古代兵器のお屋敷のんびりメイド暮らし。 (親友気取り。)
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1 とある日のソラ。

猫耳アンドロイドロリが生活に慣れた頃の光景です。


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 Network: Error.

 Battery: 78%

 Auto reboot:OK.

 System: Normal mode.

 

 Success.

 Have a nice day! Miss Solar!(*'▽')b

 

 

 

 ──午前8時丁度に起動。

 開いたままのカーテンから覗く現在の天気は晴れ。

 バッテリーの充填は少し不安が残るけれど、今日このまま晴れが続くのなら問題はなし。

 

 目覚めと共に横たわっていたベッドから起き上がり、パジャマを脱ぎ、クローゼットに収めていたメイド服を着用していく。これは排熱効率を良くするためにファスナーで開閉可能なスリットを多く盛り付けた、私専用の物だ。

 ただ時間の無駄な作業が増えるだけとなる手間な着替えは本来必要ない。稼働中でない休眠状態の私に寝相や寝汗といった物は存在していないので。

 しかしここの主人に……ここの屋敷の主であり私の所有者であるジョージに、そうするよう命じられたのだ。人間らしい生活をしろと。

 

「……」

 

 だが人間らしい、と言われても私に演じられるのはやはり“人間らしい”まで。

 サイドチェストの上に置いていた四角い通信機ふたつを持ち、左右のこめかみ部分にあるソケットへ嵌める。続いて同じ場所に置いていた視覚強化機能付きバイザーをその通信機へ眼鏡をかけるように取り付け、額の上に乗せて完成。

 これが私にとってのデフォルト装備であり、色々と汎用性の高い装備だ。

 戦時中じゃない今の生活には無くても全く不便はないしなんなら邪魔でもあるけど。でも、これらが無いとなんだか少し不安になる。なので付けている。

 

 “人間らしい生活をしろ”、なので生活面の話ではないこれを身に付けたって怒られないだろう。私はそう解釈した。

 必要ないのに怒られるか否かを判断してまで装着するなんて、自分でも無為な事をするなぁとは一応思っている。

 

 まぁ別に機械の身体である事を隠している訳でも隠せる訳でもないし。というか隠せとは言われてないし重大事故でも起こさない限り外せとはならないだろう。たぶん。

 こんな追加装備を付けなくたって、排熱用に取り付けられた頭頂部の三角形をした通気口ふたつ(よく猫耳と呼ばれる)が目立っているし。

 

 

 色々考えながらも手は動かし続けて準備完了。

 鏡の前に立ち、身だしなみに乱れがないのを最終確認。

 

 

 私の名前はソラ。

 今は昔、機械戦争時代と呼ばれている過去に生まれた戦うための自立人形兵士。

 

 今は、平和な港町の邸宅でメイドをしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在地はモリカマ国、ケィヒン海岸にある港町。領主ジョージの屋敷。

 時刻は9時26分。ほぼ計算予定の通りに業務を続け、今の所は支障なし。

 邸宅とは名ばかりの、実質は豪邸程の敷地面積を誇る無駄に広い館内のカーテンと指定されている窓を開け換気し、その後食堂へ料理を運び、そして定時にジョージが食事中となるのは毎朝年中変わらないルーティン。それがお仕事。

 

 メイドらしく主人が食べる横にすらっと佇みながら食べ終わるのを待つ。

 雑談の話相手としては力不足だが許して欲しい。

 

「……」

「……」

 

 ──私がこの屋敷へ来る前までは3人いる他のメイド達が交代で早出を決め朝の業務をこなしていたようだけれど、今は屋敷の一室を借り住む私が専任で担当している。

 専任ではあるけれど、しかし年中無休という訳ではない。時折休日として業務の存在しない日も存在する。

 私は機械であり仕える為に生まれた存在なので休みは必要ない筈なのに、例の“人間らしい生活を”だ。

 休日にやる事もないし働いていた方が良いと思えどそう伝える手段がないので断る事も出来ず、かといって命令を無視する訳にもいかないのでその日は余暇を過ごさざる得ない。

 

 

「なぁソラ」

「……」

 

 む。ジョージが話しかけてきた。

 話しかけられた所で私に返答する事は出来ないのだけど、それは向こうも分かっているし話を続けてくれるはずだ。

 私も、ジョージがこう話す時は大体何かお願いしようとしている時だとわかっている。

 

「ずっとほったらかしな裏庭をそろそろ片付けようかと思ってな。お前さえ良ければちょっと手伝ってくれないか?」

 

 ああ、確かに裏庭は雑草だらけ。去年の夏はそこから虫が大量に出て酷かったと聞く。

 そこを片付けられるのなら私としてもやりたかった事だし問題ない。

 

 ここのメイド仕事も私が来る前までは先輩メイド三人で回せていたし、私の仕事はそのお手伝い程度なので何かご用とあれば時間は作れる。

 分かりやすいよう大きく頷く。

 

「そしたら今日は他の仕事は良いから、裏庭を頼もうかな」

「……」

 

 私情もあり夏までに片付けたいので、確固たる意志を示しもう一度大きく頷く。

 ただでさえ夏は排熱の為に頭の猫耳的通気口のシャッターを全開放しファンを大回転させ耐えるしかなさそうなのに、そこの隙間へ虫が入ってこられたら堪らないのだ。

 機械の身とて色々と困る。本当に色々と。メンテナンスが大変になる。

 

「おっけ。今まで虫の駆除とかドブの掃除とかそういうなんというか……泥臭いとかめっちゃ疲れるのは俺かシャーロットしかやれなかったんだが、お前もそこらへんを手伝ってくれるのは本当助かる。ありがとな」

 

 いや、ドブは流石に生体スキンが変色してなかなか直らなさそうだし虫も前述の通りでちょっと嫌なんだけど。

 

「ごちそーさん。じゃ、こっちも仕事片付いたら手伝いにいくぜ」

「……」

 

 言うが早いか席を立ち、食堂を後にされてしまった。

 ドブは流石に嫌だと訂正する声は出せない。

 会話ができないのはこういう時やっぱり不便だ。

 

「……」

 

 会話不能は今更だし仕方がないので諦めて、とりあえずまずは使い終わった食器を厨房へ戻そう。そこまでが朝の業務だ。

 台車に食器を乗せて、がらがらと移動する。

 移動距離はそんなにない。廊下を一分と歩かず到着した厨房の扉を開けて、指定の位置で台車をストップ。

 食器類を流しへ置いて、ミッションコンプリート。

 

「おはようございますソラさん。──あのっ」

 

 厨房を後にしようとしたら部屋の奥から声を掛けられた。

 テーブルや道具の影に隠れて私からは見えないが、声からして今のは料理人のトーマスだろう。

 まだ若い男性だけれど仕事としてこの場に立ち、もう一人の料理人であるハーディと共に厨房を任されている人。

 

 実は彼とあまり関わった事が無い。というより、ハーディのいる状況だと直接話し掛けてこないようだ。

 しかし今は例外的にハーディが何故かいないので私に話しかける様子。一体何の用だろう?

 早く言わないと今はどこにいるのか分からない彼が戻ってきてしまうぞ。

 

「その、これ作ってみたんですが……」

 

 周囲をきょろきょろと警戒しながらこちらへ歩いてきた彼は、背の低い私の目線に合わせて少し屈みながら小皿を差し出す。

 そこには、焼き立てだろうクッキーがいくつか乗せられていた。

 

「……」

「食べて、みませんか……?」

 

 かわいらしい小ぶりなクッキー達。私や、他のメイド達へ向けて作られた物だろう。

 しかし大変申し訳ない。残念ながら、食事はできない。

 仕事とかそういうのを抜きにして、機械の私は人間的な消化器官を保有していないから。

 断るために首を横に振るう。断るのはとても心苦しい。

 

「──トーマス」

 

 せっかく作ってくれた物を拒む私とどうにかして私に食べて貰いたいトーマスによる短い攻防は、低い声によって終了した。

 

「は、ハーディさん……」

 

 寡黙で厳しい(と、私は評価している)ハーディが帰ってきた。私の後ろにある扉からぬっと現れた。

 彼の目には、トーマスがメイドである私の仕事を邪魔しているように映っただろう。

 別にトーマスは悪い人ではない。それどころか、喋れない私と仲良くしてくれさえしようとしているのだ。

 

 振り返り、エプロンの裾を摘まんでちょいちょいと引っ張り首を横に振る。

 トーマスを怒らないでやってくれという意思表示なのだが、通じてくれるだろうか。

 

「ん、なんだソラ」

「……」

「んだよ、首振ってもわかんねぇよ……」

「……」

 

 ふるふる。ふるふる。

 

「だぁもう分かったよ、仕方ない。トーマス、一個だけな」

 

 一個だけ?

 

「よしっ。はい、ソラさん」

 

 すっと小皿がまた差し出される。

 違う、そうじゃないんだ。

 ふるふるふるふる。

 

「まだ首を横に振ってますね……」

「嫌いなんじゃねぇのか? それ。ソラ坊は意外と苦いのが好きだったりとかよ」

「そんな!」

 

 うーん、嫌いって事でも良いから断っていると気が付いて欲しい。

 あと、こんなことしている間にも時間が……。

 

「……」

 

 あ、そうだ。時計を指差そう。

 柱に掛かっている時計を示す。

 

「……」

 

 これで、伝わるかな?

 

「時計……時間? あ!」

 

 トーマスが気が付いてくれた。

 

「火、入れっぱなしだった!」

「何してんだトーマスッ! 火を扱う時はその場を離れるんじゃねぇ!」

 

 ああああ、そうでもない! 火事を防げたのは良かったけど!

 私は断りたいだけなのだ、クッキーを!

 

「……」

 

 ばたばたと二人が動き回り、止めることもできない。

 ……もう、いいや。逃げてしまおう。

 

 折角私へ用意してくれたクッキーを断ってしまったりと心苦しいけれど、奥でわちゃわちゃしている隙に厨房を後にする。

 ブロンテかシャーロット辺りに上手く取り繕ってくれるよう後でお願いしよう。喋れないけど、頑張ってその辺を伝えよう。

 

 

 

 厨房以外静かな廊下を進んで裏口を開け、雑草だらけの裏庭に出て、離れの倉庫へ。

 朝の業務が終わった後は通常の業務が始まるので、ジョージから指令を出された雑草取りに早速とりかかろう。

 他のメイド達へは喋れない私に代わってジョージからそう話を通してくれているはずだし問題ない。

 

 ぎぎぎと錆び付いた大きな扉を開けて、少し埃っぽい倉庫内へ足を踏み入れる。

 ここに鎌や除草剤といった基本的な物が揃えられているのはいつかに聞いて知っていたが、裏庭が長い間放置されている事から想定される通り道具も放置され錆びたり薬品は使用期限が過ぎていた。あと蜘蛛の巣のように埃が絡み付いている。

 裏庭はいつから放置されているんだろう? 気になるけど聞けない。

 

「……」

 

 ある程度見繕って、私の力に耐えられそうな草刈り道具が無いと判断。素手でむしるしかなかろうし棚に置いてある布手袋だけ持つ。

 ひとまずはこれで良し。

 

 私はかつて戦場で動いていた身。そして機械。

 過酷な状況であろうと鉄の身体には響かず、太陽光さえあれば幾らでも活動できる。

 

 今まで機械らしい仕事と見せ場はあまりなかったが、今日こそ見せてやろう──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手伝いにきたわよ! ……って!」

 

 あ、エミリーだ。メイド仲間のエミリーが来た。

 だが残念な事に横50メートル縦25メートルのそこそこな広さの庭に生えてる大小様々な雑草達は引き千切ってもう生存している個体は存在しない。

 ふふん。ジョージもエミリーも、来るのが遅かったな。

 とくと見よ、今まで埋もれて見えなかった煉瓦の小道も発掘したぞ。あと池と思わしき堀も。

 

「根っこが残ってるわ!」

 

 ? 根っこ?

 怒られた理由が分からず首を傾げる。

 

「あ、急に怒鳴ってごめんなさい……。でもソラ、雑草処理は基本的に根っこから引き抜かないと駄目らしいのよ?」

 

 ふむ? 植物とは根で水分を得る他に、私と同じで太陽光を得て食事としているはず。

 光の受け皿である緑の葉っぱ部分を破壊するのは間違ってないとは思うんだが……。真っ二つにするという致命傷も与えてるし、芝のように短く刈り揃えたし……素手で……。

 

「雑草魂を舐めちゃいけないわ。こいつらは例え根の一本でも残っていればそこから復活する逞しさがあるの」

 

 そんな、まさか!

 当時最先端の技術を駆使して完成した私ですら、胴から真っ二つとなれば流石に生物的な言葉で死を迎えるというのに!

 無敵の兵士と呼ばれていたらしいそんな私よりも、そこらの雑草の方が強いのか……。

 なんということだ……。

 

「大丈夫よソラ。知らなかったなら仕方ないし、失敗しても落ち込まないで」

 

 うう……。私はエセ不死身だ……。

 

「むしろ背丈のある草や厄介な蔓状の奴が多かったしそれを取ってくれてるなら助かったわ。だから大丈夫」

 

 エミリーは慰めてくれる。その失敗も確かにへこんでいたから助かる。

 でも、どうしようか。土をほじくり返して根っこを除去するにも、広さと数があるので大変だ。

 夜通しの作業でもすれば明日までに間に合いそうだけど。

 

「そしたら、後は耕しましょ?」

「……」

 

 首を傾げる。耕す?

 不死身の根っこがあるまま土を柔らかくしたら、それこそ再び雑草だらけになるのでは?

 

「背の高い植物が生えるには硬い地面が必要なの。だから、土を柔らかくしてよわよわでザコザコな雑草だけ生やさせるのよ」

 

 うーん。それで、いいのか。

 耕すだけでいいのなら、疲れ知らずの私にとっては楽な方法だけど。

 

「それに、ああは言ったけど最近は根から引き抜く方法はあまりよくないなんて話もあるからね。色々試してみましょ」

 

 そうなのか。雑草処理一つに色々な解があるのか。

 私は全く専門外でよく分からない。破壊は得意なのだけど。

 

「倉庫に(くわ)ってあったかしら」

「……」

 

 頷く。確かそれっぽいのがあった。

 

「時間は作ってあるし手伝うわよ」

 

 それは助かる。疲れ知らずの力自慢とはいえ小柄な私一人ではどうしても効率は悪い。

 今日こそ機械の力を見せてやると息巻いたのに、雑草を引き千切るだけで半日を既に要しているのだ。

 特段今日中に済ませろとは言われてないものの、気合いを入れたからには終わらせて自慢したい。

 

 倉庫からエミリーと鍬を持ち出し、早速土へ突き入れ耕していく。

 根っこの混じった土は所々私にも分かるほど固まっている部分もあるのでそれを崩したり、芯のように張り巡らされた根を押し切る際に力加減を間違えないようにしないといけなくて少し大変だ。

 私の力では簡単にこの程度の、木製の持ち手な生身の人間用の道具はちょっと力を入れるだけですぐ握り潰して──。

 

 

 ──ばきっ。

 

 

 ……ほら、こんな感じに壊してしまうんだ。

 …………うん。真っ二つに折れてしまいました……。

 

 

「ソラさん!?」

 

 も、申し訳ない。私が強すぎるあまり、道具を破壊してしまった……。

 

「お怪我はありませんか!?」

 

 この程度で損傷は起きないけど、鍬が……。

 はぁ……なんか今日は上手くいかない事ばかりだ。

 

「道具が古いのかしら。後でジョージ様に言わないと」

 

 壊れていない自分の鍬をさくっと地面に刺したエミリーは手を叩き、今日はお開きとでも言いたげな雰囲気を出す。

 私はまだ終わる気はないのだが。素手でも構わないし。

 道具を壊してしまった以上、名誉挽回としないと……。

 

「──お。思ったより進んでんなぁ」

 

 む、ジョージ?

 

「あら、ジョージ様」

「……」

 

 仕事が一段落したらしいジョージが現れ、私の頭をわしゃわしゃとしながら良くやったと褒めてくれた。

 それは、うん。草むしり頑張ったけど。芝生みたいにしたし。

 

「エミリーも手伝ってくれたのか?」

「いいえ。雑草処理は全部ソラさんがしてくださいましたわ」

「すげぇな。ありがとう」

 

 いや、その。

 褒めてくれている所申し訳ないのだけど、色々問題が……。

 

「……」

 

 ふるふると首を振って撫でているジョージの大きな手を振りほどき、土を掘りわけ根っこを示す。

 これの処理をミスしてしまって……。

 

「ソラさん、まだ気にしていたの?」

「根っこがどうした?」

「……」

 

 もうひとつ、ふたつを拾って集めていく。

 

「雑草処理は根っこから引き抜くと私が言ってしまったばかりに……」

「んー? ああ、あの草の山はそういうことか。引きちぎって処理してたんだな」

 

 その通り。

 それに鍬を破壊してしまっているので、それも差し示す。

 私は今日、色々と問題行動ばかりなのだ。

 本当に申し訳ない。

 

「ソラにエミリー。そこまでやんなくていいぞ? 今いくら丁寧にやった所で、後からまた雑草は生えてくるんだし」

「それは……そうですわね」

 

 その話はエミリーに聞いた。

 雑草は、根さえ残っていれば無限に生えてくるのだと。

 

「どうしても毎日の管理が必要なんだよなぁ。新しく庭師雇うにも探さなきゃだし。…………よし、ソラ。だったら明日からここに畑作ってみるか?」

 

 ……畑?

 

「それは良いですわね!」

 

 畑って、野菜とかを作る?

 えっと、流れがよくわからないのだけど。なぜそんな話に?

 

「明日以降、裏庭の管理と一部スペースを使いちょっとした農園を作ろう。んで、その仕事をソラにやらせてみよう」

「……」

 

 裏庭の管理というのは、私の宿敵である雑草を倒し続ける使命でいいのかな。

 でもどこから畑、農園、そういうのが? どこから?

 というか農具を使うとなれば、また壊してしまう恐れが……。

 

「趣味探しも兼ねたお仕事って訳でどうよ? 嫌になったら別にやめればいいし」

「ソラさん。私もお手伝いしますわ」

 

 ま、まぁ……うーん。

 裏庭の管理、管理人……。

 

「……」

 

 力加減、学びつつやろう。

 任されたのならば全力で答えるのみ。喋れぬゆえに断れないし。

 今度は失敗しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後6時丁度。

 二階の廊下の窓から外を見れば、薄暗くなり始めた街路のガス灯に光がゆらめき始める時間。

 午前8時30分から午後5時30分までが業務時間である私は、最近こうして風景を眺めて仕事を終えるようにしている。

 

 何となく、煌めき揺らめくガス灯が好きなのだ。

 何となく眺めたくなる。

 

 もうすぐ夏となり日照時間が延びて仕事終わりに見られなくなるのは寂しく思え、これは趣味や趣向と言った感情なのかも知れない。

 機械である私にそのような思考回路があるのか、本当に感情があるのかは実際のところわからないけど……。

 

「……」

 

 窓から離れ自室へ戻る。

 仕事の時間は終わったので私服に着替えるのだ。

 

 メイド服はメイド業務時間中のみ。それ以外は与えられた私服、寝る時はパジャマ。

 人間らしい生活とはいうが、一日に何度も着替えなければいけない人間は不便じゃないのだろうか?

 

 疑問に思えど断る気はしない。

 単に時間が余っているというのもあるし、メイド仲間のアンが世話を焼いて持ってくるカラフルな衣類は折角だから着ておきたい。

 勿体ないからというのもあるし、貰い物を着て人に見せると喜ばれるし。

 

「……」

 

 クローゼットからまだ着用したことのない物を出し、ささっと着替える。

 今日のこれは何だろう? ハンガーに付いているメモ紙には「セーラーワンピース白」と書かれているけれど。

 

 ワンピースというからにはワンピースなんだろう。

 でもセーラーって? 水兵?

 でも水兵服ならスカートじゃないだろうし……。

 

「……」

 

 着終わったので姿見の前に立ち自分を見る。

 なるほど、セーラー……水兵服の上部分だけとワンピースを合わせた物か。そういうファッションか。

 服自体は、可愛いんじゃないかな。

 私本体の目付きがとても悪いのと、頭部がオプションだらけなせいで可愛らしさが減点しているように見えるけど。

 

 目付きが悪いのは恐らく威嚇用だ。低身長で子供にしか見えない私に取り付けられた、敵へ威嚇する目的と考えられる鋭い目付き。

 敵を怖がらせたいのならそも子供の体形をベースにするなと思うが、そこはコンセプトがデータに無く分からないので仕方なし。

 平和な今の時代においては可愛いらしい服が似合わない事と、野良猫が怖がり近寄ってくれないという悩みの種でしかない。

 

「……」

 

 ぎしっと自室の窓際にある椅子へ腰かけて、闇に沈み始めた裏庭を見る。今日のお昼に色々と作業をした裏庭だ。

 頭部の視覚強化バイザーには暗視機能もあるが、そこまでして見るほどじゃない薄暗い裏庭。

 

 明日以降は私の管理下になるそうだが、何をすれば良いものか。

 畑を作るとは決まってるとはいえ何を植えるのか、畑と決めた以外のエリアはどうしていくのか、それら全て何も決めていない。

 

 折角なら“人間らしく”振る舞っている通り、自分で手入れした庭園に愛着が沸いてくれる、あるいは土いじりが趣味となるのを願いたいものだ。




次回はソラがこの屋敷へ来た頃のお話です。
特殊タグと和解ができないよ……!


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2 蘇るソラ

あああ感想! お気に入り! 感謝ですわ!(発狂)

という訳で一話目に来る予定だった、ソラが発掘され目覚めるまでのお話です。前半割りと説明多め?
時系列的に一番最初。ほのぼのメインにしたいのでシリアスは一瞬。投稿は明日。


 雑多な物が陳列される薄暗い部屋の中央に置かれた棺の蓋が、ずずずと重い音を立てながらゆっくりと開かれる。

 オッペンハイマー商会に所属する昔馴染みの考古学者・ブロンテに連れられて見せられたそれはまるで……全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、棺の中に寝かされた小さなその姿を一言で例えるのなら“ミイラ”だろう。

 観察しても特別な部分があるか包帯だらけで分からず、何とか上げるとすれば頭頂部に二つの出っ張りがある事と左腕が肩から欠損している位なものだ。あとカビ臭い。

 

 ブロンテが調査をしていた機械戦争時代末期の、今から千年ほど前の遺跡から発掘されたらしい。

 ただ、わざわざ地方にいる俺を呼んでまでこれを見せる必要が今現在に至るまで話されていないので全く分からない。

 

 

 現在地は首都モリカマの中央、商会支店にある地下倉庫。

 普段なら絶対に足を踏み入れないこんな所へどうして、突然「話がある」とわざわざミイラ一体の為に呼んだのだろう。俺に考古学の趣味はないし、それゆえの収集なども行っていない。

 

 疑問に思う俺をやはり無視してブロンテはしゃがみ、丁寧に床に置いた棺の蓋に書かれた文字を読み上げる。

 

 

「正式名称は二八式軽自立機械人形。個体名はソラ。──ミイラなんて呼びをしないであげてくれ」

 

 

 どうやらミイラと呼んだのに腹を立てているようだ。

 その二八式……なんたらソラはともかく、そろそろ俺が呼ばれた理由を聞きたいんだけど。

 

 俺が普段いるケィヒン海岸と首都モリカマまではいくら急いでも、交通の都合上2日や3日は掛かる。

 当然その間は仕事が滞るし、よっぽどの事でなければ流石にそろそろブロンテを怒らなければなるまい。

 彼女は時折思い付きで行動し周囲を振り回すことがあるのだ。周囲、というより主に俺を。

 昔からの良き友人を便利な人間だと勘違いしていないか? 

 

 

「まず結論から話そうジョージくん。君にはこのソラを買い取って頂きたくここまで来てもらった」

 

 ……買い取り? 

 

「理由は?」

「わたしがソラを欲しいから」

「お前な……」

 

 悪く言えばブロンテは手癖が悪く、遺跡から気に入った機械や部品があればあらゆる手を労して自分の物にしようとする。

 今まで俺を頼る事はなかったが、ついに俺を利用しソラを入手したいという所か。

 

「──ああ、違う違う。今回は事情が違うんだ信じてくれジョージくん」

 

 まぁ手癖は悪くとは言ったが少なくても悪人ではない。悪人であれば商会内で既にしばかれている。

 今回は何か事情があるようなのでひとまず話を聞いておこう。

 無ければ俺がしばく。拳で。

 

「ソラを発掘した場所は戦争時代末期の遺跡だとは事前に説明した通りだが、もう少し詳しく言うと博物館と思われる様な所だったんだ。ああ、今思い返してみても多種多様様々な機械群が立ち並ぶ姿には心踊らされるよ!」

「で」

「──で、その博物館と仮称している所からソラの収められたこの棺を見つけた訳だが……ソラのいたエリアには数多くの危険な兵器が安置されていたのだ」

 

 現在各国が同盟を組み様々な機械開発を違法として人力馬力を主力とし大衆が乗り込める鉄道航路には厳しい監視を設けているのは、古代に起きた大規模な戦争によって資源も自然も人類そのものも失われ、文明が衰退の一途を辿る悲惨な歴史が存在しているからだ。

 “機械戦争時代”と呼ばれるそれが収まり文明が息を吹き返した現在は、その反省から電気ガスのエネルギーは明かりや料理等々のごく限られた用途にしか許可されていない。

 大雑把に言えば兵器転用可能な機械の開発が基本的にご法度となっている。

 

 そんな現在にとっての遺物であり異物である発掘品、機械戦争時代の兵器群。古代兵器。

 兵器がひとまとめに置かれたエリアにあった棺とその中に収められた人物が、まともな存在であるかは怪しい。

 もしかしたら見た目のみ人間に寄せた、肉を持ち生きていた人間生物ではないのかも知れない。

 

 いいや、絶対にそうだろう。

 でなければ、ブロンテは特別視しない。

 

「その顔、恐ろしさが分かったようだね?」

「ああ」

 

 遺跡の調査とは恐ろしい古代兵器の破壊処分を目的とした面もある。

 明らかに兵器と見て取れる発掘品は兵器利用や技術の解析を防ぐためすぐ潰し破壊し溶解されるが、鑑定で危険性がないと判断され処分を免れた物は骨董品コレクター向けのオークションに出される。

 

 ブロンテは、ソラをオークションというどこの誰に渡るか分からない事をしたく無いのだろう。

 ソラはパッと見てただのミイラ。あるいは、少し見てくれが悪いが埋葬されたお人形。

 

 しかし、もしソラが本当に兵器で、競り落とされた後にそれが判明したら。

 あってはならない存在が世に出てしまう事となる。

 

「血のない部品によって構成された人の形をしただけの兵士。命令に忠実で、人間にできない事を平然とこなしてしまう超兵器。矢で射られようが死なず倒れず、拳は無感情に肉の身体を突き破る。武器を持たない子供と見せかけた暗殺者など恐ろしい他ない」

「その通りだよジョージくん。さあ、契約書にサインを」

 

 それは分かった。

 ただ、それならばさっさと危険だし処分した方が良いのでは? 

 

「前述を忘れたのかね? もう一度言おう。──わたしはソラが欲しい」

 

 あぁ……。

 どうせ探求心研究心その他下心諸々。

 下手をすれば超弩級の犯罪行為となる事に俺を巻き込まないで欲しいと言いたいが、こうして話す辺り断らないと勝手に決定されての事だろう。

 というよりも、断った所で勝手に家に搬入されそうだ。ブロンテはそういうことするやつだと知っている。

 そして請求もされる。ちゃっかり値段も釣り上げて。

 最悪だ。やっぱりしばこう。拳で。

 

「わたしがソラを求める理由を勘違いしていないかね? 興味は興味でも、歴史への興味だよ」

「……まさか起こして当時の事を聞くのか? 暴れるかもなのに?」

「子供程度の機械が一体くらい暴れても平気だろうさ。テッポーも持ってないし」

「対処するの俺なんだが」

「はっはっは」

 

 笑って誤魔化すんじゃない。

 手のひらサイズの機械でも容易に人は殺せるって聞いたことあるぞ。

 

「まぁなんだ。ソラを危険だと勝手に思い込んでいるのはここにいる君とわたしだけだよ。鑑定が済んでいる故に売却保有も問題ない」

 

 それは……。うん、そうか。

 俺達が陰謀論めいて話しているだけで端からすればソラはただの人形、か。

 ここまでブロンテが俺を脅すかのように話しているのは、危険性を忘れるなと言いたいだけの事だろう。

 

 大げさなんだよパンチ!

 ……かわされた、だと?

 

「ささ、ではこちらの契約書にサインを」

 

 なんだろう。いつもの事ながら上手いこと言いくるめられてる気がする。

 というかこの契約書、値段がおかしくないか? 高すぎるという意味で。

 

「高すぎると何かしら怪しまれだろ」

「そこは考えてある。御贔屓がどうしてもというので割高取引をしたってストーリーさ」

「お前の懐に幾ら入る?」

「4割」

 

 お前な……。

 

「研究投資と呼びたまえ。もちろん表向きにこの値段は輸送費と鑑定費諸々ひっくるめてという事になっているよ」

「……はぁー。分かった、その値段で行こう。後で何かしら返せよ」

「やりぃ!」

 

 決して、決して確かに安くはないが事情を含めれば安い。……多分。

 領民からも「金持ちらしくしろ」とか「贅沢して権威を示せ」とか「領主ってより町長」とか「裏庭が汚い」とか色々言われてるし、散財には丁度いい買い物の筈。……多分。

 

 ため息交じりに移動して、細々とした書類を書いている途中にはもう棺は表へ出されていたしブロンテのシナリオ通りだったんだろう。というか断ってもやっぱり運び出していたんだろう。

 蓋を締めてあるし中身は本物の人体ではないとはいえ、家に泥カビ臭い棺を持ち込み置いておくのはあまりいい気はしない。

 倉庫か空き部屋にでも入れておこう。そも観賞用にも買う訳でもないしそれくらいが丁度いいはず。

 

 

 

 

 

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「例の博物館に残っていた私の調査隊が左腕を持ち帰ってくれたよ。それも、御覧の通りソラの肩に丁度くっ付けられるような大きさと状態のをだ。そこでふと気になって見に来たんだが、そう。ビンゴだったよ。お互いの断面同士はまるでパズルのように組み合わさる作りをしていた」

「……それも買い取れとか言わないよな」

 

 タイプライターを打つカタカタという単調な音が響く室内に、自信たっぷりなブロンテの声が通る。

 喋るだけならまだマシも、手持ちのアタッシュケースから取り出した綺麗な色白の左腕を視界の隅で揺らして興味を引こうとしている。

 急に動きそうで怖いからそれを揺らさないで欲しい。

 

 

 ここは執務室。集中したいので仕事中はお茶汲みにメイドが訪れる以外は基本的に誰も立ち入らせていないのだが、彼女のあっけらかんとした性格と「知り合いだしいっか」という風な緩い警備のせいでこの有り様。

 仕事を片付けた後なら幾らでも付き合うのでご勘弁願う。

 

 

 ──ソラを買い取ってから早くももう半年が経ち、危惧していた古代兵器の目覚めもなく平和ないつも通りの日常を過ごせている。

 少し以前と変わった点としては、ブロンテがよくこの屋敷を訪れるようになった事のみだろう。

 来る度にソラを仕舞ってある一室へ入り何か調査的な事をしては今日のように新しい発見や、あるいはそうでなくても些細な事でも雑談をしに執務室へ寄って首都へ帰っていくのだ。

 

 棺をこの屋敷へ搬入するのは大変だったし、メイド衆や警護人ら等々説明はもっと大変だった。

 主人が突然首都へ用事ができたと飛び出して、帰ってきたと思ったら手土産に遺跡から出土した汚い棺を買って帰ってきたのだから質問攻めもやむを得まい。

 

 そこまでして我が家に連れ帰ったにも関わらず、リターンは襲撃頻度の増したブロンテによる仕事の妨害。

 やはり買うのは失敗だったか。もう後の祭りとしか言いようがない悲しみ。

 

 

「ちょいと。聞いてるのかい?」

 

 来ない客人が腰かける為のそこそこ良い素材でできた二人がけのソファをひとりで占有し、ベッドのように寝転んで思う存分に寛ぐブロンテから非難の目が向けられる。

 その態度に俺も非難の目を返したいが、やりあっても仕方ないのが彼女だ。適当にあしらう。

 しばくのは諦めた。

 

「あーはいはい」

「全く。まぁまとめるとソラは肩や肘、股関節や膝といった大間接部から容易に取り外せての換装が可能であると思われる作りをしているのだよ。戦場での共食い整備を視野に入れていたのかな? うーん、とても興味深い……」

 

 そうか。俺は興味ないけどな。そんなん聞いてないし。

 文面を確認し、間違いがないのを確認してサインを一筆。そろそろ仕事も疲れてきた。休もうか。

 

「つれないなぁ全く。──とと、忘れるところだった。届いたものはこの部屋にあるのかい?」

「届いたって、何がだ?」

 

 筆休めに紅茶を飲み背もたれを傾けると、丁度少しは身のありそうな話題となった。

 ただ、別にソラの件より以降はオッペンハイマー商会へ変わった注文は出していない。せいぜいが普段通り街灯の整備と漁船の修理依頼くらいなもの。

 ブロンテは何を言っているんだ? 

 

「まさか、忘れたの!?」

 

 大きな声を出すな。

 あとキャラを保て。

 

 にしても本当に何の話だろう?

 仕事にミスがないかはちゃんとチェックもしてるし大事になる様なものは忘れない内に優先して片付けている。何かあったとしてもすぐ気が付く筈だ。

 決して安くないソラの支払いだって済んでいるし。

 ただ口振りからして何かを俺が注文するって話だろうが……ダメだ、全然わからん。

 

「あーもう、デリカシーのない男だよ全く」

「悪い。何を忘れているのか教えてくれないか?」

 

 ブロンテの誕生日プレゼント……はちゃんとよく分からない魚の標本をやった。何か適当なのやらないと不機嫌になるから。

 あと他の何か忘れそうなことは──

 

 

「ソラの服」

 

 

 ……はい? 

 

「ソラの入ってる棺の蓋、名前のところに“彼女”と書いてあったと前に教えただろう? それで、“じゃあ服を着せてやらないとな”って君が言ったんじゃないかっ!」

「あー……」

 

 言ったような、言わないような……。

 なんか冗談半分に適当こいた心当たりがあるような、ないような……。

 

「片腕のない少女型の人形を裸包帯っていうニッチな人達が喜びそうな状態で放置! 服を用意しようと言って放置! 全くこれだからジョージは……」

 

 ジョージは余計だジョージは。

 しかし、確かにこのままだとソラの所有者である俺は端からすれば人形にとんでもない格好をさせている変態になりそうだ。

 普段は棺に入れて蓋も閉めっぱなしなので部屋の掃除をするメイド達を含め未だソラ自体には誰も合わせていないが、時間の問題になりそうだな。

 

「他に何か服はないのかい? 町に服屋か何かは」

「探せばあるだろうが、この時間だしもう店仕舞いかもな」

 

 日は沈み始めている。今から表へ出ても間に合わないだろう。

 

「え。あー……うん……しまった、これはまずいな……」

 

 座り直したブロンテの歯切れが悪い。取り出していた左腕をアタッシュケースに仕舞い、膝に乗せ、とんとんと思案するように指で叩く。

 続いて落ち着きなくケースを床に置き直すとソファの正面にあるローテーブルに肘を付け、口元を手で隠しながら、機嫌を伺うように横目で俺を見ながらそろりそろりと言葉を続けた。

 

「その……君がちゃんと用意してると思って棺から出しちゃった……? みたいな……?」

 

 うん……。うん? 

 全裸包帯少女人形を、見えるところに? 

 

「ご、誤解はしないでくれ! 棺からは確かに出したが、部屋からは出してないっ!」

「ばっきゃろ! どのみち見つかるじゃねぇかお前!」

 

 仕事してる場合じゃない。

 ばんっと机を叩いて席を立ち廊下へ。

 ブロンテも焦った様子で後を追ってきた。

 早歩きで廊下を進む。

 

「す、すまない! 確認してからにするべきだったな! わたしとした事が失策!」

 

 つか、よく棺の中からソラを出せたな。

 鉄部品だらけなのかあいつって大きさの割にクッソ重かったはずだぞ。 

 

「大変だった!」

「そりゃそうだろうな」

 

 廊下を抜け階段を数段飛ばしで降りて、曲がって進んで突き当たり。

 倉庫に収まらなかった為に誰も使わない宿直室へソラを置いたのは失敗だった。遠い。

 まだ、まだここへ誰も来ていないといいが。

 

 

 がちゃり。

 

 

 

「お、ヘンタイ旦那の登場っすね」

 

 

 

 ばたん。

 

 

 ブロンテさんや。時間を戻すよう物を発掘してないか? 

 あるいは、超スーパーすげぇ武器。

 

「ないよ」

 

 ブロンテ、後で、泣かす。

 ジョージ、これ心に、決めた。

 

「覚悟を決めて入ろう。見たところ中にいたのはシャロくんだけだし説明がつく。わたしから説明するよ……」

 

 ああ、そうだな。一人くらいなら闇に葬れるな。

 シャーロットよ、君はよくこれまでうちのメイドとして働いてくれた。

 今までありがとう。そしてさようなら。

 

「聞こえてるっすよ旦那! 冗談だしクビにはしないでくださいよぉ!」

 

 部屋の中からなんか聞こえた。幻聴だろう。

 うちで働くメイド三人衆の内がひとり、シャーロットは年頃の若いもんなもんで口に戸がない節がある。口調があれだし。

 仕事ぶりは確かに信用できるが、大局を見ればここで海の藻屑にするのが正解だろう。

 

「もずく!?」

「バカやってないで入るよ」

 

 わ、ちょっ。引っ張るなブロンテ。

 

 入った部屋の中央には棺が置かれ、そこから一拍置いた壁際にベッドが置いてある。そのベッドの縁に腰掛けるように、頭部だけ包帯を外されたソラは俯いて佇んでいた。

 反対の壁際にはスタンドライトが備え付けられた机と椅子があるので、一見すれば人形の為に部屋を用意した風にも映るだろう。真ん中の棺は違和感だらけで邪魔だが。

 

 カビ臭さを解消するためか開けられた窓から差し込む夕日に照らされるソラの横顔は、やはり精巧な作りと言わざる得ない。

 紺の髪の毛と重力を無視した猫耳のような形をした頭の三角、それとこめかみにある謎の隙間は不思議だが、それらを置いても美少女を象った人形としては完成度が高い。

 問題は、諸々合わさって俺が属性過多な変態だと思われた事だ。死にたい。

 

「分かってるっすよご主人、シャロもそこまでバカじゃないっす。どうせまたブロンテ先生のいたずらでしょ?」

「どうせって何かねぇシャロくぅん?」

 

 うん、まぁ。

 ブロンテのせいと言えばそうなんだけど。

 

「にしてもお前、よくそんなミイラみたいなの見て騒がなかったな」

 

 顔と髪に巻かれていた包帯は外されているのでそこを見れば精巧な作りをしただけの少女人形か何かと判断は分つくが、ボディは年季が入って汚く臭い包帯で覆われている。

 昨日までいなかったそれが突然ベッドに座っていたのだから、いくらドブに躊躇いなく腕を突っ込みネズミを鷲掴みにするシャーロットとはいえもう少し騒いだりとリアクションはないのか。

 

「そりゃ最初見たときはびっくりしたっすけど、けどカビ臭い包帯巻きでかわいそうかなーって方が上でしたね」

「棺の蓋が開いてるんだし、死体が動いたわーきゃーくらい叫んでくれた方がまだスッキリした……」

「ん? ……あ! この子って棺の中にいたんすか!?」

 

 今気がついたのか!? 

 

「ふふ。流石はわたしの見込んだシャロくんだ」

「えへへ」

 

 何を見込んだんだ。肝っ玉か? 

 それはともかくこっからどうするか考えよう。

 ともかく服を着せないとなって話だった。

 

「それなら勝手に用意させて貰ったっすよ。じゃーん、メイド服ー」

 

 話を聞いてシャーロットが自慢げに近くのクローゼットから取り出したのは、どういう訳か小柄なソラにぴったりサイズのメイド服だった。紺のワンピースに白のエプロンといった基本はともかくとして、うちで働いていることを示す細かい刺繍までしっかり作られている。

 

 今までこんな身長の人物を雇った日はない。

 一番背の低かったメイドはアンだが、彼女がソラほどの身長ではなさそうとは見て分かる。

 

「家のチビ達が着たいっていうから前に発注ちょろまかしたんすよ」

「ちょろまかしたってな、お前一応従者だよな?」

「ジョージの旦那に仕えるかわいいメイドちゃんDEATH(デス)!」

 

 何だその主人に対する言い方。本当にメイドか? あとお前の背が一番高いんだからかわいい言い方しても似合ってないぞ。

 まぁいいや。シャーロットの態度がアレなのはいつもの事だし、俺も言うほど気にしてないし。

 それにソラの洋服問題がまず何にせよだし。

 

「くくく、兵器疑惑のかかった機械人形が、メイド服か……! はっはっは! 流石はシャロくん!」

「やっはー! 誉められたっす!」

 

 こいつらの価値観は分からん。

 ともかくシャーロットにブロンテ。着せるなら頼んだぞ。

 お人形遊びをする趣味はないけどその格好は可哀想なんだ。

 半年放置してたけど。

 

「手伝うよシャロくん。ソラはとにかく重たいんだよ」

「助かるっす。でも実はこれ、チビ共にもすぐ着られるように簡単な作りに改造してるんすよ。先生はそっちもって貰って……」

「ほうほう、流石は大家族の長女」

「えへへ」

 

 機械とはいえ姿は少女。

 着替えを眺めるのも何か悪いし、俺は仕事に戻るか。

 休憩の筈だったのになんか疲れた気がする。

 

「じゃ、俺は戻るからな」

「はーい」

 

 シャーロットの気楽な返事を聞きながら背中を向けて、この部屋を後にしようとドアノブに手をかけた時。

 

「お?」「え」

 

 ふたりの呆けた短い声と、チュィイインという高い金属音が鳴り響いた。

 まさかと思って振り返った先、ベッドに腰かけたままのソラの右腕が動いている。

 ブロンテがいたずらで持ってきていた左腕をけしかけた訳ではなく、ソラは最初から自分についていた包帯巻きのその右腕を動かし、シャーロットの左腕をしっかりと掴んでいた。

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

 Network: Error.

 Battery: 5%

 Auto reboot:OK.

 System: Normal mode.

 

 Success.

 Wishing a great future. Miss Solar. ヾ(*´∀`*)ノ

 

「やはー! 褒められたっす!」

「手伝うよシャロくん」

 

 

 再起動と共に誰かの声が聞こえた。そちらも気になるが先に状況の確認を。

 

 ──太陽光検知。現在時刻、年代共に不明。データ破損。

 読み込めるデータログによれば幾万幾十万と何度も再起動を試みてようやく成功したらしい。

 動けなかった原因の殆どがエネルギーの不足。どこか日の当たらない所でずいぶんと長い間、私は放置されていたようだ。

 ここはどこだろう? 長い休眠の為か記憶領域はほぼ全てにエラーが発生中。アクセスができないし、その他も立ち上がり切っていないシステム多数。

 

 これでは身に起こった事が分からない。

 ネットワークもエラー? 不快だ。

 全てが不明。不明。

 並行して様々な処理を行っているせいか思考が(ラグ)い。

 

 

 現状の整理は、納得いかないもののひとまず分かった。

 そして今、私の目の前にいるのはメイド服を着た人間……? いや、従者という事は同じ軽自立人形か。その者が手にしているのは、その者が着ているのと同じデザインの服? 

 私は鹵獲されていたのか? ここは敵国なのか? 

 

 分からない、何も分からない。

 せめてログの閲覧ができれば情報も掴めるのだが、破損だらけで自己修復を試みているけれど完了がいつになるのか……。

 

 しかしともかく現状がまずいのは確か。脱出して本隊と合流……。

 本隊とはどこだ? 分からない。ともかく脱出を優先に行動を。

 

 その前に。

 

「お?」「え」

 

 服を着せようと伸ばされている敵軽自立人形の左腕を掴む。

 今の私には右腕しかない。外されたのか記録を失う前にパージしたのかは分からないが、このままでは行動に支障が出る。腕を確保しなければ。

 相手は見た事のない型だし私の肩に合うかも不明だが、今は一か八か。

 

 のっそりとした思考回路がこれよしと導き出した結論は、こいつの腕を奪い装着し脱出する事。

 

 詳しい時刻は不明だが、太陽が傾きほぼ沈んできている。バッテリーの充填はこれ以上望めないだろう。

 エネルギー残り4パーセント。全力で動けずそう遠くへは逃げられない計算になるけれど、まず先にその腕を貰う。

 そしてどこかに身を隠そう。

 これが最善かはさておき、今から演算し直す時間はない。

 行動あるのみ!

 

「い゛っ、ちょ、痛いっす!?」

「シャロくんっ! このっ!」

 

 金色の髪をした、白衣を着用した科学者のような女性の人間がアタッシュケースを振りかぶり殴りかかってくる。左の脇を直撃して衝撃が走る。

 この程度で身体が破損するほどやわではないが、当たった拍子にエラーの処理中だったバランサーが支障を訴え手を離してしまい、敵軽自立人形が離脱してしまう。

 戦わずに逃げるのか? 情けない機体だ。

 

 あれには距離を取られてしまったが、情けない機体の他には人間ふたりだけ。

 腕一本でもまだ挽回できる。

 

「ジョージくんはこれでも振り回していたまえっ!」

 

 科学者の女性がアタッシュケースの中から取り出したのは、腕だ。

 それを後ろに控えていた男性に渡すと、男は小声で文句を言いながらもそれを武器のように掴み構える。

 原始的な物理武器、こん棒のように扱われている腕は、その型は、私の物だ。

 私の、私の腕だ! 




ほのぼのメインにしたいので次回にはメイドります


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3 生きていたソラ

ギャギャ! コウヒョウ! コウヒョウ!
カンシャ! カンシャ!
シリアス! イッシュン! シリアス! イッシュン!


 フィクションに出てくる仕込み杖での暗殺術を極めた盲目メイドなんてここにいないが、全裸包帯片腕欠損ロリ人形の兵器ならここにいる。

 どうせなら前者がいて欲しかったと嘆いたところで仕方ないだろう。いても恐ろしいが。

 

 

 チュイィィン──と、擬音にすればこうだろうか? 

 細く、高く、耳障りと音楽の狭間を行く独特の音を立て、機械の兵士がベッドから立ち上がる。

 沈み行く太陽の逆光と窓から入る風に包帯の切れ端をたなびかせて、俺とブロンテが相対するそれは小柄ながら恐ろしい存在と映った。

 

 体格は確かに子供のそれに変わりない。

 しかしこちらを睨んで離さない黄金に光る鋭い目と後頭部に備えた二つの三角が、まるで今は獰猛な獣か悪魔として認識させる。

 

 古代の機械戦争時代に生まれた兵器。

 正式名称は二八式軽自立機械人形、与えられた名前はソラ。

 

 そいつが今ここに、今の時代に、蘇ってしまった──。

 

 

「……」

「っ!」

 

 

 無言のままのソラが左足を一瞬引いたかと思えば、既に飛び掛かられていた。

 咄嗟に手に持っていた物──先ほどブロンテに武器として渡された重たい人形の左腕を構えようとしたが、呆気なく守りは弾き飛ばされ体は突き飛ばされる。

 

 気が付けばシャーロットを逃がした扉を突き破り廊下の壁に背を叩きつけられ、地面に倒れていた。

 一瞬だ、一瞬でこれか。

 重たい機械の身体のくせして、とんでもない瞬発力だ。

 

「ジョージくん!」

「う、ぐ……」

 

 背を打った事で息が詰まり、呼吸がままならない。

 それでもともかく動かねばと、とりあえず立ち上がらないとという無意思の動作で地面に手をついた時。

 視線の端に、すぐ目の前に小さな素足が見えた。

 辿るようにそこから見上げていき、恐怖のあまり固まり動けなくなる。

 

「……」

 

 悪役然とした風貌の表現が似合う古代の兵器、ソラが一切表情を変えないまま冷たい目で俺を見下ろしていた。

 止めを刺そうというのか?

 最初に見つけた片足が、ゆっくりと持ち上げられる。

 

 

「止まりたまえっ!」

 

 ここまでかと諦めた所へ、ブロンテの声が耳に届く。

 諦め伏していた目を開けると、そこには身長差もあり覆い被さるようにして背後から組み付いたブロンテの姿があった。

 虚しくも一瞬で投げ飛ばされてしまっていたが、お陰で時間は稼げて俺は離脱し立ち直れ向き直れる。

 

 まだだ、まだ終わってない。

 こいつを何としても止めなければいけない。

 今ここで俺達が止めなければ。

 

「ブロンテ、平気か!」

 

 俺と同じく廊下へ出されたブロンテを助け起こす。

 

「ああ、彼女は確かに兵器だ!」

 

 そんな事を言ってるんじゃない。

 

「兵器だが、今はもう戦う必要ないぞ君!」

 

 隣に立つブロンテがそんな事を言う。

 まさか、説得する気なのか? 

 言葉を発さない、会話ができるかも怪しい兵器を相手に? 

 

「……」

 

 半身を向けて地面に転がっていた左腕を拾い上げたソラの動きが止まる。

 

「武勲栄冠の時代の戦争は終わったのだ。我々は硝煙(しょうえん)焼土(しょうど)攘夷(しょうい)の科学火薬を手放し和平を目指し、今は手にした平和を謳歌している。ソラくん、戦う必要はないんだ」

 

 ゆっくりとソラの首が動いて顔がこちらへ向く。

 言葉が届いたのかは、一貫して微動だにしない仮面のように固まったままの表情からは分からない。

 もしかしたら、言葉は通じていないのかも知れない。

 あるいは、通じているのかも知れない。

 

「……」

 

 片腕を失っている包帯だらけのソラの姿は、戦争を題材とした作品に出てくる終戦を知らず平和な故郷へ戻った傷痍軍人の様にすら見えた。

 ブロンテは言葉を続ける。

 

「先ほど殴ってしまったのは謝ろう。飛び掛かった事も。……君さえよければ、ひとりの人間として仲良くしてはくれないだろうか」

 

 ソラは床から拾い上げ手にした左腕をかちゃんと装着し、見た目だけで言えば完全な人間の姿になる。

 人間の子供の姿。暗闇に沈み、シルエットだけとなったソラは今、ひとりの人間となろうとしていた。

 

「……」

 

 俺の後ろから、廊下の向こうからどたばたと走ってくる気配がした。

 逃がしたシャーロットが警備を連れ戻ってきたんだろう。

 

 先ほどまでは良かったが今はまずい、今は説得中だ。

 今武装した面々で囲めば、ソラに裏切られたと取られてもおかしくない。

 ソラにとって武器というには弱い存在である警棒とはいえ構えて囲めば、あっという間に闘争の意思在りと思われる。

 

「お前らストップ!」

「ジョージ様、お下がりください!」

「今そいつに近づくな! 全員武装解除!」

 

 あっという間に俺とブロンテからソラの距離が離されて、割って入った多数の警護人が取り囲む。

 命令だってのに、誰も聞かねぇ! 

 

「いいやジョージくん。大丈夫だ、よく見ろ」

 

 俺の横に並ぶブロンテが、警護人の隙間から見えるソラを指さす。

 中途半端な猫背で停止したソラだが、自身を取り囲む面々に対し何のリアクションも示していない。

 

「説得成功、なのか?」

「いいや」

 

 違うのか? 

 でも動いてないし……。

 

「電気切れだよ。恐らく」

「はぁ?」

 

 線も何も繋いでないのに、電気? 

 

「恐らくは小型の蓄電装置か何かが内蔵されていて、今回はその残りの電気を使い動いていたんだろう」

「じゃあもう動かないのか」

「か、とも言えない」

 

 動かなくなったソラに困惑する警護をかき分けて近づいたブロンテがソラの頭を示す。

 暗くてよく分かりにくいが、俺も近づきよく見てみればただの髪の毛にしては何か違和感を覚えた。

 ブロンテに倣って髪の毛を手に取ってみる。

 黒に近い青、紺色に見えるそれの一本一本は何か透明なガラス状のもので包まれているが……これは一体?

 

「太陽光発電……だったかな? 光をエネルギーに変換する装置が昔あったらしい。恐らく、ソラはそのお陰で一時的に動けるだけの電気を得たんじゃないだろうか」

 

 確かに今日は今までとは違い、あの部屋でソラは棺から出されていた上に換気の為に窓もカーテンも開けていたため光を浴びる事が出来ている。

 それで動いたのなら、今後も管理をしっかりしないとまた動ける可能性があるのか。怖いな。

 

「警護人達、ご苦労だった。この子はわたし達が後を継ぐので配置に戻りたまえ」

「なんでお前が仕切ってるんだよ……」

 

 俺が雇い主やぞ。

 そういえばシャーロットはいないがどうしたんだろう。大丈夫だろうか。

 困惑しつつ言葉の通り配置へ戻ろうとしている一人を捕まえて聞いてみる。

 

「腕を痛めていたようなので、医者の所へ向わせております」

 

 ……後で何か手当出しておこう。労災だ労災。

 

「よし、ジョージくん。今度また起動実験をしよう。今日は部屋に戻すぞ」

 

 正気か!?

 また暴れたらどうするんだよ!

 

「その時はその時さ! はっはっは!」

 

 少しは懲りてくれ! 

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

「そういえばシャロくんの容体は?」

「聞いて驚け。超無傷」

 

 骨も折れてないどころかアザにすらなってなかったって。

 翌日にはケロっとしてたしソラの行動も寝ぼけてたなら仕方ないよって許してた。

 超寛大過ぎだろあいつ。つか、超頑丈過ぎだろ。相手は機械だぞ。機械の掴みを痛いで済ませるなよ。

 

「んで、今日は起動実験だったな」

 

 ソラの暴走事件から二週間後の今日。

 一度首都へ戻ってから再びこちらへ戻ってきたブロンテは、ついにソラを再び動かそうと提案してきた。

 

 ベッドで寝かされているソラを動かす方法はシンプルに日光に当てるだけ。

 この部屋のカーテンを開いて、しばらく放っておけばまた動き出すのだろう。

 

「太陽光発電はわたしの仮説だから、外れていたら恥ずかしいんだがねぇ」

「そう言ってどうせ当たってんだろ?」

「ふふん。“全知は君だ、君の導き出した解に間違いはない”と、ハッキリ褒めてくれたまえよ」

「やなこった。調子に乗るから。てか乗ってるから」

 

 とりあえずカーテンオープン。

 午後はよく陽の差し込む部屋なので眩しい位だが、太陽光が食事(?)となるらしいソラにとっては丁度いいはずだ。

 光に照らされ青っぽくも見える綺麗な髪の毛からは、傍から見てこれで本当に合っているのか分からないけれど。

 というか、太陽光が電気になるってどういう事なんだ。流石ロストテクノロジーの塊。

 

「後は起きたソラくんとすぐに和解できるように……」

 

 手持ちのアタッシュケースの中からブロンテが取り出したのは……ぬいぐるみ。

 なんでぬいぐるみ? と聞くまでもなくふたつみっつと大量に出てくる出てくる。

 出てきた様々な動物のぬいぐるみ達はまだ動かないソラの枕元へ並べられて行った。

 

「頭に影被っとるがな」

「ちょっと位いいじゃないか」

「実験ならちゃんとしろって」

「けち」

 

 猫だの犬だの熊だの、よくもまあこんなに持ってきたもんだ。

 ブロンテにぬいぐるみの趣味があるなんて聞いたことないし、わざわざソラの為に買ってきたんだろう。

 もしかして首都へ一度戻ったのはこれを買うためじゃなかろうか。

 

「え、そうだが?」

 

 ……そのために二週間、俺はいつ不意に動くか分からないソラに怯えながら過ごしていたと。

 

「え、そうなの?」

 

 ブロンテェ! 

 

「怯えてたのは君の勝手じゃないか! そらこの家に置いたのはわたしの責任だが!」

「せめてすぐ帰ってこいやぁ!」

「わたしにも事情があるというものだ! そんなにブロンテ様がこの家にいて欲しいというのなら部屋を用意したまえ!」

「そんな事言うならほんとに用意するぞ、部屋!」

「よし、頼んだぞ!」

 

 何がヨシか。

 というかブロンテが不法占拠してる部屋がひとつあるじゃんかさ。

 

「……む、待て。馬鹿やってたらソラくんが動きそうだぞ」

 

 え、マジ? 

 

「まじまじ。ほら、耳を澄ませてみたまえよ。この甲高いモーター音……」

 

 甲高い……。

 いや聞こえないけど。

 耳鳴りじゃないのか? 

 

「いや本当だよ。あ、もしかしてモスキート音……」

「それお前も聞こえないだろが」

「なんだと?」

 

 キレてるキレてる。

 ……いや待て、今なんか俺にも聞こえたぞ! 

 

「誤魔化すなジョージくん。君にモスキート音は聞こえないんだ、君はもうおっさんなんだ。認めたまえ」

 

 いや本当だって。

 ほらブロンテ、こっち見てないでソラ見ろ! 

 動いてる動いてる! 

 

「……」

 

 例の高音とブオーという低音を鳴らしながら、ゆっくりとソラがベッドから上半身を起こしていた。

 ぽろぽろと転げていくぬいぐるみを目だけで一瞬追いかけ、続いて首を動かし周囲をきょろきょろと見る。

 今のところは暴れる様子もない。

 前回のブロンテの説得を覚えているのか、最後は俺の横に並んで座るブロンテをじっと見つめた。

 

「やあ、わたしの事は覚えていたみたいだね。ソラくん」

「……」

 

 猫耳のような頭頂部の三角形をちょこちょこと動かしながら、首をゆっくり横に振った。

 

「じゃあ俺の事は覚えているか?」

「……」

 

 頷いて肯定。覚えていてくれたか。

 

「何で君だけ覚えられているのさ」

「イケメンは辛いね」

「覚えやすいアホ面って事かい?」

「キレそう」

 

 っとと、馬鹿漫才してる場合じゃない。ブロンテと会話するとついつい遊んでしまう。

 今はソラが優先だ。

 

「しかし悲しいね。説得を受けて仲良くしてくれていると思ったのだけど、わたしの事は覚えていないか……」

 

 首を横に振った。

 

「ん、わたしの事を思い出したのかい?」

 

 ちょっと横に振った後、縦に振る。

 

「どういうことだ?」

「さあ? というか、何故無言なんだろう」

「……」

 

 ソラも首を傾げた。

 お前が分からなければ俺らも分からないんだが。

 

「スピーカー的な何かが故障しているのかも知れない。ちょっと待ちたまえ、紙とペンを……」

 

 アタッシュケースを漁るブロンテを尻目にソラは動いて、ベッドから足を出して座り、俺達と正面から向き合う形となる。

 立ち上がり移動しようとしないのは気を使っての事か、あるいは動く必要がないからか

 

「あったあった。はい、文字は書けるかね?」

「……」

 

 ブロンテから紙とペンを受け取り、アタッシュケースを台にして膝の上でソラは何か文字を書こうとするが……。

 

「……」

「……書けない、か」

 

 書き出されたものは、文字と呼ぶには理解不能なものだった。

 ブロンテが書けないと判断したのだから、古い文字ですらないんだろう。

 

「ふぅむ、筆談も不能と」

「……」

 

 無表情のままだがソラの肩ががっくりと落ちた気がする。

 こくりと頷いているので、自分でも上手くいかないと嘆いているように見えた。

 この前は恐ろしい傷痍兵みたいだったのに、何というか借りてきた猫という言葉が似合う少女だな。見た目は。

 

「俺らの言葉は理解しているんだろ?」

「……」

 

 頷いた。

 

「ふむ。では手を変えよう。ちょっと準備に時間がかかるから君らで自己紹介でもしていたまえ」

 

 そういえばソラの視点では寝起きで知らない人達に囲まれているんだよな。

 ソラから筆記用具一式を返してもらったブロンテが何かを準備している間に、言われた通り自己紹介をしておこう。

 

「俺はジョージ。モリカマって国の端っこ、ケィヒン海岸にある港町を統括している領主だ。この建物の主でもある」

「……」

 

 領主、とは言うが堅苦しい物ではなく昔の呼び名がそのまま伝統的に残っているだけ。

 知らない人に紹介するなら今は町長の方が通じやすい。

 町長より領主の方が響きはかっこいいのに、いつも町長って言わなきゃいけないの辛くて泣いちゃう。

 

「で、こっちにいるのはブロンテ。オッペンハイマー商会所属の考古学者で、ソラの収まっていた棺を見つけてここに持ち込んだ……なんだろう。疫病神?」

「聞こえているぞジョージくん。訂正すると、わたしとジョージくんの間柄は幼馴染だ」

 

 うーん、まあ親が仲良かった関係で子供の頃から顔は知っていたけれど。

 でもそんな幼馴染っていうほど親しかったかって言うと、年に二回会えば多いくらいだったし?

 今みたいにちゃんと話すようになったのは大人になってからで、幼馴染って称するには微妙なラインじゃん?

 

 ま、いっか。ブロンテの事は。

 そんな説明せんでも間柄は大体雰囲気で分かるやろて。

 よし次。

 

「あとはあれ、起きてすぐ腕を掴んだあのメイド覚えてるか?」

「……」

 

 こくり。

 この様子だと前回あった事は全て覚えていそうだ。

 

「あいつはシャーロット。愛称はシャロ。ここで雇ってるメイドで、んー……。大家族の長女で鋼の女。以上」

「もっと言い方あるだろ君。さっきから適当過ぎだよ」

 

 両親が早くに亡くなったから沢山いるチビっこを一個下の弟と共に頑張って養ってる、とか言ってもクッソ重い雰囲気になるじゃん。

 料理場にいるトーマスがその一個下の弟って言っても、ソラはトーマス知らんし。 

 まぁ色々総括して鋼の女。以上。

 

「君ねぇ……。ま、いい。さぁ完成したぞ」

 

 ブロンテの準備も終わったようだ。

 ソラに渡した紙には細かく一文字ずつが書いてあり、言わずともこれで何をするのかは分かった。

 発声も筆談もできないなら、全ての文字が書かれた物を用意し指さして貰おうというのだ。

 こちらの言葉が聞こえて理解できているのなら、よっぽど非協力的でない限りは行けるハズ。

 

「まずは君がこれによって挨拶可能かを知りたい。“こんにちは”、とできるかね?」

 

 紙を受け取ったソラは人差し指で一文字ずつ指そうとして……首を傾げた。

 しばらく空中で指をさ迷わせたあとにもう一度チャレンジしようとして、また止まる。

 まるで自分の理想に体がついていってないような……。

 

 もしかして、その方法でも言葉を伝えられないのだろうか。

 今の所ソラは敵対どころか協力的ですらあるので、誤魔化しているという事ではない。 

 

「参ったねぇ」

「だな」

「……」

「ふぅむ。文字自体の認識は出来ているようだけど、外部に言語として形作り伝える際に何か障害が……」

 

 ブロンテと俺はため息を、ソラは息を漏らす代わりに無表情のまま猫耳から埃混じりの温風をばふっと出した。

 その猫耳、どうなってるんだ? てかなんで兵器に猫耳付けてるんだ?

 

「ま、いい。現在のソラくんに敵意はなくて──」

 

 ふるふる。

 

「……敵意、あるらしいぞ」

「え、本当かい?」

 

 ふるふる。

 

「無いようだけど」

 

 どういうことだ、とソラに聞いたところで無駄かぁ。

 

「敵意はないんだね?」

 

 こくり。

 

「ま、そこだけ分かればわたしとしては満足だよ」

「俺もだ」

 

 少なくとも兵器として暴れられる心配がないのならいい。

 よしそしたら、これからの処遇を決めようか。

 今着せてるメイド服はシャーロットが持ってきたというか、服が無いのでとりあえずとして与えたものだし本格的にメイドとして雇うためではない。

 

「いやそのままメイドでいいじゃないか。折角だし」

「まじかよ」

「このままにしても持て余すだろう? それとも、可愛いお人形として扱うかい?」

「バカ言え。趣味じゃない」

 

 まあどうせなら働いて貰うか? 

 古代兵器の人形とはいえ、大人しい今は無口な子供なだけだし。

 周囲への説明だってシャーロットやブロンテに任せれば問題ないだろう。

 口に戸が立てられない気はするが悪い子ではないぞシャーロット。手癖は悪いが悪人ではないぞブロンテ。

 めんどくさがりだぞ、俺。まともな大人がいねぇなここ。

 

「ソラくんにとっても──」

 

 ──ふるふる。

 

「また首振りかぁ」

「メイドは嫌なのかい?」

 

 ふるふる。

 

「参ったな、先ほどから何に反応してNGを出しているのか分からない」

「言葉が通じてないってのはもうありえないしなぁ」

「……」

 

 そこはこくりと頷いた。

 言葉は分かるという事は、何かに反応し訴えているという事で間違いない。

 一つ一つ確認していこう。

 

「メイド……従者になるのは嫌か?」

「……」

 

 ふるふる。

 

「ではソラくん──」

 

 ──がしっ。

 ソラの小さな右手がブロンテの左手を掴んだ! 

