サトラレ少女はお嫁さん募集中です (百合好きの雑食)
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0話 運命と呼べる出会いがありました

 

 

(―――まだ、私は死ねない)

 

 だけど、死んでしまうかもしれない。

 

 おかしいな。昨日まで平和に過ごしていた筈だったんだけどな!? だけれど現実として目の前にライオンがいる。長い前髪でもしっかり見える。自分の倍の大きさを誇る肉食獣がグルグルと唸っている。海賊という人災で滅びかける町の一角で、私はライオンと、更にその背に騎乗する海賊の1人と1匹を相手に向き合っている。

 

「……なんのつもりだ、小娘」

 

 怖すぎるっ。無慈悲すぎる暴力が、私と、その背にある家を狙っている。

 きっと、このまま此処にいれば私は死ぬだろう。

 

(でも、でもでも、此処から動いたら……きっと私は死ぬのと同じぐらい後悔する!)

 

 運悪く、見かけただけの家だ。

 彼に吠えられて、逃げた時にうっかり家に触ってしまった。流れて来る記憶があまりに優しくて、だから放っておけなくなった。

 主のいない、無人だけど温かなそこは『彼』の宝物だから、動きたくない。

 

(―――し、死にたくないけど、それと同じぐらい、この意地を捨てたくない!!)

 

 両手を広げて、足を震わせ、ぎゅっと目を閉じながら嗚咽を飲み込む。

 

 耳に苛立ちと困惑交じりの怒鳴り声が響いて、足がガクガクする。だけど、それを理解するだけの余裕は無く、ひたすら恐怖でガンガン痛む頭を意識して現実逃避。

 生き残る為に現状できる事は何も無くて、意地だけでこの場に立つ私は、数秒後に死ぬかもしれない。

 

(……悲しい。やりたい事はいっぱいあったけど、この小さな戦士の隣に立てたのは、きっと喜ばしい事だから)

 

 諦めるつもりはないけど、死んじゃうだろうなって怖い。でも悔いはない。

 それに、さっきから足が痛い。

 邪魔だとばかりに『彼』が強い力でズボンをひっぱり、私が意地でも動かないと悟った途端血が滲むほど足を噛んできた。

 自分の宝物が危機に瀕しているのに『逃げろ!』って言ってくれる彼に、ちょっとだけ微笑んで「君は、逃げないでしょう……?」涙で震えた声が出る。

 

 だって、見えてしまったのだ。

 サアと、その時の光景が頭の中に溢れて、心を奮い立たせてくれる。

 

『見ろ!! シュシュ!! 完成だ!!』

 

 ペットフード屋の開店を喜び、心を通じ合わせる2人の物語が。生きていた彼らのかけがえのない想い出が見えてしまったから、逃げたくない。

 

(……2人の家が、今まさに壊れそうになっている。……縁も義理も何もないけれど、1秒でも止められたら上等だと思うから)

 

 きっと『彼』は、本能的にライオンの一撃を避けてくれる。私にはできないけど、ただの無意味な壁役だとしても、この家は……そんな簡単に壊されていいものではないから。

 

 私は、意地と覚悟で身体を張ろう。

 

「な、なんなんだ、お前は……!! くそ、頭が痛ぇ……!!」

 

 海賊が1人、吠える様に詰問する。

 心臓が震えるぐらい怯えながら、何故かビクリと震える海賊に、怖いけど頑張って口を開く。

 

 

「……な、名前は無いです! 自称トレジャーハンターな、元浮浪児です……!」

 

 

 ああ、最後の名乗りがこんなのって……情けないなぁと、無理矢理笑って、むんと胸を張る。

 

「ッ。名無しが、バギー海賊団を舐めんじゃねぇぞ!!」

 

 怒鳴られて、その迫力にちびりそうになる。

 

(ぴぃ―――!? こわいこわいこわい!! ででででも今は、この家が壊れちゃうのが嫌だから、ここからぜったいどかないぞ……!!)

 

 ガクガクしながら、身体全部を盾にする様にいっそう腕を広げると―――真横から腕が凄まじい速度で伸びてきた。

 

「え」

 

 バキィ!! と派手な音がして

 

「ぎゃああああああ!!??」

 

 伸びてきた拳が、ライオンの横っ面にあたってライオンの巨体が吹っ飛ばされる。背中にいた海賊は巻き込まれながらライオンの下敷きになって血を吐いて……え? え?

 

「あっはっは! 根性あるなーお前!」

「へ? あ、え?」

「おーい!! 大丈夫かおぬしらー!!」

「ぅえ? あ、あれ?」

「ちょっと、何があったのよ!?」

「……え、っと」

 

 突然の事に唖然としていると、ぺろりと足を舐められる。ハッとして見れば、血が滲んだ足を舐めてくれる『彼』がいて、その感触に目をパチパチしていると、麦わら帽子を被った人にバンバンと背中をたたかれる。

 

 

「俺、ルフィっていうんだ! なあお前、俺の仲間になれよ!」

 

 

 それが、私と彼らの出会いだった。

 

 

 

 





初投稿です。

拙いですが、こういうワンピース百合を読みたいなぁを形にしてみました。

よろしくお願いします!


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1話 口には出せない夢があります

 

 

「ご、ごめんなさい、海賊にはなれないし、なりません!」

「えー!? なんでだよ!? 海賊は楽しいぞー!!」

「やめなさいお馬鹿!! 当たり前でしょうが!!」

 

 ばこん! とオレンジ色の髪をした綺麗な人に殴られたルフィさんが、納得いかなそうなふくれっ面になる。

 その後ろでは、のびたライオンの下敷きになった海賊をぼこぼこにしているご老人がいた。「貴様ら、よくもこの町を!!」と怒っているところから、正当な怒りの様だと目を逸らす。

 

(……彼は、どうして私みたいな足手まといを誘ってくれるんだろう?)

 

 首を傾げて疑問を覚えながらも、仲間に誘われたという嬉しい現実に頬が緩んでしまう。海賊になるのはお断りするしかないけど、本心では惜しむ気持ちでいっぱいだ。

 

(それに、この人可愛いなぁ。……お嫁さんになって欲しい)

 

 ほわっと女の人に見惚れて、いやいやいきなり不埒な考えはいけないと慌てて首を振る。

 

「……え」

「あっはっは!!」

 

 何故か、一歩下がる綺麗な人と、楽し気に笑っているルフィさん。そして足元でペットフードをもりもり食べている『彼』ことシュシュ。その姿を見ていると、怪我がなくて良かったとホッとする。

 そして、改めてルフィさんを見つめると、彼は私をまっすぐに見てにっかりと笑ってくれる。

 

(……生まれて初めて誰かに仲間になれって求められて、すごく嬉しい)

 

 ほんとうのほんとうに嬉しくて、によによしてしまうけど……海賊はやっぱり駄目だ。

 

「えー!?」

「黙ってなさいバカ!!」

 

 また拳骨されていて、本当に仲が良いなぁと2人に羨ましいものを感じる。

 

(……うん。私の当面の目標は、トレジャーハントでお宝を見つけて、私みたいな浮浪児が大人になるまで生きられた町へ恩返しに1億ベリーを寄付する事)

 

 だから、海賊はダメなのだ。

 

(海賊になったら、そのお宝が盗品だと疑われて海軍に没収されかねない。だから、海賊にはなれない。……1億ベリー寄付し終わったら、今度はこちらから仲間にして下さいって、お願いしてみようかな)

 

「おう、いいぞ!! 今すぐでもいいぞ!!」

「お馬鹿!! 黙ってなさいあんたは!!」

 

 旅立ってすぐに目標が2つに増えるなんて、人生暇なしで良い事だ。今すぐ彼らの仲間になれないのは残念だけど、欲張ってはいけないと我慢我慢。

 

(でも、仲間かぁ……それってどういう感じなのかなぁ。きっと満たされるんだろうなぁ……もしかしたら、私の夢にも近づけるのかなぁ)

 

 手を伸ばして、シュシュの頭を撫でる。

 

「なあ、お前の夢ってなんだ?」

「え?」

「ちょっとルフィ!! ……あはは、ごめんねぇ、こいつ本能で生きてるから」

「い、いいえ」

 

 びっくりしたけど、流石に命の恩人とはいえ、初対面に近い彼らに言える訳がない。

 受け入れられる自信が無いし、何より、人道に反した酷い夢なのだ。

 

(……私の夢は、たくさんのお嫁さんを愛することです! なんて……堂々と言える訳がない。簡単に叶えられるものでもないしね)

 

 苦笑いで誤魔化すと、ルフィさんは良く分からないって顔で首を傾げ、綺麗な人は更に一歩離れ、こちらに戻って来たご老人は何とも気まずそうに咳払いしている。……あ。

 

(そうか。今は戦時中の様なものだし、こんなところでおしゃべりしてちゃダメだよね。ご老人に気をつかわせてしまった。戦闘の邪魔にしかならない私は、この家の周りにトラップでもしかけて大人しくしておこう)

 

 ピタゴラスは得意なので、迂遠に攻撃して何としてでもこの家を守ろうとつらつら考えていると、ズボンをシュシュに噛まれる。長い前髪ごしに見えるシュシュが、ずりずりと私を引っ張る。

 

「ど、どうしたのシュシュ」

「……貴女を心配してるのよ」

「え? ど、どうしてですか? 私はこのまま、この町を離れて安全な所に行くつもりだし、シュシュが心配する事は何もないよ」

 

 笑ってそう言っても、シュシュは私を引きずる力を弱めない。ベルトが無かったら脱げていたかもしれない力に、牙は大丈夫かオロオロしてしまう。

 何とか説得しようとすると、目の前に麦わら帽子がぬっと飛び出してくる。

 

「なあ、お前の夢は叶えるのが難しいのか?」

 

 心底よく分からん、という顔をする彼に、目をパチパチ。オレンジ色の彼女が言う通り本能で生きているんだなぁと微笑ましくなりながら、頷く。

 

「うん、私の夢はとても難しいと思うよ」

 

 だって。

 

(――私は、とにかく愛したい人間だから)

 

 シュシュをどうどうと宥めながら、目を伏せる。

 

(1人は寂しいから、人を、誰かを愛したくてしょうがない)

 

 物心がついた時から1人だった。

 

(……だというのに、恋とか愛とか、本来向けるべき異性に湧き上がらない。この気持ちは同性にしか向けられない故障っぷり。当の私は美人でも可愛いわけでもない、地味で低身長の青二才で芋女)

 

 ああ、落ち込みながらシュシュの毛並みに心を癒して貰う。

 

(……何より、たった1人だけを愛せない浮気性の屑女。……ううん、本当は唯一の人を見つけたい。その人だけを愛する特別に憧れている。いや、いいや、それはダメだ。1人ではいけない)

 

 シュシュの毛を、かきまわす。

 

(――たくさん。とにかく愛したい誰かを、女性を、心の底から愛したくて止まれない。愛をそそぎたい。返してくれなくてもいい。全力で愛したい。……不吉な私は、たった1人を全身全霊で愛したい。違う、愛したらいけないんだから……!!)

 

 思い出す。

 

 友達だと思っていた小さな命。

 若く生に溢れたどぶ鼠が、野良犬が、鴉が、私が愛したいと求めて、手を伸ばし、触れた瞬間。……『幸せそうに絶命した記憶』を。

 

「……ッ」

「……」

「ぐ、……この娘は、いったい」

 

(……たった1人に向けたら、死んでしまうかもしれないから。たくさん愛させて欲しい)

 

 溢れる気持ちが、全身から溢れてしまいそうだ。

 ペロリ、シュシュに手の平を舐められて、ハッとして優しくその頭を撫でる。その時だった。

 

 ――――ぶおん!!

 

 大きく風をきる音がして、目の前で町が砕かれていく。無慈悲に破壊の限りを尽くされる。

 

(……ッ)

 

 吹き飛ばされ、思考が驚愕で白く染まる中。砕かれていく町の『悲鳴』が、私の頭にぐわんぐわんと響き渡る。

 

 私は、町の『記憶』を見ていた。

 

 

 



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2話 声なき声が流れてきます

 

 

 昔、不思議な実を食べた事がある。

 

 飢えに飢えて、死にかけの身体で見つけた不思議な実が、私の命を今日まで繋いでくれた。

 涙を流しながら食べたそれは、空腹のスパイスも誤魔化せない程にまずかったけれど、だからこそこの味を絶対に忘れないと誓った。

 

 その日から、私は物の記憶が分かる様になった。

 

 おかげ様で、瓦礫の下に隠されたお金を見つけられた。それを持ち主に届けての金一封を糧に、細々と路地裏で生きていける様になった。

 

 物に触れると、過去の記憶が流れてくる。

 

 他人のプライバシーを侵害している様で、普段は手袋をしているのだけど、強い想いはそれ越しにでも頭に流れ込んでくる。

 今日の様に、ペットフード屋に込められた、シュシュを案じる意志なき声が、私には届いたのだ。

 

 誰かの歩みの軌跡が、人生の輝きの一幕が、不意に感じられる私にとって、この光景は到底許せないものだった。

 

 ガラガラと、一瞬にして崩れていく建物を見ながら、その悪意に唇をギリリと噛む。

 この町が、そこに住む人達の文字通り血と汗と涙で作られていることが分かるからこそ、無意味に壊されていくのが辛かった。

 意志なき意志が伝わるだけの、何もできない自分が情けなくて悔しい。

 

 目の前で、バキバキと砕かれた建物の記憶。痛みと悲鳴に頭の奥を揺さぶられながら目を逸らせない。

 

 

『ここに、俺達の国をつくろう!』

 

 

 あの老人の面影がある若者が、一からのスタートを始めている。

 

『海賊にやられた古い町のことは忘れて……』

 

 その時の彼の顔をこの町は覚えている。その裏で一人零された、理不尽に失った過去への悔し涙すら、この大地は覚えている。

 

 彼の元に集った人達が畑を耕している。喧嘩をしている。意見の相違がある。お酒を手に笑っている。男性が女性に微笑ましいプロポーズをしている。赤ちゃんが生まれて、徐々に人が増えていく。平地が町になっていく。そんな光景がゆっくりと流れて、だけど時間にしては1秒もないのだろう刹那の幻。ツンと鼻の奥が痛む。

 

 古い町は、忘れさられたのではなく、新しく生まれ変わったのだ。そんな新しい町まで無慈悲に壊されていく様は『知って』いるからこそ悔しくて、パラパラ崩れていく砂埃さえ眼球の裏に刻み付ける。

 

(私は、忘れない……!)

 

 声なき痛みを、奪われてしまった無念を、私はちゃんと覚えていく。

 

 この町がどんなに素晴らしい町なのか、住人達の息づかいすら響いてくるからこそ、震える呼気を吐き出す。

 

(なんてことをするんだ……!! 道化のバギー……!!)

 

 そうやって無力に、ただ壊れた町の残骸を見ているしかない私の隣で、ゆっくりとお爺さんが立ち上がる。彼は目に涙をためて、くしゃりと私の頭を撫でる。

 

「……ありがとう、娘さん」

 

 え……?

 

「……なに。……あんたの目を見れば分かるさ。この町の気持ちをくんでくれて、ありがとう。お陰様で、懐かしい夢が見れたよ」

「おじい、さん?」

 

 皺を優しく歪ませて、名も知らない老人は「うぉおおー!!」突然叫び出す。……び、びっくりした。

 

「こんな事が許されてたまるか!! 二度も潰されてたまるか!! 突然現れた馬の骨に私らの40年を消し飛ばす権利は無い!!」

 

 その叫びと同時に、頭の奥がまたぐわんぐわんする。

 ああ、町が悲しんでいる。町に愛されている彼の怒りに町が泣いている。

 

(お爺さんは町を愛しているけれど、町だってお爺さんを愛している)

 

 その事を、当の老人に伝えたくて、その覚悟が分かるからこそ下手な事は言えなくて、どう伝えれば良いのだと歯噛みしていると、お爺さんが私を見る。ルフィさん達と話していた時とは嘘の様に、穏やかな顔で笑って、意を決した様に「待っておれ、道化のバギー!!」と走って行ってしまう。

 

 ……………ッッ!!

 

 危ない、無謀だと、慌てて立ち上がろうとすると、ぐっと肩に手が乗せられる。

 

「大丈夫。俺はあのおっさん好きだ! 絶対死なせない!!」

「ルフィ、さん」

「……何だか、盛り上がってきてるみてェだな」

 

 ふあ!?

 

「しししし! そうなんだ」

「笑っている場合かっ!!」

 

 新しい声に振り返ると、緑髪の剣士が腕を組んで胡坐をかいている。い、いつからそこに? びっくりしたけど、ルフィさんとオレンジの彼女のお知り合いらしい。

 

「っていうか、あんたあっちで潰れてたんじゃないの?」

「あ? この女がうるせェから、とっくに起きてたよ」

「……う、うるさい? あの、どなたさまですか……?」

「ロロノア・ゾロ。お前さんは?」

「な、名前は無いです。だけど、よくナナシって呼ばれています」

 

 初対面の人にうるさいって言われてしまった……。やっぱり独り言が出ているのだろうか? 自覚はないけど、本当に出ていたら恥ずかしい。

 両手で口を抑えていると、迷いのない声が聞こえてきてハッと顔をあげる。

 

「――俺達が目指すのは"偉大なる航路"。これからその海図をもう一度奪いに行く! 仲間になってくれ! 海図いるんだろ? 宝も」

「! ……私は海賊にはならないわ! "手を組む"って言ってくれる? お互いの目的の為に!!」

 

 私が思考を逸らしている間に、彼らの話はまとまったらしい。

 

 私が先程の大砲で尻餅をついたままなのに反して、彼らは堂々と立っている。

 戦う力なんて無い私は、彼らの後に続きたい気持ちをぐっと抑え込みながら、当初の目的を叶えるためにこのペットフード屋の前に立つ。シュシュもまだ此処にいる。……立派だけど、人のいる所に逃げて欲しいなぁ。

 

「あんたも行くの? お腹のキズは「治った」治るかっ!!」

 

(この人達、凄いなぁ……)

 

 こんな危機的状況で堂々と歩いていく彼らの背中は頼もしくて、私には眩しすぎる。

 

(……仲間って、あんな感じなんだな)

 

 羨ましくて見つめていると、くるりとルフィさんが振り返って、大きく手を振る。

 

「ナナシー! すぐ帰ってくるから、そこで待ってろよー!! そんで一緒に冒険に行こうぜー!!」

「……え?」

「うちの船長のご指名だ。諦めるんだな」

「……っ」

「あーあ。こんなのに目をつけられちゃって、可哀想に……」

 

 同じく振り向いて、彼らが笑っている。

 

 一緒に歩めない私に、何故彼らが笑ってくれるのか分からない。

 けれど、胸に熱いものがこみ上げる。ああ、嬉しい。弱い自分が悔しい。あの人達が好ましい。――――なんて、愛すべき人達なんだろう!!

 

 ぶわり。

 

 そんな溢れる気持ちで、私は大きく3人に手を振る。

 

 驚いた顔で振り向く3人に、笑顔を見せる。本当は、ルフィさんが私を迎えに来てくれるなんて信じていない。

 だけど、3人の無事を祈る為の約束を貰えたのだと。シュシュと一緒に、彼らを信じてこの場で待つ。

 

「いってらっしゃい! みなさん!」

「ワン! ワンワン! ワンワン!」

 

 シュシュと一緒に彼らの背が見えなくなるまで見送った。

 

 そして、大砲の音にいちいちびくつき、激しい破壊音に怯えて、ぴいぴい情けなく泣いてしまう私を、シュシュはおすわりしながらずっと「ワン!」と慰めてくれていた。

 

 ぐわんぐわんと、何かが壊されたりするたびに、彼らの死闘が建物を通して頭に入ってくるのが地味に辛かった。

 ずっとハラハラしていたけれど。最後の最後にルフィさんが道化のバギーを吹っ飛ばした時、シュシュを抱っこしておもいっきり喜んでしまった。

 

 ルフィさんは凄い人だと。私は彼の凄さに心底痺れてしまった。

 

 

 



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3話 海は二重の意味で苦手です

 

 

「いいじゃんか!! なあ、仲間になってくれよナナシィ!!」

「……ご、ごめんなさい。私、船酔いするんです。……うぷ」

「致命的じゃねぇか」

 

 船の上の不規則な揺れに、すでにやられながら白状する。それに、どれだけ練習しても泳げないんです……

 

「……それに、私には海賊になれない理由もあって……熱心にお誘い頂いて、言葉にできないほど嬉しいんですけど、私は」

「おいナミ!! こういう時はどうすればいいんだよ!?」

「知らないわよ。食客でいいんじゃない?」

「よし分かった。今日からナナシは食客な!」

「ええ!!??」

 

 気づいたら、そんな流れで私はルフィさんのお仲間になっていた。

 

 い、いいのだろうか?

 まさか、あの後は全力ダッシュするルフィさんに、お祝いの言葉を言う間もなく攫われるとは思ってもいなかった。シュシュは町の人達に吠えて足止めをしていたし、何があったんだろう? ……そして彼らは、いったい私の何をそんなに気に入ってくれたのだろう? ルフィさんが宝を捨てたとナミさんが怒り、当のルフィさんはあっけらかんと笑っているのを見つめながら、小さな不安が胸をすくっていく。

 

(……いや、仲間じゃないよね? 食客ってお客さんの事だよね。……うん。いずれ仲間と呼んで貰える様に、お客さんとして、掃除とか洗濯とか雑用係を頑張ろう)

 

 改めて気合を入れるも、やはり不規則な波は強敵だった。

 すぐに気分が悪くなって考えがまとまらない。隣の小船でナミさんがチクチクと麦わら帽子を縫う横顔に見惚れる。

 

(どうして、人は船酔いをするのだろう……?)

 

 こんなだから、できる限り陸路を歩こうとして、あの町に入ってしまったのだけど……いや、そこでルフィさん達に会えたのは嬉しい事だし。……覚悟を決めよう。この先の船旅は、意地で慣れるしかない。

 

 こみ上げるものを堪えながら、ぐっと起き上がる。

 とりあえずは緑髪の剣士、ゾロさんの許可をとって、お腹の傷を手当てする事にする。

 

(酔っていても、これぐらいはできそう……)

 

 ああ、気持ち悪い。背負っていたリュックから、いざという時の為にまとめていた医療用の糸を取り出す。トレジャーハンターを目指している以上。いつ怪我するか分からないから多めに持っていたのだ。他の用途にも使えるし。病院をこっそり覗いて勉強もしたから最低限は大丈夫。お医者様の独り言が大きかったおかげでコツもギリギリ分かる。

 

「器用だなぁ、ナナシは」

「ありがとう! ……うぷ」

 

 縫い針をアルコールランプで加熱したお湯に入れて、ぐつぐつと消毒完了。痛みを与えない様に、患部をアルコールで消毒しながら傷を縫っていく。

 ルフィさんは、修理された麦わら帽子をご機嫌に被りながら「ナミもゾロを縫えるのか?」と聞いているが、人と布を一緒にしてはいけない。

 

「……無茶言うんじゃないわよ。あと、ルフィもいい加減この子をちゃんと呼びなさい! ナナシはないでしょうがナナシは!」

「ぐがー…」

「って、なんで寝れるのよあんたは!?」

 

 いびきをかき出したゾロさんに、ナミさんが突っ込む。そういえば今日は良い天気だし、お疲れ様だからしょうがないよね。……1人じゃない旅って、こんなに賑やかになるんだなぁ。

 

「ちょっと、聞いてるの?」

「! いえいえ、私には本当に名前が無くて、呼びやすさ優先のナナシでいいですよ!?」

 

 いけない、一瞬何を話していたか忘れそうになった。

 

(それもこれも、ナミさんが綺麗だから、気を緩めると見惚れちゃうのがいけない。気をしっかりもて私!)

 

 密かに焦りながら自戒する。訳ありっぽいナミさんをそういう目で見るのはダメなのに。いくら見目麗しくて、それ以上ににじみ出る性格の良さと心の強さに愛の告白をしたくなっても、そんな事をしては芽生えかけの信頼を損ねてしまう。

 

(そういうのは、もっと深い仲になってから……できるといいなぁ)

 

 壁は高くて厚い。

 夢の為にならいくらでも頑張れるけど、やっぱり仲間は駄目かもしれぬと悩ましい。ゾロさんの肌をちくちく縫いながら、チラチラナミさんを見てしまう。……それにしても、脇腹の傷が酷すぎるな。ゾロさんはすぐ無茶苦茶して動きそうだし、ちゃんと縫えているか心配になる。……医学書欲しいな。

 

「……ハア。……そういう訳にもいかないでしょ。……ちゃんとした名前は後でもいいけど、とりあえず、今はナナって呼んでも良い?」

「!! ……も、もちろんです」

 

 ナナ。……ナナ!

 

 い、いや、仮の名前だ。

 でも、ナミさんがつけてくれた。……あ、だめだ。さっき抑えようと思ったばかりなの。

 

(嬉しいっ。嬉しすぎて、抑えがきかないかも。ナナって仮名を貰えた! ナミさんを愛したいっ。お嫁さんになって欲しい! 絶対に幸せにするなんて言えないけれど、絶対にずっと死んでも愛し続けると誓えます……!! ああああ、こんな急に告白なんて、軽く見られるだろう!? 落ち着いてクールにお礼を言うんだ私!!)

 

「呼びやすい仮名をありがとうございます!」

「え、ええ……どういたしまして」

 

 必死に、顔に出さない様に、治療中の指がぶれない様に気持ちを抑え込む。

 

(好きだな。うん、好きだぁ。嬉しいなぁ。仮名をつけてくれた。優しいなぁ)

 

 ほっくほくしながらゾロさんの傷口を縫い終える。……それにしてもゾロさん。ほぼ初対面の私に傷口を縫われているのに、どうして爆睡できるんだろう? 怖くないのかな。

 

「あっはっは!! ナナはナミが好きだなぁ!!」

「はい! ……うえ!?」

 

 なんで!?

 

「ルフィ!! あー……なんでもないのよ、なんでも」

「は、はい? そ、そうですか」

 

 び、びっくりした。ばれたのかと思った。

 

(……やっぱり、ルフィさんは凄い人だな。この気持ちは頑張って蓋をしないと……! ばれたら、せっかく少しだけ仲良くなれたのに、壁ができてしまう。……私の夢は、たくさんのお嫁さんを愛する事なんだから)

 

 落ち着こうと密かに深呼吸していると、ルフィさんが「おい!!」と嬉しそうな声をあげる。

 

「島だ!!」

「……ああ、あれはダメね。無人島よ。行くだけムダ、進路はこのまま……待て!!」

「仲間になってくれる奴いるかなァ」

「て、手伝います、ルフィさん! ゾロさんは寝かせてあげて下さい!」

 

 ぎーこぎーこと、ナミさんには申し訳ないが、船長が行きたいと言うなら指針は決まったものだし、こうするべきだろうとオールをこぐ手伝いをする。

 

 あと、揺れない陸の上に立ちたい……!

 

 目標にまっすぐなルフィさんと、大胆不敵にくかーと眠るゾロさん、苛立ちながらついてきてくれる面倒見の良いナミさん。

 私から見ても、この一味のバランスは悪くないんじゃないかと、私は船酔いを堪えながら思うのだ。

 

 ちなみに、陸についたら「このバカちん! あんたも止めなさいよ!」とナミさんに拳骨を貰った。……この船では、船長より航海士の指示が重いらしいと、私は悲しみを背負いながら胸に刻んだ。

 

 よし! 私は陸が大好きなので、今後は消極的に止めるぞ!

 

 

 

 



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4話 あまりにも刺激が強すぎます

 

「森の奥に民家があるかも」

 

 そう言って歩き出すルフィさんに、とことこついて行きながら、陸って最高だなぁと解放された船酔いにテンションが上がっていく。踏みしめる大地の力強さに感謝のスキップ。ついでに、コケコケ鳴いている狸っぽい動物さんも可愛い!

 

(撫でたい! この島、生態系が面白いなぁ。こういう不思議な進化を保てる島かぁ)

 

 驚かさない様に、距離を保って面白い動物達を観察する。ルフィさんが兎耳の生えている蛇を見せてくれる。すごく面白い! あの耳で獲物をおびき寄せて食べるのだろうか? きゃっきゃっと不思議な動物さん達に和んでいると、ナミさんが疲れた顔をして私を見ている。

 

「……あんた、意外とタフね」

「……そ、そうでしょうか? 腕とかひょろひょろで、全然スタミナ無いですよ? 逃げ足だけは自信あります!」

「そうじゃな……いえ、それでいいわ」

 

 やれやれと呆れるナミさんに空笑いを送りながら、内心で落ち込む。……”あんた”かぁ。もうナナって呼んでくれないのかな?

 

(……それは、嫌だな)

 

 情けなくズーンと落ち込みながら、そんな事で沈む自分が意外で、それだけナミさんが心の容量を占めているのだと複雑な気持ちになる。

 

(まだ、出会ったばかりなのに……これじゃあ、お別れの時が辛いな)

 

 ナミさんは、気まぐれな猫みたいな人。

 

 そんな魅力的で自由な人を引き止めるだけの力がない私は、だからこそ彼女の見せる小さなそっけなさが気になるのだろう。

 

(……名前、呼んで欲しい)

 

 もし、明日会えなくなっても、この仮名だけは残るから。

 なんの約束もない、今の楽しい時間が急に終わる不安を喉奥に押し殺して、ナミさんの背中を見る。

 

(……ナナって、もう1回だけでいい)

 

 名付け親のナミさんに、無性に呼んで欲しい。

 

 けれど、そんな気安さを許すほどの信頼を私は勝ちえていない。…………頑張るぞ! 蹲っていてもお腹は膨れない。ナミさんへの関心だって買えない。ちゃんと行動で示そう! 気合をこめて、ふんすと握り拳をつくる。

 

「おいナミ。ナナを苛めんなよ」

「え?」

 

 急に立ち止まったルフィさんが、ナミさんにじと目を向けている。

 

「はあ!? 苛めてないわよ! ……っ、ちょっと、ナナ!!」

「うえ!?」

 

 心臓が跳ねる。

 あまりにも簡単に呼んで貰えて、理解がおいつかない。

 わ、わわ、ルフィさんよく分からないけどありがとうございます!

 

「は、ははははい! 私はナミさんに苛められてないです!」

「んー」

 

 むしろ、すごく良くして貰っていると、どうしてそんな勘違いをしたのかとルフィさんの誤解をとこうとすると、彼はジッと私を見てすぐにニカッと笑う。

 

「そっか! んじゃ、行くぞー!」

「はい!」

 

 先行するルフィさんに置いて行かれない様に慌てて駆け出す。

 

「…………」

 

 視界の端で、ナミさんは難しそうな顔をして髪に指を埋めている。

 

(な、何か、耐えている様な顔してる。心配事でもあるのかな……)

 

 相談して貰えるとは思っていないけど、邪魔はしない様に立ち回ろう。名前を呼んで貰えたドキドキが冷めないまま、嬉しさににこにこしながら森の奥に進んでいくと、ナミさんの声が聞こえる。

 

「面倒臭い体質ね、あん……ナナは」

 

 え? ナミさんにまた呼んで貰え……いや、そこじゃなくて、体質? いったいなんの事だろう?

 

(私、ナミさんが気にするほど他者と違うところ、無いよね?)

 

 はて? 内面なら、ナミさんという同性に心惹かれるという時点で普通ではないけど、そこは表にだしていないし……私はトレジャーハンターを目指しているだけの、どこにでもいる地味な女だと自負している。

 

「っ、ねえ、ルフィ……! これ、早めに教えてあげた方が良いんじゃない!?」

「何が?」

「何が、って分かってんでしょ!! ほら、ナナの、アレよ! あんたも聞こえてんでしょ!?」

「えー? いいじゃんかよ、面白いし! 俺、あいつの"声"好きだ!」

「……ッ、そういう問題じゃないでしょう」

 

 込み入ったお話だろうか? 耳に入らない様に距離をとりつつ、森の空気を全身で感じていると、突然妙に籠った声が響いてきた。

 

 

『 それ以上、踏み込むな!! 』

 

 

 えっ、どこ? どなたさま?

 

『 え? おれ? おれはこの森の番人さ……!!』

 

 あ、それはご親切に……!

 まさか、返事があるとは思わなかった……! 番人がいるだなんて、この森が豊かな理由が分かりました!

 

「なんだァ? 森の番人?」

「ちょっと、ナナも和んでんじゃないわよ!」

 

『 ハッ!? そうとも、こちらの油断を誘おうとしてもそうはいかない。……命惜しくば即刻この場を立ち去れい!! 』

 

 い、いのち?

 ど、どうしよう。早く帰らないといけない? ナミさんに怪我がない様にしないと。よ、よし!

 

「ナミさん、此処は危ないみたいです!」

「……いいから、落ち着きなさい」

「は、はい」

 

 落ち着かないといけないらしい。

 そわそわしながら、森の番人さんとナミさん達のやり取りを見守っていると、突然ルフィさんがズドォン!! と凄い音と共に撃たれてドクン!! と心臓が大きく跳ねた。

 

「ふんっ!!」

「えええええ!?」

 

 そして、目の前で銃弾を弾き飛ばしたルフィさん。

 なんで!!?? 驚愕が記憶を繋げて、そういえば初対面の時にライオンの横っ面を伸びた腕で吹っ飛ばした事を思い出して、更に心臓が跳ねて、かなり痛くなってきた。

 

『 な、なんだ今のは……!? し、心臓が痛ェ……!? くそ、指先が震える……!! 』

 

 う、うわわわわわ、バックンバックンするのを何とか抑えようとするとぎゅう! と。

 

「……くっ。落ち着いて、大丈夫だから……!」

「ぴ」

 

 ―――――――。

 

 な、ナミさんに抱きしめられた。

 

 えっ、胸、やわらかい。

 は? 自分のつつましやかなそれと比べるまでもない豊かな双丘に挟まれて、良い匂いがする、触りたい。いやバカ、駄目だ私。そういうのはちゃんとお付き合いしてからじゃないと、責任はとるけどその甲斐性がまだ無いんだからしっかりとトレジャーハンターとしてお宝を手に入れて町に恩返しして、お嫁さんをいっぱい愛して、駄目だ、ナミさんを好きになってしまう。だめだめだめだめナミさんはなかまなかまなかまなかま―――

 

「あ、静かになった」

『 な、なんなんだ、こいつら 』

 

 ふわああああ。

 

 ナミさんへの愛がほとばしってぐらぐらするんですけど!? ぐちゃぐちゃな思考の隅で冷静な自分がオロオロするぐらいの混乱っぷりだ。

 

「冗談でしょう!? さっきからいつもの倍以上響いて、熱、い? ……もしかして、誰かが触っていれば”声”は一点に集中される?」

 

 思わず、と声に出しながら身じろぎするナミさんのむにゅんに挟まれて視界が赤く染まっていく。

 昂っていく感情が噴き出して止まらず、あばあば混乱して、ツウ、と鼻から何かが垂れる感触と共に、これ以上は脳が耐え切れないとばかりにブツンと意識を手放した。

 

 一瞬だけ見えたナミさんの顔は、真っ赤だった。

 

 



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5話 利き手が幸せです

 

 

「おはよう。そろそろ出航するわよ」

「……!?」

 

 自分を覗く天使、じゃないナミさんに思考が止まりかける。

 

「お、おはようございます……?」

 

 ……どういう事? 少しくらくらするけど、もう出航?

 1秒ごとに情けなく気絶した前後の記憶が蘇るが、まだ全然冒険してませんよね? まさか、そんなに長い間寝ていたのかと血の気が引いていく。

 

「ナナったら、かなり寝てたわよ」

「はう!?」

 

 地べたに寝ころんだまま胸が痛い。

 初めての無人島探検で初期から気絶という、目も当てられない現実に心が軋む。と、トレジャーハントな事が何もできなかった……

 

(なんて体たらく……個人的にも動物さん達に癒される素敵島だったのに……!)

 

 悔しさを感じながら、鼻に詰め物がされているのに気づく。取ろうと手を動かして、くんっと引っ張られる。

 

(……あれ?)

 

 手が拘束されているのかと視線だけを向けて、次の瞬間ガバリと顔全体で見る。

 

「……何か文句ある?」

「いいいいいいいえ!!??」

 

 な、ナミさんとおてて繋いでる!

 んー!? ナミさんは寝ている私の隣に座り、何故か私の手を握ってくれている。……握っているんです!

 そして、動揺のあまり腕ごと手を持ち上げたら、ナミさんの手も引っ張られて、だけど離れない。……離れない! ぎゅってしてくれてる!

 

(……!? ……!!??)

 

 これは、どういうご褒美?

 まさか、私の寿命は残り少なくてナミさんが憐れんでくれているとか? いや私の身体はすこぶる健康だ。目覚めたばかりとはいえ、この幸せに気づかぬ鈍感で愚か者な私だが、路地裏で暮らしていた経験で自分の体調は分かる。そして、このお手の存在をすぐ気づかなかった理由としては温度が―――――な、馴染むほど、握られていたという事で!!??

 

(なんか、もうナミさんへの愛をおさえるのがきついですっ!!)

 

 こんな、繋がっている隙間すら分からないぐらい、触れる手の平の温度が一定に保たれるぐらい、ずっと手を繋いでくれるなんて、優しすぎませんか……!? なんのサービスですか!? お金あんまり無いです!! 借金させてください!! 私の手の平の温度がぐんぐん上がって手汗が心配だけど、ナミさんの手はとにかく柔らかくてすべすべであったかい! そして苦しい。意識が遠のく!

 

「ちょっと……」

「ハッ!? げほっ!!」

 

 知らず呼吸が止まっていた。

 ナミさんが声をかけてくれなければ、陸で溺れる寸前だった。

 

(っ、手、手が、手が、ナミさんのおててがいまだわたしとぎゅっぎゅっしている!!)

 

 働き者の手の感触が伝わってくる。

 細い傷の感触、ところどころ豆が潰れた様な、独特な硬さも感じる。

 

(今まで、頑張ってきたんだろうなぁ……!)

 

 とても偉くて、とても好きで、とても愛おしい。

 ……っ、いやダメだ落ち着こう! 私は我慢できるお客さんだから! 今までもずっとあふれ出しそうな愛したい欲を抑え込めていたのだから、ここで爆発させてはいけない! とにかく、この感触を脳に刻んで忘れない様にするぞ!!

 

「お! 起きたのかナナ」

「よう!」

「あ、ルフィさ……っとどなたですか!!?? いえ、この声は、まさか森の番人さん!? とても斬新なお姿ですね!?」

 

 ルフィさんの声にハッとそちらを見たら、宝箱からもじゃもじゃした人がいた。

 

「「ブッ!! あっはっはっは!!」」

 

 何故か、2人は顔を見合わせ、大爆笑する。

 え? え? よく分からないけど、2人はとても仲良しになっている。ルフィさんは銃で撃たれていたのに、何が起きたらこうなるのだと、気絶していた自分を恨む。

 

(……撃たれて無事な事と、腕が伸びる事は……聞いていいのか分からないし。そっとしておこう)

 

 うん。ルフィさんだって聞かれたくない事はあるだろうし。自分から話してくれるのを待とう。

 状況の説明を求めてナミさんをチラリと見ると、彼女は苦笑して肩をすくめる。

 

「……色々あったのよ。色々」

「そ、そうなんですね。……あ、それじゃあ森の番人さんも、ルフィさんの船に乗るんですか?」

 

 すごく意気投合しているし。私がそう訪ねると、番人さんは目を見開いて、くしゃりと笑う。

 

「……いいや、俺はこの島で番人を続けてぇんだ」

「そう、ですか。……そうですね。この森の生態系は、森の番人さんがいるおかげですものね」

「……嬢ちゃんも、良い奴だなぁ」

 

 宝箱と一体化している様な彼が、嬉しそうにくしゃくしゃ笑ってくれる。

 

 私が良い人なのではなく。彼が良い人なのだ。

 この森が、動物達が、彼を仲間だと認めているのが伝わってくるから。彼の人となりを信頼できる。

 

(私は、温かい人が好きだから)

 

 凄く斬新な格好をしていようと、敵だろうと、特徴的だろうと、裏切者であろうと、人に温もりを与えられる人が好きだ。

 

「…………」

 

 ぎゅっ、と手を強めに握られる。

 

「えっ、あの、どうしました、ナミさん?」

「……別に。さあ、船に戻りましょうか」

 

 ナミさんに、ジッと見つめられて心臓が跳ねる。

 

「は、はい! ……あの、手は」

「いいから行くわよ。それとも、何か問題ある?」

「何もありません!」

 

 あわわわわ、何も無いけど、ナミさんへの想いが手の平ごしに伝わってしまいそうだ。

 それはいけないと、こっそり深呼吸。ルフィさんは、森の番人さんと笑いながら歩いている。その背を見ながら「ねえ」ナミさんが私に声をかける。

 

「あん……ナナは、私の事を誤解しているわ」

「え?」

「…………」

「? ごめん、なさい」

 

 怒っている顔だけど、傷ついて、いる……? 私が、ナミさんを誤解しているから?

 

(……そんな顔、しないで下さい)

 

 悲しくなる。もしかして、私は無意識に勝手な理想をナミさんに押し付けていたのだろうか? 思い返すのは、出会ってから今までの彼女の表情。

 ルフィさん達と一緒にいて、怒ったり笑ったりちょっと泣いたりしている、生き生きとした表情。

 

(キラキラした彼女の在り方を見て、私は好きだと思った)

 

 分からない。私は、彼女の何を誤解しているのだろう?

 

「……っ、なんて顔してるのよ」

「え? す、すみません。あほ面さらしていますか?」

「……行くわよ!」

「はい!?」

 

 ぐいっと手を引っ張られるまま、様子のおかしいナミさんについていく。

 

(……心配だな)

 

 彼女らしくない情緒が乱れている気がする。

 もしかして具合が悪いのかな? ルフィさんが果物いっぱい貰えたって言っているし、お腹が減っているわけでもないよね? 何か、不安があるのかな? 話して欲しい。

 

(話さなくても良いから、八つ当たりしてくれないかな……)

 

 ただ疲れているだけなら、いっぱい休んで欲しい。航海士の知識も、今更だけど少し習おう。ナミさんの負担を減らしたい。

 ……はやく笑って欲しいな。ルフィさんやゾロさんなら彼女を笑顔にできるのに。私にできるのは、ただ祈るだけだ。

 

(……どうかどうか、ナミさんの過去も現代も未来も幸せでありますように)

 

 引きずられる様に歩く、繋がった彼女の手に少しだけ力をこめる。

 

(世界が、ナミさんに優しくありますように)

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 性質が悪い。

 

 出会ったばかりの他人が、自分の為に真摯に祈る“声”が、繋いだ手を通して伝わってくる。

 

『“世界が、ナミさんに優しくありますように”』

 

 優しすぎる、劇毒の様に包み込んでくる熱に油断すると泣いてしまいそうで、それらを振り切る様に歩く。

 らしくないと歯を食いしばっても、心に直接届く“声”がそれを許さない。

 

(初めて見た時は、ただのどんくさい子供だと思っていたのに……)

 

 黒く短い髪はくせっ毛で、あまり手入れもされておらずぴょんぴょん跳ねている。長い前髪は瞳を隠して感情を読み取らせないし、私の腰までの身長しかない。栄養状態も悪く痩せすぎだ。

 第一印象は、全体的に暗くて人を避けている卑屈な子供。そんな風に見えていたのに。

 

(……ナナの心は、外見からの予測を一瞬で吹き飛ばすほど、強烈だ)

 

 安物のシャツとズボン、色々有用なものが入っていそうなリュック。

 それだけを持って旅をしているというナナは、面白いぐらい、いっそ気の毒なぐらい明け透けにその心を発信する。

 

 善人だと、悪意はないと、本気なのだと、その心が無防備な人の心に染み込んでいく。

 

 感受性が強すぎるのか、その動揺と痛みすらこちらに伝えてくる。

 その“声”越しに感じる、物の記憶が私達に別の視点を与えてくれる。

 

(……熱い)

 

 そして、こうやって手を繋ぐと、私にだけ伝わってくる“熱”を帯びた感情。

 熱い心が、血潮の様に私の内側に入ってくる。それらを一心に感じてしまえば……一度でも味わってしまえば、手を離すのが困難なほど、大きすぎる包容力に包まれる。

 

 母の胎内とは、こういうものなのかと身を委ねそうになる。

 この手を離した瞬間、心が冷え切りそうで恐ろしくなる。

 

 彼女の前髪から不意に覗く、海の様な青い瞳はまっすぐに私を見つめている。

 愛したいと言っている“声”が本気なのは伝わっていたが……"ここまで"なんて、誰が予想できるのよ。

 

 

(―――本当に、性質が悪いわ)

 

 

 ナナは、色々な意味で危険すぎると、認識を改めた。

 

 この手を離すより、離される事を嫌がる自分に、危機感を覚えながら。

 

 

 

 



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6話 新たな出会いがありました

 

 

「無謀だわ」

「何が?」

「このまま"偉大なる航路"へ入ること!」

 航海士であり海の常識に明るいナミさんの顔を見上げる。青空の下、太陽の光で輝くナミさんの魅力にドキドキする。

 

(……眼福だなぁ)

 

 船酔いが酷い私を労わって、過剰なサービスとしか思えない膝枕をしてくれる件については、後で幾ら請求されても払いきろうと思う。

 

(色々な意味でドキドキが止まらない。幸せすぎて脳が溶けそう……)

 

 不規則な波の上だから気持ち悪いのに、ナミさんの太股のおかげで気持ち良い。

 細い指先が、さらっと私の前髪をかきわけて、クリアに見えるナミさんの美しさにうっとりする。

 

(好きだなぁ)

 

 頭に血がのぼりすぎて、また鼻血がでそうだ。

 あの後、船に戻ってから鼻に詰め物したままだと気づいて、教えてくれてもいいのにと恥ずかしかったのも束の間、いきなりの天国三昧ハッピータイムに鼻の奥がツーンとする。

 

「……"準備"するわよ。先をしっかり考えてね。ここから少し南へ行けば村があるわ。ひとまずそこへ! しっかりした船が手に入ればベストなんだけど」

「肉を食うぞ!!」

 

 わいわいしている声が耳に心地良い。

 

(静かじゃないことに安心する。親しい人の楽し気な声が子守歌みたいだ)

 

 怖いぐらい幸せで、ぽわぽわする。

 お客さんとして、この船の進路に口を挟める立場にない私は、漂うクラゲの如く、ナミさんの太股で3人のやりとりを傍観する。ついでに、ナミさんの麗しい太股に理性が揺れている。

 さっきから、割と自信があった理性が目減りしていくのを感じる。

 

(……ナミさんの太股、白くて綺麗。……かじってみたい、跡つけてみたい)

 

 ごくり、と喉を鳴らす。

 その白い肌に、一時でも自分がいたという証がつけられたら。それはどんなに幸せなことだろう。

 

「……」

 

 チラとナミさんを見ても、彼女は海図を見て私に関心をもっていない。……今なら唇を触れさせるぐらい、やろうと思えばできる。

 

(……でも)

 

 そんな一方的なものに、私は納得するのだろうか? 事故にみせかけて彼女への欲望を満たしたとして、心は満ち足りるのだろうか? 罪悪感に押しつぶされないだろうか?

 やった事がないから分からないけど……行動しても虚しい気がして、目に眩しい太股から目を逸らす。

 

(……あー。舐めたら甘いかな。すべすべだし、撫でたり、揉んだり、その先も……シてみたいなぁ)

 

 好奇心と欲望が、船酔いに背を押されて噴き出しそう。

 ナミさんが好きで、お嫁さんになって欲しくて、それぐらい好きだから劣情を催してしまう。……全身ぐったりしているのに、我ながら欲望に忠実だ。

 

(……ばーか。そういうのは、ナミさんとしかるべき関係になって、ナミさんが嫌がらない事を確認してからじゃないと、駄目でしょう?)

 

 下手をすれば、優しい彼女に嫌な思いをさせてしまう。

 

 ナミさんにはいっぱい笑っていて欲しい。……あの島で見た、耐える様な顔は見たくない。

 

(まあ、私なんかじゃ一生その機会が巡って来なそうとかそういう現実は横において……!)

 

 ちょっと泣きそうになりながら、この幸せな感触で胸の傷を広げつつ癒されよう。

 

(……気持ち良い。ナミさん、お嫁さんになって欲しい)

 

 ここまでくれば、我慢する事すらご褒美に思えてきて、現状問題は無い。

 でも、心の内とはいえ遠慮を喪いつつある自分には注意する。こういうのはうっかり表に出てしまうし、私は分かりやすい人間らしいからいっぱい気をつけよう。

 

「おいナミ。そろそろナナを返せよ。つまんねーだろ!」

「ふあ……?」

「この子で暇つぶしするんじゃないわよ! ほら、行くわよ!」

「ふあーあ……ナミのおかげで、よく眠れるぜ」

 

 え? うん? 私、この船に乗ってからずっと船酔いで、特に面白い事をした覚えがないよ?

 

 こういう時、私には分からない事で通じ合う3人を見ていると、小さな疎外感を覚える。

 ……私もお客さんから仲間になれたら、この僅かな孤独感が消えるのだろうか? この3人ともっと通じ合えるのだろうか?

 

(……でも、私にはまだ”仲間”が分からない)

 

 自分の心に開いた隙間風に目を伏せて、そっと頭の位置をずらしてナミさんの太股に耳を押し付ける。

 彼女の血管の音に少しだけ落ち着いて、良い音だぁとうとうとしてくる。視界が、少しだけ歪んでいるのは気のせいだと目を閉じる。

 

(……ナミさんに、お嫁さんになって欲しい)

 

 だけど、これ以上この感情を育てたら危うい。

 

(ナミさんを、お嫁さんに”したい”……それはダメだ)

 

 そう、心から求めてしまえば、指針を定めてしまったら、私は。愛したくて愛したくてしょうがないから。

 

(きっと、止まれない)

 

 確実に、ナミさんに愛を囁かずにはいられなくなる。

 そんな事になったら、この船に迷惑をかけてしまう。ルフィさんへの恩を仇でかえす可能性もある。

 

「……」

 

 だから、抑えよう。

 愛情を抑え込むのは得意だ。……だから、そう、ナミさんとの、スキンシップも、ひかえて…………

 

 

 ベシッ。

 

 

「あいた!?」

「ごめんなさい、蚊が止まっていたの」

「そ、そうだったんですね!?」

 

 びびびっくりした……!

 気づいたら、船が止まっているので二重にびっくりした。

 

「ほら、もうついたわよ」

「え!? は、はい!」

 

 もしかして、寝てた!?

 

 どれぐらい寝ていたのだと恥ずかしいし、寝顔を見られていたのかと身を震わせる私の横で、ナミさんは上陸の準備を始めている。

 

(わ、私も準備しないと!)

 

 慌てて身を起こして鞄の中身を確かめる。……買い足しておくものは、保存食と針と糸、それからマッチ、少量の油、ぐらいかな。これなら予算内でいけそうだ 

 

「あったなー本当に大陸が!」

「なに言ってんの。当然でしょ、地図の通りに進んだんだから」

「へー、この奥に村があんのか?」

「うん、小さな村みたいだけど」

 

 自然と、ナミさんに手を引かれながら陸に降りる。

 

(手、つないだまま、いいのかな? スキンシップ、ダメっていうか、嫌じゃない? でも、自分から離したくないな)

 

 あの島からずっと。それこそずっと、何故か身体には常にナミさんがくっついていて、心臓はいつまでもバクバク高鳴っている。

 お陰様で心臓が痛いのが当たり前になってきた。……ばれたら離れていきそうだし、素知らぬ顔を意識して、ナミさんに握られた手をチラリと見て、ダメなのにによによしてしまう。

 

「ふーっ、久しぶりに地面に下りた」

「お前ずっと寝てたもんな」

「ところで、さっきから気になってたんだが、あいつら何だ」

 

 え? あ、本当だ。人がいる。

 慌てて顔を引き締める。

 

「「「うわあああ見つかったァっー!!」」」

「おいお前ら!! 逃げるな!!」

 

 あ、この近くの村の子供さん達か。……驚かせてしまった。

 ドクロマークをつけた船が来るなんて、かなり怖いだろう。1人残った長い鼻の彼は、此方を見るとひきつった顔を大きな笑みに変えて胸を張って腕を組む。

 

 

「……おれはこの村に君臨する大海賊団を率いるウソップ!! 人々はおれを称えさらに称え"わが船長"キャプテン・ウソップと呼ぶ!!」

 

 

 ずどーん!! って感じに、彼は私達に自己紹介をする。

 

(……おお!)

 

 素直に、凄いと圧倒される。

 船から降りた海賊と疑わしき4人に対して、たった1人で声を大にして立ち向かえる彼のその姿に感動した。

 自分には絶対にできない事ができる人は、心から尊敬に値する!

 

 それが、私達とキャプテン・ウソップの出会いだった。

 

 

 



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7話 お嬢様に会いに行きます

 

「この村を攻めようと考えているならやめておけ!! このおれの8千万の部下共が黙っちゃいないからだ!!」

「うそでしょ」

「ゲッ!! ばれた!!」

 

 ナミさんの鋭い突っ込みに、ガーンとショックを受けるキャプテン・ウソップ。大げさなのか優しいのか分からないけど、彼は心から狼狽えている。

 

「ほら、ばれたって言った」

「ばれたって言っちまったァ~!? おのれ策士め!!」

 

 今度は全身で身体をひねって動揺を露わにする彼に、おかしくて思わず頬が緩んでしまう。傍にいるだけで明るくなれる人だ。

 

「はっはっはっはっは!! お前、面白ェなーっ!!」

「おい、てめェおれをコケにするな!!」

 

 ルフィさんにも大うけだ。ノリが良くてリアクションも大げさで、へんてこに真面目。良い人だ。

 

「おれは誇り高き男なんだ!! その誇りの高さゆえ人がおれを”ホコリのウソップ”と呼ぶ程にな!!」

 

 そして、ホコリのウソップはその後もルフィさん達と会話を試みて白熱し、結果。

 

 

「何!? 仲間を!?」

 

 

 気づけば、村の食事処で一緒にご飯を食べる程に意気投合していた。

 

「仲間とでかい船か!」

「ああ、そうなんだ」

「はーっ、そりゃ大冒険だな!!」

 

 予想通りといえば予想通りである。

 

(ルフィさんもウソップさんも、人とすぐ仲良くなれるタイプだから、こうなるのは自然ですよね)

 

 楽しそうに笑う2人が、あそこで喧嘩にならなくて良かった。

 ほっとして、それから久しぶりの温かいご飯が胃に染みる、ほくほくと温かい気持ちでお魚をほぐす。

 

(美味しい。こんなに美味しいご飯はいつぶりかなぁ。こんなお店がご近所さんにあって、この村の人達は幸せだ。特にこのお魚のタレの配合具合、最高すぎる)

 

 夢中で食べていたら、お店のおばさんがドン! と目の前に臓物の煮物を置いてくれる。

 

「はいよお嬢ちゃん! これはサービスだよ!」

「ええ!? ありがとうございます!!」

 

 なんて気の良い女将さんなんだ! 若い頃は、いいや、きっと現在ももてもてに違いない! そんな彼女に感謝して煮物を受け取る。

 

「なに!? ナナだけずるいぞ!!」

「半分こしましょうルフィさん! きっとおばさんの自信作ですよ!」

 

 さっそく一口頂いて、その美味しさをくぅっと噛みしめる。

 すごくおいしい! ピリッとした香辛料が臓物の旨みと友情を結んでいる! この味の深みは一度食べたら病みつきになる事間違いなし!

 そしてこの香りにつられたのか、お店のお客さん達もこぞって臓物の煮物を頼んでいる。うんうんわかるわかる、これ凄く美味しいもんね。

 

「おばさん! この煮物おかわり! あと肉も!」

「あいよ! 今度は金貰うよ!」

 

 はあ、幸せ。

 おいしいおいしいとよく噛んで味わっていると、ウソップさんと目が合う。

 

「……海は広いんだなぁ」

「?」

 

 視線を不思議に思いつつ、ようやくお腹が満足して「ごちそうさま!」と一息つくと、ナミさんが「ん」とまるでダンスに誘う様に手を差し出すので、自然と指先を乗せてしまう。

 

(……は、恥ずかしいな)

 

 嬉しいけど、顔が熱くなる。

 食事の前も、なんだか怖い顔をしてゆっくりと手を離していたから、何かあるのではと心配していたけど。もしかして子供が迷子にならない様にって、ナミさんなりの優しさなのかもしれない。

 

(……それなら、ちょっとだけ甘えて、手を握っても許されるよね?)

 

 そんな事を考えていると、ナミさんの指がするっと指と指の間に潜り込んで、絡まる様に深く繋がれる。

 

(……――――なんかエッチな繋ぎ方された!?)

 

 飲んでいたお水を噴き出すかと思った。

 

 密着力が幸せすぎる繋ぎ方に、あわあわしていると「あ、静かになった」とウソップさんが驚いた顔をしている。

 

「ああ、誰かが触ったら、もうそいつにしか聞こえないんだ。内緒だぞー!!」

「おう、分かった!」

「内緒にする気あんのかあんたら!?」

「おーい。こっち酒くれ」

 

 うーん。賑やか。

 おかげ様で邪な想いが僅かに浄化される。よし。この幸せを噛みしめながら、真顔を維持するぞ! 気づけば話も進んでいるみたいだし。

 

「まァ、大帆船ってわけにゃいかねェが船があるとすりゃ、この村で持ってんのはあそこしかねェな」

「あそこって?」

「この村に場違いな大富豪の屋敷が一件たってる。その主だ」

 

 ……っ!?

 にぎにぎって、ナミさんが手を何故かにぎにぎって感じに刺激してくる!

 

 だ、駄目だ話が頭に入ってこない! くっ。ダメだ私、ちゃんと話を聞け私! お客さんであり雑用係の私が細かい事を覚えていなくてどうする! ルフィさんやゾロさんはその辺が豪胆だから細かい事はすぐ星の彼方で、こういう事でお役に立ってナミさんの負担を減らすんだ私!

 

「だが、主といってもまだいたいけな少女だがな。病弱で……寝たきりの娘さ……!」

 

 え。

 病弱な少女、という放っておけない台詞に、雑念が消えて一瞬で話に集中する。

 

「どうして、そんな娘がでっかいお屋敷の主なの?」

「……もう1年くらい前になるかな。かわいそうに病気で両親を失っちまったのさ。残されたのは莫大な遺産とでかい屋敷と十数人の執事達……!」

 

 ウソップさんの声と態度で、その子の事を心から案じているのが伝わって来る。

 

「どんなに金があって贅沢できようと、こんなに不幸な状況はねェよ」

 

 …………うん。

 そんな、不幸な話は無い。気づけばすがりつく様に、ナミさんの手を握り返している。

 

(……良い人だな、ウソップさん。その女の子に……ウソップさんみたいな友達がいて良かった。でも、病弱って大丈夫なのかな……? 悪い病気じゃないといいけど)

 

 ご両親を病気で亡くすなんて、どれほどお辛かっただろう……。いけない。私が沈んでもしょうがない。……でも、この村にいる間だけでも、その子とお友達になりたい。まだ、旅に出て数週間だけど、ルフィさん達と出会ったのを筆頭に、その子が気にいる面白い話もあるかもしれない。

 

「……ねえ、ナナ」

「えっ」

「会ってみたいんでしょう? その子に」

「うっ」

 

 ナミさんにニッと笑われて、どぎまぎしながら頷く。

 

「と、友達になりたい、です。……迷惑じゃなければ」

「そ。じゃあ、行ってらっしゃい」

 

 パッと繋いでいた手が離されて、その解放に背中を押された気分になる。

 よ、よし! 今からお嬢様に会いに行くなら、やっぱりお見舞いの花束やフルーツが必要だろうか? とにかく何かしら準備をしようと立ち上がる。

 

「……おい、ナミ。お前わざとだろ」

「あら、何の事かしら?」

「いよっし! ナナ、カヤの屋敷に案内してやるよ!」

 

 急に、嬉しそうに立ち上がったウソップさんが、ぐいっと私の手を掴む。

 

「へっ?」

「……ちょっと!? 手を繋いでいいとは言ってないわよ!!」

 

 わ、怒った顔のナミさん可愛い。いや、そうじゃなくて何を怒っているのだろう?

 

「おお!? ……なるほどなァ。……うへー、心がお日様の下で昼寝したみてぇにぽかぽかする」

「だろー!!」

「ちょっと!!」

 

 心? 言っている意味はよく分からないけど、ウソップさんは改めて私の手を離して手首を握ると「こっちだ!」と駆けていく。

 それに転ばない様に追いかけながら、お嬢様と仲良くなる為の色々を考える。

 

(とりあえず、おままごととかどうかな……? うん、良いかも)

 

 病弱なら、かくれんぼも鬼ごっこもできないし、まずはそこからだろう。

 ウキウキしながらまだ見ぬお嬢様(推定5歳ぐらい?)と遊ぶことを楽しみにしていると「おい」ウソップさんが走りながら振り返る。

 

「言っておくが、カヤはおれと同じぐらいの年だぞ」

「え」

 

 …………うん? うん!? それはつまり、病弱で深窓の令嬢!?

 

 ちょ、ま、心の準備をくれませんか!? せめて身形をもう少し、あ、ああああー!?

