【完結】俺の英雄譚が景品表示法に違反している (佐遊樹)
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邂逅、覚醒める日(1/2)

 王都中央には、大英雄である『白焔の騎士(フレアホワイト)』ことトーラスの銅像が建てられている。

 

 実家から仕事のため王都へやって来た青年カイムは、その像を見て、特に何も感じることなく、明日に備えて宿に入っていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そしたら一晩中発熱し、汗だくで朝目覚めたときに、トーラスが前世の(カイム)であることを思い出していた!!

 

 馬鹿!! 何で今思い出す!?

 

 早朝に宿で水を浴び、着替えてから外に飛び出す。宿から出て走る。

 足を止めた俺の眼前には、昨日一瞥だけした、大英雄トーラスの像があった。

 

「クソッ舐めやがって……!」

 

 改めて見ると、銅像のトーラスは実際の俺より遙かにイケメンだった。台座を何度か蹴った。事実を歪曲する愚かな民衆どもめ、と唇を噛むしかない。

 落書きをしていいか? したい。めっちゃしたい。でも流石に……俺だしな……

 前世を思い出し、記憶の混濁に耐えながらも、俺は涙を呑んで宿に帰るしかなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トーラスは約80年前、人類の領土へ侵略してきた魔王との戦いを終わらせた英雄である。

 魔王が人類の領土へ侵略を始めたのが300年前。

 人間も魔物もバッチバチに死にまくったし世界全体がどんどん疲弊していった。

 その戦争を英雄トーラス、すなわち前世の俺が終わらせた。

 ちなみに終わらせるタイミングで死んだ。仲間の援護とか全部投入した果てに、ギリッギリで相討ちに持ち込めたのだ。

 

「割と平和になってんじゃん」

 

 街並みを歩きながら、他人事のようにつぶやく。

 完全に他人事である。

 というか自分がトーラスの生まれ変わりであるということに、未だ実感が湧いていないというのが本音だ。

 

 もう既にかつての大戦を語り継げる人類がいなくなりつつある、平和の時代。

 記録でしか戦争を知ることはできない。人間を襲う魔物や、魔物を虐殺する人間こそいるが、それは日常からはみ出てしまった切れ端に過ぎない。

 

 今世の俺の人生は……ちょっとうまく思い出せない。他人との関係を排除した人生だったというのは分かる。思い出せる光景に、あまりに他人がいない。親も俺を気味悪がってとりあえず王都に出したっぽいし。

 俺の転生、意図したものだろうなと予想できる。一つの戦乱の時代を終わらせた人間が都合よく転生できるはずがない。誰かが仕組んでいるんだろうなあ。

 

「こんにちは! 冒険者ギルドです」

 

 そんなことを考えながら、ギルドの、()()()()()にたどり着いた。

 カンタベリー家は貴族ではないが、商売で繁盛してる、ユーラシア共同体の中でもそこそこの名家だからな。服装も平民っぽくはない、ラフめではあるがジャケットを羽織ったビジネススタイルを着て来た。

 

「初めまして。カイム・カンタベリーです」

 

 俺は今日から実家の王都における窓口として仕事をしていく。

 手始めに、カンタベリー家とつながりのある、とある貴族の領土内に発生した魔物の討伐を依頼しに来たのである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ギルドへの募集だが、父母の言うとおりに初級者募集とした。

 俺の実家がなんか言ってた、領土内での魔物出現報告である。

 

「内容、確認しました。カンタベリー家は仲介役で、マスフィールド家の方からの依頼ですね」

「ええ。僕が王都に来るから、それならついでにと」

「マスフィールドの方は実験用の材料採取しか依頼を出したことがありませんからね……」

 

 文書と口頭で依頼内容を説明すると、紺色の制服を着た受付嬢さんがビラをささっと作ってくれた。

 魔力で動く印刷機みたいなもので、依頼内容やら家の名前やらを打ち込むと自動で形にしてくれているようだ。80年前にはなかったなアレ。

 

「カンタベリー家の三男様、ですね。事前にご連絡いただければ、宿などこちらで用意出来ましたのに」

「いやあ、流石にそこまでは悪いです」

 

 まあ昨日までの俺がどんな感じだったのかあんま覚えてないんだけどな。

 受付嬢さんの心遣いにお礼を言い、俺はできあがったビラをもらうと、依頼募集掲示板の前に立ち、ピンでビラを留める。

 

「あの、こちらでやりますよ……?」

「いえ。他の依頼がどんな感じなのかとかも見ておきたいんで」

 

 俺みたいな依頼人が直接ビラを貼ってることはあんまりないのだろう。

 おぼろげな記憶だが、親曰く、これのついでに俺を王都に送り出していろいろ勉強させたかったらしい。

 別にそんなもん……自分でやるとは言わん。普通にもう学んでる。ああ、そうだ。前日に取り戻した記憶が既に自分の血肉となっている。おかしくはないよ。

 

「いいですか」

 

 ギルドボードに募集用のビラを貼っていると、背後から声をかけられた。

 振り向いて、渋い声が出そうになるのをこらえる。

 見るからに初心者。何なら初依頼じゃねえのっていう男女四人組が、キラキラした顔でこちらを見ている。装備も市販の安物ばかりだ。

 とっさに受付嬢さんを見るが、彼女は半笑いで『断っていいですよ』とアイコンタクトをしてくる。

 

「あ、ああ……冒険者の方、ですよね」

「は、はい! 王都に昨日到着して……!」

 

 ウーン……

 ま、ああいいか。本当に大した依頼じゃないし。

 むしろ考え方を切り替えるべきだな。初依頼がちゃんとやりやすいやつなの、この子達にとって幸運だ。初陣が厄災巨竜(ジェノサイドン)だった俺と比べ、女神様に愛されていると言うほかない。

 

 まあ俺が闘争と勝利の女神に愛されてるだけなんだけどね。てへっ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 出現した魔物はイノシシに近い四足歩行の獣だった。

 特定の形こそ持っているものの、身体は魔族が死ぬ際に残す呪詛で構成されている。

 このタイプは『カースド』と呼称され、そこから形や性質によって分類・分別される。そこは昔と変わってない。まあ分類分別は流石にいろいろと増えてそうだけども。

 

「『カースド・ビースト』2体の討伐、完了しました」

「はい、お疲れ様でした」

 

 汗と泥にまみれた初心者パーティの報告を受けて、俺は頷く。

 リーダーである少年が俺に笑顔で報告し、他の三人の女の子たちが討伐の証拠である呪詛のコアを丁寧に取り出している。

 比較的開けた丘なので動きやすかっただろう。いやしかし、よくやった。よくやれてたと思うよ。正直見くびってた。全然使えるじゃん。本当に初陣?

 

「うまいね、君たち。連携も取れてたし、みんな魔法使えるんだ」

「……? まあ俺ら、トーラス冒険者学校を卒業しましたから!」

「!?」

 

 なんで俺の名前を冠した学校ができてんの!?

 ああいや……最終決戦前、パーティでキャンプしてたとき、『この戦争が終わったら俺、冒険者を目指す子供達のための学校建てるんだ』とか言ったことがあったな……ってこれモロに死亡フラグじゃねえか俺迂闊過ぎ。

 

「じゃあ帰還したら報酬をお支払いします。いや、よくやってくれたよ。タイムも速いし変な被害も出してない。将来有望だね」

「へへっ……ありがとうございます!」

 

 鼻の下を擦りながらリーダーの少年が礼を言ってくれる。

 気持ちのいい子だな。

 

「もう、レオってば調子乗らないの」

「カンタベリーさんすみません、こいつ本当にすぐこんな感じで」

「でも……カンタベリーさんって、付き合いやすい感じですよね。現地まで来るなんて意外でした」

 

 まあ、それはな。

 いろいろと自分の目で確認しておきたかったし。

 

「俺も王都に来たばっかりだからね。自分の脚で見て回りたいんだよ」

 

 例えば彼らが倒した魔物。俺の時代と比べれば、その辺にポップしてくる魔物としては、ランクが三つ程度下がっている。どうやら魔王が死んだ影響で、全体的なレベルが下がっている感じがあるな。

 一方で、例えば彼ら自身。冒険者学校卒業したばっか、にしては洗練された立ち回りだった。恐らく学校で実践的な訓練を積んでいたのだろう。人間サイドのレベルは底上げされているようだ。

 

 あと……まあ、なんていうか。

 ヤバい状態になったら、俺が頑張るしかないよな、とも思っていて──

 

「えっ!?」

「ん?」

 

 そのとき、パーティメンバーのうち一人、錫杖のような魔法杖を抱えた女の子が空を見上げた。

 他のメンバーが首をかしげる中、俺は退避ルートを探す。

 

「フィーネ、どした?」

「索敵魔法に反応、だけど……嘘でしょ……?」

 

 刹那。

 空を影が覆った。

 レオ君がぽかんを口を開ける。俺は彼の腕をつかみ、他の三人ごとまとめて突き飛ばす。

 

 直後、撃ち下ろされた巨大な炎が大地を舐めた。

 

「カンタベリーさん!?」

「大丈夫!」

 

 突き飛ばす際に反対方向へ逃れている。ジャケットの裾が焦げたが、致し方ない。

 見上げる。鋭く光る両眼と視線が重なる。

 全身の赤銅色の鱗を呪詛で覆い、翼を広げた翼竜。

 

『グッグギャアアアオオオオオオォォオオ!!』

 

 ──カースドタイプの中でも上位に君臨する第一級危険敵性存在。

 ──『カースド・ドラグーン』!

 

「どっ、どうしようレオ! あれ第一級の……!」

「お、落ち着けっ! マイノ、狼煙は!?」

「あるわよ! あるけど……! 間に合わない! もう接敵しちゃってるじゃん!!」

「とにかくカンタベリーさんを逃がさないと!」

 

 炎の向こう側でレオ君たちが対応を必死に練っている。

 うーん、いい子たちだ。何より判断能力を失っていない。そういうカリキュラムなんだろう。

 ……実力はそこそこにしつつ現場で動ける思考力を培う。この育て方の方針、ウチの賢者か? ふん、いい仕事したじゃねえか。

 なら、俺も報いないとな。

 

「炎で分断されてるから合流できないだろう! そっちはそっちで逃げてくれ! 君たちの背後は崖じゃなくて下り道になっている! 逃げるんだ!」

『……っ!?』

「俺は大丈夫! こう見えて冒険者の経験があるからね!」

「えっ、ちょっと、カンタベリーさん!?」

 

 足下の石を拾い上げ、カースド・ドラグーンへ投げつける。頭部に直撃、100点。

 

『ギャオオオオオッ!?』

 

 釣れた。

 身を翻し、レオ君たちから遠ざかるように走る。俺を追い、ドラグーンが空を駆け抜ける。丘を反対側に駆け下り、全身に魔力を回す。

 

 ……うーん。全力起動したら10秒ぐらいで身体ズタズタになるな。

 

「十分すぎる!」

 

 全力疾走で丘から離れ、急ブレーキをかけて振り向く。

 別の山の麓まで来てしまったな。数キロ分走った感じか。

 ドラグーンは必死に追ってきている。まっすぐ飛んでいる。狙いやすい。

 右手をかざす。魔力を練り上げ──

 

 俺が撃つよりはやく。

 その刹那。

 

 

「──『黒月投転射砲(フォルティスブラエ)』」

 

 

 視線の先で。

 ドラグーンを、一筋の光条が撃ち抜いた。

 

「えっ」

 

 なんすかこれ。

 ドラグーンが一拍遅れて、貫かれた点を中心に円形に身体を吹き飛ばされた。

 

「えっ……ええ……」

 

 ちょっと待って! 人類サイドも底上げされているようだとは言ったけど!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 唖然としている俺の目の前に、ふわりと誰かが舞い降りる。

 

 少女だった。

 空から降ってきた。

 頭の中の、自覚的に動かせない領域が勝手に計算結果をはじき出す。ドラグーンを撃ち抜いた攻撃は空中から放たれていた。攻撃を終えて、降りてきたのなら、今ここに来る。

 

 少女は地面に墜落していくドラグーンを見て、完全に戦闘力を奪ったことを確認して。

 

 それから振り向いた。ふわりと金髪がなびく。

 色素の薄いそれは、黄金というより朝の光のような色だった。

 

 

「もう大丈夫ですよ」

 

 

 きっと運命が存在するのならば。

 それはいつも、天から降ってくるのだろう。

 

 そう、思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「でもカンタベリーさん。自分を囮にするのはやり過ぎですよ」

「…………」

「ドラグーン相手にこんな場所まで逃げ切れたのは驚嘆に値しますが、正直駆けつけるまで、遠視していて私の心臓が止まるかと思いましたからね! もーあんなことはしないように。いいですね!?」

「…………」

「ただ、逃げ切れたというか。魔力で脚部を強化して走っていたと思うんですが。言いにくかったらすみません、元冒険者ですよね? あのスピード……深層迷宮に潜っている『ACES』や旧魔王軍狩りに特化した『夜鷹の会』、何より私がお世話になっている『ミリオンベイビー』の面々でも簡単には出せません。あなた、一体何者ですか?」

「…………」

「あっ、違っ……ご、ごめんなさい。私なんかが踏み入ったことを聞いてしまって。その、本当に、言いたくないのなら言わなくていいですし、ていうかいいです! 言わなくていいです! さっきのも忘れてください……えっと……その……は? ちょっと、カンタベリーさん! 聞いてませんよね!?」

「うわっ」

 

 少女に声をかけられ、ハッとする。

 墜落したドラグーンのコアを回収しに向かっている途中だった、そうだそうだ。

 コアは放置しておくとまた新しい魔物を生み出してしまうので、ちゃんと拾い集めて専門機関で完全に破壊するか、完全に封印するかしないといけないんだよな。ちなみに封印されたコアは武器に転用されることもある。

 

「ええと、それで。なんだっけ」

「ああもう……別にいいですけど」

 

 舞い降りてきた時の神秘的な雰囲気とは打って変わって、彼女は頬を膨らませてそっぽを向く。

 

「興味ないみたいでしたし。私の名前も覚えていないことでしょう」

「レミア。職業は魔法使い。上位魔物の累計討伐数第5位のパーティー『ミリオンベイビー』所属。二つ名は『未踏のレミア』だろ」

「あっ……わ、私なんかの名前を覚えてくれてたんですね……」

 

 照れ照れと頬を染めるレミア。肩口に切りそろえたセミロングの髪を指に巻き付けて口をもごもごさせている。服装は魔法使い用のバトルコートで、冒険者だなと一発で分かった。それも相当手練れだ。

 なんだ? 名前覚えるだけって、礼儀だろ相手の名前を覚えるの。

 

「そして、トーラスの後を継ぐ者、だったっけ」

「はい! 今はまだ、自称なんですけどね」

「そう……」

 

 それを聞いて意識が遠のいたのだった。

 なんて言うんだろうな。

 現代剣術やってる人が宮本武蔵の再来を名乗ってるような。

 そういう途方もない詐欺っぽさを感じて、意識が勝手に落ちそうになったのだ。

 

「……憧れるもんかね。究極的には、一番多くの殺戮をしたっていうだけだろう」

 

 口にしてから、しまったと顔をしかめた。完全に感情をコントロールできていない発言だった。

 銅像が建ってるし学校ができてるし、多分、後世に俺はメチャクチャいい存在として扱われている。それをけなすのは……

 

「分かっています。それでも、なんです」

「!」

 

 レミアの力強い言葉に、俺は足を止めて、彼女の顔をじっと見る。

 向こうも立ち止まると、真摯なまなざしを向けてきた。

 

「『白焔の騎士』トーラス……闇を祓い、世界に光をもたらした存在」

「ああ」

「恐らく孤児で、冷酷に見えて人情があって、魔王相手にも恐れを知らなかった伝説の英雄……」

「あ……?」

「初陣では巨大なドラゴンを一刀に切り伏せた、史上最強の魔法剣士」

「え……?」

「私が目指す頂です」

 

 レミアの碧眼をぼうっと見つめながら、俺は思う。

 

 

 

 は? 俺の前世めちゃくちゃ捏造されてるが?

 

 

 

 トーラスは孤児じゃない。

 両親はいた──()()()()()()()()()()()()()に。

 

 トーラスは初陣で漏らしてズボンびしゃびしゃにしてる。

 一刀に切り伏せてもいない。最後は遺跡を壊して生き埋めにしたドラゴンの頭部を半日かけて剣で割るという陰キャプレーで勝利している。

 

 

 

「湖の精霊と対話し、精霊の神酒を与えられ、それを飲むことで水の上を歩く力を得た話は有名ですね」

 

 知らない。人間は水の上を歩けない。あと俺は酒マジで弱いから一発で酔うと思う。

 

 

「本気で戦うときには腕が六本に増え、両眼から血を流し、聖剣と魔剣のどちらも自在に操ったといいます。得物を選ばないスタンス、見習いたいです……」

 

 知らない! 俺の腕は二本しかない! 目から血も流れない! どう考えてもそれは魔物の外見だろ!

 

 

「あと、一説によると全世界に三百人ぐらいの奥さんがいて、あちこちに英雄の子孫と言われる人がいますね」

「それはマジで知らない!! 誰なんだよそいつはッ!?」

 

 童貞のまま異世界召喚されて童貞のまま死んだのになんで子供がいるんだよォオオ!!

 明らかにプロパガンダじゃねーか!!

 

 

 俺はたまらず悲鳴を上げた。

 さっきから全然知らない伝説が並びまくっている。初めて高級スーパーに来た時並みに何から何まで分からねえ。

 

「はい? 『白焔の騎士』トーラス様のことですよ? 知らないんですか……これだから都会に胡坐をかいた不勉強者は。田舎の雑草根性を見習ってほしいです」

「すげえ逆張りマウントしてくるな! MLBのエグいシンカーみたいな変化したぞ今の台詞」

 

 ちょっと本当に待ってくれェ!!

 正直悩んでいたんだ。英雄の記憶がありますよって、誰かに明かすかどうか。

 別に隠す必要もないのかなとか思ってた。

 

 でも違う。

 絶対嫌だ。

 絶ッッッ対に、嫌だ!!

 

 

 『英雄(こんなの)』と思われたくねえ……っ!!

 

 

 何が何でも黙っておいて、商家の三男坊として平和に過ごそう。

 俺は固く誓うのだった。

 



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邂逅、覚醒める日(2/2)

 カースド・ドラグーンのコアを回収して王都に戻る。

 冒険者ギルドの入り口では、受付嬢の人がレオ君たちと一緒に立っていて、俺を見つけて慌てて走ってきた。

 

「か、カンタベリーさんと……ええっ!? な、なんで未踏のレミアさんが……!?」

「あ、やっぱり有名なんだ」

「そうですね」

 

 さらっと流すね君。慣れてる感じか、凄いな。

 これがプロか。風格があるなあ……

 一方、受付嬢さんの驚愕の言葉を受けて、俺たちはそこはかとなく居心地が悪くなる。ていうか他の冒険者っぽい人たちもこっち見てるし。

 

「ひとまず、ご無事でよかったです……!」

 

 受付嬢さんが俺の手をぎゅっと握り、目を潤ませる。

 やべえ。俺この子のこと好きになっちゃう……

 

「本当にすみません……!」

 

 レオ君たちも申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「気にしなくていいよ。俺も無事だったし、そっちも無事だったんだから」

 

 そもそも初めての依頼でドラグーンと遭遇してるの、運が悪すぎる。

 マジでかわいそうだと思う。

 見たところ大層怖くはあったろうが、パーティ全員心が折れてはいないようだ。

 

「でも、本当によく無事でしたね」

「なんとかなるもんですね。あ、じゃあこれドラグーンのコアです」

「はいぃ!?」

 

 受付嬢さんが素っ頓狂な声を上げる。

 右手に載せたコアは、呪詛の塊とは思えない透き通るようなルビーだ。あ、素手で触んない方がいいみたいな話になってるのか?

 

「レオ君から大体聞いたと思うんですけど。ドラグーンの討伐をしていただいて」

「え?」

 

 受付嬢さんが顔面蒼白になった。さっきから面白いな。

 いや、今度は彼女だけじゃない。レオ君たちも『うわ……』みたいな顔になっている。

 おや? 何か話が変わってくる感じがする。

 

「とっ、討伐ですか? 俺たちと分かれた後?」

「うん」

「それはその、そちらの方に?」

「ああ、レミアに倒してもらった」

 

 次々に質問してきたレオ君のパーティもまた、俺の答えを聞いて完全に硬直している。

 え、何? どうしたの?

 

「……か、カンタベリーさん!」

 

 受付嬢さんが小声で俺を呼ぶ。

 レミアに会釈してから駆け寄った。

 

「はい、カンタベリーです。何でしょう」

「本当に『未踏』さんに討伐してもらったんですか?」

 

 あっ、ふーん。

 レミアより、未踏の方なんだな。

 受付嬢さんは俺とレミアを交互に見て、そっと唇を俺の耳に寄せる。

 

「あの人が入ってるパーティ『ミリオンベイビー』は、請求が高額で有名なんですよ……!」

 

 へ~。

 ん?

 

「……支払うの俺では?」

「はい! だから呼んだんです!!」

 

 ウケた。めっちゃ笑った。

 笑ってたら流石に長すぎたのか受付嬢さんに頭をぶったたかれた。

 

「もう! これは笑い事じゃないんですよ!」

「はっはっは、いやこれは失礼しました」

 

 俺はジャケットを羽織りなおすと、レミアの元へ戻る。

 いや面白いなあ。支払う側でわちゃわちゃする時が来るとは思わなかった。

 

「レミア、ひとまずありがとう。君は命の恩人だよ」

「いえ、そんな……私にできることをしたまでですから」

「それで、お礼はいくら程度になる?」

 

 一応世間話をしばらくやって身の上話とかして互いの好感度を高めてからそれとなく切り出そうかな、と思っていたのだがダルくなったのでやめた。

 

「いえ、いりませんよ。人助けですから」

 

 え? 話が違う。

 思わず受付嬢さんやレオ君たちの方に顔を向けるが、信じられないという顔をしていた。

 えぇ……どゆこと? 全然いい子じゃん。

 どうやら事情を察したらしく、レミアは口を開く

 

「ああ、はい。パーティーの方針は稼げるときに稼げって感じですけど、私はそんなにお金に興味がないので……」

「フーン。なるほどね、立派じゃないか。同い年ぐらいだと思うんだけど、俺なんかとは全然違うや」

「はい? カイムさんって、大人ですよね?」

「俺17」

「本当に同い年だったんですか!?」

 

 ほえー、と間抜けな声を上げてレミアが俺をじろじろ見てくる。

 

「しっかりしてるの、どっちかっていうとカイムさんの方だと思いますよ。ちゃんとした依頼の発注者って感じですもん。私なんか、適当に現れた魔物を片っ端から倒してるだけで全然……」

「それができるのが凄いんだよ。自分で食い扶持を稼いでるじゃないか」

 

 俺がそう言うと、レミアは数秒黙った。

 それから薄っぺらい紙で頑張って作った折り紙みたいな笑顔を浮かべる。

 

 

「別に、意味なんてないと思いますよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ドラグーンのコアは冒険者ギルド預かりとなった。

 換金されるシステムではあるのだが、今回はうかつに金を発生させてしまうと『ミリオンベイビー』に書類上で所有権破棄の確認を取らなくてはならないので、ダリ~となったのである。

 

「それじゃあ本当に、お世話になりました」

「旅に出るみたいな空気だけど、君たちまだしばらく王都だよね? 次も何か依頼があったら頼むよ」

 

 はい! と元気よく返事をして、レオ君たちは雑踏の中に消えていく。

 その背中を見送ってから、俺は冒険者ギルドに戻った。

 日が傾きつつある夕方、依頼帰りの冒険者たちでごった返している。見るからに同業ではない俺を一瞥して、あるものは愛想笑いを、あるものは侮蔑の視線を向けてくる。

 

「おい。カイム・カンタベリーだな」

「?」

 

 名を呼ばれて振り向く。

 ギルドの待合スペースの机を一つ占拠し、長椅子にごろんと横たわっている白衣姿の女がいた。

 長い紅髪で顔が隠れているものの、唇には茶色のタバコをくわえ、紫煙をくゆらせている。

 声を発したのはおそらく彼女だろう。にしてもすげえ怪しいというか何してんの? 普通に公共の迷惑だと思うんだが。ていうかその姿勢でよくタバコ吸えるな……

 

「えーと、あなたは?」

「マスフィールドの者だ。カンタベリー家に依頼を仲介してもらった」

「ああ、なるほど」

 

 どうやら依頼が達成されたかどうかの確認に来たようだ。

 

「ボクはエイミー・マスフィールド。今後も君を窓口にして依頼を出していくつもりだから」

「分かりました。えーっと」

「めんどくさいから、敬語とかはよしてくれたまえ」

「う、うっす……今回王都に、伝書鳩に就職しに来た。カイム・カンタベリーだ」

「フハッ! 君、口が悪いなあ」

 

 エイミーは笑ってから、右手で自分の髪をかき分ける。

 

()()付き合いになるかもしれないね。どーぞヨロシク────」

 

 そこで俺と視線を重ね、完全に硬直する。

 顔に何かついているだろうか。別段変わらない顔だと思うけど。前世とまったく同じ顔だし。

 エイミーは十数秒にわたりこちらをガン見し、タバコの灰がぽろりと落ちたのをきっかけにハッとした。

 

「あ、ああ。すまない。何でもない」

「あ、はい。じゃあとりあえず、俺は受付嬢さんに依頼の終了書類出してくるから……あ。晩飯とか行く?」

「……また今度、ね」

 

 フラれた。

 クソが。死にてえ。

 よく考えたらレオ君はハーレムパーティだったし、なんだか一気に死にたくなってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なんだそれは。ふざけるなよ。ボクの前にその顔で出てきて……クソッ……」

 

「これも、宿命というやつなのか? まったく難儀だな……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レミアは宿に戻ると、一階の酒場で自分を呼ぶパーティメンバーを無視して、そのまま自室へ上がった。

 付き合いはあってないようなもの。レミアは金を稼ぐための有用な方法だったから、特別扱いをされている。言い方を変えれば、腫れもの扱いされている。

 確かに所属する『ミリオンベイビー』は、冒険者として平均的にレベルの高い面々がそろっている。だがその中でもレミアは頭一つも二つも飛びぬけて強かった。

 

 別に、意味なんてないのに。

 

 着替えもせずベッドに倒れ込む。金髪がふわりと頭の周りに広がる。目を閉じても、しばらく眠れそうにはなかった。中途半端な疲労感に意識が覚醒している。

 レミアは一日の出来事を反芻することにした。

 パーティメンバーと共に、いつも通りに依頼をこなして。

 いつも通り。英雄の白焔に憧れて、追いつきたくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()力──黒炎ですべてを焼き尽くした。

 

 別に、意味なんてないのに。

 

 分け前を確認する仲間をしり目に、独り飛行魔法で帰って。

 そこで、ドラグーンと鬼ごっこをする男を見つけた。

 

「……ふふ」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 無茶をする人だと大慌てでドラグーンを撃墜した。

 久しぶりに、生きている人間と会話をしたような気がした。

 

(カイムさん、か……)

 

 ああいった市井の人を守るのも、冒険者の役目だ。

 別段誇りを持っているわけではないレミアも、自分に対してまったく怯えず、遠巻きにもしない青年の姿を見れば、彼を守れたというのは少し誇らしかった。

 

(……でも、ドラグーン。どうしてあんなところに)

 

 第一級の敵が突然現れることは、ありえないわけではないのだが確率は低い。

 そこにレミアは引っ掛かりを覚えた。

 

 しかし。

 

 ピクリとレミアの眉が跳ねた。金髪をはためかせ、勢いよくベッドから身を起こす。

 直後、宿だけでなく町全体を震わせる、爆音と呼ぶべき笛の音が響いた。

 

「────ッ!? 警報!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 サイレンの出所は、冒険者ギルド。

 ならず者も混ざることから、王都の中枢部からは離れたところに建っていたのが救いか。

 

「な、なんで町中に魔物が!?」

 

 武器を持って慌てて立ち上がった冒険者が、現れた異形の腕の一振りで、鉄塊の如き大剣ごと吹き飛ばされた。

 回収されたコアを、封印施設へ輸送するまで保管する部屋から出てきたのは、病的なほど白い肌に、稲妻を散らす紫色の装甲を着込んだ長身痩躯の男だった。

 無論、見た目が近くとも、人間であるはずもない。

 

「魔物ではない。()()だ」

 

 無秩序に生まれ、簡単に討伐することのできる魔物とは違う。

 かつての大戦時に魔王直轄下で人類を虐殺して回った精鋭集団。それが魔族だ。

 

()()()()!? どうして……ッ!?」

 

 魔物は魔族が残した呪詛の結集体である。

 必然、魔物のコアとは、魔族の散り際の呪詛が凝縮されたものになる。

 だから理論上は……そのコアから、魔族を復活させることは、不可能ではない。今回以外にもいくつかの前例はある。

 しかし不完全な復活をしたり、途中段階で自壊したりなどで、脅威となる仕組みではなかった。

 

「私はネンバレーラ。20年にわたり、ずっとコアとして身を潜め、ついに……ついに。計画はうまくいった。コアの私ならば、簡単に入れてくれると思っていたぞ」

 

 侮蔑の笑みを浮かべ、ネンバレーラは目に見えないカマイタチで周囲の家屋を両断し、破壊して回る。

 

「早く逃げてください!」

 

 受付嬢が一般市民の避難を誘導する中、次々に冒険者が挑みかかっては無力化されていく。

 

「──魔物じゃねえのかよ」

 

 その光景を、離れた家屋の屋上から眺めながら。

 ふんだくれるに違いないと浮かべていた笑みを引っ込めて、『ミリオンベイビー』のリーダーが唾を吐き捨てる。

 

「ズラかるぞ。どうせ騎士団が来て潰すだろ」

「おう」

 

 そうだな、とパーティメンバーも追随する。

 

「……おい、レミア。行くぞ」

「…………」

「おい、分かんだろ? 分かってんだろ?」

「何が、ですか」

 

 レミアのか細い声に、リーダーは肩をすくめる。

 

「割に合わねーんだよ、魔族の相手とか。そりゃ魔王を倒した英雄サマは冒険者だったぜ。でもあれは有力な騎士がみんな死んじまったからだし、英雄と一緒に戦ってた騎士もいた。んでよ、この時代で騎士を差し置いて、冒険者がわざわざ魔族と戦う理由なんてないでしょ」

 

 それは一面的には、確かに事実だった。

 しかしレミアは首を振り、静かに息を吐く。

 

「行きます」

「はあ!? ちょっ、おま」

 

 言葉の続きを聞かず、レミアは飛行魔法を起動させると、魔族が暴れまわっている冒険者ギルド前まで一気に加速した。

 

「ぬっ」

「砕けなさい!」

 

 破壊魔法を刹那に数十展開、連打する。

 

「面白い!」

「こっちは面白くもなんともありませんけど……!」

 

 絶えず撃ち込まれる魔法に対し、ネンバレーラは両腕を使い的確に防御をしていく。

 

(遠征帰りだから、残魔力量が少ない。一気に決める!)

