山吹色の白兎 (あルプ)
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本編
僕を見ないで


短編です。ベル視点のベルレフィはほとんど無いので書きたくなりました


いつからだろう、視界に入る君を無意識に追い続け始めたのは。

 

 

 

 

どこでだろう、君の高く澄んだ、どこか幼さを含む声を求めるようになったのは。

 

 

 

 

何故だろう、君の泣き顔が頭から離れないのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーどうしてだろう。君の笑顔に、僕の胸はいつも締め付けられるーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「凄いじゃないかベルくん!もうレベル7だぜ!」

 

「………」

 

「ね、ねえベルくん。また、ホームに戻ってはくれないのかい……?」

 

「……僕がいると、皆に迷惑がかかります」

 

「そんなことない!むしろ逆だ「ならっ!なんで、僕がここを離れてから皆を巻き込んだ騒動が無くなったんですか?僕がいなくなったからじゃないんですか!?」

 

「そんなこと………ないよ」

 

「その気休め、聞き飽きました。僕はファミリアの皆に、特に僕を暗闇のどん底から拾ってくれた神様に迷惑をかけたくない。それだけです」

 

そう言って何度やったか分からないようなやり取りを終え、僕はホームに対して踵を返す。

 

僕をさらうかのように、風が強くまとわりついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

僕は最近、レベルが7に上がった。

 

フレイヤ・ファミリアのオラリオ中を巻き込んだ全面戦争を終えて呪縛から解き放たれた後も、余波から来る多くの抗争に巻き込まれた。巷では僕がいるところに事件は起きるという噂から、災厄の兎(カタストロフ・ラビ)と呼ばれるまでになっている。

 

その中で、大切な人たちとの別れも多く経験した。それが原因だろう。言い様のない心の疲労が蓄積していき、じわじわと僕の心は荒んでしまった。ファミリアのホームでも心は休まることなく、次第に口すら効かなくなった。

 

この世で最も気まずい関係にあるのは、親しかった者たちとのすれ違いだ。そうなるともちろん逃げ場所を求め始める。酒場に路地裏に、遊郭に。

 

最終的に僕は、僕自身の始まりの地であるダンジョンに行き着いた。そこからは一心不乱に下層、果ては単身深層に潜って死に場所を求めるかのように殺戮を繰り返した。

人との交流はほぼ無くなり、たまに飲みに誘ってくれるヴェルフ以外の人とは最近目も合わせることがない。

 

………いや、もう1人いた。荒みきった僕に構ってくる人が。突き放しても、無視をしても、どんなに冷たい態度をとっても暖かく、包み込んでくれる存在が。

 

噂をすれば今日もまた、僕の行きつけの酒場に怒鳴り込んできた。

 

「ベル・クラネル!今日もここにいたんですね!」

 

「なんですかヒック。ほっといてくらさいよ」

 

「ああ、もうこんなに空けてる…」

 

その通り。僕は真昼間にも関わらず、既に酒のボトルを3本は空けていた。

 

「全く、世話焼かせないでください!」

 

「世話焼かないでくらさいよぉ」

 

「あーもうっ!そんなこと言ってないで!って、まだ自分のせいだってホームに帰ってないんですか?」

 

「だって、僕のせいじゃないですか。僕が居なければ平和なんです。現に僕が単独で動いてきた3年間、特に事件も起きなかった」

 

そうだ。皆を危険に晒すのは常に僕が発端だ。ならば大切にしたい人達を守るためには、自分がそこから消えればいい。そうやってもう数年経っているから、レフィーヤさんの言葉は何を今更。と言ったところだ。

 

「どちらかというと、あなたの変貌ぶり、成長の速さが大事件なんですけどね。さあ、今日はあなたを呼びに来たんです。は・や・く、行きますよっ!」

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

ダンジョン帰りの疲れも取れぬまま、酔いの回った状態でロキファミリア本拠地、黄昏の館に足を運んでいた。

 

「……大きいなあ」

 

黄昏の館は華美すぎない建築様式を取っている。汚れ一つなく、今は無き血に塗れた物騒なフレイヤファミリアの本拠地とは対称的、典型的な陰と陽の拠点と言える。

 

「ベル・クラネル。レフィーヤ、こちらっす」

 

少し離れたところから高めの声が聞こえてくる。声の主はラウル・ノールド。フレイヤファミリアとの抗争で、多くの人がレベルを上げた。彼もその1人であり、現在のレベルは5。次期団長と言われてたりとこのオラリオ内でも指折りの実力者なのだが、如何せん自信がなさすぎて過小評価を受けている。ってか、人伝で聞いた話ではあるが、どんな武器も使いこなすのって化け物に片足突っ込んでる気がするのだが……

 

僕はラウルさんに連れられて執務室らしき場所へと案内される。レフィーヤさんはここまでのようだ。それでも、執務室の前で待っているらしい。

 

簡素で大きな扉を開けると、フィンさんとリヴェリアさん、ガレスさんが机を囲むようにそこにいた。

入るだけで背筋が伸びるような緊張感。レベルは同じはずなのだが、経験が断崖の底と上ほどある。相手の存在感に押し潰され、手足は電流が流れた時のように震えている。

 

数秒の沈黙の後、フィンさんがようやく口を開いた。

 

「久しぶりだね。ベル・クラネル」

 

穏やかな口調とは相反して、透明な縄で拘束してくるような冷たい視線。不気味な笑顔に、この部屋一帯が凍りつく。

 

「話したいことは山ほどあるんだけどね。時間が惜しいから早速、本題に入ろうか」

 

彼は1度親指を一瞥し、僕の瞳を射抜くように目線を向けながら話し始めた。

 

「君がオラリオに来てから、君を中心とした喧騒が全く絶えないね。おっと、勘違いはしないで欲しい。確かに今回の抗争に巻き込まれてうちも何人か失ってしまった。しかし、君を責めるつもりは毛頭ない」

 

嘘だろう。大切な仲間が死んだんだ。その原因である僕が憎いはず。しかし立場上上手くは言えないだけだ。

 

「でも、やはり君にはもう少し落ち着いて貰いたいという考えもあるんだよ。そこで君に提案があるのさ」

 

「ですが、僕が単独行動を取るようになってから、オラリオは特に何かが起きるわけでもなく平和そのものです。なのに何故」

 

「その辺はおいおい話すよ。で、提案なんだが……」

 

と、リヴェリアさんに一瞥する。リヴェリアさんがうながし、入ってきたのはレフィーヤさん。

 

「え、えと。なんでしょう?」

 

レフィーヤさんも、特に心当たりが無い様子だ。事前の相談も特に無い。フィンさんらしからぬ行動に僕はますます首を捻る。

 

そして、次の言葉で僕は天地がひっくり返るような衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフィーヤ、ベル・クラネル。君たちにはこれから1ヶ月、共同生活をしてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!!!!????????????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、レフィーヤさんも知らなかったんですが!?」

 

「当たり前ですよっ!団長、どういうことですか!!」

 

ものすごい剣幕でフィンさんに詰め寄るレフィーヤさん。でも、それを見越してたようにフィンさんは苦笑いをしながら話を続ける。

 

「落ち着いてくれ。命令ではないから強要はしないよ。でも、レフィーヤは何となく分かるだろう?既に行動にも移しているようだしね」

 

レフィーヤさんの顔がぼふんっ、と真っ赤になる。未だになんのことやら分からないし、何よりまた……

 

大切な人に迷惑がかかるかもしれない。それだけは嫌だ。

 

僕は断ろうと口を開いた。が、喉元まで出ていた言葉はついに口から出てくることは無かった。

 

「わかりました。やります」

 

口を開けたまま、僕は目を丸くしてレフィーヤさんの方を見る。何か言葉を紡ごうと頭をフル回転させるも、レフィーヤさんの有無を言わせない眼光に思考は停止する。

 

「ベル・クラネル。君はどうだい?」

 

フィンさんに促されるも、僕は今の感情を上手く言葉にできない。どうしてだろう、誰かと生活を共にするのはもうごめんだと思っていたのに。断る言葉は喉につっかえてしまっていて取ることは出来やしない。

 

「無言は肯定と受け取りますよ」

 

ツン、とした感じで言われる。何か言葉にしなくては。どうにかして……

 

 

 

 

 

やっとのことで僕の口から出た言葉。馬鹿みたいではあるが、その言葉に自分でも唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued

 

 

 

 

 



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どうして

「えっ」

 

「あっ」

 

レフィーヤさんの顔がどんどん赤くなってゆく。つられて僕の顔にも熱が込み上げてくる。恐らくリンゴのように真っ赤な顔になっているだろう。

 

「そうかいまさかレフィーヤから承諾を貰えるとは思わなかったよ。じゃあこの住所に2人とも荷物をまとめて行って欲しい。もちろん明日までに。2人ともまた1ヶ月後に会おう」

 

フィンさんは僕たちに撤回の言葉を言わせないようまくし立て、早々と部屋から去る。流石、ここぞとばかりに話を進めた。断らせる気無かったなこの人。

 

 

 

少し後、ガタリとレフィーヤさんが立ち上がった。その顔は何かを決意した風格があり、僕は彼女の固い意志に呑まれて反論する事は出来なかった。

 

「私、荷物をまとめてきます」

 

「えっ」

 

呆然とする僕に、フィンさんが机の上に置いたメモを突き出してくる。

見上げたその顔は眉間にしわがよっていて、目元に影が落ちている。腕は震え、頬はほのかに赤らんでいて、歯をギシギシと鳴らしている。

 

「ここ、先行っといて下さい」

 

「でも……」

 

「早くっ!」

 

「はいぃっ!!」

 

少し怯えつつ、僕はしっかりとメモを受け取る。受け取ったのを確認するや否や、レフィーヤさんは踵を返して部屋から去っていった。

手の中にあるメモは何年も前のものなのだろう。経年劣化が始まっていて黄ばんでいる。恐ろしく脆い紙をペリペリと破かぬよう慎重に剥がしつつ、中を見てみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ。ここって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

僕はバベルから離れ、オラリオからも離れた場所である開港都市のメレンに来ていた。

 

「なんでフィンさんが家の事知ってるんだよ……」

 

僕は愚痴をとある一軒家の前で吐き捨てる。その一軒家はごく最近に建てられたのだろう。建材の状態はかなり良いが、人が住んでいない家特有の崩れかかった雰囲気が満ちている。

 

それもそのはず、この家は僕が建てたのだ。正確には相当の金額を払って建ててもらった。人目につかない訳でもないが、他の家と比較してもそこまで大きくなりすぎていない感じの家。しかし、結局この家を使ったのは勝手に買ったことがバレてファミリアでパーティーを半ば強引にやらされた1度のみ。

 

「意外に綺麗だな」

 

玄関を開けた瞬間、僕は驚いて声を出した。年数にして2年ほど空けていたのに、掃除が行き届いていてかなり清潔感がある。

 

「誰だか知らないけど、ありがとう」

 

一応礼を言うが、もちろん返事は無い。僕は虚空に飲まれたお礼をかき消す様に腕を振るって歩を進める。

小綺麗にしてはあるが、やはり多少の汚れは気になる。食器なども揃えている訳では無いので買いに行かなければならない。

 

「なんでこんなことに……」

 

1人でいたいのに。構わなくてもいいのに。そんな想いを抱えつつ僕は掃除道具に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「こんなものか」

 

あらかた掃除をし終えた僕は、財布片手に商店街へ向かう。買うべきものは食器等の家具、食料。

 

商店街へ繰り出すと、奇異の目が僕の周りを取り囲む。

この視線だ。この視線が嫌なんだよ。だから僕はローブを手放せない。いつも以上に深く被り、家具屋へ足を運んだ。

 

「いらっしゃい!……って、カタストロフ!?どうしてここへ??」

 

もう誰も、ラビットフットやリトルルーキーとは呼んでくれないのか……と、僕の心に言葉の針が突き刺さる。

僕は店員をげんなりとした目で一瞥し、棚にある家具を選ぼうと手を伸ばす。

 

店員の対応とは違って家具の方はかなり品質が良いようだ。それでいて値段も高すぎないし、この店はかなり良い商売をしているようだった。

 

「まあ適当でいいか」

 

僕は高すぎず安すぎずの値段のティーカップや匙を適当にカゴへと入れる。ここに2人組みの商品が多くて助かった。選ぶ手間が少なくて済むし、多少の値引きがあるらしい。まあ、今の僕にとって金は酒代と武器のメンテ代(ヴェルフは要らないと言うが、適当な額を押し付けている)くらいなもので、溜まりに溜まった金の何割かでここにある家具を買い占めるなんて分けないのだが……

 

デザインも特に気にせず適当にカゴに入れて会計へと進むと、唖然とした表情の店員がいた。その顔に恐怖の色は無く、ただ驚いている様子。どちらにせよ失礼だな、と僕は早く済ませるようカゴで小突くと、そそくさと会計をし始める。その間も好奇の視線が上から浴びせられたため、僕は痺れを切らして声を荒らげた。

 

「なんだよ、言いたいことあんなら言えよっ!」

 

握り締めた拳に力が入り、振り上げるも何とか制止する。店員は「ひっ!」っと声を上げて後ずさり、後ろの壁にぶつかってからズルズルとその場にへたり込む。

 

「ッチ!!」

 

露骨に聞こえるよう舌打ちをした後、適当に金をぶん投げて店の戸に手をかける。

 

「あ、あの。おつりは……」

 

「取っとけ」

 

返事も聞かずに店から出ていく。幸先の悪い店巡りだ。こんなのがまだ続くなんて……と考えると軽く目眩がしてくる。

 

家具を一旦家に置いて、食料を買いに出かける。ここ何年か、まともな食事をした覚えがない。レフィーヤさんに無理矢理食わされたくらいだ。何を買えばいいのか分からないので、とりあえず八百屋へ行く。

 

「いらっしゃい!って、あんたは」

 

「うるさい。それ以上言うと落とすのは金じゃなくお前の首になる」

 

「ひぃっ!」

 

「とりあえず、この金で買える物を適当に詰めてくれ」

 

「分かりやしたっ!」

 

これは効果的だ。先に脅しておけば余計な煩わしさは無い。

 

「こ、これで……」

 

とんでもない震え方をしている腕で袋に詰めた野菜を差し出してくる。僕は礼を言ってすぐさまその場を立ち去る。

 

似た様に脅しを掛けながら買い物を続けていると、聞き覚えのある神の声がした。

 

「やあ、ベルじゃないか!」

 

「ニョルズさん……ご無沙汰してます」

 

スラリとした高身長に男前な顔。明るめの茶髪は後ろで乱雑に束ねられている。常に上裸であるが、美しいと形容できるほどに洗練された筋肉はまさしく、【海の男】と呼ぶにふさわしい、そう言った風貌だ。

 

「どうしてまたこんな所に?家を建てたのに帰っても来ないし、何かあったのか?」

 

「知らない方が良いですよ。僕に関わると災いが降ってくるので」

 

「はあ?ってお、おい。ちょっと待てよ!」

 

こんなに素晴らしい善神を、その子供たちを下手に傷つける訳には行かない。成り行きと強引な押しでこんなことになってしまったものの、極力僕は家に帰らないつもりだ。でないと、メレンに災いがもたらされかねない。

僕の災いを封じ込められるのは、皮肉なことに災いそのものであるバベルしか無い。

 

僕は踵を返し、ニョルズ様の制止する声に耳も貸さず家路を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「行ってしまった……」

 

あれは重症だな、とニョルズは頭を抱える。

ロキファミリアからの依頼。以前、テルスキュラから受けた襲撃を救ってくれたこと、内部腐敗を止めてくれた事などの礼をしたいと思っていたので二つ返事で了承した。その依頼の内容は、【ベル・クラネルのサポート】だった。

どうして他派閥が?とも思ったが、深く詮索することはしなかった。確か、ベル・クラネルはヘスティアのとこの小柄な白髪の子だったはずだし、そんなに難しくないだろうと思ってたからってのもある。以前、新築祝いのパーティで知り合い、そこそこ話した仲なので無下にはされないとも考えていたのだが……

 

「完全に目が死んでいたな。全く……だいぶ店にも当たってたようだし、とりあえず誤解を解いておくか」

 

俺はベルが寄ってった店の店主に声をかけて回り、ベルにあげる予定だった魚を彼の家の前に置いてその日を終えた。

 

心労が一つ増えた海の神であった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「これで良かったのかな」

 

未だに分からない。親指の疼きも止まらない。自分でもリスクの高い行動だったと思う。最近思考も不明瞭になりがちで、本格的に引退も視野に入れているところに舞い込んできた大きな決断。自分の決定に自信をここまで持てていないのは久しぶりだ。

 

しかし、オラリオの紛うことなき最大戦力の一角を担う彼を腐らせておくことは間違いなくオラリオの損失。そうやって自分を納得させようとするも、最大派閥の団長としては他ファミリアに、しかも今やそこそこの中堅派閥の団長である彼に関与することへの抵抗は大きい。

 

だが、同じファミリアの幹部の1人が深く関わり始めてしまった。それが、何を隠そうレフィーヤ・ウィリディスだ。彼がファミリアのホームを出たと風の噂で聞いてからずっと、彼女は彼を気にかけている。それに……

 

「あんなにも頼まれたら、何とかしないとって思うよね」

 

ただでさえ重要戦力の一角が戦力になり得ない状態なのになあ、と自嘲する彼の顔はどこか寂しげで、それでもその目は確かに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

必要と思われるものを全て買い終え、家に帰ってきた。その時に僕の背丈の半分ほどもある大きな魚が家の前に置いてあったのには度肝を抜かれた。多分ニョルズ様だろう。今度またお礼を言わなければ。イラついていたのもあり、無碍に扱ってしまったので謝罪もしなければいけない。

 

「はあ……きっつ」

 

そのままソファにダイブする。と、ここであることに気づく。

 

「レフィーヤさんって、ここ知らないよな」

 

メモを押し付けてきた彼女は、よくよく考えればここを知らない。もう既に周囲は闇夜に満ちかけている。早く行かないと探すことも難しくなってしまうだろう。

 

「………行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして僕は迎えに行ったのだろうか。あれほど1人を望んでいた僕らしからぬ行動。結局、その意味は分かっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

やってしまいました。

 

よく考えたら、目の敵にしていたベル・クラネルとひとつ屋根の下ってことじゃないですか!勢いと感情に流されてしまってはいけませんね……じゃなくて!

