はくのんは転移した (鎖佐)
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プロローグ

落ちる。落ちる。落ちる。

 

死の罠と化した石橋の瓦礫と共に、

 

岸波白野の体は、底の見えない闇に落ちていった―――

 

 

 

落下には果てが無い。

ひたすらに流されていくような方向感覚。

視界に映るぼんやりとした光が流星のごとく過ぎ去っていく。

これが最後に見る光景、知恵も、切り札も、

都合よくこの場を切り抜ける方法は無い。ついには地面の染みとなるだろう。

 

それは至極当然の結論。

つまり、これでジ・エンド。

 

 

 

 だというのに、どうして自責の念も後悔も、なんなら恨み辛みすら出てこないのだろうか。

 

 この状況で岸波白野を救いだす起死回生の何かが現れるとでも言うのか?

 

 違うだろう?

 

 

 

 

 そう、違う。前提から間違えている。

 岸波白野は落ちたのではない。飛び込んだのだ。

 右手の甲を見る。何も無い。ある筈がない。岸波白野は何を思って右手の甲を見たのか理解出来ない。けれどなんとなく、そこに繋がりがあった気がしたのだ。

 

 手を伸ばす、視線をいずれ来る地面よりももっと近くに向ける。この死へのカウントダウンを共に数える相棒へと。

  

「南雲!!手を!!伸ばして!!」

 

奈落への道、少年と少女は手を取り合って死に抗う。

 

諦める気は毛頭無かった。

 

 

◇◇◇

 

 

 岸波白野はクラスの中で割かし浮いた存在である。

 腫れ物を扱うよう、というと過剰な表現だが彼女に積極的に声を掛ける人物は限られている。

 

「岸波さん、おはよう!」

「ん、おはよう白崎さん」

 

 一人は極まった善性の持ち主たる白崎香織、恐らく岸波白野の生涯において彼女以上に清廉な人物は現れないだろう。そう確信させるほどの善人で、面倒見の良さと責任感の強さ、ついでに可愛らしくまとまった顔と、まあ人気人望の特異点である。

 

「ね!!菫先生の新作読んだ!?」

「・・・うん、勿論」

 

 にぱっとまるで向日葵のような笑顔を向け白崎は岸波に食らい付く。少女漫画作家たる南雲菫先生の作品を白崎は全て読んでいる。なんなら愛読している。

 とは言え年頃の乙女たる白崎香織、幾らなんでも少女漫画が大好きだと大っぴらには出来なかった。専らこの話題は彼女の親友である八重樫雫とだけ密かに行っていた。が、ある日菫先生の新刊を購入するためレジに並んでいた岸波白野とバッタリ出会ったのだ。ありきたりな話だが更にそれが最後の一冊というオマケ付き。その時点では殆ど交流のなかった二人だがそこは白崎香織、何の躊躇も無く話しかけ、その日の内に家に招き入れて意気投合、貸してくれたお礼と称して自身のお気に入りの布教活動も行った。

 

ついでに言うのなら、このときに彼女の好きな人が南雲ハジメだと岸波白野は看破した。

閑話休題

 

「やっぱり菫先生の作品ってこう、締め付けられるよね~」

「酸味7甘味3、苦味少々って感じかな。皆それぞれ柵があって、感情があって、努力があって。人の見えない部分、見えてる部分、見せたくない部分があって・・・深いよね」

「コレ読んでなんだか人として成長した気がするよ。わたし」

「それは気のせい」

 

 何でよ~と文句をつける白崎であるが、正直に言わせてもらおう。

 好きな人へのアプローチを変えるべきだ。南雲の鈍感さに見えるアレは自己評価の低さである。自分が異性にモテる筈が無いという確信ゆえに彼が白崎の好意に気付く可能性はゼロである。ゼロに何を掛けてもゼロなのだ。

 

 とは言え、岸波白野は何も言わない。他人の恋路ほど見ていて面白いものも無いからだ。

 岸波の温い視線に気付かないまま、白崎は少女漫画談義に花を咲かせていた。

 そこに一人やってくる。

 

「あ、恵理!おはよう」

「おはよう白野、白崎さんも」

「おはよう中村さん」

 

 黒髪ロングのメガネっ娘、中村恵理である。

 

 二人の仲は意外と古く幼稚園時代にまで遡る。岸波は言ってしまえば施設育ちだった。そんな事情を理解する園児など居なかったが、どこと無く周囲から距離を取っていた岸波に話しかけてきたのが中村恵理だった。

 そんな二人の関係はある事件を切っ掛けに二転三転していくわけではあるが、それは後の機会に。  

 端的に二人の関係を言い表すならば・・・親友以上恋人以下と言った所だろうか。

 

 当然恵理も白野の持っているマンガは全て読んでおり、件の最新作も途中まで読んでいる。ああ、そこかー、もうちょっとで凄くいいところなんだけどなー、などと話をしつつ南雲ハジメが教室に現れたことで香織と別れた。

 

「・・・まるで主人が帰ってきた犬みたい」

「恵理、こら」

 

 恵理が毒舌家だということは白野しか知らない。

 いつも通り、香織がハジメに話しかけて教室中が殺気立つ。この空気に気付かないのだから香織も大概鈍感だ。

 

 そしていつも通りホームルームのチャイムが鳴り、連絡事項の通達があり、そして最初の授業が始まった。なんでもない一日になるはずだった。

 

 

 

 その日の昼、昼休憩で賑うはずの教室から声が無くなった。

 

 

 目覚めたのは、見知らぬ純白の大聖堂。

 試練が始まった。

 




とりあえず10話くらい書いて感想とか欲しいなーとか思い始めたメンタル弱者。
感想は「頑張れ」の一言で良いので下さい。


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異世界転移

飛ばし読みで大丈夫です。


 岸波白野は覚醒と同時に思考を加速させる。

 ここはどこだ?純白の建築物、恐らくは大理石、思いつくのはセントポール大聖堂だが、このような絵画は無い。

 そう、絵画だ。まさにこの空間のメインに据えられた、恐らくは神を描いたであろう壁画に見覚えが無い。世界遺産にすら登録されるであろうこの絵画をだ。

 

「は、白野・・・」

 

 ふと腕を掴まれた。恵理だ。視線の先、岸波やほかのクラスメイトの居る台座から視線をやや下げると30人近い人間が膝を付いていた。

 最早岸波は状況の理解をやめ、思考をフラットにする。

 こういうときに頼りになるのは、天之河だろう。彼はとにかく動いて問題解決に当たろうとするが、こういうときは動けないほうが不味い。

 

 更に状況は動く。膝を付いている30人とは明らかに様相の違う老人がやって来た。その目に浮かぶ熱量は只者では無いと示している。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 

大聖堂を移動し、10メートル以上はあるであろうテーブルがいくつも並んだ大広間に案内された。

 

調度品や絵画が品良く並べられ、テーブルに飾られた花もその道の人が活けたものと分かる。加えて、グラスに至っては銀製だ。

 

岸波は白崎に引きずられて隣に座っていた。割と上座よりの方だった。

 

「アレがここのメイド服・・・いや、法衣の可能性もあるか・・・言ったら借りれるかな」

「何する気なのかな?というか、余裕だね岸波さん・・・」

「ふ、白崎さん、余裕というものは作るものだよ」

「ようするにバカなことに意識を割いて頭をリセットしたいと」

「着てくれる恵理?」

「馬鹿じゃないの?」

 

 いつも通りの軽口はやはり精神を安定させてくれる。加えてなんだかんだ着てくれそうな雰囲気を感じた岸波は本題に向けて意識を切り替えた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そして聞いた話は要約すると、岸波たちは神エヒトが遣わした人類の救世主であり、神敵たる魔族を滅ぼして欲しいという話だった。

 まさしく宗教国家万歳といったところ。彼らはまだ高校生の見るからに子供である岸波達が自分達を救ってくれると信じているらしい。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 それに猛然と食って掛かったのは転移してきた者達の仲で唯一の大人、愛子先生だ。

 正直尊敬の念が湧いて来る。言ってしまえばここに居る生徒達は愛子先生にとって他人だ。岸波も恵理も教師という生き物が保身的なものだと理解している。まさかここで生徒の為に堂々と否と言える度量があるとは。

 だが、現実は無常だった。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 引きつった呼気が周囲から漏れる。愛子先生は勢いを増して食って掛かるが返答は変わらない。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「質問、良いですか?」

 

騒然となりかけた大広間に凛とした声が響いた。岸波白野が挙手と共に声をあげた。

 

「ええ、何なりとお聞きくだされ」

「では、先ほどアナタは魔族の脅威は魔獣を従えたことによる数が脅威だといいました。其れに対して高々30人そこらの人員を追加したところで意味があるのですか?」

「ご心配は尤も、ですがご安心くだされ。あなた方はこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「なるほど、では人員を300人から3000人追加した程度で勝ち目が見える戦いなのですか?」

 

 ふと、イシュタルの空気が変わった。好々爺とした雰囲気は変わらないが、声に熱が入り始めた。

 

「なるほど、御見それいたしました。流石は神に選ばれたお方。本心から申しますれば、あなた方は我ら人間族の旗印になって戴きたく思っておりますな。前線で戦う兵士達も先の見えない不安に苛まれております。家に待つ妻や子供達もまた日々教会で真摯に祈りを捧げておりました。そしてその祈りが、遂に届いたので御座います。」

 

 旗印。すなわち扇動者となって兵士達を鼓舞し、勇者様万歳、エヒト様万歳と叫んで突撃する兵士を作りたいのだろう。

 つまり、最前線に立てということ。

 

 幸いなのは魔属領に突撃して滅ぼしてきてくださいというRPGも真っ青な展開ではないことか。

 

「き、岸波さん?まさか参加するなんていいませんよね?」

「・・・」

 

 正直選択肢など一つしかない。これから戦争を行おうという国に足手まといを抱える余裕など無いのだから。

 

「悩む必要なんて無いだろう岸波」

 

 そこに自信に満ちた声が響く。天之河光輝だ。

 彼はクラスメイトの視線を集めるように立ち上がり向き直った。

 

「俺達には戦う力がある。救いを求める人達がいる。不安と共に戦っている人達がいる。なら、ためらう必要なんて無いだろう?俺は戦う。世界を救って、堂々と元の世界に帰るんだ。イシュタルさん。この世界を救った後ならば、返してくれるんじゃないですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「決まりだ。皆も不安だろう。でも任せて欲しい。この世界も、皆も全部全部俺が守って見せる!!」

 

 ふと隣から小さく舌打ちが聞こえた。隣を見ればテンション最悪の恵理だ。

 

「空想癖の厨二病」

「こら」

 

 少なくともクラスメイトは彼の宣言と共に団結した。信頼できる仲間が彼らしか居ない以上この展開は悪くない。

 あくまで、最悪の状況におけるベターというだけではあるが。

 

 

 

 その後国王と謁見した後。宛がわれた自室にあった天蓋付きベッドに岸波と恵理のテンションはなぜか上がった。唯でさえ精神的な疲労が会ったにも関わらず、お姫様のベッドだーと飛び込んでははしゃぎ回っていた。謎のテンションだった。

 

「はっ」

 

 そして岸波が目覚めれば目の前には恵理の寝顔が。メイドさんから手渡されたネグリジェに身を包みあどけない顔ですやすやと眠る恵理

 

「朝チュン・・・だと?」

 

 部屋には当然ベッドが二つある。が、しかし、なぜか恵理が隣で眠っていた。左手は恵理の腰、右手は首の下を通って肩を抱き、足も絡み付いて・・・

 

「あ、わたしが引きずり込んだんだ」

「ん・・・」

 

 パチリと開いた目は寝ぼけている上にメガネが無い故に焦点が合っていない恵理。

 ふ、やはりメガネっ娘のメガネを掛けていない朝の時間。素晴らしい。

 

「おはよう恵理」

「・・・おはよう」

 

 いつもの毒舌すらなりを潜めて赤くなる恵理に今日の活力を貰い、朝の支度を行う。

 今日から座学と訓練だ。

 

 

 

 集まった生徒に配られた銀色のプレートを眺め、指で弾いて材質を確認してみる。金属か?セラミックは無いだろう。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 そう語るのは騎士団長メルド・ロギンス。豪放磊落な性格で「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と他の騎士達にも戦友として、同僚として接するように通達した。

 味方の少ない環境で彼の性格はかなり助かるところだ。もし自分達を「神の使徒」としか見ない者だったらもう恵理を連れて逃げるしかないとすら考えていた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという固有名詞は知らないが、言ってしまえば宝具だろう。

 

 ・・・宝具ってなんだ?

 ふと思考に過ぎった単語に違和感を抱き・・・霧散する。

 

「白野?どうしたの?」

「ん、ああ、ごめん。ちょっと緊張が」

 

 これから戦争をする以上、力はあった方がいいに決まっている。其れがここで決まる。

 深呼吸と共に針で指を突き、ステータスプレートに擦り付けた。

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:1

天職:

筋力:30

体力:50

耐性:50

敏捷:80

魔力:130

魔耐:100

技能:皇帝特権・投影魔法・道具作成・先読・言語理解

===============================

 

「うん?????」

 

 意味が分からなかった。

 いや、この際天職がないことは置いておこう。かなり辛いが。

 皇帝特権ってなんだ。岸波は皇帝でも皇位継承権も持っていない。

 というか、帝国という国があったはずだ。大丈夫なのかこれは?

 

「どう?白野」

 

 どうやら恵理も終わった結果が出たらしくステータスプレートをぷらぷらと遊ばせていた。

 

「・・・見て良い?」

「いいよ」

 

 ひとまず恵理のステータスを参考にしてみようとステータスプレートを借りて見る。

 

===============================

中村恵理 17歳 女 レベル:1

天職:降霊術師

筋力:8

体力:10

耐性:5

敏捷:13

魔力:133

魔耐:166

技能:闇属性適正[+降霊術]・高速魔力回復・言語理解

===============================

 

「術特化ヤンデレ?」

「病んでない」

 

 死んでも離さないからと言わんばかりの技能だと思うのだがどうだろう?

 やや気を悪くしたらしい恵理は白野のステータスプレートを掠め取り・・・

 

「うわっ高っ!」

「ステータスはね」

「まさかの天職なし!」

 

 ふと賑やかだった空気が静かになった。其れはそうだ。すでに何人かメルド団長にステータスを報告しているが、天職なしは居なかった。空気が死ぬのも致し方ないだろう。

 

「ごめん、白野。ホントごめん」

「まあ仕方ないよ、どうせすぐバレる」

 

 天職が無いのはもう仕方が無い。が、とにかく皇帝特権が気になって仕方が無い。どうか厄介なことにはなりませんようにと祈りながら白野はメルド団長にステータスプレートを渡した。心なしかメルド団長の表情も硬い。

 

「・・・ふむ、本当に天職が無いな。だがステータスは高め・・・、いや魔法適正が投影魔法だけか・・・というか皇帝特権ってなんだ・・・」

「あの、投影って?」

「ああ、すまない、投影は少し変わった魔法だ。たとえば石の塊に投影を使うと一時的に鉄や金に変換できる魔法だ。熱の伝わりやすさだとか強度は反映されるが、元の形状から変わると投影元の石の塊ごと砕ける。そんな魔法だ。あと、形状なんかも多少変えられるが、投影元と投影先の誤差が少なければ少ないほど術が掛けやすくなるという特徴がある。」

「道具作成は分かりますか?」

「うむ、文字の通りあらゆる道具の作り方を見ただけで分かる技能だ。魔法陣だって見ただけで理解し、書ける様になる」

「皇帝特権は分からないんですよね?」

「ああ、というか、もう名前から厄介ごとの臭いがする。余り公言するな」

 

 劣化コピー能力と魔法陣理解スキル。なら考えられる戦闘スタイルは・・・

 

「魔法のスクロールを投影して乱発するしか!!」

「残念だが、魔法適正が無いからそれが出来ん」

「酷い」

 

 皇帝特権は正体不明

 投影はそもそも単品で使えない

 道具作成はそもそも戦闘技能じゃない。

 なら、ならば・・・

 

「アーティファクトやらを投影するしかない」

 

 白野は周りから距離を取る、非戦闘職の一人の少年に視線を向けた。

 

「南雲君、ツーマンセルを組もう」

「え?」

 

 青い顔をしていた少年は、まさかの事態に困惑した。

 




良く分かるあらすじ
白野、天職なし、謎の皇帝特権と劣化コピー能力を生かすため、錬成師の南雲に声を掛けた


もう分かると思いますが、皇帝特権が特にチートです。



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戦闘訓練

初の戦闘描写、正直はくのんの話し方に一番悩む。
7/5ステータスを若干変更しました。気にしなくても大丈夫です。


 岸波と南雲の評価は2週間で大きく変わった。

 

 一つは岸波白野の正体不明スキル、皇帝特権の効果が分かったことだ。

 その効果は適正のある天職に一時的になること。

 これにより白野は剣士、拳士、治癒師、結界術師、炎術師、風術師、土術師、暗殺者、錬成師・・・そして、勇者にすらなることが出来た。

 無論万能ではない。特に勇者にいたってはたった3分間だけであり、言ってしまえば白野に許された限界突破のような扱いだった。さらに、勇者になると限界突破が使えるようになるのだが・・・活動時間、僅か30秒である。

 だが剣士なら10分間の使用でリキャストが30分。30分なら90分といったかなり融通の利く性能になっていた。普段使う天職を例に挙げるとこうなる。

 

(使用時間/リキャスト)

剣士      1:3

拳士      1:2

治癒師     1:3

結界術師     1:5

炎・風・土・闇術師 1:4

暗殺者     1:3

錬成師     1:1

勇者    3分/12時間

 

 教会関係者からすれば一瞬といえども勇者として戦える岸波の存在は歓迎するべきものだった。

更に一つは、投影で聖剣を作れることだ。

これは南雲ハジメの極めて高精度な錬成で聖剣の模造剣を作り、其れを母体に投影を行って初めて5分ほど聖剣を作り出すことが出来た。当然聖剣のバフとデバフをばら撒く効果もそのままにである。

他にも任意で縮地が使えるようになる西洋剣や着弾地点が判る弓など様々な武器をハジメと白野は作れるようになった。

 

 

 

「シッィ!!」

「遅い!!」

 

特に好んで使う剣士の天職に慣らすため、専ら訓練相手は雫だった。

剣士になった岸波のステータスはこうなる

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:12

天職:剣士

筋力:60  [+剣士60]

体力:100 

耐性:50

敏捷:160  [+剣士160]

魔力:260

魔耐:200

技能:皇帝特権・投影・道具作成・先読・言語理解・剣術・剣理観察

===============================

 

筋力と俊敏が大幅に向上し、剣士必須スキルである剣術も獲得した。加えて剣理観察は相手の太刀筋を見てどのような剣術であるか理解するスキルである。

 

そもそも雫と白野とでは実力差は明確である。現に今も先に動いた白野の攻撃を雫が捌き、がら空きになった体に竹刀を叩き込んだ。同じ剣術スキルであっても経験が違いすぎるのだ。

 

「それでもキチンと防ぐのね」

「本来一本だと思うけどね」

 

 問題は攻撃の受け方だ。剣道では篭手で受けるなどありえない。小手を取られて終わりである。

 しかしここは実戦形式であり、白野にはアーティファクト(投影品)があった。龍太郎が使っている壊れない篭手と脛当てだ。訓練中のため衝撃波を使うのは禁止だが、防具としても極めて優秀であり、普段の訓練から常用していた。特に壊れないという性質が投影と相性が良く、真剣を使ったメルド団長の一撃すら防ぎきれる。

 

「ところで真剣の作成は上手くいってる?」

「ふふ、もう現時点でかなり満足できる出来よ」

 

 真剣作成、それは八重樫雫に合わせた日本刀の作成計画だ。

 八重樫雫は前衛主力であるが武器の性能がやや低かった。というのも彼女の八重樫流剣術は日本刀を想定した剣道であり、雫は抜刀術すら収めた本物のサムライガールという点と、この王国の主流剣術が直剣による西洋剣術であることに起因する。

 つまり雫にあう武器が無かったのだ。現状は日本刀とシャムシールの中間のような曲刀が渡された。無論名品ではあるが・・・

 

『日本刀、作らせれば良いじゃん』

 

 という恵理の一言で日本刀作成計画が立ち上がった。メインの人員はハジメと王国直属の錬成師達だ。

 ハジメは錬成の精度を向上させるため戦闘訓練とは別に国の錬成師達の下で錬成の訓練を行っていた。当然メインは聖剣やその他アーティファクトの模造品の作成であり、速く、精確な錬成が求められた。そして錬成精度が彼らに並んだ際に日本刀の作成を恵理が提案した。オタクであるハジメはある程度日本刀の知識があり、そこに異世界の錬成師達が集結することで実用に適う日本刀が作成された。

 

 が

 

 錬成師曰く『強度が足りない。これじゃ武器ではなく美術品だ』

 ハジメ曰く『重過ぎる。強度を足すのに重くしようなんてセンスが無い』

 

 という議論が勃発、遂には材料選択から再検討が始まった。今頃ハジメは工房で次の新作日本刀を作っているのだろう。

 因みに作って満足の行かなかった物は男子達がいくつか持って行った。男の子ってこういうのが好きなのだ。

 

「まあ好きにやらせよう。流石に毎日同じものを作らされてストレスが溜まったんだと思う」

「ま、わたしも自分の武器が優れた物になるなら文句ないわ」

 

 命を預ける物だし。雫はそう続けた。

 恐らくだが、ハジメもそれを理解している。自分の作った武器で戦う人が居る、ということを。であれば妥協など出来るはずが無い。現にハジメは訓練が始まってから魔力が空になるまで錬成を繰り返し、その状態で戦闘訓練すら受けていた。

 基本的にハジメと白野はワンセットだ。ハジメを庇いながら白野が戦い、白野の邪魔にならないように投影母体の模造剣を作る。手を地面につけている暇など無いことを考えると材料は常に所持する必要がある。つまりデッドウェイトで戦場に出るということ。

 クラスメイトの中で最低値のステータスであるが、彼の負担はかなり大きい。だが、ハジメは逃げなかった。その事実に対してハジメの見方が変わった者も多い。

 ・・・変わらない者もいるが。

 

「ッチ、次は乱取り稽古かな」

「手伝い要る?」

「したら逃げるよ、あいつ等」

「それもそうね」

 

 手を軽く振って別れを告げ、白野は次の訓練相手である檜山大輔率いるチンピラグループ(恵理命名)に向かう。

 何度も言うが、白野とハジメはツーマンセルのワンセットだ。つまりハジメに喧嘩を売ったら白野も買うし、白野が喧嘩をするならハジメも巻き込まれるのだ。

 

 

「根を詰めすぎた・・・」

 

 南雲ハジメはオタクである。凝り性で趣味の分野なら拘りは多い。其れゆえの座右の銘「趣味の合間に人生」なのだ。つまり趣味は人生より優先される。つまり日本刀の作成に妥協などありえないということだ。

 ・・・最も大きな理由は、きっと自分の作った武器に命を掛ける人がいるという事実だろうが。

 

 異世界召喚されてからこの二週間は本当にきつかった。大して交流のあったわけでもない女子のクラスメイト、岸波白野からツーマンセルの宣言受けてからというものハジメは完膚なきまでに扱きあげられた。

 

 元々白野は運動部(バレー部のセッター)であり、フィジカルは地球に居たときでもハジメより悠に優れていただろう。そこに来て異世界召喚によるステータスが発生。差は開いた。

 そんな彼女に合わせての訓練は地獄だった。

 

 やれ『動けなくなったら死ぬぞ!!足を止めるな』と持久走

 やれ『最低限受身ぐらいは出来るようになれ』と組み手

 やれ『錬成に関してはプロに任せよう』と王国お抱えの錬成師の下で修行。

 

来る日も来る日も能力差を見せ付けられるようでかなりキツかった。ついでに言うと白野の親友である恵理から向けられる視線が非常に怖かった。

 

・・・だが、手を抜くようなことは出来ない。白野が真剣にハジメのことを心配していることがわかるからだ。

 

ここは平和な日本ではなく、戦争を間近に控えた王国なのだ。大して役に立たない者にリソースを割いたりしない。事実、最初の1週間中に白野が進言した内容はほぼ無視された。だが、聖剣の投影に作成したところから評価が変わり始めたのだ。

  白野は今の状況を誰よりも深く、重く考えている。自分が感じた動揺の無さを冷静さだと感じていたことが恥ずかしいとすら思うほどに。

 

 もし、今ハジメが城から逃げた場合、指名手配か暗殺者が出るだろう。そう言われた。なぜなら士気が下がるから。神の使徒に戦いから逃げた臆病者がいるなど外聞が悪すぎる。なら居ないことにするのは合理的判断だ。最早この世界に連れてこられた時点で戦うしかない。後はいかに自分達の有用性をアピールし、都合のいい条件を出させるか。そこが肝なのだと。

 現に本来二週間で実践訓練になるところを団長に直談判し、一ヶ月に引き延ばして見せた。ハジメと白野の連携をスムーズに行うための念話のアーティファクトも譲り受けた。

 戦って、生きて帰るためにだ。

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? 日本刀なんかお前が持ってても意味ねーんだよなぁ。マジ雑魚なんだからよ~。 岸波に守ってもらわないとなーんにも出来ないんだからさぁ」

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

 

 だから、何時までもこのままじゃいけないのだろうとも思う。ハジメは檜山率いる小悪党4人組には勝てない。実際、ステータスは平均より上の方なのだ、彼らは。

 岸波白野の実力は聖剣有なら騎士団の殆どの人に勝てる。後ろにハジメを庇いながらだ。故に檜山達は決して白野のいる側でハジメにアクションは起こさなかった。だが今白野は雫との模擬戦中。念話のアーティファクトも外していた。

 

(まあ、そういう問題でもないけど)

 

 ハジメは自分が足手纏いだと自覚している。どれだけ精密に聖剣の模造品を作っても戦闘の邪魔になっては意味が無い。結果メルド団長が決めたのは戦う力ではなく逃げる力を鍛えることだった。

 

(魔力がほぼ空で圧倒的なステータス差、さらには数すら負けている・・・か)

 

 だがこれから実戦を行うなら避けられない状況もありえる。情けないが、白野がこちらに気付いたら助けてくれるだろう。今までもそうだった。

 

(それがいつになるか判らないけど、それまでひたすら避けて逃げ続ける)

 

 後ろから迫る鞘付きの剣を躱す。中は真剣、鉄の棒で殴りかかってくるのと大差ない。

 

「お?いいじゃんいいじゃん。その調子でちゃんと避けろよ~。 ここに焼撃を望む――〝火球〟」

「逃げるのだけは得意だもんなぁ? ここに風撃を望む――〝風球〟」

 

 同時に迫る火球と風球。火球は当たればただではすまないが避ければ風球か、拳を構える檜山かの二択になる。なら、

 

「せい!」

 

 手にある日本刀で居合い・・・は出来ない、万一刃傷沙汰になったら不味いからだ。魔法を斬るなんてことが出来ると思えなかったのもある。

 鞘付きの日本刀で火球を殴りつけた。風球とは違い燃やすことに特化した火球に物理的な衝撃は無い。

 

「っち、調子乗りやがって!!」

 

 いかにも三下な叫びと共に殴りかかってきた檜山。軽戦士である彼はヒット&アウェイを徹底したスタイルをしている。俊敏値がワーストレベルで低いハジメは彼の攻撃を避けられない。

 突き出された鞘付きの短剣を防ごうと腕を構えるが隙間に捻じ込まれる。

 

「ぐぁ!!」

「あん?鎧付けてんのかよこのチキンが。じゃ、もっと強くしてもいけるよなあ!!」

 

 南雲は常日頃から防具を付けて生活している。重さと邪魔さに慣れるためだ。そして差し出した腕は防御であると同時にせめて防具の上に攻撃が来るようにという誘導だった。衝撃は受けたが動きに支障が出るほどではない。

 引き抜いた短剣を大きく振りかぶって次は脳天を狙う。檜山らしくない大振りで隙だらけな攻撃だった。

 これなら手にある日本刀で一撃入れるくらい出来るんじゃないか?そう思う。

 そうだ、今はもう法と秩序で守られた日本じゃない。戦争間近の王国なのだ。耐えていればどうにかなる環境じゃない。反撃するべきだ。そう考えて――

 ハジメは刀を手放して両手で防いだ。

 

「はっ!!だからテメェは雑魚なんだよ!!」

 

 どうやら檜山もこの攻撃が隙だらけで、それでもハジメは攻撃できないと理解していたらしい。

 ああ、こんなんだから目を付けられたんだなぁ。と思いながら、激しさを増す集中砲火をのた打ち回るように逃げ続ける。そして、

 

「そろそろ私も参加していいかな」

『南雲、鞭』

 

 強い意志を隠すことなく乗せた鋭い声と頭に直接響く命令文が聞こえた。

 南雲は最早条件反射の速度で懐から材料を取り出して錬成、アーティファクト?殴ると凄く痛いけど傷にならない鞭の模造品を作り上げた。馬上鞭である。

 投げ渡された鞭を受け取って手にパシンと打ち付ける白野は実にサディスティックだった。尤も、表情があまりにも真剣でからかうとハジメですら鞭で調教・・・説教されそうである。

 

「な、待て!達は南雲の特訓に付き合っていただけで、」

「私も入れてって言ってるの。ヨロシク」

 

 白野は模擬戦前の礼すらしっかりと行い、頭を上げた瞬間鋭く間合いを詰めた。

 

「チッ、女だからって優しくしてもらえると思うなよ!!」

 

 そう叫んだ中野は次の瞬間顔面を引っ叩かれてダウンした。即オチ2行だ。

 

「おーい保護者の白野ちゃんが来てくれましたよ~。オラ!!」

 

 先のリンチで息が切れ、最早ボロ雑巾となったハジメは地面に蹲っていた。そこに槍を模した長棒で近藤が叩きのめした。

 振り下ろされた棒を腕で受ける。意識がこちらを向いた岸波に檜山が詰める。

 

「”錬成〟っ」

 

 南雲の腕には篭手が取り付けられている。それと棒を錬成して固定した。遂にハジメの魔力は空である。

 

「なっ、てめえ何しやがる!!」

 

 棒が固定され、ならばと足蹴にされるハジメ。当然逃げも防ぐことも出来ない。そして・・・

 

 近藤の肩に手を置かれた。

 

「あ・・・、待て岸波。話せば分かる」

「君、馬鹿だろ?武器が使えなくなったのならさっさと捨てて、別の武器を拾うべきだったね」

 

 槍術は極論棒なら何でも使えるのだ。中野の持っていた錫杖でも槍代わりに出来たということ。完全な判断ミスだ。

 というか、いつの間にか檜山と斉藤が落ちている。文章にすら出てこなかった。

 フルスイングで放たれた鞭はスパァン!と良い音を響かせて木霊した。

 

 白野は拾い上げた日本刀でハジメの腕に固定された棒切れを一振りで切断し、

 

「ほら」

 

 ハジメは差し出された手に、のろのろと手を差し出す。パンと音を立てて握り返された。勝利のグラップハンドである。

 

 

 

「む~~~~」

「どうどう」

 

 それを膨れっ面で眺めるヒロインが居ることを勿論白野は理解している。焦れろ焦れろ。

 

 




リキャストが如何のは覚えなくて良いです。覚えないで下さい(どうせガバる)


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訓練終了

戦闘2回目、もう察していると思いますがはくのんと南雲は奈落行きです。たぶんかなり戦闘中心の話が続きます。



 白野とハジメは武装した集団に囲まれていた。彼我の戦力差は7:2。ハジメを1と数える雑計算で3倍以上の戦力差だった。

 

 白野から見て真横の位置から一人の男が槍を突き出す。狙いは勿論ハジメだ。させまいと白野は偽聖剣を煌かせながら槍を打ち払う。偽聖剣のデバフ効果を受けた男は剣に耐えられず後ろに下がって衝撃を流す。この一撃を誘うだけで良かったのだから下がることに躊躇いは無い。

 

 白野の偽聖剣と男の槍が交わった瞬間更に二人の男が踏み込んだ。揃って長剣を上段から振り下ろす。ブレの無い太刀筋はそれらが一朝一夕で培った技術でないことは明白。加えて白野は姿勢の崩れた状態。出来て、どちらか一方を防御する程度だろうと思われた。

 白野は振り切った偽聖剣を投げ捨てた。

 

『双剣』

 

 ハジメの頭に直接放たれる短い命令文。刹那の内にハジメは錬成。抱えた母材が変形し、そして剣の形となり、白野の手に渡る。この間、一秒未満。

 

「〝投影〟」

 

 無骨な二振りの剣は白野の投影魔法で色づいていく。それは太極図をモチーフとした白と黒の夫婦剣だった。

 白野は聖剣を手放したことで身軽に姿勢を戻し、新たな武器を手に入れて男二人に向き合う。鋭かった太刀筋は白野の予想外の動きにほんの僅かに、ブレた。それは剣術の技能を持つ白野に対して隙となる。二人の剣撃は白野の双剣により流され。続く蹴りによって吹き飛ばされる。脛当てから発生する衝撃波だ。

 

 さらに先ほどの槍持ちと二人の魔法使いが動き出す。魔法使いの狙いはハジメと白野の連携の阻止。分断して各個撃破に掛かろうとしていた。

 ハジメは錬成を使う。狙いは槍使いの2歩目だ。

 白野は双剣を投げる。誰も居ない所への暴投だ。

 

 それぞれの行動の答えはすぐに出る。槍持ちは右足が突如沈み勢いそのまま地面に激突。槍は手放され、ハジメの目の前に転がった。

 魔法使いの魔法は何故か弧を描いて曲がる双剣により錫杖が破壊され阻止される。

 

『聖剣』

『母材ラスト、以後石製』

『了解』

 

 ハジメは目の前の槍と最後の母材を合わせて錬成、聖剣の模造品を作る。白野は受け取った模造品を正眼に構えた。残りは二人。付与術師が一人と、剣士が一人。

 

「・・・凄まじいな。うむ、僅か一月でここまで出来るとは思わなかった。良くやった二人とも」

 

 その男の名はメルド・ロギンス。王国最強の騎士だ。嬉しげな言葉を発する癖に構えは極めて自然体。何時どのタイミングで仕掛けても当然のように迎撃してくるだろう。僅か一月の戦闘訓練ではあったが、白野はそれが理解できた。

 彼を相手に全力が使えないことのなんと致命的なことか。

 

「だが俺にも使命がある。この王国を守り、敵を滅する使命がな。であればお前たちの慢心や驕りといった物も、十分にこの国を脅かす敵となる」

「そんなものは無いと思っています」

「・・・本当にそうか?」

 

 圧が増す。肌が粟立つほどの闘気を向けられるが、受け流す。流さなければ動けなくなる。白野は経験的にプレッシャーに耐性がある。だが、ハジメは母の職場のデスマーチを越えるプレッシャーなど感じたことが無かった。動きが固くなる。

 

「勇者である光輝ですら五人抜きは出来なかった。いや、実際タイムアップまで粘った以上驚くべき戦果であることは間違いない。だが、お前たち二人は五人全員倒している。」

「二人掛かりですから」

「二人掛かりなら国の騎士五人倒せると思われているなら・・・かなり心外だぞ?」

「・・・時間稼ぎですか?」

「勿論そうだが?」

 

 試合中に言葉を交わすなどメルド団長らしくない、そう思ったが故の質問はあっさりと肯定された。

 

「時間が立てば経つほど白野は投影による魔力を消費する。なら時間くらい稼ぐだろう」

「投影はしていませんが」

「引っかかるとでも思っているのか?」

 

 そう言って笑ったメルド団長は・・・地面に突き刺さったまま、デバフを与えていた聖剣を叩き壊した。

 開戦の合図だ。

 

『道を作る!!』

「〝錬成〟」

「〝投影〟」

 

 後ろを向いて剣を振りぬいたメルド団長に向かって鋭く踏み込む白野とその地面をよりグリップの効く物に錬成するハジメ。上段から振りかぶられた偽聖剣は強く輝き白野にバフ、メルドにデバフを掛ける。その効果は付与術師のバフを上回る程だ。

 だがメルドはその程度のことを意に介さない。戦場において常に最高のコンディションで戦うほうが珍しい。それを思えばベッドで眠れる神の使徒達の訓練期間中は休暇中と大差ない。つまりはその程度のデバフはメルドに取って不調とは言えない。

 一合。それで聖剣は砕けた。姿勢は崩れ、苦し紛れのような姿勢から放たれた一撃は白野の全霊の一撃を上回った。当たり前だ。

 経験もステータスも、メルド団長が優に上回っているのだから。少し姿勢が悪い程度で、差は埋まらない。

 

『連続聖剣』

「〝錬成〟!」

「〝投影〟!」

 

 それを、ハジメも白野も理解していた。ハジメは偽聖剣と模擬剣がぶつかりあう数瞬前に次の聖剣の模造品を作っていた。母材がなくなり石製となったが、最早一撃で壊れるなら同じことだ。

 砕け、投影の解けた剣を右手で投げつけ、左手で次の模聖剣を受け取る。阿吽の呼吸、というよりは、白野が合わせているのが正しい。白野が合わせ、ハジメが付いていく。

 

偽物は一時本物の輝きを宿して瞬く間に砕け散る。砕けた剣の破片が白野の頬を裂き血を流す。メルド団長は何故だか傷一つない。まさか破片すら避けているとでも云うのか。

 白野は更に、防具に使っているアーティファクトから衝撃波すらも使って攻撃を仕掛けるが避けられる。白野が一振りする間にメルド団長は二振りする。

 周囲に砕けた剣を撒き散らす異形の剣戟はやがて・・・

 

「あぐぅ!」

 

 付与術師の放った魔法によって終わった。

 

 

 

「大丈夫?白野」

「だいじょばない。骨折れた」

「はいはい、痛いの痛いの飛んでいけ~。天蓋の裡、無明の揺り篭にまどろんで――〝暗寧〟」

「わあ全然痛くなーい!!ってこれただの麻酔魔法だからね!?」

「ごめん白野、僕にはこれが限界なの。でも、白野ならこれで十分でしょ?突き指したままセッター続けた白野さん?」

「あの件は悪かったって」

 

 白野には諦めが悪いという美徳と往生際が悪いという悪癖がある。なまじ状況判断能力があるぶん厄介だった。高校一年のバレー部新人戦では点差が10開いた試合ですら諦めなかった。そして勝ってしまったが故に女子バレー部は白野に対し絶対の信頼を抱いていたりする。その試合中に突き指を負っており、ほったらかしにしたままプレーして1ヶ月の部活動禁止が掛かったというオマケもある。

 

 以来恵理は白野の怪我に対して辛辣な態度を取り続けていた。甘やかしたらまた無理をするからだ。とはいえ、この傷を治療無しとはいかない。恵理は治癒術師の辻綾子を呼び止めた。

 

「あ、辻さん。白野の治療して貰って良い?」

「あれ岸波さん怪我してたの?言ってよもう」

 

 先の訓練、魔法が当たったことで決着がついた訳ではない。ただ、連携の崩れた白野とハジメに対しメルド団長と付与術師とはいえ王国騎士の二人相手は荷が重かったのだ。建て直しも不十分なまま連携しても、熟練の騎士である二人には隙だらけであり、その状態で長く均衡を保てるはずも無い。二人はあえなく地面に引き倒されて制圧、決着となった。

 

 とは言え白野が怪我をしているように見えなかったのも仕方が無い。被弾らしい被弾は風球の魔法ぐらいであり、アレを受けてからもずっと動き回っていたのだから。

 案の定風球を受けた場所は青く変色しており辻綾子もうわぁという表情だ。

 

「うわぁ。この状態で動いてたの?」

「動いたらこの状態になったの」

「一緒だよ。天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」

「うん、痛くなくなった」

「麻酔も効いてるからね」

「青痣は取れないか、内出血だもんね」

 

 何かあったら言ってね~と言って綾子は永山たちの方に歩いていった。

 

「ああ、いたいた、岸波さんに中村さんも」

 

 入れ違いでやってきたのは南雲ハジメ、先ほどの訓練終盤で付与術師にボコボコにされており、先ほどまで香織に甲斐甲斐しく治療されていたのだ。空気の読める白野達はあえて距離を取ったわけだ。

 因みにその間、ハジメに対して善意のアドバイスをしようとしている天之河を抑える雫がいたりする。悪気どころか善意100%である故に雫は実にやり難そうに時間を稼いでいた。