 

 方針を即座に決定し、キッとネンバレーラを睨む。

 彼女の足下から黒い炎が伸び、魔族の足に絡みついて固定した。

 

「ほう!」

「恨まないでくださいね。『黒月投(フォルティ)────」

 

 その刹那。

 レミアの動きが止まった。

 放とうとした超圧縮魔力砲撃。仮に避けられるか、あるいは貫通すれば。

 

(──射線上に、市民が)

 

 その思考の空白は命とりだった。

 

「愚かな!!」

 

 気づけば眼前にネンバレーラの姿が迫っている。

 とっさの反応はズバ抜けていた。三重に及ぶ防御魔法を展開、描かれた盾が間に割って入る。

 だが瞬間的な生成故、強度が足りていない。魔族の鋭い手刀の突きが、瞬時に三重防御を突破。その切っ先がレミアに迫る。

 

(直撃する!?)

 

 悪条件が重なったことを言い訳にはできない。

 直撃したところで、良くて即死。悪ければ避難中の市民まで余波に巻き込まれる。

 そこまで思考がたどり着いた後、レミアは身体から力が抜けそうになるのを感じた。

 

 

(ああ)

 

(本当に)

 

(意味なんて、ずっと、なかったんだ)

 

 

 ネンバレーラが勝利の確信を眼光に宿す。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ギリギリセーーーーフ!!」

「きゃああっ!?」

 

 魔手が届く寸前、真横から猛ダッシュ→スライディングをした俺は、レミアを引っ捕まえて攻撃から逃れる。

 

「大丈夫か!?」

「えっ……あ、か、カイムさん!? なんで……!」

 

 レミアをひとまず地面に座らせ、俺は立ち上がる。魔族と視線が合った。

 何が平和だよふざけんな。普通に魔族いるじゃんか。

 その辺にポップするし簡単に殺せる魔物と違い、魔王直轄の戦闘兵として人類を殺戮して回った高位種族である魔族。こいつらがいるということは、魔王による統制の残骸があるってことになる。

 

「おや?」

「ん……」

 

 ネンバレーラとかいう魔族は俺の顔を見ると、首をかしげる。

 

「いや、見覚えが。そんなはずはないが。私、20年近く眠っていたし。私が活動していたころ、貴様はまだ生まれていないだろう」

「……まあ、そうだけど」

 

 既視感、あって当然だろうなあ。

 まあ、見た覚えがあるのはこっちもだ。名前がパッと出てこないってことは、そんなに強豪ではないのかなと思うけど。

 

「カンタベリーさん! 逃げてください!」

 

 視線を動かさないまま声の主を確認すると、受付嬢さんだった。煤に汚れた制服姿だ。その奥では、動けなくなっている冒険者を、レオ君のパーティが救助している。

 逃げて、か。善き人々はみんなそう言う。いつの時代も同じだな。

 

「いつの時代も、同じだ」

「……?」

 

 その時、周囲一帯を地獄に変えたネンバレーラが、両腕を広げて語る。

 

「同じだ。変わらない。貴様たちは脆弱で、愚鈍で、群衆にしかなり得ない。単独の強さなど持ちえない」

「負けた側の言うことか?」

「は?」

 

 結局負けた側が勝った側を馬鹿にしてどうすんねんと思っての発言だったが。

 なんか、場の空気が凍った。

 

「……は? おい。おいおいおい。貴様今言い返してきたか?」

「ちょ、ちょっとカイムさん! なんで挑発なんかしちゃうんですか!」

「え、挑発だったかな。なんか生まれたての子犬みたいに煩かったからつい……」

「それ! それですそれぇ! 言ってる傍から煽ってますって!」

 

 後ろでレミアが悲鳴を上げる。

 確かにネンバレーラが纏う空気感が変わった。キレていた。

 

「わかった。まず貴様から殺す」

 

 刹那。

 複数の『逃げて』という悲鳴が重なって、ネンバレーラがこちらに手を向ける。

 

 ……さて。

 今日だ。今日記憶を取り戻して、これだ。

 ざまあない。次の人生を始めたというのにコレかよ。結局変わってない。

 闘争の宿命から、逃れられてない。

 

 ……でも。

 三男坊としておとなしく過ごそうと思った。

 そういうのもいいじゃないかと思ったし、絶対に英雄と同一視はされたくないし。

 

 ……違う。

 ()()()()()()()()。それを理由に何かを見捨てるようなことは、絶対にできない。

 まあ同一視されるのは嫌だけど、だからと言って表舞台に立たずなんとかやっていくみたいなわけにもいかんので、その辺はバランスを考えていきたいね。

 

 

 なぜなら────

 

 

 ()()()()()()()()()/()()()()()()()()()

 

 

 知っている。

 戦場の感覚。命を削り合う鉄火場。

 闘争と勝利の女神がお帰りなさいと俺を出迎える幻覚が見えた。いつも愛してくれてありがとうよ。できれば二度とその顔を見たくなかったぜ。

 

 右手を伸ばす。何かをつかみ取るように伸ばし、確かに握りつぶす。

 

 ちなみに意味のない動作である。

 かっこいいからやっている。

 

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』」

 

 

 

 前世から付き合いのある魔法が起動した。

 前髪が熱風になぶられる。弾け飛んだ魔力たちが極彩色の光の粒子となって空間を彩る。

 

 光の粒子が結集し、形を象る。

 反りのない直剣が七本顕現し、俺の背部で翼のように展開される。

 

 こちらに飛んできたカマイタチを、背部から光の剣を抜刀し、一刀に斬り捨てた。

 両断されたカマイタチが砕け散り、霧散する。

 背後でレミアが息をのんだ。

 

「……っ!? そ、それはまさか……大英雄、『白焔の騎士(フレアホワイト)』トーラスと同じ魔法……!?」

 

 彼女の言葉に、冒険者や、市民たちが、俺を見る。

 光の剣を翼として展開した、全方位対応型即時抜刀攻撃可能自立稼働可能超絶操作難儀魔法。

 

「トーラスの、再来……!?」

「英雄様と同じ魔法……!」

「聖剣や魔剣を織り交ぜて戦う、超至近距離専門の必殺技巧……!」

 

 そして。

 彼ら彼女ら、この場に集った人類が皆。

 息を合わせて、その銘を口にする。

 

 

 

 

「「「『超滅却大紅蓮(ファイナル・スラッシュ・)地獄爆現魔法(ボルケーノ・ブラスター)~救済パワーを添えて~』!!!」」」

 

 

 

 

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん知らん」

 

 全然知らない名前が聞こえた。

 聞こえなかったことにしたくなった。

 

「え? なんて言った? え?」

「……? 大英雄トーラスの必殺技と言えば、『超滅却大紅蓮(ファイナル・スラッシュ・)地獄爆現魔法(ボルケーノ・ブラスター)~救済パワーを添えて~』ですよ。これだから不勉強な人はっ」

「不勉強? これ勉強しなきゃダメな単語なのか?」

「はい。冒険者学校の教科書に出てきますし」

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 俺は悲鳴を上げてのたうち回った。

 もう絶対に嫌になった。

 

「なんだ、それは。いや……それは、いやいやいやいや…………」

 

 地面を転がる俺を見て、ネンバレーラは両目をこれ以上なく見開いていた。

 あっ。そのアホ面は見覚えがあるわ。

 

「……違うんで。これはその、俺のオリジナル魔法なんで」

「で、でも本当にそっくりです! どうやってここまで……」

「オリジナルなんで。はい。そんな名前じゃないんで」

 

 砂を払って立ち上がる。

 英雄そっくりの魔法を見て完全に硬直していたネンバレーラが、ハッとする。

 

「……見掛け倒しなど!」

 

 加速しようとしたそいつの眼前に先んじて加速し、ピタっと静止する。

 

「思い出した」

「え」

()()()()()()()()()。ガイウスか誰か……おい。思い出せたか? 直接遭わずに済んだから、今日まで生き残れたんだな。逆説的に哀れな奴だ」

「…………!! まさか、そんな!?」

 

 慌てて距離を取ったネンバレーラが、両手を重ねて突き出す。

 生成される数百に及ぶカマイタチ。音速を越えて放たれるそれ。

 

 ここだな。

 全力起動、リミットは10秒間!

 

「いてはならないだろうお前はッ──!?」

 

 市民たちが悲鳴を上げ、た。多分。すぐに聞こえなくなった。

 片手の剣で片っ端から切り捨てる。衝突音と破砕音と斬撃音が混ぜこぜになって大気を揺らす。

 最後の一つを両断して、それからネンバレーラを真正面から見つめる。

 

「うそだ」

「俺嘘とかあんまつかないよ」

 

 距離を詰め、首を掴んで地面に引きずり倒した。

 

「まっ──」

「忠義お勤めご苦労様。今、楽にしてやる」

 

 何か言おうとしたネンバレーラの頭部を靴の底で踏み、コアを格納する胸部に『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』の切っ先を突き込む。

 致命傷だ。全力起動解除。

 

「ぎゅぶ、び、びびいいいいっ! あぎっ、ぐぽっ」

「…………」

「いだい! いいぎいいいっいぎぎぎ!! や゛っ、や゛め゛て゛く゛た゛さ゛い゛ぃぃぃ」

「…………」

 

 命乞いを叫ぶネンバレーラを、真上から見下ろす。

 

「魔王が、最期になんて言ったか知ってるか」

「うお゛ほ゛っ、い、いだぃ、いだいっっ」

「あいつはな、笑ってたんだよ。笑って言ったんだよ。『お前の負けだ』ってな」

 

 魔王の胸に聖剣が、俺の胸に魔剣が突き立てられた、終焉の戦場で。

 あいつは言った。

 

『血に汚れた手で未来をつかめば、それが赤く染まるなど、道理だろう』

『私の勝ちだよ、トーラス。人類史には未来永劫、()()()()()()()()()()()()()が刻まれる』

『ある者は願うだろう。この世界を壊す存在としての私を』

『ある者は憎むだろう。この世界を守ってしまった存在である君を』

『……君は生き残らねばならなかったんだよ、トーラス。君が自ら先頭に立ち、未来を切り拓かねばならなかったんだ』

『私の勝ちだ。この世界から、絶対的かつ恒久的な平和は失われた』

『そして争乱の種がほんの少しでも残る限り』

『私は、よみがえる』

『何度でも』

『何度でも』

 

 ああ、そうだろうな。

 表現自体は誇張してるだろと言わざるを得ないが。

 相討ちに持ち込めたにもかかわらず、俺の負けだった。

 魔王という脅威を、完全に打ち払えなかった。

 

 だからこそ。

 

「何度でも殺してやるよ」

 

 返り血に服が濡れる中、ぐいと上体を倒し、ネンバレーラに顔を寄せる。

 

「ヒッ……」

「お前たちが。魔王に類して、属するやつが現れるのなら。何度でも殺し尽くしてやる」

 

 商家の三男坊として平穏に生きていけるなら、それに越したことはない。

 だけどお前たちみたいな害獣がまた姿を現すのなら、処理する。

 血飛沫が道路を埋めた。ネンバレーラは動かなくなった。

 

 いつの時代も同じだ。

 善人を守るために、悪を討って、返り血に濡れる。

 

 それが英雄のお仕事だ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 封印施設の職員がコアを回収していくのを、ぼーっと眺める。

 受付嬢やらレオ君やらは『なんで依頼とか出してたんですか? 全部お前がやれよ……』みたいなことを言ってきたが、特に反論できなかったので屈辱的な論破を味わう羽目になった。

 隣で憮然とした表情のレミアが、口を開く。

 

「凄腕なんですね。それに、英雄トーラスと同じ戦い方をするなんて」

「あっはっは」

 

 疑われてはいないと思う。

 というか80年前に死んだ人間の転生体です、とかこっちから言い出してもはぐらかされたと思うだろう。

 

「やっぱり真似、したんですか」

「えっ」

「英雄のことを」

「……まあ、そうだな」

 

 でもあの必殺技の名前は普通に駄目だろ。死のうと思ったもん。

 若干トラウマになりかけている俺に対して、レミアは静かに語る。

 

「私もなんです」

「え?」

「英雄と同じ技が使えるのなら、魔王を殺せるから」

「はは、魔王だって殺せる攻撃が使えたとして、何に……」

 

 質問の途中でレミアは歩き出し、俺の正面に佇む。

 

「明日以降」

「?」

「パーティを抜けます。私とあなたで組みませんか」

「はあ!?」

「きっとあなたは、あなたなら、本当に英雄の領域にたどり着けると思うんです」

 

 ……まあ、確かに、全力起動したはずだったんだが、出力は落ちていた。面目ない。

 しかし、それがなんだっていうんだよ。

 

「おい、ちょっと冷静になってほしいんだが。俺はあくまで冒険者じゃなくて、依頼を出す側。で、君はもうエースパーティのエースなわけだろ」

 

「関係ないです」

 

「なんでよ」

 

「だって────」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

(────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 レミアは見ていた。

 絶望の修羅場において、カイムの左目が妖しい光を宿し、深紅へ染まったのを。

 

 自分の鼓動を感じた。心臓がうるさい。高鳴っている。

 

 

 魔王のコアを埋め込まれた心臓が、隣の存在を滅ぼそうと/滅ぼされたくないと叫んでいる。

 

 

 少女は少年と出会った。

 英雄に焦がれる少女の前に、英雄だった少年がいる。

 

 

「──やっと、出会えたんですから…………!」

 

 

 目の前に、生きてきた意味がいる。

 だからレミアは、人生で初めて、心の底から笑っている。

 

 

 英雄に殺されるべき少女が、運命のカードを引いた。

 

 




ボーイ・ミーツ・ガール


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囚縛、永遠の車輪(1/2)

 窓から差し込む朝日で目を覚ます。

 ベッドに横たわったまま、昨日の出来事が夢でないだろうかと反芻する。

 英雄の前世を思い出して、なんか巻き込まれて、最終的には自分で決断した。

 

「……くあ」

 

 あくびをしながら起き上がり、サイドテーブルに置いていた水差しから冷や水を一杯呷る。

 冷たい水が喉から胃へと流れ込んでいくのが気持ちいい。

 昨日の戦闘で焦げてしまった服は捨て、持ち込んでいた別の服に着替える。

 変に目立たない、濃緑色のシャツに腕を通した。

 

 本分を忘れるわけにはいかない。

 俺はあくまでカンタベリー家の三男として、窓口役に王都へ来たのだ。

 ここからまた英雄になってどうたらこうたらではなく、仕事をしに来ている。

 

 気合を入れ直すと、腹ごしらえに一階で朝食を食べるべく、部屋のドアを開ける。

 可愛らしい私服姿のレミアが、廊下に背を預け佇んでいた。

 

「おはようございます。お寝坊さんですね」

「なんでここにいんの」

「今日からあなたと組むことになりましたから。隣の部屋に拠点を移しておいたんですよ。ほら、朝ごはん食べに行きましょっ」

 

 ……なんでここにいんの!?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 宿の一階で、おばちゃんが焼いてくれたパンをもしゃもしゃと食べる。

 隣に座ったレミアはサラダをつついていた。

 私服だと本当に、どこにでもいる町娘という感じだ。胸に押し上げられたブラウスが描く曲線から、やっとの思いで視線を引きはがしながらそう思った。

 

「朝からそれだけで足りるのか」

「朝に食べ過ぎると気分悪くなっちゃうんですよ」

「なるほどね」

 

 魔王が生きてた頃は食事取れないからって抜いて体力低下したらヤバかったから、全然食欲ない状態で無理やり詰め込むことが多々あった。

 そういう時代はもう終わってるんだな……と感慨深くなる。

 

「で、カイムさん」

「ん?」

「なんでじっとアルコールのメニューを見てるんですか」

 

 レミアは半眼になって俺を見ている。

 ……ハッ! 気づかなかった。身体が酒を求めていた。

 

「い、いや。こういう知らない名前が並んでるカタログみたいなの、読んでて楽しい……読んでて楽しくない?」

「ヘェ……そういうものなんですか」

 

 あんまり同意を得られていない反応だな。

 

「……答えなくてもいいけど。君が冒険者として働いてること、親御さんは?」

()()()()()()()()()()()()()()

「あ、そうなんだ。へえ~」

 

 相槌を打ちながら、背中を冷や汗が伝うのを感じた。

 噓じゃない。嘘をついている感じではない。だけど何か、言葉通りに受け取ってはいけないと直感が告げている。

 

「まあ、それはいいんですけど。今日のご予定は?」

 

 レミアは何かを区切るように、水を一杯飲んでから問うてくる。

 

「ちょっと仕事相手に呼ばれてるから、そこに行く。その後は空いてるから、ギルドで、依頼仲介しますっていう張り紙でも出そうかな~って感じ」

「なるほど、OKです。その仕事の呼び出しって私は行かない方がいいやつですかね」

「どっちでもいいと思う。え? でもなんで来るの?」

 

 当然の疑問に対して、レミアはフォークでビシイとこちらを指す。行儀が悪い。

 

「私とあなたの二人で組む以上、当たり前ですがカイムさんのお仕事が優先されるべきです。そういう時は一人で依頼を受けるか、宿で待っておくかになりますが……私もお手伝いできるなら、その仕事を終わらせて、二人で依頼を受ける時間を確保した方がいいじゃないですか」

「え!? 俺を前線に駆り出すつもりか」

「え!? なんで前線に出ないつもりなんですか」

 

 確かに人々の安寧を脅かす、高位の魔物、あるいは魔族が相手なら、まったく容赦せず殺すとは言った。

 しかし冒険者としてもう一度バリバリやりたい! とまでは言ってないし思ってもいない。

 

「俺はあくまで雇用者なんだよ。君が俺と組むんだとしたら、俺から君に専属として依頼をするか、マスフィールド家みたいに俺のところで仲介するかがメインになる」

「えぇっ!? あの魔法育てましょうよ~~!!」

 

 レミアがこちらの肩をつかんでガクガクと揺さぶり始めた。

 

「嫌だ! 悪いがあのレベルでもそれなりに満足はしている!」

「ちゃんと一緒に育てますから! ね!?」

「猫飼いたいみたいなノリで言うんじゃないよ!」

 

 そんな簡単に育たないから!

 

「お二人さん、朝から元気ねえ。パン冷めるわよ?」

 

 あきれたようにおばちゃんが仲裁してくれるまで、俺とレミアはコンビとしての基本的な方針の段階で激論を交わすのだった。

 ……ん!? よく考えたらコンビ組むこと自体なんか既定路線にされてないか?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ごめんくださーい」

 

 目的地は宿から王都を横切るように歩いた先、マスフィールド家邸宅のはなれだった。

 入口のドアを開けると、それだけで埃が無数に舞い散り、陽光に反射して煌めく。

 全然きれいな光景じゃない。俺もレミアもそろって服の袖で口元を覆った。

 

「やあ、いらっしゃい」

 

 出迎えてくれたのは、先日ギルドで顔を合わせたマスフィールド家の人。

 立ち上がった姿を見ると改めて異様な風体だった。地面に引きずるほど長い紅髪と、それに隠れてほとんど見えない三白眼。

 口にくわえたタバコから紫煙を立ち昇らせ、彼女は下着の上に白衣を着て何かの実験をしていた。

 濃い紫色のセクシーな下着だ。レミアほど豊満ではないものの、大人の魅力が出ている。

 

「ッ! オラァッ!」

「ぐわああっ! 急に眼を潰すな!」

「失礼ですよいきなり下着姿で出てくるなんて……!」

 

 向こうが失礼なのに何で俺に攻撃が飛んできてんだよ。おかしいだろ。

 

「まあ一番失礼なのは、それに気づいたうえで数秒間ガン見していたカイムさんですけど」

「フヒw」

 

 倒れ込んだ俺を、レミアが絶対零度のまなざしで見下ろしてくる。

 

「まったく……同じ魔法を使うのであれば、大英雄を見習ってほしいです」

「俺に君の理想を押し付けないでほしいけどな」

「…………………………………………」

 

 埃を払い立ち上がりながら言うと、レミアが急に黙り込んだ。

 

「あ? どうした?」

「……あっ、い、いえ。それでその、こちらの方は……?」

「エイミー・マスフィールドさん。カンタベリー家と仲良くしてくれてる家の人だよ」

 

 そういえば紹介がまだだったな。

 なるべく視界に入れないようにしながら名を言うと、エイミーさんはひらひらと手を振る。

 

「ああ。カンタベリー家と仲良くしているマスフィールド家と仲良くできていない、エイミー・マスフィールドとはボクのことさ。どーぞヨロシク」

 

 自己紹介を聞いて、俺もレミアも若干頬をひきつらせた。

 で、それにしても、なんで呼ばれたのかが分からない。

 昨日の依頼は、確かに付随して諸々のトラブルこそ起きたが、どちらかといえば俺とギルド間で話すべき問題だ。

 マスフィールド家が依頼していたカースド・ビーストに関しては問題なく決着したはずだが。

 

「ひとまずは席に座りたまえ。じきにお茶が来る」

 

 促され、俺とレミアは並んでソファーに座ろうとし、小さな文字や図面でびっしりと埋められた羊皮紙が散乱していて動けなくなる。

 その辺のものは全部どけていいよと言われ、恐る恐る拾い上げて傍の積まれた本の上に──うわっなんだこれ!? 魔導兵器の設計図か! えぇ、えぇえ!? こ、怖い……ほとんど軍事機密レベルじゃんこんなの……

 

「それにしても、別の女性。しかもとびきり特殊極まりないケースを連れてくるとはね。なかなかなプレイボーイだ。英雄の再来は伊達じゃないというわけかい?」

「え?」

 

 何か、ほとんど煽りじみた言葉が聞こえた。

 さくっとソファーに座っていたレミアが首をかしげる。

 

「あれ。カイムさんは私がいても大丈夫とは言っていましたが……何か認識の齟齬があるのでしょうか。お仕事、ですよね?」

「まさか。ご飯だよ、君が誘ったんじゃないか。また今度と言ったろう」

 

 俺とレミアは顔を見合わせた。

 あっデートのお誘い受諾されてたんだこれ!?

 

 

 ◇◇◇

 

 

 はなれはすべての壁をぶち抜いて、丸ごと一つの実験室となっていた。

 まったく整理整頓はされていない。触っていないであろう場所には埃が積もっている。

 頼み込んで白衣の下に黒いシャツを着てもらった後、俺たちはエイミーと向き合う形でソファーに腰を落ち着けていた。

 

「その、掃除をしてもらったりはしないんですか」

「ん? 困るだろう。勝手にものを捨てられたりしたら、勢い余って屋敷を爆破しかねないよ」

 

 こんな状況だというのに、メイドさんがお茶を置くだけ置いて、さっさと出て行ってしまった辺りから予想はしていたが。

 どう考えても自由人だ。マスフィールド家は確かに研究に強いと聞く(うろ覚え)が、ここまでのふるまいを許されているのは確実に理由がある。

 

「それで、あの『未踏のレミア』とコンビを組んだのかい。ボクですら、一夜明けただけで噂を耳にしたよ」

 

 だしぬけにエイミーが言った。

 

「え……ここでどうやって噂を耳にするんだ。意外と外に出てるのか?」

「引きこもっているよりは外の方が好きだよ、むしろ。ただ今回は事情が違っている」

 

 そう言って彼女は地面に置いていた紙束を拾い上げ、こちらに差し出した。

 

「両親が置いていく新聞に載っていたのさ」

「新聞に載っていた!?」

 

 流石に絶叫した。

 レミアが新聞を受け取り、うわ~と声を上げる。

 

「本当ですね。『エースを失った『ミリオンベイビー』の面目は如何に』だそうですよ」

「一から十までお前が原因の記事じゃん……」

 

 しかもよく見ると一面を飾っていた。

 ほかにニュースないのかよ。暇な新聞社だな。

 

「それで、今後は君とそこのレミア嬢のコンビに、依頼を出せばいいのかな?」

「はい!」

「あ、いやまあ、二人で処理できるのなら多分……ただ、基本的に採取とかだと思うんで、そこは人手のあるパーティに仲介するよ」

 

 さすがに全部は受けてられねえよ。俺の仕事をする時間が消し飛ぶ。

 一理あると思ったのか、確かにとレミアもうなずく。

 

「私とカイムさんのダブル英雄コンビは多忙になるはずですからね」

「えっ……何? ダブル英雄コンビ?」

「はい。英雄を目指す私と、英雄と同じ魔法を使うカイムさん。これはもう……運命ですよ!」

 

 瞬間。

 その言葉を聞いて、エイミーがぴくりと眉を跳ねさせた。

 

「……ほう。同じ魔法か。私も見ていたよ」

 

 テーブルの上で湯気を上げる紅茶には触れることもせず、エイミーは細い指で自分の肘を叩く。

 

「しかし本当に同じ魔法かな? 再来と呼びたくなる気持ちは分かるが、彼の剣は()()宿()()()()()()()()

「……っ」

 

 そうだ。大英雄トーラスの二つ名は『白焔の騎士(フレアホワイト)』。

 次々に展開される刀剣群たちの悉くが浄化の焔を宿していたからに他ならない。

 

「いや失礼。今のは意地悪な質問だった」

「……いいよ。自分でもわかってる」

 

 手を組み、そこに視線を落とす。

 転生して、前世で使っていた魔法を使える理由は分かる。魔法とは発動者の魂に共鳴して発揮されるものだからだ。同じ魂なら同じ魔法への適性が宿って当然だろう。

 だが出力や精度までそのまま同じとはいかない。俺の、カイム・カンタベリーの練度不足に他ならない。

 

「ならコンビは組んでやっていくという前提で話していこうか」

「はい」

 

 俺より先にレミアが返事をした。

 

「懸念点として……どうするんだ。君たちはコンビ結成初日だが、知名度はかなり開きがある。そこのレミア嬢は大変に有名だ。となると、拠点は王都に置くとしても、どこまで遠征をするんだい」

「えっ?」

「定期的に依頼を出すかもしれないんだ。頻度のためにも確認しておきたいだろう?」

 

 そう言うと、エイミーがこちらに視線を向ける。

 

「例えば別の国は? 大陸の東へずっと行ったところ、マニメグスタン王国は範囲に入れるかい?」

 

 マニメグスタン! 懐かしいな。

 魔王を倒す旅でお世話になったところだ。砂漠の中にある国で厳しい環境だったが、みんな優しかった。覚えてるよ。王様が滅茶苦茶笑い声でかかったんだよな……

 せっかくだし依頼が来たのなら一度は行ってみたいかな、と返事をしようとして。

 

 

 

「エイミーさん、何言ってるんですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「チッ」

 

 

 

 ?

 えっ、なくなったのあの国。えっ。

 

「内部分裂を起こして、クーデター軍が王族を処刑、一時的に政権を掌握しましたが……結局は治安が安定せず他国の介入を許し、主権を失って国家は霧散。住んでいた人たちもほとんどが新天地を目指して散り散りになったはずです。教科書にだって載ってますよ?」

「……無論、知っているさ。不勉強じゃないかを確認したかったんだ」

 

 うわしかも経緯が結構ショック。

 マジか~。うわ~……

 

「……フン。まあいいさ」

 

 エイミーは懐からタバコを取り出し、口にくわえると、マッチを擦って火をつける。

 その光景を眺めていて。

 

 ふと、気づく。

 

 

 あ゛!!

 これ英雄本人じゃないのかって疑われてるんだ俺!!

 

 

「いや~~はは~~」

 

 ドッと冷や汗が噴き出した。

 えっ、だけど、え? なんで疑われた?

 いやまあ同じ顔で同じ魔法だからそりゃ疑われて当然なんだけど。レミアがまったく疑ってないのが奇跡なんだよ。80年経っているとはいえ──

 

 ちょっと待て。

 80年経ってるから、もうほとんどの人が、英雄の魔法はおろか顔だって、直接見ていないはずだ。

 銅像ですらまるで違う顔になっていた。

 

 この状況で、どうやって俺が英雄本人だという疑いを持てる?

 

「…………」

「なんだい?」

 

 エイミーをじっと見つめる。

 彼女は最初の数秒、優しく微笑み、それからハッとしたように顔をそむけてしまった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから少したってから。

 

「邪魔するぞ」

 

 突然、はなれのドアがけ破られた。

 ガバリと振り向けば、金髪の男が一人、ずかずかと踏み入ってくる。

 かがまなければ入ってこれないほどの鍛え上げられた巨躯だ。露出した右肩には刺青が入っている。

 

「どちら様です?」

「おいおい。俺を知らねえとは新人か、引きこもりだな。アンタは有名な前者だ」

 

 男は俺の目の前に立ち、こちらを見下ろす。

 

「『ミリオンベイビー』のリーダー、アークライトだ。『未踏のレミア』と並び、『強壮のアークライト』と呼ばれている」

 

 へ~。レミアの元仲間か。

 俺は彼女に顔を寄せ、小声で尋ねる。

 

「なあ、最近は『二字熟語+名前』が二つ名の定番なのか? トーラスとは全然違うけど」

「え? 名前まで付けなきゃ分かんないじゃないですか、当たり前でしょ。白焔の~だとユーラシア共同体の中で何百人いると思ってるんですか」

 

 レミアの説明を聞いてかなりガックリ来た。

 二つ名のつけ方が移り変わってるのはいいけど、白焔にそんな集中してるのかよ……俺、付けられるなら『白焔のカイム』が良かったよ……

 

「ウチのエースをかっぱらったのはアンタだな」

「勝手についてきたんだけど……」

「どっちでもいい。返してもらわなきゃ困んだよ。予約いくつ入ってると思ってんだよ」

「…………まあ、それはそうだろうなあ」

 

 いやごもっともすぎるんだよな。

 一か月前には退職の意思確認を取っておくのがやっぱり無難というか、まさしくこういうトラブルを避けられるわけだし。

 とはいっても。

 

「ついでに一回分のレンタル料金もいただかなきゃいけねえ。払えるか? アンタで払えなかったら、アンタの家まで連れて行ってっもらわなきゃなんだよな~?」

 

 こいつ、めちゃくちゃ態度が悪い。

 さっきからずっと、レミアのことを備品か何かのように発言している。

 

「……アークライトさん。急な話になったのはすみません。ですが戻る気は──」

「わかってる、わかってるって。でも、お前が有名な冒険者になったのは、どこで経験を積んだからだ? 恩知らずはこの業界じゃやっていけねえよ」

 

 恩知らずと言われ、レミアが言葉に詰まる。

 いや本当にそう思うよ! さすがに即で出て行っちゃうのは恩知らずすぎるって。

 

 ただし。

 

「恩を返すべき相手に恩を返せない人間が恩知らずであって、かつて恩があってもダルくなったら切るだろ……」

 

 正直な感想を口にすると、アークライトがブチっと頭から音を鳴らして、こちらに顔を向ける。

 

「おい」

「ん?」

「黙ってろ」

 

 ノータイムで拳が飛んできた。

 それを左手でパシっと受け止める。

 

「!?」

 

 手が出るのが早い。精神的なザコだな。

 拳を握りつぶそうと力を籠める。アークライトの顔色が変わる。もう遅い。

 だがその時、部屋の奥で実験に戻っていたはなれの主が声を上げる。

 

「待ちたまえ。ここはボクのラボだ。外でやってくれないか」

 

 ひょこっと顔を出して注意され、俺は息を吐き、手を離した。

 それからレミアの隣に並ぶ。気にするな、と視線で慰めると、彼女は唇をかんでうつむいた。

 苦労してんね君も。

 

「な……ッ!?」

 

 一方、アークライトはエイミーの顔を見て、驚愕に呼吸を凍らせている。

 

「……なるほど。なんでマスフィールドにと思ったら、アンタのラボに来るためだったか。意外だな。アンタが特定のパーティに入れ込むつもりか」

「違うよ。彼らの売り込みが成功したのさ。ボクは君を知らないけど、有名な引きこもりだからねえ? それはそうと、マスフィールド家にケンカを売ってもいいのかい?」

「ちゃんと説明したぜ。追っかけてる元メンバーがここにいるって説明したら、当主様は分かってくださった。ころっと信じてくれたぞ」

「フン。あのお人好し……」

 

 売り込んだ覚えはない。

 何を話しているのか不思議に思っていると、アークライトは突然なれなれしく肩に腕を回してきた。

 

「なるほど。へえ、分かった。いいぜ。レミアをくれてやってもいい」

 

 直後の言葉を聞いて、眉根を寄せる。

 なんだ? 随分急な心変わりだ。どうした。

 

「どうやら知らねえようだな。そこの女は『深淵のエイミー』。レミアが誰も到達したことのない高みへ至る者なら、そっちは誰も行くに行けねえ深い知識の海の底まで潜っちまってる女だ」

「ヘエ~」

 

 すごい人だったんだ。

 

「王国最強の騎士、ソラ・スペードソードは知ってるだろ。あの女の装備はすべて『深淵のエイミー』がイチから作ったんだ。ドラゴンのブレスが直撃しても無傷らしいぜ」

 

 本当にすごい人だった!