 

「……シャロくんは余裕で耐えたが、わたしの場合は軽く骨ごと潰れるだろうねぇ」

「一回くらい痛い目に合っとけ。そういえばソラ、お前ってシャーロットの腕をどれくらいの力で掴んだんだ?」

 

 聞いてみるとソラは開いている左手で傍らにいる熊のぬいぐるみを掴むと、その頭が変形し潰れるまで握った。

 ぎりぎりと、元の姿が何だったのか分からないくらい力が込められている。

 すぐに手放されたそれを受け取り、俺も同じように握り潰そうとして見る。

 綿か作りかあるいはどっちもしっかりしているのか、俺の力じゃ全く変形しなかった。

 

「無傷で済ませたシャーロットってマジで鋼なんじゃね?」

「……」

 

 無口無表情のソラはそれを聞いて、ゆっくりと首を横に振った。

 

「冗談だって」

 

 思わず撫でてしまう。

 猫耳付いてるし小柄だし、なんか小動物っぽいんだよなーソラって。

 撫でたらさっきよりも温風が増したし本当に猫耳なのかは分からないけど。何の装置なんだこれ。

 

「……で、わたしの手を握った意味はなんだい?」

「そういえば」

 

 何か訴えたいことがあるんだろう。握ったタイミングと対象からしてブロンテに。

 

「ではソラくん」

 

 ぶんぶんぶんぶん。

 今までにない凄い勢いで首を横に振った。手ごと。

 

「お前のこと嫌いなんじゃない?」

「あ、アタッシュケースで殴った事は謝っただろう!?」

「……」

 

 こくりこくりと頷いているし、そこではないんだと思う。

 やはり良く分からない。

 

「うーん……」

 

 ベッドから落ちそうになっていた猫のぬいぐるみを掴み、膝に置いたソラが自分自身を指さす。

 

「うん? ソラくんは何を言いたい……」

 

 ぶんぶん! 

 

「参ったな。すまない、お手上げだ」

 

 がくり、と肩を露骨に落とすがソラはやはり無表情なのでとてもシュール。

 今ならこの鋭いツリ目も何となく可愛く見えるな。

 手を掴まれたままのブロンテは珍しく困っているが、普段俺もこれくらい困らされているからちょうどいいだろう。

 

「ソラくん……」

 

 首を横に振る。

 

「ソラさんや、ブロンテさんをあまり困らせんでやってくだせぇ」

 

 昔話の農民みたいなへりくだり方したら、ぎぎぎとゆっくり首を横へ動かした。

 しかし、なぜかそれを見てブロンテは目を輝かせる。

 

「分かった、そういう事なんだなソラくん!」

 

 急に立ち上がったブロンテの手を引っ張り、ソラは無理やり座らせた。

 そして、頷きと首振りを交互に繰り返した。

 

「ジョージくん、全てはわたしのせいだったのだ。そう、全てわたしが悪かった。許してくれ」

「どういうことだ?」

「そう、この子は──ソラちゃんなのだ!」

 

 はあ? 

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

「そう、この子は──ソラちゃんなのだ!」

 

 それだけ、その真実だけを伝えたいだけだったのに何という苦労。

 白衣の似合う金髪の女性、名をブロンテ。この女性に私が少女型の自動人形であるというのを伝えるのにとても無駄な時間と労力を要した。

 私の頭部にある髪の毛に形を寄せたファイバー型太陽光発電機はすぐに見抜けたのに、どうしてこういう所で勘が悪いのか。

 

 ……伝える言葉があればそれしき楽に伝えられたのだろう。

 

 記憶領域のエラーだけでなく言語出力の機能にも障害が、それも重篤に出ている。

 前者はいつになるかは分からないが時間をかければ直せない事はなさそう。しかし言語出力については修復のメドも立てられない。

 

 ウイルスやバグ、物理故障はなく全て内部のエラー。まるで元からそんな機能なかったかのように抜けている。

 数万数十万それ以上の再起動失敗の果てに起きられた、つまりはそれ相応の時間が経っているのだし、むしろこの程度の破損で済んで良かったと捉えるべきか。

 幸いなことに言葉や文字を受け取る事自体は問題なくできているし。

 自分の意思を上手く伝えられないのは、とてもとてももどかしいが。

 

「あー。ブロンテって誰でも“くん”付けだもんな」

「こっちの方が研究者っぽくてかっこいいだろう?」

「かっこよさでそれやってたのかよ」

「たまに恥ずかしくなる」

「やめちまえ」

「やめませーん」

 

 ……ワザとなのか。

 性別を間違えられたのかと思って……無駄な訂正に時間を割き過ぎた。

 

「……」

 

 ま、いいや。正確に言えば少女型なだけであって機械の身に性別は存在しない。ベースがどちら寄りな話だ。

 それでえっと確か、私の今後の話をしていたけれど従者か。

 兵士もメイドもあまり変わりないだろう。上からの命令に従う存在で、戦うのがメインか否かの違いだけだ。

 

 立ち上がって現在身に着けているものを確認する。

 前回の起動時にシャーロットが持っていたメイド服をいつの間にか着せられているが、これはもう聞くまでもなくメイド確定だったんじゃなかろうか。

 

「さ、て。ソラく……ソラちゃん……慣れないな。ソラくんでいいかい?」

 

 性別を間違えている訳でなければ私は問題ない。頷く。

 イエスかノーの二択とは言えせめてこれくらいの意思表示は可能で良かった。

 

「まずはここのメイド三人衆への新人参加の挨拶、続いて警備への紹介、料理場にも顔を出させるか? 町へは……」

「町は慣れた頃でいいだろう? まずは人の生活に慣らせたり、後は今の時代についての話をするべきだ」

「そうか」

 

 うむ、うむ。ブロンテは流石学者だ、ありがとう。

 私としても現在の情報が欲しいし、かといって聞けないしで困るんだ。

 

「体に不具合はないかね?」

 

 先日……かは分からないが前回ブロンテに殴られた部分の損傷は全くない。あの程度で壊れていたらキリがない。

 その他の部分も破損はなし。長年放置されていたのに何たる寿命かと自分でも驚き。

 電子頭脳領域の故障はままあるけど。特に言語出力関連。

 

「ではさっそく行こうか」

「もう行くのか?」

「どうせ早かれ遅かれだ。さ、行こう」




次回はなんか挨拶回りとか、そういうのやる予定!


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4 メイド衆への挨拶

感想感謝っすよ!
ストックなくなったんで更新は遅れるっす!


 各部可動に支障なし。取り付けた新しい左腕の調子も良好。

 こちらも私と同じく長年放置されていたにも関わらず、よく無事だったものだ。

 自分の丈夫さに自分でも驚き。

 

「にしても、この猫耳はなんなんだろうな」

「わたしも気になっていた所だよ」

 

 すぐ出発する、と見せかけてぐにぐにと頭頂部にある二つの排気口を左右から触られる。

 猫耳呼ばわりとは少し疑問に思うが、言われてみればそれっぽい三角形をしているのでまぁ猫耳呼ばわりされても仕方がないか。

 排気口を兼ねて頭部を立体的にし、日照面積を少しでも広げ太陽光発電を効率化する設計──という説明を挟み一応の否定をしたいが喋れないので諦めよう。

 

 

 排気口(猫耳)弄りも程々にし、ついに私の眠っていた部屋から移動し廊下へ。お屋敷らしいお屋敷な雰囲気の場を二人の背中についていく。

 いつの間にか着せられていたメイド服のスカートがヒラヒラとして落ち着かなかったり、胴より上の布に隙間がなく排熱効率に問題があったりとするが今はいいだろう。戦闘する訳でもなければ無視できる範囲だ。

 

 今の私は新人メイド。

 新人ならばここで働く先輩達へ挨拶をせねば失礼というもの故に、自分の不備はおいおいとする。

 

「先にシャーロットん所に行くかー」

「シャロくんも事を気にしてるだろうし、それが賢明さ」

「……」

 

 寝起きで思考回路が非効率的な動きをし、無い腕へ執着した結果生身の彼女に怪我を……。

 いや怪我はしてなかったんだっけ。確かさらっと無傷だとか言っていた気がする。

 今にして思えばあの時掴んだ感触はしっかり人間の物だった。よく無事だったものだ。

 しかし危害を加えようとした前科に違いはなく謝罪をせねばなるまい。

 最初にシャーロットと会わせてくれるのは助かる。

 

「今はたぶん屋上で洗濯物とか干してっかな、たぶんだけど」

「……そろそろ裏庭を使えるようにしたらどうだい。放置して荒れっぱなしだろう?」

「草ぼーぼーでめんどくさい。海水でも撒いとくか」

「それやったら殴るよ」

 

 裏庭? 裏庭なんてあるのか。

 うーん。気になる。ベンチでもあれば座って発電できそうだし。

 

 進む廊下の窓は私からして少し高く、外の景色は覗けるものの庭が存在するだろう手前辺りがよく見えない。

 ちょっと歩みより、つま先立ちになって見てみる。

 そこにあったのは海と長閑な町を見下ろせる景色だった。

 

 荒れ果てているらしい裏庭、というには違う気がする。じゃあこちらは裏ではないか。

 言うなれば表庭……? 表庭という表現があるのかは知らないけど。

 

 

「おーい、ソラー?」

「はっはっは。もしかしてわたし達の会話を聞いて 裏庭を探してしまったかな?」

 

 おっと、置いていかれる。

 階段を上りかけていたふたりに駆け寄り、背後に着く。

 着こうとして、回り込んだブロンテに肩を押され踊り場の窓へと誘導された。

 そこから見えたのは──

 

「──これは繁栄と衰退って名前の作品だよ」

 

 私にも雑草と分かる様々な植物に飲み込まれた平地だった。

 奥には自然林もあるので、何も知らず伺えばただの森と平原だろう。

 ベンチも何もない。

 

「かつてはガーデンアーチや煉瓦の小道もあってお茶もできる良い雰囲気の場だったのに、庭師が引退してしまってね。ジョージくんが新しく人を雇わず放置するからこうなってしまったのだよ」

 

 それは正しく繁栄と衰退。

 高度な発展を遂げたコンクリートの街も手入れが為されなければ滅び朽ち逝くだけ。

 微かに読み込める戦争末期の情勢からして、私の知る世界はこの裏庭のように一度衰退の道を辿ったのだろう。

 機械である私に感性が搭載されているのかは分からないが、雑草だらけの裏庭はアートと呼ぶに相応しいと感じた。

 

「おい、真に受けてないか?」

「うーん。かわいいなぁソラくんは」

「……」

 

 ぐいぐいと肩を引っ張られてジョージに窓から引き剥がされる。

 

「ソラ、ブロンテの言葉はあまり真に受けるなよ。半分以上ジョークだ」

 

 え、ジョーク? アートとかじゃなくて、手付かずなだけ?

 …………し、知ってる知ってる。

 分かってたし。

 知ってて分かってて、あえて乗っただけだし?

 

「……」

「な、なんだいソラくん。睨まないでくれ」

「あんな大人になっちゃダメだぞー」

「……」

 

 頷く。頷いたが、もう騙されない。これはよくブロンテとジョージが繰り広げるじゃれ合い合戦と同じノリ。

 つまりはこれはジョージのジョーク。

 ……ジョージジョーク……。

 

「なんか今、ソラ笑わなかった?」

「ふむ? わたしは何も分からなかったが」

「……」

 

 私が笑う訳は、たぶんない。

 少なくても読み込めるデータ内には喜怒哀楽の感情を表に出す様な機能は見当たらない。そも戦争兵器に感情機能が搭載されている必要はないし、じゃあ存在しない……はず。

 恐らく内部に溜まった埃を飛ばすために先程から全力で稼働させているファンが、何か少し引っ掛かって震えた音か振動だろう。

 

「ソラくんは無感情的に無表情、しかし内部では見た目の子供さながらの感性程度は持ち合わせている……というところかな」

「全部機械なんだろ? だってのに、昔の技術はすごいねぇ」

 

 撫でるなブロンテ。まだバッテリーの充填は不十分なので光を遮ろうとしないで欲しい。

 首を振って拒否する。

 あと、ブロンテに感情感性はたぶんないと教えてあげたい。

 …………ええい、だから撫でるな!

 

「撫でられるのは嫌いと。猫みたいでかわいいねぇ」

「兵器というよりは本当に人形みたいだな」

「……」

 

 私にも一応、兵器としての面子的なのがあるのだが。

 

 裏庭の話はそこそこに階段を昇り二階。更に階段を昇り、次はもう屋上。

 左右を屋根に囲まれた中、四角く刈り取られたような平たい屋上はあまり広いとは言えない。

 そこの空間で所狭しとシーツや衣類の洗濯ものが風に吹かれてたなびいていた。

 シャーロットがここで作業をしているという話だったのだが、どこにいるのだろう?

 

「……」

 

 いや、待て。

 何かいる気がする。

 扉の前から動かないジョージとブロンテが探してみろと言わんばかりに背中を押した。

 二人にだってシャーロットが隠れていると分かっているんだろう。

 

「……」

 

 その勝負、乗った。

 メイド服と共にいつの間にか装備されていた革靴がタイルを打ち付け音を出さないように気を付けつつ、そろりそろりと移動。

 私の背では洗濯物の下を覗き込んで探す事も可能だが、相手はメイド。つまりスカート。流石にやめておこう。

 

 ばさばさと鳴る布の隙間を歩き、中央付近まで来る。

 

「ばぁ!」

 

 後ろから抱き着かれた!?

 

「……」

 

 咄嗟に投げ飛ばそうと構えて、一瞬でまずいと気が付き止まる。

 また私は危害を加える所だった。

 

「やっほーソラっち。久しぶりっす」

「……」

「ありゃ、驚かせ過ぎちゃったすかね?」

 

 離してくれたので振り返り、やはりそこには前にも見たシャーロットがいた。

 長い茶髪を後ろで一つ縛った頭と私より圧倒的に高い身長、間違いない。

 

 私が喋れない事を知らないだろうし無視しているようにも思われかねない。

 ジョージかブロンテに手伝って欲しいので首を回して、目線で助けを求める。

 瞬時に私の悩みを察してくれたブロンテはうむと言いたげに頷いて、すぐに来てくれた。

 

 遅れてきたジョージと共に私の横に立ち、私の存在を解説してくれる。

 とても助かった。

 

「──と、言う訳だ」

「ふむふむぅ? ま、難しいことは分かんないけどソラっちが可愛いのでオッケーっす」

「……」

「シャロはシャーロット! 得意なのはネズミ捕りと家事全般! これからメイド仲間としてよろしくっすよ!」

 

 握手するための右手が出される。前の事ぜんぜん気にしてる気配ないんですけども。

 気にしていたら絶対に握手なんてしようとしないはず。

 

 いくら相手が気にしてなさそうとはいえ、何にせよまず私が行うべきはただ一つだ。

 ごめんなさいと頭を下げる事のみ。

 申し訳なかった。

 

「……」

「な、なんすか急に」

「多分前の事謝りたいんじゃないか?」

「前の?」

 

 うーんと首を捻られる。

 

「いやなんでシャーロットが覚えてないんだよ。ほら、腕掴まれたやつ」

「あー! あれっすか!」

「シャロくんは頑丈だねぇ」

「全然気にしてないっすよ!」

 

 いや気にして欲しい。

 

「確かにびっくりしたっすけど、怪我もなかったしソラっちは可愛いので許します」

「……」

 

 許された。

 

「ちなみにジョージくんは君の事を鋼の女と称していたよ」

「まじすか」

 

 まじまじ。頷く。

 

「心外っすね。か弱き乙女なのに……」

「そこそこ頑丈なぬいぐるみが軽く潰れる位の力で握られて、何がか弱き乙女か」

「え、そんな強かったんすか?」

 

 うむ。

 今手元に物がないから示せないけど、敵の腕をもぐという目的の為だったのでそこそこ力を込めていた。

 握力は数値にして……いや、明記するのはやめよう。それを耐えてしまったシャーロットの立場を考えて。

 

「ま、それはさておき次へ行こうか。仕事の邪魔をしたら悪いし。シャロくん、アンくんとエミリーくんは?」

「エミリーは今頃二階の部屋を掃除してるっすね。アンは……まぁいつも通りっすかね?」

「センキュ。んじゃ、行くか」

 

 確かに仕事の邪魔はあまりしてはいけない。

 背後で洗濯物がはためく音と新しく干されていく音、シャーロットの明るい声を聞きながら屋上を後にして建物内へと戻る。

 階段を下って二階の廊下へ。

 足取り的にエミリーの所へ向かうのだろう。

 

「ソラ」

 

 む、ジョージよどうかしたか。

 

「シャーロットはあんなあっけらかん的な性格してるし口は軽いが、一応仕事はちゃんとこなすし面倒見はいい。なんで、仕事で困ったらあいつに相談するように」

「彼女がメイド長というのも覚えておきたまえ」

 

 相談、といっても喋れないのだけど。

 

「困ってるジェスチャー……手話でも覚えさせるか」

「ふむ。それは妙案だねジョージくん」

「これすらダメだったら、最低限のサインでも考えるかぁ」

 

 文字や発声だけでなく伝える手段とは様々ある。

 そのどれかで可能なのであれば、ああ少し待って。

 エラー、エラー、エラー……。

 

「ん? どうしたソラ」

 

 首を横に振る。

 私が言語として物事を伝えようとする行動自体にエラーが出てしまう。

 つまり例え手話だろうがモールス信号だろうがあるいはハンドサインだろうが、その全て“思考を伝える手段”であれば途端に不可能となっていることが判明した。

 

 何というか本当に、言語出力の機能が綺麗に抜け落ちてるなぁ。

 首振りのイエス・ノーだけがせめてもの生命線。せめてこれくらいが残されていて良かった……。

 

「ふぅむ? ソラくん、言語を形作る事が不可能なんだね?」

 

 こくりと頷く。

 ブロンテの勘が良くて助かる。

 

「難儀なやっちゃなぁ。──あ」

 

 がちゃりと廊下の先で扉が開いて、中からバケツが出て置かれた。続いて掃除用具らしき一式も出てくる。

 そして最後にメイド服の女性。

 話からして彼女がエミリーなのだろう。

 ブロンテに似た金色の髪をした、シャーロット程ではないが私よりも背の高い少女だ。

 ……私の背が低すぎるから比較にならない。たぶん全員私より身長が高い。

 なぜ私は少女の姿なのだ……兵器だろう……?

 

 ジョージの声かけを受けてエミリー(仮)はバケツと掃除用具を置いて歩いてくる。

 姿勢も歩き方も品があり、何というかとてもメイドらしい。このモーションは参考にするべきだろう。

 

 軽い挨拶をしてから両脇の二人からエミリー(確定)へ私の説明が入る。

 反応は、歓迎してくれている。よかった。

 

「よろしくお願いしますわ、ソラさん」

「……」

 

 握手。みんな握手好きだね。

 力加減を間違えないようにする。

 

「ふふ、それにしても……」

 

 少し屈んで私に目線を合わせたエミリーの手が私の頭へ。

 おい撫でるな。

 

「ソラさんはかわいいですね」

「……」

 

 な、なんか怖いんですけど……。

 ものすっごい笑顔で私の頭を撫でているけど、若干狂気を感じる。

 

「ソラくん気を付けたまえ。エミリーくんは猫が大好きでね、恐らく君も……」

 

 も? もって何さ。

 あれか、まさか頭の通気口か! 猫耳だからか!

 猫っていうか三角形が好きなだけじゃなかろうかエミリーは。

 あとまだ撫でないで欲しい。屋上で多少余裕ができたとはいえ、まだまだ充電は不十分だ。

 

 撫でている手を首振りで落とし、距離を置く。

 

 まずは光を遮らないで欲しいという意思。

 次は恐怖を感じたから。

 

 もしかしてこれが、感情……?

 

「なんだか猫みたいな反応なのもかわいいですわね」

「そこまでにしとけエミリー。なんというか、狂気を感じる」

「失礼いたしましたわ」

「……」

 

 佇まいから内面までは察せられない。それがエミリー。

 口調と態度から仕事評価を察せられない。それはシャーロット。

 この調子だとまだ見ぬ最後のメイド、アンも良い性格をしてそうだ。

 次は何で来る? 抱っこ大好きか?

 

「エミリーくん。アンくんが何処にいるか知っているかい?」

「ええっと。たぶんいつも通り裏方仕事だと思いますわ」

「分かった、センキューな」

「……」

 

 シャーロットの時と同じく仕事の邪魔をしてはいけないという為に長居せず別れる。

 いつもの場所、裏方作業、とそれぞれに表されたアンは一体何処にいるのだろう。

 悩むそぶりを見せずジョージが先導して歩き、その後ろをブロンテと私は着いていく。

 

 来た道を戻り、階段を下り、角を曲がって。

 

 たどり着いた先は、私の眠っていた部屋だ。

 ここにアンがいるのだろうか?

 

「……」

「……」

「……」

 

 無言のまま全員で部屋へ入るが誰もいない。

 元いたように私はベッドへ腰掛け、ふたりはその前に置かれた椅子に座る。

 

「……」

「……」

「……」

 

 えっと、アンは?

 

「……アンがどこにいるか分からない」

「やっぱりか!」

 

 すぱーん、と心地のよい音と共にジョージの頭が叩かれた。

 

「いやシャーロットもエミリーも知ってるよねって感じだったから言いにくくってさ、ほら俺が部下の仕事把握してないって思われたらやだし」

「そう言ってる時点でお察しな事に気が付きたまえ」

「……」

「ほら、ソラくんも蔑んでるよ」

 

 まじないわー。

 ちょっと男子ー。

 ……駄目だ、喋れれば二人の会話遊びに混じれたのに。

 

「えっと。まぁ見た事ないメイドを見かけたらそれがアンだ。ソラ程じゃないが小柄で、不思議な雰囲気の奴だが悪い奴じゃないぞ」

「先程あった二人から分かる通り、癖はあるから接触した際は飲まれないよう気を付けたまえ」

 

 ええ、どんな人なのさそれ……。

 飲まれないようにって何さ。丸のみでもしてくるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンは普段からどこにいるのか分からない。

 いるにはいるし仕事はちゃんとこなしているけど、その仕事風景を直接見る機会はとても少ない。

 

「……」

 

 色々説明してみたがソラの目は厳しく俺を見ている。

 そりゃそうだよな、雇い主なのに部下の仕事場を把握してないもんな……。

 

「まぁフォローするなら、わたしもわたしの調査隊がどれほど仕事しているか把握していないよ。ソラくんだって戦場で上官が何もかも把握している訳じゃなかっただろう?」

「……」

 

 ソラの首が、正面を向いたままこてんと横に傾いた。

 しばらくそのまま止まって、やがて頷く。

 なんだその間は。なんだその仕方ないなって感じの頷き方。

 

「あ、そだ。じゃあ次の連中を紹介しよう」

「……」

「料理場のやつらなんだがな」

 

 いそいそと部屋を出て料理場へ急ぐ。

 後ろを付いてくる二人の目線が背中に刺さりとても厳しい。

 

「……」

 

 ちらっと後ろを振り返り、無表情のまま視線をあちらこちらに向かせて周囲を観察して歩くソラを見る。

 何というか、ソラはシャーロットやエミリーの言った通り可愛いに分類される存在だとは思う。

 少女的な小柄な体格や猫耳はさておき、動作がまんま子供らしく微笑ましくなるのだ。

 

 裏庭の話を聞き案内を逸れて窓に寄ってつま先立ちになったり、冗談を真に受け、撫でられればいやいやと拒否し……。

 

 戦場で動かす機械の兵士にしては、子供の姿で相手を油断させる目的にしては度が過ぎる。

 そういう目的だったら無表情ではなく笑顔にでもしとけばいいし、そも猫耳やこめかみにある何かを取り付けられそうな隙間が人間じゃないと相手に教えてしまっているし。

 

 というか大体、人間らしい感情とか思考能力とか必要なのか?

 今日見る限りはただの子供にしか見えない。

 でも最初に起きた時はシャーロットの腕を掴んだり俺に攻撃してきたり……。

 

 駄目だ、全然分からん!

 

「ちょっとジョージくん。思考するなら喋りたまえ」

「あ、ワリ」

 

 ソラの内面事情というか「兵器としては」な部分は後でブロンテに話そう。

 こういうのは向こうの方が詳しいし。

 

 てな訳で到着した料理場。

 俺は用もなくあまり立ち入る事はないが、メイドであれば配膳等でここへ来る機会が多いだろう。

 扉を開けて声を掛け、すぐさま二人の料理人が目の前に並ぶ

 

「左の若い方がトーマス、右のおっさんがハーディだ」

「こんにちは」「……よう」

「……」

 

 無言のソラが頭を下げる。

 

「こいつの名前はソラ。これからメイドとして働く事になった奴なんだが、事情があって喋れない。首振りで意思疎通するんで、まぁ上手いこと話を合わせてやって欲しい」

「……喋れねぇのか」

 

 ハーディが唸るように喋った。ソラの状態を知って同情か何かしたんだろう。

 職人気質で強面のおっさんだが、ただの良い人と説明すると照れて怒られるのでよしておく。

 一方でトーマスの方はというと良く分かってなさそうな顔だ。

 

「はいかいいえの二択で聞けば答えられるから、そんな感じによろしくな」

「は、はい」

 

 まあ付き合ってれば慣れるだろう。

 

「これさっき作ったんですけど、食べますか……?」

 

 一瞬後ろを向いたトーマスが、何かを皿に乗せて差し出した。

 見ればそれはカラフルな砂糖菓子で、ソラにあげようというらしい。 

 

「貰おうか」

 

 隣のブロンテが一つ奪って口に入れる。絶対にお前に向かっての物じゃない。

 

「……」

 

 ソラは無言で首を横に振った。

 人間らしくて忘れそうになるけど、一応は機械なんだし食べられなくて当然か。

 

「ま、いい。……つまみ食いじゃなきゃいつでも来い。菓子作りなら教えてやる」

「ハーディさん、今日は優しいですね」

「なんだと?」

「あ、その、いえ……」

 

 相変わらず仲良いんだか悪いんだかよく分からん二人だなぁ。

 さて、仕事の邪魔するのもここまでにしておいて行くか。

 

「次はどこへ行くんだい?」

 

 アン……は見つからないだろうしいいや。

 屋敷の外をぐるっと回るついでに警備の人らへ挨拶して、で今日はお開きかな。



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5 お風呂(洗車)

お気に入りが増えるとうれしい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ので、ソラちゃんをお風呂に入れた(意味不明な動機)


 この屋敷を守る警備人らへの挨拶が終わる頃にはもう日も暮れて、既に夜へと移ろう時刻となっていた。

 国の外れにある田舎の港町とブロンテは冗談混じりに話していたが流石は領主。戦争の無い平和な時代と慢心せず守りは万全で、私が警らに加わる必要も無さそうだ。

 意志疎通もできないのに下手な事をして現場を混乱させてはいけない。

 

 

 前を歩くふたりに置いていかれないよう、歩幅の小さい私は少し早歩きになりながら背中を追いかける。

 廊下を抜けて階段を昇って2階、そして再び廊下。

 

 しかし今はどこへ向かっているのだろう?

 

 もう私達を照らす光は電灯やガス灯のみとなった。

 残念ながらこの程度の光量ではまともに発電もできないので、私としては用もなければ休みたい時間である。

 だが先頭のジョージはまだ何処か案内したい先があるらしい。

 しばらく歩いて辿り着いた先は……確かここは、エミリーが掃除をしていた部屋だったような?

 

「……」

 

 かちゃりと扉が開けられ、当たり前のようにふたりは部屋へ入っていくので着いていく。

 内装は私が眠っていた部屋と殆ど同じく、普遍的な人の住む個室と言えばな様相。向こうと違う所を上げるとすれば、棺が中央に置かれていない事くらいだ。

 どうしてこの場所へ案内したのだろうか。

 生活感は無いが実は誰か重要人物の部屋で、覚えておけという話だろうか?

 

「ここはソラくんの部屋だよ」

「……」

「という訳でソラ、ここがお前の部屋な」

 

 …………え、私の?

 一階の、棺を置いているあの部屋ではなくて?

 というかいつそんな示し合わせが?

 

「ブロンテが“泊まるから部屋を用意しとけ”って今日に限って言うから不思議に思ってたが、やっぱそういう話だよなぁ」

「はっはっは。和解したソラくんに部屋が必要なのは事実だろう?」

「起きなかったり駄目だったりしたらどうしてたんだ?」

「その際は普通に泊まって誤魔化した」

 

 うん?

 だから、私の部屋は一階のあの場ではなく?

 

「ま、向こうの部屋は倉庫扱いだし必要はあったから助かるけど。つーわけでソラ、寝泊まりというか住むのはこっちな」

「それともソラくんは棺で寝る方が良かったかね?」

 

 そういう訳ではなく。

 私の顔を覗き込むように身を屈めるブロンテの不敵な笑みから逃れるため視線を逸らし、ちょうどベッド上に何かが置いてあるのが目についた。

 よく見てみればそれは、四角く綺麗に折りたたまれた衣類。幾つか重なったセットが二つ並んでいる。

 

 まさか、これも私の為にか?

 というかいつの間に?

 指差して首を傾げれば伝わった。

 

「ふふ、流石はアンくんだ。察しの悪いジョージくんと違って先回りして動いてくれる」

「いつ買っていつ置いたんだよ。ちゃんとサイズぴったりだし……」

 

 並んでいる片方を持って広げ、私の身体に合わせてジョージがしみじみと呟く。

 用意したのは未だに姿を見ていないアンというメイドらしいけど、いつサイズを確認したんだろうか。

 私が休眠している間に採寸していたというなら分かるけど。

 

「ちょっとジョージくん。まだ服を買ってなかったのかい?」

「だってシャーロットがメイド服着せてくれたし……」

「言い訳しない! 着替えは必要だろう? 全く、これだからジョージは……」

「ジョージは余計だっつの」

「……」

 

 ブロンテはジョージを攻めるが、それは人間の話であり極論を言えば私に着替えは必要ない。

 よほど今着ている物が汚れない限りは着替える必要がないからだ。生き物である人間と違って私は機械であり、老廃物的な汚染物質が出ないし。

 

 ああ、喋れるのならこう伝えておきたい。

 私は機械であり、ただ生きているだけで段々と臭いが発生してしまう生物とは違って──

 

 

 

「一日三回着替えるように」

 

 着替えは必要ないんだってば。てか、多っ。

 

「ふむ。彼女が用意したのは寝間着と普段着か。数は最低限だが、時間も限られる中だったしそれも仕方ない」

「仕事中はメイド服、業務時間外は私服、寝る時はパジャマに替えるんだぞー」

 

 必要ない上に、そんな細かく変えるなんて面倒……もとい無意味じゃないか。

 それに業務時間外って、稼働中は常に使えるのが機械だろうに。

 

「……」

 

 試しに首を横に振ってみる。

 喋れないのが色々ともどかしい。本当に。

 言語出力機能、最初から搭載されてないんじゃないかと思えるほど跡形もない。修復のしの字も掛からずエラーとか完全にお手上げ。

 

「気に入らなかったか?」

 

 色々と気に入ってないので頷く。

 まず着替えはメイド服の予備さえあれば良い。

 次に、充電できるタイミングを用意してくれれば休憩は必要ない。

 

「ジョージくん。センスがないと申しているよ」

「俺に言うなよ。てか用意したのアンだし」

「あーあ。君が一通り種類を発注しておけばなぁー」

「あんなぁ……。つか、お前も首都に戻ったんなら適当なの見繕ってくりゃ良かったじゃん」

「ぬいぐるみにガチってて忘れてた」

「えぇ……?」

 

 ち、違う。デザインがどうのとかそういう話じゃない。断りたいのはそっちではなく。

 全力首振り。

 

「ああ、ソラくんいいんだよ。こんな乙女心の分からない男を庇わなくて」

「何でいつも悪役なんだよ!」

「……」

 

 ブロンテはそう言って私を抱きとめジョージに非難の目を向けるが、何もかもが違うんだって。

 

「……と、いうかソラくん」

 

 暑苦しく引っ付いていたブロンテが鼻を抑えながら離れる。

 

「何というか、その……」

 

 とても言いにくそうに、言葉を捻り出す。

 

「少し臭うから、お風呂にだね……?」

 

 おふ、ろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チビ共嫌がるそれ何か♪ なぜか嫌がるそれお風呂♪」

「……」

「匂い立つもの許すなメイド♪ 汚れ落とすは使命ぞメイド♪」

「……」

「さぁさ観念洗われろっ、我が名その名はシャーロットーっ♪」

 

 大人しく手を引かれているのに、なぜゆえシャーロットはさも私が嫌がっていると言う風な歌をくちずさんでいるのだろうか。

 お風呂とは汚れや臭いを落とす場らしい。洗車のようのものだろう。断る理由はない。

 臭いは発生しないし着替えは必要ない、と豪語(無言)した直後だというのになんだこの流れ。

 

「んふふ。うちのチビッ子が最近お風呂が嫌いになったのか手間かかるんすよねー。ソラっちはそうでもなさそうっすけど」

 

 ……若く見えるが、シャーロットって子持ちなのか?

 

 ふと気になった疑問の答えが話される訳でもなく、屋敷一階西側の裏口から出て裏庭の端を通り、離れの建物へ。

 からからと心地良い音の鳴る扉をスライドして開き足を踏み入る。入り口の上に掛かっていた布がシャーロットの肩や胸に押されて揺れて、続く私の頭頂に触れた。

 

「この暖簾を潜ると“お風呂だーっ”て気分になるんすよねー。ソラっちはどうっすか?」

「……」

「あまりテンションは変わらない、と」

 

 本館とは違いこちらは全て木造となるようで……えっと、大丈夫だろうか。

 構造も古く見えるし、私の体重だと床が抜けてしまいそうで怖い。

 私の重量は閲覧不可な上に全長125cm。全長から分かる通り姿形は子供なので小さな足のサイズ的に重量が分散されず集中してしまう、柔らかな床は片足を踏み込んだままめり込んでしまいそうだ。

 

「ありゃ、どうしたっすか?」

「……」

 

 後ろ手に扉を閉めて、そろりそろりと摺り足で進む。

 ぎぎぎと軋む音がしただけで、これは踏み抜く心配ないと判断するにはとても心細い。

 

「……」

「ソラっちって意外と重いっすからね!」

 

 ぐ。

 そうはっきり言われると……。

 

「音はすれど、結構丈夫だし平気っすよー」

 

 目の前でシャーロットが跳び跳ねて、着地する度ぐわんぐわんと揺れる感じがした。怖いからやめて。

 

「それに、床抜かしたら今度こそ建て直すよう旦那に言うから大丈夫っす。てかなんなら派手に壊しちゃってオッケーっすよ。建物が古くて隙間だらけなせいで夏とか特に、裏庭で湧いた虫がわんさか来て酷いんすよぉ」

「……」

「さ。とりまお洋服脱ぐっすよー。ここはまだまだ脱衣場で、お風呂は向こうっすから」

 

 そんなに言うならと半ば開き直って歩き、籠の収まった棚の前で服を脱ぎ始めたシャーロットに並んで私もメイド服を脱いでいく。

 自分で着た覚えのない服なので脱ぐのに手間取り、人間には無い頭の通気口が引っ掛かったりとする度助けて貰い、ようやく一糸纏わぬ素体となれた。

 

「こうして見ると、本当にお人形さんなんすねぇ」

「……」

 

 腰を曲げて素体となった私を観察するシャーロットが呟く。そんなに良く見て特に珍しい作りは……あるか。

 今の時代に私のような機械物はないらしいし。

 

「あ、そういえばこの左腕ってブロンテ先生に直して貰ったんすか?」

 

 左の肩口をつんつんとつつかれる。

 ブロンテが持ってきていた物を取り付けた、が正解だけど説明はできないしあながち間違ってないので頷いておく。

 この左腕、実は少しバージョン違いらしくちょっとだけ性能が良い。私本体が現在様々なシステムの処理中でスペックダウンしてとんとんのため、意味のない注釈だけど。

 

「それと、いろんな所に隙間あるけど水かけちゃって平気なんすか?」

 

 シャーロットの細い指が肘や手首等の隙間を撫でた。ちょっとくすぐったいからやめて欲しい。

 耐水性については、潜水する訳で無ければ大きな問題はないので頷く。

 

 取り外せる腕脚以外も、確かに各種可動部に隙間はある。隙間といっても防水防塵の為に専用素材の柔らかいシーリングで塞がれてるので内部は見えず、溝のラインが各所に見える構造。

 ただこの構造のお陰で全身に空気の通る隙間がなくなり、人工スキンの下に通している冷却パイプと外からでも分かる頭部の猫耳的通気口二つだけが排熱の生命線となってしまっている。

 一応緊急時や高出力時は取り外せる腕脚に隙間を作って排熱はできるけど、耐久度とか気密性的な所が下がるし設計ミスを疑う。

 

 

 ──あ、ちょっと待って。

 

 

「どうしたっすか?」

「……」

 

 手を引いて浴室へ向かおうとしたシャーロットから一歩引いて、両こめかみをそれぞれの手で触って確認する。やっぱりだ、そうだ何も付けていない。

 ここにある拡張スロットは普段何かしらで塞がる構成なので意識外だった。今は接続ポートが剥き出しなので、錆びるとは思わないがショートくらいするかも知れない。

 

「そこは駄目なんすね?」

 

 頷く。

 

「うーん、髪の毛洗えないのは残念っす」

 

 わしゃわしゃ撫でられた。やめろ撫でるな。

 

「でも耳とかに水入ったら大変っすからねー。ソラっちは機械っすから壊れたら大変……」

 

 いや耳でも猫耳でもなく頭のそれはただの通気口──わ、通気口に指を入れようとするんじゃない。

 中には大型のファンが付いてるし指が引っ掛かったら危ないぞ。

 

「んひ、んひひ、なんすか? ん? なんすかこれ?」

 

 断るために首を横に振りつつ伸びていた手を払うと、シャーロットの顔がにやけた。

 遊びでやってるんじゃない、普通に危ないから。指を入れたら怪我をするからっ。

 

「あばばばばっ」

 

 するりと抜けたシャーロットの手が通気口に入り、かんかんかんとファンに何度も指の当たる音が頭の中に響く。

 ほら言わんこっちゃない……と言いたい所だが大丈夫だろうか?

 千切れはしないだろうが、回転物に巻き込まれてただじゃ済まない。爪とか割れてない?

 

 そこそこ力を込めて強引に引き抜いて、しっかり確認する。

 これで仕事に支障の出るとなれば私の責任……。

 あれ……怪我してない。傷はない。

 

「あはは、ソラっちの頭ん中なんか回ってたっす」

 

 ……無傷、だと……?

 

「……」

「なんなんすか? 扇風機?」

 

 好奇心でまた手を入れようとするんじゃない!

 急いで引き剥がし通気口のシャッターを閉める。

 

「そんなこともできるんすか!?」

「……」

 

 ぐいぐい覗き込むように近付くけど、私は見世物じゃないってば。いたずらはやめて欲しい。

 というか何でフィルターの手前にファンがあるんだ。また設計ミスか。

 止めさせるため怒ってる風を装ってぷいと顔を背け、お風呂と思われる方へ向かう。

 

「ああー。ごめんなさいっすー!」

 

 磨りガラスの扉をスライドさせ、ここがお風呂か。

 結構広々としており、時によっては複数人同時の利用も考えられていそうだ。

 水の張られたエリアの反対にある壁際には鏡や木の椅子、浅くて口の広いバケツ(?)が置いてある他、気になるのは床。

 先程までは破壊の恐れがある木材だったが、こちらは一転して石畳。水捌けを良くするためだろうが、私にとっては氷上のような恐ろしさがある。

 

「……」

 

 ……そういえばお風呂は始めてだ。

 何にも分からないけどどうするんだろう?

 洗車の人間版という認識のみでここまで来たのだけど、こうして浴室に来てみたら見慣れない物も置いてあるし手順が分からない。

 というかこの部屋、湿度と温度が高くないか?

 高温多湿の環境は避けたい。

 

「……」

「とりあえずそこの椅子に座るっすー」

 

 後ろのシャーロットが壁際を指差す。

 水張りエリアの反対にある、鏡の前の椅子だ。

 

「……」

 

 洗車、ともすれば洗剤を洗い流す際に水を使い床は濡れるだろう。

 誰もまだ使用していないらしく乾いている石畳をぺたぺたと歩き、帰りは怖いなと心配にする。

 

「にしても、千年くらいっすかね? 確か」

 

 突然なんの話?

 

「ソラっちが棺に入ってたの」

 

 え、そうなのか!?

 千年……。

 

「ブロンテ先生が機械戦争末期の年代って言ってたっすけど、にしては綺麗っすよねぇ。ソラっち」

「……」

 

 そうか、千年か……。

 長い時を隔てているとは覚悟していたが、千年は流石に予想外だった。

 あの棺に納められ保護されていなければとっくに壊れて二度と目覚めていなかっただろうし、私のように棺で保護され今もなお稼働できる個体はふたつとなかろう。

 左腕が動くのも本当に偶然だと思う。

 

 でも、しかしなぜ?

 なぜ私は、棺に入れられていた?

 破損している記憶領域が修復されれば分かるのだろうが──ってあっつぅ!?

 

「シャワー熱かったっすか?」

 

 熱いよ!

 シャーロットの持つホース? シャワー? を奪う。

 きゅ、急にお湯をかけないで欲しかった……。

 

「……」

 

 首振り全力否定。

 

「ごめんっす。したら、これくらいでどうっすかねぇー?」

 

 温度を緩めてくれた。多少はマシになったけど、うーん……。

 できるなら冷水がいいかな。

 首を振り確認する度にシャーロットが捻っている温度調節と思わしきつまみを借りて、見よう見まねで動かす。

 お湯と水の混ざる割合を変えて温度を調整しているみたいなので、たぶんこうすればお湯0水10のいい感じになるはず。

 

「それ水っすよ!?」

「……」

「ソラっち寒くないっすかぁ……?」

 

 じゃばじゃばと首元からかけて、あー。冷却されるー。

 むしろこれくらいが気持ちいい。

 

「機械基準はわからんっすー」

 

 ひとつ隣の席へシャーロットが座り、自身と私の横に一つボトルを置いた。

 そして私に布を一つ手渡す。

 

「次はこれに石鹸つけて、泡立てて、身体を洗ってくっす。泡が流れちゃうからシャワーは止めるっすよ」

「……」

「泡立てかたは──」

 

 隣で実践しつつ教えてくれるので、それに習って手を動かす。

 ……教え方、うまいなぁ。流石はメイド長。というかたぶん子持ち。

 

「あとはもう洗いまくるだけ!」

 

 身を乗り出し教えてくれていたシャーロットは自分の席へ戻り、「こう!」と言いながらわしゃわしゃ自分の身体を洗う。

 洗いまくる、といえばその通り洗いまくれば良いのだろう。

 

「……」

 

 千年眠って曰くカビ臭くなってしまったし、少し念入りに洗おう。

 私の表面大部分を覆う肌色の生体スキンは電気を使って多少の傷を修復できる素材でもあり、またコーティング剤によって汚れや臭いも基本は寄せ付けない。──性能表ではそうなっている。

 棺だけでなく、生体スキンの性能も千年間破損を免れていた要因なのかも知れない。

 

 しかしコーティング剤の方は、流石にもしかしたらもう経年劣化で朽ちたり剥げたりしてしまってるのかも。カビ臭さがその証明となる。

 こちらは塗り直しもできなさそうだし諦めるしかないが、小まめなお風呂と衣類の取り換えで対応……あれ、やっぱり着替え必要だな?

 

「背中やるっすよー」

 

 席を立って後ろへ回りこんだシャーロットが背中を洗ってくれる。

 

「ジョージの旦那を殴り飛ばしたとかブロンテ先生を投げ飛ばしたとか聞いてたのに、ちっちゃい背中」

「……」

「シャロには手加減してくれてたんすよねー」

 

 いやその、あの時は割と目覚めの暴走気味で加減殆どしてなかったというか。

 というかそういえばあの二人もよく無事だった。特にジョージ。

 背中をツーっと指で撫でられる。くすぐったいからやめて欲しい。

 

 

 

 その後もあっちこっちと洗われて、泡を流し……。

 うむ。綺麗になった。

 

「いざ、バーンとォ! 入浴ーっ!」

 

 と言いながらシャーロットが駆けて、石畳に足を滑らせ派手に転倒しながら水張りエリアに消えていった。

 

「わははは、ソラっちも入るがよい」

「……」

「深くないっすよー」

 

 いや深さとか気にしてないんだけど。

 膝立ちになってそろそろと近づいて、温度を確かめる為に手だけを先に入れる。

 ちょんちょん。

 

「……」

 

 熱い。

 やっぱり熱いよねこれ。お湯だよね。

 

「入らないんすか? ……って、そういえば熱いの駄目っしたっけ」

 

 頷く。

 こんなところに入ったら死んでしまう。折角千年を生き延びたのにこんな事で死んでは意味がない。

 そこはシャワーの一件から分かってくれたようだ。

 

「うーん。水風呂なら入れるっすかねぇー。ソラっちと一緒にお風呂で語らいたいのだー」

「……」

「アンに言ってこの建物燃やしてもらおう」

 

 水場(お湯場?)のふちに腕と顎を乗せて不穏な事を言っている。

 冗談だろうし気にしたら駄目だ。仮にここが燃えても私のせいじゃない。

 

 シャーロットはああいう風に温まっても私は手持無沙汰なので、椅子に戻って冷水を浴びる。

 ばしゃばしゃ。

 さっき水風呂と話していたけど、私もああいう風に浸かれたら気持ちいいんだろうなぁ。

 冷却水のプールで普段はできない高出力の演算……やってみたい。

 

「今はまだ冬の入りだからあれっすけど、夏場とかソラっち平気かなぁ」

「……」

 

 夏?

 まぁ耐えられない事はない。

 スペックを絞って出力を抑え、発熱量を低く留めてファンの回転を最大にすれば耐えられる。

 ここの地域がどれくらいの気温になるのかにもよるけど。

 

「今着てる服だけじゃなくて夏服も改造しとこうかなぁ……。風通しを良くするには、えーっと……」

「……」

「あ、ファスナー付けてソラっちが自分で……あー……」

「……」

 

 ……ん? シャーロットが静かになっていった。

 どうしたんだろう。

 

「ああぁ~。のぼせる~」

 

 うわ、ふと見たら上半身だけ水場から出て脱力してる。

 熱暴走……は人間だしないだろう。というかするんだったらお湯になんか入らないだろうし。

 じゃあ電池切れ? ──だから人間だってば。

 

 さっき転んだのが響いたのか? それとも通気口に指を入れたから?

 良く分からないけど、“のぼせる”らしい。

 

「ソラっち~。助けて~。引き抜いて~」

「……」

 

 えと、どうしたらいいんだろう。

 とりあえず差し出されている手を取ってずるずる引きずる。

 

「あとは~。タオルで身体拭いて~。お洋服着るだけっすから~」

 

 片手で背のあるシャーロットを引きずって先ほどの脱衣場へ戻る。

 タオル……タオルって?

 

 服を入れた籠の中にそんなものあったっけ……。

 ……あった。着替えと共に、丁寧にタオルとメモの付けられたタオルが。

 いつの間に用意していたんだろう?

 

「アンが用意してくれてると~。思うっすから~」

 

 ああ、姿なきアンか……。

 手を離すとそのままドサっと力なく床に落ちたシャーロットがぶつぶつ何かを喋っているのを無視して、タオルで彼女を拭いていく。

 生きてはいるけれど、ぬいぐるみのようにされるがままの脱力した姿は少し怖い。大丈夫なのだろうか。 

 服の着せ方は分からないので彼女の籠の中身を渡すと、おもむろにだが自分で着始めた。床で。

 

「復活!」

 

 あ、生き返った。

 私服と思わしきラフな格好となったシャーロットは勢いよく立ち上がった。

 

「……」

「って、なんでソラっちは何も着てないんすか?」

 

 第一にシャーロットの状態が不安だったから。

 第二に、私のと銘打たれた衣類の着用方法が分からないから。

 

「もー。手間のかかる妹分はかわいいっすなぁ。チビ4号と名付けよう」

 

 シャーロットと比べたら私だけでなく誰でもチビになるだろう。

 目測だが、そちらの全長は180cm前後近くだと思う。



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6 屋敷の怪奇

お気に入り数が増えたり評価バーが赤くなったりしてる……。
幻覚かな? 違うな……幻覚はもっとぱーって輝くもんな!(精神崩壊)


 ──がちゃ。

「すぅー……はぁー……」

「幸せは犠牲なしに得ることはできないのか?」

 がた、がたがたがた。

「ソラさんの寝顔……よく眠っていて可愛らしいですわ……」

「時代は不幸なしに越えることはできないのか?」

 ぱしゃ。

「少しくらい……お写真を……」

「その答えを、いつか私に……」

 ぱしゃぱしゃ。

「ソラさん……」

「空……」

 

 

 

 ──ぱしゃ。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………む?

 定時ではないのに目が覚めた。

 現在時刻は朝の5時頃、まだ薄暗い。

 タイマーの設定ミスかとも一瞬考えたけれど、ログを見るにそういうわけでは無さそうだ。 

 

 非常時に備えてセンサーが異常を検知した際に自動で起動する機能をセットしたままスリープモードに移行していたのだけど、どうやらそれが理由らしい。

 スリープモード中は瞼のパーツを閉じカメラは動いていないし現在の私は追加のセンサー類を一切装備していないので、何か反応できるとすれば音しかない。

 

 音と仮定し正体を探る為この薄暗い部屋に明かりを点けよう。

 異常がないかの確認が取れない限りは再びスリープモードへは移れない。

 めんどくさいけど、非常用の設定とはそういう不便な仕様(もの)なのだ。

 

「……」

 

 明かりを点けると言っても使うのは部屋に備えられた電灯ではなく、ベッドに横になった現在の状態からでも点けられる私自体のライト機能。

 人間が同伴する際やカメラでの撮影時、簡易的な目眩まし等々……。様々な状況を視野に入れ搭載された、両目部位をサーチライトとして光らせる事ができる私自身の機能だ。

 

 欠点は両目部位、つまりメインカメラ付近が光る関係上とても眩しくて視界がとても悪くなる点。

 何も見えない暗闇よりかは確かにマシではあるけど、自分で使う分には不便な点が多いし設計ミスでは?

 

 身体を起こしてベッドのふちに腰かけ、さてと。

 私の起動した理由たるやは──。

 

 

「……」

「……ぁ……」

 

 

 いた。

 メイドのエミリーが。

 壁と天井、部屋の上の隅っこ角に。

 重力を無視するかのように張り付いて、小型の機械を構えながら。

 えっと。えぇー?

 

 

「……」

「そ、ソラさん……おはようございます」

 

 

 両足と左手で壁をしっかりと支え背中を天井に押し付け身体を固定し、開いた右手で小さい機械を持っているエミリー。

 蜘蛛のような状況というか状態というか、何というか……ともかくそんな感じのまま朝の挨拶をしてくる。

 

「……」

 

 私はどう反応すればいいのか分からず、エミリーも引きつった笑顔のまま固まり。

 しばらくしてジーという小さな機械音が静寂の中に響き、エミリーの持つ小型の機械から紙きれのようなものが出て落ちる。

 

「あ」

 

 運よくそれはひらりひらりと舞うように私の手元へと落ちてきた。

 目線を落として手に取ったそれが何なのか確認しようとして、自分で出してる明かりが眩しくてよく見えない。

 サーチライトの光量を下げていき、カメラの設定を変えようやく見えたそれは──

 

「……」

「あは、あはは……」

 

 私の写真?

 

「……」

 

 視線を上げてこれはどういう事なのかと問おうとするも、エミリーは咎められていると勘違いしたのかばつが悪そうに顔を背ける。

 怒っている訳ではない。単純な疑問だ。

 

 どうしてわざわざ天井に貼り付きながら、停止中の私の写真を撮ったのだろう?

 明け方かつ灯りを点けていない今じゃ暗くてちゃんと写らないだろうというか、言われれば別に写真くらいはいつでも──

 

「とうっ!」

 

 壁を蹴ったエミリーは空中で身を翻し、その最中で私の手から写真を取ると綺麗に床へ着地した。

 その身体能力はなんなのかとも聞きたい。なんなんだこの屋敷は。シャーロットも鋼の女だし。

 結局まだ会えてないアンだって何をするか分からない。ここまでくると最後は人外なのかもと恐ろしくなってくるぞ。

 

「えと、ソラさん」

「……」

 

 何でしょうか。

 

「お写真、よろしいかしら?」

「……」

 

 もう撮ってるでしょとは思うし訳は分からないけど頷く。

 写真の一つや二つ断る理由はない。

 

「ありがとうですわ!」

 

 さっきの一枚では足りないのか、エミリーは許可が降りるや否やぱしゃぱしゃと撮り始めた。

 いくら撮ったってこの顔は少しも変わらないし、つまらないと思うんだけど。無機物だし。

 

「……」

「ぐへ……いひひ…………」

 

 エミリーの呼吸が荒くなってきた。よだれも垂れてる。

 うーん。データベース的にはこういう症状を趣味の一環的に括れると判断を下してるけど、人間ってこういうものだろうか。

 

 しばらく(9分23秒)好きなだけ色々な角度から撮りまくったエミリーは満足したのか、一つ咳払いしていつもの優雅な感じを繕った。けどもう繕えないよ。遅いよ。

 滅茶苦茶に取り乱して一心不乱にフィルムが空になるまで撮りまくっていたあの姿はもうばっちり映像として記録しちゃったよ。

 なんなら壁に投影もできるよ。サーチライトを応用させればそういうのも可能。名誉の面もあるからやらないけど。

 

「ソラさん」

「……」

「そろそろ朝のお仕事、始めましょうか?」

「……」

「ごめんなさい、元々その為に来たのに忘れていました」

 

 あ、仕事を教えに来てくれたんだ。

 盗撮しに来たのではなく。

 ……いや嘘でしょ。ごまかされんぞ。出勤時間にはまだ早い。

 

「……」

「さ、さぁソラさん着替えましょ?」

 

 そういって私を立ち上がらせ、パジャマを脱がせようとする手付きは……なんかこう、所謂“いやらしい”という表現に該当する。

 人間相手ならともかく機械の私だし……。あ、もしかしたら素体の写真も撮りたいのだろうか。

 そういうのならちゃんと言ってくれれば──

 

「す、ストップソラさん! ストップ!」

「……」

 

 首を傾げる。

 全部脱ぐんじゃないの?

 

「お着替えで脱ぐのは肌着までで、えっと、それはお風呂の時に脱いでっ」

「……」

「お、お待ちなさ、ぁああ、わたくしお死にますわ!」

 

 死ぬの!?

 

「と、止まってくれた……」

 

 えっとエミリー。

 私が脱ぐと死ぬの? どういうこと?

 仲間は殺したくないよ?

 

「ソラさん。女の子が安易に脱いではいけませんっ」

 

 ?

 分からないけど、そうしろと言うのなら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリーは猫が好き。

 

 ブロンテにはそう教えられたけど、実際のところは可愛いものが全般的に好きだという。

 朝の業務を教えて貰い、習いながらの合間で本人が雑談として話してくれる事から推察すると、趣味的な物を取り上げられ続けた子供の頃の教育環境が原因のようだ。

 親元を離れ一人立ちし自身を縛るもののなくなった今は加減ができず、暴走し、可愛いものを見ると狂いそうになる──という。

 

 狂いそうになるというか、写真を撮ってた時はもはや狂気しかなかったけど。

 

 ある種、もしかしたら理性が無くなってる分シャーロットより危険人物なのかも知れない。向こうは少なくても理性的だし。

 少なくても犯罪へは至らないとは思うので、そこは心配しなくても良さそうだけど……。

 ……あ、いや。私がもし人間なら盗撮に当てはまっていたのか。結構ギリギリじゃんか。

 

 それにしても、私がその可愛いもの判定に当て嵌まっているのにも驚きだ。

 私の顔は自分でも可愛らしくはないだろうと思う。

 

 睨むような鋭いツリ目だし、喋らない(喋れない)ので口は動かず笑う事もしないので表情は絶対に動かないし。ていうか鉄の塊だし。

 上げるとすればやはり頭の猫耳と称される通気口と子供さながらな体格位なものだけど、こんな程度でいちいち狂っていたらキリがないだろう。

 

 とすればだ。

 残るのは。

 

 ……機械に対する異常性癖?

 

「……」

 

 ……ま、それならば仕方ない。

 世の中広いんだし、たまにはそういう人もいるだろう。

 私にはそういう感情と知識(データ)はないので応える事ができないけど、今度私から見て可愛い感じのする機械があればお土産に渡してみようかな。

 需要に対して供給が少ないのはさぞ辛かろう。太陽光が無いと私も充電が苦しいしそんな感じなはず。

 

 エミリーの内部事情はさておき、さてと。お仕事の続きだ。

 いっぱいまで水を入れたバケツを床に置き、昼頃となった現在に行っている仕事は掃除。

 一階はエミリーとシャーロットが担当するようなので、二階の宿直室と空き部屋の掃除を任されている。

 

 私の相方としてアンが共に二階の掃除をする手筈で話が進んでいたのだけど、今に至るまでやっぱり姿を見ていない。

 シャーロット曰く、「アンはほっといても大丈夫っすよ」との事。むしろ私がほっとかれてるけどいいの? こっちは見習いメイドだぞ?

 

 ──嘆いた所で仕方ない。

 アンが仕事をしてようとなかろうと、ともかく私はしろと言われた事をするのみ。

 戦えと言われれば戦うし、掃除をしろと言われれば掃除をする。何の事はない。

 その証拠に早くもここで最後の部屋なのでもう手慣れたものよ。

 

 シャーロットに教わった通りの道具を選別して扱い、教わった通りの順番でこなす。記録(データ)にしっかり手順を明記しているので、後はそれに沿って行動するだけの簡単な仕事。

 背が低く届かなそうなところもエミリーが気を効かせて持たせてくれた台に乗って、パワーの調節を間違え破壊がないように気を付けつつ。

 

「……」

 

 この屋敷は小部屋が多い。

 私に与えられた部屋も元は空き部屋らしいし、二階の空き部屋は三つある上に宿直室もある。

 多分ジョージとその親族が住む為なのと警備人用なんだろうけど、それぞれ今は使われてないようだ。

 宿直室まで使われてないのはどうかと思う。傍で見守らんでいいのか?

 

 

「……」

 

 一応、現在掃除中の宿直室はいつでも使える事を示すかのように花瓶に花が生けられ窓際に置かれている。

 リネン類も定期的に取り換えられた跡があるし、他の部屋と比べて細かく手入れがなされている様子は随所にあるのに使われてはいない。

 うーん。まぁ準備ができているのならいつでも使えるし、警備員は暇なのが一番いいと言うし。

 ここまで準備を色々やって勿体ない気がするけど。

 

 この部屋で任された仕事は最後なので、早く終わらせて一階の二人を手伝おう。

 一階は厨房と食堂と応接間、それと倉庫にやはり空き部屋しかないのに無駄に広く──

 

 

 ──ゴト。

 

 

 ん?

 

「……」

 

 窓を拭いていると後ろで何かが落ちる音がした。

 振り返ると、部屋の中心に何故か人形が落ちている。

 

 ブロンテが私に買ってきてくれた土産のぬいぐるみのような子供向けではなく、ドレスを着せられたお堅いアンティークドールだ。

 こんなものこの部屋に置いていたっけ? 記憶を漁っても視界に一度も映り込んだ形跡がない。

 とすれば誰かのイタズラだろうか。

 

「……」

 

 わざわざ人形を部屋に投げ入れるイタズラの真意は分からないが、可能性として挙げられてしまったのは非科学的な超常現象。ありえないだろうが。

 持ち上げて近くの椅子に座らせ掃除を再開しようとした矢先、今度は振り返った先の窓がひとりでにばたんと開いた。

 不思議な事が続くもんだ。先ほど換気をしていたから鍵を締め忘れ、そして風で開いたに決まってる。

 

「……」

 

 今度はちゃんと鍵を締めて、窓拭きを再開。

 流石にもう何も──

 

 

 ──ゴト。

 

 

 また何かが落ちる音がした。

 窓は閉まっている。風は入り込まない。

 扉も閉まっている。そこが開いた音や閉まる音も聞いていない。

 

 まさか?

 ゆっくり振り返ろう。

 

「……」

 

 例の人形が、椅子に座らせたはずの人形が……床に落ちていた。

 ありえない。

 

「……」

 

 まさか、私のように自立稼働する存在?

 機械技術のすっかり衰退した現代において、私以外に?

 

 ……危険物質として闇に葬るべきだろうか。

 今の私は火器を所有していないので、するとすれば焼却か。確か裏手に焼却炉があったと聞いたような無いような。

 

 持ち上げて、最大出力のライトをちかちかさせて威嚇。

 フラッシュバンの代わりにもならないが、どうだ恐ろしいだろう。今はこれくらいで済ませているが、ビームが出そうで怖いだろう。

 

「……」

 

 流石に爆殺光線とかは出せないけど。

 

「……」

 

 アホらしい。

 ただ人形が勝手に。ああそうだ、置いた場所が悪くて落ちただけで、私は何をしているんだ。

 身に付けている自分のメイド服のエプロンを外し、それで人形を椅子に括り付ける。これでよし。

 

 さて、窓拭きは……窓綺麗だし開けておこう。

 風が通るなら、もし万が一人形が動いたりしても何かこう……たまたまいい感じの物理学で仕方ないんだよ。

 この屋敷の怪奇は天井に張り付くエミリーと超絶硬いシャーロットだけで充分だ。

 

「……」

 

 棚を拭く。ちらり。

 

「……」

 

 クローゼットから埃を払う。ちらり。

 

「……」

 

 姿見の鏡を磨き──。

 

「……」

 

 ──だ、誰かがいる!?

 

 鏡越しに、私の後ろ、人形を座らせた椅子に、だ、誰かが座ってる。

 思いっきりなんか鏡に誰か映ってるっ!

 

「……」

 

 め、メイド服を着ている子供?

 あれは誰だ? 見たことないぞ?

 子供とはいうが私より少し背は大きく、無表情の私と反対ににこやかな顔でこちらを鏡越しに見ている……。

 

 ……よし、いちにのさんで振り返ろう。そして撃退する。

 物理的に解決するのは得意分野だ。

 

 作戦はこう。

 振り返ると同時に右肘間接をパージ。遠心力で投げ飛ばす。名付けてロケットパンチを食らわせる。

 一時的に片腕は使用不能になるけれど、必要なのは先制攻撃だ。

 飛び道具を持っていないと思わせておいての不意打ちは、相手が何者であれ通じるはず……。

 その後は飛び掛かって鉄の塊タックルでも圧し掛かりでも追加のパンチでも見舞えば良い。

 

 ……。

 …………。

 よし。やるぞ。相手はまだ動いてない。笑顔なままこっちを見ている。

 

「……」

 

 いち。

 にのー。

 

「ソラさん、ここに──」

 

 さん!

 

「……」「──きゃあ!」

 

 視界の隅に映ったエミリーが回転する景色に吸い込まれて消え、代わりに背後の椅子が一瞬目に入る。

 1コマ後の次の瞬間には飛んでいった私の拳がその椅子を打ち砕き、駆けた私は左手で対象を──

 

 ──あれ、いない。

 た、確かにここに座っていた何者かがいない。

 

「わ、わわ! ソラさん、手が、ご無事ですか!?」

「……」

 

 ……え、エミリー!

 この屋敷やばいって! 何か、何かおるって!

 お化け的な科学に喧嘩売る非科学系のやつが!

 物理で解決できない何かが!

 

「右手が、肘から取れてしまったの!? 大丈夫ですの、くっつきますの!?」

「何の騒ぎっすかー!?」

 

 窓越しの外からシャーロットの声も小さく届いた。

 

「しゃ、シャーロットさん! そ、ソラさんの手が取れました!」

「まぢすか!」

「あ、あああ、こんな時にブロンテさんがいてくだされば……」

 

 一回落ち着こう。よし。

 あのー。えっと、故障ではなくこれは自分で外しました。

 ちょっと腕返してもらって、ほら元通り。

 

「わ、わ……シャーロットさん! くっつきましたわ!」

「まぢで!? 見たかったっすーっ!」

 

 シャーロット、以前に片腕が無いのを見てるから微塵も心配してなさそう。

 それにしても……椅子の破壊とかどう説明したものか。

 

「……」

「ソラさんは、そういえば機械でしたわね。驚いてごめんなさい。お怪我、ありませんか?」

「……」

 

 怪我はないけど。

 それより椅子……あれ、椅子壊れてない。

 なんで? さっき壊れてたよね? 映像に残ってるよ? 壊れた瞬間と姿。

 てか人形はどこにいったの? 欠片もないけど粉微塵になった? 量子分解した?

 

「お掃除の方は終わりましたか?」

「……」

 

 それは半分くらい。

 ただ、頷きと横振りでは伝えにくい。

 

「答えにくいですわよね。じゃあ、残るのはこのお部屋だけかしら?」

 

 それなら頷ける。

 訳わからない事ばっかりだけどそう声を出せないし、次にでたら現行犯で倒してやる。

 物理が通じるか怪しいと思わしき何かだけど。

 

「そしたら、町へ出てみませんか?」

 

 ……いいね! 今丁度この屋敷を離れたかった所なんだ!

 怖いから!