 

 白野、恵理、ハジメ。三人で一つのパーティであり、最も人数の少ないトップチームである。戦闘スタイル的に他のパーティと連携が取り辛く、ある意味最もメルド団長の頭を悩ませるパーティでもある。正直全員能力がピーキー過ぎるのだ。

 そして、それらは白野達自身も理解しているところである。

 

「さて、恵理。所感を聞きたい」

「経験が足りないのは前提として・・・ステータスが足りてない。戦い方はもうかなりの完成度だと思う。けどハジメは魔力が少なすぎて終盤錬成の精度が無くなってる。白野は純粋に力負けしてる。技術もステータスも負けてたら勝負にならないのは当たり前かな。」

「もし、恵理のデバフがあったら?」

「僕と南雲を同時に庇いながら戦うって?自衛能力は南雲以下の僕を?」

「駆け引き次第ではあるけど、分が悪いね。もし岸波さんが勇者だったら?」

「三分では勝てなかったと思う。特に持久戦に出られると多分誰も倒せない。」

 

 一人参加していなかった恵理が訓練を客観的に評価し、反省点を出していく。手札の多さに関してはクラス一のパーティ故に三人は常に頭を使い続ける必要がある。

 それぞれが意見を出し合い、貪欲に成長しようという三人はクラスメイト達や騎士の視線を密かに集めていた。

 

 

 

 

 

「お前たち、一ヶ月間の基礎訓練良く頑張った!!正直ここまで付いて来れるとは思っていなかった。明日この王都を離れてホルアドに向かう。そこで迷宮の魔物相手に実戦訓練を行うが、今のお前たちなら油断さえしなければ問題ない。油断さえしなければ、だ」

 

 メルド団長はクラスメイト全員の前でこれから実戦訓練に向かう前の薫陶を授けていた。実戦においては些細な油断、ちょっとしたボタンの掛け違いが致命的なミスの切っ掛けとなる。それらを経験に基づいて語っていく。殆どの生徒はそれらを心に刻み込まんと耳を傾けていた。

 ・・・読者の方々よ、特定の個人を思い浮かべて馬の耳に念仏などと言ってはいけない。彼も真剣に聞いているのだ。

 

「さあ、皆!!遂に俺達の特訓の成果を示す時が来た!!これから向かう迷宮での目標は前人未到の65階層突破!!そして最終目標は完全攻略による俺達の実力を世界知らしめることだ!!これから共に戦う人々に、俺達は頼りになるという事を証明しよう!!」

「「「おう!!」」」

 

 クラスメイト代表の天之河による激励を受け、クラスメイト達は気炎を上げて迷宮に臨む。

 

 

 

 その晩、パジャマ姿でハジメの部屋に向かおうとする香織とバッタリ出会った白野はしっかりと応援しておいた。

 

 

 

 

「・・・何してるのかな?」

「・・・はぁ、時間の無駄だった」

「どういう意味なのかな!?」

「おやすみ~」

 

 しばらく聞き耳を立てる白野は何の成果も得られないまま自室に帰るのだった。



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ベヒモス

 「見えるには見えるけど・・・やっぱり薄暗いな」

 「ライトとかあるといいかもね。サーチライト的な」

 「魔法は魔力使うし・・・南雲、電池かバッテリー式のサーチライト作れない?」

 「いや、無茶言わないでよ・・・」

 

 オルクス大迷宮、大一層

 幅5mほどの道を前衛、中衛、後衛に分かれて進む。さらに光輝達のパーティは最前列に立っており、彼らがまずお手本となるのは間違いないだろう。

 

 白野と南雲は前衛側、恵理は光輝達の後衛組みと組んでいる。

 

 「あ、でもこの緑光石ってやつ・・・いや、出来て閃光弾かな」

 「というと?」

 「これ、壊すと溜め込んだ魔力を光にして一瞬で放つ性質があるんだって」

 「チームプレイじゃ使いづらいな」

 

 某狩りゲーにおいて閃光玉を投げまくる行為は荒らしに等しい。それが現実の戦いの場面なら使用には相応の訓練が必要になるのは確実だった。

 

 そんなことを話していると、遂に魔物が現れた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 筋肉ムキムキマッチョネズミのモンスターは女子たちに不快感を与えたものの、あっという間に退場と相成った。

 

「まあ、そうなるな」

「流石にあのメンバーが苦戦するようならもう無理だよ」

 

 圧倒的な勝利にクラスメイト達は沸きあがった。自分達も戦える。その自信を得られる一戦であったといえるだろう。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 流石のエースチームだ。次は岸波と中村・・・南雲、行けるか!」

「っ!はい!!」

 

 メルド団長は気遣わしげに南雲を見て声を掛けた。実戦の緊張を克服できるか、不安要素はもうその一点だけだろう。恵理が後衛組みからこちらに合流し、軽く作戦を立てる。

 

「今回は特権無しで行く。」

「了解、武器は?」

「流石に初戦闘だし、聖剣で行くよ」

「了解、〝錬成〟」

「白野、デバフいる?」

「要らないかな」

「なら僕は火力支援で」

 

 白野が前衛、ハジメが補助、恵理が火力支援と決まり、先頭を進む。

 

 

 

 戦闘パートはもう要らないだろう、白野が斬って、恵理が燃やして、ハジメは特に妨害の必要性を感じなかったのでいつものように武器を渡すだけで初戦闘は終わった。

 特に苦戦も山ない戦いであったが為、白野が突き出した拳に二人は苦笑気味に拳を合わせる。

 

 

「む~~~~~!!」

「どうどう」

 

 そんな3人を嫉妬に狂った目で見る人が1人・・・

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いや、2人いた。

 

何の問題も起きず、一行は20層まで極めてスムーズに進行していた。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 後衛組みに向かってロックマウントがロックマウントを投げつけるという珍事に対し、光輝はオーバーキルをたたき出して仕留めていた。

それを見て白野は深く頷いていた。

 

「いや、やりすぎでしょ」

「天之河がやって無きゃ私がやってたよ」

 

 後衛組みに戻っていた恵理に危害が加わるとこうである。最早南雲は苦笑いしか出来なかった。

 丁度その頃、

 

「こら!勝手なことをするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

 人の話を聞かない真性の愚か者が、地獄の釜を開けた。

 

「団長! トラップです!」

 

 

 

 現階層 第60層 

 前方、ベヒモス 討伐記録無し。

 後方、トラウムソルジャー 100以上。

 

 

絶体絶命のピンチがそこにあった。

 

 

『聖剣』

「〝錬成〟!」

 

白野は当然聖剣を選択、念話を送り、条件反射でハジメは聖剣を作り出す。

 

『混戦になる!!南雲は全体の補助も意識!!』

『了解!』

 

白野を中心に前線を作っていく、だが前衛の数は十数人、対して相手は100以上だ。中には恐慌に陥り戦えないものもいるだろう事を考えると・・・苦戦というのは甘い評価だろう。

現に散り散りにトラウムソルジャーの群れに突っ込み、編成も疎らに自分勝手に戦い始めた。所詮危険の無い訓練では修羅場、鉄火場の対応力など身につかない。1週間延長された訓練の成果は一切発揮されなかった。

 

 いま、前線がほころんで一人の女生徒に剣が―――「〝錬成〟」―――落ちなかった。

 トラウムソルジャーは体勢を崩して倒れ、頭の部分に杭が現れて貫かれた。

 

 「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

 差し出された手を呆然と受け取り、背中を叩かれてハッとした女生徒は「南雲も結構チートだと思うけどね!」といって走っていく。

 

 白野を中心に前衛組みと後衛組みが立て直し始めた。しかし圧倒的な数的不利で劣勢だ。

 必要なのは一撃で形勢を逆転できるヒーローだ。

 

「天之河君!」

 

 ベヒモスの方を向いて走り出した時、なんとなく分かった。騎士達の聖絶はもう長く持たない。

 必要なのはあの馬力を縫いとめる拘束力だ。

 

「っ!やってやる!!」

 

 

 

「天之河くん!」

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

 

メルド団長に食って掛かる天之河の正面に立ち用件を端的に告げる。

 

「あっちの前線が限界だ!!岸波さんも勇者を切ってその上でギリギリなんだ!!」

「なっ!」

 

 勇者状態の白野の実力は光輝に迫る。そんな彼女がギリギリの戦いをしているということが天之河には意外だった。加えて、勇者の使用時間は3分。均衡はもうすぐ決壊する。

 

「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長!すいませ――「下がれぇーー!」」

 

均衡が、崩れた。

 

南雲はとっさに錬成材料を盾に加工、それを作り出した石壁に貼り付けて対抗する。

だが衝撃は絶大、盾をひしゃげさせて石壁は粉々に砕け散った。

 

「吹き散らせ――〝風壁〟」

 

 メルド団長は一瞬の拮抗にすかさず魔法を放ち、衝撃破を緩和した。

 

「行け!お前たち!クラスメイトを死なせるな!!」

 

 砂埃が吹き払われ、臨戦状態の、赤く赤熱したベヒモスが視界に映る。

 

「メルド団長!!」

 

天之河はとっさに剣を振りかぶった。だがベヒモスには神威でなければ痛打にならないだろうという確信があった。だがそれでは間に合わないと諦め、天翔閃を構えたときだ。

 ベヒモスは大きく踏み込み、思い切りこけた。

 

 「うお!!・・・地面にめり込んでる?」

 「行って天之河くん!!これならしばらく押さえ込める。メルド団長も!!岸波さんがもう限界だ!!」

 「すまない!任せたぞ!!」

 「合図を出したら走れ!!魔法による援護をする!!」

 

 メルド団長も含め、天之河たちはトラウムソルジャーの方へと向かった。

 

 

 

 ◇

 時を少し戻す。

白野は戦闘開始から間髪要れずに皇帝特権で勇者を切った。その圧倒的なステータスで敵を崩しつつ、味方のフォローも行う、向こう岸へと渡りたいのに状況は一進一退。

 

『神威は使えないの!?』

『詠唱中のフォローが出来る人が無い!!というか八重樫は!?』

『あっちで天之河くんの説得してる』

『ほんと肝心な時に使えないな天之河!!』

『岸波さん!?』

 

 最早余裕など無い、何気にチンピラグループが良い感じに調子に乗っているお陰で前線が出来始めたが、何人か負傷し始めた。

 

「負傷者は下がって!!香織と綾子は負傷者を治せ!!」

「了解!!」

「岸波!!香織が居ない!!」

「ホントいい加減にしろよマジで!!」

 

 エースチームが軒並み参加していないという裏切りに歯噛みしつつなおも聖剣を振るい続ける。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 勇者であるが故に放てる光属性の火力魔法を放つがすぐさま後続に埋められる。その前に少しでも前に進み、前線を押し出している。

 

『聖剣はまだ持つ?』

『雑魚相手なら5分は維持できる』

『なら僕が天之河くんを連れてくる。それまで持たせて』

『了解、あと1分で勇者が切れる』

 

 密かに前線を支えていたハジメもあちらに向かった。戦闘はさらに苦境に入る。

 

「盾持ちは前に出て!!後ろに魔法師が入る!!脇を槍持ちが固めて剣士はフォロー!!永山!!焦るな!!前線の一歩前を死守!!」

 

天之河もメルド団長も居ない以上、指揮は白野が取るほか無かった。こっちに参加している騎士はクラスメイトのフォローで手一杯な上、今回初めて共闘する騎士であったため、発言に強さが無い。前線で剣を振りながら指揮を取るという無茶を集中力と先読の技能によって実現する。

 

「魔法の詠唱始め!!一斉射!!」

 

 どうにか一行も落ち着き始め、チームワークを取り戻しかけていた。魔法の一斉射によりまた前方に空間が出来る。その間に魔力回復薬を素早く飲み、天翔閃を構える。

 

「万翔羽ばた――シッ!!」

 

 詠唱を中断して頭部を防ぐ。敵は白野こそが脅威であると判断したようであり、武器を投げて来た。さらにその隙を突いて白野に対して3対1で挑んでくる。

 どうにか崩れた姿勢から一撃を放ち、3体纏めて切り裂いた。直後、前衛ごと貫く姿勢だった後ろの槍持ちのトラウムソルジャーが現れた。

 

「甘い!!」

 

 それをギリギリ手甲で受け止め、前蹴りと衝撃破で吹き飛ばす。その間にも武器を投げられ、流れ弾として味方に当たらないよう白野は上手く弾き返す。

 そして次の3体を切り裂いたとき、遂に勇者の効果時間が切れた。

 

 急激に重くなる体、精彩を欠く剣技ではトラウムソルジャーの逆撃を許してしまっていた。一撃で3体切り裂いた剣力は見る影も無く、一刀一殺が限界だった。

 

 「白野!! 暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟!」

 

 白野の窮地に気付いた恵理は魔法によって援護する。しかし恵理は純後衛であり、一撃で倒れる雑魚相手にデバフは不要。火力支援をするには詠唱が長すぎた。

 

 投擲を衝撃破で跳ね返し、

同時攻撃を剣と体術でいなし、

前の敵ごと突き出された槍によって、白野は遂に聖剣を取り落とした。

 

「しまっ―――」

 

 

 ―――ミコーンと良妻狐のインターセプト♡そう簡単にご主人様は傷つけさせないのです!!頑張ってくださいまし♡ご主人様♪

 

 

 ふと、聞きなれ無い声がした。死の間際に幻聴でも聞こえたか。だが、しかし、

 

 目の前に浮かぶ鏡が自分を護ってくれたことだけは確信できた。

 

 鏡に手を翳し、スッとスライドする。白野の動きに合わせ、空に浮かぶ鏡は敵の頭蓋を打ち砕いた。

 

「やだ!これ鈍器!」

 

 シリアスな場面で外れたことをのたまう白野。後ろで恵理はホッとすればいいのか、心配すればいいのか・・・一週回って呆れたような顔をしていた。

 

 

 ふよふよと浮かぶ鏡であるがその性能は優秀の二文字。小さくはあるが頑丈で盾としても鈍器としても使え、加えて1メートル程とは言え遠距離武器として自在に扱える。

 剣を拾いなおした白野は防御を鏡で行い、剣で斬り、手甲で防いで鏡で後ろからぶん殴った。トラウムソルジャーはさらに躍起になって白野を倒そうとし、甘くなった脇を後衛部隊が焼いた。

 

 そして、

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 天之河光輝が登場した。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切りひら――」

「遅ェよ馬鹿!!一回死ね!!」

 

 白野、渾身の罵倒だった。マジギレしているのは確実だ。ヒーローは遅れてくるとは言うが、それが故意であったなら許される事ではない。実際何度クラスメイトが死に掛けたことか。

 

「すまない岸波!!みんなも良く耐えた。さあ、階段前を確保するぞ!!」

 

 メルド団長の掛け声と共に生徒達は悲壮な顔から希望を抱いた表情となり、冷静さを取り戻す。雫が切り捨て、龍太郎が打ち砕き、光輝が纏めて薙ぎ払った。

 

 山場を越えたという確信から白野は後ろに下がって偽聖剣を落とす。投影限界であり、落下の衝撃で砕け散った。

 

「つ、疲れた~」

「大丈夫白野?」

 

 今にも崩れ落ちそうな白野を恵理が支える。流石にしゃがみこんで疲れを癒す時間も余裕も無い。白野にとって勇者は限界突破と同じようなものだ。限界突破ほど疲労があるわけではないが、使用から12時間もの間リキャストが発生し、白野の強さの根幹である皇帝特権が使えなくなる。

 これ以上の無理はさせまいと恵理は白野を支えつつ詠唱をキープして襲撃に備えていた。

 

 

 そしてエースチームは今までの苦労は何だったのかという勢いでトラウムソルジャーを殲滅していく。恵理はそれを苛立たしげに眺めていた。

 最初から天之河がこっちに来ていれば白野はこんな無茶しなかったのに!!というところだろう。

 そして遂に階段前の奪還に成功した。

 

「白野!準備は整った!!坊主に合図してくれ!!後衛組は遠距離魔法を準備しろ!!」

 

 

 

『準備完了。撤退して南雲!!』

『了解!』

 

 もう直ぐ魔力が尽きるというタイミングで白野から合図を受けた南雲は全力で走り出す。

 だが、敵もこの瞬間を待っていた。

 ベヒモスは南雲が立ち上がろうとした瞬間に固有魔法を用いた全力で跳躍する。

 姿勢が悪く真上に向かっての跳躍ではあったが、拘束をすぐさま破壊することが出来た。

 着地の衝撃で橋が崩れ始め、生き残るためにも前方の雑魚共を蹴散らさんと疾走する。

 

 南雲はベヒモスと魔法の衝撃に体を揺さぶられながら懸命に走っていた。明確な死の予感と魔力の不足による倦怠感を無視して前へと走る。

 

 ふと、ありえない角度で曲がる炎弾が見えた。

いや、問題ない、躱せる。

 

訓練によって培った動きで南雲は向かってきた炎弾を見事に躱した。

  躱して。次の一歩、

    次の一歩が、出なかった。

 

「あれ?」

 

 

  人間は、疲労する生き物だ。

  突如知らない世界に放り出され、親しい人間も居ない中、戦うために毎日毎日疲労困憊になるまで鍛える。

  想像を絶する精神的、肉体的疲労だ。

  そして直前の獣の殺意と、今受けた人の悪意によって、

 

  南雲ハジメは思考停止した。

 

 

 明らかにおかしな軌道を描いた炎弾を見たとき、白野はすぐさま飛び出した。

 恵理は魔法の射撃に加わっていない。南雲やその他のクラスメイトより白野に比重を置く恵理は万が一に備えて魔法をキープした状態にしていた。

 それを白野は酷いことに使う。

 

「恵理!!加速お願い!!」

「は、はあ!?白野!!」

 

 恵理の今キープしている魔法は風魔法だ。それを使って加速させろとはつまりそう言うことだ。今まさに死に瀕している南雲に向かって駆け出した白野。南雲がどうなろうと知ったことではない、無いが、もうすでに白野は駆け出した。

 迷っている時間は、無かった。

 

「っ〝風弾〟」

 

 白野の背中に向かって風の塊を放つ。収束を甘くすることで風の打撃ではなく両手で押したような加速を受けた白野は落ちていく南雲の手を掴む。だが、白野の足元も今崩れた。

 

 落下の中で白野は予備の剣を南雲に渡す。

 

『ワイヤー』

 返事を返すより早く南雲は刀身を錬成、太めのワイヤーを作成する。

 

 まだ、届く。残した柄を振りかぶり頭上に投げる。

 

 しかしワイヤーは地上に届かず

 

恵理と香織の手に届いた。

 

 

 

惜しむらくは、二人に落下する人間二人分の重量を支える筋力が無かったことだろう。

 

 

岸波白野と南雲ハジメは奈落へと落ちた。

 

二人の少女に傷を残して。

 




―――初登場頂きました♪もう読者の方々もお察しかも知れませんが・・・基本ストーリーにサーヴァントがでることはありません。な・の・で、ご主人様がこの危機を乗り越えることが出来るようし~っかりと加護を与えているのでご安心を。
次回、道具作成が真価をお見せします♪



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鮮やかな赤

不穏なタイトルですね(残酷な描写予告)


落ちる。落ちる。落ちる。

 

死の罠と化した石橋の瓦礫と共に、

 

岸波白野の体は、底の見えない闇に落ちていった―――

 

 

 

落下には果てが無い。

ひたすらに流されていくような方向感覚。

視界に映るぼんやりとした光が流星のごとく過ぎ去っていく。

これが最後に見る光景、知恵も、切り札も、

都合よくこの場を切り抜ける方法は無い。ついには地面の染みとなるだろう。

 

それは至極当然の結論。

つまり、これでジ・エンド。

 

 

 

 だというのに、どうして自責の念も後悔も、なんなら恨み辛みすら出てこないのだろうか。

 

 この状況で岸波白野を救いだす起死回生の何かが現れるとでも言うのか?

 

 違うだろう?

 

 

 

 

 そう、違う。前提から間違えている。

 岸波白野は落ちたのではない。飛び込んだのだ。

 右手の甲を見る。何も無い。ある筈がない。岸波白野は何を思って右手の甲を見たのか理解出来ない。けれどなんとなく、そこに繋がりがあった気がしたのだ。

 

 手を伸ばす、視線をいずれ来る地面よりももっと近くに向ける。この死へのカウントダウンを共に数える相棒へと。

  

「南雲!!手を!!伸ばして!!」

 

奈落への道、少年と少女は手を取り合って死に抗う。

 

諦める気は毛頭無かった。

 

 

 

◆◆◆

「う゛っ」

 

 白野は水の流れる音によって目を醒ました。

 全身が痛みに悲鳴を上げているが、水に濡れた部分が余りに冷えすぎ、感覚を閉ざしている。

 このままでは流石に不味いと気合で起き上がり、どうにか濡れていない地面まで移動した。

 視線を巡らせれば南雲も今目が覚めたようだ。

 

「ここは、あの橋の下?」

 

 落下途中、手甲と脛当ての衝撃破で姿勢を整えたり、作り出した鏡で減速を試みたが、真横からの鉄砲水で失敗。だが、こうして五体満足で生きているのだから辛うじてセーフといったところだろうか。

 

「リキャストは8時間か」

 

 皇帝特権のリキャストは後8時間。4時間程気を失っていたようだ。あたりを見ればこの数時間で見慣れてきた緑光石がぼんやりとあたりを照らしている。どうやら水に流されたお陰で全身の打ち身で済んだようだ。

 

「岸波、さん。無事、だったんだね」

「どうにか、ね。はあ、全身が痛い、あと寒い、というか痛い」

 

 感覚が消えつつある体に危機感を覚え、岸波は躊躇わずに服を脱いで絞っていく。恥ずかしいとか言っている場面ではない。

 

「そ、そうだ。火を起こすよ!!魔法陣は覚えてるから!!」

「うん、お願い。コレ使って」

 

 魔法の触媒となる魔石を白野は2,3持っていた。魔石の回収を教わった際にそのままポケットに突っ込んでいた物だ。

 まあ問題はそれを上半身下着姿の状態でハイと手渡しされたハジメのメンタルだろう。

 

 そんなことを言っている場合ではないとは言え、流石に目に毒だ。

 

「あ、ありがとう」

「ふぁっ、、クシュン。うん、よろしく」

 

 煩悩を振り払うように錬成に集中し、悴む指先に渇を入れて数十センチもの魔法陣を地面に描く。

 

「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、〝火種〟・・・はあぁ。ああ、暖かい」

「薪要らずは助かったね。魔石くすねておいてよかった」

「ああ、うん、ソウダネ」

「南雲もその濡れた服脱いだら?」

「ウエェ!!」

「今最終手段として人肌で暖め合うが選択肢に上がるくらい追い詰められてるからね?」

「・・・はい」

 

 またしても要らない妄想に入りかけた南雲は振り払うように上着とズボンを脱いで水気を絞る。いや、めっちゃ恥ずかしい。何故岸波さんは平然としていられるのだろうか。

 

「そのまま聞いてくれる」

「な、何?」

「情報共有をする。まず、皇帝特権のリキャストはあと8時間ある」

 

 息を飲んだ。そうだ、何を先ほどから油断している。岸波白野は先のトラップで真っ先に勇者を使ってトラウムソルジャーの群れに飛び込んだ。あと8時間もの間、この状況で白野は全力を使えない。

 

「あと、なんか新しいスキルを手に入れた」

 

そう言って取り出したステータスカードには奇妙なスキルが追加されていた。

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:30

天職:

筋力:150

体力:250

耐性:250

敏捷:400

魔力:650

魔耐:500

技能:皇后特権・投影魔法・道具作成〔+狐之嫁入〕・先読・言語理解

===============================

 

―――ちょっと待ちなさいセイバーさん?なんですコレ?どういう梃子入れです?ただでさえチートオブチートスキルなのにこれ以上何を付け加えたって言うんです?

 

 

「狐之嫁入?いや、まって皇后特権って何?」

「いや、これ名前変わっただけで性能は全然変わってない」

 

 

―――ふっ、まさか嫉妬故に名前だけ変えたのかいセイバー?随分とさもしいな。

―――う、うるさいうるさいうるさーい!!大体なんだ狐之嫁入って!!結婚宣言だと!?ずるいではないか!!

―――そうは申されましてもわたくしの狐の嫁入りは道具作成のEX上位互換。嫁入り道具を持つご主人様は、わたくしの生涯の伴侶であると未来永劫証明され・・・

 

「うっ」

「だ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫、ちょっと幻聴が五月蝿かっただけ」

「かなり不味いんじゃないの???」

「いや、もう収まった。話を進めよう。この狐之嫁入は投影魔法とかを介さずに魔力で道具を作り出す技能?みたい」

 

 そう言って白野は空中に鏡を出現させた。空中に浮かぶ鏡は白野を中心にふよふよと浮かび、周る。

 

「・・・タマモの鏡?」

「え?」

「い、いや。なんでもないよ」

 

 空中に浮かぶ鏡を見てふと呟いてしまったオタク南雲。しかし、そんな戯言を言っている場面ではないと気を取り直して話の軌道を修正する。

 

「他にも出せるみたいなんだけど、何が出てくるか分からないんだ。ひとまず全部出してみる」

「分かった。僕は周りを警戒しながら、話だけ聞いてるから続けてくれる?」

「OKまずは~あ、服だ」

「是非着て欲しいんだけど?」

「デザインが自由自在・・・便利」

「早く着てくれないかなぁ!?」

 

 黒のキャミとスパッツ、ブラウンのコート、そして黒のショートブーツ。なんとなく、これがいいと思った物を作成する。魔力で作成するので体の上に出現させることも出来た。

 

「・・・魔力無くなったら裸になるな、これ」

「分かった、絶対にそれだけは防ごう」

「次は・・・裁縫箱?・・・糸、針、鋏と揃ってるけど、コレは使いそうに無いかな。次、カトラリーセット、櫛、布団・・・布団。嫁入り道具か、これ」

「・・・ダブルサイズだね」

「まあ、いっか。次、筆箱?万年筆とインクだ」

「魔力で出来たインクならスクロールが作れるかもね。後で試してみよう」

「OK、次は、ボトル。なんだろう中身」

「回復薬とか?」

「・・・ヘアケアオイルだ」

「・・・・・・・・・狐だもんね」

「次、箱・・・空箱だ」

 

 漆塗りの横幅1メートルを超える空箱、これが嫁入り道具というジャンルと鏡や服の特殊効果を考えた場合・・・

 

「中に物を入れて消してみてよ」

「なる程、ならこの魔石を」

 

 巨大な空箱にぽつんと魔石を一つ入れる。嫁入り道具だというのになんだか戦場から帰ってきた空棺桶のようで少し不吉だ。

 そして、蓋を閉めて、開けた。

 

「あ、収納できた」

「アイテムボックス!?チートだこれ!!」

 

 そこには先ほどの魔石は存在せず、ただ空の箱だけがあった。

 もう一度閉めて開ければ魔石がぽつんと一つある。

 

「物を入れると異空間に収納できる技能・・・かな」

「天之河くんを凌駕するチートレベルだね・・・」

 

 数多の創作物でもアイテムボックス等で無双する作品はメジャーなものだ。規模は違うがかの有名作品のAUOもある意味アイテムボックスを使ったチートキャラだ。

 

「出し入れが必要だからゲートオブバビロンは無理かな」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 

 視線を宙にやって「どこかで聞いたような」と呟く白野、有名な作品とは言えサブカルチャー、特に女子である白野は知らなくてもおかしく無い。

 

「まあいいや、これで狐之嫁入で出せる物は全部。戦いに使えるのは鏡だけかな。万年筆は紙がないと使えないし」

「みたいだね。僕の方はまずポーション類は全部使った。これは岸波さんもかな」

「うん」

「加えて錬成材料を全部使った。偽聖剣は石製になる」

 

 投影魔術は母材が投影先に近ければ近いほど持続時間が長くなる。聖剣は正体不明の金属だが石よりも金属製の方が母材として優秀なのは確かだ。一撃で砕けることを承知で使うなら石製でも問題は無いが、消費魔力が尋常では無い。

 

「私の手甲や脛当ても落下中に壊れた。あるのは予備の短剣くらい」

「・・・というか干将莫耶は知ってるのにAUOは知らないんだ・・・」

「なに?」

 

 岸波白野がたまに使用する二振りの双剣、その母体として短剣は作ってある。それはまさしくエミヤが使う干将・莫耶そのものであり、見た目どころか性能も全く同じだった。今までは創作の武器すら作れるのかと思っていたが、流石に違和感を感じる。加えて、白野はFate/シリーズを知らないらしい。

 ハジメは勿論stay nightを始め、zeroやプリヤなどのメジャーどころは視聴済みだし、なんならstay nightの無印版も最近クリアした。

 

 転移前にあったやり取りの徹夜でエロゲ云々は的外れではなかったのだ。ただ、あのストーリーの熱さに当てられて眠れなかっただけで。

 

 南雲は頭を振って要らない思考を飛ばす。何度も言うが、それどころではないのだ。

 

「とりあえずワイヤーにした短剣を錬成しなおそう。それとも2本混ぜて刀身を伸ばす?」

「そう、だね。うん。南雲は無手になるけど」

「僕が武器を持つより岸波さんがより強い武器を持つべきでしょ」

 

 そう言ってハジメはステータスプレートを見せる。

 

==================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:26

体力:22

耐性:20

敏捷:22

魔力:43

魔耐:18

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+高速錬成]・言語理解

==================================

 

魔力のステータスこそ劇的に増えているがそれでもクラスではワーストレベルだ。

肉体ステータスにいたってはアレだけの激戦を乗り越えても20代であり、戦闘技能は一切無い。オール100越えの白野が倒れた時が南雲ハジメの最後の時だ。

 

短剣を錬成し直す時、寄り合わせたワイヤーロープに付着した血を見て申し訳ない気持ちが湧き上がる。きっと心の傷になっただろうことは容易に想像できる。

感傷を振り切って武装を出来るだけ整える。頑丈に作った石剣と二本の短剣をあわせた半端な長さの剣を腰につけた。防具も無いよりはマシと石で作り身に着ける。

基本は隠れて進みつつ鏡と剣で戦うことにする。

 

 

 

戦えればの話だが。

 

 

 

 ここは迷宮の深層である。

 

 

 現階層 ???層

 正面 蹴りウサギ 目撃例無し

 

 そのウサギは白野の動体視力を超えて飛び掛かった。

 投影すら間に合わず、間一髪、石剣を間に挟む。

 まるでクッキーでも砕くかのようにそれを粉砕し、岸波白野を吹き飛ばした。

 

 事ここにいたって理解する。

 ここは、余人の立ち入れない地獄であると。

 

 助走を付けて今度こそトドメを刺さんと踏み出したウサギ型の魔物は突如二つに分かたれた。

 

「グルルゥ」

 

 血飛沫を浴びた白野は更なる敵の登場に腰を抜かす。幾ら天職が無い状態でも先読の技能があれば大抵の速度に対応できた。なのに今の蹴りウサギはまったく見えなかった。その、白野の視認できない速度で動くウサギを、目の前の熊は切り裂いた。まるで木になった果実を摘み取るかのようにだ。

 

 逃げろ、逃げろ、にげろ、ニゲロ

 

 思考が一斉に行動を要求するが体がそれについてこない、体がうごかない。

 

「岸波さん!!逃げるよ!!」

 

 その手を取って立ち上がらせる者が居た。ハジメだ。

 

 先のベヒモスとの時間稼ぎや奈落への落下を経験し、南雲は絶望的状況で動くメンタルを手に入れていた。

 南雲に手を引かれて、白野はようやく立ち上がった。先の爪熊はウサギを食べてランチタイムらしい。二つの肉片をパクリ、パクリ。ごちそうさま。

 

 さて、デザートはアレでいいかな、そんな視線を白野は鏡越しに見ていた。

 

『錬成で穴を掘れ、逃げろ』

 

 念話と同時に白野は全力でハジメを壁側に突き飛ばした。

 二人の間を、鋭い風が通り過ぎた。

 

「き、きしな、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「早くしろ!!逃げろ!!」

 

 空に舞う二つの肉片。視界を彩る鮮やかな赤。

 岸波白野の両腕が、切り落とされた。

 



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行動原理

「はっ、はっ、はっ」

 

 どうしてこんなことになっているのだろうか。

 

 右手は手首が、左手に至っては肘から先が無くなった。

 

「ふぅ、はっ、はっ、はっ、はっ」

 

 薄暗い穴倉で、何の価値も無く終わるのだろうか。

 

 目の前の道のようなものは一体どこに繋がっているのだろうか。

 

 地上か、元の世界か、新たなる世界か。

 

 新たなる捕食者の元か。

 

「は、は、は、ふぅ」

 

 どこにも繋がっていないなら、どこにも辿りつけないなら、もう、止まってしまってもいいんじゃないだろうか。

 

 止まっても、休んでも、諦めても、良いんじゃないだろうか

 

 そうだ、とりあえず、休もう。

 

「ふう、袖にベルトを追加、して、止血。よし」

 

 腰を落として、大きく息をすって、瞼を落とそう。しばらく眠るだけ、あまりにも眠い。

 

 今までずっと戦い続けだった。流石に体力の限界だ。これ以上は無理だ。

 

 思えばここには、食べる物すらない。魔物の肉?どうやって手に入れるというのか。

 

「・・・そうだ、万年筆、試して、見るか」

 

 回復手段など魔法にしか頼れない。借りた力もまだ使えない。私にはこの場面を切り抜ける力が無い。

 

 だけど、だけど、今一度、力を貸して欲しいと願う。

 

 万年筆を口でくわえ、壁面に魔法陣を刻んで・・・

 

「だめだ、でこぼこすぎる、くそっ」

 

ただでさえ精密で膨大な陣を書く必要があるというのに、これでは無理だ。ほかの手段は、元の場所に戻って火種の魔法陣を使うか?

 

「いや、駄目だ。死ぬ」

 

 其処まで向かう前に失血死するか、焼いたときの痛みでショック死するのが関の山だろう。完全に詰んだ。このまま緩やかに死ぬか、魔物に食べられて死ぬか、もがいて死ぬか。

 

 選択肢は、もう、終わりを示してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・目の前に浮かぶ鏡を見つめる。

 この鏡を見ていると、なんとなく安心する。其処に絶対の守護者がいるような、そんな気分になってくる。白野の嫁を名乗る何者かは、余ほど厄介な人らしい。

 

 ―――また、アナタに期待しても良いですか?

 ―――お任せ下さい。ご主人様。

 

 この絶望的状況を、彼女ならば如何にかしてくれる。そんな妄想を元に行動する。

 先ほどの万年筆を、鏡の鏡面に突きつける。ただそれだけで、本来なら数メートルは必要になるはずの魔法陣を緻密に、精密に描いていく。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・清浄なる天の息吹、慈悲と慈愛に満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」

 

 適正無しでの発動だったが、如何にかギリギリ、失血は免れたらしい。

 

「・・・はぁ、ここまで来て、ここまでおいつめられて、まだ、あきらめられないのか、わたしは」

 

 死の淵、その一歩手前で、岸波白野は踏みとどまった。

 

 

 

 

 白野が両腕を切断された直後、白野は周囲の緑光石に鏡をぶつけて粉砕した。

 元々薄暗い空間であることと、魔力の濃度が濃いエリアであったために閃光として十分な光量を発揮。白野はどうにか爪熊から逃れた。爪熊自身が逃げた白野ではなく穴に潜ったハジメを優先したのも一因だ。

 

 あのあとハジメがどうなったのかは分からない。壁を掘り進めれば追いつかれることはそう無いだろうとは思う。だが、希望は無い。

 

 何せ外に出れば魔物が居るのだ。白野ですら目で追えない速度、ハジメでは勝負にもならない。外に出れば魔物に喰われ、中に居れば餓死が待つ。これ以上無い地獄の選択だ。

 故に、白野は行動する。

 

「・・・・・・まず、水の確保だ」

 

 幸い水のある場所は知っている。水が有るならなんらかの生物が居ても可笑しくない。

 未だに諦められないのなら、確保すべきは最低限のライフラインだ。

 その後、暗殺者の技能で気配を隠しながらハジメを捜索し、帰還への道筋を辿る。

 

「よし、いこう・・・」

 

 失血が無くなった訳ではない。平衡感覚は消失し、吐き気と頭痛の大合唱だ。

 でも、まだ死んだわけでもない、動けないわけでもない、なら、まだ自分は戦える。

 

 岸波白野は生きるために、活動を再開した。

 

 

 

 

 情けない

 

 必死になって掘った石穴の中で、南雲ハジメは絶望に耽っていた。

 

 情けない、情けない

 

 格好つけてベヒモスの足止めを引き受け、挙句この有様だ。まさか味方から魔法が飛んでくるとは思わなかったが、自分が嫌われていることは理解していた。立ち回りが悪かったのだ。それに、あの魔法は確かに間違いなく完璧に避けることが出来た。そんな魔法に怯えて次の一歩が出せなくなった。

 

 情けない、情けない、情けない

 

 変わった気になった。戦える気になっていた。思い上がって調子に乗って、このピンチを乗り越えるカッコイイ自分に酔いしれた。

 

 情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない

 

 全部、岸波白野のお陰だったのだ。あの正真正銘チート少女の付属品でしかない自分が調子に乗った結果、こんなことになった。

 

 情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない

情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない

 

 いっそこれが自分だけの終わりであればよかった(死にたくない)そうであればハジメは唯の道化として死ねた(死なせたくない)だというのに愚かな自分はこともあろうか本物の勇者たる岸波白野をこの地獄に連れてきた。(許せない)

 

 情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない、情けない

 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、

 死にたくない、死なせたくない。死にたくない、死なせたくない。死にたくない、死なせたくない。死にたくない、死なせたくない。死にたくない、死なせたくない。

 

 結果、ハジメは最後の最後まで岸波白野の足を引っ張って、逃げた。両腕を失った白野があの後どうなったのかは分からない。念話の指輪は今頃爪熊の腹の中だ。

 

 暗闇の中でハジメは自問自答する。誰が悪くて、何が悪くて、如何すれば良くて、如何すれば良かったのか。

 

 自問自答の果ての果て、南雲ハジメは少しずつ本当の敵を定め始めた。

 

 情けない。昔、ただの殺意に怯えた自分が心底許せない。

 情けない。今、こんな穴倉で震える自分が心底許せない。

 情けない。未だこの状況を打開する手段が分からない自身の無能が、本当に、心の底から

 

 許せなかった。

 

「じゃあ、死ねよ」

 

 南雲ハジメは死(なせない)ために、行動を開始した。

 

 

 

 

 ハジメは手始めに今居る空間の拡張を行った。無計画に突っ込んではただの犬死だ。それはハジメに許される終わりではない。

 

 この穴倉に逃げ込む間にいくつか鉱石を発見していた。

 タウル鉱石と燃焼石だ。銃の構造は資料とモデルガンでしか記憶に無いが・・・なに、材料は腐るほどある。作成と試射のための空間を拡張していたときだった。

 

「水?」

 

 岩肌から液体が流れていた。それを見た瞬間今まで無視してきた口の渇きが限界を迎える。鉱毒が含まれているかも、という危機感はあれど、このまま水分も無しに戦うことは不可能だと判断し、賭けに出る。

 

「・・・は、はぁ!!?なんだコレ!?」

 

 瞬間、ハジメの疲労が急激に回復し、体中の鈍痛が治まった。魔力もかなり回復し、思考はクリアになる。

 

 急いで水源を掘り当てようと岩壁を錬成する。当然鉱石を集めてインゴット化するのも忘れない。

 そして掘り当てたのは淡い輝きを放つ石、神結晶だった。

 不死の霊薬にも等しい神水を生み出す奇跡の結晶。これを手に入れてからのハジメの行動はより明確かつ迅速となった。

 もとより精神的にも肉体的にも限界だったところを決死の覚悟で無理矢理動いていたのだ、神水を手に入れてからは精神的な曇りが晴れ、鈍痛も止み、空腹こそ改善されないが調子は明らかに改善された。

 何よりも回復効果が大きかった。

 銃火気作成に至るまで、誤作動、暴発、弾詰まりなど、意図せず何度も死に掛け、神水で回復させた。

 

 結論として複雑な機構を作成するには時間が無い。自作した時計は精度など無いようなものだが、少なくとも活動開始から40時間は経過している。白野の生存を望むなら60時間以内と決め、追求したのは貫通力と精度。遠距離から脳天を粉砕して敵を倒せる超火力だった。

 

 数百回にも及ぶ試作の果て、遂に作成されたのが・・・

 

 全長約35cm

 5連回転式弾倉 

 50口径 大型リボルバー式拳銃 試製「シュラーク」

 

 

全長約120cm

 装填数1発(薬室1発)

 30口径 対魔物ライフル 試製「ハンター」

 

 

 

ドパン!!!