 

「そうでもない。ボクの作品として世に出た中では知名度こそ抜群だが、アレはソラ嬢の要望ラインが低かっただけだ。素材さえあればもっとやれるさ。クフフ……次壊れたときはチャンスだね……」

 

 すごい人だけど最低だ……

 エイミーへの評価が乱高下している俺に、ぐいとアークライトが顔を寄せ囁く。

 

「そこでだ。お前、俺と組め」

「は?」

「レミアといいエイミーといい、お前が引き寄せてる。俺は腕も立つが、一番自信があるのは人を見る目なんだよ。お前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんで俺のパーティに入れ。雑用とかはさせねえでやる。会計係とかでいいだろ」

 

 ……あ、ああなるほど!

 俺が入ればレミアもエイミーも釣れると思ってるのか!

 ちらりと見ると、二人は明らかに嫌そうな顔をしていた。彼女たちが口を開く前に、俺がまず手を上げる。

 

「ええと、アークライトさんだっけか。ちょっといいか」

「ああ。分かってくれたか?」

「君は品位が低くて人間として浅そうだけど、この二人とやっていけるか? そこが心配だ」

「…………あ゛?」

 

 交渉、まあ交渉というより恫喝だが、応じる応じない以前に。

 この少しの時間で二人のせいで散々疲弊した身としては、ちょっとそこを根本的に見落としているんじゃないかと思った。

 

「うわああああっ!? な、なにを煽り倒してんです!?」

「フッフハハハ! すごいな君! 真顔で言えることじゃないだろう!」

 

 さっきまで不愉快そうにしてた二人が驚愕と爆笑を繰り出す。

 アークライトは完全にプッツンした表情で、俺から離れると、肩を震わせながら言う。

 

「……分かった。分かった。お前本当に死にてえんだな」

「そういうわけではないけど」

「英雄の再来だの言われて、身の程をわきまえなくなってるみてーだしな。この俺が直々に、強者の何たるかを教えてやるよ」

 

 む。

 ここで荒事はさすがにな。

 穏便に場所を移せないかと悩む俺に対して、アークライトは人差し指をビシイと突きつける。

 

「後悔しても遅いぜ! 白黒はっきりつけようじゃねえか!」

「……っ。別に俺に勝ったところで二人がお前のものになるわけじゃないけど」

「アンタのものじゃなくなるってだけだ。そっから先は俺が口説き落とせばいいんだよ」

 

 無理じゃねえかなあ。

 まあ本人がやる気を高めているのを頭ごなしに否定するのもなあ。

 そうぼーっと考えていた俺に対して。

 アークライトは、声高に宣言する。

 

 

「俺と勝負だ! トーラス記念闘技場で行われる、年に一度の祭典……トーラス武闘会でな!」

「ちょっとタイム」

 

 

 俺は眉間をもんだ。よくもんだ。

 聞こえた言葉が聞き間違いじゃないことがよく分かった。

 

「……トーラス記念闘技場は分かる。もう分かりたくないだけでわかるよ。でも、トーラス武闘会って何?」

「知らないんですか!?」

 

 驚愕の声を上げるレミアと、ヘエ~とわざとらしい相槌を打つエイミー。

 

「仕方あるまい、ボクが教えてあげよう。これは英雄トーラス子孫全員偽物説と合致する話なんだけどね」

「え? 何?」

 

 そう言ってエイミーはつらつらと語る。

 

 

「大英雄トーラスは嵐を巻き起こす魔族を鎮めた際、その領土の娘から夜這いされたのを、慎ましく断ったことがあるんだそうだ」

 

 もう知らない話になってる。

 美人からの夜這いなら絶対ノータイムでオーケー出してるよ。

 嵐を巻き起こす魔族……多分ヤンレヘッヘだよな。嘘じゃん。あの時疲れ果てて一人爆睡した俺を差し置いて、パーティのみんなは祝勝会に参加してたらしいじゃん。

 穴埋めに適当な話でっちあげやがったのか。マジか。あいつら絶対殺す。

 

 

「その時に大英雄トーラスはこう言ったそうだ。『私という剣は人類の未来を切り拓くためのもの。今はまだ鞘に収まる時ではありません。剣と鞘だけにね』と」

 

 言ってない言ってない言ってない! 言ってないぃぃ!!

 一瞬かっこいい雰囲気出してるけどこれスゲェ勢いの下ネタじゃない!? 夜這いに来た女の子に言ってるの単なるバカだよ! 名言として成立してないだろ!

 

 

「そうして、最期まで誰とも結ばれることなく大英雄は散った。その御霊へ捧げるために、王都に住む女の子は、成人前に一度は武闘会で踊り子をするんだ」

「山に住んでて生贄を要求してくる妖怪じゃん!?!?」

 

 最終的に対価要求しちゃってるじゃん! いい話の要素マジで何一つとして満たさなくなった!

 ん……? ていうかこれ、童貞のまま死んだのを慰める祭りってこと? え? はあ?

 ハアアアアアアア!?

 

 

「当初はそういう祭りだったんだけど、英雄の名がつく以上は腕試しも必要だろうということで、冒険者や騎士が参加するようにもなったんだ……って、もう聞いてないねこれ」

「ふざ……けんな……ッ!!」

 

 俺は頭を抱え苦悶の声を漏らす。

 もう再来と呼ばれるのすら断固阻止したい。

 だって童貞のまま死んだの大々的にバラされてる挙句、見知らぬ女の子踊らせて慰められる存在、最悪でしょ。

 

 今のところ、300人ぐらい奥さんがいてあちこちに子孫を残したとかいうデマを認めるか、王都在住全員に童貞煽りされるかの二択なんだけど。

 

 嫌だ。絶対に嫌だ!

 

 

 『英雄(こんなの)』だと思われたくねえよぉ………っ!!

 

 



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囚縛、永遠の車輪(2/2)

『さあ今年もやって参りました! 大英雄トーラス様へ捧げる、トーラス闘技会です!』

 

 コロッセウム状の闘技場にアナウンスが響き渡った。

 一行に纏めると由緒だけはちゃんとしてるように聞こえるのがムカつく。

 ずらっと並ぶ参加者の中に紛れて俺はそう思った。

 

『来賓には王都管轄委員会の皆様にお越しいただいております! また特別協賛として、マスフィールド家より運営に多くの助けをいただきました!』

 

 ああ、なんか、魔王軍幹部にパーティ全員囚われて、明日には処刑だっていう絶体絶命のピンチで、平和になったら武闘会みたいなイベントを開催して胴元として儲けたいみたいな下らない冗談を言った気がする。

 その言葉をここまでバカバカしい形で実現したとなると……この変なところで芯を食ったことをしている感じ、ウチの戦士か?

 

『例年通り、試合は騎士トーナメント、冒険者トーナメントに分かれます。果たして最強の騎士は! 最強の冒険者は誰なのか!』

 

 周囲にはプレートアーマーなどで装備を固めた冒険者、甲冑を纏う騎士がいる。

 今回はアークライトと戦うのが目的なので、騎士は参加しない冒険者用のトーナメントへ参加する手はずとなった。

 いや俺冒険者になっちゃった。あくまで雇用者兼なんだけどね。

 

 観客席で俺を見てうちわみたいなの振ってる未踏のレミア(めっちゃ目立ってる。何で参加してないんだこいつみたいな目を向けられてる)を見て、俺は苦笑いを浮かべ手を振り返すのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 開会式が終われば、参加者も自分の出番が近づくまでは自由に観戦していいことになっている。

 

「組み合わせとしては、アークライトさんと当たるなら決勝でしょうね」

 

 羊皮紙にメモしたトーナメント表を見せて、レミアが言う。

 

「お互いに決勝へ進むのは大前提か。このトーナメントという仕組みはやや非効率に感じるけどね。相性差で勝敗が決まりそうなものだ」

 

 反対側の隣で、白衣姿に帽子をかぶったエイミーが飲み物をすする。

 

「事前の一次試験でかなり振り落とされるみたいだからな。ある程度のラインは担保した上でなら……っていう感じなんだろう」

 

 俺も岩を砕けとか多方向からの攻撃を避けろとか試験で言われて大変だった。

 筆記がなくて本当に助かったと思う。文武両道の方針じゃなくて本当に良かった。

 

「しかしなんというか。闘技場がとにかく広いな」

「二種類同時に進めますからね。あ、双眼鏡要ります?」

「いや、一応は見えるから大丈夫」

 

 俺たちの眼前では、闘技場を半分に割って、半分で冒険者が、もう半分で騎士が試合を行っている。

 分断線に沿って最上級の防護結界が張られており、よほどのことがなければ隣の試合に影響が出ることはない。というかこれ対軍勢用の魔法だから傷をつけることすら難しいだろうな。

 

 こうして見ると分かるが、冒険者と騎士では、平均値に明らかに格の差がある。

 

 当然と言えば当然だ。俺の『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』のように、魔法を用いる冒険者は一定の練度になると汎用的な魔法から適合率の高い要素を抽出し、自分専用の固有魔法を組むことがある。ただし魔法自体使えない人の方が多いので、ほんの一握りのトップ層だけが固有魔法を持てる。

 この辺は変わってないみたいだ。

 つまりは騎士の定義も変わっていないのだろうと推測できる。

 

 騎士は叙勲の最低条件として固有魔法を保持する。

 

 冒険者のトップ層であることは、騎士になるための前提なのだ。

 ……とはいえ極まった領域の冒険者がその辺の一般騎士を薙ぎ払えるのも事実。一概に騎士の方が強いとは言い切れないが、役職(ジョブ)として見たときの上下関係はある。

 

 そんなことを考えていると、試合が終わり闘技場の整理が終わった後、二名の騎士が入ってくる。

 

「うわ、何かレベル違う人がいるんだけど……」

「ソラ・スペードソード。トーラスに最も近き戦乙女。『至高のソラ』と呼ばれる騎士です」

 

 紺色の髪を短く切りそろえた少女だ。甲冑を着ていても俺の肩ぐらいまでしか背丈のない、小柄な女騎士。

 フェイスガードに阻まれて素顔は見えないが、立ち振る舞いだけでも相当なツワモノなのはわかる。結構、マジで、強い。レミアとこの子が魔王との決戦の場にいたら、トーラスは犠牲にならずに済んだかもしれない。そういうレベルだ。

 

「ボクに装備を発注してきた子だね。見て分かるものなのかい?」

「いや、まあ……うん。分かるよあのレベルは」

 

 事実。

 試合は始まり、すぐ終わった。

 『至高のソラ』なる騎士が瞬時に間合いを詰め、腕を一振りしただけで、相手の長剣が根元から砕け散ったのだ。

 

『決まったー!! 『至高のソラ』、強い! 強すぎる! 解説としてあえて言いましょう! 一体何が起きたのでしょうか!? 正直分かりません! ですが結果は明白、勝者は明瞭! ソラ・スペードソードが一回戦を突破だー!!』

 

「相も変わらずですね」

「今年も騎士の方は塩試合になりそうじゃないか。これは冒険者の方に注目が集まるね、頑張りたまえ」

「はーい……」

 

 冒険者の試合を見ると、そろそろ俺の番が迫っていた。

 席から立ち上がり、肩を回す。

 あれからいろいろ試したが、基本的に全力起動を10秒間実行すると、24時間のクールタイムが必要なことが分かった。厳密な数字ではないが、丸一日おけばまた再発動できるのは間違いない。

 秒数制限があるとトナメはマジできついな……

 

 

 ◇◇◇

 

 

 闘技場に立つ。

 向かいには皮の軽い装備を纏った冒険者がいる。

 彼はギラリとした眼光を向けてきた。

 

「おい、お前。カイム・カンタベリーっていったか」

「はい」

「英雄の再来って言われてるのは聞いた。だが、雇用者側なんだろ? この武闘会に何しに来た」

 

 うん。何で? って思うよね。

 

「理由は三つ。一つは宣伝」

「……は?」

「俺は王都で、冒険者相手に依頼の仲介業を営むつもりだ。王都外の依頼は腕の立つ冒険者を雇いにくいからな。条件を伝えつつ、足なんかも用意して、冒険者を各地に送る仕事をしたいと思ってる」

「お、おお、いいサービスじゃねえか。ちょっとその辺はウチのパーティも、王都に来る依頼だけだとペースが上がらなくて悩んでたからな……すみません後で詳しく聞いてもいいですか」

「構いませんよ」

 

 ビジネスの会話をしてしまった。

 互いにハッとし、丁寧な物腰になっていた冒険者が再び嘲笑を浮かべる。そのキャラ付けいるのか?

 

「で、あと二つは?」

「二つ目はこいつの試験運用だ」

 

 俺は腰に下げていた剣の柄を叩く。

 

「『深淵のエイミー』が作った最新鋭の剣だ」

「何……っ!? まさかそれは、あのソラ・スペードソードが使ってるのと同クラスの……!?」

「ああ。最高のコストパフォーマンスを追求した結果、高めのランチぐらいの値段で実戦に耐えうる剣に仕上げたらしい。連戦に使うことで耐久試験をしようと思っている」

「性能盛る方向性じゃねえのかよ!」

 

 うん……俺もなんか都合よく使われてるなって思うよ……

 

「じゃ、じゃあ三つ目は何だよ」

「それは──」

 

 俺は観客席を見上げた。

 レミアとエイミーがいる場所から少し離れたところ。

 大柄な金髪の男が、じっとこちらを見ている。

 

「ある男と、この場で雌雄を決しようと思っている」

「へえ。女でも賭けてるのか? それともプライド? 金? 意地?」

「……半分正解だ」

 

 プライドと意地、だろうな。

 アークライトに決闘を申し込まれ、レミアとエイミーについては本人たちの意思次第だし、そもそも俺が所有しているわけではないので賭けの対象とかではない。

 だがいざ、戦うかどうかを考えた時。

 

「向こうが真剣なら、こちらも真剣に応じたい」

「……! なるほどな。分かったぜ、お前はちゃんとここに立つ資格がある」

「ありがとう。助かるよ」

 

 話が終わるまで待ってくれていたアナウンサーが、開始を告げる。

 

『さあさあ話は終わったようです! カンタベリーさんのお仕事について興味のある人は、武闘会終了後にぜひお問い合わせをしてください! ですが今ここでは、その強さを見せてもらいましょう! 英雄の再来と呼ばれる男の実力は如何に!?』

 

 ブザーが鳴る。

 俺は身体に強化魔法を発動させ、長剣を引き抜き距離を詰める。

 対戦相手は短剣を引き抜きながら、器用に上体を倒してこちらの斬撃をかわした。

 

「シっ!」

 

 対戦相手が刃引かれた短剣を突き出す。首を振って紙一重に避ける。

 そのまま、()()()()()、両足を大地に固定し、俺は長剣で向こうの連撃を叩き落し続ける。

 

「……!」

 

 相手の表情に焦りが生じる。

 間合いが詰まらないからだろう。詰めさせない。

 

 初撃をかわされた時点でスピードが一定ラインに達しているのが分かった。単なる腕力で潰そうとすれば、スキを見て反撃されるだろう。

 だから有利な距離で、スピード勝負の領域で押しつぶす。

 圧倒的に勝つのではなく、派手に勝つのではなく、絶対に負けないように勝つ。

 

 剣戟の中を縫い踏み込もうとした刹那を見極め、短剣を押し込むように弾いて踏み込ませない。

 距離を操る。距離を操ればペースを保持できる。ペースを保持できれば、()()()()()()

 

「こいつ!」

 

 対戦相手が姿勢を無理に崩しながらも、ついに踏み込んだ。

 恐らくこういう勝負も経験してきたのだろう。

 スピードで勝る相手なら、リズムの裏を突いてくる。

 

 だから、整いつつあったペースを乱して、突然仕掛けてくる。

 だから、そこを迎え撃つ。

 切り返しが短剣を弾き飛ばした。手を離れくるくると回転し宙を舞った短剣が、遠く離れた地点に突き立つ。

 俺は切っ先を相手の喉元に向ける。

 

「素手で続行の意思は?」

「……ねえよ。もっと踏み込まなきゃいけなくなるじゃねえか」

 

 ひきつった笑みを浮かべ、相手が両手を上げ、降参の意思を示す。

 

『決まったー! カイム・カンタベリー、強い! 英雄と同じ魔法を使うと聞きましたが、未発動のまま圧勝! とんでもない新星が現れたかー!?』

 

 どうでもいいけどアナウンスが滅茶苦茶うまいな! 観客も大盛り上がりだ。

 それを考えると、なんかこのお祭りが……トーラスの童貞を慰める祭りが例年ちゃんと開かれてきたんだろうなあと思い、憂鬱になってきた。

 

「流石は英雄の再来……! 何もかもが早い……!」

「うるっせえよ!! 別の意味で聞こえんだよ! 早くねえって特に!!」

「おいおい、謙遜か?」

「早くないです! 英雄が早かったかどうかは知らんが俺は早くないです! 以上! 閉廷!」

 

 自分でも過剰反応なのはわかっているが止められず、とても悲しいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 続けて第二試合、第三試合も順調に勝利した。

 単純な身体強化魔法に絞って戦っても、経験値の差は絶大だ。

 

「決勝まで、固有魔法は温存しておくつもりかい?」

 

 準決勝まで時間が空いたので観客席で騎士の試合を眺めていると、ホットドックをむしゃむしゃ食べるエイミーが問うてくる。

 

「切り札にしておきたいんだ。あれを発動させるだけで、もう警戒されると思うし……あんまり連発するとガス欠にもなりかねない」

「フ~ン。まだまだ調整の余地があるということかな」

「そうなるな」

 

 という言い訳である。

 10秒縛りというヤバすぎる枷を明かしたくない。

 

「そういえば、レミアは何で出場しなかったんだ」

 

 これ以上掘り下げられたくなかったのでレミアに水を向ける。

 

「武闘会に出るなら、事前に調整とかがいると思うんですけど……その時間で、書類をまとめていたんです。だから調整不足になるだろうと思って出場を取りやめました」

「書類?」

「はい。ケジメです」

 

 レミアは持参したカバンを見せる。

 

「その……すみません、ご迷惑をおかけして。移籍のお話で」

「いや、俺も移籍には賛成しているから、向こうにかける迷惑は等分割ってことにしよう」

 

 結局は加担してるわけだしな。

 そう言うと、レミアは数秒目を閉じる。

 

「でも……やっぱり私の方で、ちゃんとお話ししておきたかったんです」

「……分かった。でも話がまとまらなかったら、俺も話し合いに参加するし、土下座とかするから」

「土下座はやめてください……」

 

 何をするのかは知らないが、彼女なりに、アークライトを説得したいのだろう。

 まだ17歳だ。そのあたりは衝動的に動いても仕方ない。俺もそういう時期が……いや別にまだ精神年齢もそんなに離れてないか……ていうか俺も結構衝動的に動いてるし。

 

「立派だねぇ~。ちゃんと自分のコトを自分で決められている。ボクには無理だな」

 

 ホットドックの包み紙を握りつぶしながら、エイミーが感心したような声を上げる。

 

「よく言うよ……あれだけはなれを使ってやりたい放題するなんて、ちゃんと自分で地位を確保してる証拠じゃないか」

「そう見えるかい?」

 

 数秒言葉を返せなかった。

 目を合わせていたエイミーの表情が、よくしゃべる彼女からは結びつかないほど、空虚なものだったからだ。

 

「……と。君もそろそろ試合の準備をしたまえ」

「あ、ああ」

「? エイミーさんもどこかに行かれるんですか?」

 

 俺に先んじて席から立ち上がるエイミーに、レミアが声をかける。

 

「レミア嬢。何度も言っているが、敬語は外していい。むしろボクは敬語が苦手なんだ。しかも君ほどの存在からとなると、正直違和感が強い」

「む……す、すみません。気をつけてはいるんですが。基本的に敬語でしか話したことがないので……」

「……そういうことならまあ、徐々に慣らしていけばいいさ」

「わかりま……ええと。分かったぜ!」

「敬語外すと随分キャラ変わったね。絶対に無理しすぎだよそれ」

 

 エイミーは紅髪をかき上げて、気だるげに観客席──その中でもお偉いさんがたが座るVIP席を見上げた。

 

「協賛、マスフィールド家だからね。ボクも挨拶しなきゃいけないらしいんだ」

「それで白衣の下は普通に服着てたんですね……」

「納得の仕方がおかしくないか」

 

 分からなくはないんだけどもさ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来てくれたか」

「…………」

 

 闘技場の廊下を歩き、顔パスで関係者用の通路に入ったエイミーは、マスフィールド家の当主と顔を合わせていた。

 

「毎年体調を崩して休まれていたからね。今年はどういう風の吹き回しかと思ったけど……」

 

 当主はそこで廊下を見渡し、他に人気のないことを確認してから、エイミーに顔を寄せる。

 

()()()()()()? 極端に肩入れするのは、エイミー様、あなたが嫌っていたことかと思いますが……」

「構わない。それより、二人きりの時も敬語は外していい。敬語は苦手だと言ったはずだ」

「……分かった。では挨拶に?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? いい加減挨拶ぐらいはしておくべきかと思ったし、それに」

「?」

 

 そこで言葉を切り、エイミーは鼻を鳴らす。

 

「気まぐれだよ。あの顔で生きてる人間を見たら……ボクも、何かやらなきゃって……それだけさ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「来たか」

「ああ」

 

 準決勝も勝利した俺は、決勝の舞台に立っている。

 相対するは『ミリオンベイビー』のリーダー、『強壮のアークライト』である。

 

「ここでひねり潰す……と言いたかったが。見込みが甘かったらしい」

「?」

「アンタ、やるな。俺に手札を極限まで伏せた状態で来やがった」

 

『さあさあ、まずは騎士トーナメントの決勝からです────!』

 

「……確認しておきたい。そっちが勝ったら、俺はレミアとのコンビは解消する。それはいいけど、エイミーがどうするかは俺には何も約束できない」

「そもそも『深淵のエイミー』が他人に興味を示してるだけで異常事態なんだよ。つながりが太い細い以前に、つながりを持ってる人間を抱き込める時点で値千金だ」

「あっそうか俺が君のパーティに入ることも条件になってるんだったか……」

「忘れてたのか!? お前どうでもいいと思って──いや違う。お前、お前がどうでもいいのか?」

 

『最強が最強を証明するのか、それとも伝説に終止符が打たれるのか!』

 

「……」

「いや、つまんねえ雑談をしちまったな。どうせ試合はすぐに始まるんだ、集中を研ぎ澄ましておこうぜ」

「ああ、その通りだな」

 

 俺が装備しているのは、エイミー印の、コスパに優れた剣一本。

 向こうは巨大な大剣を背負っている。

 リーチの面でアークライトが有利なのは明白だが、取り回しの差はこちらに軍配が上がる。

 

 向こうも戦術を組み始めたのが分かる。

 佇まい、装備、視線から、戦闘パターンを読み取ろうとしている。望むところだ。

 俺とアークライトは邪魔なものを見聞きせず、お互いにお互いしか意識に浮上しなくなる。

 

『それでは騎士トーナメント決勝戦、試合開始────!!』

 

 直後。

 甲高い衝突音と共に、俺たちの真横で結界にヒビが走る。

 

「っ!」

「うおおおなんだあ!? ビックリした!」

 

 音の出所に振り向いて、それから目を疑った。

 甲冑を着込んだ騎士が()()()()()()()()()()

 

『し、試合終了!! 終了です!! なんという実力差か! 騎士トーナメント、栄えある一位はやはりこの騎士────』

 

 アナウンスが遠くに聞こえる。

 フェイスガード越しだが、確かにわかる。

 たった今騎士の頂点に立った女、ソラ・スペードソード。

 彼女がヒビの走った結界越しに、こちらを見つめている。

 

「英雄の再来、カイム・カンタベリー」

「っ」

 

 名を呼ばれ、ハッとする。

 

「貴公は英雄の再来と呼ばれる事実を、拒絶するか」

「……拒絶はしません。同じ魔法を使っているのならそう呼ばれるのは道理だと思います」

「そう。なら、いい」

 

 彼女はどこか満足したかのように頷くと、踵を返す。

 それから背中越しに語りかけてきた。

 

「覚えておいてほしい。先ほどのアナウンスは誤り」

「?」

「わたしは、終止符をいつか打たれる伝説ではない。わたしが、伝説に終止符を打つ」

 

 宣言して、騎士は去っていった。

 息を吐いて、正面に向き直る。アークライトがあきれたような表情を浮かべている。

 

「だから言ったろ。アンタ素質あるって」

「……うるせえよ」

 

 なんか本当にそうかもしれないと思って悲しくなってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『さあ結界の修復に若干の時間をいただきましたが!! ついに開始です、冒険者トーナメント決勝戦!!』

 

 時間を取って、改めてアークライトと向き合う。

 観客席ではレミアが緊張の面持ちでうちわを握っている。表情と持ってるものが釣り合ってない。

 

『例年優秀な成績を収めてきた『強壮のアークライト』がついに頂点へ手を届かせるか!?』

 

 VIP席に目をやると、長い紅髪の女が頬杖をついてこちらを見下ろしている。

 

『期待のルーキー、英雄の再来が栄光をつかみ取るのか!?』

 

 息を吐いた。

 身体に魔力が循環していく。

 

『それではっ!! 武闘会の最後を飾る決戦!! 開始です────!!』

 

 ブザーが鳴ったと同時。

 俺とアークライトは地面を砕いて接近し、互いの得物をぶつけ合う。

 

「正面から! 剛毅なヤローだぜ!」

 

 歓喜するような声を上げるアークライトと切り結ぶ。

 さすがによくやる。速度差は織り込み済みか。

 立ち位置の妙、一つの動作に込められた複数の狙いや、攻撃から攻撃へつなぐ速度が、明らかな手数の差を埋めて拮抗させている。

 

 こちらが三度斬撃を放つ間に向こうが一度剣を振るう、それぐらいのスピード差があるはずなのに、刃が届かない。

 思ってたより上手いな……

 

「正面の押し込み合いなら俺に分が──!」

 

 そう叫び、アークライトが俺の斬撃と大剣をかみ合わせる。

 ガチン! と音を立てて火花が散る。鍔迫り合いに持ち込まれた。重さでこちらの得物ごと砕くつもりなのだろう。

 腕力以前にこっちの剣が折れるな。

 

「付き合ってられるか!」

 

 常に押し込み続けているように見えても、人体はそこまで頑丈じゃない。呼吸の継ぎ目がある。

 アークライトの身体が微かに膨らんだ刹那、膝のバネを使い思い切り大剣を弾く。

 

「……っ!?」

 

 そのまま追撃しようとしたが、アークライトは身をよじって刺突を避け、間合いを取り直す。

 微かに一秒の静寂。

 直後、会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 見世物としてはいい試合になってるだろうな。

 アークライトが首を鳴らして問う。

 

「今の動き、アンタ……俺のこと調べたか?」

「当然だ、そっちは有名人だからな。ちょっと調べたら過去の戦いのデータも出てきた。魔法適性が低く、身体外部へ攻撃魔法として出力するタイプのものは使えないとあったよ」

「ハッ。人気者はつれーわ」

 

 肩をすくめ、しかしそれからアークライトは大剣を構えたまま腰を落とすと、獣のように低い姿勢を取った。

 

「ならここから先は何が始まるか分かるだろ?」

「ああ。お前の固有魔法だ」

「正解だ!」

 

 アークライトの脚部で、魔力が渦を巻く。

 

 

 

「『烈震噛む円環(グラウペスト)』──ッ!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 佳境を迎える試合を眺め、エイミーは退屈そうに飲み物をすする。

 

「……興味がない?」

いいや(ノン)

 

 マスフィールド家当主の問いに対して、グラスの中の氷をかき混ぜて音を鳴らし、紅髪の女は息を吐いた。

 

「ボクが見ているのは勝つか負けるかじゃない。証明できるか、できないかだ」

「……?」

 

 彼女の鋭い目が、闘技場へゆっくり注がれる。

 

(意味なんてない)

 

 ただ死んでいないだけだ。

 長い長い時の中に、すべては溶けるようにして消えていく。だが彼女だけ、溶けることができない。

 

(意味なんてない)

 

 今のエイミーは、大海の中で藁を探しずっと藻掻いているようなものだ。

 傍から見れば、諦めて沈んでしまえばいいのにと思うだろう。

 しかし。

 

(……一瞬だけでも、意味なんてものの味を押し付けてきて。おかげでボクは、このザマだ)

 

 再会の機会は失われた。

 だがそれでも、この世界に、変わらないものがあるのなら。

 あの温かさが永遠に地上を去ったわけでないのなら。

 

 そう自分に言い聞かせて、エイミーは今日も生きている(死んでない)

 

 

 ◇◇◇

 

 

 アークライトの脚部に渦巻いた魔力は、そのまま、()()()()()()()()()()()

 猛スピードで回転した車輪がガチン! と大地を噛み止め、爆発的にアークライトの身体を加速させる。

 

「っ!」

 

 通り過ぎざまの一撃。大質量の大剣にあるまじきスピードを、受け止めずにいなす。

 データ上では、やはりこの第一撃目で勝敗が決することが多かった。当然だ、速度差に目がついていけない。記録として読んではいたが、こうして見ると驚く!