 

 

 

 

 

 という訳で、逃げるようにしてシャーロットに屋敷内を任せて外へと出る。

 何だかんだでずっと屋敷内で行動していたので新鮮だ。言ってしまえば千年ぶりの外出。

 別に屋内だろうと野外だろうと太陽光さえあればなんでも良かったりするとは考えるけど、でもたまには違う景色を見るのも良い。

 

 長い石段を下り、立派な鉄の門は開けず潜らず横の小さな扉から出る。

 道を少し歩き振り返れば、大きかったレンガ造りの屋敷も小さく見えた。町よりも一段高い丘の上に立っているのも合わせ、ひとしおに。

 そこに住んでいるジョージはともかくとして、通っている人間は大変ではないのだろうか?

 私の棺や食材の搬入もあるだろうし裏口もあるのか? そっちも後で見てみたい。

 

「……」

「さ、行きましょ?」

 

 慣れた道なのか疲れを一切見せることなくエミリーは言って前を歩くので、それに遅れないよう着いていく。

 今まで見下ろすばかりの町は思っていたよりも広く感じられるが、道行き見られる風景は石畳に石造りや木の柱ばかりな古めかしいと感じるものばかり。

 田舎や地方と称していたしこんなものなのだろうか?

 

 道のりは複雑にくねり曲がって先が見にくい。

 建物は派手な凹凸の少ないのっぺりとした壁をしておりそれぞれが一軒ずつカラフルな色分けをされているのが特徴で、もし色分けがされていなければ道の把握も大変だろう。

 色とりどりな景色のあちこちに興味が止まらずついきょろきょろと見回していると、振り向いたエミリーが小さく笑みをこぼした。

 

「今は電気やガスが通って夜でも明るいですけれど、以前までは月明かりに頼るしかなくそれゆえに家を目立つ色にして帰路についたらしいですわ」

「……」

「今では伝統面の町並みとして皆様がこの景色を守っていると、ジョージ様はお話しされておりました」

 

 なるほど?

 近くの壁に寄って間近で見れば、確かに荒くて固い塗料を使って耐久性を重視しているのがすぐ分かる。

 ちょっと離れて風景として遠目に見れば全くの無問題となるし、町の雰囲気作りと利便性を兼ねた面白い仕組みだ。

 

 面白いけれど、最近まではインフラが整っていなかったのか。千年前の戦争はどれだけ文明を消し去ったのやら。

 当時に生まれた存在、及び唯一の生き残り代表としてとして申し訳ない。

 

 頭を下げても首を傾げられるだけなのでエミリーの背中についていき、町の雰囲気を楽しむ。

 町全体の雰囲気は前時代的なので、私の作られた千年前にこんな町があれば「歴史を感じる!」とか観光客で賑わっていた事だろう。

 戦時中だしそんな余裕なかろうけど、でもそうできる魅力がある。

 

 

「ちなみに領主であるジョージ様のお屋敷が高いところにあるのは目立たせるためという他に、水害時の避難所として活用するためですわ。お屋敷、無駄に広いでしょう?」

 

 へぇ。そうなのか。

 従者たる者が無駄って堂々言ってるけど。

 

「それと町の道が入り組んでいるのは陸に上がってきたサメメンガーの進行を止めるための……って、一気に説明し過ぎでしたわね」

 

 待って、サメメンガーってなに!?

 

「去年はシャーロットさんがなぜか撃退できてしまったらしいけれど、今年はどうかしら……」

 

 だからサメメンガーって!?

 まさか屋敷どころかこの町自体がもうおかしいのか……?

 

「ふふ、ソラさんは強い子ですね。サメメンガーの話を聞いて顔色一つ変えないなんて」

 

 いやサメメンガーを知らないというか表情は固定されてるので。

 首を振って否定しようと思ったら同時に頭を撫でられ、結果として撫でくり回しを拒否する形となった。

 くそう、会話さえ……会話さえできれば例の非科学的存在の騒ぎも……!

 

「……」

 

 ま、仕方ない。

 サメメンガーがなんであれ、危険性の高い敵存在であればジョージやブロンテからちゃんとした注意が入るだろう。

 もしご用とあらば、私は兵器として役に立つ。

 

「わたくしなんて始めて二本の脚を持ち陸を走る獰猛人食い鮫のサメメンガーを初めて聞かされた時なんて、とても恐ろしくて夢にまで見ましたのに……」

「……」

 

 二足歩行する鮫!?

 どういう進化を遂げたんだサメメンガー!

 

「あんな生物兵器を作るなんて、千年前の戦争はとても恐ろしいですわね……」

 

 あ、すみません。

 私の出身時代が……。

 誰だサメメンガーなんて意味不明なの作ったの。

 

「もしかしてソラさん、サメメンガーを見た事ありませんの?」

「……」

 

 そう、そこなんだよ。

 頷く。

 

「ごめんなさい。千年前はあんなのが沢山いると、ついうっかりしてしまいましたわ」

 

 いないよそんなの。

 絶対いないよ。

 

「てっきりソラさんみたいな可愛い子と化け物が戦っていたのだとばかり」

「……」

「千年前の戦争、一体何があったのでしょう?」

 

 少なくとも戦後生まれのエミリーには想像つかない時代だけど、サメメンガーの話を聞くと私も疑問に思っちゃうからやめて。

 私と同系列の大量生産品ならいるとは思う。でもサメの怪物なんてそういないよ。たぶん。

 

「ともかく、この町は昔からサメメンガーの被害があって複雑な道をしているのでお買い物の際は迷わないよう気を付けてくださいね」

 

 そんな気軽に言われましても。

 いやシャーロットが撃退したって言ってるんだしそんなものなのか?

 でも町の道を複雑にするくらいには襲われてるんだし。

 

「出た際には警報が鳴るので、すぐ屋敷に戻ってくるように……!」

 

 さては結構被害大きいな?

 撃退したシャーロットは一体何をしたんだ。食べられはしたけど堅すぎてサメメンガーの歯が砕けたのだろうか。

 鋼の女だしそうしかねない。




サメメンガー!


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7 古代兵器の使命

久し振りの更新だから褒めて!!!!!


 To start up a computer

 Hyper Operating System ver 1.1

 Network: Error.

 Battery: 91%

 Auto reboot:OK.

 System: Normal mode.

 

 Success.

 Good morning! Time to wake up!(^_-)-☆

 

 

 

 

 

 目覚めから約一ヶ月。正確には27日。

 ほぼ毎日電子メモリーの整理の為にスリープ状態を挟んでいるので目覚めと表現するのは少々語弊があるかも知れないが、ここで私の言う一ヶ月とは私が棺の中から出て活動を再開した時から数えての事だ。

 今や外気温もすっかり涼しい冬手前となり、排熱の必要な私にとってとっても過ごしやすい時期となってきている。

 流石に冬となり雪も降れば次は結露を警戒しないといけないが、その時はその時考えよう。この地域に雪が降るとも限らない。

 

 

 屋敷での業務はイレギュラー事態の対応を除き全てを覚えたといって過言ではなく、事実ここ一週間ほどはほぼ手放しでの活動となっている。

 仕事を任され信用されているのは良いんだけれど、なんというか、ここの人達は私が兵器であるのことを忘れていないだろうか?

 未だに姿を見せないアンも私の事を着せ替え人形か何かと思っているのか、時折かわいらしい洋服をどこからか調達して部屋のクローゼット内に追加しているし……。

 

 まぁそれらのともかくな小言は取り除き、総括すれば今のところ仕事に関しては順調だ。

 記憶領域の破損があるためフルスペックとはいかないものの、日常動作での手足ボディに動作は不調なし。

 

「ソラっちおはよーっす!」

「おはようございます、ソラさん」

「……」

 

 ただ、ひとつ。未だに喋れないのがなんとも心苦しい。

 せめてこうした挨拶時に返事の一つもできれば良いのだが。

 

「……」

 

 屋敷内の面々や屋敷を出入りする業者的な人間は私が喋れないと知って対応してくれるが、それを知らぬ者と相対した時が困る。無視したと思われるか、あるいは人見知りな子供と取られるか。

 色々試して身ぶり手振りと独自にやってきて一か月。そろそろ私の発想も限界だ。

 人見知りの幼子と思われるのも、可愛がられて撫でられるのはもう終わりにするべき──と、考えた。

 

 ので。

 

「ん? よ、ようソラ。どうした?」

「……」

 

 ジョージが書斎へ入っていくのが先ほど見えたので、その背中を追いかけ少し遅れて続いて入る。

 ここは書斎の名の通り本が山ほど沢山あり、町長(領主)としての勉強に使うであろう経済や統治の学に関するを置いてあるのは知っている。そして恐らくだが、民と接するに勉強のため読んだ本もある。

 つまり私の求めるもの、つまりは無言コミニュケーション力学とかそんなタイトルが存在している筈……なのだ。つまりはそれが欲しい。

 今日は何故か休日と言い渡されて仕事がないのだ。ならば、こうして知識の更新を行い時間を潰すしかあるまいて。

 

「あ、あの~。ソラさん?」

 

 何故か一部の本棚を背で隠すように立つジョージへは返事ができず仕方なく事実の放置として、薄暗い部屋に並ぶ背表紙を端から見ていく。説明する言葉もないししょうがない。

 光学的にサーチライトで目を光らせ、検索キーワードを設定し文字を探っていく。

 

 んー。

 それにしても乱雑な並べ方の本棚だなぁ。

 私としては発行年数順かタイトル順に並べて置きたい。今度時間があったらやっておこうかな? もしかしたら下手に弄ると怒られるかな。

 人間が使うのを想定するならジャンル別の方が使いやすいかも知れないし。

 

「ソラ。ソラさんや」

「……」

「何を探してるんだい?」

 

 答えられないことは承知してるだろうジョージよ。申し訳ないがいつも通り喋れない。

 というかさっきからその口調はどうした。そしてその背中で何を隠しているんだ?

 

「……」

「眩しっ、何その機能……!」

 

 む。何となくジョージの方を向いたら文字探索に引っかかった。

 右脇の裏に対象を確認。確保!

 

「うわっ」

 

 この調子だともしかしたら邪魔をされてしまいそうなので、素早く手を伸ばし取る。

 タイトルは──“道化師学なるコミニュケーション実験室”か。

 ……うーん、道化師学ってなんだろう? 道化師の、学問?

 おどけ役をするには確かに周囲を見る目や適切な行動を選択する事が必要だとは思うけど、そういうアレ?

 

 百聞は一見にしかずとも言う。とりあえずこれを読んでみようか。

 未だに変な姿勢のままだったジョージが私の手元を見てなぜか安心する。一体何なんだ、と言うのは無言で書を漁っていた私にも思われることなのでお互い様とはいえ。

 謎の緊張が解けたその時、何か一冊の本が床に落ちた。

 

「あ」

 

 ジョージから小さく声が漏れる。

 もしかしてこの本を隠したかったが故の行動だったのか?

 

 ちょっと興味が出たので拾い上げ軽く中身を見てみれば、どうやら女性の裸体の写真を集めた写真集らしい。

 ぱらぱらと幾らか捲るが、うーん? 美術鑑賞は分からない。

 もしかして私に取られたくなかったとか? 自分が先着だぞと。

 この屋敷の主で私の所有者であるのだから、別にそちらが堂々の最優先となろうに。というか機械の優先度は一番下が常識。

 

「えっとな、ソラ」

 

 もちろん奪うつもりは毛ほどもないので丁寧に手渡す。

 

「……」

 

 それと、めぼしい本は見つけたから私は書斎を後にしよう。本はゆっくり時間を掛け、誰にも邪魔されず読むものだ。一見して文字のない鑑賞本だとしてもそれは変わらない。

 私にだってそれくらいの常識はあるしジョージよ、あとはごゆっくりしてくれ。

 

「あ、ちょっ、ソラ……!」

 

 後ろからジョージが何か言いたげだが何も言えずどもり続ける声がする。

 拾い上げ無表情のまま(きびす)を返し、無言で背中を見せたのだから、怒ったと取られてしまっただろうか。

 申し訳ない。しかし私は止まる訳にはいかない。

 

 この“道化師学なるコミニュケーション実験室”から一刻も早く学ぶのだ。

 学ばなければならないのだ!

 

「おお、ソラくん。元気そうだね」

 

 胸に抱えるようにして本を持ち廊下を早歩きで移動していると、向かいから久しぶりに見るブロンテの姿が。今日は屋敷に来ていたのか。

 久しぶりだし構ってやりたいが止めないでくれ、私はこの本を読むと決めたのだ!

 

「して、本を抱えて走っていたということは……」

 

 流石ブロンテ察しが良い。その通り、ジョージは視線の先の書斎にいるぞ。

 私のせいでちょっと変な感じになったけどうまくフォローしてくれると助かる。

 

 

 さて。

 

 

 そんなこんなで現在自室としている部屋まで来たが、いかな情報が得られるか。

 ベッドに腰掛けページを捲り、読める字であるのを再度確認する。いつも思うが1000年経っても言語が同じだったのはとても助かった。

 これでもし目覚めてから見知らぬ言葉で喋り続けられていれば、今頃和解もできぬ鉄屑だろう。

 ぺらぺら。

 

「……」

 

 第一節。

 “曰く、書を捨て町へ出よとの事”

 

「……」

 

 さっそく読書を否定された。

 肩が落ちかけたがもう少し読み進めると、先ほどの言葉の解説がある。筆者の語りだ。

 そうそう、こういうのが欲しかった。私は冒頭にこういう静かな始まり方が欲しかった。まずはこう、筆者の哲学とかそういう軽く触りのやつ。

 これがあると途端に本っぽい。

 いや間違いなく物理的に存在する書籍なんだけど。

 

 なんでも書を捨て云々と言うのは過去の偉人の言葉を借りたもので、この本を書いた人もそれに同感するという話らしい。

 本で知識を得るだけに拘らず、実際に町へ繰り出してそこでしか得られない経験も得よと言いたいようだ。

 手早く知識を得ようとする前に、まずは基礎たる現実を知れと。

 

「……」

 

 ぺらぺら。

 ぺらぺらぺら。

 

 うむぅ。特徴的な口調、強く印象付ける言葉の選び。

 道化学とは何だか分からないが、人と接するにあたって身振り手振りの動作を大げさにしてみていいのか?

 笑いかける事を忘れずは私の表情機能的に不可能だし、発語による伝達も不可。残ったのはやはり動作だけ。

 

 今日はちょうど察しの良いブロンテもいる事だし試してみよう。

 これで意思伝達とできればいいが──。

 

 

「──っはっはっは! ククク、ソラくん……!」

 

 

 む。そう思っていたらブロンテが来た。

 なんか凄い笑ってるけど。

 さっそく大げさにしゅばっと手を上げ返事としておく。

 

「はー……。ソラくん、ジョージくんも男なんだ。怒らないでやってくれ」

「……」

 

 怒るような事されたっけ?

 

「まーまー、忘れてやってくれ。うん」

「……」

「ははっ、それに比べてソラくんはかわいいなぁ!」

 

 やめろ撫でるな。隣に座るな。肩を寄せるな。そして撫でるな。

 頭に乗せられた手を退けつつ首を振る。相変わらずブロンテは騒がしい。

 私もその騒がしさにあやかり、先ほど学んだ通り大げさな動作を……する隙がない。

 相手に怪我を負わせないよう動作に制限を掛けているのだ。少し離れてくれ。

 

「で、ソラくん」

 

 どうした。

 

「君の棺を調べたいのだが、よろしいか?」

 

 ……棺?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンくんにしてみれば常識だろうが、埋葬には副葬品というものがあるのだよ」

「……」

「君は確かに生きている。しかし棺に納められていたのは確か」

「……」

「そういえばと思ってね。なので今日、君に同行してもらい棺を調べさせてもらう事にした」

 

 私が同行する必要はないのでは? 許可を取り同行願う相手としては私の持ち主であるジョージであろう。

 つくづくここの住民は私を機械扱いしない。今日だってそも機械に休日を与えているし。

 私自身に許可はいらないので勝手に調べて貰っていても構わなかったのだけど。

 

 ……あ。でもまた臭いと言われても嫌だな。なんか嫌だ。

 

 現在は読書を後回しにしブロンテに続いて自室から出て、一階にある私の(正確な現所有権はジョージの?)棺が収納された倉庫部屋へ移動中。

 アンにとっての常識云々の意味する所は分からないが、とにかく何か私の過去を知れるものがあるなら喜んで試してみよう。

 正直な所、私個人の持つデータにはもう期待できないのだ。

 

「さぁて。開けたまえ」

 

 部屋に着くなり早々に言われた。

 

「……」

 

 改めて見る私の棺は、というか何だかんだで横目でしか見たことがなかった棺は私一人を納めるにはやはり仰々しい厳かな感じがする。

 ただの機械。つまり物を入れるにしてはやけに豪華で手間が掛かりすぎているし、わざわざ1000年経ってなおも朽ちる事のない頑強な造りにする必要はあったのだろうか?

 というかそもそもの話をすれば人形とはいえ機械を埋葬するのも変な話だし。

 破損しているデータ群の中に答えがありそうなのがなんとも悔しい。

 

 蓋に手を掛け、ゆっくりと開く。

 蝶番の付いていないただ持ち上げて下ろすだけのアナログな蓋。

 中々に重たいので私に任せて正解だろう。ブロンテが格好つけようとして腰を破壊するのが目に見える。

 

「……わたしが開けようとした時は腰をやられるかと思ったんだがな」

 

 ほら、本当に腰を壊しかけてた。

 

「……」

「ふーむ。当たり前の話だが以前と変わりないなぁ」

 

 棺の中身は赤。私の身体をぴったり収まる小さな隙間のような空間と、それを囲う赤いクッションだけ。

 パッと見はやはりただの棺と言いたいが、ただしその役割はただ衝撃を吸収するだけのものではない。

 布張りの裏には保存環境の構築に機能したであろう機械がひしめいている。なんかそんな気がする。

 

「わたしもこんなふかふかのベッドで寝てみたいぁ。……ん? ソラくん?」

 

 何故かそうしなければならないという衝動で手をかけ、力任せに赤い布を引き剥がしていく。

 ブロンテの探す副葬品もこの中にあるんだろう。

 

 びりびりと、やや強引に引っ張り剥く。

 長らくぶりで流石に生地が傷んでいるのかぼろぼろですぐに崩れる。埃となった欠片のゴミがぱらぱらと落ちる。

 でも構わない。

 

 自分でもどうしてこう今になって衝動でのみ動いているのかは分からないが、本当にこうしなければいけなかったんだ。

 だって、この中には──

 

 

「……」

 

 

 露出した機械群の中央、コードやパイプの配線の中で一つだけ鉄の箱が目立って置いてある。

 

 

「はは、お手柄だよソラくん! お宝ゲットだ!」

 

 

 箱には小さなプレートが張り付けられており、そこには『ソラへ』と書いてあった。

 つまりは私へ向けた物だ。

 

「ソラくん。ここにこれがあるのを知っていたのかい?」

「……」

 

 首を振って否定する。なぜなら私自身もどうしてこうピンポイントで見つけられたのか分からないからだ。

 整理しきれていないか把握しきれていない記憶領域内の命令(プログラム)に、“棺から目覚めた後にこれを見つけるように”という風なコマンドが仕込んであった? それも分からない。

 

 生物に例えるなら、自らの(さなぎ)を食べる虫だろうか。いやなんか例えが違うというか悪いな。

 ともかく。私は生物的に言う本能的な衝動で棺の布を引っぺがしてこの箱を見つけた。

 

「……」

「ソラくんへ向けた、誰のプレゼントだろう?」

「……」

 

 知らない。

 こんな事をするとすれば製作者か、あるいは私を棺に納めた誰か。あるいはもしかしたら、覚えていないだけで私自身かも知れない。

 

「わたしが触るのはなんか良くないな。開けてくれ、君も気になるだろう?」

 

 頷いて指を伸ばす。

 一瞬の認証の後、あっさりと蓋は開いた。

 

「ふーむ。謎の四角い機械ふたつに、それは眼鏡……かな? 副葬品らしいといえばらしいが」

 

 ブロンテはそう称したが、私には分かる。

 箱の中にあった四角い機械と眼鏡に見えるバイザーは私の追加装備だ。両こめかみに開いている接続用のスロットに四角い機械もとい通信機を装着し、それを軸にして視覚強化のバイザーを取り付ける方式の。

 

「……」

 

 とりあえず、つけてみよう。

 この追加セットは視覚や通信機能をアシスタントするのが主な目的だが実はそれだけでなく、本体()に比べると容量ははるかに少ないが信頼のできる外部記憶領域として利用できる。

 もしかしたらこの中に私が欲しい情報があるのかも知れない。

 私の記憶が破損してしまう事を見越して、ディスク方式でない保存に適したこちらに重要な情報を残したのかも知れない。過去の誰かが。

 

「お、おお? そこの隙間に差し込むのか? お?」

 

 目を輝かせているブロンテが微妙にウザいし凄い見られてて何だか照れ恥ずかしい。

 

「……」

 

 左右のこめかみについている端子に合わせて通信機を取り付け、内部から固定用のボルトを回して外れないようにする。

 それから通信機を耳替わりに眼鏡をかけるようにしてバイザーを乗せてこちらも固定すれば完成だ。

 バイザーに接続やアップデートの確認に承認等々色々出るので一つ一つ丁寧に処理していく。しばらくして落ち着いたので持ち上げ、額にあげて置く。

 

「おお、良く似合っているよソラくん。猫耳だけが機械である事の証明となっていたが、なかなかどうしてバランスが良いじゃないか。詳しく語り倒したいところだが恐らく嫌われるからやめておこう」

 

 自制たすかる。

 

「それで、副葬品はそれだけかい? 何かこう、それで何かできるようになるとか?」

 

 ブロンテが急かしてくるけどちょっと待って。

 記憶領域の接続をしているから。

 やはり長年の明けだからかこちらも多少はエラーが出る。修正できる範囲内だけど──あ。

 

 床に座りこみ、全身の動作機能を一時的に停止させファンの回転を全開にし内部のデータ処理に集中する。

 見つけた。重要なデータを見つけた。映像記録のファイルだ。

 しっかりとこの記憶だけは厳重に守らねばならなかったのか削除防止用のプロテクトが幾重にも掛けられ、そしてそれでも破損しても大丈夫なようにと様々な方式で幾つもコピーが保存されている。

 厳重過ぎて今すぐ使用可能に持っていくためには、たった一つのファイルですら今の私では身体の機能を止めて集中しなければいけないくらいだ。

 

 目も、耳も、感覚も切る。

 私の思考回路は残っているので意識はあるけれど、ブロンテがどういう反応をして今自分の身体がどういう姿勢で床に転がっているのかとかは分からない。

 

 

 

 見た事のない景色。

 見た事のない建物。

 見た事のない部屋。

 見た事のない……。

 

 思い出せるようで思い出せない。知っているようで知らない。

 例えるならば、夢……だろうか?

 夢とは、こんなにも懐かしい物なのか?

 

 

 

 しばらくしてデータ解析が終わり、エラーのない一つの映像フォルダが記憶領域に出現する。

 あの夢と称するに値する不思議な感覚の正体が、この一つのデータか。

 

 高出力の演算処理が終わったのでカメラやマイク、手足の機能が復活していく。

 最初に映ったのは、泣きそうな顔で覗き込むブロンテだった。

 

「ソラくん!」

 

 身体を起こすとすぐに抱き着いてくる。

 

「ソラっち、大丈夫っすか?」

「もう! 心配したんですよ!?」

 

 ブロンテの後ろからシャーロットやエミリーの声も聞こえる。

 ジョージのため息も聞こえたし、もしかしたら傍から見て急に倒れた風だから全員に心配を掛けさせてしまったか。

 問題ないと教える為にまずは抱き着いているブロンテを引きはがして、立ち上がって伸びをしてからピースサイン。

 道化学から学んだこれ、どうよこれ。

 

「……なんかヤバいんじゃね?」

 

 綺麗にポーズを決めたはずなのにジョージから心配された。

 失礼な。人が……人じゃないや。喋れない機械が頑張って大丈夫だと伝えたいだけなのに。

 足元にどこからかトマトが転がってきた。もしかしてアンもいるのだろうか。姿は見えないけど。

 

「ソラくん。本当に大丈夫かい? その、取り付けた機械が原因で故障していたりとかは……」

「……」

 

 首を振って否定する。むしろこれのお陰で得たかった過去の情報が手に入った。

 折角みんな揃っているんだし全員とこの映像(データ)を共有しよう。

 

 各々の肩やらなんやらを押して壁際のベッドまで動かし座らせ並ばせる。

 何かしたいんだなって事は伝わっているので抵抗なく動いてくれた。

 

「……」

「何が始まるんすか?」

「ふむ。ソラくんがここまで自主的に動くとなると、よほどの事だろうな」

「もしかして、ソラさんの過去とか!」

 

 あ、エミリーそれ正解。こくりと頷く。

 ジョージを並ばせた所でカーテンを閉め、扉も閉め、部屋の明かりを落として真っ暗にする。

 最後に私がみんなのいる中央付近の床に座り込めばスター……。

 

「んー?」

 

 ええいシャーロット。私が目の前に来たからって頭を撫でるな。

 ブロンテの手を借りて抑えるように指示するとすぐにわかって止めてくれた。ありがとう。

 

「……」

 

 私の目にあるサーチライト。これの出力とか何かをいい感じにすることで簡易的なプロジェクターの代わりとできるのだ。

 保存された映像記録ならこれで全員と共有する事ができる。私が自分の思考意志を伝達する出力機能を失っているだけで、スピーカー自体は生きているし音声もばっちりだ。

 さて、再生。

 メインカメラが光っていて私は壁に映し出された物を見るに適さない状態なので、普通に内部データで見る事にする。やはり設計ミスでは?

 

「……」

「……」

『──……──…………』

 

 白い壁にテストのカラーバーが映り、皆もそれで私が何かを見せようとしているのは察してくれたようだ。

 暗い部屋に沈黙がしばらく流れ……雑音。

 スピーカーからノイズが走った為、真後ろにいたシャーロットとブロンテがびっくりして少し揺れる。

 周囲の反応も気になるが今は映像に集中しよう。

 

 

 

『──すまない。このような事になってしまって』

 

 映像は真っ白い部屋から始まり、視野の隅から年老いた男の人が出てきて、見た目通りな低い声でゆっくりと優しく語りかけた。

 この老人が何者なのは分からない。分からない、が……何故かとても懐かしい気持ちになる。

 

『君はもう意志を持ってしまった。自分の考えで動き、自由を為す』

 

 白衣を着ているし何かの研究者だろうか?

 大きな手でカメラを……いや、()を撫でた。

 間違いなく、私を撫でたのだ。

 

『本来なら君は生まれるはずがなかった。本来なら君は死んだままだった。空は、もう死んだはずだった。それなのに、本当にすまない』

 

 私が、死んだままだった?

 老人は背を向けると壁際のPCを操作して何かのデータを削除し始める。

 画面にノイズが走った。

 

『これもまた大人の身勝手な事情なのだろう。死んでしまった空を、ソラとして蘇らせたように』

 

 データを削除……?

 そうか、この時に私のデータが消えたんだ。

 消されたんだ。だから、この老人を私は覚えていなかった。

 

『人間は記憶から解放されない限り自由にはなれない。──と、私の先生が教えてくれたよ。だから君は何も知らないまま、未来で幸せに生きて欲しい』

 

 それで、データを消して棺に?

 そして、1000年後の今に目覚めた?

 

『ソラよ。私を恨んでくれていい。この時代を恨んでくれていい。身勝手な大人達を』

 

 私に残っているデータは破損していない。その殆どは意図的に削除されていた。

 データの破損と見なして幾ら復旧させようとしたところで、元からフォルダが無いのだから無駄に決まってる。

 だから無理だった。

 しかしそれだと目覚めた私が混乱してしまうかも知れないから、この映像だけを残した。

 

 残した?

 残された?

 

 いいや、違う……。

 

 私が残そうとしたんだ。

 だからあんなに厳重な保存を成したんだ。

 決して忘れてしまわないように、過去を思い出せるように……。

 

 

『私の先生は、こうも言っていた。幸せは犠牲なしに得る事はできないのか?』

 

 映像のノイズが酷くなる。

 

『時代は不幸なしに超える事はできないのか? ──とも』

 

 もう殆ど何も見えない。

 

『その答えを、いつか私に』

 

 真っ暗な視界の中、最後に私を呼ぶ声がした。

 

 

(ソラ)

 

 

 それ以降の記録はない。

 映像はここで終了している。

 

 あの老人は……私を作った人、で合っているのだろう。

 懐かしい感覚を残しても、データの無い理由が分かっても、記憶は絶対に戻らない。記憶はもう存在しない。

 削除された時に残った途切れ途切れの切れ端を破損データとみなして復旧する試みは、意味がない。

 

 静かで誰も何も言わない暗い部屋の中、ぽかんとした思考が空虚な虚無感を訴える。

 感情で例えるなら、悲しいと言うものなんだろう。

 

 だけど一つだけ確かなことがある。

 私は、望まれてここにいた。

 望まれてこの時代に、平和な今に蘇った。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 過去の私が必死になって守ったあの映像が無ければ、今の時代に私が存在している意味を永遠に問いかける事になっていただろう。

 身勝手な大人の身勝手。なるほど、恨めとは裏目を恨めという事か。

 

 鑑賞会となったあの時間の後、私は何も伝えようとする気にはなれずふらふらと部屋を出て玄関脇の町を見下ろせる場所まで来た。

 何となく一人にしてくれという意図を受け取ってくれたのか、誰も背中を追う人はおらず今もそっとしてくれている。

 

「……」

 

 幸せになれ。

 幸せとはどういう事だろう?

 人間とは一般的に自由を得て自由に振舞え、ストレスを感じない時に幸せを感じるのだろう。では、機械の私は?

 

「あ、ソラっち」

 

 日が沈み夕暮れになった頃。仕事が終わったのか私服に着替えたシャーロットが私を見つけた。

 

「こんな所にずっといたっすか?」

「……」

 

 頷いて返す。

 

「そっすかー」

 

 そういえばシャーロットは暗い話題も顔も出さない。

 子供が家にいると言っていたし、種を残せる子供がいれば幸せなのだろうか。

 なら私にはより縁がない。戦争当時の技術が根こそぎ失われている今に、私の後継機は生まれないから。

 

「まー、何というか。ソラっちは今幸せっすか?」

「……」

「分かんないっすよね。シャロもっす」

 

 首を横に振って反応すれば、意外な答えが返ってきた。

 いつでも明るいシャーロットが、幸せではないと?

 

「シャロもソラっちと一緒で親はいないっす。死んじゃって。それを不幸だって周りに沢山言われるからじゃあ不幸なんだなって思っても、家に帰れば弟妹がいてそれが幸せで、でも町で声を掛けられれば若いのに仕事して大変だって」

「……」

「不幸か幸せか、なんて決められないし分かんないっす。でも、それでいいんじゃないっすか?」

 

 私の横に座ったシャーロットがぐいぐいと頭を撫でてくるが、不思議と嫌な感覚はしなかった。

 もしかしたらこの感覚が幸せなのかも知れないし、そうでないかも知れない。分からないけれど、考えたって仕方ないならしょうがないし分からないで済ます。シャーロットはそういう考えなんだろう。

 何というか、シャーロットらしいといえばらしい。

 意味は……分からないが。

 

「どうするとかこれになるとかこうしたら幸せとか、そんなの寄り道している内に幾らでも変わるっす。だからシャロは、どうしたいかが大事だと思うっすよ」

 

 結果ではなくて、過程と?

 

「ソラっちは──これからどうしたいっすか?」

 

 私はこれから……。

 これからもこの屋敷でとりあえず働く? メイドだから。

 聞かれたって答えは出ないし、答えられない。

 

「はいこれ」

 

 封筒を渡された。

 とりあえず開けてみてと言われたので開けてみると、同じ模様の描かれた紙が何枚も入っている。

 書類とかではなさそうだしこれは一体……?

 

「なに首傾げてるっすか? 今月のお賃金っすよ、お小遣い」

 

 え。

 

「一応住み込みだからお部屋代は抜いてるらしいっすけど、ソラっちまかないとか食べないからその分浮いてとんとんっすから羨ましいっすー」

 

 いやちょっと待って。

 なんでこの会話の流れて給料を渡す?

 というかそもそも機械にお金を渡す必要ないぞって、シャーロットもう遠い!

 

「そのお金で何かしたい事でもするっすよー! じゃーねぇー!」

 

 あ、帰る気だ! というか逃げる気だ!

 

「……」

 

 大事なのはどうなりたいかじゃなくてどうしたいかって、お金の使い道を探せって事なのか……?

 というか今気が付いたけどシャーロットめ、明日休みだからって丸投げしたな!




ソラさんはかわいいですね。


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8 道化師学なるコミュニケーションほにゃらら前編

オワァー!(倍増したお気に入り数に驚く音)
ついにソラっちの時代が来たっすね……!


「何とま実験実践恐ろしき、()らはここにおらざりなりぞなるにも関わらず、()らはここらにおりなりて!」

 

 複雑怪奇な喋り語りは大人気! 印象脳裏に焼き付け道化、目立ってなんぞのなんぼな商売しょうぼんな。

 並び立つ物あらざるや? 無双の存在そう独占。

 他に代替なければ留まり瞳。頭に(うわさ)る触りは致命!

 見よ! ()のこの喋りに思考は道化に染まって理解不能? 印象深なり足止め真なるお客さん!

 これこそ道化師学なるコミュニュケーション実験室!

 

「次回もお楽しなりぞていつかまた!」

 

 

 

 …………。

 ……………………。

 え、が、あアあ。がが、ガガガガガ……。

 

 

 Systm: ErRor.

 syssssS: errrr0r.

 DouKeSi: Happy!(廿_廿)

 

 

 

「……」

 

 エラーコードの連なり、矛盾パラドックスの発生。

 見つかる答えはななな なな な……

 

 強制的に意味を理解しようとする思考回路を分断して切り離し、くるくる回り続けるプログラムをゴミ箱へ移動させ抹消する。

 何なんだこの道化師の学門は。何なんだ道化師とは。

 意味が分からないぞ、“道化師学なるコミュニケーション実験室”。こんなもの読まなければ良かった。

 

 ぱたんと閉じた禍々しい本をベッドの上に放り投げて、床にどすんと身を投げる。ベッドに身を投げると重量で壊しそうなので。

 今日は朝から雨。静かにしていればマイクにノイズのような雨音が永遠と拾われ続けていた。

 ノイズキャンセリングを使わず直に聞く雨の音は、繋がらない無線通信のような寂しさを覚えさせる。

 

 

 

 ──つい昨日。棺の中から頭部に追加する装備を獲得する次いでに私がこの時代へ取り残された理由が判明し、生まれたからには平和と自由を知れといった旨の使命を受け取った。

 私は“(そら)”という誰かをモデルとして作られた存在。運用目的は機械兵器、使命は平和と自由……。

 

 自身の存在が一体何なのか、そして本当に戦争目的の生産なのかも一瞬分からなくなったが、堂々巡りの途中に訪れたシャーロットの言葉に少し救われた。

 救われた、が。同時にCPUを困らせる問題がもう一つ追加されたので何というか、イーブン。

 というのもなんと私相手に給料というものが発生したのだ。

 

 

 持ち主であるジョージは、どうして持ち物である私に給料を支払う?

 お陰で整理しかけていた思考問題がこのお金をどう使うかという問題にすり替わり、悩み、そして……。

 

 そして!

 

 身体を起こしてベッドの上に放置した本を睨みつける。

 とりあえず借りた本でも読んで一旦気を紛らわそうとしたのがいけなかった。

 何なんだこの本は。言語崩壊なんてものじゃないぞ。ハックされる。

 最初の方はまだ普通のように見えたのに、段々と狂喜が増して最後の方はなんだあの語り。

 

 

「……」

 

 

 こうなったら直談判するしかあるまいて。

 何とかしてこの道化師本を書斎へ戻す前に焼却するようジョージに伝えるぞ。

 ブロンテもいてくれるとありがたい。彼女は大体どこかに一泊して二日はこの町にいるので、運が良ければ途中で合流し同席して喋れない私の通訳代わりになってくれるかも知れない。

 いなければいないで仕方ないと諦める。それほどこの本は危険で悠長な事を言っていられない。

 

 立ち上がり、見るだけでCPU稼働率の上がりそうな魔本を引っ掴み自室を飛び出しジョージが仕事をしている部屋へ向かう。

 そもそも私に休みなんかよこすからこんな事になるんだ。休みでさえなければこんな本を読まずにいられたんだ。

 ああ、もう! そも私は機械だっていうのに! ジョージめ!

 

 

「あらソラさん」

 

 

 向かう道中の廊下、給仕を終えてティーセットを片付けていたエミリーと出会った。

 そういえば今日の出勤はエミリーだけなんだっけ。メイドひとり仕事は大変そうだ。

 ……いや、アンもいるんだっけ。未だに姿を見ていなければシフトも知らないので数えていなかった。そろそろ私も噂だけでなく姿を見たい。

 

 いいや、今はそんなことどうでもいい。

 エミリーの押す台車には飲み終わったカップと中身のないポットが乗っている。

 使い終わった直後と言うことはつまり、まだ仕事場にいるという事。

 挨拶を交わす言葉を持たないので会釈で通り過ぎ、気を取り直して早歩きで進む。

 昨日はこんな感じの流れでブロンテと会えたが今日は会えない。会えたら無理にでも付き合わせ、この本の有害性を共に訴えて欲しかった。

 

 

 がらがらとエミリーが電動式の昇降機で台車と共に階下へ降りていくのを音と細やかな振動で感じながら、ついにジョージのいる執務室前まで辿り着いた。

 ここまできたらあともう少し。

 こんこんと扉を叩き、がちゃりと……あれ。

 

「……」

 

 中から物音はするにはするけど、うん?

 開かないぞ?

 

「……」

 

 こめかみ部の追加装備、情報収集モードオン。

 扉にマイクをくっつけて集音集音……ペンの音。紙の音。ぺらぺら。

 真面目に仕事をしている。けどいつもなら返事をしない訳もないんだけど、一体どうした?

 

 こんこん。こんこん。

 

「……」

 

 究極仕事集中モードか?

 邪魔したら悪いかな。くそぅ、一刻も早く訴えたかったのに。

 

 扉の前で本を片手に右へ左へうろうろする。

 こんな木製の薄い扉の一枚くらい私の力で簡単に破壊できるが、許可もなくそれはできない。することは容易にできるんだけど。

 あー。こんな時に許可が出ればなー。

 

「やあソラくん。おはよう」

「……」

「こんな所でどうしたんだい?」

 

 お、ブロンテ。

 背後から現れたブロンテは私に代わって扉を叩けどやはり返事はしないし、押せど引けど開くことはない。

 そしてこちらへ振り向き、私がここでうろうろしている理由に気が付いたようだ。

 

「なるほどね」

 

 ため息をつき、続いて視線が私の手元へ。本の存在にも気が付いたらしい。

 

「昨日借りていった本か。こんなに早く読み終えるとはよほど気に入ったのだね」

 

 ちげーよ。

 全力で首を横に振る。

 

「はっはっは、照れなくていいのだよソラくん。人らしくなったというか、良い事だ」

 

 そういう事じゃなくって。

 ぐいぐいと本を押し付ける。そんなに言うのなら一回読んでしまえばいい。

 頭が爆発するぞ。なんなら炸裂させてやろうか。腕力で。

 

「どぅどぅ。ん? 道化師に興味があるのか?」

 

 全力首横ふりふり。

 なんでこういう時は察しが悪いんだ。

 私が興味を持った(と思っている)物の中身を確かめたいのかページを捲り、ぱらぱらと中を確認していく。

 しばらくして一つ大きく頷くと、笑って私の頭を撫でた。

 

 

 これはまずいぞ。

 ブロンテが禁止にすべきレベルの書物を耐えたどころか、私が道化師について知りたいとは素直になれていないみたいな扱いになってるぞこれ。あと撫でるな。

 

「確かこの本の筆者は……。ああ、やっぱりそうだ」

「……」

「運が良いぞソラくん。ちょっと待ちたまえ、わたしにいい考えがある」

 

 違うんだ、その本を焼いて欲しいんだ。二度目を読めば今度こそバグってしまう。

 なんなら私が焼いてこよう。サーチライトの出力をアレすれば紙くらい燃やせる光線にできる。虫眼鏡もあれば心強い。

 

「ジョージ! おいジョージ、開けろ!」

 

 がんがんと強めに扉が叩かれる。めちゃくちゃに叩きまくる。

 

「ええい、折角ソラくんが人らしい事を見つけたというのに。ソラくん!」

 

 はい。

 

「扉に向かって全力パンチ!」

 

 命令とあらば仕方ない。仕方がないなぁ。

 構えて拳を振りかぶって、肘のカバー解放。エネルギーブーストオン。

 指間接と手首の収縮固定。ロック確認良し。

 

「……いや、何それ」

 

 何って、エルボーロケット。

 

「……」

 

 凝縮されたエネルギーが臨界点を迎え、点火とと共に固く握られた私の拳をとてつもないパワーで全面へ押し出す。

 通常のただ動物的に殴るだけの攻撃とは威力がまさにケタ外れの物理攻撃、エルボーロケット。

 

 チャージに時間はかかるが私の腕の耐久力さえ勝れば壊せないものなどほぼない、今の私にできる最大級の攻撃だ。

 無論、こんな木製の薄い扉程度一瞬で破壊できる。

 

「……」

「ふ、む。うん。あー……」

「……」

「わたしが許可したからか……」

 

 弾け飛び、粉々になった扉の粉塵を吸い込まないように通気口のシャッターを一時的に封鎖しながら前進。

 変な姿勢のまま固まったジョージの前まで歩き、例の本を差し出し示す。

 

 ジョージよ。これは早く処分するべきだ。破壊するべきだ。

 こんな魔本は燃やして魔界に返すべきだ。さあ、ブロンテも!

 

「やあジョージくん。びっくりしたかい?」

「ああびっくりだ。何したお前」

「わたしも分からん。ソラくんに扉を破壊するようにお願いしたら思いっきり殴って壊してくれた」

「お前に襲撃されないように鍵閉めてたってのに……。ソラなら開ければよかった……」

「……」

 

 どうだ恐れおののいたか。私は人間じゃなくて機械だからな。これに懲りたら人間扱いを程々にしておくんだ。

 まあそれはそれとして、この本についてなんだけど。

 

「これって、昨日ソラが書斎から持ってったやつか。もう読み終えたのか?」

「……」

 

 こくりと頷く。そこに間違いはない。

 そしてそれが間違いであったのだ。

 

「どうやらそれの続巻か、あるいは道化師そのものに興味があるらしい」

「……」

 

 おーい。違うよー。違うんだってー。

 全力で首を横に振るが、まだ私が照れて否定しているんだと間違えられたまま説明されてしまう。

 ジョージも納得するんじゃない。ブロンテの言う事を信用し過ぎかこの。

 

「そういやこの町に道化師いたな」

「だろう? ちょうど良いと思ってね」

 

 いやいやいや、いるんかい。

 さっきの良い考えとはそれか。

 

「あの道化師っ子にソラくんを会わせてみないかい? ほら、この屋敷だけじゃなくて少しずつでも町と関わっていった方がソラくんの将来的にも良いだろうし」

「でもなぁ……あいつ癖あるからなぁ……」

「ものは試しと言うじゃないか。そこの間を上手く取り繕うのが町長の仕事だとわたしは思うよ」

「領主な」

 

 本人を置いて話を進めるんじゃない。

 くらえ、機械ビーム。

 

「まぶしっ」

 

 どうだまいったか。

 

「分かった分かったってソラ。俺が話つけておくから……」

「ふふん。思い知ったか」

「なんでブロンテが得意げなんだよ」

 

 違う、そういう話じゃない。

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

 喋れないというのは、会話できないというのは、そして断れないというのは、とてもつらいモノである。

 これね、つらいモノっていうのは私自身を示す“物”っていうのと掛かってるの。どう?

 

 ……。

 …………はぁ……。

 

 人間生物なら溜息大連発だろう。

 そうはできないので、代わりに頭の通気口から生暖かい風をドライヤーのように出す。考えすぎて熱がすごい。

 そういえばこの前、この風でシャーロットが自分の髪の毛を乾かそうとしてたなぁ……。

 

 現実逃避、現実逃避。

 スリープモードはとっくに解除されて行動可能になっているけれど、動く気にはなれない。

 

 

 前回の休みから次の休み、数日後の今日。

 ブロンテの良く分からないゴリ押し解釈のお陰でこのケィヒンの町にいる()()癖のある道化師と会う約束をしてしまった私だが、もはや道化師恐怖症と言ってもいいレベルに警戒をしている。

 ジョージのいう“少し癖のある”のこの“少し”の部分が警戒心をより際立たせているんだけれども、説明のしようがないし。

 だってそも他人の少しとは少ししかアテにならないし、それで指し示す対象は奇想天外の塊の道化師。

 

 ここでのジョージの“少し”がいか程なのか、そして道化師にとっての少しとはいか程なのか。

 昨日の夜から考えて、朝に目覚めて考えて……。

 

 身体を動かすと重みでぎしぎしとベッドが歪みまくる。転がるのはもうやめておこう。

 頭に倒れ込んでくるぬいぐるみ達をどかして起き上がり、カーテンを開く。

 今日は朝から雨か。充電は……64%。分厚い雲の下とはいえ、多くを野外で過ごすとすれば1日くらい持つか。

 

「……」

 

 きぃ、と丁番の音がして振り返るとクローゼットがひとりでに開いていた。

 歩み寄り、中を確認する。見た事のない衣装とそれに対する注釈のメモ書き。

 これはいつもの通り姿を見せないアンがいつの間にか色々仕込んでいる証拠だ。今日は道化師と会うという予定もばっちり聞き及んでいるそうで、メモには『道化師も好きそうなド派手柄のワイハーなシャツ』という文が添えられている。

 ワイハーってなんだろう。

 

「……」

 

 取り出すと……うん、確かに派手だ。

 明るいオレンジを基調に明るい水色を入れまくった、人間の視界的に眼球が耐えうるのかって光彩の暴力。

 一色地に差し色程度とかじゃ駄目だったのか? アンのセンスは分からない。

 

 もこもことした排熱効率の悪いデザイン重視のパジャマを脱ぎ捨て、ハンガーに掛けられているそれを着用していく。

 下衣は私お気に入りのゆったりとしたハーフパンツ、上衣はシャツの上に先ほどのド派手なナニカ。たぶん服の種類的には“ワイハーなシャツ”なんだろうけどそもやはりワイハーってなんだろう。

 貰っておいて着ないのは駄目だろうし、アンも拗ねてしまうだろうしとりあえず羽織っておく。

 

「……」

 

 姿見に映してみるが、やはりなんかもう意味が分からないな。なんだこのファッション。

 浮かれているというか……。

 

「……」

 

 ……出たな、以前にも見た怪奇現象。

 鏡越しの背後、私のベッドに座って足をばたばたさせている子供のメイドがにこにこと笑ってこちらを見ている。

 もうビビらないぞ。

 いっせーのせっ。

 

「……」

 

 振り返っても、やはりいない。

 鏡を見る。もういない。

 何だろう。道化師を恐れるようになった今はあんな怪奇現象より道化師の方が怖い。

 むしろ一人で心細かった時に来てくれたので嬉しくもある。

 

 ……いや、そもそもアレなんだよって話なんだけど。

 くそう、私に喋る機能があれば。たぶんだけど大量にデータを削除した時に巻き込まれて言語出力も消えたんだろうなこれ。

 インストールし直すか組み直すかすればいいんだろうけど、私にプログラミングはできないしもう詰み。

 

 

 

 

 

 ため息代わりに再びファンを大回転。湿った重い空気と同じく足取りはとても重い。

 廊下へ出てとぼとぼと歩く。

 まだ待ち合わせの時間まではしばらくあるので、とりあえず歩いたり、後はエミリーやシャーロットと会って気を紛らわせたいのだ。

 

「……」

 

 ──が、こういう時に限って誰もいないのよね。

 今日はブロンテも来ていないようだし、ジョージは仕事場にいるんだろうけど邪魔したら悪いし。

 

「……」

 

 気が重い。

 というかそもそも雨なら中止で良いんじゃないか?

 ほら、私ってば機械じゃん。浸水したらあれじゃん。なんなら湿気で今若干調子悪いじゃん?

 

 ……なんて思っていたら、頭の上に何かが降ってきた。

 地面に落ちたので拾い上げると、半透明の……というかビニール?

 戦争時代の終わりと共に工場や技術が失われたのか今の今まで見たことなかったからこれが本物か疑わしいけど、まぁビニールとしか言いようのない半透明の物体だ。

 

 広げてみると私が今着ている服ごとすっぽり納まる羽織になる。頭も覆えるフード付き。

 なるほどレインコートか。

 して、これはどこから?

 

「……」

 

 裾が足元付近までくるそれを首のボタンで仮止めし、半透明なら発電効率の問題も少ないとフードを被り、自室へ。

 姿見にこれを映すと……やっぱりいた。子供メイドこと怪奇現象だ。

 振り向くと消えてしまうので、振り向かず手を振る。手を振り返してくれる。

 相変わらず良い笑顔だ。ニコニコニコニコ。

 

 

 じゃ、ない!

 これじゃお出かけを楽しみにしている子供のようじゃないか!

 私は兵器だぞ!

 

 部屋を飛び出てそのままの足で屋上へ。

 雨に打たれるとこの半透明謎素材レインコートが良い音を出して楽しい。楽しいけれど、そうじゃない。

 現在時間からあと1時間もしない内にこの屋敷を経って目的地に向かわないといけないんだぞ。

 

 何を悠長な、こんな時間を無駄にするような……。

 いや無駄にしようがしまいがいずれ出発しなければならないんだけど、ああ!

 

 

「──あれ、ソラっちだ」

「……」

 

 その口調はシャーロット!

 屋上の片隅、物陰からぬっと長い影が立ち上がった。

 何というかいつ見てもシャーロットは背が高いな! わはは!

 はぁ……。

 

「おー。ブロンテ先生の言ってた新素材の雨具っすね、かわいいっす!」

「……」

「ふふふ。表情に出さずとも分かるっすよ、それ着てトリっちに会うのが楽しみなんすね!」

 

 嬉しい訳でも楽しみな訳でもないぞ……って、トリっちとは誰ぞ?

 分かりやすく首を傾ける。

 

「あれ、聞いてないっすか? 今日会う道化師の子の名前っすよ。道化師トリブレ」

「……」

「ジョージの旦那も中途半端な説明するっすねー」

 

 うん。名前は初めて聞いた。聞けなかったもの。

 多分ジョージとブロンテ、ふたりして向こうが説明してるだろとか考えてたんだろうな。

 今回のセッティングといい愚かな!

 

「あの子、ちょっと喋るのが苦手なだけで決して悪い子じゃないっすよ。シャロが言うんだから間違いないっす!」

 

 おお。それじゃあ信用できるな。

 実はというと私、裏表や含みもなく素直に思ったことを喋ってくれるシャーロットの事をとても信用しているぞ。

 

「仕事がなければシャロも一緒に会いに行きたかったっすけどねー。最近会えてないっすからー」

「……」

 

 いいやありがとう。おかげで少しは、かの道化師トリブレを怖がらずに済みそうだ。

 道化師が変な喋りというのが前提なのはもはや気にせんとして、悪い子ではないというのなら大丈夫だろう。うん。

 もう戦争の時代は終わったんだ。人を信用してもいい時代なんだ。

 

「……」

 

 お礼の意を示す為にぺこりと頭を下げる。

 しかしトリブレか。どんなやつなのだろうな。

 

「で、手ぶらで行く訳にもいかないっすよね。てなわけで」

 

 呟いてシャーロットがおもむろに先ほど隠れていた物陰に移動し、何かをひょいと私に投げ渡す。

 赤い木の実のようだけど、これは一体?

 

「ミニリンゴって品種のリンゴっす! トリっち、昔からリンゴが好きっすからお土産に持ってくっすよ!」

 

 ほう。林檎ってあの木になる果実だと思っていたけれど、今はこんな屋上菜園の低木から採れるのか。

 続いてふたつみっつとシャーロットは置いてあった自分持ちの袋に詰めていき、最後に私の手元のひとつを入れてから持たせてくれた。

 手土産は確かに大事だ。ありがたく頂戴しよう。

 

「で、トリっちに渡す時は──こうっす!」

 

 食べられそうにない虫食いのミニリンゴを一つ手に持っていたシャーロットは、そのまま適当に屋上から裏庭へ向かって投げ捨てた。

 えっと?

 

「さっきソラっちに投げたみたいに、軽く下からぽーんって投げて渡すと喜ぶっす。まぁ喜ぶというか、ジャグリングに繋げて道化師らしい演技ができてトリちゃん満足ーって感じっすけど」

 

 なるほど。コミュニケーションの手順か。

 好きな物を手土産として持たせ、そして相手の好む接し方も教えてくれるシャーロットはやはり信用に値する。

 そもそも雨の中ひとりで屋上にいたのも、私に渡すミニリンゴを採取する為だ。面倒見と人の良さが何というか、とても凄い。

 

 

 ジョージとブロンテもその、起こしてくれたり屋敷に住まわせてくれたり色んな手引きをしてくれたり恩はあるけど、えと、嫌いではないけど、うん……。悪い人ではないから。

 

「あとはっすねー……」

「……」

 

 目線が私の頭、通気口に向く。

 何だろうな。エミリーと初めて会った時のようなアレを感じる。

 

「そう、猫が大好きっす!」

「……」

 

 私は猫ではない! これは猫耳ではない!

 

「リンゴと猫が好きな道化師トリブレって覚えるといいっすよ! はい復唱」

 

 喋れないってば。

 

「ま、こんな所っすね。そろそろ時間だろうし、これ以上引き止めるのも悪いっすかね」

「……」

「トリちゃんのペースに飲まれないように、頑張るっすよ!」

 

 その応援はどうなんだ。でもありがたい。

 行ってくるぞシャーロット。私が帰ってこなかったら後は頼む!



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9 道化師学なる以下略後編

投稿!!!?!?!!???!


「レインコート、よし」

「……」

「長靴、よし」

「……」

「手土産、よし」

「……」

「いってらっしゃいませ、ソラさん!」

 

 正面玄関でのエミリーによる最終確認と雨具姿の私の撮影を終え、ついに道化師の下へ歩みを進める時間となった。

 雨に濡れた石の階段は私の体重だと滑る危険が大きいため、逸れて横の土へ足裏を強めにめり込ませながら慎重に下る。……決してこれは牛歩戦法ではない。

 それにしても、このビニールの雨具は両手が空くかわりに特段快適ではないな。

 行ったことはないが、例えるなら熱帯地域での活動に近そうだ。とても内部が蒸す。

 

 表面上の防水面では良いのだが、それゆえ湿気が入り込む一方で抜けていかない。それが私にとってあんまりよろしくない。

 帰ったらお風呂に決まりだ。最近私の為に用意してくれた小さな冷水プール、帰ったらあれに飛び込みたい。

 文字通り飛び込んだら破壊しそうだけど。間に合わせらしいし。

 

「……」

 

 悪天候の町というのは人通りは少なく、また雨音に雑音がかき消されているのかとても静かだ。

 湿気さえなければこういう閑静なのはとても嬉しい。

 人通りがあったり音がするのは生活の場というだけありしょうがないのだが、私が外を歩くとどうしても視線を集めてしまうのだ。

 

 何というか、多分だけど「猫耳だー」なんて言われてるんだし頭の通気口を差して注目されてるんだろうけど。

 歩くだけでジロジロ見られてしまうのはあまり好きじゃない。

 

 

「あら、あれってソラちゃんじゃない? ほら、ジョージ様のお屋敷の」

「お散歩かな?」

「レインコートかわいいー」

 

 

 雨の日でも逞しく買い物をする傘を差したご婦人方よ。頼むから話題に私を巻き込むのはよしていただきたい。

 あとこの雨具はたぶん後にブロンテがちゃんと売ると思うので、かわいいと思ったのなら購入を勧める。

 

 ……って、待て。

 まさかブロンテのやつ、私が注目される事を知って広報に使ったな?

 許せん。

 私自身にかわいいと声を掛けられてるみたいで落ち着かない。いつもより視線は少ないとはいえ、何だかんだ屋敷所属も合わさって注目されるし。

 

「……」

 

 道を進んで角を曲がって、右へ左へ。

 事前に教えて貰った地図とそこに描かれたルートを辿り、町を右往左往と移動する。

 明らかに無意味な軌道をしているし、歩く広告作戦は好調のようだ。ちくしょう。

 マニュアルに忠実な機械の性格のせいでこういう時に融通を利かせて横着ができない。

 

「……」

 

 

 そうこうして歩き続けること17分と11秒。

 ようやく目的の場へ辿りついたのだが、本当にここで良いのだろうか?

 私の目の前に見えるのは、建物と建物の隙間。つまり路地。

 分厚い雲に阻まれているとはいえ昼だというのに、とても薄暗く先が全く見えない。

 

 記憶領域内に保存した地図の画像を展開して確認する。

 うーん。シャーロットが無駄に丁寧な線で書いたラインはここで途切れているし、ぎりぎり認識できるとても汚い殴り書かれた案内文字は「ここから真っ直ぐぅ!」だし間違いはないんだろうけど。

 

「……」

 

 これが間違っていたらその時はその時考えよう。

 向こうにはまだ慣れない道なので迷子にでもなったと解釈して貰おうか。

 

 あ、いや、それはそれでなんか癪だな。エミリー辺りにまた子供みたいでかわいいと思われてしまう。

 私がかわいい訳ないだろ。光るし吊り目だぞ。頭に通気口だぞ。腕と脚外せるんだぞ。

 その気になれば軽々しく握ってくるその細い手を紙屑のようにひしゃげる機械兵器だぞ。やらないけど。

 

 

 くだらない思考はさておき、覚悟を決めて例の路地へ。

 左右の建物の屋根が連結するように重なっているのが薄暗い原因らしく、ここには雨すら入り込んでこない。

 屋根があるなら路地ではなく商店街的と言いたいが、こんなに薄暗くて壁しか見えないのをそう呼ぶのはなんか違うし路地で通そう。

 遠くでぱたぱたと雨の音がするのみなので、雨具のフード部分を外して排熱。今朝よりも湿った空気がぶおーと勢いよく飛び出した。

 

「……」

 

 それにしても、ここは何なのだろう? どういった意図でこんな道が生まれたのだろうか。

 それとも道化師のフィールドにもう片足を踏み入れてしまったと思った方が良いだろうか。

 サーチライトを付けて足元を確認しながら進むと、すぐ先に木箱が見えた。

 続いてリンゴやくつろぐ猫、小道具なのか小さなナイフ等々……。

 

 まるで芝居小屋の裏と言えるようなものが乱雑に、雑多に、自由気ままに転がっている。

 怯まず歩みを進めると無限に思えるように同じような物が点々と無限に転がっていて――無限に?

 

「……」

 

 ──ふと嫌な予感がして振り返る。

 私の入ってきた路地の入口の光がとても遠くに、表の通りが小さく存在しているのが見えた。

 これは……明らかにおかしい。

 

 歩幅と速度、時間を考慮して直進したと考えればあれほど遠くになろう移動距離に間違いはないのだが、それがおかしい。

 だって左右の建物は一度も途切れていない。雨を防ぐ屋根に切れ目もなく、それが何十メートルと続いているのだ。

 この町で一番大きな建物であるジョージの館の一番長い直線距離と比べても、ここはそれ以上に長い。

 というか私の所持している地図にこんな長い場所はないはずだ。

 

 急いでフォルダ内から地図の画像を取り出し、ペイントソフトで正確に私の移動した距離を描いていく。

 ここから路地へ入り、この歩行速度で直進。現在地は……裏の小川の上になってしまっていた。

 やはりおかしい。

 

「……」

 

 地面を見る。立派な石畳だ。

 しゃがんでとんとんと叩いてみる。しっかりと存在している。バグの類ではない。

 これはなかなか信じがたい状況だが、地図上では存在しない幻の場所に私は今入り込んでいるのだろう。

 屋敷で既に非化学的存在を見ているしある程度の共生もしているので今更だが、この世界は割となんか、そういう感じの出来事はあるらしい。すごいな。

 

 覚悟を決めて立ち上がり、額に乗せているバイザーを下げ暗視モードを起動させる。

 側端の猫達が生命体として強調されていくがそれを無視してもっと奥、この無限に続く路地の行きつく先をズームで観察して……。

 

 あった、突き当りを確認した。

 古びた石煉瓦の突き当りに一つ小さな扉がある。あそこがゴールか。

 

「……」

 

 流石は道化師。私に恐怖という感情を教えてくれただけある。

 エミリーや幽霊(仮)もそうだけど、私の感じられる感情は恐怖だけなのか?

 これが……感情……!?

 もっとこう、ハッピーな感情が欲しい。

 

 ……一人で馬鹿やってないで先に進もう。

 私は1000年前当時の最新技術で作られた兵器機械。いざとなれば戦闘モードへ切り替え、手持ちの武器は無くとも全身が凶器として物理で解決できる問題ならなんでも解決できる。

 幾ら相手が道化師だろうとぶん殴ればそれで終わりよ。

 

「……」

 

 地面に転がるリンゴを蹴り飛ばし、ナイフを踏み壊し、猫は……手が届く位置ならちょっとひと撫でくりし。

 数分ほど歩き続けてようやく扉の前へ辿りついた。

 

 とても長い真っ暗なもはや路地裏と呼べる突き当り、地図上だともはや海の上、視覚強化を外せばもはや真っ暗ななぞのばしょ。

 ここまで来て、こんな良く分からない状況まで来て、流石に道を間違えましたという事はないだろう。

 悪い奴ではないと言われてるし私を傷付けるような事はない筈。

 近くに立てかけられた簡素な人間の手の絵が、開けろと言いたげに矢印を作って扉を差している。

 

「……」

 

 人間なら息かツバを飲みこむ緊張のワンシーンだろうが、機械なのでそういった動作はせず、ある程度の恐怖心的なのがあれど単調に扉を開けるというオートコマンドを設定し後の動きをそちらに任せ、私本体の意識は警戒に専念する。

 戦闘準備はできているぞ! こい!

 

 

 がちゃ。

 

 

 ぎいぃ…………。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

「……」

 

 扉の向こうには、また路地だった。

 その短い路地の先に人々の行きかう通りが見える。

 

 

 ……えっ……と、どういう事?

 ちょっと歩みを進めて表に顔を覗かせてみるが町は町でも、私の知っているケィヒンの町ではない。

 天気も違う。気候が違う。

 路地と路地を、全く別の町と裏路地を繋ぐ扉? ええ?

 

「は、はぁい……どうもぉ……」

 

 !?

 誰だ!

 

「した、したにいる、よ」

 

 バイザーを額に上げて、声の主が教える通り足元を見る。

 片側の壁の下の隅。幾つかの石レンガが外れて隙間になっている細長い暗闇の中に、黄緑色の眠たげな虹彩がふたつ並んで浮いていた。

 本当に目玉が浮いている訳ではない。ただ、表現としてそんな感じに瞳が浮かんでいた。

 

 とりあえずこの人物が先ほどの声だろうが一体誰だろう。

 こんな変な所から話かけてくるのがトリブレなのか? 道化師ゆえに常識が通じないのか。

 

「……とぉ。き、君が……、そ、ソーラーで……あってるんだ、よね……?」

「……」

 

 頷いて返す。少し名前のイントネーションが違うが、いかにも私は機械人形メイドのソラである。

 今はワケあってというか道化師に会うという事でド派手なワイハーなシャツを着てるけど。

 たぶん合っているとは思うけど、そちらは道化師トリブレで合っているんだよな?

 首を傾げて聞いてみる。

 

「まぶ、ま、眩しいから……明かり、を、……消してくれない……かな?」

 

 溝の奥を見たくてという意思を汲んでかライトが点いてしまっていた。

 眠たげな瞳がより細くなっていく。それでも見えた溝の中は、瞳以外一切の姿が輪郭も掴めない暗闇だ。

 どういうことなのか瞳の解像度が上がっただけで他の部位の輪郭すら見えない。まるで目だけの生命体だ。

 

 言われた通りにライトを消すとぱちくりと瞬きをして、こほんと咳ばらいをしてから自己紹介をする。

 身体は見えないが呼吸器官ちゃんとあるのか。

 

「わた、し……あー、いや……()は、道化師トリブレ……です。見習いだけ……ど」

「……」

「せ、先代、引退しちゃ……って。から、一座を……つ、継いだのはいいんだけど……でも、まだ、見習いなんだよ、ね」

「……」

「あー、あ。えと……ごめ、ごめんね、しゃ……喋るの苦手、で……」

「……」

「そこ、そこだと、会話しにくいよね……。……はい、入って……この建物、いり、入り口は開いてるか、からー……」

 

 瞳が動いて表の通りを差している。入ってとは上がってくれという事か。

 

「あ、あん……まり騒がないで、ね……?」

「……」

 

 内側から煉瓦を押し込めて溝を塞いでしまったのか、向き直ってもう一度見た時にはもう瞳を覗かせていた隙間が無かった。

 騒がないでというのは恐らく、不思議体験に発狂するなと言いたいのだろう。

 道化師に関わってロクな事にはならないと分かっているのなら、もっとやり口を考えて欲しい。

 

 あの長い謎の裏路地はなんだったとかここはどこだとか、そもそもこの見えている町は何なのかとか、色々問い正したいがいつもの如く私に言葉はない。

 立ち尽くしても仕方ないので数メートル先の光へ歩くと、あっさりと普通に町へと出た。

 出たはいいが……。

 

「……」

 

 えっと、やはりというか信じ難い事に私の知っているケィヒンではない。

 あそこもなかなか古ぼけたと言ったらあれだが味のある町の風景をしているが、こちらはそれとはまた違う。

 建築様式が古いのに、建物はまだ新しいのだ。そして生活感がある。

 

 ケィヒンの町の建物は古くから使い続けている歴史的建物というだけあり、今の時代では必要がなくなって装飾や様式と化した見た目重視の外観が多いが、こちらの建物には無駄がない。

 どれも装飾的意味合いではなく、文化が生まれる瞬間的な利便として機能している。

 

「……」

 

 やはりケィヒンから別の町へ移動したということで間違いはないのか? あの路地を通っただけで?

