人とは……十中八九サブトレーナーのことだろう。つまり、スズカはサブトレーナーの為に何かをしようとしていることになる。

 

 ただ、それよりも気になることが一つ。

 

『命を削って支えてくれた』

 

 スズカは確かにこう言った。ただの言葉遊びならいいが、どうしても最悪の未来が脳裏をよぎる。

 

 チームメイトや友人たちと感謝祭を楽しみながら、サブトレーナーについて情報を仕入れていく。

 最近顔がやつれてきている。前に学園を休んだ時は病院に行っていた。よくトイレに駆け込んでいる。

 

 彼について聞いた内容はどれも体調が悪いと裏付けるものばかりで、最悪の予想が現実味を帯びてきてしまった為、とうとう彼女から余裕がなくなってしまった。

 

 突然駆け出して彼の元に向かうスペシャルウィークは、背後から自身の名前を困惑しながら叫ぶ友人たちを無視して、一歩でも一秒でも早く彼の元へと駆けて行く。

 

 彼女は別に真実がどうなのか、彼に聞く気はなかった。ただ単に彼に会いたい、彼の顔を見たい、その一心で彼の所へ急ぐ。

 

 あっという間に彼がいる部屋に到着した彼女は、そのままの勢いでドアをノックし、どうぞと彼の声が聞こえたことに安堵しつつゆっくりとドアを開けた。

 

「し、失礼します。あ、あの、サブトレーナーさん……」

 

「ん?どうしたスペ?何か用事あったか?」

 

「……」

 

 中に入ると、いつも朝校門前で見せる人懐っこいような笑顔で応えるサブトレーナーの姿があった。確かに朝の挨拶の時は気付かなかったが、よく見ると頬が少しやつれ、目の隈も広がっているような気がする。

 

 だが、それよりも彼女の心をへし折る光景が目に入る。

 それは、机の上いっぱいに散らばった薬の数々。何の薬かまでは分からないが、明らかに尋常ではない薬の数だった。

 

 あの日の夜、スズカが言った言葉が頭の中を駆け巡る。

 

『スペちゃんも時間がないわよ?悔いを残したくないなら、もうスタートしなきゃ』

 

 一つ一つ言葉のピースを繋いで、ようやく歯車が噛み合った。スズカが言いたかった言葉の意味を、スズカが変わった理由を。

 

 机の上に置いてある薬を睨む様に見つめていたせいか、彼女の視線に気付いた彼は、慌てて机に散らばっていた薬をカバンの中に入れていく。その顔は、イタズラがバレて急いで片付ける子供のように。

 

「あの、サブトレーナーさん……さっきのって……」

 

「……」

 

 もう見られてしまったことはとっくに分かっているはずなのに、それでも誤魔化そうとする姿は彼の優しさが痛いほど感じ取れ、つい視線を逸らしてしまう。

 

「サブトレーナーさん……スズカさんから聞きました。サブトレーナーさんのことを」

 

「えっ?」

 

 彼の反応を見るに、やはり彼女、スズカには真実を伝えていたのだろう。もう自分の時間が残り少ないということを。

 そんな彼だからこそ伝えたい。私の夢を。私の決意を。

 

「サブトレーナーさん?私の夢、覚えていますか?」

 

「あ、あぁ。”日本一のウマ娘になる”だろう?」

 

「はい。前にトレーナーさんから『日本一のウマ娘ってなんだ?』って言われたときに、スズカさんは『見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘』と答えました。」

 

「もちろん覚えてるよ。スペも自分なりに答えを探して、見つけられたじゃないか」

 

「はい!私の夢は、これからも応援してくれるみんなの夢を背負えるような、そして私を応援してくる人に夢を見せられるような、そんなウマ娘になることです!」

 

 改めて自分の夢の決意を示すスペシャルウィーク。彼女は涙を見せまいと必死に苦手な作り笑いをして我慢していた。

 

 お父ちゃんみたいに頼りになる人でもあり、お兄ちゃんみたいに優しく接してくれた。幼い頃に憧れた、いるはずのない家族をあなたに求めていた。

 

 ならば自分がやるべき事は一つ。尊敬する二人を救う。それだけだ。このままではスズカさんは壊れてしまう。そうなれば彼の夢はどうなる?夢が叶うことなく旅立ってしまう。

 そんなことはさせない。させてなるものかと彼女は誓う。

 

「サブトレーナーさん!私、次のレース絶対に勝ちます!スズカさんにも、みんなにも絶対に負けません。私を一番応援してくれた人に夢を届けたいから……!」

 

 レースに勝ったら誰よりも喜んでくれて、レースに負けたら誰よりも一緒に悲しんでくれた。

 

「だからサブトレーナーさん!最後まで……ちゃんと見届けてくださいね?」

 

「あぁ、もちろんだ!成長したスペの姿を、俺に見届けさせてくれ!」

 

「はいっ!」

 

 部屋を出る瞬間、彼から「ありがとう」と小さくお礼の言葉が聞こえると、我慢していた涙が溢れ出る。幸いにも涙を流す所は見られなかったようだが、お礼を言うのは自分の方だと思う。

 いや、お礼を言うのは早い。まだその時ではない。

 

 彼女がお礼を言う時は全ての決着をつけた時だけだ。

 相手にとって不足はない。自分の全てを出し切ってただ勝つのみ。

 

 そんな彼女の決意の先には、微笑んでいるはずの三女神像がどこか悲しげな表情に見えた。




たくさんの感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。気付けば予想以上の方に本作を読んでいただいてかなりビックリしております。

これからも自分のペースで投稿していきますので
どうぞよろしくおねがいします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(サブトレ視点)

またすり抜けたので初ウマぴょいです


 遂にこの日が来てしまった。全国のウマ娘ファンなら一度は来たいと思うトレセン学園に訪れることができるイベント、学園祭。実際は応援してくれているファン達への感謝祭なのだが、他の人からすれば名前の違いなど些細なことだろう。

 

 日に日に伸びる残業時間に顔がやつれてきた俺を見かねて先輩トレーナー達も渋々、感謝祭の準備を手伝ってくれた。

 

 ”チームスピカ”のトレーナーである沖野トレーナーと”チームリギル”のトレーナー、東条ハナことおハナ先輩がブツブツ文句を言いつつ息の合ったコンビネーションで作業を進めている姿を見て、「お似合いっすね」と調子に乗ってついからかってしまった。

 おハナ先輩から目で人が殺せる程の殺気を貰い、あるはずのない尻尾がピンと立つ錯覚に陥りながら、何とか感謝祭までに準備を終えることができた。

 

 もしかすると、リギルメンバーのあの精神の強さはおハナさんからの視線で鍛えられた可能性が?

 バカなことを思いつつ鏡の前で自分にできる超カッコいいポーズを取って目つきを鋭くしていたら「なに遊んでいるの?」とご本人からお手本を見せてもらったので、俺には無理だなと納得しつつ急いで片付けを行うのであった。

 

 感謝祭当日、いつものように校門で朝の挨拶を終えた俺は今日の予定をどうするか悩んでいた。

 俺や先輩トレーナーが担当するお化け屋敷はローテーションでそれぞれ役を担当することになっており、俺は午後から担当することになっている。

 その為、午前中は自由行動となりせっかくならと生徒たちが行っている出し物に顔を出そうと思ったのだが、全てを回るのは時間的に厳しく、行ける箇所は限られている。

 

 感謝祭に参加している人全員に配られたパンフレットを眺めながら、面白そうな出店やイベントを探す。

 たくさんの出店やドーナツ大食い対決、はたまた男装ウマ娘喫茶など、王道のものから少しマニアックなものまで、彼女達のレースで見せる姿とは違った一面を見ることができるように、色々な催し物を用意している。

 

 一通り催し物一覧を確認して、とりあえず男装ウマ娘喫茶とやらに行くことにした。確か前にテイオーがルドルフも出るとはしゃぎながら俺に報告してきたから、きっと女性客が多いだろう。

 久しぶりに照れルドルフが見れるかもしれない、そんなことを考えながら勝手につり上がっていく口元を我慢することなく、ゆっくりとそちらに向かうのであった。

 

 男装喫茶に向かう途中、ふと暗い雰囲気の出店があることに気付く。看板には”表はあっても占い”と書かれている。

 ……このダジャレを考えたのは誰だ?ルドルフか?いや、ルドルフはここまでセンスはない。もう少し分かりやすくエアグルーヴのやる気を下げるはずだ。

 確信めいた自分に満足した俺はいつの間にか占い屋に足が勝手に進んでいた。

 

「おや?おはようございますサブトレーナーさん。サブトレーナーさんもシラオキ様のお告げをご所望で?」

 

「えっ?あっ、あぁおはようフクキタル。折角だしお願いしようかな」

 

 中にいたのは怪しげな雰囲気を出して水晶の前に座るウマ娘”マチカネフクキタル”とその横で佇む”メイショウドトウ”が待ち構えていた。

 誰がやってるかと思えば、中にいた二人を見て納得した。占い好きのフクキタルに、仲の良いドトウが助手ということか。

 ……この二人のどちらかが看板の名前を考えたのか?意外だな……いや、もしかしたらシラオキ様とやらのお告げか?だとしたら結構お茶目な性格してるんだなシラオキ様は……。

 

「むむむむっ……今日のあなたの運勢は……凶です!」

 

「ああっ!救いはないんですか!?ラッキーアイテムとか?」

 

「むんっ……!ズバリ……お薬です!!」

 

「まぁ!良かったですねっ、サブトレーナーさん!」

 

 色々突っ込み所があるが黙って占い結果を聞き入れる。以前フクキタルに占ってもらった時も同じような結果になり、その日は一日不幸の連続だった。ラッキーアイテムの一日十個限定ニンジンスイーツを手に持っていた時だけ嘘のように平和になった。

 まぁスイーツを狩人のように狙ってくるオグリとマックイーンから隠れるのに大変だったが……

 

 シラオキ様のお告げなら仕方ない。今日はもう男装喫茶だけ行って午後は大人しくお化け屋敷で頑張るか。

 二人にお礼を言って出店を後にする。しかしラッキーアイテムが薬ってなんだ?タキオンから貰えばいいのか?そんなことをしたら余計に不幸になるだろ。ならサプリメントみたいなやつか?

 

 詳しくフクキタルに聞いとけばよかったと少し後悔しながら男装喫茶に向かう。すると歩いている先に巾着袋が落ちていることに気付いた。

 だいぶ年季が入ったものだが、一般客の落とし物か?ヒョイとそれを拾い、軽く触って中身の感触を確かめる。どうやら金銭的なものではなさそうだ。後で学園に届けるか、そう思いつつ巾着袋をポケットに入れ、改めて薬について考えながら男装喫茶に向かうことにした。

 

「きゃーーー!!」「わーーー!!」

「いやーーー!!」「クァーカイチョーカッコヨスギル!!」

 

 男装喫茶に入ると悲鳴のような大歓声が鼓膜を破らんとばかりに攻撃してくる。中には白目になりながら気絶している人もいるがこれ大丈夫か?死者なんて出してないよね?

 

 それとさっきから気付いてないようだがテイオーさん?君のテンションが上がり過ぎた尻尾が俺の顔にバシバシ当たっているんだが?ちょっと気持ちいいのが少しイラッとくる。

 

 大歓声の先には恐らく”男装が似合うウマ娘”ランキングがあったら間違いなく上位に入るウマ娘 ”エアグルーヴ” ”テイエムオペラオー” ”フジキセキ” そして我らが生徒会長”シンボリルドルフ”が執事服を着てお客さんたちに接客していた。

 

 この歓声の理由に納得せざる得ない程に執事服が似合っている四人を見て、すかさずスマホを取り出し写真に収めていく。ターフを駆けていく姿とはまた違ったカッコよさを見せつけている四人の姿を脳裏に焼き付けるだけでは勿体ない。

 ちゃんと形あるものとして残しておかなければ!!俺はそんな使命感に駆られ次々に撮影していく。決して普段いじられている仕返しではない。

 

 俺の存在に気付いたのか、オペラオーは更に胸を張り自分を見ろとアピールし、フジキセキは少しだけ照れたようにウインクをした。エアグルーヴはこちらを射殺さんとばかり睨みつけているが多分気のせいだろう。

 

「あっ!サブトレーナー!?ねぇねぇカイチョーかっこよすぎるよね!?見てみて!カイチョーカッコいいよね!?カイッチョー!!」

 

 息継ぎする間もなく早口で喋るテイオーにルドルフは誰にも見られないように後ろを向いて一つ咳をする。あれは間違いなく照れてるな。しょうがない、俺も一緒にテイオーと応援するか!

 

「カイチョーカッコいいよーカイチョー!!」

「カイチョー超カッコいいっちょーカイチョー!!」

 

 俺の渾身の応援が通じたのだろう、プルプル震えるルドルフのベストショットを写真に収め、満足気に店を出ることにした。久しぶりに見たテレルフ、いただきました!

 

 

 部屋に戻った俺は軽く昼食を取り、午後から出番の時間まで余裕があるのでリラックスしながら雑誌をペラペラと捲っていく。

 

『あなたの夢は誰ですか?

 私はみんなとウマぴょいしたい!総集編!!』

 

 相変わらずクソみたいなタイトルだが、中身は意外と真面目に考察している雑誌を眺めていく。

 前に病院で見た雑誌の発行元を調べ、いつの間にかネットで注文していた。これは自分では気が付かない彼女達の力を更に発揮できるように買った参考資料なのだ。決してイヤらしい目的ではない!

 

 時計をチラリと見るとそろそろ準備をしていく時間が近づいてきた。午前中に入った先輩トレーナーからはほとんど客が来ないと言っていた。まぁ当たり前だろう。

 

 ウマ娘たちがやるのならいざ知らず、わざわざトレーナーしかいないお化け屋敷に行きたいと思う物好きなんていないわな。

 折角作った数々の小道具がお披露目できないのは残念だが、またいつか使う日が来るかもしれないし大切に保管しておこう。

 

 そろそろ着替えるか、そう思い読んでいた雑誌を机に置いて、いざ立ち上がろうとしたときにポケットに何か入っていることに気付く。何か入れてたかなと疑問に思いながらポケットに手を突っ込み忘れていた物を机の上に取り出した。

 

 それは午前中に拾った巾着袋だった。しまった、すっかり忘れていた。後でたづなさんに届けようと思っていたのに、四人の写真をたくさん撮って舞い上がってついど忘れしていた。

 

 念の為巾着袋の中身を確認することにした。ほぼ有り得ないが、危険物が入っている可能性もある。そっと袋を開けて開いたままの雑誌の上に広げていく。

 

 中身はいくつ種類があるか分からないほどの薬が入っていた。よく見ると全て薬と言う訳ではなく、錠剤タイプやタブレットタイプのサプリメントのようだ。普通の色をしているのでタキオン製ではなく市販のものみたいで、少し安心した。しかし無駄に種類だけは多いな。どんだけサプリ飲んでんだよ。

 

 これなら一応問題ないな、雑誌の上に散らばったサプリメントを巾着袋に入れ直そうとした瞬間、ドアからノックをする音が聞こえた。一言どうぞと言って顔を出して来たのは意外な人物だった。

 

「し、失礼します。あ、あの、サブトレーナーさん……」

 

「ん?どうしたスペ?何か用事あったか?」

 

「……」

 

 訪ねてきたのはチームスピカの一員でスズカの同室相手でもある”スペシャルウィーク”だった。

 だがどうにも彼女の様子がおかしい。何かを言いたげなのに言葉が出ない。何度も地面と俺の顔を往復している表情からは彼女が何を言いたいか分からない。

 ふと突然、彼女の視点がある一点を見つめたまま固まる。顔を青ざめながら目線が離れない彼女の視線の先は、先程まで読んでいた雑誌のページに釘付けになっている。

 

(アカン、やっちまった……)

 

 段々顔色が悪くなっていく彼女の顔に釣られるように、俺の顔色も青ざめていくのがよく分かる。

 たまたま開いていたページの先は”スペシャルウィーク特集”と書かれた彼女の勝負服姿がデカデカと載っている一枚だった。

 

 きっと彼女は今、こんな変態野郎に教えを乞うていたのかと幻滅しているに違いない。

 違うんだスペちゃん!変態は認めるが決して如何わしいことに使ってないんだ!いや、スペが魅力的じゃないとかそういう訳ではなくて、沖野トレーナーが何度も触っていた太ももとか、ずっと羨ましいと思っていたけど……とにかく違うんだ!

 

 心の中で何度も言い訳をしている間に、彼女の顔がどんどん悲しみに暮れていく。もう遅いかもしれないが、急いで机の上に散らばっているサプリ諸共雑誌をカバンの中に仕舞い込んだ。

 

「あの、サブトレーナーさん……さっきのって……」

 

「……」

 

 何て彼女に声を掛けていいか分からず、ひたすら頭の中で言葉を探す。だが俺よりも彼女の方が早く声を掛ける。

 

「サブトレーナーさん……スズカさんから聞きました。サブトレーナーさんのことを」

 

「えっ?」

 

 スズカから聞いたって……病院で読んでた雑誌のことか?

 ……やっぱりスズカも気付いてたんだな。それで仲が良いスペに注意しろと警告したのか……

 ここまで言われたらなら素直に謝るしかない。土下座してでも、それで許されるものではないが、彼女達を傷つけてしまったことに誠心誠意向き合わなければ!

 

「サブトレーナーさん?私の夢、覚えていますか?」

 

「あ、あぁ。”日本一のウマ娘になる”だろう?」

 

「はい。前にトレーナーさんから『日本一のウマ娘ってなんだ?』って言われたときに、スズカさんは『見ている人に夢を与えられるような、そんなウマ娘』と答えました。」

 

「もちろん覚えてるよ。スペも自分なりに答えを探して、見つけられたじゃないか」

 

「はい!私の夢は、これからも応援してくれるみんなの夢を背負えるような、そして私を応援してくる人に夢を見せられるような、そんなウマ娘になることです!」

 

 彼女が決意した夢を聞くのはこれで二度目になるが、スペならきっと叶えられると思う。”日本総大将”の名に恥じない走りをする彼女ならきっと。

 

「サブトレーナーさん!私、次のレース絶対に勝ちます!スズカさんにも、みんなにも絶対に負けません。私を一番応援してくれた人に夢を届けたいから……!」

 

 力強く宣言する彼女の顔は迷いが吹っ切れたような表情だった。多分次のレースにスペのお母ちゃんが応援に来てくれるんだろう。そこで自分がまた一歩成長した姿を見せたいんだ。なら俺がやれる事はただ一つ。全力でサポートするだけだ。

 

「だからサブトレーナーさん!最後まで……ちゃんと見届けてくださいね?」

 

「あぁ、もちろんだ!成長したスペの姿を、俺に見届けさせてくれ!」

 

「はいっ!」

 

 感極まった表情で答えたスペは静かに部屋を退出して行った。きっと彼女は変な雑誌なんか読んでる俺に活を入れに来てくれたんだろう。

 ありがとうと小さくお礼を言い、気合いを入れ直した俺は、血のりたっぷりTシャツに着替えた後、そのままお化け屋敷に向かう途中に幼い二人組のウマ娘たちに見られ悲鳴を上げながら逃げていく後ろ姿を呆然と見送るのであった。




たくさんの感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます!執筆の励みになります

誤字報告もありがとうございます。確認はしているつもりなのですが……詰めが甘いですね

また次回もよろしくおねがいします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間1

ジェミニ杯が始まったので初ウマぴょいです

今回は短めで、一方その頃……みたいなお話


(はっ、はっ、はっ……!!)

 

 最終コーナーを曲がり、最後の直線を残された力を振り絞って駆けて行く。

 

 息が苦しい。脚が重い。止まりたい。もう疲れた……

 

 彼女の中から小さく聴こえていたノイズが、徐々にはっきりと身体に訴えてくる。激しく動く心臓の音よりも、ダートを蹴り上げる足音よりも、トレーナーからの叱咤激励の言葉よりも大きく。

 

「……よしっ、いいぞウララ!

 これでまた自己ベスト更新だ!!」

 

「はぁっ……はぁっ……ほんとに?」

 

「あぁ!この調子なら入賞も充分可能性があるぞ!」

 

「……トレーナー?もう一本走ってくるね?」

 

「んー……じゃあ次でラストな。最近オーバーワーク気味だからこれ以上は駄目だ」

 

 小さくコクッと頷くと、ウララはスタート位置まで小走りで向かった。その背中を見て、担当トレーナーは彼女が化けつつあると感じ取っていた。

 

 

 

「ウララを鍛えてくださいっ!!」

 

 ある日突然、トレーナーに深く頭を下げて懇願するウララ。詳しく話を聞くと、次に出走予定のレース”URAファイナルズ”で何としても一着を取りたいとのことだった。

 

 只々走ることが大好きで、結果を出すことよりもみんなと走れることが嬉しい。純粋にレースを楽しむ、それが彼女の持ち味の一つだ。

 だが、逆を言えば”絶対に勝つ”と意気込む闘争本能が欠けている。『勝つ喜び』を一度しか味わったことがない為に『負けて悔しい』という感情に乏しい。

 

 そんな彼女が初めて己の口から「勝ちたい」と切に願ったのだ。どういった心境の変化か分からないが、担当トレーナーとしては彼女の気持ちに答えてやりたい。

 ウララの決意に満ちた表情を見て、トレーナーは今後のプランを頭の中で立てていくのであった。

 

 次の日から、ウララの特訓が始まった。今までは彼女のフィジカルの強さを活かし、なるべく多くのレースに出走して実戦経験を積むといった方針でトレーナーは彼女を指導していた。怪我をしないというのも立派な才能の一つだからだ。

 

 目標のレース”URAファイナルズ”まであまり時間はない。彼女ができるギリギリを見極めてトレーニングを積んでいるが果たして間に合うか。結果は出始めている。しかし圧倒的に時間が足りないのだ。

 

 今までどんなに苦しいトレーニングでも、笑顔でやり遂げたウララが()()()()()()()()()黙々とトレーニングを行っている。それ程までに彼女は次のレースにかける意気込みが強いのだろう。

 そんなことを考えつつ、ダートを駆けるウララを見て何とかしてやりたいと切に願うトレーナーであった。

 

 

 

(はっ、はっ、はっ……!!)

 

 身体がまた悲鳴をあげているが、それすらも無視してゴールまで駆けて行く。妙に冴えている頭の中で彼女は思う。

 

(みんなすごいなぁ……”勝つ”ってこんなに大変なことだったんだ……ウララはただ楽しかったらそれでよかったのに。

……あれ?()()()って何だっけ……?)

 

 そんな彼女の疑問に答える人などおらず、今日もウララは限界まで身体を酷使していくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日の昼、いつものようにトレセン学園の食堂では、お腹を空かせたウマ娘たちで賑わっていた。今日のメニューはなんだろう、これすっごく美味しい!彼女たちの嬉しそうな、楽しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。

 

 そんな和気あいあいとした雰囲気に包まれている食堂の片隅で、三人のウマ娘が食事を摂っていた。もし彼女たちを知るものが見たら珍しいと思う組み合わせであり、普段から話をしている姿など見たことがなかった。

 

 「「「……」」」

 

 三人は特に会話をすることもなく、黙々と食事を続けていく。いや、よく見れば三人の内の二人、”ライスシャワー”と”サイレンススズカ”は何度も話し掛けようとしているが、お互い遠慮してしまい結果として無言が続いてしまっていた。

 ちなみにもう一人のウマ娘”ハルウララ”は今日のメニューであるカレーが思っていた以上に辛く、涙目で我慢していた。

 

 なぜ三人が一緒に食事をする事になったのか。それは前日に遡る。

 

 サブトレーナーの寿命が残り少ないことを知ったウララとライスは、残された時間をなるべく一緒に過ごしたいと今まで以上に彼の所に顔を出すようになった。

 本当はずっと一緒にいたいが彼にも仕事がある。邪魔をしてはいけないと理解しているが、それでも二人は彼の側にいたかった。

 

 だが、そのような想いを抱いているのは当然、二人だけではない。

 

 ウララとライスが彼の様子を見に部屋を訪れる度に彼女、サイレンススズカとすれ違う。最初はただの偶然だろうと思っていた。しかし、その頻度がほぼ毎日のように起これば彼女たちも察しがついた。

 

 彼の、サブトレーナーの身体の秘密を知っている。

 

 そして彼女たちは悟ったのだ。彼の秘密を理解しているのは自分だけではないと。

 

 ウララから、お互いどこまで知っているか確認しよう。との提案に、ライスとスズカは無言で頷いた。もう門限の時間が迫っていた為、翌日の昼に一緒に食事を摂りながら話をすることに決まり、その日は解散となった。

 

 次の日、あまり目立たぬよう端っこの席に座り食事を開始する三人だが、ウララ以外はお互いに会話をする切っ掛けを探すが中々切り出すことができず、気まずい空気が流れ続けている。

 

 臆病で弱気なライスと、無口で物静かなスズカはお互いに少し人見知りをする性格も相まって、どこか居心地が悪そうに見える。

 それでも両者とも彼については譲ることができない。彼について少しでも新しい情報が分かるならばと、彼女たちは必死なのだ。

 

 結局、ウララの口が落ち着きを取り戻した後に、ウララ主導で情報交換が行われた。

 彼についてどこまで知っているのか、他にも知っていそうな人はいるのか。お互いが知り得る情報を交換し共有していく。

 

 彼の身体について知る切っ掛けに差異はあれど、大凡自分たちが認識している情報と変わりないことを知った三人は、心のどこかで嘘であって欲しいと願っていたことが無情にも否定されてしまい、認めたくない事実が現実なんだと嫌でも実感する。

 

 気付けば先ほどまであれだけ群がっていた生徒たちは周りにほとんどおらず、そろそろ昼休憩が終わる時間に差し掛かっていた。

 

 三人は立ち上がり、また何か新しい情報が分かったら直ぐに知らせると約束した後、それぞれのクラスに戻ろうとした所にウララから声が掛かる。

 

「スズカさん!ウララ負けないからね!スズカさんにも、ライスちゃんにも、ぜったいぜーったい負けないから!」

 

 ウララからの言葉にライスとスズカは目を見開くも、彼女からの宣戦布告に笑みを返す。その笑顔の意味は何なのか、それは彼女たちにしか決して分からない。




本編が少し時間掛かりそうですので一旦息抜きに

遂にスタートしましたジェミニ杯
みなさん頑張りましょう!