 

 

 



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8話 お友達ができました

 

 

 ウソップさんに引きずられる様にお屋敷の中に潜り込む。

 本当に立派なお屋敷だと尻込みしている私を横に、ウソップさんは慣れた足取りで屋敷の庭を歩き、とある窓をコンコンとノックする。

 

「ウソップさんっ! ……え?」

「よお、相変わらず元気ねェな」

「っ、はじめまして……!」

 

 か……かわいい!!

 

 ウソップさんの来訪を確信して、嬉しそうに窓を開けるお嬢様の姿に一瞬で魅了される。

 

(……お、お嬢様だ。本物のお嬢様……!)

 

 カヤお嬢様のあまりのお嬢様オーラに心を奪われ、思わず(お嬢様ァ!!)と傅きたくなるぐらい、カヤお嬢様は可憐な美少女だった。

 

(……う、嘘でしょう? ウソップさん正気ですか……!?)

 

 お嬢様の姿を脳に焼き付けながら、ウソップさんに愕然と振り返る。

 

(こんなにも可愛いお嬢様がいるお屋敷に毎日の様に忍び込んでお話している癖に、あの反応だったんですか?)

 

 色艶めいたものが全く感じられなかった。

 だから私は、カヤお嬢様が5歳ぐらいの女の子だと予想したのに、現実は深窓の令嬢である。

 

(……聖人!? ウソップさんは色欲をどこに落としてしまったの!?)

 

 信じられない、という気持ちでウソップさんをガン見していると、お前は何を言ってるんだ……? みたいな顔で私を見て、何かを「……うーん」と悩んでから、握った手首を持ち上げる。

 

「紹介するぜ、カヤ。こいつはナナ、俺の新しい部下だ! 明らかに碌な事を考えていない怪しい奴だが、実は良い奴だ! カヤと友達になりたいんだとさ」

「私と……?」

 

 きょとん、という顔をして小首を傾げるカヤお嬢様。サラリと金糸の様な髪が頬を流れて、その動作だけで(はうッ!?)と、呼吸が止まってしまう。

 

 その瞳の美しさに、全身全霊で負けそうになりながら慌てて頭を下げる。

 

「こ、こんにちは! 自称トレジャーハンターで仮名のナナです! お宝はまだ見つけた事ないけど、海には驚きがいっぱいあって、そのお話が面白ければ良いにゃって……お、思います!」

 

 ……っ、か、噛んだぁー!? ……も、もうダメだ。羞恥とかで震えながら俯いてしまう。

 チラ、と助けを求めてウソップさんを見るも、彼はちょいちょいとカヤお嬢様を手招いて、形の良いお耳に顔を寄せている。

 

 え、何その距離感!?

 驚く私を前に、2人は仲良く内緒話を始めてしまった。

 

(私が目の前にいるのに……!?)

 

 嘘でしょう!? 出会ったばかりの自己紹介もろくにできない私を横において、いきなり2人の世界をつくる男女にこみ上げてくるものがある。

 

(ぐっ……い、いいもん。私は本当に部外者だし、旅に出た時点で大人といっても過言では無いですし!? 大人の対応をするだけです!! ……うぐぐ)

 

 嫉妬的なもので拗ねつつ、2人の内緒話に耳をすまさない様に努力する。

 

「……! それ、本当なの?」

「ああ、本当さ。待たせて悪かったなナナ、カヤと手を繋いでくれ」

「……―――ふアッ!?」

 

 エッ。いま、なんて。……”手を繋ぐ”!!??

 突然のお触り解放宣言に、頭を角材で殴られる様な衝撃を受ける。

 

「おい」

 

 ウソップさんは、どういう人なんです!? 下げて上げる作戦だったんですか!? まさか、初手から乙女の柔肌に、ほぼ初対面の美少女の手に、怪しくていかにも育ちの悪そうな私が、さ、触れるなんて……!?

 

「いや、動揺しすぎだろ!?」

 

 いいんですか……!? 本当に、いいんですか……!? 許されるんですかそんなことが……!?

 

「情緒が不安定すぎる!? アレか、ナミって奴がいないからか!?」

 

 ……っ、やめてウソップさん! そこでナミさんの名前を出されると、特に何の関係も育めていないのに浮気しているみたいでへこむ……!

 

(……よ、よし! ごめんなさいウソップさん。私は貴方を誤解していた様です。そして、触りたい欲をおさえきれません! さあ、手汗を拭ってお嬢様に触るぞ!)

 

 最近の利き手は、ナミさんの手をダイレクトに感じたいから手袋を外している。ごくりと喉を鳴らして、手を伸ばす。

 

「……言っておくが、カヤに変な事したらおれの8千万の部下が黙ってないからな?」

「誓ってしませんよ!?」

 

 そんな恐れ多い事をするぐらいなら、自分で自分の舌を噛み切る覚悟です! よし、触るぞ! もう、触るぞ! しっかり触るぞ!

 

「よろしくね?」

「……!? は、はい」

 

 笑顔で、すっと手を差し出してくれるカヤお嬢様に、土壇場で怖気づきそうになるが、ええい、ままよ! 私は彼女が嫌がっていないのを確認して、ゆっくりとその手を握る。

 

 ひんやりした感触に、脳が遅れてぶわわわわっと歓喜を全身に伝える。

 

「……!」

「な? 本当だっただろう!」

 

 ウソップさんは、気づけば私の手首を解放して”悪戯成功!”とばかりに得意げに腕を組んでいる。カヤお嬢様はウソップさんを見て、目を見開いてこくこく頷いている。

 そして私は、カヤお嬢様の手の感触を記憶せんとばかりに、脳で噛みしめる。

 

(手荒れの無い真っ白なお肌の感触が柔らかい! こ、これがお嬢様の手……!)

 

 女の子という共通点はあるけれど、ナミさんの手とは違う。

 やはり”手”には、持ち主の人間味が刻まれていくものなんだと、改めて理解しながら、頬が緩む。ナミさんには、支えてあげたい力になりたいって感情が大忙しになるけど、お嬢様にはひたすら慈しみの感情が生まれる。

 

(うぅ、ダメだ興奮するな。真面目になれ私! でもお嬢様体温低いね? 今の時期は良いけど、冬は大変じゃないかな? ―――お嬢様の病気が早く良くなりますように!)

 

 混乱して、心配になって、心から祈って、緊張に立ち尽くす。

 カヤお嬢様は、ポカンと可愛らしい顔で私を見つめて、自分の胸をおさえている。

 

(……カヤお嬢様、凄く優しそう。……どれぐらい病気が酷いんだろう? 儚げでとても美しいけど、気がねなくお外を歩ける方が絶対に良いよね……もう手を離せって言われるかな? ……自分から離した方が良い?)

 

 気合を込めて指の力を抜こうとすると、ふわり。

 

「ふえ!?」

 

 カヤお嬢様が、そっと空いた手で包みこむ様に私の手を胸元にもっていく。

 

「……ありがとう、ナナさん」

「!? ど、どういたしまして?」

 

 ああああれ!? わ、私はまだ何もしていませんよね!? 

 

「ううん、いいの。……こんな気持ちは久しぶりだわ。ウソップさんもありがとう!」

「いいって事よ!」

 

 ……!? 分かんないけど、お嬢様の笑顔が眩しいからいいや! ああ、心臓が落ち着いてくれないっ。

 きっと、私は混乱でダメな顔を晒しているのに、カヤお嬢様は優しく微笑んでくれる。

 

(……い、良い人だぁ、心の底からお嫁さんになって欲しい……! でも、彼女にはすでにウソップさんがいる……! おのれウソップさんめ!!)

 

 色々な要因で安定しない思考回路のまま、ウソップさんを恨めし気に見てしまう。

 

「ち、ちょっと、ナナさん?」

「ん?」

 

(良い女の前に良い男がいるのは世界の常識とはいえ、出会った瞬間の失恋は辛い……!)

 

 お相手がウソップさんとか、傍目にも勝ち目が無さ過ぎて泣きそう!

 

「……あの、ウソップさんとは、そういうのじゃ」

「? どうしたんだ」

「な、なんでもないわ、ウソップさんはダメ。女の子同士の秘密よ……!」

 

 手を伸ばすウソップさんから逃がす様に、お嬢様の傍に引き寄せられて良い匂いがするっ。

 そして、視界に入るほんのり赤いカヤお嬢様の麗しさに(ウソップさん幸せすぎない!?)と身が焦がれそうになる。

 

(でも、ウソップさんは良い人だからなぁ!)

 

 出会いの時だって、私達を凶悪な海賊だと疑いながら、たった1人で立派に名乗りをあげられる人。

 ルフィさんと意気投合して、カヤお嬢様の話になった時の、彼女を心から案じている姿を思い出す。『お金があってもこんなに不幸な事は無い』って、自分より裕福に暮らす人間に、そう心から言える大きい人。私がカヤお嬢様のお友達になりたいと言ったら、我が事の様に喜んで、すぐに駆け出せる面倒見だって良い人。

 

「……っ」

「?」

 

 まだ出会ったばかりだけど、ウソップさんが凄く良い人なのは分かる。

 

 だから、そんな彼と一緒に過ごしてきた彼女が、ウソップさんを好意的に思わない訳もなく、それが恋愛に発展するかは分からないけど、どう足掻こうとすでに勝敗は決している。

 

「ウソップさんめ……!!」

「なんでだよ!? おい、カヤどうした? さっきから顔が赤いけど風邪でもひいたのか!?」

「ち、違うの。……んん。その、本当に大丈夫よ。……今日もお話してくれる?」

「あ、ああ、大丈夫ならいいけど」

 

 ウソップさんは、少しだけ私を疑い深げに見て、けれど笑って話しだす。

 

 

「これは、おれが5歳の時、南海に住む巨大な金魚と戦った時の話だ……!!」

 

 

 ほわ、金魚?

 

 たしか金魚って鮒の一種で、品種改良が容易だからって人工飼育化された観賞魚なんだっけ?

 うろ覚えだけど、自然に戻るとすぐ環境に適応して鮒に先祖返りするとか。そしてこのお話の場合、金魚なのか鮒なのか。そんな事を考えているうちに、ウソップさんの話は盛り上がっていく。

 

(金魚のフンが大陸!? 鳥が種を運んできたのかな? 動物達は海を泳いできたとか? というか5歳のウソップさんって……”こんな”感じかな?)

 

 頭の中で、鼻の長いミニウソップさんが冒険している姿を想像してしまう。

 隣のカヤお嬢様は凄く楽しそうに笑い、私の手を両手でずっと握っている。役得すぎでは!?

 

「「あはははは!」」

 

 そして気づけば、私とカヤお嬢様は息が切れそうなほど、涙を浮かべて笑っている。

 

 予想外にウソップさんの話が楽しくて、面白くて、巧みな話術に夢中になっている。お嬢様と手を繋いだまま、想像の中の彼と一緒に冒険をしているみたいでワクワクする。

 

「その時、切り身にして小人の国へ運んだんだが、そこでまた事件が起こってな!」

 

 ウソップさんも興が乗ったのか、いつの間にか身振り手振りでお話を盛り上げてくれて、もうお腹がよじれるぐらいカヤお嬢様と一緒に笑う。

 

 ああ、楽しいな。笑いすぎて、もう腹筋がねじきれそう。

 

 チラリとカヤお嬢様を見ると、彼女も苦しそうに私を見つめ返して、何がおかしいのか分からないぐらい笑い出す。

 

「……ねえ、ナナさん」

「はい!」

「私達、お友達になりましょう」

「……はい!」

 

 話の合間、目と目が合った瞬間、そう言ってくれるカヤお嬢様に、私は迷わず頷く。

 ウソップさんも両手をあげて喜んでくれる。

 

 嬉しいな。ルフィさん達と出会ってから、私は良縁に恵まれている。

 

 この日私は、ウソップさんに出会えて、そして、カヤお嬢様という初めてのお友達ができた。

 

 

 

 



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9話 怖い人は怖いから苦手です

 

 カヤお嬢様……ううん。カヤさんとお友達になれた。

 満たされた気持ちで笑い合っていると「キャープテーン!」と、子供の声が聞こえてくる。

 

「げっ!!」

「わあ!?」

 

 気づけば、ウソップさんにさりげなく窓枠に座らされていたので(背が低くて、カヤさんと手を握り合うのが大変だろうと抱っこされた)人の声に慌てて降りようとして姿勢を崩し、カヤさんのベッドにぼふっ! と背中から落ちてしまう。

 

「ナナさん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です!」

 

 ちょ、ふわりと凄く良い匂いがするんですけど!?

 いかん、邪念よ消えろ! お友達にそういう気持ちを抱いたらダメ! そういうのはもっと関係が進展してからだと思う! 溢れる欲望に蓋をして、身を捩って起き上がろうとする。

 

(一瞬見えたけど、子供達と一緒にナミさん達もいたし……!)

 

 こんな格好悪い姿は見せられないと、もたもた身じろぎする。

 

「お前ら、何しに来たんだ!!」

「この人が連れて来いって……」

「誰?」

「あ! お前がお嬢様か!」

 

 くっ、窓枠から足だけはみ出ている。下手すると靴跡がベッドについてしまうから、慎重に身を起こさなくては。

 

「あー、こいつらはおれの噂を聞きつけ遠路はるばるやってきた。新しいウソップ海賊団の一員だ!!」

「ああ!! いや! 違うぞおれは!!」

 

 うごうごしながら身を起こそうとするも、カヤさんの手を離したくないので、遅々と体勢を整える。

 

「頼み? 私に?」

「ああ! おれ達はさ、でっかい船がほしいん」

「君達そこで何をしている!!」

 

 びやっ!!??

 

 突然の大声に心臓が跳ねる。

 

「……っ! クラハドール……」

「困るね、勝手に屋敷に入って貰っては!!」

「げっ、執事」

 

 し、心臓よおさまれ……うぅ。

 

「ごめんなさい、ナナさん。驚かせてしまって……」

「! いえ、全然、平気ですから」

 

 カヤお嬢様に気を使わせてしまった。びくついた心臓を叱りつけて、ふうーっと深呼吸。

 

「ん! そこで足を出しているのは誰かね! 失礼だな君は!」

 

 びゃああああ!!??

 

「クラハドール!! 彼女を驚かさないで!!」

「お、お嬢様……」

 

 胸をおさえながら、何とかじたばた不格好に窓の外に出て行く。ふらつきながら大地に足をつけると、心配そうな顔をしたカヤさんに頭を撫でられる。……やさしい。涙出そうなほど嬉しい。

 

「……君達、帰ってくれたまえ。それとも、何か言いたい事があるかね?」

「あのさ、おれ船が欲しいんだけど」

「ダメだ」

 

 船……? ルフィさんの台詞に首を傾げて……あ、そういえばそうだった!? と、思い出す。

 最初はそれが目的だったと、食堂での会話を改めて思い出し、乗って来た小船の事を思い出し、カヤさんに頼むかどうか考え、るまでもなく諦める。

 

(カヤさんに、そんな些事で迷惑をかける訳にはいかない)

 

 お友達として、今は身体を治す事に専念して欲しい。このままじゃ一緒に遊びにも行けない。だから、ごめんなさい船長!

 

「……」

 

 カヤさんは、私の頭を撫でていた手でほっぺをつんっと押してくる。

 

「船ね、いいわよ」

「え?」

「お嬢様っ!?」

「いいのか!? お前良い奴だな!!」

 

 目を丸くする私に、カヤお嬢様はふふっと柔らかく微笑む。ルフィさんも大喜びで、私はひたすら驚いている。

 

「だって、私達お友達でしょう? ナナさんの夢や目標を私にも応援させて欲しいの」

 

 …………!!

 

 予想もできなかった温かい台詞にジーンと感動しながら、カヤさんの手を更に強く握って……あれ? 私はカヤさんに夢や目標の話なんてしてないよね? 目を丸くして首を傾げる。

 

「……お嬢様だもの。と、友達の目を見れば、将来を見据えて色々と頑張っている事は分かるわ!」

「な、なるほど!」

「いや、苦しすぎるだろ」

 

 やっぱりお嬢様って凄い! ウソップさんが横でビシッと何かに突っ込んでいるけど、今は彼女しか見えない! カヤさんは顔を赤くして俯いてしまうけど、私の浅ましい欲望に気づいた上で、それでも背中を押してくれる友達の存在に、こんなに救われるなんて知らなかった……!

 

(こんなに素敵なカヤさんが、私のお友達だって全世界に自慢したい)

 

 感激がぷるぷると全身を貫いて、許容量を超えた喜びに視界がゆがむ。

 

(お友達って、いいなぁ)

 

 感じる喜びが2倍以上だと、涙で歪んだ視界の中、カヤさんは少し照れ臭そうに微笑んでいる。私の事を信じていると、その瞳が伝えてくれる。

 

「カヤさん、心からありがとうございます! 私、お友達って初めてです!」

「……そうなのね。私はナナさんが2人目よ。1人目はウソップさんなの」

 

 ――――ウソップさんめ!!

 

 湧き上がる嫉妬心に顔を歪めると、カヤさんは悪戯っぽく、少しだけウソップさんみたいに笑う。

 

「でも、女の子のお友達は、ナナさんが初めてよ」

「――――!!??」

 

 カヤさんも初めてで初めて同士だった!! 嬉しい大好きです!!

 

「……ごめんなさい、はしゃいじゃったわ」

「え!?」

「……その、いじわるしちゃったから」

 

 んんー!! 恥ずかしそうに、ちょっと申し訳なさそうに笑うカヤさんに心が浄化されていく。いいんですいいんです! きっとそうやってお互いの距離感を手探りするのも、お友達の特権です多分! ああ、私を喜ばせてはしゃがせる天才ですねカヤさんは! ふへへとだらしなく笑ってしまう。

 

 

「君は……ウソップ君だね……」

 

 

 見つめ合う私達に今は何を言っても無駄だと判断したのか、クラハドールさんは矛先をウソップさんに変える。その硬い声に背筋が伸びる。

 

「……!」

「君の噂はよく聞いてるよ。村で評判だからね」

 

 あ、カヤさんも緊張してる。……でも、なんだろう。初対面だけど、あのクラハドールさんって人。

 

(…………苦手だな)

 

 カヤさんが「え……?」と小さく零すのを耳に、複雑にクラハドールさんを見る。

 こうして、お友達の温かさが身に染みるからこそ、彼から感じる”冷たさ"が気になる。特に今は、場所を移そうともせず1人を糾弾する様な、わざわざカヤさんに見せつける様なシチュエーションにも疑問を覚える。

 

「門番が君をちょくちょくこの屋敷で見かけるというのだが、何か用があるのかね?」

 

 ……カヤさんを案じているから出ている台詞なのに、どうしても嘘っぽく感じてしまう。

 

(仮面を被っているみたい……)

 

 旅立つ前、路地裏生活をしている間、1人ぼっちの私はずっとゴミを漁って、その記憶を見てきた。その記憶に慰められながら、一般常識を勉強してきた。

 

 たくさんの”人達”を、捨てられた物を通して見てきた。

 

 それこそ、遠い海に過ごす人達すら、私には見えたのだ。善人も悪人も普通の人もそうじゃない人も、浅く広く”感じて”知っている。

 

(……だから、あの人は嘘つきに見える)

 

 それこそ、たった1つの硬貨から見えた"優しい”人々と比べると、彼は”カヤさんを案じている執事さん”を演じているみたいで……怖い。

 

 気がつけば、クラハドールさんはウソップさんの父親の事を持ち出して、ウソップさんを挑発している。

 ……怒るウソップさんを見ていると胸が痛くなる。……あの執事さんは、カヤさんに何を見せつけたいのだろう? そして、親の事を持ち出すのは意地悪だと思う。

 

 ウソップさんはウソップさんだ。

 父親とは親子の縁で関係があるとしても、まだ何者でもない彼の性格と在り方を混同するべきじゃない。

 

 何より”ウス汚ない海賊の息子”……その声色にだけ、一瞬本物の感情が乗った気がする。……彼は心底そう思っているらしい。

 

(……ウソップさんは優しいから……カヤさんの大切な執事さんだから、まだ我慢してくれてる)

 

 でも、いつ爆発してもおかしくない。ひりついた空気に身がすくんでしまう。

 

「君には同情するよ……恨んでいることだろう。君ら家族を捨てて、村を飛び出した"財宝狂いのバカ親父”を」

「ッ、クラハドール!!」

 

 真横からのカヤさんの、主の怒った声を、執事さんは聞こえないふりで流している。

 

「てめェ、それ以上親父をバカにするな!!」

 

 すでに、ウソップさんは一度執事さんを見逃してくれている。でも、二度目はないだろう。

 

「……何をムリに熱くなっているんだ。君も賢くないな。こういう時こそ得意のウソをつけばいいのに……本当は親父は旅の商人だとか……実は血が繋がってないとか……」

「うるせェ!!!!」

 

 バキッ!! とウソップさんがクラハドールさんを殴る。

 

 目の前の暴力に、ちょっとどころじゃなくびくっ!! と震えてしまったけど……これは、正当な怒りだと思う。

 

 そして、どうしよう。……カヤさんは大丈夫だろうか? きっとカヤさんはこの件で心を痛める。ウソップさんのした事が小さな犯罪の積み重ね(不法侵入)だとしても、目的を考慮すればここまで罵られる悪い事じゃない。この件で2人が気まずくなるのは嫌だ。

 

(何より、私はもう、この執事さんが嫌いだ……!)

 

「おれが海賊の血を引いている、その誇りだけは!! 偽るわけにはいかねェんだよ!! おれは海賊の息子だ!!」

 

 その叫びは熱くて、胸を震わせる。

 対して、執事の声は心を冷えさせる。

 

 何より許せないのは、あの執事さんは主であるカヤさんの顔に泥を塗っている事だ。

 執事というには自己主張が激しすぎるし、カヤさんへの支配欲が見え隠れしている。……私にはもう、彼が執事の仮面を被った得体のしれない人物にしか見えない。

 

(……カヤさんには、悪いけど)

 

 今までの出会いの中で、暴言を口にしながらも温かい人達はたくさんいた。

 

 路地裏生活の私が旅立つ前、どうして分かったのか、ゴミだと言って衣類や鞄、細かい道具をいっぱい”捨てて”いった町人達。

 

 いかつい顔で悪口を言われても、そこには透けて見える温かさがあった。

 頑固者は冷たいのではなくただただ熱くて、怒鳴り声にはうんざりした響きよりもこちらを案じる感情が乗っていた。

 

(……あの執事さんからは、そんな温かみを感じられない)

 

 ただ、性格が悪いだけなら良い。

 でも、四方八方を切り裂くみたいなやり方に残虐性が透けて見えて、怖い。

 

 気づけば、息を飲んで成り行きを見守る事しかできない私の手が、痛いぐらい強く握りしめられていて、ハッとカヤさんを見ると、彼女は。

 

 泣きそうに瞳を揺らして、青い顔で動揺していた。

 

 

 



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10話 許容できない会話が聞こえます

 

 

 青ざめて震えるカヤさんの手を握り返して、何もできずオロオロしている間に事態は進展してしまう。

 執事さんの一方的な要求にウソップさんは「もう二度と此処へはこねェ!!!!」と行ってしまった。

 

「ウソップさん……」

 

 カヤさんの声はか細く、その手は氷みたいに冷え切っている。3人で笑っていた時の温もりが恋しくて苦しい。

 

「このヤロー羊っ!! キャプテンはそんな男じゃないぞ!!」

「そうだ!! っばーか!!」

「ばーか!!」

「ばーか!!」

 

 ウソップさんを慕う子供達と、何故かルフィさんも一緒に執事さんに怒っている。

 私だって怒りたいけど、それ以上にカヤさんの様子がおかしい。あの執事の不気味さに足が震えながらも、カヤさんの頭を背伸びして撫でる。

 

「君達もさっさと出て行きたまえ!!」

「ぴぃいいいい!?」

「……っ、クラハドール!! 彼女を怯えさせないで!!」

 

 不意打ちで怒鳴られて、心臓が飛び出しそうになった。

 泣きそうになりながらガクガク震えていると「ナナ」ナミさんが近づいてきて、手を握られる。

 

「行くわよ」

「あ……」

 

 ぐすっと鼻を鳴らして、ナミさんに引かれるまま足を動かすと”くん”っとカヤさんの腕が伸びる。

 

「……っ」

 

 悲しそうな、何かを耐える様な顔をして、けれど無理に笑って「……行って」手を離される。

 咄嗟に、握り返そうと腕を伸ばしたけれど、カヤさんは身を引いてしまう。

 

「……ありがとう、ナナさん。私の代わりにウソップさんを追いかけて欲しいの……私から謝りたいって、伝えてくれる?」

「! わ、分かりました……」

「お嬢様!!」

 

 声を荒げ、すぐにギロリ! と私を睨む執事にヒいッ!? と声を漏らす。足がすくみそうになったけど、ナミさんに肩を抱かれて「ほら、もう行くわよ!」その場を離れる。

 

(……し、知らなかった。私って弱虫なんだな)

 

 鼻をすすって、そんな自分を発見しながら小さく振り返ると、カヤさんがまだ私を見ていて、大きく手を振ると寂しそうな顔で手を振り返してくれた。

 

「……お嬢様の事、心配?」

「……はい。でも今は、ウソップさんのことも心配です」

 

 早く探して、カヤさんの言葉をウソップさんに伝えなくてはいけない。悲しいすれ違い期間なんて、短ければ短い程に良い。

 ナミさんとは繋いでいない方の手袋を噛んで、ずるりと外す。そのまま屋敷の門を通り越してから、指先で地面に触れる。

 

「? 何してるの」

「……ウソップさんを探します!」

 

 別れ際の、カヤさんの様子がおかしかったのも気にかかる。

 早くウソップさんと2人でカヤさんを元気づけたくて、ウソップさんの”残滓”を指先からすくいとる。

 

(……あっちの方に行ったのか)

 

 ウソップさんが張りつめた空気を纏い、むっすりした顔で歩いていく”それ”を、頭の中にあるもう1つの目で追いかける。

 

「! ちょっと、何よそれ」

「え?」

「……っ、気にしないで、あの執事の事を思い出して腹がたっただけ」

 

 おお、ナミさんも怒ってくれるんだ!

 

 知っていたけど本当に優しい人だ。なんだか嬉しくなって「ですよね!」と調子に乗ってその手を両手で包み込む。

 

(ナミさんの手、温かい。……カヤさんの手、ちゃんと温まったかな?)

 

 思い出して、沈みそうになる心をナミさんの体温で回復させる。よし! 気合を入れてウソップさんを追いかける。

 そうやって歩き出すと、ナミさんも当たり前についてきてくれるから、それがくすぐったくて心強い。

 

「……ま。お嬢様からは船がいただけるみたいだし、機嫌はとっておかないとね」

 

 かわいい。

 そんな建前をわざわざ口にするなんて、ナミさんは恥ずかしがり屋さんだと微笑ましくなる。……うん? 繋いだ手がかつてない力でぎりぎり絞められる。めちゃくちゃ痛いし骨が軋むけど、そういう気分なのかな? 痛い痛い可愛い痛い。喜んで受け入れよう。

 

(ナミさんは本当に可愛いなぁ。……ああ、ほんっっきで、お嫁さんになって欲しい)

 

 ナミさんへの想いを高め、彼女と繋いだ手を離したくない一心で、口だけで無理矢理手袋をはめ直しながら、ウソップさんが向かった海岸の方に歩いていく。暫くすると、ルフィさんとウソップさんの声が聞こえてくる。

 

「……ルフィもいるのね」

「はい!」

 

 2人が楽しく会話しているのが聞こえて、お屋敷での張りつめた空気が霧散したウソップさんの明るい声にホッとする。

 

「そうなんだ!! こんな果てがあるかないかもわからねェ海へ飛び出して、命をはって生きてる親父をおれは誇りに思ってる!!」

 

 男同士のお話というやつだろうか?

 お邪魔じゃないかナミさんを見たら、彼女は興味無さそうに肩をすくめて、ざっくざっくと音をたてて歩いていく。つ、強い!

 

「それなのに、あの執事は親父をバカにした……! おれの誇りをふみにじった!!」

「うん!! あいつはおれも嫌いだ!!」

 

 はい!! 私も嫌いです!! カヤさんの顔を曇らせやがって!!

 

 ルフィさんと意見があったのが嬉しくて、心の中で同意しながら足を進める。驚かさないタイミングでお2人に声をかけよう。

 

「でもお前、もうお嬢様の所へは行かねェのか?」

「……さァな……あの執事が頭でも下げてきやがったら、行ってやってもいいけどよ!」

「行きましょうよ!!??」

「うおおおーっ!?」

 

 思わずスライディングする様に身を乗り出して声を荒げてしまった。

 

 だってだって「ちょっと……!?」カヤさんは謝りたいって言ってましたよ! つまり会いたいって事ですよ!? ウソップさんがいないとカヤさん寂しいままですよ!?

 

「な、ナナじゃねェか。……ったく、おどかすなよなぁ」

「だって、カヤさんがウソップさんに謝りたいって、伝えて欲しいって、悲しそうな顔で言うんですよ!?」

「ナミ? お前なにしてんだ?」

「引きずられたのよ!!」

 

 地面に正座して、ウソップさんに懇願する。ウソップさんは動揺して気まずそうに酸っぱい物を食べた様な顔で目を逸らす。

 

「……そ、それは、でもな。あの執事が」

「あの執事がか?」

「そう、あの執事あの執事……あの執事が何で此処にいんだァ!?」

 

 え? ウソップさんが突然崖下を見て叫び、私も身を乗り出そうとして、ナミさんに「危ないでしょう!」引き寄せられ、一緒に崖下を見る。

 

(……ほ、本当にあの執事さんがいる)

 

 数十分ぶりだけど。カヤさんの傍にいなくていいのだろうか? 

 

「おい、ジャンゴ。この村で目立つ行動は慎めと言ったはずだぞ。村のまん中で寝てやがって」

「ばか言え、おれはぜんぜん目立っちゃいねーよ。変でもねェ」

 

 あと、この村の雰囲気から外れた、ハート形のサングラスをかけた独特なファッションセンスの男性もいる。あの2人、こんな人気のない場所で何してるんだろう?

 

「もう1人、誰かいるな変なのが」

「見かけねぇ顔だ……誰だありゃ」

「……見るからに怪しいわね」

 

 私を引き寄せたまま、ナミさんも目つき鋭く崖下を睨んでいる。……その横顔も可愛いのですが、あの、お胸の感触が伝わって集中できません!! くっ、ちょっとだけ惜しいけど離れなくては……! そろっと、ルフィさん側に行こうと少しずれる。

 

「それで……計画の準備はできてるんだろなぁ?」

「ああ、もちろんだ。いつでもイケるぜ、"お嬢様暗殺計画”」

 

 ――――――は?

 

 身じろいだ姿勢のまま固まり、ゆっくりと目を見開く。

 想像したこともない”埒外”の台詞が聞こえた気がして、頭の中で今の台詞を反芻する。

 

 

(この人達、今なんて言った?)

 

 

 意味を理解したくない台詞に、ナミさんはギクリと固まり息を乱している。肩が触れたルフィさんもジワリと汗を滲ませ、顔を強張らせている。ウソップさんは、自分が聞いた事が信じられないと青ざめて崖下を凝視している。

 

(……いや、きっと聞き間違いだ。そうに決まっている)

 

 だって、そうでしょう?

 

 あの、何の罪もない、ご両親を病気で亡くし、1人残されてしまったカヤさんを。

 あんな風に、楽しそうに笑う優しいカヤさんを“殺す”なんて、聞き間違いじゃないと、ダメだから。

 

 

「”暗殺”なんて聞こえの悪い言い方はよせ、ジャンゴ」

「ああ、そうだった。”事故”……! “事故”だったよな"キャプテン・クロ”」

 

 

 ――――――。

 

 ジワリ。

 

 胸に黒いものが広がる不快な感覚。言葉にできないドロリとした感情が、ナミさん達に向けるのとは違う、冷えきったそれが全身に広がる。

 

 その会話が"本気"だと分かるからこそ、この瞬間、あの偽執事は私の”敵”になった。

 

 

 

 



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11話 名乗りをあげたいんです

「キャプテン・クロか……3年前に捨てた名だ。その呼び方もやめろ。今はお前が船長のハズだ」

 

 

 ズレた眼鏡を手の平で押し上げる敵の名前はキャプテン・クロ。そして、もう1人はジャンゴと呼ばれる男。

 

(……もう、お前達は優しいカヤさんが許しても、私が許さない)

 

 数秒前の黒い気持ちに蓋をして、ムカムカする乱暴な気持ちで崖下を睨む。私の初めてできた友達には指一本触れさせない。カヤさんの笑顔は私が守る……!

 

「……ふう」

「ふー!!」

 

 私の両隣にいるナミさんが慎ましく、ルフィさんがほっぺを萎ませて溜めていた息を吐く。

 

「おい、あいつら何言ってんだ……? やばい事なのか?」

「……そんな事はおれが聞きてェよ。……でも待てよ……!! キャプテン・クロって名は知ってる……!」

「……ええ、私も聞いた事あるわ。計算された略奪を繰り返す事で有名な海賊だったけど、3年前に海軍に捕まって処刑された筈よ。……それが、どうして」

 

 ナミさん達の会話を聞きながら、口を開けばキャプテン・クロの悪口が出てきそうで、ぐっと飲み込む。暴れ出しそうな自分を抑えるのに必死なのだ。本当は今すぐ、カヤさんに手を出すな!! って叫びたいけど、この油断しきったろくでもない会話は最後まで聞くべきだ。喉奥でふぐぐと唸る。

 

「しかし、あんときゃびびったぜ」

「ん?」

「あんたが急に海賊をやめると言い出した時だ。あっという間に部下を自分の身代わりに仕立て上げ。世間的にキャプテン・クロは処刑された」

 

 サングラスの男、ジャンゴは語る度にポーズを変えている。……見つからない様に少しだけ身を引くと、ルフィさんとナミさんも習ってくれた。それにウソップさんもつられる。

 

「そしてこの村で突然船を降りて、3年後にこの村へまた静かに上陸しろときたもんだ」

 

 ジャンゴは、そう言うと帽子を押さえたまま岩の上に座る。引いていた身を元に戻しながら、耳を澄まして2人をジッと見つめる。一言一句聞き逃さない様に。

 

「まァ、今まであんたの言う事を聞いて間違ったためしはねェからな。協力はさせて貰うが分け前は高くつくぜ?」

「ああ、計画が成功すればちゃんとくれてやる」

「殺しならまかせとけ!」

 

 はっ?

 その軽いノリが及ぼす悲劇と被害の大きさを想像し、カッと頭の奥が熱くなる。

 

「……ッ!!」

 

 地面を蹴って立ち上がろうとした途端、ぐいっ!! と抑えつけられる。

 ナミさん!? 大丈夫ですよ物理振り子運動なんたら投射キックとかならいける気がするんです! うろ覚えすぎる物理の知識を思い出しながら実行にうつそうとすると、怖い顔をしたナミさんが更に伸し掛かってくる。え? あれ、関節が動かない? どうやってるんですこれ!?

 

「だが、殺せばいいって問題じゃない。カヤお嬢様は"不運な事故”で命を落とすんだ。そこを間違えるな」

 

 そうだ此処から飛び降りれば今ならあの男の頭に落下できる気がする!! その方が確実って事ですね!!

 

 実行に移す為の距離感を計算しながら靴で地面を蹴っていると、ルフィさんにも肩を掴まれてしまう。片手間の妨害なのにびくともしない。というか痛い。……ちょ、本当に痛いんです2人とも!? でも背中はめっちゃ柔らかい!? くっ、計算が乱れる!!

 

「どうも、お前はまだこの計画をはっきり飲み込んでないらしい」

「バカを言え、計画なら完全に飲み込んでるぜ。要するにおれはあんたの合図で野郎どもと村へ攻め込み、お嬢様を仕留めりゃいいんだろ? そしてあんたがお嬢様の遺産を相続する」

 

 ああ、血管が切れそうだ。

 

 屋敷で、ウソップさんの事を財産目当てがどうのって罵っていたの、自分が財産目当てだからこその発想じゃないか、お前とウソップさんを一緒にするな……!!

 

「バカが……!! 頭の回らねェ野郎だ……!! 他人のおれがどうやってカヤの遺産を相続するんだ」

「がんばって相続する」

「がんばってどうにかなるか!! ここが一番大切なんだ!! 殺す前に!! お前の得意の催眠術でカヤに遺書を書かせるんだ」

 

 ――――――!!

 

 怒鳴りかけた口をナミさんに抑えられる。肩を掴むルフィさんの手も振り払えない、自分の非力さに涙が滲む。

 

「”執事クラハドールに私の財産を全て譲る”とな!! それで、おれへの莫大な財産の相続は成立する……!! ごく自然にだ。おれは3年という月日をかけて周りの人間から信頼を得て、そんな遺書が残っていてもおかしくない状況を作り上げた!!」

 

 怒りのあまり、また胸に冷たいものが広がっていく。この感情では理性的になれないのに、冷静にならないといけないのにっ!!

 

 全身の力でジタバタする私を簡単に抑え込むルフィさんの横で、ウソップさんの姿が見え、その顔色にハッとする。

 

(ッ……私より、この村の住人であるウソップさんの衝撃の方が大きいに決まってる……! ここで私が暴走したらいけない……! でも、絶対にその企みは完膚なきまでに阻止してやる……!!)

 

 カヤさんの寂しそうな笑顔を思い出し、胸が引き裂かれそうに痛む。

 

「……そのために3年も執事をね。おれなら一気に襲って奪って終わりだがな」

「……それじゃ野蛮な海賊に逆戻りだ。金は手に入るが政府に追われ続ける。おれはただ政府に追われる事なく大金を手にしたい。つまり平和主義者なのさ」

 

 こつこつ働けこの愚か者ォ!!

 

 お前みたいな奴が大金を手に入れたら絶対碌な事にならないんだからな!! 口を開く度に人の神経を逆なでするキャプテン・クロを睨む。

 

「ハハハハ、とんだ平和主義者がいたもんだぜ。てめェの平和のために金持ちの一家が皆殺しにされるんだからな」

「おいおい皆殺しとは何だ。カヤの両親が死んだのはありゃマジだぜ。おれも計算外だった」

「まァいい……そんな事はいい……とにかくさっさと合図を出してくれ。おれ達の船が近くの沖に停泊してからもう1週間になる。いい加減、野郎どものシビレが切れる頃だ」

 

 あまりの身勝手さに、もう、どんどん怒りがたまってきて許せない気持ちでパンチしたくてしょうがない。

 

「……っ、ちょっと、落ち着きなさい」

「な、ナミ、さん……でも!!」

「ほら、まずは呼吸をして……! ずっと息してないのよ?」

 

 え……?

 

 ずるずると引きずられて、ルフィさん達から距離をとった所で背中を叩かれる。3回ぐらい強く叩かれたところでカヒュっ!! と変な音が喉を鳴らして、新鮮な空気が肺を満たし、全身の血管がズキズキと悲鳴をあげている気がした。

 

「……あ、れ。苦し、い……?」

「でしょうね。……ったく、ナナが本気で暴れたら、ルフィ並に手がつけられなくなりそうだわ」

「え……?」

 

 それは、無いと思うけど。

 ナミさんに簡単に押さえつけられ、ルフィさんの手だけで止められてしまう私だ。本気で暴れたところで一瞬で阻止される自信しかない。

 

「……とにかく、ここからは慎重に動きましょう! まずは急いでゾロにも知らせるわよ!」

 

 ナミさんは腰を上げて、私の手を改めて繋ぎ直す。

 

 

「おいお前ら!!!! お嬢様を殺すな!!!!」

 

 

 え!? その声に驚いて振り返ると、ルフィさんが立っている。

 

 そして、ウソップさんはこの世の終わりみたいな顔してる。

 

「……あ、あんのバカ!!」

 

 ハッ。もしかして今が愚か者共に名乗りをあげるタイミング!? よし、私もと駆け寄ろうとして、突然視界がぐるりと動く。

 

 え? あれ、足が浮いて、えええええ!?

 

 気づけば景色が流れて、ナミさんは私を横抱きにして全力でその場を駆け出していた。

 

 ちょ、名乗りはいいんですかナミさん!?

 

 

 

 



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12話 羨ましくて嫉妬しています

「ゾロ! ついてきて!」

「はあ!? なに勝手な事……くそっ!!」

 

 ダッ! と、村の子供達とだらーっとお話していたゾロさんを見つけるや否や、ナミさんはゾロさんに声をかけ、そのまま私を横抱きに通り過ぎていく。

 

(うぷ……ナミさん、足が速い……不規則な揺れが……気持ち悪いっ。いえ、船よりは、マシですけど……)

 

 ナミさんから与えられる陸酔いというのも感慨深いけど、身体が我慢できずに口元をおさえてしまう。目もぐるぐる世界がまわる。

 そんな中で見えたゾロさんは、大変不服そうにしながらもすぐにナミさんに追いついてきた。全身で面倒だと訴えて顔を顰めている。

 

(……凄いな、ゾロさん。あの一瞬で、ナミさんの様子がいつもと違うって、ちゃんと気づいてる)

 

 だから、嫌そうだけど追いかけてくれる。……肝心な所で外さないというか、色々な意味でタイミングが良さそうで、その嗅覚が羨ましい。

 

(……私にも、そういうのがあったらなぁ。……お嫁さんになって欲しい人と、今頃はもっといっぱい出会えていたかもしれないのに)

 

 お嫁さんを愛したい欲で、船酔いの苦しさを誤魔化そうとしていると、ギリギリっと急にお腹に回っている腕に力がこもっていく!?

 え、あの? 体勢的にお腹に負担がキすぎているから、これは本当に吐きそうで危ういっていうか。ああああ、内臓がピンチなのに呻き声しか出せない!?

 

「おい、ナナが青ざめてるぞ」

「知ってるわ」

「!?」

「鬼かお前は……」

 

 いえ、ナミさんは天使です。

 

 そうこうしている内に、ナミさんはようやく私を降ろしてくれる。

 硬い地面の感触が愛おしすぎて、すがりつきそうになりながら座り込む私の横で、ゾロさんが真面目な顔になって腕を組む。

 

「何があった……?」

 

 ぐったりしている私の背中を撫でながら、ナミさんは「まずい事になったわ」ようやくゾロさんと向き合う。

 

「……まずいこと?」

「ええ、私たちに船をくれるお嬢様の……命の危機よ!」

「……そいつは穏やかじゃねェな」

 

 ゾロさんは、まだ若干ナミさんを怪しみながらも、私の肩にぽんっと手を置く。

 

「……まあいいわ。さっき、海岸の方で」

 

 そして、語りだすナミさんの声を聴きながら、身体はしんどいのに怒りの心が、ぐらぐらと煮えたぎっていく。……うっかり、あの黒い感情を思い出して霧散させながら、慎重に深呼吸。

 

『ああ、もちろんだ。いつでもイケるぜ、"お嬢様暗殺計画”』

 

 ……っ。

 

『”執事クラハドールに私の財産を全て譲る”とな!! それで、おれへの莫大な財産の相続は成立する……!!』

 

 …………っ!!

 

 いや、待て。落ち着こう、私。

 どれだけ怒っても、私は弱い。どうしようもないぐらい矮小な存在なのだ。

 

 

(……だからこそ、冷静に。慎重に、私に出来る事で、あいつらの計画を台無しにしてやる)

 

 

 絶対に報いを受けさせるからな、キャプテン・クロ! 3年もカヤさんを残酷に騙しやがって……!!

 

「へぇ……!」

 

 ゾロさんは、ナミさんの説明を聞き終えたのか、面白そうに喉奥でくっくっくっと笑う。

 その物騒な笑みが心強くて、ささくれた心が少しだけ落ち着いてくる。

 

「……なら、俺達のやる事は決まったな」

「ええ、船の為にも、襲ってくる海賊達の宝を奪う為にも!」

「……ぶれねェな。ところで、ルフィはどうした?」

「知らないわよ!! あいつのせいで秘密裏に動けなくなっちゃったじゃない!! せっかく情報が手に入って逃げるが勝ちだったのに!!」

 

 ナミさんの叫びに、ドーンと仁王立ちするルフィさんの背中と台詞を思い出して……もしかして、名乗りをあげるタイミングじゃ無かったのかと目を逸らす。

 

 と、とりあえず。まずはルフィさんとウソップさんの安否を確認する為にも海岸に戻ろう。ナミさんに揺さぶられながら辿って来た道順を思い出す。

 この村の立地を頭の中で作成しながら、3人で海岸に向かって歩いていると、村の中から悲痛な叫びが聞こえてくる。

 

 

「みんな、ちゃんと話を聞いてくれよ!! 本当に明日の朝!! 海賊が攻めてくるんだ!!」

 

 

 え? ウソップさん?

 慌てて声の主を探して、トラブルの様だとこっそり覗き込むと、ウソップさんが村人さん達に囲まれていた。

 

「お前の話をいちいち真に受けてたら、おれ達ゃ何百回村を逃げ出さなきゃならねェんだ!!」

「今度こそ本当なんだ!!」

「今度こそとっ捕まえてやる!!」

「…………くそォ!!」

「速いっ!!」

 

 …………なるほど。

 海岸で何があったのかは分からないけど、ウソップさんが逃げられている、というか見逃されている時点で、タイムリミットの変更は無い気がする。

 

(3年もの間、偽執事をしている時点で自分の計画に自信と驕りがありそうだし。……彼ら視点で目撃者は村の嘘付き少年1人と、よそ者のルフィさん。私とナミさんが見つからなかったのは幸いだ)

 

 ナミさんナイスです! 遠くまで逃げてくれてありがとうございます!

 

 そして、ウソップさんは村人さん達に危険を伝えに来たけど、キャプテン・クロの予想通りに嘘だと思われて信じて貰えなかった。……でも、これなら次ぐらいで村人さん達に逃げて貰う事はできそうだ。

 

(……でも、ウソップさん傷ついてるよなぁ。……全部キャプテン・クロが悪い)

 

 大勢に追いかけられるウソップさんを見送りながら、眉を下げてしまう。

 

「……あの光景を、よく微笑ましく見守れるわね」

「え?」

 

 ナミさんの声に顔をあげると、ナミさんもゾロさんも私をジッと見ていて、少し気恥ずかしい。

 いや、でも、今のはウソップさん愛されてるなぁって、感心するところですし。

 

「……ふーん?」

 

 少し怪訝そうなナミさんに、どう説明したものか悩む。

 

(……”身内”を叱るような、激しい怒り方だから、じゃあ説明にならないかな?)

 

 この村の温かさを肌で感じる、というのもあるけれど。村人さん達は、ウソップさんが誰かを陥れる嘘をついたのが許せない。そんな奴だと思わなかった。失望と疑惑が入り混じっている様に見えた。

 

 あんなに大勢でウソップさんを囲んで、追いかけて、無視なんてされず、放ってもおかれず、叱りに行ってくれるなんて、すごく愛されてると思う。

 

(でも、ウソップさん視点だと、大好きな村人さん達に信じて貰えなくてショックだと思うから、それもこれも全部キャプテン・クロが悪い)

 

 ……でも、光明は見えた。

 

 ウソップさんなら、いつでも声をあげた時に村人さん達は集まってくれる。次は目撃者である私達も一緒に証言すれば、ウソップさんの話が嘘では無いと信じて貰える。

 

 そうして、あの偽執事の計画を台無しにしてやるのだ……!!

 

 

「…………どうして、あれだけの”感情”を、それですませられるのよ」

 

 

 え?

 

「……何でもないわ。さあ、ルフィを探すわよ!」

「は、はい……?」

 

 小さく零れた言葉は聞き取れなかったけど、暗い響きだった気がする。

 

 ナミさん……やっぱり海賊が怖いのかな? 要領が良くて根性があってお宝への執念が凄くてか弱くもしぶとい彼女は、やはり年頃の魅力的な女性だ。少しでも恐怖心がまぎれれば良いと、繋いだ手を握りなおす。

 

 うん? またギリギリってされて痛いすごく痛い骨が軋んで無表情も相まって可愛いけどご機嫌が悪いんですか!?

 

(……っ、そして、ゾロさんはいつまで私を肘置きにしているんだろう? いえ、いいんですが。……人の腕ってこんなに重いものだっけ? 筋肉がつまっているのかもしれない)

 

 そうやって、3人で変にじゃれ合いながら海岸までの道を行くと、子供達の声が聞こえてくる。

 

「えーっ!!」

「カヤさんが殺される!?」

「村も襲われるって本当なの!? 麦わらの兄ちゃん!!」

「ああ、そう言ってた。間違いねェ!!」

 

 ウソップさんを慕っている子供達が、ルフィさんの傍で騒いでいた。

 

 話を聞くに、どうやら子供達は必死の様子で駆けていくウソップさんに何かあったのだと勘付き、追いかけようか迷ったけれど速すぎて見失ったので、原因がありそうな海岸の方に来たらしい。そこで、崖下で寝ているルフィさんを発見、事情を聞いたらしい。

 

「やっぱり、あの羊悪党だったんだ!!」

「どーりで感じ悪いハズだっ!!」

「催眠術師もグルだったんだ!!」

「え……?」

 

 あのサングラス男が、どうして催眠術師だと知ってるんですか? 慌てて子供たちに話を聞くと、なんとゾロさんも目撃者で、ジャンゴという男の能力をふんふんと脳に詰め込む。

 

「……そんなにも簡単に眠らされるなんて、厄介としか言えない能力ですね」

「! もしかしたら、ルフィも眠らされたのかもしれないわね」

「なるほど。それで見逃しちゃったんですね」

 

 ルフィさんほどの人を無力化するなんて……催眠術の脅威に怯えている横で、ナミさんが子供たちに声をかける。

 

「ほら、あんた達! 今度は私達も一緒に証言するから、夜逃げの準備をしてなさい! 遅れたらおいて行かれるわよ!」

「そうか! それもそうだ!! じゃおれ達も早く準備しなくちゃ!!」

「そうだ!! 大事なもの全部整理して!!」

「……貯金箱とおやつと……! 船の模型とそれから……!!」

 

 急げ!! と声を荒げて走っていく元気な子供達を見送り、今夜は村人さん達の大移動で騒がしくなりそうだ。それに、元凶でもあるキャプテン・クロに一番狙われているのはカヤさんだ。

 

 彼女の笑顔を思い出して、絶対に傷つけさせないと自分の心を奮い立たせる。

 

 あと、ルフィさんが「肉屋が逃げちまう!!」と叫んでいますが、食料は緊急事態として村人に分配されそうなので、もう買えないと思います。

 

 

「「「うおおおおお!!!!!」」」

 

 

 と、さっきの子供達が雄々しく戻って来る。

 ……え? どうして?

 

 そして、その後ろには、ウソップさんがいて(―――はい!?)その腕の中には、カヤさんがいる。

 

 

「やだ、お嬢様じゃない!」

「へぇ……!」

「あっはっは! やるなーあいつ!」

 

 

 腕から血を流し、必死の形相で駆けてくるウソップさん。その姿を見ていると胸に熱すぎるものがこみ上げてくる。

 

「お、お前ら、まだ逃げてなかったのか!?」

「ナナさん……!」

 

 ホッとした顔で笑うカヤさんは、お昼の格好にコートを羽織っただけの薄着で、驚いた顔のウソップさんにお姫様抱っこされている。

 

 私は、その様子に、どういう展開なのかさっぱり分からないけれど、心の中で歯ぎしりする事にした。

 

 

 ウソップさんめ……ッ!!!!

 

 

 



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13話 戦力外通告……の様です

 

 

 少々取り乱してしまった。

 

 改めて、ウソップさんの手当てを優先しながら事情を聞いた。その際、お2人が色々な意味で”白”だと納得したら穏やかな気持ちになれた。

 

 カヤさんによると、彼女はお昼の一件で3年間猫を被ってきたキャプテン・クロことクラハドールに疑惑を抱いていたらしい。家族も同然に接している偽執事への疑いは心を疲弊させ、具合が悪い振りをして簡単な会話すら避ける程だった。

 

 そんな時に、ウソップさんが乱暴に窓を叩いたのだ。

 

 

『あの執事は、この屋敷の財産を狙って忍び込んだ海賊だったんだ!! 3年前からずっと執事のふりをして、お前の財産を狙ってた!!』

 

 

 ウソップさんが血相を変えて放った言葉に、カヤさんは自分でも驚くほど動揺してしまった。

 そんな訳がない。この疑いは一時的なものだと自分に言い聞かせ、信じたくないと耳を塞ごうとした。

 

 

『そして、明日の夜明けに仲間の海賊達がおしよせて、お前を殺すと言ってた!!』

 

 

 だけど、ウソップさんの必死の叫びは、カヤさんにそれを許してくれない。

 ウソップさんのいつもの嘘だと信じたくて、信じきれない。本当なのか嘘なのか、どうしても判断がつかないまま、決めきれないまま、ウソップさんと偽執事を天秤にかけてカヤさんは苦悩した。

 

 どちらも信じたいのに、今は、どちらも信じきれない。

 

 だけど、と。カヤさんは決意する。

 もしも、ウソップさんの話が”本当”なら、事は自分だけの被害にとどまらない。

 意を決したカヤさんは一度窓から離れると、急いでコートだけを羽織って身を乗り出し、ウソップさんに手を伸ばした。

 

『私は、クラハドールを信じたい……!! でも、ウソップさんも信じたい……!!』

『……!』

『だから、もしこの話が嘘だったら、軽蔑するわ、ウソップさん!!』

『……これは、おれの誇りにかけて嘘じゃない!!』

『っ、なら、私を連れて行って……!!』

 

 そうして、2人は手をとりあいお屋敷から逃げだした。

 

 

(……ッ!! 駆け落ちか!!)

 

 

 ギリィ、と自分の拳に爪が喰い込んでいく。

 おのれっ。真面目な話なのに、想像しただけで羨ましさに胸が焦げ付きそう!

 

 その際、お屋敷にいたまっとうな執事さんに腕を撃たれてしまったが、カヤさんが事情を説明して自分がいない事は偽執事に隠し通して欲しいと伝えた。

 

 もしも、これがウソップさんのいつもの嘘で、明日の朝に海賊が来ないなら、もう二度とウソップさんと会わないと約束して。

 

 

「……おれは、ウソつきだからよ。ハナっから信じてもらえるわけなかったんだ。おれが甘かった」

 

 

 完全に日が沈んだ海岸で、ウソップさんが項垂れている。

 

 カヤさん以外に信じて貰えなかったことに、色々と思う所があるらしい。

 ……まあ、カヤさんも半信半疑でしたけど。……でもあれは、愛されている事と日頃の行いが悪い方向に転がった悲劇というか……逆に信用されていたというか。

 

(……どう、伝えれば良いのかな?)

 

 村人さん達の心情も分かるのか、ウソップさんを見つめるカヤさんの瞳は複雑そうだ。

 

 そしてカヤさんは、私達の話を聞いて偽執事が元海賊の悪人だと信じてくれた。

 今はショックが大きすぎるのか、私の腕にすがりついてポロポロと涙を零している。

 

(……あいつ、絶対に許さない)

 

 唇を噛んで、私はウソップさんを見つめる。

 彼は、何故か村人さん達への注意喚起に”待った”をかけたのだ。これには私やナミさんも驚いて、理由を聞いているところだ。

 

「……甘かったって言っても事実は事実。海賊は本当に来るわよ」

「ああ、間違いなくやってくる。でもみんなはウソだと思ってる!! 明日もまたいつも通り、平和な一日がくると思ってる……!!」

 

 ウソップさんは、手当てしたばかりの包帯をぐっと握っている。そして、チラリとカヤさんを見て「だから」と、ルフィさん達に宣言する。

 

 

「おれは、この海岸で海賊どもを迎え撃ち、この一件をウソにする!!!! それがウソつきとして おれの通すべき筋ってもんだ!!!!」

 

 

 ……! 驚いた。

 

 それが、どれだけ無謀な事なのか、彼はこの中の誰よりも分かっている。

 

 それでも、ウソップさんは決めたのだ。

 銃で撃たれても、村の人達に信じて貰えなくても、ホウキを持っておいかけ回されても、この事実を嘘にする事で、もう二度とカヤさんに会いに行けなくなっても。村人さん達の心まで救おうとしている。

 

(……ああ、そうか。……あの偽執事、本当に村の人達から一定以上の信用をされているんだ)

 

 計画の遂行の為に、計算高くそれをやれてしまうからこそ、ウソップさんの見立てでは、私やナミさん、ルフィさんにお嬢様をくわえても、証拠の無い証言だけでは信じて貰うだけで朝になりかねないと、そう計算したのだ。

 

(……村の住人であるウソップさんがそう判断したのなら、こちらには何も言えない)

 

 すでにタイムオーバーだと。必死に説得を重ねて信じてくれる数人を逃がすより、全てを助ける為に彼は戦う事にした。

 

 

「おれはこの村が大好きだ!! みんなを守りたい……!!」

 

 

 自分の口から放った真実を、ただの愚かな嘘にするんだと。ウソップさんは声を震わせる。

 

「こんな……わけもわからねェうちに……!! みんなを殺されてたまるかよ……!!」

「ウソップさん……」

 

 嗚咽交じりに、怯え、顔を両手で覆い男泣きするウソップさんは、悔しいほどに格好良い。……そして、そう感じているのは私だけじゃない。

 

「とんだお人好しだぜ。子分までつき離して1人出陣とは……!」

 

 ゾロさんが感心した様に言うと、ずっと離れたところで聞き耳を立てている少年達が声をあげる。

 

「そうだそうだ!!」

「水臭いぞキャプテン!!」

「おれ達だってキャプテンの力になれるんだ!!」

「だから帰れって言ってるだろがお前らっ!!」

 

 あ、ウソップさん、今怒鳴ったら泣き顔を子供達に見られますよ? ……うーん。格好悪いのに格好良いって、ずるくありません?

 感心していると、ルフィさんが声をあげる。

 

「よし、おれ達も加勢する」

「言っとくけど、宝は全部私の物よ!」

「え……」

 

 1人きりで戦うつもりだったウソップさんは、唖然と顔をあげる。

 

「皆さん……!」

 

 カヤさんも驚いている。……やっぱり、ナミさん達もウソップさんと同じぐらい格好良い。

 

「お前ら……一緒に戦ってくれるのか……!? な……何で……」

 

 戸惑うウソップさんを、ルフィさん達はまっすぐに見ている。

 

「だって、敵は大勢いるんだろ? あと、お嬢様には船を貰うからな!!」

「怖ェって顔に書いてあるぜ。あと、謝礼として酒もたらふく貰えそうだしな」

「新しい船と海賊のお宝!」

「正直者かお前ら!? あ、あとおれは怖がってねェよ! 大勢だろうと何だろうとおれは平気だ!! なぜならおれは、勇敢なる海の戦士キャプテン・ウソップだからだ!!」

 

 うん、とてもナミさん達らしい理由だ。

 そんな彼らに、膝の震えがちょっとだけ治まり、少しだけお昼の調子に戻ったウソップさん。カヤさんはその様子に安心した様に笑い、意を決した様に涙をぬぐって口を開く。

 

「ウソップさん、聞いて……!」

「カヤ?」

 

 カヤさんの震えた声に、皆の視線が集まる。

 

「……私は、皆さんへ贈ると決めた船以外の財産を手放しても良いと思ってる」

「な、何言ってるんだ……!? お前の両親が残してくれたものなんだぞ!?」

「いいの! だって、ウソップさんや村の皆の命の方が大事だもの!」

 

 にこりと笑って、それに、と目を伏せる。

 

「クラハドールと、話がしたいの……」

「……あいつは、屑野郎だ」

「分かってる。……ナナさんのおかげで、ちゃんと分かってるの。でも、お願い……!」

「……! 分かった」

 

 その悲壮な決意に、胸が詰まりそうになる。

 

 カヤさんが決めた事とはいえ、あの男はきっとカヤさんを傷つける。……カヤさんが信じてきた3年間の絆に、無慈悲にとどめをさす。

 

(会わせたくない。……でも、あんな奴。カヤさんから素行不良でクビにされて、退職金無しの方がお似合いだ……!)

 

 そう、自分に言い聞かせる。

 

「……」

「ナミ?」

 

 さあ、明日はカヤさんを守りながら、私だってあの偽執事に一言でも二言でも言ってやる。

 スッと動きだすナミさんに、そろそろ具体的な作戦に入るのかと皆の空気が切り替わったところで。

 

「ナナ」

 

 ナミさんに呼ばれる。

 

「え?」

 

 ゴッ!! 振り向く直前、凄まじい、衝撃に襲われて(!? ――!? ――――………っ)意識が、おちていく。

 

 なん、で?

 

 

「ナナさん!?」

「……!」

「おいナミ、何してんだよ!?」

「な、なんだ!? 仲間割れか!?」

「……。過保護な訳じゃないわ。だって、私たちの為だもの」

 

 

 ナミ、さん……?

 

 ……――――ぅ、う。

 

 

「それに、ナナは私たちの……お客さんですもの。戦いに巻き込む必要は―――――」

 

 

 ――――…………。

 

 

 

 



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14話 私が気絶しています

 

 

「それに、ナナは私達の……お客さんですもの。戦いに巻き込む必要は無いでしょう?」

 

 

 そう言って、ナミさんは笑う。

 私を殴った拳大の石を震える手で握りしめながら、倒れた私の前にゆっくりと座り込む。

 

 その光景に(だからって殴る必要は無いですよね?)と、ぐったりしている私を見下ろして、思い切りが良すぎると呆れてしまう。

 

 ――――ちなみに”私”は、これを『未来』から視ている。

 

 私が、ナミさんに気絶させられた直後の、私が知覚できなくなった”それ”を”夢”として覗いている。

 

 困った事に、私は夢を覚えられないタイプだ。

 だから、この一方的な知覚は現実に何の影響も及ぼさない。

 

 そして夢の中の”私”は、己をもう少しだけ深く知っている。

 

「お、おいおい。だからって、何も殴って気絶させなくても良かっただろ?」

「鬼だ、お前は……!」

「ナミはもっとナナに優しくしろー!!」

「えいっ」

 

 ゴッ!!