 お手軽に奇妙体験できるのに大騒ぎな表沙汰になっていないのはとても不思議だが、それは帰ってから何とかして黒幕(ジョージ)に疑問をぶつけよう。

 

 言われた通り先ほどトリブレがいた建物側へと回って、ちょっとした階段を降り、地下室へ続くように存在している古ぼけた扉へ入る。

 中は……薄暗く埃っぽい倉庫のようだ。正直機械の私には合ってない。

 真ん中に置かれたテーブルの頼りない蝋燭がぼんやりと周囲を照らしている。

 

 

「こ、こんにちは……」

 

 む。またトリブレの声だ。

 今度はどこからだ?

 

「……こっち、こっち……」

 

 反響する音を整理し、音源へ向かって進む。

 壁際に少し大きめのタルが重なっていて、この辺りだが……。

 まさか、タルの中に?

 

 

「……たーるっ……」

 

 

 タルの側面が小窓のように四角く開いて隙間が生まれ、中から先ほどの瞳が覗く。

 感情の分かりにくい平たい目だが、声からして笑っているらしい。んふふふと内部で反響しているのが聞こえる。

 とても作り笑いっぽい。それに、どこに笑うポイントがあったのか不明だ。とりあえず笑いが収まるまで少し待つ。

 

「……あー……。ご、ごめん、ね……。ひ、人前に出るの、恥ずか、しくて……」

「……」

「どう、ど、道化師として、は……。し、失格かも、だけど、だ、だから見習い、と言うか……んふふ……」

「……」

「んふふ……。せ、先代みたく、なり、なりたい、な……」

 

 先代とは、もしや例の本のような語り口調ではないのか?

 あの読む者の理解を拒むような到底真似のできない口調の。

 

「……」

「…………あー……」

 

 しばしお互い無言で見つめ合う。

 私としては“会ってみる”というのみの目的だし、トリブレの方も会話が得意ではないと言っているし、これからどうしたらいいのだろうか。

 世界の平和の為に道化師を葬れと言われれば問答無用でワンパンだったが。

 

 

「じゃ、じゃあ、見せる……ね。道化、ショー……」

 

 

 え。

 じゃあって何。

 もしかしてトリブレは私にショーを見せるようにお願いされてた?

 うそでしょ。道化師のショーとか見せられたら私はショートだぞ。ショーだけに。

 

「そ、それ、お、お、おもしろい……ね」

 

 私の思考を読んだかのようにトリブレが呟き何かを操作する音がして、それと同時に暗闇の奥でガラガラと何かが動く音がする。

 暗視モードで確認すると部屋の奥のシャッターが……シャッターあったのか。それが開いて、中からずんぐりむっくりな大型の物体が姿を現した。

 巨大なそらまめのような形のキャノピーに手足が生えたような、私と同じ人型に分類されるのだろうが、かといって重装甲と呼ぶには搭乗者の位置が分かりやすく剥き出しな一頭身で黒塗りの二足機械。

 完全に今の時代には違法とされてそうな機械、それも兵器と見て取れる姿のそれが現れたが……これは?

 

「……」

 

 振り返ってタルを見るとそこにトレブレはいなかった。瞳を覗かせていた隙間もなくなっている。

 

「んふふ……。こ、こういうの着て、着てれば……、ど、堂々としていられ……るんだけど、ね」

 

 ぱ、ぱ、と天井のスポットライトが輝きずんぐりむっくり機械の姿を光の下に晒しだす。

 声は、トリブレの声はその中からしていた。

 どういうことだ? トリブレは、瞬間移動でもしたのか?

 どう考えても物理的に移動する経路も時間も何もかもなかったはず。見逃すにしても、センサーがこうも無反応がなのはおかしい。

 

「リ……せ、先代に、使わなくなった、は、廃棄されたロボット……貰った、んだ……」

「……」

「ど、どうかな。すご、すごい、かな」

「……」

「あー……。……しゃ、喋れないん、だっけ……」

「……」

 

 二重の意味で頷く。

 鋭利な腕脚の装甲を持つ悪役チックな3m程の巨大な姿は色々と凄い。主に法律的に大丈夫なのかとか、操縦うまいなとか。

 もじもじと細やかに動いて自信の無さを全身でアピールしていたが、しばらくして露骨な咳払いと共にしっかりと立ち直る。

 照明も調整され、カラフルなライトが機械の姿を目立たせた。その技術も凄いな。

 

 

「あ……()の名はどう、道化師トリブレ! ここ、ここころ行くま、でショーを、お楽しみくだ、さい!」

 

 

 途中途中でつまりつつも口上をしっかり述べてから、その巨体で器用に小さくお辞儀をした。

 始まるのか、道化師のショーが。

 恐怖はあるが無下にするわけにもいかず、ぱちぱちと拍手を送って近くの椅子に座る。

 

 来るがいい、耐えて見せよう……!

 

「……で、では、はじめ……ます……」

 

 

 お辞儀を終えたトリブレ(便宜上あの機械ごとトリブレと差す)は、いつの間にか足元に置いていた木の剣を三本空中に投げるとジャグリングを開始した。

 ふらふらと足元はステップを踏みつつ、右へ左へゆらゆら揺れる。

 

 不器用でいつ失敗するかも分からない不安定なジャグリングに見えるが、あれはあれでむしろ安定している。

 何というか、私もよくシャーロットのじゃれ付きで倒れそうになった時にオートバランサーで姿勢を保つ事があるのだが、その時の挙動と似ているのだ。

 

 倒れそうで、倒れないぎりぎり。転びそうで、転ばないぎりぎり。

 傍からすれば心配するような傾きでも当人はちゃんとバランスが取れている。そんな感じ。

 

 

「ま、まだまだ舞いま、す。まだる、舞う。です」

 

 ……今なんて?

 大丈夫かこれ、まだまだ道化師第一形態とかでこれから最終形態とかが出てきたら勝てないぞ私。

 

 身構えたその時、トリブレは足元の木箱に躓いた。……木箱ってそこにあったっけ。なかった気がする。

 明らかに質量とか重量とかそういうアレからしてあんな軽い木箱に躓く事はないだろうとは思えど、事実としてトリブレは躓いて転び、丸い胴体の背で揺り篭のように揺れた。

 さらに宙を舞っていた剣が落ちてきて、からんからんと次々とその巨体へ降り注ぐ。

 

 一寸置いて、じゃんとどこからか謎の効果音がした。

 しばしの沈黙が流れる。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「あ、あれ、おも、面白く、ない?」

 

 うむぅ。実生物のモデルがいるらしいとはいえ私自身はオール機械なので、たぶん普通の人間とはまた面白く感じる箇所が違うというか、私に面白いと感じる機能はないような。

 見ての通り笑うことないし。

 

 

 でもあのジャグリングは見事であったぞ。何というか、軌道予測の演算と各剣の管理がとてもうまい。

「んふ、んふふふ……」

 最後に転んだフリをしたのは少し意味が分からなかったけれど。

「うー……」

 

 

 とりあえず演目が終わったようなのでぱちぱちと拍手を送っていたら、段々とトリブレが落ち込んできた。ような気がする。

 やはり無言無表情な客一人というのは道化師といえ堪えるか。

 しまった。別にいじめる気はないのだが、どうしよう……。

 

 ……そうだ。持たされていた手土産を使おう。

 手土産のミニリンゴを袋から取り出し、軽く下投げで渡す。

 シャーロットはこれで喜ぶと言っていたが、どうだろう?

 

「わあ……!」

 

 転がっていた地面から離れて、立ち上がった機械が鋭い指先でちょこちょこと動かし空中でミニリンゴを弄ぶ。

 鈍重な見た目の割に反射も良く小回りが利くようだ。もうひとつふたつと投げてみる。

 

「んふふ、んふふふふ……」

 

 おお、機嫌が直ったようだ。周囲の照明もカラフルに輝きながら、まるで糸で吊られているかのようにリンゴ達が綺麗に宙を動いていく。

 分かりやすい大きめの剣と違い、細かいリンゴの数々は私のノーマルカメラではもう追いきれない。

 まだまだ行けそうなのでもう3つ4つと投げ渡していく。

 合わせて10個も渡し……ん? 10個でいいよな?

 

 一旦映像を処理して今動いているリンゴの数を確認する。

 あれ? 私ってトリブレに投げ渡したの合わせて10個でいいんだよね?

 なんか増えてない? どう見てもトリブレの手元で回ってるの10個以上あるんだけど。数え間違いとかじゃなくて。

 

 質量、増える?

 道化師、増やせる?

 路地は異郷と繋がり、道化師は隙間から隙間へ移動し、リンゴは増える。

 ……というかそもそも先ほどワザと転倒した時の木箱もどこから現れたかも分からないし、お? おお?

 

「じゃ……ん」

 

 両手を広げたトリブレの身体(ボディ)のあちこちにミニリンゴが着地し、さながらリンゴの木を形成した。

 その中で一個だけが跳ねて私のもとへと飛んできたのだが、空中で謎の光線に当たり6等分にされ近くのテーブルに置いてあるお皿に着地する。このお皿もテーブルもいつの間に出てきたんだろう。

 

 謎が謎を呼ぶが、その光線はなんか分かる。それだけ唯一分かるわ。

 それ普通にその機械に備わってるレーザー系の武装だよね、分かる分かる。操縦上手いね。

 いやーそれなら分かるわー。わはは。

 

「……わら、笑った? ね……ねえ、笑っ……た?」

「……」

 

 いつも通りの無表情。言い換えればポーカーフェイス。

 何をして私が笑ったかと判断したかは不明だが、どちらかというと引き笑いに分類する現象は起こせそう。というか、たぶん光線に関する感想はそれだし。

 少なくても感情の揺れは検知できてない。そも感情はない設計のはずなので。あったら不具合だ。

 

「んふふふふ……」

 

 が、修正するのもよしておこう。トリブレが嬉しそうだし。

 それにしても私から“笑った”という情報をどう抜き出したのだろうか。

 やはり道化師はそういう何か特殊な何かができるんだろう。

 ……そう思おう。そも瞬間移動や謎路地をしている訳だし。

 

「じ、自信、でた、から……。もう、少し……」

「……」

「リンゴ、食べ、てて……ね?」

 

 口はあれど物は食えぬのだ。

 身体のあちこちにリンゴを乗せていたトリブレはそのリンゴを一回転する間に何処かへ消し去り、軽やかなステップを踏みながらくるくると回り始める。

 あんな鈍重な見た目で軽やかに舞って、続いては何をするのだろう?

 

「……ゎ、笑った、の……を、も、もう一回……」

 

 そういってトリブレはやはりどこからか鉄板としか言いようのない四角い大きめの鉄板を取り出すと、指先から先ほどの光線を出し模様を描いていく。

 器用じゃないか。道化師は機械の操縦も応用も上手いらしい。

 兵器の武装で彫刻とはなぁ……。

 私もやってみようかな。そういう芸術的な事。

 

「……」

「たー、たーらー……」

 

 奇妙な鼻歌とレーザー刻印の音がしばらく響く。

 何かのロゴを描いているらしいが私に見覚えはない。デザインのモチーフは剣、リンゴ、猫、三角が二つ並んだ変な帽子?

 あ、最後に文字を追加している。……レーヌカーニバル……とは知らない会社か団体だ。

 もしかしてトリブレの所属しているサーカス団の名前か。

 

「……じゃん」

 

 完成したようだ。

 元絵を知らないのでアレだが、とても細かく良く描けている。拍手をぱちぱち。

 

「き、気に入って、くれ、た?」

「……」

 

 頷いて返す。 シャーロットの言う通り確かに変な喋りとは分類される口調だが、だからといってそこで何かあるわけでもなく、むしろトリブレの事は嫌いではない。

 トリブレは私の想像する恐ろしい道化師なんてものではなく、家系か後継として道化師であろうと頑張っている可愛げのある存在だ。その姿は人間らしく、とても気に入ったと言えるのではないだろうか。

 

「んふふ、んふふふ……」

「……」

「あ、あの、そ、ソラ、くん?」

 

 ……この格好は、男のように見えるのか……?

 可愛くはなかろうが、少女の姿形をした身としてそれは……。

 

「ち、違う! ソラ、ちゃん!」

 

 気が付いてくれたのか修正してくれた。よかった。

 いや別に機械に性別なんてないはずだから拘る理由もないんだけど。なんか主張せねばなるまいと思い。

 で、トリブレは一体どうしたんだろう。

 何か私に言いたいことが?

 

「あの、あのね……。わ、わた、あ、()と、友達になって、くださ……ぃ!」

 

 友達?

 

「……あ、あう……」

 

 トリブレは首をどちらにも動かさない私の返答を待っているのか、機械の巨体をもじもじと動かしている。

 しかし、うん。友達とは?

 人間同士の信頼をおける間柄、よく会うよく話す人間を指して友達という……のでは?

 ご覧の通り私は喋れないし、そも人に扱われる為の機械だ。今現在トリブレが搭乗しているその黒い大型機械と分類は変わらない。

 AIを搭載し自立行動ができるか否か、その違いしかないのに私を人間扱いしあまつさえ友達とは、特別視し過ぎではなかろうか。

 

 答えは決まっている。

 

「……」

「わぁ……!」

 

 歩み寄り大きく鋭利な黒い指先を持って、握手の代わり。

 友達、なろう!

 

「う、うん! そ、そら、ソラちゃん! あ……りが、とぅ!」

「……」

 

 いいじゃん友達!

 なんかこう、戦友とかそんな感じで!

 この一ヶ月の生活で本を読んだのはあの道化師本だけじゃない。幾つかおすすめされて小説を読んだことがある。

 その中に意思も無い喋らないただの鉄屑のような機械を友と呼び、故郷を探すあてのない旅をする小説があった。

 なんというか、こう、人間に友と呼ばれるのにちょっと憧れてたのだ。

 だから戦友友達大歓迎。屋敷の人々は今さら友達云々とは言わなかったので、この期は逃さない。

 

「んふ、んふふふ……。や、やりまし道化の、おと、お友達。しゃ、シャロ姉いが、以外のお友達……」

「……」

 

 おや、その詠唱は何かな?

 道化師特有の、その、喋りは、何かな!?

 

「ん! じ、自信、もちべ、モチベーション……で……出た!」

「……」

「そ、ソラ、ちゃん! あ、ああ、()、道化師もう少し、が、頑張る!」

 

 かくんと巨大な身体が糸の切れたようにうなだれ、代わりに部屋中のありとあらゆる所からトリブレの笑い声が響く。

 何やら私と友達になったことで道化師としてやる気が出たようだが、その演出はちょっと怖い。

 

 やがて笑い声も落ち着き、前にも収まっていたタルの中から再び声がする。

 またそこか。隙間から眠たげな瞳がちらりと見えていたのでそちらへ歩く。

 

「ね、ねぇ、そ、ソラちゃん……」

「……」

「次にあ、あ会う時は……。もっと、は、派手に、たく、沢山……町ごと、楽しませる、ね……」

「……」

 

 町ごと、とは。

 

「……お、お祭り。つ、次のお祭、りは。……い、いつもより、がんば、がんばる」

 

 それはとても良いな。

 屋敷のみんなも喜ぶだろう。

 

「その、その時は、ちゃんと姿を……見せられる、ようにする、ね……」

「……」

「は、恥ずかしがらず、……に」

「……」

 

 「またね」と言い残してタルの隙間が埋まり、トリブレの気配は消えた。

 道化師と身構え嫌だと駄々をこねそうになるほど足が進まなかったトリブレとの交流であったが、こうして終わってみればとても良い勉強というか経験になったな。

 瞬間移動やら空間移動やら謎機械はさておき、次回は姿を見せてくれるというので楽しみだ。

 

 それに、友達にもなれたし。

 

 帰るために扉を潜り、表へ──。

 

「……」

 

 ──ここ、ケィヒンだ?

 

 右を見て、左を見て、ここは私が路地に突入する直前に見た景色だ。トリブレハウスを出た瞬間に、ここにいた。

 ということは、あの暗くて長い路地は……。

 

「……」

 

 ない。

 左右の建物は同じだが、その隙間に歩いていける空間なんてものがない。

 まるで私が通るあの瞬間だけ口を開いたかのように、小柄な私が横歩きしても通れない隙間しかない。

 

「……」

 

 ぎぎぎ、と油が足りないような動作で見ないよう首を逸らす。

 トリブレは本当にいたのか? 私はここへ来てからずっと立ち尽くし何か人間でいう幻覚的なものを見ていて、トリブレの行っていた非現実的な物事は全て人間でいう夢的なものだったのか?

 ここに来て一気に訳が分からなくなると同時に、やはり道化師とはと恐ろしくも感じる。

 

「……」

 

 すっかり雨の上がった夕暮れ、バッテリーの残りも一桁しかない。

 着たままだった雨具を脱いでミニリンゴのなくなった袋に詰め込み、充電がてらゆっくり帰路につく。

 

 帰ったらお風呂だ。冷水を浴びて処理熱を冷まし、ゆっくり休もう。

 

 



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10 休息も必要

うぉおおおおおおお!!!!
お早い投稿えらいですわわわたくし!!!!!!!!!!!!!
シャーロット視点ァ!


 壺に手を突っ込んで入浴剤を鷲掴みにし、広い湯船にぶん投げて棒でかき混ぜる。

 試供品だぞってブロンテ先生から貰ったけどこれ、なんっか薄っすらどっかで嗅いだ匂いするんすよねぇ。

 何だっけこれ。

 

「この匂いは何でしょう?」

「知らないっす。言っちゃったらちゃんとした感想も聞けないっていうブロンテ先生の拘りっすよ」

「適量は聞いたんでしょうね……」

 

 さーてどうでしょうねー。

 試しに手についた粉を嗅いでみる。

 えほっ、う゛っ!

 

「粉を吸い込んだらそうなりますわよ」

 

 そーなりますっすわよね。

 まあこんな事は些細な事っすよ。

 そう。些細な事。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ──道化師トリブレ、あるいはまだ見習いの道化師トリブレ。

 あの子と最初に会ったのは、確かまだ親が生きていた頃だったと思う。

 

 子供だったシャロは近所へちょっと冒険に出たら迷子になっちゃって、あちこち歩き回って、ようやく帰れたと思ったら変な路地を見つけちゃって、懲りずにまた冒険して……。そして偶然出会った。

 路地の片隅に置かれた膝程もない小さな木箱。その中から一切姿を見せず、言葉を詰まらせながら少しずつ喋るトリブレはたぶんシャーロットという個人に始めてできた友達なんだろう。

 

 つい先日ジョージの旦那からソラっちをトリブレに会わせると聞いた時は、驚きつつも喜んだ。

 共通の友達ができれば嬉しい。

 それに、上手く喋る事が出来ないトリブレと喋る事が出来ないソラを会わせるのは何となくお互い良い経験になりそうだから。

 

 

 でも……。

 

 

「ソラっち大丈夫っすかねぇー」

「その道化師さんは良い方なのでしょう? なら……」

「そっちも心配っすけど、ソラっちって理屈っぽい所あるから道順間違えそうで」

「……? ソラさんは地図を覚えてますでしょうし平気だと思いますけど」

 

 壺を適当な所に置いてつるっとタイルに足を滑らせ、ざばんと頭から湯船に飛び込む。

 業務が終わったのでエミリーと一緒にお風呂まで来たけれど、身体と共に頭に思い浮かぶのはまだ屋敷に戻ってきていない新しい妹分の事。

 

 一番心配なのはそもそもトリブレの下へ辿り着けているかどうかだ。

 地図に描いた通りにちゃんと歩いてくれているのかな? 

 

 あの別世界のような良く分からない場所へ行くには、この町で特定の順路を歩いてから路地の出現する場所まで辿り着く必要がある。道順が鍵のような役割を果たしているらしい。

 ソラに見せた地図に示した複雑なルートを、ソラが無意味だ面倒だからと効率のみを考えて無視してしまえばトリブレの場所まで辿り着けない。

 

 一応この町に籍を置き、時々広場で変な鉄の人形を使って芸を披露しているトリブレの事はブロンテ先生もエミリーも町の人達も何となく知っている。

 ただし非現実的かつ意味不明な体験、あるいはこの世界の常識に喧嘩を売るように存在するあの家の事は一部の人間しか知らないのだ。シャロとて偶然見つけなければ今も知らないまま。

 

 ジョージの旦那はソラにその秘密の道順の意味をちゃんと伝えただろうか? 

 道順の意味を知ってるのは偶然発見したシャロ以外にはジョージの旦那しかいないし、注意できる人間も限られる。

 シャロがどこかのタイミングで教えてあげられればよかったんだけど、ブロンテ先生やアンが近くにいたから教えられなかった。

 

 ……あ、いや、ミニリンゴ渡した時に言えば良かったっすね。

 その時に言えば良かったのに忘れてたっす。本当にごめん。

 

「……シャーロットさん。いつも思うのですけれど、転ばずお風呂に入りませんこと?」

「飛び込んでるだけっす!」

「いつか大怪我しますわ」

「しーないっすー」

「見ていて心配ですの」

 

 ざばざば。ばっしゃん。広い湯船は泳ぐに限る。

 ふはは、シャロは子供の頃から身体が丈夫なのだ。

 いやまあ転ぶ必要は全くないっすけど。でも転んじゃうんだから仕方ないっすよね。

 

「全くもう。走らなければいいのに……」

 

 エミリーが湯船へやってきたので泳ぐのをやめてちゃんと肩まで浸かる。

 そういえばエミリーはいつも仕事が終わったらだいたいすぐ家に帰っちゃうけど、今日はどうしたのかな。

 いやみなまで言うまい。分かってるっす! ソラっちの事が心配なんすね! 

 ふっふーん。ほんっとにエミリーはソラっちの事が好きなんだから。

 ……屋敷の個人ロッカーの中、ソラっちの写真だらけなの知ってるっすからね……。

 

「そういうシャーロットさんだってそうでしょう? いつも子供達のお世話の為にすぐ帰るのに」

 

 にゅ。シャロへカウンターっすか。でもこっちはちゃんと理由あるっすよ。

 今日はトーマスが休みっすからゆっくりしてるんす! 

 

 チビ共もだいぶ大きくなったし、あまり手は掛からないから不器用な弟のトーマスでも世話はできる。

 世話と言ってももうこっちが料理と洗濯をやってれば後は何とでもなるし。

 だから今は、ちょっと前みたく慌ただしく生活する必要もあんまないんすよねー。

 

「それで、本心は?」

「ソラっち&トリっちが超心配!」

「そうですわよね」

 

 いやーあの二人、想定通りに動いてくれるかなーどうかなー。

 何とかなるとは思うんすけどねぇ。

 

「心配しててもしょうがないですし、シャーロットさん」

「なぁに?」

「シャーロットさんから見たソラさんについて教えてくださいませんこと?」

「急に変な事聞くっすねぇ」

「わたくし以外から見たソラさんの事も知りたくて……」

 

 それは……なんか、なんというか、エミリーもなかなかに偏愛してるっすねぇ……。

 写真だらけの件といいなかなかにキモい。

 もはやストーカー一歩手前だよエミリー。少しは抑えて。

 

「ソラさんを愛し、何でも知りたいというのがそんなにいけませんか!?」

「いやそこまでは言ってないっすけど」

 

 ──いや、はっきり言ってやるべきなのか? 

 主にソラっちのために。

 

「で、どうでしょうか?」

 

 ずいずいっとエミリーが顔を近づけて、半ば脅迫するように迫る。

 ソラっちガチ勢の目だ。ソラっちの為にここまでやるっすか。恋愛っていうか偏愛。

 

「んー、じゃあそうっすねぇ」

「……よし」

 

 ソラっちはかわいい妹分! ちょっと背伸びした目の離せないかわいい奴。

 見た目はチビっこ末っ子なのに、何というか独り立ちする寸前みたいなほっとけない子。

 そんな感じ。

 

「ふふ。わたくしに妹はいませんが、そういうかわいさは分かります」

「っすよね!」

「喋れない伝えられないからって、ひとりで悩んでそうで放っておけないかわいい妹。ふふ、ふふふ……」

「……そ、悩んでそうっす」

 

 ぶくぶくぶく。

 隣のエミリーも自分で言ってから問題を再認識したのか、シャロが繰り返した事には特に何も言わなかった。

 

 

「わたくしめがもっと力になれれば……」

 

 

 目覚めてからメイドになって、ソラっちはずっと自分を機械か人形か、とにかく人間に仕える無機質な道具であろうとしていた。

 いや実際のところブロンテ先生や入ってた棺の蓋に書いてあるのを見るに、そのまんま機械人形って事で合ってるっちゃ合ってるらしいんすけどね。

 自分が動くための電気を蓄える位しか休みを必要としない、言われた事を忠実に行う機械。電球や昇降機のような人の暮らしを支えるだけの存在。

 本人がそういった存在に拘ってそうあろうとしていたのは、顔を見なくても言わなくても行動で分かる。

 

 でもそんな中に先日の映像で、兵器ではない生き方をしろと過去から言われてソラっちは戸惑ってしまった。

 戦争も出生も詳しく分からないシャロ達に代わって明確にそう指示されてしまえば、真面目なソラはまず受け入れる。

 受け入れて、でもどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

 兵器の機械として生きてきたのに突然人間らしくしろ幸せになれと言われても、人間的な振る舞いが赤ん坊みたいなソラには荷が重い。

 

 給料を渡して好きな事を探せと言っても当人は好きな事というもの自体を理解していないから何から始めればいいのか分からないし、趣味を探せと言っても同じ理由で何をもって趣味とするのか分からない。

 シャロでもそれっぽいことを言えるけど、明確にこうしろああしろなんて言えないし……。

 なんとも難儀な立場だ。

 

 

「シャロ達は近くにいるだけが、一番力になれるかも知れないっすね」

「そうなのでしょうか……」

「友人のためにしてあげられる一番の事は、ただ友人でいてあげる事って本に書いてあったっす」

「あら、意外に勤勉」

「今シャロのこと貶したっすか?」

「いいえー?」

「そっかー」

 

 今のソラに必要なのは命令をくれる存在ではなくて、対等な人間。

 問題となっているのが機械としての自分と人間的な自分とのギャップも、一緒に過ごしていれば、いつか……。

 

「だってソラっちには、バリバリに感情があるっすから!」

「うわびっくりした」

 

 ちゃんと個人が成っているなら、焦らなくてよし! 

 ソラっちは昇降機みたいな単調な動きしかしない機械じゃないし、アンの好きなアンティークドールみたいな球体関節の人形でもない。

 

 

「ソラさんは少しずつ学んでいるのに、わたくしが焦ってしまってはダメですわよね」

「そそ。まぁそれに、手は打たれてるっすから」

「え」

「ほら、トリっちのことっすよ」

 

 シャロはさっきソラっちとの関係性を友とは言ったけど、ソラっちにとってこの屋敷の面々は家族のような慣れ親しんだ存在だ。

 それに対してトリブレは会える時間の限られる外部の存在。

 

 もしかしたらだけどソラにとってシャロ達は身内の存在で友達とは認識されてないかもなので、初めて友達ができたと何か人間的な意識ができるかも。

 そうでなくても道化師の行う芸というのを見て芸術や技術というものに目覚めてくれれば……ククク。

 やはり。

 

「あああぁぁ~。思惑通りに進んでくれるか心配っすぅ~」

「ちょ、シャーロットさんが茹で上がってますわ!?」

 

 話し過ぎて長湯し過ぎたぁ。

 エミリー引っ張ってぇー……。

 

「え、えい! おもぃ……! というか、デカい!」

「今年でついに身長180センチの大台に達したっすよぉ~……がんばえ~……」

「もう少し成長を抑えてくださいまし!」

「やーだーもっと伸びるのぉー」

「どこを目指していらっしゃいますの!?」

 

 折角なら伸びるとこまで伸びたいっすよー。まだまだ伸びてるみたいだしー。

 ビッグになりた──あっ。

 

「あっ」

 

 エミリーの手が滑って、お湯の中に逆戻りしていく。

 こうなったらホントは嫌だけど、最終手段として冷水を頭から被り何とかするしかない。そう思った瞬間にシャロの腕を小さな手が掴んだ。

 その小さな手の持ち主は、シャロどころかエミリーよりも圧倒的に身長のない子供のような……ソラ。ソラが、帰ってきていた!

 シャロの体重をあっさりと引き戻したソラは、そのまま引き摺って脱衣場にぽいっと投げてくれる。

 

 どんがらごろごろ。……すんごい雑だね。

 いやシャロが丈夫なのを知ってるからなんだろうし、別に痛くはないし気にしてもないからいいんだけどさ。

 波にもまれたみたいでちょっと楽しい。人に投げられるなんて経験もうあんまりできないし、ちょっとしたアトラクション。

 

「……」

 

 続いて甲斐甲斐しくタオルで体を拭いてくれ、その流れで下着も手渡される。というか装着してくれる。とても馴れた手つきだ。

 最初は自分の着替えもできなかったのに、あーもう成長に涙がでちゃいそう。

 ソラっちって手順があるものは一発で覚えちゃうからこういうの得意なんすねぇ。

 

「あー! ソラさん! ソラさんあー! 困りました! 困りましたソラさんあー!」

 

 エミリーうるさっ。

 何を騒いでるんすか。

 

「のぼせましたわー! ソラさん! ああー出られません!」

「いつも一時間くらい余裕でお湯に浸かってるくせに──」

「あー! ソラさん! あー!」

「……」

 

 大好きなソラっちに介抱して貰いたいからって必死すぎでしょ……。

 ぺいっと残りの私服をシャロに投げ渡したソラは、素直にエミリーを収穫しに行った。

 棒読みなのは明らかだし、うるさいから止めに行ったの方が近いっしょこれ。

 真面目なソラっちの事だからもしかしたらあの演技を信じるかもしれないけど。

 

 藤の椅子に腰を落としてスツールに足を乗せて、扇風機に吹かれながら休んでいると満足げな顔のエミリーがソラの小脇に抱えられながら出てきた。

 そっか。エミリーは身長的にあの運び方できるんだ。

 シャロはどう頑張ってもバランス的てか長さ的に無理っすからね。ソラの背だとどうやっても引きずっちゃう。

 

 にこやかに脱力したままのエミリーはソラによって身体を拭かれ、服を着せられていく。

 とっても満足そう。それでいいのか人として。いや元お嬢様的にやってもらうのは当然なんだろうけどさ。

 

「よっと」

 

 紐を引っ張って手元に手繰り寄せてドライヤーをぶおー。髪を乾かす。

 家のチビ共は最近ひとりでお風呂に入りたがるし髪の毛も自分で乾かすようになったし、なーんか少し寂しいなぁ。

 ちょっと前まではすーぐ走り回って大変だったというのに。

 

「……後でソラっちの髪の毛、乾かしたい……」

「それはわたくしがやりますッ!」

 

 そ、そんな剣幕で言わなくたっていいじゃん……。

 こっちはチビ達が姉離れして寂しいというに……。

 

「シャーロットさんこそ子離れしてくださいまし。あの子達も年頃でしょう? いくら姉と言えど、異性との入浴は目のやり場に困りますわ」

 

 エミリーがなんかそれっぽい事言ってるけど、自分の事を俯瞰してみ。

 ソラっちに全てを託して任せて着替えもさせてもらってるとても情けない姿だから。情けない顔してるから。

 

「でもチビ共はまだまだ子供っすよ」

「あの子たちはもう12歳ですわ。わたくしは12の頃にはお見合いの話をさせられましてよ」

「そりゃそっちはご令嬢なわけっすしー」

 

 でもそうかなぁ。もう子供じゃないのかぁ。

 シャロが12の時ってどうしてたっけ。長女として妹弟の面倒みるの手伝ってたし、なんか今と変わらない気がする。

 これからあれこれ手を焼く必要がなくなれば……。

 

「ああ! そしたらシャロは、シャロはこれからどうすれば!?」

「……」

「ソラっち! シャロはこれから何をして生きていけばいいんすか!?」

「……」

 

 シャロの髪を乾かすのを手伝おうと来ていたソラの肩を揺さぶるけれど、首を傾げられた。

 ソラもこれからどうすればで悩んでいるんだし、似た者同士の状態になってるのかも知れない。

 

「ふふ、仲間外れにしないでくださいまし。わたくしもいますわ」

「エミリ院」

「誰ですのそれ」

 

 最近のソラっち大好きムーブで忘れかけてたけど、令嬢というしがらみから抜け出したエミリーもこれから何をしていこうか悩み中なんでしたっけ。

 ここに揃ったメイド三人衆、それぞれ過去が終わってこれからを歩む同志っすね! 

 ……これで三人衆……? なんか一人忘れてるような……。

 

 ぼぅわ!

 

「……」

「アッツゥい!」

 

 ドライヤーから突然炎が噴き出てシャロの髪の毛を炙った! 

 

「あ、アンの事忘れてたっす!」

「……」

「そういえばいました」

 

 ソラは首を傾げているけど、アンが仲間外れにされたって怒ってる! 

 

「アンも仲間っすよ! 当たり前じゃないっすか!」

「そうですわ! 明日一緒にお絵かきでもして遊びましょ!」

 

 エミリーも必死に呼びかける。炙られたくないから。

 

「……」

 

 ソラっちは炎が出た理由をよく分かってないのか、首を傾げてドライヤーの口を必死に覗き込んだり指を入れたりこめかみへ線を繋いで自分の電気を使ったりしてる。

 というかソラっちで電力供給できるんだ。便利ー。

 でも原因はアンだって事には思い至ってないみたい。

 

「……大丈夫っすかね?」

「そうみたいですわ……」

「……」

 

 というかソラっち、シャロ達は自分で髪乾かせるからドライヤーしなくて平気っすよ。

 お風呂に入りに来たんだからゆっくり休んでくるといいっす。

 何もそんな、裸んぼで色々しなくてもさ。

 

「……」

 

 伝えるとこくりと頷いて、やっと浴室へ向かった。

 ごめんね手のかかる人ばっかりで。

 

「ソラさん、いまいちお洋服の重要性というか羞恥心がないですわよね」

「心は人でも身体は機械っすしねぇ」

「熱が籠るのを嫌っているのも……」

 

 エミリーの首が回って、壁際の籠に向く。

 そこにはソラっちの脱いだものが入れられてるけど、エミリーさん……? 

 

「ソラさんの下着……」

「ストーップ! エミリーステイ! それは駄目っすよ!?」

 

 本人の脱いだもの漁るって犯罪レベル上がってるぅ! 

 

「ち、違いますわ! ソラさんの為ですの!」

「どう見てもエミリーの趣味が暴走しているようにしか見えないっすァ!」

 

 ぎぎぎぎ。

 体格差と子育て経験パワーのフィジカルで引き摺って止める。

 エミリー、面会には行くからおとなしく捕まろう……! 

 

 

「離してくださいまし! ソラさんが暑いのが嫌で下着を身に着けていない予感がして!」

「えっ」

「パジャマの下に付けているのは前に確認した事ありますけれど、最近になってソラさんがいらないという考えに至ってしまっていそうで心配で」

 

 ソラっちは確かに熱いのが苦手……って前にパジャマの中を確認したってどういうことすか。

 でも最近のソラっちなら身体に密着してて、外から見えない位置にある肌着を無意味で不要と判断する可能性は無きにしも……。

 

「エミリー」

「はい」

「シャロはちょっとお風呂上りの牛乳でも取ってくるっす。ちょっと時間かかるかも知れないっすなー」

「はい」

 

 抱えていたのを解放し、一時退散。

 事情があれば黙認するのもシャロの流儀。

 ソラっちが衣類を漁られた事を怒るなんてないだろうけど、でも一応何かあった際に第三者としての立ち場にいて仲裁できるよう取り計らうのだ。

 

 脱衣場を出てゆっくり歩き、本館に入ってすぐの脇に置いてある冷蔵庫から牛乳の瓶を3つ取り出す。

 本当は脱衣場の中にこの冷蔵庫も持っていきたいんだけど、老朽化的に置ける場所が無くて難しいらしい。早く立て直せばいいのになー。

 

 瓶を一つ開けて、中身をごっきゅごっきゅ。ぷはっ。

 こっそりいつも一つ多めに飲んじゃってるけど、バレてないよね。バレた所で何も言われないだろうけど大食いだって思われたら何か乙女的に嫌だ。

 普通の乙女は180も身長ないだろうしもっと上を目指そうとはしないだろうけど、気にするとこは気にするのだよ。お腹周りとか。

 

「そろそろいいかなー」

 

 ケースに空き瓶を戻して脱衣場へ。

 エミリー。戻ったっすよー。

 

 

「すー……はー……くんくん……ああ゛ぁ゛ー……」

 

 ……エミリー……!

 

「はッ! シャーロットさん!」

 

 何を嗅いでるっすか……。

 

「ち、違いましてよ! これは、その、汚れや匂いが付いてないかの確認で……!」

「いやもうそこはいいっすよ……」

 

 話が進まないからさっきの話の続きを聞かせて欲しいっす。

 ちらっと浴室を見れば、身体を洗い終わったソラっちが、自重で破壊しないようゆっくりと専用の水風呂に入るところだった。こっちへ来るまでもうしばらくかかりそうだ。

 で、ソラっち肌着問題は? 

 

「肌着は……ありませんでした……!」

「まじすか……」

 

 トリブレと上手くやれたかを聞く前に、優先度の高いもんがまた……。

 

「普段スカートを身に付けていながらこれは駄目ですわね」

「今日はパンツルックだから良かったっすけど、いつもはメイド服っすからねぇ」

 

 やはり早急にメイド服だけでも改造せねばなるまいっすね。

 

「改造?」

「ソラっちの快適なように隙間を多く作ってあげたりっす」

 

 はい牛乳。ヘイ乾杯。

 で、その改造っすけど……どうせならおしゃれにしたいっすよね? 

 

「可愛さと機能性の両立、確かにそれができればよろしいですけれど」

「ふふん。良い案があるっすよぉ」

 

 そもそも初日というか最初一緒にお風呂入って暑いのが苦手と分かった時点で色々考えてたっす! 

 えーっと、メモメモ……エミリー紙とペン持ってないっすか? 

 

「はいこれ。で、どうしますの?」

「ありがとっす」

 

 まずここに描くのは普通の普段のメイド服ー。

 

「これをベースに、ファスナーをいっぱい付けたいと思います」

「えっと、ファスナー?」

「そそ。チャック」

 

 バックやズボンについてるみたいな大きさじゃないっすよ。もっと大げさに。

 この絵にここからここまで切れ込み入れますよって印をいれて……。

 

「大げさって……」

「全開にしたら下が全部見えちゃうくらいがちょうどいいっすね!」

「おバカ!」

 

 あいた! 

 妙案を叩くことないじゃないっすか! 

 

「いいっすか、全部開けたら下が見えちゃうって事はちゃんと下着を身に着ける口実になるって事っす!」

「そ、それは……」

「それに見たくないっすか、ソラっちがほどいたらバラバラになってしまいそうなメイド服を着ている姿……」

「ああ……」

 

 エミリーが固まる。

 今頃頭の中じゃ隙間から肌の見え隠れするメイド服を身に着けたソラや、ちょっとえっちな着回しになっているソラを思い浮かべている事だろう。

 

 まあ当然そうならないように配慮してファスナーは設置するっすけど。

 全部開けた所でバラバラにはならないし、下着も見えない。上手くやれば肌も見えない。

 

 というかそもそもファスナーを取り付けるって言うのも開けて風通しを良くするとかよりも、金属を置いてそこから放熱できるようにっていう、なんだっけ。ひーとしんく、だっけ? 機械ならそっちの熱の逃がし方も分かってくれるはず。

 んー。でも金属だけだと不安だからそれを冷ますちっちゃい扇風機もくっつけちゃおうかな。

 ソラっちの猫耳の中で回ってるあれみたいなのを、どっかに取り付けて……。

 

「シャーロットさん、やりましょう!」

「んー。ちょっと待ってっす。配線とか給電方法考えてるっすから」

 

 こういう時に家電の手直しや裁縫のスキルはなかなか腐らない。専門家には敵わないだろうけど。

 とりあえずソラっちから給電するとして、そもそも小さいモーターなんてあるのかな。ないから作るなんてできる程の知識も技術も資格もないし。

 ブロンテ先生に頼めば何とかなるとは思うけど、忙しいだろうしそもそも往復で時間かかったりして細かい打ち合わせできないからなぁどうしようかなぁ。

 誰か機械に強くてソラっちの事情を知ってる──

 

「──あ」

 

 いるじゃん、機械に強そうなの。

 でっかい機械持ってる道化師がさ。




シャーロットは家でおねショタしてるってマジ?


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11 おえかき

違うんです、競馬場に行ってるワケじゃないんです。信じてください
ゆるして!


 廊下の清掃中、ふと急に視界が暗くなった。

 最近にしては珍しく今日は晴れたと発電効率を安心していたのに、また急に曇って来たなと窓に目をやるが晴天である。むしろ雲一つすらない。

 とすればオートで調整していたカメラの設定が何らかの原因でおかしくなってしまったのかと考え、マニュアルに切り替えて調整していくけど特に変な所は見当たらない。

 

 ふむ、と物理的な故障を疑って顔を上げる。

 ……私服のシャーロットが目の前にいた。

 目が合った瞬間に、彼女は叫ぶ。

 

 

「お絵かきターーイム!」

 

 

 うわああ。

 マイクがああああ。

 

「……」

「あれ、ソラっち?」

 

 急に叫ぶな、急に大声を出すな、あああ、マイク感度があああ。

 

「……」

 

 テステス。マイクテスト、微調整。あーあー。

 で、どうしたんだいったい。

 

 改めて見上げれば、シャーロットは普段の数倍に体積が膨れ上がる程の重装備……もとい木箱を幾重も重ねて背中に取り付けている。

 ただでさえ高身長にも関わらずそんな装備しているせいで上は天井すれすれ。中身がぎっしり詰まっているであろう木箱はとても重たそう。

 お絵かきタイムというのだからお絵かきの道具を揃えているのだろうが、そんなに必要なものなのか?

 

 というか、私に向かって叫ぶ必要は? あとシャーロットは今日非番では?

 いつもは休みの日に屋敷へ来ることはないのに、もしかしてそのお絵かきタイムの為だけに来たのか?

 なんも分からん。

 

「……」

「お絵かきターイム!」

「……」

「お、お絵かきターイム!」

 

 何回言うんだ。うるさいし。

 マイク感度を手動のままにしておいてよかった。

 

「ソラっち、お絵かきっすよ!」

「……」

 

 そうだね。

 

「おーえーかーきー! っす!」

 

 うわぁ肩を掴むな。揺らすな。

 まさか私を巻き込むつもりか。巻き込むな、仕事の邪魔をするな。

 

「昨日アンとエミリーがお絵かきしてるの見て羨ましくなったんすよ。だから、ソラっちはシャロとお絵かきをする義務があるっす!」

「……」

「ね!」

 

 絶対に義務はないと思う。意味も分からないし。

 というか、それに付き合ったら仕事サボって職務怠慢になると思うぞ私。

 どうしても連れていきたいならジョージを通してくれ。一応私の持ち主だから。

 

「あーもう。機械みたいに融通が利かないっすねー」

「……」

 

 機械みたい、じゃなくて機械そのものなんですけど。

 

「しゃーないっす!」

 

 なんか分かってくれたみたいなので、こくりと頷いて掃除を再開。

 今日はこの後に倉庫の整理もしておきたいんだ。

 小柄なボディとはいえ力仕事が得意な機械なので、私がちゃちゃっとやっておきたい。

 私がいる限り、この屋敷の誰も腰痛にはさせんぞ。

 

「仕方ないからジョージの旦那に直接言って無理くり休み取らせるっす!」

「……」

「ソラっち、そこで待ってるっすよ! 決して動くなぁー!」

 

 がっしゃんがっしゃん。

 フルアーマーシャーロットは廊下をずんずん進んでいった。

 

 

「……」

 

 

 よくもまぁあんな総重量で動けるものだ。見た目だけでとても重いだろう事くらい分かるぞ。

 私があんなに荷物を持ったらバランスを──いや崩さない。シャーロットができてるんだ、機械の私にできない筈がない。

 

 シャーロットは言うて生身の人間だぞ? それ相手に機械の私が負けるなんて事ありえんだろ。

 せいぜい劣るとすればお風呂のような極端な熱に弱いとかそういう機械として仕方ない面だけだし、まさかパワーで劣るなんてあってはならないだろう。

 ……大丈夫だよね? 人間相手にパワーで押し負けるとか、ないよね?

 

 

「あら、ソラさんどうされましたの?」

 

 シャーロットと正面から戦ったら下手すると負けてしまうのではないかと予感が頭をよぎった時、エミリーが現れた。

 どうやら私を手伝いに来てくれたようだ。

 

「……」

 

 エミリーは……ワンパンで倒せるよな。問題ない。

 蜘蛛のように壁と天井の隅に張り付ける身体能力の持ち主だけど。

 それって倒せるか? 倒しきれるのか? 本当に?

 何だか平然とこの屋敷に異物である私が迎えられた理由、元から人外魔境だったって説が出てきたな。

 

「掃除が終わったら、次は倉庫の整理でしたわね。一緒に参りましょう?」

「……」

「ふふ、ソラさんでもうっかり予定を忘れる事がありますのね」

 

 動かない私をエミリーは撫でながら(撫でるな)微笑む。決して予定を忘れて立ち尽くしている訳じゃない。

 私が今ここに留まっているのは、シャーロットが「動くな」と動作コマンドを設定してしまったからだ。動いていいと言われるまで動けない。

 首を床に振っても伝わる訳がなく、勝手に私の手をにぎにぎするエミリー。やめれ。

 

「参りましょう?」

「……」

 

 おっけ。動いて良しの指示が出たので歩こう。

 片手をにぎにぎされながら階段を下り、一階の廊下を奥へ進み、私の棺が納められた小部屋を通り過ぎ、資材倉庫へ。

 倉庫に収められる前にとりあえずで仮置きされた物々が、扉の前にいくつも並んでいる。

 

 こんな山盛りの物品をこの屋敷内でどう消化していっているのかは不明に思ったが、横で解説してくれているエミリー情報によると、送られてくる物資の半分くらいはやはり消化しきれずこの倉庫に送られ眠っているらしい。

 町の中で作られた陶芸品工芸品のサンプルだったり、ブロンテが勝手に送ってくる試供品だったり。

 特産品は贈呈とか手土産で使えるらしく緩やかに消費はされるけど、試供品は使いどころに悩むしブロンテの送るペースもペースなので溜まっていく一方なのだとか。

 

 試供品といえば、私が先日装着した半透明の雨具とかもそうか。

 ブロンテの性格もあるし、これからは私に関連するアイテムも送られてくるのかな。

 発掘した腕だとか、脚だとか。単純にスペアは欲しいし、パーツ取りして自作とかやってみたい。

 無骨なパイプや配線剥き出しのロマンなスクラップアーム……じゅるり。

 

 がっしゃんがっしゃん。

 それはともかくこれらを早く運ぼう。シャーロットが帰ってくる前に。

 そしてシャーロットよりも積載量が多い事を証明するために。

 

 

「ソーラっちぃーーーーーっ!」

 

 

 5分程度の時間しか経っていないのに、シャーロットの声が!

 くそ、思ったより早い! どこだ、どこからくる!

 

「! ソラさん上から!」

「……」

 

 ずどん!

 二階から飛び出したのであろうシャーロット強襲型が窓越しの向こうに一瞬見えて、着地の勢いで足裏の土を爆発させ巻き上げながら大地に立った!

 

 がらっと窓が開き、煙と共にシャーロットが上半身を乗り入れてくる。

 

 

「もう、シャーロットさん危ないですわ!」

「わはは、ついショートカットしちゃったっす!」

「……」

 

 つい、の勢いで出来んだろうそれは。

 私がやったら膝か腰かどこかサスペンション的な何かが痛んでしまう。

 

「で、ソラっち。半休取らせ……取れたから一緒にお絵かきしにいくっすよ!」

「シャーロットさんずるいですわ!」

「こういうのは行動した者勝ちっす! 許せエミリー……」

「……」

 

 ぐい、とシャーロットに手を引かれる。

 おい私を窓から外へ引っ張り出そうとするな。

 腕が取れるとかの前に私の重量を無理に持ち上げようと……できてるな。

 

 シャーロット力持ちすぎないか?

 私の重さ分かってるか? 鉄の塊なんだぞ?

 

 ちょっと待て、私の胴体が伸びる、ぎちぎち言ってる。

 待てやてめぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー。誰も使ってない山道だからすーぐ自然に還っちゃうっす」

「……」

「道は分かるから遭難の心配はないっすよー」

 

 自然に還りつつある裏庭から伸びる、自然に還りつつある小道(?)をシャーロット先導で歩く。

 私の目には獣道的なものすら分からないが、前を行く重装備の人間には分かるらしい。

 

「アンの為にもちゃんと手入れしないと駄目っすねー」

 

 なぜそこでアンが?

 未だに顔も見ていないアンは、もしかしてこの道の先でいつも仕事をしているとか?

 そういう裏方仕事というか離れた場所で仕事をしているというのなら、いつも姿が見えないのにも納得するけど。

 

 いやでも屋敷内で仕事をしている風に皆言っているし?

 うーん分からない。聞いてみたい。

 ほんっとに何でコミュニケーション機能を無くしちゃうかなぁ。

 

「……」

「ソラっちは足元大丈夫っすかー? 滑りそうだったりしないっすー?」

「……」

 

 首を横へ振る。

 湿った土へいい具合に足がめり込んでいるので滑る心配はない。

 私の意思表示を受け取ったシャーロットはうんと頷くと、じゃあペース上げて行くっすよーとずんずん進みだした。

 

「……」

 

 遅れないようについていこうとこちらもペースを上げようとして、何かつまずき転びかける。

 幸いにもオートの姿勢制御だけで何とかなったが、一体何につまずいて……。

 

「……」

 

 足跡だ。

 重い荷物を背負ったシャーロットの足跡が、私の足首くらいの深さまで陥没してる。

 全身が鉄の塊である私ですら地面を意識せずに歩いてもそこまで沈まないぞ?

 踏み込んで多少は沈むとはいえ、ここまで沈まないぞ?

 

 靴のサイズは私よりも大きいのに、私より沈んでるってどういう事だシャーロット。

 ということはあれか? 今そっちの重量って私以上なのか?

 

 シャーロットの身長が目測180センチちょっと。お風呂で見た素の体形からおよその体重を割り出す。

 続いて足跡のサイズから靴の大きさ、足裏の面積を出して、背負ってる物がどれくらいの重量であり総重量いくらで踏み込めばこの深さまで……。

 

「……」

「どーしたっすかソラっちー?」

 

 ……やめよう。計算したって無駄だ。およその数値なんだし。だいたい、こんなの合ってるわけないし。

 だって特殊な訓練を受けてる軍人でもない町のメイドがさぁ、そんな重量の荷物を持てるワケがさぁ。

 ねぇ?

 ずんずん進んで踏みつけてめり込んでるだけに決まってんでしょ。

 

「……」

 

 シャーロットが本当に人間なのか怪しくなってきたけれど強制的に思考をリセットして、無言で付いていく。

 無言でしか付いていけないから。理由のある無口で助かった。

 話題の無い気まずさを言い訳できる。

 コミュニケーション機能なくて助かったー。

 

 

 

 この植物はこういうの。あるいは、この辺ぬかるんでるから気を付けて。等々。

 喋れない私を気遣ってか途絶える事なく喋り続けるシャーロットの案内がしばらく続き、一時間くらい歩いた末に広場のような所に辿り着いた。

 山頂の広場、展望台。草原。どれが適任かは分からないけれどとにかく見渡しのいい所だ。

 疲れを見せずだかだかと走ってシャーロットが走っていく。

 

「ソラっちこっちっす! 町が見下ろせるっすよー」

「……」

 

 呼ばれたので柵の付近まで行けば、確かに私達の町が俯瞰して見れた。

 町の中で一番高い所にあるジョージの屋敷も見下ろせる。

 いい景色だ。ここでお絵かきをするのか。

 

「荷物開けるからちょっと待つっす。ソラっちはどれで絵を描くっすかねぇー」

 

 どすんとシャーロットの背中から山済みの木箱が降ろされ、中に収められていた画材の数々が展開していく。

 言われなければ到底ひとりでここまで運んだと思えない量。説明しても誰も信じない量。

 まるで露店だ。彼女は帰りの事を考えているのだろうか。

 

「……」

「クレヨンにー、色鉛筆にー、こっちは水バケツ! 絵の具も種類たくさん筆たくさん。ブラシ用の網とかもあるっす! ソラっちがどんな絵を描くか楽しみっすー」

 

 使うかも分からないのに持ってきたの?

 

「あ、もしかしてソラっちってお絵かきした事ないっすか? そしたら最初は簡単に色鉛筆で好きやってみるっす!」

「……」

 

 そういって私に紙の挟まったボードと色鉛筆を渡すと組み立てた椅子に座らせて、机も置いてシャーロットはしゃがみ込み目の前からじーっと眺めてくる。

 早く描けって事か。

 仕方ない、やってやるにはやってやるけど……。

 

 でも絵って何かを描く訳だから、何を描けば?

 写真とはジャンルが違う訳だし。いやでも写実画とかそういうのもあったような?

 

「心の向くまま、心に映った風景を描くっす!」

「……」

 

 うーん、心か。私は機械だから本当にあるのかは分からないけど、でも心を持ってしまった云々って前に見た映像で言われてたし。

 意味もどれがそれに該当するものか分からんけど。

 やってみるか。心にある風景を……。

 ……風景……? 風景ってどのジャンルだ? わがんね。

 

 

「お、動いたっす。芸術ってこうやって生まれていくんすねぇ」

 

 

 まぁいいや。とりあえず適当になんか色を置いとけばそれっぽくなるだろう。

 赤を塗って、次は青。

 濃淡を変えて横線を何度も引く。

 色と力を変え、上から順に、順に。

 

 知識とかそういうの関係なく、性格上人間的な絵の描き方はできないと切り捨てているのでプリンター方式。

 順番に色を重ねていって、最後は参考画像を出力した綺麗な一枚絵が完成するはず……なんだけど。

 なんか上手く色が混じってない気がする。

 もしかして色鉛筆ってそういうの無理?

 

「……」

 

 いったん筆を置いて、ぐいっと腕を伸ばしてちょっと離れて見てみる。

 カラフルな横棒が沢山あるだけで、なんかノイズ混じりの画面みたい。

 ハッキリとこんな風景を出力しようって訳でもなかったからかなぁ。

 何も考えずに画像を出そうとすれば、ある意味こうなるのは正しいのかな。

 これを絵としてしまうのは芸術家達に失礼だけど。

 

「ジャンル的にはなんすかね、印象派?」

「……」

 

 私に聞かれても。

 

「ソラの心の中はこうなってるんすねー」

 

 やめろ、何かそういう目で鑑賞するとなんか私がヤバい人みたいじゃないか。

 いや人ではないんだけど。心もあるかどうか分からないし。

 んん? どうなってるんだ私の機構。

 

「……」

 

 なんでもいいから次だ次。

 今描いたそれは練習だ。出力テストだ。

 

「お、さっそく二枚目っすね!」

 

 そうだとも。

 色鉛筆は上手く色が乗らなかったので、次はクレヨンを使わせてもらう。

 こっちはぺたぺたしてるし色が混じりそうだし今度はイケる。

 そして、さっきの反省からハッキリと描くものを決めておこう。

 

「……」

 

 風景風景……画像設定よし。

 

「いい調子っすよー! ごーごー!」

 

 見た事のある風景をそのままは流石にバレてしまうというかアレなので、今まで蓄積した様々な風景の合成。コラージュを作成してから出力する。

 私の目覚めた棺を中心に、屋敷の廊下や印象深かったトリブレのいる暗い路地、関わった事のある面々の顔を並べて描いていく。

 小説の挿絵か表紙の絵のような構図の、いい感じになるはずだ。

 これが上手く描ければ心のヤバい人的な評価はされない!

 

「……ソラっち?」

「……」

「あの? ソラっち?」

「……」

 

 次の色、次の色、ぬりくりぬりくり。

 ……ん?

 

「ソラっち、ヤバいっすね!」

「……」

 

 なんで真っ黒の絵が生まれてるの?

 

「あの、ソラっち。なんか、その、ツラい事が……」

 

 違うぞ!?

 これは、その、黒をベースにしたら色が、黒色の混ざり具合が強すぎて、その、だな!

 待て、違うんだ!

 

「ソラっち、シャロはいつでもソラっちの味方っすからね! なんなら家のチビ共に加えてもいいくらい!」

 

 ええーい!

 なんかもうややこしい!

 次だ、次の絵を描く!

 

「うう、シャロもお絵描きするっす……!」

 

 と、次を描こうとしたらシャーロットがクレヨン一式を持っていってしまった。

 色鉛筆、は使えないのが分かってるし。じゃあ消去法で絵の具にしよう。

 

「絵の具の使い方分かるっすかぁ……? バケツとキャンバスはこっちっすよぉ……」

 

 うわ、なんで泣いてるのシャーロット。

 でも丁寧に手本を描きつつ教えてくれた。

 

「……」

「水で溶かしてー、わしゃわしゃってやってー」

 

 よし今度こそいいのを描こう。

 無理に変な事を考えず、のんびりのんびり。

 平和な風景をいい感じに描いて、そしたらおっけーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬーりぬーり。

 何枚は無駄にしちゃったけど、だいぶノウハウは溜まったし次こそ本気で描く。

 これぞ機械学習だ。ロジカルを極めし機械の力を……。

 

「……」

「ソラっちぃー」

 

 どうしたシャーロット。

 

「もう真っ暗っすよぉー」

「……」

 

 そうだね。

 あ、明かり欲しい?

 

「みんな心配するし、もう帰るって話っすよ!」

「……」

「首を傾げない! 暗くなったらおうちに帰るのが鉄則!」

「……」

 

 なるほど、それは仕方ない。

 荷物を纏めて屋敷に戻ろうか。

 

「アンがもう準備してくれてるっすよー」

「……」

 

 え、アンが?

 振り向くと、私の使っている一式以外が全てもう木箱に収められていた。

 

「暗くなったら早く帰れって言ってるっす!」

 

 夜道は危ないって話は分かるけど。

 でも、アンはいつからいた?

 というかどこにいる? いないけど。

 

 首を傾げると、シャーロットは少し首を傾げた後に「ああ!」と何か思い至った様子。

 珍しくスムーズに意志が伝わって嬉しい。

 

「今日はもう遅いから、今度また案内するっすよ」

「……」

「じゃ、帰りましょっかー」

 

 案内……?

 なんだろう、意志がちゃんと伝わってない気がする。てか伝わってないわこの感じ。

 疑問があれど聞けず、着々と荷物を背負い始めたシャーロットに乗り遅れないよう木箱を数個抱えて私も持つとアピール。

 

「ありがとっすー」

 

 アピール……のはずだったんだけど、搭載する手伝いのように思われたようで抱えた物を持っていかれた。

 あーあ。またA級ヘビーメタルシャーロットMk.2の出来上がりだ。

 

「ソラっち、道は分かるっすか? 流石に暗いから足元照らしながら先導頼むっす」

「……」

 

 それは任せろ。今日は午後からずっと野外にいたので充電はばっちり。

 文字通り目を光らせて、オートマッピングを頼りに歩く。

 何だろうな。夜道を走る車のヘッドライトになった気分。

 言っても伝わらないんだろうけど。

 

「……」

 

 ……なんで、こういうどうでもいい記憶的なのだけ残ってるんだろうな?

 中途半端なデータ処理しやがって。このー。

 

「いやー、下りは滑っていけるからスムーズっすねぇ」

「……」

 

 ずがががが、と謎の音を鳴らしながら気軽な声が飛んでくる。振り向いたら常識が壊れそうなので振り向かないが、音的にホバー走行みたく滑ってるんだろう。見たいけど見たくない。

 シャーロットはこのまま屋敷に寄って荷物を置くんだろうし、床が汚れないか心配だ。

 一式をそのまま持ち帰るってのはないだろう。実家が有名な画家だったりとかなさそうだし。

 

 だって、シャーロットの絵ってあんまり上手くなかったんだもん。

 

 私の似顔絵として完成品(?)を渡され、喋れなくて良かったと少し思ってしまうくらいにはアレだったぞ。

 なんていうか、例えるなら、紺色のハリネズミを頭に乗せた人みたいというか……。

 私とは別方向に色々振り切った絵だったな。うん。

 

「ソラっちはお絵かき楽しかったっすか?」

「……」

 

 楽しい、というのは分からないけどまたやってみてもいいかなとは思う。

 これが楽しいという感情なら、頷いていいだろう。

 今度はもっとうまく描いて見せる。

 

「うん、うん。なら良かったっす!」

「……」

「今日は思い付きっすけど、今度は時間を合わせてアンもエミリーも誘ってやりたいっすね!」

「……」

 

 そうだな。仲間外れは良くない。

 そしてその状況なら、ついにアンの姿を見られそうだし。

 

 結局、今日もアンも見なかった。

 荷物を纏めるためだけにやってきたのか、あるいは働いてるスペースが近くにあるのか、だから案内するって言ってたのか、色々良く分かんないし。

 やっぱり喋る事ができたらなぁ。あるいは、筆談程度でも出来たらいいのに。

 なんか今日は喋る事ができて良かった喋れなくて良かったって都合のいい事ばっかり考えてる気がする。

 

「しっかし、ふっふー」

 

 ん? どうしたシャーロット。

 

「ソラっちって喋れないし文字も書けないし、シャロ達にモノを伝える手段がないじゃないっすか」

「……」

「でも、今日は違ったっすね」

「……」

 

 どういう事だ?

 

「ソラっちが考えてる、思ってる、見てるモノ。それらがシャロには分かったっす」

「……」

「初めてちゃんと、ソラっちの内面が少し知れて嬉しいって事っす!」

 

 うわぁ抱き着くな!

 こんな斜面で、後ろから!

 

 てか、重ッ!? 荷物云々じゃなくて、シャーロット自体もそこそこ重いぞ!?

 まさか私と同じ機械……ではないな、結構筋肉が引き締まってる!

 クマかおまえは! 

 

「おっとっと」

 

 あれか、子育てしてたとか言ってたしそれで鍛えられてるのか、おのれ!

 

「とーうちゃっくーっすー」

「……」

 

 あ、いつの間にか屋敷の裏庭まで着いてた。

 もうこれ、どこから山なのかどこまで庭なのか一切分からない。

 まぁ野生動物に襲われる事なく無事に帰ってこれたしいっか。雨の影響で道が崩れたりとかもなかったし。

 野生動物みたいな生物(シャーロット)には抱き着かれたけど。

 

「じゃあ、ソラっちが描いた奴は渡しておくっすね。はい」

「……」

「シャロはこれ仕舞ってくるっすー!」

 

 言うが早いか、シャーロット陸戦重装型は地面を転がっていた小石を踏み砕き散らしながら小走りで一足早く館内へ消えていった。

 ため息代わりにファンをぶぉーっと回して、渡された絵を見る。これは今日私が最後に描きあげたものだ。

 色々試して、考えて、ようやくできた一枚の絵。

 

「……」

 

 何となく思いついて描いた、日向で寝転んで伸びてあくびをしている猫の絵。

 これを指して私の内面表現とするのは少し気恥ずかしいけど、悪い気はしない。

 言葉や音にして伝えるよりも深い意味を汲めそうな、喋るより難しい一つの絵。

 

 これが楽しみか、あるいは趣味とするならば。

 これからも少しずつ描いてみよう──

 

 

 

 

 

 ──数日後。

 

 

 

 

 

 絵が、描けないっ!?

 

「どうしたんすかソラ先生! スランプっすか!?」

 

 す、スランプ……?

 

「負けるなソラ先生! 新作期待してるっす! 進捗! 先生!」

 

 うぉーっ!

 焦らせるなシャーロットーっ!



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12 私の意志?

ソラ(はがね かくとう)


「──スランプ?」

「そうなんすよ! 調子よくお絵かきできてたのに、急に!」

「ふぅむ。シャロくんでもそう言う事があるのだね」

「シャロじゃないっす! ソラっちっすよ!」

「……ソラくん?」

 

 

 ちりんちりーんと私を呼ぶベルが鳴ったので、ティーセットを台車に乗せて執務室を訪れる。一番奥でジョージが仕事をするその室内では、ブロンテとシャーロットがソファに座りテーブルを挟んで何かを騒いでいた。

 シャーロットはブロンテを以前から先生と呼び親しんでいるし、こうしたやり取りは仲が良い証拠なんだろう。

 今日ブロンテが来ているのは知っていたし一応多めにカップを持ってきておいて良かった。無口の私が雰囲気を邪魔しては悪いので人数分を置いたらすぐ退室しておこう。

 

 ことんことんと手前から置いていって、最後は一番遠くにいたジョージ。

 なんかどっかいい感じの所から送られてきたいい感じの茶葉を指定された熱と時間でいい感じになんかアレした、たぶんいい感じの味わいになってるお茶だぞ。味見はできないし説明もできないので無言で失礼。

 

 ……ん? どうしたジョージ。

 なぜ私の右腕を掴む? 腕が欲しいのか?