ライス、タイシン、ネイチャ、奴にジェットストリームアタックを仕掛けるぞ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(ウマ娘視点)

ゴルシにボコボコにされたので初ウマぴょいです

今回は先にウマ娘視点からお送りします


 あなたを初めて見たときの印象は、おっちょこちょいで落ち着かない人。真面目で不器用なあなたはどんなことでも全力で取り組んでいました。その後にトレーナーさんから怒られて、先輩たちにからかわれて。

 そんなあなただからこそ、あなたの周りにはいつも笑顔が咲き誇っていました。

 

 いつしか私も自然とあなたの姿を捜すようになって、あなたを見つけたら無意識に頬を緩めてあなたの所に駆け寄って行く。

 ぴょこんと可愛らしい寝癖が跳ねている様は、ちょっとだけウマ娘の耳のようで。お揃いですねと少し意地悪を言うと、照れながら寝癖を直す姿は何とも愛おしかった。

 

 ようやく掴み取った初めての大舞台でのレース。私に平常心を保てと手を握ってくれたあなたの手は私以上に震えていました。

 私があなたを落ち着かせようとしている所を、トレーナーさんに見られて怒られた時のあなたを見て、昂っていたはずの気持ちがいつの間にか落ち着いていました。

 

 私の勝負服を綺麗だと言ってくれたから。この衣装を身に纏ったときは、あなたに無様な姿を晒したくない。

 まだ一人で行くのは少々敷居が高いと言って、あなたに連れて行ってもらうゲームセンターはとても楽しかった。

 

 あなたに貰ったたくさんの思い出

 あなたに貰ったたくさんの初めて

 

 どれも美しくかけがえのないもので……

 

 だから……あなたの秘めた想いを聞いた時は本当に嬉しかった。

 でも、優しいあなたのことだから、もう二度と直接言ってくれることはないでしょう。

 

 それでももう一度、あなたの口から言って欲しい。

 覚悟はもう決まりました。どのような困難な道のりでも、目指す先は唯一つ。

 

 

 あなたもよく知っていますよね?私……諦めは、かなり悪いほうなので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感謝祭も無事に終了し、次のレースに向けてさらなる練習に励むウマ娘たち。もう外では蝉の鳴き声が聴こえることもなく、とっくに夏の終わりを迎えていた。

 太陽が出ていない朝と夜は肌寒さを感じるが、日中は比較的過ごしやすい季節となり、絶好の練習日和と言えるだろう。

 

 特にURAファイナルズまでもう三ヶ月を切っている。各チームは最後の追い上げとばかりにウマ娘たちの指導にも熱が入る。

 

 その中でもトレセン学園において最強チームと謳われる程の実力者が集う”チームリギル”の担当トレーナー”東条ハナ”は鋭い目付きでターフ上を見つめていた。

 

 彼女の視線の先は、チームリギルに引けを取らない程の曲者が集まっている”チームスピカ”に所属するウマ娘たち。

 彼女たちは今から模擬レースを行うらしく、ライバルチームの仕上がりを見届ける為にリギルのメンバーは観客席で見守っていた。

 

 参加メンバーは”ダイワスカーレット” ”ウオッカ” ”サイレンススズカ” ”スペシャルウィーク”の四人。いずれもGⅠレースで勝利経験のある実力者たちだ。

 残りのメンバーである”トウカイテイオー”と”メジロマックイーン”も参加予定と聞いていたが二人の姿はない。何かあったのかとリギルのメンバーが思う間もなく審判役である”ゴールドシップ”の合図の元、四人が一斉にスタートした。

 

 まず先に先頭を奪ったのはサイレンススズカ。

 今回彼女たちが走るコースは芝、距離は1600。

 一般的にマイルと呼ばれる距離であり、今ターフを駆けている四人のうち三人が得意としている距離だ。

 現に第一コーナーを差し掛かった時の順位は、サイレンススズカ、ダイワスカーレット、ウオッカ、スペシャルウィークとなっている。

 

 スペシャルウィークもマイル適正が無いわけではないが、彼女は中、長距離を得意としているウマ娘だ。

 レースを観戦している者たちは大方、一着はサイレンススズカだと予想している。復帰レース後から調子を落としていたらしいが、最近になって本来の、いや、以前より遥かに力強い走りをするようになった。

 ダイワスカーレットもウオッカも成長著しいが、サイレンススズカには一歩及ばない。リギルのメンバーの共通認識であった。

 

 だからこそ、彼女たちは今目の前で繰り広げられている激しい一着争いに、脳が理解するまで時間が掛かったのだ。

 

 一体誰が予想出来ようか。序盤からロングスパートを掛け、あっという間に先頭との距離を縮めるスペシャルウィークと、序盤からハイペースで飛ばしていた筈なのに、どんどん加速するサイレンススズカ。二人の鬼気迫る走りを。

 

 観戦者が驚くのも無理はない。当事者の二人でさえ、距離がどんどん離されていく現実を信じられないような目で見ているのだから。

 

 結局レースは予定よりも早く決着が着いた。一着はどちらなのか、観客席からでは判断できなかった。審判であるゴールドシップなら見ていたと思うが、結果などこの際どちらでもよい。

 二人の走りを見ていたリギルのメンバーは、彼女たちに負けないようにさらなる努力を決意する一方、その走りにどこか恐怖を感じたことを必死に忘れるように練習に励むのであった。

 

 それでも二人の変貌に疑問を持ち、中々練習に身が入らずにいた”グラスワンダー”は聞きたいことがあるとスペシャルウィークに声を掛ける。

 しばらく悩んだ後に「練習が終わってからならいいですよ」と一言告げたスペシャルウィークはそのまま自身の練習に戻って行った。その背を黙って見送るグラスワンダーの瞳に何が見えるのか、それは彼女だけにしか分からない。

 

 本日の練習が終了し、まだ火照った身体に冷たい秋風が心地いいと感じながら、スペシャルウィークとグラスワンダーは二人で寮に向かっていた。

 

 グラスワンダーが聞きたいこと。それは勿論先ほどのレースのことだ。スペシャルウィークも質問の予想は大凡出来ており、恐らく無茶な走りをした自分のことを心配してくれたんだろうと、目の前にいる友人の優しさに心の中で感謝を告げた。

 

「スペちゃん?今日は誰の為に走ったんですか?」

 

「……えっ?」

 

 だが、グラスワンダーからの問いは全く予想していないものであり、スペシャルウィークはまるで心の中を覗かれたような錯覚に陥っていた。

 

「今日走っていたスペちゃんは、前に私と走った宝塚記念の時と一緒でした。スカーレットさんもウオッカさんも、ましてやスズカさんのことも相手として見ていませんでしたよね?」

 

「……」

 

「スペちゃんはまた、『今』よりも『未来』のことだけ見ています。もしも先ほどのレース、私が出ていたらスペちゃんは私に全力で来てくれましたか?」

 

「……」

 

 グラスワンダーの問いに何も答えることができないスペシャルウィーク。だがこの沈黙こそがもう答えを出しているようなものだった。

 

 スペシャルウィークにとって今日の模擬レースは順位などどうでもよかった。本命のレースで彼に勝利を届ければそれでいい。だからそれ以外はただの調整に過ぎない。

 その思いはきっとスズカも一緒なんだろうと一緒に走って実感した。スズカも今日は全力ではなかった。敢えてギリギリ追いつける程度まで速度を調整していた。

 

 それを理解している人はいないはずだ。そうスペシャルウィークは思っていたが、スズカのことはさておき、自身のことについて見破る人がいるなど思ってもみなかった。

 

「スペちゃん……何を思い悩んでいるのか分かりませんが、あまり根を詰め過ぎちゃダメですよ?一人で背負い込もうとせずに、トレーナーさんやチームの皆さんに助けてもらうのは恥ではありませんよ?私だってスペちゃんの力になりますから。ね?」

 

「……っ」

 

 優しく包み込むような暖かい言葉が凍りかけた心を溶かしていく。

 今日の模擬レースで確信した。スズカさんはこのままだとまた壊れてしまう。ならば絶対に止めなければ。スズカさんを圧倒できるくらいに速くなればきっと止められる。

 だから一人でやると決めたのに、私が全部やると決めたのに。

 だが彼女の決意は親友からの言葉で揺らいでいる。

 もし、届かなかったらどうしよう。一人じゃ何も出来ないかもしれない。

 

 なら誰かと一緒ならきっと大丈夫?頼ってもいいのかな?

 

 そんな思いがスペシャルウィークの中を駆け巡る。目の前にいる親友でありライバルでもある彼女はきっと力を貸してくれる。

 けれど、それは彼が隠し通したかったことを言わなければならない。彼女にも辛い現実を突きつけてしまっていいのだろうか。

 

 スペシャルウィークの葛藤は、グラスワンダーに全てを話す勇気を与えなかった。彼の寿命のことは伏せ、たくさんの薬を飲まなければいけない身体だと伝えるだけに収まった。協力者を募っても、彼に夢を届けるのは自分の役目だと、それだけは譲れなかった。

 

 スペシャルウィークの悩みの原因を聞いたグラスワンダーは、彼女がまだ何か隠している事に気付いていた。しかしそれを問い詰める程、グラスワンダーに余裕がある訳ではなかった。

 

 その後フラフラと寮に帰ったスペシャルウィークは既に帰宅していたスズカの寝顔をしばらく眺めていた後に、自身も気づかぬうちにベッドに潜り込んでいた。

 

 忘れ物があると言って学園に向かった親友が、まだ寮に帰っていないことに気付かずに……

 

 

 

 

 スペシャルウィークから事情を聞いたグラスワンダーは、サブトレーナーが居るであろう部屋に向かっていた。彼女は誰にぶつければいいか分からない怒りに溢れている。

 病を隠して私たちに尽くしてくれる彼の優しさか。それに気付くことなく当たり前のように過ごしていた自分自身の鈍感さか、それは彼女にしか分からない。

 

『はあ!?』

 

 部屋の前まで辿り着き、ノックをしようとしたら突然彼の大きな声が聞こえてきた。咄嗟の出来事に耳と尻尾が思わずピーンと立ってしまう程に大きな声だった。

 誰かと話し中なのだろう、部屋に入るタイミングを逃した彼女はつい、ドア越しに耳をピトっと付けて会話の内容を聞こうとした。

 

〈────〉

『……分かった……俺も……く……』

 

 どうやら誰かと電話中のようだ。

 いかにウマ娘の聴覚が優れていようと、さすがにドア越しでは相手の会話は全く聞こえず、彼の声も集中してようやく断片的に聞き取れる。

 

〈────〉

『……グラスか?』

 

(えっ!?)

 

 突然自分の名前が呼ばれ思わず声を上げそうになるが、口元を押さえ必死に我慢する。自分がドアの前にいることがバレているかと思いきや、たまたま会話の内容が自分に関することだったらしい。

 

〈────〉

『……好きだ……俺は……愛してる』

 

(!?)

 

 本当はここにいることを知っていて、実はからかっているのではないかと疑うような言葉に脳の処理が追いつかない。

 自分の名前を言った後に聞こえてきた愛を嘆くセリフに頬の熱が上がっていくのを止められない。異性からの生まれて初めての告白に、まるで長距離を走った後みたいに高速でなり続ける心臓の音がうるさく鳴り響く。

 

〈────〉

『いや……時間がない……言えない……』

 

(時間がない?)

 

 彼の言葉に違和感が残る。時間がなくて言えない……

 先ほどスペシャルウィークが言った言葉が脳裏によぎる。彼は大量の薬を飲んで生活している。つまりは薬を飲まなければ動かせる身体ではないということだ。そしてさっき呟いた言葉……

 

 ……なぜ彼女が、彼女たちがあんなに必死になっているかようやく理解出来た。そうだ……もう彼には時間がないのだ。

 ほんの数分前まで顔中が赤く火照っていたのに、今はどんどん熱が下がっていくのが分かる。手は震え、足に力が入らず、きっと目は真っ赤になっているだろう。

 

〈────〉

『あぁ……また連絡……じゃあな……』

 

 会話が止まり、ドアに付けていた耳を外す。

 彼の顔が見たい。そう思うが足が動いてくれない。あと一歩踏み出せば彼に会えるのに、その勇気が出なかった。

 

「……うぉ!?びっくりした!!ってグラス!?どうした一体?」

 

「サブトレーナーさん……」

 

 向こうから会いに来てくれた。ただの偶然だと分かっていても嬉しくてしょうがない。

 

「申し訳ありませんサブトレーナーさん。会話を盗み聞くなんてはしたない真似をしてしまいました。」

 

「えっ?さっきの電話か?……あぁ、聞かれちゃってたかぁ」

 

「申し訳ありません。……それで先ほどのお話は……本当の事なのですか?」

 

「あぁ。全部本当のことだ」

 

 こちらが勝手に盗み聞きしたというのに、一切怒ることなく会話の内容を認めた彼の顔は、どこかスッキリとした表情に見える。

 

「それで……先ほどおっしゃっていた言葉は……私に直接言ってくれないんですか?」

 

「えっ?……あぁ……ごめんな、グラス」

 

「……女性をずっと待たせるつもりなんて悪い殿方ですね、サブトレーナーさんは」

 

「はっはっは!女の子と付き合った事が無い奴が女性の気持ちが分かるわけないだろ!」

 

「あら、まあ……」

 

 彼のヤケクソ気味に言い放った言葉に思わず苦笑いが溢れる。

 彼と話が出来て胸にモヤモヤしていたものが取れたような気がする。二人に遅れをとったがこのまま指を咥えて見るような性格ではない。

 

「サブトレーナーさん?次のレースに勝ったら、前に約束した”ご褒美”使わせていただきますね。だからそれまでは、どうかご自愛ください」

 

「うぇ!?お、お手柔らかに頼むぞ……」

 

「ふふっ、さて、どうしましょう」

 

 いつも冷静にと心がけていますが抑えきれぬ猛りもあります。本来は本番までは隠しておきますが、どうやら未熟故に隠しきれそうにありません。

 もう一度あなたが私の目を見て言ってくれるその日を、私は楽しみに待っています。




たまには逆視点から書くのも面白いと思いました(小並感

いつもたくさんの感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。とても嬉しい反面少しビビッていますが、どうぞこれからもよろしくおねがいします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(サブトレ視点)

ライスちゃんを1度も勝たせてあげることができなかったので初ウマぴょいです


 ヘトヘトになった身体を引きずりながら、いつもより時間を掛けて家に向かう。ファン感謝祭という大きなイベントも無事に終わって、ようやく肩の荷が一つ下りた。本音を言えばゆっくり休みを取ってから気持ちを新たに仕事に励みたい。

 

 だが、今年初めて開催されるURAファイナルズに向けて各チームが最後の追い上げをするこの大事な時期に、一人だけ休みを取るわけにはいかない。

 疲れて頭が働かない中、冷たい秋風を受けながらもう今日はカップ麺でいいかなと、適当に晩飯のことを考えながら家まで帰るのだった。

 

 感謝祭から数日が経ち、練習場からはトレーナーからの叱咤激励の声が響き渡り、ウマ娘たちもそれに応えようと全力で努力している姿を見ると、こちらも負けてられないと気合いが入る。

 

 だというのに、目の前にいる二人のせいで折角上がったやる気がみるみる下がっていく。

 

「それで?俺の仕事を邪魔するだけでなく、隠していた秘蔵のお菓子まで勝手に食ったことについて何か弁明は?」

 

「マックイーンが先に食べたからボクも食べただけだもん。ボクは悪くないよ」

 

「なっ!?なに人のせいにしてるんですの!?テイオーさんがこのお菓子を見つけなければ食べることなんてしませんでしたわ!」

 

「いや、二人とも私は悪くないみたいな雰囲気で言ってるけど同罪だからな?それといい加減食べるのをやめたまえ!少しは俺の分を残そうとする優しさが君らには無いのか!?」

 

 どうやら俺の言葉は彼女たちに通じていないらしい。そのでかい耳は飾りか?

 最後の一つを無駄に洗練された無駄な動きで互いに牽制し合いながら手に入れようとする二人を見て、思わず大きくため息をついてしまった。

 

 帝王“トウカイテイオー”

 名優“メジロマックイーン”

 

 ウマ娘ファンならば一度はその走りを見たことがある程に有名で人気のある二人。ターフ上を駆けている彼女たちとは打って変わり、学園にいる時は年相応の女の子らしく過ごしている。お菓子を巡って言い争いをしている姿が女の子らしいと言えるならば。

 

「というか二人ともいきなりどうしたんだ?今日はスピカのメンバーと模擬レースの予定じゃなかったか?」

 

「えぇ、その予定でしたがトレーナーさんの指示で急遽お休みになりまして」

 

「え?沖野トレーナーから?そりゃまた急な話だなぁ」

 

「なんかスペちゃんとスズカさんの様子が気になるんだって。

うまく言えないけど、最近のスペちゃんたちってちょっと雰囲気が変わった感じがするし」

 

「それは私も感じておりました。何だか焦っているような、必死になり過ぎているような……」

 

 二人の言葉を聞いて額から嫌な汗が一滴、二滴と流れ出る。もしかしてそれ、俺の所為……?

 

 いや、確かにスペとスズカの二人にはイヤらしいタイトルの雑誌を舐め回すかのように見ていた所を見られたが……それしか考えられないですね、はい。

 

 恐らく感謝祭の日にスペが俺に活を入れたことをスズカにも報告したんだろう。真面目な二人は弛んでた俺に言葉だけでなく真剣にレースに臨む姿を見せて俺にも頑張れとエールを送ってくれているのだ。

 

 それに二人には次のレースまでちゃんと見届けると約束した。彼女たちもその姿を見て欲しいと頑張っている。ならば俺がやる事は約束通り二人を支えて見届けるだけだ。

 

「……レーナー!サブトレーナーってば!!」

 

「んぁ!?な、なんだテイオー?」

 

「もー何回も呼んでるのにボッーとしちゃって!

 ……もしかしてスペちゃんたちのこと何か知ってるの?」

 

「いや、まぁ……うん。多分俺の所為だと思う。

 俺が二人に情けない姿を見せたから」

 

「ふーん……情けない姿って?」

 

「それは……まぁ色々あってな……」

 

「「……」」

 

 二人からの冷たい眼差しが心にくる。だいたい言える訳ないだろ。あの雑誌の中には勿論二人の記事も入っていた。

 テイオーのあの短いスカートから見える魅惑の太ももだったり、今までの勝負服ではギリギリ見えなかったのに、新衣装でへそ出しするマックイーンを見たら男なら誰だって凝視する。

 俺だって気付かれないようにガン見してるし。

 

 いつも俺をからかったりちょっかい掛けてくる二人にそんなことがバレたらこのネタで一生引きずられるに違いない。ガキンチョに興味はないと言ったのに、こちらを見下した顔で問い詰めてくる光景が目に浮かぶ。そんなのはゴメンだ!

 

「ねぇサブトレーナー……?

 ボクがずっと迷惑かけたから……」

 

「っ!テイオーさん!」

 

 マックイーンが突然大声を出したせいで身体が思わずビクッと硬直してしまった。

 テイオーもビックリしすぎてちょっと涙目になってるし。なぜかマックイーンも瞳に涙が溜まっているような気がする。

 

「二人ともどうした!?」

 

「なっ、何でもありませんわ!申し訳ありませんがサブトレーナーさん!私たちはこれで失礼致しますね。ほら、テイオーさん!行きますわよ」

 

「……」

 

「お、おぉ……二人ともまたな!」

 

 テイオーの手を掴み無理矢理引きずるような状態で部屋から出ていったマックイーン。一体何が……?

 先ほどの二人の態度に困惑しながらも、再び仕事を始める為に準備をするのであった。

 

 急に静かになった部屋で黙々と作業を進めていく。今やっているのは、ウマ娘たちがURAファイナルズで走る距離を決める為に、過去のレース出場記録をまとめている。

 基本的に今まで出場したレースの中で一番多かった距離をURAファイナルズで走ることになる。今回はダートに関してはマイルで固定となるが、ターフの場合、短距離、マイル、中距離、長距離の四つに分けて、過去一番走った距離が多かった距離でそれぞれ出走となる。

 

 だが、まだレース経験が少ないウマ娘たちのことも考慮し、希望性で自分が走りたい距離を申告して走ることもできる。

 

 トレセン学園に所属する生徒の数は二千人近くいる為、一人一人過去の出走記録を調べるのは相当時間が掛かる。

 今はたづなさんも、更には理事長まで一緒に調べているが、予定よりも進捗は悪い。

 

 だがURAファイナルズは理事長の悲願の一つでもある。彼女は幼いながらウマ娘たちのことを誰よりも想い、心配し、そして応援している。たまにその場のノリで思いついたことをそのままやろうとして、たづなさんに怒られたりもするが、ウマ娘たちへの想いは本物だ。

 だからこそ、理事長が思いを馳せているURAファイナルズは何としてでも成功させたい。トレセン学園にいる職員は皆同じ気持ちで協力している。

 

 

 

 作業に集中し過ぎて気が付けば外はもうとっくに太陽が沈み、暗闇に包まれていた。窓から見える星空が今日はよく輝いて見える。

 

 しばらく美しい夜景を楽しんでいると、誰もいない静かな部屋に突然大きな着信音が鳴り響き、まるで早く出ろと言わんばかりに携帯がバイブによって震えている。

 

 携帯に表示されている発信者の名前を見て、また随分と珍しいやつから連絡が来たなと思いながら、ゆっくりと電話を取った。

 

「もしもし?」

 

『おう!久しぶり!俺だよ俺!!元気だったか?いや〜最後に会ったのいつ以来だ?成人式とかそれくらいになるよな?』

 

 まだこちらが一言しか喋ってないのにどんどん話を進めて一人で勝手に納得している。こいつ実はオレオレ詐欺じゃね?と一瞬思ってしまうが、残念ながら聞き覚えのある声が電話の相手が知り合いだと嫌でも分かってしまう。

 

「んー多分最後は成人式やったと思うけど……

 それより突然どうしたんだ?」

 

『おぉ、実は久々に同窓会をやろうと計画しててさぁ、お前の予定どうかなって思って』

 

「あぁなるほどね。確かにもう何年もあいつらと会ってなかったなぁ。ただ俺は年末まで忙しいから行くのはちょっと難しいかもしれん」

 

『やっぱりトレーナーって忙しいんだな。折角トレーナーのお前からウマ娘たちのことを色々聞けるチャンスだったのにな……

結婚した嫁さんもレース場に行くくらい熱心なファンだから残念だ』

 

「はあ!?」

 

 今こいつは何て言った?結婚した嫁さん?学生時代に何人もの女の子に振られ続けたこの男が結婚?

 

「お、おい!いつ結婚したんだよ!?何にも聞いてないぞ!」

 

『結婚したのは去年やけど、仕事が忙しくてまだ式も挙げてないし、同級生の中で報告したのはお前が初めてだぞ』

 

 ある意味今年一番ビックリしたかもしれない。長年の付き合いがある友人が結婚とは……

 学生の時に一緒にバカやったのがついこの間のように思うが、実際は何年も経っているのを実感すると自分が年を取ったとしみじみ思う。

 

「まぁお前が幸せそうなのが分かっただけでもよかったわ。俺も近いうちまた地元に帰ったらクラスのみんなと盛大に祝ってやるよ」

 

『おう!期待してるぜ。帰ってきたら嫁さんにも話してやってくれ。ちょっと名前ド忘れしたけど、嫁さんほんわかとした雰囲気の帰国子女のウマ娘の大ファンなんだ』

 

「ほんわかとした雰囲気の帰国子女……?

 もしかしてグラスか?」

 

『あぁそうそう!グラスワンダーって子だ』

 

 グラスみたいなお淑やかでザ・大和撫子みたいな女の子なら女性ファンがいても当然だな。実は相当な負けず嫌いでもあるし、自分を曲げない芯の通った生き方は年下ながら尊敬する。

 それに個人的にグラスは計算してるように見せかけて実は天然なんじゃないかと最近思い始めた。

 

 だってあんな男心をくすぐるようなポーズで写真を撮られているが、あれが計算でやっているようならかなりの腹黒になる。

 若干中腰気味に人差し指を顎に軽く当てて少し恥ずかしそうにウインク。これは天然のあざとさで無ければ出来ないはずだ!このポーズで俺を含む何人の男たちを虜にしたことか。

 

「それにしてもお前も嫁さんも好みのタイプが似てるんだな」

 

『あん?どう意味だ?』 

 

「お前も昔からグラスみたいなお淑やかな女の子によく告白してたじゃないか。

【君のことが好きだ。俺は誰よりも君のことを愛してる】って屋上で叫んで撃沈したろ?」

 

『おいやめろばか!人の黒歴史イジるんじゃねえよ!!』

 

 確か何かの番組の企画でその告白は全国で流された気がする。それでもめげずに別の女の子に告白する度胸は誰よりも強靭なメンタルを持っていた。

 

『ったく、お前は人の心がないのか!

あぁ、最後に一つ聞きたいんやが、今年から始まるレースの前売りチケットってもう販売終了した?あとできたらどの子が出走するのか聞いていいなら教えて欲しいんだが?』

 

「いや、まだ販売してたと思うけど、もう時間がないから買うなら早めの方がいいぞ。あと誰が出走するかはまだ言えない。すまんな」

 

『やっぱりまだ発表できないか。それならしょうが無いな。一応同窓会の日程決まったら連絡するからよろしくな!』

 

「あぁ分かった。また連絡してくれ。

嫁さんと仲良くやれよ?それじゃあな!」

 

 久々に懐かしい友人と話をして昔の思い出が蘇る。あの頃はみんなで楽しくバカなこともたくさんやったなぁ。

 それが今では家庭を持つまでに成長するとは……何とも言えない気持ちが駆け巡る。

 

 昔を懐かしみながら、一度気分転換に外の空気を吸おうとドアノブに手を掛け部屋から出ようとした瞬間、思いもよらね人物が目の前に立っていた。

 

「……うぉ!?びっくりした!!ってグラス!?どうした一体?」

 

「サブトレーナーさん……」

 

 目の前にいたのはさっき話題に出たウマ娘”グラスワンダー”がどこか申し訳なさそうに佇んでいた。いつもより尻尾も垂れているし、耳も……なぜか片耳だけピーンと立っている。

 

「申し訳ありませんサブトレーナーさん。会話を盗み聞くなんてはしたない真似をしてしまいました。」

 

「えっ?さっきの電話か?……あぁ、聞かれちゃってたかぁ」

 

「申し訳ありません。……それで先ほどのお話は……本当の事なのですか?」

 

「あぁ。全部本当のことだ」

 

 別にさっきの電話の内容なんて大したことは言ってないはずだ。同窓会の事と友人の黒歴史の話くらいで聞かれてまずいことは口に出していない。

 さすがにスズカやスペに見られた雑誌が見つかったらあれだが……今日は持ってきていない。つまり俺の勝利だ。

 

「それで……先ほどおっしゃっていた言葉は……私に直接言ってくれないんですか?」

 

「えっ?……あぁ……ごめんな、グラス」

 

「……女性をずっと待たせるつもりなんて悪い殿方ですね、サブトレーナーさんは」

 

「はっはっは!女の子と付き合った事が無い奴が女性の気持ちが分かるわけないだろ!」

 

「あら、まあ……」

 

 さっき言ってた言葉なんて何か言ったか?だがグラスの顔を見ると、私全部分かってますよ。みたいな表情で俺の目をジッと見つめてくる。グラスについて話した内容って……

 

 まさか……グラスはあざといとか天然だとか思っていたことが口に出ていた!?いや、さすがに俺はまだそこまでボケてないはずだ。しかしグラスの自信に満ち溢れたような、何かを決意した表情は一体……?

 

「サブトレーナーさん?次のレースに勝ったら、前に約束した”ご褒美”使わせていただきますね。だからそれまでは、どうかご自愛ください」

 

「うぇ!?お、お手柔らかに頼むぞ……」

 

「ふふっ、さて、どうしましょう」

 

 もういつ約束したかさえうろ覚えになっていた”ご褒美”を持ち出して俺に詰め寄るグラス。

 確か何かのレースで一着を取ったらご褒美をあげると約束したが、今度に取っておくと言ってずっと決めていなかったものだ。

 グラスならそこまで大変な事は言い出さないだろうと思いつつも、どこか寒気がする程に嫌な予感がするのを、俺は気付かないフリをしていた。




ようやく最終回までの構想が練り終わりましたが、まだ半分にすら到着していないのに気付きました。もう色々省略するか悩みましたが、ようやくスイープトウショウ完凸できたのでがんばります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話(ウマ娘視点)

チョベリグなお姉様に負けたので初ウマぴょいです

今回もウマ娘視点からお送りします


 一人、また一人とトゥインクル・シリーズから身を引きトレセン学園から去って行く。

 

 ”どんなに努力しても才能の差は覆せない”

 ”もう自分の走りに自信が持てない”

 

 どれほど多くの言葉を聞いてきただろうか。

 何人のウマ娘たちの夢を奪ってきただろうか。

 

 幾人もの背中を見送り、彼女たちの無念を目の当たりにする度に強く決意を抱く。

 

 必ずや、自らの走りで理想と規範を再現し、一人でも多くのウマ娘が幸福となる世界を為す。

 

 だが、勝利を積み重ね頂点に立つ度に自問自答を繰り返す。自分の征く道が、自分が進んできた道の果てに、彼女たちが報われる未来が本当に待っているのかと。

 

 この道は正しいと、私が辿ってきた道は間違っていないと信じ続けてきた。走り続けてきた。

 

 それでも、去って行く彼女たちの顔が増える度に少しずつ決意が揺らぐ。

 

 彼女たちから笑顔を消し去ったのは私だ

 彼女たちの未来を閉ざしたのは私のせいだ

 

 その事実に、私はとうとう立ち止まってしまった。止まっている暇などない。早く進まなければ。その思いとは裏腹に身体は言うことを聞かない。

 

 

 でも、私は知っている。こうして立ち止まっているだけで、そっと私の手を握り、また私の背中を押して進ませてくれる存在がいることを。

 助けを呼ぶ前に、心のどこかで来て欲しいと願うだけで、何の見返りもなく側にいてくれる大切な人を。

 三年前、初めてあなたに支えられた大切な時間は私というウマ娘の原点だ。

 

 勝者がいれば同時に敗者も存在する。勝負の世界なら当たり前のことだ。私だって敗北は経験している。負けて悔しさを味わい、悔しさをバネに勝利を積み重ねてきた。勝利を積み重ねる難しさも、敗北の悔しさも両方よく分かっているつもりだった。

 

 でも、心が折れた子の気持ちは分からなかった。

 

 一人、また一人と一緒に走った子が怯えながらこちらを化物を見るような目で見てくる。どうして?なぜ?ただ他の人よりもたくさん努力して結果を出しただけなのに……どうしてそんな目で見るの?

