韋駄天様は手紙を届けたい(完結) (かりん2022)
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散々な日

 

 なんてことだ。

 手紙を届けている最中に、出奔して指名手配されている九兵衛に絡まれ、異界に落ち、手紙を落とし、落下地点で人に大怪我をさせ、更に得体の知れない穢に襲われ、気がつけば九兵衛も手紙もない。

 なんてことだ。

 とりあえず、怪我をさせてしまった相手を神通力で癒やしているが、当分目覚めそうにない。体を私が預かるしかない。

 真夜中に山奥にいたという事は、自殺志願者だろうか? だからといって見捨てて良いわけではないが。理由は予想がついた。

 この少年はとても沢山の呪霊に取り憑かれていたのだ。

 清めるのはかなり手間がかかりそうだ。少なくとも瞬時には出来ない。

 何せ、治療も並行しているのだから。

 

 さて、この少年の家はどこだろうか。

 一時的な記憶喪失を装うしかないだろう。人のいる所を目指し、私は歩き出した。

 

「!? 誰だお前!」

 

 呪専という所に保護され、記憶がないのを確かめられて、すぐにやってきた少年は開口一番に告げた。少年の禍々しさはちょっとびっくりして仰け反ってしまうほどだ。

 ただ、それだけではないのを感じる。役目を負って生まれた者だ。

 というか会う人間会う人間禍々しいのはどういったことなんだろうか。

 少年をじっと見つめると、少年もまたジリっと下がる。

 特別製の目を持っているようだ。私は正体を隠すことを早々に諦めた。そもそも、この特別な少年を騙す気にはなれなかった。

 

「……この少年を、怪我させてしまった者だ。治療の為、身体をしばし預かっている」

「傑が怪我をしてる? 硝子に治療させれば……」

「硝子という者は医師なのか? だが、人間に癒せる傷ではない。一ヶ月ほど治療して、取り付いている穢れしものを全て浄化してからでないと……君の友人は、必ず返す」

「は? 取り付いている穢れしものってまさか……それは祓っちゃ駄目だろ、傑の手駒だ」

「? 穢れしものを従えていると? ……彼は、悪しき者なのか? 君も!?」

「ちげーよ!!」

 

 少年から、この世界の常識を教えてもらう。

 しかし、反転術式は勘弁して欲しい。呪いを浴びたくはない。

 ただでさえ、既に穢れしものまみれな体を借りているのだから。

 

「で、お前の名前は?」

「八兵衛だ」

「傑を怪我させたんだから、傑の分の仕事を……いや、いい。大人しく治療に専念しろ。俺がその分任務をするから」

「それは……すまない。では、こうしよう。ピンチになったら、韋駄天・八兵衛の名を呼んでくれ。必ず駆けつけよう」

「呼ばねーよ!!」

 

 すっかり警戒されてしまったようだ。私は監視付きか部屋の中で待機を指示されてしまった。しかし、こんな子供が命がけの戦いを強いられているのか……。

 心配していると、私の名が呼ばれた。

 急いで駆けつけると、神に愛されし青年と、その青年に傷つけられ倒れる五条くんがいた。

 

「やめたまえ! 神に愛されし君が、何故その手を汚す!?」

「は? 愛されている? 冗談は程々にしろよ」

「冗談ではない。君は確かに神に愛されている。そうだね。例えるなら、その少年は武士。役目によって力を与えられたもので、君は姫。ただ愛しいから誰より強い力を与えられている」

「姫? 気色わりぃ事を言うな! これが愛なら、いらねーんだよ!!」

 

 血を吐くような言葉に、私はハッとした。

 人の子には、神の辛抱深慮がわからぬ時がある。というか、正直人にとっては迷惑でしかないこともあることは知っていた。

 飛び込んできた彼の攻撃をいなす。強いな!?

 

「君は、その贈り物を本当にいらないのかい?」

「当たり前だろう!! 呪力に恵まれたやつには猿の心なんて、絶対にわからない!」

「君の魂はとても美しいと思うが……こういうことはしたくないのだが……祝福が呪いに、呪いが祝福になることもあるだろう」

 

 私は、神に愛されし青年に呪いを掛けた。っていうか祝福強いな!!? 私では一時的に祝福を解除するのがせいぜいか……!

 神の祝福を取り払った途端、彼から呪力? が吹き出た。

 

「これ、は? 体が重い……!! 目が、耳がよく聞こえない。これが呪力?」

「君を呪ったんだ。祝福が届かぬようにと。私の力では、永続的に祝福を取り除くことは出来ないが、一日に一時間程度なら祝福を完全に解除できる。……ただ、君はとても神に愛されていて、それもまた君自身なんだ。あまり、否定しないでやってほしい」

「天与呪縛に干渉した……? お前、なにもんだ。神の使いとでも言うつもりか。いや、さっき韋駄天・八兵衛と五条の坊が言ってたな。まさか、本当に?」

 

 警戒した瞳でこちらを見てくる。

 

「わ、私の名は夏油 傑だ。ごく普通の高校生だ」

「……この場は引く」

 

 そうして神に愛されし青年は行ってしまった。

 そ、そうだ! 五条くんの治療をしないと!

