たった3センチの根性 (ダブドラ)
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プロローグ

今の所3日に一話投稿予定ですがよろしくお願いします。


はじめの一歩

 

それは今も尚連載が続くボクシング漫画である。

主人公幕之内一歩がプロボクサー鷹村守と出会い、「強い」とは何なのか考え葛藤しながらボクサーとして、人間として成長する物語だ。

 

 

・・・そんな風に解説している俺ははじめの一歩の大ファンである。

脇役やモブと言われるキャラクターにも見せ場がありキャラクター1人1人にストーリーがあるはじめの一歩という作品に俺は15歳で魅了され、それから欠かさず漫画を買っているのだ。

高校生となった今でも、はじめの一歩を愛している。

 

そんな一歩ファンの俺の目の前に今、信じられない光景が広がっている。

 

「な、なんだよ・・・ここってまさか・・・」

 

見覚えのある建物。外装は古びており、中の音が聞こえてくる。看板に目を向けると・・・

「鴨川ボクシングジム!?」

まさに鴨川ジムである。この音はサンドバッグを叩く音だったのだ。ふと窓にジムを覗いている自分の姿が写る。

 

・・・・・・嘘だろ・・・

 

紛れもない。俺の顔は鴨川ジム所属のジュニアライト級ボクサーである木村達也に酷似していた。

いや、酷似なんてものじゃない。まさにそのものだった。これってまさか俗に言う転生ってやつじゃ・・・

 

「ははは・・・マジかよ・・・」

 

実は木村は俺が一番好きなキャラである。

好きなキャラに転生したならば、嬉しいのはもちろんだがそれよりも驚愕の方が勝っている。

 

「あれ?そういや何で俺は転生なんか...確か学校の屋上から飛び降りたはずじゃ・・・ああっ!」

 

そうだ。俺はいじめの主犯共に飛び降りさせられたのだ。普通なら死んでいるはずだった。地面に叩きつけられたと思った直後気を失い、気づいたらジムの脇の路地に倒れていたのだ。 とはいえ、

 

「これからどうすりゃいいんだよ・・・」

 

まあやることなんぞ一つだが。

俺が木村達也である以上、ボクシングをするのは必然だが、原作じゃタイトルマッチで間柴とやるんだよな・・・

あくまで正史であれば、だが。

 

日本チャンピオンか・・・

 

目指してみるか?出来るのか?俺に?

・・・いや、悩むな。やるしかない。やってやる。やってみせるさ。

「やるぞ! 俺はチャンピオンになってやる!」

 

そう決意した俺の前に2人の男が現れた。

 

「おい木村ぁ! 何してやがる。ロードワーク行くぞ!」

 

「よっしゃ木村ぁ!鷹村さん追い抜くぞ!」

 

ミドル級の鷹村守にライト級の青木勝だ。青木の声に頷き、鷹村さんの声に俺も笑顔で答え、走り出した。

 

「はい! 鷹村さん!」

 

ここから、俺の、木村達也の物語が始まる。

 

 



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第一章 宿敵との出会い
第1話 初めてのスパーリング


お待たせ致しました。そして600UAありがとうございます。


「はぁ・・はぁ・・ぜぇ・・ぜぇ・・」

「どうした青木ィ!もうバテたのかぁ?」

「鷹村さん・・・流石に速すぎますよ・・」

「あぁ!?木村も弱音を吐く余裕があんなら走れ!」

何故いきなり青木が息切れしているかって?簡単な話だ。

ロードワークがキツすぎる。

鷹村さん何故か珍しくハイペースで走りやがって・・・

かく言う俺も息切れ寸前ではあるが・・・・只、正直ここまで鷹村さんについていけるなんて思わなかった。転生前の俺は運動が苦手でも得意でもない、普通な男だった。 ジョギングもしたことなんて殆んどないし・・・

そもそもロードワークも初めてだ。

そんな俺だが今は木村達也なのだ。

原作では木村は運動神経が良くスポーツも万能だったはず。ボクシング以外は何でも器用にこなしていた。

 

「ボクシング以外」は・・・な。

 

鷹村さんはボクシングの天才でも他がからっきしで、俺と青木はボクシングは弱くても他が何でも出来る。まさに正反対。

しかしこれは原作であればの話だが。

何を隠そう俺ははじめの一歩を最新刊まで読み込んでいるのだ。つまり先の展開を知っている事になる。

当然、木村達也というボクサーの欠点も知っている。

だが先ずは、その欠点を無くすよりもボクシングを覚えなければならない。

何故ならロードワークはまだ単純に走るだけ(一歩はシャドーを途中に入れていた気がするが)なので俺でも出来た。しかしボクシングとなるといくら体が出来ていても技術が無ければ意味がない。

技術的には素人の俺には欠点以前の問題である。

練習するしかない・・・・よな。

頭の中でそんな事を考えながら、俺は初めてのロードワークをやりきったのだった。

 

ー鴨川ジムー

 

「ジジイ帰ったぞー」

「会長戻りました・・・ってあれ?」

「何だいねえのかジジイめ」

「何処に行っちゃったんでしょう」

 

ジムに帰ったはいいが、会長がいない。ロードワークに行く前はいたはずだ。何をしているんだろう.....等と考えていると、

「まっその内帰ってくんだろ。練習するぞ青木村ぁ」

「くっつけないで下さいよ鷹村さん」

他愛もない会話をしつつ鷹村さんと青木は着替えだす。

「木村ぁ何してんだよ。練習始めるぞ」

「あ・・あぁ」

不意に青木に声をかけられ咄嗟に返事をした。

見とれてしまった・・・これがボクシングジムか。サンドバッグにスパーリング用のリング、パンチングボールなどの器具がある。ミットやグローブ、ヘッドギアもある。本当に鴨川ジムなのか・・・

そういえばロードワークにいなかったし、カレンダーの日付からして一歩はまだ入門してないんだな。

そんな考え事をしつつ練習着に着替え、回りを見ると、

鷹村さんはサンドバッグを叩き、青木は縄跳びをしている。

「俺もやってみるか」

とは言ったものの、どうするか...初めての練習で何をすればいい?パンチングボールでも叩くか?

等と悩んでいた時だった。

「おい木村ぁ、スパーやるぞ」

「え、お・・俺っすか?」

「頑張って生き延びろよ木村」

「生き延びろって無茶な・・・」

嘘だろ・・・・いきなりあの鷹村守とスパーしろと?

生き延びられる気がしない・・・・・はぁ・・・

ため息を吐きながらヘッドギアとグローブを身につけ、リングに上がる。

「よっしゃ、やりますよ」

「その意気やよし!んじゃいくぜ?」

「お願いします!」

俺がその言葉を言うや否や鷹村さんが飛び込んでくる。

なんて威圧感だよ・・・と思いつつ構える。

オーソドックススタイルというやつだ。直後、鷹村さんの左が飛んできた。速えぇ!! ガッガードを・・・

慌てながらガードを固める。速射砲のような左ジャブが俺のガードに叩きつけられる。

なんて破壊力だ・・・ガードしたってのに腕が痛ぇ。

「怯んでる場合か!くるぞ木村ぁ!!」

青木が叫んでいる。何だ?そう思いつつ振り返ると・・・

「隙だらけだぞオラァ!」

鷹村さんが右を振りかぶっていた・・・・

 

 

 

 

「起きろ木村ぁ」

・・・・ううっ・・・何だ?青木か?

痛む体を起こし前を見る。そこには・・・・

「ゲッ・・・青木?どうしたんだその顔」

顔面を腫らした青木がロープに寄りかかっている。

「どうしたもこうしたもあるか!てめえのせいだぞ!?お前が鷹村さんの右を顔面にもらって気絶したせいで、俺がスパーする羽目になったじゃねえか!」

「気絶?俺が?」

そんなまさか・・・振り返ったあと右をもらうまでは覚えている。だがそれからは覚えていない。

マジで気絶したのか・・・

「お?木村気づいたか!続きやるぞ!」

「まだやるんですか・・・」

「当たり前だ!早く準備しろ」

ここで俺が退いたら、青木の犠牲が無駄になる・・・

よし、やるぞ、やってやるぞ。

「お願いします!」

俺は再度リングに上がる。

俺がリングに上がった事を確認するとすぐに鷹村さんは左を打ってきた。先ずはガードで受け止める。

全くすげえ破壊力だぜ・・・と思いながら両足で踏ん張りを効かせてその場に踏みとどまる。

「何!?」

・・・ん?今鷹村さんが何か呟いていたような・・・・いや、今はスパーに集中しろ。そう自分に言い聞かせ、構えをとる。 鷹村さんが左を2連打してくる。俺はそれを1発目はガード、2発目はヘッドスリップで避けた。

避けられた?・・・・今確かに避けたぞ?鷹村さんの左を。

「マジかよ....」

青木も何やら驚いている。俺が避けたからか?

何にせよ避けられたと言うことはかなり大きな進歩だ。

「よーし、いけるぞ!」

自分を鼓舞し、構える。俺の用意が出来たと判断したのか鷹村さんが左右を打ってきた。これがワンツーか。

俺は左を避けて前に出ながら右をガードする。顔しか狙われていないためガードしながら近づくが・・・ある程度近づいたところで気づいた。この状態...腹ががら空きじゃねぇか!早く距離を・・・そう思った時だった。

「かかったな!木村ぁ!」

笑いながら鷹村さんが上体を捻っている。

ボディーブローだ! 俺は咄嗟にバックステップをする。

「甘い甘い!」

距離をとったにも関わらず、目の前に鷹村さんはいるままだ。踏み込んで来やがった・・・

更に運の悪いことに背後はロープだ。最悪の状況だ・・・

いや、まだ突破口はある。一か八かやるしかない。鷹村さんのグローブが俺の腹に正面から迫ってくる。俺は腹をガードし残った力を両足につぎ込んで思い切り再度バックステップした。

ボディーブローがガード越しに突き刺さるのが分かる。そのまま俺は腹を抱えてうずくまった。

 

「おい木村っ大丈夫か!?」

「あ...ああ、大丈夫だ。危なかったぜ 」

「あのボディー喰らって良く立てるな」

「何、賭けに勝ったってだけさ」

「賭け?」

「鷹村さんのボディーが当たる前にガードしながらロープごとバックステップしたんだ。鷹村さんの腕に合わせてな」

「首捻りでダメージ殺すみたいな事か」

「そういうことだ。まあ俺が満身創痍で且つロープ際にいたから出来たことだ。条件が運良く揃ったってだけさ」

・・・・本当に運が良かった。ロープ際にいなければ間違いなくボディーをモロにもらっていた。

鷹村さんは拳一つ分の隙間があればパンチが出せる。

多分俺とギリギリまで密着して打つつもりだったんだろうがコーナーでなくロープに寄せた事が唯一のラッキーだった。速水がやっていたロープの反動を使うという発想が出てくれたお陰で今立てている。

 

「・・・・・チッ」

「鷹村さん何か機嫌悪そうだな・・・」

「そりゃそうだろ。木村に2発しかクリーンヒットさせられなかったんだぜ?」

2発?それしかクリーンヒットしなかったのか?

気絶前の右ストレートと最後のボディーブロー・・・

確かに2発だ。俺なんて一発もパンチ出せなかったけど・・・多分木村ごときに避けられたって怒ってるだろうな・・・・後で締められる覚悟をしておくか

 

シャワーを浴びて着替えを済ませて戻ると、2人の男性がいた。鴨川ジム会長の鴨川源二会長に事務の八木さんだ。

 

「会長、お帰りなさい」

「ジジイ何してやがった?」

「ある大事な相談をね」

「なんだそりゃ?早く教えろジジイ!」

「そう焦るでない。まだ木村がおらんじゃろうが」

何やら俺待ちのようだ。早く行かなくては。

 

「すいません会長。シャワー浴びてました」

「木村も来たな。揃ったということで発表する」

発表・・・・何だろうか。気になるな。

 

「まず、一ヶ月後に鷹村の試合が決まった」

「よっしゃあ!ようやく決まったか!」

「てことはマッチメイクの相談してたんすか?」

「そういうことさ。鷹村君の階級では選手が少なくて中々試合相手が見つからないから、手当たり次第に声をかけないといけないからね」

鷹村さんの所属するミドル級は日本人の選手人口の

少なさに加え平常時ヘビー級の体格の鷹村さんとやりたがる選手が少ない事もあり、マッチメイクに多大な時間と労力を必要とするため、会長や八木さんの苦労もうかがえる。

と解説しているうちに、会長が続けて言う。

 

「鷹村の試合の前座は木村じゃ。」

「・・・・俺っすか?」

「貴様以外に木村はおらんぞ」

「せめて俺様が試合するリングをしらけさせんなよ?」

「わかってますって。任せてくださいよ、鷹村さん」

 

 

こうして、転生した俺にとっての初戦が決まった。試合は1ヶ月後。俺は拳を握り締め、試合が決まった喜びで今にも溢れそうな笑みを堪えていた。

 




今後の方針等はここに希に書きます。


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第2話 木村達也が減量する理由

1700UAありがとうございます。



転生した俺にとっては初戦になる試合が決まった事を告げられた後、俺は篠田さんに話しかけられた。

篠田さんとは鴨川ジムのトレーナーで、俺や青木のチーフトレーナー兼セコンドをしてくれている人だ。このジムならではのかけ声である、

「ガッツでガッツンガッツンだ!」の生みの親でもある。

 

「なあ木村、お前の階級なんだが・・・」

「階級ですか?」

「ああ、お前も入門して2年が経とうとしている。ジュニアライトじゃそろそろキツくなってきただろうと思ってな。どうだ。階級を上げてもいいと思うが」

「いや、俺はジュニアライトのままでいきますよ」

 

この答えはすぐに出た。ジュニアライト級でなければ、

間柴とのタイトルマッチが出来ない事は当然なのだが、木村達也というボクサーがジュニアライト級に拘る最も大きな理由は青木だ。

まず、木村と青木は背格好が全く同じ171cmで、適正階級は共にライト級である。

しかし二人揃ってライト級でデビューしてしまうと、どちらか片方しかチャンピオンになれないのだ。

つまり、二人でチャンピオンになるために、どちらかが階級を下げる必要があった。そして階級を下げる事を選んだのが木村というわけだ。

階級を下げるとは減量するということ。

木村は平常時で60kgあり、ジュニアライト級のリミットはおよそ58kg。

俺がジュニアライト級で試合をする場合、最低2kgの減量が必要になる。おそらく3kgは落とさなければならないだろうな・・・

減量と言えば普通は勝つために、有利に戦う為にするもんだ。本来の階級じゃ力負けするが、下の階級なら自分の方が強い。だったら体重を落として下の階級でやればいい。

これが一般的な発想だ。

だが木村は青木の為に減量する事を選んだんだ。転生した俺がそんな木村の思いを裏切れる訳がない。

だから階級変更だけは、それだけはしたくない。

それが「俺」が減量する理由だ。

 

その日は会長から帰っていいと言われたので帰ることにした。木村達也の家は花屋「木村園芸」を営んでいる。記憶している範囲でジム周辺を歩き、どうにか到着した。既にシャッターが降りている。

 

「ここがこれから俺の家ってことになるのか・・・」

自分の両親とはいえ初対面だ。

緊張しながら中に入ると・・・

「達也、おかえりなさい」

「おお達也、今日は遅かったじゃないか」

40代半ばの男女が迎えてくれた。両親だ。

「ただいま。実は試合が決まってさ。会長と話してたんだ」

「そうか。頑張れよ、達也」

「ああ。頑張るよ。・・・・悪いけど、スパーリングで打たれちまったからもう寝るわ」

「そう、お休み」

「お休み、母さん、父さん」

そう言って俺は自室へ向かった。

穏やかな人だったな。まさに理想の両親って感じだ。

自室のベッドに横たわり、俺はそのまま眠りについた。

 

 

 

 

side:篠田

 

木村のヤツがジュニアライトのままでいくと言った時、あまりにも直ぐに答えを出したものだから

正直驚いてしまった。あいつが何故階級を変えないかは何となくわかる。

全く友人思いなヤツだ・・・・と思っていたら、

 

「篠田君、ちょっと来てくれんか」

「会長、どうされました?」

何だろうか。会長が呼び出すとは。

「少し、話がある」

 

ー会長室ー

 

「篠田君、木村の階級なんじゃが・・・」

「ああ、それなら私の方から何度か提案しています。しかし、木村は階級を変える気はないと」

「ううむ、ジュニアライト級ではいずれ限界がくるとおもうのだが・・・」

「確かに、木村にとって減量がキツい事は事実です。しかし、木村が階級を変える気はないと言い切った時、彼の目に強い決意を見ました。」

そうだ。あの時の木村の目は、強い光が灯っているようだった。

 

「ふっ・・・そうでなければ二年も続けとらんか」

「ええ、私は木村という男に任せても良いと思います。」

正直気になっている。この先木村がどうなるのか。

 

「そうじゃな、木村の方から言い出すまではやりたいようにさせるか。篠田君、木村の事は任せたぞ」

「わかりました。木村が何処までいけるか、見届けるのも私の役目ですから」

 

そう言って会長室を出ようとした時だった。

 

「そうじゃった、言い忘れとったが、木村の試合前に、最終調整のスパーリングをさせる」

「スパーリングですか?相手は?」

「うむ。八木ちゃんには伝えてあるが、スパーの相手は・・・・」

 

 

 

 

side木村

 

今日はミット打ちやサンドバッグ中心にパンチの確認だ。昨日の鷹村さんとのスパーじゃ一度もパンチを打てなかったからな。

 

「おぉ木村、来たか」

「おはようございます。篠田さん」

「体は暖まっているようだな」

「ええ、ロードワークも済ませて来ましたからね。バッチリですよ」

「それは良いことだ。早速ミット打ちするか?」

「はい!お願いします!」

 

篠田さんに挨拶を済ませた俺は、ミット打ちの為にバン テージを巻く。シャドーボクシングをロードワーク中にやった程度なので不安はあるが、やるしかない。

グローブを着けてリングに上がる。

 

「よし、先ずは基本的なコンビネーションから、打ってみろ」

「お願いします!」

 

オーソドックススタイルの構えを取り、左ジャブを打つ。2発、3発と重ね、4発目で右を打つ。ワンツーだ。

 

「いい感じだ。その調子で打ってこい!」

「はい!」

 

休むことなく左右を打ち、時折くるフックを避ける。

ダッキングはまだ慣れないが、安定はしてきた。

ある程度打ち続けていると、

 

「今だ右ストレート!」

 

そう篠田さんが言った事を聞きつつ左足で踏み込む。

肘、腰、肩と一歩が言っていた事を思い出し、腰を入れて右を振り抜く。

心地よい音がミットから響く。

 

「よし、休憩だ。休んだら続きをするぞ」

「はい!」

 

グローブを外し、ベンチに腰かける。

はぁ・・・はぁ・・・結構疲れるな・・休まず打ち続けたらそりゃそうか。

だが思ったより上手く打てたぞ。特に最後の右は爽快だった。

 

「木村のくせにいいパンチ打つじゃねえか」

「青木か・・そりゃ誉めてんのか?」

「誉めてるさ。いつもよりパンチのキレがいいもんでよ」

「そうか?まあいつもより上手く打てた気がするな」

 

青木が誉めてきやがった。親友とはいえああも素直に誉められるとなんだかムズムズするな・・・

そのまま青木と話していると、

 

「木村、ミット打ちの続きやるぞ」

 

篠田さんが声をかけてきた。時間か。

俺はグローブを着けて再度リングに上がる。

 

「今度はフックやアッパーも打ってみろ」

「はい!お願いします!」

 

先程同様ジャブにワンツー、ストレートを打ちつつフックを織り混ぜていく。直線的な軌道のパンチのみから横軌道のパンチが入ることでグッとやりにくくなるが、

構わず打ち続ける。

そしてフックに慣れるまで打ち続けたところでモーションを変える。腕を横につけ、右足を前にして踏み込み、体ごと突き上げる。アッパーだ。俺は余力をつぎ込み、アッパーを放った。

 

「よし、そこまでだ。キレのある良いアッパーだったぞ」

「はぁ・・・はぁ・・・ありがとうございました」

 

篠田さんに礼を言い、リングを降りた。

俺がミット打ちをしている間青木は基礎トレ、鷹村さんはサンドバッグを叩いていたようだ。

休憩していると鷹村さんが

 

「木村ぁ!調子良さそうだなぁ」

「鷹村さんこそ減量大丈夫ですか?」

「俺様の心配出来るほど余裕なんだなあ?なら前座らしく派手にKO飾って欲しいもんだねえ」

「俺だってやってやりますよKOくらい」

「言ったな?KOだぞ?判定まで引きずりやがったら承知しねえぞ?」

「うっ・・・だ・・大丈夫ですよKOしますから」

 

畜生め。無駄にプレッシャーかけてきやがって・・・

やってやるさ、俺にとってのデビュー戦でKO勝ち出来ればこれ以上の事はない。

そんな事を思っていたら・・・

 

「まあ俺様の前座なんだ。KOくらいできて当然だからなあ」

鷹村さんが嫌味を言っている時だった。

「KOできなきゃ一生俺様のぱし・・イテェ!」

鷹村さんの頭に杖が叩きつけられた。会長だ。

「おいクソジジイ!痛ぇじゃねえか!」

「練習もせんとくだらん事をペラペラと・・・もっと真面目に取り組まんか!この馬鹿者が!早うロードワークに行ってこんか!」

「畜生!覚えてろよ木村ぁ!」

 

何で俺のせいなんだよ・・・

杖を振り回した会長に追い出された鷹村さんはロードワークに行ってしまった。

開け放たれたジムの扉を閉めて戻ると、篠田さんに呼び出された。

 

「木村、試合の一週間前にスパーリングが決まった」

「スパーリングですか?篠田さんがそう言うということは、青木や鷹村さんじゃないですよね?相手は誰なんですか?」

「相手は・・・・・宮田一郎だ」

 

・・・・・・は?

 

 




今回から別キャラ視点が入ります。
宮田とのスパーは次の次くらいの予定です。


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第3話 アウトボクシング

遅くなり申し訳ありません。3000UAありがとうございます。



「スパーの相手は・・・宮田一郎だ」

 

・・・・・は?

嘘だろ・・・俺があの天才とスパーを?

勝てる気がしない・・・・・

 

「宮田と俺がやるんですか・・・?」

「そうだ。カウンターを肌で感じられるし、お前にとってもいい経験になるだろう」

 

カウンターは宮田の十八番だ。

それを肌で感じられるなんて貴重な機会だろう。しかしやるからにはカウンターを破らなければならない。

カウンターにカウンターを合わせるクリス・クロスでもしろというのか?リスクが大き過ぎる。

 

俺は足を使うアウトボクサーだ。対して宮田は自分から近づいてカウンターをとるアウトボクサー。

近づかれてカウンターを喰らいでもしたら足を止められて終わりだ。

どうすればいい?・・・とにかく答えは一つだ。

 

「分かりました。それまで宮田対策を練っておきますよ」

「その意気だ木村。宮田は強いがお前だって最近強くなっている。宮田を驚かせるような一発を入れてやれ!」

「はい!」

 

・・・・・とはいったもののどうするか。

ここで木村達也というボクサーの欠点が色濃くでやがった。宮田にはカウンターという武器がある。

対する俺・・・木村には武器がない。決め手がないのだ。木村は目立った弱点はないが技もないオールラウンダーである。

 

つまり俺は後3週間で宮田に対抗しうる武器を身に付けなければならない。

かなりハードだが、宮田とのスパーで醜態は晒せない。

今日は青木とスパーがある。その時考えよう。

 

「木村ぁジジイから聞いたぜ。宮田とスパーするんだってな?」

「あの宮田とスパーなんて滅多に出来ないぞ?」

「青木、鷹村さんまでどうしたんすか?宮田とのスパーは全力でやりますけど・・・」

「何、貴様が宮田とやるってんなら手伝ってやろうと思ってな」

「鷹村さんが自ら手伝うなんてまずあり得ねぇことなんだからな!感謝sグフェ!」

「何で青木が偉そうにしてるんだ!んであり得ねぇとはなんだあり得ねぇとは!?」

 

青木が余計な事を言って鷹村さんに締められる。

お決まりの光景だ。笑みをこぼしながら俺は、

 

「じゃあよろしくお願いします!」

「おう!早速練習始めるぞ。まずリングに上がれ」

「ちょっと待ってくださいよ鷹村さん。スパーなら俺と木村でやる予定なんすけど・・・」

「何だと?・・・そういやジジイが言ってたな。しょうがねえ。先に済ませちまえ」

「よっしゃ、やるぞ木村ぁ」

「ああ、よろしく頼むぜ青木」

 

というわけで俺と青木のスパーが始まる。

ヘッドギアをつけながら作戦をたてる。

俺は足を使うアウトボクサーだ。フットワークやシフトウエイトは何度も確認している。

青木は変則的なボクサーファイターでどちらかといえばファイターよりだろう。多分近づいて乱打戦に持ち込みにくるはずだ。

・・・・そろそろだな。足を使う練習だ。

 

「いくぜ木村!俺の技を攻略してみろ」

「俺だって負けねえぞ」

 

互いにリングに上がり、ゴングが鳴った。

俺はオーソドックススタイル、青木は手のひらを正面にむけ右手を前に置く独特の構えをとり、リズムを刻む。

俺はステップを踏みつつ左右に動いていく。

青木が前に出てきた。予想通りだ。ガードを上げ、パンチを受ける。

 

左フックからの右ストレート、そのまま左右の連打。

重さは俺よりある。が避けられる。

ある程度パンチを受けたところでバックステップ。

ガードを低くし回避の体勢を整える。

すぐに青木が再び連打を仕掛けてくる。

 

見える。パンチは見えている。

スウェーでパンチを避けていく。フットワークを意識し左を構える。青木のハンドスピードが落ちてきた。

顔に左のダブルを当てる。避けながら確実に左を当てていく。

 

青木が右を振りかぶった。

今だ。

 

右フックを避け青木の背後に回る。

振り向いた直後にワンツー。そのまま距離をとる。

その時だった。

青木が奇妙な動きをし出した。俺に近づきながらのらりくらりと上体を動かしている。

・・・確かに変則過ぎる。

 

 

左を打って距離をとろうとするが捉えられない。

ヒットアンドアウェイとはいかないようだ。

青木が両手を引いた。俺はやや前傾姿勢になり右足に力をつぎ込む。

 

両拳が同時に飛んでくる。ダブルパンチだ。

青木の片手に意識を集中し、踏み込む。

ダッキングしパンチを避け、左足に体重をかける。

上体を捻りボディーブローを放つ。

 

青木の顔が歪む。

同時に顎が開いた。ここだ!