 私は口に出して言うことは無かったが、心に出来た傷口は決して浅くはなかった。

 

 もう何人の子たちが辞めていっただろう。本当に自分が歩んで来た道は正しかったのか。答えのない迷路をグルグルと回り続けた。

 

 けど、私の理解者はすぐ近くにいた。最初の出会いは選抜レース。生意気にもトレーナー達を試すようなことを言い、私というウマ娘に何をしてくれるか問い掛けた。

 一人のトレーナーは如何にレースに勝つか、分厚い資料を作り、あるトレーナーは数年分のトレーニング計画表を作成した。

 

 そんな中、一冊のアルバムを渡してきた男性がいた。その中身は、たくさんのウマ娘が写っている写真。何の変哲もない、ごく普通の写真だった。

 そしてその一見全部普通に見える写真は、写っているウマ娘がみんな笑顔でいる。年齢など関係なく、皆楽しそうにしている。そしてその写真を指差し、彼は私にこう告げる。

 

「俺の夢はトレーナーになってウマ娘たちの夢を叶えるサポートをしたい。この中に君も入って、君の夢を俺にも手伝わせてくれ」

 

 一人でも多くのウマ娘が幸福となる世界を作る。私が思い描く夢の一部がこの写真に詰まっていた。

 あぁ、彼がいい。彼とならきっと叶えられる。一目惚れとも違う、初めて味わう幸福に笑みを抑えられない。

 

 そして彼と専属契約を結ぼうと声を掛ける前に彼から謝罪の言葉が入る。

 

「まだ自分はサブトレーナーで専属契約出来ない。でも、君の夢の手伝いをしたいという気持ちは本物だ」

 

 彼がサブトレーナーでも私の想いが揺らぐことは無かった。彼がトレーナーになるまでゆっくり待てばいいだけなのだから。

 

 そして私はチームリギルの仮メンバーとなり、彼がトレーナーになるまでの間お世話になることになった。

 私と同じように、仮メンバーとして彼を待っている子も見つけたが、友人兼ライバルになり、一緒にトレーニングに励んだ。

 

 レースに勝ち続ける度に心にできたキズが広がっていく。いつの間にか、レース後には彼の元に行く習慣がついていた。精神的に強くなっているのか、弱くなっているのか、もう自分自身では分からない。それほど私は彼に頼りっぱなしだったのだ。

 

 だから、これは今まで散々彼に甘えてきた罰だ。どれだけ勝利を重ねようが、どれだけ周囲に皇帝と持て囃されようが、彼の前では弱い自分しか曝け出さなかった報いなのだ。

 

 もう大丈夫。あなたが育てた弱いルナは立派に成長したよ。だからもう心配しないで。私はもう二度と立ち止まらないから。もう二度と負けないから。

 

 そう、私はシンボリルドルフ。トレセン学園生徒会長にして七冠ウマ娘。絶対皇帝の名にかけてもう敗北は許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近学園の雰囲気が変わった。ルドルフは生徒会室から外の様子を伺いながら原因を考えていた。

 もうすぐ冬の到来を感じさせる程に冷たい風がトレーニング中の生徒たちを襲うが、それを打ち払うかのように元気よく走るウマ娘の声が響き渡る。まるで学園に蔓延る違和感がなかったかのように。

 

 始めは気のせいだと思い特に意識することはなかった。だが直感か本能か、日に日に身体がざわついて落ち着かない。

 

 いつかの昼に感じた大きな威圧感。まるでこちらを食い殺さんとばかりに底知れない不気味さとプレッシャーを味わったあの日から、少しずつ違和感を感じるようになった。

 

 次の日から生徒たちの様子をさり気なく観察する。ルドルフは一度見た顔は忘れることはない。あれだけの威圧感を出していたのだ。一目見れば誰が原因かすぐ分かるはずだ。

 

 怪しまれないように細心の注意を払い生徒たちの表情を伺うが、総勢二千人を超えるウマ娘が所属している中で目的の人物を捜すのは困難を極める。

 一日、また一日と時間だけが過ぎていく。結局ルドルフは違和感の正体を掴むことができず、新たに感じるようになった威圧感に危機感を抱くのであった。

 

 悶々としながら迎えた感謝祭。日頃から応援してくれているみんなの為に、この日だけは問題を後回しにして全力でファンの期待に応えようと、ルドルフは今まで着たことがない服を着て接客を行った。

 

 男装執事喫茶という名の通り、ルドルフ他三名のウマ娘と共に執事になりきって来客を持て成す。皆始めは羞恥心から着換えるのに抵抗があったが、いや、一人だけ羞恥心など彼女の辞書にはないと言わんばかりに、手早く着換えを済ませ、鏡の前で自画自賛している者がいたが……。

 

 率先して動いてくれた彼女”テイエムオペラオー”のお陰?でまだ着換え終えていない三人、”エアグルーヴ” ”フジキセキ” ”シンボリルドルフ”も着換えを済ませ、既に開店前から大勢の人が今か今かと待ち侘びている姿に苦笑いを浮かべ、順番にファンたちを店内に迎え入れた。

 

 少しずつ接客にも慣れてきて、周囲を伺う余裕も出来た頃にファンに紛れて見覚えのある顔を見かけた。

 ”トウカイテイオー”ルドルフを慕うウマ娘であり、ルドルフもまた彼女のことを過保護と周囲から言われるくらいに大事にしている。

 

 ファンに負けないように大きな声ではしゃぐテイオーの姿に、まるで実親が向けるような慈愛の表情で彼女の声援に一度だけ応えるルドルフ。その姿は、駄々をこねている子供に仕方がないなと子供を甘やかす親子のようで、どこか温かみのある光景だった。

 

 未だ興奮冷めやまぬテイオーをよそに、再び自分の仕事に取り掛かるルドルフ。それでもまだファンに混じって自分に声援を送り続けていることに段々と照れが生じてきたルドルフは、テイオーに目で注意をするため今一度ファンの方へと振り向いた。

 

 そこには、先ほどまでいなかったはずの彼が携帯で四人の姿を次々撮影していく姿があった。思いもよらなかった彼との顔合わせに、冷静沈着のルドルフですら思わず目が見開き次第に頬が赤く染まっていく。

 

 写真を撮るだけでなく、テイオーと一緒にルドルフを褒めちぎりながら、高度なダジャレを織り交ぜてくる彼の言葉に堪らず吹き出しそうになる。

 恥ずかしい姿を見られるだけでなく、彼の携帯に記録として残ってしまったことに、後でエアグルーヴと一緒に彼に説教をせねばなるまいと、ルドルフは未だ熱が引かない頬を軽く触りながら強く決意した。

 

 大成功と呼んでもいい程に盛り上がりを見せた感謝祭は、生徒会長としても満足のいく内容だった。たくさんの笑顔が見れたこの日は、ある意味でルドルフが夢見ている完成形の一つなのだ。

 またみんなが幸せを感じ取れるように一層の努力を誓うルドルフだったのだが……

 

 まだこの時の彼女は気付かない。己を一番慕っている大切な後輩が、この日を境に笑顔が消えたことを。

 

 感謝祭も終わりまたいつもの日常が帰ってきたトレセン学園であったが、問題が解決した訳ではない。あれから更に時間が経っているにも関わらず、未だ原因を特定できていない。

 今年から開催されるURAファイナルズに向けて、生徒も職員も頑張っている。その前までには何とかしたい。

 ルドルフは自分だけでは解決できないと判断し、生徒会メンバーや信頼できる生徒に協力を要請することにした。

 

 早速話を持ち掛けようと生徒会室に足を運んでいた所に、前方からテイオーがこちらの方へ歩み寄って来るのを発見した。

 テイオーなら間違いなく協力してくれるに違いないと、彼女とすれ違う前に声を掛ける。

 

「テイオー。すまないが一つ頼み事をお願いできるだろうか?」

 

「……」

 

 おかしい。いつもなら自分を見つけたら直ぐに駆け寄って話掛けてくるのに、こちらから声を掛けようと何も反応がない。一体何があったと聞く前にテイオーの顔を見たルドルフは絶句した。

 

 涙を流し過ぎて腫れ上がった目、明らかに一睡もしていないと分かるほど目立つ隈、身体が震えを起こして何かを恐れている表情。普段の彼女とはかけ離れた姿だった。

 

「テイオーっ!!」

 

 ルドルフは問答無用で彼女を担ぎ、生徒会室まで連れて行った。いつもは暖かい彼女の体温は酷く冷たく、いつも自信に満ち溢れ勝気で明るい性格の彼女はどこにいったのか。

 まるで怪我をして全てを諦めようとしたあの時のように、生気が失われている。ルドルフは絶え間なく出る嫌な予感を断ち切るかのように、生徒会室へとひた走る。

 

 生徒会室へと駆け込んだルドルフは周囲を見渡し誰かいないか確認をした。どうやら生徒会メンバーである”エアグルーヴ”と”ナリタブライアン”はここにいないようだ。

 どちらかが居ればテイオーの介抱に協力してもらうつもりだったが、いないのならば仕方ない。ルドルフはまるで割れ物を扱うようにそっとテイオーをソファに座らせると、手際よく飲み物を用意し彼女を落ち着かせようとした。

 

 テイオーの手を握り、優しく背中を擦って子どもをあやすように語り掛けるルドルフ。徐々にルドルフに反応しているテイオーは小さく何かを嘆いている。

 

「どうしたテイオー?焦らないでいいから、ゆっくり話してごらん?」

 

「……だ。……せいだ」

 

「ん……?大丈夫だ。ここには私しかいないから」

 

「……せいだ。ボクのせいだ!ボクのせいだ!!」

 

「っ、テイオー落ち着くんだ!テイオーは悪くない!」

 

 テイオーの悲痛な叫びに何と声を掛ければいいか分からない。ただひたすら自分を責めているテイオーの姿を、ルドルフは目を背けたい思いだったが、それでも彼女の顔から目を

離すことはなかった。

 

「ボクのせいだ……。ボクが迷惑ばっかり掛けたから……サブトレーナーは……」

 

「なに!?サブトレーナーくんがどうしたんだテイオー?」

 

 テイオーから思いもよらぬ人の名前が飛び出て、思わず眉が吊り上がる。テイオーの背中を擦っていた手が彼女から離れ、思わず力強く拳を握り締めていることにすら気が付かないルドルフは、テイオーから聞かされた真実に頭が理解するのを拒んでいた。

 

 テイオーはポツポツと断片的に話を始めた。

 実はサブトレーナーは何年も前から重い病気を抱えていて、自分の治療は後回しにしてみんなの為に働いていた。だけどもうサブトレーナーの身体は限界に近づいており、このままだと取り返しがつかなくなると。

 

 涙ながらに語るテイオーであったが、ルドルフは彼女の話が信じられずにいた。彼女の様子からウソを言っているようには見えないが、どうにも信憑性にかける。

 確かに彼ならそうするだろうと納得できるが、本当に本人が言ったのか。何かの勘違いではないか。ルドルフはテイオーにもう一度確認するが、彼女の口は閉じたままだった。

 

『生徒会長シンボリルドルフさん。理事長がお呼びです。至急理事長室まで来て下さい』

 

 テイオーに詳しく話を聞こうとする前に校内放送で呼び出しがかかる。こんな時にと珍しく内心イライラしながら、テイオーにすぐに戻ると一声掛けたルドルフは、急いで理事長へと向かった。

 

 ノックの後、失礼しますと理事長室に入ったルドルフであったが、先ほどまで話題にあがっていたサブトレーナーが、理事長と向かい合って話をしていた姿を見て、心臓がドキリと跳ね上がったような気がした。

 何の話をしていたか知らないが、彼の諦めたような、どこか哀しい表情に見える顔に不安を覚える。

 

「謝罪ッ!忙しい中呼び出してしまい申し訳ない」

 

「いえ、問題ありません。それで何のご要件でしょうか?」

 

「提案ッ!URAファイナルズの参加条件についての見直しを行う。それに伴って生徒会にも協力を願いたい」

 

「距離適性に関係なく走りたい距離を申告して出走すると、以前話が挙がった内容ですね?

もちろん我々生徒会は協力を惜しむつもりはありません」

 

「感謝ッ!詳細は後ほどたづなから説明してもらう。今は所用でいないが、帰って来たら私からたづなに連絡しておく」

 

「分かりました。それでは失礼します……」

 

 理事長に一礼をして部屋から出るかと思いきや、サブトレーナーの方をじっと眺め、その場から動かないルドルフ。理事長もサブトレーナーも互いに彼女の行動に困惑し、暫くの間沈黙が部屋を支配する。

 

「ど、どうしたルドルフ?理事長に言い忘れた事でもあったか?」

 

「いえ、何でもありません。ただ、その、サブトレーナーと理事長が何を話していたか気になりまして……」

 

 意を決したようにルドルフは二人に問い掛ける。如何に生徒会長といえど、理事長との会談の内容を聞くのは常識に欠ける。そんなことは分かっているが、どうしても聞いておかねば後悔すると直感が己に訴える。

 

「いや、別に大したことじゃ……」

 

「憤怒ッ!君の将来に関わる大切なことではないか!それなのにずっと断り続けて……!」

 

 理事長の言葉に腹の底からイヤなものが込み上げてくる。体温が一気に失われ、思わず体を抱きしめたくなるほど寒気が止まらない。

 

「疑問ッ!私もたづなも君のことを高く評価している。正式なトレーナーになって、さらなる飛躍を期待しているんだ。なのになぜ……」

 

「理事長……?サブトレーナーくん、何の話だ?」

 

「……」

 

 理事長とサブトレーナーの悲しい表情が、見ていられないくらい痛々しい。まだ話の内容を理解出来ないが、彼にとって重要なことだけは二人の態度から察することができる。

 

「怪訝ッ!我々は君の助けになりたくてずっと提案してきた。君が断る理由を知りたい。なぜ行かないんだ?

三年前から話をしてきた……フランスに行って君を診てもらうことを!」

 

「……え?」

 

 理事長の言った言葉を理解したくないと脳が拒絶する。だが悲しいかな、ルドルフの優秀な思考回路は彼女に残酷な現実を叩きつけた。

 

 以前から彼の異変に気付いていた理事長たちは、彼を治すべく世界中から情報を集め、遂にフランスで彼の治療が出来る病院を捜しあてた。

 しかし、なぜか彼は婉曲に断り続けている。それも三年前からずっと。

 

「わ、私のせいか……?私のせいでサブトレーナーくんは……」

 

「ルドルフ!?少し落ち着け!」

 

 三年前……ルドルフが初めて彼だけに見せた弱音。それからは何かある度に彼の元に行き、話を聞いてもらった。

 今でこそ頻度は少なくなったが、彼と話をする時だけは皇帝でなくてもいい。みんなから愛されたルナとして接することができる。その事実が彼女の心に余裕を作ったのだ。

 

 だからこそ、ルドルフは己の犯した罪が如何に重いのか、痛いほど身に染みる。

 自分の弱さが彼を蝕んでしまった。優しい彼は弱い自分を放っとけなくて、寿命を削りながら支えてくれたのだと。

 

 ゴメンナサイごめんなさい……ルドルフは静かに涙を流す。慌てて涙を拭く彼の手は、相変わらず暖かくてホッとする。

 

 あぁ、これが彼を苦しめていたのか。

 すぐ彼に甘える私自身が彼を殺そうとしていたのか。

 

 ならば、彼を苦しめる者は全て蹴散らそう。

 彼がもう心配しなくてもいいように、安心して向こうに行けるように、成長した私を見てもらおう。

 

「……サブトレーナーくん。もう大丈夫だ。私に全て任せてくれ。私が全部背負うから、君も諦めないでくれ!お願いだ!」

 

「えっ?あ、あぁ。俺は一度も諦めたことはないぞ。今までも、これからもな!」

 

「驚愕ッ!と、とりあえず今日の所はここらへんでおしまいにしよう!うん、それがいい!」

 

「あっはい。分かりました。それじゃあ俺は仕事に戻りますんで失礼します」

 

「理事長、失礼します」

 

 冷や汗を掻きながら二人を見送る理事長に頭を下げ、二人は理事長から退出する。どこか気まずい空気が流れ、並んで歩く二人の表情は険しい。

 

「サブトレーナーくん?もしも君がフランスに行くとしたら、いつからになるんだい?」

 

「えーと……たしかURAファイナルズの前後くらいだった気がするけど……どうだったかな?」

 

「そうか……それまで身体の方は大丈夫かい?」

 

「ん?まぁ多少ダルいけど何とかやるさ」

 

「辛くなったら私の所に来てくれ。絶対に!ずっと君がトレーナーになるのを待っているんだからこれくらいは約束を守ってくれ!」

 

「それを言われると痛いなぁ。分かった。キツかったらルドルフに甘えに行くよ」

 

「ふふっ、いつでも来てくれて構わないよ」

 

 しばらく談笑した後、サブトレーナーと別れたルドルフは生徒会室へと戻る。中に入ると、泣き疲れたのだろう、テイオーがソファに横になり寝息を立てていた。

 

 横になっているテイオーの頭をそっと持ち上げ、自身の膝の上に乗せ、優しく彼女の髪を撫でる。しばらく続けていると、まだ出し尽くしていなかった涙が一滴、テイオーの瞳から溢れていく。

 その涙を優しく拭きながら、テイオーに何度も謝罪する。

 

 私のせいで大事な人を苦しめてしまった。

 私のせいで大事な後輩を苦しめてしまった。

 

 もう迷わない。覚悟は決めた。皇帝は高らかに宣言する。

 

 弱かった私よ!弱いルナよ!

 この私を!シンボリルドルフを!無礼るなよ!!




書いてて心が病みそうになりました

ジェミニ杯お疲れ様でした
推し娘は活躍できましたでしょうか?
クソザコトレーナーの私は、先頭争いすら参加できなかったです 次こそライスちゃんで1位を!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話(サブトレ視点)

本日2回目の初ウマぴょいです

特に問題なさそうでしたら今後は先にウマ娘視点から投稿したいと思います


 最近学園の雰囲気が変わった気がする。URAファイナルズまで時間が迫って来たからみんな少し神経質になっているだけだと思うが。

 ただちょっとピリピリし過ぎなんじゃないかなとは思う。

 

 久しぶりにライスのトレーニングに付き合った日は、担当トレーナーと俺が止めるまでずっと練習を繰り返していた。

 ライスにあまり無茶をしないように注意すると、どこか色気を感じる雰囲気で「大丈夫だよ、お兄さま」と儚い笑みを浮かべて話すライスに思わず反応しそうになったのは不覚だった。

 

 チームスピカの練習に行ったときも、みんなの気迫は凄かった。スカーレットとウオッカは相変わらずだったが、何よりスズカとスペのヤル気が凄い。

 

 スズカは以前と比べて格段に調子を取り戻したし、スペもスズカに釣られるように実力を伸ばしていた。

 テイオーとマックイーンは調子を落としているように見えたが、あの二人は好不調の波が激しいのでこの日はたまたま悪い日だったのだろう。

 それとゴルシ!今お前が当たり前のように食ってる弁当は俺のだからな。後でちゃんと飯おごれよ!

 

 一部を除いてレースに向けて皆頑張っている。レース前は本人が分かっているつもりでも、無意識に無理をしてしまう場合が多い。今が一番大事な時期だからこそ、トレーナーもよく彼女たちを観察しておかなければならない。

 

 各チームの先輩トレーナーに俺が感じたことを伝えて、少々危うい子がいたらよく注意して見てもらう。所属メンバーが多くなる程見逃してしまう確率も高くなる。

 

 折角新レースが開催されるのだ。どうせならみんな笑顔で今年を締め括りたい。徐々に緊張感が増していくのを感じながら、無事にURAファイナルズが成功を収めるように、久しぶりに三女神像に祈るのであった。

 

 生徒たちが授業を受けている間に溜まっている仕事に手を付ける。感謝祭で使った小道具が部屋に散乱してしまっているので、もう使わないものと今後使うかもしれないものに分別していく。

 とはいっても、不評だったお化け屋敷を次回もやるとは思えない。調子に乗って用意した無駄にクオリティの高い怖がらせ道具を処分するのは勿体ないが、取っておいても仕方ない。

 

 血塗れTシャツくらいなら寝巻として使えなくもないが、それ以外はほとんど燃えるゴミだな。

 結局実用性のあるものだけ部屋に残し、それ以外は可燃袋に詰め込み、散らかっていた部屋がある程度元通りになった。

 

 一通り部屋の片付けも終わり、少し一服しようと部屋を出て中庭に向かう。普段ならもう少し騒がしい中庭も、今は小鳥たちのさえずりが時折聴こえてくるだけで、いつもと違う情景に不思議な感覚に陥る。

 あと少しすればお腹を空かせた生徒たちが、栄養補給の為に食堂や中庭を利用していつもの賑やかな景色に戻るだろう。

 

 しばらくベンチで缶コーヒーを飲みながら一人ボーッと空を見上げていると、ふと隣に誰か居る気配を感じる。

 

「こんにちは、サブトレーナーさん」

 

「あぁ、たづなさん。お疲れ様です」

 

 いつの間に隣に座っていたのだろうか。クスッと笑うような表情でこちらを見つめていたたづなさんの顔を見ると、思わず照れてしまったことを誤魔化すようにコーヒーを一気に飲み干した。

 

「サブトレーナーさんがこの時間にここにいるなんて珍しいですね?」

 

「いやあ、ずっと部屋で掃除をしていたのでちょっと外の空気を吹いたくなりまして」

 

「あら、そうだったんですか。言ってくださればお手伝いに行きましたのに」 

 

「いやいや!普段から忙しいたづなさんに掃除なんかで手を借りる訳にはいきませんよ!」

 

「ふふっ。サブトレーナーさんの為なら私は何でもしますよ?」

 

 態とらしく少しだけこちらに近づき、どこか甘えるような、艶っぽい声音で俺の耳元でささやく彼女は、正に大人の色気が濃縮されたかのような色っぽい表情をしていた。

 並の男なら彼女のセリフにこう答えるだろう。

 

『結婚しよ』

 

 俺も彼女のことを知らなければ、今すぐにでもお持ち帰りをしているところだ。

 だがもう俺はたづなさんの仕掛けた罠に引っ掛かることは無い。彼女は親しい人をよくからかってくる。

 現に俺以外の人、理事長にもからかっている姿を見かけたことがあるし、それ以外の人も……あれ?他に誰かをからかっていたか?

 

 ……もしかするとたづなさんは俺の事が好きなのかもしれない(確信)

 よく好きな子ほどからかいたくなるって言うしな。多分間違いないだろう。

 

「なーんちゃって。ふふっ、ビックリしました?」

 

「え?」

 

「最近サブトレーナーさんお疲れの様でしたので、元気づけようと思いまして。少しは元気になりましたか?」

 

「あっ、はい。めっちゃ元気びんびんです!」

 

「まぁ!それならよかったです。

 正直に言うと、結構恥ずかしかったんですよ?」

 

 いや、モチロン知っていたとも。たづなさんが俺を元気にしようとしただけだって。ホントダヨ?

 

 ほんのり顔が赤くなった彼女はゆっくりと立ち上がり、その場から立ち去ろうとする。一歩、二歩と進んで行く途中、何かを思い出したのか、またこちらに向かって振り向き言葉を発した。

 

「あっ!本題を忘れていました!サブトレーナーさん、今日の午後三時頃に理事長室まで来てください。理事長がお話したいことがあるそうです」

 

「理事長がですか?……あーもしかして……分かりました。ありがとうございます」

 

「いえいえ〜。それではよろしくお願いしますね」

 

 今度はもうこちらを振り向くことなく学園の中に戻っていくたづなさん。するとタイミングよく午前の授業の終わりを告げるチャイムが学園内に鳴り響く。もうすぐしたら生徒たちがたくさんここにやって来るだろう。

 たづなさんの言葉で元気になった息子をどうにか鎮めようと、母親に耳と尻尾が生えた姿を想像して、何とか事なきを得ることができた。

 

 約束の時間まであと少しに迫り、一旦仕事を中断して理事長室に向かう。呼び出された原因は恐らくあれのことだろう。確かにありがたい話ではあるのだが、本音を言えば行きたくない。

 

「失礼します」

 

「歓迎ッ!入りたまえ!」

 

 今度は何と言って断ろうか、頭の中で色々と言葉を模索している間にいつの間にか理事長室まで着いてしまっていた。

 なるようになれとヤケクソになりながら理事長室に入り、独特の話し方で俺を歓迎したトレセン学園理事長”秋川やよい”の前に立つ。

 

 実年齢は知らないが、見た目だけなら中等部の生徒と変わらないほど小柄な理事長は、トレードマークといえる帽子の上で寛いでいる猫を一度撫でると、改めて俺の顔をじっと見つめてくる。

 

「謝罪ッ!忙しい所すまない!この後すぐ生徒会長もこちらに来るため、そこまで時間は取らせないつもりだ。

 単刀直入に聞く!また今年実施されるフランスでの研修はどうするつもりかね?」

 

「あー……申し訳ありませんが今年も辞退するつもりです。すみません……」

 

「驚愕ッ!確かに強制ではないし君がここを居なくなった時の損失は大きい。それでも今後のトレーナー人生の中で向こうでの経験は必ず君の役に立つはずだ」

 

「大変ありがたい話なんですが……」 

 

 俺がまたいい返事をしなかったせいで、理事長は驚きの顔をした後、俺を説得しようと熱く言葉を掛ける。

 ありがたいことに理事長はまだトレーナーではない俺に対して、色々な経験をさせてくれる。理事長にとっても俺は出来の悪い弟みたいに思ってくれている。

 だから折角のチャンスを捨てるのは勿体ないと、俺に話を持ってきてくれるのだ。

 

 フランス版トレセン学園と言ってもいいウマ娘養成所から、なぜか俺に研修の話が三年前からきている。

 てっきりトレセン学園のトレーナー全てに話が言っていると思ったら、理事長から極秘の話ということで誰にも言わないように口止めされていた。

 

 何年も断り続けている俺を見兼ねたのか、たづなさんにも話を通して、今年はルドルフたちにも協力を仰ごうとしているらしい。

 

 俺が研修を断っている理由は別段重い理由があるわけではない。ただ単に向こうでやっていける自信がないだけだ。

 そりゃあトレーナーとしてはこんなチャンス滅多に無いだろう。もし一人ではなかったらすぐ行っていたと思う。

 

 でも日本語しか話せない俺がいきなりフランスに向こうのウマ娘たちとコミュニケーションがとれるとは思えないし、食事だって日本とは違う。

 一人でも知り合いが居れば話は別だが……いや、知り合いというか顔見知りはいるが……

 

 まぁとにかく向こうに行くとしてもある程度フランス語を話せるようになるまでは行く気にはなれない。

 本音を言えば折角もらっているチャンスを活かしたいが、ウマ娘たちを支えようとしている人間が、逆に支えられなければ生活できないなど向こうに行く意味がない。

 

 色々考え込んでしまったが、改めて理事長に頭を下げようと思ったところに、いつの間に来ていたのかルドルフが俺の隣に立っていた。

 

「謝罪ッ!忙しい中呼び出してしまい申し訳ない」

 

「いえ、問題ありません。それで何のご要件でしょうか?」

 

「提案ッ!URAファイナルズの参加条件についての見直しを行う。それに伴って生徒会にも協力を願いたい」

 

「距離適性に関係なく走りたい距離を申告して出走すると、以前話が挙がった内容ですね?

もちろん我々生徒会は協力を惜しむつもりはありません」

 

「感謝ッ!詳細は後ほどたづなから説明してもらう。今は所用でいないが、帰って来たら私からたづなに連絡しておく」

 

「分かりました。それでは失礼します……」

 

 俺を置いてどんどん話が進んで行く二人を、やっぱり頭の出来が違うなあと感心しながら聞いていると、こちらをチラチラ見てくるルドルフの視線に気付く。

 連動してゆらゆら揺れている尻尾に、ついモフりたくなる衝動を抑えつつ、途中からジッとこちらを睨み付ける視線に耐えられなくなりルドルフに声を掛ける。

 

「ど、どうしたルドルフ?理事長に言い忘れた事でもあったか?」

 

「いえ、何でもありません。ただ、その、サブトレーナーと理事長が何を話していたか気になりまして……」

 

 てっきり尻尾を凝視していたことに呆れていたかと思いきや、俺と理事長の話が気になっただけらしい。

 

「いや、別に大したことじゃ……」

 

「憤怒ッ!君の将来に関わる大切なことではないか!それなのにずっと断り続けて……!」

 

 おぉう……理事長が本気で怒ってる。けど、見た目のせいか理事長が怒ってもほっぺたが膨れて可愛らしいだけだ。これがたづなさんやルドルフであれば血の気が引いていたと思うが。

 

「疑問ッ!私もたづなも君のことを高く評価している。正式なトレーナーになって、さらなる飛躍を期待しているんだ。なのになぜ……」

 

「理事長……?サブトレーナーくん、何の話だ?」

 

「……」

 

 いっその事ルドルフに事情話して一緒に来てもらうか?彼女ならフランス語も話せるし、もしかしたら仕方ないと呆れながらも俺に付いて来てくれるかもしれないし。

 

「怪訝ッ!我々は君の助けになりたくてずっと提案してきた。君が断る理由を知りたい。なぜ行かないんだ?

三年前から話をしてきた……フランスに行って君を見てもらうことを!」

 

「……え?」

 

 俺が言う前に理事長に言われてしまった。ルドルフもまじで?って顔してるし。そりゃそうだよなあ。俺だって未だに信じられないしさ……ってルドルフ?