 

 五条くんは自力で治療し、呪力の真髄を掴んだようだった。

 

「ちょっと、相手してくれよ……韋駄天サマ」

 

 死ぬかと思った。こちらの世界の人間は怖い子ばかりだな!?

 

 



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事情聴取

 

「八兵衛様。少しお話をお伺いしても宜しいでしょうか」

「構わない」

 

 なんとか五条くんを倒し、気を失ってしまった彼を運んだら、かなり警戒されてしまった。その後、大人しく部屋で待っていたのだが、五条くんと夏油くんの担任の夜峨くんからお伺いを立てられた。

 どうやら、五条くんは私の報告をしていなかったらしい。

 夏油君もろとも封印処置をされることを警戒していたのだとか。

 私を信頼してくれて、報告をしたというわけだ。……そういうことなら、報告はしてくれなくて良かったんだよ? 本来、神は人間に関わらないものなんだから。

 口止めをしていればよかったのかと半ば後悔した。

 

「八兵衛様は、傑に怪我をさせてしまったので治療を行っているとのことですが」

「その件については申し訳なかった。あと数日もすれば、彼も意識を取り戻すだろうと思う」

「それは良かった」

 

 本当に安心した様子で言う。生徒を心から思いやれる彼は良き先生なのであろう。

 

「治療をした後は、すぐ傑の体から出ていかれるのですか?」

「これは目覚めた夏油くんとも相談してなのだが、こちらで活動するに当たって依代が欲しい。落とした手紙を探さなくてはならないし、九兵衛も探さなくては。帰るのはその後だが、もちろん夏油くんが嫌がれば、治療が終わり次第身体を出ていく」

「手紙?」

「そうだ。恥ずかしながら、手紙を配達中に九兵衛という者に絡まれて落としてしまってな。あれも捕まえねばならん」

「そうですか。韋駄天様……と名乗られたとのことですが。韋駄天様はたくさんおられるのですか?」

「そうだ。流石に神界の郵便配達を1人では出来ないだろう? あっ そのっ 違ってだな。私は神族ではないし、そもそもこの世界は私達の担当する世界ではないのだ! こちらの者がとても困っているのは五条くんより聞いているが、すまぬな、私にはどうにもできぬ」

「あっ いえ。天与呪縛に干渉したのは」

「この世界の神族の愛子に干渉したのはやはりまずかっただろうか? しかし、当人が祝福を嫌がっていたようだからな……。いや、人間に問うても仕方あるまい。何かあれば、私がなんとかするとあの青年に伝えてはもらえないだろうか」

「ええ。連絡が取れるようなら取ってみましょう」

「ありがとう。ああ、そうだ、しばし閉じこもっていてお腹が減っているのだが、食事を貰ってもいいだろうか」

「……まさか、数日間絶食を?」

「部屋にいるように言われたからな」

「限度があるでしょう? 傑の身体なので、大事に扱ってください。ましてや、回復には栄養が必要です。すぐに消化に良いものを用意します」

「すまない」

 

 親切そうな者で良かった。しかし、まずいな。まずいよなぁ。

 困った……。

 夏油くんの仕事も、肩代わりしないと収入面で夏油君が困るのではないだろうか。

 周囲の人間にも仕事のしわ寄せが来るはずだし、何より危険な仕事。しかし、特定の人間に肩入れしすぎるのは……ぐぬぬ。

 

 その後、私は食事をした。

 久しぶりの人間界の食事は美味しかった。

 

 



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韋駄天様はヒーロー気質(にも限度がありますよねえええええ!)

「恐らく、本物の神族だ」

 

 夜蛾は頭を抑える。神様が降臨するなど前代未聞だ。

 それが異界の神であれ、天与呪縛に干渉できるなら関係ない。上位者だ。

 お茶を飲む手が震えている。

 

「神様ってああ見えるのか……」

「傑大丈夫なの?」

 

 硝子が心配する。

 

「一応、神様が責任持って返すというのだから大丈夫だろう。数日で目覚めると言っていた。任務だが……」

「俺に勝てるぐらいだから大丈夫だろ。神様だし」

「しかし、神様に任務を押し付けるのは……」

「聞いてみればいいじゃん。あの人そんな事で怒らね―だろ」

「機嫌が良さそうだな、五条」

「あの神様、速度で無限に追いついたんだよ。無限自体もキャンセルできるけど、俺相手にはしないようにしてたし、もうすげーの♪ 多分傑の回復に力を割いてるし、それであれだからすげーよなって」

「とにかく、悟! くれぐれも不敬はするなよ!」

「わかったって」

 

 

 一方その頃、甚爾は戸惑っていた。

 極端に落ちる身体能力。溢れ出る呪力。それは、やろうと思えば切り替えることも出来た。

 鋭い身体能力と、呪力なしの身体へと。

 

 まるで、ゲームのアバターの切り替えだ。

 戦士タイプと、魔法使いタイプの切り替え。

 はっきり言ってチートである。

 相伝ではないが、影の竜を操るかなり強い式神系の術式だった。

 甚爾はしゃがみ込む。馬鹿なことを考えている。馬鹿なことを考えている。

 

 猿でなくなったから何だというのだ。

 あの場所で、受け入れられて嬉しいとでも言うつもりか?