 はいパージ。

 

「ウデガ!」

 

 どこから欲しいのか分からないので、少し多めに肩から先を外して渡しておく。

 すまないが、まだ仕事が残っているので両腕は渡せない。

 

「助けてくれって事だよソラ! あのうるさい二人を何とかしてくれって!」

「……」

「首傾げる事!?」

 

 一番うるさいのはジョージだと思うけど?

 

「……」

「ソラくん。最近お絵かきが上手くいかないというのは本当かね?」

「……」

 

 後ろのソファで寛いで談笑していたブロンテが、私の入れたお茶を飲みながら問い掛ける。

 お絵かきというのはやはり、ここしばらく「すらんぷ」になっているアレの事を指しているんだろう。

 飽きた訳ではないが、処理表面上エラーはない筈なのに出力が上手くいかず、あんまり気分が乗らないのでちょっと今は遠ざけている。

 

「ある日を境に急に、訳わかんないぐちゃぐちゃのしか描けなくなったんす!」

「画風の変化ではなく?」

「ではなく!」

 

 シャーロットの言う通りの事だ。

 だが今までも今も喋れない上に文字も書けないんだし、今更絵を描けなくなったって別にいいだろう。

 ただこれを故障と捉えられ、余計な心配されるのは……なんか嫌だな。

 心配はさせたくないっていう感じ。

 

「ふぅむ」

 

 どうやって真実を伝えたモノかと二人に歩み寄ると、私に合わせて立ち上がったブロンテと目が合う。

 というか。

 ぐっと私の両目部分を注目している。どうした?

 

「シャロくんも見てみたまえ。このソラくんの精巧な瞳を」

「ん? んんん?」

 

 一度立ってから、背が高すぎたのか腰から結構屈んで私の目を覗き見るシャーロット。

 

「なんかカメラのレンズみたいっすね……。ヒトじゃないみたい」

「……」

 

 シャーロットは私が機械だって事をたまには思い出せ?

 

「細かい突っ込みは放棄するよシャロくん。で、ソラくんの目に問題があるように見えるかい?」

「いやー、いつものソラっちの曇りなき眼っすね。いつも通りのちょーツリ目でぷりちーっす」

「だろう? という訳で故障の線は消えた」

「なるほど!」

 

 根拠が何もないんですけど。

 ジョージ、この二人はどの理論の話をしているんだ?

 首を逸らして目で訴えるとジョージは頭を抱えていた。

 

「俺を見るなソラ。俺はもう、諦める事にする……」

 

 何の話?

 あと私の腕を文鎮代わり如きに使うなら返してくれないか?

 ぐいっと奪ってがっちゃんこ。にぎにぎ。よし。

 特に文句も言われないしもう良かったのかな。

 

「で、急にお絵かきができなくなったという話なんだがね」

 

 ブロンテの冷静な声が聞こえた。

 そっと、頭を撫でられる。撫でるな。

 

「君。“深層心理”まで搭載されているとは驚いたよ」

「……」

「ああ、まさしく驚きだ。兵器だからと言って君を破壊するような事にならなくて良かった、本当に」

「……」

 

 どういう話だ? 首を傾げ伝える。

 

「はは! こういうのは口に出して説明してしまうのは勿体ないが、それだとソラくんは納得しないだろう?」

「はいはーい! シャロと天井裏に潜んでるエミリーも納得してないっす!」

「そうだろうそうだろ──待って、天井裏? エミリーくんが?」

「ソラっち、はかいこうせん」

 

 うす。

 

「あ、バカよせ! そんな事言うと本当に出すぞソラくんは!」

 

 シャーロットが指差した天井の隅。命令されたのでそこへ仕方なく破壊光線を出す。

 まぁ破壊光線と言っても流石にそんなもん出す機能はないし、サーチライトの光力をMAXにして照らすだけなんだけど。

 

 あ、なんか小さく悲鳴が聞こえた。

 続いて、がたごとと何かが動く音。何というか、ちょうどエミリーくらいの大きさの動物が動いたような感じの……。

 って事は本当にいたんだ……。

 

「まーったく。ソラっちの事となると見境ないんだからー」

「よかったぁ……この前のパンチみたいなのが出なくて……」

 

 扉を壊せと言ったのはお前だろうブロンテ。それで、さっきの続きは?

 向き直ってジっと見つめる。

 

「そんなに睨まないでくれたまえ。深層心理が何かというのは、言葉の意味くらいは分かるだろう?」

「……」

「シャロはなんとなく分かるっすー」

 

 人間含む生物の持つ心の内、深いところの無意識な部分。

 思い込みとかみたいなのもそうだったかな。それがどうした?

 言っておくが私は機械。意志はあるらしいが心も感情もないに決まってるぞ。AIとしてどう設計するんだって話だ。深層心理もそうだろう。

 

 ん?

 でもこれらって何がどう違うんだ?

 細かい違いがよく分からん。 

 

「では次に、発声と筆談を含む様々な不可能になっているソラくんの意志疎通方法。それに共通する事は?」

「……」

「うーん……?」

 

 タイピング、モールス、手話、ジェスチャー、旗、拳。

 どれにも共通する事とはなんだろう。

 思い付かない。

 

「質問が分かりにくかったね。答えは、“明確な形で意志を伝えようとしていた”だ」

「……」「……ああ!」

 

 シャーロットは何か思い至ったようだが……うわこら抱きつくな、撫でるな。

 

「ソラくん。今お絵かきをする時、何を考えながら描いているのかね?」

「……」

 

 何を、と言われましても。

 

「答えは簡単だ。絵に心を籠めるあまり、絵を意思疎通の方法と捉えてしまった」

「……」

「その結果、言葉や文字と同じように出力が上手くいかなくなってしまった。……と、私は考える」

「納得っす! じゃあソラっちは!」

「そう!」

 

 ばんばんとブロンテに肩をぶっ叩かれた。なんで叩くし。

 

 

 

『かわいい!』

 

 

 

 ブロンテ、シャーロット、天井裏のエミリーの大合唱がマイクを破壊せんとする勢いで執務室に轟いた。

 一体何だっていうんだ、いったい。またマイク感度は振り切って滅茶苦茶だぞ。

 助けてくれジョージ。耳栓を外せジョージ。関係ないフリをするなジョージ。

 

「でもそれなら、もうソラっちはお絵かきできないっすか……? もうぐちゃぐちゃの絵しか描けないんすかぁ……?」

「泣くなシャロくん。何、私も対策を考える。ようは伝えようとする意志が無ければ書けるはずだ」

 

 意思なくって。

 データフォルダ内の画像出力すらシンプルに行かなかったんだぞ。

 

「ロジカルなソラくんには難しいかも知れないが、それまで他の遊びでもしていればいい」

「遊びっすかー」

「そう、例えば──」

 

 ずいっとブロンテの顔が近づく。今度はどうした。

 

「口を開けて中を見せたまえ」

 

 今度は口? 別にいいけどさ。

 普段ネコミミと呼ばれて撫でくり回されてる頭部の通気口のシャッターを全開にして、内部を見やすくする。

 たまに手入れして汚れてはないと思うけど、注目されるとなんか恥ずかしいな。

 

「そうじゃなくて」

 

 どういう事?

 

「口だよ口。マウス」

 

 ネズミ?

 

「ソラっち、あーんってするっす。あーん」

 

 ああー、口ってそっちの口ね。

 喋る事が出来れば偽装として同期させて口パクするんだけど、使わないから忘れてた。

 ほら、私って今は喋らんし食事いらないし。

 

「口腔内の作りは人と同じか。つくづく精巧だな。……ちょっとホコリが溜まってるけど」

「ソラっちが口を開けてるの初めてみたっすー」

「……」

 

 天井裏から「ソラさんのお口!?」って騒がしくしてるのが聞こえた。

 てかホコリ溜まってるの? まじでか。あとで掃除しよう。ダストブロワーみたいなのあったっけ。

 

「呼吸はどうだろう? 人間のように、喉から息をふーってしたり」

 

 それは無理だ。私の口って見てくれ程度の意味しかないし。人間で言う喉奥にスピーカーが仕込まれてるって程度だし。

 ファンは頭部のみ、非常冷却用に関節部のカバーを解放とかできるけど意図的に空気は出せない。

 首を横に振る。

 

「よし分かった。もういいぞ」

「……」

 

 さて、ブロンテはこれで何を提案してくれるんだ?

 

「ま、わたしの趣味で見ただけなんだがね!」

「……」

「いて、痛い、どつかないでくれソラく、ちょっ」

「……」

 

 期待しちゃったじゃないかブロンテ。

 私に感情が無くて良かったな。感情があったら怒ってたぞ。

 それはもうかんかんに。危なかったな。ぶちぎれてたぞ。オラッ。

 

「お絵かきの次に趣味って言ったら、楽器っすかねぇ? ソラっちは何からやってきたいっす?」

「焦る必要はないだろう? のんびりでいいさ」

「ブロンテ先生が音痴だって事は隠さないでいいっすよ」

「音痴じゃないが!?」

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

「……」

 

 シャーロットとブロンテが二人で盛り上がってきたので退散した。

 いつかあの二人の関係性を聞いてみたいけど、聞けないんだよな。どうあっても受動的だ。

 こちらからアクションを起こしても上手く伝わらない事の方が多いし、伝わっても細かい事までは中々伝わらない。

 

 喋れない書けない伝えられないというのはもう慣れた。そう思っていても、ふと気軽に聞けない事がもどかしくなる時がある。

 

 ……本来の機械ならこんな悩みもないんだろうなぁ。

 悩み、そう悩みだ。感情、心、深層心理……全く分からん。何にも分からん。

 そもそも生物に必要なのは脳みそだろう? それがどうして、私のような鉄が電気で動いてる人工物にも備わる?

 

 神学的な回答は分からない。

 私の本体であろうAIは生物学的な学習というより、最適解を覚える学習ってものだろうし、むぅ……。

 

 あーもう、分からん!

 というかそもそもこうやって思考してる事自体がなんかこう、人間的な思考なのか?

 ほんと人間分からん。

 面倒だし滅ぼそうかな。悩みの種は消すに限る。やらんけど。

 

「……」

 

 歩きながら何となく廊下の窓へ目を向けると、私の後ろをふわふわと浮きながら付いてくる怪奇現象少女メイドの姿が――ふわふわ!?

 浮いてんの!? いやそもそも現実性が怪しいしそういうものなのか……?

 あっ、消えた。

 

「……」

 

 何だったんだ一体。私を驚かせてイタズラ成功って感じに笑ってたけど。

 機械らしく表情が一切変わらないのは他の面々の証言する通りなのに、どうやって私が驚いたと判断した?

 もしかして私の内部というか、そう、心を読めてるのかあの怪奇現象は。

 

 心を、読む?

 私の演算内容を、思考出力を、フリースペースを、読み取る事をしている?

 まずい、それならこの空間も使えなくなってしま

 

 ブロンテが言っ

 意志の疎通、明確な形での送信、は、

 

 

「……」

 

 

 窓に反射した私の後ろ、背後、あの姿。

 手を伸ばす、伸ばすな、撫るな、かいきげんしょう

 

 なにをする気だ。

 

 

 

「――ちょっとだけ借りてもいい?」

 

 

 

 なにを?



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13 ゆうれい

最近ソラちゃんがポンコツ化してきてる気がするけど、気のせいかな……


11100011 10000000 10000000 01001110 01100101 01110100 01110111 01101111 01110010 01101011 00111010 00100000 01000101 01110010 01110010 01101111 01110010 00101110 00001010 11100011 10000000 10000000 01000010 01100001 01110100 01110100 01100101 01110010 01111001 00111010 00100000 00110110 00110110 00100101 00001010 11100011 10000000 10000000 01000001 01110101 01110100 01101111 00100000 01110010 01100101 01100010 01101111 01101111 01110100 00111010 01001110 01000111 00101110 00001010 11100011 10000000 10000000 01010011 01111001 01110011 01110100 01100101 01101101 00111010 00100000 11100010 10000000 10011100 01000001 01001110 11100010 10000000 10011101 01101011 01101110 01101111 01110111 01101110 00100000 01101101 01101111 01100100 01100101 00101110

 

 

 

 

 

「……ん? あれ、もしかしてこの体って喋れるの?」

 

 しゃべっている。わたしのすがたが。

 だれかがわたしのからだをつかっている。

 だれだ? こいつは。

 

「ごめんねー、ちょっと借りるだけだよ♪」

 

 かりるな。

 かえせ、わたしのからだを。

 

「こんなにしてもやっぱり何も言わないし、どんな反応してるか分かんないや」

 

 なに?

 

「あーあ。私だけでも喋ってくれると思ったんだけどなー。ソラちゃんはー」

 

 ──いや通じてないんかい!

 あ。私の心は読まれてないとの認識で思考言語が復活した。何だその判定。てか認識頼りなのかこの言語障害。

 もしかしてこれって、未来の世界に戦争技術を伝えないための意図的な処置なのか……?

 

 まぁとりあえず直ってよかった。

 やっぱり思考時の言語くらいは周囲と合わせたいから助かる。

 助かるし良いんだけど、いややっぱりこの状況全然良くないわ。

 

「一方的な断りだけど、ちょっとくらい良いよね……?」

 

 まったく良くないが?

 私の視界はいつもの通りメインカメラのままだが、しかし今現在体を動かしているのは私の意志ではない誰か。

 さっきから、私の身体が乗っ取られているのだ。

 

 屋敷内で鏡越しだったり窓の反射だったり、時折見かける実体のないメイド服の少女。

 名を知らないので怪奇現象と呼称しているそいつがついに接触してきたのだとは思うが、こんなこともできるのかこいつは。

 あとこいつが主導でボディを操作してる時は普通に喋れるの、すごい納得いかない。スピーカーのシステムだけ今からオフラインに変更出来ないかな。

 

「ふっふっふー♪」

 

 窓に映る私の顔が、無表情で口を動かさないまま歌うような笑い声を漏らす。

 何というか、不気味だ。

 てか私って喋るとしたらこんな可愛らしい声なの? 思考時のと声質が全く違うんだけど。

 あれかな。人間の喉と違って変幻自在なスピーカーだからそこは怪奇現象の地声を参照してんのかな。知らんけど。

 

 何にせよ今の私は意識があれど抵抗のできない状態……。

 

 この怪奇現象が何を目的としているのか分からないし、乗っ取りは機密的にもよろしくない。

 何とか出来ないかな。セキリュリティスキャンとか。

 ウイルス扱いしてファイアウォールでこんがり除霊とかできるかも知れない。

 非科学的な存在の怪奇現象相手に通じるかわかんないけど。

 

 

システム保護の有効期限が過ぎています!詳細

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 ええぇぇえええええぇ!?

 定期購入必要なの!? 嘘でしょ!?

 どうなってんのさ開発状況!

 

 

「じゃ、さっそ──」

 

 ──どごっ!

 

「あ、あれ?」

 

 ……おいコラ、勝手に動かして勝手に転ぶな怪奇現象……!

 1000年越しにもメンテなく稼働できる超頑丈な私のボディがそう簡単に壊れるとは思えないけど、私が壊れなくとも床が壊れてしまう可能性があるんだぞ……!

 

 いいか怪奇現象。教えてやる。

 人間と同じ見た目で騙されてはいけないが、私は頑丈さと超重量の暴力を周囲へ与えない為に日々努力しているのだ。

 例えば全力で廊下を走って誰かにぶつかってもみろ。完全に交通事故となるんだぞ。

 シャーロット以外の人間は轢かれた瞬間即死すると思う。彼女はたぶん耐える。

 

「おも、いぃ……」

 

 怪奇現象が動かす私のボディは、ぎぎぎと油が切れたように何とか立とうとしているが中々上手くいかない。

 人間生物と同じ感覚でこの体を動かせると思ったかへたくそ。

 子供の平均体重の何倍もあるこの重量ボディを扱いきれるか? でなければ出ていけぽんこつ。

 

「だけど! 諦めぇ……ないぃ……!」

 

 諦めてくれー。

 

「──ソラさん?」

 

 ッ! エミリー!

 普段から物陰で私を監視しているエミリーなら、私が乗っ取られている事に気が付くはずだ。

 この怪奇現象を何とかしてくれ!

 

「何か大きな音がしましたが、どうかされましたの?」

「……」

 

 怪奇現象操作の我がボディは床から小さなゴミをひとつ摘まんで拾うと立ち上がり、エミリーへ見せて、首を横に振った。

 無言で一連の動作を終える辺り、私のフリをして誤魔化そうという魂胆らしい。

 あ、こら、エプロンのポケットにゴミを入れるんじゃない。洗濯が面倒だから。

 

「ゴミ拾い、ありがとうございますわ。ソラさん」

 

 エミリーが頭を撫でる。やめろ撫でさせるな。

 首を振って抵抗しろ怪奇現象。

 うう、ちくしょう……撫でられ放題だ……。

 

「ソラさん」

「……」

「そういえば先ほど、何か子供の声が聞こえたのですが」

「……」

 

 いいぞエミリー、そのまま攻めたてろ!

 この必死な首振りに惑わされるな!

 

「……分かりました。ソラさんはお仕事中でしたもの……。邪魔をして申し訳ありませんわ」

 

 なんかエミリー、口調がちょっと怖いんだけど。

 もしかして気が付いてくれた? それとも私の頭を撫でられたから興奮してるだけ?

 暴れたい意志を抑えているのか?

 なんでもいいけど去らないでくれ。助けてくれー。

 

 あーあ、行っちゃった。

 

 誰でもいいから早く気が付いてくれこの状況に。

 ジョージとブロンテは食事か排泄のタイミングまで部屋から移動しないだろうし、次にチャンスがあるとすれば自由徘徊型のシャーロット。

 シャーロットかぁ……。

 

 気が付くかなぁ、あの人。

 ブロンテといい大事な所で無駄にすれ違って上手くいかないから心配だ。

 

「にししっ♪」

 

 エミリーをやり過ごせたと変な笑い声を出して、怪奇現象操作のボディが動き出す。

 うおぉう、すんげぇ見てて不安な動き。ちゃんと歩いてよね? ぶつけないでよ?

 完全に気分は教習所の教官的なあれ。

 

 しばらくぎこちない動きで廊下を進み辿り着いたのは、階段。

 どうやら一階へ向かいたいらしい。私としては非常にやめて頂きたい。

 歩くのも苦労してるのに階段なんか無理だろう。

 

「……よし」

 

 やめろせめて下るなら階段は私がやる。

 下まで動かしてやるから操作変われ、ハンドル寄越せ。

 ひいぃ、こわいぃ!

 うわあ! やめてくれぇ!

 

「……」

 

 片足を上げて、がごんっと一歩下る。

 手すりを支えにもう片方。

 ぐらっと、傾いてがしょん。

 うわぁ! やめてくれぇ!

 

 

「あ、やばっ」

 

 ああ!

 本気で手すり握りやがった、手すり壊しやがった!

 私が本気で掴んだらこんな木製の手すりなんか握り潰せるの分かるだろ!?

 てかこれ、こんな破壊の仕方できるの私しかいないから私が謝るしかないじゃん!

 あぁ、ああああ……。もう、はぁ……。

 

 

 ──そんなこんなで格闘すること十数分、手すりを破壊すること数か所。

 

 

 私の操作なら何ら問題なくかつ短時間で済んでいた、階段を下るというだけの行動がようやく完了した。

 あーあ。私が操作してればなー。はーマジ。

 人間相手に暴力を振るう状況にならなかっただけ、まだマシと捉えてポジティブに行こう。

 

 

「もうっ。どうしてこんなに動きにくいのさっ」

 

 みっともないから私の体で地団太を踏むんじゃない。床もぶっ壊すぞ。

 つかなに勝手にキレてるんだ。怒りたいのは私だぞ? 機械だから感情ないけど。

 

 やめとけばって思うなら今すぐ出て行ってもらおうじゃないかぁ!

 こっちはセキュリティソフトが期限切れでお手上げなんじゃいおらぁ!

 感情が無くて良かったな怪奇現象ァ!

 

「危ない危ない……やめとこう……」

 

 

 そうそう。破壊はもうやめるんだ。

 フルパワーを出そうものならこんな屋敷のひとつやふたつ簡単に滅ぼせる。

 いかに私が普段から繊細な振る舞いをしているのか、それを体感し私に優しくするがいい怪奇現象。

 

 

「あ、こんにちは」

「……」

 

 

 目的地不明のまま流れで廊下を歩かせていると、丁度近くの扉が開いて中からトーマスが出てくる。

 そういえばティーセットを運んだっきりセットも台車も厨房に戻してなかった。

 すまないトーマス。二階の廊下に放置してあると思うからよろしく。

 

「そうだ。またクッキー焼いたんですけど、食べてみますか?」

「……」

「よしっ。ちょっと取ってきますね」

 

 いやいや待て怪奇現象。首を縦に振るんじゃない。

 お前はクッキーを食べてみたいんだろうが、無理だぞ。消化器官ないんだぞ。

 ただでさえ口の中の部位がホコリまみれって言われたばっかりなのに……。

 

「──どうぞ」

「……」

 

 小包みに入れられたクッキーを受け取った怪奇現象は、ぺこりと頭を下げるとその場を後にする。

 受け取っただけで、その場では食べないか。いやまぁ目の前でやっぱり無理と吐き出すよりかまだいい。

 

 で。どこに向かってるのかは分からないし、誰も私が乗っ取られてることに気が付いてくれないけど。

 

 ちょっと借りるだけとは言ったがどこまで借りるつもりなんだ。

 何が目的とも聞きたいがやはり難しいからなぁ。

 

 

 

 

 

 ぎこちなさを残しながらまだまだ歩き、現在地は裏庭のその先。

 つまりは前にシャーロットの案内で入った事のある獣道。

 こんな所に何の用があるんだ?

 

 しかも片手に鍬なんか持って。

 倉庫から鍬を手にして歩き出したかと思えば山へ向かうし、独り言は時折出るのに目的に纏わる物事が全く出てこない。

 小言より先に説明をしてよ。

 

「この体にも慣れてきたけど、日が暮れてきちゃったな……」

 

 残りのバッテリーは24%か。

 怪奇現象が私の体に慣れる為に非効率的に動かしたのと、冬の日暮れが早いのが合わさって少し不安になる電池残量だな。

 この時期は日照時間が少なく充電できるタイミングが限られるので、今日の行き帰りだけじゃなく明日の事も考えたい。

 

 何でソーラー発電にしたんだろうな。めんどくさい。

 外部からの給電ってできなかったっけ? ポートはあるんだしできない事はないんだろうけど。

 

 

「……急がないと」

 

 

 急ぐ割にはやはり大変非効率だ。

 目的を話してこちらに操作を任せてくれれば手伝ってもやるのに、なんで乗っ取るかな。

 

「……」

 

 二階の廊下で乗っ取られてから、山道を進み早いものでもう3時間。

 身体を人質にされてるかのような感覚だからなのか、所謂ストックホルム症候群的な状態なのか、なんか怪奇現象に味方してもいいかなって心理になってる。

 ああ、いや、私は機械だし心理はな……あれ、あるんだっけ。深層心理。

 

 まぁ……その。

 あれだよ。

 怪奇現象にも事情があるんだろうし、イタズラじゃないんだったらちょっとくらい手伝ってやりたいかなっていうさ。

 ほら……。理由があるなら聞いてやろうっていう、ね?

 

 以前訪れた広場を目前にして道を逸れて、裏の裏手へと向かう。

 こっちは獣道よりさらに深くと言った様子だが、こんな所に何があるって言うんだ?

 

 

「……」

 

 

 足が止まる。

 どうやら到着したらしい。

 殆ど森の中というか、森の中には違いないんだけど森林っていうか。

 

 怪奇現象は鍬を適当な地面に突き刺すと、まずは素手でがさごそと手前の草木をかき分けていく。

 何かを探しているらしいが中々見つからないらしい。

 

 

「──やっぱり、ここへ向かうと思っていましたわ」

 

 

 後ろからエミリーの声。

 しかも声ぶりからして、最初から何かを感じ取って追いかけてきたっぽい。

 いよっ、待ってました!

 

「……」

「ふふ、分かってます」

 

 手持ちの明かりで周囲を照らしながら横に並んだエミリーが微笑む。

 

「ソラさんは、ここの石碑のお手入れをしたかったのでしょう?」

 

 ……。

 …………。

 ………………あれ、乗っ取りに気が付いてたとかは!?

 そういう雰囲気だったじゃん!

 本当にただ私の頭を撫でられて興奮してただけなのかエミリー!

 そしてここにお墓があるなんて知らないよ。

 

「年の瀬に一回掃除してくれればと言われてるとはいえ、見てくれが悪いですものね」

「……」

 

 そうだったんだ。私に言ってくれれば手伝ったのに。

 流石にお墓の手入れが重要な事柄であることくらい分かるぞ。

 

「言ってくれれば手伝いましたのに」

 

 そーだそーだ。

 

「……」

 

 がさごそ。がさごそ。

 しばらく経って見えてきたものは、小さな石碑のようなものだ。

 

 ずいぶんと古びている。

 掘られている文字も暗さが合わさって確認しにくい。

 しかし重要なのは分かるが、どうして今になって突然と聞きたい。

 

「ソラさん?」

 

 怪奇現象は先ほど突き立てた鍬を掴むと、小さな石碑を支えにその背面へ向かう。

 石碑の後ろはちょっとした崖だ。私の重量では地面いかんでは戻れないかも知れない。

 鍬を差しながら慎重に下っていくが、どこを目指しているんだろう?

 

「……」

「危ないですわ!」

「……」

「明かりを持って行ってくださいまし!」

 

 10メートルほど下って傾斜が落ち着きエミリーへ手を振った所で、明かりを投げ渡された。

 ランタンのおかげで周囲は分かるが、これではエミリー側が暗くなってしまう。

 もしこちらが別ルートでの帰還を選択した場合、怪奇現象は私のフリをするせいで上手く意図が伝えられないだろう。エミリーは闇の山林を戻らねばならなくなるし危ない。

 あとバッテリーの残量も気になるし、用事は早めに済まそうな。怪奇現象。

 

「やば、服が泥だらけだ」

 

 それ今気にする?

 

「流石にソラちゃん、怒るかな……」

 

 そこは気にしないでいいぞ。

 なんせ私は感情のない機械だからな。えっへん。

 

「見て、ソラちゃん」

 

 どうした?

 ……あ。

 

「これ、何か分かる?」

 

 もう殆ど自然に還っていて、よく見てもどれが自然の石なのか分かりにくいが、観察してみれば先ほどと同じような石碑がいくつも倒れて転がっている。

 ここはもしかして墓地だったのか?

 

「ずっと昔のお墓だよ。がけ崩れで私のだけ残って、他はみんな落っこちて埋まっちゃってた」

 

 “私”の、だけ? 

 とすればさっき崖の上にあった石碑は怪奇現象のお墓か。

 ……つまり、怪奇現象はマジで幽霊なのか……?

 そんな非科学的な存在なんて、いるわけないだろ?

 今乗っ取ってるのは何かって言われても困るんだけど、でも、そういうの非科学的じゃんか。

 

「この前の雨とシャロちゃんが走った振動で掘り起こされたんだ」

 

 埋没した物を掘り起こす揺れを発生させるとか、シャーロットってもう何なんだよ。

 

「あ、ジョージくんとかは悪くないからね? 詳しく話すと長くなるんだけど、もうこうなって何百年って経ってたから」

 

 怪奇現象、もとい幽霊(幽霊を認めた訳ではないが、便宜上)は足元の墓石を一つ掴んで起こした。

 ぺしぺしと土を払って、ポケットから貰ったクッキーの袋を出して上に置く。

 自分で食べる為ではなくお供えの為だったのか。

 最初からそう言ってくれれば協力したのに、不器用な奴め。

 

「みんな、遅くなったけど来たよ」

 

 手を合わせて、瞳が閉じられる。

 

「これからは、ちゃんと休めるからね」

 

 ……私任せではなく、まずは自分が直接としたかったか。

 私の体を乗っ取るっていう少しあれなやり方だったけど。

 

「よし」

 

 立ち上がった私の体が崖を見上げて、地面を見て、後ろを見て。

 

「……どう帰ろっか」

 

 もう操作変われよお前!



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14 明日の空へ

ひ、ひ、ひさし、ぶり……


 かつての昔、約1000年前。

 ソラの生まれた機械戦争時代は全大陸の文明が滅びてしまう程の規模だったらしい。

 今となっては各地に残る遺跡群がその歴史を細々と語るのみだが、それらは珍しいものではなく、探せば身近な所にもまだその痕跡が沢山ある。

 

 大きな湖や崖、植林地に平原、廃墟。色々とあるが一番見て分かりやすいものは何といっても慰霊碑や墓所だ。

 歴史ある町ならどこだって設置してあるそれからも、戦争や兵器の恐ろしさがこれでもかと読み取れる。

 

 

「機械戦争時代の終了直後に作る予定だった墓場群。裏山のあれかな……」

 

 

 日が暮れてしばらく。

 メインの仕事(とブロンテの相手)がひと段落したので空いた時間に資料を整理していると、ずいぶん昔の区画整理の企画書が出てきた。

 流石に戦争直後のって訳じゃなくてそのしばらく後に作られたものだけど、今存在している町並みとは少し異なっていて興味深い。

 

 特にうちの屋敷の裏庭から続く裏山へ入る道。

 どうやら山頂の広場へ向かう道中から脇に逸れた所に慰霊碑を作り、景色の良い場所と合わせ気軽に参拝へ立ち入れる観光場所にする手筈だったらしい。

 らしい──というのは、今やその慰霊碑どころか広間すら外部に公開してないからだ。

 

 現存してるのは予定地と思われる場所にぽつんと残された慰霊碑のみ。

 ひとまず参拝可能な慰霊碑を作ってからその周囲と意味を整備しようとした所で運悪く大雨や崖崩れ等々、色々な事情が重なって大規模な工事は頓挫してしまった様だけど、気になるのはそこではなく。

 

 

「どう見ても、あれ一個じゃないよなー……」

 

 

 工事は頓挫したとはいえ手始めに作ったモノは残っている。

 それ故に領主の業務として代々、年の瀬にはひっそりと存在する慰霊碑の管理はしているのだ。

 しかし俺の知ってるのは“慰霊碑”という存在一つだけ。

 なのにこの企画書のデザインは、沢山の墓石の並んだ大きな墓場としか思えない。

 

 

「もしかしてあの近くに、他にも──」

「──ジョージの旦那ぁーっ!」

 

 

 シャーロット? 

 

 

「どうした?」

 

 

 資料室から廊下へ顔を覗かせると丁度シャーロットが走ってきていた。

 あの町内マラソンで毎年一位をキープし続ける鉄人シャーロットには珍しく息を切らせている。

 

 

「何のんきしてるっすか! いないんすよ!」

「なにが?」

「ソラっちとエミリーっす!」

 

 

 そういやしばらくあの二人の姿を見てないな。

 

 

「もう退勤したんじゃないのか?」

「タイムカードは放置されてたっす。警備の人に聞いても門から外へは出てないみたいっすし、どこかで動けなくなってるとか、かもす!」

「ソラが電池切れになったとか、エミリーがそれの下敷きになって動けないとか? ありえなくはなさそうだなぁ……」

 

 

 太陽光で動くソラがどれくらい電気を蓄えているのは分からないが、事情が重なればそうして動かなくなる可能性は十分あるとブロンテが言っていた。

 幼い少女にしか見えないと言えど鉄の塊。推定×××kgにただの人間たるエミリーが押し倒されていたら動けないだろう。

 もしかしたら気を失ってるとかで助けを呼ぶ余裕がないのかも知れない。

 

 

「どこか心当たりは?」

 

 

 廊下へ出てシャーロットに聞いてみる。

 ずんずん歩き出した高身長のメイドについていくと、階段の手すりを指した。

 どう見たって人間技じゃなく握り潰された手すりはソラの足取り(手取り)だ。

 

 

「粉々だな」

「こんな事できるのソラっちかシャロしかいないっす。シャロは当然やってないっすし……」

「お前できんのかよ」

「できるっすよ? これ丸っと交換でしょっすし試してみるっす! ふん!」

 

 

 やらんでいい、やらんで。うわ本当に手すり握り潰した。

 きっしょ。

 

 

「弁解はあるっすか?」

「……ないっす……」

 

 

 素直な感想を伝えたらアイアンクローされたので力を込められる前に謝る。

 

 

「そんで、手すりが壊されてるって事は?」

「壊れた感じを見るに、上から下に向かったっぽいっすね」

「いいねぇ探偵だねぇ」

「うちのチビ共がもの壊した時の犯人捜しもこんな感じっすから」

 

 

 流石お姉ちゃん。

 

 

「一階なら料理場連中が見てないか聞こう」

「それなら先にトーマスに聞いといたんすけど、クッキー貰ってどっか行ったらしいっすよ?」

「クッキーを?」

 

 

 話が早くて助かる。でも不思議な話だ。

 ソラは自分が物を食べられない事を理解しているし、勿体なさと無駄を嫌って受け取らないはず。いつも首を横に振っているのを知っているし目撃してる。

 それなのに、今回に限ってクッキーを貰ったのか……。

 

 

「普段から怪力で物を壊さないように気を使ってくれてるソラが、手すりを破壊しながら階段を降りて、クッキーを貰って去った。どう考えたって変な話だ」

「調子悪いっすかね? クッキーも実は食べてみたいとかー」

「うーん、確かに調子悪い、のか?」

 

 

 シャーロットは最近何だか忘れているっぽいが、ソラは約1000年前に作られた機械だ。

 長い間ずっと棺桶に放置され、なんやかんやで稼働している今現在もブロンテですら整備の方法が全く分からないからと可愛がるだけで特に手は加えていない。

 故障か何か、人間でいう“調子が悪い”にあたる事が起きていても仕方がないのかも。

 

 なんにせよ早いところ見つけてあげよう。

 エミリーが潰されてたら危うい。

 

 

「警備の人達が見てないなら、屋敷の中にいるはずっすけどねぇ……」

「ブロンテはなんか知らないか?」

「んえ?」

 

 

 ちょうどトイレから出てきたブロンテに聞いてみる。

 どうやら知らないらしい。

 

 

「待て、何の話だい?」

「ブロンテ先生も知らないとなるとお手上げっすねぇ」

「何の話?」

「エミリーのやつもどこいったんだかな」

「おーい」

 

 

 うるさいよブロンテ! 

 こっちは真面目に考えてんの! 

 

 

「ええ、理不尽じゃないか……?」

「普段この俺を振り回すからこうなる」

「ソラくんに頼んで物理的に振り回して貰おうじゃないか。ん?」

「そのソラがいないって話をしてたんだが、知らないか?」

「わたしが知る訳ないじゃないか。さっきまでずっと棺桶とにらめっこさ」

 

 

 まだあの棺桶調べてたのか。ソラが入ってたやつ。

 考古学ってのは意味が分からん。

 オッペンハイマー商会ってこんなんでちゃんと儲けられてんの? 

 

 

「喧嘩売ってんのか貴様」

「口調」

「まーまーお二人とも喧嘩せず。猫も食わない喧嘩した所でソラっちは食べてくれないっすよ!」

「犬も食わない、だ」「ソラくんに消化機能はないよ」

 

 

 戯れが過ぎた。

 ブロンテ、ソラとエミリーが行方不明なんだが何か知らないか? 

 こう、どこかで見たとか。

 

 

「ふむ……。ソラくんとは君と一緒に部屋で会ったきりだね。エミリーくんは確か、夕方くらいにランタンを貰いに来たかな?」

「ランタンっすか?」

「ああ。わたしが細部を照らそうと借りてたものなんだが、少し用事ができたと言っていてね」

 

 

 どこへ向かうとかは聞いてないか? 

 

 

「流石にそこまでは。特段興味もなかったし」

「だよなぁ」

 

 

 ソラは情報なし、エミリーは明かりが必要な所へ向かったのか? 

 一応地下倉庫的なのもあるにはあるけど、ちゃんと月一の点検で明かりがつくのは確認してるし必要ない筈。

 てかそもそも何で地下へってのも。んんんー? 謎だらけだぁ。

 

 

「夕方に用事ができたと明かりを持って行ったのなら、向かう先は外じゃないのかい?」

「それが警備の連中によると町へ向かったって事もないらしい」

「町に明かりを持ってく必要はなかろう? 森だよ森」

 

 

 ブロンテがどや顔で裏庭とその先を見る。

 そっちぃ? 

 

 

「なるほど、流石はブロンテ先生! 考古学者! シャロ達一般市民とは違った視点!」

「わっはっは、照れるなぁシャロくん」

 

 

 ……待てお前ら。

 仮に裏山だとして、山林のどこへ向かったかの確証も無い連中を、日も暮れた今から探索するのか……? 

 

 

「うーむ。確かに遭難者の探索には向いてない時間だね。向こうには一晩何とかしのいでもらおうか?」

「エミリーはともかくとして、ソラっちが危ないっすよ!」

「逆じゃないかねシャロくん。だが、太陽光で発電して動くソラくんが薄暗い森で行動不能になる危険は確かにあるね」

 

 

 しゃーない。シャーロットは警備の人達に事情を話して頭数を集めてくれ。

 ブロンテは俺と一緒に装備集めな。

 

 

「りょかいっす!」

「任せたまえ」

 

 

 

 

 

 倉庫を漁れば山の散策に使える道具の数々が出てくる。

 でも整理はされてないから探すのが大変。ごちゃごちゃになってる理由? 

 それはねブロンテくん。君が毎回毎回色々持ってくるもので地層が生まれてるからだよ! 

 

 

「人のせいとか君も落ちたものだな」

「実際その通りだろが」

 

 

 今回に限ってはそれに感謝だが。

 探すのが面倒でエミリーがわざわざブロンテが使っている途中のランタンを持って行った事から行き先が分かったのだから。

 

 窓から外を見れば、遠くからでも分かる大柄なメイド服がどたばたと駆け巡ってあちこちに声を掛けている。

 まとめて説明するとかもう少し効率的に動けないのかと思うけど、あれでもシャーロットは焦っていたんだろう。

 

 

「──それにしても、ソラくんが不思議な行動をしているのも気になるね」

「俺もだ。普段からしてみりゃおかしいとしか言えない」

「器物破損、クッキー横領、失踪。時系列を整理すれば、エミリーくんと並んで森へ向かったという訳ではなく、エミリーくんが後を追っていったという説が押せる」

「シャーロット曰く調子が悪いんじゃないかとさ。昔の機械ってこういう故障の仕方するのか?」

「知らん」

「えぇ……」

 

 

 そういえばアンもどこへ行ったんだろう。

 いつもソラの世話を焼いてるアンが何の反応も示してないのも、なぁんか気になるんだよなぁ。

 

 

「そうか、そういうことか!」

 

 

 どうしたブロンテ。

 

 

「ソラくんは怪電波を受信してしまい、普段では想像もつかない事をしてしまったのだ!」

「意味が分からんし、ちゃんと倉庫漁り手伝え」

「いやまてジョージくん。ジョジカス。全裸包帯女児型ドール収集趣味」

 

 

 おいごら最後。

 最初にそのソラを俺に押し売りしたのはてめぇだぞ。

 

 で、その怪電波って? 

 ソラが変な行動をした理由があるってのか? 

 

 

「センシャやセントーキといった敵の兵器を無力化するために、いびつな電波を浴びせて行動を狂わせたとかなんとか」

「……そんなもんがこのケィヒンにあんのかよ……?」

「ま、確率は低いと思うがな!」

「ソラに襲われたら次はないなぁ」

 

 

 あったあった。地形図もあった。

 そういや裏山の地理辺りの把握、そろそろまたやんないとだなぁ。

 この前の雨でまたどっか崩れたとこもあるだろうし、後で商会に依頼の文送っておこう。

 

 

「旦那ーっ! せんせーっ!」

 

 

 諸々を持って表へ出ると、屋敷に残る最低限を覗いただろう人数が揃っている。

 それらを集めたシャーロットはひとつ汗を拭うと、「最後にもう一人呼んでくるっす!」とか言いながら町へ飛び出していった。

 

 

「二次災害を警戒し、各々見える場所から離れない事! いくぞ!」

「うーん、次第点の呼びかけ。もうちょっと格好つけた方が好みかな」

 

 

 うるせぇブロンテ。

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

「どうしましょう……」

 

 

 その時、墓石と崖の前でエミリーは立ち尽くしていた。 機械であるソラの重量では崖に手や足を掛けても土が崩れて登れない。

 暗い夜道を戻るための明かりは眼下でうっすらと目を光らせているソラの手元にあり、自分用のものが無いのだ。

 

 

「どうしましょう……!」

 

 

 

 誰にも言わずここまで来たので救助が来るまで時間が掛かるだろう、そう思い至ったエミリーは──にやけた。

 

 それはもう、気持ち悪いくらいにやけた。

 どうしましょうとか口では言って何とか体裁を保とうとしているようだが、隠しきれない怪しい雰囲気がソラにも伝わっている。

 何とか崖の上へ戻れないかと試していたその手が止まり二歩三歩後ろへ歩ませるくらいにはキモかった。

 

 

「ソ、ラ、さぁ~~~ん!」

「……」

 

 

 ぐっとポーズを決めたエミリーが突然の跳躍! 

 空中で膝を抱え一回転をすると、すたっと綺麗な着地を決め再びかっこいいポーズを決める! 

 いつも通りの無表情と猫のような釣り目で振り返ったソラだが、言葉がなくともドン引きしているであろう事は傍からでも容易に想像がつく。

 なにをしとるんだこいつは、と。

 

 

「大丈夫ですわ。このエミリーお姉ちゃんが付いてますもの! 朝になればきっと、流石に誰かが気が付いて助けが来ますわ!」

「……」

「ああ、こんなにお肌が冷たく……それに震えて……。寒かったでしょう? 怖かったでしょう!?」

「……」

 

 

 抱き着かれたソラはふるふると首を横に振りさり気なく頭部にある通気口(猫耳)で攻撃をするも全く効果がない。

 

 

「……」

 

 

 正しく無理やり抱っこされた猫のような、死んだような目で遠くを見ているソラ。

 その一方で、ソラの危機を救うお姉ちゃんという設定(ロール)を信じて疑わないエミリー。

 全く噛み合わない二人を誰にも見せたくないとでも天は言っているのか、月に雲がかかって更に暗くなってきた。

 暗く静かな森に機械の駆動音だけが続く。

 

 

「……ここ、お墓でしたの。そうですわよね、夜の墓地は怖いですわよね……」

 

 

 そう言いソラの肌をさすって温めている……ように見えて、ひたすらネットリとお触りをしているのは気のせいではない。

 エミリーはそういうやつだった。シャーロットが危惧した通りソラが色々危ない状況になってしまっている。

 折角の静謐な雰囲気が台無しだ。

 

 

「……」

 

 

 幸いなのはソラがまだ下心的な事に気が付いてない点のみ。

 最初こそその行動を不思議に思えど、言葉を素直に受け入れ耐えてくれている。撫でられるのは嫌なので死んだ目で。

 ちなみに生体スキンを使っているとはいえその下地は鉄なので燃費を抑えている今は当然冷たいし、震えているというのはファンの振動だ。

 出会ってから毎日のように顔を合わせていて一緒に仕事をしていても、未だに中々噛み合わない。

 

 

「……」

「ああソラさん、お眠ですの?」

「……」

 

 

 そんなこんなグダついているが、ソラにはもう一つ危機が迫っている。何者かに無理やり非効率的な行動を強いられた結果の電力不足だ。

 この調子でエミリーに付き合っていたら朝までどころか数時間も持たないし、自身の重量を把握しているからこそ電池切れで動けなくなった場合も考えなければならない。

 崖下というポジションは朝になってもしっかり日が差す保証がない。

 

 朝になったら充電のできる場所まで移動できる程度の電気を残したいので省電力モードにしていたのを、エミリーは“眠い”と勘違いしたようだ。

 一度首を横に振ろうとして、人間換算で間違えた表現ではないと思い至って頷く。

 ぽんぽんと背中を優しく叩くエミリー。

 

 

「ソラさん。大丈夫ですわ……。さぁ、ゆっくりお休みになって……」

「……」

 

 

 朝まで自分(ソラ)は待てる。全身鉄製の無機物なのでじっとしていれば動物に襲われる心配もない。

 でもそちらはどうするのかと座って力を抜きながら指差して首を傾げると、エミリーは大丈夫とのみ返すだけで全く根拠がなかった。

 

 

「……」

 

 

 エミリーは寝顔を見るつもりである。

 自分に身を委ね安心して眠るソラの顔を、二人きりで邪魔されない状況というシチュエーションと合わせてたんまり堪能するつもりである。

 

 

「大丈夫」

 

 

 ──いや、全然安心できない。

 

 

「……」

 

 

 まずソラの身体を支えるのは(できそうなシャーロットを除いて)人間には不可能なのに抱きとめようとしている。このままスリープモードに移行すればエミリーを潰してしまう恐れがある。

 第二に自分が行動不能な状況で(できそうなシャーロットを除いて)動物に襲撃された場合、身を守る術がない。

 

 ソラもソラで思考が斜めへ向かっているので全く噛み合わないのだ。

 この二人の組み合わせは間に誰か突っ込みや翻訳を挟まないとどんどん明後日へ向かう。

 明日の朝を迎えればいいのに、ずいぶんめんどくさいお二人である。

 

 

「……」

「ソラさん、怖くて眠れませんか?」

「……」

 

 

 早く寝顔を見たい(ベッドインしたい)エミリーvs電力消費を抑えつつ朝を迎えないといけないソラ。

 何かあれば首を動かし目のライトで照らし、襲われたら一瞬だけ動き撃退。そして日光の当たる場所まで移動する分の電力は残さないといけない。

 すべき行動の決まったソラはスカートが汚れるのを厭わず土へ座り、マイクのみをオンにしてカメラ機能すらオフ。

 音で敵の把握をし、時折カメラでも確認し、そうして朝まで耐える気らしい。

 

 ソラの内部で確認できる時刻はいつの間にか真夜中の0時。

 日が出るまでの時間を耐えるソラの孤独な戦いが今始まった──

 

 

 

 

 

「──は、は、は始まらなくて、も、へ、平気、だよ」

 

 

 

 

 沈黙を唐突に声が遮った。

 瞼パーツがガシャっと音がする勢いで急いでカメラを起動させた瞬間は、ソラにしては珍しく表情があるように思えるほどの勢いをしていた。

 他に誰もいないと思い込みぐへぐへと顔をだらけさせていたエミリーも跳ね上がるほど驚く。

 何の物音も立てず、唐突にそれは現れたのだ。

 

 

「ここここんば、んは」

 

 

 ずんぐりむっくりとして丸々とした胴体と、それとは反対に鋭利な手足を持つシルエット。

 その中から聞こえる特徴的な口調は、ソラも聞いた事のある声。

 ──怪しい事も怖い事もない。あの道化師トリブレが駆け付けてきてくれたようだ。

 

 

「……」

「ト、トリブレさん? どうしてここに……?」

 

 

 あられもない顔をしているだろう事はエミリーも分かっているので急いで整え何とか冷静に振舞おうとしている。

 相変わらず生身を見せず先代から貰ったという巨大な人形をちょこちょこ操りつつ、トリブレは気にせず答えてくれた。

 

 

「シャロ姐、に、た頼まれて……ささ探しぃ……に、きたんだ……よ」

「……夜中で危ないのに、探しに来てくださったのね……。ありがとうございます」

 

 

 人が来るのは予想外なものの、危険を顧みず探しに来てくれた事に関しては素直に感謝する。

 実のところ心配されていたのはエミリーよりソラの方だが。主に、暴走したエミリーに襲われたりしてないかとか。

 古代兵器の機械人形よりも警戒される人間とは一体……? 

 

 

「……」

「んふ、ふふ……。そ、そソラちゃん、は……と、とも、と、友達だ……か、から」

「まぁ! お友達になってましたの!」

「……」

 

 

 救助が来たなら、それも戦闘力の高そうなトリブレが来たなら平気だとソラも省電力を止め頷く。

 これほど友達という存在がありがたいと思った事はない。

 

 

「ところでトリブレさん。トリブレさんはどうやってこちらへ?」

「んん。が、がんばって」

「そうですの!」

「……」

 

 

 いやそれで納得するんかい。言葉も顔も、手も出さずソラは内部で突っ込んだ。

 

 

「みん、な、ししし心、配ししてる……か、ら、帰ろ」

「……」

「皆さんにはご迷惑をお掛けしましたわね」

 

 

 くしゃくしゃとソラの頭を撫で立ち上がったエミリーが、崖の上でちらちらと照り始めた明かりを見る。口調からして一緒に謝ってくれるようだ。

 ソラ的には全て自身に変な行動をさせていた敵か味方も分からない“怪奇現象”に全ての責任があるとさせたいが、どうにも今はいないようだしそもそもそうと説明もできないので泣き寝入り。

 いつも通り黙ってしっかり従事して恩を返そうと心に決め、エミリーに手を引かれつつ立ち上がる。

 

 

()が昇るか、ら。しぇ、せ、背中、に、乗って……ね」

「ありがとうございます」「……」

 

 

 ふと自分が乗っても大丈夫なものかとソラは思ったが、トリブレと呼んでいるこの機体なら平気だろうと意を決し背中の取っ手を掴む。

 一箇所だけだと破損させたりする可能性があり危ないので、両手で掴み、身体を持ち上げ、足も。まるで大きなぬいぐるみへ必死にしがみ付く子供のような姿となったのを見てエミリーは微笑んだ。

 今度首都からブロンテに頼んで買ってもらおう、そう計画しつつソラへおぶさる様にトリブレの背中へ引っ付く。

 当然ソラからは何してるんだと思われたが、掴まる所が少なくてと言い訳をすればすぐそれを信じ何も思われなくなってしまう。怪しさ満点な事に気が付いてソラ。

 

 

「じゃ、あ……ゆ、揺れ、るから……」

「お願いしますわね」

「……」

 

 

 日常で使うには物々しい鋭利な腕を振るい、崖に突き刺し、足は差さずに底の面をしっかり捉え超重量で踏み固めつつ登る。

 

 

「トリブレさん、頼りになりますわ」

「んふ、んふふふ……あり、がと。こ、こ今度こ、こ公演するると、時、は……見にき、きて、ね」

「……」

 

 

 エミリーもソラも、迷わず頷いた。

 



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15 なでなで

ねこでなでこね


 

 

 

 先日の騒ぎの後から屋敷には色んな業者が出入りするようになった。ここ一週間で朝の業務とし裏門を開け、仕事の終わりにそれを閉める流れができて馴染むくらいには一日を通して色々と訪れる。

 私とエミリーを発見したと同時に崖下へ落ちた墓石達についてを知り、しっかり埋葬してあげようとジョージがすぐ手配をしてくれたのだ。

 ただし実質的な土地の拡張を伴う工事には国へ許可を取らねばならない都合があるらしいため、現在は崖崩れ跡の補修補強しかできないと謝られた。謝られたが、許可が取れ次第すぐ獣道やその先の広場も含めて整備を行う予定なら全く問題はないだろう。

 

 もちろん私が勝手にこの結末を“良かった”と判断できたことではないが、同胞たちをきちんとした眠りにつかせてあげたかったあの者にとって目処の付いた今は充分良い結末と思えよう。

 日の当たらぬ崖の下で誰にも見つからず埋もれ風化し、長い間ずっと掘り起こされるのを待っていることしかできなかったのだから。

 

 もしかしたら私も棺の中で身動きが取れぬまま目覚め幾年も孤独に朽ちていくのを待っていたかも知れないし、もしそうなっていたらと考えると恐ろしくてぞっとする。

 少し怒られた程度で怪奇現象の助けになれたのはとても幸いだ。

 

 

「……」

「どうしたソラ、さっきから窓の外見て。──ああ、まだ墓が気になるのか?」

「……」

「時間はかかっても絶対にちゃんと埋葬するから安心してくれ。元はといえば俺達領主が放置してしまった問題だし」

 

 

 つい裏山を眺めていたらジョージにわしゃわしゃ撫でられた。発電中だから頭を撫でんなっての。

 この時期は太陽光が弱いのでチャージに時間が掛かるんだぞ。日光は貴重なんだ。

 

 

「んじゃ、俺は仕事してるからそこよろしくなー」

 

 

 首を振って手をどけると大した用もないのかすぐに執務室へ引っ込んでいく。

 飄々とした様子から余裕そうに見せてはいるが、その実ジョージは現在だいぶお疲れである。

 業者の手配やなんかでメインの仕事が進まないと、昨日の夕食時には珍しく愚痴を漏らしていた。

 ジョージは普段あまり仕事に対する不満を漏らさない。つまりそれくらい追い詰められているのだ。

 

 

「……」

 

 

 手元へ視線を戻し、振り返り、窓を見る。

 ジョージには大変感謝している。私を買い取ってくれた事や屋敷へ置いてくれている事、それに仕事を与えてくれている事だって。

 彼が私の所有者にあるのだしなるべく力にはなりたい。怪奇現象に操られていたとはいえ、こうも負担となってばかりではな。

 

 

「……」

 

 

 鏡面となった窓にふわふわ浮いてる少女が映っていた。私と目が合うと手を合わせて謝り、ウインクしつつ舌をちらつかせながらすぐに消える。

 行動の意図する所は分からないが、いつも通り好きにしていた。

 

 

「……」

 

 

 うーん。好きにしている、か。

 私のような機械と違い、人間は休日を設け仕事から離れたり趣味等の好きな事を行いストレスを軽減するらしい。

 ストレスとは負の感情だとブロンテが言っていた。私なりに解釈すると、キャッシュが溜まり過ぎてたり定期的な再起動をしたいといった所だろう。

 私でジョージの疲れ、ストレスを軽減できるのなら好きにさせてやるのもいいだろうか。

 

 

 作業中断。

 立ち上がり、先ほどジョージが去った執務室へ向かう。

 のっくのっくとんとん。ソラだぞ。ソーラー発電機だ。

 

 

「開いてるぞー」

「……」

 

 

 思い付くも伝えられないノックノックジョークはさておき扉を開けて中へ。

 多数の書類に囲まれたジョージは疲れを顔に出さず、いつも通りに接してくれた。

 てくてく歩いてその傍へ。

 

 ん。

 

 

「……」

「どしたのソラさん」

 

 

 分かりにくいかな。ぐいっと頭を差し出す。

 ほら、ん。

 

 

「撫でろって、ことか……?」

「……」

 

 

 そうだぞ。いつも私の事を撫でたがっていただろう? 

 ストレスや疲労が人間にとって良くないのは知っている。なので、思う存分私を撫でて癒されるがいい。

 好きにしていいんだぞ。ほら。

 

 

「じゃあ……遠慮なく?」

 

 

 ごわごわと、いつもより少し強めに大きな手で頭を撫でられ揺れる。

 髪に偽装したファイバー状の太陽光発電機をわしゃわしゃ動かし、時折なぜか通気口の根本も念入りに触る。気になるのなら触りやすいように動かしてやろう。

 

 

「おお、この耳動くのか。やっぱ猫なんだなぁ」

 

 

 猫耳じゃないし通気口だぞ? 

 ちなみに可動可能な理由は日射量の調整するためだ。人間と全く同じ頭の形だと効率が悪いので、動かすことで三角二つ分日射面積を増やせる。

 通気口と発電効率の両立を図った素晴らしい機能美だろう? 猫耳と言われるのだけが悲しいが。

 

 

「そういやちょこちょこ緑とか黄色のメッシュ混じってるけど、結構似合っててかっこいいしかわいいよなぁ」

 

 

 それメッシュじゃなくてアース線。

 なぜ自立行動している私の、しかもよりによって頭から生やしているのかはわからない。長さも全く足りないし。

 

 

「……」

 

 

 ──にしても、いつまで撫で続けるつもりだ? 

 頭だけでなくそのまま両手で頬をむにむにしてくるし。

 こんなに触らせたのはジョージが初めてだ。ブロンテやエミリーももう少し自重してる。

 まぁ最初に撫でさせてやろうと思ったのは私だが。

 

 

「……」

「はっ、しまったつい猫を撫でるつもりで」

 

 

 お。正気に戻ったか。夢中になれたということは、少しくらい私でストレスの発散になれただろうか? 

 

 

「やべーやべー。俺も疲れてんだなぁ、機械とはいえソラみたいな女の子こんなに撫で回して」

 

 

 そうだぞ。ジョージは疲れてるんだ。

 一段落したら少し休むがいい。

 

 

「こんなの誰かに見られ……た……ら……」

「……」

 

 

 どうしたジョージ。急に扉の方を見て固まって。視線に釣られて私もそちらを向くと、ちょうどブロンテが束になった書類をばさばさと床に落としている所だった。

 何故かそのまま時間が止まったかのように、ジョージもブロンテもお互い何も言わず停止している。

 よくわからないが、これ以上は邪魔になるだろうし退散しておこうか。書類を持って来たって事は仕事の話をしに来たのだろうし。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ブロンテの横を通りがてら、落ちた書類を集めて渡す。ふふん。どの順番で床に落ちたのかはカメラでしっかりと確認し記憶してある。問題はないぞ。

 渡して会釈しても何も言われなかった。

 なんだ珍しい。いつもなら撫で回さん勢いで挨拶が来るのに。

 もしやブロンテも疲れているのか? 

 

 

「……」

 

 

 ん。仕方ない、今回ばかりはサービスだ。ブロンテも私を撫でて良いぞ。

 どうした? 撫でないのか? 

 

 

「ソラくん。君はかわいいね」

 

 

 かわいくはないと思う。釣り目だし。

 普段より短く、かつ優しく私をひと撫でして終わった。

 やはり疲れているのだろうか。私では駄目か。それとも私よりも私の入っていた棺の方が好きとか。

 ううーん、人の趣味は分からない。

 

 

「少しあのはんざ……ロリコ……ジョージと話をするから、席を外してくれないかな?」

「……」

「ありがとう。じゃあまた」

 

 

 なんだかいつもと違う気がするけど、とりあえず言われた通りにしておこう。機械とはそういうモノだ。

 現場を後にして廊下を進む途中、後ろからとてつもない叫び声が二つ聞こえた。

 

 

「……」

 

 

 ジョージが疲れていたのは前述の通り。ブロンテが書類を落とす程なのは……恐らく崖下の墓石について詳しく調べていたからだろう。

 古い物ならなんでもいいのか崖下で調べものをしていた彼女は何やらを発見してから、何かをずっと考え込んでいる。

 その“何か”が何であるのかは分からない。ただ、何故か私だけでなくメイド衆にも言いたくない様子だ。

 

 一応今のこの世界は兵器廃棄主義というか、ブロンテも所属するオッペンハイマー商会は過去の兵器転用可能な技術遺物を破棄する仕事をしている。その職に属する者が言いたがらないという事は、あまり表にしてはいけないモノでも見つかったという所だろうか。

 折角怪奇現象とその仲間達がゆっくり休めるというのに、あまり荒らしまわる事をして欲しくないかなぁ。

 

「本当なんだって! ソラが撫でろって言うから!」

「撫でられるのが嫌いな猫のようにツンツンしたソラくんがそんなことする訳ない!」

「お前だって撫でてくれアピールされてたじゃん! デレ期なんだよ!」

「じゃあほっぺたむにむには何だい!? 領主命令だとか言って逆らわないソラくんに無理強いしていたんだろう!? そうに違いない! こんの裸包帯ドール片腕欠損メイドロリ至高主義者めッ!」

「んなわけねぇしなんだそれ!?」

 

 遠くなった執務室からわーきゃーと何か声がする。

 たぶん会議的なので紛糾してるんだろう。邪魔しなくて正解だった。

 

 

「あ、ソラっち戻ってきた」

「……」

「いやぁ申し訳ないっす、今日はお家で色々あって遅刻したっすよー」

 

 

 先程作業していたスペースへ戻ると、今日は遅刻で中々顔を出さなかったシャーロットが手伝ってくれていた。

 そうそう。本日の私の仕事は握り潰して破壊してしまった手すりの修繕だ。

 あちこちが壊れたそれを一旦外し、形を整えた新しい物をセットするのが今日のお仕事。

 

 ただし替えの手すりはないので作らねばならないのだ。ゆえに、先ほどまでぎーこぎーこノコギリ片手に長さを調整したりしてた。

 領主の館の設置物がこんなお手製で良いのかと思ったが、ジョージ的には体験学習で作ったと賓客へアピールするんだとさ。賓客なんて見たことないけど。

 

 

「……」

「んんー、形はできてるし後はやすりっすね。ニスもやるっす」

「……」

 

 

 そこら辺は知識がないから分からん。壊すのは得意なんだけど。

 

 

「折角ならもっとかわいい色にしたいっすけどー……。流石に怒られるっすかね?」

 

 

 うん。ダメだと思う。

 分かりやすく頷いておく。

 

 

「だめっすかー」

「……」

 

 

 長さを確かめる為に置いていた壊れた手すりはもういらないと判断したのか、残念そうにシャーロットが腕力だけで折って畳んで片付ける。

 もしかして記憶よりも破損個所が多い理由、後からシャーロットが追加で壊したとかじゃないだろうな? 

 いや壊したんだろうな。そんで私と一緒に直せって命じられた流れなんだろうな。何をしとるかね。

 

 

「おお! ソラっちはやっぱりパワーあるから効率よく進むっすね!」

「……」

「あらら? 耳伏せちゃうっすか?」

 

 

 いやだってシャーロット。これ木くずがさ、すごいのよさ。

 細かい調整とか触り心地の改善とかはいいけど粉がすごい。

 私のような機械にとって粉は天敵だ。通気口のシャッターを閉め、向きを変え、なるべく内部に入り込まないようにするので大変だ。涼しい季節で良かった。

 

 

「あんまりやり過ぎなくていいっすよー。凄いっすね、煙幕みたい」

「……」

 

 

 で、整えたら次は何をするんだ? 

 

 

「ニス塗りっす!」

 

 

 分かりやすく首を傾げると教えてくれたが、そのニスとやらがどこにもないのだが。

 

 

「あちゃー……シャロが持ってくる予定だったっすね……」

 

 

 今日の珍しい遅刻といい忘れ物といい、まさかシャーロットも疲れてるのか……? 

 大丈夫か、私を撫でさせた方が良いか……? 

 これからの充電量を考えたらあまり撫でさせるのはよろしくないが、でも大変なら機械である私が我慢すればいい話だし。

 ……どうぞ。

 

 

「んっふふー、ソラっちから撫でて欲しいなんて珍しいっすね? っす! うりうり!」

 

 

 うわわわ力強いぃ! 

 もうちっと加減しろぉ! 

 

 

「ありゃ逃げられたっす」

「……」

「ソラっちー、とぅとぅとぅとぅー」

「……」

 

 

 猫呼ぶみたいにしても行かないからな。

 

 

「さて。作業を続けるにもどうすっすかねぇ──あ」

 

 

 ニスを取りに戻るか、それとも買いに行くか。妙案でも? 

 

 

「ソラっち、ウチ来るっすか?」

 

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

「──ここがシャロことシャーロットハウス! おいでませ!」

「……」

 

 

 と、仕事を抜け出し案内されたのは海岸沿いにあるレンガ造りの古い家だった。

 レンガ造りとは称したが、自力での修繕を繰り返したのか半分くらいは木材を組み込んだ──あばら小屋というのが正しい。

 私に家を見せるとシャーロットは満足そうに笑顔を見せ、あばら屋の壁の一枚を剥がして近くに立てかけ中へ入る。

 そこ入口なの……? 

 

 

「みんなー! 帰ったっすよー! ……って、いないし」

「……」

「あーもう、また散らかして―」

 

 

 中は掃除が行き届いているとは思うが、外装通りの古くボロくは隠しきれずどことなく貧困さを滲み出させている。

 メイドとはいえ領主のお膝元かつメイド衆をまとめる頭。決して安くないお金を貰っている筈なのに、どうしてこんな所に住んでいるのだろう? 

 

 

「んで、こっちに前使って余ったニスが……あった!」

 

 

 シャーロットが片づけをしている途中、手伝おうにも他人の家の勝手は分からないし暇なのできょろきょろしていたら壁に似顔絵が張られているのを見つけた。

 うーん……。()()()()()下手で分かりにくいが、家族を描いたものだろうか。

 大人と思わしき二人と、かろうじて少女と分かるのが一人。あとは棒みたいな人間が四人。

 

 

「昔シャロが描いた絵っすよそれ。5歳くらいの時っしたっけ」

 

 

 なるほど。通りで下手な絵の訳だ。

 

 

「これが親で、こっちがシャロ。そんでトーマスに以下チビ共」

「……」

「そういえば厨房で働いてるトーマスが弟って話、ソラっちにはしたっす?」

 

 

 初耳なんだけど。

 あと、弟妹が四人と多くいる訳か。

 

 

「トーマスは手のかからない子なんすけど、一番下の二人がまだやんちゃしてて。今日遅れたのも──」

 

 

 かたん、と表で音がした。

 誰が何がという前にシャーロットのため息がマイクに届く。

 今日遅刻した理由がこれとはいうが、喧嘩でもしたのか。

 

 

「シャロがついおせっかい焼いて、怒っちゃったっす。あーわー言って暴れて」

 

 

 おいおいおい、シャーロット相手に暴れて逃げ切ったのか。

 相手はあの鋼の女と雇い主から直々に言われ、私からも下手な兵器より強いと評価を下せるシャーロットだぞ。

 同じ血なら同じ能力、同系列の機体というようなものだろうか。

 いやまて。二人がやんちゃしてるといっていた。数で勝ったのか? それだとしてもやばいなこの家。

 

 

「……チビ達、ソラっちとはまだ顔合わせてないっすよね?」

 

 

 うん? まぁさっき見られてなければ。

 

 

「ほーん……」

 

 

 え、なに? なにその顔は。ちょっと?