 

「わ、私のせいか……?私のせいでサブトレーナーくんは……」

 

「ルドルフ!?少し落ち着け!」

 

 突然涙を流し身体中が震えだしたルドルフに無理矢理ソファに座らせて彼女を落ち着かせようと試みる。理事長も突然の事態にまだ脳が追いついていないようだ。

 

 いつもなら大きく感じる彼女の背中は、とても同一人物とは思えないほど小さかった。涙を拭く物が見当たらず、しょうが無く彼女を傷つけないように優しく涙を掬う。

 静かに涙を流す彼女を見るのは何年ぶりか。生徒会長として、みんなから尊敬される皇帝として振る舞うようになっても、根はあの頃のままだった。

 

「……サブトレーナーくん。もう大丈夫だ。私に全て任せてくれ。私が全部背負うから、君も諦めないでくれ!お願いだ!」

 

「えっ?あ、あぁ。俺は一度も諦めたことはないぞ。今までも、これからもな!」

 

「驚愕ッ!と、とりあえず今日の所はここらへんでおしまいにしよう!うん、それがいい!」

 

「あっはい。分かりました。それじゃあ俺は仕事に戻りますんで失礼します」

 

「理事長、失礼します」

 

 後は頼むぞと理事長からのアイコンタクトに力強く頷き、彼女を連れて部屋から出る。

 何が彼女の涙線を刺激したのか分からないが、シンボリルドルフの未来のトレーナーとして、彼女を支えるのは俺の役目だ。

 それでも彼女に何て声を掛ければいいか思い浮かばず、自分の無能さに段々腹が立ってくる。

 そんな俺に気を使って、彼女は先ほどの事など無かったかのように話掛けてきた。

 

「サブトレーナーくん?もしも君がフランスに行くとしたら、いつからになるんだい?」

 

「えーと……たしかURAファイナルズの前後くらいだった気がするけど……どうだったかな?」

 

「そうか……それまで身体の方は大丈夫かい?」

 

「ん?まぁ多少ダルいけど何とかやるさ」

 

「辛くなったら私の所に来てくれ。絶対に!ずっと君がトレーナーになるのを待っているんだからこれくらいは約束を守ってくれ!」

 

「それを言われると痛いなぁ。分かった。キツかったらルドルフに甘えに行くよ」

 

「ふふっ、いつでも来てくれて構わないよ」

 

 いつものルドルフに戻ってとりあえず一安心した。

 どれだけ時間が経ってもまだまだ子供だなと思ったが、まだ俺にそんなことを言う資格はないと、自分に苦笑いしながら仕事に戻る。

 途中ふと目に入った三女神像になんとなくこれからもよろしくお願いしますと祈ると、一陣の風が吹き、どこか俺に怒っているような気がした。




簡単な下書きをしてあと何話くらいか調べた結果
60話以上書いても終わらないことが判明

……ちょっとくらい削ってもバレへんか(ボソッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(ウマ娘視点)


タマモクロスの実装待っているので初ウマぴょいです



『あいつは行けてもGⅡくらいまでしか無理だよ』

『典型的な井の中の蛙だ』

『実力に対してプライドが高すぎる』

 

 耳にタコが出来るほど聞こえてくる雑音。好きなだけ何とでも言えばいいと鼻で笑う。

 誰にどんなことを言われようとも、何度泥を被って嘲笑われようとも、絶対に後退しない。決して頭を下げない。その覚悟を持って日本一の学園に来たのだ。

 だから私は一流のウマ娘なんだと叫び続けるし、勝利という名の証明をこの手に掴む。

 

 どう言われようと、どう思われようと、勝って才能を証明してみせる。相応しい結果を掴み取って、私は一流なんだと認めさせてやる。

 

 それでも雑音が収まることはない。

 実の母からの連絡もいつも同じ内容だ。

 

『トレーナーはついたの?やっぱりダメだった?もう早く帰ってきなさい』

 

 私に何も期待していない。無理だと最初から決めつけている。

 

『あなたに走りの才能はない。諦めなさい。別の道を探した方が幸せになれる』

 

 なんで勝手に決めつけるの!!

 そんな言葉なんかで絶対諦めてやるものですか!!

 

 私がレースに出る時でも大反対してきたお母さま。

 

『レースの世界はあなたの想像以上に過酷で、甘い世界ではない。私の真似はしなくていい』

 

 GⅠを取ったことのあるウマ娘だからこそ言える助言なのだろう。けれど、決してお母さまの真似をしたくてこの世界に飛び込んで来た訳ではない。

 過酷で大変?それがなにか?その程度で諦めるなら最初から選択していない。私の覚悟は、誰かに推し量れる程安くはない!!

 

 だからトレーナー選びだって妥協はしない。

 

 未熟だけど是非一緒にやりたい?未熟なら他のウマ娘の所に行きなさい!

 

 母親の栄光を私が受け継ぐ?過去の栄光など興味がない。誰かの後追いなどお断りよ!

 

 ダメ。全然ダメ。私に声を掛けるトレーナーたちの言葉を片っ端から否定していく。

 私が求めているのは一流のトレーナー。志も、目標も何もかもレベルが低すぎる。同じ覚悟を持つトレーナーでなければ決して認めない。

 

 次第に私をスカウトしようとするトレーナーは少なくなっていった。それでも絶対に妥協することはない。必ず私に相応しいトレーナーが現れるはず。まだ私の事を見つけられていないだけ。

 自分に言い聞かせるようにトレーニングに励み、開催される選抜レースや模擬レースはなるべく参加するようにした。

 

「だから言ってるじゃない!!私には才能があるって今度の選抜レースで認めさせて、一流のトレーナーと専属契約するって!!忙しいからもう切るわよ!さようならっ!!」

 

 お母さまからもう聞き飽きた言葉を遮り電話を切る。現役中も、引退して仕事を始めてからも、私のことはほったらかしだったのに、今更口出ししてくることにイライラが隠せない。

 

「って、ぎゃっ!?だ、誰っ!?……ってあなた!何笑ってますの!?」 

 

「ブフッ!!いや悪い!まさかキングみたいなお嬢が『ぎゃっ』なんて言うとは思わなくて……くくっ」

 

「なっ!!今すぐ忘れなさい!!」

 

「いやいや、『キングの驚く声』なんて滅多に聞くことができないんだから、たまたまとはいえ聞けたことは光栄なことだろ?」

 

「えっ?そっ、そうね!!このキングの驚いた声なんて普通は聞けないわよ?ありがたく思いなさい!!」

 

 いつからそこにいたのか、私の目の前でニヤニヤしながらこちらを見つめている一人の男性。私に話掛けてくる男性など、スカウト以外では彼くらいしかいない。

 

「というかキングこそこんな所で何してるんだ?もうすぐ模擬レースの時間なのにまだ来ないっていつもの二人が捜してたぞ?」

 

「……あっ」

 

 携帯の時間を確認し、急いで練習場まで向かう。もうウォーミングアップをしている時間もない。脇目も振らず目的地へと駆け急ぐ。

 

「はあ……はあ……おーっほっほっほ!お待たせしたわね!おーほっほ……ごほっ、ごほっ」

 

 何とか出走前までに間に合い、急いで呼吸を整えてスタート地点で軽く柔軟を始める。もう既に身体は火照り、いつでも出走出来るが、一流たるもの事前準備は欠かせない。

 

「あの子の名前は?」

 

「「キング!!」」

 

「誰よりも強い?」

 

「「勝者!」」

 

「その未来は?」

 

「「輝かしく!誰もが憧れるウマ娘〜!」」

 

「そう!一流のウマ娘といえば〜?」

 

「「「「キングヘイロー!!」」」」

 

 今日も私を慕う二人の子達と、あの人の掛け声でいつもの自己紹介がバシッと決まった。出走前だというのについ私の名前を一緒に叫んでしまったが致し方ない。

 さあ、今日こそ私の、一流ウマ娘の走りをその目に焼き付けなさい!

 

 選抜レースも終了し、出走者やトレーナーたちは帰り支度を始める中、私は一人練習準備に入る。

 

「お疲れ様!足は大丈夫か?」

 

「誰にものを言っているのかしら?一流たる者自己管理くらい出来て当然よ」

 

「ははっ、そこまで軽口が言えるなら大丈夫そうだな。

……今日は惜しかったな」

 

「惜しくても負けは負けよ。こんな結果じゃ駄目なのよ!この私が、キングが二着に終わるだなんて……!」

 

 先ほどの選抜レース。前を塞がれてしまい、位置取りもうまくできなかった。結果、スパートが遅れ先頭に逃げ切られてしまいハナ差の二着。

 

「……先団は団子状態。前は塞がれ、位置取りも最悪。予想より早い先頭集団のスパートに自分のペースは乱され、最後までスタミナが保たず終盤やや失速」

 

「……あなたにしてはよく分析したわね。腹が立つくらいに正確だわ。特別に褒めてあげる」

 

「そりゃあキングの走りをずっと見てきたからな。超一流サブトレーナーは一流ウマ娘の走る姿を見て成長しているんだぞ」

 

「……ふふっ、なによそれ。超一流なら早くトレーナーになりなさいよ。」

 

 私の言葉に参ったなと苦笑いを浮かべる彼の顔を見て、気付いたら自然と笑みが溢れていた。

 彼との付き合いはいつからだったか?私の走ったレースを自分で解説し、彼に教えを説くという、いつの間にか奇妙な関係が始まっていた。

 ウマ娘に教えを請うトレーナーなど聞いたことがない。一流トレーナーどころかトレーナーですらない彼に私は何をしているのだろう。

 

 それでも、この時間は嫌いではなかった。悪態をつきながらも、彼に教えを説く私にビックリしている自分がいることを感じながら、出来の悪い教え子に分かりやすく解説していく。

 

 

 それなのに、この私が直々にあなたの夢を手伝ってあげたのに、あなたは勝手にこの世界からいなくなろうとしている。

 

 ふざけないで!!まだあなたに、一流の走りを見せていない。キングの力はこんなものではない!この程度で納得されては困るのよ!

 

 ……私はあなたの為に悲しんであげない。泣いてもあげない。

 だって私はキングだから。王は誰の前でも胸を張って生きなければいけないから。

 

 だから、私がキングではなくなった時、私の役目が終わった時に悲しんであげる。

 その時はちゃんと胸を貸しなさいよ?殿方は女性の泣き顔を見てはいけないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあキングちゃん!ウララ先に行くね!」

 

「え、えぇ。行ってらっしゃい」

 

 変わった。キングヘイローはハルウララが朝早くから朝練に向かう背中を心配そうに見つめる。

 ほんの少し前までは二回も彼女を起こして、先に寮を出て三度寝してないか心配する程朝に弱かったウララが、今ではキングよりも早く起きて学園に向かうようになった。

 

 ただ朝早く起きる様になっただけなら何も問題は無かった。一番心配な事はウララが笑わなくなったことだ。

 全く笑わなくなった訳ではない。ただ明らかにキングの前では無理に笑顔を作っている。プライドは高いが、元々面倒見のいい性格のキングは、ウララの様子がおかしいことには直ぐ気が付いていた。

 

 だからこそ、キングは様子がおかしくなった時にすぐ助けなかったことを後悔している。ウララから話をしてくれることを待っていたが、日に日に雰囲気が変わっていく彼女を黙って見ているだけしかしなかった。

 

「〜〜〜ああもう!なぜこの私がここまで気にしなければならないのよ!!」

 

 悪態をつきながらもウララに追いつこうと急いで準備を始めるキングは、心のざわめきを無視するかのようにウララの後を追い掛けるのだった。

 

 練習場に到着したキングは、慣れないダートコースの感触に戸惑いつつウララの元へゆっくり歩を進める。既にウララは額に大量の汗を掻きながらダートを駆けていた。

 ウララの練習風景に思わず足を止め、彼女の走りに目を奪われる。

 

 キングはまるで大きなレース本番のように自分を追い込み、鬼気迫る表情で走る彼女に思わず寒気が走る。

 ウララとは何度か一緒に併走したことがあるが、速さはともかくここまで迫力を出して走っていた事はない。

 寧ろただ一緒に走れて嬉しいと、終始ニコニコしながら走っていたことが一番印象深い。

 

 ここまで彼女が変貌した理由が何かあるはずだ。結局キングはウララが一人黙々とトレーニングしている姿に声を掛けることができず、その理由をただひたすら考えていた。

 

 その日の夜、門限ギリギリに帰ってきたウララが、疲れ果てた様子でベッドに飛び込み、そのまま夢の中に飛び立とうする彼女にとうとうキングが話を持ち出した。

 

「ウララさん?少しお時間よろしいかしら?」

 

「んー?どうしたのぉキングちゃん?」

 

 練習疲れからか、既に半分程意識が飛んでいるように見える。そんなことはお構いなしとキングはウララに詰め寄った。

 

「ウララさん?トレーニングを頑張るのはいいことですが、少々気負い過ぎではなくて?常に全力なんて身体が持ちませんよ?」

 

「んーん。そんなことないよ。ウララは遅いからたくさんトレーニングしないと……」

 

「私から見てもウララさんは明らかに無理をしていますわ!いくらウララさんの身体が丈夫とはいえ、このままだといずれどこか怪我をしますわ!」

 

「……それでも頑張らないと。次は絶対勝つって決めたから……次のレースで……勝たないと……間に合わない。サブトレーナーが……見てくれなくな……る……か……ら……」

 

「えっ?ちょっとウララさん!?」

 

 キングが問い詰める前に完全に意識を失いスヤスヤと眠りに入るウララ。色々と聞きたいことが聞けず、モヤモヤする感情をグッと我慢し、ウララにそっと毛布を被せ、自分も就寝の準備に入る。

 

 ウララがここまで追い詰められている理由。きっと最後に呟いた人物が関わっている。そう確信しながら、キングの心中は不安に押し潰され、中々寝付けない夜を過ごすのだった。

 

 翌日、いつもより遅く起床したキングは、既に寮を出てトレーニングに向かったルームメイトの空になったベッドをしばらく眺め、登校の準備を行う。

 

 昨日の夜から継続して襲ってくる不安が、学園に近付くごとに強くなってくる。とうとう校門まで到着し、いつものように登校してくるウマ娘たちに挨拶をしている彼の様子をじっと伺う。

 

 いつもより顔がやつれている。どことなく元気がない。最近まともに会話をしていなかったせいか、しっかりと彼の顔を見る機会がなかった。しばらくじっと彼の顔を観察していると、こちらに気付いたのか彼もじっと見つめ返してきた。

 

 思わず顔を背け、急いでその場から脱出する。なぜそうしてしまったかは分からない。

 一つ言えるのは、これ以上彼の顔を見続けるのが辛い、キングはなぜそう思ったのか疑問を感じつつ、いつもより早い足取りで学園の中に向かって行った。

 

 一日中心のモヤモヤが取れぬまま、気付けば下校の時間を迎えていた。大きく深呼吸を一度、二度と行い彼がいる部屋まで向かう。

 通い慣れた道の筈なのに、いつもより遠く、足取りも重い。

 途中、三女神像に熱心に祈っているウララの友達、ライスシャワーの姿を見つけたが、彼女に近付くにつれ空気が重く、息苦しい。嫌な汗が背中から流れ落ちる感触に気持ち悪さを感じつつ、早々にその場から立ち去った。

 

 いよいよ彼がいる部屋の前まで到着し、何かを感じる前に勢いよく扉を開けた。

 そうしなければ、ずっと扉の前で立ち往生してしまう気がしたから。

 私はキングだ。何を恐れる必要がある。彼女はいつものように自分を奮い立たせ、部屋の中を確認した。

 

 部屋の中に目的の人物はいた。だが、黒いゴミ袋に隠すように何かを詰め込んでいるのに集中しており、こちらに気付いていない。

 

「何してますの?」

 

「うお!?び、びっくりした〜。突然なんだよキング。心臓に悪いだろ!」

 

「あら、それはごめんなさい。あなたがコソコソと変なことしているのが気になってね」

 

「い、いや。別に怪しいことなんてしてないって。ただゴミ掃除していただけだし……」

 

「ふーん……ならその袋の中を見ても何も問題ないわよね?ただのゴミなんでしょ?」

 

「いやっ、ちょ、待って待って!!」

 

 見るからに慌てている彼の言葉を無視し、隠そうとしていた黒い袋を強引に奪い取り、力の限り袋を破り捨てる。

 

 バサッと中から落ちてきたのは、血だらけになったシャツにタオル。遅れて部屋の中を舞い散る赤いティッシュペーパーと紙吹雪にキングの思考は停止する。

 彼はしまったと気まずそうに顔を背け、沈黙が部屋を支配する。

 

「なによ……これ……」

 

「……」

 

「ちょっとあなた!!なによこれは!!」

 

 堪らず叫び散らすキングの悲痛な声が部屋全体に響き渡る。彼女の鋭く睨み付ける視線に、まるで親に怒られたかのように縮こまる彼は、黙って床に散らばった袋の中身を片付けようとする。

 

「ちょっと!何とか言いなさい!!これはなによ!?

これは……あなたのなの?」

 

「ああ、そうだ……」

 

「そう……。それで……大丈夫なの?」

 

「……」

 

「……そっか。そういうことだったのね」

 

 やっとウララがあんなに自分を追い詰めていた原因が分かった。恐らく彼女も知ったのだろう。彼の秘密を、誰にも知られたくなかった秘密を。

 だからあんなに必死だったのだ。頑張って頑張って、何とか勝利を掴んで彼に最後の恩返しをしたい。

 

 ありがとうという想いを形に残したい。今まで勝負に拘らなかった彼女が初めて追い求め、欲した勝利を彼に届けたい。その想いが今の彼女の原動力なのだ。

 

「分かったわ……もう何も聞かない……

いえ、一つだけ聞かせなさい。あなたは……もう満足したの?」

 

「するわけないだろ!!こんなんじゃ……満足できねえよ!!」

 

「そう。なら最後までその目で見届けなさい。私が!!このキングが!!ウマ娘の頂点を、可能性を、あなたに見せてあげるわ!!だから……それまでは勝手に逝くんじゃないわよ!!」

 

「!!ああ、約束する」

 

 彼の返事に、今まで見せたことがない慈愛に満ちた表情で彼の手を握る。まだ体温を感じるその手がいつ冷たくなるか分からない。

 でも、彼と約束したのだ。ならばキングたる自分が約束を違えるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何をそんな心配な目で見ているの?このキングが約束を破る訳ないじゃない。確かにライバルは強敵ばかり。私と同じ王の名を持つウマ娘もいる。

 でもそれがどうかしたの?キングはこの世に一人だけ。そう、この私、キングヘイローが真の王者なのよ!!

 

 だからあなたは安心して私だけを見てなさい。あなたの無念は私が晴らしてあげる。全部終わったその後に……ちゃんと泣いてあげるから……




誤字報告ありがとうごさいます!

ウマ娘視点を書き終わると胸に穴が空いたような気分になるのはなぜでしょう?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(サブトレ視点)

消灯時間が過ぎたので初ウマぴょいです



 風呂に入り一日の疲れを癒やし、なんとなく体重計の上に乗ってみる。……どうやらダイエットに成功していたようだ。痩せたいなんて思ったことすらないのに、勝手に減っていく俺の体重。スゴイね人体。

 

 バカなことを言いつつ、いつもよりも多めに用意した夕飯を無理矢理腹の中に押し込んでいく。忙しさも相まって、最近食事をまともに取っていなかった反動が、目に見えて身体に表れてきてしまった。

 

 この大切な時期に身体を壊してしまっては先輩たちやウマ娘たちにも迷惑を掛けてしまう。俺自身も楽しみにしているURAファイナルズが体調不良で見られなくなるなど、ファンの一人としてこれ程悲しいことはない。

 何とかして身体の調子を取り戻さなければ。スペやオグリならペロリと平らげる量の夕食を、胃袋が悲鳴をあげているのを感じつつ、どうにか全て体の中に入れることに成功した。

 

 もう動けない……パンパンに膨れ上がったお腹を擦りながら少しずつベッドの方へ転がって行く。途中食べた物が逆流しそうになるのを必死に食い止め、どうにかベッドまで身体を持って行くと、気持ち悪さを誤魔化すように必死に夢の中に旅立とうとするのだった。

 

 翌日、まだ全て消化しきれていない腹の気持ち悪さに四苦八苦しながら学園まで向かう。未だ吐き気が伴い冷や汗が流れ出る身体に、本来なら冷たく感じる秋風が妙に心地よい。

 

 学園に到着した頃には多少なりとも体調が回復し、いつも通り先に掃除を始めているたづなさんに挨拶をして俺も掃除を手伝おうとした所でこちらを見つめる視線を感じた。

 

「サブトレーナーさん。あの、顔色が優れないようですがお身体の調子は大丈夫ですか?」

 

「えっ?あぁ、ちょっと昨日の夜食べ過ぎてしまって……胃もたれ気味なだけで仕事に支障はないですよ」

 

「まあ!?あまり無茶をしないでくださいね?サブトレーナーさんが体調を崩したと知ったら、あなたを慕っている生徒たちが悲しみますよ?

……もちろん私もですけど」

 

「ははっ、昔から身体が丈夫なことだけが唯一の自慢ですからそうそう倒れたりはしませんよ。でもたづなさんが看病してくれるならそれでもいいかなぁ……な、なーんて」

 

「もう!冗談が過ぎますよ!倒れる前にちゃんと私が看病しますからそんなことはさせません!」

 

 冗談交じりにウインクを決めながら俺をからかってくるトレセン学園の女神様。もう少し俺が年を取っていたならば、間違いなく今すぐ交際を申し込んでいただろう。

 だが残念ながら俺の事は弟のようにしか思っていない現状だと断られるのは目に見えている。いつか男らしい所を見せて印象を変えていかなければ。そんなことを考えながら、生徒たちの登校を待っているのだった。

 

 今日も元気よく登校してくる生徒たち。だが、最近妙に視線を感じることがある。いや、挨拶しているのだから視線を感じるのは当たり前なのだが、何というか、こちらを観察しているような、様子を伺っているような、どことなく居心地の悪さを感じてしまう。

 

 現に今も視線を感じており、恐る恐る視線の先を確認すると、俺の先生でもある”キングヘイロー”がこちらを睨み付けるように佇んでいた。

 いつもなら高笑いしながら挨拶をしてくるというのに、今日は俺をじっと見つめるだけで微動だにしない。

 

 なんだ?キングを怒らせるような事したっけか?前に一着を取ったレースでもちゃんと率先してキングコールを大合唱したし、こっそり内緒で毎回応援に来てるキングのお母さまのこともバレていないはずだ。

 

 まさか!?同士デジタルに依頼した”スカイ✕キング本”がバレたか!?いや、デジタルがそんなミスをするとは思えない。今まで何十冊と俺の要望をバレずに叶えてくれた同士であり盟友だ。今回も無事に依頼を完遂してくれているに違いない。

 

 考えても原因が分からない。仕方ない、こういう時は申し訳無さそうな表情で反省の色を見せた方が都合がいい。とりあえず反省してますと態度を示していれば、大抵の事は穏便に解決できるのだ。

 

 ごめんなさいと特に謝る理由もなく反省の色を出しながらキングを見つめていると、彼女は一目散に駆け出し学園の中に姿を消してしまった。

 どうやらオレの謝罪スキルがまた一歩成長したようだ。キングに文句を言われることもなく、何とかこの場を凌ぐことが出来た。

 

 他にも視線を感じたような気もしたが、キングに気を張りすぎて勘違いしただけだろう。その後は特に問題なく朝の挨拶も終わり、生徒たちの後を追うように自分の持ち場へと向かうのだった。

 

 授業の終わりを告げるチャイムが学園中に鳴り響いている頃、俺は感謝祭で使った小道具の片付けをしながらある一人の来客も待っていた。

 この日を待っていたからこそ、どれだけ残業しようが、ウマ娘たちからイジられようが、耐えれたと言っても過言ではない。待ち合わせの時間に近付くにつれ、心臓が激しく高鳴るのを抑えきれず、何度もドアの方へと顔を向ける。

 昔親から買ってもらったゲームを、帰りの車の中で説明書を読む子供のように、ワクワクしながら待ち人を待っていると、遂にドアの方からノック音が部屋の中に木霊する。

 

「しつれいします〜。サブトレーナーさーん?いますか〜?」

 

「おお!待ってたぞデジタル!!さあ、早くこちらに来たまえ!」

 

「も〜サブトレーナーさんってば掛かり過ぎですよ!そんなに焦らなくてもウマ娘ちゃんたちは逃げないですよ」

 

「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと興奮し過ぎたな」

 

 俺が今日一日待ち望んでいた人物、ウマ娘大好きウマ娘こと”アグネスデジタル”が大きなカバンを引っ提げ扉から現れる。既にその顔は俺と同じく、ニヤケきった顔を我慢できずにいた。

 

「ではでは、さっそく今回の依頼品をお渡ししましょう。いや〜サブトレーナーさんのお陰でインスピレーションがどんどん湧いてきましたよ〜」

 

「いやいや、俺にはデジタルみたいに形に残すなんてことは出来ないからな。デジタルのお陰で俺も楽しむことができるし、お礼を言うのはこっちの方だよ」

 

 お互いに謙遜し合いつつ、デジタルがカバンの中から二冊の本を取り出した。これこそ、俺が依頼し待ち望んでいたもの!!

 ”ウララ✕ライス”と”スカイ✕キング”の尊み画集だ。デジタルと俺が実際に見た光景や、俺たちの妄想を現実にした、ファンなら尊死してもおかしくない一品。それが今、俺の手に一冊ずつ手渡された。

 感動で震えが止まらない。書いた本人も既にヨダレを垂らしヘブン状態だ。だがここで注意するのは野暮というもの。俺たちはしばらくの間、二人しかいない空間でデジタル渾身の出来を確認しながら感傷に浸っていた。

 

 どれほどの時が経ったのか、時間が過ぎるのを忘れる程熱中していた俺たちは、次の作品について討論を始めた。

 

「今まで俺の要望ばっかり叶えてくれたし、次はデジタル最推しの”オペラオー✕ドトウの画集にしよう!何とか二人だけの空間を作って、いいシーンが撮れるようにセッティングするから」

 

「ほっ、ほんとですか〜!?はぁ〜〜〜想像しただけで眼福ぅぅ!!」

 

 まだ実際に見てないというのに既にトリップしているデジタル。でも気持ちは痛いほど分かる。二人の関係は一言では言い表すことは出来ない。

 オペラオーは、デジタルのような特殊な性癖を持った子にも優しくしてくれるし、ドトウにとってはライバルであり理想のウマ娘だ。デジタルが興奮しても仕方がないだろう。

 

「そうだ!どうせなら二人の間に態と俺が間に入って二人の関係をイジって反応を見るっていうのはどうだ?」

 

「ガッ……ガイアッッッ!!」

 

「えっ!?おっ、おう!?

 ガイアって誰だ……?

 

「アグネスデジタルさんはウマ娘ちゃんたちの悲しんでる顔は見たくないのです!!大好きな推しがしょんぼりしてたら悲しいもん!」

 

「デ、デジタル……すまない。俺が悪かった。俺はもう少しで取り返しのつかないことをする所だった……」

 

「ううん、大丈夫ですよサブトレーナーさん。誰にだって間違いはありますから」

 

 とんでもない過ちを侵す所だった俺を未然に食い止めるだけでなく、その罪を許してくれる彼女の表情は、本当にウマ娘を愛していることが分かる程に慈愛に満ちていた。

 口から流れ出る彼女のエキスがキラキラと輝きを放ちながら床に落ちていく。心の中で後で掃除するのは俺なんだけどなぁと愚痴を一つ零すが胸に秘めておく。

 

「ではサブトレーナーさん。私はそろそろウマ娘ちゃんたちの所に戻りますね」

 

「ああ!時間取らせて悪かったな。また何かいいシーンを見かけたら報告するよ」

 

「是非お願いします〜!!

……あっ!もう一つサブトレーナーさんに渡すものがありました。たくさんコピーしたのでよかったらどうぞ〜」

 

「??あ、あぁ、ありがとう。デジタルもトレーニング頑張れよ!」

 

 口元をハンカチで拭きながら部屋を出ていくデジタル。渡された一枚の紙は裏側のようで、薄っすらと何か書かれているのは分かるが、こちらからでは何なのかよく分からない。

 

 意を決して紙を反対にすると、そこにはデカデカと俺と沖野トレーナーが仲良く肩を組んでいる一枚絵が描かれていた。

 それだけなら特に問題は無かった。だがこの絵には違和感しか感じない。

 何だこの気持ち悪さは?何だこの違和感は?