 

私は今、絶賛迷子です。というか、目的地を知らないからどこにも行けず。この大きなリュックサックが嫌に目立って、余計恥ずかしいです。

 

「そこっ!聞こえてますからねっ!」

 

なーにが感情爆発暴走家出妖精ですか!コソコソと噂されるのはムカムカしてきますね、一発ぶち込んどいてやりましょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変にイライラしたり恥ずかしがったりしていたら、もう日が落ち始めました。ベル・クラネルめ、いつも私に飲んだくれた後の介抱させといて、私が困った時には放置ですか!!!

たまにはこう、私が困っている時に颯爽と現れたりしてくれないものですかね。

 

「レフィーヤさん、探しましたよ」

 

そうそうこんなふうに……え?

 

「なんて顔してるんですか。行くならとっとと行きましょう。あなたが言い出しっぺなんですから」

 

距離が縮まったり離れたりしながら、結局他人行儀な敬語で収まっている私達の関係を表したような喋り方。

それに反する優しい声色と、曇り濁ったルベライトの瞳。私とさほど変わらない背丈のくせに、その背中は大きくも脆くも見える、そんないつも通りの彼が目の前にいました。

 

「ほら早くって、えっ。なんで……」

 

 

「なんで泣いてるんですか?」

 

その声でようやく自分が泣いていることに気づく。拭っても拭っても、歪む顔から溢れ出てくる涙。なんで、どうして。自分が全く分からなくなる。

 

止まれ、止まれ。止まってよ。泣くことなんて何も無いのに。

 

必死に涙を止めようとしてる私に、ハラリと何かが落ちてくる。それは黒くくたびれている、彼がいつも纏っているローブ。

私はこれと彼を交互に見た。何も言ってくれない。彼はそのまま私の荷物を持つ。

 

「行こう、レフィーヤさん」

 

手を差し伸べることすらしなくなった。誰彼構わず助けていたあの頃とは違う。

 

でも、確かに残っている不器用な優しさは、この言葉に詰まっているって感じました。

 

私は涙を見せないようにローブを深く被り、彼の香りに包まれる。安心感が私をふわりと包み込んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベル、これからよろしくお願いしますね」

 

「………なるべく関わらないようにします」

 

「そんなこと言わないで下さいよ。悲しくなります」

 

「ほっといていいのに…」

 

「そういう訳には行かないんです。ささ、急ぎましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人のいた場所に、夜の冷たい風が吹き抜ける。

 

 

 

傍らにいる白兎は何を思ったのか、飛び跳ねて風の方向へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

To be continued



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傷つき傷つけ振り回されて

同居生活が始まった。しかし、二人の間に会話はほとんど無い。レフィーヤが2人分の料理を作って帰りを待っていても、彼は酒場で静かに荒れている。それをレフィーヤが溜息をつきながら介抱し、家へと連れ帰るのが日常になっていた。

しかし、朝は共に(無理矢理)食べさせ、昼は(強引に)持たせているので、彼の顔色は日に日に良くなっていった。なんだかんだ出されたものは食べるので、私もそれなりにやる気は出る。未だに色良い感想は貰えたことがないのは残念だが。

 

そんなことが日常になり、1週間が経ったある日のこと。私は突然、便箋で至急ファミリアへ帰還するよう呼び出された。

 

「ベル、ちょっとファミリアから呼び出されたので行ってきますね」

 

 

 

返事は無い。酒瓶片手に机に突っ伏している。レフィーヤは「はぁ……」といつも通りのため息をついて、書き置きを残し、家を出て第2の実家とも言えるロキファミリアへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「リ、リヴェリア様。今なんて……?」

 

「クエストで2日ほど時間を貰いたいんだ」

 

「いやいやいや!あれをほっとくことなんて出来ませんよ!私がいないと直ぐにダメ人間なんです!最近やっと血色が良くなってきたんですから!!!!」

 

「クエストに出られるのが今居ないんだ。このクエストをしないとファミリアの沽券にも関わってしまう。無理を言っているのは分かっている。だが、この通りだ!」

 

「あ、頭を上げてください!分かりました、やりますから!」

 

リヴェリアはふふっと真面目な顔を崩す。レフィーヤはその笑顔の意味が分からず、首を傾げる。

 

「なに、お前はベル・クラネルを愛しているのだなと思ってな」

 

「なっ……!!??」

 

「なに、今までなら私の言ったことに少しでも口答えなどしなかっただろう?昔ならアイズと少しでも離れる事を嫌がったお前が、それすら厭わなくなった、なんてなと思っただけだ」

 

レフィーヤは何も言わずに下を見る。耳まで真紅に染め、言葉が出てこない様子。所謂、図星と言うやつだ。

 

「ほら、早く行ってこい。早めに終わらせたらその分早く会えるぞ」

 

「そうですね……」

 

とぼとぼと扉へ向かう。途中、頭やら足やらをごちんとよろけぶつけていた様子は、皆のママであるリヴェリアにとっては胃が痛む種であったが。

 

「ダメ男に絆されるとは、よく言ったものなのだな」

 

謎の虚しさをリヴェリアは感じつつ、額を抑えてソファへと腰をかける。

 

 

 

外を眺めると、薄気味悪くどんよりとした曇り空が広がっていた。

 

喜ばしいことなのに、頭がどうにかなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「あなたって……こんな人でしたっけ」

 

目の前に広がる惨状に愕然とする。脱ぎ散らかされた衣服。それらは全てところどころほつれていたり、破けていたりする。整理整頓の言葉を辞書で探して欲しいほど、部屋はゴミで溢れている。部屋の壁や床をポンっと叩けば、塵や埃が舞って咳き込んでしまった。

料理を保管するための箱にはぎっしり詰められた氷と酒瓶が数本のみ。あとは干し肉がいくつかに、申し訳程度の野菜。英雄譚に囲まれた彼の部屋などは見る影も無くなっていた。

 

そして極めつけは、全身垢だらけの白兎。髪の毛は脂ぎっていてかつてのもふもふは見る影も無い。酒臭く微妙に紅潮している頬、あいも変わらない濁った瞳に、目元に深く濃いクマが不気味さにアクセントを加えている。

 

「うっさいですね。僕の家なんだから何しようが僕の勝手じゃないですか」

 

「私が2日空けただけでこんなになるなんて思ってもなかったです……」

 

それまでは私が料理をしたり掃除をしたりして、彼の荒みきった生活をそれなりにしていたのだが。これは酷い。私が少し家を空けただけで絶望的な堕落の渦に堕ちてしまっている。

 

「決めました」

 

「え、なんですか」

 

「この1ヶ月で私は!荒みきったあなたを何とかしてみせます!」

 

「いや、そのつもりで来たんでしょ?でも、僕はこの家に帰っては来ないようにしますから」

 

「なっ!?」

 

「あなたの負担も増えますし」

 

「〜〜〜!!!!??」

 

熱が急激に昇ってくる。私は彼を突き飛ばして壁に押し付け、顔と顔を思いっきり近づけて瞳をじっと見つめる。いや、睨みつける。

 

「な、なな、何するんですか」

 

「絶対、絶対、ぜーったい!あなたを戻してみせます!あなたを振り向かせてみせますから!」

 

2人の瞳が一つの線で貫かれる。そのまま数十秒、無言でじっと見つめ合う。

 

沈黙を破ったのは、頬を少し赤らめた白兎の方だった。

 

「あの、離れて下さい」

 

「あなたが『はい』と言えば離れます」

 

「そうじゃなくて…………胸、当たってます」

 

ハッとして、レフィーヤは改めて自分の体勢を見る。ここ3年間でティオネ以上に膨らんだメロンのような、いや、それ以上に大きな双丘は目の前の彼に押し付けられて潰れてしまっているようになっている。

 

「っ〜〜〜!!!!???」

 

レフィーヤは思わず彼から離れてしまう。弾力に富んだそれが、離れた際に激しく揺れる。胸元を慌てて隠すように手を胸元でクロスし、キッとベルを睨む。

 

しかし、レフィーヤは今までのレフィーヤとは違った。彼が何かを言おうとする前に再び、今度は壁に押し付けるようにでは無く、しっかりと背中に白く細い腕を回してギュッと抱き締めた。

 

「ちょっ!?」

 

「あなたが『はい』と、一言いえば済みます!とっとと言ってくださいこの変態兎!」

 

「やめろよっ!どうしてそんなに構うんだよ!!!??」

 

ベルはレフィーヤの包容を無理矢理引き剥がそうとする。しかし、レベルが2つ離れていようと諸々の事情でベルの力は弱まっているのでなかなか抜け出せない。

 

「そんなの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが寂しそうにしてるからじゃないですか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しそう?誰が?まさか、僕が?

 

そんなはずが無い。そんなはずが、絶対、無い。あるはず無い。この3年間一人で生きてきた。誰にも自分からは手を差し伸べず、振り向きもしなかった。勝手に絡んできても突き放した。それが皆のためだと思って自分を殺してきたんだ。

 

 

 

 

ーー自分を殺して?ーー

 

 

 

 

僕の思考回路が狂っていく。かけ違えたボタンのように、噛み合わなくなった歯車のようにズレていくのを感じる。

 

もう何も分からない。何もかも。殺してきたなら、たまには、流れに身を任せても良いのかもしれない……

 

「ベル?どうしたんですか?」

 

固まりつつあった気持ちは蝋燭の灯火のように、あっさりとゆらり、揺れ吹かれた。

 

丸い大きな瞳。山吹色のキメ細やかな美しい髪。化粧をしなくても映える整った顔立ち。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる身体。そして何より、自分のやりたい事かなぐり捨ててこんな僕を大切にしてくれる優しさ。

 

僕はまた、同じ過ちを繰り返したくない。

 

 

 

 

「……ごめん。やっぱり、僕のせいで君を傷つけたくない」

 

 

 

 

 

これでいい。僕は自分を殺す。殺して、殺して、その先に何があるのかは分からないけど。少なくとも僕のそばにいるよりは良いはずだ。だって、僕は英雄と程遠い、災いを呼ぶ白兎なのだから……

 

 

 

 

 

 

俯き、顔を再び上げると、目の前では水晶のような瞳から一雫の涙が頬を伝っていた。こんな時、僕は何をすればいいか全く分からない。脳内では慌てふためきながらも、実際の身体は固まって彼女から溢れ出る涙 想いの欠片をただ見つめるのみ。

僕はまた間違ったのか?過去の過ちに囚われ、抜け出せずに、新しい罪を犯してしまったのでは無いか……?

 

「……つきました」

 

「へっ?」

 

彼女が不意に口を開く。

 

「傷つきました。責任取ってください」

 

「えっと、その」

 

「うるさいですうるさいです聞きたくありません。あなたは『はい』って言ってればいいんです私は傷つきました。責任取って大人しく頷いてください」

 

抑揚無くマシンガンの如く畳み掛けてくる。なんだこれ、ファミリア揃っての特技なのか?

しかし、そんな風に言ってきていても彼女の瞳には涙が溜まっている。背中に回されている腕の力はいつの間にか緩んでいて、彼女は顔をこちらへ向けず僕の胸で俯いている。

 

もう、何も分からなかった。皆のために関わらなかったのに、関わらなかったら傷つくと言う。じゃあどうすればいいんだよ。僕は無為に過ごした3年間で何も、何も分からなかった。

全部、全部お前たちのためなのに。僕が居ない方がいいことはわかっているはずなのに。あぁ、だめだ。逆上してはいけない。そうと分かっていても、体は無意識に怒りと混乱により突拍子も無い行動に出てしまう。

 

「キャッ!!」

 

足をかけ、力の緩んだ腕をすり抜けて肩を押し、ソファに押し倒して彼女に跨る。いつの間にか息は荒くなり、押し倒した腕は微かに震えている。

 

怖いはずだ。いきなり災禍(カタストロフ)なんて呼ばれている男に押し倒され、開きかかった瞳孔でその顔を射抜いているのだから。

 

それでも彼女はこちらを真っ直ぐ見てくる。歯を食いしばり、こちらを見据えている。強い彼女の瞳の奥には、どうしようもなく弱っちい僕の姿が、情けない男の姿があった。

僕は力が抜け、彼女に覆い被さるようにして倒れてゆく。そんな僕を、彼女は顔色ひとつ変えずに受け止めてくれる。

 

「なんだよそれ……」

 

あまりの自分の脆さと弱さに愕然とする。情けないにも程があるだろうと。自分が益々嫌いになっていく。もういい。流されてしまおう。これ以上自分を殺し続けると、自分が自分で、ベル・クラネルではなくなってしまう。

僕の決心を揺らがせた以上、彼女にもその代償は負ってもらう。勝手に僕の空の神輿に乗りかかって来たんだ。それも覚悟の上だろう。

 

理性が、プツリと切れた瞬間だった。

 

僕は虚ろな瞳で目の前の妖精をじっと見つめる。彼女はゴクリと喉を鳴らした。そのまま静かに僕は顔を彼女へ近づけてゆく。少しずつ、徐々に、ゆっくりと。いつの間にか閉じられている彼女の瞳に、いや、その美しさに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかな唇が、微かに触れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、我に返ったレフィーヤが肩を押して僕のことを押し退ける。しかし、唇を拭うことはせずに、唇に手を当てて顔を赤らめるだけ。

だが、もう今までのレフィーヤとは違う。勝ち誇ったしたり顔でベルの顔をニヤリ、と見つめる。

 

「もう離しませんよ?エルフの乙女にここまでしたんですから………責任取ってもらいます」

 

彼女は【今までのベル・クラネル】に話しかける。

しかし、そこに居たのは何もかもがどうでも良くなった、自分を殺すことをやめた本能剥き出しの白兎。

 

「責任は取ります。ですから……」

 

「えっ。ちょ、ちょっと…」

 

 

 

 

 

 

最後までと、ツンと尖った彼女の耳元で囁き再び唇を重ねた。今度は触れるだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、2人は初めて体を重ね合わせた。欲望のままに、何度も何度も………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の朝。窓から差し込む朝日は、久しぶりに眩しくて美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued

 

 

 

 

 

 

 

 




コメントがモチベーションです。いつもありがとうございます


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日常

一昨日昨日と、爆伸びしていてびっくりしました!!見てくださった方、本当にありがとうございます!