 

「これが噂に名高い、『強壮状態』か……!」

 

 四方八方から迫る斬撃。見てからの防御では間に合わない。

 瞬時に積み重なっていく数十の攻撃を、極力衝撃を流して避けていく。

 

「……! 対応できるだと!?」

 

 アークライトがピタリと正面に静止して、訝し気にこちらを見る。

 もうどこから来るのかを、来る前に感じるしかない。地面を介して伝わる振動で、移動の方向性だけを感じて、その直線を頭の中で描く。

 常に数秒先の未来を予想しながら動けば、直撃はしない。

 

「アークライト、お前の固有魔法……特徴は持続時間の長さだな」

「ああ。確かに今は反応できているが、体力が切れるのは、そっちの方が先だぜ」

 

 なんて理不尽だ。記録にも、なぜここまで持続できるのかは理解不能とあった。

 だが、相対すれば分かった。カラクリは両足に部位を限定している点にある。

 

「この目で見てわかったよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「! へえ、見ただけで理解した奴は久しぶりだな」

 

 吸い上げた魔力で車輪を回して移動し、移動した先でも魔力を吸い上げる。

 実に効率的な運用だと言わざるを得ない。

 何より、いつ切っても構わない切り札ってところが羨ましい。

 

 相手が先に切り札を切ったら、後追いで強壮状態に入り上から潰せる。

 相手より先に強壮状態に入らされてもスタミナ勝負で潰せる。

 ズルだと思う。ズルじゃない? ズルだろ! ズールズルズルズル!!

 

「だが、理解したところでどうしようもねえ。アンタが採れる選択肢は一つだけだ」

「そうだな。だけどその間に一つ聞きたい」

「?」

「それだけの強さがあって何故……レミアにこだわる」

 

 観客席に聞こえない程度の声量で問う。

 アークライトは大剣を突きつけ、嘲笑をあらわにした。

 

「強いやつを弱いやつが顎で使うのが世界のルールなんだ。我慢ならねえだろ。奴らは何もわかっちゃいない。平気で俺らを使い潰そうとする」

「……そうかも、しれない」

「そうなんだよ。俺を鍛えてくれた人、導いてくれた人、みんな末路は同じさ。だから、分かってるやつが使うしかねえだろ。特にあんな、生きるのが下手なくせに力だけが超強いやつは」

 

 ────そうか。

 アークライトの表情を見て、納得がいった。

 お前のそれは、庇護だったのか。

 

「騎士サマたちと違って、俺たちは自分で自分を守るしかねえ。独りだけ飛びぬけて強かろうと、いいように使い潰される。だから徒党を組むんだ、徒党を組んで、金を稼いで、自分たちを守る。生きるっていうのはそういうことだろうが!!」

 

 アークライトの身体がブレる。

 正面からの加速を、初めて、真っ向から受け止めた。

 

 バキッ、と剣が半ばで砕け散る。

 余波に吹き飛ばされ、闘技場を区切る防護結界に衝突する。

 試合が動いたことに歓声が上がる。その中で、レミアが悲鳴を上げるのが聞こえた。

 

「……分かったよ」

「……分かってくれたか? なら、アンタも来い。アンタもあいつと同じだ」

 

 折れた剣を放り捨て、立ち上がる。

 

「分かった、証明する」

「あ?」

 

 右手を伸ばし、握りつぶすように拳を固める。

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』」

 

 

「来やがったか……!」

 

 アークライトが車輪を高速回転させる。

 光の剣が背部に装填され、俺がそれを引き抜くより前に、こちらへ飛び掛かってくるのだ。

 

 だけど、俺は証明しなきゃいけない。

 

「お前の言葉は正しい。だけど一面的な正しさだ。誰かが誰かを使い潰し続けるだけが、この世界じゃない」

「あ?」

「なぜなら──」

 

 キッとアークライトを見据える。

 

「お前の言うお偉いさんたちを黙らせるぐらい、俺が強いからだ」

「──! 吠えたな、テメェ! じゃあやってみせろよ!」

「わかった。10秒で証明する」

 

 全力起動開始。

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)連弾機能拡張(アクティブアサルト)』」

 

 

 直後。

 アークライトが猛スピードで後退する。

 俺の背部から打ち出された光の剣を避けたのだ。

 

「えっ、ちょっ」

 

 地面に突き刺さった剣は、そのまま地面をえぐり抜いて、一切減速することなく彼へ襲い掛かり続ける。

 

「はあ!?」

 

 四方八方から飛び来る剣。

 縦横無尽に宙を舞う光の刃。

 必死に駆けずり回り大剣を振るおうとも、全方位はカバーできない。

 

「なん、だ、こりゃぁっ!?」

 

 アークライトの身体に無数の切り傷ができていく。

 速度にも手数にも対応できていないのだ。

 必死に車輪を回転させようとしたが、俺が操作する剣の内二本が車輪を貫通して地面に刺さる。杭を打ち込まれ、身動きが取れなくなるアークライト。続けて大剣を手から吹き飛ばす。

 

 ここまででいい──全力起動終了。反動に視界がぐらつく。

 操作を切り上げる。手の中に戻ってきた待機状態(アイドリング)の剣を握り、アークライトの元に歩み寄り、切っ先を突きつける。

 

「俺の勝ちだ」

「……っ!」

 

 7秒フラットで済んだ。

 あれから考えたが、一度起動したら10秒間止まれないのはあまりに効率が悪い。途中で切り上げて温存できないかと思い、やってみたが……これはこれで振れ幅に身体が耐えきれない。

 中断・再開は一度きりが限界だな。

 

『き、決まった────!! 『強壮のアークライト』敗れたり!! 王都に突然現れたルーキーはスーパールーキーだったああああああ!! 英雄の再来、カイム・カンタベリーの優ッ勝ッです!!』

 

 割れんばかりの歓声が耳をついた。

 だが、手を叩き足を踏み鳴らす観客たちには目もくれず、俺とアークライトは至近距離で見つめ合う。

 

「お前が徒党を組むのは間違っていない。だけど、手段に過ぎない。目的じゃないだろ」

「……!」

「まあ、なんだ。俺もうまいことやるよ。だから……()()()()()

 

 こうしか言いようがない。

 ただこれは、レミアの移籍先として、俺が信頼できるかどうかの話だったのだ。

 

 アークライトは、自分の身体を縫い留めていた剣群が光の粒子に還っていくのを眺めていた。

 

「……アンタ」

「?」

「英雄の、再来なんだな」

「そう言われてる」

 

 アークライトはふいと視線を逸らす。

 

「……フン。俺のとこより、アンタのとこにいた方が、将来的には安泰かもしれねえな」

「分かってくれたか?」

「意趣返しかテメェ!」

 

 そうだよ。分かってんじゃん。

 舌打ちをして、舌打ちをして、デカい舌打ちをマジでエンドレスに無限にし続けて俺の鼓膜を破ろうとした後、アークライトは渋々といった様子で頷く。

 

「わーったよ……様子がおかしかったらソッコー行くからな」

「定期的に来てくれていい。常に様子がおかしいだろあの子」

「それは分かる」

 

 頷くと、アークライトが、何か肩の力を抜いたかのように苦笑を浮かべる。

 

「にしても、人が悪いなアンタ。英雄の模倣って、基本形態だけじゃないのかよ」

「基本形態?」

「今やってただろ。パワーを犠牲にして身体を内部から作り替えることで極限の素早さを引き出す、トーラス・スピードフォルムじゃねえか」

「違う違う違う違う知らん知らん知らん知らん」

 

 なんでフォルムチェンジすることになってんだよ!

 どうなってる?

 みんな、ちゃんと英雄を実在の人物だと認識できてなくないか?

 

「いやあ、そう考えると惜しかったんじゃねえかな俺。トーラスでいうところの第二形態まで引き出せたわけだしさあ」

「第二形態!?!?!?!?!?」

 

 俺の前世が小林幸子みたいになってる!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 決着はついた。

 冒険者組の優勝者であるカイムが壇上に上がり、賞品を受け取り、観客に向けて手を振っている。

 騎士組の優勝者であるソラ・スペードソードは、試合が終わった後即座に帰ってしまっていた。

 

(出力こそ低いが、彼と酷似した固有魔法)

 

 それをVIP席で眺めながら、エイミーは思考を巡らせている。

 

(どういう理屈なのかは分からない。本人は真似をしただけと言っていたが……固有魔法の形が似ている以上、魂の形質も似ているということだ。みんなそれが分かっているからこそ、英雄の再来と呼んでいるのだろう)

 

 しかし。

 

(似ている、だけか)

 

 決勝戦。

 ()()()()()()()()()()()()は、ついぞ現れなかった。

 言葉を選ばなければ、あれはまがい物。ハリボテの光の剣。そこからにじみ出る浄化の炎がない限り、ほど遠い。

 

(馬鹿かボクは。勝手に期待して……)

 

 自然と視線が下がっていってしまう。

 カイムが閉会式のMCと話す声が聞こえていたが、なぜか壇上に上がってきたレミアの声まで響き始めた。

 

『というわけで、私とカイムさんのコンビをよろしくお願いします!』

『いやそっちの宣伝はするつもりなかったんだけど!?』

『あの~そろそろ拡声器を返していただけませんかね~?』

「フフッ」

 

 いつの間にか閉会式を乗っ取っている二人の光景に、思わずエイミーは笑みを浮かべる。

 

「失礼、マスフィールド家当主様。お客様です」

 

 その時、音もなくVIP席に入ってきた男が、背後から声をかける。

 おお、と返事をしてエイミーの隣の席から当主が立ち上がった。

 

「どなたかな?」

「お前が当主か」

 

 弾かれたようにエイミーは振り返る。

 使用人のふりをして入ってきた男の手に、鈍く光る切っ先があることに気づいた。

 

「!!」

 

 身体が自然と動いた。

 

 エイミーは長い紅髪をひるがえして、当主の前に、両腕を広げて割って入っていた。

 

(何をしている??)

 

 自分の身体の動きに、自分で理解が及ばなかった。

 

(効率面では確かにいい。ボクなら、ナイフで刺されたぐらいじゃ死なない)

 

 だが、自分の正体を露見することになる。今の場所にはいられなくなるだろう。 

 

(じゃあ、なんで)

 

 そんなの分かり切っている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(ああ、クソッ。トーラスのやつ、覚えてろ──)

 

 エイミーに向けて、ナイフを構えた男が突進する。

 

「これが裁きだ!」

 

 瞬間的な痛みに備えて、エイミーが息を止める。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『これが裁きだ!』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』ッ!!」

 

 

 いつもの動きをカット。

 光の剣も複数本ではなく、必要な一本だけに絞る。

 閉会式のMCや隣のレミアの認識が追いつく前に、光の剣をVIP席へ射出。

 

 開け放ちのように見えて展開されている防護結界に突き刺さり、ビシイとヒビが広がる。

 最速で、一直線に飛び込むには、この結界が邪魔だ。

 再起動可能時間は3秒フラット!

 やれるか!? やるしかねえよな!

 

 突き刺さった剣と俺をつなぐ焔の線。

 ワイヤーアンカーを引き戻す要領で一気に線を巻き取り、一秒未満でVIP席の防護結界に到着。

 よっぽどのことがない限り割れないらしいな。

 

 冗談じゃない。

 現代最強の騎士は、片手間みたいにヒビ入れてただろ。

 

 ()()()()()/()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 3秒間の全力起動をすべて一本の剣に注ぎ込む。

 剣を突き立てられていた防護壁が、そこを起点に融解する。

 刀身からあふれ出した魔力が大気をゆがめ、焦がしていく。

 

 コンマ数秒で、最上級の防護結界が解け落ち、大きな穴をあけた。

 

「でるうああああああああっ!!」

 

 VIP席に飛び込んだ俺は、勢いのまま、ナイフを突きだそうとする男に飛び蹴りを入れた。

 

「ぎゃぱ!!」

 

 吹っ飛んで壁に激突し、男は動かなくなる。

 全力起動解除。着地と同時、がくんと膝をつく。

 

「う、うおおおおおお…………」

 

 さすがにがんばりすぎた!

 10秒間、負荷を分散して展開するのが精いっぱいなのに、3秒間とはいえ圧縮してしまった。

 かぶりを振って立ち上がる。

 

「…………っ」

 

 エイミーと視線が重なった。

 

「大丈夫か? 怪我ないか?」

「────────ぁ」

 

 それだけ聞くのが精いっぱいだった。

 エイミーが口をぽかんと開けたまま、小さく、ほんの少しだけ頷くと同時。

 VIP席に警護の人たちがなだれ込んできた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 事情聴取を受けて宿に戻ると普通に日が暮れていた。

 なんでもマスフィールド家に仕事を取られた人だったらしい。逆恨みと一概に切って捨てることは、俺からはできないが、手段が誤ってはいると思う。

 

 そんなことを考えながら、ベッドに横たわりぐだぐだしていると、宿のおばちゃんに呼ばれた。

 

「カンタベリーさん、お客様よ。それも裏口がいいって」

「?」

 

 なんだろうと思って裏口の扉を開けると、そこにはばつの悪そうな表情を浮かべた『強壮のアークライト』が佇んでいる。

 

「え、もう様子見に来たのか」

「ちげえって! ……これ」

「ん?」

「さっき、帰り際、レミアのやつが渡してきたんだ……」

 

 見ればそれは、随分と重そうな革袋だった。

 どう考えてもお金がたんまり入っている。

 

「ウチに入ってから世話になった分、それと向こう一か月の賠償分。全部計算したらしい。羊皮紙の山だったぜ」

「あ~……なるほどな」

 

 これがケジメか。

 そうか、エースだからもともと稼いでたに決まってるわな。

 

「だが、これはアンタに渡す。あいつのために使ってやってくれ」

「……いいのかよ。キャンセル料とか」

「バカ。一人抜けたら回んなくなるのは徒党とは言わねえよ」

 

 アークライトは視線を重ねることなく、俺に革袋を押し付けて去っていく。

 

「何か伝えることは」

「もうちょい分け前を欲張れ、ってアンタが教えろ」

「わかった」

 

 小さくなっていくアークライトの背中を見ながら、俺は背後に声をかける。

 

「だってさ」

「…………」

 

 見れば、レミアは裏口のすぐそこでうずくまり、膝小僧を抱え、肩を震わせていた。

 

「……時々は顔を見せに行ってあげよう。きっと、向こうも安心するから」

 

 俺がしゃがみこみ、頭をなでながらそう言うと、レミアは顔を上げないまま、何度も、何度もうなずくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 隣の部屋までレミアを連れていき、寝かせてやった。

 明日は目が腫れるかもしれないが……まあ、喜びの涙でよかった。

 そう思いながら自分の部屋に入る。

 

「やあ。お帰り、カイム」

「うわぁっビックリした!!」

 

 俺のベッドに腰を下ろし、白衣姿でエイミーが何やら羊皮紙を眺めていた。

 完全に居座っている! なんだこの女。

 エイミーは俺に座るよう、ぽんぽんとベッドを叩く。

 

 無理。

 

 俺は備え付けの椅子に座った。

 同年代……同年代か? そういや年齢知らねえな。

 まあとにかく女性と同じベッドに座るのは、精神的なハードルが高い。

 

「つれないな。しかし、そういうところもらしいと言える」

「?」

 

 羊皮紙をぽいと床に捨て、エイミーは俺を正面から見つめる。

 ちらりと図面が見えたが、人体の魂になんか直接干渉しようとしているのが見えた。えっ!! コワ~……あんまり危ない研究はしないでくれよな……

 

「君とレミア嬢のコンビ」

「?」

「ボクが全面的に支援しよう。というか、ボクの装備は、これから全部君たちが使いたまえ」

「はあ!?」

「不思議ではあるまい。あの時VIP席にいた人間、全員君の名前と顔を覚えた。つながりができている。奇しくも君は、『強壮のアークライト』が恐れていた()()()()()相手に強く出られるようになった」

「そこは完全に偶然だけどな……見えたの、エイミーが刺されそうってだけだし……」

「…………ふふ。やはりね。そういうところだ」

 

 いや確かにつながりはできちゃったけども。

 だからといってさ、いくらなんでも急すぎるだろ。

 

「最強の騎士に装備つくってたような人がいきなり専属って、大丈夫なのかその、いろいろと」

 

「関係ないさ。君は……英雄の再来、なんだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「君がそう言うなら大丈夫だ。なんとでもなる」

 

「えぇ……そこまでする必要あるか?」

 

「うむ。だって────」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

(────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 エイミーは確かに見た。

 VIP席へと飛び込んでくるとき、彼の放った光の剣は、滲むように白焔を展開させたのを。

 

 現在の氏名、エイミー・マスフィールド。

 

 

 100年前の名前はA13号。魔王の生命維持のため造られた、生体型魔力貯蔵庫である。

 

 

 かつて少女だった頃、魔力が絶えない限りは生き続け、しかし最後は魔王のため干からびて死ぬことを定められていた少女は、英雄に助けられた。

 自決を迫る施設管理の魔族から庇われた。英雄は傷を負いながらもあっさりと魔族を倒し、それから言ったのだ。

 

『大丈夫か? 怪我ないか?』

 

 そして人生で初めて、抱きしめられて、温かさを知った。

 英雄の知り合いに保護された。同じ生体型の子供たちは、施設が奇襲を受けた際、A13号を残して廃棄処理されてしまっていた。彼らに呼ばれていたエイミーという愛称が、そのまま自分の名前になった。

 英雄は戦いが終わったら一緒に暮らそうかなんて言ってくれた。帰ってはこなかった。

 あの温かさは永久に失われたのだと思った。

 

 それからだましだまし、魔力を吸いながら、本来はいらない食事をして、人間のふりをして。

 誰ともかかわりたくなくて、定期的に名前を変えて。

 本来の目的の副産物である技術力で、様々な家がエイミーを欲し、そのたびに渡り歩いてきて。

 今はマスフィールドで、ずっと禁忌の研究を続けながら、誤魔化しの発明で気づけば名声を得て。

 

 無駄だと思っていたことに意味があった。

 こうして彼と引かれ合えた。

 本当にめぐりあわせがあるのかと懊悩しながらも組んできて、ほとんど組みあがりつつある、人間に対する究極的な延命案が、実を結ぼうとしている。

 出会いは自覚だった。死んでいないだけだった自分が、そこで、彼の輝きを見て、やっと生き始めた。

 

 女と少年は出会った。

 かつて少女だった女の前に、かつて恋焦がれた男と同じ顔で、同じ魂の輝きを持つ少年がいる。

 

 

「──だって、やっと出会えたのだからね…………」

 

 

 目の前に、生きてきた意味がある。

 だからエイミーは、あの日以来に、心の底から笑っている。

 

 

 英雄にしか縋れない少女が、80年かけて一枚のカードを引いた。

 

 

 







あと2話で一区切りだったのですが、ボーイミーツガール杯の最終日を迎えてしまいました。
明日明後日なんとか投稿して、当初の区切りまでは続けるつもりです。

素敵な杯を開催してくださり、ありがとうございました。


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白焔、英雄に花束を(1/4)

「……正気かよ」

 

 この言葉を発したときに相手が正気であることはあんまりない。

 要するには口にするだけ無駄な、自分を慰めるための言葉にほかならないのだ。

 

「何が不満なんですか?」

「いや……不満というか疑問というか」

「ふむ。では問題ないだろう。少なくともマイナスの感情があるわけではなさそうだしね」

「えぇ…………」

 

 俺はうめき声を上げた。

 目の前では美少女が二人、好き勝手にくつろいでいる。

 

 部屋着でソファーに座り、本を読んでいるレミア。

 変わらず白衣を着て床に転がり羊皮紙に何やら書きつけているエイミー。

 

 ここが俺の生活スペースでなければ微笑ましい光景だ。

 まあ俺の生活スペースでも微笑ましい光景だけど。美少女と美人だし。

 ただ心の準備はできていないというか。

 

「それでカイム。夕飯はまだかい?」

「あ、私作るの手伝いましょうか。何がありますかねー」

「え、あ、はい……」

 

 分かってはいたがお前は飯作ったりしないのね。いや分かってはいたけど。

 

「もの言いたげな視線だね。この家を用意したのは誰だと思ってるんだい?」

「……つくりまあす!」

 

 それを言われちゃうと弱いんだよなあ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 いよいよ本格的に仕事──冒険者仲介業兼冒険者業である──を始めていくぞという矢先である。

 

 宿を引き払い、元々事業所として使う予定で借りた一軒家に荷物を運びこんでいるときのことだった。

 一階をオフィス、二階を生活スペースとして使う予定だったので、二階に荷物を置いて掃除でもするかと思っていたところ、なんか家の前に馬車が数台、いや数十台停車して、ドカドカ荷物を降ろし始めたのだ。

 

「すみません、カンタベリーさんのお宅ですよね」

「あ、はい」

「こちらレミア様のお荷物でして」

「は?」

「こっちはエイミー・マスフィールド様のお荷物です」

「は??」

 

 ドカドカドカドカ! と荷物が……荷物? なんか建築材が運ばれていく。

 トンテンカンカン! と事業所の左右やら二階やらが増設されていく。

 

「何なんですかねこれ」

「発注によるとこういう図面で事業所を拡大することになってますね~」

 

 業者の人に図面を見せられ、卒倒しそうになった。

 なんか借りた一軒家が四倍ぐらいの大きさになろうとしている。

 

「いやいやいやいやこれ借りた家……ていうか明らかに左右の家にはみ出てるっていうか飲み込んでるじゃないですか……」

「ああ、マスフィールドさんが土地ごと買い上げたそうですよ。左右の家も空き屋だったので土地ごと買ったそうです」

「財力の暴力!!」

 

 そういやあいつ金持ちオブ金持ちだったな。レミアもサクッとアークライトへの金用意してたし。

 仮にも商家の三男である俺がまったくもって足元にも及ばない。何なんだマジで。

 図面を見ると付箋がついている。二人が書いたのだろう。

 

『私の部屋はここで!』

『ボクはこっちかな。あとこの広いスペースは研究ラボにするから』

 

 既に部屋割りが決まっている。

 部屋割り!? はあ!?

 あいつら住む気かよ!!

 

「ということで工事中はちょっと、家には入れないんですけど……あ、カンタベリーさんのお荷物はこちらで預かっておきますので」

「……どうも」

 

 まあ広くなるならいいかなと思い直した。維持費とかそういうのを考えなければ超お得。何もしてないのに家がデカくなったんだし。

 なんかソシャゲのクソ広告で会社のビルがデカくなる時みたいだな、と思った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そうして俺たちのパーティはどどんと一軒家を建てて、そこを拠点としたのだ。

 とはいえこちらの本業がまだ準備段階なので、三人で何かの依頼をこなしたりとかの段階までは至っていないが。

 

「では、こちらの要望としてはこれぐらいですね」

「承りました」

 

 冒険者ギルドの受付で、初日にお世話になった受付嬢さんに諸々の書類を渡す。

 ギルド公認で募集掲示板に枠を作ってもらえることになったのだ。

 

「ではカンタベリーさん、何か質問はありますか? 気になることでもいいですよ」

「ありがたい話ではあるんですけど、まだ実績ないのに大丈夫かなとは思いますね」

「まあそのあたりは、都市管轄委員会の方にも認められちゃいましたからね」

 

 ああ、こないだの武闘会の一件か……

 

「冒険者は依頼をこなして日銭を稼ぎます。それができなければ干からびるだけです。強い冒険者はつまり、他の冒険者の食い扶持を奪うことになります」

「…………」

「ですがカンタベリーさんは、強い冒険者を王都の外に派遣できるように……もっと言えば、仕事を求めてる冒険者に、見合ったレベルの依頼を発注していくわけです。うまくいってほしいとみんな思ってますよ」

「が、がんばります」

「ふふっ、すみません。プレッシャーをかけちゃいましたか?」

 

 優しく微笑む受付嬢さんに、いやあと頭をかく。

 むしろありがたいよ。期待されないよりはずっと。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ギルドを出て街並みを歩く。

 活気づいた表通りは、多くの商店や露店が並んでいた。

 

「おお、再来君! 安くしとくよ、どうだい!」

「再来君じゃない! ほら持っていきなさい! 美味しいよ!」

「この石、ご利益あるらしいからね! つけときな!」

 

 俺の名前は再来君になっていた。

 まだ二つ名がついていないのでこのままでは『再来のカイム』になってしまう。誰の再来なのかさっぱり分からん。

 

 歩いているだけで店のおじさんやおばさんが俺の両腕に商品を放り込んでくる。拒否権がねえ。

 あっという間に食べ物やら小物やらが積み上がり、視界をふさがれた。

 

「これもつけとくよ!」

「ハハッ、どうも……これ何ですか? キメラっぽい動物ですけど」

「知らないのかい? トーラス様が飼ってたっていう神獣だよ!」

 

 飼ってた覚えねえなあ!

 ていうかこの、何? 頭が二つある虎に翼が生えて尻尾にも顔がついてる外見は、どう考えても魔獣の方だろ。

 えぇ……置かれた場所のせいで、こいつと至近距離で見つめ合いながら歩く羽目になったんだけど……

 その時だった。

 

「だからさあ! ぶつかってきて、飲み物こぼしといて、謝って終わりじゃ筋が通らんよなあって言ってんの!」

「ごっ、ごめんなさい」

 

 通りにいかつい男の声が響いた。

 周囲の人々がうわあ……みたいな表情で視線をそちらに向けた後、さっと顔を逸らしてその場から立ち去っていく。

 フ~ン。何かのトラブルか。

 

 コンコンと踵で地面を叩き、反響する振動で周囲の状況を把握する。

 俺が歩く歩道の先。背の高い人間二名。小柄な人間一名。向き合っている。声の出所も併せて考えると、二人が一人を恫喝しているな。

 

「ごめんなさいっ、そっ、あの、その、きゅ、急に曲がってくると、とは、お、思わなくて」

「何? 曲がっちゃ駄目だった? 曲がっちゃ駄目だったんですか~?」

「い、いえ、そういう、わけでは」

 

 あーこれ当たり屋じゃん。

 俺は鼻を鳴らすと、荷物を抱えたまま真っすぐ歩く。

 ドンと男の肩にぶつかり、抱えていた荷物が地面に散らばる。

 

「ああ、ごめんなさい。前が見えてなかったんで」

「あ!?」

 

 こちらに振り向き、そこで男たちの顔色が変わった。

 

「え、英雄の再来……」

「いや~申し訳ない。道を空けてもらえますかね」

「空けるって、何が……」

 

 散らばった貰い物を拾い集める前に、男に注げる。

 

「だから、俺がこれを拾って歩き出す前に、どけって言ってんだよ」

『!』

 

 明確に敵意を見せる。

 男二人は顔を見合わせ、それから渋い表情でその場からいなくなった。

 

 やっぱり地位と実力にもの言わせて人を動かすのは最高だな! 

 嘘です、最悪です……ウワ~……

 

 ものすごい自己嫌悪に陥りながらしおしおと落ちた諸々を集めていると、視界の外から小さな手が伸びて、例のキメラ像を拾い上げた。

 

「あっ、あの」

「?」

「……ほ、本当は見えてましたよね」

「ん……まあ、気にしないでください」

 

 カツアゲされてた女の子だった。

 紺色の髪に片目は隠れ、もう片方の目もほとんど覆われている。服装は地味なものだ。いかにも弱そうで、カツアゲの対象として逆に不適切過ぎる。

 

「……す、すみません。助けて下さって。あの、えっと、わたし、その……な、なんとお礼をすればいいか」

「いえいえ、気にしないでくださいって」

「で、でもっ、その、わた、わたし、何かしらのお礼、ぐ、ぐらいは」

「あーそれじゃ……あっ」

 

 運ぶの手伝ってくれと言おうとしたがナンパじゃん!!

 あぶねえ……死ぬところだった。うわっそのために助けたんだみたいな顔されたら致命傷は免れなかったと思う。

 

「は、運ぶの、手伝った方がいいですよね。大変ですよね、大変で……大変でしょうし」

「おっ……あ、ああ、はい。できれば」

 

 向こうから言われたならノーカン! 余りにも自分の精神がちょろすぎて泣ける。

 あとすげえ勢いでどもるなこの子。

 

「だけど……ふふっ。こ、こんなにたくさん。カンタベリーさんのこと、み、みんな好きなんですね」

「断れない性格なのは直したいんですけどね……」

 

 名前を知られているのは不思議じゃない。こういうのをたくさんもらう程度には知名度があるからな。

 

「あっ、じゃあお名前を聞いても?」

「ふぇ?」

 

 少女は紺色の髪を揺らし、数秒逡巡してから。

 

「……えっと。く、クローバーです」

「え?」

「わた、わたしの名前。クローバーって、呼んでください」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 両手に抱えた食べ物を落ち着いて食べられる場所を探して歩いていると、英雄の銅像がある広場にたどり着いた。

 ベンチに腰かけて、抱えていた荷物を置く。

 

「食べ物、一緒に食べてくれません? これ全部食べちゃうと俺の腹部が破裂してしまうので」

「そ、それは、見たくないですね……」

 

 隣にちょこんと座ったクローバーさんは苦笑して、露店のホットドッグを手に持った。

 俺は荷物を整理して、どうしたもんかと唸る。謎に小物類が多いんだよな。何だこのネックレス。古代からよみがえった殺人民族とかが着けてそうだ。

 

 持ち帰って適当にレミアに押し付けようかな。

 実質的な諦めに至っていると、見れば英雄の銅像の前に何やら並べられたものがあった。

 

「ん? あれは……?」

 

 切り拓かれた魚や肉が、物干しざおに引っ掛けられ、トーラスの前に置かれている。

 何だろう。献上品的な?

 

「あ、あれは、トーラス干しです」

「なんて言いました?」

「えっと、天日干しのい、一種で。と、トーラスの栄養素が、食べ物にはいる、そうです」

 

 トーラスの栄養素って何? 入るわけねえだろ!!

 もうここまでくると怪しいビジネスになってるじゃねえか!!