 

 あ、私が更に岩で殴られている。「「「やめんか!!」」」という男性陣のトリプル突っ込みを華麗にスルーして、更にゴッ!! と念入りに私の頭を殴ってから、ナミさんはキリッと顔をあげる。

 

「……言っとくけどね。私は怒っているのよ」

 

 そして、ナミさんはカヤさんをまっすぐに見つめる。

 

「……特に貴女にね、お嬢様!」

「……わ、私ですか?」

 

 ナミさんは、思わずカヤさんの前に出るウソップさんを無視して、倒れ伏した私をビシッ!! と指さす。

 

「この、思考だだもれおバカが!! お嬢様が戦場に行くって聞いて一緒に行かない訳ないじゃない!! この子を殺す気!?」

 

 ……まさか、私を間髪入れずに気絶させた理由がそれですか?

 

「っ!! ……す、すみません」

「ん。分かったなら良し!!」

 

 ……カヤさんも納得するんですか? いえ、私はそんな簡単に死にませんよ? “私”がいますし。

 

 ハッとしてシュンっとしてしまうカヤさんと、腕を組んで納得するナミさん。うーん……2人が会話しているだけで眼福ではありますが、納得ができません。

 

「あ。それじゃあ、私はあっちでナナを手当てしてくるから、あんた達は作戦会議始めてて!」

「マイペースにも程があるだろ……」

「わ、私も手伝います!」

 

 ぐったりしてだくだく流血する私をずるずる引きずっていくナミさん。ゾロさんが呆れ、カヤさんが慌てて手伝いを申し出る。

 

「そ、そうだな。よおし、よく聞けお前ら!! この海岸から奴らは攻めてくるが、ここから村へ入るルートはこの坂道1本だけ、ってぇ!! お前らはさっさと帰れぇ!!」

「嫌です、キャプテン!!」

「おれたちだって、何かできる筈だ!!」

「村を守りたいです!!」

 

 そんなウソップさんの声と、その後に響く子供たちの声が小さくなり、波の音しか聞こえなくなった辺りでナミさんは私を岩場に降ろし、徐に私が肌身離さず背負っている鞄を開けて、中身を確認する。

 

「ふぅん。流石に用意周到ね」

 

 ナミさんは満足げに笑って、嬉々として私の鞄の中から手当てできる道具を取り出す。そんなナミさんを、カヤさんがジッと見つめている。

 

「……何かしら? 言いたい事でもあるの?」

「……はい。ナナさんを、孤独にだけはさせないで欲しいんです」

 

 唐突で脈絡の無いそれに、ナミさんはゆっくりと目を見開いて固まる。

 

「……約束はできないわね」

「……そう、ですか」

 

 どうやらカヤさんは、私の思考によって過去の孤独が視えていた様だ。ナミさんも私が1人ぼっちに怯えていると知っているので、即座に拒絶しきれていない。気まずそうに、血がこびり付いた私の前髪に鋏をいれる。

 

「……え? ナナさんの前髪、切ってもいいんですか?」

「少しだけね。鬱陶しいもの。この子の前髪」

 

 チョキチョキと、ナミさんは鋏を動かす。

 

「……でも」

「本当にちょっとだけよ。……この子の青い目、もう少し見える方が……私としてもやりやすいし」

「……」

 

 カヤさんは、少しだけ困った様な優しい目でナミさんを見つめて、小さく「……ごめんなさい、ナナさん」と、私の頭を撫でる。

 

「私も、共犯になります!」

「……あら。お嬢様も意外に悪ね」

「少し違います。ナナさんを通して貴女を知っているので……少しだけ、気持ちが分かるんです」

「……あら、そう」

 

 まあ、そうでしょうね。

 

 目元が隠れていては、ただでさえ何を考えているのか分からないのに、流れてくるのはひたすらプラスの好感情なんて、さぞ心臓に悪い事でしょう。

 ナミさんは、少しだけ複雑そうにカヤさんを見つめて、やれやれ、と溜息を吐く。

 

「私も。……お嬢様の事はこの子を通して伝わってくるせいで、距離感が掴めなくて困るわ」

「……はい」

 

 くすり、と微笑む音が重なって、私のもっさりしていた髪が大分すっきりしたところで、額の治療も丁寧に行ってくれる。ナミさんは、最後の仕上げとばかりに私の鞄に入れていた自身のお酒を取り出す。

 

「ナミさん?」

「えい」

「ナミさん!?」

 

 そのまま、気絶した私の口にお酒を注ぎこむ。……うーん。容赦ない。

 

 瓶の中身が減っていくのと、私の顔色が青ざめていくのをあわあわ見ているカヤさん。半分ほど中身が減ったところで、ナミさんは「よし!」とようやく注ぐのをやめてくれる。

 

「ここまですれば、絶対に明日の昼まで起きないわね!」

「流石にやりすぎです! ナナさんが心配なのは分かりますけど……」

「心配じゃ無くて迷惑なの! この子、放っておいたら何をやらかすか分かったもんじゃないんだから!」

 

 ふん! と鼻を鳴らすナミさんは、自然と私の手を握って、切ったばかりの前髪をいじっている。……私の寝顔を見る瞳が優しすぎることに、ナミさんは気づいていないのだろうか? いないんでしょうね。

 カヤさんは、それに目を丸くして頬を染め、何かを納得する様に口元を隠して放ちかけた言葉を飲み込む。

 

「何よ? どうかしたの?」

「……い、いいえ。そろそろ、ウソップさんたちの所に戻りましょうか?」

「? そうね。あいつらには何としてでも勝ってもらわないと! お嬢様から船を貰えなくなるしね!」

「……あの、それなんですが」

 

 ナミさんの華麗なウインクをカヤさんは苦笑気味に受け入れて、身を乗り出してナミさんの耳元にこそこそと囁く。

 何を言っているのか気になりますが、聞こえないので”私”は私を見下ろす。

 

 良かったですね。私はけっこう、ナミさんに好かれている様ですよ。

 

 まあ、私のだだもれ思考とやらは、これ以上なく女性受けが良いでしょう。……愛に飢えた人間にこそ、こんなにも自分を愛してくれる他人はもういないと、そう思わせるぐらいには強烈です。

 

 孤独を知りすぎている私は、特別が欲しくて、誰かを心の底から絶命させるレベルで、愛さずにはいられない。

 

 まあ、だからこそ愛を分散させる為にも、たった1人だけを愛せないという難儀な性質持ちですが。

 

 ナミさんは、カヤさんの内緒話に暫くして「え?」と目を丸くすると。―――嬉しそうな、悲しそうな、複雑すぎる顔を一瞬だけ浮かべて、楽しそうにニッと笑う。

 

 

「それは良い考えね、お嬢様! それならナナが1人になり様がないわ! あいつらが絶対に逃がさないもの!」

 

 

 そう、ナミさんが言って、私を抱き上げたところで。

 

(おや……)

 

 唐突に、世界が霞んでいく。沈んでいた意識が浮上してしまう。

 

 

(私の、目覚めの時が近づいていますね……)

 

 

 もう、”夢”という昨日は溶けて、私はナミさんの思惑通りに全てが終わった後”傍観者”として目を覚ます。

 別に殴らなくても、”私”が私を危険にさらさない様、そう誘導ぐらいするんですけどね。

 

 

 では。名残惜しいですがお2人とも、生きていたなら、おはようの時間に私とまた会いましょう。

 

 さようなら、私の大好きな人達。

 

 

 



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15話 とても平和な、朝です

 

 

 うっすらと、蜜柑の香りに混じって血の匂いがする。

 

 ズキズキする頭の痛みに「……ぅ」声が漏れて、己の擦れた声で覚醒する。気だるすぎる身体と、妙に粘度を帯びた思考に何も考えられない。

 

「……な、に?」

 

 気持ち悪くて胃がムカムカする。風邪でも引いたのかと、歪む視界が捉えたのは「へ?」ナミさんの愛らしい寝顔。……数秒たっぷりと見つめて(あぁ、これが夢か)と、全身から力を抜く。

 

 なるほど。この痛みとだるさは、ありえない夢を見ている神をも恐れぬ己への自己刑罰か。

 

(……罪深いな。そしてナミさんかわいい)

 

 恥知らずだけどテンションがあがる。

 夢の中とはいえ、同衾というシチュエーションに興奮もする。

 

 柔らかな草の上に寝転がり、木々のざわめきと木漏れ日の温かさにほうっと吐息をこぼしながら、ナミさんの寝顔を見つめる。……ああ、お嫁さんになって欲しい。おはようのちゅーしたい。なにより。

 

(……あったかい)

 

 ぽかぽかして、ずっとこうしていたい。こんな風に誰かに抱っこされながら眠るのは初めてで、夢なのに嬉しい。

 夢を見るってこういうことなんだと、頬が緩む。今日まで知らなかった。15年も損をしていた気分だ。

 

 ああ、ドキドキが止まらない。

 

 高鳴る鼓動の激しさに身を委ね、本能のままにスリッと頬ずりする。ふにゅん、と頬に何ともいえない柔らかい弾力が―――――

 

「―――ん?」

 

 いやこの感触。

 ナミさんとのスキンシップの際、身体のどこに触れてもめちゃくちゃ意識して反芻している”本物”の感触だと、流石にナニかがおかしいと目をかっ開く。

 

 途端、霞がかっていた思考が晴れ渡り、ギョッとして目を見開く。

 

 え? ……ナミさんの顔が近い!? え゛っ、あれ、視界もいつもより明るい、って前髪は!? なんか減ってる!? 混乱しすぎて何に驚けばいいのか分からなくなりながら「ぁ……」唐突に――――昨夜の事を思い出す。

 

「……っ、そう、だ」

 

 殴られたんだ、私。

 ……だから、痛いんだ。

 

 おそるおそる額に触れると、真新しい包帯が巻かれている。

 

「……っ」

 

 衝動的に『どうして』なんて。

 そんな、愚かな台詞が口から零れそうになった。……そんなこと、私が言ってはダメだ。

 

(……だって、私は助けて貰った)

 

 殴られた頭は痛いけど、私を殴ったナミさんは平気だった? この優しくて綺麗な人は、笑顔の下で痛みを我慢できる人だから不安になる。

 

 本当は、私なんて捨て置けば良かったのに、わざわざ手を汚してまで助けてくれた。

 

(……きっと、本気で殴ってくれたんですね。……ありがとうございます)

 

 海賊に殺されるぐらいなら、自分に殺された方がマシ、なんて覚悟を感じて、少しへこむ。

 ナミさんにとって、私はまだ”部外者”でしかないと、突きつけられた気がした……

 

(出会ったばかりなのは、ルフィさん達も一緒なのに、私は……隣に立てないんですね)

 

 一切の容赦が無いからこそ、ナミさんの気遣いを感じて、すごく嬉しいのに、おいて行かれて……寂しい。

 いつから、こんなに贅沢になったのだろう?

 

(……ねえ、ナミさん。いつかは私にも、背中を預けてくれますか? ……仲間に、なってもいいですか? ……なんて)

 

 いけない。高望みするのはやめておこう。

 

 片思いはしんどいけど、両想いになりたいけれど、なれなくて良いから、ナミさんに守られない立場になろう。

 

(そしたら、今度こそ一緒に戦えるかもしれない)

 

 守られるだけは嫌だと沈み込んでいると、急にナミさんの腕に力がこもる。「え?」気づけば、背中に絡まる腕がぎゅっと私を抱き寄せて、増してしまう密着力にびっくりする。

 

(な、ナミさん!?)

 

 寒いのかもしれない、とひらめいたけど、私から抱き返せる訳も無く、頭の奥がカカカッ!! と凄い熱をもったままわたわたしてしまう。

 

 んぐぐぐっ!? 落ち込んでいた事も忘れて、ひたすら幸せな抱擁に耐える。

 

 っ。そして耐え抜いた天国と地獄が合わさり最高だった数分後、私は顔をあげる。

 

「――――!!」

 

 日は完全に昇りきり、鳥の鳴き声が聞こえる。

 さわさわと風が通り抜ける静かすぎる朝に、全てが終わった後なのだと改めて実感する。

 

「……っ」

 

 深呼吸。ナミさんの寝顔から音をたてる様に目を離して、周りの様子を窺う。

 

 あの後の何もかもが分からない不安に、ゆっくりと身じろいで、振り向いて「くかー……」ルフィさんが「ぐー……」ゾロさんが、傷だらけで寝ているのを視界に捉えた。

 

 

「……ぁ」

 

 

 当たり前に、あまりに自然にそこで寝ている2人に大きな安堵感を覚える。そして、その顔はとても満足そうで……気持ち良さそうな寝顔に、全身から力が抜ける。

 

 はああー……長く息を吐いて、ナミさんの腕の中にいるのに、腰が抜けたみたいになる。

 

 

(……キャプテン・クロに勝ったんだ。……良かったぁ)

 

 

 泣きそう。

 鼻をすすりながら、改めて周りを見れば、妙にスパスパ切られた自然破壊の跡がある。どうやら戦いを終えたナミさんたちは、ここで仮眠をとる事にしたらしい。……手当ては、かろうじてしてある。

 

「……んっ」

 

 現状の理解は概ねできた。

 

(この空虚感は苦しいけど、1人ぼっちで起きるより全然マシだ! 私がいない事で勝利を掴めたというなら、それを喜ぼう!)

 

 私は、私が無力な事を知っている。

 庇われた事への自業自得の弱さで傷ついている暇はない。

 

(……ぐっすり寝かせて貰ったんです。旅の支度ぐらいは私がしましょう)

 

 無力を嘆くのは、子供の頃にたっぷりと経験して飽きてしまった。

 そんな事より、一歩でも動いた方が建設的だと足を動かす。

 

「……よし!」

 

 変な気を起こさない内に、ナミさんから時間をかけて離れる。

 傍にあった鞄から野宿用の薄い布を取り出して、風邪をひかない様にナミさんにかけて立ちあがる。

 

(……ん?)

 

 歩き出してすぐ、背中に視線を感じた気がして振り返る。

 

 

「……」

「くかー……」

「ぐー……」

 

 

 3人は気持ちよさそうに眠っていて、気のせいかと林を抜ける道を探す。

 

 

 

 

 

 

 ……林から抜けた後に気づいた。

 

 ナミさんの体温、途中から変化していた。……もしかしたら、起きていたのかもしれない。

 どうして寝た振りなんか……と、思いながら、なんとなく頭の包帯に触れて、ナミさんとの間に少しばかりの気まずさがある事に気づいてしまう。

 

 ……よし! お買い物が終わったら、そんなもの吹き飛ばすぐらい元気に「おはようございます!!」って。

 

 ナミさんが呆れて笑ってしまう挨拶をしようと、そう決めた。

 

 

 

 



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16話 傍観者にも役割はあると思います

 

 

 物の記憶は、触れた人間の感情が強ければ強い程、期間が長ければ長い程、焼き付きが良い。

 

 視たい記憶が明確にある場合、過去であればある程に薄れてしまい、感情の強弱によっては逆もしかりだ。ものによっては視えない事も覚悟しなくてはいけない。

 

 シュシュの家は、長年積み重なった優しい記憶が手袋越しに伝わってきて、足を止めて見入ってしまった。

 そして、偽執事を殴って去っていくウソップさんを追えたのは、彼が憤っていたのと、直前だったので拾いやすかったのと、時間の経過による他者の上書きが無かったから。

 

「……ん」

 

 だから、夜明けと共に始まった戦いに関していえば……視えると確信していた。

 

(言い訳すると、最初は視るつもりなかった……)

 

 でも、林を抜けたらそこは戦場跡が色濃く残っていて、海の香りに混じって真新しい血の匂いを感じた時は身がすくんだ。

 長い坂道は酷い有り様で、岩や崖が砕けているし地面も抉れている。壊れた船の破片もポロポロと落ちていて、どんな激しい戦いがあったのだと不安になった。

 

 迷いながら、なんとなく誰も見ていないのを確認してしゃがみこむ。

 ゆっくりと手袋を外して、躊躇しながらも深呼吸。そっと地面に手の平を押し付ける。

 

『おれの名はキャプテン・ウソップ!! お前らをず~~~~~っとここで待っていた!! た……戦いの準備は万全だ!! 死にたくなきゃさっさと引き返せ!!』

 

 サア、とその光景が見えて、脳がぐわんと揺さぶられる感覚に顔をしかめる。

 何より、その視えたウソップさんの台詞に「ん?」と思わず手を離す。

 

(…………いえ、あの。…………まさか、海賊達が上陸する場所、間違えて張ってたんですか?)

 

 血の気が引いていく。いきなりの、そうとしか思えない不穏すぎるはじまりに、ドッと嫌な汗が背中を濡らす。

 だから、ウソップさんは1人で名乗りをあげている? ……い、胃がキリキリする。

 

(っ、いいや! ナミさん達は無事だった!)

 

 そうだ。素晴らしいネタバレを私は授けられている!

 

 私の目覚めはナミさんの腕の中という、約束されたハッピーエンドの先だからこそ与えられる楽園だった。怖気づいてどうする! 怯えるな私! よ、よし。……もう、今度は手を離さないで、全部見るぞ……!!

 

 覚悟を決める。

 

 そして、私は――――この戦いの一部始終を、頭の中の”目”で、しっかりと見た。

 

 

 

 

 ドサリ。

 

 

 

 

 気づいたら、地面に倒れていた。

 

 ぐわんぐわんと脳を尋常じゃ無く揺さぶられながら、手足を痙攣させて青い空を見上げている。

 読みとった情報量が多すぎた。たった1人の傍観者は欲張りすぎて、前後不覚に陥りながら彼らの戦いを何度も何度も反芻する。

 

(……皆が、命をかけていました)

 

 ルフィさんは、いっぱい暴れたり寝たり殴ったりして、船長だった。

 ゾロさんは、たくさん切ったり守ったり血を流して、心も体も強かった。

 ナミさんは、状況を見極めその時々の正解を掴み取り、お宝もしっかり盗んでいた。

 ウソップさんは、最後まで格好良く、守れるものを全て守りきった。

 カヤさんも、懸命に立ち向かい、泣いて、苦しんで、それでも戦いぬいた。

 子供達も、ウソップさんを見習って勇気を振り絞り、力を合わせて役割を全うした。

 

 そうして彼らは、この”日常”という勝利を手に入れた。

 

(今日という日に、この平和な村に海賊は”来なかった”)

 

 あの嘘つき少年は、見事に真実を優しい嘘に塗り替えた。

 

 

「…………は、ァ」

 

 

 視界がぶれる。

 

 興奮もあって、ズキリズキリと頭が痛すぎる。ちょっと深く視すぎて、ここで戦ったルフィさん達や海賊達の痛みまで脳が受け取ってしまった。全身が多種多様な痛みでズキズキする。

 

 でも、関係ない。

 本当に怪我をしている訳じゃないし、ナミさん達と違って出血もしていない。……もう、さぼっていないで起き上がろう。

 

「……んっ!」

 

 私は、私のできる事をしよう。

 

 傍観者は傍観者なりに、彼らの戦いを記憶する。一切合切を忘れない。

 

「……本当に、凄い人達だ!」

 

 戦いの軌跡は脳の皺に刻まれて、目を閉じればすぐにでも思い出せる。

 一瞬一瞬の彼らの戦いを、想いを、痛みを、積み重ねていくものを、私は全部覚えて生きていこう。

 

 絵物語や小説みたいに、読みとった記憶が頭の中で踊っている。

 

 稀にくすりとさせる、何してるんですか? と真顔で聞きたくなるやり取りすら彼らは真剣で、そんな暴力だけじゃない戦いが、きっとルフィさん達の味なんだと思う。

 

 視線が、坂道のとある一点に吸い込まれる。けれど、すぐに前を向く。

 

 

『敵わなくたって……守るんだ……!! あいつらは、おれが守る!!』

 

 

 ……ウソップさんめ。

 

 自身の無力をこれでもかと知って、突きつけられて、それでも諦めずに己を奮い立たせて、足腰に力が入らなくても、他者の力を借りても、最後までその腕で誓いを守り通すなんて、男じゃないですか。

 

 悔しいけれど、彼には敵いそうにない。

 

 ……これじゃあ、別れ際にだって、カヤさんに『将来的にお嫁さんになって下さい!』なんて言えない。ここまで勝敗が明確だと、当たって砕けるのも無粋というものだ。

 

 格好良いなぁ、キャプテン・ウソップ。

 

 本当に、同じ嘘付きでもキャプテン・クロとは天と地ほども違う。

 

(……まあ、自分しか幸せにしない大嘘つきと、誰も彼も幸せにする大嘘つきじゃ、同じ盤上にあがる事すらできませんけどね)

 

 ふふん、と我が事の様に嬉しくなりながら、流れていく雲に目を細める。

 

 ウソップさんの男泣きを意図せず見てしまった事故は横においておくとして……まずは、お買い物をしてナミさんたちを労わらなくてはいけない。

 

(消毒液と包帯も追加しないと。それから……お酒とお肉も!)

 

 勝者には私なりに報いてやるのだ。遠慮しようと恥ずかしがろうと嫌がろうと、甘やかしてちやほやして、気持ち良く手にした今日という日を堪能して貰う。

 

 ああ、ナミさん達の目覚めが今から楽しみで、戦いのあった坂道をもう一度だけ瞼の裏に焼き付けて、海風を全身に浴びて軽やかに地面を蹴る。

 

 うん。

 

 今日は、とても良い天気になりそうだ。

 

 

 



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17話 何やら不穏な予感がします

 

 

「おはようございます!!」

 

 

 お買い物を無事にすませて、荷物を鞄と手で抱えながら駆け足で林の中に戻ってくると、ナミさんたちはすでに起きていた。

 慌てて、朝の予定通り主にナミさんに元気よく挨拶すると、ナミさんが「ん」と少しだけ笑ってくれる。

 

「……おはよう、朝から元気ね」

「はい!」

 

 ……っ、やった! ちょっと呆れた感じだけど、ナミさん笑ってくれた! これで小さな気まずさなんて吹っ飛んだとはしゃぎたくなる。

 うきうき弾んだ気持ちで「おはよぉ……」と若干だれた感じのルフィさんと「おはよう」腕を組んで余力を見せるゾロさんの挨拶に頷き「お肉とお酒とフルーツのサンドイッチです!」とルフィさん達に差し入れをしていく。

 

「肉ぅ!!」

「……助かる!」

「あら、ありがとう」

 

 いっぱい動いてきっとお腹をすかせている筈だと、食堂に行くまでのつなぎでたくさん買って来たけど好評の様で嬉しい。

 早速肉にかぶりつくルフィさんと、お酒で喉を潤すゾロさん。野菜ジュースとサンドイッチを手に嬉しそうなナミさん。うんうん、いっぱい食べて元気になって下さい!

 

「あ……それとナミさん、一応備品の買い物をしてきたんですけど。こちら購入リストです」

「どれどれ? …………ええ、問題ないわ。後で私達の分は払っておくわね。食費も」

 

 ――――えっ?

 

 あっ、ええと。さ、流石ナミさん! お金関係はきっちりしているんですね! 踏み倒される覚悟をしていただけに拍子抜けです!

 ちょっと挙動不審になっていたのが悪かったのか、ナミさんはじと目で私の頬を抓る。

 

「……あのね? いくら私でも、ナナみたいな幸薄そうな貧乏人からお金を巻き上げたりしないわ。お金ができたら個人的に10回ぐらい奢って貰うけど♪」

「……なんだ。熱がある訳じゃ無かったのか」

「ああ、いつも通りだ」

「ぶっ飛ばすわよあんた達!!」

 

 冷や汗すらかいてゾッとしていた2人に怒るナミさん。そんなやりとりが無性に嬉しくなってにやけていると、頬を抓る手が増えた。

 

「……あと、前髪」

「ふあ?」

「……勝手に切って、悪かったわね」

「ふぅえ? ひぃえひににふぇひゃいれふ!」

 

 慌てて、気にしていないと身振り手振りする。

 前髪が少し切られたのは確かに落ち着かないけど、ナミさんに切られたのなら別に良い。……なんだか、ナミさんの好みのタイプに近づいた気がして、悪い気もしない。

 

(好きな人の望む姿だというなら、自分の不都合など投げ捨てますとも!)

 

 そんな風に自然とにやにやしているのが気持ち悪かったのか、ナミさんは頬から指を離してぷいっと顔を背けてしまう。

 

「……っ。それじゃあ、あんた達! ご飯食べに行くわよ!」

「おおー!!」

「酒も足りないしな」

「わっ、待って下さい、ナミさん! ゾロさん、空き瓶は鞄にいれて良いですよ!」

「いい、これぐらい持つ」

「腹減ったなー!」

 

 ナミさんにぎゅっと手を握られ、その速さに転びそうになりながら駆け足。サンドイッチじゃ足りないぐらいお腹がすいてるのかな? 昨日までは、私の速度に合わせてくれたのに、今は凄く大股でずんずん歩いている。

 

「ナミさん。飴があるので舐めますか? みかん味です!」

「いらない。……あと、暫くこっち見ないで」

「へ?」

 

 思わず、嫌われてしまったのかと足が止まりそうになるけど、ナミさんのむすっとした可愛い顔に不吉な予感は吹っ飛ぶ。

 

「……ナナの目、思ったより青みが深くて、宝石みたいでうっかり指をいれちゃいそうなのよ」

「へ? あの、ありがとうございます?」

「……ハァ。……冗談よ。とりあえず、そういう訳だから慣れるまで目を合わせるのは待って」

 

 よく分からないけど、ナミさんの目を見たらいけないらしい。

 

 え? 何それ寂しい。

 でも、手を繋いでくれてるし、嫌われてる訳じゃないなら……本当に私なんかの目が宝石に見えるのだろうか? ……自分の容姿を誰かと比較した事ないし、よく分からない。

 ……記憶で宝石を視た事はあるけど、あんなにピカピカかなぁ?

 

「本当にとるなよ?」

「お前ならやりかねん」

「あんたらわたしをなんだと思ってんのよ!!」

 

 ん? 考え込んでいる内に、何故かルフィさんとゾロさんに真新しいたんこぶができている。

 取り残された私を横にぎゃいぎゃい騒ぐ3人は、それでも足取りまっすぐに食堂に辿りつき、すぐに女将さんに挨拶して席に着く。

 

「おばちゃん、こっちに肉くれ!!」

「酒。あと日替わり定食」

「ナナはどうする?」

「私は……え?」

 

 ドン! っと。そこで机にたくさんの料理が置かれていく。よく見ると、隣の席やその隣の席、店中の人が素知らぬ顔をしながら、店員さんにこちらを指さして何かを注文している。

 

「はいよ! お嬢ちゃんのおかげで、昨日は儲かったからね。サービスだよ!」

「わあ、女将さんありがとうございます!」

「本当か!? やったなナナ! おれにもくれ!」

「ありがてェ、酒もあるのか!」

「……」

 

 嬉しいなぁ! 私のおかげというのが良く分からないけど、お財布が寂しいのでこれはとてもありがたい。早速、昨日の臓物の煮物からとりかかると、ナミさんは「……ぁ」数秒何かを考え込んでから私を見る。

 

「……ナナ? そういえば、1人で買い物してきたのよね?」

「はい! ここにも寄って、軽食を買ってきました! 村人さん達、すごく親切で色々と安く買えたんです!」

「……そう。……そういう事ね。……じゃあ、食べましょうか」

「はい!」

 

 手作りドレッシングのかかったサラダを食べて、酸っぱ美味しいと舌が喜んでいる。ああ、幸せだなぁ。美味しいなぁ。ご飯がいっぱいだぁ。

 特に、ルフィさんとゾロさんは血を流していたし、いっぱい食べないと心配だ。ナミさんも肩を怪我したんだし、たくさん栄養をとらなくちゃ!

 

 カチャカチャ、どんどん、カチャカチャ、どんどん。

 

 気づいたら、空っぽなお皿は減りながら食べるお皿は増えていく不思議な状況に首を傾げながら、美味しいは正義だと食べ続ける。

 そうして、ルフィさんも満足げに魚を丸呑みにし、喉に引っかかって慌てて取ったあたりで、カヤさんの気配!?

 

「ここにいらしたんですね」

「! カヤさん」

「待って、気配って何?」

 

 あ、口に出てました? 慌てて聞こえないふりをする。……そ、そりゃあ、好きな子の気配って一番最初に覚えますよ。普通に。

 

「よう、お嬢様っ」

 

 ルフィさんの元気の良い挨拶に、カヤさんは笑っている。

 

「……。ナナには後で詳しい話を聞くとして、お嬢様は寝てなくて平気なの?」

「ええ。ここ1年の私の病気は、両親を失った精神的な気落ちが原因だったので……ウソップさんにもずいぶん励まされたし……甘えてばかりいられません」

 

 ……カヤさん。強くなろうとしているんですね。

 その健気さにぐっときていると、カヤさんと目が合う。

 

「ナナさん……船の事、覚えてますよね?」

「……へ?」

「くれるのか!? 船っ!!」

「落ち着きなさい、おバカ」

 

 身を乗り出すルフィさんの頭を、ナミさんがポカンと叩く。船……そういえば、そんな話もしていたな。

 

「それじゃあ、一緒に来てください」

「え? は、はい」

 

 カヤさんから差し出される手を、おずおずととって、そのまま歩き出す。

 ナミさんは、すでにカヤさんから話を聞いていたのか、ルフィさんの襟を掴んで海岸の方へ。私はカヤさんに招かれてお屋敷の方へ。

 

「え? あれ?」

「いいの。ナナはそっちよ」

 

 なぜに!?

 

「え!? なんでだ!? 船は!?」

「海岸の方に用意してますよ」

「よし分かった!! すぐ行くぞお前らっ!! ナナも早く来いよ!!」

 

 ちょ、ルフィさん!?

 え? ええ? 私だけ行き先が違うの何でですか? か、カヤさん?

 

「ねえ、ナナさん」

「は、はい……!」

 

 カヤさんは、私の手を優しく握りしめて、にっこりと微笑む。

 

 

「お着換え、しましょう」

 

 

 …………はい!?

 

 ちょっと意味が分からないまま、私は振り返るけど、もうナミさん達の背中は遠くて、空しく立ち尽くしそうになると、カヤさんの笑顔が近づいてきて、更に密着してくる!?

 

 いえ、でもお着換えって、あの、でもこれ、旅立つ前に町の人達がわざわざ捨ててくれた大切な、あ、あ゛あああぁ。

 

 カヤさん、腕を組むのは反則です!!!!

 

 

 

 



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18話 別れは涙より笑顔が理想です

 

 

「ナナさんは、トレジャーハンターだし動きやすさが大事ね」

「じ、自称ですが」

「ナナさん、ダメ。ちゃんと脱いで」

「――――!!??」

「はい、良い子。上着がこれで、下はキュロット風だけど生地が厚くて、ポケットも多いの。上下セットで、デザインも可愛いわ」

「あ、あわわわわ!?」

 

 なにこれなにこれなにこれ!?

 

「あとは、最新式の鞄も取り寄せてみたの。隣町で手に入って良かったわ」

「あ、あああの!?」

「……大丈夫だから、落ち着いて」

「は、はははい!!」

 

 頑張って落ち着こうとするけど無理で、カヤさんに微笑まれる。

 で、でも、気がついたら、お風呂でいっぱい泡々に洗われて(すごく力が抜けて不思議だった。お風呂って力を吸いとるんだな……)優しく髪を拭かれて、ぴょんっと跳ねた髪もちょっと切られて、気づいたら全部真新しい衣類で着飾られて、分不相応すぎるとオロオロしてしまう。

 

「……あ、あの。でも私は、前の服で充分ですよ?」

「……ナナさんの服と鞄は洗濯しているの。ほつれたところも直しておくわね」

「……は、はい」

 

 カヤさんは、どこまでも優しく微笑んでくれる。

 ……でも、どうして親切にしてくれるのか分からず、指先をもじらせていると、カヤさんがぴとりと私の頬を撫でる。

 

「……ふふっ」

 

 カヤさんは、ふわふわと嬉しそう。

 なんだか、お風呂で私を洗っている間もずっと上機嫌で、にこにこしている。

 

「……ねえ、ナナさん」

「は、はい!」

「……ナナさんは、とても優しい人ね」

「はへ?」

 

 カヤさんは、私の前髪に触れる。

 

「戸惑っていても、全然嫌がってない。……何をしても、やりすぎていると反省しても、全部受け入れてくれる」

 

 前髪がよけられて、カヤさんの綺麗な顔をまっさらな状態で見てしまう。……心臓がざわめいて、ちょっと痛い。

 

「……心から喜んでくれる。空まわっても感謝してくれる。……そんなナナさんだから、たくさんあげたくなるの」

 

 カヤさんは、そう言ってにっこりと笑う。

 

 でも、私は戸惑って、落ち着かない。

 そんな当たり前の事で喜ばれても、何が琴線に触れたのか分からない。カヤさんから貰えるものはゴミでも嬉しいし、カヤさんが私の為にしてくれる事は何でも嬉しい。この時間も、カヤさんとの思い出ができて明らかに役得だし、私は貰ってばかりで何も返せない。

 

 同じぐらい、持っているものを返したくて不安になっていると、洗ったばかりの髪を撫でられる。

 

「……本当に、ナナさんはお日様みたいな人」

 

 それは、カヤさんの方だ。

 

 ぐぐっと、咄嗟に口をつきかけた言葉を飲み込み、目だけでそれは無いと訴えると、カヤさんはふふっと笑ってくれる。

 そして、そっと顔を近づけてきて(え……?)剥き出しになった額に、カヤさんの、くちびるが、ふれる。

 

 

「―――――!!??」

 

 

 瞬間、衝撃は脳を介さず四肢を動かし、カヤさんを強く抱きしめていた。

 触れる個所が全部温かくて、柔らかくて、鼻孔を喜ばせる香りに、ドッ!! と心臓が跳ねあがる。

 

 

「……私と、友達になってくれてありがとう」

 

 

 熱い。

 カヤさんの唇が触れた額が、焼ける様に熱く感じる。丁度そこは、昨日ナミさんに殴られた個所だったと思い出して、ますます熱く感じる。

 

 熱い。カヤさんを、愛したくて愛したくて愛したくて、嬉しくて、もっと感じたくて愛したくて――――でも、カヤさんとは”お友達”が最善だと、本能的に分かるから必死に押し留める。

 

「…………ッ!!」

 

 カヤさんの心には、とうに私じゃない小さな愛の芽が生まれている。

 

 育つか、枯れるかは、カヤさん次第だけど。……私には、その芽を摘み取りかねない無体を、彼女にする事はできない。欲望のまま手を出す事を、私は許さない。

 

 ……。

 私と違って、カヤさんは1人だけだと、分かるから。ゆっくりと、カヤさんから身を離して、深呼吸。

 

 カヤさんは、こんな私を前に、安心しきった顔で微笑んでいる。

 どうして、そんな顔するんですかと、情けなく泣きそうな気持ちで、カヤさんに頬をふにふにされる。

 

「そんな顔しないで、ナナさん」

 

 好きだと口をつきそうで、だからこそ、別の言葉を覆い被せる。

 

「ありがとうございます、カヤさん。……ううん、カヤ。服も鞄も、船も、全部全部、大切にします……!」

「……うん! ありがとう、ナナ」

 

 そして私たちは、お友達の握手をした。

 

 密かな失恋の痛みは……ウソップさんへ八つ当たりしようと、そう決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「来たわね。へぇ、似合ってるじゃない」

「おーい! 見ろよこの船!! 俺たちの船だってよ!!」

「正確には、ナナの船だがな」

「…………はい?」

 

 どういう事です?

 

 カヤと手を繋ぎながら海岸までの道をゆっくりといっぱいお話しながら辿りついたら、ナミさん達が歓迎してくれた。でも、私の船ってどういう意味ですか?

 

「お待ちしていましたよ、ナナ様。少々古い型ですが私がデザインしました船でカーヴェル造り三角帆使用の船尾中央舵方式キャラヴェル。”ゴーイング・メリー号”でございます。……こちらが、貴女様の船でございます」

 

 ……え?

 言っている言葉は分かるのに意味が分からない。特に後半!!

 

「と、いう訳だから。乗せて行って貰うわよ、ナナ。船長であるルフィが乗る船を、お客さんのナナが貸しているって形ね。……言葉にしたら意味が分からないわね」

「よおし!! ”偉大なる航路”に向けて出発だナナ!! 一緒に冒険しようぜー!!」

「よろしくな」

 

 …………。

 

 えー? 展開についていけず、ぎゅうぅ、とカヤの手を握る。

 

 ただ、分かるのは。

 私の友達は、私を助ける事に本気をつくしてくれていた、という事。

 

 

(どうすれば、返せる……?)

 

 

 この気持ちを、心を、貰えた物への感謝を、一緒にいても良い理由を、溢れんばかりの貸しを、プレゼントみたいに与えられて、視界が歪む。

 

「……ナナ」

 

 カヤが、少しだけ寂しそうに私を見る。

 その揺れる瞳に、次の彼女の言葉こそが”それ”なのだと気づく。

 

「……ナナの服と鞄は、私が責任をもって預かるわ……だから、いつか」

「……はいっ」

「どれだけかかってもいいから、何十年かかっても、お婆ちゃんになってもいいから、取りにきてくれる……?」

「ッ、命に代えても!!」

 

 全身全霊で誓う。

 死んで、幽霊になったとしても、私はカヤに会いにくる。

 

 これが最後の別れになんて、絶対にしない!!

 

 

「……! お嬢様と、手を繋いでるのに」

「うおおー、ビリビリきたー!!」

「……ふん。良い気合じゃねぇか」

「これは、驚きました。……お嬢様から聞いていましたが、本当に」

 

 

 ぜったいにカヤにまた会いにくる!

 

 いつになるか分からないし、お婆ちゃんになるまで待たせるのは嫌だ! 私はいつか必ず……っていうか、出航しなければいいのでは? そうだもうこの村に住もう……!!

 

 

「「「おいこら!!??」」」

 

 

 移住の覚悟を決めたら、突然引っ張られてカヤから引き離される。うあああああん、カヤさぁああん。

 

「ダメだぞ!? 冒険に行くんだからなおれ達は!!」

「ったく、世話の焼ける奴だな……」

「本っ当に、この子は!!」

 

 くすくすと、涙を浮かべながらも手を振ってくれるカヤに抱きつきたくも、何故かルフィさんに襟首掴まれてるし、ゾロさんに腕を握られてるし、ナミさんに手を握られてずるずる引きずられる。

 

「…………う゛ぅー」

 

 泣いちゃいそうで、涙目になりながらカヤを見つめる。

 

 やっぱり嫌だ。もうちょっとカヤといたい。

 それに、私はまだカヤに何も報いていない。大好きな友達に「うわああああああああ」ふあ? 何?「止めてくれーっ!!」って、なんでウソップさんが大きな鞄を背負ってゴロゴロ転がってくるんですか!?

 

「……ウソップさん!」

「ぎゃあああああああああああ」

 

 そして、何故かウソップさんの後ろにはたくさんの村人さん達がいる。

 もう理解が追いつかない。今朝から私の頭で処理しきれない事が多すぎる。村人さん達は皆が皆、カンカンに怒っている様子で昨日みたいにウソップさんを追いかけてきたらしい。

 

 

「この嘘付き坊主が、何しとんじゃー!?」

「危ない事してんじゃないよ!!」

「おーい! そこの君達、危ないぞー!!」

「お嬢様もいるぞ!? 気をつけろー!!」

「「「ぎゃー!? キャプテーン!?」」」

 

 

 ……んんんん?

 ウソップさんの子分さん達もいるし、尚更になんで昨日に引き続き追いかけられていたんですか? 今度はどんな嘘ついたんですか?

 

「何やってんだ、あいつ?」

「とりあえず止めとくか。このコースは船に直撃だ」

 

 ルフィさんとゾロさんは片手間、というか片足でドスゥン!! と良い音をたててウソップさんを止める。そして、何故か坂道を降りずこちらを怒った顔で睨んでいる村人さん達に気づく。

 

「お前、何したんだ?」

「……っ、な、何もしてねェよ!? ただ村を歩いてたら、急に追いかけられて、気づいたらこの数だよ!! 今日はまだ嘘ついてねェのに!!」

「……」

 

 ぐあーっと転がったショックで泣いているウソップさんを見て、カヤは一瞬だけ瞳を閉じて、覚悟する様に「ウソップさん」なんでもなさそうに笑う。

 

「……やっぱり、海へ出るんですね」

「! ああ、決心が揺れねェうちに、とっとと行くことにする。止めるなよ」

「止めません。……そんな気がしてたから」

「なんか、それもさみしいな」

 

 ニッと笑って、ウソップさんは鞄を背負い直す。

 

「今度、この村に来る時はよ。ウソよりずっとウソみてェな冒険譚を聞かせてやるよ!!」

「うん。楽しみにしてます」

 

 ……むむむ。

 カヤとの別れにあっさりしすぎだぞ、この色男めッ。

 

「お前らも元気でな。また、どっかで会おう」

「なんで?」

 

 ぐぎぎぎ……! さっきから肝心なところでにっぶいウソップさんに、ルフィさんが意味わからん、って声を出す。ナミさんが抑えてくれなかったら、その鼻を引っ張っていたところだ。

 

「あ? なんでってお前。愛想のねェ野郎だな……これから同じ海賊やるってんだから、そのうち海で会ったり……」

「何言ってんだよ、早く乗れよ」

「え?」

 

 本当に分かっていないウソップさんに、カヤも笑ってるぞ。

 

 

「おれ達もう仲間だろ」

 

 

 まっすぐな声。

 ルフィさんらしい、シンプルで飾りの無い台詞が、ウソップさんに誤解なんてさせない。

 

 ウソップさんは「……え」目を見開いて、それから、凄く嬉しそうに顔をぐしゃってする。

 

 

「キャ……!! キャプテンはおれだろうな!!」

「ばかいえ!! おれが船長だ!!」

 

 

 そうして、ウソップさんがメリー号に乗り込んだところで、村人さん達が怒り顔でぞろぞろと坂道を降りてくる。そして、カヤと執事さんの隣にまで来る。

 

「な、なんだよ? も、もしかして、別れの挨拶とかか? ……ふっ。男の旅立ちに涙なんかいらないぜ」

 

 ウソップさんの面白い台詞に、村人さん達は一斉に石を投げだす。

 

「こんの、村の恥が!! 外で悪さして人様に迷惑かけるんじゃねーぞ!!」

「二度と帰ってくるな、迷惑坊主ーッ!!」

「すぐ逃げ帰ってくるだろうけど、村の評判を下げるんじゃないよ!!」

「「「キャプテンー!!!!」」」

 

 みたいな事を、ごうごうと叫ばれている。すごいなぁこれ。

 

「なんでだよ!!??」

 

 ずがーん! ってウソップさんはびっくりしているけど、ルフィさんもゾロさんもナミさんも、カヤや執事さんも、ウソップさん以外、気づいている。

 

 なるほどなぁ。

 

(……流石、ウソップさんが住んでいた村だなぁ)

 

 男の旅立ちを、涙では無く優しい嘘で激励する。

 

「…………ぇ」

 

 やっぱり、ウソップさんが村を守った事は、知られているのだろう。

 

 カヤを攫った事がばっちり目撃されていたのもあって、夜も見回りしていたみたいだし。

 私が買い物に行った時も、広場にけっこう集まっていた。海賊たちの雄たけびを数人が聞いて集まっていたみたい。

 

(まあ、ウソップさんの命がけの嘘をばらす訳にはいかないから、知らぬ存ぜぬで通しましたけど)

 

 でも、きっと数人の村人さん達は気づいた。

 この村が、嘘つき少年に守られたことを、ちゃんと知ってくれた。

 

 だから、大きな鞄を背負ったウソップさんを見て、旅立ちを悟り、皆で見送りに来た。坂道の上には、お爺さんやお婆さんたちもいて。この村の人達がほぼ全員揃っている。

 

 彼らは、彼らなりのやり方で、ウソップさんの旅立ちを祝福している。

 

 

「…………ぁ」

 

 

 ウソップさんの背中が震えている。

 

 きっと、ウソップさんも愛すべき村人さん達のウソに気づいた。

 怒りであげていた拳がほぐれて、村人さん達の優しい罵倒はずっと止まらず、震える手の平が、気づけば思いきり振られている。

 

 

「うわああああああん!! 行ってきまぁああああす!! すぐ、帰ってくるからああああ!! だから、みんな元気でなあああああ!!」

 

 

 …………っ。

 

 私も、ぜったいに、ウソップさんをひきずって、カヤにまた会いにくる……!!

 

 

 私は、ウソップさんの横でぶんぶんと手をふり、船が遠くに離れても、人の顔が見えなくなっても、島が豆粒になってもずっとずっとウソップさんと2人で溶ける様に泣いていた。

 

 別れに涙は、私達には必要な儀式だった。

 

 

 

 




書きだめ分が終わったので、のんびり投下に切り替えます。


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主人公周りの登場人物紹介①

 

 ???(仮名・ナナ)

 

 

 サトサトの実の能力者。悪魔の実を食べた自覚は無いので、自分の能力に無自覚なサトラレ人間。

 

 生まれた時から喜怒哀楽の出力が壊れている。

 そして恋愛対象は同性。悪魔の実の能力により感情が外に発信される様になる。

 結果として彼女が触れた小動物の脳は、与えられる情報量の多さに耐え切れず大部分が損壊。生命活動を維持できず幸せのまま絶命する。

 自分が愛したいと思ったから死んだのだ。呆然としながらも少女は正解を掴み取り、それ以来自分の感情を抑える努力をしている。

 それ以降、ひたすらに自身の心を抑えているが漏れ出ている感情は大きく、もしも彼女が本能のまま能力を解放したら災害レベルの悲劇が起きるだろう。

 

 ちなみに”物の記憶を視る”という能力はサトサトの実には無い。

 これは主人公の地の能力であり、悪魔の実で発芽したもの。

 

 サトサトの実は、全方向に心を開く事も閉じる事もできるという超人(パラミシア)系。訓練すれば狙った相手の心に一方的に話しかける事も、感情を押し付けて混乱させる事もできる。しかし人の心を読む事は(未覚醒では)できない。

 本作で、触れた相手にのみ感情と声が伝わるのは、触れている事で主人公が相手を意識しているから。興奮が一定を越えるとその限りでは無い。

 

 頭の中に、一方通行に送信するアンテナがあるイメージ。

 

 

 

 

 

 

 ナミ(ヒロイン1)

 

 

 泥棒猫な訳あり少女。

 

 主人公の多大なる被害者。

 度を越えた好意、与えられる愛情、何をしても受け入れられ許される事に苛立っている。

 自分がどういう人間かぶちまけたくて、それでも嫌われないと自信をもてる事にゾッとしている。

 しかし、それ以上に与えられる温もりが手放せなくなっている。

 自分を肯定しかしない声。愛していると絶えず注がれる熱をもった感情が、全身を包み込み心を守ってくれる。どんな罵詈雑言も、主人公の横でなら傷つかないだろう。

 

 それは麻薬の様に、ぐずぐずと傷ついた少女の心を癒していく。

 人は苦痛に耐えられても、幸福に耐えられる様にはできていない。

 

 おぞましい程に性質が悪いと分かっている。それでも、自分を見つめる瞳が、深すぎる青色が、あまりに愛情深く火傷しかねない無邪気さが、嫌じゃないから困っている。

 

 ちなみに、主人公に関しては初期にどん引いたけれど、現在はかなりほだされているので、襲ってきたら受け入れても良いぐらいには思っている。

 

 

 

 

 

 

 モンキー・D・ルフィ(ゴムゴムの実)

 

 海賊王を目指す少年。

 

 偶然出会った犬の為に、その宝物を守る為に生身でライオンの前に立つ主人公を気に入った。めちゃくちゃ弱いのに度胸があるのも、守りたい物を一緒に守ってくれたのも、間に合った事も嬉しかった。

 心の声や感情が伝わってくるのも、面白いなーですませている。女じゃ無くて良かった! とも。

 主人公の前向きな思考、独特の感性からのとんちんかんな声、物の記憶が頭の中で展開する感じ、たまにゾクリと本能を警戒させるナニカ、その全てを楽しんで受け入れている。

 

 早く仲間になればいいのになーと思っている。

 

 

 

 

 

 

 ロロノア・ゾロ(方向音痴)

 

 世界最強を目指す剣士。

 

 何気に、主人公の心の強さに舌を巻いている。

 主人公を前にしているナミさんを見て、上手く手綱をつけてくれそうだと期待もしている。

 ただ、主人公の危うさは本能的に理解している。

 いざという時は、誰が何と言おうと切ろうと決めている。……しかし、そんな事にはならないだろうと信頼もしている。

 

 主人公の自動マッピングという空間認識能力については、なかなかやるなと認めている。

 

 

 

 

 

 

 ウソップ(ウソつき)

 

 偉大なる海の男を目指している。

 

 主人公の事は変態だけど良い奴だと認めている。

 だだもれな思考は、ウソもつけないしプライバシーも無いと同情気味だが、心地良いのも事実なので周りを習って指摘するつもりはない。

 逆に、いつも前向きで聞いているだけで元気になるが、これが暗く沈んだ時はどうなるんだ? と、ここぞとばかりに想像力を発揮して考えない事にした。

 

 非戦闘員だし、おれが守ってやらないとな! 兄貴分のつもり。

 

 

 

 

 

 

 カヤ(お友達)

 

 主人公に失恋の痛みを与えた少女。

 

 しかし、主人公の脳内ウソップさんプレゼンにより、ウソップさんへの元々高かった好感度が上がりすぎたのが決定打なので、自業自得ともいえる。

 主人公の事を可愛いと思っているし、お友達として仲良くしたい、彼女が望むなら……と戸惑いながら小さな覚悟もしていた。

 あの時、予想より遥かに主人公が優しく臆病だったのが幸いして、手放して貰えた。

 自分に無害すぎる主人公の思考に、迷いは晴れ、揺れていた気持ちは固まった。

 

 ウソップさんと主人公が帰って来る時を待ち望みながら、医者になる事を決意。

 

 お友達と想い人を笑顔で(後にいっぱい泣いた)送り出した。

 

 

 

 

 



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19話 楽しい2人組と出会いました

 

 

「できたぞ!! 海賊旗!!」

 

 

 カヤへ、海の上から見る青空は一段と綺麗です。

 船酔いに苦しみながら、新しいお家であるメリー号を掃除していると、はっはっはっとルフィさんの楽しそうな声が響いてきます。

 

「ちゃんと考えてあったんだおれたちのマーク!」

「お、おれたちの……」

 

 賑やかだなぁと思いながら、自称トレジャーハンターで海賊になれない私は彼らの輪に混ざる訳にもいかず、せっせとお掃除を続ける。絞った雑巾で手すりを拭いていると”ふわふわ”って感じるのだ。……そっかぁ、気持ちいいのかぁ、良かったねぇメリー。

 

(んふふっ! カヤから貰ったメリー号、命に代えても大事にするぞ!)

 

 本当は全部屋ピカピカにしたいのだけど『男部屋は立ち入り禁止な!』とウソップさんに言われてしまい断念。ナミさんも『女部屋は男子禁制よ』と言っていたから、そういうものなんだろう。……男部屋のお掃除、お願いしますねウソップさん! ルフィさんとゾロさんは力加減がまだ苦手なので、頼れるのは貴方だけです!

 

(……でも、そっかぁ。……それだと、私は今夜からナミさんと同じ部屋で寝るのかぁ)

 

 想像する。あのナミさんと密室で2人きり……よし無理! 私は見張り台で寝よう! 見張り台が私の部屋だ!

 

 まさかのナミさんも、何を隠そうこの私が貴女を狙う凶悪な狼だとは思うまい。

 しかし、ここで欲望のままナミさんに襲いかかっては積み重なっている気がする信頼は地に堕ちる。……って、ルフィさんってば甲板にペンキ零してる。

 

(楽しそうに海賊旗描いてましたもんね。……うーん。微笑ましくて注意なんてできませんし、私が綺麗にすればいっか!)

 

「ごめんなさい!」

「次、気をつけなさい」

「……何でお前が偉そうなんだよ」

「よし、描けた!!」

「「マーク変わってんじゃねェか」」

 

 ゴゴン! と、音に振り返るとウソップさんが殴られている。

 

 あ、海賊旗上手に描けてるなぁ。ルフィさんのは可愛いけど、ウソップさんのはシュッとしてる。やっぱり器用だよなぁ。羨ましい。

 

(さて、メリーのペイントに関してはお任せですし、次は中の掃除をするぞ!)

 

 いっぱいピカピカにしてあげるね、メリー。

 

 鼻歌交じりに掃除を続けていると、指先に少しだけふわりとした温かいものを感じて、ふふふふっと笑ってしまう。分かっているよと、壁を撫でる。

 

(カヤがくれた私の船。そして、初めてできた私の家)

 

 そうだね。仲良くしようね、メリー。

 そして、ルフィさん達を色々なところに運んであげてね。私は、お宝を見つけられたらそれで良いし、元々目的地も無かったので、行き先は船長であるルフィさんにお任せだ。

 

(……船の持ち主は私なのに、船長はルフィさんって複雑だけど面白いなぁ)

 

 頬が緩む。カヤがくれた、私が彼らと一緒にいられる理由。

 ねえ、メリー。君のおかげで私……なんだか彼らの仲間みたいだよ。ありがとう。

 

 さあて、メリーの事も良く分かったし、明日からの掃除のルーチンを計画し”ドウン!!”なにごと!? えっ、大砲の練習? ……そっか、ありがとうメリー。

 

 え? ウソップさんも撃つの? ……そっか、狙いぴったりだったんだね。

 

 でも、大砲ってうるさいんだね。あ、そういえば撃った後はやっぱりお掃除が必要だよね!? 慌てて、バケツの中に雑巾をいれて立ち上がる。

 パタパタと煤もありそうだと道具を足して外に出ると、船室に戻る途中らしいルフィさんと目が合う。

 

「どうしたんだナナ?」

「あ、ルフィさん。使用後の大砲を掃除しようと思って!」

「「あ」」

「……ナナは休んでなさい。使った人が後片付けすべきなんだから。……分かってるわね?」

「「はい」」

 

 微塵も考えていなかった。という顔で、すぐに反省してお掃除しようとしてくれるのは嬉しいけど……ごめんなさい、ウソップさんはともかくルフィさんに繊細な作業は……お掃除中に大きな魚影が見えたり島を見つけて大興奮した挙句力加減を誤って砲身が歪んだり詰まったりするのが想像できてしまう。二次被害で大砲を主に使うであろうウソップさんが怪我をしたら怖い。どうやって優しく断ろう? ルフィさんは悪くない。人には得手不得手があるだけだ。……あ、そうだ。

 

「ルフィさんは船長ですし。お掃除は私みたいなお客さんで家主にお任せ下さい!」

「……言われてるわよ、船長」

「んー! 頼んだ! おれも汚さない様にする!」

「わあ、ありがとうございます!」

 

 さすがは船長。船を大事にする発言に嬉しくなる! でもなんか喉に小骨がひっかかった様な顔してますね? 元々心配はしていなかったけれど、ルフィさんは口に出した以上ちゃんとする人だ。良かったねメリー。君が運ぶ人たちは優しいよ。

 

「……マジで大切にしなさいよ?」

「「「はい」」」

 

 念押ししてくれるナミさんと頷く男性陣に、ありがとうございますと頭を下げて、いそいそとお外にでる。あ、ちょっぴり火薬の匂いがする。

 うーん。少し気持ち悪い。……お掃除に集中して我慢しているとはいえ、やっぱり揺れる船の上は全身が重くなる。

 

(でも、これからメリーと一緒に暮らすんだから、頑張って慣れるぞ!)

 

 気合をいれなおし、振り返って帆を見上げれば大きな海賊マーク。……おお! 感動しながら楽しい気分で大砲に触れる。……ええと、お掃除方法。ちょっと手袋を外して失礼。……んー。なるほど、こうするのか。……過去のお掃除風景を視る+船酔いでかなり気持ち悪くなってきたけど、それじゃあ早速。というところで――――メリーの声なき呼びかけ。

 

(え? 誰か来たの?)

 

 お客さん? 海の上なのに? 驚きつつ、立ち上がって教えられた位置で身を乗り出し、よいしょっと船の下を見る。

 

「あ?」

「へ? い、いらっしゃいませ。……!? どうしたんですか、泣いているんですか!?」

 

 そこには、サングラスの、頬に”海”の刺青? をした男性が、怖い形相でこちらを睨みあげていた。今からメリーに乗り込むところだったらしい。

 

(男の人が泣くなんて……きっと彼にはすごく悲しい事があったんだ……!)

 

 こういう時にずかずかと事情を聞いてはいけない。もてなして、彼から話してくれるのを待とう。それに、お家にお客さんを招待するのって、初めてだし。

 

 あ、いけない。不謹慎にちょっと嬉しくなるのはいけない。

 反省して、笑顔を心がけて縄梯子をおろす。

 

「あの。コーヒーをお出しできます! お酒もあります! メリー、じゃなくて、この船には立派なキッチンもあって、お菓子も作りたいなって思っていて、だから、あの……ご招待します!」

「………………よし。分かった!」

 

 へ? 彼は返事をする前にメリー号にあがってきて、そしてガシっと私の肩を掴んで背に隠す様にするとスウッ、と大きく息を吸う。

 

 

「出て来い海賊どもォー!! てめェら全員ブッ殺してやる!! こんないたいけな子供まで人質にしやがってェ!!」

 

 

 んんー?

 耳キーンにくらくらしながらも、ちょっとお兄さんの言っている意味が分からない!? 慌ててルフィさんが飛び出してくる。

 

「おい!! 誰だお前!!」

「誰だも、クソも、あるかァ!!」

 

 け、けけけ剣抜いちゃった!? なんで!? る、ルフィさん何をしたんですか!? あああああ待って喧嘩待って、説明が必要ですまずは話し合いをして下さいぃ!!

 

 背中にしがみついてんーんー唸っていると「くっ、卑怯だぞ手前ェら!!」「なにがだよ!?」「ちょっとルフィ!! ナナは無事なんでしょうね!?」みたいに人が増えてくる。

 

「ん? お前……! ジョニーじゃねェか……!!」

「え……ゾ、ゾロのアニキ!!??」

 

 ふああ!?

 びっくりしている内に、ナミさんに引き寄せられて庇われている。「平気?」「は、はい」短い言葉の応酬がなんか嬉しい……じゃないゾロさんのお知り合いだったんですか!?

 

「どうした! ヨサクは一緒じゃねェのか」

 

 彼、ジョニーさんは、剣を握りしめて怒りに震えながら「それが……!! ヨサクの奴……!!」と語りだす。

 

 そして、その語りに私は……ふっと意識を失った。

 

 

 

 

 

「―――は!? ……あ、あれ、なんで……?」

 

 目が覚めたら、ナミさんに膝枕されていた。

 

「お前、海賊に向いてねェにも程があるだろ」

「……知ってたけどね。ナナは客観視には耐えられても、当事者になるのはおすすめしないわ」

 

 はい? え、ここが天国? じゃない!

 さっきまで泣いたり怒ったりしていたジョニーさんがめちゃくちゃ笑ってるし、見知らぬ人もいる。……えーと。

 楽しく会話しているのに水を差すのもアレだし。そっと手袋を外して、メリーに触れる。

 

 

『病気!?』

『この船から砲弾が……!!』

『バッカじゃないの!?』

『ライム……?』

『壊血病よ。手遅れでなきゃほんの数日で治るわ』

『そんなに早く治るかっ!!』

『申し遅れました。おれの名はジョニー!!』

『あっしはヨサク!!』

 

 

 ふむ。……そんな事が。

 

 海の病気って、怖いなぁ。あと、私って痛そうな話を聞くのダメなんだな。……知らなかった。

 

 手袋を付け直していると、ジョニーさんとヨサクさんにギョッとした顔で見られていて、ギョッとしかえしてしまう。

 

「マジ話だったんすね!! これからよろしくお願いします、ナナのお嬢さん!!」

「お嬢さん!?」

「……びっくりしてるところ悪いけど、次の船の行き先が決まったわ」

「え?」

 

 目を丸くすると、ナミさんが経緯を説明してくれる。

 

 長い航海を生き抜く為、次の行き先は海上レストラン『バラティエ』

 海のコックさんを引き抜こうと、航路を少々北に曲げたとの事。

 

 

(レストラン……! 行った事ないなぁ。あ、でもお金……)

 

 

 いくら残ってたかな?

 慌てて、背負ったままの鞄を降ろして、中から財布を取り出して(財布も新しいのになってる!?)ちょっとびっくりしながら、大きめというかパンパンな財布を開くとみっちりとベリーが詰まっている。

 

 ヒュッ。

 

 突然の大金に、私はまた意識を手放した。

 

 

 

 




???「ちなみに、気絶癖は"私"が私を守るために必要な措置ですのであしからず」




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20話 脳内で壮絶な戦いがあったんです

 

 

(……なるほど。卵焼きってお砂糖をいれすぎると焦げやすいのかぁ)

 

 すごく難しい。

 コックさんが仲間になる前にキッチンでお料理をしたくなった私は、お弁当というものに挑戦している。一時的にでもお財布の事を忘れる為の現実逃避でもある。……カヤ! なんてことを!