 

凶悪な銃声が洞窟に響き渡る。目の前には肉塊になったウサギの魔物。二匹いた蹴りウサギを物陰から射撃し、ハンターならば一撃、シュラークならば2~3発打ち込めば殺せることを確認できた。

 

恐らく爪熊相手ならシュラークは決定打になり得ない、ハンターの2発でも厳しいだろう。だがハジメの真価は錬成にある。シュラークを撃って錬成で逃げるを繰り返せば、勝算はある。

勝ち目があるのだ。

 

「さて、腹ごしらえして、行動開始だ」

 

 

 

 どうにか自分達が落ちてきた場所まで戻ることが出来た。

 途中狼とウサギの戦いに巻き込まれたときは死ぬかと思ったが、如何にか物陰でやり過ごすことが出来た。瓦礫が飛んできたときは死ぬかと思ったが、またも鏡で防ぐことが出来た。万能であるこの鏡、愛してる。

 

 ともかく水場を確保できた。餓えも渇きも限界だ。まずは水分を取ろうと、白野は倒れこむように水面に顔を浸ける。腕が無いのだから掬って飲むなど出来ないため、かなり品のない格好だ。

 

 最悪飲用出来ない水であったら詰みだなと思っていたが、幸いどうやら飲用可能らしい。

 だが、渇きを癒しているとふと妙な異臭を感じ取った。

 

 それは、血の臭いだった。

 

 白野は鏡を使って起き上がり、臭いの元へと向かう。

 水路となる場所の奥、水は冷たいが、服を防水性の物へと変えることで進む。

 

 それは、肉塊だった。

 ここへ落ちることになった元凶の一つ、ベヒモスの死体だ。

 あたりの水は真っ赤に染まり、異臭を放っている。しかし、水によって冷やされた為か、腐敗は余り進んでいないように見える。

 挽肉のようになっているが、寧ろ好都合、現状では刃物を使って切り分けることも出来ない。

 惨憺たる有様の肉塊をみて浮かんだのは、憐憫でも嫌悪でもなく、食欲だった。

 

 白野は、肉片の一つを口に含み、飲み込んだ。

 

 

「う゛う゛う゛ぅぅぅ!!不っっ味い!!」

 

 生臭く、鉄臭く、獣臭いその死体の味、しかし、極限の餓えと生存本能が良いから喰えと急かすように体を動かし、白野はその肉塊を咀嚼する。

 

 少なくとも、かつてたべた金星料理よりかは100倍マシ・・・

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・金星料理って、なんだ?

 

「うぶっ うえ?」

 

 口から吹き出た血が、喰った肉の血ではないとすぐに理解した。

 

「あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 神経を焼き焦がすような激痛が奔る。肉を裂き、細胞が死に、再生し、そして、死んでいくような、自身の肉体を書き換え、何か別の物へと変貌しようとして、耐え切れずに破裂する感覚が―――

 

―――随分と無様な姿になってますね、先輩?というか、どうしてそんなもの食べちゃったんですかぁ?食べ方にも品がありませんし・・・こういうのが趣味だったんですか?でしたらごめんなさい、そういえば犬空間で『エサ』を与えるのを忘れていました。うっかりうっかり。

とは言え、こんな所で無様に死なれるのも気に喰わないです。だ・か・ら~行きますよ~ 

(カースド)(キューピッド)(コンパイル)

 精々、死なないように頑張ってくださいね?

 

 

 

 ―――変貌しようとする肉体を、編集する。自身の肉体の成長性を最大限に発揮し、この魔物の肉が持つ毒性へと対抗する。死ぬわけにはいかない。あの小悪魔系後輩のお仕置きの続きが未だなのだ。

 

 そうだ、この程度、あの金星料理に比べれば何ほどもない。

 ちょっと内臓が機能を停止しかけ、心臓が破裂寸前で、脳細胞が死に掛けているだけだ。

 一つ一つの臓器機能を再確認し、変質した体に合わせてチューニングを行い、血管や神経、リンパ系を今の身体機能に合わせてアップデート。脳細胞を死なせる訳にはいかない、毒性に至る要素をシャットアウトする。

 

 意識が落ち、目覚め、喰らい、飲み、気が付いたら、

 

 皇后特権のリキャストが終わっていた。

 

「生きてるって、すばらしい」

 

 

 

 

 

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:30

天職:暗殺者

筋力:450

体力:750

耐性:1000

敏捷:1200 〔+暗殺者2400〕

魔力: 2000

魔耐:1000

技能:皇后特権・投影魔法・道具作成〔狐之嫁入〕・自己改造・先読・言語理解・暗殺術〔+標的捕捉〕・気配操作

===============================

 

 クラスメイトの一人が持つ天職、暗殺者。白野が暗殺者となると、標的を捉えてその位置を認識する〔標的捕捉〕の派生技能がある。〔追跡〕とは違い痕跡の有無は関係なく、魔法的にその所在を把握することが出来る技能だ。

 

 これと気配操作を使用してハジメを隠れながら捜索するつもりだ。ハジメ本人は恐らく石壁の中に要るが、白野本人が錬成師になるため問題は・・・

 

「なに、この動き」

 

 捕捉したハジメが、凄まじい速度で立体軌道している。

 まさか魔物に喰われて振り回されているのか?と思考するも、その割には姿勢が整っている。南雲ハジメは間違いなく、自身の能力で立体起動をしている。

 しかも、

 

「戦ってる!??」

 

 捕捉対象を変更、対象爪熊。

 対象座標、同一。

 

「あの熊と、戦ってる!!」

 

 




―――う~ん。私は別に先輩を助けようだとか力を貸そうだとか思ってなかったんですけど?でもでも先輩が明らかにヤバイ世界に転移するとか、見たいじゃないですか。だからそう、ちょっとしたファイルを仕込んでいたんですよ。
―――今の私の楽しみは先輩を眺めることくらいなんですから、もうちょっと頑張って貰わないとです。
―――さあ、先輩の七転八倒の大活躍、期待してますよ♪


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ツーマンセル

内容の3分の1を次話にしました。本日19:00投稿予定。


蹴りウサギを食べてから、ハジメは白野と同じように死の淵を彷徨い、神水によって助かった。そして、毒性を克服するための超回復により肉体の成長性を大幅に拡大させ、ステータスはオール100を超えた。

 

 加えて手に入った技能、天歩〔+空力〕〔+縮地〕はハジメの機動力を大幅に向上させた。

 流石に移動しながらの精密射撃は不可能だが、熊くらいの大きさなら割と雑に狙っても当たる。当たる精度になるまで練習した。

 

 他の魔物を喰えばより強くなるかも知れないが、激痛によってダウンしていた時間と天歩の練習に時間を割きすぎた。白野の生存はかなり絶望的であることは理解している、だが自分が先に諦める訳には行かない。ハジメは白野の捜索を開始した。

 

 

 恐らく、白野は水の確保を行うだろう、そう予想して行動する。我武者羅に逃げた場合はもう虱潰しで探す他ないが、逃走先を考えるなら自分達が落ちて来たあの水場だ。なにより、そこに向かった場合と向かわなかった場合では、生存率が段違いだ。

 

 音を立てないよう慎重に慎重を重ねて進行する。クリアリングは徹底し、神水を舐めてでも最高の集中力を維持する。

 今の武装はようやくこのエリアを攻略する最低限度の武装だ。有効打はハンターの2発。装填は練習したとは言え明確に隙。爪熊を相手にするなら確実に当て、2発中、1発は頭に当てるのが理想だ。恐らくその上でもシュラークを使った戦いになる。勝算は3割以下、1割はあると思いたい。

 

「水の音。このあたりだ」

 

 居てほしいという願望と居なかった時の不安がどんどんと膨れ上がる。もしかしたら残っているのは死体かもしれない、あるいはただ血の染みだけが残っている何て事も考えられる。

 その確率は決して低くない。

 

 

そして、そこにいたのは・・・

 あの時の、熊の魔物だった。

 

 ドパン!!

 

「!!グルァ」

 

 一目見た瞬間溢れる殺気、白野の両腕を奪ったこの魔物、本来は出会ったら即撤退のつもりでいたが、

 

「予定変更だ、絶対にぶっ殺す」

 

 ハジメの本能が死ぬぞという警告を全力で響かせる

 ハジメは理性で死ねと返し、敵へと銃声を響かせた。

 

排莢した弾丸が地面に落ちる。

後ろを取れた絶好のタイミング。狙ったのは後ろ足だ。

 

弾丸は確かに毛皮と肉を貫通したらしい、これでアイツの速度を封じる。

 痛みから接近を止めた爪熊は飛ぶ斬撃、風爪を放つ。しかし、距離が離れすぎている。

 縮地で回り込む動きをして移動する。それで風爪は当たらない。

 

 爪熊は避けられたことに対し生意気であると怒り、負傷など無かったかのように接近する。

 その速度は限界突破の白野を上回るかもしれない。

 

「だがな、その速度は見慣れてるんだ」

 

 今までハジメは白野の附属品だった。

 附属品としての性能だけは、一切の妥協なく磨いてきたつもりだ。

 限界突破中の白野に対して的確なサポートを実現するには、動体視力を鍛える必要があったのだ。

 

 目と鼻の先で爪熊が振りかぶる、早くて速いその腕の一振りを、

 

 ハジメは早くて速い上、動作が短い『銃を撃つ』という行動で反撃する。

 

「グルァァアア!!?」

「クソ!!やっぱり一撃じゃ死なねえか!!」

 

 良く引き付けて放たれた弾丸は確かに爪熊の頭部に直撃した。

 しかしこの階層最強種の実力か、あるいは獣の本能か、爪熊はとっさに頭を逸らした。

 結果弾丸は正面から頭蓋を貫かず、頭蓋骨に沿って逸らされる形となった。

 

 とは言え、ダメージは大きいようだ、追撃に移るべきである。

 

「ほら、プレゼントだ。ピンを抜いたグレネードを、てな」

 

 圧縮した石片と超圧縮の燃焼石によって作られたグレネードを投擲する。

 同時にハジメは空力と縮地を使って全力で下がる。

 

 直後、爆発。下がっている間にハンターのリロードを2発分行う。そして構えて、射撃。

 

「グルルアァ!!」

「っち、この短時間でジグザク走行とは学習能力高いな!!」

 

 ドパン!!ドパン!!と放つがクリーンヒットには程遠い。毛皮を貫通すらしないようなヒットはこの爪熊には痛痒ですらないらしい。

 爪熊の攻撃を躱しながらハンターを背中のホルスターへとしまう。同時に抜いて発射するのはハンターを超える大口径拳銃シュラークだ。

 

 ドパパン!!渇いた銃声が重なる。以前のステータスなら静止状態からスタンスを取り、その上で一発撃つのが限界だっただろう。しかし、いまや常人の数倍の筋力を有するハジメはシュラークの連射を可能にしていた。

 

「グルッ」

「マッズ!!ぐおお!!」

 

 だが、シュラークはハンターと比較して貫通性能が甘い。爪熊に対して強力な打撃にはなるようだが、その程度。機動力に優れる蹴りウサギが爪熊に対して逃げの一手なのは、爪熊はその程度では怯まないからだ。

 腕の振りでは避けられやすいと見て、爪熊はタックルを放ってきた。ハジメは如何にか防御姿勢を間に合わせるが吹き飛ばされる。

 

 不味い。

 

 空力を使って姿勢を戻し、地面に足がついた瞬間空中へと逃げる。直後風爪が地面を抉る。

 立体軌道で狙いを絞らせないよう動き回り、敵の攻撃を阻害するよう射撃する。だが、

 

「(弾が切れる!!)」

 

 爪熊は蹴りウサギを蹴りの最中に仕留められる程の実力がある。立体軌道などしたところで何の問題もなく攻撃を当てられる。まだ生きているのはシュラークによる打撃を与えているからだ。

 

「(手榴弾はさっきのタックルで落とした。閃光弾は本当に最後の手段だぞ!!)」

 

 とは言え出し惜しみしている場合でも無い。閃光弾を使ってハンターをリロード、次の2発で仕留めるしかない、そう判断して―――

 

 

「ごめん、待たせた」

 

 

 爪熊の後頭部に強烈な回し蹴りが放たれた。

 怯む爪熊をすり抜けて、彼女はハジメの前に立つ。

顔色こそ悪いものの、間違いなく。岸波白野が目の前にいた。

 白野はノールックで足元の石ころを一つハジメに蹴り飛ばした。

 いや、石ころではない、ハジメが落とした手榴弾だ。

 ピンを抜いて、即座に投げる。爪熊の接近に合わせ、真下で爆発するような位置へ。

 

 手榴弾の爆発に怯んだ爪熊を油断なく見据える白野は横目でハジメを見て、

 思いっきり二度見した。

 

「ほら、反撃いくよ・・・南雲?え?南雲だよね???」

「間違いなく南雲だ、岸波、さん・・・いや、気持ちは分かるが」

「・・・まあ、後にしよう。うん、まず、アイツを倒さないと」

「だな」

 

 心から湧き出す安心感を無理矢理沈める、今も白野は腕を失っているのだ。明らかにステータスが上がっている件は自分がそうなのだから、何らかの手段があったのだろうと脇に避ける。

 

「わたしが前衛に立つ、南雲が後衛火力。手早く決めて欲しい」

「了解」

 

 白野は爪熊へと躊躇い無く接近、その速度はハジメの縮地に匹敵し、その上で敵の攻撃を避けるような複雑な動きすら可能にしている。

 爪熊に対して接近戦を挑むなど自殺行為でしかない、ように見えるが、実際爪熊はオールレンジファイターだ。機動力も遠距離攻撃も備えている以上距離を取れば安全ということはない。とはいえ、超接近戦も人のやることではないが。

 懐に入り込まれた爪熊は右腕を振り上げて構え、左腕を薙ぎ払う。後ろに下がれば右腕による渾身の振り下ろしが白野を地面の染みに変えるだろう。

 

 その未来を変えたのはやはり、あの鏡だった。振り上げた右腕が加速する前に押し留めるように出現し、その攻撃をひと時止める。そして白野は薙ぎ払いを下へと避ける。

 

 爪熊は白野を叩き潰さんと体を伸ばし、白野は姿勢を地面と一体化するかのように下げた。

 

「流石だ」

 

射線ガラ空き。

ハジメはハンターを顔面に向けて発砲した。完璧な直撃。

爪熊はまだ死なない。白野は姿勢を低くしたことで爪熊の後ろ足に銃創を発見する。容赦は要らない。渾身の膝蹴りを叩き込み、顔面には鏡を叩きつける。

まだ倒れない。爪熊は最後の力を振り絞り、ハジメに向けて突進する。白野にはこれを止める術が無い。

最後の一発、これで決めなければ、ハジメは死ぬだろう。

 

「(良く引き付けろ。これの威力が脅威だからこっちに来た、死ぬ気で避けてくるはずだ)」

 

 だから、回避など出来ない程引き付ける必要がある。あと、3歩、2歩

 

 そこで、大きく爪熊は横に飛びのいた。

 

 ハジメは困惑する。早過ぎだろ?と、明らかに隙を晒した敵に対して、ハジメは最後の一発を放つ。

 

 

「ああ、岸波さん、暗殺者だったのか」

 

 弾丸が脳天を貫いたことを確認して、ようやく得心する。今のは白野の気配操作の応用『気当たり』だと。実用的な技術ではなかったため、完全に忘れていた。

 

「・・・お疲れ様、相棒」

「ああ、生きていてくれてよかった。岸波さん」

 

 敵がいなくなった今、ようやく再会を祝い合える。状況は未だ最悪の2文字。しかし、きっと、今の自分達ならどうにかなると、そんな風に思えるのだった。

 

「・・・さん付けは、要らないよ。ハジメ」

「お、おう。そうか、なら岸波」

「白野」

 

 ズイッと顔を近づける白野、こうして比較対象がいると、随分と背が伸びたのだと感じる。

 顔色は悪いのに、綺麗な目は一切変わっていなかった。

 

「・・・・・・分かった、白野」

「・・・ふふ、雰囲気変わったね」

「そんなレベルの話か?コレ」

 

 まるで髪を染めたことをからかうような雰囲気で喋るものだから、なんとなく調子が外れる。身長も10cm近く伸びたのだ。

 余談だが理想的なカップルの身長差は15cmであるといわれて・・・

 

「何考えてるんだ俺は」

「俺!!ほんとに雰囲気変わったね!!」

「あ゛あ゛~~あ゛~~あ゛!!」

 

 気ハズさがカンストしたハジメは唸りをあげて悶絶する。というか、先ほどの思考はなんだ。まるでこれでは白野に惚れているみたいではないか。だとすれば身の程知らずも良い所だ。

 

「さ、帰ろう。恵理がそろそろ泣いちゃうかもしれないし」

「・・・ああ」

 

 岸波白野は、レズなのだから。

 




×レズ
○限りなくレズに近いバイ

頑張ればはくのんもハーレムに入れられます。なお、爪熊戦闘中に助けられるは減点対象です。


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中村恵理





少し、昔の話をする。

 

 中村恵理は昔から自分のことを僕と呼ぶような外れた子供ではなかった。

 一人称は恵理で、明るく、無邪気で、なんとなく一人ぼっちの子を見つけては声を掛けるような少女だった。

 

「はくのちゃん!!ひま?ひまそうだね!!かくれんぼしよ!!」

 

 当時の白野は自分の意思を見せることが無く、公園でブランコに揺られているのを良く見かけた。だから、声を掛けた。

 それから白野と遊んでいるうち、白野が児童養護施設で暮らす子供であると知った。

 一緒に遊ぶ子供達は親が居ないことを馬鹿にして、それを白野は言い返しもしなかった。

 そのリアクションの無さに子供は腹を立て、言動はエスカレートし、苛めになるところで、

 恵理が怒った。

 この瞬間恵理は子供達の間で、なんか空気の読めないカンジの悪いやつになった。

 

「えりとはくのはしんゆうだから、とうぜん!!」

 

 そんなことを歯牙にもかけない恵理は、白野と確かに親友と言っていい仲になった。

 4歳の時のことだった。

 

 5歳の時、恵理の目の前で父が死んだ。

 その日から始まる母の虐待と父の死の事実は恵理から笑顔を奪い取った。

 暗くて、何を考えているのか分からない少女に積極的に関わる人は、岸波白野しか、いなかった。

 

 母からの愛情に餓え、自責の念に押しつぶされそうで、心が限界で余裕の欠片さえない恵理は、会話すら成立させられなかった。

 そんな彼女に毎日毎日「おはよう」とか「シンデレラって本当は結構酷い話なんだよ」とか「なんか、赤い料理がきらいなんだよね。鳥肌がたつの。麻婆は好きなんだけどな」とか「また明日ね」とか、飽きもせずに話しかけた。

 

 気が、どうにかなってしまいそうだった。

 この冷え切った心が白野の温もりを求め始めた。だが、これは、この孤独は恵理に下された罰なのだ。そんな甘えが許されるはずも無い。

 いっそ自分なんかに構うなと言いたかった。けれど、白野は何も悪くないのだ、八つ当たりは恵理のやって良いことではない。

 

 そう考えて、恵理は目の前の温もりを無視し続けた。

 

 9歳の頃、母が男を連れ込んだ。

 一体こんな屑の何が良いのかとすら思ったが、母は男にしな垂れかかり、猫撫で声を上げていた。

 

 男の目を逸らすため、恵理は髪を鋏で切った。乱雑に、魅力など感じないように、一人称もこの頃から僕として、どうにか、如何にか、男から距離を取ろうとした。

 

 その結果、学校において、最低限の会話をしていたクラスメイトも距離を取り始めた。

 それは、白野も例外ではなかった。

 

 「おはよう」「また、明日ね」

 

 この二言だけが、恵理と白野を繋ぐ会話。いや、恵理は返して居ない以上、会話ですらない。ただ一方的に白野から伸ばされた糸だった。

 

 そして、あの日、あの日だ。

 男が恵理に獣欲を向けたときだ。恵理はあろうことか助けてなどと言ってしまったのだ。

 助けを求めたから、ヒーローはやってきてしまった。

 

 家の窓を突き破って飛んできた石片は男の頭に直撃した。

 逆上した男は下手人を捕らえようと飛び出し、車に轢かれて、死んだ。

 岸波白野の、目の前で。

 

 

白野は孤児だ。社会的な立場はどう言い繕っても悪いとなる。

警察は白野の行動を問題無しとした。男の自業自得。それを結論としたが、納得しない人間もいる。

その男に依存する女や、男の親類だ。

 

 児童養護施設は誹謗中傷の嵐を受ける。実際には極々一部の人間が過剰に騒ぎ立てているだけなのだが、そこで過ごす子供達にとっては・・・地獄と変わりなかった。

 そこで何が起きたかは割愛する。ただ、白野の味方は居なかったという事実だけを記す。

 

 それから半年後、白野は男に引き取られ、児童養護施設もその男の采配で場所を移し、嵐はやんだ。

 

 中村恵理は、何もかも失った。

 男に引き取られた白野は転校する。恵理は遂に孤独になった。

 母はより深い憎悪を恵理に向けるが、最早どうでも良かった。

 

 終わりにしよう。ふと思いついたそれは、案外悪くない選択に思えた。自分は全部全部取りこぼしたのだ。親友に、恩人に、最後の温もりに、人殺しの汚名まで着せてしまった。

 まさに疫病神、今すぐに死んで消えることが世の中への貢献というものだろう

 

 さほど流れが速いわけでもない川の鉄橋、その中腹に立ち、ここでいいかと決めた。

 川の流れに乗って、誰にも知られずに死んでしまいたい。そんな願いともいえない願望を抱いて、恵理は鉄橋を乗り越え・・・

 

「何、してるの?」

 

 ―――られなかった。その声は事実親より聞いた鈴のような綺麗な声。

 居るはずが無いと思った。白野は今引越し作業で忙しいはずだ。それでなくても恵理に会いに来るはずがない。誰のせいで人生滅茶苦茶になったと思う。

 恵理が白野の友人になどならなければ、今頃白野は女子たちに人気の、噂の天之河光輝に匹敵するような人気者になったはずだった。

 優しくて、強くて、人を思いやる白野と、恵理とは釣り合いが・・・

 

 

「何してるって聞いてるの!!聞こえないふりなんてさせない!!こんなもの見せられて黙っていられるほど!!私は大人しくない!!」

 

 

 怒られた、叱られた。

 あの女から向けられる憎悪を晴らすための憂さ晴らしではなく、ただ友達の間違いを正すために激怒していた。

 けれど、恵理とて決意の上でここに居るのだ。恩人で親友といえども好き勝手言われては言い返す他ない。

 

「・・・ほっといて・・・ほっといてよ!!僕なんか生きていても何も良いことなんか無い!!僕のせいで父さんが死んだ!!白野は人殺しって呼ばれるようになった!!僕が!!僕が居たせいだ!!」

「五月蝿い!!何のために、誰のためにあんなことしたと思ってるんだ!!」

「頼んでない!!」

「助けてって言ったくせに!!」

 

 突きつけられたのは、中村恵理の最後の罪。そして、本当の願望だった。

 

「・・・・・・・・・た、たすけなんて、たすけられてなんて・・・」

 

 言ってないとも、助けられてないとも、言えなかった。

 確かに言った。叫んだ、そしてその場に駆けつけた白野によって恵理の身は守られた。

 でも、それだけだ。助かってない。助かっては居ないのだ。

 

「・・・寂しいの。一人は、いやだよ」

「・・・知ってる。一人は、辛かった」

「どこにも、どこにも行かないでよ。一緒に居てよ。ねえ、白野さえ居れば、僕はそれで良いんだ。僕なんかの人生、幾らでも奉げる。白野の為に生きる。だから、お願い、側にいて」

 

 

 『助けて』の言葉に込められた意味を、白野はこの時理解した。

 

 

 結局その願いは叶わなかった。

 白野の養父は引っ越すことを絶対とした。白野はその決定に逆らえない。

 だから約束した。小学校、中学校はきっと別々になる。けど、進路を選べるようになれば・・・

 一緒に居ようと。

 

 

「だから、迎えに行くね」

 




―――要するに子供なのさ、この女は
昔の話をすると綴って、9歳で話が現代に戻っている。その間人間性が変わってませんと白状したような物だ。
愛して欲しいと求めながら、愛を忘れてしまったから、愛し方が分からない。
愛でもない、恋でもない。ただ現実と憎悪に打ちのめされた、ただの子供。

それが、中村恵理という女だ。


あん?このあとがきの意味?ある訳無いだろう馬鹿者め。そもタグに書いてあるだろう『プロットなし』と。事もあろうかこの作者、最後の敵を如何するかすら決めていない。
ああ腹立たしい。何故このような素人に語り部として描かれねばならない。
やめだやめだ。そも何故俺がただ働きなどしなければならない。もう金輪際出ないからな!!


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奈落の封印

ハジメと白野は合流し、現階層の探索を開始した。

 白野は暗殺者をメインとして斥候を行い、ハジメがハンターで狙撃する。

 爪熊や二尾狼の肉を食ったことでハジメは技能を更に修得、特に二尾狼の纏雷はハジメの武装を大幅に強化した。

 そう、電磁加速を利用したレールガンの作成だ。

 

 新作「ドンナー」

 改良「シュラーク」

 新生「シュラーゲン」

 

 電磁加速を加えることで火力はリボルバーであるドンナーとシュラークで足りてしまった。であれば取り回しと装填数に難のあるハンターはお役御免となるのだが。

 

「あっても良いんじゃない?アイテムボックスあるんだし」

 

 そう、使わない武器であっても、使える武器であるなら捨てる必要が無い。白野のアイテムボックスに入れておけば、ドンナーやシュラークで不足となった時に使用できる。

 

 そうと決まれば改造である。完成版のドンナーとシュラークがすでに十分以上の火力を有しているなら、欲しいのは超射程だ。

 結果単発式アンチマテリアルライフルが完成してしまった。

 

「弾丸が微妙なんだがな・・・あと耐久も」

「いや、流石にそこは妥協しなよ」

「ああ、無いものねだりしても仕方ない」

 

 白野は魔物の肉を食べても新たな技能を獲得する事は無かった。

 魔物の魔力を体に取り込んだ際、ハジメは回復し続けることで順応したが、白野は自己改造の技能によって耐えられる体へと変質させた。この無毒化までのプロセスの違いによる結果だろう。

 

「もし白野が魔物の技能も手に入れたらチートというより最早バグだしな」

「現状でもかなり反則的だしね」

「自覚あったんだな」

「まあね」

 

 そう言って白野は布団を作り出して潜りこむ。確かにこの環境で布団で眠れるのはかなりありがたい、疲労の度に神水に頼るくらいならしっかり睡眠をとったほうが合理的だ。

 ・・・問題は、

 

「覗かないようにね!!お休み!」

「お、おう」

 

 白野が使う〝狐之嫁入〟の道具は、基本的に眠ると消える。例外は目の前の布団と裁縫箱の糸、そして万年筆のインクだけだ。

 ・・・白野は今、〝狐之嫁入〟で出した服を着ている。何せ腕の無い状態では服を着るのも相当な苦労だ。であれば体に直接纏うことができるソレを使うのはまあ、当然だろう。

 

 しかし、目の前の布団で眠る少女が布団の中でぜん・・・んん、まあそんな状態になるのはどうにも如何わしい雰囲気になる。

 

 ・・・いや、だが、シュレディンガーの猫、という事も考えられる。

 もしかすると布団の中では服が消えない可能性もあるということだ。

 服を着ているか着ていないかは観測するまで分からず、ハジメは観測しないので今白野は量子力学的に服を着ている状態と服を着ていない状態が重なり合った・・・

 

「何を考えてんだ、俺は」

 

 流石にこの奈落の底に居てその思考は遊びすぎだ。

 切り替えて弾薬の作成を開始する。

 ハジメは探索と同時にこの階層をブランチマインニングでもするかのように掘りまくり、鉱石をかき集めた。本来なら嵩張るそれも白野のアイテムボックスにより解決した。

 

 こうして集めた鉱石を交替で睡眠を取る時に錬成していた。白野の錬成はハジメよりも数段劣るが、道具作成のスキルによって同じものを作ることにおいてはそれなりだった。

 とは言え弾丸という超精密品は無理があるので、白野が鉱石を錬成してインゴット化。それを使って南雲が弾薬を作っていた。

 

 こうして武器装備を整えている理由は一つ、階段が下にしか無かったからだ。

 本来なら白野とハジメが落ちてきた穴があるはずだが、それも見つからなかった。

 破壊も出来ないとなれば、下に行くしかない。その階層でここと同じように材料を集める余裕があるかは未知数だ。であれば、多少過剰であっても用意は完璧以上でなくてはならない。

 すでにハジメの用のホルスターやバックパックは完成している。

 白野の右腕にはタウル鉱石製の剣を義手替わりに付けている。(勿論就寝中は外しているが)

 白野のステータスはすでにオール1000。最近使う暗殺者なら敏捷は2000近い数値だ。正直彼女が本気で蹴りを放つだけでシュラークのレールガン無しの威力を出してくる。

 

「これで、目標の1000発目」

 

 もうここを拠点として十数日が経った。武器も、神水のストックも十分。

 素材は1000発分の10倍ある。すぐさま詰むということもないだろう。

 白野が起きて、ハジメ自身も少し寝てから、次の階層に下りよう。

 

「絶対に、生きて帰るんだ」

 

 

 

 

 

 余談だが、白野が次の階層に下りるなら、ハジメもちゃんと布団で寝るべきだと主張した。

 

「・・・え?」

 

 布団を見て、白野を見て、布団を見る。

 

 さっきまで白野が寝ていた布団である。

 もしかしたらさっきまで白野が全・・・で寝ていた布団である。

 

「・・・え?」

「いや、何を躊躇ってるんだ。いつも使ってるでしょう」

 

 いや、今までは布団を一度消して、まっさらな状態でしか使ったことが無いのだ。

 いやしかし、一度消して新しいのを出してくれと言うのも、失礼では? 

 ハジメは・・・ハジメは・・・・・・・使わせてもらうことにした。

 

「(あ、やべえ。あったかい)」

 

 自分とは違う温もりを感じながら、ハジメは墜ちるように眠りについた。

 

 

 

それからハジメと白野は下へと進む。

完全な暗闇のエリアでは聖剣がいい感じの明かりとなったり、可燃物で満たされたエリアでは白野の蹴りが主力となったり、毒霧のエリアでは白野は常に治癒術師で居続ける必要があったり、密林のエリアでは虫の体液がかかる度に服をリセットし、一瞬下着姿になる白野さんが居たり。トレントが落とした林檎のようなスイカ?のために1層平らにしてしまったり・・・

 

そうしてたどり着いたのが

 

「人工物、だね」

「・・・どうすっかな~」

 

 明らかに場違いの、巨大かつ荘厳な装飾を施された扉、その両脇には巨人の彫刻が飾られている。

 この期に及んでゲームなら、といったことを言う気は無いが、この迷宮は明らかに人が造った物だ。そうでなければ魔法陣の刻まれたトラップなど存在しない。

 であればこの建物を作った人間とこの迷宮を作った人間が同一人物である可能性もある。

 そして、ここに迷宮脱出のためのキーアイテムのような物があった場合、戻ってくるのはかなり手間だ。

 

「明らかに罠、っぽいのがな」

「とは言え開けないという選択肢も無いし、迷うだけ無駄じゃない?」

「違いない。よし、」

 

ドパン!!

 

「行くか」

 

 容赦の欠片も無くハジメは両脇の石像を破壊した。お約束といえば・・・と思い付き、損をする訳でもないので予めぶっ放しておいた。実際、予想通り血を噴出しているあたり魔物だったのだろう。

 弾丸をリロードして白野に合図を送る。投影魔法でアーティファクトの脛当てを作成した白野は合図に応え、その扉を蹴り開けた。

 

 完全な暗闇の空間、夜目の技能があるハジメはともかく、白野は見え辛いだろうと緑光石を使った明かりを灯す。

 

「誰か、居るの?」

 

 掠れた女の声がした、あるいはそう言う罠かと正面を見据え、ハジメは油断無くシュラークを構える。

 そこにあるものは光沢のある立方体。その真ん中に埋め込まれるように顔を出す、金髪の少女だった。

 

「女の子だ!」

「おい喜ぶなレズビアン。如何見たって罠だろ」

「あんな可愛い子が罠のわけあるか」

「色ボケてんじゃねえ!!」

 

 明らかにテンションがバグった相棒に拳を落とす。涙目になるが無視だ。もしかすると魅了効果のあるトラップかも知れない。

 コイツは油断ならないと銃口を突きつけて接近する。ギャグのようなことを言っていたが白野も警戒はしているようで雰囲気が尖っている。

 

「ま、待って、私は敵じゃない・・・!!何でもするから・・・助けて・・・」

「今なんでもするって、ナンデモナイデス」

 

警戒・・・しているのか如何なのかわからないが、とりあえず何かあればフォローするつもりで白野の前に立つ。

 

「・・・・・・大層な建物の割りには置いてあるのはコレだけか、脱出に関わりそうなものは無さそうだな。じゃ、そう言うことで、邪魔したな」

「まって、お願い・・・」

「随分とドライだねハジメ、いや、気持ちは分かるけど」

「そらそうだろう。こんなところに封印されてる奴なんて明らか以上に厄ネタだ。間違いなく世界を滅ぼすラスボスとかだぜ」

 

 ラスボスという点はかなり近いニアミスを叩き出すハジメ。奈落に落ち、生まれ変わったハジメは冴えていた。そんな冴え渡る頭脳が導き出す結論は、触らぬ神に祟り無し。触っても居ない神に異世界召喚されたことは置いておく。

 

「違う!ケホッ、私は 待って」

 

 ハジメは未だに訴えかける女を無視して歩き出す。白野も一拍考えるそぶりを見せ、同じ結論を出した。

 

「私は・・・裏切られただけ・・・!!」

 

 バタン。とその扉は無常にも閉じられた。

 

 

聞かなければ良かった。

 

『私は・・・裏切られただけ・・・!!』

 

どんな過去があってこんな場所に封印されているかなど分からない。裏切られたと言うが、大江山の酒呑童子ということも考えられる。殺されておらず封印というのも厄介ごとの臭いがする。

 

「でも、しかし、って顔してるよ」

「白野・・・」

 

 自分ひとりだったなら、あるいは賭けに出ても良かったかも知れない。助けた相手くらいは手を出さない事や、迷宮から脱出するまでの共闘関係なら十分可能性はある。まあ、後者に至ってはかなり可能性は低いだろうが、戦闘力の問題で。

 

「ハジメの判断を、私は尊重する。ここ最近、私が足を引っ張る場面が多い。足手まといになる可能性があるなら放置する選択はある」

「白野なら、どうするんだ」

「腕を治してから助けに来る。かな」

 

 合理的な判断だ。この封印が1年や2年の物であるはずが無い。であれば白野の腕を何らかの方法で治し、万全の状態で助けに来ればいい。ハジメとしても、白野の腕を治すのは絶対だった。

 そしてこれは、今この場を離れることを躊躇う心情に、折り合いをつける完璧な理論武装だった。

 

「・・・」

 

 閉まった扉を見て、思う。

 あの石穴の中にはハジメが戦えるようになるための全てがあった。

 神水は勿論、タウル鉱石や燃焼石もそうだ。ハジメには、石穴から出て『戦う』という選択肢があった。

 あの壁の少女は違う。彼女には選択肢など、何も無い。

 

 ハジメは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、もう一度扉に手を掛けた。白野はそれを、微笑みながら見ている。どうやら確かにハジメの意思を尊重してくれるらしい。

 

 油断無く銃口を突きつけながら少女の前に立つ。目の前の少女はただ目の前の男に視線を合わせていた。自身の進退を決めるのは、彼であると理解して。ここが分水嶺なのだと覚悟して。

 

「裏切られたと言ったな?だがそれは、お前が封印された理由になっていない。その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

「・・・・・・・ケホ、ふぅ。・・・私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 いくつかの単語から、目の前の少女がどこぞの国の王族であると理解出来る。加えて殺せないという単語、強いから殺せないのは分かるが、こんな形で封印されている以上、そうではないのだろう。

 

「ねえ、ハジメ、とりあえず可哀想だし水かなんか飲ませてあげたら」

「・・・警戒心の無さはどうにかならないのか」

「いやあ、全然脅威を感じないものでして」

 

白野はなんだか米が食べたそうな顔をして惚ける。その両腕を見て少女は息を飲む。しかし、そのことに対して口を出すことは無かった。

 こちら側の事情に首を突っ込もうとしない事に評価をやや上げて、加えて白野が脅威を感じ無いというのなら、敵にはならないのだろうと判断して水筒を差し出す。色惚けてるならどうしようもない。

 

「まだ助けると決めたわけじゃない。俺達は相当に危険な橋を渡ってこの迷宮の脱出を目指してる。足手まといは勿論、信用出来ない奴も連れて行く義理は無い」

 

 水を飲んでいるせいで返事が出来ないことを良しとして前提条件を突きつける。水筒一本分が空になったところで本題に移る。

 

「質問に答えろ」

「ん、なんでも聞いて」

「まず、さっきの話からして、お前は王族なのか」

「うん、元国王だったけど、もう随分昔。今も国が残ってるのか分からないくらい」

「・・・そういえば、歴史の本で読んだな。吸血鬼の国が数百年前に滅んだって」

「すう、ひゃく・・・ほろん・・・」

 

 目を見開いて絶望の表情を見せる少女にハジメは何も思わない。元よりこの世界の情勢だとかには興味が無い。この事実に絶望して、何もかもどうでも良くなったというのなら、介錯くらいはしてやろうと思うが。

 

「殺せない、とは如何いうことだ」

「・・・・・・勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

 

 それを聞いて白野は目を細め、ハジメも顎に手を当てて思考する。

 

「・・・それは、どこを中心に」

「え?」

 

 今まで沈黙していた白野の質問に、少女は聞き返す。

 

「つまり、今から君の頭を切り落とした場合、どこを中心に再生する」

 

 容赦の無い質問ではあったが、この姿勢で封印されている少女を助けるならそれが一番手っ取り早い。頭からの再生であれば。

 

「あ、頭」

 

 それはつまり、態々こんな迷宮の深層に、ご大層な神殿まで作って封印されていた少女は、ご親切にも封印を解く方法まで用意されていたということだ。

 

 急激に胡散臭くなる。

 その雰囲気の変化は少女も感じ取った。

 

「ま、待って」

「白野、行こう。罠だ。恐らくこの少女は敵でも罠でも無いだろう。けど、明らかに詰められてない封印なんざ、封印が解かれることを前提とした罠としか思えない」

「まって、お願い!!一人にしないで」

 

 今度こそ振り切るべきだと決心し、ハジメは部屋の外へ向かう。もうここに来る事はないだろう。いつか全てが解決し、白野が助けに行こうと言ったとしても、きっと反対する。態々敵の罠に嵌る必要なんて・・・

 

 

「ハジメ。私は君の決断を尊重する。

 

 

 その握り締めた拳はどこに振り下ろすんだ?」

 

 

 自覚すらしていなかった、血が滲むほど硬く握り締められた拳。

 どうやら自分はこの短い間で随分と少女に絆されたらしい。しかし、物事には優先順位がある。こんなところで渡る必要の無い危険な橋を渡るなんて、馬鹿げている。

 

「私がハジメを始めて見かけたのは中2の時。公園で何故か堂々と土下座をかます君だったよ。」

「ぶふぉっ!!げほ!!げほっげほ!!」

 

 ハジメは思い切り咽た。まさか、まさかあの場面を白崎だけでなく白野にまで見られているとは、まして、その話がこのタイミングで飛んでくるとは思わなかった。

 

「随分と不器用な生き方をする人だなぁと思ったよ。普通に警察呼べばよかったのに」

「ふ、ふつうそんなことすぐに思いつかんやん?」

「困ってる人のために金を差し出して土下座するほうが思いつかないよ」

 

 ハジメは遂に崩れ落ちた。何故だ。何故あんな碌でもないシーンを知り合いの女子ばかりに知られているんだ。最早泣きそうである。

 

「・・・ハジメはさ、理不尽を許せない人間なんだよ。だからあの時、わたしはハジメとツーマンセルを組んだ。・・・未だに握り締めてるその拳は、自分の無力に振り下ろす物じゃない」

 

 もしかして、焚き付けているのだろうか、いや、だとしたらあの土下座の件は要らないだろう。扱き下ろしたいのかどっちなのか。

 

「君のその拳は、理不尽へ叩きつける挑戦状だよ」

 

 ・・・・・・随分と情け無い所を見せてしまったと思う。昔の話もそうだが、今現在もだ。

 こうまで持ち上げられては痛い目を見たハジメとて、格好を付けたくなる。

  南雲ハジメも、男の子なのだから。

 

「そうまで言うなら付き合ってもらうぞ白野!!何が起きても、どんな罠でぶっ潰す!!」

「任せて、相棒」

 

 向き直り、視線を合わせた少女は呆然としていた。その目はまるで余りの渇きに流す涙すら枯れたようで、痛ましい。

 決意を込めて拳を、金髪の少女を縛める謎の鉱物へと叩きつける。

 凄まじい反発を鍛え上げた錬成の錬度と魔力。そして神水の回復を使ってぶつける。

 ここまで格好を付けて出来ませんでしたは許されない。

 

「おお、おおおおおお!!!」

 

 最早扱ったことの無い9節分の魔力をぶつけ、猶も目の前の鉱物は壊れない。

 『上等だ、これが終わったらコレも武器にしてやる』と獰猛に笑う南雲はさらに魔力を込める。全身全霊、まさしく錬成師としての集大成を、ぶつけた。

 

 そして、遂に、少女の周りの立方体が、その形を失い、溶けるように流れ落ちた。

 少女の自由を阻むものは、無くなった。

 

 最早余力など無いハジメは地面に倒れる。最後の意地で開放した少女の手を引き、抱きかかえるように手を回す。

 少女もまた、震える手でハジメの服を掴む。出来れば回復して、恐らく起きるであろう罠への警戒をしたいのだが・・・それも出来なかった。

 

 そして、ただ少女がすすり泣く声だけが聞こえた空間に第三者の気配が現れた。

 その位置は、少女とハジメの真上。

 

「限界突破」

 

 ドッッ!!ゴオオオオォォォン!!