分かったことがあります。何を隠そう、同居しているベル・クラネルのことです。あの夜のことで心を開いたのだろうって?確かに開いてくれました。こんな私を壊れた心でも受け入れてくれました。私も嬉しかった。今も嬉しいです。最高です。でも……

 

「おはよう、レフィ」

 

「お、おはよう。ベル」

 

「レフィは今日なにか予定はある?」

 

「特にないですよ」

 

「そっか、良かった」

 

え?これのどこが困るのかって?確かに会話には困るところはありません。

 

 

これがずーっと、私を抱きしめながら話していることに目を瞑れば、ですが……

 

そう。ベルはさらにダメ男になってしまいました。もう兎というより、まとわりついてくるスライムのよう。基本私から離れません。

同棲2週間目。こんな稀有なことはまず無いと思うので、私たちの日常をここに書き記しておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

朝。気持ちの良い日差しが窓から差し込み瞼を揺さぶる。私は眠気に抗い、腕を天へと突き出しつつ上半身を柔らかな布から弾むように起こす。

隣のベッドの住民はまだまだ眠り姫のようだ。私は起こさないように注意しつつ身体に纏う毛布を退かして台所へ。

 

「今日の朝は何にしましょうか」

 

とか言ってみるが、ある程度何をするかは決まっている。私は台所の脇にある箱の中で保存しているじゃがいもをいくつか手に取る。それを潰して干し肉を入れ、少し焼き目を付けたあとに溶いてある卵で優しく包み込む。最後にケチャップをかけてパセリを添えれば、ポテトオムレツの完成だ。これを2つ作り、ブロッコリーを添えれば完璧!

しかし彼は起きてこない。こんなにも良い香りなのに。彼の鼻孔は潰れているのだろうか。私は寝室へと向かって彼を起こしにかかるが、大抵ここで一悶着が有る。

 

「ベル。起きてください」

 

「むにゃ、あと……5分」

 

「朝ごはん冷めちゃいます。早くしてください」

 

「むぅ〜。あと、えと、10分」

 

「増えてるじゃないですか!いいから早く起きて!」

 

そう言って布団をはね上げ、腕を掴んで引っ張りだそうとする。……が、

 

「キャッ!!」

 

突然掴んでいたはずが逆に掴まれてそのまま布団へ引きずり込まれる。その後は私を抱き枕に二度寝を開始するのだ。もちろん、レベル差の暴力で私は抗えずに再び起きるまではこのまま。ホカホカのオムレツは大抵冷めきってしまったころにようやく私たちの胃袋に収まる。これで午前が終わる。

 

 

 

 

 

 

※※※

 

そして午後。ここから停滞していた午前とは違って怒涛の展開を見せる。まずは起きたベルにこれでもかと愛でられて朝食……いえ、昼食を食べて彼はダンジョンへ行きます。私はと言うと、ここ最近はダンジョンへ行くことも少なくなりました。主婦業に専念しているというのもひとつですが、それ以外にも理由はありまして……

 

その為に、今私は再度オラリオへ来ています。持っているカゴの中には昨日作っておいたアップルパイ。今回はかなり上手く焼けて上機嫌です!

 

「お、君はロキのとこのエルフ君じゃないか!」

 

うっ……目的地まではここの通りを通らなきゃ行けないのですが、この神がいるんですよね。現在進行形で事が事なので、あまり関わり合いたくなくて……

 

ってか、あの神何連勤してるんですか。このところずっと見てますよ。本当に大丈夫なんでしょうか?

 

「こんにちは、神ヘスティア。今日もじゃがまるくん2つ、小豆クリーム味ください」

 

私は罪悪感から、いつもじゃがまるくんを買ってしまう。おかげで少しお腹に肉がついてきてしまってます………

 

「ところでエルフくん。君からベル君の匂いがするのは気のせいかな……?」

 

「しっ、失礼しまーす!!!!」

 

「あぁっ!?こら待てエルフくーーん!!!!」

 

いつもこんな感じで逃げていますが、そのうち捕まりそうで怖いです。

 

走ってるうちに、いつの間にか目的地へと到着してました。最近こんなのばかりで心臓にも体にも悪い気がします。

 

「ごめんなさいアキさん!遅くなっちゃっいました」

 

「全然、まだ集合時間前だよ〜」

 

そう、ロキファミリアの先輩ことアキさんとのお茶会だ。何故、アキさんなのか?それは彼女の身体を見れば一目瞭然。

 

「前よりもだいぶお腹が大きくなりましたね」

 

「そうなのよ。だいぶ動きも活発になってきてさ」

 

お腹を優しくさするアキさん。その顔は女としての幸せと母親としての慈愛に満ちている。

 

彼女は結婚してめでたく妊娠、一時的にファミリアとは行動を別にしているのです。相手は言うまでもないだろうが、一応言っておくとロキファミリア次期団長、ラウルさん。ラウルさんがレベル5に上がった時にフィンさんが公言し、オラリオ自体は多少の混乱に包まれましたが。ロキファミリアの面々は「まあ、そうだろうな」って感じでした。多分最も驚いてたのはラウルさんだったでしょうね。彼の周囲も大きく揺れてました。

そんな時に、いつも通りに支えてくれたのがアキさんでした。ラウルさんなりにケジメをつけたかったのでしょう、騒動が一段落した後に即告白、入籍しました。その後にまた一波乱起きたのはお察しの通りですが……

 

「そしたらベルがですね」

 

「そんなの良くあることよ。ラウルったら……」

 

このように下らないお話を何時間もしています。

 

そしたら大抵、いつの間にか光は夕闇と溶け合って茜色に染まって一日の終わりの鐘が鳴り響いてきます。この辺りで私はアキさんの家を後に。

 

「ただいま〜」

 

「!!レフィ、おかえりっ!」

 

今日はいました。帰ったらベルが居ない時と居る時が有るのですが、今日は早く帰ってきていたみたいです。

私は玄関で熱い熱いキスをした後に、余韻に浸る間も無く突然ふわり、浮遊感に襲われます。毎度の如くお姫様抱っこをされてリビングのソファへ連れて行かれているという訳です。

最近は全く酒場へも行かなくなり、大人しく帰ってきてくれます。荒れに荒れた肌ツヤも良くなり、大きく窪んだ穴のようなクマも消えました。フケだらけの髪の毛も、垢だらけの身体も綺麗なものになってます。

 

でも……

 

「ねえベル。私以外にも「それは出来ない」

 

未だに私以外の人には辛く当たっているようです。頑なに心を開かないベルの気持ちが……正直なところ、何も分からないんです。なにより、拒絶する時の歪ませた顔。目線を下げ、歯を噛み締め、かつての壊れかけた酒狂いの人形に逆戻りしてしまいます。でも、でも、それなのに彼は……

 

 

 

私を抱きしめながら言うんです。何度も、聞き分けの悪い子供を諭すように。噛み締めながら丁寧に言うんです。

 

 

ベルは大好きです。この上なく愛しています。だからこそわかるんです。無理をしているんだと、本当は共にいたいのだと。何よりも大切な家族。それが故に別れなければならない。

なら、そうであれば、私が受け止めてあげるしかないじゃないですか。受け止めてあげなきゃ、またベルの器は割れてしまう。

 

でも、このままでは良くないと分かっている。悔しいんだ。結局、何も事態を好転させることは出来なかったから。

 

彼の傍に居てあげたい。何時までも居てあげたい。でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー契約期間終了まで、残り14日ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

夕陽は闇に飲まれ、港は闇に包まれる

 

2人は闇にさらわれて、今日も夜枷を共にする

 

絡み合う指、交わる身体

 

互いの想い交わる中で、夜明けを起きて2人で待つ

 

離れたくないと抱きしめて

 

離したくないと抱きしめて

 

泡沫の想い、ぶつけ合い、喘ぐ2人の冒険者

 

繋ぐひとつの形を求め、激しく激しくどこまでも

 

夜はまだまだ序章に過ぎぬ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、レフィーヤ。1ヶ月お疲れだったね」

 

「………」

 

「突然で申し訳ないが、1週間後には遠征だ。アキがいない今、君には出てもらわなければいけない。しっかりと用意して来るように。分かったね?」

 

「はい、了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued

 



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助けに行くよ

 

 

 

澱みない海のような青色の空。

 

彼も今、この空を見ているのだろうか。見ているとしたら、何を思っているのだろう。

 

雲ひとつなくて清々しい空のはずなのに、私の瞳には曇天模様でしかない。少なくとも彼と別れたあの日から、私の瞳には深く、何者にも染まらない影が刺してしまっている。

 

あの日の夜のような、不気味な闇が差し込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

彼女が出ていった後も、僕は彼女の帰りを待ち続けていた。ダンジョンには行かずに、1人メレンの閑静な住宅街で酒を煽っている。

 

僕の心を溶かしてくれた彼女。僅か1ヶ月だったが、僕にとってはかけがえの無い1ヶ月だった。

 

冷えきった心は彼女の温もりを受けた。

凍てついた思考回路は仄かに動き始めた。

壊れた感情は彼女という歯車によりまた、回り始めた。

 

しかし、僕の隣に彼女はいない。僕を温めてくれることも、愛し合ってくれることももう、無いのかもしれない。彼女が連絡を絶って1週間。もし、彼女の身に何かがあるならば僕は自分で自分を抑えられる気がしない。そうなれば本当の意味での災禍になってしまう。全く、英雄を目ざしたというのにとんだ皮肉だ。自らが災禍となって次代への英雄の糧になるのもまた一興かもしれない。その先には大切な人が待っている気さえする。

 

「はあ……」

 

ダメだ。連れ戻そう。なんと言われようと連れ戻そう。1度変えてもらったものを自らの手で壊したくはない。

決意を胸に、僕は1週間ぶりに家を出た。

 

 

日差しって、こんなに眩しかったっけ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

久しぶりにバベルを間近で見た。天空まで高くそびえ立つ人ならざるものが作りし物体。それが封じる地下へ地下へと続く数多もの迷宮はまさに魔窟。異形なるものが跳梁跋扈している世界で最も危険な場所だ。

 

「怖いなあ…」

 

レベル5、もう冒険者歴も5年を超えるが、何故か妙に怖い。行ってはいけない、取り返しのつかないことになるって、私の中の何かが囁いている。

 

「レフィーヤ、どうしたの?」

 

金糸の艶やかな髪が背後から私の頬をくすぐる。振り返ると、怪訝な顔のアイズさんが私の顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫?」

 

「はっ、はい!大丈夫ですよ」

 

「……なら、いいけど。無理は、しないでね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

そうだ、私はレフィーヤ・ウィリディス。ベル・クラネルの伴侶の前に、私はロキファミリアの幹部なのだ。私がこんな風では他の団員達に申し訳が立たない。

 

「アイズさん!」

 

「なに、レフィーヤ?」

 

「私、頑張ります!この遠征で必ず新たな階層へ行きましょう!」

 

「うん、そうだね。頑張ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

私達は順調に深層まで歩を進めていた。遠征も既に3日目。安全圏の39階層に辿り着いた時、私の体は突然異変を起こした。

 

「うぷっ……気持ち悪い」

 

「大丈夫?レフィーヤ、朝からなんだか顔色悪いよ」

 

「そんなこと……っ!」

 

私の身体は想いとは裏腹に異変を起こし続ける。胃液が逆流し、狂ったような頭痛が私を襲う。

 

「レフィーヤ、レフィーヤ!」

 

「アイズ、早くリヴェリアを呼んできて!」

 

「っ!分かった」

 

私は意識が朦朧とする中、ティオナさんとティオネさんに運ばれ救護キャンプへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

変な胸騒ぎがする。虫の知らせか、ダンジョンに入ってから妙な悪寒が全身を襲ってくる。

 

「邪魔だ邪魔だ邪魔だ邪魔だ!!!!!!!!」

 

ローブを剥ぎ、目の前のモンスターを片っ端から大剣で薙ぎ払ってゆく。その大剣の重さにすら嫌気が差し、途中のゴライアスに投げて突き刺し最大火力の魔法を大剣に流し込んで燃やし尽くした。

 

18階層で金袋を投げてポーションをかっさらい、魔法を使って燃やし尽くす。魔石の回収など知るか、連中にでもくれてやるさ。強化種が出るなら出れば良い。ペナルティだってなんでも食らってやる。だから、早く、最速で、レフィーヤの元に急がなければ………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それなのに。どうして現実は非情なのだろうか。

 

目の前を通り過ぎる冒険者達。すれ違ってゆく彼らから見て取れるのは苦悶の、そして申し訳なさそうな後悔の表情。

 

ああ……これには覚えがある。まだまだ駆け出しだった頃の苦い思い出。ヴェルフとリリと3人で命からがら18階層へ辿り着いた、そのキッカケとなる事件。

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物進呈(パス・パレード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は苦虫を噛み潰したような表情になり、それをやった面々を瞬時に記憶する。………後で、殺すとまではいかないが死んだ方が良いと思える苦痛を味あわせてやると誓い、モンスターに立ち向かう。

煮え滾るような殺意。今か今かと殺さんとする邪悪なオーラが辺り一帯を埋めつくしている。

何体いるだろう、10?50?100?まあ幾らでもいいさ。全て等しく殺すだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら………邪魔だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大乱戦の狼煙となる鐘楼の音が、残響で壁、床、モンスター達を揺らして階層一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

「レフィーヤ!気を確かに!」

 

意識が朦朧とし、目を開けるのも億劫になる中でリヴェリア様の声が頭の中で反響する。ぼやけてはいるが、必死に回復魔法を使ってくれている。おかしいな、ポーションも飲んだはずなのに、全く効いている気がしない。どちらかと言うと常に倦怠感と吐き気が混じっている状態。外傷もなく、血を吐いた訳でも無いのにここまで苦しいのは始めてだ。

 

「ベル……ベルは、どこ」

 

「ベル・クラネルはいない!!しっかりしろ、気を確かに持て!!!!」

 

辛い。苦しい。死にたい。なんで、なんでこんな目に合わなければならないの?嫌だ、まだ死にたくない。まだまだやり残したことが沢山、沢山有るのに………

 

 

 

意識が途切れるその瞬間、白髪赤眼の人がうっすら視界に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー来てくれたんだーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は緊張の糸がプツリと途切れ、意識を手放した。

 

 

 

 

苦しさは、もう無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

突如として現れたのは小柄な体躯、汚れた雪の髪に邪悪な紅い瞳が特徴の薄汚れた少年。そんな者はこのオラリオに一人しかいない。

 

「ベル・クラネル……!?どうしてここにいるんだ!?」

 

息を切らし私を睨みつける彼は、気を失ったレフィーヤを抱く私の腕から奪い取る。レベル1つの差でもここまで大きな力の差があるのか。と、私は場違いな感想を抱く。2人を呆然と見送る私が我に返る頃には、2人が階層を出た後だった。

 

「リ、リヴェリア!?なんでアルゴノゥトくんがいるのってかなんでレフィーヤが連れてかれてるの!!??」

 

「そうよ!自壊状態の兎野郎に任せたらレフィーヤ……死んじゃうわよ!!」

 

「追いかけるべき、だと思う」

 

突然の出来事に逸る娘たち。落ち着かせ、宥めようと思っても言葉が出てこない。待て、といつも通り落ち着かせようとしても、「あ…」という情けない言葉ならぬ言葉しか出てこない。

 

3人は痺れを切らしたのか、私に踵を返して行こうとする。待て、行かないでくれ。待ってくれ。地に膝を着いて手を伸ばす私は、どれほど惨めな姿だっただろうか。

 

しかし、彼女達がそれ以上進むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってくださいっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張り裂かんばかりの絶叫に霞む視界が明瞭になる。

そこに立っていたのは、ラウルだった。

 

「はぁ!?退きなさいよ!何やってるか分かってんのアンタ!!!」

 

「邪魔だよラウル!早く行かなきゃ、アルゴノゥトくんは足が早いんだから!!」

 

「ラウル……切るよ?」

 

それでも彼は全く引かない。

 

「待ってください!彼はきっと救おうとしてるんです!」

 

何を言っているのか分からないと拳を構える3人に、諦めまいと必死の説得を試みる。

 

「彼は、ベルは、レフィーヤしか居ないんです!壊れた心の彼が唯一心を許したのがレフィーヤなんすよ!アキから散々聞いたから間違いないっす!それに彼女の症状には心当たりが」

 