 

 戸惑いながらも、歩き始めた先には、捨てたはずの実家があった。

 

「呪力を得たと? 馬鹿な!」

「相伝じゃないがな」

 

 甚爾が印を組むと。ズルリ、と影の竜が現れる。

 相伝ではないが、相伝にかなり近そうな術式である。

 

 影には当然のように物をしまっておけたし、影で作った鞭でも大剣でも出現させられた。

 控えめに言って強く見栄えが良い。

 甚爾が引き起こしてきた問題はかなり多い。だが。禪院は実力主義だ。

 そうして、会合が行われた。

 

「パパ! 新たな当主候補を選んだやて!? ふざけんなや!」

「新たな当主候補の甚爾だ」

「甚爾くんが当主なら従ったるわ!」

 

 直哉の豪快な手のひらくるりに頭を痛めつつ、直毘人は説明する。

 

「それって、甚爾くんの本来の術式ってこと? 僕にも見せてや!」

 

 甚爾が影の竜を見せると、直哉は大喜びだ。

 もう次期当主甚爾くんで良くない? 甚爾くんで決まりやな!

 はしゃいで喜ぶ直哉にやはり頭痛がしながらも、直毘人は告げる。

 

「甚爾は当主候補にはするが、当主にしたとしても実権は渡さない」

 

 呪具をお馬さんに貢がれたら困るというのが切実な理由だ。

 ただ、お飾りの当主としてはあり得るということだ。

 恵と津美紀を引き取る話も出ており、直毘人としては、恵こそはきちんと教育しようという腹づもりである。勝手すぎる。

 討議は――揉めた。

 

 天与呪縛であることは変わらない。猿が今更何を。

 罵詈雑言を、憎しみの眼を向けられ、やっぱり受け入れられるはずがないか、などと冷笑する。なお、憧れの眼で見てくる直哉は甚爾の視界には入ってない。受け入れられたいなら、まずはそこを眼中に入れてあげたいものである。

 

「韋駄天・八兵衛……」

「呼んだかい? 神に愛されし青年よ」

 

 ひょっこりと顔を出した韋駄天・八兵衛。依代の名は夏油 傑に、よりすぐりの術者達は度肝を抜かれる。

 誰も気配も入ってくる様子も感じ取れなかったのだ。

 

「夏油 傑!?」

「お前、呼ばれれば来るのかよ」

 

 驚きつつも問うと、かなりびっくりな答えが帰ってきた。

 

「私の名において助けを求められればね」

「はあ?」

「助けを求めていたのだろう? 私が来たよ! どんな悪霊も退治して……あ、こちらでは呪霊を祓うというのだっけ?」

 

 しばし沈黙した甚爾は、笑った。

 

「天与呪縛を猿だって言われて困ってるんだよ。なんとかしてくれ、韋駄天・八兵衛サマ」

「――神が与えた施しを猿とは随分な表現だね」

 

 夏油 傑から清浄な空気がざあっと巻き起こり、術師達はすべからく頭を下げた。

 なお、この時点で恵が「選ばれし運命の子」であることを韋駄天・八兵衛がぽろりして、恵の将来は決まった。

 

「それはそうと、八兵衛サマ。「助けて」ほしいんだけどよ」

「なんだい?」

 

 甚爾は、八兵衛を違約金として時の器に売っぱらった。

 

 




信じられないでしょうが、八兵衛様のお人好し度はほぼほぼ原作準拠です。


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巻き込まれるにもほどがある

 起きたら教祖だった。

 起きたら教祖だった。

 起きたら! 教祖! だった!!

 

「どういうことかな?」

 

 震える声で周囲の人に聞けば、自分は売られてきたのだという。

 

【悲報】急募:非術師を傷つけずに逃げる方法【知らない間に売られていた件】

 

 戸惑っていると、内側から声がする。

 

『やあ、夏油くん。無事目覚めてよかった』

「君は?」

『私の名は韋駄天・八兵衛。まずは謝らせて欲しい。君に衝突して、大怪我を負わせてしまった。今現在も治療中だ』

「はあ……」

 

 そして、私は事情をじっくりと聞いて、慌てず騒がず電話した。

 

「もしもし悟? 助けて!!!」

『任せろ』

 

 そして私は即座に救出された。

 捕捉はしていたが、本人が嫌がることが重要だったらしい。

 その為、私の目覚めを待っていたと。

 迷える子羊がどーのと神様を丸め込んだ伏黒 甚爾は死ねば良いんじゃないかな!

 

 しかもその後も普通に呼び出して戦ったりしているらしい。

 韋駄天様の話を聞いていると、韋駄天様の名前を呼べば助けに来てくれることが着実に広まりつつある。神様自重して! 私もドン引きするほどのお人好しっぷりである。

 

「すげー心配した、傑!」

「悟……!」

 

 絶対馬鹿にされると不安だったが、普通に心配されていて私は目を潤ませる。

 

『素晴らしい友情だね!』

「君が言うな、八兵衛サマ」

 

「それはそうと、傑。久々で身体訛ってるだろ。八兵衛サマと一緒に訓練しようぜ♡」

『私は訓練したくないかな!』

「そんなに凄いの、八兵衛サマ?」

「さすが神様! って感じ。韋駄天様だけにはえーの♡ でも頑張れば勝てるかもよ!」

『人間に負けた神様のレッテルが貼られるのは遠慮したいんだけどね?』

「俺は神様に買った人間のレッテルが欲しい」

 