 

 少女に向かって落ちて来た魔物は、真横からの飛び蹴りによって大きく軌道を変え、吹き跳んだ。

 

「ヒーローとヒロインはしばらくお色直しの時間だ。その間は、是非とも私と踊って欲しいな」

 




やっとヒロインが出てきたよ・・・。次回サソリモドキ編


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ハジメ「俺の周りチートばっかかよ」

はい、チート乙


 正直ハジメは今の蹴りで決着がつかなかったことに心底驚いた。

 白野の勇者時のステータスはこうだ

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:45

天職:勇者

筋力:900  〔+勇者900〕 〔+限界突破3600〕

体力:1500 〔+勇者1500〕 〔+限界突破4500〕

耐性:2000 〔+勇者2000〕 〔+限界突破6000〕

敏捷:2400 〔+勇者2400〕 〔+限界突破7200〕

魔力:4000 〔+勇者4000〕

魔耐:2000 〔+勇者2000〕

技能:皇后特権・投影魔法・道具作成〔+狐之嫁入〕・自己改造・先読・気配操作・回復魔法・言語理解・剣術・格闘術・全属性適正・全属性耐性・複合魔法・限界突破

===============================

 

 生来の素質故か、あるいは両腕を失った影響か、筋力ステータスの伸びは他と比べると低い。だが、『他と比べれば』だ。勇者になったことですべてのステータスが倍化、さらに限界突破で3倍化という完全チートが今の白野だ。

加えて白野のブーツだけは魔物の革を使って補強した実物で、踵と爪先に特殊な金属を仕込んでいる。

 

『アザンチウム合金』

 

 世界最高硬度のアザンチウムを使った超合金だ。含有率は3%程だが、たったそれだけで硬度と靭性が跳ね上がる合金である、白野の短剣だったものだ。

 右腕の短剣はやはり手首が無いために重さを乗せられず、白野の武器はその両足だった。

 

 そんな、威力も強度も十二分で、艦砲射撃に迫る威力の蹴りは確かに痛打だったのだろうが、決定打にはなっていないようだった。

 

 寧ろ、登場を邪魔された怒りで昂ぶっているようにも見える。

 

「シュラークじゃ火力不足かなこれは、ハジメ構えて」

 

 そう言って目の前にアイテムボックスを残してサソリモドキへと吶喊する。ハジメの動体視力でようやく影が見えるといったレベルだ。

 恐らく白野に一人で戦いを決める意思は無い。神水を急いで飲みつつアイテムボックスを開ける。

 今の今まで日の目を浴びることは無くとも、万一に備えて常にその性能をアップデートし続けた切り札。対物ライフル『シュラーゲン』だ。

 

「ぶっつけ本番で扱いきれるか?ま、相手は割かし鈍足だ。何とかなるだろ」

 

ハジメは気負いも無く、焦りも無く、超口径のロングバレルライフルを構えた。

その様子を、隣の少女はただ見ていた。

 

 

 

 蹴り技を放つ時、重要なのは重心の制御だ。

 そもそも剣であれ拳であれ、ただ走るだけでも重心の制御は必須項目だ。では、その重心をどうやって制御するか。

 腕の操作だ。

 

 人は姿勢制御に腕を使う。両手で柄を掴めば全体重を乗せた剣撃が放てるし、左腕の脇を締めて右腕を突き出すことで正拳突きとなる。蹴りにおいても同じこと。

 両腕を、特に左腕を肘から失った白野は、勇者を使ったところでハジメを下回る戦闘能力しか持って居ない。

 今の白野を支えているのは戦闘において無類の活躍をする鏡と〝先読〟の技能だった。

 

 目の前のサソリモドキの4つの鋏と2つの尻尾を白野は1万越えの俊敏と〝先読〟の技能を駆使して避け続け、反撃を叩き込む。

 特に尻尾が厄介だ、鋏を注視すれば頭上という死角から攻撃が飛んでくる。これを鏡を使って視界に納めることで避け続けていた。この敵相手では鏡は盾にも鈍器にも使えない。

 鋏が地面に突き刺さった瞬間に接近し、尻尾を蹴りで迎撃し、反動を利用して距離を取り、すぐさま詰める。鋏と尻尾による左右と上の同時攻撃、左を選択して鋏を足場とし、飛び上がって尻尾に蹴撃を与える。

 

 白野はすでに個人での決着を諦めている。最初の飛び蹴りで倒せていない時点で不可能だ。だが、ハジメのシュラーゲンなら、決定打になりうるだろう。威力は白野の飛び蹴りと同等で、加えて貫通性能の高さから打撃でしかない蹴りなどよりよほど殺傷力が高い。

 

 問題は、目の前の敵に装甲の薄い部分が見当たらない点だ。

 頭なら貫通するだろうがそこは白野が射線に並んでしまう。側面は鋏が盾になってしまうため難しい。出来れば初撃で痛打を与えた左側面をハジメに向けたいところだが、先ほどから距離を取るとハジメの方、恐らくは少女の方へと向かおうとするため、間に入る他無かった。

 

 鏡越しに背後を見る。南雲はすでに万全の状態で構えている。

 あれだけ啖呵を切り、囃し立てた身で申し訳ないが、どうやら白野ではこの敵に対して決定打を与えられないらしい。

 だが、

 

「有効打くらいは食らっていってよ。

神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!」

 

 声を張り上げ、魔力を魔法陣へと込める。

 白野が知る最大威力の魔法。

 魔法陣の在り処は、白野の鏡である、真名『八咫鏡』のレプリカだ。

 

 

―――うぬぬ、おい貴様!!ちょっっとばかし美味しいところを取りすぎではないか!!

―――そうは申されましても現在手を失ったご主人様が魔法を切り札とするのは当然の帰結。そして魔法を扱うならわたくしの力が真価を発揮するのは自然の摂理です。

―――まあいいじゃないか。皇帝特権も今まさに大活躍中だぞ?投影魔術とは違ってな。

―――おや・・・拗ねてるんですの(おるのか)

―――違うわ戯け!!

 

 

「神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

 

 詠唱を詠いながら踊るように攻撃を避け、いなし、反撃すら行う。

 明らかに驚異的な魔力を放出する白野に対し、全力で攻撃を行うも、寧ろ隙が増えたとばかりに蹴りを打ち込む。

 

「神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

 尻尾から至近距離で毒液を噴霧し、針を飛ばし、鋏を伸ばして攻撃する。

白野はコートを出して毒液を防ぐ。一瞬で消失し、続く針を脛当ての衝撃破で吹き散らす。鋏の攻撃は・・・

 

「隙だらけだ。化け物」

 

 白野を優先して横腹をハジメに晒したが故に、最高威力の射撃がひび割れた装甲に着弾し、貫通する。伸ばした鋏はブレ、届かなかった。

 そして、魔力ステータス8000の全力が放たれる。

 

「〝神威〟!」

 

 極光が部屋を埋め尽くした。

 

「・・・・・・綺麗」

 

 少女はただその戦いに見惚れていた。

 圧倒的な戦闘能力と技術、何よりもお互いを信じ合った連携に、焦がれる様に憧れた。

 

 

 

「さて、どうやら第二ラウンドらしいよ、ハジメ」

「ああ、任せろ」

 

 極光が止み、土煙がやんだ先にあったのは、鋏を二つ蒸発させたサソリモドキだった。

 〝神威〟が放たれる直前、サソリモドキは何重もの石壁を出現させていた。放たれた後も破壊される側から発生させ、それで足りない分は鋏を盾にすることで防いだのだ。恐らく魔力は空同然だろうが、体力的にはそう消耗した訳ではないらしい。一応横腹をぶち抜いたはずなのに、なんともタフなことだ。

 

 白野はハジメの後ろまで歩き、崩れ落ちた。限界突破に加え〝神威〟まで使えばそうなるだろう。

 

「はあ、疲れた」

「・・・コイツを白野に飲ませてくれ。俺はアイツを片付ける」

 

 少女に白野を預け、シュラークとドンナーを引き抜く。シュラーゲンは火力を上げすぎて一撃でオーバーヒート寸前になってしまった。要改良だ。

 

 

 開幕のドンナーとシュラークによる同時定点射撃は鋏によって防がれた。だが、弾丸は弾かれずに2発目の着弾で貫通した。そんなことはもうどうでも良いとばかりに、巨体に似合わず俊敏な突進で距離を詰め、鋏による攻撃を放ってくる。爪を伸ばさない当たりあれも魔法のひとつなのだろう。

 最早近づいて鋏や尻尾で攻撃するしか出来なくなったサソリモドキに勝算は無い。

 白野から何度も蹴りを受けた尻尾を撃ち壊し、トドメの顔面への銃口を向けたとき、サソリのもう一本の尻尾はあらぬ方向を向いた。

 

 白野と少女の居るほうだ。

 

 ハジメの発砲より数瞬先に、無防備な白野へと針弾が飛んだ。

 

「っ〝聖絶〟」

 

 前に立ちはだかって防いだのは、金の髪の少女だった。

 魔法陣も詠唱も無くただ一言呟いただけで〝聖絶〟を発動させた。

 だが、圧倒的に魔力が無かった。最初の2発を防ぐも、最後の3発目を防げず、自らの体を盾とした。

 

「っ!!ポーションを・・・!!」

 

 神水によってかなり疲労が抜けてきた白野は鉛のような体を無視して動く。不死性については記憶のどこにも無かった。

 

 神水の入ったカプセルを噛み砕き、いざ口移し!!というタイミングでバッと両腕が伸びて白野の首に絡みついた。

 

「うむむうぅぅ!??ゴクリ」

 

 後ろのハジメはすわ裏切りかとシュラークを構えたが、直ぐに降ろした。目の前の少女がそういえば吸血鬼であると思い出したのだ。

 白野も抵抗していないし。問題は無いだろう。

 

 波乱はあったが罠を乗り越え、拾った少女は魔法陣も詠唱も無く魔法を使うチート少女だ。サソリモドキによるステータスアップも期待できるし、収穫は多いといえる

 ・・・なんだか自分の周りはチートばっかりだなと、他人事のように思った。

 

 

 

あの後吸血によって再度ダウンした白野を寝かせて、南雲と少女はサソリモドキと石像の魔物を解体していた。白野の方は「きゅう~」とありきたりな悲鳴を上げて布団を出してから倒れた。余り心配はしていない。

 

ハジメは少女の名前を聞いたが、少女は以前の名前を捨て新しい名前を二人から付けて欲しいと求めた。

 

「・・・なら、白野と俺で1つずつ名前を決める。ファーストネームは、・・・『ユエ』だ」

「ユエ・・・?」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

 少女はパチパチと瞬きをする。表情は変わらないが、なんとなく気に入ってくれたのだと思う。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

 その返答から純粋な好意を感じた故に。

 

「白野にセカンドネームを・・・うん、セカンドネームを決めてもらうとして・・・とりあえずコイツを切り分けるか」

 

 なんとなく嫌な予感がするが、流石にそんなことをするわけが無いと頭を振って思考を正す。

 

「・・・あの」

 

 そこでハジメの袖をつまむユエ。どこと無く顔が赤い。

 

「服か何か、無い?」

「あ、そういえば」

 

 ついうっかりと言わんばかりであった。まるでユエの裸になど魅力がないとでも言うようで、少女・・・ユエは頬を膨らませ、視線を逸らした。白野の方だ。

 

「はっ、まさかそう言う関係!!いや、寧ろそうと考えるのが自然!?」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするハジメ。訳あって、というか白野が両腕を失ったのが理由の全てだが、ハジメは女性の裸に耐性があるのだ。むしろ、そういえば裸って隠すものだよなと思い出した程だ。

 

 尤も、白野はレズなのでそう言う関係には、なれないのだが。

 ユエは無自覚に、ハジメの弱い部分を抉っていた。

 

 

 

因みに白野は予想通りに

 

「・・・キシナミじゃ駄目なの?」

「キシナミ?」

「私、岸波白野」

「・・・私、キシナミ・ユエ?」

「そう」

「お、おねえちゃん?」

 

 白野、完全勝利のBGMと共に渾身のガッツポーズで握りこぶしを高々と上げる。いや、腕がないのだった、幻覚である。

 

「やっぱりこうなったか」

「全力でお姉ちゃんを「言わせねえよ!!!」」

 

一方その頃

 

「白野から浮気の匂いがする」

「え、エリリン?」

「飛び蹴りの練習したほうが良いかな?」

「何を蹴るつもりなの!?」

「一夫多妻去「エリリン!?」」

 




タマモの嫁入り道具、現在効果判明分

・鏡『八咫鏡』
 使用者の周囲1mを浮かぶ例の鏡。本来嫁入り道具の鏡といえば鏡台なのに挿げ替えた。
 鈍器としても優秀で操作速度は魔力量による。
 馬力は無く、鏡を蹴って空中移動、ということは出来ない。精々落下速度を軽減できる程度 
 魔法の媒体として頂点であり、あらゆる魔法陣をその鏡面に描くことが出来る。

・服『霊衣』
 魔力で編まれた服(桜ちゃんかな?)。強度は魔力量によるが、少なくとも防具として使えるレベルではない
 本来戦闘中にポンと出せる物では無い。今回白野がやったことにはタマモも驚いている。
 デザインは自由だが、材質は選択できない。

・裁縫箱『少名(すくな)之針』
 魔力で紡がれた糸と鋏。糸は白野の意識がなくなっても存在できる。
 現状数合わせの道具であり、活躍の予定は無い

・カトラリーセット『真銀』
 フォークやスプーン、ナイフは勿論、箸にレンゲまで揃っている。
 ナイフがある時点でどういう使い方をされるかは、もう分かりきっている。

・櫛『聖(くしび)』
 形状は和櫛。頭髪を清潔にし、髪のダメージを回復する。要するにサラッサラになる。

・布団『愛之巣』
 ざんねんながら、タマモがこれを使うことは無い。ダブルサイズの意味・・・
 白野が意識を失っても消失しない。
 布団の中を適温に保ち、床が石だろうが絨毯だろうが気にせずどこでも使える。
 めっちゃ寝心地がいい。

・筆箱『書聖』
 インクと万年筆。インクは白野が意識を失っても消失しない。
 万年筆は記憶にある魔法陣を勝手に描く自動書記の効果があり、道具作成と八咫鏡をあわせることで凶悪な性能になる。
 ・・・でもぶっちゃけ魔力操作の下位互換

・ヘアケアオイル『狐之心』
 ひじょうにざんねんながら、タマモがこれを使われる日は来ない。
 髪に潤いを与え、ダメージを防ぐ。要するにツヤッツヤになる。

・箱『  』
 明らかにスペックが可笑しい箱。タマモの独力で実現できる能力ではない。
 箱に物を入れて蓋を閉めると異空間に収納できる。収容限界は不明
 罷り間違ってもこれを盾にしてはいけない。


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大目標

白野の疲労が回復し、ある程度動けるようになったところでこの階層のセーフポイントへと移動した。ユエも白野が倒れている間は文句も言わず、またサソリモドキの解体などやる事があった為気にしていない風ではあったが、やはり自分が封印されていた場所というのは気分が悪いらしい。

 特に何かがある部屋ではなかったので早々に移動した。

 

 ちなみにユエを拘束していた鉱物は一欠片だけ回収して残りは放置した。ユエも複雑そうな顔をしており、本心ではいっそ消し去りたい所なのだろう。

 

「お姉ちゃん、あーん」

「あーん、もぐもぐ。うんクソ不味い筈のサソリ肉が100倍美味しくなったよ」

「えへへ」

 

 白野は腕がない以上、食事等は人の手による介護が必要だ。

 それを率先して行っているのがつい先ほど彼女の妹になったキシナミ・ユエだ。

 3人しか居ない空間で女子二人が百合空間を展開している時の気まずさは、半端ではなかった。

 ついでに言えばその役割はずっとハジメのものだったのだ。いや、他意はないが。他意はないが・・・地上では白野と恵理の百合ップルに挟まれ、地下ではスールに挟まれる。この握り締めた拳は、一体どこに振り下ろせばいいのだろうか。

 

 世界の残酷さを感じていたとき、腕が引かれた。

 

「・・・次は私のご飯」

「・・・まて、さっき白野が倒れる程飲んだだろ!?」

「300年ぶりの食事・・・全然足りない」

「おいちょっと待て押し倒すな!白野もいいな~みたいな顔してないで助けろ!!」

「いいな~」

「おい!!」

 

 流石に魔物の肉を食べさせるのは拙いだろう事は分かるが、ペースが乱されっぱなしである。無理に抵抗も出来ず、首筋に僅かな痛みが奔る。

 

「ぷは、ご馳走様。・・・美味しかった」

「・・・・・・そりゃ良かった」

 

 ぺロリと唇を舐める様はロリ体形らしからぬ妖艶さだった。

 

 

 

 

 それから二人はまずユエのことを聞く。強いとか死なない等漠然とした内容は聞いていたが、その詳細を知らない。

 

 ユエの能力は圧倒的な魔力ステータスと、魔力を直接扱う魔力操作。加えて魔力がありさえすれば自動で回復する〝自動再生〟の魔法だ。

 

「(不死身系戦略兵器か、それは殺せない。もしかすると、また使うかも知れないんだから)」

 

 態々口に出すことはないが、白野はそう予想した。未だに核兵器をあらゆる国が保有するように、圧倒的な武器兵器は捨てられない。

 

 当時の年号から逆算して、ユエが封印されたのは300年程前ということになる。国が滅んだ切っ掛けは分からないが、結局封印は解かれなかったようだ。

 

「とすると、ユエは少なくとも300歳以上な訳か?」

「・・・マナー違反」

「12歳で時が止まったんだから永遠の12歳に決まってるだろハジメ」

「姉ポジ確保に必死すぎだろ・・・」

 

 時折ポンコツを発揮する白野に頭を掻くハジメ。相変わらず女の子が好きすぎる。

 今から恵理に合うのが怖いなと思いながら、どうせ修羅場るのは女子3人なので関係ないと切り捨てる。

 

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

 

 反逆者。

 実に不穏な響きを持つ単語にハジメは錬成の手を止めて視線を向けた。

 

 曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか。・・・しかも、神代の魔法使いなら、その研究資料なんてものがあっても、おかしくない」

 

 ハジメの目標はまず迷宮の脱出であるが、更なる長期目標として白野の腕の治療がある。自らの弱さが招いたその罪は、何よりも優先して償うべきだ。

 魔法による治癒魔法や元の世界の再生治療など、使えるものを全て使って治すと決めていたが、そこに神代の魔法の知識があればより心強い。

 

 絵に書いた餅のような可能性だが、情報が何もないよりはずっといい。ハジメは頬を緩めて錬成を再開する。

 

 それを、真横でジー、っと見ているユエ。

 先ほどまで白野が出した布団の上に座っていたが、いつの間にか真横で錬成作業を眺めていた。

 

「……見ていて面白いか?」

 

口には出さずコクコクと頷くユエ。ユエの服は白野が出した純白のワンピースを着ている。ノースリーブのそれはユエの白い腕を惜しげもなく晒し、ちらりと見える裸足がなんとも言えない魅力を出していた。ペタンと女の子座りで屈むせいで胸元が見えそうになっていてつい目をそらす。

 

 白野と目があった。

 皇后特権のリキャスト中の白野はすることがなく、ジトーっとした目でハジメを眺めていた。まて、冤罪だ。見えてもいないし、見る気も無いと視線で語る。

 なら良いけど、義妹に手を出したらただじゃ置かない、と一瞬『気当たり』をして布団に潜り込む。ユエは突如現れた謎のプレッシャーに驚いてハジメにしがみ付いた。白野は不貞寝した。

 

 

 

 しばらく二人は音のない時間が過ぎる。正しくはハジメの錬成による魔力光と加工品を床に置く音だけが部屋を満たしていた。

 

「・・・ハジメ・・・・・・ハジメと白野の話、聞いてもいい?」

 

 『ようやくか』というのがハジメの感想だった。明らかに込み入った事情があるが、幾らなんでも疑問に思う点が白野とハジメには多すぎる。良くここまで聞くのを堪えたという話だろう。

 

 どうやら白野は会話に入る気は無いらしい。ユエは知らないが、白野が寝るとユエの服は消失する。・・・・・・中々カオスな一文が出来てしまったが、事実だ。恐らくはユエとハジメの蟠り、というほどの物は無いが、これから迷宮攻略を行う上で僅かなすれ違いも許されない以上、ハジメとユエの会話の時間を設けたのだろう。そう考えると、妹だのと言ったくだりは心理的距離を詰めるのが目的だったのかも知れない。

 

 そうしてハジメは錬成の手を止めることなく、今までの話をユエに語った。ハジメがクラスメイトと共にこの世界へ召喚されたこと、無能と呼ばれたハジメに白野が期待し、白野の彼女?である恵理と三人でチームを組んでいたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られたこと、奈落への落下に白野を巻き込んだこと、落ちた先で白野の両腕が爪熊によって切り落とされたこと、ハジメも、白野も、生存も元の世界への帰還も、腕の再生すら何ひとつとして諦めていないことを語った。

 

 決意を新たにしつつ、ふと我に返ったハジメは隣を見ると、涙目でありながら若干頬が赤くなるユエに気付く。

 

「・・・二人とも・・・・・・凄く強い」

 

 ユエは両手を切り落とされた話を聞いて、凄く辛いと感じた。両腕を失った白野も、自分を庇ったせいで白野の両腕が切り落とされる瞬間をみたハジメも、どちらも辛い。信頼にヒビが入ってもおかしくない出来事だと感じた。

 だが二人は、確かに信頼し合っている。両腕を失った白野に対し前線を任せるハジメも、ハジメの援護に全幅の信頼を寄せて前に出る白野も、お互いがお互いを信頼していなければ出来ないことだ。

 だから、ユエは同情しないことにした。二人の関係は凄く綺麗だった。そこに、部外者が可哀想だとか思うのは不謹慎で―――

 

 ポンとユエの頭にハジメの手が置かれた。

 

「そう難しく考えるな。実際俺達の間にも目に見えない蟠りみたいなもんはきっとある。それを些事だと割り切ってるんだ。ユエも、きっとまだ俺達との関係に不安があるだろ、そもそもついさっき自己紹介したばっかりだから、当たり前だ。でも、この迷宮にそんな不安や蟠りはあっちゃいけない、割り切らなきゃならない。だから、嘘でもいい、俺達を家族だとでも思え」

「・・・・・・家族?」

「ああ、というか、ユエの名前はなんだ」

「・・・・・・キシナミ・ユエ」

「そうだろ、白野の妹の岸波ユエだ。妹が姉に遠慮することは何にも無いだろ」

「・・・・・・うん。・・・なら私とハジメは?」

「え?」

 

 ズイ、っと接近するユエ。目が潤んでいるのはきっと先ほどの名残だろう。最早ユエに押し倒される寸前だが、筋力ステータスが違う。ハジメはどっしりと構えていた。

 

「白野は恵理っていう彼女がいる。つまり、ハジメはフリー?」

「まて、ユエ、ステイだ。確かに俺と白野はそう言う関係じゃない。だが今はまだそう言うことを言ってる段階じゃ・・・」

「白野の腕を治す。それがハジメの大目標」

「・・・・・・そうだな」

 

 妖艶な吸血鬼の少女は、今までの無表情はなんだったのかというくらいの、花が咲くような、まるで向日葵を連想するほどの満面の笑みを浮かべて、目標を語る。

 

「きっと、私は三人と家族になる。・・・わたしの、ユエの目標・・・駄目?」

 

 月のような少女だと思っていた。物静かで、冷静で、掴みどころのないふわふわとした少女だと。

 今、彼女から向けられた熱量は、そんなハジメの考えを覆した。

 

「・・・駄目も否もあるか、まず脱出して、白野の腕を治す。俺はそれに集中する。それだけだ」

「ん。ハジメはそれで良い。きっとそれが良い」

 

 体をハジメから離したユエは顔をパタパタとして白野が寝ている、フリをしてる布団を見る。聞かれてないよね?見たいな雰囲気を出しているが、多分聞いている。まあ言わないが。

 

「・・・ユエもとりあえず寝ていろ、白野が戦えるようになったら攻略再開だ」

「うん」

 

 

 

こうして、ユエを加えて白野とハジメは迷宮攻略を再会する。

 攻略速度はさらに加速する。白野の暗殺者による索敵はハジメの気配感知の倍の範囲を索敵し、距離があるなら改良したシュラーゲンが、数が居るならユエの魔法が殲滅した。

 耐久性に難のあったシュラーゲンはサソリモドキから得たシュタル鉱石によって大幅に改善し、加えてユエの魔法によって素早く冷却が可能となり、ある程度の連射性すら有していた。

 

 だが、

 

「なんなんだあの数は!!」

「総数200を超えてる!!もう150は倒したのに!!」

「二人ともファイト・・・」

「お前は気楽だな!!」

「もっと可愛らしく!!」

「・・・おねえちゃん頑張れ・・・!ハジメっファイト・・・!」

 

 こんな時にまでペースが変わらない白野はユエを抱えて疾走している。主戦力であるハジメの両腕を塞ぐわけにも行かず、しかしユエの俊敏ステータスでは追いつかれるため白野がユエをおんぶ紐で固定して走っている。もとよりステータスは白野が上、ハジメの全力疾走にも問題なく付いて来ていた。

 

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

 とは言え問題は敵の数だ。ユエの魔法なら10や20は問題にならない。深層の魔物に対しても白野以上の魔力ステータスと連射可能な上級、最上級魔法は凄まじい殲滅力を有していた。だが50体以上の敵はそう簡単に殲滅出来ない。熱や氷に耐性があったり、耐久や魔耐が高い魔物はユエの魔法であっても耐えてくる上、俊敏値が高い魔物はユエの魔法を避けてくる。無論そこを補うのがハジメや白野なのだが、80を超えるとジリ貧といわざるを得ない。

 

 数が100を越えた時点で撤退以外の選択肢は無く、結果こうして大量の魔物と追いかけっこをすることとなった。

 

 尤も、ピンチかといわれるとそうでもない。

 遠距離攻撃をしてくる敵は居らず、追いかけてくる恐竜モドキ、ラプトルやティラノは殆ど直線的に迫ってくる。

 結果、開き直った白野達は彼らを連れまわした状態でマッピングを開始した。

 新たに開花した白野の暗殺者の技能〝土地鑑〟によりどれだけ混戦になったとしても現在地を見失うことは無かった。

 

「OK、全体把握終わり。ここの主はやっぱりあの壁の中央の亀裂だ!!」

 

 明らかに攻勢が激しくなったあの壁付近、壁の中にも一体だけ敵の反応があり、まず間違いなくそれがここの主だろうとは予測できた。とは言えタイミング悪く正面と後ろとを完璧に塞がれ、一先ず離脱となったのだ。

 

「このまま亀裂に向かって、直前で念の為一掃する!合図したらハジメは焼夷手榴弾を右後方、その3秒後にユエは左後方へ緋槍と砲皇!」

「了解」「んっ」

「3、2、1、ハジメ!!」

 

 ハジメは焼夷手榴弾を3つ後方へ置くように投げた。3秒後に焼夷手榴弾は盛大に液化したタール鉱石をぶちまけ、着火する。

 

「ユエ!!」

「〝緋槍〟〝砲皇〟!」

 

 それと同時、灼熱の槍が森を焼き、後から放たれた空気の砲弾がその火勢を強力にする。

 ただの炎で倒れる程ここの魔物は易しくない、だが、その頭に咲いている花は別だ。

 前方の魔物は突如倒れた。正気に返ると、後続の魔物に咲いている花に対して、狂ったように攻撃し始めた。余ほど気に喰わないのだろう。これでもう追跡どころではない。

 

「流石に分かり易過ぎるな。寄生といったところか」

「なかなか可愛い・・・センスだけは認めてあげる・・・」

「気をつけて、壁の中に気配があるけど・・・詳細が分からない、隠密系だ」

 

 壁の隙間に入って直ぐ、錬成によって塞ぐ。辺りはかなり暗いが、ハジメの作った照明で十分な明るさだ。

 

 そして、突如殺気が周囲から放たれた。

 

「来る!!全方位からの遠距離攻撃!!」

「〝錬成〟」

 

 ハジメは即座に腰につけてある金属塊を錬成し、盾とする。衝撃が強くないことを確認し、さらに薄く広く延ばす。ユエと白野の心配など殆どしていないが、念の為確認しようと振り返ったときだ。

 

「・・・にげて・・・ハジメ!!」

 

 いつの間にかユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。即座に手元の盾をユエに向ける。だが、それを回り込むように白野が動く。

 

「くそっ、マジかよ!!」

 

 盾を捨て、間一髪縮地と空歩での回避が間に合った。白野の速度からして暗殺者の効果が切れていたのも一因だ。

 原因は明白、ユエと白野の頭に咲いた花だ。真っ赤なバラと白いマーガレット。何気に似合っているのが腹立たしい。

 

「くそっ、さっきの緑玉か!?」

 

 悪態を付くが状況の覆し方が分からない。ユエの魔法が白野の機動力によって運用されているというのは正直かなりピンチだ。

 

「・・・っ」

 

 幸いなのは、白野が若干抵抗できている点だ。目を閉ざしているため、白野の先読が機能していない上、狐の鏡も出していない。あくまで体の制御を奪われているだけらしい。

 

 だが、ピンチには変わりない、避ける先にユエの魔法が置くように放たれ、接近すれば蹴りが飛んでくる。背中のユエは顔が青い。

 

「ハ、ハジメ・・・ごめんなさい」

「なんだ、もう諦めるのか?」

「で、でも・・・」

「時間は味方だ。任せろ」

 

 ハジメはシュラークとドンナーを仕舞い。指をコキコキと鳴らす。完全に勝負を捨てていた。

 

「俺にお前は倒せないが、お前も俺を倒せない。だったら勝つのは俺なんだよ。植物風情が」

 

 啖呵を切った先は先ほどから気配を隠さなくなった岩陰の後ろ、この階層の主だ。

 姿を隠す必要性を感じなくなったのか、それは出てきた。

 

「エセアルラウネが。伐採してやる。」

 

 女の形をした植物の魔物、便宜上エセアルラウネとするが、余裕の表情に一発ぐらいかましてやるとハジメは縮地と空歩を使って接近する。

 当然白野とユエが妨害し、ハジメは回避する。その様を笑いながら鑑賞するエセアルラウネ。

 壁を蹴り、天井を蹴り、風の刃を風爪で相殺し、迫る蹴りを豪脚で受ける。氷の弾丸をシュラークで撃ちぬき、水の刃を空中機動で躱す。

 回避に集中するハジメにユエの魔法は当たらず、白野の機動力によってエセアルラウネを仕留めることも、花を散らすことも出来なかった。

 

 だが、終わりの無いはずの鬼ごっこは、唐突に終わりを迎えた。

 

「ガブリ」

 

 棒読みの擬音と共に、白野がユエの花を食いちぎった。

 

「え!?え?なんでお姉ちゃんなんで???」

「ハジメ、トドメを!!」

 

 ドパン!!

 

 ありえないはずの出来事に困惑していたエセアルラウネは、避けるという意思すら見せずに死んでいった。

 

 

 

 タネを明かすならば自己改造を使ったのだ。本来異物であるものを自己の範囲に入れる技能であり、花が生えた時点でその花を自己の範囲に入れ、体の支配権を奪い返したのだ。

ハジメはこの技能の仕組みを聞いており、白野が寄生に対して抵抗出来ている点からその可能性に思い至ったのだ。

 だが。

 

「イ゛ッ痛い痛いイタイ!!」

 

 代償として花の摘出に激痛が齎されてしまったのだ。

 

「はあ、ユエ。麻酔魔法頼めるか」

「んっ〝暗寧〟」

 

 結果として全て丸く収まったが、しばらく白野は戦えない。リキャストもあるが「痛かったよう」とユエに泣き付いている。あれは暫く掛かる。

 とりあえず周囲に敵の存在はないし、ここで休息をとっても大丈夫だろうとハジメは判断した。

 

 「しかし、痛い、か・・・・・・・・いや、今の俺じゃ無理だな」

 



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最奥のガーディアン

今更ですがオリ魔法とかも出します。


 長い、長い迷宮攻略も遂に山場を迎えた。

 奈落に落ちた階層から降りること100層。先んじて下の階層を見たとき、明らかに人工物の階層となっていることに気付き、一度引き返した。

 

 ユエのいた階層とは違う。階層丸ひとつが人工物なのだ。明らかに何かあると訴え掛けている。

 ハジメは武装の最終調整を行い、全員に神水の入ったケースを渡す。加えて、口に神水の入ったカプセルを仕込み、保険を掛ける。

 

 白野の皇后特権はリキャストをリセットし、どの天職でも即座に使えるようにする。もうこの戦いに戦闘要員として活躍する見込みは無いと判断し、状況を見て結界師か治癒術師になると伝えている。

 

「用意は良いな」

「勿論」

「んっ」

 

 ハジメ達は、遂に最後の試練を受ける。

 人工物の階層を進み、魔法陣は現れた。

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:66

天職:錬成師

筋力:1782

体力:1881

耐性:1863

敏捷:2205

魔力:1602

魔耐:1602

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

====================================

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:55

天職:

筋力:1350

体力:2250

耐性:3000

敏捷:3600

魔力:6000

魔耐:3000

技能:皇后特権・投影魔法・道具作成〔+狐之嫁入〕・自己改造・先読・気配操作〔+気配遮断〕〔+幻踏〕・回復魔法・言語理解

===============================

 

 

現階層 最終層 

前方、ヒュドラ 討伐記録なし。

当方、ハジメ、白野、ユエ 不足事項なし。

 

 

 体長30m以上、6つの頭を持つ竜が不遜なる侵入者に吠えた。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 ハジメはプレッシャーに飲まれかけるも、一歩前に出た白野の背中を見て冷静さを取り戻す。

 生きて帰す。生きて帰る。

 そのために、目の前の敵が邪魔だ。

 

「デカ物が、まず一撃喰らっていけ!!」

 

 ズパアアアアアン!!

 

 初手を切ったのはパーティ最高火力であるシュラーゲンの一撃。サソリモドキから採れたシュタル鉱石によって性能が増した銃撃は最早レーザー兵器の如く、空気を焼いて赤い軌跡を残す。

 

 胴体を狙った射撃は黄頭が射線に並ぶことで防がれ・・・頭を吹き飛ばした後胴体に穴を空けて向こう側の壁にクレーターを作り出した。

 

「!!!クルルアアン」

 

 敵が圧倒的脅威であると理解したヒュドラは残った5つの頭全てが同時に行動を起こす。

 赤と青の頭はハジメに向けて炎と氷の弾幕を放つ。緑頭は角度を変えて不可視の風の砲弾を放つ。そして白頭は黄頭を回復する。

 

 迫る炎と氷に対し、ハジメはアクションを取らない、目の前に白野がいる。ならそれらは届かない。

 

「聖域をここに、〝聖絶〟」

 

 ハジメ達が気配遮断を十全に扱えるようになってから、白野はメインの天職を結界師に切り替えた。今では深層の魔物の軍勢すら押さえ込める強度が、この聖絶にはある。

 すなわち白野の後ろはハジメにとって絶対安全圏であったのだ。

 黒頭の視線が、最大の脅威へ向く。

 

「なっ、魔法が消された!?」

 

 絶対安全圏で、あったはずだ。

 

「白野!!」

「はい?え?ちょっと!?」

「〝緋槍〟こうほ、ハジメ!?」

 

 聖絶が消され無防備となった白野を庇う。もう、自分のせいで白野が傷つくところを見たくない。これ以上、自分の弱さで誰かが傷つくところなど・・・!!