 

「お、王都の、名物品、なんですよ? ……し、知りませんでした?」

「知らなかったし知りたくもなかったです……」

 

 突然うなだれた俺に、クローバーさんがわたわたする。

 

「えっ! あっ、あっ! ご、ごめんなさいっ!」

「いえ、クローバーさんのせいではないので、お気になさらず……」

 

 めちゃくちゃへこんでしまったな。

 

「あ、あのっ」

「?」

「お、お詫びに、他の。か、カンタベリーさんが、気に入ってくれそうな、ほ、ほかの場所……! 連れていきますから……!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 荷物を王都の荷物預かり所に預けて。

 それから連れてこられたのは武器屋だった。

 なんで??

 

「た、試し切りが、充実してるんですよっ……」

 

 にへへへと若干危ない表情で剣を物色するクローバーさん。

 可愛らしい小さな少女だったが、今凶器を漁る姿はどう見ても悪の組織幹部のサイコパスロリ枠だった。

 怖い。

 

「へ、へ~……どんなもんが……」

 

 恐る恐る武器棚を漁る。

 王都とはいえ既製品だ。オンリーワンの武器に比べるとあっ!! この短剣いい!! 値段の割にすごくいいぞ!!

 

「おや、今日はお連れさんがいらっしゃるんですか……って、再来殿!?」

 

 奥から出てきた店主が、クローバーさんを見て、それから俺を見る。

 

「意外な組み合わせですな……」

「たっ、助けてもらったので。お、お礼に紹介、しに来ました」

「初めまして。クローバーさんのご紹介に与りましたカイム・カンタベリーです。ところで特定の業者相手に定期的に装備の発注ができるといいと考えていたのですが、そういったビジネスはお考えでしょうか」

「ビジネスの勢いが凄い」

 

 俺は店主さんに詰め寄る。

 店主さんはチラとクローバーさんを見た。

 

「クローバーさん……?」

「あ、あの、えっと、その」

「ああ、いえ。大体分かりました。クローバーさんが紹介してくださったとのことですから、信頼はできますよ」

「ありがとうございます。後日またお伺いしますので、その時は何卒宜しくお願い致します」

「こちらこそ、ご多忙かとは思いますが、その時はよろしくお願いします」

 

 よし、アポも取れたし今日は思う存分武器見ちゃうぞ~!

 いやあ昔は聖剣やら魔剣やらがあったけど、他の投げ物とかは常に枯渇してたからな~。こういう風に武器に囲まれるのなんて久々だ。

 

「おっ、これは手持ちのランスか」

「そ、それ、いいですよねっ」

「こっちは大きな盾だな……お、地面を噛みとめるフックがついてる」

「ぼ、暴徒鎮圧用……! りゅ、流出品、ですかね」

 

 二人で武器を見て回りわいわいと時間を過ごす。

 

 

「うわっクローバーさんうまいですね投げナイフ!」

「にへへ……」

「俺も負けてられないな、よっと」

「! 上手……」

「昔取った杵柄ってやつですね」

「?」

「あ、ああ……そうかこっちにない言葉だったな……前に身につけた技術が発揮できることです」

「ええっと……と、トーラスの槍捌き、のこと、ですか?」

「どういうことわざ!? 何!?」

「は、反対の意味のやつは、トーラスの川流れって言って……」

「河童の存在を上書きしている!!」

 

 

「やっぱ剣いいですね」

「いい……」

「この装飾めっちゃオシャレじゃないですか」

「わ、分かります。本当は、剣も、着飾りたいはず、ですし」

「確かに……喋る剣ならそういうの言ってくれますけど、市販品だと流石に分かんないですからね」

「? 喋る、剣……ま、魔王大戦時代の、聖遺物?」

「…………封印、されてたり?」

「き、基本的に、は。彼らが、望んで……今は、王城の保管庫、です」

「そっか。そうですよね。うん……まあ、休みたいんでしょうね。相当に頑張ってくれたわけですし」

「……話して、みたいですか?」

「ふふ。まあ、機会があればぜひって感じですね」

 

 

 マジで他のとこに移ったりせず武器屋でずっと時間潰してた。

 普通に迷惑では? と思うが後日仕事の話で挽回すればいいか。

 

 そうしてクローバーさんも、だいぶん笑顔の割合が多くなってきた。

 どもるたびにしょげたような表情をしていたので、良かった。

 

「あ……」

「? どうしました、この仕込みナイフはかなり面白いギミックだと思いますけど、あんまりですか?」

 

 急にクローバーさんが顔を上げ、申し訳なさそうな表情をする。

 

「い、いえっ。その……ご、ごめんなさい……だいぶん時間を……こ、こんな、武器のことばっかり……話す女なんかに……」

「いえ。笑顔のカワイイ人だと思いました」

「ひゅふっ!?」

 

 何だ今の声。面白いな。

 

「も、もお……か、からかわないでくださいっ! に、二十歳なんですよ、これでも……!」

「うぇええええっ!? 年上だったんですか!?」

 

 今日一番びっくりした! そんなことあるんだ……

 

 俺が愕然としていたその時。

 店全体を震わせるようなサイレンが鳴り響いた。

 

「っ、え? 警報!?」

「────!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 店から飛び出すと、通りは逃げ惑う市民でごった返していた。

 

「な、何が……?」

「クローバーさんは避難を。俺は様子見に行ってきます」

「だ、だめ!」

「!」

 

 今日一番強い語調で、クローバーさんは俺を制止する。

 

「た、多分あそこ……」

 

 彼女が指さした先、黒煙を吹き上げる建物がある。

 あれは……宝石店か。

 

「お、王都で最近、活動してる……か、怪盗団」

「こんな派手に盗むのか、怪盗の風上にも置けないな……」

 

 怪盗団、もう少しオシャレかつスマートにやってほしいもんだな。

 

 即座にかけつけた騎士たちが、混乱に陥る通りで避難誘導を開始し始めた。

 その中の一人が、俺の姿を見て走ってくる。

 

「カンタベリー殿! 失礼、プライベートかとは思いますが……!」

「何か手伝えますか?」

「突然のことで、避難誘導で手いっぱいでして! 本隊もまだ到着しておらず、店の直近に逃げ遅れた市民がいないかを──」

 

 

「許可しません」

 

 

 氷のような声が脳に突き刺さった。

 振り向く。

 

 通りを抜けていく風に前髪がなびき、あらわになっていた。

 クローバーさんの金色の瞳が、俺をじっと見つめていた。

 

 それから彼女は、騎士に顔を向けた。

 

「こ、この区画の管轄者は、ろ、ロッド中隊長ですよね。ど、どこにいますか、取り次いでください」

「えっ、ええと、ロッド隊長にですか」

 

 突然上司を呼べと言われ、騎士が困惑する。

 通りの向こうに何かしらのハンドサインを送ると、ガシャガシャと鎧の擦れる音を立てて、長身の騎士がやって来る。

 

「何だこんな時に!」

「こ、こんにちは、ロッド卿」

「────」

 

 駆けつけた重装備の騎士は、クローバーさんの顔を見ると数秒硬直した。

 それから勢いよく片膝をつき、上官に対する最上級の礼を見せる。

 

「失礼しました! スペードソード卿!」

『!?』

 

 えっそうなの!? あの『至高のソラ』がこの子!?

 ガバリと振り向けば、彼女は懐から、見覚えのあるフェイスガードを取り出す。

 

「こっ、これがないと、緊張してしまって……」

「いやだとしても全然雰囲気とか、え、オーラとかも感じませんでしたよ!? あっ違うこれは悪口ではなくって」

「よ、よく言われるんです。ほ、本当に」

 

 そんなに違うことある!?

 だってあの日、闘技場で見た時は、もう本当に見ただけで分かるぐらいの!

 

「あ、あの。今日、楽しかった、です」

「……」

「あ、ありがとう……ござい、ましたっ」

 

 へにゃりと笑って。

 そのあどけない笑みが、フェイスガードに覆われる。

 同時、展開された魔力が服に付着し、簡易なアーマーを象る。

 

 

「────────」

 

 

 俺の目が節穴だった。

 疑ったではなく、俺の目は節穴だと確信した。

 節穴だったとしか思えない。

 

 さっきまで隣にいた少女はどこにもいない。

 

 そこにいた。

 

 

 見ただけで分かる、最強の騎士がいた。

 

 

「ロッド卿」

「ハッ!」

「指揮権はわたしが預かる。貴公らは全員、避難した市民たちの保護を」

「し、しかし怪盗団はまだ中にいるかと」

「全員わたしが鎮圧する」

 

 彼女が一歩、また一歩と戦場へ向かう。

 

「俺は──」

「カイム・カンタベリー。貴公は待機。特級騎士たるわたしの命令に違反することは、王都において重罪だ」

「っ!」

 

 振り向くこともなく告げられる。

 

「だけど避難誘導の手伝いぐらいは!」

「いいえ、不要。すぐに終わるので」

 

 そうして。

 『至高のソラ』が、戦場に立つ。

 建物から怪盗団らしき連中が飛び出した刹那、最強の騎士が唇を開く。

 

 

 

「『災禍鎖す凍獄(ガルドレイヴ)』」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 鎮圧は一瞬だった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 視界に入ってた都市の全てが凍った。

 世界が静止する。走る市民、袋を抱えた怪盗、叫ぶ騎士。

 飛んでいた鳥。宙を舞っていた葉。

 

 全部が凍り付いた。

 

 それから、怪盗団と、吹き上がる黒煙や炎を除いたすべてが、氷が砕け散り元に戻った。

 

「……ッ!?」

「やはり、わたしの氷の中でも意識を保つか」

 

 なんだ今の。

 広範囲にわたる瞬間的な凍結。それも、特定対象を指して持続させている。

 どんな理屈だよ。ウチの魔法使いクラス!? だけど、それを騎士が……!?

 

「わたしがいる限り、貴公は再来であっても、英雄にはなれない」

「……あなたが英雄だから、ってわけではなさそうですね」

「然り」

 

 振り向くと、ソラ・スペードソードは、フェイスガード越しにこちらをじっと見る。

 

「貴公の人柄を知り、わたしの決意はさらに強いものになった」

「?」

「おかしいだろう。ただの善き人を英雄に仕立て上げるなど、あってはならない」

 

 ああ、なるほど。

 そういう考え方か。

 

「だから英雄譚は、わたしが終わらせる。犠牲を求める人々が絶えないのだからこそ、これ以上、かつて世界を救ってくれた善き人を、苛んではならない」

 

 いやそれは本当にそうだと思う。

 思う、けど。

 

「だが、君が犠牲になるということだ!」

「そのためにわたしは存在する。英雄譚を終わらせ、次の時代を切り拓くために。だから、そのためなら」

 

 一度言葉を切り。

 最強の騎士が、絶対零度の宣言を下す。

 

「白焔であろうと、氷に(とざ)す」

 

 ……!

 本気だ。

 この人は本気で、トーラスの時代を終わらせようとしている。

 

「別段、今の世界をすべて否定したいわけではない。彼の英雄譚には、美しさもある」

 

 スペードソードが、静かに唇を動かす。

 

 

 

「大英雄トーラスにこんな逸話がある。旅の途中、ある街を訪れた彼は、街の主である領主が不正に税を搾取していることを知った。トーラスは罪を暴くため、領主の屋敷への潜入を敢行した」

 

 え、そんなことあったかな? 

 いや悪徳領主を相手取ったのは一度や二度ではないが、屋敷への潜入はした覚えがない。正面から入って領主を問い詰めたら大体白状してくれたし、他は反撃して来たので正当防衛でボコボコにしてた。

 

 

「領主は街の若い娘を集めて、踊り子のまねごとをさせるのが好きだったそうだ。そこでトーラスは一計を案じ、自らネコミミダンサーとして潜入した。」

 

 知らないにゃあ。にゃんにゃん。にゃあじゃねーよ。

 一計を案じてって何? 智謀を巡らせたみたいな言い方だけど、変態そのものだよ。

 

 

「可愛らしいネコミミと流麗な踊りに領主は見惚れ、隙を見せた。そこで仲間が突入したが、領主は倉庫に立てこもった。トーラスは再び踊りを始め、領主が彼見たさに倉庫から顔を出したところを捕まえたそうだ」

「馬鹿の岩戸隠れじゃねーか!!」

 

 なんで領主は領主で騙されてるんだよ! おかしいだろ! 俺全然女顔じゃないからね!? あと身体も鍛えてたから、ムキムキの男がネコミミつけて踊ってたってことだが!?

 

 

「これほどの滅私奉公……素晴らしい人格なのは認める。トーラス個人は、わたしとしても見習うべきだと思っている。だが、だからといって、いつまでも縋っていてはいけない」

「縋れるか!? このエピソードで縋れるか!?」

 

 もう嫌だ。

 完全同意だ。一刻も早くトーラスの時代を終わらせてくれ。

 

「おれを……ころしてくれ……っ!!」

「?」

 

 俺は呻き声を上げてその場に蹲る。

 民衆がみんなネコミミダンサーの英雄を語り継ぐ時代はもう滅ぶか終わるかの二択しかないだろうが! おかしいだろ!

 

「とにかく。再来と謳われる貴公も、トーラスのような精神を有しているのだろう。だが、だからといってもう一度彼の末路を辿らせるわけにはいかない。わたしは、そんなものは見たくない」

「ネコミミダンサーの末路は俺も嫌だよ!! 見たくもないッッ!!」

 

 ああ、もう……何も思い出したくなかった。

 ここまでくると俺も素直にトーラスの逸話に感心してる側でありたかった!

 この世界は完全に狂っている!!

 

 

 『英雄(こんなの)』だと思われたくないいい……っっ!!

 

 

 路上に蹲り、俺は歯を食いしばって涙を流すのだった。

 



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白焔、英雄に花束を(2/4)

誰も話数が(1/2)から(1/3)へ書き換えられたことには気づけない
これはそういう術式なんだよ


「むーん」

 

 朝食のサラダをつつきながら、レミアは唸っている。

 俺がパンをちぎって食べ、エイミーがよく分からないフレークみたいなものを牛乳を注いで一気に吸い込む中、朝食サラダ女はずっと唸る。

 

「……どうした。壊れかけの家電みたいになってるが」

「家電? 何だいそれは」

「ああいや、何でもない」

 

 最近どうにも迂闊だな。

 こうして仲間を作って一緒に生活するのが懐かしく、気が緩んでいるのを感じる。

 

「ソラ・スペードソードさんと顔を合わせたと言いましたよね」

「ん、ああ……強かったよ。あの固有魔法は強力だな」

 

 スペードソードさんと邂逅した日の夜、二人には一応報告しておいた。

 

「君から見てもそうか。強力であればあるほどその傾向はあるが、あの魔法は完全に物理法則を捻じ曲げている」

「そうだな……冷気を出すとかそういう過程がまったく何も見えなかった」

 

 あと、何よりまずいなと思ったのは、あの固有魔法を発動させずに騎士トーナメントを優勝するぐらい強いってところだ。地力が高すぎる。

 

「強力な騎士であればあるほど、根本的に生物としてモノが違うからね。魔力操作の精度が高い人間は、まったく魔力を感知させない体内強化だけで、突っ込んでくる馬車を両断するほどの膂力を得ることもできる」

 

 ああ、旅に付き合ってくれてた女騎士さんもそうだった。何度かもうこいつ一人でいいんじゃないかなと思うことがあったよ。

 要するに騎士という役職(ジョブ)は、あらゆるステータスを伸ばしていった果てに到達できる領域なのだ。上位ジョブに近い。

 

「って、そうではなくですね!」

「ん?」

「その時に遭遇した怪盗団のことです! まだ本隊は捕まっていないんですよね」

 

 スペードソードさんは事態を収拾した後、捕縛した怪盗を地面に転がして渋い顔をしていた。

 派手に活動している怪盗団だが、頭領に関してはまだ情報がゼロだという。

 

「ヘェ~? 捕まえた下っ端を尋問するなりなんなりしないのか。騎士団にしては手ぬるいじゃないか」

「いや、知らないらしいんだわ。顔を合わせたこともないとか」

「なるほど。自ら率いていくというよりはフィクサーなわけだね。蜘蛛の巣の主ってワケかい」

 

 エイミーの表現は的を射ている。

 

「だからそれ、私たちで捕まえましょう!」

 

 ドン! とフォークを握る手でテーブルを叩き、レミアが叫ぶ。

 何言ってんだこいつ。

 

「私たちの華々しいデビュー戦ですよ! 知名度は十分に稼げましたから、あとは実績を叩きつけるんです!」

「そう。じゃあボクはラボに戻るから」

「俺は武器屋さんと契約まとまったから、アイテム系のルート押さえたいんで営業してくるわ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ということで、ここが直近に起きた事件の現場ですね」

 

 バトルコートに着替えたレミアが、怪盗団に襲撃された宝石店をしげしげと眺めた。

 

「むう、正面口から馬車で突入、内部で発火系統の魔法を連射し混乱させ、物品を強奪……怪盗のやり口とは思えませんね。ちょっとした軍隊の作戦に近いじゃないですか」

 

 分析を並べていくレミアの背後で、俺とエイミーは並んで渋い顔をしている。

 

「おい、カイム。おかしいだろう。ボクらは参加を拒否したはずだが」

「そうなんだけどな……まあアイデア自体は悪くないと思うよ」

「実現可能性に目をつむれば、だろう? 騎士団が血眼になって探している相手を、ボクら素人三人で追い詰められるはずがない」

「まあその通りなんだけどもさ。本当に捕まえられたら面白いとは思う」

「君なあ……」

 

 呆れた様子のエイミーはポケットをまさぐり、煙草を取り出す。

 

「カイムさんカイムさん」

「はいはい、何よ」

「どうして宝石を盗みに入ったと思います?」

 

 見分を終えて戻ってきたレミアは、小さくちぎった羊皮紙に何かを書きつけながら問う。

 

「え……なぜ騎士が剣を振るうのか、みたいな質問じゃないかそれ。怪盗団なら宝石ぐらい盗るだろ」

「でも他の被害リストを見ると、金銭目的ではなさそうなケースがいくつかあるんですよ」

 

 突き付けられたリストを読む。

 宝石店、武具屋、銀行、貴族邸宅が数家。

 

「……俺には金銭目的に見えるけど」

「違うね」

 

 意外なことに、俺の言葉を切って捨てたのは、紫煙を吐き出すエイミーだった。

 

「その貴族たちは単にお金を持ってるだけじゃない。貴重な聖遺物を多数秘蔵していると噂のあるところばかりだ」

「え、じゃあ宝石店は目くらましってことか?」

「はい。だから多分、最終的な目標は、騎士団の人も分かってると思うんです」

 

 レミアはそこで言葉を切ると、後ろに振り向き、視線を上げた。

 つられて俺とエイミーもそちらを見る。俺が呻き、エイミーが口笛を吹いた。

 

「いい推理だ。確かにあそこは、盗みを生業とする人間にとって、まさしく魔王城だ」

「じゃあ怪盗団が成功したら、そいつらは盗みのトーラスってか?」

 

 青天を衝くようにそびえたつ王城がそこにはある。

 

「だから動きがないのかな、と思うんです。警備は万全ですから」

「しかし本当に万全ならば、怪盗団はやってこないだろう」

「はい! ですから──」

 

 あっすごく嫌な予感がする。

 

「私たちでも考えるんですよ。どうやって王城の保管庫を破るのかを!」

「初仕事で犯罪計画をするのか……」

 

 これ、計画した段階で罪になったりしないよね? 大丈夫だよね?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「怪盗団についての捜査状況は芳しくないようだな」

 

 王都管轄委員会の報告会で、ソラ・スペードソードはフェイスガードの下に厳しい表情を浮かべている。

 

「……その通りです。ですがわたしの申請を通していただけない状況では……」

「ならんよ。名家が被害に遭っている中、特定の貴族を捜査対象とするなど、リスクが大きすぎる」

「行動の手口からして、強力な支援者がいることは明白です。わたしとしては財力のある人間の中でも、貴族関係者に絞ることで進展があるとみていますが」

 

 会議室にむなしく響くソラの言葉。

 

「君が言っただろう。怪盗団の最終的な目標は、王城の保管庫だと」

「今までの事件、全てを統括して考えると、そう断定できるかと」

 

 怪盗団の事件は、あまりにも手口がバラバラだった。

 正面から襲撃するケースがあれば、誰にも気づかれないまま獲物をかすめ取っていくケースもある。

 ソラはこれらを、一つの線で結んで考えた。

 

「実地検証です。複雑かつ広大な王城を攻略するため、フェイズを区切り、それらを一つ一つ検証していると考えられます。これだけ長期的なスパンで考えるとなると、万全の守りであっても破られる可能性は否定できません」

「笑止だな」

 

 委員会が笑いに包まれる。

 王城の守りは完璧だ。ソラを代表とする特級騎士が持ち回りで警護を担当し、騎士団からも精鋭が選抜され、王城守備隊へ栄転し守りの盾となっているのだ。

 

(……)

 

 ソラは舌打ちをこらえた。

 特級騎士と言えど、あくまで騎士団所属の身。上層部からの指示は無視できない。

 

(やるしかないか。騎士ではなく、わたし個人として)

 

 フェイスガードの下で、彼女は両眼に強い光を宿す。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レミアに連れられ、俺とエイミーは王都地下に張り巡らされた下水道に来ていた。

 ひどいにおいだ。提案したレミアも顔をしかめている。

 

「やっぱりやめましょうか……」

「何を言っているんだい! 下水道を使って移動するという君の推理は見事だよ。事前に準備をしているはずだ、ひょっとしたら証拠になるものだってあるかもしれない!」

「なんでお前が一番ノリノリなんだよ」

 

 知識欲を暴走させ、エイミーがハイキングのテンションで進み始める。

 これもしかしてイケそうならマジで保管庫まで入ろうとしてない? 大丈夫か?

 

「ちょ、ちょっと勝手に進まないでください! 迷路みたいになってるんですから、出られなくなったらどうするんですか!」

「どうするって、まあ大丈夫だろう」

「どこがです! 餓死しちゃう可能性すらあるんですからね!?」

「ん……ああ、餓死。はいはい、それはすまなかったな」

 

 タバコに火をつけながらエイミーがどうでも良さそうに謝る。

 ここ引火するガスとかないよな? ないと信じたいが……

 

「ほォ、やはり……」

「エイミーさん? どうしたんですか?」

「風の流れがあるな」

 

 タバコの煙が流れていくのを見て、エイミーはニヤリと笑う。

 

「レミア嬢。図面からして、下水道のここに風は吹くと思うか?」

「……! ふ、吹くはずないですね! これはつまり、図面に存在しない出口があると?」

「うむ。助手として優秀だな君は」

 

 なんか俺を完全放置して名探偵とその助手みたいになっていた。

 え? もう帰っていいですか?

 

「ほら、暴力担当。早く来たまえ」

「流石にその呼び名は抵抗がある!」

 

 大体レミアが兼任できるだろそこ。

 

「ではひとまず、この風が向かう側に行くとしようかな」

「大丈夫か? 工事で通用口を増やしてる最中とかだと、勝手に入ってる俺たちが捕まりそうだけど」

「いえ、そういう工事は今はやってないはずです。それに見つかったとしても、口封じをすればいいんですよ」

 

 レミアの発言を聞き、俺は即座に踵を返そうとして、ガシイと両腕をつかまれていることに気付いた。

 

「やっぱり俺帰る! 犯罪者の思考をトレースする前にもう思考が犯罪者だもん!! 付き合ってらんねえよ!! 俺これでも事業主だから! どんなに小さくても犯罪行為とかしたくないから! おいっ、離せ二人とも! クソが!! 帰らせろ!」

「諦めたまえ。かの大英雄トーラスも言っていた──『人生においては諦めが肝心なこともある』」

 

 うるせえなあ! 言った覚えねえし! ていうか特定人物の格言にしていいのかそれ? 汎用性が高すぎないか?

 

「じゃあお前らが諦めろよ!」

「またこうも言っていた──『最後まで諦めない者こそが最後の勝者になる』」

「……っ!? えっ!? む、矛盾!! 全然逆のこと言ってるじゃん! 二重人格なのか? めちゃくちゃ筋が通ってないじゃん! オイおかしいだろ!! 聞けよ!! なあ!!」

 

 トーラスとかいうやつ、普通に言ってることブレブレ過ぎておかしいでしょ。

 俺とレスバしようぜ。確実に論破できるからさあ!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして俺たちは今、曲がり角にピタリと張り付き、気配を殺して潜んでいる。

 

(いや、本当に居ちゃうのかよ……っ!!)

(超お手柄ですよエイミーさん!)

 

 角の向こう側には、風が吹き込む先、つまりは地上との出入口がある。

 そこではランプに火を灯し、数名の男たちが何やら荷物を運んだり、機器のメンテナンスをしたりしていた。

 確実に工事ではない。雰囲気からしても、明らかに怪しい。

 

(しかもこの場所……歩いてきた道順からして、マジで王城に近づいてたな。レミア、図面で直上に何があるか確認できるか?)

(わ、分かりました)

 

 いったん離れつつ、レミアが地下通路の図面を開き、場所を確認する。

 

(フフン。発明家より名探偵の方が向いてたのかもしれないな、ボク。仲介業と冒険者業の他に探偵業も始めることを検討してくれたまえ)

(名義が大変なことになるな……)

 

 いや実際すごいよ。名探偵エイミーだ。

 

(マルチな才能があるんだな。さすがだ)

(よせやい。ボクはこう見えて照れ屋なんだ)

(本当かよ)

(本当さ。心臓の鼓動を確かめてみるといい)

 

 エイミーがほら、と両腕を広げる。

 まさかの事態に目を見開いて硬直する。え、どういうこと? え? ちょっといやいやいや。

 ンン~? と誘う表情をしていたエイミーだが、俺がまったく動かないと、だんだんと頬を赤く染めていき、力なく腕を下した。

 

(さ、さすがに何か言ってくれないと恥ずかしいのだけれど……)

(え、あ、本当に飛び込んでよかったってこと!?)

(くっ、思考をフリーズさせてしまったのか……! こんなに脆弱な脳をしていたとは想定外だ)

 

 クソッ! 最高の瞬間を逃した……!

 俺が唇をかみ頭を抱えていると、レミアが勢いよく腕をつかんだ。

 

(うおっ、なんだよ)

(ま、まずいですよこれ……)

(ん?)

(貴族の邸宅です……真上にあるの……ヴェルトスタイン家の邸宅ですよ……)

 

 エイミーが目を見開く。

 俺もさすがに、それは、ちょっと今までのぬるいラブコメ会話が全部吹っ飛んだ。

 

(……黒幕が、その家ってことか)

(そう考えるしかないだろうね……まずいな。話が大きくなりすぎてきたぞ。ヴェルトスタイン家といえば、貴族院ではタカ派のナンバー2だ)

 

 エイミーがタバコをふかして難しい表情を浮かべる。

 とその時、先ほど見つけた何やら作業している男たちの方から声が聞こえた。

 

「おいっ! まずいぞ、上にガサ入れだ!」

「はあ!? 来ねえって話だったろ……!?」

「しかも『至高のソラ』が踏み込んできてるらしい!」

 

 む、と俺たちは顔を見合わせた。

 

「どうするんだよ!?」

「とにかく見つかったら終わりだ、俺らはこのままいったん逃げるぞ。後で合流地点で──」

 

 揃って頷き、俺たちは正面から堂々と、男たちの前に姿を現した。

 

「残念だが、君たちに逃げ場はないよ」

『!?』

 

 エイミーは不敵な笑みを浮かべると、さっと俺とレミアの後ろに引っ込んだ。

 言うだけ言っときながらお前さあ。

 

「カイムさん、どうします? 私の魔法を打つと、ちょっと構造が崩れそうで怖いんですけど」

「まあ俺が何とかするよ」

 

 一歩前に出て、俺は男たちの目を見る。

 

「あー、こんにちは。今回は誠に残念ながら、逃げ道がなくなってしまったことをお悔やみ……」

「どけえええええええええ!!」

 

 男四人──五人か。

 一人目の突き出したナイフをかわし、そのままこちらから踏み込んで顔をつかみ、二人目に投げつける。

 吹き飛んだ先で三人目も巻き込みごろごろと転がっていく怪盗団のメンバー。

 

「こいつ! 英雄の再来か!?」

「なんだってここに!」

 

 残った二人は戦闘力の差を痛感したのだろう、なんとか逃げ場がないかを周囲に視線を巡らせる。

 だがそれより先に、アジトとして使われていたスペースの方から、足音が響いた。

 

「──そこまでです。貴公らの命運は、ここに尽きました」

 

 怪盗団のメンバーが背後に振り向く。

 王国最強の騎士が、ゆっくりと歩いてくる。

 

 怪盗団のメンバーが顔をこちらに戻す。

 英雄の再来と、未踏のレミアと、深淵のエイミーが立っている。

 

「は……挟み撃ちかよ……!」

「意図したわけではないんですけどね……」

 

 レミアが苦笑を浮かべる。実際まったく意図はしなかったが、結果オーライだろう。

 だが怪盗団のメンバーが膝をつき、手を頭の上で組んで降伏する中で。

 開けた視界の向こう側で、スペードソードさんと視線が重なる。

 

「……! カイム・カンタベリー、なぜここに?」

「ど、どうも……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スペードソードさんも加えて、俺たちはヴェルトスタイン家の屋敷にまで上がっていた。

 捕まえた怪盗団のメンバーをぐるぐるに縛り、スペードソードさんが呼んだ騎士の仲間たちに預けた後、今は屋敷の応接間に通されている。

 

「え~……うちの下でそんなことになってたのかあ……それはご迷惑をおかけしましたね。あ、お茶どーぞ」

 

 ソファーに座るスペードソードさんの背後に、関係者として俺たちは立っていた。

 対面に座り、お茶を勧めてきたのは、ヴェルトスタイン家の嫡男、ヴィルヘルム・ヴェルトスタインである。20代前半といったところだろうか。茶色の髪を撫でつけた、なんだか頼りない印象の男だ。

 貴族院の議員を勤める当主は、一カ月前から外国に出張しているらしい。

 

「……怪盗団の活動が活発になった時期は、当主が家を空けている時期と合致しますね」

「データを信じるなら、ヴィルヘルムは限りなくクロに近い」

 

 俺の隣でレミアとエイミーが声を潜めて言う。

 まあ、そう思うし、同意見だ。

 かつて悪徳領主を相手取ったことの多い俺だから、なんとなく、ヤバいことをやってる権力者というのは見ただけで見分けがつく。

 

 このヴィルヘルムという男、かなりやばい。

 めちゃくちゃアレなタイプの権力者だ。

 

「それではヴェルトスタイン殿。この件について、何か申し開きは?」

 

 スペードソードさんがヴィルヘルムに静かに問う。

 まあ家の真下に怪盗団のアジトがあって、出入口は屋敷のはなれに直通してたもんなあ。

 言い逃れはさすがに無理だな。

 

「ん、じゃあ管轄委員会には、僕の方からとりなしておきますよ。結果としては、居座ってた虫を掃除してくれたってことですもんね」

『は?』

 

 スペードソードさんだけではない。

 俺たち三人、ついてに立ち会っていた騎士のみなさんも異口同音に声を上げた。

 

「ん? だってスペードソード卿、あなたって、許可なしで踏み込んだでしょ? そのまま言ったら、君の立場が危ないと思うけどなあ」

「……ッ!? 貴公、何を言っている? 現に屋敷の地下には、怪盗団のアジトがあったではないか!」

「あっただけじゃん。それが何?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 だが──

 

「あの……えっと、これは」

「本気で、この言い分を通すつもりだな」

 

 レミアの問いに俺が答えた。

 俺たちはあくまで冒険者。治安維持のために必死で食らいつく道理はない。

 だがスペードソードさんは話が別だ。勢いよく立ち上がり、ヴィルヘルムを問い詰めようとする。

 

「ふざけている場合ではない! 貴公の管理する土地、貴公の管理する建物……! 無関係を言い張れると思うな!」

「いやー、そう言われてもね。あの建物、僕入ったことないですし。親父なら知ってるかもしれないけどねえ」

 

 しらじらしい……と、エイミーがつぶやく。

 しびれを切らし、スペードソードさんは深く息を吐く。

 

「……もういい。地下にいたのは、貴公の直轄の幹部だろう。彼らに話を……」

「スペードソード卿!!」

 

 その時、部屋に騎士が一人駆け込んでくる。

 

「馬車での移送中に、怪盗団のメンバーが急死したと……!」

『……!!』

 

 絶句する俺たちを眺めながら、ヴィルヘルムは一人、紅茶をすするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「むーん」

 

 夕食のステーキをつつきながら、レミアは唸っている。

 俺が魚を切り分けて食べ、エイミーがよく分からないスライムみたいなものをストローで一気に吸い込む中、夕食ステーキ女はずっと唸る。

 

「納得がいきません」

「……そうだな」

 

 顛末は、なかなかにひどいものだ。

 ヴィルヘルムは関与を認めず、アジトの捜索こそ快諾したが物的証拠はなし。

 そもそもはなれがアジトと直接つながっている時点で言い逃れができないほどの証拠だが、知らないの一点張り。

 そして最後には、同行を要求するスペードソードさんのもとに、ヴィルヘルムから話を聞いたらしい管轄委員会からの伝令が来たのだ。

 

『許可していない個人捜査を行ったソラ・スペードソードを一カ月間の停職処分とする』

 

 だから言ったじゃんと呆れるヴィルヘルムに見送られ、俺たちはアジトに残っていた物品などは押収しつつ、はなれも立ち入らないよう言い含めたうえで、屋敷から退散するしかなかったのである。

 いやまあ俺たちは何もしてないけど。

 

「……まあ。同情する気持ちは分かるがね」

 

 エイミーがスライムをすすり終えて、こちらをじとっとみてくる。

 

「だからといって、傷心なのを見るや否や即お持ち帰りとは。プレイボーイだとしても限度があるというものだ」

「そういう意図で連れてきたわけではねえよ!?」

 

 俺たち三人が住む生活スペースのダイニングでは、部屋の隅っこに、フェイスガードを外したクローバーさんモードのソラ・スペードソードが座り込んでいた。

 

「うう…………」

 

 逆空気清浄機と化した彼女からはずっと暗黒のオーラが放出されていた。

 正直ご飯の味があんまりしない。マジで見てるだけでこっちまでテンションがどん底になってしまう。

 

「……スペードソード卿」

 

 すすっと近寄って行ったレミアが、ステーキを皿ごと差し出す。

 

「食べます?」

「いや慰めに出す食事としては重過ぎるだろ」

 

 流石にどうかと思って止めたところ、ハッと顔を上げ、スペードソードさんがステーキとレミアの顔を交互に見る。

 

「……こっ、これ、は……も、もしかして……トーラスの……?」

「あっ、ご存じでしたか。そうです、あの有名な『トーラスの竜狩り』の一節です」

 

 トーラスの竜狩り? どの竜のことだ?