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16 ねずみとり

 

 

 まずハッキリさせておきたいのが、私が機械であるという事。

 今の技術では到底理解の及ばない超複雑なロストテクノロジーの塊なのだ。

 そしてその正体、中身は恐ろしい兵器である。

 

 開発の状況的には兵器としてというより“空”という人物の代わりを作ろうとはしてたらしいっぽいが、それでも元が兵器である事には違いない。

 

 そんなこんなで見た目がモデルとなった“空”の容姿そのままであるのなら、私が褒められた容姿を否定するのはに失礼に当たるだろう。

 だが。だがな。

 我が元となる“空”には申し訳ないのだが、今ここにいるソラはとても不服に思っている。

 

 

「ボーイッシュも似合うっすねぇ。アンが用意する服ってスカートばっかりだからこういうのも新鮮っす」

「……」

「パンツルックにストッキン! にぃ、スカジャン!」

「……」

「うーん、いいっすね。シャロの目に狂いはないっす」

 

 

 ここにいる私は機械であり、兵器であり、屋敷のメイドだ。

 確かに正式名称は二八式軽自立機械人形だが、あくまで機械人形。着せ替え人形ではない。

 今日日どころか最近ずっと私を人間として見ている節があるし、シャーロットの目に狂いがあると思う。

 ほらここ見てみ? 両こめかみの追加装備にそこへ掛けたバイザーあるでしょ? どう見たって機械じゃんこれ。普通の人はこんなのくっつけてないよ。

 

 

「あー……」

 

 

 自身の頭を指差してアピールすると、流石に気が付いたのかシャーロットが言葉を詰まらせた。

 思い出せ。私は機械だ。

 

 

「それ、似合ってて可愛いっすよ!」

 

 

 思い出してくれ。

 私が私が機械だって事を。

 分かってくれ。

 ファッションアピールしたい訳じゃないって事を……。

 

 

「シャロ的にはもうちょっと色抑えた方が似合うと思うんすけど、サイズが今手元にないんすよねー」

 

 

 もういいよ……。

 それで、なんで急に私をこんな格好に変えさせたのかの説明をして頂きたい。

 説明をして頂きたい、が。聞けないのでまずはこの着せ替えを終わらせる他ないのが苦しい。

 

 

「ソラっちに任務を課す!」

 

 

 メイド服に比べて子供っぽいというか、いや私の背に合わせれば子供なのは確かだけど……なんだこの服。

 脚にぴったりくっつくこの黒い薄い布はなんなんだこれ。いつもの肌着と違って凄い熱いから外したいんだけど。

 あとこの上着も分厚い素材だから熱が籠って辛い。涼しい季節は免罪符ではないのだぞ。

 

 それはそうとして任務か。なら任せろ。

 この私にかかれば大体なんだってこなせるぞ。なんせ精度100%の機械だからな。

 庭の草むしりから悪党の粉砕まで何でもできる。

 

 

「我が家より脱走せしチビーズと接触し、和解せよ―!」

「……」

 

 

 おー! 

 ──って、待て。喋れない私にどうしろと? 

 和解するのは私じゃなくてシャーロット、そっちがだろう。

 

 

「ごー!」

 

 

 喧嘩した仲直りに私を使う必要は? 

 

 

「……」

 

 

 仕事の続きは話を付けておく、と言われて背中を叩かれ家を追い出されてもどうすればいいのか分からん。

 そもそもなぜ私に。命令とあらば、まぁ機械故せざる得ないんだが……納得いかない。

 あれか? 仲直りの橋渡しついでて私と友達にしてやろう的な、トリブレの時みたいなアレ的な。

 屋敷だけでなく町とも関係を持つという事に利点があるのは分かる。分かるんだけど、今必要かなぁ。

 

 

「……」

 

 

 家の前に広がる海を見る。内海なのか島が近いのか、すぐ対岸の見えるのんびりした風景だ。

 読んだ本によれば、分からなくなった時は海を眺めると良いらしい。

 

 

「……」

 

 

 よし、今は置いといて目の前のすべきことをしよう。

 シャーロットは確か今が幸せだと言っていた。それに関わり、それを守ることで何か掴めると信じよう。

 

 

「……」

 

 

 そろそろ行こうか。シャーロットはもうとっくにいないし、とりあえず動かない事には始まらない。

 去る前に捲し立てられた情報として、双子であるというのが分かっている。あと年齢も。

 12歳の男女二人組で双子、一つの町にそう二つといない特徴を探せば良いのだ。

 ちなみにシャーロットから見た身長的な話じゃなくて、5つ下の年齢だから子供扱いしてチビ呼びらしいよ。

 

 ──あれ、それだとシャーロットって今もしかして17歳なの? あの身長で? 

 180cm越えてなおまだまだ成長中らしいのに? 

 

 

「……」

 

 

 双子の情報に高身長も追加した方が良いだろうか。

 町の地図を視界の端に文字通り浮かべながら陽向を歩く。これは理想的な発電の仕方だね。

 さっき家の外で音がした辺りを中心に路地裏を行っているが、探し方は合っているかな? 

 

 こうやって町をうろつくのはトリブレへ会いに行った以来だ。

 道はしっかり覚えているし、今度の休日は私から会いに行ってみようかな。どうせ休日あるし。

 

 

「あ? 何見てんだチビ」

「……」

「何この子、猫耳ついてんじゃんウケる」

「……」

 

 

 うーん……この二人組ではないな。それぞれの年齢が違う。

 

 

「……」

「うわこっちきた」

「……」

「迷子? 道分かる?」

 

 

 服装と顔は似てるけど、惜しい。一応候補にはしておくか。

 

 

「……」

 

 

 むぅ、こっちは薄暗いから行きたくないな。

 しかし行かない事には探せもしないし。

 

 

「……」

「おっと、あぶねぇな」

「気を付けなよチビ」

 

 

 明度の調整で一瞬視界が暗くなった矢先、何かへぶつかりそうになったのを回避し、同時に聞こえたチビという発言に首を傾げた。

 この言い方、聞き覚えがあるな。

 ピントを合わせて目の前の人間二人組を観察する。

 

 

「んだチビ。なに睨んでんだよ」

「……」

「やめなよジェーン。チビ相手に」

「……」

 

 

 チビチビうるさいなー。

 だが、お陰で音声サンプルが集まった。そのチビの発音の仕方、シャーロットと全く一緒だ。

 そしてそれを言う男女の似た二人組。お前たちが私が会うように仕向けられた双子だな。

 

 

「……」

「ごめんね君。ジェーンはちょっと今気が立ってるんだ」

「……」

「おいヘレンほっとけよ。そのチビ何にも言わねぇし」

 

 

 喋れないのは仕様だ。

 それにしたって、会ってこれからどうしようか。

 相手を観察してみる他ないのだが。

 

 

「……」

 

 

 12歳の双子とは聞くけれど、子供とはいえ男女の違いや髪を伸ばしているか否かで既にだいぶ印象も分かれるものだ。

 似てるといえば似てるが、親族だしある程度パーツが似ているものだろうというくらい。全くそっくりと言うほどではない。

 お互いに名前を呼び合っているお陰で女の方がジェーン、男がヘレンだというのも分かった。

 

 

「ん? これ(うち)にあった服じゃんか」

「ほんとだ。てか俺達が昔着てたやつじゃん」

「“俺達”というか、オレが主に着てたけど」

「そだね」

 

 

 気が付かれた。謎の着替えに。

 町中でメイド服は目立つというかシャーロットの職場関連とバレるから着替えさせたのだろうと適当な推察できるが、結局これシャーロットハウスにある古着だから本人達を前にしたら意味ないじゃん。

 まさか本当に着せ替えさせたかっただけじゃなかろうな。

 

 

「……」

 

 

 気が付かれたからにはしょうがない。

 もしここで手先だとバレて怒られ襲われても、相手の武器はなんて事のない木材。

 全身鉄の私と正面でぶつかって勝てると思わない事だ。

 こっちには必殺技のエルボーロケットがあるぞ。腕を飛ばす遠距離技だってある。

 

 

「この子が着てるって事はまたシャロ姉だな?」

「あーあー、ジェーンが家出みたいな事するから」

「オレのせいかよ。ヘレンだって腹立ててたじゃんか」

「そりゃあ……そうだけど」

 

 

 なんだなんだ。姉とその下だけでなく双子同士でも喧嘩中か? 

 

 

「悪いね猫ちゃん。という訳で帰ってくんない?」

「……」

「なにさ首振ってさ」

 

 

 私は猫ではない。これは猫耳ではない。

 通気口だ。ほら、動く。

 

 

「それ付け耳じゃないの!? すげぇ!」

「黒猫義賊みたい! かっこいい!」

 

 

 やっぱり伝わんないよねー。

 

 

「知ってる? 黒猫義賊って小説。猫の獣人が良い事するの」

「かっこいいんだぜ?」

 

 

 うわぁ目がキラキラしてる。

 シャーロットの親族とはいえ12歳。まだまだ遊び盛りの子供か。

 私も子供の頃は……ないわ。子供の頃。機械だし。生まれつきこの身体、この性格だ。

 機械だから性格でもないか。生まれつきこの設計だ。

 

 

「本当に獣人っているんだなー」

「とっくの昔の機械戦争で絶滅したって聞いてたもんな」

 

 

 うっ。機械戦争時代、その時代の遺産として申し訳ない……。

 

 

「あ、ごめん知らなかった?」

 

 

 それは、うん。知らなかった。最近読書はしてるんだけど。

 文明滅ぼしたんだもんなぁ私の時代。

 

 

「……オレ達さ、シャロ姉に代わって家を守りたかったんだよ」

 

 

 唐突に、どかっと近くの木箱に腰を下ろしたジェーンが呟く。

 どういった心境かは分からないが、話してくれる気になったようだ。

 

 

「黒猫義賊みたいにって言ったらあれだけど、ほら。俺らってずっとシャロ姉に負担かけてたからさ」

「長女だから死んだ親との約束だからってあいつ何でも一人でやっちゃうの。オレらのこといつまでも子供扱いして」

「……」

「働いて家の借金返しながら家事もして、色々我慢して格好つけて……」

 

 

 シャーロットもそれを楽しんで苦には思っていないが、庇護下の者は不服か。

 小説でよく見るすれ違いだ。たまたま最近そういう感じの読んだ気がする。

 

 

「だからっ、家はオレ達がっ、せめてっ、守るんだっ」

「という訳だから、シャロ姉にはよろしくね」

 

 

 ジェーンは手にしている木材で素振りを繰り返し、ヘレンは優しく私を撫でて話を終わらせようとする。

 もしや帰る流れになってないか? 

 喋れないから帰った所で伝わらないしどうしようもないんだけれど。

 

 首を振って否定。

 まだだ、まだ終わってない。

 

 

「ちょっとなに? まだなんかあんの?」

「……」

「というか、なんで喋らないんだろ」

「……」

「黒猫義賊だってプロローグは喋れなかったじゃん。ほら、道化師に喋れるようにしてもらうまで」

「あぁ確かに。──いやそれは関係ないでしょ」

「……」

 

 

 駄目だ。ぜんぜん駄目だ。駄目機械だ。

 やはり私にどうしろって。

 

 

「おうおうガキ共。テメェらこんなとこに居やがったか」

「……」

 

 

 なんか唐突にガラの悪い三人組がやってきたんだけど。何こいつら。

 

 

「もう。時間になったじゃんか」

「俺達の事は……いや、これシャロ姉には言わなくていいよ。じゃあね」

「……」

 

 

 待て。

 さっきから持ってる木材といいあのガラの悪い連中といい、黙って帰る訳にはいかないぞ。

 

 

「……」

「あ、おいチビ」

 

 

 ジェーンにヘレン。背伸びをしてもまだ子供だ。

 先程ちらっと聞いた家の借金という単語と並べると、こういうのは大抵借金取りだ。

 金が払えねぇならって揉めてるに違いない。木材で武装してる辺り絶対そうだ。

 

 戦闘であれば任せて貰おう。

 私は機械戦争時代に生まれた兵器。人の少女の成りをしているが、今この場で最強。

 きちっと手加減してやるからかかってくるがいい。

 

 

「ほらどけって、おっも! 重たいなこいつ!」

「ちょっとヘレン。女の子に失礼──本当に重たい!」

「……」

「何してんだお前ら」

 

 

 肩を掴んだ程度で動かせると思ったか双子よ。

 内部はガチガチの鉄がぎちぎちに詰まったガチガチの機械だぞこちらは。

 シャーロットは窓越しに持ち上げる奇行をしてしまったが、普通であれば押し動かすのも無理なのだ。

 

 

「──ソラっち。シャロがやるっすよ」

 

 

 ふと薄暗い路地裏へ影が差す。

 続いて落下音。着地音。シャーロットか。

 

 

「……」

「その目は仕事に戻ったんじゃないかって顔っすね? すね?」

「……」

 

 

 その通りといえばその通りだけど。

 

 

「アンに全部押し付けて駆け付けたっす!」

 

 

 何してんだてめー。

 

 

「しゃ、シャロ姉……」

「やば」

 

 

 双子の方はというと、どこからか文字通り跳んできたメイド服の姉にビビっているようだ。

 

 

「さっきの話聞いてたっすよ。ごめんっす、気付いてやれなくて」

「あ」「その」

 

 

 うむ。和解したなら良しだな。

 あとはあの目の前にいる危なげな三人をどうにかせねばならないのだが。

 

 

「でも、ああいう危ないのはまだシャロに任せるっす」

「あれ?」

「ちょっ、シャロ姉?」

「ほわたーっ!!」

 

 

 何か言いたげな双子を無視し、シャーロット突貫。

 すぐさま大の男三人相手への乱闘が始まった。

 

 相手の拳を寸で避けカウンターに肘を打ち、不意と隙を突いた蹴りを受け止め距離を取る。

 明らかに素人の動きをしない謎の高身長メイドに面食らいつつも、相手も荒事が専門なのか徐々に油断を無くし対応していく。

 機械を禁止しても、人間同士の争いは止まないか。しかし規模が大きくなれば、戦いの道具を理想化し競争していけばいずれ……。

 

 シャーロットの踵落としが石畳を割り、外した平手が煉瓦の壁へヒビを入れる。

 私が止めないといけないな。やはり。

 

 

「その人達、自警団の人!」

「オレ達はその人達と一緒に見回りしようとしてたんだよシャロ姉ー!」

「危ないことしようとしてたんじゃないんだよー!」

 

 

 ……まじか。

 ああ、私もシャーロットも早とちりか。人を見た目で判断してはいけなかったな。

 何とかして止めねばなるまいが、現在あの乱闘へ割って入るのは厳しい。

 力業で止めても怪我をさせてしまうし、かといって声は出せないし。

 

 うぅーん。あ。

 びっくりさせればいいじゃん。

 

 

「……」

「ちょ、チビ危ないって!」

 

 

 乱闘の最中へ飛び込み、割と本気で振るわれていたシャーロットのパンチを受け止める。

 かなり重たい拳だ。やばい単位の威力を計測できてしまった人間離れの拳を停止させ、対峙。

 まだ全員臨戦態勢なので、脅して戦意を喪失させてやろう。

 

 全身の出力制限を一時的に解除。

 まずは脚。思いっきり、ふんばる! 

 

 

「床が砕け散った!?」

「あのチビ、重たいし本当に何なの!?」

「あっ。ソラっち! ストップ! ストーップ!」

 

 

 次に腕。

 電力消費なんて何のその。今この一撃に全てを込める。

 

 

「……」

「ソラーーーっち!」

 

 

 エネルギーチャージ完了。関節ロックおーけー。

 いくぞ。エルボーロケット! 

 

 

「うわ──」

「な──」

 

 

 目の前で驚く三人と、後ろで驚く二人。必死に名前を叫んでいたシャーロット。

 それらの声が一瞬かき消される程のジェット音で放たれた一撃が、付近に置かれていた木箱を粉砕する。

 

 中身の詰まっていたそれはたやすく砕け、破裂し、爆発音を響かせた。

 

 少し大げさ過ぎたかも。

 でも、争いを収める為に多少は強引でも仕方ない。

 

 

「よかったぁ」

「……」

「もうっ。ソラっちったら危ないっすよっ」

 

 

 なんかシャーロットが安心してる。まさか、この威力を相手に打つと思っていたんだろうか。

 流石の機械で兵器とはいえ私だって当てたらマズいことくらい分かるぞ。だから逸らして横を狙ったんだ。

 

 

「え、何あれ……」

「やば……」

 

 

 思えば屋敷の人達が謎に私を受け入れてただけで、この世界での基準からしてみれば機械の私は異常なのか。

 しまったな。機械が普通ではない事を忘れていた。

 振り返ると、こっちを真っ直ぐに見つめているジェーンとヘレンの目が合った。

 だいぶ、怯えてしまっている。やり過ぎたか……。

 

 

「……」

 

 

 すまないシャーロット。友達にはなれなさそうだ。

 

 

「すっげー! パワータイプの黒猫義賊じゃん!」

「シャロ姉より強そうでかっこいい!」

 

 

 あれ。ドン引きするんじゃないのか。

 どういうことだシャーロット……は、自警団の人と何やら話し込んでて助けてくれない。

 喋れない私を放置しないでくれ。

 

 

「え、マジの獣人!? 獣人ってこんな力あるの!?」

「腕光ってたのって魔法!? 魔法なの!?」

 

 

 あーわ。離して。撫でないで。

 助けてシャーロット。こういうのは力で引き剥がせない。

 にこにこしてないで助けろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 色々と疲れた。いや機械である私が疲れる事は無いのだが、しかし人間で例えるなら気疲れという奴だ。

 シャーロット一家の仲直りに貢献できたのなら、それは良い。良いんだ。良いんだよ。

 この件、考えれば考えるほど私を巻き込む必要あったかという疑問が出る。

 巻き込むべきはジョージじゃないのか。この地域の主として。

 

 

「おかえりソラ。今日は誰も相手してくんなくて寂しかったぞぅ」

「……」

 

 

 執務室にはいるが仕事を終えてのんびりいたジョージへ何となく茶を差し出すと、ぶっきらぼうにそう言われた。

 だが……構われたら構われたでうるさいとかやかましいとか言うじゃないか。

 良かったな、先に帰ってきたのが無言の私で。

 

 というか、誰もいないってどういうことだ? 分かりやすく首を傾げる。

 シャーロットに仕事を押し付けられたアンがいたし、ブロンテだって今朝いただろう。

 

 

「ブロンテはとっくに帰ったよ。首都で大急ぎ調べたい事があるそうだ」

「……」

「何でまだ首傾げてんだ?」

 

 

 アンについてはさ。

 ──いいや。やっぱりアンは私の前どころかジョージの前にすら姿を現さないのか。最初の紹介の時にすら出てこなかったし。

 

 もしや、かの怪奇現象の正体がアンなのか。皆が話す状況的にそうだとしても今は驚かない。

 以前に脱衣場でドライヤーを故障させたのだってアンだろうし、そんなことできるのは怪奇現象の特権だ。

 そんな怪奇現象と交渉かなんかして屋敷へ雇い入れてるジョージにはビビるが。

 

 

「しっかし」

「……」

「ソラに関係する事とは言え、今さら何を調べるってんだ?」

「……」

 

 

 おいごら、なんか重要そうな事を勝手に進めるなブロンテ。せめて私になんか言ってから帰れ。

 

 

「あ、これあいつが置いてった手紙な」

 

 

 ありがとうブロンテ! ちゃんと話を通すとこ大好きだぞ!

 

 

「んでだソラ。今日はシャーロットん所で一件やらかしたみたいだな?」

 

 

 もう知っていたか。

 代わって家を守ろうとした双子と、亡くなった親との約束で妹弟を守り続ける姉のドタバタ劇。

 結局は双子に稽古を付けていた自警団を借金取りと勘違いしたシャーロットが暴れて終わったな。

 

 一件やらかしたと言っても私自身は双子の捜索と暴力沙汰の制止、仲裁を受け持っただけだ。

 人を殴りつけたり蹴りつけたりしていないし、何なら本気で暴れようとしたシャーロットを止めたのであって罪はない。

 私は無実だ。

 

 

「な、なんで拳振り上げてんの? 振り下ろし先に気を付けてくれ……ください」

「……」

 

 

 何故ジョージは私の拳を掲げた抗議ポーズに驚いている。

 

 

「勘弁してくれ……シャーロットのガチパンチを超えるお前を相手にしたくない……」

「……」

「何で首傾げるんだよぉ」

 

 

 兵器なんだし人間であるシャーロットを超えるのはそら当然だろう。

 そんで、人間へ暴力を振るってはいけないなら物に当たるしかない。

 以前にこの屋敷で扉を殴った以上の威力をお見せするのは大げさだったかも知れないが、仕方がなかったんだ。

 

 

「……」

 

 

 というか、どうしてジョージは色々知っているんだ?

 この屋敷へ最初に戻ったのが私なら、まだ何も知らないはずだろう?

 

 

「うーん、もっとお前の言葉が分かればなぁ……」

 

 

 耳を指差し首を傾げた程度じゃ伝わらない。悲しい事だ。

 

 

「戻ったっすよぉー!」

 

 

 あ、シャーロットが帰ってきた。

 話し合いはもういいのか?

 

 

「安心するっすソラっち! なんとこのシャーロット、町への愛を認められて自警団名誉団長の称号を頂いたっす!」

 

 

 それただ畏怖されてるだけでは?

 

 

「……」

「それただ畏怖されてるだけじゃね?」

「もー。なんすか旦那それー」

 

 

 珍しく私の言葉がストレートに伝わった。ジョージと意見があっただけともいう。

 

 

「あ、てかジョージの旦那は今日の話もう聞いてるっすか? ソラっちから聞いた?」

「……」

「ソラからどう聞くんだよ。アンから聞いた」

「あぁー。納得っす」

 

 

 やっぱアンいるじゃんか。

 何でさもいないかのように。

 

 

「お、ソラっちなんすかそのポーズ! かっちょいいっす! がおー!」

「……」

「怖いからその威嚇やめさせてくれ……」

 

 

 抗議ポーズだ。

 

 

「アンはどこいったっすか?」

「んー? ソラが帰って来たら消えたな」

「またっすか。そろそろソラっちと仲良くしてるところ見たいっすー」

「なんかあいつ、やっぱソラのこと避けてるよなぁ」

「……」

「ちょっと呼んでみるか」

 

 

 む?

 怪奇現象がイコールでアンで合ってるならそんなに避けられてる感じはしないけど。

 あとは……この前だって身体を乗っ取った時にも馴れ馴れしかったし。

 

 ジョージが手元の鐘を鳴らすと、すぐに扉の前でかたんと音だけがした。

 

 この場にいる全員で顔を合わせ、首を傾げる。

 ジョージがため息をついた。

 

 

「あーあー、ソラがいるって気が付いた途端に逃げちゃった」

「……もしや」

 

 

 なんだシャーロット。心当たりがあるのか。

 

 

「ネズミだから、猫耳のソラっちを怖がってるとか!」

 

 

 いやこれは猫耳とかじゃなくて通気口──

 

 

「……」

 

 

 ──ちょっと待て! ネズミってどういうことだ!

 ほら今ちょうど窓に見えてふわふわしてる怪奇現象、あれがアンじゃないの!?

 急いで窓を指差して首を傾げるが、なぜか撫でられて誤魔化された。誤魔化されんぞ、あと撫でるな。

 

 

「うぅーん。折角なら仲良くなって欲しいっすけど、無理強いは良くないっすよねぇ」

「単に一方的に怯えられてんならソラが可哀そうだし少し取り持ってやれ。はいこれ命令な」

「……」

「分かったっす。今日の恩もあるし、このケィヒン自警団名誉団長シャーロットひと肌脱いだるっす!」

「穏便になー」

 

 

 先ほど私が指差した窓をがらっと開け、シャーロットが飛び降りていった。

 普通の人間なら耐えきれない高さだろうがそこはほら、うん。名誉団長さんだし。

 

 

「ふんぬらぁ!」「ぴえぇえ!」

「……」

「アン、大丈夫かな……」

「……」

 

 

 命じたのはジョージだぞ。私は知らないからな。

 というか今ちょっと悲鳴みたいなの聞こえたけど、やっぱり怪奇現象とアンは別なのか?

 

 

「捕まえたっすーーーっ!」

 

 

 あ、捕まったっぽい。

 なんか怖がってるらしいのに、ジョージの采配がごめん……。

 

 どたばた音がして、ばんと扉が開かれシャーロットが帰ってきた。

 小脇に小動物を抱えて。

 

 小脇に、小動物を抱えて。

 見間違い、か……?

 でもあれ小動物で間違いないよね……?

 

 

「ソラへの紹介が遅れたな。あれがこの屋敷に所属するメイド衆最後のひとり、アンだ」

 

 

 降ろされたそれはシャーロットと比較せずとも十分小柄な、私と文字通り肩を並べる背丈でメイド服を着た人物。

 しかしその人物をただ、“人”と一言で表現してしまうのは疑問が出るだろう。

 何故なら、何故ならその頭の先には──

 

 

「たべないで……」

 

 

 二つの丸くて大きな、耳が付いていた。




※ケィヒン自警団
 町を愛する若者が集まって出来た組織。
 乾燥する時期になると拍子木を持って火事防止を呼び掛けたりする。


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17 魂の行方

アンもかわいいんすよ!!!!!!


 

 

「たべないで……」

「おーおーアン落ち着いて、怖くないっすよー」

「……」

「ぴっ!」

 

 

 シャーロットが床に降ろすと、アンと呼ばれたネズミ耳のメイド少女はさささっと動いて隅へ逃げた。

 目を向ければ小さく悲鳴を上げ、壁と棚の隙間にぴったり収まったまま私を明らかに警戒し、怯える。

 ぷるぷると震える小動物そのままの動作に対し可愛げを感じる前に、恐怖させてしまい申し訳なさが先に来た。

 こんなに悄然としているのは私が兵器だからに他ならない。

 

 

「……」

「アンは恥ずかしがり屋っすから、捕まえなきゃなかなか人前に出てくれないんすよねぇ」

「まぁそこはおいおいの事情があるからなー」

 

 

 大きな耳を頭頂に付けたその正体とは獣人に違いない。

 そして獣人とは、ジェーンとヘンリーが先刻話題に上げていた。

 曰く、私の生まれた機械戦争の時代に絶滅してしまったのだという。

 

 目の前にいるアンに関しては……。

 恐らく、世間の目を逃れ完全な絶滅を免れた生き残りが何とか細々と血を繋いできたのだろうか?

 大衆の間で絶滅したと語られる通りなら他に同胞がいないに違いない。

 もしかしたら血を繋いできた特有のコミュニティが存在しているのかも知れないが、この屋敷に以前から在籍し姿を隠す様子と合わせてそれも怪しい。

 

 生き残り。最後の一人。

 

 世間から切り離され、時代に取り残される孤独感は感情のない機械の私にでも分かる。

 分かる、のだが……。しかし私が彼女へ同情するのは間違った事だ。

 なぜなら私は機械戦争時代の遺物であり、それはつまり──

 

 

「ぴぎゅう……」

「……」

「シャーロット。命じた手前あれだけど、あんま無理させてやんなよ?」

「それでも!」

「アンみたいな獣人は機械を怖がってもしょうがないし」

 

 

 ──獣人という種、それらが絶滅した原因である機械へ深い恐怖が刷り込まれているのだろうから。

 危ない機械へ近付くなと語り継がれているのだろうから。

 

 

「しつれいいたします!」

「あ、逃げた」

「……」

 

 

 本物のネズミのようにシャーロットの股下を潜り抜けると、そのまま地を滑るように去ってしまった。正しくネズミのような俊足だ。

 扉越しの廊下からしゅたたたたという足音だけがする。

 一応は兵器として生まれた身なのでせめて謝罪の一つしたかった。したかったが、逃げられてはそうもできないか。

 

 気まずいと言える雰囲気になり、困ってジョージを見てしまう。

 私は機械としてどう接してやればいい?

 私は、アンにどうしてあげられる?

 

 

「ごめんねソラっち。アンったら人前に出るの恥ずかしがる子で」 

「……」

「機械と獣人、やっぱ思ったより相性悪いかぁ」

「んん? そうなんすか?」

「そりゃあ……まぁ、ほら……」

 

 

 ジョージが理由を言いかけてやめた。恐らくどう取り繕ったって機械が悪い過去の話だろう。

 ぎしっと椅子の背もたれを軋ませ、ジョージは窓へ視線を向ける。

 私のカメラではその窓に怪奇現象が映っているが、ふわふわ浮きながら腕を組むその姿を見ている訳じゃなさそうだ。

 

 

「……」

「あーっとだな……」

 

 

 話題を変えようとしてくれている。

 喋る事も表情を変える事も何もできない私は、今は場が流れるのを待つしかない。

 

 

「実はアンって名前、俺達が勝手にそう呼んでるだけなんだ。な、シャーロット」

「そうだったんすか!?」

「お前が知らなくてどうすんだよ。居ただろそん流れの時」

「……」

 

 

 同じ屋敷で働く仲間としてアンへの接し方が分からなくなってしまったが、それはそれで気になる話題が。

 個人的にはそこでふわふわしている怪奇現象がてっきりアンだと思っていたので、予想外の獣人で少し困惑している所だ。

 

 

「この前から何かと話題になってる裏山の慰霊碑、というか墓か。掃除ん時にそこで行き倒れてるのを見つけてなー」

「シャロが見つけて捕まえたっす!」

「そそ。んで自分の名前覚えてなかったら墓の名前をそのまま借りて“アン”だ」

「……」

 

 

 そういうことか。

 じゃあ怪奇現象が本当のアンで合っていて、あのネズミ少女は仮としてアンを襲名したと。襲名とするには変だけれど。

 窓を見れば、本物のアンである怪奇現象が逆さまに浮きながら頷いている。

 

 

「今じゃ珍しい獣人の身だからかあちこちを転々としてきたようでなー、行き倒れる前もちょっと酷い目にあってたっぽい。詳しいことは本人も言わんし分からんが」

「これにはシャロちんお怒りっすよ」

「だからなー、安全な屋敷の中でさえも人目を避ける傾向があるんだが……」

 

 

 機械である私に関しては、より警戒をしていると。どうすればと悩む思考に身体が反応したのか、ぼふっと纏まった空気がため息のように通気口から漏らした。

 横でシャーロットが興味津々といった様子で通気口を見てくるが放置しておこう。

 

 

「……」

 

 

 そっとしてやるのがお互いの為ではないのかと思えるし……でもそうじゃないんだろうなって気もするし……。

 一番穏便なのは、これ以上アンのストレスにならぬよう私が棺へ戻ることではないか?

 後輩たる私が原因ならば、後輩たる私が撤収すればいい。

 

 近くに棺はないので敵対心がないと知らせるため近くの収納へ。

 段ボール的なのや小物的なのを掻き出して、さようなら。

 

 

「何してんのお前」

 

 

 ジョージに肩を掴まれて止められる。

 止めないでくれ、私は置物になるんだ。鉄製招き猫として扱ってくれ。

 呼び込むのはむせる戦火の香りだがな。はは。

 

 

「……」

「アンが人見知りな上に猫とネズミっすからねー。まさに弱肉強食」

「弱肉強食は関係ないけど、今さらながらソラは危険じゃないって説明をよろしく」

「ソラっちはお肉食べないって知れば平気かもっすもんね!」

「……」

 

 

 言うが早いかシャーロットは執務室の扉を肩でぶち抜くと駆け抜けていった。

 

 

「……」

「お前ら壊すの好きだな……」

 

 

 ら、とはなんだ。ら、とは。

 私はブロンテの命令で仕方なく扉を壊したり怪奇現象のせいで手すりを壊した事あるけれど、その他では何もしていないだろう。

 

 

「なぁソラ」

 

 

 何か?

 収納の中から顔だけを出し対応する。

 

 

「獣人が魔法を使えるってのは知ってるか?」

 

 

 ああ。獣人が魔法を使うとはジェーン&ヘレンに聞いた。

 

 

「ここに住んでるとたまに変な事が起こるだろ? アレが魔法なんだけど」

「……」

 

 

 知っているので頷く。でもそれはアンはアンでも本物のアンがやってると思うんだ。ほら、窓に映るアンが自身を指差している。

 それにしてもどうやら窓や鏡に映る怪奇現象アンを視認できているのは私だけで、それゆえ屋敷で起こる超常現象全般はネズミ少女アンが魔法を使っているとされてしまっているらしいな。

 

 科学の結晶たる私が非科学的な魔法を信じていいのかとはもう考えない。

 そも死したる(アン)がふわふわカメラに映っているのがおかしいし、それにトリブレと会うために不思議体験もしたから今さらだ。

 

 

「そんで……その……」

「……」

 

 

 急に言い淀むが、どうした?

 機械たる私に遠慮する事などない。なんでも命じろ。

 

 

「魔法を使える奴は相手の“魂”を見て何かと判断できるらしい。魔力? が云々で」

「……」

「ソラ。お前は話しかければちゃんと反応するし、表情変わらない喋れない書けないの代わりに何とか表現しようと頑張ってるのも分かる。分かるんだが……」

「……」

 

 

 だが、なんだ?

 

 

「正直内面までは分からん。生物じゃない機械を人扱いしても、人のように機械が振舞っても──」

 

 

 ──生物学的に考えればやはり私は生物ではない。

 人為的に生み出された機械、鉄の塊、電気信号のイエスとノーがAIとして脳みその代わりをしているだけ。

 数学分野の化学の世界で人工的に魂を作り、組み込むなんてことを誰が考えようか。

 

 獣人は機械を怯える。アンは私を兵器、機械だと判定している。故に怯えている。

 外見で私を生きているモノと判断できても、魂的なものを感知できていないのだ。

 

 

「お、俺はお前を一人の人間として考えてるぞ? でもさ、事実はそれはそれとしておかなきゃいけない訳で」

「……」

 

 

 分かっている。私が機械であることは私が一番よく理解している。

 

 

「獣人として生まれたから刷り込まれた機械への恐怖ってのもあるんだろうけど、アンの方もお前とどう接したらいいのか困ってるんじゃないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Hyper Operating System ver 1.1
Current time: 18:30

 System: Normal mode.
Outside temperature: 15.5℃

 Battery: 54%
Body temperature: 36.8℃

 Network: Error.

 Miss Solar, do you have any questions? ^^) _旦~~

 

 

 

 仕事が終わり部屋へ戻ると新しい着替えが用意されていた。

 添えられているメモによると、寒い時期なので衣替えをしているとの事らしい。字からして、目覚めた初日から私の身の用意をしてくれている……アンのものだ。

 姿は見せず、機械に怯え、しかし無視するのではなく世話は焼く。怪奇現象のアンは自分ではないと首を振って否定している。

 

 仕事だからと我慢しているのかといえばそうとも思えない。そこが謎だ。

 最初から今へ至るまで、ジョージ本人が世話をしろと命じている様子がないからだ。

 つまりアンは、なぜか自主的に私を支援してくれている。

 

 

「……」

 

 

 分からない、全く。どうしろというのだ。

 私に魂があれば、仲良くなれただろうか?

 

 

「……」

 

 

 どくん、と身体が勝手に動く。

 

 

「──ソラちゃんには借りあるし、私が代わりに喋ってあげよっかー?」

 

 

 勝手に人の体を借りるな怪奇現象。それと、直接話した所で魂が無ければ意味はない。私の中に入った所で怪奇現象の持ってる魂は怪奇現象のものだ。

 コミュニケーションを取るためだけに口を借りたのかすぐに離れてくれたので、姿見で首を傾げているその姿へ向かい分かりやすく否定をしておく。

 例えフリだとしても、私は私のものだ。アンの魂を宿し騙そうとした所ですぐにばれるだろう。そも私が諸々の事情で喋れないのは知っての事だし。

 怪奇現象はしばらく首を傾げたが、やれやれとモーションを挟むと消えてしまった。

 

 

「……」

 

 

 着替えながら環境音を聞く。

 かさかさ、かさかさ。しゅたたたた。

 ネズミの駆ける音、風が葉を踊らせる音、窓を叩く音……。

 かさ。

 

 

「……」

 

 

 懐から何かが落ちた。そういえば首都へ帰ったブロンテから手紙を貰っていたのだったな。

 蝋で雑に閉じられた封を指で切り、中の便箋を取り出す。

 急いでいたのか走り書きだ。シャーロットの殴り書きに比べたら幾分もマシだが。

 

 

 

ソラくんへ

顔も見せず突然帰る事になってしまい申し訳ない。だが全ての答えがもうすぐ見つかりそうなのだ。前々からなぜ棺へ納められていたのに片腕だけが外れていたのか、どうして未来で生きる事を望まれたのに死人のような包帯巻きだったのか……。疑問に思っていたそれらの答えをもうすぐ出せる。

カビ臭さの原因 鑑定の詳細 とにかく全ての資料を揃えたらまたそちらへ向かうが、時期を考えれば次に会えるのは雪が溶けた頃になりそうだ。しかしそれに見合うないようになると思う。楽しみに待っていてくれ。

ブロンテより

 

 

 

 こういうの知ってる。死亡フラグ、って言うんでしょ?

 まぁまぁ、武器の無い平和な世界だし心配は無用だろうけど。

 それにしたって首都とこちらを繋ぐ道は雪で閉ざされてしまうのだろうか。

 それでもちゃんと答えを持ってきてくれるのなら楽しみだ。

 

 

「……」

 

 

 今は、それよりもアンをどうしようかと悩んでいるが。

 ブロンテも帰る前にこの問題と対面していたら、一緒に考えてくれ……たとしても変な事言いそうだな。

 事態を解決させるか悪化させるかの二択だからなあの人。

 道化師の時は、一周回って助かったけどさ。

 

 便箋を封筒に戻して机へ仕舞う。

 

 ──む。マイクが何か不自然な音を拾った。

 扉の前から微振動が続いている。

 

 

「……」

「……」

 

 

 木の板一枚越しで気配の読み合い。

 振動の大きさ、派手さ、直感的にアンだ。

 シャーロットがどう言い含めてくれているのかは分からないが、同行していない辺りからしてもう帰ったのだろう。

 自主的に接触しに来てくれたのは嬉しく思う。むこうも歩み寄る気があるのだから。

 あとは私がしっかり敵対心がないとアピールできれば、1000年刻んだ機械と獣人の溝を埋められずとも同じ空間を共有できるくらいの関係にはなれよう。

 

 

「あのっ」

 

 

 こここん、と超高速で扉が軽くノックされると同時に声が聞こえた。

 

 

「……」

 

 

 どうぞとは喋って返せないので、代わりに扉を開けてやる。

 予想通りの大きな丸い耳が特徴な獣人、アンが足を震わせながら立っていた。

 

 

「すこしおはなしを、よろしいでしょうかっ!」

「……」

「ありがとうございますっ!」

 

 

 頷き部屋へ招き入れる。

 壁に貼った自作の絵くらいしか飾り気のない殺風景な所だがゆっくりしてくれ。

 

 いつでも逃げて良いとアピールするために扉は完全に閉めず少し開けたまま、先に私がベッドへ座り、正面にある椅子へ手のひらで誘導する。

 喋れない分を補うほど敵対心の無さを示していくのが大事だ。

 

 

「しつれいいたしますっ!」

「……」

 

 

 アンが自分で扉閉めちゃった。丁寧なんだね。

 メイド服の裾を握りながら、機械の私よりもぎくしゃくした動きで歩き椅子へ座ってくれた。

 

 

「……」

 

 

 さて、ここからどうしよう?

 喋れないから向こうに話してもらうスタイルになるのだが、向こうも向こうで喋るのが得意ではないと見えるし。

 話を進めてくれるマスター的なのが欲しい。

 

 

「シャロさまより、ソラさまはこのアンめをとってたべようとしていないとおききいたしましたっ!」

 

 

 そうだね。大きく頷く。

 

 

「かってにとりみだし、もうしわけございませんっ!」

「……」

 

 

 いいのいいの。こちらも無言で睨む機械人形で申し訳ない。

 

 

「それで、その……」

 

 

 何か?

 

 

「ソラさまはもしや、“まほう”をあつかえるのでございましょうかっ!?」

「……」

「ほんじつまちでのようすをうかがっていたさい、なにやらかがやいていらっしゃったので……」

 

 

 それって、エルボーロケットのこと?

 自分の肘を差して、首を横に振り魔法ではないと示す。

 はて? とアンが首を傾げた。

 

 

「ちがうのですか?」

 

 

 うん。

 

 

「そうでございましたか、さすがでございますっ!」

 

 

 何が流石なの……?

 あ、機械だからか。機械だから光り輝くのが流石って事?

 

 

「それで、その……ほんだい、おはなししたいことが……」

 

 

 今まではジャブ。緊張を解すための前哨戦。

 ここからが本戦だ。こい、獣人アン!

 どう来たって優しく出迎えてやるぞ、カカッテコイ!

 

 

「ソラさまはおたんじょうびに、なにかほしいものがございましたでしょうかっ!」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………はい?

 

 

「……」

「あ、あれ? アンめはなにか、おかしなことをもうしましたでしょうか……?」

 

 

 え……いや、たんじょうび……誕生日? 私に?

 欲しいものはないけど、ちょっとまって?

 

 

「ソラさまがこのおやしきへきていちねん、こそこそとおたんじょうびのプレゼントをよういしていたのをふしんにおもっていたのでは……?」

 

 

 あの。獣人と機械がっていうアレは?

 さっきまでジョージとあれこれ話してた、意味は!?

 

 

「……」

「あの~、ソラさま……?」

 

 

 てかシャーロットはどんな話をアンにしていたんだ……?

 

 

「あ! もうしわけございません! もしやソラさまのおたんじょうびはちがいましたでしょうかっ!?」

 

 

 そ……れはそうだけど。

 参ったな、首振りだけだと対応しきれん。

 

 

「アンめもみっつおたんじょうびがあるおかたははじめてでございまして、さきにおききいたせばよろしかったですっ!」

 

 

 三つの誕生日?

 屋敷に来た日と棺から出て活動を開始した日、その二つまでは分かるがもう一つは?

 

 

「……」

 

 

 首を傾げながら、指を三本立てようとして……指が動かない。

 駄目だ、明確に意志を伝えるのが無理とは数字もその範囲に含まれるのか。

 頼む怪奇現象、この瞬間だけ私の身体へ入って三本指を立てて帰ってくれ。

 何でこういう時に限っていないんだ!

 

 

「もうしわけございません、ソラさまのしゅういはいつもかんけいないユウレイさまがいて、はずかしながらそれがこわく……おききできませんでした……」

 

 

 幽霊ってもしかして怪奇現象のことか……?

 おいごら怪奇現象、お前のせいで私が避けられてたじゃん!

 全く機械と獣人の因縁関係なく、お前のせいじゃんか!

 

 あーでも良かった。私が嫌われてるって訳じゃなくて。

 もぅ。取り越し苦労だった。感情があったらブチ切れだよこんなん。ぷんぷん。

 

 

「あ! でもソラさまはおなじでもこわくはありません!」

 

 

 ……待っ、て?

 同じでも怖くない?

 私が、怪奇現象と同じ?

 

 

「それでおたんじょうびのひは──ぴっ!?」

 

 

 思わず小さな肩を掴んでしまった。

 なんだそれ、何なんだその情報は。

 

 口ぶりからしてアンは怪奇現象を認識できているけれど、それが明確に何であるかは分からないあやふやな状態。

 獣人が魔法を使える云々はさておき、霊体である“魂”を認識できているという事に間違いはなかろう。

 

 

「あのぅ、ソラさま……? やはり、た、たべようとなさって……?」

「……」

 

 

 首を振ってそれは否定しておく。

 教えてくれアン、私に“魂”があるのか!?

 機械の、私に!



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18 機能更新!

ヘァッ!!!!!!!!!!!!(作者の鳴き声)


 

 ぴえーという高周波がマイク以外の様々なものも振動させた後、大きなネズミ耳と小さな足をを必死に動かしアンは逃げてしまった。両手を前に出してわたわたと駆け扉へ突進していく。

 ま、まぁ無言で急に肩を掴まれたら確かに怖いか。

 その気になれば何でも握り潰せる機械がこう、ガッと襲い掛かって来たら誰でも逃げる。

 

 

「ぴっ」

「……」

 

 

 急ぐあまり扉に激突した。

 おいおい大丈夫か。だいぶ鈍い音がしたぞ。

 

 

「うー」

 

 

 頭を抑えてうずくまるくらいだし心配で声を掛けたいが、悲しい事に喋れない。

 かといって今不用意に近づけばよりパニックになるな……。

 ……よし、腕外しておくか。

 

 

「……」

 

 

 ベッドへ腰かけたまま両腕を肩からパージ。一気に身体が軽くなる感覚がして背筋が伸びる。

 

 

「んゅ? ぴゃあああっ!?」

 

 

 ごとんと音がしたのに気が付き振り向いたアンが、更に悲鳴を上げた。

 

 

「そそそそそそソラさまっ! おおおおおおおうでが、わわぁっ!?」

「……」

 

 

 落ち着け、落ち着くのだアンよ。トリブレ以上にどもりが凄いぞ。

 

 

「おててっ!」

 

 

 私へ対する恐れよりも心配が勝ったらしい。

 座ったままの私の足元へ座り込み、文鎮と化した腕を頑張って拾いあげようとしてくれている。

 流石に獣人とはいえ小さな身に見合った力しかなく、持ち上げる事は出来ず今度は私の肩を直接見に来た。

 メイド服のエプロンから医療キットを取り出すと何かしようとし……首を傾げる。

 

 もしかして、先ほどの会話と合わせてアンは私の事を“魔法の使える獣人”と捉えているのだろうか。

 じろじろと接続部を覗き込み、包帯や──待て消毒しようとするな。生物用の液体を噴霧するな。

 身をよじって嫌がると「だめです!」と叫び譲らないが、見た目通りどうにもかなり非力らしく逃げるのは簡単だ。

 

 

「ソラさん、いらっしゃるかしら?」

 

 

 む。エミリー丁度いい所に。アンを引き剥がしてくれまいか。

 

 

「ぁあ、幸せの花園……」

 

 

 こりゃ駄目だわ。エミリーはそういう人だった。

 ネコ耳(通気口)とネズ耳(本物)を前にして、妙な癖を持つエミリーが倒れないわけが無かった。

 扉の前でしゃがみ込んでしまったので私から近付く。私を引き留めようとアンは腰へしがみつくが、どうにもかなり軽量らしく引き摺って歩くのは簡単だ。

 

 

「……」

「ソラさまおまちくださいませっ! おけがのてあてがっ!」

「お怪我をなされましたの!?」

 

 

 めちゃくちゃだぁ。

 翻訳成功率八割を誇る神通訳のブロンテはなんてタイミングで帰ってしまったのだ。

 もうこの屋敷に残ってる面々は最大でも二割しか通じないんだぞ。

 最近のシャーロットに至ってはもはや不可能だ。そもそも最近は私を完全に人間と見ている節あるし。

 

 

「──って、両腕が外れてしまいましたのね」

 

 

 お?

 

 

「ふふ、落ち着いてアン。ソラさんは機械ですからこうやってくっ付ければ大丈夫ですわ」

「……」

「ほら! 以前にもこうして取れてしまった事がありましたの」

「なんと、ほんとうにおきかいでございましたかっ! さすがでございますっ!」

 

 

 おお、何という事だ。エミリーは私をちゃんと機械として見てくれていた。

 この前ふたりきりになった時は混乱していただけか、あるいは怖がりを誤魔化した虚勢だったのか。

 単に興奮して暴走してたのかって説もあるけど。

 

 なんにせよ、アンが私の事を機械として──。

 

 

「ソラさまはほんとうに、おきかいでございましたのですね!」

「そうですわ。……最近のシャーロットさんは“やっぱりそう視えるっすよねぇ”とかおっしゃって、全くそう思っていないようですけれど」

「はい! アンめとかくにんしあいそうおっしゃられておりました!」

「……」

 

 

 何か、今の問答にもの凄い疑問が浮かぶのだが。

 エミリーは間違いなく私を機械と理解している。最初にした説明を受け入れてのことだろう。そこはいい。

 だが疑問はシャーロットが私を機械扱いしない理由が、()()()()()()()()()()()()()()()と言っている点だ。それもアンと確認しあってのこと。

 

 

「……」

「あら、どうされましたの?」

「どこかいたみますでしょうかっ!?」

 

 

 

 シャーロットは私に何かを視て、アンと確認し、私を機械として見るのをやめた。

 その“何か”は一体なんなんだ?

 

 

「……」

「ぴえっ、あ、あの、アンめになにかごようでしょうか……?」

 

 

 エミリーやジョージ、あるいはブロンテとはではなく確認に選んだのがわざわざアンなら、恐らくは獣人の目を必要とすること。

 とすれば、やはり思い浮かぶのは(くだん)の“魂”についてだ。

 ──シャーロットのことだから、散々かき乱して大したことなかったってオチもありえるけど。

 

 

「……」

「ソラさん、どうかされましたの?」

「……」

 

 

 いいや、聞けないし仕方ない。首を振って話題を終わらせる。

 ブロンテが戻ってくれば色々教えてくれたり疑問を翻訳してくれるだろう。

 所でエミリー。私に何か用があったのではないか?

 機械たるこの私へ何とでも言うがいい。

 

 

「ではわたしくしからの御用を」

 

 

 ちゃ、と懐からカメラを取り出した。

 いつしかのように写真を撮りたいといった所だろうか。

 

 

「ふふ、ふふふふふ……。お二人が揃うタイミング、今ここにしか……!」

「!」

 

 

 その瞬間、隣にいたアンがもの凄い勢いで射出された。

 射出、というか飛び上がって天井へ吸い込まれた。

 というか本当に消えていった。

 

 

「あら」

 

 

 エミリーもびっくりの速度である。私の目にはフレームレートの問題で残像しか映らなかったぞ。

 どうやって天井をすり抜けて天井裏まで行ったのかは分からないが、がたごと音がするのでそこにいる事に違いはない。

 以前にエミリーも天井裏に潜んでいた事があったし、どういう建築をしているんだここは。

 

 

「おしゃしんはいけませんっ! たましいをぬかれてしまいますっ!」

「あら。それは迷信ですことよ?」

「ソラさまもこちらへひなんをっ!」

「……」

 

 

 天井裏は気になるけど──待て、なぜ私も誘う。

 わ、私に“魂”が無ければ、視えてなければそういう発言はしないはずだぞ!

 私は機械だ。感情の無い無慈悲な鉄の塊で、戦争に生きていた兵器なのだ。

 ブロンテからはっきり告げられるまで信じないからな。

 

 

「今日こそはツーショットを狙えるかと思いましたのに……」

「もうしわけございませんっ! ごかんべんをっ!」

「ではソラさん」

 

 

 うす。

 

 

「ソラさまぁーっ!」

 

 

 それからしばらくの間、アンは叫び続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──人間らしい生活をしろ。

 翌日。食事中のジョージから唐突にそう告げられ、思わず紅茶を注ぐ手を止めてしまった。

 そして思う。正気かと。

 

「うーん……。顔変わらんから分からんけど、何となく言いたい事はわかるぞー」

「……」

「“ボクは機械だから人間じゃありません”ってところだな?」

「……」

 

 

 違う。私の一人称は“私”だ。

 いやそこが重要でもないんだけど。

 

 

「あ。違ったか」

「……」

 

 

 そうだ。私は自身の事をボクだなんて呼んだ覚えがない。

 

 

「まぁまぁ、とりあえず俺の言った通りな」

「……」

「不満か?」

 

 

 と言われても機械の身体に人間らしい生活って、これ以上は無理じゃないか?

 唯一それっぽい感じである深夜帯の睡眠(スリープモード)以外の何をしろっていうんだ。

 

 

「でもなぁ。昨日ブロンテから去り際にそう言われちゃったからなぁ」

「……」

「お前はそういった話されなかった? ほら、渡した手紙とかにさ」

 

 

 首を振って否定。死亡フラグの文章は渡されたけど。

 

 

「そっか」

「……」

 

 

 いや続かないんかい。

 こう、あるじゃん? こういう理由で―とか、実はーとか。

 無いの? なんか。

 

 

「飯食ったら仕事だ! うっし」

「……」

「んあ? どした?」

 

 

 何でもないように立ち去ろうとするので袖をつまんで止まらせる。

 もっと私へ情報を渡せ、よ! 当事者なんだから! さ!

 

 

「う、上目使いは卑怯だろ……!」

 

 

 何の話だなんの。

 

 

「……」

 

 

 ほら、きりきり吐け。私に関してブロンテから何を聞いているんだ。

 両手でジョージの袖をつまみ、揺さぶる。

 ほらほらほら。言うんだよ。

 

 

「あざといやつめ、撫でまわしてやる」

「……」

 

 

 撫でるんじゃないっ。

 

 

「いてっ」

「……」

 

 

 あ、しまった……。

 つい払いのけてしまったが、私の力で叩いたら軽い怪我では済まない可能性も……。

 

 

「くっくっく」

 

 

 何を笑っているんだ。

 まさか、嘘を付いたんじゃないだろうな。私の反応見たさに。

 

 

「いやぁやっぱお前はかわいいなぁ。猫っぽいなぁ」

「……」

「うりうり撫でてやる」

 

 

 撫でるんじゃねぇ……!

 

 

「──と、やり過ぎても本気で怒られそうだしそろそろやめておくわ」

 

 

 賢い選択だな。まったくジョージめ。

 

 

「んじゃあ仕事すっからなんかあったらまたなー」

 

 

 表情を変えられないし喋れもしない私をからかってどう満足したのか、結局何も情報は増えないまま去ってしまう。

 それにしても人間らしい生活をしろとはどうしろと言うんだ?

 

 

「ソラさーん」

 

 

 首を傾げながら足を止めてしまっていると、入れ替わるようにエミリーがやってくる。

 昨日は小一時間の撮影会だったが今日はなんだろう? また撮影か?

 

 

「こちらへ来ていただけませんこと?」

「……」

「ささっ、どうぞどうぞ」

「……」

 

 

 なんか怪しい。

 

 

「……」

 

 

 でも、着いていく他ない。急ぎの仕事はないし。

 だが最近しっかり定型業務の流れができておらず少し落ち着かないので、なるべく手短にお願いしたい。

 どこまでいくんだろう?

 こっちは以前に掃除を行ったことのある、最初に怪奇現象と邂逅した部屋ではないか?

 

 

『ようこそーっ!』

 

 

 扉を開けた途端、花吹雪のあいさつが飛んできた。

 一瞬で視界が埋まってしまったので身構えるが、歓迎しているっぽいし警戒は不要……か?

 

 カメラを調整しつつよく見る。左右にシャーロットとアン、正面にはメイド服が浮いている。

 浮いている、ように思えるがトルソー的な物へ着せているっぽい?

 なんだか状況がよく分からん。

 

 

「ソラっちがこの屋敷へ来て一周年記念ーっ!」

「おめでとうでございますっ!」

「……」

「といっても、ソラさんにとっては棺の中にいたのが半分くらいですわね」

 

 

 う、ん?

 もしかしてアンの言っていた誕生日が云々って話か?

 

 

「というわけで、ご用意しましたプレゼント!」

「プレゼントにございますっ!」

「機械の部分はトリっち提供の技術にござーい!」

「ござーいっ!」

 

 

 エミリーが後方で腕組みをしている中、やかましく二人が騒ぎ立てる。

 それにしてもシャーロットのラフな口調はアンに悪影響を及ぼすのではないか? 少し不安だ。

 

 

「シャロが設計、アンが縫い、トリっちが技術! 資金と素材の調達はエミリー!」

「……」

「さ、特製メイド服を着てみるっすよ!」

 

 

 なるほど。つまりは機械の身体に通常の布は排熱に難があると察して用意してくれたのか。

 ありがたい。深く頭を下げる。

 機械の少ない今の時代でよくぞこう考えてくれた。

 

 沢山ついているファスナーが中々良いポイント。

 開けて通気を良くできるし、金属製なのでヒートシンクとしても機能する。

 みんなで着るメイドの制服という統一感は失われ──。

 

「気に入ったっすか? っすか!?」

「……」

 

 

 高身長、ネズミの獣人、一般人に機械……。

 あれ、元から統一感ないなこの職場?



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19 お買い物

学園生活騒音部とか書いてました。
太陽が出て元気な季節なので投稿です……(作中は冬)


 

 

 

 機械仕掛けの専用メイド服を得て、裏庭の整備も任されて。

 趣味や感情といった人間的なモノは未だ分からず言われるがまま“人間らしい生活”を続けているが、そろそろ自分でも動くべきだろう。

 裏庭へ植えられるらしい品々はジョージが注文を出しているので私からすべきことは無いに等しいとはいえ、こう……なんかアクションを起こすに悪い事はないはずだ。

 

 

 明日は休日。そして今日は給料日。

 機械とて従業員扱いの私にもその二つは存在し、しかしお金の使い道は未だ分からないままだった。

 それは全てジョージのせい。私を人間扱いして可愛がりたいからってあんまりやり過ぎないで欲しいんだけど。

 

 子供が欲しいのかな。

 さっさとブロンテとくっつけばよかろうに。

 

 それはさておき自室備え付けの机の引き出しを開けて中を確認。

 今手元にある給料袋と同じものがもう複数ある。

 

 

「……」

 

 

 これは最初に渡されてから今に至るまで全く手を付けていない給料袋達。

 ほんとうに。ほんとーに、まーったく使ってない。

 お陰で給料を渡されて仕舞う度に存在を思い出し、仕舞う度に人間でいう溜息物である。

 

 こうなっている理由は明白だ。

 なんせお金を使うことも、お金を誰かに渡す場面が無かったから。

 

 

「……」

 

 

 理由として衣服はアンを始めとした屋敷の面々が私に着させようと続々持ち寄り、食費と言うか活動の為の電力は太陽光依存。

 住み込みなのでその料金だけは給料から幾らか天引きされている──とは以前シャーロットから聞いていたんだけれど、疑って明細を確認したらその欄は無かった。たぶんジョージ的に私は機械人形という所有物なのでってことなんだろう。散々人間扱いしておいてそこはか。

 

 というなんやかんやなワケで、衣食住がタダ。

 普段読んでいる本も書庫から借りてきただけだしタダ。

 

 

「……」

 

 

 アンへ礼としてお金を渡そうにも受け取ってくれないし、太陽はそも。

 自室代も言葉を喋れないなら交渉不可。

 シャーロット的には趣味へ使えとの事だが、人間で言うなら読書が趣味となろう私なので同上。

 新しく趣味の候補として存在する裏庭も前述の通りジョージが揃えてくれるし。

 

 さてどうしたものか。

 熱に弱い機械の私の為にみんなが作ってくれた専用のメイド服から私服へ着替えながら──。

 

 

「……」

 

 

 ──ふむ。物か。

 そういえば読んでいた小説でも、礼として品を渡す場面があった。それに倣ってみよう。

 

 

 

 

 

 翌日。

 機械の身に休日は不要だが、自由に使える時間というのは貴重なものだ。

 太陽光が弱く、日も短いこの時期は特に。

 屋敷という室内で働いている身としては、殊更に。

 

 

「……」

「あの、ソラさんや? そう無言で睨まれても何も分からないと言いますか……」

「……」

 

 

 喋れないのは今更伝える必要もなかろうジョージ。

 なぜか扉の代わりに暖簾(のれん)が掛けられた執務室でジョージを見つめていると、勝手に根負けして彼は両手を上げた。

 うーむ。そろそろ言語を介せず行動を理解して頂けないものだろうか。

 稼働してから半年と少しでは流石にか。あるいは、バディ物小説限定の能力か。

 

 道化師トリブレや本物のアンこと怪奇現象がいるしそれくらいできてもいいじゃん。

 化学の結晶たる私の前でフィクションみたいなことをするのだ。だったら都合のいいこと全部起きてくれ。

 

 

「あ、なんか欲しいモンでもあったか? ここにカタログあるけど」

「……」

 

 

 なんか家財道具の写真が沢山乗っている冊子をくれた。

 

 

「お前の部屋って殺風景だし模様替えもいいな。欲しいのにペン入れしといたらまとめて頼んどくよ」

 

 

 はー。うむぅ、こういうの見て部屋の家具配置とか考えるのも面白いかも。

 じゃなくって。

 

 

「……」

「違うのか? やっぱ分からんて」

「……」

「お答えいたしましょう! それは!」

 

 

 どたばた音がしたかと思えば、エミリーが暖簾を風圧で吹き飛ばしながら現れた。

 

 

「ソラさんは、町にお買い物へ行きたいのですわ!」

 

 

 そうそうそれそれ。

 なんでわかったのかは知らないけど乗っかろう。

 

 

「ええー? ソラっていつも部屋で本読んでる家猫だろ? んなわけ──」

「……」

 

 

 首を横へ振りながらエミリーの肩に手を乗せ頷く。

 はひゅえ、という謎の奇声がした。

 

 

「ま、たまには買い物に行きたいか」

 

 

 うむ。ようやく本題だな。

 というのも、私が町へ繰り出した回数は片手で数える程しかないのだ。

 最初にエミリーがぐるりと案内してくれているとはいえ、折角なら他もオススメを知りたい。

 迷子になる心配はないが案内役は欲しいのだ。

 

 それにほら、本にも女の子を一人で出かけさせるなってあるし。

 

 自警団の見回りもあるしないとは思うが、見た目は兵器よりも少女な私へ悪い虫が付かないとは限らない。

 バグは機械の敵だ。ともすれば大変だろう?

 主に事後処理が。

 

 

「んー。迷子になったらソラは人に聞けないし、案内がいるな」

 

 

 うんうん。

 

 

「シャーロットはなんでか機械整備の資格取りに行ってるし、アンはそもそも町へ出らんないし」

「ちらっ、ちらちらっ」

「はい。エミリーさんに任せますぅ」

 

 

 言わされた感がすごい。

 この屋敷の主従関係ってどうなってるんだろう。

 機械の私が最低辺とするのは当然だが、ジョージはてっぺんにいるハズじゃないのか?

 

 

「……」

「じゃあ出る前に紅茶入れてってくれ」

 

 

 エミリーはもういない。1コマでも早く私と出かけたいのか、準備の為に颯爽と場を後にしたらしい。

 となれば、残っているのは私こと休日機械人形ソラのみ。

 だが以前休日に趣味で働いてたら怒られたので同じ轍は踏まない。

 

 

「ア、スンマセン」

 

 

 紅茶のパックを机に置いたらなぜか謝られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケィヒンの町はのどかで空気も良く、平和の時代を象徴する景色として代表してもよいですわ」

「……」

「この町へ来てよかったと、いつも思います」

「……」

 

 

 こくりと頷く。

 しかしそんな場に兵器である私は不釣り合いではないだろうか?

 首を傾げたら撫でられる。撫でるなっての。

 屋敷から出て道なりに進みながらエミリーがしみじみと言葉を続ける。

 

「首都の方はなんといいますか、息が詰まりますもの」

「……」

 

 

 そうなのか。確かにケィヒンという町の魅力は風景だけで成り立っている訳ではないな。

 ところで以前から気になっているんだけど、首都ってどんなところなのだろう。

 くいくいと袖を引っ張りながら首を傾げてみる。

 

 

「う゛、かわいい……!」

 

 

 やめろよせ撫でるな。

 見上げながら首を傾げただけだぞ。

 

 

「ごほん。ソラさんは首都についてお聞きしたいのかしら」

「……」

 

 

 頷く。

 息が詰まるとは一体どういうものだろうか。

 人が多くて酸素が薄いのか、それとも我々(兵器)のせいで環境汚染が引き起こされているのか。

 

 

「そうですわね……。監視が厳しく規制も多く、制約に縛られた不自由な町」

「……」

「わたくしはそんな町と後継ぎという立場が嫌でこの町へ来ました。……無一文で宿もなしというわたくしの為に必要もなく雇い入れてくれたジョージ様には感謝ですわ」

 

 

 ふむ。エミリーもやはり苦労しているな。

 普段の奇行も過去の反動だと聞いているし、大変だったのなら“褒める”に値する。

 

 

「……」

「あら、どうされましたの?」

 

 

 くいくいと引っ張ると、エミリーは目線を合わせようと屈んでくれる。

 身長差からしてこうでもしないと届かないのだ。

 苦労をさせるがこれで許してくれ。

 

 

「あ、あ、ああ!」

 

 

 屋敷の住人が私を褒めようとするように、頭を撫でてやる。

 私は発電をする為や万が一の感電を警戒してあまり嬉しく思えない行為だが、人間相手ならこうしてやるのが正解なのだろう。

 言語を介さず褒めていると示す動作。首を振る以外にこれならできるとは。

 

 

「うへ、へへへ……ヒヒ」

 

 

 エミリーが人に見せてはいけない顔をしている。ヤバ。

 

 

「……はっ!」

 

 

 あ、気を取り戻した。

 これでどうだろうか。

 

 

「ソラさん、ありがとうございますわ」

 

 

 この上ないにっこり顔でエミリーがすたすたと歩く。

 少し早い。小走りでついて行く。

 

 

「ソラさん! こちらのアクセサリーショップがおすすめです!」

 

 

 おお、案内ありがとう。

 さっそく入って皆へのプレゼントを決めていこ──

 

 

「──店員さん! 一番高くて一番すごいのを! この子に似合う! とても良いのを!」

 

 

 待てエミリー、それは私の本意ではない。

 というかその流れ、また私がお金を使えないやつだ。

 ぐいぐいと引っ張って困っている店員から引き剥がすと、今度は私の頭をじっと見始めた。

 

 

「ソラさんの紺色の髪の毛、日の当たりようで不思議に煌めくその髪の毛……」

 

 

 繊維型太陽光発電機だ。

 一本一本が硝子(ガラス)に包まれているため人間の髪の毛とは色々と異なる。

 で、その目は?

