レウスはレイアを拒めない (黒雪ゆきは)
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001 白銀の太陽。

 太陽が登り始め、暗闇の世界がゆっくりと輝きを取り戻す頃。

 俺は大空を全速力で駆ける。

 

「グルガアアアアアッ!!!」

 

 ひゃっほぅうううっ!! って言ったんだけどとんでもない咆哮となってしまう。

 まあ、もう慣れたけど。

 

 さて、俺が誰かという話なのだが。

 

 なんというか……リオレウスなんだよね……。

 

 吾輩はリオレウスである。

 名前はまだない。

 

 って感じ。

 

 気づいたらリオレウスになっていた。

 しかも銀色。

 つまり希少種。

 

 前世はうっすら人間だった記憶がある。

 でも本当に何も思い出せない。

 モンハンが好きだったこと以外。

 生粋の太刀専だったというどうでもいい記憶はあるのに、家族や友人の顔の一つも思い出せないのだからふざけている。

 神のイタズラとしか思えない所業である。

 

 これは俺が望んだからそうなったのか、それともとんでもない悪事を働いたからこうなってしまったのか。

 考えても仕方ないか。

 絶対に答えなんてでない。

 とりあえず、俺は銀火竜に生まれ変わったというわけだ。

 

 とはいえ、リオレウスとしての記憶もないのだ。

 というのも親の記憶がまるでない。

 今の俺はどう考えても成体である。

 だが、気づいた時にはよく分からん遺跡にぽつんと一人であった。

 おっといかん。

 一匹? 一体? と言うべきか。

 

 ほんと意味が分からない。

 

 最初はふざけんなと暴れ回ったりもした。

 行き場のない怒りをいろんなものにぶつけた。

 だが、怒りにまかせて思わず火炎ブレスを出してしまったとき、あまりの喉の熱さに落ち着いたのはいい思い出。

 リオレウスって火炎ブレス出す時こんなに痛い思いしてたんか。

 

 よくもあんなにポンポン出してたな。

 一生慣れる気がしない。

 

 と、最初は思ってたのだが時が経つにつれて自然と慣れていくのだから不思議だ。

 モンスターやハンターもいるだろうし、襲われたらヤバいと思い練習しているうちに慣れた。

 リオレウスとしての身体が馴染んできたってことなんかな? 

 

 まあ、どうでもいいか。

 俺がリオレウスとしての生を意外にも謳歌してしまっていることには変わりないのだから。

 

 こうやって空を飛ぶのは本当に気持ちがいい。

 でも不思議だ。

 誰に教わったわけでもないのに飛び方を知っていたのだから。

 

 風を感じる。

 俺は自由だー!! と叫びたくなってしまう。

 

 だが、俺はふと羽ばたくのを止めた。

 すると当然、俺の身体は落下を始める。

 眼下に広がるのは鬱蒼と茂った森林地帯。

 そこに一部開けた場所がある。

 目指すのはそこだ。

 

 うん、ちょうどいい。

 随分と慣れたものである。

 最初は飛ぶことがめちゃくちゃ怖かったというのに。

 

 重力によって俺の身体はどんどん加速していく。

 凄まじい速度で迫る地面。

 それでも恐怖はまるでない。

 

 いた。

 

 アプトノスが2匹。

 

 水を飲んでいる。

 

 俺にはまるで気づいていない。

 

 いける。

 

 余裕だわ。

 

 アプトノスが眼前に迫り、俺は1度だけ羽ばたいて勢いを少しだけ殺す。

 それでも仕留めるには十分すぎる。

 落下によって加速した身体をぶつけるように、俺は脚の鋭い爪を突き刺す。

 そのまま体重をかけるように押し倒した。

 

 もう1匹の方のアプトノスは悲鳴のような鳴き声を上げながら逃げていった。

 

 俺はそちらには構うことなく、捕らえた方のアプトノスを確実に仕留めるべく毒を分泌する。

 しばらくバタバタとしていたが、次第に力が弱くなっていき、終いには全く動かなくなった。

 ほんと、手馴れたものである。

 

 朝の狩りはこれで終わりだ。

 

 最初こそ若干の躊躇いがあったが、本能には抗えず食べてみると意外にもアプトノスは美味しい。

 慣れるものだな。

 

 俺は仕留めたアプトノスを両脚で掴み、巣にしている遺跡へと持ち帰るべく羽ばたこうとした。

 

 その時───

 

『兄貴ーッ!!』

 

 という声が聞こえた。

 

 もはや聞きなれた声だ。

 声のする方へと目を向ければ、予想通りの奴がいた。

 炎のように赤い甲殻には全体的に古傷が多く、コイツの気性の荒さを物語っている。

 

 俺と同じ、リオレウス。

 その通常種。

 

 コイツも狩りを終えた後なのか、両脚にはアプトノスが捕まえられている。

 しかも2匹。

 ……よくよく考えたら、アプトノスってほんと可哀想だな。

 こんなに狩られて。

 

 バサバサと翼を羽ばたかせながら俺の前に降り立った。

 どういうわけか、俺はリオレウスとリオレイアとは意思疎通することが出来る。

 同族だからか? 

 

 コイツとの出会いは最悪だった。

 リオレウスとなり、初めて襲われたのがコイツである。

 まあ、今思えば悪いのは完全に俺だ。

 知らなかったとはいえ コイツの縄張りに勝手に入ってしまったのだから。

 

 ただ、俺は強かった。

 簡単にボコボコに出来てしまった。

 殺すこともできたが、同族のよしみでなんとなく見逃したら異様に懐かれ、兄貴ー! と慕ってくるようになってしまったのである。

 

『兄貴も狩りっすか? お疲れ様っす!』

 

『あぁ、おつかれー。2匹も捕まえたんか。嫁が居るのも大変だな』

 

『いやほんとっすよー。これからもう2匹の嫁の分も狩ってこなくちゃいけないんすよね。はぁ……』

 

 そう、こんな感じだがコイツ実は嫁が三匹もいる。

 とんでもないプレイボーイだと最初は思ったものだが、割と普通だと教えられた。

 未だ慣れないこの一夫多妻制。

 

『兄貴は嫁作らないんすか? 絶対モテるのに!』

 

『いや……うんまあ、まだいいかな……』

 

 さすがに、竜の嫁には抵抗がある。

 まだ人間だった頃の残滓のようなものが残っているのだろう。

 完全に竜にはなりきれていない。

 

 それから、出産の時期が近づいており嫁がピリピリしており巣の居心地が悪いなどの愚痴を聞かされた後、『それじゃ俺はこれで! 失礼します!』などと言い飛び立っていった。

 

 相変わらず子分気質な奴だなー、などと思いながら見送った。

 

 さて、俺も帰るか。

 

 俺は翼をはためかせ、飛び立つ。

 

 風を感じながらふと考えてしまう。

 

 嫁か……と。

 

 だが、結論はすぐに出た。

 

 全くもっていらないなと。

 

 竜と子作りなんてさすがにハードルが高すぎる。

 当分は独り身でこのリオレウスとしての第二の生を楽しむとしよう。

 

 俺は少しだけ強めに翼をはためかせ、自らの巣に向かって加速した。

 

 

 ++++++++++

 

 

 この時の俺は知る由もなかった。

 

 数日後、最悪にして災厄、だが後に最愛の存在となる金色のアイツと出逢うことになるなんて───。

 




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002 オモチ。

 

「や、ややや、やるのかにゃ……よ、容赦しにゃいぞ!!」

 

 巣としている遺跡に戻ると猫がいた。

 いや、ただの猫ではない。

 

 モンハンのマスコットキャラクターであり、ハンターの頼もしい相棒───アイルーだ。

 

「グルガァ……」

 

 可愛いなおい、と思わず言ってしまった。

 

 口に出るのも仕方がない。

 ちょっとした感動だったのだから。

 自作だろうか、荒々しくもしっかりとした皮鎧をつけている。

 小さな短剣をこちらに向け、威嚇している。

 ただ、恐怖からかその手はひどく震えていた。

 

 

 しかし、次は俺が驚かされる番であった。

 

 

 

「か、かわいいだと……!? ボクはオモチっ!! 孤高の旅アイルーにして、立派な剣士だにゃっ!! にゃ、にゃめるんじゃないぞっ!!」

 

 ……え? 

 

 ちょっと待って。

 今言葉通じなかった? 

 驚愕のあまり、思わず翼をバサッと広げてしまった。

 

「うわぁぁぁ!! やめてくれにゃぁぁぁ!!」

 

 まずい、怖がらせてしまったか。

 いやそれよりも、絶対に確認しなくてはならない。

 

『オモチ、と言ったか?』

 

 多分、普通の人間が聞いても『グルァ?』的な感じでしか聞こえないだろう。

 ただの鳴き声だ。

 

 でももし……このアイルーが俺の言葉を理解しているのだとしたら───

 

「そ、そうだにゃっ!! ボクは───」

 

「グルァァァァァァッ!!」

 

 えぇぇぇぇぇぇ!!! と思わず絶叫。

 当然と言うべきか、俺の咆哮を聞いたオモチは完全に戦意を喪失し、お尻をこちらに向けて頭を抑えながらブルブルと震えている。

 

「に、逃げにゃきゃ……あな、穴を掘るにゃ……あぁダメにゃ、手が震えて……」

 

 やってしまった……。

 言葉を理解できるアイルーという事実が衝撃的すぎて、咆哮という名の絶叫を上げてしまった。

 まずい……オモチが絶望しすぎてもはや生きることを諦めている。

 

 なんかアイルーってヤバくなったら穴掘って戦線離脱するはずなのに、それすらできていない。

 

 というかこれ、とんでもないぞマジで。

 

 いや、まずはこのアイルーと仲良くならなくては。

 まずは驚かせてしまったことを素直に謝ろう。

 

『すまない、驚かせてしまったな』

 

「……にゃ? ぼ、ボクを食べるのかにゃ……?」

 

 怯えきっている。

 なんてことをしてしまったんだ俺は。

 こんな可愛い生物を怖がらせてしまうなんて。

 罪悪感で死にそうだ。

 

『食べるつもりはない。ただ、オモチが俺の言葉を理解していたから驚いたんだ』

 

 よし、これなら大丈夫か……? 

 逆の立場なら俺だってコイツのように怯えるだろう。

 捕食する側とされる側。

 言葉を話せるからと言って、この関係が覆ることはない。

 

 やはり……諦めるべきか。

 

 と思っていたら───

 

「にゃーんだ。そうだったのかにゃ」

 

『……え』

 

 まさかのすんなり受け入れた。

 いや、ちょっと待って。

 肝座りすぎてない? 

 

 オモチはちょこんと座り直し、「ふぅー、もうダメかと思ったにゃ……」と呟いた。

 

 やはり怖いのは怖かったようだ。

 

 ただ、俺は聞かなくてはならなかった。

 もう好奇心が抑えられそうにない。

 

『オモチはモンスターと話せる……のか?』

 

 俺の口から出るのは相変わらず人の言葉からかけ離れている。

 本来、わかるはずがない。

 アイルーがモンスターと話せるなんて設定があったか……? 

 いや、さすがになかっただろう。

 モンハンってめちゃくちゃ世界観作り込まれていたし、その全てを知っている訳では無いけど……アイルーがモンスターと話せるなんて重要設定があるならさすがに知っていると思う。

 

 それなりにモンハンはやり込んでいたからな。

 

「そうだにゃ。この能力のおかげで、ボクは今まで生きてこられたんだにゃ!」

 

 マジか!! 

 おっといかん。

 また叫びそうになってしまった。

 もう怖がらせてはいけない。

 

『オモチはどんなモンスターとも話せるのか?』

 

 俺は好奇心の赴くままに質問を投げかけた。

 

「うーん、今のところ大きいモンスターからは逃げてきたから、小さいモンスターとしか喋ったことないけど多分話せるにゃ」

 

『それはアイルーの能力なのか?』

 

「いや、違うにゃ。同族と会ったこともあるけど、モンスターと話せるのはボクだけだったにゃ。でも、極稀にそういうアイルーもいるってお年寄りのアイルーが教えてくれたにゃ」

 

 なるほど。

 そういえばオモチは旅をしていると言っていたな。

 アイルーって旅するんだ。

 てかココって結構高いところにあるけど。

 こんなところに来るなんて、オモチは割とベテランだったりするんだろうか。

 アイルーってハンターのオトモってイメージしかなかったけど……いや、この世界が俺の知っているモンハンの世界とは限らないか。

 今の今まで疑いもしなかったが、当然その可能性だってあるんだ。

 

 でもそんなことはどうでもいい。

 

 この出会いは絶対に運命だ。

 

 あれが……アレが食べられるかもしれない。

 

 自分で何度試しても出来なかった……アレが!! 

 

『なぁオモチ、今アプトノスを狩ってきたところなんだが……お前これを調理して“こんがり肉”にすることってできるか……?』

 

 そう、俺は食べたいのだ。

 

 

 こんがり肉を……!!! 

 

 

 俺は期待の眼差しをオモチへと向けてしまう。

 だが、オモチは少しだけ不満そうな目を俺に向けてくる。

 

 まさか……無理なのか? 

 

 期待した分、その絶望はあまりにも大きいぞ……。

 

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、オモチは言葉を紡いだ。

 

「レウスさん、ボクをにゃめないで欲しいにゃ。───当然、できるにゃ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺は抑えられなかった。

 

「グルァァァァァァッ!!」

 

「にゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 地を震わせるような俺の咆哮。

 森から一斉に鳥が飛び立つ。

 そしてオモチも悲鳴とともにひっくり返る。

 

「にゃ……やっぱりボクを食べるのかにゃ……?」

 

 今にも泣きだしそうなほど目をウルウルとさせていた。

 やってしまった。

 あまりの嬉しさに俺は咆哮を抑えることができなかったのだ。

 

『す、すまない。また驚かせてしまったな』

 

「ぼ、ボクのこと食べない……かにゃ?」

 

『食べない! 絶対に食べない! 頼む、信じてくれ。俺は何があってもオモチを食べない! それどころかどんな危険からも守ってやるさ!』

 

 嬉しすぎて饒舌になってしまった。

 

「そうかにゃ……とか言って油断させておいて、実は食べるなんてことも……ないかにゃ?」

 

 訝しむような瞳だ。

 オモチは俺からジリジリと距離をとっていく。

 なんだか凄く悲しい。

 旅をしてきた、というだけあって妙に用心深い。

 さすがはオモチだ。

 

『絶対にオモチを食べない! 頼む、信じてくれ……!』

 

 俺にはひたすら真摯に頼むしかなかった。

 それ以外の方法がない。

 もし俺が武装した人間であるならば、その武装を解くことで危害を加えるつもりがないことを示せたのだろうが、あいにく今の俺は身体そのものが武器であるリオレウス。

 最終的にはオモチに信じてもらうしかないのだ。

 

「うーん……」

 

 まだだ、まだ怖がられている。

 

 俺は土下座でもしたい気分だったが、リオレウスの身体で土下座などできない。

 だからとりあえず、頭を地面につけた。

 ただ寝そべっているようにしか見えないかもしれないけど。

 

『驚かせてしまったことは謝る。この通りだ……!!』

 

 頭を地べたにつけてなお俺の方が目線が高いのだからもどかしい。

 いっそのこと埋まってしまいたいくらいだ。

 

「そ、そこまでしなくていいにゃ! わかった、信じるにゃ」

 

「グルァ……」

 

 尋常ではない喜びが込み上げ、またしても咆哮してしまいそうになったが、今回はぐッと飲み込むことに成功した。

 

 だが───まだだ。

 

 むしろここからが本番だ。

 

 これは正しく運命の出会い。

 

 逃せば死ぬまでこのチャンスは訪れない。

 

『許してくれてありがとう。だがすまない。実はもう一つ頼みがあるんだ、オモチ』

 

「ん? 何かにゃ?」

 

 俺は意を決してオモチに言った。

 

『俺の……“オトモ”になってくれないか?』

 

 そう、これが俺の心からの頼みである。

 オモチはいい友になる。

 モンスターと言葉を交わせる特別なアイルーなのだから。

 

 それに……オモチがいれば調理をしてもらえるッ!! 