がら空きの顎めがけて渾身のアッパー。

 

青木の体が浮き上がり、マットに沈んだ。

 

 

 

「だーっはっはっはっは!負けてんじゃねえか青木ィ!」

「鷹村さん・・・そんなこと言わないで下さいよ・・・木村いつの間にか強くなってるんですもん」

「言い訳じゃねえか!」

 

青木と鷹村さんが口論している。

スパーは俺の勝ちで、さっきまで青木は伸びてたんだ。アウトボクシングに徹し、最後に至近距離で渾身のボディーを叩き込む作戦だったが青木を倒すには足りないと感じアッパーを追い討ちで入れたというわけだ。

 

それと余裕に見えたが実は違う。

青木の変則的なスタイルに途中惑わされていたずらに左右を振り回すところだった。

漫画で見るのと生で体験するのとではまるで違うプレッシャーがあった。

 

宮田対策として青木とのスパーである策を思い付いた。

宮田のカウンターにカウンターを合わせる事だ。

 

クリス・クロス

 

やっぱりこれしかない。俺がアウトボクサーだからできる事。

青木にボディーを入れる前に踏み込んだとき、

もっとダッシュ力があれば連打の隙をついて距離を詰める事もできる・・・・と俺は思った。

そうと決まればやるしかない。

 

それから俺はロードワークを普段よりキツくし、ダッシュ力をつけるトレーニングを始めた。

鷹村さん曰く、宮田のハンドスピードは鷹村さん以上らしい。なので鷹村さんの剛打を避け続け、スタミナと動体視力を強化するスパーをこなしている。

宮田とのスパーは4日後だ。

 

 

 

 

side:宮田

 

木村さんとのスパーまで後4日。

俺はカウンターとハンドスピードの強化に努めている

今回のスパーは俺から申し出たんだ。何たって来年プロテストだからな。経験はあるに越したことはない。

 

「一郎、練習の調子はどうだ?」

「バッチリさ。父さん」

「しかし珍しいこともあるものだ。一郎の方から木村とのスパーを申し出るとは」

「俺と同じアウトボクサーと一度は手を合わせてみたくてね」

 

父さんとスパーまでの練習について相談する。

元プロボクサーの父さんは俺のトレーナー兼セコンドだ。俺は父さんにボクシングを教わっている。

 

「木村は一郎とはタイプの違うアウトボクサーだ。一郎、お前は前にでて乱打戦もこなせるカウンターパンチャーだが、木村は足を使い距離をとり堅実に攻める王道のアウトボクサーだ」

「分かっているよ父さん。足を使い逃げるアウトボクサーを攻略するために木村さんとのスパーを申し出たんだ」

「木村はプロのリングで場数を踏んでいる。一郎とて一筋縄ではいかんぞ」

「分かってる。でも、俺は負けないさ」

 

そうだ。俺のスピードなら木村さんを捉えることは容易い。

ハンドスピードで圧倒し、カウンターで沈めるだけだ。

只、プロの経験が俺にはない。そこだけは警戒するか。

 

「一郎、聞くがわざわざ木村と練習時間をずらしてまでカウンターを鍛える理由は何だ?」

「木村さんに手の内を知られたくなくてね。木村さんは学習能力も高いから、見られれば俺の対策を固めてくるはずさ」

「確かに、木村の洞察力や学習能力は高い。その判断は間違っていないだろう」

「ああ。俺はこのカウンターで、父さんのカウンターで上を目指す。その為に色々と学ばせてもらうよ」

 

俺が普段スパーをしている練習生達は決して足が早いとは言えない。

その点木村さんはスピードがある。

スパーが楽しみだぜ。スピードのあるアウトボクサー同士のスパー。今までとは勝手が違う。

俺はどう攻略するか考えながら練習を始めた。




次回から木村VS宮田の開幕です。


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第4話 木村VS宮田

遅くなりましたがいよいよ木村と宮田のスパーです。


いよいよ宮田とのスパーだ。

試合じゃなくスパーだってのに緊張している。

手が震えてやがる。

あの宮田一郎と今日、スパーとはいえ手を合わせるのだ。

あのカウンターを自分がもらうかもしれない・・・・・・・

 

いや、違う。かもしれないじゃない。一発は確実にもらうことになる。何故なら俺からカウンターを打たせにいくのだから・・・・勝つために。

 

俺は今地下のリングで宮田を待っている。

上のリングも使えるが外から丸見えであり中に入らずとも選手の写真が取り放題だ。

それは選手のプライバシーが侵害されることになる。

今の宮田はノーライセンスだから尚更避ける必要がある。

スパーの準備としてバンテージを巻き、シャドーをしていると・・・・・

 

「ほう、キレのいいジャブだな」

 

宮田の親父さんが入ってきた。

その後ろには・・・宮田一郎だ。遂に来たか。

 

「木村、今日はよろしく頼むぞ」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

シャドーを見られた動揺が出ただろうか。声が変になっていなかったか?・・・・大丈夫だ。やって来たことをやるだけだ。

 

「木村さん、今日はよろしくお願いします。本気でやらせてもらいますよ」

「お、おう。よろしく」

 

宮田と挨拶を交わし、グローブをつける。

そしてそのままリングに上がる。

 

「ヘッドギアはいいんですか?木村さん」

「ああ、宮田が本気でくるなら俺も本気でいかなきゃな」

「分かりました・・・いきますよ」

 

宮田が僅かに笑みを浮かべている。本気でくるな。

ヘッドギア無しでのスパー。鷹村さんに打たれ続けたお陰でヘッドギア無しの感触は掴めている。

後は俺の実力がどこまで通用するか・・・・だ。

 

「木村ぁ惨めな負け方すんなよ!」

「宮田に一発かましてやれい!」

 

青木と鷹村さんも見に来たか。相変わらずだな・・・

だがお陰で落ち着いた。

両拳をつき合わせ、気合いを入れる。

よし、いくぞ!

 

「スパーは4ラウンド、2ノックダウン制だ」

 

宮田の親父さんから説明が入る。

プロの4回戦と同じルールだ。宮田も来年プロテストだからな。感覚を覚えるためだろう。

互いに向き合い、ゴングを待つ。

 

「では始めるぞい」

 

鴨川会長がレフェリーとしてリングに上がり、ゴングが鳴った。俺と宮田は同時に構えをとる。俺はオーソドックススタイル、宮田はヒットマンスタイルだ。

片方のガードを下げ、手を出しやすくする攻撃的なスタイル。

宮田のスピードならガードの欠点も無いに等しいか・・・

 

どう出るか考えつつステップを踏みリズムを刻む。

宮田も軽快なフットワークを見せてくる。

・・・・・・誘ってきてるな。まずは様子見だ。

 

左を打つ用意をし、間合いを詰める。

まだ、もう少し・・・ここだ!

左の2連打を打つ。かわされた。

速い・・・俺よりずっとスピードがある。

だがこの距離なら届くはずだ。再度左を引いてワンツーの体勢に入ろうとしたときだった。

 

宮田が目の前にいる。スタイルは変えず何か誘っているようだ・・・まさか、至近距離の打ち合いをする気か?

ガードを上げ、向き合うように立つ。

受けて立つぜ、負けねぇぞ宮田!

 

凄まじい左の差し合いからの、パンチの応酬。

俺も宮田も紙一重で避ける。クリーンヒットは未だ無し。連打を止めようと右を振り抜いた。

その瞬間、自分の目の前に天井が広がっている。

 

・・・・・何故だ?何故天井が目の前にあるんだ?

視線を下に向けると、左を戻す宮田がいた。

カウンターか!カウンターをもらったのか。

足が言うことを聞かない。クソっ、動け!動けよ!

もたもたしている内に、宮田が飛び込んできた。

 

ヤバい、いまもらったら終わりだ・・・

頼むから動いてくれ・・・頼む・・・

願いながら両足に力を込める。想像以上のジャストミートだったらしい。足が揺れていやがる。

咄嗟にガードを上げ、ロープに背を預ける。

来やがった。

 

連打を受けながら足を庇う。ロープの反動を使って衝撃を殺す。足が戻るまで耐えろ、耐えるんだ。

ガード越しに宮田が必死の形相を浮かべているのが見えた。明らかに宮田が優勢なのに何故必死なんだ?

とにかく足が戻るまで踏ん張れ。そう言い聞かせながら前を向いた。

 

その時、宮田が下がった。打ち合いを嫌ったのか?理由がどうあれチャンスだ。

戻りかけの足に力を込め、ガードを下げる。

宮田が再び前に出ようとしたのを見て、俺は前へ踏み込んだ。

 

気づいた時には宮田と至近距離にいた。

鍛えこんだ足が活きたようだ。宮田が驚きの表情のまま左を打ち下ろしてくる。ヘッドスリップしつつ上体を捻る。焦ったらしく打ち下ろしが逸れた。

脇腹ががら空きだ。そこへめがけて渾身の右ボディーを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

side:宮田(一郎)

 

 

畜生、想定外だ。木村さんがここまで強いなんて。

ハンドスピードやフットワークは俺ほどじゃないが状況を見極める冷静さやロープを使う発想、何よりあのダッシュ力だ。一瞬でクロスレンジまで追い詰められちまった。そこからのボディーブローは効いたぜ。現に足を止められた。

 

そういえば、ボディーブローを打ってきた時の木村さんの目に強い光が灯っているようだった。

俺が下がったのもあの目を見たからだ。怖じ気づいたと思われるだろうな、父さんに。

 

ジャストミートだと思ったカウンターも耐えられた。

タイミングも呼び込みもバッチリだったんだがな・・・

一度でダメなら何度でも入れてやるまでさ。

ロープにもたれながらここまでの流れを振り返り、構えをとる。

 

負けるわけにはいかない。足だってまだ動く。手も出せる。まだ戦れる。

ダウンしなかった事を救いと感じつつ前に出る。

左で牽制し右を当てにいく・・・が当たらない。

さっきのボディーが効いてくる前にと思ったんだが想定より早くハンドスピードが落ち出した。

それに比べて木村さんは足が生き返ったらしい。フットワークが冴えている。

 

パンチを空振りさせられ続け、ゴングが鳴った。

1ラウンドが終わったようだ。

 

 

「一郎、お前が木村から一発もらうとはな」

「一発もらうどころかその後の俺のパンチは全て空振りさせられたよ」

「カウンターが決まらなかった事が痛手になったな」

「俺の感覚じゃジャストミートだった。今までにない手応えだったんだけどな」

「話せるくらいには余力があるようだな。次のラウンドはどうする?」

「おそらく木村さんは打ちにくる。そこでカウンターを合わせるだけさ」

「木村が何を企んでいるかわからんからな、最後まで気を抜くんじゃないぞ」

「OK、父さん」

 

立ち上がり、木村さんの方へ歩き出した。

さあ、2ラウンド目が始まる。

 

 

 

 

side:宮田(父)

 

 

「木村のヤツ、いけるんじゃないすか?」

「宮田が木村ごときのボディーブローを喰らった所を見るとあり得るが、まだ分からんな」

 

 

鷹村達がスパーの勝敗を語り合っている。

確かにこのままいけば一郎は負けるだろう。

一郎自身がジャストミートと言っていたカウンターを受けて尚あれほどのボディーブローを打つとは・・・・

 

私も正直驚かされた。ウォーミングアップでやっていたであろうシャドーのキレからして成長しているとは思ったが、ここまでとは予想外だった。

一郎についていけるだけのフットワークにハンドスピード。並大抵の努力じゃ身に付かん代物だ。

 

私が驚いたのは何よりあの目だ。

以前鴨川会長に聞かされた話だが、目が生きていると言うとき、それは目に強い光が灯っているように見えると言う。傷ついても闘志だけははっきりわかる相手は確かに目が生きていた。

 

木村もそうだ。一郎のカウンターを受けても目だけは死んでいなかった。その気迫に押されて、一郎は下がったのだ。実に見事な気迫だ。

 

今は2ラウンド目。木村が攻め、一郎が受けている状態だ。まだダメージが抜けてないとはいえ不味いな。

 

 

「アンタはどう思うよ?宮田は勝てると思うか?」

「鷹村か。このままでは無理だろうな。それは一郎も理解しているはずだ。木村の気迫は素晴らしいが、ここからどうするか・・・見物だな」

「俺様も同感だ。面白くなってきたぜ」

 

鷹村が話しかけてきた。面白くなってきた・・・か。

確かに滅多にお目にかかれないようなスパーになるだろう。

 

一郎のカウンターが木村を捉えるか、木村の策が一郎を破るか。このスパーがどんな結末を迎えるか、見届けさせてもらおう。

 

 




次回で決着です。


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第5話 カウンターへのカウンター

遅くなりましたが決着です。
今後は週1、2話投稿を目安にします。


 

第1ラウンド終了後、俺は篠田さんに

 

「いいボディーブローだったぞ。気力も充実している。次のラウンドも押していけ!」

 

と言われた。ボディーブローの手応えはあったがダウンしていないところを見ると、宮田も攻めにくるだろう。

今は俺のペースだ。先手をとりに行かないとな。

 

「セコンドアウト!2ラウンド目始めるぞい」

 

会長の声を聞きマウスピースを咥えて立ち上がる。

軽くジャンプし足を確かめる。

よし、随分回復した。仕掛けることはできそうだ。

 

「宮田にダメージがある今がチャンスだ。逃さず攻めにいくんだぞ」

「いってきます。篠田さん」

 

篠田さんのアドバイスを聞きつつ前に出る。

宮田と向かい合う。宮田は何事もなかったかのような表情をしている。

 

「では・・・第2ラウンド、ボックス!」

 

会長の掛け声と同時に左右を連打する。

宮田はガードを固めているがお構い無しに叩きつけていく。宮田は足にきていて踏ん張りが効かないのか

簡単にロープまで下がった・・・嫌な予感がするがチャンスは今しかない。

 

正直いって俺も宮田も簡単にダウンするだろう。

宮田は今の状態をみれば一目瞭然だが、俺にダメージがあるか疑う割合の方が高いだろう。だが、1ラウンド目のカウンターはマジで効いた。ジャストミートは伊達じゃないと思い知った。

 

カウンターを耐えたというよりはやせ我慢している状態だ。今もダメージが全身にたまっている。

このダメージが前に出てくる前に勝負をつけるんだと手を出しているがガードを崩せる気はしない。

それどころかスタミナが落ちてきやがった。足元がおぼつかない。

 

ハンドスピードが落ちてきたことがバレたらしい。

宮田が前に出てきやがった。こっちが気圧されてしまっている。徐々にリング中央に押し戻されてきた。

距離をとらないと・・・

とっさに右をふりかぶる。

 

ここで焦って出した右ストレートが俺自身の首を締める事になるとはとても気づかなかった。

 

振り抜いた右が宮田の頬を掠めた瞬間、俺の顔面は真上を向いた。カウンターをもらったとすぐに気づいた。

そのまま俺はマットに沈んだ。

 

「ダウン!」

 

会長がカウントを始める。立たなくてはいけないと頭では理解しているが体が言うことを聞かない。

動け、立て、戦え。どんな指令を体に送っても動く気配がない。

 

タイミングも呼び込みも完璧。ジャストミート2発目。

当然効いた。もう終わったかな・・・?

 

 

 

 

いや、違う。

このまま負けるのか・・・・? ここで終わるのか?

 

カウントが進んでいく。はっきりとは聞こえないが誰かの声がする。

 

 

「・・・村!・・・て!!・・・」

 

徐々に鮮明に声が聞こえてくる。

・・・うるさい・・誰だ一体?

 

「木村!立て!!」

「・・・・!! 篠田・・・さん?」

「ここで終わって良いのか!?」

 

 

そうだ。ここで終わって良いわけがない。立て、立て!

篠田さんの叫びを聞いて視界がはっきりとした俺は

自分を鼓舞しながら震える足をロープを掴むことで支え立ち上がる。

 

腕を上げ、構えをとる。

 

「やれるか、木村?」

 

「やれます。まだ・・・やれます!」

 

まだ終わっちゃいない。この手が動く限り戦い続けてやる。

 

 

 

 

side:宮田

 

まただ。ダウンをとれるほどのカウンターなのに。何故立てる、何故立ち上がってくる!畜生、畜生!

俺のカウンターを二度も喰らって立たれたことなんて初めてだ。

 

もうあれほどのタイミングは巡って来ないだろう。

正直、今のカウンターで決めたかった。

だが立ってきたとなれば迎え撃つまでだ。

 

「一郎、まだ木村の目は死んでいない。逆は十分あり得るからな」

「分かっているよ、父さん。何度でも倒すだけさ」

「いってこい、一郎」

 

父さんに送り出され構えをとる。

木村さんの目は強い光を帯びている。俺も負けじと視線を合わせ、徐々に前に出ていく。

 

「ではいくぞい、ボックス!!」

 

掛け声と共にジャブを連打する。

木村さんはガードしながら近づいてくる・・・が、やはりダメージは大きいようだ。完全に防いでいるはずもなく、何発かまともに当たっている。だんだん木村さんの動きが鈍くなっている。だが・・・

 

距離を保ち、ジャブを打ち続けるが効いている素振りはない。それどころか近づかれている気がする。それでもパンチを当て続ける。ジャブ以外にもフックやストレートも織り混ぜるが、出が遅い分防がれやすい。

 

距離を詰められ始め俺の方が下がりそうになる。俺も満身創痍のようだ。体が重い・・・

めげずに打ってはいるがいつまで持つか・・・

いや、スタミナは気にしちゃいけない。とにかく攻めるんだ。

 

ある程度距離が詰まったところで仕掛ける。大振りの右で敢えて懐に入れさせてカウンター。これしかない。

右を打つ体勢になり、横に凪ぎ払う要領で振り抜いた時だった。

 

腕を抑えられている。

ガードされた・・・・のか?ダッキングできるほど足に余力があるようには見えない。狙われた・・・

 

俺の右を抑えた手越しに見えた木村さんの目は、

色濃く輝いていた。

 

下から来る何かに顎を跳ね上げられる。アッパーか!

駄目だ、力が入らない・・・

 

今度は俺がマットに沈められた。

 

 

 

side:鷹村

 

「やりやがった!木村のヤツ!」

「宮田め気圧されたな?木村ごときに」

「このままもう一度倒せば木村の勝ちですよ!」

「バカ野郎!そりゃ宮田も同じだ!先に倒した方が勝つってことだ」

「そ、そうでした」

「でもここまでみる限りまるでインファイターの試合みたいっすよ」

 

青木め・・・ちゃんと見てなかったのか。

木村も宮田も2度ベストショットを喰らっている。

両方ともボロボロだ。どう転んでもおかしくねえ。

ダメージだけなら木村の方がでけえ。カウンター2発それもジャストミートだ。立っている事が奇跡に近い。

インファイターの試合に見えても仕方ない。何せ互いに足を使えないほどダメージがあるんだ。残った選択肢は打ち合いだけだからな。

 

「宮田立ちますかね?鷹村さん」

「綺麗に入っちゃいるが木村が満身創痍な上に木村のパンチ力なら立つだろう」

「木村ぁ!勝て!試合前に負けてちゃ縁起悪いだろ!」

 

青木が叫び出した。縁起悪い・・・か。へっ、ここはこの俺様が応援してやるとするかな!

 

「木村ぁ!俺様の前座で恥をさらさんように、宮田なんぞぶっ飛ばしてこぉい!」

 

木村に向けて渇を入れてやる。まあ、こんなことしなくても木村は諦めてねえだろうがな。

お前の目を見りゃわかるぜ。呆れるほど真っ直ぐな、前しか向いてねえような目だ。カウンターを喰らっても死なねぇ闘志を感じるぜ。

 

宮田が立ち上がった。木村もそれに応えるように構える。木村も宮田も打たれ強いボクサーじゃねえからな。これが最後になるだろう。

 

見届けてやる木村。てめえが俺様とのスパーで何を得たのか、どこまで強くなったか。俺様に見せてみろ!

 

 

 

side:木村

 

 

やった、これで同点ってとこかな・・・立たれたけどな。

俺も宮田も1ダウンずつ。多分これで決まる。今までやって来た事を信じて、一か八かいくしかねえ。

もう力ものこっちゃいない。あるだけの力をかき集めて足に込める。

 

「ボックス!」

 

掛け声に合わせて飛び出す。腰の入ったパンチは一発打てるかどうかってとこか・・・まだチャンスは残されている。

 

宮田とミドルレンジで向かい合う。宮田の手が出るより先に飛び込んでクロスレンジの打ち合いに持っていく。

喰らい喰らわせ何発当てて何発喰らったかもわからないまま打ち合う。

 

大振りを打ちそうになる所をこらえて細かく連打する。

すでにスタミナもギリギリだ。いつヤケクソになってもおかしくねえ。宮田も大振りを餌にカウンター狙ってたくらい疲弊してるんだ。まだこらえろ・・・!

 

宮田の脇腹にボディーブローが突き刺さり、動きが止まった。すかさず俺は左フックを宮田の顔面へ打つ。

フックが入る直前宮田が体重を右足にかけた。右に体を傾けながら右ストレートのカウンターを当てに来る。

 

今だ!

 

足にかき集めた力を振り絞りダッキングをする。俺の後頭部を宮田の右ストレートが掠める。そのまま俺は十字を描くように右フックを宮田の右手の上から顔面へ振り抜く。

 

クリス・クロス。

 

そのまま宮田をマットへ叩きつけた。とても綺麗なカウンター返しとは言えないが、渾身の一発だ。これでどうだと思いながらコーナーへ下がると、

 

「勝者、木村!!」

 

会長が両手を交差した後、ゴングともに勝敗が告げられた。そういや2ノックダウン制だったっけ。

っていうか・・・・・・勝ったのか?俺が・・・宮田に?

・・・やった・・・やったんだ!勝ったんだ!

 

「・・・よっしゃー!」

 

俺は両手を掲げて叫んだ。

篠田さんが近づいてきて俺に話しかける。

 

「やったな木村!見事なカウンターだったぞ!」

「篠田さん、ありがとうございました!実感わかないですけどメチャクチャ嬉しいです!」

 

続いて青木と鷹村さんも近づいてきた。

 

「やったじゃねえか木村ぁ!俺ぁ信じてたぜ。お前なら勝てるってな!」

「疑ってたくせに言うんじゃねえ青木ィ!」

「鷹村さん言っちゃだめっすよ・・・」

「まあこれで木村も俺様の前座をしっかりKOで飾ってくれること間違いないだろうからなあ」

 

鷹村さんにプレッシャーをかけられたが祝ってくれてはいるようだ。ありがとうと礼を告げてシャワーを浴びにいこうとする。

 

「木村、少しいいか?」

「宮田の親父さん・・・いいですけど、何ですか?」

「今回のスパーで、一郎も私も学ばせてもらったよ。素晴らしい闘志だった。ありがとう」

「それは俺もですよ。宮田とのスパーがなきゃここまで練習しなかったですから。自分の限界を超えさせてくれたことに感謝しています」

 

そうだ。今まで俺が決めていた限界の先へ宮田のお陰で進めたんだ。感謝するのはこっちの方だ。

 

「一郎にそう伝えておこう」

「そういえば宮田は?」

「どうやら帰ったようだ。おそらくショックだったのだろうな」

「分かりました」

「今日はゆっくり休むといい。ではお疲れ」

「ありがとうございました」

 

宮田の親父さんと別れた後、俺は家でスパーの事を振り返っていた。

 

次は本番の試合だ。俺にとっては初めての試合でもある。鷹村さんの前座として、勝ってみせる・・・KOで!




2ノックダウン制はこのはじめの一歩の時代の頃採用されていたルールで今はどの団体どの試合もフリーノックダウン制だそうです。


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第6話 新しい武器

遅くなり申し訳ありません。第6話です。


宮田とのスパーから3日が経った。

カウンターを二度喰らいダウンしたためにダメージ抜きの休養中だ。減量はスパー前から着手していたので問題なく落とせている。休養で体が鈍らないように簡単な筋トレ程度なら大丈夫と篠田さんから許可をとってあるので無理のない範囲で体を動かす毎日だった。

 

そんな休養が終わり、俺にとっての初戦まで後一週間という今日。俺はある問題にぶち当たっている。

 

 

・・・・・・武器がねえ。

 

 

いや何を言ってるんだ宮田とのスパーでカウンターを手にいれただろと思う人の方が多いだろうが、あれはカウンターへのカウンターで宮田のようなカウンターパンチャー限定だ。リスクもでかい。

 

今俺が言ってる武器というのはサンデーパンチの事だ。以前にも決め手がないと言ったように現在の木村にはサンデーパンチがない。例えば青木のカエルパンチのようにここぞという時に自分から打つ必殺技が。

 

件のカウンター返しは特定の相手専用なのでサンデーパンチにはなり得ない。言ってしまえばドラゴンフィッシュブローを今すぐ開発してサンデーパンチにすることもできる。だがそんなことして試合に出てったら間柴や他の選手に対策材料を渡してることにかわりない。

 

こんな時期の試合映像を間柴が見る訳がないと思うかもしれないがこのタイミングで出したら今後戦う相手に確実に対策される。そうなったらタイトルマッチもクソもない。だからこそ武器が必要なんだ。

 

俺はロードワークをこなしながら必殺技を模索していた。

 

 

side:青木

 

「必殺技の開発に付き合ってほしい?」

「ああ。今のままじゃ中途半端なんだよ。ビシッと決めるための決め手が俺には必要なんだ」

「もちろん手伝うけどよ、俺が相手でいいのか?」

「技のレパートリーが豊富な青木じゃなきゃ務まんねえんだよ」

「しょうがねえな・・・・・・よっしゃ!この青木様に任せとけ!」

 

 

今日も普段通り練習しようとしていたら、どういう風の吹き回しか知らねえが木村が急に話しかけて来やがった。必殺技ねえ・・・確かにあいつはここぞって時に決め手がないせいでもたつく事が多かった。木村自身悩んでたんだろうな。一肌脱いでやるとするか。

 

鷹村さんが会長とロードワークに行った事を確認し木村とリングに上がる。木村は普段より調子が良さそうだ。

 

「それで、どうすりゃいいんだ?」

「そうだな・・・一度普通にスパーさせてくれねぇか?」

「いいぜ、打ち合ってる間に思い付くかもしれねえしな」

 

そういって互いのコーナーに下がる。

正直言ってしまえば不安はある。その理由としてここ最近木村が別人並の成長を遂げている。

正直羨ましい程に。特にあの宮田にスパーで勝っちまった時は喜びと同時に嫉妬のような感情が湧いた。

今じゃあいつの方が俺より強いだろう。

 

だが俺だって強くなっている。木村がダメージ抜きのために休んでいた3日間、俺は鷹村さんのスパー相手をやらされ続けた。お陰で散々打たれたが今までより打たれ強くなった。新しく開発中の必殺技だってある。今までとは違う俺を見せてやるぜ。

 

篠田さんにゴングを鳴らしてもらいスパーが始まる。木村はオーソドックススタイルの構えを取り、ステップを踏んでいる。俺も負けじとリズムを刻む。

少しずつ距離を詰めていき、ミドルレンジに差し掛かった所でジャブを打つ。

 

当たらねえ。全て避けられる。流石に宮田レベルのハンドスピードに張り合っただけの事はある。だが俺はジャブを空振りさせられる事も構わず打ち続ける。

スピードや動体視力は俺じゃ相手にならねぇレベルだと悟り、開発中の新技の体勢に入る。ガードを上げ、拳を内側に捻るようにして握る。踏み込んだ後右を捻りながら打つ。それと同時に逆方向に上体を捻る。

 

喰らえ木村ぁ!これが俺の新技、きりもみコークスクリューだ!