 嫌悪感が酷い。吐き気が止まらない。

 デジタルはどうしてこんなテロ紛いのことをしやがったのか……

 

 オッサン二人がウマ娘と同じ耳と尻尾を生やし、いい笑顔で肩を組んでいる。

 

 しばらく汚物を眺めた後、念入りに何回も破りゴミ袋の中に詰めていく。二度とこの世にでないように願いを込めて。

 いや、そういえばデジタルのやつたくさんコピーしたとか言っていたな。

 湧き上がる怒りを抑えつつ、まだ片付いていない部屋の掃除を始める。無駄にゴミが増えてしまったが丁度いい。俺はなるべく早く先ほどの記憶を消し去るように掃除に取り掛かるのだった。

 

 ようやく感謝祭で使った道具を全て片付け終わったが、一つ気になることを見つけてしまった。確かお化け屋敷用に作った血塗れTシャツは三着あった筈だ。それなのに今ここにあるのは二着しかない。

 

 はて?誰かまだ持っているのか?別に無くなっても困ることはないのだが、三着のうちのどれかに俺の血が付着しているのがある。

 小道具を作っている最中、思わず指先を切ってしまい、近くにティッシュが無かったので、既に作り終わっていた血塗れTシャツで拭いてしまったのだ。

 

 幸い、そこまで血は出なかったため、少ししかTシャツに付着していないが、それでも自分の血が付いたかもしれないシャツが無くなるなど、少しばかり嫌な気分になる。

 まあその内どこかで見つかるだろう。あまり気にしないことにして、二着の血塗れTシャツと血のりが付いたティッシュをゴミ袋の中に詰めていった。

 

 

「何してますの?」

 

「うお!?び、びっくりした〜。突然なんだよキング。心臓に悪いだろ!」

 

「あら、それはごめんなさい。あなたがコソコソと変なことしているのが気になってね」

 

「い、いや。別に怪しいことなんてしてないって。ただゴミ掃除していただけだし……」

 

「ふーん……ならその袋の中を見ても何も問題ないわよね?ただのゴミなんでしょ?」

 

「いやっ、ちょ、待って待って!!」

 

 いつの間に部屋の中にいたのか。キングがなぜかこちらを疑うような目で見つめ、持っていたゴミ袋を目にも留まらぬ速さで奪い取る。

 ま、まずい。あの恥ずかしい絵を見られたらキングのことだ。

「あなた……そんな趣味がありましたの!?気持ち悪い!二度と近づかないで!!」とか言うに決まってる。俺だったら絶対言うし!

 何とかして阻止せねば……だが、俺の想い虚しくキングは勢いよくゴミ袋を破り、中から破り捨てた一枚絵がヒラヒラと部屋を漂っている。

 

「なによ……これ……」

 

「……」

 

「ちょっとあなた!!なによこれは!!」

 

 ウマ娘の視力すげえな。まだ空中を彷徨っている紙くずでもしっかり中身を把握できるなんて……

 というかキングさん、そこまで怒ることはないんじゃないの?確かに気持ち悪かったのは分かるが……

 

「ちょっと!何とか言いなさい!!これはなによ!?

これは……あなたのなの?」

 

「ああ、そうだ……」

 

「そう……。それで……大丈夫なの?」

 

「……」

 

「……そっか。そういうことだったのね」

 

 そりゃあデジタルから貰ったものだしこれは俺のもので俺の絵だ。さすがに誤魔化すことはできない。大丈夫と心配されても、大丈夫な訳がない。もう俺の精神はボロボロだよ。

 でもなぜか怒りが収まってきているキングは一人納得している。もしや、俺が描いたものではないと分かってくれたのでは?

 

「分かったわ……もう何も聞かない……

いえ、一つだけ聞かせなさい。あなたは……もう満足したの?」

 

「するわけないだろ!!こんなんじゃ……満足できねえよ!!」

 

「そう。なら最後までその目で見届けなさい。私が!!このキングが!!ウマ娘の頂点を、可能性を、あなたに見せてあげるわ!!だから……それまでは勝手にイクんじゃないわよ!!」

 

「!!ああ、約束する」

 

 キングの問いについ本音が出てしまった。意味はよく分からなかったが、まだこの程度でウマ娘たちの尊い姿に満足するはずがない。彼女たちの魅力はまだまだ無限大に広がっているのだ。だから俺は、ウマ娘たちの可能性をどこまでも追い求める!

 

 でもキングさん……年頃の女の子がイクなんて言わない方が……意外とキングっておませさんなのかな?

キングの自信溢れる言葉に思わず約束してしまったが、これから性欲の発散する時は報告しろってことか?

 

 もう部屋から出て行ってしまった彼女にもう一度聞く勇気は当然あるはずもなく、俺は散らばったゴミを渋々片付けるのだった。




リハビリ以外はひたすらベッドで寝るだけ
もう気が狂うほど暇なんじゃ

というわけで身体の様子を見ながら投稿を再開します

活動報告などでメッセージを下さり、心配してくださった皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。
温かい言葉がリハビリや執筆の励みになりました。
これからもよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話(ウマ娘視点)


マイル因子が出ないので初ウマぴょいです



『あら?あなたは……ふ〜ん、サブトレーナーねえ。ふふっ、そんなに緊張しなくていいわよ。お姉さんが優しく教えてア・ゲ・ル』

 

『ハァイ、サブトレーナーくん。今日もあたしの体調はバッチグーよ!……ちょっと!なんで笑ってるのよ〜!』

 

『見てみてサブトレーナーくん!

はいっ、”だっちゅーの” うふふっ、今流行りのギャグなんでしょう?……え?とっくにブームは終わったの!?うそっ!?』

 

『うーん……あっ!丁度いい所に!サブトレーナーくん!これの意味分かるかしら?お友達からメール来たんだけど、内容がめちゃくちゃで何言ってるのか全然分からないのよ〜。

……えっ?縦読み?……あっ、ほんとだ!へえ〜今はこんなのも流行ってるんだ〜。また一つ最先端の流行を取り入れることができたわ!ありがとっ!』

 

『ねえ、サブトレーナーくん。あたしとデートしない?ちょっと!何も企んでないわよ!なぜかみんな遠慮しちゃって誰も来てくれないのよ!

え?どこにって?勿論あたしのタッちゃんでドライブに決まって……あれ〜?せっかくお姉さんが誘ってるのにどうして逃げるのかな〜?

こらっ!ジタバタしないの!トキメキとドキドキは保証するから二人で楽しみましょ!』

 

 

 

 

 

 ただ楽しかった。レースで勝った時と同じくらい胸がドキドキして、この高鳴りが気付かれないように君をからかう。

 よく男性からの視線を感じることは多いけれど、君からの視線は不思議と嫌悪感はない。君はバレてないと思ってるみたいだけど、女の子は視線に敏感なんだからね?

 

 自由に走って、楽しくトレーニングして、親友やカワイイ後輩たちと過ごす日常が好きだった。

 いつからか、君もあたしの日常に入り込んでいて、今では君と過ごす日々は当たり前になっていた。

 

 まだトレーナーじゃない君は、毎日色んなチームに顔を出してあたしたちのサポートをしている。トレーナーから指導を受けている時の君はとても真剣な表情で、あたしと話をしている時とはまるで別人みたいに。

 ちょっとからかってみたり、あたしなりにアドバイスをしたら真面目に聞いてくれる顔も好きだけど、一番はやっぱりあたしがレースで一着を取った時に見せてくれる子供っぽい笑顔。

 

 君の喜んでくれる笑顔が見たくて、あたしはレースで結果を出し続けた。また一つ走る楽しさを見つけたお陰で、トレーニングもレースも、今までよりもずっと楽しむことが出来た。

 

 だからあたしは、日に日に強くなる想いをトレーナーであるおハナさんと理事長にぶつけることにした。

 

『将来彼がトレーナーになったら、彼のチームに入りたい』

 

 未だにおハナさんと理事長の驚く顔を憶えている。たづなさんは苦笑いをしながら、やっぱりねという顔をしていたのは、長年の付き合いから何となく予想していたんでしょうね。

 今まで育ててくれたおハナさんには、恩を仇で返すようなことをして申し訳ない気持ちがあるけど、この気持ちに嘘を付くことはできない。あたしは二人に頭を下げて自分の気持ちを正直に伝えた。

 

 そんなあたしのワガママを、二人は意外にもすぐに認めてくれた。今までの功績を考慮してくれたのか、彼がトレーナーになるまではこれまで通りチームリギルの一員として残ることになり、二人にもう一度深く頭を下げお礼を言う。

 

 その日のトレーニング後、おハナさんから彼に話をしたらしい。直接あたしは聞いていないので、どういう言葉を彼に言ったか知らないけど、今まで見たことがない真剣な表情で「もう少しだけ待っていて欲しい」とお願いされた時は、つい見惚れてしまった。

 あんまりお姉さんを待たせると、どっかに行っちゃうぞ!と照れを隠すようにからかいの言葉を言ってしまったのは、初めて君の事を男らしいと意識してしまったからではない。きっと多分。

 

 弟みたいな存在が、いつの間にか立派に成長したのはどこか寂しいような、嬉しいような複雑な気分になる。

 でもそんな男らしいと感じた表情は、おハナさんから書類のミスを指摘されて直ぐにいつもの人懐っこい顔に戻っていた。

 すみませんとベコペコ謝る君の顔を見て、まだまだあたしがフォローしてあげなきゃダメねと、心のどこかで安心していることを無視してまた彼を弄り倒す。

 

 しばらくはこの関係がいい。変に気を使わず、自由に楽しく走ってたまに彼をからかう、この日常を大切にしたい。

 

 それからも毎日が充実した学園生活を送ることが出来た。毎年新しく入ってくる初々しい後輩ちゃんたちに鼻の下を伸ばしてる彼を威嚇したり、親友でもありライバルでもあるルドルフをいつの間にかスカウトしていたことを問い詰めたりと、あっという間に年月が過ぎていく。

 

 いつか君がトレーナーになってチームを作っても、きっと今まで通り楽しい日常が待っている。あたしはそう信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 だから君が苦しんでいるのに気付いてあげられなかった自分自身が腹立たしい。

 あたしが君を支えているなどと自惚れていたことが許せない。

 一体あたしは何をしていた!!結局彼に甘えていただけじゃないの!!

 

 ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!

 

 一人で全部抱えて怖かったわよね……。

 もう大丈夫よ。お姉さんが側にいるから。

 だから安心して。今度こそ、あなたを支え続けると約束するから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園内でも屈指の実力者を有するチームリギル。もうすぐ開催されるURAファイナルズに向け、各ウマ娘たちが今日も厳しいトレーニングに励んでいた。

 

 リギルのトレーナーである東条ハナは無言でチームメンバーの練習風景を観察し、その視線は険しい。

 段々と厳しさを増しているはずの気温が、彼女たちの必死さでこれから冬を迎えるのがウソのように熱気に包まれている。

 

 そんな中で、マルゼンスキーは普段と違う雰囲気でトレーニングを行う一人のウマ娘をじっと見つめていた。

 何度も重賞で勝利を重ね、コンディション調整は幾度も経験しているはずの彼女、シンボリルドルフがレース本番さながらの威圧感を放ち、トレーニングに励んでいる。

 

 マルゼンスキーのような実力者ならば耐えうる圧ではあるが、並のウマ娘ならばまず萎縮してしまう程の圧に、チームメンバーは思わずルドルフの方へ視線を向ける。

 トレーナーである東条ハナもルドルフの様子に気付き、すかさず声を掛ける。二人でしばらく話をして、徐々にルドルフから圧が消えていく。

 ルドルフからの重圧から解放されたチームメンバーは、まるで最初から何もなかったかのように続々とトレーニングを再開していく。

 

 その中で黙々とトレーニングに励むウマ娘、グラスワンダーに気付いたのは誰一人といなかったのだが……

 

 その日のトレーニング終了後、マルゼンスキーとシンボリルドルフは誰もいなくなったターフの上をゆっくりと歩いて行く。

 いつも駆けている場所を、改めて踏み締めるように芝の上を歩く彼女たちの心情は、歴戦の猛者と呼ぶに相応しい二人にしか分からないだろう。

 

「それで?いつもクールなあなたにしては珍しいわね。何かチョベリバなことでもあったの?」

 

「……いやなに、私にだって気が張る日くらいあるさ」

 

「ふふっ。ルドルフは昔から嘘が下手ね。彼と同じくらい分かりやすいわよ」

 

「それは……あまり嬉しいことではないな」

 

 観念したように苦笑いをしながら答えるルドルフだが、彼に似ている所があると指摘された彼女の尻尾は嬉しさを隠しきれていない。

 それをマルゼンスキーはからかおうとは思わない。なぜなら、もし逆の立場ならきっと彼女のように嬉しさが隠せないから。

 

「ねえ、ルドルフ?あなたが思い悩んでいることがあたしに関係ないことならこうして無理に聞かないわ。

でも彼に関してなら話は別よ?あなたがここまで思い詰めるのは彼の事以外ありえない。

それに、あたしたちはまだ二人だけの彼のチームメンバーでしょう?だからあたしにも協力させて!!」

 

「……」

 

 マルゼンスキーの強い想いにルドルフは頭の中で問答を繰り返す。彼の秘密を話していいのか。彼女まで辛い真実を知ってしまってもいいのかと。

 ルドルフの懸念は既にマルゼンスキーが理解しているかのように、じっとルドルフの顔から視線を逸らさない。例えどんなことを言われようと、全てを受け入れる覚悟がある。マルゼンスキーの表情はそう言っているように思えた。

 

「……私のせいで……彼は命を落とすかもしれないんだ!!」

 

「っ!?ど、どういうこと!?」

 

 ルドルフの思いがけない返答に、さすがに予想できなかったマルゼンスキーは驚愕の表情を浮かべ詳しく事情を聞こうとする。

 

 3年程前から、彼は病に侵され体調を崩し始めた。それをいち早く見つけた学園側は治療法を捜し、フランスの病院なら彼を助けられるかもしれないと可能性を見つけることができた。

 でも彼は私たちのことを何よりも大事に考え、自分の身体の事は後回しにしてずっと私達に尽くしてくれた。

 不甲斐ない私のせいで、彼に甘え過ぎた私のせいで彼の寿命を奪ってしまったと。

 

 悲しみと自分への怒りに身体を震わせながら語るルドルフに、マルゼンスキーは一通り話を聞いた後にそっと彼女を抱きしめる。

 ルドルフは嫌がる素振りを見せず、彼女の優しさを受け止め、二人はターフの上でしばらくお互いを抱きしめ合い続けた。声に出さずとも聞こえてくる悲しみはどちらからなのか、はたまた両方からなのか、それは彼女たちでしか分からない。

 

「……ごめんねルドルフ。辛かったでしょう。ごめんね力に成れなくて。ごめんね……」

 

「……違う!これは私への罰なんだ。彼に甘え続けた報いなんだ。

だから私は、彼に後顧の憂いを断って治療に専念して欲しいんだ。もう私は大丈夫だからと、彼が安心して向こうに行けるように」

 

「そっか……でもねルドルフ。あなたは一つだけ間違っているわ。あなた一人だけ頑張っても、心配性の彼はきっと無茶をするに決まってる。だから、あたしにも協力させてよね!あたしたち、二人だけのチームメイトでしょう?」

 

「ふっ……そうだな。私達なら彼を安心させることが出来るか……

力を貸してくれるか?マルゼンスキー!」

 

「がってん承知の助!心配ばっかり掛ける彼にあたしたちの力を見せて、全員ぶち抜いてあげましょ!」

 

 ようやく抱き合っていた二人が離れると、先ほどまで垂れていた耳と尻尾も元気になり、いつもの笑顔を取り戻した二人。口には出さずとも心の中で感謝をしているのはお互いに感じ取っていた。

 ライバルであり親友。彼女たちはもう何も言わずとも理解出来る信頼関係がある。

 無言でその場を後にする二人だったが、決して気まずいということはなく、お互いに一つの決意を秘め、皇帝と怪物はさらなる飛躍を誓うのだった。

 

 他のウマ娘とは違い、近くに家を借りて生活しているマルゼンスキーは、心身共に疲れた身体を癒そうと風呂に入る準備に取り掛かる。

 だがふと自分の携帯を見ると、メッセージが届いていた。

 差出人は……まだ会う心の準備が出来ていない彼からだ。

 まるで先ほどの会話を聴いていたかのようなタイミングに思わず心臓が掴まれるような錯覚に陥る。

 ゆっくりとボタンを押し、メッセージ内容を一文字一文字見間違えないように確認していく。

 

 だが、マルゼンスキーは受信したメッセージを理解できないでいた。一応意味は分かる。でも自分宛に送った内容にしては意味が分からない。

 しばらくメッセージを眺めるが、何て返答すればいいか分からない。いっそのこと電話で聞いてみるか。

 

 彼の番号を携帯の電話帳から捜そうとしたその時、先ほどのメッセージに違和感を持つ。

 

(な、なに?今なにか見えたような……)

 

 もう一度よくメッセージを眺めていく。もしかしたら、本文の内容に意味はないのでは?マルゼンスキーは頭の知識を総動員させて解読に挑む。

 

(……あっ……)

 

 そして見つけてしまった彼の本当のメッセージ。彼女は頭よりも先に体が動き、彼の所へ走り出す。

 誰もいなくなった部屋の真ん中で、光を放ちながら持ち主の帰りを持つ。その光の向こう側は彼が初めて彼女に溢した弱音が写し出されていた。

 

 

 

   『もっと早く行かないとすぐに

    うり切れちゃうぞ。

    つぎに出るのなんていつか分からないんだし

    かえる時にかっておかないと。俺も生徒の

    れんしゅう見ないといけないし代わりに

    たのんだぞ!』

 

 

 

 いつもより呼吸が荒い。走っているせいか?違う!彼が苦しんでいるのに今まで助けてあげられなかった事実が彼女を苦しめる。

 まだ学園に残っているはずだ。道路を走っている車を余裕で抜き去りながら彼の元へと急ぐ。

 

 ノックすらせずに彼がいる部屋を力尽くにトビラを開けた。だが、お目当ての人物はそこにはいない。まだ彼のカバンが置かれているので学園内のどこかにいるはずだ。

 マルゼンスキーは彼が居そうな場所を手当り次第訪れ、最後に残った屋上へと足を運ぶ。

 

 静かに屋上のトビラを開けると、そこには満天の星空の下で学園を見下ろす彼の姿が。背中しか見えないその格好は儚く、今にも壊れそうで、このまま消えてしまうのではと錯覚しそうになる。

 

 ゆっくりと彼の側に近付き、そっと彼の背中と自分の背中をくっつけ合わせた。彼は一度だけこちらを見たが、またすぐに視線を戻し、今度は空を見上げている。

 

 少しずつ身体を彼の方に寄せていき、体重を掛けていくが、何も言わずとも彼はしっかりと支えてくれた。それがマルゼンスキーにとって何より嬉しかった。言葉を掛けなくても自分が望んだことをしてくれる、そんな事実が。

 

「もお!あんまりお姉さんを心配させないでよね!」

 

「あ、ああ、ごめんごめん。でもよくここにいるって分かったな?」

 

「当然よ?だってあなたのウマ娘なんだから!」

 

 本当はあちこち捜したことを彼に言わなかった。その理由は彼女すらもよく分からない。

 

 しばらく二人で空を見上げながらきれいに浮かぶ星たちと半分に欠けた月を眺め、二人だけで月見を愉しむ。会話はほとんどない。でもこのかけがえのない時間は、まるで一着を取った時と同じくらいドキドキしている。

 

 まだずっとこうしていたい。だが時間は有限だ。マルゼンスキーは勇気を振り絞り、そのままの体制で彼の手を握りしめて想いを伝える。

 

「一人で苦しかったわよね?もう大丈夫よ。あたしが側にいてあげるから。心配しないで」

 

「……」

 

 彼は何も話さない。だが彼の手が少し強く握り返してきたことが返事だったのだろう。マルゼンスキーも更に握る手の力を強める。

 

「実はあたしも初めての重賞レースは怖かったの。もうすぐ出走だっていうのに初めて脚が動かなかった。

そんな時に君がおハナさんに怒られながらあたしを励まそうとしている姿を見て思いっきり笑ったの。そしたら震えも止まって脚が動くようになった。

だから今度はあたしが助ける番。怖くても、誰かが側に居てくれるだけできっと力になるから!」

 

 マルゼンスキーは背中合わせの格好でよかったと思っていた。もし正面を向いていたら、彼に泣き顔を見られていたから。力になるって言ったばかりなのに、自分が悲しんでてどうするのか。それでも流れ落ちる涙はしばらく止まってくれそうにない。だから、もう少しだけこのままで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日からまた楽しく頑張るから。最後まで一緒に楽しんで、君だけのあたしとルドルフが証明してあげる。君のお陰で強くなったよって。だからあなたも生きることを諦めずに、これからもあたしたちの側にいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空が二人を照らす中、それを見上げる様に佇む女神像。彼女の願いは届いているのか、それは三女神像にしか分からない。




新キャラが実装し、ガチャを引いて新しい子がすり抜けて加入し、ストーリーを見て脳とプロットが破壊され、話数がどんどん増えていく

もう、ゴールしてもいいよね?(チラッ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間2(前半)

相変わらずビンゴがクソなので初ウマぴょいです

いつも誤字報告ありがとうございます!
たまには誤字なしで投稿したい……

今回は前後に分けて投稿します
続きはまた今度



 なぜこんなことになってしまったのだろうか。男は今の現状に頭を抱えているが、目の前にいる三人のウマ娘の笑顔が彼を更に追い詰める。

 

 彼女たちが持つ美貌も相まって、三人の笑みは男なら誰もが魅了されるのは間違いない。だがそれは唯一人の例外を除いての話である。

 

 実際に目の前で縮こまっている彼には威嚇しているようにしか思えなかった。

 彼自身は彼女たちに何か粗相をした記憶はない。それは当たり前だろう。実際に彼は何もしていないのだから。

 

 彼女たちは何もしなかった彼に対して機嫌を損ねているのだ。故に彼は気付けない。

 だから彼はただ時間が解決してくれるの待つしかない。それが最善の方法ではないと理解していながら……

 

 

 

 

 

 

 先日の快晴がウソのように曇り空が空一面支配している。いつ土砂降りになってもおかしくない。そんなコンディションの中でもチームリギルのメンバーはターフ上で念入りに柔軟を行っている。

 いつもより気合が感じられるのはレースが近いからか、はたまた彼がいるからか。

 

「おはよっ、サブトレーナーくん!今日も一日、アクセル全開で飛ばすわよ!」

 

「おはようマルゼン。今日はよろしくな!」

 

 彼、サブトレーナーに話掛けたのはマルゼンスキー。周りのウマ娘たちが挨拶をするタイミングを伺っていたことなど気にすることもなく、彼に余裕綽々で近付き一番間近に陣取った。

 マルゼンスキーとサブトレーナーの仲の良さは他のウマ娘たちもよく知っている。トレーニング前によく彼をからかっている姿を見掛けるし、たまに二人でお出掛けをしていると聞いたことがある。

 

 しかし、リギルメンバー達はいつもの光景に違和感を覚える。なんというか、妙に距離感が近いのだ。

 確かに今までの二人の関係を考えれば別におかしいことではないのだが、マルゼンスキーが彼に接する態度が優しくなっている。

 

「ちゃんと朝ごはんは食べた?具合は悪くない?悪くなったらすぐあたしに言うのよ!」

 

「わ、分かったからちょっと落ち着け!みんな見てるから変に誤解されるだろ!」

 

 優しいというか過保護になったというのが正しいだろう。ほとんどのメンバーが二人の様子を観察しているというのに、マルゼンスキーだけは意に介さず彼のお世話をしようとしている。

 

「マルゼンスキー?そこまでにしといた方がいい。サブトレーナー君も困っているだろう?」

 

「もぅ!そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃなの〜!

……もしかしてあたしだけじゃなくてルドルフにもお世話してもらいたいのかな〜?」

 

「っ!?……サブトレーナー君?何か私にして欲しいことはないか?できる限りのことはすると約束しよう」

 

「あ、あぁ、できれば二人共すぐ俺の側から離れてくれ。エアグルーヴとブライアンの視線がヤバい。俺が二人を誑し込んでると勘違いしてるみたいだし」

 

 生徒会に所属する二人から殺気を飛ばされ、慌ててルドルフとマルゼンスキーに離れるように頼むサブトレーナー。

 渋々彼から距離を取る二人は不満顔を隠す様子などなかった。

 

 まるで親の仇の如くエアグルーヴとナリタブライアンの二人に睨まれ続けているサブトレーナーは、遠くからこちらに向かって歩いてくるトレーナーの姿を見つけると、一目散にその場から逃げ出し、トレーナーのもとに駆けて行った。

 

 リギルのメンバーはそんな彼の姿を見てクスクスと小さな笑みを浮かべている。情けなく走る後ろ姿はどこか愛おしく、憎めない。

 彼を睨みつけていた二人も、次第に苦笑いを浮かべやれやれと首を横に振る。

 

「フフッ。サブトレーナーさんとトレーニングするの久しぶりデェース。今日は楽しくなりそうデスね?」

 

「……」

 

「グ、グラス……?」

 

「……ええ。とっても楽しみですね〜エル?」

 

 彼に圧をかけていたのは二人だけではなかった。その事実を知っているのは自分だけだろうと、エルコンドルパサーは隣でにこやかに笑うグラスワンダーを見て理解する。

 どうかサブトレーナーさんが無事でいられますように……エルコンドルパサーはそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 軽い全体練習を終え、各自指示された個別メニューを確認し、それぞれ練習場所へと散って行く。一部のメンバーは筋力トレーニングの指示があり、学園の中に移動している。

 サブトレーナーも筋トレ補助の指示を受け、学園内にあるジムへと足を運んでいた。

 

「あの〜、お二人さん?今日は何だか距離が近くないですかね?」

 

「うん?君にもしもがあるといけないからな。なるべく近くにいた方がすぐに対処できるだろう?」

 

「そうね〜。勝手に無茶をしてお姉さんを困らせるようなチョベリバな人は、放っておいたら何するか分からないもの」

 

「ア、アハハ〜。サブトレーナーさんは両手に花ってやつデスね?……グ、グラス?」

 

「……」

 

 マルゼンスキーとシンボリルドルフに左右を挟まれ、後方からは刃物で突き付けられたような視線がサブトレーナーを襲う。

 美女に囲まれ、男なら羨ましがられる状況に普段なら鼻の下を伸ばしている所だが、なぜか今は具合が悪い。

 朝食べたご機嫌な朝食が逆流しそうだ。冷や汗もベッタリとシャツに付着している。

 

 ここにエアグルーヴとブライアンがいなくてよかった……。サブトレーナーは心底安堵するが、未だ身の危険を感じる背後からの視線をどうにかしなければと頭をフル回転させ、左右から感じる柔らかい感触を堪能していた。

 

 

 

 

 

 

 

 人間とウマ娘では生まれ持ったパワーが違う。それを体現するかのように、人間の一流アスリートでも困難なメニューを軽々とこなしている。

 

「よし、一旦休憩に入ろう。みんな水分補給を忘れずにな」

 

 サブトレーナーからの言葉に各ウマ娘たちはトレーニングを中断し、身体を休めていく。水分補給をする者、軽く柔軟をする者、それぞれが有効的に休憩時間を過ごしている。

 

「サブトレーナー君。君もしっかり水分を摂っておいた方がいい。

私たちより身体を動かしていないといっても、汗を掻いてない訳ではないからな。

ほら、私のでよければ飲んでくれ」

 

「ああ、ありがとうルドルフ。ちょうど買いに行こうと思ってたんだ。助かるよ」

 

 そんな中、サブトレーナーが小銭を数えている姿を見かけると、予備のドリンクを持って颯爽と彼に手渡すルドルフ。   

 まるで彼の事は全てお見通しと言わんばかりに、瞬時に彼の隣へ移動し欲しい物を手渡す姿は、正に熟練夫婦を連想させる動きであった。

 

「あら、ルドルフに先を越されちゃたわ。

ふふっ、あの子も随分と積極的になったわね〜」

 

「グ、グラス!?バーベルを片手で持ち上げてどうする気デスか!?」

 

「……」

 

 まだ目を合わせてはいけない。彼の本能が、熱い視線を感じる先へは顔を向けるなと全力で警報を鳴らしている。

 

 勝負は昼休憩だ。ルドルフからもらったドリンクを一気に口の中へと流し込み、汗を掻いて年相応に見えない色気を出すウマ娘たちから、己を我慢する時間がまた始まるのだった。

 

 天国と地獄のような状況を同時に味わいながら、ようやく午前の終わりを告げるチャイムがジム内に鳴り響く。

 

「よーし!午前はこれで終わりだ。もう外は雨が降り始めたみたいだから、午後は一旦全員集まっておハナさんから指示があるから遅れないようにな」

 

 サブトレーナーからの指示を聞いてそれぞれ荷物を持ってジムから退室していく。メンバーのほとんどが更衣室で着替えを行ってから食堂に向かう。

 サブトレーナーも一度自室へ戻って着替えるべくジムを出ようとした所で声が掛かった。

 

「ねぇサブトレーナー君?たまにはあたしたちと一緒にご飯食べましょうよ。せっかくの機会だしもっと親交を深めましょ?」

 

「あぁ、マルゼンスキーの言う通りだ。君のチームメンバーとして、少しは私達と親睦を深めてもいいんじゃないか?」

 

「チームメンバー……ですか?」

 

「あれ?グラスは知らなかったのデスか?