 

 いや、最初こそそういう打算的な考えがあったが、今は違う。

 少ししか喋っていないが、俺はオモチのことをとても気に入ってしまっている。

 同族のアイツには嫁を作らないのかと言われたが、俺に必要なのは嫁ではなくオモチなのだと確信してしまった。

 

 もうこの心は覆らない。

 

「え、オトモって……あのハンターさんと一緒にいるやつかにゃ?」

 

『そうだ! ぜひオモチには俺のオトモアイルーとなって欲しい! 頼む!』

 

「急にそんなこと言われてもにゃー……だいたいレウスさんにボクは必要かにゃ? ハンターじゃにゃいし」

 

『必要だ! 必要すぎる!!』

 

「うわ! 驚かせないで欲しいにゃ……」

 

『あ、すまん……本当に。何度も何度も……』

 

 俺はまたしても頭を地べたにつけた。

 

 必死すぎるな。

 気持ちが昂ると大声になってしまう。

 悪い癖だ、直さなくては。

 そして少し落ち着こう。

 

 ふぅー、よし。

 

『えっとまず、俺は見ての通り竜だから料理ができない。でも、俺は……うーんと、そう! グルメなんだよ! だからオモチには料理をしてもらいたい。それに一緒に狩りをすればより効率的だ!』

 

「……グルメなリオレウスなんて聞いたことないにゃ」

 

『いやそれは……あ、俺は普通のリオレウスじゃないんだよ! ほら見てくれよこの銀色の甲殻。普通じゃないだろ?』

 

「確かに……ボクが知ってるリオレウスは赤いけど……」

 

『だろう! だから頼むよオモチ!』

 

「でもにゃ……ボクも目的があるし……」

 

 オモチはイマイチ返答を渋っていた。

 

『目的? 良かったら聞かせてくれないか?』

 

 俺がそう言うと、オモチは少しだけ言いずらそうにしながらも、ゆっくりと話始めてくれた。

 

「実は……ボクは産まれたときからずっと1匹だったにゃ。だからずっと1匹で生きてきたにゃ」

 

 少しだけ、本当に少しだけ寂しそうだった。

 そして、ちょっとだけ俺と似た境遇だなとも思った。

 

「ボクは、ボクを産んでくれた親を探して旅をしているのにゃ。もう生きていないかもしれにゃいけど、探さずにはいられにゃいのにゃ。だからボクは旅を止めるわけにはいかにゃいのにゃ」

 

 俺は、本当に陳腐な表現かもしれないが胸をうたれてしまった。

 こんな小さな存在が、今までずっと1匹で生きてきたのだという。

 数多のヤバいモンスターが闊歩するこの世界を、たった1匹で。

 俺のように強いわけでもないのに。

 

 

 いや───オモチは俺なんかよりずっと強いな。

 

 

『わかった、その目的を俺にも手伝わせて欲しい』

 

「……え」

 

『俺は空を飛べる。それに割と強い。きっとオモチの役に立てる』

 

「にゃにゃ……! にゃんでそこまでしてくれるのかにゃ……!?」

 

 いや、そうなるよな。

 よく分からんリオレウスがいきなりそんなことを言ってきたら。

 

 でも、理由なんて重要じゃない。

 

 俺がそうしたいと思ったからそうする。

 

 それでいいんだ。

 

 こんな傲慢な考え方をしてしまうのは、リオレウスになってしまったからだろうか。

 

『オモチを気に入ったから。理由なんて、それでいいだろ?』

 

 だから飾ることなく素直に今の俺の気持ちを伝えた。

 俺はオモチを気に入った。

 理由なんてどうでもいい。

 気に入ったから気に入ったのだ。

 

 俺の返答を聞き、オモチは目を見開いて驚いていた。

 それから何かを考え始めた。

 うーん、うーん、と時折唸った。

 

 

 だけど、最後には───

 

 

「わかったにゃ……! ボクはこれからレウスさんのオトモになるにゃ! よろしく頼むにゃ!」

 

 

 オモチがそう言ってくれた瞬間、あれだけ注意していたにも関わらず俺はまたしても喜びの咆哮を上げてしまった。

 それも今までで一番特大なやつを。

 オモチがひっくり返るどころか吹き飛ばされてしまったのは、言うまでもないだろう。

 




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003 黄金の月。

『うぅ……やめろォ……』

 

『弱っちィなぁ、おいッ!!』

 

 その黄金の輝きを放つ異質なリオレイアは、この縄張りの主であるリオレウスの頭部に脚をのせ、勝利を知らしめるが如く咆哮を上げた。

 

『雄のクセに弱っちィ。殺す価値もない』

 

 片やボロボロとなって倒れ伏し、片やかすり傷程度の小さなものはあれど目立った大きな傷は見つからない。

 勝敗は明らかであり、そこには圧倒的な力の差が存在していた。

 金色のリオレイアはしばらく勝利の余韻に浸っているようであったが、それも長くは続かない。

 

『おい、お前。この辺に強い雄はいるか?』

 

 それは唐突な問いかけだった。

 とはいえ今にも意識が飛びそうであり、リオレイアに踏まれて呼吸さえ困難なリオレウスにとって返事などできようはずもない。

 

 だが、それがかえって彼女の怒りをかってしまうこととなった。

 

『さっさと答えろッ!! 弱っちィくせにッ!!』

 

 怒りに身を任せ、彼女は何度も何度も踏みつけた。

 リオレウスが命の危機を感じるのも仕方がないというもの。

 ゆえに、何とか生き延びるためにリオレウスは気力をふりしぼり、吹けば消えそうなほどか細い声で小さく答えた。

 

『しん……りん……の』

 

 だが、それが限界だった。

 

『ん? 森林? 森林地帯の方に強い雄がいるのか!? オイッ!! ハッキリと言えッ!!』

 

 いくら怒鳴っても返事は返ってこなかった。

 不幸中の幸い、息はあるようだ。

 気を失ってしまっただけである。

 

 もはやいくら怒鳴っても無駄だという事実を理解すると、彼女は興味を失ったように呆気なく飛び去っていった。

 

 その目には勝利への歓喜や愉悦の感情はない。

 あるのは深い失望と底知れない虚無。

 

(またダメか。ココの奴は強いと聞いていたんだがな……)

 

 ゆらゆらと風に身を任せるように、そのリオレイアは空を舞う。

 どこか覇気がない。

 むしろ哀愁すら漂っている。

 

 しかし、次の瞬間には纏う雰囲気が一変する。

 

 先程とはうってかわり、燃え上がるような怒りである。

 烈火の如く激しい怒りの炎が波のように全身へと広がっていく。

 それは、位置的にかなり離れているジャギィの群れが命の危機を察知し、脇目も振らず逃げ出すほど。

 

「ガルァァァァァァッ!!!!」

 

(クソがァァァァァァッ!!!!)

 

 火山の噴火を彷彿とさせる大咆哮。

 それはまさしく『黒き破壊者』の異名で恐れられる黒轟竜、ティガレックス亜種に迫るほどのもの。

 その恐ろしい咆哮は生存本能を刺激するには十分すぎた。

 生態ピラミッドの下位に位置する生物はもちろんのこと、大抵の場合は捕食する側の上位生物の気配さえもリオレイアの周囲から完全に消え失せた。

 

 それほどまでに彼女は危険だと野生の勘が強く訴えかけるのだろう。

 苛烈な生存競争を強いられる自然界において、一瞬の判断の遅れは死に直結する。

 野生で生きる全ての生物が本能的に理解していることだ。

 

(あぁ……イライラする)

 

 そう、彼女は今虫の居所が悪かった。

 情緒不安定と言ってもいいだろう。

 

 その理由は至ってシンプルだ。

 

 繁殖期が迫っているからである。

 

 

 さらに端的に表現するならば───欲求不満なのだ。

 

 

 しかし、事はそう簡単に解決できるようなものではない。

 それには彼女の天よりも高いプライドが起因している。

 

 天地がひっくり返ろうとも、自分より弱い雄の卵など産まない。

 

 この迷惑極まりない彼女の決意により、一体何匹のリオレウスが犠牲となったことか。

 だが、どんなに大きな傷を負おうとも彼女が原因で死に至ったリオレウスはいない。

 

 弱い同族など殺す価値もない、というのも彼女の信条であったからだ。

 

 幸いにもというべきなのかは甚だ疑問だが、数多のリオレウスがこの信条のおかげで一命を取り留めたのは間違いない。

 

『アァァァッ!! クソッ!! クソッ!! クソッ!!』

 

 クソッ、のリズムに合わせて三連続の火炎ブレスが放たれる。

 その犠牲になったのは悲しくもアプトノスの家族だ。

 子供を連れ、家族で水を飲みに来ただけであるにも拘わらず、何の前触れもなく火炎ブレスで焼かれてしまった。

 

 なんとも残酷だがこれも自然の摂理。

 

 仕方がないことなのかもしれない。

 

 仕留めたアプトノスの一体に、彼女は乱暴にかぶりついた。

 肉をひきちぎり、咀嚼し、飲み込む。

 だが、腹は満たせても彼女の心中は決して穏やかとは言えない。

 

(森林地帯には本当に強い雄がいるんだろうなァ……まぁ、期待はしていないがな……)

 

 彼女の心に渦巻くのは激しい怒りだけではない。

 どこか諦めにも似た感情を抱いている自分に、嫌でも気付かされてしまう。

 

 手頃な雄で妥協すべきではないか? 

 

 この先いくら探しても、自分より強い雄になど出逢えないのではないか? 

 

 いや、そもそも自分より強い雄など存在しているのか? 

 

 そんな負の感情がとぐろを巻く。

 心に巣食って消えやしない。

 どうにか消し去りたくてさらに勢いよくアプトノスにかぶりつくが、やはり消えてはくれない。

 それどころかむしろ膨らんでいくようにさえ感じてしまう。

 

(あぁ……クソが……)

 

 仕留めた3匹のアプトノスはいつの間にか骨のみとなっていた。

 腹ごしらえを終え、やることは一つだ。

 森林地帯に向かって飛ぶこと。

 彼女にはそれしかないのである。

 

 例えそこに、自分より強い雄などいないと思ってしまっていても。

 

 

 ++++++++++

 

 

(爪痕……縄張りに入ったか)

 

 木に深々とつけられた爪痕。

 彼女は一目でそれがリオレウスによるマーキングであると分かった。

 ここは自分の縄張りだから近づくな、という警告でもある。

 

(さて、やるか)

 

 彼女は思いっきり息を吸いこむ。

 

 そして───

 

 

「ガルァァァァァァッ!!!!」

 

 

 彼女の咆哮が雷鳴の如く轟いた。

 森全域に響き渡ったそれは、ここにいるぞというあまりにもわかりやすい主張。

 

 するとすぐに、彼女の鋭い五感が何者かの到来を感じ取った。

 わずかに聞こえる翼をはためかせる音。

 そして同族の匂い。

 凄まじい速度でコチラに向かってくるのが分かる。

 

(ふむ……なかなか強いな)

 

 思わず獰猛な笑みが零れてしまう。

 

「グルアァァァァァァッ!!!!」

 

 お返しと言わんばかりの咆哮。

 そして、その存在は姿を現した。

 

『テメェ……ここが俺様の縄張りだって知ってて入ってきたのか?』

 

 彼女の前に現れたのは至る所に古傷のあるリオレウスであった。

 その傷の多さが、歴戦の覇者であることを雄弁に物語っている。

 彼女の笑みはさらに深いものとなった。

 

『だったら、どうするというんだ?』

 

 彼女の好戦的な態度を、この縄張りの主であるリオレウスも敏感に感じとった。

 ならば、やることは一つしかない。

 

 

『痛い目を見ねェとわからねぇようだなッ!!!』

 

『ハッ、やってみろッ!!!』

 

 

 同時に放たれた火炎ブレスが激しくぶつかる。

 

 それが───苛烈を極める戦いの幕開けとなった。

 




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004 邂逅。

「旦那さん! 上手に焼けましたにゃ!」

 

『あぁ、ありがとう』

 

 旦那さん。

 

 素晴らしい響きだ。

 

 俺はオモチが焼いてくれた肉───『こんがり肉』を骨ごと一気に頬張る。

 鼻腔をくすぐり、食欲を何倍にも膨れ上がらせるこの香り。

 分厚くともとても柔らかいこの食感。

 そして何よりこの溢れんばかりの肉汁。

 

 なんて美味さだ。

 

 アプトノスを生で食って意外に美味いとか言ってたのはどこのアホ? 笑ってしまうわ。

 

 オモチは俺が狩り殺したアプトノスから手際よく生肉を剥ぎ取り、次々とこんがり肉を焼き上げていく。

 たいしたものだ。

 さすがはオモチ。

 さすがは俺のオトモアイルー。

 

 オモチの焼き上げるこんがり肉はどうしてもサイズ的に小さなものとなってしまうが、それを差っ引いてもあまりある手際の良さ。

 次々と焼き上げていくものだから、数でいくらでもカバーできてしまう。

 

 幸せだ。

 

 俺はなんて幸せなんだ。

 

 オモチとの出会いは、俺をリオレウスにした存在からの贈り物に違いない。

 

『今日はさらに奥まで行ってみよう。ただ、まだ見ぬモンスターがいないとも限らない。油断せずに行こう』

 

「了解にゃ! この“古代樹の森”もだいたい探索し終えたのにゃ。……全然見つからにゃいけど。もう少し探して、それでも見つからないようなら別のエリアに行くのもいいかもしれないにゃ」

 

『そうだな』

 

 オモチと出会い俺は様々なことを知った。

 その一つがまさしくこの情報だ。

 

 この森林が───『古代樹の森』と呼ばれていること。

 

 薄々そうではないかとは思っていた。

 だがそれが確信へと変わったのだ。

 

 ここは『新大陸』である。

 

 MHWの舞台。

 

 だが、完全に俺の知っている古代樹の森なのかは未だによく分からない。

 なんせ今俺がいる場所がそもそも記憶にない。

 古代樹の森にこんな古代遺跡の跡地のような場所あったか? 

 俺自身、正確に記憶しているわけではないが恐らくなかったはずだ。

 

 これはどういうことだろうか……? 

 

 だいたい、リオレウス希少種がこんな最序盤のエリアにいたらやばいだろ。

 この世界に俺という異物が紛れ込んだことで、少なからず影響を与えてしまい、変化を及ぼしてしまっているのかもしれないな。

 

 いや、まて───そもそも異物は俺だけか? 

 

 知らず知らずのうちにこの世界に巻き込まれたのは自分だけであると決めつけていた。

 俺がモンスターとしてならば、ハンターとしてここに来ている奴もいるかもしれない。

 

 

 そう……まさしく『主人公』として。

 

 

 MHWにおける主人公、つまり“プレイヤー”がこの新大陸にやって来るのは確か第5期調査団としてだったはず。

 ならば今は一体何期まで来ているんだ? 

 そもそもハンターなんて俺はまだ一度も見かけていない。

 

 もしかして、いないのか……? 

 

 ここに存在するのはモンスターのみで、人の身でモンスターと渡り合うハンターという超人集団はいない……のだろうか? 

 いや、それは楽観的すぎだ。

 少しばかり強い存在となったものだから、気付かぬうちにうぬぼれていたようだな。

 

 古龍の集う新大陸。

 

 決して俺は生物として最強ではない。

 

 ほんのわずかな隙が命取りとなる。

 

 ここはそういう世界だということを忘れてはならない。

 

「旦那さん……どうしたのにゃ?」

 

 声につられオモチの方へと目を向ければ、俺の足元で心配そうにこちらを見上げている。

 オモチと出会い数日。

 本当に良い友人を持った。

 いや、良い友アイルーか。

 

『心配ない。少し考え事をしていた』

 

 そう言って俺は、翼爪でオモチの頭をそっと撫でた。

 

「そうだったのかにゃ!」

 

 俺の言葉を聞き安心したのか、オモチは自分用に焼いたこんがり肉を再び食べ始めた。

 そんな愛くるしい姿に微笑ましいものを感じながら、俺は改めて覚悟を新たにする。

 それは生きる覚悟。

 そして守る覚悟だ。

 

 オモチは俺が守らなくてはな。

 

 ん、そういえば───

 

『オモチは自分で装備を作れるのか?』

 

 何となく聞いてみた。

 

「んー、できるけど得意じゃないにゃ」

 

 確かに。

 鍛治技術の習得には長年の修行が必要であることは、俺にだって容易に想像がつく。

 専用の道具だっているだろう。

 

『俺を素材として、オモチの装備を作れないかと思ったんだがな』

 

「にゃにゃっ!? そ、そんなことできないにゃっ!」

 

『ん、なぜだ?』

 

「だって痛そうにゃ!」

 

『なんだそんなことか。ならば何も問題ないな』

 

「───っ!?」

 

 なんかえらく驚いてる。

 可愛いなおい。

 まあ、現状方法がないけどな。

 

 いやそれよりも……銀レウスのオトモ装備なんてなかった気がするぞ……。

 

 いや、レウスネコシリーズがあるのだから俺でも大丈夫だろう。

 できない道理がない。

 というかなんでなかったんだ? 