「ラウル……嫁煩悩も大概にしとけよっ!」

 

ティオネの蹴りがラウルに炸裂する。しかしラウルは一歩たりとも動かない。

 

「それに、今あなた達がここからいなくなると不測の事態に対応することが困難になる!誰一人死なせず遠征を終えるには今ここで行かせるわけにはいかないっ!」

 

「だ〜か〜ら〜!今!レフィーヤが死にそうになってるじゃないの!」

 

「死にませんって!彼女を信じてあげてください!彼女はもうレベル5なんすよ!?何時までもあなた達の庇護下にはいないんだっ!」

 

「次期団長だからってのさばってんじゃないわよ雑魚がぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後行われた戦闘は、後にも先にも無いものだった。ロキファミリアの大抗争。幹部たちの大乱闘劇。深層で行われたぶつかり合いはかつてない危険と恐怖をを伴っている状況下で行われる地獄の祭典。

 

 

レベル6の幹部たちの剣裁きや拳を数多もの武器で迎撃するラウル。途中、一部始終を見ていたベートもラウルに加勢していた。

 

流れるはずの無い鮮血。怒号や罵声。味方同士の殺し合い。

 

私の目から、久しく流していない涙が零れた。

己の無力さを呪い、私の判断の遅さが招いた事態だと嘆いた。

しかし、それ以上に息子や娘のように思って接していた彼女達の殺し合う姿がもう、見てられなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「待ってて、頼むからもう少しだけ我慢してくれ……」

 

白い稲妻が迷宮を駆け抜ける。モンスターだろうが冒険者だろうが関係なく、目の前の物体を殴り飛ばし突き進む。

 

頼む、頼む。君が居ないと僕は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued

 

 

 



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僕だけを見てくれ

 

 

きつい薬の香りに木の仄かな芳香が合わさる部屋で僕は、寝ている彼女を背に1人佇んでいた。

結局あれから3日。レフィは起きてくる気配を見せない。結局、起きるまでは病名を言えないとアミッドさんから告げられ、僕は後悔と自責の念で押しつぶされそうになっていた。

 

 

あの時、ファミリアに戻るのを止めていれば。

ずっとそばに居てくれと、なぜ言えなかったんだ。

そもそもどうして、僕は彼女に入れ込んでしまったんだ

 

 

なぜ僕は、彼女と出会ってしまったのか……

 

 

 

ロキファミリアの人達にも迷惑をかけた。たまに飲みへ連れてってくれたラウルさんやベートさん、レフィーヤのことがあってから色々と世話を焼いてくれたリヴェリアさんに対し、恩を仇で返すような行為だった。軽率で、時と場合によっては戦争だって有り得る程の愚行だ。

 

結局僕は、自ら火種を撒き散らした愚者でしか無かったんだ。

 

【英雄】なんて笑わせる。僕は誰の英雄にもなれやしない。自分の行為に酔って、周囲を巻き込む【英雄ごっこ】をいい歳までしている大馬鹿者だ。

 

沈む僕の肩に、そっと掌が置かれた。振り向く気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

あの後、騒ぎを聞き付けたフィンとガレスが割って入って静止させた。結局この遠征は途中で中止になり、私は彼らに怒る気にすらなれず1人でいた。

 

「君がそこまで落ち込んでいるのは珍しいね」

 

優男の声が背後から聞こえてくる。無言でいると、ため息混じりで話を続けてきた。

 

「今は落ち込んでいい。だけどね、彼女達のケアはしておいてくれると助かるよ」

 

ハッと我に返り振り返る。フィンと、その後ろにはボロボロ、血塗れの3人が沈んだ面持ちでいた。

 

沈黙は耐え難いものだった。が、話し始めることさえ出来なかった。

 

「リヴェリア、話したいことがあって…」

 

数分間の沈黙を切り裂いたのは、アイズだった。その後、再び少しの沈黙を経て、3人一斉に口を開いた。

 

 

 

 

「「「ごめん(なさい)、リヴェリア」」」

 

 

 

 

言われた言葉の意味が分からなかった。どうして謝るのか、理解出来なかった。

頭を下げ続けるのを呆然と立ち尽くしながら見る私に、フィンはクスリとも笑わずに言った。

 

「彼女達、もちろん他の2人もだけど、ものすごく反省してるんだ。食い違いとかも話し合って、双方分かり合えたはずだよ。でも、3人は君が泣いているってのを聞いて謝りたいと言ってきたんだ。理由は……ティオネ、話してごらん」

 

下げた頭を上げて、ティオネが一歩前へ。踏み出したところの草は抉れていて、辺り一面の芝生に1つ、汚れがついたようだった。

 

「理由……って言ってもね。はっきりとあるわけじゃないのよ。その、えっと、私たちのせいでリヴェリアが泣いてて、謝らなきゃって」

 

彼女にしてはたどたどしくそれでもしっかり伝えてくれた。

目尻からまた涙が溢れ出てくる。乾ききった跡に再び流れる涙は、先程よりも止めどめなく流れた。

 

「リヴェリア?どうしたの、やっぱり嫌、だった?ごめん、ごめんね、ごめんなさい……!」

 

縋るように泣き、感情を露わにするアイズ。ずっと黙っていたティオナも、気まずそうに俯いているティオネも謝罪と共に座る私の膝で涙を流し始める。

 

「そんな、謝るのは私の方だ。レフィーヤが、お前たちの妹が連れ去られたと言うのに行動も、声さえ出せずに立ち尽くしてしまった。お前たちも静止させようと思ったが、1歩も動けずにいた私なんかに謝るなんて……」

 

「それでも!だって、だって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母親を泣かすなんて、娘失格じゃないっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後にも先にも、涙が止まらなかったのはこの時だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

「……ベル?」

 

振り向けなかった。合わせる顔が無かった。どんなに優しい声で何を言われても、自分を許せなかった。

 

巻き込んだ、また。何度目だ、学習しないな僕は。正解は孤独しか無かった筈なのに。手を出して自ら過ちの選択肢を選んだ。

 

掌が肩に置かれた。責められると思った。なぜ私はここにいるのかって。責任感が強い彼女が遠征を途中で投げ出させるようなことを許す筈がない。そう思っていた。

 

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 

思いもよらない一言だった。僕は資格すらあるはず無いのに、彼女の方へ振り向いてしまう。

 

 

泣いていた。はにかみながら、嬉しそうに泣いていた。その顔に、怒りなんて感情はどこにも無かった。

 

僕は思わず、彼女を抱きしめていた。

 

「レフィ、レフィ!良かった、本当に良かった!」

 

嬉しくて彼女へ飛びついた。そのまま顔を近づけ、唇を奪う。

長い、長いキスを経て僕はようやく、彼女に本気で向き合えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「コホン、では、良いですか?」

 

一部始終を巡回中のアミッドさんに見られていたらしく、わざとらしい咳払いから会話は始まった。

 

「レフィーヤの病気って一体なんですか……?」

 

恐怖に潰されかけそうになりつつも、何とか声を絞り出す。私は大丈夫、離れたりしないからと、指を絡めたその手から伝わってくる。

 

アミッドさんは面食らったような、呆気に取られた表情で僕たちを見てくる。その後になんだか扱いに困った子供を見る表情に変わり、深く、大きくため息をついた。

 

「どれだけ鈍いのですかあなたは……」

 

その後にアミッドさんから出てきた言葉の衝撃と重みは、今後永遠に忘れることは無いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとうございます。あなたの伴侶、レフィーヤさんのお腹には新しい命が宿ってますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

僕達は顔を見合わせる。それから、体の奥底から湧き上がる感情が溢れ出した。

 

「やった、やったよレフィ!子供だ、僕たちの子供だよ!」

 

「うん、うん!良かった、本当に良かった!!ありがとう、ありがとう!!」

 

その日僕は3年の時を経てようやく、【分かち合う】喜びを思い出した。



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山吹色の白兎

 

妊娠が発覚した後、僕達はすんなりと結婚して今は幸せに暮らしている。

 

 

 

 

 

 

 

………そんなはずが無かった。物事の一つ一つ、とてつもない苦労があった。今でこそ最高に幸せだが、そこに行き着くまでは地獄のようだった、、、

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

妊娠が発覚し、その3日後に遠征から帰って来るなり心配して来てくれたリヴェリアさん達幹部に事情を説明した。

すると、フィンさんがニヤリと邪悪で爽やかな笑顔を僕たちに向けて言った。

 

「まさかここまで行くとは思ってなかったけど……とりあえずおめでとう。これでベル・クラネル。君もひとまず落ち着けるかな?」

 

落ち着けるかな?この言葉にハッとさせられる。確かに、わずか数ヶ月の間でレベルが5近くに上昇した僕は、冒険者として落ち着いた期間が無かった。皆と別れたあとも自暴自棄で荒れ散らかしていた。決して、落ち着いた冒険者生活では無かった。

 

「それに、これは君の主神からの依頼だったんだ」

 

「え、ヘスティア様が!?」

 

「ああ。ロキのところに来て、再三に渡って頭を下げていたよ。『壊れてしまった僕の大切な子供を元に戻す手助けをして欲しい。僕達ではもうどうしようもないんだ』って」

 

初めて聞く話だ。ステータス更新の時の会話自体が半年ぶりの会話だった。その時にもきにかけてはくれていたようだが、あくまでそれは"フリ"だとしか思っていなかった。

 

どうして気づかなかったんだ……彼女は、いや、ファミリアの皆は、いつも僕を心配していてくれていたのに。どんなに僕に拒絶されても、声をかけてくれていたというのにっ、僕は………僕は…………!!!!!!

 

「本当に……僕はどうしようも無い人間だ」

 

今になって湧き上がる後悔と自責の感情。過去の蛮行の数々が記憶の濁流となり、遂には涙腺の防波堤を決壊させた。

枯れ、朽ちていると思っていた涙が、黒ずんだ古い木板を濡らしてゆく。

 

「ベル……」

 

後ろから、何度も何度も僕を救ってくれた温もりが僕を包んでくれる。でも、どうしてなのか暖かくならない。心の奥から冷え切ってしまったような感覚。今までとは別種の味わったことの無い恐怖が僕を支配してゆく。

 

やめろ、やめろ。やめろ、やめろ、やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい……………

 

 

 

 

 

 

「ベル・クラネル!!!!目を覚ませっ!!」

 

 

 

 

 

 

鈍い痛みが頬を貫く。ハッとなって我に返ると、目の前のリヴェリアさんが「すまない」と言って一歩下がる。僕は礼を言って、恐る恐るフィンさんへと向き直る。レフィの手を握りしめ、視界がぶれる中、なんとか踏みとどまってまっすぐにフィンさんを見据える。

 

「ベル、無理かもしれないがあまり不安にならないで欲しい。ファミリアの皆は君を恨んでたりはしない、帰ったらむしろ歓迎されると思うよ。だけど……」

 

僕は息を呑む。彼の一挙手一投足が、今まで僕が目を逸らし続けてきた現実を写しているようで怖かった。

だが、その後に放たれた言葉は意外な言葉だった。

 

「結婚のことは分からない。君が帰ってくるだけなら問題も無いだろうけど、正直君たちの関係がここまで行くとは思わなくてね。子供も出来たことだし、もちろん結婚も考えているのだろうけど、異なるファミリア間の問題だから難しくてさ……」

 

珍しく言葉を濁し、親しみやすく表情を崩す。もちろん、僕は賛成だよ?けしかけたのは僕達だからね、 と付け加えることも忘れずに。

 

「とりあえずレフィーヤが退院するまでに説得出来るよう頑張ってみるよ……でも、君の方が難航するかもしれないから、なるべく早く言いに行くことをオススメするよ」

 

ふと、神様の顔が浮かぶ。あの善性100%の神様だからスパって決まりそうなんだけどなあ。

 

「最後に。レフィーヤ、妊娠おめでとう。ベル・クラネル、2人を絶対守るんだ。男の約束を違えたりするなよ?」

 

「はい。絶対守ってみせます」

 

「レフィーヤ…おめでとう。娘が旅立つ感覚で悲しいものがあるが……頑張ってくれ。これから大変だろうが、お前は強い。そのお腹に護るべき赤子がいるならば、その子の誇りとなるように胸を張って生きてゆけ」

 

「はいっ!ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「反対反対!絶対認めへんでウチは!」

 

やっぱりこうなってしまったか……と頭を抱えるフィン。アキとラウルの時は手放しで喜んだのに。でも、他ファミリアでしかも目の敵にしている神のファミリアならばしょうがない気もする。

しかしなぜ、リヴェリアはこうも黙っているのか。こういう局面はガレスが頼りないからリヴェリアに応援を要請したというのに。

 

「ロキ、そんなこと言ってもレフィーヤは子供を身篭っている身なんだよ?ダメだダメだって言うのはあまりにも酷すぎるとおもうんだけ「うるさーい!!そんなん既成事実作っただけや!そんなこすいやり方認めたないわ!」

 

「実際そうかもしれないけど、僕達がけしかけたのは事実なんだよ。けしかけた事実があるのに既成事実って言われても納得出来ないんじゃないかな。どちらにせよ、僕は彼らを祝福したいんだ」

 

「はあ?意味わからんわ!ってか、けしかけたのは知っとるし、それ込みで大反対っちゅうとるんや!」

 

ダメだこれ。すまないベル・クラネル、ぼくの口からではなんともならなかったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈む重苦しい空気の中に張り裂けるような軋む音が響く。

僕は思わず横を振り向いてしまった。そこには記憶にこびりつくような、鬼神の形相をしたリヴェリアが主神を睨みつけ立ち上がっていた。恐らく、ウダイオスですら怖気付く恐怖のオーラを纏っていたと思う。それくらいの恐怖と悪寒を僕はこの小さな身体全身で感じた。

 

「おい…ロキ」

 

ゆらりとロキの前に立ち、胸ぐらを掴む。服ごと持ち上げられる形になったロキは何も言えなくなり糸目を見開いている。

 

「なっ」

 

「ロキ。私は貴様をお調子者だが子供を想う神として尊敬していた。他派閥同士の結婚に難色を示すのもよく分かる……だが、今回貴様は感情論でしか物事を言わないじゃないか。ただ、神ヘスティアが憎い一心で反対している。違うか?」

 

「ち、違わん……」

 

「ならば私は貴様を許さん。こちらが要請したことは知っていて、こうなることも予見できた筈なのに反対もしなかった奴がガタガタ言う資格などないっ!!!!!!産まれてくる子供に、レフィーヤに、今後どんな顔をして会うと言うんだこの痴れ者があっ!!!!」

 

猛烈な勢いで雷を落とすリヴェリア。その怒号は館全体に響き渡り、野次馬が続々と集まってくる。

 

ロキは涙目で声を絞り出すことさえままならない状況。常に理論武装して重要な話し合いに臨むロキには珍しく感情論を押し通そうとした結果、母親代わりとして奮闘してきたリヴェリアの堪忍袋の緒が切れた。

こうして、円満では無いものの渋々ロキファミリアとしては彼達の結婚を承認した。

 

しかし、リヴェリアとロキの確執は彼達の子供が産まれるまで長々と続いた。板挟みで何ヶ月と耐えてきた僕やガレスを誰か労わって欲しいよ、冗談抜きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

竈の館の門の前に仁王立ちするのは、長めの白髪に特徴的なルビライトの瞳をしている冒険者。黒いローブを脱ぎ、いつしかヴェルフの考案した呼び鈴をカランコロンと鳴らす。

 

「ふあ〜ぁ。誰だいこんな時間にぃ……って、ベルくん!?」

 

久しぶりに顔を見た神様はどこかやつれているようだった。神様は僕を見るなり慌てて館の中に入ってゆく。ああ、やっぱり怖いよな。逃げられてもしょうがないか……と思って、極東に伝わる謝罪の究極奥義である【DOKEZA】を用意し、神様が再び来るまで待った。

 

神様が来た時は、ファミリアの皆も一緒だった。リリと春姫さんは泣いていて、ヴェルフは僕を見下ろすように立った。神様は後からゆっくりと出てきた。

僕は姿勢を崩さなかった。いや、崩せなかった。顔を上げられなかった。

 

「これまでの事、許してもらえるとは思っていません。でも、男としてのケジメをつけるために謝罪と、傲慢ですがお願いをしに来ました」

 

