マクロスSuperstar (シトネ)
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番外編
機体データ:VF-26/MH-26<メレテー>


 

History of VF-26 development──VF-26<メレテー>開発史──

 

 序章〜試作機SYF-23<アルケー>と当時の社会情勢〜

 

 SYF-23<アルケー>は、2045年にマクロス・ホライズン船団に本社を置くムーサ・インダストリーによる<アレス計画>で開発された可変戦闘機である。銀河中の様々な企業とコネクションを持つと言われているムーサがそれを余すことなく使用し、あらゆる最新技術を搭載することを前提とした高性能機を開発テーマとして開発された。

 しかしながら、現代において移民船団では高性能な可変戦闘機が使用されたという例は少ない。これは戦力を持った移民船団が人類の母星たる地球の脅威となると考えられたからであり、当然本計画も統合政府によって一時は中止にまで追い込まれた。

 

 その状況が変化したのは、2048年のことだ。統合軍が、考え得る限りにおいて高性能な可変戦闘機の開発が"可及的速やかに"という条件付きでアレス計画と同時に新星・インダストリー、ゼネラル・ギャラクシー、L.A.I社、ムーサ・インダストリーが独自に共同で発足したYF-24研究プロジェクトチームに通達された。これは、言うまでもなく惑星ガリア4における第117次大規模調査船団の壊滅事件により、異星系生命体<バジュラ>の存在が明らかとなったためである。

 

 それと同時に、ムーサ・インダストリーにはアレス計画の再始動の許可も通達された。本計画によって得られた技術はすでにYF-24研究にも使用されており、こちらにはそれ以上のものが要求された。それによって、マクロス・ホライズン船団では新たな機体開発プロジェクトチームが発足されることとなるのであった。

 

 

 1.エボリューション計画

 

 YF-24の開発プロジェクトは順調に進み、2051年には量産母体であるYF-24EMDが完成した。本機は惑星エデンのニューエドワーズ基地及び、同惑星軌道上テストセンターにてデモンストレーションが行われた。

 ニューエドワーズ基地におけるデモンストレーションでは、三機のYF-24EMDが参加し、VF-19C、VF-22S、ゴーストQF-4000シリーズと言った当時でもトップクラスの高性能機体との模擬空戦が行われ、その全てを短時間で撃墜判定に追い込んだ。さらに、有人可変戦闘機では捕捉すら不可能と言われたQF-4000F空対空仕様機6機とも空戦を行い、これを撃墜した。

 続く軌道上テストセンターにおけるデモンストレーションでは、大型宇宙空母一隻を中核とする計60隻にもなる艦隊と、その艦載機に対しての、ファールもブースターを搭載しての単体突入容量を実施。フォールドアウトしたYF-24は多重防衛ラインを易々と突破し、模擬反応弾を大型宇宙空母の艦橋へと直撃させ攻撃成功判定を得た。

 この圧倒的なまでの結果を得て、統合軍では少数ではあるがVF-24の正式採用が決定された。

 

 しかしながら、YF-24開発プロジェクト──エボリューション計画プロジェクトチームの最終目標は、YF-24の正式採用では無かった。その真の目的とは、YF-24及び正式採用されたVF-24を基とした、新型可変戦闘機の開発であった。

 

 

 2.トライアングル計画

 

 2053年になって、銀河中心方向を目指す超大規模移民船団マクロス・フロンティア、マクロス・オリンピア、マクロス・ギャラクシーに対し、VF-24<エボリューション>関連技術が給与された。各移民船団はこの技術供与を受け、直ちに新型可変戦闘機の開発配備に着手することを決定した。これが、<トライアングル計画>である。

 本計画発動の理由は、彼ら3船団がバジュラと将来的に接触することが想定されたからである。バジュラは体内にフォールドクォーツを有するネットワーク生物であり──当時は推測の段階であった──人類にとっての有望な"資源"と可能性が指摘された。それを得るために、3船団には技術供与を行い、その対価として得られたフォールドクォーツを得ようというのが、統合政府の目的であった。

 

 ここで重要なのは、開発主体のそのものが船団側に移行し、独自のものとすることを統合政府が認めたことである。2040年代では考えられないことであり、実際にアレス計画が中止に追い込まれた。これは船団の反乱を恐れたことであったのだが、2050年代になるとほとんどの船団が地球圏から遥か遠くに離れ、次元断層などの障害によって地球との行き来が困難になってきた。そのような状況では政治、文化、思想の"同一"を保つことは不可能であり、すでに船団、惑星同士で独自に繋がりを持っている場所も少なくない。そう言った状況から、統合政府は各船団、惑星の反乱が幻想であったことを認識し、独立を容認することとしたのである。

 

 そう言ったことが背景にある中で、3船団ではそれぞれフロンティア船団でYF-25、オリンピア船団でYF-26、ギャラクシー船団でYF-27の開発ナンバーが与えられ、プロジェクトがスタートした。

 そのうちオリンピア船団は、早々にフロンティア船団との共同開発の意向を表明し、YF-26の開発は打ち切られた。オリンピア船団は他の2船団と航行宙域と進度が異なり、バジュラよりもむしろプロトカルチャー遺跡(及びそこから得られるオーバーテクノロジー)に関心があった。そのため開発には消極的であった。

 そこでYF-26の開発ナンバーは、2048年の再始動より研究が続けられていたアレス計画へと譲渡されることとなった。

 

 

 3.SYF-26<エルクシノエ>の開発

 

 SYF-23<アルケー>は、VF-19系の変形機構を基として開発された機体であり、トライアングル計画で要求されるスペックを満たすことは困難であった。そうしてVF-24を基とした新機体の開発が進められた。それがSYF-26<エルクシノエ>である。

 

 SYF-26<エルクシノエ>の開発テーマは、如何なる状況でも性能を保ち活動できる"高性能汎用機"であった。これは同じくトライアングル計画で開発されているYF-25と近いのだが、それを実現するために取った方法と、想定されているパイロットが異なる。

 SYF-26<エルクシノエ>では、機体システムをこれまでのものとは一新し、これからのスタンダードとなる前提で汎用性の高いものを開発した。それに加えて、機体各部にハードポイントを設けることで様々な装備バリエーションを作り出し、尚且つそれを今後開発される可変戦闘機との共有が可能となるようにした。この新システムのみは他の2船団にも共有され、これが搭載されることとなった。そしてこれが、後の銀河標準規格となる。

 機体自体はVF-1より受け継がれる、所謂正統派の機体として開発され、特に趣向を凝らしたデザインとなることは無かった。その代わりに、幾度も検証を続けてより洗練され、飛行速度や旋回速度は正に世界一と言える仕上がりとなった。実際にこれは開発から10年ほど経っても保たれており、フォールドクォーツによって性能の向上したYF-29と並ぶ程であるとされている。

 

 こうして開発されたSYF-26<エルクシノエ>は惑星オケアノスのラグランジュポイント上に存在するムーサの工場コロニーM3にて製造され、テストも同じく行われた。

 テストプログラムはホライズン船団のS.M.S支部が担当した。ホライズン船団では出港当時より反統合政府組織<イノセント>との戦争が続いており、他の船団よりも民間軍事プロバイダーとの繋がりが深い。その上軍人上がりの傭兵が多いため、信頼できると判断された。

 各種テストは2056年6月まで続き、完成系となったSYF-26<エルクシノエ>は先行量産型が製造され、A、C、E、F、J、S各型の仕様が決定された。先行量産型では実際に交換しての機能互換試験も行われた。

 そこから各種追加ユニット、パックのテストが行われ、スーパーパック、アーマードパック、イージスパック、スナイパーパックとそれを構成する各種ユニットが正式採用に至った。

 

 2057年2月には統合政府、及びホライズン船団議会で量産承認が下された。正式採用となったことから予定通りにVF-26のナンバーが与えられ、愛称(ペットネーム)は開発を担当したムーサ・インダストリーの社名となっている女神たちの一角のものを与えられ、<メレテー>となった。そして、2058年からホライズン船団のS.M.S、及び統合軍部隊へと配備が開始され、実用試験が開始された。(尚、その時点でF型のみは満足に扱えるパイロットの不足によりテストが行えず配備が遅れたが、2058年5月からS.M.Sで使用され、テストをクリアしている)

 

 

 

 

 

Structure ond System of The VF-26──VF-26の構造とシステム

 

 Introduction〜はじめに〜

 

 VF-26は、ムーサ・インダストリーがYF-24<エボリューション>をベースに開発した機体である。YF-24、及びSYF-23にて得られた新世代技術をふんだんに取り入れ、生産性はあまり重視せずに機体性能を限界まで突き詰めた所謂エース専用の高性能機となっている。

 その性能からたびたびメディアによって「世界最強の機体」と表現されているが、この機体に求められるのはその性能が後年でも最強の座を保てることであり、現段階でこの機体に評価を下すことは不可能である。YF-29といったフォールドクォーツを使用しての機体性能の向上など、新たな技術が現在も作られており、それを取り入れることでのVF-26の性能のさらなる向上が、これからの課題であるとされる。

 

 

 ・機体概要

 

 VF-26は前述の通り実力の高いパイロット、所謂エースの搭乗を前提とした高性能機であり、単機でさまざまな状況を想定した全領域戦闘機となっている。その性能が最も活かされるのは移民船団周辺の戦闘であり、周辺宙域での戦闘と船団ドーム内での戦闘を装備の換装無しで、シームレスに行うことができる。これは惑星の大気圏内、圏外での戦闘でも同じである。

 

 

 ・Nose Block──機首ブロック──

 

 VF-26の機首ブロックは従来と変わらずコックピットを中心に前方にレーダー、センサー、後方に生命維持装置とISC、下面には前方から統合制御システムARIEL-Ⅱ(後述参照)をはじめとする各種アビオニクス、前脚、エネルギーキャパシター*1が配置されている。機体システムの中枢を担っている。基本的にYF-24から構造は変わっておらず、フォールドレーダーなどの機能が追加されたことによってコックピットブロックが拡張されている。

 機体全体を見ても基本寸法は従来のものと変わらないが、各部を細く絞ることで容積を減らし、慣性モーメントを小さくしている。そのためバトロイド形態ではかなり華奢になっているが、ISCなどの技術の向上によって格闘性能が上がっている。

 

 

 ・Cockpit──コックピット──

 

 コックピットはEX-ギア装着をしなければ搭乗することができない。オプションとしてEX-ギア非装着用の射出座席を取り付けることも出来るが、基本はEX-ギアを装着しなければ加速に肉体が耐えられない。

 パイロットの搭乗時は、EX-ギアのIDを機体側が読み取り、装着者の搭乗資格をデータベースに照会する。認証されるとEX-ギアがシート状へと変形し、コックピット側のマウントに固定される。

 コントロール用のサイドスティックとスロットルレバーはEX-ギアアームカバー内ののものをそのまま使用する。

 操縦時はEX-ギアのヘルメットバイザーに機体から送られた機外の光景や各種の副次情報が投影される。これによりコックピットブロックのシステムが簡略化され、それによって出来たスペースに大型の高性能ISCなどを搭載している。

 そのためクリアキャノピーは本来ならば必要無いが、緊急時の対応と、テストパイロットたちからの強い反対によって残されている。

 バトロイドへの変形時は機首ブロックは90度回転して直上を向き、EX-ギアを含めたメインディスプレイはその動作に伴って前方に向くように90度回転する。

 

 

 ・Body──胴体──

 

 大気圏内では揚力が発生するように成形されており、エネルギー転換装甲*2を使用しているため強固な装甲プレートとなっており、バトロイド時はコックピットを守るように覆い被さるように移動し、背部装甲となる。

 左右のグローブの前縁には空力制御デバイスであるサブインテークが開口している。その後方には高機動用スラスターがあり、この部分は独立している。どちらもバトロイド時は姿勢制御などに使用される。また、サブインテークの外側には固定機関砲の収納スペースがあり、ラミントンES-25A 25mm高速機関砲またはマウラーROV-25 25mmビーム機関砲の装備が可能となっている。

 

 

 ・Wing──主翼──

 

 外翼に後退角の付いたテーパー翼が取り付けられたデルタ翼に近いシルエットとなっている。外翼にフラップとエルロン、内翼にフラップが取り付けられており、大気圏内における操舵に使用される。

 ファイターモードでは従来の航空機とあまり変わらず、右手のスティックでピッチとロールを制御し、両脚のフットペダルでヨー制御、左手のスロットルレバーでパワーコントロールを行う。大気圏では気流を受けての反力、大気圏外や大気圏上空ではスラスターの反力を利用して飛行するが、パイロットは大気圏内外どちらでも操縦の感覚が変わることはなく、機体の統合制御システムARIEL-Ⅱが外部環境などの要素を加味して自動的に機体を制御する。ガウォークモードでもファイターモードと操縦方法は変わらず、エンジンの代わりに内翼付け根のスラスターで前進加速を得る。

 バトロイドモードでは大きく変わり、コックピットに固定された腰を軸に、パイロットが手足を動かすことで機体がそれをトレースする。その際手足の動きを増幅して機体に伝達するため、細かい調整や慣れが必要。

 

 

 ・Monitor Turret(head)──頭部モニターターレット、及び対空レーザー砲──

 

 VF-26の頭部モニターターレットは各型ごとにバリエーションが存在するモニターターレットには対空レーダー及びレーザーレーダー、対地レーザースキャナー、複数の光学センサーに高解像度のモニターカメラ、各種の通信装置が内蔵されている。

 S型はレーザー砲4門の通信設備を強化した指揮官型、C型はレーザー砲ニ門で通信設備とセンサーを強化した準指揮官型、F型はレーザー砲ニ門でセンサーを強化した高機動型、E型はレーザー砲一門で通信設備を強化した電子戦使用、A型はレーザー砲一門の標準型、J型はレーザー砲を変えた準標準型となっている。

 

 

 

Wepons of The VF-26──VF-26の搭載兵器

 

 VF-26も従来機種と同じく、多種多様な兵装のプラットフォームとして運用される。パッケージ化されたユニットを拡張追加兵装として機体に装着できる他、それをさらに細かく分割したユニットを混在させて装備することが可能となっている。これは前述の銀河標準規格によるもので、各ユニットに与えられた認識コードをシステムが認証し、それに合わせて各種システムなどが調整される。そのためスーパーパックのブースターとアーマードパックの脚部ユニットなどを同時装備した仕様などができ、汎用性が上がっている。

 

 

 ・ハワードGU-16V 36mmガンポッド

 

 主携行兵装であるガンポッドは、取り回しを優先して小型になっている。そのため装填可能な弾数が減っているが、小型化したため複数個装備が可能となっている。

 

 

 ・Fuel,Arms,and,Sensor Tactical PACK──ファストパック──

 

 VF用ファストパックは、航続距離、加速度、機動力、攻撃力アップといった目的で使用されるマルチウェポンデバイスである。VF-26には複数のバリエーションが存在し、その中でも

 

 ・ウィング・ブースターユニット/ミサイルポッド

 ・胸部装甲/マイクロミサイルランチャー・ポッド

 ・インテーク装甲ユニット

 ・エンジンナセル装甲ユニット

 ・腰部装甲

 

 を基本とした組み合わせをSPS-26/MH26と称している。これは最もオーソドックスなタイプで、運用の現場ではこれらを総称して「スーパーパック」、またこれらを装着したVF-26を「スーパーメレテー」と呼称する。

*1
エネルギー発生器である熱核タービンエンジンからの電気的出力を一時的に蓄積し、必要な時に必要な量を取り出すためのコンデンサーの役割を果たすユニット。概念そのものは旧世紀から存在するが、ASS-1/SDF-1<マクロス>から発見されたオーバーテクノロジーによって実現し、VFの根幹を成す技術の一つとなった。

*2
マクロスより得られたオーバーテクノロジーの一種で、多層傾斜機能複合材の積層内に特定の電磁パルスを流すことで分子結合わや数倍にまで高める性質を持つ合金を挟むことで、軽量化と強度向上の両立を図った外装素材。使用するには膨大な電力が必要であるため、これまでは電力に余裕のあるバトロイドモードに限定した使用しか出来なかった。VF-26では新型のエネルギー転換装甲Ⅱを採用したことにより要求エネルギーが少なくなり、エンジンの性能も向上したことによりファイター、ガウォーク形態でも使用が可能になった。



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#EX 銀河に響く二人の歌声(澁谷かのん生誕記念2022)

「かのん、誕生日おめでとう」

 

 学校から帰ってきたかのんへと、ミナトは言った。

 そう。今日はかのんの誕生日なのだ。今日は休日ではあるが、午前で終わるが部活はいつも通り行なっている。それを利用して部室に集まってパーティーを開く予定だったのだが、残念ながらスクランブルがかかり、ミナトのみ参加出来なかった。

 スクランブル自体は起動したまま放置されていたゼントラーディの兵器の排除をするのみだったためすぐに帰投でき、報告を急いで済ませて帰ってきた。かのんよりもほんの少し早く帰ってこれたため、こうして待っていたのだ。

 

「ありがとう、ミナトくん!」

「せっかくパーティーの準備をしてたのに、参加出来なかったからね。みんなよりは遅くなっちゃってごめん」

「ううん。スクランブルだったんだからしょうがないよ」

 

 カウンターに立ってドリンクを入れながら話すミナトを、席に座ったかのんがニコニコと笑いながら見つめる。

 ミナトが淹れているのはカフェラテだ。スクールアイドルとしてのかのんのパーソナルマークであるヘッドフォンをラテアートで描いている。

 この店で働くうちに、ミナトはかなりレベルの高いラテアート製作技術を身につけた。教えてくれたのはかのんであり、彼女への恩返しの意味も込めてこのラテアートを描いている。

 

「はい、完成!」

「わあ、上手! いつの間にこんなに上手になったの?」

「定期的に練習しててね。クォーターで待機中の時とか、ブリーフィングルームの設備を使ってやってたんだよ」

「やっぱりミナトくんは凄いなあ……」

「かのんが丁寧に教えてくれたからだよ」

 

 自分の分のコーヒーを淹れて、かのんの隣に座る。

 こうして平和に過ごせているのも、かのんたちが共に戦ってくれているからだ。ホライズン船団に来てから、かのんには助けられてばかりだ。

 

「それじゃあかのん、これが俺からのプレゼント」

「ありがとう。……開けてもいい?」

「当然」

 

 ミナトが鞄から取り出したプレゼントを、かのんへと手渡す。

 かのんがラッピングを丁寧に開くと、中にあったのはギターの手入れに使う道具などだ。クロスやポリッシュ、専用のオイル、研磨剤、グラスに交換用の弦やナットなど、色々なものを入れてある。特に弦は、ミナトがこれまで使ってきたものの中で最もいいと感じたものと、かのんが普段使っているものの二種類を入れてある。

 

「作曲にギターを使ってるから、しっかり丁寧に手入れしていつでも最高の状態にしとかないとね。俺が使ってきたものの中で一番良いのを入れてるから、良ければ使って」

「ミナトくんのギター、いつも綺麗にだよね」

「ありがと。しっかりと丁寧に扱えば、いつまでも使い続けられるからね。それに俺のギターは、あの人に貰った貰ったものだから……」

「あの人……?」

「俺が歌うことを始めるきっかけになった人。今頃、どこで何をしてるんだろうなあ……」

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「よーし、それじゃあそろそろ行こうか」

 

 かのんがカフェラテを飲み終わると、不意にミナトが言った。かのんはきょとんとしてミナトの方を見る。

 

「へ? 何処に?」

「いいところ。連れて行きたい所があるんだ」

 

 イタズラが成功した子供のように、無邪気に笑うミナト。

 そんなミナトを見て、少しむっとするかのん。が、数秒もしないうちにミナトの言ったことの意味を理解し、慌てだした。

 

「え、ちょ、ちょっと待って! 今すぐ準備してくるから!」

「かのんは何も持っていかなくて大丈夫だよ? お金を使うことがあっても、俺が全部払うから」

「そうじゃなくて! 女の子には色々あるの!」

 

 そう言って、ドタドタと階段を上がっていくかのん。

 少し、想像が足りなかったなと後悔した。ミナトは男子で、かのんは女子である。出かける際の用意にも違いがあるし、そういったところは向ける意識も異なってくる。次に外出に誘う際は、そう言った所にも注意を向けていかないといけない。

 

「……どうしたんだろう、かのん」

 

 かのんはミナトがデートに誘ってくれたと思い、急いで準備をしに行ったのだが、ミナト自身はデートということは一切考えていない。

 いや、確かに今日のことを計画している時はデートという言葉が頭をよぎり、顔を赤めていたりはした。が、ミナトはそれを持ち前の自己暗示を利用した演技で無理矢理意識しないようにしているのだ。

 要するに、二人ともこれからデートに行くと考えている──ミナトはそれを無理矢理考えないようにしている──のだ。

 

「お待たせ!」

 

 しばらくすると、かのんが階段を駆け下りてきた。先程は制服を着ていたが、この短時間で私服に着替えてきた上軽く化粧を施てきている。ただでさえ、何もしていないままで可愛いかのんが、さらに可愛くなっている。

 ちなみに、ミナトは航宙科の制服を着ている。一番上のフライトジャケットのみが異なっており、制服のものではなく普段からの愛用のものになっている。元々、航宙科の制服のデザインはかなり良く、ミナトのフライトジャケットとも合っているため、バッチリ着飾っているかのんと並んでも違和感は無い。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

「うん! それで、どこに行くの?」

「まだ秘密! そこに行く前にも色々寄り道するから。ほら、行くよ!」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 お台場エリアのモールでのショッピングや、そこで開いていたコッペパンの移動販売でのランチ、立ち寄った公園でやっていたスクールアイドルのライブ観戦などを行い、ミナトとかのんは今アイランド1の左舷にある展望桟橋のカフェにいる。

 マクロス・クォーターが停泊しているこの桟橋からの景色はとても美しく、雄大な宇宙を眺めることができることから人気を集めている。桟橋の先には公園があり、そのにカフェがあるのだ。

 

「もう一七〇〇か」

「うん。そろそろ帰る?」

「いーや。まだ目的地についてないからね。それに、今日は遅くなるって事前に伝えてるから」

「用意周到だね」

 

 カフェを出たミナトは、かのんを連れてアイランド船間を移動するリニアモーター鉄道に乗り、アイランド11へと向かった。

 アイランド11のほとんどは自然で構成されており、S.M.Sの大規模演習場が面積の半分を占めている。ミナトが向かっているのは、その演習場の近くにある公園だ。

 

「良い場所でしょ? 俺のお気に入りの場所なんだ」

「うん。……風の音が優しくて、凄く心地いい」

「アイランド11には街が無いからね。自然のいろんな音が聞こえるんだ。作曲する時は、いつもここに来てるんだよ」

「確かに、ここなら良いアイデアが浮かんできそうだね」

 

 柵に体を預けて、環境船の上部の天窓に投影された夕陽を眺める。

 心地いい風が吹き、二人の髪を揺さぶる。このアイランド11の大自然は、人工的に作られた何処かで終わってしまうものだと分かっていても、どこまでも広がっていて何処までも飛んでいける様に感じられる。

 右手の親指と小指を広げ、飛行機を模した形へと変え、空に掲げる。

 

「……1年前は、こんな風にスクールアイドルをやって、ミナトくんと一緒に戦うことになるなんて思っても無かったよ」

「俺もだよ。ホライズンに来て、かのんたちと一緒に飛んで、また歌える様になって」

「たった一年前のことなのに、凄く昔のことみたいに感じるね」

「それだけ、この一年に色々あったってことだよ。この一年でかのんは変わったし、俺も変わった」

 

 ミナトたちの頭上を、一機のバルキリーが通り過ぎる。明るい青色のパーソナルカラーがよく映えるその機体は、ミナトのVF-26F<メレテー>である。一年前に始まり、現在まで続いている戦いの中で少しずつ改良が施されていってはいるが、一瞬でミナトの機体だとわかった。

 ガウォークへと変形したメレテーが、ミナトたちの前に降り立つ。キャノピーを開き、ミナトたちをコックピットへと誘っている。

 

「これって……」

「乗って。訓練飛行の申請は出してるから」

 

 かのんの手を引き、後部座席へと乗せるミナト。

 

「空の旅へとご招待、ってね。これが俺からの本当のプレゼント」

 

 メレテーが高度を上げ、ファイターへと変形し、飛んでゆく。

 この空は限られた空だが、今この時だけは、この空が本物のそらの様に感じられた。

 

「ありがとう、ミナトくん。何よりも嬉しいよ」

「それは何より。せっかくだし、ほら」

 

 搭載されているフォールドアンプユニットが起動し、曲が流れ始める。流れているのは、ミナトとかのんか作曲してきた数々の曲たちだ。

 

「じゃあアレ、やる?」

「良いね。せっかくだし、やろうか」

 

 アンプユニットに繋がっている小型のインカムを取り付ける。そして、深く息を吸い──

 

「「私たち俺たちの歌を聞けぇ!!」」

 




ちなみにですが、ミナトとかのんは対G訓練の成績がそれぞれファントム小隊、Liella!の中で最も良いです。そのため戦闘機動で無ければバルキリーにパイロットスーツを身につけずに搭乗しても耐えられます。


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第一章 歌声はツバサとなりて
#1 推参 プロローグ


「マクロス・ホライズン船団支部への転勤命令が出た」

 

 それが、西暦2057年のある日、如月ミナトが最初に聞いた言葉だった。

 

「ホライズン船団ですか」

「ああ。出港当時から反統合同盟に狙われ、戦争に巻き込まれている船団だ。S.M.Sとしても、大きな収入源となっている場所だな」

 

 ミナトは、特に驚いた様子などは見せなかった。

 少し前から転勤になるかもしれないという話は聞いていたし、別にそうなって困る理由はない。慣れ親しんだ街から離れるのは少し寂しいが、新天地での生活への期待も抱いている。

 

「VF-19Aを持っていく許可も出ている。使い慣れた機体の方が仕事もしやすいだろう?」

「ありがとうございます。移動の際は、民間の旅客船を?」

「ああ。S.M.Sの子会社のものを使う。VFの運搬も共にな」

 

 ミナトの職業は、可変戦闘機のパイロット。中学校の航宙科で勉強をしながらも、民間軍事プロバイダーで現役のパイロットを務めているのだ。

 

「……ホライズンでは、歌が流行っているという。君には少し辛いかもしれんが……」

「歌自体は今も好きですよ。自分が歌うことはしないってだけです」

「そうか……。すまないな」

 

 そう言って、艦長は去っていった。

 時々、なんで自分がパイロットをしているのか、わからなくなる時がある。

 もちろん、空を飛ぶことは好きだ。ただ、こうして可変戦闘機に乗り訓練をして、時たま出撃して戦って。それが本当に自分のやりたいことなのか分からなくなる。

 ホライズン船団へと行けば、何かを見つけることが出来るかもしれない。

 そう言った淡い期待を持って、ミナトは格納庫へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 今より何十年も昔、大きな戦争が起こった。

 たった一隻の宇宙戦艦が地球に漂着したことにより、地球人類は何十万年も昔から続く、異星人同士の戦争への巻き込まれていった。

 SDF-1超時空要塞<マクロス>。

 それが、一隻の宇宙戦艦の名だ。

 幼い人類はやがて星間戦争と呼ばれることになる、この文化を知らない異星人類<ゼントラーディ>との戦いを"歌"による和解で終着させ、広い銀河へと旅立った。

 

 今から、何十年も昔の話だ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『まもなくデフォールドします。次のフォールドは4時間後となります』

 

 スピーカーから、機長の声が聞こえてくる。乗客も自分ともう一人しかおらず、機内は非常に静かだ。

 窓から見えていた景色が神秘的な空間から、何もないだだっ広い宇宙空間へと変わる。時間も、物理法則も、何もかもを超越した超時空。それが、先ほどまで見えていた空間の正体だ。フォールド空間と呼ばれるその空間を通り、この旅客船は数十光年もの距離をワープ──もといフォールドしていたのだ。

 

「……こうして旅をするのも、いつぶりかな」

 

 このフォールドを、ミナトは仕事柄何度も行ったこともある。遠く離れた戦場へとフォールドし、任務を終えれば再びフォールドして帰る。

 人々の住む巨大な移民船団のすぐそばで、デブリの撤去や放棄された兵器から発せられていた信号の調査などをする場合は別だが、基本的にはそれが任務を行う際のサイクルだった。

 だが、やはりフォールドで空間を飛び越えて移動するというのはやはり味気ないものだ。自分自身で空を飛ぶ方が性に合っている。

 

「明々後日からは学校が始まるから……それまで、少し観光でもしてみるかな」

 

 足元に置いてあった鞄から、空港のショップで購入した雑誌を取り出す。

 一つは、『銀河航空ジャーナル』。銀河中の飛行機についての情報が載っている雑誌だ。最新鋭機の写真や、エースパイロットへのインタビューなども載っている。

 もう一つが、ホライズンで販売されている雑誌だ。向こうでの流行りを知っておこうと買っておいたのだが、中々面白そうなものが載っている。

 

「スクール、アイドル……」

 

 それは、学生が部活動としてアイドル活動をするというものだった。

 ホライズン船団では出港以前の建造途中の頃から存在していたらしく、何十年もの月日をかけて、船団で最も勢いのある音楽活動となっているらしい。

 

「μ's、Aqours、虹ヶ咲……」

 

 いくつも掲載されていたグループの中で、最も目を引かれたのがこの三つだ。かつて起きた戦争にて、戦場で歌い、戦いの終結に大きく貢献した伝説のグループなのだという。その上、一部のメンバーはパイロットやオペレーターになり、今も軍で活躍しているという。μ'sというグループは、全員がパイロットとなり、新統合軍の特殊部隊であるVF-Xにまでなっているという。

 

「歌で、戦いを……」

 

 僅かに、ミナトは表情を暗くした。

 その表情は、静かに怒りを燃やしているようにも、何かを後悔しているようにも見えた。

 

「スクールアイドルに興味があるのデスカ!?」

 

 通路側から声をかけられ、意識が現実に引き戻される。

 声のした方へと目を向けると、そこには一人の少女がいた。ミナトのことを何かを期待するようなキラキラとした目で見つめ、手にはスクールアイドルのものと思われるグッズが握られている。

 

「えっと、君は……?」

「唐可可と申しマス! クゥクゥと呼んでくだサイ! それで、スクールアイドルに興味ガ!?」

「いや、えっと……ホライズンで流行ってるらしいから、ちょっと見てみただけだよ」

「そうデスカ……ならば是非、この機会にスクールアイドルのことを知ってくだサイ!」

 

 唐可可──名前からして、おそらく中国系の血を引いているらしい──と名乗る少女の勢いに圧倒され、少し後ずさる。

 この便の乗客が、自分とこの少女だけという状況に深く感謝した。もし他に乗客がいて、この状況を変に勘違いされたりしたら堪らない。

 

「ちょっと、一旦落ち着いて……!」

「ハッ! すみません! クゥクゥ、スクールアイドルのことを知っている人がいて嬉しクテ──!」

「あはは……君がスクールアイドルが好きだっていうのは伝わってきたよ」

 

 彼女を隣に座らせ、開けていない飲み物を渡して落ち着かせる。

 一つ一つの動作を見ると、とても丁寧な子だ。先ほどまでの勢いとのギャップの激しさに驚くが、好きなことになると誰でも必死になるものだ。

 

「えっと……一応自己紹介しておこうか。俺は如月ミナト。歳は15で、今年高校に入学するんだ」

「クゥクゥも同い年デス! クゥクゥは新設校の結ヶ丘に通うのデスガ、ミナトさんはどこの学校に通うのデスカ?」

「驚いたな、俺も同じ学校だよ。航宙科に通うんだ」

 

 航宙科というのは、パイロットコースとメカニックコースの二つのコースから成る科だ。ミナトが通うのはパイロットコースで、可変戦闘機の免許を取るために通う。

 

「パイロットになるのデスカ?」

「……そうだね。パイロットになって、みんなを守る……それが俺の目標だよ」

「みんなを守る……いい目標だと思いマス! クゥクゥ、応援しマス!」

 

 再び、彼女が目を輝かせる。内容はどうであれ、こうして自分の話で他人が楽しんでくれるというのは嬉しいことだ。

 まだまだ長いホライズンへの旅路が、退屈だけで終わらないことを嬉しく思いつつ、彼女との会話に花を咲かせることにした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 数時間ほどが過ぎ、船は何もない宙域から小惑星の漂う宙域であるアステロイドベルトへと突入した。先ほどよりかはものがある分眺めていられる景色だが、これがずっと変わらないのだから、楽しくはない。

 アステロイドベルトというのは、頻繁に戦場になる場所だ。姿を隠す場所が多いし、場所によっては小惑星から発せられる磁気や電磁波などでレーダーや通信機器が使えないため、厄介な場所だ。

 そんなことを考えながら、乗務員にオーダーしたドリンクのストローを咥え、窓から外の景色を覗いた。

 

「……ん?」

 

 その中でも、一つの小惑星に違和感を覚えた。周りと比べて、少しだけ浮いている。どこか形状が人工的なのだ。

 とはいえ、古代文明の遺跡や兵器の残骸が残っているというのはよくある話だ。かつて一大星間文明を気付き上げたといわれるプロトカルチャーと呼ばれる異星人は、銀河のありとあらゆる場所に遺跡が残しているのだ。

 

「……でも、違うな」

 

 だが、あの違和感の正体はそうではない、と本能が告げていた。

 戦場では、時には理性よりも本能の方が役に立つことがある。アレコレ考えて行動するよりも、本能に従って行動した方がより良い結果が出せる。戦場というのは、そういうものだ。

 要するに、今がその時だ。ミナトに警告を続ける本能に従うべき時だ。

 

「クゥクゥさん、今すぐ自分の席に戻ってシートベルトをつけて──」

 

 ドゥンッ! と船が大きく揺れる。爆発の揺れだ。

 無重力下ならばこうして船内が大きく揺れることはあまりないが、この旅客船は人工重力装置を搭載している。そのため、乗っている人には揺れが伝わるし、それで何処かをぶつけて怪我を負う可能性もある。そういったことを考えてクゥクゥを座らせようとしたのだが、少し遅かった。

 

「──クゥクゥさん!」

 

 よろけたクゥクゥの身体を受け止めながら、もう一度窓の外を覗く。

 先ほど違和感を感じた小惑星の中から、数機の戦闘機が飛び出してきた。

 

「VF-171<ナイトメアプラス>! 現行の軍用機がなんで!?」

 

 戦闘機の装甲が動き、人型へと形を変えていく。これが、宇宙へ進出した人類の兵器である可変戦闘機だ。巨人族との戦いに備えて作られた人型のバトロイドへの変形が可能な戦闘機で、その免許を取るためにミナトは結ヶ丘へと通うのだ。まさか、旅の道中でこうして出会うことになるとは思ってもみなかったが。

 そういえば、ホライズンへの転勤の命令が出された際、艦長が言っていた。ホライズンは出港当時から反統合同盟に狙われ、たびたび戦争に巻き込まれていると。

 

「み、ミナトさん……アレは……」

「反統合同盟のテロリストだろうね……バルキリーを保有しているとなると、それなりに大きな組織っぽいな」

 

 クゥクゥの身体は、恐怖からか震えている。当然だ。クゥクゥにとって、テロや戦争といったものはこれまでテレビや新聞などでしか見たことのないようなものだったはずだ。

 

「移動しよう。貨物室なら、身を隠す場所も多い」

 

 着ていたフライトジャケットの内ポケットから拳銃を取り出して、周囲を警戒しながらクゥクゥと共に歩く。

 通路を抜け、貨物室への扉を開くと──

 

「動くな」

 

 ──そこには、数人の武装した兵士たちがいた。

 

「銃の撃鉄をおさめて、こちらへ渡せ」

 

 ライフルを向けられ、そう命令される。

 ミナトは手に持っていた銃の撃鉄をおさめ、ハイジャッカーの方へと、地面を滑らせて渡した。

 

「貴様たちを拘束する」

 

 そう言ったテロリストの表情は虚で、生気を感じさせないものだった。そもそもの顔自体が青白く、不気味な雰囲気を纏っている。それが全員同じなのだから、余計気味が悪い。

 彼らの動きも何処か機会的で、まるで誰かに操られているような──そんな感じがした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「如月ミナト。15歳の学生。幼少期は早乙女一門で歌舞伎を、それ以降は俳優として活躍していたが、現在は活動休止」

 

 抑揚が無く、感情もない機会的な声でミナトの情報が読み上げられる。

 

「……お前たちは何者だ?」

「…………」

「何が目的でこんなことをしている?」

「…………」

 

 何を聞いても、一切の返事がない。

 ただ作業をこなし、それ以外のことは行わない。本当に、機械のようだ。

 

「……如月ミナト」

「なんだ?」

「貴様を連行する」

 

 腕を掴まれ、無理やり立たされる。青白い顔色からは想像もできないほどの握力で、おもわず顔を顰めた。

 

「もう一人は不要だ。殺せ」

「ッ!?」

「やめろっ!」

 

 先ほどまでと変わらない無機質な声で告げられた命令に従い、兵士たちがクゥクゥへと銃口を向ける。

 だが、当然それを撃たせるわけにはいかない。掴まれていた腕を振り解き、一人のテロリストを跳び回し蹴りで蹴り飛ばす。そして、クゥクゥへと向けられたライフルを掴み、テロリストの腕を思い切り曲げて奪い取る。

 

「がぁっ…………!?」

 

 そのまま腕を掴んで引っ張り、床に倒し、掴んだ腕を背中側に引っ張って肩を外す。そのまま首を掴んで意識を落とさせる。

 美しさすら感じるほどの鮮やかな動きだった。一歩間違えは死が待っているという状況だというのを忘れてしまいそうになるほどだ。

 

「行くよ、クゥクゥさん!」

「エ……ど、どこにデスカ……?」

 

 困惑しているクゥクゥを手を掴み、無理やりではあるが連れて行く。向かった先は、少し先にあったブルーシートを被せられている巨大な積荷だ。

 

「よっ……と!」

 

 ブルーシートを掴み、勢いよく外す。貨物室のほとんどを占めているこの積荷。ブルーシートのしたから出てきたコックピットに飛び乗る。

 この巨大な荷物の正体。それは可変戦闘機だ。またの名をバルキリー。その中でもVF-19Aという機体で、軍で使用されている機体の中でも特に高性能の暴れ馬だ。

 

「み、ミナトさん……。このバルキリーは……」

「俺の機体だよ。ここの方が安全だからね。最初はちょっとキツいけど──まあ、すぐ慣れるよ。ちょっと激しいジェットコースターみたいなものとでも思っておいて」

 

 VF-19A──通称<エクスカリバー>──のエンジンが唸り出し、ベクタード・スラストが火を吹いた。

 

「格納庫のシステムのハッキング完了。ゲート解放。如月ミナト、出ます!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「動ける敵の数は3……。この程度なら!」

 

 VF-19から脚部と腕部のみを展開したガウォークと呼ばれる形態へと変形させ、敵機体の前で急減速。

 

「こ、コレが風……!」

「気持ちいいでしょ? もっと飛ばすよ!」

「ハイ!」

 

 手に持ったガンポッドで、VF-171<ナイトメアプラス>の腕部と脚部を撃ち抜き、無力化する。同じ手段で二機はそのまま無力化できたが、一機は逃してしまった。VF-171<ナイトメアプラス>がファイターと呼ばれる戦闘機形態に変形し、離れてゆく。どうやら、あの機体のパイロットだけは多少は腕が立つらしい。

 

「全力で飛ぶから、舌を噛まないようにね!」

 

 負けじとこちらもファイター形態に変形し、追いかける。アステロイドベルトという障害物の多い場所での戦闘だが、ミナトも相手もバルキリーを巧みに操り全てを避けている。

 

「アステロイドを踏み台にすれば!」

 

 無数に散らばっている障害物──もとい、アステロイドをガウォーク形態で展開した脚部で蹴り、加速する。

 

「捉えた! これで──」

 

 VF-171<ナイトメアプラス>をロックオンした瞬間、コックピット内に警報が鳴り響いた。

 

「──増援!?」

 

 レーダーに新しい反応が映り、ロックオンされたことを示す警報が鳴る。

 

「6機!? まだそんなにいたのか!?」

 

 機体のシステムを完全に切って息を潜めていたのか、それとも相当な性能のステルスを搭載しているのか、先ほどまで全く気付くことが出来なかった。

 四方を取り囲まれ、全機がガンポッドをこちらへ向けてロックオンしている。

 

「ちょっと……マズいな」

「大丈夫デス!」

「え?」

「クゥクゥが歌いマス! リン・ミンメイだって、熱気バサラだって戦場で歌ったんデス! 歌があれば勝てマス!」

 

 後部座席に座っていたクゥクゥがスゥ、と深く息を吸い、歌い出す。この機体に音楽を流すための機械などついていないためアカペラだったが、それすらも気にならないほどの美しい声だった。

 だが、やはり戦場で歌うのは怖いのか、少し声が震えている。

 

「さあ、飛んでくだサイ!」

「……了解!」

 

 彼女が恐怖に震えながらも歌ってくれているのだ。彼女の思いに答えずして、何がパイロットか。

 

「如月ミナト、推参、つかまつる!」

 

 スロットルを一杯に入れる。凄まじい加速が掛かるが、機体に無理やり取り付けている試作品のISC──正式名称は慣性蓄積コンバーター。Gを受け止めて、ゆっくりと解放することで受け流す装置──で相殺する。

 

「ISCが使えるのは60秒あたりが限界──その前に終わらせるまで!」

 

 機体に搭載しているミサイルを前方へ向けて全て発射し、前方180度にいた機体を全て撃破する。その攻撃で空いた包囲の穴をファイター形態で通り抜け、ガウォーク形態に変形して反転し、精密な射撃のできる人型のバトロイド形態でガンポッドを握り、全ての機体を狙撃する。

 

「あと10秒! 終わらせる!」

 

 撃ち漏らした一機に接近し、機体の全エネルギーをピンポイントバリア展開装置に集中させる。

 そのまま最高速度で接近し、右手に集中展開させたピンポイントバリアで全力で殴る。

 

「ピンポイントバリア……パァァンチィッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ご苦労であった。如月中尉」

 

 旅客船のハイジャックから1日。旅客船がホライズン船団へたどり着き、捕獲していたテロリストたちは新統合軍に引き取られていった。

 そして、ミナトは現在旅客船の中でS.M.Sホライズン支部の艦長と話していた。

 

「出来ることをしたまでです。それに、機体もダメにしてしまいました」

「機体に関しては問題ない。既に君のための最新鋭機の用意を開始している」

 

 あの戦闘の結果、ハイジャッカーたちは全員撃破することができた。だが、その対価としてVF-19のエンジン類はオーバーヒートでそう取り替えが必要。ピンポイントバリア発生装置に至っては限界までエネルギーを集中させたため完全にイカれてしまった。

 

「とりあえず今は、航海での疲れが溜まっているだろう。ゆっくりと休め。明後日からは学校も始まるのだから」

「はい。ですが、良いのですか? 書類作成などの後処理もあると思うのですが……」

「あんなもの、こっちで処理しておく。俺もパイロットをしていたからな。ああ言ったものの面倒さはよく知っている。だからウチはなるべく書類作成とかは減らしてるんだ」

「なるほど……。ありがとうございます、艦長」

 

 艦長が去っていくのを確認すると、ミナトは逆方向の空港のラウンジスペースへ向かう。

 

「ふぅ……」

 

 ドカッ、とソファへ座り込む。身体がソファに包み込まれた安心感からか、張り詰めていた心が少し楽になった気がする。

 

「ミナトさーん!」

「ん……。クゥクゥさん?」

 

 身体を休めていると、クゥクゥがこちらへと走ってきた。

 かなり息切れをしているが、大丈夫なのだろうか。

 そう考えた瞬間、クゥクゥが目の前で転けた。

 

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫デス……」

 

 彼女も疲れているのだろう。ミナトだって、今の状態で走れと言われたら一度は転けそうになる自信がある。

 

「それで、何か用?」

「はっ! そ、そうデシタ……。ミナトさん、ありがとうございました!」

「……えっと、何が?」

「助けてくれたことデス! それに、バルキリーで飛びながら歌うのも楽しかったデス!」

 

 彼女はそれだけのためにミナトのもとへやってきてくれたらしい。むしろ、彼女が歌ってくれたおかげで、戦う決意がついたのだ。感謝するのはこちらだろう。

 

「デハ、そろそろ行きマス! また学校で会いマショウ!」

「うん。また会おうクゥクゥさん」

「ハイ!」

 




<人物データ>

名前:如月ミナト(漢字表記:如月湊)
所属:S.M.S
階級:中尉
誕生日:9月20日
血液型:O型
身長:174cm
趣味:歌うこと、空を飛ぶこと
特技:アクロバット飛行
好きな食べ物:銀河ラーメン、チーズケーキ、コーヒー
好きな言葉:「思わざれば花なり、思えば花ならざりき」
好きな教科:航空力学
好きな動物:ウミネコ(鳥類では無く、ラグナ星に生息する生物)

民間軍事プロバイダーS.M.Sに所属する少年。
幼い頃は歌舞伎の名門、早乙女一門で歌舞伎役者になるため鍛錬していたが、早乙女嵐蔵に俳優としての才能を見出され、芸能事務所を紹介される。
S.M.Sへは芸能活動を休止して入社した。芸能事務所の管理職や、自分の担当にはS.M.Sのことを伝えおり、ミナトの巻き込まれたとある事件のこともありそれを認めている。
S.M.Sの兵士としてはかなり実力が高く、生身でも戦闘能力も、バルキリーの操縦能力も高い。特に後者では三段変形を活かしたトリッキーな戦闘を得意としている。


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#2 マクロス・ホライズン

 如月ミナトの朝は早い。

 4時に起床し、まずは身なりを整える。顔を洗い、寝癖をなおし、軽い肌の手入れ。幼い頃、歌舞伎役者としての修練を積んでいた頃からの習慣だ。

 それが終われば、運動服に着替えて朝のランニングへと向かう。

 役者としても、パイロットとしても体力は必要だ。これも、同じく幼い頃からの習慣だ。

 走っていれば、良い考えも浮かんでくる。どう演じればいいのか、どう飛べばいいか、どう歌えばいいか。

 

 春先の心地いい風が、髪を揺らす。

 立ち止まり、見上げた空は少しずつ明るくなりはじめている。だが、あの空は人工的に作られた空。かならず限界があり、何処かで途切れてしまう。

 自分は今、その限界へと訪れてしまったのだろう。

 訪れてしまった限界に絶望し、立ち止まる。それ以上は進むことは出来ない。

 

 行き止まりへとたどり着いた時、人はどうするだろうか。

 引き返し、違う道を進むだろう。

 それと同じだ。

 行き止まりを乗り越えて、その先へと向かおうとする人はいない。

 それと同じだ。もう、これ以上は進め無い。

 自分にそう言い聞かせた。それ以上進むのが怖かったから。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 カランカラン、と扉に取り付けられたベルが鳴る。

 訪れたのは、ブラームスの小径と言う地球にあった場所を再現した小径の中に存在する喫茶店だった。

 

 ──ホライズンに行ったら、どっかでアルバイトでもしてみるといい。将来にも役立つし、何か見えてくるものもあるだろう──

 

 きっかけは、フロンティアで世話になった人の言葉だった。

 早乙女嵐蔵。銀河歌舞伎の名門、早乙女一門の18代目。ミナトに歌舞伎のイロハを教え、道を示した男だ。

 ホライズンへと旅立つ事を伝えに行った時に、この言葉を言われたのだ。

 

 かつて、ミナトは早乙女一門にて歌舞伎役者としての稽古を積んでいた。その中で、嵐蔵がミナトに歌舞伎役者ではなく、俳優としての才能を見つけ出した。自らのコネで芸能事務所を紹介され、見事俳優としての人気を得た。

 それによって、今の自分がある。

 

 もちろん、その言葉に従う必要は無かった。既に、パイロットとして俳優以外の職業を経験している。将来は、そのどちらか──あるいはどちらも──になるだろうし、こうしてここを訪れる必要は無いのだ。

 でも、何故かそれを拒む気になれなかった。

 今ここで動かなければ、何も変えられないような気がした。

 

「いらっしゃいませ、おひとりですか?」

「──いえ、アルバイトの志望を出していた如月ミナトです」

 

 少しずつ、ミナトの何かが変わり始めようとしていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「それでは、これからよろしくお願いします」

 

 簡単な面接が終了し、ミナトは店の奥から店内へと戻ってきた。

 無事に結果は合格で終わった。というよりも、先に提出していた書類を確認した時点で採用はほとんど決まっていたらしい。聞かれたのは、経歴にある芸能活動のことが主だ。S.M.Sについては、表向きの会社である運送会社としての情報を載せているため、あまり聞かれることはなかった。

 どうやら店主は、銀河ネットに公開された作品を見たのか、ミナトのことを知っているらしかった。「銀河中で大人気の如月ミナトがウチにアルバイトに入ってくれる」と喜ぶ姿は、どのように反応をすれば良いものかわからない。

 

「娘がミナトくんのファンなの。わざわざ今時CDを全部揃えるほどね」

「そう、なんですか?」

 

 俳優が歌手としての活動を始めるというのは、よくある事だ。ミナトも例に漏れず、出演した番組の企画をきっかけに歌手としてのデビューを果たした。

 昔から、歌は大好きだった。歌舞伎の公演で訪れた辺境の惑星で、ギターを持った男に歌を教えられ、ギターを託されたその時から、ミナトにとって歌は命と同等の存在だった。

 誰かに歌を聞かせ、その歌で誰かを幸せにしたかった。

 それだというのに、今は──

 

「時間があったら、よければ会ってあげて? あの子、喜ぶと思うから」

「……はい」

 

 ──自分の歌を好きだという少女に、心の底から会いたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「如月ミナト中尉、本日付でS.M.Sマクロス・ホライズン支部第一航空団ファントム小隊へ、着任いたします」

 

 ピッタリと脚を揃え、真っ直ぐ指を伸ばして敬礼。

 この場所は、外周部の民間人立ち入り禁止ブロックのその先にある巨大な格納庫だ。体育館をいくつも並べたような巨大な空間の中には、無数の可変戦闘機が駐機している。

 宇宙一の高軌道と謳われ、先日まで搭乗していたVF-19A<エクスカリバー>。特殊部隊用の極秘作戦機VF-22S<シュトゥルムフォーゲルⅡ>。そして、その中でも一際目立つ美しい翼を広げた機体があった。ここにある中で、唯一見たことのない機種だった。

 

「ファントム小隊隊長のアリーヤ・ハイアットだ。ファントム小隊は、貴官を歓迎する」

 

 敬礼をしながら、アリーヤが同じく声を響かせた。

 

「……あの機体が気になるか?」

「ええ。……あの機体は? 『銀河航空ジャーナル』でも、資料でも見たことがありませんが」

「お、『銀河航空ジャーナル』派か! 気が合うなぁ、ハッハッハッ!」

 

 ドン、と背中を叩かれ、機体の方へと押される。機体に近づくと、整備をしていたメカニックや、コックピットに搭乗していたパイロットたちの視線がこちらへ向く。

 

「コイツはVF-26。ムーサ・インダストリーの開発した最新鋭のバルキリーだ。うちの主力機でもある」

「そして、次に君が乗る機体だ。如月中尉」

 

 緑色のVF-26に登場していたパイロットがコックピットから飛び降りながら、アリーヤの言葉に付け足した。

 そのパイロットは、緑がかった髪に、紫色の瞳。優しそうな雰囲気を持った好青年だ。

 

「レイル・ジュールだ。よろしく頼むぜ?」

「俺は──って言っても、その様子だともう知ってるみたいだな」

「おう。何度もテレビで姿を目にしたことがあるからな。流石に髪型も変わってるし、成長してるから情報も何もなしで見たらすぐには気づかなかったろうけどな」

 

 差し出された手を握り、がっしりと握手を交わす。しっかりと筋肉が発達していて、力強い体つきをしている。EX-ギアを使うための筋肉に使うは特に鍛えられており、見た目だけで根っからのパイロットだとわかる。

 

「おーいアルも来いよ!」

「言われなくても行きますよ……。初めまして、ファントム4のアルフォンス・ユーイングです。僕たちは学校も同じなので、そちらでもよろしくお願いします。あともう一人いますが、残念ながら今日は休みなので、しばらくすれば会えると思います」

 

 レイルに呼ばれ、もう一人のパイロットがこちらへやってきた。こちらはレイルとは逆でかなり細身で、眼鏡をかけており優しそうな風貌をしている。

 

「こちらこそ、よろしく。……それで、俺の機体って?」

「こっちです。ついてきてください」

 

 三人に連れられて、格納庫の奥へと向かう。そこには、調整作業中のバルキリーの姿があった。純白の装甲に、蒼のラインが走っている。流れるようなクリップドデルタ翼。流線型の機首。どれをとっても美しい機体だった。

 

「VF-26J。今は、お前のデータに合わせてセッティングをしている」

「これが……」

「コイツはお前の乗っていたVF-19なんかとは比べ物にならないぐらいのじゃじゃ馬だ。後一日程で調整作業が完了する。さて如月中尉、お前に乗りこなせるかな?」

「……無理と言っても、出来なけりゃ仕事は貰えませんからね。 乗りこなしてみせますよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 大量に飛来したマイクロミサイルを全て回避して、敵機を蹴り飛ばす。

 すぐさまファイター形態に変形し、後ろで爆発したマイクロミサイルの爆煙か届かないところへ離脱する。

 戦闘中の戦闘機乗りはずっと正面を見ることはない。首を動かし、常に上下左右の敵影を探している。

 ガウォーク形態で展開した腕部に保持したガンポッドを機体の後方に向け、一発だけ放つ。たった一発の弾丸だが、敵機のコックピットに命中したことで、そのたった一発で敵を撃破した。コックピットのパイロットが後ろをしっかりと見ているので、機体の向きを変えることなく敵に命中させることができるのだ。

 

「いい機体だ、VF-26……!」

 

 全ての機体を撃破したVF-26は、先程の変形で発生したモーメントを保ちながらバトロイド形態に変形する。そのまま近くのアステロイドの上に立ち、見栄を切った。

 それと同時にモニターの光が消え、周囲が暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ミナトは、パイロットではあるが軍人では無い。

 パイロットとなったのは、何もかもを守るためだった。自分が失ってしまったものを、失わせてしまったものを少しでも取り戻すためだった。

 それならば、別に軍隊でも同じことは出来たかもしれない。

 でも、それは嫌だった。

 ミナトが求めたのは、圧倒的な力。何もかもをねじ伏せられ、何もかもを守れる、そんな力だ。

 

「……どうだった?」

 

 シミュレーターから這い出て、外で成績を確認しているアルに問う。

 すると、呆れたようにため息を吐きながら、アルはタブレット端末を渡してきた。

 

「どうも何も、話が違うでしょう? 機体に慣れるためにちょっと飛ばすだけの筈だったのに、勝手に最高難易度に変更してその上A評価でのクリア。もう何と言ったらいいのやら……」

「つまりは、俺がVF-26を上手く操れていた、ってことでしょ?」

「そうではありますけど……。まあ、機体の調整に必要なデータは手に入ったから良しとしましょう。それでは失礼します」

 

 そう言って、ミナトからタブレット端末を受け取ったアルは格納庫へと戻っていった。

 

「……力、か」

 

 より敵を倒せれば、誰かを守れるのだろうか。

 もう、あの時のような思いをせずに済むのだろうか。

 何度自問自答を繰り返しても、答えの出ることのない問いだった。

 

「あの時誓ったはずだ。全部を守るって」




<人物データ>

名前:アリーヤ・ハイアット
所属:S.M.S
階級:少佐
誕生日:12月4日
年齢:28歳
身長:196cm

名前:レイル・ジュール
所属:S.M.S
階級:少尉
誕生日:6月2日
身長:179cm

名前:アルフォンス・ユーイング
所属:S.M.S
階級:少尉
誕生日:2月17日
身長:168cm


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#3 邂逅 トライアングル

 今日から、新たな学校での生活が始まる。

 中学から高校へと進学し、新たな生活に新たな学友など、様々なものを得ることが出来るだろう。

 だが、それはミナトにとってそこまで重要なことではなかった。

 

 ミナトは、フロンティアからS.M.Sの任務でホライズン船団へとやってきた。数年もすればフロンティア船団へと戻ることは決まっているし、その前に別の任務が入って違う船団や惑星へと向かうことになるかもしれない。

 この船団での生活は、永遠では無いのだ。

 いつか失うことは生活。

 いつか失う友。

 それならば、わざわざそんな物を得る必要は無いのではないかとすら考えてしまう。

 

「最近、貨物船が襲われることが増えてるらしいぜ」

「マジで? こっわ。また<イノセント>が動き始めたのか?」

「知るかよ。ま、戦争が始まっても俺たちは避難してるだけだけどな」

 

 街を歩いていると、ふとそんな会話が聞こえてきた。

 

 ──<イノセント>。

 

 このマクロス・ホライズン船団が地球から出航した当時から、この船団をつけ狙っている反統合勢力だ。過去に何度もホライズン船団と戦争を繰り広げてきたらしい。

 このイノセントについて、先日大量の資料がアリーヤから渡された。

 なんと、ミナトが撃退し捕らえた旅客船のハイジャッカーたちの所持品からイノセントの部隊章が出てきたのだ。

 通行人たちが言ったように、周辺宙域で船が襲われることも増えてきたらしく、軍上部では新たな戦争が始まる可能性を危惧して準備が進められている。

 その一環として、過去の情報をかき集めた資料が配られたのだ。

 

 ミナトたち民間軍事プロバイダーのパイロットにとっては、戦争は臨時ボーナスの稼ぎ時だ。報酬があるならばいくらでも敵を殺すし、裏切ったりもする。

 それが、ミナトにとっては嫌だった。誰かを守りたくてパイロットになった。

 新統合軍では、誰かを守れる力を得られなかった。

 でも、S.M.Sでは必ず誰かを守る仕事をするわけでは無い。政治の闇と言われるような仕事もするし、そもそも依頼がなければ出撃すらもしない。戦争となれば、それがより顕著になる。

 それに、なんでもただ命令に従うだけ、というのも性に合わない。自分でどのようにするのか考えて、その通りにやる。それこそが、ミナトの生き方であり、役者の生き方なのだ。

 

 ここは自分が飛ぶべき空では無い、と何度も感じた。

 無責任だとは自分でも思う。S.M.Sにとってはそれが仕事。報酬が支払われている以上、それに見合った働きをしなければならない。

 が、ミナトはそういった、金で誰かを助けるというのが苦手だ。

 

(俺がやりたいのは、そんなんじゃない)

 

 それはただの我儘だろう。

 そこで無理矢理思考を打ち切った。どちらにせよ、こんなこと考えても無駄だ。

 前方の信号が点滅する。ミナトは、そこへ向けて足を急がせた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それ以上はもう、何もない筈だった。このまま学校へと向かって、入学式を終えて、S.M.Sで訓練をして、それで終わりの筈だった。

 ここで、何も聞かなかったことにすればよかった。何も見なかったことにすればよかった。

 だが、ミナトには聞こえてしまった。見えてしまった。

 

「歌……?」

 

 大通りから外れた小径に、何かを感じた。腕につけていた紫色の宝石のついたブレスレットや、自身の胸辺りから、何かが広がるような感覚を感じた。

 そして、微かに歌が聞こえてた。

 それだけならば、別にどうでも良かった。街中で歌っている人など、探せばいくらでもいる。同じように美しい声を持つ人もいるだろう。

 だが、その歌に何かを感じた。

 彼を呼ぶ歌声が、確かに聞こえてしまった。

 夢想かもしれない。

 それでも、ミナトが行動に移すには十分だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ワイヤレスのヘッドフォンをつけ、軽快にステップをしながら歌うその少女も、何かを感じていた。

 胸辺りから、何かが広がっていくような感覚。どこか寂しさと悲しさを含んだような何かが、少女の中に広がっていった。

 

 その少女の中は、澁谷かのんといった。

 ホライズンで生まれ、ホライズンで育った。特に、この辺りの街については知り尽くしているし、どんな人がいるのかも大体は知っている。

 星の海を旅する移民船団という、閉鎖された空間の中では、引越しなどで人が入れ替わることが少ない。元々、船団のどこへ行こうが日帰りで行ける距離だ。どこに住んでも同じなのだ。

 

 そんな中で、かのんが感じたのは初めての感覚だった。

 ヘッドフォンを外すと、微かに歌が聞こえてきた。その歌が耳に入り込むと同時に、先程の感覚がより鮮明になる。

 

 何か感じた先へとめを向ける。

 そのには、同じようにこちらを見つめ、これまた同じように歌を口ずさむ同年代くらいの少年の姿があった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 その少女を見つけた時、ミナトの中で何かが動き出した。

 三年前の()()()から止まっていた何かが、確かに動き出した。

 オレンジ色の髪をした、可愛らしい少女。先ほどまで歌っていたことも相まって、かつて共演したアイドルのようだと感じた。

 

「「君は……」」

 

 二人の声が重なる。

 少女の格好は、新設校である結ヶ丘高等学校の普通科の制服だった。まだ制服が身体に上手く馴染んでいなくて、少しだけ浮いているのが、ミナトと同じだった。

 違いを挙げるとすれば、少女とミナトは通う科が違うといったところだ。

 じっ、と少女がミナトを見つめる。

 ミナトも、見つめる。

 ロマンスだとか、運命だとかそんなものを感じたわけではない。ただ、相手を探っているだけだ。

 言葉の通じない敵──例えば猛獣など──と遭遇した時、お互いが見つめ合い、目から感情を読み取って動くのと同じようなものだ。

 

(どうするかな)

 

 少女も、ミナトも、その場から動かずに見つめ合う。

 戸惑うこともせず、逃げることもせず、何もしない。

 ただ、時間だけが過ぎていく。

 とても長い──というのは体感時間のみで、実際は数十秒もない時間が流れて──。

 

 ゴォォォォ、と凄まじい轟音がとどろいた。

 

 反射的に音のする方──上空を見る。

 通り過ぎていく機影。新統合軍のバルキリーだ。教本通りの飛び方なのを見るにアイランド船内での訓練飛行を行なっているのだろう。乗っているのは、今年入隊した新入りと、ベテランの教導官といったところか。

 再び、少女に視線を戻す。

 

「如月、ミナト……?」

 

 少女の口から、ミナトの名前が小さく漏れる。

 まるで憧れの人に会えたかのような喜びと、恐れを含んだ声だ。微かに震え、かすれ、弱々しく漏れる声。

 

「澁谷……かのん……」

 

 昨日、教えられたミナトのファンだという少女。飾られていた写真を見てその姿は知っていたが、まさかこんなところで出会うことになるとは思っても見なかった。

 

「……はじめまして、かな。俺も君も、一方的に知ってるだけみたいだから」

 

 ミナトが差し出した手を、かのんがそっと握り返す。かのんの手は、女性特有の華奢な手だった。だが、指先だけはハッキリとわかるほどに鍛えられている。皮が硬く厚くなっているのをみるに、弦楽器を扱っているのだろう。

 対するミナトの手は、かのんと比べればガッシリとしているものの、同年代の少年たちと比べればかなり華奢だ。もちろん、同年代とは比べ物にならないほどに鍛えられてはいるが、見た目ではあまりがそれが伝わってこない手だ。指先の皮が硬く厚くなっているのはかのんと同じだ。

 

「俺は如月ミナト。結ヶ丘の航宙科に入学するんだ」

「澁谷かのんです。私は普通科で……えっと、ファン、です」

「……そっか、ありがとう」

 

 かのんの声のトーンが、最後だけ上がっていた。緊張している、ということなのだろう。

 ミナトのファンであるというかのん。その言葉にどう返せばいいのかわからず、当たり障りのない言葉しか放てなかった。彼女の母親から聞いたように、かのんはミナトの歌を好きになってくれた。だが、その事実を素直に受けいることが出来ない。

 

「さっきの歌、凄く良かったよ」

「もしかして、聞こえてた……?」

「うん。気に障ったのなら謝るよ。ごめんなさい。でも、本当に良い歌声だった」

「ありがとう。……でも、大切な時に歌えなかったら、それも意味ないよね」

 

 自虐的に笑いながら、ポツリとかのんが呟く。それを見て、かのんが自分と同じなのだと感じた。過去のトラウマが原因で、歌うことが怖くなっている。

 ミナトは少しだけ、澁谷かのんという少女への興味が湧いてきた。

 

「とりあえず、ずっと立ち止まっているのもなんだから、学校に向かおうか」

 

 少しだけ歩き、大通りへと向かう。そこまで行けば、先ほどまでとは比べものにならないほど人通りが増えてきた。アイランド1の中でも、特に人口の多いのがこの周辺のエリアなのだから、当たり前のことではあるが、先ほどまでとの変わりように驚いた。

 

「えっと……結ヶ丘へはここから……」

 

 交差点の信号で立ち止まり、学校への道を確認する。なにせまだこの街へは来たばかりだから、こうしてその度に調べなければ何もわからない。

 そうやって注意力が散漫になっていたからか、ミナトは後ろから駆け寄ってくる少女の存在に気がつくことが出来なかった。

 

「太好听的吧!」

「「うわぁっ!?」」

 

 いきなり聞こえた言葉に、ミナトとかのんの二人は声を上げて驚いた。振り返って、バックステップの要領で後ろに下がったミナトは、その声の元である人を探した。といっても、探すほどのことも無かった。目の前に立つのは、一人の少女。つい2日前に出会ったスクールアイドルを目指す少女、唐可可だった。

 

「你唱歌真的好好听啊。简直就是天籁!」

「え、中国語!?」

 

 中国語で捲し立てるクゥクゥ。その勢いに、かのんは圧倒されていた。ミナトは冷静では合ったが、クゥクゥの放つ言葉を理解することが出来ず、どうするものか決めかねていた。芸能界やS.M.Sでの経験の中で、銀河標準語である英語以外にもホライズンの公用語となっている日本語や、ゼントラーディ語もある程度は理解のできるミナトでも、中国語までは習得していなかった。

 

「我刚才听到你唱歌了。我们以后一起唱歌好不好? 一起唱! 一起做学园偶像!」

「顔が近い!」

 

 今度は、顔がくっつくのでは無いかというほど近付いてくる。クゥクゥの雰囲気や、動きからの予想ではあるが、おそらく何かに感動して、何かに誘っているといったところだろうか。

 

「你好、谢谢、小籠包、再見!!」

「つ、再見……」

 