 不思議でたまらんわ。

 

『そうだ、念のため───ん?』

 

 俺は思わず言葉を遮った。

 何か、自分でも表現できない“違和感”のようなものを感じ取ったからだ。

 人間とはかけ離れた優れた感覚。

 ゆえに察知した得体のしれない何か。

 

「どうしたのにゃ?」

 

 オモチの問いかけに答えている余裕がない。

 この違和感の正体を突き止めろと本能が訴えかけてくる。

 俺は崖淵まで歩き、そして古代樹の森を見渡した。

 一見、これといって変わった様子はない。

 

 だが───異様に発達した俺の視力はその小さな変化を見逃さなかった。

 

 ここからかなり距離はある。

 

 しかし確実に、木々が大きく振動している場所があるのだ。

 何か、強大なモンスター同士が戦っている……のか? 

 

 それとも単体? 

 

 とてつもなく巨大なモンスターでも現れたか? 

 人間の規模ではないな。

 いや、それは軽率な判断だ。

 なんらかの生物を捕えるために、大型の道具を用いてるのかもしれないのだから。

 

 いずれにせよ、確認しないわけにはいかない。

 

 不安要素を放置することはできないから。

 

『オモチ、俺は少しやることができた』

 

「なんにゃ? ボクもいくにゃ!」

 

『いや、俺だけでいい。たいしたことではないからな。すぐ戻る。ついでに、またアプトノスも狩ってこよう』

 

「うーん……そうかにゃ? でもわかったにゃ! ボクはお留守番にゃ!」

 

 俺は絶対に伝わらないだろうが笑みを浮かべ、そして勢いよく翼をはためかせた。

 一気に上空へと舞い上がる。

 

 さらに翼をはためかせ、目的の場所へ向けて加速する。

 

 今回はあまりにも不安要素が大きい。

 オモチを連れて行くわけにはいかない。

 強大なモンスターだった場合、俺自身も撤退を視野にいれておくべきだろう。

 

 幸い、俺は飛ぶのが凄く得意だ。

 

 

 ++++++++++

 

 

『ガァ……クソッ……』

 

『アナ、タ……』

 

 そこには黄金の輝きを放つリオレイアによって踏みつけられ、倒れ伏すリオレウスとリオレイアの姿があった。

 この森の主であるリオレウスと、その番であるリオレイアだ。

 

「ガルァァァァァァッ!!!」

 

 この戦いにおける勝者、金色のリオレイアは勝利の咆哮を上げた。

 

『……悪くない。悪くない強さだ。途中から加わった番との連携も良かった。───だが、足りんなァ。あまりにも足りん』

 

『グゥゥ……』

 

 もしもこれが彼女にとっての最初の戦闘であったならば、勝敗が覆ることはなかったかもしれないがもう少し彼らも善戦できただろう。

 その証拠として金色の彼女も今回は幾ばくかの大きな傷を負っている。

 

 しかし、彼女は強かった。

 

 とてつもなく強かったのだ。

 

 なんせ、番を探すために彼女は数々のリオレウスとの戦闘をくぐり抜けてきた。

 ゆえに彼女自身も強くなり続けていたのである。

 

 まあ、そのせいでさらに番を見つけることが困難になっていくのだから皮肉な話だ。

 

『クソ強ェなァ……ちくしょう……』

 

『フフ、そうだろうッ! 私は強いのだッ!』

 

 その言葉に気分を良くした彼女は、またしても咆哮を上げた。

 

『だが、及ばねぇぜ……?』

 

『……なんだと?』

 

 次の言葉を聞いた瞬間、彼女から笑みは消えた。

 最も飛竜であるため、人間からすれば笑っているなど分かりはしないが。

 

『それはどういう意味だ?』

 

 彼女は問いかける。

 問いかけなくてはならない。

 

 そのとき───

 

「グルガァァァァァッ!!!!」

 

 地を震わせる咆哮が轟いた。

 彼女もそれには驚き、思わずその方角を見る。

 

『なんだ……?』

 

 組み伏せられながらも、リオレウスは笑っていた。

 

 

『へ……テメェは、勝てねェ……ぜ? ───兄貴にはなァッ!!』

 

 

 そして、その存在は姿を現した。

 

 

 ───白銀の太陽と黄金の月が今、邂逅した。

 




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005 太陽と月の大喧嘩。

 まさかのリオレイア希少種。

 リオレウスとして生まれ変わってから接敵した存在のなかで、間違いなく最大の強敵だろう。

 最悪だ。

 本当に軽率なことをしてしまった。

 

 どうやら俺は……それなりに情があったようだ。

 

 アイツがやられている姿を見た瞬間、頭に血が上ってしまった。

 馬鹿だな俺は。

 危険は避けるべきだ。

 勝てるかなんて分からないのに。

 

 俺は地面に向かって羽ばたく。

 重力任せのただの落下ではない。

 全速力の急降下だ。

 リオレウスになったおかげか、コイツの表情から驚いているのがわかった。

 

 あぁ、大丈夫だ。

 

 俺のスピードに対応できていない。

 

 加速によって得たエネルギーをそのままぶつけるように、俺は思いっきり金色のソイツを蹴り飛ばす。

 

 すると、「ガルァ」という情けない鳴き声とともに吹っ飛んでいった。

 巨木にぶつかり、どうやら悶えているようだ。

 とりあえず先制には成功した。

 

 だが油断できない。

 リオレイア希少種の最も恐ろしい武器は、なんと言っても一発食らっただけで毒状態となってしまう尻尾攻撃だ。

 

 それもただの毒ではない。

『猛毒』である。

 凄まじい勢いで体力が削られてしまう。

 そして最悪なことに、俺には毒がとても良く効いてしまうのだ。

 最も入りやすい状態異常である。

 加えて、当たり前だが『解毒薬』なんて持っていない。

 

 

 ただ───舐めるなよ? 

 

 

 俺が一体、何回お前を狩り殺してきたと思っているんだ。

 

 

 臨界ブラキの登場により、多くの太刀使いが『砕光の暁刀』を使うようになった。

 だがそれ以前は、お前を素材として作られる太刀『飛竜刀【月】』は間違いなく最強の太刀の一つとして数えられていたのだ。

『天上天下天地無双刀』に比べると、あまりにも容易く作れてしまう『飛竜刀【月】』を使う者は少なくなかったのである。

 

 当然、俺も作った。

 

 それ以降においても、調査クエストで幾度となく狩り殺してきた。

 

 ……まあ、ゲーム内での話ではあるが。

 

 さて、集中しよう。

 

 出し惜しみなんてすれば命に関わる。

 

 最初から全力だ。

 

「グルァァァァァッ!!!」

 

 俺は咆哮とともに『劫炎状態』へと移行した。

 それにともなって俺の頭から胸辺りまでが青白く発光する。

 いわゆる強化形態である。

 だが、はっきり言ってこの状態はしんどい。

 体力も大きく消費する。

 だからといって、金色のコイツがどのくらい強いのか分からないため、手を抜くなんて愚の骨頂だ。

 

『兄貴……』

 

 声の方を見れば、息も絶え絶えのリオレウスがいる。

 この辺り一体の主であり、俺のことを兄貴と言って慕ってくる顔見知りの奴だ。

 

『さっさと嫁さん連れて消えろ。邪魔だ』

 

 俺は金色のアイツから目を逸らさずに短くそう言った。

 何か反論したそうであったが、俺の鬼気迫る雰囲気を感じとったのか『すいやせん……あとは頼みますッ!』と言って飛び立っていく。

 

 いや……アイツは俺より嫁が心配なだけだな。

 

 間違いない。

 

 そんなことを俺が思っていると───

 

『ついに……ついに見つけたぞッ!!』

 

 という理解できない言葉とともに響き渡る咆哮。

 その大地を震わせる咆哮がコイツの獰猛さを物語っている。

 そして、コイツもまた俺と同じ『劫炎状態』へと移行した。

 やはりコイツも最初から本気というわけか。

 

『お前も、私と同じで色が違うな。特別である証だ』

 

 間合いを見極めるように、俺と一定の距離を保ちながらコイツは喋り始めた。

 

 それにしても特別な証って……。

 

『今なら見逃してやる。さっさと消えろ。そして二度とここへは来るな』

 

 俺はお前などいつでも容易く殺せるぞ、という精一杯の虚勢を張りながらそう言った。

 少しでも強く大きく見せるために。

 戦わずにすむならばそれに越したことはない。

 俺も好き好んで命の危険は犯したくないのだから。

 

 だが、

 

『ハッ!! 馬鹿を言え!! ようやく出逢えたのだッ!! これが試さずにいられるかッ!! お前には期待しているぞッ!!』

 

 それが開戦の合図であった。

 勢いよくこちらへ突進してくる。

 

 そのまま噛みつきか? 

 

 とも思ったが、コイツはすんでのところで急停止し、とても見覚えのある溜めモーションを見せた。

 

 

 ───『サマーソルト』だ。

 

 

 その判断と同時に俺は翼をはためかせ、バックジャンプしながら空へと舞った。

 すると、俺の鼻先から拳一個分程の距離をコイツの尻尾が通っていった。

 ほんの僅かに行動が遅れていれば直撃していた。

 緊張の糸がさらに張り詰める。

 

 ……だが、よく知っている、

 

 俺の記憶は鮮明に覚えている。

 

 太刀使い、いや、近接武器をメインとする者であればモンスターのモーションを把握することが狩りを安定させるためには不可欠である。

 そして、俺は『見切り斬り』の快感に取り憑かれていた。

 モンスターの固有モーションを把握し、タイミングよく『見切り斬り』を発動させる。

 

 とてつもなく気持ちがいい。

 

 だが太刀を使う者であれば、極めれば極めるほど狩りを速く安定させるには『見切り斬り』を多用してはならないのだと気付かされることだろう。

 なぜならば、『見切り斬り』は隙が大きくそれなりのリスクを伴う技だからだ。

 

 上位のモンスターになればなるほどモーションの判断がシビアになり、単発技か連続技かの見きわめが難しくなる。

 ゆえに、狩りを安定させたければ『見切り斬り』を必要以上に使ってはならないのだ。

 

 だがそれでも俺は……『見切り斬り』をやめられなかった。

 だからこそ、『見切り斬り』の成功率を少しでも上げるためにより深くモンスターのモーションを観察してきたのである。

 

 その記憶と経験が、リオレウスとなってしまった今も鮮明に残っている。

 血肉となり俺の中で生きている。

 そしてこの世界でも、そのモーションは確かに存在していた。

 

 

 ならば……この知識とリオレウス希少種としての能力があれば、もしかしたら俺は───とてつもなく強いかもしれない。

 

 

 怖いことに変わりはないが、俺は少しだけ笑ってしまった。

 

『ほう、これを躱すか!! やはり強いなお前ッ!! 強い雄だなお前ッ!!』

 

 飛び上がった。

 次にくるのは踏みつけだ。

 分かってればなんてことはない。

 

『───ッ!?』

 

 俺はそれを躱し、お返しとばかりに尻尾を頭へぶつけ、空中から地面へ叩き落とした。

 そのままのしかかって拘束。

 吠えながら威嚇してくるが関係ない。

 

 そして俺はコイツの頭に向けて───超高出力火炎ブレスを放った。

 

 その反動で俺は再び上空へ飛び上がる。

 間違いなく直撃。

 殺すつもりで放ったが、殺せていなくとも『劫炎状態』を解除するには頭部への攻撃が有効だ。

 どちらにせよ悪くない選択なはず。

 

 土煙が舞い、上空からではどうなったのか見えない。

 しかし油断はするな。

 倒れ伏すその姿を確認するまで。

 

 すると───ブレスが飛んできた。

 

 注意していたが避けることができず、腹の辺りに直撃してしまった。

 凄まじい衝撃に身体がよろめく。

 その瞬間を奴は逃さなかった。

 

 勢いよく羽ばたき、俺の首元に噛み付いてきたのだ。

 

『今のは痛かったぞッ!!』

 

 そのまま上空へと舞い上がり、空中でもつれ合った。

 噛みつかれた首元から凄まじい痛みが走る。

 俺は翼爪をコイツの脇腹辺りに突き刺し、引き離した。

 今度は俺が噛み付く。

 

 次は距離をとりお互いがブレスをぶつける。

 

 そしてまたもつれ合う。

 

 そんなことを繰り返しながら、どんどん上空へと舞い上がった。

 何度も噛み付き合い、爪で切り裂き、脚で蹴りつける。

 

 だが、やはり俺の最初のブレスが効いていたのかコイツは僅かに力が抜ける瞬間があった。

 

 俺はそれを逃さなかった。

 

 空中で勢いよく回転し、尻尾をぶつけることで叩き落としたのだ。

 体勢を崩したコイツは制御を失い、落下していく。

 

 俺もまた地面へ向かって羽ばたいた。

 

 そしてそのままコイツの首に噛みつく。

 

『グァァァァッ!!!』

 

 ジタバタと吠えながら暴れるが、離すものか。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 何としてもここで決める。

 

 俺はさらに翼をはためかせ、加速する。

 

 みるみる地面が迫ってくる。

 

『クソッ……』

 

 そして俺は───コイツを地面へと叩きつけたのである。

 

 何かが爆発したかのような轟音。

 その凄まじい衝撃ゆえに森が揺れる。

 再び舞い上がる土煙。

 

 俺は上空で息を整えながら、油断なく様子を伺う。

 手応えはあった。

 だが、まだだ。

 まだ気を抜くな。

 

 俺は気を張り続けた。

 

 しかし───それは杞憂に終わる。

 

 土煙が晴れると、そこには気を失い倒れ伏したリオレイア希少種の姿があった。

 辛うじて息はあるようだが、さすがにもう戦うことはできないだろう。

 今度こそ、決着だ。

 

 …………。

 

 ……はぁ。

 

 ……終わった……よな。

 

 あぁ……疲れた、本当に……。

 

 張り詰めた意識から解放されると同時に、今までの疲れが一気に押し寄せた。

 しばらくは何もしたくない。

 それほどまでに疲れた。

 早く巣に帰って眠ろう。

 

 俺は巣に戻るために飛び立とうとして……やめた。

 

 首を向ければ、見えるのは無防備に横たわる金色のコイツ。

 

 ……どうしよう。

 

 このまま放置したら他のモンスターに襲われるよな……? 