 

(……ううん。今はお料理に集中!)

 

 椅子に座り、本を読んでいるナミさんに時々質問しながら、色々作ってみる。

 おにぎりも握ってみたけど、形は歪でしょっぱすぎるかもしれない。骨付き肉をぎゅっと押し込んでインパクトはあるけど、野菜が少ないかな? やっぱり彩も大事なのかもしれない。

 

(……味見はしているけど、しすぎて分からなくなってきた)

 

 まずくは無い、と思うけど。美味しいって訳でもない。

 調味料一つとってみてもお料理は奥が深くて、栄養面を考えるなら好物に偏りすぎてもいけない。やはり専門家は必要だと、ナミさんたちのお話に深く同意する。

 

(フルーツは多めにいれて、うん!)

 

 こんなものだろう。

 

 流石に、初めての試作品を人様に食べさせるのはハードルが高い。

 ちょっとだけ、ナミさんに食べて欲しいってむずむずするけど、こういう手作りは好き嫌いやアレルギーを聞いてからじゃないと命にかかわる事もあるしね。……これは夜食にしようと決めて、お弁当は布に包んで大事に鞄にいれる。

 

 

「着きやしたっ!! 海上レストラン!! ゾロの兄貴!! ルフィの兄貴!! ウソップの兄貴!! ナミの兄貴!! ナナのお嬢さん!!」

 

 

 わわっ、大きな声。

 びっくりしながらも海上レストランに着いたと聞いてワクワクする。でも、まずは洗い物をすませないと!

 

「何で私がアニキなのよ……」

 

 ナミさんが不服そうにガタンと立ち上がる。……多分、姐さんって呼んだのをやめてって言ったからだと思います。

 それより、なんで私がお嬢さんなんでしょうか? 声の響きから子供扱いな気がする。……まあ身長が子供な自覚はありますけど。

 

「ナナ、先に行ってるわね」

「はい!」

 

 ナミさんの背中を見送って、ハッとしながらせっせっとフライパンを洗い出す。

 ピカピカにして、ふと目の前の惨状が余計に目につくと(んー……)胸がもやもやしてしまう。お料理でできてしまった残骸。やっぱりこれはダメだな。多めに残ってしまったのが悔しい。……まだ使ったばかりだし、野菜や果物の皮、硬い部分もスープにすれば食べられるかな?

 

(……うん。やっぱり捨てるのも勿体ないし、他のも全部煮込んでしまおう)

 

 多分味が薄くてごちゃまぜで美味しくないだろうけど、お塩でなんとかなる! 食材を捨てるのは過去に餓死しかけた経験から抵抗がある。毒がないなら全部お腹におさめたい。

 

 よし! せっせと、再度洗ったばかりの調理器具を使用して、野菜の皮を更に細かく切ったり、硬い部位を食べやすく刻んだりと調理する。そして使い終わった器具を更に洗い直すとかして、気づけば無駄に時間が経過していた。

 

 ……やはり、心からコックさんは必要だと胸に刻みながら遅れてナミさんを追いかける。

 

 

(海上レストランかぁ! どんな感じなのかなぁ!)

 

 

 胸を躍らせてガチャリ、と扉を開けると。「か……か……紙一重か……」ジョニーさんとヨサクさんが瀕死だった。――――なんで!?

 

「お前ら、やっぱすげェ弱いんじゃねェのか?」

「い……いや、なかなかやるぜ、あいつ」

「さすがのおれ達も、紙一重だ」

「何やってんだよお前ら……」

 

 ルフィさんとゾロさんは平然としているけど、とりあえず手当てしなくてはと慌てたところでぴくっと耳が反応する。

 

 

「んもう、フルボディ。弱い者いじめはそのくらいにして早く行きましょ」

 

 

 艶めかしい美女の声!?

 

 って、んん? 海軍の船? …………あっ!! そうですよ、メリーのペイントだと、海賊船ってばればれじゃないですか!?

 

「今更すぎるだろ」

「ハァ。……ナナ、ちょっとこっちに来なさい」

 

 ナミさんに呼ばれて、あわあわしながら手を繋がれる。

 だから海軍と敵対に!? ジョニーさんとヨサクさんが紙一重に!?

 

 

「何だ、今のは? ……まあいい。運が良かったな海賊ども。おれは今日定休でね。ただ食事を楽しみに来ただけなんだ。おれの任務中には気をつけてな。次に遭ったら命はないぞ」

 

 

 ひえ……こわい。

 私は正確には海賊じゃないけど、海賊にしか見えないなら一蓮托生なのかな? それは良いけど、いざお宝を見つけても海賊の仲間だと思われて財宝没収は困る……うぅ。ちゃんと考えておかないと。

 

「! ジョニーこれなに」

 

 っと。しゃがみこんだナミさんに巻き込まれる様に、ぺたりと座る。

 

「ああ……そいつあ、賞金首のリストですよ。ナミの姉貴」

 

 あ、ちゃんと姉貴って呼ぶんですね。……へえ、そんなリスト初めて見る。怖そうな顔がいっぱい。

 

「ボロい商売でしょ? そいつらブッ殺しゃその額の金が手に入るんす。それがどうかしました?」

 

 ナミさん? 繋いだ手から彼女の動揺が伝わってきて、じっとナミさんを見つめる。

 

「おいやべェぞ!! あの野郎、大砲でこっち狙ってやがる!!」

「えっ」

「何ィ!?」

 

 ……って、大砲!? メリーの危機!? いや、ナミさん!? いやここはナミさんだ!! 大砲ぐらいならルフィさん達が何とかしてくれる!!

 

 ドゥン……!! と飛んでくる大砲に、ウソップさんが「撃ちやがったァ~!!」と騒いでいるが、ルフィさんが「ン任せろっ!!」と動いている。

 あ、そういえば私は初見だなぁ。ルフィさんのあれ。……うん。本当に不思議な体質だ。

 

「ゴムゴムのっ……風船っ!!!!」

 

 ドスッ!! と膨らむルフィさんの腹部に大砲が突き刺さり「返すぞ砲弾っ!!」びよーん!! と砲弾が…………あっ。

 

 

「どこに返してんだバカッ!!」

 

 

 ドゴーン!! と、砲弾が……海上レストランに。

 ……ええと。……わあ、レストランを見るのも初見です。大きなお魚のお船、可愛いなぁ。

 

「!!」

「はぁ……」

 

 はい……。現実逃避はやめましょう。やっちゃいましたね。ルフィさん。

 

 ここにきて選択肢っ。んぐぐ。

 ナミさん。ジョニーさんとヨサクさん。壊れたお船……!!

 

 っ。いつでもお話を聞けるナミさん。怪我をしているお2人の治療。はやめにフォローしないとダメそうな下手したら怪我人がいるかもしれない海上レストラン。優先順位は――――そりゃあ。

 

 

「ナミさん!!」

 

 

 貴女です!

 

「え……」

「お、お話、しませんか……!?」

 

 目を見開いているナミさんを、まっすぐに見つめる。

 

 好きな人を優先するのは当然です。

 それに、レストランに関してはルフィさんが責任をもって謝りにいくべきです! 問題が起きたら私も一緒に謝りに行きます! そして怪我をしているお2人は、まずなんで賞金稼ぎのお2人が海軍に喧嘩を売っているのかそこがよく分かりません! そしてすでに回復中なのは見て分かるのでもう暫くお待ちください!

 

 そうだ。ここで一番気にかけて優先して労わるべきは、大切にしなくちゃいけないのは……ナミさんだ。

 

「……!」

 

 驚いた顔をしているナミさんは、ぐっと唇を噛んで何かを抑え込んで、唐突に私の手を引く。

 

「……こっちに来て」

「はい!」

 

 どこまでだってついていきます! 一瞬だって見逃さない。

 だって、明らかに様子がおかしいから。

 

(……動揺している。何かに、怯えてる?)

 

 手配書? アレを見てからナミさんは多大なストレスに潰れそうになっている。……何かが、あるのなら絶対に力になりたい。

 

「…………っ」

 

 そのまま、ナミさんに連れてこられたのは女性部屋で。……? ここで、何か話があるのかと思っていたが、どうにも空気が。振り返ったナミさんが、不意に私の肩を押す。

 

 ドサリ。

 

「ふあ?」

 

 背中に弾力のあるベッドの感触と、洗い立てのシーツの香りがする。

 え? そのまま、ナミさんに伸し掛かられて、ちょ、魅惑の太ももが間近で見えてますよ!? ……えっ、ええっ? な、ナミさん?

 

 

「……で? 何よ、話って」

 

 

 この体勢で!?

 けろっとした顔で無体すぎません!? あ、あああの、ナミさんが私に乗りあがって、んぐっ。鼻血でそう。いや、ダメだ理性で喰い止めてちゃんとお話ししろ!

 

「んっ。な、なにか、あったんですか……っ?」

「なにもないわよ」

 

 不自然なぐらい、ナミさんはにこりと笑う

 

「……! ほんとう、ですか?」

「ええ。心配してくれてありがとう」

 

 ん!? そ、そこで顔を近づけられると。うわ、うわっ、うわわっ。だめだ、集中しろ私!!

 ナミさんが何をしたいのか分からないけど、今は流されたらダメだ!

 

 震える両腕を持ち上げて、抱きしめたい衝動を百以上殺してから、ぽんぽんっと、背中をあやす様にたたく。

 

「……!」

「な……なら、良かったです! でも、少しお疲れの様なので、レストランでいっぱい食べて下さいね! 私がおごります!」

 

 お財布の中身を思い出して(あれはカヤへの借金として受け取る事にする)無理をしているナミさんの背中をよしよしする。

 

(……貴女が隠したいなら、ウソをつくというなら、私はいくらだってだまされますし、許します)

 

 その上で、貴女から目を離さない。

 

 少しでも、肩の荷を軽くするチャンスを掴みます。それに関する誤魔化しにだけは、だまされません。好きな人には、ちゃんと笑って欲しいから!

 

 

「そういう、とこが……!」

 

 

 え。

 

 ぎゅう、と。

 覆いかぶさる様に抱きしめられる。サラッと、ナミさんの良い匂いと触れる髪の感触がくすぐったい。…………えっ、そして、ナミさんの、くち、びるが。

 

 ほっぺ、に。

 

 

 ――――ナミさん!! あとちょっと理性が無かったら襲ってましたからね!!??

 

 

 

 



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21話 コックさんに出会いました

 

 

「心配してくれて、ありがと」

 

 

 一瞬だけ見えた、ほんの少しの泣きそうな顔。

 すぐに魅力的なウインクで誤魔化され「でも、大丈夫よ。気にしないで」と、ナミさんは私の上からどいてしまう。

 

(……! 追いかけなくちゃ)

 

 慌てて身を起こすと、ナミさんは悪戯っぽく笑い「あら。ご褒美のおかわり?」と、今度は左のほっぺにチュッと―――

 

 意識飛ぶよねこんなの!? 数秒で我に返っただけ偉いよね!?

 

 気づけばパタンと音をたてて戸は閉められ、1人ベッドにとり残されている私。

 頬に残される温もりと感触を反芻し、どれぐらいの時間固まっていたのか自分でも分からない。ほっぺに手をあて微動だにできずにいた私は、泣きそうな気持ちで心に鞭打って動き出す。

 

(……ナミさん、ずるいっ!!)

 

 ときめきとつれなさと愛おしさに心臓止められそうっ。

 

 くふぅ……変な声が出る。ふらふらしながら、鼻から愛が溢れそうなのを必死に我慢して、正気に戻れと理性を繋ぎ合わせる。

 私のバカ! 様子がおかしいナミさんからいきなり目を離してるじゃないか! 目を離さないって決めた矢先に逃げられてどうする! ふらつきながら甲板への戸を開けて、ナミさんを探そうとした途端背後からむにゅ、っと。

 

「遅かったわね。このバカどもの治療は私がするから、ルフィの様子でも見てきて」

「―――――!?」

 

 後ろから、ぎゅう! ってされた。

 

 ちょお、背中がふにって、ふにってぇ!?

 あ、ダメです。そんな抱え方されたら足が浮いちゃいます! つまり余計にお胸の感触がむにぃ!! って背中を幸せにしちゃうんですっ!!

 

「聞いてる? ナナ」

「わ、わわ分かりましたぁ!?」

 

 これわざとだ! 絶対にナミさんこれ故意にやってますよね!?

 

 ヨサクさんとジョニーさんの生温かい視線と空気が教えてくれてますもん! ナミさんの傍にひっついていようと思ったのに、こんな方法で指示を出されたら断れる訳がないッ!!

 

「良い子ね」

「…………ぅうっ」

 

 トン、と降ろされて、これ絶対に弄ばれてるって泣きそう。

 背中の感触を反芻する自分を止められないし思考ができないっ。考える事がこんなに難しくなるなんて……ナミさんの指示の裏を読みたくても、背中のむにむにを刻む事に脳の大部分を使ってしまう。

 

「くっ。ナナのお嬢さん。なんて羨ましいんだ……っ!!」

「ああ……おれ達も、紙一重でさえなければ……っ!!」

「無いから。ほら、とっとと消毒するわよ」

「「ぎゃあああー!!??」」

「大げさすぎんでしょあんた達!!」

 

 ああ、容赦なく消毒液をぶっかけるナミさんも絵画の様だ。

 

 でも、今はナミさんの横顔に見惚れるのも難しい。ナミさんが「え?」とこちらを見る前にバッと顔ごと逸らしてしまう。……ちょっと、今はそのお顔を見られない。見たいのに見るとやばい。

 うっかり顔を見たら、さっきのとかさっきのを思い出して身動きが取れなくなる。愛の告白がぽろっと発射されたらナミさんを困らせる! おちつけ、おちつけ。

 

(……でも、急にナミさんが近すぎて、心臓がもたない……! 今もドキドキしすぎて、何も考えられないっ)

 

 これは重傷だ。両頬をおさえてぽわぽわっとした気持ちから抜け出せないまま、レストランに向かう。

 緩みそうな頬をおさえて、何とか頭を切り替えようと努力する。ルフィさんがあの後どうなったのか確認してからナミさん可愛い。じゃない、弁償ですめば良いな。いやあの太ももにはお金を払うべきでは? くっ、ルフィさんの様子がでもナミさんお嫁さんになって欲し―――ドゴォ!!

 

(って、なんで暴力の音するのぉ!? ここレストランですよねぇ!?)

 

 一瞬にして色々目が覚めた。現実がビビリに酷すぎる!!

 

 慌てて中を覗き込むと、広い店内にはテーブルと椅子が並び、お客さんも多数で、机の上には色とりどりの美味しそうな料理が並んでいる。そして現在何より目をひく床には、弱りきった男性が転がっていて……な、何があったんだろう?

 

 

「さーどうぞ『お客様』ども!! 食事をお続け下さーい!!」

 

 

 恐らくコックさんと、歓声に沸く店内で、ぐるるるる……とお腹を鳴らす音がして「!」それが、倒れている男性から発している事に気づいたら、もう彼から目を離せなかった。

 その顔色、やつれ方、肌の干からび具合に、分かってしまった。

 気づけば、男性は先程のコックさんに雑に引きずられて、外に放り出されようとしている。

 

「…………」

 

 事情は、さっぱりだけど。これは信条的に見過ごせない。

 

 ナミさんごめんなさい。ルフィさんの様子を聞く前に……過去の経験から放置できない問題を解決して来ます。ちょっとだけ予定を変更。

 

 踵を返して、全速力でメリー号に走って戻ると「ナナ?」ナミさん達に軽く挨拶してキッチンに飛び込み、お皿を鞄にいれて、良い感じに煮込まれているスープのお鍋を持って駆けだす。

 

「?」

 

 ナミさんが始終不思議そうにしていたけど、今は説明する時間が惜しいので申し訳ないけど事後説明させて下さい! とにかく急いで男性を探して、倒れ伏した男性が視界に入るやいなや傍に行くと「「あ」」料理を持った見知らぬ男性と鉢合わせする。

 

 

「……」

「……」

 

 

 えーと。……お互い、倒れた彼を挟んでびっくりと目を丸くしている。

 金髪で、左眼を伸ばした髪で隠している。フォーマルな黒スーツと甘めな印象も相まって女性にとてももてそうだ。

 

 ……ぐるるるるる。

 ハッ。聞こえてきた腹の虫に、今は何よりも優先すべきことがある。急いで鍋を置いて男性の背をゆさゆさと揺する。

 

「……?」

 

 頑張って引っ張り起こして、座らせる。

 

「あの、お腹どれぐらいすいてますか? これ、スープともいえない代物なんですが、栄養はあると思うので、まずはこれを飲んで下さい!」

「……こちらのレディに感謝しな。スープで胃を労わったら、こっちだ」

 

 コトン、と男性の前に置かれるお料理に、目を奪われる。うわ! すごく美味しそう!

 

 海鮮チャーハンかな? ……そっか。この人の為に急いで作ってくれたんだ。……う。香りとパラパラ具合からプロの仕事だ。わ、私の勿体ない精神で生み出されたスープ未満とは雲泥の差だけど。え、栄養はとれるし、胃には優しい、よね? ……は、恥ずかしいな。余計な事したかも。

 取り下げるつもりもないけど、捨てられても文句言えないなぁと、スープ皿を持つ手が下がり、途端にガッと奪われる。

 

「……! 面目ねェ!」

 

 わわ。彼は一気に飲み干して、そしてガツガツとチャーハンを食べはじめる。

 急いで追加のスープを注ぐと、それもごくんと飲んでくれる。良い食べっぷりだ。

 

 でも、大丈夫かな?

 そんなに勢いよく食べて、美味しいのは分かるけど、具合は悪くない? それとも鍛えている人は違う? ……私は、餓死の直前に町人に発見されて、渡されたご飯にがっついて……うん。まさか低栄養状態の人がいきなり栄養を摂取するとああなるなんて、知らなかった……死ぬかと思った。

 

「……君は」

「はい?」

「……いや、何でもない」

 

 よく分からないけど、コックさんは誤魔化す様に新しい煙草に火をつける。

 首を傾げつつ、彼の食べっぷりに心配無さそうだとホッとする。このコックさんは、その辺りも念頭に作ってくれたのだろう。彼の顔色はめきめき良くなっている。

 

「っ……こんなにうめェメシ食ったのは……おれは、はじめてだ……!!」

 

 ぼろっと零れる彼の涙に、静かにスープのおかわりを注ぐ。……いっぱい、お腹がすいていたんですね。

 

 わかります。……辛いですよね。ひたすらに苦しかったですよね。どうしたってしんどくて、何もできないからやってられなくて、何かに当たりたいのにどうしようもなくて、もう”死ぬ”未来しか見えないから絶望して……だけど、最後に水の一滴でも、何かを口にいれて死にたいと”生”を望んでしまう。……ほんとうに、良かったですね。

 

 貴方は、もう大丈夫です。

 だって、美味しいご飯を食べているんですから。

 

 

「……ッ!! 面目ねェ、面目ねェ!! 死ぬかと思った……!! もう、ダメかと思った……!!」

 

 

 良かった。貴方が生きていて、死ななくて良かった。

 

 ご飯、美味しいですよね。

 だって、貴方の為のお料理です。すごく美味しそうです。本当に食べられて良かった。

 スープのおかわりもどうぞ。落ち着いて食べて下さいね。此処はレストランですもの。お腹いっぱい食べていいんですよ。

 

(……私がもうちょっと早く来れていたら一緒にテーブルにつけたのに。……色呆けしててすみませんでしたっ)

 

 気づいたら、泣きながらもよく噛んで味わって飲みこんでいる。その様子に、優しいコックさんは満足げに笑う。

 

「クソうめェだろ」

 

 好ましい人だと思った。

 あ、お兄さんは食べながら泣きすぎですよ、お水もちゃんと飲んで下さい。スープもありますからね。

 

(うん。きっともう、彼は大丈夫。お腹はすいていない。心もいっぱいだ)

 

 過去の自分の体験が頭をよぎって、だからこそ心から安堵する。

 

 この人が、このレストランに辿りつけて良かった。

 お腹いっぱいに食べられて良かった。

 

 あの時の、延々と続く”飢え”を思い出して、目を閉じる。

 

 

(どうか、どうか、お兄さんがもう飢えませんように)

 

 

 これからも、たくさん食べられますように。

 

 祈る事しかできない私は、せめてとスープのお代わりをそそいでお兄さんのお腹を潤す事にする。そして顔をあげると、何故か更に大泣きしているお兄さんにぎょっとして、これじゃあ料理がしょっぱくなっちゃうとハンカチをあてつつ、そんなに美味しいご飯なんだなぁと、コックさんの腕前に感心した。

 

 コックさんは、少し困った顔をした後に、ニッと得意げに微笑んでくれた。

 

 

 

 

 



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22話 ……少しは美味しいと嬉しいです

 

 

「よかったなーお前っ!! メシ食わせて貰えてなー!!」

 

 

 あ、ルフィさんだ。

 

 頭上からの声に顔をあげると、二階の手すりに身を預けていたルフィさんがご機嫌にこちらに飛び降りてくる。

 

「死ぬとこだったなー、はっはっはっはっ。おいコック!! お前仲間になってくれよ!! おれの海賊船のコックに!!」

「? あァ!?」

 

 脈絡の無いシンプルすぎるルフィさん語に、初対面のお2人は怪訝そうだ。

 苦笑していると私の頭に両腕を乗せて、コックさん候補に身を乗り出す。

 

「……おい、色々問い質したい事はあるが。まずお前とそちらのレディはどういう関係だ? 馴れ馴れしいにも程があるだろ!」

「おれはルフィ! 海賊だ! こいつはナナで、おれ達の船の船主だ! 船長はおれだぞ!」

 

 気づけば、ルフィさんに伸し掛かられている。……く、首が鍛えられる。

 

「っていうか、近ェよ!! ナナちゃんが潰れてるだろうが!!」

「しょーがねェだろー! 誰でもいいから触ってろってナミがうるさいんだからよー」

「へあ……!?」

 

 何それ? 初めて聞く事だから驚いて、そういえばいつも誰かしらとくっついているなぁ、なんて今更に気づく。……え、ナミさん。まさか迷子防止じゃないですよね!?

 流石に色々と理由を追及したくなるが、口を尖らせながら体重を預けてくるルフィさんが詳細を知っているとは思えない。……後でナミさんに詳しい話を聞かなくてはと、ぐぐぐっと我慢する。

 

「……! なるほどな」

 

 フーっと、コックさんは煙を吐き出し、お兄さんもハッとした顔をした後に納得した様に頷いている。……あの、もう少し掘り下げていいんですよ? まさか、そんなに迷子になりそうな雰囲気なんですか、私? ……もしや、低身長のせいで15歳に見えないのだろうか? 違うんです。栄養状態が悪かっただけで、まだ伸びしろはあるんです。子供じゃないんですっ。

 

「……つまり、2人は海賊なんだな。……何でまたこの店に砲弾打ち込んだりしたんだ」

「ああ、あれはな事故なんだ。正当防衛の流れ弾だ。あと、ナナはまだ海賊じゃないぞ」

「何だそりゃ」

「あと、これからも海賊になる予定はないです!」

 

 きっぱりと宣言する。1億ベリーを恩のある町に寄付できたら、と最初は考えていたけど。改めて考えると海賊になった時点で盗品と疑われて、海軍に寄付したベリーを没収とかされたら困る。

 なので、今後も海賊にはなれませんと「やだ!!」……聞いて? ああ、ルフィさんがとても不満そうな顔をしている。大丈夫です、メリー号と一緒に冒険はしますから! 海賊じゃないから仲間と呼ぶには弱いかもしれないけど、付属品として連れて行って欲しいですから!

 

「……何にしても、この店に妙なマネしねェこった。ここの店主は元々名のある海賊団のコックでね」

「へー。あのおっさん海賊だったのか」

「そのクソジジィにとって、このレストランは”宝”みてェなもんなんだ。その上あの男に憧れて集まったコックどもは全員海賊ばりに血の気の多いやつばかり」

 

 パッと、ルフィさんの興味がコックさんの話題にうつってホッとする。流石の切り替えです。

 

「まァ、海賊も往来するこの場所にゃうってつけのメンツなんだけどな」

「ほんと騒がしいもんなーこの店」

「まーな。これが日常だ。最近じゃ海賊とコックの乱闘を見にやってくる客もいる程だ」

 

 話しながら、コックさんは表情に隠しきれていない誇らしさを滲ませる。

 

「おかげでバイトのウエイター達はビビッて全員逃げ出したよ」

「はーん。それでか、おれに1年も働けっつってんのは。まーいいや、仲間になってくれよお前」

 

 へぇ。ルフィさん1年も働くのか。……1年!?

 私が様子を見に行くのが遅れたせいですか!? ええとええと。店主さんに今すぐ直談判してこよう! ルフィさんを1年も働かせるなんて……そんなのレストランにも本人にも不幸にしかならない! きっと、お皿もいっぱい割っちゃうしお料理つまみ食いしちゃうしコックさん達のお仕事が増えて、唯一適性があるボディガードでもお店を壊してしまう。誰も幸せになれない……!

 

「失礼だな! おれだってやれるぞ!」

「ひえっ!? えっ、こ、声にでてましたか!? ごめんなさい悪気は無かったんです!!」

 

 拗ねた、というよりぶーたれているというか、不満そうなルフィさんに慌てて謝る。うぅ、失礼な事を口にしてしまった。やっぱり私って独り言が多いんだな。

 

「んっ、許す! あと口じゃなぶふおッ!?」

「お触りの目的そのものを忘れてんじゃねェかッ!! ……麗しのレディ、お手を」

「? へ」

 

 ゴッ!! とルフィさんを突然怖い顔で蹴ったと思ったら、コックさんにスッと手をとられてしまった。

 そのままお兄さんの傍につれてこられて、文句を言っているルフィさんに何かを怒っている。そのまま、何故か仲間になれならないの応酬が始まってしまった。

 

 

「……」

「……」

 

 

 ふと、隣のお兄さんと目があうが、お兄さんは気まずそうにむっつりと押し黙ってしまう。……すみません。冷静になると、泣き顔を見られて恥ずかしいですよね。

 で、でも大丈夫ですよ! あんなの誰だって泣きます。私も泣きました!

 でも、男の人だから気にするなっていうのも難しいでしょうし、何を言っても傷を広げちゃいそうで、どうしよう……と、とりあえず泣いていた事は意識して触れずに自己紹介!

 

「わ、私は、仮名でナナって言います。お兄さんは?」

「……。おれは、クリーク海賊団のギンって者です。……姐さんは海賊で無いにしても、海賊に船を貸して海を渡ってるんですよね? 目的はあるんですかい?」

 

 えっ。姐さん!?

 もしかして私、子供扱いされてない!? ぎ、ギンさんは凄く良い人だ!! 喜びであげかけた歓声をぐっと飲み込む。

 

「……っ、私は、色々な島を巡ってトレジャーハンターがしたいんです! そして、船長のルフィさんはワンピースを目指しています!」

「! ……コックを探してるくらいだから、人数は揃っちゃいねェんでしょう……?」

「今こいつで6人目だ!」

「何でおれが入ってんだよ!!」

 

 私も頭数に入ってませんか!? そして話を聞いていたんですね!?

 

 

「……あんた、悪い奴じゃなさそうだから忠告しとくが……”偉大なる航路”だけは、やめときな」

 

 

 ぇ。ヒュっとする様なギンさんの深刻な忠告に、思わずびっくりして膝を抱えてしまった。

 そ、そんなに怖いんですか? “偉大なる航路”って? 

 

「あんた、まだ若いんだ。生き急ぐことはねェ。”偉大なる航路“なんて世界の海のほんの一部にすぎねェんだし、海賊やりたきゃ海はいくらでも広がってる」

「へーそうか……なんか"偉大なる航路”について知ってんのか?」

「……いや、何もしらねェ。……何もわからねェ。だからこそ怖いんだ……!!」

 

 頭を抱えて怯えるギンさんの震えが伝わり、ひょえ……と変な声がでそうになる。

 おずおずと、ギンさんの大きな背中を撫でると、鍛え上げた硬さが伝わってきて、すごく実力がありそうなのに……そうか、きっとまだ精神が不安定なんだと思い至る。

 

「……あのクリークの手下ともあろう者がずいぶん弱気だな」

「クリークって?」

 

 少しだけ落ち着きを取り戻したギンさんを見て、よし! と立ち上がる。私は私にできる事をしよう!

 

「姐さん……?」

「ちょっと待ってて下さいね!」

 

 駆けだして、向かうはメリー号。

 ナミさんはすでにジョニーさんとヨサクさんの手当てを済ませていて、そういえばゾロさんとウソップさんの姿が見えないけど、割とマイペースなところがある2人だから、すでにレストランで食事中なのかもしれない。

 

「ナナ、用事は終わった?」

「ごめんなさい、まだです! ちょっと食料持っていきますね!」

「いいけど、ルフィはどうだった?」

「1年働かされる事になったそうです! 店主さんとは改めてお話して、被害総額が増えるだけだと説得するつもりです!」

「……へぇ、そんな事になってるんだ」

 

 ぐー! と鼻提灯を出して寝ているジョニーさんとヨサクさんにくすっとしながら、食料を大きな袋にぎゅうぎゅうにつめて、よろよろしながら歩いていく。

 

「大荷物ね」

「はい! お腹がすくのは嫌ですから!」

「……そうね。私もお腹がすいたし、ご馳走してくれるんでしょう?」

「! 是非」

 

 悪戯っぽい笑みにドキッとしながら頷く。……つい、彼女の唇が触れた両頬の事を思い出して、くらっと足が止まりそうになるが、まずはギンさんに食料を渡して安心させなくてはいけない。

 

(……お腹がいっぱいなら、なんとでもなるもの!)

 

 怯えて怖がっている事にだって、お腹さえ膨らんでいればどうとでもなる。挑むことも逃げる事もできるんだから、暫くはお腹を満たして栄養を摂り精神状態を安定させるのだ!

 

「……ふーん」

 

 背中に、ナミさんの声が届いた気がして振り向いたけど、ナミさんはいなかった。

 ちょっとだけ不思議に思いながらギンさんのところに戻ると、ギンさんは小舟に乗って出航の準備をしている。駆け寄りながら観察すると、ルフィさん達とのお別れはすでに終わっている様で、遅れた私待ちだったらしい。……あれ、なんでこんな所にお皿の破片が落ちてるんだろ?

 

「! 姐さん」

「お待たせしました、ギンさん。こちらを!」

 

 えい! っといっぱいに腕を伸ばして袋を差し出すと、彼は驚いた顔で受け取ってくれる。

 

「……こんなに、いいんですかい?」

「はい! 暫くはお腹が空くのが怖いと思うので、上手に食べてあげて下さい! それから、こちらも」

「……これは」

 

 鞄を開けて、少し迷いながらもお弁当箱を差し出す。

 

「は、初めて作った、お弁当です。……夜食のつもりだったので、どうぞ貰ってやって下さい。凝った事はしていないので、具材の材料はそのままですし、アレルギーが気になったら残して下さいね! あ、こちらのお鍋もどうぞ。まだスープっぽい汁が半分以上残ってますので!」

「…………」

 

 ギンさんは、何とも言えない顔で、両方とも大切そうに受け取ってくれる。 

 

「……なんて、お礼を言えば、いいのか。その、おれは」

「大丈夫です。私は極悪人なので、ギンさんにとんでもない負債を無理矢理押し付けているだけです」

「「は……?」」

「その反応は酷いと思います!!」

 

 首を限界まで横に曲げるルフィさんとコックさんに怒って、こほんと咳払い。

 

「お礼は、未来の飢えた誰かに返してあげて下さい」

「……姐さんに、ではなく?」

「はい! これからずっと、お腹が空いている人にご飯を与えなくてはいけない、という”お礼”です!」

「……それは」

「ね? ギンさんは大損です。そして、私は大儲けです」

 

 だって、未来の自分が払うかもしれない負債を、ギンさんに肩代わりして貰うのだ。こんなにぼろい事は無い。

 にこっと笑うと、ギンさんはふっと微笑んで「……分かりやした」と頷いてくれる。

 ルフィさんとサンジさんも笑っている。

 

 そして、別れの時が来る。

 

 彼はゆっくりと小舟を離すと、こちらを見て両手をついて四肢を曲げ、深く頭を下げる。

 その、最大級すぎる礼の姿勢にあわわわわと慌てる私の横で、サンジさんは「もう捕まんじゃねェぞ、ギン!!」と、手を振っている。ルフィさんも楽し気に手を振っていて、私も慌てて両手でぶんぶんと手を振る。

 

 

「さようなら! お元気で! またお会いできる日を楽しみにしています!」

 

 

 今度は、一緒にテーブルを囲んでご飯を食べられるといいなって、そんな未来を想像して、隣でにひひと笑うルフィさんを真似する様に、にひひって笑った。

 

 ……ちょっとだけ潮風が目にしみて、なんだかナミさんの顔が見たくなった。

 

 

 

 

 



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23話 賑やかすぎるレストランだと思います

 

 ギンさんと別れてすぐ、ルフィさんは仕事があるとサンジさんに引きずられて行ってしまい、気づけばポツンと1人になっている。

 

「……」

 

 さっきまで賑やかだったのに、今は波の音しか聞こえない。

 別れの余韻もあって全身の温度が下がり指先が震えてくる。……まるで、世界に1人ぼっちだと勘違いしそうで「……っ」誰かを求めて、足を絡めながら駆けだす。

 心の中の冷静な私が、ああまたやっていると、1人ぼっちになると誰かを見つけるまで止まれない己の病気に呆れている。

 

「……っ」

 

 きっと、そこになら誰かがいるとレストランに向かって「――ぁ」入り口で、恐らく私を待っていたのだろう、ナミさんを見つける。

 その横顔を、オレンジの髪が風で揺れているのを目にした瞬間。なんだか心がぐわーってダメになって、衝動のままに抱き着いてしまった。

 

「きゃ! びっくりした!」

 

 ……ッ、ナミさ……――――ん!?

 ナミさんに会えた喜びと温もりに、先程の衝動が掻き消えた私は青ざめる……何してるの私ぃ!?

 

「……ちょっと、驚かさないでよ」

「あ、あの、これは違うんです……!」

「……違う?」

 

 ムッとするナミさんに、ひえっと喉が鳴る。

 叱られてしまうと腰がひけるけど、どうしてか私の身体は言う事を聞いてくれない。足だけは一歩下がれたのに、手だけはナミさんの手首にすがりついて離したくない。

 

(……ど、どうしよう。……お別れと1人ぼっちが同時に来たから、ナミさんの顔を見て衝動的に、なんて子供みたいな事言いたくない)

 

 それに、なんで抱きつくなんて大胆すぎる行動をしてしまったのか分からない!

 下手したらちゅうしちゃいそうな、顔がくっつきそうな感じに強引だったし!!

 

(いつもなら、ちゃんと我慢できるのに……! これ、相当ナミさんの事が好きになってるっ)

 

 自覚してしまえば、ひたすらに顔が熱い。そのまま、思考を真っ白にあわあわしていると、無言のナミさんに手をとられて「……ほら、ちゃんと握ってなさい」って、振り払われると思ったのに、ナミさんの腕に抱きつく様な形になって、まるで恋人や仲の良いお友達みたいな体勢に現実が高速すぎて心が追いつかない。

 

「……はえ?」

「甘えたいなら、素直に甘えなさい」

「……ひゃい」

 

 ふわっと微笑むナミさんの笑顔に、息が止まりかけた。

 むり。舌がまわらない。好きすぎて意識が遠のきそうになる。

 

(――――手とか、握ったりはいっぱいあるけど、こんな風に腕を組むみたいなの初めてで、許されるなんて思ってなくて、言語を失いそう、ダ)

 

 ふらふらと、ナミさんが進むままに足が動いて、気づけばレストランの中に移動している。

 

「お前達、ようやく来たのかよ!」

「先にやってるぞ」

 

 ……あ、ウソップさんとゾロさんの声。お2人の声にふわふわしたまま顔をあげる。「どうかしたのか?」心配そうに顔を覗き込んでくるウソップさんと「何かあったのか?」眉を顰めるゾロさんに、これって、夢じゃ無さそうだなぁって現実が染み込んでくる。

 

「気にしなくていいわ。いつものよ」

「「何だ、そうか」」

 

 いや、何を納得したんですか……?

 

 突っ込んだら、ますます頭が覚醒してくれる。

 ……あ、ウソップさんもゾロさんも、飲み物しか注文してない。……もしかして、私達が来るのを待っていてくれたんですか? 一緒にご飯を、食べる為に。……んっもうなんですか、2人とも大好きです、友情的な意味でー!! ナミさんは愛情的な意味でお嫁さんにしたいです好きぃー!!

 

「……ナミ、本当に問題は無ェんだな?」

「ええ、頭はすこぶる元気よ」

「じゃあ大丈夫だな! ……んで、ルフィはどうしたんだ?」

「それが――――」

 

 ウソップさんが椅子を引いてくれて、ナミさんにくっついたまま座る。

 柔い力で抱き着いているから、簡単に振りほどけてしまうだろうけど、ナミさんはそのままでいてくれるから甘える様にきゅーってしがみつく。

 

(どうしよう……こんなに幸せだと、ここから離れ辛くなる……)

 

 でも、ナミさん達は海賊で、いずれどんどん仲間も増えていく。

 きっと、メリー号だけじゃ手狭になる時が来る。その時になったら……私とメリーも、彼らの旅の途上でばいばいしなくちゃいけないって……密かな覚悟をしてるのに。その時になったら我が儘を言ってしまわないか、自信が無くなってきた。

 

(……そういう曖昧なのが怖くて、嫌だから、私はお嫁さんが欲しい)

 

 どこに行っても、また会おうと身勝手な約束をして、実際に行動しても許される。

 特別な関係になれる。深い約束ができる。それでいて、離婚(別れ)が許される。

 愛されるのが嫌なら、私から逃げてくれる。私が全力で愛しても良い、永遠を約束してくれる、家族になってくれる、離れていても、赤い糸で繋がっていてくれる。

 

 ナミさんと、結婚したいなぁ……っ。

 

 

「……ナナ、あーん」

 

 ふあ?

 突然、口の中に、赤ワインで煮込まれた子牛の味が広がり、爽やかなトマトの味と一緒にほろりとくずれていく。ビーフシチューだ。

 

「……美味しい?」

「んむ」

 

 頷いて、あれ、と思う。どうしてナミさん、そんな顔してるんですか……? 気づけばテーブルの上に出来立てのお料理がいっぱい並んでいる。

 

「ナナの分も頼んどいたぞ! まあ、何が食べたいのか分からないから、適当だけどな!」

「……食える時にしっかり食っとけ」

 

 ポカン、としていたら。お腹がぐぅっとなる。

 あ、そっか。お腹すいてたんだって「はい」美味しそうなお料理を前に、温かい人達を前に、頬が緩んでとまらない。

 

 ……うん。いつかの別れを惜しんで、今を喜べないのはダメだと。ちゃんと切り替える。

 

 というか、ナミさんにあーんして貰った喜びを今更に噛みしめて味わう。あーんってまるで恋人みたいじゃないですか! 今も肩と肩が触れているからナミさん食べづらくないですか? 心配になるけど気にしてない様子に甘えてしまう。あ、ポタージュもある! 甘いといいなぁ。

 

 気づけば、一口食べる度に料理の美味しさに魅せられて、ついつい色々な料理を食べては美味しいなぁとスプーンが止まってしまう。この味付けも美味しい! さっぱりしているけど甘い? どうしたらこうなるんだろ? うーん。……やっぱり料理って奥深い。ちょっとずるして調理過程を視てもいいかな? 手袋をチラッと見て……いやいやそういうのはダメだと自戒する。

 

 

「お前ら、おれをさしおいてこんなうまいモン食うとはひでェじゃねェか!!」

 

 

 あ、ルフィさんだ。元気なお声に頬が緩む。

 ぷりぷりして大股に歩いてくる姿に「お仕事お疲れ様です」と声をかけながらお皿を差し出す。

 

「ルフィさん、これ食べかけですが、よければどうぞ」

「お! ありがとう!」

 

 早速手づかみでむしゃっと食べるルフィさん。ワイルドだなぁ。ウソップさん達が多めに頼んでいてくれたおかげでルフィさんの機嫌が直って良かった。ゾロさんに「甘やかすな」って怒られたけど、頑張ってるんだしこれぐらいは良いと思う。

 

(あ、そうだ。店主さんに直談判したかったんだ)

 

 少しはお腹も満たされたし、ルフィさんに店主さんの「ああ海よ今日という日の出逢いをありがとう!」どうしたのコックさん!?

 

「ああ恋よ♡ この苦しみにたえきれぬ僕を笑うがいい」

 

 あ、ナミさんを口説いているのか。……くっ。御目が高い!!

 

 ナミさんの肩に更に身を寄せつつ、ふとコックさんの後ろに迫力のある男性を見つけてしまう。腕を組んでジッと愛を叫ぶコックさんを見つめている。

 

「僕は君となら海賊にでも悪魔にでも成り下がれる覚悟が今できた♡ しかしなんという悲劇が!! 僕らにはあまりに大きな障害が!!」

「障害ってのァおれのことだろうサンジ」

「うっクソジジイ!!」

 

 ……お父さんかな?

 

「いい機会だ。海賊になっちまえ。お前はもうこの店には要らねェよ」

「え?」

 

 ふあ!? 突然の親子喧嘩!?

 というか、わざわざ此方でやらかすのですか!? お客さん達ざわめいていますよ!?

 

「おいクソジジイ。おれはここの副料理長だぞ。おれがこの店に要らねェとはどういうこった!!」

「客とはすぐ面倒起こす。女とみりゃすぐに鼻の穴をふくらましやがる。ろくな料理も作れやしねェし、てめェはこの店にとってお荷物なんだとそう言ったんだ」

 

 あわわ。オロオロしながらも、なんかこれに近い光景、どこかで見た事あるなって記憶に引っ掛かりを覚える。

 ええと、確かあれは……ゴミ捨て場で、手あたり次第に物を拾って視ていた頃、んん、使い古した道具から……

 

「知っての通りてめェはコックどもにケムたがられてる。海賊にでも何にでもなって早くこの店から出てっちまえ」

「なんだと、聞いてりゃ言いてえこと言ってくれんじゃねェかクソジジイ!! 他の何をさしおいてもおれの料理をけなすとは許さねェぞ!! てめェが何を言おうとおれはここでコックをやるんだ!! 文句は言わせねェ!!」

「料理長の胸ぐらをつかむとは何事だボケナス!!」

 

 ガシャーン!! という派手な音と視界の傍で何かが動いたのを感じながらうーんと悩んで、ポンっと手を叩く。

 

(思い出した! これアレです! 素直じゃないお父さんが息子さんの夢を応援するやつです!)

 

 どうりで見た事あると思った!

 

「「ん?」」

 

 これ、お父さんも息子さんにちょっと甘えているのがほっこりポイントです。いつかは分かってくれるって信じてるんです! わざわざ人前で恥をかかせて貶すのはやりすぎだと思いますけど、獅子が子供を崖から転がし落とすみたいに、男が男の旅立ちを応援するのは熱いです!

 

「な、ナナ?」

 

 あの日視た、壊れたおもちゃに焼き付いた記憶。

 お父さんには持病があり、息子さんが自分を案じて大手のスカウトに応じないのが嫌だった。……そこで不器用なお父さんは息子さんが出て行く様にしむけて、息子さんが作った自信作のおもちゃをお客さんの前で酷評して、壊して、追い出した。息子さんは怒り心頭で出て行ったから周りも同情的で、親を捨てたなんて噂もたたなかった。1人になったお父さんは少しだけ寂しそうに、だけどそれ以上に誇らしそうに、壊したおもちゃを修理して、小さなおもちゃ屋の一番高いところに飾った。

 

「ナナ、ちょっとナナ! ねえ、両手がお皿で塞がって触れないんだけど……」

「……奇遇だな。おれ達もだ」

「……料理、頼みすぎたかもな」

 

 あれは、良い記憶でした。素直じゃないお父さんの愛を感じて、寂しさと温かさを覚えました。そして、大きくなってから不服そうにお嫁さんを連れて来た息子さんは、直されているおもちゃに気づいて、お父さんと鉢合わせ。……何故か殴り合いがはじまって、お互い鼻血でるまで文句を言いあって顔がボコボコで、笑って、泣いて、お酒を飲んで、最後はお孫さんを抱き上げて、とても幸せそうで……

 

(……そんな思い出のおもちゃ、どうして捨てられてたんでしょう……?)

 

 ぅ、胃が痛い。……そうか。考えるだけで鬱になりそうな”その後”を想像するのが嫌で、この記憶を忘れていたんですね。……辛い。

 少し寂しいオチがつきましたが、ああいうのを見て、職人気質のお父さんと息子さんって特に複雑なんだなぁって覚えたんですよね。

 

「……あの、ナナ、そろそろ……」

「むごいな……」

 

 ソレを参考にすると、先程までの光景も理解できる。料理長さんは、恐らく自分の為に出て行こうとしない息子さんに”此処に縛られずやりたい事をやれ!”って背中を押してるんだろうなぁ。

 

 もしかして、ルフィさんがコックさんを勧誘してるの見てたのかな? コックさんの反応だと、あんな風に”要らねェ”なんて言ったの初めてみたいだし。……タイミング的に、お互いに素直になれないからこそ発展した愛のある大喧嘩なんですね! ただの予想で妄想だけど、これはそう外れていないと見ました!

 

「……。ルフィ、これ食べて。あとお皿も持って」

「分かった!」

 

 あ、気づけば仁王立ちして睨みあって一触即発の料理長さんの耳が赤い。……コックさんは、俯いているけど耳どころか顔が「ナナ」あ、ナミさん。

 

「船に、戻るわよ。……あの、私達の事は気にせず、ごゆっくり!」

「え? 私はちょっと店主さん、いえ料理長さんにお話が」

「ナナ……今日は何を言っても火に油よ。話は明日にしましょう。……ね?」

「は、はい?」

 

 なんだろう。ナミさんがいつになく慈愛と哀れみの混じった表情をしている。

 首を傾げながら外に出ると、ガシャーン、ドカーン、グワシャーって凄い音がして「口で言えやクソジジイ!!」「うるせェボケナス!!」「えらい恥かいたわくたばれクソジジイ!!」「こっちの台詞だとっとと出て行けボケナスァ!!」って聞こえてきた。

 

 でも、さっきまでの険悪な空気じゃ無くて、なんかとにかく暴れて発散したいみたいな感じ。……あんな口喧嘩の後なのに、やっぱり仲が良いんだなぁ。

 

 

「……まさか、ここまで取り扱い注意なんて、予想外すぎるでしょ」

 

 

 え? ナミさんは、何やらぶつぶつ言ってから、チラッと私を見る。

 それから、肩をすくめて「ま、事故だししゃーない!」と、私と向かい合う。

 

「……そうね。図らずも2人きりになったし、ちょっとナナにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「おねがい? ……分かりました! 何でも言って下さい!」

 

 ナミさんからのお願い。身を乗り出して頷くと「ありがとう!」と、ナミさんは私の手を両手で握りしめる。

 

 

「私を、実家に送ってちょうだい。あいつらには内緒で。……ちょっと、忘れ物しちゃったの♡」

 

 

 その表情は(……!)今までに見たどんなナミさんの笑顔より”空っぽ”だった。

 だから気づいた。これは多分、悪い事だ。ナミさんは何か、ルフィさん達が困る事をしようとしている。

 私に、嘘と本当が五分五分のお願いをしていて、だまされているかもしれなくて、巻き込まれる可能性があって、ナミさんの様子がおかしいナニかがその”お願い”にはあるのだと気づいた。

 

 ナミさんは()()()()そうしようとしている。

 

 

「分かりました!」

 

 

 だから私は、二つ返事で頷いた。好きな人の、ナミさんの共犯者になる事を決めて、ルフィさん達に恨まれて殴られるかもしれない覚悟を決めた。

 

 ああ、良かった……! ナミさんが1人ぼっちで何かをしたら、気づけなかったと思う。

 だから、私に声をかけてくれて本当に良かったと、深い安堵を覚えてナミさんの変わらない笑顔に笑みを返した。

 

 

 



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24話 大変な事態が起きている様です

 

 

 何のご褒美か、ナミさんと腕を組みながら過ごすラウンジの一時。

 

 ご実家に送ると約束して2日が経過しているが、私もナミさんもいまだ海上レストランから動けずにいる。

 

(……でも、まったりしてるなぁ)

 

 本当なら、その日の内にこっそり出航したかったけど、メリー号が手袋越しにふわふわっと難色を示している気がして(どうしたんだろう?)と念の為に調べてみたら、積んでいる食料が尽きていたのだ。

 

(……教えてくれてありがとう、メリー)

 

 どうやら、ギンさんに多めに渡した食料とルフィさんのつまみ食いが重なった結果らしい。慌ててレストランに食料の買取をお願いした所、定期船が来るのが2日後だという。

 なので、この2日間は動くわけにもいかず、ナミさんは少しばかりイライラした様子で口数少なく私にぴったりと張り付いて離れなかった。

 

(……幸せだ。……いや、じっくりと噛みしめている場合じゃないんだろうけど、しあわせだ)

 

 恐らく、見張られているのだろうけど、ほぼ24時間一緒にいられるのは最高すぎる。船酔いとか忘れるぐらい天国な2日間だった。

 

(まあ、ルフィさん達にぽろっと出航の事を漏らしちゃうと疑われるのは、悲しいですけど)

 

 ナミさんからしたら、悪い話をもちかけた矢先でケチがついたのだ。不安と警戒でこうなってしまうのもしょうがない。

 

(私は口が堅いので、どんな脅しにも屈さず秘密は厳守する自信があります! なんて)

 

 言ったところで、口では何とでも言えると更に疑われるだけだろう。

 

「…………」

 

 めきっ、と。

 ナミさんの読んでいる本が分厚い表紙を巻き込んで凹んでいる。……握力が強いなぁと目を丸くすると、じと目を向けられているのに気づいて、いつから見られていたのかとちょっと照れる。

 

「……ハァ。ご飯、食べに行きましょうか」

「はい!」

 

 ナミさんが立ち上がり、私も立ち上がろうとすると「ん?」メリーからの声なき声。

 

「! どうしたの」

「お客さん? が来たみたいです」

 

 私が口を開くと同時に、外からジョニーさんとヨサクさんの「「い゛、いやああああああ!!??」」という絹を裂く野太い悲鳴が聞こえてきた。

 ナミさんが警戒しているけど、手袋越しに感じるメリーのふわふわから危険の色がある様には思えない。首を傾げながら外に行こうとすると「姐さん!」と2日前に聞いたばかりの声がして「ギンさん!」ナミさんと手を繋いだまま戸を開ける。

 

「ご無沙汰しています!」

 

 そこには、ピシッと立って、大きな袋を担いだまま丁寧に頭を下げる、2日前に別れたばかりのギンさんがいた。慌てて頭を下げ返しつつ興奮する。

 

「わあ、わああ! とても血色が良くなりましたね、ギンさん! 今日はどうして此方に?」

「仲間と再会しまして……! 首領・クリークの思惑はともかく、食事に来ました。サンジさんにも先程会いまして……これはレストランの方から預かって来たご注文の食料です。代金は支払っておいたので、どうぞお納めください!」

「ええ!? 悪いですよ!!」

 

 大きな袋を2つ、どすん! ドスン!! と甲板に置いて、ギンさんが床に膝をついて、また丁寧に頭を下げる。

 慌てて、お金を支払おうとするけど、頑なに頭をあげそうになくて「……ありがとうございます。とても嬉しいです」これは、受け取らない方が失礼だと、ぐぐっと言葉を飲み込んで遠慮しない事にする。

 

「でも! せめてお茶ぐらいご馳走させて下さいね!」

「! いいんですかい」

「勿論ですよ、待っていてください!」

 

 何故か驚いているギンさんを招く後ろで、ジョニーさんとヨサクさんは青ざめて口をパクパクしている。ええと、傷口が開いた訳じゃないですよね? ナミさんも、何故かレストランの方を見て表情が強張っている。

 

(? ええと、ボロボロの大きなお船が止まってますね。もしかして、ギンさんが乗って来た船でしょうか……ちょっと痛々しいな。メリーはこうならない様に守らなくちゃ!)

 

 ギンさんは「ご相伴にあずかりします」と嬉しそうに笑って、今日はお天気も良いし外で飲みましょうと、急いでキッチンに走って、お茶をいれてくる。

 

「ち、ちょっとナナ? 分かってるの?」

「はい?」

「……そう、ね。レストランにはあいつらもいるし。……ん。問題ないわ!」

「……?」

 

 ちょっと何を言っているのか分からず困惑してしまう。

 そして、私の肩を握ったまま離れるつもりは無い様で、お茶を淹れている時も「……何も混ぜる気が無いわ。この子」って、ぶつぶつ言っている。もしかしてギンさんのお顔が怖いんでしょうか? 首を傾げながら、お茶とお茶菓子を持って外に出ると、ヨサクさんとジョニーさんが這う這うの体でメリー号の端っこにいるのを見つけた。……大人しく寝てないと早く治りませんよ? あ、お2人もお茶をどうぞ。

 

「ギンさんは座っていて下さいね。……どうぞ! 粗茶ですが!」

「ありがたく……!」

「ですから、大げさですよ。もっと気楽が嬉しいです」

「……分かりました」

 

 最初より柔らかく笑うギンさんに、元気になって良かったと安堵する。それから、少しだけ警戒を解いたナミさんにがっつり腕を掴まれながら、3人でお茶とお茶菓子を摘まんで会話に華を咲かす。

 

 

「――ええ!? ギンさんが船に辿りついた時って、そんな大変なことになっていたんですか!?」

「はい。姐さんが渡してくれた食料が無ければ、死者が出ていたかもしれません」

「わ、渡していて良かったです。それで、どうしたんですか?」

「……。飯を、作りました」

 

 ギンさんは、自分の両手を見下ろして、静かに語る。

 

「おれは、姐さんやサンジさんに救われてから、ずっと考えていた事がありました。そして、あの時は無我夢中で、お2人の事を思い浮かべながら、初めて包丁を握ったんです」

 

 ギンさんは、照れた様に笑って背中に隠していた包丁を抜いて見せてくれる。初心者でも安心の万能包丁だった。そして、私の目をまっすぐに見つめる。

 

 

「……おれは、ナナの姐さんとサンジさんの恩義に報いる為にも、料理人になると決めました!」

 

 

 その目には、並々ならぬ男の覚悟を感じた。

 

 ……大げさだと、そんなの気にしなくても良いと。あの日の事を深く感謝してくれる彼に向かって言いそうになった私は、そうじゃないと目を閉じて、泣き顔を思い出して「……はい」微笑む。

 

「応援しています。心から。ギンさんは立派な料理人になれますよ!」

「っ。……はい!!」

 

 ギンさんは、笑顔を見せて気合十分、とばかりに全身からやる気をみなぎらせている。そして、その後の話も聞かせてくれる。

 

「姐さんのスープを船員達に飲ませて、弁当を寄越せという首領・クリークと決闘しました!」

「ブー!!??」

 

 ナミさんが隣でお茶を噴いている。

 

「……え? 決闘したんですか? ドン・クリークさんって船長なんですよね?」

「はい。おれがこの世で一番に尊敬し敬愛している恩義ある男です。……ですが、あの弁当は姐さんの手作り品ですから。……いくら首領・クリークとはいえ、はいそうですかと渡すわけにはいかず……っ」

 

 苦悩を滲ませて拳を握るギンさん。……そういえば、妙に傷が増えているなぁとは思っていましたが。……お疲れ様です。ドン・クリークさん。

 

「……ギンさんのお気持ちは嬉しいですが、立場も悪くなりますし、渡してくれて良かったんですよ?」

「ああ、ご心配かけちまった様ですが大丈夫です! 無事おれが勝って、ドン・クリークに弁当の半分を譲渡しましたから」

 

 半分こしちゃったんだ……!? ドン・クリークさん……っ。

 負けた上に施しを受けちゃったんだ……ドン・クリークさん……!

 

(あれー? ギンさんって、そういう事ができる人だっけ?)

 

 出会ったばかりだけど、着ていた衣類に染みついてる”感じ”で、なんとなく自分のものは全てドン・クリークさんに捧げそうな印象だったから、なんだか不思議な感じがする。

 

「その後は、おれが不得手ながら料理をしまして、首領・クリークも大分持ち直しました」

「そ、そうですか。ドン・クリークさん……怒らなくて良かったですね」

「……いえ。烈火のごとくぶち切れました。毒も撃たれて死を覚悟しましたね」

「ダメじゃないですか!?」

 

 ギンさんはズズッとお茶を飲んで「……姐さんのおかげです」と、目を閉じる。

 

「はい?」

「おれの事を、本気で心配してくれる人がいる。……おれの無事を、心から願ってくれる人がいる。……おれが飢えない様にって、祈ってくれる人がいる。姐さんのおかげで”覚悟”が決まったんです。目が覚めまして、見ている世界も広がりました」

 

 くしゃり、ギンさんは歯を見せて笑ってくれる。

 

「絶対服従でした。首領・クリークの命令ならどんな非道でも忠実に従ってきました。……思考を止めていたんでしょうね。情けねェ話ですが、おれはあの人に乗っかってきた。きっと、役に立つ駒が欲しいあの人にはそれで良かったんでしょうが。……おれはもう、昔のおれには戻れねェ……それに」

 

 ギンさんは鼻をこすって、包丁を見つめる。

 

「首領・クリークが。不愉快そうにでも……飢えていたからだとしても……おれが作った飯を食っているのを見て、決心がつきやした。……食育するしかねェと」

 

 …………ん?

 

 いえ、それ大分おかしい、あ、ちがうな?

 ギンさんってば、極限状態のドン・クリークさんと決闘してる時点で色々混乱してたんですね? そして勝ってしまい、お弁当を半分こして分け与え、作ったご飯も食べて貰えた結果、ドン・クリークさんに父性や母性みたいなものが芽生えてしまったんですね? 

 

 ……元々、相当に傾倒していたっぽいですし。ドン・クリークさんに。

 

 それが、サンジさんやおまけの私、我の強いルフィさんとの出逢いで心に”余裕”が生まれて、新たに見つけた夢も相まって揺らいでいた分の揺り戻し的なナニカで、そんな感じになっちゃったんだなぁと……現状に無理やりの”答え”を当てはめて自分を納得させる。

 隣のナミさんは、何かあちゃー! って感じに顔を覆っているし、聡明なナミさんはナミさんで思い当たる事があるのかもしれない。

 

「……ギンさん」

「はい」

「……食育。応援していますね!」

「はい……!」

 

 うん。これはせめて、私だけでも心の底から応援しないとダメなやつです。

 

 頑張って下さい、ドン・クリークさん。

 長い人生、そういう事もありますよ。顔も性格も分かりませんけど、あのボロボロのお船を見るに、偏見ですけど因果応報的な意味で運が悪そうですし。

 

 そう思いながら、お茶を飲んでいると――――ズババンッ!!!! って感じに、目の前でギンさんが乗って来た船が切られた。……もう一度認識する。……目の前で、船が真っ二つにされた。

 

 

 …………ハイ?

 

 

 崩れ落ちていく激しい音と、大きく揺れる波に思考が真っ白になる。ギンさんは即座に「首領!!」と叫んで「姐さん達は逃げて下さい!! 奴が追ってきたんだ……!!」と船から飛び降りてしまう。

 

 え? ……え? ……奴? 

 

 状況に追いつけずに思考が止まっていると、突然隣にいたナミさんが立ち上がって駆けだす。

 そして「ごめん!!」と、身を乗り出して切られた船を見ていたジョニーさんとヨサクさんをドン!! と突き落とした。…………恐ろしい切られ方した船よりびっくりして、逆に冷静になってしまった。

 

「な、ナミさん?」

 

 ナミさんは、スッと息を吸って、海に落とした2人にむかって手を振る。

 

 

「じゃあね! あいつらには言っといて! 縁があったらまた会いましょ♡ って」

 

 

 ……! なるほど。”今”なんですか。

 分かりました。私も、腹をくくります。混乱に乗じて、ナミさんをご実家にお送りします!

 

 そして、私はナミさんの共犯者です! 駆けだして、海に落ちてもがいているジョニーさんとヨサクさんを見下ろす。

 

「あ!? ナナのお嬢さん、はやくその女を止めてくだ―――」

「お、おおお2人のお宝もいただきましたー!!」

「はい……ッ!?」

「ナナ……?」

「……る、ルフィさん達に、よろしく言っておいて下さい!!」

 

 そして、私はナミさんがトイレに行っていた時にこっそり書いていた手紙を2人に向かって落とす。……”当たり前”の事しか書けなかったけど。ちゃんとルフィさん達に届くといいな。

 

 

「私は、ナミさんの共犯者ですから!! そういう事で、よろしくお願いします!!」

 

 

 深く頭を下げて、更に何かを叫んでいる2人の声を振り切って、メリー号の進路を変える為に走り出す。

 

 

「……っ。なん、で」

 

 

 その時、一瞬だけ見えたナミさんの表情が、泣きそうに歪んでいた気がして――――今はただ、その顔を絶対に忘れない様に心に刻み込んだ。

 

 

 

 



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25話 起きながら夢を見ている様です?