 

 

 

 

 

 

side:木村

 

畜生。青木の新技とやらにまんまと引っ掛かっちまった。きりもみコークスクリューをこのタイミングで開発したとは思ってもみなかった。コークスクリューの捻りを上体を逆方向に捻る事で殺しただのストレートにする、一見無意味なパンチ。だが実際受けてみると見事に虚をついて来やがった。

 

普通にコークスクリューを打つよりストレートの方が出が早い。コークスクリューが来ると思った奴はその分早くパンチが当たるから当然驚くだろう。俺がいい例だ。だがコークスクリューか・・・何か掴めそうなんだが出てこない。

 

のけ反った上体を起こし右を振り抜く。青木に休む暇を与えんとばかりに連打する。ガードを上げさせ空いた脇腹にボディーブロー。追い打ちで更にアッパー。足を使って距離を取り、様子を伺う。

 

思った以上に技が浮かばないままスパーをしている。このままいったら技が浮かぶ前に終わってしまう。浮かばないと言ったのは、新しく出てこないという意味で実は一つ考えはある。青木はさっきの連打が効いたらしく足が重くなっている。ここで試してみるか?やるしかねぇよな。

 

以前から考えていた必殺技を試すべく体勢を変える。左を普段の構えよりも少し前に突き出し半身に構える。今までの俺じゃとても使えない構えだ。オーソドックススタイルよりジャブが届きやすくなる攻撃的な構え。突き出した左の狙いを定め、前に出る。その勢いでジャブを打ち更に距離を詰める。

 

青木が驚いた表情を浮かべている。そりゃ突然構えを変えたとなりゃ驚くわな。俺は構わず前に出る。青木はジャブやストレートで応戦してくるが全てガードや回避で捌いていく。連打を捌ききったと思った瞬間、青木が笑みを浮かべている。・・・何だ?何を狙っている?

 

怪しみつつ青木の手に視線を向けると、青木の右手は見覚えのある捻り方をしていた。二度目は喰らわないと思ってたんだがな・・・。このままいけば顔面に喰らう。どうする?きりもみコークスクリューの打ち下ろし。喰らえば相当な痛手だが、今は半身に構えている。これなら受けられる。俺は肩を突き出して踏ん張った。

 

──ショルダーブロック

 

青木の拳は俺の肩に突き刺さった。ショルダーブロックなら肩の厚い筋肉で受け止めるため普通のガードよりダメージを軽減できる。青木の拳の下に潜るように踏み込み青木の上半身へ倒れ込む。右を溜めながら。

 

青木によりかかるように倒れ込んですぐ、上体を捻りつつ右を打ち上げる。青木の腹にアッパーが突き刺さる。そのまま拳を振り抜くと青木がダウンした。篠田さんがゴングを鳴らし、スパーが終了する。

 

「大丈夫か?青木?」

「ああ、どうにかな。全くすげえな、俺の新技をもう捌くなんてよ」

「あれはマジで効いたさ。2発目も危なかった」

「いきなり構えが変わりやがったから焦ったぜ」

「秘密兵器ってやつさ。試運転は上出来だったよ」

 

青木と反省を述べあっていた所に篠田さんが来た。何やら雑誌を手にしている。

 

「木村の試合まで後一週間だからな。相手の事も見返しておくといい」

「はい、分かりました」

 

そういって篠田さんから雑誌を受けとる。雑誌の名前は「月刊ボクシングファン」聞き慣れた名前の雑誌、その現物を手に取れるとは夢にも思わなかった。はじめの一歩ファンなら誰もが知るこの雑誌に目を通していく。後ろの方に試合の告知があった。

 

鷹村さんの下に俺の名前がある。相手は長谷川ジム所属の須山というらしい。試合をみた限り生粋のインファイターだ。互いの名前の下に戦績があり、見てみると須山が7戦5勝2敗5KO、俺が5戦4勝1敗3KO・・・・・・ん?

 

1敗?俺既に負けてたのか?一体いつ負けたんだ?

はじめの一歩という作品において選手の戦績が一歩以外かなり曖昧なのは気になっていたがまさかここで気にすることになるとは。一歩のデビューを基準に推測した物しかない以上俺にも何でかは分からん。

 

「篠田さん、俺の戦績の一敗ってどこで?」

「何を言ってるんだ木村、新人王戦の1回戦でお前体調崩して棄権したじゃないか」

 

よりにもよって棄権かよ。新人王を棄権負けしたのは知ってはいたが失念してた。まさか俺の唯一の負けが棄権だなんて・・・。後々キャリアに響くんじゃないのか? 愚痴を吐いても仕方ない。この試合でKOできなきゃ鷹村さんに殺されちまう。何がなんでも勝たねえとな。

 

俺は雑誌を篠田さんに返した後、グローブをはめ直してサンドバッグを叩き始める。ボディーやジャブを中心に半身の構えを馴染ませるように打っていく。会長や鷹村さんが帰ってきた後、俺と青木で鷹村さんにスパーを挑んだがこっぴどくやられちまった。

 

俺にとっての初戦まで、後一週間だ。

 




あと3話くらいで一歩が出てきます。


追記:試合戦績の数値を訂正しました。木村も相手も6回戦ボクサーです。


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第7話 自分との戦い

お待たせしました。7話です。


青木とのスパーの後、俺はロードワークを始めた。

何故なら減量中だからだ。今はジュニアライト級のリミットまで後1kgという所だが、このペースなら計量にも間に合うだろう。だが確かにキツい。水分を体が欲しているのが良く分かる。

 

俺の場合平常時から3kg程の減量だが、それでここまでキツいんだ。鷹村さんの常軌を逸した減量に比べれば大したことじゃないかもしれないが、十分キツい。まさに自分との戦いだ。水や食べ物を欲している自分を抑え、汗を流す。減量の厳しさを思い知りながら俺はロードワークを続けた。

 

「戻りました」

「おう木村ぁ、やっと戻って来やがったか」

「鷹村さん大丈夫ですか減量の方は?」

「心配いらん。俺様より自分の心配をしやがれ」

「でも、失敗しないでくださいよ?」

「俺様に任せておけ!」

 

ロードワークを終えてジムに戻ると、鷹村さんがサンドバッグを叩いていた。いつもより痩せている。ミドル級までもう少しといった所だろう。後一週間であれば間に合いそうだ。しかしすげぇな。この短期間でここまで体重を落とすなんて。

 

「相変わらず異常だな、鷹村さんの減量は」

「青木か。確かに異常だな」

「俺たちには想像もつかない世界にいるんだ。あんな減量普通の人間が出来る事じゃねえよ」

「けどよ、鷹村さん今のところ顔色も良いし調子良さそうに見えるけどな」

「でも計量まで一週間なんだろ?」

「ああ、そうだけど」

「木村は大丈夫でも鷹村さんが後一週間で落とし切れるもんかねえ」

 

確かに正直気がかりだ。俺も鷹村さんも計量まで後一週間。いつもはこの時期になるとナーバスになって俺たちと距離を置く筈なんだが、やけに調子が良さそうに見える。割と早い段階で減量始めてたし上手くいってるといいが・・・

 

「おい木村ぁ!スパーやろうぜ」

「鷹村さん、スパーは良いですけど今日やけに調子良さそうですね」

「へっへっへ。今の俺様は絶好調だぜ!今日こそ顔面を捉えてやらあ」

 

機嫌の良さそうな表情で鷹村さんがリングに上がる。

声色からはキツそうな様子はないが、心なしか声が小さかったような気がする。そんなことを考えながら俺もリングにあがる。

 

「んじゃいくぜ、木村」

「よろしくお願いします」

 

互いに挨拶を交わし、向き合う。今回は普段のオーソドックススタイルで構える。対して鷹村さんはオープンガードスタイルだ。

 

左でフェイントをかけ、右フックを打つ。

防がれた。すぐさま凄まじい勢いで左が飛んできた。咄嗟にガードを上げ、受け止める・・・・・・ん?何だ?思ったより軽いぞ?

 

違和感を感じつつ距離を取る。今のパンチの軽さはなんだ?減量の影響であることは間違いないが、今まで調子が良さそうに見えていたのは虚勢か?流石に弱っていない訳がないとは思っていたが、ここまでかよ・・・

 

鷹村さんの方を見ると、表情は余裕がありそうだが焦っているようにも見える。すぐに息を整えた鷹村さんが向かってくる。ガードを上げ、避ける体勢を俺がとると、左右をガムシャラに振り回してきた。闇雲な連打は読みにくいし避けづらいったらありゃしねえ。

 

パンチを避け続けていると、鷹村さんの動きが止まった。右を振り抜いた体勢のまま時間が止まったように。

警戒した俺は左を若干前に出して構える。以前鷹村さんは動かない。足を使い鷹村さんを軸に回転しながらジャブを打つ。

 

当たった?

 

僅かに鷹村さんがガードを上げていた為狙いが逸れはしたが確かに俺のジャブは鷹村さんの顔面を捉えた。あの鷹村さんに俺のパンチが入ったことで確信した。鷹村さんはスタミナ切れだ。

 

「これで思い知ったじゃろう。鷹村」

 

スパーが続行される前に会長が現れた。鷹村さんが途端に不機嫌な顔をする。

 

「おいクソジジイ!理由を言え!俺様に木村とスパーさせた理由を!」

「えっ鷹村さん、スパーは会長の指示で?」

「そうだ。ジジイが木村とやれって言ってきやがったんだ。ジジイが言ったって事は内緒でな」

「自分からバラしてどうするんですか!」

「知るか!俺様は虫の居所が悪いんだ。とっとと説明しろこのジジイ!」

 

鷹村さんが今にも暴れだしそうな勢いで会長に近づく。俺は青木とアイコンタクトをとりつつ鷹村さんの後ろにつく。もし鷹村さんが会長に殴りかかった場合、力ずくで止める為だ。

 

「今回の試合、決まったタイミングが以前より遅かった。その為鷹村にはより過酷な減量をしてもらわねばならん。急ピッチの減量をお前はよう耐えた。しかしそのせいでお前の体は以前より弱っておる。それを気づかせる為の木村とのスパーでもそのザマじゃ」

「俺様に不可能はねえって言ったろ。弱った体ぐれえ何とかしてみせるぜ」

「フン・・・今はスタミナをつけつつ体重を落とせ。明日はロードワークとサンドバッグのみ、終わり次第すぐに休め。良いな」

「言われるまでもねえ。当日には完璧に仕上げてやるぜ」

 

鷹村さんはそう言うと幾分か機嫌が良くなったような顔でロードワークに行った。穏便にすんだ事に安堵した俺たちもそれぞれ練習を再開する。俺も減量間に合わせないとな。それにスタミナもつけなくてはいけない。俺は残った時間で徹底的に仕上げてやろうと誓った。

 

俺はそれからロードワークや筋トレなどで汗を流し、体を絞っていった。

 

 

 

 

 

 

──それから一週間後、計量当日──

 

あれから一週間経過し、いよいよ計量だ。俺は試合をする事になる後楽園ホールに来ている。計量室には既に何人か選手がいる。俺も計量室に入り用意をする。荷物を下ろして服を脱ぐ。この一週間自分を追い込み続けた結果、俺の体は転生前じゃ見ることがないであろう程に仕上がっている。

 

体重計と向き合い。深呼吸をする。ジュニアライト級のリミットは130ポンド、およそ58.9kgだ。初めての計量に緊張しながら俺は体重計に乗る。天秤式の体重計が動き、体重を計測する。すぐに計測員が口を開く。

 

「129ポンド丁度。木村選手、計量OKです」

 

「よしっ!」

 

計量OKという言葉を聞いた途端、俺は無意識にガッツポーズしていた。減量をやり遂げた達成感に包まれながら荷物を取りに行くと、先に来ていた選手の一人が話しかけてくる。対戦相手である須山だ。

 

「君が木村君だね?僕は須山、よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

「一つ聞きたいんだが、君の適正階級はジュニアライトじゃないよな?」

「ええ。本来はライト級なんすけど、深い事情がありまして」

「そうか。凄いな君は。今までの5試合も減量しているんだろう?僕はジュニアライトが適正だからね。頭が下がるよ」

「そんなことないですよ。俺自身で選んだ事ですから」

「それでも凄いよ。明日はいい試合をしよう」

「ええ。こちらこそよろしくお願いします」

 

須山と会話の後に握手をし、計量室を後にする。須山は俺より小柄だが鍛え上げられている。パンチ力もありそうだった。須山の印象を考えていると、鷹村さんがいた。

 

「木村は計量通ったんだろ?俺様も行ってくらあ」

「お願いしますよ、鷹村さん」

「この俺様に任せておけ!」

 

言葉を交わし鷹村さんは計量室に入る。俺は計量室の前で待つ。篠田さんと会話し計量を待っていると、計量室から大きな声がした。よっしゃとか言ってたような・・・もしかして鷹村さんじゃないかと考え計量室に入ると

 

「ようやった鷹村、でかしたぞ!」

「見たかジジイ!俺様に不可能はねえことを!」

 

鷹村さんが会長と喜びあっていた。どうやら計量をパスしたらしい。全く心配させやがって・・・

安堵した俺は鷹村さん達と会場を後にした。

 

「今日は2人とも計量パスおめでとう。明日に備えてしっかり休むんだよ」

「わかりました。八木さん、会長、篠田さんありがとうございます」

「言われなくても俺様は問題ないぜ。んじゃジジイ、また明日な」

 

俺と鷹村さんは会長達に礼を告げて帰宅した。緊張から一時解放された俺は水分をとって自室で休んでいる。明日はいよいよ公式な試合だ。勝ちにいくぞと気合いを入れ直し、睡眠をとる。いよいよ明日、転生した俺の初めての試合だ。鷹村さんに殺されない為にもKOするぞ!

 

 

 

 

 

───試合当日、後楽園ホール───

 

いよいよ試合当日だ。俺は今控え室にいる。今セミセミファイナルが終わるところのようだ。会場の熱気も高まっているのが分かる。この空気に呑まれないようにと深呼吸していると、鷹村さんが控え室に入ってきた。

 

「よう木村ぁ、どうだ調子は?」

「バッチリですよ、しっかり休めましたし」

「それは頼もしいなぁ。しっかりKOしてくれるんだろうなぁ」

「やってみせますよ、見ててください」

「そうかよ、楽しみにしてるぜ」

 

鷹村さんに余計な圧をかけられていると、続けてスタッフが入ってきた。

 

「木村選手、時間ですので準備をお願いします」

「よし、行くぞ木村、気合いいれていけ」

「篠田さん、よろしくお願いします」

「勝てよ木村ぁ、鷹村さんのリングをしらけさせんなよ?」

「青木、もちろんだぜ」

 

時間を告げられ、青木に声をかけて控え室のドアを開けようとすると、強い衝撃が背中に走った。鷹村さんの張り手だ。確か精神注入だったはず。しかし痛え!

 

「鷹村さん、痛いっすよ」

「気合いを入れてやったんだ。ありがたく思え!」

「ありがとうございます!」

 

鷹村さんに気合いを入れてもらった俺は控え室を出てリングへ歩みだした。いよいよだ。いよいよ始まる、俺にとっての初めての試合が。

 

 

 

 

 




今のところ凄く不定期ですが週1は少なくとも更新します。


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第8話 初めての試合

作者の都合で休載状態に陥ってしまい申し訳ないです。
感想で宮田一郎の呼び方について意見を頂いたのですが原作でも木村は宮田父の前で一郎のことを宮田と呼ぶ描写があるのでそうさせていただきました。


スタッフの声を聞いた俺はガウンを羽織り、篠田さんと共に控え室から出る。さあ、いよいよだ。転生した俺にとってはデビュー戦となる試合が。

 

通路を抜けた先には、スポットライトに照らされたリングだ。真っ直ぐ歩みを進め、リングに上がる。回りを見渡すと、観客で埋まっている席が見える。この集客力、さすが鷹村さんだな・・・

 

反対の通路から相手の須山が出てきた。気合いの入った表情だ。俺はロープを掴み考えを纏める。相手はインファイター。俺と体格はさほど変わらない。カウンターをとれるかが勝負だ。

 

「始まるぞ、落ち着いていけ」

「はい!」

 

篠田さんに声をかけられ相手の方へ向き直る。相手も準備万端らしい。前傾姿勢でガードを固めている。俺もオーソドックススタイルの構えをとる。

 

「只今より、ジュニアライト級6回戦を行います。ROUND1、ボックス!」

 

レフェリーの合図と共にゴングが鳴った。遂に始まった。緊張しながらガードを上げて様子を伺う。ステップを踏みながら足を使う用意をする。須山はじっとこちらを伺っている。・・・仕掛けるか。

 

足を使い動きながらジャブを打ち込む。須山はガードを固めたまま微動だにしない。手応えも対してないから効いちゃいねえだろうな。ならもっと攻めるか。スピードを上げつつフックを打っていく。ジャブと組み合わせ緩急をつけたコンビネーションだ。

 

右、左、右とフックが須山のガードにめり込むがその度に嫌な予感がする。須山から威圧感を感じる。スピードに頼ってはいけないことは分かっているがスピードで突き放さないと何かある気がしてならねぇんだ。とスピードを上げて攻め続けた。しかし・・・

 

ゴングが鳴った。1ラウンド終了だ。俺は須山の様子を伺いつつコーナーへ戻る。

 

「どうだ、1ラウンドやってみての感想は」

「何か隠してますね。攻めても手応えがたいしてなかったんで」

「そうか・・・だがいい攻めだったぞ。この調子で自分のペースを保つんだ」

「保てるか不安ですけど、努めます」

 

スタミナはまだまだ大丈夫、打ってこなかった事は気がかりだが今はKOする道を考えねえとな。そろそろ2ラウンド目だ。俺は拳を握り締め、立ち上がる。相手コーナーを見つつ前へ出る。須山も前に出てくる。

 

ゴングが鳴った、その時だった。俺の体は大きく後退させられた。須山が右ストレートを俺のガード目掛けて打ってきやがった。すげえ威力だ。ガードごと吹き飛ばされた。直ぐにガードを上げながら顔を上げると、須山が目の前に来ていた。

 

須山のラッシュを受ける。ガードを固めてどうにか凌ごうとするが、今にもガードを崩されそうだ。須山はこれを狙っていやがったのか。多分追いかけて捉えるよりハナから動かさない方が良いとふんだんだろう。だから1ラウンド目は動かず丸まってやがったのか、このラウンドで仕掛ける為に。

 

多分奴は俺が減量があるからとスタミナに弱点があると思っているはずだ。間違ってはないが少し違う。今の俺はスタミナも余裕がある。1ラウンド打ち続けた程度で弱るほど柔な鍛え方はしちゃいないさ。

 

ガードをこじ開けられるまで時間の問題だというところで俺は前に踏み込んだ。ボディー狙いだ。しかし狙いは外れたらしい。須山が距離をとりやがった。ラッシュが止まった事は幸いだが狙いがバレちまった。

 

・・・不味いな。

カウンターをとる隙が見当たらねえ。相当なダッシュ力だ。反応する前に距離を詰められちまった。まだ余裕はあるがこのままやってもジリ貧だ。打つ手を探さないと勝てねぇな。

 

互いに様子を伺う。沈黙が流れている。距離を保ち徐々に前のめりになる須山に応えるようにガードを下げた。相手のセコンドがざわついている。構わず向かってくる須山を迎え撃つようにバックステップを踏んだ。

 

須山の連打。相変わらずの直線的な連打をノーガードでかわしていく。半身に切り替え右ボディーからのジャブ。アウトボクシングにしては攻撃偏重のスタイルだ。相手が直線的なファイターだったお陰でできる戦法をとりつつカウンターを叩き込んだ。

 

このラウンドで決めてやる!

 

 

 

side:鴨川

 

木村が優勢のまま試合がすすんでおる。ええ攻撃じゃ。無駄のない回避からの素早いコンビネーション。

はて..?どこか懐かしさを感じるわい。

 

「会長、木村のやついい動きじゃないですか?」

「うむ、練習の成果がでておるな。宮田とのスパーリングがいい刺激になったんじゃろう」

「しかしガードを下げるなんて危険ですよ。やめた方がいいのでは..」

「八木ちゃんの言うことも一理ある。しかし儂は木村を信じてみたい」

 

そうじゃ。そっくりなんじゃ。儂が現役だった頃、肩を並べ共に戦った男、猫田銀八に。猫田のスタイルは今の木村のようにガードを下げ、回避しつつ攻める野性的なスタイルじゃ。リスクは高いが木村の回避技術は目を見張るものがある。そこは合っておるのじゃろう。

 

じゃが、木村があのスタイルを練習しているところを見たことがない。おそらく付け焼き刃じゃろうが、それでもここまで完成度を高くしてくるとは、見上げたやつじゃわい。

 

「儂はお主を信じよう。思う存分ぶちかませ!」

 

儂は木村に向かって篠田君と共に叫んだ。木村がそれに何と答えたかは分からんかったが笑みが溢れていることだけは良く分かった。

 

 

 

side:木村

 

「おい木村ぁ!!ガード上げろ!やられちまうぞ!」

 

青木の叫び声が聞こえる。会長にいいこと言われた後でこれかよ...俺がガードを下げているのには訳があり、やられるために下げては断じていない。青木に構わず左アッパーを当てて右ボディーを叩き付ける。

 

徐々に須山の動きが鈍くなっていく所を確認し、左拳を握り込み胸の高さに構える。焦ったのか右を大振りしてきた須山に左フックを当てて距離をとる。ダッシュしてくる須山に合わせて俺も踏み出した。そのまま構えていない右拳を振りかぶる。須山の方が速かった。

 

須山の右を喰らって膝が折れる。膝をつく前にロープにつかまりガードを上げる。少し低く構え、前に出る。ここぞとばかりに飛び込んでくる須山にアッパーを合わせ、下へ飛び込む。そのまま上へ向くと、須山が右を打ち下ろそうとしてくる。

 

須山の右を左で反らして右でカウンター。相討ちを防ぎ渾身の一発を叩き込んだ。須山はそのままうつ伏せに倒れ、レフェリーが駆け寄る。その後すぐにゴングが鳴った。勝ったんだ....勝った!やったんだ!

 

どうにかKO勝ちできた...鷹村さんに殺されずにすむぞ...

駆け寄って来た篠田さん達と会話していると、須山が近づいてきた。

 

「強いな、参ったよ。アウトボクサーだと思って警戒していたのが裏目に出たようだ」

「俺のほうこそ、ありがとうございました!途中の連打は効きました。攻めにいくのも命懸けでしたよ」

 

少し話した俺達は握手を交わし互いのコーナーへ戻った。篠田さん達が迎えてくれて、俺は控え室へ戻った。いよいよ鷹村さんの試合だ。KOしたことを報告しないと。

 

「鷹村さん!」

「どうした、木村じゃねえか」

「KOで勝ってきましたよ。鷹村さんも勝って下さい!」

「へっ、俺様が負けるわけがねえだろ。KOして当然なんだ、黙って見てやがれ」

 

相変わらず自信家だな・・・とにかく応援しないとな。

俺は青木と合流し、観客席に向かった。

勝ってくれよ、鷹村さん!

 

side:鷹村

 

畜生、スタミナが落ちてやがる。直前のアップで感じてたがやはり急ピッチの減量は無理しすぎたか・・・?

ええい考えても仕方がねえ。とにかく勝つ!それだけだ。

 

「いくぞ鷹村。用意じゃ」

「分かったよジジイ、俺様の勇姿を見せてやらあ」

「それだけの口が聞けるのならば大丈夫じゃろう」

 

大丈夫じゃねんだよな、それが。木村に見抜かれてたなんて、癪に触るったらありゃしねえ。さて、どこまで持つか、やってやろうじゃねえか。俺様はジジイと共にリングに向かった。

 

リングで待っていやがったのは相手の間嶋とか言う野郎だ。アウトボクサーらしいが、誰であろうと倒すだけだ。ゴングが鳴るまで、考えを巡らせる。

 

「それでは、ミドル級8回戦を行います。ラウンド1、ボックス!」

 

ゴングが鳴った。まずは様子見だ。アウトボクサーなんぞ敵じゃねえが、今の俺様のスタミナじゃ深追いは禁物。しっかり手の内見てやるぜ。

 

野郎が足を使いだした。基本通りの動きだぜ。相手の動きを先読みしてジャブを当てていく。しっかり一発一発確実に当てていくと、突然野郎が距離を詰めてきやがった。俺より小柄な事を活かしたか。

 

しゃらくせえ、終わりにしてやるぜ。

野郎の顔に右を打ち下ろす・・・何?何だ?何が起きた?カウンターしやがったのか! 向き直りジャブを打つ

が・・・クソッタレめ、当たらねえ。カウンターが効いてやがるのか・・・

 

ガードをあげつつ策を練る。アウトボクサーの教科書通りの足の使い方だ。完成度がたけえ。が、俺様の敵じゃない。あの程度の速さなら。

 

ガードを下げ相討ち覚悟で右。互いの顔面に入ったがそのまま野郎はよろけている。一気にきめようと近づくと、相手も応戦してくる。野郎の拳が当たる前に打つ事を繰り返す。野郎の膝が折れた、今だ!

 

「俺様はてめえより速えやつと戦ったことがある。貴様なんぞがこの俺様に勝てると思うなよ!!」

 

叫び様に右で野郎をマットへ叩きつけた。レフェリーが駆け寄って野郎の状態を見ている。早くしやがれ。

ようやくレフェリーが手を交差させた。俺様の勝ちだ。

 

俺様は左手を突き上げた。

 

side:木村

 

「ぶはあっ!ヒヤヒヤさせやがって!」

「全くだぜ。カウンター喰らった時はどうなるかと」

「でもよ、最後鷹村さん何か叫んでなかったか?」

「確かにな、まあ今は勝ったことを喜ぼうぜ」

「そうだな、労いにいってやるか!」

 

俺と青木は控え室へ駆けていった。

鷹村さんの勝利を祝いに。




次回、幕之内一歩の登場です。


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第9話 主人公

遅くなり申し訳ありません。(投稿主の都合です)
彼が初登場です。


side:???

 

はあっ、はあっ、急がなきゃ、母さんに怒られちゃう!

今日は家の手伝いがあるっていうのに・・・。また梅沢君達に絡まれてしまった・・・。何時もの事とはいえ今日は不味い。いつも以上に予約が入ってるらしくて、母さんに負担をかけられないから。

 

僕はまた梅沢君達に絡まれないよう道を変えながら家へ向かう。普段通らない道を走っていると、見慣れない建物が目に入ってくる。この辺りはスポーツショップとかがあるのか・・・じゃなくて、早く帰らないと!

 

急ぎ足で角を曲がり交差点の方を向くと、そこにはボクシングジムがあった。

 

「鴨川・・・ボクシングジム?」

 

こんな所にボクシングジムなんてあるんだな。

古びた建物の窓から中の様子が見える。何人か人がいて何かしているいるようだ。練習かな?すごい迫力だなぁとつい見入ってしまったことに気づき、家へ向かおうとしたときだった。

 

「お前、そこつっ立ってなに見てんだぁ?」

 

大柄な男の人が僕に話しかけてきた。ど、どうしよう・・・。まさか見られてたなんて・・・

 

「あ、あの、その・・・中の様子が気になって、見入ってしまって」

「お前、ボクシング興味あんのか?」

「興味あるって訳じゃないですけど、つい」

「その様子からして、急いでんだろ?なら早く行け」

「あっ、はい。失礼しました!」

「入門する気があんならまた来いよ!」

 

男の人にお礼を言って、僕は家路を辿った。

入門する気があんならまた来いよ・・・か。

ボクシング、やってみようかな?