 いや待て、襲われるからなんだっていうんだ。

 どうだっていいだろ。

 こっちは殺されかけたんだし。

 死んだって構いやしないだろうが。

 でも一応、同族だし……うーん……。

 

 そう、変なところで俺の優柔不断が発動してしまったのである。

 

 少しばかり考えた。

 いや、自分では少しばかりと思っているが、実はけっこう考えていたのかもしれない。

 

 

 なぜなら───コイツが目を覚ましたのだから。

 

 

 ぎょろりと見開かれた目が確実に俺をとらえている。

 ヤバい、最悪だ。

 俺は身構えた。

 即座にブレスを放てるよう備える。

 

 

 しかし───

 

 

『交尾っ!! 交尾をさせてくれっ!! お前との卵を産みたいっ!!』

 

 

 ……え。

 

 

 目を覚ますやいなや、このイカれた金ピカの竜は開口一番にこんなとてつもなく意味不明なことを言ってきたのである。

 

 すごく疲れていた俺は、理解することを早々に諦めた。

 

 もういいや……どうでも。

 

 巣に帰ろう。

 

 俺は翼をはためかせ、今度こそ飛び立ったのである。

 

 

『ま、待ってくれっ!!』

 

 

 ───運命は俺がまったく想像していなかった方向へと傾いていくのだった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 このとき、俺は疲れていたのだ。

 

 

 本当にとても疲れていたのである。

 

 

 だから気づくことができなかった。

 

 

 物陰に隠れ、息を殺し、俺たちの戦いをずっと見ていた者達がいたことに───。

 




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006 エクレア。

 本当は色々と長ったらしく話したいところだが、べらべらと喋ってもうるさいだけなのでとりあえず事実を述べようと思う。

 

 俺は───転生者だ。

 

 言っている意味がまるで分からないだろうが、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、これが現実なのだから仕方ない。

 

 転生者、と言う他ないんだ。

 

 気づいたら知らない天井が広がっていた。

 しかも記憶が全くと言っていいほどないときている。

 そのため最初はえらく混乱したものだ。

 

 だが、一つだけ覚えていることもあった。

 

 モンハンである。

 

 モンハンをやり込んでいた記憶だけは鮮明に残っているんだ。

 

 何となく鏡を見る。

 めちゃくちゃよく知っている顔がそこにはあった。

 白髪に赤い目。

 そして厨二病を象徴するかのような眼帯、『竜王の隻眼』をつけている。

 

 ……俺が作り上げたキャラがそこにはいたのだ。

 

 まさか、と思った。

 

 だが、次の瞬間俺はさらに混乱を極めることとなる。

 

 俺は部屋の端にあった箱に目がいったのだ。

 

 見覚えのある箱だ。

 

 

 ───『アイテムボックス』

 

 

 そう、それはまさしくモンハンおなじみのアイテムボックスだった。

 気にならないわけがない。

 俺は好奇心の赴くままに触れた。

 

 すると───『メニュー画面』が突如として出現したのだ。

 

 何もない空中に突然現れた。

 ゲームと全く同じ。

 あのメニュー画面だ。

 当然驚愕した。

 思わず声が出てしまう程には。

 

 だが、その驚愕はあっさりと塗り替えられることになった。

 なぜなら、そこにある膨大すぎるアイテムの数々が目に入ってきたからだ。

 

 

 ───俺のやり込んだデータが、そのまま反映されていたのである。

 

 

 脳裏には『チート』という言葉が過ぎる。

 

 そしてそれは確信に変わる。

 

 装備だ。

 

 装備までもがそっくりそのまま残っている。

 

 マジか……という言葉しか出てこなかった。

 俺の語彙がもう少し豊かであったならば、他に適切な表現ができたのかもしれない。

 だが残念なことに、俺には『マジか……』しかでてこなかった。

 

 

 ───『ブラックミラブレイド』

 

 

 ───『ミラボレアスの防具一式』

 

 

 もはや笑うしかない。

 ヤバすぎる。

 俺が作った最強装備だ。

 

 なぜか俺は少しだけ震えていた。

 

「ははっ……本当に苦労して集めた装飾品までそのままじゃねぇか……」と、独り言が漏れた。

 

 うすうす気づいていた。

 俺はMHWの世界へ転生したのだと。

 強大なモンスターが蔓延る、とてつもなくヤバい世界。

 だが、これならば生き残れる。

 それどころか英雄となれる。

 

 強いて不満を上げるとすれば、名前が『エクレア』という美味しそうなものになってしまったことか。

 安易に大好きスイーツをプレイヤーネームにするんじゃなかった。

 

 

 ───このときはまだ、そんな呑気なことを俺は思っていたんだ。

 

 

 何となく防具を装備してみる。

 すると、一瞬にして俺の見た目が切り替わる。

 ミラボレアスシリーズの武具だ。

 

 大剣はやはり重い。

 でも俺の愛用武器だ。

 野良で共闘する際は、初見だと大抵の場合地雷扱いされた。

 だがそれでも、幾度となくプレイで黙らせてきたのだ。

 俺の武器は大剣以外ありえない。

 

 鏡を見つつ、ニヤニヤしながら色んなポージングをしてみる。

 キャラメイクは細部までこだわった。

 そのおかげで今の俺はとてもイケメンだ。

 どんなポーズも絵になる。

 

 だが、ふと冷静になった。

 

 ミラボレアス装備はさすがにまずいのではないか、と。

 

 モンハン好きであれば誰しもが知っていることだが、ミラボレアスとは古より語り継がれる伝説の存在であり、『禁忌のモンスター』の代名詞。

 その存在自体がタブー中のタブーである。

 

 ならば、そんな伝説のモンスターの装備を纏った俺はどうなるか? 

 

 とりあえず厄介なことになるのは間違いないだろう。

 最悪の場合ギルドから刺客が派遣される、なんてことになるかもしれない。

 

 ヤバすぎだ。

 

 しかし、その不安は一瞬で解消されることとなる。

 

 

 ───『重ね着』だ。

 

 

 重ね着システムさえも俺は使うことができたのである。

 これならば、最強装備を身につけたまま見た目だけ初期装備にすることが可能。

 

 俺は嬉々として『レザー』の重ね着を選択した。

 するとどうだ。

 見た目だけレザー装備に変わるではないか。

 なんて都合のいい能力。

 

 ついでに武器も重ね着によって適当なやつに変えておいた。

 

 これで完璧だ。

 

 ひとしきり色んなことを試し終え、いくつかの不安も解消することができた。

 興奮が収まることはなかったが、疑問も尽きることはない。

 

 次なる俺の疑問は、ここはどこか、というシンプルなもの。

 

 とりあえず部屋を出てみることにした。

 

 すると、MHWのオープニングムービーで見た食堂のような場所が広がっていた。

 

 武具の手入れをするハンター。

 

 食事を運ぶアイルー。

 

 胸にぐっとくるものがあった。

 感動しすぎて思わず涙が零れてしまいそうになるほどに。

 

 どうやらここは、新大陸へ向かう船の中であると俺にはすぐに分かった。

 

 適当な席に座ると、とても見覚えのあるモヒカンの奴が「よう! もうすぐ新大陸に到着だな!」と話しかけてきたことで、俺の予想は完全に正しかったのだと確信した。

 

 そしてやってきた俺のオトモアイルー。

 

 真っ黒な黒猫。

 

 本当に可愛くて仕方ない。

 

 思わずわしゃわしゃと撫でてやると、気持ちよさそうに鳴くのだから可愛さがカンストしすぎてヤバい。

 

 ただし、オトモの装備は初期のものとなっていた。

 どうやらアイテムや装備を引き継げたのは俺だけのようである。

 いや、それで良かったのだ。

 むしろ安心した。

 なぜなら俺のオトモ装備は『黒龍ネコ』であり、完全なる小さなドラゴンと化していたのだから。

 

 それからも至って順調だった。

 

 受付嬢は色んな意味で迫力満点であり、アンチも多かったが別に俺は特別嫌いというわけではないので上手くやっていけそうだと思った。

 

 ゾラ・マグダラオスに船がぶつかるイベントも当然のように起こったが、なぜかそこまで動揺することもなく、むしろ俺がハンターとしての凄まじい身体能力を持っていることを理解することができて良かったとさえ思う。

 

 

 全てが順調だったんだ。

 

 

 本当に、全てが順調だったんだ。

 

 

 そう……翼竜にぶら下がり、新大陸に到着するまでは───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ───と、ここまでが俺が転生してから今までに起きた出来事。

 

 本当に濃いよな。

 

 こんな濃い経験をしながらも、俺はどこか浮かれていたんだ。

 だってそうだろ? 

 本当に大好きでやり込んでいたゲームの世界に転生だなんて、テンション上がらない奴いるか? 

 

 いーや、いないね。

 

 ただ……俺は今草むらに隠れ、ただただ震えながら己の浅はかさを痛感している。

 

「……飛んでいきましたね」

 

「いや、まだだ。まだ安心できない。戻ってくるかもしれないから、もうしばらく隠れていよう」

 

「でも見てくださいよ! あのブレスによって焼き焦げた跡! すごい火力です! 私、ちょっと見てき───あうっ!」

 

 俺はなんの躊躇いもなく受付嬢の脳天にチョップをぶちかました。

 気持ち弱めにしたのだから俺は優しい方だ。

 

「な、何するんで───モガッ!!」

 

 今度は大きな声を出すこのバカの口を即座に押さえた。

 

「……いいか、よく聞け。俺はお前が好奇心の化け物で、己の知識欲を満足させる為ならばどんな危険をも厭わない勇敢な奴だってことは知っている。すごいよ、尊敬している───だが今は俺に従え。俺まで危険に巻き込むな。分かったか?」

 

 コイツのことを嫌いと言っていた奴の気持ちが今ならばよく理解できる。

 小声で、しかしとても大きな怒りを込めて言いたいことを全て伝えた。

 

 俺の本気が伝わったのか、受付嬢はコクコクと小さく頷いた。

 

 ……はぁ。

 

 なんだよ……コレ。

 

 一体どうなっているんだ。

 

 

 なんでこんな最序盤に、リオレウス希少種とリオレイア希少種が出てくるんだよッ!!!!!! 

 

 

 夫婦喧嘩は他所でやれッ!!!!! 

 

 

 ざッけんなァァァァッ!!!!! 

 

 

 心の中で絶叫した。

 

 はぁ……。

 

 ほんと……順調だったんだよ。

 

 英雄になれるはずだったんだ……。

 

 なのになんなのあれ。

 

 モンスターってマジでモンスターやん……。

 

 チート? 

 

 足りんわ!! 全然足りんわ!! 

 

 ちょっと装備が強いだけで、あんな化け物に立ち向かえるかってーの!!! 

 

 1乙で人生終了とかクソゲーじゃねーかッ!!! 

 

 せめて3乙制にしてくれ!!! 

 

 2乙したらクエストリタイアするから!!! 

 

「……ど、どうしたんですか?」

 

「いや、なんでもない。不安だからとりあえずあと1時間はここで息を殺していよう」

 

「えッ!?」

 

 調子にのってはいけない。

 

 分をわきまえよう。

 

 俺はただの人間。

 

 慎ましく生きよう。

 

 はぁ……ハンターとしてやっていけるか不安だ……。

 

 これからどうしよう……。

 




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007 竜、猫、竜。

『頼む!! 先っちょだけ……先っちょだけでいいんだッ!!』

 

『……うるさい』

 

 こんなクソみたいなこと言いつつ、ダメージがある為かどこかぎこちないフラフラとした飛び方で、それでもこのリオレイア希少種は俺にずっとついてくる。

 何なんだ一体……。

 俺は疲れているというのに……。

 

 俺もそれなりにダメージがあり、コイツを振り切るほど速くは飛べなかった。

 というか、コイツから何としても俺についてこようとする並々ならぬ執念を感じる。

 それはもう怖いほどに。

 本当にやめて欲しい。

 

 そしてさらに最悪なことに、もう俺が巣としている遺跡の跡地が見えている。

 

 コイツ……本当に最後までついてきやがったよ。

 

 あ、オモチが俺に気づいて手を振っている。

 かわいい。

 鼻が利くのだな。

 しかし、だからと言うべきか。

 俺の後ろを飛ぶ存在にも当然のように気づいてしまい、困惑を隠せずドギマギしている。

 

 俺は翼をはためかせながら高度を下げつつ、ゆっくりと地面へ降り立つ。

 迷惑極まりないが、着いてきたこの金ピカも同じように降り立った。

 

 ただ息が上がり、見るからに辛そうだ。

 

 ……やりすぎてしまったか? なんて考えてしまうのはマジでなぜだろう。

 同情の余地なんてないのに。

 だいたい竜にこんな感情を抱くこと自体おかしい。

 

 そう……おかしいんだ。

 

 ゲームの中とはいえ、何百、何千、いやそれ以上に多くのモンスターを狩り殺してきた。

 そこに可哀想なんて感情は雀の涙ほどもありはしない。

 

 しかし、今の俺はどうだ……? 

 

 竜のために命の危険を犯した。

 

 そして己を殺そうとしてきた竜にさえ同情の念を抱いている。

 

 

 ───心までもが竜になってしまったというのか。

 

 

 だとすれば俺は……まだ見ぬ人間に対しては一体どういう感情を抱くのだろう。

 

 

 同族の竜に向けるような情を……抱けるのだろうか。

 

 

「だ、旦那さん! おかえりなさいにゃ! えっと……そちらは……」

 

 オモチが俺に隠れながらチラチラと後ろの金ピカの竜を見ている。

 そりゃ怖いよな。

 いきなりこんな奴連れて来たら。

 オモチを怖がらせてしまった。

 しかもアプトノスを狩ってくると言ったのに、その約束も果たせていない。

 

 全部……全部この金ピカのせいでなッ!! 

 

『あぁコイツはな───』

 

『ほう、私たちと言葉を交わせるとは珍しいアイルーだな。お前の非常食か? すまない、腹が減っているんだ。私が食べても───きゃうっ!!』

 

 思わず強めの頭突きをかましてしまった。

 反省は全くしていない。

 

『な、何をするんだ!!』

 

『こっちが言いたいわ。何ふざけたこと言ってやがんだ? 次、オモチを非常食なんて呼んだら今度こそお前を殺してやるからな』

 

『───っ』

 

 強めに脅す。

 疲れていたとはいえ、コイツをここに招いてしまったのは俺の失態だ。

 オモチに万が一のことがあってはならない。

 

 見ろ、オモチが俺の足元に隠れながらすっかり怯えてしまっているじゃないか。

 ぶるぶる震えて可哀想に。

 

 俺は金ピカ野郎を再び睨んだ。

 

『……単なる餌では……ないのか?』

 

 戸惑いと困惑を隠そうともせず、本当に不思議そうにそんなことを言ってくる。

 コイツにとっては、いや、モンスターにとってアイルーは食べ物なのか。

 

 いや……分かっちゃいたけどやっぱりそうなんだな。

 

 モンハンとは残酷な世界だ。

 

 こんな可愛い生物を食べるだなんて。

 

『そうだ。このアイルーの名はオモチ。俺の大事な友だ』

 

 オモチは未だに隠れつつ様子を伺っていたが、意を決したようにちょこんと顔だけをだした。

 

「よ、よろしくにゃ……リオレイアさん」

 

 なんて勇気ある行動だ。

 とてつもなく怖いはずなのに。

 果たして俺がアイルーに生まれ変わったとして、意思疎通できるからといってリオレイア希少種に『よろしくにゃ』と言えるだろうか。

 その答えは分からないが、簡単なことではないのは疑いようがない。

 

 俺は口に出すことこそなかったが、心の内で盛大にオモチを称えた。

 

 しかし───

 

『アイルーの分際でこの私と対等に話そうとするとは……我慢ならんッ!! 今すぐ噛み殺───きひゃっ!!』

 

 俺はまたしても頭突きをかました。

 さっきよりもうんと強めに。

 リオレイア希少種……プライド高すぎてもはや笑えるわ。

 

『き、気を失いかけたぞ! お前は平気なのか!? こんな矮小な存在が私たちと対等かのような態度をとったのだぞッ!! 所詮、喰われるだけの存在がッ!!』

 

 

「ガルアァァァァァァッ!!!!」

 

 

 終いには吠えたぞコイツ。

 どんな単細胞なんだよ。

 本当に疲れてるってのに……勘弁してくれ。

 

「あわわわ……ごめんにゃさいにゃ……食べないで欲しいにゃ……」

 

『ハッ、今さら許しを乞うたところでもう───』

 

『───もう、なんだよ?』

 

 俺が甘かった。

 どういう理屈かは知らないが、同族であるリオレウスやリオレイアを殺すことに躊躇いを感じてしまい、コイツを生かしてしまった。

 殺す覚悟がなかったんだ。

 オモチは俺が守ると約束したのに。

 

『ま、待て! 待ってくれ! なぜお前が怒るのだ? 私はお前と争うつもりはないぞ! お前の番となり交尾がしたいんだッ!』

 

 この状況でコイツは一体何を言ってんだ。

 

『俺の目の前から消えろ。それか死ぬかだ』

 

 本気だった。

 偽りのない殺意をぶつけた。

 

『うぅぅ……それしか道はないのか……?』

 

『ない。お前は危険だ。殺さない選択肢を残してやったことが最後の慈悲なんだよ』

 

 そう、これは慈悲。

 さあ選べ。

 どちらであろうと俺は尊重する。

 

『くッ……なら殺せッ!』

 

 ただ、その返答は俺の覚悟を嘲笑うように予想外だった。

 

『……え』

 

 思わず間抜けな声が出てしまった。

 再び戦闘になるか、潔く飛び去っていくか。

 そのどちらかであると思ったから。

 

『もう私はお前以外の雄は考えられないッ!! お前と番になれないのならば、死んだ方がマシだッ!!』

 

 ……コイツのこの熱量はマジでどこから来るんだろう。

 怖すぎるんですけど。

 

 その理解不能すぎる返答に、俺は毒気を抜かれた。

 

 一触即発の雰囲気が霧散していく。

 

『もう懲り懲りなんだ……。これから先いくら探したとしても、お前以上の雄など絶対に見つからないと私は確信してしまっているッ!!』

 

『…………』

 

 もはや怖い……。

 何だこの気迫は。

 

 そして今更なのだが……さらに怖い事実が発覚してしまった。

 

 俺はコイツが───とてつもなく美人に見えてしまっているということ。

 

 いや、正確に言うならば美竜と言うべきなのか……? 