 仲が良さそうな事にちょっともやっとする。どうせしばらく意識なかったよ。悟がこんなに懐くなんて珍しいな。

 

「傑と2人で八兵衛様と戦えたら良いのにな!」

『今はまだ治療が終わってないから駄目だね』

「どんだけ怪我させたんだよ」

『私が癒やすの苦手なのもあるんだ。戦闘もしていて、安静にできていないし。しかし、人々を救うのは義務だからね』

「私の義務ではないかな。とりあえず、甚爾に次呼び出されたら殴ろう」

『何に怒っているのかはわからないが、暴力はいけない!』

「君のために言っているんだよ!! 力の使いすぎで衰弱しているだろ、君!」

「そうなのか? 八兵衛サマ衰弱しているのか?」

『察していたのか……。そもそも、人界でこんなに力を使う機会なんてないからね。依代使って顕現して、という時点でちょっときついかな。私はそう神格の高い神でもないし』

 

 疲れている感覚がしたからカマをかけてみたら、あっさり神様は認めた。

 そう言われてみれば、大変な負担をかけているのかもしれない。

 

『でも、助けた者たちには手紙の捜索を頼んでいるから、私に益がないわけでもないんだ。最悪、手紙さえあれば帰れるからね』

「それ、言った? 手紙を手に入れたら帰るって」

『もちろん』

「それ、手紙を封印されてずっと返してもらえないパターンじゃないかな?」

『何故?』

 

 私と悟はため息を付いた。

 私と悟と硝子だけでも協力するしかないね。

 

 翌日、呪専にて普通に登校した私は、先生に書類を渡された。

 夜蛾先生は気まずそうな顔をしている。

 

「お見合いのリストだ。最悪、子供さえ作れば結婚しないでもいいらしい」

「は?」

『なんだか人間は大変そうだね』

「韋駄天様の子供が欲しいってことだろ」

「体は私なんですけど!?」

『ええええええええええええええええ!? 流石に人間はちょっと守備範囲外だよ? それは依代の傑くんが子供を作れば、私の影響が多分に出るかもしれないけど……!』

「出るんだ」

「口を 閉じろ」

「せめてそこは、嫌なら関係ないって嘘いっとけよ……」

 

 夜蛾は更に頭を痛そうにする。

 

「悪いが、傑。上層部からの命令だ」

「そ、そんな。こういうのは悟の役目だと思ってたのに」

『五条くんは魂と血に役割が宿ってるから。スペアは早めに作っておいたほうが良いよね。転生する体なくなるよ?』

「ほら、神様もこう言ってるし! 悟も一緒にお見合いしようよ! どうしていいかわからないよ!」

「俺を巻き込むな! っていうか、転生する体がなくなるってどういう意味だよ! 第一、結婚は2人でするものだけど、2人で立ち向かえるもんじゃないだろ、1人で頑張れ!」

「硝子ー!」

「私を巻き込むな屑」

「一応、硝子と悟もついでにお見合いの釣書が来てる。傑は強制だが」

 

 泣くよ! 泣くからね! なんで一般出の私がお見合い!?

 

 その日の午後。

 助けを呼んでいるものがいる! と叫びだして勝手に体の主導権が撮られそうだったので宥め、悟と急行した。

 甚爾だった。

 そして産土級戦だった。

 

「あー! 悟くんや♡ 八兵衛サマもありがとうな♡」

「おー。キリキリ働け」

 

 悟が迷わず甚爾に殴りかかり、直哉がのんきに甚爾を応援する。

 混乱する私の身体を乗っ取って、八兵衛様は産土級の呪霊を鎮めようとするのを土留めの段階で慌てて止めて、吸収させてもらった。

 

「やれやれ、本当にこの世界は物騒だね。大丈夫かな、九兵衛」

 

 初めて戦っている所を見たというか、動いている身体は私なんだけど、八兵衛サマ、本当に強いな。吸収できる所は吸収しよう。清廉で強い八兵衛サマは、私の目指すところなのかもしれないし。……神様を目指すって変だけども。変だな。変だよね。

 あれ? そうなると、私が目指していた呪術師像は神様だった……?

 そ、それはどうなんだろう。ちょっと落ち着いて考えたほうが良いのかも。




一応、神様が嫌がったらそれまで、と時の器とは契約を結んでました。
でも神様、丸め込まれやすいから……。
傑くんが目覚めて嫌がって、初めて救出というか開放です。

そして直哉が幸せなので人当たりを意図して柔らかくしてます。

感想、お気に入り、ここすき、ありがとうございます!