考え事をしながら走っていると、家についたみたいだ。今は手伝いに集中しなきゃ。急いで玄関を開け、母さんに声をかける。

 

「ただいま!母さん」

 

side:木村

 

試合が終わって3日が経った。ダメージを抜ききった今は、青木とスパーをしている。試合で使ったある人物のファイトスタイルに似せたスタイルの練習だ。その人物のことは、直接会長から聞かされた。

 

~試合直後~

「木村よ、少しいいか?」

「いいですけど、どうしました?会長」

「先程の試合でお主がつかっとったスタイル。ノーガードで回避と攻撃重視のスタイルじゃ。あれがどうも儂のよく知る男に似ておってな」

「会長のよく知る男・・・ですか?」

「うむ。名を猫田銀八という。あやつの現役時代によう似ておった」

「似てたとしても、試合で使ったのは俺が自分で考えたスタイルですよ?」

「それは分かっておる。今日は懐かしい物を見せてもらったわい。しっかり休めよ」

「は、はい。ありがとうございました」

 

という流れで俺はあのスタイルの事を聞かれた。実際猫田さんのスタイルを参考にしたが、猫田さんは桁違いに強い。俺は野生なんぞ持ち合わせてない人間だからな。

 

回避をより早く且つ感覚で行えるようにする、変則的なスタイルに対応できるようにするため青木とスパーをしているというわけだ。ガードを下げているだけでこうも不安が募るとは思わなかった。試合じゃまるで気にしなかったからな・・・

 

「にしても避けるセンスがとんでもねえな木村は。捕まえんのに苦労するぜ」

「それでも避ける瞬間頭で考えちまうんだ。鷹村さんみてえな野生ってのが俺には無いからな」

「理屈っぽいのも木村らしさじゃねえの?俺はいいと思うぜ」

「ありがとよ青木。続けようぜ」

「っしゃあいくぜ木村ぁ!」

 

そう言って再びスパーを続ける。青木の手数が徐々に増えてる事に加え出鱈目な技を出してくるお陰で避けづらい。本当に避けづらい。次は青木の試合があるって言ってたし当然か。

 

ガードをなるべく使わないようにジャブを回避し、隙を見てカウンターを入れる。右クロスが入ればかなりの有効打と言えるくらいには武器として仕上がってきたと思う。飛び込みつつボディーを打ち、すぐ後退を繰り返す。青木も俺の引き際を狙っているのが分かる挙動を繰り返している。

 

後退した瞬間青木の右フックが顔面に来た。上体を左へ捻り狙いを外す。そのまま前屈みになりつつ右ボディーアッパーを入れる。振り切った所ですぐ後退し体勢を立て直す。直ぐ様コーナーに下がった青木目掛けてダッシュ。ジャブをかわして連打を浴びせる。コーナーからの脱出をさせないようにボディーを中心に攻め足を奪いにいく。

 

瞬間俺のフックが空を切った。隙を突かれて青木のアッパーが直撃する。続けての連打を数発もらいながら捌くが感覚が鈍ってきやがった。だがそれは青木も同じだ。互いに打ち合って距離を縮めていく。

 

至近距離に差し掛かったところで青木が拳を握り込む。コークスクリューが来ると踏みリズムを刻む。うねるような風圧を伴いパンチが飛んできたタイミングで右を構える。上体を捻りつつパンチへ被せるように右を打ち込む。クロスカウンターだ。

 

青木のコークスクリューと俺の右クロスが同時に当たる瞬間、俺は首を捻る。原作では伊達英二が最初に用いたダメージを殺す技術。

俺の右は青木に深々と命中し青木のコークスクリューはギリギリ有効打にならなかった。

 

青木が倒れたと同時にゴングが鳴り、俺は拳を突き上げる。

 

「っしゃあ!危なかったぜ」

「嘘つけ狙ってたろあの右クロス!」

「俺も賭けだったさ。青木が普通のコークスクリュー打ってくるなんて予想できるかよ」

「それにカウンター合わせてこられるとは俺も思わなかったぜ」

 

青木と反省を述べている時、篠田さん達が入ってきた。

スパー見てたのか。

 

「木村、いい右クロスだったぞ。青木もコークスクリューの判断は良かったと思う」

「ありがとうございます。何で八木さんも?」

「いや、鷹村君が新しく入門してくれそうなヤツを見つけたって言うからてっきり中で見学してるのかと」

「見学はいないっすよ。俺と木村のスパーを覗いてたヤツはいましたけど」

「そうなのかい?それじゃしょうがない。二人ともお疲れ様」

「「ありがとうございます」」

 

覗いてたヤツがいたのは確かだ。スパー中に視線を窓の方から感じたからな。見覚えのある髪型だったので推測はできるが・・・マジかよ。時期的には丁度今くらいだったのか。この物語の主人公である「彼」が入門してくるのは。

 

──2日後

 

「鷹村はどこじゃ!?」

「会長どうしたんすか?」

「青木村、鷹村を見なかったか?」

「いえ、見てないっすけど」

「あやつ、もうロードワークに行って2時間は経つぞ。話があると釘を刺したというのに・・・」

「2時間もアイツがロードワークするわけねえからな・・・怪しいな」

「青木の言う通りだな。なにか油売ってるんだろ」

 

この時俺には心当たりがあった。何故鷹村さんがロードワークに行ったきり2時間も帰ってこないのか。

 

 

 

 

 

side:鷹村

 

──会長が怒る2時間前

 

「んじゃ俺様はロードワークに行ってくるかな」

「なるべく早く戻ってこい。木村とスパーじゃ」

「木村とスパーやらせんのか」

「グズグズせんではよう行かんか!」

「チッ、仕方ねえ。行ってくらあ」

 

木村とスパーか・・・。先ずはさっさとロードワークを済ませちまうか。俺様は早速ジムを出てロードワークコースの河川敷へ向かう。

 

ここ最近木村の成長が目まぐるしい。ロードワークでも俺様に追いついてきやがるしスパーでも中々捕まらねえ。テクニックに磨きがかかっているのは分かるが気に入らねえ・・・気に入らねえんだよ・・・。

 

何より八木ちゃんが言うには木村の試合の観客数やらチケットの売上やらも上がっているらしい。俺様ほどじゃないがそれも気に入らん。それと次の試合ももうじき決まるそうじゃねえか。俺様のような減量もなければ王道のアウトボクサーだ。組みやすいんだろうが何故木村なんだ!畜生木村め、あとでみっちり絞めてやる・・・。

 

と木村への愚痴を溢しながら河川敷を走っていると高架下で人が殴られているのが目に入った。高架下へ近づき様子を見ると、どうやらいじめの現場らしい。高校生の連中が1人を殴りつけている。クソガキ共め、こらしめてやるか。

 

 

「おうお前ら何やってんだ?」

「あん?誰だアンタ邪魔すんなよ」

「弱いものいじめたあだっせえことしてんな」

「何だと?てめえも同じ目に合いてえか?」

「やってみろよ。やれるもんならな」

「何だとこの野郎!」

 

軽く挑発したらすぐのってきやがった。見たところ弱いものいじめていきがってるガキだ。たいしたヤツじゃねえ。連中のパンチをかわし軽く背を押す。3人の内2人はあっさり倒れやがった。主犯のガキのパンチを避け大振りを受け止める。

 

「喧嘩に拳は使わねえ。さっさと失せろ」

「舐めてんじゃねえぞコラ!」

 

ガキの左を受け止め足払いで転ばせる。上から睨みつけてやると、捨て台詞も吐かず慌てて逃げ出しやがった。

 

「まあ、この程度だろうな」

「あ、あの・・・」

「大丈夫か?もういじめられんじゃねえぞ・・・ってお前!」

「2日前はどうも・・・って今もなんですけど。本当にありがとうございました」

「前からか?あいつらに殴られてんのは」

「はい。言い返せない僕も悪いんです。誰にも助けを求められなくて」

 

ウジウジしてるガキだな・・・早く戻らねえと。

さっさと行くか。

 

「俺様が通りがかって良かったな」

「本当にそうです。ありがとうございます」

「それじゃ俺様はもう行くぞ?」

「あ、あの!」

「何だよ?」

「2日前に入門する気があったらまた来いって言いましたよね?僕入門したいんです。ボクサーになりたいんです」

「軽はずみな気持ちでなれるほど楽じゃねえ。やめておけ」

「軽はずみじゃないです。本気で悩んで決めたことなんです。だから・・・お願いします!僕にボクシングを教えて下さい!」

 

そう言ったコイツの目は、強え意思を感じさせる光を放っていやがった。おもしれえ、いいじゃねえか。

 

「なら後悔するなよ?ボクシングは厳しいぞ?」

「承知の上です!」

「よしわかった。んじゃついてこい。俺は鷹村守だ。お前の名前は?」

 

覚悟を決めた表情でコイツはこう名乗った。

 

「僕は・・・幕之内一歩です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もう一話書き溜めてあるので明後日投稿します。


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第10話 ボクシングの素質

遂に一歩の入門です。


side:一歩

 

遂に鷹村さんにボクシングを教えてもらえる事になった。ようやく見つけたやりたいことだ、悔いの無いよう頑張らないと。

 

「よし、ここで良いだろう。一歩、俺様を良く見てろよ」

「は、はい。分かりました」

 

鷹村さんに連れられた場所は河川敷でよく目立つ大きな木だ。木陰で休む人はよく見かける。一体何をするんだろう?

木と向かい合うように立つ鷹村さんを見ていると、突然木に向けてタックルをし出した。鈍い音と共に木が揺れ、葉が舞っている。

 

え・・・?

鷹村さんの目付きが変わったと思ったら目に見えないくらいの速さで手を突き出している。凄い・・・。

数秒経って鷹村さんの動きが止まりこっちに近づいてきた。

 

「一歩、先ずはこれをやってみな」

「やってみな・・・ってこれをですか・・・?」

 

鷹村さんの両手にはいっぱいの葉が収まっていた。

あの一瞬でこれだけの葉を掴んでいたなんて・・・やっぱりすごいや。僕にも出来るんだろうか?

・・・・・・いや出来なきゃいけない。ボクサーになるんだから。

 

「いきなり俺様レベルを目指せとは言わん。そうだな、10枚掴めたらボクシングを教えてやる」

「10枚・・・分かりました。頑張ります!」

「一つ言っておくとすれば、俺様の動きをよく覚えておくことだ。リミットは2日間、頑張れよ」

 

そう言うと鷹村さんは走っていってしまった。

2日間か・・・。時間はかぎられてる。

試しに一度やってみよう。僕は木の前に立ってみる。正面からのタックルは僕じゃ厳しそうなので木に背中をつけて思い切り押してみる。

 

舞い落ちる葉をめがけて掴みかかる。

1枚、2枚、3ま・・・あっ。3枚目が手からすり抜けるように落ちた。その後何度挑んでも2枚しか掴めなかった。

回りも暗くなってきたので家に帰り、鷹村さんの言っていた事を思い出す。

 

(俺様の動きをよく覚えておけ)

 

鷹村さんの動き・・・か。どんな動きしてたっけ。

確か・・・足はその場から動いていなかった。激しく動いていたのは上体だけ。後はとにかく速かった。

 

「一歩、お風呂入っちゃいなさい。もう遅いわよ」

「わかったよ、母さん」

 

母さんに声をかけられたので今日はここまでかな。明日はなんとしても進歩しないと。

 

 

 

──次の日

 

今日も放課後に河川敷に来ている。木に背中をつけて、思い切り背中で押す。落ちてくる葉をなるべくその場から動かずに掴んでみる・・・が、昨日と全く同じ結果だった。全身で動くと葉が自分の勢いでかえって逃げてしまう。そこまでは分かったのに・・・・・・

僕は今日も進歩できずそのまま家に帰った。

 

自室で横になり考える。

鷹村さんと僕の何が違ったんだろう?

あの時鷹村さんは・・・・・・あっ!

そうだ、思い出した。鷹村さんは手を出す瞬間握った手に若干空間を作っていた。力を抜いていたような感じだった。

 

そうと分かればと僕は急いで外へ駆け出す。近くの公園にも木は生えている。試してみよう。僕の記憶が正しいかどうか、これでわかる!

 

公園の木には充分に葉が茂っていた。僕は河川敷同様背を向けて立ち、思い切り木を背中で押した。

落ちる葉を見ながら構える。両手を胸の前に上げ、握り込む。頃合いを見て拳に空間を作り手を出す。

1枚、2枚、・・・3枚。

 

・・・・・・取れた?取れたんだ!遂に進歩したぞ!

 

「やったああああ!」

 

両手を上げ叫んでしまった。でもこれで3枚目の壁を越えた。後はひたすら繰り返すのみだ。でも夜中に飛び出してしまったので早く戻らなきゃな。

 

 

 

 

 

──鷹村の言いつけから2日後

 

僕はまた河川敷にきた。何度か繰り返しやっているけど10枚を越えたことがない。最高で7枚までしか掴めていない。今日が鷹村さんとの約束の日なのに・・・

 

途中でいつも手が出なくなるんだよな・・・

やり過ぎても良くないらしいし。鷹村さんが来るまで時間はまだあるし、練習しないと。

それから鷹村さんが来るまでひたすら練習したが一度も成功しなかった。

 

 

「おっ、やってんな一歩」

「鷹村さん、こんにちは」

「どうだ、進歩したか?俺様の動きを思い出してやったか?」

「はい!そりゃもうお陰様で少しは進歩できました!」

「そうか!そんじゃ本番だな。用意できたら俺様に言え」

「はい、分かりました」

 

言われた通り僕は手首などを確認する。やり過ぎてたのか関節に痛みはあるけど動かせる。多分これが最後になると思う。さあ、やるぞ!

 

「鷹村さん、お願いします!」

「よし、それじゃ始めろ」

「はい!見ていてください」

 

用意ができたことを告げ木の下へ向かう。練習通り背を向けて立つ。そのまま背中で木を押し、直ぐに構える。

拳に隙間を作り前へ出す。無我夢中で葉を掴んでいく。時間が経過し葉が落ちきった事を確認し両手を徐々に開く。

 

その手には・・・10枚丁度の葉が収まっていた。

やった、やったんだ!ちゃんと10枚掴めたんだ!

 

 

「やったああああ!できた、できました!」

「鷹村さん見てください!1枚、2枚、3枚・・・丁度10枚あるでしょ!?」

「お、おお。やったな一歩、いいジャブしてたぜ」

「ジャブ?」

「おう。ボクシングの基本だ。試合の立ち上がりや相手を牽制するときに使うパンチでコイツをまずは鍛える事から始めるといい。」

「なるほど、頑張ります!」

「そうだ一歩、お前時間あるか?」

「僕は大丈夫ですけど、何ですか?」

「なら俺様についてこい」

 

そう言うと鷹村さんは走っていってしまった。

僕もそれに続く。ようやくボクシングを教えて貰えるんだ。頑張るぞ!

 

 

 

 

 

side:鷹村

 

まさかここまで一歩の成長が早いとは思わなかった。

ヒント出しすぎたな。後はジジイに認めさせるだけだがあのジャブを見るに素質はありそうだ。面白くなりそうだぜ。

 

ジムの前に来たところで一歩を待つ。しっかりついてきたな。それじゃ行くとするか。

 

「それじゃ一歩、行くぞ」

「行くってジムに入っていいんですか?」

「勿論だ。その資格は得てるからな」

「よろしくお願いします!」

 

一歩を連れてジムに入る。俺様の横にいる一歩に視線が集まってんな。無理もねえ。青木村共も来やがった。

 

「「鷹村さんおかえりなさい」」

「おう、お前らに紹介したい奴がいるんだ」

「幕之内一歩です。よろしくお願いします!」

「入門希望っすか?珍しいな、木村ぁ」

「そうだな、でも鷹村さんが連れてきたってことは見込みがあると?」

「そうだな、素質はあると思うぜ」

 

一通り事情を説明した後、一歩をサンドバッグ前に立たせる。グローブをはめて構えさせ、パンチを打たせる。

 

「ジャブはいい。んじゃストレートを打ってみやがれ」

「ストレート・・・ですか?」

「先ずは思いっきりサンドバッグを殴ってみな」

「は、はい。やってみます」

 

すると一歩はおもむろに右を振りかぶり、サンドバッグへ打ち込んだ。形はなっちゃいねえが威力はある。こいつは光るな。

 

「悪くはねえがもっといけるな。肘から引いて腰を入れ、肩で拳を打ち出す。肘、腰、肩の順にやってみな」

「肘、腰、肩ですね。分かりました。やってみます!」

 

俺様のアドバイスをブツブツ呟きながら体を動かしている。さあどうなるかな。

顔つきが変わった一歩が俺様のアドバイス通りの動きで右ストレートを打った。

 

瞬間ジムの空気が変わった。

こりゃすげえな。久しぶりにここまでの強打者に出会ったぜ。一歩が殴ったサンドバッグは大きく揺れ、ジムは静まり返っている。

 

「う、うわ、これが僕の・・・」

「落ち着け一歩、ちょっと見せてみな」

 

動揺している一歩のグローブを外し、バンテージをほどく。

拳は血こそ出てないが皮が所々剥けている。流石の俺様もホッとしたぜ。ここで拳を壊されちゃ入門以前の問題だからな。

 

「おい、何だ今のパンチ」

「すげえな、入門希望のレベルじゃねえよ」

「痛そうだなー」

 

ジムの練習生共がざわついていやがる。

いい反応するじゃねえか。青木村も驚いてんな。

 

「見たか?俺様の人を見る目を!」

「すげえ新人すね・・・あのパンチ力」

「アンタが威張ってるのはどうかと思いますけど」

「何だと青木ィ?よーし、リングに上がれ。血祭りに上げてやる」

「いや冗談、冗談っすよ!いやー凄いな鷹村さんの見る目は」

 

青木め、生意気な事言いやがって。あとで木村共々絞めてやろう。

俺様達の騒ぎを聞いたのか否か、ジジイが帰ってきた。

いよいよ一歩の試練が始まるな。

 

side:木村

 

鷹村さんがロードワークに長時間行っていた理由は案の定一歩だった。一歩の葉掴みってもっと時間かかってるイメージだったから驚きだな。

原作通りの強打も羨ましい限りだ。

会長が帰ってきて何やら鷹村さんと話している。

そういや青木が絞められかけた時に鷹村さん俺の事もにらんでたような・・・青木の奴め。

そうこうしている内に話を終えた二人がこっちへ来た。

会長は一歩と話し出した。

 

「お主が入門希望の小僧か」

「幕之内一歩です」

「ボクサーになりたいのか?」

「はい!」

「ならお主の根性見せてみんか。丁度ええ、宮田とスパーじゃ」

「宮田とやらせんのか?ってか宮田の奴来てんのかよ」

「つい先程な。とにかくリングに上がれ。入門試験じゃ」

「あっ、はい!お願いします!」

 

「何で宮田なんすかね?」

「おそらく相性だな。俺様はともかく、青木じゃ変則過ぎてまともなスパーにならん。木村は逃げ切られて終わる。ある程度近づいてきて尚且つ打ち合いも多少はする宮田が適任だと踏んだんだろ」

 

なるほどな。青木は変則、俺は回避主体だ。練習生じゃおそらくやられるし宮田が適任なのも頷ける。

ここから一歩と宮田の因縁は始まるんだもんな。

今は見届けるとするか。幕之内一歩がスタートラインに立てるかどうかを。

 

少しして宮田が現れた。俺と宮田のスパーの後から宮田が冷たくなった気がする。気にしてもしょうがないが。

 

「・・・という訳じゃ。頼めるか、宮田?」

「分かりました。会長が言うなら」

「それではリングに上がれ。始めるぞい」

 

会長の掛け声で一歩と宮田がリングに上がる。

一歩は緊張しているらしく、固まっているが宮田は余裕そうな表情だ。

 

「それではスパーを始める。4ラウンド2ノックダウン制じゃ」

「始めるぞ。ラウンド1、ボックス!」

 

3ラウンドに渡るスパー。一歩は鷹村さんのアドバイスをうけながら健闘した。しかし結論から言えば、一歩の負け。だが俺の知る展開とは違った。一歩の右ストレートが宮田に入ったんだ。

 

一歩もダメージがあったためダウンこそさせられなかったが宮田の足を揺らすほどのダメージだった。その後は宮田がクリンチで2ラウンド目を使って回復し3ラウンド目、一歩がカウンターをモロに食らってTKO。

 

 

 

「小僧、明日からビシビシいくぞ。覚悟しておけよ」

 

スパー後の会長の言葉を聞いて一歩の入門を確信した。

青木と鷹村さん、練習生の皆で一歩を囲む。

 

「あ、あの・・・いいんですか?これから通っても」

「ジジイがああ言ってんだ。歓迎するぜ」

「俺は木村ってんだ。よろしくな、一歩」

「青木だ。いいパンチだが、まだまだ未熟だな。俺がみっちりしごいてやるぞ」

「「お前に人を未熟という資格はねえ!」」

「ふげえっ!ひ、酷い・・・」

 

「ぶっ、あはははっ!」

「何笑ってんだ一歩ォ!」

「すっすいません!ただ、何か楽しくて」

「これからよろしくお願いします。木村さん、青木さん」

「「おう、よろしくな」」

 

この後数十分程談笑しその日は終わった。

この時の俺は、明日から試練が待ち受けていることをまだ知らない。




一歩と宮田のスパーは木村視点で短くしました。リベンジの二度目のスパーをお楽しみに。(木村のタイトルマッチまで何話かかるか不安な筆者より)


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第11話 ハードパンチ

1ヶ月近く更新止まって申し訳ありません。
(言い訳ですが投稿主が骨折したり受験だったり色々ありまして)



一歩が宮田に負けた後、2日が経過した。入門したばかりの新人が経験者にカウンターを貰ったんだ。ダメージ抜きは必要だろう。会長の指示で一歩は安静にしているらしい。

 

俺はというと猫田さんリスペクトの新スタイルを煮詰めていた。原作通りの木村のスタイルより攻撃的な方が俺には合っているからだ。鷹村さんとのスパーで回避を磨き、青木とのスパーでパンチを磨くのが最近の練習になっている。

 

「木村君、ちょっといいかな?」

「どうしたんすか、八木さん」

 

練習中に八木さんに会長室へ連れられた。

何だ一体?

 

「会長室に来るということは、重要な話ですか?」

「ああ、君の試合の事でね」

「俺の試合ですか?」

「木村君は次勝てば8回戦になる。只、その試合が遅れるかもしれないんだ」

「延期、ですか」

「相手側が怪我らしくてね。別な相手を探さなければいけなくなったんだ」

「分かりました。俺は大丈夫です」

「ありがとう木村君」

 

八木さんに頭を下げ、練習に戻る。

延期か・・・。仕方ないよな。当分試合はないか。取り敢えずは今するべきことをするか。

 

 

 

──次の日

 

「こ、こんにちは!」

「おう一歩、来たか」

「鷹村さん、今日から改めてよろしくお願いします!」

「へっ、この俺様についてこられるよう頑張るこったな」

「よろしくな、一歩」

「木村さん、よろしくお願いします!」

 

 

一歩がついにジムに通うことになった。

初日ということで今日は普段のトレーニングメニューの説明などだ。

俺と青木でジムでの基礎トレーニング、鷹村さんはロードワークの説明だ。

 

実践ということで今はロードワーク中。

鷹村さんが先導し、俺は一歩と並走する。やはり主人公らしいな、身体が出来ている。俺達のペースについてこれている時点で持ってるモンが違うと察した。

青木のヤツは鷹村さんに追い付こうと飛ばしている。ありゃバテるな。

 

「そういや一歩は鷹村さんと何時会ってたんだ?」

「最初は僕がジムを覗いてた時で、二度目はいじめられていた僕を助けてくれた時です」

「あの時の視線はやっぱり一歩だったか」

「な、なんかすいません」

「構わねえさ。俺も神経研ぎ澄ましてたからな。普通は気づかねえって」

「そうなんですか・・・。あっ、鷹村さん達離れていきますよ!」

「鷹村さん俺達のことガン無視じゃねえか・・・。よし、俺達もペース上げるか」

「はい!」

 

そんなわけで、他愛もない会話をしつつ俺達はロードワークを終えた。

 

 

ジムに戻ると、宮田の親父さんと入れ違った。会長が中にいるのが見えたからおそらく話していたんだろう。

会長は何やら考え事をしているようなので取り敢えず基礎トレの用意をしようとすると、やはり鷹村さんが会長に話しかけていた。

 

「おいジジイ、なに話してやがったんだ?」

 

「戻ってきたかお主ら」

 

「とっくに戻って来てたぜ」

 

「木村と宮田がスパーした時同様、小僧との再戦まで宮田はジムにくる日をずらすそうじゃ。手の内を見せんつもりじゃろう」

 

「かーっ、ストイックだな、あの親子は。ってかジジイはどうすんだよ」

 

「儂は小僧の特訓に付き合うわい。宮田親子がいる時は宮田に任せることにした。それよりお主はさっさと練習せい!」

 

「チッ、わーったよ」

 

話の内容を聞くに、一歩に一発貰ったのが相当悔しかったんだろうな。終わったあとも俺の時とはうって変わって険しい顔してたし。

 

サンドバッグを叩いていると一歩が会長にリングに上がらされているのが見えた。いよいよ本格的にしごかれるかな。

 

 

 

side:一歩

 

「小僧、リングに上がれ」

「何するんですか?」

「今から説明する。しっかり聞けよ」

「分かりました!」

 

リングで何をするんだろう・・・?

会長に言われた通りグローブをつけてリングに上がる。リングに上がるのは宮田君とのスパー以来だ。気を引き締めないと。

 

「今からミット打ちをする。儂が構えたミットめがけてパンチを打ち込むんじゃ」

「は、はい!やってみます!」

「先ずはジャブからじゃ。鷹村に教わったことを見せてみい」

「はい、お願いします!」

 

僕は会長の持つミットを見ながら構えをとる。そして狙いをつけてジャブを打っていく。単発から二連続、さらにスピードを上げていく。凄くいい音がして気持ちがいい。キツいけど楽しいな。

 

「次はワンツーじゃ。ジャブとストレートのコンビネーション、これも鷹村に教わったじゃろう」

「ジャブの戻り際に拳を出しつつかかとを外側に捻って腰を入れるんですよね、やってみます!」

 

鷹村さんに教わった時の言葉を繰り返し呟きながらジャブを打ってリズムをとる。タイミングを見てストレートと合わせていく。混ざった途端に難しくなったぞ・・・でも少しずつ掴めてきた。

 

「今じゃ思い切り打て!」

「はい!」

 

会長の掛け声に合わせて全力で右ストレートを打ち込む。皆が驚いている。会長が尻餅をついたと同時に空気が変わる。静かになってしまった・・・

 

「か、会長!大丈夫ですか!?」

「儂のことは大丈夫じゃ。それより重さのあるええパンチじゃったぞ。」

「見たかジジイ!俺様の見込みも間違って無かっただろ?」

「ふん、それは認めてやる。ええ拾い物をしたかもしれんな」

 

なんか鷹村さんと話してるけどなんだろう?