 思いつく限りの中国語を叫んだかのんはミナトの腕を掴み、そのままミナトを引っ張って走った。

 突然腕を引っ張られたことに驚いて少しだけ体勢が崩れたが、すぐに正常な体勢を取り戻して、かのんと共に走った。

 クゥクゥのことが苦手で合ったり、嫌いで合ったりする訳ではないが、人間は自らの理解が出来ないものから逃げる修正がある。それに挑むからこそ偉人と呼ばれるのだが──今はそれは関係がない。ともかく、そういった本能的な反応で、ミナトはかのんと共に逃げ出した。

 

「怖い怖い!!」

「マッテクダサーイ!」

 

 途中で腕を掴んでいたかのんの手が緩まって離れるが、かのんはすぐさま掴みなおした。掴む位置がずれて手を繋いでいるが、気付いていないのかそのまま走る。

 

「あ、あそこに隠れよう!」

「どこ!?」

「あの路地!」

 

 ミナトが指差した路地に向かって走り、身を隠す。

 自分でここに隠れることを提案しておいて何だが、ここまでハッキリと隠れていることがわかるような場所に行って意味があるのか、という疑問を感じた。だが、時すでに遅しというように、もうどうすることも出来ない。

 

「アレ? アレ?」

 

 クゥクゥが二人の隠れている路地に近づいてきたため、急いで路地の奥に止めてあった車の裏に隠れる。そのおかげか、クゥクゥは二人のことを見失った。クゥクゥの走り方や、走った後の様子を見るに運動があまり得意ではないらしい。今回は、そのおかげで助かったと言えるだろう。

 

「何あの子!? 留学生!?」

「あー、うん。留学生だね。フロンティア船団からの」

「そうなんだ……うっかり歌っちゃったばっかりに……」

 

 かのんが立ち上がり、クゥクゥのあるであろう大通りとは別の裏道を通って学校へと向かおうとする。ミナトもそれに続こうと立ち上がったその時──。

 

「なにやってんの?」

「「うわぁっ!?」」

 

 気づかぬ間に側へと近づいてきていた一人の少女が、二人へと声をかけた。状況に既視感を感じながら、差し出してきた少女の手を取って立ち上がる。

 

「ちーちゃん!?」

「ういーっす!」

 

 ちーちゃん、と呼ばれた少女が右手を軽くあげながらそう言う。特徴的で、元気さの溢れている挨拶だ。自分の友人たちはあまりそういった特徴的な挨拶や口癖と言ったものを持っていなかったため、新鮮に感じられた。

 

「今、向こうに変な子がいて──!」

「んー? ……誰もいないよ?」

「良かったぁ……」

 

 念のため、ミナトも路地から少しだけ顔を出して大通りの様子を確認する。少女の言葉を疑っていたわけではないが、こういった場面では自分で確認しないと安心できない性分なのだ。

 先ほどのクゥクゥは、以前あった時と比べ、鬼気迫る勢いだった。ミナトにもかのんにも理解できない中国語で捲し立ててくる姿は、戦場で感じるものとはまた違った恐怖を感じさせた。

 

「君は……そうだ! 如月ミナトくん! かのんちゃんがいつも曲を聞いてた子だ!」

「ちょっとちーちゃん! 恥ずかしいから言わないで!」

「あはは……とりあえず、よろしく」

「よろしくね! 私は嵐千砂都。かのんちゃんとは幼馴染なんだ」

 

 二人と共に、大通りへ出て学校へと向かう。

 千砂都という少女は、人懐っこい笑顔をする少女だった。ニコニコと笑って、程よいペースで人の心へと入り込んでいく。要するに、人と仲良くなるのが上手いのだ。

 

「如月くん、航宙科なんだ!」

「うん。特にこれといって理由は無いんだけどね」

「将来は俳優として活動するの? それともパイロットになるの?」

「決めかねてるってとこかな。やりたいって思うことだけは、いくつでもあるから」

 

 ミナトには将来、さまざまな道が存在する。歌舞伎役者、俳優、パイロット。自分でいうのなんだが、歌舞伎役者としても、俳優としても人気はあった。だがそれ以上に、歌手として活動を始めた時の反響は凄まじかった。今や銀河の大スターであるシェリル・ノームに作ってもらった曲でデビューして、銀河中で話題となっていた。

 歌手として、活動したいという気持ちもある。だが、いつまでも過去がフラッシュバックして、歌うことができないのだ。

 パイロットとして、空を飛びたいという気持ちもある。だが、今飛んでいる空が、本当に自分のいるべき場所なのか、わからなくなってしまう時がある。

 

「……自分の将来なんて、全く想像もつかないよ」

 

 それを見つけるための、何かが得られるかもしれないと思って、このホライズン船団へとやってきた。自分でも気がつかないうちに、少しずつ、ほんの少しずつだが、その"何か"のピースが埋まり始めていた。



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#4 傷痕 フラッシュバック

 今日は入学式ということで、それが終わった後はクラスでの自己紹介などを軽く済ませただけで下校となった。現在の時刻は正午を回った頃で、ちょうどお昼時だ。何処かで昼食を取ってから帰ろう、と考えながら廊下を歩いていると、普通科の制服を着た数人の少女たちがミナトのもとへとやってきた。

 

「あの、如月ミナトさんですよね……?」

「うん。そうだよ」

「やっぱり! あの、私ファンなんです! よければ、サインください!」

 

 そう言って、一人の少女が色紙を差し出してきた。当然色紙など高校生の少女が常に鞄に忍ばせている訳もないため、この短時間で走って買ってきたのだろう。その証拠に肩で息をし、顔が熱っている。

 

「──はい。どうぞ」

「やった! 活動再開するの、楽しみにしてます! ありがとうございました!」

 

 フロンティアにいた頃も、稀にこういうことが起こっていた。

 銀河歌舞伎の名門である早乙女家の当主である早乙女嵐蔵の推薦で俳優となったという経歴だけでも、銀河中で話題になるほどなのだ。それに加えて、早乙女一門で磨いた演技力があれば、嫌でも有名にはなる。

 今の少女たちが、ミナトの本当の姿を知ったならばどう思うのだろうか。テレビの中で輝いているスターではなく、何人もの人々を見殺しにした男なのだと知ったら、どう思うだろうか。

 

「……憧れられるような存在じゃないんだよ、俺は」

 

 吐き捨てるように呟く。

 航宙科の校舎から出て、中庭を通り抜けて普通科の校舎へと入る。そのまま校門へと繋がるエントランスホールへ向かっていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。

 グレージュの髪色をした少女だ。今朝にもその姿を見て見かけ、一人の少女と共に逃げたのは強く記憶に残っている。

 

「──スバラシイコエノヒト…………!」

「……ん?」

 

 何かを見つけたような仕草をして、クゥクゥが放った言葉がそれだ。クゥクゥの視線はエントランスホールから繋がっている階段に向いていて、そこにいる誰かを見つけたのだろう。気になって少し近づいてみると、クゥクゥの視線の先にいたのは今朝出会ったもう一人の少女、澁谷かのんだった。

 かのんが走り出し、それをクゥクゥが追いかける。

 

「……なんだったんだ、今の」

 

 そこから先へ行けば、後戻りはできないと本能が告げる。

 ここで二人を無視して、そのまま帰ればいい。元々そういう予定だった。だが、ミナトの足は二人の行き先へと向いてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 10メートルほど距離を取りながら、ミナトは二人を追いかけた。もっと近づくこともできるが、そうすれば二人に気付かれてしまう。覗き見など趣味が悪いとわかってはいるが、堂々と正面から向かっていく勇気は今のミナトにはなかった。

 

「为什么要跑啊!? 现在只是想和你一起做学园偶像而已啊! 我和你做学园偶像好不好嘛!」

 

 クゥクゥが叫ぶ。相変わらずミナトには言葉を理解することは出来なかったが、彼女の持っているものを見ればある程度は推測が出来た。

 Let'sスクールアイドル、と大きく書かれたプラカードと、何かを懇願するように叫んでいるということから、かのんをスクールアイドルに誘っているのだろう。

 

「何言ってるかわかんないよ!」

 

 同感だ、と考えながら、ミナトは耳をすませた。

 もし本当にかのんをスクールアイドルに誘おうとしているのだとして。彼女はどうするのだろうか。ミナトと同じ、歌うことが出来ない少女は、どうするのだろうか。

 

(何をしてるんだろうな、俺は)

 

 彼女がどうしたからといって、自分も変わるわけではない。それに彼女とは、今朝あったばかりだ。これといって親睦があるわけでもなく、強いて言うなら彼女がミナトのことを画面を通して見たことがある程度の関係だ。そんな彼女を気にして、何になるというのだ。

 それがわかっていても、ミナトはそこから立ち去れなかった。

 

「かのんさんの歌はスバラシイデス! ナノデ、クゥクゥと一緒にスクールアイドルを始めてみまセンカ?」

「スクールアイドルって……学校でアイドル、ってやつでしょ?」

「スクールアイドルをしたくて、日本に来まシタ! かのんさんの歌は素晴らしいデス! ぜひ、ワタシと一緒にスクールアイドルを──!」

 

 美しい歌声を持つかのんなら、間違いなくスクールアイドルとして活躍できる。それだけは間違いない。

 芸者は、死ぬまで芸者だ。身体に染みつき、己と一つとなった芸は永遠に残り続ける。歌だってそうだ。いつまでも残りつづけ、消えることはない。だから、歌うことのできないかのんは、今でもあそこまでの歌声を出せる。

 芸者が死ぬのは、自分の芸を失ってしまった時か、観客に忘れられてしまった時か、あるいは本当に寿命が尽きた時だ。そういった意味では、かのんという芸者は今でも生き続けている。

 

「歌がお好きなんデショウ?」

 

 クゥクゥのその質問は、かのんだけでなく、ミナトへも届いた。

 大好きな歌。それが歌えなくなったのは、いつからだったろうか。

 

「……嫌いじゃ、ないけど?」

「絶対好きデス! クゥクゥ、分かりマス! だからかのんさんと一緒に始めタイ! その素晴らしい歌声を是非スクールアイドルに──」

 

 そろそろ、ここから立ち去った方が良さそうだと感じて、動かんとしたその瞬間。クゥクゥの言葉を断ち切るように割り入る声があった。

 

「このチラシを配っているのは、あなたですね?」

 

 その少女の名前は、葉月恋といった。結ヶ丘高等学校の創設者の娘で、臨時の生徒会長を務めているという。

 そんな彼女の手には、クゥクゥが作ったのであろうスクールアイドルの勧誘のチラシがあった。

 

「勝手にこんな勧誘を……理事長の許可は取ったのですか?」

「ア……スミマセン。クゥクゥはただスクールアイドルを始めたいと思いマシテ……」

「スクールアイドル……」

 

 忌々しげに、恋が呟く。

 

「いけませんデシタカ? この学校は音楽に力を入れるとお聞きしましたノデ、クゥクゥはここで……」

「音楽に力を入れるからこそ、勝手な事をやらないで欲しいのです」

 

 そのことばを聞いて、立ち去ろうとしていたミナトの足が止まった。

 この学校に入学したばかりで、しかも違う言語を使い、違う船団からやってきた少女にかける言葉にしては、あまりにも強すぎる言葉だ。

 そしてそれ以上に、恋の放った言葉は芸者としてのミナトを苛立たせた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「音楽に力を入れるからこそ、勝手なことはやらないで欲しいのです」

 

 恋が放った言葉は、かのんからしてもあんまりな言葉だった。このクゥクゥという少女は、スクールアイドルをやりたいという思いでこの船団に来て、この学校に入学したのだ。それに対して、この仕打ちだ。何か一言言ってやろうと、口を開こうとした瞬間──

 

「──人の芸にケチつけるとは芸者のやることじゃあねぇな」

 

 芝居がかった、ひどく美しい声が響いた。地平線の向こうまで届くのではないかと思うほど透き通り、一瞬でそこ声に夢中になる。

 周囲の音が消え、その声しか聞こえなくなった。

 

「なぁ? 葉月恋とやら」

 

 瞳が、恋を睨む。両目を寄せ、ただ一点を凝視する。歌舞伎の見得と同じようなものだ。目の演技のみで迫力を伝えるという絶技だ。

 

「芸とは神からの賜物。誰にも邪魔立てすることなど出来はせぬーー俺の尊敬する人の言葉だ」

 

 そう言い放ったのは、今朝出会った少年──如月ミナトであった。

 この少年には、いくつもの姿がある。学生の姿、俳優の姿、歌手の姿、パイロットの姿。そして、歌舞伎役者の姿だ。ミナトが芸能界に足を踏み入れるきっかけとなった歌舞伎と、その時の教えは今のミナトを形作っていると言っても過言ではない。

 

「貴方は……」

「如月ミナト。見ての通り航宙科だ」

 

 だからこそ、先ほどの恋の言葉は我慢ならなかった。

 

「それで、葉月さん。貴方にも事情があるのかもしれないけど……それとこれとは話が別だ。人の芸を愚弄するのが貴方のやり方なのか?」

「そういう訳ではありません。この学校にとって、音楽とは大切なものです。例えスクールアイドルだとしても、生半可な気持ちで挑むようなことは謹んで欲しいのです」

「生半可かどうかだかんて、見てもいないのに分かりやしないだろ。 それに、結果を残せるかわからないのは音楽科の生徒や葉月さんだって同じだ。仮に実力が足りずとも、それはこれからの厳しい稽古で補えばすむこと。──これでもまだ文句があるなら、ぬかしてみろ!」

 

 そう叫んだミナトには、威圧感だとか恐怖だとかとは違う、確かな魅力と迫力があった。これが、全身の筋肉を巧みに操り、その動きと声の抑揚で感情を最大限に表現する歌舞伎だ。

 

「……ならせめて、音楽科の生徒の邪魔にだけはならないようにしてください」

 

 そういって立ち去っていく恋の背中を見つめるミナトの姿は勇ましく、恐ろしく、そして美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「──ふぅ、やっぱ疲れるな」

 

 肩の力を抜いて息を吐く。役から抜けるには、一度力を抜くことが大切だ。そして息を吐き、身体の中から追い出すように役から抜け出す。

 舞台において演者と役は表裏一体で、演者は役に、役は演者になり変わる。それによって、舞台の上で登場人物が生きているように感じられるのだ。

 

「ミナトさん……ありがとうございマス」

「いきなり割り入ってごめんね。ちょっと我慢ならなくて」

 

 今のミナトの姿には、先ほどまでの迫力あふれる勇ましい男を感じることは出来ない。そこにいるのは、ただの如月ミナトのみ。それが、如月ミナトという演者の強さだ。一度役に入れば当人の面影は消え、役が抜ければその面影は消え去る。歌舞伎役者と俳優という二つの世界でミナトが評価されたのは、その役への成り代りによるものが大きい。

 

「澁谷さんもごめんね。何か言おうとしてたの、遮っちゃって」

「ううん。私の言いたかったことは如月くんが伝えてくれたから。それにしても、さっきのって……?」

「人の受け売りだよ。……葉月さんも悪い人じゃないんだろうけどね。とりあえずこの場だけでも丸く収まって──は、ない気がするな」

 

 上手く場を収めようとしたことは事実だが、それを実際に行えるかと言われれば話は別だ。ただ割り込んだだけで何も問題は解決できていないし、先送りにしただけな気もするが、これ以上できることは何も無かったはずだ。とにかくかのんたちに対する恋の物言いが気に食わなかったから身体が動いただけだが、間違ったことはしていないと納得しておくことにする。

 

「同じクラスの方から聞きマシタ! ミナトさんは、歌手として歌うことをやめてシマッタト!」

「ん。ああ……そうだね。俺は、何もかもを守れるような強いパイロットになる。そうしなきゃいけないんだ。だから、それまでは歌わないって誓ったんだ」

「それでも、ミナトさんは歌が好きなのデショウ?」

「大好きだよ。これまでも、これからも。だけど……今はもう、歌うことはやめたんだ。俺の歌には、何も力もないってわかったから」

 

 そうだ。()()()ミナトは、歌うことをやめた。自分はリン・ミンメイでも熱気バサラでも、ましてやシャロン・アップルでもないとわかったあの日、歌わないと誓ったのだ。

 大好きな歌。大好きだからこそ、今のミナトにはそれと向き合える自信が無かった。向き合ってしまえば、もう一度無力な自分を知ってしまうから。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 かのんとクゥクゥの2人と共にかのんの家であり、ミナトのバイト先である喫茶店へとやってきたミナトは、テーブル席に座って話している2人を横目に自らの業務に取り組んでいた。

 飲食業を経験したことはこれまで無かったが、かのんの母の教え方が上手いからかあっという間に仕事内容にそのやり方を覚えることが出来た。

 

「それにしてもミナトくん、今日は眼鏡をつけてるのね」

「ああ、これですか? 普段出かける時とかつけるようにしてるんです。度は入っていない変装用のものなんですよ」

 

 普段はつけていない伊達眼鏡をつけているミナト。学校では名前が知られているからつける意味はないが、日常生活の中ではしっかりと変装をしろ、というのは師である嵐蔵の教えだ。

 

「なるほどねぇ。売れっ子俳優となるとやっぱり大変なのね」

「全部嵐蔵さんのネームバリューがあったからこそですよ。それに今は活動休止してますし」

「本人の努力が無かったら銀河中で話題になんてならないわよ。さーて、かのんたちはどんな話をしてるのかしら?」

 

 盗み聞きなんた趣味が悪いと思いつつも、それを止めるでもなく見送るミナト。案の定かのんが「聞かないで!」と叫んでいたが、ミナトには関係のない話だ──

 

「ミナトさん! ちょっと来てくだサイ!」

 

 ──と、思った瞬間にクゥクゥからミナトへとお呼びがかかった。

 

「ミナトさんも、かのんさんはカワイイと思いマスヨネ!?」

 

 予想外の質問に、ミナトの動きが止まる。質問の意図と、そもそもの意味をよく理解できていないミナトへと、クゥクゥが詰め寄った。

 

「き、如月くん、答えなくていいから!」

「どう思いマスカ! ミナトさん!」

「えっと……うん、可愛い、と思うよ」

 

 絞り出すように、そう答えた。

 澁谷かのんという少女を可愛いと思っていないわけではない。可愛いということに関してはクゥクゥと同意見なのだが、今日初めてあった異性から可愛いと言われるかのんのことも考えれば、言葉にするのを躊躇ってしまった。

 

「やっぱりそうデスヨネ! かのんさんはカワイイです!」

「二人ともやめて──ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 結果、店の中で騒ぎすぎということで3人ともかのんの部屋へと移動させられた。ミナトは勤務時間なのだが、厚意で──というわけではなく、ただ面白そうだからという理由で二人と共に部屋へ向かわされた。

 

「それで、澁谷さんはなんでクゥクゥさんの誘いをそこまで頑なに断るの?」

「……私、歌えないから」

「歌えない?」

 

 話を聞くと、かのんは小学生の頃、合唱の際に歌えなかったことが原因となり、今も歌えないままでいるらしい。

 その気持ちは、ミナトにも痛いほどわかる。一度舞台に立つのが怖いと思えば、途端に今まで立てていた舞台にも立つのが怖くなる。ミナトも、何度も舞台に立つのが怖いと思った。

 それほどまでに、舞台の上で感じる、観客からの視線とプレッシャーというのは芸者へと大きな影響を与えるのだ。

 

「でも、歌は好きなんデスヨネ?」

「好き……なのにね」

 

 かのんが、自虐的に笑いながらそう言った。

 やはり、この少女はミナトと似ている。歌が大好きで、だというのに歌うことが出来なくて、それに苦悩している。だから、ミナトはこの少女に興味が湧いたのだ。

 

「如月くんは凄いよね。大きな舞台に何度も立って、何度も歌って……」

 

 かのんの言葉を聞いて少し、昔を思い出した。

 幼い頃から芸能界という世界にいたミナトにとって、舞台に立つという行為は当たり前のことで、恐怖を抱く対象という認識は無い。そもそも、芸者というのは舞台に立つために生きるのだ。

 だから、かのんの言うようにミナトが凄い訳ではない。ミナトを取り巻く状況がそうさせたのだ。

 

「子供の頃から芸を仕込まれただけだよ。それで誰かを喜ばせて、楽しませて、そのためだけに生きる。そういう風に育てられただけだよ。俺もそれが自分のやるべきことだと思ってるし、やりたいことだから」

「……じゃあ、なんで今は歌うことをやめちゃったの?」

 

 そこまで言って、ミナトは自分が喋りすぎたと思い少し返答に迷った。

 幼い頃から芸能界で生きて、パイロットとして兵士の世界で生きて、ミナトは人間という生き物の恐ろしさを知った。

 芸能界で誰かが不祥事を起こしたという情報が出れば、世間はその者を非難する。その情報が事実だとしても、そうでないとしてもだ。そしてやがて、誰かが非難されていたという事実自体が忘れ去られていく。被害を受けたものの傷だけを残して。師である早乙女嵐蔵からも、それを何度も教えられた。

 そして、パイロットとなって戦いを経験した。AI兵器のスイッチを押すだけの新統合軍とは違い、この手で、この指で引き金を引く、いわば戦争のプロフェッショナルであるから、周りからの視線は冷たいものだった。戦闘となれば、誰かを殺すことになる。それはミナトも当然わかっているし、目を背けるつもりはない。

 だが、それによってミナトの心は他人との繋がりを避けるようになった。

 それだというのに──その上で、自分の過去を教えても良いと思ったのは、この二人と出会ったことが原因だろうか。

 

「リン・ミンメイとかファイヤーボンバーみたいに歌で誰かを救うことが、俺には出来なかったから、かな」

 

 自らの甘さを笑いながら、ミナトはそう言った。

 誰かとの繋がりを作ることなく、一人で自分のやるべきことをやる。そういった自分の生き方に狂いが生じつつあっても、悪い気分ではなかった。

 

「三年前、ロケで訪れた惑星ベリト。そこで、とある戦いに巻き込まれた。今では、<悪魔の鳥事件>って言われてる」

 

 自らの携帯端末で検索し、表示された当時のニュースを二人へ見せる。

 多くの死傷者を出し、惑星の首都が壊滅した事件だ。人々の記憶には残っていないが、当時は銀河中で報道されていた。

 

「惑星に伝わる、巨大な怪物──<悪魔の鳥>の伝承。プロトカルチャーの作り出した兵器だったそれが目覚めて大暴れした事件だよ」

「もしかして、その時に如月くんが歌った……?」

「そう。伝承では、<翼の歌い手>と呼ばれる人の歌で、悪魔の鳥を封印した。俺はただ無我夢中で歌った。でも、歌が効いていたのはほんの少しだけで……悪魔の鳥を止めることは出来なかった。結局、駆けつけた軍の部隊が悪魔の鳥を破壊して、事件は収束。……問題は、そのあとだよ」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 遥か遠くに見える、未だ燃え続ける家屋。

 足元にも転がる、無数の瓦礫。

 そこら中に集まる、膨大な数の被災者。

 新統合軍の兵士たちに護衛されながら、比較的被害の少なかった駐屯地へと向かうミナトは、その景色を見ていた。

 

「如月ミナト様、お迎えに上がりました」

 

 新統合政府の指示でミナトの保護はやってきた、中将の階級を持つ軍人が腰を曲げながら言った。この時のミナトの立場は、銀河中で大人気のスター、要するにVIPであると共に、この事件の中心にいる人物であるから、こうして高い地位を持つ者が迎えに来たのだ。

 とはいえ、家族や友人、恋人など、大切なものを誰もが少なからず失った状態の市民たちには、そんなことを考える余裕などない。この様子を見て思うのは、悪魔の鳥から街を守ることが出来ず、それでいて自分だけ非難して助かろうとしている、自分勝手な少年というだけである。

 今のミナトであれば、それを理解して、飲み込むことが出来る。だが、当時のミナトは12歳。義務教育を受けている年齢であり、第二次成長期の少年なのだ。誰かからの悪意に耐えられるほど精神は発達していないし、ましてやそれを受け入れることなど出来はしない。

 

 遠くから、ミナトを非難する声が聞こえて来る。

 

「お前がもっとちゃんと歌っていれば、悪魔の鳥を止められたはずだ」

「お前のせいで、家族が、友人が、恋人が死んだ」

「なんで守ってくれなかったのか」

 

 その言葉が、ミナトへと、自身の無力さを知らしめさせた。

 逃げ出したくても、それを周囲に立つ軍人たちが許してはくれない。あくまで彼らはミナトを確実に護衛するために行なっているのだが、ミナトにはそれが、己の罪と向き合えと言っているように感じた。

 助けて、と叫ぶことは許されなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「俺はあの人とは違った……! 歌だけで戦いを終わらせるような力は、俺には無かった……!」

 

 机に置かれたミナトの手は、硬く握りしめられていた。深く爪が食い込み、今にも血が滲み出そうなほどにだ。

 

「歌で守ることが出来ないなら、それ以外の力を手に入れる……そのために、航宙科に入学した。そして、何もかもを守れるような力を手に入れるまで、歌わないって誓ったんだ……!」

 

 そしてミナトは、空へと飛び出した。どこまでも続く悠久の世界。

 力、とは何かと考えて、最初に思いついたのがパイロットだった。悪魔の鳥を破壊したのも、新統合軍の可変戦闘機部隊だった。あの悪魔の鳥を倒せるほどの力ならば、誰かを守ることが出来る。

 そう思って踏み込んだパイロットの世界で、空の美しさを知った。空を飛ぶ楽しさを知った。

 誰かを守る、という目的を果たそうとするのと同時に、空を飛ぶことは歌うことと同じく、ミナトの生きる意味となったのだ。

 

「それが……如月くんが、歌うことをやめた……そして、パイロットになろうと思った理由……」

 

 かのんにとって、ミナトは憧れの対象だった。

 テレビの画面の中で活躍する芸能人で、何度もリピートした歌を歌っていた少年だ。当然、芸能界というかのんには想像もつかない世界にいて、途方もない苦労をしていると思っていた。

 だが、これはその範疇ではない。ミナトが背負う必要のない責任を負おうとして、大好きな歌をやめたのだ。

 背負う必要のない責任を負わなければいけない時があるのが、この世界だ。だから、ミナトはその責任を負っている。

 だがそれは、人として、同じ歌を愛するものとして、到底許せるものでは無かった。

 

「それでミナトさんが、歌をやめる必要なんてアリマセン! そんなことで、好きなことをやめるナンテ……!」

「いいんだよ、これで。初めて空を飛んだ時、何も知らなかった筈なのに、飛び方がわかった。風を感じた瞬間、その掴み方がわかった。俺が飛んで、誰かを救えるのなら、俺はそれをしたい」

 

 それは、ミナトの決意だった。

 この船団に来て、心優しい二人の少女と出会って、その決意はより硬くなった。このような優しい少女たちが悲しむような世界であってはいけない。この少女たちが笑って、優しい歌を心置きなく歌えるような世界でなければいけないのだ。

 そのために、ミナトは飛ばなければいけない。

 

「ごめんね。そんなに楽しい話じゃなかったでしょ?」

「……ううん。如月くんのこと聞けて、嬉しかった。もし、私に出来ることがあったら言って。私なんかじゃ、何も出来ないかもそれないけど……」

 

 かのんの言葉に、クゥクゥが同意するように何度も首を縦に振る。

 二人の優しさを感じて、この二人ならば共にいたいと思った。この二人ならば、心を開くことが出来る。こうして、過去を語ったのがその証拠だ。

 フロンティアにいた友人には、決して話さなかった。よい友人たちであったし、彼らにとってミナトもそうありたいと思った。S.M.Sの兵士である男に、梨園の御曹司や、歌手を目指す少女。よい友人ではあったが、必要以上に深入りしようとは思えなかった。

 戦争という、人の命の価値が軽くなる世界に生きているからだろうか。どんなに仲の良い存在でも、いつか別れが訪れるのだから、知る必要も、知られる必要も無いというのが、傭兵の暗黙のルールのようなものだった。

 

「……俺のことはミナトでいいよ。じゃあ、そろそろ下に戻るね」

 

 だからこそ、この二人がどこか他の人とは違うと感じているのは、気のせいではない気がしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 その日の夜、ミナトの携帯端末にS.M.Sからの連絡が入った。

 ミナトの機体となるVF-26Jの調整が完了したとのことで、ミナトはすぐに家を飛び出して、アイランド船の外縁部に停泊しているマクロス・クォーターへと向かった。

 自らが命を預けることとなる翼が完成したとなれば、どこにいても駆けつけるのがパイロットの性だ。

 

「予算いっぱいまで使用して、最高の機体に仕上げてやったぜ」

「機体性能は管制能力を除いてほぼS型と同じ。頭部ガンターレットの出力も上げてますから、数値上では敵う機体はいません」

 

 レイルとアル──アルフォンスの愛称である──が、機体についての大まかな説明をしてくれる。というのも、この機体の調整を行ったのがこの二人なのだ。

 レイルはメカニックとしての資格をいくつも保持しており、可変戦闘機について彼以上に知っているものは、このホライズン支部にはいない。

 アルは電子機器を扱うことに長けており、機体のシステム関連の調整を行ってくれた。AIシステムの性格をミナトの戦闘スタイルに合わせたり、ステルスシステムやレーダーなど、あらゆる機器を扱う力を持つ。

 パイロットとしても優秀だという二人であるが、プロフェッショナルの集団であるS.M.Sに在籍しているのは、こういった特殊技能がある所が大きい。ちなみにだが、ミナトはパイロットとしての能力だけでなく、生身での戦闘に長けている。早乙女一門にいた頃に、一時期剣術や空手、合気道、柔道など、さまざまな道場に入れられた経験を持っているから、そういった技能を身につけているのだ。

 

「最高の機体だ。ありがとう、二人とも」

「いいっていいって。俺たちもコイツの調整を楽しませてもらったからな」

 

 スパナをクルクルと回しながら、レイルがそう言った。

 その動作が妙に様になっているのは、彼がゼントラーディの血をひく屈強な体つきをしているからだろう。先ほどまで作業をしていて暑いからか、少しはだけさせている作業着と滴る汗もあって、雑誌の表紙に載るような、絵になる様だった。

 

「この機体なら、もっと沢山の人を守れるよな」

「……あんま根詰め過ぎるなよ。そんなんじゃ、ふとした時にプッツリと切れちまう」

「大丈夫。自分に出来る限界ぐらいは弁えてるさ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ホログラフィックの作り出す美しい夕陽が照らす道を歩きながら、家へと向かう。ここが真空の宇宙に浮かぶ方舟の中だというのを忘れそうなぐらい綺麗な光景だ。

 かのんたちに過去を話した翌日、ミナトは二人と出会うことなく1日を終えようとしていた。元々学科が違うため、生活している校舎も違うのだ。会えなくても仕方がない。

 

「──?」

 

 商店街の近くを通り過ぎようとした時、ミナトの耳に歌が届いた。昨日の朝の時と同じ、美しい歌声。かのんの歌声だ。

 自然と、身体が歌の聞こえる方へと進み出していた。それと同時に、ブレスレットの宝石が微かに光を放ち始めるが、ミナトはそれに気づいていない。

 

「虹色の、声……」

 

 実際にミナトの目に、声に色がついて見えたわけではない。確かにそういった能力を持つ人間もこの世には存在するが、ミナトはそれに当てはまらない。

 歌は込められた感情。それが、ミナトへと流れ込んでいるのだ。フォールド・ウェーブと呼ばれる、未だ完全に解明されていない波長の波。それを通して、ミナトへとかのんの歌声と、それに込められた想いが伝わっているのだ。その想いが、喜びが、楽しさが、何もかもが美しく輝く。

 それ故に、虹色なのだ。

 

「これが、澁谷さんの歌……」

 

 かのんの周りには、その歌声を聴いて多くの人々が集まっていた。

 地球人も、ゼントラーディも、ゾラ人も、誰もが同じ歌を聴いて、同じ感動を分かち合っていた。

 一人の歌声が、生まれた星も、受け継いだ遺伝子も違う人々を、確かに一つにしていた。

 

「私……歌えた!?」

 

 誰かの前で歌うことができたことに驚くかのん。

 やがて、集まっていた人だかりの中にミナトがいることに気づくと、かのんは嬉しそうに手を振った。

 

(鳥は、己が飛ぶ理由を知らない──か)

 

 かのんは、一歩を踏み出して、新たな世界へとやってきた。誰かの前で、誰かのために芸を披露することができる世界だ。かのんがその世界へとやってきたことを、ミナトは本当に嬉しく思った。







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#5 飛翔 テイクオフ

「──テイク・オフ!」

 

 結ヶ丘の滑走路から、EX-ギアを装着した生徒たちが羽ばたいてゆく。

 EX-ギア──正式名称エクステンドギアシステムは、人間の各種能力をその名の通りエクステンド(拡張)するためのデバイスだ。手足の動きのエネルギーを何倍にも増幅させ、背部の化学ロケットエンジンと翼によって空を飛ぶことも可能にする。

 しかし、それだけならばただのパワードスーツであり、わざわざ航宙科でのカリキュラムにこのEX-ギアが含まれる理由にはならない。

 EX-ギアの本来の使用用途は可変戦闘機と人間を繋ぐためのデバイスである。コネクトスレイブと呼ばれる新たな操縦制御システムにより、コックピットにEX-ギアを接続し、EX-ギアの操作を機体のAIが受け取ることでパイロットの意思をよりダイレクトに機体は伝えることが出来るのだ。

 

「アイツ、筋がいいな」

「僕らは普段からEX-ギアを使っているから簡単に行えますが、はじめての使用から経ったの数日であの飛行は確かに筋がいいですね」

 

 先程は飛び立ったクラスメイトを見て、レイルとアルがそう言った。ミナトから見ても、良い飛び方だと思った。身体があまりブレず、風に乗ることが出来ている。

 ミナトたちにとっては当たり前のように出来ることだが、風に乗るということは本来かなり難しい。そもそも人体には翼が無いし、風を体全体で感じるという経験がある者の方が少ない。ミナトたちがEX-ギアを自在に操れるのも、S.M.Sでの厳しい訓練の成果だ。ミナトたちに空を飛ぶセンスがあったからこそS.M.Sへ入隊できたわけだが、それだけでは空は飛ばない。センスだけでなく、努力の積み重ねも重要なのだ。

 

「けど、アイツがパイロットに慣れるかはこれから次第だな」

 

 空戦では個々の実力ではなく、経験の差がものを言う。どれだけ空の飛び方を知っているか。どれだけ戦い方を知っているか。その差によって、戦いの結末が左右されるのだ。

 いつか自分たちと並んで飛ぶことになるかもしれない雛鳥を眺めながら、レイルとアルはEX-ギアの調整をする。そこから少し離れた所で、ミナトは対して興味はなさそうにひとり紙飛行機を折っていた。

 

「6000フィートが限度の紛い物の空じゃ、才能も育ちきらないさ」

 

 そう、ミナトたちにが眺めているこの空は本物の空では無い。あくまで、移民船という箱庭の中に映し出されたホログラムなのだ。必ず何処かで終わりが訪れてしまう。どこまでも果てしなく続く真空の世界を飛び回っているミナトにとっては、つまらないものだった。

 

「やりたいように飛ぶこともできない制約しかない空なんだ。鳥籠に囚われた鳥は羽ばたくことができないのと同じだよ」

 

 完成した紙飛行機を眺めるミナト。

 人間の力を何倍にも増幅させるEX-ギアは、その性質上繊細な作業は最も苦手とする分野で、折り紙などはその最たる例だ。それをこともなげに行うミナトには、卓越した器用さと集中力があることを証明しているのだった。

 

「この空に限界があるように──アイツらの成長にもすぐに限界が来るだろうね」

 

 こんな小さな空では、ただひたすらに飛ぶことも出来ない。それが、ミナトにとっては最も忌むべきことだった。

 右手に持った紙飛行機をカタパルトの先へと向けて投げる。EX-ギアによって何倍にも高められたパワーで投げられたそれは、真っ直ぐと風を切り裂いて進み、あっという間に100メートルも水平に飛んでいった。やがて上昇気流を捕らえ、ふわりと舞い上がって行った紙飛行機は、アイランド船の天窓にぶつかってくしゃりと潰れた。

 

「西南西向きの秒速3.4メートルの風か。いい風だな」

 

 レイルとアルの期待のこもった視線を背中に感じながら、ミナトはリニアカタパルトにEX-ギアを装着した。

 目を閉じて、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませ、吹いてくる風を身体で感じる。ゆっくりと目を開いて姿勢を低くし、発進の態勢を取る。

 

「行くぞ──!」

 

 リニアカタパルトによってミナトの身体が高度数百メートルまで打ち上げられる。

 EX-ギアの翼を広げ、先ほど投げた紙飛行機と同じように上昇気流を浮かんで高く舞い上がる。

 

「おーおー、美しいこった」

 

 空から降り注ぐ光に目を窄めながら、レイルはすでに豆粒よりも小さくなったミナトを視線で追いかけた。

 

「芸能活動で身につけた全身の筋肉を使う技術。それによってミナトさんは誰よりもEX-ギアを自らの身体と一つにしています。僕らにはまだまだ辿り着くことのできていない領域ですね」

 

 ホライズン支部へとミナトがやってくると聞いた時、アルは何度も目を疑った。いまや銀河中で人気を誇る俳優および歌手であるミナトがパイロットとしてやってくるというのだ。ミナトがパイロットをしているということだけでも信じられなかったというのに、その上フロンティア支部からのデータによるとミナトの戦績はシミュレータの結果も含めると新統合軍のエースたちと並ぶものだったのだ。実際にシミュレータの様子や、今こうして飛んでいる様子を見ても、信じ切ることができていない。

 

「それで? そこでこそこそとしているパイロットさんや。お前から見てミナトはどうだ?」

 

 いつの間にかカタパルトと中庭を隔てる囲いに腰を下ろしていたレイルが、少し離れた位置からミナトの飛行を眺めている少年に声をかけた。

 少年は恥ずかしそうに頭をかきながら二人のもとへやってくると、レイルの隣に座った。

 

「……そりゃあ、決まってるだろ」

 

 少年は二人へとウィンクを投げて見せたあと、ミナトへ向かって手を伸ばし──

 

「俺のずっと追い求めていた憧れ(ヒーロー)の姿さ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 アイランド1の空を一周して戻ってきたミナトを待っていたのは、飛び立つ前からいた二人と、一人の見知らぬ少年だった。

 左目だけがサイボーグ化された機械的なディテールを含んだ瞳をしているのが特徴の好青年で、ミナトと同じく日本の血を引いている風貌をしていた。

 

「良いフライトだったな」

「ありがとう……君は?」

 

 送られた賛辞に感謝を伝え、少年の名を問う。

 

「ファントム小隊副隊長、一ノ瀬イツキだ。まだ会ったことは無かったろ? これからよろしくな、相棒」

「ああ、よろしく……って、相棒?」

「これから任務の時は俺とミナトのペアで運用することになったらしくてな。だから、相棒ってわけ」

 

 相棒と聞いて、最初に浮かんだのはアルとレイルの二人だ。この二人は基本的に二人セットで使われることが多い。管制能力を強化し、大型レドームを装備したRVF-26に乗り狙撃手を務めるアルが援護し、汎用型のVF-26Cに乗るレイルが前に出るというスタイルで戦う。それと同じように、ミナトとイツキの二人での運用を行うというわけだ。

 

「背中は任せてくれよ、相棒!」

「ああ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「アノコンチクショウユルスマジ!!!!」

 

 これが放課後、ミナトが仕事を開始した時にやってきたクゥクゥの発した言葉である。店の入り口に最も近いテーブル席にかのんと座っている。

 

「かのんさんも書いてください!」

 

 そう言ってクゥクゥが一枚の紙を机に叩きつける。

 

「……これは?」

「退学届です!」

 

 クゥクゥが叫んだ瞬間、コーヒー豆を挽いていたミナトの動きが驚きでピタリと止まる。

 

「退学!?」

「二日目にして!?」

「そりゃそうなるよ!!」

 

 驚いたのは澁谷親子も同じのようで、昨日のスクールアイドルの話の時と同じように叫んでいる。今回ばかりは、かのんも驚いている。まさか高校に入学して二日目で退学をしようとするとは思っていなかったのだろう。さらには、コノハズクのマンマルも驚いている。

 

「こんな学校にして仕方がありまセン。二人で別の学校へ行って、スクールアイドルを始めまショウ」

「いやいや無理でしょ……」

「大丈夫。転入試験で他の学校に行くことも出来マス。家はどこらへんデスか?」

「ここです……」

「ソウデシタ……」

 

 スクールアイドルをするためだけに退学までしようとするということは、今日廊下で話していた時に何かを言われたのだろう。この様子を見るに、スクールアイドルを始めようとしたところを邪魔されたというところだろうか。

 

「ありあさん、ココア入ったから持っていってくれる?」

「あ、はい……」

 

 この状況で飲み物を持っていくのは正直に言って気まずいが、そんなことを気にしていては仕事は出来ない。それに、S.M.Sの仕事の方がキツイのだ。それに比べればどうということはない。もっとも、持っていくのはありあだが。

 

「えーっと、お話中申し訳ありませんがご注文の品です……」

「あ、アリガトウございマス! はあ……チョコワタルシミ……」

 

 ココアを飲んだクゥクゥが先日と同じ言葉を呟く。

 

「……スクールアイドル、ね」

「ミナトさん?」

「ああ、いや。澁谷さんも、スクールアイドルをやる気になったの?」

「うん。クゥクゥちゃんの話しを聞いたりして、本気でやりたいって思ったの」

「そっか。俺も応援するよ、頑張ってね」

 

 それ以降は特に話すこともなく、ミナトは仕事を続け、クゥクゥはかのんと少し話して帰って行った。

 クゥクゥが帰ってから数分後、ポケットに入れていた携帯が振動した。メールや電話が来た時などに起動するバイブレーション機能だ。

 

『本日1800、緊急の作戦会議を行う。S.M.S実働部隊所属の隊員はそれまでに第一作戦会議室へ集合せよ』

 

 実際は何倍も長い内容だったが、要点だけ纏めるとこうだ。送り主はS.M.Sホライズン支部の旗艦マクロス・クォーターの艦長であるアラスター・カーティス。

 実働部隊の隊員を全員集合させるということは、ちょっとした哨戒任務などとは比べものにならない程の何かが行われるということだ。

 不安を胸に抱えながらも、まずは今やるべきことに集中しよう、とミナトは思うのだった。



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#6 相克 オーヴァチュア

「……<イノセント>、か」

 

 アイランド1の外縁部に停泊しているマクロス・クォーター。その第一作戦会議室の中で、ファントム小隊長であるアリーヤ・ハイアット少佐が呟いた。

 

「ああ。先日、如月中尉の捕縛したハイジャッカーたちの尋問の結果、奴らの裏に<イノセント>がいることがわかった」

「5年ぶり、ですね」

 

<イノセント>──マクロス・ホライズン船団の出航当時からの因縁がある反統合組織の名だ。2041年の進宙式を襲撃をきっかけに、戦争状態が続いているという。

 最後に<イノセント>の襲撃があったのが5年前。虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の歌で<イノセント>の指揮下にあったはぐれゼントラーディを無力化した戦いだ。それ以降、5年にわたって音沙汰もなかったと言う。

 

「最近、イノセントと思われる組織の動きが活発になってきている。新統合軍によると、近々大規模な作戦を行うつもりらしい」

「……また、奴らが動き始めたんですか」

「詳細は分かっていない。ホライズンに攻めてくるのは間違い無いだろうが……」

 

 配布された資料にも、特にそれと言った情報はない。あるのは、先程アラスターの言った情報と今後の任務の予定のみだ。

 

「今後は、船団周辺宙域の警戒を強化する予定だ。常に船団周辺をバルキリー部隊が警戒し、<イノセント>の部隊を発見次第、総力を上げて撃退する」

「それに、俺たちファントム小隊を含むS.M.Sの実働部隊が参加すると?」

「そうだ。学生組には悪いが、夜間はバルキリーでの哨戒任務を交代で行ってもらう」

 

 S.M.Sホライズン支部の主戦力であるファントム小隊の隊員は、5人中4人が高校生だ。当然、学校に通う必要がある。バルキリーの操縦免許を正式に取るためにも、留年をするわけにはいかない。

 

「……入学早々、勉強がヤバくなるかもな」

「レイルは昔から勉強がダメでしたからね」

「うっせ」

 

 夜間に任務が入るということは、その分睡眠時間や勉強時間が無くなるというわけだ。交代で行うため休憩時間はあるにはあるが、とても勉強など出来ない。睡眠導入剤を飲んででも寝なければ、翌日に支障をきたしてしまう。

 

「まあ、そこら辺については各々で頑張ってくれ。……そして、<イノセント>の大規模作戦のための合流地点、そこへの強襲作戦を用意している。配布した資料の24ページを見てくれ」

 

 言われた通りに資料に目を落とす。まず目に入るのは、1ページ丸々すべてを使ったホライズン船団の進路図。それと手に入った<イノセント>についての情報だ。

 

「ホライズン船団はずっと、<イノセント>に一方的に攻められるだけだった。だが今回は違う。新統合軍と協力し、<イノセント>に対して先手を打つ!」

 

 アラスターのその宣言を聞いて、S.M.Sの隊員たちは湧き上がった。ホライズン船団に所属する兵士のほとんどは、この船団で生まれ育った者たちだ。当然、今までの<イノセント>との戦いを経験した者もいる。その戦いで家族や友人を失ったことを理由にS.M.Sへ入隊した者もいるほどなのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあトレーニングを始めるよ!」

 

 かのんたちのダンスのコーチを務めることになった嵐千砂都が高々と叫ぶ。

 この少女はかのんの幼なじみで、小さい頃からダンスをしているらしい。先程彼女のダンスの映像をかのんに見せてもらったが、見入ってしまうほどのものだった。

共にトレーニングを行うことになったミナトにとっても、非常に頼もしい存在だ。

 

「さて、まずはダンスを教えたりする前に2人の運動能力がどれぐらいあるか測ろうか」

 

 そうして始まった運動能力を測るためのテスト。体力がどれほどあるのかや、身体の柔軟さなど、今日使える練習時間の約半分を使ってそれらを調べる。

 

「つ、疲れたーっ!」

「く、くるじぃ……」

 

 最後の種目を終えた瞬間、かのんとクゥクゥは先ほどミナトが地面に敷いておいたレジャーシートに倒れ伏せた。

 

「……澁谷さんはともかく、クゥクゥさんは──」

「ほぼゼロって言っても良い体力だね……」

 

 結果を記録した紙を見ながら、千砂都と2人で頭を抱える。

 スクールアイドルとは、その名の通り学生がアイドルをするというものだ。アイドル、というぐらいなのだから、歌いながら踊る。マイクに向かって歌う歌手でもなく、曲に合わせて踊るダンサーでも無いのだ。そのためには、かなりの体力を必要とする。少し走った程度で息が切れるようなら、とてもスクールアイドルなど出来ない。

 

「もー、なんでそれでスクールアイドルやろうと思ったの!?」

「気持ちデス! スクールアイドルは気持ちが大事デスから!」

 

 自信満々にクゥクゥが叫ぶ。気持ちが大事、というのはミナトも同意するがそれ以前に必要なものがあるだろう。

 

「ちなみに、リズムゲームから完璧なダンスコンボを繰り出せマスヨ……! あ、それ! シャンシャンシャン!」

「それだけだと意味が無いんじゃ……?」

「でもリズム感はあるってことだよね」

「ポジティブ!」

「まあ、リズム感が無かったら当日までに教えても付け焼き刃にすらならないだろうしね」

 

 前途多難、とはこのような状況を言うのだろう。正直言ってこのままではマズイ状況だ。体力をつけるためのトレーニングと並行して、ダンスの練習、歌の練習までしなければならないのだ。

 不安の方が多い状況だが、やれるだけのことはやってみよう、とミナトは決意した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ほらほら、この程度で苦しんでちゃスクールアイドルなんて出来ないよ!」

 

 広い公園の中に存在するランニングコースを、ミナトとかのん、クゥクゥが走る。もうすでに1周走っているが、ミナトはまったく息が切れていない。それどころか、生き生きとしている。

 

「み、ミナトさん……も、もう無理デス……」

「……わ、私も」

 

 ミナトの少し後ろを走るかのんとクゥクゥが、ぜえぜえと激しい息をしながら苦しそうに言う。

 

「あらら……さすがに2周目でギブアップか」

 

 千砂都の待っている開始地点にたどり着き、ランニングが終了した。このあとは、千砂都のダンス練習が待っている。

 

「澁谷さんはともかく、クゥクゥさんはもっと体力つけないとな……。S.M.S流のトレーニングを採用するか否か……」

 

 S.M.S流のトレーニング──それは、EX-ギアを装着し、パワーアシストを切った状態で走るというものだ。本来、EX-ギアは人体の力を増大させるため通常の倍以上の速度で走れるのだが、パワーアシストを切ってしまえば完全に真逆になってしまう。大量の機器が内蔵されているEX-ギアはとても重く、最初はまともに歩くことも難しい。それを利用して、S.M.Sではパワーアシストを切ったEX-ギアを装着しての格納庫ランニングというトレーニングが行われているのだ。

 ミナトも、入隊当初はずっとこのトレーニングをさせられていた。

 

「S.M.Sって、輸送会社の?」

「そ。このトレーニングをすれば、1週間後にはダンスを1時間やり続けても有り余る体力と、無限の筋肉痛が──」

「遠慮しとくね」

 

 さすがにかのんも、体力を得る代償として一向に治らない筋肉痛を得るのはイヤなのか、言い終わる前に断られてしまった。実際、ミナトの場合は1ヶ月ほど筋肉痛が続いていたのだから、やりたくない気持ちは嫌というほど理解できる。

 

「となると……地道な努力しかないね」

「練習メニューは如月くんと私で考えるから。出来る?」

「やりマス!!」

 

 体力がほとんどなく今はまともにダンスも出来ていないが、クゥクゥの熱意は本物だ。その熱意に応えるべく、ミナトも協力を惜しまないつもりだ。

 

「さて……ダンスの振り付けを考えるためにも、まずは曲がいる。さすがにできてないよね?」

「うん……。歌詞もまだ──」

「か、書きためておいた歌詞がありマス……ゼエ、ゼエ……」

 

 息を切らしているクゥクゥが、苦しそうに立ち上がりながら言う。かのんと2人で無理をしないように座らせてから、歌詞が書かれたノートを受け取る。

 

「一部中国語デスが……」

 

 パラパラとめくりながら目を通すと、確かに中国語で書かれて読めない部分があった。だが、辞書などがあれば読めるレベルだ。

 

「作曲はどうする? 一応、俺もできるけど……」

「私がやるよ」

「オッケー。俺も少しは手伝うから、少なくとも本番の5日前には完成させるよ」

「わかった!」

 

 久しぶりにギターを引っ張り出してこなければな、と言いながら考える。かのんが持っていたミナトのCDは、シェリルが作詞作曲を担当した曲だったが、それ以外の曲はミナト自身の手で製作していたのだ。少しは出来ることがあるはずだ。

 

「一先ず、今はトレーニングして体力つけるよ!」

「も、もう無理デスーッ!!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「っと……お、あったあった」

 

 帰宅したミナトは、荷物を置いて私服に着替えてからすぐに開封していない段ボールの開封を始めた。探していたのは、トレーニングをしていた時に引っ張り出してこようと決めていたアコースティックギターだ。

 

「あちゃー、やっぱ3年も使ってないと埃が溜まってるな……」

 

 埃を被った状態でケースの中に入っており、それ以外でもかなり汚れている。弦も錆びているため、新調しなければならない。

 ギター自体もかなり古びているが、これは元々人から譲り受けたものだからである。

 

「これを見るとどうしても歌いたくなるからしまったんだっけな……」

 

 いくら歌わないと決めたとしても、歌が好きだという事実が変わることはない。

 このギターをミナトに譲った人物は、ミナトが歌を好きになるきっかけとなった人物だ。一面が荒野に包まれた惑星へと歌舞伎の公演へと向かった時に出会い、ミナトの前で歌を披露してギターを渡したあと、風のように去っていった。

 

「今思うとただの不審者だよね、あの人」

 

 予備で保管していた玄を張り替えながら思いだす。

 砂漠のど真ん中で、ジーンズにタンクトップ一枚という格好に、ギターケースを背負っているのはどう考えても不審者だ。

 

「まぁ、もう会えることもないだろうし。こんなこと言っても何にもならないけど」

 

 遠い惑星での出会い、しかもそれは何年も前だ。相手も、ミナトのことを覚えていないだろう。

 

「……さて! リハビリを始めますかね!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それからしばらく経ったある日の昼休み、ミナトはEX-ギアを装着して校内をランニングしていた。以前、かのんたちに話したS.M.S流のトレーニングだ。

 パワーアシストを切り、とてつもない重りと化したEX-ギアが、ミナトの身体を地面へと押しつける。

 

「これで……9周目……あと、1周!」

 

 いくら普段からトレーニングを積んでいるミナトでも、広大な結ヶ丘高校の敷地を10周も走るのは、かなり大変だ。その上、EX-ギアのパワーアシストを切っているのだ。人の身体の何倍もある重さのEX-ギアを纏って走るのは、いくら回数をこなしても、いくら身体を鍛えても慣れるものではない。

 残り一周となり、気合を入れ直して走る。半周ほど走り、航宙科の校舎のそばを通ると、ミナトの通る道に立ち、こちらに手を振っている人物が一人いた。

 

「おーい、ミナトー!」

「ん、イツキ?」

「ほらこれ!」

 

 イツキが手に持っていた水の入ったペットボトルをこちらへ向かって投げる。

 

「サンキュ!」

「頑張れよー。俺は生徒会の仕事があるからー!」

 

 飛んできたペットボトルを片手でキャッチし、空いている手でイツキへ手を振る。

 イツキは航宙科の代表として、生徒会に所属しているらしい。そのため、休み時間などは基本的にミナトやレイル、アルと共にいることは少ない。

 

「……これで……10周!」

 

 スタート地点でもある普通科の校舎近くにある中庭にたどり着くと、ミナトは、膝に手をついて激しい息をする。

 数秒で息を整え、タオルで汗を拭いているミナトを見つけたかのんと千砂都が近づいてくる。

 

「ミサトくん、こんなとこにいたんだ。走ってたの?」

「うん。今日の放課後はダンスと歌の練習をするからね。今のうちに走っとこうと思って」

「夜……は仕事でできないんだっけ」

「残念ながらね。……ってそういえば、クゥクゥさんは?」

 

 ミナトに近づいてきたのは、かのんと千砂都だけだ。クゥクゥが加わるといつものメンバーになるのだが、周囲を見渡しても見当たらない。

 言うべきか少し悩んだ後、かのんはミナトをクゥクゥの元へと案内した。

 

「えーっと、あそこで寝てる」

「……え、あそこで? ホントに?」

 

 かのんが指差したのは、中庭の中央辺りに植えられた木の周りに設置されたベンチ。よく見ると、確かに人が寝転んでいるのがわかる。

 まさか、あそこにいる人が? 

 

「……なんでこんなとこで寝てるのさ?」

「ミナトくんとちーちゃんの作ったトレーニングメニュー、毎日こなしてるみたいだから……」

「なるほどね」

 

 ミナトの俳優業やS.M.Sでの傭兵としての経験と、千砂都のダンスをしてきた経験を活かして制作したトレーニングメニューは、徹底的に身体を鍛えるために作ったものだ。それなりに体力がある者がメニューをこなしても、かなり体力を使うものだ。

 

「授業は大丈夫なの?」

「ああ、それなら大丈夫」

 

 かのんの話によると、クゥクゥはかなり勉強ができるらしい。居眠りをしている状態で教師に当てられても、すぐに飛び起きて答えられるらしい。しかもそれが正解ときた。

 

「如月くんこそ、勉強は大丈夫? 放課後はうちでバイトして、そのあとS.M.Sでバイトでしょ?」

 

 バルキリーに乗せたこともあるクゥクゥは別として、かのんと千砂都の2人はミナトが輸送会社S.M.Sでバイトをしていると思っている。というよりも、S.M.S自体が表向きは輸送会社なのだ。実際は民間軍事プロバイダーであるため、輸送会社とは比べ物にならない疲労がある。

 

「ふふん。これでも中学の成績はトップ3に必ず入ってたんだよ?」

「しかも如月くんは運動もできるしね」

 

 自信満々に自分で言ったはいいものの、それに続いて他人から褒められると、気恥ずかしく感じる。ネットでの評判や、文字で評価されるのと、実際に言葉で伝えられるのとでは違うことを改めて実感した。

 

「そ、そういえば、作曲はどう?」

 

 なんとかして話題を変えようと、必死に絞り出した作曲の話をかのんに振る。

 まだ1日しか経っていないため、さすがに曲が完成しているとは思っていないが、おそらく少しは進めているだろう。

 

「昨日少し作ったんだ。よければ、2人で聞いて?」

 

 音楽プレイヤーと、それに接続されたワイヤレスヘッドホンを手渡される。

 目を閉じて集中して聞いてみて感じたのは、高揚感だった。もちろんプロと比べれば劣っているというのは否定できないし、それは当然だ。いくらかのんに才能があるとしても、それを仕事として、常日頃からそれだけを行っているような者の作った曲には勝てるとは思っていない。だが、この曲にはプロの作ったような曲とは違う言葉では言い表しにくい温かみがあった。

 

「……凄い、としか言えない、予想以上の出来だよ!」

「ホント!?」

「うん。俺もいくらか手伝うから、頑張って曲を完成させよう!」

「うん!!」

 

 ミナトの言葉に、かのんが笑顔で力強く答える。

 曲作りを手伝う、とあらためて宣言して、ミナトの心は決まった。歌を再び始めるつもりはないが、一度は自責の念から捨てた音楽に、もう一度真剣に向き合ってみることにした。

 

 



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#7 躍動 ディシジョン

 新マクロス級移民船団マクロス・ホライズン船団から遠く離れた、アステロイドベルトにギラリと煌く一筋の光があった。

 その光が、暗い宇宙の闇を切り開くように急速に大きくなっていくと、それがセンサーから発せられる光の集合体であることがわかった。黒く輝く装甲に覆われたその機体は、巨大な鳥のような姿をしていた。

 頭部にあたる部分の装甲が展開し、内部から露わになった荷電粒子砲に青白い光がたまり始める。

 この兵器の名はオートマチック・ファイター──通称AF──その最下級種エクスシア型である。最下級といっても、そのサイズはバルキリーの数倍はあり、それでいて機動力は現行のバルキリーと同等だ。

 キィン、という甲高い金属音のような音が鳴り、エクスシア型の頭部荷電粒子砲から一筋の光が放たれた。

 ビーム光が闇を切り裂き、アステロイドを蒸発させていく。その先には、マクロス・ホライズン船団所属の新統合軍バルキリー隊の姿があった。

 エクスシア型は開いていた頭部装甲を閉じ、畳んでいた一対の巨大な翼を広げた。

 その次の瞬間、バルキリー部隊は全てコックピットを抉られ、エクスシア型はその壊滅したバルキリー部隊の中心に佇んでいた。

 その直後、エクスシア型は、紫色の光──フォールドの光──に包まれ、その姿を晦ました。

 

 ──そこで、ゴーストAIF-7Sが捉えていた映像は途切れた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「オートマチック・ファイター。これが、<イノセント>の開発した新兵器らしい」

 

 大型モニターに映し出された記録映像が終わると、アラスターはそう言った。

 S.M.Sホライズン船団支部旗艦マクロス・クォーターの第一作戦会議室では、搭乗員全員が静かにアラスターの声に耳を澄ませてた。

 

「本日0137、船団の前方約105067キロ地点にて、この存在が確認された。捕虜への尋問──というよりも、機械を通した思考の読み取りで、これがオートマチック・ファイター──AFと呼ばれる新兵器の一つであることはわかったが、それだけだ」

 

 同時に、大型モニターにエクスシア型の拡大画像が表示された。その場にいる全員がそれを穴が開くほど見つめ、その姿を目に焼き付ける。

 ミナトにとっても、エクスシア型には深い因縁があった。

 

「<悪魔の鳥>……?」

「如月中尉の言う通りだ。このAFの試作型と思われるのが、3年前に惑星ベリトに出現した通称<悪魔の鳥>。AFと非常に形状、機能が酷似している」

 

 惑星ベリトに現れた<悪魔の鳥>。それはミナトにとって因縁の敵だ。なんの因果か、その正式タイプと思われるエクスシア型がホライズン船団を襲おうとしている。

 

「戦闘記録はこの映像だけだが、AFの存在自体が確認された映像は他にもいくつかある。その中には、バルキリーのように変形をしているものもあった」

 

 大型モニターに3種類の画像が表示される。1枚目は先ほどの映像にもあった鳥のような形態。2枚目は翼や脚を折りたたんだ巡航形態。3枚目は人型の形態だ。それぞれ、バルキリーで言うガウォーク、ファイター、バトロイド形態のようだ。

 

「オートマチックということは……無人機か?」

「ああ。それも、ゴーストなんかとは比べものにならないほどのな。おそらく、V-9の数十倍は性能の良いAIを搭載しているはずだ。ただ敵を倒すために動くのではなく、フェイントや陽動、時には敵を嘲笑うかのような機動をしている。実に人間的だ」

 

 聞けば聞くほど、あの時の<悪魔の鳥>と酷似している。

 あの時は変形こそしなかったが、確かに変形をするための機構と思われるものはいくつかあった。

 

「……ベリトでは、鳥の姿をした形態しか見せなかった。あの時、まだ力を隠してたってのか……!」

「落ち着けミナト。ここで熱くなっても意味はない。その怒りは、戦場でぶつけろ」

 

 爪が食い込んで血が出そうなほどに握りしめた拳の力を、アリーヤに諭され弱める。だが、モニターに表示されるエクスシア型を睨むのは辞めなかった。そして、それはミナトだけではない。

 

「アイツが……」

「……イツキ?」

「珍しいですね。イツキがここまで怒りを露わにするなんて」

 

 イツキが大型モニターに映るエクスシア型を見て、静かに呟く。明らかに怒りの感情を含んだ声色だ。ミナトはイツキと出会って日が浅いため知らないが、イツキは本来あまり怒りを表に出さないタイプなのだ。基本的に、面倒ごとは避け、抱いた怒りも上手く折り合いをつけることが出来る。そんなイツキが怒りを露わにし、その上何かを強く睨むなど、レイルやアルにとって有り得ない光景だった。

 

「俺はアイツを許さない。そして、俺自身も……!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「次の出撃は3時間後。ヒマですね」

 

 時刻は午前1時。ファントム小隊の面々はマクロス・クォーターのブリーフィングルームで次の出撃まで待機していた。

 

「今のうちに身体を休めとけよ。明日も学校だろ? お前ら」

「そうなんですけどね。バルキリーに乗るとアドレナリンが分泌されるのか眠れないですよ」

 

 ビリヤードをしながらアリーヤとアルが言う。

 このブリーフィングルームには、簡易的なバーやビリヤード台などの娯楽用品が揃っている。大きなソファもあり、奥の部屋には簡易的なベッドもあるので仮眠を取ることも可能だ。基本的に、待機中の隊員はこの部屋でくつろいでいることが多い。

 

「……ミナトはぐっすりだぞ」

 

 ベッドルームから出てきたイツキが小さな声で言う。奥で寝ているミナトを起こさないように気遣っているのだ。

 レイルがベッドルームを覗くと、硬い簡易ベッドに腕を枕にして寝ているミナトの姿があった。会議の時とは真逆の、穏やかな表情で寝ている。

 

「最近ミナトさん、放課後はスクールアイドルのコーチとバイト頑張っていますし」

「スクールアイドルって?」

「あれ、知らないんです? 結ヶ丘でスクールアイドルやろうとしてる子が2人いて、その子たちを音楽科の子と一緒にコーチしてるらしいですよ」

「はえー、アイツそんなことしてたのか」

 

 初めて聞く情報に、レイルが驚く。ミナトとは普段の学校生活や任務を通してそれなりに仲良くなったつもりではいたが、まだまだ彼のことをわかっていなかったようだ。

 それにしても、と一息ついて、

 

「ミナトがスクールアイドルのコーチってのは、意外だよな」

 

 とイツキが言う。

 

「意外、ですか?」

「ああ。ミナトは自らの意思で舞台から降りたからな。自分の誓いをそう簡単に破るやつじゃ無いはずだが……澁谷と唐の影響か」

「ミナトのことをよく理解してるような口ぶりですね」

「ん? ああ……ファン、だからな」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ここはこっちのコードの方が良くない?」

「いや、それをそうするとサビの所と合わなくなるから──」

 

 場所はかのんの部屋。そこでミナトはかのんと共に作曲をしていた。

 

「──よし、一旦休憩!」

「疲れたーっ!」

 

 本来なら下の喫茶店で仕事をしている時間だが、事情を聞いたかのんの母がこうして曲作りを手伝う許可をくれたのだ。

 

「ミナトくんがいると捗るよ!」

「そんなこと無いよ。澁谷さんが上手なのと、クゥクゥさんの作った詞か良いから、俺もやりやすいだけだよ」

 

 肩から下げていたアコースティックギターをスタンドに立てかけて、身体を伸ばす。ずっと同じ体制だったからか、かなり身体が固まっている。

 

「Tiny Stars……小さな星か」

 

 クゥクゥのノートに書かれた文字を指でなぞりながら言う。

 まさに、かのんとクゥクゥのことを差しているような曲名だ。

 

「……なら、その星を守るのがパイロットの使命、だな」

「ミナトくん?」

「ああ、いや。なんでもないよ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それからしばらく経った日の朝。

 

「おはよー……って、どうしたの?」

「あ、如月くん……」

 

 かのんとクゥクゥ、千砂都の3人を見つけたため声をかけると、頭を抱えて悩んでいるかのんの姿が目に入った。

 

「……すっごい落ち込んでるね」

「うん。かのんちゃん、また歌えなかったらしくて……」

「なるほどね……」

 

 千砂都からかのんがこうなっている理由を聞き、苦笑いをしながらも納得した。

 

「まあトラウマがそんな簡単に治るとは思えないしね」

「どうにかできないかな?」

「……力技でやっても意味ないだろうし、トラウマを治すためのカウンセリングをするにも時間がかかるし……」

「カウンセリングなんてできるの?」

「ああいや、俺じゃなくて知り合いが。腕の良い医師がいるから」

 

 しばらくすると、たまたまやってきた恋と出会った。

 ミナトたちの話を聞いていたのか、

 