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利用価値がありすぎる

「あー。礼にお馬さんを見に連れて行ってやるよ。レースとか好きだろ」

「教育に悪いからやめろ。やめろ」

「ほんとうに糞だな」

『レースは好きだよ!』

「あああ……」

 

 そして、競馬に連れて行かれた八兵衛様は終始ソワソワしていた。

 

「なんだお前、走りてぇの?」

『走っているのを見ると、どうにも追い越したくなる質でね』

「頼むから傑の体で参戦しないで」

「なあ、どれが勝ちそう?」

『そうだね。3ー8-5-1-4-2-6-7かな!』

「よし、直哉3連単(三着まで順番通りに当てる。最も難しい)買ってこい」

「了解や」

 

 結果、大当たりである。

 

「よっしゃああああああああああ!! 今日はぱあっと食べに行こうぜ!」

「最低の大人だ……」

「八兵衛様、甚爾を甘やかせるのもいい加減にしてください」

『?』

「駄目だ、わかってない……」

「なんか欲しい物あるか? 八兵衛様! 何でも買ってやるよ!」

『そうだね。変装できるものが良いかな。白い無地の服に刺繍でもしようかと』

「変装?」

『考えたんだが、やはり人間の世界のあれこれに干渉しすぎるのは良くないと思うんだ。特に、あちこち助けに行ってるのは、神としてちょっとなって』

「ほう」

「そーだな。俺らは助かるけど、神様ってそもそも八兵衛様が見るの初めてだしな」

『だから、変装すれば問題ないかなって。仮面をしてゲトーマンを名乗れば正体も隠せるし』(原作準拠)

「隠せねーよ!」

「お願いします止めてください」

「変身ヒーローになりたいんやったら、僕に任せたって!」

「「やめろ直哉」」「はい」『暴力はやめるんだ!』「テメーのために言ってんだよ!!」

「八兵衛様は何が食べたい? 硝子も呼ぼうぜ!」

『そうだね。あまり好きではないけれど、神通力が心もとないから、イモリの丸焼きとか食べたいな』

「食べるの私だよね??? そんなことより安静にしていてよ」

『む! 九兵衛!?』

「ヒャハハハハハ!! 俺の方が早いな!!」

 

 馬の隣に並走している人形の異形に、ザワザワとざわめきが走る。

 そうか、呪霊じゃないから見えるんだ!!

 直哉が慌てて帳を下ろす。

 

「敗北者は死ね!」

 

 攻撃にさらされた騎手と馬を、私の体の支配権を奪った八兵衛様が身を挺して庇った。

 

「やめるんだ、九兵衛!!」

「はっ 八兵衛! まさかこんな所に気配がするとは、驚いたぞ! 優等生が競馬とはなぁ!」

「おかげ様で大当たりだったぜ」

「え。神が人界で賭け事? 本当にしたのか、お前? それ、禁則事項じゃ……」

「何をわけのわからないことを言っているんだ、九兵衛!」

 

 ドン引きする九兵衛様に、理解しない八兵衛様。

 

「まあいい! 今度こそ、俺は九兵衛! お前に勝つ!! 一番足が早いのは俺だ!」

「どっちの方が早くてもいいじゃないか。神界に帰ろう、九兵衛!」

「良くねぇ!! 勝負だ、八兵衛!! 俺に勝ったら戻ってやるよ!」

「くっ 仕方あるまい!」

「ルールはそうだな。シンプルにこの競馬場を一周でどうだ!」

「受けて立つ!」

「戦闘じゃねぇのかよw」

「神様同士の戦いはわかんねーな」

 

 八兵衛様と九兵衛様は並び立った。

 そして、走る。

 目まぐるしく景色が動く。凄い。

 八兵衛様は早かった。けど、九兵衛様はもっと早かった。

 

 いや、これは!!

 

 九兵衛様を、そして八兵衛様を取り巻く呪力がわかる。

 

「これは……!!! 九兵衛!」

 

 九兵衛様を心配した声をあげた八兵衛様。

 九兵衛様がゴールした瞬間、八兵衛様は……私は血を吐いた。

 

「ぐはぁっ」

「はっ 弱い! 弱いぜ八兵衛!! 今のお前に勝っても嬉しくねぇ、止めは刺さないでやるよ!」

 

 そして、九兵衛様は去ってしまった。

 

「まずい……! こんなに早く影響が!? 馬鹿な……!! 九兵衛は気づいてないのか!?」

「大丈夫か、八兵衛サマ」

「傑、大丈夫か!?」

「補助監督呼んだから、後は任せよ」

 

 そして、競馬場を出る。

 

「力を、力を得ないと……! 早く九兵衛を連れ戻さないと、大変なことになる」

「よし、今日は焼肉食って力をつけようぜ!」

 

 というわけで焼肉屋で硝子と合流して事情聴取である。

 

「信仰の影響を受けた?」

『そうなんだ。でも、あんなに早く影響を受けるなんて、ありえない……!』

「……実は、八兵衛様をご心配させないようにって口止めされてたんだけど。九兵衛様は、首都高で車に勝負を仕掛けては追い越した車に攻撃を仕掛けていて、それが多数に目撃されている」

『そんな……!!』

「八兵衛サマも何か影響を受けていたようだけど」

『そうなんだ。守護するものとしての属性が付与されて、その分速度が遅く……参ったなぁ……! このままでは、九兵衛は、早く、強く、理性を持たない化け物に変わってしまうかも……! 一体、どうすれば……!』

「……マジで早く帰ったほうが良いかもな、八兵衛様」

「ああ、やばいな。直哉。手紙の事、頼んだぞ」

「うん? ああ、八兵衛様がなくした手紙やな。任せたって」

「……直哉、お前変わったな」

「そ?」

「良い方にだから安心しろよ」

 

 お腹が膨れたら、次はカラオケ屋である。無断で学校を抜け出した事を思い出して、だんだん怖くなってきたけど、たまには良いよね!