まあ今はとにかく練習しよう。

グローブの紐を締めてサンドバッグを叩き始める。木村さんが叩いている横で僕なりに叩いていく。

すると木村さんと青木さんが話しかけてきた。

 

「さっきいいストレート打ってたな」

「あ、ありがとうございます、木村さん」

「しかしパンチ力があるってのは羨ましいもんだな」

「青木はもっと真面目に練習しろ」

「なんだと木村ぁ、俺は真面目だぞ?」

「お二人ともやめて下さいよ」

「ケッ、次のスパーでぶっとばしてやるからな」

「青木にできるか?」

 

木村さん達が揉めている事も普段通りなのかな・・・。そう思っていると会長に呼び出された。

サンドバッグの前に立たされる。何が始まるんだろ。

 

「今からアッパーを教えてやる」

「アッパーですか?」

「下半身の踏ん張りを効かせ体ごと拳を突き上げるイメージじゃ。やってみろ」

「ええと、はい、やってみます!」

 

肘を引いて構える。下半身を意識するんだよな・・・。右足から前に踏み込みそのまま全身で拳を突き上げる!

凄まじい風切り音がした。

・・・・・・スカした?は、恥ずかしい・・・。振り返って回りを見るとやっぱり静かになっている。

 

・・・・・・あれ?会長も呆然としてるぞ?

 

「まあ上出来じゃろう。後はミット打ちで感覚を掴め」

「あ、ありがとうございます」

 

上出来か・・・嬉しいな。でもまだまだだ。もっと頑張らないと。僕はサンドバッグを叩きに戻った。

 

 

 

 

 

 

side:鴨川

 

幕之内一歩か・・・。あのパンチ力にアッパーのフォーム。ええモンを持っとる。素質はあるじゃろうな。鷹村が見つけたと言うておったからおそらく鷹村が指導しようとするじゃろうが・・・やはり宮田対策にはあやつが適任じゃろう。

 

会長室で八木ちゃんと小僧のスパーについて話し合う。日取りは3ヶ月後。相手は宮田一郎。

 

「ノーライセンス同士のスパーですから、口外は出来ませんね」

「それは当然じゃ。小僧にはあらかじめ伝えておこう」

「その一歩君ですが、大丈夫ですかね?良いパンチは持ってますが、宮田君が相手となると・・・」

「そこは心配いらん。儂に考えがある」

「なら会長を信じましょう。ではこれで」

 

八木ちゃんが会長室を去った後、小僧の言っていた事を思い出す。

──僕は、ボクサーになるんだ。その為に頑張って来たんだ!──

 

宮田にやられる前の傷ついた状態で己を鼓舞するために発した言葉。その時の小僧の目は輝いておった気がするわい。見てみたい。小僧の行く末を、どこまで駆け上がるかを

 

儂も出来ることをしよう。宮田とのスパーが楽しみじゃ。

 

 

 

 

side:木村

 

 

練習を終えて青木と鷹村さんと着替えている時だった。

 

「お前らさっきの一歩のアッパー見たか?」

「綺麗なフォームでしたけど、当たらなかったんじゃ意味ないっすよ」

「ああ?何も分かっちゃいねえようだな。何を教わってきたんだ青木ィ」

「青木、気づかなかったか?あのアッパーのフォームは、教科書通りの形じゃねえか」

「木村の言う通り、あれはアッパーの理想の形だ」

「理想の形ィ?」

「強靭な足腰があるからこそ成せる技だぜ」

 

アッパーについて話しながら着替えて上がろうとした時だった。突然会長に呼び出された。会長室には一歩がいたんで何事かと思ったが、会長がゆっくり話し始める。

 

「宮田との再戦が、3ヶ月後に決まった。その為明日からは宮田対策を重点的に行うこととする」

「3ヶ月後・・・分かりました!」

「ところで何で俺も呼ばれたんすか?」

「それをこれから説明する。宮田対策には、小僧を鍛えるスパーリングパートナーが不可欠じゃ。そこで・・・」

「宮田とスパーした経験がある俺に一歩のスパーリングパートナーをしろと」

「そういうわけじゃ。これからは共に切磋琢磨するように。では上がってええぞ」

「「ありがとうございました」」

 

一歩と二人で事務を出た後、一歩に話しかけられる。

 

「あ、あの木村さん」

「何だよ一歩?」

「明日から、スパーよろしくお願いします!」

 

そういいながら一歩は深々と頭を下げた。俺は一歩に顔を上げるように促しこう告げる。

 

「これからよろしくな、一歩。言っとくが本気で打ちにいくからな」

「本気ですか・・・望むところです。よろしくお願いします」

「望むところか。楽しみだな」

覚悟を決めた顔つきの一歩と握手し互いに帰路を辿った。

 

 

ここから、俺と一歩のカウンター特訓がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 




次回は来週更新です。


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第12話 木村VS一歩

遅くなりました。12話です。


会長に一歩のスパーリングパートナーを務めるよう言われた次の日。

俺は一歩が来るまでシャドーをしていた。一歩のスパーリングパートナーとして醜態は晒せないからな。

 

体が暖まってきたとこでサンドバッグを叩く。そういや一歩は家の手伝いで遅れるらしい。まさに孝行息子だな。

 

・・・釣り船幕之内か。今度釣りに行ってみるかな、青木でも誘って。

 

サンドバッグにボディーブローを打ち込むと同時にジムの扉が開いた。息を切らせた一歩が駆け込んでくる。

 

「はあ・・・はあ・・・す、すいません!遅くなりました!」

 

「大丈夫か一歩?呼吸を整えたら着替えろよ」

 

一歩を着替えに行かせ扉を閉める。俺は青木と話していた。

 

「一歩のやつ遅刻とはどういう神経してやがる!」

 

「落ち着け青木、家の手伝いなんだとよ」

 

「理由はともかく今日からこの青木様がビシバシ鍛えてやろう」

 

「待て待て青木、一歩はな・・・」

 

昨日の事を言おうとした矢先、八木さんが戻ってきた。

俺達は向き直って挨拶する。

 

「あっ、八木さんお疲れ様です」

 

「木村君お疲れ。そういえばさっき一歩君が慌ててジムに入った気がするけど、大丈夫かい?」

 

「一歩なら着替えてますよ。家の手伝いで遅れたらしいっす」

 

「会長から聞いてはいたけど、それほど忙しかったのかな。それと、青木君どうしたんだい?木村君と揉めてたように見えたけど」

 

「いやあ、一歩を鍛えてやろうと思ったんすけど木村が食い下がってくるんで」

 

「えっ、一歩君なら・・・」

 

 

八木さんが何か言いかけた途端、ジムの扉が再度開いた。最悪の展開だ・・・

 

「おっす!戻ったぜ」

 

「鷹村さん、お帰りなさい」

 

「おう、ところで何話してやがるんだ?」

 

「いやあ、実は一歩を鍛えてやろうかと思って」

 

「何だと?」

 

鷹村さんの表情が険しくなった。青木め、どうなってももう知らねえぞ・・・

 

「一歩を鍛えるのは一歩を見つけてきたこの俺様に決まってるだろうが!」

 

「そんなん関係あるか!」

 

「ああ?文句でもあんのか?」

 

「文句どころか色々有りすぎるくらいだぜ、このゴリラ野ろグエッ!」

 

「誰がゴリラ野郎だ?!」

 

言わんこっちゃない。青木が首を掴まれ悶絶している。

そっとその場を離れようとすると、

 

「待て木村ァ!」

 

「ぐええっ!な、何で俺まで・・・」

 

「貴様も同罪だこの野郎!」

 

理不尽が過ぎるだろ・・・。

何も言えずにもがいていると、鷹村さんの背後に人影が見えた。

 

「この馬鹿者が!何しとるんじゃさっさと練習せんか!」

 

「チッ、ジジイが来たんじゃしょうがねえ」

 

「はあっ、はあっ、危うく死ぬとこだったぜ」

 

会長に怒鳴られ鷹村さんは手を離して渋々練習を再開し、青木と俺もそれに続いてサンドバッグを打ち始める。

 

しばらくして一歩が戻ってきた所を見た会長が俺の方を向いて声を掛けてきた。

 

「小僧と木村、リングに上がれ。スパーじゃ」

 

「何?何故木村なんだジジイ?」

 

「儂が木村に小僧のスパーリングパートナーとなるよう命じたんじゃ」

 

「何だと?俺様じゃなく木村ごときが選ばれるなんざ納得できるか!」

 

「ごちゃごちゃ言っとらんで練習せんか鷹村ぁ!

お前達もさっさとリングに上がらんか!」

 

 

会長と鷹村さんの言い合いに圧倒されている俺達も怒鳴られたのでリングに上がる。一歩はヘッドギアをつけている。俺もロープによりかかり会長の説明を聞く。

 

「スパーは4ラウンドじゃ。小僧は木村からしっかり教わるんじゃぞ」

 

「はい!木村さん、よろしくお願いします!」

 

「おう、よろしくな」

 

 

互いに礼をして構えをとる。一歩は両手を胸の前で構えている。対する俺はオーソドックスなアップライトスタイルだ。

 

あのパンチを喰らうと考えると今から寒気がするぜ。宮田対策ならカウンターはやらないとだな。一歩も気合十分らしい。俺も学ばせて貰うぜ。

 

会長がゴングを鳴らした。それと同時に俺は足を使い出す。俺と一歩のスパーが始まった。

 

 

 

side:一歩

 

 

 

木村さんとのスパーリングが始まった。早速翻弄されてしまっている。木村さんは足を使って動き回っていて、しかも速い、速すぎる。僕なんかじゃとても追い付けない。

 

木村さんの方から近づいて打ってくる所に合わせてパンチを打とうとしてもあっさり避けられる。そして距離をとられる事の繰り返し。頼みの綱のアッパーすら打てる気がしない。

 

「何してんだ一歩!木村ごときに振り回されんな!」

 

鷹村さんの声がする。振り回されるななんてとても無理だ。レベルが違い過ぎる。でも諦めたくない。折角スパーをさせて貰えたのにこのままじゃ駄目だ。

 

どうやって木村さんの足を止めようか考える。ボディーブローは練習中だし、迂闊に手をだせば倒される事は目に見えている。木村さんが正面に立った時がチャンスだ。

 

木村さんの事を良く見ながら足に力を込める。ガードを固めて丸くなりながらタイミングを伺う。少しずつ前進しながら。

 

木村さんのジャブとフックがガードに当たる。正面と左右を素早く動きながらなので全部は捌けないがダメージは減らせている。

 

木村さんが正面から連打を始めた。凄い衝撃が手から伝わってくる。僕は覚悟を決めて、ジャブの戻り際を見て思い切り前に飛び出した。

 

・・・あれ?

 

気づいたときには木村さんはロープギリギリに後退していて、僕はそれに迫っていた。

何がなんだかわからないけど、今なら当たると信じパンチを打った。

 

 

 

side:鷹村

 

「おおっ、何だ今のダッシュ!?」

 

青木が一歩を見て驚いていやがる。俺様も少しばかり驚いた。まさかここまで出来てるとはな。

 

「一歩のやつは元々、身体はある程度出来上がっていたからな。激しいトレーニングで自分じゃわからねえ程に身体が鍛えられたことに気づいたんだろ」

 

「なるほど・・・。あっという間に距離がなくなりましたけど、どうなると思います?」

 

「一歩もやるが、木村ももう学習してる。見てみろ、一歩が攻めだしたが全弾空振りだ。」

 

「あの近距離でよくあんなに避けられるな」

 

一歩のやつ動揺してるな。自分のダッシュ力に驚いただけじゃねえ。空振りさせられて精神的に来てやがる。それに比べて木村は落ち着いていやがるな。流石に多少はきてるだろうがそれを感じさせん動きだぜ。

 

面白ぇじゃねえか。宮田との再戦も面白くなりそうだな。

 

side:木村

 

 

予想外だった。一歩がもうあれだけのダッシュ力を備えていたなんてな。お陰で追い詰められちまった。勢いに乗った一歩が攻めてくる。

 

一発一発の重さがまるで違う。ズシリと芯に響く重厚な拳だ。俺は避けることに重点を置きロープ際からの脱出を試みる。だが手数を意識した一歩の連打がそれを許さない。

 

ジャブとフックを一心不乱に叩きつけてくる。正面かと思えば左右から、逆に左右かと思えば正面からと軌道が全く読めない連打に回避が追い付かずロープに思い切り後退した。

 

ロープの反動で一歩へ突進しカウンターを狙う。しかしそこには狙いを澄ました一歩が右を構えていた。咄嗟に右ストレートが来ると察知し両腕を交差させる。

 

交差した事で強固になったガードに一歩の右がめり込む。そのまま弾き飛ばされるがどうにか踏ん張った。俺の姿を見た鷹村さん達が驚いている。当然一歩もだ。

 

「・・・スパーは終わってねえぞ」

 

一歩にそう告げて再度構える。一歩もそれに応えるように攻めてきた。さっきよりキレが増している。神経を研ぎ澄ましパンチをかわしつつボディーを叩く。

 

効いてきた様で一歩の動きが鈍った。しかし一歩の目は諦めていなかった。力強く輝いている。玉砕を選んだのかもう一度踏み込んでストレートを打ってきた。俺は紙一重でそれをかわし顔面へカウンターを放った。

 

 

 

 

 

 

「そこまでじゃ。木村、小僧に水をかけてやれ」

 

「あ、はい!」

 

会長にスパーを止められる。カウンターが入り一歩は気を失ったのだ。スパーは俺の勝ちだが危ういところだった。一歩のパンチを何度も貰いそうになったぜ。

 

バケツに水を汲んでいると青木が話しかけてきた。

 

「すげえスパーだったぜ。全くよくもあんなにホイホイ避けられるよな」

 

「ホイホイ避けているように見えたか?」

 

「正直焦っているように見えたぜ。必死だったんだろ?」

 

「一歩とスパーしてみろ。俺があのパンチを避けるのにどれだけ精神をすり減らしているかわかるぜ」

 

「今度のスパー俺の番なんだけど・・・マジかよ」

 

想定以上に俺が参ってた様で青木は驚いている。今ならわかる気がする。WBC世界ミドル級チャンピオンであるデビッド=イーグルの気持ちが。

 

原作でイーグルが鷹村さんとやった時、イーグルは同じ事を言ってたからな。パンチを避ける度に走る戦慄もよくわかる。

 

バケツに汲んだ水を伸びている一歩にかけてやる。目を覚ました一歩に状況を説明した。すると一歩は悔しそうな顔をしていたがすぐに笑顔になった。

 

「木村さんは凄く強かったです。でも何故か楽しかったと今は思っています」

 

「あの木村にクロスアームブロックさせるんだから大したもんだぜ」

 

「クロスアームブロック?」

 

「腕を十字に交差させるガードだ。普通より強固な分手が出づらいのが弱点だな」

 

「なるほど・・・。あの、今日は勉強になりました!木村さん、スパーありがとうございました!」

 

クロスアームブロックの説明をした後、ジムを後にした一歩はスパーとはいえ負けた後だってのに、満面の笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 




次回の後半から一歩対宮田になります。


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第13話 宮田一郎の苦悩

試験など諸々で遅れましたが13話です。


─高い技術も結局は力にねじ伏せられてしまう─

 

 

 

たった一発のパンチが、父さんの顎を砕いた。

 

 

東洋太平洋フェザー級タイトルマッチ、父さんの7度目の防衛戦でのあの光景を、父さんの言葉を、俺は忘れられなかった。

 

相手のパンチが父さんの顎に入り、鈍い音と共に父さんはマットに沈んだ。俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

自分が非力だったから負けたのだと父さんは現役を引退し、愛想を尽かした母さんは俺達の元を去った。父さんはそれから酒浸りになってしまった。

 

俺がボクシングを始めたことで父さんは立ち直ってくれたらしいが今でも俺は当時の事を思い出す。マットに沈む父さんの姿が頭から離れないんだ。

 

俺がボクシングをする理由は、父さんのファイトスタイルが間違っていないと証明する事だ。父さんが現役時代にたどり着けなかった世界王座に辿り着くことが、俺の最終目標なんだ。

 

 

ところが俺は父さんのネームバリューで高飛車になっていた。元東洋太平洋チャンピオンの父親がいる俺を、当然ジムの連中は持て囃した。

 

本心である筈がないと今ならはっきり言える。俺に何かしたら父さんが黙っていないとでも考えたんだろう。

父さんは俺にも厳しかったからそんな事は無いけどな。

 

今じゃ思い返すのも嫌だが当時の俺は褒められることが嬉しく、自分が強いのだと思い込んでいた。

鷹村さんや青木村さんだけは俺に忖度なしで思ったことを言ってくれたことがありがたかった。

 

そして先の木村さんとのスパー。俺は見事に鼻っ柱をへし折られた。自慢のカウンターをカウンターで返されKO負け。これ程の屈辱を味わったことは無かった。

 

それから俺は徹底的にカウンターを鍛えた。何者にも負けないカウンターを身に付けるために。父さんから受け継いだカウンターを馬鹿にされない為に。

 

3ヶ月前の幕之内とのスパーで俺はまたしても屈辱を味わった。経験などない入門希望者だった幕之内を舐めてかかったことが災いしクリーンヒットを受けてしまった。

 

結果は俺の勝ちだったが会長の申し出で再戦が決まった。内心嬉しかったさ。あのクリーンヒットの屈辱を晴らせるんだからな。

 

俺は拳を握り締め、途中だったロードワークを再開した。

 

 

 

side:宮田(父)

 

 

 

「全くどうしたものか・・・」

 

溜め息を吐きながら私は考えていた。一郎のここ最近の調子が思わしくないのだ。新人の幕之内とのスパーで顔に貰って以降、練習に身が入っていない時が見られたからだ。

 

おそらく幕之内に一発貰った事を未だに引きずっているのだろう。一郎のプライドの高さからすれば確かに引きずってしまうだろうな。

 

私は一郎がロードワークから帰ってくるまで、練習生達を見てやっていた。一応私も鴨川ジムのトレーナーなのだから。

 

ジムの扉が開き一郎が戻ってきた事を確認し、練習生の一人にリングへ上がるよう指示した。一郎にも同様に指示をすると不満そうな顔で一郎は言った。

 

「俺の相手にはならないと思うけど、良いのかい?父さん」

 

「まあ騙されたと思ってやってみろ。そうすればわかる」

 

納得のいっていないような態度でリングへ上がる一郎を見届けた後、私はゴングを鳴らした。

 

あえて幕之内と似たスタイルの練習生を選んだのだが、これで一郎の練習に身が入っていない理由がわかる筈だ。

 

一郎は普段通りオーソドックスな構えで足を使う機をうかがっている。インファイトに持ち込まれても多少は打ち合えるだろうが距離があるに越したことはない。

 

練習生が前進し攻めだした。だが一郎には当たらない。

かわしつつ的確にジャブを当て、隙を見てワンツー。良いコンビネーションだ。徐々に練習生をロープに追い込んでいる。

 

ロープギリギリで練習生が飛び出した。玉砕か・・・。と思ったが彼が右ストレートを打とうとした瞬間、一郎の動きが鈍った。怯えているな。

 

避けられた筈の右ストレートを一郎はガード、そのまま次のパンチにあわせてカウンターを放ちスパーを終えた。

 

「なあ、宮田は何であのストレート避けなかったんだ?」

 

「宮田なら軽く避けられそうなのに、何でだろうな」

 

一部の練習生の話し声がした。普通なら疑問に思うだろうな。あのスパーを見ていなければ。

 

「一郎、どうだった?」

 

「相手にならなかった。幕之内はこんなもんじゃない」

 

「そうか・・・。怯えていたな、一郎」

 

「怯えた?俺が?ハッ、あり得ないね。あんなヤツ相手に」

 

「彼にではない。お前は幕之内に怯えているのだ」

 

「幕之内に?何で・・・・・・あ!」

 

「気づいたか。お前は先の幕之内とのスパーで右ストレートを貰って以降、頭の中にその時の光景がよぎっている筈だ」

 

一郎の表情を見るに図星の様だ。おそらく自分自身でその事実を否定していたのだろう。不機嫌だがどこか怒りを感じる表情をして一郎はジムを飛び出した。

 

私は最後に一郎に声をかけた。

 

「幕之内の目を思い出せ、一郎」

 

 

side:一郎

 

気づいてた。俺自身分かってたさ。

 

幕之内のパンチに怯えてた事くらい、ずっと。

 

俺は河川敷に座り込んでいた。父さんに図星を突かれて動揺しちまった。幕之内の右を貰ってからシャドーをする度あいつの姿が頭から離れない。カウンターを合わせようにも体が動かなくなる。

 

震える拳を抑え立ち上がりシャドーを始める。幕之内をイメージしながらやっているが思うように手が出ない。右を極度に警戒してしまっている。

 

その場に立ち尽くした俺は自分への怒りで溢れていた。何で立ち向かえないんだ。何で!何でだよ!

 

幕之内は俺に立ち向かってきた。どれだけ殴られようと決して引き下がらなかった。顎を狙って脳を揺らしても立ち上がり前に出てくる。立てるわけがないのに。

 

俺がジムを飛び出す直前の父さんの言葉を思い出す。

幕之内の目・・・か。あいつが右を打った時も、諦めずに向かってくる時も目だけは生きていて、俺を捉えてた。強い光を宿したような目で。

 

幕之内に比べて俺はどうだ?怯えてカウンターすら打てなくなったアウトボクサーだ。これじゃ到底敵わない。あいつは強くなっている筈だ。この3ヶ月で変わらないわけがない。

 

俺も立ち向かわなくちゃいけない。

拳を握り締め立ち上がる。決意を固め歩きだす。

もう、俺に迷いはなかった。

 

 

ジムに戻った俺はもう一度スパーを志願した。父さんは微笑みながら了承してくれた。俺はリングへ上がりグローブをはめた。相手はさっきと同じだ。

 

ヒットマンスタイルの構えをとるとジムの連中がどよめいた。普段は使わないからだろう。相手が向かってくる事を見て前に出る

 

ボディーを打って距離を取り、近づいてきたところにワンツー。そしてまた距離を取る。相手に攻撃の隙を与えない。

 

ヒットアンドアウェイを繰り返し相手の足を止め前に出る。相手は焦って連打してくる。これをかわしつつジャブを当てていく。ロープに追い込んだ直後相手が右を振りかぶる。俺はそれに合わせて踏み込んだ。

 

俺にはもう恐れる物なんかない。あいつに立ち向かうために、俺は止まっていられない!

 

踏み込みながら右ストレートに右を被せて相手をマットに叩き伏せた。

 

振り返ると父さんが笑っていた。

 

「見事だ。良い目をしていたぞ」

 

「父さんには敵わないな。俺はまだ」

 

「幕之内との再戦まで時間は残り少ない。気を引き締めていけよ」

 

「ああ、もちろんさ。父さん」

 

俺は負けない。幕之内一歩、お前には絶対に。

 

 

 

 

 

side:一歩

 

木村さん達と特訓して3ヶ月が経った。いよいよ明後日が宮田君とのスパーだ。会長に教わったアッパーも大分物に出来たし3ヶ月で色々と変わった。

 

前より強くなっているらしいけど、実感沸かないな。今は練習しないと。もう時間も限られてるし。

 

サンドバッグを叩いていると会長が戻ってきた。鷹村さんのマッチメイクが上手くいかないらしい。確かに相手見つからなさそうだもんなあ・・・

 

 

「おうジジイ、どうだった?」

 

「また駄目じゃ。そう簡単にお主の相手は見つからんわい」

 

「チッ、腰抜けばっかじゃねえか」

 

「それよりどうじゃ、小僧の調子は」

 

「良いと思うぜ。パンチもキレてるし気合いも乗ってるしな」

 

「そうか。小僧、明日は休め」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「練習漬けじゃったろう。ロクに休めとらん筈じゃ。一日くらい体を休めんとコンディションも良くならん」

 

「わ、分かりました」

 

言われるがまま僕は一日休み、当日を迎えた。体が鈍るといけないと軽い筋トレはしていたのでコンディションはバッチリだ。

 

この3ヶ月、僕はひたすら練習し、スパーをした。宮田君に勝つために出来ることをやってきた。正直どこまで通用するか分からないけど自分を信じるんだ。

 

ジムに行くと知らない男の人がいた。八木さんと鷹村さんと話している。

 

 

「月刊ボクシングファンの藤井です。八木さん、宮田君の取材なんですが・・・」

 

「手短にお願いしますよ、この後宮田君は用事があるので」

 

「分かってますって。ありがとうございます」

 

「藤井ちゃんじゃねえか。今丁度スパーをやるんだよ」

 

「鷹村か、誰のスパーだい?」

 

「宮田さ。俺様がレフェリーなんだが、すげえ事になる気がするんでな」

 

「だからその格好なのか。宮田君のスパーとは丁度良い。八木さん、良いですよね?」

 

「ノーライセンス同士のスパーなので、あまり口外しな

いでくださいよ?」

 

「よし!」

 

何やら雑誌の記者の人みたいだ。宮田君に取材かあ、凄いなあ宮田君。

 

リングの側に木村さんがいる。何だろう?

 

「木村さん、おはようございます」

 

「おう一歩、今日は俺もセコンドにつくからな」

 

「良いんですか?」

 

「当たり前だろ、スパーリングパートナーだからな」

 

「ありがとうございます!」

 

木村さんがセコンドだなんて心強い。体が暖まった所で宮田君がやってきた。僕を睨んでいる。僕だって負けないぞ。

 

リングに上がりゴングを待つ。会長と木村さんが見てくれている。頑張らないと、そして勝つんだ。

鷹村さんの説明を聞き思考を巡らせる。4ラウンド2ノックダウン。前と同じルールだ。カウンターに気をつけて、練習してきたことを出すんだ。

 

宮田君と互いに向き合って構えを取る。

 

僕と宮田君の再戦のゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 




次回とその次までスパーは続きます。


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第14話 再戦 

お久しぶりです。本日より投稿再開です。


side:一歩

 

 

ゴングと同時に僕は飛び出していた。

 

 

宮田君が動く前に接近戦を仕掛ける為だ。

距離を取られれば僕じゃ到底捕まえられないから、それなら宮田君を逃がさなければ良い。

射程距離に居る宮田君目掛けて左を2度振り抜く。

 

1度目をガードされ、2度目のパンチが空を切ったと気づいた時には、宮田君は目の前にはいなかった。

 

(な、え、消えた!?)

 

「一歩後ろだ後ろ!」

 

木村さんの声を聞いてガードを上げながら振り向く。

すぐに鋭いジャブが突き刺さった。前とは段違いのハンドスピードだ!このままじゃ逃げられる!

 

円を描きながら動く宮田君の足元を注意し左を打ち返す。躱されたけどバランスを崩している。すかさず左右のフック、更に追いかけながら連打。段々宮田君がガードを多用するようになってきた。

 

(今なら、アレに繋げられる!)