「やめた方がいいのでは無いですか? フェスで醜態を晒せば、この学校の評判にも関わります」

 

 と出会い頭に言われた。

 頭にくる言い方ではあったが、学校の評判に関わるというのは事実でもあるため、こちらはあまり強く言えない。創設者の娘である恋にとっても、かのんたちに失敗されては困るのだろう。そういった事情を含めて言葉にすれば、少しは仲良くなれそうなのにな、と思う。

 

「まだ歌えないって決まったわけじゃない。日々の努力で、本番まで歌えるようになるかも知れない」

「本当に本番までに歌えるようになるのですか?」

「……わからない」

「……はい?」

「この世界に絶対なんてない。あなただって、大事な場面で絶対に成功するなんて保証はないだろ? まだ時間はある。最後の最後まで、結果は誰にもわからないんだから」

「それはそうですが……」

「それと同じだ。澁谷さんだって、完成した曲を初めて人に聞かせるから緊張していただけかもしれない。本番で歌えないなんて保証はない」

「そうデス! まだ歌えないと決まったわけではアリマセン!」

「──嵐さんと如月さんの邪魔にならなければいいのですが」

 

 そう言って、恋は音楽科の校舎へと向かっていった。来た方向から察するに、生徒会室で生徒会の業務をこなしていたのだろう。

 

「ありがとう、ミナトくん……」

「気にしないで。あれだけ言われて、さすがに我慢できなかっただけだよ」

「それにしても……どうする?」

 

 千砂都が心配しているのか小声で聞く。

 ミナトも先ほどから頭を振り絞って考えているが、一向に思いつかない。このままでは、本当に恋が言ったように本番で歌えない、ということになるかもしれない。

 

「澁谷さんは歌おうとすると、どういう気持ちになる?」

 

 自分に何かできることがあるかもしれないと思い、かのんに聞いた。返答によっては、どうすればかのんが歌えるようになるのかがわかるかもしれない。

 

「やっぱり……怖い、かな。誰も聴いてない、一人の時だと歌えるんだけど……」

 

 ミナトからすれば、それは理解ができないことだった。

 芸で誰かを笑顔にする。それが、芸者としてのミナトのポリシーだ。誰かの笑顔を見ない芸なんて、練習以外ではありえない。

 

「自分の歌を誰にも聴いてもらえなくて、澁谷さんはそれでいいのか?」

「……うん。──今までは、それでいいと思ってたんだけどな」

「じゃあ、今は?」

「歌いたいって、思う。クゥクゥちゃんと一緒に。ステージの上で歌ってる人たちにみたいに、私も歌いたい」

 

 ミナトは、かのんの言葉に頷き返した。

 輝いているもの。

 舞台の上で輝く星たちに憧れる気持ちは、ミナトにはわからない。なぜなら、その星とはミナトだったからだ。

 だけど、その気持ちを理解しよう、寄り添おうとするとことはできた。

 

「私にも、できるかな……? ミナトくんみたいに、輝くことが……」

「澁谷さんには、それができる力がある。でも──」

 

 ミナトが、右手を空へ掲げた。その手は、親指と小指が大きく開かれ、それ以外はピッチリと閉じている、戦闘機を表現したハンドサインをしていた。

 

「──今のままじゃ、羽ばたくことは出来ないよ」

 

 ミナトの手が、墜落するように下がっていく。

 

「少なくとも、そうやって自分にも、とか出来るか、とか考えてるうちは、絶対にね」

 

 空を羽ばたく鳥は、恐怖を感じることはない。羽ばたくことが当たり前で、行うべきことだからだ。それをする理由を、鳥が知ることはない。知る必要はない。ただ空を飛ぶのが鳥なのだから。

 

「ミナトくん……。うん、そうだね」

 

 何かを決心したように、かのんは大きく息を吸った。

 

「私、もう一度やってみる! 出来るだけのことを、精一杯!」

 

 高々に叫んで、かのんは手を大きく空へと掲げた。ミナトと同じく、戦闘機を模したハンドサインをしている。

 鳥は自分が飛ぶ理由を知ろうとは思わない。

 今この瞬間、澁谷かのんは、空へと羽ばたこうとしていたのだった。

 



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#8 開戦 ゲットレディ

しばらく時が経ち、代々木スクールアイドルフェスの当日。ミナトは千砂都と共に観客としてフェスが始まるのを待ちわびていた。手にはペンライトを握り、期待を隠そうともしていない。

 

「そろそろ始まーー」

 

ミナトへ向けられた千砂都の言葉を、携帯の着信音が遮った。

その瞬間、ミナトは嫌な予感に襲われた。ベリトの時にミナトが感じた、悲しみと苦しみの気配がした。

 

「ーーはい」

『緊急招集だ。ホライズンに、敵が迫っている』

 

通話に出た瞬間にアリーヤの声が聞こえた。冷たい怒りの声だ。

短く、要件だけを伝えられ、通話はすぐに終了した。だからこそ、今の状況がミナトには伝わってきた。

戦闘前には、無駄なことをしている暇はない。伝えるのは必要なことだけ。それが基本だ。もちろん、互いを落ち着かせるために会話をしたりもするが、それは全ての準備が終わってからである。

 

「……ごめん、ちょっと行ってくる!」

「ミナトくん?どこにーーって、行っちゃった」

 

ミナトも同じように短い言葉で千砂都に伝えて、ミナトは走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ましたか、ミナト」

「ごめん。遅れた」

 

 アイランド1の外周部に接続されたマクロス・クォーターの中には、すでに多数の隊員がいた。パイロットたちはもちろん、整備員も今日は全員が揃っている。

 

「俺の機体は?」

「こっちです。ついさっき最終調整が完了したところですよ」

 

 アルに連れられ、格納庫の奥へと向かう。そこには、純白の装甲が光り輝くVF-26Jの姿があった。以前見たときと比べ、所々の様子が異なる。改めてミナト専用に調整をしてくれたのだ。

 

「……オッケー、機体のクセはわかった」

「ならブリーフィングルームへ行きましょう。隊長たちもそこで待機してます」

 

 ブリーフィングルームへ向かう途中、アルが思い出したように

 

「今日、代々木スクールアイドルフェスの日ですよね? 良いんですか、行かなくても」

 

 と聞いた。アルにはスクールアイドルの手伝いをしていることを話していなかった気がするが、おそらくイツキの仕業だろう。彼とは任務で共になることが多く、学校でもよく話していたため、ふとした拍子に話したのだ。

 

「俺たちが戦わないと、ホライズンが危険に晒されるんだろ?」

「それもそうですね。あとこれ、今の状況を先程僕が個人でまとめておいた資料なので、よければ見ておいてください」

「わかった」

 

 アルは、ファントム小隊の中でも特に情報の扱いなどに長けている。こうして任務の要点などをまとめたり、会議で使用する資料の制作などもしているという。その上、バルキリーのシステムの調整はこの艦の搭乗員の中でもトップクラスの腕前を持つ。まさに完璧、と言ったところだ。

 

「如月ミナト、入ります」

「アルフォンス・ユーイング、入ります」

 

 ブリーフィングルームへ入ると、呑気に紅茶を飲んでいるアリーヤと、座禅を組んで集中しているレイルの姿があった。イツキの姿は見当たらない。奥にいるのだろう。

 

「ようミナト。俺たちは出撃準備を済ませたから、後はお前だけだ。ちゃんと準備しとけよ」

「一番呑気な貴方がいうことですか……?」

 

 アリーヤの様子に、アルが呆れ気味で突っ込む。部隊長がこんな状態のため、締まらない雰囲気となっている。唯一、レイルだけが真面目な雰囲気を纏っている。

 

「ずっと気張ってるとやってらんねえよ。お前らも飲むか? 良い葉が手に入ったんだよ」

「……頂きますけども」

「そうこなくちゃ」

 

 ソファに座ったミナトとアルの前に紅茶の入ったカップが置かれる。良い香りが鼻に伝わってくる。とても美味しい紅茶だったが、個人的にミナトはコーヒーの方が好きだ。

 

「…………あれ、ミナト来てたのか」

「お、やっと気づいた」

 

 紅茶を全て飲み干すのと、レイルがミナトの存在に気がつくのは同時だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 周囲に広がる果てしない闇。

 1メートル先もわからないほどに暗いその場所に、一点だけ光り輝く場所があった。

 オートマック・ファイターエクスシア型。

 それが、光り輝く一点の正体だ。

 そのエクスシア型が、紫の光に包まれる。

 向かう先は、マクロス・ホライズン船団。

 宇宙に浮かぶ方舟を沈めるため、怪鳥は動き出した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 アイランド1の先端にドッキングした大型戦闘母艦、バトル・ホライズン。その統合司令室(CDC)。最小限の照明しかない暗い部屋に、無数のオペレーターたちが集っている。

 まだ戦闘が始まっていないとはいえ、場の空気は緊張に包まれている。

 ホライズン・新統合軍から選抜されたえり抜きの軍人たち。それがここにいる軍人たちだ。そんな優秀な彼らだからこそ、今回の作戦の重要さが誰よりもわかっている。

 

「S.M.Sより連絡。各隊の出撃準備が完了したとのことです」

「そうか。了解した」

 

 今回の作戦で、最も大きな戦力と言えるS.M.S。いかんせん隊員が多いためそれぞれの練度が低い新統合軍と違う、少数精鋭部隊。彼らは、非常に少ない戦略で一個大隊ほどの活躍をしてくれることもある。そんな彼らが協力してくれるというのは、非常に心強いことだった。

 

「任務開始1時間前を切りました。無人偵察機部隊、発進させます」

「ゴースト34号機から68号機、R型装備で射出します。コードはBマイナー」

 

 無人戦闘機、ゴーストの発進。これで、大規模作戦の最初の一歩目を踏み出した。

 

「待ってください」

「どうした?」

 

 オペレーターの声は低く抑えられていたが、CDC内部が静寂に包まれていたため、部屋中に響く。

 

「空域デルタ8に電磁嵐の発生を探知しました。作戦のポイントの方角からゆっくりと移動しているようです」

「電磁嵐が移動だと?」

「間違いありません。無人偵察部隊からの情報とも一致しています」

「……システムのバグ、では無いな。最新型へとアップデート、システムのデバッグを昨日終わらせたばかりだ」

 

 CDC内部の雰囲気が一気に変わる。

 もしかしたら、こちらの作戦も相手に漏れているのかもしれない。

 

「無人戦闘機隊、全機発進! 作戦開始までの時間を稼げ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……あれ、電話なってるけど誰?」

 

 ブリーフィングルームに、携帯のバイブレーションのヴヴヴ、という音が響き渡る。

 

「僕じゃありませんよ」

「俺でもねえ」

「俺はそもそも携帯じゃなくてインプラントで会話してる」

「……じゃあミナト?」

 

 鞄の中に入れていた携帯を取り出すと、確かに電話が来ていた。

 

「ごめん、ちょっと出てくる」

「彼女か?」

「なわけないでしょ」

 

 電話をしてきた相手はかのんだった。代々木スクールアイドルフェスの開始まであと30分を切っているため、始まる前に電話をしてきたのだろう。おそらくかのんたちは、ミナトが観客席にいると思っていることだろう。

 

「はい。如月です」

『あ、ミナトくん。今大丈夫だった?』

「うん。もちろん」

『ミナトさん! サニーパッションデス!』

 

 話していると、唐突にクゥクゥの声が聞こえてくる。彼女もいるのは当然だろうが、準備は大丈夫なのだろうか? 衣装を着たり、振り付けや歌詞の確認などもした方がいい気がする。少なくとも、ミナトはそうしていた。

 

「……サニーパッション?」

『去年の東京代表のスクールアイドルなんだって』

「そのサニーパッションが、どうしたの?」

『そういえば、ミナトくんは忙しかったから話せてなかったっけ。サニーパッションが、急遽このイベントに出ることになったんだって』

「なるほどね……」

 

 心なしか、かのんの声も不安そうに聞こえる。否、実際不安なのだろう。どうあっても格上の相手がいる状態で、一位を取らなければならないのだ。いうならば、つい先日歌を始めたばかりでリン・ミンメイに勝てと言われているようなものだ。

 

「大丈夫、自分を信じて。2人の実力は確かだから」

『でも……私、歌えないんだよ?』

「歌えるよ。絶対に」

『なんでそんなこと……』

「澁谷さんは1人じゃない。今日まで協力してくれた嵐さんに、クゥクゥさんもいる」

『……あ』

「だから、澁谷さんは大丈夫。胸を張って歌って」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「無人戦闘機隊、壊滅!」

 

 CDCに集う人々は、先ほどまでの落ち着いた様子は無くなり、焦っていた。

 ことに、司令にとって最悪の報告が耳に入ってきた。

 

「やはり、ゴーストは使えんな。アンノウンの様子は?」

「フォールド反応を探知! おそらく船団に直接デフォールドしてくるものと思われます!」

 

 常に落ち着いて状況を報告するべきのオペレーターも、今は焦りを露わにしている。

 

「敵はこれまでの<イノセント>と全く違う……。VF-Xミューズへ発進命令をだせ!」

「了解!」

 

 VF-Xミューズ。第一次イノセント紛争で活躍した部隊だ。当時音ノ木坂航宙学校の学生だった9人のスクールアイドルで構成されている。それ以降の戦いでも活躍し、誰も欠けることなく戦場を飛んでいる、ホライズン・新統合軍でももっとも練度の高い部隊。

 

『こちらVF-Xミューズ。これより出撃します』

「頼んだぞ」

 

 既に30代を越えているはずだが、未だに当時の容姿を保っているVF-Xミューズの隊長が言う。一度巨人化をした結果、あのような状態になったらしい。

 

「現在銀河ネットワークを通して、マクロス・フロンティア船団へ照会中。フォールド通信のタイムラグを加味すれば、6日後に返答が得られる模様」

「作戦開始時間まで、あと15分を切りました!」

「なんとしてもそれまで持ち堪えろ!」

 

 司令の肩には、着任以来最大の責任がのしかかっていた。

 10年前の<イノセント>との戦い以降、ホライズン船団はこれといった戦争をしたことはなかった。あったにしても、監察軍との戦闘があった程度だ。

 不安を抱きつつ、司令はモニターに表示される情報を一つも逃すまい、と見つめていた。

 

「時間です!」

「よし、全艦に発進命令を──」

「待ってください! アイランド1後方に、デフォールド反応!」

 

 その言葉は、CDCにいる人々全員を震撼させた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『ありがとうミナトくん。やれるだけやってるみるね』

「うん。がんばっ──」

 

 会話を断ち切るように、マクロス・クォーター全域に緊急艦内方法のサイレンが響き渡った。

 

「全艦に告げる。マクロス・クォーター全艦に告げる」

「艦長……!? まだ作戦開始時間じゃないぞ……?」

『ミナトくん……?』

「ああいや。なんでもないよ。もうそろそろ作業を始めなきゃだから、切るね!」

 

 そう言って、電話を一方的に切る。

 

「たった今、新統合軍から緊急出動命令がでた。これより、対<イノセント>作戦を開始する。職員は所定の行動プランに沿って行動せよ……」

 

 艦長であるアラスター・カーティスの声には、わずかに緊張の微粒子が含まれていた。

 

「……奴ら、もう来たのか!?」

「ミナト! 何をしている、早く行くぞ!」

 

 先程までとは打って変わった様子で、アリーヤがヘルメットを手にして格納庫へと走る。それに続いて、ミナトたちファントム小隊のメンバーが走る。全員の顔は引き締められ、まさに修羅の顔というのがふさわしい。

 

(今度こそ……俺が倒す……悪魔の鳥!)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 クォーターの甲板に、可変戦闘機用のエレベーターでVF-26Jが上昇する。まるで、歌舞伎の奈落からセリに乗って登場するようにも見える。

 エレベーターが停止し、甲板にVF-26Jの純白の翼が輝く。

 

「スーパーパック及びその他システム、異常なし。ファントム5よりクスィー1、発進許可願います」

『クスィー1よりファントム5、発進よろし。武運を』

 

 花道が照明に照らされるかのように、リニアカタパルトにガイドマーカーが浮かぶ。

 VF-26Jが、電磁力で浮き上がった。

 ベクタード・スラストやスーパーパックのスラスターが火を吹く。

 

「発進!」

 

 VF-26Jがリニアカタパルトによって宇宙に射出された時、ミナトは何故かかのんたちのことを考えていた。2人の歌が、頭から離れない。

 

(──無駄なことを考えるな。今はただ、敵を落とせ……!)

 

 すでに、前方の空域ではアイランド1を防衛する新統合軍と、<イノセント>のバルキリー部隊の交戦する輝きが暗い宇宙を染めている。

 まだ、エクスシア型の姿はない。だが、間違いなくこちらへと向かってきているのをミナトは感じていた。



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#9 墜落 カタストロフィ

 戦場は地獄、とよく言われる。この戦場はまさにその言葉がふさわしいものだ。

 編成がすっかり崩され、残った機体も見事にイノセントのバルキリーによって翻弄されていた。

 決して、ホライズン・新統合軍のパイロットの練度が低いわけではない。確かに、S.M.Sのパイロットたちと比べれば練度は低いが、それでも新統合軍の中でも練度は高い部類だ。

 中には、過去の戦争で活躍したエースパイロットたちもいる。機体も最新鋭のVF-26や、VF-19やVF-22といった強力な機体を配備した。そのため、勝てない戦いなど無いはずだった。

 それが今は、敵の部隊のなすがままだ。

 次々に主戦力であるVF-171が破壊されてゆく光景をみて、この宙域での戦闘を担当していた中尉も、絶望に包まれていた。

<イノセント>の使用している機体も自分と同じVF-171だ。だというのに、異常なほどの差がある。

 また一つ、味方の機体が撃墜された。相手が10機は撃墜しているのに対し、こちらはたった一機。

 作戦会議で聞いたオートマチック・ファイターとやらもまだ現れてすらいないというのに、すでにこちらは統制が取れず、壊滅寸前なのだ。

 

「くそったれええええっっ!」

 

 VF-171に装備されたマイクロミサイルを全て発射し、やっと敵を一機撃墜する。

 だが、これによってVF-171の武装は全て使い果たしてしまった。母艦に帰還しようにも、四方八方を敵に囲まれた四面楚歌の状態では到底不可能だ。

 

(もう、ダメだ…………)

 

 生きることを諦め、機体を停止させようとした瞬間。

 目の前に迫っていたVF-171のコックピットが曳光弾の光に貫かれた。慌てて、周りにいた機体は散開する。

 

『──こちら民間軍事プロバイダS.M.S、ファントム小隊のアリーヤ・ハイアット。これより、この宙域は我々S.M.Sが預かる』

 

 その言葉が終わった時には、周囲にいた敵機のほとんどが破壊され尽くしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 代々木スクールアイドルフェスが行われている代々木公園イベントホールは、船団の外で起きている戦いの存在に気づきもせず、熱狂に包まれていた。

 

「すごい人……」

「さすがスクールアイドル! 夢見たステージデス!」

 

 ステージの前の客席には、地球人だけでなくゾラ人、ゼントラーディなど大勢の人々がいた。その人数といえば、広い会場を埋め尽くすほどだ。

 

「どうしよう……緊張しちゃう」

「もし歌えそうだったら、始まりの時にはじまりの時合図をクダサイ! もし歌えなかったとしても、堂々としていてクダサイ! クゥクゥが歌いマス!」

「ありがとう……」

 

 衣装を着てステージの上に立つ。舞台袖から見た景色と、ステージから見た景色は全く違っていた。

 

「……ダイジョウブ、ダイジョウブ……」

「…………クゥクゥちゃん」

 

 ふと、電話を通じてミナトから聞いた言葉を思い出す。

 

「1人じゃ、ない……」

 

 ミナトの言っていた言葉。その意味がわかった。1人で孤独感。それが、今はだけは感じなかった。ここには、共に歌うクゥクゥが。最後まで諦めずに協力してくれた千砂都がいる。

 

(できるなら、ミナトくんにも見て欲しかったな)

 

 その時、ステージを照らしていた光が消えた。

 機材トラブルなどの違いだろうか。なんにせよ、このままでは歌うことができなくなってしまう。

 途端に、恐怖が襲ってきた。せっかく作った曲、衣装、ミナトと千砂都の協力。その全てが、無駄になってしまうような気がした。

 だが、

 

「……かのん! 見て!」

 

 クゥクゥの声で、強く瞑っていた目を開き、観客の方へと目をやる。

 眩しい光が目に差し込む。よくみると、その光のひとつひとつが観客たちが手に持ったサイリウムの光だった。

 

「……歌える! 1人じゃないから!」

 

 覚悟は決まった。深呼吸をして、歌う準備をする。

 その様子に気がついたのか、クゥクゥもかのんの後ろに立ち、かのんへと合図を送る。

 そして、かのん声で曲が始まると同時。ステージのライトが再び起動し、2人をまぶしく照らした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『アイランド1上空に、デフォールド反応!』

 

<イノセント>のバルキリー部隊の3分の1を撃墜し終えたころ、全域にバトル・ホライズンのCDCから通信が入った。

 反射的にアイランド1の方角へ視線を向ける。そこには、紫色のデフォールドの光が広がっていた。その光の中から、作戦説明時に見た、あのエクスシア型が現れる。

 

「……悪魔の鳥!」

『おい、ミナト!?』

 

 VF-26Jをまっすぐエクスシア型へと向かわせる。

 あのままエクスシア型が攻撃を開始すれば、ホライズン船団は一瞬にして壊滅する。その前に、破壊しなければいけない。

 

『……ミナト!』

『イツキまで!』

 

 ミナトに続いて、イツキがエクスシア型へ向かって飛んで行く。

 エクスシア型がミナトたちに気がついたのか、顔をこちらへ向ける。現在は、鳥を模した形状をしているガウォークモードだ。

 

「イツキ! アイツの首を狙え!」 

『首!?』

「悪魔の鳥には、首にエンジンのようなものがあった! アイツが後継機なんだとしたら、そこにエンジンがあるかも知れない!」

『了解!』

 

<イノセント>のバルキリー部隊が放ったマイクロミサイルの嵐を避けながら、エクスシア型へとフルスロットルで向かう。

 その間にも、エクスシア型はアイランド1内部は侵入しようと、透明ドームへ脚部の爪で攻撃をしている。少しずつドームにヒビが入っていっている。

 

『気を付けろミナト! VF-19(エクスカリバー)もいるぞ!』

「ちいいっっ!」

 

 数十機ものVF-19<エクスカリバー>が2人に向かって飛んでくる。AVFと呼ばれる高性能機種であるVF-19は、1機だけでも最新鋭のVF-26とそれなりにはやりあえる性能を持つ。それが、数十機。絶望的な状況だ。

 だが、ミナトたちとてこのような状況を予想していなかったわけではない。どのような状況に陥っても対応できるよう、常日頃からシミュレータでの訓練をしているのだ。

 

「あれやるぞ!」

『了解!』

 

 VF-26Jをバトロイドと呼ばれる、人型の形態へと変形する。イツキの機体と背中合わせの状態で時計回りに回転しながら、ガトリング・ガンポッドを掃射する。それによって、周囲にいたVF-19を含むバルキリーの翼のみを破壊する。

 ミナトとイツキがコンビを組んだ時に好んで使用する連携だ。互いに背中合わせのため、後ろを取られることはない。同じ方向に回転し続けるため、360度に銃弾が常に飛んでいくのだ。

 

『あとは俺がやる! ミナト、お前はAFを!』

 

 イツキの声と同時に、エクスシア型がドームを脚部で叩き割り、アイランド1の内部へと侵入した。

 

「……っ! それだけは!」

 

 重力がある場所ではデッドウェイトになるスーパーパックを切り離し、エクスシア型が開いた亀裂からドーム内部へと突入する。

 あそこには、2500万人もの人々が暮らしている。その中には、かのんやクゥクゥたちも含まれている。

 もし仮に、エクスシア型が反応炉を破壊したり、居住区で暴れでもしたら。

 

「させるものか!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 再びステージの照明が落ちた。

 また停電でも起きたのかと思ったが、今回は違った。周囲の街頭や、遠くに見える街の電気も全てが落ちている。

 

「……な、なに!?」

「かのん! アレ!」

 

 どこからか、耳障りなサイレンが鳴り響く。

 半年に一度ほど行われる避難訓練で何度も聞いたメロディだが、今回は様子が違う。街のホログラムなどが赤く染まり、避難勧告の表示が映る。

 クゥクゥが指差した先は、上空の透明ドームの外。そこには、ドームを破壊し侵入してくる、エクスシア型のようなものの姿があった。

 

「2人とも! はやく避難するよ!」

 

 ステージの下から、千砂都が叫ぶ。すでに観客のほとんどがシェルターへと我先にと走り、避難している。

 

「かのん、行きマショウ!」

「うん!」

 

 自分たちもステージから飛び降りてシェルターへ向かおうとするが、それよりも早くエクスシア型が地上へ降りてきた。

 衝撃でステージの飾り付けや機材が崩れおり、かのんたちを襲う。

 

「クゥクゥちゃん!」

 

 かのんがクゥクゥを突き飛ばし、瓦礫が落ちてこない場所へ行かせる。

 

「かのん!」

「かのんちゃん!」

 

 幸いにも、かのんの上に落ちてきたのは小さな破片のみで、大きなものは違うところへ落下した。周囲も、同じような悲惨な状況に包まれている。何かが焦げる臭い、大地の揺れる音、絶え間なく聞こえる悲鳴。その全てがかのんを襲う。

 避難しようとするかのんたちの目の前に立ちはだかったエクスシア型を見て、ミナトの話を思い出した。

 

「悪魔の……鳥……?」

「ッ!? アレがデスか!?」

 

 エクスシア型がかのんたちへ気付き、一歩ずつ進んでくる。

 その顔を、曳光弾混じりの銃弾が殴打する。

 そして地上へ舞い降りてくる、純白の翼。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……澁谷さんたち、なんで逃げてないんだ!?」

 

 キャノピー越しに、かのんたちの姿を確認する。すでに避難勧告がでてからしばらく経っているはずだ。

 

「早く逃げて!」

 

 バトロイド形態に変形し、ガンパッドを掃射しながら叫ぶ。

 かのんたちが必死に走り、逃げていくのを横目で確認すると、すぐにエクスシア型へと突撃する。シールド内に格納しているアサルトナイフを持ち、エクスシア型の装甲の隙間に差し込む。

 

「これでっ!」

 

 ガンパッドで追撃をすると、エクスシア型の動きが止まる。

 だが、それはたった一瞬だけのものだった。自身が破壊される危険を感じたのか、エクスシア型がこれまでとは比べものにならない速度で爪をVF-26の左腕に突き刺した。

 

「がぁっ!?」

 

 既存のバルキリーやデストロイドを遥かに超えるエネルギーを持った刺突の衝撃で吹き飛ばされたVF-26は、公園の木々をなぎ倒して地面に倒れ伏せた。それと同時に、ミナトはコックピット内で頭部を強く殴打し、気を失った。

 目を閉じるその瞬間ミナトが目にしたのは、口を大きく開けて荷電粒子砲を放とうと構えるエクスシア型の姿だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ミナトくん!」

 

 気がつけば、駆け出していた。

 特に何かができるとは思っていない。

 だが、VF-26が吹き飛ばされるのをみて、駆け寄らずにはいられなかった。

 

「かのん!」

「ちーちゃん! クゥクゥちゃんを連れて逃げて!」

 

 幼なじみである千砂都に向かって叫ぶ。かのんのやろうとしていることを察してくれたのか、それとも幼なじみであるかのんを信じての行動か。千砂都はクゥクゥを無理やり引っ張ってシェルターへ走っていった。

 

「かのん!」

「クゥクゥちゃん、行くよ!」

 

 あの時聞いたミナトの過去。その中では、あの悪魔の鳥に対して歌を歌ったと言っていた。

 自分の歌が効くとは限らない。

 それでも、やってみるだけの価値はあった。

 

(なんとしても助ける……っ!)

 

 歌声に反応したのか、VF-26を突き刺そうとしていた脚を止め、エクスシア型がこちらを向く。ずん、と足を踏み出して方向を変え、こちらへ向かってくる。

 歌いながらエクスシア型とは逆方向に走り、なんとかVF-26から引き離す。向かうのは、市街地からなるべく離れたアイランド1の外周部。

 だが、それも一瞬にして潰える。

 エクスギア型の動きは早く、いちいちルートを確認して走っている暇は無かった。次第に追い詰められ、ビルに囲まれた袋小路にたどり着く。

 

「ひっ……!?」

 

 ただただ無感情な表情の、機械の鳥。

 丸で瞳のようにも見えるセンサーに睨まれ、かのんの身体がビクリと震える。歌声も、止まる。

 怯え、すくみ、ただ恐怖することしかできない。

 彼は、ミナトは、こんな相手と戦っていたのか。

 

「ミナトくん……っ!」

 

 彼の名前を必死に叫ぶ。

 助けにきてくれることはないだろう。なんせ、彼は今さっきそこで撃退されたばかりなのだ。

 しかし、

 

「かのんっ!」

 

 純白の巨人の拳が、エクスシア型の顔を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ピンポイントバリアを右手に最大出力で展開し、殴り飛ばしたエクスシア型の顔は、大きなへこみができていた。パーツも大きく曲がり、頭部の展開ができなくなっている。

 これで、エクスシア型の最大の武器である頭部荷電粒子砲は使用できなくなった。

 

「じっとしてて!」

 

 即座にガウォーク形態に変形し、かのんのことを右手で包み込む。

 エクスシア型が再び動き出す前に、すぐさまそこから飛び立つ。このまま撃退されれば、かのんも死んでしまう。

 キャノピーを開き、右手で掴んだかのんをコックピットに近づける。

 

「乗って!」

 

 かのんの手を掴み、展開したコックピットの後部座席に座らせる。そのまま掴んで逃げるよりかは、少しは安全の筈だ。

 

「み、ミナトくん……!」

「大丈夫。すぐに逃げるよ」

「そうじゃなくて! ……あの、悪魔の鳥も歌が効くの!」

「……っ!? そうか、アイツの後継機だからね……」

 

 悪魔の鳥、歌。

 それだけで、身体が震えだす。これまではそんなことは無かったというのに。

 惑星ベリトのあの光景が頭を過ぎる。悪魔の鳥の鳴き声が、住民たちの悲鳴が、罵声が。次々にあの時の光景が浮かび上がってくる。

 

「危ない!」

「っ!? やばっ!」

 

 眼下に迫るマイクロミサイルの大群。回避をしようにも、左腕が大破し、機体バランスがおかしくなっている。いくら最新鋭機のVF-26とはいえ、機体バランスが崩れればそれに伴って操縦の自由が失われる。

 ミサイルがVF-26のコックピットの目の前に迫る。が、それがミナトたちを襲うことはなかった。

 

『こちらファントム2! 援護する!』

 

 天井に空いた穴から、赤い塗装のVF-26がマイクロミサイルを鮮やかに破壊した。あれはイツキの機体だ。

 ここに来たということは、外の敵はあらかた片付いたのだろう。

 

「イツキか! 悪い、AFを!」

『了解!』

 

 イツキの放ったガンポッドの銃弾が、エクスシア型の翼へ無数の風穴を開けていく。エクスシア型も攻撃を何度も放つが、イツキの機体は遙か上空だ。弾が分散し、イツキの機体に当たることはなかった。

 イツキがエクスシア型を引き止めてくれているのを確認すると、ミナトはかのんをシェルターへ連れていくため上昇する。

 

「今すぐシェルターに──、まずっ!?」

 

 後方投影モニターが壊れていたのと、キャノピーが割れ後方が見通さなかったためか、VF-26の真後ろへと近づいたVF-171への対応が遅れた。攻撃を交わそうと機体の向きをずらすが、その行動が却って仇となった。

 VF-26の翼が1発の銃弾に撃ち抜かれ、いよいよ安定を保てなくなった機体は市街へ向かって急降下を始めた。

 



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#10 共鳴 オンステージ

「──こちらS.M.Sファントム小隊所属、ミナト・如月中尉。応答願う。…………ダメだ。やっぱり通信機器は軒並みイカれてる」

 

 VF-26のコックピットの中でしきりに手を動かしながら呟く。

 墜落。それは、戦闘機乗りにとっての勲章だという。大地に落ちず、一人前になる者などいない、と。だが、本当にそれが勲章なるのかどうかは、その時の状況によって大きく変わる。

 エクスシア型に突き飛ばされた際に衝撃で完全に使い物にならなくなった通信機器、風穴が空きとても飛べるような状態でない翼。

 そのような状態での墜落が、何が勲章か。

 

「バルキリーのビーコンは?」

「……そんなもの、よく知ってるね」

「Fire Bomberのこととか調べてると、いつのまにかね」

 

 不安そうに肩を震わせながらも、後部座席で状況確認の手助けをしてくれるかのん。

 その姿を見てどうしていいかわからず、何か励ましの言葉を掛けるべきか、肩を抱くなどの行動に出るべきか逡巡し、やがて一つの行動に出る。

 

「……ミナト、くん?」

 

 かのんの手を、パイロットスーツ越しに握る。

 何かに恐怖を感じ、怯えている時。他人の温もりというのは、安らぎを与える。本能的に、安心を感じるのだ。

 

「そこまで深くまで落ちたわけじゃないから、近くに居住ブロックとかがあるはず。整備点検用のエレベーターでも見つけることができれば、すぐにここから出れる。だから、大丈夫」

「うん……。ありがとう」

 

 5秒ほどして、かのんの手を離す。すでに震えは治まっていた。

 とは言っても、依然最悪な状況であることに変わりはない。

 

「上の戦闘は……終わったのか」

「一応、何も聞こえないね」

 

 墜落する寸前まであちこちで鳴り響いていた戦闘の音が聞こえることはない。エクスシア型の反応が消失したのはレーダーを通して墜落中に確認した。おそらく、最大戦力であるエクスシア型を失ったため<イノセント>は撤退したのだろう。

 となれば、新統合軍の救助隊が来てくれる可能性がある。ミナトたちが落下してきた穴は、ミサイルが何度も直撃し、階層構造の地下ブロックが崩落してできたものだ。かなりサイズが大きいため、見つけるのは容易のはずだ。

 

「……いや、ダメみたいだね」

 

 巨大な穴を塞ぐため、緊急用のハッチが閉じていくのが見える。ただでさえ脆い構造の移民船なのだ。これ以上の崩落を防ぐための対策システムぐらい用意していて当たり前か、と納得する。

 

「ま、真っ暗……」

 

 再びかのんが不安そうに呟く。

 ミナトは装備しているEX-ギアのおかげで暗闇でも視界を保てている。だが、それを装着していないかのんはそうはいかない。一切光の通らない暗い空洞の中。暗闇に目が慣れたとしても、見えるのはごく僅かな距離だけだ。

 

「ちょっと待ってね」

 

 ヘルメットを取り外し、それ上から被せるように装着されているEX-ギアのヘッドゴーグルのライトを起動する。結ヶ丘などでの訓練で使用するEX-ギアには肩に装備されているものだが、ミナトは自分の使いやすさ重視でヘッドギアの内部に装備されている。

 超小型熱核タービンエンジンから送られてくる膨大なエネルギーを使ったその光は、ミナトのかのんの2人の周囲を照らすには十分すぎる。

 

「こらでオッケー。大丈夫?」

「うん。……どうしようか、これから」

「そうだね……。このまま留まってても救助が来るかわからないし、ひとまず地上に上がる方法を探そうか」

 

 機体は後から回収すれば良い話だ。先ほど言ったようにビーコンは起動しているため、先に回収してくれている可能性もある。

 

「よっと……さ、俺の手を掴んで」

 

 2メートルほどの高さにあるコックピットから飛び降りて、上にいるかのんに向かって手を伸ばす。

 

「ひ、ひゃあっ!?」

「っと、あぶない……!」

 

 コックピットの蓋にかけた足を滑らせたかのんを、とっさに全身を使って受け止める。受け止めた後の体制。それは、ミナトがかのんを抱きしめるような形になっていた。かのんも、なんとか着地をしようと両手を伸ばした結果、抱きつき返しているような状態だ。

 

「ご、ごめん!」

「う、ううん! 大丈夫!!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫なの? この道……」

「このぐらいなら進めるはず。いざという時は飛べばいい話だしね」

 

 ミナトたちの歩く非常用通路は、鉄筋足場のような不安定な足場のみで組み上げられたものだった。歩くたびにギシギシと足場が軋む。

 

「天井が崩落したりする恐れは無さそう。あとは連絡用の端末でもあればいいんだけど……」

 

 歩いても歩いても、連絡用の端末どころか、救命ポッドもシェルターの入り口すらも見つからない。どうやら、ミナトたちが落下したブロックは正規の地下ブロックでなく、不法に建設されたブロックらしい。安全のための設備がないことから、それがわかる。

 

「ここが正規ブロックじゃないから、もしかして空気が止まったりすることも……?」

「残念だけど、その可能性もあるよ」

 

 宇宙で暮らす中で一番恐ろしいのは、空気が抜けるか、ブロックが密閉されて空気が流れなくなることだ。

 四方八方を真空の宇宙に囲まれた航行中の移民船団は、内部の空気がなくなっても逃げることができない。

 それ時代、なにも珍しいことではないのだ。宇宙に吸い出されたり、ブロック内の空気が無くなって窒息死したというニュースは数ヶ月に一度は見聞きする。いわば、旧世紀でいう交通事故のようなものだ。

 

「うわ、埃塗れ……。澁谷さん、大丈夫? 衣装のままだけど」

「今は衣装よりも命の方が大切だよ。クゥクゥちゃんには悪いけど……」

 

 埃塗れの通路を見ながら言う。歩いた場所に足跡ができるほどに、埃が積もっている。おそらく、数年は人が出入りしていないのだろう。

 

「……やっぱり2人のライブ、見たかったな」

 

 今日のライブで使うと聞いていた衣装を着ているかのんを見て、改めて思う。対<イノセント>作戦でライブを見ることができなくなった上に、そのライブを<イノセント>との戦闘で邪魔してしまったのだ。

 

「仕事、だったんだよね……」

 

 かのんが、言いづらそうに詰まらせながら言う。ミナトのパイロットスーツとEX-ギアをチラチラと横目で見ながら、不安そうに口を開く。

 

「ミナトくんの仕事って……何なの?」

「……民間軍事プロバイダーS.M.S、実働部隊ファントム小隊所属ミナト・如月中尉。それが俺の正体」

「民間軍事プロバイダー……」

「いわゆる傭兵。そのS.M.Sで、バルキリーのパイロットをしてる」

 

 輸送業者S.M.S。それが、表向きのS.M.Sの姿だ。

 だが、実際は民間軍事プロバイダー。軍に代わって政府などからの依頼を受け、金を報酬に宙域の警備や、戦争といった汚れ仕事を行う。所属している者は凄腕が多く、最新鋭機が配備され性能テストを行うこともあるので、新統合軍と比べて非常に高い戦略を誇る。

 

「パイロット……。このこと、クゥクゥちゃんたちは知ってるの?」

「俺の仲間と、クゥクゥさん以外は知らない。クゥクゥさんはホライズンに来るときに色々あって、バルキリーに乗せて戦ったりしたんだ」

「そう、なんだ……」

 

 共に作曲などをしたことで、ミナトのことを知れた気でいたかのんだが、自分の思い込みであったことを知った。

 彼はずっと戦っていたのだ。歌から逃げていた自分と違い、悪魔の鳥という敵と戦う道を選んでいたのだ。

 

「AF──悪魔の鳥に吹き飛ばされた時、君の歌が聞こえた」

「……え?」

「どこか、暖かいものが身体の中を走った。あれのおかげで、目覚めることができたよ。ありがとう」

「どういたしまして……?」

 

 普段の様子と全く異なり、冷静で淡々とした口調のミナト。だが、いつもの優しさはそのままで、それをひしひしと感じる。それを見て、かのんはもう一度自分の自惚れを知った。

 

「ねえ、澁谷さ──」

「かのん」

「え?」

「私を助けてくれた時、かのんって呼んでくれたでしょ? 良かったらこれからも、かのんって呼んで」

「……じゃあ、かのん。君の歌はなんでAFに──」

 

 その時、ミナトたちの目の前にあったほとんどただの壁に見えるほどに汚れきった隔壁が、ゆっくりと警報と共に開いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「こちらファントム2。ファントム5のVF-26Jを発見しました」

 

 ミナトたちが落下した最初の部屋。そこに、VF-26Cに乗ったイツキが降下してくる。依然移動し続けているビーコンを頼りに、ここまでやってきたのだ。入り口であった穴の緊急隔壁は、外部からの操作で開かれている。

 

「パイロットはおらず。おそらく、救助した民間人と共に地下ブロック経由でシェルターへ向かっているものと思われます」

 

 大破しているVF-26Jの機種部分にある、緊急用グッズの収納スペースか開いている。ということは、それを取り出して非難しているということだ。中には1週間は生きられる水と食料もあるので、いくら2人いると言ってもシェルターにたどり着くまでは保つだろう。

 

『了解した。救助隊はこちらで出撃させる。ファントム2は機体を回収して帰投しろ』

「了解。……あと、整備班を準備させておいてください。オーバーホールしないといけないレベルです」

『そうか……。まあ、AFが相手じゃな。一対一で戦ってたんだろ?』

「ええ。しかも民間人を庇いながら」

 

 ミナトの救援に行く際、降下しながらミナトの戦闘を見ていたイツキ。ホライズン支部屈指のエースである彼の目から見ても、ミナトの操縦能力には目を見張るものがあった。損傷してまともに動かせないような状態の機体で、AFの攻撃を退けて民間人を守り抜いたのだ。最後はVF-171に落とされたが、あの時点で機体が正常に動かなくなっていたのだからしょうがない。むしろ、それまで何故動かせていたのかがわからない。

 

「それじゃあ、俺は帰投します。後は任せましたよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「下がってて」

 

 左手にずっと持っていた自衛用のリニアライフルを扉に向ける。4.5mmケース弾を電磁力によって時速2000キロまで加速し、秒間30発の速度で撃ち出すものだ。人間が喰らえば、死体になるどころかそれが砕けちるほどの威力だ。仮に隔壁の向こうにいるのが<イノセント>の兵士だった場合、これを撃たなければならない。後ろにはかのんがいるため、なるべくここで人を殺すのは避けたいところだが。

 

「来い……!」

 

 腰を落とし、身体を半身にして身構える。

 視界の及ぶかぎり、体重移動でいかなる方向からの動きにも対抗できるポジションだ。普段から鍛えている身体のおかげもあって、それができる。

 

(なに、舞台の上よりは怖くない……)

 

 扉がじわじわと上昇し、相手の身体が見えて来る。

 見えてきたのは、華奢な曲線を描く女の姿。

 それが見えた途端、考えるより先に身体が動いた。

 EX-ギアのアシストをフル稼働させ、まだ腰あたりまでしか上がりきっていない隔壁の下をスライディングの要領で超える。目の前にいる対象の顔面に対して、リニアライフルを向ける。

 普段の訓練で身についていた、生身での戦闘時の動きだ。

 

(……さて、鬼か、蛇か……)

 

<イノセント>の機装強化兵(サイバーグラント)だったりしたら、と考えたが、その考えは目の前にいた人物の正体を見て消え失せた。

 

「……クゥクゥさん!?」

「ミナトさん!!」

 

 かのんが着ているものと似た衣装着た、クゥクゥの姿がそこにはあった。彼女は千砂都と共に避難をしているとかのんから聞いている。何故このような場所にいるのか、見当もつかない。

 

「なんで、ここに……?」

「実は、避難中に千砂都さんと逸れマシテ……。電話で千砂都さんはシェルターにたどり着いたとわかったのデスガ……」

「なるほどね。……まって? もしかして携帯持ってる?」

「ハイ。電源が切れてしまいましたガ……」

「なら問題なし」

 

 クゥクゥが携帯を持っていると聞いて、絶望的だった状況が一転。希望に溢れた。

 携帯があるなら、外部への連絡ができる。たとえ電源が切れていたとしても、ここにはEX-ギアがある。外部への接続用端子を使用して、エンジンから電力を送ればいい。

 

「よし、これなら……。かのん! こっちに来て大丈夫だよ!」

 

 名を呼ぶと、胸あたりまで上昇していた隔壁を潜ってかのんがこちらへやってきた。恐る恐る、といった様子だったが、クゥクゥの姿を見た途端に表情が驚愕に包まれる。

 

「クゥクゥちゃん!? なんで!?」

「かのん! 無事だったのデスネ!」

「迷い込んだんだとさ。嵐さんはシェルターにちゃんとついてるみたいだから安心して」

 

 驚愕と安心が入り混じった表情になるかのん。

 ミナトも、クゥクゥたちの安心がわかり、緊張の糸が解ける。

 

「救助を呼ぶから待ってて。あと少しでここから出られるから」

 

 そういったミナトの表情は穏やかで、また、それを見たかのんとクゥクゥの表情も穏やかだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「救助が来るまであと30分ほど。幸いにもここには明かりもあるし、待っていようか」

 

 ミナトたちがいるのは、クゥクゥと再会した隔壁から少し進んだ先にある広場のような場所だ。地下工事の際の休憩所となるように設計された場所で、照明やベンチなどがある。

 

「待ってる間は暇だね……」

「そうだね。……なにか暇つぶしにできることでもあればいいけど」

 

 この場には、本当に何もない。あるのは、人間が3人とEX-ギアだけだ。最新のゲームなどあるわけもないし、トランプすらもない。

 

「……ここがもっと広かったらアクロでもやるんだけどね」

「アクロ?」

「アクロバット飛行。式典とかで飛行機が飛んでるでしょ? あれだよ」

 

 ミナトの得意分野のひとつなのだが、残念ながら狭い空間では行うことができない。離陸すらも難しいし、仮に離陸できても壁に激突して爆発するのがオチだ。

 

「……歌」

 

 かのんの小さな、ほんの小さな呟きが、静寂に包まれた空間に響く。

 

「歌、か」

「あ! ああいや、ミナトくんに歌ってほしいわけじゃないんだよ?」

「……ナルホド! そういうことデスカ!」

 

 クゥクゥが手をポン、とついて数回頷く。

 

「クゥクゥたちが歌うのデスっ!」

「ミナトくんは私たちのステージ、見れなかったでしょ? それに、途中で終わっちゃったから……」

 

 2人の言葉を聞いて、ようやく意味がわかって。2人は、ここでやり切ることのできなかったステージをやろうとしているのだ。

 まるでこのために作られたのかと言うように、会場のステージと同等の広さの空間が空いている。2人も、努力を重ねて身につけた踊りと歌なのだ。最後まで披露したかったのだろう。

 

「かのんたちの歌か……」

「ア! かのん! いつの間にミナトさんに呼び捨てで呼んでもらっているのデスカ!」

「いいでしょー?」

「クゥクゥのことも呼び捨てで呼んでください! クゥクゥもそう呼ぶノデ!」

「……えっと……クゥクゥ?」

「それでいいノデス!」

 

 クゥクゥの勢いに押されて、かのんと同じく呼び捨てで呼ぶことになった。そういえば、このクゥクゥもいつのまにかかのんのことを呼び捨てで呼んでいたと思い出す。

 

「それでミナトくん。私たちの歌、聞いてくれる?」

「よろこんで。見れないと思っていたから、嬉しいよ」

「それじゃあ、行きまスヨ!」

 

 2人が背中合わせに立つ。練習の時に何度も見たが、実際に衣装を着てやるのは見たことがなかったため、非常に楽しみだ。

 

「どうぞ、鷹揚の御見物を」

 

 いつかのハイジャック事件でのミナトを真似て、クゥクゥが言う。

 初めて出会ったときには、ただのスクールアイドルを目指す一般人であったクゥクゥ。そして、それに感化されたかのん。

 2人は、いつの間に観衆の前で芸を披露できる、ミナトと同じ芸者となっていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 救助隊が3人を発見し、無事に保護されたあとも、ミナトの身体には2人の歌が残っていた。

 それほどまでに、2人の歌はミナトの心を揺さぶった。とても、数週間で身につけたものとは思えないほどの芸。もともと良い歌声を持っていたかのんはともかく、初心者のはずのクゥクゥの歌には耳を疑った。

 かのんと同じほどの、良い歌声だった。それこそ、銀河チャートでもまれに聞くほどの。

 

「──い、おい!」

「っ!? ……隊長?」

「『隊長?』じゃねえよ! ったく……」

 

 ボーッとしていた意識が、アリーヤの声でハッキリとする。

 今ミナトがいる場所は、S.M.Sホライズン支部の執務室だ。ミナトが座っているソファの隣には、かのんとクゥクゥが座っている。

 

「さっき説明した通り、そこの2人はS.M.Sの機密情報であるVF-26に触れているため、色々と手続きが必要でな。あとは身体の検査も待っている」

「それさえ終われば2人は家に帰れる。……如月中尉は帰ることができないがな」

 

 ミナトたちの向かいのソファに座るアラスターの言葉に疑問を持つ。まだ何か仕事があっただろうか? 機体の点検などはオーバーホールをするため機体自体が開発元のムーサ・インダストリーに持っていかれているためできない。それ以外に心当たりがあるのは書類の処理だが、それはすでに出撃前に終わらせている。

 

「何かあったのですか?」

「いや……まあ……」

「……?」

 

 アリーヤとアラスターの2人が言い淀む。

 

「お前の家は……今回の戦闘で破壊された」

「…………は?」

「帰る家自体がなくなったんだ」

「……はあ!?」

 

 アリーヤが持っていたタブレットに、ミナトの家の写真が映し出される。7階建てのマンションだったのだが、その上部が崩壊している。ミナトの部屋があった2階はかろうじて形を保っているため所有物は無事だろうが、とても住み続けられるような状態ではなかった。

 

「……どうしましょう」

「S.M.Sの宿舎があるにはあるが……。まあ、最低ランクの部屋しか空いていない」

「それクッソ硬いベッドしかない共同部屋じゃないですか」

「そうだな。人気がなさ過ぎて常にほとんどが空いている部屋だ。たまーに夜勤中の休憩などに使われているな」

「……フロンティア時代に何度も使いましたよ、残業で。イヤですよ俺」

 

 耳に入ってくる情報に、身体が拒否反応を起こす。S.M.Sの宿舎にはさまざまな部屋が存在する。佐官以上の隊員が使える上等な1人部屋や、士官クラスが使える必要なものは揃っている1人部屋に2人部屋。そして、最下級の共同部屋だ。

 

「……あのー」

「かのん?」

「よかったら私の家に住まない? 空いてる部屋もあるし、住み込みの方がアルバイトも効率的だろうってこの前、お母さんたちが話してたから……」

「それだ!!」

 

 喜びのあまり、かのんの手をがっしりと握る。

 

「ありがとうかのん! これであの地獄みたいな部屋に住まなくて済む!」

「う、うん……よかった」

 

 ミナトがいきなり手を掴んだことで、顔を赤く染めるかのん。それを見て、アリーヤとアラスターの大人2人は、自分たちの高校生時代を思い出しながらニヤニヤと笑っていた。

 

「懐かしいな、俺も昔はあんなだった」

「俺も5年前はああでしたよ」

 

 アラスターは第二次<イノセント>戦役で、アリーヤは第三次<イノセント>戦役時に、それぞれ学生の立場でありながらパイロットとして戦っていた。前者ではAqoursというスクールアイドルたちを、後者では虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会というスクールアイドルたちを守りながら戦っていたのだ。そういう点から、かのんとクゥクゥという2人のスクールアイドルを守りながら戦ったミナトには親近感が湧いている。

 

「……ゴホン。さて、早くやることを終わらせて帰ろう。そろそろ日付が変わるのでな」

 

 時計はすでに、長針短針ともに12に近づいていた。

 急いで作業を終わらせたが結局、終わったのは短針が1のラインを超えたあたりだった。



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#11 衝撃 エンジェルス

 翌日、ミナトはかのんの家で目を覚ました。

 昨日の夜にかのんが言ったように、ミナトはかのんの家で暮らすこととなった。かのんの家族も、ミナトならばとトントン拍子に話が進んでいってしまったのだ。全員がバイトをしているミナトの姿を見て、信頼できると判断してくれたらしい。

 

「ミナトくん、おはよう!」

「おはよう、かのん」

 

 S.M.Sから帰る途中にかのんやクゥクゥに協力してもらい崩壊した家に置いていた荷物を持ってきてため、その疲れと戦闘での疲れなどが合わさって、昨日はベッドに入った途端に一瞬で寝付いた。かのんも同じだったようで、疲れが取れたのかスッキリとした顔つきになっている。

 

「今日も学校あるけど、大丈夫?」

「大丈夫。あ、でも、今日の放課後はS.M.Sの方で昨日のことについての会議があるから練習には参加できなさそう」

「そっか……」

 

 残念そうにするかのん。ミナトとしても、最近は毎日練習に参加していたため、それができないというのは非常に残念だ。

 

「そういえば、一緒に登校するのは初めてだね」

「今までは俺の家が違う方向だったからね。そもそも原宿エリアですら無かったし」

「結構遠かったよね、ミナトくんの家」

「フロンティアの時の家よりは近いよ?」

 

 2人で並んで道を歩く。

 今更だが、制服が冬服から夏服へ変わった。かのんたち普通科の制服は薄着になり、ミナトたち航宙科の制服は薄着になった上で、コース別にデザインされたシャツを着ている。パイロットコースの制服は、一般的な軍服のような見た目だ。ミナトはその上から、個人的な趣味でフライトジャケットを着用している。

 

「航宙科ってどんな授業してるの?」

「基本的には航空力学とかかな。あとはコース別に、パイロットコースなら対G訓練とか、EX-ギアの訓練。メカニックコースなら機体の設計とかかな」

「ミナトくんはS.M.Sでもうバルキリーに乗って戦っているんだよね。じゃあ、わざわざ学校で習う必要ってあるの?」

「S.M.Sでは正式な操縦免許を取れないんだよ。発効されるのは特例での免許だけ。免許を取れる年齢になったら使えなくなるから、学校に通ってるんだよ。こっちからしたら、退屈な時間だけどね」

「ああ。だから成績が凄い良かったんだね」

「そう。まあ、フロンティアで勉強してたってのもあるかな」

 

 フロンティア船団で通っていた美星学園は、船団内でもトップクラスのエリート校だった。特に航宙科は、船団で活躍する統合軍のエースを多数生み出していた。おかげで、ミナトの操縦能力は非常に高いものとなった。

 

「かのんちゃん、如月くん、おはよう!」

「おはよーっ!」

「おはよう」

 

 校門を通ると、同じく登校中の生徒たちとすれ違う。何人かはすれ違いざまに挨拶をしてきて、それに応えていく。あくまでミナトは挨拶を返しているだけだが、かのんは非常にテンションが高い。そもそも、家を出た時からずっとニコニコと笑顔を浮かべていた。

 

「どうしたの?」

「いや、笑顔が可愛いなって」

「え!? あ、ありがと…………」

 

 ついフロンティア船団で上司の妹であるランカと一緒に出かけた時の癖で、声に出して可愛いと言ってしまう。彼女とは所謂師弟関係であったため気にしなかったが、普通は恋仲でも無い女性にこういった言葉をほとんど言うことはないだろう。かのんが嫌そうにしていなかったのは幸いだが、思ったことをすぐ口に出してしまうのは良くない。こんなだから、オズマに睨まれるのだろう。

 

「かのんーッ! ミナトーッ!」

「クゥクゥちゃん、おはよう!」

「おはよう、クゥクゥ」

「おはようございマス!!」

 

 クゥクゥが普通科の校舎からこちらへ走ってくる。まだ体力がそこまで無いためか、少しバテ気味だ。

 かのんに負けず劣らず、クゥクゥもテンションが高い。もっとも、こちらは普段からテンションが高いが。

 

「じゃあ俺、航宙科の方に行くね。また放課後!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 教室に入ると、昨日の戦闘の話題で持ちきりだった。

 パイロットを目指す者として実戦を見るというのは貴重過ぎる体験だ。それについて話したくなるのも当然だろう。

 

「昨日、見たことない機体が飛んでたんだよ! 絶対にまだ一般公開されてない最新鋭機だ!」

「お前が見間違えただけじゃねえの?」

「いーや! あんな形のクリップドデルタ翼の機体は見たことねぇ! メカニックコースの奴に聞いても見たことないって言ってたしな!」

 

 どうなら、一部の生徒はVF-26の勇姿を目撃したらしく、そのことについて熱弁していた。明後日に発売される今月号の『銀河航空ジャーナル』で特集されるらしいので、VF-26が見られたこと自体は別に問題ないはずだ。

 

「なあ如月! お前は見たか!?」

「何を?」

「最新鋭機だよ! 未公開の!」

「ああー……。俺は見てない、かなー?」

「なんだお前もかよ。メインカラーは白で、青いラインが入ってるカラーリングだったんだよ! マジで凄かった! すっげえ速度で飛んでたんだよ! さっすが最新鋭機って感じでさ!」

 

 なんと、彼が目撃したのはよりにもよってミナトの機体らしい。

 エクスシア型との戦闘よりも前の、アイランド1上空での<イノセント>の機体とのドッグファイトを見たのだろう。

 

「ミナト、ちょっといいか?」

「……イツキ? どうした?」

「いや、少し話があるんだよ」

「了解。じゃあ行こうか」

 

 教室にやってきたイツキに、後ろから声をかけられる。

 おそらく、S.M.S関連の話だろう。ここで話して未関係の人たちに聞かれるのは非常にマズいため、人気のない場所で話す必要がある。

 

「次の会議は今日の放課後から。昨日のことについて話すってさ」

「……それまでにまた襲撃があった場合は?」

「その対策で新統合軍は常に出撃準備をしてるってさ。場合によってはバトル・ホライズンも使うつもりだと」

「AFの解析は進んでるのか?」

「ああ。中枢システムの記録から他のタイプのAFに関する情報も出てきてるらしい」

「じゃあ、相手の情報は掴めたわけだ。幾分か戦いが楽になるね」

「情報は無いよりは有る方が断然良いからな」

 

 話していて、自分でも高校生とは思えないような会話だ。

 もっとも、ミナトもイツキも高校生である以前に一人前のパイロットである。本業がパイロットなので、頭の中にある知識はパイロットとして必要なものの方が多い。学生として勉学に励んでいる時間よりもパイロットとして働いている時間の方が多いのも事実だ。

 

「で、昨日は大丈夫だったか?」

「ん、ああ。大丈夫だよ。VF-26をお釈迦にしちゃったのは申し訳ないけど……」

「それに関してはレイルとアルが喜んでたぞ」

「マジで? 怒ってるんじゃなくて?」

「アイツら整備も好きだからな。VF-26を弄り回せるってウハウハだぜ?」

 

 そういえば、初めて会った時もあの2人は作業着を着てVF-26の点検をしていた。ミナトの機体のシステムの設定をしたのもアルだった。今回のことも含めて、二人にはいつかお礼をしなければいけない。

 

「そういや家が壊れたんだってな。大丈夫か?」

「ああ。かのんの家で居候をさせてもらうことになったよ」

「ほほう。名前で呼び合うようになったのか。なるほどなぁ」

「え? ああ、うん。それが?」

「コイツこう言うタイプのからかいは通じない系か……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「おい如月、呼ばれてるぞー?」

 

 教室に戻ると、すぐにまた誰かから呼ばれた。

 扉の方を見ると、かのんとクゥクゥが立っている。先程また放課後に会おう、と別れたばかりだが、緊急の用事でもできたのだろうか。もしそうだとすれば、おそらくスクールアイドル関連の良い話題だろう。

 

「どうしたの? 2人とも」

「スクールアイドル活動が、正式に認められてマシタ!」

「スクールアイドル同好会が設立されたんだよ!」

「おお。やったね」

「……思っていたより反応が薄いデス」

「まあ絶対に認められるって思ってたからね。昨日の戦闘にも貢献したってS.M.Sから理事長に伝えてるし」

 

 昨日の報告の中で、かのんの歌がエクスシア型との戦闘に貢献したことをミナトが報告した。それをアラスターが新統合軍へと戦闘のデータを新統合軍に提出するついでに理事長にも送っていたのだ。

 

「そうだったのデスカ……」

「まあ、それが無くても二人なら大丈夫だったと思うよ」

「ありがとうございマス!」

「とりあえず、ちーちゃんにも教えたいからついてきてくれる?」

「もちろん。嵐さんは音楽科だよね?」

「うん。あ、でもさっきメールしたから普通科の校舎の方に来てくれてるはずだよ」

 

 航宙科の校舎と普通科の校舎は、互いが非常に近い位置に存在する。どちらとも結ヶ丘高等学校になる前の時代から存在するため、新しく建設された音楽科の校舎よりも近い位置にあるのだ。もっとも、航宙科の校舎は音楽科のものとまでは行かずとも、かなり改装され、設備が最新鋭のものに取り替えられたりはしている。

 そうした理由で音楽科の校舎は離れた位置にあるので、そこから千砂都がやってくるまでの間にミナトを呼びにきたのだ。

 

(……あ、グラウンドが)

 

 校舎同士を繋ぐ廊下を歩いている時、少し遠くに見えるグラウンドがすと目に入った。

 地面の一部が抉れ、一部の木々は根元から折れている。おまけに、地面が黒く焦げている。

 昨日の戦闘の残した傷跡だ。

 

(……あの時と、一緒だ)

 

 悪魔の鳥が惑星ベリトを襲った時の光景が脳裏を過ぎる。

 あの時も、今と同じように街の至る所に少なくない傷を残していた。

 その景色を思い出すと今でも聞こえて来る、人々の罵声──

 

「ミナトくん?」

「……え? ああゴメン。ちょっとボーッとしてた」

「ホントに大丈夫? もし何かあったのなら──」

「大丈夫。かのんたちのステージをまた見たいなって思ってただけだよ」

 

 そういうと、かのんは顔を赤くしてそらす。

 短い期間だがかのんと関わって、彼女は自己評価が低く、純粋な褒め言葉などにも慣れていない様子だというのがわかった。

 それを利用するように使ってしまうのは非常に心が痛いが、こうでもしなければ、彼女はミナトの様子に気付いてしまうだろう。

 優しいかのんのことだから、AFとの戦闘への協力を申し出たりするかもしれない。実際、昨日の戦闘で彼女の歌はエクスシア型に効いていた。おまけに、惑星ベリトでの戦いのこともミナトから聞いているのだ。

 なんとしてでも、彼女が戦いに関わることを避けなければならない。どんな手段を使ってでもだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「レイル、そっちの解析状況は?」

「およそ68%。さっきから進展無しだ」

 

 アイランド5に存在する、政府直轄の研究施設。

 薄暗い部屋の中で、アルとレイルは無数のコンピュータをたった2人で制御していた。モニターには、いずれもエクスシア型のデータが表示されている。

 

「……こいつ、システムのほとんどがブラックボックスになってる。幸い、起動してからの記録を記録するユニットは違うみたいだがな」

「もしかしたら他のタイプのデータもあるかも知れないし、レイルはそっちに集中して」

「もうやってる」

 

 無数のコンピュータから伸びてるさらに数の多いケーブル類は、その半分ほどがちょうど真下に位置するエクスシア型の保管室に繋がっている。さらにその部屋で、エクスシア型の胴体部に存在するコンピュータユニットに接続されている。

 なぜ2人がそのような場所にいるのか。それは、この2人がホライズン船団内でも有数の電子機器を操る天才だからである。幼い頃から親の使用していたコンピュータによく触れ、S.M.Sに入社してからはバルキリーの調整も行っていることから、2人の実力はわかる。

 

「……ダメだ。あと少しのとこでブロックされた。なかなか優秀な防御プログラムだな」

「こっちもさっきから何度も阻まれてる。まったく、開発者の顔が見てみたいよ」

 

 エクスシア型には、現存するどの可変戦闘機にも当てはまらない技術が使われていることが残骸の調査で判明している。そもそも、可変戦闘機を無人で使用すると言うこと自体が特殊なのだ。

 無人戦闘機ゴーストは、可変機構のない通常の戦闘機だ。その理由は、可変機構を十分に活かせるほどのAIが製造できないからである。シャロン・アップルほどの性能を持つAIなら別だが、暴走の危険性から製造が禁止されている。

 もっとも、このエクスシア型のAIはシャロンとは違う構造をしている。液体状の素子が入ったシリンダーが何本も機体内部に存在し、それがこのエクスシア型を制御するAIの中枢となっている。今まで、聞いたこともないような方法だ。

 

「モジュール7をこっちに回してくれ」

「OK。かわりに14を貰うよ」

 

 無数に存在するコンピュータは、一つ一つに役割が与えられている。使用用途に分けて使用することで、作業の効率化が図られている。もっとも、このような方法で効率的に作業をすることは一般人では不可能に近いが。

 

「……よし、防御プログラムを突破! 記憶保管ユニットの解析が完了したぞ!」

「こっちももう終わる。あとこれだけで──!」

 

 エンターキーを勢いよく叩くと、モニター上に大量の情報が雪崩のように表示されては流れていく。

 

「……AFの情報もあったぞ。めちゃくちゃ大量だ」

「見せて」

 

 ここで初めて、レイルたちは自分たちが破壊したこのAFが、エクスシア型と呼ばれるタイプなのだと知った。

 他には、遠距離狙撃型のヴィルトゥテス型。ドッグファイトに特化したドミニオンズ型。複数機での作戦行動を主とする小型のトロウンズ型。指揮官機のケルビム型など、さまざまなタイプの情報がある。

 そして、AFの力関係で最上位に位置するミカエル型。どうやら、このミカエル型の制御する生産プラントでAFは製造され、熾天使型ミカエルのAIの命令で行動をしているらしい。

 四大天使であるミカエルの名があるということは、おそらくだが残りの三体も存在するのだろう。エクスシア型一機だけであそこまでの被害が出ているのだから、熾天使型との戦闘での被害は想像もつかないほどだろう。

 

「これが<イノセント>が10年間もの間息を潜めていた理由ですか」

「……マズくね? これ襲撃されたらひとたまりもないぞ」

「だね……。っと、あった!」

 

 アルが見つけたのは、とある人物の名前だ。

 AFの開発者、それをアルはずっと探していた。

 

「……なあ、これ」

「ミナトには言わないでください。絶対に」

「当たり前だ。言えるかよ、こんなこと……」

 

 如月ソウヤ。

 それが、このAFシリーズの開発者の名だ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「じゃあ、スクールアイドル同好会の設立が認められたんだ!」