 メールだけ入れて連絡は無視しよう。

 げんこつは覚悟しないとな……。

 

 皆で順番に歌を歌い、最後に私にマイクが手渡された。

 

「八兵衛サマ。歌って!」

『しかし、私は人界の歌を知らないのだが』

「天界の流行りなら知ってるやろ」

『……下手だよ?』

 

 そう恥じらう八兵衛サマに身体を渡す。

 

 そして、皆で拍手や手拍子をして歌を盛り上げた。

 部屋の隅にいた蠅頭がガンガン消滅していくけど、私達は何も見なかった。

 

 この神様、ちゃんとお家に帰してもらえるんだろうか。

 




感想、お気に入り、ありがとうございます!!
この話からどんどん独自設定入れていきます。

誤字報告ありがとうございます!
誤字多すぎで本当すみません。


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ハニトラハニトラ

 夏油は高校生である。

 高校生はエッチに興味はあるが、結構繊細でもあるのである。

 

 だから。

 

「う……うわあああああああああああああああああ!!」

 

 そ―っと帰ってきて自室のドアを開けると、裸のお姉さんが複数いたらとても混乱する。

 すわ何事だと駆け込んだ友人に抱きつきもするし、後ろに隠れもする。

 

「あら。坊や、その子が好きなの? いけないわ。お姉さんが正しい道に戻してあ♡げ♡る♡」

「傑怯えてるから、今日の所は帰ってもらえるかな、おねーさんたち。トラウマになっても困るでしょ?」

「もう、仕方ないわね♡ 可愛いから許してあげる♡」

「純情なんだぁ♡」

「ぴゃあああああああ」

「ウケる。何だよ傑、変な悲鳴」

「ふふふっ ふ、婦女子がそのようなはしたない格好をしてはいけない!」

「え。八兵衛様? もしかして表層人格押し付けあってる? 二人共、どれだけ動揺しているんだよ」

 

 悟はよしよしと撫でてやる。たまには親友にこうして大きい顔をするのもいいだろう。

 落ち着かせたのをまって、夜蛾先生からのげんこつと夏油への謝罪があった。

 

 無断欠席の叱責とおねーさんを入れざるを得なかった謝罪である。

 

『待ちたまえ! 私がいる間にそう言ったことは、その、困る』

「いつまで治療掛かるんですか」

「抜け出た後、硝子がすぐに治療すれば良いんじゃねーの?」

「そもそも、どの程度の怪我なのですか?」

『そうだな。霊体ごと木っ端微塵だ』

「は?」

『霊体ごと木っ端微塵だ』

「は?」

『すまない』

「じゃあ、何か? お前が出ると傑木っ端微塵になるの?」

『まだ結合が半端だからゆっくり解けてばらばらになるかな……』

「うわぁ……。そんな死に方は嫌かな」

「安静にしてろよ!! しばらくは助けに行くのも禁止! 良いな!!」

「イモリ注文するわ。他になにか必要なものある?」

 

 そういうわけで、絶対安静となって勝手に出られないよう地下牢でお休みいただくことになった。だってそうでないと抜け出ちゃうし。

 もちろん、術師たちにも通達はしてある。八兵衛様お助けセンターは休業いたします。

 

 これを機に、夏油 傑にぞくぞくと精のつく料理が送られてきたりお見舞いに来たりするのだった。

 お見舞いついでに女の子を勧められたりすることも多く、すっかり参ってしまった友人の為に家の権力が使えないかと思いついた悟くん。

 そもそも、八兵衛周りがどうなっているか五条家当主様に聞いてみた。

 なお、家の権力を使うことを思いついたのはこれが初めてである。

 家のこと毛嫌いしてたし、まだ学生だから仕方ないね。本人自体が既に最強だしね。

 

 結果、九兵衛様は放置後取り込み。八兵衛様は守護神として祀る。夏油傑は種馬兼依代として確保。手紙は封印してあるということだった。安定の腐敗具合である。

 

 九兵衛は放置でいいとはどういう事か。

 九兵衛は自分より遅いものは相手にしない上、どんどん早くなっており、この間新幹線に勝った。

 それより早いのは飛行機ぐらいだし、九兵衛が競っているのは飛行速度ではなく走行速度。もはや被害は出ないだろう。しかも、九兵衛も呪霊は退治するのだ。後は適当に祀ってこの世界に縛り付けてしまえばいい。

 

 神様は日本平和の犠牲になったのだ。なったのだ。

 

 自分達だけの秘密だと思っていた、歌のことなどもしっかり漏れていた。

 

「神様たち、帰れないのか……?」

 

 ショックを受ける悟。

 実は、基本任務には忠実な悟くん。

 実を言うと、星漿体に関わったときが任務に逆らおうとした初めての事件である。

 この世界線では、あくまでもどさくさに紛れてなので意識的に星漿体を助けようとしたわけではない。最強コンビだったら助けようと言い出しただろうが、この世界線ではちょっと余裕がなかったので。

 

 なので、これが任務に疑問を持つ初めての事件なのだ。

 友達が依代として、種馬として上層部の玩具になってしまうかもしれない。

 ――なんとかしないと。

 

 ああ、でも確かにこの世界は救いが少しでも必要なのだ。

 