僕は顔を上げる。何を言われるか分からない恐怖。3年間直視してこなかった目の前の仲間たちの顔は何を考え、訴えようとしているのか全く分からない。

しかし、これは結婚抜きにしなければならない。

 

「団長業務を代わりに請け負ってくれていたリリ、僕のわがままにいつも付き合わせていたヴェルフ。この3年一切話すこともしなかった春姫さんに、ただ強くなるために利用する形になっていた神様。僕はこれだけのことをしました。一声で断罪しても良いです。本当に、申し訳ございませんでした!!!!」

 

気まずい空気が僕たちを取り巻く。不意に、コツコツと誰かが近づいてきて……僕は抱きしめられた。

暖炉の側にいるような感覚。ああ、神様だ。僕の敬愛する神様だ。天涯孤独の僕の家族はここにいるのだと、心の芯から暖まる気がした。

僕の瞳からは返事を待たず涙が溢れ出てきた。抱きしめた神様はその行動が返答だと言わんばかりに、強く優しく僕のことを抱きしめた。

 

僕はこれまでどうしても流せなかった涙を枯れるまで流し、その後に顔を皆に向けて笑った。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

「ぜ〜ったい許さないぞ!そんなこと認めてたまるか!!!!」

 

「話を聞いて下さい神様!」

 

特徴的なツインテールが感情の昂りと共に逆立ち、ベルを穿たんとしている。

ベルは慌てて宥めようとするも、全く聞く耳を持たない。先程の感動はどこへやら、儚く空を支配する曇天に吸い込まれてしまった。

 

「ヘスティア様!落ち着いて、さっきの慈愛の化身の姿はどこに行ったんですか!」

 

リリルカは必死に後ろからヘスティアがベルに襲いに行かぬよう捕まえている。

 

「春姫!この前作った縄もってこい!」

 

「キュウ……」

 

「ああダメだ!?こいつショックで気ぃ失ってやがる!」

 

まさに地獄絵図。引き起こした当人であるベルは狼狽してオロオロあっちを向いたりこっちを向いたりしている。

 

「今まで何も言わなくてごめんなさい!でも、しっかり伝えなきゃって思って」

 

「そういう問題じゃないやいこのバカベルくん!」

 

ええ……じゃあどういうこと?と全く心当たりが無い鈍感兎は頭を抱える。

 

謝罪を受け入れてもらい、「お願いってのはなんだい?」と促されて「他派閥なんですが、結婚を認めて欲しく思って……」と言ったら突然神様が襲いかかってきた。怖かった。ジャガーノートが背後に見えた。

ヴェルフとリリがじたばたする神様を捕まえるも、その目は完全に肉食獣が弱き草食獣を狩る時のそれ。瞳孔が開いてて、呼吸音がフシューフシューとおおよそ正常な神様のものじゃない。負の神威だだ漏れの神様を見て、僕は久しく相手の強大さそのものに怖気付いた。

 

「神様……話を、話を聞いて下さい!」

 

ピタッと神様の動きが止まる。

 

「フィンさんから聞きました。ロキファミリアにも協力を仰いだんですよね?苦手な神様のはずのロキ様に頭を下げてまで僕の更生に力を尽くしてくれたって」

 

「だから運命の人と出会えて結婚ってことかい?」

 

「はい。神様が働きかけてくれたお陰で僕は再びまっすぐに前を見据えて歩き出すことが出来ました。そして、前を向くきっかけになったこれからを共に歩いてくれる人との3人での生活、これを結婚と言う形として認めて欲しいんです」

 

それから十数分と神様は固まって熟考していた。

 

意を決したように目を開き、僕を正座させ向かいに神様も座る。

すぅ、と深呼吸をし、口を開く。

 

「分かったよ。ハーレムなんてものを目指していた君にもようやく最高のパートナーが見つかったんだから、認めないわけにはいかないじゃないか。大切な子供の晴れ舞台を素直に祝えなくて何が神だ!」

 

一息に言った。僕はこんな高尚な神様に出会えて心底良かったと感じた。

しかし、次の言葉の衝撃に全て掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで、ボクとも結婚しよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

耳を疑った。聞き間違いだと思いたかったが、後ろに見えるヴェルフとリリの顔が悲しいかな、聞き間違いではないと言っている。それを見たおかげで、2度目の衝撃に倒れそうになる。

 

「うんうん。ここでは一夫多妻なんてものはザラにあるんだし、それも良いよね!3人でってことだし、あんなに好き好き言ってくれるベルくんから遂に結婚の話が出たんだ、ボクがその輪の中に入ってもおかしくないおかしくない!」

 

よく分からない飛躍した論理で勝手に頷いている。え、怖い怖い。神様ってこんな神だっけ?数秒前まであった僕の尊敬を返してもらいたい気分だ。あ、よく見たら目が完全に逝った人の目だ。滲み出る雰囲気も精神的に狂ってた頃の僕とよく似ていた。

 

「頭イカれてるんですかヘスティア様!」

 

「なんでボクの恋路を妨害するんだサポーターくん!どちらかと言えば君もこっち側だろう?!」

 

えぇっ!?どういうことですか神様!?ってか、リリがこっち側って何のこと!?リリも否定してよ頼むからァ!!!!

 

「リ、リリ…….?」

 

「確かに……リリはヘスティア様側です。それでもリリは!好きな人の幸せを願います。それに、ヘスティア様は何か勘違いしてます!」

 

「っ!!!!」

 

目を見開く神様。真剣な眼差しのリリ。終始置いてけぼりの僕とヴェルフ。

 

「ね、ねえ……ベルくん。勘違いって何のこと…か、な?」

 

チラリと僕を見る神様。未だに言わんとすることを理解できない……

 

「あ、一番重要なことを忘れてました。最初に言うべきだったんですけど」

 

「なんだいなんだい?教えておくれよ!」

 

「僕と婚約者のレフィーヤとの間には子供がいるんです。だから、簡単には引き下がれません!泥水を啜ってでも認めて貰えるまでここにいます」

 

場が今日何度目か分からない静けさに包まれる。

 

「えと……神様、よろしくお願いします」

 

耐え切れず口を開いた。その内容が起爆装置だったようで、皆の感情が一気に爆発した。

 

「そうかベル!お前も男になったんだなぁ……感慨深いぜ、おめでとう!!!!!!」

 

「ベル様が、ベル様が、ベル様が…………ここここ、こ、こ、子供おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!??????」

 

「ベルくん、それは本当なのかいっ!?でも、嘘はついてないしぃぃぁぁぁ!?」

 

「ヘスティア様が壊れた!」

 

「皆さんご迷惑をかけました……はて?これはどういう状況で?」

 

「ベ、ベ、ベル様がぁぁぁ」

 

「リリルカ様?お顔が凄いことになっておりますよ。落ち着いて下さい。ハンカチどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます。じゃなくてっ!!!!ベル様が子供を作りました!!!!子供ですっ!!!!結婚は結婚でも全てやり終わってからのデキ婚でしたぁぁ………」

 

「……………え?子供?デキ婚?それはつまり、、、ベル様とベル様の伴侶の方は……その、つまり」

 

「"そういうこと"をしたってことですね」

 

「は、はわわわわ……!!!! …… キュウ」

 

「ま、また春姫様が倒れてしまいましたァ!?」

 

「ちょ、こっちもヘスティア様が完全に放心してる!送還されそうな生気の無さだからとりあえず2人を寝かせるぞ!!」

 

「はいいぃ!!!!!」

 

「えっと、ボクはどう「ベル(様)は黙っておけ(おいてください)!!!!」

 

ベルはそのまま、ポツンと群れからはぐれた兎よろしく悲しそうな顔で正座のまま放置された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

結局その日は交渉が纏まらず、後日レフィーヤと共に訪問することになった。

 

「そんなことが……大丈夫ですかね?多分、神ヘスティアと春姫さんはベルのことを異性として好いていたからそうなったと思うんですけど」

 

「まさか。少し前まで人間として終わっていた僕だよ?好きでいてくれた人なんてレフィ以外いるはず無い」

 

断言するベルに少し呆れ、ため息を吐くレフィ。

 

「それに、仮にそうでもレフィ以外の人は眼中に無いよ」

 

満面の笑顔で言うベルに、恥ずかしがってクッションに顔を埋めるレフィーヤ。レフィーヤ渾身のジト目抗議も虚しく素通りされたようだ。

 

「僕の方は絶賛難航中だけど、レフィの方はどうなの?」

 

レフィーヤは苦々しい感情を表に出しつつ、事の経緯をはなす。

 

「交渉は成立したんだ。良かったよ」

 

「良くないですよっ!!!!いや、良いんですけど最高ですけど、リヴェリア様が完全に鬼神と言うか、反対するロキを吊し上げて凄まじいことになってるそうなんです!」

 

「反対勢力を潰してくれるのは結構なことじゃないの?」

 

「下手したら内部抗争どころか送還でロキファミリア解体ですよ!?ああもう、頭が痛い……」

 

「愉快だなあ」

 

ケラケラ笑うベルに少しげんなりする。でもなんだろう、心が磨り減った反動か自分と私の幸せしか眼中に無い言動が多々見られる。

でも、誰でも助けようと無茶無謀な冒険を繰り返すあの頃のベルはかっこよかったと同時に危なっかしくて見てられなかったのも確かだ。

そんなベルがやっと落ち着ける場所を見つけた、それが私の隣だってのが凄く嬉しい。だからこそ、ベルの隣は誰にだって譲りたくない。そのうち英雄候補を堕とした女って言われる日が来るかな。あれ、私もベルのことを言えないくらい独占欲強くなってる気がしてきた。思わず声を出して笑ってしまう。

 

「どうしたのレフィ?」

 

「なんでもないですよ」

 

「なんでもないってことは無いでしょ、ねえなに?」

 

「なんでもないってば」

 

「気になるじゃんか」

 

このまま平和なまま時が過ぎていけば良いのにな。今が楽しくてしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

2日後、ヴェルフに連れられて再びホームへ向かった。門が開かれ、奥の扉からヘスティアが出てくる。2人の緊張は最高潮に達していた。歩く時に同じ腕と足が同時に出てしまうほどの緊張感を生み出していたのは、神ヘスティアと神ロキの神威。そしてロキファミリア代表のリヴェリアからの威圧。前に置かれたグラスは心無しかカタカタ揺れている気がした。

 

「今から話すことは、両ファミリア間の結婚のことについてだ。2人はそれぞれ団長と幹部という立ち位置であるが故、我々の一存で決めることは出来ない。だから、両神の承認の元決定することとする。異論は無いな」

 

黙って2人は頷く。リヴェリアが顔を二柱の神の方へ向くと、神ロキが立ち上がった。

 

「言わんでも分かると思うけど、ウチは賛成や。正直まだ認めたくない。やっぱり認めた無い。でもな、確かにリヴェリアの言う通り、子供の門出を祝えん奴は神として以前に親としても失格や。だから認めたる」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

机に額を当てんばかりに深く座礼をするベル。

 

「だけどな、1つ条件がある。絶対にレフィーヤを守り通せ。これを守れんかったら即解消や」

 

「はい、承知の上です。命に替えても守り通し「待てベル・クラネル」

 

リヴェリアに急に静止される。驚くベルを射抜くように向かいから冷たい視線を送る。

 

「命に替えてなどと間違っても言うな。命を失えばそれまでだ。貴様は満足だろうが残された者の事を考えない言動は頂けん。護るべき人がいるなら、自分の命を守れ。自らの命を省みない奴に他の命を守り通すことなど出来ない」

 

諭すように、淡々と告げる。その言葉の中に、多くの仲間を目の前で失ってきたハイエルフの苦悩が現れているようだった。

二度とこんな顔をさせてはいけない。決意を胸に口を開く。

「レフィも子供も守って見せます。それに、死ぬ時はレフィーヤの隣でって僕は決めてるんで」

 

ベルの言葉にリヴェリアさんは優しく微笑む。

 

「ロキ、割り込んですまなかった。続けてくれ」

 

糸目を鋭く見開いた神ロキ。だが、こちらもニヤッと笑顔をベルに向けた。

 

「うちの言いたいことはママが全部言ってくれたわ。そーゆーこと。命を大切にな」

 

「誰がママだ!全く……」

 

神ロキの冗談で笑い声こそ無いが、張り詰めていた空気が和む。流石は道化の神と言ったところだろう。

 

しかし、もう一柱の神は表情を崩さない。黙ったままベルとレフィーヤを見つめている。

 

「コホン。か、神ヘスティア、貴方はどう判断しますか?」

 

柔んだ空気がまた硬直する。各人に緊張の糸が張り巡らされ、ハイエルフでさえも思わず萎縮してしまうほどの神威が彼女からは振り撒かれていた。

ゆっくりと、椅子から立ち上がる。いつもの丸く可愛らしい瞳からは想像できないほどの眼光の強さは、更にベル、レフィーヤの両人を萎縮させた。

 

「ベルくん」

 

「はいっ!?」

 

思わず立ち上がってしまうベル。構わず神ヘスティアは話し続ける。

 

「ボクは……異性として、神としてでは無く一人の女として君のことが好きだ。これは出会った時から変わっていないよ」

 

衝撃の告白。ベルは脳天を穿つような衝撃によろけ、レフィーヤに支えられて椅子へ腰を落とす。そして、そのまま頭を抱え込んでしまった。

 

「ベルくん、もう覚悟はできている。応えてくれとは言わない。答えを出して欲しいんだ。この僕の気持ちにどんな形でも良いから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

言葉に詰まる。言葉の続きは待てど待てど出て来ない。レフィと一緒に前に何となくでしていた雑談が、まさか本当になっていたとは。

 

……いや、もしかしたらレフィは既に知っていたのかもしれない。そのうえで、こうなる可能性も考慮していたのだと考えるとレフィの心労は図り知ることが出来ない。ほとほと自分の鈍感さに嫌気がさす。

 

こうなると僕も腹をくくらなければならない。3年前とは違う、全てをかなぐり捨てて逃げてばかりの僕とは。

 

僕はまっすぐに神様を見る。そして、隣で心配そうに僕を見るレフィの方を抱き寄せ、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「神様。僕はレフィだけを愛すと誓いました。英雄の道を踏み外し、人としての道すらも踏み外しかけていた僕を、無理やりにでも、体を張って救いあげてくれたのはレフィだけでした。その……神様の気持ちは素直に嬉しかったのですが、ごめんなさい。僕は神様のこと、異性として見たことは無いし、これからも出来ません。神様は路傍に迷う僕を拾ってくれた、大切な【家族】ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………うん。ベルくんの答え、受け取ったよ。ならボクは、竈の神として、家族として願おう。君達に幸多からんことを、産まれてくる子供に祝福を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「パパ!ママ!はやくきて!」

 

「そんなに走ると危な「ピャッ!!」あ……」

 

「う、うわあああああぁぁぁぁぁん!!!!!!!!!!!!!!」

 

「もう、また転んだの?アルフィ、こっちおいで」

 

「ぴええぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

「泣き虫は本当に僕に似ちゃったなあ」

 

「女の子だからしょうがないですよ。ほら、もう痛くない痛くない」

 

「スンッ、ヒグッ、エグッ!!ママァァァ」

 

「しょうがない子ね。ほらおいで」

 

「うんっ」

 

「パパのとこにはいつになったら来てくれるのかな……」

 

「それは……お腹の子に期待して、ね?」

 

「諦めたくないぃぃ!アルフィ、こっちおいで!!」

 

「………」

 

「なんか言ってよぉ!?」

 

「ふふふっ♪アルフィはママ大好きだもんね」

 

コクコク

 

「あー可愛い!私の天使!」

 

「あ、レフィ!僕もアルフィを抱っこしたい!」

 

「アルフィ、パパとママどっちがいい?」

 

「ん」

 

「そ、即決ぅ!?」

 

「だよね〜ママが良いよね〜スリスリ」

 

「うぅぅ……」

 

「パパ?」

 

「あらら、意地悪しすぎちゃった。アルフィ行ってあげて」

 

「パパだいじょぶ?」

 

「隙あり捕まえた!」

 

「わあっ!ママたすけて!」

 

「でもアルフィ嬉しそうじゃない。ほら、パパに肩車してもらったら?」

 

「ほんと!?パパ、たかいたかいしてくれるの?」

 

「もちろん、それっ!」

 

「わーい!キャッキャッ」

 

「良かったねアルフィ。パパもお疲れ様」

 

「ありがと。じゃあ帰ろっか」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Thank you for watching!!!