 

 ヤバすぎる。

 俺は精神までもが確実に竜となっているんだ。

 これもまた、受け入れて順応するしかないのか……。

 

 とはいえ、コイツに好意なんて欠片ほどもありはしない。

 こんなオモチに殺意を向けるような、プライドの塊でしかない金ピカなんて願い下げだ。

 ただ客観的に見て、綺麗な竜であると思うだけ。

 

「あ、あの……!」

 

 さて、コイツはどうしようか。

 と思っていると、意外にも声を上げたのはオモチだった。

 

「ボクなら大丈夫にゃ! それよりもここで戦われる方が怖いのにゃ……」

 

『……それもそうだな』

 

 確かにその通りだ。

 目の前にいるコイツは強い。

 その事実は身をもって知っている。

 オモチを庇いながら戦って勝てるほど、甘くはない。

 

 思考をいくら巡らせたところで、俺の大したことない頭では良い答えなんて見つからない。

 

『……お前、どこか他の所へ行く気は───』

 

『ないッ!!』

 

『…………』

 

 元気のいい返事だこと。

 またしばらく思考を巡らせてみる。

 最後の抵抗だ。

 

 

 しかし───天は俺を見放したようだ。

 

 

『はぁ……いいか、自分の餌は自分で取ってこいよ。それからオモチは何があっても襲うな。むしろ守れ。俺の留守中とかな』

 

『そ、それはつまり、私を───』

 

『……幸いここは広い。竜が1匹増えても、まぁ問題はない』

 

 やはり甘いな。

 でも仕方ないだろ? 

 今の俺はコイツとの戦闘でとてつもなく疲れているんだから……。

 これが正しい判断なのか、そうじゃないのかなんて……ほんとわからないんだよ。

 

 

「ガルアァァァァァァッ!!!」

 

 

 この金ピカの竜は俺の言葉を聞くと、本当にダメージ受けてんのかと問いただしたくなるような凄まじい咆哮を上げた。

 

 

 ++++++++++

 

 

 今日はいろいろなことが起こりすぎた。

 とりあえず寝よう。

 そう思い俺は、新しく増えた『交尾っ! 交尾しよう交尾っ!』とうるさい同居竜をガン無視して寝ようとしたんだ。

 

 すると、オモチがテクテクとやってきた。

 

「旦那さん酷い傷にゃ! ……レ、レイアさんの方も。だから、これどうぞにゃ……!」

 

 そう言って、オモチは何かをその小さなポーチから取りだしこちらに差し出した。

 怯えつつ、金ピカの方にも同様に差し出す。

 渡し終えると猛ダッシュでこちらへ逃げ帰ってきたけど。

 

 見るとそれは、とても小さい黄色の塊だった。

 人間の一口サイズくらい。

 リオレウスとなった今ではもはや豆粒ほどにしか見えない。

 

『……なんだこれは?』

 

 そう問いかけたのは俺ではなく、金ピカの方だった。

 

「これは“秘薬”にゃ……! 傷によく効くのにゃ!」

 

 秘薬……だと? 

 

 オモチには申し訳ないが、俺は半信半疑のままそれを頬張った。

 

 すると───嘘のように回復した。

 

 なんなら今から一狩りいけるほどに元気ハツラツである。

 

 本当に俺の知る『秘薬』だった。

 やはりモンスターにも効果があるのか。

 いや、ヤバいぞこれは。

 モンスターが秘薬とか持ち始めたらマジで……クソゲーじゃねぇか。

 

 まあこれは現実なのだから、リオレウスになった俺としてはクソゲー万歳だけども。

 

『す、凄いなこれはッ!!』

 

 金ピカが驚く。

 当然と言えば当然である。

 

 だが、俺は疑問も湧いた。

 

『オモチが……作ったのか?』

 

 その疑問は自然と口に出てしまった。

 

「いや、これはもともと───そ、そうにゃ! 大変だったにゃー。まずは“にが虫”と“アオキノコ”を調合して、“栄養剤”を作るのにゃ! それから“ハチミツ”を加えて、そこに───」

 

 そう言って、オモチは次々と調合のレシピを言っていった。

 それはまさしく、数多の旅を乗り越えてきたからこそ身に付いた生ける知識……のように聞こえる。

 

 しかし俺には───何か隠し事があるようにも思えた。

 

 竜となり、感覚がより優れたものになったからこそ余計にそのことが分かってしまう。

 ただ、俺はオモチを追求するようなことはしなかった。

 秘密など誰にでもある。

 アイルーだってそれは同じだろう。

 

 今度こそ俺はもう寝ることにした。

 

 外的な傷は癒えても、精神の疲れは寝ることでしか癒すことはできないのだから。

 

 寝る直前、ふと考えた。

 

 竜、猫、竜。

 

 そんな異質すぎる3匹の行方は一体どうなるのか、と───。

 




お読みいただきありがとうございました。

たくさんの高評価や感想、ありがとうございます。
とても励みになっています。
これからも頑張ります。


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008 彼は生きる為に今日も足掻く。

アステラのトレーニングエリアってどこにあるんですかね?
とりあえずみんなが通える公の場所にあるという設定でお願いします。


 受付嬢───いや、編纂者の朝は早い。

 まずは昨日の調査活動で得た膨大な情報の精査から始める。

 昨日の時点で大まかな情報はすでにまとめ終えているが、1日経てば新たな気づきや反対に訂正しなければならない箇所も見つかるというもの。

 それらを集約、編纂するのが彼女にしか果たせない重大な役割なのである。

 

「よう、お前さんはいつも早ぇな。大したもんだ」

 

 すると、彼女に話しかける者がいた。

 声につられて目を向けてみれば、そこにいたのはアイルーである。

 だが、見るからにただのアイルーではない。

 その閉ざされた右目は、彼がくぐり抜けてきた修羅場の多さを雄弁に語っている。

 

「おはようございます! 料理長!」

 

「おう! 今日も狩りの前にはオレのメシをうんと食ってけよ!」

 

「はい! もう今から待ち遠しいです!」

 

 彼女の言葉に料理長は口元に笑みを浮かべることで答えた。

 そしてすぐに仕込みを再開する。

 

 彼の朝もまた、とても早いのである。

 

 それからしばらく彼女は編纂作業を続けていた。

 すると突然、僅かに“揺れ”を感じた。

 その揺れは時に大きく、時に小さく、間隔が速くなったり遅くなったり、実に不規則なものだ。

 自然に発生するものではないことは明らかであった。

 

 間違いなく異常事態。

 ここは新大陸だ。

 何が起こるかなんて誰にもわからない。

 ゆえに、本来であれば即座に防衛体制をとったとしても何一つ不思議ではないはず。

 むしろそうしない方が不自然ではないのか。

 

 しかし───誰一人としてそれを気にしている様子はない。

 

 彼女や料理長、そしてすでに活動を始めている全ての者がさもこれが当たり前であるかのように過ごしている。

 ズドーンッ!! という凄まじい衝撃が伝わってきたとしても『今日も凄いわね』なんて呑気な言葉をもらしているのだ。

 

「はぁ……」

 

 彼女は少しだけ不満げなため息を吐き出した。

 そう、彼女は不満なのである。

 ほんの少しだけ、ではあるが。

 

「おはよう。編纂者」

 

 すると、またしても彼女に話しかける者がいた。

 

「あ、リーダー!」

 

 それは調査班のリーダーであった。

 

「そろそろミーティングを始めたいのだが……」

 

 彼は少しだけ周りを見渡しているようだったが、彼女のパートナーらしき人物は見当たらない。

 

 そして、

 

 

 ───ズドーンッ!! 

 

 

 その“揺れ”がもはや答えであった。

 

「この振動……もうお分かりですよね……」

 

「やはり今日も、か……」

 

「はい今日も、です……」

 

 2人が抱くのは複雑な思いだ。

 だが、それは確かに共通していた。

 間違いなく尊敬の念がある。

 それもとても大きな尊敬の念だ。

 ただ……抱くのはそれだけではない。

 

『なんとも言えない呆れの感情』が、2人に共通して確実に存在していたのである。

 

「いや! それにしても凄いよなっ! エクレアはっ!」

 

 その場を取り繕うように彼は言った。

 ただ、もともとそこまで器用なタイプではないため、とてもではないが取り繕えてはいない。

 

「確かに、相棒が凄いのは私も認めます……ですがそれでもちょっと異常ですよ! 半日もトレーニングエリアから出てこなかった時もあったんですよ!? 私が気を使ってご飯を持っていっても、『邪魔しないでくれ』って言ったんですよ! はぁ……」

 

「ま、まぁ、少し変わっているところはあるが……」

 

「少しじゃありません! 大変人ですよ! 大変人!」

 

「大変人、か……よく言ったものだな。───だが、実力は超一流であることに変わりはないさ。数十年に一人、いや、数百年に一人の逸材と言っても過言ではないと俺は思っている」

 

 先程までとは雰囲気が変わり、そこに飾った言葉がないことは容易に伝わってきた。

 彼が口にしたの嘘偽りない本心である。

 

「同じ大剣使いだからこそ、人一倍それがよく分かるんだ。……まったく、とんでもない奴が来たもんだよ。調査班リーダーとして立つ瀬がない」

 

 はぁ、と疲れたように彼はため息をついた。

 しかしそこには嫉妬や憎悪のような薄暗い感情は微塵もない。

 彼は今、英雄に憧れる無垢な少年であるかのような目をしているのだから。

 

 それを感じ取ったのか、彼女はクスリと笑った。

 

「行きましょうか! 相棒を呼びに!」

 

「そうだな。多分じいちゃん達もそこにいるはずだ。いつの間にか、朝はアイツの凄まじい訓練を見るのが恒例行事となってしまったからな」

 

「……最近、みんな予想しあってますよね。今日はどのモンスターなのか、て……」

 

「あぁ……でもじいちゃんが楽しそうだから俺は嬉しいんだけどな。先生もアイツには期待しているんだ。本当に凄い奴さ」

 

「……もう少し自重して欲しいことに変わりはありませんけどね」

 

「……そうだな」

 

 2人はそれから、ほんの僅かに疲れたよう表情をしながら『トレーニングエリア』へと向かった。

 しばらく歩くと目的の場所が見えてきた。

 いや、正確には見えていない。

 そこにはかなりの人集りができており、件の人物の姿はまるで見えないのだから。

 

 多くのハンターがとても真剣に見ている。

 また、ただのハンターだけではなく『総司令』や『ソードマスター』といったここアステラにおける重鎮の姿もあった。

 

「なんだと思う? 今回はいつにもまして凶暴のようだ。そしてこの俊敏な動き。私はティガレックスではないかと思う。いや、その亜種といったところか?」

 

「……いや、それにしては斬りつける位置が高くなりすぎる時がある。おそらくは、モンスターの状態によって狙う部位を変えているのだろう。某は……イビルジョーかと思う。それも極めて獰猛な個体、と言ったところか」

 

「なるほど……やはり君には敵わんな」

 

「何を言う、我が友よ」

 

「いつの時代もいるものだな。類稀なる力を持つ者というのは。───エクレアは“あの者達”に並ぶ、紛うことなき逸材よ」

 

「うむ、同感だ」

 

 2人の間に静かな笑いが起こった。

 とても静かなものであったが、そこにはいくつもの困難を共に乗り越えてきた『友』の絆が確かにある。

 

「じいちゃん!」

 

 そんな姿を見ることができて嬉しいのか、調査班リーダーである青年の声は僅かに弾んでいた。

 

「おう、来たか。いや、もうそんな時間だったんだな」

 

「……ちょうど、彼奴も鍛錬を終えたようだぞ」

 

 ズシンッ! という重々しい音と共にエクレアは地面に大剣を突き刺していた。

 上半身裸である彼の肉体からは、滝のような汗が流れている。

 

「じゃあ私、相棒を呼んできますね! さすがにこれ以上、皆さんをお待たせするわけにはいきませんから! 私からガツンと言ってやりますよ!」

 

 そう言って、編纂者は人混みをかき分けながら走っていった。

 彼の訓練を見るために集まっていたハンター達も、『今日も凄かったぞ!』や『俺も負けてられないぜ!』といった労いの言葉をかけながら次第にその場を離れていく。

 

 

 ───ハンター達の一日はまだ始まったばかりだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 「こんなのつけてられるかーッ!!」という叫びとともに『竜王の隻眼』とかいう狩りをする上で邪魔でしかない物体をゴミ箱へ叩きつけることで、俺のハンターとして人生は真に幕を開けたのだ。

 

 頭おかしいんか? 

 

 こんなヤバすぎる世界なのにオシャレ感覚で片目塞ぐとか頭ハッピーすぎてもはや殺意が湧くわ。

 

 ここはモンハンの世界。

 だが決してゲームなどではないんだ。

 

 それを俺は身をもって知った。

 

 身の毛もよだつほど壮絶な、リオレウス希少種とリオレイア希少種の戦い。

 俺の自惚れた心が木っ端微塵に打ち砕かれるには十分すぎた。

 

 なんであんなのが古代樹の森にいるんだよ。

 エンドコンテンツだろうがふざけんな。

 

 そんなことを延々と嘆きながら、俺はあの後ショックのあまり3日間マイハウスに引きこもった。

 どんなに「相棒ー!」と呼ばれても出ていかなかった。

 総司令やら調査班のリーダーやらが来たとてそれは同じ。

 それほどまでに俺が心におった傷は深かったんだ。

 

 そして、引きこもりながら考えた。

 

 どうすればこんな難易度インフェルノな世界で安心安全に長生きできるのか、と。

 

 3日間、ひたすらに。

 

 ひたすらに俺は考えた。

 

 そしてついにたどり着いたのだ。

 

 

 ───『採集クエストのみで生計を立てよう』という完璧すぎる答えにッ!!! 

 

 

 討伐なんてクソ喰らえ。

 誰がやるかんなもん。

 

 そうと決まれば、即座に現大陸に帰りたいという意思を伝えよう。

 恐怖の反動か、俺は浮かれていた。

 どこに行こうか。

 やっぱり思い出深い『ポッケ村』がいいな。

 あそこの村長であるおばあちゃんはとっても優しそうだし、雪山草はポッケ村の特産品らしいから半永久的に需要がある。

 そのクエストだけならばポポとかガウシカくらいしかでないはずだ。

 

 ただ……どんなに簡単なクエストでも『不穏な気配』を感じてしまうことはあるだろう。

 だからその際、何とか生き延びて生還するためにも訓練はしなければな。

 ポッケ村は寒いことが少し心配だが、なんとかなるだろう。

 少なくともこんなイカれた新天地よりはずっとマシだ。

 

 この結論至った俺は僅かに希望を見出した。

 絶望のどん底だった分、如何に小さな希望であったとしてもそれはとても眩しいものだ。

 だから俺は固く閉ざしたマイハウスのドアを、意気揚々と開けたんだ。

 

 

 ───そして、運命はおかしな方向に回り始める。

 

 

 そこには何故か全員集まっていた。

 アステラにいるほぼ全員だ。

 どうやら俺を心配していたらしい。

 

 妙に励まされた。

 温かい言葉をかけられた。

 受付嬢に至っては、半べそになりながら抱きついてくる始末。

 

 トドメとなったのが、みんなの前で総司令が俺の肩にポンと手を置き───『君には期待している』と言ったことだ。

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 かんっっっっっぜんに、帰りたいと言い出すタイミングを見失った。

 周りのみんなも騒ぎ立てる。

 俺はただ小さく『頑張ります……』と言うしかなかった。

 

 最悪だ。

 本当に最悪だ。

 

 しかし、一度とてつもない挫折を味わったからか、今回は立ち直るのも早かった。

 すぐに俺は作戦を切り替えた。

 

 それが俺の第二の生きる道、

 

 

 ───『なんとしても“セリエナ”に行かない作戦』である。

 

 

 もうこれしかない。

 延々とアステラで採集クエストのみを受けよう。

『アイスボーン』の世界には絶対に行かない。

 そのために俺は全力を尽くすと誓った。

 だが、最序盤である古代樹の森にリオレウス希少種とリオレイア希少種なんて化け物がいたんだ。

 危険性を完全に排除することはできない。

 だからやはり鍛錬を避けられないだろう。

 

 

 鍛えよう。

 

 

 どんなモンスターからも逃げられるように!! 