 

 

 当たり前だけど、ナミさんの元気が無い。

 もしも1人なら泣いていたかもしれないと心配になるぐらい、気落ちしている。

 

(……ナミさん、どうか事情を私に話してくれませんか? ……なんて)

 

 そう言いたいし、聞きたいけど、ナミさんの背中がそれらを拒絶している。

 聞かないで欲しいと、何も言わないで欲しいと、纏う空気が張りつめているから、間違っても声に出さない様に我慢する。

 

(……ハァ。少しでも弱味を見せてくれたら……聞いて欲しいと無意識にでも素振りを見せてくれたら、無理矢理にだって聞き出すのに)

 

 その肩に圧し掛かった、彼女の荷物を一緒に背負えるのに。

 ちょっとぐらい、私だって役に立てると思うのに。

 

(……でも、まだ無理なんだろうな)

 

 出会ったばかりの、仲間未満の私にそんな急所ともいえる脆さを見せる訳がない。

 

(彼女は、とても強い人だから)

 

 1人でも、なんとかしてしまえる人だからこそ、支えたいと思うのに。私の力不足で頼られる事は無くて、歯がゆくなる。

 

「今日も良い風ね! この風向きなら私の故郷まであっという間だわ」

「……はい!」

 

 ああ、鼻歌交じりに海風をあびる横顔が、そのご機嫌に見える笑顔が、ウソだと分かる。

 気丈に振る舞うナミさんから静かに目を逸らす。……ダメだな。いらぬ気を使わせてしまうぐらいなら、暫く視界から消えよう。

 ギンさんが置いてくれた食料袋を1つ手にとってえっちらおっちら運んでいく。

 

「……無力だな、私」

 

 船内に入ると、思わずポツリと零れてしまって、唇を噛む。

 何もできない子供のままだと、欠片も成長しない自分に虚しくなる。ただちょっと、物の記憶が視えるだけの自分が、ナミさんのお役に立てるなんて微塵も思っていないけど……こうまで役に立てないと思うところはある。

 

(……ままならないなあ)

 

 いざという時は、絶対に肉盾になろうと誓っているが、なんとなく、ナミさんは危険が押し寄せたら前みたいに私の頭を殴って気絶させる気がする。

 

 それがナミさんの望みならと、きっと避けない自分がいる。

 私が気絶している間にナミさんが傷つくのが怖いけど、邪魔だ寝てろとばかりに攻撃されたら、私は見えていても避けられない。

 

(……これでも、避けるのは得意なんですけどね)

 

 今まで怪我らしい怪我をした事がないのもそのおかげだ。でも、ナミさんからの信用が薄い私は、ご実家への送迎すら全て任せて貰えない。

 私に途中まで送って貰い、そこから小舟にお宝を乗せて帰宅すると言っていた。1週間で戻るから海上で待機してくれとも。

 

(……虚しい。……そして1週間大人しく待つだろう自分が情けない。……追いかけても良い雰囲気じゃないと、多分延々と待ってしまうんだろなぁ)

 

 だって、ナミさんのお願いだし。

 

 海上レストランまでの航路も覚えているし、食料がつきたらあちらに通ってを繰り返せばいくらでも待てるだろう。

 そんな事を、食料を分別しながら考えて、溜息。……さあて、ナミさんを働かせる訳にもいかないし、もう1つを取りにいこうと甲板に戻り、よいしょっとばかりに袋を握った瞬間、ぐわん、っとキた。はい?

 

「――……んー?」

 

 おかしい感覚だ。とても食料に感じるものではない。

 袋の中を覗こうか少し迷いつつ、ずっしりとした重さに嫌な予感がじわじわと膨らんでいく。

 

「…………っ」

 

 まさか、まさかですよね……?

 恐ろしい予感が間違いであることを祈って、おもむろに袋の口を開けて………………バカー!!!! と心の中で叫んだ。

 

 

「ナナ?」

 

 

 そういえば、あの時おかしいと思ったんですよねー!?

 気づいてたのに、何故確かめなかったの私もバカー!! 何故あそこで突っ込まなかったんだ私は!! 私もだけどギンさんはもっとバカじゃないの? ……バカでしたよちくしょう!!

 

「……う゛ぅー!!」

 

 頭を抱えて喉奥から唸ると、ナミさんが「ど、どうしたの?」戸惑った様に近づいて来る。しまった、このまま私なんて忘れて心を休めて欲しかったのに……自分のやらかしの愚かさと酷さにゴロゴロと転がりたくなる。

 

「……っ、な、なんでも無くは無い、んですけど。……ええと、ギンさんが」

「あの海賊ね。何があったの?」

 

 …………ええい、ままよ!

 どうせバレるんだし、隠しても私の罪が消える訳じゃないと覚悟を決める。

 

「っ。ギンさんの、持ってきた、食料袋なんですが」

「なに? 腐り物でも混じってた?」

「そっちのがよっぽど良かったです!」

「……そ、そう」

 

 ああもう! なんてことをしてくれたんですかギンさんは!

 戸惑って首を傾げているナミさんに、握っていた袋の口を開いて、私の憤りの理由をさらけ出す。

 

 

「―――ッ!? こ、これ」

 

 

 そこには、金銀財宝が入っていた。……ごっちゃりと。いや、ぎっちりと表現しても良い。明らかにおかしい量が入っていた。

 

「っ。一緒に入っていた紙に『弁当代です』って書いてあって……本ッ当におバカなんじゃないですか!?」

 

 そりゃあ、そりゃあ!? 甲板に降ろす時の音がちょっとおかしかったですもんねー!! 思い返すと『どすん! ドスン!!』って2個目の音が明らかに食料品の出す音じゃなかったのに何故すぐ確かめなかった私!! ギンさんは素人のお弁当にどんな付加価値を抱いているんですか!? 絶対話に聞いただけのドン・クリークさんが許す訳ない気がするんでまた決闘しても知りませんからねー!?

 

「んぐぐぐぐぐっ」

 

 情緒が不安定になりすぎて頭痛くなってきた。

 突然の金銀財宝が困りすぎて頭を抱える私の真正面で、袋の中を凝視していたナミさんが、ヒュ……っと息を飲んでいる。……うん?

 

「……っ。1千万ベリー、は、余裕であるわ」

 

 その瞳は、酷く熱を帯びて、喉から手が出る程に欲して、だけど怯えている様にも見える。……うーん?

 

「……はい。この置物とか、ほどよく歴史的価値があると思います」

 

 手袋越しにそういうもの特有のふわふわを感じる。ちゃんとしたところに出品したら更に金額はつりあがるだろう。

 

「…………そう、なのね」

 

 ナミさんの視線は、お宝と、私の顔で彷徨っている。

 だけど、様子がおかしい。……変だな。すごく欲しがっているのに、いまだに私を襲う気配がない。すぐにでも意識を刈り取られると思っていたのに。

 

「…………ッ!?」

 

 ナミさんは、このお宝を心から欲しているのに何故?

 ……うーん。もしかしてナミさんの信条的にこういう泥棒はダメなのだろうか? ……私が海賊じゃないから? でも、賞金稼ぎのジョニーさん達はいいのかな? ……多分いいんだろうな。

 思考しながら、どんどん張りつめていくナミさんの強張った瞳と目が合う。……よし! じゃあこうしよう。

 

 

「ナミさん! 私の為を思って、コレを貰ってくれませんか!?」

「……!?」

 

 

 ギョッと驚いているナミさんに、ふふふ完璧な作戦だと身を乗り出す。

 

「ギンさんには後日厳しく言っておきますので(個人的な借金が増えますが)どうかよろしくお願いします! あ、こちら元海賊のお宝で間違いないです!!」

 

 だから貰っても全然問題ありませんとアピールする。ナミさんは、ぐっと血が出そうなほど唇を噛んで、私を睨みつける。……あ、あれ?

 

「あんた、バカなの!? 1千万ベリー以上の価値があるのよ!?」

「……は、はい!」

「なんでそんなに興味ないのよ!? あんた、お金が必要なんでしょう!?」

 

 え、ええと。そうは言われましても……

 ギンさんの気持ちは受け取りますけど、盗品は受け取れませんし。ギンさんの心遣いを無下にするのは心が痛みますが、盗品(ほぼ強奪品)って問題ありすぎですし、やっぱりトレジャーハンターで持ち主不明になったお宝をベリーに換金して町に寄付した方が迷惑もかかりませんし。

 

 ……それに、これが一番の理由ですけど、ナミさんにはこのお金が凄く必要みたいだし。

 

「!?」

 

 お宝を見せた瞬間から、迷いが見えた。私を襲うか、だますか、諦めるか、握りしめた手から血が流れるぐらい悩んでいる。

 ……べつに悩むだけならいいですし、実行してくれても全然構いませんけど、その様子だとナミさん、どれを選んでも大なり小なり傷ついちゃうじゃないですか。

 

(私は、ナミさんを助けたいのであって、傷つけたい訳じゃないんです)

 

 なら、私から譲渡してしまえば、ナミさんは何も気にしなくて良い。

 

 

「――――」

 

 

 ナミさんは、私が差し出すお宝を見下ろしている。

 戸惑いに震える手が、私の気持ちを察してか、ゆっくりと受け取る為に伸びてくれる。ホッとしながら「どうぞ」手渡すと、ナミさんの手が強く強く袋を握り、流れた血がじわじわ広がっていく。

 

「……っ、本当に、いいの?」

「はい」

「……これ、全部……?」

「はい」

「……私、返せるものなんて、ない」

「? いりません」

 

 何もいらない。

 

 ナミさんの事情は知らない。でも、分別のある貴女が、このお宝に血を流す程に執着している。

 それで譲渡する理由には充分だ。本当は一緒にいたいと願う人達と別れてまでお金を欲しがっている。なら、私だけでも貴女を応援して支えたい。ギンさんへ多大な感謝をしながら、ナミさんに貢いでしまおう。

 

 

「どうぞ、貰ってやって下さい。盗品とか困りますので!」

「……っ」

 

 

 え。

 

 ぐしゃって、ナミさんの顔が歪んで涙がボロボロとこぼれていく。

 

 え、ぁ。

 

 一度、宝を強く抱きしめて、それから飛びつく様に、ナミさんが私に抱きつい、て。

 

 唇が、柔らかなもので塞がれた。

 

 

「―――――――――!!??」

 

 

 気づけば、甲板に背中を打ち付けて、ナミさんに抱きつかれてぐすぐす泣いてて、でも唇の感触は忘れられなくて混乱につぐ混乱で心臓がいまだない激しさで鳴り響いている。

 

(えっ、ええっ!? えええええっ!?)

 

 な、ななななにごと? どういうこと? お、おれい? もしかしておれい?! ナミさんの唇!? ……ギンさん私は貴方に一生感謝します、お宝をありがとうございます!!??

 

 ぐすぐすと、ナミさんは私の胸元に顔をおしつけて泣きながら「……な゛る!」と、くしゃくしゃでボロボロな、凄く可愛い顔を見せてくれる。

 

「ひゃい?」

「わたし、ななの、およめさん、なったげる!!」

「―――――は?」

 

 

 なんて?

 

 思考が真っ白になる私を置き去りに、ナミさんはまたわんわんと泣いて、私にしがみついた。

 

 私は、無意識にナミさんの頭と背中を撫でながら、ちょっと現実とか状況から迷子になって思考を停止した。

 

 

 

 



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26話 ナミさんのお姉さんに出会いました

 

 

 おかしいな、幸せな夢からいまだ目覚めない。

 

 自分の頬をギリギリと抓ると「やめなさい」と優しく止められてなでなでされて、心臓が止められそうになった。

 ぐぎぎと筋肉を軋ませながらナミさんを見れば、にっこりとご機嫌な笑顔。……こんな天使みたいな子に、さっき「お嫁さんになってあげる♡」みたいなこと言われたんですよ私。幻覚キめすぎてますね?

 

(心からお待ちなさい私)

 

 多分聞き間違いだと思うけど、そうじゃないとおかしいけど、ナミさんが私のおおおおお嫁さんになるのは、色々と脈絡が無さすぎますよね? 何より、私は自らの欲望をこれでもかと押し隠しているので、私が女好きでハーレムを目指す最低浮気女だとばれている訳がなくて……つまり起きながら現実と妄想の区別がつかなくなるって今すぐ入院案件でナミさんお胸があたっていますよ!!??

 

「~♪」

 

 あ、すりすりは、すりすりはダメです理性が飛びます。状況に納得がいけば今すぐ抱きしめて大人の階段を昇りたいので本当におやめくださいッ。

 くっ。混乱して膝を抱えている私によりべったりくっついてお胸をふにふにさせてくるナミさんの可愛さに心臓が溶けそうッ。今まで肩に籠っていた力が全部抜けてしまった様な、ふにゃふにゃお顔がすんごく良いです好きッ!!

 

(って、だから、そうじゃなくて……!)

 

 冷静になれ私! 都合が良すぎるというか、まずなんでナミさんの口から『お嫁さん♡』というワードがでてくるのか謎すぎますよね!? いくら独り言が多い(らしい)私でも、そればっかりは口を滑らせる訳がない!!

 

(……そうだ、ナミさんは凄く可愛い違う冷静になれ私)

 

 お嫁さんにしたい、なんて毎日呼吸する様に思っているけど、全て本気でありポロッと口から出る訳がないのだ。声に出す時はプロポーズをする時であり、記念日であり、愛を確かめあう時だけである。日常的に軽々しく愛の言葉を投げかけて未来のお嫁さんに飽きられたら大変ではないか。

 

(……だからこそ、ナミさんが分からない。ミステリアスなのも魅力的だし悪ぶってるのも素敵だしこうやって家猫みたいに警戒心0なのも可愛すぎるけど、どこまで分かっていてそんな事言うのか全く見破れない。まさかとは思うが、ナミさんは人の心が読めるのか?)

 

 もしそうなら、私が現状に迷い悩み苦しむほど「んふふ♪」とか「……ふふっ!」と笑っているのは気のせいじゃない事になり、それならちょっと不機嫌な顔をしても許されるのではないだろうか? ナミさんのお胸の感触で顔がだらしないので無理だろうなと思いつつ、阿呆な事を考えてないと何を口走るか分かったものじゃない。

 

「ん、そろそろね」

「へあ?」

 

 悶々としていると、ナミさんが私の肩で休ませていた頭をあげる。

 慌てて、くらげみたいにふよふよした脳みそを引き締める。ナミさんに手を引かれるまま立ち上がると、遠くに島が見えた。

 

「……この方向をまっすぐに行けば、私の家よ」

「ナミさんの家!」

 

 幼いナミさんが過ごしていた家がある。想像して興奮を隠しきれなくなりながらも、多大な感情を押し殺す様に、熱い眼差しで島を見つめるナミさんの横顔に(……うん)改めてギンさんに感謝する。

 

(おバカとか言ってすみませんでした。ナミさんが、最初と違って心から笑ってくれるんです。次に会った時、ドン・クリークさんも一緒にご飯を食べましょうね!)

 

 ギンさんへの返しきれない恩をしっかりと心に刻んで、ナミさんの故郷を見つめる。……好きな人の故郷だと思うと、自然と見入ってしまう。

 

「……」

「!?」

 

 えっ、急に満更でもなさそうなナミさんにぴとっと隙間なく寄り添われて、あの、えと、腕も組んだままでとてもお近くてありがとうございます!?

 

「……ナナ」

「はい!?」

「……あの島に、ノジコが、私の姉が1人で住んでいるの」

「! ナミさんのお姉さん」

 

 それは、さぞかしお美しいお姉さんなんだろうな、と想いを馳せつつ(1人……)と、ナミさんの事情が更に気になってしまう。

 ……いいや、話してくれるまで私から問うのはやめるべきだ。思いつく限りの疑問はあるけれど、問うに足る理由なんて無い。今のナミさんは、ギンさんのお宝のおかげで心から笑えている。

 

(なら、それで良い。ナミさんが話したくなる時まで、私が待っていれば良いだけだ)

 

 そして、私に話したくないというなら、それでも良い。

 

 話せるなら、それができるならとっくにルフィさん達に語っていた筈だ。思い出せば笑顔が一番に出てくる素敵な人達。あんなに頼りがいがあって、まっすぐで、気が良くて面白くて、ナミさんを怒らせて笑わせて、信用できる楽しい人達に、頼れないぐらいの”事情”だと薄々察している。

 

 だから、話を聞けても聞けなくても、私は勝手にナミさんの”事情”に巻き込まれると決めた。

 嘘でも冗談でも、私の”お嫁さん”になってくれると言ってくれた女性に、命がけの深入りをする資格はあると思うから。

 

「……ん。……もうすぐ着くわ」

 

 考え込んでいる内に、メリー号は随分と陸地に近づいていた。

 ……目を凝らして見つめれば、あれは、みかん畑でしょうか? 瑞々しくて美味しそうだと少しの空腹を覚えつつ、みかんの料理って何があるか考えてしまう。そうやってしげしげと見つめている内にナミさんに促されて上陸の準備を始める。今は2人だから少し忙しなくメリー号を停泊させて、久方ぶりの陸へとお宝を背負って足を降ろす。――――揺れないって素晴らしい!!

 

「……船酔い、早く治るといいわね」

「はい!」

 

 あー。全身を覆っていた気持ち悪さが遠のいていく。

 硬い地面の感触にジーンとしていると、ナミさんが手頃なみかんをもいで、早速一口食べている「はい」「!?」そして、不意打ちで私の口にいれてくれる。甘くて美味でナミさんのあーんもあって至高の味がする。

 

(それにしても……)

 

 土と木とみかんの香りが心地良い。

 ここが、ナミさんの家の周りの匂いなのか。……うん。ゆったりと周りを見渡して、この光景や香りを堪能しつつ、瑞々しいみかんの葉に触れると「あ」小さな、残留思念の様なものを感じる。

 

「ナナ?」

「な、なんでもないです」

 

 あぶない。慌てて、手袋をしていて良かったと日常的な安堵を感じながらお宝を背負い直す。……油断すると人様のプライバシーを損害する己に苦笑しながら、誤魔化せた事にホッとする。

 

「……ナナ、気になる事があるなら「ナミ?」―――ノジコ!」

 

 もご!? 手にしていたみかんを皮ごと口に突っ込まれた。

 ちょ、無理です! 私はルフィさんじゃないので入らないです! お宝を降ろ――すわけないでしょう畑が傷ついたらどうするんですか意地で食べろ私ッ!!

 

「ごめん」

「ぷはっ!」

「……今のって」

「しー!!」

 

 ナミさんが、私に背を向けてノジコさん? を威嚇している。

 美女だ。目の前に現れた美しい人は、水色の艶やかな髪が涼し気で、唇がぷるっとしているのが最高に色っぽい。流石ナミさんのお姉さん、知っていたけど目が喜んでいる! ときめきながらもナミさんの突然の行動が可愛い更にときめく『しー!!』ってどういう挨拶ですかここもまた楽園だ。

 

「……。あー。随分と……愉快な子ね。もしかして、ナミの友達?」

「ううん、旦那」

「そう――旦那ぁ!!??」

 

 旦那ぁ!!??

 

「って、なんで一緒に驚いてるのよ!! まったく……」

 

 ぺしっとナミさんに叩かれたけど、いえでもまってそれつまり本当にナミさんが私のおおおおおお嫁さんになってくれるっていうか――――プロポーズもしてないのに!!??

 

「……説明して! 流石に意味が分からないから!」

 

 ノジコさんが、額を抑えながら手の平をむけて、真剣にお願いしている。いいですもっと言ってあげて下さい!

 

「説明も何も、見ての通りよ? この子はナナ。私にべた惚れで絶対服従な良い子よ♪」

 

 ! つまり恋の奴隷という事ですか。なるほど……? まあ確かに、べた惚れですし絶対服従も……割と頻繁にしかねないですし間違ってないですね。

 

「ね、面白い子でしょ?」

「……いや、それは認めるけど。ゲンさんが黙ってないよ?」

「ん。……そうかな? ……そうね! ゲンさんにもナナを紹介しないとね♡」

「……まったく。好きにしなさい」

 

 溜息をついて、投げやりに言いながらも優しくナミさんを見つめるノジコさんは、改めて私を観察している。その視線にドギマギしながらも、ふと、ノジコさんの名前を出した時のナミさんを思い出す。目元が和らいでいて声もちょっと弾んでいた。複雑な事情を感じつつも、シンプルにノジコさんの事が好きなんだなぁと思ったのだ。

 

「へー……?」

「……そのニヤついた顔、やめてくれない?」

「はいはい」

 

 ナミさんと何やら軽口をたたき合いながらも、ノジコさんの私を見る目はほとんど笑っていない。私の事を凄く警戒している。ナミさんが詐欺にあっていないか警戒している、というより、そんな訳が無いと信用しながらも心配せずにはいられないと言わんばかりの視線から、揺るがないナミさんへの信頼と親愛が見えた気がして、単純にナミさんの事が大好きなんだなと嬉しくなる。

 

「ふーん……?」

「ナミ、歯ァ食いしばりな」

「あら、大好きな私の可愛い顔を殴る気?」

 

 目の保養だ。突然目の前でじゃれつきあう2人に微笑ましくなる。邪魔をしない様に視界から外れながら、とりあえず肩が外れそうなので荷物を置きたい。どこに置けばいいかときょろきょろすると「――ん」”そこ”かと、この畑には不釣り合いのふわふわに足を向けて、ナミさんに上着を引っ張られる。

 

「……私が運ぶから、ナナは休んでて」

「え、手伝いますよ?」

「いいの。だって、今から掘り出すんだもの。……これだけは自分でやるわ」

 

 ナミさんは、私から大事そうに荷物を受け取り、興奮を滲ませながら畑の一角を見て、ふうーっと静かに感じ入る様に瞳を閉じる。

 

「! ……ナミ、それって」

「ええ」

 

 声を震わせるノジコさんに、ナミさんも抑えきれない感情を滲ませて、笑う。

 

「貯まったのよ、1億ベリー……!! 今すぐゲンさんに伝えてきて!! 私は、今日中にこの村をアーロンから買い取るわ!! 皆で、このお金をアーロンに付きつけに行きましょう!!」

 

 ……。

 1億ベリー、ゲンさん、アーロン、買い取る。

 

 うっすらとだけど事情が見えてきたと整理していると「え」ノジコさんの驚愕の瞳と目が合う。その、信じられない、と言わんばかりの表情に戸惑う。な、なにかありました?

 

「待って、ナミ……! まさか、何も知らないこの子を、あんたは旦那とか言って連れてきたの!?」

「ええ」

「……その子から、お金をだまし取った? この子、海賊じゃないだろう!?」

「……」

 

 ナミさんは、戸惑う私をチラリと見て、まっすぐにノジコさんを見つめて、力が抜けたようにふにゃっと笑う。

 

「それがさ、騙そうか迷っている隙に、譲渡されちゃった」

「!」

「この子、なーんにも知らないのに、そういう事するのよ。まいっちゃうわよね」

「……! 分かった、ゲンさんに知らせてくる!」

 

 ノジコさんは、僅かばかりじゃ無く潤んだ瞳を隠す様に、背を向けて勢いよく駆けだす。

 

「……ッ!!」

 

 けれど、数歩で足を止めて、自然と震えてしまう腕をぎゅっと抑える様にして勢いよくナミさんを振り返る。

 

「おめでとう、ナミ……!! やったね……!!」

「ッ。うん……!! ありがとう、ノジコ!!」

 

 

 ―――ああ。

 

 私は、このお2人に何があったのかなんにも知らない。

 

 だけど、きっと、積み重ねた2人の努力が実を結んだのだと悟った。

 だから、そんな弾けそうな感情に呼応する様に、この畑に染みついた残留思念が、手袋越しにでも伝わった。畑に焼き付いた誰かの記憶が、私の脳みそにある瞳が、不思議な女性を視せる。

 

 独特の髪型をしたその女性は、ナミさんとノジコさんを見ると得意げに腰に手をあててニッと笑う。

 

 

「「――――――!!??」」

 

 

 すごく綺麗な人で――ってまたそういうの勝手に視ちゃったッ!?

 

 慌てて手袋を確認するもやはりしっかりとつけている。つまりそれぐらい、この畑は、あの女性の心が焼き付いているのだと気づいて「……」少し、しみじみした気持ちになる。

 

(……こんなに、はっきり視えるって事は、あの女性は……)

 

 すでに……亡くなってるんだろうな。

 

 物に焼き付く、誰かの最期の記憶に年月はあまり関係ない。

 あの素敵な女性の記憶は、この畑にしっかりと残っている。そして、その焼き付いた記憶がほんのり熱を発したという事……それが、あの女性が2人を心から愛していた証拠とも言える。……シュシュの時と同じ様に。

 

(死んだら終わり、なんて言うけど。……物の記憶が視える私には、そうは思えない)

 

 手袋越しで視えるぐらいの強い感情。私の目に視える女性は笑っているけど……すでに、そこに彼女の意志は無い。……条件反射の様なものだ。

 

 でも、そんな不確かなものだからこそ、刻まれた”愛”をはっきりと感じられる。

 

 手袋をちょっとだけ外す。

 

 

『なーに? うっさいわね』

 

『あらナミ、お帰りっ』

 

 

 ああ、そうか。

 最初に感じた感覚。この記憶は、ナミさんに”お帰り”って言っていたのか。

 そして、今揃っている2人には。

 

 

『ノジコ!! ナミ!! 誰にも負けるな!!』

 

 

 女性の激励だった。

 その声は、とても力強くて、眩しくて、優しい。

 

 

『女の子だって強くなくちゃいけない!!』

 

 

 ……。そうか。

 

 もしかしなくても、この女性はここで亡くなったのだろう。

 これは、この人の走馬燈だ。……この女性は死ぬ間際に、このみかん畑に染み込むほどに、彼女たちを案じて、心配して、愛して、恨みも辛みもあっただろうに、そんなつまらないものは知らないとばかりにひたすらに愛を抱いた。だからこそ、強烈に優しい記憶だけが刻まれた。

 

(……勝手に見ておいて、勝手に泣きそうとか、無いな)

 

 グスッと鼻を鳴らして、手袋をぎゅうっと付け直す。

 この女性の事が知りたくて、後で聞いてみようと……改めてナミさんとノジコさんを見れば2人は、蹲って泣いていた……――――なんで!!??

 

 子供みたいに、童心にかえったかのように抱き合って、声を押し殺す様にボロボロと涙をこぼしていた。私が慌てて近づくと、2人は一瞬だけ私を見て「「……―――――うわああああああん!!!!」」声を出して泣きだして―――えっ、あの、ちょ、だだだだ誰かー!!??

 

 近づいてオロオロするだけの私は、この泣き方に酷く胸を締め付けられて、抱きしめたくて、だけどこれは2人だけの涙だと、拳を握りしめる。

 

 大きな2人が、幼い子供の姿に視えてしまった。

 

 ッ、分かってしまう。本当の本当に、2人は頑張って、何かに耐えて、1億ベリーなんて大金を貯めたのだ。そして、ようやく”今日”が来た事と”何か”がきっかけで堰き止めていたものが溢れてしまった。……私は動揺しながらも、ゆっくりとこの場を離れる事を決意する。

 

 

(ナミさんとノジコさんの、やっとできたこの時間を、邪魔したらいけない……!!)

 

 

 いっぱい泣いて、もっと子供になれば良い。

 

 私にできる事を考えて、ゲンさんという人を探そうと、その人に会うために心苦しくも一歩踏み出そうとして、ぐいっと。

 

(……え?)

 

 ナミさんが、私の上着の裾をぎゅっと握っていた。

 ちょ。そりゃもう、しっかりと握って皺になるぐらいのがむしゃらな力だった。ノジコさんと抱き合いながら、抱き合うのに邪魔だろうに、ちっとも離す気が無かった。

 

(……はい)

 

 私は、2人の美女が泣きやむまで、雑草並みに気配を消して傍にいる事にした。

 せめて泣き顔を見ない様にと膝を抱えながら背中を向けて、ひたすら静かに待つことにする。

 

 途中で、何故か手袋をとられそうになったり(やめよう?)抱きつかれたり(ありがとうございます!?)ベルメールさんという女性の話を聞いたり(あの女性でしょうか?)とにかく、普段はしっかりと地に足をつけている様な女性2人が、無理をして大人になった様な2人が、今日という日に子供に戻れたのは、少しだけ喜ばしくて……私は何故か八つ当たりされる様にげしげしぼこぼこ叩かれたり蹴られたりして、そんな子供みたいな2人にボロボロにされながら、くすくすと笑ってしまった。

 

 これでは、ナミさん達が会いたがっているゲンさんを呼びに行くのは、もうちょっとだけ遅れそうだ。

 

 

 

 



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27話 敵が目の前に現れました

 

 

 突然で恐縮ですが、海上レストランで元気に働いているだろうルフィさんへ。

 

 現在、私はナミさんとノジコさんを泣かせた犯人として吊し上げられています。

 そちらも、いきなり船が真っ二つになったりと大変でしょうが、こちらも割と修羅場です。お互いに頑張りましょう。

 あ、つまみ食いはほどほどにしないとダメですよ。

 

 

 

(……なんて、ふふふ。……ルフィさんにテレパシーごっこをしてみても、現実はどうにもならないんですよね)

 

 ちょっと虚しい。

 

 現在、硬い地面の上に正座しながら、私は居た堪れない気持ちで村人さん達の視線に耐えている。

 

(うぅ、可愛い)

 

 背中には、ナミさんがしがみついてしくしくしくしく泣いているし、ノジコさんもゲンさんという男性の胸でぐすぐすで、優しく肩を抱かれている。そして当のゲンさんは、めちゃくちゃ怖い顔で私を睨んでいる。……怖い、本当に怖い。あの目は凄く怒っている。こんな命の危機は感じないけど絶大な恐怖で身がすくむのは初めてだ。

 

(……空が青いなぁ。ふふふ、ルフィさん達は元気かなぁ)

 

 ナミさんとノジコさんが泣き止まないので、現状が膠着して早数十分。体勢的にも普通に辛い。

 

(……うーん。そろそろ水分補給して欲しい。目元用の冷やしたタオルも必要だよなぁ)

 

 軽く心配になりながら、どうしてこうなったのかと過去を振り返る。

 

 あの後、泣きじゃくるナミさんとノジコさんは立ち上がった。

 えぐえぐしながらも宝を協力して掘り出して(何故か私は追いやられた)みかんの出荷用だろう台車にてきぱき詰め込んで(それでも泣き続けていた)そのまま、言葉も無く通じ合っているらしい2人は協力して台車を押し、私もオロオロしながら手伝っていたら、村が見えてきて、そこで2人に気づいた村人さんが慌てた様子でゲンさんを呼びに行き、即座に集まってくる村人さん達。そして2人の泣き顔にギョッとしたゲンさんが大慌てで走ってきて……

 

『どうした!? 何があったというんだ!? ノジコ!! ナミ!! いったい誰に泣かされた!?』

『『…………』』

『お前かあっ!!!!』

 

 

 そこで、同時にこっちを指さすんだもんなぁ!!

 

 思い出したら納得がいかなすぎて呻きそうになった。

 2人の指が示す先にいる私。なんで!!?? とめちゃくちゃ慌てふためいていたら初対面でも関係なくぷんすか怒るゲンさんに胸ぐら掴まれて足が浮いてしまった。ナミさんが腰にしがみ付いて余計に場が混沌になってしまい。

 

(……どうして、こうなったんだろう?)

 

 あれ? 思い返してもやっぱり九割分からなかった。

 

 っていうか、私なの? 私がナミさんとノジコさんを泣かしたの?

 ……いやぁ違うと思うなぁ。もしかしなくても、今のナミさんとノジコさんは泣きすぎて心が幼女なのかもしれない。小さい子供によくある、特に意味のない誰かが困るウソ。周囲に甘えている証拠で、構って欲しい甘えん坊。……そう無理矢理にでも捉えたら、もう私が犯人でいいや。だって2人が可愛いから。

 

(うん。甘えられていると思えば、最高だし)

 

 なんて思いながらうんうんと頷いていると、なんか背中をぎりぎり抓ってきて凄く痛い。ナミさん? 気づいたら、ナミさんの足の間に座るみたいに抱きつかれているけど、これも甘えの一環だと思えば嬉しいけど、シンプルに心臓が痛い。泣かせた件に関しては全く身に覚えがないけど、2人がそう言うならそれでいい。

 でも、認めるならそれ相応の覚悟は必要だと、ザッと土を蹴って仁王立ちになる、目の前の男性を恐々と見上げる。

 

「……ゴホン。……先程はすまなかったね。それで? 君が、ナミとノジコを泣かせたというのは本当かい?」

 

 ゲンさんという傷跡が目立つ男性は、無理に優しく話そうとして失敗している。帽子の上で風車をカラカラと回して、私をギリギリな笑顔で見下ろしている。

 

「……は、はい。そうみたい、です」

 

 カラカラ、カラカラ。

 風車の音が虚しく響き渡る。チラリと見れば、ノジコさんはお医者さん風な男性と村人さん達に慰められる様に背中を撫でられている。

 

「……ふむ。ちなみに、何をして2人を泣かせたのかね? 正直に教えてくれないかな?」

 

 ひえ……っ。答えによってはタダではすまさんぞ小娘。という空気を醸し出す男性に、震えながらも、ごくりと喉を鳴らして正直に答える。

 

「さっぱり、分かりません……!」

「……ふむ」

 

 ゲンさんは、暫し沈黙して……あ、両手が伸びて襟をぎゅっと……はい。

 

 

「正直に話さんかァ!!!!」

 

 

 ああー!? とってもぶち切れていらっしゃるー!!

 

 胸ぐらをそのまま持ち上げられて、ちょ、ナミさんも引っ張られて余計に首が絞まります! でも背中のむにゅむにゅが幸せで真面目な顔ができないっ!!

 

「ゲンさん、落ち着いて……!」

「そうよ。ノジコちゃん達の事は心配だけど、子供じゃない……」

「ナッちゃんも泣いているのよ? 今は冷静に……」

 

 ひいぃい!? 村人さん達も慌ててゲンさんを止めてくれているけど、びびりながら心の片隅で首を傾げる。……なんか、ナミさんに対しての距離感が不自然だな? ノジコさんと同じぐらい、本当は慰めにいきたい空気をひしひしと感じる?

 怒った様な複雑な顔をしているかと思えば、すぐ仮面がはがれる様に心配顔でナミさんを見つめている。うーん。……よく分からないけど、総合的にナミさんとノジコさんは同じぐらい愛されているって事でいいな。可愛いし。

 

「…………っ」

 

 うお!? 急にナミさんのしがみ付く力が強くなって、小さな震えが徐々に消えていく。……ええと、何か怖かったのかな? ゲンさんにぶらぶら持ち上げられたまま、ナミさんにとても複雑な事情があるのをひしひしと感じていると「……ん!」ナミさんが顔をあげる気配。

 

「ちょっと、ゲンさん! 人の旦那を苛めないでよね! 私は大丈夫だから!」

「そうは言うが……――――」

 

 ゲンさんは、そこで言葉を止め、村中が痛いぐらいの静寂で満たされすぐに驚愕で爆発する。

 

「「「「―――旦那ぁ!!??」」」」

 

 あ、私も一緒に叫びました。

 

「だから!! 何でナナも驚くのよ!! ……まったく」

「す、すみませんっ」

 

 ぺちんっと叩かれて、衝撃でゲンさんも私から手を離して、地面に着地する。

 

 ええと、顔が熱い。

 ナミさんの拗ねた顔にドキリとして、流石にここまでくると、聞き間違いはないみたいで…………えっと。い、いいのかな? 本当に、ナミさんの旦那さんとしてここに立っていいのかな?

 

(……な、ナミさんの真意はきちんと聞きたいけど、それは……うん。2人きりになった時じゃないと)

 

 混乱の坩堝に落とされてはいるけど、ナミさんにどんな事情であれ”旦那”として紹介された以上。私はナミさんの旦那さんとして頑張ろう。……それはそれとして、女でも旦那さんでいいのかな? ……多分いいよね?

 そんな事を考えてドギマギしていると、ゲンさんはゆらりと幽鬼の様に天を仰いで、やおら銃を抜い―――まずは話しあいましょう!?

 

「……小娘よ、覚悟はいいな……!?」

 

 ちょ、怖い怖い怖い!!

 目の焦点があってないし全身で怒っているのが伝わってきてガクガクと足が震える。

 

「お、おおおお落ち着いてお話をしましょうお義父さん!? 覚悟は今決めました!! よろしくお願いします!!」

「―――――」

 

 あ。またフッと白目をむいて、すぐさまぐわっと真顔でこっちを睨んできた。

 

「き、貴様ァ。だぁれがお義父さんだ小娘が!! 調子に乗るなァ!!!!」

 

 ぎゃあー!? ブチッて音がした!! お義父さ、いやゲンさんからブチッと音がしてこめかみを銃口でゴリゴリされて暴力反対!! 下手したら気絶しますからやめてぇ!!

 

 

「!! ……い、今のは」

 

 

 何かに驚いて、頭を振りながらゲンさんが私から離れる。……え、何で? もっと執拗にゴリゴリされると思っていたので涙目でびくついていると、ナミさんに抱き寄せられる。

 

「……ナナ、おいで。……ゲンさん。少しでいいの、説明する時間をちょうだい」

 

 ナミさんに庇われて、ゲンさんに睨まれながらビクビクとナミさんの背に、いやここで守られるのはダメだろう!? と慌てて前に出ようとするも「ちょっと話をしてくるから、そこに座ってて」と、有無を言わさぬ勢いで、村の中心にある憩いの場の様な円柱のベンチを指さされてしまった。

 

「……わ、分かりました」

 

 きょろきょろと周りを見ながら、明らかに1人部外者の私は、ここは大人しく座っているべきだと判断する。

 ちょこん、とベンチに座ると……ナミさんがゲンさんと村人さん達を集めて、少し離れた場所で何かを話している。その様子を見守りながら、改めて胸をなでおろす。

 

(……撃たれなくて良かった)

 

 本気で怖かった……つい、ゲンさんをお義父さんって呼んでしまったけど、あれはしょうがない。

 怒り方が鬼気迫りすぎて、どう考えても嫁入り前の娘に近づく悪い男を追い払う頑固なお父さんって感じだったもの。……ほら、なんか今も凄い顔でこっち睨んでるし、誤解が解けない限りは……あれ? よく考えると誤解じゃない?

 

(私は、間違いなく悪い女という奴では……?)

 

 うーんと悩ましくなりながら、私はナミさんの旦那さんで、ナミさんがお嫁さんで……いや、でもいつナミさんとそういう関係になったのかさっぱりすぎる。改めて思い出そうと目を閉じる。

 

 最初の出逢いから、今日までをゆっくりと振り返る。

 たっぷりと数分かけて、これまでの事を鮮明に思い出していく。

 

(……短いのに、濃厚な日々だったな)

 

 くすりと頬が緩む。ルフィさんやゾロさん、ウソップさんやカヤは勿論だけど。当初の、ちょっと警戒しているナミさん。だんだんスキンシップが増えるナミさん。いっぱい笑っているナミさん。容赦なく石で殴ってくるナミさん、怒っているナミさん、悪い事しているナミさん、船の上で泣いたナミさんやお嫁さんの件、現在一番の謎でもあるお2人の泣き虫事件。ナミさん以外の事も念入りに記憶を辿り、その時に自分が何を思っていたかも丁寧に辿っていくけど。

 

(……分からない)

 

 いつだ? どのあたりでナミさんと通じ合うというか、お嫁さんとか旦那さんとか単語が出る様な関係になったんだ? ……どうしよう。ちょっと本気で分からない

 

 唸っていると、突然むぎゅっと抱き着かれて、ぴぎゃっと情けない声がでそうになった。

 

「お待たせ♪」

「あ、はい! ……びっくりしました。お話はどうなりました?」

「終わったわよ。……ナナのおかげでね」

 

 最後の方は小さくて聞き取れなかったけど、ナミさんに首を動かされて見れば、村人さん達はゲンさんも含めて呆然としていたり驚いたりしながらも、私に対しての警戒心を完全に解いている様に見えた。

 

(流石ナミさん。説得がうますぎる……!)

 

 この短時間で一番怖かったゲンさんすらむっすりと押し黙り、私を睨んでいない。帽子で目元を深く隠しているけど、怒っている空気が霧散している。

 凄い。いったいどんな説得をしたのか気になりつつ、此方に駆け寄ってくるノジコさんの笑顔に疑問が吹っ飛んでいく。ただただ魅力的な女性に見惚れる事を優先する。……素敵だ。

 

「あら、ナミだけじゃなくて、私にも興味があるの?」

「はい! ……はい?」

「……返事は脳を経由させなさい!」

 

 ナミさんにぺしっと叩かれて、ノジコさんは私の頬をつつく。突然の天国に背筋を震わせていると、ナミさんはゆっくりと村を見回して、私の腕を引く様に立ちあがる。

 

「……皆! お願いがあるの!」

「……っ。ナミ」

「今は、何も聞かずに私と一緒にアーロンパークに来て欲しいの! そこで、アーロンと取引するから、ここにいる皆に証人になって欲しい!!」

 

 真剣な顔のナミさんに、この場の全員が何かに耐える様に押し黙って、破裂しそうなぐらいの感情でナミさんを見つめている。

 

 

「ナミ。私達は」

 

 

 ――え? その時『ぶおん』と遠くから音がした。それは、ゲンさんが口を開くと同時に、遠くからナニカが飛んでくる音だと気づいた。

 

(は?)

 

 “それ”が、ナニカを確認する前に(あ、ダメだ)自然と身体が動いていた。

 

 ナミさんの腕を振り払って、誰もが私の突然の動きに驚いているのを視界の端に、とにかく鈍すぎる筋肉に命令して、間一髪! “それ”が地面に転がる前にスライディングしてしっかりと受け止める。ジワリ、途端に鉄の匂いがして、服に生温かい血が染み込んでいく。

 

 

「―――――ッ」

 

 

 子供だ。

 

 ボロボロで傷だらけの、白目をむいた瀕死の男の子が、地面に投げ捨てられそうになっていたのだ。……おい、何してるんだ。転がってたら傷口が更に開いて、死んじゃうぞ。死んだら、この子もだけど、この子のお母さんが悲しむじゃないか!!

 

「その子は!?」

「おい、早く手当てを!!」

「何があったんだ!?」

「おい、消毒液をありったけ持ってこい!!」

「ナナ! ……ッ。あんたは」

 

 ナミさんの声に、静かにゆっくりと顔をあげる。

 

 こちらを、ニヤニヤした顔で「シャハハハハハ!!」と笑いながら大股でやってくる、大きな魚人。ギザギザ鼻が特徴的な、そいつの水かきがついた手、指先には、少量の血がこびりついていて……この子をこんな目に合わせた犯魚人は、こいつと、その後ろの取り巻きだと確信する。

 ああ、実に数が多そうだと冷静に見据えていると、私が転がったままなのをそれは楽し気にニヤニヤ眺めている。…………ぐっ。恐怖に気絶、しそうだけど。まだダメだ。流石に……イラッとした。

 

「なんだナミ。帰ってたのか」

 

 ポンっと。大きな魚人がナミさんの肩に手を置く。

 あ゙? なんだこの魚人、ナミさんに馴れ馴れしいぞ。少年をお医者さんだというお爺さんに託しつつ睨む。

 

「……アーロン、何しに来たの」

「なぁに。ちょいと死にかけのガキと、武の所持者をまとめて処刑しようと思ってな」

「……ッ。悪いけど。”私”の村で勝手な事しないでくれる?」

「……なに?」

 

 ぴくり、魚人が反応してナミさんをねめつける様に見下ろす。

 流石ナミさん、勇敢に立ち向かっている! ウソップさんに見せたい光景だ! ナミさんは徐に台車を叩いて、引きずり下ろした袋の中身を露出させる。

 

「……!」

「1億ベリーよ」

「……。ほう?」

「約束よ、アーロン。私にこの村を売りなさい」

 

 はい? 1億ベリー? この村を? ……いや、土地? 自治権? ……とにかく、ナミさんは魚人達の支配から、恐らくこの村を守ろうとして1億ベリーを貯めていた。

 

(……そ、れは)

 

 少年の手をぎゅっと握りながら、ナミさんの緊張した顔を見つめる。……ナミさん、それは……”いつ”からですか? 1億ベリーですよ?

 

(……ダメだ。冷静になれ。あいつらは、ナミさんに何をさせていた?)

 

 ゆっくりと、瀕死の少年の手を離して、気絶しそうに途切れかけの意識を繋ぎ合わせて立ち上がる。

 

(……状況は、まだ浅いところしか、分からないけど、――――それでも、よく分かった)

 

 ゆっくりと、ナミさんの元に歩み寄る。

 

 

「ッ!! なんだ……!?」

「え……?」

 

 

 つまり、こんな酷い事をする奴らの出した悪条件に、必死にすがりつくしかなかった理不尽だけは、よく分かった。

 そして、実際に取引相手を見て、その約束を守るかどうか大分怪しいという事も分かった。つまり、この魚人は。

 

 

(――――私の敵だ)

 

 

 ナミさんに馴れ馴れしく近づくな。

 

 私は、途切れそうな意識で”怒り”ながら、ゆっくりと手袋に手をかけた。

 

 

 

 



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27.5話 少しだけ、私達の話をしましょう

 

 

 めったにない機会なので、この空白に私と“私”の事を語りましょう。

 

 いつか私が“私”に気づいたその時に、この記憶を共有できる事を願いながら。

 

 

 

 

 この瞬間、私が意地を張って気絶しないのも、らしくなく暴力的なのも、“私”にはお見通しだ。ナミさんという初めてのお嫁さんができた事により、心のバランスが崩れているせいだろう。

 

 ダメですよ、私。

 

 いつもなら我慢できるだろうに、ほんのり漏れてしまった暗く冷たい感情を周囲に放ったまま、アーロンという魚人に足を踏み出し、手袋を半分ほど取ったところで、それはいけないと1秒だけ“私”が表に出て邪魔をする。

 

 ここで“アレ”をしたら、私はきっとナミさんに嫌われます。

 

 “アレ”は、無差別攻撃であり、私にはコントロールできないものである。アーロンはともかく、直接脳みそをおかしくさせる余波なんて浴びたら、周りの人間がぽっくり逝きかねない。

 

 “私”は私の左足を固定したので、1秒後にはこけて盛大に顔を打ち付け、我に返ってくれるだろう。

 

 私は私が怒るとどうなるか、知らないなりに分かっている。自分の周りで不吉な事が起こると信じている。そのおかげで今まで平和に生きてきたというのに……今日は心が変化に対応できなかった様だ。

 怒るのは良いが、我慢しないのはダメだ。私にとって愛する以上に“怒る”事は危険すぎるのだ。気を抜けば死体の山が積みあがってしまう。

 

 もし、私があのまま手袋を放り出して、アーロンという魚人とやりあっていたら……せっかくナミさんと良い感じになったのに、その関係は白紙どころかマイナスに堕ちてしまう。

 

 悪魔の実を食べた事を知らない私に、能力を制御する術はない。

 

 アーロンという魚人を殺す事はできるが、それで周りの人間が、特にナミさんが死んだら困る。流石にこれは私も誤魔化せないし“私”は私が泣くのを見たくない。

 

 1人旅の時は簡単だった。“私”が表にでて、私の敵を終わらせるだけで良かった。

 

 でも、今はそれができない。それが私の決めた道だから受け入れるとはいえ。”私”ももう少し上手に私を守る術を考えないといけない様だ。

 

 ちなみに、私は“私”であり“私”は私だ。

 今の私は『ナナ』という名前にかなり馴染んでいるので、“私”は裏ナナと名乗りましょう。

 

 ナナと裏ナナは、生まれつき世界政府の命令で死ぬことが決められた命だ。

 

 呪われた血がどうのこうのと都合が悪くなった世界政府に切り捨てられ、一族丸ごと根絶やしにされたらしいが、生まれたばかりのナナと裏ナナは難を逃れたらしく、東の海のほどほど大きい島の、ほどほど大きな町の、ほどほど治安の悪いゴミ捨て場と路地裏が合体した様な場所で生き永らえた。

 

 赤ん坊が死ぬのは流石に嫌だったのか、町の人達や路地裏に住む家無し達が交互に責任の所在を押し付け合う様にナナと裏ナナを育ててくれた。

 夜泣きが酷かったけれど、ちゃんと乳離れするまで育て、離乳食まで食べさせてくれた。

 

 けれど、ナナと裏ナナは生まれつき壊れていた。

 

 心の出力がおかしくて、喜怒哀楽は一般の人と比べても狂っていて、頭の中はずっとしっちゃかめっちゃかで、自分で自分を制御できなくて、気づけば人も獣もぐちゃぐちゃに喜んで怒って悲しんで楽しんで壊していた。

 

 力が生まれつき強い化け物だと誰かが叫んだが、脳のリミットが最初から外れているだけだった。

 

 殴っても潰しても刺しても撃っても毒ですら死なないと悲鳴をあげられたが、それで死ぬるならとっくのとうに、それこそ赤子の時に死んでいる。頭がおかしすぎて、気づけば身体も否応なしに頑丈になってしまった。

 

 小さな子供に大人達が、怖い獣達がなすすべもなく壊されていく。

 気づけば周りには誰もいなくなり、食べる物も無くなり、ゴミ山に埋もれて閉じ込められて、それでも暴れて壊して脱出してますます恐れられて、ようやく餓死寸前にまで陥った。

 

 その時に、ナナと裏ナナはボロボロの宝箱からでてきた、悪魔の実に、サトサトの実に出会ったのだ。

 

 ナナと裏ナナは、なけなしの気力を振り絞ってかじりつき、そしてようやく生まれたのだ。

 今まで内で渦巻いていたものが外に吐き出される事によって、ようやくナナは“人間”になれた。そしてナナと裏ナナに自我が芽生えたのだ。その時に流した涙は、命を繋いだ喜びであり、私たちの二度目の産声だった。

 

 気づけば、ナナは人を愛したくてしょうがない子供になり、裏ナナは自分だけを愛して内に閉じこもった。そして自然と、化け物と恐れられていたナナは全方向に好感情をまき散らし、恐れられつつも愛される存在になっていく。

 

 だけど、化け物時代を知っているからこそ、町の人達は怖がって近づけない。

 だから迂遠にナナを支援した。喜んでくれると嬉しいが、また化け物に豹変するかもしれないと怯えていた。それを知らないナナは、にこにこしながらいつか恩返しをしようと決めたのだ。

 

 そして、1人ぼっちのナナは、誰かを、女性を、特別な人を、とにかく愛したくて愛したくて他人と比べても異常な程に感情を抑え込んで我慢しているけど我慢できなくて、ついに旅立ちを決意した。

 

 ナナが他者愛(女性特化)で、平和主義で、臆病で、優しいなら。

 裏ナナは自己愛(一途)で、暴力主義で、冷静で、無関心だろう。

 

 裏ナナはナナを愛しているので主人格にするし、喜んで生涯をナナの為に捧げるし、全ての危険を排除し、ナナが愛している女性も守る。岩で殴られても(本当に大したダメージにならないので)怒らない。けれど、基本はナナにしか興味が無い。でも、ナナを幸せにする女性陣や仲間達を損なわない為に行動するのはやぶさかじゃない。

 

 ナナも裏ナナも1人の人間の内にある2つであり、けれど同じ1つなのだ。

 

 喧嘩をする事もなければ、お互いを喰いあう必要も無い、指向性が同じなのに正反対な、同一存在であり姉妹の様な在り方。

 

 でも、裏ナナはいつかナナに認識して貰いたいと欲をもっている。

 そしてお嫁さんの1人にして欲しいと願うぐらいには、近しい別人であり同一人物。

 

 ……さて。もう少し語りたいし名残惜しいけど、そろそろ現実での一秒が過ぎてしまう。

 

 普段はナナの邪魔をしない健気な裏ナナだけど、流石にここは邪魔しないとナナが後悔するのでしょうがない。

 それに、もうアーロンはナナに敵対する事はないだろう。裏ナナがちゃんと威圧しておいたので、力の差を自覚しただろう。

 

 戦えないナナは知らないけど、自分の能力を理解して戦える裏ナナは“強さ”のベクトルがずれているのだ。つまりはけっこう凄いのだ。

 

 だから、安心してナミさんといちゃいちゃすれば良いし、たくさんのお嫁さんと幸せになれば良い。誰にもナナの夢を邪魔させない。ナナは何も知らないままで良い。

 

 だからこそ、次からは素直に気絶して下さいね。

 

 過保護な自覚はありますが、痛いのも怖いのも悲しいのもしんどいのも、ナナにはあまり体験して欲しく無い。もっと楽しい事や嬉しい事で、思考をキラキラにさせて欲しい。

 

 ……っと。本当に時間切れですね。

 

 

 それではナナ。いつか裏ナナを自覚した時に、この事を思い出して惚れ直して下さい。

 

 この世界で唯一、誰よりも何よりもどんなお嫁さんよりも近くで一途に、裏ナナはナナを愛しています。

 

 

 

 



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28話 悪意ある選択肢が増えた様です

 

 

 僅かに、意識が飛んでいたらしい。

 

 目線の先が”ズレ”たのに気づいてすぐ、自分の弱虫に歯噛みしてしまう。

 怖くてしょうがない臆病な本音には目をつぶって、ナミさんの苦労を思えばこそ逃げたくないのだ。例え、アーロンという巨大な存在が怖くてしょうがないのだとしても、ナミさんを苦しめる奴にへらへらご機嫌窺いなんて咄嗟に出来る訳が無い。怒りをそのままにぐーでぶっ叩いてから逃げてやろうと”敵”を見据えて――ぴきん「へ?」左足が固まって「ぶべらっ!!??」私は無様にずっこけた。

 

「…………は?」

 

 ナミさんの声と、耳に痛い程の沈黙で場が静まり返る。

 

 っ。……やだ、すんごく痛い。

 そして、色々な意味で心が辛くてめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

 こ、ここで、こけちゃうの? 私という人間はそういう奴なの? こんなんナミさんにプロポーズしても無様に失敗するに決まっている……埋まりたい。 

 

「ナナ……! 良かった……!」

「……ふぁ?」

 

 あ、鼻血が。このまま地面に沈みたいと願っていると、ナミさんが駆け寄って抱きしめてくれる。天使だ。だけど私の血がついちゃうと頭をくらくらさせながら離れようとすると、ナミさんのハンカチで優しく鼻をおさえられる。……言うまでもないが出血量が増した。ナミさんの香りに興奮するのはしょうがないとして、己の血がこんなに憎いと思ったのは初めてだ。新しいのを買って返そう。

 

「…………」

 

 あ、やばい。視界の端で、アーロンが存在感を増している。

 

 ひえっ、生存本能がガンガンに警鐘を鳴らしている。

 ずん! ずん! と、乱暴者で狼藉物で子供と母親の敵がゆっくりと威圧的に歩み寄ってくる。

 

 ッ。……さ、さっきまでの自分の行動を思い出して、平和的に終わる筈はないと覚悟を決める。

 せめて、ナミさんだけは守るとハンカチで鼻をおさえながら顔をあげると、ずずいっと目の前に顔っていうか鼻が突き出てきた。やだ、痛そう。

 

(さ、刺さったら痛いだろなぁ。い、いやいや、気持ちで負けちゃダメ!!)

 

 こいつは、あんな小さな子供を痛めつけ、ナミさんを苦しめただろう私の”敵”だ。

 

 服に染みついた男の子の血を見て、怒りがぶり返しそうになるが、こういう時こそ冷静になれと自分を律する。ナミさんと男の子、そして現状を誰よりも知らない己の不甲斐なさに暴走気味になっている。

 

 ふーっと、息を吐く。

 

 すでにやらかしているが、それならそれで選択肢は少なくて良い。単純明快は実に好みです。私は逃げ足に自信があるので、一発ぐらい殴ってから逃げるという――「よお、見ない顔だな」は? フレンドリーな声色にゾッとした。

 

 

「どうやら、俺達の間には大きな誤解がある様だ。……なァ? そこのところをじっくりと話し合おうじゃねェか」

 

 

 はああ……?

 呆気にとられて、目の前で頬杖をついて感じの良いあんちゃん、みたいに振舞うアーロンに困惑する。

 

「っ、アーロン、どういうつもり!?」

「……なぁに、お前と一緒さナミ」

「ナナ! 耳を貸さないで!」

「おいおい、単純な話だろ? このガキには、お前と同じぐらいの”価値”があると言ってるんだ」

 

 威圧的に笑う横顔に、流石の私もそれは建前だと分かりますよ? だって、目の奥に隠しきれないギラギラした悪意がある。今すぐにでも私に危害を加えたくてしょうがないって不穏な気配をひしひしと感じている。

 

(……なのに、手をだしてこない?)

 

 気持ち悪いな。何か手を出せない理由でもあるのだろうか? そっちがそうくると、私から手を出すのは気まずいじゃないですか。

 

「まずは、自己紹介をしようか。俺はアーロン、そこにいるナミの仲間だ」

「……!? ……な、ナナです」

 

 仲間? ナミさんがアーロンの仲間だって?

 

 ギョッとしながらも、私に寄り添ってくれるナミさんの体温にもやもやとかムラムラを感じながら疑問と動揺を押し隠す。

 ええい、相手のペースに飲まれるな私! 何故か周りの村人さん達も魚人達も、こちらの様子を窺うばかりで口を出してくれないみたいだし! はっきり言うんだぞ私! よし!

 

「ち、ちなみに! 私はナミさんの旦那さんですから! ナミさんは、私のおおおお嫁さんですから!」

 

 よし、言ってやったぞ私!

 

「……はぁ?」

「ちょっと、こっち見ないで!! いいでしょ別に!?」

 

 アーロンの冷めた目に耐え切れず怒鳴るナミさん。……うん、違うな。やっぱりアーロンは仲間じゃないな。

 うんうんと頷いて頬が緩む。声に乗るナミさんの感情で丸わかりだ。ルフィさん達と一緒の時のナミさんは、怒る時でさえキラキラなのに、こいつに対しての声には嫌悪と憎悪がありありと浮かんでいる。雲泥の差だ。

 

 改めて嫌いだな、魚人のアーロン。

 キャプテン・クロと同じくらい嫌いだ。

 

「……ナミさんは私のお嫁さんなので、貴方の仲間とか関係なく、できればずっと私の隣にいて貰います!」

「ん。まあ。……そういう事だから!」

「……ほーう? なるほどねぇ?」

 

 アーロンは、何を思ったのかぬっとでかい手を伸ばしてくる。

 ナミさんが「何をする気!?」と警戒するのを無視して、私の頭をぐわしっと掴んで、急にぐりぐりと揺らしてくる。……? それだけだ。まさか、頭を撫でている訳じゃないですよね? え、なに? 周りが凄くざわめいているけど、これ意味あるんですか?

 

「……」

 

 どうにも、ギチギチしたりギリギリしたり、微細に指の力を調整している様ですが……特に痛みも感じないので困惑する。痛めつけている訳でもないようだし、気まぐれか? ナミさんにされるなら喜んで過敏に受けいれるけど、こいつ相手にそれは無いな。

 

(……握り潰すつもりはないようだし、私の出方を窺っている?)

 

 ますます分からない。こんなか弱い私を試して何がしたいんだこの魚人?

 というか、意図が分からなすぎて怖い。居心地悪さでじと目を向けると、アーロンは一瞬ものすごく憎々し気な光を瞳の奥に宿して、それをかき消す様に笑う。

 

「シャハハハハハ!! 全く忌々しい話だぜ。今まさに急所を握ってるってェのに、ふてぶてしい面しやがる!! …………あァ、苛々するぜ。殺せる気がしねェ」

 

 はい? ボソッと言わないで下さいよ、後半が聞こえないんですよ。

 

 よく分からないけど、妙な感触の手で頭をぐりぐりされるのは色々と不満が募る。アーロンは、チラリと取り巻きの1人を見て、そいつが緊張した顔で首を振るのを確認してから、私をジッと見る。

 

「……なるほど。そういうカラクリか。つまり接触さえしていればいいって訳だ。おいナミ。このガキから離れろ」

「断るわ」

「……安心しろ。ちょっとした交渉をするだけだ。なんなら、この場で1億ベリー受け取ってこの村を明け渡してもいいんだぜ?」

「ッ!! ふざけ」

「本当ですか!? ナミさん、名残惜しいですがちょっとお離れ下さい!」

 

 突然の好条件に「ナナ!?」慌ててナミさんを優しく下がらせると、アーロンにここぞとばかりにぶらぶらと揺さぶられる。……雑すぎません? 頭って大事なんですよ? 足が浮いてるせいで首の負担が凄いんですよ?

 

「……知ってるだろうナミ。おれは、金に関しては嘘をつかねェ男だ。……あァ、悪いが、そこの台車ごと1億ベリー持ってきてくれないか?」

「! 分かりました」

 

 なるほど、使いっぱしりが欲しかったのか。

 

 納得しながら、ぽいっと投げ飛ばされつつ着地して、いそいそと台車に近づく。

 むっ、結構高いな。身長が届かず、背伸びした不安定な姿勢で袋に手を伸ばして――え? 何故か首がぐきいっと曲がり、その痛みに白目をむく前にバァン!!!! と目の前の台車が爆発した。

 

 …………へあ? 思考が止まってた。なになになに!? なにがおこったの!?