「うん。大会までの頑張りとかを評価されてね」

「あとはミナトさんたちのおかげデス!」

「クゥクゥ、それあんまり言いふらさないでもらえると助かるんだけど……」

 

 普通科の教室の前で、さらに千砂都を交えた四人で話す。

 

「フォロワーもすっごく増えたんだ!」

 

 かのんが携帯を全員が見える位置に持ってくる。

 銀河ネットワークを利用したSNSのフォロワーが、大会出場前と比べてとても増えている。

 

「すごい、2000人!?」

 

 SNSの画面がとても懐かしく感じる。フロンティアで俳優として活動をしていた頃は利用していたが、活動を休止してホライズン船団でのS.M.Sの仕事に集中し始めてからはほとんど触っていない。確か、最後に見たときのフォロワーは両手を使ってやっと数えられるほどの桁だったはずだ。もっとも、シェリルのようにもっとフォロワー数の多い人も大勢いる。銀河規模ともなれば、当たり前のように桁が億を超えることもあるのだ。

 

「しかも練習場所として、屋上を使っていいって、理事長が!」

 

 よほど嬉しいのだろう。弾んだ声だかのんが言う。かのんだけでなくクゥクゥも、いつも以上に嬉しそうに見える。

 

「……あ」

 

 後ろを見ると、恋がこちらへ向かってきているのが見えた。まっすぐこちらを見つめているため、間違いなくかのんたちに用があるのだろう。

 

「あなたたち同好会用の部室の鍵です」

「ど、どうも……」

 

 恋が鍵をかのんに渡す。何故か二つあるというのが不思議なところだが、同好会の部員でも無いミナトがわざわざ口を挟むことでも無いだろう。

 

「……あの」

「ん?」

 

 そのまま音楽科の校舎へと戻るかと思われた恋だが、驚くことにミナトに声をかけていた。声色からして、どこか不安そうだ。

 

「どうかしましたか?」

「昨日の戦闘……。イツキくんは、お役に立てていましたか?」

「へ? ……何故あなたがそのことを?」

「イツキくんから聞きました。新しい仲間で、いい奴がいる……と」

「へえ、なるほどね……。イツキは俺のことを助けてくれたよ。むしろ、俺の方がイツキの役に立てているのか疑問だよ」

「そうですか……良かったです。では如月さん、これからもご武運を」

 

 S.M.Sにイツキが所属していることや、ミナトのことをイツキが話したことから、彼と親密な関係なのだと推察できる。

 クゥクゥから聞いた傍若無人なイメージとはだいぶ異なる人だった。以前中庭で話した時は冷たい声だったが、今の恋の声には優しさがある。前に会った時の様子や、聞いていた話と比べて、かなり違和感が残る。

 スクールアイドルを毛嫌いしてることも含めて、何か事情があるのだろう。理由も無しに、彼女がこんなことをするとは思えない。

 

「……イツキに話を聞いてみるか」

 




<ミナトくんのお財布事情>

ブラックカードを持てるほどに稼いでるミナトくんですが、普段の生活はカツカツです。
その理由は、稼いだ金額のほとんどを貯金しているから。ブラックカードの支払いや、家賃や税金、学費などを払って、残ったほとんどの金額を貯金に回しています。さらには、個人で所有しているEX-ギア関連の消耗品にも使用します。月々に自由に使用できると決めている金額は、五千円。食費などを除いて、それ以外で使用するのはそれだけと決めています。
もしも急に大金が必要になった時などに備え、大量の金額を銀行の口座に貯金しているのと、金銭感覚を狂わせないために、そのようにしています。なお、印税などで使った金額以上に新しく入るため貯金はドンドン増えている模様。


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#12 葛藤 サウンドフォース

「……サウンドフォース」

 

 マクロス・クォーターの作戦会議室で、ミナトがアラスターが放った言葉を繰り返した。

 

「そうだ。回収したエクスシア型のデータを解析した結果、あの場にいた民間人の歌声に反応していたことがわかった。それを踏まえ、前々から計画していた民間協力隊、サウンドフォースの設立が決定した」

 

 先日の戦闘で、かのんの歌がエクスシア型に効いていた。それは間違いなく、ミナトがその場で見ている。そして、ミナト自身も過去に悪魔の鳥に対して歌を聞かせた経験を持っている。

 サウンドフォース。かつてバロータ戦役時にマクロス7船団に存在した部隊の名だ。同じことを、AFに対して行おうとするのはわかる。

 だが、()()()()()となると話は別だ。

 

「まさか……彼女を使う気ですか?」

「……本人の了承が得られれば、という形になる」

 

 バン、と机を叩いて勢いよく立ち上がる。周りにいた兵士たちの視線がミナトに集中するが、そんなことを気にしている暇では無い。それに、舞台の上に比べれば、この程度は痛くも痒くも無い。

 彼女──つまり、かのんの歌をS.M.Sは戦争に使おうとしているのだ。それは、ミナトが最も避けたかったことだ。

 

「AFへの効果なら、俺の歌でも確認されています。俺を使えば──」

「如月中尉、君は戦場で歌えるのか?」

「──ッ!?」

 

 仮にかのんがサウンドフォースとして歌うことになれば、戦場に立つことになる。そうなれば当然、四方を銃弾が襲い、死ぬ可能性もある。おそらく、かのんが加入をすればクゥクゥもついてくることだろう。あのクゥクゥが、かのんだけを危険な戦場に行かせるわけがない。

 代わりにミナトが歌えば、その心配は無くなる。元々ミナトはパイロットとしてバルキリーに乗って戦っているので、今更死ぬかもしれないと心配する必要もない。

 そう考えたが、アラスターに戦場で歌えるのか否かを問われ、何も言えなくなる。

 

「ミナト。お前の歌は確かにAFに効くかもしれない。だが、それも歌を実際に歌えなければ意味がないんだ。お前が歌えなければ、S.M.Sの部隊だけでなく新統合軍や、さらには船団に被害が及ぶ。それでも、お前は歌えるか?」

「…………」

「……先程、大統領府から非常事態宣言が発令された。今は戦時なんだ。分かるな?確証のないことをやることは出来ないんだ」

「……はい」

 

 5年前の惑星ベレトでの戦い。あの時、ミナトの歌があったにも関わらず、街には数え切れないほどの被害が及んでしまった。それがきっかけで、ミナトは歌わないと決めた。否、歌うのが怖くなった。

 数え切れないほどの住民たちからの罵詈雑言。

 また、あの時と同じ状況になっても、ミナトは本当に大丈夫なのか。

 

「……焦るのはわかる。AFはお前にとっても因縁の敵だからな。だが、それで冷静さを失ってはダメだ。少し頭を冷やせ。今のお前はパイロットだろう?」

「……はい」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「お疲れさん、ミナト」

「……イツキ」

 

 会議の終了後、マクロス・クォーターの停泊する展望桟橋のベンチに座り込むミナトに、イツキが声をかけた。

 宇宙を見上げているミナトの声は、どこか上の空だった。

 

「……悔しいか?」

「ああ……当然だよ。また、何も守れない」

「……()()、か」

 

 イツキがミナトの隣に座る。

 宇宙には、無数の星が煌めいていた。しばらくして、ミナトの見上げている方角が惑星ベリトの存在する方角だと気がついた。あの無数の星の中に、惑星ベリトも存在するのだろう。

 

「なあミナト。お前さ、惑星ベリトでの戦いの時に誰も救えなかったから、歌わないんだよな?」

「ああ……俺の歌では何も出来ないって、あの時わかったんだ。でも、かのんたちに歌わせるくらいなら……」

 

 今のミナトの声には覇気がない。

 歌舞伎役者や俳優、歌手など、さまざまな芸をしてきたミナトの体には、そのための歩き方、喋り方、呼吸、視線のくばり方、指先の使い方、発話などが染み付いている。全身の筋肉を使って、自身の身体を大きく見せる身体の使い方を普段から自然と行なっているミナトの身体は、ゼントラーディにも劣らない迫力がある。その声も、聞き取りやすく、それでいて大きく迫力の出るようにしている。

 だが、今はそれが無い。身体は普段よりも小さく見え、声にも、迫力が無い。まるで別人のように感じる。

 役者の凄さというのが感じられるが、今はそれ以上にこの異様な様子のミナトが心配になる。

 

「かのんもクゥクゥも、2人とも民間人で、ただの女の子なんだ。戦場に立たせていいわけがない」

「それで、あんなに焦っていたのか」

「ああ。なんでか、あの2人だけは絶対に守りたいって思うんだ」

「……えらくミナトに気に入られたもんだな、あの2人。まあ、誰かを絶対に守りたいって気持ちはわかるぜ」

「……葉月さんか?」

「あれ、知ってたのか。……恋とは幼なじみでな。今は一緒にアイツの屋敷で暮らしてる。多分、俺はずっとアイツのことが好きだったんだよ。だから、守りたいと思う」

「好きだから、守りたくなる……」

「ああ。恋愛感情とかそういうものなのかはわからねぇけどな。なにせずっと一緒だったんだ。家族としても愛かもしれないし、友達としての愛かもしれない。でも、どんなだとしても、好きだから守りたくなる」

 

 イツキが立ちあがり、展望桟橋の手すりにもたれかかる。ちょうどミナトの目の前の位置に立っている。

 

「……あの2人は間違いなく、サウンドフォース──いや、戦術音楽ユニットへの参加を志願するはずだ。他でも無い、お前の為にな」

「……俺の、ために……?」

「ああ……。その時は、お前が守れ」

「イツキ……。でも、俺は──!」

「それと……三年前、お前は1人の少年を救った。お前の歌で、だ」

「──え?」

「んじゃ、俺はそろそろ帰る。あとは自分で考えな」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 格納庫へ向かうと、そこには新品同然の状態のVF-26の姿があった。

<イノセント>の襲撃の前にミナトの機体となったVF-26Jに酷似しているが、機体の所々が変更されている。すっかりJ型に見慣れていたミナトにとっては、違和感が大きかった。

 

「この機体……」

 

 VF-26だということはわかるが、それ以外がわからない。渡されていた資料にも、このようなタイプの情報は無かったはずだ。いや、あるにはあるが、S.M.Sへは配備されていない機体だ。

 

「おーっすミナト。ちょうどいいところに」

「レイル? ちょうどいいって……」

「ミナトの見ていた機体のことだよ」

 

 レイルから、資料の束を投げ渡される。どうやら、この謎の機体の資料らしく、機体スペックなどが細かく記載されている。

 

「VF-26F。現在開発中のVF-26のバリエーションの一つ」

「ああ……資料にもそれは書いてるよ」

「そりゃあ、それの内容をそのまま言ってるだけだからな」

 

 搭載しているエンジンや、スラスターなどの調整をドッグファイト特化型に調整したのが、このVF-26Fだという。

 ミナトが乗っていたJ型は、特に特化した分野は無く基本的にどの局面にも対応できるように調整された比較的ベーシックなタイプだ。

 他にも、基本タイプのA型、B型、指揮官用に通信設備と基本性能を強化したS型、副官用のC型、情報戦特化型のRVF型などが存在する。それぞれ、S型がアリーヤの、C型がイツキとレイルの、RVF型がアルの機体だ。それに加えて、J型とこのF型を入れて現在運用されているVF-26のバリエーションは全てだという。

 VF-26はS.M.Sでの試験中で、未だ正式採用に至るまでには到達していない。F型はつい先日ロールアウトされたばかりの一号機らしい。

 どうりで、新品同然の状態だったわけだ。

 

「VF-26は、トライアングル計画の一部として開発されていながら、計画の思想から外れた機体だ。機体性能は他の機体と比べてピーキー過ぎるもので、並のパイロットでは耐えられない。特にドッグファイト特化型のF型は、S.M.Sの中でも機体性能に耐えられるパイロットが少ないんだよ」

 

 レイルの説明と共に、渡された書類を読み進める。確かに、レイルの言った内容も書類の内容は一致している。だが、書類がただ淡々とデータを記しているのに対し、レイルの言い方には何か含みがある。何かを企んでいるように感じる。

 

「……何が言いたいの?」

「このホライズン支部の中でも、F型に耐えられるようなのはお前ぐらいなんだよ。俺たちはすでに他のタイプの挙動にに慣れすぎて、シミュレーターの時点でダメ。なにより、異次元すぎる性能に身体が潰れちまう。なら、もうお前しかいねぇじゃねぇか」

 

 非常に楽しそうにレイルが言う。どうやら、このことを言いたかったようだ。サプライズで人に衝撃を与える楽しみはミナトも知っているので、レイルの気持ちもわかる。

 VF-26Fは、すでにミナトの機体としてカラーリングを変更されている。純白な装甲に、青いラインのパーソナルカラー。フロンティア時代に使用していたVF-19の頃から使用していたカラーリングだ。

 元々、ミナトの機体にする気だったのだ。機体のカラーリングの時点で気づくべきだった。

 

「んなヤバイ性能の機体を押し付けようと?」

「おう。お前しかもういないからな」

「受け取るしか選択肢が無いってわけか」

 

 VF-26Fを受け取るのは良い。正直に言って、VF-26Jでも少し物足りなく感じていたのだ。機体の設定も、ドッグファイトに特化したものの方が使いやすくはある。

 だが、そこで気になるのは元々ミナトの機体であったVF-26Jだ。オーバーホールをするとのことだったが、どうなったのだろうか。

 

「そういえば、前のJ型はどうしたの?」

「あー、アレね。なんかムーサ・インダストリーの連中が持って行ったんだよ」

「ムーサインダストリーが……?」

 

 開発した会社が、わざわざ大破した機体を持っていくとは、どういうことだろうか。稼働していた機体のデータが欲しいのなら、それを持っていけば良い話だ。機体本体を持っていく必要はない。

まあ、大破した機体を修復する手間が省け、さらに高性能な機体が手に入ったのだ。文句は無い。

 

「んなことよりも、とりあえずシミュレーターだけでもやってみろよ。今のうちに慣れとかねえと、いざという時に戦えないぞ?」

「……ああ」

 

 いざという時、というのは果たしてどのような状況なのだろうか。次に敵が来たとき? AFとの戦闘になったとき? ホライズンが沈みそうなとき? どれも違う。ミナトにとってのいざという時というのは、かのんとクゥクゥたちを守るときだ。

 イツキの言っていた意味が少しわかった気がする。ミナトは、二人を守れるだけの力を持っているのだ。だが、それだけでは足りない。ミナトにやれることは、まだある。

 

「機体のデータを後で送ってくれ。着替えてくる」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 結局、S.M.Sホライズン支部から出たのは午後11時を過ぎた頃だった。いくらなんでも、シミュレーターをやりすぎた。以前そのせいで筋肉痛になり、登校初日から苦しんでいたというのに、反省しないものだ。

 そこまでミナトがシミュレーターの没頭していた理由──それは、新しくシミュレーターに追加された機能のせいだ。元々備え付けられていた音声認識を利用した、歌の認識システム。それを使い、AFとの戦闘シミュレーションで歌を利用した戦闘のシミュレーションができるのだ。

 

「シミュレーターで再現したAFになら、俺の歌は聞いた……なら、実戦でもできるはずだ」

 

 シミュレーターで登場するAFは、実際にエクスシア型のAIを再現しているものだ。行動パターンなども実際にAIが判断してリアルタイムで自由自在に変わり、歌での混乱も再現されている。

 ミナトは、シミュレーターの中で歌っていたのだ。歌いながら、シミュレーターを操作していた。イツキの言っていた、とある少年の話が励みになった。その少年が誰なのかはわからない。予想できる人物はいるが、あくまでも予想だ。誰であろうが関係ない。たった一人でも、救えたという事実が励みになった。

 ミナトが歌うことができれば、かのんたちが戦場に立つ必要もなくなる。

 

「今度こそ、俺が全部を守ってみせる……」

 

 

 

 

 

 



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#13 参入 ギャラクシー

「新メンバー?」

「うん。平安名すみれちゃんっていう子で、私たちと同じクラスなんだ」

 

 部室に向かう途中、かのんからそんな話を聞いた。かのんも、まさかスクールアイドル同好会に入部してくれる人がいるとは思っていなかったのだろう。声が上ずっている。

 

「俺は練習を見に来ることもほとんど出来ないけど、挨拶だけはしとかないとね」

「すみれちゃんも、その方が喜ぶと思うよ」

 

 スクールアイドル同好会の部室は、普通科校舎の最上階にある。今日はかのんが航宙科の校舎で迎えにきてくれたため、相当の距離を歩かなければならない。おまけに、EX-ギアの入ったケースも持っているのだから、歩くのだけで大変だ。

 

「部室の場所……もう少しどうにかならなかったのかな」

「新校舎には音楽科の教室もあるから……」

 

 この学校には、音楽科は他の科よりも上という風潮がある。基本的には音楽科が優先で、その次に航宙科、最後に普通科の優先順位となっている。おかげで、普通科と音楽科にはどこか壁がある。ミナトを含めた航宙科の面々はそこまで気にしておらず、我関せずといった状態だ。

 そのため、普通科の生徒が音楽に関わっているスクールアイドルは、音楽科の一般生徒はともかく、生徒会長や一部の生徒たちからは疎まれている。

 

「……どうせなら航宙科の校舎でも使えば良かったのに」

「確かに、それなれミナトくんともすぐに会えるしね」

「俺は基本的に滑走路にしかいないけどね」

 

 パイロットであるミナトにとって、最も重要視しているのは飛ぶことだ。暇があれば空を見ているし、時間があればEX-ギアで飛ぶか、シミュレーターに篭っている。

 スクールアイドル活動に協力する、と言っておきながらこれだが、そらわ、許してくれているかのんたちにはあたまが上がらない。

 

「今日はS.M.Sは大丈夫なの?」

「うん。次の作戦の準備とか、機体のセッティングとかで俺たちがいたら邪魔なんだってさ」

 

 話しているうちに、最上階にある同好会の部室にたどり着いた。すでに明かりがついており、先に誰が来ているのがわかる。

 

「……着替え中とか、無いよね?」

「着替えるのはみんな揃ってからだから、大丈夫だよ」

 

 一抹の不安を抱えつつ、空いている左手で扉を開ける。

 

「ミナト!」

 

 室内に入った途端、クゥクゥが駆け寄ってくる。部屋の奥には、千砂都ともう一人。金髪にカチューシャをつけている、普通科の生徒だ。

 

「平安名すみれよ。よろしく」

「如月ミナト、一応コーチ……かな?」

 

 正直、同好会内での自分の立場がハッキリとしていない。入部はしているが、これでもスクールアイドル活動自体はしていない。

 そう考えていると、目の前に立つすみれが目に入った。驚愕につつまれ、身体を震わせてから。

 

「な、なんで如月ミナトがここにいるのよ!?」

「さっきミナトが自分で言っていたじゃないデスカ。クゥクゥたちのコーチをしてくれているんデス!」

 

 どうやら、ミナトの立場はコーチが正解らしい。コーチらしいことができていないが、これから頑張らなければいけない。

 

「すみれちゃん、昔ショービジネスの世界にいたんだって。ミナトくんのこともよく知ってるんじゃない?」

「……へえ、ショービジネスね」

 

 改めてすみれを見ると、動きの一つ一つが丁寧だった。立ち方、全身の筋肉の使い方、声の出し方、一つ一つが洗練されている。なるほど、確かにショービジネスの世界にいたというのは嘘ではないようだ。おそらく、ダンスなどもできるだろう。彼女がいれば、もっとできることが増えるはずだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「センター……か。そういえば決めてなかったね」

 

 一通りの練習が終わり、部室で休憩をしていると、すみれからセンターについての話題が出た。そういえば決めていなかったな、と口に出したはいいものの、ミナトはグループで歌った経験がない。基本的にソロで歌うか、あったとしてもシェリルとのデュエットぐらいだ。

 

「一応、知り合いに歌に精通した人がいるけど……まあソロがメインの人だからグループでの活動の参考にはあんまりならないかな。まあ、それは俺もだけどね」

「その人って、誰なんデスカ?」

「シェリル・ノーム」

『ッ!?』

 

 シェリルがもしかしたら何か参考になるようなことを知っているかもしれない、と考えたが、自分で否定する。

 名前を聞かれたから言ったが、そういえばシェリルはいまや全銀河で大人気の歌手なのだ。ミナトからすれば友の一人だが、かのんたちにとっては憧れの対象なのだ。

 

「ミナトくん、もしかしてシェリルの連絡先とか持ってるの!?」

「持ってるけど……あ、作曲とかについて聞きたいの?」

「う、うん。できれば、だけど……」

「ん、今度予定とか確認して連絡しようか」

 

 シェリルは、自分の歌う曲の作詞作曲全てを自分で行なっている。ミナトも何度か曲を作ってもらったことがある。ミナトが自分で曲を作る際も、一から手ほどきしてもらった。

 話が逸れてしまったが、今決めなければいけないのはセンターだ。個人的には、かのんが一番ふさわしいのではないかと考えてはいる。

 

「……結局、センターは誰がいいと思う?」

「かのんがいいデス」

「私もかのんちゃんがいいと思う。このグループを作ったのもかのんちゃんだしね」

「やっぱりそうか。じゃあ、センターはかのんで──」

 

 予想通りの結果だったが、センターに一番適していると言われたのはかのんだった。歌の実力も、ダンスもかなりできているようになってきたため、安心して任せられる。

 だが、一人納得のいっていない者がいた。

 

「ちょっと待ったぁーっ!」

 

 すみれが大きな声を出してミナトの声を遮る。

 

「そ、そういう決め方でいいのかな……?」

「ほう?」

「先とか後とか関係ないでしょ? 実力がある人がセンターの方がいいんじゃない?」

「まあ、一理ある。だけど、センターってのにはカリスマ性っていうのも必要なんだよ」

「で、でも……」

「じゃあ、このままだと埒が明かないし、こういうのはどう?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 行われたのは、かのんたちのクラスでの選挙。誰がセンターにふさわしいかを投票してもらった。

 

「で、その結果が……」

 

 すみれが0票、クゥクゥが2票、かのんが34票という圧倒的な結果となった。一部ミナトに票を入れようとした不届き者もいたが、全員粛正した。

 

「ま、予想通りだね」

「ほら、やっぱりかのんちゃんだよ!」

「クゥクゥもそう思ってマシタ!」

 

 予想通りの結果に千砂都とクゥクゥが喜ぶ。ミナトとしても、満足のいく結果だ。全員が歌、ダンスなど全てを含めてレベルが高いが、やはりセンターという役割がふさわしいのはかのんしかいない。

 

「……納得できないわ! 歌にしてもダンスにしても、私全然負けてないねしょ!?」

 

 ミナトたちに対して、すみれが力強く叫ぶ。

 自分がセンターにふさわしいと信じて疑わない、その心意気は素晴らしい。自分に自信があるというのは、大きな武器となる。だが、センターにふさわしいかと言われると肯けない。

 

「それも全部、アピールタイムに見てもらっての結果だよ」

「オーラや華など、かのんの方がクゥクゥやアナタよりセンターっぽいのデスヨ」

「……ッ!?」

 

 ギリ、と悔しそうに歯を噛み締めるすみれ。そして、おもむろ自分の鞄を手に取った。

 

「……やめる」

「えっ!?」

「センターになれないんだったら、こんなとこにいる意味なんてないもの!」

 

 勢いより扉を閉めて、すみれが出て行く。

 彼女の性格を考えれば、仕方のないことだ。彼女は自分がセンターになれると信じて疑わなかった。だが、現実は非情だ。彼女がセンターにふさわしい、と票を入れる者はおらず、プライドを傷つけられたのだろう。

 

(……ん?)

 

 その時、ヴヴヴ、とズボンのポケットに入れていた携帯が震えた。

 

「すみれちゃん!」

「……待って、かのん」

「え?」

 

 携帯の画面を見つめるミナト。その表情は、普段の優しいものでは決して無かった。<イノセント>の襲撃の時、かのんが見たミナトの表情。戦士としての、ミナトの表情だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……集まってもらって感謝する。結ヶ丘学園スクールアイドル同好会の皆さん」

 

 ミナトに連れられ、かのんたちがやってきたのはS.M.Sホライズン支部の旗艦マクロス・クォーター。その艦長室だ。

 備え付けられている応接用のソファに座り、アラスターがかのんたちと話している。ミナトはかのんたちの側ではなく、アラスターの後ろにS.M.Sの制服を着て立っている。

 

「今回来てもらったのは他でもない……。以前の戦闘の件だ」

 

 そこまで言えば、後はかのんたちにも想像はついた。あの時現れたAF-1<エクスシア>。エクスシア型と呼ばれている敵に対し、かのんが歌った。その時、AFな対する歌の有用性が証明されたのだ。

 

「単刀直入に言おう。君たちには、民間協力隊として戦闘に参加してほしい」

 

 アラスターの言葉を聞いて、ミナトは昨日のかのんとの会話を思い出す。かのんは、ミナトと一緒に戦いたい、といった。つまりは、そういうことだ。

 

「民間協力隊……ですか?」

「ああ。サウンドフォース、というものを聞いたことはあるかね?」

「マクロス7船団に存在した部隊……ですよね。メンバーは、Fire Bomberの」

「そうだ。それと同じだ。君たちが見たAF──悪魔の鳥と言った方がわかりやすいか。悪魔の鳥に対する歌の有用性が証明されたのだ。そこで、民間協力隊として君たちをスカウトしたい。もちろん、相応の報酬も支払う」

「……なんで私たちなんですか?」

 

 かのんがアラスターに聞く。至極当然の質問だ。戦場で歌う、というのなら、かのんたちでなくとも可能だ。それこそ、過去の戦いで活躍した歌姫たちがいる。

 

「……最初は、如月中尉が立候補した」

「え?」

 

 ミナトが歌うことを自分から選んだと聞いて、クゥクゥが目を見開く。

 一方で、かのんは昨日の出来事を思い出した。ミナトが話していたのは、このことだったのだろう。

 

「もちろん如月中尉でも良かったのだが……彼の精神的な状態を考えて却下した。そこで、君たちだ」

 

 机から、ホログラフィックが表示される。エクスシア型の姿と、その情報が大量に表示されている。

 

「AFは、メインブロックにフォールドクォーツを搭載している。フォールドクォーツはわかるかね?」

「超時空共振水晶体……フォールド通信や、フォールド断層を超える力を持っている物質……でしたっけ」

「このぐらいは、学校でも習いましたヨネ?」

「そうだな。……で、だ。君たちの歌が、このフォールドクォーツに干渉できるのだ」

 

 フォールドクォーツとは、噛み砕いて言えばフォールドネットワークと呼ばれる特殊なネットワークを構成し、通信や航行など、さまざまなことに転用できる便器な物質だ。

 それに自分たちの歌が干渉していると聞いても、いまいちピンときていない。

 

「君たちの歌声に生体フォールド・ウェーブが含まれており、フォールドネットワークに干渉する……と言っても、わからんか」

「す、すみません……」

「いや、別に構わん。簡単に言えば、君たちの歌で悪魔の鳥の動きが鈍るのだ。正確には、脳の指揮系統に混乱が生じる。詰まるところ、君たちがいれば戦闘が楽になり、なおかつ被害が少なくできるわけだ」

「なるほど……」

 

 聞いている限りでは、良いこと尽くしのように感じる。だが、実際にはただの一般人に戦場に立てと言っているのだ。それ自体は、かのんとクゥクゥも理解している。

 

「……断ってくれても構わない。どうする?」

 

 ミナトとしては、民間協力隊への参加をしないで欲しいのが本音だ。だが、昨日のかのんとの話から、彼女が間違いなくこれに参加するのは想像できる。

 

「私は参加を希望します」

「……かのん」

「ほう? 一応、参加の理由──を、聞くのは野暮か」

「クゥクゥも参加しマス!」

 

 かのんだけでなく、クゥクゥまでが民間協力隊──戦術音楽ユニットへの参加の意思を示した。

 かのんにとっては、この誘いは好都合だった。昨日ミナトと話したことを実現する方法が、向こうから勝手にやってきてくれたのだから。

 

「……感謝する。それではこれより、諸君らを民間協力隊──戦術音楽ユニットに任命する」

『はっ!』

 

 慣れていない敬礼を、見様見真似で行う二人。その姿を見て、二人が()()()()へきたのだと、改めて実感した。

 

「詳しいことは資料を見ておいてくれ。……ところで如月中尉」

「なんでしょうか?」

「F型の実戦投入が決定した。次回の作戦からはF型で出撃してもらうぞ」

「……あの機体をですか?」

「ああ。最高のじゃじゃ馬だ。扱いこなして見せろ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「戦術音楽ユニットか……」

 

 翌日、部室でアラスターから渡された書類を見つめていたかのんが、声を漏らした。

 

「……どうしたの? かのん」

「いや、サウンドフォースのことを思い出して、自分からそれをS.M.Sに提案しに行こうと思っていたから……」

「そんなことしようと思ってたの?」

 

 かのんの考えに呆れ果てて、思わずため息をつく。

 梅雨の時期に入ったため雨が降っていることも含めて気分が良い訳でも無かったからか、ため息をついてさらに幸福が逃げた気がする。

 

「練習も出来ないし、どうする?」

「千砂都さんも帰ってしまいマシタシ……」

「ミナトくんも、今日はEX-ギアの練習もできないんだよね?」

「そんなんだよ。S.M.Sにも用はないから……」

 

 こういう時に限って、S.M.Sでも喫茶店でのバイトもシフトが入っていないのだ。せめて、喫茶店でのバイトだけでもあって欲しかった。

 

「……とりあえず、俺は先に帰ってるね。買い物もして帰るから」

「あ、それなら今日の晩ご飯の食材も買っておいてくれるかな?」

「了解。ハンバーグだっけ、買っておくね」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 今日も原宿エリアの竹下通りをフラフラとぶらつく。スカウトを待っているが、一向に来ない。以前ゲームセンターで声をかけられたが、それもエキストラとして人手が欲しい、というものだった。

 

「あのー……」

「ん?」

 

 通りを何往復もしているうちに、遂に声をかけられた。今度こそスカウトかと期待して振り向く。

 だが──

 

「駅ってどっちでしょうか……?」

「……ん!」

 

 ただの道案内を頼んできただけだった。期待が外れ、思わず相手に強く当たってしまう。特に何かいうわけでもなく、駅の方向を指差す。

 

「スカウトじゃないなら声かけないで!」

 

 何をしているのだろう、とは思う。スカウトを待ってこの通りをぶらつくのを始めてから、すでに数ヶ月が過ぎている。一向に来ないスカウトにイラつき、それでも僅かな可能性に賭ける。

 それが、平安名すみれの日常だった。

 

「…………荒れてますね、すみれ」

 

 またもや、背後からすみれに声をかけられる。

 だが、今回はいつもとは違う。すみれの名前をハッキリと呼んでいる。

 

「何よ、アンタには関係ないでしょ。アル」

「そうは言っても、一応家が隣の幼なじみなんですから。少しは気になりますよ」

「あっそ。私は大丈夫だから、早く帰ったら?」

 

 すみれの幼なじみのアル。家が隣だったというだけだが、小学生の頃から付き合いがある。学校もずっと一緒だったため、離れようにも離れられないといった状態だった。

 

「じゃあ、僕のことでも話しますよ」

「勝手にしなさい」

「……前回の戦闘、すみれも知ってますよね」

「ええ。相当の騒ぎになってたもの。避難指示まで出て」

「アレをきっかけに、戦争が始まったんです。これも知ってますよね?」

「当然じゃない。大統領の宣言、テレビで見てたわ」

「……それによって、S.M.Sでの仕事、やめられなくなったんです」

「え? それって……」

「脱走は銃殺、命令違反も相当の罰。覚悟はしてましたが……気が重いですよ」

 

 あくまで普通のことかのように話すアルに、自分が悪くないとはいえ僅かな罪悪感のようなものを感じていた。S.M.Sへアルが入社したことは知っていた。あの時に止めていれば、アルが戦争に行くこともなかったかも知れない、と考えてしまう。

 

「アル……アンタ……」

「戦争が始まって、こうして僕の自由も減ったんです。いつ死ぬかもわからない。もう戻りたくても、戻れない。すみれも、やりたいことがあるなら早めにやっておいた方がいいですよ。後悔してからじゃ、遅いですから」

 

 そう語るアルの姿が、どこか小さく見えた。

 

「……じゃあ、私の話も聞いてくれる?」

「ええ。もちろんです」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「へえ、平安名さんが」

「うん……」

 

 昨日の放課後、ミナトが買い物をしている間にかのんはすみれの後をつけていたらしい。そこで、アルと話しているすみれを見た後、尾行していることがバレて神社で監禁されかけ、そこですみれのことを聞いたのだという。クゥクゥたちにも朝に話したらしい。

 クゥクゥが屋上に呼び出して話をしたらしいが、何も結果を得られず、すみれはそのまま帰ってしまったという。

 

「気持ちは分かるんだよね。私も歌えなかったとき思ってたもん。そういう運命なんだって。続けても無駄だって」

 

 かのんの言葉を聞いて、ミナトは自分自身のことを思い浮かべる。思えば、ミナトも同じだ。自分の歌には何も意味はないと思い込み、続けることを諦めた。何度も、そういう運命なのだと思い込んで逃げていた。

 

「……でも、無駄じゃなかった。だよね?」

「うん」

「じゃあ、伝えないといけないんじゃない?」

 

 ミナトと千砂都が、かのんに言う。

 結局、かのんに任せきりになってしまうが、かのんが一番今のすみれの気持ちを理解できるのだ。

 かのんの心も、すでに決まっていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「続いては、先日のイベントで凄まじいパフォーマンスを披露した、クーカーの歌です!」

 

 通りのショーウィンドウに置かれているテレビに、スクールアイドルの特集をした番組が流れている。しかも、今流れているのはあの二人──かのんとクゥクゥのユニット、クーカーだ。

 流れている映像と同じダンスを、画面の前で行う。

 

「やっぱり私じゃ……」

 

 途中で、我に返って動きを止める。こんかことをして意味がないとわかっている。だとしても──

 

「見ーちゃった!」

 

 後ろから、声をかけられる。待ち望んだスカウトなどではない。ちょうど、流れている映像の二人のうちの片割れだ。

 

「……何よ」

「ここにいると思ったんだ」

「しつこいわよ」

「実は、話があって……」

 

 そう言ってすみれへと一歩踏み出すかのんの手には、数枚の書類がある。一枚は、スクールアイドル同好会への入部届け。あとは、すみれからは見えないが、戦術音楽ユニットへの参加のための書類だ。

 以前の練習中にミナトが使用していたフォールド・ウェーブの計測装置によって、すみれの歌にも生体フォールド・ウェーブが含まれていることが分かったのだ。

 

「平安名すみれさん。あなたをスカウトに来ました」

「……」

「スクールアイドルと、そして……戦術音楽ユニットとして」

「戦術音楽ユニット?」

「その名の通り、戦場で歌う、音楽ユニットだよ。戦いでの被害を少しでも減らすために歌うの」

「……リン・ミンメイにでもなれっていうの?」

「ううん。……私たちは、スクールアイドルとして結果を出さなきゃいけない。もちろん、戦術音楽ユニットとしても。そのためにはショービジネスの世界でのあなたの経験と知識が必要なんです」

「だから、私は!」

「センターになりたければ、奪いにきてよ!」

「……馬鹿にしてるの?」

「ううん。……私、すみれちゃんを見て、センターやってみようって思った。だから、奪いにきてよ! 競い合えば、グループもきっと良くなると思うから」

 

 正直に言えば、馬鹿なのではないかと思った。せっかく掴み取ったセンターの座を、わざわざ奪いに来い、と自分で言ってきているのだ。

 だが、面白い。そこまで言ってくるのなら、それに乗ってやろうではないか。

 

「……やってやるわ」

「じゃあ!」

「ええ! スクールアイドルも、戦術音楽ユニットも、全部やってやるわ!」

 

 先ほどまでとは打って変わって、自身に溢れた表情ですみれが叫ぶ。

 

「……へぇ、それは頼もしいですね」

「うわっ!? ……アル、いつのまに」

「さっき来たばかりですよ。それにしてもすみれ、覚悟は決まったんですね」

「ええ! やってやるったら、やってやるわ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 マクロス・ホライズン船団から遠く離れた宙域に存在する地球型惑星。そこから、三匹の鳥が飛び立った。

 フォールドした三匹に、無数のバルキリーも続く。

 目指す場所は、マクロス・ホライズン船団。

 遠距離狙撃型AF<ヴィルトゥテス>と<イノセント>バルキリー部隊が、再びホライズン船団を襲おうとしていた。

 

 



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#14 会敵 ニューディーヴァ

『ホライズン政府より避難警報が発令されました。市民の皆様は至急、最寄りのシェルターへ──』

 

 屋上での練習中、ホライズン中にその放送が鳴り響いた。街のモニターや照明などが全て落ち、代わりに非常事態を表す赤い光が街を照らす。

 空を見上げると、アイランド1を守るように防護シェルが閉じられていっている。

 

「これって……!」

「そう……みんな、初めての実戦が来たよ」

「実戦……」

「そう。銃弾が当たれば人が死ぬ、本物の戦場」

 

 人が死ぬ。わかっていたはずの事実に、かのんたちは怯える。人が死ぬというのは、日常において余り出会わない事態だ。寿命で亡くなるにしろ、事故で亡くなるにしろ、そうそうそんな機会に出会うことはない。

 だが、戦場ではそれが当たり前のように起こる。戦場において、人が死ぬのは日常とも言える。

 

「大丈夫。みんなのことは、俺たちが守るよ。……絶対に、守るから」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『クシー1より、ファントム小隊各機へ。発進準備が完了次第、第三、および第四カタパルトより出撃してください』

「ファントム5了解」

 

 マクロス・クォーターの左舷格納庫で、コックピットに搭乗したファントム小隊の面々が艦橋からの指令に応える。

 周囲では、直前まで機体の整備を行ってくれていた整備員たちが慌てて機材の片付けを行なっている。ギリギリまでやってくれたおかげか、VF-26は最高の状態だ。

 

『ミナト、F型の様子はどうだ?』

「今のところは大丈夫。実戦になったら相当のじゃじゃ馬だろうけどね」

『シミュレーターじゃ、変態軌道を連発してたぜコイツ。大丈夫だろ』

 

 機体の状態をモニター越しに確認しながら、慣れた手つきで起動用の手順を踏んでゆく。既に何回も繰り返し、体に染み付いている動作だ。基本的には全てのバルキリーで企画が統一されているため、VF-26に搭乗した経験が少ないミナトも、普段通りの手つきで起動をしている。

 

『今回の敵はヴィルトゥテス型──要は遠距離狙撃タイプのAFだ。狙撃型といっても、速度はエクスシア型とそう変わらん。データによると高速で移動して、確実に当たるタイミングを測って狙撃をしてくるタイプらしい。全員、当たるなよ?』

『了解』

『いい返事だ。ファントム1出るぞ!』

『同じくファントム2、出ます』

 

 アリーヤを載せたVF-26Sが上昇用のエレベーターに乗り、カタパルトへと向かう。それに続いて、イツキの駆るVF-26Cも、その隣のエレベーターで上昇する。

 

『ファントム3、行きます』

『ファントム4行くぜ!』

 

 アルとレイルの機体も、先の二人に続いて出撃する。残るは、ファントム5であるミナトのVF-26Fのみだ。

 

「機体は大丈夫……。後は、俺自身の腕次第か」

 

 実機での戦闘は初のF型だ。どこまで行けるのかはわからない。

 しかも、今回はマクロス・クォーターの甲板上でかのんたちが歌うのだ。初めての機体で、いささか不安になる。今になって、慣れ親しんだJ型が恋しくなった。

 

「まあ、今更か」

 

 ふとキャノピー越しに、バリアフィールドに覆われたステージの上に立つかのんたちの姿が見えた。

 一見すれば甲板という危険な場所だ。だが、実際は主砲用のエネルギーバイパスを使用して最大出力のピンポイントバリアを集中させられるため、艦内でもっとも安全な場所なのだ。理論上は、クォーターの反応炉が吹き飛んだとしても、三人だけは無事でいられるらしい。

 かのんとクゥクゥがこちらに気付いたのか、手を振ってくる。その二人の様子を見て、すみれもこちらを向く。

 

「……行ってくるよ、三人とも」

 

 三人に聞こえるはずもないが、自分自身の覚悟を決めるための手段として、それを声に出す。

 

「スーパーパック、異常なし。ファントム5よりクシー1、発進許可願う」

『クシー1よりファントム5、発進よろし。武運を』

 

 リニアカタパルトにガイドマーカーが浮かぶ。機体を支えていたアームが下がり、電磁力で機体が浮き上がった。

 

「発進!」

 

 VF-26Fがリニアカタパルトによって宇宙に射出されると、かのんたちの歌が始まるのは、同時だった。

 すでに前方では、三機のヴィルトゥテス型と先に出撃した攻撃部隊の戦闘が始まっていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『前方にヴィルトゥテス型を確認!』

 

 ミナトたちファントム小隊の任務は、ヴァルトゥテス型AFの破壊だ。<イノセント>のバルキリー部隊は他のS.M.S部隊と新統合軍から派遣された部隊が迎撃してくれる。

 

『よし、各機散開! レイルとアルで一号機を、ミナトとイツキで二号機を、俺が三号機を叩く!』

『了解!』

 

 ミナトたちがヴァルトゥテス型に近づくと、向こうのこちらの存在に気づきファイターからバトロイドへと変形して、腕部に備え付けられている荷電粒子砲を向けてくる。

 ガンパッドで銃口を狙撃し破壊することで、荷電粒子砲での攻撃を防ぐ。だが、ヴィルトゥテス型の武器はそれだけではない。

 

『一気に仕掛けるぞ! フォーメーションMMジーナス!』

 

 ガンパッドの掃射、アサルトナイフでの関節部への攻撃。その全てが、VF-26を超える機動力で避けられる。

 

『っ!? 速すぎる!』

「パイロットがいない分、無茶な軌道ができるんだ!」

 

 通常のバルキリーは、中のパイロットが耐えられる限界の軌道しか行えない。それを超えると、中のパイロッドがGに耐えられずに良くて失神、最悪の場合死亡してしまう可能性もある。

 しかし人工知能が制御し、パイロットのいない無人機であるAFは、その心配がない。限界まで機体の性能を引き出すことができるその上、体力の損耗などの概念も存在しないため、いくらでも活動ができるのだ。

 

「持久戦になればこっちが負け……なら!」

 

 ファイターに変形し、高速で移動を続けるヴァルトゥテス型に組み付く。振り解こうと身体を捩っているため、ヴァルトゥテスの動きが鈍くなる。

 

「イツキ! 撃て!」

 

 そう叫ぶと、イツキは自身の機体をバトロイドへ変形させ、その手に持ったガンパッドをヴィルトゥテス型のエンジン部へ向けて撃つ。装填していたマガジンに入った銃弾を全て撃ち尽くすと、ようやくヴァルトゥテス型の動きが止まった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『ミナトたちは敵を撃破したか──グゥっ!?』

『レイル!』

 

 レイルとアルが相手をしているヴァルトゥテス型は、大型のダブリを障壁にしてこちらの射線を遮るような軌道を取っている。その上で、死角から現れ、確実にこちらにダメージを与えてくる。

 

『コイツ、ホントにAIかよ……!』

 

 とてもAIとは思えない動きに、二人は驚く。わかっていても、まるで人間が操っているかと思うほど、人間らしい動きをしている。下手をすれば、そこら中にいるパイロットどころか、名の知れたエースパイロットよりも厄介だ。

 

「クォーターの方に行かれたら終わりです。歌が効きさえすれば──!」

「その歌はまだなのかよ!?」

「ヴィルトゥテス型を含めたAFは、歌を聞いてからAIの搭載されたメインユニットにそれが伝わるまで、タイムラグがあるんです!」

 

 AFに搭載されている音声感知ユニットは、実は実際のAFの行動にはそれほど使われていない。主に使われるのはセンサーから得た情報や、カメラアイからの映像のみだ。音声というものは、それほど使われていない。そのため、歌が効くのにも時間がかかるのだ。

 前回のエクスシア型との戦闘では、もともとかのんたちがステージで歌っていたものあって、歌の効果が早く出たのだ。

 

「隊長も撃破したってよ! こっちもとっとと終わらせるぞ!」

「わかってるけど──!」

 

 ヴァルトゥテス型がレイルのVF-26の脚部を破壊する。バルキリーの脚部というのは、メインエンジンが搭載されている部分だ。そこを破壊されれば、ひとたまりもない。

 

「うわぁぁぁっっ!?」

「レイル!!」

 

 ピンポイントバリアによって機体自体は無事だったが、脚部が破壊されたためこれ以上の活動が不可能になってしまった。エンジンからのエネルギーの供給が止まってしまったためだ。

 これによって、攻撃が手薄になる。もちろん、ヴァルトゥテス型のAIはこれを逃さない。

 

「抜かれた!?」

「行ってくれアル! 俺は他の部隊に回収してもらうから!」

「……ごめん!」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 クォーターのステージで歌うかのんたちに、ヴィルトゥテス型がまっすぐ突っ込んでくる。しかも、鳥のような見た目の顔が展開しており、不気味に光る荷電粒子砲がこちらに向けられている。

 

『行かせるかぁ!』

『クォーターに近づくんじゃねぇ!』

 

 S.M.Sと新統合軍のパイロットたちがヴァルトゥテス型を足止めしようと攻撃するが、ヴィルトゥテス型はそのすべてを器用に避ける。

 

「なんなのよアイツ!?」

「アレが悪魔の鳥デス!」

「アレが、ミナトの言ってた!?」

 

 かのんたちのいるステージの目の前にまで迫ったヴィルトゥテス型は、その口から覗く荷電粒子砲にエネルギーを貯め始めた。

 

「──かのん!」

「クゥクゥちゃん!?」

 

 クゥクゥがかのんを庇うように覆いかぶさり、二人が床に倒れる。すみれも自分の身体を守ろうと、しゃがみ込んで両手で身体を隠している。

 荷電粒子砲のエネルギーは強く光り、あと数秒で発射が可能になる。ピンポイントバリアを集中されてはいるが、至近距離での荷電粒子砲から放たれるビームに耐えられるのかわからない。

 

(助けて、ミナトくん──!)

 

 荷電粒子砲のビームが放たれる、その瞬間──

 

『ハァッッ!!』

 

 二機のVF-26によるアサルトナイフでの攻撃が、ヴィルトゥテス型を襲った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『ミナトさん! 一気に潰しますよ!』

「オッケー! 手加減は無しで行くよ!」

 

 ヴァルトゥテス型の放ったビームは、クォーターに当たることはなく、明後日の方向へと飛んでいった。

 それを成し遂げたミナトとアルのVF-26は、荷電粒子砲を撃った反動で硬直しているヴィルトゥテス型をガンパッドで蜂の巣にしている。

 

「ミナトくん!」

「ミナトさん!」

「おまたせかのん、クゥクゥ! ちょっと遅くなっちゃったね!」

 

 現れたVF-26を見て、その片方がミナトの機体だとかのんとクゥクゥはすぐにわかった。エクスシア型の時と全く同じ状況だ。ミナトの機体はあの時と僅かに違いがあるが、カラーリングからミナトが乗っているのだとわかる。

 

「大丈夫です? 三人とも」

「なっ!? その声、まさかアル!?」

『……すみれですか。別に貴女を助けるわけに来たわけじゃないので』

 

 かのんたちと異なり、すみれは自分のことを救ったVF-26の片割れがアルの乗る機体だと知り、驚いていた。それなりに付き合いの長い彼だが、バルキリーのパイロットをしているなどとは知らなかった。

 

「なんで、アンタが……」

『無事なら、早く歌ってください! 歌がないと、コイツの相手は面倒なので!』

 

 かのんとクゥクゥは、すでに歌うのを再開していた。すぐそばに敵がいるという状況にも関わらず、臆せずに歌えるのは、それだけミナトのことを信頼しているからだ。

 すみれも負けじと歌おうとするが、身体が竦んで動かなくなる。

 

「すみれちゃん!」

「なんで、私、震えて……? あんなの怖くなんか……」

 

 そうは言っているが、実際のすみれの心は恐怖で埋め尽くされている。初めて感じる戦場の空気、死が間近に迫るという恐怖。

 

『ったく、もう! 何してるんですか、すみれ!?』

「何って……見たらわかるでしょ!? 怖いのよ! あれだけ言っておきながら……!」

『……すみれ』

 

 この言葉も、必死になって口に出した言葉だ。これを言うだけで精一杯なのだから、歌うなどできるわけがない。

 そんなすみれを、アルは冷たい目で見つめる。

 

『はっ! あれだけ言っておいてそれですか?』

「……っ」

『僕とミナトがいるんですから、何を怖がる必要があるんです?』

「……え?」

『まさか、僕とミナトが負けるとでも?』

「いや、そういうわけじゃ──」

『じゃあ、とっとと歌ってください。怖いってのなら、いくらでも守ってやりますので』

 

 動き出したヴィルトゥテス型が、再びかのんたちのいるステージを襲おうと前足を突き出してくる。

 

『行かせませんよ』

 

 が、それはアルの突き出したシールドで防がれる。そのまま、機体のフルパワーでヴィルトゥテス型を突き飛ばし、ガンパッドの銃弾をありったけ撃ち込む。

 

「アル……!」

『早く歌えっていってるでしょう? 何してるんですか』

「……わかってるわよ、歌えばいいんでしょ!」

 

 立ち上がったすみれの表情は、先ほどまでの恐怖に支配されたものでは無かった。いつも通り──いや、いつも以上に自信に溢れた表情で、すみれは歌い始めた。

 それと同時に、ヴィルトゥテス型の動きが鈍くなり、少し後退り始めた。歌が効いてきたのだ。

 

『行きますよミナト!』

「ああ!」

 

 ミナトとアルの猛攻撃を受けて、ヴィルトゥテス型がついにクォーターから離れる。そして、ファイターモードに変形して離脱を始めた。

 

「なっ!? 待て!」

『ストップです、ミナト』

 

 追いかけようとするミナトを、アルが静止する。ここで仕留めなければ、またホライズンを襲うかもしれない。そう叫ぼうとしたが、アルの表情と、次の言葉を聞いてそれも消え去った。

 

『僕の狙撃の腕。それと、あまり好きではありませんが……僕がなんて呼ばれてるか、知ってるでしょう?。もしかして、忘れました?』

「……なるほどね」

 

 ニヤリ、と二人が怪しげに笑う。

 アルの手にした手にしているのは、狙撃用のガンポッドであるSSL-9B ドラグノフ・アンチ・マテリアル・スナイパーライフル。そして、アルは狙撃を得意分野としている。

 

『周囲の敵の排除をお願いしますよ、ミナト』

 

 モーメントバランサーを展開して、高速で移動するヴィルトゥテス型を狙う。

 

『スゥ、ハァ…………』

 

 深く息を吸い、吐く。わずかにでも手元がブレれば、遥か遠くにいるヴィルトゥテス型には当たらない。確実に当てるため、それ以外の全てを意識から消し去る。息をすることを忘れるほど狙撃にのみ集中する。

 

『…………』

 

この時のみ、身体に無数にある神経を伝う全ての感覚を感じられた。身体の全ての神経を使い、機体のレーダーが捉えた情報を一つも流さず、確実なタイミングを探る。

 そして──

 

『──今っ!』

 

 ズガァン、と周りにいた人たちは聞こえた気がした。

 実際は真空の宇宙のため、音が聞こえるわけなどないのだが、それだけは聞こえた気がした。

 放たれた一発の弾丸は、ヴェルトゥテス型の影も形も無い方向にあるデブリへと真っ直ぐに向かっていく。

 だが、その弾丸がデブリに近づいたその瞬間。

 

『……ヒット』

 

 デブリの影からヴェルトゥテス型が現れた、弾丸がエンジンユニットに吸い込まれるように命中した。

 そう、アルの得意分野は狙撃。決して外すことはなく、まさに百発百中というのが相応しい。そして、その狙撃を百発百中たらしめているのが、アルの情報処理能力だ。増設されたレーダーが得た情報を即座に処理し、確実に当たるタイミングを予測して当てる。未来予測をしているのかと疑うほどのその精度で、アルは狙撃を成功させたのだ。

 

「目標の撃破を確認。……ナイス狙撃だったよ、アル」

『それはどうも。そっちこそ、周囲の敵の排除、ありがとうございます』

 

 AFがすべて撃破されたのを皮切りに、<イノセント>のバルキリー部隊は撤退を始めた。とは言っても、すでにほとんどが撃破されている。勝てない戦をする気はない、ということだろう。

<イノセント>のバルキリー部隊を相手していたアラスターやイツキたちも帰ってきた。アラスターの機体が、レイルの機体を抱えている。

 

「かのんたちも、お疲れ様」

「ミナトくんたちが守ってくれたおかげだよ」

「そうデス! ありがとうございマス!」

 

 ミナトがかのんとクゥクゥと話している横で、アルとすみれも話していた。わざわざ、バルキリーから降りてだ。

 

「お疲れ様です」

「なによ、もっと気の利いた言葉はないの?」

「……ありがとう、すみれ」

「ん、ごめん、今なんて?」

「もう言いません。一回で聞かなかった貴女が悪いんです」

「そ。……こっちこそ、守ってくれてありがと」

「絶対さっきの聞いてましたよね!?」

「なんのことかしらー?」



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#15 直感 サニーパッション

「おらおらミナト! そんなもんか!?」

 

 真っ黒に染まる宇宙に、一筋の光が走る。曳光弾のオレンジ色の光だ。

 その光は頭上を掠め、先にあった岩石にぶつかる。

 

「そっちこそ、さっきから外してばっかだよ!?」

「抜かせ!」

 

 岩石同士の細い隙間を縫うように潜り抜けながら、相手の姿が見えるたびにガンパッドを放つ。

 ファイターとガウォークを駆使し、岩石を蹴飛ばす。バルキリーの膨大な出力の生み出す蹴りは、岩石を凄まじい速度で吹き飛ばした。他の岩石を巻き込んで岩石の並びを大きく変えた。

 

「チッ! 邪魔だッ!」

「それはもう読んでるんだよ!」

 

 赤いVF-26C──イツキの機体だ──が岩石の影から飛び出てくるが、それすらも予想してミサイルを放つ。

 イツキはそれを確認すると、すぐさまフレアを炊く。回避されたミサイルは岩石にぶつかり、連鎖的に大爆発を起こす。

 

「ピッタリ後ろにつかれてる……!」

 

 ミナトの機体の機動に、イツキは完全に対応している。変則的な機動をしたり、フェイントを交えるがそれすらも対応される。一応、彼の実力ならばそれぐらい出来るだろうと予想していたが、実際にそれを見ると驚いてしまう。

 

「まだまだ教科書通りの機動だぜ、ミナト!」

 

 コックピットすれすれを銃弾が掠めた。あと数ミリでもずれていれば、ミナトは死んでいただろう。

 イツキの言う通り、ミナトの機動は教科書通り。すなわち、読みやすい機動だ。その機動でもイツキの攻撃を全て回避しているのは、ミナト自身の実力が高いからだ。

 たった一瞬でも気を抜けば、撃墜される。だがそれは向こうも同じことだ。

 

「……これで!」

 

 バトロイドに変形し、真下にあった岩石を使って宙返りをする。実戦ならば、普通はやらない行動だ。そもそも、戦場で宙返りなど常識では考えられないのだ。回避の手段としてはあまりにも隙が大きすぎる。

 だからこそ、それを行うことで相手の意表を突すことができる。

 

「ウッソだろお前、宙返りだと!?」

「こうでもしないと……ね!」

 

 ミナトのいた場所を通り過ぎ、急いで反転しようとガウォークに変形したイツキの機体を、宙返りの途中でガンポッドを使って撃ち抜く。

 見事にコックピットと脚部、そして主翼を破壊されたVF-26Cは、その場で爆発した。

 岩石の上に立ったミナトのVF-26Fは、見得を切る。

 その瞬間、コックピットから見えていた光景が消え、シミュレーターが終了した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱミナトは頭おかしいわ」

「失礼な。これでもちゃんと考えて戦ってるんだよ?」

 

 S.M.Sからかのんの家の喫茶店に向かう道中、ミナトとイツキは今日のシミュレーターでの一騎打ちについて話していた。

 ミナトの勝利という形で終わった戦いだが、かなりキツイ戦いだった。ほとんどの動きをイツキに読まれ、ピッタリと後ろにつかれていたのだ。いつ撃墜されてもおかしくなかった。

 

「いーや。どう考えても最後の宙返りとか頭おかしいとしか言えねぇ。実際にやったらGで身体が悲鳴あげるぞ?」

「あくまで勝てる方法を考えて行っただけ。イツキだってあのぐらいできるでしょ」

「できるのとやるのは違うんだよ……」

 

 戦場でのミナトの強みは、その対応力にある。RVFから送られてくる情報などを見て、その時々の状況に合わせて行動する。それによって、ミナトはこれまで数々の戦いを生き抜いてきた。

 

「ミナトは戦闘後の機体の消耗も一番激しいからな」

「あー、この前アルにも言われたよ」

「F型だと結構マシになってたらしいぜ? お前に一番合っているのはF型かもな」

「だね。実際に乗ってみても、かなり扱いやすかったよ」

 

 前回の戦闘を得て、VF-26Fはミナトに完全に合った調整を施された。戦術音楽ユニットであるかのんたちの歌がある前提でのAFとの戦いのためにチューンされた機体は、シミュレーター上で絶大な性能を発揮していた。

 

「C型とJ型だとF型ほどの大暴れはできないんだよね」

「大暴れする前提かよ……。ちょっとはこっちのことも考えろよ」

「作戦にはちゃんと従ってるし、なんだかんだイツキたちの方には敵は行ってないでしょ?」

「そりゃまあその通りだけどな……」

 

 話しているうちにたどり着いた喫茶店の扉を開く。カランカラン、と扉に取り付けられていたベルが鳴り、中にいたかのんたちがこちらを向いた。

 

「ただい──アレ、お客さん?」

「あ、ミナトくん。おかえり!」

「サニーパッションだっけ? 今クゥクゥが話してるわ」

「へえ……」

 

 サニーパッション。確か、アイランド23の神津島出身のスクールアイドルだ。13年ほど前に、小型の地球型惑星である惑星オケアノスに入植したアイランド23から、アイランド1に来てスクールアイドルをしているという。

 

「今日は朝からS.M.Sに行ってたんでしょ? 大丈夫?」

「大丈夫。朝から仕事なんて、これからもっとあるだろうし。ね、イツキ?」

「そそ。戦術音楽ユニットである3人も、これから朝帰りとかもあるからな。覚悟しとけよ?」

「そっか……私たちも、一応S.M.Sの兵士なんだよね」

 

 S.M.Sから持ち帰ってきた荷物をテーブルに置き、クゥクゥの方を見る。サニーパッションの2人と楽しそうに話している。確か、この前サニーパッションに憧れていると話していた。その憧れの2人と出会えて、嬉しいのだろう。ミナトが帰ってきたことにも気づく様子もない。

 

「イツキ、注文は?」

「ミナトのオススメ、奢りで」

「却下。一番高いの用意するから、自分で払ってね」

「勘弁してくれ……。コーヒーを一杯で」

「了解」

 

 エプロンを着けて、カウンターに立つ。

 仕事にも慣れてきたが、やはりバルキリーの操縦のように思うようにはいかない。コーヒーを入れるだけでもかなり難しいものだ。入れるだけなら簡単だが、美味しく作るとなると話が違うのだ。

 

「あ、ミナト! お帰りデス!」

「やっと気づいた。ただいま、クゥクゥ」

「……へえ、そっちの彼が。サニーパッションの柊摩央です」

「初めまして、結ヶ丘学園航宙科の如月ミナトです」

「知ってるよ。一度、君のアクロを見たことがあるんだー! あ、私は聖澤悠奈だよ」

 

 アクロ──アクロバット飛行のことだ。フロンティアにいた頃に何度か、S.M.Sでの任務として他惑星や船団で行ったことがある。おそらく、その時のことだろう。

 

「今日は、貴方にも用があってここに来たの」

「用? ……出演依頼とかなら、断りますよ。今は活動休止中なので」

「そうじゃなくて、君に依頼がしたいんだよ!」

「正確には、S.M.Sに所属する如月ミナトに惑星オケアノスを代表して、ね」

「……その依頼とは?」

「私たちの故郷──惑星オケアノスの首都神津島で、アクロバット飛行をして欲しいんです」

「それはEX-ギアで? それとも──」

「バルキリーで、か?」

 

 サニーパッションの2人の前に座り、話を聞いていると、途中でイツキが割り込んでくる。

 

「バルキリーで、です」

「なら、かなりの料金が必要になるな。バルキリーの使用料金と、輸送費、アクロ飛行用装備、それが数日分。合わせて……1300万クレジットと言ったところか」

「すでに用意はしています。依頼の受領を確認次第、すぐに支払います」

「……交渉成立。支払いについてはS.M.Sから連絡が行くはずだ」

「おいイツキ、勝手に──」

「すでに艦長の許可は取ったぜ?」

 

 イツキが手に持った携帯の画面をミナトに見せる。艦長からの依頼受領を意味する書類のデータなどが送られているのを見て、ミナトは大きなため息をついた。

 

「ハア……。で、使う機体は? なるべくご期待に沿うようにしますが」

「お任せします」

「ーーよし、今艦長からVF-26の使用許可取ったぞ」

「イツキ……さすがにVF-26はマズイだろ……まだ正式採用前の試験運用段階なんだぞ!?」

「しょうがないだろ。VF-26じゃないとお前にとってはほぼ足枷にしかならねえんだから」

 

 呆れて声も出なくなったミナトに、イツキはイラズラが成功した子供のような笑顔を向ける。

 

「アハハ……丸がいっぱいだぁ……」

「こんな金額、見たことないわよ……!」

 

 ミナトたちの会話と、平然と行われるとてつもない金額の取引を見て、かのんたちは呆然としている。

 

「……え、つまり俺は夏休みはオケアノスで任務ってこと?」

「そ。S.M.Sからあと数人パイロットを派遣するけど、ファントム小隊が全員揃うことは無いのは確実だ。もしもの時に備えて戦力は残しとないとだからな」

「まさか全員機体は……?」

「VF-26。A型だけどな」

 

 ミナトがついに頭を抱える。A型というのは、バルキリーのもっとも一般的なノーマルタイプのことだ。もっとも生産数が多く、他の型のように専用の調整なども必要な無いため比較的安価だが、それでも非常に高額なのだ。

 

「とりあえず……任務は受領いたしました……」

「それで良いんだよ」

 

 ミナトの言葉を聞くと、イツキは荷物を手に取って立ち上がった。

 

「じゃあ俺は行くぞ。頑張れよ、ミナト!」

「ちょ、おい!」

「コーヒー、美味かったぞー!」

 

 イツキの姿が見てなくなると、ミナトはふたたび頭を抱えた。そして深くため息をつくミナトの肩に、クゥクゥが手を置く。

 

「大丈夫デス! 向こうではクゥクゥたちも一緒なのデ!」

「え?」

「クゥクゥたちもオケアノスに行くんデス! 向こうでステージをするんデス!」

 

 クゥクゥの言葉に、ポカンと口を開けた。この時、ミナトは今までで一番間抜けな顔をしていただろう。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「走り込みだーっ!」

『うおおおおっ──っ!』

 

 マクロス・クォーターの甲板を所属するパイロットたちが走り回っている。甲板の端を何周も走って、トレーニングをしているのだ。現在、クォーターがアイランド1の工廠内での定期メンテナンスを行っているので、甲板にも空気が循環しているため、こうしてトレーニングができている。半年に一度しかない機会のため、全員が積極的に参加している。

 もちろん、タンクトップにショートパンツという服装で走っているミナトもその一人だ。すでに5週は走っているが、まだまだ体力は残っている。代々木公園の方が走る距離は長いし、普段からそこで走っているため体力は増えているのだ。歌を口ずさみながら走れるほどには余裕がある。

 歌っているのは、FIRE BOMBERの『突撃ラブハート』。ミナトの中で、熱気バサラの歌う曲の中でも一二を争うほどに好きな曲だ。

 

「まだまだ余裕そうだな如月中尉。よろしい、貴様は10周追加だ!」

「ゲッ!? 勘弁してください隊長!」

「知るかぁ! お前オケアノスでのアクロがあるんだろ? しっかりと体力的につけろ!」

「りょうかぁいっ!」

 

 やけくそになって叫び、走る速度を上げる。

 クォーターの甲板は、実はそれほど広いわけではない。面積こそ広いが、外周を走る程度ならそこまで苦ではない。先ほども言ったように、代々木公園のランニングの方がキツい。クォーターが直線状に走るのがほとんどなのに対し、代々木公園だとカーブなども多い。その分、走る距離も使う体力も増えるのだ。もちろんこれも、バトル級やツーサード級になれば話は別だが、S.M.Sでは基本的にクォーター級しか運用していない。

 

「…………ごう、けい……50周……走りきったぞ……!」

 

 とは言っても、やはり数の暴力には敵わない。塵も積もれば山となる、というように、いくら体力をあまり使わないクォーター級の甲板走り込みでも、続ければかなりの運動となった。

 終わった頃には、すでに他の隊員たちは走り終えてからかなり時間が経ち、体力を取り戻しつつあった。

 

「お疲れ様です、中尉。これ、水です。多めに用意していたのですが、余ってしまったのでよろしければ」

「……ありがとう東雲少尉」

 

 東雲ユウヤ。S.M.S実働部隊、レヴァナント小隊に所属する少尉だ。

 少ししか話したことがないが、印象としては平凡なパイロットと言ったところだ。データベースなどでシミュレーターの記録などを見たこともあったが、そこまで秀でていることは無い。

 

「そういえば、君もオケアノスに行くんだっけか」

「はい。中尉の教えの賜物です」

 

 だが、向上心は高いらしく、シミュレーターでミナトに教えを乞うことも何度かあった。ミナトが教えたことはしっかりとできており、一度アクロバット飛行について教えたことがあり、シミュレーターでの成績もかなり良かったことから、今回のオケアノスへの派遣メンバーに選ばれた。

 

「俺が教えたことが役に立ったなら良かったよ。また聞きたいことがあったら、今でも来てね」

「ありがとうございます!」

 

 オケアノスへの派遣に選ばれたのは、ミナトとユウヤを含めて四人。ファントム小隊からレイルと、もう一つの実働部隊から一人参加するらしい。

 