夏油様の初さで解釈に違いがあったらすみません。
多分、八兵衛様が中にいる影響だと思ってください。


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それぞれの決意

「やあ! やっと会えたね、御神体の夏油君! そして八兵衛様!」

「は、はあ」

『また女性? また女性なのかい?』

「はは、警戒されてしまっているね。実は私は、呪霊のいない世界について研究していてね。異世界の神様にはとても興味があるんだ。ねえ、君の管理する人界には呪霊はいるかい?」

『あの穢れのことなら、いないと思う。でも、その代わりに悪霊や悪魔などがいるよ』

「それは興味深い! 話を聞かせてもらっても?」

「あ、それは私も聞きたいかも」

『私も、詳しくは知らないのだが……』

 

 夏油も九十九も楽しげに話を聞いた。

 呪霊のいない世界でも、争いが絶えないのは悲しいことだが、異世界の異能力者の話となればなかなか面白い。当人は大変だが、傍から聞いている分には面白いということだ。

 きっと、この世界のこともよい土産話になるのだろう。帰れたらの話だが。

 

「この世界では、呪霊は呪いから産まれる」

『うん』

「そして、呪術師は呪いを生み出さず、非術師が呪いを生む」

『うん……? ……はっ!! 人間界の学説に口を出してはならない!』

 

 八兵衛様は思い出し、相槌を打つ作業に戻る。

 

「……違うのかい?」

「九十九さん、間違っている学説を自慢気に話すのは……」

「いや、すまない。術師も呪いは生み出すのか?」

『いや、術師は呪いを生み出さない、のだろ? うん。続きは?』

「意地悪しないで、教えておくれよ。ヒントだけでもいいからさ」

『そんなわけには……。それに、この世界に詳しいわけでもないし』

「そんな! 大勢の人が救えるかもしれないのに!」

『いや、言えない』

 

 八兵衛様は強張った声で言う。こんなことは初めてだ。八兵衛様は人に甘いのに。

 九十九は目に見えて落ち込んだ。その沈黙に耐えられず、八兵衛様は呟く。

 

『……のどが渇いたから、お椀とインスタント味噌汁とお湯と多めの塩が欲しい』

「すぐ用意するよ!」

 

 九十九がぱあっと笑顔になって、いそいそと持ってくる。

 夏油は体の支配権を八兵衛に渡した。

 お湯を入れたお椀を持ち、八兵衛は日本みたいにキレイな器だな、と言った。

 夏油には意味がわからなかったが、九十九の視線が鋭くなる。

 

「呪霊みたいな特徴の強い味噌だね。だから退治してしまおう」

 

 味噌をぐぐっとお湯の中に絞り出す。

 

 そして。そして、塩を神通力で固めて箸を作って、その箸で味噌を撹拌した。

 

「これで大丈夫。なんていっても、塊が無くなったからね」

 

 そして、ちょっと溶けた塩の箸を取り出し、ずずっとお味噌汁を飲む。

 

「しょっぱい」

 

 当然である。そして、そこまで露骨な物を見せられた九十九と夏油は声を上げた。

 

「「馬鹿な!?」」

 

 それから、目まぐるしく考え始める九十九。

 夏油は体の支配権を奪い返して質問を重ねた。

 

「そもそも、根本的に祓えてないって事か!? 嘘だろ!?」

『わ、私は何も知らないし、お味噌汁を飲んだだけだ! ……でも、毒を毒で制しても綺麗にはならないよ』

「なら! なら、私達は何のために……! いや、待て。残穢、そう、残穢か! 八兵衛様が倒した後には、残穢は残らなかった!」

「確かに! 残穢もまた、結界内で残留して凝り固まるとしたら……術師も呪霊を生む! そして、この世界で、ただ八兵衛様と九兵衛様だけが、呪いを本当の意味で祓える……? 天元様……!!」

 

 最後の呼びかけは、祈りか怨嗟か。八兵衛様には推し量れなかった。

 

『あの、私は役目を果たしたら神界に帰らなくてはならなくてだね。九兵衛も連れ帰らなきゃだし、手紙も探さないとだし』

 

 恐る恐る八兵衛様は申告する。

「ああ、八兵衛様が正直に伝えてくださったんだから、こっちも正直になろう。帰さないよ。八兵衛様も九兵衛様も」

『へ?』

「末永く祀って大事にするってことさ。この部屋から出られないだろう?」

「九十九さん、私は八兵衛様の素養を持つ子供を作る事、前向きに考えてみようと思います」

「その心根、立派だよ」

『あの、どういう事だい? ちょっとー』

 

 八兵衛様が夏油の治療を終えて、出たいと言っても、当然ながら外出許可は下りなかったのである!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、甚爾は珍しく恵の頭をなでていた。

 

「そうか。八兵衛様の治療が終わったか」

 

 手紙を読みおわった甚爾は、それを丁寧に畳んで燃やした。

 灰をお茶に入れて、そのまま飲んでしまう。念の入った証拠隠滅だ。

 

「なんや、羽衣取られた天女様みたいやなぁ。ほんまにあるんや、こんな事。なんや可愛そうやなぁ」

 

 甚爾は、直哉の頭を撫でる。

 

「直哉。この一年、俺は人間になれた。こんな日が来るとは思わなかったが、まあ、悔しいが結構楽しかった。後は頼む。恵と、ついでに津美紀も守ってやってくれ」

「甚爾君……?」

 

 甚爾の常ならぬ行動に驚く直哉。

 

「お前は知らぬ存ぜぬを貫き通せ。元気でな」

 

 そして、甚爾は呪具を持って出た。向かう先は……呪専。

   




メロンパンもだしたかったけど無理かも。
色々ぶん投げつつ次回最終回です。(多分)
ここすき、感想、誤字報告ありがとうございます!