 

ガードの上からストレートを叩きつけ、仰け反った宮田君へ前進する。右を溜めておいて、左ロングフックを振りかぶる。

 

宮田君が僕のフックに右を被せてくる。僕は踏ん張りつつダッキングしてカウンターを避け、そのまま右を顎目掛けて突き上げた。

 

 

 

side:藤井

 

「見たか木村!?一歩のやつやりやがった!」

 

「ああ、けどあんなアッパー貰いたくねぇ・・・」

 

「た、確かに・・・。悶絶もんだぜ」

 

 

 

木村と青木の会話をよそに、俺は開いた口が塞がらなかった。宮田の動きは当然良かった。しかしあの幕之内という彼、破壊力とダッシュ力共に本当にノーライセンスか疑うレベルだ。

 

とても新人のスパーのレベルじゃない。面白いじゃないか。世界戦の会見に行かなくてよかったぜ。

 

「なあ木村、一つ聞かせてくれないか」

 

「藤井さん、何すか?」

 

「幕之内が宮田からダウンを奪った事に対して、あまり驚いていないように見えるが?」

 

「実を言うと俺、一歩のスパーリングパートナーで。これからのスパーであんなパンチを打ってくるとか考えただけでも寒気がしますよ」

 

「それは心中お察しするよ・・・おや?」

 

木村と話している内に宮田が立ったようだ。足が揺れる程に効いているか。だがいい表情をしている。

 

まだまだ面白くなりそうだな。

 

 

 

side:鴨川

 

小僧めやりおった!

宮田にアッパーを当てダウンをとりよった。宮田が自ら接近戦を仕掛けてくるアウトボクサーであることが幸いしたか。

 

「会長、一歩君やりましたよ!」

 

「喜ぶのはまだ早いぞ、八木ちゃん」

 

「えっ?・・・ああっ!」

 

「宮田め、立ちよったか」

 

浅かったように見えたが、案の定立ってくるか。

さあ小僧、ここからが本番じゃぞ。後1分、戻ってきさえすれば勝機はある。

 

 

「一歩君、押されてますね・・・」

 

「何やっとる小僧!もっとガードを上げんか!」

 

 

宮田が小僧のパンチに慣れてきよったか。小僧も空振りが増えてきた。何よりガードを忘れておる・・・。

これでは長くは持たん、いつ倒されてもおかしくない。

 

 

ワシの予感は当たった。焦った小僧の右に合わせて、宮田のカウンターが炸裂したのだ。鷹村がカウントをし始める。

 

「起きろ小僧!戻ってこい!立つんじゃ、諦めるな!」

 

立ちさえすれば次のラウンドへ繋がる。まだ勝機がある。小僧を信じて叫ぶ。しかし動かない。鷹村が判定を下す前に立ち上がれるか?

 

いや、悩む必要などないわい。セコンドが選手を信じないでどうするんじゃ。

小僧、ワシはお前を信じるぞ。立ち上がりコーナーへ戻ってくると、信じておるぞ。

 

 

 

side:木村

 

「「一歩!!」」

 

 

宮田のカウンターをまともに貰い沈んでいく一歩へ俺と青木は叫んだ。がら空きの顔面に綺麗に入っちまったらしい。ピクリとも一歩は動かない。

 

「攻めることに必死でガードを忘れていたんだ。そこを狙われた・・・」

 

「宮田に翻弄されてたってことか・・・」

 

「なあ木村、一歩が立てたとしても・・・勝てると思うか?」

 

立てたとしてもという辺り、薄情なヤツだぜ全く。

俺はリングの方に目をやりながら青木の質問に答える。

 

「一歩が冷静さを取り戻せれば勝機はあると思う。立てたとしてもってのはどうかと思うがな。あいつは、一歩は立つさ」

 

「何だよ?どうかと思うがなって・・・なっ!?」

 

 

青木も気づいたらしい。少しづつだが一歩は立ち上がろうと踠いている。その姿に何を感じたか、俺は思わず叫んでいた。

 

 

 

「立て一歩!宮田に勝つんだろ、練習を思い出せ!」

 

 

よろめきながら立ち上がりファイティングポーズをとった一歩を見て、青木と共に胸を撫で下ろした。

 

それと同時にゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

side:宮田

 

「見事にやられたな。幕之内に」

 

「アッパーをまともに貰うとは思わなかったよ。足がまだ揺れてる」

 

「次のラウンドはどうする?幕之内は柔なファイターじゃない。そう簡単に倒れてはくれないぞ」

 

「問題ないよ。次のラウンド、幕之内の破壊力が幕之内自身に牙を剥くことになるさ」

 

「そうか・・・。一郎、どうなろうと油断だけはするなよ」

 

「OK、父さん」

 

父さんと話し終えて息を整える。残りの時間で少しでも足を回復させなければならないからだ。

 

幕之内には驚かされた。3ヶ月前とはまるで別人だ。

しかしあのアッパーまでの流れ・・・とても幕之内が思い付いたとは思えない。

 

おそらく木村さんの入れ知恵だろうな。俺のカウンターを利用しようなんて考えるのはあの人くらいだ。ますます負けられない。それを実行し成功させた幕之内にも当然だ。

 

 

「インターバルは残り僅かだ。考えは今のうちに纏めておけ」

 

「分かったよ父さん。見ていてくれ」

 

 

2ラウンド目の策を纏めながらゴングを待ち、目を瞑る。足はまだ完全じゃない。すぐには腰を入れて打てないだろう。ならやることは一つだ。それが成功した時、幕之内に隙が生まれる。

 

 

 

 

side:一歩

 

「小僧、よく立ち上がった!よく戻ってきた!」

 

「心配させやがって、ヒヤヒヤしたぜ」

 

「す、すみません・・・。」

 

 

まだ意識がハッキリしない。今分かるのは次のラウンドへ繋がったってことだ。もし会長と木村さんがいなかったら、僕は立てなかったと思う。

 

 

「・・・会長、木村さん」

 

「何だよ?一歩」

 

「何じゃ小僧、言ってみろ」

 

「僕が戻ってこられたのは、お二人のおかげなんです」

 

「会長の声で僕は意識を取り戻せて、木村さんの声が僕の背中を押して、立たせてくれたんです。だから、ありがとうございます」

 

「まだスパーは終わってないんだ。お礼は終わってからだな」

 

「はい!」

 

 

段々視界がハッキリしてきた。頭もクラクラしなくなってきた。僕の目には宮田君がハッキリ写っている。

次のラウンド、何をしてくるんだ?何を狙っているんだ?

 

カウンターは間違いなく狙ってくるはずだ。また倒されれば立てるかどうか分からない。今の僕のダメージじゃ追い付けるか分からない。僕に残された選択肢は一つじゃないか。

 

 

「して小僧。次のラウンドはどうする?」

 

「ゴングと同時に手数で攻めようと思います。・・・僕にはそれしかない」

 

「カウンターのダメージがまだ足に残っているからか。距離を取られれば今の状態だと追い付けるか危ういな」

 

「ワシはそれでええとと思うぞ。小さく細かく連打するのがお主のスタイルじゃからな」

 

「俺からのアドバイスはガードを上げろってとこかな。さっきもガードが下がりぎみだったからな。意識出来てなかったろ」

 

その通りだ。宮田君に打たせまいと手数を出すことを意識しすぎてガードが疎かになってたんだ。ジャブの被弾が多かったのもそのせいだと思う。

 

拳を握り全身に力を込めてみる。まだ腰を入れてパンチを打つことは出来る。体も動く。足も力は入る。

まだまだ戦える。

良く見ると宮田君がこっちのコーナーを睨み付けている。な、何だろう?僕が立ったからかな?

 

 

「俺を睨んでやがるな宮田の奴」

 

「宮田君が木村さんを?」

 

「一歩が宮田からダウンを取ったアッパーまでの流れを俺の入れ知恵だと気づいたらしい」

 

「さ、流石宮田君だ。なんて洞察力なんだ」

 

でも視線が僕に向いているような気がしてならない。こ、怖い・・・。でも負けないぞ。

 

「2人共第2ラウンド始めるぞ」

 

そろそろか。マウスピースを咥えてリングに上がる。

コーナーから前に出て、木村さんに言われた通りガードを上げて構えを取る。

 

その瞬間回りがザワついた。何だろう?

宮田君の方に向き直ると、そこにはこれまでとは違う構えの宮田君が立っていた。

 

顔つきも変わっている。何よりあの構えは確か・・・ヒットマンスタイルだ。ということは宮田君も攻めに来るみたいだ。先に打たせるわけにはいかない。

 

 

「それじゃ始めるぞ。ラウンド2、ボックス!」

 

(いくぞ、宮田君!)

 

ゴングと共にガードを固め、宮田君目掛け突進する。

間髪入れずパンチを繰り出した僕は目を疑った。パンチを避けながらどんどん距離を詰めてくる。

 

そしてついにほとんどゼロ距離まで近づいた宮田君は、僕に組み付いてきた。

 

宮田君の狙いは、クリンチだったのか!

 

 

 

 

 

 

 

 




再開が遅くなり申し訳ありません。
スパーの決着はその次の回まで書きためて投稿します。アンケートもありがとうございました。


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第15話 リバーブロー

4ヶ月以上お待たせし申し訳ありません。
色々と落ち着きましたので投稿再開します。


side:木村

 

「宮田の奴クリンチしやがった!」

 

「それほど宮田が追い詰められてるんだ。一歩に」

 

「し、信じられん」

 

青木と藤井さんが驚いている。当然だ。

あのプライドの高い宮田がクリンチをしているのだから。こんな事は初めてだ。

 

宮田はそう簡単に離れる気はないらしく、一歩も動揺している。

 

一歩は宮田を引き剥がす術自体は持っている。ただ焦ってるんだ。焦りが思考を邪魔しているせいでその発想に至ってない。

 

「落ち着け一歩!お前の距離に宮田が来てくれたんだ。チャンスだぞ!」

 

一歩目掛けて声を出す。クリンチしているということは宮田が至近距離にいるということだ。

 

鷹村さんが俺にやって見せたあのパンチ、強靭な足腰を持つ一歩なら出来るはず。後に幕之内一歩の得意技になるパンチを。

 

 

 

 

 

「俺の時とはまた違う苦戦の仕方してるな」

 

「そう言われれば木村の時はカウンター含めペースの取り合いだった。だが今の宮田はリズムそっちのけでカウンター合わせにいこうとしてんな」

 

「一歩みたいなパワーのあるファイターは積み上げたリズムを簡単に崩してくるからな」

 

「相手にしたくねえな・・・」

 

 

 

それからクリンチしたまま1分が経過した。

2人は互いに動く気配がない。気になるとすれば、

一歩が足の向きを僅かに動かそうとしている。

 

狙うつもりだ。ガラ空きのあの部分を。

 

 

 

 

 

side:一歩

 

 

不味い、早くしないとラウンドが終わってしまう!

 

宮田君が飛び出してきた瞬間、手を出せて入れば良かった。後悔しても遅いけど、そう思ってしまう。これ以上時間を与えれば宮田君の足が戻ってしまう。そうなったら形勢は一気に不利になる。

 

策が浮かばず途方に暮れていた時、木村さんの声が聞こえた。チャンスだぞ、という言葉で我に返った。

 

そうだ、宮田君が至近距離にいるこの状況は僕からすればこれ以上ないチャンスじゃないかと気づき一つだけ方法を思い付いた。

 

だけど腕が動かしにくくなってる。

空間さえ、溜めを作る空間さえあれば・・・

 

クリンチしている手をほどこうとしてもうまく体が動かない。しっかり組みつかれてる・・・

 

腰の入ったパンチは打てないけどやるしかない。

僕は掌を上に向け握り込み、肘を引ける限界まで引いて宮田君の腹部、肝臓へ拳を叩き込んだ。

 

拳がめり込む感触と同時に宮田君の手が緩んだ。すかさず抜け出しストレートを打つ。とにかく距離を取るために。

 

クリンチされる前の距離感に戻った所で構えを取り直した。鋭い目つきの宮田君が僕を睨んでいる。

 

ガードを固めて前に出て行く。ジャブの連打を無理やり突っ切り左右のフックを宮田君に叩きつける。ガードの上から何度も何度も打ち込んでいると、僕と宮田君の間に、大きな影が割り込んできた。

 

 

「2ラウンド終了だ。2人共コーナーに戻れ!」

 

その影が鷹村さんであると認識した途端、ゴングが聞こえた。鳴っていたんだ。

 

宮田君の背中を見ながら、僕はコーナーに戻った。

 

 

 

side:宮田

 

 

「どうだ一郎、ダメージの程は」

 

「足は大分戻ってきてる。ただ早く決めないとやばそうだ」

 

「クリンチが思わぬ隙を生んだか。あのリバーブローは私も想定外だった」

 

「あのスペースであんなパンチが出せるとは思わなかったし、このダメージが出てくるまであまり時間がないんだ。」

 

「幕之内も初めて打ったのだろう。打たれ強くない一郎にまだダメージが見えない所を見れば分かる」

 

ジャストミートなら沈んでいた。いつこのダメージが出てくるか分からない今、速攻で決めに行かないといけない。

 

さっきの連打にしても、ゴングがあと数秒遅ければ倒されていただろう。幕之内のスタミナはまだまだ残っている。あのカウンターでこれかよ・・・

 

次も幕之内は仕掛けに来る筈だ。爆弾を抱えている今の俺の状態はあいつにとってチャンスになる。カウンターを狙うならここしかない。

 

多少なりとも雑になる事を祈るぜ。幕之内。

 

 

「一郎、そろそろゴングだが次はどう行く?」

 

「おそらく攻めに来るだろうから、カウンターを狙うチャンスだと思うんだ」

 

「確かに鴨川会長や木村なら攻めろと言うだろう。

リバーのダメージをあの2人が見逃す筈はないからな」

 

「どんな入れ知恵をしてくるか楽しみだよ」

 

立ち上がり反対コーナーを睨み付ける。

 

なあ、幕之内。スパーはまだまだ終わらない。

 

最後まで付き合ってもらうぜ・・・!

 

 

 

side:一歩

 

「宮田の奴め笑っておる。おい小僧、ここが正念場

じゃ。落ち着いていけよ」

 

「は、はい!」

 

とは言ったもののどうしよう・・・。水を飲みながらこれまでを振り返る。

 

リバーブローなんて初めて打った。練習こそしていたけど人に打った事はなかったんだ。

結果的に上手くいったけどそれも運が良かった。

 

カウンターを貰っちゃいけない。僕ももう長くは保たないだろうから。

でも僕には前に出るしかない。

 

「会長、宮田君だってダメージがあるはずです。ここで退いたら次はないと思います」

 

「ならばお主のありったけをぶつけてこい!宮田に勝ってこい!」

 

「・・・はい!」

 

会長に背中を押されコーナーを出る。

ガードを低めの位置にしながら宮田君の方を見ると、

これまでとは違う構えでリズムをとっている。

 

狼狽えるな!覚悟は決めたんだ。

 

勝負だ、いくぞ宮田君!

 

「ラウンド3、ボックス!」

 

鷹村さんの掛け声に合わせて前に出る。僕の間合いに入りさえすればチャンスはある。

 

距離が詰まってきたところで右を打つ・・・だけど、そこに宮田君はいなかった。

 

(・・・っ!?)

 

横から衝撃が走る。咄嗟にガードを固め丸くなる。衝撃が来る方向が次々に変わっていく。

 

間違いない。宮田君は僕を軸に回転しながらジャブを

打ってるんだ!ガードすれば耐えられる威力だけど段々早くなっている。

 

数を貰えば流石に耐えきれない・・・。どうする?

いや違う!悩む必要なんてない。

 

僕は右を出せるように握り込んでおく。ガード越しに

宮田君を見据えながらひたすら目で追い続ける。

そして宮田君が拳を振りかぶったタイミングで一気に距離を詰める。

 

もう手が届くという距離まで近づいたその瞬間、顔面に鈍痛が走る。

 

「がっ・・・ぁ・・・」

(意識が・・・マズい・・・堪えろ・・・)

 

 

「ぐっ・・・うああああああ!!」

 

飛びかけた意識を必死でつなぎ止め、右を振り抜いた。

 

 

 

 

side:木村

 

「一歩がドギツいのいれやがった!」

 

「カウンターを堪えられるだけの余裕なんざなかったはずだ。あいつの我慢強さは筋金入りだな」

 

一歩の奴無茶しやがって・・・。意識飛びかけてたんじゃないのか?と心配はするも一歩の目の光を見て安心した。

 

まだ生きているからだ。

 

カウンターを堪えている一歩にショックを受けたのか宮田の動きが止まる。

 

すかさず一歩が攻め立てていく。右、左、右、左・・・

絶え間なく続く連打。宮田は徐々にロープ際に寄りつつあるがガードを固めたまま。

 

このままならガードが開くのも時間の問題だ。

しかし宮田が諦めている筈はない。親父さんが黙ったままなのも気になるな・・・。

 

「勝てるぞ一歩!決めちまえ!」

 

「青木、そいつはどうかな」

 

「何だよ木村ぁ、あれなら一歩が勝てんだろ」

 

「宮田の親父さんが黙ったまま、宮田自身もガードしたまま。俺にはなにかあるとしか思えねえ」

 

「確かに・・・。一歩の動きも鈍ってきてるし、まだ終わらねえか」

 

「見届けようぜ、このスパーの決着を」

 

そういって青木とともにリングを見つめた。

見届けるために。

 

 

side:宮田

 

畜生、しくじった!あのカウンターを打ち返せるとは思っても見なかった。完全にやられたよ。

 

今はガードを固めて幕之内の動きが鈍ってくるまで待つんだ。カウンターさえ入れば倒せる!

 

しかし幕之内のパンチは衰えない。何度打っても重さが変わらない。これじゃガードを崩される・・・。

 

ロープに近づいてきたと同時に幕之内が突進してくる。咄嗟に薙ぎ払うように手を出すが当たらない。瞬間、腹に激痛が走る。

 

「が・・・ガハッ・・・」

 

視線を下げると腹に深々と拳が刺さっている。さっきより威力もスピードも増している・・・。膝が折れ崩れ落ちそうになる体をロープをつかみ強引に支える。

 

動こうとするとドッとダメージが出てきやがった。

(リバーのダメージか、こんなところで・・・)

 

幕之内の方を見ると呼吸が荒く、両手を下げている。あいつだって限界なんだ。俺がくたばってどうする。

 

構えてふらつく足を抑え一歩の前に立つ。

 

これで最後だ。幕之内!

 

目の前目掛けてただ手を出し続ける。殴られれば殴り返す。ガードなどしない。純粋な殴り合い。

 

互いにふらつき出したところで右を振りかぶる。これで最後だと言わんばかりに。

 

「うおおおおおおお!!」

 

自分を奮い立たせ右を振るった。

 

 

 

side:一歩

 

ロープ際にいる宮田君目掛けひたすら連打する。一度途切れたら終わりだ。気を抜いたら今までのダメージが噴き出してくるから。

 

宮田君の腕に隙間が見え出した。ガードがもう少しで

開きそうだ。続けて連打を繰り出そうとした瞬間、宮田君が左を振り上げた。薙ぎ払う気だ。

(今だ!)

 

正面に思い切り踏み込む。距離を詰め、眼前には宮田君の腹がある。そこめがけて思い切り殴り付けた。

 

ボディブローが上手く決まり宮田君がロープに寄りかかる。

 

すかさず攻めようとしたら突然足が動かなくなる。

(今までのダメージが・・・!マズい・・・)

 

宮田君がゆっくりと立ち上がり僕の前に立つ。すぐさま殴り合いが始まった。

 

互いに引かぬまま殴り合って、とうとう僕も限界だ・・・

次が最後の一発になると確信し構えを取る。

 

今までにない声を張り上げ殴りかかってくる。

僕も叫びながら左を構え前に出る。

 

これで最後だ、宮田君!

 

互いの拳が交差する。それはほぼ同時に互いの顔面を捉えた。

 

 

拳が離れ互いに後退する。僕は咄嗟にロープを掴んだ。すぐに顔を上げて宮田君の方を見ようとした瞬間だった。

 

僕は誰かに腕を掴まれた。

その直後ジム内に大きな声が響き渡った。

 

 

 

 

「一歩の勝ちー!」

 

 

 




次回からスパーの後を少しと新人王編のスタートです。
木村も同時進行で試合させるのでお楽しみに。


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第16話 プロテストへ

1ヶ月ぶりの更新です
今月中に後2、3話上げます



side:一歩

 

「···うっ···あ、あれ?」

 

目が覚めると、僕はベンチに横になっていた。頭に乗っているタオルを手にとって顔を拭く。

 

(気を失ってたのか...)

 

まだボーっとするけど、どうにか重い体を起こす。

腫れ上がった顔に手を触れると同時に、鷹村さんの声を思い出す。

 

 

 

一歩の勝ち───!

 

 

 

僕の......勝ち。

未だに信じられない。あの宮田くんに勝てたなんて···

 

スパーの事を考えていたら、急に頬がヒヤリとする。

驚いて見上げると、木村さんと青木さんが立っていた。

 

「よお一歩、お疲れさん」

 

「ほれ、水飲むか?」

 

「あ、ありがとうございます木村さん」

 

木村さんからペットボトルの水を受け取る。キャップを捻りながら僕は二人に話し掛けた。

 

「そういえば宮田君はどこにいるんですか?」

 

「宮田ならとっくに帰ったぞ」

 

「え!?」

 

「お前スパーが終わった後すぐに倒れたろ?

その後宮田はシャワー浴びてそのまま帰ったよ」

 

「そして俺と青木でお前をベンチに寝かせた後、宮田の親父さんが一歩にありがとうと伝えてくれって俺に言ったんだ」

 

「そうだったんですか···。木村さん、青木さんありがとうございます。ベンチに運んでもらって」

 

「良いってことよ!勝ったんだからもっと明るい顔しろってんだ」

 

「青木、スパーとはいえあれだけの打ち合いだったんだ。当然疲れてるだろ。明るい顔じゃなくてもしょうがないさ」

 

木村さん曰く藤井さんも気を失う程のダメージを負ってる僕にインタビューするのはダメだと会長に帰らされたみたいだ。もっと話を聞きたかったけど。

 

二人が話している間にキャップを開けたペットボトルの水を飲んだ。

 

(染みるなぁ···)

 

冷えた水が全身に染み渡っていく。疲れた体が少し癒えた気がした。

僕はよろめきながら立ち上がり、二人に頭を下げる。

 

「お二人共ありがとうございました!」

 

「どうしたんだよ、急に改まって」

 

「木村さんがスパーリングパートナーとして

僕を鍛えてくれて、青木さんにもスパーの相手をしてもらって、アドバイスも貰いました。

今日のスパーでも木村さんの応援に助けられました。お二人のお陰で宮田君に勝てたんです。だから、ありがとうございます!」

 

「なんか改めて言われると恥ずかしいぜ。なあ木村ぁ」

 

「確かにな。でも俺達だって一歩とのスパーで色々学んだんだ。礼を言うのは俺達もさ」

 

木村さんが続けて言おうとした瞬間、僕の肩が掴まれる。同時に二人がひどく動揺している。

嫌な予感がしながら振り向くと、そこには···

 

「一歩くぅ~ん?俺様には無いのかなぁ?」

 

鷹村さんだった。木村さんと青木さんも呆れている。

僕は大急ぎで鷹村さんに取り繕う。

 

「た、鷹村さんがいなかったらボクシングをやってなかったので勿論感謝してますよ!」

 

「それならよろしい!」

 

ドヤ顔で威張っている鷹村さんに解放された僕はベンチに座った。まだ立っているとふらつくからだ。

その直後、奥から会長が出てくる。

青木さんを絞めている鷹村さんに杖を振り下ろした。

 

「何すんだクソジジイ!」

 

「ふざけとるのはそっちじゃ鷹村ぁ!話があると言うとるのに何をやっとるんじゃ貴様!」

 

「あの会長、話ってなんですか?」

 

僕の質問におおそうじゃったと杖を持ち直し、会長は話し始めた。

僕も会長を怒らせないようにしなきゃ。

 

「まずは小僧、スパーご苦労じゃった。よくぞ宮田一郎に勝ってみせたな。」

 

言いながら会長は僕の肩に手を置く。改めて勝利を実感して、涙腺が熱くなる。涙を堪えながら僕は頭を下げた。

 

咳払いをしてから会長が続ける。同時に八木さんも来たことに気づいた。何だろう?

 

「木村と青木は2ヶ月後、鷹村も同時期に試合を組めるよう調整しとる。鷹村はそれに勝てばタイトル挑戦になるじゃろう」

 

タイトル挑戦という言葉に皆が沸く。鷹村さんのタイトル挑戦がいよいよ目前に迫っているんだ。嬉しくない訳がない。僕は興奮を押さえきれず鷹村さんに声をかけた。

 

「頑張って下さい!鷹村さん!」

 

「心配いらん。日本タイトルなんぞ通過点に過ぎん。」

 

「フン、くれぐれも油断はするなよ?」

 

「へっ、ジジイに言われるまでもねえ!」

 

鷹村さんはそう言って不敵に笑う。

やっぱりすごいや、鷹村さんは。日本タイトルよりももっと先を見据えている。僕も頑張らないと。

顔を自分で叩いて気合いを入れ直し、会長に向き直る。

 

「それと小僧、そろそろ頃合いじゃ。来週プロテストを受けろ。」

 

「確かにそろそろ良い時期ですもんね。」

 

木村さんが僕をみてニヤリとする。

プロテスト···!いよいよだ、いよいよ僕もプロに···

握り締めた拳を見つめる。こんな僕にもやりたいことが見つかったんだ。

もっと強くなるぞ、と決意を込めて拳を強く握る。

 

「それで、小僧のプロテストの付き添いなんじゃが···」

 

「俺様だな、間違いない。」

 

「木村に頼もうと思う。」

 

うんうんと頷く鷹村さんが突然こけた。

木村さんが一緒に来てくれるなら気が楽になるな。恥ずかしい所を見せないようにしなきゃ。

 

「おい木村ぁ!一歩の付き添いを俺様に替われぇ!」

 

怒れる鷹村さんが木村さんを締めている。なんでそこまでこだわるんだろう···?

 

「一歩が華々しく散る所を見届けるのは俺様だぁ!」

 

「散りませんから!鷹村さんなに言ってるんですか!?」

 

やっぱりろくな理由じゃなかった。散る所って落ちる前提じゃないか···。鷹村さんを見返す為にも絶対受かってやる!