「確か……朝香大尉だったかな。もう一人は」

「そのはずです。朝香果林大尉ですね。10年前からS.M.Sでパイロットをしているベテランだとか」

「……10年前というと、<イノセント>の」

「はい。当時は新統合軍でレインボー小隊の一員として戦っていたとか。今は部隊ごとS.M.Sへ移籍していますが」

「俺はあまり<イノセント>との戦いについて知らないけど……やっぱり、<イノセント>に因縁がある人がほとんどなんだね」

「それは中尉もでしょう?」

「まあね」

 

 この艦にいる隊員の大抵は、過去の戦いで<イノセント>の手によって家族や恋人、友人を殺されたり、大切なものを壊されたことに対する復讐心を持っている。それでなくとも、何か因縁があるものがほとんどだ。

 もちろんミナトも、その一人だ。悪魔の鳥が<イノセント>の兵器であるAFの試作機の一つだと判明している。<イノセント>との因縁は十分にある。

 

「AFとの戦闘経験は?」

「ありません。今までの交戦は、すべてファントム小隊が担当していたため、私たちはバルキリー部隊の対処にあたっていました」

「……なら念のため、シミュレーターでの訓練をしておいて」

「対AFの訓練をですか? 何故……?」

「わからない。でもなんだか……感じるだよ、アイツらを。悪魔の鳥をね」

 

 そう言って、左手を伸ばして宇宙へ掲げる。ここからは見えない。だが、確かに存在を感じる何かは向かって。

 

 

 

 左手につけたブレスレットの紫の宝石が、キラリと光を放った。

 

 

 




<ミナトくんのお財布事情>

ブラックカードを所有できるほど稼いでいるミナトくんですが、家賃などの支払いがキツく、矛盾している状態です。
その理由は、ミナトくんのお金の使い方です。フロンティアで俳優として活動していた時の給料と、印税で入ったお金はすべて銀行に預けています。ブラックカードなどの支払いは、主にそこから出ています。
一方、家賃や学費の支払いはS.M.Sでの給料から出しています。
金銭感覚を狂わせないため、なるべくS.M.Sの給料で完結させようとしているのです。急な出費や、EX-ギアのような高額な品はブラックカードを使用して支払っています。


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#16 平穏 オデッセイ

「中尉殿。機体の積み込み作業、完了したしました!」

「ありがとう。疲れてるだろうし、君たちも早く自分の船室に行って休んでおいて」

「はっ! お心遣い、感謝いたします!」

 

 惑星オケアノスへと出発の日、ミナトは朝から物資の積み込み作業の場にいた。S.M.Sの運用する便でかのんたちと共に行くのだが、その便にVF-26Fなども一緒に載せていくのだ。

 

「F型のパーツだけでも、かなりの量になるな……」

「中尉のF型はまだ試験の初期段階といっても良い状態ですからね。今回、オケアノスでの重力下での試験運用も兼ねてますので、その分予備パーツなども多いんです」

「おかげで他のVF-26の搭載は明日の便か」

 

 貨物室にあるバルキリーは、ミナトのVF-26F一機しか無い。といっても、一機のみで貨物室の面積をかなら取っている。おまけに、予備パーツもあって貨物室の半分以上を使ってしまっている。残りの機体は、S.M.Sの所有する貨物船で運ぶらしい。

 貨物室を見渡すと、バルキリー関連に紛れて見慣れない機材があることに気付いた。

 

「……あれは?」

「ムーサインダストリーから送られてきたものです。私も詳しくは聞かされていませんが、確かフォールドアンプユニットだとか。VF-26専用の装備で、戦闘時により効果的に戦術音楽ユニットの歌をAFに届かせるための装置を小型化して搭載してるそうです」

「なるほどね。確かに、歌を響かせるにはクォーターのフォールドアンプだけでは些か不安がある、か」

「今回の派遣で、ユニットに搭載されているプロジェクション機能と共に試験運用するとのことです」

 

 どうやらS.M.Sは今回の任務のついでに新兵器の運用試験を行わせる機らしい。ただでさえ短い期間でアクロバット飛行の現地練習も行わなければならないのに、兵器の運用試験もやれと言われればさすがに文句の一つは言いたくなってくる。

 

「ちゃんと頼むぜ、ミナト?」

「っと、イツキか。頼むって、運用試験? 言われずとも、しっかり結果を出してくるよ。仕事だしね」

「おう。場合によっては、ファントム小隊での運用もあり得るからな。ロクでもない兵器渡されたらたまんねえよ」

 

 背後から、イツキが声をかけてくる。今日は午前から新統合軍の訓練でのアグレッサーとして出撃していたはずだ。もう終わったのかと時計を見ると、すでに午後9時を過ぎていた。とっくに任務は終わっている時間だ。

 かのんたちも、すでに港に来ている時間だ。

 

「隊長たちは?」

「バルキリーの点検中。俺は今日司令室でスーパーパックのデータ確認をしてたから早めに上がって、こうして見送りに来たわけ」

「点検を手伝おうって気は無いのかよ……」

「アイツらが手伝いを必要としてするような連中か?」

「……言われてみれば、確かに手伝いなんていらないか」

「だろ? それならミナトの方に行った方がいいってな」

 

 貨物室から出て、港へと向かう。ミナトも荷物は、港のコインロッカーに預けているからそれを回収していなかければならない。 

 

「少ないな、荷物」

「ん? ……ああ。ほとんど着替えと必須のもの以外は入れてないからね。あとは強いて言うならEX-ギアぐらいかな」

「EX-ギア? なんでわざわざ。S.M.Sで使ってるやつはバルキリーの装着しているんだろ?」

「惑星の重力下で飛ぶなんて機会ほとんど無いからね。S.M.SのEX-ギアは勝手に持ち出すわけにはいかないから」

「羨ましいねえ。俺も久しぶりに本物の空を飛びたいな」

「すぐに機会が回ってくるよ。それでも待てないなら、いっそバンキッシュにでも出場する? 確か、決勝戦はオケアノスでやるらしいから」

「お、それいいな。VF-26で出場するか」

 

 今度隊長に提案しよう、と考えながら荷物を全て取り出し、ベルトでキャリーケースに固定する。

 今更だが、ミナトの服装はS.M.Sの制服ではない。フロンティアにいた頃から愛用している私服だ。髪型も変えて帽子を被り、完全にお忍びの時の服装だ。一応、ミナトはシェリルと共演を何度もしたことのあるレベルの人気を持っていた俳優なのだ。学校などではすでに全員慣れたのか特に何かあるわけでも無いし、かのんの家でのバイトの時は髪型などを変えているため騒ぎになったりすることは無かった。だが、今ミナトがいるのは他の船団や惑星からの旅行者もいる港。街中よりも見つかって騒ぎになる可能性が高い。変装をして、キャラケースなどを持つことで普通の旅行者を装っているのだ。

 

「じゃ、行ってこいミナト」

「ああ。最高のアクロをしてきてやるよ」

 

 イツキと拳をあわせて、乗り場へと向かう。貨物室へのルートと、正規の乗り場はかなり位置が離れている。

 ガラガラ、とキャリーケースのタイヤが鳴る。この音を聞くのは、ホライズンに来た時以来だ。フロンティアにいた頃は仕事でほとんど毎月この音を聞いていたのだが、久しぶりに聞くと懐かしさを感じる。

 

「そういや、アルトは今頃どうしてるかな」

 

 フロンティアのことを思い出すと、自然とそこにいた友人達が頭に浮かぶ。特に、早乙女アルトのことが強く浮かんだ。ミナトが歌舞伎をしていた頃からの友人で、関わった期間が一番長かった。航宙科に転科したと聞いていたのだが、どうしているのか聞いていない。あれから、一切連絡が来ていないのだ。便りがないのは良い便り、というが、さすがに気になってくる。

 

「……一応、俺のSNSには毎回いいねしてるし、元気ではあるのか」

 

 まさか彼女でも出来てそっちにかまけているのか、とも考えたがすぐに自分で否定する。鈍感な彼のことだ。彼女ができるなどあり得ない。

 

「今度電話するかな」

 

 最近は財布にも余裕が出てきた。アルトだけでなく、他の友人たちとも久しぶりに話したい。

 

「ミーナートっ!」

「うわっ!?」

 

 いきなり後ろから抱きつかれ、ビクリと身体を震わせる。

 

「……クゥクゥ、何やってんの」

「ミナトの姿が見えたノデ」

 

 後ろからヒョッコリとクゥクゥが顔を出す。自分から抱きついておきながら、頬を赤く染めている。超が付くほどの美少女と言える見た目──もちろん性格もだが──をしているのだから、余り男に抱きついたりするのはどうかと思う。

 

「クゥクゥちゃん、いきなり走ると──ミナトくん!」

「あらミナト。アンタ仕事は終わったの?」

「うん。さっきね。……クゥクゥ、そろそろ離して」

「そうだよ、ミナトくんはクゥクゥちゃんだけのものじゃ無いんだから! 私にも変わって!」

「ちょ、2人とも……!?」

 

 かのんが助け舟を出してくれたのかと思ったが、残念ながら違った。

 二人の少女が自分のことを取り合うという、まさに男の夢といった状況だが今のミナトからすれば嬉しい状況では無い。ここは多くの人が利用する港だ。周囲には、もちろん人がいる。こんな所を見られたくは無い。

 

「かのんちゃーん! 頑張ってミナトくんを勝ち取れー!」

「千砂都ぉ!?」

「まったく……早く乗らなきゃいけないんだから、もう行くわよ」

「すみれ……ありがとう……」

 

 予想外の千砂都の応援には驚いたが、すみれのおかげでなんとか二人が離れてくれた。面倒見がよく、周りに気を配ることができるのは彼女の良いところだ。普段も、よく助けられている。

 

「にしても……ミナトは完全にお忍びの格好ね」

「まあ実際そうだからね。すみれは……うん、帽子と服のギャップが……」

「そう?」

「うん。もっと服と帽子を合わせた方がいいかな。帽子だけそんなに目立ってたら逆にバレるから。やるならいっそ帽子を無くしたほうがいいかな」

「帽子取ったら逆にバレない?」

「案外バレない。シェリルもそんな感じだったし」

 

 今ミナトが来ている服も、シェリルがお忍び用にと選んでくれたものだ。以前ギャラクシー船団に行った時に服の相談をした際、選んで貰ったものだ。

 

「……そういや、今度シェリルのツアーがあるんだっけ」

「あ、それってアイランド2の新船団立競技場でやるやつだよね? この前、CMでやってたよ」

「それそれ。S.M.Sがアクロバット飛行をするんだよ。ま、俺が参加するのかは決まってないけど──それよりも。もう時間だよ」

 

 出航時刻まで、あと10分。そろそろ乗っておかなければならない時間だ。

 

「よーし、じゃあみんな集まって!」

「はいデス!」

「……なに?」

 

 全員の人差し指と中指を合わせて、星のような形を作る。それをバッと空に向かって掲げ──

 

『ういっす、ういっす、ういっすーッ!』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『これより、フォールド航行を開始します』

 

 アナウンスと共に、船の前方に超時空ゲートが開き、その中へと突入する。約10分ほどのフォールドが終了し、デフォールドすると、通常航行を開始した。

 

「到着するのは3日後の朝か。つくづくフォールド断層ってのは面倒だね」

 

 惑星オケアノスの周辺には、フォールド断層が点在している。全体が断層に囲まれているわけでは無いのだが、断層同士の隙間がかなり狭い。その隙間にデフォールドするのはほとんど不可能に等しく、こうして通常航行で移動を行うのだ。

 

「オケアノスには、プロトカルチャーの遺跡もいくつかあるんだって。それの影響で断層が多いって学者さんは言ってるらしいよ?」

「なんでそんな惑星にわざわざ移住したのよ」

「地球型惑星が珍しいからだよ。オケアノスは陸地が少ないけど、それは自分たちでアイランド船を拡張していけば良い話だからね」

 

 話しながら、ラウンジスペースに行き、ソファに座っる。そして、ミナトがコーヒー、かのんがカフェオレ、すみれが緑茶を注文した。注文した飲み物を入れるのは人間では無く、移動式の自動販売機だ。

 

「クゥクゥは大丈夫そうなの?」

「ええ。さっき部屋で寝かせてきたわ」

「ありがとうすみれ。……まさか、クゥクゥがフォールド酔いに弱いとはね。ホライズンに来たとはこうはならなかったんだけど」

 

 フォールド航行では、航行中に感じる時間と、実際に流れている時間にズレが生じる。元々は240倍もの時間のズレがあったが、技術の発展によって7倍までに抑えられている。とはいえ、時間のズレによって体調を崩すものはいる。

 

「ミナトくんは大丈夫なの?」

「バルキリーでの単独フォールドも何回もしてるからね。それ以外にも、公演とか撮影で違う惑星に行くことが多かったし。もう慣れたよ」

「フォールド酔いって慣れるものなの……?」

「んなわけ無いだろ、普通は慣れないっての。ミナトが異常なだけだよ」

 

 声が聞こえ、反射的に振り向く。

 S.M.Sの制服を着た、ミナトたちの同じぐらいの年齢の少年──レイル・ジュールだ。

 機体は明日の便でオケアノスに送るのだが、パイロットは別だ。向こうの環境に慣れるためにも、機体よりも先に現地に向かっているのだ。

 

「おっすミナト」

「課題はもう終わったの、レイル?」

「……半分は」

「まったく。あとで手伝うから終わらせるよ」

「マジサンキュ。やっぱ期末テスト航宙科成績トップは違うな」

「茶化してると手伝わないよ、成績34位」

「ゴメンゴメン」

 

 機体のテストなども行う今回のオケアノスへの派遣は、かなりの日数を使う。移動だけでも、往復6日間もかかる。オケアノスではアクロバット飛行の練習に、機体の調整。それが終わってからは機体のテストで一日のほとんどを使う。向こうでは学校の課題を終わらせる時間は無いため、出発までに終わらせておく予定だった。

 が、それが終わってないのがレイルだ。

 習うより慣れろ、という考えのレイルは、実技の成績は非常に高い。だが、筆記テストの結果はそこまで良くない。課題も同じようで、まだまだまったく終わっていない。

 

「えっと……ジュール少尉、だっけ?」

「レイルでいい。階級で呼ばれるとなんかむず痒いんだよな。だろ、如月中尉殿?」

「そうだな、ジュール少尉」

「あはは…………」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「じゃあ、私たちは先に寝てるね」

「俺はレイルの課題が終わってから行くよ。おやすみ」

 

 ラウンジで必死に終わらせていたレイルの課題は、残りが3分の1まで終わっていた。ミナトが付きっきりで教えて、少しでもレイルの気が逸れていれば、歌舞伎で鍛えられたミナトの睨みがレイルを襲う。おかげで、レイルは早く終わらせようと必死に取り組んでいた。

 

「ほら、ラストスパート!」

「うおおおっ!!」

 

 ラウンジで叫んでしまっているが、幸い周りに他の客はいない。すでにかなり時間が遅くなっているため、ほとんどはすでに寝てしまっている。

 他に誰もくることが無いと思っていたが、不意に後ろから声をかけられる。

 

「懐かしいわね、学校の課題なんて」

「……朝香大尉ですか」

「果林でいいわ。それに、今回の任務ではアナタが隊長でしょう?」

 

 朝香果林。階級は大尉。S.M.Sに所属するバルキリーのパイロットで、10年前の第三次<イノセント>紛争でも活躍したらしい。当時の、<イノセント>との最終決戦にて突如乱入してきたゼントラーディの基幹艦隊とも、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の一員として歌いながら戦い、同好会のメンバーたちと共に多大な戦果を得た。

 今では同好会のメンバー全員がS.M.Sに入社し、レインボー小隊とした活躍している。その中でも魅せる飛行に長けていた彼女が今回の任務に選ばれたのだ。

 

「本当に俺が隊長で良いんですか? 階級的にも……」

「あら、実力のある隊員が上に立つのは当たり前だと思うわよ? アナタの機動、とても真似なんて出来ないわ」

「歌舞伎の動きを取り込んでるんです。自身の身体を大きく見せる動きをしてるんですよ」

「へえ、歌舞伎ねえ……」

「…………なんです? じろじろと顔を見て」

「歌舞伎ってことは、女形とかもやったりするのよね?」

「ええ、俺も経験がありますが……」

 

 そういうと、果林の目が変わる。まるで、肉食獣が獲物を見つけたときのような目だ。顔も不自然なほどの笑みを浮かべており、それを見たミナトは冷や汗をかいた。

 

「結構可愛い顔してるわね。ちょっとそこに座りなさい。私が可愛くしてあげるわ」

「は? え、ちょ──」

「上官命令よ」

「さっきと言ってることが────うわああああぁっ!?!?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……どうしよコレ。なんか落とすのも勿体無いし……」

 

 翌日の早朝──といっても窓から見えるのは暗黒の宇宙だけだが──ミナトは洗面台の鏡で自分の顔を見つめていた。見事に化粧を施され、最近発売された一瞬で髪を伸ばす特殊な薬で肩甲骨辺りまで伸びた髪はハーフアップにされている。全て、昨夜から夜通しで果林にされたことだ。

 

「こういうのはあのクソ馬鹿鈍感やろ──んんっ、アルトがされるやつだろ……!」

 

 美しい青い長髪の親友のことを思い出し毒づく。

 

「しかもなんなかんだメイクはボビーさんぐらい上手いし……!」

 

 フロンティアでの同僚だった天才メイクアーティストとのものと遜色ないレベルのメイクに驚く。

 

「おーミナト、ずいぶん可愛くなってんねえ」

「……元はといえば、レイルが課題を終わらせてないからこんなことになったんだろ」

 

 自分の顔を再度鏡越しに見る。先程メイクを落とすのが勿体無いとは言ったが、それ以上に落としても再度施される可能性が高い。必然的に、この状態での生活を強いられるわけだ。

 

「ちょっと部屋に戻るね」

「行ってら。俺ももうちょい寝てくるか」

 

 部屋に戻ると、まだまだ早い時間だからか寝ているクゥクゥとすみれに、ミナトがいない間に起きていたかのんがいた。

 

「あ、ミナトく──ミナトくん!?」

「……助けて、かのん。ちょっと昨日色々あって、今日はこれで過ごさないといけなくて……」

「ふ、服貸すから、それ着ておいて! 流石にミナトくんの服じゃその見た目には合わないから」

 

 ショートパンツとシャツを着たミナトは、かのんと並んでも違和感のないほど、見た目だけだが少女のものになっていた。

 フロンティアでは、性別は男だが見た目が女に見える友人──具体的には早乙女アルト──がいたが、彼の気持ちがようやく分かった気がした。

 

「どうすればいい、かのん……?」

「……可愛いし、今日はそのままでいいんじゃない?」



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#17 遭遇 アンノウン

 旅客船での三日間の旅は終わり、船は惑星オケアノスの宇宙港に停泊している。ここから地上へ降りるには、軌道エレベーターを使用する必要がある。ミナトの場合はバルキリーで直接降下するという選択肢を取ることもできるが、かのんたちを放っていくことはできない。必然的に軌道エレベーターを使うことになるのだが、そこからアイランド23──もとい、神津島へ行くにはさらに数時間ほど船に乗る必要がある。

 船での旅が終わり、神津島へ降り立つと──

 

「ようこそー! 私たちの島へ!」

 

 悠奈と摩央の2人が、船着場で出迎えてくれた。

 

「ありがとうございます!」

「サニーパッションのお二人に出迎えていただけるナンテ、なんというシアワセ……これ、ささやかな物デスガ……」

「もう、気は使わないで」

「アンタ、意外にそういうところ細かいわよね……」

 

 サニーパッションの二人が話している中、少し離れたところでミナトを含めたS.M.Sのメンバーは惑星オケアノスの市長と話をしていた。

 

「S.M.Sホライズン支部所属、ミナト・如月中尉です。お出迎え、感謝いたします」

「こちらこそ、依頼を受けてくださり、誠にありがとうございます。毎年、オケアノスではこの時期にエアショーを行なっているのですが、今年は地元の曲技飛行隊のメンバーが訓練中の事故で入院しておりまして……」

「それは……同じ空を飛ぶ者として、完治をお祈りしております」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「遊ぶぞ──ッ!」

 

 思いEX-ギアのケースを運んで疲れていたため、宿で休もうと思ったミナトを連れて走り出したかのんたちがそう叫んだ。かのんたちも、今日は練習はせずに遊ぶらしい。

 

「そういや、オケアノスは海がほとんどを占めるのか……じゃあ、泳がないっていう選択肢は無いね!」

「そうデス! 遊びマスヨー!」

 

 が、飛び込み台に行けば、かのんたちの様子は一変した。

 

「こ、これ……行くの……?」

「ちょっとアンタ、先行きなさいよ!」

「どうしてクゥクゥなのデスカー!」

 

 飛び込み台の高さに驚くかのんたち。確かに、普段から高いところに慣れていない人にとってはかなり恐怖を感じるのだろう。

 隣の近い飛び込み台から、小さな子供が浮き輪をつけて入水する。

 

「い、いいなー、私もあっちにしよーっと……」

 

 かのんがそろりそろりと後ろに下がり、低い飛び込み台へ行こうとすると──

 

「センターは誰?」

 

 と、すみれが待ったをかけた。一人だけ抜け駆けすることは許さない、とかのんのことを睨んでいる。

 

「私……高い所キライーッ!」

「いいから、行く行く!」

「鳥になってこい!」

 

 それでもなお逃げようとするかのんを、一緒にいたクゥクゥと千砂都ごと、悠奈とミナトが飛び込ませる。

 3人はめちゃくちゃな体勢で飛び込みもとい落下し、ミナトは見事なフォームで飛び込んだ。

 

「……なんだか、鳥が海にいる魚を捕まえにきてるみたいに見えるわね」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「んーッ! 美味しい! マンゴーみたいデス!」

 

 思う存分泳いだ後は、海の家──といっていいのかわからないが──で、アイスを食べた。何の味かは教えられずに渡されたが、食べたからなお楽しみということなのだろう。

 

「いや、パイナップル味ね」

「違うよ、バナナだよ!」

 

 三人が言ったフルーツと同じような、トロピカルな味だ。甘酸っぱく、芳香な香りがする。この味は、確か──

 

「パッションフルーツ?」

「そう! 島の特産品なんだー!」

 

 どうやら、ミナトの考えは当たっていたらしい。どこかで食べたことのある味だったのだ。あれは、惑星ホーラだったか。公演が終わった後、街の八百屋で見かけ、食べたことがある。

 

「ナント! サニーパッションは、アイスまであるのデスカ!?」

「なけないでしょ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「テイク・オフ!」

 

 山の上にEX-ギア専用の飛行場があると聞いたミナトは、急いで宿からEX-ギアの入ってケース一式を持ってきた。重力のある星で飛べる機会など、そうそう無い。この機会を逃すという選択肢は、ミナトの中には存在しなかった。

 

「いい風……だッ!」

 

 EX-ギアに搭載されたエンジンを最高出力で飛ぶ。背中から出ている噴射炎で汗をかくが、それすらも気持ちいいと感じる。

 たった数キロしかない偽りの空などとは違う、本物の空。それを縦横無尽に飛び回るのは、何にも変え難い快感だった。

 

「……次、インメルマン・ターンからトリプルループ!」

 

 アクロバットのメニューを見事にこなし、空に噴射煙の軌跡を描く。

 ただひたすらに、空を飛ぶことだけを考える。

 その姿は、まるで、鳥のようであった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「風が気持ちいい……」

「そうねー!」

 

 展望デッキで、手すりにもたれかかって休む。ずっと動いていたため、かのんたちもさすがに疲れきている。そんな中で、EX-ギアを使って空を飛ぶ体力が残っているミナトは、さすがパイロットといったところだ。

 

「やっぱりミナトくんが飛ぶのは、綺麗だな……」

 

 かのんは、ずっと空を飛ぶミナトのことをまだ追っていた。以前少し調べた時に知った、インメルマン・ターンという技やループなどを駆使し、非常に美しい機動をしている。

 

「アンタ、本当にミナトにゾッコンね」

「え!? いや、そんなわけじゃ……!」

「ハイハイ。ま、一緒に暮らしてるぐらいだし当然よね」

「いや、だから……!」

「普通、好きでもない男に服貸さないわよ……。というか、ミナトが好きなのはクゥクゥもよね?」

「な、何言ってるデスカこのグソクムシ!」

「なっ!? アンタ、また──」

 

 その時、かのんたちの背後から強風が吹いた。すみれの被っていた大きな帽子は風に煽られ──

 

「ぎゃぁらくしぃぃ──……」

 

 飛んでいって帽子に手を伸ばすが、既に帽子は遙か先にある。

 

「まったく……よっと」

 

 その帽子を、EX-ギアで飛んでいたミナトがキャッチする。EX-ギアで増大されたパワーで握り潰さないように慎重に掴み、すみれの元へと運ぶ。

 

「ほら」

「ありがと。EX-ギアって、ここまで細かい動きもできるのね……」

「軍の戦闘用パワードスーツとしても使ってるからね。火器を扱うから、これぐらいはできないと」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 一通り島の良いところをサニーパッションと共に巡り、遊んだ後は、温泉に入り身体を休めたミナトたちは、展望台に来た。

 見上げた空一面に広がる星空。移民船団の人工的な空では決して再現することのできない自然の生み出す光景だ。

 気がつくと、飛んでみたい、と考えていた自分には呆れを通り越して笑いが溢れた。

 

「思う存分飛べたか?」

「ああ、最高に楽しかった」

「……明日からもバルキリーで飛ぶんですよ、中尉」

「空はいくら飛んでも楽しいんだよ」

 

 手を空に掲げる。月──正確には地球でいう月に値する衛星──の光が、掲げた手を輝かせた。

 

「空を飛ばずにはいられないのは……」

 

 立ち上がり、柵の設置されていない崖に立つ。

 落ちるか落ちないかのギリギリのところにまで進み、両手を大きく広げる。

 

「人間とゼントラーディの先祖のプロトカルチャーが、鳥の人だかららしい」

「鳥の人……?」

「ああ。宇宙の深淵を飛んで、地球という名の青い星に流れ着いたプロトカルチャーが、地球人類の先祖を作った。だから、俺たちはそれを飛ぶ。鳥に戻りたくてな」

 

 フロンティアに暮らす友人──ミハエル・ブラン──から聞いた話しだ。

 風が吹き、ミナトの身体を揺らす。が、決して崖から落ちることはない。身体を傾け、吹く風に合わせて体勢を変えてバランスを取る。その身体操作能力は歌舞伎での経験と、ミナトの絶対的なセンスが生み出す神業だ。

 

「良いじゃねえか、鳥の人。そうだな、俺たちは鳥だ。空を飛ばずにはいられねえ」

「ええ。だから、今もこの美しい空を飛びたいと思っている」

 

 レイルとユウヤが、空を見上げて言う。結局、この2人も根っからのパイロットなのだ。

 

「俺はこの空を、この広い宇宙をどこまでも飛んでいきたい。……いや、飛ぶ。争いが何もない空を、どこまでも飛んでいく」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ベッド二つしか無くてごめんね。お詫びに、宿泊代はタダでいいから」

「そんな……」

「いいのいいの。その代わり、最高のステージにしてね!」

 

 宿へ帰ってきたミナトは、ロッカーに預けていた荷物を取り出し、かのんたちと共に部屋に向かった。

 

「……なんで俺も一緒の部屋なんだよ」

「他に部屋が空いてないんだからしょうがないでしょ」

「いや、レイルたちと同じ部屋でいいと思うんだけど? 最悪の場合俺は床で寝ればい──」

「「それはダメ(デス)!」」

「ええ……」

 

 ひとまず、荷物を置いて座る。

 

「じゃあどうやって寝るのさ?」

「それは……誰かがミナトくんと一緒に」

 

 そう言って、かのんとクゥクゥが顔を合わせる。

 

「「……ジャンケン、ホイ!」」

 

 おもむろにジャンケンを始める2人。結果は、かのんがチョキ。クゥクゥがパー。かのんの勝利だ。つまり、ミナトと一緒に寝るのがかのんということとなる。

 

「ウウ……負けてしまいマシタ……」

「今回だけは譲らないよ、クゥクゥちゃん」

「正々堂々勝負した結果デス……仕方ありまセン」

「あのー……やっぱり俺床で……」

「往生際が悪いわよミナト」

 

 すみれの言葉がミナトの心にグサリと刺さり、しぶしぶベッドに入る。かのんも同じようにベッドに入り、すぐ隣で寝ている状態になる。

 あまり異性と接近するという状況に慣れていないミナトにとっては、非常に心臓に悪い状況だ。

 

(……これ、寝れるのか?)

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 午前4時。まだ日が出ておらず、あたりが闇に包まれている時間に、ミナトの目は覚めた。

 

「……もう朝か」

 

 結果として、昨日の夜は眠ることができた。だが、眠りについたのはかなり遅い時間だった。その影響か、こんな早い時間に起きてしまった。

 といっても、ミナトはいつも午前5時に起きているのだが。

 

「ミナトくん……?」

「ん……ゴメン、起こしちゃった?」

「ううん。私が早く起きちゃっただけ」

 

 ベッドから起き上がり、すぐにS.M.Sのフライトジャケットを羽織る。寝間着が普段にとしても十分使えるデザインのため、上から来ても違和感はない。

 

「どこかいくの?」

「ランニングに。日課だから」

「いってらっしゃい。私も、しばらくしたら浜辺に行ってるね。作詞しないとだから」

「……そういえば、俺もアクロのメニュー考えないとな」

 

 宿から出ると、僅かに太陽が地平線から顔を覗かせていた。

 

「やっぱり、移民船団よりも綺麗だな」

 

 ランニングをしているうちに、さらに太陽が出てくる。朝焼けの光に目を細めながら、途中にあった展望台から空を見上げる。

 小さな豆粒ほどの大きさだが、新統合軍のVF-171が飛んでいるのが見える。

 

「そうだ、確かポケットに……」

 

 フライトジャケットのポケットから、一枚の紙を取り出す。以前、急いでいる時に必要の無い紙を適当に突っ込んでそのままにしていたものだ。

 

「こうだったかな」

 

 紙がを折り、紙飛行機を作る。ミナトの人生で最初に出来た友人、早乙女アルトから教えてもらった折り方で作る、紙飛行機だ。

 

 ──不思議だよな。ただの紙切れが、ほんの数回あるだけで翼に変わる──

 

「それっ!」

 

 大きく助走をつけて、紙飛行機を飛ばす。見事に風にのった紙飛行機は、空を舞った。

 操縦桿を掴んでいるかのように右手を構え、紙飛行機の動きに合わせて動かす。

 

「ッ!」

 

 紙飛行機が、上昇気流に乗り空高く舞い上がる。

 

「そうか……これだ!」

 

 右手の親指と小指をピンと最大まで広げ、残りの指をまっすぐくっつける。飛行機を模した形の手を、紙飛行機に重ねる。

 高くまで上昇し、背面飛行の状態で急速降下。海面スレスレで水平になり、ループ。そして再び上昇し、スプリットS。

 少しだけだが、ヒントを与えてくれた。

 

「よし、そうとなればメニューの製作だ。VF-26なら多少は無茶な機動もできる。やってやるさ……!」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「すみません。少し道案内をお願いできますか?」

 

 朝焼けの光が刺す砂浜に立つかのんに、1人の男が声をかけた。

 何かの制服のように見える服を着て、手には大きなトランクを持っている。帽子を深く被り、さらにはサングラスをつけている。

 

「……ごめんなさい。私もこの島に住んでるわけでは無いので、詳しく知らなくて……」

「いえ、別に構いません。貴女でも、かならず知っている場所です」

「え……?」

 

 男がサングラスと帽子を取り、赤黒い髪とその先についている二つの星形の器官が姿を表す。そして、その吸い込まれるような黒い瞳がかのんの顔を真っ直ぐ見据える。

 

「如月ミナトの元へ、案内していただけますか? 澁谷かのんさん」



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#18 衝撃 シークレット

 時刻は午前5時頃。ミナトとレイルは、神津島空港の格納庫を訪れていた。S.M.Sが使用しているその格納庫に、ミナトのVF-26Fは格納されている。

 VF-26はS.M.Sの取り扱う機密の中でもかなり重要度の高い部類に当たるのだが、すでに機体のデータ自体は一般にも公開されているため、機体に勝手に触られでもしない限り見られるだけなら問題はない。とは言っても、一応は機密のためしっかりと入口や窓を施錠し、S.M.Sの関係者の指紋と網膜認証、もしくはインプラントを通しての認証でのみ開くようにしてある。

 

「やっぱりVF-26Fの性能は流石だな。シミュレーションとはいえ、難しい機動を容易くこなせる」

 

 キャノピーに投影されている映像の中では、VF-26がミナトの思い描いた挙動を完璧にこなしている。あくまでシミュレーション上だ、と自分で言いはしたが、これが実際にできないわけでは無い。最終的には、パイロットの腕が関わってくる。もちろん、この程度ができないような腕はしていない。毎日毎日、厳しい訓練に耐えているのだ。その成果を発揮するだけだ。

 

「アクロはかのんたちのステージの前……というか、かのんたちのステージが始まったら始まったで後ろで飛ぶことになるのか」

 

 かのんたちからの提案で、ミナトたちS.M.Sの飛行隊はステージが始まってからも後ろでアクロバット飛行を続けることになった。かのんたちのステージに合わせてアクロバットをすることで、より盛り上げようという魂胆だ。

 一人でブツブツと呟いていると、近くで携帯を弄っていたレイルが反応してきた。

 

「おかげで、フォールドアンプユニットのプロジェクション機能の実験もできるんだから一石二鳥だろ?」

「まあそうなんだけどね……。データが少なくて信頼性の低いものを使うのもどうなのかと思ってね」

「ムーサがわざわざ使い物にならねえ物を送ってくるとは思えねえがな。今回でデータが得られれば、また別でフォールドプロジェクションユニットの製作をやる気らしいし」

「またオプションユニットが増えるのか……」

 

 コックピットの縁に手を置いて、そこを軸に身体を浮かせて飛び降りる。機材の上に置いていたゼリー飲料を手に取り、一気に飲み込む。

 

「理論上ならアンプユニットがあれば、ホライズン全域に歌を響かせられるんだろ? じゃあ、それだけで十分だと思うんだけど……」

「製作と運用のコストの問題。作るのにも、使うのにも莫大な金がかかるんだよ。ま、運用コストの方は下げられそうだけどな」

「確かVF-26も、初めは運用コストが5倍の想定だったんだっけ?」

「そ。技術者がなんとか頑張って、今のコストになったわけ。あとはもっと俺たちみたいな現場の整備兵のことも考えて整備性を上げて欲しかったな。今も十分いいけど、S型とF型は各部の損耗が激しいから毎回毎回大変なんだよ。……一応言っておくが、パイロットにも原因はあるからな?」

「ウグッ。……なんか飛び火してきた」

「ったく……だいたい、お前は機体に無理させすぎだ! 常に限界まで速度上げやがって! もっと機体を労われ! そもそも、リミッターかかってるとはいえF型の最高速度を常に出してたら身体が保たないはずだろ!? ピンピンしてるお前がおかしいんだよ! 正直言って気持ち悪いぐらいだわ!!」

 

 ずっと作業詰めだったからか、ストレスの溜まっているレイルの説教と、それに混じったミナトへの悪口は、ポケットに入れていた携帯がなって、それを理由に逃げ出すまでの12分間もの間ずっと続いていた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「あ、ミナトくん? 今どこにいる?」

 

 そう電話越しでミナトに問うかのんの背後には、赤黒い髪の男が立っている。周囲にいる人間からは見えないようになっているが、男は銃を構えている。かのんの心臓を捉えて、いつでも撃てるようにしてある。

 

『今? 空港の格納庫にいるけど……』

「じゃあ、今から砂浜に来れない? 話したいことがあって」

『わかった。ちょっと時間かかると思うけど、待ってて』

「うん、ありがと」

 

 電話を切り、携帯をポケットに入れる。同時に、両手を頭の後ろに回しす。

 

「……これでいいの?」

「上出来だ。これで如月ミナトが来れば、私が成すべきことを為せる」

「ミナトくんに何をする気?」

「別に殺そうという訳ではない。まあ、かと言って彼の味方という訳でもないが」

 

 そう言って、男は先ほどまでずっと構えていた銃を下ろす。

 その行動には驚いた。銃を下ろすということは、要するに隙を見せることだ。再び構えるまでには、僅かだとしても時間がかかる。だが、近接戦闘能力が高いものならば、その一瞬の時間で相手を制圧することもできる。

 だというのに銃を下ろしたのは、こちらに自分のことを信頼させたいのか。あるいは単にこちらのことを敵に値する存在と見做していないのか。

 

「……おや、予想よりも早かったな。如月ミナト」

 

 道路と砂浜を隔てるガードレールを飛び越え、手に銃を持ったミナトが現れる。男に銃を向け、ジリジリと近寄って行く。

 

「武器を捨てろ」

「確かに、お前は私の後ろを取った。だが、こちらは人質がいるんだぞ?」

「……大人しく従え、と?」

「そうするのが懸命だろう」

 

 安全装置を掛け直した銃を、ミナトは男に向かって投げる。それを片手でキャッチした男は、かのんのことを離した。

 

「さあ、人質は返したぞ」

「感謝する。……で、お前の狙いはなんだ? わざわざ回りくどいやり方をして俺を呼び出したんだ」

「まずは自己紹介といこう。俺はカレル・クラーク、<イノセント>のパイロット。見ての通り、ウィンダミア人だ」

「……やはり<イノセント>か」

「ああ。もっとも、今の俺は<イノセント>としてでは無く、一個人として動いているが」

 

 カレルが自分が持っていた銃をミナトに投げる。ミナトはそれを難なくキャッチする。

 

「敵ではないということは理解してくれ。今は、な」

「……いいだろう。ならば、俺に抵抗する気はない」

「それでいい。さあ、同じ空に魅入られたもの同士、仲良くしようじゃないか」

 

 カレルが手を差し出す。握手をしよう、とでも言っているのだろうか。

 念のためその手をマジマジと見つめ、何か仕込んでいたりしないか確認をする。結果、特に毒があったりなど何もなかったが、カレルがサイボーグだということがわかった。

 ほとんど生身の人間と同じ見た目。だが、そういった分野に精通している兵士や科学者たちが見れば違いは僅かにだがわかる。手の色や質感など、人工物では再現しきれないところはあるのだ。

 

「……完全なサイボーグか。珍しいな」

「そうか。ホライズンは一部を機械にしている者はいても、大抵が負傷した部分を補っているものばかりだったな」

「よく知っているな。敵の情報はしっかりと調べているというわけか」

 

 かのんを左手で庇いながら、空いている右手を差し出して握手をする。

 サイボーグといっても、特に感触が金属のものだったりはしない。人工筋肉とそれを覆う人工皮膚の感触は、生身の人間のそれとほとんど違いはない。

 

「かのんは下がってて。<サイバーグラント>は危険だ」

 

 身体をサイボーグ化した兵士、通称<サイバーグラント>の戦闘能力は、生身の人間と比べ物とならない。片手で人間の骨など簡単に砕くことができ、鋼鉄を凹ませるぐらいまで威力を出せるものもいる。まともに戦って勝てる相手ではない。

 

「安心しろ。お前にも、澁谷かのんにも手を出すつもりはない。ただ、警告をしにきた」

「……警告?」

 

 カレルの言葉に耳を疑う。

 敵であるミナトに警告などして、何になるというのか。警告というからには、これから近いうちにミナトに危険が迫るということだ。それならば、そのまま放っておいた方が都合はいいはずだ。

 

「2日後、オケアノスに<イノセント>の艦隊が奇襲を仕掛ける。その中には、ケルビム型AFも存在する」

「2日後だと!?」

「2日後って……ちょうど、私たちのライブが……」

 

 何故こうも<イノセント>とAFの襲撃は最悪のタイミングで訪れるのだろうか。

 いや、<イノセント>は狙ってこのタイミングで襲撃をしているのだろう。かのんたちの歌は、AFとの戦闘で絶大な効果を及ぼす。それは、<イノセント>にとっては邪魔なものだ。だからこそ、確実にかのんたちがその場にいて、殺せるタイミングで襲撃してくるのだろう。

 

「ケルビム型のデータは既に貴様たちは得ているだろう。十分な対策を取っておくことだ。……ともかく、警告はした。あとは貴様次第だ」

「どういう意味だ?」

「また会おう、如月ミナト。戦場では、我々は敵同士だ」

「待て! 何故こんな警告などをした!?」

「……直属の上司──AFの開発者からの命令だ。貴様に伝えろ、とな」

「AFの開発者? ……誰なんだ!?」

「知らないのか? じゃあ、教えてやろう──」

 

 無表情のままのカレルの顔が、ミナトを真っ直ぐ捕らえる。吸い込まれそうな黒い瞳に圧倒され、後退りしそうになる。立っているだけでここまでの覇気を出せる人物を、ミナトは早乙女嵐蔵以外に知らなかった。

 

「──如月ソウヤ。それが、AFの開発者の名だ」

「……え?」

「お前の父親だ。如月ミナト」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ミナト! さっきから微妙にズレてるぞ。一体どうした?」

 

 格納庫の窓から滑走路に並んだ四機のVF-26を眺めているミナトに、レイルが声をかける。

 

「特になにも無いよ。大丈夫だから」

「それは大丈夫じゃ無い奴が言うセリフだ。ホントに何があった?」

 

 レイルが心配そうにミナトを見る。

 カレルとの会話が、訓練中に何度も頭をよぎった。<イノセント>の兵士であるカレルから得た情報はいくつかあるが、最後の一つでそのほとんどが頭から吹き飛んでいる。

 唐突に出てきた父親の名前。科学者をしており、研究のため辺境の惑星へ行き、数年もの間帰ってくることのなかった父親。研究の内容を聞いても教えてくれることは無かったが、まさか本当に<イノセント>に所属しているのだろうか。

 AFを開発したというのならば、<イノセント>の使用している機体にあるデータの中に名前があるかもしれない。それを確かめることさえ出来れば──

 

「レイル。確か、アルと二人でAFのデータ解析をしたんだったよね?」

「ああ。そうだけど……」

「そのデータの中に、AFの開発者のものはあった?」

「え? なんでそれを────まさか」

 

 レイルが手元にあった端末を素早く操作し、記録していたデータを呼び出す。

 

「……本日0557、<イノセント>のパイロットと接触した」

「ホントか?」

「名前はカレル・クラーク。サイボーグだった。……あとはわからない」

「……これ、データだ」

 

 データを素早く閲覧し、その名前を見つける。

 如月ソウヤ。

 カレルの言っていた通りだった。AFを開発したのは、自分の父親だったのだ。では、何故──? 

 

「ソイツは何か言ってなかったか?」

「確か……」

 

 最後の言葉ですっかり忘れていたが、まだ何か言っていたはずだ。とても重要な、なにかを──

 

「そうだ。2日後、ここにAFが──ケルビム型が来る!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……私に、今度は何を作らせる気だ?」

 

 遠い、遠い銀河の先で、背中に銃を突きつけられながら彼は言った。

 

「悪魔の鳥のすべては貴様たちに渡した。まだ、足りないと?」

 

 彼の側には、数人の武装した兵士たちがいる。全員がサイボーグ化された兵士だ。とてもじゃないが、生身の人間のままである彼が戦って勝つことは出来ない。

 

「……だんまり、か」

 

 ほんの少ししかない明かりに照らされた薄暗い通路を歩く。

 5分ほど歩き続けた頃、薄暗い通路は終わりを迎えた。厳重にロックをかけられ、素材自体は強力なエネルギー転換装甲で出来ている。

 

「これは……」

「貴方にお見せしましょう。貴方から頂いた技術によって生み出された、最強の力。銀河を支配する力を」

 

 扉のロックが外れ、開き始める。

 そして、その先に──



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#19 友情 コネクト

「これより、緊急作戦会議を開始する」

 

 時は午前9時ちょうど。場所は惑星オケアノスの新統合基地。その機密フロアに存在する特殊作戦会議室に、オケアノスの高官、オケアノス駐留軍の将校たちとミナトたちS.M.Sのメンバーが集められた。

 

「……ケルビム型AFの襲来。これは事実か?」

「ええ。S.M.Sのゴーストが偵察を行いましたが、ちょうど2日後にオケアノスへ到達するであろうポイントにAFの反応をキャッチしました」

 

 大型モニターの前に立つレイルが、端末を操作してデータを表示させる。

 表示されたのは主に、オケアノス周辺の宙域データとAFの反応の位置、そして新統合軍の戦力分布図だ。

 ミナトの口から知らせられたケルビム型AFの襲来。本来ならばいきなり敵兵と接触し、情報を手に入れたなど言っても信じてもらえはしないだろうが、今回ばかりは話は別だ。AFによる被害は船団の襲撃によってその規模と恐ろしさが知られており、実際に接近しているというデータが存在している。

 

「ふむ。すまないが、ケルビム型AFのデータを見せてくれるかね?」

「はっ……こちらです」

 

 新たに表示されたケルビム型の詳細スペックに、会議室がざわめく。現行の可変戦闘機のほとんどを上回る性能。そして、それを完璧と言えるほどに制御することが可能な超高性能のAI。

 一般的に、可変戦闘機はAIでの完全な自動制御は行われていない。そもそもそれが可能なほどのAIの開発が禁じられているのもあるが、それ以上に可変戦闘機の制御というのは複雑なのだ。

 そのため、各船団などで運用されているゴーストは司令室から送られる機体の機動パターンを行うというものになっている。機体も、可変機構のない戦闘機だ。

 だが、AFはそれに当てはまらず、AIによる完全な可変戦闘機の制御を行っている。自分たちの当たり前が壊されたのだ。

 

「……早急に対策を練らねばならん!」

「しかし、本当にこの星に来るとは限らないのだぞ?」

「そ、そうだ! もし艦隊を展開して、敵が来なければただの税金の無駄遣いだぞ!?」

 

 その場にいた高官たちが騒ぎ始める。

 星が滅ぶかもしれない可能性がある状況で、金銭のことを考え、必死に事態を否定をしようとすることに怒りが湧くが、必死に堪えて口をつむぐ。ミナトたちは政治のことについては専門外なのだ。必要最低限は知っているとはいえ、このような状況で口出しができるほど偉い立場でもないし、まずそこまでの知識や経験がない。

 

「過去のケースから考えるに、AFを含む<イノセント>部隊の襲撃はスクールアイドルのライブに合わせて、というものが多いです。貴方型S.M.Sが参加した戦いも、全てスクールアイドルがいたはずです。ですよね?」

「ええ。そもそも、ホライズン船団のほとんどのスクールアイドルには微弱ですが歌声に生体フォールド波が含まれています。その中でも、飛び抜けてそれが高いのがS.M.Sに所属する戦術音楽ユニットです。そして、それに次いで高いのがSunny Passionです。その二つのグループが揃っているこの状況、ケルビム型がオケアノスへ向かっているという可能性は非常に高いかと」

「一応伝えておきますが、フォールド波を含んでいる、というのに関してはスクールアイドル以外にも該当します。この船団にいる未成年の人間のほとんどに僅かながら含まれており、これはおそらくフォールド細菌などによるものと推察されます。とは言っても、害があるわけではなく人間の声帯と同化しているといった状態です。V型感染症とは異なり、声帯に寄生されているわけではなく、完全に一体化しているため毒素を発することはありません」

 

 騒いでいた高官たちが黙りこむ。

 それを好機と思い、新統合軍の将校たちが自分たちの案を次々に言い出す。さまざまな意見があったが、その中でも

 

「襲撃がない可能性も考慮し、艦隊をオケアノス周辺に配置。イベントは予定通り行い、すぐさま戦術ライブを開始できるようにする、というのはどうでしょう?」

 

 といった意見が採用された。

 これを言ったのは、新統合軍の将校の中でも最年少の男だった。ミナトたちと片手で数えられるほどしか変わらない年齢だった。

 結果、会議は午前で終了した。ミナトたちS.M.Sは予定通りイベントでのアクロバット飛行を行い、襲撃があった場合は実戦装備を変更して戦闘に参加という形になった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「VF-26はいつでも実戦装備に換装できるよう、準備しておけ!」

 

 神津島空港の格納庫では、整備兵たちが慌ただしく動いている。

 オケアノスに運び込まれたVF-26の装備は、本来重力下での試験運用のためのものだ。その中には、実戦装備ようのパーツなどもある。ミナトたちパイロットも含め、全員が使うことは無いと思っていたが、この時ばかりは持ってきていたことに深く感謝した。

 

「とはいっても、数が圧倒的に足りないな……」

「ああ。ガンポッドがひとつしかないからな。今、急遽VF-19用のものを使えるように改修してる。とはいっても、それも一つしかないし、そもそも間に合うかどうか怪しいけどな……」

 

 今頃、かのんたちにも情報が伝わっているだろう。

 もともとキツいスケジュールだったため心配だが、今はそれよりも機体の調整を間に合わせなければいけない。いざ戦いとなっても、出撃ができなければ元も子もない。

 

「……ガンポッド以外の武装は無いんですか?」

「すまんなユウヤ。あとはアサルトナイフしか……あ、()()があったか?」

「アレ?」

「……いや、なんでもない」

 

 会話が終わる。

 周囲の雰囲気がピリピリとしている中での沈黙は、かなり居心地の悪いものだ。レイルとユウヤも、一刻も早くこの状況から抜け出したそうに顔をしかめている。

 

「……暗い話は終わりにしようか。ユウヤ、学校はどんな感じなんだ?」

「あー、そうですね。あんまり変わったことは無いですね」

「確か中学三年生の今頃は……何してたっけ? ……まだ半年も経ってないけど、中学のことはほとんど忘れかけてるな……」

 

 S.M.Sでは年齢の差よりも階級の差の方が重要なためあまり気にしていないが、ユウヤはミナトたちより一学年下なのだ。

 たまに同級生の隊員たちと話す時と同じ感覚で話してしまって会話が合わないことがあるが、今みたいに学校の話にならなければそういったことは無いためほとんど問題はない。

 

「俺は……ずっと航宙科だったから、特に高校に上がって変わったことは無いな」

「ああ、そういえば如月中尉はフロンティア船団出身でしたね。もしかしたら、ホライズンとで学習内容にも差があるかも知れません」

「……ミナトはずっと航宙科な分、俺たちよりも進んでるよな?」

「うん。大体は習ってる内容だから、ほぼ復習してるだけだね。二学期からはそうはいかないだろうけど……」

「ミナトなら大丈夫だろ。一学期の期末テストは学年トップだし、飲み込みが早いからな」

「逆に、レイルはもっと勉強しないとね。S.M.Sでプロのパイロットをしてるってのに三十四位じゃダメだろ」

 

 仮にもプロだというのに、その分野の成績が悪ければ示しがつかない。おそらく、ホライズンに帰ったらアリーヤからも何か言われることだろう。そもそも、こうしてオケアノスへ行って仕事をするため時間がないというのに課題に手をつけていなかった時点でアウトな気がするが。

 

「ミナトが教えてくれたところは完璧に覚えたからヘーキヘーキ。二学期からも頼むぜ?」

「なんで俺だけなんだよ……。イツキとアルもいるだろ?」

「だってミナトが一番わかりやすいしー」

「あ、俺も教えてもらっていいでしょうか? 少しわからないところがあって……」

「ユウヤもか……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ただいま……って、何してるの君たち」

 

 機体の調整と、今日の分の試験飛行を終え宿に戻ってきたミナトが見たのは、見事な手際で料理をするすみれとそれを見て呆然としているクゥクゥだった。

 

「見てわかんない? 料理よ、料理」

「いや、それはわかるけど……」

 

 おおかた、クゥクゥがお世話になっているお礼として料理をしようとして失敗したところをすみれが助けているといったところだろう。それなら、作っているのが中華料理というのも説明がつく。

 

「そこで見てるぐらいなら手伝ってくれない? あんまり時間ないから。ミナトも料理ぐらい出来るんでしょ?」

「確かに出来るけど……」

「じゃあとっととやる!」

 

 エプロンを投げつけられ、視界が遮られる。どうやら、本当に今すぐ料理を手伝わせる気らしい。

 料理自体は早乙女一門にいた頃にアルトと共に習ったため覚えているが、ほとんどは和食だ。中華料理はあまり作り方を知らないが──

 

「あ、アレがあったか」

 

 地球発祥の中華料理店娘娘。ホライズン船団にも数店舗が存在している。その娘娘の名物であるマグロまんなどの作り方は知っている。

 確か、フロンティアにいた頃にランカから教わったものだったはずだ。

 

「……上海料理じゃくてもいい?」

「もうなんでもいいから作れるなら作りなさい」

「了解」

 

 幸いなことに、材料は大量にある。少し使ったぐらいならばそうそう無くならないだろう。

 料理をするのは久しぶりだ。喫茶店でバイトをしているといっても、基本的にミナトが行っているのは飲み物を作る作業だ。料理は基本的にかのんの母親が行なっているのだ。腕が鈍っていることはそうそう無いだろうが、果たしてどこまでいけるものか。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「で、作ったわけだけども……俺は食べないんだけどね」

 

 テーブルの上に並べられた大量の料理を見渡しながら言う。すみれが作った小籠包や炒飯、蒸し蟹などに、ミナトの作った八宝菜や青椒肉絲、マグロまんなど。多種多様な料理が少しずつの量で並んでいる。非常に食欲をそそられる光景だ。席についたかのんたちとサニーパッションの2人も、その料理の数を見て驚いている。

 もっとも、ミナトは食べることは無いが。

 

「え、なんでデスカ!?」

「本気で飛ぶ時はなるべく腹にものを入れないようにしてるんだよ。すでに予行練習もしてるからね。なるべく本番に近い形で行った方がいいから」

 

 今回のようにアクロバット飛行を行う際は、胃袋の中にものが入っていると間違いなく飛行中に嘔吐してしまう。基本的にミナトは何も腹に入れずに、栄養はゼリー飲料やサプリメントで摂るというのが飛行前のルーティーンとなっている。

 

「じゃあ、それまでの食事はどうしてるの?」

「ゼリー飲料とかで栄養は摂ってる。ちゃんと自分の健康状態は把握してるから倒れるようなことは無いよ。安心して」

「ならいいけど……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 月明かりが照らす砂浜。波の音しかないその砂浜で、ミナトは電話をしていた。

 

「……ん、アルトか? 久しぶりだな」

『ああ。最後に電話したのは4月の初めだな』

 

 早乙女アルト。

 フロンティアにいた頃の友人だ。ミナトの友人の中では、最も付き合いが長いのが、このアルトだ。

 

「どう? 航宙科に編入して」

『EX-ギアの操縦なら、とっくに出来るようになってる。ミハエルにはまだまだミナトには及ばないって言われてるけどな』

「まあ、そんな簡単に追いつかれちゃあ困るしね」

 

 とっくに出来るようになったと言っているが、おおかたミシェル──ミハエル・ブラン。フロンティアにある美星学園航宙科の生徒で、ミナトの友人の一人──がアドバイスをしたのだろう。

 

『この前、VF-1での実機訓練もあったぞ』

「どうだった?」

『思ってたよりかは簡単だった。習った内容をそのままやればいいだけだったからな』

 

 元々、アルトはやると決めたことは完璧といえるところまでやり続けるような男だ。まして、自分からやりたいと思って航宙科に転科して、中途半端な結果を残すなど彼がするわけがない。

 

『ミナトはやったことあるのか?』

「何度もね。VF-1以外にも乗ったことあるよ」

『え? 美星にあるのはVF-1だけだろ?』

「あ……ああ、番組の企画で乗ったんだよ。結局放映はされなかったけどな」

『へえ……羨ましいな』

 

 S.M.Sでのことを漏らしそうになり、咄嗟に嘘をつく。

 S.M.Sで得た情報などもちろん、そこに所属していることすらにも守秘義務があり、おいそれと誰かに話すことは出来ない。多少例外はあるにせよ、アルトの場合は完全な部外者だ。フロンティア船団の美星学園のオーナーとS.M.Sのオーナーが同じこともありそこで極秘裏に試験が行われたりもしているが、アルトはそれすらも受けていない。そんなアルトに、最新鋭機であるVF-26に乗っているなどと言えるわけがない。

 

「アルトにもすぐに機会が訪れるさ」

『だと良いけどな……。にしても、ミナトはもう芸能活動はしないのか?』

「んー、そうだね。まだしばらくは再開する気は無いかな。こっちでやらなきゃいけないことも出来たし」

『そうか。最近、ランカがテレビにミナトが出ないって不満そうなんだよ』

 

 ランカ・リー。

 フロンティアの友人の一人だ。S.M.Sでの隊長だったオズマの義理の妹で、歌手になりたいらしくよく歌やダンスの練習を見てあげていた。

 そういったこともあり、師匠と弟子のような関係でそれなりに親交があった。アルトたちとも知り合いで、よく一緒に遊びに行ったりもしていた。

 

「ランカちゃんが?」

『ああ。活動休止前はほとんどテレビをつけたら必ずどこかのチャンネルにミナトがいたからな』

「言い過ぎだ。俺はそこまでじゃないよ。ましてや、必ずテレビに映ってるなんてシェリルじゃあるまいし」

『そうか? 昔から凄い人気だったけどな。シェリルとの共演も何度もあったろ?』

「まあそうだけど……。というか、アルトはどうなの?」

『何がだよ?』

「ランカちゃんとは、だよ」

『ランカとって……何も変わりはないぞ?』

 

 アルトに対し、ランカは好意を寄せている。しかし、アルトはそれにまったく気づいていない。しかし、よく2人で遊びに行ったりなどしているらしく、ランカの恋を応援しているミナトとしては非常にヤキモキする状態だ。

 

「……これだから姫は」

『オイ! なんでお前がそれ知ってるんだよ!?』

「だってミシェルとも連絡とってるしー?」

 

 姫、というのはアルトの渾名のようなものだ。ミハエルがアルトと接する中で思いついたらしい。アルト本人は自身の容姿にコンプレックスを抱いているためこの渾名を言われると「誰が姫だ!」と怒るため、こういった場面で馬鹿にするときに使うといい、とほんの数時間前にミハエルからメールで教えられたのだ。

 

「とにかく、みんな元気なら良かったよ」

『ミナトも体調を崩したりするなよ』

「大丈夫だよ。じゃあ、そろそろ切るぞ?」

『ああ。またな、ミナト』

「じゃあね、アルト」

 

 携帯をポケットに入れて、砂浜から道へ戻る。ちょうど気分転換に散歩をしていた時にかかってきた電話だったため、近くにあった砂浜にいったのだ。ここならば車も通らないので、雑音が入ることもない。

 

「やっぱ親友に嘘をつくって、気持ちいいものじゃないな」

 

 秘匿義務があるのはわかっているが、S.M.Sのことを隠して、それに関連した出来事などは嘘をついて乗り切らなければならないというのは、想像以上にしんどいものだ。

 

「ミナトくん!」

 

 宿へ戻ろうと歩いていると、突如背後から声をかけられた。この声は、かのんの声だ。間違えようがない。

 

「かのん……?」

 

 振り向き、かのんのいる方へ目を向ける。

 ここまで走ってきたのか、肩で息をしている。少しした後、息を整えたかのんが顔を上げ、ミナトを見据える。

 

「ミナトくん、お願いがあるの」

 

 真剣な顔をしたかのんが、真っ直ぐミナトの目を見て言う。

 

「……千砂都のこと?」

 

 かのんたちがスクールアイドルを始める前から、彼女たちをサポートしている嵐千砂都。かのんの幼馴染みで、かのんのことを誰よりも理解しているのが彼女だ。

 そんな千砂都は、このオケアノスへは来ていない。

 千砂都の出場するダンス大会と、オケアノスへと行く日程が被ってしまったためだ。

 

 ──「かのんちゃんを助けられるぐらい強くなりたい」──

 

 オケアノスへの出発前、千砂都からこの言葉をミナトは聞いた。

 小さい頃にいじめられていた時、かのんに助けられたこと。ダンスをはじめたのも、かのんがきっかけだということ。

 それ故に、千砂都はかのんに助けられるばかりの自分を変えるために、1人で大会に取り組むことを決めたのだ。

 

「うん。さっき、ちーちゃんと電話したんだ。それで、ちーちゃんが不安そうで……見過ごすなんて出来ない」

 

 ミナトにとっても、千砂都は大切な友人だ。

 ミナトは幼い頃から、色々な人と関わってきた。人間国宝レベルの株価役者に、その息子。銀河の大スターに、天才パイロット。そして、ミナトに歌を始まるきっかけをくれたとある男。そういった中で、さまざまな人間関係を見てきた。時には、誰かを見捨てるという選択も必要になる。今回の場合もそうかもしれない。千砂都は自分自身で一人で戦う道を選んだ。他でもない、かのんのために。

 かのんが千砂都の元に行っても、それが千砂都のためにならないかもしれない。それでも──

 

「ちーちゃんのために出来ることをやりたい。今、私がこうしてここにいるのはミナトくんやクゥクゥちゃん、すみれちゃん──そして、ちーちゃんがいてくれたからだから」

 

 ──その行動が何の意味のないことだったとしても、やらなければいけないこともあるのだ。

 真剣な表情をしていたミナトの顔に、優しい笑みが浮かぶ。

 

「明日の朝一番にVF-26でホライズンに向かうよ。大会の開始までには、絶対に間に合わせてみせるから」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「アップワード・エアブルーム、行くぞ!」

『了解!』

「ミナトがいないからって気を抜くなよ!」

 

 オケアノスの空を、3機のVF-26が飛ぶ。

 先頭で指示を出しているのはレイルだ。本来ならば、隊長であるミナトが行う指示出しだが、そのミナトが不在のためレイルが務めることとなった。

 

「0.95秒のズレ……。よし、もう一度!」

 

 そう言って開始地点へ戻るため旋回すると、空港から飛び立つ一機のバルキリーが見えた。

 純白の装甲に蒼のライン。数回にわたるAFとの戦闘の中で、毎回多大な戦果を挙げ一部には英雄とまで呼ばれているミナトの機体だ。普段から見慣れているレイルでなくても、ホライズンのパイロットならすぐさま見抜くことができるだろう。

 

「行ってこい、ミナト」

 

 ミナトのVF-26へ向けて、敬礼を行う。

 

「……ん?」

 

 僅かに見えたそれを確かめるため、キャノピー越しに見えるミナトの機体を拡大する。すると、ミナトもこちらの存在に気がついたのか敬礼を向けていた。

 

「……考えることは一緒か」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、出発するよ」

 

 かのんを後部座席に乗せ、大気圏を突破し、宇宙空間へと出たミナト。そして、すぐさま機体上部に装着した新型フォールド・ブースターを起動し、フォールド・ゲートを展開。その中に飛び込む。

 そうしてフォールドをしているVF-26のコックピットで、ミナトは機体の操縦を行なっている。

 

「ごめんね、ミナトくん。無茶なこと言っちゃって……」

「大丈夫。改良型フォールド・ブースターの試験もついでに出来るしね」

 

 こうしてオケアノスからホライズン船団へと戻っているが、明後日には本番のステージとアクロバット飛行が待っているのだ。本来ならば、練習をしていなければならない筈だ。

 もっとも、レイルたちは「練習しないと飛べないほどヤワじゃない」と言ってた。そして、それを言えるだけの実力があるのだ。実際に、昨日5回行った練習飛行でも、ほとんど完璧と言えるレベルで揃っていたから問題はないだろう。

 心配なのはかのんたちだ。本番2日前に新メンバーを入れてステージなど、普通なら有り得ない。千砂都はダンスが得意なためその心配はしていないが、歌を短時間で覚え、歌えるように出来るのかはわからない。

 だが、かのんは間違いなくいけると確信している。そもそも、曲自体が千砂都を含めた4人で歌うように出来ているのだ。ここまでされれば、ミナトも4人のことを信じるしかない。

 

「1時間もあれば到着するから、そこからは走ること。俺はフォールド・ブースターの点検をしてるから」

「わかった。ありがとう、ミナトくん」

「これで失敗したら、許さないよ?」

「うん。……絶対にちーちゃんと一緒に帰ってくるね」

「ああ。待ってるよ」

 

 そう言った後に、機体がフォールド・アウトした。キャノピー越しに見えたのは、真っ黒な宇宙とそこに浮かぶ方舟だった。

 

「いくつもあった次元断層を、こんな簡単に……!」

 

 オケアノスから現在のホライズンの位置までは、本来ならば三日ほどかかる距離だ。しかも、その間にはいくつもの次元断層が存在し、航行の難易度を高めている。そこを軽々とフォールドした飛び越えるなど、実際に行ったばかりの今でも信じられない。

 

「ファントム4よりクスィー1へ。着艦許可願う」

『こちらクスィー1。第二滑走路へ着艦を』

「了解」

 

 アイランド1の展望桟橋に停泊しているクォーターに着艦し、すぐにかのんを下ろす。

 

「行ってくるね!」

「行ってらっしゃい!」

 

 かのんに手を振り、ミナトは再び機体を操作してエレベーターで機体ごと格納庫へ向かう。戦闘をしてわけでは無いため修理の必要はないが、念のためだ。それに、フォールド・ブースターの点検を行うならば格納庫の方が機材も揃っているためやりやすい。それに、足りていないガンポッドを持っていかなければならない。VF-26一機では一丁しか持っていけないが、それでもないよりはマシだ。

 残念ながら、クォーターや他の小隊はオケアノスへと向かうことは無理だそうだ。オケアノスが実は陽動で、ホライズン船団への攻撃がある可能性もある。それに、そもそもフォールド・ブースターの数が無い。

 

「かのんが戻ってくるまで3時間ぐらいか。……それだけあれば余裕だな」

 

 ヘルメットをコックピットに投げ、工具を握って機体上部のフォールド・ブースターへ向かう。

 ミナトの仕事はパイロットだが、だからといって機体の整備を行わないというわけではない。S.M.Sは新統合軍と違って人員が少ないため、パイロットが整備を手伝うこともある。レイルやアルも、コンピュータを扱うのが得意な点を活かして機体のOS回りの調整を担当している。

 

「さあ、一仕事やるぞ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 機体の整備を済ませ、そのついでにミナトは艦長の元へと向かった。オケアノスへの襲撃の情報を伝えに行ったのだが、既にS.M.Sどころか新統合軍にも伝わっているらしい。フォールド通信と、通常の電波通信を組み合わせて最速で通達が行われたのだと言う。残念ながら発艦にも準備が必要で、しかもフォールド断層に阻まれるためVF-26のようにすぐに向かうと言うことは出来ないが、なるべく急いで援軍として迎えるように尽力してくれるそうだ。