 ハジメは白野を地面に押し倒し、錬成によって迫る風の砲弾を防ぐ、攻勢に出るべきハジメが守勢に出たことでヒュドラは次の手を打つ。

 

 炎と風が同時に放たれ辺りを焼き、黄頭による地面の隆起で逃げ場を塞がれる。

 そして、黒頭の視線は次のターゲットに向けられる。

 

「いやぁああああ!!!」

 

 劈く悲鳴はユエからだ。迫る火炎に何の対策もできて居ない。

 ハジメはそれを見て錬成の壁をユエまで広げる、より逃げ場が無くなった形だ。

 

「あ~、黒は精神攻撃だったか」

 

 事ここに至って白野はようやく理解する。ハジメもユエも先ほどからうわ言の様に「もう傷つけさせない」や「一人は嫌・・・!!」などと言っている。

 ついでに言えば今、チェックを掛けられている。

 

 青頭が白野達の頭上に巨大な氷塊を生成していた。落下すれば白野の聖絶でも耐えられないだろう。

 

 離脱は出来ない。白野に二人を連れて逃げることは愚か、石壁を越えて一人で離脱することすら出来ない。

 

「聖絶じゃ無理、か」

 

 必要なのは、絶対に砕けない盾。

 

 

 

 

 

 白野はそれを、知っている。

 

―――やれやれ、あの盾は其処まで万能ではないのだがね。まあ、この程度の攻撃を凌ぐだけならば、訳ないが。

 

「〝聖絶〟」

 

 白野の中の何かが起動する。最近見る戦争の夢、月の記憶。その中で見た、最も確かな護り。

 白野の投影魔法は彼の投影魔術とは異なるものだ。ゆえに、異なるプロセスで、その贋作を創り上げる

 

「―――〝投影(トレース)()開始(オン)〟」

 

 こぽりと泡立つ白野の心象。光の射さない暗い海の底の底。拾い上げるべきモノが、眠っていた。

 

「〝熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)〟」

 

 光の壁はそのテクスチャを書き換えられ、その属性を変換され、その性質を代入され、その性能は原典を忠実に再現する。

 その姿は鮮やかな7枚の花弁となる。

 

 そして遂に氷塊は落とされる。

 最早形容する事さえ難しい、衝撃波にも似た大音量が鳴り響く。

 盾に着弾した時点で花弁は4枚散った。

 残り3枚

 

 

 

 

 

ハジメはその爆音を聞いてようやく正気に戻った。

周囲を見れば周りは壁に囲まれ、頭上には自分達を圧殺せんと迫る氷の塊。

そして、見たことは無いが心当たりがありすぎる盾を展開した白野がいた。

 

「ああ、情け無いな、全く」

 

 ガリガリと頭を掻く。まさかこの局面で白野の足を引っ張ることになるとは、自分で自分の首を絞め落としたくなる。

 だが、後だ。まず目の前の敵を殺す必要がある。

 シュラーゲンならば頭上の氷を粉砕することも出来るだろう。だがそれでは意味が無い。

 今この石壁の向こうでは6つの竜頭が追撃を構えているに違いないのだから。

 

 つい、と袖を引かれる感触が合った。ユエだ。

 瞳に涙を浮かべていた。恐らくは黒頭からの精神攻撃を引きずっているのだろう。

 

「ユエ、悪いが後にしよう」

「でも・・・でも、私はこんなに足手まといで・・・見捨てられたら・・・もう・・・わたしは」

「そうだな、怖いだろうよ。見捨てられるのも、一人になるのも」

 

 ハジメはユエを抱き寄せてシュラーゲンを構える。すぐさま次弾を装填できるよう弾丸も出しておく。

 

「でも、後にしよう。俺だって今、自分が情けなくて堪らない。気にして無い風を装ったって、白野が両腕を失ったのは俺のせいだ。俺の罪だ。だというのにこの体たらく、無様だよな」

「ハジメ・・・」

 

 パキンと花弁が一枚散ったのが見える。白野が限界を迎える前に、勝負を決める必要がある。ハジメはさらに深呼吸して狙いを定める。岩の、壁越しにだ。

 

「この戦いが終わったら、これまでと、これからの話をしよう。一人が寂しいんだろ?俺達がこの世界が居なくなった後のことが不安なんだろ?」

「うん」

「俺も同じだ。白野の腕を治せなかったら、白野が俺のせいで死んでしまったら。そんなことばかり考える自分が居た。でも、それはもう、止める」

 

 ハジメは石壁に向けてシュラーゲンを構える。チェックを掛けて満足するような甘い敵に向けて、逆撃の合図を送る。

 

「今の白野を見れば分かるだろ。俺達に、不可能なんて無い。敵は倒す。腕は治す。故郷に帰って、ユエは白野の妹になる。何も難しいことなんて、無いんだ」

 

 ズパアアアアアン!! ズパアアアアアン!! ズパアアアアアン!! ズパアアアアアン!!

 

 シュラーゲンの怒涛の4連射が岩壁をまるでクッキーでも砕くかのように粉砕し、ヒュドラの白、黄、青、緑の頭を吹き飛ばした。

 

 即座に黒頭はハジメに精神攻撃を放つ。

 ユエがハジメを庇い、炎に焼かれる幻覚を見る。だが、もう間違えない。

 

「もう、守られることを躊躇わない。俺の仲間は最強なんだ」

「〝砲皇〟〝破断〟!」

 

 迫る炎はユエの放つ風の砲弾によって散らされ、水の刃によって飛び火1つすらハジメには届かなかった。

 さらにユエは氷の初級魔法をシュラーゲンに向け、過熱したシュラーゲンを冷却。ハジメは即座に残りの2頭を粉砕し、氷の塊を粉砕、破片をユエが魔法で溶かした。

 

「はあ・・・はあ・・・遅いわ。壊すの、遅すぎ・・・!!」

「お、おう、正直すまんかった」

「ごめん、お姉ちゃん」

 

 確かに白野が決死の覚悟で氷塊を受け止めている間に、随分と長話をしたと思う。

 

「そういえば、あの盾、何なんだ?ロー・アイアスにしか見えなかったんだが」

「え、知ってるの?」

「まあ、オタクだからな」

「・・・???」

「知らないのか?フェイトとかエミヤとか」

「知らない」

 

 Fateシリーズを知らない白野からすれば、オタクであることとロー・アイアスを知っていることが繋がらない。ハジメからすれば干将・莫耶やロー・アイアスを知っているのにエミヤを知らないことが理解出来ない。

 

 お互いにお互いが?を出し合ったところで、それは起きた。

 

「お姉ちゃん!!」

 

 ユエの叫びを上げた視線の先、倒れたはずのヒュドラは7つ目の頭、銀頭を生み出してこちらを睥睨していた。

 小さな予備動作の後、光が放たれる。白野の限界突破中の〝神威〟に並ぶ、暴虐の光だ。

 

「〝聖絶〟」

「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟」

 

 ユエと白野が咄嗟に聖絶を張り、白野がもう一枚聖絶を重ねる。だが、ユエは結界系の魔法を不得手である。その上、白野の天職は先ほどの〝熾天覆う七つの円環〟を解いた時点で強制解除され、天職なし状態になっていた。

長くは持たない。

 それを直感的に理解したハジメは即座に石壁を錬成する。白野はアイテムボックスから鉱石の塊を取り出し、ハジメはより強固な壁を作る。

 出来うる限りの防御手段をとって、破滅の極光と対峙する。二枚の結界は数秒の拮抗の後粉砕され、石壁を溶かし、ハジメは破壊される側から石壁を錬成する。

 まるでかつてのサソリモドキだ。そう、作った石壁ではまるで足りないところまで、一緒だ。

 

 極光がやんだ先、ハジメは全身から煙を上げて仁王立ちしていた。魔力が空になった瞬間地面から手を放し、シュラーゲンを盾に白野とユエの前に立ちふさがったのだ。

 そして同じく魔力を完全に使い果たし、体と鏡を盾にしてユエを守った白野も崩れ落ちる。

 

 動けるのは、ユエだけだ。

 

「〝凍獄〟!」

 

 最上級の氷魔法で壁を作り盾にする。先ほどの光線が連発可能な技であれば氷の壁ごと何もかも薙ぎ払われただろうが、幸いにも銀頭は動いていない。勿論、あんな高出力の技が連発できる訳が無いという予想の上での判断だ。

 ユエは自分を守るために覆いかぶさり、今はユエに凭れかかる白野に声を掛ける。

 

「お姉ちゃん!?」

「だ、大丈夫・・・意識は、あるけど、ちょっと動けない・・・ポーションを」

「う、うん」

 

 白野の口にポーションをあて、白野はそこから一口飲んだ。消耗具合からして到底足りる量ではない。

 

「ユエ、ハジメを優先しろ。あと数秒あれば私は動ける、そこから如何にか時間を稼ぐから、隙を見て最上級を」

「だ・・・ダメ!動けるようになったら、どこか・・・あの柱に隠れて!」

 

 泣きそうな顔をしながらも、ユエは白野の指示に否と返す。目の前の人が、死を前提にした行動をすると、直感的に理解したからだ。

 なる程ハジメはこんな気持ちになったのか、とユエは察する。ユエにこの状況を如何にかする方法は思いつかない、その点命を掛ければ2人を生かす方法を思いつく白野はユエより優秀だ。

 

 その優秀さが、とても許せない。

 自らの無能が、絶対に許せない。

 

「・・・時間稼ぎなら、私の方が適してる」

「ユエ!!」

 

 ユエは白野の周りに氷の壁を作る。透明度を意識し、動けるようになれば援護が出来るようにしておく。白野に頼ることは、未だ変えられない。でも、頼って欲しいと思うことは我侭だろうか。

 

「ハジメ!」

「ああ、大丈夫だ。体中が痛いが如何にかな」

 

 ユエがハジメの方に向かったとき、ハジメはすでに立ち上がっていた。負傷はハジメの方が重いはずだが、すでに立ち上がれている点からして、白野の先ほどの結界魔法は余程負担のかかる物なのだと察することが出来る。

 

「っクソ、左目が殆ど見えねえ、神水飲んでコレとは、ちょっとヤバイかもだな」

「ハジメ・・・」

「ん?ああ、心配すんな、この戦いがじゃねえ。治すもんが1つ増えちまったってだけだ」

「・・・ん、治すために、生きるために」

「ああ、アイツが邪魔だ」

 

 そして、遂に氷の壁は砕かれる。

 先ほどとは違い、無数の光弾がユエとハジメに向けられる。

 

「白野が見てんだ、情けねえところは見せられねえ。ユエ、掴まれ」

「ん!」

 

 ユエの手を引いて背中に背負い、ハジメは宙を蹴る。

 迫る光弾をシュラーク&ドンナーで打ち落とし、リロードの隙をユエが魔法で相殺する。

 空歩で避け、縮地で躱し、聖絶で防ぎ、シュラークで反撃する。

 

「(もっと、もっとだ。遅すぎるんだよ、アイツも、俺も!!)」

 

 空歩をより小刻みに発動し、縮地を連続で発動する。すでに戦闘で扱いきれる速度を悠に超えていた。

 シュラークとドンナーに一発だけ残して回避に全力を傾ける。ユエは身体強化の応用で三半規管を強化し、如何にか目を回すことなくしがみ付いている。

 

「(まだだ!!もっと先!!もっと早く!!もっと速く!!)」

 

 既に銀頭はハジメを捕らえきれず、唯管光弾をばら撒く弾幕戦術に移っている。その隙間を縫うように避けながら、躱しながら、さらに加速する。

 

 加速して、加速して、加速して―――

 そして遂に、壁を越えた。

 

〝瞬光〟発動。

 

 

 

『最高威力でぶち抜く。手伝え』

 

 辿りついた先は、銀頭の真上。シュラークとドンナーを真下に向ける。その手に添えられたのは、この迷宮で出会った新たな仲間、岸波ユエだ

 

「〝天靂〟」

 

 決着の瞬間に、しかして彼女が何もしないなどありえない。

 共に戦い続けた相棒、岸波白野が魔法を唱える。

 

「其の剣は砕けることなく、其の誇りは欠けることなく、其の意思は毀れることなく、あらゆる難敵を撃ち滅ぼす ―――〝真打〟」

 

 

 2丁の拳銃に宿る強化魔法により、その耐久性が跳ね上がる。ユエの雷属性魔法が電磁加速の出力を跳ね上げる。

 2人の助力を得てハジメは魔力を放出する。シュタル鉱石に魔力を流し、圧倒的出力に耐える強度を保持し、〝纏雷〟を最大出力で発動する。

 

 2発の弾丸は銀頭の1点を精確に撃ちぬき、貫通する。

 銀頭は遂に倒された。

 

 

 

 オルクス大迷宮 完全攻略

 メンバー 南雲ハジメ、岸波白野、岸波ユエ




書き溜めに完全に追いつきました。暫くお休みを頂きます
ローアイアスを使っちゃいましたが安定して使えるような代物ではありませんし、今後も早々使うことはありません。使うだけで限界突破を使ったレベルの疲労があります。



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Side恵理 可能性は0ではない

一ヶ月!?そんな馬鹿な…
…いやでも10話程書くのに半年以上掛かってたし、うんまあ、仕方ないよね。




「エリリン、ごはん、置いておくからね」

 

 ハイリヒ王国王宮内、本来なら岸波白野と中村恵理に宛がわれた部屋の前で、谷口鈴は鈍痛な表情のまま、扉の前に立っていた。

 

 あの日、岸波白野と南雲ハジメの喪失から今日で5日目、恵理は部屋から出てきていない。

 どれだけ声をかけても返事はなく、扉の前に食事を置いておけば水とパンだけがなくなっており、失意の底ではあるが、最悪の決断だけは踏みとどまっているようだ。

 

 鈴は、その選択があり得るものだと知っている。

 

 

 

 あの事件の後、クラスメイト達は王国に帰還し、休養とメンタルケアを受けている。だが、空気は一様に暗く重い。原因は二つ。

 一つは言うまでもない、白野とハジメの事故死だ。

 ハジメも白野も人一倍努力していたのはクラスメイトや騎士たちが良く知っている。数名は南雲の作った武器をサブ武器として所持していたり、現代知識を駆使して作られた防具を身に着けていたりもする。アーティファクトも数に限りがあるのだ。

 

 正直に言うと、鈴を含めて数名の生徒は南雲に期待していた、銃器の作成を。

 前線に出て剣を振り回して戦うなんて、現実でやるには狂気的だ。戦いは、よりリーチの長い武器で一方的に殴る方が強い。

 そしてそれを近代化した結果、突撃してきた敵を砲撃で耕すことになる。第一次世界大戦で確立した基本戦術くらい、高校生ともなれば知っている。

 それを唯一実現できそうな人物こそ、南雲ハジメだったのだ。

 

 

 だが、この世界の人々はそうではない。未だに剣士が重装備で突撃し、敵陣に突っ込んで蹴散らすなんて云う夢物語を見ている。

 成程そんな夢を見ているから天之河に剣を教える訳か。はっきり言って、〝神威〟と〝天翔閃〟を連発する移動砲台として運用した方が強い。大量の魔力回復ポーションが必要になるが、味方の損害を抑えれば回復に物資を回さずに済む。

 おそらくは、〝神威〟という大火力を王国側が扱ったことがない故の盲点なのだろう。

 

 そしてそれは、白野の評価を著しく下げていた。

 勇者を使うと僅か3分で効果が切れ、半日に渡って弱体化する。剣士で3時間戦っても9時間のリキャストだ。万能というには程遠く、オールラウンダーと言うにはピーキー。そんな評価だ。

 所詮勇者の紛い者と、そのオマケであったのだと、物陰でこそこそとしゃべっている処を聞いた。

 

 

『王国を信用するべきじゃない。でも、信用される必要がある』

 

 

 白野や恵理が常々言っていたことが現実味を帯びる。あんな人間の一体どこを信用するというのか。

 光輝はこの話を聞いた瞬間に激怒し、貴族たちをぶん殴った後国王も貴族たちの処分を言い渡した。

 

 勿論光輝が怒って二人の評価が覆る。なんてことは起きない。

 

 結局、白野とハジメは神の威光を傷つけたアンタッチャブルという評価が、王国上層部の評価だ。

 

「…腹立つなぁ」

 

 谷口鈴にそんな空気を払拭する術は無い。八方美人として上手くクラスに溶け込むことは出来たが、影響力というものを、鈴は発揮してこなかったからだ。

 結局友人である恵理の心を癒すことも出来ず、クラスメイトの沈痛な雰囲気を払拭することも出来ないまま鈴はずるずると日々を過ごしている。

 

 

 慰める側の人間が何という顔しているのかと、パンと顔を叩き、扉の向こうに声をかけて後にする。

 今まで出来なかったことが今できるようになる筈がない。だから、今までやってきたことを貫き通すと決意を新たに、鈴は声を掛けるべきクラスメイトをリストアップしていく。

 

 

 だが、後ろからガチャリという音が聞こえた。

 

「…恵理?」

「…元気ないね?鈴、どうしたの」

 

 目には酷い隈があり、髪は艶がないどころかボッサボサで一見恵理と分らなかったほどだ。

 それでも、メガネに曇りは一つもない。白野から贈られたという丸縁のメガネは鈴もよく知っている。夜の8時から深夜12時半まで惚気られたその思い出(恨み)は早々忘れることなどできないのだ。

 そのメガネは普段使いではなく、白野とのお出かけなどにのみ使うお気に入りであったはず。それを今、掛けていた。

 

「恵理、その、大丈夫なの?それに、そのメガネ…」

「全然大丈夫じゃない。今死んでない僕を褒めてほしいくらい。あ、鈴にじゃないからね」

 

 それなりに長い付き合いだというのに、相変わらず毒がある。とはいえ、最近恵理は心の距離が近くなると毒を零しやすくなるタイプだと理解したため気にしない。

 

「それは、分るけど。その…」

「言いたいことは分るよ。でも、諸々含めてこれからの話がしたい。皆を集めて欲し、かったんだけど…調子悪いなら別の人に頼むけど?」

 

 …いや、誰のせいで落ち込んでいたと思っているのか。

 確かに王宮内への不満とか先行きの不安とかもあったけど‼割合で言えば恵理の心配が5割で香織の心配が4割、あとはその他諸々だ。5割ということは四捨五入すれば10割である。

 

「だ、誰のせいでこんなに落ち込んでると思ってんの⁉毎日毎日パンと水だけで返事も無いし‼そのうち死んじゃうんじゃないかって思ってたんだから‼」

「うわ、鈴が怒った」

「『うわ』って何⁉言うに事欠いて『うわ』って‼」

「はいはいごめんごめん」

「反省の色は⁉」

 

 鈴の頭を適当に撫でてなあなあで済ませる気が伝わってくる雑な対応。

 いろいろと捲し立てたが、本気で怒ってないことも伝わっているのだろう。今も、鈴の感情の大部分は恵理の心配なのだから。

 

「はあ、はあ、まったくもう…これからの話って言った⁉」

「まだ半ギレ…うん。これからの行動方針について、ちゃんと話したい。本当は王宮内でしたくないんだけど、そういうわけにも行かないだろうから仕方ない。…出来れば全員、先生も含めて、ちゃんと話したい」

 

 目に狂気を宿しながら理性的な視点を維持するサイコパス。それが鈴による恵理の客観的評価だ。基本的にその狂気は白野にのみ向けられていたため彼女がクレイジーサイコレズであっても友達であり続けられた。だが、白野がいなくなった今、その狂気が何処に向けらるかが不安だった。

 

「僕は、白野の生存を諦めてないんだ」

 

 狂気の方向は、変わっていない。

 

「僕の天職は„降霊術師“なんだけど…どれだけ呼びかけても、白野が来ないんだ。こんなのおかしいでしょ?」

 

 狂気度は深まっていた。さすがクレイジーサイコレズ。

 

「だから、だからさ。迎えに行かないといけないんだ。きっと白野は今も困ってる。助けてあげないと」

「だから、みんなを連れて、ダンジョンを攻略するの?」

 

 生きているかどうかもわからない白野を探すために、みんなを連れて探しに行く。

 もしその選択をとるなら鈴は反対していた。多くのクラスメイトが戦うことに折れ、挫折している。それを無理やり巻き込むというのなら本気で反対した。

 

「………足手纏いは、必要ない。やる気のある奴だけで行く」

 

 その選択が出来るから、鈴は恵理の友達で居られる。

 恵理だって分かっている。スペック的にクラスメイトは全員役に立つ。何せあのソルジャーとの戦いで正面に出た人は、すでに王国騎士の平均ステータスを遥かに上回っている。

 連れて行く人数が多ければ多いほど攻略は早く進み、白野がもし生きていた場合の救出成功率は上がる。

 

 その可能性を削ってでも、恵理はクラスメイトを慮ることが出来る。

 

 正しい選択がどちらかなんて、分らない。そんなものは結果論だ。

 だから、この選択を良い選択だと思っているのは鈴の好みの問題だ。

 

「鈴も、一緒に行くから」

「……」

「鈴ね、恵理は白野の為ならクラスメイトだろうが友達だろうが何だって投げ捨てるクレイジーサイコレズだと思ってたんだ」

「実に遺憾だけれど、何も間違ってないじゃない」

「今鈴を巻き込んでも良いのかな~とか悩んでたのに?」

「足手纏いは要らないって言ったの、もう忘れたのかなって心配したんだよ」

「鈴結構上位の方なんですけど‼」

 

 狂気とモラルが同居した不器用な友人が、助けを求めているのだ。いや、この場合は『手助け』だろうか。

 『助ける』ということは、自分では如何にも出来ない事を、如何にかすることを云う。

 だから、谷口鈴がこれからするのは自らの十八番。『余計なお節介』だ。

 

「何言ったって付いていくから‼鈴だってはくのんと友達になりたいんだし‼」

「は?」

「そ、そんな目で見ても怖くないから‼」

「っち、やっぱりこっち系か」

「違うし‼鈴は至ってノーマルだから‼」

「八重樫に甘々な雰囲気で押し倒されたら?」

「はっ………い、いや…ちゃんと嫌がるし」

「はあ…要するにバイなんだよ鈴も…あ、ごはん。持ってきてくれたんだ、ありがと。有難く頂くから、とりあえず皆に声かけといてね」

 

 パタンと閉じた扉を呆然と見つめる鈴。彼女の心中はただ一言で埋め尽くされていた。

 『も?』

 

 

 

 

 

 白崎香織が目を覚まさなくなって5日目、八重樫雫は今日も香織の手を取って物思いにふけっていた。

 その手の平には、治癒魔法でも消えない跡が、残っている。

 

 白野とハジメが伸ばした最後の頼みの綱は確かに香織と中村恵理の手に届いた。だが人2人分、加えて戦闘のための重装備を含めた重さを支えられる程の膂力が二人には無かった。否、おそらく天之河や龍太郎でも難しいだろう。だが、そんなことは何の慰めにもならない。

 

 届いた。しかし力が足りなかった。

 

 その事実が香織を追い詰めている。実際直後の錯乱具合は酷かった。

 香織は雫の拘束を振り切ってハジメを追おうとし、恵理に至っては血塗れ拳を地面に叩き付け続けていた。

 

『あ、ああああああ‼南雲君‼待って、や、約束、約束したのにぃ‼離して‼行かなきゃ‼助けないと‼』

『は、はくの…はくの…ごめんなさ、あ、ああああああ、…役立たず‼この役立たずが‼』

 

 約束の履行も謝罪も届かない。ただ自責だけが残ってしまった。

 結局メルド団長が二人を気絶させなければ下手をすれば香織は雫を振り切って飛び降り、恵理は自傷の末手を潰しかねなかっただろう。

 もはや一行の空気は死んだようなものだった。

 

 

 王都に帰還してからも香織は目が覚めず、恵理は部屋に閉じこもって最低限の食事だけを取っている。

 クラスメイト達も悪い想像を振り払うかのように訓練に打ち込む者から、塞ぎ込んで戦いを拒む者、あるいは如何にか暗い雰囲気を払拭しようと動き回る者とバラバラだ。

 

「これから、どうなるのかしらね」

 

『300人から3000人追加した程度で勝ち目が見える戦いなのですか?』

『あなた方は我ら人間族の旗印になって戴きたく思っておりますな』

 

 戦争がもうすぐ起こる国にいて、この纏まりのなさが拙いことは分かる。分かるが如何すればいいのか雫には分からない。白野や光輝が言っていたように、雫たちはこの世界の人たちに頼りになることを伝えなければならない。だというのに訓練初日に罠に掛かって最高戦力を2人失い、クラスメイトの意志もバラバラ。

 こんな人たちのどこを頼れるというのか、それが今の客観的評価だろう。

 かく云う雫も同じだ。今の香織を一人に出来ないと思い、訓練こそ受けているが続く迷宮攻略への参加は見送っている。やるべきことよりやりたいことを優先しているのだ。

 

 でも、どうしても今は他のクラスメイトより香織を優先したい。だって親友なのだから。

 

 その時、手のひらの傷跡を撫でる手がほんの僅かに握り返された。

 

「⁉ 香織!聞こえる⁉香織‼」

 

 

 

 

 

 雫は意識を取り戻した香織を介抱し、5日間の空白の時間について話して聞かせる。

 尤も、香織はずっと手のひらを見つめて上の空であったが…

 

「雫ちゃん、ごめん。私、まだ認められない」

 

 ついに香織の瞳から涙が溢れ始めた。一度決壊した涙腺は滂沱のごとく流れ続け、しかし拭うこともせずにずっと手のひらを見つめ続けている。

 

「あり得ないって分かる。生きてる筈がない、助かる筈がない。なにより、間に合う筈がないって、でも、でもね。どうしても確かめたいの」

「香織…」

「私、戦うから。例え、例え見つかったのが死体だとしても‼遺骨だけでも…グス、絶対‼連れて帰らないと、いけないからぁ‼」

 

 余りにも悲壮な覚悟に、雫は最早涙を流す他ない。止めることなどできない。

 顔を覆って泣きじゃくる香織を、雫は抱きしめた。ダンジョン攻略に次いで、ハジメと白野の捜索。きっと誰も浮かばれない結果になることは間違いない。そもそも見つからない可能性のほうが高い。

 

 正しい行動かどうかは、分らない。けれど絶対に間違いではないはずだ。

 仲間を弔うことの、一体何が間違いだ。

 

 雫もまた決意を新たにする。そうだ、こんな見ず知らずの異世界で、奈落の底に眠る等悲惨すぎる。救いでは無いけれど、こんな終わりは認められない。

 

「香織、私も、戦うから。今度こそ、ちゃんと戦うから」

「う゛ん゛‼」

 

 涙を流しながら少女たちは決意する。

 悲しい結末を迎える、覚悟を

 

 

 コンコン

 

『恵理だけど、白崎さん起きてる?』

 

 そこに、もう一人の絶望を見た者がやってきた。

 




しばらく戦闘シーンとはお別れか…ちゃんと描写出来てるかは置いておいて文字数稼ぎやすいんですよね。あと筆が良く乗る。

話し合いとか、日常シーンとか、書きたい図はあるのに表現が追い付かないんです。



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Side恵理 クラスメイト

鳥肌警報:キレイな檜山


 王宮内に用意された最高格の会議室。100人は入るであろうその豪華絢爛な一室に、一様に重い雰囲気を漂わせた集団が集まっていた。

 

 言うまでもなく、光輝たちを含めたクラスメイト一同全員だ。中には部屋に閉じこもっていた者も居たりクラスメイトから距離を取ろうとした者も居たが、光輝や龍太郎のステータスに引きずられたり、鈴や雫の説得によってこの場に集まった。

 

「それじゃあ、言い出しっぺの私が話し合いの進行役をさせてもらうよ」

 

 切り出したのはこの場を設けた調本人、中村恵理だ。

 

「内容は今後の方針。私が言えた義理じゃないけど、あまりにもバラバラ過ぎる。大雑把にでも方針を決めようか」

「方針も何も、もう決めてあるだろう。強くなって大迷宮を攻略する。これ以外にあるのか」

 

 そう切り出したのは我らが勇者、天之河光輝だ。どうしてそんな見え見えの地雷を踏みに行くのか。これがわからない。

 

「そうだね。その方針だった。けれどその方針についてこれない人たちが居る。その摺り合わせをすると言っているんだ」

「…確かに、岸波と南雲の件は悲しい事故だった。けれど、だからこそ此処で立ち止まるのは違うだろう⁉今すぐにとは言わない。けれど何時までも囚われている訳にはいかないんだ」

 

 なるほど言っていることは、そう間違っていない。事故ではなく事件であるとか、今ここで議題に挙げる事ではない。だが、

 

「………囚われる訳にはいかない、ね」

 

 恵理は大きく深呼吸して冷静さを保つ。激高したところで何も改善しない。もちろん恵理が今理性を総動員して冷静さを保っている事は隣の鈴には丸わかりであり、すごく怖い思いをしていたりする。

 

「天之河君、あのベヒモスの時の件、反省してる?」

「…反省?」

 

 恵理は瞳を閉じて組んだ指先に力を籠める。端から見ればゲンドウポーズだが組んだ指からギリギリと音が聞こえる。鈴から見れば激発3秒前である。物凄く怖い。

 

「それはそうでしょう?あの時天之河君はベヒモスのほうに向かった。騎士の人達を信じて即座にソルジャー殲滅に向かっていれば、そもそも南雲があんな賭けのようなことをする必要はなかったかもしれない。

もちろん、これは八重樫さんや坂上君にも言える事だけど」

「なっ⁉なら、騎士の人たちを見捨てれば良かったって言うのか⁉」

「役に立ってから言えよ」

 

 天之河は立ち上がって激したが、恵理の冷え切った一言で切り捨てられた。唯でさえ重い雰囲気の会議室の空気をさらに重くなる。

 

「お前たちがベヒモスの方で役にも立たずにごねてる間に白野は死にかけたんだよ。隊列の乱れた仲間を指揮しながら、数倍の物量の敵を崩しながら、危機に瀕した味方のフォローをする。これ全部やるのがどれだけ大変かわかるか?え?立て直しが済んでからやってきた勇者さん?」

「だが!あの程度の敵、皆が力を合わせれば大した敵じゃなかった筈だ‼」

 

 その力を合わせる迄が大変だったと言っているのだが?と感情が振り切れて黙ってしまった恵理の後を継ぐように、一人の男が声を発した。

 

「そうだな。皆が、適切に動けていれば問題なかった。それが出来なかったから、俺は死にかけたよ。天之河」

 

 前衛組のパーティーリーダー、永山重吾だ。

 

「視界が埋まる程の武器を持った敵に囲まれて、冷静で居るなんて無理だった。がむしゃらに目の前の敵を倒そうとすると、いつの間にか前に出すぎていた。岸波の奮戦と指揮がなければ、俺は死んでいた」

 

 永山トップパーティーのリーダーであると同時に前衛組のリーダーを任される程に信頼が厚い。訓練期間では騎士4人を倒し、タイムアップ付近まで粘る程の実力がある。そんな彼でも修羅場・鉄火場においては容易に死に至る。

 

 それが、戦場だ。

 

「天之河君。君は最初に言ったよね。『世界も皆も守って見せる』って。そう言って、ここにいる皆が戦場に来た。もちろん反対意見は、先生以外からは出なかった。全責任があるとは言わない。けど、無責任で済む話でもない。だから、反省しろ。判断を間違えて、2つの人命が失われた。その意味をよく考えろ」

 

 そう言い切って、恵理は小さく息を吐いた。目の前の俯く男が実際大したことのない、ただ影響力とスペックの高さで生きてきただけの、ごく普通の高校生であると理解している。

 だがこれからそれでは困るのだ。白野救出にあたって天之河を抜く等あり得ない。スペックはクソ程高いのだ。故に天之河には少しでも精神的成長をしてもらう必要がある。基本何事もそつなくこなすこの男に超えるべき壁を用意するのは容易ではないが、やらなければならない。

 

 そして、他にもまだまだやるべきことは残っている。

 

「現に、もう命を懸けて戦うなんて無理、という人もいると思う。それは仕方ないことだと思う」

 

 天之河への糾弾はメインの目的ではない。他のクラスメイトが今回の目的だ。

 

「でも、王国に役立たずを抱える余裕なんてない。何もしないっていう選択肢は、無い」

 

 王国からの期待はあからさまに扱いに出ていた。

 聖剣と聖鎧という最高のアーティファクトを与えられた天之河光輝と実力を示すまで何も与えられなかった白野とハジメ。

 戦う意志を見せていた二人ですらこうだったのだ。折れた人達がどういった扱いになるか、保証はない。

 

「いいえ、その選択肢は私が作ります」

「先生…」

 

 凛と、この暗く重い空気を払うように力強い声が響く。畑山愛子。唯一の大人だ。

 

「戦いたくない人が、戦わなくても良いように、私が国を説得します」

 

 かつてただ反対意見を叫ぶだけだった愛子ではない。自らの力を自覚し、それを生徒のために使う大人の言葉だった。

 恵理は愛子先生を心から尊敬している。国と交渉できる程の権力を手に入れて、私欲に走らずただ生徒の為だけに力を振るう人がどれだけいる。

 でも、だからこそ頼りすぎる訳にはいかない。彼女が皆を庇う為に使い潰されることは避けなければならない。

 

「…先生の言葉は、とても心強いです。でも、それでも何もしないというのは悪い。心証が悪いんです。戦争が始まったとき、国が私たちをどう動かすか分からなくなる。だからこそ、こう考えています」

 

 先生の負担が大きすぎる、とは言っても意味がない。きっとそんなこと生徒である恵理は気にしなくていいと返されてしまう。故に、話をもとの筋に戻す。恵理が切り出す本題だ。

 

「クラスを分けようと思います。ざっくり言えば、引き続き迷宮攻略を続けるパーティーと騎士達の訓練に参加して地力を上げるパーティーです。そもそも高々一ヶ月の訓練では基礎すら覚束ない促成教育そのもの。今回の件で実戦はまだ早かったという声も上がっています。今までより実戦的でハードな訓練になりますが、悪い話でもないかと」

 

 実の処、促成教育を施した事には理由がある。

 神の使徒は兵士ではなく、先導者だ。彼らに求められているのは実力よりもカリスマ。ジャンヌダルクのように逆境にて輝く不屈の旗振り役だ。

 騎士の訓練に参加してはその性質が弱くなる可能性がある。神の使徒は神秘的で、絶対的で、神聖でなくてはならない。

努力という行為は、その性質を欠いてしまう。

努力という過程を省いて迷宮を攻略することで『彼らと一緒なら大丈夫だ』と、根拠無く信じさせることが出来る。

 

しかし、その狙いはすでに傾いている。

であれば方向転換として、勇者とその一行という性質を使う事にした。

 

恵理は勇者天之河光輝を世界を救う立役者とし、その道を舗装する仲間としてクラスメイトを置いた。

頼りになる仲間と救世主天之河光輝、この構図を恵理は教会に提案した。頼りになる仲間とは騎士や兵士の信頼厚く人望ある者だ。騎士と一緒に過酷な訓練を、努力を重ねる事に何の問題もない。

 

そしてそれは採用され、国の新設部隊と共に訓練を積むことが決定した。

 

恵理はもちろん理解している。

つまるところ、戦争が始まったら最前線へ向かう即応部隊への採用だ。むしろ状況は悪化した。

しかし、これ以外の手が無かった。この国は宗教国家だ。戦わない神の使徒を生贄に新しい神の使徒を召喚するとか、やりそうだ。

 

「新設部隊はまだ考案中だからまだ考えなくていい。迷宮攻略か、訓練か。皆には今ここで選んでほしい。別に後から変えてもいい。だから、今決めてほしい」

「そんな、急に言われても…」

「結局また戦うんだろ?」

「もう嫌だよ…」

 

 重い空気は重いまま、ネガティブな声ばかり上がる。天之河は雫に抑えられて声を上げない。皆の意志を聞くために、今は何も言うべきではないという事だ。

 だが、そんな天之河に向けて声を掛けた者がいた。

 

「天之河はやっぱり迷宮攻略か?」

「?ああ、勿論だ。ここで諦める事は二人への裏切りだ。絶対に攻略す――」

「じゃあ俺は訓練だな」

 

 清水幸利だ。清水はもう話は終わりだと席を立つ。彼の魔法の腕は精鋭と言って良い程で恵理としては攻略に参加してほしかったが、今のセリフから無理だと分かる。

 

「そ、それはどういう…」

「信用出来ね~。って意味だよ。いざって時、頼りになるのは岸波の方だって、今回の件で分かっただろ。その白野が居なくなったんだ。だったら、少しでも安全な訓練の方を選ぶのは当たり前だろ」

「だが、あんな状況で最善の行動なんてわからないだろ‼俺が間違えていたのは、認める。だが、結果論だろ⁉」

「それが全てだろ。中村、もういいだろ。俺は訓練に参加する」

「そう、だね。うん、訓練に参加するという人は、退室してメルド団長に報告してほしい。あと、最後に言わせてもらうけど、結果の責任はこの場にいる全員にあることを忘れないで」

「…そうだったな」

 

 恵理の返答を聞いて清水はさっさと部屋を出る。パタンという扉が閉まる音に続いて、席を立って部屋を出る人たちがゾロゾロと続く。

 

「いいの?エリリン?」

「白野が生きてるって根拠が、紙より薄い事は自覚してる。だから、残った迷宮攻略組にだけ言う」

「そっか、分った」

 

 そうして残ったのは15人。チンピラグループはこっちの方が威張れそうだという理由で残っている。

 

「それじゃあ、この15人が暫定の迷宮攻略組ということになる。その上で私の目的を伝えたい」

 

 可能性は1%にも満たない妄想のような可能性。でも、それでも恵理は賭ける。同じく白崎も賛成した。助けられる可能性があるならば、助けられるよう最善を尽くしたい。

 

「降霊術を何度使っても白野が呼び出せなかった。白野が死んで私の所に来ないなんてありえない。だから、もしかすると、白野は生きているかもしれない。

 例えば落下先は地底湖で、幸いにも水と魚なんかの食糧が確保できる状況なのかもしれない。それは南雲にも言える。

 だから、お願いします。あのベヒモスと戦った60層より下層に出来るだけ早く到達したい。無茶なことを言ってるって自覚してる。荒唐無稽な話だって分かってる。でも、それでも、私は白野の生存を諦めたくない。だから、お願いします。力を貸して下さい」

 

 そう言って、恵理は立ち上がって頭を下げた。お願い自体は恵理の誠心誠意の本心だ。

 だが、何事も感情論で動かすよりも筋を通した方が結果は良くなる。

 

「勿論だ。俺も、二人が生きている可能性が僅かにでもあるなら、協力する。いや、させてくれ」

「だな、南雲の奴には俺も助けられた‼今度は俺の番だぜ」

「助けたうえで、謝らないとね」

 

 勇者パーティーは雫と香織を通して予め話を付けてある。まずこのエースパーティーを説得できなければ話にならない。故に、根回しはする。

 

「俺達のパーティーも賛成だ。この重苦しい雰囲気を一変するには、そのくらい劇的な明るい話題が欲しい。その上で南雲と岸波を助けられるのなら完璧だ」

 

 永山パーティーには二人の女子、辻綾子と吉野真央に鈴から話を持ち掛けている。

 白野やハジメと接点が薄く、今回の件に積極的に賛成する理由がない。そもそも攻略組に参加するかどうかも危ぶまれていた。

 だが二人はすでに迷宮攻略に参加することを決めており、白野・ハジメ救出作戦についても概ね賛成だった。

 二人の賛成意見を受けて、すでに永山パーティーは救出作戦賛成派になっていた。

 

 そして最後のチンピラグループ…に視線が向いた時、一人の男が立ち上がる。

 坂上や永山が眉を顰め、白崎の冷たい視線が向けられるその男は、ベヒモス事件の元凶、檜山大介だ。

 

「頼みがある、俺も、どうか参加させてほしい。それしか、償い方が無いんだ」

 

 立ち上がった男は即座に土下座を実行した。パーティーメンバーの中野・斎藤・近藤は狼狽える。もともと目の上のたん瘤だった二人が居なくなったところで気にしては居なかったのだ。今回の件も賛成ではなかった。

 

「足手纏いは要らない。訓練中に人の話を聞かない奴なんか要らない」

「ああ、当たり前だと思う。でも、そこをどうか許して欲しい。指示に従う。このまま人を死なせて終わりなんて耐えられないんだ」

 

 長い沈黙が降りる。息の詰まる時間だったが、状況はキチンと動いている。

 檜山の話を理解したチンピラグループは仕方ないと頷きあって立ち上がり、頭を下げた。

 

「俺らからも頼む。こいつの行動を止められなかった俺らにも、責任はあるからよ」

「お前ら…」

 

 まるで芝居のような展開ではあるが、だからこそ現実では得難いシーンだ。友人の為に頭を下げるというのは、中々出来ない。

 

「俺はいいんじゃないかと思う。トラップに掛かってからの動きはかなり良かった。見るべきところはある」

「俺も賛成だ。元々あのトラップは壁の中に埋まっていた物を俺が掘り出してしまった。そんなところにある物がトラップだと予想するのは難しいだろう。今回の件は十分に反省して、活かして欲しい」

 

 永山、天之河の賛成を受けて場は受け入れる方に傾いた。元々恵理はパーティーメンバーを失った個人だ。パーティーリーダー二人が参加を認めた時点で可決となる。というか、チンピラグループを入れないと人数が少なすぎる。

 

「パーティーリーダー二人が決めたなら、私も受け入れる。でも、軽率な行動はしないで」

「ああ、勿論だ」

 

 最後に恵理が受け入れを明言して会議は終了する。

 岸波白野、南雲ハジメの救出作戦は採用された。

 

 

クラスメイトも友人も、投げ打つことは出来なかった。

 

けれど、クラスメイトの背中を後ろから撃つような屑ならば、

 

「使い捨てにしても、良いよね」

 




心から反省し、名誉挽回を誓う檜山大介君を応援して上げてください!!


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反逆者の住処

マジで難産だった。


 ああ、夢かと自覚する。

 重力も、色も、匂いも感じないのに、声だけを確かに感じる夢だ。

 

―――どうやら、表側の記憶は思い出したようだね。

 

 そうだ。岸波白野は確かに月の記憶を思い出した…

 表側?まるで裏があるような言い方だ。

 

 

 まて、どうして3人分の記憶がある。

 まるで聖杯戦争を3回繰り返したようなこの記憶は…

 

―――それは正確ではない。マスター、君には3つの可能性があったのさ。…もう、今更語るまでも無いだろう?

 

 ああ、そうだ。今更語って聞かされる迄もない。岸波白野のサーヴァントとなりえる人は3人しかいない。

 セイバー、アーチャー、キャスターだ。

 

―――そう、そのはずだった。だが、君はもう一つの聖杯戦争を忘れている。厳重に封を施されている。

 

…それが、裏側?