 

 

 大丈夫。

 戦闘は本当に最悪の場合である。

 俺には魔法アイテム、『モドリ玉』が無限にある。

 閃光玉と閃光玉の調合素材も限界までポーチにぶち込んだ。

 臭いけどこやし玉も詰め込んだ。

 背に腹は変えられない。

 

 状態異常を引き起こすナイフや罠も詰め込み、逃げるために必要な全てのアイテムをカバンにいれた。

 

 麻痺や睡眠、もしくは閃光玉で怯ませ、時には罠にかけてからモドリ玉を使って戦線を離脱する。

 

 よし。

 

 これで準備万端だ。

 

 それから俺はトレーニングエリアに足繁く通うようになった。

 最初こそ不安だらけだったが、そこでも思わぬ収穫があった。

 

 ゲームのように、俺は己の肉体を完璧に操ることができたのだ。

 頭で思い描いた動きがそのまま再現できる。

 長年のやり込みによって獲得した知識と経験が、この肉体には宿っていたのである。

 

 その日から俺は、イメージトレーニングをすることにした。

 

 幸い、様々なモンスターの動きは容易に想像できたから、頭の中でそいつと戦う。

 もちろん肉体に動きをトレースさせながら。

 なぜか途中から人集りができるようになったが、茶化してくることもないのであまり気にならなかった。

 

 実際今日もイメージの『歴戦イビルジョー』と激闘を繰り広げたんだ。

 

 こうして俺は、何とか生きる希望を見いだした。

 

 

 しかし───俺の驚きに満ちた人生はまだ始まったばかりであると思い知ることとなる。

 

 

 どうやら、俺が引きこもっていた間に調査が行われたようなのである。

 リオレウス希少種とリオレイア希少種の調査である。

 俺はこの話を陽気な推薦組こと『エイデン』から聞いたのだ。

 

 その調査にどうやらエイデンも参加したらしい。

 

 当然と言えば当然である。

 不確定要素があればそれを徹底的に調査する。

 それが『ハンター』なのだから。

 

 

 だが俺は思った───コイツら狂ってやがる、とね。

 

 

 何故かって? 

 

 それは装備である。

 

 俺は知っている。

 コイツらの装備が果てしなく貧弱ということを。

 コイツらが装備をごっそり現大陸に忘れてきたということを。

 それはエイデンを見れば明らかだ。

 

 

 そんな装備でリオレウス希少種の攻撃を1発でも喰らえばたぶん即死ですけど……理解していますか? 

 

 

 と、問いただしたくなった。

 あんな化け物と渡り合うには最低でもEX装備が必要だ。

 だが今のコイツらときたら、下位のリオレイア装備以下という……もはや裸であの恐怖の森へ調査へ行ったのである。

 

 

 ……イカれてやがる。

 

 

 ……完全に狂ってやがる。

 

 

『所々戦闘の跡はあったけど、他はなーんも見つからなかったぜ!』などと言って笑ってるコイツらを見て狂気しか感じなかったよ。

 

 そして、今も俺の不幸は続いている。

 依然として総司令のパワハラが止まらないんだ。

 すました顔で『この任務を君たちに任せたい』と言えば何でも許されると思っているに違いない。

 ……状況と雰囲気に流され、断り切れずに今日も『アンジャナフ』を討伐しなくてはならなくなった。

 

 このままいけば『ゾラ・マグダラオス』のイベントへと順調に進んでいってしまう。

 

 はぁ……。

 

 俺はいつ『採集クエスト以外受けたくありません』と言えるのだろうか。

 

 俺はいつ『総司令! 特産キノコなら俺に任せてくださいよ!』と言えるのだろうか。

 

「相棒ー!! そろそろミーティング始まりますよー!! 訓練はいい加減にして下さーい!!」

 

 ほら、今日も悪魔の声が聞こえてきた。

 

 またあのヤバすぎる森へと俺は赴かなければならないようだ。

 

 祈ろう。

 

 俺が明日も今日と同じように息をしていることを願って───。

 




お読みいただきありがとうございました。

頑張れエクレア君。


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009 オモチの嘘と本当。

誰が最初に言ったか『銀レウスニキ』という呼び方。
めっちゃ好きです。


 

 ───私は嘘をついた。

 

 あんなに良くしてくれる銀レウスさんに、私は嘘をついているんです。

 

 各地を旅するアイルーでもなければ、私に親なんてものはそもそもいない。

 いるはずがない。

 

 だって私は───転生者なんだから。

 

 目が覚めて、どこだろこの森ー? なんて呑気なことを考えていた私は、次の瞬間とてつもない衝撃をうけることになりました。

 

 何体もの黄色の巨大生物が今にも私を襲おうと、様子を伺っていたのです。

 

 ───『ジャグラス』でした。

 

 モンハンに出てくるモンスター。

 ただ、私の知っているジャグラスではありません。

 

 ……異常なほどに大きかったんです。

 

『ぎにゃぁぁぁっ!!!』という訳の分からない悲鳴を上げながら一心不乱に逃げました。

 考えるよりも先に身体が動いたんです。

 

 その時は必死すぎて、自分が四足歩行で跳ねるように逃げていたことにも気づきませんでした。

 そして、逃げながらも私の耳には声が聞こえてきたのです。

 

 ───『美味そう』

 

 ───『待て待て』

 

 ───『食いたい 食いたい』

 

 ───『弱そう』

 

 背筋が凍りました。

 私は……モンスターの声が聞こえたのです。

 

 でも───だからなんだというのでしょうか? 

 

 心には恐怖しかありません。

 殺人鬼に襲われ、言葉が通じるからと言って助かるかと言われれば絶対にそんなことはありません。

『食べよう』としてくるモンスターに話かける勇気は私にはありませんでした。

 

 そして私は何とか逃げ切りました。

 どうやら逃げ足だけは速かったようです。

 

 ただし……こんなものは序章に過ぎませんでした。

 

 息を整えながら、なんとなく水溜まりを見たんです。

 

 そしたら、そこには私の姿が映っていました。

 

 

 ───猫になっている私の姿が。

 

 

 またしても私は『ぎにゃぁぁぁぁ!!』と叫びました。

 それはもう心の奥底から。

 

 ただなぜか私はふと冷静になり、今の叫び声を聞いてさっきのモンスターがまた来るかもしれない、と思いました。

 あわてて木に登ろうとします。

 幸い、猫の私は木登りが上手でした。

 

 そして、安全を確保したところでもう一度考えます。

 ここはどこなのか、と。

 

 でも私は……すでに答えなんてとっくに分かっていました。

 

 さっきのモンスター。

 辺りを見渡せば目につく妙に見覚えのある木々。

 

 ここは───MHWの世界。

 

 私は生粋のモンハン女子。

 めちゃくちゃやり込んでいたからすぐに分かったんです。

 

 なら……今の私って……。

 

 いえ、それももう分かっています。

 二足歩行の猫なんて───『アイルー』しかいません。

 そういえば、メラルーなどと色々種類があった気もしましたが、私には私がアイルーなのだと確信がありました。

 

 この純白の毛並み。

 エメラルドのつぶらな瞳。

 

 

 私が愛してやまないオトモアイルー。

 

 

 ───『オモチ』でしたから。

 

 

 なんど……一体なんどこの可愛い生物を現実世界に連れてきたいと願ったことでしょう。

 

 でも聞いてません。

 

 ほんと……聞いていません。

 

 

 なんで私自身がアイルーになってるんですかぁぁぁぁぁッ!!!! 

 

 

 そりゃ願いましたよッ!! 

 モフモフのおなかに頬ずりしたいって!! 

 ぷにぷにの肉球に触りたいって!! 

 

 でも、私自身がアイルーになるなんて聞いてませんよぉぉぉぉっ!!! 

 

 ……取り乱しました。

 

 まぁでも仕方ないですよね。

 気づいたらアイルーになっていた、なんてことになって冷静でいられる人なんているわけありませんから。

 

 それよりも、一刻も早く状況を把握しなくてはいけません。

 一応何となくわかっていることもあります。

 

 多分ここが───『古代樹の森』であること。

 

 つまり、もっと大きく言うならばここが『MHWの世界』であるということ。

 

 なんでこんなことになってしまったのか、なんてことは考えても絶対に答えは分からないので、今は考えないことにします。

 

 次に私は記憶を辿りました。

 可能な限り覚えていることを思いだし、整理します。

 

 思い出すのは友人と一緒に『あのハゲ死ねッ!! セクハラだからな完全にッ!! 口臭いんだよ近づくなっつーの!!』と、暴言を吐きながら、日頃の鬱憤をモンスターにぶつけていたこと。

 

 ……口悪くてすみません。

 普段は友人にさえ敬語な私ですが、怒ると凄く口が悪くなってしまうのです。

 

 いや、今はそれはどうでもいいですね。

 

 問題なのは、その『ハゲ』が誰なのか全く思い出せないこと。

 そして、一緒に遊んでいた友人が誰なのかも思い出せないこと。

 

 つまり私は───モンハン以外の記憶が全くありませんでした。

 

 本当に意味不明です。

 もう何がなんだか分かりません。

 

 なんでこんなことになってしまったのか……。

 これからどうすればいいのか……。

 日頃の鬱憤晴らしにモンスターを狩りまくっていた罰なのでしょうか。

 

 そんなことを考えているときでした。

 

 ブーン、という鋭い羽音が聞こえたのです。

 私は即座に振りむきます。

 するとそこにいたのは───『ランゴスタ』でした。

 

 2m近くある巨大な虫。

 

 全身が凍りつきました。

 心臓が握り潰されたかような感覚。

 それは圧倒的な恐怖と嫌悪。

 

 またしても私は脱兎のごとく逃げました。

 

 それから私は『アステラ』を目指すことにしました。

 アステラに保護してもらう。

 私が生き残るにはそれしかありません。

 何よりもう二度とランゴスタを見たくないのです。

 完全にトラウマですよ……あれは。

 

 そして、私の『アステラ』を探す旅が始まりました。

 

 でも……無理でした。

 

 この森、広すぎて何がなんだか全く分からないんです。

 今自分がどの辺にいるのかすら分かりませんでした。

 当然アステラになんて行けるはずありません。

 

 ほぼずっとモンスターに追われ、飲まず食わずで逃げる毎日。

 そんな日々が3日目を迎えた時、私は少しだけ生きることを諦めはじめていました。

 

 この森に安全な場所はありません。

 僅かな音さえとてつもない恐怖であり、眠ろうにも眠れません。

 極限状態でした。

 私はここで死ぬんだろうな、と思ってしまうほどには。

 

 そんな時です。

 

 私は見たことない場所にたどり着きました。

 それはとてつもない崖です。

 所々にボロボロになった遺跡のようなものがありました。

 

 こんな場所あったかな……? 

 

 それが最初に思ったこと。

 でもすぐに登ることを決めました。

 高いところは比較的安全。

 というのがこの過酷すぎる3日間で知った数少ないことだったからです。

 

 それに、この見たことない場所こそがアステラに続く道なのかも知れません。

 そう思うと僅かに希望を見出すことができました。

 僅かな希望だったとしても、その時の私にとってはとても甘い蜜のようでした。

 

 階段になっているような場所もあったけど、ほとんどは崩れてしまっています。

 でも幸い、蔦などの植物がたくさんあったので登ることはできました。

 とても大変でしたが。

 

 そして私は何とか頂上にたどり着いたのです。

 

 そこはとても広く、気持ちの良い場所でした。

 怖かったけど崖から森を見渡してみました。

 すると……なぜかとても感動してしまいました。

 あんな嫌な記憶しかない森なのに、とても美しかったんです。

 

 登ってよかった。

 素直にそう思えました。

 とてつもなく疲れていたこともあり、それ以外のことは考えられません。

 これからどうしたらいいのか、という不安と恐怖を一瞬だけ忘れることができました。

 

 

 しかし───それも長くは続きません。

 

 

 バサッ、という音。

 何かが羽ばたく音。

 ランゴスタのような鋭い音ではなく、とても重厚なもの。

 

 ピリリとした鋭い恐怖とともに、音のする空

 を見上げました。

 

 

 そして私は出会ったのです───『リオレウス希少種』である彼と。

 

 

 ……あぁ、死んだな私。

 

 なんでこんなところにリオレウス希少種がいるのか、という疑問はありませんでした。

 感じるのは濃厚な死の気配だけ。

 それは容易く恐怖を通り越し、なんで私がこんな目に合わなければならないのか、という怒りに変わりました。

 

 これまでの経験で分かっていたんです。

 私はモンスターと言葉を交わせるけど、それだけだって。

 言葉がわかるからといって、私に協力してくれるわけではないんです。

 

 森で出会ったモンスターは幸い全て小型だったけど、例外なく私を襲ってきました。

 結論、私はここで死ぬんです。

 

 そう思いました。

 

 でも───初めてその予想は嬉しい方向に裏切られることになりました。

 

 この銀レウスさんはとても理性的で、私を食べようとしなかったんです。

 それどころか『こんがり肉』を作って欲しいと言ってきました。

 

 だから私はできる───と、嘘をつきました。

 

 そして親を探して旅をしている───と、嘘をついたんです。

 

 利用価値がなくなればすぐに食べられてしまう、逃げるための時間稼ぎをしなくては。

 そう思いました。

 私はとっくに“信じる心”を失っていたんです。

 

 銀レウスさんとの会話の中で、一人称が強制的に『ボク』そして語尾に『にゃ』をつけてしまう呪いにかかっていることにも気づきましたが、はっきり言ってどうでもいいです。

 

 いつか、銀レウスさんの気が変わって食べられるかもしれない。

 そう思うとたまらなく怖かったんです。

 

 なんとかこんがり肉を焼くことに成功しました。

 いや、思いのほか簡単でした。

 それどころか何度もやったことのある、とても馴染み深いもののようにさえ感じました。

 

 それからは逃げるタイミングを探しました。

 狙うべきは、銀レウスさんが狩りに行っているタイミング。

 寝てるうちにこっそり、とも考えましたがバレた時は完全に終わりなのでやめました。

 

 まずは、狩りを終えて帰ってくるまでどのくらい時間があるのかを知らなければなりません。

 

 そして理解してしまいました。

 逃げることなどできないと。

 

 なぜなら───狩りを終えて帰ってくるのが異常に早いッ!!!! 

 

 さすが銀レウスッ!!! 

 

 アプトノスなんて一瞬ですよねッ!!! 