 艦長と話したあと、千砂都を連れてダンス大会の会場から戻ってきたかのんを乗せ、オケアノスへと再度フォールド。その間に話を聞いたのだが、千砂都は大会で優勝したらしい。同時に、抱え込んでいた重圧からも解放されたのか、晴れやかな表情をしてかのんと共にせまい後部座席に座っていた。

 そして、その次の日。そう、とうとうライブが行われる日となったのだ。時刻は午後1時ごろ。本来ならば夕方に行われる予定だったのだが、ミナトたちのアクロバット飛行を同時に行うため、明るい時間帯に変更となったのだ。

 

「さあ、行きマスヨ!」

『うん!』

 

 舞台裏で、かのんたちが言う。それを通信で聞いていたミナトたちもまた、出撃直前のコックピットの中で意識を整えた。

 かのんたちが、舞台裏からステージに出る。

 

「全機、発進!」

『了解!』

 

 かのんたちがステージに立ったのを合図に、ガウォーク形態で少し離れたところに駐機していた4機のVF-26が飛び立つ。カラースモークを焚きながら美しい軌道で飛んでいくその姿に、観客たちは心を奪われた。

 

「アップワード・エアブルーム!」

 

 全機が高く上昇し、一斉に違う方向へと機体を向ける。カラースモークが残っていることもあり、まるで空中に花が開いたようにも見える。

 

「フォールドアンプユニット、起動!」

 

 VF-26の上部に取り付けられたユニットが開き、スピーカーをいくつか組み合わせたような形状に変わる。かのんたちの歌を増幅させ、広範囲へと響き渡らせるアンプユニットだ。歌声に含まれる生体フォールド波を利用して増幅するという仕組みらしい。

 同時に、プロジェクション機能によってもともと華やかに飾り付けられていたかのんたちのステージが、さらに華やかになる。映像などを立体的に投影しているのだ。

 

『さあ、歌姫たちのステージが始まるわよ!』

 

 果林が言ったように、遙か下にいるかのんたちのステージが始まろうとしていた。ここからは、ミナトたちも大忙しだ。

 

「全機、行くぞ!」

 



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#20 降臨 トランスフォーメーション

かのんたちのステージが終わり、ミナトたちもガウォークの機体を会場近くの空き地に置いて休憩をとっていた。

この後は、15分ほど時間を置いて再びエアショーを行う。今度はステージのバックで飛ぶのではなく、エアショーのみを行うことになる。先程はかのんたちのステージを立てるため、あまり目立つ機動は行わなかったが、今回はそれを行う。この休憩時間は、そのために意識を変えるための時間でもあるのだ。

だが、それも次の瞬間に消え失せ、ミナトたちの意識は戦いへと向くことになる。

 

「……デフォールド!」

 

遥か空の上、宇宙空間にフォールドゲートが開き、無数のAFが現れる。新統合軍もそれを察知し、すぐに周りにあったモニターにも非常事態を知らせる赤い表示に切り替えた。先ほどまでと比べ、一気に緊張感が漂い始める。

 

「ファントム5より各機へ! 滑走路へ着陸後、実戦仕様への切り替え。完了次第、戦闘に合流する!」

『了解!』

 

この星で出会った、あのカレルという男の言葉通り、本当にAFの襲撃が起こった。念のため、機体の調整は戦闘用のものにしておいて良かったと、心の底から思う。が、それ以上にカレルへの警戒と、わざわざミナトへと作戦を伝えたことへの疑問があった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「か、刀……!?」

 

 格納庫に降り立ったミナトはそこに置いてあった武装を見て狼狽した。

 日本刀。それは、その名の通りの刀だ。近接戦闘で古来より扱われてきた武器。なんと、その日本刀のバルキリーサイズのものが置かれていたのだ。

 

「も、申し訳ありません! 現在、これしかなくて……!」

「なんでさ!?」

「ガンポットなどの武装は他の機体が装備しており、残っているのはこれしか無いのです!」

「……レイルが言ってた()()ってのはコレかよ!」

「本当に申し訳ありません!」

 

 可変戦闘機の利点は、三段変形を活用し、臨機応変に戦況に対応できるところにある。戦闘機としての、ドッグファイトやミサイルの運用。ファイターとガウォークを組み合わせたトリッキーな軌道。バトロイドでの精密な作業を可能とする汎用性にある。

 それに近接武器を装備するということは、そのほとんどを潰すことになる。刀を装備していれば、必然的に攻撃するためには超至近距離に接近しなければならない。ドッグファイトになれば攻撃する方法はミサイルしかないのだが、そのミサイルは少ししか装備できない。もう一つの利点であるトリッキーな軌道はできるが、ガンポットが無いためそれを活かした戦闘はできない。必然的に、バトロイド状態での戦闘を強制されるのだ。

 

「……もうそれしかないんだろ。装備を頼む」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「セェイ!」

 

 左腕の武装マウントラッチに取り付けた鞘から、刀を引き抜く。VF-171をすれ違いざまに切り裂き、次の獲物へと飛ぶ。

 

「もう一丁!」

 

 後ろからガンポッドをこちらへ向けていたVF-171に、腕を後ろに向け刀で切り裂くことで対処する。一切敵のことを視認せずに行った動作だが、これはVF-26に搭載されている高性能センサー類のおかげだ。

 刀を鞘に戻して、ファイターに変形する。ガンポッドを装備している時と違い、いちいち手動で戻さないといけないのが面倒だ。

 

「ケルビム型には依然動きは無し。暴れてるのはトロウンズ型か!」

 

 指揮官機仕様のケルビム型が、小型でとにかく数が多いトロウンズ型に指令を出しているのだろう。他のAFと比べ、かなり組織的な動きをしている。指揮官がいるだけでこうも変わるのか、と驚く。

 ここにエクスシア型やヴィルトゥテス型がいれば、そいつらもこの組織的な攻撃に参加していた筈だ。

 

『ミナト! 後ろだ!』

「ッ!? 速い!」

 

 ミナトのすぐそばを、見慣れないバルキリーが一機通り過ぎる。

 

「チィィィッ!!」

 

 機体内部に搭載してあるマイクロミサイルを放ち、それと共に敵の姿を追う。異様に速い機体だ。高性能を突き詰めたVF-26と同じか、それ以上。ドッグファイトに特化したF型だからいくらかやりやすいが、他のタイプでは機体の特徴が微妙に異なるためあの機体には追いつけないだろう。

 

「……まさか」

 

 脳裏に浮かぶのは、あのカレル・クラークという男の顔。<イノセント>のパイロットと名乗っていた筈だ。

 

「……戦場で出会い、攻撃してくるということは──少なくとも今は敵同士と見做していいんだな」

 

 ミサイルのおまけとして、レイルがガンポッドから銃弾をマガジン内の弾が尽きるまで放つ。反動で腕が揺れ、かなり目標からズレてはいるが、ミサイルと合わさって巨大な壁といえるほどに空を埋め尽くしているため、効果はあるはずだ。

 だが敵は、迫りくるマイクロミサイルと弾丸を微妙に機体の角度を変え、ギリギリで避けた。通り過ぎたミサイルは、その先にあったまた別のミサイルとぶつかり、自滅していった。

 

「なっ!? ……じゃあ、これなら!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 未確認の敵性バルキリー──Sv-127<タイフーンⅡ>のパイロット、カレル・クラークは、ミナトの放ったミサイルを退屈そうにしながらすべて避けた。

 ミサイル同士の隙間を通り抜け、バトロイドに変形してガンポッドで破壊する。

 

「──遅い」

 

 VF-26の1.5倍はある速度で空を切り裂くように飛び、海上の戦艦にガンパッドを向ける。実弾とビーム、その両方を放つことのできる特殊な構造をしている一点もののガンポッドだ。<イノセント>の本部にいる優秀な開発者たちが作ったものらしく、実験用装備として回ってきた。

 トリガーからの信号伝達経路を実弾用の銃口からビーム用のものにに切り替え、戦艦に向ける。

 

「落ちろ」

 

 戦艦を光が貫き、一瞬にして海に沈んだ。たったビーム一発で、と思うかもしれないが、これは当然の結果だ。オケアノスに配備されている戦艦はかつて地球で運用されていた海上でしか使用のできない戦艦と空母のみ。惑星の面積のほとんどを海が占めるこの惑星には都合がいいが、実際の戦闘に耐えられるかと言えば話は変わってくる。

 

『大気圏外のグァンタナモ級から、大隊規模のバルキリー部隊が出撃しました。主な機体はVF-19<エクスカリバー>とVF-22<シュトゥルムフォーゲルII>。VF-171<ナイトメアプラス>では対処が困難です。至急、そちらへ回るように』

「了解」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……追いつかないか。ごめんレイル! 未確認機種は逃した!」

『俺が代わりに追う! お前はAFを!』

 

 レイルのVF-26が敵バルキリーを追い、飛び去る。

 ミナトはそのままケルビム型に向かって突撃しようとするが、それはトロウンズ型に阻まれる。

 

「邪魔だ!」

 

 刀で一閃。小型でそこまで強度のないトロウンズ型はそれだけで真っ二つに裂けた。

 VF-26の前に、ケルビム型が立ち塞がる。

 

「うぐぁッ!?」

 

 突如、左腕に痛みが刺した。

 痛みに耐える訓練は、普段から積んでいる。骨が折れてもすぐに動けるほどには痛みに慣れている。そんなミナトでさえも、動きが止まってしまうほどの痛みだった。

 

「な、何だ……!?」

 

 突き刺さるような痛みや、内側から引き裂かれるような痛み、叩きつけられたような痛み。さまざまな痛みがあるが、そのどれとも違う痛みだ。

 VF-26と、それにに乗ったミナトがケルビム型に近づけば近づくほど、痛みが強くなる。

 ブレスレットの紫色の宝石が、強い光を放つ。

 

「があっ……!?」

 

 頭の中に、無数の情報が雪崩のように入ってくる。

 

 ──エクスシア、神津島南部のVF部隊の迎撃。トロウンズ、デストロイド部隊の全滅。ヴィルトゥテス、援護ーー

 

 それがケルビム型から発せられているAF各機への命令だと気づくのに、10秒ほどの時間がかかった。単調な言葉だけを伝える命令の仕方で、機械らしく淡々としている。だが、なぜケルビム型の思考がミナトに伝わるのか、それがわからない。

 

「……こ、の、ブレスレット、か…………!!」

 

 腕につけたブレスレットが光を放ち、そこを中心に身体に激しい痛みが走っていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 神津島に設置された新型フォールドアンプユニットに囲まれたステージで歌うかのんの身体に、激しい痛みが走った。かのんだけではない。クゥクゥ、すみれ、千砂都の三人も、痛みで地面に倒れ込んでいる。

 

 ──……こ、の、ブレスレット、か……!! ──

 

「ミ、ナト、くん……!?」

 

 ミナトの声が聞こえてきた。頭の中に響くように何度も反響して、同時に喉の痛みが増した。

 

「なんなのよ、これ!」

「以前説明された、共鳴した人の思考がフォールド波を通じてわかる現象デス! ミナトさんのフォールド波と、クゥクゥたちが共鳴シテ……!」

 

 激しい痛みで、とても歌えるような状態ではない。だが、かのんたちが歌わなければ、ミナトたちは負けてしまう。

 それに、ミナトもこの痛みに耐えて戦っているはずなのだ。

 

「──大好きな、気持ちに……もう、……嘘はつけない──」

「かのんちゃん!?」

「アンタ、この状態で歌おうっての!?」

 

 痛みで途切れ途切れになりながらも、できる限り歌う。

 

「……今はこれしか、出来ることがないから! ミナトくんのためにできることをやらないと……!」

「かのん……。クゥクゥも!」

 

 クゥクゥも立ち上がり、かのんと共に歌い始めた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「速すぎる……!」

 

 Sv-127を追って、レイルはオケアノスの空を飛ぶ。辛うじて追うことはできているが、決して追いつくことはできない。

 

「VF-26じゃ追いつかない……じゃあミサイルなら!」

 

 VF-26よりも高速で飛んでいくミサイルなら、Sv-127に攻撃することも可能だ。そう考えて脚部に格納されているマイクロミサイルを放つ。

 だが──

 

「なっ!? ウッソだろ!?」

 

 100発近いマイクロミサイルを、Sv-127は全て避けた。僅かなら機体の角度を変え、ガウォークに変形してガンパッドで撃ち落とし、会えて加速をやめて停止することで通り過ぎたミサイルを破壊し、さまざまな方法でミサイルを全て撃ち落とした。

 Sv-127は、ミサイルを全て撃ち落としたことを確認すると、レイルと同じようにマイクロミサイルを放った。機動が普通のミサイルと比べて、かなり変則的で予想できない。

 

『ファントム4! 援護します!』

「ユウヤか! 気を付けろ。アイツ、強いぞ!」

 

 二人がかりで左右から追い詰める。先ほどまでと比べて格段に相手へとダメージを与えられているが、撃墜までは後一歩足りない。

 レイルたちの攻撃が一瞬だけ止まった隙に、Sv-127がミサイルを放つ。大量の噴射煙が視界を遮り、殆どが見えなくなる。

 

「あたらねぇっ!!」

 

 ガンパッドを掃射し、目の前に迫ったミサイルをギリギリで撃ち落とすのが精一杯だった。爆発の影響でVF-26は激しく揺れ、装甲に小さなダメージが蓄積していく。

 

『っ! ヤツは!?』

 

 ミサイルを全て破壊し終わった頃には、すでにSv-127の姿は見えなくなっていた。

 

「クソッ! すまんミナト、逃しちまった……!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ブレスレットは、まだ強い光を放っている。痛みもまだ身体を襲っているままだ。だが、そんなものを気にしている暇はない。かのんたちのもとへ、ケルビム型を行かせるわけにはいかない。

 ケルビム型が変形し、バトロイドへと変わる。通常のバルキリーの何倍もあるそのサイズは、マクロス級と比べれば大したものではないがそれと同じほどの威圧感を放っている。

 ケルビム型の大きな、エクスシア型のものとは比べ物にならないほどの爪がついた腕をミナトに向けて伸ばす。

 

「グゥッ!」

 

 刀で弾き返し、接近しようとする。だが、それはもう片方の腕に阻まれる。両腕が常にミナトを狙い、攻撃することも、逃げることもできない。

 

「歌のジャミングがあっても、ケルビム型はここまで動けるのか……!」

 

 これでも、歌が始まる前よりは弱いというのだ。ジャミングによって思考回路にノイズが生じている状態でも現行で運用されている最高性能のバルキリーであるVF-26を遥かに上回るのだから、AFという兵器がいかに恐ろしいものなのかがよくわかる。

 

「クッソォォォッ!」

 

 やけくそで、刀をケルビム型の左腕に突き刺す。腕の半分ほどまでしか届かないが、機能を停止させるには十分だ。だが、突き刺した時に破損した内部パーツに引っかかったのか、刀が抜けなくなった。咄嗟に刀から手を離そうとするが、間に合わない。

 

「しまっ──」

『ミナトッ!?』

 

 果林のVF-26が、即興で使えるようにしたVF-19用のガンポッドを向けてこちらを援護しようとしているのが遠くに見えた。今から接近しても遅い。狙撃をするというのは正しい判断なのだろうが、かなりの距離だ。狙撃用に作られていないVF-19用のガンポッドでは無理がある。

 

「グゥッ!!」

 

 ケルビム型の右腕が、VF-26の右手をもぎ取った。損傷は右腕のみだが、衝撃がコックピットまで伝わり、一瞬だけ意識が飛びかける。

 

「させないっ!」

 

 追撃しようとするケルビム型に、果林がガンポッドを浴びせる。だが、ほとんどは外れ、当たった弾も分厚い装甲に阻まれ、ダメージを与えられない。

 

「──デフォールド反応!?」

 

 その時、オケアノス上空にデフォールド反応が出現した。モニター越しに上を見上げると、超時空ゲートが出現している。<イノセント>の母艦か、新たなAFか。いずれにせよ、フォールド断層に囲まれたオケアノスにフォールドしてくるなど、明らかに異常だ。いくら惑星のすぐそばには断層がない僅かな隙間が存在するとはいえ、そこに的確にフォールドするのは困難なのだ。失敗すれば、そのまま死が待っていると言っても過言ではない。つい最近ミナトが使った新型フォールド・ブースターなどもあるが、それはまだ生産数が少ない上に、ムーサ以外に作れるような代物ではない。

 そして、ゲートから現れたのは──

 

「ッ!? 援軍!?」

 

 ──S.M.Sホライズン支部所属特務作業艦マクロス・クォーターだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「さあ、久しぶりの空だ……! 派手に行くぞ!」

『了解!』

 

 マクロス・クォーターのブリッジで、アラスターが叫んだ。かつてパイロットとして第二次<イノセント>紛争で戦った彼は、戦後に新統合軍で艦長を務め、やがてS.M.Sへ入社した。艦長という役割は、性に合っているとは思う。だが、やはり空を飛ぶことを求めてしまう。

 

「あそこにはウチ(S.M.S)の大切なパイロットたちがいる。何があっても助け出せ! バルキリー部隊、ただちに発進せよ!」

 

 大気圏を抜け、クォーターがオケアノスの空を飛び始めると同時に、甲板から無数のバルキリーが発進する。その中には、ミナトとレイルの所属するファントム小隊、果林の所属するレインボー小隊、ユウヤの所属するレヴァナント小隊の機体の姿もある。先頭にいるのが、ファントム小隊だ。各々のパーソナルカラーに塗装された三機のVF-26は、オケアノスで戦い続けていた兵士たちを鼓舞させた。

 

「ケルビム型にマクロス・キャノンをぶち込むぞ! 天王寺少尉、ケルビム型の現在位置をモニターへ!」

「了解」

 

 オペレーターの一人である天王寺璃奈少尉が、凄まじい速度でキーボードを操作し、正面モニターにケルビム型が表示される。

 

「艦長、ケルビム型との戦闘でファントム5(如月ミナト)が損傷。武装も残っておらず、至急回収する必要があるかと」

ファントム2(一ノ瀬イツキ)に行かせろ」

「了解。クスィー1よりファントム2へ、至急ケルビム型と戦闘中のファントム5の回収へ迎え」

 

 もう一人のオペレーター、近江彼方大尉が各隊、各機へのアラスターからの命令を伝える。普段はずっと眠そうにしているという彼女だが、戦闘になると人が変わったように仕事を的確にこなす。かつてパイロットだったらしく、その時から戦闘時では多大な戦果を残しているという。

 

「艦長! トロウンズ型に取り付かれました! 甲板上でデストロイド部隊が戦闘中です!」

「トロウンズ型の装甲は薄く、攻撃自体もそこまで脅威ではない。落ち着いて対処すれば、シャイアンⅡのみで殲滅できる!」

 

 クォーター型は、通常のマクロス級も比べ遥かに小型だ。そのため、装甲も薄く、搭載できる機体の数も少ない。だが、小型だからこそ出来ることがある。それは、高機動だ。そのおかげで、通常のマクロス級ではできない機動──いわゆる変態機動ができるようになっている。

 

「さあ、始めるぞ……!」

 

 そう言って笑うアラスターの顔は、紛れもないパイロットの顔だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『ミナト、無事か?』

「……イツキ!?」

 

 遥か遠くから、アルのVF-26が放った弾丸がケルビム型の右腕を破壊した。それと同時にイツキのVF-26がミナトに接近し、バトロイドに変形し、そのままミナトを回収して飛び立つ。

 

「なんで……クォーターとみんなが……?」

『ムーサがついさっき完成したばかりの戦艦用の新型フォールド・ブースターを譲ってくれてな。急いで飛んできたんだ』

 

 クォーターに着艦し、VF-26から降りる。機体の中からではよくわからなかったが、かなり損傷している。あのまま飛び続けていれば、墜落していたかもしれない。

 

「お前ら! F型を5分で直せ! 行けるな!?」

『はいっ!!』

 

 整備兵たちがVF-26を修理してくれている。ミナトはそれを見て、修理が完了次第すぐに出撃できるように、渡された消化しやすい栄養バーとドリンクを急いで食べた。整備兵たちの努力を、無駄にするわけにはいかない。

 戦闘が続いているが、街の損傷はまだ無い。新統合軍とS.M.Sが、必死に敵を抑えているのだ。

 

「今度こそ……守ってみせる」

 

 オケアノスを、ベリトのようにはさせない。

 そう誓って、ミナトは再びコックピットのパイロットシートに座った。

 

「ファントム5、出ます!」

 

 修復されたVF-26で、クォーターから発進する。たった5分という短い時間で、ほとんど完璧に近い状態に修復されている。腕部などは、すべて新品の完成品に基部から付け替えているらしい。今度は、しっかりとガンポッドを懸架している。さらに大量のミサイルを装備し、威圧感のある見た目となっている。

 

「……だんだんと押されてきてる。神津島に敵が辿り着くのも時間の問題か」

 

 主にトロウンズ型が中心となって、神津島を目指している。迎撃しようとしたVF-171に大量に取り付き、翼やエンジンを破壊している。機体を覆い隠すほどに大量に取り付かれれば、なす術もなく機体を撃破されて行ってしまう。

 

「こちらファントム5、援護する!」

 

 今まさにトロウンズ型に機体を撃破されようとしていたところに、ガンポッドで狙い撃つ。それなりに近い距離だったため、弾丸はすべてトロウンズ型に命中し、大量に風穴の空いた残骸が海へと落ちていく。

 

『助かった! ファントム5ってことは……噂の如月ミナトか!』

「知ってもらえていて光栄ですよ! ……っと、そこ!」

 

 背後から接近していたバトロイド形態のドミニオンズ型に、マイクロミサイルを放つ。ノールックで発射したため、ドミニオンズ型は回避機動を取れず、そのまま首のメインコンピュータ部にミサイルが吸い込まれるように命中する。

 

『見事な腕だな。そうだ、あとでサインが貰えないか?』

「もちろんです。でもまずは……!」

 

 別のドミニオンズ型が、バトロイド状態の腕部──ついてるのはマニュピレーターではなく大型ブレードだが──を振り上げ、VF-26に切り掛かった。だが、ミナトはそれをガンポッドで防ぐ。手に入れたAFのデータを元に、対策としてガンポッドにシールドと同じ材質を使用し、機体のエネルギーを使用してシールドと同じくピンポイントバリアの展開を可能にしたのだ。見事にその目論見は成功し、ブレードはガンポッドに阻まれた。

 

「そっちのことは、お見通しってね!」

 

 シールドから刃だけを展開したアサルトナイフを突き刺す。ケルビム型との戦闘では距離が空きすぎていて使用する機会が無かったものだ。こうした近接戦では、その真価を発揮してくれる。

 

『AFに突破された! ものすごい数で──うわぁぁっっ!?』

「レイス小隊は補給に戻れ! ここは俺が!」

『了解、あとは頼みます!』

 

 トロウンズ型の群れ向けて、身体中にあるマイクロミサイルポッドを展開し、無数のマイクロミサイルを放つ。VF-26が見えなくなるほどの排気煙を残して飛び立ったミサイルは、トロウンズ型の群れを跡形もなく消滅させるほどの威力だった。

 あたり一帯のAFを一掃したのを確認すると、ファイターに変形して別の群れへと向かう。

 

「……ミサイルは弾切れか」

 

 もう何体のAFを撃破したかわからなくなってきた頃、遂にミサイルが切れた。あとは、手に持っているガンポッドを主兵装として戦うこととなる。

 自分の頭を振り回して周囲を確認していると、アラームが鳴り響き、モニターに敵の位置が表示された。

 

「上か!」

 

 成層圏から神津島に向かって、エクスシア型が真っ直ぐ降下している。オケアノスから少し離れた場所で待機していたため、これまで見つかっていなかったのだ。

 ケルビム型がいる今回の戦闘では、AFの行動パターンが今までと異なっている。わかりやすくいうのなら、賢くなった。指揮官が存在することで、こうして戦略的な行動も取れるようになったのだろう。

 

「……みんな!」

 

 かのんたちのいるステージへと向かう。ミナトの予想通りなら、エクスシア型はかのんたちを狙っているはずだ。

 

「当たれェ!」

 

 アーマードパックをパージし、身軽になったVF-26がエクスシア型に突撃する。ガンポッドの掃射によって2機を撃破する。

 エクスシア型の注意がミナトに向く。

 

「まだまだ!」

 

 エクスシア型の口が開き、荷電粒子砲がこちらを睨む。ミナトもガンポッドを撃ち、4機ほど破壊するが、まだまだエクスシア型は残っている。みるみるエネルギーが溜まり、発射される寸前──

 

「ッ!?」

 

 エクスシア型の頭部が貫かれ、爆発する。

 

「イツキか!」

『待たせたなミナト! さあ、4人を守るぞ!』

「ああ!」

 

 ステージの前に2機のVF-26が立ち塞がる。青と赤の軌跡を描いて飛ぶ2機は、鬼神の如き強さでエクスシア型を殲滅していった。

 

「ミナトくん!」

「歌ってくれ、みんな! みんなの歌があれば!」

 

 AFの性能低下の効果などというつまらないものではない。ただ、聞きたいと思った。彼女たちの歌が、ミナトたちが戦う原動力となる。歌があれば、さらに彼女たちを守ることができる。

 

「うん! 行くよ、みんな!」

「ハイ!」

「うん! 歌おう、かのんちゃん!」

「当然よ!」

 

 クゥクゥも、すみれも、千砂都も同じだ。彼女たちにとっての戦いは、歌うこと。ミナトたちとかのんたち。それぞれが、それぞれの戦いをしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「……さて、我々もそろそろ行こうか」

 

 艦長席で、アラスターはニヤリと笑いながら言った。

 神津島にエクスシア型が上陸し、住民たちはシェルターに避難している。海に囲まれたこの島からは、逃げる手段は船と飛行機しかない。だが、その船も出向した途端に破壊されるだろう。まして、空を飛ぶなどは言語道断だ。したがって、シェルターにいる住民をアラスターたちは守らなければならない。

 神津島だけでは無い。オケアノスに住む人々の命が、アラスターたちにかかっている。避難民のの命と、戦死者の数。その重みがのしかかってくる。

 

「ケルビム型を破壊すれば、AFの指揮系統は大きく乱れる。司令塔を一気に壊すぞ」

 

 被っていた制帽を、勢いよく外す。これは、アラスターが本気を出す時の合図だ。もともと堅苦しいのが苦手な彼にとって、制服というのは非常に邪魔に感じるのだ。

 

「機関、全速!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「クォーター!? ……なるほど、そういうことか!」

 

 マクロス・クォーターが、<イノセント>のバルキリーとトロウンズ型の壁を突き破って、ケルビム型へと向かっている。

 側から見れば、ただの自殺行為だ。

 だが、実際まったく違う。

 

「エクスシアはあと三機!」

 

 そう言っているうちに、エクスシア型の首に取り付き、メインコンピュータ部にゼロ距離でガンポッドを撃ち込む。

 

「イツキ! ドミニオンズを頼む!」

『オッケー、任せろ!』

 

 近くにいたAFは、みるみるうちに殲滅されていく。だが、それを他のAFたちが黙って見ているわけがない。

 

『ミナト! ヴィルトゥテスが狙ってるぞ! 10時方向上空!』

「ッ!?」

 

 ヴァルトゥテス型の狙撃銃から放たれた弾丸に向かい、ガンポッドを掃射。弾丸と弾丸がぶつかり合い、内部の爆薬が燃え上がる。

 

「悪い、助かった!」

『ああ。でも今はヴィルトゥテスを潰すのが──接近する反応が二つ……アルとレイルか!?』

 

 2機のVF-26が颯爽と現れ、離れた位置にいたAFを撃破していく。アルと乗るRVF-26が的確にメインコンピュータ部を撃ち抜き、それをレイルの乗るVF-26Cが守る。AFの研究や、作戦行動の中で普段から共に行動することの多い二人だからこその、息の合った戦いだ。

 

『主役は遅れてやってくるってね!』

『こっちは任せてください。2人は歌姫たちのことを守ってあげてください!』

「頼む!」

『隊長は島の裏側の敵を潰してる! こっちは俺たちで片付けるぞ!』

「「「了解!」」」

 

 クォーターが動き出したことで、間違いなく戦局が変わり始めている。それを感じたミナトたちの心は、僅かに軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「艦種ピンポイントバリア、主力70から80に増大!」

「各部フレーム、強攻型へのスタンバイ、よろし!」

 

 アラスターは、3人のオペレーターの声を一つも逃さないように聞きながら、各飛行隊へオープン回線を開いた。

 

「全軍に告ぐ、直ちに本艦の進攻ルートから退避せよ! これより最大の獲物を仕留めにいく! 全艦、トランスフォーメーション!」

「全艦、トランスフォーメーション!」

「全艦、トランスフォーメーション!」

 

 それは、戦いの決着がつくことを知らせる叫びだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 普段から戦艦の形態とはいえクォーターに見慣れているミナトたちにとっても壮絶な光景だった。

 400メートルを超えるクォーターを構成する5隻の艦が分離し、再び組み上がっていく。

 "マクロス・強攻型"。

 それは、地球に墜落したASS-1を改造して完成したSDF-1<マクロス>から受け継がれた形態だ。

 戦艦を人型に変形させることで、脚を使い360度あらゆる方向に噴射を行い、腕部に変形した砲座を使って旋回砲塔以上の火製範囲を得る。

 それが、かつて半世紀前に地球人が巨人族との戦争時に編み出した戦い方だ。

 オケアノスの青い海の上にそびえ立った、鋼鉄の城。

 

「……マクロス」

 

 その巨大な姿に、思わず息を呑んだ。

 クォーターの巨大な鋼鉄の身体は、まさに希望の象徴だった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「曜! 行くぞ!」

「了解! 全速前進、ヨーソロー!!」

 

 操舵士の渡辺曜中尉が、大胆に舵を取る。まるで嵐の中の船のように激しくブリッジが揺れる。

 オペレーターたちが必死にハーネスにしがみいて耐えている中、アラスターだけは艦長席から立ち上がり、その場にどっしりと立ち、指令を出していた。

 

「主砲、発射準備!」

「了解! 主砲、発射準備!」

 

 クォーターの両腕にピンポイントバリアが集中し、進路上にいたトロウンズ型を 跳ね飛ばしていく。両足からの噴射炎が尾を引き、凄まじい速度でケルビム型に肉薄する。

 

「主砲、てぇぇ──っっ!」

 

 右手に持った主砲をケルビム型に突きつけ、放つ。ケルビム型はとっさに翼をたたみ、ピンポイントバリアを集中させて防ぐ。本体に主砲が命中するのは防いだが、4枚の翼が主砲によって根本から破壊される。

 

「左舷艦首にピンポイントバリアを集中!」

「今だ! マクロス・アタック!」

 

 逃げようとするケルビム型の身体に、ピンポイントバリアで構成された巨大なバリア・ブレードと化した巨大な左手をねじ込んでいく。

 

「デストロイド隊、全火器使用を許可(オール・ウェポンズ・フリー)! ぶちかませ!」

 

 左腕の甲板から、移動を考えずに可能な限り火器を搭載したデストロイド隊が出現し、一斉砲火。

 

「緊急離脱!」

 

 腕を引き抜き、脚部の逆噴射で一気に離脱する。ケルビム型の反応炉が爆発し、ケルビム型が内部から吹き飛んだのは、それと同時だった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ──ケルビム型の撃破を確認。マクロス・ホライズン船団を危険度レベルⅤと判定──

 

 オケアノスから遠く離れた惑星。蒼い海と緑の大地、そして蒼穹に覆われた美しい星。そこで、()は目覚め、そして見ていた。

 

 ──S.M.Sホライズン船団支部のデータを確認。個体名<如月ミナト>を確認。データを収集。深層学習(ディープラーニング)モードへ移行──

 

 そして彼は再び眠る。敵を壊し尽くす、その時まで。



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#21 ためらい マイソング

 地表の約半分に砂漠が広がる惑星ベリト。その広大な砂漠のちょうど中央辺りに、ビルが無数に生えながらも、惑星の伝統を残す首都が()()()

 

 ──そう、()()()のだ。

 

<悪魔の鳥>と呼ばれる巨大兵器の攻撃によって破壊された街を見て、多くの住人がその無残な姿に嘆いた。

 街にある中でも一番大きな公園も、無残な姿になっていた。多くの人が集まっていた噴水広場も、屋台が並んでいた道も、全てが破壊され、あちこちから火の手が未だにあがっている。

 そんな街の状況を、如月ミナトはシェルターの入り口近くで目の当たりにした。かつて<悪魔の鳥>と呼ばれる化け物──今回襲撃してきたものとは違い、こちらは生物だったらしい──を歌で封印したという者たちの子孫たちと、ミナトの歌で幾分か足止めをしたものの、ここまで被害が出てしまった。

 

「──お前のせいで!」

 

 シェルターから出てきた家族の父親が、ミナトに向かって叫んだ。

 

「お前があの悪魔を最後まで留めていなかったからだ!」

「そうよ! アンタのせいで私たちの息子の目が潰れてしまったのよ!」

 

 続いて、母親も叫ぶ。

 ミナトが歌っていた時に、一番近くにいたのがこの親子だ。ミナトを狙って向かってきた<悪魔の鳥>の攻撃で破壊された建物の破片が眼球にぶつかり、失明してしまったらしい。応急手当はされているがまだ痛むのか、手で目を押さえている。

 

「なんとか言ったら──!」

「オイ! 何をしているんだ!?」

 

 ミナトに掴みかかろうとした父親を、巡回していた統合軍の兵士が抑える。母親と共に両手両足を拘束されても尚叫ぶ姿を見たミナトは、

 

「──ごめんなさい、ごめんなさい…………」

 

 ただ、涙を流しながら必死に謝り続けていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 窓の外から、小鳥の囀りが聞こえて来る。

 

「ん……もう朝か」

 

 硬いベッドから身体を起こす。いつもとは違う部屋で目を覚ましたことに一瞬疑問を覚えるが、すぐに昨日までの出来事を思い出した。

 オケアノスでの戦いが終わった翌日、かのんたちと共にクォーターに乗ってホライズン船団へ帰ってきたミナトは、S.M.Sでの報告書制作に追われていたのだ。オケアノスへの派遣の際の臨時隊長という立場だったこともあり、数日間缶詰だった。S.M.Sに泊まりこみで製作して、ようやく終わらせることができたのだ。

 

「今日から新学期か……」

 

 制服に着替え、食堂へ向かう。起きたのが午前五時のため、食堂に行ってしっかりとした食事を取ってから学校へ向かう余裕がある。

 

「おーっす、ミナト」

「おはようございます」

 

 レイルとアルも、同じように部屋から出てくる。二人はもともと、このS.M.Sの宿舎に住んでいるのだ。遅くまで機体の整備を行なっていたらしく、ミナトと同じように寝不足気味でわずかに目の下にクマが出来ている。

 

「おはよう。二人ともお疲れ様」

「ミナトこそ、お疲れ様です」

「ケルビム型と単独戦闘とかしちまったからな。色々な所に報告書提出しないといけないんだろ?」

「ああ。上層部に、新統合軍と政府、ムーサだったりとか、同じようなのをいくつも作らないといけなかったから大変だよ。全く、今時手書きの報告書なんて……」

 

 ブツクサと文句を言いながら、食券を取り出す。ミナトはS.M.Sの社員のため、食堂がただなのだ。

 選んだのは、日本食のプレートだ。白米に味噌汁、焼鮭、漬物類がセットとなっている。フロンティアにいた頃から、食堂を利用する際は毎回これを頼んでいる。

 

「そういや聞いたか? 例の新型のウワサ」

「新型?」

「おう。ムーサがVF-26とは違う新型機を作ってるってウワサだよ。なんでも、Aqoursのメンバーが何人か開発に参加してるらしい」

「Aqoursって……スクールアイドルの?」

「そう。艦長から聞いたんだけど、メンバーのうち何人かはパイロットだったり、メカニックとかの道に進んでるらしいぜ」

「へえ……」

「艦長の同級生もムーサのテストパイロットになってるらしいからな。もしかしたら、噂は本当かもしれねえ」

 

 艦長──アラスターは、第二次<イノセント>戦争の時にパイロットをしていたらしい。当時のパイロットは精鋭揃いだったと言われており、数々のパイロットが大部隊の隊長や、テストパイロット、アグレッサー部隊など、俗に言うエリートになっているらしい。無論、艦長もその一人だ。

 

「まあ、僕たちには関係の無い話ですよ……。っと、そういえば、戦術音楽ユニットですよ」

「ん……? ああ、新メンバーだっけか」

「おう。元々は嵐はスクールアイドルの方に加入してたけど、オケアノスで生体フォールド波を確認したらしくてな。加入決定だそうだ」

「結ヶ丘にはあと何人歌声に生体フォールド波を含んでる人がいるのやら……」

 

 そう。なんと千砂都が正式にスクールアイドル同好会に加入しただけでなく、戦術音楽ユニットとしてS.M.Sにも加入したのだ。

 奇跡的にメンバー全員が結ヶ丘のスクールアイドルだけになっている。

 

「ミナトも、生体フォールド波の高さなら澁谷と唐と並んでトップだからな」

「ああ。まあでも、みんなが歌ってくれているから俺の出番は無いんだけどな」

「そりゃ、ミナトはバルキリーに乗った方が活躍できるだろうしな」

「いっそのことバルキリーに乗って戦いながら歌うとか?」

「ファイヤーボンバーかよ」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 食事を終わらせ、朝に行う必要のある業務を済ませたミナトたちは、途中でイツキと合流し4人で結ヶ丘に向かった。校門を潜り、航宙科の校舎へと向かうと、正面玄関の掲示板に人だかりが出来ていることに気がついた。

 

「おっす、如月!」

「おはよう。みんな集まってどうしたの?」

 

 クラスメイトと挨拶を交わし、人だかりの中に入る。どうやら、掲示板に貼られているお知らせが原因らしい。

 

「なになに……生徒会長選挙?」

「へえ、それでこんなに集まってるのか」

「立候補の条件は普通科と音楽科の生徒だとさ」

「……じゃあ、なんでわざわざ」

 

 普通科と音楽科の生徒を対象にするならば、わざわざ航宙科の校舎に掲示する必要はない。航宙科の生徒にはほとんど関係が無いのだから朝礼などで口頭で伝えるだけでもいいだろう。むしろ、そちらの方が掲示物よりも確実に情報を伝えることができる。

 

「航宙科は他の科と比べて特殊だから、別で航宙科長って役職を作るらしくてな。そっちも立候補を募るんだってさ」

「なるほど……。航宙科は新統合軍などとの関係もありますからね。確かにその方が良いでしょう」

 

 普通科や音楽科の生徒が、航宙科に関する業務を行うのは困難だろう。そういった点から考えると、実に効率的だ。

 

「如月とか、立候補したらどうだ? 成績も問題ないだろ?」

「うーん……多分しないかな。勉強もそこまで余裕があるわけじゃないから」

「そうか……。あ! そうだ、如月知ってるか? この前のオケアノス!」

「……え、何かあったの?」

「オケアノス防衛戦だよ! こないだの戦い! ニュースとかで流れてたけど、ウチの学校のスクールアイドルが歌ってただろ!?」

 

 オケアノスでの戦いは、一部始終がホライズンのニュースなどで市民にも伝わっている。それには、もちろんかのんたちのもののある。前回のヴィルトゥテス型の襲撃の時は情報統制があったが、今回の場合は惑星オケアノスという遠く離れた地だ。船団周辺での戦いならば避難勧告という形で市民に状況などは伝わるが、オケアノスの場合はそれが出来ない。そのため、情報を伝えるために新統合軍の記録映像の一部を使ったのだ。

 

「あ、ああ……そうだったね」

「VF-26もいたよな! クゥーッ! あのフォルム、イカすぜ!」

「実際に見てみたいよな!」

「あ、あはは……」

 

 機密情報など話せない色々な理由はあるが、VF-26にミナトたちが乗っているということを、どうしても隠せない状況にならない限り自分からは絶対にしないようにしようと、この時心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……<イノセント>基地攻略戦の再決行、ですか?」

「ああ。エクスシア型の襲撃によって決行できなかった作戦を、再度行うとの連絡が政府から送られてきた。S.M.Sにも出撃を依頼したいらしい」

「ウチは今までAFとの戦闘を担当していたという実績がありますから、当然とも言えますね」

 

 S.M.Sホライズン支部の会議室に、アラスターやアリーヤといった、各部署、各部隊のトップを務める隊員たちが集まっていた。

 集まった理由は、アリーヤの言った通りだ。ホライズン政府から、大規模作戦への参加の依頼が来たのだ。

 

「参加しないという選択肢はありませんが……問題は、<イノセント>

 基地の戦力ですね」

「そうだ。新統合軍の偵察部隊からの情報によると、周辺宙域だけでもエクスシアとドミニオンズが50以上、ヴィルトゥテスが30以上、ケルビムが5、トロウンズに至っては計測不能だそうです」

「……勝てるのか?」

「無理でしょうね。ケルビム一体であそこまで苦戦したんです。それが五体もいるとなると、練度が落ちていて数だけの新統合軍と我々だけでは不可能に近いでしょう」

 

 無慈悲に、レインボー小隊の隊長である、高咲侑少佐が告げた。

 侑の言う通り、圧倒的に戦力が足りない。金さえ払えばどんな仕事も基本は請け負うS.M.Sだが、さすがに負けるとわかっている戦いに行けと言われて首を縦に振るのは難しい。

 それ以上に、このS.M.Sにはまだ学生の隊員もいるのだ。未来のある若者たちに、死にに行けと命令することは出来ないというのが、ここにいる全員の意見だった。

 

「……作戦への参加依頼への返答の期限まで、あと二ヶ月ほどある。それまで、週に一度この件に関する会議を行うこととする。異存はないな?」

 

 アラスターの問いに、その場にいた全員が肯いた。

 

「それでは、会議を終了する。皆、いきなりですまなかった」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「すみれが立候補? 無理でしょ」

「うるさいわよアル!!」

 

 普通科校舎にあるスクールアイドル同好会の部室に集まったミナトたちファントム小隊組と、かのんたち戦術音楽ユニット組は、生徒会選挙への対策を練っていた。

 

「もし奴が生徒会長になったら同好会の存続の危機なんだろ? もう全員立候補して可能性を増やすしかないだろ」

「ムリムリムリムリ!! 生徒会長に立候補なんてゼッタイムリだよ!!」

「……今のところ立候補の意思があるのはすみれだけ。嫌がる人に無理強いは出来ないし、とりあえずそれでいいんじゃないのか?」

 

 イツキの至極まともな意見に全員が肯き、会話の内容は立候補してからの活動の内容へとシフトした。

 普通ならば教室を回って挨拶をしたり、ポスターなどの掲示物を制作したり、校内放送での演説などが、主な活動だろう。ミナトが考えついたのも、それだけだった。

 だが、すみれが発案したのはプロモーションビデオの制作だった。学生の選挙活動で行うような内容でない上に、生徒全員に見てもらう方法もない気がするというのがミナトの意見だったが、物は試しと撮影を行うこととなった。

 

「……で、その結果がこのお粗末なPVですか」

「う……じゃ、じゃあ他にどうするのよ?」

「無難にポスターを掲示したりするしかないでしょう。無理に凝ったことをすれば、失敗する未来しか見えません」

 

 すみれとアルがどうにかして打開策を出そうとする中で、それ以外のミナトたちは半ば諦めムードに入っている。

 

「もうオワリデス……このままデハ……」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 薄暗い月明かりが照らすなら、路地裏の中にポツンとある扉を黒尽くめのコートを着たクゥクゥがノックした。

 すると、扉の上部の覗き窓が開き、

 

「クー?」

 

 と声が聞こえた。それにすぐさま、

 

「カー」

 

 と返す。この部屋へと入るための合言葉だ。

 鍵が開いた扉を少しだけ開け、するりと中に入る。鍵と覗き窓を閉め、誰も入ってこれないようにしてから、クゥクゥは口を開く。

 

「大丈夫デス。誰にもつけられてイマセン」

「今日は遅かったけど、何かあったのか?」

「通り道に、生徒会のメンバーがいたので遠回りをしていまシタ」

「よし、じゃあ今日は歌のレッスンを──」

 

 かのんがそこまで言った所で、電気のついていなかった部屋が明るく照らされる。窓から光が差し込み、外には人影が見える。

 

「やっと見つけましたよ、スクールアイドル」

 

 白い軍服のような服をした恋が率いる生徒会に、部屋にいた全員が捕らえられてしまった──

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「そのようなことになってしまいマスーっ!!」

「さすがにそれは……」

「イエ! あの人ならやりマス! あの目は、スクールアイドルを憎んでいる目デス!」

「…………」

 

 クゥクゥの言った言葉を聞いたイツキが、暗い顔をして俯く。

 

「イツキ?」

「ア……スミマセン、イツキさんの幼馴染のことを……」

「いや……別にいいんだ。でも……」

「でも?」

「スクールアイドルを憎んでいるって理由が、わからないんだよ。だって、恋の母親は──」

 

 そこまで言ったところで、机の上に置いていた携帯が鳴った。電話がかかってきただけの様だったが、問題はその着信音だった。

 

「この曲……ミナトくんの曲だ!」

「わーわーわー! 違う、違うぞ!」

「何がですか。どう考えてもミナトの曲でしょう。にしても……ふむ、イツキがですか」

「うるせぇ!」

 

 荒々しく携帯を掴み、イツキは顔を赤くして部屋を出て行った。レイルやすみれたちがニヤニヤと笑いながら扉の方を見る中で、ミナトは何かを思い出せそうで思い出せないもどかしさを感じていた。

 同じ番組の撮影でとある辺境の海洋惑星に1週間ほど泊まっていた際に、シェリルから作詞と作曲の手ほどきを受けて作った、初めてのオリジナルソング。最後に歌ったのは、惑星ベリトでの、()()()だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

『三度に渡るホライズン船団への襲撃。その全てが失敗に終わっている。貴様たちの部隊は何をしているのだ?』

 

 インプラント・ネットワークを通じての秘匿通信で、頭に直接声が響く。こちらを嘲笑うかのような不快な低い年配の男の声を聞き、カレルは小さく舌打ちをした。

 相手をしているのは<イノセント>の上層部たちだ。統合戦争以前からの本来の目的を忘れ、自分たちが世界を支配することだけを目的とする卑しい屑どもだ。

 

「申し訳ありません。予想以上に歌の力が強く──」

『言い訳はいらん。必要なのは結果のみだ。歌の力が邪魔ならば、歌姫どもを殺せばいい』

「……了解しました」

『それに……あの新しい君たちの玩具──AFといったか? アレに莫大な予算を注ぎ込んだというのに、実戦投入した機体はすべて撃破。まともな戦果を挙げられていないそうじゃないか』

「それは……」

『やめたまえ。ここは新兵器な批評をする場では無い』

 

<イノセント>の主要人物による会議。それが、この通信の全容だ。

 頭が固く、前線のことを理解していない年寄りどもの相手をするというのは、かなり疲れる。サイボーグである自分に肉体的な疲れなど存在しないが、精神的な疲れは存在する。

 

『四大天使を使うか?』

『まだ早いだろう。切り札は、最後まで取っておくべきだ』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「結局良い案は出ないまま時間だけが過ぎちゃったね……」

「だね。……申し訳ないけど、俺たちはそろそろ用事があるから」

 

 1時間ほど話し合ったものの、結局何も進展は得られ無かった。

 レイルやアルに色々手伝ってもらったお礼をしなければいけないな、と考えながら、荷物を手に取って立ち上がる。

 

「今日も訓練?」

「またアクロの依頼。ホライズンでの飛行だから、ファントム小隊全員でやることになったんだよ」

「そうなんだ。頑張ってね、ミナトくん」

「ありがと。行ってくるね」

 

 かのんたちに手を振って、部室から出る。そこから向かうのは、学校の校門ではなく、航宙科の格納庫だ。

 移民船団の街の下には、幾つもの通路が張り巡らされている。その中には、人一人がやっと通れる小さなものや、大型トラックすらと通ることの出来るものまである。向かっているのは、S.M.Sの所有するその通路だ。

 

「まさか、学校の運動場にバルキリーの出撃用ハッチがあったとは……」

「元々は神宮音楽学校時代のもので、それをS.M.Sが購入。ブロックの組み替えでS.M.Sの格納庫と繋げたそうですよ」

「そのおかげでこうして近道できるから、感謝しねえとな」

 

 なんと、結ヶ丘にその通路が繋がっていたのだ。

 バルキリーの搬出用のもので、非常時にアイランド1全域に部隊を展開できるよう購入したものらしい。航宙科の格納庫の中に、その通路と繋がっているエレベーターがあり、そこから入ることができる。

 S.M.Sのデータベースに登録されているミナトたちのIDを認証して地下へと降りたエレベーターの下には、近未来的な雰囲気を放つ通路があった。

 移動用のゴンドラが通路の端に設置されていて、それに乗って本社へと向かう。

 

「これは楽だな。足が疲れない」

「S.M.Sの本社、学校から遠いですもんね。最初からこの道を使わせてくれればいいのに……」

 

 かなりの速度で進むゴンドラに揺られながら、この通路の存在を隠していたアリーヤに対して文句を言うアル。アルの言葉に、その場にいた全員がうなずいた。

 

「イツキは先にS.M.Sに向かってるんだよな?」

「うん。隊長に別件で呼び出されたらしいよ」

「アイツ、何やらかしたんだか……」

「やらかした前提はやめてあげましょうよ?」

 

 話しているうちに、周囲の光景がガラリと変わった。VF-1やVF-0といった完全な旧型のバルキリーが並んでいる。S.M.Sの格納庫の、最も奥深くだ。既に使われていないが、予備機としてや、歴史的な記録としての価値の高さから保管されている旧式機たちが、この最深部には格納されている。

 ゴンドラが進むごとに格納されてる機体が新しくなっていく。VF-1から、VF-11、VF-19、VF-22、そしてVF-26へ。これまでS.M.Sで運用されたバルキリーが順に並んでいる。ほとんどが開発された順番で並んでおり、バルキリーの歴史を感じられる。

 まるで博物館だな、と考えていると、ゴンドラが止まった。

 

「思ってたよりも快適だったな。これからも利用させてもらおうぜ?」

「ですね。これを体験したら歩きには戻れません」

 

 ゴンドラから降りて、自分たちのVF-26のもとへと向かう。

 すでにアリーヤとイツキは訓練を始める準備をして待ち構えており、こちらを見つけるや否や、今日行うシミュレーターのメニューを投げ渡してきた。

 

「遅かったなお前ら」

「いきなり直通の道が出来たとか言われて困惑してたんです。そういうのはちゃんと事前に教えてください」

「悪い悪い。てっきり既に知れ渡ってると思っていてな。終わったら何か奢るから、それで勘弁してくれ」

「おっしゃ! 回らねえ寿司屋行くぞ! 天然物使ってるとこな!」

「給料日まだなんだから勘弁してくれ…………」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「エクスシア型、六機確認! 三機はこっちで引きつける!」

「了解。残りはこちらで狙撃します。レイル、陽動は頼みますね」

「オッケ、ポイントK-37まで誘導する」

 

 シミュレーターで再現された宇宙空間を、五機のVF-26と無数のAFが駆ける。ミナトが高機動な機体を活かして先行し、エクスシア型を引きつける。残った機体をレイルが指定されたポイントまで誘導し、それをアルが狙撃。

 これが、シミュレーター上では最も推進剤や弾薬の消費を低く抑えられている戦い方だ。さらにそれを減らせる方法もあるだろうが、失敗率が高くなる。実戦では想定した状況に持ち込める確率がほとんどゼロに近いが、ある程度イメージを持っておくことでいくらか楽に戦うことができるのだ。

 

「エクスシア型三機撃破! ミナト、残りをこっちに連れてきてくれ!」

「後方の一機は俺が相手する。残りはアル、頼むぞ」

「俺とイツキは小型種の殲滅をする。いくぞ!」

「……え? あ、ああ。了解!」

「どうしたイツキ、ボサッとしてる暇はないぞ!?」

「わかってる! すまん!」

 

 アリーヤとイツキはガウォークで岩石を踏み台にして方向転換。そのままファイターへと変形し、エクスシアに続いてこちらへ向かってくる小型AFとへ飛んでいく。

 視線での敵機ロックオン。主翼に取り付けられたミサイルポッドからマイクロミサイルが放たれる。一発一発の威力が高いマイクロミサイルだが、それ以上にエネルギー転換装甲が硬く、上手く命中させないとダメージを与えることはできない。

 狙うは、すべてのAFに共通して存在する動力部と機体のAIが搭載されている首元。可動のために装甲が薄くなっている場所に、ミサイルを叩き込む。

 

『敵機の殲滅を確認。シミュレーターを終了します』

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 シミュレーターから出ると、開放感が一気に押し寄せてくる。

 機器の放つ熱と、運動によって発生する自身の熱と汗によって、使用時は完全に密閉されるシミュレーターにはとてつもない熱気がこもっている。開発者たちには、今すぐにでも改善を要求したい。

 ペットボトルの中にある水を一気に飲み干して、ベンチに座り込む。運動による疲労はそこまで無いのだが、熱によって体力が奪われていき、10分ほどはまともに動けそうも無い。

 

「……んで、どうしたんだイツキ。お前が訓練中に別のことを考えてるとは珍しい」

「いえ……。少し悩み事があって」

「そうか。何か悩みあるならば、誰だろうが構わないがとにかく誰かに話せ。少しは気持ちが楽になる」

「はい。ありがとうございます」

 

 訓練中のイツキの様子を見かねてか、アリーヤが心配そうに声をかける。イツキ自身は悩みがあるとは言いつつも何ともないように振る舞ってはいる。が、動作の一つ一つに疲労が滲み出ている。どうやら、相当無理をしているらしい。

 

「……本当に大丈夫か、イツキ? かなり無理してるように見えるけど」

「大丈夫だよミナト。そうだな……今度、愚痴でも聞いてくれるか?」

「いくらでも聞いてやるよ。俺がお前の頼みを断るわけないでしょ?」

「サンキュ、親友」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

『──こちら第三艦隊! 鳥どもが暴走して襲われてる!』

『第二艦隊、反応途絶! ミカエル型です! ヤツが──!』

 

 遠く離れた銀河で、多くの命が散った。

 艦隊の旗艦であるマクロス級の艦橋は捻じ切られ、光に包まれて消滅する。生命維持用の循環装置などを全て破壊されたマクロス級は、一切動かない鉄屑と化した。そして、その残骸の上には、群を抜いて巨大な身体に、6枚の翼を生やした機械仕掛けの鳥が佇んでいた。鳥たちは全てを蹂躙し尽くし、フォールドの光に包まれて消えていく。

 最後に残ったのは、無数の鉄屑と、宇宙を漂う赤い鮮血ばかりであった。



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#22 追憶 カタルシス

 数週間の日が過ぎ、生徒会長選挙の結果が発表された。

 結果は恋に全票が入り、すみれがマイナス。

 どうやら俺たちファントム小隊のメンバーたちが新統合軍との模擬戦を行うために学校を休んでいた間に、たこ焼きを無償で配って票を増やそうとしていたらしい。いわゆる賄賂のような行為のため、それを聞いた瞬間に嫌な予感がしたが、それは的中。罰としてすみれに入った票のいくつかを無効とすることになり、それによって投票数がマイナスという異常な事態が発生している。

 

「まあ、概ね予想通りの結末ですね。マイナスなのは流石に予想外ですが」

「幼馴染のことなんだからさ、もうちょっと何か慰めるようなコメントないのかよ……」

 

 選挙の結果について話題を出すと、そんな言葉が返ってきた。確かに、あらゆる面にて恋が先に行動を起こしており、元々の支持も高かったのだ。元より勝つのはかなり難しい戦いだった。

 

「同好会がどうなるのかはまだわかりませんが、もうなるようになるしかないでしょう」

「そうだね……あ、レイル。そこの技は間にループ挟んだ方が良いぞ。見栄え的にも良いし、操作にもある程度余裕が出る」

「……んなもんお前ぐらいにしか出来ねえよ」

 

 現在集まっている場所は、航宙科の教室。その中でも、ミナトたちの所属するクラスの教室だ。そこにイツキがやってきて、こうして話している。

 何をしているのかというと、文化祭の準備だ。航宙科では他の科よりも早くから準備を始めているのだ。その理由は、航宙科が文化祭で行う企画だ。航宙科が行うのは、整備科が製作したラジコンを使用してのアクロバット飛行。可変戦闘機の構造を学ぶために制作した、VF-1をスケールダウンしたものを使う。ラジコンと言ってもバトロイドでは人間の背丈ほどの大きさがあるため、実機で行うのと同等の迫力のある本格的な飛行が行えるのだ。操縦方法もシミュレータの機械を流用して、実家と同じもので行う。

 今は、そのアクロバット飛行のメニューを作っているところだ。

 

「同好会が潰れても戦術音楽ユニットとして活動を辞めることはないけど……本人たちの心境的には、ね」

「ああ。俺としてもアイツらのステージは結構好きだからな。出来れば存続して欲しいところだ。まあ、俺たちがどうこう言ったところで何も変わらないのが現実だけどな」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 それから数日後、正式に恋が生徒会長となってから初の全校朝礼が行われた。

 

『それでは、初代生徒会長、葉月恋さんからの挨拶です』

 

 恋が壇上へと上がっていき、教師の長々として話に飽き飽きしていた生徒たちの注目が集まる。恋の表情は何かを決意したような厳しいもので、それを必死に隠そうとしているような、どこか危うげな雰囲気を感じた。

 

『はじめまして、この学校の初代生徒会長に任命された葉月恋です。この名誉ある仕事につく事が出来、光栄であると同時に身の引き締まる思いです。私はこの結ヶ丘女子を地域に根ざし途切れる事なく続いていく学校にするために誠心誠意努力する所存です。その為に──』

 

 恋の言葉が詰まる。唇を噛みしめ、原稿を持つ両手は震えている。何かを迷っているようで、それを必死に隠そうと演技してはいるが、隠せていない。

 

「……ん?」

「どうしたんデショウ?」

 

 並んでいる生徒たちも、恋の異様な様子に気づき不思議そうに見つめている。

 

『──そのため、最初の学園祭は音楽科と航宙科をメインに行うことに決定しました』

 

 その言葉が、全生徒に激震を走らせた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 全校朝礼後、航宙科でも学園祭の話題について触れられるかと思っていたが、そのようなことは無かった。ほとんどのものが予定の変更なく行われる航宙科の展示内容の準備に追われており、余計な面倒ごとに触れているような時間は無いのだ。

 

「如月、この場合ってどういう機動をすればいいと思う?」

「うーん……俺ならエンジンを切って無理やり減速して回避、かな。普通に回避しようとしても追尾されて撃墜されるだろうから」

「……んな無茶なこと、普通は出来ねえっての」

 

 コンコン、と教室の扉が叩かれる。

 

「すまんミナト、ちょっと良いか?」

 

 教室で同級生たちと話していると、入口からイツキの声が聞こえてきた。話していた同級生たちに断りをいれてイツキの元へと向かう。

 イツキの表情は決して明るいものでは無かった。こうなった理由は容易に想像できる。

 

「……少し、話したいことがある。今日の放課後、家に来てくれないか?」

「当然。あれだけのことがあったんだ。一人で抱え込まず、いくらでも頼ってくれ」

「いや、そうじゃ──なんでもない。頼らせてもらうぜ、相棒」

 

 そう答えたイツキは、ミナトを見ているようで、どこか違うところを見ているような──ミナトを通して何か違うものを見ているような、不思議な様子だった。

 一抹の不安を感じつつ、ミナトはクラスメイトの元へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「……で、君たちは何をしようっての?」

「リコールデス!」

 

 部室へと向かい、かのんたちに普通科の様子を聞くと、何やら不穏な方に話が進んでいるらしい。

 リコール、とは要するに相手の解任を要求することだ。普通科の生徒からすれば、恋の掲げた公約に期待をしていたわけなのだから、こうなることは容易に想像できる。恋がこの状況を想定できないような人だとは思わない。やはり、こうなったのには何か理由があるのだろう。

 

「リコールをするにしても、どうするの? このままだと、準備をしてる間に学園祭が始まってしまうし、そもそも意見を握り潰される可能性もあるんだよ?」

「そうなんだよね……。ミナトくん、航宙科の方はどんな感じなの?」

「特に変わりは無し。正直、選挙だなんだって気にしてる暇がないほど忙しいからね。そもそもの事態にもほとんど意識を向けてなかったし、頼りにすることはできないと思う」

 

 かのんたち自身も、S.M.Sとしての仕事がある。ほとんど毎日、クォーターで訓練をしているため、使える時間は少ない。近日中には、一般に対しての戦術音楽ユニットの公開なども控えているため、ここ最近は特に忙しい。そういった事情も含めると、リコールをするというのは無謀だ。

 

「俺たちは葉月さんがなんでこういう風にしたのかもわかっていないしね」

「うーん……やっぱり葉月さん、何か理由があるんじゃないかな……?」

「でも、聞いて教えてくれなかったんでしょ?」

「……となると後は強硬手段のみ、だね」

「強硬手段? ミナト……アンタ、一体する気なのよ」

「自白剤とか……機械で思考を読み取るとか……」

「はい!?」

「後は……洗脳でもする? シャロン・アップルみたいに歌でマインド・コントロールすれば──」

「怖い怖い怖い! 発想が怖いよミナトくん!?」

「……じゃあどうするのさ?」

「尾行デス! 葉月さんを尾行して、その腹の内を確かめるデス!」

「それも十分ダメな考えだよクゥクゥちゃん……」

 

 そうして、今後の対応について話している内にだんだんと内容が決まっていった。クゥクゥの出した尾行の案を採用し、葉月さんの家を突き止めそこへと向かう。そして、そこで彼女の真意を知ろう、というのが計画だ。どうやら、これを本気でやるらしい。

 ではどのようにその尾行を行うのかを話している時、コンコンと扉がノックされた。

 

「──失礼。ミナトいるか?」

 

 扉が開いて入ってきたのはイツキだった。今日の放課後は彼の家に行くことになっており、そのために迎えにきてもらったのだ。元々、彼が教員から頼まれた用事があり、それが終わるまで待つために部室へやってきていたのだ。

 

「イツキさん、どうしたのデスカ?」

「今日の放課後、予約を入れててな。ミナト貰ってくぞ」

「いいわよ。こっちの方は私たちで片付けとくから」

「悪いな平安名。んじゃミナト、行くぞ」

「ちょ、おい──! じゃあ、みんなまた明日!」

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「ここが……イツキの家か?」

 

 イツキに連れられ、辿り着いたのは結ヶ丘から少し離れた所にある屋敷だった。表札が二枚あり、それぞれ<HAZUKI>と<ITINOSE>と彫られている。

 

「ああ。恋とは一緒に住んでてな」

「……そっか、イツキの両親は──」

「3年前にポックリ。俺を大切に育ててくれたし、愛情も注いでもらったが人としてクソな親だったからな。別になんとも思わねえよ」

 

 門をくぐり、屋敷の中へと入る。

 早乙女一門の日本建築の屋敷とは違い、洋風の屋敷だ。どちらも豪邸であったが、それぞれ建物の雰囲気が異なっていた。

 屋敷の中で待っていたのは、一人のメイドだった。メイドを見るのは別に始めてではない。S.M.Sのオーナーの屋敷に行った際、何人ものメイドを見かけた。そういったこともあり見慣れてはいるが、こうして友人の家にいるとなると、また別の驚きがある。

 

「お帰りなさいませ、イツキ様。そちらのお客様は……如月ミナト様ですね。私、葉月家に仕えるサヤと申します」

「ご丁寧にどうも」

「サヤさん、少しミナトと話したいことがあるので、恋に終わるまで部屋に来ないように伝えといてくれますか? 一応、仕事上の機密なので」

「承知しました。後でお飲み物や菓子類をお持ちしましょうか?」

「お願いします」

 

 屋敷の奥へと進み、イツキの部屋へと向かう。

 イツキの部屋は、二階へと階段を上がってすぐの所にある部屋だった。ベッドと机、クローゼットなどが置かれていて、本棚にはギッシリとバルキリーの教本が詰まっていた。そして、別の棚にはCDが立て掛けられている。さまざまなジャンルのアーティストのものがある。FIRE BOMBER、エミリア・ジーナス、シェリル・ノームなどがある中、ミナトのものだけは全て揃っていた。

 

「それでは、ごゆっくり」

 

 飲み物などを持って来てくれたサヤさんが部屋から出て行くと、イツキは本棚から一冊のアルバムを取り出した。

 何度も開かれた形跡が残っている古いアルバムだ。ずっと昔からこれわわ使い続けているのだろう。表紙はほとんど色褪せているが、丁寧に保存されている。

 イツキが慣れた手つきで開いたページ。そこには、つい先程見た景色と酷似した風景が写る写真があった。

 

「この写真……結ヶ丘か?」

「正確には、廃校になった神宮音楽学校の頃の写真だな。写ってるのは恋の母親の花さん」

「……この写真がどうかしたの?」

「花さんの着ている服に注目。何かに似てないか?」

「……まさか、スクールアイドル?」

「ご名答」

 

 母親の世代となれば、マクロス・ホライズン船団が地球を出航する以前の時代となる。

 地球で建造されたこの船団は、完成まで長い年月がかかっている。最初に完成したのがここアイランド1で、環境船が完成して出航するまでの間に既にアイランド1への移住者が入居し、街は稼働していたらしい。つまり、この写真はその頃のものとなる。

 

「伝説のスクールアイドルと呼ばれるμ'sが活躍したのが、出航当時。それ以上までとなると、スクールアイドルという文化が誕生した頃だな」

「……ますます葉月さんがスクールアイドルを拒む理由が分からないな」

「そうなんだよ。恋は小さい頃からスクールアイドルの話を花さんから聞かされていた。スクールアイドルへの憧れも抱いていた。なのに、今はああだ」

「何かスクールアイドル関連で深く心を傷つけられるようなことがあった、とかならありえるか……。その辺の心当たりとかは?」

「無い。当然ながら聞いても教えてくれないし、自分で色々と調べても何も出てくる事はなかった」

 

 幼馴染であるイツキでもわからないとなれば、部外者であるミナトがまともな手段で理由を突き止める事はできないだろう。案外、クゥクゥたちが行っているはずの尾行などは有用な手段かもしれない。