 

―――その通りだ、マスター。だが、別段今後この裏側の記憶が重要になる場面は無いだろう。

―――私は、君がこうなった原因は裏側にある。という説明に来たのだよ。

 

 原因、…何かトラブルでも起きたのか?

 

―――……いや、マスターは完璧に、鮮やかに、世界を救ってハッピーエンドを齎したさ。

 

 せ、世界を救うだなんて、わたしにそんな力があるとはとても

 

―――だというのに‼

 

 ひいぃ!?

 

―――最後の最後でしくじったんだ‼

 

 あ、あのー、わたしその当時の記憶が無くてですね。わたしに怒られても実感が…

 

―――いつもの事だろう‼今更そんなことに気を使う程優しくないぞ‼

 

 ひ、酷い‼いったい何をそんなに怒ってるんだ。キャ、キャスター‼セイバー‼助け、

 

―――言っておくと二人はもっと怒っている。

 

 おわった。わたしはいったい何をしたんだ。3人にこれほど怒られるような事、まるで心当たりが…

 

―――ふん。まあいい。君も彼女も反省という文字が欠落した人間だ。言っても仕方ない

―――そろそろ起きたまえ、君の仲間が待っている。

―――というか、今後ろに抑えている二人が大騒ぎを起こしている。早く起きたまえ、魂が砕けるぞ!!

 

 い、いつの間にそんな爆弾が⁉仕方ない、もうちょっと話を聞きたいところだけど…

 

 行ってきます!!

 

―――…ああ、行ってこい。マスター。

 

 

白野が目を覚ました時、見覚えのない天井とベッドの感触があった。

鏡を出して周囲を映すが、どう見ても戦った場所ではない。おそらくヒュドラの後ろにあった扉の向こう側だろう。

 

「おーい、だれか~」

 

 こんなところに放置されているというのなら、ある程度の安全確認は終えているのだろう。白野は緊張感のない声を上げた。

 

「白野‼…起きた‼」

「おっわ」

 

 返事はベッドの中から来た。ユエが布団の中に潜り混んでいたのだ。

 

「怪我は無い?体調は?あ、水飲む?」

「大丈夫、大丈夫だから。ユエ急に饒舌になったね」

「……ん。そんなことない。大丈夫ならいいの…。安心した」

 

 もしや口数の少ない寡黙な性格はキャラ付けなのか?と疑問に思うが、まあ気にするほどの事ではない。ポフリと白野の胸に頭を預けたユエを受け入れ、右腕で抱き返す。

 

コンコンと、ノックの後に扉の向こう側から声が掛かる。ハジメの声だ。

 

「起きたか白野?」

「うん。面倒を掛けたね。ちょっと待ってくれ」

「ああ、急がなくていいぞ」

 

 さっきまで気を失っていた為、嫁入道具で出した服は消失している。白野もユエも申し訳程度のシャツを着ているが、ほぼ何も着ていない状態だ。

 ベットから起き上がって衣服を整え、ユエに髪を梳いてもらって支度を整える。

 

 寝室?の隣の部屋はリビングのようになっており、ハジメは椅子に腰かけて本を読んでいた。

 

「おはよう白野。後遺症とかは無いか」

「いや…ハジメ、それは君だろう?………中二病が悪化しているぞ」

 

 ハジメはガンとテーブルに頭突きを入れる。

 そう、ハジメはあの光線の後遺症で右目の視力を大幅に落としている。加えて、これがハジメのメンタルを盛大に削っているのだが…

 右目が赤色になっていた。

 オッドアイである。

 …痛たたたたた。

 

「…一緒に死線をくぐったってのに、相変わらずの扱いでむしろ安心するわ」

「相棒なんて多少雑に扱うくらいで丁度いいでしょ」

 

 そう言って白野とハジメは笑いあう。

 困難を乗り越えたという実感が在るからこそ、二人は久しぶりに、心から湧き出る喜びに、笑った。

 

 

 

 

 戦いの後の顛末について、特筆すべき点はほぼない。

 白野とハジメは戦いの後に昏倒し、ユエだけが残った。そして迷宮の奥への扉が開き、中を確かめたところ、危険を感じない住処のようになっていることを確認し、身体強化を駆使して白野とハジメを運び込んだのだ。

 暫くしてハジメが起き、建物内部を簡単に捜索し、特に危険が無いことを確認したうえで休息と装備類の補充を行っていたそうだ。

 

「さすがに単独行動は問題だし、意識のない白野を置いていくのは論外だからな。まあ、やっとここまで来たんだ、詰めを誤るのは馬鹿のすることだろ」

「詰め、か。そうだな。いよいよ帰還が現実的になってきた。慎重に行こう」

「ん、もうすぐ普通のご飯が食べられるね」

「「やめてくれユエ、冷静さが欠ける」」

 

 シュラーク・ドンナーを油断なく構えたハジメとユエが先陣を切って扉を開ける。差し込んでくるのは迷宮内では滅多に見ない眩い光だった。

 薄暗い迷宮内で暗闇になれたところを光で眩ませる罠かと白野は身構える。

 

「大丈夫だ白野、扉のすぐそこまでは安全確認を終えている。見ろ、人工太陽らしい」

「じ、人工太陽?」

 

 目がようやく光に慣れてきたころで、ようやく周囲を見渡すことが出来た。

 

 燦燦と降り注ぐ陽の光と青草の香り、耳に届くのは水面を打つ滝の音。まるで絵にかいたような畔の風景だった。

 

「あ。」

 

 ここが人工的に作られた場所だと理解しつつも、白野は涙を流さずには居られなかった。

 何日、あるいは何ヶ月か、穴倉を掘って気の休まらない日々を過ごした白野は、今折れた。

 

「…まあ、敵の気配も一切ない。白野、暗殺者で索敵してくれ」

「…ぅん」

 

 へたり込んだ白野を戦力ではなく護衛対象に変更し、ハジメはドンナーをしまって肩を貸す。

 緊張の糸が切れたのならば仕方がない、白野とハジメでは掛かるプレッシャーが違うのだから。

 

「…敵は、居ないけど。動体反応がある。何だろう、ロボット?」

「ん…多分、この場所を管理してるゴーレムだと思う」

 

 白野が示したのは先ほどとは違う、壁に埋め込む形で作られた建物だった。意を決して扉を開け放てば、ルンバ擬きが床を掃除していた。

 

「本格的に敵は居ないとみて良さそうだな、白野、立てるか」

「うん。ごめん、ありがとう」

「ああ、白野のしおらしい(・・・・・)一面が見れて役得だったさ。中村に自慢してやらねえとな」

「ぐぬぬ」

 

 さらに部屋を巡ればリビング、台所にトイレ(驚くべきことに水洗)と風呂を発見した。

 

「本格的だな」

「シャワーもあるね」

 

 ダンジョン内ではストレスが限界を迎えた白野がハジメに風呂を作らせ、ユエが水を沸かせる等していた為、そこまで久しぶりというわけではない。が、石鹸等も揃っているため、有難いことは変わりなかった。

 

 そして、最後の一室。三階にある唯一の部屋。

 扉を開け放って目に入るのは巨大な魔法陣と、玉座とも言える豪華な椅子に座る白骨遺体だった。

 

「…ダメ、これも解読不能だ。というか、今までで一番理解できない」

「ここまで来て罠、ということはないと思いたいが…さて、」

 

 白野の有する技能〝道具作成〟は一目見て魔法陣を理解する解析技能でもある。だが、今までにも幾つか解読できなかった魔法陣がある。トラップとして発動した転移の魔法陣やユエを封印していた建物の魔法陣だ。

 

 だが、これはそれらの比ではない。例えるならば、転移の魔法陣は知らない単語を使った魔法陣、これは知らない言語で書かれた魔法陣だ。

 

「ん、ならわたしが前に行く」

「…分かった。何かあればすぐに動く。頼んだ」

「ん!」

 

 罠の可能性は否定できない、故に、自動再生を持つユエが前に出た。

 瞬間、部屋が閃光に包まれる。

 

 

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 

 

 

 オスカー・オルクスの幻影が語るのは、遥か昔の戦争の真実。神が齎す災厄の物語だった。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 長い話は終わり、幻影は消失した。

 それを確認し、ハジメは閃光と同時に立ち眩んだユエを起こす。

 

「ユエ、大丈夫か?」

「ん、ちょっと頭痛がしただけ。もう大丈夫」

 

 立ち上がったユエは確かに問題なさそうだった。だが、なんだか上の空というか、信じられない物を見た、という雰囲気がある。

 

「いや、無理もないか、信じていた神が邪神だったって言うんだから」

「ハジメ、お姉ちゃん。なんか、神代魔法が使えるようになった」

「「は?」」

 

『神代魔法』

遥か古代に使われていた魔法であり、失伝したと云われる超級を超える魔術。それが神代魔法だ。転移の魔法などもこれにあたる。

 

「生成魔法っていう。アーティファクトを作るための魔法」

「「…」」

 

 

 

 斯くして、白野、ハジメは神代魔法〝生成魔法〟を獲得した。

 はっきり言って驚異的な戦力強化が可能になった。

 

 何せ獲得している二人が

 魔物の技能を習得した南雲ハジメ

 天職を一時的に切り替えることが出来る岸波白野

 である。チート乙。

 

 因みに都合2回オスカーの幻影は現れたが、悉く無視された。

 一応、丁寧に埋葬されたので、文句は無いだろう。

 

 

 

 

 

 その後、書斎や工房を漁った際にアーティファクト作成の設計書や素材。試作品に完成品にと所狭しと並べられていた。特に設計書はハジメにとって千金に勝る宝であった。

 

 魔道義手の設計書と試作品 

 ピースは揃った。南雲ハジメはそう確信した。

 

「義手を作ろう」

 

 まだ本物には手が届かない。だから、それまでの、繋ぎの両手を作ろう。

 




説明文大っ嫌い。
読むのは苦じゃないけど、書きたくない。

前半部分で白野がどの√を辿ってきたか察する人も居るでしょうか。
そうです。調子乗ったこの人と反省しないあの人と選択肢をミスったあなたのせいです。

PS/Vitaでダウンロード版配信中‼


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繋ぎの義手

準備回
次回位でバグウサギ登場かな?
そう、はくのん参戦によって短縮された迷宮攻略の時間はこの回で調整。シアは原作通りにハジメたちと邂逅するのです。

…いや、次回恵理編にするべきか?悩む…


 白野の義手作成は難航した。

 

 ハジメが義手作成を思いついた切っ掛けは白野の〝自己改造〟のスキルである。

 エセアルラウネとの戦闘で白野は寄生花を〝自己改造〟で取り込むことで対抗したが、その際に花の除去で痛いと言っていた。ユエには痛みがなく、白野には痛みがある。つまり、〝自己改造〟で取り込んだ部分には疑似神経が通るということだ。

 

 とはいえあくまで神経が通るのみ、義手として運用するなら関節は勿論人工筋の作成も必須だった。

 そこで今回入手した神代魔法と魔道義手の理論書だ。正確には完全自立型人型ゴーレムを作りたかったようだが、時間が足りなかったようだ。そのパーツである腕を白野の繋ぎの手として採用できないかと考えた。

 

「い、痛い‼爪を剥がして握手したかのように痛い‼」

 

 結果、失敗である。

 どうやら〝自己改造〟で取り込んだ部位は表面に疑似神経が通るらしい。

 つまり、神経系を再現しつつ過剰な痛みが起きないよう保護し、その上で駆動部へと接続する必要があった。

 

 痛覚、つまり信号強度を調節し、受信が遅くてもダメ、送信が遅くてもダメ、やりたい動作と実際の動作が違ってもダメ。

 工房にあった材料を使い尽くし、新素材を研究し、技能の仕組みを解明し、魔法の可能性を追求して…

 新しい義肢装具学の扉をこじ開けた。

 

 

製作期間は3か月に及んだ。

 

 

 

 

 シュ、シュという乾いた風を切る音が鳴る。

 タタン、タタタンという、軽い打撃音が響く。

 銀の軌跡を残して白野の左拳は木にぶら下げられたサンドバックを強く打ちのめし、吹き飛ばす。

 吹き飛んだサンドバックはその衝撃を回転運動に変換し、括られた枝を中心に一回転。白野の後方に迫るも…

 

 パアアアン‼という風船が割れたような音と共に停止する。右の掌底によって止められた。

 

「軋むような痛みもない。動作遅れ、差異、共に無い。…完璧だよハジメ」

 

 白銀に彩られた銀腕。戦闘にも耐えうる耐久性も確認済み、ようやく白野は両腕を取り戻した。

 

「ようやく、ようやくか…」

 

 どかりと腰を落としたハジメは肩を回して凝りを解す。はっきり言って精密錬成の派生技能を獲得していてもなお頭がおかしくなりそうなほどの精密パーツで構成されている。しかも大部分がアザンチウム製というスーパーハイコスト品だ。

 

「お疲れハジメ」

「ああ、ユエもありがとうな」

 

 スッとハジメに水を差しだすユエ。彼女の顔にはメガネが掛かっていた。ハジメが作ったアーティファクトの一つであり、効果は〝鉱物系探査〟である。義手作成において工房にある素材では足りなかったので、ユエに取って来てもらったのだ。

 

 なお、何故かデザインの違う予備が十数個存在する。

 メガネは良い。製造は難しくなく、ほんの僅かにデザインを変えるだけで雰囲気がガラリと変わる。

 スタンダードな黒が一番種類が多く、最初に作ったメタルフレームのウェリントン型は白野と白熱の議論の末作成された力作だ。その後も合成樹脂でセルフレームを作り、赤や白、青、茶色。ボストン、オーバル、ラウンド型とどんどん数が増えて…

 

 閑話休題

 

「〝投影〟」

 

 一休みしているハジメ達を脇に置いて白野は義手の性能を確かめる。あるいはリハビリか。干将莫邪を2対投影して投げる。弧を描いて戻る剣を受け止め、弾き返し、剣舞を踊る。

 やはりアザンチウムを使った義手であるため重い。だが怪物級の筋力ステータスがあるため、特に問題なく扱える。右と左の重心の違い、関節の違和感、今までの慣れ、そういったものを少しずつ調整していく。

剣をもう一対取り出して更に加速させる。投擲した剣が干渉しあい、複雑な軌道を描き出す。

腕を使って刃を流し、鏡を使って跳ね返し、剣を叩きつけて切り返す。

 

「すごい」

 

 ユエはため息と共に感嘆を漏らす。ユエは白野の技量を正しく知らない。基本は俊敏に任せた回避とカウンターであり、そもそも白野が前にでて戦うことの方が珍しかったからだ。

 

「なあ、ユエ。ちょっと悪戯してみようぜ」

「え?」

「今の白野に氷弾撃ってみてくれよ」

「……ん!」

 

 邪魔したら怒られるんじゃないかという葛藤もあったが、白野の実力を知りたいという欲求に勝てずにユエは白野に対して氷弾を唱える。

 

「〝氷弾〟」

 

 完全な死角から、最高速度で放った氷弾は陽剣によって殴り飛ばされ粉砕された。ついでに白野は不敵な笑みで義手をちょいちょいと挑発する。

 ユエは期待に応えんとさらに形状を整えて速度を上げ、透明度を強化して氷弾を放つ。当然一発ではなく弾幕を張るように大量にだ。

 

「〝投影〟」

 

 白野はさらにもう一対の干将莫邪を投影する。手に持ったまま氷弾を砕き、迫る投剣を斬り返し、複雑怪奇な軌道を描く干将莫邪はしかし、確かに氷弾の嵐を砕いていた。

 ガトリング並みの氷弾の嵐に晒されてなお白野は随分と余裕であり、なんならコサックダンスを踊っている程だった。キレッキレである。

 

「む、むぅ…‼」

 

 さらにムキになったユエは弾幕に中級魔法を加え、さらに風魔法を複合することで速度を飛躍的に上昇させる。弾幕の密度をそのままに、破滅的な火力が白野に迫る。

 

 白野は4対の内2対の投影を解除する。さらにアイテムボックスから白い長剣型アーティファクトを取り出す。

 

 白野謹製、聖剣投影用アーティファクト〝シュネー〟だ。

 

「〝投影〟」

 

 白野のステータスが更に上がり、輝く軌跡が閃いた。氷の弾丸は一切の例外なく氷塵となって輝き、白野を称える役目を果たすのだった。

 

===============================

岸波白野 17歳 女 レベル:???

天職:剣士

筋力:9450〔+剣士9450〕

体力:15750

耐性:21000

敏捷:25200〔+剣士25200〕

魔力:42000

魔耐:21000

技能:皇后特権・投影魔法〔+偽装〕・道具作成〔+狐之嫁入〕・自己改造・先読・気配操作〔+気配遮断〕〔+幻踏〕〔+滅心〕・回復魔法[+回復効果上昇]・結界魔法[+発動速度上昇]・剣術〔+剣理観察〕・生成魔法・言語理解

===============================

 

筆舌に尽くしがたい可笑しな数値がずらりと並んでいる。この上、アーティファクトである白野の腕は〝剛腕〟の効果がついており、その上で聖剣を振り回してくるのだ。恐怖である。

 

現に今もユエが放つ氷の魔法を目にもとまらぬ速度で切り裂いている。因みにハジメ視点で殆ど見えていない。瞬光を使えば別だろうが、尋常の速度ではなかった。

 

一先ず白野の義手に関して、問題は無い。それが分かって、ようやくハジメは安堵の言葉を零した。

 

「よかった」

 

 

 

 これでもまだ準備は半分といったところだ。

 ハジメ達の目標は七大迷宮の踏破となった。それが成せれば、元の世界への帰還に目途が立つ。

 だが、問題がある。即ち、それを易々と例の神が許すだろうかということ。

 

『無いね。私は詳しいんだ。こういう時絶対に敵として立ちはだかってくる』

 

 もう分かってますと言わんばかりの白野の態度に、ハジメは特に反対する気は無かった。態々呼び寄せた新しい駒が元の世界に帰ることを、ハイそうですかと見送るとは考えにくい。つまり、

 

『宗教国家たる王国は、仮想敵だ』

 

 そういうことになる。下手をすれば第二の反逆者として追われることになりかねない。ハジメはたとえこの世界を滅ぼしても帰るつもりでいるが、それをユエの前でするのは無情すぎる。だからこそ迅速に迷宮攻略を終えるため、ここで準備を整える必要があった。

 

 そんな訳で、今しばらく白野達はこのオスカーの迷宮に残ることを決めたのだ。

 

 

 

 

 

「クラスメイトとの接触も、最低限にしないとかな」

 

 本音を言えば今すぐにでも帰りたい。随分依存された自覚はあるが、白野とて恵理が大事だ。だが、想定される迷宮攻略の難易度を考えると、とても連れて行けない。

 付け加えて、王国の監視下にあるクラスメイトとの接触は厳禁だ。

 

「断腸の思いって奴かなあ」

 

 苦り切った表情をする白野に難しい表情を向ける少女、ユエ

 

「むう…」

「嫉妬してるの♪かわいいなあユエは~」

 

 バシャバシャと水を跳ねさせる二人、今はオスカーの作ったお風呂である。ついに自分の両腕を手に入れた白野はユエをお風呂に連れ込んでシッポリ…ということは特になかった。というよりも、金属義手なので髪だけは誰かに洗ってもらう必要があるのだ。それはそれとして背中の流し合いはしたが。白野としてはそれがメインイベントだったが。

 

 ユエにはそれが恋人に会えない事の代償行為なのではないかと疑ってしまう。

 ハジメを恋人にすると決めたのは事実だが、これはこれで気に食わないのだ。

 そんなユエの心情を理解しつつも、否定できないのが、今の白野だった。ので、不満の矛先としてスケープゴートを用意した。

 

「…そろそろ仕掛けるんでしょ?」

「…なんのこと?」

「夜這い、するんでしょ」

 

 ビックウウ。と言わんばかりの反応に、白野はクスリと笑みを零す。実際狙い目であると白野も思うのだ。

 今までは日夜義手作成の理論を詰めており、そういったことに手を出す雰囲気は欠片もなかった。

 だがついに義手は完成した。緊張が解けるタイミング。強襲を掛けるなら、今日なのだ。

 

「私は友達より義妹を優先するタイプだからアドバイスもあげちゃう。台所の地下収納にワインセラーがある。ハジメは酔わないけど…雰囲気を作ることは出来る。ごり押しはダメ、雰囲気を作って、丁寧に追い詰めるの」

「お、お姉ちゃん。…分かったユエ、女になる」

 

 下世話な話と思うなかれ、ユエは今、人生を掛けた勝負に挑むのだ。

 

 

 

 まあ、ナニがあったかは、カットさせて頂く。

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 

テレテレとしたハジメとツヤツヤしたユエを見て白野はそう零す。ぶっちゃけテレテレしたハジメは正直かなり気持ち悪かったが、流石に口に出すのは憚られた。雑に扱うのと粗末に扱うのは違うのだ。

 

「さて、色ボケるのは夜にしてもらって、昼間は真面目に今後のことを考えよう」

「やばいな、白野に色ボケって言われるのがここまで屈辱的だとは思わなかった。目覚めたわ」

 

 必要になるのは移動の足だ。

 

「俺としてはバイクを押したい」

「さすがに3人乗るのにバイクは、ねえ」

「…だよなあ」

 

 

 

 

1ケ月後

ハジメは〝魔力駆動四輪と二輪〟を製造した。

 

「…ハジメ君?」

「う、うるせえ‼ロマンなんだよこういうのは‼」

「それはまあ、良くわかるけど」

 

 白野は〝魔法駆動二輪〟を製造していた。

 

「お姉ちゃん?」

「私は魔力操作使えないから、すごく苦労したんだよ」

「いやまあ、俺も人の事言えねえけど…」

 

 むしろ、白野が自前で二輪を用意してくれたため、ユエを後ろに乗せてタンデムも出来る。内心感謝しつつ形だけの苦言を呈するハジメ。

 白野としてもハジメが二輪を作ってくれたのは助かった。これならユエを後ろに乗せて二人乗りする時、雰囲気を壊されずに済むというもの。

 

 

武装類もさらに新調、改良を施して準備を整えた。

南雲の右目に関してもアーティファクトによって対策をとっている。

 

南雲、白野合作、片眼鏡型アーティファクト〝レルム〟

 神結晶を削り出して作ったレンズで出来ており、視力矯正自体はレンズの普通の効果だ。通常機能は白野の投影魔法により、神結晶特有の発光を隠し、目が黒く映るようになる偽装機能が付いている。レンズを介さずに目を見ても黒く見えるため、これを掛けている限りオッドアイを隠すことが出来るのだ。

 

 通常機能だけならば。

 

 戦闘用になると効果が変わる。〝自己改造〟によって視神経に直接接続し、〝魔力感知〟と〝先読〟によって特殊な視界へと切り替わるのだ。

これにより。魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。何なら、発動後の魔法の核を打ち抜くことで魔法を破壊することも出来る。

因みにアーティファクト側に〝自己改造〟を付与した場合、痛覚もなく、解除も容易だった。その代わりバケツに穴が開いたかのような魔力消費があるため、神結晶製のレンズに最大まで魔力を籠めて十数秒という燃費の悪さがある。義手作成時に分かった〝自己改造〟の効果だ。

 

つまり、〝自己改造〟を使用している間は〝投影〟を維持する余裕などなく、解除される。

本気を出すとメガネが仄かに光り出して、赤い目が露わになるのだ。

 

 

白野は抱腹絶倒して倒れた。ということだけ、ここに記す。

 

 

武装類について軽く触れると、

 

電磁加速式機関砲:メツェライ

毎分1万2千発とかいう意味不明な威力を持っており、連続5分でオーバーヒートを起こすじゃじゃ馬だ。因みに6万発も撃てば南雲の魔力回復量の半日分である。多用出来るものでもない。

 

 

ロケット&ミサイルランチャー:オルカン

十二連式回転弾倉により連射可能なロケットランチャーだ。威力で言えば白野の鉄球全力投球に劣ってしまうが、連射性、誘導性に優れ、打撃ではなく爆撃であるため差別化可能だ。

…なぜランチャーと砲丸投げを比べてランチャー側を擁護しなければならないのか。

 

 

強化グローブ:グレイプル

上記の怪物級アーティファクトを十全に運用するための金属繊維を混ぜたグローブだ。

剛腕に加え、剛撃という腕力を瞬間強化する付与魔法を付与している。剛腕は持続性、剛撃は瞬間強化率に優れている。これがなくとも南雲の筋力ステータスならメツェライもオルカンも問題なく扱えるが、安定した姿勢での保持が条件になるため、無茶な使用も出来るよう開発したものだ。

防具としてもすぐれており、耐刃性能は折り紙付きである。

これは防具として全員が装備している。

 

 

 電磁加速式小型自動拳銃:エイシー

 地球におけるガバメントをモデルにした小型拳銃であり、6+1発の装填が可能な、外観上はごく一般的な拳銃だ。

 実際にはアザンチウム合金製の銃身を使い、馬鹿のような炸薬を盛り込んだ弾丸を射出する怪物銃だ。

 ユエのサブウェポンとして作成されたこれは、反動は強いがグレイプルを使えば問題なく扱える。加えて雷属性の魔法である〝天靂〟を付与しており、魔力を流すだけで電磁加速も可能、加減も自由自在だ。

 

 因みにサブマガジン用ホルスターは両足に二つずつ付けている。

 やたらとリロード練習と言ってはテンションを上げるハジメと白野にユエはちょっとグロッキーだ。

 

 

そして魔力貯蔵器である〝魔晶石シリーズ〟だ。

これはアーティファクトではなく、神結晶そのものの効果である魔力を蓄える効果を利用したアクセサリーだ。尤も、まず間違いなく世界で最も高価(値段が付けられるかどうかはさておき)なアクセサリーである。

白野は自前の錬成で指輪を作成し、ユエの分はハジメが作成している。

 

「プロポーズ?」

「いや違、ごふぅ!?」

「ありがとう…‼すごく嬉しい…‼」

 

 つい指輪の形にしてしまったそれを渡したときのシーンだ。ハジメのプロポーズ(否定しなかったのでプロポーズ)に感涙し、熱烈なハグで返答するユエに、白野もついホロリと貰い泣きしてしまった。良い話だ。

 

 

 

 

 

 

「さて、なんだか予定外に出発予定日が一日ずれたけど、出発しようか」

「…ん‼」

「おう・・・。白野お前マジで覚えとけよ」

 

 問題は多い、敵も強大で詳細不明だ。準備はこれで十分か?なんて不安は尽きない。

 でも、大丈夫だ。俺/わたし達は強い。負けることは有るかもしれないが、挫けることも、諦める事も無い絶対の強さがある。だがら、これ以上難しく考えるのはやめだ。

 

「そんじゃあまあ、久しぶりに本物の太陽でも拝みに行くか‼」

「「うん‼」」

 




ひとりの時間を確保する為に二人を一室に押し込むはくのんの妙技。

オリ設定

〝暗寧〟
闇属性魔法、痛覚を遮断するデバフ。

〝真打〟
武器の強度を上げる付与魔法。

〝天靂〟
雷属性魔法の手ごろなやつが見当たらなかったので自作、制御に特化した上級魔法。威力は雷槌(暗雲を作って雷落とす魔法)よりずっと弱い。

聖剣投影用アーティファクト:シュネー
投影の魔法陣を刻み、アーティファクトを量産するアーティファクト:白金型によって作成される使い捨てアーティファクト。投影の時間制限を大幅に延長し、1時間聖剣を投影し続けることが出来る。加えて同時に複数本投影可能でユエにバフ目的で持たせたりもする。

はくのんの義手
銀色の細い義手。ヴァイオレット・エヴァーガーデンのあんな感じ。
原作ハジメの義手より大幅に弱体化、振動破砕なんかできない。
でもステータスが化け物なのであんまり意味がない。

グレイプル
黒色の皮手袋、白野も付けているが義手を隠す目的で、効果も金剛だけを付けている。ハジメは指ぬき。

服装
流石に嫁入道具は卒業。ユエ、ハジメは原作通り、はくのんはEXTELLA LINKのやつ+皮手袋

聖剣
材質、製造法、来歴すべて不明の最強アーティファクト。アザンチウムで聖剣を超える剣の作成を試みたが、投影品すら超えることは出来なかった。


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Side恵理 前編 ころすかくご

 一際大きな大広間にかつて地獄を顕現させた魔法陣が出現する。

 

 現階層 第65層

 前方、ベヒモス 討伐記録…無し。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

 当方、迷宮攻略組 不足事項 無し。

 

 少女はメガネを掛けなおす。もはや唯一の拠り所となった白野からの贈り物。

 これに触れると、不思議と背筋が伸びて、胸を張れる。命よりも…いや、命の次に大事な物だ。

 

 心を落ち着けて、油断も慢心もなく、ただ少女は睨みつけた。

 

「僕は急いでるんだ。そこ、どいて」

 

 焦燥すらも力に変えて、中村恵理は敵を睨みつけた。

 

 

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 先手は光輝の〝天翔閃〟だ。光属性強化を持ち、聖剣から放たれる剣光はかつての威力とは比べ物にならない。

 ベヒモスの胸に深々と剣線が刻まれる。

 

「いける‼俺達は確実に強くなってる!永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から包囲‼後衛は恵理の指示に従え‼」

「了解。火属性上級の一斉、準備!吉野は付与を優先!」

 

中村恵理はパーティーメンバーを失った実質的なソロだが、その視野の広さは誰もが認めるところだった。彼女をただの一後衛として扱うくらいなら、後衛組のリーダーとして採用することになった。

 

「ふむ、やはり恵理をリーダー格にしたのは正解だったな」

 

 かつての恐慌を思うと随分な成長だ。問題は南雲と白野の捜索に今も拘っている点だ。

 今は問題ないが、果たして『見つからない』という結果を受け入れられるかどうか、精神的に不安もあるが、それは今後の課題だ。

 

「まずはコイツを、倒すとするか‼」

 

正面ではベヒモスの突撃を坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いて食い止めている。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

「勇敢なる戦士に不退の力を! 〝不抜〟!」

 

 付与術士である吉野の付与と自己能力を向上させる強化魔法により、ベヒモスの突進は止められた。

 絶好の機会。攻撃のチャンスだ。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

 南雲ハジメが最後に作った日本刀最高作『漆』は八重樫雫の抜刀術により音より速く振り抜かれ、ベヒモスの角をおよそ半分、断ち切った。

 

「シッ」

 

 返す刃、コンマ5秒未満で第二の刃が放たれる。理想的な剣筋の居合切りは、ベヒモスの角を両断した。

 

「これが彼の実力よ。ふふ、親友の人を見る目は確かみたいね」

 

 居合切り。

 撓りのある日本刀の代名詞ともいえるこの技は刀の質に大きく左右される。

 重心、撓り、強度、厚み。様々なパラメータの微調整を繰り返し、繰り返し南雲ハジメは行った。

 最初の完成品では刃が立たなかった。改良品では刀が折れていた。『漆』の前作では僅かに両断には至らなかっただろう。

 ベヒモスの角を両断するという戦果は、間違いなく南雲ハジメが齎した戦果だった。

 

 同時に、

 

「メルド団長、合わせてください‼」

「ああ、行くぞ光輝‼」

 

 天之河光輝とメルド団長がもう一本の角に剣を叩きつける。

 

「「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ 〝豪撃〟!」」

 

 わずか2ヶ月強でメルド団長と同等レベルの王国騎士剣術を習得した天之河光輝はやはり才能の塊だろう。

 勇者としての優れた筋力と俊敏を活かし、大上段から渾身の振り下ろしが叩きつけられる。

 

 それに合わせるのは王国最強、メルド・ロギンス。光輝の振り下ろしと挟み込むように下段からの切り上げを放つ。

 結果、ベヒモスの角は割りばしを圧し折るかの如く、ボキリと折れた。

 

「ひと暴れ来る、下がれ‼」

「鈴、防御!白崎さんは私に!」

「「了解!」」

 

 有効打を二発、だが決着が着くようなダメージは無い。油断せずに光輝は前衛に下がる指示を出す。

 恵理は合わせて鈴と香織に指示を出す。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず 〝聖絶〟‼」

「霧の如く惑い、沼の如く溺れよ 〝昏瞑〟」

「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟」

 

 痛みに暴れるベヒモスに、中村鈴の聖絶が前衛との間に護りを発現させる。体重の乗った一撃により、聖絶は一撃で破壊される。すぐに追撃が…こない。

 

 その答えは恵理の〝昏瞑〟だ。三半規管へのデバフ攻撃である闇属性魔法を〝聖絶〟とぶつかる瞬間に合わせることで怯ませることに成功する。間に合わせるために詠唱を省略したが、香織の〝譲天〟により威力低下を防いでいる。

 

 敵は隙を晒し、前衛は距離を取り、間に障害物は何もない。

  

「斉射‼」

「「「「「〝炎天〟」」」」」

 

 光輝の号令で術者5名の炎系上級攻撃魔法が発動する。

 超高温の高熱球体がベヒモス直情に出現。何もかもを焼却する火炎が落下する。

 それを黙って受ける程、ベヒモスも往生際は良くない。両断された二つの角が赤く赤熱する。

 

「固有魔法!?角を折ったのに‼」

 

 後衛組から困惑の声が上がる。無理もない、角を封じれば固有魔法が使えない。そう考えたからこそ、初手で二本の角を折ったのだ。だが困惑している時間はない。ベヒモスは炎球へ躊躇うことなく突撃し、突破した。

 

「ここは聖域なりて、神敵を通さず 〝聖絶〟‼」

「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟‼」

 

 いかに高威力の上級5発とはいえ、突進によって強引に突破されては有効打とは言いにくい。もちろんダメージにはなっているが、ベヒモスの戦意は未だ高かった。

 

「…天之河君は神威を、鈴はそのまま耐えて。前衛組は後ろ脚を、後衛は中級で前足を攻撃」

「それしかないか。みんな、あと少し耐えてくれ‼ 神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!」

「結局最後はそうなるのね。良いわ、時間稼ぎくらいやって見せる‼」

「いい恰好ばっかりさせるかよ‼詠唱前に片付けてやるぜ‼」

 

 今回ばかりはエースパーティーも戦意が高い。正直あの時の事を許せるかはまだ分からないが、少なくとも今は非常に頼りになる。

 なにより前回いた骨の大群が居ない上、足手纏いが居ない分非常にやり易い。この時点で、恵理は勝利を確信した。

 

「エリリン結構キツイよこれ‼」

「良いから耐えて 全盛は終わりを告げ、然るは唯衰えるのみ 〝衰勢〟」

「厳しいのか優しいのか分かんないね‼相変わらず‼」

 

 横から泣き言が聞こえてきたため、つまらないことで逆転されても嫌なので筋力へのデバフを打っておく。対強敵ならデバフは強いのだ。

 鈴の癖にもう少し耳心地のいいセリフが言えないのかと思いつつも油断なく戦況を見守る。前衛組によって後足の健を絶たれ、前足を潰されたベヒモスはもはや唯の的。

 

 光輝による光の砲撃によって、ベヒモスは沈黙した。

 

 これが、2週間ほど前の事だ。

 

 

 

 

 恵理たちは今、王都王城に帰還していた。

 完全未知の65階層以下の攻略が難航し、メンバーの疲労が無視できないレベルにまでなったからだ。

 65階層から追従出来る王国騎士はもはや最精鋭である近衛騎士のみとなり、迷宮内で野営を行う場合は65層まで戻るということを繰り返していた。

 新しくマッピングの必要性も出てきて、順風満帆だった迷宮攻略は一転、一進一退の地道な作業となっている。

 

 恵理としては非常に焦っている。いっそのことあの崖から飛び降りて下層までショートカットしたいと思うくらいには焦っている。長いワイヤーと王国の錬成士を連れてくれば、崖下に向かって降りていくことも出来るのではないかとも考えた。長さが足りなければ錬成士が継ぎ足す形だ。

 

 だが、しなかった。というのも、人目を避けて緑光石の塊を落としてみたが、音も光も帰ってこなかったのだ。いくら下が地底湖だったとしても、水面との激突で死亡するレベルの高さだと分かる。

 この事実を知られたら、もう諦めろと言われるのが目に見えている。故に黙っていた。

 

「…はあ、ダメ。この休息は必須だ。新しい装備の受け取りも出来た。王国の情報収集も出来た。迷宮内じゃ出来ないような訓練も出来た。だから、割り切れ、僕」

 

 気が狂いそうなる焦燥をため息一つで黙殺。死んでいる可能性は考えるだけ無駄だ。そうなったら恵理はこの世界のすべてがどうでもいい。だからこそ、危惧すべきは間に合わない可能性だけだ。

 

「訓練組から何人か引き抜けるかと思ったけど、それも無理だったし」

 

 訓練組も能力は非常に高くなりつつある。騎士たちと厳しい訓練を受けることで仲間意識も醸成されつつあり、なんならメイドの一人といい感じになっている男子もいるくらいだ。まあ、メイドとしてはある意味玉の輿になるのかもしれない。

 だが、だからこそそこから引き抜くのは避けるべきだった。部隊運用を前提とした訓練である以上、迷宮攻略組とは求められる実力が違う上、この世界で出来たコミュニティから抜けたいと思う人も少ないだろう。

 

 恵理はふと忘れそうになる感覚だが、クラスメイト達は突如召喚に巻き込まれて家族から引き離されたのだ。一度出来たこの世界での居場所を、そう簡単に捨てられるわけがない。

 

「案外、こっちに永住する人も居たりしてね」

 

 元の世界なら唯の高校生だが、戦争の終わったこの世界なら救世の英雄だ。彼女とこの世界で結婚する。という人も居るだろう。

 

 と、循環する焦りの思考を断ち切るため、関係のないもしもの話を考えていた時だ。コンコンというノックが響く。

 

「エリリン生きてる?晩御飯、一緒に食べよ」

「私は一々生存確認をしないといけない程儚い命なの?今行くよ」

 

 言外に『今にもとち狂ってヤバい手段に手を染めそう』と言われた恵理は素直に扉を開ける。ここでごねると扉を蹴破ってくるのだ。…ちょっと降霊術に深入りしすぎてあちら側に半歩踏み込んだだけだというのに、心配性な鈴である。

 

「…ま、化粧で隠れる程度なら良しとしますか」

「何様のつもりだよ」

「友達様だよ」

 

 指摘されたのは化粧で隠した目の隈の事だろう。迷宮攻略中は正直疲労もあってすぐに眠れるが、王都に帰ってふかふかのベッドで寝ると『こんな事してる場合じゃない』なんて考えがよぎる。こればっかりはどうしようもない。

 

 鈴も深く言及せず、話題を変える。

 

「いよいよ明日帝国の使者さんが来るわけか~、どんな人かな?」

「ゴリッゴリの武闘派だと思うけど」

「どうして?」

「目的が政治じゃなくて、光輝や私たちの戦力の見極めだからね。文官をよこしても意味がないよ」

「あ~なるほどぉ」

 

 気の抜けた返事をする鈴を横目に、恵理は虚空へと視線を向ける。

 そこにはうっすらと浮かぶ、女性の人影があった。

 

『皇帝陛下、ご本人だったよ』

 

 女性はこともなげに呟いた。今来ている使者は帝国の皇帝陛下その人であると暴露する。だが、それに鈴は反応せず。恵理もまた視線を前に戻した。

 

 それは…期待されているのかな?と恵理は疑問に思う。

 王国を根本的に信用していない恵理は降霊術を使って情報網を敷いていた。というよりも、降霊術を使って降霊術士を呼び寄せ、よりレベルの高い降霊術を教わる。あの事件の後閉じこもっていた時間に行ったトレーニングの副産物だ。白野の魂を探し出すために行ったトレーニングだったが、今では王国の政情や自分たちの評判の把握等、様々な情報収集に活かしている。

 

「たぶん、天之河君の実力を実戦で計ってくると思う。油断しないように言っておかないと」

「今の光輝君が負けるとも思えないけど…」

「うーん、天之河君、駆け引きがド下手糞なんだよねぇ」

「ええぇ…」

 

 遂に一対一でメルド団長に勝利した天之河光輝に対して駆け引きが下手糞という評価を下す恵理。

 というのも、メルド団長に勝利できた理由は度重なる訓練の結果、個人の癖や流派への慣れが生まれたからだと考えている。実際、槍を使ったメルド団長との摸擬戦は精彩を欠いていた。