会長とマルゼンスキーさんはサブトレーナーさんのチームに入る予定らしいデスヨ?」

 

「……ふふっ。そうだったんですねぇ……」

 

「あ、あぁ。まぁトレーナーになれたらだけどな。

そ、それより一緒に食べるなら早くしないと時間なくなるぞ!部屋片付けとくから昼食持ってみんな来いよ。

それとエル!エルは絶対来てくれよ!!頼んだぞ!!」

 

 若干困惑しているエルコンドルパサーを無視して、必死に頼み込むサブトレーナー。頼むだけ頼み、自室へと素早く移動しすぐに姿が消えた。

 四人はそれぞれ違う表情を浮かべ、昼食を取りにその場を後にする。彼女たちは何を思うのか、答えを知る者は誰もいない。




武士だの怖いだの誤解されているグラスは、本当は一途で優しくて尽くしてくれるいい子なんだと証明したいです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間2(後半)

新衣装より体操着を実装して欲しいので初ウマぴょいです

ちょっと短めになってしまいました



「はっ、はっ、はっ……!!」

 

 久しぶりの全力疾走に身体が付いてこない。息が苦しい、足が重い。それでも男は目的地へとただただひた走る。

 急激に早くなる心臓はいきなり走り出した影響か、それともこれから起こりうる未来を想像した結果か、男にはもうそれを判別できる冷静さはなかった。

 

 バタン!!と勢い良くドアを開け、急いで机の上を整理する。彼女たちがこの部屋に来るまでそれほど時間がある訳ではない。それまでに何とか片付けなければ。男は焦燥感から知らず知らずのうち額に汗が吹き出ている。

 

 彼の目の前には大量のウマ娘たちが写っている写真がズラリと並んでいた。彼の名誉の為に言っておくが、決して盗撮した訳でも、彼の趣味で撮ったものでもない。

 いや、よく考えれば彼に名誉などあるわけでもないし、写真に関しては趣味と言っても間違いではなかった。

 

 今年も残り数ヶ月ということで、理事長から今年一年の思い出をアルバムに残したいと提案があり、彼はアルバム制作の手伝いをしていたのだ。

 もちろん一人では到底作業時間が足りないので、たづなさんを含めトレセン学園所属の事務員総出で制作に携わっている。

 

 本来は彼の仕事ではなかったのだが、アルバムを作ると聞いたとあるウマ娘が是非協力させて欲しいと土下座をして頼み込んできたので、彼も手伝うことを条件に理事長が許可を出してしまった。

 

 最初は渋々引き受けた彼だったが、思いの外制作作業が楽しくなり、しまいにはとある雑誌記者からいくつか写真提供までしてもらい、二人でよく写真を眺めては昇天している。

 

 傍から見ればただの変質者なのだが、一応学園関係者としての仕事に含まれるので、彼がウマ娘たちの写真を大量に持っていたとしてもきちんと説明すれば彼女たちは納得してくれるだろう。

 

 だが仮に納得したとしても感情は別だ。特に今日はなぜだかグラスワンダーの機嫌が悪い。

 普段は温厚な彼女だが、怒らせてしまうと親友のエルコンドルパサーやスペシャルウィークも震える程の威圧感を放つ。

 

 そんな彼女が、今日は彼に向けて殺気を放っている。理由は分からないが、多分知らない内に彼女の逆鱗に触れてしまったのだろう。一度だけ目が合ったが、こちらに薙刀を突きつけているような錯覚に陥った。それからは恐怖で彼女の顔を見ていない。

 

 そんな状態の彼女がこの部屋に来たらどうなるか。答えは言うまでもない。マルゼンスキーなら笑いながらからかってくるだろう。シンボリルドルフは顔を赤くしながら注意してくるに違いない。ルドルフはああ見えてシャイなのだ。

 エルコンドルパサーは照れ隠しでプロレス技を掛けてくるかもしれない。むしろ掛けて欲しい。

 意外と余裕のあるサブトレーナーは、彼女たちの反応を予想しながら片付けを進めていく。

 

「失礼するよ、サブトレーナー君」

 

 彼が丁度机の上を片付け終わったと同時に、四人が昼食を持参して彼の部屋までやって来た。

 つい開けっ放しにしていた部屋の前でルドルフが一声かけて、後ろの三人も続いて入室していく。

 

 ギリギリ間に合ったと内心ヒヤヒヤしながら四人を迎え入れた彼は、奥からテーブルとイスを引っ張り出し、五人で食事が出来るように準備を始める。

 四人が持っている食事から食欲をそそられるいい匂いが部屋に充満していき、どこからかグ~っと早く食べたいと急かすような音が聞こえて来た。

 

 全員で顔を見合わせると、マスク越しでも顔が赤くなるのが分かるくらいに照れているエルコンドルパサーの姿があった。

 

「ふふっ、エルったらスペちゃんみたいね」

 

「ガーッデム!サブトレーナーさんの前で恥ずかしいデース!」

 

 エルの叫び声が部屋の中を木霊する。

 やはりエルに付いて来てもらってよかった。サブトレーナーは念を押してエルに頼み込んだことが間違っていなかったことを実感していた。

 

 もしもルドルフ、マルゼン、グラスの三人だけだったならばこんな和やかな雰囲気は作れなかっただろう。きっと緊張感溢れる素敵な食事会になっていたに違いない。下手をすれば人生最後の食事だったかもしれない。

 サブトレーナーは改めてエルに感謝を送る。

 

 

 

 

 

 

 

 食事会は終始和やかに行われた。最近あまり食事を摂ってないと口を滑らせたサブトレーナーに、ルドルフが自分の分を分け与えて食べるまでじっと見つめていたり、マルゼンに無理矢理アーンをされて口の中に入れ込まれたりしたが、そんなことは些細なことだ。

 

 彼が犯した一番のミスは、彼女たちを自分の部屋に招き入れてしまったことだろう。

 アグネスデジタルのように頻繁に彼の部屋を訪れていたならば部屋の中を探ることはない。

 だが、必要な用事がなければ訪問する機会などなかった彼女たちからすれば、つい部屋の中を見渡してしまうのは仕方がないことだった。

 

 だからこれは必然だったのだ。全て捨てたと思っていた血のりべったりのティッシュが床に落ちていたのを見つけてしまったのは。

 

「サブトレーナーさん……?あれは……なんですか?」

 

 目の前の現実を受け止めたくないといった表情で、震えながらサブトレーナーに尋ねるグラスは、いつもの優しい笑みは消えていた。

 グラスの視線を辿るように三人も目を向けると、エル以外は事情を察し、ルドルフとマルゼンからも笑顔が消える。

 三人の雰囲気が突然変わり困惑するエルを尻目に、サブトレーナーは視線の先に落ちている物を素早く拾い集めていた。

 

(うわぁ……四人に見られた……。全部捨てたと思ったのに!!デジタルめ!コピーし過ぎだっつーの!)

 

 サブトレーナーは血のり付きティッシュとウマ娘化した自分と沖野トレーナーの絵の残骸を隠すようにポケットに入れ、気まずそうに元の位置に戻った。

 

 何て言い訳をしよう?デジタルが勝手に書いた?いや、確かに許されざる事をしたのは事実だが彼女にはお世話になっている。全ての責任を押し付けるのは良心が痛む。

 

 ウマ娘たちに内緒でカップリングの絵を依頼している時点で良心もクソもないが、もし四人から先程の物を問い詰められたら素直に謝ろう。サブトレーナーはそう決心するが、もちろん彼女たちはそんな汚い絵のことなど視界に入っている訳がない。

 

 グラスワンダーはスペシャルウィークからサブトレーナーの身体について聞いている。しかし、今まで直接彼の容態を確認したことがなかった。

 もしかしたらそこまで重症ではないかもしれない。心の何処かでそう思っていた。

 

 だが初めて彼が病に冒されている証拠を見つけてしまった。自分たちにこれ以上見られたくないと、必死に周囲のゴミも一緒に片付けている彼の姿は、あまりに見ていられない。

 本当は隠し通すつもりが不運にも四人に見つかってしまって、彼は申し訳なさそうに俯いている。

 

 申し訳ないのはこちらの方だ。グラスワンダーは己の態度を恥じる。ずっと苦しいのを我慢して自分たちの為に支えてくれているのに、それを仇で返すような自分は何様だ。

 実際はただ鼻の下を伸ばしていただけなのだが、自分を責め続けているグラスワンダーは気付けない。

 

 同様にシンボリルドルフとマルゼンスキーも彼の態度に酷く落ち込んでいた。

 

 辛いときは自分を頼って欲しい。そう伝えたのに結局彼は一人で全部抱え込もうとしている。その事実がショックだった。

 そんなにも私達が頼りないか?信用出来ないか?本当は口に出して彼を罵倒したい。

 でもそんなことを言って彼を追い詰めるなど、優しい性格の持ち主である二人には到底言える訳がない。

 

 そして三人の態度と彼の行動を見て、また新たな犠牲者が増えてしまった。

 

 もしもこの時、四人のうちの誰かがきちんと話をしていれば、全ての誤解は解けていたかもしれない。ただ話を聞かないただのスケベ野郎だと勘違いは解けていただろう。

 

 だがもう手遅れだった。優しい彼女たちの想いを踏みにじるように事態はゆっくりと確実に加速している。

 

 結局午後からも気まずい雰囲気は続いたままトレーニングは続き、おハナさんが不審に思いつつもサブトレーナーからの無駄な言い訳を信じてしまい、また彼女たちを追い詰める結果となってしまったのである。

 




新イベント1話だけ見ました
異世界……美女……オーク……
ふむ、そういうことでいいんですね!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話(サブトレ視点)

また運営が搾取しにきたので初ウマぴょいです



 最後の一枚を力の限り握りしめ、中身が分からないようにバラバラに破り捨てる。ようやく全て処分することができた。

 目の前には涙を流しながらガックリと四つん這いになる一人のウマ娘。

 もしこの光景を誰かに見られたら俺はきっと捕まるだろう。だが今回俺は被害者なのだ。

 

 “人類みなウマ娘計画”などとトチ狂ったことを言って俺と沖野トレーナーに耳と尻尾を生やした一枚絵を書いて大量に印刷しやがった極悪犯、アグネスデジタルは恨めしそうにこちらを睨み付けているが知ったことではない。

 

 もし同室のタキオンが興味を持ったらどうする!俺やタキオンのトレーナーが真っ先に実験台にされるだろ!どうせ失敗して先輩トレーナーがまた変色するオチなんだから、いちいち介抱するのは面倒くさいんだ。

 

「うう〜渾身の一枚だったのに〜!サブトレーナーさんは人の心がないんですか〜?」

 

「お前がしたことはただの無差別テロだ。もっと自分が犯した罪を自覚しろ!」

 

 全く反省の色が見られないデジタルに深くため息をつき、引き出しから一枚の写真を取り出し、未だに落ち込んでいるデジタルに手渡した。

 

「なんですか〜サブトレーナーさ……こっ、これはっ!?」

 

「どうだ?最近撮ったばかりの激レアだぞ?

もう二度とさっきの絵を描かないと誓うなら、これを授けよう!」

 

「はっ、はい!!一生サブトレーナーさんに付いていきます〜!!何でも言うこと聞きますから!!」

 

「い、いや、そこまで言わなくていいから……」

 

 ご馳走を前に、飼い主からずっと待ての命令をされている犬のようにヨダレを垂らしながら俺に忠誠を誓うデジタル。           

 年頃の女の子としてどうかと思うが、まあ今更かと納得する。

 

 デジタルに渡したのは、ウオッカにスカートの後ろに付いたゴミ?を取ってもらっているスカーレットの写真だ。照れてる表情のスカーレットと、やれやれ顔のウオッカを収めた満足のいく一枚だ。

 

 案の定デジタルは写真を見て昇天してしまったが、またいつもみたいにしばらくしたら復活するだろう。

 当初の目的は果たし終わったし、俺も仕事に戻るとしよう。まだトリップしているデジタルを放置して、俺は今日の仕事場へと向かうのだった。

 

 今日は急遽”チームカノープス”のトレーニングを手伝うことになり、本来行く予定だった”チームリギル”のトレーナー、おハナさんに断りを入れ、カノープスメンバーがトレーニングしている場所へと急ぐ。

 

 カノープスのトレーナー、南坂トレーナーがたづなさんに呼ばれたらしく、少しの間トレーニングを見ることになった。

 まあ俺が注意するのはターボが暴走しないように見張ることぐらいだが。

 

 ”ツインターボ” ”イクノディクタス” ”ナイスネイチャ” ”マチカネタンホイザ” チームカノープスに所属する、実に個性的な彼女たちを纏めるのは俺一人では無理だ。

 南坂トレーナーも四人によく振り回されているが、締める所はしっかりしていて俺も見習うことが多い。

 

 偶に俺一人で彼女たちの面倒を見る時は大抵、南坂トレーナーが帰ってくるまで雑談していることがほとんどだ。そしてウズウズしだしたターボが勝手にターフを走り回って、スタミナが尽きるのを待つのがお約束になっている。

 

 今日もいつも通りカノープスの控え室でのんびり雑談していたのだが、一人だけ様子がおかしい。

 ナイスネイチャがじっと俺のことを見つめ、目が合うとすぐに視線を逸らす。話掛けても何でもないの一点張りだが、その様子は何かあると言っているようなものだ。

 

 他のメンバーも不思議そうにネイチャの様子を伺っていたが、予定より早く南坂トレーナーが戻って来た為、結局ネイチャに話を聞きそびれたままトレーニングをすることになった。

 トレーニング中もどこか集中力が欠けているネイチャを不審に思い、南坂トレーナーも事情を聞いてみたようだが、あの様子だと何も分からなかったようだ。

 

 俺もネイチャのことが気になるが、今は南坂トレーナーに任せよう。そう判断し、俺的癒やしウマ娘ランキングトップ三に入るマチカネタンホイザをむん!とからかいながらトレーニングを手伝っていった。

 

 最後までネイチャからの熱い視線を受けていたが、特に何も言われることが無いままトレーニングも終わり、そのまま自室へと戻る。

 まあ自室と言っても俺はまだトレーナーではないので、物置部屋を片付けて自分のスペースを作っただけなのだが。

 なので、部屋の奥の方はまだ片付け終わっていない物が大量に置いてある。

 

 たまにエアグルーヴが唐突にここに来て早く片付けろと文句を言いながら掃除をしてくれるが、一向に終わる気配はしない。このまま彼女に全部任せようとしているのは内緒だ。

 

 部屋に戻り、明日のスケジュールを確認して準備に取り掛かる。明日は今日行けなかったリギルのトレーニング補佐をおハナさんから依頼されているので、各メンバーの練習メニューを確認していく。

 

 明日の予定なら恐らくマルゼンことマルゼンスキーのトレーニングに付き合うことになりそうだ。

 学園内でも古株の彼女との付き合いは、たづなさん達を除けば一番長いかもしれない。

 

 実力は学園屈指で面倒見も良く、後輩たちからも慕われている。唯一の欠点とすれば、何処から情報を仕入れているか知らないが、彼女が流行っていると思い込んでいるのはとっくにブームが過ぎ去ったもので、情報が古い。

 

 いつもならあえて乗っかるが、さすがに俺が子供の頃に流行ったギャグを突然やり出し時はついツッコミを入れてしまった。

 

 ”だっちゅーの”とか今の若い子は知らんだろう。

 それはそれとしてとっても眼福でした。ありがとうございます!! 

 

 そんな彼女だが、レースになると”スーパーカー”の異名を持つほど大活躍をしている。もしまだ彼女がチームに加入していなかったら、ひっきりなしにスカウトされるのは間違いない。

 でも、どんな敏腕トレーナーよりも彼女は俺を選んでくれた。今より更にひよっ子だった俺を、将来トレーナーになった時にチームに入りたいと言ってくれたのだ。

 

 だから彼女は、俺の初めてのチームメンバーになる。いや、まあトレーナーになれないとチームを作れないんだが。

 それなのについ先輩トレーナーと張り合ってしまい、ルドルフにも声を掛け見事?スカウトに成功してしまった。

 だから彼女たちの為にも、俺は絶対トレーナーにならなくてはならないのだ。

 

 決意を新たに明日の準備を進めていく。ふと携帯に目を向けると、メッセージありとの文字が液晶に表示されていた。

 

 『ういにんぐらいぶDVDって

  またすぐに発売される?

  むっちゃ人気やし買えるとき買った方がいい?

  すし

  めんたい』

 

 ……これは酷い。これ絶対途中で飽きただろ。

 同窓会の誘い以来よく連絡来るようになったが、たまにこんなアホな事をしてくる。いや、たまにじゃなくて常にか。

 

 そういえばウイニングライブDVDの発売もそろそろか。仕事が忙しくてすっかり忘れてた。

 折角だし俺の分も買ってもらって入院中の爺ちゃんにお見舞いで渡すか。多分爺ちゃんにとっては一番の特効薬になる筈だしな。

 

 どんな内容で返信してやろうか考えながら部屋を出て何となく屋上へ向かう。気分転換に外に出れば天才的な縦読み文が思い付くだろう。あいつとはセンスが違うことを思い知らせてやる。

 

 流石にこの季節になると夜の風が冷たい。もうすぐ秋も終わって冬に変わり、今年一年が終わると思うと歳を取ったなぁとしみじみ実感する。

 十代と二十代とでは一年の体感時間が変わるとよく言われるが、まだ十代の頃はその意味が分からなかったけど、今ならよく分かる。

 もうあの頃には戻れない……少し寂しい気持ちが肌寒い風と共に身体と心を冷たく襲ってくるのを、ただじっと我慢することしかできなかった。

 

 つい気持ちがナーバスになってしまい、同級生に送るメッセージも弱音が吐き出てしまった。まぁあいつのことだ。もしかしたら縦読みに気付かないかもしれないしいいだろう。

 

   『もっと早く行かないとすぐに

    うり切れちゃうぞ。

    つぎに出るのなんていつか分からないんだし

    かえる時にかっておかないと。俺も生徒の

    れんしゅう見ないといけないし代わりに

    たのんだぞ!』

 

 ふむ、こんなもんか。我ながら中々いいセンスだ。あまり考える時間が無かった割には満足のいく出来栄えになった。

 早速メッセージを送信しようと電話帳からあいつの名前を探す。だが結構な時間屋上に居たせいで指が寒さで思うように動かず、タッチパネルが上手く反応しない。

 しかも風が急に強く吹き出し、思わず目を瞑ってしまう程の強風が襲ってくる。

 何とか送信完了の画面を確認して、もう部屋へ戻ることにした。

 

 明日の準備も無事に終わり、帰り支度をしようと荷物の確認をしていたら、いつも使っている手帳が見当たらなかった。

 さっきまで確かにあった筈なのにどこにいったのか。カバンやポケットを調べるが出て来ない。

 もしかして、屋上で落としてしまったか?他に考えられる場所はないし多分そうだろう。

 自分のドジっぷりに呆れつつ急いでもう一度屋上へと向かった。

 

 先程まで立っていた足下に見覚えのある物を見つけた。やっぱりここだったか。愛用している手帳を忘れないようにポケットに仕舞い込み、ふと下の景色を見下ろす。

 

 ほんの数時間前まで生徒たちの元気な声が響き渡っていたのに、暗闇と共にその声が少しずつ小さくなり、今では冷たい風切り音しか聴こえない。

 星空が地上を照らす光景は、毎日見ている筈なのにどこか神秘的に見える。その景色をしばらくの間、一人占めしていた。

 

 だから、突然後ろから重みを感じたのは心臓が飛び出るかと思う程ビックリした。

 

「もお!あんまりお姉さんを心配させないでよね!」

 

「あ、ああ、ごめんごめん。でもよくここにいるって分かったな?」

 

「当然よ?だってあなたのウマ娘なんだから!」

 

 ふわりと漂う女性特有の優しい香りを感じ、何事かと顔だけ後ろを確認すると、マルゼンスキーが少し息を切らしながら背中を預けていた。

 

 突然の訪問者に驚きつつも、顔には出さないように気を引き締める。マルゼンは昔から距離が近いというか、ボディタッチも平然としてくるので、油断しているとすぐに俺の息子たんが反応してしまう。

 実はもうすでに少し反応してしまっているのは俺のせいじゃない。絶対に俺のせいではない!!

 

 いや、だってマルゼンのような美女が背中合わせで、しかも手を繋いでくるなんてそれで反応しない奴は男として枯れているだろ?

 あぁ〜、おて手柔らかいなぁ〜……なんて思っていない。顔がニヤけてもいない。ほんとだよ?

 

「一人で苦しかったわよね?もう大丈夫よ。あたしが側にいてあげるから。心配しないで」

 

「……」

 

 君の言う通り下の方はもうパンパンで苦しいぜ!なんて言ったらどうなるか。ただ社会的に終わるのだけは分かる。

 

「実はあたしも初めての重賞レースは怖かったの。もうすぐ出走だっていうのに初めて脚が動かなかった。

そんな時に君がおハナさんに怒られながらあたしを励まそうとしている姿を見て思いっきり笑ったの。そしたら震えも止まって脚が動くようになった。

だから今度はあたしが助ける番。怖くても、誰かが側に居てくれるだけできっと力になるから!」

 

 ……ぶっちゃけマルゼンの言っていることはほとんど聞いていなかった。すまん……

 何とか破裂しそうな想いを耐えぬかねばと、遠くに見えた半月が照らす三女神像に視線を向ける。

 

 もう我慢しなくてもいいですか?

 

 俺の問い掛けに答えてはくれない。でも何となく笑った気がしたから多分OKなんだろう。それでいいのか女神様?

 

 どうにかマルゼンからの誘惑に耐え切り、二人で学園を後にする。帰るまでずっと手を離してくれない彼女の真意は分からない。

 ただ一つ言えるのは、今日俺は悶々と眠れない夜を過ごす。それだけは間違いなかった。




書いたら出るって聞いたから初めてネットに晒したのに☆3青因子もピックアップも出ないやん!!

ちょっと〜三女神さんどうなってるのこれ!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話(ウマ娘視点)

最高のアプデがきたので初ウマぴょいです

時系列は話数通りではないのでご了承ください



 初めて会った時からアンタは変なやつだった。忘れようったって忘れられない。

 ウオッカと一緒にスピカに加入して、しばらく経った日にトレーナーから紹介された時は、何だか頼りないやつだと思った。

 一応初対面だし、アタシの第一印象が変に思われないように猫を被って……こほん、いつもの優等生なアタシがする挨拶をしたのに、アンタは怪訝な顔をしてアタシを見ていた。

 

「えーと、ダイワスカーレットだっけ?俺に気を使わなくてもいいぞ」

 

 アタシの態度が全部見透かされてるようで、つい怒りで顔が赤くなった。隣でウオッカが爆笑してるのが更にアタシを苛立たせる。

 

 何なのよアイツは!!寮に帰って我慢していた怒りを爆発させた。ウオッカはアイツの事を気に入ったのか、庇うような言葉を言ってきて余計に腹が立ってくる。

 じゃあアイツが言った通り気を使わないで接してあげるわ。アタシはあいつの前では取り繕うことをしないと誓った。

 

 だけどアタシ以上に、アンタはアタシに失礼なことばかり言ってくる。

 

「おやぁ〜?スカーレットちゃんはもうこの程度で疲れちゃったのかな〜?」

 

「あぁ悪い悪い!スカーレットにはまだこのトレーニング早かったよな!」

 

「おっ!気合入ってるなぁウオッカ!スカーレットより調子いいんじゃないか?」

 

 ……ああ〜っ、もう!!むかつく!!

 上等じゃない!やってやるわ!見てなさい!!

 

 アイツのバカにしたような顔に蹴りを入れたくなるのを必死に我慢してトレーニングに励んだ。いつかみんなの前でアタシに頭を下げさせて、一番はアタシだって認めさせてやる。

 

 だから、デビュー戦で一着を取った時に初めてアンタに褒められたことはずっと記憶に残っている。

 本当に年上かと疑うくらいはしゃぎながら喜んでいる姿を見ると、ようやくアタシの実力を認めてくれたような気がして、心がスーッと爽快感に満ちたのをよく覚えている。

 

 それからもレースで勝った時は、アタシ以上に喜んでいるアンタを見つけては、少し呆れながら勝利報告をしに行った。

 ちょっとは落ち着きなさいよと、大きい子供を宥める自分を見つめ返すと思わず笑ってしまった。

 

 でも、この気持ちは悪くなかった。頂点を目指して走っているアタシを、近くで応援してくれる人がいるだけでこんなに嬉しいだなんて。絶対アイツには言わないけど。

 

 いつか絶対にアタシは一番のウマ娘になる。だからアンタも早くトレーナーになって、しっかりアタシについてきなさい!

 これでもアンタのこと、少しは頼りにしてるのよ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなのにアンタはアタシが一番になる姿を見る前に居なくなろうとしている。

 まだアタシは頂点に立っていないのに。もっとアンタに喜んで欲しかったのに。もっと……もっと……。

 

 だらしないアンタの面倒を見てあげる物好きなんてアタシくらいなものよ?だから、最後までアタシだけを見てなさい!!

 

 アタシも最後までアンタのこと……ちゃんと見ててあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ダイワスカーレットは朝から気分が落ち込んでいた。普段から口喧嘩ばかりしている同室のウオッカでさえ、ダイワスカーレットの様子を心配する程、彼女の顔は元気がなかった。

 

 彼女の調子が悪い理由は様々な要因が重なったことにある。

 同年代と比べてもスタイルの良い彼女は、絶賛成長期の最中である。少し前に衣装を新調しても、着心地が悪く調整に出す事が多い。

 調整が間に合わなかった場合は、サイズが合っていない服装でトレーニングを行い、僅かに感覚がブレて思うように身体が動かないこともあった。

 

 また、同じチームメイトのスペシャルウィークとサイレンスズカがレースに向けて、鬼気迫る勢いで調子を上げてきており、その気迫に圧倒され自身の調子が出ないことを気にしていた。

 

 そのような要因が重なり、段々と苛立ちが隠せなくなってきた。トレーナーやサブトレーナーからも心配の声を掛けられたが、ついムキになって冷たい言葉を投げ掛けてしまった。

 

 時間が経つに連れ冷静になってくると、自分の為に言ってくれたのにと自己嫌悪に陥り、余計に彼女の調子を下げることとなってしまったのである。

 

 ちゃんと謝ろう。珍しく自分を気遣うウオッカと一緒に通学している際にそう決意するダイワスカーレット。

 肌寒い風が絶え間なく吹き続けている様は、まるで自分の心を象徴しているように感じた彼女は、明日には少しでも晴れてくれることを祈るばかりであった。

 

 普段よりも長く感じた授業がようやく終わり、他の生徒たちがトレーニングに向かう中、ウオッカはダイワスカーレットに話掛けた。

 

「よぉ!ちょっとは調子取り戻したか?」

 

「まぁね……あぁそうそう。アタシ今から用事があるから先にトレーニング行ってていいわよ」

 

「ん?何かあんのか?」

 

「別に大したことじゃないわ。ちょっとサブトレーナーに話があるだけよ」

 

「あぁ……スカーレットに冷たくされてショック受けてたからなあ。今も泣いて落ち込んでるかもしれないぜ?」

 

「泣くほど落ち込む訳ないでしょ!