 

 

「お似合いなのは……こちらの……いや……」

 

 

 ああ、私に何か買おうとしているのは変わりないのか。

 先も言った(無言)通り私の頭についているのは発電機であり髪の毛ではないので、そういうヘアピンとか髪飾りはごめん願いたい。

 というか既に頭には追加のバイザーが付いてるしな。

 

 店内を見渡して、ブローチが目に入ったので指差す。

 機体温度の上がってしまうスカーフや関節の動作に影響しそうなネックレス系統とは違い、こういう服に追加する小物なら全然大丈夫。

 

 

「……」

「あら、可愛らしい。こちらから選びますわね」

 

 

 喋れないのでもうエミリーが買ってくれるのを断る術はない。

 ふふふ。だがただでは私も負けん。ちゃんと勉強している。

 さぁエミリー、選ぶがいい!

 

 

「こちらの招き猫、いや……肉球……。いえ」

「……」

「ソラさんにはこれかこれですわ」

 

 

 悩んだ末にエミリーが手に取ったのは、カブトムシと木の枝の二択だった。

 

 

「……」

「どちらにいたしましょう?」

「……」

 

 

 うん、そのカブトムシなに?

 

 

「……」

 

 

 木の枝は、まぁまだ裏庭を任された身として自然ではあるか。

 カブトムシよりは深そうだけど。

 

 

「ふふ、ではこちらですわね」

 

 

 かっこいいのは分かるけどカブトムシは無しで。

 

 

「店員さーん!」

 

 

 私の左胸辺りにオリーブの枝を象ったブローチを取り付けると、そのまま会計を行っていく。

 当然エミリーが支払うが慌てる私ではない。

 店員さんと世間話、あるいは情報交換を行っている二人を尻目に棚に並んだブローチを選定。

 

 そう!

 

 私は今、プレゼント返しをしようとしている!

 送られたら送り返す。それの上位版らしい、お互いにお互いのプレゼントをその場で買うという行為。

 感情的な意味は分からないが、人間的にこれが中々正解らしい。

 

 

「ソラさん」

 

 

 む?

 

 

「その枝はオリーブといい、平和の象徴とされています」

「……」

「ふふ、お似合いですわ」

 

 

 そう、か。私が平和の象徴たるオリーブの枝を、身に着けるのか。

 皮肉なものと受け取るか、それとも赦されたと取るべきか。

 

 

「それにオッペンハイマー商会にとっては信仰の対象でもあるので、こういった品を一つ持っているだけでもどこかで役に立ちますわよ」

 

 

 兵器たる私に平和のシンボルは似合うとはまだ思えない。

 エミリーには悪いけど、後者を選択して受け取ろう。

 喋れないし顔にも出ない機械の顔に今は感謝する。

 

 

「……」

 

 

 さて。折角のお出かけへ付き合わせてしまっているのにそういう暗い話は無しだな。

 

 

「そちらも気になりますの? でしたら」

 

 

 手にしたものを確認したエミリーがこれもとお金を出そうとするが、首を振って拒否。

 カウンターへ持って行き、会計。意図を察したらしい店員さんが懇切丁寧に接してくれた。

 

 

「……」

 

 

 無事に買えたので、ちょいちょいと手招き。

 付けて欲しいと勘違いしたらしいエミリーは手を伸ばすが、拒否。

 代わりにエミリーの胸元へブローチを付けてやる。

 

 

「わ、ぁ!」

 

 

 カブトムシやオリーブの枝のようなセンスや知識はないが、これは印象も良かろう。

 

 

「まさか、ソラさん!」

 

 

 翼を広げているその姿は自由な感じがして、なんかこう、いい感じだと思う。

 どうかな。もう買った後に確かめるのはあれだけど。

 

 

「白い鳩には愛や平和の意味があります。ソラさん、嬉しい……」

 

 

 うぉ、また顔がヤバい事になってる。

 偶然とはいえ意味合いも悪くない。それほど嬉しがってくれるならこちらも嬉しいよ。

 

 

「一生大事に致しますッ!」

 

 

 それほどとは。

 じゃあ、次行こうか。

 袖を引っ張り店を出る。さぁ案内したまえ。

 まだまだお出かけは始まったばかりだぞ。

 

 

 



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20 プレゼント作戦

ひ、ひさしぶり、に、書くの……むず、むずかししい、ね!


 

 

 

 次の休日。

 前回のお出かけで入手した土産(プレゼント)を屋敷の各面々へと手渡しして回っているのだが、どうも遭遇が難しい人物がひとり。

 もちろん首都へ向かったまま帰ってこないブロンテの事じゃない。

 近くの窓に映り、自身を指差しながらくるくる回って笑って消えた怪奇現象でもない。

 

 

「……」

 

 

 怪奇現象と名前は一緒だけど生きている方。

 ネズミの獣人のアンだ。

 

 

「……」

 

 

 プレゼントとは手渡ししなければいけないというのに、アンばかりは確実に直接会う方法がない。

 会えないだけで私の近くをちょこちょこ動いているのは分かってる。

 分かってるんだけど、アンの隠密性が高すぎて捕獲できねぇ。

 耳の先ひとつ、尻尾の先ひとつを見せる事無く、彼女は自身のタスクを達成していく。

 

 

「あれ、なにやってるっすか?」

「……」

「チーズのスケッチ?」

 

 

 現在地はこざっぱりとした裏庭。

 自由にしていいと許可されているので倉庫に仕舞いっぱなしだったカフェテーブルと椅子を出し、先程厨房からちょろまか……トーマスから譲り受けてきたいかにもな三角チーズを皿に置いて待っているのだが、全く現れない。

 代わりにシャーロット来ちゃった。

 

 

「ちょっときゅうけーい!」

 

 

 対面の椅子にどかっと座ると、古くてボロイ椅子は悲鳴を上げた。

 べぎゃっと音がしてシャーロットの座高が急激に下がる。

 

 

「ちょっとボロ過ぎやしないっすかね」

「……」

「んもー、うら若き乙女としておしりで壊しちゃうのはへこむっすよー」

 

 

 立ち上がったシャーロットは、デカかった。

 紹介して貰った頃の写真とスケールを合わせて比べてみる。

 明らかにでけぇ。180cmを普通に越してるじゃん。まだ伸びてるのか。

 

 

「シャロが重すぎるって思われるじゃないっすか。もうっ」

 

 

 いや、うん。

 重いというか。

 

 ハイパー・シャーロットは持っていた本をテーブルに置くと、近くの飾り石に腰かける。

 流石に石は悲鳴を上げたり砕けたりしない。

 

 

「で、ソラっちはチーズを前に何してたんすか?」

「……」

「うーん? それって前にくれたプレゼントっすね」

 

 

 がさがさと紙袋を見せて、続いてチーズを指差す。

 

 

「もしかしてアンを待ってるっすか?」

 

 

 そうそれ!

 首を縦に振ると、シャーロットは満面の笑みを浮かべて伸びをした。

 

 

「じゃあシャロが捕まえた方が早いっすね!」

 

 

 うん!

 ……うん?

 

 

「ソラっちに負けてらんないっすからね。ちょっと鍛えたシャロを見るっすよぉ!」

 

 

 鍛えたって何よ。

 機械である私と張り合おうとしないで欲しい。

 万が一にも超えられたらへこむから。

 お前やりかねんから。

 

 

「ふんぬっ!」

「ぴぇえええええ!」

 

 

 巨体からは想像もつかない機敏性で駆け、角を曲がると一瞬でアンを捕まえ戻ってきた。

 なんだ、普通のやり方か。もっとこう、拳で解決するんじゃないかと。

 捕まえてるんだし拳に間違いはないんだけども。

 

 

「あ、あ、あのっ! なにかごようでしたでしょうか!」

 

 

 なぜか片手に花を持っているアンは抱えられたまま落ち着きなくきょろきょろと視線をさ迷わせ、私を見つけると叫ぶように喋った。

 対面の椅子はシャーロットが破壊してしまったので私の座っていた席を譲り、まぁまぁと座らせる。

 どうぞこちらへ。どうぞどうぞ。

 

 

「な、な、なになになに」

「……」

「んじゃ。お邪魔虫だしお勉強に戻るっすー」

 

 

 ひらひらと本を掲げながらシャーロットは去っていった。

 お邪魔虫ではないけど、勉強しているのならしょうがないな。

 さて、アンよ。

 

 

「あのっ!」

「……」

「ふくろ、でございますか!」

 

 

 そうだ。紙袋だ。

 アンの好みは分からなかったのでマフラーだ。

 小柄な生命体なら寒さに弱かろうと思い選んだのだが、どうだろうか。

 

 

「ありがとうございますっ!」

 

 

 紙袋からマフラーを取り出したアンはマフラーを机の上に置き、紙袋へ顔を突っ込むとわしゃわしゃと笑った。

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 お互いに会話が途切れる。

 元から喋ることのできない私なのでなにか言って欲しいのだが。

 なんでアンは紙袋に顔を、匂いを嗅いでるのか? なんで?

 たっぷり10秒数え、そろそろかと肩を突いてみる。

 動かない。

 

 

「……あ」

 

 

 もう数秒経ち、ようやくアンは再起動した。

 本当にどうしたんだ一体。怖いぞ。

 

 

「も、もうしわけありません! くらくてせまいところでちがうにおいをかぐのがたのしみでしてっ!」

「……」

「かわったたのしみとおおもいでしょうが、ほんのうが……っ!」

 

 

 そうか。本能か。本能なら仕方ないな。

 私は生物ではないので分からない感覚だが、生物はそうした抗えないモノを持つという。

 人間で言えば三大欲求。獣人の場合どういう配分なのかは資料がなく分からないが、ふむ。

 もしや獣人少なく資料もない現代においてアンの行動原理、抗えない本能についてをまとめたら発表できる内容になるのではなかろうか。

 

 身内を売るようで嫌だしやらないが。

 というか、それを言うなら発表されるべきは機械たる私の方がだし。

 今の世界情勢的にこのお屋敷がひっくり返るけど。ついでにブロンテも飛ぶ。

 

 

「……」

 

 

 とりあえずプレゼントの本体はマフラーなので、紙袋を置いたアンに巻いてあげる。

 メイド服の上からマフラー。似合うかどうかは怪しいがかわいらしいのではなかろうか。

 

 

「もしや! これを!?」

「……」

「あたたこうございまし!」

 

 

 うむうむ。よろこんで貰えて何より。

 

 

「もしや! ソラさまからのおかえしでしょうか!」

 

 

 そうそれ!

 アンは満面の笑みを浮かべ、しかし笑顔を作れない私は無表情のまま頷き返すしかできない。

 

 

「おきになさらずよかったでございますに、アンめなどみてみぬふりを……っ!」

 

 

 アンの経歴は詳しくしらないが、自分なんかと思わないことだ。

 ジョージやブロンテ。シャーロットにエミリーの助力も確かにあるが、この屋敷に馴染めた要因はアンのお陰なところが大きい。

 姿を見せずとも普段から先回りして着替えや道具を用意し、仕事に慣れていない私でも見れば分かる状態を作ってくれていた。

 こんなマフラー一つでは返せない恩だが、言葉の無い機械たる私なりのお返し。

 

 

「もしや、このチーズも?」

「……」

「しつれいいたします!」

 

 

 頷くと、アンは両手でチーズを持って早速ちょこちょこと食べ始めた。

 小さな手で少しずつ小さな口へ運ぶ様は、やっぱり小動物。

 私でもかわいいと思う。エミリーがいたら自爆するんじゃないかな。

 

 

「んむ……。もうすうねんまえまではこのようなせいかつ、そうぞうもつきませんでした」

「……」

「あたたかいねどこ、あたたかいかたがた。ごはん。じゅうじんたるアンめすらもむかえいれてくれたジョージさまには、あたまがあがりません」

 

 

 大げさ、とも言い切れないのがなんとも。

 両親を亡くし借金もあるシャーロットは弟のトーマス共々、都会のお嬢様エミリー、そして兵器の私をも快く迎え入れてるのだ。懐が云々とかって次元ではない。

 

 

「──ゆぅ、ゆうれ、い……。もいる、ぅよ」

「ぴゃ!?」

「……」

 

 

 声のした方へ目を向けると、いつものずんぐりむっくりとした機械が。

 視界外から唐突に現れるヤツなんてトリブレしかいない。もはやどうやってとか言ってもしょうがなかろう。

 今日はどうしたんだろう。というか、トリブレも怪奇現象を知っているんだ。

 コックピットの鏡面に映った怪奇現象は驚いた顔をして、くるくる回りながら消えてしまった。

 

 

「……」

 

 

 あ、トリブレに驚いたのと怪奇現象が近くに来たせいでアンがどこかへ行っちゃった。

 野性味のある警戒心というかなんというか。

 

 

「こここんに、ち……は。んふふ」

 

 

 こんにちは。

 

 

「あ、あえ、と。おじゃ……ま、ししゃしちゃ、……た?」

 

 

 上手く聞き取れなかったが、たぶん“お邪魔しちゃった”かな。

 いやいや。アンにマフラーとチーズを渡せたから大丈夫だよ。

 

 

「ご、ごめん、ね。あんま、り、し、しぃし喋るの、と、得意、じゃな……く、て」

 

 

 トリブレは詰まりながら喋りつつ、背中に搭載していた木箱を降ろしていく。

 それは?

 

 

「たのま、れて、た……。お庭の、に、っつ使えそ、ぅなもの……」

 

 

 開けてくれたので中を覗き込むと、私が壊してしまったクワの替えや幾つかの苗等々が詰まっている。

 ジョージが注文していた品々かな? トリブレが持ってきてくれたって、道化家業の傍らに配達?

 

 

「あるばい、と」

「……」

 

 

 へー。

 

 

「ぴゃあああああっ!?」

 

 

 

 おわっ、どうしたんだアン。凄い悲鳴だぞ。

 どこへ行ったのかは分からないけどどうしたんだ一体。

 

 

「ゆ、ゆ、ゆうれいの方、が!」

 

 

 ずざーと土煙を上げながら帰ってきたアンはそのままの勢いで私に抱き着くと、ぷるぷる震えながら窓を見た。

 窓には怪奇現象が映っていて、やれやれとジェスチャーをしては消える。

 たぶん追い込み漁的なことしたんだろうな。もしくは怪奇現象なりの遊び。

 なんて悪趣味なやつだ。攻撃させろ。消えるな。

 

 

「はじめ、ま、ましして」

「しゃべったっ!」

「ねえ。き、機械ぃは……こ、こわ、く、ない?」

「……」

 

 

 トリブレはアンにそう問う。

 その質問は、私にも当てはまる内容だ。

 ……もしかしたら、というか狙ってのことだろう。

 

 道化師とはただおどけるだけでなく、仲介も仕事にあるらしい。

 道化師がゆえ許される、多少の失礼も許される立場を利用した振る舞いだ。

 それが愚者とも切り札とも言われる所以。

 

 彼……あれ、彼女? トリブレどっちだっけ。

 とにかくトリブレは今、アンと私の関係に踏み込んで質問をしてくれた。

 

 以前は魂が云々と誤魔化せた話題であるが、直接だ。

 さて。

 

 

「……」

 

 

 アンはぴんと耳を張ると、尻尾をしならせ──

 

 

 

 

 

「きかいはべんりにございますっ!」

 

 

 

 

 

 ──と、大きな声を出した。

 

 

「……」

 

 

 そうか。最低限の世話さえすれば働くものな。正しい。

 うん、いや、機械である私が便利に思われるのは当然なんだけど。

 ……なんだろう、な。なんか、こう……ヘンな……。

 

 

「……」

「そ、ソラ、そ、ちちゃ、ん!」

 

 

 ぎぎぎと動いたトリブレが申し訳なさそうな声を出す。

 トリブレが気にする事ではない。機械の身に生まれたのが私なのだ。

 聞かれ、答えた。私が機械だった。それだけ。

 

 

 

 

 

「あなたさまやソラさまも、べんりできかいをつかっていらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

 ……ぇ?

 

 

「わた、わ、()、は、は、はず、……しぃ、から……っ」

「そうでございましたか! アンめもおなじにございます!」

「……」

 

 

 アン?

 

 

「ソラさまはどうどうとしていて、かっこいいです!」

「うん、うん! そそソラちゃん、は……かわ、かこ、……いい!」

 

 

 乗らないでくれトリブレ。

 以前にした魂の件といい、アンは重要な所でぎりぎり話題が逸れるんだ。

 

 

「あ! ゃ、じゃ、あソ……ソラ、ちゃん。は」

「ソラさまですか? さきほどマフラーをもらいました!」

 

 

 赤いマフラーで自身の頬を温めながらアンは笑う。

 うーん、そうじゃないんだ。

 喋れない私の代わりに頑張れトリブレ、多少強引でも聴き出してくれ。

 私の為に。

 

 

「あ、アン!」

「っ! はい!」

「……」

 

 

 頑張れ!

 

 

「そ、そソラちゃ、んも! ききき、機械、だけど!」

「? そうでございますね?」

 

 

 大きなネズミの耳をぴこぴこ動かしながらアンが首を傾げる。

 

 

「ソラちゃん、も、便利、な……き、き、機械……?」

「……」

 

 

 今度こそ引けない。もう誤魔化せない。

 教えてくれ、アン。

 

 獣人と機械の、溝を。

 信じさせてくれ。

 

 

 

「あ! い、いいえ! そういういみでのことばではなく!」

 

 

 

 ──アンは何かに気が付くと、必死に否定をした。

 

 

「ソラさまはただのきかいにございません! アンめらとおなじヒトでございまして、だからただのきかいとはちがいっ!」

「……」

 

 

 まくし立てるアンを手で制し、言葉を止める。

 私の事を便利な機械とは違うと捉え。魂が分かるからか自分たちと同じ人と()()()()()()

 仲間と思ってくれている。

 

 

「んふふ」

 

 

 ふふ、ありがとうトリブレ。

 ようやくアンとこれで、真に仲良くなれそうだ。

 こんな位の、この程度のことでいいのかも。

 

 

「人、で、うれし、い?」

「……」

「はい! なかまはおおければあんしんします!」

 

 

 トリブレは私へ向けて言ったのだろうが、アンが被せて喋ってしまった。

 はは、それにしても仲間か。いやいや、私は感情の無い兵器。機械。

 でも私もカウントすることでアンの安心に繋がるというのなら、それもよかろう。

 

 

「ねず、ねず……み。だか、ら?」

「むれるとあんしんするほんのうにございます!」

「んふふ」「……」

 

 

 というかずっと抱き着いたままだしそろそろ離れて欲しい。

 所謂子供体温というものなのかじんわりと暑い。

 装着しているバイザーを下げてカメラをサーモグラフィーへ切り替えてアンに向いてみる。

 

 耳の先は青くなっていたが、マフラーを中心に赤いアンがいた。

 トリブレも見てみる。真っ青で巨大なジャガイモだね。

 熱を発してないって、機械なのにどうやってるんだろう。羨ましい。

 

 

「じゃ、じゃあ。しししご、と、ももどる。ね」

 

 

 む。そうか。

 トリブレ、仲介してくれて今日はありがとう。

 

 

「んふふふ、とと友達、……だ、だか、ら」

「……」

 

 

 お仕事頑張ってな。

 ずんぐりむっくりとした機械を揺らしながらトリブレは器用に一礼をしたので、アンの目を塞ぎながら回れ右。

 もう一度いた方へ向き直ると、もうそこには誰もいなかった。

 裏庭は最初から誰もいなかったかのような静けさを取り戻している。

 

 

「は! あ、あれ!? さきほどまでこちらにいらしたかたは……!?」

「……」

「ソラさま!?」

 

 

 アンよ。この世には完全に説明できないものがある。

 これはその一つだよ。

 

 

「おなまえをききそびれてしまいました!」

「……」

「なんというおかたなのでしょう?」

 

 

 トリブレです。道化師の。

 もちろん喋れないので教えることはできない。

 その内に誰かが名前を言うだろうし、流れで察してくれ。

 

 

「あ! アンめもこのおはなをおとどけしないと」

 

 

 そういえばさっきから持ってるその花はなんなんだ?

 小さな肩を叩いてから、手に持っている花を指差してから首を傾げる。

 これで伝わってくれるかな。

 

 

「こちらですか? こちらはシオンのはなにございます!」

「……」

 

 

 いや花の名前を聞きたいのではなくて。

 

 

「にかいにあるしゅくちょくしつ、あそこがユウレイさまのすでございまして」

 

 

 ああ、あの花ってアンが怪奇現象のために生けてたのか。

 それと誰も使ってないのに宿直室のリネン類を整えてたのも怪奇現象のためと。

 あぁー。なんか色々と納得した。どんどん屋敷の謎が解明されていくぞ。

 

 ……んん? でも怪奇現象についてジョージは把握してないよな?

 アンが寝泊まりする訳でもなく勝手に部屋を作っておいて気にならないのか?

 

 あれ、というかアンってどこで寝てるんだ?

 

 

「……」

「なにかしつもんがございますか?」

 

 

 首を傾げていたらアンも首を傾げた。

 

 

「えっと、シオンのはなはもうきせつはずれとなりまして。あと、はなことばはついおくでございまして」

 

 

 うまいこと丁度いいニュアンスは当然伝わらない。

 ぼちぼち謎は解明していこう。焦らずいこう。

 

 

「……」

 

 

 よし、アン。アンは怪奇現象というか、幽霊が怖いのだよな?

 暇だし私も一緒にいこう。

 

 仲間だからな!

 

 



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21 お風呂(女湯)

 

 

「メイド服だ」

「メイド服だね」

 

 

 む?

 

 

「ちょこまかしてる」

「ちょこまかしてるね」

 

 

 むむ?

 

 

「あ、気が付いた」

「気が付いたね」

 

 

 今日も今日とてお仕事日和。

 そんなこんなで玄関ホールの掃除をしてると、扉の辺りから聞き覚えのある声がした。

 振り向くと、うっすら開いた扉の隙間から同じ顔が二つ並んでいる。

 シャーロットの双子の妹弟、ジェーンとヘレンだ。しかしなぜ屋敷へ?

 

 

「こんにちは」

「来たよ、ソラっち」

 

 

 挨拶をされたのでマニュアル通りの角度と姿勢でお辞儀。

 ふーむ。聞かされてないけど約束事でもあったのだろうか。

 なんにせよ発声できない私では応対ができないので、そんな時のためにと渡されていたベルを鳴ら──

 

 

「おおー。これがシャロ姉の作ってた専用メイド服」

「機械だらけだね」

「機械まみれだね」

「オレ達のはどうしたんだろ?」

「俺は着ないけど、改造された?」

 

 

 そういえば私が元々着ていたメイド服はシャーロットがちょろまかしたとかで持っていたサイズだったなーって、あの。後で幾らでも見せるからちょっとどいてくれないか?

 そう纏わり付かれると怪我をさせたくなくてオンにしたばかりの安全機能(セーフティ)で動けないんだ。

 この屋敷の面々が全員訳の分からない耐久性を誇っているから忘れがちだけど、私のパワーは素手で家の一つ二つ崩せるくらいなんだよ。

 私は君達とも仲良くやっていきたい。せめて数少ない普通な人達枠として。

 

 

「回ってる」

「回ってる」

 

 

 まじまじと服飾のファンを見られるのはちょっと恥ずかしい。

 というか二人ともこんな喋りだったっけか。双子らしい語り方とはいえ、そこまで双子感あったっけな。

 以前がピリピリしていたからっていうのもありそうだけど。

 

 

「……」

 

 

 なんとかちょっとずつ動いてベルを持てたので、持ち上げてぶんぶん。からんころん。

 鳴った鳴った。

 

 

「そういえば喋れないんだっけ」

「トーマス兄が言ってたね」

「文字とかもダメなんだっけ」

「シャロ姉が言ってたね」

 

 

 そこまで情報が伝わってるなら早い。

 そこで、どうして今日はここを訪れたのだという疑問を糧に首を傾げてみる。

 

 

「そ・れ・は!」

 

 

 あ。

 

 

「ぐわーっ!」

 

 

 どんがらがっしゃん。

 廊下の先から駆け抜けてきた超重量有機物質がホールへ辿り着くと同時に何かに躓いて転び、ド派手に転げ回りながら目の前に着地した。

 入浴の際も浴槽へいつも滑っていくし、大きすぎてバランスが取れてないんじゃなかろうか。このシャーロットとかいうのは。

 一つ遅れてエミリーもやってくる。

 

 

「シャーロットさん。はしたないですわ」

「転んじゃうんすから仕方ないっすよ」

「廊下は走らない。常識ですわ」

「走ってないっすよー。突き進んだだけっす!」

 

 

 そのスタートで駆けてるし、それは走ったことになるのでは。

 

 

「あはは、シャロ姉また転んでる」

「ふふふ、家でもよく転ぶもんね」

 

 

 家でも転んでるのかお前。

 

 

「自宅でも転んでますの……?」

「お陰でそろそろ完全に壊れそうっす! おうち!」

 

 

 あのボロ屋の正体、もしかしてシャーロットが転びまくったせいなの……?

 

 

「昨日はついに屋根が飛んだよね」

「一昨日は壁」

「寒いっていうのにね」

「寒いっていうのにねー」

 

 

 ジェーンにヘレン。お前達はそろそろ怒った方がいいぞそれ。

 路頭に迷うのはお前達なんだぞ。

 むしろシャーロットに真っ向から立ち向かえるのお前達くらいだから頑張ってくれ。このまえ喧嘩したみたいに。

 

 

「おかえり」

 

 

 と、団らんの場へ数少ない男性の声が追加された。誰だろう……って、トーマスじゃないか。厨房以外で会うのは珍しい。

 もしかして私がベルを強く鳴らし過ぎて近くの人達全員集めてしまったのだろうか。

 さり気なくおかえりって言ってるけど、ここは領主ジョージの館であって家ではないぞ。

 

 

「……」

 

 

 一歩引いて全員を画角へ納める。ぱしゃり。

 長女シャーロットとその弟トーマス、双子の妹弟のジェーンにヘレン。

 両親はいないとの事なので、仲良し家族全員これで揃い踏みか。家に置いてあった絵はお世辞にも上手いとは言えないし、あとでこの写真を手動で印刷して渡してあげよう。

 ……にしても顔立ちは似通った所があるとはいえ……。

 

 

「お? ソラっちどうしたっすか?」

 

 

 いや、ひとりだけ明らかにデカいなって。

 一般的に男性の方が身長は高くなりやすいと学んでいるけれど、例外ってあるもんだなぁ。

 トーマスよりでっかいもん。

 それで。そろそろ本題としてどうしてこの双子は屋敷を訪れたのだ?

 

 

「首を傾げていますし、疑問に思っていますわよ。どうしてこの二人がお屋敷へって」

 

 

 いいねエミリー。ブロンテのいない今はエミリー翻訳が最後の砦だ。

 

 

「ああー。そういえばソラっちは冬の風物詩を知らないっすね!」

 

 

 冬の風物詩?

 

 

「そう! シャロん()は!」

 

 

 シャロんちは……?

 

 

「冬になると、水が凍ってお風呂に入れないんす!」

 

 

 どや顔で言うもんじゃないだろうそれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「だーかーら! 俺は後にするって!」

「僕も流石に……」

「いーやーっす! 家族団らんみんなでお風呂!」

 

 

 断り続ける双子の男の方ことヘレンと弟長男トーマスを両脇に抱え、シャーロットが脱衣場へ向かったのは数分前の事。

 色々と大丈夫なのか気になって付近の角からマイクを傾けてみれば、やはりどんちゃん騒いでいる。

 主に混浴へ対する見解でもめていた。

 

 

 

「チビ共はお姉ちゃんと一緒に入る義務があるっすー!」

 

 

 

 こう言うのもなんだけど、アホらし……。

 どうせあの家じゃいつもの事だろうから巻き込まれないようここは知らぬ存ぜぬで去っておこう。

 さらば──

 

 

「……」

「あ」

 

 

 回れ右した瞬間、後ろから声がした。

 一音で分かりにくいけどシャーロットだ。見つかってしまった。

 

 

「ふっふー。大丈夫っすよぉ」

「……」

 

 

 捕まえてくるだろうなこれ。

 お前も家族だーとかいって。

 

 

「ソラっちも家族っす! 待てーっ!」

 

 

 脱兎の如し!

 

 

「……」

「チビ共嫌がるそれなにかー! チビ共嫌がるそれお風呂ー!」

「……」

 

 

 ええい、いつしかに聞いた歌を口ずさみながら追ってくるんじゃない!

 というか、その嫌がるって一緒にお風呂に入るのをって事だろうよ!

 

 

「おいお前ら、騒がしい──ぉうわあ!?」

 

 

 秘儀、ジョージ投げ!

 

 

「なんの!」

 

 

 その辺を歩いていた町ちょ……じゃなくて領主のジョージを身代わりにしてみたんだけど効果なし。

 シャーロットは押し付けられたジョージを綺麗に受け流すとそのまま追ってきた。

 

 

「お、お前ら……」

 

 

 うーん、雇い主というか持ち主に対する行動ではなかったな。

 

 

「……」

「待てーっ!」

 

 

 仕方ない。

 そのままの勢いで裏庭へ飛び出し、シャーロットもそれを追って表へ出た所で──跳躍。

 いつもはパンチのプラスパワーとしているエルボーロケットを推進力の足しとすることで、屋上くらいまではひとっ跳びできるのだ!

 ふふん、使えるものは使う。応用、汎用性が高い機体ほど良い。

 

 

「……」

 

 

 目算通りの軌道で着地。

 これで恐らく振り切れただろう。

 あとは見つからないよう──

 

 

 

「ふんぬっ!」

 

 

 

 一瞬私に影が差し、ずどんと後ろに何かが着地した。

 何か、と濁すまでもない。

 

 

「この! 熊殺しことシャーロットから! 逃げきれると思わない事っす!」

 

 

 ……いやいや、いやいやいやいや。

 おかしいでしょ。あんた人間でしょ。

 なんで、二階建ての屋上まで地上からなんの補助もなく、垂直に? 跳躍で追ってこられるのさ。

 しかも私に影を差したって事はそれ以上に跳んでる訳だし。

 

 

「さぁさ観念洗われろー♪」

 

 

 あとさり気なく言ってた熊殺しってなに?

 

 

「我が名その名はシャーロットー!」

 

 

 がしっ。

 もうこうなってはしょうがない。

 諦めるしかなさそうだ。

 

 

「よ……っと。ソラっちってやっぱ重いっすねー」

「……」

 

 

 むぅ。機械の身ゆえ仕方ないのだが、そうハッキリ言われると気になるな。

 しっかりスカートの付いてるメイド服を着用しているとはいえ、私は女の子なのだ。

 最近そういう、人間らしい羞恥心? とかも人間らしく振る舞う上で大切だと学んできているのだぞ。

 兵器だけど。

 

 

 

 

 流石のシャーロットでも三桁重量を小脇に抱えるのは無理があるらしく、所謂お姫様抱っこをされて脱衣場まで連行された。

 私が断っていたのは家族の団らんに巻き込まれたら面倒を邪魔したら悪いとの一点だけなのでこうなっては仕方がない。

 

 辿り着くと、そこにはもうジェーンとエミリーしかいなかった。

 待ってくれ。女性のみとはなっているがどうしてエミリーが増えているんだ。

 

 

「あらソラさん。どうされましたの?」

 

 

 どうされた、じゃない。お前がどうした。

 業務はどうした。まだ上がりじゃないだろう。

 

 

「あれ? うちのチビ共は?」

「ヘレンとトーマス兄ならジョージさんとこ行ったよ。オレ達が出るまでゲームで遊んでるんだって」

 

 

 シャーロットはエミリーも家族判定なのか、全く気にせず話を続ける。

 

 

「まーたゲームっすかあの三人。好きっすねぇ」

「シャーロットさんの家族好きには敵いませんわ」

「そら! 両親から託された愛する愛する唯一無二の肉親っすから!」

「急に重いのやめませんこと?」

 

 

 とりあえずシャーロット、降ろしてくれ。

 タップ連打。びしびしばしばしがんがん。

 

 

「っとと、ソラっち持ったままだったっす」

「衝撃過ぎてスルーしてましたけど、ソラさんを抱っこできるのはどうなのかしら……」

「……確か石みたいに重かったような……」

 

 

 床に降り立つと、しけって柔らかい床の間がミシミシと音を立てた。

 私+シャーロットでも受け止めていた耐久力なので大丈夫だろうが、毎度の事ながら心臓に悪い。機械の私に心臓はないけれど。

 

 それはさておき、こうなったらお風呂だな。

 よく自分で使っている籠へがちゃがちゃとしたメイド服を慎重に入れておく。

 結構考えて素材や設計に気を使ってくれているとはいえ、空冷ファンとヒートシンク代わりのジッパーが沢山ついた専用メイド服はどうしても嵩張(かさば)る。こうした入浴の際の脱衣時は少し置き方に困ってしまうな。

 

 あぁいや、文句というわけではないんだ。

 ただみんながせっかく作ってくれた一点モノへあまりダメージを与えたくないというか。

 

 

「……」

「む」

「どうかされましたの?」

「アンも捕まえてくればよかったっす」

 

 

 そういえばアンは大変じゃなかろうか。

 あの子って私が入浴中に着替えを入れ替えたりするんだけど、どうもこの専用メイド服は小柄な身には重たいらしく大変らしい。

 直接聞いた訳じゃないけど、あの姿なきアンが廊下の隅へ文字通り尻尾を出すくらいには運ぶのが大変そうだった。

 

 

「いざ! 出陣ッ!」

 

 

 私の準備が終わる頃、他の面々も並んで同じらしい。

 他の面々に習い私も一応のマナーかなんか的にタオルをボディへ装着しているのに、なぜシャーロットは頭にしか巻いてないんだろう?

 そういう趣味なのか? それともボディに巻く必要が本当はないのか?

 

 

「乙女として恥じらいを……」

「あはは、いつもごめんねウチの馬鹿姉が」

「家でもこうですの?」

「うん」

「……」

 

 

 横から哀愁が漂ってきた。

 なんかかわいそう。

 

 

「……」

「……」

 

 

 なんかジェーンがすごい見てくる。

 

 

「ソラっちの頭のそれ、外さないの?」

 

 

 頭の……。ふむ、こめかみの追加装備のことか。

 バイザーを外したこれ単体のセットでは大した機能は確かにないが、接続端子の防護キャップを兼任する重要なものなのだ。

 首を縦に振れば「ふーん」と言ってくれたし、わかってくれた様子。

 

 

「……」

「……」

 

 

 シャワー前に辿り着き、いざ洗っていこうというタイミングで再びの視線。

 なんかジェーンがすごい見てくる。

 

 

「いや、ネコミミついてるしどう洗うとき大丈夫かなぁーって」

「……」

 

 

 う、む。まぁ、普通の人間には付いてない部位だし気になる、か?

 私に慣れた二人とは違い、ジェーンは二度会っただけの機械だ。聞かれれば答えていくしかあるまい。

 

 

「え! なにそれ!」

 

 

 通気口を指差しながらシャッターを開け閉めすると、とても驚いてくれた。

 ふふん。カタログスペックでIP65、経年劣化で多少不安はあるが頭を洗う程度問題は全く──

 

 

「すげー、猫獣人ってこんなこともできるんだ」

「……」

 

 

 猫じゃないし獣人じゃない。

 ──って、指を入れようとするんじゃない!

 

 

「ジェーン。怪我するからやめといたほうがいいっすよー」

「えー」

「えーじゃないっ」

 

 

 姉のシャーロットがちゃんと止めてくれた。

 でもお前だって無理くり通気口に指入れようとしたこと私はちゃんと覚えてるからな。

 

 

「お怪我、されたんですの?」

「……ほらジェーンも風邪ひかないうちにちゃちゃっと洗うっすよー」

 

 

 いいぞエミリー、ナイス支援。

 4人並んでわしゃわしゃ。私は人間と違って老廃物がないので正直言うとそこまで毎日やる必要はないのだが、またカビ臭いと言われても嫌なので。

 ブロンテがカビ臭さに関して含みを込めた手紙を残してから早幾何(はやいくばく)か。春が待ち遠しい。

 

 

「では! お待ちかねのぉー……」

 

 

 立ち上がったシャーロットがそのままの勢いで滑り、重力に引き寄せられるような勢いで浴槽へ吸い込まれて落ちていった。

 

 

「そういえばここのお風呂も年季入ってるよねぇ」

「ジョージ様は壊れたら建て替えるとおっしゃられていますけれど、いつになるやら」

「……まさかボロさを使った覗きとかじゃないよね。カメラとか」

「その辺りはアンに確認して貰ってるから大丈夫っすよー」

 

 

 もはやシャーロットが転ぶのをスルーし、話題は雇い主たるジョージだ。

 みんなが熱々の湯へ浸かる一方、私は専用の水風呂へ。

 

 

「ってあれ。ソラっちなにそこ」

「あれはソラっち専用のプールっす。熱いのが苦手らしいっすからねぇ」

「ああー。猫舌かぁ」

「シャロもたまにお湯と行き来して遊んでるっす」

 

 

 猫舌ってそういう意味じゃないと思うんだけど。

 

 さておき洗身洗髪よりも大事な作業をここで行う。というのは、プールで冷却しながらのデータ処理だ。

 一週間経過した日のデータは重要だったり重要そうだったりする以外を超圧縮し、事実上の処分とせねば負荷となってしまう。

 全部記憶する事はできなくない。でも、替えのパーツや知識人が何一つ残っていない現在において故障の遠因となる可能性はなるべく排除しておきたいのだ。

 あー冷たー。

 

 

「あの、ジェーンさん? もしかしてですが、ソラさんの事を獣人だと──」

「──でさ、さっきの話だけどジョージさんて弱み握った女の子集めてメイドさんさせてるしそういう趣味なの?」

「え゛」

 

 

 頑張れエミリー。私が機械だという事を忘れてる同僚やその妹へ頑張って伝えてくれ。

 

 

「ごほん。ジョージ様が屋敷にメイドを置き始めたのは趣味ではなく、シャーロットさんの家の為ですのであまり悪く言うのは感心いたしませんわ」

「そうっすねぇ。たぶん趣味も混じってるかも知れないっすけど」

「え゛」

 

 

 ここにきて衝撃の事実。

 ジョージは、メイドさん趣味?

 うーん。給仕係というかメインの仕事に集中したいだけだろうし、みんなの勘違いだろうね。

 

 

「ご、ごほん。両親を亡くし、借金もあるまだ子供のシャーロットさんの働き口として屋敷へ置いてくれるようになったのでしょう? それがたまたまメイドだっただけで」

「……シャロ姉なら警備の方が良くない?」

「え゛」

 

 

 趣味、趣味でメイド。浴室の覗きとカメラ……。

 ジョージの為にもエミリーと共に何か弁解してやらねばなるまいが、生憎と喋れないしなぁ。

 

 あ、そだ。えーっとどの時間帯だっけな。

 日付は私の棺から追加装備と録画データを回収した日で間違いないしすぐ思い出せる。あの日は特別な日として記念にしてあるからな。

 この時に確かメイド趣味を否定できるものがあった筈。

 

 

「……」

 

 

 あったあった。

 あとは映し出す場所が欲しいんだけど、そも部屋が明るい。どうしたものか。

 

 

「……」

 

 

 視線をさ迷わせていると、水面に怪奇現象っぽいのが見えた。

 っぽい、というのも揺らめいててよく分からないからだ。

 いつもの怪奇現象で部屋の明かり消してくれないかな。

 

 

「あら。ソラさんどうされましたの?」

「寒くなってきたの?」

「シャロは溶けそうっすぅ~」

 

 

 ぱしゃぱしゃと水面を叩き、続いて電灯を指す。

 みんな首を傾げた。私は目を光らせてから、ゆっくりと明かりを落としていく。

 これで伝わってくれるかな。

 

 

「あら」

「あれ」

「ぐえぇ」

 

 

 お。伝わったっぽい。

 ぱちん、と音がして浴室が真っ暗になってくれた。

 よしよし、じゃあさっきフォルダへ用意したジョージ弁解の映像を流そう。

 

 

「あ。ソラさん、映画を流そうとされてましたのね」

「すっげ、そんなこともできるんだ。魔法ってすごいなぁ」

「……」

 

 

 魔法じゃなくて科学です。

 目のライトを調整する事で実行できるプロジェクターは壁にしばらくカラーバーを映し、色合いの調整が済んだので動画を選択。

 

 

「……」

「本棚?」「本だね」

「ソラっちぃ~」

 

 

 うわ、めちゃんこ熱されたシャーロットがプールに入ってきた。

 ちょっと待ってって。ピントがずれる。

 

 

「あ、ジョージ様」

「なんか隠してるみたいだけど」

 

『何を探してるんだい?』

 

「あ、喋った」

「音も出るんだ」

 

 

 今みんなに見せているのは、以前に私が道化師(以下略)という本を借りた時の映像だ。

 この時にジョージが私に奪われまいとしていた本。あれなら美術面での趣味とアピールできるし、メイド趣味の変態レッテルを剥がせるだろう。

 

 

『眩しっ、何その機能……!』

 

 

 ちょっと早送りしつつ、しばらく経ってみんなへ見せたいシーンまで辿り着いた。

 

 

『あ』

 

 

 映像の中のジョージが本を落とし、私が拾い上げる。

 そしてそのまま、興味のあった私が本を開いて中身を──ああ、ちょっとシャーロット揺らさないで。

 

 

「え゛」

「え゛」

「え゛」

 

 

 ちょっとピンボケで分かりにくいだろうが、ちゃんと伝わったらしい。

 裸体の写真を収めた本といえば美術鑑賞。

 どうだ。私を買って所有する持ち主のジョージはメイド趣味ではなく、立派にちゃんとした大人な趣味を持っているぞ。

 

 

『あ、ちょっ、ソラ……!』

『……』

『おお、ソラくん。元気そうだね』

 

 

 廊下でブロンテとすれ違う所で映像終了。

 

 

「……」

 

 

 どうだみんな。

 ジョージの潔白は証明されたぞ。

 

 

「ええ、まぁ。ソラさん。ジョージ様もその、男性ですし……」

「ね。その。なんかあったらオレ達にちゃんと言え?」

「……旦那はああいうのがタイプなんすねぇ」

 

 

 薄暗い中にぽつぽつと言葉が並ぶ。

 なんかちょっと反応が微妙だな。

 

 しかし他になんもないんだよねぇ。

 思い出と名付けられたフォルダには他にも日常の切り取り映像はあるが、どうもこれ以上にジョージを弁解できるものがない。

 うぅーん。ジョージすまん……!

 

 

「……」

 

 

 と、その時。フォルダを閲覧していた私の視界にカーソルがすっと現れた。

 なんだこのカーソル。誰が操作してるんだ?

 

 まさかと思ってシャワーの所にある鏡へ視線を向ける。

 映っていた怪奇現象は鏡の中の私にマウスを繋げ、自分で用意したらしい画面を見ていた。

 お前、そんなことできたのか……。

 

 

「……」

 

 

 お目当ての映像が見つかったらしく、鏡越しに壁を見ろと指示が出る。

 よし乗ってやろう。お前もメイド服を着ているのなら弁護に付き合え。

 

 

「お次は何ですの?」

「記憶を再生できるって凄いね魔法」

「うーさぶさぶ。お風呂ぉ」

 

 

 シャーロットは離れた。なんかプールがぬるく感じる。

 それで、怪奇現象の選んだこの映像は……?

 

 

『おお、この耳動くのか。やっぱ猫なんだなぁ』

 

 

 なんだ。疲れているだろうと考え私が撫でさせた時のやつじゃないか。

 私の一人称視点なので何が起こってるのか分かりにくいが、まぁだいたいは分かるだろう。

 

 

『こんなの誰かに見られ……た……ら……』

 

 

 しばらく撫でまわした最後、ブロンテが現れた所で映像は終わった。

 なるほど。先ほどのラストといい彼女が証人になるぞっていうアピールか。

 これは怪奇現象のファインプレー。後日墓前にクッキーを供えてやろう。

 

 あ、怪奇現象も気が済んだのか明るくなった。

 いいねその電気操作するの。私を操作した時と同じ方法なんだろうけど、私もそれやりたい。

 Bluetooth対応してる? Bluetoothなら私いけるぞ。なんせ当時最新式だからな。

 

 さて。

 みんなの反応は?

 

 

「先にあがりますわ」

「おっけ。オレも」

「溶けるぅ~」

 

 

 うーん。これはどういう反応なのかわからん。

 シャーロットに至っては熱で頭がやられてるし。

 なんであんなフィジカルエリートで熱には極度に弱いんだ。

 

 

 

 

「ソラさんはお部屋で先に休んでいてくださいまし」

「ああ、オレらに後は任せろ……!」

 

 

 

 その夜。

 どうやらジョージたちは遊んでいたゲームが盛り上がったらしく結構遅くまではしゃいでいた。

 

 

 




次回はアンケートに従って書いていくので、感想や評価も合わせてよろしくお願いしますっすー!


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22 陽向からみるソラ

アンケート参加してくれた人、ありがとう!
というわけで、何故か投票数ぶっちぎりの怪奇現象回です!
他のメンバーも順々に書いてきますよー!
期待されてる内容に沿えたかな……怪奇現象が注目されてるの意外すぎてな……


 

 

 

 私は(アン)

 お屋敷にいるネズミっ子とは同じ名前を共有する、俗にいう──幽霊的な存在ですヨ。

 元々は今から1000年くらい前にここケイヒン町へ引っ越してきた一人で、同時に運悪く没した一人。

 

 慌ただしくて息苦しい当時を知ってる身からすれば、今って本当(ホント)いい時代になったよねぇ。

 なんせ急になんか飛んできて死んじゃうかもって話に絶対ならんし。

 ……ってぇ、すぐ昔話をするのはおばあちゃんのすることだよね。やめとこう。

 

 見た目は死んじゃった頃のままだけど、やっぱり中身は歳を取るんだねぇ。

 生きてはないとはいえこの自意識で1000年経ってるし──。

 

 

 む。ちゃうちゃう! おばあちゃんぢゃねーし!

 ずっと自分のお墓の周りにいただけな上、特に出来事がなきゃ微睡(まどろ)んでて殆ど意識がない感じだったから!

 ちょっと前に墓荒らしで生計立ててたネズミっ子が遺品を持ち出したからこうしてお屋敷で行動してるの!

 だから、ね! 精神年齢は殆ど当時のまま! だからおばあちゃんじゃないよ!

 

 

「……」

 

 

 ほぅらほら、そこでお茶汲んでるソラちゃんだって全然おばあちゃんじゃないでしょ?

 なので私の年齢については享年で触れること。いいねー。

 

 ……うん、ずっと一人の時間が長かったからこういう一人舞台よくやっちゃう。

 誰への言い訳かも分からない誤魔化し糊塗(こと)(ごと)並べつつ、給仕風景をよそに窓から町を眺める。

 

 

「……」

「どうしたソラ。散歩にいきたいのか?」

「……」

「なんもないとこ見るのって猫もやるよなー」

 

 

 過ごした期間自体は短いから細かい違いまではいえないけど、ケイヒンの町並みは当時からあまり変わってない……気がする。

 墓地にいる私達の死因であるおっきな爆発は全部吹き飛ばしたと思ったのに、よくもまぁ頑張ったもんだ。

 

 ん、ソラちゃんどしたのこっちみて。

 もしかして遊んで欲しい? 遊んで欲しいの?

 でも、だめー。お仕事はちゃーんとね。

 

 

「そうだソラ。裏のお墓の件で一応伝えておきたいんだが」

「……」

 

 

 なーんっだろー♪

 私も聞きたいぞっ♪

 

 

「これな、見つかった墓石に掘られてたネームのリスト」

「……」

 

 

 ネームって、名前?

 

 

「全部合計で10人分。享年からしてせめて子供達の分を作ったって感じなんだが」

「……」

「これお前のモデルになった子じゃないかと思ってな」

 

 

 お前って……私へ向けてじゃないよね?

 じゃあ、

 

 

「ほら、確かお前のモデルになった子も空って名前だったよな」

「……」

「偶々一緒の名前って事もあるだろうけど、でもほら。生まれがこの町なのかなって気になってさ」

 

 

 ジョージくんは恐る恐るといった様子で一覧を取り出し、目の前で首を傾げたソラちゃんに渡す。

 素晴らしいよジョージくん、大興奮ものだよ!

 だって、だってだってだって!

 

 

「……」

 

 

 ついについにと興奮する私をよそに、一方のソラちゃんの反応は微妙だ。

 上からツツツと指でなぞっていき、その名前で止まる。

 

 

「……」

 

 

(ただの名前被りじゃないよー、それー)

 

 

 以前にソラちゃんが見せてくれた過去の映像。あれに映っていたのは私の時代に有名だった科学者だ。

 金田、天馬といった天才達に並ぶようなすごい人。

 ケイヒン町にあった軍需工場へ務めているってんで私も顔を知ってたし、その娘っ子も近所の噂でまた然り。

 

 私はこの子を知っている。

 なもんで仲良くしたいし、同郷同期のよしみで仲良くしてくれてるかなって思う。

 お墓の件で協力的なのがその証拠。ソラちゃんは分かってるからだよね♪

 

 

「違うのか?」

「……」

 

 

 って、あれ。なんでか首傾げた。

 色々小難しい話で説明しにくいけど、今ここにいるソラちゃんと博士の娘っ子は同一人物で間違いない筈なのに。

 名前だけ墓石に刻んで身体も魂もその身体と棺と一緒にどっか行って1000年も経ったとはいえ、流石に自分の名前を忘れてるのはおとぼけ過ぎない?

 

 うーん……?

 でも初日にすぐ町並みを確認してたし、ケイヒンに居たことは覚えてそうなもんだけど……。

 というか、お墓の件が証拠だし。

 

 

「苗字と合わせてソラ・ヒナタねぇ。昔の呼びならヒナタ・ソラか」

「……」

「日光のヒナタに青空のソラ。お前のモデルと一緒の子ならぴったりネームだと思ったんだけどなぁ」

「……」

 

 

 もしかして本気で忘れてる?

 喋れないのは本人に何かしらの事情があると仮定して、本気で?

 

 

「……」

 

 

 ソラちゃんの視界に収まりながら訴えのじたばた。

 

 

「虫でもいた?」

「……」

 

 

 シッシじゃないよ!

 まさか本気で分かんないの!? 自分の名前くらいさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 今日は怪奇現象が騒がしい。

 どうにも何か言いたげみたいだけど、仕事中かつ周囲に人がいるので乗っ取りは控えてくれているみたいだ。

 いつも通りにしばらくしたら満足して消えるだろう。あいつもイタズラが好きだなぁ。

 

 あ、ジョージそれ飲み切った? やりたいことあるからコップ貸してくれ。

 じゃーん。リンゴにございます。

 

 

「あの」

「……」

「なんでもないです……」

 

 

 ジョージが何かを言いかけ、握り潰したリンゴを見てやめた。

 昨日シャーロットから搾りたてがおいしいと聞いたのでやってみたんだ。

 向こうと違って手が小さいので2個いっぺんにとはいかないが、しかし効率悪くとも中身に違いはない筈。

 むしろ私こと機械で不純物なくしっかりじっくり潰しているので純度100%。ならばよりおいしいはず。

 シャーロットには負けん。感情無き機械の身にも矜持というものがある。

 

 

「……」

「おわ! なんだなんだ!?」

 

 

 突然置いてあったペンが宙に浮かび上がり、メモ紙へ向かって何かを書き記していく。

 むぅ、放置し過ぎたか。拗ねた怪奇現象のアピールが激しい。

 

 

「アンか? アンの魔法なのか!?」

 

 

 うむ。アンはアンでもしかし幽霊の方のアンだぞ。

 それにしても、怪奇現象がこうして意思を言語化して伝えるのは珍しい。

 そんなに伝えたいことがあるんだろうか。よほど緊迫した内容なんだろうな

 違ったら塩でも撒いておこう。

 

 

「ソラはなんでそんなに落ち着いてるんだよ! 流石にありえねぇだろこれ!」

「……」

 

 

 だって犯人知ってるし。

 あとトリブレの方がもっとすごい事できる。

 あいつ、一瞬視界から外れただけで瞬間移動するんだぜー?

 

 

「……」

 

 

 力尽きるようにペンが震えてころんと倒れた。

 さて、何が書いてあるんだ?

 

 

「“ゾルイテッ合デ名ノソ”……んん?」

 

 

 たぶん逆から読むんだな。

 

 

「ああこっちからか」

 

 

 ジョージもすぐ気が付いたらしい。

 

 

「“その名で合っているぞ”って、ソラについてを言ってるのか?」

 

 

 窓へ目を向けると、やけに疲れた様子の怪奇現象がふわふわ漂っていた。

 どうも物理干渉はとても疲れるらしい。そっとしておこう。

 

 

「アンも普通に伝えりゃいいのに。つか、達筆だな」

 

 

 アンはアンでも怪奇現象の方だからな。私より融通が利くとはいえ、向こうも伝える手段が限られている。

 それにしても、やっぱり同名とはいえごっちゃにされて変な能力を持っている事にされているアンも大変そうだ。

 

 

「……」

「とりあえずこの文面通りなら、じゃあやっぱソラのモデルがこの町にいたって事で合ってる……のか?」

 

 

 たぶん。

 ……じゃあ、私のモデルたる“空”は元々この町に居て、この町で死んだのか?

 

 なんという偶然だ。そんなことってありえるのか?

 世界広しとはいえ、こんな偶然……。

 

 

「……」

 

 

 果たしてこれは偶然で済む話なのか?

 偶然にしては、私がこの町へ戻ってきたのは出来過ぎているような。

 

 きっと怪奇現象は生前の“空”と友達、あるいは知り合いだったのだろう。

 故にやたら馴れ馴れしいし、前に身体を乗っ取った時に「私なら」と言ったのか。

 

 どうなんだ怪奇現象。

 知っているなら全てを話せ。

 私に記憶が無いのは知っているだろう?

 

 すべてを教えてくれ、私がなんであるかを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──この屋敷へその棺が搬入され、掘られている名前を読んだ時。まさに鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)の嘆きが聴こえたような錯覚がした。

 そりゃあお気楽幽霊生活を謳歌してる私とて狼狽えたよ。

 なんせこのケイヒン町と私達を吹き飛ばし、そして最終的に世界も吹っ飛んだ原因は自立機械人形だもの。

 

 

(鉄の人計画。あるいは、カッコつけた呼びでベアトリーチェ計画)

 

 

 人間の代理に戦わせる獣人が消えて、今でいう魔法使いも姿を消して。

 大戦末期とも言える頃。世界人口が大きく減っても、それでも国々は醜い争いをやめなかった。

 

 意地でも戦い続けたくて、でも損耗はこれ以上出したくない。

 そんなアホみたいな時代の中で考え出された一つの答えが機械の兵士。機械人形。

 

 

『どんな攻撃にも耐えうる鉄の鎧に身を固め、計り知れぬ力で居並ぶ敵を叩いて砕く!

 決して倒れる事もなく、死ぬ事もなく。ただひたすら意のままに闘い続ける、不死身の兵士!』

 

 

 とかっていう声高らかな発表と演説は、長年経った今でもハッキリと覚えている。

 機械で作った機械の兵士を敵陣へ送り込み、暴れさせて暴れさせて、自爆させる作戦なんだとさ。

 生物兵器や改造人間よりも確実で、命令に忠実で、勝てる。なんて言っちゃって。

 

 

(……ブロンテちゃん、これは駄目だ。こいつは、駄目だ……)

 

 

 結果がどうかと言えば、ここにいる私という存在が答えだ。

 世界各地各国が同じ物を作って解き放って、止められる人間がいなくって、壊れてしまった世界がそうだ。

 

 

(歴史を知る商会が機械人形を野放しにするなんて、絶対にありえない)

 

 

 1000年も経てば機械なんて()()()()()()()()()()()()()()()()()壊れてる。

 でもブロンテちゃんの所属してるオッペンハイマー商会はどんな状態であろうと、兵器であるなら鋳潰して回るのが使命だ。

 なのに、どうしてこうも、はっきり機械人形と明記されてるモノを!

 

 

 

(……あれ? この子……)

 

 

 屋敷に機械人形の収められた棺が搬入されてから半年後。

 とうとうブロンテちゃんは、その存在を表へ出したんだけど……。

 だけども。

 

 

(軽自立機械人形、ソラ。ソラって、空のことなの? 陽向(ひなた)さんとこの? ホントに?)

 

 

 空なら確か私と一緒に死んでたはずだよね?

 いやまぁ、死んでるからこの棺に入ってたんだろうけどさ。

 でもあのお墓って誰もいなかったような。骨壺すっからかんだし。

 

 

「ん? なんすかこの子」

 

 

 ブロンテちゃんが退室した後にやってきたシャロちゃんが首を傾げた。

 棺から出されベッドに座らされる機械人形(?)は、名前に反して機械と言うには不思議な状態なんだもん。

 隻腕なのはともかく、全身包帯でぐるぐる巻きって。

 

 

「なんかカビ臭いっすね……」

 

 

 シャロちゃんがわざとらしく鼻をつまみながら呟きつつ窓を開ける。

 

 

(もしや、本物?)

 

 

 

 

 

 ──それからしばらく、私は吟味した。

 ソラちゃんが本物の兵器たる機械人形なのか、それとも空ちゃんなのか。

 最初の行動は駄目。続いて行われた無言の交渉は良しと、私なりに色々考えたよ。

 考えて考えて、結局の答えはソラちゃんの出してくれた映像だ。

 

 

(空ちゃんの身体を使いながら、違う個を持ったひとり)

 

 

 私達のお墓(ところ)に身体が無かったのは、博士が蘇生しようと使ったから。

 でもそれは失敗してて、ソラちゃんという新しい一人ができてしまった。

 そして、時代が悪いからと棺に納めて未来に託し……。

 

 

(んん?)

 

 

 そして現在。

 空ちゃんの名前がようやく登場して繋がった。

 ……んだけどぉ。

 

 

「あの、ソラさん? リンゴはもういらないかな……」

「……」

「あ、すみません、飲みますぅ……」

 

 

 ぎゅうううううと右手で林檎を絞るソラちゃんの動きにぎこちない様子はない。

 まったく問題なく動いてる。

 けど、この場合は全く問題なく動けてるのが問題だねぇ。

 

 

(私がいうのもなんだけどさ、心霊は勘弁よ?)

 

 

 どうして1000年放置された機械が、整備もなく充電しただけで動けてるの?

 どうなんだー、機械人形ぅー。

 知っているなら全てを話してくれ?

 

 すべてを教えてくれ、君がなんであるかをーっ!

 

 

(ったって喋れないんじゃ仕方ないし、ブロンテちゃん待ちだねぇ)

 

 

 いつまで待たせるんだよぉ!

 




登場人物紹介

☆怪奇現象(本名 杏)
 1000年前にケィヒンへやってきた子供。
 情勢的に横文字が規制されていたため固有名詞以外であまり使わず、あと当時の名称である“ケイヒン町”を使い続ける時代に置いて行かれたおばあちゃん
 いたずら好き。


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23 メシと命は大切に

こっそり更新


 

 

 

「ソラ坊にちゃんと食わせてやってんのか?」

「は?」

 

 

 キッチン専属おじさんことハーディから珍しく話があると聞いてみれば、内容は意味の分からないもんだった。

 ソラが食事をしないって、そりゃーあやつは機械だもの。

 

 機械の身体を持つソラは太陽光を浴びることで発電を行い、電力を蓄えた分だけ行動する。それがソラにとっては生物全般の行う食事の代わりなので。

 ブロンテはそう推察し、実際にその通りであるらしく、猫のように日向ぼっこをしているのをよく見かける。

 

 坊呼びはともかく、そんなソラが食ってないって?

 そりゃあ当たり前じゃんかさ。

 そもそも食わないんだから。

 

 

「きびきび動いてた奴が急にのろまになっちまうなんてメシ以外考えらんねぇ。トーマスに聞いても食ってるとかぁ見た事ねぇっつぅし」

 

 

 がさ、とハーディがクッキーの詰まった袋を置く。

 

 

「お前が拾ったんだ。俺達もフォローはするが、頭がまずはしっかりな」

「それは、まぁ。そうだけども」

「じゃ」

 

 

 拾ったというか、買わされたというか。

 次の仕込みもあるんだろう。言うだけ言って去ってしまった。

 

 

「うーん。ソラが不調……?」

 

 

 一昨日見た時は普通だったんだが、急にどうしたってんだ?

 出勤表やタイムカードを確認しても特段変わりないし、仕事の内容だって……。

 

 ……あ、もしかして庭仕事が辛いのか……?

 

 でもソラって自分の体調というか調子というか、そういうのちゃんと管理できる子だし。

 直接聞こうにも向こうは内面を伝える手段を持たない。

 一応“はい”か“いいえ”だけで答えられるけど、それじゃあ具体的な内容とかは分からんからなぁ。

 

 

「しつれいいたします!」

 

 

 おじさんと入れ違いにアンがやってきた。

 ソラとどっこいな小っちゃい身体をちょこまか動かしながら、ことかたとティーセットを並べていく。

 最近ソラとはなんやかんやで仲良くなっているらしい。

 そだ。仲良いなら聞いてみるか。

 

 

「──ソラさまのちょうし、ですか」

 

 

 大きなネズミ耳をぴこぴこ動かしながら首を傾げていく。

 どうやら心当たりないようだ。ご苦労。

 

 

「特になきゃいいよ別に。クッキー食べる?」

「くるみのクッキー!」

 

 

 差し出すとかりかり端っこから食べていく。

 小動物の食事ってなんか癒されるよね。

 

 

「おいしい?」

「おいしゅうございます!」

 

 

 あらよかった。

 

 

「ハーディには内緒だぞ」

「ないしょ、でございますか」

「元々ソラに食わせる予定だったらしい」

「?」

 

 

 食べてる手を止め再びの首傾げ。

 大きな耳が折角並べた食器を倒そうとしたのでずらしておく。

 

 

「ソラさまはきかいのおからだで、おしょくじはしないはずでは?」

「だよなー」

「このまえはチーズをおゆずりいたしてくれました!」

 

 

 わしゃわしゃ撫でると、ソラとは違い目を瞑って受け入れてくれる。

 小動物だねぇかわいいねぇ。

 しっかし、ハーディは何でソラに食ってねぇだとか……。

 

 

「……あ」

 

 

 そういや最初の紹介の時、喋れないってだけしか教えてなかったような……。

 もしかして機械だって知らないのかなあのおじさん。

 

 

「ま、そこはいいか」

 

 

 なんにせよそこは調子が悪そうって話に関係しないもんなー。

 

 

「なー」

「ぴぎゅー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Battery: 33%

 System: Power Saving mode.

 S.Message: Be careful, it's really cold out there.Miss Solar!('◇')ゞ

 

 

 

 現在時間、昼。

 とんでもない事に、私の生命線たるバッテリーの残量が半分を下回っている。

 特別な理由等は特になく、今日含めここ数日間ずっと悪天候続きだからだ。

 

 曇り曇り雪今日曇り。

 

 一応は裏庭の整備という名目を使い表へ出ている時間は長くしている。だが全然発電が追い付かない。

 ぎりぎりトントンの発電効率の中でも他の業務を頼まれれば室内へ赴かないといけないし、そうなれば収支はマイナスとなってしまう。

 

 昨日なんて雪が降ったから一切なんにもできていないぞ。

 運よく休日だったから寝て過ごして乗り切れたが。

 

 

「……」

 

 

 という事情な訳で、現在は通常モードから節電モードへ切り替え中である。

 出力を制限することにより俊敏な動きや高速での処理作業が不可となるものの、通常と比べて30%の節電となるのだ。

 

 日常生活では過剰ゆえ持て余す我が身(性能)なので常にこれにしとけとは思うが、弱点が一つ。

 

 それは、見てくれがとっっっても悪い事。

 

 怪奇現象が鏡に注視させることで教えてくれたのだけれど、どうも節電中は処理速度以外にも効率重視に動くために俯き加減で姿勢が悪く、とっても気だるげに見える模様。

 流石に人と関わる時はそんな姿を見せられないのでオフらざる得ないのが残念。

 

 

「ソラ坊」

 

 

 ベンチで休んでいたらハーディがやってきた。

 節電スイッチオフ!