 

 慌てて振り返ると、ナミさんがアーロンに口を塞がれている(アーロン嫌いポイントが上がってキャプテン・クロより嫌いになった)はあ? と目を細めてよく見れば、アーロンの手の平には水が溜まっていて。……水遊び?

 

 

「……シャハハハハ。悪ィな。ちょっとしたお遊びのつもりだったんだ。まさか本気にはしねェだろ?」

 

 

 なにが? とりあえずあんまり話しかけないで欲しいしナミさんの麗しいお口から即座に手を離せ。

 ……んー。いけない。怒ったらダメ。冷静になれ私。

 

「……よお、悪かったなナミ」

「ッ。ナナ!! 1億ベリーは無事!?」

「はい!! 咄嗟に握っていたみたいで、すっごく無事です!!」

 

 私よりお宝を優先するナミさんにでれでれしながら、そのクールさを見習わなくては重すぎる荷物をドスン!! と降ろす。……我ながら、よく片手で持てたなとびっくりした。

 

 

「あ、アーロンさん、あのガキ、やばいですよ……」

「……あ、あの不意打ちを、予備動作なく避けやがった……」

「こ、この海にいていいレベルじゃねェ……どうなってんだよ!?」

「……ここは一旦引きましょう。……今なら、まだ立てなおせます」

「――まァ、待て。……やり様はいくらでもある」

 

 

 ずりずりと袋を引きずって、アーロンの前に中身を広げる。……それにしても、取り巻きの魚人達も個性豊かだな。あのエイっぽい魚人とか、私を一心に睨みすぎでは? 怖いからやめて欲しい。

 

「どうぞ! 1億ベリーです!」

「ああ。……ところでだ。まずあそこで治療を受けているガキは、俺をナイフで殺そうとしてきたんだ」

「え」

 

 それは、ええと、過剰防衛という奴ですね? いくら唐突な話題転換でも、流石に気になってしまう。……う、うーん。ちょっとだけ自業自得すぎて、そりゃそうなりますよね? って気持ちで居た堪れなくなる。

 

(それとも……自棄になるほどの怒りと悲しみが、あの少年を苛んでいたんでしょうか……?)

 

 かなり心配になるけど、自殺はいけない。とても許容できない。……死んじゃったら、君のお母さんが悲しむじゃないか。君が着ている服の洗濯具合から分かるんですからね? 親孝行しないとダメなんですよ? 少年の様子を見れば、すでに治療が終わっている様でホッとする。……しまったな。畳みかけるつもりの気勢が削がれてしまった。

 

「分かってくれた様で何よりだ」

「……んぐっ。そ、それが何ですか! とにかく、この1億ベリーを受け取って下さい! そして、この村をナミさんに明け渡して下さい!」

 

 むうっと強気に腕を組むと、アーロンは「シャハハハハハハ!!」と笑って、しっかりと袋を掴む。

 

「!! う、受け取ったわね、アーロン」

「まあ待て、ナミ」

 

 アーロンはニヤニヤしながら、またしても人の頭をわしづかんでくる。

 

「……受け取りはしたが、きちんと1億ベリー入っているか確認させて貰うぜ? 当然だよなァ? それまで、このガキも一緒にアーロンパークでゆっくりと待っていてくれ」

「……っ。ちょろまかしたりはしないわよね?」

「当たり前だ。……なんなら見張っとくか? ……ああ、しかし、そうだな」

 

 アーロンは、何やらいやらしい笑みを浮かべて、ナミさんを見ながらギザギザの歯で威嚇する様に笑う。

 

「もし、お前が改めておれ達の仲間になるというなら、アーロンパークを除いたこの”島”をお前に売っても良い」

 

「――――――――!!??」

 

 ナミさんの瞳が、揺れる。

 

「なっ!?」

「……あの野郎ッ!!」

「ナミ、ダメよ!!」

「待つんだ、ナミ!!」

「ナッちゃん!!」

 

 ざわめく周囲の動揺に、島とか、この村だけじゃない、とか、その情報の意味を怒りをおさえながらよく考える。……っていうか、事情はまだ全体が見えないので何ともいえないけど、そんなのダメに決まっている。

 事情を全部知った後で、絶対に反対してやるからな! たった1億ベリーで島丸ごとはともかく、ナミさんはダメだ。金額が釣り合わないにも程がある。

 

「……ほう?」

 

 ナミさんという、素敵すぎる人に1億ベリーは安すぎる!!

 

 正気とは思えない。というか女性に価値をつけるとかぶっ飛ばしたいぐらい失礼ですし、ナミさんは私のお嫁さんだから守りますし!! ふんっとぶら下げられながら腕を組む。

 

「……」

 

 ぷーらぷーら。

 何を考えているのか、顎に手をあてて、アーロンは私をおもちゃみたいに揺さぶりながら歩き出す。え? 強制お招きですかこれ? 嫌なんですけど? 慌てだす私を無視して、アーロンは改めてナミさんをニヤニヤと見下している。

 

 

「ゆっくりと考えるんだな。……1億ベリーでこの”村”と”自由”を選ぶか」

 

 

 ――――あ。やっぱりアーロンすごく嫌いだ。

 

 

「自由は捨てて、この”島”を選ぶか」

 

 

 そんなの、ナミさんが”どちら”を選ぶかなんて、決まりきっているじゃないか。

 

 

「…………」

 

 ナミさんは、ぎゅっと唇を噛んで、アーロンの言葉を噛みしめる様に瞳の奥に壮絶な覚悟を滲ませる。そのまま、酷く追い詰められた顔で、何も言わずに一歩を踏み出した。

 

「ナミ、待つんだ!!」

「邪魔しないで!! ナミ、ダメだよ!! ――――ナミ!!」

 

 村人さん達の必死の声も、ゲンさんやノジコさんの悲鳴の様な声も、魚人達に遮られる。そして、ナミさんは聞こえていないかの様にまっすぐに歩いている。……その、静かにアーロンを睨む表情に苦しくなって、悲しくなる。……だめ。落ち着け。すごく落ち着け。落ち着いているぞ私は。

 

 とにかく、話はアーロンが1億ベリーを確認してからだ。

 

 そこで、ナミさんはどちらかを選択する。つまりは”自由”か”島”かを。

 どちらに転んでもアーロンが得をするのは苛々するけど、これはナミさんとアーロンの”約束”だ。

 

 だからこそ、当のナミさんが決着をつけるべきなのだ。

 

 私はただ、どちらであろうともナミさんを肯定するだけだ。頑張っているナミさんが、後悔しない答えを選べますようにと祈るしかないのだ。

 

 自然とナミさんを見つめていると、ナミさんは私の目を見返して、ふっと力が抜けた様に、悲しそうだけど嬉しそうに、自分に呆れたかのように、ふにゃりと泣きそうに笑う。

 

「――――」

 

 その笑顔が、とても綺麗だと思った。

 

 どういう感情で浮かんだ表情なのか分からないけど、今すぐ傍に行こうと、アーロンに掴まれた頭を振り払ってナミさんのところに駆け寄る。

 

 

「アーロンさん……!?」

「……いい。好きにさせろ。……なァに。お前らもすぐに分かるさ。アレは、ナミがいる限りは”制御できる爆弾”だってな」

 

 なんかアーロンが阿呆な事を言ってるけど無視して、ナミさんの手を握ると、静かに腕を組まれてドギマギする。

 

「……っ。ありがとう。……それから、ごめん!」

「どういたしまして! ナミさんには全部を許しています!」

 

 可愛い! 悪びれなく謝るいつものナミさんに嬉しくなりながら答えると、ナミさんに「うん」こつん、と額をぶつけられる。

 わわっ、甘えられているって感じがして、じわじわと恥ずかしくなりながら照れてしまう。

 

(……うん!)

 

 先行きは不安だけど、2人ならどうとでもなるし、できる限りしっかりとナミさんを守るつもりだ。例え何があっても彼女を1人にはさせない。

 

「…………」

 

 それに、アーロンパークとやらに行けば、ようやくナミさんの事情が、その全容が見えるかもしれないのだ。

 

「……あ」

 

 きっと、本当に知られたくない過去があるのだろうけど、ここまで巻き込まれたら渋られても一割ぐらいは聞けるかもしれない。そう、期待と不安を胸に抱きながら、私はアーロン達の後をついていく。

 

「…………っ」

 

 隣を歩くナミさんが、急にすごく気まずそうに、忘れ物を思い出したかの様にそわそわと村に戻りたそうにしているのは、きっとアーロンが嫌いすぎて、アーロンの家に行くのが普通に嫌なんだろう。私がしっかりしなくては。

 

 よし! と気合をいれて顔をあげると、遠くにアーロンパークとやらが見えてくる。

 

 隣のナミさんが、途端に緊張したのに気づいて、つい強めに手を握り返してしまう。ナミさんはハッとした顔で私を見て、それから覚悟を決める様に前を見る。

 

(綺麗だ……)

 

 自らサメの口に入る様な気分だったけど、その凛々しい横顔に見惚れて、目的地が地獄でもいいと思ってしまった。……咳払いして、改めて気合を入れ直した。

 

 

 

 



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29話 応援なら任せて下さい

 

 

 はい。アーロンパークに招かれて早々にナミさんと別れ、冷静になってしまった私です。

 

(あ、あわわ、あわわわわわわ……!?)

 

 死ぬほど怖いんですけど!?

 ガクガクと、大きなプール前で膝を抱えながら左を見ても魚人、右を見ても魚人の空間で心細くて震えている。怖すぎて命の危機しか感じられない。

 

(な、ナミさんは、アーロンの仲間とお金を数えるから、それまで待機って言ってたけど……)

 

 待ち時間の間に”事故”で生死不明になったりしないかと、本気で不安になってしまう。

 それに、さっきからじろじろと視線を感じて胃がキュッとする。足元からそわそわして居心地も悪い。自分が先程まで何をして何を考えてどんな態度をとっていたのか思い返して……特に、ナミさんの故郷の村で馬鹿みたいに転んで鼻を打ってハンカチを汚した辺りに本日最高ダメージを受けている。

 

(心が痛い!! このまま水に沈んでしまいたい!!)

 

 恥の大盤振る舞いすぎて、ナミさんの目にどう映ったのかと考えるだけで羞恥にゴロゴロしたくなる。

 

「…………」

 

 っていうか、私を招いたアーロンは何故か椅子に座って奇妙な物でも見るみたいに私を観察している。絶対に目を合わせない様に背中を向けているけど、視線がビシビシ背中に刺さるのだ。

 

(無視です無視!)

 

 いえ、本音ではめちゃくちゃ怖いです。でも私は、脳内で一度でも”敵"だと認識してしまうと、その相手に対して無謀な振舞いをやめられない悪癖があるのだ。

 

(我ながら、早死にしそうな習性だよなぁ……)

 

 どうして、無駄に意地を張ってしまうんだろう?

 昔とは違い、今の私にはメリーという家もあるし、ルフィさん達というお友達(そう呼んでいいよね?)もいる。長生きしたいのになぁ。それにお嫁さんは絶対に欲しい。だから、ナミさんの真意はどうあれ、私を旦那と呼んでくれた以上は全身全霊で、いつもより大胆に2歩ぐらい踏み込んで巻き込まれにいったけど。

 

(結局、いまだにナミさんの事情が分からないんだよなぁ……)

 

 やっぱり信用されてないのかな?

 落ち込みながらゆらゆら揺れるプールの水を見つめていると、すいーっと何かが泳いで来るのが見えた。……なんだろ? いや魚人だろうけども。

 

「よー」

「……やー」

 

 とぷんっと静かに顔を出したのは、タコの魚人の様だった。挨拶されたので力無く返事を返すと、よいしょっとばかりに私の隣に座る。

 

「お前、ナミの事なーんにも知らねェんだな」

「……えぇ? 何でそんなデリケートな問題を知ってるんですか……?」

「そりゃあお前ェ、おれがはっちゃんだからさ! 『ハチ』とそう呼んでくれ!」

「分かりました、ハチさん……」

「……元気ねェなぁ、ナミの事教えてやろうか?」

 

 え!? つい反応すると「おいハチ。客人に余計な知恵をつけるんじゃねェ」というアーロンの声に、あ、じゃあいいです! と無駄な意地をはりたくなる。

 

「結構です! ご親切ありがとうございます! ナミさんの口から直接聞きます!」

「そうかぁ、そういやお前は誰だ?」

「ナナです。ナミさんがつけてくれました」

 

 ほうほうと、そのままハチさんはプールをすいすいと泳いで行ってしまう。……そのつかみどころのない感触にちょっと肩の力が抜ける。……変に悪意の無い魚人さんだなぁ。

 アーロンとか、ここらにいる魚人達からは何かしら嫌ぁな濁った感じを受けているので、余計に心を許しそうで危うい。

 

(……此処は敵陣だし、しっかりしないと。……ナミさん、まだかなぁ)

 

 心がすでに限界で、もう今すぐにでも会いたくて寂しい。

 まだ数え終わらないのかな? 渡したお金は確実に足りているし、早く戻って来て欲しい。……もしかして、お釣りの精査に時間をかけてるのかな?

 

(でも、ちょっと勿体ないな)

 

 即物的に売らずに、下調べしてちゃんと収集しているお金持ちさんと交渉すれば、大抵の品なら最低100万ベリーでいけそうなのに。

 頭の中で、紙幣以外のお宝を思い出しながらプールの水を見つめる。……そういえば、あの金のカップは”西の海”で欲しがってるおじさんがいたな。贋作だけど、金でできてるから価値はあるみたいだし、どちらかといえば贋作者のファンになった変わり者。

 色々視すぎてごっちゃになってるけど、お手紙でも書いたらどうかな? ……いや、いいか。アーロンが儲かるとか素直に腹立たしいし、黙っていよう。

 

「……分かってるな? 調べてこい」

「へい!!」

 

 ああ、ナミさんに会いたい。

 正直に言って、男性しかいないこの空間はときめきが足り無くて息が詰まりそうだ。女性がいないとか正気を疑ってもいる。アーロンパークに居座りたくない理由の9割がこれだ。

 

「多いな! そうだ、女と言えばアーロンさんには妹がいるぜぇ」

「……えっ!? 聞きたいような聞きたくない様な……!?」

 

 突然、ぬうっと出てきたハチさんが「シャーリーっていうんだけどなァ、美人だぞォ」とか教えてくれるから凄く興味を引かれてしまった。……いや、しかし、アーロンをお義兄さんとか呼びたくないな!! 

 

「……シャーリー! そうか。このガキ、あいつの”同類”か!!」

 

 ん? アーロンの視線というか威圧感が更に鋭くなった気がしたけど、無視を継続する。

 

「……アーロンさん、同類とは?」

「あいつの特技は知っているな? ……このガキからは、あいつと似た匂いがする」

「――え!? 妹さんを紹介してくれるんですか!?」

「言ってねェだろ!! こ、このガキ、どんな都合の良い耳してやがる!?」

「さっきまで無視してたろ!? アーロンさん、このガキの顎を外しときますか!?」

 

 何故か騒がしい魚人達を横目に、ようやくアーロンと目を合わせると、アーロンは真顔で私を見下している。

 

「……。ああ、会わせてやってもいいぜ。……どうやら、お前にはおれが思っている以上の”価値”がありそうだ」

 

 何言ってんだこの魚人。

 でも、妹さん……どんな魚人さんなんだろう? お嫁さんになってくれないかなぁ。……アーロンの女バージョン。こうかな? ふむ、鋭利な鼻が実に清楚だ。

 

「…………」

「「「「ぶっほお!!??」」」」

 

 突然うるさい魚人達を背後に、むふむふと頬を緩ませる。

 うんうん、血の繋がりに罪はないものね。何故か血管を浮かせて目が血走っているアーロンは嫌いだけど、妹さんに罪は無い。性別も種族も年齢も立場も運命も、愛の前にはしょうがないものです。

 

「こ、こいつ、アーロンさんでなんておもしろ、いや失礼な想像を!?」

「しかも、イけるだと!? どれだけ業が深いんだ……!?」

「チュ♡ ……見た目以上にやばい人間だな」

「くっ。度し難いにも程があるぞ!!」

「……。何で、魚人の方に常識がある様に見えるのよ」

 

 ハァ、というナミさんの悩ましい溜息と声にハッと顔をあげると、可愛らしく額をおさえながら、待ち望んだナミさんが部屋から出て来るところだった。

 

「ナミさん!」

 

 数十分ぶりだけど恋しすぎて綺麗すぎる! ナミさんしかもう見えない。

 

「……やはり悪女か」

「聞こえてるわよ!! ったく。アーロン、数え終わったわ。きっちり1億ベリーよ。あっちは私とナナのね」

「……早かったな」

 

 アーロンはニヤリと笑って、パンっと手を叩くと椅子から立ち上がる。……うぅ。やっぱり大きくて威圧的だな。足がガクガクしてきた。

 

「ナナ、おいで」

「はい!」

 

 あ、今の良い。優しい声で呼ばれた事にときめきながら近づくと、自然と手を繋がれて魂が天に昇りそう。

 

 

「……! 静かになった」

「フン。聞いていた通りという事か」

「……というか、本当に脅威なのか? あのガキは」

「見た目で判断するな。あの威圧はマジ死ぬかと思ったぜ」

「……油断するな」

 

 

 ナミさんの手の感触に浸っていると、アーロンが「それで?」と簡潔に話をもっていく。もっと極上の手触りを楽しんでいたかったけど、しかたないですね。

 

「”どちら”を選ぶのか、もう決まったのか?」

「……ええ」

 

 まあ、私も分かってます。ナミさんは……ちょっとだけ不器用な人ですから。

 苦笑すると、ナミさんが驚いた様に私を見る。

 

「え?」

「……おい、ナミ。今は商談中だ、そのガキと距離をとれ」

 

 ぐっ。ちょっと正論で悔しくなる。アーロンの癖に……! ナミさんの瞳をもっと見ていたけど、今はしょうがないと距離をとる。

 

「……ちょっと、勝手な事言わないで!」

「おいおい、フェアに行こうぜ? ……どうやら、そこそこに脳みそは詰まっているみたいだしな」

 

 相変わらず嫌な笑い方だ。

 ナミさんを仲間だと言いながら、本心で見下しているのが良く分かる目をしている。

 

「……フン。……それで? どちらを選んだか聞かせてくれ」

 

 二択の問題。”自由”か”島”かって、聞いておきながらどちらを選んでもアーロンに損が無いのがずるくて嫌な感じだ。

 それが分かっているからこそ、ナミさんとって答えは決まっている。

 

 

「――――島よ!! 私は1億ベリーで、この島を買うわ!」

 

 

 ほらね。

 ナミさんは、ちょっとだけ不器用な優しい人だから。

 

 そちらを選ぶのは最初から分かっていた。でも、もしかしたら”自由”をとって、後々に後悔する可能性もあったから、少しだけ安堵する。

 これに関しては、取引相手が悪いからナミさんは悪くない。

 

「……なるほどな。歓迎するぜナミ、お前は俺達の仲間だ!」

「……ッ。結果的にそうなるだけよ」

 

 悔しそうに俯くナミさんを見ていると、アーロンという男は本当にふざけていると目を細める。

 ちょっと苛々してきたな。……結局、島をナミさんが手に入れたところで、ナミさんがアーロンから離れられないなら意味がないのだ。色々と”便宜”を図らせられるに決まっている。

 

「……なんだ、気づいていたのか」

「……黙って」

 

 恐らく、アーロンはこの島を支配している。この件でその支配を”若干”緩める事はできても、それもアーロンの気まぐれ次第。島が名実共にナミさんの物になったところで、力による支配の本質は変わらない。

 

(ナミさんも、それに気づいている。というか、当初の予定通りに村を買えたところで……その村に”不幸”が訪れても、それがアーロンの企てだと立証するのは大変だろう)

 

 もしも人が住めない土地になったら……住人はそこを離れて別の村に移動するしかないのだ。

 そう。反則技は無数にあり、約束は守ってもその後の『保証』なんて絶対にこの男はしない。金のやり取り”だけ”信用できても、口約束以上の効力は無い。

 

「……ッ」

「おいおい、そんな目で睨むなよ。……俺がそんなえげつない真似する様に見えるか? あそこのお嬢ちゃんの頭がいかれてるだけだろう?」

 

 それに、この後はナミさんの解放を条件に、更なる金額をふっかけてくるつもりだろう。

 

「……ほう?」

 

 まったく、分かりやすくて浅すぎる男だ。

 思考が読みやすくて、事情はさっぱりなのに予測をつけやすい。こういう浅薄な男のやりそうな事は大体三流なのだ。どうせ島中からお金をむしり取って、楽に稼いで調子に乗っていたに決まっている!

 

「……あ?」

 

 ナミさんに”条件”という一方的な借金を背負わせ、ナミさんに島のお金を集めさせるつもりだ。絶対にそうする筈だ。そうしない筈がない。効率を求めるあまりに効率を落とす系の管理がずさんで下手な奴だ。その割に妙なところで取引上手でたまに有能だから部下が勘違いするんだ。どちらかというとアーロンは運に助けられているだけの力自慢だ。

 

「……そろそろ、調子に乗るなと教えてやるべきじゃないか? ナミ」

 

 なんで突然苛々してるんだこの魚人? カルシウムが足りてないな。

 

「……あら? アーロンもあの子には教えない事を”選択”したんでしょう? 私に言うのは筋違いね」

「チッ!!」

「言っとくけど、間違ってもあの子を制御しようなんて思わないでよ? 藪から蛇どころか鬼が出かねないわ」

 

 今度は、ナミさんと分かり合った風に話しているアーロンにムカムカする。早くナミさんを旦那さんである私に返せ……! 間男って呼んでいやだ絶対に呼ばないナミさんに間男なんていない!

 ぎりぎりしながらアーロンを睨んでいると、アーロンが真顔で私を見据えて不意に獰猛に笑う。……な、なんですか。

 

「……認めるぜ、ナミ。アレは面倒臭ェが、磨けば最高級に使える”道具”になる。気が変わった。おめでとうナミ。今日この瞬間、この島から条件によっては完全に手を引いてやる」

「……!? 何のつもり」

「なぁに。お前とそこのガキが手に入れば、お釣りが来ると言ってるんだ」

 

 アーロンの気持ち悪い視線を鬱陶しく感じていると、怖い顔のナミさんに強い力で抱きしめられて心臓が飛び出しそうになる。

 

「断るわ!!」

「……おいおい。金も無しで、おれと対等に取引できると思ってるのか?」

 

 アーロンが、さてどう料理しようか? とばかりに威圧してくるのにムッとする。

 もうそろそろで、お前の天下が崩れる事が分からないとは、実に可哀想だと心の中で舌を出す。まあ、それは私とナミさんしか知らない事だけど。

 

「……え?」

 

 言っておくが、ナミさんはもうすぐお前の仲間じゃなくなる。

 

「ナナ?」

 

 だって、私はちゃんと書いておいたのだ。あの日、海に落とした手紙に。

 だから、きっと、恐らくだけど、ルフィさん達に届いた筈なのだ。なら、もう時間の問題だ。

 

 

『ルフィさん達へ。

 

 レストランの件が片付いたら、皆で私とナミさんを迎えに来てあげて下さい。

 

 あと、ナミさんの事はあんまり怒らないであげて下さい。なにか事情があるみたいです。

 

                                    ナナより』

 

 

 短いけど、ちゃんと”迎えに来て”って手紙でお願いしたんだから、あの人達が来ない筈がない。

 

 そして、幸運にもナミさんの故郷の村には、ルフィさん達に事情を詳しく説明してくれる人がいる。だから、寄り道しがちな彼らでも迷いなくまっすぐに此処に来てくれるだろう。もしかしたら――――

 

 

 ドゴオオオオオン!!!!!

 

 

 今すぐにでも。

 

 

「あ……」

 

 

 ポロリ、と涙を流すナミさんを見上げて、流石すぎるタイミングの良さに、眩しいぐらい格好良いと笑みが浮かぶ。

 

 激しい衝撃で砕かれた、元は門があった瓦礫の間をルフィさんはスタスタと歩いて、私達を見つけると嬉しそうに「よっ!」と笑ってから、魚人達をぐるっと見渡して、指を鳴らす。

 

 

「アーロンっての、どいつだ」

 

 

 さあ、反撃の狼煙はあげられた。ふんぞり返る時間は終わりだぞ、アーロン。

 

 ルフィさんがんばれー!!

 

 

 

 



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30話 今を捨てて知る事を選びます

 

 

 スタスタと、迷いなく歩いて来るルフィさんにぶんぶんと手を振って、泣いているナミさんの背をそっと押して道を開ける。ここは危ないから離れましょうね!

 

「……アーロンってのァ、おれの名だが……?」

「おれはルフィ」

 

 肌にぴりぴりくる感じに少し緊張する。暴力の気配を背に砕けた門前を目指して歩く。

 

「そうかルフィ……てめェは何だ」

「海賊」

 

 チラと見れば「おい待てよてめェ」と、進行を塞ぐ様に魚人が割り込んでいて(危ない)と口に出す間もなく「どけ」と一撃であしらわれていた。

 

(い、痛そう……)

 

 肩を震わせながら、魚人達にちょっとだけ同情の視線をおくる。

 これからルフィさんにボコボコにされるのだと思えば、彼らの母やいるかもしれない姉と妹の事を想い、少しばかりの憐れみを覚えてしまう。

 

(見た目にだまされるでしょうが、ルフィさんは凄い人なんです)

 

 だってゴム人間だ。

 キャプテン・クロの戦いを視た時は驚いたものだ。だって、”ゴム”に脳みそと筋肉があるんですよ? あの様子だと内臓も血管も全てがゴム仕様です。破壊力を考えるだけでゾッとするでしょう? まあ、教えてあげる義理もないので言いませんが。

 

(でも、良かった。ルフィさんのおかげで、ナミさんが安心して泣いてる)

 

 さっきまで、私を守ろうと頑張っていて、ずっと緊張しっぱなしだった。

 だから、凄く良かったと涙が止まらなくなっているナミさんの、気恥ずかしそうな視線に微笑みをかえす。

 それから、少し迷いながらも手袋を外して素手でその涙に触れる。

 

(……温かい)

 

 そして、熱い。

 私の指を受け入れてくれる指先が、そっと閉じる瞼から零れる新しい涙が、綺麗で、ジワリと火傷する様に熱く感じる。

 全身に熱が広がり、だからこそ許せない。こんな涙を流させたアーロン達に怒りを、そしてルフィさんに多大なる感謝を抱いて、口を開く。

 

 

「……やっちゃえ、ルフィさん」

 

 

 小さな声は、きっと聞こえない筈だった。なのに、酷くタイミング良くルフィさんの拳がドゴォン!! とアーロンの頬をぶん殴る。

 

 

「「「「うわああ!! ア!! アーロンさん!!??」」」」

 

 

 驚く魚人達の叫びを無視して、ルフィさんはフンー……!! と鼻息を漏らして、アーロンという敵をまっすぐに見据えている。

 

「てめェは一体……」

「うちの航海士を泣かすなよ!!!!」

 

 ――ふふ! 思わず、ふにゃっと声が漏れてしまう。隣のナミさんが「ぇ」とか細く喉を鳴らして、慌ててぐしぐしと涙を拭って「な、泣いてないわよ!!」とルフィさんに強がる。可愛い。

 

「ウソつけ」

「ウソじゃなわよ!! だ、大体ね、あんた何しに来たのよ!?」

 

 調子が戻ってきたナミさんに、ルフィさんがはあ? と首を曲げる。

 

「バカだなぁお前。お前らを迎えに来たに決まってるだろ?」

「…………っ!!」

 

 ナミさんの顔が真っ赤になる。凄く可愛い。

 

 何とも言えない絶妙な呆れ顔を見せて、ルフィさんは腕をぐるぐるしながらアーロンに視線を戻す。

 ナミさんは嬉しさを押し殺す様に「あ、っそ!! 余計なお世話をありがとう!!」とそっぽを向き、ルフィさんは「おう」とだけ答えた。

 

(……こういうやりとりが、見ているだけで良いんだよなぁ)

 

 それに、ルフィさんは通常運転だけど、照れてるナミさんははちゃめちゃに可愛い、っていたいいたいいたい手がギリギリ握りしめられてるけど、ルフィさんへの照れ隠しかな? 私に八つ当たりしてもしょうがないですよ? とりあえず、ルフィさんの攻撃範囲を考えるともう少し距離が欲しいし、やっぱり外に出よう。今なら魚人達はルフィさんしか見えない状態なのでその隙に「雑魚はクソ引っ込んでろ!!」――――って、え?

 

 ドゴゴゴゴゴォって、ルフィさんに群がりだしていた魚人達があっけなく蹴散らされていく。

 

 それを軽々とやってのけたのは、まさかの親子喧嘩が微笑ましいコックさんで、そう、サンジさんだ! なんで此処に……あと足技凄いですね!? もしかして、海上レストランって出張サービスもしてるのかな?

 

「――ったく、おめェは1人でつっ走りやがって」

「別におれ負けねェもんよ!!」

「バーカ。おれがいつてめェの身ィ心配したよ!!」

 

 んお? ぽすっと肩に手が置かれて、そのままゾロさんが私とナミさんを追い越していく。その後を、ガクガクと足を震わせたウソップさんが「よ、よお!」と私達に挨拶だけして頑張ってついていく。……おお!

 

「獲物を独り占めすんなっつってんだ」

「そうか」

「お……おれは別に構わねェぞルフィ」

「……たいした根性だよお前は……」

 

 眩しい、と感じる。とても頼りになる背中が揃っている。

 

 ああ……知っていたし、信じていたけど、それでもちゃんと来てくれたのが嬉しい! ナミさんも感極まったのかまたぐすっと鼻を鳴らしている。私だって視界が歪んでいる。

 

「……フン! つまりてめェらの狙いは、こいつらって事か」

 

 アーロンは、私とナミさんをチラと見てから、ルフィさん達を小バカにする様に笑い出す。

 

「シャハハハハ!! たった4人の下等種族に何ができる!!」

 

 凝り固まりすぎた偏見か、人間を見下しすぎているアーロンは己の勝利を固く信じて油断しきっている。それに、ナミさんは覚悟を決めた顔つきになり、アーロンを睨んだまま私の手を引く。

 

「ナナ、行くわよ!」

「はい!」

 

 ナミさんの横顔には、彼らと一緒にいる時の笑みが戻っている。

 

 ガッツポーズしたいぐらい嬉しくて、鼻歌を漏らしそうになる。アーロンは私達を気にするそぶりも無く(まあ、この島から逃げられるとは思いませんよね)目の前のルフィさん達をニヤニヤと見下している。一触即発だと思っていると、突然のラッパ? 音。

 

 

「バカヤロォお前らなんかアーロンさんが相手にするかァエサにしてやる!!!! 出て来い巨大なる戦闘員よ!!!!」

 

 

 え? 凄い。タコの魚人ってそんな音だせるんですか!?

 

 ハチさんの驚きの特技に目を丸くする。初めて魚人を見た時よりびっくりした。ゴオオオオって海面が盛り上がっているけど、その特技の詳細の方が気になる。

 

 

「出て来いモーム!!!!」

 

 

 ザバァアアア!! と巨体による威圧感を纏って出てきたのは、牛!? ……いえ、魚!?

 お肉の味はどっちなんだろう……? そしてなんですでにボコボコにされてるの!? ルフィさん達も「「「「あ」」」」って凄く顔見知りですみたいな空気出してて、まさか道中で狩ってたの!?

 

「ナナ! 笑わせないで! いいからちゃんと逃げる!!」

「えっ、ご、ごめんなさい!?」

 

 また口に出てた!? 顔を熱くしながら走って、壊れた門を通れば「え?」人がいっぱいいた。

 

「ナミの姉貴!! ナナのお嬢さんも!!」

「2人とも、よくぞ御無事で!!」

「ジョニーさん!? ヨサクさんも!?」

 

 どうして此処に!?

 たくさんの人に目を奪われていた真横に、見知った2人がいて驚く。

 

 もしかして、ルフィさん達と一緒に迎えに来てくれたのかと嬉しくなるけど、少し様子がおかしい。2人は何故か剣を抜いて、アーロンパークに集まった人々が中に入らない様にガードしている。ジョニーさんとヨサクさんの表情は真剣で、何故かお互いの頬をお互いでぶん殴った様に腫れている。色々と聞きたい事はあるけれど、今は疑問を飲み込むことにする。

 

「ナミ!!」

「ノジコ!? それに、ゲンさんも、皆も……なんで此処に!?」

「当たり前でしょう!? 隣村の奴らもいるし、他にも島中から集まって来るわ!! もう限界だって、皆が分かってる!!」

「そ、そんな……」

 

 え……予想以上に燃え広がっている現状に「ひえ……っ」と声が漏れる。ナミさんの顔も強張るけれど、その肩に力強い手が伸びる。

 

「ナミ」

「ゲ、ゲンさん……」

「今まで、すまなかった……!」

 

 血を吐く様な、今までに聞いたことのない声だった。

 

「……っ」

「よく、ここまで戦ってくれた……!! だが、もういいんだ。今日のあいつらを見て分かった。あいつらは、どんな約束も守りはしない……!!」

 

 

 力強く、ナミさんがゲンさんに抱きしめられている。

 

 その抱擁が信じられない、とばかりに抱きしめられるナミさんを見ていると、胸が軋んでくる。私の視点から見ても悲壮さが消えない”親子”のやりとりに、酷く感情を揺さぶられる。

 

(どうして、この光景をこんなにも苦しく感じるのだろう?)

 

 モヤモヤする。何も知らない癖に、色々な感情が渦巻いてカッと喉が熱くなっていく。この日が、この時が来るまで、彼らはどれだけ耐え忍んでいたのか”私だけ”何も知らないからこそ、冷たい焦燥感で元凶をきつく睨むのを止められない。

 

 

(アーロン、貴方の最大の間違いは”人間”から目を逸らしすぎた事だ……!)

 

 

 だから、こんな事になってしまう。どれだけ節穴なんだと不規則な呼吸を整えて、きつく結ばれたナミさんの手をゆっくりと離す。

 

(中途半端なんですよ)

 

 ルフィさん達と向き合いながら余裕ぶる姿に鼻を鳴らして、可愛い彼女から距離を取る。

 もう”両手”で、ゲンさんに、大人にすがりついても良いのだと、その背を少しだけ押すと、時間をおかずにゲンさんの背中に腕がまわり、溜まっていたものを全部押し流す様にえぐづいている。カラカラ、カラカラと回る風車の音が、優しく耳に届く。

 

 そんな2人を目に焼き付けて、想像する。

 きっとあの魚人の目には、この光景すら路傍の石と同程度の価値なのだろう。

 

(……度し難いですね)

 

 胸に、今まで感じたことのない、言葉にできない冷たいものを感じながら押し殺す。

 

(……ですが現状、アーロンは総合的に見てルフィさんより強いです。種族差も込みで海賊としての経験値も、今のルフィさんでは敵わない)

 

 ルフィさんが「なに!?」って顔でこっち見た気がするけど、集中しなさい。こっちにはヨサクさんやジョニーさん。村人さん達がいるんだから心配しなくて大丈夫です。

 

 大体、アーロンの強みは”それ”だけだ。それしかないなら問題ない。

 

(その程度なら、ルフィさんに”今日”越えられない筈がない)

 

 ニィ、っと遠くのルフィさんが満足げに笑って、元気よく腕を伸ばしている。

 

 アーロンは、人間を下等種族と見下しながら、客観的に見れば警戒しすぎている。

 本当は人間を恐れている? そんな穿った見方をしてしまう程度の小さな違和感。実は、人間が自分達の脅威になると認めている? もしくは知っている? 今までのアーロンの不愉快な言動を思い出して、情報が少なすぎる私だからこそ、彼らの透明な違和感がうっすらと浮いて見える。

 

(……まあ、どっちでもいいです。下等種族と見下しながらもしっかりと警戒して、根回しを欠かさなかった努力も今日、水泡に帰すんです)

 

 人間はしぶとい。

 きっかけさえあれば、くすぶっていた心に火がついてしまえば、冷えた心身を動かさずにはいられない生き物なのだ。

 

 チラと見れば、此処にいる人々は各々武器を持って、本気の瞳をしている。

 命を失う覚悟で此処に立っている。まだまだ遠くから此方に走ってくる人達も見えるし、これからどんどん膨らんでいくだろう。

 

(……熱気が凄くて、心臓が痛い)

 

 ドキドキしすぎて、全身がブルッと震えてしまう。

 こんな空気は初めてだ。守るべきものの為に立ち上がる人々の”熱”というものに、アドレナリンが溢れるのを感じる。

 

 気づけば、ルフィさん達は主力メンバーと相対している。(あれ? モームさんどこ行きました?)余興は終わり、これからこの”島"を、いいや、ナミさんをかけた本気の戦いが始まるのだ。

 

(アーロン、あまり人間を舐めないで下さい)

 

 種族差程度で、この衝動を止められると思うな。

 

 そう、昂る心のままにアーロンを睨むと「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!」」」」と、びっくりした!? ええ!? 集まった村人さん達が雄たけびをあげている。

 

(え? 落ちついて!? 今はルフィさん達の番ですからね!?)

 

 いやいや、ジョニーさんとヨサクさんが慌てて止めているけど、ダメですよ。なんで急にそんなテンションマックスになってるんですか!?

 

「ああもう、自覚無しなんだから! ――ノジコ、お願い!!」

「……! 分かったわ」

 

 あ、魚人達も、その雄たけびにギョッとしながらビクッとしている。……? 怒りではなく咄嗟に怯えを見せるあたり、やはり深いところで何かあるのかと考えていると、急に腕を引かれる。驚くと、目の前に美女。

 

「の、ノジコさん?」

「そうだよ! ナミ、しっかりね! ほら、行くわよ!」

「はい!? ちょ、どちらに!?」

「……フン。その小娘を頼んだぞ、ノジコ!!」

「分かってる!!」

 

 ど、どういうこと!?

 

 駆け出すノジコさんに無理矢理引っ張られてオロオロしながら追いかけると、ノジコさんは足を止めないまま振り返る。

 

「ナミは見届けなくちゃダメだろ? そして、ナミの旦那であるあんたは、全てを知る権利がある!!」

「え、えと、ノジコさん? でも、今はそれより……戦いの行方を」

「関係ない!!」

 

 力強い声に、ビクリと肩が跳ねる。

 

「……この戦いで勝っても負けても、あんた達は海に出るんだ! あの子を連れて! ……その為にも、この島で何が起こっているのか、聞いて欲しい」

 

 気づけば、足が抵抗する様に止まりかけて、半ば引きずられる様に腕を引かれる。

 

「で、でも」

「ダメだよ。あんたはナミとこの島の恩人だ……ナミがどっちを選択するかなんて、皆分かってる。だから、島中の奴も我慢できなくなったんだ。どんな約束も反故にするって、あいつら自身で証明したんだから!!」

 

 足は止まらない。どんどん喧騒が遠くなっていくのが恐ろしくて、強くノジコさんの手を握るも、止まってくれない。

 

「……ナミの左肩を見たことはある?」

「ないです。肩を露出する服を着なかったと思うので」

「……そう。じゃあやっぱり、あんたを戦場から引きはがして良かったよ」

 

 それはどういう? 混乱する私を見て、ノジコさんは楽し気に笑う。

 

「ナミは、あんたにだから見せたくないんだよ」

「…………」

 

 止まりかけた足は、その笑顔に止まれなくなり、後ろ髪を引かれながらも機械的に動く。

 

「……ッ、教えて下さい。ナミさんの話」

「もちろん」

「でも……ですね」

 

 内心の発生した悔しさを押し殺して、”また”戦いの場から遠ざけられる情けなさを噛み潰して。顔をあげる。

 

「私は、聞いていいんでしょうか? ……ナミさんは、チャンスがあっても頑なに教えてくれなかったんです」

「……ナミはね、もう自分の口からあんたには語れないよ。……あんたにべた惚れだからね」

 

 ボソッと、後半にからかいを含んだ何かを囁いて、ノジコさんはくすくすと笑う。

 

「だから、この島とナミの事をあんたに教えるのは、姉である私の役目なんだ。……聞いてやってよ。ナミはさ、自分じゃ言えない癖にあんたには絶対に知って欲しいみたいな、乙女な事になってるんだから」

 

 冗談を言って笑うノジコさんは、この青空の様にすっきりとしている。

 

 ……本当は、ノジコさんだってナミさんの傍にいたいだろうに。

 戦いの結末だって、きちんと見届けたい筈だ。それでも、彼女は”今”この時だから話すと言っている。後でもいいだろうと言いたい。……だけど、奇妙な確信がある。

 

 

(ここを逃したら一生、大げさじゃ無く本当に、もう知れないんだろうな)

 

 

 ナミさんもノジコさんも、この島の人達はこの時でなければ何があっても口を割らず、事情を知っているだろうルフィさん達も教えてくれなくなると、分かってしまう。

 

 だから、私も迷いを消して選択する。

 

 今すぐ戦いの場に戻る事を諦めて、この時間にしか知ることができない、ナミさんの過去に手を伸ばす。

 それは、今を犠牲にするには十分すぎる価値だと、走るのをやめて大きく歩き出す。

 

「ん。……あんたの性別が逆だったら、完璧だったね。悔しいぐらい良い女だわ」

「えっ。あ、ありがとうございます? ……あの、やっぱり、女同士だと、ご家族の方的には」

「大丈夫だよ。頭の固いゲンさんも、とっくに認めてるしね」

 

 意味深に笑って、ノジコさんは私と腕を組む様にして並んで歩き出す。

 

 数秒、ノジコさんは「何から話そうか?」と心地良さそうに目を閉じる。

 それから、ゆっくりと唇を開くと、ひどく大切そうに、まるで幼い頃に戻った様な口ぶりで、出会ったばかりの赤ちゃんの話を始めた。

 

 

 

 



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31話 ノジコさんをお嫁さんにしたいです

 

 

 ナミさんの過去の話を聞くのは、嬉しいのに悲しい。

 

 胸がチクチクして、だけどほかほかと温かくて、情緒がぐちゃぐちゃで忙しない。

 そんな私に、ノジコさんは少しずつ興が乗ってきたのか、楽しそうに語る。

 

 当時の彼女は3歳の子供だった。

 

 遠すぎる記憶だろうに、その胸には確かに刻まれている傷があり、当時の天候も、火薬の匂いも、壊れていく建物も、胸が引き裂かれる様な別れも、足元から崩れていく喪失感も、全てが幼い彼女の身心を傷つけた。

 

『えはは……!!』

 

 だけど、彼女は笑えた。

 幸運にも、その足で歩けたノジコさんは、たった1人の小さな命と出会い、連れて行く事ができた。

 そして、ボロボロのベルメールさんと更に出会い、また笑えた。無邪気な赤ちゃんの笑顔に、周りの地獄を知らない脆弱な命に、気づけばつられる様に笑って、泣いて、心を救われた。

 

 そうして、3人は家族になった。

 

 お金が無くて、本を盗んで、かけっこして、おねしょして、木登りして、酸っぱいみかんに噴き出して、海で遊んだら流されて、かくれんぼしたら見つからなくて、ゲンさんもベルメールさんも村の人達もいっぱい巻き込んで、毎日がキラキラした日々だった。

 

 ノジコさんは、思い出せる限りの話を聞かせようとしてくれる。

 

 だから、私は嬉しいのに寂しくて、その日々が終わる事を知っているからこそ、心臓がギリギリ締め付けられる。未熟な私に、こんなぐしゃぐしゃな感情は苦味が強すぎて、味わって飲み下すのは時間がかかる。

 

 ノジコさんは、懐かしそうに語る。

 

 嵐の夜、ベルメールさんにくっついて寝た事を、嫌いな食べ物をお互いのお皿に押し付けあった事を、ゲンさんをびっくりさせる悪戯を交互にやらかして怒られた事を、丁度良い木の棒を宝物にしようと埋めたら場所が分からなくなった事を、天井のしみが顔に見えて大泣きしたら次の日には忘れていた事を、ノジコさんは大切そうに語りながら、つうっと涙をこぼして「あれ……?」ゆっくりと顔を覆う。

 

 ポロポロと涙をこぼすノジコさんの横顔から音をたてそうな勢いで顔を逸らす。

 歯を食いしばって必死に前を向いて、溢れる女性の涙から目を逸らして、ぎゅうっと握った手に力を籠める。

 

(……何も言っちゃダメだ。今の私にできる事は、ノジコさんの口から出る全てを脳に刻み込んで忘れない事だ)

 

 愚かな私は、こんな状況なのにノジコさんの涙にドキドキしてしまう。

 

 好きだと思って、お嫁さんになって欲しいと願って、愛おしいと抱きしめたくて、そんな場合じゃないと深呼吸して、間違っても……(もういいんです)なんて言ってはいけない。

 大丈夫。私は我慢する事だけは得意なんだから! でも、小休止はいれた方が良いかもしれない。

 

「ノジコさん、お水を飲みませんか? ココヤシ村が見えてきましたし、酒場でお水を貰ってきます」

「……うん」

「それまで、少しだけ喉を休ませてくださいね」

 

 ハンカチを差し出して、酒場で冷えたタオルもお借りしよう。甘いものがあったらそれも貰おうと、相場を計算しながらノジコさんの手を引く。

 

(……ベルメールさん、かぁ)

 

 歩きながら、みかん畑で見た女性が誰なのかようやく分かって、名前を知れた喜びと悲しみで鼻の奥がつんとする。

 

(……物に焼き付いた記憶は、その人が亡くなると、不思議な事にその時点で強固になる)

 

 シュシュの家もそうだった。

 

 原理は不明だけど、旅立つ魂が少しだけ、生前の思い出に寄り添ってくれるのかもしれない。……視えるのが私だけだから、検証のしようもないしそんな無粋をするつもりもないけれど。

 

(みかん畑で見た彼女は、ただの記憶じゃなくて、ほんの少しでもベルメールさんの魂が宿っている”想い出”だって思った方が素敵じゃないですか)

 

 だから、私はこれからそう思おう。

 

 幽霊とは少し違うかもしれない。それでも、これからは視えるモノは”想い出”と呼ぼう。敬意をもって視つめよう。そして視える事の意味を考え直そう。

 

(今までは、漠然と捉えていたけれど。視える事に真摯に向き合おう)

 

 慣れていたのだ。ただの日常にしていたのだ。

 そのせいで、視えているものを特別視できなかった未熟な私は、みかん畑でベルメールさんが視えた時点で、何も伝える事ができなかった。

 

(今からでも、間に合うだろうか?)

 

 負けるなって、ベルメールさんが2人に伝えていたと教えても大丈夫だろうか? ……私はきっと、視える事をもっと重く捉えないといけないのだ。

 

(……ナミさんも、ノジコさんも、村の人達も頑張っているんだ。私だって負けられない)

 

 頑張っている人がいると、自分も頑張ろうと思える。

 ノジコさんのおかげだ。私はもっと自分のできる事を探していこうと決意して、ココヤシ村に辿りつく。

 

「……ありがとう」

「い、いえ」

 

 ドキリとする。中央のベンチにノジコさんを座らせると、その潤んだ瞳が気恥ずかしそうに私を見ている気がして動揺する。

 

(い、今ぐらいは自重して私の夢ッ!!)

 

 慌てて「み、水貰ってきます!」ギクシャクと酒場を探して中に入る。

 顔が熱いまま、なんとか水を手に入れて震える手でコップに注ぐ。清潔な冷えた布も手に入れて、代金をカウンターに置きながら、なんとか熱を冷まそうと努力をする。

 

(ノジコさん美人だし、年上のお姉さんだし、いやナミさんも年上のお姉さんなんだけど、大人っぽくて綺麗だし、そんな人の泣き顔見ちゃったらドキドキしない訳ないしッ。……あー、ノジコさん可愛いなぁ好きだなぁ!! お嫁さんになって欲しいなぁ!!)

 

 んぎぎって自重しない煩悩に歯噛みしながら、駆け足でノジコさんに水を渡す。

 冷えたタオルも渡せば、彼女は「……ありがとう」と自分の目にタオルをあてて、ゆっくりと水を飲んでくれる。……ぅ。水を嚥下する喉がエッチで慌てて目を逸らす。

 

「あんた……ううん、ナナはさ」

「え? はい」

「良い奴よね」

「はへ?」

 

 ノジコさんは、目元をおさえながら片目で私を見て、笑う。

 

「見た目は普通で、特徴らしい特徴もない、瞳が綺麗だなって見入るけど、パッと見じゃ気づかない。それぐらいどこにでもいそうな、明け透けな子供」

「ノジコさん?」

 

 ごしっと目元を拭い終えて、ノジコさんは頬杖をついて私を見つめる。

 

「考えている事が……顔に出すぎだしね。普通なら、とても信用できないって怪しんで追い返されるところよ?」

 

 え、ええ? ……まあ、突然現れた旦那さんが怪しくないかと言えば、否定できないなと肩を落とす。

 

「……でも」

「え?」

「……こうして手を繋ぐだけで、ナナが度し難いお人好しで、無条件に温かい子だって分かっちゃう。あのゲンさんですらムスッとしながら警戒をとくしかない、すっごく変な子」

 

 ふふって笑う笑顔に目を奪われる。ナミさんに似てるから余計に心臓がざわめいた。

 

「ナミの仲間だっていうあいつらも、度し難くて個性的であたしらの手に負えない感じだったけど、あんたも全然負けてないわ」

 

 い、いやそれはどうでしょう?

 

 反射で突っ込みつつ、流石にルフィさん達と同程度の評価は分不相応っていうか、力不足だと思うけれど……ノジコさんにそう見えるのなら、その誤解はそのままでも良いかもしれない。

 

(ナミさんと冒険する人達が頼もしいのは、ノジコさんとしても安心だろうし)

 

 勘違いから起こるかもしれない結果も、私が全部背負えばいいだけだ。

 

「……そういうところ」

「え」

 

 顔に影が差して、チュッ、と頬に。―――えっ、あ、はっひゅ?

 

 柔らかな感触と甘い香りにビビビッと脳が麻痺して、ギクシャクとノジコさんを見れば彼女はすでに立ち上がっている。ベンチには空のコップと布が置いてあり、コップの表面に水滴が浮かんでいる。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「ど、どどどちらに!?」

「家。落ち着く場所でゆっくり話したいから」

「はっははははい!?」

 

 ノジコさんは楽しそうに笑って、私に手を差し出してくる。おずおずとその綺麗な手に触れようとして……よく見ると、手袋に血が染みついているのに気づいて、慌てて外す。

 き、気づかなかったとはいえ、どうしよう!? ああああ、予備の手袋も持ってないのかと呆れられるかもしれないッ。

 

「す、すみません!」

「……バカね。謝る事じゃないでしょう? あそこであの子を受け止めてなかったら、死んでいたかもって皆が言ってるわ……服についてる血も洗わないとね」

「あ」

 

 忘れていたけど、私の服はあの少年の血を吸いこんでいるのだ。……改めて客観的に見れば、重傷者に見えなくもない格好にいそいそと上着を脱ぐ。

 

「大変だったのよ? 偵察に行ってた男共が、あんたの服を見て怪我をさせられたんだって騒いで、麦わら帽子の子が今すぐにでも乗り込むって暴れ出すし」

「……それは、すみませんでした」

「ナナのせいじゃないよ。こっちがいくら今すぐには危害をくわえられないって説得しても言う事聞かないし、ようやく説得してナミの話をするって言っても『あいつの過去になんて興味が無ェ』って、麦わら帽子の子はどこかに行っちゃうし、剣士の子は寝ちゃうし……」

「……お、お疲れ様でした」

 

 うーん。実にルフィさん達らしい想像できるやりとりである。

 それでいて、妙におかしくなるというか、憎めないというか、気持ち良くさっぱりしているというか、面白い人達だと思う。

 

「その後、アーロンパークに乗り込んできたんですか?」

「まあね。島中の戦力が集まるから待てって言っても、聞きやしないんだから」

 

 苦笑しながらシャツを見れば、白い生地にも血が沁み込んでいた。第二、第三ボタンの糸も黒ずんでいて……本当に深い傷だったんだと、少年に後遺症が無いか心配になる。

 

「……あの子。死にかけだったけど輸血したら目を覚まして、自分もアーロンパークに行くって、母親におんぶされてたよ」

「寝てましょうよ!?」

 

 元気すぎでしょう、名も知らない少年!? いや、それぐらい追い詰められているのかもしれませんけど!

 というか、それじゃあ、診療所で寝ていると思っていた少年すらこの村にはいなくて、つまり。

 

(ふ、2人きり?)

 

 心臓がぎゅっとなって、すごくドキドキしてきた。

 い、いやいや。絶対に邪魔が入らない場所で美女と2人きりとはいえ、それはダメですよ? 私は過去を聞きに来たのであって、そういう煩悩を満たす為に此処に立っている訳じゃないし。ノジコさんだって、私の邪な気配を感じて軽蔑の視線を――――

 

「…………」

 

 ん゛っ!? 指先で髪をいじって、満更でもない様子が見えた気がして慌てて目を逸らす。

 

 だ、ダメだ己の視覚情報が欠片も信用できない!! 耳だ、耳をすますんだ私!! 目を閉じて波の音と風の音を感じてこの昂る気持ちを落ち着けるのだ!!

 そう。集中すれば、かなり遠くの音だって聞こえて『……えあああああああああ!!!!』……山彦かな? ウソップさんの悲鳴が聞こえた気がして、凄く落ち着いた。ありがとうウソップさん。幻聴かもしれないけど助けられました。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「そ、そうだね」

 

 脱いだ上着を腰に巻いて、手袋もポケットにいれて歩き出すと「ナナ」ノジコさんの手が、私の手を優しく握る。

 

「……ひゃい?」

「あんたの手、見た目相応に小さいわね」

 

 ひょあ!? 面白そうににぎにぎって刺激されて、ダイレクトに感じるノジコさんの感触にプスプスと煙が出そう。

 と、ときめきの不意打ちすぎる! いつもは自分からこっそり手袋を外してナミさんの素肌を堪能するけど、意図しない人肌は心臓が暴れ馬になる!!

 

「……これからさ、ナミを好きなあんたにとって、多分きつい話になる」

「……!」

 

 ノジコさんの声色がほんの少しだけ変わり、私もぴたっと動きを止める。

 

「……変だよね。あいつらにはもっと落ち着いて話せたんだけど……ごめん。ちょっと心の準備をさせて」

「……はい」

 

 小さな震えを感じ取って、ノジコさんより一歩だけ前に出て立ち止まる。

 振り返ったら、その顔を見たら、愚かな口が滑りそうで歯を食いしばる。(いつまでも待ちます)なんて言えない。だって今しか聞けないから。(もういいんです)なんて絶対に言わない。ノジコさんだって、ルフィさん達と同じように戦っているのだ。それに水を差してはいけない。それに、私にだって心の準備は必要だ。

 

(……ベルメールさん)

 

 どうか、私にも貴女の最期を見届けさせて下さい。

 

「……!」

 

 悪趣味だと、何様のつもりだと己に吐き捨てながら、それでも決めたのだ。

 私が勝手に決めて、その”想い出”から逃げない事を誓う。視た記憶も秘密も罪も罰も責任もたくさんの事を墓まで持っていく。

 

 私は、ナミさんとノジコさんの2人がとても好きだ。

 

 だから、全部視たくなった。勝手に視るべきだと思った。

 その上で、お2人をめちゃくちゃ甘やかすんです。私にできる事は限られているけど、こんな奴に好かれてしまったのが運の尽きなんです。ルフィさん達を見習って感情は我慢するけど、したい事は、ちょっとだけ我を通すのだ。

 

「……ばか」

 

 ぽんっ。そんな事を考えていると、うなじに柔らかい感触がして、ノジコさんが額を押し付けているのだと気づく。

 

「の、ノジコさん?」

「……ほら、行くわよ。……さっきから面白い顔してるしね」

「えっ!?」

「……でも、そんな顔してくれるだけで、救われる事もあるのよ」

「……!?」

 

 ど、どんな顔してるんだ?

 ぺたりと自分の頬に触れるけど、ちょっと強張ってる事しか分からないぞ? 困惑しながら歩き出す。そうして暫く進むと、ノジコさんが意を決した様に口を開く。

 

 

「―――あの日さ。ベルメールさんと喧嘩したナミが家を飛び出して行ったんだ」

 

 

 海風が強く私達に叩きつけられて、ヒュっと漏れてしまった悲鳴を掻き消してくれた。

 

 

 

 



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32話 8年後から貴女に恋をしました

 

 

 結局のところ、私には覚悟が足りなかったのだ。

 

 ナミさんとノジコさんの身に起きた悲劇が、耳を塞ぎたくなる様な酷い内容だと予想していたのに、脳が理解することを拒んで耳を塞ぎたくなっている。

 

(……痛い)

 

 心臓がズキズキする。

 大好きな人達が酷い目にあう過去なんて、全てを拒絶したいと吠える身勝手な私は、知りたいと思っていた癖に知りたくないと思ってしまう。

 

(痛い)

 

 だって、想像するだけで辛い。その心の傷がどれほど酷いのか、その深さを考えるだけで、どうしようもない感情に飲み込まれる。

 

(い、たい)

 

 頭がズキズキする。思考できないぐらいの痛みに襲われて、目の奥がバチバチと赤い。

 聞きたいのに、聞きたくない。知りたいのに、知りたくない。自分の痛みは平気でも、誰かの痛みは想像するしかないから何倍もきつい。

 

 

「……嘘をついてくれて良かったんだ。……だけど、ベルメールさんは」

 

 

 目元を覆いながら語ってくれるノジコさんの声を聞きながら、遠のきそうになる意識を何とか繋ぎ止める。

 

 いたい、いたいよ。ガンガンと、歯を食いしばっても止まらない頭痛に顔をしかめる。ベルメールさんの話を、心から求めているのに身体が拒絶している。

 

(……痛ぅッ)

 

 ノジコさんが、気づかわし気に私を見るが、その度に無言で先を促す。絶対に話すのを止めないで欲しいと、繋いだ手に力を籠めると、戸惑いながらもノジコさんは続きを教えてくれる。

 

「あい―ら――が―――ゲン――ベルメールさ――ねえ、本当に大丈夫なの?」

 

 いたいいたいいたいッ。彼女が口を開く度に、だんだんと痛みが酷くなる。

 ズキズキと脳みその血管が脈打って、キンキンと耳鳴りが大きくなる。激痛が頭蓋の中で暴れまわって、今も頭を内側からガリガリ引っ掻かれる様な強烈な刺激に気が遠くなりそうで、数秒ごとに意識が飛びかける。

 

(やめて、痛い……ッ)

 

 自分の身体に文句を言っても、意味が無いのは分かっている。ああ、私を見つめるノジコさんの表情は、歪んで青ざめている。

 

(すさまじく痛い。耳鳴りのせいで、ノジコさんの声が聞こえ辛い。……耳が、良い方で助かった。……かろうじて、聞き取れる)

 

 イタイイタイイタイイタイッ。意識が、ぶれて遠のきかけて、踏ん張るだけで吐きそうだ。

 

 自分の感覚が信じられなくて、己が立っているのか座っているのか分からなくなる。

 痛い。理性と本能が警鐘を鳴らしている。痛すぎる。己の立ち位置を見失いそうになる。痛いんだってば。これ以上は聞いてはいけないと、バカな勘違いをしてしまう。痛いよ。ベルメールさんの事を、あの素敵な女性の事を知れば知る程に、ガリガリガリガリ痛くて、痛すぎて、痛くない訳がなくて、痛みに視界の奥がバチバチして、心臓もおかしくて、知らない筈の光景が脳みそを通して私の視界を覆っていく。

 

「……っ、ナナ?」

 

 どうして、ノジコさんまで痛みを堪えているんだろう?

 

 彼女は、酷い痛みに耐える様に脂汗を浮かべて、青ざめながら私を抱きしめる。

 みかんの香りがして、彼女の柔らかな感触に痛みが少しだけ遠のいて、自然とその背に手をまわす。

 

(いたい、けど。……そんな事は、どうでも良いッ。ノジコさん、もっと、教えて……!!)

 

 指先がガクガクと痙攣して、脳にナイフを差し込む様な痛みに白目を剥く。咄嗟にノジコさんの背から手を離して地面を引っ掻く。

 

「……そ、して、ベルメール、さんは」

 

 ノジコさんは、言われるがまま、私の耳元で続きを話し出す。

 震えて、途切れ途切れに、彼女の最期を教えてくれる。

 

(―――――!!??)

 

 痛みに耐えながら、私の中の空白が埋まっていく。この島で起きた事の詳細が明かされていく。知らず奥歯を噛みしめる。

 

 

(……こんなのって無いでしょう?)

 

 

 脳みその目が、その時の光景を視せてくる。

 

 私は、畑の土に指先を埋めている。土に染み込んだ過去の記憶が、私の脳に侵略して締め付けていく。

 

(ねえ、酷すぎるじゃないですか。どうしてそんな事をするんですか?)