後日談は要望が多ければ書きます。また、アルフィはアルテミス様とフィルヴィス、目の前で亡くなった2人の名前から取りました。どこかの母親と似ている所は……彼等の運命力と言った所でしょうか。


ではまた次回作で会いましょう。ここまで見て下さりありがとうございました


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番外編
番外編の設定


 

 

ベル………嫁、子煩悩の父親。趣味はレフィーヤとのイチャイチャと娘と遊ぶこと。彼女達のためなら世界を破壊するのも躊躇わないレベル。娘のアルフィが可愛すぎるあまり、娘の恋愛事情が気になって仕方がない。交際はもちろん認めないつもりである。

妻のレフィーヤに対しては頭が上がらない。かといって尻に敷かれている訳でもなくて、要するにただのイチャイチャ夫婦である。喧嘩になったら必ず負ける。夫婦間にレベル差などは存在しない。

 

レフィーヤ……夫大好き。教育ママ。最近は夫であるベルをひたすら甘やかすことが日課になりつつある。趣味は縫い物、料理。お腹にもう1人子供がいる。ベルは決してマダオではないがマダオにされつつある。依存させることが得意技。

娘のアルフィに対しては、優しいママである。しかし、アルフィには冒険者になってもらいたくないと思っている。自身の貯金を切り崩して学区に通わせているのもそのためである。

15の頃、ベルと出会った時にはかなりの大きさを誇っていた胸が歳を追うごとに成長を遂げていって今はティオネを超えてヘスティアに匹敵するレベルである。これはコンプレックスでもある。ロキファミリアにはエルフなのに同じく大きい方が約2名(リヴェリア、アリシア)がいたりするから特に気にしなくても良いはずなのだが、結婚前は小さく見える対策(サラシ)を必死に取っていた。

結婚後は……ベルの趣味でサラシは着けていない。

 

 

アルフィ……溺愛されている一人娘。趣味は外を走り回ることと、母親のお手伝い。レフィーヤと同じように感情豊かなハーフエルフ。山吹色の髪、しかし父親譲りの癖毛とルベライトの瞳を持つ。自由奔放で快活。楽しいことが大好き。ベルやレフィーヤが甘やかすものの、わがままはそこまで言わないため近所でも評判の良い子である。しかし、頑なに母親のレフィーヤの作った衣服を着ることにだけはこだわるため、妊娠で仕事を休んでいるレフィーヤは衣服を作るのに必死である。

後に齢10歳からどことは言わないが母親に似て大きくなってくる。それを見たとある絶壁を司る神は血の涙を流すことになった。

 

家はメレン。ベルの仕事は漁師。冒険者は引退して、ニョルズの元で主に海のモンスター対処とレベル7の力で船の動力源として働いている。

レフィーヤは学区で仕事をしていて、こちらも冒険者としては引退している。ごく稀に依頼されて行くこともあるが、それは事務業務に忙殺されているラウルとアキのヘルプが多い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次回、【わたし、アルフィ】!!わたしが主人公の日常譚だよ!みんな、よろしくね!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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わたし、アルフィ 前編

お待たせしました。沢山の応援ありがとうございました!下手な絵を挿絵としてぶち込んでますが、アルフィってこんな感じの子なのねって想像を少しでも膨らませられる助けになればと思って描きました。ドラえもんのような暖かい目で見てくれると嬉しいです。


わたし、アルフィ!

【挿絵表示】

 

今はいないらしいんだけど、パパとママの大切な人の名前を少し貰って名付けられたの。そんな私の将来の夢は昔のパパやママみたいな冒険者!好きなことは剣術!魔法も使えるけど、やっぱり自分の体を動かした方が私は好き!でも、まだ神の恩恵(ファルナ)は貰えてないの。私もう7歳なのに!幼馴染のトイはもうダンジョンにも行ってるのよ!?むぅ〜〜!!!!

 

だから!私はパパに交渉することに決めたの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「パパ!私ね、冒険者になりたい!今すぐ!」

 

パパは読書を中断してこっちを見てくれる。剣術の稽古もやってくれるし、私はパパが大好きだ。

 

「これまた突然だね。どうして?」

 

「だって、幼馴染のみんな全員冒険者になったんだよ?私だってなりたいのに!!」

 

「うーん、アルフィが冒険者になるためには色々と大人の問題があるんだ。ママもまだダメって言ってるし」

 

パパはいつもこうだ。すぐママ、ママって、ママの尻に敷かれすぎなの。それにいつも『大人の問題』でごまかしてくる。

 

「それに、冒険者になったらパパとママとは離れ離れだよ?」

 

「えっ、なんで?やだ、それはやだ!!」

 

「だって、ここはメレン。冒険者になるためにはオラリオに行かなきゃいけないんだ」

 

「う〜……まだ、パパとママと一緒にいたい」

 

「そうだね。僕もアルフィと一緒にいたいから、もう少し待っててね」

 

「うんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

夕暮れ時、パパに絵本を読んでもらっている途中で扉を開く音がした。

 

「ただいま〜。すぐにご飯作るから待っててね」

 

「おかえり、レフィ、」

 

「おかえりママ!」

 

ママがお仕事から帰ってきた!ママは料理上手で、優しくて、綺麗!パパが言うにはすたいる?も良いんだって。本当に私にとって理想の完璧なママ!まあ、ちょっとだけ厳しいけど……

 

「ねえママ!私はいつになったら冒険者になれるの?」

 

「そうね〜。アルフィが学区でお勉強頑張ってくれたら考えてもいいわよ」

 

「でもでも、パパはいいって言ってるよ?」

 

「パパはアルフィにあまあまだからね。でも、ちゃんと学区を卒業しないとダメよ?」

 

「む……勉強嫌い」

 

「そんなこと言っちゃダメでしょ?パパでさえダンジョンについてお勉強したんだから」

 

「えっ、そうなの!?」

 

私は思わずパパの方を振り返る。だってパパはこれでもかってほど、勉強が苦手だったはずだから。

 

「でさえって酷いなあ。でも、ママの言う通りだよ。せっかく近くに学区があるんだからしっかり勉強してからでも遅くはないよ。ちゃんとした知識があれは、その分安全になるからね」

 

「そうそう。冒険者になるのはいいけど、私たちの1番の願いはアルフィが元気でいることなんだからね。怪我したらパパなんて泣いちゃうわよ」

 

「流石に怪我くらいでは……泣かないと思うよ?誰かに故意に怪我させられたりしたら、持てる限りの力で消し炭にするけど」

 

「パパ怖い!!!!」

 

やっぱり勉強は大切なのかな。でも、勉強やりたくないよお。

むーむーと唸ってたら、ご飯が出来たってママがお手伝いを頼んできた。ママのお手伝いは好き。勉強もこれくらい楽しければいいのになあ。

今日のご飯はパパの釣ってきたお魚を焼いたり、ずっと東にある国の食べ方をした。生でもお魚って美味しいんだ。ママの作った普通のとは違うサッパリしたソースをかけるともっと美味しいし、調子に乗って沢山食べちゃった。その後にすぐ眠くなったからベッドにフラフラと歩いてく。

 

「こら、レフィは牛さんになりたいの?食べてすぐ寝ちゃダメ。ほら、お風呂に入るわよ」

 

「眠いのに……」

 

「はいはい。お風呂から出たら一緒に寝ようね。あ、パパ、片付け頼んでもいい?」

 

「いいよ。ゆっくりしておいで」

 

そのまま私はママに抱っこされてお風呂に入る。私はママの胸を枕にするようにしてお風呂につかり、気持ちよくてそのまま眠ってしまいそうになる。

 

「こら、寝たら溺れるわよ」

 

「ママのおっぱい、大きくて柔らかくて、寝心地いい」

 

「な、何言ってるの!」

 

「ほんとだもん……むにゃむにゃ」

 

私は眠気に負けて、意識はふわりふわりと飛んでってしまった。

 

 

※※※

 

「寝ちゃう前に身体と髪洗ってあげるから。パパ!ちょっと来て!」

 

「なに?」

 

「アルフィがもう眠過ぎてダメっぽいから、洗い終わったらパスするから着替えさせてベッドに連れてってあげて」

 

「りょーかい」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

とある日、私はパパの仕事場に着いていった。学区の宿題で、パパとママのお仕事について調べなきゃいけないから。

 

「お、来たかベル!!今日は嬢ちゃんも一緒か!」

 

「はい。今日は娘をよろしくお願いします、ニョルズさん」

 

「おうよ、任せとけ!ベルもやること多いけど頼むぜ」

 

「仕事ですから。頑張りますよ」

 

パパの仕事は漁師さん。パパは元冒険者で凄く強かったらしいんだけど、私がママのお腹にいる頃に転職したらしい。なんでって聞いたら、

 

「冒険者ってのは危険なんだ。いつ死ぬかも分からない、どんなに強くてもね。でも、それだとママを悲しませるし、アルフィとも会えなくなっちゃう。僕はそれが嫌だったんだ」

 

って言ってた。私としては冒険者をしてるパパも見てみたかったけど………

 

あ、そうだ。ニョルズ様に聞いてみれば良いんだ!

 

「ねえニョルズ様」

 

「ん?どうしたんだい」

 

「なんでパパは冒険者やめてここで働いてるの?」

 

「ん?ん〜、そうだなあ」

 

ニョルズ様は難しい顔をして考え始めちゃった。

 

「アルフィのパパはね、オラリオで1番強い冒険者だったんだ。それはもう、メレンにまでその名声が轟くぐらい」

 

「1番!?凄い凄い!」

 

「そう、アルフィのパパは凄い人なんだ。でもね、今ここで働いてるのはもっと凄いことなんだよ」

 

「なんで?」

 

「パパはオラリオにいれば、なんでも望むものは手に入った。好きな物も食べれるし、豪華な家に住める。でもね、それでもアルフィとアルフィのママを選んだんだ。いつ死んでもおかしくない、危険な場所に身を置いているより、少しでも安全なとこで家族と暮らしたいってね」

 

「それって凄いのかなあ」

 

私はパパとママが大好きだし、お菓子とかぬいぐるみを沢山あげるって言われてもパパとママを選ぶ。だから、ニョルズ様が言う凄さってのが分からなかった。

 

「アルフィもいずれわかるよ。ほら、パパのお仕事見なくていいのかい?」

 

「あ、見なきゃ先生に怒られる!ありがと、ニョルズ様!」

 

「聞きたいことがあったらなんでも聞いて」

 

「うん、ありがと!」

 

ニョルズ様に言われて、パパのお仕事を見に行く。パパは海の中に潜っていた。

 

「これ、何してるんだろう」

 

武器を持って海の中にって、なんで?パパは漁師じゃないのかな?

 

「ベルさんは今、船が出るためのモンスター狩りをしてるのさ」

 

「あっ、レイスさん!」

 

「よっ、アルフィ嬢ちゃん。久しぶりだね、学区の宿題?」

 

「うん!」

 

レイスさんはパパの友達の1人で、よく家に来てくれるお兄ちゃんみたいな人。ニョルズ様のファミリアの団長、ロッドさんの……なんだっけ?多分子供だった気がする。

 

「ねえ、パパって漁師だよね?お魚釣らないの?」

 

「漁師って言っても魚を釣るだけじゃないんだよ。特にここメレンでは、他の場所よりモンスターが多いからね。前まではモンスターのいない時期を狙って出航してたんだけど、ベルさんが来てからその必要が無くなって大助かりだよ」

 

知らなかった。漁師さんのイメージは、沿岸で釣り竿を持ってじーっと待ってるイメージだった。それを言うと、レイスさんは笑いだした。

 

「もう、なんで笑うの!!」

 

「い、いやあ、ごめん。嬢ちゃんが言ってるのは趣味で釣りをしてる人だよ。そんなんじゃ一日にみんなで頑張ってもちょっとしか釣れないだろ?俺たちはもっとたくさん釣ってくるんだ」

 

「へえ、そうなの?」

 

「そうさ。あっ、ベルさんが上がってきたからもう出航だ。嬢ちゃん、こっちこっち!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「うわあ………凄い!」

 

目の前に広がる大海原。ぴょんぴょん跳ねる魚と共に凄いスピードで船は進んでゆく。空も青く、海とどちらが美しい青かを競っているよう。

 

「でも、パパは本当にお魚釣らないんだね」

 

「そうなんだ。でも、ベルさんがこうやって船を動かしてくれるお陰で、俺たちは一日で釣り場まで行けるようになったんだぜ」

 

「それまではどれくらいかかったの?」

 

「2日、3日はかかったな。本当、ベルさんには感謝しかないんだよ」

 

早く娘と妻に会いたいから早く帰れるように頑張れるって毎日言ってるんだ。と、更に付け加えられた言葉はとても嬉しくて、仕事中なのにパパのとこに走って抱きついてしまった。

もちろん、その後に船体が揺れに揺れて怒られちゃった。でも、パパはやっぱり凄いんだな。私は凄く誇らしかった。早く学区のみんなに自慢したい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

今日はパパの知らない一面を沢山知ることが出来た。興奮の熱がまだ抜けきっていない。

パパは他の人からの挨拶を終えたあとに、ベンチに座る私の元へと走ってきてくれた。

 

「お待たせ。パパの仕事を見てどうだった?」

 

「すっごくかっこよかったよ!」

 

「そう?アルフィにかっこいいって言って貰えるなら、これからもお仕事頑張れるよ」

 

「えへへ」

 

私とパパは手を繋いで、海に沈んでく太陽を背にして家に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「ええっ!ママのお仕事見に行けないの!?」

 

パパのお仕事見学から数日後にママのお仕事を見に行く予定だったのだけど、パパと一緒に帰ってきた時にママから告げられた。

 

「なんでなんでなんで??」

 

「ごめんねアルフィ。お腹の赤ちゃんがそろそろ大きくなるから、お仕事はお休みって言われたの」

 

私はショックでポカンと口を開けて棒立ちになる。ママは頭を撫でてくれるが、正直ショック撫でられることよりの方が大きくて辛い。

 

「その代わりに、ママのお仕事のことを教えてあげるからね」

 

赤ちゃんが生まれてしばらくするまで家にずっといるから、とも言われて私は少し気分が上向きになる。でも、やっぱり残念……

 

でも、そんなことは言ってられない。切り替えが早いのが私の良いとこ!