 

 だけど私は諦めません。

 逃げるタイミングは必ずくると信じてます。

 

 それから銀レウスさんと私の奇妙な共同生活が始まりました。

 幸か不幸か、食べ物には困りませんでした。

 銀レウスさんが狩ってきてくれるからです。

 

 そして、その生活のなかで新たな気づきもありました。

 それはずっと空だと思っていた『ポーチ』の中になんとなく手を入れてみたとき───ブォン、とメニュー画面が現れたのです。

 

 そこにはオトモの装備や道具、そして私がゲーム内で集めたアイテムがありました。

 

 なんで今になって……と思いました。

 

 こんなことにも気づけないほど、私は極限状態だったのです。

 

 可愛らしいオトモの防具や武器。

 忙しくてミラボレアスを討伐できておらず、その装備をゲットできていないことが残念ですが……。

『EXエスカドラネコ』が現状の最高装備です。

 

 銀レウスさんに怪しまれないためにも絶対装備したりしませんが。

 

 アイテムも使えるのは本当にありがたい。

 これなら逃げ出せる可能性がうんと高まる……とは思ったのですが……。

 

 その頃にはすっかり───私は逃げる気力を失っていました。

 

 だって、

 

 楽しかったんです。

 銀レウスさんとの日々が。

 銀レウスさんとの何気ない会話が。

 

 本当に辛いのは……ひとりぼっちであることなんだと気づきました。

 なんの前触れもなくこんな世界にひとりぼっちで、それもアイルーとして放り出された私。

 

 

 銀レウスさんとの出会いに───どれだけ救われたか。

 

 

 銀レウスさんのそばにいるのはとっても楽しい。

 

 それは私の“本当”の気持ちでした。

 

 怖いモンスター蔓延るこんな世界で、楽しいと思えている。

 これがどれだけ凄いことかなんて、さすがの私にも分かります。

 

 だから私は、ちょっと怖いけど銀レウスさんの傍にいることにしたんです。

 

 

 ───金レイアさんを連れてきた時は怖すぎてやっぱり逃げようと思いましたけど……。

 

 

 いつかは本当のことを言わないと。

 

 

 嘘をついたままじゃ……嫌ですから。

 

 

 ++++++++++

 

 

 いい匂いがする。

 深い眠りから俺を呼び起こすのに、それはあまりにも十分すぎた。

 俺は目を開ける。

 世界にはすでに光がさしていた。

 

 ちょっと寝すぎたな……なんて思っていると、

 

『……何してる?』

 

 

 目に入るのは───俺の翼を延々と甘噛みしてる金ピカである……。

 

 

『ムラムラしすぎてあまり眠れんかったのだ……これくらい許せ』

 

『ええぃッ!! 離れろ気色悪いッ!!』

 

 翼爪が両方ともピカピカだ。

 自分でケアする必要もない。

 それが余計に気持ち悪さを引き立てる。

 

 ……コイツ、一体どれだけ俺の翼を甘噛みしてたんだ……。

 

『なら交尾させてくれッ!! 目の前にこれほどの雄がいるのに何もするなだとッ!? 生殺しにもほどがあるッ!!!』

 

『何意味のわからねぇこと言ってんだッ!! 俺の翼に二度と噛み付くなよ!!』

 

『なッ……私に死ねと言うのかッ!? 最低でも一日に三度は噛ませてくれッ!!』

 

『ザッけんなッ!!』

 

 朝から疲れさせんな……。

 なんなんだコイツは本当に。

 いや、もういい。

 

 俺はオモチの方へ振り向いた。

 とてもいい匂いがする。

 

「あ、おはようにゃ! もうすぐ焼き上がるからまって欲しいにゃ!」

 

 どうやら、朝からこんがり肉を焼いてくれているらしい。

 金ピカとはえらい違いだ。

 

『ふむ、分をわきまえ私たちの食事を用意したのか。少しは───ムキャっ!!』

 

 また偉そうなことを言うコイツに頭突きをかました。

 

『感謝できないなら食うなよ』

 

『か、感謝だと……ッ!? この私が……こんな矮小なものに……で、できんッ!! そんなことは断じてできんッ!!』

 

『じゃあ食うな』

 

 俺は同じ竜だからこそ分かる。

 食欲をこれでもかと刺激する、この香ばしい匂いの暴力。

 我慢できるもんならしてみやがれ。

 

『く、くぅぅぅ……』

 

 何がそんなに苦しいんだ……。

 見るからにめちゃくちゃ葛藤している。

 なんでこんなにプライドが高いんだ。

 竜にとってはこれが普通なのか……? 

 

『分かった……オモチよ。……か、感謝……しなくもないぞ……』

 

 どんだけひねくれてんだコイツは。

 そんなに辛いのかよ。

 よくわからんわ。

 

「め、めっそうもないのにゃ……! 金レイアさん……」

 

 まあ、今日のところ良しとしよう。

 俺ももう我慢できない。

 

「できたにゃ!」の声を聞くと同時に、俺は肉を頬張った。

 

『相変わらずこれは美味いな。私はもうこの肉以外食べたくないぞ』

 

 金ピカもそう言う。

 そりゃそうだろう。

 生肉なんてこんがり肉と比べればゴミ以下だからな。

 美味さで言えば雲泥の差だ。

 

「そういえば、銀レウスさんに名前はないのかにゃ?」

 

 食べながら、オモチがそんなことを言ってきた。

 それでようやく気づいた。

 そういえば俺には名前がない。

 それどころか、それを今の今まで疑問に思ったことすらない。

 これが普通であると、当然であると信じて疑わなかったんだ。

 

 ……なんでだ? 

 

『あるわけなかろう。そんなもの』

 

 その疑問に答えたのは金ピカだった。

 

『それは群れを作る弱小な者共が他者と区別するために必要とするものだろう。私たちは強者だ。群れることなど決してない。ゆえにそんなものは必要ない』

 

 ……そうだったのか。

 

 でもなぜかその通りであると深く納得してしまっている自分がいる。

 ほんと、嫌になる。

 でもまあ、受け入れるしかないんだろうな。

 

「そ、そうだったのかにゃ……ごめんなさいなゃ……」

 

 なっ……!? 

 オモチがへこんでしまった!! 

 くそ、またコイツのせいだ!! 

 

 俺が睨むと、金ピカはバツの悪そうな顔をした。

 

『ならば今決めてしまおう。そうだな───』

 

 だから俺は適当な名前を決めることにしたんだ。

 さて、どうしようか。

 といっても俺が名前に大した意味を感じていないのも事実。 

 よって適当でいい。

 

 すると、ぽんっと浮かぶものがあった。

 

『“ソル”と“ルナ”……。うん、これでいいな。俺は今日からソルで、この金ピカはルナだ』

 

『ルナ……か。うむ、気に入ったぞッ!! さすがは我が夫だ!!』

 

『…………』

 

 調子いいなコイツ。

 あるわけなかろう……とか澄まし顔で言ってたくせに。

 

「ソルさんとルナさん! いい名前にゃ!」

 

 うん、オモチが褒めてくれるならいいか。

 

 …………。

 

 俺とこの金ピカの素材で作られる防具『シルバーソル』と『ゴールドルナ』。

 実はそれからとっただけの安直なものなんだけど……黙っておこう。

 

「あ、それと……ちょっと話があるのにゃ……」

 

 そんなことを思っていると、今度は急にオモチが真剣な顔となった。

 何か大切な話があるのだろう。

 

 まさか……俺から離れたいとかなのか……? 

 

 だったらどうしよう。

 

 俺は受け入れられるだろうか。

 

「どうしたオモ───ん?」

 

 意を決してオモチの話を聞こうとした。

 どんな選択であろうとオモチの意志を尊重しようと覚悟して。

 

 

 だがそのとき、無視できないほどに大きな気配を感じた。

 

 

『……感じたか』

 

 そう言ったのは金ピカことルナだった。

 一体なんの気配だ。

 

『これは───古龍だな』

 

 思わず目を見開く。 

 これが古龍の気配。

 なんて大きい……飲み込まれそうだ。

 

 刹那、俺に過ぎるものがあった。

 

 この気配を感じる方向から考えるに……これは『ゾラ・マグダラオス』ではないか、というものだ。

 確かに最近、人間の気配も強く感じるようになっていた。

 

 

 ならば、まだ直接見ていないがいるかもしれない───『主人公』が。

 

 

 俺の予想が正しければ古龍すら撃退してしまう存在だ。

 確認しなければ……なんとしても確認しなければ。

 

 

 ───古龍以上に危険だ。

 

 

 命の危機はある。

 それでも、やらなければいけない。

 やる価値がある。

 

『お前らはここで待っていろ……俺は少し見てくる』

 

 だからそう言ったんだ。

 

『フフ……さすがは我が夫ッ!!! 古龍をも恐れぬとはッ!!!』

 

 何か勘違いしてルナが騒ぎ始めた。

 めんどくさい……。

 

『当然、私も付き合うぞッ!! どこまでもなッ!!』

 

 そして、なぜかお得意の咆哮を上げ気合十分のルナ。

 

『ぼ、ボクも行くにゃ……! 絶対邪魔にはならないにゃ……!』

 

 え……オモチまでどうしたの。

 ちょっと、ワールドの主人公が怖すぎるから見に行こうと思ってるだけなんだけど。

 

 それからいろいろ説得を試みたのだが、ルナはもちろんオモチまで今回は何故か妙に意志が固く、譲らなかった。

 

 結局、全員で行くことになってしまったのだ。

 

 ルナはやる気というか殺る気すごいけど見に行くだけだからな……? 

 古龍とも主人公とも戦う気ないよ俺は。

 絶対ヤバいし、危険すぎる。

 無駄に命は捨てたくない。

 

 ただ───放置しておくこともできない。

 

 このままいけば、必ず脅威となる存在なのだから。

 

 

 さて、『主人公』とは一体どんな奴なんだろうな? 

 




お読みいただきありがとうございました。


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010 ダークホースすぎる。

 オモチは器用にナイフや自身の爪を使いながら蔦の皮を剥いでいく。

 その繊維をさらに裂いていき、右に折ったり左に折ったりしながら交差させるといった工程を繰り返した。

 繊維がなくなれば新たに継ぎ足し、そうすることでどんどん長くしていく。

 

 そうやってオモチは蔦から自然のロープを作り上げていったんだ。

 

 いやぁ、即席のものとは言え本当に器用である。

 

 確かにモンハンの世界の蔦は、モンスターを絡めとってしまう自然の罠として機能するくらい丈夫だから、それを使ってロープを作るというのは理にかなっているのかもしれない。

 ルナの奴も今回ばかりは興味深そうに見ている。

 

「これは命綱にゃ! そ、空は怖いからにゃ……」

 

 なるほど。

 自分が空を飛べるようになったもんだからその感覚をすっかり忘れていた。

 確かに逆の立場で考えれば、竜に掴まって飛ぶなんて怖すぎる。

 もし今後もオモチを連れて飛ぶことがあるならば、鞍のようなものが欲しいところだ。

 

『待て、お前はコイツを背に乗せるつもりなのか……?』

 

 そんなことを考えていると、突然ルナがそんなことを言ってきた。

 

『そうだが? なんだ、お前が乗せたいのか?』

 

『───ッ!! いや……いい。お前は本当に変わった奴だな、ソル』

 

『なんだよ急に。わけわからん』

 

『いいのだ……私も……受け入れることにしたからな。それもまた、お前と番になる為には必要なのだろう』

 

『…………』

 

 なんか勝手に納得してる。

 それも苦しみながら。

 なんだコイツ。

 

 いや、気にしたら負けだな。

 

 飛竜の常識なんて、俺にはまだまだ分からないことだらけなんだから。

 

『できたにゃ!』

 

 オモチがそう言った。

 そこには荒々しくはあるが確かに立派なロープが完成していたんだ。

 本当に凄い奴である。

 

 おめでとう───そう言おうと思ったタイミングであった。

 

 ドーンッ!! という耳を聾する炸裂音が響いたのだ。

 俺は思わずその方角を見る。

 

 

 始まった。

 

 

 ───『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』

 

 

 超巨大古龍、ゾラ・マグダラオスを捕獲するという常軌を逸した作戦である。

 この古龍の気配からいってもまず間違いないだろう。

 大砲の音は鳴り止むことなく、今も雷の如く轟き続けている。

 

『……ルナ、人間を侮るなよ』

 

 俺は自然とそう口にしていた。

 

『あんなものは極めて矮小な存在。紛うことなき弱者だ! なぜ恐れる必要がある! ───と、以前の私ならば思っただろうな』

 

 思わずルナの方を見る。

 驚きの感情を隠すことができなかった。

 

『お前が警戒するのだ。相応の理由があるのだと、今ならば理解できる。……情けなくも、人間に狩られる同族もいるのだからな』

 

 そう言ったルナは少しだけ悲しそうでもあり、僅かな怒りの炎を燃やしているようでもあった。

 

 ……あぁ、全くだ。

 

 アイツらは強い。

 

 自分より強大な存在を狩り殺し、それを糧として生きる者たち。

 

 これも自然の摂理。

 

 殺される方が悪い。

 

 そう、殺される方が悪いんだ。

 

 分かっている……分かっているはずなのに、なぜだろう。

 

 

 俺は人間を───目障りで仕方ないと思っている。

 

 

 ここ数日でよく分かった。

 こういった感情はこれまで何度もあったんだ。

 もう認めるしかない。

 隠すことはできそうもない。

 

 俺は心も……モンスターのそれへと変わってしまっているのだ。

 

 人間だった頃の残滓のようなものは残っているが、根本的な部分は確実に変わっている。

 

『どうした?』

 

「だ、大丈夫かにゃ……?」

 

 少しだけ思案に耽けってしまっていた俺の顔を、覗き込んでくる大きさがかなり違う2匹。

 そうだな。

 俺は1人ではない。

 

 だからこそ受け入れられる。

 

 不思議と嫌ではないしな。

 

『いや、何でもない。それよりそろそろ行くとしよう』

 

「了解にゃ! ちょっと待ってくれにゃ……」

 

 そう言うと、オモチはさっき完成した蔦のロープをくるりと俺の首に回した。

 さらにそれを自分の胴体にも巻き付け、命綱の完成である。

 

「おっけーにゃ!」

 

『クッ……ッ!! やはり我慢ならんッ!! これではオモチの方が上位者のようではないかッ!!』

 

 ガルルルと獣のように喉を鳴らし、威嚇するルナ。

 背にいるためオモチの姿は見えないが、頭を押えながらブルブルと震えているオモチが容易に想像することができる。

 

 ただ───

 

『な、何を笑っているんだ!? お前はこれでいいのかソルッ!!』

 

 俺は軽い笑みを浮かべてしまった。

 だってそうだろう。

 いつの間にかルナが『オモチ』と呼ぶようになっているのだから。

 出会った当初は餌呼ばわりしていたコイツがだ。

 笑ってしまうだろう? 

 

『いや、俺は構わない。ルナもいちいち怒るな』

 

『ク……』

 

 なおもオモチを睨みつけているようだ。

 ただ納得はしていないが諦めはしたようで、先程より圧力はない。

 

『オモチ、しっかり掴まっていろよ。ゆっくり飛ぶが、キツかったらすぐに言ってくれ』

 

「わ、わかったにゃ! 旦那さん!」

 

 オモチの返事を聞き、俺は羽ばたいた。

 少しずつ高度を上げていき、そしてさらに翼をはためかせる。

 いつもより何倍も遅い速度で目的とする場所へと向かう。

 

『大丈夫か?』

 

「ひぃぃ、高いにゃぁぁぁ! で、でも大丈夫にゃぁぁぁ!」

 

 ……本当に大丈夫なんだろうか。

 気合と根性が凄いのは伝わってきたんだけども。

 

『……お前のようなことをする雄など見た事がない』

 

 俺と並び立つように飛んでいたルナが話しかけてきた。

 

『雄は己の縄張りのことのみを考える。なのにお前は違う。……なぜだ?』

 

 なんてことを言ってきた。

 うわぁ、返答に困る質問だ。

 俺が元人間だから、なんて言うわけにもいかないし、例え言ったとしても理解されるはずがない。

 

『……怖いからだ』

 

 だから、もう一つの本心を言うことにした。

 

『俺はどうしようもなく臆病なんだよ。いつか自分より強い存在が現れ、俺を殺しにくるんじゃないかと思わずにはいられないんだ。どうだ? 幻滅したか?』

 

『……いや、そんなことはない。だがやはり、お前は変わっている』

 

『自分でもそう思うよ』

 

『そんなところも私は好きだ。帰ったら交尾してくれ』

 

『…………』

 

 唐突すぎてもはや意味がわからない。

 コイツはブレないというかなんというか。

 俺は無視して翼をはためかせた。

 

 しばらくすると、ドーンッ!! という轟音が今までよりさらに大きく響いた。

 

 一度では終わらず、二度三度と連続で鳴り響く。

 

 それは少しだけ弛緩した空気を引き締めるには十分だった。

 そして、目的地である大峡谷が見えてきたんだ。

 

 そこには───俺が思い描いていた通りの光景が広がっていた。

 

 少し違うところがあるとすれば、想定よりも状況が進んでいること。

 

 すでにネルギガンテが現れている。

 

 そこへ群がる人間共。

 

 

 ……本当に目障りだ。

 

 

 俺は全てを見渡せる高い岩場に降り立った。

 ルナも隣に降り立つ。

 

「ほ、ほんとにいたのにゃ……」

 

 オモチが小さな声で呟いた。

 

『いないと思っていたのか?』

 

「い、いや、そうじゃないにゃ! えと、あはは……」

 

 なんか歯切れの悪い返答が帰ってきた。

 少し気になりはしたが、俺は追求することはしない。

 それ以上に見なければいけない存在がいるのだ。

 