……まぁちょっと言い過ぎたとは思ってるけど」

 

「ったく、お前が落ち込んでんじゃねえか。

早いとこ謝ってスッキリしてこいよ」

 

「分かってるわよ!」

 

 やれやれと呆れたようにウオッカは言葉を嘆いた後、一人でトレーニングに向かう。彼女なりに励ましてくれていると分かっていても、ついムキになってしまう。

 決して口には出さないが心の中でお礼を言い、ダイワスカーレットはサブトレーナーがいる部屋へと足を運ぶのであった。

 

 サブトレーナーの部屋に向かう途中で何て謝ろうか考えていたが、中々言葉が思い浮かんでこない。ごめんなさいと一言口にするだけでいいはずなのに、なぜか喉元で止まってしまう。

 声に出すよりも先に、いつもこちらを煽ってくるムカつく顔が頭の中に浮かび上がってくる。

 結局、シミュレーション内でもサブトレーナーを罵倒してしまい、そのまま彼がいる部屋まで辿り着いてしまった。

 

 悩んでいても仕方ないと、ノックをした後に勢いよく部屋を開けた。きっとビックリしたに違いない。彼の驚く顔を想像し、思わず笑みが浮かぶ。

 

 だが予想に反して、部屋の中に人の気配はなかった。部屋の中を見渡しても、いつもより物が散乱しているだけで彼がいる様子はない。

 

 普段ならもう少し片付いている部屋の中を恐る恐る入っていく。

 何かの小道具だろうか。見慣れない物が床下に散らばっており、中には形容しがたい不気味な物まで置いてあった。

 

 サブトレーナーがいないならこんな部屋に用はない。ダイワスカーレットは、無意識に尻尾が上がっていることに気づかないほど気味が悪い部屋を早く出ようと出口まで向かおうと後ろを振り返った。

 

 一瞬何かが視界に入る。ただのゴミのような物しかないはずなのに、なぜかそれだけは気になった。

 板のような、看板のような物の下敷きになっていたそれを、ゆっくりと引っ張り出しいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手に取ったのは、血だらけになったシャツであった。それを認識した瞬間、彼女は一言小さい悲鳴を上げると、手にしたシャツを地面に投げ捨てた。

 

「なによ……これ……」

 

 うまく思考が定まらない。頭が理解することを拒絶している。徐々に速くなっていく心臓の鼓動を抑えるように、彼女は自分の胸に手を当てて落ち着こうと目を瞑った。

 

 少しずつクリアになっていく頭を感じ取りながら、もう一度目の前の現実に立ち向かう。

 先ほど投げ捨てたシャツを改めて拾い上げ、今度はしっかりと観察していった。

 

 時間が経つにつれ冷静になっていく思考が、手に取っている物に違和感を覚え始めていた。

 

(これ、本物の血じゃない?ただの作り物かしら?

……でもこことかちょっと本物っぽいし……)

 

 ハッキリ偽物だと断言したいが、所々に付着している血液が本物のように見えて、彼女は困惑していた。

 彼がいれば直接確認したが、もし仮にこれが本物であれ偽物であれ、どちらにしてもこれは血ではないと否定するだろう。

 

 唯の思い過ごしであればいいが、もしこれが本物だったら只事ではない。彼女はシャツを隠すように持ち、部屋から飛び出した。

 

 誰にも見られないように急いで目的地へと向かう。彼女が向かった先は、自身が尊敬できるウマ娘の一人、”アグネスタキオン”の研究部屋だった。

 

「はぁ、はぁ……し、失礼します!タキオンさん!いらっしゃいますか!?」

 

「おや?そんなに慌ててどうしたんだいスカーレット君?この前渡したサプリの新たな変化でも起きたのかい?」

 

「い、いえ!特に何もなかったですけど……そ、それよりタキオンさんにお願いがあって!これが本物か見て欲しいんです!!」

 

「うん?何だいこれは?……ふぅン、よく出来ているが、唯のニセモノだね」

 

「ほんとですか!?はぁ〜よかったぁ。ったく、紛らわしいのよアイツったら!」

 

「ふむ、よく分からないが君の問題は解決したようだね。じゃあこれは返す……ん?」

 

「え?あの〜、タキオンさん?」

 

「スカーレット君?これはどこから持ってきたんだい?」

 

「えっ!?えっと、サブトレーナーの部屋に置いてあって、もしかしてアイツの血だったらどうしようと思って……」

 

「……少しこれを借りるよ。しばらくそこで待っていたまえ」

 

 シャツを返そうとした瞬間、何かに気付いたのか神妙な顔付きで部屋の奥に行ったアグネスタキオンの背中を見て不安に駆られるダイワスカーレット。

 大丈夫、大丈夫と心の中で何度も呟きながら、薬品の匂いが漂う部屋の中で一人立ち呆けていた。

 

 タキオンが姿を消してどれ位の時間が経ったのだろう、早く帰ってきて欲しいような、まだもう少し心の準備が欲しいような複雑な心境の中、とうとうタキオンが帰って来てしまった。

 

「あの、タキオンさん!ど、どうでしたか!?」

 

「……僅かだが服に付着していた血液と、以前彼から採取した血液が一致した。

恐らくシャツに付着してしまった血を隠そうと、その上から血のりを付けて誤魔化そうとしたのだろう」

 

「……えっ?」

 

「スカーレット君。私はこれから大事な実験を行うんだ。悪いが退出をお願いできるかな?」

 

「あ、あの、タキオンさん!?」

 

 有無を言わさずタキオンから追い出されるように部屋を出たスカーレットは、しばらくその場で呆然としていた。

 本当に一番最悪な想像が現実になるとは思ってもみなかった。もしかしたらと覚悟していたはずなのに、いざ言われてみると頭が理解するのを拒否している。

 

 しばらく立ち止まっていた後、スカーレットはサブトレーナーを捜しに駆け出した。多分タキオンにこれ以上聞いても何も答えてくれない。彼女の表情からそう感じ取ったスカーレットは、もう直接彼に問い詰めることにした。

 

 彼が居そうな場所を訪ねてみるがどこにもいない。どこにいるのよと、強気なセリフとは裏腹に彼女は今にも泣きそうだった。

 途中、クラスメイトとすれ違い彼の居場所を聞き出したが有力な情報は得られなかった。

 もう部屋に戻っているかもしれない、いま一度彼の部屋に行こうとするが、先ほど見た不気味な光景が彼女の足取りを重くする。

 

 もしかして、他にも彼の異変を知らせる物があるかもしれない。嫌な予感が脳裏を横切り、ようやく辿り着いた部屋のドアがまるで別の世界への入口のように思える。

 今度はゆっくりとドアを開け、覗き込むように部屋の中を確認した。

 

「ごほっ、ごほっ!!ビ、ビックリした〜!!気配消しながらこっち見るなよ!いきなり目が合って焦るわ!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 何かの薬を口の中に入れ、水と一緒に流し込もうとした所で丁度目が合ってしまい、思いっきり咳き込むサブトレーナー。

 慌てて彼に近寄ろうとするが、地面に散らばったままの小道具が行く手を阻む。

 

「いや、まぁ大丈夫だけど……それより何でそんな入り方したんだ?今まで通り普通に入ればいいだろ?」

 

「え?う、うん、そうね……」

 

 本当は聞きたい事がいくつもあるのに、いざ彼の前になると言葉が出てこない。いつもと変わらない彼の態度が、タキオンから聞いた事実が嘘のように思えてくる。

 

「何か今日のスカーレット変だぞ?

……もしかしてこの間のこと気にしてるのか?

今更そんなこと気にする仲でもないし、あんまり悩み過ぎるなよ?スカーレットは笑ってる顔が一番なんだからさ!」

 

「わ、分かってるわよ!!なに当たり前の事言ってるのよ!!」

 

「おっ!ちょっとはいつもの調子出てきたな!もうすぐ最後のレースが始まるんだしさ、俺に最高の走りを見せてくれよな!」

 

「ちょ、ちょっと!!最後ってなによ!?

まだアンタにはやる事がたくさん残ってるでしょ!!」

 

「あぁ……そうだな。ちゃんと終わらせないとなぁ……」

 

「なに弱気になってんのよ!!

アタシとの約束破ったら許さないんだからね!!一番速くて一番強い完璧なウマ娘……理想のアタシになれる様に手伝うって言ったじゃない!!」

 

 いつもからかってくる彼が初めて真剣に聞いてくれた自分の夢。唯一した約束事を守ろうとしない彼に裏切られた気持ちになり、つい言葉が熱くなっていた。

 男なら約束を守ってほしい。アタシのサブトレーナーなら最後まで責任を取ってほしい。スカーレットの言葉を聞いても何も喋らない彼に腹が立ち、そのまま部屋を勢いよく出てしまった。

 

 きっと今自分の顔は酷いことになってるだろう。スカーレットは誰にも会わないことを祈りながらひた走る。

 自分の前では決して言わなかった弱音を吐いた彼の顔は、今まで見たことがない程に力無く弱々しかった。

 もう彼に残された時間が少ないのかもしれない。それでも最後まで足掻いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アタシの笑顔が一番とか言ってたけど、アンタもバカみたいに笑ってる顔が一番お似合いなのよ。

 だからアタシがアンタを笑顔にしてあげる。アンタのアホ面はアタシだけのものなんだから。

 

 




初投稿から1ヶ月以上経ち、話数も20に到達しました。
これもウマ娘という素晴らしいコンテンツと、たくさんの方に読んでいただけてここまで来れました。

これからもほのぼのとした日常ものを書いていきますので、どうぞよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話(サブトレ視点)


エチエチ寮長にポニーちゃんにされたいので初ウマぴょいです



 どんな人、どんなウマ娘でも一つは誰にも打ち明けていない秘密があるだろう。家族、友人、例えどれだけ親密な関係であろうとも絶対に言えない、あるいは言いたくない自分だけの秘事が。

 

 だが自分を偽ってでも秘密を隠し通すということは、思った以上に辛いことだ。特に世間一般では非常識と思われているものならば、尚更秘密を打ち明けることなんて余計に躊躇してしまうはずだ。

 

 でも、内緒にしていたはずがいつの間にか誰かに知られていることだってある。

 

 ユタカがホームランを打てば、その日の深夜に毎回ケーキを頬張るメジロのお嬢様や、商店街の人たちが作ったキラキラな衣装を、誰もいない時にこっそり試着してエヘ顔を晒しているナイスなネーチャンなど、実はもうバレているとは夢にも思っていないだろう。

 

 かくいう俺だって、誰にも打ち明けられない秘密はある。多分誰にもバレてはいないとは思うが、俺の場合知られたらヤバイ。まずここをクビになる。いや、最悪塀の中にブチ込まれるかもしれない。

 

 だから、絶対に誰かに悟られてはいけないのだ。

 

 

 

 俺が年下の女の子にジト目で見られたら興奮するなどと。

 

 

 

 誤解がないように言っておくと、別に俺はロリコンでもドMでもない。ただ身体が無意識に反応するようになっただけだ。むしろ俺は被害者なのだ。

 

 いや、だってウマ娘たちってみんなカワイイし、俺みたいなトレーナーになれない落ちこぼれでも、ほとんど優しく接してくれる。

 

 そんな中で、少数のウマ娘が俺の事をたまにゴミのように見てきたら、男なら反応するのは当然だ!だから俺は悪くない!!(完全論破)

 

 ちなみにエアグルーヴは除外だ。あいつはたまにじゃなく常に俺のことをジト目で見てるからな。

 

 

 

 

 さて、そろそろ自分語りはやめて現実を見るとするか。

 

 目の前には俺をジト目スキーにした元凶の一人、ダイワスカーレットが怒ったような、悲しんでいるような、複雑な表情で詰め寄って来ている。

 

 これにはいつもスカーレットのジト目を楽しみにしている俺の息子も困惑気味だ。

 ほら、ちょっと掛かってるから落ち着こう?いきなり来るもんだからこっちも焦るだろ?

 

 また腹の調子が悪くなってきたので、胃薬を水と一緒に流し込もうとした瞬間、たまたまドアの方を見ると、俺に気付かれないようにそっと扉を開けてこちらを覗き込む顔にびっくりして咳き込んでしまった。

 

「ごほっ、ごほっ!!ビ、ビックリした〜!!気配消しながらこっち見るなよ!いきなり目が合って焦るわ!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 最近いきなり俺の部屋にウマ娘が多いな。嬉しいんだけど、あんまり俺を驚かそうとするのはやめようね?

 この間なんて気付いたら背後で俺の事を無表情で見下ろしているスズカを見た時は心臓が止まるかと思ったわ。

 

「いや、まぁ大丈夫だけど……それより何でそんな入り方したんだ?今まで通り普通に入ればいいだろ?」

 

「え?う、うん、そうね……」

 

 どことなく返事に歯切れが悪いスカーレットの姿に首を傾ける。いつも俺の言う事にプリプリ怒りながら反論するのに。今日の彼女は妙にしおらしい。

 

 ……あぁ、なるほどね。この前のトレーニングで俺に言った事を気にしてるのか。

 いつも強気で生意気に感じるスカーレットだが、根っこの部分は優しく仲間想いな彼女のことだ。大方少し言い過ぎたと反省しているに違いない。

 

「何か今日のスカーレット変だぞ?

……もしかしてこの間のこと気にしてるのか?

今更そんなこと気にする仲でもないし、あんまり悩み過ぎるなよ?スカーレットは笑ってる顔が一番なんだからさ!」 

 

「わ、分かってるわよ!!なに当たり前の事言ってるのよ!!」

 

「おっ!ちょっとはいつもの調子出てきたな!もうすぐ最後のレースが始まるんだしさ、俺に最高の走りを見せてくれよな!」

 

「ちょ、ちょっと!!最後ってなによ!?

まだアンタにはやる事がたくさん残ってるでしょ!!」

 

「あぁ……そうだな。ちゃんと終わらせないとなぁ……」

 

「なに弱気になってんのよ!!

アタシとの約束破ったら許さないんだからね!!一番速くて一番強い完璧なウマ娘……理想のアタシになれる様に手伝うって言ったじゃない!!」

 

 そうなんだよなぁ……もう今年最後のレースまで時間がないんだよ。

 先輩トレーナーたちはトレーニングで忙しいし、トレセン学園スタッフ総出で準備に取り掛かっているが、人手不足で予定より遅れている。

 俺も頑張ってURAファイナルズに向けてチームのサポートや、なぜかアルバム作成まで手伝っているが時間が足りない。お陰で日に日に体重が落ちる一方だ。

 

 なぜか少し涙ぐみながら部屋から出ていったスカーレットの後ろ姿を見送って、散らかっている部屋を見渡した後に深くため息を一つ付き、俺も後を追うように部屋から出る。

 とりあえず部屋の片付けは後回しにして、たづなさんからの用事を先に済ませよう。重い足取りのまま、たづなさんが待っている事務室へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「もう、サブトレーナーさん!これからはちゃんと確認してくださいね!私もビックリしたんですよ」

 

「す、すみません……」

 

 たづなさんに会うなり怒られてしまった……

 いやーまさか爺ちゃんの健康診断の結果を出してしまうとは……そりゃあビックリするよなぁ。ほとんど身体に異常しかないし。

 

 でも当の本人はよく病室を抜け出して看護師さんに怒られているらしい。前はレース場まで勝手に行って婆ちゃんと母さんにしこたま怒られていた。

 あれは後十年は生きるな……うん。

 

「明日には俺の健康診断の結果を持ってきますので。次は間違えないです!」

 

「もうパソコンにデータを移していますので、サブトレーナーさんの分を持ってきたらすぐ差し替えますね」

 

「すみません。よろしくお願いします」

 

 少し膨れっ面になって注意してくるたづなさんに、もう何度目になるか分からないプロポーズを心の中でした後、自室へと足を運ぶ。

 たづなさんに会ってやる気が上がり、体も不思議と力が湧いてきた。今ならどんなトレーニングだってケガすることなく行える気がする。体が軽い。もう何も怖くない。

 

「おい、貴様!なんだこの部屋は!?こんな状態で仕事ができると思っているのか!?」

 

「ハイ、ゴメンナサイ」

 

 ドアを開けたらラスボスが待ち構えておりました。

 なんで女帝様がここにいるんだ?タイミングが悪過ぎる!

 折角やる気が上がったのに一気に絶不調になったよ……クソっ!お前のやる気も下げてやろうか!?

 

「貴様は私が見ていないとすぐにだらけようとするな。

やはり私が徹底して指導してやらねばならんようだ」

 

「い、いえ!エアグルーヴさんもお忙しいと思いますし大丈夫です!はい!」

 

「生憎今日はオフなんでな。仕方なく貴様を手伝ってやることにした」

 

 鋭い目つきと肩まで揃えられた黒髪、抜群のプロポーション、更には頭脳明晰とまさに女帝と言うに相応しい彼女は、とてもいい笑顔で俺に言い放つ。

 すごくイキイキとしているように感じるのは俺の気の所為だと信じたい。

 

「ついでに貴様に聞きたいこともあるからな。早く作業に取り掛かるとしよう。さっさと準備しろ!!」

 

「は、はい!!了解です!!」

 

 貫禄がありすぎてどちらが年上か分からなくなる。もしエアグルーヴと付きあってもずっと尻に敷かれるだろうな。いや、意外とこういう娘はムッツリの可能性も……あ、いえ!なんでもないです!

 

 

 

 

 

 

 ストレス解消が掃除をすることなエアグルーヴは実に嬉しそうにテキパキと部屋の片付けを行っていた。気付かなかったが、シミ取りまで持って来ていたので本格的に掃除をするつもりだったのだろう。

 正直一人でやるのは辛かったので彼女が来てくれたのは助かった。

 

「あぁ、貴様に聞きたいことがあるんだった。

最近会長の様子がおかしいんだが、何か知っているか?」

 

「ルドルフが?うーん……前より俺に過保護になったような気がするだけで、特に分からんなぁ」

 

「それは貴様がだらしないだけだろう。まったく……ん?おい貴様!きちんと食事を摂っているのか?顔がやつれてるぞ」

 

「うん?あぁ、ちゃんと食べてるよ。この忙しい時期に倒れたりしたら大変だからな」

 

「……それならいいが。……休むことも仕事だ。休める時はしっかり休めよ」

 

「分かってるよ。というか言ってることが母親みたいだぞ」

 

「ハッ、貴様が私の子供なら一から厳しく躾し直してやる」

 

「うわぁ、それは勘弁……でもエアグルーヴならいい母親になりそうだな」

 

「ふんっ、……ん?少し待て、電話だ」

 

 ほんのり赤くなってる頬が照れを隠しきれていないのがよく分かる。でも指摘したら教育ママのように怒ってくるのが目に見えているので黙っておく。

 

 しばらくして電話を切り終えた後、せっかく機嫌が良かった彼女の表情が険しいものに変わっていった。

 

「ブライアンのやつが生徒会の仕事を放ったらかしてどこかに行ったようだ。悪いが貴様の手伝いはここまでだ」

 

「これだけでも充分だよ。ありがとう!」

 

「今度から定期的に掃除をしておけ。こんな状態では効率的に仕事が出来んぞ。

それと最後に一つ。スズカのことをよく見ておけ。少し前に話掛けたが、スズカのやつ気が張り過ぎていたぞ」

 

「スズカが?……わかった、沖野トレーナーにも話をしておくよ」

 

 俺の言葉に小さく頷いて部屋を出ていくエアグルーヴ。彼女のおかけでだいぶ片付けが進んだ。後は一人でも充分やれる範囲まで終わっている。

 

 ただ心配なのが、ルドルフとスズカの様子がおかしいというこだ。ただ単にレースに向けて気を張りすぎてるだけならいいんだが。俺の方からも注意しておこう。

 

 それにしても今日のエアグルーヴは優しかったな。

 やはり時代はバブみを感じる女性か?でもクリークくらいまでいき過ぎるとちょっとなぁ。

 

 結局その日はジト目かバブみか、両者一歩も譲らず結論は出ることがなく、片付けなど進むはずがなかったのであった。




投稿が遅れると新しい娘がどんどん実装されプロットを作り直して話数が増えていく

……あれ?別に話数増やさなくてもいいのでは?(おめめぐるぐる)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話(ウマ娘視点)

久しぶりの初ウマぴょいです

今日から投稿再開しますのでよろしくお願いします!



「おう、サブ公。ちょっと聞いとくれよ!」

 

 アンタの姿を見かけるとつい構ってしまうのはなんでだろうね。サブトレーナーの癖にアタシたちに怒られたり、終いには教えを請ったりと、頼りない姿を見せているせいかもしれない。

 どんな後輩よりも心配ばかり掛けるし、危なっかしくて仕方ない。

 

 それでも、アタシを含めて誰一人アンタのことを嫌ってる奴はいない。あのいつもムスッとしているブライアンでさえ、サブ公の話になると興味ないフリして耳をこっちに傾けている。

 

「サブ公、アンタ、ちゃんと運動してるか?まさか運動はアタシたちに任せて、ラクしようとしてないかい?そんなのヒシアマ姐さんが許さないよ!!」

 

 トレーナー試験の勉強も大事だけど、しっかりとしたカラダづくりの大切さを解らせる為にアタシが一緒に体を鍛えてあげたこともあった。

 

 アタシの後ろに付いて来いよと、軽くジョギング程度のスピードで走ったのに遠くからゼェゼェ息を切らして文句を言っている姿に、根性が足りないと活を入れてやる。

 

 その後に筋トレもさせたが、少〜しアツくなってしまってサブ公がダウンしてしまった。

 顔見知りの面倒は、徹底的にみたくなっちまうアタシの癖が出てしまい、ちょっとだけサブ公に罪悪感が湧いていた所に「世話女房だな」なんてハズいことを言ってきやがった。

 

 つい背中を思いっきり叩いてしまい、サブ公が吹き飛んで行ったのを慌てて追い掛けて、白目になって気絶しているサブ公を焦った表情で介抱しているフジにジト目を向けられたが、アタシは悪くない。

 

「なぁ、サブ公?後輩から聞いたけど、アンタ最近昼飯も食わずに仕事してるそうじゃないか。

……はぁあ!?金がない!?なんだい、それで飯抜きだったってわけかい!!

ったく、次の給料日までアタシが弁当作ってやるよ。ちょうど後輩にも約束してたし、一人や二人増えた所でどうってことないさね。

……だぁあもう!!抱きつくな鬱陶しい!!」

 

 アタシ達の為に食事する時間まで削って働いてくれてたんだと思ったら、ただ単にお金がないなんて情けない理由で心配掛けさせたバカの頭に拳骨を入れる。

 

 大きくため息を付いて、頭を擦っているサブ公に弁当を作ってやると言った途端、突然アタシに抱き着いて来たバカの頭にもう一度拳骨を入れると、またその場に座り込んで頭を抱えているサブ公は、本当に年上なのか疑わしくなってくる。

 

 全く、なんでアタシがアンタの面倒見てるんだか。普通逆じゃないのかい?お金の管理も出来ないダメな男なんて、アタシくらいしか構ってくれないよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、こんな日常を楽しんでいるアタシがいて、いつかは学園を卒業しちまうことを残念に思っているアタシがいて、これからもアンタの面倒を見る事は嫌ではないアタシがいて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなアタシはもういない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっとサブ公が苦しんでいるのに、すぐに気付けなかったアタシの責任だ。どんなことをしてもアタシがサブ公を救ってやる。

 

 だからそんな諦めた面するんじゃないよ。必ずアンタを助けてやるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園に二つある寮のうちの一つ”美浦寮”の寮長を務めるウマ娘”ヒシアマゾン”は、まだ朝日が完全に昇りきっていない早朝から弁当作りに励んでいた。

 

(サブ公のやつ、少し痩せたか?どうせまた飯抜きで働いてんだろ。ほんとしょうがないやつだね)

 

 呆れた口調でサブトレーナーの心配をする彼女の言葉とは裏腹に、その表情は少しだけ笑みが溢れていた。

 

 フライパンの上からパチパチと肉が焼ける音と、香ばしい野菜の香りが部屋の中に漂っている。

 程よく焼き上がった料理を手際よく巨大な弁当箱に数個程詰めていき、最後に一つだけ普通サイズの弁当箱を用意して残ったおかずを全て入れていく。

 

 人間であれば一日分はあるであろう量の弁当をいくつか用意し終わった彼女は、エプロンを外し一息ついた。

 

 いつも後輩たちに弁当を振る舞っている彼女からすれば、一食分増えることなどたいして手間にはならない。

 だが何度も彼に弁当を作ったことがあるとはいえ、異性に料理を食べてもらうと考えてしまえば、普段より念入りに味見を行ってしまった。

 

 別にアイツから褒めてもらいたい訳ではない。ただ元気になって欲しいだけだ。

 自分に言い聞かせるように言い訳をする彼女の照れ顔は幸いなことに誰にも見られることはなく、ぶつぶつとサブトレーナーの文句を言い始めた彼女の口は止まることはなかったが、彼に作った弁当だけは丁重に扱っているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が始まる前に後輩たちに弁当を手渡し終わったヒシアマゾンは、最後に残った弁当をサブトレーナーに渡すべく彼の部屋に向かおうとした所で、彼女を呼び止める声に気が付き顔を向けた。

 

「姐さん!おはようございます!

この間はありがとうございましたっ!!」

 

「おお、おはようさん。

どうだい?身体の方はもうバッチリ回復したかい?」

 

「はいっ!もう大丈夫っす!姐さんに言われた通りちゃんと病院に行って注射打ったらすぐに治りました」

 

「まったく、カゼ引いてるってのにトレーニングするやつがあるかい。

ウマ娘なら自分の体調管理くらいしっかりしときなっての」

 

「押忍っ!すみませんでした!!」

 

 廊下の隅から隅へと響くほど大きな声で謝り、頭と尻尾を勢いよく下げ続けている後輩に苦笑いを浮かべるも、元気になった姿を見て満足そうに頷くヒシアマゾン。

 

 フラフラな姿でトレーニングに向かおうとした後輩を寮の部屋に送り返し、次の日も体調が悪ければ病院に行くように念を押したのが功を奏し、これ以上悪化する前に治ったことは先輩として、寮長としても嬉しかった。

 

 少しばかり世間話をした後、そろそろ手に持っていた弁当をサブトレーナーに渡しに行くと告げその場を後にしようと足を運ぼうとした瞬間、何かを思い出したかのような表情でサブトレーナーの話を始めた後輩に出掛かった足を引っ込める。

 

「そういえば、自分が注射打った日にサブトレーナーさんと偶然病院で会ったっすよ」

 

「なんだって!?

……サブ公のやつと何か話したかい?」

 

「すっ、すいませんっ!!あの時頭がボッーとしてて、サブトレーナーさんと話したのは覚えてるんすけど、話の内容はほとんど覚えてなくて……

なんか手術とかお金がどうのこうの言ってたような気もするんすけど……」

 

「なっ……」

 

 後輩の言葉にあ然とした表情を浮かべ、思わず手に力が入り持っていた弁当箱がミシリと軋む音が僅かに響く。

 

 サブトレーナーと知り合って数年は経つが、彼が大きな病気に掛かったことなど記憶にない。

 たまに仕事が忙しくて目に隈が出来ていたり、お金がなくご飯を抜いて痩せた姿を見た事はあるが、病院に行くほど体調が悪くなったことはないはずだ。

 

 だが何より気がかりなのが、彼から手術という言葉が出てきたことで一層彼女を不安にさせる。

 

 もしかして何か大きな病気を抱えているのではないか。一体いつから?もしや昔から自分たちに内緒で病気と戦っていたのではないか?

 

 思考が深くなるにつれ、背中に感じる汗が冷たくなっていくのがよく分かる。それでも彼なら大丈夫と自分に言い聞かせ続け、気付けば彼の部屋の前まで辿り着いていた。

 

(クソっ、なにビビってるんだ!!アタシらしくない!)

 

 いつもと変わらないはずのドアがやけに大きく感じる。まだ門立ちから帰って来ていないかもしれない部屋の主を確認するだけなのに、体が重く感じていた。

 

 意を決しドアを開けると、見慣れた景色が目に飛び込んで来るが部屋の主はまだ帰って来ておらず、ゆっくりとドアを閉めて中へと進んで行く。

 

 今までも何も言わず弁当箱だけ机に置いて立ち去ったことあり、そのまま置いて帰ろうと一瞬悩むが、やはり後輩から聞いたことを直接問い詰めなければ気が済まない。

 授業が始まるギリギリまで彼を待つ事にして、沈黙が支配する部屋の中で彼の机に向かう。

 

 珍しくキレイに整頓された机の上には、作業途中であろう書類とボールペンが無造作に置かれていた。

 机の真ん中に弁当箱を置き椅子に腰掛けようとした所で、ふと引き出しから何かの書類の束がはみ出していること気が付いた。

 

(ん?なんだいこれは……)

 

 ついその書類を引き出しから抜き取り何気なく内容を確認すると、そこには普段口にすることはないような病名がいくつか書かれており、続きの書類には病名に対する説明が詳しく載っていた。

 

(これって……サブ公……)

 

 パラパラと書類を捲っていくにつれ、手の震えが抑えられなくなっていた。見たことがない漢字で書かれた内容は全ては分からなくても、彼の体が病に侵されていると理解するには充分なものだった。

 

 そして一番最後に出て来た書類だけは今まで見た内容とは打って変わり、なぜかフランスのことについて書かれていた。

 

 全ての書類を一通り目を通し、静かに元の位置に戻した後、そのまま彼の帰りを待たずに部屋から退出して重い足取りで教室へと向かう。

 

 同級生からも慕われ、熱血漢という言葉が似合う彼女の普段の姿とはまるで別人のように覇気がない。

 

 今彼女の頭には彼に対して様々な感情が混ざり合い、思いっきり叫びたい気持ちになっていた。

 今まで何も疑問に思わなかったが、なぜ彼がいつも金欠だったのかようやく合点がいったのだ。

 

 治療を受ける為には当然お金が掛かる。それこそ難しい手術を受けようものなら尚更費用は増えていく。

 恐らくサブトレーナーは前々から病に侵され通院を繰り返していたのだろう。だがとうとう彼の体に限界が来てしまった。

 そこで手術を実施することになったが思った以上に病状が進行し、海外での治療を余儀なくされ、彼は必死にお金を貯めているのだ。

 

 食事を抜いた程度で手術代が貯まるはずがない。それでも諦めない彼の姿勢は、彼女の冷えきった心に火を点ける。

 

(悪いねサブ公。アンタの自分自身とタイマン勝負にアタシも入れさせてもらうよ)

 

 彼の病気が何なのかは知らない。手術費用がどれだけ掛かるかも興味がない。ただサブトレーナーを助けるだけだ。

 レースに勝って勝って勝って……有名になれば人一人助けることくらい我儘も聞いてもらえるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとだけ待ってろよサブ公。すぐにヒシアマ姐さんが助けてやるからな。

 ここからはもうタイマンじゃないよ。全員まとめて相手してやる!!誰が相手だろうと、アタシの邪魔はさせないよ!!