 

 

「悪しき竜ありと聞きつけ、トーラスはある村を訪れました。そこで竜は子供たちを人質に取り、大人たちに順番でえさになるよう求めていたのです。ほかに行く場所もない村人たちは自分たちを犠牲として子供を守るしかできず、子供は、自分たちのために食べられに行く親を見送ることしかできませんでした」

 

 いや~ドラゴンが村人を食べるのは多すぎて思い出せん。

 あったとは思うんだけど……大人? あ~どれだっけ……

 

 

「そっ、それでトーラスは……竜を倒した後……その死体を、切り分けて……子供たちに、あ、あげたんですよねっ……」

 

 いやないわこれはない。ないないないないない。

 なんであると思えるんだよこいつら。今まで親を殺してきた、憎い竜の肉を差し出すって、いや合ってるよ行動原理は分かるよ。

 だけどさ、単にヤバいやつじゃん。サイコから始まってパスで終わるやつじゃん。

 

 

「そして子供たちは、ドラゴンの肉を食べ、トーラス直々に教えを施され、屈強な戦士に育ちます」

「……今の、あ、アグリウス、れっ、連邦を建国した、三兄弟も……その、こ、子供の中の三人、と言われてますねっ……」

「ねえよ!!」

 

 俺はテーブルをぶっ叩いて悲鳴を上げた後、椅子から転げ落ちて床に蹲る。

 これあれだわ! 国建てるときに自分に箔つけるためにパチこいてるだけだわ!

 それを本当に真に受けてどうする!!

 

 

「……あっ、ありがとうございます、え、えっと、れ、レミアさん……」

「本当に別人みたいですね……まあ、元気出してくださいよ。私もこの間無職になりかけましたけど、なんとかなりましたから」

「おいカイム、ヤバいぞ! 停職処分食らった女をアクロバティック転職した女が慰めてる! 絶対ロクなことにならないぞこれ! ちなみにボクは無職だから助太刀できない!」

「うるせえよ! 俺だって自営業だから大概なんだよ!」

 

 俺とエイミーが責任をなすり付け合い、レミアは慰めのつもりでスペードソードさんの頬にぐいぐいとステーキを押し付ける。

 スペードソードさんは一口ステーキを口にして、それから、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

 

 どうやらお互いに横眼でそれを確認していたらしく、俺とエイミーは顔を見合わせ、肩をすくめるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結局レミアとエイミーはしばらくダイニングでグダグダした後、もう寝るといって順にシャワーを浴びに行ってしまった。

 

「あ、じゃあ、シャワー浴びるなら、お風呂あがった二人が廊下を通ると思うんでその後でどうぞ」

「……すみ、ません」

 

 座り込んだままのスペードソードさんに、それから使っていい着替えがしまってある場所や、トイレの位置などを教える。

 

「……あ、ありがとう、ございます」

「いえ」

 

 正直、ものすごい心配だ。

 この人が王国最強の騎士だなんて想像がつかないぐらい、今のスペードソードさんは小さく見えた。

 

 いや……フェイスガードを着けていない状態なら、確かにもともと想像はつかなかったのだが。

 それとは違った。今にも透けて消えてしまいそうな弱弱しさだった。

 これでも、さっきまでよりはほんの少しだけマシになったのだから驚きだ。

 

 アンバランスな人だな。

 最強という座に至るのならば、それを証明したということだ。

 過程でどうあがいても経験を積むことになる。経験を積んだ人間は、挫折や敗北を知っているはずだ。

 だがまるで、これが初めての挫折なんじゃないか、というぐらいに心がへし折れている。

 

 まいったな……これから伸びていきそうな後輩相手なら声をかけたりしてたが、ここまでマジで折れてる人は、基本的に賢者とか魔法使いとかが相手してたからな。

 

「あの、スペードソードさん」

「……はい?」

「何かあったら、呼んでください。その、全然、朝までいてくれていいので……」

 

 結局当たり障りのないことを言うだけで、具体的な慰めが出てこない。

 それが腹立たしくて、俺は彼女から視線をそらし、足早に自室へ去ることしかできなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(わたしは……)

 

(わたしは、できなきゃ、意味ないのに)

 

(それだけが、わたしの意味だったのに)

 

 

 

 

「わたしは……トーラスになれない……」

 

 

 



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白焔、英雄に花束を(3/4)

【ここまでのあらすじ】

 カイム・カンタベリー:おれ

 レミア:魔法使い。強い。

 エイミー:研究者。ヤバイ。

 スペードソードさん:騎士。最強。停職になった。

 

 

 

 

 

 ソラ・スペードソードの停職に、王都には激震が走った。

 彼女に絶対の信頼を寄せていた王族は激怒し、都市管轄委員会との関係が悪化。

 市民の間でも治安の悪化を懸念する声が囁かれ、いかに彼女が治安維持に大きな働きを持っていたのかが浮き彫りになる形となった。

 

 そんな中、渦中の最強騎士ことソラ・スペードソードは──

 

「あ、あのっ。しょ、書類持ってきました」

「おお、ありがとうございます。ではこちらにサインを……」

「ちょっとまってくれカンタベリーさん!? ここの事務所ってスペードソード卿を事務員として雇ってるのか!?」

 

 ──いよいよ動き出した俺の事務所で、事務員として働いていた!

 

 事務員にすることあるか?? と目を白黒させながらクライアント(闘技会の初戦で戦った相手だった)が帰っていくのを、二人並んでお辞儀をして見送る。

 

「ふぃー。ひとまず午前の予約は終わったので、昼休憩にしましょうか」

「は、はいっ」

 

 手元の羊皮紙に書きつけていた午前のタスクがひと段落を迎えたのを確認し、俺は席から立ち上がる。

 巨木を切り出した机と椅子は目に優しく、ギルドと比べとっつきやすいように精査した。座り心地も大変に快適だ。いい買い物をした。

 

「そ、そのっ、す、すみません……わ、わたしなんかを、やとっ、雇ってもらって」

「いえ、こちらとしては助かりますよ。他の二人は忙しそうですからね」

 

 なんだかんだでもともと有名人なので、レミアかエイミーを名指ししての依頼は多い。

 あくまで仲介なのでそのあたりは適度に配分したいところだが、本命の仲介業はまだ軌道に乗ってないので、二人に稼いでもらえると大変助かる。

 

「というわけで出前を取っておきましたよ」

「わ、わわっ……」

 

 奥の事務スペースに二人で引っ込み、お盆に載った細い麺をとつゆを広げる。

 

「仕事の合間だとやっぱりこういうのががさくっと食べられますからね。これ食べて午後も頑張りましょう」

「こっ、これっ。トーラス蕎麦ですよねっ。お、お高かったのでは……」

「食べるのやめましょう」

「!?」

 

 共食いになってしまう。

 流石に教育上良くない。でもおなかはすいた……

 

「ぐっ……これ、なんでトーラス蕎麦っていうんですか?」

「? か、かつて……まっ、魔王軍幹部の、じょ、女性型の個体……」

「ああ、エレイン将軍?」

「そ、それですっ。そのこ、個体と……い、い……」

「い?」

「いっ! ……い、一夜を、明かした時……ずっと、どっ、同衾することもなく、そ、そ、蕎麦を打ってっ、いたと……」

「……ッ!? なんだそれ!?」

 

 全然記憶にねえぞ!

 あ、ああいや、待て……確かに一時期、死ぬほど日本が恋しくて、なんとかして蕎麦を作れないかと試行錯誤していた時期はある。あと、やむをえずエレインと洞窟で朝になるまで共に過ごしたこともある。正確に言うと焚火を挟んで朝まで行動を察知してカウンターを備えてそれにカウンターを備えてそれにカウンターを……の繰り返しをし続けてたら朝になったわけだが。

 しかしそれがどうやったら女を放置して蕎麦を打つカオス状態に発展するんだよ! おかしいだろ!

 

「ていうか蕎麦があってトーラス蕎麦!? だめだ、発展系譜が分からねえ! え!? 蕎麦ってもともとありましたっけ??」

「?? と、トーラスが、ひっ、広めましたよね……?」

「ならもう蕎麦で良くない!? トーラスって名前つける必要ないよね! この世界における商標上のトーラスって文字、モンドセレクション金賞受賞みたいな扱いになってるんだわ!」

「ひううう……す、すみませんん……」

 

 オアッ。スペードソードさんを怖がらせてしまった。

 いかんな。どうにもトーラス絡みになると、とたんに感情のコントロールがヘタクソになる。

 

「し、失礼しました。取り乱しました」

「あう……ご、ごめんなさいっ……」

 

 いや本当に別人だな。

 怯えるスペードソードさんの姿を見て思う。

 フェイスガードを着けてないだけで、こんなに変わるものなのか。見た目だけじゃないし、内面だけでもない。オーラというか、強者が放つ存在感がまったくないのだ。

 いくら平時は温厚な性格だったとしても、武の極みに到達した達人のような存在は、ただそこにいるだけで圧迫感を与えてくるものだ。

 そういった空気感が、スペードソードさんにはない。

 

 ──だからこそ、今まで出会って来た相手の中でも、ダントツで()()()

 

 この間チンピラに絡まれていたのがいい例だが、雰囲気が余りになさ過ぎて、素人が勘違いする。危険性を認識させてくれないのは素直に罠としか言いようがないんだよ。

 今も対面で、蕎麦をちゅるちゅると、ほんの数本ずつ啜る彼女。どう見たって怖い存在ではない。だが、内実は大きく異なる。

 

 何故だ?

 何故ここまで、ズレることがある?

 

 俺は彼女をじっと見つめながら蕎麦をすする。

 彼女はちらちらこちらを見ながら、やがて蕎麦を口にくわえたまま、首筋から額のてっぺんまでを赤く染めた。

 

「あ、あうあう……」

「……あ! す、すみません! 食事中の女性を見続けるなんて無礼でしたね……!」

 

 よく考えたらものすごい勢いで礼を失していた。

 俺は器をテーブルに置いて頭を下げる。

 

「あっ、そ、そんな……! しょ、職場の上のひ、人って、そ、そういうこと、するらしい、ですから……」

「いや流石に全員がしてるとは思いませんよ!? ていうか、え? スペードソードさんも何かこう、ハラスメント……ええと。上司に不愉快な思いをさせられたり……ああいえ。話しにくい話題でしたね、すみません」

「あ……ち、ちがっ。違うんです。わたっ、わたしは、その、すぐ、特級になっちゃった、から……」

 

 顔を上げると、スペードソードさんは本当に申し訳なさそうな表情だった。

 あー……なるほど。騎士になった瞬間からもう強かったんだ。

 

「だっ、だから……そういうの、知らない、まんま……」

「ああ、いいことですね」

「しゃっ、社会の荒波に、も、揉まれない、まま、だったから……! こ、こんな、ダメ人間に……!」

 

 国内最強の騎士が自分のことをダメ人間って言ってるのウケるな。

 

「まあ……いいんじゃないですか。そういうの、あんまりないですよ」

「え、ええっ!? あ、あるから、覚悟、しろって、言われてたのに……」

 

 どんな歪んだ教育だよ。

 しばし、二人して無言で蕎麦を啜る。

 どうでもいいけど騎士団が副業禁止の規定をきちんと制定してたから、単なるお手伝いとして日給換算でお金を渡すことになった。もうちょい法律回りは緩くしてくれ。

 

「とっ……トーラスは……」

「?」

 

 俺が温めた蕎麦湯をつゆに注いでいると、まだ盛られた蕎麦の半分も食べられていないスペードソードさんが口を開く。

 

「こういう、風に……いっ。いろんなものを、のこし、残して……そ、そういうのはすごいって! お、思うんです」

「あ、はい……」

 

 急になんだよ。

 ていうかこういうのってまさか蕎麦のことか? 別に蕎麦を後世に残すために戦ったわけじゃないんだけど。いやでも守りたかった世界の食文化に寄与できたというのは誇るべきことではあるんだろうけど。

 

「だから……」

「?」

「とっ、時々、思うんです」

「はい」

「と、トーラスは、そういう、こ、ことを……したかった、んでしょう、か」

「…………」

「何がっ、何が、したかったんだろう、って……とき、と、時々、思うんです。と、トーラスは、これを、や、やりたかったのかな、って……」

 

 張本人を前にして言ってるとは思うまい。俺も思いたくなかった。

 だが、確かに、彼女の問いは核心を突いている。うん、確かに……白焔の騎士(ホワイトフレア)を継ぐ者として、なんとなく感性が似ているのかもしれないと思った。

 

「別に、トーラスだって────」

「?」

 

 そこで、言葉に詰まった。

 何を言おうとしたのだろう。

 

「…………か、カンタベリーさん?」

 

 不自然な沈黙に、スペードソードさんが心配そうにこちらを見てくる。

 まあ、そうだよな。うん。変な黙り方をしてしまった。

 

「……トーラス、だって。俺が、再来と呼ばれてるから、多分なんですけど……」

 

 目を逸らし、俺はゆっくりと唇を動かす。

 

 

「大英雄になりたかったわけじゃない」

 

 呼ばれて押しつけられただけだ。こんな訳の分からない世界に。

 なりたくてなるやつがいるもんか。

 

 

「大英雄になろうとしたわけじゃない」

 

 旅の途中で逃げ出したかった。お目付役の女騎士さんは許してくれなかったけど。

 あの時に逃げていたらきっと後で死ぬほど後悔した。だから女騎士さんは、辛そうにしながらも俺に戦いを強制してくれた。感謝してる。もうそういう時代は終わったけど、力ある者には戦う義務がある時代だった。

 

 

「大英雄をやっていたわけでもない」

 

 強くなった後も、自分にできることを必死にやっていくだけだった。

 手の中から取りこぼしてしまうものはたくさんあった。援護が間に合わなかった村。通りがかった、人が住んでいた一帯らしき廃墟。炎に包まれる昨日語り合った騎士。こちらを嗤う魔物。罪なんてないがために首を引き裂かれる市民。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。燃える街。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。空を照らす、人を燃料にした炎。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。地獄の一幕を切り取ったような光景。破壊と虐殺と凌辱で構成された光景。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。こちらを嗤う魔物。

 

 

「……多分。きっと、そういうものなんだ。何のためにとか、俺も考えたことないし……」

 

 何を美談にしようとしている。ふざけるな。

 相手が、あの時代を知らないからといって、何を間抜けな肉抜きをしている。

 自分の中の自分がそう叫んでいる。それを雑にねじ伏せる。うるさい。あの時代を知らないからといって、だから何だ! 知ってれば偉いみたいなことを言うな馬鹿が。つらい記憶がある方が優先される制度なんてないんだ。

 

「……そ、そう、ですよね」

「うん。だから、何のためにとかって……それは、スペードソードさんが悩んでいるから、出てくる言葉だ」

「!」

 

 卑怯な話題の逸らし方をしたと自分でも思う。

 だがまず、トーラスがどうだったかという話題に俺が付き合う理由はない。それらしく言葉を飾ってトーラスとしての考えを伝えることはできるかもしれないが、別に彼女にとってはカイム・カンタベリーの言葉でしかない。意味はない。

 そして俺個人としても、スペードソードさんが懊悩しているのには、力になりたい。そのためには今の前置きは不要だ。

 

「……そ、それは……わたしは……別に」

「ごめんなさい、責めたりするつもりはなかったんです」

 

 悩むのは誰だって持つ権利だ。誰だってすることだ。

 

「まあ、理由があって戦うのなら……その理由っていうのは、大事だとは、思います……」

「……そ、そう……ですね」

 

 なんとなく気まずい雰囲気のまま、俺たちは昼休憩時間を過ごすことになった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スペードソードさんを事務員に迎えて一週間が経過した。

 おおむね、業績は良好だ。予想よりよく回っている。レミアもエイミーも「は? こいつマジで前線に出る気ないじゃん……」という顔で見てくるようになった。

 そりゃそうだ。出る気あんまないもん。

 

 ……むしろあいつら、出る気だと思ってたんだな。ちょっとこれから先の考え方変わるわ。

 

「再来君、これなんてどうだい?」

「うーん……」

 

 俺は今、いわゆるポーション系統の商品を取り扱う商店にて、定期購入する商品を吟味している。

 要するには俺を仲介としてクエストを請け負ってくれた冒険者に提供するポーションである。

 あんまり試供品としての色が強くなってもあれだが、市販品を自前で買うのと差別化は図りたい。こういうところで特別感を出していくことで、ブランディングができる。要するにはこの事務所を介すれば装備がいい感じになると喧伝されるようになる。

 そういう意味で決して手を抜きたくないところなのだが。

 

「うーーーーん…………」

 

 何も分かんないね。

 ポーション、トーラス時代は本当に粗悪品が半数だったし。回復魔法の方が信頼できるし。

 ただ回復魔法を使える魔法使いを身内で抱え込めてないパーティのことを意識したいし、そもそも魔法使いに回復魔法を使わせること自体がリソースの無駄遣い感がある。

 

「再来君、これは?」

「うーん」

 

 本当に分からねえ……と悩んでいる、その時だった。

 

「ちょちょちょ、店長さん、本当に勧めるべきはこっちでしょ?」

 

 棚の前で唸っている俺に、真横から手が突き出された。乳白色のポーションの瓶を握っている。一目で分かる、上質なポーションだ。

 

 ガバリと顔を上げる。茶髪を撫でつけた青年がいる。

 怪盗団のアジトを地下に匿っていた、ヴィルヘルム・ヴェルトスタインがそこにいた。

 

「! あっ……こないだ屋敷に来てくれてた、再来って人ですね! これはこれは、どうも」

「ど、どうも……」

 

 さわやかな笑みを浮かべて、ヴィルヘルムが手を差し出してくる。

 俺の名前は再来ではない。馬鹿が。殺すぞ。笑顔の裏の気配がドス黒いんだよ。

 

「…………」

 

 差し出された手を凝視してから、ヴィルヘルムに視線を上げる。

 なんてことはないように、彼は微笑んでいる。

 俺から警戒されているのは分かっているはずなのに。

 

 さすがに無礼なので、手は握る。

 同時、首筋を死神の鎌が撫で、視界がスパークした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 光景が蘇る。

 

「トーラス、流石に文字は綺麗に書かないとまずいぞ?」

「それ。書簡とか全部歴史上に残るから。君は違う世界から転生したから知らないかもしれないけどこっちの世界だと……」

 

 光景が蘇る。

 

「うるせえよ! 知ってるよ! 俺が元居た世界でもそうだったし! 書簡が本になったりしてたよ! ていうかこういう書類を俺がやってるの自体不本意なんですけど!」

「そりゃ責任者はトーラスだし……」

「言ってやるなよ、■■(賢者)。トーラスだって汚い字を後世に残す覚悟決めてんだろ」

「は? おいちょっと待て■■(戦士)。今お前、俺の字を汚いつったか?」

「おっとこれは失礼……おい。■■■(女騎士)。フォローしてくれ」

「はっはっは。トーラス! ■■(戦士)は全力で殴っていいぞ!」

■■■(女騎士)!? 一番最初に言い出したのはお前だろ!?」

「私はいいのだ。一番長い付き合いだからな。な?」

「な? じゃないが。どういう理由なのか一ミリも分からん」

 

 光景が蘇る。

 

「ハァ~……分かった、分かりました。でもこれはこれで味があって良いって後世に評価されると思うので、文字の特訓の予定はないです。以上! 閉廷!」

「あ、こいつ自己完結したな」

「トーラスの得意技だもんね」

■■(賢者)はその点文字が綺麗でいいよな」

「えへへ……ま、まあほら。私は文字綺麗じゃないと、無声投影詠唱とかに支障出るから……」

「理由が思ってたより差し迫ったものだったな」

「まあいいんじゃねえのか、文字なんてさ。俺たちは剣振るうのが仕事だろ?」

「馬鹿。魔王との戦いが終わったらそうも言ってられないだろ。王都に戻ったらどんな仕事をするつもりだ? 簿記みたいな資格持ってんのか?」

「フフン。私は魔王討伐の暁には、騎士団の大隊長のポストが確約されているからな!」

「……なんかドヤ顔で言ってるけどよ、トーラス。■■■(女騎士)って確か」

「ああ。集団行動がド下手糞過ぎて俺のお目付け役に左遷された逸材だ」

「グーで殴るぞ貴様ら」

「そういうとこだよ……!」

■■(賢者)、何か言ったか? うん? もう一回言ってみてくれ」

「ひうう」

「あーよしよし。ほら怖がらせんなって」

「トーラスって■■(賢者)に甘いよな……」

「まったくだ! 一番付き合いの長い相手が誰なのか忘れているようだな」

「何でそこそんなに引っ張るの?」

「……長さしか誇るものがない、ってコト?」

■■(賢者)

「ひうう」

「いや今のはお前が悪いよ!? 俺を盾にしないで! どう考えてもお前が突然挑発してたから!」

 

 光景が。

 

 かつての光景が、蘇って。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「────!!」

 

 俺は棚を蹴り倒しかねない勢いで飛び退いた。

 ヴィルヘルムはこちらの反応に、面白そうに笑みを深めた。

 

「おや。おやおやおや……再来? 本当に? あなたもしかして英雄本人じゃないですかあ?」

「……ッ。何を、持っている」

「ふふっ。何だと思う?」

 

 右手を開いて閉じて、ヴィルヘルムはこちらの瞳を覗き込む。

 心臓を泥まみれの手で撫でられるような不愉快さがせり上がった。

 

「……いや、知りたくはない、です。興味はあるけど、多分、従っちゃいけない興味だ」

「賢明ですねえ」

「よく言われます」

 

 顔を逸らし、俺はヴィルヘルムから差し出されたポーションを棚に戻す。

 

「おや。オススメだったけど、お気に召さなかったかな?」

「単価が……」

「……一括購入なら確かにそれはナシですね」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「怪盗団の件、手を引くべきだと思う」

 

 四人揃っての食卓で、俺は席に座るなり、開口一番に告げる。

 

「……えーと?」

「二人に何件か、怪盗団関連の依頼が届いている。全部キャンセルする予定だ」

 

 話のスピードについてこれず、レミアとスペードソードさんが目を白黒させる。

 そんな中で大皿から炒め物を取り分けつつ、エイミーがせせら笑う。

 

「どんな風の吹きまわしなんだい? ボクらの保護者になってもらった覚えはないけど?」

「ヴィルヘルムの持ってるカードが分からない」

「……へえ。接触したのか」

 

 偶然だ、と渋い表情を浮かべて答える。

 

「この間の態度もそうだったけど。ほとんどクロの状態でも余裕を崩さないのは、クロだと思われてもいいからだ。要するには多分、全部を敵に回してもひっくり返す自信があるんだと思う。騎士団総がかりで潰してもらうのが一番安全だ」

「そっ、それは……」

 

 スペードソードさんが声を上げる。

 言いたいことは分かる。騎士団で踏み込んだ結果が現状だ。

 

「ええ、難しいですよね。カイムさんは忘れてるかもしれないけど、この間だって、本当は追い詰めてたはずなんですよ? でも最後まで詰め切れなかった」

「そうだ。でもあれはのらりくわりとかわしてたけど、本気じゃなかったんだと思う。あいつは多分……あの場で俺たちが剣を抜いてもまったく意に介さなかった」

「推測の根拠は?」

「ない」

 

 俺の返答に、エイミーが眉根を寄せる。

 

「どういうことだ? 意味が分からないぞ」

「直感だ。あれは迂闊に障らない方がいい」

「人任せにすると? 違うだろ。フン……なるほど見えてきたぞ。カイム、君は自分の手でケリをつけなければならない案件だと思ったわけだ」

 

 ギャー!!

 なんでこいつさらっと名探偵役こなせるんだよ。会話の中から他人の心理を読むのが上手すぎる。何なんだマジで。

 

「……ふーん」

「……へえ?」

 

 食卓の空気が完全に冷えた。ヒエッヒエだ。

 レミアが信じられないものを見る目で見てくるし、スペードソードさんはクローバーさんモードなのにマジで剣呑なまなざしを向けてくる。

 

「あーいやそうじゃなくて……いや……そうなんですけど」

「カイムさん、やる気になってもらえるのはうれしいですけど、それを私たちから隠すのはよくないと思います」

 

 はい。おっしゃる通りです。

 

「……か、カイムさん。そのっ、えっと……や、やめた方が、いいって、おも、思ったのに……一人で、やっちゃ、やっちゃおうとするのは……」

 

 スペードソードさんですらマジレスしてくる。

 俺はうつむき、返す言葉のなさに震える。

 

「へえ。ソラ君は随分と、カイムを前線に出すまいと考えているようだね。だが、君とてこの間は単独行動に走ったわけだ。同僚や親御さんは心配していないのかい?」

「……さっ、探りの会話は、や、やめましょう」

 

 声が震えまくりのクローバーさんモードではあったが、スペードソードさんはエイミーの問いに明確な攻撃的反応を示した。

 俺は静かに、レミアに目配せをする。レミアはパスタをフォークにきれいに巻き取るのに必死でこちらを見ていなかった。おい、目配せぐらい察知してくれ。

 

「わっ、わたしに、な、仲間とか……おや、親なんて……い、いません」

「……それは」

「さっ、さ、最強の騎士だから、です」

 

 おいどーすんだよ、これ。

 俺が原因だけど、食事する空気としてマジで最悪なんだけど。

 俺が作った料理、もうレミア以外誰も手を付けてないんだけど。いやこの状態で食事を続行できてるレミアが凄すぎるんだけども。

 

「ソラ君は、まだ手を引く気がないと言いたいわけかい?」

「は、はい。そうです……英雄の、さっ、再来の……手を、借りる、ひっ、ひつ、必要は、ありません」

 

 スペードソードさんの言葉に、俺は腕を組む。

 

 正直に言う。

 俺は明日、ヴィルヘルムに奇襲をかけるつもりになっていた。

 屋敷の構造は把握している。警備だって手厚くはない。こちらからファーストアタックで制圧する気だ。冤罪だったらもう親に土下座して牢に入る。だが冤罪じゃない。これは確実だ。結果的に証拠が出てくればいいし、出てこなくても、とにかくヴィルヘルムを再起不能にできればそれでいい。

 

「まあ、俺も出しゃばりたいわけではありません。騎士団の対応をまず待ちますよ」

「「………………」」

 

 エイミーとスペードソードさんが揃って、嘘つけ、みたいな視線を向けてきた。

 クソが。何か、トーラス時代から思ってたけど、俺が組むパーティのメンバーが俺の嘘に対して敏感過ぎる。

 

「カイムさん」

「はい」

 

 レミアに名前を呼ばれ、思わず敬語で返事をする。

 もうこれ以上の説教はさすがに勘弁してほしいと思ってると、レミアは空になった大皿を突き出してきた。

 

「おかわりありますか?」

 

 こいつ大物になるわ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夕食を終えて、月明かりしか差さない夜更け。

 俺は日が昇れば真正面からヴェルトスタイン家を襲撃するために準備を整えていた。

 エイミーからもらった剣の改良版や、個人用に購入したポーションを挿した弾帯ベルトを点検する。

 

「…………」

 

 装備を整えながら、自分の中に渦巻く不安を丁寧に紐解く。

 あの時、握手をした時。

 

 距離を取らねばならないと思った。

 距離を取らねば、()()()()()()()()()()()()()()()()と思った。

 

 奴は何を持っている。何を抱えている。何を切り札としている。

 相手の思惑を読み切れずに攻めるのは危険だ。しかし、猶予はないと感じる。騎士団の対応を待つと言ったが、騎士団が奴を刺激すれば、いよいよ本番が始まってしまうと思った。

 

 怪盗団を立ち上げたのが仮に奴だとして……聖遺物を集める理由は何だ。

 聖遺物を集めて何がしたい? いや、集めるのは手段と目的、どちらだ?