 そういえば、そろそろ4人が恋を尾行してここに来る頃だ。四人には悪いが上手くいくとは思っていないが、どうなっているのだろうか。

 

「──ん。この写真……?」

「お? ああ、その写真か。両親と撮った最後の写真だよ」

 

 ページの端に、小さな写真が貼られているのが目に入る。三人家族の、幸せそうな光景だ。撮った場所は、どこかの砂漠惑星なのだろう。一面が砂に覆われた中で、発展した街が背後に写っている。

 

「あー、ミナト、その写真見てさ。なんか思い出したりしないか?」

「思い出す……何を? 何でイツキの家族を見て俺が何かを思い出すのさ?」

「いや、それならいいんだ。……そっか、やっぱ覚えてない──いや、思い出さないようにしてるのか」

「イツキ?」

 

 イツキの様子を不審に思いながら、サヤさんの淹れてくれた紅茶を飲む。とても美味しい。良い葉を使って入れているようだ。それだけでなく、サヤさんの紅茶を淹れる腕もなければここまでの味は出せないだろう。

 

「ああ、悪い。そうだ、せっかくだしミナトがフロンティアにいた頃のことでも聞かせてくれよ」

 

 すると、イツキはミナトの昔の様子について聞いて来た。

 ミナトが以前住んでいたフロンティア船団は、ホライズン船団よりも前に地球から宇宙へと旅に出た船団だ。日本文化が多く取り入れられたり、ゼントラーディが本来の姿で過ごせたりなど、ホライズンとの共通点も多くある。

 

「そうだな……俺が歌い始めた頃の話でもしようか?」

「お、いいね。教えてくれよ」

「オッケ。えっとね、確か……惑星エーベルだったかな」

 

 それは、かつた歌で銀河を救った男との出会いだった──

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 熱気バサラ。

 かつて人気を博したロックバンド、FIRE BOMBERのギターボーカルを務める男にして、銀河を救った男の名前だ。

 ミナトは、かつて惑星エーベルにてバサラと出会った。

 歌舞伎の公演が終わり、1日の自由時間の間で恒例のその地の名物食べ歩きを行なっていたミナトは、立ち寄った店の主人の薦めで街から少し離れた所にある公園へと向かった。

 砂漠惑星であるエーベルに点在するオアシスの中で最も大きい場所で、自然公園にもなっている場所だった。

 そこで、バサラと出会った。

 彼は、歌っていた。

 

 ──お前も歌ってみろよ──

 

 その言葉が、今ここにいるミナトを作ったと言ってもいい。

 共に歌ったミナトに、バサラはギターを渡した。

 ミナトが持っている古いアコースティックギター。それが、この時バサラに渡されたギターだ。今もミナトは丁寧に手入れし、使い続けている。

 ミナトにとってバサラの姿は、かつて地球を襲ったゼントラーディたちにとってのリン・ミンメイのような存在だった。

 自分に無かったものを与えてくれた存在だった。

 

 ──ミナト、俳優としての活動をして見る気は無いか──

 

 次にミナトにとって人生の転機なったのはこの言葉だ。

 早乙女嵐蔵と、屋敷を訪れていた芸能事務所の社長によって、ミナトは俳優となるチャンスを手に入れた。

 当然チャンスを棒に振るなどということはせず、ミナトはフロンティアにてデビューを果たした。

 みるみると人気を得たミナトは、やがて銀河ネットワークによって全銀河に広がり、銀河規模の人気を得たのだ。

 それから少し経った頃、番組の企画で歌を披露したのが三つ目の転機だ。

 熱気バサラに憧れ始めた歌が、世界に認められたことにミナトは歓喜した。それを機に歌手としての活動を初め、銀河の妖精と呼ばれるシェリル・ノームに次ぐ人気を得たのだった。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「──ベリトで悪魔の鳥に出会ったのがそれから二年後。そのあとは、歌手としては活動を休止。俳優としての活動は続ける中、S.M.Sでパイロットを始めた。元々、当時は中学生だったからね。勉強も大事ってことで、世間には学業に専念するって発表してた」

「確かに、こうして航宙科に進学してるから学業に専念してたって言い訳に矛盾は生まれねえな」

「だろ? そこに関しては上手くやれたと思ってるよ。それで、高校進学と同時に本格的に活動を全て休止──実際はこうしてホライズンに来たわけだけどな」

 

 改めて思い返せば、かなり濃い人生だ。

 今はスクールアイドルのコーチに、パイロットとして戦争をしていることなども含めれば、そこら辺の伝記などより分厚い本が出せるほどだと思う。

 

「でも──また、歌いたいとは思うようになったよ」

 

 様々な出来事があったが、やはり夢とはそう簡単にあきらめられるものではない。いつか彼に──熱気バサラに並べる程の歌を歌うという夢を、ミナトはあきらめるつもりはもうない。

 

「俺の舞台はこの宇宙。それはいつまでも変わらないし、自分から舞台を降りる気は無い」

 

 芸者が自ら舞台から降りることはない。たとえ引き摺り下ろされても、何度でも舞台へと昇る。もし芸者が舞台から帰ることがあれば、それは舞台の上で死んだ時のみだ。

 

「でも今は──生態フォールド波の数値も俺が歌うよりもかのんたちが歌った方が高いからね。今の俺の役はパイロット。最後まで役を演じ切るのが役者の務めだから」

 

 このホライズン船団には、多くの生態フォールド波を含む歌声を持つ人がいる。だが、生態フォールド波を含むというだけでは歌はAFに効果が無い。かのんたちは日々の訓練によって、安定的に高い数値の生態フォールド波を放てるようになったのだ。全員が揃った時の数値は当然ミナトよりも上だ。

 ミナトにはすでに、AFと戦うための歌を歌うための存在としての絶対的な価値は存在しないのだ。嬉しくもあるが、かのんたちにそれを押し付けてしまっているようにも感じる。

 だからこそ、ミナトはパイロットとして彼女たちを守るのだ。

 

「でも、ミナトは……それでいいのかよ?」

 

 コップへと伸ばそうとした手がピタリと止まる。

 

「ミナト、最初は澁谷たちを戦わせないために自分が歌おうとしてたろ? ……あの時、冷静じゃなかったお前を止めはしたけど──お前が歌うって言ってくれて、正直嬉しかった。本当のことを言うとさ、最初は俺も澁谷たちに歌わせるに反対だったんだよ」

「え……?」

「俺はお前に歌って欲しかった。あの時みたいに、お前に戦場で歌って欲しかった」

 

 イツキがそう語り出した。

 彼の言ったことが瞬時に理解できず、ミナトは困惑した。ミナトが戦場で歌ったのは、ベリトでの一回のみだ。

 ふと頭をよぎるのは、ベリトでの戦いから数日後のこと。少し前に夢でみたが、忘れていたことだ。

 戦いに巻き込まれて片目を失った少年。そしてミナトへと投げかけられた言葉。

 

「まさか……お前……」

 

 イツキは片目を機械化している。このホライズン船団では、身体をサイボーグ化できるのは事故などで身体を失った者のみだ。つまり、イツキは過去に目を失ったことになる。

 ならばやはり、イツキは──

 

「そうだ──俺は三年前のあの時、ベリトにいた」

 

 



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#23 確執 アンコントロール

「俺は三年前のあの時、ベリトにいた」

 

 イツキの言葉がミナトの中で反復する。

 三年前のベリト。それは、あの悪魔の鳥による首都の襲撃があった時のことを指している。

 あの時の光景がフラッシュバックする。燃え盛る街。崩れたビル。逃げ惑う人々。そして、こちらを睨む悪魔の鳥。

 

「──ッ!?」

「ミナトが歌であの化け物と戦っていたのを、俺は直接見た。あの時、俺を、あの街を、たくさんの人たちを守った歌を!」

 

 ドクン、ドクンと心臓が強く、早鐘のように鳴り響く。

 全身の感覚が失われていき、息がつまる。

 

「俺はお前の歌に救われた。ベリトの時だけじゃない、何度も、何度もお前の歌に救われた。そのおかげで、俺は今、ここにいられる」

 

 やめろ。それ以上は言うな。

 俺は違う。俺は、僕は、そんな存在ではない。

 イツキの言葉が、ミナトの心に優しく響く。それが、ミナトの後悔を加速させた。

 

「俺は、あの歌をもう一度──」

「やめろ!」

 

 心の奥に溜まっていたものが、イツキの言葉をきっかけに激発した。

 立ち上がり、大きく手を振って叫ぶ。

 

「あの時、求めるだけ求めて、最後に僕に怒りをぶつけたのはお前たちだろ!?」

「ちがう、俺は──!」

「僕は何も守れてなんかいない! 何万人もの命も、あの街も、イツキさえも! 僕は勝利の女神なんかじゃない! ただの一人の人間だ! 僕一人にできることなんて、高が知れてるんだよ!」

「そんなことわかってる! その上で、俺はお前に歌って欲しかった! お前が守れていないと思っていても、俺は間違いなくあの時、お前に守ってもらった!」

 

 ミナトを追うように、イツキも立ち上がって叫んだ。

 

「お前があの時のことに責任を感じて、パイロットなんかをする必要もない! 人には向き不向きがある。お前は、誰かと闘うことに──人を殺すことには、向いていない……お前はただ、楽しそうに歌っている姿の方が似合ってるんだよ……!」」

「ちがう! これは僕が自分で選んだ道だ! あの時のことは──昔のことなんて、関係ない!」

「そうやって昔のことだと割り切れていないから、AFを見たときに怒りを抱いたんだろう!? 過去は簡単に捨てられるものじゃない。だから──こんなに苦しいんだろ。お前は、そんなことで苦しむ必要なんてないんだ! ただ、お前のやりたいように、歌っているだけでいいんだ……!」

 

 イツキの手が、ミナトの肩に触れる。その手つきは、腫れ物を触るようでも、痛めつけるようなものでも無かった。とても優しく、その優しさに身を任せたくなるようなものであった。

 だが、それに身を任せてしまえば、今までの自分が全てなくなってしまいそうで怖かった。

 

「僕は──! 俺は──!!」

「ミナト……」

 

 窓の外を、枯れた木の葉がさあっ、と音を立てて流れていった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 マクロス・クォーターの艦長室に、多くの隊員たちが集まっていた。集まっているメンバーは、部屋の主であるアラスター・カークスに、ファントム小隊の隊長であるアリーヤ・ハイアット、レインボー小隊の隊長である高咲侑など、多岐にわたる人物たちだ。

 

「新たな隊の設立……ですか?」

「ああ。戦術音楽ユニットの運用法が確立してきた今、護衛のための小隊を用意すべきとのことでな」

 

 かのんたち戦術音楽ユニットの運用を始めてから既に3ヶ月以上が経っている。実際に出動することも何度かあり、データは着々と蓄積されていた。今年の冬あたりには、世間にも戦術音楽ユニットの存在を大々的に発表する予定となっている。

 そういった諸々のデータや予定を元に考案されたのが、この新しい隊の設立だ。戦術音楽ユニットという貴重な存在を守るための隊を作ることで、より護りを強固にするのと共に、他の隊の負担を減らすことが目的となっている。

 

「メンバーはどうするのですか?」

「戦術音楽ユニットと連携することも考慮して、なるべく年齢の近い隊員で構成されることになる。つまりはアリーヤ、お前の隊からの引き抜きだ」

「俺にはもったいないぐらいの部下でしたからね。アイツらが成長して、俺も嬉しいですよ」

 

 ここらの底から楽しそうに、アリーヤは言った。

 アリーヤは、学生時代は教師を目指していた。当時起こった戦争により、パイロットとなる道を選んだが、今でも教師になりたいと思っていた頃の自分を無くしてはいない。自分の教え子とも言える部下たちが成長していく姿は、アリーヤの心を満たしてくれるものだった。

 

「隊長は誰が?」

「ああ。部隊長は──

 

 

 

 

 

 ──如月ミナト中尉にやってもらいたい、と考えている」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……つまり、葉月さんが音楽科と航宙科のみで学園祭を行おうとしているのは、学校の存続の危機だから、と」

 

 屋上でストレッチをしながら、ミナトはかのんたちの尾行の結果を聞いていた。どうやら恋の真意を知ることに成功したらしく、これまでの恋の行動の理由がわかってきた。

 

「音楽科と航宙科のみが注目を集められる……いわば、苦肉の策ね」

「いつの時代だって、組織の崩壊は情報の共有を怠ったという理由がほとんど。今回はまさしくそれだね」

「事情を聞けば理解は出来る。……でも、みんなはその事情を知らないんだよね」

 

 なんとかして助けたい、と思う。

 足掻くしかない状況で、自分が最善と思う選択肢を選んで、その結果による苦しみを、ミナトはよく知っている。

 だからこそ、助けたいと思う。だが、自分がそれをしていいのかという疑問も浮かんでくる。

 パイロットという道に逃げて、自分自身の過去の選択から逃げているのではないか。そんな自分が、誰かを助ける資格などないのではないか。

 

「……ミナト、アンタ顔色悪すぎよ。今日ずっとその調子だけど、何があったのよ?」

「ああ、いや──ごめん」

「別に謝れなんて言ってないわよ……それで? 多分昨日だと思うけど、何があったのよ」

「葉月さんと一ノ瀬くん、一緒に住んでるんだよね。なら、ミナトくんは私たちが葉月さんと話してるときにあの家にいたはずだけど……」

 

 ミナトの様子を見て、すみれが声をかけた。

 メンバーの中で、最も周りの様子をよく見て全員を気遣っている彼女だ。ミナトの様子にも真っ先に気づき、こうして声をかけている。

 だが、今はその優しさが苦しく感じる。

 自分勝手だとわかってはいるが、他人の優しさを受け入れていいのかがわからない。

 

「話したくないんならそれでいいわよ。でも──私たちは仲間なんだから、少しは頼りなさい」

「……ごめん」

「なんでそこで謝るのよ。もっと"俺を助けろ! "ぐらい言ってきたって私たちは文句は言わないわよ? かのんたちだって、そうでしょ?」

「うん。私たちはミナトくんに何度も助けてもらってるから」

 

 俯いていたミナトが顔を上げる。

 かのんたちの顔が目に入る。何故か、それがとても眩しく見える。

 

「……ありがとう、みんな。でも、これだけは──俺が自分で解決しなくちゃいけないと思うから」

「そっか。そこまで言うなら、私たちが出来ることは無いかな。でも、これだけは忘れないで。何があっても、私たちはミナトくんの味方だから」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 アイランド1の一角に存在する、戦争によって亡くなった人々を埋葬する墓地。かつて、地球のクロアチアという国に存在したミロゴイ墓地を再現して作られた場所で、船団内でも随一の美しさを持つ地だ。

 その墓地に、イツキは仏花を手に訪れていた。

 元となったミロゴイ墓地はカトリック教徒の墓地が多かったそうだが、様々な人種が入れ混じっている移民船団の中では、あまりそういった区別などはされていない。西洋の形式の墓だとしても、東洋の方法で弔ったりなど、いくつもの文化が入れ混じっているのだ。

 

「……もう三年か」

 

 眼前にある墓は、イツキの両親のものだ。

 三年前の惑星ベリトでの襲撃事件のあと、事件時に起こった爆発で発生した粉塵によって肺に異常が発生し、そのまま亡くなったのだ。

 事件当時、<悪魔の鳥>が人類の居住地に辿り着く数時間前からシェルターへの避難指示が出ていた。だが、イツキの両親をはじめとした一部の人々は物珍しさか野次馬根性か、シェルターへの避難をせずにいたのだ。イツキも共に連れ出され、その結果が今のサイボーグ化された片目だ。

 

「あの時のことが無ければ……ミナトは、今も歌ってたのか?」

 

 戦闘の影響によって、イツキは片目を失った。

 その責任を、両親はあろうことかミナトに押し付けたのだ。自分の歌で悪魔の鳥を何とか抑え、それでも一歩及ばなかった当時のミナトにとって、その時の言葉は深く心に突き刺さったのだろう。

 あの時のイツキは、片目を失った痛みと苦しみと悲しみで、ミナトに対して何も声をかけることが出来なかった。

 もしもあの時、『守ってくれてありがとう』と一言でも声をかけられていれば、何かが変わっていたのだろうか。

 

「そんなもしもの話をしても何も変わらない。わかってはいるけど……!」

 

 街を襲う悪魔の鳥から守ってくれたミナトの歌。

 目を失ったイツキを励ましてくれたミナトの歌。

 サイボーグアイを取り付ける手術の際、背中を押してくれたミナトの歌。

 いつだって、イツキはミナトに助けられていた。ミナトの歌が好きだった。もう一度、ミナトの歌が聞きたかった。

 だが、その願いが彼を傷つけた。

 どうすればよかったのだろうか。

 あの時、ミナトに言った言葉は全てが本心だ。ミナトは、戦いをするべき人間ではない。ベリトでのことに、ミナトが責任を感じる必要など無いのだ。

 

「……俺は」

 

 ミナトのために何ができるだろう。

 ミナトに許してもらえるとは思っていない。ただイツキは、ミナトのために──何度も助けてくれたミナトへの恩返しをしたいだけなのだ。

 出来ることといえば、パイロットとして戦う程度だ。なら、それをすればいい。今までと同じように、戦争なんてものを終わらせるために戦えばいい。

 

「待っててくれミナト……必ずお前を──」

 

 3年ぶり──墓が出来てから以来──に訪れる両親の墓に花を添え、黙祷をする。

 瞳を開いき、顔を上げたイツキの表情は、これまでとは違っていた。決意を固め、遥か彼方に広がる宇宙を睨む。

 

「──もう一度歌わせてやる」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……葉月さん?」

「あ……如月さん」

 

 生徒会室へと足を踏み入れると、そのにいたのは恋一人だった。悲しそうな表情で窓から校舎の景色を見つめている。

 

「航宙科が学園祭で行うエアショーについての資料を纏めたから、持ってきたんだけど……」

「ああ、ありがとうございます。如月さんも参加するんですか?」

「いや、俺はシミュレータでの模擬戦をする予定。演目の内容の作成には関わってるけどね」

「そうなのですね。……あの、航宙科の方は今どのような様子なのですか?」

 

 震えた声で、恋はミナトに問う。

 恋にとっても、今の結ヶ丘の望むものではないということが、今の様子からもわかる。だからといって、今のミナトには恋のために動くということが出来そうにもなかった。

 誰かを助けるということを、自分がしてもいいのか。

 また、その結果で誰かを苦しめることになるのではないか。

 そう思うと、手を差し伸べることが出来なかった。

 

「こっちはいつもと変わらないよ。元々、航宙科は他の科との関わりも少ないから」

「そうですか……」

 

 安心と、寂しさのようなものが入り混じった声で呟く恋。

 無反応、というものは明確に敵意を抱かれるよりも受けるショックが大きい。好きな反対は無関心とも言うように、何も反応がないと言うのは一番最低レベルのものなのだ。

 

「この学校に入学して、俺はよかったと思ってる。この学校じゃなきゃみんなと出会えなかったから。だから、この学校が無くなるのは俺も嫌だよ」

「……ここに来て、イツキと出会ってしまったことも、如月さんは後悔してないのですか?」

 

 恋の語気が少し強くなる。

 イツキから、昨日のことを聞いたのだろう。

 果たして、今の自分はどう思っているのだろうか。自分のことだと言うのに、全くわからない。

 自分の感情を打ち消して、なんともないように振る舞う。もう何年もの間続けてきたことだ。

 

「……わからない」

「イツキは……心から如月さんに歌って欲しいと思っています。ただ、楽しそうに歌う如月さんのことを、心から──!」

 

 歌っている時の自分。

 ああ、そうだ。それこそが、自分の望んでいる姿だ。歌うことが好きで、ただがむしゃらに歌って。それだけで、満足だった。

 では何故、今は歌っていないのだろうか。三年前のあの時、何を思っていたのだっただろうか。

 

「──歌いたい。でも、歌うことが怖い……! またあの時みたいに言われるんじゃないかって、そう思うと怖いんだ……! また、誰かを傷つけてしまうかもしれない……だから俺は!」

「如月さん……」

「──ごめん。もう帰るね」

 

 逃げるように部屋から去っていくミナト。その背中は、いつもよりもとても小さか見えて、まるで助けを求めているように見えた。



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#24 結実 レゾナンス

 生徒会長に恋が就任して以来、学校の雰囲気はとても居心地の悪いものだ。普通科と音楽科が対立しているような状況で、恋の行動の理由を知っているかのんたちはより一層居心地が悪い。

 この状況を変えることは簡単ではない。恋の行動の理由を話すだけで済むとは思えないし、何より本人から話さないでくれと頼まれているのだ。

 

「……それで、ミナトはどうしたのよ?」

 

 その上、今日はミナトも学校を休んでいる。

 先日から様子のおかしかったミナトだが、今日はその姿すらも見えなくなってしまった。かのんが起きた頃にはすでに家を出ていて、学校に休みの連絡を入れていたし、電話をしても繋がらない。

 

「休みだって。航宙科のみんなに聞いてもわからないみたいで……」

「こんな時にミナトがいなくなるトハ……」

「貴重な戦力が一人減ったわね」

「せ、戦力……」

 

 口ではこのように言っているが、クゥクゥやすみれもミナトのことを心配している。特にすみれは普段の様子から勘違いされやすいが、ここにいるメンバーの中で誰よりも人のことを思いやることのできる少女なのだ。

 

「やっぱりこの前何かあったんでしょ」

「……その何かがわからないから困ってるんデス、このグソクムシ」

「なっ! 今それは関係ないでしょ!?」

「あーはいはい、二人とも落ち着いて……」

 

 千砂都が二人を静止して、話題を引き戻した。

 

「……ミナトのことだから、どうせS.M.Sで訓練してるんじゃないの?」

「多分そうなんだけど……ミナトくんが学校をサボってまでそっちに行ったりするかな……?」

「じゃあ、それだけのことがあったってことでしょ。ミナトが学校よりも訓練を優先するようなことが」

 

 結局、それ以上に進展することは無く、かのんたちは普段通りに練習を始めた。仮にミナトがここにいたとしても、「まずは目の前のことを片付けないと」と言ったであろうから、思考から完全にこの話題を消し去って練習をすることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 シミュレータの扉が開き、中にこもった熱気と共にミナトが這い出てくる。通常、シミュレータを使用しただけではこうはならない。何故こうなっているのかというと、ミナトがシミュレータを3時間も連続で使用しているからである。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 行っていたのは、ムーサ・インダストリーが開発したAFとの戦闘を想定したシミュレータだ。無尽蔵に出現するAFを撃破していく方式で、単機でより多くのAFとの戦闘を可能とすることを目的としている。

 マクロス・ホライズン船団の所有するバルキリーの数は戦闘のたびに減少しており、新しく生産をしようにも戦時下のため資材不足などの理由により難しくなってきている。地球や他船団からの支援も、フォールド断層などの都合によって半年以上先になる見通しのため、少しでもパイロットたちが戦える力をつける必要があるのだ。

 

「……よし! まだやれる!」

 

 特に、VF-26という最新鋭機を駆るミナトたちは戦闘時でも新統合軍のVF-Xなどと併せて主戦力とされている。戦術音楽ユニットを護るという重要な任務も任されているため、少しでも長く戦い、多くの敵を倒さねばならないのだ。

 既に7本目になる水を飲み干して、再びシミュレータの中へと入ろうとしたその時、ミナトの背後へと近づく影が一つあった。

 

「精が出るな、ミナト」

「隊長!」

 

 ファントム小隊の隊長、アリーヤ・ハイアットであった。

 過去に起こった第三次<イノセント>戦争でパイロットとして戦い、戦争の終盤で発生したゼントラーディの基幹艦隊との戦いで、ミンメイ・アタックを仕掛けたスクールアイドルたちを守り抜いたという功績を持つ男だ。任務以外でのプライベートでは、あまり隊員と関わらないようにしているらしく、ミナトはあまりこの男について知らない。任務の際は頼りになるということと、先ほど述べた功績について知っているのみだ。

 

「VF-26Fを順調に乗りこなせているようだな。シミュレータも新記録更新か」

「……実戦となれば、こう上手くはいきませんよ」

「そりゃそうだ。何が起こるかわからないっていうのば戦場だからな」

 

 アリーヤの格好は、可変戦闘機の格納庫に似つかわしく無い、堅苦しいスーツ姿だった。全身に筋肉がつき、大柄なアリーヤの身体に全く似合っておらず、アンバランスさだけが目立っている。

 

「それにしてもミナト、学校はどうした?」

 

 現在の時刻は午前11時30分。そして今日は平日である。学生であるミナトは学校にて授業を受けているべき時間であり、こうしてシミュレーターをしているのはおかしいのだ。

 

「……サボりました。学校で学ぶことなんて、とっくにS.M.Sの座学講習で習ってます。それなら、少しでも力をつけないと……!」

「まぁ、そうだよな。俺たちパイロットにとっちゃあ、学校の授業なんざ寝ながらでも理解できる。俺もハイスクールの頃はよく授業をすっぽかして空を飛んでたな」

 

 そういってアリーヤは、その手に持っていたタブレット端末をミナトへと投げ渡した。

 

「これは?」

「直近の戦術音楽ユニットのデータだ。……生態フォールド波の数値が安定してきてるだろ?」

「ええ。訓練の成果が出てきてるようですね」

「そうだ。実績もいくつか建てられているからな。これからは戦場に出る回数も増えるはずだ。……だからこそ、俺たちが守らなければならない」

 

 アリーヤがミナトの手から端末を取り、脇に抱えた。こうしてみていると、どこか教師のような印象を受ける。大柄な体格とスーツはアンバランスだが、アリーヤという男自体の雰囲気などが、人を安心させるようなものなのだ。

 

「ミナト。お前はどうしたい?」

「え……?」

「彼女たちを守りたいか?」

「当然です! かのんたちがいなくなってしまえば、俺は──!」

「そうだ。それがお前の戦う理由だろう?」

 

 今にもアリーヤへと掴みかかりそうなほどだったミナトの動きがピタリと止まる。

 

「お前は背負う必要のないもので背負いすぎだ。過去の遺恨なんざ、フォールドゲートに投げ込んじまえ。男はな、愛する女を守れさえすればそれでいいんだよ」

「でも、それじゃあ……!」

「他に余計なものまで守ろうとしなくていい。まぁ、S.M.Sの仕事はこなしてもらわねぇと困るが──ともかく、ガキ一人で一丁前に責任だとか面倒なものを背負おうとするな。そういうのはお前じゃなく、俺たちの仕事だ。何のために大人がいると思ってる? ……それにな、お前は決して一人じゃない。お前のことを大切に思ってくれる仲間や、信じてくれる人たちがいるだろ? もっと気楽に行けよ、ファントム5!」

 

 そういって、アリーヤは手を振りながら去っていった。

 なかなかに破天荒な男だ。自分の言いたいことだけを言って、ミナトが答える暇もなく去っていく。だが、そのおかげでミナトの中に渦巻いていた迷いが少しだけ晴れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 マクロス・クォーターの中にある、戦術音楽ユニット用のレッスンルーム。授業を終え、スクールアイドルの練習も終えたかのんは、そこを訪れていた。普段はここで、何度も歌い、生態フォールド波の数値を高めるために訓練をしている。今日は訓練の入っていない日だが、なんとなく、歌いたかった。

 かのんの側へと見慣れない女性が訪れたのは、四曲ほど歌い終えた時である。

 白衣を纏っている、赤い髪の女性だ。医者のように見えるが、その動きには一切の隙がなかった。むしろ、身体の使い方はパイロットのそれに近い。

 

「澁谷かのんさんね?」

「はい。そうですけど……」

「新統合軍所属の西木野真姫大尉よ。……今はS.M.Sに派遣されてるけどね」

 

 西木野真姫。

 その名前には、聞き覚えがあった。かつて、第一次<イノセント>戦争の際に戦場にて歌ったスクールアイドルにして、エースパイロットの集団であるμ'sのひとり。それがこの女性だ。

 

「な、何の用でしょうか……?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。貴女たち戦術音楽ユニットの力について、詳しく説明をしに来ただけ。多分、ざっくりとしか聞きてないでしょう?」

「はい。フォールドウェーブがなんとかって……」

「やっぱりね。力を扱う上で一番大事なのは力を理解することだっていうのに……ちゃんと説明しなさいよ艦長」

 

 大仰なため息をついて、真姫はいくつかの資料と、一つの宝石を取り出した。

 

「これ、何かわかる?」

「いえ……」

「これはフォールドクォーツ。<想いを伝える石>とも言われてる水晶体よ。

「アア……バルキリーとかにも使われてるっていう、あの?」

「そう。他にも、フォールドアンプとかにも使われてるわ。で、このフォールドクォーツは超時空物質……時間と空間に干渉できる力を持ってるの。簡単に言えば魔法の石ね」

「ま、魔法……」

「詳しく説明すると数時間はかかるから魔法の石とだけ思っていればいいわ。このフォールドクォーツはあらゆる分野に応用が出来るの。超長距離のフォールド通信、フォールド航法、反応炉、歌エネルギー増幅装置……プラトカルチャーの技術の謎は、ほとんどがこのクォーツによるものなの」

「そんなに凄いものなんですか?」

「そんなに凄いものなのよ、これは。貴女の身近にもフォールドクォーツは存在するわよ。かなり小さいけどね」

「身近……?」

 

 真姫の掌にあるフォールドクォーツは、紫色の光を放つ神秘的な水晶体だ。確かに、同じようなものを見たことがある気がする。

 

「──ミナトくんのブレスレット!」

「当たり。如月中尉のブレスレットにはこのクォーツがついてる。それによって、彼の歌の力は20%ほど増幅されているの」

「ミナトくんの歌が……?」

「それだけじゃない、フォールドウェーブを通じて感じる他人の心……それが、如月中尉には何倍にもなって感じるようになってる。貴女も感じたことがあるでしょう?」

 

 そういえば、オケアノスでの戦いでミナトの声が聞こえた。遥か遠くの空を飛んでいた筈のミナトの声が聞こえたのは、そのフォールドウェーブを通じてとやらなのだろう。

 あの時、声と共にミナトが感じていた痛みが伝わってきた。ミナトがあの痛みを感じたのは、ケルビム型と接近し、またもやフォールドウェーブを通じてAFたちの怒りや憎しみを感じ取ったからだという。ただでさえ強い痛みだったアレを、ミナトはさらに何倍にも強く感じていたというのだ。それを理解していくごとに、かのんの顔が蒼白していく。

 

「……でも、それによって新しいデータが得られた。貴女と唐さんの歌は、如月中尉の持つフォールドクォーツを活性状態に引き上げることができ、同じように如月中尉のフォールドウェーブと共鳴して彼の力を何倍にも引き上げられる」

「歌で、そんなことが?」

「とりあえず、実験のためにもこのフォールドクォーツは貴女にあげるわ。すっごく高価だから無くさないようにね。クォーツを握って歌ってみなさい。多分、共鳴状態に突入して中尉の心と繋がるはずよ」

 

 そういって、真姫は部屋を去っていった。

 言いたいことだけを言って帰っていったようなものだが、大体のことは伝わった。要するに、かのんとクゥクゥの歌がミナトの力となれるのだ。それだけがわかれば、十分だった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……かのん?」

 

 かのんがクォーターから帰ろうとした時、背後からミナトが声をかけた。振り向いて様子を見ると、彼も先ほどまで訓練をしていたようで額から垂れる汗をタオルで拭っていた。

 

「やっぱりクォーターにいたんだ、ミナトくん」

「アア……伝えてなかったね。ごめん」

「ううん。ここにいるだろうなって思ってたから」

 

 かのんが差し出したスポーツドリンクを、ミナトは一気に半分ほど飲み干した。

 

「ありがと。朝から水しか飲んでなかったんだよ」

「ちゃんとお昼ご飯も食べないとダメだよ?」

「いや……腹に何か入ってると戦闘機動の時に吐くから……」

「アア……って、それでもちゃんと栄養は摂らないと! せめて水じゃなくてスポーツドリンクを飲むとか──」

「大丈夫だよ。ちゃんと自分の体調はチェックしながらやってるから」

「ホントに……?」

「ホントホント」

 

 そう言ったものの、ミナトの言葉に事実は僅かしか含まれていない。

 体調のチェックは最低限で、まだ死なないというのを確認した程度だ。パイロットであるミナトにとって死はかなり身近なもので、より一層それへの恐怖は強い。戦場に出れば、僅かなミスや、ほんのコンマ1秒の差で死が訪れる。だから、そういう風になるものだ。

 だから、死なないうというのが判断の基準となる。死にさえしなければ戦えるし、家へ帰ることができる。所属する陣営が戦いの結果で敗北したとしても、パイロットとしては生きて帰れさえすれば勝ちなのである。

 ミナトのように誰かを守る任務を与えられている場合、生きている必要性はさらに向上する。護衛の死は、すなわち護衛対象の死だ。

 

「……かのんはさ、戦場で歌うとき、どんなことを考えてる?」

 

 気がつけば、そんな問いが口から漏れていた。

 

「うーん……特に考えてないかな」

「考えてない?」

「うん。最初は私の歌で誰かを守れるなら──とか考えてたけど、今はただ無我夢中だよ」

「無我夢中……か」

「後は……いけないことってわかってはいるけど、楽しく感じちゃう時もあるんだ」

 

 確かに、大勢の人が命を失うことになる戦場で楽しいと思うことなど、人間としては悪しきことだと思っても仕方がない。

 だが、ミナトはそうは思わなかった。

 

「別にいいと思うよ。そういう風に思うのは」

「……え?」

「俺たちパイロットは、飛ぶのが楽しくてパイロットをやってる。みんなも同じ。歌うことが楽しいから歌ってる。戦ってる最中、みんなの歌が聞こえると、身体に翼が生えたみたいになって──どこまでも飛んでいけるような感じがする。それでいいんだよ」

「そう、なのかな?」

「多分ね。もちろん、俺たちも死ぬのは怖い。けどやっぱり、飛ぶのが好きだから、恐怖に抗って飛び立つ。そういうものなんだよ」

 

 それが、ミナトの自論である。

 パイロットである以前にアーティストであるミナトにとって、その時に感じたものというのは大切なピースの一つだ。その人がその時にどう感じるのかは自由で、それは常に尊重されるべきなのだ。

 

「やりたいことをやるのは何も悪いことじゃない。俺たちは飛びたいから飛ぶ」

 

 微笑んで、ミナトはかのんの方を向く。

 

「俺はかのんたちを守りたいから守る。だから、かのんたちはやりたいように歌ってくれ」

「……ミナトくんは」

「ん?」

「ううん! なんでもない!」

 

 ──歌いたくないのか。と聞くことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ミナトが去っていってから、かのんはしばらくその場から動けなかった。

 かのんの知っている如月ミナトという少年は、誰よりも歌を愛していた。誰よりも、歌いたいと思っているはずなのだ。だが、それを聞くことはかのんに出来なかった。それをすることで、ミナトを悲しませてしまうかもしれなかったから。

 

「……ミナトくん」

「全く……」

 

 家に帰ってもずっとそんな調子であったから、夕飯の後片付けをしていた母親も呆れてそう言った。

 

「かのん」

「……なに?」

「かのんはミナトくんに、どうしてほしいの?」

「……また、歌ってほしい。本当にミナトくんのやりたいことをやってほしい。でも……」

 

 俯いたまま言うかのんを見てふふ、と小さく笑いを溢す。

 恋愛というのは、相手の気持ちに踏み込んでいくものだ。同じように、踏み込まれもする。傷つくし、誤解もする。そういうものなのだ。

 だから、相手を傷つけるかもしれないという理由で迷っているかのんの初々しさとか、繊細さだとかいうものを懐かしく感じた。

 

「それなら、自分の考えなんて捨てなさい。大事なのは、ミナトくんの気持ちを理解すること。ミナトくんを大切に思うなら、まず相手の気持ちに寄り添ってあげなさい。自分の気持ちとか考えは二の次よ」

「相手の気持ちに寄り添う……」

「それじゃあ、私は明日の準備をするから。かのんも早く寝なさいよ?」

「……うん」

「何? まだ何かあるの?」

「ううん──ありがとう、お母さん」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 月明かりが窓から差し込み、かのんの部屋を淡く照らす。

 机の上に置いたフォールドクォーツが光を反射してキラリと光る。

 かのんはカーテンを閉めて部屋の明かりを完全に消すと、その机の前に座った。

 

(私は本当に、ミナトくんのことをわかっていたの?)

 

 意を決して、フォールドクォーツを掴み取る。

 

「想いを伝える石……」

 

 それがただの伝説であっても、今はそれを信じたかった。

 キィン、という響くような音が、わずかに聞こえた。

 四拍、息を吸い込み、二拍止めて、四拍吐き出す。

 それを何度も繰り返し、意識を集中させる。

 澁谷かのんと如月ミナトという二人の人間の境界線が解けていく。

 

(ミナトくんの痛みを、もっとわからないと……! 自分と重なるんじゃない。ミナトくんのことを知らないと……!)

 

 かのんの視界にうつる景色が、遥か遠くの辺境の、砂漠型惑星のものへと変わっていく。

 そこにいるのは、燃え盛る街の中で、ただひとり泣いている少年の姿。

 無力感と、絶望。その二つが、かのんの心へと押し寄せてくる。

 かつてミナトが感じたのが、この二つの感情なのだろう。

 フォールドクォーツを通して感じているだけのかのんでも、その感情に押しつぶされそうになる。ミナトは、それに耐えてこれまで戦ってきたのだろうか。

 ここまでの絶望を感じて、逃げ出しても何も悪くはないのに、これまで戦って──否、かのんたちを守ってきていたのだ。

 

(俺は──)

(私は──)

 

 その絶望の中で、わずかない希望が見えた。

 

「──歌いたい」

 

 ただ、それだけだった。

 ミナトが望んでいるのは、ただそれだけだ。

 だがそれを、ミナトは絶望と罪の意識でかき消そうとしている。その感情を少しでも出してしまえば、戦えなくなってしまうから。

 それを理解して、かのんは泣いた。

 ミナトの哀しみを知って、泣いた。

 かのんが戦場で歌うのは、ミナトのためだ。守ってくれたミナトをひとりにしたくなかった。だから、かのんは歌っている。

 気がつくと、クォーツは床に転がっていた。

 ゆっくりと立ち上がり、ミナトの元へと走る。

 それが、自分の為すべきことだと思った。だから、走った。ミナトが何処にいるのかはわからない。だけど、とにかく走った。

 アイランド船の天窓から覗く星空が、美しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 日は沈み、アイランド船を覆う天窓から星の光が微かにそそぐ静かな夜。ミナトは、ただ街を歩いていた。

 かのんとはじめて出会った小径を通り過ぎ、代々木公園を通り過ぎ、全く知らない辺りまで進む。

 どこかへ行こうと思って歩いているわけではない。どこへも行けないから、いつまでも歩いているのだ。

 

「……今日は、星がよく見えるな」

 

 天窓から見える星は、いつもよりも明るかった。

 手を伸ばしても、届きそうにない。到底たどりつくことのできない宇宙の果てで輝くあの星は、鳥籠の中でもがくミナトを嘲笑うように光り続けている。

 ミナトが生まれたのは、地球のマクロス・シティだった。今や銀河中に広がる人類の星間文明の始まりの星である地球から旅立ち、ミナトはフロンティア船団へ行き、友と師、そして夢を手に入れた。

 そして今は、このマクロス・ホライズン船団にいる。地球からも、フロンティア船団からも遠く離れたこの船団で、ミナトは多くのものを手に入れた。大切な友人や仲間たち、この街。そして何より、かのんとクゥクゥと出会えた。

 これ以上望んでも、何も手に入れることは出来ないだろう。望んだだけで手に入れられるほど、この世界は甘くない。望んで、望み続けて、一歩を踏み出さなければ何も手に入れることは出来ないのだ。

 戦う理由を、思い出すことが出来た。パイロットとしてのミナトは、すでに一歩を踏み出す準備は出来ている。ならば、後は歌手としてのミナトが一歩を踏み出すだけだ。たった、それだけだ。

 その、たったそれだけのことが怖い。

 だから、誰かに背中を押して欲しかった。

 イツキにもう一度歌ってくれと言われた時、嬉しかった。ミナトの歌で守れなかったあの星のことを知っていながら、ミナトの歌を欲してくれることが嬉しかった。

 だけど、イツキは──イツキこそが、ミナトの歌で守ることのできなかったものなのだ。

 背中を押して欲しいと思いつつ、いざそれをされると拒む。自分勝手な人間だと、自分を笑った。

 背中を押してくれなくたっていい。

 これまでの努力を認めて欲しい。

 ただ、それだけなのだ。

 

「──ミナトくん!」

 

 いつしか辿り着いていた展望桟橋の先にある公園へと、ミナト以外に誰かがやってきた。ミナトの名を叫び、駆け寄ってくるオレンジ色の髪色の少女。今、ミナトが会いたいと思っていた少女だった。

 

「……かのん!?」

 

 驚くミナトへ、その少女──かのんは、握りしめていたブレスレットを差し出した。

 

「やっとミナトくんのことがわかった気がする。……ずっと一人で戦ってたんだね」

「え……?」

 

 かのんの瞳が、ミナトを見据える。フォールドクォーツのように美しくて澄んだ、綺麗な瞳だ。そこへ映るのは、自分の姿のみ。優しさだけがそこにはあって、本当に綺麗な瞳だった。

 

「私は、ミナトくんたちがいたから歌えた。だから、今度は私がミナトくんの力になりたい! ……人は、ひとりじゃ飛べない──飛んじゃいけない。それが、ミナトくんのおかげでわかったから」

 

 そう、人はひとりじゃ飛べない。

 ミナトにそれを気づかせたのは、他でもないかのんだ。

 誰かが誰かを思い、誰かが誰かの手を繋ぐ。そんな当たり前のことがなければ、人は何もできない。どこへも飛んでいけないのだ。

 

「ひとりじゃ、飛べない……」

「私も、ミナトくんとクゥクゥちゃんに会えなかったら、飛べなかった。でも今はひとりじゃない。だから飛べる」

 

 かのんの手の中で、ミナトのものとよく似たブレスレットが輝いていた。

 

「ミナトくんが飛ぶための力になりたい。だから──!」

 

 何故なのだろうか。

 ずっとひとりで抱え込んでいたミナトのことを、何故こうもこの少女は易々と理解してしまうのだろうか。

 出会ったあの日から、ミナトの戦う意味は、自らの贖罪のためでは無くなっていた。この少女を守ることが、ミナトの戦う意味へと変わっていた。

 

「……俺は、もう君にいろいろなものを貰った。かのんはとっくにもう、俺の戦う理由に──飛ぶための力になってくれてる」

 

 遠くに輝く一等星へと手を伸ばし、グッと握る。当然、何も掴むことは出来ない。

 鳥はどれだけ高く飛ぼうとも、輝く星まで行くことは出来ない。

 

「俺ももう、一人じゃ無い。かのん、クゥクゥ、イツキ──みんながいてくれたから」

 

 だけど、翼さえあればどこまでも飛べるから。

 あの星に手が届かなくとも、手を伸ばして飛ぶことは出来る。より近くへと飛んでいくことが出来る。

 

「だから、俺は飛ぶよ。この空を──俺の舞台を!」

 

 今、ミナトの背中には白く大きな翼があった。



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#25 切望 スクールアイドル

「……それじゃあ、軽く話を纏めようか」

 

 スクールアイドル同好会の部室にて、ミナトはホワイトボードにこれまで集まった情報を書き出しながらそう言った。

 

「生徒会長に就任した葉月さんは、学校運営のための資金不足と来年の入学希望者の数が少ないという事実を知った。それを何とかするため、葉月さんは苦肉の策として学園祭を音楽科のみで行うと宣言した」

 

 そうそう、とかのんたちが頷く。

 

「が、その事情を知らない普通科の生徒たちは葉月さんを糾弾。元々存在していた音楽科と普通科の溝がさらに深くなった、と」

「私たちの方でもなんとかしてみようとしたんだけど……葉月さんに口止めされてるから、真実を話すわけにもいかないし、何も出来なくて……」

「だろうね。航宙科は我関せずで、学園祭に向けての準備を進めてる。新統合軍からAVFの貸し出しとかも行われるらしいから、忙しくて

航宙科の手を借りることは出来なさそうだよ」

「じゃあ、もう私たちだけでどうにかするしかないのか……」

 

 手の中でマーカーを玩びながら、ミナトは航宙科の予定が書かれたプリントを差し出した。かのんたちがそれを受け取って確認すると、確かにほとんど毎日飛行訓練や機体の調整で予定が埋まっており、とても頼りにすることは出来そうにない。そもそも、航宙科自体がこの問題の蚊帳の外にいるようなものなのだ。

 航宙科のみは新統合軍から機器の提供を受けているため、主に運営するための資金は音楽科と普通科に回される。だから、航宙科のみはこの問題の対象に当てはまらないのだ。

 

「……にしてもミナト、昨日はどうしてたのよ?」

「ちょーっとサボって訓練してた」

「ミナトが不良になったデス……」

「まったく……ともあれ、ミナトが無事で良かったわ。休むなら休むでちゃんと連絡しなさい。もし敵に連れ去られてたりしたら──」

「大丈夫だって。生身での戦闘には自信があるから」

「そういう問題じゃなくて……」

「それよりも、今の状況をどうするかを考える先だよ。……といっても、どうしたものか」

 

 あれこれ騒いだが、一向に打開策は思いつかない。諦めて練習を始めようとした時、部室の扉が開いた。

 

「──私のせいです」

 

 そう言って開けた扉を閉めたのは、他でもない恋だった。

 酷く憂鬱そうな表情をしていて、普段の雰囲気はかけらも無い。

 

「葉月さん……」

「色々な方から、皆さんが動いてくれていると聞きました。私のせいで……申し訳ありません」

「いや、俺たちもやりたくてやってるだけだからね。それよりも、葉月さんの方が心配だ。少し窶れて見えるよ」

「先ほど、理事長から明日の全校朝礼で問題の解決が出来なければ学園祭を中止すると伝えられたのです」

 

 恋の目元には僅かにくまも出来ていて、無理をしていると一目でわかる。かつてのミナトも、同じような状態だった。ベリトでの戦いから、ホライズンにやってくるまで、ミナトも無理──というほどでは無いが、ずっと気を張り詰めていたものだ。もっとも、フロンティア支部の雰囲気などもあるのだが。

 

「……それと昨日、改めてこの学校の記録を調べてみたのです」

「この学校の? ……神宮音楽学校時代の記録か。でも、何故?」

「かつて……この地にあった神宮音楽学校には、私の母も通っていました。そして、学校が廃校になることを知った母は、それを阻止しようと、ある活動を行なったのです」

「その活動ってまさか……」

「はい。当時は学校アイドル部と呼ばれていましたが、活動の内容はスクールアイドルと同じです。私は、そのことを何度も母から聞かされていました」

「じゃあ何で今、スクールアイドルを拒むんだ?」

「……当時の活動の記録が、一つも無いのです。家のアルバムはもちろん、この学校に保管されている資料にも……」

 

 恋の言葉を聞いて、ミナトは僅かに恋の母親である葉月花に共感した。立つ鳥跡を濁さず、というように立ち去る時は始末をしていったのだ。ミナトもそういう人間であるから、花がそうした理由も大体は察することができた。

 おそらく、自分の余命を知った花は、自分から聞かされた話ではなく、恋に自分自身でどうするのかを考えて欲しかったのだろう。ミナトも同じ状況になればそうするであろうし、ミナトの師である早乙女嵐蔵も、同じように息子にそうあって欲しいと望んでいたから、そういう気持ちは理解できる。

 

「もしかしたら、母は学校アイドルとして学校を守らなかったことを後悔していたのかも知れません。そして今再び、この学校は廃校の危機に晒されています」

「……同じようにスクールアイドルをして、また同じように学校を守ることができないかもしれない、ってことね」

「だから私は、この学校でスクールアイドルをすることだけはやめてほしいのです……!」

 

 恋は諦めてしまったのだろう。母親と同じ学校で、同じ活動をして、その母が遺してくれた学校を盛り上げたかったのだろう。だけど、その母は学校アイドルをしていた記録を全て消し去ってしまった。

 だから恋はこれほどまでにも苦しそうで、悲しそうな表情をしているのだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 恋が去っていったあと、ミナトはふと思い立って携帯端末に保存してある写真データを開いた。家に現像した写真を使ったアルバムを置いてあるが、もしもの時のためにネットワーク上に保存してあるのだ。

 その中から探したのは、三年前の写真だ。惑星ベリトへ行った時の写真と、事件のあとのインタビューや、マスコミが撮った写真たちを保存していたはずなのだ。

 

「……あった」

 

 破壊し尽くされ、一部では未だに火の手が上がっているのを背景に、ミナトが保護され新統合軍のヘリに搭乗しようとしている写真だ。ミナトの表情は暗く、まるで何もかもを失ったかのように絶望を浮かべている。だが、ミナトはこの写真をみて後悔を覚えることはもうない。この時に、確かに誰かを守ることが出来ていたとイツキが教えてくれた。ミナトは歌っていいのだと、かのんが教えてくれた。

 この時の経験が、今のミナトを作ったのだ。そこに後悔など一つもない。あるのは、やれることをやり尽くして、誰かを守ることが出来たという誇りのみだ。

 おそらく、花も同じように感じているのではないかと思う。例え学校を守らなかったとしても、その時に仲間と努力して、何かを行ったという事実は消えない。その時の自分を誇っているからこそ、恋へと何度も聞かせたのだろう。

 

「みんな、少しいいかな?」

 

 思い立ったら行動するべきと思い、ミナトはスクールアイドル同好会の四人へと声をかけた。

 

「何よ?」

「葉月さんのことだ。俺は、葉月さんの母親が学校アイドルとして活動していたことを後悔しているとは思えない。だから、それを確かめたいんだ」

 

 ミナトの言葉に、四人は考え込むような動作をしながら黙り込んだ。

 やがて、かのんが微笑みながら、ミナトに賛成の意を示した。

 

「私もそう思う。葉月さんの家にあった写真の花さんは、凄くキラキラしてた。後悔をしていたなんて思えない」

「でも……それを確かめる方法なんてないんだよ?」

「葉月さんも調べ尽くしたと言っていマシタ」

 

 千砂都とクゥクゥの言葉に再び消沈してしまうかのん。だが、ミナトは不敵に笑った。

 

「……自分で見てみないとわかんないだろ?」

 

 そう言ったミナトは非常に頼もしく見えた──というのが、ここにいる四人の総意だった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 翌日の朝、ミナトたちは理事長室を訪れていた。ミナトが用があるのは資料の保管室なのだが、その鍵を理事長が持っているのだ。

 

「……これが部屋の鍵です」

「ありがとうございます」

「あと少しで全校集会が始まるというのに、何をする気ですか?」

「この学校の記録を確認したくて。集会には間に合わせます」

 

 そういうと、理事長も納得してくれたのか小さく頷いた。

 ミナトは部屋を飛び出して、保管室へと向かった。理事長の言う通り、時間がないのだ。一分一秒が惜しい状況なのだから、ゆっくりと歩いている暇などない。

 

「よし、みんなはそっちの棚を探してくれ!」

「わかった!」

 

 かのんたちとも協力して、保管されている資料をしらみ潰しに確認していく。探しているのは、学校アイドルの活動記録だ。部活として存在していたのならば、必ず何処かにあるはずだ。

 

「これも違う、これも──!」

 

 設置されていた机に確認し終えた資料を山積みにしながら、それでもミナトたちは調べ続けた。

 そこへ、恋が訪れた。理事長から、ミナトたちがこの部屋を訪れていることを聞いたのだろう。

 

「……私も何度も探しました。ですが、一つも無かったのです……!」

「花さんは、何か言ってなかったのデスカ?」

「はい。ただ、いつも口癖のように『同じ場所で思いが繋がっていて欲しい』と……」

「同じ場所で、思いが……」

 

 再び行き詰まったところで、予鈴のチャイムが鳴った。

 

「全校集会が始まります。……行かなくては」

「今のままでどうするの!?」

「……正直に、現状を話すしかないでしょう。その結果、どうなるのかはわかりませんが……」

 

 明らかに恋の声は落ち込んでいて、今にも倒れてしまうんではないかと言うほどに力が篭っていない。

 

「同じ場所で、思いが……もしかして!」

 

 体育館へと向かう恋の背中を見送ったあと、かのんが思いついたように顔を上げた。かのんがポケットから取り出したのは、スクールアイドル同好会の部室の鍵だ。だが、かのんが手に取ったのはそちらではなく、一緒についている謎の鍵だった。

 

「ついてきて!」

 

 ミナトたちがその鍵について考えようとした瞬間、かのんが走り出した。向かったのは、スクールアイドル同好会の部室だ。

 

「かのん、何かわかったのデスカ?」

「確証は無いけど、もしかしたら部室に何かが残されてるかも知れない!」

「……なるほど、同じ場所で思いが繋がる……そういうことか」

 

 部室の奥にある、物置スペースとなっている部屋。その中へと入っていったかのんを追って、ミナトたちも中に入る。

 

「鍵の穴のついたものを探して!」

「了解!」

 

 かのんに言われ、ミナトたちも部屋の中を捜索し始める。元からこの部屋は物置として使用されていた場所だ。置かれていたものが多すぎて全てを把握することが出来ていないのだから、ここに何かが隠されていたとしても不思議ではない。

 

「何か……何かがここに……!」

「……あったぞ!」

 

 部屋の奥に置かれていた棚に、一つだけ異様な雰囲気を放つ鍵穴付きの箱があった。かのんが鍵を刺すと、ピッタリと嵌まり、回すとカチリと音が鳴って鍵が開いた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 体育館には既にピリピリとした雰囲気が広がっていて、音楽科の生徒を、後ろに立つ普通科の生徒たちが睨んでいる。まさに一触即発といった状況だ。

 これまで我関せずといった態度であった航宙科は、この状況を見て判断したのか、普通科の生徒たちと同じように恋のことを鋭い目つきで見ている。

 

『これより、全校集会を始めます。まず初めに、生徒会長から学園祭について話があります』

 

 恋が壇上に立ち、生徒たちの注目が集まる。

 

「生徒会長の葉月恋です。学園祭の話をする前に、まず先日の私の発言によって学校を混乱させてしまったことを謝らせて下さい。──すみませんでした」

 

 恋が頭を下げ謝罪する。だが、それだけで治るような雰囲気であるはずはなく、未だに普通科の生徒たちの視線が恋に刺さっている。

 

「不快に思った人や、怒りを感じた人も多かったと思います。ただ、私はこの学校の良さを外の人に知って貰う為──」

「普通科はどうなるんですか!?」

「学園祭に参加できるんですか!?」

 

 恋の言葉を遮るように、普通科の生徒たちが叫んだ。それを皮切りに次々に声が上がり始めた。

 どうすることもできず、狼狽する恋。

 そんな時、体育館の扉が勢いよく開いた。

 

「待って!」

 

 そう叫んで、体育館へと入ってきたのはかのんだった。その手には、先ほど見つけた箱の中に入っていたものたちがある。

 

「葉月さん。私から、話したいことがあるんですけど……」

「澁谷さん……」

 

 恋を含めた全員の注目が、かのんへと集まる。

 

「──いいでしょう」

 

 恋が、突然現れたかのんをどうすべきか迷っていると、後ろ手見守っていた理事長が声を上げた。

 

「壇上へ」

 

 その言葉に頷いて、かのんは階段を上がる。

 集まっている注目に不安になったが、チラリと横目で見たミナトが、『大丈夫だ』というようにサムズアップしているのを見て、再び決意を固めて恋と向き合った。

 

「葉月さん、これを」

 

 かのんが、手に持った一冊のノートを恋へと差し出した。華やかに装飾が施されたそのノートの表紙には、<神宮音楽学校アイドル部>と大きく書かれている。

 

「それは……!」

「さっき、スクールアイドル同好会の部室でこのノートを見付けました。この学校が出来る前にここにあった、神宮音楽学校の生徒達が書いたものです」

 

 そのノートを見て、かのんの言葉を聞いて、恋の肩が僅かに震えだした。

 

「その生徒達は、廃校の危機が訪れた時にアイドル活動で生徒を集めようとしたのです。その時の日誌に、こう書いてあります。『学校でアイドル活動を続けたけれど、結局学校は無くなる事になった。廃校は、阻止できなかった。でも、私たちは何一つ後悔していない』」

 

 ノートを開くと、そこには学校アイドル部の活動の記録と、楽しそうに笑う花たちの写真があった。

 ミナトが考えていた通り、花は後悔などしていなかった。むしろ、こうして活動をしたことを誇りに思っていたのだ。

 

「『学校が一つになれたから。この活動を通じて 音楽を通じて皆が結ばれたから。最高の学校を作り上げる事が出来たから。一緒に努力し、一緒に夢を見て、一緒に一喜一憂する。そんな奇跡のような時間を送る事が出来たから。だから私は、皆と約束した。”結”と文字を冠した学校を、必ずここにもう一度創る。音楽で結ばれる学校を、ここにもう一度創る。それが私の夢。どうしても叶えたい夢』……この学校を創った葉月さんのお母さんは、音楽で結ばれる事を望んでいたんだよ。この学校は、その夢を叶える為の学校。普通科も音楽科も航宙科も心が結ばれている学校。スクールアイドルはお母さんにとって、最高の思い出だったんだよ」

 

 その言葉を聞いて、恋はかつて花が言った言葉を思い出した。何度も聞かされた学校アイドルの話。その最後には、必ずこの言葉があった。

 

 ──スクールアイドルは、お母さんの最高の思い出! ──

 

 何故、この言葉を忘れてしまっていたのだろうか。何よりも母が伝えたかったのは、この言葉のはずだ。

 気づかぬうちに、恋は涙を流していた。

 

「お母様……ッ!」

 

 そんな恋へと、かのんは1着の衣装を差し出した。シンプルな白ベースのワンピースで、青色で彩られている。

 その衣装に、恋は見覚えがあった。ついさっき見た、ノートに貼られていた写真の一つに、この衣装を纏った花の写真があった。

 

「この衣装も、ノートと一緒に」

 

 受け取った衣装を、胸の中でしっかりと抱きしめる恋。

 亡き花の遺した想いが、ようやく結ばれたのだ。集まっていた全校生徒がその様子を見て、理解して、共感して、拍手が鳴り響いた。この瞬間、ずっと存在していた学科間のわだかまりが消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 数日の時が経ち、わだかまりが消えたことにより、学科を超えて生徒たちが協力して、学園祭の準備が進められていた。音楽科が主導でステージの設営を行い、普通科がそれを手伝っている。そして、航宙科がEX-ギアを使用して資材の運搬を行っている。とはいえ、そこに争いは一切ない。花の願った、音楽によって人々が結ばれるという光景が、今まさに広がっているのだ。

 その様子を、かのんたちは恋を連れて眺めていた。

 

「……音楽を通して結ばれる。それって多分、こういう光景のことなんだろうな」

「お母様の目指した光景……」

 

 どれだけのことがあっても、人々は繋がることが出来る。

 音楽には、それだけの力がある。

 かつて、星間戦争で敵対していた地球人類とゼントラーディが対話できたのは、リン・ミンメイという一人の少女の歌の力だった。その歌を美しいと思う心は人類もゼントラも同じで、だからわかり合うことができたのだ。

 

「私たちは、この景色を葉月さん……ううん。恋ちゃんと一緒に見ていきたい。こうやって、みんなが結ばれた景色を、同じスクールアイドルとして見ていきたい」

 

 かのんのその言葉に、恋は僅かに笑みを浮かべ、またすぐに暗い思い詰めた表情に戻り下を向いた。

 

「今まで、澁谷さんたちの邪魔をし続けてしまった私に、そのような資格は──」

「私、恋ちゃんと一緒にスクールアイドルとして歌いたい! この学校の為に……いや、この場所で創られた、たくさんの想いの為に!」

 

 恋へと、手を差し伸べる恋。だがやはり、恋はその手を取ることを迷ってしまう。この学校に込められた想いをしって、恋と共にスクールアイドルをやりたいと言ってくれることは、とても嬉しい。それでも、自分がやってしまったのは到底許されることではない、という思考が恋の頭で渦巻いている。

 その様子を見かねたミナトが、恋へと声をかけた。

 

「……どれだけ後悔しても、犯した過ちは消えない。だけど、それを償うことはできる。この学校のことを想ってそれが空回りしたのなら、もう一度正しい方法でやり直せばいい。それまでのことが霞むぐらい、結果を出せばいい!」

 

 ミナトもそうであったように、恋もまた大きな責任を背負っていた人間だ。ミナトの場合は、ベリトで亡くなった人たちや、その時に被災した人々。恋の場合は、この学校に通う生徒たち。程度は違えど、誰かの人生を背負っているのだ。

 失ったものは元には戻らない。ベリトで亡くなった人たちは、今のミナトがどれだけ努力し、戦っても帰ってくることはない。だからミナトは、今ここにいる人々を守るために戦い、歌うと決意したのだ。

 恋だって、それは同じだ。これまで学校のことを思って起こした行動によって混乱を起こしてしまったのならば、それ以上に学校のために何かをすればいい。失ったものを元には戻す力は、人間にはない。だが、新しく何かを作り出す力はあるのだ。

 

「さあ、一緒に──!」

「始めよう!」

 

 かのんとミナトが、恋へと手を差し伸べる。僅かな迷いの末、恋は二人へと一歩を踏み出した。ほんのわずかだが、確かに前進した。ゆっくりと、次の一歩を踏み出す。さらに、その次の一歩。

 

「大丈夫! できるよ!」

 

 千砂都の応援で、恋がまた一歩足を踏み出す。

 

「素直じゃないわねえ」

 

 すみれの言葉で、さらに一歩踏み出す。

 

「私たちはいつでも欢迎欢迎デスヨ!」

 

 クゥクゥの中国語の混じった歓迎の言葉で、最後の一歩を進んだ。

 二人から差し伸べられた手が目の前に迫る。恋は、涙ぐんで歯を食いしばりながらも、ゆっくりとそこへ手を伸ばした。

 一陣の風が吹き、恋の背中を押した。その風は温かく優しくて、どこか母の手を思い起こさせるものだった。

 

「ようこそ、スクールアイドルへ!」

 

 僅かに触れた恋の手を、絶対に離れることのないよう握るかのん。同じように恋の手を握ったミナトが、恋へと微笑みを浮かべた。

 

「『芸とは神からの賜物。誰にも邪魔立てすることなど出来はせぬ』……初めて出会った時、葉月さんに言った言葉だ。葉月さんのことを邪魔するものは何もない。俺たちと一緒に飛ぼう、どこまでも!」

 

 ミナトの言葉に、恋が頷く。そして、二人と同じように笑みを浮かべた。この瞬間、スクールアイドル同好会と、恋の間にあったわだかまりも消え、スクールアイドルという繋がりで結ばれたのだった。

 

 



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#26 絢爛 ドッグファイト

 恋がスクールアイドル同好会へ入部すると同時に、同好会は部へと昇格となった。とはいえ何かが変わるということは無く、いつも通りに練習し、いつも通りにS.M.Sにて訓練を行った。

 強いて挙げるとするならば、恋が戦術音楽ユニットへ加入したことだろうか。既に所属している四人とは違い、何も訓練を行っていないためフォールドウェーブの数値は低いが、五人が共鳴することでこれまでとは比べものにならないほどの数値となった。

 

 それから数日の時が経ち、遂に学園祭の当日となった。

 一連の問題によって準備が大幅に遅れていたが、学科を超えた協力により問題なく終えることが出来、無事に開催が出来ることとなった。

 校舎の各所に装飾が施され、様々な展示品をより華やかにしている。中庭や校舎までの道には食べ物の屋台が設置され、ちょうどお昼時ということもあってか多くの人たちで賑わっている。

 航宙科の校舎ではパイロットコースの生徒によるシミュレーターの実演や体験、メカニックコースの生徒の制作したものの展示などを行っており、パイロットを目指す中学生たちや、神宮航宙学校の卒業生、さらには現役の軍人たちが多く訪れている。

 さらにはそれ以上に人で溢れかえっているのが、格納庫と滑走路に展示されている実機のバルキリーだ。学校の保有するVF-1に加え、新統合軍から貸し出されたVF-19とVF-22が展示されている。その隣では、メカニックコースの生徒が制作した実機をそのままスケールダウンしたラジコンと、それをシミュレーターの筐体に接続してパイロットコースの生徒が操作しての展示飛行を行っている。

 

「面白い。とても面白いです。実機のスケールダウンとはいえど、しっかりと三段変形も再現している。大容量バッテリーを搭載して、3時間までなら戦闘機動も可能。しかも制作費用はかなり低い。これなら、超小型のゴーストとしての使用も──」

「はいはい。気になるのはわかるが一旦落ち着け、な?」

 

 その様子を見て、興奮した様子で捲し立てるアルと、それを嗜めるレイル。この二人は、この後の実機を使用した模擬戦に参加するため、このラジコンによる展示飛行には関わっていないのだ。それ故に、初めて見たこのラジコンを見て興奮しているという訳だ。S.M.Sにてメカニックも兼任しているのと、RVF型というゴースト等の無人機の操作も行う機体に乗っていることにより、もはや職業病とも言えるレベルで思考の渦に入り込んでしまっている。

 

「にしても人が多いな。航宙科志望の奴はこんなにいるのかよ」

「多分、ミナトがいるからでしょうね。僕らはパイロットとしての姿の方が身近ですけど、一般的には銀河のスターなんですから」

「なるほどね……」

 

 ミナトがホライズン船団にいて、この学校の航宙科に通っているという情報は既にネットにも出回っている。それを見て、一目見ようと集まっているのだ。そこから展示品などを見て、航宙科に興味を持ってくれる人がいるならばいいのだが、仮に芸能人がいるからという生半可な理由で入学して、それで戦場に出て死ぬようなことになれば後味が悪いだけだ。そういうことも考えれば、今の状況は手放しで喜ぶことはできない。

 

「誰かに憧れて、そのまま兵士になって死ぬってのは、これまで何度も見てきたからな……」

 

 伝説のパイロットたちに憧れて、自分には同じ実力があると過信して死んでいったパイロットたちを、二人は幾度も目にした。それだけで無く、リン・ミンメイや熱気バサラに憧れて、テロの起こっている地や戦場に出てきて歌い、そのまま殺された者もいた。

 