 

「じゃあ今すぐ教えて!」

 

「はいはい。書くものの準備はいい?」

 

「うん!」

 

「最初はどうして今の仕事を始めたのか、からね。ママはパパと同じように冒険者を引退しました。でも、引退はしたけどまだまだお金はいるし、冒険者の頃に買った装備の借金をまとめて返したりでお金もあんまり無かったの。だから、リヴェリア様に少し協力してもらって今はギルドの下級冒険者サポーターをしています」

 

「あれ?でも、この前のお仕事はロキファミリアって……」

 

「それは、たま〜にロキファミリアからもお仕事の依頼が来るの。事務仕事を頼みたいーって。それを手伝いに……って、ああっ!!!!」

 

ママの素っ頓狂な声に私はぴょんと跳ねて尻もちをついてしまった。ママはと言うと、慌てて様子を見に来たパパをじっと見て口をあうあうさせている。

 

「パパ、どうしよう……?」

 

「ど、どうするって?レフィ、そんなに動揺してどうしたの?」

 

「明日、オラリオ行かなきゃ……!」

 

「えっ?」

 

「ロキファミリアの生誕祭のこと!私、まだロキファミリアに籍を置いてるから行かなきゃダメなこと忘れてた!」

 

どうしようかと2人して黙り込んでしまった。私はママのお仕事の話を聞きたいのに………

 

結局その日はパパとママはずっと喋ってて、私の言うことなんて聞いてもくれなかった。

でも、次の日の朝。

 

「アルフィ、起きた?」

 

「おはよ、パパ。眠いからまたね」

 

「いつもはそうさせたいが今日はだめだ。外用の服着て支度して」

 

よく分からないままパパに手を握られてフラフラとベッドから離れて、ママに預けられる。ママはパパ譲りの私のくせ毛を綺麗に整え、外行用の服を着せる。支度が終わってからようやく目が冴えてきてよく見たら、パパもママも見た事ないドレスコーデに身を包んでいた。

そして、何も分かってない私の疑問に対してママが一言。

 

「アルフィ。今日はお祭りと、ママの仕事場。それにパパの前居たお家に連れてってあげるからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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わたし、アルフィ 後編

【黄昏の館】

 

世界の誰もが知る都市最大派閥の(ホーム)。圧倒的な存在感を誇る豪奢な本拠地は、数多くの団員を抱えるがゆえ。主神のレリーフをあしらった門をくぐって中に入る。目の前に先ず現れるのは、綺麗に舗装された道と整えられた木や花を周囲に取り巻く高名な建築家が長年の歳月をかけて形にしたと言われる重厚なバロック様式の建築物。団員達は基本そこに住み、寝食を共にする。居住スペースを抜けた先には時計塔が中心に鎮座しており、それを中心に放射状に伸びる大理石の石畳。石畳が繋がる時計台の真下にはドーム状になっている決闘場なるものが有り、昼夜問わずして剣戟の音が鳴り止むことは無い。その間には日陰の下で談笑できるように金木犀の木と木製のベンチが。また、その先には軽く訓練が行えるように芝生が生えているスペースが点在している。

都市の一角に居を構える母親の実家(ロキファミリア)は、メレンの街中の慎ましやかな一軒家に住むアルフィにとってあまりにも大きすぎる存在である。

 

「アルフィ?固まってないで入ってきて」

 

あまりの大きさに威圧されたのか、母親がその名を呼ぶまで立ち尽くしていた。

 

「うん」

「どうしたの?元気ないけど」

「だって……こんなに大きなお家初めてだもん」

「確かにアルフィを連れてきたのは初めてよね」

「アルフィ、もしかして少し怖い?」

 

父親の問いかけに小さく頷く。見たことない物にいつもワクワクしているアルフィであるが、規模の壮大さに萎縮してしまっているようだ。

 

「おいで、アルフィ」

「うん…」

 

大人しく父親に抱っこされるアルフィ。いつもは無邪気ながら他の子より大人っぽいと評判の彼女だが、根はまだまだ子供だ。

 

「お、来たね」

「3人ともロキファミリアにようこそ!」

「久しぶりじゃなあ!良い宴になるぞ!!!」

「アルゴノゥト君も来たんだ!なんか男らしくなったね〜」

「この子がアルフィ?可愛いわね〜」

「お前たち、いきなりそんなにもみくちゃされたら怯えてしまうだろう」

「でもでも、めっちゃ可愛ええやん?!ママも来てみい!」

 

生誕祭の会場である広場に1歩踏み入った瞬間、多くの人々が集まってきた。どれもこれもアルフィにとって珍しい人達ばかり。金髪の小人に異様な筋肉を持つ大男、母親より長い耳を持つエルフにやたら薄い、というか肌を露出した衣服を身につけている人など、パッと見渡しただけでもアルフィの常識を軽々飛び越えてきた。まるでおとぎ話の世界に放り込まれた感覚だった。

アルフィにとって不思議な事は、両親共々多くの異種族とまるで家族のように接している事だった。

そんな時、私もよく知る人がいくつも積まれた木箱を持ってやって来た。私は群がる人から逃れるようにしてその人の元へ走ってゆく。

 

「皆さん、旧交を暖めるのもいいんすけどちゃんと準備してくださいよ〜」

「あ、ラウルさん!」

「お、こんにちはアルフィちゃん。来てくれてよかったっすよ。今日は沢山楽しんでね」

「うん!あれ、アキさんは?」

「アキは向こうにいるっすよ。今は忙しいから後で会ってきたらいいっす」

「ありがとうラウルさん!」

「いいっすよ!アキのとこに息子もいますからねー!」

「えっあっ」

 

ラウルさんはそう言い残して他のとこに行ってしまった。アルフィは顔から火が吹きそうなくらい熱くなっている。恥ずかしくて助けを求めようと親の方を向いたが、2人ともまだまだ多くの人と談笑している。

今は構ってくれる状況じゃないなと考えて、フラフラと自由に散策すると決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「アルフィか。一人でなにをしている?」

 

身体がビクッと跳ねた。振り向くと、翡翠の髪に同色の瞳。透き通るような美しい肌を深緑の衣で包んでいる。何より、母より長い特徴的な耳が何者かを暗示させる人物。

 

「リ、リべリアしゃまっ!?」

 

思いっきり噛んでしまった。顔から羞恥が溢れ出るよう顔が真っ赤に染まってゆく。

リヴェリアは幼い子供にも敬意を払われることに険しい顔になるが、アルフィが露骨に怯えたため慌てて笑顔を取り繕う。

 

「リヴェリアで良い。どうした?レフィーヤ達は構ってくれないのか」

「ううん、パパもママもお友達とお話してるから、一人で冒険するんだ」

「そうか。ならばその冒険に私も付き合わせてくれないか?」

「え、あっちのお仕事はいいの?」

「何時も詰め詰めで働いているからな。今日くらいはサボらせてもらうことにする。さあ、アルフィ隊長。どこへ行く?」

 

明らかに目上の者、アルフィ目線だと大人に隊長と呼ばれたことにアルフィはこの上なく嬉しくなる。他の大人、特に母でもありエルフでもあるレフィーヤが見たら卒倒案件だがアルフィには関係ない。

 

「出発しんこー!目的地はこの大きな建物!」

 

意気揚々と前を行くアルフィに手を握られたリヴェリアの笑顔は、成長を楽しむ祖母の美しさに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「図書館……?」

 

アルフィが初めに入った扉の先は、これでもかと言わんばかりの蔵書で埋め尽くされていた。赤、黄、緑。数多の色とりどりの背表紙が立ち並んでいる。

数多にある蔵書の内容とは、

古今東西の怪物や特徴的な亜人(デミ・ヒューマン)を記した図鑑

宝石や希少なモンスターの部位が装飾されている装飾本

挿絵が中心となった児童向けの本

ここオラリオの歴史を記したもの

迷宮区、所謂ダンジョンの各階の構造や出現する何某が事細かに書かれた冒険者入門書

そして、幾重の世代に紡がれ表紙も中の紙も色褪せた英雄譚

 

父親と教育ママのレフィーヤの影響もあって本が大好きなアルフィは、口をほの字に開き爛々と瞳を輝かせていた。

 

「ここは大図書館。ギルドのものと比べても遜色ない程の蔵書量だろう。なにか読んでくか?」

 

思ってもみなかった申し出にアルフィのテンションは最高潮。勢いよく返事をして駆け出そうとして首根っこを捕まえられる。

 

「図書館では、静かに、走らない」

「ご、ごめんなさい……」

「分かればいい。好きな本を選んでおいで」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「これにする!」

 

アルフィが指さしたのは英雄譚の中でも一際年季がある赤黒い一冊。貧弱で滑稽な道化師がのらりくらりと敵を躱しながら、なんやかんやで世界を救う物語。

 

「アルゴノゥトか。待っていろ、今取ってやるから」

 

リヴェリアが手を伸ばして本棚から取り、アルフィに手渡す。

 

「読んで!」

「私でいいのか?」

「リヴェリア……さん?じゃないとヤダ」

 

リヴェリアは直感した。この娘は大人たらしだということを。

 

「しょうがないな。ほら、こっちにおいで」

「うんっ!ありがとう!!!」

「これはオラリオができる、いや、神が天から大地へ降り立つよりも前のお話……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「……こうして皆に英雄として讃えられました。おしまい」

 

本をパタンと閉じる。横を見れば、アルフィは可愛らしい笑顔で余韻を噛み締めていた。

 

「良かったか?」

「うんっ!最高だった!」

「それは良かった」

「いつも笑っていたいなって思えたな。なんでこんなに楽しいお話、パパやママは教えてくれなかったんだろう?」

 

アルフィの素朴な疑問は、リヴェリアの言葉を詰まらせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

【英雄】

 

 

 

 

 

 

 

 

これはオラリオにおいて、特に冒険者達において特別な意味を持つ言葉。

この娘の父は英雄に憧れ、目指し、努力した末に、堕ちた。英雄への道がどれほど茨に囲まれ、無数の落とし穴が有るのかは子供に到底理解出来ない。だから、大切な一人娘にあえて読み聞かせることをしなかったのだろう。数多にある英雄の物語を。

 

やってしまった。考えがそこまで回らなかった。

 

「リヴェリアさんどうしたの?」

「…ん、いや、なんでもない」

 

子供は感情の機微に敏感だと改めて感じる。と同時に、取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感に苛まれてしまう。

 

「アルフィ」

「なあに?」

「アルフィに英雄はいるか?」

「えー?ん〜、まだ、いない……かな」

「そうか。ならば、アルフィはアルフィだけの英雄を見つけるためにこれから頑張らないとな」

「私だけの……うんっ!見つけるよ、私だけの英雄!」

「それは良かった。ちなみに、お前の父と母はもう英雄を見つけているんだ」

「えっそうなの!?だれだれ?」

「それを知ることが出来たら、また1つ大人の階段を上れるな」

「え〜!?教えてよもうっ!」

「自分で探すことに意味があるんだ。方法は色々だがな」

 

そうした流れで図書館を後にする。アルフィも本を置いててくてく着いてきた。この失態は胸に秘めておこう。そう決めて、再び差し伸べられた、無垢で柔らかい孫の手を取る。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

「ここがお母さんの住んでいた部屋だ」

「ここは闘技場。まあ、もっぱら昼寝にしか使われてないがな」

「ここは私の部屋だ。ちょっと待ってろ。この前送られてきた菓子をやるから」

「ここは………まあ、その、あれだ。地下室だ。決して懺悔とかをする場ではない」

 

至れり尽くせりにロキファミリアを案内してもらい、アルフィの気分は最高潮だった。どこを見ても、何に触れても新しい体験。リヴェリアの手を握り、途中からリヴェリアからもらった目新しい菓子を手にして気になるところに歩いて回った。

 

そして、気づいたらもう日が傾きかけてきている。一日のほとんどを館見学に費やしてしまいなんだかなーと思いながら館から出ると、

 

「あっ、ママだ!」

 

ベンチで4人。母と金髪金瞳の人、褐色の肌に黒色の髪と瞳を持つ2人が楽しく談笑している。

 

「ママー!!!」

 

タタタタタッと駆けていってぎゅっと抱きつく。やっぱりママの香りが1番安心する。ふわっとした、優しい香り。

 

「どうしたのアルフィ?リヴェリア様に色んなとこ連れてってもらってたんでしょ?リヴェリア様、ありがとうございます」

「礼には及ばんよ。私も楽しかった」

「アルフィ、ありがとうは?」

「リヴェリアさん、ありがとう!大好きっ!」

「また遊ぼうな」

 

よしよしと頭を撫でられてご満悦のアルフィを見て、レフィーヤもなんだか嬉しくなる。

 

「………ほんと、お母さんが板に付いてきたわよね」

「私たちにもお母さんいたらこんな感じだったのかな〜」

「……いいな」

 

他の3人もそれぞれの反応。レフィーヤはそれを聞いて小っ恥ずかしくなり顔を赤らめるも、それすら可愛いと言われて小さくなってしまう。

 

「ママ、パパは?」

「パパはラウルさんと一緒にいるわよ」

「行ってきていい?」

「いいけど、走ると危ないから走らないように気おつけてね」

「うん!」

「レフィーヤ、私、アルフィちゃんと少しお話したい……な」

 

アイズが意外にもアルフィとのお話を所望されたことに面食らう。だが、断わる理由も無いので首肯と手を振ることで意志を示す。

 

「ありがと、レフィーヤ。アルフィ、、ちゃん。行こっか」

「う、うん」

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

アルフィは緊張している。なんせ隣にいるのは、家があるメレンにまで名を轟かせる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインその人なのだから。それに、アルフィの親2人はアイズを慕い、憧れ、父に至っては恋をしていた人だ。幼い頃から耳にタコができるほど散々どれだけ魅力的かを聞かされてきた。故にアルフィも自然と憧れを持つ。そんな人が自分の手を握って歩いているのだからもう堪らない。喜びを通り越してアルフィの世界の全ては固まってしまっていた。

 

「アルフィ、ちゃん」

「ひゃっ!ひゃいいっ!!!」

 

声が裏返り素っ頓狂な声が出てしまう。顔に熱が昇ってきて、顔から湯気が出てきそう。

 

「大丈夫……?」

「だ、だだだ大丈夫です!」

「楽にして、いいからね。私、ずっとアルフィちゃんとお話したかったんだ」

 

まさか、まさか。相手も自分と同じことを思っていたなんて。アルフィはそれだけで舞い上がりそうになる。

 

「わたしも!アイズさんとお話したかったんです!」

「ん……おそろい、だね」

 

もう泣きそうだ。この辺りの感情の豊かさは母親譲り。

 

「アルフィちゃん。お父さんと、お母さんのこと、聞かせて?」

「うんっ!パパとママはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

アルフィとアイズが仲良く話しているところをたまたま見たベルの口は少しだけ、角度が上向く。

 

「嬉しそうだね。何か良いことでもあったのかな?」

「あ、フィンさん……今日はお疲れ様です」

 

今日のフィンは非常にラフな格好だ。七分袖の半袖に黒の導線に繋がれた白銀の真珠があしらわれているネックレス。ダボッとした印象を受ける上とは反対に、下は黒のスキニーを履いてピチッと決めている。

 

「なんか、その……格好良いですね」

「そうかい?それは良かった。流石の僕も歳をとると流行りというものが分からなくてね。以前リリルカ君に見繕って貰っていたんだ」

「リリに……ですか?」

 

ベルは驚いた。かなりの騒動の末フィンを振ったのだから、今更その気にという話が出てくるのは謎でしかない。

 

「ああ、君が考えるようなことは無いよ。たまたま服屋で会っただけだから。何を着ようか迷っていたら色々教えて貰ってね」

「ああ、なるほど」

 

リリルカの揺れ、変化する乙女心などいざ知らず二人の会話は続いている。ベルの居ない数年の間、埋まらない心の穴を埋めるために何を考え、結果何が起こっていたのかなどベルは知る由もない。物語はベル達以外でも巡っているのだ。

 

「…で、あそこにいるのはアイズとアルフィちゃんか。仲良さげで微笑ましいね」

「はい。見てて癒されますよね」

 

アイズの膝に乗ってアルフィが楽しそうに話すのをアイズはニコニコしながら聞いている。

 

「あの空間だけ切り取れる技術は無いですかね」

「そんなものがあれば僕が欲しいくらいだよ」

「あそこにレフィがいれば完璧なのになあ」

「君の嫁煩悩子煩悩は噂通り……というか、相変わらずだね」

「はい。相変わらずです」

「認めちゃうんだ」

 

ほのぼのと、時は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

そろそろ祭りも本格化してきた。花火が上がり、各地からやってきた様々な出店が立ち並ぶ。極東の甘味からオラリオ伝統の料理、テルスキュラ、ギリシアに伝わる伝説の酒まで、古今東西あらゆる食べ物がここに集まっている夢のような場だ。アルフィは大好きな父と母と合流し、その屋台の一つ一つに目を輝かせている。

 

「パパ、あれ食べたい!」

「良いぞ!好きな物どんどん食べろよ!」

「パパ、アルフィを甘やかしすぎないで!アルフィも、あんまり甘いものばっかり食べてると太っちゃうんだから」

「太るのはやだ……」

「でしょ?気おつけて」

「はあい……」

 

ロキファミリアだけの、一夜限りのお祭り騒ぎ。無礼講に各団員も踊り喋りどんちゃん騒ぎ。端の方で決闘している輩もいたり、カードゲームに興じる者、チンチロで賭け事をする者、それを注意する者もいないので、もうなんでもありである。

 

最高潮に盛り上がって来た時。今まで多くのアトラクションやミニゲームで遊んでいたアルフィがうつらうつらしてきた。ベルとレフィーヤはそれを見て、フィンとリヴェリア、ガレス達幹部の集まる所へ向かう。

 

「あの、私たちそろそろ帰りますね。アルフィも眠たそうですし」

「まだ早くないか?」

「いえ、これ以上お邪魔する訳にも」

「部屋を貸すことも出来るんだぞ?」

「えと……もう宿を取ってありまして」

「やめんかリヴェリア。レフィーヤも旦那側のファミリアの関係もあるじゃろうて」

「そうだよ。おばあちゃんのお節介もその辺で」

 

少し落ち込んだようにスっと引き下がるリヴェリア。見たことの無い悲しげな顔にレフィーヤとベルは罪悪感で胸が張り裂けそうになる。

 