 

「…………クソッ」

 

 頭をかき、ベッドわきの水差しから、冷たい水をコップに注いで呷る。

 情報が少なすぎて予想ができない。

 参ったな。

 

 

『トーラス、相手の考えを読み切ろうとするのは君のよくない癖だ。深く考えるな。とにかく、切れ!』

 

 

 ……かつての仲間の言葉を思い出し、薄く笑う。

 まあそうだよな。これはやばいぞと思ったら突撃するしかないのだ。

 いや~~~~でもこれ冤罪だったらどうしようかな。本当に。ちょっと怖くなってきた。冤罪だったらどうしよう。単に怪しくて俺のセンサーに引っかかるだけだったらマジで詫びるしかなさすぎる。

 

 うんうん唸りながら、俺は気分転換のため部屋を出た。

 足音を殺しながら廊下を歩き、一階に降りる。ちょっと夜の散歩に出ようかと思った。

 

 ダイニングを通り過ぎようとした時、夕食を食べたダイニングテーブルの上に、何かメモが置かれているのが目に入った。

 何だこれ。こんなのあったか?

 

 

 手に取り、書かれた内容を読む。

 

 

 背筋が凍った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

『カイムさん』

 

『わたしなどを雇っていただいて、ありがとうございました』

 

『王国最強の騎士として、わたしは、発生すると予期されている災いを排除せねばなりません』

 

『あなたの言葉を聞いて、疑念が間違っていなかったと確信を持てました』

 

『ヴィルヘルム・ヴェルトスタインの捕縛に向かいます』

 

『カイムさんは、英雄の再来と呼ばれるのには、少し相応しくないと思っていました』

 

『だってあなたは、普通に良い人で、優しくしてくれて、気を遣ってくれて』

 

『……だから、普通に幸せになるべきだと思いました』

 

『大丈夫です。わたしはもう、普通の幸せなんて必要ない身』

 

『あなたのような人々の幸福を守るためにこそわたしは存在します』

 

『だから』

 

『心配しないでください』

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ソラ・スペードソードはフェイスガードを装着し、魔力を編み込んだ鎧を身に纏って、月明かりの下を歩いていた。

 

(地下水道を用いた移動は既に種が割れている。騎士団も網を張っているだろう……しかし相手は馬鹿ではない)

 

 歩いているのは、ヴェルトスタイン家の屋敷から少し離れた路地裏。

 再開発地区に指定された、いわばスラム街だ。

 

(この区域ならば人の行き来や物資の搬入は感づかれにくい。もちろん長期的に続けていれば騎士団とて気づくが、短期的な備えに限ればこれ以上の条件はないだろう)

 

 ソラは怪盗団が、地下水道とは別のルートを用いると読んでいた。

 そして彼女の推測を裏付けるように、乞食や失職者の姿が、彼女の進む道には見当たらない。

 

(どうにかして、わたしがしっぽを掴まなければ……)

 

 周囲の様子を窺いながら歩いていたソラの視界が開ける。

 廃墟と化した集合住宅に囲まれた、子供たちがかつて遊んでいたであろう広場。

 そこに踏み出たのだ。

 

「……もう言い逃れはできないな」

 

 ソラの視線の先には、驚愕に凍り付く男たちと、彼らの奥でナイフを研ぐヴィルヘルムの姿があった。

 

「へえ? 停職中の騎士さんが、何故甲冑姿で?」

「貴公らを止めに来た」

「止める? 今俺たちが何をしているっていうんですか?」

 

 最強の騎士の視線が、彼らのすぐそばに転がっている各種装備に向けられる。

 

「鍵破り用の道具……城に侵入するための道具……やはり最終的な目標は、王城の宝物庫か」

「うーん、何のことか分かりませんね」

「話は、牢に入れてから聞く」

 

 状況証拠は既に揃っている。

 確実に、ソラは最高のタイミングで現場に踏み入った。

 

 

(なのになぜだ)

 

 

 彼女の背筋を、広場に入ってからずっと寒気が撫でている。

 間違っていると。この行動は、この選択は、過ちだと本能が叫んでいる。

 

 

(……いいや! まずは制圧だ! ここに現れた時点でもう他に選択肢はない!)

 

 

 眼前に並ぶヴィルヘルム率いる軍勢は、既に臨戦態勢を整えている。

 まなじりをつり上げ、ソラは起動言語を発する。

 

 

「『災禍鎖す凍獄(ガルドレイヴ)』」

 

 

 ソラの固有魔法が開放される。

 自身を起点として、周囲に絶対零度の冷気を展開するソラ。

 逆らえる者などいない。

 

 

 ──はずだった。

 

 

「『還れ(transmigration)』」

 

 

 ヴィルヘルムが冷酷に告げる。

 凍り付いたはずの世界での発声。尋常ならざる事態。

 ソラが目を剥くと同時、凍り付いたはずの世界が、音を立てて砕け散る。

 

「な……!?」

「失礼でしょう、スペードソード卿」

 

 嘲笑を浮かべてヴィルヘルムが右手をかざす。

 

「あまり殺しはしたくないのですが……流石に、王国最強の騎士が相手となると、出し惜しみはしていられませんね」

「……! 出し惜しみしなければ、わたしをやれるとでも!?」

 

 ソラの問いに、ヴィルヘルムは嘲笑を浮かべる。

 

「あなたが試してみればいい」

「ほざいたな────!」

 

 ソラの周囲で空気中の水分が凍結し、次々に氷の刃と化す。

 腕を振るうと同時に無数の刃が飛び、しかし魔力の光に迎撃される。

 

(……ッ。実力は拮抗しているとでも!?)

 

 展開した氷の刃が、魔力の光弾と撃ち合う。

 互いの砲撃を叩き落とし、砕き潰す。

 

「何だ!? 貴公、何をしている!」

 

 明らかに、ソラと渡り合える技量ではない。

 だというのに確かにヴィルヘルムは、正面から王国最強の騎士と渡り合っている。

 問いかけに対して、彼は酷薄な笑みを浮かべる。

 

「魔王の右腕だよ」

「……ッ!?」

 

 そこでソラは気づく。

 正面での彼との迎撃には、自分の全身全霊を費やす必要があった。

 だから、彼の部下がすぐそばに迫っているなど気づかなかった。

 

「……貴公は囮か」

「いえ。囮ですが、本命でもあります。意味は分かりますよね?」

 

 砲撃のやり取りが止んだ。

 ソラの首筋には十に迫るほどの刃が突き付けられている。平時なら問題ないが、目の前にヴィルヘルムを控えていると──片方に意識を振った瞬間に、片方によって殺害されるだろう。

 

「……だが!」

 

 絶死の窮地に追い詰められて尚、ソラの表情に陰りはない。

 

「わたしは最強の騎士だ! そのために存在する! 市民の安寧を守り、未来の平穏を守る! そのためならば、わが命など惜しくはない!!」

「ヘェ……つまんない方の人だ。じゃあここで死んでおきな」

 

 ヴィルヘルムは右手を伸ばすと、親指を真下に突き立て、攻撃用の魔法陣を展開した。

 それを合図として、ソラを包囲する軍勢、四方八方から魔力砲撃が放たれる。

 

「さよなら、最強の騎士さん」

 

 放たれた魔力光がソラの視界を白く染め上げた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 圧縮し、収束し、指向性を持たされた魔力光たち。

 それらは放たれた後、ぐいんと大空めがけて軌道を変えた。

 月の周囲に浮かんでいた夜の雲が吹き飛ばされる。莫大な魔力反応に王都のあちこちで光が灯され、騎士団が動き出す。

 

 ()()の眼前で、ヴィルヘルムは片頬をひきつらせる。

 

「なんで」

「ここにいるのか、って?」

 

 俺はソラさんを包囲してた部隊を地面に転がせた後、ヴィルヘルムの手を魔法陣ごと真上に撥ね上げた。

 両足を地面に噛みとめる。

 思い切り右の拳を彼の鼻っ面に叩き込んだ。

 

「ご……ッ!?」

 

 ごろごろと転がっていくヴィルヘルム。

 俺は拳を胸の前に掲げる。

 

「決まってんだろ馬鹿が……! ウチの事務員を相手に何してます? 殺すぞお前」

 

 跳ね起きるヴィルヘルムと視線を重ねながら、俺は凄絶に告げた。

 

 



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白焔、英雄に花束を(4/4)

桃鉄RTAめっちゃ面白かったです


 状況を確認する。

 目の前に、ヴィルヘルムがいる。

 正体不明、目的も不明。だがこの男は危険だと、直感が告げていた。

 

「招待状のないまま入ってきちゃったけど、大丈夫でしたかね。会員制ですか?」

「……いえいえ、これはこれは、どうも。貴方ならいつでも歓迎ですよ」

 

 モロに右ストレートが入ったはずなのに、何でもないかのように爽やかな笑みを浮かべて、ヴィルヘルムが手を差し出してくる。

 俺も笑みを返して、ちらと一帯に目をやった。開けた広場。さっき吹き飛ばした手下たちが起き上がろうとしている。

 

 

「『砕け(Initiation)』」

 

 

 目を逸らした瞬間に攻撃魔法が放たれた。半透明の衝撃波だ。

 防御しようと視線を戻して、ギョッとする。

 

 見ただけで分かる。防げない。

 ていうかこれ──()()()()()()()()()

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)防弾機能拡張(ランパートストリーム)』!」

 

 

 出し惜しみしてる場合ではなくなった。

 固有魔法を全力起動させ、展開された光の剣を防御性質に寄せて稼働させる。

 

 激突と同時、光の粒子が濁流じみた勢いで一帯にまき散らされた。

 まともに受け止めるのではなく、受け流し、弾き飛ばす。

 絶え間なく押し寄せる衝撃の波濤を切り刻み、分解し、一つ一つを逸らす。手下たちが余波に吹き飛ばされていく。

 

「へえ……?」

 

 眩い粒子の奔流の向こう側で、ヴィルヘルムが興味深そうにこちらの様子を窺うのが見えた。

 ぐっ、失態だ! 向こうの力量を読み違えた、先手を打たせてはいけなかった……! 最速で圧殺すべきだった!

 

「スペードソードさん!」

 

 時間にして2秒と少しで見切りをつける。

 俺はヴィルヘルムの攻撃を防ぎながら、背後のソラさんに呼びかける。

 

「え──」

「下に!!」

「……!」

 

 意図が通じるのに一瞬もかからない。

 ソラさんが剣を振り上げ、大地に叩きつける。

 直後に爆発じみた土煙が吹き上がり、俺とソラさんは街の地下ブロックへと落下していった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 王都の下水道とすっかり仲良くなりつつあるな、と身を起こして思う。

 見上げると実に四階層分ぐらいをぶち抜いて、俺とソラさんは地下に落ちていた。

 途中で何度も左右に曲がっており、追撃は不可能だろう。耳を澄ますが地上の物音なんて到底聞こえやしない。一時的な撤退には成功したと言ってよさそうだ。

 立ち上がって土埃を払い、装備が落ちてないか点検する。

 

「チッ……」

 

 舌打ち交じりにさっきの戦闘を振り返る。何度思い返しても、10秒中の4秒を使わされた。フル出力で再起動をかけたとして残り6秒だ。

 やはり、失態だ。無様を晒している。

 

「……スペードソードさん。奴は何と言っていたのですか」

 

 俺と同様に装備を確認していたスペードソードさんに問う。

 

「目的は、王城の宝物庫かと。ですがそれが何のためなのかは……」

「ああいや、そっちじゃなくて。それは多分そうだろうと思いましたし。あの力の方です」

 

 スペードソードさんが顔を上げる。

 あの魔法は魔王が使う、俺たち人類とは詠唱体系が根本的に異なる魔法だ。生身の人間には使えないはずなのに、平然と行使していた。

 ……って説明するわけにもいかねえしな。

 

「明らかに普通の魔法ではなかったと思います。少なくとも、俺の固有魔法を防御に集中させないと、やられていた。あれについては何も?」

「…………いえ」

 

 あ。あー……あ~~~~。

 これ何か言われたけど俺には伏せようとしてるな。

 

「流石にこういう状態ですし。情報共有はしてほしいです」

 

 俺は彼女に歩み寄り、視線を重ねて頼み込む。

 

「相手の情報がないと、何もできない。ヴィルヘルムは何と言っていたんです?」

 

 あの魔法を人間が使っているという時点で異常だ。

 人間に擬態した魔族と言われても信じる。いや気配からしてそれは絶対にないのだが、そのレベルでの理屈が必要だ。

 至近距離で見つめ合い、最終的にはスペードソードさんがさっと視線を逸らした。

 

「…………彼は」

「はい」

「魔王の右腕、だと、言っていた」

「────」

 

 想像以上のフレーズが飛び出してきて、完全に思考が止まった。

 え? いやいやいや。いやいやいやいやいや。

 

「それは、だって、死体は……」

「不明だ。80年前とは言え、大戦終結の混乱もあって……魔王と英雄の亡骸は、少なくとも人類は保管できていない。戦後まもなく、英雄の仲間たちが完全に処分したという説もあるが、それも眉唾物だ」

 

 馬鹿な。

 愕然とするあまり、表情を取り繕うような、商売人として身に着けていたスキル全部が死んでいるのを自覚した。

 だって、それは、あの戦争は終わって、何もなかったぐらいの勢いで、人類は、復興して。

 

「……ッ」

 

 いいや間違えるな。

 本物かどうかの確証なんてない。だからここで冷静さを失うわけにはいかない。判断力を失ってミスチョイスをするなんざ馬鹿のすることだ、と賢者から習っている。

 

「仮にそうだとして……対策が限られてくるな」

 

 魔王の力の一端を自在に扱えていると仮定するのなら、わずか10秒間の全力稼働では力不足が過ぎる。おまけに残りは6秒だ。

 ならやはり、他のとこから補填するしかない。そういう意味でスペードソードさんに声をかけようとした。

 

 その時、空間が揺れた。ぐらりと視界が傾ぐ。

 

 地下にまで伝わる振動。

 間違いない、地上で複数の、そして大規模な爆発が起きている。

 

「何かが始まったようだな」

 

 身に纏う鎧の調子を確かめながら、スペードソードさんが呟く。

 

「俺たちも行かないと」

「……何故?」

 

 思わず、勢いよく振り向いた。

 スペードソードさんはフェイスガードで顔を隠しているが、地面に視線を落としているのが分かった。

 

「なぜ、って。当然じゃないですか。止めないと犠牲が出る! 俺たちに戦う力があるのなら、戦って、止めるべきだ!」

「……貴公は、悲劇の存在を許せないのか?」

「え?」

 

 一瞬、問いの意味が分からなかった。

 彼女は俯いたまま、剣の柄を握り、手を震わせている。

 

「えーっと……そりゃ、悲劇なんて。演目としては別にいいですけど、現実にはないほうがいいに決まってるじゃないですか」

 

 俺の答えを聞いて。

 スペードソードさんが、ゆっくりと顔を上げる。

 

「ならば、例えば悲劇が水平線の向こう側にあったとしたら?」

「……論戦を吹っ掛けられてるんですかね、これ」

「そう思ったのなら、そう思ってもらって構わない」

「卑怯な言い方だ」

 

 この状況ですることかよと、流石に眉間にしわが寄る。

 

「だけど、それは! それは……わたしにとっては、必要なんだ……!」

 

 絞り出すような声だった。

 地面を向いて、拳をぐっと握り、彼女は本当に苦しそうに声を絞り出していた。

 嘘は言ってないみたいだ。

 

「……分かりました、答えます」

 

 スペードソードさんがハッとこちらを見る。

 

「水平線の向こう側は、流石に手が届かないでしょう」

「……ええ、ええ。そうだ。届くはずがない」

「だから、手の届く範囲を一つ一つ助けていく。それを積み重ねることが必要だと考えています。そうすれば、いつかは水平線の向こう側にだって手は届く」

「……ッ!? け、結局は救いに行くということなのか!?」

 

 驚愕の声を上げる彼女に、頷く。

 

「え、そりゃまあ」

「どうして!? どうしてそんな、当然のことのように言えるんだ!」

 

 拳を強く、強く握って、スペードソードさんが絶叫する。

 

「そんな風に、ならなきゃいけない……なりたいのに……!」

 

 えぇ……? 急に何? 怖いよお……

 ていうかそんな風ってなんだよ。どういう風?

 

「……トーラスになろうと、してるんですか」

「!」

 

 ずっと引っかかっていたことだ。

 トーラスの英雄譚を終わらせると言っている彼女は、そりゃ当然、英雄トーラスを強く意識している。

 だがライバル視しているような発言をしている割には、今の彼女は、トーラスの進んだ道をなぞろうとしている。

 だから他でもなく、俺が言わなきゃいけない。

 

「俺たちは、多分、トーラスにはなれないと思うんです」

「……! そんな、ことは!」

 

 スペードソードさんに、俺は手を差し出す。

 

「そして、()()()()()()()()()()()()()。最後の最後に一人で戦って。仲間を捨て置いて。独りよがりな英雄譚だけ遺して死んだような奴にだけは、なっちゃいけないんだ」

 

 絶句する彼女の手を、無理矢理に取る。

 

「だから俺たちは俺たちで、新しい時代を作っていかなきゃいけない。俺はそう思っています」

「それ、は……トーラスに、できなかったことをやるということですか」

「はい。だから、一緒に戦わせてください。貴女を一人で戦わせたりなんか絶対にしたくないんです」

 

 心の底からの本音だった。

 スペードソードさんは目を白黒させた後、静かに息を吐いた。

 彼女はゆっくりと顔を上げ、フェイスガード越しでも分かるぐらいはっきりと、こちらの瞳を見た。

 

「……貴公は」

「はい」

「思えば、一度も、否定しなかったな」

「え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そりゃ終わらせてほしいからな。

 マジで終わらせてほしい。本当に終わったら泣いて感謝すると思う。

 

「ソラでいい」

「え?」

「長いだろう、スペードソードは」

 

 スペードソード……じゃなくて。ソラさんはどこか満足げに頷く。

 それから、何でもないことのように続けた。

 

「カイム・カンタベリー。貴公のパーティだが」

「?」

「わたしも参加しよう。騎士団は、この件を片づけた後に辞める」

「はあ!?」

 

 さすがに仰天した。

 何言ってんだこの人。

 

「もとより騎士は、手段の一つに過ぎない。さらに言えば、ヴェルトスタイン家への対応を踏まえて考えるなら手段としても劣っている」

「い、いやそりゃまあ、今回はちょっと騎士団の融通は随分と効かねえなと思いましたが」

「…………だ、だから」

 

 そこでソラさんは、恐る恐る、自分の意思でフェイスガードを外す。

 小さな身体を震わせ、けれどまなざしには強い光を宿して、俺を見る。

 

「いっ、一緒に戦うのが、う、嘘じゃないなら……わた、わたしも。入ってい、いいですか」

 

「それはその、いいんですけど。でも最強の騎士がいきなり辞めるの、普通に、いろいろとマズい気がしますが」

 

「だっ、大丈夫、です。ほ、他にもときゅ、特級騎士は、いますから」

 

「……まあ、そうかもしれないですけど」

 

「だ、だから、大丈夫ですっ。なっ、なんとか、なんとかなりま、す」

 

「そ、そうですか……いやでも、そこまでする必要あるんですか?」

 

「はっ、はい! だって────」

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

(────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ソラ・スペードソードの本質は、その強さにはない。

 極まった技巧、冠絶した固有魔法、英雄譚に迫りうる気高さ、そのどれでもない。

 

 

 何故なら彼女は、何の変哲もない、特別な血筋でもなく、因縁すらない、どこにでもいる少女。

 

 

 幼少期を孤児院で過ごした彼女は、よく施設で英雄の御伽噺を聞かされた。

 寝物語として何度も聞いたし、職員が読み聞かせる物語も十中八九英雄譚だった。

 

 ソラにとって、トーラスの御伽噺は、決して心地よいものではなかった。

 ほかの子供たちが彼に憧れ、英雄ごっこ遊びに興じる中、幼いソラの中では際限なく違和感が膨れ上がっていった。

 

 そんなことがあってはいけないと思った。

 ただ一人に運命を背負わせるようなことは、それを許してしまうような世界は、正しい形ではないと感じた。

 

 だから誰からも理解されずとも、この道を歩くと決めた。

 後ろ指をさされようとも、実力で黙らせてきた。卓越した才能と冠絶した努力が、彼女が進む道を切り拓いてきた。

 

 一人でもよかった。

 彼を越えるためには、一人になるべきだとさえ思った。

 

 ずっと気づかなかった。

 独りで進む道の淋しさに心が麻痺していた。

 ただの憧憬と執着と善意だけをエンジンにして進み続ければ、いつかはバラバラになって砕けてしまっていただろう。

 

 けれど今は。

 今は、違うと断言できる。

 

 少年と少女は出会った。

 英雄を終わらせようとする少女は、無自覚に欠けていた、同志という最後のピースを得た。

 

 

「だ、だって、やっと……やっと、出会えましたから……」

 

 

 英雄の影を踏む少女の元に、望外のカードが舞い落ちた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「でもよかったんですかね」

「ん? 何がだい?」

 

 時を少し戻し、地上にて。

 闇に沈む王都のある区画を走りながら、レミアはエイミーに問いかける。

 

「ほら、カイムさんは手を引けって言ってましたし」

「とはいえ招集が来たのを無視するわけにはいかないだろう」

 

 カイムがソラを追い家を出てからしばらく。

 王国政府からレミアとエイミーの元に、使い魔を用いた緊急の招集命令が届いていた。

 

「何かが起きたっていうことですよね」

「ああ。それにカイムもきっと、かかわっている」

「え?」

「2人とも家からいなくなっていたじゃないか。気づいていなかったのか?」

 

 はあ!? とレミアが大声を上げる。

 

「あ、あの人まさか、本気で自分でケリをつけるためだけにこそこそ家出ていったんですか!? し、信じられない……! 超絶ムカつきます……!」

「恐らくはそうだろうね。ところでレミア君」

「何ですか!?」

「そろそろ負ぶってくれ。体力の限界だ」

 

 見ればレミアと並走していたエイミーは大粒の汗を浮かべ、肩で息をしていた。

 

「こういうのは……ボクのジャンルじゃないんだ……」

「す、すみません」

 

 レミアはもともと第一線のパーティでエースを務めていた少女だ。

 その身体能力は常人をはるかに上回る。ラボに引きこもりっぱなしのエイミーがついていける道理はない。

 エイミーから重い荷物を受け取って肩にかけると、背中にエイミーを背負う。

 

「それじゃあさっきより早く走るので、舌を噛まないようにしてください」

 

 言うや否や、レミアは脚部に十数の小さな魔法陣を瞬時に展開。そこから魔力を炸裂させると、一気に走り出す。

 

「う、おおおお……っ。こ、これは凄いな……! 刺激的だ! ボクが研究中に詰まったらこれやってくれないか!?」

「気分転換用のアトラクションじゃないんですけど!?」

 

 召集のあった王城がぐんぐん近づく。

 そこでエイミーは、レミアの肩越しにぐっと顔を突き出した。

 

「何かが起きているようだぞ」

「言われなくても!」

 

 道路を蹴ってレミアは家屋の屋上へ一足に飛び移り、視界を確保する。

 見れば火の手が上がり、夜天を赤く染めていた。

 

「単なる火事、じゃないですよね……!」

 

 距離を詰めてから、レミアは足を止める。

 王都に並ぶ家屋の間に、巨大なシルエットがうごめき、緩やかに鎌首をもたげる。

 全体のサイズは、先日レミアが撃墜したカースド・ドラグーンすら凌駕するほどの巨大さだ。

 

「魔族? ううん……どうでしょう。感覚としては、魔物っぽいですけど」

「だとすれば見たことのないタイプだね。現代の魔物に関しては君の方が詳しいかもしれないが、どうだい?」

「……いえ。私も見たことがありません。新種にしても少し不自然というか、ここまで大きいのは突然変異した種としか考えられませんけど……」

 

 そこでレミアは、その巨大な魔物が王城を目指してゆっくりと進んでおり、騎士たちの迎撃を踏みつぶし、余波に家屋を砕いていることに気づいた。

 

「え、ええええええっ!? 今これ国家存亡のピンチですか!?」

「そのようだね」

「何のん気なこと言ってるんですか!」

 

 エイミーの腕をつかみ、レミアが一気に加速する。

 距離を刹那でゼロにしながら、魔力を循環させて砲撃を用意する。

 

「──『黒月投転射砲(フォルティスブラエ)』!」

 

 レミアが巨大な魔物の前に飛び出し、顔面目掛けて固有魔法を撃ちこむ。

 放たれた漆黒の光条はあらゆる物質を粉砕・消滅させるだけの破壊力を持つ究極の破壊魔法。

 だったというのに──直撃する寸前に、光の壁が稲妻の如き轟音を響かせ顕現した。

 

「な……ッ!?」

 

 殺到した破滅の光条が、完全にシャットアウトされる。

 直撃を回避される形で相手を殺し損ねたことなら何度かあるが、無傷で防がれたのは初めてだった。

 

「なんですかこいつ!?」

「フム。興味深いね」

 

 レミアに空中で放り出され、自分の荷物をクッションにして地面に墜落していたエイミーは、地面に寝転がった姿勢のまま巨大な魔物を見上げる。

 四つ足は地面についたままだが、背中から伸びる翼は、一区画を丸ごと横断するほどに長大だった。

 

(……ッ! おかしい、リザード型ならこんなに翼が大きくなるはずがない!)

 

 多くの魔物に関して知識を持つレミアだから即座に気づける。

 長い年月を生きておきながらそういった知識にはまるで興味のなかったエイミーもまた、明らかに異常な形質であると分かる。

 

「これってもしかして、複数の魔物が組み合わされてる……!?」

複合魔獣(キメラ)と呼ぶのがふさわしいだろうね。実に興味深い」

「言ってる場合ですか!? 明らかに人為的な……改造個体ってことですよ!?」

「単なる改造とも思えない。随分と根深いところで結合しているようだね」

 

 エイミーが立ち上がるのと同時、蛇竜(リザード)飛竜(ドラグーン)を混ぜこぜにした外見のキメラが雄たけびを上げる。

 王城へ続く大通りは、通り過ぎた後は破壊されつくされ、敗れた騎士たちが呻きながら横たわっていた。レミアとエイミーの後方では騎士団が最終防衛ラインを敷き、二人に退避を呼び掛けている。

 

「これはこれは……ほォ……」

 

 そんな中で、じっくりと敵を観察したエイミーが感嘆の声を上げる。

 

「何か気づいたことでも?」

「一つの生命に、一つの魂。これは常識であり、また枷でもある」

 

 レミアの問いに、荷物を拾い上げながらエイミーが滔々と語る。

 

「我々は魂を持つからこそ、魔力に干渉し魔法を放つ。あるいは固有魔法という秘儀を持つ」

「そうですね」

「だからこそだよ。実に順当な論理の構築を行えばいい」

 

 夜空を震わせる雄たけびの中。

 エイミーがその目に、冷たい光を宿す。

 

「魂の数が多ければもっと強い出力が出せるのにと思ったなら。()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女の言葉を聞いて、レミアがギクリと表情を強張らせる。

 それを横目に一瞬見てから、エイミーは咳払いをした。

 

「まあ、理論は筋道立っている。問題はそれがほぼ実現不可能な絵空事という点だが……クリアした者が下手人ということだ」

「……ええ」

 

 二人の視線の先。

 キメラの前に立つ男がいた。

 

「これはこれは、どうも」

 

 薄い笑みを浮かべる青年、ヴィルヘルム・ヴェルトスタインがそこにいた。

 

「怪盗と呼ぶことはできないね。れっきとした叛逆だ。ボクらが踏み込んだ時にはもう、このキメラを用意していたのかい?」

無論(イエス)です。前倒しにしてくれて助かりました」

「私たちが、変に刺激しちゃったってことですか……?」

「ああ、気に病む必要はないですよ。遅かれ早かれでした」

 

 ヴィルヘルムの声色はどこまでも軽い。

 次の休日には洗濯物をまとめて洗おうと思ってたけど、時間が取れたから先にやったんですよ──と会話を置き換えても成立してしまうような声と表情だった。

 

「狙いは王城かい? 保管庫に子供のころの落書き帳でも忘れたのかな?」

「う~ん……当たらずとも遠からずって感じですねえ」

 

 はぐらかすような言葉を返した後、ヴィルヘルムは背後に控えるキメラを見上げる。

 

「こっちが本命だと思ってくれていい。一応、王城から騎士団を引きずり出すことには成功したから、役目は果たしたんだけど……思ってた以上に強く仕上がったから、このまま城まで攻め込んじゃってもいいかな」

「……なるほど。王城には今頃別動隊が向かっていると。だから君は一人なわけだ」

 

 確かにキメラこそ王都を荒らし尽くしているが、他にヴィルヘルムの仲間は見当たらない。

 

「なら、ここで」

「こいつを突破できるならね。でも、こいつより俺の方が強いよ。君たちは賢いからあんまり手にかけたくないんだけど──」

 

 言葉の途中で。

 

「おおおおおおおおおおおらああああああああああああっ!!」

 

 大地が爆砕した。

 キメラが真下から痛烈な衝撃を受け、ぐらりと傾ぐ。

 そのまま右側の家屋群にぶつかり、半ばを粉砕して完全に傾いたまま止まった。

 

 地下から飛び出した人影はそのままヴィルヘルムに接近し、剣を振りかぶる。

 

「ヴィルヘルム・ヴェルトスタイン────!」

 

 黒髪を振り乱し、輝く剣を振るうその姿に、ヴィルヘルムが目を見開く。

 

「来たか──カイム・カンタベリー!」

 

 すかさず右腕を振るい、両者が激突する。

 拮抗は刹那にも満たない。刀身が砕かれ、カイムの身体が大きく跳んだ。

 空中で鮮やかに姿勢を整えると、そのまま彼はレミアたちの前方に着地する。

 

「か、カイムさんが、地下から攻めてきた……!」

「人のこと地底人みたいに言わないでくれるかなあ!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 地上に飛び出してから、ヴィルヘルムとにらみ合う。

 なんか訳の分からんデカブツがいるが、あいにく今の俺に、そっちへ割けるリソースはない。

 

「このデカブツは何とかできるか?」

「……! はい! 私が倒しますッ!」

 

 背中越しにレミアに問うと、彼女は勢い良く頷いてくれる。

 

「カイム! 新しい剣だ!」

 

 エイミーが投げつけてきた剣を、片手でキャッチする。普通に渡せ。

 

「今までのよりずっと頑丈だ! あと何より、君の戦闘を経験することで機能が解放されていく!」

「レベルアップしていくわけね、了解」

 

 何が解放されるのかは分からんが、経験値には困らなさそうだ。

 こちらをじっと見ているヴィルヘルムがいるのだから。

 

「いいのかい? 君がこのキメラを倒すまで待つつもりだったけど?」

「まあ、大丈夫だろ」

「へえ」

 

 視線はヴィルヘルムから外さないまま、剣を数度振るい重さや形状を確認する。

 振りやすい。手になじむ。俺個人のデータに寄せているのか?