 

 過去のアーロンに怒鳴りつけたい気持ちで、喉奥が絞られる。

 

 残酷すぎるじゃないですかこんなのって辛すぎるじゃないですか、きついし、しんどいし、嫌すぎて、どうしたって許せないし、こんなのは間違いだって叫んで理不尽を踏みにじって壊したくて、ガンガンガンガンと頭を内側から叩かれてうるさくて、まるで冷静になれと気をしっかりもてと言わんばかりの痛みが、視界を赤く染めていく。

 

 彼女は、ベルメールさんは。

 

 大好きって言って死んでしまった。

 

 

(―――ふざけるな)

 

 

 言葉を、残す為の時間すら足りなかった。

 

 もっともっと伝えたい想いはあったのに、もっともっとしたい事はあっただろうに、非情すぎるタイムリミットに彼女は、愛を伝える事を選んで、死んでしまった。

 

 その光景を私は視て、だからこそ痛くて痛くて痛くて痛くて、こんなに痛いなんて知らなくて、最初から1人ぼっちだから想像が足りなくて、こんなに痛い想いを、まだ幼い2人がしたなんて考えるだけで気が狂いそうで、ノジコさんを強く抱きしめる。

 

「……わたしも、ナミも……なにも、できなくて……」

「――ノジコさんもナミさんも何も悪くありません何もできなかった事は罪にならない貴女は被害者ですベルメールさんを殺したのはあいつらです!!」

 

 叫ぶ。息継ぎできなくて言い終わると同時にむせる。

 苛立たしい。ノジコさんが理不尽な暴力に何もできなかった事を悔やむなんておかしい。痛みが脈動している。アーロン達が許せない。ベルメールさんの最期が悲しい。思考があちこちに拡散したままノジコさんをぎゅうっとする。

 

「ナナ……」

 

 とにかく落ち着かないといけない。触っていないと暴れだしそうになる。そんな私を見て、ノジコさんは泣きながら、無理をする様に笑って、そっと私の頬を撫でる。

 

「……ありがとう。でも、私は」

「――貴女は何も悪くない」

「……ッ。……うん」

 

 ぐすっと、ノジコさんが鼻を鳴らして、ゆっくりと私の背に両腕を回す。彼女の涙が肩に染み込んでいく。

 

「……ねえ、ナナ」

「――はい」

「泣きそうな顔、してるよ。……泣かないの?」

 

 泣く?

 いいえ、泣くべきは、きっと私じゃない。

 

 でも、ノジコさんは気づかわしげに私の背中を撫でる。

 ……もしかして私は、泣きそうな顔をしているのだろうか? よくよく思い出せば、彼女の瞳にうつる私は、今すぐにも泣きそうな情けない顔をしていた。……でも、私は。

 

(泣きたくない)

 

 溢れる感情を押し殺して、唇を噛む。絶対に嫌だ。泣いてしまったら、薄くなる。

 こみ上げる感情のまま涙を流したら、少しだけでも、すっきりしてしまう。

 

「……え?」

 

 それが嫌だ。この痛みを伴う激情を、一滴だって外に出したくない。

 

「……ナナ」

 

 激痛だろうと苦しかろうと辛かろうと重かろうと何だろうと、ずっと私の中でごちゃごちゃしていれば良い。涙になんてさせない。時間なんていくらでもかけて整理するからどこにもいかないで欲しい。

 もう絶対に関われない、素敵な貴女がくれるものは、そう多くないのだ。

 

 

(私は、ベルメールさんが好きだ)

 

 

 涙の器官を抑えつけながら、青い空を見上げる。

 

 ナミさんとノジコさんを残して先に逝くなんて、どれほどの無念だっただろう? 視ているだけの私では理解もできない。……ああ、この痛みさえ無ければ、もう少しで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()気がするのに、悔しさに胸がザリザリして息が苦しい。

 

 それでも、私は彼女の最期に恋をした。

 ずっと片思いをすると決めた。

 

「……バカな子。……でも、ありがとう」

 

 髪をくしゃりとかきまぜられ、瞼にノジコさんの唇が触れる。ぴくっと眼球が揺れるけれど、視界は乾燥しているので溢れるものは無い。

 

「ノジコ、さん?」

「……『さん』はいらないよ、ナナ」

「……の、ノジコ」

 

 心臓が大きく跳ねる。呼び捨てるのに咄嗟に気恥ずかしさが勝って、揺れる視界で彼女を見つめていると、全身を襲っていた痛みが薄れている事に気づいた。

 

(なん、だったんだろう?)

 

 戸惑い困惑するも、いまや全身の激痛は遠く、痛みのない頭に唖然とする。

 そのままきょろきょろと、ようやく周りを見れば、ナミさん達の家があって、私はみかん畑の真ん中でノジコに抱きしめられていたと気づく。腰というか身体に力が入らない。

 

「……ノジコさ……ノジコ」

「うん」

「お話、ありがとうございました」

「…………」

 

 ノジコは何も言わず、ゆっくりと私の前髪をかきあげて額に唇を触れさせる。ドキッとしすぎて肩と足が跳ねる。

 え? え? 視線が泳いで、じわじわと全身が熱くなる。頬にみかんの葉っぱや実が触れてひんやり心地良い。ど、どうしてちゅうされたんだろう? どぎまぎする。

 

「落ち着いた?」

「……ひゃっ!? え、ええと、はい」

 

 ち、近い。痛みの余韻が残っているので、軽くときめくだけで息が詰まりそうになる。

 それでも、ノジコが笑っていると嬉しい。彼女の笑顔が、幼い彼女の笑顔と重なって、喉が変な音をたてるけれど、ゆっくりしている時間は無い。

 

(……そう。この後にも悲劇は続き、ナミさんはアーロン達に骨の髄まで利用される羽目になる)

 

 心底から苛立たしい。それぐらいはバカな私にだって察せる。だからこそ、ここからはナミさんの許可を得てナミさんの口から教えて貰うべきだと、目を伏せる。……これ以上、ノジコに無理させる訳にもいかない。……よし!

 

「行きましょう!」

「え?」

「アーロン達が、ルフィさん達にぶっ飛ばされる景色を見逃がしちゃダメです!」

「……は?」

 

 ふんす! っと鼻息荒く、ガクガク揺れる足で立ち上がって、ノジコの手を引く。

 驚いた顔をしているノジコを、我ながら強引に引っ張りながら、元来た道をよろよろと戻っていく。

 

「な、ナナ? それよりも、念の為に出航の準備ぐらい」

「いりません。仮にルフィさん達が負けたとしても、勝つまで彼らは止まらないし、私も逃げません」

 

 というか、急がないと終わってしまう。ルフィさん達は一度戦い出したら勝敗が決するまで止まらない頑固系だ。キャプテン・クロの戦いしか視ていない私でも分かるぐらい、彼らは根性ある負けず嫌いだ。

 

「特等席で見なくちゃダメです。アーロンが、下等種族と見下した人間に無様に負ける姿を!」

「……! 勝てるって、信じてるんだ」

「だって、ルフィさんの夢は海賊王です」

「海賊王……」

「そして、そんな未来を定めている彼が選んだ航海士が、ナミさんです。……アーロンに喧嘩を売ってでも、その旅の仲間にナミさんを欲しているんです。ね? 見る目も根性も天運もあると、信じられるでしょう?」

 

 よろけながら一歩進めば、腕がくんっと引っ張られる。振り返ると、ノジコは唖然とした顔をして、ゆっくりとその綺麗な瞳から新しい涙を流す。

 

「の、ノジコ?」

 

 ギョッとしていると「……そうね!」ノジコは笑ってくれた。目元をぐいぐい拭って、迷いなく私を抱き寄せる。

 

「背負うから、乗って!」

「……え゛」

「ほら、走るよ」

「い、いえ、ノジコも、疲れてるみたいですし!?」

「問答無用! ほら、行くよ!」

 

 揺れる!? 有無を言わさずに背負われてしまい、手の置き場に困っていたら揺れすぎて目がまわる。……よ、酔いそう。

 

「しっかり掴まって! アーロンパークまで、休むつもりはないからね!」

「……ひゃいぃ」

 

 観念してしがみつく。視界の端で周りの景色が流れていく。胸が焼ける様な気持ち悪さをこらえながらノジコの横顔を見れば、彼女はポロポロと、泣きながら笑っていた。……ああ。

 

(……8年、待ち続け耐え忍ぶ道を選んだ、ノジコの辛すぎる戦いも、今日で終わるべきです)

 

 彼女の涙に気づかなかったふりをして、そっとノジコの首に腕をまわしてぎゅっと抱きつく。

 

 

 どうかどうか、頑張り続けたノジコに、戦い続けたナミさんに、この先は優しい幸福が降り注ぎます様に。

 

 

 

 



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33話 裏ナナの引きこもり成果です

 

 

 ノジコに背負われながら、意識が沈んでいく感覚に襲われる。

 誰かにおんぶされるのは初めてだと、状況も忘れてふわふわと眠くなってしまったのだ。

 

(いや、いやいやいや……!!)

 

 それは無いでしょう私? ノジコの背中が温かくて良い匂いがして柔らかくて最高だからって、ここで眠くなるとか空気読まないにも程があるでしょう……?

 これからアーロンパークでアーロンとその一味がルフィさん達に倒されていくのを見に行かなくちゃなのに、ここで寝る訳にはいかない。

 

(……でも、異常に眠い。さっきの頭痛のせいかな……?)

 

 全身が気だるくて力が入らない。頬に感じるノジコの髪の感触にうっとりして気づけば眠りそうになる。慌てて舌をガリッと噛んだけど痛みが遠い。血の味がするだけでふわっと意識が飛んでしまう。

 

(ちょっと、これはまずい……っ)

 

 今までに感じたこともない尋常じゃない眠気に焦りだす。ノジコの背中でこれ以上の自傷行為もできず、とりあえずこっそり爪を、

 

「……ねえ」

「はい!?」

 

 ビクリ! と、ノジコが急に怖い声を出すので全身が跳ねる。

 

「……アーロンパークについたら起こしてあげるから、寝てなさい」

「へえ!?」

 

 変な声が出た。でもまさか見透かされているとか思わなくて、恥ずかしさで顔面が熱くなる。

 

「い、いえ!? あの……ぜ、全然、眠くないですし……!?」

「いいから寝る! 背中越しに熱すぎるわよ! 熱がでてるんじゃない?」

 

 熱!? いえ、これは恐らくダメな方の熱だから放っておいてあげて!?

 動揺と眠気に慌てて首を振ってしまうと、ノジコの後頭部がぐりぐりって鼻を押しつぶしてくる。なにそれ可愛い! やめて眠気が勝っちゃうッ。

 

「ほら、我慢してないで寝な!」

「……で、でも」

「今寝たら、おはようのキスぐらいはしてあげるわよ?」

「寝ます!」

 

 ―――しまった!?

 巧妙すぎる心理トラップに引っかかってしまった。愕然とするも、ノジコが楽しそうに吹きだしていて顔が熱い。即答してしまった以上、今から無しだというのも決まりが悪すぎる。

 

「……んぐ。……じ、じゃあ、ちょっとだけ」

「ええ、おやすみ」

「……起こして下さいね?」

「勿論。一番盛り上がるところで起こしてあげる」

 

 ノジコの言葉に、渋々と頷いて少しだけ体勢を変える。

 ノジコは少しだけ速度を落として小走りになるけど、その優しさを指摘するのはマナー違反だろう。そっと感謝しながら目を閉じて、ノジコの背中を意識する。

 

(……安心する)

 

 口元が緩んでしまう。温かくて不思議な心地良さがある。

 もう少しだけ、この何ともいえない幸福感を味わっていたいと眠気に抗ってみるも、ストンと、まるで意識を切り落とされる様に落ちていく。

 

 夢は、きっと見ないと知っていた。

 

 

 

 

 ――――そして、眠ったナナに代わり裏ナナはパチリと目を開ける。

 

 

 

 

(……勘弁して下さい)

 

 嘆く。今はナナを深く休ませる為とはいえ、心底から表に出るのは好きじゃない。

 

 ナナの中で幸せに引きこもっていたい。その状態で、ナナとその他の安全だけを案じて生きていたい。……けれど、今回に関してはナナが無茶をするからしょうがない。

 

(お願いだから()()()()のは今回限りにして欲しい……)

 

 漏れかけた溜息を、揺れるノジコの背中で飲み込む。

 裏ナナは内心を外に発していないので、ノジコに起きている事はばれないだろう。

 

(全く、ナナはしょうがないですね。そこが可愛いけれど)

 

 共感に同調に同情にと大忙しだ。懐が広く、死者にすら恋ができる異常者なのはよく知っているけど、もう少しぐらい考えて行動して欲しい。

 

(わざわざ、物の記憶を第三者視点で”視せて”いる理由を伝えられないのは、不便ですね……)

 

 今日の一件は、本当に危うかった。

 

 無自覚に、ナナはベルメールさんへの好意を暴走させて、彼女の視点で深く潜り込みかけていた。それはいけない。それだけは絶対に許さない。

 

(そんな事をしたら、ナナにベルメールさんが()()()()しまう)

 

 無駄に容量が広いとはいえ、そんな事はナナが望んでも裏ナナは望まない。

 

 ソコは、ナナと裏ナナだけのもの。それ以外は認めない。そしてその領域は裏ナナの管轄なのだ。いくらナナでも縄張りを犯すのは許さない。

 

(でも、ちょっと強く拒絶しすぎましたね……)

 

 諦めないから、ついついナナに負担をかけすぎてしまった。

 こうして眠りを余儀なくさせてしまうぐらい、心身を傷つけてしまった。……これに関しては反省している。

 

(でも、考えてみればそれもこれも、全部あの魚人が悪いですよね?)

 

 ナナは、きっと自分の未熟さこそが悪いと言うでしょうが、裏ナナはそうは思いません。絶対にナミさん達にちょっかいをかけてきた魚人が悪いんです。そのせいで、裏ナナはナナを傷つけてしまった。

 

(……ちょっとぐらい、八つ当たりしましょう)

 

 そうと決まれば、ナナが寝ている間にすませてしまおうと、寝たふりを継続する。

 

 

「! ノジコ、戻って来たのか。この小娘は……」

「寝ちゃったわ。……ナミと、ベルメールさんの事がショックだったみたい」

「……そうか」

 

 わいわいがやがやうるさい。

 アーロンパークに近づくにつれてうるさいのは覚悟していたが、予想以上の盛り上がりに舌打ちを堪える。あまりに人が溢れすぎて、本当に島中から人が集まっているらしい。今もこちらに走ってくる気配が多数ある。

 

 ノジコ達の会話を右から左に聞き流し、どうやって魚人に八つ当たりしようか考える。

 

 慎重にならなくてはいけない。ここで起きている事がばれると、心が読まれない事で裏ナナの存在が明るみに出る可能性がある。ナナは最初から全方向に心を開いているので、たまに裏ナナが表に出る時は苦労してしまう。そんなところも愛しいけれど、生涯引きこもりたい裏ナナとしてはできる限りばれる事は避けたい。

 

(さて、戦況は……なるほど。ルフィさん達優先ですね。今はアーロンと一騎打ち中ですか)

 

 じゃあ、アーロンが負けた後にでも、こっそり奴の股間を殴打しよう。

 それで溜飲を下げる裏ナナの優しさに感謝が欲しいと思いながら、意識をプールにむける。

 

(……それはそうと、不穏な気配がしますね。……これは、確かモームとか言う不思議魚ですね)

 

 ナナは早々に意識から外していたっけ。

 記憶を探ってみれば、ナナの意識の外でモームはアーロンの脅しに怯えながらもルフィさん達が怖くて逃げだしていた。負け犬ならぬ負け魚だ。

 

(……ですがこの気配。逃げた後で冷静になって、びびりながら戻って来た感じですね)

 

 恐怖と自棄が入り混じった、覚悟を定めた気配。

 

 感じる限りでは、ゾロさんもサンジさんもリタイア中。咄嗟には動けそうにない。ウソップさんに即断即決は状況が噛み合わないと期待できないし……ナミさんは、ルフィさんとアーロンの戦いを食い入る様に見つめている。

 つまり現在。モームとやらの不意打ち姿勢に気づいているのは裏ナナだけ。

 

(……言い訳は、任せますねナナ)

 

 やれやれと、急遽八つ当たり先をモームへと変更する。

 

 そして、サトサトの実の能力を使用して、微かな殺気をモームへと伝える。ナナは、悪魔の実を食べた事すら知らないので扱えませんが、この実の能力は特定の生物に絞って言葉や感情を伝えることもできる。そして、身体を介さない直接的な殺気は臆病な魚に我を忘れさせるには十分だろう。

 

 ルフィさんとアーロンが気づけば建物内で戦っているのもあって、殺気の主である裏ナナに直接向かってくる可能性は高い。

 

 

「モ゛ォォオオオォォオオオオ!!!!!」

 

 

 ザパアアン!! と、気配が急速に近づいて来る。これは海から一気に飛び込んできた様だ。

 

「え!?」

「なに!?」

「ぎゃー!!??」

「あれはさっきの……!?」

 

 目を瞑ったまま、本能全開でこちらに飛び込んでくるモームの存在にホッとする。上手くコントロールできたと満足しながら準備する。

 

「!? ノジコ、ナナ、何で此処に」

 

 ナミさんの声が聞こえるけど、裏ナナは目を開けられない。だってナナは寝ているのだ。つまりこれは、寝ぼけているだけ。

 

 ナナの内に引きこもってから、ナナ越しに世界を見つめて過ごしていた裏ナナは、気づけばナナよりも世界がくっきりと見える様になっていた。

 

 海の下で準備していたモームの気配と感情が、周りに集まっている人間達の1人1人の強さや癖すら分かる程度には、裏ナナにとって世界は遠くて近い。もしかしたら、実の能力で人の心さえ読めるかもしれない。鬱陶しいから絶対に試みる気はないが……

 

 つまり。

 

(顎下!)

 

 目を閉じたままで支障はない。

 

 ノジコがナナを抱きしめて庇おうとするのを、駆け寄ってきたナミさんが裏ナナを抱きしめようとするのを、そっと避ける。

 ゾロさんが刀を抜きかけ、サンジさんが裸足のまま中腰で、ウソップさんが何もできず悲鳴をあげているのを感じながら、くぐり抜ける様に腰を曲げて進み、右手を持ち上げる。

 

 

(――――掌底打ち、だっけ?)

 

 

 パアァン!!!! と、酷く派手な音がして、衝撃を地面に流しながらモームが壁にぶち当たったかの様に弾かれるのを感じる。

 

 

「は……?」

「え……?」

 

 

 目を閉じているから、お2人がどんな顔をしているのか分からないが、驚愕しているのは伝わった。ナミさんとノジコの声を聞きながら(……あ、寝ぼけてるんだった)と設定を思い出して、ふらっと背中から倒れると、2人に受け止められる。

 

「「ナナ!?」」

 

 同時に抱きしめられる(ナミさん濡れてる?)そして、頬を淡くぺちぺちされてくすぐったい。……頭上で慌てた様な会話が飛び交うのを聞き流しつつ、居心地が悪い。

 甲斐甲斐しいお2人には申し訳ないが、裏ナナはナナではない。そして、裏ナナにとってこの労わりは心地良いものでもなく、むしろ避けたいものだ。……うん。危険は去ったし八つ当たりもできたので、もうナナに代わろう。

 

(アーロンの事だけは気がかりでしたけど……モームへの咄嗟の動きを見るに、仮にアーロンがルフィさんを退けても、ゾロさんとサンジさんが根性見せてくれそうです)

 

 後は、ナナの自然な目覚めと成り行きに任せよう。

 引きこもりの誘惑に身を委ねて、主人格をナナに明け渡す。途端「ふにゃ……」と可愛い声が漏れて、ナミさんとノジコが呆気にとられている。

 

 

(……ふああ、やっぱりここが一番落ち着く)

 

 

 精神の充足感に身を委ねて、ナナに感知されない深いところに沈んでいく。

 

 思えば、もっと深く沈んでいきたい欲求に従った結果、こんなにも世界を身近に感じる様になった気がする。

 

 それはそうと、ルフィさんは苦戦中の様だ。けれど闘志はいささかも衰えていない。この先は――って、なんで突然室内で暴れ出してアーロンを無視してるんですか?

 

 いえ、まあアーロン一味との戦いはすでに終盤でしょうし、ルフィさんの行動は無茶苦茶な様で8割ぐらい意味がありそうなのは裏ナナにも分かっている。

 

 

(……ナナもそろそろ目覚めそうですし、裏ナナは変わらずナナを守るだけです)

 

 

 それではナナ。いつか裏ナナに気づいた折には、この時の事も思い出して、どうか裏ナナに惚れて下さい。

 

 そして願わくば、裏ナナが表にでる機会がもうありません様にと、一緒に祈って下さいね。

 

 

 

 



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34話 終わりよければ愛の告白です

 

「そこまでだ貴様らァ!!!!」

 

 

 ―――ふあ!?

 寝すぎた!? 誰かの大声にギョッとして覚醒すると、目の前に天使が2人いる。いや違う、いや違わない。ナミさんとノジコがいて何故か私は2人に膝枕されている。……これが夢!?

 

 

「何という今日は大吉日!! いやごくろう、戦いの一部始終を見せてもらった。まぐれとはいえ貴様らの様な名もない海賊に魚人どもが敗けるとは思わなかった」

 

 

 え? なに? 寝起きに見た2人が眩すぎて、状況が分からない。

 異なる太股の感触を後頭部に感じて、思わず頬をギリギリと抓ると凄く痛くて、現実に目をしぱしぱする。「……何、あいつ?」しかめっ面で海軍を睨むナミさんに頬をなでなでされ「……さあね」ノジコには頭をよしよしされる。ちょっと幸せが爆弾で襲ってきて意味が分からない。

 

 

「だが、おかげでアーロンに渡すはずだった金も、このアーロンパークに貯えられた金品も全て私のものだ!! 全員武器を捨てろ!! 貴様らの手柄、この海軍第16支部大佐ネズミがもらったァあ!!」

 

 

 ここは現実の筈だけど、色々な意味でシチュエーションが夢すぎるっ。だけど……うーん。幸せだ! なんかもう堪能しても良いのでは?

 

(はあぁ……2人の太股を枕に、頭とほっぺをなでなでされてる……もう死んでも良い)

 

 しっかりじっくりと幸福を噛みしめながら、チラリと、壊れたアーロンパークを視界に入れる。……ああ。血の混じった埃っぽい匂いと、微かな熱の冷めた気配に、寝過ごしてしまった事を察する。

 

(また、目覚めたら全て終わってるのかぁ……)

 

 知らず苦笑が滲んでしまう。となれば、あのネズミ大佐とやらは、それに便乗してやって来たわけだ。

 

(……バカなのかな?)

 

 気づけば、ゾロさんに頭蓋を潰されそうになって悲鳴をあげている。そのまま、集まった島民達に部下ともども鬱憤を晴らすみたいにボコボコにされている。

 

(……あの大佐さんは、つまり。勝敗が決した途端に現れて、隠れて潜んでいた事実とアーロンとの取引を暴露した上で手柄を横取りしようとむざむざ部下を引き連れやってきた、と)

 

 改めて現状を見つめ直しても意味が分からない。どうして、それができると思ったのだろう?

 アレかな? アーロン達と同じで、自分たちの優位性を信じきってノリと武力で押し通せると信じていたのだろうか?

 

(……だとしたら、流石に愚か過ぎます)

 

 観察を続けていれば案の定だ。ネズミ大佐は代表者の人達や血気盛んな島民達に囲まれて攻めたてられている。聞こえるだけでも、ゴサ復興やら残った金品に関与しない事やら今まで海軍が役立たずだった事なんかを、あれよあれよと積み重ねる様に厳しく追及されたり要求されたりと、大変な事になっている。

 

(……本当に、なんで出てきたんだろう?)

 

 此処に集まっている人々は、文字通り命を捨てる覚悟で集まったのだ。

 

 そんな”怖い”人達が、アーロン達の敗北に歓喜の声をあげ溜飲を下げたとしても、直接ぶつけられなかった鬱憤は溜まったままだろう。わざわざ当て馬になる為に登場した様なものだ。はっきり言って間抜けがすぎる。

 こうなってしまえば、この島がネズミ大佐の敵となり、その地位も財産も利用されて搾り取られるに決まっている。集団とはそれぐらい怖いものなのに。……うーん。此処にいるのがココヤシ村の人達だけなら、あっさりと海に捨てられて助かった可能性もありましたけど、これは島に監禁まった無しの直接海軍交渉コースですね。

 

(上手くやれば、この島に一気にお金が入ってきそうです)

 

 いくら最弱の海と呼ばれようと、ここまであからさまな汚点を残した以上、海軍も頭が痛いだろう。同情はできませんけどね。彼らがちゃんと仕事をしてくれれば、ナミさんもノジコも、もっと早く背負っていた積み荷を降ろせたのだ。

 

 チラと見れば、ナミさんとノジコは笑っている。ゲンさんや村の人達も集まって、明るい笑顔で、ある人は涙をこぼしながら、興奮して抱き合っている。

 そんな姿を眩しく見上げながら、そっと目を閉じる。

 

 

(……やっぱり、アーロンは8年前の方が強かった)

 

 

 あのベルメールさんが手も足も出なかった事を視たからこそ、アーロンはこの平和な海で随分と牙が丸くなったというか、ゆっくりとぬるま湯に慣らされていた事に気づいた。……彼らに自覚は無かっただろうが、平和というお酒に芯から浸かりきっていた。

 

(全盛期なら、ルフィさんももっと苦戦したでしょうね)

 

 やれやれと思いながら、あの日のベルメールさんに想いを馳せていると、指が伸びてくる。

 

「そうだったわ。ナナ、おはよう」

 

 へ? ノジコに顎をくいっとされたかと思えば、急に影がさして―――キッス!!?? 衝撃にビビビビッと全身が下から上に震える。

 

「おはようのキス……約束だったしね」

「――――!!??」

 

 間近で微笑まれてウインク付きの挨拶に、一瞬で体の全細胞が目覚めた。

 

「ふっひゃふふふへへ……しょ、しょんなぁ」

 

 慌ててズザザザっとお2人の太ももから距離をとって正座する。

 しかし、舌はふにゃふにゃになってしまい役に立たない。全身が熱い。どんなに頑張っても顔面が緩んでデレデレしてしまい、ナミさんが近づいてきてべしってされる。

 

「なぁに喜んでんのよ」

「いひゃいれふよぉ」

 

 唇の感触を反芻しながら、幸せすぎて顔が緩んで止まらない。

 

「……浮気者」

「へっ!?」

「あら、ナミ。浮気じゃないでしょ? 第二夫人が旦那様を攻めたてるのは違うんじゃない?」

「なにサラッと自分を第一夫人にしてんのよ!!」

 

 けらけら笑うノジコと、怒りつつも楽しそうなナミさん。その後ろでなんか殺意満点に歯ぎしりしながら私を睨んでいるゲンさん。……状況はもう考えても都合よく捉えそうだから横において、とりあえずナミさんとノジコが笑ってるならそれでいいや! 一歩、仲良く喧嘩しているお2人から離れると、ポンっと頭に大きな手。

 

「よっ! ナナ!」

「あ、ルフィさん」

 

 振り返ると、太陽の様に笑うルフィさんがいる。その姿は傷だらけのボロボロで、いっぱい頑張ってくれたんだと分かる。嬉しくなって笑うと、ルフィさんに頭をぐしぐしってされる。

 

「迎えに来たぞ!」

「! ……はい」

 

 ああ。ルフィさんは、ナミさんやメリーだけじゃ無くて、ちゃんと私も迎えに来たんだなって、その一言で分かって、ちゃんと仲間になれないのになって申し訳ない気持ちと、満たされる気持ちにふへへと笑う。

 ルフィさんは満足そうに笑って「腹減ったな~」と、私の頭ごとなでなでするので揺れる。

 

「おいルフィ。レディは丁寧に扱え!」

「んじゃ、パス」

「丁寧に扱えって言ってんだろうが!!」

「あ、サンジさん」

「っと。やあ、ナナちゃん」

 

 言う程には乱暴でもなく、サンジさんにぽすっとパスされる。

 

「ちゃんと触ってろよ!」

「……今更だと思うが。まあ任しておけ」

 

 そんな事を言って、ナミさんの方に行くルフィさん。ナミさんも笑ってルフィさんに手をあげている。改めてサンジさんと向きあうと、恭しく手の先を握られながらニッと素敵な笑顔をみせてくれる。

 

「改まってなんだが、この一味に入る事になったコックのサンジだ。よろしくね、ナナちゃん」

「! そうだったんですね。これからよろしくお願いします、サンジさん!」

 

 わあ、出張料理人じゃ無かったのかとテンションが上がっていく。

 でも、彼のお父さんとの喧嘩はひと段落ついたのだろうか? 海上レストランに留まる事になった2日間。レストランに行く度に、厨房から面白がる様な生温かい視線に見守られ、仲良く親子喧嘩していた光景を思い出す。

 

「……ん、んんっ!!」

 

 サンジさんは急に咳払いをして、煙草を取り出すもぐしょ濡れで気まずげに頭を掻いている。そんな態度に首を傾げながらも、船が真っ二つになってから何があったのかと少し気になるが、それは落ち着いてからでも良いだろう。

 

(終わったんだなぁ)

 

 今は、ノジコもナミさんも心から笑っていて、肩の力が抜けきっている。その後ろには、帽子を深く被って口元を緩めるゲンさんもいて、向こうの方ではウソップさんがゾロさんを医者に見せようとしていた。

 

 

「さァみんな!! 私達だけ喜びにひたっている場合じゃないぞ!!」

「この大事件を島の全員に知らせてやろう!!」

「アーロンバークはもう滅んだんだ!!」

 

 

 わっほう!! とばかりに駆けだしていく人々を見送りながら、せめてとばかりに、ゆっくりと手の平に意識を集中する。血に汚れた手袋はポケットの中だから、今なら深く視えるだろう。ふうっと息を吐いて、吸って、目を閉じる。

 

 

『ごめんみんな!! 私と一緒に死んで!!』

 

 

 ナイフで、自分の肩をめった刺しにして、痛みを堪えながらナミさんは笑う。

 

『私は、アーロン一味を抜ける!!』

 

 私が去ってすぐ、ナミさんは不敵で素敵な笑顔で、アーロン一味の敵になった。

 

『お前の相手は!! おれだろうが!!』

 

 ウソップさんは、相変わらず格好悪いから格好良い、いつものウソップさんだった。

 

『おオオオオオオオ!!!!!』

 

 勇んだり逃げたり、最も臆病だからこそ、一番の勇気を持つ彼らしい逃げ足。

 

『三本でも、おれとお前の剣の一本の重みは同じじゃねェよ!!』

 

 何故か、もの凄い大怪我をしているゾロさん。治療して……!?

 

『悪ィがてめェは眼中にねェ……早くルフィを助けに行かねェと……!!』

 

 それでも、ゾロさんはハチという魚人を、当然だとばかりの態度で倒しきった。

 

『おれはとんでもねェ、アホの船長について来ちまったらしい。――――だが、まァ。レディーを傷つける様なクソ一味より、百倍いいか……!!』

 

 サンジさんは、予想以上に強い人で驚いた。

 

『しょせん雑魚。この”ゲーム”はおれ達の勝ちだな』

 

 その不敵な笑みは、あのお父さんにそっくりな海のコックさんのものだ。

 

『うん。準備運動』

 

 思い付きの技を試して、自業自得にプールに沈められていたルフィさん。……怪我したばっかりのナミさんを働かせたのは、ちょっと思う所がありますが。

 

 

『ナミ!! お前はおれの仲間だ!!!!』

 

 

 とても、悔しいぐらい格好良かったのでいっぱい拍手させて下さい。友愛の意味で大好きです!!

 

 

(……うん。後で、ウソップさんの足取りも追おう)

 

 彼らの戦いを、私はもっと知りたいと願っている。

 

 胸を熱くさせる、余力など一切ない、全てを出し尽くす様な戦い方と背中に憧れる。

 せめて、視える自分だけでも、彼らの歩みを一歩一歩、記録して、覚えていたいと、そう欲深く願ってしまうぐらい。自慢したくなるぐらい。夢を追う彼らの歩みは誇り高い。

 

「ナナちゃん……君は」

「……」

 

 サンジさんが何かを言っているが、でも、ちょっと、そろそろ無理になってきた。……うん。最初に視たのが、好きな人の流血……

 

「あ」

 

 ゆっくりと、じわりじわりと、ショックが心臓にキた。……泣きそうってか、泣く。

 

 な、ナミさんが自傷? ……あんなグサグサ……血が……いっぱい、そのまま、海……飛び込んで……あ、気が遠くな、

 

「ナナちゃん!?」

「え、ナナ? ちょっと、何があったの!?」

「あー……その、左肩がね?」

「あ」

 

 くらくらしていると「ナナ、ナナってば」ぺちぺちされて、ハッとする。

 

「ほら、落ち着いて」

「……ナミ、しゃん」

 

 ぼやけていた視界が晴れた先には、愛しいナミさんがいる。

 そして視界に入る、赤が滲む包帯に心臓が軋み「ナナ!!」はい!? ナミさんにほっぺをむにーっと引っ張られる。

 

「さっき起きたのに、また寝る気? 今からお祭りが始まるのよ!」

「おふぁふひ?」

「そうよ、ナナ。一番良い所で起こしてあげるって言ったでしょう? ここからが一番盛り上がるわよ」

「……んぐ」

 

 ノジコも顔を覗き込んできて、あ、無理。ナミさんとノジコさんの笑顔に、ぐぅっとくる。

 だって、戦いを視たからこそ、こみ上げてくるものがあって、どうしても涙ぐんでしまう。なんとか「ひゃい」と返事をしながら、2人に笑われて、手を握られて無理矢理引っ張られて、なんだろ……なんかもう、彼女達が何を言っても泣きそうだ。

 

「あの、わたし、ええと、ですね」

「「なに?」」

 

 2人同時に私を見てくれる。

 だから、胸がいっぱいなまま、喉がつまりそうなまま、ちゃんとしなくちゃと2人の手をぎゅっと握る。

 

 

「わたし、なみさんと、のじこが、すきです……!! わたしの、およめしゃん、なってくらはい!!」

 

 

 噛み噛みの愛の告白。

 ナミさんとノジコは、ピタリと動きを止めて目を丸くして、それから嬉しそうにふにゃりと笑う。それから2人は、目を合わせて同時に私の耳元に唇を寄せる。

 

 

「バカ。もうなってるでしょ?」

「もちろん、よろこんで」

 

 

 意味を理解して。私は意識をぶっ飛ばした。

 

 

 

 



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35話 おかえりと、私には聞こえるのです

 

 

 お嫁さんができましたー!!

 

 喜びのあまり意識が天に旅立った瞬間「小娘ぇえええ!!」と叩き起こされゲンさんにがっくんがっくん揺さぶられても、幸せすぎて「きゃー♪」と喜びの声をあげてしまう。

 

(こんな私にお嫁さんができるなんてー!!)

 

 奇跡だ! 何がどうしてどうやって受け入れられたのか、ナミさんとノジコがオーケーしてくれた! 私のお嫁さんになってくれた!! ふられる可能性しか無かったし平手を覚悟していたのに!! だってお嫁さんですよお嫁さん!! 私の特別なんです私が愛していい人なんです!!

 

「……ッ。相変わらず、強烈ね」

「成程ね。……ナミが浮気を咎めつつ本気で止めなかった理由が、よおく分かったわ」

「ノジコ。身に染みて分かったでしょうけど、あの子の感情は伝染するわ。……今なら無かった事にできるわよ?」

「冗談でしょう。ナミの方こそ、押しつぶされない内に身を引いた方が良いよ」

「……ふうん?」

「……ふふん?」

 

 ああ麗しいなぁ!

 ナミさんとノジコはにこにこ微笑みあっていて、お嫁さん2人が並んでいるだけでテンションが上がりすぎてたまらない!!

 今すぐお2人を愛したい!! 全力で愛情を注ぎたい!! でも我慢!! 愛したいけどまだ”2人”だからダメだ。

 

 もし、もしも、本気で愛して―――幸せそうに絶命したあの子達の様に―――死んでしまったら困る。

 

(ありえないとしても、妄想だとしても、現実になってしまう可能性が怖いから、我慢しよう!!)

 

 大丈夫、我慢は得意だから! 脳裏に、私が殺したかもしれない小動物達の事を思い出して、私を中心に広がっていく小さな命達に古傷を抉られながら、溢れそうな愛情をぐぐぐっと抑え込む。

 

「……本っ当に、手を引いてもいいのよ? いざとなったら私が死ぬ気で面倒見るわ」

「……くどいね、引く気はないよ。……けど、あの子には早めにお嫁さんを増やして貰わないと、普通の夫婦生活も難しいのは分かった」

 

 真面目な顔をしているナミさんとノジコが可愛くて、表情筋がゆるっゆるになってしまう。ゲンさんにぶらぶらされながら、えへえへと顔をおさえていると足が地面につく。そしてゲンさんはずんずんと先を歩いて、苛立った様に振り返る。

 

「ナミ、ノジコ。……そして小娘ぇ!! さっさと行くぞ!!」

「はへ?」

「ゲンさんったら素直じゃないわね。ナナ、行きましょう」

「え? ナミさん?」

「そうね。ベルメールさんにナナを紹介しないと。きっと驚くわ」

「……あ」

 

 ゲンさんがぷんすかと歩いていくと、両の手がナミさんとノジコに握られて、どこに向かうのか分かってしまい、心臓が大きく跳ねた。

 

「……はい!」

 

 大きく踏み出すと、ゲンさんはフンと鼻を鳴らし、ナミさんとノジコも満足そうな笑顔で、ゆったりと歩き出す。背後からの喧騒に背を向けて、4人で歩いて行った先は、人目を忍ぶ様に崖上に建てられたお墓だった。

 

 

「……終わったよベルメールさん」

 

 

 ナミさんが、そっとお墓に触れて、8年分の想いを込めて静かに撫でる。

 ゲンさんがナミさんの肩に手を置くと、途中で摘んできたお花を彼女のお墓に添える。ノジコは、私に寄り添ってくれた。

 

(……ベルメールさん。はじめましてもできなかった貴女。……どうか安らかに)

 

 静かに目を閉じて黙祷する。

 胸にせまる寂寥感に息が詰まりそうになりながら、物に宿った記憶でしか知らない、彼女の事を反芻して、ふられる事もできない恋に心臓がジクジクする。

 そんな私の頭を、ノジコが優しく撫でてくれる。暫し、各々がもういない彼女に想いを馳せていると、ふと座り込んでいたナミさんが顔をあげる。

 

「……ねえ、ゲンさん、ノジコ」

「「え?」」

「ベルメールさんがもし生きてたら、私が海賊になること止めたと思う?」

 

 ナミさんの言葉に、静かに墓を見つめる。

 

「そりゃお前、大切な娘が海賊なんぞにな」

「止めないね!! 止めればあんたが言うこときくの?」

 

 慌てるゲンさんに被せる様に、ノジコが私をぎゅっとしながら笑う。ナミさんは子供の様に舌をだす。

 

「べ!! 絶対きかないっ!!」

 

 かわいい! その悪戯っ子みたいな表情にギュンっと心が元気になる。すごく可愛い! そして、唖然としているゲンさんが、帽子を深く被って、少しだけ笑う顔に嬉しくなる。カラカラと回る風車が、私たちに優しい風を感じさせた。

 

「ナナ」

「はい」

 

 静かに、ベルメールさんと向き合うナミさんが私を呼ぶので、そっと近づく。ノジコが優しく背中を撫でてくれる。

 

「暫く、一緒にいて」

「暫くと言わず、いつまでも! ……でも、終わったらお医者さんの所に行きましょうね」

「……うん」

 

 ナミさんの隣で膝を抱えて座ると、ぽすっとナミさんの頭が肩に触れて、ドキッと心臓が跳ねる。

 

「……それじゃあゲンさん。私達は戻りましょうか」

「お、おい、ノジコ」

「ナミ! 今日だけよ? ナナは私の旦那でもあるんだからね!」

「……勝手に言ってなさい」

 

 ナミさんはちょっとだけムッとした顔で、べーっとノジコに舌をだして、私の腕に腕を絡めてくる。んぐうっ!? と体温が一気に上がるのを自覚しながら、ぎくしゃくとナミさんの匂いを感じる。

 

(血と海の匂いがする。……今日は、とってもおつかれさまでした、ナミさん)

 

 少しだけ勇気をだして、去っていく2人の言い合いを聞きながら。自分から、すりっとナミさんの髪に頬をすりつける。甘えているみたいな動作に、ナミさんが驚いた気配。

 

「……ねえ、ナナ」

「はい」

「……なんで、ノジコを呼び捨てにしてるのよ?」

 

 はい? ……ええと、脈絡が無さすぎて思考が止まる。それに、なんだかトゲトゲした声色な気がして戸惑いながら口を開く。

 

「……『さん』はいらないよって、言われたからですね」

「ふぅん。……他には? ノジコと2人きりで何かあった?」

 

 ナミさんの瞳が覗き込んできて、どぎまぎしながら、ちょっとだけ言い辛いなぁとノジコとのやりとりや、みかん畑での事を思い出して目を伏せる。

 

「……♪」

 

 言葉を濁したのに、不思議とナミさんは上機嫌になっていく。目を細めて「そっか……」って、私に体重を預けてくる。

 

「それで? 私の事は呼び捨てにしないの?」

「うえ!? ……し、します!」

「じゃあ、してよ。ほら」

 

 甘える様な、猫が毛並みを押し付けてくる様な絶妙な力加減に思考がぶれていく。でも、ちゃんと呼ぼうとナミさんの目を見て、口を開く。

 

「―――にゃみ!!」

「……」

「……」

「にゃみよ」

「忘れて下さいぃ!!」

 

 ああああああやってしまったぁあ!!

 

 顔を覆いたくもナミさんに防がれてしまい、ご機嫌なナミさんにニヤニヤ見られてしまった。恥ずかしすぎる!! どうしてここで格好良く名前を呼べないんだ私って奴はァ!!

 

「ほら、もう一回」

「うぐぐ。……んんっ」

 

 深呼吸をする。そして、ナミさんの目をまっすぐに見つめようとして、その瞳に吸い込まれそうだと目を泳がせてしまう。

 

「……ナミ!! ……しゃん」

「ちょっと?」

 

 あ、あれ? 自分でもびっくりだけど。なんか言えそうにないよ?

 ノジコは、出会ったばかりだからまだ修正がきいたのだろうけど。ナミさんはなんか難しい。というか、呼び捨てしようとすると、妙にそわそわして気恥ずかしくなる。

 

(い、意識しすぎているのかな……?)

 

 色々と、ナミさんは私の初めての人だから、自分でも良く分からない感情で、もう少し時間が欲しいと全身が熱い。今、名前で呼んだらおかしくなりそう。

 

「……しょうがないわね」

「ふびゃ」

 

 鼻を摘ままれて、でもナミさんは言う程には怒っていなくて、その様子にホッとする。そしてナミさんはお墓を見て、笑う。

 

「ベルメールさん。これが私の旦那」

「! よ、よろしくお願いします」

 

 ぴんっと背筋がのびる。

 

「見ての通り、同性で年下でへたれな子。ノジコまでお嫁さんにして、まだまだお嫁さんを増やすつもりの浮気性だけど、見ての通りバカみたいに優しくて、自分よりお嫁さんの事を考えられる、嘘がつけない人」

「は、はい! ナミさんとノジコには、いっぱい笑って貰える様に頑張りたいです!」

 

 何故か、私の最低な本性がばれていたショックで落ち込みつつ、しっかりと返事をする。ナミさんはくすくす笑って、私の肩に額を擦りつけながら、今までにない声色で目を閉じる。

 

 

「ベルメールさん。私もノジコも、幸せになったよ」

 

 

 開いた唇を、ゆっくりと閉じる。

 

「ありがとう、ベルメールさん」

「…………」

 

 言葉は不要だと、そっとナミさんの腰に手を回して、ベルメールさんのお墓を見つめる。

 悲しみと優しさの気配がする、そのお墓に静かに頭を下げて。ナミさんとノジコを、幸せにする為に最大限の努力をすると誓った。

 

「……ん」

 

 ナミさんが、そっと甘える様に顔を寄せてきて、少しだけ変な声がでそうになったけど、ベルメールさんに今だけ目を瞑って下さいとお願いしながら、そっとナミさんに顔を寄せる。

 

 私からの、初めてのキスだった。

 

 ナミさんの唇はがさついて、鼻孔に海の香りが霞めた。微かな血の味が口の中にひろがり、ざらりと少しだけ砂っぽい、そんな魅力的な感触が愛おしい。

 

 このまま、もっとナミさんに触れたいと欲望が溢れたけど、ナミさんの左肩を見て、その手をとる。

 

「……ナナ」

「お医者さんのところ、行きましょう。ベルメールさんも、早く行きなさい! って怒っちゃいますよ」

「……しょうがないわね」

 

 ナミさんは、惜しむ様に笑って、私と一緒に立ち上がる。

 

「じゃあね、ベルメールさん。また来るわ」

「私も、また来ますね!」

 

 2人で、少し名残惜し気にベルメールさんのお墓を見て、歩き出す。暫くして、ナミさんが楽しそうに私の手を引く。

 

「ナナ。私ね、やりたい事がいっぱいあるの!」

「いいですね! 全部やりましょう!」

「そうだ! メリー号にみかんの木を置いても良い?」

「勿論です! 念の為に土を多めにいただけないかノジコに聞きましょう!」

「私、自分の目で見た”世界地図”を作るのが夢なの!」

「なるほど! ルフィさんが目指すものと同じぐらい壮大な夢ですね! 膨大な時間がかかるでしょうが、私達ならきっと叶えられます!」

「……ねえ、ナナ」

「はい!」

「愛しているわ」

「ぴゃ!? ……わ、わたしもでふ!! あいしてます!!」

 

 見上げるナミさんの顔は、今までにない青空みたいな素敵な笑顔で「ん!」と、嬉しそうな表情に見惚れて心を撃ち抜かれる。

 足取りが怪しくなりながら、ふわふわしながら歩いていると、ナミさんの家が見えてきて、ノジコとゲンさんが手を振っている。

 

「――――ただいま!!」

 

 2人に、ナミさんは私と繋いだ手をあげて、腹から声を出して、全速力で駆け出す。

 私は足がもつれそうになりながら一緒に駆け抜けて、その勢いのまま「ちょっと!?」「おい!?」ノジコとゲンさんに飛びついた。

 

 ああ。

 

 私は今日、ナミさんが本当の意味で”お家”に帰って来れたのだと気づいて、心が弾んで一緒にはしゃいだ。

 

 手袋越しに視えたベルメールさんが、倒れ込んだ私たちを見て笑っているのが、本当に嬉しかった。

 

 

 

 



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36話 そして2人は共に朝を迎えるのです

 

 

 また夜がやってくる。

 

 ナミさんやノジコにゲンさんと別れて歩いた島の景色は、半日でお祭り色に染め上げられた。

 人々の感情が爆発する様な盛大な宴はその夜も、そして次の夜も終わる事はないのだろう。

 目の前で泣きながら笑っている人々は、今の為に生きたのだと全身で叫びだす様に生を謳歌している。

 

(……眩しいなぁ)

 

 そんな光景に目を細めながら、見ているだけで心地良い賑わいに頬を緩める。

 せっかくだしナミさんやノジコとデートしたいけど、ナミさんは治療中だしノジコも色々忙しそうで、寂しいなぁと天を仰ぐ。

 

(……2人の温もりと匂いが恋しい)

 

 ぎゅっとしたいし、ぎゅっとされたい。

 お嫁さんができた事で膨らんでいく欲望は果てがなく、ウズウズするのを我慢するのが大変だ。いや、別にゾロさんの体温に不満がある訳じゃない。しかし、ナミさん達と比べると体温が高すぎるし硬いのだ。

 

(もしかして、怪我で発熱してるんじゃ……)

 

 少し心配になる熱さである。現在の私はルフィさんにゾロさんの胡坐の上に座らされたので(ルフィさんはもしや私の事を幼女だと思っている?)去り際に『ちゃんと触ってろよ!』って言うのと同時に走り出して行った。ゾロさんもなんでジョッキ片手に『おう』とか素で返事してるんです? もしやこれ普通なんですか? ……って違う。思考中に別の思考が混ざって何を考えていたのか分からなくなった。

 

 気を取り直す様にジュースで喉を潤し、祭りの喧騒に視線を戻す。

 

(……にしても、変な事になりました)

 

 恐らくルフィさん達は知らないだろうし気づく事もないだろうが、私は密かに政治的なものに巻き込まれている。

 

 それに気づいたのは祭りの初日の事だ。ナミさんとノジコのいない寂しさを紛らわせる様にお祭りのお手伝いを申し出れば、私の顔を見た知らない人達にとんでもないと断られた。そして感謝の言葉が雨あられと降り注ぎ、ジュースやご飯をがっつり持たされてしまった。異常な量をだ。

 

(……あの時、ルフィさんが通りかかってくれて良かった)

 

 ルフィさんがぺろりと食べてくれたおかげで身軽になった私は、すぐに情報収集に走る事ができた。そして明らかになったのは、島の人達は私が島を買った上でルフィさん達を招いてアーロン一味を倒した“最大の功労者”だと印象操作がされている事だった。

 どうやら島民の一部、というか代表者さん達がそういう形に添えようとしているっぽく、一番の功労者がアーロンをぶっ飛ばしたルフィさんだと知った上での事だ。

 

(……いや、意図はわかりますよ? ルフィさん達は海賊ですし、島で歓待するのはともかくとして、外で吹聴するには不都合ですものね)

 

 主に、海軍の支援を十全に受け入れられない可能性である。

 ネズミ大佐やその部下達の不正の証拠はこれからも出てくるだろう。しかし、こちらが被害者であるとしても、交渉の席についてしまえば海軍側の要求をある程度は飲むしかないのだ。

 

(守り、守られの関係を先に崩したのがあちらとはいえ、こればかりはなあ)

 

 この海賊時代に、海軍を敵に回すのは愚かに過ぎる。

 だからこそ、アーロン一味が海軍に倒されたというならともかく『悪』である海賊がたった4人で8年間魚人に支配されていた島を解放した、という“事実”はまずい。海軍的にもそんな話が広まったりしたら不祥事以上の傷がつくだろう。巡り巡って、この島にどんなデメリットが起こるか分かったものじゃない。

 だからこそ、交渉が始まる前から要求を一つでも多く通す為の地盤固めの布石が、私という“偽りの英雄”なんだろう。

 

(……うーん。私に一言も無いのは意地悪だと思いますが……まあ? 私はナミさんやノジコの旦那さんなので? 身内認定って事で遠慮がない可能性もありますし?)

 

 それなら、実際に満更でもないのでしょうがないなぁと気づいていない振りをしちゃうのだ。

 実際、転んでもただでは起きないというナミさんっぽい島民達への好感度は高い。

 

 今は羽目を外しているけど、この島にはお金が必要なのだ。

 8年の停滞で、この島はたくさんの犠牲を払ってきた。その傷を癒す為にも、弔う為にも、残された人たちを養う為にも、お金はとっても大事で必要だ。

 アーロン達に搾取されていた分もあわせて、古い物を新しい物に入れ替える為にも。交易や事業の為にも、次の支配を目論もうとする海賊達に目を付けられない為にも、海軍の協力は必須なのだ。

 

(……客観的に見ても、私が一番利用しやすいからなぁ)

 

 海賊になれないツケが、こんな風に我が身に降り注ぐとは思わなかった。

 

(アーロンパークに、各村の代表者さん達が集まっていたのも口裏合わせに都合が良かったんでしょうね。ノジコが忙しいのも、それが関係してそうだし)

 

 人と人が集まると、本当に予想しない事が起きると頬杖をつく。

 

 顔だけしか知らない彼ら彼女らは、抑圧されていた環境の中でも耐え抜いて、頭の中ではずっと現状を何とかしようと抗っていた。だからこそのスピード感だと思えば、なんだかんだ感心しきって文句も言えない。

 

(まあ、居心地は悪いですけど。酷い事されてる訳じゃないですしね)

 

 短い間ぐらい、お飾りさんを堪能しよう。

 さて、ジュースのお代わりが欲しいと腰を浮かせると「おや、おかわりかい? はい、お嬢ちゃん」と笑顔で通りすがりのおばさんからお代わりを注いで貰えた。……恐縮しつつ「あ、ありがとうございます!」座り直す。

 

(―――無理! やっぱり居心地が悪すぎる!!)

 

 ちょっと身じろぎするとこれだよ!

 私に構いたいって人がチラチラこっちを見てるんだよ! 私なんてただの路地裏生まれ路地裏暮らしの自称トレジャーハンターなんですから切実にやめていただきたい!

 

(そんなだから、今はゾロさんの上から動きたくない。ゾロさんは怪我人で強面だからか、ルフィさん達と一緒にいる時よりも声をかけられない)

 

 開き直るには己のレベルが足りないと、ちびちびっとジュースを飲む。

 

(……ナミさん達の故郷に都合が良いなら、利用されるのは大歓迎ですが……調理台にも立たせて貰えないのは落ち着かない。っていうか『今』から特別視する事ないじゃないですかぁ)

 

 島から出た後でいいのにと、樽のジョッキをつつく。

 

 ルフィさん達には普通に接しているのに、私だけ敬われるみたいな形がダメなのだ。

 ちなみに、ルフィさんはちょこちょこ見かけるけど、さっき『生ハムメローン!!』って、肉を持ったまま駆けて行くのが見えた。まだ見つかってないんだ……ちなみに生ハムメロンの存在を教えていたサンジさんはナンパに行っている。羨ましすぎて現状のストレスの五割はそれだ。私もすっごくナンパしたい! 新しい出会いに乾杯して完敗したい! そしてウソップさんは祭りの中心で自慢話と嘘を交えた楽しそうな話術を披露している。ゾロさんは、今は大きく口をあけて串焼きを食べていた。

 

「ん?」

 

 目が合ったからか、お皿に乗っていたもう一本の串焼きを差し出してくれる。お礼を言って受け取り肉汁がしたたる串焼きの端っこに歯をたてると、鳥の油がじゅわりと口の中に広がってとても美味しい。数秒後にはかぶりついていた。

 

「なんだ、腹が減ってるのか?」

「んぐっ。……お恥ずかしながら、そうみたいです。これすごく美味しいですね! お代わりとってきましょうか?」

「別にいいだろ。おーい、こいつに飯持ってきてくれ! あと酒!」

「ちょおっとゾロさん!?」

 

 待って!? 慌てる私を無視して、ゾロさんはこっちだこっちとお祭りを楽しんでいる人々を手招きする。今そういう事をされちゃうと、ああーダメですにこにこ顔の島の人達がとっても感じよくドン! ドン! とお酒とご飯を山盛りに持ってきてくれて「いっぱい食べなさい!」「若いんだから遠慮するんじゃないよ!」「兄ちゃん良い飲みっぷりだな!」って、すっごく山盛りに…………る、ルフィさーん!? 生ハムメロンあるんで戻ってきて下さいぃ!!

 

「お! こいつは美味そうだな」

「……うう。ゾロさんもいっぱい食べて下さいね!?」

「おう」

 

 早速お肉にかぶりついているゾロさんは(血が足りないのかな?)普段はお酒を優先するけど、ここ最近はもりもりと食べている。その健啖家っぷりにホッとしつつ、私も頑張らなくてはと目の前の美味しいご飯に集中する。

 

「はふっ! ゾロさん、このみかんソースとお肉は奇跡の組み合わせですよ! どうぞ!」

「……ん」

「あ、このお肉はお野菜に挟んでドレッシングでまぶして食べると食感が面白いです!」

「……悪くはねェ」

「ですよね! 柔らかいパンもありますし、これとこれも挟んじゃいましょう! 贅沢にバターたっぷりです!」

「……おい、これ野菜ばっかじゃねェか」

 

 ゾロさんがルフィさん並に食べているのに笑いながら、美味しい食事を堪能する。さて、次はどうやって食べようかと付け合わせを選んでいるとふわりと後ろの方からノジコの匂い!? ピンッと背筋を伸ばして振り返る。

 

「……あら、見つかっちゃったわね」

「ノジコ!」

 

 手を振っている私のお嫁さんがいる!

 ど、どうしよう!? 少し見ない間にまた美人になってる! 会いたくて会いたくてしょうがなかった私のお嫁さんがそこにいる!!

 

 今すぐにでも飛び込んで抱きつきたかったけど、今の私は胡坐をかいたゾロさんの上に鎮座して膝の上にも色々な食材を乗せているのだ。……ぐっ。悔やむしかないが、飛び込みチャンスを逃してしまったッ。

 

「……ふぅん? 静かだから誰かと一緒にいるのは分かってたけど……近すぎない?」

 

 ノジコが腕を組んで微笑むけど、後半は聞こえなかった。

 どうかしたのかと口を開く前に、ノジコが隣に座って頬を抓ってくれる。気安いスキンシップが嬉しい! でも、なんでそこでゾロさんに笑顔を向けてるんですか? こっちです! ノジコの旦那さんはこっちですよ!?

 

(うぅうぅ。なんだか面白く無いけど、ノジコは座っているだけでも可愛い……! こっちを見て欲しい! 今からでもノジコとお祭りデートしたいしお話もしたい! できなくてもいいからもっと意識して欲しいッ!)

 

 そわそわしていると、ぬっと筋肉質な腕が伸びてくる。驚いて顔をあげれば、うんざりした顔のゾロさんが私の膝上のご飯をひょいぱくひょいぱくっと食べてくれた。

 

「……行ってこい。俺はもう寝る」

「おお! ゾロさんありがとうございます!」

 

 うんざり顔をしているゾロさんに感謝して、彼の足上から飛び降りてしっかりと手を拭いてからノジコに手を差し出す。

 

「ノジコ、お祭りデートに行きませんか!?」

「……勿論いいけど。本当に予想がつかないわよね、貴女達」

「はい?」

 

 ふわりと、すぐに手を重ねて貰えた喜びに内心でガッツポーズしていると、ノジコは私の顔をジッと見てから「嫉妬しがいが無いわね」機嫌良さそうに私の頬を撫でる。

 

「?」

「貴女達、仲が良いって感心してるのよ」

「なるほど! ありがとうございます!」

 

 元気に返事をして、内心では距離感とかパーソナルスペースとかいまいち分かっていなかったので、これでいいのかと少し不安だったけれど、ノジコのお墨付きなら大丈夫だと安心する。

 

「そうじゃ……いえ、いいわ。それじゃあ、歩きましょう」

「はい!」

 

 うわうわうわあ! お祭りデートだぁ!

 お嫁さんと一緒にお祭りの夜を歩けるとか、最っ高だ……! 世界よ今日という日をありがとう……!

 

「いや、一緒に歩くだけで喜びすぎでしょ?」

「いいえ! 私にとっては奇跡なぐらい嬉しい事です!」

 

 本気で興奮しているし、証拠に心臓はドキドキしっぱなしだ。

 ようっやくノジコと2人きりなのだ。その興奮を少しでも伝えたいと焦れる様に見上げれば、ノジコは目を丸くして「……そう」っと、照れた様に笑ってくれる。その笑顔に頬のにやけが止まらない。

 

(ああー……ノジコの事が好きだなあ)

 

 こうしてノジコが隣にいてくれるだけで無敵になれる気がする。

 こんなにも素敵で可愛い人が私のお嫁さんになってくれたのだ。夢じゃ無くて現実なのだと感じ入る度に叫びだしたくなる。それをぐぐっと堪えながら、ノジコと歩調を合わせて一緒に歩ける幸せを堪能する。

 

「……熱い」

「え?」

「……ナナの視線が凄すぎて、溶けちゃいそうだわ」

「んん!?」

 

 そんなエッチな目で見てました!?

 慌てて目を逸らすと、ノジコが噴き出して余計に恥ずかしくなる。

 

「ごめんごめん。ちょっとお酒を飲んでて、火照ってるだけよ」

「そ、そうだったんですね!」

 

 セーフ!! いやらしい目で胸元とか太股を見ていたのを勘付かれた訳ではないと安堵する。

 

「……そういえば、ナナは悪酔いする女ってどう思う?」

「介抱のチャンスがあって最高だと思います」

「……女関係には無敵だって事が分かったわ」

 

 ぺちっと叩かれてから頬をぐりぐりってされる。あれ、痛い?