 

「では今日はこれで解散とする。小僧はそのダメージじゃ。しっかり休みをとるんじゃぞ。青木村も気を抜くなよ。」

 

「会長、今日はありがとうございました!」

 

「うむ、今日は宮田に勝てたとはいえ、毎試合これではボクサー生命に響くじゃろう。これからはもっと鍛えてやるから覚悟しろよ。」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

この後鷹村さんは不機嫌そうな顔をしてすぐに帰ってしまった。僕も帰る準備を整えて会長達にお礼をしてから

ジムを出ようとする途中で、木村さんが僕にこう言った。

 

「プロテストは俺も見てるんだ。思いっきり打てよ!」

 

 

「はい!」

 

結局その夜は、宮田君とのスパーを思い出してあまり眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

side:宮田一郎

 

「一郎、スパーはどうだった?」

 

「負けたことは悔しいけどそれ以上に屈辱だ。あのカウンターですら幕之内を倒し切れなかった。」

 

俺はスパーが終わってすぐに挨拶を済ませ帰宅した。

幕之内は気を失っていたし、あの場に残る理由が無いからだ。

 

父さんにスパーの事を聞かれ改めて考え直す。今の俺じゃあのカウンターには到底届かない。もっと磨きをかけなければ。

アイツに負けたままじゃ俺のプライドが許さない。

 

その為の決断を、俺は父さんに告げた。

 

 "俺は、鴨川ジムを辞める"

 

同門のままじゃプロのリングで試合が出来ない。プロのリングで決着をちゃんと着けたいんだ。

父さんに理由も含めて伝えると、少し考えてから了承してくれた。

 

「後で鴨川ジムには私から連絡しておく。幕之内には挨拶くらいしておけよ。」

 

「ああ、当然だ。父さん。」

 

俺の顔を見た父さんが、少し笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

side:木村

 

スパーの後、俺は土手にいた。ロードワークついでに

ここでシャドーをしたり、筋トレをしたり、考え事をしたりするんだ。

 

ロードワークコースの近くだから訪れやすく、個人的にお気に入りの場所だ。転生してから何度ここへ来たか。

 

スパーの結果は一歩の勝ち。原作通りに行けば宮田はジムを去るだろうな。不満そうな顔してたし。

問題は一歩のプロテストだ。一歩は問題ないと思うが俺が付き添うことが問題なんだ。

 

本来鷹村さんがする筈の付き添いを俺がする。つまりプロテスト会場で必然的にヤツと顔を合わせる事になる。いずれ死神と呼ばれ、俺の前に立ちはだかる男に。

 

「どんな顔して行きゃいいんだよ···」

 

その事ばかりが気になって落ち着かない。気を紛らわせようとシャドーをする。シャドーの相手にすらヤツの顔がチラつきやがる。

 

額の汗を拭い、振り上げた拳を見つめる。あくまで俺は一歩の付き添い。何も戦いに行く訳じゃねえんだ。

弱気になるな!

 

その後再びシャドーをして、俺は汗だくのまま帰宅した。

 

 

 




いよいよ次回死神の登場です
次話で一章は終わり、二章に入ります。


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第17話 宿敵

一章は今回で最後、次回から二章が開幕します。


side:一歩

 

「おはようございます!」

 

スパーの日から2日経って、休養を終えた僕はジムの扉を開けた。鷹村さんに木村さん、青木さんも皆練習している。

 

そのいつも通りの光景に、僕は違和感を覚える。いつもならもう来てる筈の宮田君がいない。

 

宮田君のお父さんの姿もない。一体どうしたんだろう?何かあったのかな・・・?

 

「おっ来たか、よう一歩。アップ済ませとけよ。」

 

「は、はい・・・。わかりました。」

 

木村さんに言われ準備運動を始める。

宮田君の事は気になるけど今はプロテストまで全力で練習しないと。

 

体が温まったところでサンドバッグを叩く。

大振りにしないで小さく細かく、数を積み重ね

る。会長に教わった事を反復していく。

 

「教えた事を意識出来ているようじゃな。その調子で励め。」

 

「会長、ありがとうございます!」

 

「それと小僧、宮田一郎の事なんじゃが・・・」

 

「宮田君、何かあったんですか?ジムにも来てないし・・・」

 

「宮田一郎は、このジムを辞めた。」

 

「え・・・?」

 

「昨日連絡があってな。ジムを移籍するそうじゃ」

 

宮田君が、辞めた・・・?ボクシングを辞める訳じゃないのはホッとしたけど、まだその事実が信じられない。

酷く動揺していると、木村さんに呼ばれる。

 

「ほれ、練習せんか。気を抜いている場合ではないぞ」

 

「おーい一歩、スパーやるぞ。」

 

会長に背中を押され、リングに上がる。今日のスパーは身が入らなくて、いつもより打たれてしまった。

 

 

 

 

練習を終えた帰り道。途中にある橋の上で、声をかけられた。

 

「よう、幕之内」

 

「み、宮田君!?」

 

「そんなに驚くことでも無いだろ。挨拶に来ただけだ。」

 

「ジムを辞めたって会長から聞いたんだ。挨拶ってもしかして・・・。」

 

「ああ、その事さ。俺は別のジムでプロデビューする。やらなきゃならない事があるんでな。」

 

宮田君本人の口から聞かされて、事実なんだと実感する。宮田君の目が、本気だからだ。

 

ポケットに隠した手は多分、固く握り締めてるだろうな。そのまま宮田君に質問する。

 

「やらなきゃならない事って?」

 

「お前と決着をつけることだ。幕之内。俺たちの試合はまだ終わってない。この決着は、プロのリングでつけようぜ。」

 

口元をゆるめた宮田君に対して、僕も不敵に笑って返す。宮田君は僕の憧れであり、目標なんだ。

スパーじゃ一勝一敗で、まだ同点のまま。

この決着を、プロのリングで・・・。

 

「やろう、宮田君。プロのリングで。僕らの決着をつけよう。」

 

「ああ、せいぜいそれまで負けるなよ?」

 

「もちろんだよ。勝ち続けて見せる。」

 

宮田君が差し出して来た手を握ると、宮田君はそのまま行ってしまった。

 

このままじゃいけない。プロテストもそうだけど、誰にも負けないぐらい強くならなきゃ。

宮田君の前で威勢よく言ったんだから。

 

「ま、不味い!夜釣りの手伝いに遅れちゃう!」

 

時計を見て、僕も慌てて家に帰る。

 

そうだ。母さんにも心配かけないくらい、強くなるぞ!

 

 

 

 

 

side:木村

 

一歩と宮田のスパーから丁度一週間が経った。

この一週間で宮田は鴨川ジムを辞め、プロテストにも受かったらしい。

 

ジムの外で一歩を待つ。なにやら一歩も宮田と約束をしたようだ。それからは吹っ切れた様に練習に取り組んでいた。

 

これから行くプロテスト会場に、ヤツがいる。恐怖はあるが実際に会ってみたいという好奇心もある。とにかく狼狽えないようにしよう。

 

「おはようございます!木村さん。」

 

「おう一歩、用意出来てるか?」

 

「はい、頑張ります!」

 

一歩の大声でこっちも活気づく。するとジムから鷹村さんが出てきた。

 

「よぉ、宮田はプロテスト受かったそうじゃねえか。これで一歩が落ちたりでもしたら、また差が開くなあ?」

 

いつも通りの煽り口調に苦笑いしていると、会長も姿を表した。鷹村さんに杖を突きつけている。

色々マズいんじゃないのか・・・?

 

「ゴチャゴチャ言うな鷹村。安心せい小僧、お前ならば間違いなく受かる。自分を信じるんじゃ。」

 

「はい!会長、行ってきます!」

 

「うむ。それから木村、小僧を頼むぞ。」

 

「わかりました、会長。」

 

会長に頭を下げ、俺たちはプロテストの会場へ向かった。

 

 

 

 

side:一歩

 

プロテストの会場に着いた僕は今実技試験の準備をしている。筆記試験はなんとかなったんだけど、

ペンを落としたり回りから悪目立ちしてしまった。

 

良い人がいて助けてくれたから良かったものの焦ったなあ。筆記で落ちてちゃ目も当てられない。

緊張してトイレにいたら、木村さんもそこにいて、思わぬ張り手を食らった。

 

「緊張、してるだろ?」

 

「じ、実はそうなんでs・・・痛い!!」

 

「会長直伝の精神注入ってやつさ。俺も鷹村さんに何度されたことか。」

 

「精神注入・・・ですか?」

 

「ああ、ヤバくなった時とかに喰らうと気合いが入るんだぜ。思いっきりやってこい!」

 

「はい、行ってきます!」

 

木村さんに気合いをいれてもらった後、僕は実技が行われるホールに来た。

 

ヘッドギアを着けてリングの方を見る。

本番さながらのリングの上でスパーが行われている。でもそこまですごいと思わなかった。

 

「続いて10番、11番の方、リングに上がってください。」

 

実技の様子を見ていたところで番号を呼ばれた。いよいよだ。深呼吸をして、リングに上がる。

 

──なあ、あいつって筆記の

 

──ペン落としてたヤツだろ?

 

──ガチガチじゃねえか

 

──相手も余裕こいてるぜ

 

等々、僕を笑う声が聞こえてくるが全て無視。リングに上がって、構えをとる。

 

相手は同じインファイターみたいだ。姿勢が低いし思ったよりガードが固そうだ。

 

「それでは、これから実技を行う。二人とも練習してきたことをそのまま出せば良いからね。」

 

レフェリーの説明を聞き、今までの練習を思い出す。ガードを意識して、小さく連打。よし、いくぞ。

 

「それでは始めるぞ、ボックス!」

 

そしてまもなく、ゴングが鳴り響いた。

相手が先制を仕掛けてくる。ワンツーだ。

 

(あれ・・・?)

 

遅い、パンチが遅く見える。木村さんや宮田君に比べれば大したことないぞ?

 

ジャブをウィービングで避けて前進、ストレートをダッキングで躱して隙だらけのところに思い切り右を振り抜いた。

 

相手は吹っ飛んで倒れた。レフェリーが間に入ってくる。倒れた相手にレフェリーが近づいて数分、ゴングが鳴った。

 

「よく頑張ったね。お疲れ様。」

 

レフェリーに声をかけられ、リングを下りた。

僕の次に控えている背の高い人が、僕を見てニヤリと笑った。

 

その人のスパーを見て、僕は言葉を失った。

 

 

 

side:木村

 

「そろそろ一歩の番か。」

 

ホールの上の方の座席で俺は実技の様子を見ている。原作に倣って鷹村さんみたいに一歩に張り手をかましたが果たしてどうなるかな。

 

「隣、いいかな?」

 

「藤井さん。いいっすよ。」

 

「幕之内君の付き添いか?」

 

「ええ、会長の指示で。藤井さんも一歩を見に?」

 

「それもあるが、実はもう一人凄い新人がいるんだ。」

 

「凄い新人って誰すか?」

 

「見ていれば分かる。」

 

隣にやってきた藤井さんにそう言われリングを見つめる。すると一歩がリングに上がった。

 

まだ少し緊張してるな・・・。回りもザワついてる。相手は大したこと無さそうだが、どう出る?一歩。

 

ゴングが鳴った。相手から突っ込んでいく。まあそんなパンチじゃ一歩は捕まらないぞ。

 

ストレートを空振ったところに右を打ち込まれて相手は伸びちまった。一瞬だったな。

 

「やるな。無駄のない回避から強烈な右。破壊力は勿論回避も良くなっている。」

 

「まだまだ伸びますよ。アイツは。」

 

「幕之内ではないもう一人、出てくるぞ。」

 

「あれは・・・やっぱりか・・・。」

 

藤井さんの目線の先には長身痩躯で色白の男・・・身長より長い手を持つ死神"間柴了"がいた。

 

ようやく会えたぜ。いずれ俺が挑戦する相手。じっくり見せてもらおうか。お前のボクシング。

 

「やっぱりって、知ってたのか?」

 

「いえ、会場で見かけて一人だけ違うなと思って」

 

「流石の観察力だ。彼のボクシングは完成度が高い。良く見るんだ」

 

ゴングと同時にリングを凝視する。

 

間柴はヒットマンスタイルの構えで、リズムを刻んでいる。さながら鎌を研いでいるようだぜ。

 

相手が動いた。仕掛ける気だが・・・。

 

 

「フリッカージャブか・・・。」

 

鞭のようにしなるジャブの連打が相手を寄せ付けない。長いリーチによって軌道が普通じゃない。ありゃ躱せないだろうな。

 

相手のガードがゆるんだ所に右の打ち下ろし。

チョッピングライトだ。動きが止まった所に間髪入れずラッシュ。

 

「もう終わったんじゃないのか!?」

 

「あの容赦の無さも彼の強みだ。」

 

レフェリーの制止も聞かずにラッシュを続行し、相手は完全に気を失っている。一歩も唖然としてやがるな。

 

にしてもあのフリッカー。俺にどうにかできるのか?

ジュニアライトに階級を上げればフェザーの時よりずっとフリッカーも厄介になる。

 

タイミングさえ掴めればなんとか・・・なるか。まだヤツのボクシングを見る機会はあるんだ。じっくり研究させてもらうぜ。

 

「俺は一歩の所に行ってきます。」

 

「わかった。後で幕之内君にも話を聞かせてもらおう。」

 

「そう言っておきますよ。」

 

そう言って藤井さんと別れて一歩の所に向かった。

やはり思い詰めた顔をしている一歩を労ってやる。

 

「お疲れさん。いい右だったじゃねえか。藤井さんも驚いてたぜ。」

 

「ありがとうございます。でも・・・。」

 

「一歩の次にやってたやつか?」

 

「はい。流石にやり過ぎなんじゃないかと。」

 

「レフェリー無視したのはマズいが、あれくらい容赦無く打てなきゃ、プロとは呼べないぞ。」

 

「そうなんですか・・・。あっそういえば、その人変なジャブを打ってたんですけどあれって何ですか?」

 

「フリッカージャブだな。腕をしならせて打つジャブで、当たった所が腫れやすい。有名なトーマス=ハーンズの得意技だ。」

 

「ハーンズってあのハーンズですか?凄いや...。」

 

フリッカーについて語っている間に藤井さんがやってきたようだ。その背後にヤツもいた。

 

こちらを睨み付けてやがる。

 

「やあ幕之内君。プロテストお疲れ。いいスパーだったよ。」

 

「藤井さん、ありがとうございます。」

 

「ところで、君達に紹介したい人がいてね。彼は東邦ジムの間柴君。幕之内君と同じフェザー級の新人だ。こちらは鴨川ジムの幕之内君。もう一人はジュニアライトの木村選手だ。」

 

「間柴さんですね。よろしくお願いしま・・・」

 

「オレがいる限り、お前はフェザーの頂点には立てねェ。何なら階級変えるか?」

 

「僕には約束があります。それを果たす為にも、階級を変えるつもりはありません。」

 

「・・・ヘッ」

 

一歩も言うようになったな。感心していた俺の前に、間柴が立っている。いよいよご対面か。

 

「アンタ、ジュニアライトって言ったな?ならいつか戦るときがあるかもな。アンタにも階級を変えるのを勧めるぜ。」

 

「その時は、本気でやらせてもらう。俺にも意地があるんだよ。」

 

 

言い返すと、間柴はニヤリと笑って会場を後にした。

 

そうして、一歩のプロテストは幕を閉じた。

 

 

 

 




いよいよ間柴が登場しましたがいかがでしたか?
二章からは文章の量を2700字~2900字くらいに減らします。
今後ともよろしくお願いします。


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第二章 師弟
第18話 新人王戦へ


お久しぶりです。更新が停滞してすみません。
今回から第二章のスタートです。オリジナル展開が増えてくるのでお楽しみに。


side:木村

 

一歩がプロテストを受けて1ヶ月が経った。俺は回避に磨きをかけている最中だ。

 

この1ヶ月の間に一歩はデビュー戦ともう1試合共にKOで勝利。デビュー戦の相手はもちろん小田裕介だ。

 

強い右ストレートを持ってはいるが一歩には当たらず、パワー負けする形になった。

 

もう1試合の方も相手の頭突きには驚いたものの2ラウンドでKO。

 

これらの結果から一歩はフェザー級きっての

ハードパンチャーと一部のファンから注目されるようになった。

 

デビュー戦といえば、宮田と間柴も鮮烈なデビューを飾った。宮田は打ち合いを制してからの華麗なカウンターで1ラウンドKO。

 

間柴は得意のフリッカーで相手を滅多打ちにし同じく1ラウンドKO。間柴の相手に至っては血まみれだったらしい。

 

有望な新人が多数デビューするって事でボクシング界は盛り上がっている。そんな中、いよいよあれが迫っている。

 

 

「東日本新人王戦が、もうじき開幕される。」

 

集合した俺たちに向けて、会長が宣言する。もうすぐ一歩の新人王戦が始まるんだ。

 

トーナメント形式で進行され、その組み合わせがいよいよ発表される。

東日本新人王になれば全日本新人王決定戦が待っている。俺が棄権してたなんて屈辱だ。

 

「組み合わせについては、後日発表する。話は以上じゃ。練習に励めよ。」

 

「「はい!」」

 

会長の話の後、俺と一歩でスパーをする。しかしどこかぎこちない気がする。一歩の振りが僅かに大きい。

 

「おい一歩!振りがでけえ、もっと小さくしろ。ジジイに言われてただろ?」

 

「す、すみません、鷹村さん。緊張しちゃって。」

 

「始めてのでかいトーナメントだもんな。しょうがねえよ」

 

「木村さんも試合が近いのに、すいません・・・」

 

「そう暗い顔すんなよ、続けるぞ。」

 

 

俺はそのまま2ラウンドに渡るスパーを終えた。途中、会長が何か電話している声がしたが・・・まあいいか。

 

「なあ青木、今日店に行ってもいいか?」

 

「おう、勿論良いがどうしたんだよ急に?」

 

「何、一歩も連れていこうかと思ってよ。」

 

「なるほど、んじゃ待ってるぜ。」

 

そうして青木に許可を取り、一歩を誘った。嫌な顔など勿論せず了承してくれたので、ジムを出て店を目指す。

 

目の前に見覚えのある暖簾が下がっている。店というのは青木がバイトしているラーメン屋の事だ。

実は俺が木村になってからまだ一度も行った事が無い。

 

ずっと食べてみたいと思っていた青木のラーメンを食べられるという夢にまで見た展開に俺は少しはしゃぎ気味だった。

 

「青木さんが待ってるのってここですか?」

 

「ああ、早く入ろう。待たせちゃ悪いからな。」

 

急ぎ足で暖簾を潜る。食欲をそそるスープの匂いに包まれながら店内に入ると、そこにいたのは・・・

 

「おう、待ってたぞお前ら!」

 

「鷹村さん!?」

 

「来てたんすか!」

 

「話してたのが聞こえたからな。俺様も来てやったんだ。」

 

偉そうな鷹村さんの横に一歩が座り、俺もそれに続く。餃子の焼ける匂いがする。腹が減ってきた・・・。

 

「何でも好きなもん食えよ一歩。俺の奢りだ。」

 

「青木さん、良いんですか!」

 

「プロデビュー祝いもしてなかったしな。」

 

「青木がそう言うならお言葉に甘えようかねえ。」

 

「鷹村さんは早くツケを払ってくださいよ!」

 

「青木、ラーメンと餃子な。」

 

「木村はいつものだな。ちょっと待ってろ。」

 

3人それぞれが注文を済ませ、新人王戦の話題になる。

鷹村さんも真面目に答えてくれるといいんだが・・・

 

「そういえば、皆さんは新人王戦どうだったんですか?」

 

「「ギクッ」」

 

俺と青木が同時に動揺した。答えづらいが答えるしかないだろう。鷹村さんのドヤ顔がムカつくが仕方ない。

 

「俺様はあっさり全日本取っちまったから、あんま覚えてねえな。」

 

「流石鷹村さんだ・・・。木村さんはどうだったんですか?」

 

「ああ、俺は体調崩して出られなかったんだ。」

 

「彼女に振られたんだったか?」

 

「やめて下さい鷹村さん!違いますって!」

 

「な、なんかすいません・・・。じゃあ青木さんは?」

 

「え!?お、俺はだな・・・。」

 

青木が口ごもった。当然だろう。初戦負けの上、青木に勝った相手は次で負け、勝った相手は次で負けを繰り返してたそうだからな。真偽はともかくフルラウンド打ち合った事は評価するべきかな。

 

今俺が説明した事をそのまま鷹村さんが一歩に告げている。一歩も気まずそうな顔になっちまったじゃねえかと思いながら待っていると、お待ちかねのラーメンが出来たらしい。

 

「待たせたな、出来たぜ!」

 

「頂きます、青木さん!」

 

一歩に続いて俺も手を合わせ箸を手に取る。まずは一口、スープを飲んでみる。

 

 

・・・・・・美味い!

 

あっさりした醤油スープで、堪らなく美味い。

漫画飯と言われる物は良く見てきたが、まさか実物を食べられるとは思っても見なかった。

怪しまれるのでリアクションを我慢しながらいよいよ麺をすすってみる。

 

スープが良く絡んでいて当然美味い。

今まで食べたラーメンで一番美味いという安直な感想しか出てこない。それ程に美味い。

 

「美味しいです、青木さん!」

 

「やっぱ美味いな、青木の作るラーメン。」

 

「へへっ、だろ?」

 

「ボクサー引退してもその後の心配いらねえんじゃねえか?」

 

「縁起でも無いこと言わないで下さいよ鷹村さん。」

 

ある程度ラーメンを味わった所で餃子を齧る。絶妙な焼き加減に溢れ出る肉汁。これまた美味いな。

何もつけなくても充分美味い。通いたくなる訳だ。

 

「しかし、俺らもうかうかしてられないな。試合も近いし一歩に抜かされる日も近いかもしれんし。」

 

「お、おい木村やめろよ。まだ一歩に負けるわけ無いだろ。」

 

「もう抜かれてたりしてな。」

 

「た、鷹村さんまで!?」

 

「青木よりか強いと思うぜ?」

 

「俺よりかってなんすか俺よりかって!?」

 

 

 

鷹村さんと青木の喧嘩を仲裁しラーメンを食べ終えた後、俺は一歩と腹ごなしにシャドーをした。

一歩曰くシャドー中の俺は何時もより嬉しそうな顔をしてたらしい・・・。

 

 

 

 

 

side:鴨川

 

小僧の新人王戦が始まると聞いてジムも一層活気づいてきよった。

 

ワシは今ある男に連絡を取ろうとしている。現役だった頃からの親友に。

 

木村のファイトスタイルがヤツと似た部分が多い為、ワシより適任だろうと踏んだからじゃ。

 

「会長、あの事を木村君にいつ伝えるつもりなんです?」

 

「次の木村の試合が終わってからにするつもりで打ち合わせておる。八木ちゃん、相手の資料を集めておいてくれ。」

 

「分かりました。早速取り掛かりますね。」

 

八木ちゃんに礼を言った直後、電話が鳴った。

急いで受話器を取る。

 

「鴨川じゃが。」

 

「久しぶりダニ!源ちゃん。」

 

「久しぶりじゃな。手紙が行っとるはずじゃが・・・」

 

「手紙なら届いとるダニ。ワシに鍛えて欲しいボクサーさいるダニか。」

 

「同封した試合のビデオを見れば分かるじゃろうが、お主の方が適任じゃと思うてな。」

 

「確かに鍛え甲斐さありそうダニ。燃えてくるダニよ。」

 

「およそ1ヶ月後に控えている試合が終わった後に頼みたい。存分にしごいてくれて構わんぞ。」

 

「分かったダニ。ワシに任せろダニ!」

 

「それじゃあ、頼んだぞ。猫ちゃん。」

 

電話を切った後、ワシは柄にもなく興奮しとった。木村のこれからが楽しみじゃわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はタイトルを変更しました。理由はタイトルから木村に結び付かないと思ったからです。
青木のラーメン屋でのシーンはタイトルマッチと並んで書きたかったので念願かなった形になりました。
次回もお楽しみに。


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第19話 鷹村vs木村再び

4ヶ月ほど更新が停滞し申し訳ございませんでした。
今月から再開しますので何卒宜しくお願い致します。


 

side:木村

 

青木の店に行った次の日、俺は誰よりも早くジムに来て一枚の紙とにらめっこしていた。

 

一歩の新人王戦のトーナメント表が出たのだ。初戦の相手はもちろんジェイソン尾妻。八戸拳闘会に所属している選手だ。

インファイターで得意なパンチは左右のフック。

 

原作じゃ辛勝といった感じでかなりギリギリの試合内容だったのが記憶に残っている。

 

俺が早く来たのは言うまでもなくトーナメント表を確認する為だと思うだろうが違う、実際は会長に呼び出されたからだ。

 

「おう、来たか木村。」

 

「おはようございます会長。」

 

「お主を呼び出したのは他でもない。新人王トーナメント一回戦の対策についてじゃ。」

 

「対策ということは、新しい練習メニューでも組んだんすか?」

 

「まあ間違いではない。メニューは当然組んである。本題は小僧のスパーリングパートナーの事じゃ。」

 

「俺がやるんじゃないんすか?」

 

ジェイソン尾妻の対策という時点で察してはいるが一応聞いてみる。

 

「今回の相手は木村とはタイプが違う。よって一時的にパートナーを交代してもらう。」

 

「誰と交代するんです?」

 

「その男はもうじき到着する。すぐにわかるわい。」

 

会長が言うやいなやジムの扉が開け放たれる。

入ってきたのはもちろん鷹村さんだ。

 

「オッス!来たぜジジイ。」

 

「来たか。それでは説明を始めるぞ。」

 

「やっぱ鷹村さんか…」

 

「木村ぁ、何か言ったか?」

 

「な、何でもないっすよ!」

 

心の声が漏れたのを誤魔化した所で会長が咳込んで話し出した。

 

「まず、一回戦が始まるまでは鷹村に小僧を任せたい。スパー相手としてみっちりしごいてやるんじゃ。」

 

「おう、任されたぜジジイ。」

 

「木村は小僧のスパーを見てその都度アドバイスをしろ。お主にとっても眼を肥やすええ機会じゃ。ただし己の練習も決して怠るなよ。試合が控えとるからな。」

 

「任せてください!」

 

「それでは木村はロードワーク、鷹村は詳細な説明をするから残れ。いいな。」

 

会長の指示を聞いた俺は用意を済ませる。

鷹村さん相手のスパーと聞いて何となく察したが自分の練習を疎かには出来ないので何も言わずにジムを出た。

 

 

side:一歩

 

「僕がプロボクサーかぁ…。」

 

そう言う僕の目線の先にはプロボクサーのライセンスが輝いている。

 

憧れのプロのリングでの試合は緊張したけど凄く楽しかった。勝った後の雨のような拍手が心地よくて。

あのリングで、また戦いたいと思ったんだ。

 

そしていよいよ新人王戦だ。宮田君との約束を果たすためにも負けるわけにはいかない。

 

「早速練習するぞ!」

 

僕はライセンスを握り締めジムへと駆け出した。

 

 

 

「こんにちはー!」

 

挨拶と同時にジムに入ると藤井さんが会長と話している。何だろう…?