「【元】ですけどね。すいませんリヴェリアさん。また連れてきます。今度こそ泊まりで」

「そうか。楽しみにしている」

「はい。必ず、近いうちに」

 

他2人とも一言言葉を交わし、見送る3人に背を向けて一家はヘスティア・ファミリアへ向かう。

 

「行ってしまったな」

「リヴェリア、孫煩悩も程々にしなきゃダメだよ」

「そうじゃそうじゃ。あまりにいきすぎると同居なんて言い出すお前がおるかもしれん」

「確かに……な。あの子のためなら今すぐ隠居してしまいたいくらいの気持ちだ。副団長としての自覚を持たなければいけないな」

「良い心がけだと思うよ」

「それはそれとして」

「「え」」

 

こちらへ振り向く顔はまるで鬼神の形相。しかし口角は不気味なほど上がっており、言うなればそれは殺人鬼が殺し周り快楽を貪り愉悦に浸るような、そんな顔。鋭く光る瞳はかつてないほどの眼圧が宿り、2人はここがダンジョンであるかの錯覚をしてしまう。気づけば2人は普段武器を取る構えをしてしまっていた。

違うのは、そこに武器はないこと。2人の手は虚しく空を切る。そして、言いようのない悪寒と背筋を這う冷たい汗が彼らを襲った。

しかし、後退は許されない。いや、後退出来ないのだ。

 

「えと……」

「リヴェリア……さん?」

「2人ともどうした。私はこんなにも笑顔だと言うのに?」

「い、いやあ」

「そ、そのお」

 

曖昧な返事。それが彼女の短い導線に向けての火花となった。

 

 

「誰が婆さんだァ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜の祭り。最後を飾ったのは2発の赤黒い花火であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

陽も完全に落ち、魔石灯が新月の生み出す闇を照らし始めた。大通りは昼とは別の様相で賑わうが、アルフィはそんなこと関係なくすやすやとベルの背中で眠っている。

 

「よっぽど楽しかったんだね。疲れて途中でこんなにぐっすり眠るのって初めてじゃない?」

 

レフィーヤの言葉にベルも頷く。アルフィは寝付きの悪い子であり、レフィとベルが傍に居て尚且つ30分は眠れずにモゾモゾと布団の中を這い回る。ベルが漁で1日2日いない時などは2時間以上眠ることが出来ないのもザラであるのに、今日は気づけばウトウトしてすぐ眠ってしまった。

 

「ところでアナタ。これちゃんと道合ってるの?」

 

気づけば一通りのない一本道。その先に進めば右手には嫌に艶かしい光が輝いていて、左手には薄気味悪いくらい対照的にひっはり静まり返っている。

ベルは慌てて回れ右をして走り去ろうとする。いるはずの無い旅と放蕩の神を見た気がして。

 

「待ちなさい?」

 

肩をガシッと掴まれ万事休す。

 

「アナタが何年か前に入り浸っていた事は……聞いたことある。で・も・ね?アルフィを連れてその蛮行は無いんじゃない?」

 

そう。ベルはやさぐれていた頃に入り浸っていた酒場や歓楽街がある場所へ向けていたのだ。

 

「あ、えと、その……アルフィが寝てるから、な?」

「はあ……分かりましたよ。()()、ね?」

「ハイ。アトデデスネ」

 

今夜は長いことが確定したベルであった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

紆余曲折あり、ヘスティアファミリアのホームに辿り着いた3人。ガチャガチャと呼び鈴を鳴らすとヘスティア様がいの一番に駆けつけてきた。

 

「やあ3人ともよく来てくれたね!ささっ、中へ入りなよ!みんな待ってるぜ!」

 

あまりの勢いに2人して顔を見合わせてしまう。ただ、そこまで首を長くして待っていてくれたことにただただ感謝しかない。

 

「おっ、やっと来たな!」

「ベル様!待ってましたよ!」

「かなり長いことお越しいただいてませんでしたから、寂しかったです」

 

館へ入るとヴェルフ、リリ、春姫と出迎えてくれる。問答無用で暖かい場所。ここが実家なんだなあと感慨深くなる。

ヘスティアファミリアの現状は、名工と名高いヴェルフの稼ぎとリリルカの卓越した金策により運営している状態だ。他には異端の者達とのパイプを利用したドロップ品による稼ぎもあり、そこそこ裕福な部類のファミリアではある。

一行は中に入ると、アルフィをベッドに寝かせて少し談笑。思い出話に花を咲かせた後、今夜はもう遅いからとレフィと共にベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

いつもとは違う角度からの日差しに身体が敏感に反応して、アルフィは早々に起床した。自分のもので散らばっていない小綺麗で簡素な小部屋。両脇には大好きな父と母。2人揃って私を抱きしめているため、幼く、同年代と比較しても小柄で華奢なアルフィは身動きが取れない。抜け出すために少しモゾモゾする。しかし、変化は起きない。むしろパパからの締め付けが強くなったような気がする。

しかし、二度寝は出来ない。二度寝をするとママに怒られるのだ。それはもうすごい剣幕で。これは時間を守ることを徹底した教育方針のレフィーヤの賜物であるが、今この場に限ってはアルフィの自由をこれでもかと妨害していた。

 

「う〜」

 

もう1回モゾモゾ。すると今度はママが覆いかぶさってくる。ママはパパより危険!身長差でちょうど柔らかくて、でも重たい胸が私の口や鼻を塞ぐから………早く抜け出さないと息が出来なくなる!

 

「む、むう…!」

「ぷはあっ!!!」

 

何とか二人の間を抜け出す。しかし、何もやることがない。とりあえずフラフラと新しい場所を歩いてみることにした。

 

 

 

 

 

※※※

 

「つまんない……」

 

特に見るべきところが無く不貞腐れるアルフィ。それもそうだ。ここでの1番の見どころである風呂はまだ稼働していないし、ヴェルフの作業場は外にあるので探索の範囲外。後は特に何も無い、至って清潔なただの館。

 

「おや?そこにいるのは誰だい?」

 

足を踏み入れた先の広間から声がする。少し近づいてみると、淡い暖色の光に照らされた誰かがいた。

アルフィよりも少し高い程度の背丈。クリっとした大きい瞳をこちらに向けている。どうなっているのか、夜闇ならば分からなくなるだろう紛れる黒い髪の2つ結び部分がぴょこぴょこと動く。少し目線を下に向ければ、ビリビリになって衣服と言っていいのか分からない白の布切れを纏う。そこに肩から下がる謎の青い紐がその背と柔和な童顔に合わぬ豊満な胸を際立たせている。

そして、極めつけはそのオーラ。見た目に反して全てを包み込む包容力を持つ、まさに家のような……それでいて、ぽかぽかと気持ちが暖かくなる暖炉のような。そんな感じをアルフィは感じ取った。

 

「だ…だれ?」

 

しかし、どれだけ優しい雰囲気をしていても怖いものは怖い。今は夜明けが始まったばかりで、陽の光は少しだけしか届いていない。そんな微妙な塩梅の光に照らされた目の前の相手は、アルフィの深紅の瞳に一層不気味に映った。

 

「そんなに怯えなくていいよ。ボクは君の家族だから」

「家族……?私の家族はパパとママと私の3人だけ。あなたのことは知らない」

 

いつになく毅然な態度を取るアルフィ。寝ぼけ眼はすっかり冴えていた。

 

「おや?ベルくんのやつ、ボクのことなーんにも教えてないみたいだな。まあ……過去のことは話したくないか」

 

少し沈んだ顔をして、アルフィはさらに怪訝な表情になる。

 

「ああいや、独り言さ。ボクはベルくん……パパの前の主神だよ。怪しい者じゃないから安心して」

「……そう」

「素っ気ないなあ。初対面が苦手なのはどちらに似たのかな」

 

そう言うと、手招きをしてくる。アルフィは警戒しながらそろり、そろりと近づき、ちょこんと神の隣に座った。そこにふかふかの毛布がかけられる。

 

「ありがとう……ござ、います」

「いいさ。気にしないでおくれ」

「うん」

 

場が静まる。目の前には大きめの暖炉。バチバチと火花が舞い上がり炎が木々を燃やしている。ゴトリ、燃え尽きた木が1つ崩れると、神は新たな薪を適当にひとつ放り込む。アルフィにとっては知らぬ者と暖炉の前で2人きり。気まずさも有頂天に達した頃にふと、神の側が口を開いた。

 

「君から見た父親はどんな人なのかな?聞かせておくれよ」

「え……と、凄く、優しいです」

「うんうん」

「いつもお仕事頑張ってくれて、おやすみの時はたくさん遊んでくれる」

「いいお父さんだね」

「うん!それに、パパはすっごく強いの。お仕事見たけど、家より大きな怪物を簡単に倒してた!」

「おお!オラリオじゃなくても活躍しているんだね!」

「してるよ!でも、ママには弱いんだ。パパはいつもママに従ってる」

「そうなのかい?てっきり俺様って感じだと思ってたけど」

「おれさまが分かんないけど……たぶん違う、気がする」

「へー、そうなんだね。パパの昔の話、聞いてみたいかい?」

「いいの?ママに怒られちゃうかも」

「ん〜、なら、ほんの少しにしておこうか」

「少しなら、いい、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

朝日が完全に昇りきった時、レフィーヤの意識は夢の彼方から戻ってきた。しかし、もう少しと愛娘を抱き寄せようと手を伸ばす。

 

「あれ?」

 

その手は空を切り、娘の柔肌とは似ても似つかないゴツゴツした腕に触れる。

 

「ん〜」

 

その腕の主はレフィーヤの腕が触れるやいなや、愛でるように身体ごと引き寄せ抱きしめてきた。

レフィーヤは無理やり引き剥がし、体を揺らす。

 

「アナタ起きて!アルフィが居ないのよ!!」

 

すると、瞼すら持ち上げられないような腑抜けた表情はどこへやら。瞬く間に覚醒してベッドを出る。

 

「アルフィ!?」

「いつもはなかなか起きてこないのにどこに行ったんだろう……」

「多分この館の中にはいるだろうけど……探そう。変なとこに行っていないか不安だし」

「そうね。なにせここは元々アポロンファミリアの拠点だから知らない空間とかあるかもしれない」

「とりあえず居間に行ってみようか」

「ええ」

 

2人して走って居間へ行くと、ヘスティアに膝枕されたアルフィがすやすやと眠っていた。

 

「2人ともおはよう。そんなに息切らして、何かあったのかい?」

 

ヘスティアの問いかけに苦笑いで顔を見合わせる2人。

 

「いや、良いんです。にしても、アルフィはかなり警戒心高いのにそこまで懐くなんて、流石神様ですね」

「だろう?なんなら、こんなボクを君のパートナーにしてもいいんだぜ?」

 

様子が、周囲の雰囲気が急変する。

 

「ははっ。何言ってるんですか。キツイ冗談を」

 

ベルの瞳は非常に冷ややかなもので、元とは言え主神であった神を侮蔑する、殺気の宿る冷酷無比なものであった。しかし殺気の先にある当の本人はその事に気づいていない。レフィーヤはその雰囲気を敏感に感じとり、ベルの気をそらそうと話しかける。

 

「ベル、アルフィも無事だったんだし、ヘスティア様に任せて朝ごはん作りましょ?たまには2人で作るのも良いと思うの」

「確かに。神様、適当に材料使っちゃいますね」

「良いとも。どんどん使っておくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

あとからリリ、春姫、ヴェルフの順に起きてきた。いずれも客人であるはずの2人が用意した朝ごはんから漂う香りに釣られて。

 

「おはよう。美味そうだな」

「おはようございます。うわあ、朝から凄く豪華ですね……!」

「はわわわわ、お客様にお料理をさせてしまいましたあ……」

「良いんだよ。僕たちが好きで作ったんだし」

「ベルは私にちょっかいかけてただけでしょ」

「アルフィ!ママが虐めるよお」

「パパがわるい」

「そんなこと言わないでよアルフィ〜」

「賑やかだねえ!ヘスティアファミリアはこうでなくっちゃ!」

「ヘスティア様はもう少し自覚を持って働いてください。ベル様という収入源が消えて、貴方がこさえた借金でヘスティアファミリアの家計は未だ火の車なんですからね」

「ベルくんっ!助けておくれ!」

「ヘスティアナイフは冒険者を辞める時に返したじゃないですか。それ売れば稼げるでしょ?【災禍の兎(カタストロフ・ラビ)】の使用していた、神の作りし業物!5億ヴァリス!ってな感じで」

「そんなことできるもんかっ!」

「ヘスティア様って昔の男を忘れられないタイプですよね」

「ヴェルフくんっ!?」

「渡しませんからね。いくらヘスティア様と言えど」

「レフィーヤくんっ!?わ、分かってるよ?家庭の神様であろうボクが家庭を崩壊させるようなことしたら本末転倒も良いとこじゃないか!」

「「「「どうだか」」」」

「みんな酷いよ!ボクの信頼はそんなに低いのかい?」

「信頼はすごくしてるし、頼れるんですよ?でも、ベル様が絡むと信用も何も無いというか」

「サポーター君はお黙り!」

「なっ、なにを〜!!?そんなこと言うならファミリアにお金を入れませんよ!!」

「あ、それは困るよ!ごめんよサポーター君!」

 

愉快な笑い声が耳に届いて、その輪に入りたくて、心地よい温もりから這いずり出るように無理やり自分の体をうねらせる。

 

「アルフィ、起きたの?」

 

いつも一番に気づいてくれるのは母親であるレフィーヤ。「ん……」と言葉にもなっていない返事をして、目ヤニの着いた目をゴシゴシと擦る。それを咎められ、母と共に顔を洗いに行く。

すっかり冴えた目で見たのは、今朝家族じゃないと否定した事が恥ずかしく思えるくらい、血の繋がりでは表せない家族の形がそこにあった。

 

「ママ」

「なーに?」

「家族ってなんだろう?」

「家族、ね。難しいことを言うわね……」

「私達って、3人家族だよね?」

「そうね。世界に沢山いる人の中で、たった3人の家族。少し経てば4人になるけどね」

 

アルフィの求めていた答えは返ってこない。だが、それに続くようにレフィーヤは言葉を紡ぐ。

 

「でも、家族は一つだけじゃない。アルフィにとっては一つだけかもしれないけど、大人になるにつれ増えていく。パパとママはそれが迷宮都市(オラリオ)であり、家族(ファミリア)だった」

 

家族(ファミリア)

 

アルフィにとっても当たり前に知っているし、日常生活でも聞く言葉。しかし、それはファミリアであって家族という認識は無かった。

そして、母の言葉で思考のモヤはすっきりと消えた。昨日抱いた疑問も、もちろん、今朝の神様の言葉の真意も。

 

「ママ」

「ん?」

「家族って、【幸せ】だね」

「ふふ、確かにそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはメレン。世界中から荒くれ者、夢を追う者、捨てられた者、力を求める者………あらゆる想いを持った者達が一同に介するオラリオからほど近い、世界最大規模の海港都市。豊富な海産物、陽気な漁師たちに活気のある商店街。

そんな賑やかな街の中に建つ一軒の家。二階建てで、特別なことは何もない簡素でよくある作りの家。

しかし、その家こそ、彼女にとって、彼にとって紛れも無く最も大切な場所。

そして今日、その2人にとっての宝物が、当たり前だったその家が特別な場所だと気づいた。

だからこそ、帰ってきた時にその家にかける言葉は1つだろう。

鍵が差し込まれ、ゆっくりと扉が開く。

小さな足で家に1歩。大きな声で。

 

 

 

 

 

 

「ただいま!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すみません、大変遅くなりました。これにて本当に完結です。ここまで読んで下さり本当にありがとうございます。
ここでこの物語を考えた背景を一つ。私は今大学生で、一人暮らしを春から始めました。中々慣れない新しい生活。そのうち友達も増え、恋人こそ居ないものの充実した生活を送っています。
そして私の中で大きく変わったこと。それはふとした時に【家族】や「実家」のことを考えるようになったことです。
離れて初めて気づく大切なもの。当たり前が1番大切だって、その事に19年間生きてきてようやく気づいたんです。
そして私の大好きなコンテンツであるダンまちというプラットフォームを借りて、このような物語を執筆させていただきました。
この物語を通して、家族のことを今一度振り返って頂けたら幸いです。
それでは、また別のお話で


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