キャンサー杯お疲れ様でした(出遅れ)

ようやく少し動ける程度まで回復しました
皆もくしゃみをする時は気をつけるんだゾ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話(サブトレ視点)

|ω・)コッソリ


 トレーナーという職業は想像以上に過酷な仕事だ。いや、まぁ俺はまだトレーナーではないんだがサブトレーナーの仕事でもヒーヒー言ってる時点で先輩トレーナー達の偉大さが身に染みる。いつか尊敬する先輩達に追いつけるようになりたいが、まだまだ自分の力不足を実感する。

 

 でもトレーナーの仕事を知らない人からは

「ウマ娘とイチャイチャできて羨ましい」

「俺でも出来る仕事」

「推しに近づくな○ね」

などと心無い言葉の暴力で俺たちを責めてくる。

 

 お前らに分かるか!?年頃の女の子が際どい勝負服で俺を掛かり気味にしてくる(してない)のにそれを鋼の意志(いらない)で耐えなければいけない苦痛が!!

 おまけにウマ娘たちと食事に行こうものなら給料が無くなることも覚悟しなければいけない。近所の食べ放題はほとんど予約取れないし一部のウマ娘は出禁になってるし。

 ほんとにあいつらの食欲を舐めたらいけない。ライスのような小柄な子でも俺の倍以上食うからなぁ。

 えっ?どうしたライス?……まだ足りない??

 ……すいませーんお替りお願いしまーす(涙声)

 

 

 

 

 

まぁ何が言いたいかと言うと俺は毎日金欠なんです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の仕事も一段落して、腹ごしらえでもしようかと財布の中身を確認するが、相変わらず軽い財布の重さに絶望する。給料が入るまでまだしばらくあるというのに、これではモヤシ生活すらできない。

 全てはピックアップが仕事しないのが悪い。最低保証はもうやめてくれ。

 諭吉様がデータの海に消えた事を後悔しつつ、朝から鳴り響いている腹の虫を解消しようと、俺はとあるウマ娘がいる部屋に向かうのであった。

 

「おーいカフェ?いるかぁ?」

 

「……サブトレーナーさん?どうかしましたか?」

 

 腹を満たす為に訪れたのは長い黒髪とミステリアスな雰囲気が特徴のウマ娘”マンハッタンカフェ”がいる部屋であった。

 カフェは名前の通り珈琲が好きなウマ娘だ。飯がないなら飲み物で腹を満たそうと苦肉の策としてカフェを頼ることにした。カフェの入れてくれる珈琲は店で飲む物と比較しても何ら遜色ない旨さなので、よくご馳走してもらっている。

 

「いやー、またカフェの珈琲が飲みたくなってなぁ。もうカフェの珈琲飲まないと生きていけなくなったわ」

 

「……ふふ、なんですかそれ。……少し待っていてください」

 

 ほんのりと笑みを浮かべながら俺に珈琲を準備してくれているカフェの姿を見ながら、この場にタキオンがいたらきっとからかってカフェの機嫌を悪くさせてたかもなと思いつつ、珈琲のいい香りがこちらまで漂ってきて俺の腹も早く飲みたいと唸っている。

 

 ただカフェと一緒にいるとなぜか肩が重く感じるんだよなぁ。カフェ曰く、”あの子”が俺に憑いているとか言うけど、俺には”あの子”が見えないから何をされているか分からん。

 

「……お待たせしました。……ふふ、相変わらずサブトレーナーさんのことが気になってるみたいですね」

 

「おお、ありがとう。それでまた”あの子”は俺の所にいるのか?何か好かれるようなことしたっけな?」

 

「……サブトレーナーさんは”彼ら”に好かれやすいようですから……”あの子”も気に掛けているんだと思います」

 

「えっ?”彼ら”??男の霊は嫌なんだけど」

 

「……大丈夫です。私がサブトレーナーさんを護ります。おかしなことがあればすぐに言ってください……」

 

 カフェの言葉に少しだけ寒気がしたような気がしたが、それを誤魔化すように目の前に置かれた珈琲を口に含むと、空きっ腹がもっと寄越せと催促してくるように腹の虫が鳴り響いている。

 珈琲と一緒にもらったクッキーも腹の中に入れて満足している最中も、ずっとこちらを見つめていたカフェの金色の瞳に気付くことはなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから2杯程お替りをもらって、多少腹が落ち着いたので自分の部屋に戻ることにした。

 帰ろうとした時にタキオンが部屋に戻って来て俺の姿を確認すると、含みのある笑みを浮かべながら注射器を取り出してきたので、一目散に部屋から飛び出した。

 ウマ娘が追っかけて来たらまず逃げられないが、俺を追い掛けて来ない所を見るにカフェが止めてくれたのだろう。

 今度お礼に新しい珈琲豆でもプレゼントしようと思いながら、自室へと向かった。

 

「ん?ヒシアマ姐さん?俺に何か用事でもあった?」

 

「!!っ、サブ公!?い、いやアンタ最近少し痩せた気がしたんでね。どうせまた飯抜きで仕事してんだろ?後輩たちに作った弁当が余ったんで、アンタにも分けてやろうと思ってね」

 

「……ゔ……」

 

「お、おいサブ公!どうした!?」

 

「ゔおぉぉぉ姐ざぁぁんありがどぉぉぉ!!」

 

「あぁ~~もううるさいよ!!さっさと食べて元気になりな!」

 

 アマゾン姐さんからの差し入れに思わずチケゾー化してしまった。いつも俺がピンチの時に絶好のタイミングで助けてくれる彼女には本当に頭が上がらない。もうね、好き(直球)

 年下なのに母の如く救いの手を差し伸べてくれる彼女に敬意を払って姐さんと呼んでいるが、本人は俺からそう呼ばれるのに微妙な顔をしている。後輩からも呼ばれてるんだから俺も言っていいと思うんだがなぁ。

 

 しかも弁当を差し入れてくれただけでなく、午前中に空腹と戦いながらやっていた書類も綺麗にまとめてくれているとは。これは姐さん女房ですわ。

 

 早速もらった弁当をゆっくり味わいながら舌鼓を打っていると、ヒシアマ姐さんがこちらをチラチラ見ながら何かを言いたそうにしていた。

 ははぁ、なるほど。弁当の感想が聞きたいんだな。ということはこの弁当は俺の為に作ってくれたと。後輩たちの分の余りなんて照れ隠しを言うなんてカワイイじゃないか。

 

「あぁ〜やっぱりヒシアマ姐さんの料理は最高だな!」

 

「なんだい急に?そんな褒めたっておかわりはないからね」

 

「いや、いつかは姐さんの料理が食べられなくなると思うと寂しいなあって……」

 

「……っ」

 

 そりゃあヒシアマ姐さんは寮長もしてるけど、いつかはトレセン学園を卒業していなくなるんだよなぁ。トレセン学園に就職するってのなら話は別だけど、先のことは誰も分からないし、どうなるか検討も付かない。

 ならば姐さんの料理が味わえる内にたくさん食べておかねばならない。

 

 夢中で弁当を味わっている俺の横で、握りこぶしを作りながら悲痛な表情で見ていたヒシアマゾンの姿に気付くことなく、久しぶりのまともな食事に満足しているのだった。




短いですが生存報告も兼ねて投稿します。
流行りのウイルスに感染したり職が変わったり引っ越したりと色々忙しい1年でしたが、もう少し経てば落ち着くと思いますのでのんびりとお待ちいただけると嬉しいです。
感想と誤字報告もありがたいことに頂いておりますが、後日まとめてさせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話(ウマ娘視点)

今年最後の初ウマぴょいです


「ほら見ろよ!お前の靴、あんな木の上に引っ掛かってるぜ」

「あちゃーこりゃあがんばってジャンプしないとな〜

まぁウマ娘ならチビでも余裕で届くだろ」

「……」

 

「ねぇ、あの子いっつも一人でいるよね。それに何か雰囲気も暗いし。ちょっと怖いよね〜」

「あーわかるー!目つきも怖いし、何考えてるか分かんないよね」

「……」

 

 ――昔っからずっとそうだった。どいつもこいつもムカつく奴らばっか。くだらない理由でからかって、バカにしてきて。

 言ってやりたいことは山ほどあった。でも、こんな奴らに何を言ったところで意味はない。

 毎日ムカついて、イライラして、何度蹴り飛ばしてやろうかと思ったことか。

 

 だからアタシにはレースしかなかった。レースだけはよかった。散々アタシをバカにしてきた奴も、からかってくる連中も、走って勝てば全員見返してやることができたから。

 全員ブチ抜いて一番でゴールした瞬間は、何とも言えない気持ちがアタシを包んでくれて、その場所だけが唯一アタシを癒やしてくれる。

 

 それからはどんどんレースにのめり込んで、中央のトレセン学園に入学してトゥインクル・シリーズに出場するって意気込んで努力した。

 

「ねぇ、アンタ春からトレセン学園に行くって聞いたけど本気?

才能も体格も何もかもがアタシ達とは比べ物にならない連中が集まってるのに、アンタみたいな小さいのが通用するわけないじゃん」

 

「ッ……!!」

 

 とあるレースに負けた時に、面識のないウマ娘から言われた言葉は未だに鮮明に覚えている。

 それがなんだ!!アンタと一緒にするな!!

 叫びたい衝動をグッと堪え、ただ相手を睨みつける。負けたアタシには何も言い返すことはできない。言葉ではなく結果で黙らすしかない。

 この日の悔しさを糧に入学までアタシはトレーニングに励んでいった。

 

 でも、実際はアイツが言った言葉通りだった。

 

(クソっ……!!位置取りに隙がない、前に出られない!!追いつけないっ……!!何だコイツら、レベルが違い過ぎる!!)

 

 初めての模擬レースの結果は散々なものだった。

 自分と同じまだデビューもしてない生徒なのに、既に差が広まっている。トレセン学園のレベルの高さに改めて自分の実力を突きつけられた。

 

(はぁ、はぁ、はぁ、……!!)

 

 どれだけ走っても、どんなにトレーニングしても、アタシを見下してきた連中の言葉が喉の奥に引っかかったまだだった。

 

(だからって……終われるもんか……!!)

 

 立ち止まったらアイツらの幻聴が聴こえてくる気がした。それを振り払うかのように、とうに消灯時間を過ぎたコースを駆けて行く。走っている時だけは何も考えずに済むから。

 

 どれだけ時間が経っただろうか。静寂が包み込むコース上では自分の足音と心臓の鼓動音しか聴こえてこない。誰にも邪魔されない中で走るコースは多少心のモヤモヤを晴らすことが出来たが、満足を得るには至らない。

 勝ちたい、誰にも一着は渡したくない、絶対に見返してやる……その思いが疲れ果てたアタシの身体にムチを打ち少しずつ速度を上げていく。

 とうに悲鳴を上げている脚を無視してひたすら前進する。

まだだ、アタシは終わってない!こんな所で終われない!全員ぶち抜いて証明してやるんだ!

 限界を超えろと言わんばかりに普段出さないような叫び声と共にコースを駆けていく。

 

「おい!!無茶しすぎだ!!そんな走り方だとケガするぞ!!」

 

「っ……!!はぁ、はぁ、なに、アンタ……」

 

 いつの間にいたのだろうか、一人の男がアタシに駆け寄って来て怒声を浴びせる。月明かりで照らされた男の顔は汗だくになっていて息遣いも荒い。

 こいつもか……!!好きに走って少しだけ落ち着いた気持ちがまた高ぶり、つい目の前にいる名前も知らない男に感情を爆発させた。

 

「っ……ぁああああもう!!どいつもこいつも同じ事ばっか言いやがって!!うるさいんだよ!!もう聞き飽きたよ!!アタシに構うな!!ほっといてよ!!」

 

「……」

 

 男は何も言わずただその場でアタシの眼を見つめている。胸の内に秘めていたものを感情に任せて次々ぶち撒けていった。

 それでも目の前の男は決して眼を離さない。年下の女に散々言いたい放題言われてムッとする表情を浮かべるわけでもなく、どこか懐かしむような顔を浮かべており、こちらが余計に腹が立ってくる。

 

「ぁああああーーーっ!!やっと見つけたーーー!!

タイシィーンーーー!!」

 

 アタシの声とは別に聞き慣れたうっさい声がコースの隅から聞こえてきた。まだこちらと距離が離れてるってのに思わず耳を塞ぎそうになるほどの声量に顔が歪む。

 こっちの気も知らずに全力でこちらに駆けてくる姿を捉えると、思わず深いため息が出てしまった。

 

「こんな時間まで何してるんだよぉおおおー!!

ライトも消えてるのにっ、危ないじゃんかー!?」

 

「うるさっ……、チケットは何しに来たわけ?」

 

「迎えに来たに決まってるじゃん!クリークさんも心配して捜してるよ!早く帰ろうよタイシン!」

 

「……はぁ」

 

 チケットの言葉に火照っていた身体がいつの間にか冷たくなっていた。気持ちも興醒めして今日はもう走る気分ではなくなっている。

 一瞬だけ男の方に顔を向けた後、何も言わずにその場を後にする。今は誰とも関わり合いたくないし、話したくもない。

 

「あぁっ!?ま、まってよタイシィーーーン!!

サブトレーナーさんもまた明日ねー!」

 

 後ろから走って追い掛けてきたチケットは、アタシの心情なんてお構いなしにひたすら話しかけてくる。夏に鳴くセミの鳴き声より鬱陶しい。

 

「それでねそれでね、ハヤヒデがさぁ……

ってちょっとー!!タイシン聞いてるー!?」

 

「……あぁもぉうっさい!!聞いてるから黙っといて!!」

 

「え?うん、わかったぁ!!…………

それでねこの間サブトレーナーさんと一緒にハヤヒデにさぁ」

 

「はぁ……もういいよ。……サブトレーナーってさっきの男?」

 

「うん、そうだよ。あれ?タイシンはサブトレーナーさんと会ったことなかったっけ?」

 

「知らない。興味ないし、向こうもアタシにもう関わろうとしないでしょ」

 

「えぇーーそんなことないよっ!!サブトレーナーさんは優しいからタイシンにも優しくしてくれるよ!」

 

 別に優しくしてくれなくてもいい。チケットの言葉に心の中で否定する。そんな人はどこにもいない。あれだけ暴言を吐いたんだから、きっとトレーナー内でも問題になるはずだ。   

 アタシのような問題児に指導したいと思うトレーナーなんて……

 

 寮に着いてから同室者の小言を聞き流し、帰り道に冷えた身体を暖めるべく汗を流した後、すぐにベッドに横になった。眠りに着くまで、もう関わることはないだろうサブトレーナーの顔が離れなかったのは、心のどこかで罪悪感があったからかもしれない。

 いつまでも離れない顔を消し去れるように、中々寝付けない夜が過ぎていった。

 

「おはようタイシン!!さぁ今日も張り切ってトレーニングだ!!」

 

「おっはよー、タイシン!!今日も一日元気にがんばろーね!!」

 

「……」

 

 トレセン学園に着いてアタシを待っていたのは暑苦しい二人だった。親子かこいつらはと内心ツッコミを入れるが、アタシの気持ちが分かってくれるのは横で苦笑いを浮かべているハヤヒデだけだろう。

 

「……アンタ、昨日の。なに?説教でもしに来たわけ?」

 

「説教?悪いが俺は説教出来るほど偉いトレーナーじゃないし、というかトレーナーですらない。ただ俺は君の手伝いをしたいだけだ」

 

「はぁ!?な、なにそれ意味分かんない。昨日あれだけキレられといて、どういうこと……?」

 

「理由なんて特にない。まぁ一つだけ挙げるとしたら昨日のような無茶な走りじゃいつか満足に走れなくなる。まだ正式なトレーナーが付いてないなら、俺が出来る限りサポートするから一緒に頑張ろう!」

 

「だ、だれがアンタなんかと……げっ……」

 

「か、か、か、がんどうじだぁあぁあああーーーッ!!

熱い、熱いよサブトレーナーさん!!アタシもサブトレーナーさんとトレーニングするぅううーー!!」

 

「おぉ!チケゾーも一緒に頑張るぞ!

よし、まずは腹ごしらえだ!チケゾー、タイシン、ハヤヒデ、俺に付いてこい!」

 

「ちょ、勝手に決めんな!!ハヤヒデも笑ってないであいつら止めてよ」

 

「ふふっ、無駄な抵抗はしない方がいいぞタイシン。サブトレーナー君は中々にしつこいからな。一度目を付けられると逃げウマ娘でも逃げられんぞ」

 

 ニヤつきながらアタシに言葉を掛けたハヤヒデと渋々チケット達の後を追う。いきなりあんな事を言われても意味が分からない。

 アタシのサポートをしたい?どうせすぐにアタシのことを捨てるに決まってる。アイツもみんなと一緒だ。勝手にすればいい。

 チケットと一緒に美味いと泣きながら朝食を食べている男を観察しながら、アタシはそんなことを内心思っていた。

 

 でも、コイツは今までの奴らとは違ってて

 

「タイシン!?カロリーメイトじゃ力出ないぞ!!俺の弁当やるからちゃんと食べなさい!!」

 

 アタシが何度拒絶しても

 

「よし、ウォームアップはバッチリだ。後はしっかりと全身を使って……

よっしゃぁ!!バーベル上げ成功だ!よくやったぞタイシン!!」

 

 アンタはアタシにしつこく絡んできて

 

「ぷっ、ハッハッハ!タイシンテスト〜なんて面白いな。じゃあ俺も……あっ、あの〜タイシンさん?足を振り上げて何を!?えっ?サッカーしよう?……ごめんなさい……」

 

 いつの間にかアタシの日常に土足で入り込んでいた。

 

「よし、タイシン。これが今週のトレーニング表だ。俺が先輩トレーナーとタマに頭下げて作ったスペシャルメニューだからな。みっちりやっていこう。」

 

 アンタと過ごした日々は今までアタシが体験したことがなかったことばかりで新鮮だった。

 

「やったなタイシン!!一着おめでとう!!

いやー最後の末脚は凄かったなぁ、あの走りが完成したらトゥインクル・シリーズでもきっと通用するぞ」

 

 初めてトレセン学園での模擬レースで一着を取れた時は、胸に込み上げてくるものが抑えきれず、つい涙を流してしまった。

 泣き顔を見られないように、すぐさま顔を拭きアイツの方に顔を向けると、チケットと同じくらいに泣いていた。

 それが何だか可笑しくて、アタシの涙はすぐに止まったのはよかったが、観客席でアタシの名前を連呼するのは辞めて欲しい。

 

 年上のくせに涙脆くて、ガキっぽくて、ヘラヘラしてる変な奴だけど、今日は少しだけ素直になってもいいだろう。

 

 アンタといる日常は、嫌いではないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜今日も寒いね〜。あっ!ハヤヒデの髪の中なら暖かいかも!ねぇハヤヒデ〜?ちょっとだけ入ってもいい?」

 

「バカなことを言うな!!入れるわけないだろう!!もうすぐ喫茶店があるはずだからそこまで我慢しろ」

 

「はぁ、チケットが静かになるなら入れてあげれば?」

 

「なっ!?何を言うんだタイシン!!チケットが本気にしたらどうする!?」

 

 人混み溢れる街並みは、もう誰一人夏服の者はいない。冷たい風が容赦なく襲い掛かってくる季節に突入し、街を歩く人々はいつもより足早に歩いているようだ。

 

 そんな中、三人のウマ娘”ナリタタイシン”、”ウイニングチケット”、”ビワハヤヒデ”達は休日のとある日、買い物に訪れていた。

 

 既にデビューを果たしてレースで活躍している三人は、親友として、ライバルとして切磋琢磨している仲であることはトレセン学園だけでなく、ファンからも知られている仲だ。

 そんな三人が街中を歩いていれば当然目立つし、ファンからも声を掛けられることが多い。サインを頼まれることもあれば、写真撮影を頼まれることも多々あった。

 レースとは違う疲労感に襲われながらも、三人は何とか目的の買い物を済ませ、トレセン学園に帰る前に少し休憩しようと喫茶店を目指していた。

 

 すれ違う人々の視線が少し煩わしいと感じ始めたナリタタイシンの機嫌は徐々に悪くなり、ウイニングチケットとビワハヤヒデの会話に入ることもなくただ歩を進めていく。

 

「あれっ?ねぇあの人ってサブトレーナーさんじゃない?」

 

「うん?……遠くてはっきりと分からないが、確かに似ているな」

 

「……珍しくスーツなんか着てる。初めて見たかも」

 

 ウイニングチケットの言葉に反応した二人は、彼女の視線の先にいる男を観察した。ビワハヤヒデは断定出来なかったが、ナリタタイシンはすぐに遠く離れた男がサブトレーナーだと確認できた。

 

 三人が見つめる男はどこか挙動不審な動きをした後、店の中へと姿を消した。彼女達との距離が離れ過ぎていた為、男は三人に気が付くことはなく、また彼女達も男が何の店に入ったか分からなかった。

 

「あぁ〜サブトレーナーさん行っちゃたー!折角なら一緒に喫茶店行きたかったのにぃ」

 

「まぁ残念ではあるが、サブトレーナー君も休日くらいゆっくりさせてやらないと大変だろう?なぁタイシン?」

 

「は?何でアタシに聞くわけ?アイツが何してようとどうでもいいし……」

 

 ビワハヤヒデの言葉に思わず食い気味に反応してしまったナリタタイシンは、ここで更に反論してしまえば二人から更にからかわれることは目に見えていることを理解しており、無言を貫くことにした。

 だが、二人には彼女の尻尾が落ち着きなく動き続けているのを見られてしまい、二人のニヤついた顔が彼女の機嫌を更に悪くすることとなった。

 

 ナリタタイシンが歩むスピードを早め、からかい過ぎたと二人が謝りながら歩を進めている内に、男が姿を消した店らしき所の前まで到着し、三人は一旦足を止め店内を確認する。

 

「んー……あっ!いたよっ!……やっぱりサブトレーナーさんだった」

 

「あぁ、だがここは……?」

 

「……石材店?アイツ、こんな所で何してんの……」

 

 三人が外から店内を伺っている中、サブトレーナーは店員らしき人物と店内を見回っていた。店内はお墓がずらりと並んでおり、普段の彼を知る者が見たら似つかわしくない場所であろう。

 店員の話しを聞く彼の顔は、まるで自分達に指導している時のような真剣な表情なのだが、彼の目の前にあるのは多種多様なお墓の一覧。彼女達に気が付くことはなく次、また次へとお墓のサンプルの前に移動していく。

 

「……もう行こっ」

 

「あっ、あぁ、そうだな」

 

「うん……」

 

 ナリタタイシンの言葉にその場をあとにする三人であったが、その表記は優れない。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように、先程までとは打って変わり口数少なく喫茶店へと向かった。

 普段あまり飲まない珈琲を飲んだナリタタイシンは、珈琲ってこんなに苦かったっけと、珈琲の味を愉しむことなくほとんど残して店から出ることにした。

 後味の悪さは最後に見たサブトレーナーの暗い表情のように、いつまでも口の中に広がっていた。

 

 翌日、若干寝不足気味のナリタタイシンは朝練の為に同室者である”スーパークリーク”より早く起床し、トレセン学園へと向かった。

 この季節は日が登りきっていない為いつもより肌寒いが、目を覚ますには効果的であったと、秋の寒風を肌で感じながら足早に歩を進める。

 

 トレセン学園に到着してすぐにジャージに着替え、室内でストレッチをしようと室内トレーニング場に向かう途中、突然横のドアが開き彼女が今一番会いたくなかった人物と鉢合わせをしてしまった。

 

「おっ?おはようタイシン。今日は早いなぁ、今から自主トレか?」

 

「……おはよ。……じゃアタシ行くから」

 

「あぁちょっと待ってくれ。この間頼まれた資料用意出来たから渡したいんだけど、少し時間あるか?」

 

「あぁ、うん……分かった」

 

 気まずい。彼女の内心はただその気持ちのみであった。

 別に悪いことをしたわけでもないのだが、彼が内緒にしたかったであろう現場を見てしまったことは少なからず彼女の良心が傷んでいた。

 お墓を選んでいたということは、身内に不幸が訪れた可能性もある。非常にデリケートな話題である為こちらから追求する訳にもいかない。

 

 いつも通り接しよう。結局彼女が出来るのはそれだけであった。くだらない事を言い合って、また悪くない日常を送ることを。

 

「ちょっと待ってろよー、……確か鞄の中に……」

 

 サブトレーナーの部屋に案内され、相変わらずのごちゃごちゃしている部屋の中を一通り見渡していく。

 よく分からない物は錯乱しているが、レースに関する資料などウマ娘に必要なものだけは綺麗に整頓されている。几帳面なのかどうかよく分からないが、奥に乱暴に置かれている小道具のせいで台無しだ。

 清潔感を出すために今度実家から何か花でも持って来てやろうか、そんなことを考えながら鞄の中身を全て机の上に吐き出した彼の慌てように思わずため息を吐いた。

 

「あぁもう!そんなに慌てなくていいからちょっと落ち着きなよ。この書類全部大切なものなんでしょ?」

 

 机の上に散らばった書類を仕方なくまとめていく彼女に一言お礼を言うと、彼は書類の整理を始めた。

 彼女も仕方ないといった顔で書類の整理をしている最中、ふと気になるものを見つけた。

 

「……ねぇ?これなに?」

 

「えっ?……うぉ!?な、何でもないよ!!」

 

 書類の中から出てきた一枚のパンフレット。彼は彼女が手にした途端、すぐに奪い返すと慌てて鞄の中に仕舞い込んでしまった。

 

 だが彼女は既に見てしまっている。

『終活のご案内』と書かれた一文を。

 

「ねぇ、今の何?まさかアンタのとは言わないよね?」

 

「……」

 

 彼女の問いかけに彼が答えることはなかった。もし彼の身内に対してのものだったならば、この状況でならすぐに言ってくれただろう。だが返ってきたのは沈黙である。

 思いもよらぬ形で彼の秘密を知ってしまった彼女の胸中は誰にも分からない。

 

「……いい、もういい。今のは見なかったことにするから……」

 

「……すまん」

 

 何事もなかったかのように書類整理を再開した彼女につられるように、彼も慌てて作業を始めた。

 そこに会話はなく、ただ寂しげに書類の音だけが聞こえてくる。

 

「……あっ!あった!これだ!サンキュータイシン」

 

「んっ……」

 

 彼から受け取った書類の中身を確認する最中、衝突に彼の口が開いた。

 

「なぁタイシン……最期のレース、がんばれよ!」

 

「最期って……バカじゃないの!?アタシはまだまだ走れるし、アンタもアタシの走りをちゃんと見届けてよ!!」

 

「ははっ、分かってるって。全員ぶち抜いて一着でゴールするのを特等席で見届けるよ」

 

「ッ……バカ」

 

 もう用は済んだと言わんばかりに部屋から立ち去ろうとした彼女だったが、彼の方へ振り向かずに言葉だけを伝える。

 

「いい加減部屋を綺麗にしたら?掃除して花でも置けば少しは雰囲気変わるんじゃない?」

 

「んー花かぁ、いまいち花のことは分からんし、世話も大変そうだしなぁ。そういやタイシンの実家って花屋だっけ?何かお勧めある?」

 

「……今度サンビタリアでも持って来てあげる」

 

 そう告げると今度こそ彼女は部屋から退出した。

 朝練を終え、クラスで親友二人から目が真っ赤になっていると指摘されても、寝不足と答えるだけで何も話さない彼女はその日から鬼気迫る勢いでトレーニングに励んでいく。

 担当トレーナーから何度も注意されるが、彼女を止められる者はいなかった。

 

 彼と鍛えた自分を証明するため、勝ち続ければ彼女の日常がいつまでも続くと信じて、今日もまたレース場では影が迫ってくる。




今年1年色々ありましたがたくさんの方に見ていただいたことが1番嬉しいことでした。

しばらくは不定期更新になりますが、来年もよろしくお願いします。
それではよいお年を〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。