 

「王城にはソラさんが行ったよ。お前のことだ、正面の自分は本命でもあり、陽動でもあるんじゃないか」

「う~ん……思ったより読まれちゃってるな。思考を開示しすぎたかな? 王城に行ってもらったみんなには悪いことをした」

「ほざけ。どうでもいいと思ってるだろ」

 

 全力稼働で圧殺する方針はもうとれない。

 互いに手札を見せあった。向こうは俺の切り札を、同様に切り札を切って食いつぶせば勝ちだ。

 俺はやつの切り札を正面から上回るか、あるいは隙を突いて確実に通すかしなければならない。

 

 まあ戦いなんて、何をできるかがバレてからが本番みたいなところあるしな。致し方ない。

 刀身に魔力を通す。ヴィルヘルムが右手をこちらに向ける。

 

 一瞬の静寂。

 直後、互いの攻撃が交錯し、王都に爆音が轟いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ひどいありさまだな」

 

 剣を渡して仕事を終えたエイミーが、王都を縦横無尽に飛び交う破壊の光を見て呟く。

 ヴィルヘルムが放つ破壊魔法に対して、カイムは背後に庇わなければならないものを置かないよう適切に動き、かいくぐり続けている。

 合間合間に放たれる牽制の斬撃は、ヴィルヘルムに届く前に、彼が発生させる奇妙な力場に捻じ曲げられ届かない。

 

「あちらはうまいこと、カイムが膠着状態に持ち込んでいるね。で、どうするんだいレミア君。あれだけの啖呵を切ったのだから、倒す見込みはあるんだろう?」

「ええ、まあ」

 

 ごく自然にレミアが返事をして、思わずエイミーですら言葉を失った。

 

「……何ですかその表情。絶対私が見栄を張ったと思ったでしょう」

「あ、ああいや。これは失礼」

 

 実際、そうだった。

 エイミーとしては、自分の生命源としてストックしている莫大な量の魔力を譲渡し、それを用いた最大火力なら殲滅できるだろうと見込んでいたのだが。

 

「となると、意外だな。君が普段使っている固有魔法は、切り札ではないことになる」

「……見当がついているんですか」

「さっきも言ったよ。魂の数が多ければもっと強い出力が出せるのにと思ったなら、魂の数を増やしてしまえばいい──()()()()()?」

 

 エイミーの問いかけに対して、レミアは沈黙する。

 

「一目見れば分かる。特殊極まりないケースだ。君ほどの存在が一緒となると、ボクとしても、あんまり迂闊な行動は起こせない。だが、不思議なことに……君とボクの目的は一致している。そうだろう」

 

 見透かすような視線を受けて、不機嫌そうにレミアは頷く。

 

「ええ、そうですね。あなたは彼に、英雄のようになってほしいんでしょう?」

そう(イエス)だ」

「なら、私たちは手を組める。だから……信頼の代わりに、見せますよ」

 

 告げて。

 

 暴れまわるキメラの正面に佇み。

 

 レミアが碧眼の中に、昏い紋章を浮かべる。

 

 

 

「──『冠月離つ弾丸(レグフォルグ)』」

 

 

 

 顕現する固有魔法は、対象に対する単純な魔力砲撃。

 それは()()()()()()()()

 

 

 

「──『黒天討つ靭槍(ティリウスブラエ)』」

 

 

 

 顕現する固有魔法は、莫大な神秘と憎悪と破壊を煮詰めた大槍の召喚。

 戦闘中でなければ、カイムは驚愕の余り言葉を失っただろう。

 それはかつて存在した()()()()()()()

 

 

 

(やはりそうか。彼女の固有魔法は、2つの固有魔法を組み合わせている)

 

 ここに常識を完全に破壊する光景が存在する。

 固有魔法とは文字通り、その人間のみが発動できる魔法。

 だがそれは個人の魂と深く深く結びつくが故に、一人につき一つだけという制約を持っているはずだった。

 

 しかしレミアは違う。

 魔王の心臓によって生かされている少女は、違う。

 

 自身の固有魔法である射出の権能に、弾丸として魔王の槍を装填する。

 彼女が誇る人類最高出力と謳われる固有魔法のカラクリは、言ってみれば()()()()なのだ。

 

 平時は工程の大幅な短縮によって放たれるが故、威力を本来の一割未満にまで減損している彼女の魔法。

 だが本気も本気、完全に工程を終えて放たれるそれは、文字通りに消し炭すら残さない。

 

 右手をまっすぐに伸ばし、幾重にも展開された魔法陣を貫くようにして漆黒の杭が固定される。

 穂先をキメラに向けて、あとは放つだけ。

 レミアは紋章の浮かぶ両眼を静かに細めた。

 

 

 

完全詠唱(アウトブレイク)──『黒月投転射砲(フォルティスブラエ)』ッッ!!」

 

 

 

 狙い過たず。

 極光がオーバーロードし、大通りを片端から蒸発させていく。

 家屋を丸ごと消し飛ばしながら迫る槍が、キメラが展開する光の壁に激突──したのは刹那。

 割れる音すらしない。光の壁ごとキメラの身体を貫き、通りをまっすぐ駆け抜ける破壊の嵐。

 

 余波が王都全体を揺さぶり、避難している市民たちが悲鳴を上げる。

 陣を敷く騎士たちが慌てて身体を隠す直後、突風が吹き抜け城の一部を破壊した。

 通りの向こう側までを破壊し、土煙が左右の道へ巻き上がる。

 倒れ伏している騎士たちが余波で蒸発しないよう、レミアは射線を上にずらしていた。通りから跳ね上がった光条はそのまま空を貫き、夜空に浮かぶ雲を消し飛ばす。

 

「やり過ぎだよ」

 

 エイミーはドン引きしていた。

 キメラは四つ足の先しか残っていなかった。

 

「…………ッ」

「おっと」

 

 よろめくレミアの身体をさっとエイミーが支える。

 

「よくやった。君は役割を果たしたよ」

「……ど、どーも」

 

 顔色が悪く、脂汗も浮いている。

 相応に負担のかかる魔法なのだろうと分かる。

 

「後は、ボクらは祈るだけだ」

「……そうですね」

 

 そう会話した直後。

 爆砕音が響き、二人の目の前に、煤まみれのカイムが降ってきて、地面に叩きつけられた。

 

 レミアは数秒思考停止した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「やっ……やられてるじゃないですかあああああああああああああああ!?」

「やられてないやられてないやられてない! いや見た目ではそうだけどやられてない!」

 

 悲鳴を上げるレミアに対して、俺は怒鳴り返す。

 失礼な! ちょっと向こうに有効打を入れられないまま何度か直撃食らっただけだ!

 

 立ち上がり剣を構えなおす俺に対して、ヴィルヘルムが視線を向けて。

 

「おっと」

 

 ひらりと右腕が振るわれる。

 するとヴィルヘルムめがけて飛翔した氷の槍が空中に一瞬静止した後、すり潰されるようにして砕け散った。

 

「無事か?」

「助かりました……!」

 

 今の攻撃を放ったソラさんが、俺の隣に着地する。

 どうやら向こうは片付いたようだ。早ぇー……

 

「苦戦しているようだな」

「ええ、基本的に出力負けしているっていうか……本当に魔王の右腕なのかもしれません」

「魔王の右腕!?」

「魔王の右腕!?」

 

 俺の言葉に、何故か他の二人が凄い勢いで食いついてきた。

 

「そう本人が言っていた。わたしが確かに聞いている」

「加えて、そういうの使ってるって言われて、納得できる強さなんだ」

 

 立ち上がって砂埃を払いながら、正面のヴィルヘルムをにらむ。

 奴の使う魔法──魔王が使っていた根源魔法そのものだ。人類が使う詠唱とは根本的に違う。何だったか。力の伝導に余分なロスがないからうんたらかんたらみたいなことを言ってた気がする。

 

「……ッ。いいえ、魔王の右腕なんかじゃないですよ、あれ」

 

 しかし突然、レミアがはっきりと断言した。

 

「何でわかんだよ」

「……信じてください」

 

 レミアが自分の左胸を押さえながら言う。

 するとエイミーまでもが頷く。

 

「解析は不十分だが、ボクはレミア君の言葉を信じよう」

「……エイミー・マスフィールドが信頼できるだけの証拠はあると?」

「そう思ってくれて構わない」

 

 エイミーの返答を聞き、ソラさんは唸り、直後に飛び退いた。

 

「『砕け(Initiation)』」

 

 俺たちも追随して散開する。通りを衝撃波が駆け抜ける。

 

「ほら。相談タイムはそろそろ切り上げてもらわないと」

 

 ヴィルヘルムが右腕を見せびらかすように、ひらひらと振る。

 色合いは奴の身体と変わらない。加工したのかと納得していたが、思えば魔王の身体を加工できるとは思えない。ならば、やはり別物なのだろうか。

 

 ……だけど。

 魔王の身体じゃないって言うなら、何なんだ。

 あんな魔法を使える存在が他にそういてたまるか。

 

「そこ立ってちゃまずいでしょ」

 

 ヴィルヘルムが俺を嘲笑する。

 瞬間、己の失策に気づいた。

 

 俺の背後。

 半ば崩壊している家屋の瓦礫の下に、騎士が倒れ伏している。

 

 

「『砕け(Initiation)』」

 

 

 さっきから同じ魔法ばっかり使いやがって!

 殺到してくる衝撃波。回避すれば背後の騎士たちが犠牲になる。

 刀身に魔力を伝導させ、正面からぶつける。切り裂こうと振るった剣が衝突時に軋む。

 

 押し負けたら死ぬなあこれ。

 だけど、押し負けるに決まってる。

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』!」

 

 だから──コンマゼロ2秒だけの全力起動。

 

 刀身が眩い光を放ち、真っ向から破壊魔法を受け止める。

 魔力を純粋な破壊力に転換した根源魔法相手に、力不足なのは分かってる。

 

 分かってるんだ。だけど! 力不足じゃなかったことなんて一度もない!

 いつもいつも足りてないことばっかりだった! いつだってそうだ!

 

「──ッツゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 乾坤一擲。

 振り抜いた刃が根源魔法の破壊の嵐を両断した。

 俺も、背後の騎士達も無事。ヴィルヘルムが目を見開く。

 

「カイムさん……!?」

 

 レミアの悲鳴には驚愕の色が混じっていた。

 正面から受け止め切れた。自分でもびっくりしている。エイミーの剣が、俺の想定を超えた威力を発揮したのだ。

 

「……なる、ほどな」

 

 そして今の交錯で分かった。

 何度か直撃をもらって、やっと分かった。

 

 厳密には、違う。

 魔王の根源魔法そのままじゃない。何故なら、一度直撃したのならその時点で消し飛んでいなければおかしかった。

 さっきまではギリギリで俺が致命傷になるのを回避できていたのだという認識だったが、違うんだ。モロに受けても死んでいない。あろうことか、前世には程遠い出力の『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』で切り裂くことが出来た。

 

 本来の奴の魔法は、こんなにヌルくない。

 俺がこの世界で一番よく知っている。

 だから断言できる。

 

()()()()()()

「……あ?」

 

 ビキリと、ヴィルヘルムの額に青筋が浮かぶ。

 

「まがい物って言ったんだよ。やってることひっくるめて、お前の存在は全部、ニセモノだ」

「負け惜しみにしちゃあ、少しデカい口を叩きすぎだろ」

「もう勝ったつもりだったのか? そんなだから、外付けの回路に頼りきりのまま、王城の聖遺物にまで手を出そうとする。自分に何もないからか?」

 

 こちらの言葉を聞いたヴィルヘルムは、顔を真っ赤にして呼吸すら忘れてしまった。

 

「う……うわああああ! 超劣勢の状態で急に煽りモードに入んないでください! 口閉じて!」

 

 超スピードで隣まで駆け寄ってきたレミアが、俺の頭をはたこうとする。

 その右腕をつかんだ。至近距離で視線を合わせた途端、レミアが思い切りのけぞった。

 

「……ッ!?」

「悪い、今は、頼むよ」

 

 レミアの手を離してから、ヴィルヘルムの元へゆっくり歩き出す。

 あり得ない可能性を排除していった先、唯一残ったものは事実と呼ぶほか無い。

 そしてその事実は、大変申し訳ないのだが、俺にとっては絶対に許しがたいものだ。

 

「それは魔王の右腕なんかじゃない」

「…………だったら何だと思ってんだよ?」

 

 魔王じゃないのなら。

 魔王レベルで魔法を使えて、遺体が残っていそうなやつなんて、心当たりは一つしか無い。

 

 

「それは……かつて大英雄と共に魔王を討伐したパーティの一員。賢者の右腕だ」

 

 

 ヴィルヘルムの唇が限界までつり上がった。

 

「どうやって手に入れたんだ」

「そりゃあ、ね。偉い人のお墓って、場所分かりますし」

 

 賢者は、冒険者のための学校を作り、レオ君達のような立派な冒険者達が育つ環境を作り上げた。

 かつての仲間として誇らしいし、あんなにビビリだった、可愛い少女がよくもまあと思う。

 

 だから。

 

「だから、許せない……! おかしいだろうが! その力はお前のものじゃない! お前なんかが使っていいものじゃない……!!」

「それを勝手に、アンタが決めるのか? どこにそんな権利がある?」

 

 言ったな?

 言いやがったなこの野郎!

 

「ある! 権利はある!」

「へえ。流石はトーラスの再来サマだ」

()()!! トーラスたちが守った世界に生きる人間だからこそ、権利がある!」

 

 血を吐くようにして叫び、切っ先を突き付ける。

 

「誰だって、良い世界を望んでいた……! そして、輝く未来のために犠牲になった! 誰もかれもそうだった! だからこそ、今を生きる俺たちは! 残されたものを、正しく使っていかなきゃいけない! 魔王の遺骸だろうと、英雄たちの残骸だろうと!! それは過去に置き去りにされた、大量破壊兵器の代わりなんかじゃないんだ!!」

 

 叫びが夜の帳の下に響く。

 レミアが息をのみ、エイミーが目を見開き、ソラさんが無言で頷く。

 

「ご高説ですね。何と言おうと、言葉が暴力に勝てるはずがない」

「言葉じゃない、信念だ。お前が持たないものだよ、ヴィルヘルム」

「……ッ! そうやって、偉そうに!」

 

 俺の手の中で、エイミーからもらった剣が、白い輝きを放っている。

 感覚で分かる。機能が解放されたんだ。

 

「それは器だ! 白焔を宿らせろ!」

 

 エイミーが鋭く叫んだ。

 

「君の固有魔法は現状、剣の形を維持することにリソースを割いている! 手数や速度は稼げるが、出力──密度が足りてない原因はそこだ!」

 

 手の中の剣を見つめ、一歩踏み出す。

 刀身からにじみ出るようにして現れた白焔が、大気を歪ませる。

 

「やれると言うんだな」

「ああ、やってやるさ」

 

 問いに答えて、ソラさんの横を過ぎ去ってヴィルヘルムの元に向かう。

 

「カイムさん。私の言うこと、正しかったでしょう」

 

 背中に投げかけられたレミアの言葉。

 

「貴方は、英雄の領域にたどり着ける」

「──違うな、レミア」

「え?」

 

 目を見開き絶句するヴィルヘルムに対して、剣を正眼に構える。

 

「俺は──英雄譚を、超えてやる」

 

 

 

 大英雄になりたかったわけじゃない。

 

 

 大英雄になろうとしたわけじゃない。

 

 

 大英雄をやっていたわけでもない。

 

 

 だけど────

 

 

 

「俺は、誰かが辛い思いをしているのは嫌だ!!」

 

 

「俺は、誰かが泣いているのは嫌だ!!」

 

 

「だから……!」

 

 

 

 だから負けられない。

 壮大な因縁がなかろうと。血盟の宿命がなかろうと。憎悪や殺意すら抱かなくとも。

 眼前の敵が、世界を脅かすというのなら。

 

 俺は、それを倒すためなら、全身全霊で挑んでやる。

 

「もう、いい。もういいんだよカイムさん。英雄譚なんてとっくの昔に終わってる。英雄のいない時代に、俺が、新しい風を吹き込んでやるって言ってるんだ」

 

 右腕に魔力を循環させながら、ヴィルヘルムが血走った目で告げる。

 

「風?」

「そうだ。英雄になれないやつでも、それを理由に全部諦めなくていいような、そんな新しい時代だ」

「…………」

「必要とされるのが、英雄ではなく、多くの兵士であるような世界。そうすりゃ誰だって──」

 

「無理だな」

「っ?」

「多くの兵士が求められる戦場でこそ、英雄は生まれる。だから、英雄を生み出さないために、お前の愚かな考えはここで粉砕する。ここがお前の終着だ。哀れまれるのは得意だろ? 黙って受け入れろ、雑魚」

 

「────()()

「やめとけ。魔王じゃないと無理だ」

 

 数瞬の沈黙。

 俺とヴィルヘルムが同時に口火を切る。

 

 

 

「『跪け(Glorification)』!!」

 

 

 

「『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)全弾機能集約(エグゾードスナイプ)』!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 世界がスローモーションになる。

 単一の剣にすべての力を集約させた。

 だから余分なものがない。剣を起点兼中継地点として、固有魔法の権能が、全身を循環する。

 

 俺の固有魔法である『雲海穿つ白輝(フォルゼウス)』。

 光の剣とは、紐解けば斬撃性能に特化させた攻性エネルギーの集積体に過ぎない。

 そこには、決して本質は宿っていない。

 

 端的に言えば、ステータスの上昇補正。

 魔力そのものをエネルギー体として認識することで、それをあらゆる形で出力する、『e=mc^2』の実現。それが俺の固有魔法だ。

 単なる破壊力として吐き出せば大陸を焼き尽くすであろうそれを、加護の形で身に纏い、攻撃や防御、移動に転用する。それが俺の雲海穿つ白輝(フォルゼウス)の本質に他ならない。

 

 ヴィルヘルムが繰り出したGlorificationは、魔王の根源魔法の中でも、奴が()()()()()()として使っていた、攻防一体の魔法だ。

 単なる衝撃波や、敵の魔法を分解する特殊な波動では収まらない。

 

 ヴィルヘルムの背後に、鎖で縛られた巨神が顕現する。

 見ただけで魂を砕くような、禍々しい厄災の象徴。

 一帯に対して強烈な圧力をかける、存在の密度がまるで違う守護神。

 魔王城でこれ出された時本当に絶望感エグかったな。

 

「ここで消し飛べ、旧世代の残骸が!」

「────!」

 

 巨神が鎖を引き千切り、口をガバリと開く。

 喉奥から光がせり上がり、ブレスを吐き出さんとする。

 

 だが──エイミーの剣を掲げた俺が視線の先にいないことに気づき、巨神が一瞬たじろいだ。

 俺は地面を蹴って跳び上がり、既に真上にいる。

 

「消し飛ぶのはお前だあああああああああッ!!」

 

 真上から剣を振るい、エネルギーが迸る。

 顔を上げた巨神が同時にブレスを放つ。この角度ならどこにも被害は出ない!

 

 極光と極光が激突し、即座にこちらの攻撃が、巨神のブレスを押し込んでいく。

 喉元まで殺到した光がそのまま身体を貫き、中心から蒸発させつつ大通りの地面に突き刺さった。

 

「……は?」

 

 背後の巨神が綺麗に真ん中をくり抜かれ、光の粒子に分解されながら倒れていくのを眺め、ヴィルヘルムが頬をひきつらせる。

 

「なんっ、で」

 

 彼は顔を上げると、俺を視線を重ねて口を開く。

 

「なんでだよおっ!! フザけるなッ!! 英雄なんぞに……こんなところで終わるものか!」

「いいや終わりだ! お前はここで終わりなんだよ、ヴィルヘルムッ!」

 

 降下しながら、エイミーの剣に出力を集約させた。

 子供みたいに右腕を振り回して、ヴィルヘルムが絶叫する。

 

「英雄譚如き! とうの昔に終わってるはずなのに!」

「勘違い甚だしいな、ヴィルヘルム・ヴェルトスタイン!」

 

 展開された数百に及ぶ障壁は、切っ先に触れた刹那、濡れ紙のように引き裂かれていく。

 

 

「英雄がいるから英雄譚があるんじゃない!」

「……ッ!?」

「英雄譚を求める人々がいる限り、何度でも! 何度でも! 英雄は蘇るッッ!!」

 

 

 落下しながら、ヴィルヘルムに剣を振り下ろす。

 右肩口に刃が触れ、一切の抵抗なく、右腕を根元から切り飛ばす。

 

「ぎゃっ────」

「賢くないのに、賢者の腕を使ってんじゃねえよ」

 

 着地して雲海穿つ白輝(フォルゼウス)が解除されると同時、俺は剣を持っていない左の拳を思い切りヴィルヘルムの鼻っ面に叩き込んだ。

 血をまき散らしながらやつは地面に転がり、動かなくなる。

 

「…………」

 

 深く、深く、息を吐く。

 上り始めた朝日が、空を明るく照らしている。

 

 遠くから名を呼ばれた。

 振り向けばレミアたちが手を振りながら、こちらに走ってきている。

 

 俺も彼女たちの元に歩いていこうとして、服の袖を引かれた。

 

 

()()()?』

「…………」

『私が、彼に、力を貸したのは……』

「俺が英雄として戦わなくてもいいようにだろ。お前、頑張り過ぎだ」

『……私、余計なこと、しちゃったかな』

「ありがとう。嬉しかったよ。でも大丈夫。俺は……カイム・カンタベリーとして。ちゃんとやっていく。やっていけるから」

『……そっか』

「大丈夫。お前らを忘れたりしない」

『あ、それは大丈夫。忘れようとしても忘れられないでしょ、私たちのこと』

「ほんと、卑屈なくせに変なとこで自信家だよなお前」

『えへへ』

 

 

 褒めてねえよと言おうとして、感触が消える。

 俺はその場に立ち尽くして、空を見上げた。レミアたちがぽかんとした様子で、歩みを止めている。

 

「え? カイムさん、今誰かいたような……ん? 見間違い……?」

「誰もいなかったよ。ここには誰もいない……」

 

 だけど確かにいたんだ。

 この世界に、存在していた。それは輝かしい栄誉として残っている。

 

 それを守れたというのが、何よりもうれしかった。

 

 

 

 

「────いやいましたよね!? 結構ハッキリと見えてましたよ!?」

 

 畜生! あいつの残留思念が強すぎる!!

 レミアが俺の元に駆け付けると、周囲をくるくる回りながらアレ~? と首をかしげる。

 

「背の低い少女の姿が、確かに見えたが……」

「わたしも見た。恐らくは残留思念が形を結んだのだろう。ここらは魔力濃度が高くなっているからな」

 

 エイミーやソラさんまでいぶかしげに俺を見てくる。

 あ~……どうしよう。賢者の残留思念に、トーラスの後継者として何か話されました的な方向でごまかすか? 箔もつくだろうし。

 いやでもなあ。そもそも俺がそういう風になるのを嫌がってたっていうのに、本人の意思を捻じ曲げてプロパガンダ的に使うの流石に気が引けるというか超えてはならない一線というかなんというか。

 

 俺がどうしたものかと悩んでいる間に、レミアが手をポンと打つ。

 

「あ……もしかして」

「っ、ええとだな」

「トーラスの思念を受け取って最後にものすごく強くなってたんですか!?」

「は?」

 

 数秒思考がフリーズした。

 なんでそうなる? なんですべてをトーラスのおかげにしようとする?

 

「……まさか、トーラスは男の娘だった?」

「なんで??」

 

 ソラさんが至極真剣な声色で言った。

 

「ほお。面白い新説じゃないか」

 

 エイミーが半笑いでこちらを見ている。オイ、お前なんかちょっとこれ面白がってるだろ。

 

「どうだったんですか!? もしそうなら、トーラス魔王と駆け落ち説という異端中の異端だった学派が勢いづきかねない大問題ですよ!?」

「何それ? 全然違う……」

 

 魔王ゴリッゴリの武闘派のダンディだったからね!? マジで根も葉もない妄想じゃねえか!

 

「いやまあ、魔王の死亡は確実です。それはそうですし、魔王とトーラスの二人で余生を送ったんじゃないかみたいな話なんですけども」

「寿命的に無理じゃね」

「うっさいです! で、でもこうほら、ロマンがあるじゃないですか! ……それに英雄と魔王っていう組み合わせはちょっとご利益があるというか……」

 

 何やらごにょごにょと話すレミアは、途中から顔を伏せてしまいほとんど言葉がこちらに届かない。

 何なんだよ。マジで知らねえよ。

 

「しかし最後に、英雄の切り札たる剣の再現に成功したのだな」

「……? 切り札?」

 

 ソラさんの言葉に俺は首をかしげる。

 え? (トーラス)の切り札こんなんだっけ?

 

「トーラスの最後の切り札。一説によれば全エネルギーを一刀に集中させるものだったとか」

「ああ……まあそういう意味なら……多分やったこと、じゃねえや。ありそうですね」

「その名も『漢のビッグマグナム打法』だったか? 意味はよくわからないが……」

「違う違う違う違う違う」

 

 何でちょいちょいトーラス下ネタに走る男だと思われてんだよ!!

 

 ごにょごにょしてるレミアと真面目に頷いてるソラさん。

 完全に手に負えなくなったので、俺は半泣きでエイミーに視線を送る。

 

「まあ、良かったじゃないか。大団円だ」

「それはまあ、そうなんだけどさ」

「めでたしめでたしだろう? じゃあボクは、トーラスが男の娘でビッグマグナムを必殺技としていた説を学会に送ってくるよ。」

「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!」

 

 男の娘が巨大な逸物で暴れまわる英雄譚は最悪過ぎるだろうが!!

 完全に薄い本案件になってしまう!!

 

「ちょっ、待て! 待ってくれエイミー! トーラスの名誉のためにそれだけは待ってくれ!!」

「あっ! 待ってくださいカイムさん、結局どうなんですか!?」

「貴公の魔力操作の感覚を知りたい。まだ話は終わっていないぞ」

「うるせえ! しがみつくな! おいエイミーあいつちょっと小走りになってるぞ!! ふざけるな! やめっ、やめ……ヤメロォオオ!!!」

 

 闇が払われ、日の明かりに照らされ始める王都に。

 俺の死ぬほど無様な悲鳴が、むなしく響き渡るのだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 礼服を着るのは久しぶりだった。

 昔はもっと、着る機会があった。戦果を上げるたび、仲間たちと一緒に呼び出され、あれよあれよという間に着替えやら化粧やらをされて、王様の前に並ばされた。

 女騎士は元々持っていたが、戦士や賢者はそういうのを持つ層じゃなかったし、俺に至っては正装といえばこっちの世界に呼び出された時の学ランとワイシャツのみで、それも呼ばれた時のゴタゴタでボロボロになってしまっていた。

 

 白を基調とした礼服。金色の飾り紐。鏡に映る自分を見て、息を吐く。

 ヴィルヘルム・ヴェルトスタインの反乱を最小限の被害で鎮圧したとして、俺たちは今日、王城にて表彰されることになっている。

 いつの時代も変わらない。誰かを打倒することは誰かを守ること。だから殺戮と暴虐こそが、栄光への最短経路になる。

 

「着替え終わりましたかー?」

「ん、ああ」

 

 返事をすると、更衣室のドアが開けられた。

 同様に正装に着替えさせられたレミアたちが、部屋の中に入ってくる。

 

「これ、すごく動きにくいし、胸のところがキツいんですよねー」

「こらこら、レミア君。殿方の前で言うことではないだろう」

「……! 何見てるんですかカイムさん!」

「見てない見てない見てない!」

 

 飛んできたビンタをかわして叫ぶ。

 エイミーがカラカラと笑う。お前本当にあの説公表しかけたのマジで根に持ってるからな。当分忘れねえぞ。

 

「ていうかお前ら、いいのか?」

「ん? 何がだい」

 

 変わらずフェイスガードを着けたままのソラさんに聞き返され、俺は鏡に視線を送る。

 

 正装に身を包んだ四人組。

 当初の予定からはズレにズレてしまった。商家の三男坊としてやっていくの、完全に副業になってるレベル。俺の剣技がダメダメなので商売を継がせることにしたらしい両親は泣いて喜んでるが……

 

 

「……これから先。俺はトーラスの英雄譚を塗り替えるために、たくさん戦っていこうと思う」

 

「そうですね」

 

「この表彰に参加すれば、俺たちは四人組として扱われる。きっとトーラスを越えるために、四人で戦うことになる」

 

「知っているとも」

 

「……だからさ、それは、多分、すごく難しいことだ。常にトーラスたちと、比較されることになる。それでも俺は戦う。戦いたい。だけどお前らはどうなんだ」

 

「愚問だな。わたしたちの覚悟は既に決まっている」

 

「それは、聞かされてる。だけどそれがなぜなのかを俺は知らない」

 

「「「だって────」」」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 魔王の心臓に生かされる少女が、終末を望む。

 

(私をいつか、殺してもらうんですから)

 

 

 

 造られたかつての少女が、永遠を望む。

 

(ボクと共に、永劫の道のりを歩いてもらうのだから)

 

 

 

 英雄譚の破却を目指す少女が、変革を望む。

 

(わたしと一緒に、英雄譚を終わらせるのだから)

 

 

 

 カードは配られた。

 80年の時を超え、運命という名のディーラーが唇をつり上げる。

 

 

 

『──やっと、出会えたんだから』

 

 

 

 そんな事情を、カイムは知る由もない。

 

(もしかしてこれ……モテ期? 俺、第三の人生でついにモテ期が来た!? おいおい最高だな……! 確かに三人とも顔はめっちゃいいし!)

 

 

 

 

 

 だから今はただ、彼だけが知らない。

 

 このラブコメが、景品表示法に違反していることを。

 

 







終わり!
ボーイミーツガール杯お疲れさまでした!割烹とかで後書きなんか書きます。


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