味噌の撹拌は私の勝手な考察です。
残穢とか残るから結局は同じことじゃないか、的な。
呪力操作してるから呪力もれないなら、残穢も消せないとおかしいだろ、と。
異論は認める感想ください。

なんだか何度も読み返してくださる方がいるらしく、
お気に入りやUAは少なくともPVはめちゃくちゃ多いのがありがたいです。
ありがとうございます!!


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最終回

 

『一体どうしたら……』

 

 途方に暮れていると、爆音がした。

 い、一体何なんだ!? この気配は、神に愛されし青年!?

 

 音はどんどん近づいてくる。

 

 そして、扉が壊され、神に愛されし青年が現れた。

 

 手を差し出される。

 

「来いよ。九兵衛にリベンジしに行こうぜ」

 

 神に愛されし青年の手を取り、その体に憑依する。

 手紙の気配もある。もうここに用はない。

 言われずともわかった。もはや彼に呪いは必要ない。

 呪いを解除すると、祝福と私の力があわさる。

 

 霊力を隅々まで行き渡らせ、神々に愛されし青年は走った。

 

「八兵衛! 俺と、俺と勝負しろ!」

 

 外に出た時に、変わり果てた姿の九兵衛と武士の少年が待っている。武士の少年! 九兵衛を呼んでいてくれたのか! しかし、あの姿でまともに走れるのか?

 

 逃げるように、私と九兵衛は足を競った。

 競えば競うほど、まとわり付く呪力が、穢が祓われていくようだった。

 私が怪我をさせてしまった少年のように加減する必要もない。

 全て、全て走るために。

 

 私が九兵衛を追い越すと、亀裂が走って小竜姫様が待っていてくれた。

 そして、元の状態に戻った私達は、天界へと帰ることが出来た。

 

 神に愛されし青年を連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウケる。餓鬼、五人とも、フィジカルギフテッドの天与呪縛だったんだろ?」

「そうなんだよ。でも」

「でも、見えるし祓える」

「マジで?」

 

 満足げに笑う夏油の膝の上で、呪霊をガジガジと噛んでいる赤子。

 無抵抗の呪霊は徐々に削られ消えていく。酷い。

 

「うわ、本当だ。呪力も術式もねぇ」

「プラマイプラスだし、向こうの神様も迎えが来てたみたいだからね。禅院家と五条家も表向きはお咎めなし!」

 

 九十九が他の赤子をあやしながら笑う。

 

「でも、傑、五人の子供のパパかぁ」

「子供達に関しては、呪術界が責任持ってくれるそうだけど、私も全力を尽くすよ。悟、私、宗教団体の御神体になる申し出、受けようと思うんだ」

「マジで?」

「うん、それで、私なりのやり方で助けられる人を助けていきたいと思う」

「神様なんかになれないってこと、肝に銘じとけよ」

「それはわかっているつもりだよ」

「あーあ。じゃあ俺は先生になろうかな―。傑の子供達、俺が教えてやるよ」

「それはいいね」

 

 希望を込めて、話し合う。彼らはまだ、自らに向けられる悪意を知らない。

 

 

 

 

 その後、羂索に夏油は捕まり、メロンパン入れとなる。

 が、子供達は即座に気づき、戦いが勃発。呪術界を騒乱へと導いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甚爾は、後見人となった八兵衛と九兵衛に色々と教えられていた。八兵衛も付け焼き刃なのだが。九兵衛は、人界はもうこりごりだと神界に引きこもりたがっているが、何分人界の知識は九兵衛のほうがある。むしろ八兵衛に任せると恐ろしい事になるまである。

 実際、八兵衛が助けに出ようとして九兵衛が止めて軌道修正をした数は数えきれない。

 

「これが、精霊石。これが、神通棍。これが御札。神通棍が一番経済的だね。消耗品じゃないし。霊力を刃に変えてくれるんだ」

「神通棍? 神通鞭じゃなくてか?」

「凄いね! 出力に負けて鞭になっているんだよ。才能あるよ、甚爾」

「はっ 三神から加護を与えられて霊力がないわけないだろ!」

「どーも。こっちでは呪術師はゴーストスイーパーっていうんだろ」

「違うよ。君は誰も呪わない。呪術師はゴーストスイーパーではないよ」

「……」

「君は誰を呪う必要もないし、呪うことが出来ないことを言われることはないんだ。こっちにも呪いという行為はあるけれど、それは誰にも強制されることじゃない」

「……そっか」

 

 甚爾は、八兵衛を見つめる。

 

「なんだい?」

「お前、とことん俺の事、人扱いするのな」

「当たり前だろう? 君は人間なんだから」

「そうかよ」

 

 甚爾は、ククッと笑った。

 




感想、ここすき、評価、誤字報告、本当にありがとうございました!
読んでくださってありがとうございます。
これで完結です!

メロンパンうまく絡ませられるすみませんでした。


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