「ミナトも……死ななかったとはいえ、そのせいで心に傷を負ったからな」

「人の悪意というのは、時に銃弾よりも強力な凶器となりますから。すみれたちをそうさせない為にも、僕たちがこの街を守らなければなりません」

「ああ。俺も昔、歌とパイロットに命を救われたからな……。今度は、俺がその番だ」

 

 平和な光景を見て、二人は改めて戦いの恐ろしさを理解した。同時に、パイロットであることの責任の重さを感じた。

 ここにいる、将来自分たちの後を継ぐ者たちや、肩を並べて戦うであろう者たちを守ろうと誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 爪楊枝を手にとり、その先に刺さっている丸い物体を口の中へと放り込む。

 出汁の味と、濃厚なソースの味が絡み合い、そこへ甘いマヨネーズが加わることで絶妙な味のハーモニーを生み出している。そして、カラッとした表面と、トロッとした中の食感のギャップが口の中を楽しませる。

 これが、かつて地球にあった日本の地にて生まれたたこ焼きという食べ物である。

 

「やっぱり千砂都のバイト先のたこ焼きは美味しいな」

「ミナト! クゥクゥに一つくだサイ!」

「いいよ。はい」

 

 クゥクゥの口へ、たこ焼きを運ぶ。受け取ったクゥクゥは、火傷しないように口の中でそれを転がして、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。楽しそうに笑いながら食べるクゥクゥを見て、自然とミナトにも笑みが浮かんだ。

 

「むう……」

 

 それを見て、隣に座っていたかのんが口を尖らせる。

 

「……ミナトくーん。かのんちゃんも一つ欲しいらしいよー?」

「え、ちょ、ちいちゃん!?」

「はいはい。ほら、口開けて」

「う、うん……」

 

 頬を赤く染めながら口を開けるかのんと、たこ焼きを食べさせるミナト。この状況を作り出した千砂都と、同じことをしてもらったクゥクゥは平然としているが、残りの二人──すみれと恋は呆れた様子でこの状況を眺めていた。

 

「ええと……いつもこんな感じなんですか?」

「そうよ。特にあの3人はね。意外でしょ?」

「そうですね。特に、かのんさんがあそこまで恥ずかしがるとは……」

「一緒に住んでるんだから、あのくらいで何を恥ずかしがるのかしらね?」

「ええっ!? ミナトさんとかのんさんは一緒に住んでるのですか!?」

「……恋アンタ、知らなかったの!?」

 

 別の席ではすみれと恋が騒いでいるが、ミナトたちはそれを視界にも止めずに食べさせ合いを続ける。今度はかのんとクゥクゥがミナトの口に自分たちが食べているものを運んでいる。

 

「二人ともがありがとう。……さてと。このあとはステージだね」

「うん! それで、私たちの後でミナトくんたちの模擬戦だよね?」

「ああ。俺は軍から貸し出されてるVF-19に乗る予定。しかもトリだからね。頑張らないと」

 

 叶うならばかのんたちのステージをしている中での模擬戦をして、戦いながら歌を感じたかったのだが、残念ながらそれは出来ない。その代わりに模擬戦のトリを任されたのだ。かなりの大舞台であるためミナトの顔にも僅かに緊張が出てきている。

 

「その……イツキくんと戦うのですよね?」

 

 行う演目の詳細を知っている恋が、確認のためミナトに聞いた。

 恋はミナトとイツキの関係が現在どういう状況なのかを知っているからか、少し心配している様子だ。

 

「その通りだよ。ケンカしてて、VF-19とVF-22。イサム・ダイソンとガルド・ボーマンみたいだろ?」

「ミナトくん、その二人って戦いながら仲直りしたんじゃ無かったっけ?」

「そうそう。……イツキとも、決着をつけてくるよ」

「……ご武運を」

 

 かのんたちはミナトとイツキが喧嘩──と言っていいのかはわからないが──をしていることを知らない。だが、ミナトと恋の会話を聞いていればおおよその状況は察することができた。この戦いに向かうにあたって、ミナトが大きな決意をしていることも理解した。

 だからこそ、かのんは何も言わずにただ信じることにした。

 

「俺は、俺の舞台で──空で、全力で飛ぶ!」

「うん。私たちも、私たちの舞台を全力で!」

 

 ミナトとかのんの固く握られた拳がコツン、とぶつかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「……それで、なんで私たちは学園祭に参加できないわけ!?」

 

 結ヶ丘から少し離れた地にて、侑が叫んだ。その様子を見て、隣に立つアリーヤは呆れるように乾いた笑みを浮かべた。

 

「俺たちの任務は警備。俺たちが担当場所から離れたら穴ができちまうからな。残念だが諦めろ」

「もー、アリーはそれでいいの!?」

「そりゃ、俺だってアイツらの様子を見に行きたいさ。でも任務だからな。金貰ってる以上、相応の働きはしないとな」

「むー。せっかく結ヶ丘のスクールアイドルがステージをやるってのに……」

「ミナトたちが撮影してきてくれるらしいから、後で見ればいいだろ」

「映像と実際じゃ違うのー!」

 

 不満を叫ぶ侑を落ち着かせていると、胸ポケットに入れていた通信機がけたたましく鳴った。S.M.Sの隊員全員が持っているこの通信機は、内容によって着信音が変化する。今回の場合は──

 

「……テロ、か」

 

 ──そう、このアイランド1にてテロが起こったことを知らせる音色だ。

 

「こちらファントムリーダー。状況は?」

『イノセントの構成員と思わしきテロリストによって、アイランド1地下の新統合軍基地が占拠されました。目的は兵器の奪取のようですが、少々厄介なものを持ち込んでいるようです』

「厄介なもの?」

 

 通信に出たオペレーターの言葉に、アリーヤは僅かに不安を覚えた。基本的に兵器とはどれも敵に回ると厄介なものだが、わざわざそう言うのだから今回は飛び切りの代物な筈だ。思いつくのは、反応弾やVBといったところだろうか。

 

『……重力機雷、だそうです』

 

 その名を聞いた瞬間、アリーヤは天を仰いだ。

 重力機雷とは、周囲の重力を人工的重力によって歪める兵器だ。相手の身動きを取れないようにすることも出来るし、暴走させれば範囲内の全てを消し去ることもできる。つまりは、この船団が滅ぶ危機なのだ。

 

「俺たちもすぐに向かう。ポイントK-9に俺と侑のEX-ギアと装備一式を送ってくれ」

『了解しました。ルート42にて転送します』

 

 やりとりを聞いていた侑も、瞬間的に意識を切り替えた。スクールアイドルが好きな高咲侑という女性から、S.M.S第二戦闘航空団<レインボーズ>隊長の高咲侑へ。

 

「アリー、ファントム小隊のみんなには?」

「まだ伝えないでおく。せっかくの学園祭なんだ。最後まで楽しませてやるさ」

「……艦長は許してくれると思う?」

「アイツらの主な任務は戦術音楽ユニットの警護だ。そもそも結ヶ丘を離れるわけにはいかんからな」

「アリーだってそれが任務でしょ?」

「俺はしばらくすればレインボー小隊に移籍するんだぞ? 今のうちにアイツらだけでの行動に慣れさせる必要があるんだよ」

 

 話しながらも全力疾走し、EX-ギアの転送されたエレベーターへ向かう。そこから地下ブロックへ潜ると、そこには破壊された新統合軍の基地への入り口があった。

 地下ブロックといっても、天井まで戦艦形態のクォーター級を3機は重ねられるほどの高さがある。当然ながらバルキリーなどの兵器も入ることができ、この中で空戦も行える。

 

「アレは……VF-171か」

「流石にAFはいないね。とはいえ、私たちも機体が無いから隠れながら進むしか無いよ」

「中に入っちまえば敵もそれは一緒だ。多分、まだ軍の兵士も残ってるはずだから、合流するぞ」

「了解」

 

 全力で走り抜け、基地の内部は侵入する。どんな想いも、どんな悩みも、どんな不安も、すべて生き残らなければ意味がなくなる。

 瓦礫の隙間をすり抜け、折れた鉄骨を飛び越え、走る。

 自分たちの後を継いでくれるであろう若者たちのためにも、二人は止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 かのんたちのステージが終わり、ミナトは観客席から舞台裏へと走った。一刻も早く、五人に伝えたかった。素晴らしいステージであったということを、伝えたかった。

 そんなミナトのことを待っていた、一人の少年がいた。その姿を見た瞬間、ステージを見て高揚していたミナトは平静を取り戻し、立ち止まった。

 

「……イツキ」

 

 その少年の名前を呼ぶ。

 

「ミナト。……俺は──」

 

 一瞬だけ躊躇し、俯くイツキ。が、すぐに決意を固めたのか勢いよく顔を上げ、ミナトを真っ直ぐと見据えた。

 

「俺は、やっぱりお前に歌って欲しい。お前の歌は、間違いなく俺の命を救った。お前の歌が無ければ、失くしたのはこの目だけじゃなかった。お前の歌には、誰かを救う力があるんだ!」

「……俺は、パイロットだ」

「背負う必要のない罪を背負って、お前が戦う必要はない。俺がお前を守る。だから、お前は歌ってくれ!」

 

 イツキのその言葉は、非常に魅力的なものだった。歌手のミナトにとって、歌うことは全てだ。熱気バサラに歌を教わり、同じように歌で誰かを助けることができるようになりたいと思っていた。──思っていた。

 歌だけでは、全てを助けることはできない。そもそも、熱気バサラだってずっと生身で歌っていた訳ではない。バルキリーに乗って、歌った。ベリトの時だってそうだ。誰かを助けるには、必ず力が必要になる。ただ歌うだけでは、何もできないのだ。それを理解してしまった。

 だからこそ、イツキの提案を受け入れることは出来ない。歌う理由が誰かを助けることならば、戦う理由はこの街を──この街に住む大切な人たちを守るためだ。

 

「もう一度言うぞ。俺はパイロットだ。そして……お前も」

 

 イツキの瞳を見つめ、睨む。

 

「だから、決着は空でつけるぞ。空を飛ぶのが、俺たちのやるべきことだろう?」

「ッ! ……応よ!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 基地の司令室は、血臭と呻き声と、硝煙の匂いに満ちていた。

 テロリストのメンバーたちが手を上げ、降参の意を示している。そのテロリストたちへ銃を向けるのが、アリーヤと侑が率いる新統合軍の兵士たちだ。

 

「さあ、観念しな」

 

 テロリストのリーダーらしい男は、手に持ったライフルを向けて抵抗しようとしたが、その人数差と、アリーヤと侑の正確な射撃によって腕や足を撃ち抜かれている部下たちを見て、勝てる見込みがないと気づいたのか全装置をかけてライフルをアリーヤへと投げ渡した。

 

「従順だな。もし抵抗していたら、生きたまま反応炉に投げ込んでいたぞ」

 

 男が冷や汗を垂らしながら、両手を上げる。

 

「何が目的でテロを起こした? それに、あの重力機雷は?」

「知るかよ。俺たちも命令されてやっただけだ。重力機雷は、ホライズンに来る途中で拾ったものだ。もう起動させてる」

「……重力機雷を停止させろ。今すぐにだ!」

 

 アリーヤに後頭部へ銃を突きつけられながら、男はコンソールを操作して、愕然とした。嫌な予感に溢れる思考を理性で押さえ込んで、アリーヤは銃をより強く押しつけた。

 

「何をしている? はやく──」

「で、出来ないんだ。こちらの制御を受け付けない!」

「……見せてみろ」

 

 男の首をつかんで、後ろに立つ兵士たちの方へ投げる。

 そこらに置いてある機材に何処かをぶつけたのか、鈍い音と呻き声が聴こえたが、そんなものに気を取られている暇はない。

 

「……停止コードを敵軍からのものと誤認しているのか。いや──ブービートラップか。プロトカルチャーの兵器らしいな。侑、クォーターは連絡を頼む。こりゃ、ミナトたちにも手伝って貰わねばならん」

「もうやってる。私たちも早くいくよ!」

「待ってくれ! 重力機雷はどうにもならないのか!?」

「ああそうだ! テメェが拾ったものを使ったせいでな! アストロノーツの心得にも、『拾ったものを無闇に使うな、冥王星まで吹っ飛ばされるぞ』とあるだろうが!」

 

 今度こそ男の意識を沈めて、アリーヤは走った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 滑走路の上に、2機のバルキリーが構える。

 青のカラーリングのVF-19A<エクスカリバー>にはミナトが、赤のカラーリングのVF-22<シュトゥルムボーゲルⅡ>にはイツキが搭乗している。新統合軍でも数の少ない貴重な機体だが、文化祭のために新統合軍から貸し出されているのだ。この2機での模擬戦をするというのが新統合軍からの要求で、航宙科の中でも特に実力の高いこの二人がパイロットとして選ばれたのだ。

 だが、この二人にとってはそんなものはどうだっていいことだ。今から行うのは、本気で互いの気持ちをぶつけ合う喧嘩だ。あの日、イツキの部屋での続きをここで行う。

 イツキが先に動き出し、ミナトへとガンポッドを放つ。

 

「……俺がパイロットになったのは、お前がもう、戦場で歌うことのない世界を作りたかったからだ! お前がもう一度歌うことを決めたのなら、わざわざ戦場に出る必要なんてない!」

「何度も言わせるな! 俺はパイロットだ! 学生の役も、俳優の役も、歌手の役も、その全てが俺だ! そのどれかを捨てるなんて真似は、絶対にしない

 」

「その役は、お前が演じる必要のないものだ! お前は歌っているだけでいい! それが、お前のやりたいことだろう!?」

 

 それを回避し、ミナトも反撃する。ガンポッドと、胸部の機銃の掃射だ。

 イツキはそれを躱しながら、腕部の内蔵レーザーガンを放つ。シュトゥルムボーゲルⅡは、エクスカリバーとは異なりガンポッドを二丁装備し、その上内蔵レーザーガンを各所に備えている。手数が多い分、シュトゥルムボーゲルⅡの方が戦い方にバリエーションを作ることができ、戦況を有利に進められる。

 だが、エクスカリバーとてシュトゥルムボーゲルⅡに劣らない名機だ。同時に開発されたこの二機がどちらも正式採用されているということはどちらにも利点があり、どちらとも変えが効かない機体であるということだ。

 レーザーをシールドで防ぎ、構えたままイツキへと突撃する。いわゆるシールドチャージと呼ばれる技だ。VF-11<サンダーボルト>やVF-171<ナイトメアプラス>よりも格闘戦能力が向上しているエクスカリバーだからこそ出来る芸当だ。

 

「俺のことを分かった気でいるんじゃねえ! 今の俺がやりたいのは、この街を──お前やかのん、クゥクゥたちの暮らすこの街を守ることだ!」

 

 イツキを押し倒し、馬乗りになった状態で殴りかかる。ミナトがよく行う、ピンポイントバリアを纏わせてのパンチはイツキへと致命傷を与えかねないため行っていないが、それでも機体にとってはかなりのダメージとなる。

 ミナトが一歩リードしている状況だが、それをそのままにしておくイツキではない。腰のレーザーガンで狙いを定め、関節部へと叩き込む。

 ミナトが姿勢を崩し、その隙にイツキが起き上がる。先ほどとは逆の状況になり、起き上がろうとするミナトへとイツキがガンポッドを向ける。

 

「お前は──いくつも背負おうとしすぎなんだよ!」

 

 放たれた砲弾を間一髪で避け、ミナトはファイターに変形して結ヶ丘の滑走路から飛び立った。ドッグファイトにおいては無類の性能を誇るエクスカリバーだ。その機動性は素晴らしいもので、あっという間にイツキから距離を取った。

 

「少しは俺にも手伝わせろよ、相棒!」

 

 イツキも負けじと飛び立ち、ミサイルを放つ。

 ちなみにだが、先ほどから使用しているガンポッドの砲弾やミサイルは模擬戦用のペイント弾である。レーザーユニットも最低出力で使用しており、被害を最小限に抑えるようにしている。

 

「俺にとって、お前も守りたい人だ! そいつに守られてどうするんだよ!」

 

 向かってくるミサイルを全て真正面から受け止めるミナト。ピンポイントバリアを纏わせたシールドで防ぎ切り、そのままガンポッドで狙いを定める。イツキもそれを見てバトロイドへ変形し、二つの銃口をミナトへと向ける。

 

「互いのことを守り合うのが、相棒ってもんだろ?」

 

 放ちあった砲弾が互いの機体を掠める。

 

「俺より戦績が低いくせに抜かすな!」

 

 再びファイターへと変形した二人は、互いへ向けて突撃する。恐れれば、必ずどちらか──もしくはどちらも──が死ぬ。模擬戦用の調整をしているとはいえ、この二機は軍でも使用されている兵器だ。熱核タービンエンジンを搭載していて、レーザーユニットなども装備している。そんな二機が、高速で正面衝突すればどうなるかなど、想像するまでもない。

 

「ほとんど差はないだろうが!」

 

 互いのキャノピーが擦れるのではないかというほどギリギリの距離で、二人がすれ違う。互いの姿がハッキリと見え、キャノピーの超強化ガラス越しに睨み合う。

 睨み合うとは言ったが、二人の口元は笑っている。なぜなら、楽しいからだ。全力を出し合える相手、面倒な事情を考える必要のない気の許せる相手。それが二人の関係だ。惑星ベリトでの因縁なんていうものはどうだっていい。この空で、二人で飛ぶ。それだけでよかった。

 

「それにな! 学校の実技試験なら俺の方が少し上なんだよ!」

「なんだと!?」

 

 ミナトの表情が崩れ、怒りが現れる。

 

「筆記試験は俺が上で、総合の成績も俺が上だ! シミュレータでもな!」

「実戦になれば、成績なんて関係ねえだろ!」

 

 二人の会話は、模擬戦のデータの収集をしているアルとレイルの二人と、スクールアイドルの5人にも聞こえている。先ほどまで互いの思いをぶつけ合っていたかと思えば、今度は馬鹿らしいただの喧嘩だ。

 

「あと、お前俺に借りがあるだろ! 俺はお前に六回昼飯を奢ってるんだよ!」

「こっちは14回だ! しかも高いメニューをな!」

 

 バトロイドへ変形した二人の拳がピンポイントバリアを纏い、結ヶ丘の遥か上空でぶつかる。衝撃で二人ともが吹き飛び、安定を失った機体は墜落していく。

 

「というかお前、まだ俺にこないだ貸したCD返してないぞ!」

「来週末まで借りるって話だったろうが!」

 

 機体をガウォークへと変形させ、脚部のスラスターで安定を取り戻したミナトは、同じく機体を安定させたイツキへとガンポッドを放った。

 砲弾同士が空中で衝突し破裂する。

 

「好きな人と一緒に暮らしてるくせに、告白する勇気のないヘタレが!」

「うるせぇ! この二股野郎!」

「誰が二股野郎だ、誰が!」

 

 通信を聞いた恋が、顔を赤く染める。空を飛んでいるこの二人は、自分たちの会話が誰にも聞かれていないと思っている。だからこそ相手の の秘密を軽々と叫べているわけだが、地上に降りたってから後悔することだろう。

 

「お前に決まってるだろうが! 澁谷と唐、どっちを選ぶでもなく侍らせてるくせによ!」

「そんな訳ないだろ! そもそも、あの二人は友達だ! 二人だってそう思ってるだろ!」

「おまっ! まさか気付いてないのか!? ……そんなんだからお前はバカ野郎なんだ!」

 

 今度は、かのんとクゥクゥが赤くなった末、苦笑した。

 ミナトはそういう男だ。他人のことには敏感で、すぐに誰かを助けようとするが、自分のことは全く気にしない。向けられる好意にも心配にも気付く様子もなく、ただ空を飛んで、誰かを助けようとする。そんなミナトだからこそ、二人は好きになったのだ。

 

「誰がバカだ!」

「お前だ!」

 

 アイランド1の上空で、二人が何度も交錯する。

 街中の人々が、二人の戦いの虜になった。

 血生臭い殺し合いとは違う、美しい戦いだった。

 互いの思いを、信念を、正義を、闘志を。何もかもをぶつけ合いながら、空を舞う。

 観戦をしていた航宙科の生徒たちも、新統合軍の兵士たちも、この戦いにだけは割り込むことは出来ないと、そう感じていた。



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#27 旋風 セクステット

 その戦いの終わりを告げたのは、アイランド1全域に鳴り響く、耳を突き刺すような非常警報の不愉快な音色だった。

 

「──なんだ?」

「非常警報……でも、イノセントの襲撃では無いみたいだな」

『──ミナト、イツキ、聞こえるな?』

「「隊長!」」

 

 戸惑っていた二人へ、アリーヤからの通信が届いた。

 モニターに映る風景を見るに、アリーヤはアイランド1の中央辺りにある、政府組織が集まっているエリアにいるらしい。

 

『イノセントの一味と思われるテロリストによる襲撃だ。といっても、テロ自体はすでに鎮圧が完了している』

「じゃあ、今の警報は?」

『……奴らが運び込んだ重力機雷だ。制御不能になって自壊するまであと三十分ほど。止めるには反応弾かマクロスの主砲しかないが、どちらも街中で使うわけにはいかない。絶望的な状況だ』

「そんな──!」

『お前たちは、結ヶ丘に集まっている人たちの避難誘導をしろ。それで助かるのか不明だけが──やらないよりはマシだ』

 

 暴動、と聞いてすぐにでも向かおうとした二人だが、その後に続いた言葉で踏みとどまった。とはいえ、状況が良くなったというわけではないらしい。

 重力機雷とは、簡単に言えば人工的に重力を発生させるプロトカルチャー時代の遺失技術だ。発生した強力な指向性重力場は、宇宙船の航行を完全に制限することが出来るだけでなく、重力場を強めることで物体を破壊する兵器にもなる。

 それ以上に厄介なのが、この重力場を発生させる原理が解明されていないことだ。そもそもプロトカルチャーの技術のほとんどは解明されていないのだが、その中でもこの重力機雷はそこら中の遺跡で発見されるため、所有するテロリストが少なくないのだ。それによって、より危険性が増してしまっている。

 

「制御不能……ブービートラップか。古典的だが、厄介だな」

「拾い物を使えば大抵はこうなる。とりあえず、そんな馬鹿どもは隊長たちが制圧したらしいし、俺たちは命令通りに避難誘導をするぞ」

「ああ。一人でも多く助けてみせるぞ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「ミナト! イツキ! さっきの通信、聞きましたか!?」

「聞いたよ。アルも、避難誘導を手伝っ──」

「いえ、なんとかなるかもしれないんです!」

 

 結ヶ丘の滑走路へと、ガウォークの状態で降り立った二人へと、アルが興奮した様子で駆け寄ってきた。

 

「なんとかなる……って?」

「今、この学校には研究用にサウンドエナジーシステムが運び込まれています。それですみれたちの歌をエネルギーに変換すれば、フォールド爆弾を無力化できるかもしれません! 少なくとも、機械の計算ではそれが可能です!」

 

 サウンドエナジーシステム。それは、歌によって高次元エネルギーを導き寄せるシステムだ。リン・ミンメイから始まった歌の伝説。そこから考えられたのが、歌自体に力があるという理論だった。それを事実としたのが、このサウンドエナジーシステムだ。歌エネルギーと呼ばれる高次元エネルギーは、さまざまなものに対して効果を発する。それによって、重力機雷の発生させる重力場を破壊できるのだ。

 とはいえ、それは簡単なことではない。そもそもサウンドエナジーシステムを起動するには膨大な歌エネルギーが必要で、一般人のそれでは到底起動できない。

 だが、ここには彼女たちがいる。ミナトたちパイロットが背中を預けるに足る力を持つ彼女たちだ。

 

「ミナトくん! さっきの通信、聞いた!?」

「かのん! そっちはなんて?」

「避難誘導をしろって……ミナトくんは?」

 こっちも同じ。けど……なんとかあの重力機雷を止められるかもしれない」

「……どうやって?」

「そりゃあ……歌で、だよ」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「アルたちから連絡? なんだ」

「この状況を打開する策がある、と」

「……繋げろ」

 

 緊急で建てられた仮設司令部で、あくまで平静を保ちつつアリーヤはそう答えた。正直にいえば、そんなことをしている暇があれば一刻も早く避難を終えさせたいところだったが、若い者の意見というのは時に非常に役立つものだ。自らの部下がそこらで威張っている高官どもよりも優秀なことは知っているから、耳を傾けてみることにした。

 

「すみません、隊長」

「構わん。それで、策ってのは?」

「はい。現在結ヶ丘には、展示用にサウンドエナジーシステムがあります。それを使えば、原理的に重力機雷を破壊することが可能です。幸いなことに、戦術音楽ユニットのメンバーも揃っていますから、なんとかなるかもしれません」

「……なかなかに厳しい賭けだな」

「ですが、上手くいけば避難を完了させてからマクロスキャノンを使うよりも街への損害を少なくすることができます。やってみる価値はあると考えます」

 

 聞きながら、アリーヤは僅かに口元を歪ませた。

 自らが育て上げた部下は、何故こうまで優秀で、面白いものへと育ったのだろう! 

 

「いいだろう。お前の案を採用する。俺たちは避難誘導を続ける。やってくれるな?」

「了解!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「フォールドアンプ、設置完了!」

 

 結ヶ丘に配備されている訓練用のバルキリーたちが、慌ただしく動いている。この緊急事態に、軍からの要請で生徒たちが戦術音楽ユニットのためにステージの用意をしているのだ。

 ステージが設置されているのは、結ヶ丘の近くにそびえ立つ高速ビルの屋上だ。船団を一望できるほどに高く、禍々しく輝く重力機雷もハッキリと見える。

 

「かのんたちは?」

「もう準備できてる。あとは俺たちだけだ」

「……わかった。VF-26は?」

「隊長が滑走路に持ってきてくれてる。行くぞ、ミナト」

 

 ミナトとイツキが滑走路へ走り、駐機していたメレテーに飛び乗る。先ほどまでVF-19とVF-22に乗っていたから、パイロットスーツは既に纏っている。慣れた手つきで機体を起動させ、二機のメレテーが飛び立った。

 

「テロリストたちの艦は未だ健在です。おそらく邪魔をしに来るでしょう」

「俺たちはシステムの制御で手を離せない。ミナト、イツキ。二人に託したぞ!」

『了解!』

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 かのんたちは飛び立っていくミナトたちを見送って、ステージに立った。

 自分たちに、この船団の命運がかかっている。そう考えると、ネガティブなことしか頭に浮かばなくなるが、それをミナトたちの姿が消し去ってくれた。どんなに困難なことでも、かのんたちの歌ならばやってくれると、ミナトたちは信じている。そして、そうやって信じてくれる人がいるからこそ、かのんたちも歌える。

 

「行こう、みんな!」

 

 かのんが叫び、五人の少女は歌い出す。

 その歌に反応して、サウンドエナジーシステムに接続された歌エネルギー計測装置のメーターが動き始める。

 

「歌エネルギー上昇、5000、10000、15000──」

 

 数値が上昇していく。

 

「──45000、50000……50000で停止! ダメです! サウンドエナジーシステム起動には足りません!」

 

 激しく表情を歪めながら絞り出すように叫んだアルの言葉に、今度こそ全員が絶望した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 背後から、テロリストたちの銃火が迫る。

 どうするのか悩む余地は無い。無我夢中で機体を操って、回避しつつ反撃する。

 

「重力機雷の影響で飛び辛い──!」

「重力下での飛行とやり方は同じだ! 後は気合で姿勢を保つしか無い!」

 

 口の中がこれ以上無いほどに乾いている。

 普段とは違う、激しい重力の渦のある空。ここで自分たちが死ねば、それと共にこの船団に住む全員が死ぬというプレッシャー。一つのミスで全てが終わるという恐怖。

 その全てが妙に心地良かった。舞台の上に立った時と同じ、自らの糧となる緊張感だ。

 

「ステージに敵機が接近!」

「すぐに向かう!」

 

 弾かれたように、ファイター形態のVF-26が加速する。

 バンク、加速、デブリを回避、ロール、ガウォークに脚部だけ変形して急減してデブリを回避、加速、ダイブ、宙返り、加速、旋回、加速──。

 ビルとビルの隙間をVF-26が潜り抜けていく。

 ペダルを踏む足と、スティックを操る腕と、360度に広がる空を見張る目に全ての神経を集中させる。砕けるのでは無いかというほどに歯を食いしばり、急速なGに耐える。重力機雷によって乱れた重力下で、ここまでの高機動を行えば、ISCで制御できる領域ではなくなる。鍛え抜いたこの身で耐えるしか無い。

 何度も意識が飛びそうになるが、必死に耐える。一瞬でも気絶すれば、その瞬間地面に激突して死亡する。そうなれば、かのんたちを守るものはいなくなって、彼女たちも死んでしまう。そうするわけにはいかないから、ミナトは内臓がかき乱されても、視界が赤く染まるレッドアウトを起こしても、止まることはしなかった。

 

「──間に合え!」

 

 かのんたちの立つステージに迫るマイクロミサイル群の間に割って入り、バトロイドに変形する。

 ガンポッドを向け、撃ち落とす。ミサイルを放ち、互いに衝突させて爆発させる。ピンポイントバリアを展開して、自らが盾になる。

 そうやって、あるだけの手段を尽くしてミサイル群を防ぎ切った。

 

「ミナトくん!」

 

 叫ぶかのんにサムズアップで返して、ミナトは接近してきたVF-5000との格闘戦に入った。

 シールドからコンバットナイフを引き抜き、振るう。腕部と脚部を切り落とし、頭部にナイフを突き刺す。コックピットに直接突き刺せば速いのだが、重力機雷などを持ち込んできたテロリストのことだ。自動的に機体が自爆するプログラムを仕込んでいる可能性もある。だから、爆薬を仕込む余裕のないコックピットブロックのみを残して破壊した。

 

「──ダメです! サウンドエナジーシステム起動には足りません!」

 

 ミナトの耳に、アルの言葉が届いた。

 

「そん、な……」

 

 かのんが、泣き出しそうな声で小さく呟いた。

 遠くで戦っているイツキも、コックピットの中で天を仰いだ。サウンドエナジーシステムが起動できないとなれば、この重力機雷を止める方法はマクロスキャノンを叩き込むことしかない。だが、それをすればこの街は消え去ってしまう。それだけは、嫌だった。

 誰もが絶望する中、ミナトは一人微笑んだ。

 

「──なんだ、そんなことか」

 

 そう言って、ミナトは最後の一機を地面に叩きつけた。

 この絶望的な状況でミナトは平然としていて、なんてこともないように笑っている。

 

「アル、サウンドエナジーシステムはまだ余ってるな?」

「え、ええ。まだ一機余ってますが──まさか!?」

「ああ。俺も歌うぞ」

 

 ちょっとした脚本のミス、壊れた小道具、役者の不都合、急遽決まった代役、そういった問題はどれだけ気をつけても、いつだって唐突に起こる。それに対応してこその役者だ。

 VF-26がステージの脇にガウォークで着陸して、ミナトがコックピットから飛び降りる。

 

「……うん。一緒に歌おう、ミナトくん!」

「ミナトがいれば百人力デス!」

 

 かのんとクゥクゥは花が咲いたように笑って、再び歌い始める。その姿は、紛れもない歌姫のものだった。

 

(やれるさ。あの時だって歌えたんだ)

 

 脳裏によぎる、ベリトの記憶。だが、それは今までのようなネガティブな記憶ではない。今のミナトを作り上げた、大切な経験だ。この歌がなければ、こうしてここに立つことも、この二人とも出会うことはなかった。

 

(俺はバサラさんでもミンメイでもない、ただの如月ミナトだ。でも、何もやれないってことはない)

 

 ミナトがステージへと足を踏み入れる。フォールドプロジェクターによって衣装が投影される。かのんたちの纏っているものと似た、華やかな雰囲気のものだ。

 こうしてステージの上に立つのは3年ぶりだ。あの時も同じように、この緊張感が楽しかった。自分の歌で何かを変えるのが楽しかった。

 

「準備はいいデスカ?」

「行くよ、ミナトくん!」

「ああ、マクロスピードで突っ切るぞ!」

 

 すうっと、息を吸い込む。

 その瞬間、世界の中心がミナトたちへと変わった。

 

俺たち(私たち)の、歌を聞けぇぇぇぇッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 歌が、響き渡る。

 世界が、音に震える。

 ミナトたちの歌は人々へ、宇宙へ、世界へと届いていく。

 芸とは常に、人の目に見えないなにかと人の仲立ちをするものだと言われている。芸者とは皆、氏神の化身と言われている。

 今のミナトたちはまさしく、神に愛された芸者であった。

 

「チバソング値上昇! 60000、70000、80000、90000、100000……! サウンドエナジーシステム、起動します!」

 

 6人の歌が巨大な波となって、重力機雷を破壊していく。

 だが、テロリストたちもそう簡単に諦めはしない。ミサイル群がステージに接近する。

 だが、ミナトはそれに臆さない。彼が来ることを信じているのだから。

 

「──ミナト!」

 

 ミサイル群が砲弾の雨に撃ち抜かれ、爆散する。

 降り立ったのは、純白の翼を持つ美しいバルキリー、VF-26だ。

 

「俺が楯になる! だから、聞かせてくれ! お前の歌を!」

「応よ!」

 

 遥か遠くから迫ってくる敵機へと、イツキは飛び立っていった。

 ミナトは、歌う。イツキが信じてくれた己の歌を。それが、今たった一つのやるべきことなのだから。

 幾度となく歌った曲。

 幾度となく踊った振り付け。

 それを行うだけだ。

 これまで流した汗が、涙が、痛みが、今のミナトの翼となった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 だが、この世界はそう簡単に終わらせてくれるほど優しくはなかった。

 

「──重力機雷破壊に、あと少し足りません! 多分、接近すれば破壊できると思いますが……」

「自壊まで、あと5分……! 間に合わねえ!」

 

 アルとレイルが、悔しさに歯を食いしばった。

 ミナトたちにも、それは聞こえている。だけど、歌を止めることはない。少しでも歌うことが、やるべきことなのだ。どんな状況になっても、それを止めることはない。

 

(……イツキ!)

 

 遠くの空で、敵機と戦っているイツキの姿が目に入った。

 フォールドプロジェクターで見えなくなっているとはいえ、ミナトはまだパイロットスーツを纏ったままだ。ARヘルメットが捉えた姿をズームする。

 7機もの敵機を相手取って、追い詰められている。いくら高性能と言えど、数の暴力には敵わない。

 致命傷は食らっていないが、機体から煙が出ている。掠るだけのものだとしても、一発当たれば、イツキは死ぬ。

 

(だったら──!)

 

 無我夢中で、走り出した。

 どこへ? 

 眼前に広がる空へ! 

 

「ミナトくん!?」

「アンタ、何する気よ!?」

 

 みんなの声が聞こえる。

 けれどもう、ミナトは止まらない。

 

「飛べば──」

 

 ステージの立てられた高層ビルの屋上から、飛び降りる。

 

「──飛べるッッッッ!!」

 

 広げた指は翼に、伸びた骨の軋みはエンジンの鼓動に。

 まなざしの先は音速の壁を越えて、果てへ。

 意識が紺碧の空に飲み込まれ、空と風と自分が一つになる。

 補助翼(エルロン)が風を叩く音、キャノピーのすぐ側をかすめていく雲の切れ端。そして、青空の青と大地の緑。

 深く、深く、息を吸うと、バーストエンジンが大気を取り込むように、ミナトの肺へと流れ込んでくる。

 自分というものの境界線を超え、完全な空の一部へと変わっていく。

 そして、歌う。

 その歌を、届けるために。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「なんだ……!?」

 

 疲弊しきっていた身体が、軽くなった。機体の挙動も、軽くなった。さっきまでより、軽やかに飛べる。鮮やかに飛べる。

 それがミナトの歌によるものだと気づくのに、時間は掛からなかった。

 モニターに、自動制御で自らの機体を呼び寄せながらも、風に乗って空を舞うミナトの姿が見えた。重力異常が起きていることによって、上手く風を掴めればEX-ギアを纏わずとも飛ぶことが出来る。理屈は理解できるが、まさかそれをやってしまうとは思いもしなかった。

 

「……無茶しやがって!」

 

 素早くスティックを動かし、ペダルを踏んで、敵機を撃墜する。

 最後の一機を撃ち落とそうとした瞬間、その機体の翼は飛来した砲弾に撃ち抜かれた。

 

「横取りするなよ!」

「とっとと撃たないのが悪いんだよ!」

 

 ミナトのVF-26が、イツキの隣に並んだ。

 噛み合っていなかった歯車がカッチリと噛み合ったような、そんな感覚がした。今ならば、どこまでもいける。なんだって出来る。

 

「背中は任せる。行くぞ、相棒!」

「応よ!」

 

 VF-26から僅かに、光の帯が引く。

 機体性能の限界を超えて加速し、重力機雷の発生させた力場に突入する。激しく機動が乱れるが、二人はなんてこともないとでもいう風に、平然とした表情で力場を潜り抜けていく。

 

「チバソング値、さらに上昇!? 140000、150000……!」

「ミナト1人だけで、100000を超えた!?」

 

 この数値の上昇は、機体のISCやエンジンに使用されているフォールドクォーツや、かのんたちとの共鳴による影響も少しは関係しているのだが、そのほとんどはミナトの力である。

 かつて星間戦争で戦ったゼントラーディの老人たちは、その姿にリン・ミンメイの姿を思い出した。

 かつてマクロス7船団にいた者は、熱気バサラの姿を見て思い出した。

 遥か古代から、歌は人の魂を健やかにし、死者への慰めとなって、生ける人々を救う希望だった。

 ミナトたちの歌もまさに希望となって、この空に響いていた。

 力場を潜り抜け、遂に重力機雷の本体へと辿り着いた。ヒビが入って、あと少しで崩壊しそうなほどに壊れている。だが、まだその力を失っていない。この船団を消し去ろうと、まだ暴れようとしている。

 その重力機雷へと、ミナトはガンポッドを向ける。

 最後のワンコーラスに乗せて、一発の砲弾が放たれた。

 

 

 



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第二章 果てなき空へ
#28 平穏 モーニング


 銀河は広い。

 

 地球にマクロスが飛来してから早や半世紀。人類は地球という小さな鳥籠から宇宙へと飛び立ったが、未だ果てしない銀河のほんの僅かしか知らない。

 かつて一大星間文明を築いたとされるプロトカルチャーの末裔とされる人類。だが、今の人類にはプロトカルチャーの末裔を名乗れるほどの技術は無い。遺跡などに遺された技術を解析し、原理も分からぬまま使うのみである。

 この広大な銀河を生き抜く中で、人類は未だ幼過ぎる。プロトカルチャーは技術の発展の末、自らを滅ぼした。果たして人類は、それとは違う未来を進む事が出来るのだろうか。プロトカルチャーによって生み出され、その遺物を掘り起こすことしか出来ない人類に、運命を変えられるのだろうか。

 

『人類が進むその先にあるのは、プロトカルチャーと同じ破滅のみ』

 

 そう唱えた科学者がいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 夜明けの景色は、美しい。

 移民船団から見える夜明けというのは、実際には恒星の輝きではなく、天蓋に映し出された映像ではあるのだが、それでも美しいものは美しい。

 この銀河を旅する方舟の中では、惑星のように気象が激しく変化したり、災害が起こることはない。人類が生きるにあたってそれは良いことではあるのだが、言い方を変えると『何も変わらない』ということになる。

 惑星での生活の何倍も代わり映えしない日常は酷く退屈で、そして美しいものだと言われる。

 しかし、ミナトはそうは思わない。この代わり映えしない日常を守るために、日夜奮闘している者たちがいることを知っていて、自分のその一人なのだから。それだけではない。気象や空気の循環の管理を行なっている者や食料の生産を行う者、船団の安全を守る者に街の開発を行う者。そういった人々がいるからこそ日常は成り立っていて、だから美しい。

 その日常が始まる瞬間というのが、この夜明けなのだ。

 

(あと6キロ──)

 

 だから、ミナトはこの景色が好きだ。

 こうやって早朝からランニングをしていると、日常の始まる瞬間をハッキリと感じられる。

 街に少しずつ光が差してきて、気温が上昇していく。街の商店街では朝早くから開店の準備を始めていて、アイランド1の中央近くにある公園では既に土産物の露店や、食欲をそそられるソースの匂いを漂わせる屋台が開店している。

 

「ミナトの坊主、今日も早いねえ!」

「おはようございます。もう開店の準備をですか?」

「おう! この辺は朝から観光客が多いからな。朝一から準備しねえとすぐに売り切れちまうんだよ!」

 

 公園を通り過ぎようとしていたミナトに話しかけたのは、屋台の店主をしている屈強なゼントラーディの男だ。毎日ここを通るうちに、顔馴染みになっていたのだ。彼の屋台では、つい先ほど海洋プラントで取れたばかりの魚を串に刺して焼いたものを提供している。絶妙な塩加減と、パリッとした焼け目が絶品の代物だ。

 彼と話していると、声を聞きつけてから周りの屋台や露店からもゾロゾロと人が出てくる。その全員が、相手が3年前の事件のこともあり銀河ネットでは悪い噂も流れている如月ミナトだと知っても気兼ねなく話しかけてくれる気のいい者たちだ。

 

「ミナトちゃん、運動したんだしお腹空いてるでしょ? ほら、一本サービスだよ、食いな!」

 

 差し出されたクラゲの串焼きを受け取る。銀河の端に存在するブリージンガル球場星団の惑星ラグナから仕入れた天然物の銀河クラゲだ。香ばしい匂いがしてきて、口の中に唾液が溢れてくる。ちなみにだが、銀河クラゲはラグナで取れたばかりの新鮮なものだと、中でそのまま食べられるらしい。昔はどこかの惑星は撮影や公演に行った時はいつもその地の有名な食べ物を探し歩いていたのだが、残念ながらラグナへは訪れたことが無いためその味を知らないままだ。いつか、そこを訪れて味わってみたいものだ。

 

(──軍基地の襲撃事件からもう一週間。どこも元通りの生活に戻ってる)

 

 こうして過ごしていると、ついこの間ここの上空で戦ったのが嘘のように思えてくる。

 街への被害は殆ど無く、民間人には死者もけが人も出ることなくあの事件は収束した。民間人は全てシェルターへ避難していたため、ミナトたちがS.M.Sのパイロットで、尚且つ軍でもまだ正式採用されていないVF-26<メレテー>に搭乗しているという情報が外部へと漏れることもなかった。

 当然、、かのんたちの歌で重力機雷を破壊したことも知られていない。だが、今年の末辺りにはこの戦争を終わらせるための策として、新たなる歌姫たち──戦術音楽ユニットとしてS.M.Sと軍が世間へ向けて発表を行うことは決定している。所属自体はS.M.Sであるが、表向きは輸送会社であるS.M.Sの名義で発表する訳にはいかないため軍が代理を務めるという方向で話が決まっているとアリーヤが話していたのが記憶に残っている。

 

(どちらにせよ──)

 

 戦術音楽ユニットの存在が世間に発表されたとしても、ミナトたちの日常が対して変わるわけでは無い。既にオケアノス防衛線の際にかのんたちが歌っていたという情報はテレビで放送されており、戦術音楽ユニットという名称が知られていないだけで、その活躍は知られているのだから。ミナトたちファントム小隊が、その護衛を行うというのもおそらく変わることはないだろう。

 しかし、ミナトたちが変わらずとも、街の様子は少しずつ変わり始めている。先日の事件では奇跡的に被害が無かったが、それ以外の戦闘──<イノセント>の襲撃の際には何人もの犠牲が生まれ、街にも僅かながら被害が発生する。その度に街の活気は失われていくのだ。

 

(でも──)

 

 ただのパイロットであるミナトたちには、それを変える力はない。せいぜい、少しでも多くの敵を倒し、戦いの手が街に及ばないようにすることしかできない。

 街に活気を与え、人々の希望となるのはスクールアイドルの役割だと、ミナトは思う。彼女たちの歌がきっと、戦いによって疲弊していく心を照らしてくれるだろう。かつてのリン・ミンメイと同じように。

 かのんたちもこれから、さらに活動を活発に行なっていくつもりらしい。スクールアイドルに反対していた恋が入部したことによって妨げになるものは全てなくなったし、これからの時期は大会なども控えている。戦術音楽ユニットとしての業務と同時にこなさなければならないため、体調面が不安だったが、そこはS.M.Sも全面的にバックアップを行ってくれるため問題はほとんど無くなったと考えていい。ミナトも、曲や振り付けの作成、本番時のメイクなど出来ることは全て行うつもりだ。

 そんなことを考えながらもミナトは走り続けた。顔を上げると、かのんの家──今はミナトもここに住まわせてもらっているが──が目に飛び込んできた。

 

「ミナトくん、お疲れ様」

 

 同じくランニングを終えたばかりらしいかのんが、スポーツタオルを差し出してくれた。彼女のランニングコースは代々木公園の辺りを一周するコースだ。ミナトが走ってきたのはアイランド1の半分ほどを一周するコースの為、途中で出会うことは無かった。

 

「ありがとう」

「朝ごはん、そろそろ出来るって。先にシャワー浴びる?」

「かのんが先に入ってきなよ。汗かいてるし、風邪引くぞ」

「それはミナトくんも同じでしょ?」

 

 他愛のない会話を交わしながら、扉を開く。家の中からは、ほのかにコーヒーの香りが漂ってきた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 シャワーで汗を流し、制服を纏う。

 航宙科の制服は、フライトジャケットのような形状になっている。普通科と音楽科はブレザーのため、学校ではかなり浮いてしまうが、非常に着心地が良いため案外好評だ。

 ミナトの制服はそれを少し改造したもので、内側に拳銃のホルスターを増設している。拳銃を常に持っておくのはミナトも若干抵抗があったが、現在ホライズン船団が戦時下であることと、ミナトの任務はかのんたちの護衛であるため仕方がないと割り切っている。

 

(使う機会がこなければいいんだがな……)

 

 ホルスターにしまう前に簡易的にではあるが点検を行う。ゼントラーディの技術を利用作られたこの拳銃は、デストロイド・モンスターに踏まれても壊れることはないと評判の代物だ。安全性が高く、壊れることは滅多にない。耐久年数はおよそ千年以上はあるとされるため、こうやって点検を行う必要はほとんどない。とはいえ、自分だけでなく他者の命に関わる物のためか定期的に見ておかないと気が済まないのだ。

 

「……もう半年、か」

 

 そういえば、初めて結ヶ丘に登校した日の朝も、今と同じようにしていたなと思い出す。S.M.Sのパイロットという身分自体に変わりはないものの、あの時と比べて随分と守るべきものが増えた。この拳銃を持つことの意味も、その重さも比べ物にならない。

 先の騒動にて、ホライズン船団は内部に<イノセント>と繋がるテロリストの侵入を許してしまった。それはつまり、相手にこちらの情報が漏れているという状況を示している。

 広大な銀河を旅する移民船団は、入国時にかつての地球の国家間を移動する時よりも厳しい検査が行われる。閉塞空間である船団で、未知の病が流行してしまえば手の付けようが無いからだ。存在するウイルスや細菌は惑星によって異なり、物によっては地球人には無害で、ゼントラーディには有害という性質を持ったものまで存在する。地球という狭い世界で暮らしていた時代よりも、脅威が増しているのである。

 だからこそ、入国には厳しい検査が必要なのだ。それを突破されたということは、内通者かスパイがいる可能性があるということなのだ。

 

(……カレル・クラークという男の前例もある)

 

 オケアノス防衛戦の際に、ミナトに襲撃の情報を与えたあのウィンダミア人。今のところ、ミナトはあの男がスパイなのでは無いかと疑っている。

 ウィンダミア人という種族は、短命である代わりに高い運動能力を持っている。全く運動をしていないウィンダミア人の運動能力ですら地球人のオリンピック選手と同等であり、カレルのように兵士として鍛えている者となれば、地球人が太刀打ちできるものではなくなってくる。加えて、彼は身体をサイボーグに変えている。神経は光ファイバーに、筋肉は強化されたものへと置き換えているのだ。

 防衛戦で見かけた山吹色の可変戦闘機のパイロットは、おそらく彼だろう。Gによる反動をものともせず、コックピット内でパイロットがミキサーのようにかき混ぜられるような機体制御は、サイボーグかウィンダミア人でなければ行える訳がない。

 少し話が脇道にされたが、とにかくウィンダミア人は高い運動能力を誇っており、彼らはそれを商売の道具としているのだ。お世辞にも発達しているとは言えない惑星ウィンダミアから出稼ぎに出て、その運動能力を活かして傭兵として戦っている者が多くいる。小規模な紛争はもちろん、第二次統合戦争のように政府絡みの銀河規模の戦争でもウィンダミア人は活躍している。そのため傭兵として身分を偽って入国するのは比較的簡単なはずで、疑う者もそうそういないだろう。

 

(もし内通者やスパイが本当にいたとして……狙われるのはかのんたちだろうな)

 

 対AF戦において、かのんたち戦術音楽ユニットは必須となる。逆に言えば、それを取り除きさえできればイノセントは容易にホライズン船団に勝利することができるということになる。

 ──もう、何も失わせはしない。

 ホライズン船団の壊滅の危機を乗り越えて、ミナトはそう誓った。人間という生き物は、大切なものの価値に失う瞬間まで気付けないものだ。ミナトもその例に漏れず、重力機雷によって滅ぶというその瞬間になってようやく、自分にとってこの船団が故郷と同等かそれ以上に大切な場所へと変わっていることに気付いた。

 本来なら、ミナトのような未成年が戦場にて戦う必要は無い。そもそも、平和主義を掲げているホライズン船団において少年兵は禁止されており、S.M.Sに所属していない限り戦いに参加することは不可能なのだ。S.M.Sの内部でも、未成年に戦わせることに反対している者は当然いる。

 それでもミナトが戦う理由は、やはり大切なものを守るためなのだ。最初こそAFへと復讐、という理由もあったかもしれないが、そんなものは戦いの中でとうに消え失せた。

 かつて地球で行われた学術調査の中に、兵士の心理に関するものがある。戦場に赴く前は国や人類の為、家族や大切な人の為に戦うが、実際に戦場にて戦いを経験した後のほとんどは、それが仲間の為へと変わるらしい。同じ戦果を潜り抜け、苦楽を共にした仲間を死なせたくない。そう思って、多くの兵士が戦場に立っているという。

 ホライズンに来て、ミナトはそれが正しいという確証を得た。ミナトはかのんたちを守りたいと思っている。戦う理由など、それだけで十分だ。

 

「ミナトくん、そろそろ行くよー?」

 

 扉がノックされ、かのんの声が聞こえてきた。

 

「今行くよ」

 

 そう答えて、鞄を手に取る。

 やはり、朝は好きだ。特に、大切な人たちと過ごす穏やかな朝は何よりも。だが──

 

 ──それが、永遠に続くことはきっと、無いのだろう。



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#29 未決のユアネーム

巨大なドーム型の移民船団であるマクロス・ホライズン船団。その中でも最も巨大なアイランド1の天蓋の最上部には、正に空中庭園と呼ぶにふさわしい公園が存在する。公園の中心部には過去の戦いで死亡した人々全員の名前が記された慰霊碑が置かれていた。

S.M.Sホライズン支部所属の隊員であるアリーヤ・ハイアットはそこに花を手向け、上部に刻まれた文面に目をやった。

 

ーー平和を愛し、銀河を旅する者たちの名を、此処に刻む。彼らの魂が風に乗り、風の泉へ。安らかに眠らんことを切に願う。

 

この慰霊碑に文字を刻んだのは、辺境の惑星ウィンダミアの者だったらしい。死んでもなお風と共にいられるというのは、アリーヤたちのようなパイロットとして風に乗ることの心地よさを知ったものにとってはこれ以上ない幸福だ。

ただ、そんなことを考えるよりも先に、アリーヤの胸には悲しみと虚しさだけが広がっていった。

この慰霊碑のある公園から一望できるアイランド1。ここで、つい先日戦闘をしたばかりなのだ。それだけではない。上に視線を向ければすぐそこにある宇宙の何処かでは、今でも戦いが起こっているのだ。死んだ者たちの名を刻み、弔おうとも彼らの願いーー戦いのない、平和な世になってほしいという思いが成就することはないのだから。

彼らの魂が今もなおこの方舟にいるのだとすれば、彼らは何を思うのだろうか。戦いとなれば最前線で飛ぶパイロットであるアリーヤには、それがわかることはなかった。

 

「やっぱり、ここにいた」

 

慰霊碑の前で立ち尽くすアリーヤの背に、優しげな女性の声がかけられた。

振り返ると、いつも見るS.M.Sの制服ではなく、私服を纏った高咲侑の姿がそこにあった。

 

「アリーは悩んでたらいつもここに来るよね」

「ああ……そうかもしれないな」

 

自分以上に自分のことを理解している彼女に苦笑する。もう二十年以上の付き合いになる彼女には、何もかもお見通しのようだ。

 

「今回の戦いでは奇跡的に街への被害もほぼ無しで、死者も出なかったが、次も同じようになる訳がない。そもそも、この街で戦いが起きてしまったということ自体が、ダメなんだ」

「気持ちはわかるよ。でも、あんまり気合いすぎちゃダメだよ。アリー、いつもそうやって抱え込むんだから」

「……なら、ちょっとだけ悩みを聞いてもらうとするか」

 

気遣ってくれる幼馴染の優しさに甘えることにして、少し離れた場所にあるカフェへと向かった。

 

「俺は正直、アイツらをーーイツキたちのような子供が戦場で闘うというのにはもうウンザリだ。いくらアイツらの腕が良かろうともな」

「そうだよね。私たちもそうだったから、余計にそう思う」

 

小さくため息をついて、運ばれてきたコーヒーを口に含む。店主の腕が良いのだろう。普段飲んでいるインスタントとは比べものにならないほどの味が口に広がった。

 

「星間大戦の英雄たちもリン・ミンメイも、まだ成人にも満たない子供だったらしいが……何故こうも、時代の闇に巻き込まれるのは若者ばかりなんだろうな」

「そんなに心配?」

 

侑が手に持ったカップをテーブルに置いて、そう言った。

 

「ああ。これでも隊長として、アイツらのことは知っているつもりだ。アイツらなら、兵士なんかやらなくとも人より優れた人生を送れるほどの才覚を持っている」

「褒めるね。ミナト君の戦闘記録は見たことがあるけど、他のみんなも凄いんだ」

「そりゃあな。これでもファントム小隊の戦績は一位だぜ?」

 

自慢げに言うアリーヤの様子に、侑は笑いを堪えながら携帯端末を取り出した。

 

「どれどれ……?お、確かにファントム小隊の撃墜スコアは飛び抜けてるね。しかも殆どがAF。新統合軍じゃこうはいかないよ」

「新統合軍もしっかりやってくれているさ。でも……子供に助けられてばかりというのはやっぱり不甲斐ないよな、大人として」

 

アリーヤは上空に広がる宇宙へ視線を向け、ポツリと呟いた。よく目を凝らせば、戦いの後ーー傷ついたアイランド船の基礎フレームや、兵器の残骸が見える。

 

「人類がようやく一つになれてから五十年近く……だってのに、いつまで続くんだろうな、戦いってのは」

 

アリーヤの口からその心からの疑問に、侑は何も言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の事件の傷はすっかり見えなくなり、今日も結ヶ丘高等学校は穏やかな日々を送っている。校舎へと続く道には生徒が溢れかえっており、一人の欠けも無い。変わったことがあるとするならば、航宙科の生徒たちの顔つきだろうか。実際の戦闘を見たわけではないが、戦場の空気というものを味わったのだ。自分たちが立ち向かわなければならないものを知ったことで、より訓練に身が入っているようだ。

 

「ーーだぁーっ!こっちも如月がトップかよ?」

 

そう叫んだ生徒の眼前には、つい先日行われた航宙科の実技テストの結果が張り出されていた。

シミュレータでのスコアアタック形式のテストだったのだが、やはり実際の戦闘と比べれば簡単なものであり、トップのミナトを始めとして、ファントム小隊のメンバーが上位を独占している。

 

「どうだ!うちのミナトは凄えだろ!」

「なんでイツキが自慢気なんだよ……」

 

一学期の頃は実技テストの結果のみイツキがミナトよりも高い成績だったのが、今回のテストでそれが覆された。それによってミナトは筆記、実技共にトップの成績となった。

イツキにとってミナトという存在は、競い合うライバルである以上に何よりも信頼できる相棒であり、そんな彼の日頃からの努力が実ったとなれば、負けたという事実などどうでもいい程に喜べることなのだそうだ。

 

「最近のミナト、気合入ってるよな……」

「この間の戦闘で吹っ切れたみたいですからね。それを言うなら、澁谷さんたちもですが」

「あっちはあっちで前より勢いが良くなってるからな。確か今度、大会があるんだろ?」

「ええ、確かーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーLoveLive、ね」

 

携帯端末で検索をしながら、ミナトはその名をポツリと呟いた。

 

「ハイッ!そのエントリーが、ついに!ついに始まりマス!」

「ラブライブって、いわゆる全国大会みたいなもんだろ?全国って言っても、船団規模だしさ」

「それだけではありマセン!」

 

ミナトの端末を覗き込みながら言ったレイルの言葉に、クゥクゥは熱く返答する。今日のクゥクゥは、いつにも増してやる気に溢れている。

ラブライブという大会はスクールアイドルの大会でも最大規模のものであるから、ファンにとってはその開催自体がめでたいことなのだそうだ。最も、クゥクゥにとってはその言葉だけでは語りきれない物のようで、既に説明のためにわざわざ空中投影式のプロジェクターまで用意している。

 

「ラブライブは嘗て、いくつもの感動と奇跡を起こしてキタ、スクールアイドルにとっての夢!魂!命の源なのデス!」

「なるほどね……お、確かに優勝してる所には名前聞いたことあるグループが多いな」

「実際に優勝したことで入学する生徒が増えた学校も多くあるようですね」

「もちろんデス!廃校のピンチをラブライブで乗り越えた学校もありマス!」

 

ホライズン船団の面積は、地表部や地下部など全て合わせて嘗ての東京都ほどの大きさがある。当然ながらその面積に合わせて学校の数もそれなりに多い。が、移民船団という土地柄か、入学者の少なくなってきた学校の取り壊しは地球のそれよりもかなり早く決定されるのだ。それもあって、ラブライブのような大会はそれを防ぐ為に学校をアピールする格好の舞台として重宝されている。そうしてホライズン船団で部活動が総じて活発になったことによって生まれたのが、今のホライズンの学校体系なのだとい。スクールアイドルの文化が盛んなのも、そう言った理由があるらしい。

 

「で、それがそんなに騒ぐほど大きい大会なの?」

 

とはいえ、よく知らないものにとってはラブライブも"ただの部活動の大会"でしか無い。すみれはそう考えているようで、疑わしげに"LoveLive"の文字を見つめている。

 

「フフ……!アナタがそう言うのは想定済みデス!見るがイイです!」

 

クゥクゥがプロジェクターのスイッチを押したことにより、表示されていた画像が巨大な会場のものへと入れ替わった。

 

「これが今年の決勝の会場デス!」

「すごい……!」

「こんな大きな所なの!?」

 

千砂都とかのんが驚嘆の声を上げた。二人以外も、予想を超えた規模の会場に目を疑った。

 

「ここって……」

「ハイ!ホライズン船団でも最大級の、コノ<神宮競技場>で行われることになりマシタ!」

 

神宮競技場は、クゥクゥの言った通りこの船団で最大級の会場だ。スポーツ行事や、アーティストのイベントなどその用途はさまざまに渡り、直近のもので言えば、銀河オリンピックの会場としても使用された実績がある。数ヶ月後には、今や銀河で最大級のVIP扱いを受ける"銀河の妖精"シェリル・ノームのライブもここで行う予定らしい。

 

「ここで……!!」

 

これほどの規模の会場を確保できると言うことは、必然的にラブライブも相応の規模のイベントだと言うことになる。それを理解したすみれの脳裏には、すでに決勝戦へ進んだ後の様子が浮かんでいた。眩く煌く観客席と、そこから巻き上がる歓声。スポットライトに照らされ、ステージの上で輝く自らの姿ーー!

 

「ーーウフッ。幼きあの日から夢見てきた、スポットライトを浴びる瞬間が………!」

「……あ、"コレ"は放っておいて大丈夫ですよ。いつものことなので」

「いつもこうなの……?」

 

アルの言葉と、そのすみれの適当な扱いに困惑しつつも、集まった面々は話の本筋へ戻った。

 

「けど、こんな大きな場所が決勝の会場ってことは……」

「それだけ大会の規模も大きいってこと。勝ち進むのは簡単なことじゃないよ」

「そうだよねえ」

「ん……あれ?」

 

と、思えばかのんが何らかの違和感を感じたらしく、再び話が脇道へ逸れようとしていた。

かのんが違和感を感じたのは恋に対してらしく、その姿を凝視している。そうしていると、千砂都もその違和感に気がついたようで、彼女もそれに参加していた。

 

「な、何ですか!?」

「なんか違和感が……」

「ムムム……?あ!普通科の制服!」

「それだ!」

 

二人の感じた違和感。それは、音楽科の生徒である恋が纏っているのが普通科の制服であるというものだった。あまりにも自然に、それが当たり前であるかのように恋が過ごしているからか、今まで全員が気付いていなかった。

 

「まさか、アンタまで普通科に移ってこようって?」

「いえ。科によって制服で区別するのではなく、自由に選べるようにした方が良いと、理事長から提案がありまして」

「そうなんだ!……あ、じゃあミナトくんたちともお揃いにできるってこと?」

 

唯一音楽科の恋が普通科の制服を纏っていることによって、女性陣全員が同じ制服を纏っていると言うことになる。一方、ミナトたち男性陣は変わらず航宙科の制服のままだ。校則が変わったのであれば、彼らも同じに出来るはずなのだがーー

 

「残念ながら、俺たちはこの服じゃないといけなくてね」

「フライトジャケット型だから、実機訓練の時にこの服じゃないといけないんだ。お揃いにできないのは残念だけどね」

 

この結ヶ丘高等学校の中でも、航宙科はかなり特殊な立ち位置に存在する。神宮音楽学校ではなく、神宮航宙学校が前身であるということもあるし、運営には新統合軍が関わっているということもある。理事長だけの判断でおいそれと校則を変えることはできないのだ。

 

「そうなんだ……」

「あ、でも普通科と音楽科がこの制服を着ることはできるんじゃねえの?」

「なるほど!確かにそれならできるかも!」

 

気がつけば、かのんたちだけでなくレイルたちもが制服の話に夢中になっていた。どう収集をつけようかとミナトが考えていると、業を煮やしたらしいクゥクゥが立ち上がった。

 

「話がギンガのハテに逸れていマス!」

 

おそらくブリージンガル球場星団の辺りまでフォールドして行っていたであろうラブライブの話題は、この一言によってようやくホライズン船団へと帰ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……みんなはどうするんだ?」

 

ふと、ミナトが疑問に思ったことを口に出した。ずっとラブライブについて話していたが、肝心の彼女たちの方針については一言も追及されていないのだ。

 

「え?参加するよね?」

「今の私達、そんなにレベル低くはないだろうしね」

 

年々スクールアイドル人気は高まっており、いくつものグループがこの船団には存在している。その中でも、かのんたちのレベルは上位に食い込むものだろう。一人一人のレベルが高く、チーム全体としてのバランスも良い。ミナトもそれには同意している。だが、クゥクゥにとってはそうではないようだった。

 

「ーー甘すぎデス!」

「「え?」」

「デカルチャー!ヤック・デカルチャーデスーーッ!!」

 

かのんたちの言葉に対して、地団駄を踏みながらデカルチャー(信じられない)と叫ぶクゥクゥ。どうやら、ラブライブというものは思っているよりも甘くないらしいということが、その様子から理解できた。

 

「なんか、キャラ変わってない……?」

「とりあえずエントリーはしマスガ……突破するには、素晴らしい曲と圧倒的なパフォーマンスが必要デスので、そのつもりデ!」

 

ポケットから携帯を取り出し、エントリーのための登録を行うクゥクゥ。あまりの熱意に困惑しつつも、その様子を見てかのんたちもやる気が湧いてきたらしく、話題は曲作りについてのものへと移って行く。

 

「新曲じゃなきゃいけないんだよね?じゃあ、いつも通りかのんちゃんとミナト君が詞を書いて……」

 

そこまで言って、千砂都は言葉を区切り、とある人物へ視線を向ける。本来ならば作詞も作曲もかのんとミナトの二人が担当していたのだが、どうやら今回はそれを変えてみるつもりらしい。

 

「ーー私が作曲、ですか?」

 

視線を向けられていたのは、新たに加わったメンバーである恋だった。この中で唯一現在も音楽科の生徒であるため、当然彼女も曲を作るための知識を持っている。そう考えての人選だった。

 

「せっかく五人になったんだし、そっちの方が新しくて良いと思う」

「同じ詞でも、作曲によっては全く違う曲になるからな。俺たちの作る曲とは違う路線を探してみるってのも良い手段じゃないか?」

 

これまで作曲を担当していた二人にも異論は無かった。むしろ、そうすることがグループの為になるのであれば歓迎する、というスタンスだ。

 

「まあ、出来ないことは無いと思いますが……家にはピアノもありますし」

「しばらく使ってなかったから掃除しないとだけどな。多分埃塗れだぜ?」

「確かにサヤさんがある程度はやってくれているみたいですが、隙間などに入り込んでいるかもしれませんね……」

 

しなければいけない準備などは多いが、恋たちも問題は無いらしく、作曲担当は無事に決定した。振り付けの担当はいつも通り千砂都が担当し、残るはクゥクゥの担当する衣装なのだがーー肝心のクゥクゥは、何やら携帯を持つ手を震わせながら顔に驚愕の色を浮かべていた。

 

「どうしたの?」

 

最初にその様子に気がついたかのんが、クゥクゥの側によって携帯の画面を覗き込む。開かれていたサイトはラブライブの応募フォームであることに変わりはなかったのだが、どうやらその応募に必要な情報の入力が進んでいないようだ。

 

「結ヶ丘……スクールアイドル部……」

 

そう呟いたクゥクゥが、一切の入力が行われていない欄を指差した。そこには、"必須"と"グループ名"と大きく書かれていた。

 

「グループ名……?」

 

そう口にすれば、その場にいた全員が硬直し、顔を見合わせた。当然ながら、決めてすらいないその名前を挙げられる者がいるはずもなくーー

 

「そういえば私達って……」

「なんてグループ名なの……?」

 

ーーラブライブに参加するという新たなる目標は、早々に頓挫することとなった。



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