 

「いわゆる、帝国流剣術だか、槍術だか知らないけど、知らない流派に対応できるかどうか、てところじゃないかな」

 

 

 

 

 結局、勇者・天之河光輝と皇帝・ガハルド・D・ヘルシャーの摸擬戦は決着が着くことなく終了した。

 光輝の弱点を一つ、明るみに出して。

 

 

 当然、見えてきた弱点を其の侭にしておくほど、中村恵理は甘くない。因みにその横顔を見た鈴はついドン引きした。最近では、いつもの事である。

 

「うわぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「メルド団長、凶悪犯罪者の裁判ってありませんか?死刑が確定しているような人の裁判です」

 



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Side恵理 後編 〇した喀齬

覚悟とはまだ程遠い


 本来ならば剣を振り回すに似つかない豪華絢爛な大広間で、二人の男が剣を持って立ち合っていた。

 

「太刀筋は良い。技術もある。だがぬるい」

「…これは摸擬戦ですよ?頭を狙わないだとか、止められない攻撃はしないだとか、当たり前でしょう?」

「はぁ…メルドは見る目のある男だと思ってたんだがなぁ。っち、見込み違いだったか?」

「‼メルド団長を侮辱するのか⁉」

 

 国王や有力貴族たちが一同に会する謁見の間で摸擬戦を繰り広げる天之河光輝と使者の護衛。その正体はガハルド・D・ヘルシャー。帝国の皇帝である。

 

「だったらどうする。仮にも勇者をこんな腰抜けにしやがって。とんだ無能だ。帝国なら斬首刑だぜ」

「このっ‼」

「ほらまたこれだ」

 

 あからさまな挑発を繰り返すガバルドに、光輝は油断なく渾身の振り下ろしを叩きつける。だが、その剣は後から放たれる切り上げに逸らされ、高価なカーペットを切り裂いて終わる。

 勿論続けて切り上げへと繋げるが、当然防がれる。なぜならば…

 

「どうして防げない攻撃を打って来ない‼お前のステータスなら出来るだろうが‼俺が参ったなんて言うとでも思ってんのか!!?」

 

 無意識のセーブがあるからだ。ガバルドの言う通り、剣ごとガバルドを叩き切るつもりで打ち込めば、当てられるはずだ。何故そうしないのか。

 

「そんなことをしたら怪我じゃ済みませんよ!?」

「テメェの考え方の方が火傷じゃ済まねえって言ってんだ‼」

「ガァ!!?」

 

 僅かな隙に差し込まれた強烈な蹴り。鎧を着こんだ光輝を僅かに浮かせるほどの威力は光輝を完全な無防備状態にする。

 

「ホレ見ろ、お前の負けだ」

「っ!!?」

 

続けて放たれるのは顔面目掛けての突き技。いくら刃引きした摸擬剣でも確実に死傷を負うであろう一撃を放ってきた。

 だが、焦る王国の人間はいない。まだ光輝は本気を出していないから。

 〝限界突破〟を発動して急激に跳ね上がったステータスにより、天之河は右に飛んで避ける。直後に左側、突き出された剣の下を潜り込むように抜ける。

 

 未体験の速度によってフェイントを掛けられたガバルドは完全に光輝を見失う。完全に隙だらけだった。

 

「(これで終わりだ‼)」

 

 横なぎに払われる剣。狙いは首。寸止めで決着をつける。筈だった。

 響くのは甲高い音。完全に見失った相手の攻撃を、ガバルドは姿勢を崩しながらも剣を間に挟んで防いでいた。そして、

 

「そこまでにしていただきましょうか。これは殺し合いでも決闘でもなく、摸擬戦ですぞ。…ガバルド殿」

 

 剣を素早く振り上げ、反撃に転じようとしていたガバルドの目の前に、光り輝く障壁が割り込んだ。

 水を差されたガバルドはため息を漏らしつつイヤリング、変装のアーティファクトを取り外す。霧のようなエフェクトが晴れると、そこには細身でありながら極限まで鍛え上げられた肉体を持つ、銀の狼を連想させる男が現れた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 堂々とした謝罪文を諳んじるガバルドはしかし見事な話題の転換を持って場を収め、晩餐会にて光輝を勇者として認めた。とはいえ、それが形だけの方便であることは特殊な情報網を持つ恵理には筒抜けだった。

 

 

 

 

 一幕、皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーの帰りの馬車にて…

 

「おい、昨日の発言は一部取り消す。どうやら有能な神の使徒もいるらしい。大使館に連絡して全員の能力と評判、人物鑑定を急がせろ。迷宮攻略にも人員を出せ」

「はっ、急ぎ取り計らいます。…しかし、よろしいので?」

「ああ。あの雫とかいう娘は期待できる。だが、中村恵理といったか。あいつは今すぐにでも戦場に出せるだろうよ」

 

 ガハルドは朝の訓練を見学した際の一幕を思い出す。雫の性質を看破したガハルドは愛人になれと声を掛けた。だが…

 

『失礼ながら皇帝陛下、残念ながら八重樫さんにあなたの愛人になるメリットがありません。この戦争が終われば、私たちは救世の英雄ですよ?もっといい条件が山ほどあります。王国が無くならない限り(・・・・・・・・・・・)、そのような要求は受け入れません』

 

 王国が無くならない限り…、こんなフレーズが出てくるのは自分たちの後ろ盾が王国一枚であると理解した人間だけだ。

 そうとも、魔人族を滅ぼした後は王国も平らげる。神の使徒は対魔人族の戦争で死ぬなり、元の世界に帰るなりしてくれればそれで良い。加えて、勇者をみて脅威はないと判断できた。しかし、

 

「危惧するべきはリリアーナとメルド・ロギンス含む近衛騎士くらいだと思っていたが…さて、どう転ばすか」

 

 警戒すべき敵は味方につけるに限る。武力で皇帝の座に就いたガハルドだが、何も腹芸出来ないわけではない。

 武力、知略、人脈に権力。ありとあらゆる手段を修めてこそ、実力があると言えるのだから。

 

 

 

 

 

 恵理たちが召喚される約一年前、王都内で放火事件があった。

 その事件は暖炉の火の引火が原因…に見せかけられた、強盗殺人の隠蔽工作だった。だが、王都のお膝元で発生したその凶悪極まりない事件を憲兵団は完璧に暴き、実行犯のすべてを捕らえた。これらは神の使徒たちには一切何の関係もない、すでに解決した凶悪事件であり…

 

 今日、その結末が最終裁判という形で下される。

 

「当初この館に住んでいたシャルル夫妻並びに男児一名、女児2名を虐殺し、館に火を放った情状酌量の余地なき凶悪事であることは明らか。実行犯3名の極刑を言い渡す」

 

 長々と行われた裁判は予定道理の筋道を通って3人の極刑が決定された。

 

「まあ当然の結果だね。実際、私も事件現場で降霊術を使って確かめてみたんだ。間違いなくあの3人だよ」

「そうか、なんの罪もない人たちに対して、そんな事を…‼」

 

 本来なら何の関係もない裁判を傍聴するのは勇者、天之河光輝と中村恵理、そして二人を連れてきたメルド・ロギンスだ。

 

「…裁判の判決は下された。3人は遠からずにギロチンの錆になるだろう、特に主犯の公開処刑は確定だ」

「…公開、処刑?」

「ああ、円形闘技場に設置される処刑台での公開処刑だ。凶悪犯は見せしめとして、人前で処刑される」

 

 まるで悪いことをするとこうなるぞ、と脅しが目的であるかのように語っているが、実際は唯の娯楽だ。実際、ギロチンで断ち切られるのは首ではなく、腰。腰断と呼ばれる処刑法で、あえて即死しないような致命傷与え、見世物にしている。光輝は知る由もないが。

 

「…な、何故そんな事を、彼らは許されないことをした‼でも、それでも死を辱められる必要はない筈です‼」

「………」

 

 メルド団長は重く、苦しい表情で思い悩む。だが、恵理から提案された内容が実に効果的であることが理解出来てしまう。だが、これは余りに人の道に反しすぎてはいないだろうか。

 

 ふと、隣に座る恵理に目を向ける。目を瞑って、震えていた。

 

「(ああ。俺はとっくに、人の道を踏み外していたのか)」

 

 メルド団長は決断した。とっくの昔に人としての道も騎士道とやらも汚していたことに気付いたのだ。それでも、外道に落ちても、地獄に落ちても守りたい物がある。故に、彼らに人を殺させる決断をした。

 

「ついて来い」

 

 

 

 たどり着いたのは死刑囚収容所。清潔とは程遠い場所ではあるが、最低限の清掃はされていた。というか、今回勇者が来ると連絡を受け、急遽大掃除が行われたのだ。

 

「今回の死刑囚3人の公開処刑が決定された。3人とも、処刑台の上で見世物として死に、死体は森の中に捨てられる。出来る限り尊厳を貶し、こんなことをするなという秩序の抑止力になる」

「それは聞きました。ですが、態々こんなところに連れてきてどうするんです?」

 

 明らかに機嫌の悪い光輝を連れてメルド団長は廊下をずんずんと進む。敷物すら敷かれていない石造りの建物はかなり肌寒く、安物の蝋燭のせいで凄まじく臭い。その有様が死刑囚とはいえ余りの扱いに思えて光輝はさらに気分を害していた。

 

 だが、そんな機嫌も、たどり着いた金属製大扉が開いた瞬間吹き飛んだ。

 

 ギロチンが鎮座していた。膨らみのある黒い布の塊が台の上に置かれ、若干の微動がある。

 

「天之河光輝。お前はこれから神の使徒として、敵を殺さなくてはならない。彼らには人を殺す覚悟決めるための尊い犠牲になってもらう。その後遺体は火葬され、遺灰のみ遺族に返還されることになっている。……言うまでもないが、これは彼ら凶悪犯罪者にとって、特大の恩赦だ」

 

「………は、俺が、俺がころす?」

「これは殺人ではない。正式な裁判で決定された処刑で、恩赦だ」

「ま、待ってください、どうして俺がそんな事を!?」

 

 激しく動揺する天之河光輝に覚悟を決めたメルド・ロギンスは真剣な表情で語る。

 

「もうすぐ戦争だからだ」

「だ、だからって!!?」

「光輝。強制は、しない。だが、拒否した場合あの男は公開処刑で、死体は森に捨てられる。これがこの国の法だ。だが光輝の戦士としての成長に寄与した恩赦で、火葬と遺灰の返還が許されるんだ」

「だ、だったら…ほかの皆は如何するんですか!?」

「遠征の形を取って、盗賊団の討伐を計画している。例外なく、『殺す』という事をやってもらう」

 

 青い表情で後ずさり、今にも崩れ落ちそうな光輝は、ふと距離を取ったことで視界に入った恵理に注目する。なぜ、ここに彼女がいるのだろうか。今も同じく青い顔で震えている彼女は、まるで最初からこうなることを知っていたかのようだ。

 

「なあ、恵理。まさか、君の発案なのか」

「…天之河君なら、盗賊なんかぶつけても、殺さないように制圧するくらい、出来るからね」

「なんでこんなことを‼」

 

 胸倉を掴み上げて恵理を締め上げる光輝。今光輝には中村恵理が極悪の魔女に見えていた。

 

「お前のせいでクラス皆が人殺しになるんだぞ!?判ってるのか⁉」

「戦争がっ、始まれば、皆そうなる!!」

「敵は魔人だろう⁉」

「魔人族はっ、魔物を従えた人間だ!!」

「そんな訳が、」

 

 光輝の恵理を掴み上げる手が、メルド団長によって締め上げられ、離される。

 

「その通りだ。奴らは、れっきとした人間だ」

「…は?なら、どうして、人間族と魔人族に、分れて…」

「我々こそが、神の定めた人間であるという、宗教的主張だ」

 

 日本人にとって宗教というのは縁遠い。ましてや尤も接点が深い仏教というのも、極めて道徳的で善行を良しとする。

 魔人族を滅ぼせ、などという教えが宗教として根付いているというのが、理解出来ないのも無理はない。

 

「戦争が始まったら、善悪の区別なく、敵を殺さなくちゃいけない。その準備だよ」

「…せ、戦争が始まったら、魔人族の使役する魔物だけ殺せばいい。敵兵を捕虜にして、継戦能力を奪うんだ。先生のおかげで食料には余裕がある。停戦条約も有利に出来る筈…」

「戦略として、無いとは言わん。相手が帝国なら採用出来た。だが魔人族は以前、捕虜ごと魔法で爆殺するという手を打ってきている。リスクが高過ぎる」

「そんな…」

 

 立ち尽くす光輝を無視して、恵理はギロチンに向かう。断頭刃はすでに吊り上げられている。あとはレバーを引くだけで、スッパリと頭を断ち切ることが出来るだろう。

 

「お、おい。恵理やめろ‼ひ、人殺しなんだぞ…!?どうしてそんなことが出来るんだ!?」

 

 またも実力行使で止めようとする光輝をメルドが抑える。実に後味の悪い仕事だ。しばらく酒も苦くて飲めないだろう。

 

「あの人殺しの噂は本当だったんだな!?恵理‼だから殺せるんだろう‼もう人を殺してもなんとも思わないんだろう‼」

 

 喚き散らす光輝の言葉は…すでに恵理の耳に入っていない。思い出すのはあの日の事。男がトラックに跳ね飛ばされ、肉の塊へと変貌した時の事。

 

 もし。もしも時間が巻き戻ったら、白野は石を窓に投げ入れるだろうか。それが人を殺す一石になると知って、投げるだろうか?

 怖くて、聞けない。

 

「やめろおおぉぉぉ!!!!!!」

 

 ガコン

 シュザン

 

 精神的負荷を考えて掛けられた黒い布に、赤いシミが広がり、体部分が一瞬、大きく跳ねる。

 光輝はついに腰が抜け、メルド団長はフラフラと後ずさる恵理を支える。

 

「すまない。情けない大人で、すまない。…火葬場へ運搬しろ‼」

 

 青い表情で浅い呼吸を繰り返す恵理は、呆然と目の前の死体の運搬作業を眺めていた。

 黒い布を出来るだけ捲らないよう配慮されているが、手足の拘束を外した時、それが間違いなく人であると理解する。

 頭を持ち上げた時、ボタボタと落ちる赤い液がその惨状を連想させる。

 中村恵理は、間違いなく、人を殺した。

 

「お、おええ、」

 

 胃液だけを吐き出した恵理は、泣きながら、嘔吐きながら叫んだ。

 

「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい‼白野ぉ‼ああ‼ごめん‼ごめんなさい‼」

 

 この、死にたくなるほどの罪悪感を、岸波白野も抱いたのだろうか?

 





お前が言い出しっぺだろって?
子供にそんなこと言っても意味ないよ。

だからって子供のままで居られても迷惑だけど。


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この残念ウサギがいずれ世界最強に指を掛けることになるとは、この時誰も夢想だにしなかった。

試しに連続した会話文に1行開けてみました。

何となくテンポが悪く感じるので戻すと思いますが、意見があれば感想等でお願いします。




…え、投稿頻度上げろ?

うん、ごめん。がんばる。


 いざ、本物の太陽を見に行くぜ、と気勢を上げて魔法陣に乗り込んだハジメ達一行。光に包まれてどこか新鮮な空気を感じ、頬を緩める。

 光が晴れ、いざ目を開けるとそこには―――

 

 岩壁に囲まれた空間が広がっていた。

 というか洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

「許せん」

 

 ハジメと白野は真顔でツッコむ。かなり期待して乗り込んだだけあって、かなり残念だ。いや、正直言語化出来ないレベルで残念だ。

 かくなる上は100層上まで登り、如何にか上の層に向けて穴を空けるしか…

 

 と、計画を立てた時、クイクイとユエが袖を引っ張った。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

 

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

「そうそう普通に考えたら分かるよねまったく焦っちゃってー」

 

 ムカッっと来たのでチョップを繰り出す。金剛、剛力を使い最速で放つ。が、流される。

 

「ふふん、動きに精彩が無いなー」

 

「こっっんの…‼」

 

 こんなウザキャラじゃ無かっただろうが…‼照れ隠しにしたってもう少しやりようがあるだろうが…‼

 とはいえここで躍起になっても仕方がないのでフンと鼻を鳴らして前に進む。

 白野は暗視対応のメガネを掛けて真っ暗闇の洞窟を進むと、道を譲るかの如く扉やトラップが開いていく。その様はまるで迷宮攻略を称えているかのようでもあった。

 

 そしてついに、光が見える。その隙間からは風も感じる。淀んだ空気ではない。余りにも久々に感じる清涼な風だ。

 やがて三人は駆け出して、光差す岩壁の隙間を潜る。

 

 抜けて、空を見上げた。

 

 

 

 

「まぶしい、ね」

 

「ああ、あれが、久しぶりに見る、本物の太陽だ」

 

「ん。空が、青い」

 

「うん。この青が、地上の空だよ」

 

「戻ってきたんだな」

 

「んっ。生きて、戻ってきた」

 

 

 

「はっ」

 

「ふふっ」

 

「あは」

 

 心の底から湧き出る衝動。或いは感動を如何にか表現したかった。そうでなければ心がパンクしそうだった。だから3人は、まず笑った。

 

「戻ってきたぜ‼この野郎ぉおーーー‼」

 

「んっーーー‼」

 

「よおーし、次はおいしい物を食べる番だーーー‼」

 

 ついでに叫び、

 

「「わーっしょい‼わーっしょい‼」」

 

「ん!?んぁーーー‼」

 

 ユエを胴上げする。胴上げの文化を知らないユエは凄まじく困惑していた。が、それでもバランスを崩すことなく受け入れていた。ポンポンと跳ね上がる高さは数メートルに及ぶだろうが、恐怖など欠片も感じず、ただ風を切るたびに感じる爽やかな空気が胸に歓喜を呼ぶ。

 

 やがて白野がユエを受け止め、クルリと一回転してハジメに向けてパスする。ハジメは勿論難なく受け止め、お姫様抱っこでユエを抱える。

 

「歓迎会は嬉しいけど、お呼びじゃないかな」

 

 白野が後ろを向くと、そこには人型魔物が十数匹程集まっていた。先ほどの笑い声に集まってきたのだろう。

 ゾロゾロと集まってくる人型魔物に対して、岸波白野は銀製ナイフを構えて対峙した。〇執事的な構え方である。

 ふざけた真似をしている自覚は白野にもあるが、残念ながらステータスはもっと怪物的にふざけている。加えて〝皇后特権〟によって天職を投術士に変更。〝投影〟によってナイフをアーティファクトに…

 

「あ、ダメだこれ」

 

 〝投影〟が不発に終わり、唯のナイフは音速を突き破って魔物たちを貫通した。因みに投影しようとしたアーティファクトは着弾と同時に上級雷属性魔法が発生する使い捨てナイフだ。オーバーキルと言うなかれ、オルクス最深層部ではこれくらいの火力が要るのだ。

 

「…どこがダメなんだ?」

 

「ん、オーバーキル」

 

「いや投影に失敗したでしょ。これか、魔力霧散現象って」

 

 アイテムボックスから投影用アーティファクト:シュネーを取り出して聖剣を投影する。すると聖剣の姿形にはなった。しかし…

 

「せい」

 

 先ほどの魔物の死体を蹴り上げて斬りつける。死体蹴りと言うなかれ、試し切りには実際に使用した時の再現性が重要なのだ。本来のスペックを再現した聖剣なら、この程度の魔物は骨も魔石も両断出来る。

 

 パキンという軽い音と共にシュネーは砕け散り、骨すら切れずに崩れ去った。

 

「うわ、死体蹴りだ」

 

「突然のバイオレンスムーブ…怖い」

 

「いや少しは事態の深刻さを理解してよ‼私のメインウェポンが‼」

 

 

―――ん?なにやら気難しい顔をしておるでは無いか紅茶の?ん?なぁに此処ではすこーしだけ役に立てないというだけではないか‼気にするでない♪

―――そうですそうです。第一前回一番おいしいところを持って行ったのですから、ここから暫く役に立てずとも…良いのではないですか♪

―――はぁ、仲が良くて結構だが、魔力が使えない此処では実質皇帝陛下の独壇場だぞ。

―――まあ、其処は察しておりますが…嫁入道具が使えるならば特に問題は無いかと。いつでもどこでもそれとな~くご主人様をお支えするのが、良妻たる勤めですので。

 

 

「ん。〝投影〟とは確かに相性が悪い。攻撃魔法なら魔力のごり押しも出来るけど、〝投影〟は無理」 

 

 投影魔法は母体となる物に薄い膜を被せる魔法だ。必要魔力量より多くても少なくても成立しない為、投影魔法はこの魔力霧散現象と非常に相性が悪かった。

 

「なんてこと…私の力作が…」

 

 投影専用アーティファクト:シュネーとシュネー量産アーティファクト:白金型が暫くお蔵入りなることになった。

 

「ま、この辺の魔物ならそれこそ石ころ投げるだけでも倒せるだろ。それよりもっと日差しの良い場所に行こう。砂っぽくてな」

 

 そういってハジメは指輪、宝物庫から2台のバイクを取り出した。

 

「それもそっか。よし、じゃあ」

「おう、それじゃあまあ」

 

「「行こうかユエ」」

 

「ふぇ」

 

 それぞれのバイクにまたがったハジメと白野は別々にユエに手を差し伸べる。突如現れた究極の選択にユエは思考停止する。

 

「はあ……白野。確かにバイクとしてのロマンはそっちが上だ。エンジン音のしないバイクっていうのは、俺としても妥協の産物だ。だがユエにはエンジン音のロマンだとか判らねえだろ。だったら音も振動も抑えたこちらに乗るべきだ」

 

「甘い。ハジメ、君はユエを侮っている。私がユエを乗せたことが無いとでも?実はこっそり乗せたことがあるけど、唸るエンジン音に共感を示してくれたよ」

 

「ああ、最深層のフロアだろ?丁寧に舗装された石床の。残念だが此処は未舗装路だ。悪路走行中の振動は初心者には辛い物がある。こっちに乗るべきだ」

 

「やれやれ、今までユエが誰の背中に乗ってたと思ってるの?振動なんて今までと比べれば揺り籠みたいな物。ね?ユエ」

 

「分かってねえなぁ。なあユエ?ビシッと言ってやれ」

 

 ユエの思考は加速する。ハジメがユエに向けた独占欲の発露、白野からユエへ向けてのアプローチ。

 白野はユエの気持ちに対して応援の姿勢を打ち出している。が、ユエに対しての手出しをやめた訳ではない。同衾のペースは白野が週4でハジメが週2だ。嫌という気は一切ない。もちろん白野がユエに性的なアプローチをすることもない。つまり、白野がユエにこういったアプローチを掛けるのは単純にイチャイチャしたいだけか、ハジメを焦らすことでイニシアチブを握るという心理戦の援護射撃だ。

 

 だが、ではここで白野を選ぶのが正解か?

 最初こそユエから押しかけての告白だった。初夜もそうだ。だが、白野との同衾を繰り返すことに嫉妬を見せ始めた。ハジメから誘われることも多くなった。この変化に対して、ユエは無邪気に喜んでいた。

 だが、まだだ。ハジメの嫉妬はユエにも(・・)向けられている。ハジメの憧れは白野に注がれている。

 注意深く、慎重に、一手、二手先を読んで行動しなければならない。白野は最良の味方であるが、最大の仮想敵なのだ。

 今この時の選択、最適解は…

 

 

 

 

「…ん」

 

「おう。というわけで、今回は俺の後ろだ」

 

 ハジメの後ろだ。決して心理戦を放棄してイチャイチャしたい願望を優先した訳ではない。視線の配り方から袖の引き方まで完璧に計算した、極めて高度な印象操作なのだ。

 

「……覚えてろよ」

 

「ガチトーンじゃねえかよ…」

 

 なおその印象操作を一番諸に食らったのは白野である。

 

 

 

ブロロロロ…

凝りに凝った魔法式エンジンはご機嫌な排気音を響かせている。最初こそ膨れていた白野であったが久しぶりの地上を執念で作り上げた自作マシンで走る爽快感によってもはや気にしてはいない。

 

『樹海に向かうのは分った。ただ亜人族の縄張りを不用意に犯すのは危険じゃない?』

 

『確かにその通りだ。だからこそ顔を合わせるのは早い方が良い。霧に覆われた樹海の探索なんて下手すれば年単位で時間が掛かる。出来れば現地住民との交渉まで取り付けたいところだ』

 

『成程、 フットインザドアか。となると当面はライセン大峡谷とハルツィナ樹海の往復かな』

 

『ん、でもまだライセン大峡谷の全体図が分からない、亜人族との接触もまだ。計画を詰める段階じゃない』

 

『ああ、違いない』

 

 念話を無線替わりにして計画を立てるが、やはり情報不足が著しい。結論としては樹海に向けて高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に探索する、である。

 

『人工衛星とかあったらな~』

 

『…実際この世界の世界地図が正しい保証がないからな…要るな』

 

 勿論、現状では不可能だ。というか人工衛星とのデータの送受信からして現時点では不可能だ。カメラを打ち上げて撮影、回収するという手段が最も原始的ではあるが…世界地図作成に何年も掛ける気は無い。

 

『今進んでる方角も、「多分こっち側が樹海に向かう方。多分」だからな。行き当たりばったりになるのもしょうがないだろ』

 

 

 

 そして日が徐々に傾き始めたころ。正面に大きな気配を感じた。今まで片手間に処理してきた魔物とは頭二つ程抜けた強大(ライセン大峡谷比)な魔物だ。咆哮にも威圧感がある。(ライセン大峡谷比)

 

 正面のカーブを超えて視界が開けると、ティラノサウルスに頭を2つ付けた双頭ティラノモドキが一人の少女を追いかけまわしていた。

 少女、ウサギ耳の過剰露出な少女は泣きながら叫んで逃げている。いや、本当に露出が多い。痴女である。ラニ=Ⅷもびっくりの痴女だ。

 

「…なんだあれ」

 

「…兎人族」

 

「あれって民族衣装か何かなの?現代社会でもありえないよあれ」

 

 明らかに絶体絶命の少女を前に白野すら遠巻きに眺めていた。とりあえず助けるくらいの事はしそうな白野だが、なんだかもうそういうプレイをしているのではないかとすら考えていた。絶体絶命プレイ。業が深い。

 と、眺めていると少女が双頭ティラノモドキに吹き飛ばされた。どうやら本当に絶体絶命らしい。スッとナイフを取り出す白野。

 

「待て白野。亜人族が何の理由もなくこんなところにいる筈がない。処刑方法として峡谷に落とされた犯罪者とか、そういう可能性がある」

 

「あるにはあるけど、現状優先すべきは彼女の善悪じゃなくて情報だ。彼女が樹海の方向を知っているだけで助ける価値がある」

 

「それは…」

 

 ハジメは白野の女に対する甘さを骨身に染みて理解している。ユエの事もそうだが、奈落に落ちる前でもメイドさんを攻略しかけていた。本人は情報が欲しかったと言っていたが、果たして事実はどうなのか。

 そんな訳でこれ以上余計な柵が付いてくるくらいなら目の前の少女はスッパリ無視すべきだと考えたがハジメ。しかし、白野の言い分もかなり正しい。正しいが…

 

「助けるって言ってもだ。案内するから樹海まで連れて行ってくださいって言ったらどうするんだ。下手すりゃ犯罪者を手土産にした不審者になるぞ」

 

「むっ…それは、その、場所だけ聞き出して…」

 

「それで引き下がると思うか?」

 

「ない…ね」

 

 唯でさえ急ぐ旅路、寄り道はしていられないが、近道を無視するのも勿体ない。そんな葛藤が二人の間にあった。そんな時、快晴の空に雷鳴が轟いた。

 振り返れば小型拳銃:エイシーから硝煙を棚引かせるユエの姿。

 

「ごちゃごちゃ考える前にまず動く。邪魔になったら捨てればいい」

 

「「はい。ごめんなさい」」

 

 目の前には兎さんが双頭ティラノの口に咥えられ、ご飯になるまであと3秒というところ。議論するにしても、死んでしまっては手遅れだ。ユエの判断は完璧に正しかった。

 

 「た、たすかりましたぁ~~!そ、それで助けたついでにお願いなんですけど、あの、出してもらえませんか~~~?」

 

 そして目の前にはティラノの口に上半身が飲み込まれた哀れな兎。ジタバタと暴れているが抜け出せずにいるらしい。そして彼女は極めて露出の激しい民族衣装?を着ている。そんな状態で暴れればどうなるか…

 

「ここまで色気の無ぇパンチラは初めて見た」

 

「女の子のパンツ見て可哀そうって思ったのは初めてかな」

 

 どうにもならなかった。

 

「え。白野おま、普段女子の下着どんな目で」

 

「とりあえず話聞き出そうか」

 

「あ、おい」

 

 どうでもいいい話をさっさっと切り上げた白野はジタバタ暴れる兎のお尻をパシンと叩いた。

 

「じっとする」

 

「は、ハイ」

 

 カメさんはいじめてはいけないが、彼女は兎さんなので問題はない。大人しくなったのでティラノの口をこじ開け兎さんを取り出した。

 

「…セクハラ」

 

「たまにやることおっさん臭いんだよなぁ」

 

 外野が何やら言っているが、仕返しは後に取っておくことにする。 今はこの痴女兎から情報を集めることが重要だ。願わくば王国や帝国による奴隷狩りにあった善良な亜人で、彼女を連れ帰るだけで樹海に住む亜人族が諸手を上げて歓迎するような人物であればいいと思いながら。

 

「も、もうダメかと思いました~~!あ、助けて頂いてありがとうございます。私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです!あと、私の仲間達も助けてください!」

 

 …白野も、ハジメも、ユエも、嗚呼ダメっぽいなぁ。と察したのだった。

 




「(そういえば、何でこの兎を見てラニが痴女みたいな想像をしたんだ?)」


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樹海案内人

あけましておめでとうございます。




「私の仲間達も助けてください」

 

「二回言った、必死か。…必死だよね」

 

 謎の巨乳露出過多白兎…シアは何となく嫌そうな雰囲気を出した白野に縋りついてもう一度言う。先ほどまで双頭ティラノのお口の中に入っていて、涙は勿論鼻水やら砂埃やらで汚れており、白野は少し、ほんの僅かにだけ、「うわっ」っと漏らした。女の子に基本激甘な白野が言うのだから、まあ酷いことになっている。

 

 さて、目的地であるフェアベルゲンに向かう為、現地住民である筈の兎人族を助け出したのは良かったが、問題はさらなる追加クエストが発生してしまった事だ。ゲームならある意味お約束とも言える展開だが、急ぐ旅をしている身としては、張り倒したくなってくる展開だ。

 ハジメはしゃがみこんでシアに視線を合わせ、とりあえず状況の整理をすることにした。

 

「状況が読めねえな、お前らはハルツィナ樹海に住んでる兎人族だろう。なぜこんなところにいる」

 

「そ、それは………わたしのせいなんです」

 

それからシアは語り始めた。

魔力を持たない筈の亜人族に何故か生まれた、魔力を持った魔物のような兎人族の少女とそんな彼女を愛し、見捨てなかったハウリア族。

 しかし、亜人族の国フェアベルゲンはそれを赦さなかった。

 正体がバレたシアをそれでもハウリア族は見捨てず、罵らず、一丸となって山脈地帯を目指すことにした。

 しかし、そこで…

 

「まて、その話長くなるか」

 

「ですがそこで…え…あ、ええっと。そうですね、まだ少し…」

 

「っち、長話に付き合う気は無い。端的に答えろ、今どういう状況で何をして欲しい。こっちの要求は後で伝える。いいな」

 

 明らかにシリアスな話だったのにぶった切るハジメに、流石のユエも引き気味だ。白野は未だにしがみついて離れないシアが若干鬱陶しく感じてきていて、むしろGJと心の中で思っていた。いくら美少女でも、涙はともかく鼻水を擦り付けられるのは勘弁なのだ。

 

 その後引っぺがされたシアは白野に濡れたハンカチで丁寧に顔を拭かれ、泥だらけになったハンカチを見たシアは顔を青くしながら謝ったりという一幕があったりして、そんなこんなでシアは白野の後ろに乗ってハウリア族の救助に向かった。

 

 

 

『わたしのせいなんです』

 

 別に、シアという少女に同情したとか、共感したとか言う話ではない。確かに、自分のせいで仲間を追い詰めた、という状況はハジメの過去と共通点があるのは事実だろう。でも、これはそんな上から目線の施しなどでは、断じてない。

 

「ハジメ…嫉妬してるの?」

 

「…いや、近いが、どっちかというと…敬意だな。言ってしまえばあいつの今の状況は、俺にとって白野が爪熊に腕を切れられた直後だ。あの時俺は頭が真っ白になって、白野の指示を言われるがまま行って、偶然命を拾ったんだ。あいつは、真後ろに自分じゃ絶対に勝てない敵が迫っていながら、まったく諦めていなかった。一縷の望みを掛けて逃げて、逃げ切った」

 

 これは、シアから聞きかじった状況から想像しただけの一方的な敬意と、手助けだ。彼女を見捨てることは、あの時ハジメを庇った白野を裏切ることになるような気がして、ほぼほぼ無条件で手を貸すことを決めたのだ。例え樹海探索の足掛かりにならなかったとしても、諦める。ただし、その時は長く面倒を見る気は無い。通りがかりの親切なら、その程度だろう。

 

「話を聞いた限り、精々行きがけの駄賃程度の手間だろう。俺は、白野の隣に立てる程度には真面(まとも)な人間じゃねえと気が済まねえらしい」

 

「むう…そこは嘘でもユエの隣って言うところ」

 

 拗ねたような声を出すユエに、ハジメは小さく笑う。あくまで『拗ねたような』だ。なんだかんだユエは白野に憧れを抱くハジメの事を認めてくれているのだろう。ユエを恋人として受け入れた以上浮気をする気は無い。

 ただ、ハジメには白野の背中が焼き付いている。この異世界に来てからずっと見てきた背中は、余りにも凛々しくて眩しすぎた。

 

「悪いな、俺ユエには噓吐きたく無いんだ」

 

「…じゃ、そういうことにしてあげる」

 

「おう、サンキュ」

 

 とは言えこのような話は今更だ。岸波白野は人誑し。ハジメもユエも誑し込まれた人だったというだけの話なのだ。

 

「さて、あっちの兎も誑しこまれるのかね」

 

 

 

 

「ところでシア、君。自分の事魔物のようなって言ってたよね?」

 

 白野とシアは目的地への道案内のため、ハジメたちより先行してバイクを走らせている。ただ、白野がハウリア族の気配を察知したことでナビゲーションの必要が無くなり、先ほどの話の続きを切り出した。

 

「うえ‼は、はいです。魔法が使える亜人が、人型魔物みたいだって。いやー困っちゃいますよねぇ」

 

「魔法陣はどうやって用意したの?詠唱文はどこで学んだの?」

 

「あ、あう」

 

「魔力があるだけじゃ魔法は使えない。そして、魔力の無い亜人族にそれらの知識があるわけがない。単刀直入に聞くよ。シアの固有魔法は、何?」

 

 因みに白野は、魔法に関する知識は無いことも無いだろうな。と考えていた。詠唱はそのまま相手の行動予測になる。樹海に入り込んできた人間が何の魔法を打つかを理解して先手を打つのは戦術の基礎だろう。だが、争いを好まないというハウリア族なら騙せるだろうと考えて、シアに揺さぶりを掛けた。

 

「うう、その……〝未来視〟…です。仮定した未来が見える魔法で、選んだ結果が分かります」

 

「え?つっよ、ずっる、私が欲しいんですけどその能力‼」

 

 白野の強さの屋台骨は強靭なメンタル…も、勿論あるが、基本的には〝先読〟に裏打ちされた戦術眼だ。だが〝未来視〟はその上位互換。魔法である以上魔力の消費はあるが、どう考えても強い。

 

 見切った‼ExtraAttack‼と思っていたら次の瞬間手を変えるような魔法だ。せっこ。

 

「あの、ええっと。気持ち悪いとか思わないんですか…?」

 

「鼻水擦り付けられるよりは全然」

 

「ご、ごめんなさい‼」

 

 根に持たれてた…と小さく呟くシアを放ってさらにギヤを上げて加速する。未舗装路で80km/hオーバー等自殺行為以外の何物でない筈だが、なぜかシアは平気そうだ。ライダーのセンスがある。

 因みに風壁を常に展開しているため向かい風は無く、小石なども吹き飛ばしている。段差は避けるしかないが。

 

(…未来予知か、欲しいな)

 

 白野は基本、あらゆる魔法が使える。だが、固有魔法は魔法陣や詠唱が無く、〝道具作成〟の効果が発揮されない。白野が固有魔法を使うには南雲の生成魔法によるアーティファクトを介する必要がある。

 さすがにそのルートから手に入れようとは思わない。確かに固有魔法である以上可能性はあるが、カニバリズムなど人としての尊厳を捨てた最終手段だ。

 

(…まあいいか。問題は、この才能をフェアベルゲンはなぜ捨てたかだ)

 

 仮定した未来が見れる。という尋常ではない情報収集魔法。例えば樹海に王国や帝国が攻め入ってきたとして、敵陣に突っ込む未来を見れば敵の全容が。何もしない未来を見れば敵の戦略が分かるという戦略魔法だ。或いはそこまで使い勝手の良い魔法では無いのかもしれないが、現に彼女はこのライセン大峡谷で生き残り、白野達に助けを求めることが出来ている。

 

「あ、見えてきました‼あそこです‼」

 

「…割と普通の服だ」

 

 ついに見つけたシアの同族達、なんと彼らの服装は…普通だった。

 そう、シアは痴女だったのだ。

「失礼な事考えてません!?というか、早く早く‼ハイベリアが6匹も‼」

 

「事実の再確認だよ。シッ」

 

 ハウリア族に迫る絶体絶命の脅威は、白野によって文字通り片手間に捌かれた。

 

 

 

「ど、どうして3本のナイフで6匹のハイベリアを倒せるんですか…?」

 

「いや、直線状に並んでたから2本で4匹と、1本1匹。落とした個体の下敷きになる1匹でまあ、丁度だよ」

 

「?????」

 

 そもそもシアからすれば何故ハイベリアが蠅程度にしか見えない距離でナイフを投げて当てて、貫通して2匹殺し、ハイベリアの落ちる軌道の予測まで出来るのか理解できないのだが、まるで白野はこのくらい当然だと言う風だ。そもそもあのナイフ、食器では???