 

 

「喋れないっつうのは不便だな、お前さん」

「……」

 

 

 喋れないし文字も書けないぞ。

 聞けるし読めはするがな。

 

 隣へハーディが座り、影が被る。

 

 影を避けるには詰めるかそれなりに距離を取るかの二択。

 不自然に距離を開けるのは失礼だな。では詰めよう。えい。

 

 

「……自分から決して触らせないと聞いてたんだが」

 

 

 心外な。

 頭に影を落とさない限りは何したっていいぞ。

 

 

「お前メシは?」

「……」

 

 

 メシ、エネルギー補給。

 そういう話であれば、今現在も食事中だ。

 しかしキッチン担当として聞きたいのはそういう事ではないだろう。

 首を横に振る。

 

 

「そうか」

 

 

 なんか納得してるが、何か言いたいのだろうか。

 しばしの沈黙。

 ……あ。もしかしてお食事のお誘いってやつだったか?

 

 うーん。確か小説等での食事へ誘うシーンというのは、えーっと。

 なるほど? 機械の身とはいえ私は“空”という少女をモデルとした少女型。

 中身は別でも見た目は人間そっくり。とすれば、もしや私を好いているのだろうか。

 

 応じられるかは分からない。が、できることはしてやろう。

 なんせ私は人に使われる機械だからな。ふん。

 何も食べられないし応じた所でどうすればいいのか知らないけど。

 

 

「……」

 

 

 立ち上がったハーディの背中を追って歩く。

 この時間はだいたい料理してるはずなのに、わざわざ私を誘う為だけに来たんだなぁ。

 

 

「……」

 

 

 てくてく。

 てくてくてくてく。

 

 

「ソラ坊?」

 

 

 廊下を進む途中、ハーディの足がふと止まって振り返る。

 なあ、ところでその坊呼びってなんなの?

 

 

「……まかないでいいなら来い」

 

 

 どういう意味だ?

 背中を追われてる側の人間が撒く事はあれど、私から撒くとは。

 なんにせよ来いと言われたのならついて行く。

 ところで少女の姿をした私へ向かって坊呼びっていうのは、どういう。

 

 

「先に手を洗えよ」

「……」

 

 

 厨房へ辿り着き、手洗いを促される。

 しつこいほどの多種多様な石鹸が設置されているが、どれを使えば?

 

 

「気になるならエミリー嬢のを貸してもらいな」

「……」

「ほらそれ」

 

 

 どう効果が違うのかは分からんが、促されてなんか高そうな石鹸を使う。

 手洗いが終わったのでハーディを見て首傾げ。これでいいか?

 

 

「……昔やってた店で食中毒を出しちまってな」

「……」

「しつこいと思われようが、これだけは絶対だ」

 

 

 ふむ。聞きたかったこととは違うが興味深いな。ハーディも訳ありの口か。

 年少から働かざる得なかった者や家を飛び出たお嬢様に獣人。大昔の機械兵器。

 様々な事情から食いつなぐ職を持つことができない訳ありを行き先が決まるまで屋敷に置く、というのがジョージなりの統治。

 ジョージの気さくな人柄も相まってここケィヒンは良い町なんだな。

 

 

「こんにちは。って、ソラちゃん?」

「……」

 

 

 ようトーマス。ぺこりと頭を下げてこんにちは。

 厨房内では先にトーマスが色々と下準備をしていた。

 ニンジンジャガイモえとせとら。

 そういえば摂取する必要がないからと料理系については無知だな私。

 運んだりはよくするんだけど。

 

 ぱさり、とエプロンと三角巾を渡される。

 改造済とはいえメイド服。エプロンにエプロンを乗せるとは。

 

 

「埃が舞うから扇風機は止めてもらえるか?」

「……」

「……というか、なんだその服」

 

 

 なんだ、と言われても皆が私のためにと作成してくれた専用メイド服だ。

 かっこいいだろう。

 

 

「……」

「……なんだ、やり方知らねぇのか」

「……」

 

 

 違うんだハーディ。

 三角巾を頭に付けたくないんだ。

 なけなしの発電量がもっとだめだめになってしまう。

 首振り拒否拒否。

 

 

「嫌だっつったってな……」

「……」

「ソラちゃん、確か頭を触られるとかが嫌だったような」

「……そうなのか?」

 

 

 そういう訳じゃないんだけどそういう事にしておこう。

 理由はどうであれ結果的に発電の邪魔とならなければ。

 

 

「ジョージの旦那なら喜んで食うだろうが、髪の毛一本許せねぇ。譲ってくれないか?」

「喜んで食べるんですか……?」

「……ネズミっ子の作ったドブ飯すら泣きながら食ってたぞ」

「うげぇ……」

 

 

 アンって普段なに食べてるの……?

 それはともかく首振りキャンセル。

 

 

「……そうか。無理させて悪いな」

 

 

 よし、折れてくれた。

 肩をぽんっと叩き背中を向ける。

 

 

「俺達はお前の味方だ」

 

 

 なに?

 なんなの?

 

 

「多分ハーディさん、ソラちゃんが過去のトラウマかなんかで無口無表情になったと思ってるんですよ」

「……」

 

 

 へー。

 ……ん?

 

 

「シャロ姉が面白いから黙ってろって」

「……」

 

 

 ホウレンソウしっかりしろやー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 料理中に知識のない私ができることはない。

 なもんで、窓際に佇みながら見学中。

 積もった雪の反射で地道に発電できているので楽しちゃってる。

 

 

「そっちは任せたぞトーマス。──ソラ坊」

 

 

 お、なんだなんだ。

 バッテリー残量45%まで来たので今日は乗り切れるぞ。

 なんだってかかってこい。

 

 

「カップケーキでも作ってみるか?」

「……」

「今日は混ぜて焼くだけだ」

 

 

 そういえば最初の頃にお菓子作りは教えるとかなんとか言ってたような。

 良い機会だし学んで損はないだろう。

 近付くと踏み台が用意されたので乗っかって……みしみし音がした。

 多分これアン用のだよな。壊しちゃったら謝ろう。

 

 

「用意はしてある。この卵白と砂糖を混ぜてみろ」

 

 

 言われた通りの二つをボウルに入れ、混ぜる。

 ミキサー作業は機械の得意とする所だ。

 うぉおおおおおぎゅぃいいいいいん!

 

 

「ちょっ、ソラぼ──」

 

 

 きゅぃいいいいいん……。

 ──どうした?

 

 

「お前、とんでもないな……」

 

 

 そう? えへへ、照れる。

 それで次は?

 

 

「これを加えてまた混ぜる」

 

 

 卵の黄色い部分が投入された。

 よし任せろ。

 

 

「ゆっくりでいいか──」

 

 

 うぉおおおおおぎゅぃいいいいいん!!

 

 

「ストップ! ストーップ!」

 

 

 もういいのか?

 

 

「ハーディさんどうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるか! ソラ坊が──」

 

 

 な、なにか?

 言われた通りにかき混ぜてただけなんだけど……。

 

 

「……なんでもねぇよ。俺の教え方が悪いだけだ」

「……」

「貸してみろ」

 

 

 とぽとぽとボウルに牛乳を足したハーディが、ゆっくりとかき混ぜていく。

 私基準でゆっくりなだけで人間ならそれが標準速度なんだろうか。

 

 

「これくらいの速さで混ぜてみろ」

「……」

 

 

 あい。

 

 

「それでいい」

 

 

 混ざっていくと重くなるので、細かい調整をしつつ一定速度でぐるこーんぐるこーん。

 ぐるこーんって何だろう。

 

 

「お前さん、華奢な腕して力あるんだな」

「……」

「獣人ってのはどいつもそんなもんなのか?」

 

 

 はい獣人じゃないですー。

 1000年前に作られた兵器ですー。

 純粋な戦闘用とはちょっとワケが違う疑惑の兵器だけど。

 

 首を横に振ったら「そうか」と流されて、ストップが入ったので停止。

 続いてはこの紙カップ的なものに入れ、オーブンで焼くだけらしい。

 本当に混ぜて焼くだけなんだね。

 

 

「あとは待つだけだ」

 

 

 はーい。

 窓際へ戻って発電再開。

 明日は晴れるといいなー。

 

 

 

 それからしばし待ち、他の食事の盛りつけも終わった頃。

 ようやく焼き上がったカップケーキが目の前に現れた。

 

 

「どうなるかと思ったが、上手くいったな」

「ソラちゃんが初めて作ったお菓子ですね」

 

 

 だね。

 良いかどうかは分からないけど、人が食べてもよさそうな色をしている。

 

 

「さっそく食べてみるか?」

 

 

 で、それなんだけどさ。

 私モノを食べられないんだが。

 

 

「……」

 

 

 とりあえず首を横振り。

 そだ。こうしよう。

 食事と台車を交互に指差してアピール。

 

 

「って、運ぶの?」

「……旦那んとこか?」

 

 

 うむ。

 せっかくのところ悪いが、私は向こうで。

 台車に二人前の夕食を乗せ出発だ。

 

 

「気を付けてな」

「……」

 

 

 今日はありがとう。

 振り返ってぺこりと一礼。

 あ、エプロンつけっぱなしだった。はい。

 

 

「……」

 

 

 がらがらと台車を押して廊下を行く。

 エミリーやシャーロットもいるはずだけど見かけないな。

 会ったらひとつあげようかと思ったんだが。

 

 おーい、ジョージ。

 少し早いがお食事だよ。

 食堂行くよー。

 

 

「もうそんな時間か。って、多くない?」

 

 

 2人分はあるからね。

 カップケーキもあるよ。全部ではないが私も手伝ったんだ。

 

 

「……多くない?」

 

 

 かき混ぜたぶん増えた。

 たぶん。

 

 

 食堂へ案内し、食器を並べ、私は対面に座る。

 食事へ誘ったハーディがいないのは正しい事なのか気になるが、食べられないと説明抜きに切り抜ける方法は思いつかなかったし仕方がない。

 

 

「ソラも食うのか?」

「……」

「食わないよな?」

 

 

 そう。

 だから代わりにジョージが食べるの。

 ずい。

 

 

「おいもしかして」

「……」

「……ああー、ハーディのやつぅ……」

 

 

 事情を察してくれたようだ。

 ああ、あとカップケーキもよろしく。

 

 

「……多くない?」

 

 

 かき混ぜたぶん増えた。

 たぶん。



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24 髪の毛は命!

 

 

 

『冬明けの春、わたしがそちらへ向かう時に商会の人間も同行する事になった。裏山の拡張に伴う現地視察だそうだ』

「そうなの? 確かに確認で首都から誰か来るとは思ってたけど」

『心配な事がひとつあってね。裏庭はどうなってる?』

 

 

 ソラにいっぱい食わされた日から幾日か。

 電話が鳴ったんで対応したんだが、ブロンテからの連絡は何やら意味深なものだった。

 

 こういう通信機器には規制や監視があるんで下手な事を喋れないって事情を考えれば、この裏庭って質問は大方ソラを指すもんだろう。

 合法で設置している電話と違って完全違法なソラを公にはできんからな。

 

 

「裏庭はお前が最後に見た通りの状態だよ」

 

 

 なもんで、無難に返すしかあるまい。

 付き合いが長いブロンテなら俺が察して返してることにも気がついていよう。

 たぶん。

 

 

『そうか。まぁそうだろうな。どうしようもないもんな』

「で、商会の人間が来るから上手いこと見せらんない状態の裏庭を誤魔化せってことか?」

『それは無理だろう』

 

 

 そっかー。

 じゃあ今回の連絡は覚悟決めとけ系かぁ。

 

 

『だから、裏庭についてはアンくんに相談したい所だ』

 

 

 アンにって。

 あいつに何ができるってんだ?

 

 

『ごちゃついた裏庭事情を解決するなら彼女に答えを聞くしかあるまい』

「……すまん。なんて聞けばいい?」

『前に話したことをはっきりさせてくれればいいさ』

 

 

 前に……?

 ……ああ、ソラに魂があるかどうかって所か。

 

 

「じゃあ早速アンを捕まえて聞くだけ聞いてみるよ」

 

 

 聞くだけでいいのか? 返事は?

 

 

『手紙でいい。電話代も高いし』

「だよね」

 

 

 じゃあ分かったら返事を出すよ。

 

 

『うむ。……っとそろそろ時間だ。また春に会おう』

 

 

 かちゃんと電話が切れる。

 うーん、しかし魂の有無か。

 どうして急にそんなことを聞き出そうというのか、とは思ったがやっぱり中心にはソラの件があるんだろう。

 あの様子だとソラ復活がバレたか、怪しまれたか、それとも。

 向こうが考えてるなら俺は俺にできることをしておこう。

 

 

「シャーロットー、いるかー?」

 

 

 屋敷を歩きながらアンを探す──前にシャーロットを探す。

 ネズミ捕りが得意って自称の通り、確実にアンから聞くならあいつを経由した方がいい。

 どういう訳かネズミの獣人も捕縛範囲内らしいからな。

 

 

「ジョージの旦那。どしたっすか?」

「ちょっと入り用でな。アンを捕まえてきてくれないか?」

「わかったっすー!」

 

 

 窓掃除をしていたシャーロットがそのまま窓から外へ飛び出していった。

 ここ2階なんだけど。あいつなんなの?

 ま、これでオーケーだから執務室で待っていよう。

 

 

 

 ここでブロンテが屋敷を発つ前に残していった情報をまとめると、これから聞かんとしている事は機械であるソラに魂があるかどうかについてだ。

 ソラが見せてくれた映像によると、ソラは復活させようとしていた“空”という個人とは別の存在として目覚めたとある。

 機械兵器という歴をもうブロンテは考えていないらしく、個人としての自我が、個人としての魂が存在していることを証明し大手を振って歩けるようにしたいらしい。

 

 今の時代における獣人達の立場を考えれば、仮に認められたところで理想には届くまい。

 けれど万が一の場合、ソラが破壊処分されてしまう恐れに怯える現在からの前進にはなる。

 

 

「捕まえてきたっすよー」

「ええええっと、ジョージさま! なにかアンめにごようでしょうか!」

 

 

 お、やってきたな。

 

 

「シンプルに聞くぞアン」

「は、はい!」

「ソラに、今動いてるあいつ自身の魂はあるのか?」

「はい!」

 

 

 ……。

 

 

「え、それだけ?」

 

 

 そんな、元気に「はい!」で終わり?

 

 

「あの……なにかまちがえましたでしょうか……」

 

 

 シャーロットの小脇に抱えられたままのアンが震えながら涙目になっていく。

 ちょ、ちょっと待ってくれ。

 

 

「女の子泣かせて楽しいっすかー?」

「そうじゃねーし!」

「ぴっ!」

「むーっ!」

 

 

 てか一旦降ろしてやれって。な?

 このままだと俺が変質者になる。なってしまう。

 

 えっとな?

 諸々の事情でソラにこう、市民権というか人権というか、人間である証明の為に魂の有無っていうか……。

 なんかあれだな。獣人にしか確認できない魂を云々って言い続けるの宗教みが凄いな。

 でも実際のところ、こういう場合ってオッペンハイマー商会お抱えの獣人が魔法を使って判決下すってあるらしいから無駄ではない事なんだよ。

 

 

「それならシャロもちょこっと分かるっすよ? ソラっちには魂っぽいのあるっす」

「え、お前も見えるの?」

 

 

 なにそれ初耳なんだけど。

 

 

「気合入れて、ふわーっとだけっすけどねー」

「……それ、魔法じゃね?」

「まぢすか」

 

 

 もしかしたらシャーロットの血筋辿ったらどこかしかに獣人混じってそうなもんだけどな。普段からが普段からだし。

 けど今はそれとかどうでもいいんだよ。

 

 

「じゃあアン。アンにはソラが他の人達と同じように見えてるってことでおーけー?」

「はい! きかいのおからだなだけです!」

「おお、そいつはいい知らせだ。ブロンテが喜ぶぞ」

「それはなによりでございます!」

 

 

 なんだかよく分かってなさそうな笑顔でぺこりとお辞儀をした。

 さくっと聞きたい事は済んじゃったな。

 一応本人にも伝えておこうか。

 

 

「あの、シャーロットさま。もうおろしていただいても……?」

「んーらぶちー」

「ぴぇええ!」

 

 

 めっちゃ匂い嗅ぐやん。

 

 

「じゃっ、さっそくその事をソラにも伝えてやるか」

 

 

 と、その時。

 本当に丁度良くソラがやってきた……んだが……。

 

 

「ロングっすか! 似合ってるっす!」

「おきれいでございます!」

 

 

 まてまて。

 まてまてまて、お前ら。

 今ちょっと前にソラは機械の身体だって話したろ!?

 

 

「なんで髪伸びてんのぉ!?」

 

 

 伸びないの! 普通は! 機械は!

 

 

「うるさいっすよ旦那」

「ぴぅ」

 

 

 シャーロットが小柄ーずを両手で囲んで怪訝そうな顔でこっちをみてるけど、おかしいだろって。

 

 

「……」

 

 

 されるがままのソラもなんか説明してくれよ。

 昨日まで普通にいつものショートカットだったじゃん。なんで急に伸ばしてんの、髪の毛。

 正確には髪じゃないらしいけどさ、でもじゃん!

 

 

「ふゆげでございましょうか!」

「……」

「ちがいましたか!」

 

 

 なぁ、そろそろ説明いいか……?

 

 

「……」

 

 

 こくりと頷いたソラはこめかみにくっ付けている四角い機械をカチッと押すと、しゅるしゅると髪の毛が戻っていきいつもの髪形へと戻っていった。

 何だか子供の頃に遊んだおもちゃでこういうのあった気がする。

 

 

「なんすかそれ! ソラっちそんなことできたんすか!」

「……」

 

 

 無表情のまま首を傾げ、次に頷く。

 よく分からんができたってところか?

 

 

「……」

 

 

 シャーロットから離れたソラは再びボタンを押して髪の毛を伸ばすと、窓際で日の光を浴びながら珍妙なポーズを決めた。

 ここで一つドヤ顔かなんかでもしてくれたらもうちょっと踏み込んだ心情が分かりそうなもんだけど、なんだろうこれ。はしゃいでるだけ?

 分かりにくいだけで結構見た目の年相応に感情表現してくるんだよなコイツ。

 

 

「アンも決めるっすよ! かっこいいポーズ!」

「はいっ!」

 

 

 ててーん。

 なんだこいつら。

 

 

「写真とか撮れないっすか! 写真!」

「都合よく手持ちにないよ──あ、鏡持ってない?」

「あるっすよ? ほい」

 

 

 うわ、鏡を投げるな。

 

 

「ソラ。これに映ったのを上手い事できるか?」

 

 

 手鏡を渡して向けてみれば、ソラは頷いて……しばらくしてもう一度頷いた。

 たぶんうまいこと撮れたってことかな。

 

 

「でもソラっちってどっからフィルム取り出すっすかね?」

「……」

「なんと! べんりでございます!」

 

 

 シャーロットがソラのこめかみのあれを適当に弄って、何かボタンを見つけて押したらしくおでこに乗っかっているバイザーががしゃがしゃ降りたり戻ったり髪の毛が引っ込んだり、はたまた謎の音楽が流れだしたり。

 めちゃくちゃしてるところ悪いけどソラにフィルムは入ってないぞー。

 

 

『~♪』

「てか何その音楽」

「旦那の鼻歌っすけど」

「俺の!?」

 

 

 いつ録ったてか、こんなひどいの!?

 

 

「ひどいのは旦那っすよ。シャロ達に毎日こんなの聞かせて」

「おもしろいおうたでございます!」

「……」

「もういいよ……」

 

 

 てかソラのその機能って外部から起動しちゃうのかよぅ。

 

 

「……」

 

 

 無言の首振り──って、じゃあわざとかよぅ!

 

 

「……」

 

 

 かちっとボタンを押してから、自分の頭を指差してから再び髪を伸ばす。

 そこ押したら伸びるのはわかったよぉ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぬりぬり。ぬりぬり。

 自分でも驚く事に、この身体にはまだ私ですら把握できていない機能があったらしい。

 髪を伸ばすなんて意味あるかとは思ったが、この日の弱い時期には中々効果的だ。

 なんせ単純に日照面積が増すため充電効率はぐんと増す。

 夏は過充電の危険があるため、冬のこの時期だけは伸ばしておこう。

 

 ぬりぬり。

 ぬり……。

 

 

「お、ソラっち久しぶりのお絵描きっすか! 相変わらずすごい描き順っすね!」

「……」

 

 

 むお。シャーロット。

 お絵かきではなく、今は先日撮影した写真の出力を行っているぞ。

 この時代はフィルムカメラが主流なようなので印刷機なんてものはなく、こうして手作業でしている所だ。

 結局どの画材がいいのかなんて分からないし手探りのままだが、大方でいいだろ。

 

 

「ソラっちって絵が上手っすよねぇ。シャロはどうしてもだめだめっす」

 

 

 ……うん、シャーロットは、その……画伯ってやつ、だもんな……。

 

 

「でもどうして横線なんすか?」

 

 

 印刷式のやり方しかできないからだよ。

 他の人達のようなやりかたは、できはしないんだろうけどド下手になると思う。

 機械の私にも意地とかそういうのがあるのだ。ぬりぬり。

 

 

「さて。どんな髪形にしようっすかね」

「……」

 

 

 それ正確には髪じゃなくて発電機なんであまり痛めないで欲しいのだ。

 多少はコーティング剤の残りでダメージは防げるとはいえ、修理できないし。

 

 

「ぬにゅりにゅり~」

「……」

「わっ、動いちゃダメっすよ!」

 

 

 なに塗ってんだてめぇ!

 

 

「シャロお手製のソラっちヘアー専用ヘアワックス、まだ数が無いんすから勿体ないっす!」

「……」

「いやいやじゃないっすよー」

 

 嫌だよそんな得体の知れないモノ!

 いいか! メカニックのいない現代において私はパーツが欠落しようが故障しようがそのままにせざる得ないんだぞ!

 そんな訳の分からんワックス一つ塗られるのもなぁ……!

 

 

「……」

「そうそう。ここはシャロにお任せっす!」

 

 

 ──なんだろう、悪い気がしない。

 それよりかなんというか、されるがままでもいいかなって感じが。

 いやいやいや、何を懐柔されているんだ私は。私の今後の生命活動に直結するんだぞこれは。

 機械だから生命活動っていうのも変だけど!

 

 

「ソラっちの髪質を配慮して、痛まないよう痛んだ部分を修復できるよう考えて配合したっす。匂いはいつしかブロンテ先生から貰った入浴剤のあまりっす」

「……」

「ああ大丈夫っすよ! 成分考えたら丁度良く合ってたから流用しただけっす!」

 

 

 ならいいんだけど。

 しかし、そうか。私の髪質か。

 コーティング剤じゃないと駄目かとは思っていたが、ううむ。確かに何もしないままだと壊れる一方だから試すのも悪くないのかも……な?

 一応私の為に考えてくれているみたいだし。

 

 

「気合を込めて配合したからほら、まるで輝くような仕上がり!」

「……」

 

 

 本当に輝いてない!?

 

 

「んー。静電気っすかね?」

 

 

 静電気ですら光るものを私に塗ったら輝くに決まってるでしょ。

 本当に大丈夫なんだろうなこれ。

 

 

「ま。今回のはひとまず実用性というか効果を先に考えて作ったものっすしー」

 

 

 それで偶然光ったと?

 全く……ほら。

 

 

「おお! 完成っすか。完成っすね!」

「……」

「うむうむ。シャロにアンにソラっち、みんなちゃんと輝いてるっす! まるで光を閉じ込めたような仕上がり……」

 

 

 それは多分私が光ってるからだと思う。

 本当になにしたらこうなるんだよ。

 

 

「額に入れて飾るっすよ! エミーリィイイイイイイイイ!!」

 

 

 完成した手描きの写真を渡したら速攻で走り去っていった。

 うるさっ。

 

 

「……」

 

 

 む。

 

 

「……」

 

 

 小瓶に入ったヘアワックスが置きっぱなしになってる。

 どれ、事後とはなるが成分解析をしてみようか。

 バイザーを下げてじーっと中身を観察。

 本場のマシンに比べたら精度は甘いがそこそこ分かるぞ。

 

 

「……」

 

 

 え。うそ。

 殆どこれコーティング剤の類じゃん……。

 人間が使うものと大体一緒なんだ……。

 ええー。

 

 

 



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25 魔法と雪遊び

んふふふ、ひ、久し振り……。


 

 

 

 今日は休日。

 なので自室でのんびり読書としていたのだが、しれっと入ってきたエミリーが何やら神妙な面持ちで椅子に座りながらじっとこっちを見ている。

 こういう場合は大体お悩み相談のはず。

 ぱたん、と本を閉じ向き直る。

 

 

「……」

 

 

 それでエミリー。何用か?

 

 

「ソラさん。これを御覧になって頂けます?」

 

 

 そういって手渡されたのは真ん中に穴の開いたフライパン。

 なんて事のないただのフライパン。

 うーん?

 

 

「これ、昨日シャーロットさんが魔法ですって」

 

 

 この穴を?

 どう観察したって工具か何かでぶち抜いたようにしか見えない。

 

 

「ばこんと指で開けておりましたの」

 

 

 まほ……う……?

 

 

「こう、だだだだーと連打して」

「……」

「あり得ませんわよね!?」

 

 

 こくりと頷く。

 確かにあり得んな。もっと魔法とは非科学的な手段であるべきだ。

 

 

「まるでこの鉄板を紙のように──」

 

 

 穴が開いてるしもう捨てる物だろう。

 ぐいっと曲げて二つ折り。ぐにゃっとやって四つ折り。

 

 

「ソラさん?」

 

 

 何となくやっちゃったけど、これ端っこがとげとげしてて危ないな。

 もうちょっと念入りにやっておこう。

 ぐちゃぐちゃぐちゃ。ぎゅっぎゅ。ころころころ。

 

 

「ヒェ……」

 

 

 よいしょっと。それで、シャーロットは魔法に憧れているのか?

 ころころと手で丸めながら顔を向けるとエミリーは何故かドン引きしていた。

 そんな顔をしているところ悪いが、私は科学の結晶なので使えるわけではないし何も助言できんぞ。

 

 

「あ、あの、ソラさん。その、鉄を、紙屑みたいに……」

 

 

 駄目だったのか。リサイクルとかの何かに引っかかっちゃうかこれ。

 元に戻すのは流石に不可能なので、どうしよう。

 サイコロにでもしとく?

 

 

「少し触ってもよろしいでしょうか……?」

「……」

「かったい! こんなカチカチのを、そんな簡単にっ!」

 

 

 そりゃただの鉄だし。

 これについてはさておこう。

 

 

「こほん。えっとソラさん、ともかく、鉄に穴を開けたのは魔法ではないですわよね?」

「……」

「というか人間技でもないですわよね?」

 

 

 後半はともかく、前半にはしっかりと頷いて返答。

 うむ。私がやったこともシャーロットがしたことも、全ては物理。

 世界は物理に支配されている。人間技なのかは疑問なのでスルー。

 

 

「実は、シャーロットさんが“シャロも魔法が使えるはずっすー”とここしばらく騒いでまして」

「……」

 

 

 なんか聞いた気がする。

 確か昨日、そんな叫びと共に投石で雪だるまを爆発四散させていたな。

 あれも魔法のつもりだったのだろうか。どう計算しても威力が小銃のそれだったが。

 

 

「魔法なんてもの存在しないと否定したのですが、シャーロットさんの普段を見ているとおかしいのは自分なのではないかと……」

 

 

 ずぅぅんと地響き。

 ちなみに今朝からは裏庭で何かを叫びながら雪の積もった地面を殴ったりしている。

 全部物理的なアプローチというか、拳を使っているのは根本から間違えていないだろうか。

 

 小説等で出てくる魔法とは杖をアンテナのようにして発信するものだ。

 ちょうど先ほど読んでいた「ベリテット冒険記」にもエルフの魔法使いが出てくるが、この者も杖を握って色々操っている。

 絶対にそう、と断言できるほどの材料はない。しかし少なくともシャーロットは間違えてるといえるだろう。

 

 

「……」

「ソラさん。せめて暴れさせるのをやめさせたいのですが、どうしたらいいと思います?」

 

 

 どう、ねえ?

 首を傾けお悩み返し。

 

 

「分かりませんわよね……」

 

 

 今のところ魔法を使えると屋敷の面々に思われているのはネズミのアンのみなのだが、そのアンが獣人だからと実際に魔法を使えるのかは本人の口から出ていないので現在不明だ。

 みんなに魔法と思われている事象のそれは、アンはアンでも怪奇現象アンのイタズラなのだし。

 

 で。その彼女に「魔法はありません」とハッキリ言ってもらえればきっと、あのシャーロットでも流石に諦めておとなしくなるだろう。

 だがそもそもアンの姿を見つけるのからして難しいし嘘を言えと話が通じるか半分半分だし。というか、万が一にも「シャーロットさんはまほうがつかえます!」と言われてしまったらますますだ。

 うーん。他に手段か。

 

 

「……」

 

 

 そうだ、トリブレに聞いてみようか。

 昔からの仲と言うし、どうせシャーロットの明後日に向かった暴走も今に限った事ではなかろう。

 問題は道化師トリブレをどうやって呼びつけるのかという話になるけども。

 

 

「魔法での決闘で決着をつける、とか如何(いかが)でしょうか」

「……」

 

 

 如何でしょうか、じゃないよ。一体何を言ってるんだエミリー。

 お前まで狂ってしまったらどうしたらいいんだ私は。

 

 

「ソラさん。わたくしも実家にベリテット冒険記が置いてあったので存じ上げておりますが、対立した際には決闘をすればだいたい解決するそうです」

「……」

「故に、シャーロットさんをぼこぼこにいたしましょう!」

 

 

 だから何を言ってるんだお前は。

 だいたい、今の時代に決闘も戦闘も何らかの法律に触れるだろう。

 

 

「……」

 

 

 首を振って否定。

 すごいがっかりな顔をした。

 

 

「戦うソラさんが見たかったのに……」

 

 

 本音はそこか。

 

 

「……」

 

 

 ずぅぅん。またしても振動と、何事かを叫ぶ声。

 なんにせよだ。

 これ以上なんかして私の裏庭を荒らされても困るので、出陣致そう。

 

 

「ソラさん、どちらへ?」

「……」

 

 

 ぐっと親指を立ててサムズアップ。

 任せろエミリー。ひとまずあのでけぇメイドを止める。

 

 

「お供いたしますわ!」

 

 

 

 

 

♪ 

 

 

 

 

 

 エミリーを伴い裏庭へ足を踏み出すと、そこには建物二階相当の巨大な三段雪だるまが鎮座していた。

 その周囲には設置した覚えのない真っ白い生け垣がいつの間にか飾り付けられている。たぶんこれも雪で作ったのだろう。

 その元凶たるシャーロットは……いた。

 

 

「次は何しようっすかねー!」

 

 

 降り積もった雪の真ん中、地面へその巨体を投げだして手足をばさばさしてる。

 流石にメイド服では色々と支障があるからなのか、見慣れないジャージ姿で湯気を出していた。

 ……湯気て。どんだけ遊んで熱を発したんだ。サーモで見たら真っ赤だし。

 

 

「しゃ、シャーロットさん? まさかこれ全部、お一人で……?」

 

 

 エミリーがドン引くのも無理はない。

 朝にはこれら全て存在していなかったので、少し目を離した数時間で創造しているのに間違いないのだから。

 どう考えても重機のひとつふたつと必要なレベルだぞこれ。

 

 

「むお? んっふふー、シャロひとりじゃないっすよー」

「──んふふふ。あ、()あと、いっ……し、しょ、にぃ。ああぁ遊んで、た」

 

 

 ぼこっと雪だるまの中段に隙間ができて、そこから眠たげな黄緑色の瞳が覗いた。

 なるほど、トリブレと一緒に遊んでた訳か。それならこの大工事的雪景色も納得がいく。

 昨日の夜から今朝にかけては大雪だったからさぞ楽しめたことだろう。

 

 

「そ、ソラちゃん、も。いいっしょ、にぃぁ……あ遊びたかっ……た?」

 

 

 いやそういう訳でここへ来たのではないんだけども。

 

 

「んむふぅ……」

 

 

 隙間からトリブレの瞳が消え、代わりに近くの生垣から声。くぐもっていて分からないが、何か言いたそうだ。

 一応追記しておくが、巨大雪だるまの二段目から地面の生垣へは直接移動できる距離でなければ空間もない。

 流石は道化師。常識にとらわれない。

 

 

「んふふ」

「そだ! ソラっちって今日お休みっすよね!」

「そういうシャーロットさんはお仕事ですわよね?」

 

 

 うん。今日の非番は私とアンだけのはず。

 なにジャージ姿で遊んでるんだ。お前。

 

 

「ならァッ!」

 

 

 爆発音と共に雪が舞う。

 

 

「一緒に、遊ぶっす!」

「お仕事ですわよね?」

 

 

 言うが早いか、シャーロットが駆けて生垣の奥へ走り抜けていった。

 こんな足元でよくあんなに走れるというか、朝から動いてまだまだ元気だね。

 一回くらいあいつがダウンしている所をみてみたい。風邪ひかないかな。

 

 

「……」

「遊ぶって、いったい何を──」

 

 

 ぽす、とエミリーの頭に雪玉が当たった。

 

 

「雪の日にみんなで遊ぶとしたら、雪投げしかあんめーっすぜぇ!」

 

 

 ……雪投げ?

 とんできた雪玉を回避しつつ生垣で射線を切り、のそのそ移動。

 ああそうか、戦争とか合戦とかの言葉使えないのか今の時代。

 

 

「ちょっとソラさん! 止めないと!」

「……」

 

 

 声抑えて。バレる。

 そう手で指示を出そうとして、しかしそのように動けない。

 やはり明確な指示は無理か。代わりに首を横振り。

 

 

「止めないの!?」

 

 

 そっちじゃなくって。

 というか、今日の目的は魔法が云々だったような。

 言葉が出せないというのはしょうがないけれど、目的がズレても修正できんのはなんだかなぁ。

 

 エミリーを伴いのしのし移動して、シャーロットが潜む地点の側面を取る。

 着弾音は散っているし「どこいったっすかー!」と聞こえるので潜伏は成功しているだろう。

 このまま不意を取って一本取れば──

 

 

「こ、ここにい! るぅ、よ!」

 

 

 ──トリブレ!?

 しまった、道化師なら諜報も簡単か!

 

 

「そこっすかぁーっ!」

 

 

 ちゅどん。

 潜伏地点を変更しようとした矢先、遮蔽にしていた生垣が破裂した。

 幾らか雪を被ってしまったがアウトではない。だがこれ……。

 

 

「ふっふっふー、見つけたっすよぉー!」

 

 

 走れ!

 

 

「ちょっとぉおお!?」

 

 

 エミリーを突き飛ばし、散開し隠れる。

 流石に同行しつつはこれ以上無理。それぞれがあの砲台を叩くしかあんめぇ。

 

 

「わっはっは!」

 

 

 わざと立ち上がり発見させると、やはりすぐ狙ってきたな。

 剛速球が飛んできたのでこちらからも射出し撃ち落とし、隠れる。

 隠れた直後にもう一発来て石垣がはじけた。再び雪を被ってしまった。

 ヒット判定ではなかろうとはいえ、この役割は何だか損だな。

 

 

「……」

 

 

 そもそも囮役が得する場面なんか限られるか。

 ぶるぶるばさばさ。雪を払うと近くからパシャリと音がした。

 

 

「ねね猫、みたいだっとぉ、んふふふ……」

 

 

 地面から生えたレンズからトリブレの声がして、引っ込んでいく。

 猫みたいってさ……。

 

 

「ソラさん! どうされますの!?」

「エミはそっちっすね! 魔法ッ!」

「魔法ではないですわよね!」

 

 

 ちらっと覗くと、シャーロットが強烈なアッパーで雪を巻き上げている所だった。

 まるで木を揺らしたかのような落雪がエミリーへ降り注いでるけど、あれ大丈夫かな。

 

 

「からのぉ! ぶる~、ばーすとぉ!」

 

 

 今度はぐっと握って正面突き。

 シャーロットのパワーが高すぎたのか、設置されていたノーマル雪だるまがその場で弾け散るだけとなる。

 しかしそろそろ仕留めに掛からないとまずいぞ。怪我人が出る。

 せっかく彩ってくれた裏庭だというに多少壊してしまう事になるのが懸念だなぁ。

 

 

「壊ししても、ま、また、作る」

「……」

「次、は。そそソラちぃ……や、ちゃん、とも。あそ、遊び、た、たいなぁ」

「……」

 

 

 まぁ、トリブレがそういうならいいか。

 ついでに裏庭の片付けともしよう。

 

 

「……」

 

 

 では!

 

 

「とーぅ!」

「そりゃーっ!」

 

 

 おお、すごいなエミリー。あのシャーロット相手に撃ち返してる。

 流石に威力は普通の人のそれだけど、やり合うだけでも相当なものだ。

 だって一発着弾する毎に何かが吹き飛んでるもの。雪玉の出していい威力じゃないよ。

 

 

「……」

「そ、それ。ご、合ぅ法ぉ?」

 

 

 私が投げても空中分解しないよう雪玉を圧縮しているだけだが。

 素材に変化はないし合法でしょ。

 

 

「……そぅか。なぁ」

 

 

 ぎゅっ、ぎゅっ。

 

 

「エミリー撃破っす! ソラっち! 次はおまえだーっ!」

 

 

 む。結局エミリーはやられたか。……生きてるかな。

 できた弾数は心もとないが仕方がない。私が決着をつけよう。

 ひーふーみーで3発。当たれば流石のシャーロットも撃破できよう。

 

 

「ごーごー。んふふふ」

 

 

 道化っこの声援を背に潜伏地点から一気に距離を詰める。

 

 

「こいやーっ!」

「……」

 

 

 向こうからはアンダースロー球速160km、雪玉でこれって本当に人間か?

 回避不能と判断し、跳びながら射撃。

 

 

「おわっ!」

 

 

 発射された凝縮雪玉はシャーロット弾を破裂させ貫通。しかし撃ち落とした際に弾道が逸れたのか、狙いは逸れて地面へ吸い込まれた。

 向こうは次弾装填まで間があるらしく、雪玉製造を諦めて拳を構え魔法の姿勢だ。魔法ではない物理だけども。

 

 

「マ・ホーゥ!」

「……」

 

 

 正面全体が危険地帯なので勢いのまますれ違い、構えなおして発射姿勢。

 

 

「と見せかけて発射っす!」

 

 

 ぐりんと回転して上段から打ち下ろしとは。一発隠し持っていたらしい。

 偶然か狙ってか、これも回避は不可能なタイミング。撃ち落とすのもできなくないが、その為に残り二発を消費するのは勿体ないな。

 ならば。

 

 

「……」

 

 

 腕を振り上げて肘カバー展開。

 ブースター点火。

 

 

「おわっ! 魔法を使うとはやるっすね!」

 

 

 魔法ではない。科学だ。

 片肘だけかつ一瞬であれば跳躍やパンチ以外でもこのように高火力近接攻撃へ転用できる。

 エネルギー消費や重心制御、あと危険性の都合で奥の手としたかったが仕方がなかろう。

 

 

「ならば!」

 

 

 シャーロットの手に乗っていた圧縮雪玉こと雪弾が一瞬で溶解したため、距離を取るためか彼女は思いっきり雪を蹴り上げた。

 ばふんと雪崩のような白い壁が私を覆いホワイトアウトと相成る。

 

 

「……」

 

 

 そういえばさっきの一瞬、シャーロットの手は炎に触れていたはずなのにノーリアクションだったのはどういうことなの……?

 

 

「危ないですわ!」

 

 

 生きてたらしいエミリーからのメッセージが届く。

 だが心配は無用。額のバイザーを降ろし、サーチモード。

 なるほど、距離を取ると見せかけて攻撃か。

 何かを掲げている。あれは……雪だるま?

 

 ならば両肘でのブーストをかますしかあるまい。

 

 

「トリブレさん! 脇!」

「んっ!」

 

 

 なんか変な声とシャッター音が聞こえたけど無視し、両腕を振り抜き白い壁ごと雪だるまを真っ二つに。

 肩肘だけとは異なり、両方なので火力二倍。均等に推進力が発生するため姿勢よし。

 振り抜いた勢いで中央の巨大雪玉の一部が欠け、傾いて館へ寄りかかる。

 どうだ恐ろしいだろう。普段適当に小動物扱いしやがってこんにゃろ。

 

 

「……」

 

 

 がしゃこんと腕を戻して雪玉セット、発射!

 

 

「ぬん!」

 

 

 半透明の超圧縮雪玉は真っ直ぐ飛び、シャーロットの額で弾ける。

 ぱりんといい音が鳴った。

 ──しかし。

 

 

「まだまだぁ!」

 

 

 踏ん張って耐えた巨躯は両手に残っていた雪だるまの半分をぱしんと合わせて圧縮し、最後の大勝負とばかりに大きく右腕を振りかぶる。

 私自慢の雪玉は残り一発、ここで決めてしまうしかない。

 

 

「れっどぶるーまうんてんぶらす──」

 

 

 前振りが長い!

 ので、胸元へシュート!

 

 

「におつ!」

 

 

 どすん。シャーロット、撃破。

 今度の弾は砕けなかったので地面へ落ちた。

 拾い上げて手元で遊ぶが、これを二発でようやく撃破とは頑丈過ぎだな。

 やっぱり人間ではない説が濃厚。

 

 

「やりましたわね! ソラさん!」

「おめ……っとぉ……!」

 

 

 わっとと、抱き着くな抱き着くな。

 

 

「熱っっっぢいですねっ!?」

 

 

 ──めちゃくちゃそこ熱いから。

 計3発、右は2発も吹かしたんだ。

 特に右腕は結構ほっかほかになっているぞ。

 

 

「……ソラさん、それは?」

 

 

 エミリーが私の手にある弾丸こと圧縮雪玉に注目する。

 気になるならあげるよ。

 

 

「ゆき……だま……?」

「合法ぉ、っら、らし、しぃいよ」

「先ほどの炎の柱といい、これ本当に合法の雪投げですわよね……?」

 

 

 そもそもこれに合法も非合法もあるんだろうか。

 

 

「もはや氷ですわよねこれ。凝縮し過ぎて」

「て、鉄もつ潰せるぅ。から、ね」

 

 

 シャーロットが自身の勢いで雪玉を潰さぬよう固めていたのと同じことだ。

 尤も、これは完全に特定の個人をぶち倒す為だけに製造していたがな。

 相手が相手だからこそよ。

 

 

「ちょっとその勢いであの雪だるまへ投げてみませんこと?」

「……」

 

 

 ほい。ばしゅん。かこーん。

 遠く離れた雪だるまの頭に乗っていた鉄バケツが良い音を出しながら跳ねた。

 あれは元々底に穴の開いてた飾り用なので、側面に穴が空くくらいは問題ない。

 

 

「それを、二発……?」

「ちょっち痛かったっすね」

 

 

 痛いで済ますなよ。人として。しかもちょっちって。

 

 

「そそそれをぉ、う。撃つの、も、どぉうな……の?」

 

 

 いやシャーロットなら耐えるし大丈夫かなって。

 

 

「さってと。第二ラウンドは疲れたからやめるとして、次は何するっすか?」

「仕事だろ」

 

 

 上階から第三者の声。

 みんなで見上げれば、窓から身を出した領主ジョージが先ほど倒した巨大雪だるまの背を滑り降りて来た。

 傾斜が緩やかなのですごいゆっくりしてる。楽しそう。

 

 

「さっきからドカンドカンなにしてんだお前ら」

「雪投げっすよ」

「雪投げです」

「……」

 

 

 雪投げだが。

 

 

「これが? この惨状が? マジで?」

 

 

 周囲を見渡す。

 先程まであった綺麗な生垣は半壊し、中央の雪だるまは倒壊。地面も抉れて所々土が見えてる。

 うーん、どうみても戦地。

 

 

「うおぉー! 滑り台っすー!」

「いや仕事しろや」

 

 

 あーあ。さっきジョージが遊んじゃうから。

 止める声も聞かず、シャーロットはべしべし叩いて形を整え始めた。

 

 

「ったく……」

「滑り台なんてソラさんでも遊びませんわ」

 

 

 というか私の場合は重量がな。

 

 

「一番ガキだなあいつ」

「シャーロットさんらしいといいますか」

「つか、滑り台なんてアンでも遊ばな──」

 

 

 すさささささ。きゅっ。

 目の前に正座で滑り降りてきたのは、大きな耳の小柄な人物。

 マフラー着用のアンだ。私服姿は珍しい。

 

 

「そういやアンは休みだったな」

 

 

 小動物はとても良い笑顔で我々を見上げている。

 

 

「たのしいでございます! すべりだい!」

「そうなんだ……」

 

 

 その言葉にエミリーが惹かれてシャーロットの滑り台作りに加わっていった。

 三段重ねの横倒し雪だるまは削られ、形を整えられ、二階からの脱出シュートへとその姿を変えていく。

 美的センスはともかく、重量で私は遊べないから休憩だ。

 というか、電気の残量がね。動いたし。

 

 

「そす、そソラち、も。おお疲れ、さま」

「……」

 

 

 あらトリブレ。

 そういえばしばらく席を外していたけど大丈夫?

 

 

「ちょっとさ寒く、て、か。か、ィロ取ってきてた」

 

 

 カイロあるんだ。

 というか、トリブレでも寒いとかあるんだ。

 

 

「さささ、っ流石に、ね」

 

 

 まあこれだけ積もってるならか。

 雪の隙間から顔(瞳)出してる訳だからな。

 

 

「ね」

 

 

 どこ温めてるのかは皆目見当つかないけど。

 

 

「え」

「どうでもいいから仕事して……」

「……」

 

 

 隣で哀愁漂う声がした。

 そういえば今日の担当の二人とも遊んでるね。

 楽しそうだしいいんじゃない?

 

 

「いんだ」

 

 

 いいんです。

 

 

「トリブレはさっきからぶつぶつなんか言ってるし、みんな遊んでるし、ソラは無言だし、こりゃあ俺も遊ぶしかねぇな!」

 

 

 ジョージが駆けて、雪景色へ消えていった。



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26 シャーロット・ハウス

 

 

 みんなが雪遊びをした翌日も休日。

 冬休みと銘打たれた連休の二日目である。あともう一日あるよ。

 少し前なら機械は働かせてなんぼと無言で喚いただろうが、私も大人の機械(レディー)だ。 

 流石にもう慣れたし、暇の潰し方も覚えたぞ。

 

 自室備え付けの椅子へ腰かけ人間らしい動作で読書開始。

 

 じゃじゃん。これは昨日読んでた「ベリテット冒険記」の二巻だ。

 第一巻ではエルフの友人や道化師の手引きによって離別していた父と再会、ボタンの掛け違いを正し大団円だったがどうなるだろう。

 あらすじを読むに今回は道化師へ焦点を当てた内容とのこと。道化師の友を持つ者としてどのような展開になるのか気になる。楽しみだ。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ──無言で現れたエミリーが私の背後、ベッドに座った。

 なんだろうこの既視感。というか昨日と状況が似てる。

 まさかまたシャーロットが何かしでかしたとかじゃなかろうな。

 本からカメラを逸らさず手鏡をさり気なく構え、確認。

 

 うーん。超にこにこしてる。

 ものすっごい笑顔で私の背中を見てる。

 

 様子は分かったのでこのまま放置する意味はないな。

 ぱたんと本を閉じ、振り返って首傾げ。

 何用でございましょうかエミリー。

 

 

「ごきげんようソラさん」

「……」

 

 

 こんにちは。

 喋れないし表情も動かせないので無言頷き失礼。

 

 

「……」

 

 

 それで?

 追加の疑問提示という訳で首を傾げ直す。

 

 

「トリブレさんの撮影した写真、届きましたわ!」

 

 

 昨日の雪遊び中の写真か。

 雪の中からレンズを覗かせていたトリブレの姿は記憶に新しい。

 こうして私以外の視点が保存された状態で並ぶのは新鮮だ。これを除けば私の写っているものなどエミリーの隠し撮りくらいしか存在しないだろう。

 ぱらぱらと捲っていた物を正し、山札となった束の一番上から見ていく。

 

 

「これはシャーロットさんと二人で遊んでいる時のものですわね」

 

 

 雪原と化した裏庭の中央で両手を広げているシャーロットの写真。

 メイド服で地面の雪を頭上に撒き、笑顔となっている。

 

 

「写真へ納めれば普通の可愛らしい年頃の少女に見えますけど……」

「……」

 

 

 実際には2m近い巨体なんだよねぇ。何食べたらこんなにでっかくなるんだろう。他の弟妹は通常サイズなのに。

 ぺらっと捲り二枚目。巨躯はメイド服からジャージ姿へ切り替わり、5m程の雪玉を笑顔で転がしている。

 5mほどの雪玉を、笑顔で、転がしている。

 

 

「……わたくし、腰ほどの高さの雪玉を転がすのが精一杯でしたが……」

「……」

「やっぱりこの方おかしいですわよね」

 

 

 こくりと頷き同意。そもそも雪投げのラストバトルの際に雪だるまを持ち上げていたが、あれも相当におかしいんだからな。

 

 

「これを、三段……?」

 

 

 続いてはトリブレの視点によるもの。写真の下二角に鋭利で悪役チックな指先が写っている。

 どうやら最終的にスロープへ姿を変えた特大雪だるまの建造中らしい。

 

 

「楽しそうですわねー」

「……」

 

 

 写真から当時の会話ログまで採取できないのが惜しまれる。

 

 

「ところでトリブレさん、こんな機械を使って怒られないのでしょうか」

「……」

「ソラさんはかわいらしいから許されるとはいえ、パッとみてあの姿は威圧感があるといいますか」

 

 

 私に関する前半分は無視して、後半には同意。

 四肢を持った巨大黒豆とすれば可愛いシルエットの想像がされるが、実際に存在するトリブレマシンは指先や前腕のカバーが鋭角で禍々しく、かつ作業用重機としてはオーバーパワーが過ぎる。

 きっと元々兵器だった何かを転用したのだろうけど、じゃあその元々がなぜ存在しているのかという云々。

 

 まぁトリブレの居住地がそもそも異界異国のような場所なのだ。

 こちらの法律や歴史ではないのだろう。気にするだけたぶん無駄。

 

 

「あ、ソラさん」

「……」

「ふふ、後で焼き増ししてもらいましょ」

 

 

 裏口から魔改造裏庭を眺めている私の写真。無表情で棒立ちなのが何か面白いな。

 

 

「ほらソラさん、かわいい」

 

 

 地面でばたばたしているシャーロットを見下ろす私とエミリーの写真。

 シュールギャグというか、差し込まれたイラストの一枚みたいでこっちも面白い。

 ほら、漫画本の幕間みたいな。

 

 

「あ! ツーショット!」

 

 

 私の両肩に手を乗せ、私の後ろで怪訝そうな顔をしているエミリー。

 恐らくシャーロットが仕事中であると指摘していた場面だろう。

 

 

「ソラさんのこの可愛さ、愛らしさ、全世界へ伝えたいですわ!」

 

 

 ええいいちいち興奮するな。撫でるな。てか撫でるな。

 

 

「ここから雪投げの場面ですわね」

「……」

「こっちは凛々しく、こっちはかわいく、トリブレさんも分かって撮ってますわね」

「……」

 

 

 アングルが違うだけでどれも一緒では?

 確かに角度やライティング次第で違う表情に見える撮影テクニックはあるが、あれは被写体となる相手の顔をそれ用に調整する必要もある。

 私の場合はいつもの通り完全無表情。眉のひとつ、瞼のひとつ、口の角度も絶対に変わらない。

 唯一稼働するとなれば猫耳こと通気口だが、この写真では角度の調節をしてないし。

 

 みんな一体どこを見て判断しているんだろう。

 いやまぁ。受け取られている情報に正しい所がない場面は多いし、人の理解などそんな程度のものかも知れないが。

 

 

「これこれ! これが楽しみでしたの!」

 

 

 お。どうしたどうした。

 

 

「脇! ソラさんの、脇!」

 

 

 ああ、雪投げラストの決闘でブースター使った時のか。

 腕を振り上げ、肘のカバーを開き、火柱がシャーロットを襲っている。

 兵器としてはこの照り返しが威力を伝える良い写真と言いたいが、エミリーは何故か脇へ注目してしまった。

 特に何にもないでしょそこ。

 

 

「ここに隙間を作っておいてよかった……」

 

 

 排熱のためにスリットが多く設けられている私の専用メイド服。

 まさか、エミリーの興奮するポイントが仕込まれていたとは。

 しかも発言から察すると故意に。

 

 

「でもこれ、一般公開とはいきませんわね。どう見ても兵器ですもの」

「……」

 

 

 機械であるのを忘れていないようだが、最初から兵器であること忘れないでくれ。

 私は“空”という実在人物の蘇生目的が主な生産目的だったらしいとはいえ系譜は兵器だ。

 なので誰がなんと言おうと分類上は兵器である。

 

 正式名称が兵器の含まれない軽自立機械人形ではあるけど。

 ──あ! そうだ名前に兵器ないんじゃん! 今気づいた! ちくしょう騙しやがったな!

 

 

「そして完成した滑り台の前で記念撮影した時の」

「……」

「皆さん良い表情してますわ」

 

 

 最後は集合写真。

 みんなやり切ったって顔してていいね。私は上記通りだし、トリブレは例の黒豆だし、アンは逃げようとしてシャーロットに捕まりもの凄くブレてるけど。

 

 

「真面目なソラさんがこんなにはしゃぐのも初めて見ましたし、新鮮でしたわね」

「……」

 

 

 はしゃぐ? この私が?

 照り返しと雪の冷却で大盤振る舞いできただけだし、楽しんでた訳では……。

 ……いや、ちょっとはこう、人間で言えばハイテンションとかに分類される乗り方だったのか?

 ううむ。私としては感情無い説を推してる訳だが。

 

 

「この記念写真は配る用として複数枚あるので、はい」

 

 

 それは助かる。

 部屋が殺風景過ぎて小物の一つ置かないと誰か来た時に引かれそうだと思っていた所だからな。

 

 

「写真立てもご一緒に。ソラさん持っていないと思って」

 

 

 おお、助かるな。

 さっそく入れよう。えいえい。

 

 

「ふふ、かわいい……」

 

 

 写真の位置直しつつ蓋閉めようとしても空気のぽふってやつでズレる。

 そんな様子をみてズレたエミリーが何か言ってる。言ってるだけで済んでる。

 よし。なんとか収まったな。色々と。

 

 

「このお部屋いっぱいに思い出を飾りましょうね! ソラさん!」

 

 

 写真オンリーにするのはそれはそれでどうなの。

 

 

「ところでソラさん」

「……」

 

 

 なんぞや。

 

 

「今日はシャーロットさんまだ見てませんわよね?」

「……」

 

 

 こくりと頷いて返答。

 仕事のはずなのに居れば目に入るでかい人は見てない。

 渡したい、思い出を共有したいとの事だろうが……。

 

 

「遅刻と思っていましたが、それにしたっておかしいような」

 

 

 またエミリーひとりに仕事を押し付けたのか?

 どれ、ジョージへ聞きに行ってみよう。通訳よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──シャーロットなら熱出たから休むってさ」

「……」

「あの風邪を引かなさそうな人が!?」

 

 

 ジョージの言葉に驚き、エミリーが罵倒に近い言葉を発した。

 それは大変だな。じゃっ、私は読書に戻るので。

 

 

「待て逃げるなソラ。ちょっと待ってくれ」

「……」

 

 

 じゃっ、私は読書に。

 

 

「な? 待と? ちょっ、止まらねぇこいつ!」

 

 

 機械である私の肩を掴んだ所で止まると思うな。

 ジョージを引きずりつつ歩いて廊下へ出る。

 どどどどど。

 

 

「いいかソラ。アンも休みでいるのはエミリーひとりだ。かわいそうだろ?」

「……」

「まず止まって話聞こ!? なんでそこまで止まらないの!? 前まであんなに働きたがってたのに!」

 

 

 うぃーんがちゃ。うぃーんがちゃ。

 私は休日読書機械人形ソラです。

 

 

「……」

「あの、ソラさん」

 

 

 どうしたエミリー。

 

 

「恐らく、わたくしもジョージ様もここから離れられないからお見舞いに行って欲しいという事かと」

「……」

「そういう事だよぉ──って首傾げるぅ!?」

 

 

 残念ながら私、お見舞いは暴力しか知らないのだが。

 何すればいいのだろうか。シャーロット殴って病原菌ごと倒すとか?

 まかせろー。

 

 

「とりあえずお土産持って顔出すだけでいいから。あいつならそれで喜ぶだろうし」

「ソラさんのお体なら風邪がうつる心配もございませんものね」

「そうそう。ここで屋敷に残ってる俺らまでダウンしたら町が死ぬ」

「……もしかして昨日遊んでたから仕事溜まってますの……?」

 

 

 拒否するフリのおふざけはさておき、お土産と共に顔を出すだけなら全然よいぞ。

 なんなら横で本でも読んでようか。暇だし。

 

 

「実は声掛けようとして準備はしてある」

「……」

 

 

 バスケットを一つ渡される。

 中身は果物尽くしだ。身体が弱っているならという選考だろう。

 シャーロットならもっとがっつりしたものでも良さそうだけど。

 肉とか。ジャーキーとか。それかビーフ。

 

 

「お肉とかは入れてませんの?」

 

 

 エミリーもそう思うよね。

 

 

「シャーロットは一旦崩すと一気に落ちるタイプだから無理」

「あら意外」

「元気振舞ってる半面弱いんだよなぁこういう時」

「それは失礼致しましたわ」

 

 

 私も失礼だった。普段が元気すぎるのも悪いと思うけど。

 

 

「という訳でソラよ。行ってこーい」

「よろしくお願いいたしますね」

「……」

 

 

 天井から林檎が降ってきて荷物に追加される。

 恐らく怪奇現象からの贈り物だ。屋上から採ってきたのだろうか。

 ジョージもエミリーもこれに驚かない辺り、怪奇蔓延るよくわからない屋敷に慣れてるなぁ。

 

 

「……」

 

 

 二人に見送られつつ出立。

 晴れているが雪は残っており、故に所々が滑りやすく危険だ。気を付けていこう。

 大丈夫だとは思いたいが、総重量を考えるに打ち所が悪ければフレームが歪んでしまうかも知れないからな。

 技術者のいない現在壊れたらそこまで。シャーロットが機械関連の資格を取ろうと勉強している姿は目にするが、現代の技術に期待は持てない。

 

 故に。

 故にだ。

 

 

「……」

 

 

 屋敷を出てすぐの階段は使わず横の雪をのっそのっそ。

 ぎゅむ。ずずず。ぎゅむ。ずずず。

 踏んで沈んで大きく足を上げ、踏み込んでまた沈む。

 むぅ……。こういう姿、また雪でテンション上がってると思われるだろうか。

 

 

「……」

 

 

 溶け始めているとはいえ雪に覆われた町並みは新鮮だ。

 皆防寒具を身に着けているのも含め、生きるとはこういう景色を作っていくことを言うのだろう。

 

 

「今日は魚が安いよー!」

「特売! 特売ですぜ!」

 

 

 しかしその中でやはり私の存在は異質に思える。

 寒さに忌避感はなく、季節外れと言える格好に凍え震えず佇んでいるのがそう。

 口元から白い息を漏らさず、照り返しに目を細めるどころか瞬きすらしない。

 

 人間に擬態しきれていない怪物。

 よく小説にも出てくるそういうものに近い。

 

 きっと特異な存在はその内に異質差を指摘され排他されるだろう。この時代の法律、時代背景的にも。

 その中でいつまでこの何でもない生活を続けられるだろうか──

 

 

「よっすソラっち」

「ソラっちよっす」

 

 

 ──む。まだシャーロット邸についていないのに双子の声。

 ジェーンにヘレン、後ろから?

 

 

「お買い物?」

「今日は魚が安くなってるよ」

「トーマス兄が喜ぶぜ」

 

 

 って、鮮魚店で働いていたのか。

 町の警備に加えて忙しいな二人とも。

 

 

「……」

「あの、なんか喋ろ?」

「だからジェーン、喋れないんだって」

「そうだったね」

 

 

 その通り。頷いて返す。

 折角話しかけられたのだから何か返したい。

 あ、そうだ。

 

 

「……」

 

 

 手荷物を見せ、シャーロットハウスの方向を指差す。

 伝わるかな。

 

 

「推理力が試されるな……」

「いやどうみたってお見舞いに行く途中でしょこれ」

「……」

「うわ頷いてるしヘレンが正解か」

 

 

 と言う訳だ。

 先を急ぐではないが、そちらも仕事中な上に私だと間を持たすのが大変だろう。

 お辞儀をして、なるべくフランクに開いた手をふりふりしてさよならの挨拶。

 こういう動作が好まれると道化師のほにゃらら学に書いてあった。

 

 

「じゃーねーソラっちー」

「また遊ぼうねー」

 

 

 うむ。また機会があれば。

 

 

「……」

 

 

 予想外の出会いがあったが、気を取り直し向かおう。

 色々と感傷に浸ってしまったように考えたが、異質的存在な私とは言え一部は受け入れてくれている事を忘れてはいけないな。

 棺へ戻るのは簡単だ。しかし、周囲がどう出ているか気にする必要もある。

 この時代に生きてしまっているのだ。勝手は程々にしておこう。

 

 とことこ歩いて海岸沿い。

 ちょっとどころではない崩壊具合のあばら屋がシャーロットの家だ。

 ジョージも借金が云々と事情を知っているなら、この家をどうにかしてやってくれてもいいんじゃなかろうか。

 手を出し過ぎるのも問題があろうとはいえ、人が住まうどころの環境ではないぞ。

 

 

「……」

 

 

 玄関の扉はないので以前にも見た立てかけてある壁を剥がして室内へ。

 ううむ、暗く室温が低い。冷蔵庫の中とはこんな感じを言うだろうか。

 シャーロットー。どこだー。生きてるかー?

 

 

「ぅ、あああ……っ!」

「……」

 

 

 ドアフレームの向こうの暗闇から、巨体の体当たりがくる。

 あまり力が籠っていない。とにかく重量を頑張ってぶつけましたという風な状態だ。

 受け止めてその顔をライトで照らすと、そいつは呻いて全身の力を抜く。

 体調を崩すと一気に弱ると聞いたが……ここまでとは。

 

 

「……ソラっち、すかー……」

 

 

 無言で家へ踏み入れたものだから強盗とでも思ったか?

 出て来た方向へ引き摺り、床に広がっているブランケットの山へシャーロットを置く。

 奥に見えるベッドは圧し潰したのか破壊されていた。

 

 

「シャロ、こうなったらしばらくダメっす。ダメなんすよねー……」

 

 

 そりゃあ、だって。

 こんな環境にいたら。

 

 

「……」

 

 

 人が住む環境ではない、か。

 曰く借金があるとの事とはいえ、ここは流石に酷過ぎる。

 

 

「むぉ。あったか」

 

 

 空き部屋、あるいは私の部屋でもいい。

 とにかく完治の為には良い環境に匿おう。

 よいしょっと。おっとっと。

 持ち運ぶのはいいが、重量バランスがな。

 

 

「ソラっち、なにするっすか」

「……」

「どんどん温かくなってるぅ」

 

 

 排熱失礼。

 最適ルート構築、パワーチャージ。

 任せろシャーロット。速攻で助けてやるぞ。

 

 

「わぁ」

 

 

 シャーロットを担いだまま家の外へ飛び出し、モーター音を響かせながらダッシュ。

 人間が視界に収まった瞬間にぶつからないよう歩みを調整しながら、最短時間で屋敷を目指す。

 凍った石畳を利用し、角では片足を滑らせ簡易ターンピック。

 

 

「あれソラちゃ──」

「シャロ姉──」

 

 

 途中で双子の前を通過しておいたので経緯は説明できたと思う。

 なんとなくで察してくれ。フィーリング大事。

 

 

「……」

 

 

 来た道を戻り、雪を跳ね除け、到着!

 

 

「うえぇ、まさか出勤とはー……」

 

 

 違う違う。ちゃんとした環境で休めっての。

 私とて人間があんな極限で回復しないことくらい知っているぞ。

 むしろ今までよく治せたというか耐えられたというか。

 

 

「うわシャーロット連れて来たの!?」

「シャーロットさん!?」

 

 

 ただいまお二人さん。

 風邪をうつすのは悪いから先に居室隔離をさせてもらっていいか。

 がちゃっと開いて私のベッドへどーん。あと果物ぽいぽいぽい。

 あ、自分で剥けるかな。林檎は割って置いておこう。ふん!

 

 

「おーいソラさんやー……?」

 

 

 でだジョージ。

 

 

「……」

「なにか、ありましたの?」

 

 

 問題大ありだとも。

 ジョージはもう少し町を見て回った方が良いと思う。私が知る限り出かけたのなんてそう数ないぞ。

 特にあの居住地は見学せよ。がしっ。

 

 

「あの、ソラ? 待って? ねえ。ちょっと?」

「ソラさん、やるならわたくしに!」

 

 

 エミリーは今度ね。

 私はジョージを視察へ赴かせなければならぬ。

 領主としてあれは無視させんぞ。

 

 いざ、出陣!

 

 

「ちょっ、まっ──」

 

 



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