 ちょっと力がこもりすぎている指先を堪能しながら、途中で目についた焼きとうもろこしやみかん飴を手に取って、お互いの好物とか好きな季節とか、そういうお話をしながらお祭りデートを堪能する。そうしていると、だんだんと喧騒が遠ざかっていき、静けさを感じてくる。

 

「……ナナはさ、私の事を軽いって思わない?」

 

 え? 唐突に零れる様なノジコの問いに、少し驚いて顔をあげる。ノジコは、口が滑ってしまった、みたいな気まずそうな顔で頬をかいて、足を止めないまま更に静かな林の奥へと進んでいく。

 

「……ええと、ノジコは軽いと思います! 私でも抱っこできるぐらいスリムで、いつかお姫様抱っこさせて下さい!!」

「……いや、そうじゃなくてさ」

 

 とうとうお祭りの喧騒は消えて、聞こえるのは波と虫の音だけになる。

 鼓膜に感じるノジコの存在感にドキドキしていると、ノジコは目をふせる。

 

「……ほら。会って半日でお嫁さんなんて、ナナは私の事をさ、尻軽だって思わない?」

「? 思わないです」

 

 質問の意図がやっぱり分からないけど、ノジコに愛を確かめられている気がして、こっそりと照れてしまう。

 

「……やっぱり大物だね、ナナは」

 

 やれやれと肩をすくめるノジコを見て、むしろ今の質問はノジコの方が卑屈になっている気がして眉をしかめる。何か気の利いた事を言いたくて、だけど的確に言葉に出すのは難しい。ノジコの魅力はとにかくいっぱいありすぎて一言ではおさまらないのだ。

 

「……え?」

 

 ノジコは綺麗だ。ノジコは可愛い。そんなノジコは何故か自分の事を分かっていない。

 ノジコは凄いのだ。8年間もナミさんを信じて“待つ”という選択を貫き通したのだ。卑屈になって項垂れず、しっかりとナミさんと対等の立場で、姉としてナミさんの心を守ってきた。

 

「……」

 

 ただ、待つという事が、どれだけ心を軋ませるのか私は知らない。想像するしかない。

 

 ナミさんの無事を信じて1日1日を過ごす事が、どれだけきついのか……幾つの眠れない夜を過ごしてきたのか、想像するだけで辛くなる。もしかしたら、1日だって穏やかに眠った事がないのかもしれない。

 

「……っ」

 

 それを8年。ナミさんとノジコはお互いの存在を支えに頑張ってきた。……ふとした瞬間に、何もかもを投げ出したいと思う時もあっただろう。お互いにいつだって終わりの見えない地獄を投げ出す事ができたのに“やめる”事をしなかった。逃げたって良かったのに、2人は歯を食いしばって今日という日を迎えたのだ。

 

(……私は、私のお嫁さん達を心から尊敬している)

 

 そんな2人だから、仮にナミさんやノジコに騙されていても嬉しいと思える。

 むしろ利用されているとしたなら、こんな私を利用してくれてありがとうと諸手をあげて喜ぶ。

 

 でも、彼女達は真剣に私のお嫁さんになってくれた。それぐらい、私にだって分かる。

 

 

「ノジコは、とっても重くて誠実な人だと思います」

 

 

 だから、私は先程の質問に心をこめてこう返す。

 

 ノジコは、気づいたら足を止めて「…………そう」と、急に夜空を見上げて、繋いだ手にぎゅうっと力を籠める。

 

「ノジコ?」

「…………私は、さ。……っ、ナミや、私たちの8年間が、無駄にならなくて、本当に嬉しかったんだ……。ついさっき、アーロンと海軍の大佐を、まっとうな海兵達に引き渡して、やっと、色んな意味で……お、終わったんだなって……」

「……はい」

 

 その声は、泣いている。

 

 ガラス細工の様にそっとノジコを引き寄せると、彼女は抵抗もなく私に抱きしめられてくれる。膝をついて近くなった顔を胸元に誘い、その無防備な頭を撫でる。……ノジコの弱々しい泣き声は、私の心臓をざわつかせる。

 

 

「……あ゛り、がとう」

 

 

 ……はい。

 とっても、お疲れ様でしたノジコ。

 

 ゆっくりと、彼女の頭に唇を落とすと、汗とみかんの香りがする。

 そうしたら、甘える様に彼女が胸元に頬ずりして(んっ)心臓が高鳴ってしまう。……お、お嫁さんが泣いているのに、ときめく自分がちょっと嫌いだ。空気を読めないって気まずくなっていると、ふふってノジコが顔をあげてくれる。その泣いている笑顔にキュウンと胸がうるさい。

 

「ん。……ねえ、ナナ……聞いてもいい?」

「は、はい」

「……ナナは、さ。……ナミ達と一緒に、島を出るんでしょう?」

「……はい」

「私を、おいていくんでしょう?」

 

 ヒュッ。咄嗟に息が止まりかけて、だけど「……はい」しっかりと頷く。

 

「……私を、誘う気もないんでしょう?」

「……はい。……誘いません」

「……どうして? 私が、弱いから? なんの取り柄もないから……?」

「!? 違いますノジコはノジコってだけで最高です!! ……そんな、悲しい事を言わないで下さい!!」

 

 一瞬で全身が冷え切って、心の中が焦りで満たされる。

 私は、ああ、私は、どうやら、お嫁さんを、この可愛い人を不安にさせていたらしい。……許せなくて自分を殺したくて、歯ぎしりしながらノジコを強く抱きしめる。

 

 ノジコに、そんな誤解をさせたのは私が悪い。ノジコが忙しいとか気にせずに会いに行っていればと深く後悔する。

 

「……ナナ?」

 

 本当は、お祭りの最中もずっと我慢していた。

 目を逸らす様に小難しい事を考えて気を紛らわせていた。……私はノジコと一緒にいたい。だから、彼女を海に誘いたいと心の底で叫んでいる。……だけどノジコは……海賊は合わない人だと、勝手に思っている。

 

「…………」

 

 ノジコは、ベルメールさんやナミさんと過ごした家を、みかん畑を、とても大事に思っている。

 

 それに、ゲンさんやココヤシ村の人達が大切で、土地と人を深く愛している。

 私が外に飛び立っていく綿毛ならば、ノジコはその土地に根をはる若木だ。

 ノジコにとって、海と大地、どちらが心地良いのか、生き易くて心が休まり、幸せになれるのかなんて……分かっている。

 

(……人には、人にあった生き方と居場所がある)

 

 ノジコを誘ったら、彼女は受け入れてくれると思う。

 そしてルフィさん達と一緒に冒険するのも、ノジコなりに楽しんでくれると思う。……だけど、嵐が来る度にノジコは遠い島の平穏なみかん畑を気にするだろう。家の修繕も心配になって、ゲンさんや村の人達が元気にしているか落ち着かなくなり、少しずつだけど楽しくなくなると思う。……ノジコは私なんかと違い、一つの所に落ち着きたいと願う人だと思う。

 

「…………」

 

 勝手な想像でしかないけど。そう感じているから、私から誘うのは我慢する。

 ノジコから求めてくれたら、全力で彼女を不安にさせない為に努力するけど、私からは……誘う事はできない。絶対に受けいれてくれると分かっているからこそ、口を閉ざす。

 それで、嫌われて愛想をつかされたとしても……私からは言わないと決めたのだ。

 

「ああ。……そっか。……これは、参ったね」

「……?」

 

 ノジコが、そっと私から身を離して目元を擦る。「……うじうじして、らしくなかったね」そう囁いて、私の腕を引いて、隣に座らせる。

 

「……ナナは、私の事ばかり考えていたんだね」

「あ、当たり前です。ノジコは、私のお嫁さんなんですから……!」

「うん。そうだね。……そうなんだ。……そんなナナに、私は惚れちゃったからね」

 

 優しい声色に、嫌われてはいないと肩の力が抜けて、ノジコの台詞の意味を察して泣きたくなる。

 

(……ノジコ……この島に残るって、今決めたんですね)

 

 そんなのは嫌だと心が叫んでいる。もうすぐで、この愛しい人と別れてしまうのだと思うと辛すぎて、攫いたくて、船に乗ってと懇願しそうになって、拳を握りしめて堪える。ノジコも、もっと泣きそうな顔で微笑んでいる。

 

 そうしていると、ノジコの顔が近づいてきて(……あ)触れていいのだと、身を寄せる。

 ノジコの指先が、顎下をくすぐってゾクリとする。誘われるままに、ちゅっ、と。触れるだけの口付けを交わすと、愛おしさで頭が真っ白になる。

 

「……ん、ナナ」

「……ふわ、い」

 

 だめ。すごく、くらくらする。

 ナミさんにも、自分からした時ふわふわしたのだ。……好きで好きで、おかしくなりそうで、我慢しているのに愛おしくて、数秒ごとに窒息しそうなのだ。

 

「……ねえ、お願いよ。……こんなんじゃ、足りない」

 

 え? 口付けの余韻で、夢心地な私の背をくすぐる様に、ノジコの指先が遊ぶ。

 

「……もっと、深くちょうだい。別れていても耐えられるぐらい、寂しさなんて吹き飛ばすぐらい、とびっきりのを」

「!? ……が、ががががんばります」

 

 ゾワゾワと熱いものが背筋をかけぬけて、鼻の奥がツンと痛い。

 

 ノジコの頬は赤く、瞳が強気なのに恥じらう様に潤むのにゾクゾクする。優しさを意識してノジコの頬に手を添えると、ノジコはきっと私にだけの、特別な表情を見せてくれる。

 

 ああ。今夜は忘れられない夜になると、背筋を甘く震わせた。

 

 

 

 



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37話 もうすでに会いたくてしょうがないのです

 

 

 出会ってからたった半日で、心を掻っ攫われてしまった。

 

 

(……落ち着く)

 

 ぎゅうぎゅうと、子供みたいに抱きついてくるこの子に身を預ける。

 あの日、妹が連れ帰って来た女の子。どちらかと言えば誘拐してきた様にしか見えず、こちらの事情を何も把握していなかったお人好しな少女は、蓋を開けてみれば爆弾の詰まったびっくり箱みたいな女の子だった。

 ドカン! と島中を巻き込む大爆発を起こした癖に、彼女自身がまき散らしたのは無害な色とりどりの紙吹雪。

 

「ふぁ……」

 

 真っ赤な顔が可愛い。彼女の体温と心音にホッとしてしまう。私から誘って淡い口付けを交わせば、とろんとした瞳が零れ落ちてしまいそう。

 ああ、このまま何もしないなんて冗談でしょう? 心底から昂っているのに、それでもこの子がへたれるなら、このまま何もしないで眠るのも悪くないと思ってしまう。

 今にも倒れてしまいそうなナナに笑って、自分で思っている以上にこの子が欲しいと頬ずりする。

 

『”んんぅう!! ノジコのほっぺが柔らかいぃ!! も、もうこれは間違いなく誘われている誘われているよね誘われていると信じよう!! 勘違いだとしてもノジコに恥をかかすぐらいなら私がかく!! んっあー!! ノジコのすりすりは破壊力がダメです猫っぽさが流石ナミさんのお姉様でいや今はノジコの事だけを考えろこういう時にお嫁さんとはいえナミさんの事を考えるとか処刑ものでノジコしかもう見えない!!”』

 

 そのぷるぷると震える様子に、駆け引きのしがいがないと噴き出しそうになる。

 私を欲しいと隠さないナナが可愛くて、愛おしくて、否が応でも心が満たされていく。私への愛情を疑わせないまっすぐな瞳に完敗で、余裕ぶった微笑みの内で期待と緊張を意識する。

 

『”うあああああ、ノジコがかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい!! 私の理性が風前の灯火っていうかむしろここでがっつかないのは失礼なのでは!? 大人の階段を今こそ駆け抜けいやしかし嫌がられたら即土下座しようそうしよう勇気を出せ私あと鼻血は堪えるんだ私!!”』

 

 一秒にも満たない隙間で彼女の『声』が何度も何度も通り抜けていく。そんなに興奮されると女冥利に尽きると口付けを贈る。

 この子の思考はとても速くて温かい。今も明け透けな優しい心が熱をもって内側に流れ込んでくる。あの時も、たった数秒でナミとどんな冒険を繰り広げてきたのか村の皆が一瞬で理解させられた。その場に居合わせた全員が驚いて呆気にとられたものだ。

 お陰様で、あの子の仲間が良い奴だと出会う前から知っていた。そのせいで最初は警戒されちゃったけど、ナナの名前を出せばあっさり信用してくれた。

 

(この子の心は、きっと”知らない”からこそなのよね)

 

 もしも、この子が自分の思考が外に漏れている事を自覚したら……優しいからこそ心を閉ざしてしまうかもしれない。……それは嫌だし困る。今更この子の声が聞こえないなんて、寂しくてしょうがない。

 

(不思議な子……)

 

 私なんかを可愛いなんて、本心から思っている。

 もう、小さな子供でもないのに、ナナが本気だと分かるからこそ苦笑する。私に触れる指先は繊細で、まるで宝物に触れる様に優しいから色々な意味でくすぐったくてしょうがない。それに、私のお尻の下にはこの子の上着が敷いてある。

 

(……別に、地べたの上で良かったのにねぇ)

 

 私が身体を痛めない様に、汚れない様にと、事に及ぶかも分からない段階でそうしてくれた。そんな積み重ねが愛を感じさせて、私の心は甘ったれになっていく。

 今もそう。外だと私が身体を痛めるかもしれないと、誰かに視られるのはもっとダメだと、今すぐにでも私に触れたいという激しい欲求を笑顔で押し隠して、屋内に入る事を提案しようと四苦八苦している。

 

「あ、あの、ノジコは、家に戻りたかったり」

「ないわね」

「そ、そそそうですか!?」

 

 え? いいの? お外でいいの? ってオロオロドキドキしているナナに微笑む。

 

(……だって、旅に出るあんたは、室内より星を見上げてスる事の方が多そうだしね?)

 

 これからの長い旅路で、他の子と良い感じになったとしても……最中にチラっとでも私の事を思い出せば僥倖だとにんまり笑う。未来のナナと相手へ向けたちょっと趣味の悪い嫌がらせだ。

 草木と夜露に女の香りが混ざって、そのまま私の匂いを忘れなければ良いと、我ながら嫉妬深い事を考えている。

 

『”つまりいいんですね!? うああああああ興奮しすぎて心臓が痛くて感覚すら遠くなってきた!! 落ち着け私!! 初めてだからとか言い訳は通じないぞ!! ノジコに無体な事をしない様に理性よ勝ちにいけ!! 本能に負けて今すぐぎゅーってしてすりすりしてよしよししたくて、それで、なんか、その……え、エッチな姿とかいっぱい見たいと欲張っちゃダメだぞ!? いや、見てもいい筈なんだけどがっついたら体目当てとか思われかねないぞ!?”』

 

 うーん、可愛い。

 欲望が明け透けな割に、性欲が強いのか薄いかよく分からない。いまだに事に及んでいないのは、私に魅力が足りないのでは無くこの子の我慢強さが異常なのだ。

 

「ねえ、ナナ。脱がしてくれないの?」

「―――ひゃい!?」

 

 裏返った声で慌てる姿が微笑ましい。

 深みのある青い瞳が大きく見開かれて、気づけば視線が吸い寄せられていく。

 

「ダメ?」

「!? ――いいえ!! わ、わたしがんばりましゅ!!」

「ええ、期待してるわ」

 

 カチコチになりながら、覚悟を決めて私を見上げるナナにぷっと噴き出す。

 色気も何もあったものじゃないのに、心が温かくてずっと満たされている。……あまりに心地良くて、はやくと誘う様に彼女の頬を撫でると、意に反して強張った顔がふにゃふにゃになってしまう。

 

(……私の事が、好きすぎでしょう? そういう顔も猫っぽくて良いけどさ)

 

 ああもう、と額に口付ける。本当にどうかしている。どうしてそんなに、出会ったばかりの私を好きで好きでしょうがないって感じに愛してくれるんだろう?

 最初は、あのナミが懐いているって理由で驚いたけど、それ以上の関係だったことに度肝を抜かれた。あの誰にも懐かない野良猫みたいだったナミが、この子に完全に心を預けている事が信じられなかった。

 

(どんな魔法を使ったんだって思ったけど……これは、ほだされるわけだ)

 

 春みたいな女の子。傍にいるだけで強制的に陽だまりを浴びせられて、身が凍りそうな人間ほど彼女から離れがたくなるだろう。

 

「……脱がしてくれないの?」

「―――!!??」

 

 これから出会うだろう、彼女が好きになる女性達に嫉妬を覚えて煽れば、案の定面白いぐらい大げさな反応をしてくれる。髪をわしゃわしゃしてあげたくなるけど、雰囲気が壊れそうだし我慢する。

 

『”ふ、服を脱が、せせせ……こ、ここここうでいいんだよね!? う、上着を、あー!! 目に眩しいすんごく艶めかしいお胸が大きい腰ほっそい色っぽすぎて世界が死ぬ心臓が壊れそうで目が幸せを訴えてくるぅう!! ああああ女体をこんな間近で見るの初めてで興奮が止まらなくてノジコが可愛いくて私のお嫁さんなんだと叫びたくてそして今から初夜ってうあああああ夢なら覚めるな!!??”』

 

 うん。やる気はある様で何よりね。死にそうなぐらい焦ってるけど。

 ちゃんと進みたいと思っているのは私だけじゃないんだと、嬉しくてつい頬に口付けるとあわあわと更に混乱していく。

 

(……さて? 本来なら、私からリードするべきなんでしょうけど)

 

 年下だし。自分より小さな子に抱かれる趣味も無い。今まで同性を相手にするなんて考えたことも無かったけど、この子にはちゃんと欲情できる。むしろ、ナナの方がその気にならないかもって不安だったぐらいだ。だから、手っ取り早く私から手を出しても良かったんだけど……

 

(……この子は、どちらかといえば私を”愛したい”子なのよね?)

 

 愛されるより、愛したい。

 彼女は1の愛を貰えれば100の愛を返す子だと思う。それが痛い程に伝わってくるから、最初ぐらいは譲ってあげようと思うのだ。

 

(この子は、私を欲しがっている)

 

 ナミの予想通り、この子はベッドの上でも愛されるより愛して愛して愛して、とにかく愛情を注ぎたくてしょうがない困った子なのだ。

 

「……ナナ、好きにしていいよ」

 

 だから、今だけはこの子の好きにさせてあげる。

 ビクリと震えながらも、その瞳が、心が、熱が、痛いぐらいこの先を望んでいる。私が微笑んで頷いてあげると「……っ!!」と感激に打ち震えながら逃げ腰だった姿勢をかえて、片方だけつけたままの手袋を噛んで外す。

 

(……あ、その顔はいいわね)

 

 ちょっと、野性味を感じてドキリとした。

 まだ、ナナと出会ったばかりの私はこの子のそういう仕草を知らなくて、だからこそ昂る。

 外した手袋を横に、素手で私に触れてくる熱っぽい感触が心地良い。彼女の心は私への想いに溢れて、内側から炙られていく。

 

(……これで、まだ”我慢”しているっていうんだから、恐れ入るわ)

 

 この子の本気は、どれぐらい心を掻き乱すのだろう? 少しゾクリとしながらナナの「さ、さわります!」宣言に頷く。まず、心の声のままにぎゅうっと抱きしめてくるのをくすくす笑いながら受けいれて、その背中に腕を回す。

 

(この子の服も、脱がせてあげないとね)

 

 自分だけ服を着たままなんてマナーがなっていない。後で教えてあげないととほくそ笑みながら、彼女のボタンに指をかけてくすくすと笑みが止まらない。

 

(しょうがない子。……私を抱きしめているだけで”死にそう”だなんて、まだ始まったばかりでしょう?)

 

 可愛くて、よしよしと頭を撫でてあげれば満ち満ちていく充足感にうっとりと目を閉じる。

 この子とは、触れ合っているだけで気持ちが良い。自分をどこまでも受け入れて受け止めて離さないでいてくれる。枯れ果てないだろう大海の如き愛情が、麻薬の様に身体と心に浸透していく。そんなものを間髪入れず延々と注がれてしまえば、誰だって参ってしまう。

 

(……まずいわね。……ちょっとドキドキしすぎて、この子の事を笑えなくなってきたかも)

 

 顔がどんどん熱くなっていく。こんなにもまっすぐに無性の愛を感じてしまえば、平静も次第に崩れていく。あの当時の冷え切っていたナミでさえ、この子の前では無理だったのだ。私なんてたった半日でダメにされたんだから、むしろナミが凄かったんだろう。

 この子は私たちを好きすぎて、異常なぐらい温かくて……どうしようもなく底が知れない恐ろしさを併せ持っている。

 

(……あのモームでさえ一撃なんて、腕っぷしまであるとかずるすぎるでしょ)

 

 あの時、私とナミだけが気づいていた。

 モームを弾き飛ばしたナナの口元が、うっすらと酷薄に笑んだのを。

 

「……っ!」

 

 思い出してゾクンと体が熱くなっていく。……二面性って奴なのか、当の本人はすぐにすやすやと寝てしまい、何も覚えていない様だったけど。そういう面もあるのだと知ってしまえばますます深みに嵌ってしまう。

 アーロン達に発していた殺気とすらいえない敵意すら、圧倒的だった。

 明らかに弱そうなのに、それが擬態だと疑うしか無いぐらい、ナナの内には何かがある。弱者には絶対に発せない威圧感に、あのアーロン達すら暴力での解決を避けた女の子。

 

「ノジコ……あ、あの……い、いっぱい触ります!!」

「ええ、どうぞ」

 

 本当に、不思議な子。その感触を受け止めながら、脱がされていく度に寒くないか心配する心に温かくなる。

 触れる唇が気持ち良くて、だけど物足りない。……この子に愛された後は、年上のお姉さんとしてしっかり”教育”してあげましょうと、拙い旦那様に自ら舌を差し込んだ。

 

 長い夜は、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 …………ああ、ノジコとの幸せな時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 

 どれだけ願っても時は止まらず、旅立ちの朝がきてしまった。

 狭い港に入りきらない様に、島中の人達がぎゅうぎゅうに集まってココヤシ村からたくさんの人達がはみ出て、わいわいがやがやと賑やかだ。

 

(……ノジコ)

 

 だけども、その賑やかさが余計に辛い。ノジコと別れてしまうと考えるだけで悲しくて寂しくて無言でノジコの腰に抱きつく私を、ノジコは優しく撫でてくれる。あと、髪も梳いてくれるしなんならチュウもしてくれる。……もうやだぁここに住むぅノジコと一緒にいるぅ何で別れるのか意味わからないぃ。

 

「……おいルフィ。いざとなれば引きはがせ」

「分かった」

「おい手前ェら!! 野暮な真似すんじゃねェよ……可哀想だろうが!!」

「いやいやいやいや、あいつマジで残ろうとするからな?」

 

 ノジコと過ごした日々が幸せだったからこそどんどん離れがたくなる。っていうか離れたくないぃ。可愛いノジコともっともっと一緒にいたいぃ。今夜もいっぱい頑張って可愛い声で「――そうだ。ナミがあのお金は置いて行くって言ってたよ」むぎゅーっと突然ほっぺ抓られて痛いけど可愛いぃ。

 

「何!? 金を()()置いてく!? あの一億ベリーをか?」

「ナナから貰った分以外はね。あのお金はナナに返すってさ」

「当然だが……()()()はナミが命をはって……」

「また盗むからいいってさ」

 

 赤くなっているだろう頬にチュッとされて、うっひゃあという気持ちでぐりぐり抱きつく。幸せすぎて一生ここにいたい……

 

「ばかめ……まだ礼をし足りんのは、我々の方だというのに……!!」

 

 ぁ。ゲンさんの苦渋が滲んだ声にハッと顔をあげると、ノジコに「ん?」と唇にキスされる。違うそうじゃいやそうだったきっとキスしたかったんだ私は!! 蕩けそうな気持ちで見つめあうと「そこー!! いちゃいちゃしすぎない!!」とナミさんの声。そして「船を出して!!」と指示。

 

 え? え? ノジコともう一回と背伸びした途端だったから本当にびっくりして「ん?」「ナッちゃん!?」とぎゅうぎゅう詰めになっている島の人達も驚いている。

 

 そして、ナミさんが凄い勢いで走り出す。

 

「走り出したぞ!? なんのつもりだ!?」

「船を出せってよ……とにかく出すか」

 

 うええ!? 本当にメリーが港から離れはじめて、心の準備ができずに全身が硬直する。

 

「まさかあいつ……我々に礼も言わせず、別れも言わずに行こうというのか!?」

「そんな……!!」

 

 島の人達の焦りと困惑も混ざって、あわあわしていると「ナナ」ノジコの優しい声。

 

「止まれナッちゃん!! 礼ぐらいゆっくり言わせてくれ!!」

「あ……あいつら船を出しやがった!! 君らにもまだあらためて礼を……」

「出航ー!!」

 

 周りの喧騒が遠ざかって、ノジコと静かに見つめあう。……ああ。

 その表情は、凪の様に静かだった。

 

「ナミ待て!! そんな勝手な別れは許さんぞ!!」

 

 怒声と懇願の叫びが響くなか、震える身体をおさえつける。私よりずっと大人で、ずっと強くて、ずっと素敵なノジコと、いってきますの口付けを交わす。

 

「……っ。のじこ、いって、きますっ!」

「ええ。いってらっしゃい。お土産よろしくね」

「いっぱい、持って帰りますっ。……ッ。ノジコが好きです……大好きです……離れたくないです」

「ありがとう。実は私も……ついていきたいぐらい、ナナが好きなの」

「……ノジコぉ」

「ほら、ナミが来た。……風邪、ひいちゃだめよ?」

「――――ッ!! あ゛い!!」

 

 もうよく見えない目でノジコに何度も何度も頷いて、無理矢理目を擦って走り出す。そして、走るナミさんの隣に行けば、ぐいっと腕を掴まれる。

 

 

「……行くわよ!」

「……あい!!」

 

 

 そのまま、たんっ……! と大きくジャンプして港から離れたメリー号に着地する。 

 私は無様にゴロゴロと転がったけど、ナミさんはしっかりと立ったまま、徐に上着に手をかけて。

 

 ドサドサドサドサ……更にドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサ……さ、財布が落ちて行く。……うわぁ。

 

「あ!? あれ!? 財布がないぞ!?」

「おれもだ!」

「わしのも!!」

「私も!!」

「おれのも!!」

 

 島中から人が集まり密集した中を、猫の様にスルスルと駆け抜けたナミさんは、それはもう大量すぎる財布をスっていた。そしてナミさんはにんまりと笑ってみせる。

 

 

「みんな元気でね♡」

 

 

 それはそれは良い笑顔のナミさんに「「「「やりやがったあのガキャー!!!!」」」」と、島中の人達の怒声が響き渡った。

 私は転がったままその光景を見て「……っ」私をずっと見ていてくれるノジコと遠目に目があって、気づいたから笑おうとして失敗した。

 

「おい、変わってねェぞコイツ」

「またいつ裏切ることか」

「ナミさんグーッ!!」

「だっはっはっは!」

『――――』

 

 ……メリーも、おかえりなさいって言ってくれるんだね。うん、ありがとう。きっとナミさんに伝わったよ。

 甲板で起き上がりながら、私はノジコを一心に見つめる。

 

 

「この泥棒ネコがァー!!」

「戻って来ォい!!」

「サイフ返せェ!!」

「この悪ガキィーっ!!」

「……」

 

 ノジコが手を振っている。その頬を涙で濡らしてくれる。

 我慢していたんだって分かるその表情に、心臓が磨り潰されそうで、気づけば大きく手を振っていて。

 

 

「いつでも帰ってこいコラァ!!

「元気でやれよ!!」

「お前ら感謝してるぞォ!!」

 

 

 私は、ノジコみたいに上手に我慢できなくて、ぐしゃぐしゃの情けない顔を晒してしまう。

 

 そんな私を見かねて、ノジコは泣きながら笑ってくれる。そして、

 

 

「ナナー!! ナミが嫌になったらいつでも帰ってきなよー!!」

「―――って、ふっざけんじゃないわよ!! この子は私のでもあるんだから、ちょっと先こしたぐらいで正妻面すんじゃないわよ!!」

 

 

 おおう!? 返事する間もなくナミさんが叫んで、その勢いにしてやったりとノジコが笑って、ナミさんはムッとした顔からすぐに笑顔になって、大きく深呼吸。

 

 

「じゃあねみんな!! 行って来る!!」

 

 

 そして、ノジコにだけ個別に悪戯っぽくんべーっと舌を出して、ナミさんは満足そうに笑う。ノジコはやれやれって顔で腰に手をあてている。

 私は、そんな2人が可愛くてキュウンとしながら、ふぎゅう、っとついに限界がきすぎて泣いているのに更にボロボロと泣いて、足腰が溶けた様に力が入らなくてへたり込み、別れが辛くて悲しいのに、温かくて。心が混乱しながらおいおいとノジコに手を振って延々と泣き濡れた。

 

 そして、ようやく島が見えなくなって、感覚が無くなっていた腕を降ろした時……寄り添ってくれていたナミさんが、しょうがないわね、って感じでぎゅっとしてくれる。

 

 それだけで、寂しさが少しだけ薄れて、ありがたくて、がむしゃらに抱き着いた。

 

 ナミさんは優しく微笑んで、そんな私の顔をハンカチで拭ってくれる。……みかんの香りがして、余計に泣いた。

 

 

 

 



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38話 強くて眼鏡の刀使いさんと出会いました

 

 

 本日は快晴につき素晴らしいお掃除日和。

 

 ノジコのいない寂しさを引きずりながら、いつか訪れる再会の日を夢見て頑張ります……!

 

 よし! と気合をいれながら、日課のお掃除ノルマをこなしていく。

 船酔いは辛いけど、お掃除をしていると気持ち悪いのも遠のいていくし、その間にノジコやカヤさんの事を思い出して幸せになれる。そんな女々しい私は、今夜もナミさんに癒して貰うんだろう。同衾を許してくれるナミさんが優しくて、少し気恥ずかしいけど、嬉しいし寂しさを忘れられる。

 旦那さんとしては格好悪いけど、ナミさんは嫌な顔一つしないで受け入れてくれるから甘えてしまう。大好きで温かくて愛おしくて、一生幸せにするしか無い。

 

(ナミさんがいてくれて良かった……)

 

 鼻を擦る。今でも、お嫁さんになってくれたノジコとの別れが辛すぎて胸の奥がぐじゅぐじゅだけど、傍にいてくれるナミさんのおかげで今日も立っていられる。

 

 出会いがあれば別れがあるのは必然なのに、分かっているのに寂しくてしょうがない。……だからこそ再会を夢見て踏ん張るしかないのだと、そんな当たり前の事をようやく飲み込めてきた。

 そんな少しだけ成長した私は、メリーをピカピカにしながら、その合間にノジコに会いに行く計画(妄想ともいう)をあれこれたてていたりする。

 

(……うん。旅とは何が起こるか分からないものだから、チャンスがきた時の為にイメージトレーニングはかかせないんです。再会の挨拶も考えておかないとですし!)

 

 ふんすっと鼻息を荒くして、ノジコとの再会の第一声を格好良くしたいなぁと手すりを磨いていく。そして、そんな夢みたいな時がきたなら絶対にカヤさんにも会いに行く! つまりウソップさんを引っ張っていくのは必須になるし、当然ナミさんも一緒だ。

 

 

「……また値上がりしたの? ちょっと高いんじゃない? あんたんとこ」

 

 

 と。ナミさんの声に顔をあげる。新聞が届いたみたいだといそいそと掃除の手を止めて用意していた石鹸で手を洗う。……新鮮な情報が見れる! 新聞屋さん今日もありがとう! お菓子をどうぞ。

 

「クー!」

「……はあ。こんど上げたらもう買わないからね」

 

 新聞屋をしている鳥さんが美味しそうにクッキーを食べてくれて可愛い。……動物さんの仕草ってどうしてこうも癒しをくれるんだろう? ほっこりしている横でナミさんが不機嫌顔でお金をチャリンと払い、ウソップさんは呆れている。

 

「なにを新聞の一部や二部で」

「毎日買ってるとバカになんないのよ!」

「お前、もう金集めは済んだんだろ?」

 

 飛び立っていく姿に手を振って、そわそわっとナミさんの隣に行く。ナミさんは笑って「ほら」腕を絡めてくれる。そのまま2人で開いた新聞を覗き込めば、良い匂いがして心地良い。

 

 ちなみに、ナミさんが支払うだろう新聞代その他も私が出します! お嫁さんですし! と言ったのだけど、ナミさん曰く、身内になった自分はともかく、所属する海賊一味や船長であるルフィさんを無料でメリーに乗せている以上、船の持ち主である私からこれ以上貸し借りするのはダメらしい。私にはよく分からないけど、海賊は自由なだけじゃないんだと少し驚いた。

 

「バカ言ってるわ。あの一件が済んだからこそ。今度は私は私のために稼ぐのよ。ビンボー海賊なんてやだもん」

「おい騒ぐな!! 俺は今、必殺“タバスコ星”を開発中なのだ!! これを目に受けた敵はひとたまりもなく…「さわるなぁ!!!!」「うわぁ!!」ぎいやあああああ!!??」

 

 うーん。メリー号がますます賑やかになったなぁ。

 

 ふわり、メリーも嬉しそうにしているのを感じながら、頬を緩めて新聞の文字を追っていく。……さて。アーロン達が捕まった事でノジコ……ううん。ココヤシ村……いや、コノミ諸島全域がその後どうなったか、少しでも追加情報は無いかと真剣に読み進めていく。

 

「何だよいいじゃねェか一コぐらい!!」

「ダメだ!! ここはナミさんのみかん畑!! このおれが指一本触れさせねェ。ナミさん♡ 恋の警備万全です!!」

「んんっ! ありがとサンジくん♡」

「まーいいや。おれは今うれしいから」

 

 ハッ!? 今ナミさんがサンジさんに気のある素振りをした!? ガバッと顔をあげるとナミさんが「あら」と悪戯っぽく唇を寄せて、チュッと。

 

「ナナ、好きよ♡」

「私もです!!」

 

 気のせいでしたー!!

 でれっでれになっていたら、色っぽく笑うナミさんに手を引かれて、そのまま一緒にデッキチェアに座る。

 

「……いいように使われてんな、あいつら」

「ぎいいやあああああああ」

「あーいよいよ“偉大なる航路”だ!!」

 

 ナミさんの膝上に座らせて貰いながら、くっつくのが嬉しくてでれでれしていたらキラリ、ナミさんの手首に光る金色の腕輪が目に入る。(あ……)そこに、確かなノジコの気配を感じてふにゃりと笑う。

 

 ナミさんは何も言わないけど、この腕輪はノジコに貰ったんだろうな。

 

 ……私も、何かノジコに強請れば良かったかな。ノジコは私の手袋を片方だけ欲しがって、それ以上はいらないと笑っていた。……予備がまだあるとはいえ、なんで片方だけなんだろう? もっと欲を出してくれても良かったのに。せっかくだから、もう片方の手袋は大事にしまっている。

 

「……鈍感」

「え?」

「なんでもなーい。……しかし、世の中も荒れてるわ。ヴィラでまたクーデターですって」

 

 っ。クーデター……不穏すぎる内容に眉を顰めて、恐る恐る読もうと新聞の端っこを握ると、ヒラッと新聞から何かが零れ落ちる。

 

「「ん?」」

「ちらし」

 

 それは、

 

「「あ……」」

「あ!」

「ぐー」

「お」

「……手配書?」

 

 見慣れ過ぎたルフィさんの笑顔がでてきて「「「「ああああああーっ!!!」」」」私と皆の声が合わさり、驚愕の悲鳴が響き渡る。

 

 ―――え。―――ええ!? て、ててて手配書? 本当に!?

 ど、どうしよう!? い、今の私たちは“偉大なる航路”へ向かっていて、つまり、それは……あわわわわっ!?

 

 

「なっはっはっはっ!! おれ達は“お尋ね者”になったぞ!! 3千万ベリーだってよ!!」

 

 

 こ、こここここの“手配書”の意味が、深刻な危険度を伴って現実味を帯びてくるという事でナミさんとメリーが危ないと、喉奥から悲鳴が漏れて全身がガクブルと震える。

 

「……あんたら、ナナ以外見事に事の深刻さがわかってないのね。これは命を狙われるってことなのよ!? この額ならきっと“本部”も動くし、強い賞金首稼ぎにも狙われるし……」

「みろっ!! 世界中におれの姿が!! モテモテかも」

「後頭部じゃねェかよ自慢になるか」

 

 ――――は?

 ウソップさんはバカじゃないですか? 故郷にカヤさんという美人でお金持ちで心優しい天使みたいなお嬢様が待っている身でありながら何言ってんですか? ……って、違うそうじゃない、頭の中のカヤさんに見惚れつつ、浮気宣言ととられかねないウソップさんの発言にも憤ったけど手配書ですよ手配書!

 

「……おいウソップ。ちょっと面貸せや」

「ななななななんだよ急に怖ェよ!?」

「……これは“東の海”でのんびりやってる場合じゃないわね」

「はりきって“偉大なる航路”行くぞっ!! ヤローどもっ!!」

「……カヤちゃんって美人は本当に実在するのか!? どうなんだ!?」

「じじじじ実在するよ何なんだよバカヤロー!?」

 

 あれ? 気づいたらサンジさんとウソップさんがめちゃくちゃ険悪になっている。というかサンジさんが嫉妬の炎で焦げ付きそうになっているけど、何があったんだろう? 首を傾げていると「……ナナ、ちょっとこっちに来なさい」とルフィさん達に忠告していたナミさんに腕を引かれて抱きしめられる。

 

「……少し手を離しただけでこれだもの。目が離せないわね」

「え? え? よく分かんないけど、いっぱい好きです」

「……おい。何でもいいが、島が見えるぞ?」

「私もよ。……ああ、見えたか。あの島が見えたってことは、いよいよ“偉大なる航路”が近づいてきたってこと!」

 

 その台詞に、二重の意味でドキリとした。

 旅の仲間というよりは、メリー号の付属品でしかない私でも“偉大なる航路”には感じ入るものがある。ナミさんが急にほっぺ抓ってきて痛いけど、その島から目を離せない。

 

「……ったく。あそこには有名な町があるの。『ローグタウン』別名“始まりと終わりの町”かつての海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ……そして処刑された町」

「海賊王が死んだ町……!!」

「行く?」

 

 ナミさんの問いへの返事は、聞くまでもない様だった。

 その様子に、思わずナミさんの手首にすがりつく。

 

(……皆は、怖くないのかな)

 

 手配書があるのに、新しい町に入るのは心配にならないのかと……彼らの事が少しだけ分からない。どうして怖くないのだろうと目を伏せた時、ふわり、メリーが“皆をどこまでも運んでいくよ”って、怯える私をどう受け止めたのか、そんな気持ちが伝わってきて……うん。

 

 私も、見習って勇気を出そうと怯える心をおさえつける。

 

 ……よし! ナミさんにぎゅっと抱き着いて勇気を貰い、放置していた掃除道具を片付けながら港に寄る為の準備をする。

 

(どうか、何事もなく平穏無事に過ごせます様に……!)

 

 そんな事を祈りながら、手を合わせるのだった。

 

 

 

 そして立ち寄った町、ローグタウンは、予想以上に大きい町だった。

 

 溢れかえる知らない人、人、人に、不安も忘れて興奮してしまう。

 

 

 

「ウーッ!! でっけー町だー」

「ここから海賊時代は始まったのか」

「よし!! おれは処刑台を見てくる!!」

「ここはいい食材が手に入りそうだ」

「おれは装備集めに行くか」

「おれも買いてェモンがある」

「貸すわよ。利子3倍ね」

「……ナナ、金を貸してくれ」

「え、はい」

 

(あれ? ナミさんじゃなくていいのかな?)

 

 突然ゾロさんに肩を握られて、ちょっと驚く。……おかしいな。ナミさんからの利子3倍とかご褒美ですよね? つまり払い終わるまでナミさんに取り立てられて迫られるなんて羨ましすぎるシチュエーション。……そうか! ゾロさんは私の為に遠慮してくれているんですね! ナミさんに迫られるゾロさんとか見たら嫉妬に狂いますもの!

 

「はい! 勿論お貸しします! お金は返せる時に返してくれれば大丈夫です!」

「「……この差だよ」」

「何が言いたいのよ!!」

 

 何故か重なるゾロさんとウソップさんの声に、ガーッ!! と怒る可愛いナミさんがひたすらに可愛い。ルフィさんはすでに背中しか見えず、相当に死刑台が見たいらしい。

 そのまま、各々が自由に行動していく。……その気構えのない振る舞いに、やっぱり慣れない私はドギマギする。……初めて来た大きな町で迷うかも、とか全然考えていない堂々とした足取りには尊敬の念すら湧きあがる。

 

(私も、もうちょっとしっかりしなくちゃ!)

 

 むんっと気合をいれる。少しでも皆と一緒にいて見劣りしない自分になりたいと願いつつ、でもこの場合はゾロさんと一緒に行動するべきですよね? と、ゾロさんに近づいていく。

 

「え?」

「ん?」

 

(……本当はナミさんと一緒にいたいけど、ゾロさん一文無しみたいだし、財布役が近くにいた方がいいですよね。……ナミさんとデートはしたいけど……っ。すごく、したいけど……ッ!)

 

 最近のナミさんの様子を思い出して、ぐぐぐっと我慢する。

 

(……航海士としての買い物もあるだろうし、最近は私がべったりなせいで1人の時間を過ごせてないし……お嫁さんには旦那さんから離れて過ごすリラックスタイムも必要だって“視た”事もあるし……ここは、我慢だ私ッ!!!!)

 

 ノジコとの別れが辛すぎて、ほぼずーっとナミさんにべったりだったからこそ……自重しなくてはいけない。だってナミさんは1人でふらっと歩いたり買い物するのが好きだって知ってるからこそ、笑顔をつくる。

 

「わ、私はゾロさんと行動しますね!」

「……。……ハァ。……そういう事なら、ゾロ。ナナを任せるわ。絶対にナナの手を離さないでよ? 離したらしばくわよ」

「……おう」

 

 ナミさんは少しだけ歯痒そうな顔をして、ゾロさんは面倒臭そうな顔をしている。

 軽い注意をゾロさんに吹き込んだナミさんが、去り際に私の頬にキスをしてくれる。「じゃあ、いってくるわ」そう言って微笑んで、愛らしい背中を見せて去っていくのをぼーっと見送る。「……行くぞ」と、ゾロさんに腕を掴まれて歩き出し、そして、五秒後。

 

(……あ、ダメ。……さみしい)

 

 ナミさんがいない事にテンションが下がっていく。

 

「早ェよ!!」

「……え? あ、バレバレでしたか? すみません」

 

 でも、無理ですダメです凄く寂しいです。

 ゾロさんには申し訳ないけど、お嫁さんがいない孤独感が、心臓を直にギリギリと握りしめていくんです。

 

「……ったく。金だけ渡して、素直にナミについけば良かっただろうが」

「……それは……そう、なんですけど」

 

 いつの間にか、ゾロさんに引きずられる様に歩いている。

 

(……でも、やっぱり……最近のナミさん、様子がおかしいし……リフレッシュして欲しいもの)

 

「……あ?」

 

(……夜はずっと落ち着かないみたいだし……ぎゅっとして寝てる時も妙にそわそわしてるし……もしかして1人じゃないと眠れないのかな? って出て行こうとすると怒るし。目が覚めて、どんなに爽やかな朝でもなんか不機嫌? というか不満そうだし。……何か、悩みでもあるのかなぁ)

 

「……」

 

 ゾロさんは、何やらすごく嫌そうな顔をしている。いっそ相談してみようかと、ゾロさんに「あの」と口を開いたところで「オウ!! 今日はあの()()()と一緒じゃねェんだな!!」と何やら物騒な声が響いてきた。

 

「ウチの頭はてめェらのせいで監獄行きよ。どうしてくれるノーっ!!」

 

 おっと!?

 この感じはいちゃもんをつける方の自業自得案件ですね!? ビビリのせいで咄嗟にゾロさんの腰にしがみついてぎゅっと目を閉じてしまう。

 

 

「……まだ懲りないのなら、私がお相手しますけど」

 

 

 ってぇ!? 若い女性の素敵な声!?

 

 ハッと顔をあげれば、視界には2人の巨漢に絡まれた女性がおり、これはいけないと飛び出し「おい!?」っとゾロさんに頭を握られる。ちょおおお!? 離してゾロさん1人の女性が男2人に絡まれているとかもうダメじゃないですか!! ほら、あの人達「オウ!? おめーがおれ達の相手をしてくれるってか!?」「してもらおうじゃねェノーっ!!」ってめちゃくちゃ臨戦態勢ですせめて盾にならなきゃ!!

 

「死んであの()()()に伝えてくれよ!!」

「おれ達ァあいつのせいで“偉大なる航路”へ入る夢も断たれちまったんだっつーノーっ!!」

 

 ――――え?

 ゾロさんを振りほどこうとして、目を見開く。ゆっくりと動く世界で女性が刀を抜くのを視認する。

 

「……ぁ」

 

 ズバンッ!! と、瞬間、耳にどこまでも一音に近づいた二つの斬撃音が届く。

 驚くべきことに、黒髪の女性は圧倒的な実力差で2人の荒くれ者を切り伏せてしまった。――――ドクン!! と、心臓が大きく跳ねる。

 

 

(わ。わわ―――――うっわああああっっっっ!!)

 

 

 ときめきにぶわわっと熱があがっていくのを感じながら、綺麗な黒髪の女性に見惚れていると「あ……と、と」女性はよろけだして、転びそうになっている。「危ない!」咄嗟に手を伸ばして支えて、零れ落ちそうになった眼鏡もキャッチする。

 や、やわらかいっ。

 

「わっはっはっはっはっは!!」

「強ェなねーちゃん!!」

 

 ―――肩に乗る彼女の手の大きさや、鼻先を掠った前髪の感触に全身が熱をもっていく。

 

 野次馬達の安堵が混じった囃し音を聞きながら、眼鏡越しじゃない露わになった彼女の素顔から目を離せない。……か、かわいい。

 

「……え……」

 

 転ばなかった事を不思議がっているのか、女性はきょろきょろして、私をまっすぐに見つめる。

 綺麗な瞳にとんでもなくドキドキしながら「ど、どうぞ」眼鏡を差し出す。……んぐぅ、大人しそうな容姿であの腕前とか、キュンキュンして真顔を保つのが辛い! 可愛い! 好き! お嫁さんになって欲しいっ!!

 

「え……あの、え……っ」

「だ、大丈夫ですか? 見えてますか? 眼鏡は此方です」

「……っ、え、ええ。……ご……ごめんなさい。……ありがとうございます」

 

 くっ。照れた様な表情もすごく可愛いですこれはいけない!!

 

 キュンとして、これ以上は本当に我慢できなくなりそうだと、女性がしっかりと立ったのを確認していそいそと距離をとる。

 

(危ない。このままでは段階を踏まずにプロポーズしてしまう。ゾロさんという男体を意識して興奮をおさめよう……!!)

 

 いそいそとゾロさんの隣に戻って腹巻を指先で摘まんで深呼吸。顔をあげれば「……」彼は呆然としていた。

 

「? ど、どうしたんですか、お腹痛いですか?」

「……」

「あの、もし。……今の“声”は。……貴女なんですか?」

 

 はい?

 

 眼鏡をかけた女性は、何だか困惑と驚きが混ざった顔でゾロさん、ではなく、私を見ている。……え゛。もしやまた独り言が漏れてた!?

 

 ぎょっとして慌てだす私と、呆然としたままのゾロさん、何故か気恥ずかしそうに押し黙ってしまう女性。

 

 ……数分ぐらい硬直していた私達は、野次馬さん達の疑問の声にようやく我に返って、とりあえず歩きながら話そうと、ぎくしゃくしながらその場を後にするのでした。

 

 

 

 



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39話 とても強くて素敵な女の子がいたんです

 

 

「何をびびったんですか?」

「は? びびってねェ!」

 

 ドーン! と、腕組みして胸を張りながらウソをつくゾロさんに『えー』という気持ちで目を丸くする。

 いえ、聞こえていましたからね? 流石に誤魔化されてあげませんと、平静を装うゾロさんを見上げる。

 

「さっき『びびった。クソ……』ってぼやいてましたよね? もしかして、あの暴漢さん達が怖かったんですか?」

「違ェよ!!!! そっちじゃなくて、このパクリ女がだなァ……」

「パクリ女!? ちょっと貴方、先程から知っていましたが失礼です!!」

 

 ……うあ。失敗しちゃった。

 

 お2人の間に漂うおかしな空気を払拭しようとして、盛大に火花が散ってしまった。

 申し訳なくて、チラチラとほんのり険悪になっている2人を見つめて肩を落とす。手にした冷たいアイスを半ば無意識に舐めると、甘くて美味しい。「ふおぉ……」と感動する。

 

「……む」

「……あら」

 

 実はアイスを食べるのは初めてで、こういう食感なんだと、口の中で溶けていく味わいに感動してしまう。

 美味しいなぁ……! ついつい夢中になって数秒後、ハッとしてまだ喧嘩しているだろう2人に振り返れば、ゾロさんとたしぎさんは無言でアイスを舐めていた。……おお! いつの間にかちょっと仲良しな2人に嬉しくなる。

 

(やっぱり、美味しいものは世界を平和にしますね!)

 

 でも、2人の間に漂う空気はまだ重いままで、とりなす様に刀使いの彼女、たしぎさんに声をかける。

 

「えと、それにしても、たしぎさんが武器屋の場所を知っていて助かりました!」

「……いえ。丁度用事がありましたし……むしろ、こんなにご馳走になって申し訳ないです」

「いえいえ! どんどん食べて下さいね!」

 

 でれっと、頬が緩みそうになるのを堪える。

 少しでも気を引きたくて、目につく屋台で色々と購入しながら押し付ける様に貢いでいるけれど、いっぱい食べてくれて嬉しい。こっそりデート気分を味わえて私の方がお礼を言いたいぐらいだ。

 

(それに……)

 

 何というか、彼女の申し訳なさそうな、ほんのり照れた笑顔にキュンっとする。

 

 良い……! 控えめな微笑みが頼りなさげで、しかし刀の腕前は達人級という、今までに出会った事ないタイプの女性にメロメロだ。でも、隣を歩くゾロさんは何かしら不満があるのか、ずーっと不服そう。

 

(……どうしたんだろ? パクリ女って言っていたし、誰かに似てるのかな?)

 

 少し心配になりながらも、3人で刀を売っているという武器屋を目指して大通りを歩いていく。途中の屋台で目についたクレープを買って、疑似デートをこれでもかと堪能する。

 

「……悪くはねェ」

「あ、こっちの味も美味しいんですよ」

「ふあぁ……! この町は美味しい物がいっぱいですね!」

 

 ポテトのバター焼きを頬張りながら幸せに頷く。お腹が膨らんできたおかげか、不服そうだったゾロさんの空気も緩和してきている。ソーセージの串焼きや熱々のポテトを食べている内に、たしぎさんに対しての違和感? に慣れてきたのかもしれない。

 ちなみに、今は買ったばかりのみかん多めのクレープで舌を喜ばせている。たしぎさんはベリーたっぷりのクレープを選び抜き、ゾロさんは鳥の炭火焼きがごっそり入った惣菜風を食べている。

 

(んはあ……美味しいしたのしいなぁ)

 

 なんだかんだ、ゾロさんとたしぎさんは軽い会話を交わすぐらいには距離も近づいている。まあ、その会話内容はアレですが。

 

「おいパクリ女。そっちのたこ焼きもくれ」

「パクリ女ってまた言いましたね!?」

「なんだよ。けちけちすんな。こいつの金で買ったもんだろ?」

「けちけちなんてしてません!! ……まったく!!」

 

 ……いえ、まあ。文句を言いつつ、ゾロさんにちゃんとたこ焼きをあげる優しいたしぎさんですが、ゾロさんはゾロさんで、心と現実の距離感が近すぎたり急に遠ざかったりと、いつになく間合いがおかしい。

 ……なんだろう。だんだん2人のやり取りが可愛く見えてきた。

 

 ゾロさんは、最初はたしぎさんに対してやり辛そうというか、複雑そうというか、らしくなくとっつき辛そうというか、妙に意識していた。まあ、今はこんな失礼な軽口を叩けるぐらいには仲良くなっていますが。かなり複雑な心境なのは伝わってくる。でも、いくらたしぎさんが人が良くて優しくて可愛くて強くて美人で素敵とはいえ「えっ!?」そろそろ本気で怒るかもしれなくて、どうしたものかと悩ましい。

 

「……おい。不用意にこいつに触るな」

「……う、うぅ。すみません」

 

 対策としては、ゾロさんがまた変になったら、口に美味しい物を詰めて黙っていて貰いましょう。

 私としても今はクレープを味わうので忙しいですし……うん。生クリームが甘すぎない感じでフルーツの甘みと酸味をほどよく感じられるこだわりの逸品ですね!

 

 はあ、幸せすぎる。……道案内を口実にたしぎさんにご一緒できているだけで最高なのに、食べ物も美味しくて、本当に今日はゾロさんについてきて良かった!

 

「……一応言っておくが、こいつにはすでに嫁が2人いる」

「え゛っ!? ……い、いえ。幼い容姿と性別に目を瞑れば、妻帯者なのも納得の思慮深さと器量良しですが……凄い子ですね」

「……ああ、出会ったばかりなら、こんなもんだろ」

「え? あの、どういう意味ですか?」

 

 うん? 意味深な視線を感じた気がして振り向いたら、なんだか2人がこそこそと仲良さそうに打ち解けている。

 んん? たしぎさん、動揺して眼鏡をカチャカチャしすぎでは? そして、ちょおっと距離が近すぎでは? んんんっ。少し寂しいけど、同じ刀使いの剣士同士、親しくなるに越したことは無いと我慢する。

 

(一期一会かもしれないこの縁が、未来の実りある種になるかもしれない)

 

 邪魔をしない様に、もうちょっとだけ距離をとる。

 ゾロさんに首根っこ掴まれているのでそこまで離れられないけど、気分の問題だ。そうこうしていると武器屋も見えてきた。

 

(そういえば、武器屋に入るの初めてだ)

 

 慌てて残りのクレープを食べきって、ゾロさんに押される様に店内に足を踏み入れる。

 

「刀が欲しいんだが」

「はーい、はいはいはいはい」

 

 おお。見慣れないたくさんの武器がいっぱいある!

 

 きょろきょろと見まわしていると、ゾロさんが早速店主さんと話をする為にカウンターに近づいていく。その際にぐいっと、まるで私をたしぎさんに押し付ける様にして(はあ!?)そのまま行ってしまう。ええ?! 突然の予期せぬ密着に動揺するも、何故かたしぎさんに遠慮がちに触れられてゾクゾクッと足が止まる。

 

(――――!!??)

 

 柔い力で肩を握られる感触に、変な声を出さない様に意識する。

 そ、そういう触り方は、あの夜のノジコを思い出して、っていけない。今はお昼だ。――よし。落ち着いた。理性と自制心には自信があるぞ!

 

(でも。なんでいきなり触ってくれるんだろう? ……手、大きいな)

 

 駄目だ、たしぎさんが気になって武器とか全然目に入らないし、自衛の為に武器の一つでも持つべきかなぁ? とか考えていたさっきまでの自分がばいばいしてしまった。

 

「……え、ええと、ナナさん!」

「ひゃい!?」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、赤面しているたしぎさんと目があって、ひょわっ!? と肩が跳ねる。

 

「……んんっ! ナナさんは、武器をお探しなんですよね?」

「ははははいっ!! ……そ、そうです! その、わわわ私でも扱えそうな、護身用のが欲しいなって、思っています」

 

 は、恥ずかしい。変な声が出てしまった。

 

 たしぎさんは「そ、そうですか」と目を泳がせながら「ナナさんは、武道の心得がありますか?」と丁寧に聞いてくれる。それに「い、いいえ」と、肩の感触と可愛い顔を意識しまくりながら答える。

 

(今まで荒事とは無縁の生活だったしなぁ……)

 

 ルフィさん達と出会ってからも、私は戦闘から遠ざけられ、守られている。

 だから、意気込みはともかく、実際には人を殴った事もなくて、そんな自分が武器を持つという事に違和感を覚えてしまう。

 一応は、ナイフを持っているけど、あれは対人用じゃなくて作業用だからなぁ……

 

(……うーん)

 

 ほんの少しだけ、ゾロさんやたしぎさんと同じ様に刀を持つ自分を想像して……あまりの“無さ”に悲しくなった。

 似合う似合わないではなく、場違いなのだ

 

(刀は“無い”ですね。……他の武器より使い手を選んでいる感じが伝わってきますし。私じゃどんな子にもふられちゃう)

 

 制作過程で人の念が籠りやすいというか、なんだろう? 素直に“目覚め”が早いと思うのだ。

 だから、物の記憶や意志が伝わってしまう私には、安易に手を出せない。

 

(それはそうと……あそこからすっごく自己主張が激しい気配がしますね)

 

 刀がたくさん入ったタルを見ながら首を傾げていると、目を見開いているたしぎさんと目があう。

 

「? ど、どうかしましたか」

「い、いえ! ……ナナさんは随分と……目がいいんだなぁと」

 

 目? 普通だと思うけど、褒められたのは嬉しい。

 

「そうですか? 初めて言われました。ありがとうございます」

「……いいえ。私は―――って、ええ!?」

 

 と、会話の途中でたしぎさんが驚いた顔をして、私の手を引いたままゾロさんと店主さんのところに駆けて行く。

 耳には、店主さんがゾロさんの刀を買い取ろうと頑張る声が届いていたので、ゾロさんの刀を気にしていたたしぎさんには放っておけなかったらしい。

 

「ま、待って下さい! ダメです! それ“和道一文字”ですよね!?」

「和道……!?」

 

 あれ、ゾロさんも驚いている。

 たしぎさんは、これを売るなんてとんでもない! って親切心で突撃したのに、説明を続けながら次第に視線が刀に向けられ、気づけば両手で捧げる様に「綺麗な直刃……」と、うっとり見惚れている。

 ゾロさんは、それに呆れた顔をしつつ、表情豊かに嘆いている店主さんに「とにかく、この刀は売らねェよ」と、溜息交じりに答えて、刀を鞘に納める。それにしても……

 

(和道一文字……って言うんだ、この子)

 

「ん?」

「あ」

「……!? なんだ」

 

(名刀なのは知っていたけど、格好良い名前だったんですね)

 

 自然と頬が緩んでいると「……あー。持ってみるか?」とゾロさんが珍しい事を言ってくれる。

 目を丸くして「ぜ、是非!」と、気が変わらない内に手を伸ばす。考えてみれば、私は刀の重さも触感も知らないのだ。そっと、大切にゾロさんの刀を受け取って。

 

「!」

 

 じわりと、手袋越しにその重さを感じた瞬間。――――刀の記憶が流れ込んでくる。

 

(……ぁ)

 

 視界が夜になり、私は幼い子供達が、剥き出しの刀で戦っている映像にびっくりする。

 

 そして、それが“誰”か分かったから更にびっくりした。ええ!? ゾロさんとたしぎさん!? なんで!? お知り合いだったんですか!?

 

 驚いている隙に、勝敗はすぐに決して、ゾロさんはたしぎさんの手で、背に土をつける。

 

 

『畜生ォ……!! くやしい……!!』

 

 

 彼は、心の底から悔しがって、泣いている。

 

 私は、それを唖然と視ている。

 酷く、はっきりした記憶だと、驚いているのだ。

 

 

『本当はさ……くやしいのは私の方……』

『え!?』

 

 

 でも、途中で気づく。

 この子は、たしぎさんじゃない。

 

 

『女の子はね。大人になったら男の人より弱くなっちゃうの……私ももうすぐキミ達に追い抜かれちゃうわ……ゾロはいつも言ってるよね……』

 

 

 似ているけど、違う子だ。

 

 

『世界一強い剣豪になるって、女の子が世界一強くなんてなれないんだって……パパが言ってた……!!』

『…………』

『ゾロはいいね。男の子だから。……私だって世界一強くなりたいよ。胸だってふくらんできたしさ……私も男に生まれてくれば……』

『―――俺に勝っといて、そんな泣きごと言うなよ!!!! 卑怯じゃねェかよ!! お前はおれの目標なんだぞ!!!!』

『ゾロ……』

『男だとか女だとか!! おれがいつかお前に勝った時も、そう言うのか。実力じゃねェみたいに!! 一生懸命お前に勝つ為に特訓してるおれがバカみてェだろ!! そんな事言うな!!』

 

 

 ―――ああ、そうか、この記憶は。

 

 

『約束しろよ!!』

 

 

 この子が、忘れちゃいけない記憶なんだ。

 

 

『いつか必ず。おれか、お前が世界一の剣豪になるんだ!! どっちがなれるか競争するんだ!!』

 

 

 静かに、鞘を握りながら目を細める。

 

 

『……!! バカヤロー……!! 弱いクセにさ』

 

 

 2人は笑いあって、手を握り合う。

 

 

『『約束だ』』

 

 

 この子を通じて、私はこの小さくて尊い、2人の剣士の誓いを見つめている。

 

 そして。

 

 この子は、だから。

 

 

『ゾロ!! 大変だ!! くいなが!! 家の階段で転んで……死んだ!!!!』

 

 

 涙が、溢れてしまう。

 

 この記憶は、だから、寂しさも滲んでいたのだ。

 君は、だからこそ、あの夜の事を、強く記憶しているんだね。

 

 

『先生ッ!! あいつの刀、おれにくれよ!!』

 

 

 握り込んだ、まだ小さな手から、強く流れてくる感情が胸を揺さぶる。

 

 

『おれ、あいつのぶんも強くなるから!! 天国までおれの名前が届くように世界一強い大剣豪になるからさ!!』

 

 

 2人の“主人”の約束を、君が忘れる訳にはいかないもんね。

 

 

「…………うん」

 

 目を伏せる。

 

 ゾロさんが、たしぎさんに複雑だった理由が、意図せず分かってしまった。

 

「……とっても、良い、刀ですね」

 

 泣きそうな声を、誤魔化して、泣いていたとバレたくなくて、目元を拭いながら鞘を優しく握り込む。……そっくりでしたね。

 

 たしぎさんは“くいな”さんと。

 

 何かを言おうとして、視えてしまった気まずさを笑顔で誤魔化そうと顔をあげて―――キィンと。

 

「え?」

 

 視界に、唖然としているゾロさんや、呆然としているたしぎさん、驚愕に目を見開く店主さんやその奥さんでもない、また別の光景が広がっていく。

 

 それは、この子に刻まれた。

 

 自身の主と世界最強の戦い、その一部始終にして、鮮烈な敗北の記憶だった。

 

 

 

 



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