 

 絶技と言うか、技という次元なのか理解不能なモノを見せられたシアを置き去りに、白野達はハウリア族との合流を果たした。

 

 

 

「さて、感動の再会の前に言いたいことが一つある」

 

 と、合流してきたハジメはバイクから降りて最初の一言を告げた後…容赦なく弾丸をぶっ放した。

 相手は先ほど襲われ賭けていた親子の父親…のすぐ横だ。

 

「何を震えて蹲っていやがる。それでそのガキが助かると思うのか?背負って逃げるなり、気を引いて注意を逸らすなり、なんだって手段は有っただろうが。五体満足の身で何を諦めてやがる。そこの兎を見て少しは根性のある奴らだろうと思っていたが、とんだ腰抜けだ」

 

 その瞳には、烈火の怒りがあった。力が無いこと、運が悪かったこと、何をしても無駄としか思えないこと、そんな物、諦める理由にはならない。

 南雲ハジメは弱者だったことを忘れない。弱者の足掻きを無駄とは思わない。無能と蔑まれながらも磨いた錬成の技能、戦闘の技術は間違いなくハジメや白野を生かすことに貢献している。だからこそ

 

「足掻く事をやめた奴が本当の無能だ。覚えとけ」

 

 言葉を切ったハジメはシュラークをホルスターに収め、白野にアイコンタクトをする。これだけ威圧的な態度を取ったのだ、実際に危機を救った白野の方が話し合いはスムーズに進むだろう。

 

『カッコつけちゃって、男の子め』

 

 念話で要らない事を言ってきたが、基本白野の方がカッコつけだろう。まあ本当に格好いいのは反則だが。

 

 そんな訳でネゴシエーターはくのんがハウリア族に向き直り、ハウリア族からは濃紺の髪をした初老のウサミミおっさんが一族を代表するように前に出て、膝を付いた。

 

「えっと、白野さん。こちら私の父でカムと言います」

 

「白野殿、まずは深く感謝を。シアのみならず一族の窮地をお助け頂き、重ねて深く感謝申し上げる」

 

「はい、如何いたしまして。私は岸波白野、あっちの男の子が南雲ハジメで女の子が岸波ユエ。宜しく」

 

 そう言って白野は手を差し出した。カムは宜しくお願いいたします。と丁寧に告げて握手を交わす。交わした手をグイっと引っ張り上げられたカムは抵抗できずに立ち上がる。

 

「感謝は感謝として受けておくけど、私達は樹海の案内役を探している。交渉が成立するなら私達は対等だ。そうでしょ」

 

「…はい。お望みならば、樹海の案内役、務めさせていただきます」

 

 握ったままだった握手に両手を重ねて、ここに契約は成立した。

 

 

 

「…ふむ、なかなかの交渉能力…恐るべし」

「…特別なことしてたか?」

「ん、亜人族はどうしても人間から下に見られがちな種族。…その中でも兎人族は特に。彼らに対して『対等』って言葉は強く響く。加えて交渉が成立するなら、という言葉は他に期待している物は有りません。ていう風にも聞こえる。恩だけ受けて何も返せないくらいなら、多少の無理はしようかなってなるセリフと、演出」

「…生きてる世界が違うな」

 

 なお、一番最初にムチ役として印象付けを行い、アメ役の白野に大きなアドバンテージを与えたのはハジメである。

 




なんかランキングに乗ってる夢見たんですよ(笑)


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殺さない決意

エンダーリリィ面白いよ。みんなやろうよ。
二次創作やるなら呪術廻戦あたりと相性良さそう。誰か書いて。


 42名のハウリア族を連れて白野達は樹海に向けて歩いていた。先頭を歩くのは道案内のカムと白野、最後尾にハジメとユエ、そしてシアだ。子供たちは後ろの方についており、ドパンドパンと魔物を蹴散らすハジメをキラキラした目で見ていた。

 

 最初は怖い人だと思っていたが、なんかカッコイイ武器で派手な効果音とエフェクトをまき散らしながら戦うハジメは、やっぱりカッコよかったのだ。しかも、眺めていたら「モタモタするな、早くいけ」と言いながら口に何か甘い物を放り込まれた。糖蜜の塊とは違った味わいに、子供たちはすでに虜になっていた。

 なお、その飴玉を作ったのは白野である。

 

「へぇ~~~、ハジメさん、子供には優しいんですね。なんだかちょっと意外ですぅ」

 

 そんなハジメにウザがらみするシアにハジメは青筋を浮かべる。コイツウザキャラだったのかと。

 当然大人しくされるがままになる理由もないのでシアの口に指弾で飴玉をぶち込む。

 

「アボグッ…て、照れ隠しですかあ?……、んっぶ、あんれすかこえぇえええ!?」

「8倍濃縮ミント?味だ。しばらく鼻が仕事しなくなる」

 

 当然後味はお察しであるし、アメであるためすぐさまかみ砕いて飲み込むことも出来ない。もし噛み砕いたら今味わっている数倍の清涼感が喉や鼻を蹂躙していく。無濃縮なら普通のミント?味なのに…

 

「白野の趣味?なんだよなぁ…」

 

「ん、困った悪癖」

 

 ゲテモノ作りが趣味なのかと言うほどに料理の際に要らないことをやりだすのが白野である。打率は六割五分程度、材料がほとんど揃わない迷宮深層でよくもそこまでバリエーションを増やせると感心したほどだ。それでもハジメやユエよりは上手く料理出来るため、義手を手に入れてからは白野がずっと厨房に立っている。

 

「しょれでもこれ…ひゃーはなが‼スースーしましゅ‼」

 

 恐らく初めてミント?味を味わっただろうに、その最初が8倍濃縮と言うのは酷い仕打ちかもしれない。ミントスキーもこれは無理だろうという味なのだから。それを吐き出さずに律儀に舐め続けるあたりシアは人が良いのだろう。

 

「白野曰く罰ゲーム用だそうだ。それ食って大人しくしてろ」

 

ガリリ

 

 そんな音が聞こえた。ハジメはえ、マジで?と思わず振り向くと、そこにシアは居なかった…いや、視界の下に何か見える。ウサミミが見える。

 

 …涙目で蹲っていた。馬鹿なのか?

 

「馬鹿だろ」

 

「うう、今わらしの事、馬鹿らって決めつけまひたね!?」

 

「ん、自覚が無いとは救いようがない」

 

「誰が救いようのない馬鹿ですか‼というよりも、聞きたいことがあるんです‼…お二人とも、魔法陣や詠唱無しで魔法が使えるって、本当でアイタア‼」

 

「周りに人がいる状況でなに言ってやがる馬鹿ウサギ」

 

 鋭いチョップがシアの脳天に突き刺さった。魔法を魔法陣や詠唱無しで扱える存在、そんなものは魔物しかいないのだ。悪く捉えればシアのセリフは人型魔物なんですか?と聞いているようなものだ。

 勿論原因は分っている。だが、このデリケートな問題を周囲に子供とはいえ人がいる状況でするようなものではない。

 

「す、すみません、ちょっとテンション上がっちゃいました…」

 

「いや、普通不気味だとか思うところ……まさか」

 

「…シアも?」

 

「はい‼私も魔法陣や詠イッタアア‼」

 

「猶更気を付けろ間抜けウサギ‼」

 

 持たないはずの魔力だけでなく、魔法陣や詠唱無しで魔法を発動する魔物にしか出来ないはずの技能、つまりは〝魔力操作〟を持つ忌み子。それが、シア・ハウリアとハウリア族が追放された理由だった。…やはり人前で暴露する秘密ではない。いくら周りにいるのが子供とはいえ…いや、子供だからこそきちんと隠し通すべきだろう。もし子供たちから秘密が漏れたら、彼らは抱かなくていい罪悪感を持つことになるのだから。  

もう知られている、なんていうのは言い訳にもならない。事の重大さを正しく理解しているかなんて、分らないのだから。

 

 ハジメとユエは最後尾からさらに数歩分後ろを歩いてシアと話を続ける。元々白野が大抵の魔物を蹴散らすため、ハジメ達の仕事は多くない。ユエだけでも置いていこうかと思ったが、先天的に〝魔力操作〟を持つ者同士、気になる話だろうと思ったため二人とも一行から距離を取った。

 

 そうして後回しにされたシアの身の上話や、追放についての詳細が明かされた。

 

「お前、本当に残念だな。他人の恋路に出歯亀した挙句、一族全員追放された気分はどうだよ」

 

「こ、言葉が刺さりますぅ…」

 

 すでに抱いていた敬意だとかなんだとかはどこかに消し飛んでいる。きっと諦めない強さではなく「現状を理解できない馬鹿なんだろう。」

 

「ん、これはちょっと、酷い」

 

「ばかじゃないですぅ」

 

「おっと、口に出ていたか」

 

 さて、とハジメは腕を組んで思考を巡らせる。ハジメは勿論白野やユエも、樹海に到着した後すぐ、ハイさよならと放り出す気は無い。曲がりなりにも追放された場所に向けて逆走させているのだ。流石に不義理が過ぎる。

だが、それでも長い間面倒を見る気は無い。そもそも迷宮攻略をするなら数週間から数ヶ月単位で迷宮に籠る可能性がある。その間にフェアベルゲンの兵士か衛兵がハウリア族を追い出すだろう。

武器やアーティファクトでフェアベルゲンを黙らせる…武力ではなく対価的な意味で取引できる可能性もあるが、シアの問題は予想より根が深い。ハウリア族の追放を無かったことに出来ても、シアは難しいだろう。

 

 ふと、ユエが暗い顔をしているのが目について、思考を切り上げる。少なくともシアやハウリア族の優先度などそれ以下だ。

 

 ユエの肩に手を回して抱き寄せる。拳一つ分の距離が埋まり、触れ合うような距離である。

 

「…えっと、ここでどうして二人の世界を作ってるんですか…?『これからは俺が守るよ』とか言って頭を撫でるところでは?私、イチコロですよ?ヒロインゲットですよ?…どーしてまだ無視するんですかぁ‼」

「黙れポンコツ残念ウサギ、白野から連絡だ」

 

「え?」

 

「帝国兵が崖上にいるんだと」

 

 

 

ハウリア族の行進は止まり、崖上に続く階段前には白野とカムが待っていた。

 

「さて、どうする」

 

 ユエは朧気ながら、ハジメは正確に白野の言葉の含意を汲み取った。だが、関係の浅いカムやシアは冷や汗がつたう。ここで見捨てられては一族の破滅だ。

 

「ど、どうする、というのは…ここで立ち去るのを待つか、追い払うか…という意味ですか?」

 

「殺すか、殺さないかだ」

 

 ハジメが白野の真意を伝える。息を呑むのはシアである。白野は何というか、無茶苦茶な身体能力をしたヤバい人というイメージが後からついたが、最初の交渉で親身になってくれた優しい人というのが第一印象だ。そんな彼女が同族と言える人間族を躊躇わずに殺すという選択肢を上げたのだ。意外という言葉では言い表せない衝撃があった。

 

「で、でも、同じ人間族なんですよね?それに、帝国と敵対することに…」

 

「そう、そこだよ。今後旅を続ける以上、帝国と敵対することは避けたい。かと言って、立ち去るまで待つというのも時間の無駄。だから、目撃者を一人残らず殺してしまうのが、現状の最善手になる」

 

「ん、そうだと思った。白野は良いの?人を殺すことになる」

 

「必要ならやる。生き残りが私たちの事を指名手配でもしたら厄介なんてものじゃない。だから、全員殺すか、納得させて立ち去らせるかだ」

 

 勿論、武力行使以外で帝国兵を納得させて立ち去らせる。まず不可能であることは間違いない。彼らは奴隷獲得という『仕事』に来ているのだ。話し合いで納得するわけもなく、金銭…迷宮にあった金などの貴金属での買収も、むしろ彼らの戦意を高めるだけ。負傷させずにボコボコにする?不可能では無いだろうが、時間が掛かりすぎる。

 殺すだけなら、1分も掛からないのだ。

 

「そして、私達に彼らの殺害を躊躇う理由が、無い」

 

 道徳?奴隷獲得に来た相手に一体どんな道徳や倫理が求められるのか。

 殺人罪?残念だが白野もハジメも日本人だ。異世界での殺人は、日本において罪に問われない。

 …罪悪感?そんなもの、もう躊躇う理由にはならない。

 

「ハジメ、手榴弾が欲しい、30人程度なら2発とナイフで余裕だ」

 

 全員殺すことは、すでに決定事項らしい。極論ここで手榴弾を渡さなかったところで影響はない。10秒で終わる仕事が15秒程になるくらいだ。

 

「本当に殺すんだな」

 

「勿論、ハジメが手を出す必要はないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが断る

「へぁ?」

 

 一瞬、南雲ハジメの画風が変わった。しばらくして、呆けた白野もしばらくして表情を崩し始めた。

 

「ふ…ふふっ、な、ナニッ!!

 

「この南雲ハジメが最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ。…ネタ知ってんのかよ」

 

 正直無茶苦茶恥ずかしい。どうせ知らないだろうとネタに走ったのに、まさか笑いながら応じられるとは思わなかった。おかげで最後までやる羽目になった。頼むからネタの途中で笑うのは勘弁して欲しい。

 

「むう、なんだか二人の世界」

 

「ああ、ごめんごめん。うん、じゃあ断られちゃったし、殺さない方法でやろっか。面倒だなあ」

 

 そう言う白野は硬くなっていた表情を和らげていた。ハジメは一人、選択肢を間違えなかったことにホッと一息、ため息をついた。

 

 

 

 

 

 人を殺すという事に、関わりすぎた。

 今回の出来事は白野に自分を客観的に見直す切っ掛けになった。

 

 そもそもかつての聖杯戦争、これ自体が殺し合いだった。

 子供、軍人、友人…岸波白野の中には平行世界とも言える3パターンもの戦いの記憶が、矛盾なく存在する。

 結局決勝戦までは行けなかった。私の中のアーチャーの残滓が言う限り、何らかのアクシデントによって聖杯戦争から抜け出したのが今トータスにいる岸波白野だ。

 サイバーゴーストという特殊な例を含めて、15回の戦いの記憶があった。

 

 なにより、白野にとって最も大きな殺しの記憶は、やはり今の人生における9歳の時に起こした、あの事件だ。

 

 

 

 昔から岸波白野は浮いた子供だった。

 

 聡明なようでいて意志薄弱。親がいないということの意味を僅か3歳で理解して、施設の大人たちの言うことをよく聞く人形のような子供だった。

 

 自分より小さい子の面倒を見ながら、我儘を何も言わず、楽しそうに笑うことも泣きわめく事もないお利巧で、不気味な子。大人達からはそんな評価だった。

 

 別段困ることは何もないから、大人達は白野に対してさして構わなかった。ふと気づくと出かけていることもあるが、5時前にはキチンと帰ってくる。何も問題は無かった。

 

 自分の居場所はここじゃないという、漠然とした思い。そんな理由から施設をふらりと抜け出しては、近くの公園のブランコを揺らしていた。

 

「ねえ、きみ、なまえは?」

 

 そんな時、名前を聞かれた。白野は一言、「きしなみ、はくの」とだけ答えた。「ふーん」とその少女は続けた後

 

「はくのちゃん!!ひま?ひまそうだね!!かくれんぼしよ!!」

 

 そう誘った。断る理由もないので、しばらくかくれんぼや鬼ごっこで遊んでいた。待ち合わせは無く、会える日、会えない日はあったが、会うたびに少女とその友人たちと遊んだ。

 

 

 

「はくのって親いねーんだろ?コジって奴なんだって‼」

 

 それは友人たちの一人が放った、悪気を僅かに含んだ一言。決してその少年は岸波白野を嫌っていた訳ではない。男子特有の悪戯程度のものだった。

 子供だったのだ。世の中に、悪戯では済まないセリフがある等と、理解できていなかったのだ。

 

 ほとんどの子供たちはコジの意味が分からなかった。だから親に聞いたのだ。そして孤児の意味を聞き、二言目には「もう関わっちゃダメよ」と言う言葉。

 

 その少年は決して白野を虐めたかったわけではない。けれど、引き金は引かれた。

 苛めや暴言は白野に向けられ、白野はそれに取り合わなかった。事実だし、暴行、と言うレベルでは無かったため、無視出来ていた。

 

「いいかげんにして‼そんなこと言うならもうどっかいってよ。このバカ‼バーカ‼どっかいけ‼」

 

 無視できなかったのは、中村恵理という、初めて白野に声を掛けた少女だった。

 一緒に遊んでいた友達を一人残らずボコボコにして叩き返した少女は、息を切らせながらも堂々と言ってのけた。

 

「えりとはくのはしんゆうだから、とうぜん!!」

 

 初めて、選ばれた。

 親に捨てられ、施設の人にも構われず、居ても居なくても変わらない誰かだった少女は、今初めて、

 親友に選ばれた。

 

 その後の事はよく覚えていない。とりあえず泣いたことだけ覚えている。そのままいつの間にか施設に帰っていて、泣き腫らした目を少しだけ心配された気がする。

 

 けれど、もうどうでもいい。どうでも良かった。だって白野は選ばれた。最早赤の他人に如何思われようと、知った事では無かった。

 

「えりちゃん。だいすき」

 

 だから、9歳の時。恵理を押し倒すあの男を見た時、殺してやろうと思ったのだ。

 目の前で男が死んだとき。良しと思ったのだ。

 




うん、まあ、岸波白野の人物像がオリジナルになってくるのは仕方ないよね。ゆるして


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岸波白野に対する疑問

久しぶりにVita起動したんですけどうんともすんとも言いません。
エクストラのリプレイが出来ません。


リメイクまだぁ???


結局崖上の帝国騎士はハジメ新作の催涙弾とスタングレネード、さらに中級雷属性魔法によって3分22秒で沈黙した。当然逃がした者も白野やハジメの姿を見た者、そして死んだ者も居なかった。

さらに馬を繋ぐ綱を斬って誘導し、馬車を宝物庫に放り込んで回収、彼らの足を奪うと同時に同道する兎人族を乗せて旅路を短縮することに成功した。

 

 

 

「顔も隠してあるし、そもそも見つかってないだろう。帝国から指名手配なんて面倒にはならないはずだ」

「そもそも実力主義の帝国が彼らの話に聞く耳持つか、と言うのも疑問だしね。うん、悪くない結果かな」

 

 戦闘時間は大した事は無いが、催涙弾の緊急開発に数時間要してしまった。スタングレネードは元あったものだが、この晴天の下では視界を奪う効果は余り期待できなかった。アレは少し薄暗い屋内等で効果を発揮するものだった為、急遽視界を効果的に奪う兵器が必要だったのだ。

 

「よし、じゃあ馬車に子供たちを乗せて。あと乗馬経験はあるのかな」

「はい。男衆ならば、全員」

「牽引は私のバイクとハジメの車かな」

「もう車の出番か」

 

 もうちょっと風を感じたいんだがとぼやくハジメであるが、普通馬車の牽引なら車である。白野が牽引する馬車はハジメの手によってかなり改造されている。

 

「と言うわけでシアもあっちね」

「はいですぅ」

 

 結構な振動が予想されるため、白野はシアにハジメの車に同乗するよう指示を出す。決してマシュマロを惜しんだりはしない。岸波白野は彼女持ち(予定)なのだ。

 

「おう、じゃあ乗れよ」

「…ん」

 

 ハジメの魔導四輪に近づくシアに、ハジメとユエはビシィと後ろを指さした。そう、馬車である。

 

「な、なんでですかぁ‼見たことない乗り物ですけど、5人は楽々乗れることは見て分かりますよ‼」

「…整備中なんだ。まだ後部座席は解放されてねぇ。アップデートを楽しみにしとけ」

「なんか雑に煙に巻こうとしていませんか!?ほら、案内役が居るでしょう?」

「つっても、もう森見えてるしな」

 

 うっすらとではあるが、地平線の彼方に緑の地があるのが見て取れる。間違いなくあそこが樹海、フェアベルゲンだろう。

 

「でもでも、崖とかでまっすぐ行けるとは限らないじゃないですか!?」

「ほう、成程確かに、で?ここからあっちにまっすぐで良いのか?」

「あぅ……、まっすぐ行くと峡谷に突き当たるですぅ。でも、北よりに進むと大きな石橋があるので、そこを渡ればまっすぐですぅ」

「うむ、案内役という使命は忘れていなかったようだな。良し」

 

 ビシィ‼と差すのは当然、後ろの馬車。まるでハウスと躾ける飼い主の如し。

 

「い、嫌ですぅ‼」

 

 ガバチョ‼ハジメの腰にしがみ付き、涙目上目遣いの黄金コンボを放つシア。まるで小屋に入れられることを嫌がるワンコの如し。

 

 だがしかし、シアはワンコではない。確かにワンコは可愛らしいが、シアにはもっと凶悪無比な武器がある。

 

 そう。おは〇っいである。しがみ付かれたせいで押し付けられたその柔らかくも質量と弾力を兼ね備えた二つの半球体はハジメの理性を盛大に削っていた。

 

 裸体には耐性が付いた。経験もした。だがしかし、この大質量は南雲ハジメにとって未知であり、不意打ちだった。

 

「うぉぁ…‼」

 

 思わず零れた情けない声。隣からくる恋人からの絶対零度の視線、他人事だと傍観を決め込んでいた相棒の失笑。目の前の顔を真っ赤にしながらも「あれ?効いてる?」みたいな表情をしている迷惑兎

 

 やばい。磨かれた生存本能が警鐘を告げる。今すぐに事態の解決を図るべし。一分一秒遅れるごとにユエの機嫌が急降下してしまう。

 だからこそ、ハジメは即座に決定せざるを得なかった

 

「っち、今回だけだぞ」

「はいですぅ‼」

 

 雑に振り払われたことなど意にも留めず、上機嫌で四輪に近づくシア。直前で「どうやって開けるんだろう?」というリアクションをしたが。次の瞬間にはドアノブを引いて開けていた。

 

「わ、すごい。さあハジメさん‼我らがフェアベルゲンまでもうすぐですぅ‼」

「お前はそこから追放されたんだろうが」

 

 ガリガリと不機嫌そうに車に向かうハジメだが…

 

「ハジメ」

 

 本当に機嫌が悪いかどうかなど、ユエなら判る。

 

「…はい」

 

 そしてハジメもまた、ユエの機嫌が本当に悪いことくらいは、理解できる。

 

「今夜は寝かさないから」

「あ、朝まで説教か?それは勘弁してほしいんだが…」

「『は』ってなんだか他の事を期待してるみたい」

「………………………………め、珍しく饒舌ですねユエさん」

「覚えておいて。今夜は、寝かさない」

「…はい」

 

 不肖、南雲ハジメは順調に尻に敷かれつつあった。

 

 

 

 

 ハジメの魔導四輪には〝錬成〟による地面の舗装能力がある。南雲の車が先導することで道を舗装し、牽引する馬車の振動を軽減。その後ろに騎乗した兎人族の男衆、最後に白野の二輪と馬車と続いていた。

 通り過ぎる景色を眺めていたシアだったが、はっきり言ってこの荒涼とした峡谷に見ていて楽しい物などない。余り突っ込む話ではないかと思ったが、聞かずにはいられなかったことをここで切り出した。

 

「ハジメさん。その、岸波さんの事なんですけど。決して悪く言うつもりは無いんですけど、岸波さんは、同族殺しを躊躇わない人なんですか?」

 

 バックミラー越しにシアをちらりと見たハジメは、しかし一言も返さない。ユエとしてはむしろシアと同感というところだ。ユエを助けることを推したのは白野であるし、その後何度も庇われてきた。良心的な人であることは確信している。

 

 

 

 二人の視線を受け、ようやくハジメは口を開いた。

 

「俺も正直意外ではあった、あったが、白野のスタンスは『被害者』だ。この世界に連れてこられた自分とクラスメイト達と共に、元の世界に帰還するべく行動する。これが行動指針だ。勿論、俺も同意している」

 

 今話した内容は先ほども聞いたものとほぼ同じ、要約したものだった。だが、繰り返すということはそれだけ重要であるということ。

 

「加えて、白野の恋人…両片思いの相思相愛なんだが、まだ付き合っていない彼女のメンタルはそう強くない。いや、違うか。正確には、白野を拠り所にしているから、白野が欠けるとメンタル的に不安な奴がいる。……白野がいれば、トップクラスで頼りになるんだがな」

 

 言わずもがな中村恵理の事である。転移してからというもの、ずっと同じベッドで寝ていたと白野が言っていた。それで付き合ってないって一体どういうことなのかと聞いたが、聞かないでくれと話を切られてしまっている。

 

「……それと、これは本当に言おうか迷った内容なんだが、白野はすでに一人、死なせている、…らしい」

 

 

 

 

 これは女子バレー部を中心に流行った噂話だった。岸波白野は一年生の時点でエースセッターになった。セッターというのはチームの司令塔。一年生がスパイカーやブロッカー、リベロ等になるのとは話が違う。チームの中心が白野になるということだ。

 

 当然それを気に食わないと思う者は多くいた。バレー部の2軍達だ。1軍はむしろ肯定的で、全国大会等と言う縁遠い舞台に浮足立っていた。…だからこそ、部内の亀裂は広がっていたのかもしれない。

 

 女子バレー部全国大会出場決定の知らせと共に、一つの交通事故が噂されるようになった。過去に中村恵理の自宅の前で、岸波白野が男を車に轢き殺させたという内容だ。

 ご丁寧に当時の新聞記事や、かつて白野が過ごした施設の者達からの告白文など、決定的ではないが推察され得る証拠が張り出されていた。

 

 この事件に対し、白野は一切臆することなく毅然とした態度を取り続け、教師陣と部内1軍メンバーの協力もあって鎮静化した。

 

 だが白野は一度として、「そんなことはしていない」とは、言わなかった。

 

 

 

 

「だから、白野は何らかの理由で、人を死なせているらしい、と噂されている。この件は中村すら否定しないんだから、ほぼ事実なんだろう」

 

 勿論、『ほぼ』の範囲も重要だ。白野が少年院に入っていた事実は無く、あくまでも事故であるのだ。それが故意であったのか、過失であったのか…偶発的であったのか、計画的であったのか、だれも分からない。

 

「ある意味この噂はブームになっていてな。真実は何なのか、なんて探偵ごっこが流行っていた。その中にはもしかすると真実なんじゃないかと思う物はあったが、まあ、それはいいだろ」

 

 

 ハジメが言葉を切ると、車内は沈黙が広がる。肝心なところはかなり暈したが、彼女たちも女である。想像してしまうのも無理はない。

 すなわち、中村恵理の自宅の前で轢死した男は、何をしていたのか。だ。

 窃盗であったのなら、同情くらいはしよう。流石に死ねばいいと思う程の罪でもない。

 強盗であったのなら、自業自得だ。白野は機転によって好いた人を救って見せた英雄だ。

 だが、その目的が強姦であったなら、地獄に落ちればいいと思う。それに、未遂は無い。例え、行為に至っていなくても。例え、衣服が一つも乱れていなくても。そういう状況に立たされて、そういう視線に晒された時点で、不可治の傷を女性は負うのだから。

 

「多分、その時点で白野は、殺す覚悟を決めたんじゃないかと、俺は思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にそうだろうか。

 彼女の不審な点は数多い。

 いや、もう答えなんて出ている。馬鹿げた答えが頭にある

 Fateシリーズ。奈須きのこ原作の、創作物。

 特別詳しい訳ではない。SNとZero、Apocryphaにプリヤ、そしてFGO。知っているのはそのあたりだ。もしかすると自分の知らないシリーズがあっても不思議ではないのがFateシリーズという物だ。

 

 だが、それで十分だ。干将・莫邪までならよかった。それは、南雲ハジメでも再現できるものだ。だが〝投影魔法〟に『熾天覆う七つの円環』、八咫の鏡に、〝狐之嫁入〟というスキル。ここまでくると、おかしい。

 

 特にこの八咫の鏡と〝狐之嫁入〟というスキルから推測出来てしまうサーヴァント『玉藻の前』との関係が最も怪しい。

 なにせ登場作がFGOの第四特異点、ここで自陣営側としてタダ乗り召喚してちょっと活躍して帰っていくのだ。

 あの、玉藻の前が、だ。

 

 いや、おかしいだろう。はっきり言って特異点を作る側だし、自陣営側でも主役を張る存在の筈だ。だというのに彼女は以後もサブキャラ出演が基本だ。星5なのに。

 

 

 

 これは、本当に、心底馬鹿馬鹿しい仮説であることは分っている。だが、それでも思わずにはいられない。

 彼女は、岸波白野は、誰も知らない聖杯戦争の経験者なのではないか?それが召喚物かクラスカードかあるいはもっと別の物かもしれないが、それでも、英霊召喚を経験しているのではないか?

 

 その過程で、とっくの昔に殺人を経験しているのではないか?

 噂の事件と仮定聖杯戦争の時系列は分らないが、すでに、大量の死を積み上げてしまっているのではないか?

 そう思わずには居られない。だから、怖くて聞けないのだ

 『聖杯戦争って知ってる?』なんて

 もし、肯定と共に神秘の秘匿の為に殺されたら?なぜ知っていると、問いただされたら?聖杯戦争を題材にした創作品が世に出回っていることを知ったら?

 

 岸波白野は如何するのだろうか。

 南雲ハジメには分らない。

 

 

「見えてきたな」

 

 人を拒むかのような霧のかかった鬱蒼とした森、フェアベルゲン。

 第二の迷宮までもうすぐだ。

 




リメイクの新情報が出たら続き書きます


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霧の樹海

しつこいようですが当然のように独自解釈とか設定とか出てきます

ついでに各メンバーの様相をおさらい
白野;両腕義手(白銀)+黒長手袋 エクステラ服
南雲:左目アンクル(投影により黒目に見えるが本来は赤) 指抜黒手袋 服装は原作と同じ
ユエ:服装は原作と同じ+黒手袋+スカートの中に自動拳銃+マガジン


 じっとりとした空気と濃縮されたような森の匂いは、余り快適な環境とは言い難い。ここは森林浴で来るような人を広く受け入れる場所ではない。

 日本に存在する青木ヶ原は天然記念物に指定され、キャンプ場や遊歩道が整備されており、観光名所として有名だ。

 だが青木ヶ原、通称『富士の樹海』と聞いてまず思い浮かぶのは何か、

 恐らく『自殺の名所』や『遭難すると帰ってこれない』という噂だろう。

 そう、観光名所の青木ヶ原でさえ、噂になる程人が遭難し、かつ見つからないのだ。

 そもそも森の中では真っすぐ歩く、ということが難しい。凸凹とした地面に文字通りに林立する木々、躓かない様に自然と視線は下向きになり、やがて少しずつ向かいたい方向からズレる。さらに、迷ったから振り返る、ということが出来ない。ちょっとそこまで入ってみようと軽い気持ちで遊歩道から外れ森の中に入り、そろそろ帰ろうかと振り返る。果たしてその時反転した体は、ちゃんと180°であるだろうか?もし、200°だったら?もし、150°だったら?周囲360°が似たような風景である以上、明確な目印でもなければ正確に変転することすら困難を極める。

 森の中では『来た道を戻る』ことすら、常人には出来ないのだ。

 

「そしてこれは、来た人間を殺すための森、だからなぁ」

「どうされました、岸波殿」

 

 森に足を踏み入れた瞬間視界を覆う深い霧、心得が無ければ5メートル入り込むだけで遭難するだろう。だが、この森はそれだけではない、そこまで人間に対して無関心ではないらしい。

 

「ハジメ、罠だ。この霧は転移の罠と同じ、強制的に魔力を持つモノから魔力を徴収し発動する。霧を発生させる魔法罠だ

「成程、つまり既に?」

「うん、補足された」

 

 魔力を持たないという種族的欠点を、魔力を持たないという特徴として活かす『濃霧の結界』とも言うべき魔法。作ったのは差し詰め解放者だろう。

 ある意味謎の一つも解消された。何故シアの魔力持ちが判明したのか謎だったが、この結界に反応したとすれば納得だ。

 

 愕然とした表情をするのは兎人族の族長カムだ。恐らく知らなかったのだろう。尤も、知るわけがないとも思う。彼らはフェアベルゲンの最弱種族。最も奴隷狩りの被害にあう人気種族。そんな彼らに国家の国防機密を知らせる必要は皆無であり、知るのは主要種族のごく一部だろう。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 つまり目の前に現れた虎模様の耳と尻尾を付けた筋肉質の男は、国防の機密を理解するフェアベルゲンの軍属かつエースなのだろう。

  そして虎男がハウリア族と人間族が連れ立って歩いているということを理解すると、目を見開く。まあ、あれである。外患誘致罪である。確定死刑だ。ついでにシアも見つかった。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員、!?」

 

ドパン‼

 

 

 

 

 銃声が鳴り響き、射線上の若木に風穴が空く。よく撓り、頑丈な繊維質のその木は斧を叩きつけても早々折れる物ではない事くらい、虎人族の男は熟知していた。それを詠唱もなく、弓のように引き絞る動作もなく、一動作で風穴を開けて見せたそれは、最早理解の外側にある破壊兵器だった。

 

「今の攻撃は刹那の間に数十発単位で連射可能だ。お前等に危害を加えるつもりはないが、俺達の邪魔をするというのなら、適切に排除することも視野に入る。回れ右してさっさと失せろ」

 

 そう言いながらハジメは銃口を号令を出した男から外し、そのまま虚空に突きつける。その直線状は隠密、奇襲を最も得意とする者のいる場所だ。

 

(ザムがバレてるなら全員既に把握されている!このフェアベルゲンの森で我々の隠密を見抜く等、どんな修羅場を潜り抜けてきたんだ!?)

 

 先ほど見た超火力に、本人自身の隙の無さ。油断の一つもあれば勝ち目、勝ち筋も見えるが、すべてにおいて勝っている相手が油断も慢心も無い以上、勝ち目は無い。である以上、彼らと戦うのは警備隊を率いる者として出来ない。

 

「その前に、一つ聞きたい」

 

 だがフェアベルゲンの警備隊長として、フェアベルゲンの脅威を「どうぞお通り下さいませ」と素通りさせる訳には行かない。最悪ここにいる全員を捨て駒とし、一人を伝令に走らせて部族を避難させなければ…

 

「何が目的だ?」

「樹海の深部、大樹の下へ行きたい」

「大樹の下へ…だと?何のために?」

 

 大樹は実際、本当にデカい樹というだけだ。無論切り倒されては溜まったものではないが、切り倒して何をするのか、目の前の男ならもしかしたら出来なくもない、かもしれないが、する理由もあるまい。まさか、まさか観光か?そんな疑問が虎人族の警備隊長ギルの頭に過る。

 

「そこに、本当の大迷宮への入り口があるかもしれないからだ。俺たちは七大迷宮攻略を目的として旅をしている。すでに【オルクス大迷宮】は攻略した」

 

 

 

 

 さて、ハジメと虎人族のネゴシエーションは続いているが、はっきり言って白野的には暇である。というか、すごく眠い。オルクス脱出から日を変えずにこの樹海まで来たのだ。特に地上脱出の感動は言葉に出来ないレベルで心を揺さぶっており、まだ19時くらいとはいえすごく眠い。

 だが、流石にここで欠伸をかますのも緊張感に欠ける。眠気覚ましに濃縮ミント飴?あんなものは人の食べるものではない。(なぜかまだマシと云う感想が浮かんだのは誰にも言っていないが)

 

 ふと、視界を左右に揺らすと…くるり巻いた特徴的な植物。ゼンマイが見えた。勿論異世界である以上それが本当に日本のゼンマイと大差ない物であるかはわからないが、もしゼンマイと同等の物なら、食べたい。

 オスカーの隠れ家では限られた食材でどうにかバリエーションを増やそうと四苦八苦していたが、結局「別の食材を使用する」以上のバリエーション、レパートリーの変化は望めない。今までは峡谷地帯であるために食材など無かったが、そう、森の中ならそれなりに食べられる山菜がある筈だ。

 

「ねえ君」

 

 勿論白野は森を侮ったりはしなかった。現地ガイドがこんなにいるのだ。食料確保の為暫く抜けても大丈夫だろう。眠気覚ましも兼ねた山菜狩りに、目についた兎人族の少女に声を掛けた。

 

「ふぇ、わ、わたしですか…?」

「そう君。君、山菜には詳しいかな?」

「え、ええ、はい。この森の必須知識なので」

「それは良かった。あのくるって回った植物があるでしょ?あれって食べられる奴だったりする」

「わ、すごい。野生で生えてるの初めて見ました。勿論食べられます」

 

 集団から意識されないようにスルっと抜けてゼンマイ擬きを収穫する。採れたてを生で…なんてやっても美味しい訳もない。いや、恐らくは奈落産野菜擬きよりはマシだろうが、適切な調理を施した方が良いに決まっている。目につく限りを適当に摘み取って、先ほど声を掛けた少女に見せる。

 

「目についた見覚えのある山菜取って来たんだけど、どうかな、毒がある奴とかある?」

「き、岸波様は山菜摘みが上手いですね…人間族はまず霧に飲まれますのに」

 

 慄きながらも籠に入れられた山菜から食べられないものを除いていく。道中の食糧は何とか残ったハウリア族の保存食とハジメたちが持ってきていた奈落産保存食(クソマズ)という味気ない物ばかりだった為、心なしか嬉しそうである。

 

「…君、名前は?」

「ほえ、わたしですか?ヤオと言います。あとこっちが妹のヨルです」

「なに、お姉ちゃん。あ、岸波様。どうかされまし…」

 

 疲労と状況(虎人族との交渉)が重なって青い顔になっている少女ヨルは『この状況で何してんの』的な表情へと変化させる。確かに呑気と言われれば否定できないが、白野としてはどうこじれても余り問題は無いのだ。白野の有する〝道具作成〟のスキルにより、今もこの『濃霧の結界』を解析し続けている。時間はかかるが一ヶ月は掛からないだろう。より広い範囲を見て回ればより解析も進む。最速で1週間という予測だ。

 

「えっと、岸波様、お腹すいたんですか?保存食ならこちらに…」

「えっと、ごめん、眠いだけなんだ。ちょっとした眠気覚ましに何かしたかっただけなんだよ」

「ア、ハイ」

 

 この状況で眠いと言い出す奴は傍から見ればヤバい奴であることは間違いない。しかし、だからと言って今の状況に緊張しろと言う方が無理な話。何かあれば念話が飛んでくるだろう事を考えれば、今のところ順調な話し合いで進んでいるということだ。

 

『白野、今から伝令がフェアベルゲンに向かう。返答が来るまで待機だ』

『ええぇ。眠いんだけど…』

『ふざけんな。俺にだけ面倒ごと押し付けやがって』

 

念話でグチグチと文句を垂れるハジメの下に白野は採った山菜を持って向かう。

白野を見た瞬間にハジメの念話も止まり、視線は小山になった山菜に向いている。

 

「素揚げにする」

「でかした」

「流石お姉ちゃん。さすおね」

 

ハジメの手の平はよく回った。しかしついて行けないのは真横で極度の緊張状態にあるシアとカム、及びその他亜人族全員である。

 

「…え。まさか今から!?この状況で!?」

「そんなにすぐ帰ってくるわけじゃないでしょ?」

 

それはそうだ。距離もあれば内容が荒唐無稽。伝令が正しく伝えられ、ハジメ達の入国許可が出せる程の人物に話が伝わる迄の間すら時間が掛かるだろう。1時間か2時間以上は見ておくべきか。

もはや止める間もなくすでに一行はキャンプ飯の準備を整えている。

 

ハジメは調理道具である鍋を取り出し、奈落産植物油(割とまとも)を熱し、白野は採った山菜の水洗い。ユエは椅子やテーブルをセッティングしている。

そして驚くべき速度でそれらの下準備を整えた一行はさっそく席につく。

 

「じゃ、揚げていきまーす」

「よし来た」

「待ってました」

 

じゅぅぅぅうううううううううう‼

 

適温に熱された油が水に触れて弾ける音と共に香ばしい匂いが充満する。

処分待ちの兎人族が、監視中の虎人族がお互いに何だこの状況と見合わせる。

そして今、皇后特権により天職〝調理師〟となった白野の目が輝く

 

「‼ 上手にできました‼」

 

恐るべき速さで掬い上げられた食材たちは繊細かつ高速の油切りにより適切に油を落とし、大皿の上に転がされていく。

きつね色が付いたゼンマイ擬きやキノコ、イモ類等々が何の趣向も凝らさずただ油で揚げただけで振舞われる。

 

即ち、極上の一品が、目の前にある。

ごくりと喉が鳴り、お互いの目が合う。

 

「「「いただきます‼」」」

 

食材たちに溢れんばかりの感謝を捧げ、品もマナーもなく食材に箸を突き刺して齧り付く。

最初に感じるは熱。油の香り、そして。

ゼンマイの深い香りと苦み。その中に確かに感じる旨味。

キノコのしっとりとした歯応え。独特の風味。

イモのホクホクとした触感。僅かに感じる甘味。

 

全て、どれもこれも地下で喰ったすべての食材を上回る。美味。

鍋に投下した第一陣を食らいつくしたあと、間髪入れずに第二陣を投入する

さらに白野は塩とスパイスを取り出し、独自のブレンドを始める。即ちオリジナルクレイジーソルトの出来上がりだ。

 

第二陣が揚がり、クレイジーソルトをチョンと付けて一口

 

 

 

出来が変わった。否、格が上がった。

生命が本能的に求める塩味という味覚の原点、これは飽食文化の日本ですらおにぎり、ポテト、焼き鳥、そして揚げ物の味付けとして人気を博している。ただ塩味が付いただけで旨くなるのは人類の生理学を基にした当然の帰結。

だがそれだけではない。塩と共に最適化されたハーブのブレンドが香辛料としての役割を果たす。

ゼンマイの苦みに絡み合いコクとなり、キノコの淡泊な味わいは塩味を引き立て、イモの優しい甘味が旨味へと昇華する。

 

これぞ、料理。

遂に白野達は食と言う文明を取り戻したのだ。

 

 

 

因みに(馬鹿馬鹿しさに)我慢しきれず飛び出した虎人族は完全ノールックでゴム弾により鎮圧されている。

 




フェアベルゲン編のボスくらいまでは書ききりたいなぁ


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