 

「来たか小僧。ちょっと来い、話がある。」

 

会長に呼ばれたのでついて行くと木村さんと八木さんがそこにいた。

八木さんが紙を見てるので何となく呼ばれた理由を察した。

 

「新人王戦の1回戦で戦う相手が決まった。」

 

会長の言葉に息を呑む。

 

来た。気になって気が気じゃなかった一回戦の相手。

 

八木さんが教えてくれた情報によれば相手は僕と同じインファイターで、フック系のパンチが強いみたいだ。

それと何だか怖い…。

青木さんもびっくりしてた。

 

何かを考え込んでいた木村さんが急に会長室を出ていった。何だか真剣な顔をしてたな…。

 

藤井さんが相手のビデオを再生する。それを見た後会長が、

 

「最初に言う。ジェイソン尾妻は強い。黒人特有の筋肉のバネは脅威じゃ。それに加えテクニックとスピードも小僧より上なのは言うまでもあるまい。」

 

と言ったのを僕はただ聞くことしかできなかった。何故ならその通りだからだ。

 

僕自不器用なのはわかってる。だったら対抗する方法は限られている。

相手もインファイターなら打ち合いは避けられないだろうから打ち負けないようにならなきゃ。

 

「パワーで対抗しようと考えるのは間違っておらん。しかしそれだけでは勝てんぞ。」

 

「勝てないって…あっ!」

 

会長が何を言いたいか分かった。そりゃそうだ。

 

「気づいたか。打ち合いというのはパワーだけでは制する事は出来ん。いかに相手のパンチを貰わないかが鍵じゃ。」

 

「幕ノ内くんは今までの2試合どちらもガードが甘かったからな。無理もない。」

 

試合でガードが甘かったのは僕も反省している。そのせいで危うく負ける所だったから。

 

ガードを意識するためにピーカブースタイルの練習をしてるけどやっぱりまだ甘い部分がある。

 

いざ打ち合いになってガードを忘れない様にしないと。

デビュー戦の時と同じじゃ駄目なんだ。

 

「それではジェイソン尾妻の対策について説明する。小僧ついて来い。」

 

会長が練習スペースに向かったので僕も後を追うと、リングの上に鷹村さんがいた。その横に木村さんもいる。

 

「よし木村、リングに上がれ。」

 

「「えっ!?」」

 

木村さんと同じタイミングで声が出てしまった。僕じゃなかった事ではなく木村さんが驚いている事に対してだ。

 

「まず、小僧には試合まで鷹村とスパーリングをしてもらう。木村には手本として先にやってもらうぞ。」

 

「いやいやいや会長聞いてないっすよ! マジでやるんですか!?」

 

「僕もスパーの相手が鷹村さんだなんて聞いてないですよ! 死んじゃいますって!」

 

「やかましい!さっさと言う通りにせんか!」

 

会長に怒鳴られて木村さんは嫌そうな顔でリングに上がった。あそこに立っているのが次は僕だと思うとゾッとする。

 

「よし一歩、木村の動きをしっかり見とくんだぞ。俺様とやる時にすぐに伸びたんじゃたまらねえからな。」

 

「は、はい!頑張ります!」

 

鷹村さんに言われた通りに木村さんをよく見る。

…あれ?構えが違うような…。

 

いつもならオーソドックススタイルの木村さんが今日は前傾姿勢気味に構えている。ガードも高めだ。

すぐに飛び出せる姿勢。まるで…インファイターみたいな。

 

「お主の手本をするならアウトボクサーのやり方じゃ意味がないからな。木村も何か考えがあるんじゃろう。」

 

まさか、木村さんは僕の為にわざわざ…?

嫌嫌リングに上がったように見えたけどやっぱり凄い。鷹村さん相手でそんな事ができるなんて。

 

ちゃんと見ないとな。見て勉強するんだ。

よろしくお願いします、木村さん!

 

 

 

 

side:木村

 

完全に想定外だった。まさか鷹村さんとやるとは思ってなかった。原作じゃそのまま一歩がスパーやってたのに会長は一体何を考えてるんだ...?

 

でも折角のチャンスだ。鷹村さん相手にどこまでやれるか分からないが精一杯やろう。一歩に手本を見せなきゃいけないしな。

 

リングに上がった俺は構えを取る。一歩を意識しインファイターに近い物だ。

 

構えの違いに気づいた一歩の顔付きが変わった。真面目モードに入ったな。

 

「では説明する。ジェイソン尾妻に勝つためには奴の得意パンチであるフックを攻略せねばならん。したがって鷹村には左右のフックを打ってもらう。小僧はそれを躱し空いたボディへ一撃を入れる事を目標とする。」

 

「フックを躱してボディへ…。」

 

「フックの打ち終わりは脇腹ががら空きになる。相手が焦って大振りになれば尚更な。」

 

鷹村さんの言葉を聞いた一歩がシャドーをし始める。ホントに真面目だよなぁ。

 

「小僧、スパーが始まるぞ。しっかり見とけよ。」

 

「あっ、はい!すいません!」

 

「木村ぁ、今までの鬱憤晴らさせてもらうぜ。」

 

「八つ当たりだ…。」

 

「死ぬなよ木村ぁ!」

 

青木め縁起でもねぇ事言いやがって。

睨まれながらコーナーへ下がる。さて、いくか。

 

「では、始め!」

 

会長の掛け声と同時に鷹村さんが迫ってくる。ガードを固めて俺も前に出る。

 

鷹村さんのフックが絶えずガードに叩きつけられる。一発防ぐ度に上体が大きく揺れる。

 

「オラオラァ!避けてみろ木村ぁ!」

 

畜生、動けねえ。避ける隙も与えない程の連打。動けないなりにガード越しから鷹村さんの手を観察する。段々パンチが見えるようになってきた。

 

鷹村さんが右フックの体制に入った途端に脳内に映像が流れる。原作で何度も見たシーン。

俺はフックをダッキングで躱した。眼前にはがら空きの脇腹がある。

 

(今だ!)

 

好機とボディブローを打つが防がれる。流石に対応力が段違いだ。

 

距離を取って体制を整えるとすかさず前へダッシュし距離を詰める。そら来た。

右フックをガードで受け止め左フックをダッキング。

再びのチャンス。

 

もう一度ボディブローを打とうとした瞬間背中に何かが突き刺さる。

リングに沈んだ俺はそのまま気を失った。

 

畜生、当たらなかった…か…。

 

 

 

side:鷹村

 

「鷹村さんエルボーは卑怯っすよ…。」

 

「木村さんしっかり、しっかりしてください!」

 

一歩が木村をベンチへ運んでいる。俺様がエルボーをぶち込んだせいだ。

 

木村のボディを貰うわけにいかなかった俺様はつい肘を使ってしまったのだ。

2度も躱された。俺様のフックを木村にだ。

 

つい熱くなっちまったぜ。

あいつ前より回避に磨きがかかってやがった。まだまだ強くなるだろうな。

 

木村を運び終えた一歩がリングへ上がる。

一歩も気合が入ったのかやる気に満ちた顔してやがる。これからとことんしごいてやるから楽しみにしておけよ。

 

俺様はニヤリと笑い一歩と向き合う。ピーカブースタイルで余計に小さく見えるぜ。

 

ジジイの掛け声が響く。反射的に構えを取り、俺様は一歩を迎え撃つのだった。

 

 

 

 

 

 




新人王戦は所々省略します。(オリジナル展開などの都合により。)
尾妻戦前のスパーをどうしても書きたかったので今回書きましたがこのままいくといつタイトルに挑戦できるか分からないのでご理解頂けると幸いです。


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第20話 猫田と木村

大変お待たせ致しました。次回から話のテンポを上げる予定です。


 

side:木村

 

俺が鷹村さんに気絶させられた後、一歩がリングに上がりこっぴどくやられたらしい。

 

それから2週間経って試合当日。前日時点で鷹村さんのフックをダッキングで躱す事には成功し一先ず仕上がっている。

 

一歩の次に試合が控えている俺は控室のテレビで試合を見ていた。

 

一歩も尾妻も引かずに打ち合っている。

ただ微妙に尾妻が押しているか。

 

2ラウンド目の時点でどちらもノーダウン。ダメージでいえばどっちがダウンしてもおかしくはない。

 

おっ、一歩が盛り返して来たな。尾妻が後退し始めた。ロープすれすれまで下がった所で一歩が右ストレートを打つ。

 

尾妻もそれを迎えに行き両者の右が交差する。リーチの差で一歩が膝をついてしまったが尾妻の膝も震えている。

いままでの打ち合いで何発かボディに貰ってたのが効いてきたらしい。

 

それを見逃さなかった会長がすかさず発破をかける。

立ち上がった一歩を見た尾妻が戦慄しているのが分かる。

 

あれで立たれたらそりゃそうなるわな。焦っている尾妻が攻めに出たが案の定雑になった。ただ一歩もダウンの分動きが鈍い。

 

よろけた一歩目がけて尾妻が右フックを打とうとする。これを待っていたと言わんばかりにフックを躱した一歩は尾妻の肋へパンチを放った。

 

そのままよろけた尾妻へ一歩の右がクリーンヒット。

尾妻は立てず試合は終わった。

 

顔の半分を腫らした一歩の激励を受けた俺はガウンを羽織りリングへ向かう。

 

今の俺がどこまでやれるか、試させて貰うぜ。

 

 

side:鷹村

 

試合を終えた一歩をからかいに青木を連れて控室に来たんだが木村の様子がおかしい。

 

「お前ボロボロのくせによく打ち勝ったな!」

 

「や、止めて下さい青木さん。痛いですって…。」

 

青木がやかましいのはいつもの事だがそれに木村が乗ってこない。試合直前だからといえばわからないこともないが…。

 

何かを考え込んでいやがるのは間違いない。もうすぐてめえの番だってのに何するつもりだ?

 

まあ考えても仕方がねえ。試合が始まりゃハッキリする。

 

俺様は木村の肩に手を置き、

 

「んじゃ観客席で見てるぜ。負けんじゃねえぞ。」

 

とだけ言って控室を出ようとする俺様を木村が立ち上がる音が引き留めた。

 

「言われなくても負けませんよ。」

 

木村の一言を聞いた俺様はニヤリと笑いながら観客席へと向かった。

 

 

 

 

「この試合、木村は何かする気だぜ。」

 

「木村さんがですか?」

 

「ああ、控室で妙に静かだったろ。ありゃ緊張してたからだ。それに木村にしては珍しく自信ありそうな面してたからな。」

 

「確かにそうっすね…。何する気だ?木村のヤツ。」

 

「木村さん出てきましたよ!」

 

一歩の声を聞いて青木とリングの方へ向き直る。木村が堂々とリングへ歩いてくる。相手も中々いい面してるじゃねえか。

 

木村が何を企んでるのか、見せてもらおうじゃねぇか。

俺様が腕を組んだと同時にゴングが鳴り響いた。

 

 

 

side:木村

 

リングに相手が上がる。タイプはガチガチのインファイターで足はそこまで速くはない。

 

普段のアウトボクシングで迎え撃てば何てことはない相手だ。だが今回は相手がインファイターであることに意味がある。

 

コンディションの確認を兼ねて軽くジャンプしてみる。足は良く動く。踏み込みもバッチリだ。

 

パンチも悪くない。減量に伴うスタミナの減少も前より抑えられている。練習の成果は確実に現れているよう

だ。

 

周囲の歓声が会場内に響き渡る。そういえば前よりファンが増えてきたらしくチケットも少し売れるようになったらしい。

 

「落ち着いて距離を取ればお主にとっては怖くはないじゃろう。ただし油断はするなよ。」

 

会長のアドバイスに頷きながらリング中央へ。

そのまま相手と向かい合う。

 

しっかりガードを上げてこちらを睨んでくる様がどこか一歩を思わせるな。

 

「ラウンド1、ボックス!」

 

試合が始まった。

レフェリーの掛け声とゴングを聞いて構えを取る。カウンターを警戒してるのか相手は前に出ようとしない。

 

互いに見つめ合ったまま時間が過ぎていく。一向に相手は動く気配がない。

 

(それならそれで構わないさ。餌を撒くだけだ。)

 

保っていた距離からジャブを打つ。ガードの上からお構いなしに2発3発と重ねていく。

 

ガードしている相手の表情が変わってきた。少し前のめりになってきた気もする。

 

様子を見ていた俺の眼に左を構える相手がいた。俺のジャブを貰いながら強引に来たようだ。

 

時は来た。後は勝つだけだ。

 

柄にもなく俺の口元はニヤけていた。

 

 

 

side:鷹村

 

「おい木村ぁ!なに打ち合ってんだ離れろ、危ねえぞ!」

 

「どこ見て言ってんだ青木ィ、木村は打ち負けちゃいねえぞ。」

 

「青木さん!木村さん押してますよ!」

 

木村はジャブを餌に相手を前に出てこさせたんだ。

いつもよりジャブが遅かったんでまさかとは思ったが、やりやがったか。

 

面白え、好きだぜそういうの!

 

木村の回避は相手の距離でも冴えている。手数で押してきたか相手が徐々に逃げ腰になっていく。

 

相手のフックを躱してボディへ1発。下がった顎へ立て続けにアッパー。俺とスパーした時木村が狙っていたコンビネーションだ。

 

しかし相手はインファイターらしくタフだ。効いてる筈だが怯まず打ち合っていられるあたり相手も仕上がってるな。

 

「やっぱり木村さんのパンチ力じゃ倒しきれないんじゃ…。」

 

「相手もまだまだって感じがするぜ。早いとこカウンター取れってんだ。」

 

「そうでもないぜ。よく見てみろ。」

 

俺様の視線の先には相手からダウンを奪い拳を掲げる木村の姿があった。

 

「ダウン取りやがった!何が起きたんだ?!」

 

「ガードそっちのけで打ち合い続けたらそうなるわな。」

 

相手はガードも忘れて木村と打ち合っていた。被弾し続けた分のツケが回ってきたってとこだな。

 

フックをモロに食らってダウンしたんだ。だがタイミングで倒したようなもんだしあれなら立つだろう。その証拠に藻掻いてやがる。

 

かろうじて立った相手がファイティングポーズを取った所でゴング。1ラウンドが終わった。

 

 

side:木村

 

「言いたいことはあるが後にしておく。相手はまだ死んでおらん。気は抜くなよ。」

 

「はい、しっかり決めてきます!」

 

コーナーで会長から釘を刺される。インファイトの感触は分かったが中々危険だったな。回避もギリギリだったし何発か貰ってしまった。

 

ダメージはそこまで大きくはない。スタミナもまだ残っている。次のラウンドに向けて回復の為に水を飲む。

 

「セコンドアウト!」

 

レフェリーの声を聞いて立ち上がる。向かいにいる相手がガードをガッチリ固めている。

 

「ラウンド2、ボックス!」

 

2ラウンド目が始まるやいなや突っ込んでくる相手に負けじと俺も前に出る。

 

左のショートアッパーで相手のガードに隙間を作る。僅かな隙間へ強引にストレートをねじ込む。

 

浅かったが後退した相手へ近づきつつジャブを連打。手応えからしてさっきよりガードが緩くなったか。

もう少しで崩せそうだ。

 

その時相手の目付きが変わった。

 

続けて打ったジャブを躱され懐へ入られる。ボディを一発貰ったがお返しに右フックを当てて距離を戻す。

 

(相手のパンチは軽くない。なるべく早く倒さないとだな。)

 

間髪入れずに打ち合いに持ち込む。焦っている相手へ何度も左右を叩きつけてガードを揺さぶる。

 

相手の表情が曇り始めた。ここぞとばかりに大きく右を振りかぶる。すかさず右を構えて飛び込もうとする相手に合わせて前に出た。

 

相手の右が当たるタイミングで顔との間に左拳をねじ込みパンチを逸らす。

 

そのまま相手の顔面目がけて右ストレートを叩き込む。拳を振り切って前を見ると相手はうつ伏せに倒れている。

 

相手に近づいたレフェリーが両手を交差した。

 

「勝者、木村!!」

 

レフェリーの宣言に合わせて会場内に歓声が湧く。

 

(どうにかなったか…。)

 

少し脱力気味に俺はリングを後にした。道中見覚えのある老人が客席にいた気がした。まさか…な。

 

控室で会長の説教が始まる。篠田さんがフォローしようとしてくれているがお構いなしだ。

 

 

「全く無茶しよって。アウトボクシングを徹底すればあれほど苦戦はしなかったじゃろう。」

 

「確かにそうなんですけど、俺がどこまでやれるか確かめたくなっちゃいまして。」

 

「インファイターと言うには甘い点が目立つが所々褒め所はあったと思うぜ。」

 

「僕も凄かったと思います。勉強になりました!」

 

鷹村さんと一歩のフォローに会長は不満そうな顔をして控室を出た。

 

しばらくして青木が、

 

「会長が誰か連れてきたぞ?」

 

と言ったので慌てて着替えを済ませると、同じくらいの体格の老人を連れて戻って来た。やっぱ気の所為じゃ無かったか。

 

 

「大事な話の前に紹介する。この男は猫田銀八。ワシが現役だった頃の戦友じゃ。」

 

「猫田だニ。よろしくだニ!」

 

「会長の現役時代の戦友って…。」

 

「そんな人が何でここに?」

 

「まあ待て、本題はここからじゃ。猫ちゃんには木村のトレーナーになってもらう。」

 

「お、俺のトレーナー!?」

 

猫田さんとこんなに早く出会った事にも驚いたが今の発言で更に驚いた。

 

「源ちゃんさ頼まれて試合も見てただニ。いいショートアッパーだったニ。」

 

「木村のファイトスタイルや成長ぶりを見ての判断じゃ。みっちりしごいて貰え。」

 

あの猫田さんにボクシングを教われる。こんな機会間違いなくもう来ない。

 

俺は笑みを浮かべて答えた。

 

「よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鴨川の拳を受け継ぐ一歩。団吉の拳を受け継ぐ真田ときて猫田は?となったので木村の師匠になって貰おうと思いこういったシナリオにしました。

次次回あたりでアンケートをとる予定です


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第21話 猫田式トレーニング


お久しぶりです。
作者の都合で半年程空いてしまい申し訳ありません。

何としても最後まで書き切るのでどうぞよろしくお願いします。


 

8回戦昇格がかかった試合に勝ち、晴れてA級ボクサーになった俺は試合直後に会長の戦友である

猫田銀八と出会い、彼に師事することになった。

 

 

それから猫田さんは俺に猫田式トレーニングと題して新しい練習メニューを考案。

およそ2ヶ月経過した今も俺はメニューに則り練習に勤しんでいるし、一歩や青木も時々一緒に練習を見てもらったりしている。

 

猫田さんが考案した練習メニューはかなりキツい。だが俺の状態を見ながら都度調整をしてくれるので充実感がある。

 

何より効果的なのが猫田さんのアドバイスだ。会長曰く現役時代から健在のボクシング眼によって齎される的確なアドバイスにより、2ヶ月の間に俺も、青木や一歩も大きく成長を遂げた。

 

 

その成果か猫田さんが来てから1ヶ月後に青木も試合に勝利し8戦6勝の戦績でA級ボクサーへの昇格を果たしたのだ。

 

さらに先週行われた東日本新人王2回戦、

一歩は原作通り小橋健太との試合だったんだが何と2ラウンドKOでそれを勝ち上がったんだ。

 

小橋はパンチは軽いが徹底した情報収集とそこから練られた作戦で判定勝ちを重ねてきたボクサーだ。

 

原作じゃ軽いワンツーで動揺を誘いつつクリンチを織り交ぜてリズムを乱し、一歩がパンチを打てばクロスアームブロックで防ぐ、といった具合に策で翻弄し続けて後数秒で一歩が判定負けする所まで追い込んだ。

 

だが今回は一歩が宮田とのスパーでクリンチされた状態からボディブローを打った事を思い出し、小橋のクリンチを逆手にとった事で逆転。

 

得意のボディブローで1ラウンド目からダウンを奪い、続く2ラウンド目はダメージで小橋の動きが鈍った所をすかさず連打で追い詰めていき、二度目のボディブローでついにKOしたという訳だ。

 

今日は一歩が次に戦う相手が決まったという事で、藤井さんがビデオを持ってきてくれる事になっている。

 

 

 

「よし、ロードワークはこの辺にしとくダニ。」

 

「ハァ・・・ハァ・・・はい!」

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・」

 

「青木、大丈夫か?」

 

俺はというと猫田さんとロードワークに出ていた。青木も一緒に走ってたんだが案の定バテている。

 

「なあ木村・・・ゼェゼェ・・・お前いつもこんなペースで走ってんの?」

 

「ああ、もう2ヶ月くらいはこんな感じだな。」

 

両膝に手をつく青木の横で息を整えていると、猫田さんが俺たちの方を向く。

 

「ワッハッハ!鍛え方が足らんニ、青木。」

 

「マジかよ・・・。」

 

疲労の色など一切なくピンピンした様子で笑っている猫田さんに青木が驚愕している。

 

実は普段山奥のペンションを経営している傍ら

トレーニングを欠かさない猫田さんの肉体は現役時代からまるで衰えていないんじゃないかと思うほどに仕上がっている。

 

俺と猫田さんが練習している所を見ている会長の顔が嬉しそうなのも頷けるな。

 

「源ちゃんから聞いた話じゃそろそろ戻ったほうが良さそうダニな。2人共行くダニよ!」

 

「「はい!」」

 

河川敷近くの公園に設置してある時計を見た猫田さんの後に続いて俺たちもジムに向かったのだった。

 

 

 

 

 

〜鴨川ジム〜

 

 

「おかえりなさい!」

 

「おう。」

 

「幕之内、源ちゃんさどこにおるダニ?」

 

「会長なら奥で藤井さんと話してますよ。」

 

俺達は一歩に続いて奥のテレビがある部屋へ向かう。鷹村さんも既にいるみたいだ。

 

ちなみに一歩の試合の直後鷹村さんの試合もあって危なげなくKO勝ち。これでタイトルに挑戦出来るようになったので機嫌も良さそうだ。

 

「来たか。」

 

「待たせたダニ、源ちゃん。」

 

「どうも猫田さん、どうです?木村は。」

 

「鍛え甲斐のある男ダニ。2ヶ月で目に見えて成長しとるニ。」

 

「おう藤井ちゃん、本題に入ろうぜ。」

 

「ああ悪い、じゃ始めますか。」

 

藤井さんは猫田さんが会長の戦友だと知って以来、良く取材としてジムに来る頻度が増えた。

会長に門前払いにされる事もあるが気さくな猫田さんが良く答えている所を見たな。

 

「まず、次の幕之内君の相手ですが・・・」

 

「皆さんも予想している通り、とでも言いましょうか。」

 

ってことはやっぱりあいつか。

 

「・・・速水じゃな?」

 

「ええ。フェザー級期待の新人として注目されていたアマ出身の選手で、新人王戦は大したダメージもなく勝ち上がってきてます。」

 

「速水といえばワシもボクシング雑誌の新人特集で見たことがあるダニ。」

 

「そうでしょうね。速水はその容姿から女性のファンが多い。特集を組めば売上も伸びますから。」

 

急に青木と鷹村さんが不機嫌そうな顔になった。全く男の嫉妬ってのは醜いぜ・・・。

 

「とはいえ実際に見たほうが早い。ビデオデッキ使わせて貰いますよ。」

 

そう言いながら藤井さんはビデオを再生する。

 

 

「小僧、良く見ておけよ。お主の次の相手じゃからな。」

 

会長の言葉に一歩以外の俺たちもテレビに集中する。

 

 

映像が始まった。速水の相手はインファイターだ。速水が先制してワンツー。段々と左右の連打になっていく。

だが相手はそれを難なく捌き距離を詰める。

 

ある程度距離が詰まると相手は一気に懐に入りボディーへ2発当てて後退。速水の表情が一瞬歪むが直ぐに笑みに変わる。

 

再び速水が相手に接近し連打。それも最初より速い。徐々に捌ききれなくなってきた相手がヤケクソ気味に突撃するが、そこに速水の左ショートアッパーが炸裂。

 

怯んだ相手へ追撃の連打。一瞬で20発以上のパンチを顔面に叩き込まれた相手は力なく倒れ、試合は終わった。

 

「す、凄い。パンチが見えなかった・・・。」

 

「相手も巧いと思ったんだがなぁ。」

 

戦慄する一歩とガックリしている青木。確かに速水は強い。一歩じゃ少し厳しいだろう。少なくとも、()()()()ではな。

 

「あの連打は"ショットガン"と呼ばれている。速水に勝つにはこれを攻略しなければならない。」

 

「でも、どうしたら・・・。」

 

「まあまて小僧、猫ちゃんは今の試合を見てどう思った?」

 

「巧いボクサーだと思ったダニ。けんど幕之内の勝てない相手ではないとも思うニ。」

 

「儂も同感じゃ。速水との試合まで2ヶ月ある。その間でどれだけ練習を積めるかじゃ。儂は猫ちゃんと相談しメニューを組む。少し待っとれ。」

 

そう言って会長は猫田さんと八木さんを連れて部屋を後にした。

 

「それじゃ、俺もこの辺で失礼するよ。」

 

「藤井さん、ビデオありがとうございました!」 

 

「おう、試合頑張れよ。幕之内君。」

 

そう言って藤井さんがジムから出た後、10分程で会長が戻ってきた。

 

 

「今から貴様らに大事な話をする。心して聞け。」

 

 

いきなりの発言に場が一気に締まる。一体なんだ?

 

 

 

「鷹村の日本タイトル挑戦の日取りが決まった。」

 

 

ついにか・・・!

 

皆の表情も明るくなっている。

 

「頑張って下さい、鷹村さん!」

 

「勝ってくださいよ!」

 

「おうよ!」

 

鷹村さんは不敵な笑いを浮かべている。確かに原作でもこのくらいの時期に日本タイトルを取ってたな。

 

もうそこまで来たのか・・・。

 

 

 

「この事と、小僧の新人王戦準決勝を加味して来週から特殊な練習メニューに取り組んでもらう。」

 

・・・特殊っていうとまさかアレか?時期的には有り得るがいよいよなのか?。

 

 

「特殊な練習メニューって何ですか?」

 

「それはすなわち──合宿じゃ!」

 

 

一応転生した身である俺にとっても初めてのイベント。

楽しみにならない訳がない。

 

「1週間、海辺の合宿所で儂と猫ちゃんが考案したメニューをこなしてもらう。」

 

「っしゃあ!海だぜ!」

 

「へっへっへ、待ってたぜジジイ!」

 

鷹村さんがタイトル挑戦が決まった時より露骨に嬉しそうなのは置いておいて・・・

 

「会長、いつから行くんですか?」

 

「来週じゃ。ただ儂は同行できん。諸々打ち合わせがあるんでな。じゃから・・・」

 

「源ちゃんの代わりにワシが一緒に行くダニ。」

 

鷹村さんが少し不満そうな顔になった。俺のトレーナーなんだからそりゃそうだろう・・・。

 

「メニューの詳しい説明は合宿所でワシがするダニ。」

 

「小僧、合宿が終わったらどれ程成長したか見てやる。鷹村はタイトル挑戦が控えとるんじゃ。あまり気を抜くなよ。」

 

「けっ、わかったよ。ついでに一歩も鍛えてやるぜ。」

 

「良いんですか!?よろしくお願いします、鷹村さん!」

 

「ああ、気になった事があるんでな。覚悟しとけよ?」

 

「はい!」

 

鷹村さんの気になった事か・・・。何となく察しはつくがどうせ俺も巻き込まれるんだろうな・・・。

 

「木村も、メニューを考えてあるダニ。青木もまとめてしごいてやるニ。楽しみにしておくダニよ。」

 

俺は青木と目を合わせ、互いに頷く。

望むところだ。やってやるさ。

 

「猫田さん、よろしくお願いします!」

 

「俺も負けてらんねぇ、やってやりますよ猫田さん!」

 

 

 

こうして、鴨川ジム恒例の海合宿が幕を開けた。

 

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
拙作は木村が主人公の作品のためそれ以外のキャラの試合はダイジェスト形式になることがあるとだけお伝えしておきます。

次回は海合宿回と速水戦の前くらいまで書く予定です


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