 ゲームでは俺、というかプレイヤーしか戦っていなかったが、実際にはいろんなハンターが今ネルギガンテと戦っている。

 

 これでは『主人公』を見つけるのは難しい───なんてことはなかった。

 

 

 ……アイツだ。

 

 

 大剣を使っているアイツに間違いない。

 

 

 知識と本能の両方がアイツが『主人公』であると訴えかけてくる。

 

 

『あの人間……いや、本当に人間なのか……?』

 

 ルナも本能によってアイツを見つけたのだろう。

 珍しくも驚いている。

 普段は見下すことしかしないあのルナが。

 

 だが、それも仕方ない。

 

 圧倒的だ。

 

 俺が知る大剣のモーションであることに変わりはないが、驚くべきはそこでは無い。

 

 ……被弾がまるでないのだ。

 

 全てを想定しているのか、動きを見て反射的に動いているのかはわからない。

 だが事実としてネルギガンテの攻撃を一切受けることなく、アイツは大剣の隙の多い溜め攻撃を確実にぶち込んでいる。

 

 しかも、ネルギガンテのダウンするタイミングと攻撃範囲を完全に把握しているかのように、狙える時は絶対に真・溜め斬りまでもっていく。

 

 最悪だ……想定より遥かに強い。

 

 どんな顔をしているんだろうな。

 防具的に男であることは確定か。

 全身アンジャナフ装備であるため、顔が見れないのが残念だ。

 

 しばらくその圧倒的な戦闘を見ていた。

 いや、魅入っていたといってもいい。

 それほどに凄まじい。

 ルナとオモチも一言の言葉もなく見ている。

 

 だがネルギガンテとてやられっぱなしではない。

 前脚を力の限り振り抜き、群がる人間共を吹き飛ばしたのだ。

 まあ、主人公だけはまたしても分かっていたかのように躱していたが。

 

 そのとき……『ソードマスター』が走ってきた。

 

 分かっていたがやはりいたんだ。

 あの狩り一筋といった雰囲気と寡黙な感じが好きだった。

 

 そう、好きだった。

 

 今はまるでそう感じない。

 あんなに好きだったキャラも今では目障りな人間の一人でしかないのだから、これが本当に自分なのかと戸惑ってしまう。

 

 そしてさらに最悪なことが判明した。

 

 ソードマスターも……恐ろしく強いということだ。

 洗練された太刀捌き。

 美しいとさえ思ってしまう怒涛の連撃。

 主人公に勝るとも劣らない凄みがある。

 

『……最初は、お前程の雄が人間を警戒する理由が分からなかった。口では分かったと言ったがな』

 

 そんななか口を開いたのはルナだった。

 

『だが、今ならば分かる。奴らは強い。───古龍を退けるほどに』

 

 ネルギガンテが飛び去っていく姿を見ながら、ルナは言った。

 

『そうだな』

 

『あぁ、強い。……だからこそ───』

 

 ルナが言いたいことが俺にはすぐに分かった。

 

 

 ───だからこそ今ここで殺すべきだ。

 

 

 時間が経てば経つほどアイツらは強くなる。

 できるならば今ここで殺した方がいい。

 

 いや……それは早計過ぎるか? 

 

 あの2人の他にも凄腕のハンターがいるかもしれない。

 その中に遠距離武器を使うものがいれば厄介だな。

 主人公は幸い近接だから閃光弾にさえ気をつければいけるか? いや、それも確定ではないな。

 

 何があるかわからない。

 ここはハンターが多すぎる。

 リスクが半端じゃない。

 

 

 その時だった───

 

 

 ───主人公がコチラを見たのだ。

 

 

 鎧兜によって目は見えない。

 だが、絶対に目が合っていると確信があった。

 しかもソードマスターまでもがコチラを見る。

 

 ハンターの勘ってやつか? 

 

 ただ、そこから何をするでもない。

 じっとコチラを見るだけだ。

 なぜ? という疑問符が乱舞する。

 しかしその答えは得られない。

 

『アイツら気づいたようだぞ。さて、どうする? 旦那様』

 

 ルナが好戦的かつ獰猛な笑みを浮かべていた。

 血の気が多いのは相変わらずだ。

 俺は不確定要素が多すぎるため、ここは何もしない方がいいと諌めようとした。

 

 しかし、不幸は続くらしい。

 

「リ、リオレウス希少種とリオレイア希少種だぁぁぁぁッ!!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 選択を迫られる。

 煩わしい……。

 苛立ちが溢れて止まらない。

 やはりここでコイツらを皆殺しにするか? 

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「全員ッ!!!! 何もするんじゃねェェェェェェ!!!!」

 

 先程の何倍もの絶叫が響いた。

 今度は誰の叫びであるのか俺は見ることができた。

 

 他でもない……主人公だったんだ。

 

 なんだ? 

 なぜ何もするなと言った? 

 なんかの作戦か? 

 わからない……分からないことが多すぎる。

 

 やはり、危険だな。

 

『目的は果たした。行こう』

 

『なんだ? 殺らないのか。私たちならば皆殺しにできるのに。コイツらを羽虫のように殺し尽くせばどれほど綺麗になるか』

 

『心配なのはお前なんだよ。人間との戦い方を俺が教えてやる。無理に今やる必要はない』

 

『ほう……私を心配してくれているのか。自分より弱い雄に心配されたならばこれ程の屈辱はないが、お前からならば気分がいいのだから不思議なものだ』

 

『……心配なんてしてねぇよクソッタレ』

 

 俺はゆっくりと羽ばたいた。

 大峡谷から遠ざかるように。

 

 今日、ぶつかることはなかった。

 

 でもいずれハンター達が襲ってくることもあるかもしれない。

 いや確実にあるとなぜか確信できる。

 

 

 その時は───皆殺しにしてやる。

 

 

 ++++++++++

 

 

 た、たたた……助かったぁぁぁぁぁ…………。

 

 俺は遠ざかっていくリオレウス希少種とリオレイア希少種を見ながら、肩から崩れ落ちた。

 

「……凄まじい迫力であった。これ程死を間近に感じたのは彼の炎王龍と対峙した時以来か……いや、もしかすればそれ以上に───」

 

 感情をあまり表に出さないソードマスターも、今は心から安堵しているのがわかる。

 アホな同僚たちがひと狩りいこうぜ的なノリで臨戦態勢をとった時は、もう死んだと思った。

 

 だから俺は思わず叫んだんだ。

 何もするな、と。

 戦闘にならないという僅かな希望を抱いて。

 

 そして、俺はその賭けに勝った。

 

「そなたの判断は正しかった。ネルギガンテとの戦闘によって皆疲弊している。このような状態で戦う相手ではない」

 

「…………」

 

 いや、ソードマスター。

 それは甘いと言わざるを得ない。

 例え万全だったとしても、俺は何もするなと叫んでいたさ。

 

 あの濃厚な殺気をなぜか直接ぶつけられた俺だからこそ分かる。

 

 戦っていたら───確実に死んでいた。

 

 あわよくば、なんてものは存在しない。

 そこにあるのは抗いようのない死。

 絶対に避けることのできない死という運命のみだ。

 

 弱気になっているだけかもしれないが、少なくとも今の俺はそう思っている。

 

 あれは……ヤバすぎる。

 

「旦那さん!! 旦那さん!! あれを見るニャっ!!」

 

 そのとき、俺のオトモアイルー『チョコチップ』が騒ぎ始めた。

 正直今は肉体的にも精神的にも疲れているのでやめて欲しかったが、なぜか無視してはいけないと直感したんだ。

 

「どうした、チョコチップ」

 

「あそこを見るニャっ!!!」

 

 指差す方向はリオレウス希少種とリオレイア希少種が飛んで行った方向。

 まだよく見える距離を飛んでいる。

 恐怖がまたしても蘇る。

 ほんと最悪な気分だ。

 

 

 どうか戻ってこないことを祈…………は? 

 

 

 俺はありえないものを見てしまった。

 

「某は今……己が目を信じられん。ゆえに答えて欲しい。そなたには、何が見える……?」

 

 ソードマスターの声は少しだけ震えていた。

 

 当然だ。

 

 だって、

 

「…………アイルー」

 

 そこに見えるのは間違いなく、リオレウス希少種の背に乗る『アイルー』だったのだから。

 おまけに随分荒いものではあるが、手網のようなものまで握っているように見える。

 

 

 ───まさか。

 

 

 そのとき、信じられない考えが浮かんでしまった。

 とても信じられない。

 信じられるものではない。

 信じていいはずがない。

 

 

 でもまさか本当に───あのアイルーが金銀夫婦を従えているのか……? 

 

 

 こんな最悪にしてとんでもない考えが、頭に浮かんだんだ。

 突拍子もない。

 しかしそう考えれば辻褄が合うんだ。

 

 なぜ今回、あの金銀夫婦が襲ってこなかったのか。

 

 そもそも襲うつもりがなかったからではないのか? 

 

 いや、今回は偵察であると考えた方がより適切だろう。

 

 あのアイルーが金銀夫婦の手網を握り、俺たちハンターが脅威となるかを見にきたんだ。

 

 

 そして……脅威とはなりえないと判断した。

 

 

 だから、立ち去っていったんだ。

 

 この恐ろしすぎる考えに背筋が凍った。

 

「……新大陸とは、かくも恐ろしい。それを再び思い知った」

 

 その通りだよソードマスター。

 

 だって、あのアイルーが金銀夫婦を従えているということはつまり───それ以上にあのアイルーは強いということなんだから。

 

 俺は、あのアイルーと対峙して為す術なく斬り刻まれる自分を幻視した。

 

 

 ダークホースすぎる……。

 

 

 これはあまりにもダークホースすぎるって……。

 

 

 あぁ……胃が痛い。

 




お読みいただきありがとうございました。


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011 穏健派と過激派。

 人間の『慣れ』とはこんなにも恐ろしいものなんだと、俺は改めて思い知った。

 俺はいつしかこの命の軽い残酷極まりない世界に順応し始めていたんだ。

 その理由はいくつか考えられる。

 

 まずは、この世界でもモンスターに一定のモーションが存在していたこと。

 もちろんモンスターが生きている以上、ゲームとそのまま同じとはいかない。

 しかし、そのモンスターの最も警戒しなくてはならない攻撃や特徴的な攻撃なんかの前には確実に固有の溜めモーションがあるんだ。

 

 だからこそ俺のモンハンの知識と経験を生かすことができた。

 幸い、思い描いたことを忠実に再現してくれる強靭な肉体もある。

 鍛えればそれだけ応えてくれるのだから、大抵のモンスターを狩り殺すのに恐怖をそこまで感じなくなった。

 

 今思えば、最初に見たリオレウス希少種とリオレイア希少種の戦闘は『縄張り争い』の一種だったのかもしれない。

 そう考えると、あの型にはまらない苛烈で恐ろしすぎる戦闘も理解でき……なくはない。

 だがこの予想には俺の希望や願望が色濃く反映されてしまっていることを忘れてはいけない。

 

 そうだったらいいな、と思っているだけなんだ。

 当然、あの2匹が完全に俺の知らない行動をする可能性も視野に入れなくては。

 その覚悟と心構えがなければ、逃げ延びることすら難しいのだから。

 

 もう一つの理由としては、俺の防具がめちゃくちゃ優秀だったこと。

 防御力の概念がしっかりとあり、現状では大抵のモンスターの攻撃にはダメージがほとんどないのだ。

 吹き飛ばされたりはするが、それにさえあまり痛みがない。

 

 これは本当にありがたい。

 

 生存率がうんと上がった。

 

 とはいえクエストをこなすのは簡単ではない。

 ゲームのように数分、数十分で終わるわけではないからだ。

 俺が主にクエストをこなしていた『古代樹の森』は一歩間違えば迷って出られなくなってしまう。

 

 まあ、最悪モドリ玉で翼竜を呼び寄せることもできるから本当に危機を感じているわけではないんだが。

 

 足でモンスターを探し、周囲を警戒しなくてはならない。

 なぜなら、他のモンスターに乱入されでもしたらたまったもんじゃないからだ。

 

 その他にもどんな危険があるかわからない。

 注意しすぎるなんてことはないだろう。

 

 だから俺は、常に隠れられる場所を意識して探索を進めている。

 ヤバいモンスターを見つけた瞬間に隠れ、生き残るためである。

 臆病で何が悪い。

 例えどんなに情けないと罵られたとしても、俺は臆病でい続けるさ。

 死ぬよりはいいんだから。

 

 まあつまりは何が言いたいかというと、ゲームとリアルのギャップはやはり大きいということだ。

 

 モンハンなんて購入したその日、遅くても2日以内にはラスボスを討伐していた。

 それが当たり前。

 ラスボス倒してからのやり込みが本番なのだから。

 

 だが、この世界ではどうだ。

 

『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』に至るまでに数ヶ月もの時を要した。

 

 当然と言えば当然なのだろう。

 

 これでも総司令を始めとした色んな人からよく賛辞の言葉をかけられているんだ。

 君のおかげで調査がとても捗っている、と。

 

 そう、現実はとても大変なのだ。

 一つの簡単なクエストでさえ神経をすり減らす。

 ほんの僅かなミスによって命を落とす残酷な世界なのだから。

 

 

 だが、さらに恐ろしいことがある。

 

 

 本当に恐ろしいのは───こんな残酷な世界にさえ、人間は『慣れ』てしまうことだ。

 

 実際に俺はこの世界に慣れ始めていた。

 いや、すでに慣れきっていたのかもしれない。

 古龍である『ネルギガンテ』と対峙しても、俺は恐怖をあまり感じなかった。

 

 心にはあったのは『恐怖』ではなく『高揚』。

 狩りのスリルに全身の血が沸き立ち、俺はいつの間にか楽しんでいたのだ。

 

 これが『ハンター』の気質なのかもしれない。

 本来、こんな世界を楽しめるはずがないんだ。

 

 

 俺は……心もこの世界の『ハンター』になりつつある。

 

 

 しかし、俺は恐怖を再び思い出した。

 あの金銀夫婦と再会したことで。

 濃厚すぎる殺気を直接ぶつけられた。

 戦慄が身体を突き抜け、寒くもないのに震える歯がガチガチとうるさかったのを今でも鮮明に覚えている。

 

 

 そして───その金銀夫婦を従える謎のアイルー。

 

 

 それを見た瞬間、俺は頭がどうにかなりそうだった。

 アイルーのモーション知識などありはしない。

 あったとしても勝てる気がまるでしないが。

 

 俺は心に刻んだ。

 

 あの恐怖を忘れてはいけないんだ。

 

 一縷の隙もあってはならない。

 

 慢心は死に直結する。

 

 所詮俺は脆く弱い人間でしかないのだから───。

 

 

 ++++++++++

 

 

「クソッ……やっぱり無理だ。何回やっても勝てん……」

 

 金銀夫婦との戦闘を想定しての訓練。

 だが毎回とてつもなく被弾してしまう。

 俺は数回被弾したら撤退すると決めているので、その時点で負けだ。

 何度やっても撤退せざるを得なくなる。

 

 いや……それ以前に恐怖で体が竦み、動きが悪い。

 

 俺は汗を拭いながら大剣を地面に突き刺した。

 

 イメージトレーニングでさえこの恐怖。

 戦うべきではないと改めて思う。

 まず2匹同時に相手にしなくてはならないというのが、ハードルが高すぎる。

 ふざけんな。

 無理だわそんなんボケが。

 

「相棒ーっ!!」

 

 ……いや、ちょっと待て。

 なんで俺はソロで挑もうとしてんの? 

 クソ、バカかッ!! 

 とりあえずどんなクエストもソロで攻略しなくてはならない、という呪いに知らず知らずのうちにかかっていたッ!! 

 

 これは現実だぞっ!? 

 何考えてんだ俺はッ!! 

 

「相棒ーっ!!!!」

 

 ゲーム脳の悪い部分がでた。

 まだ抜けきっていなかったのか。

 こんなヤバすぎるクエスト、パーティーを組んで挑むべきなんてこと駆け出しハンターでも分かるぞ。

 

 でもどうする。

 人数が多ければいいというわけではない。

 大剣を使う俺からしたら邪魔なだけだ。

 それにヘイトが分散して火力がだせない。

 

 ……いや、火力ってなんだよ。

 

 まただよバカタレ。

 火力なんて二の次。

 大事なのはいかに安全に、リスクを少なくして討伐できるかどうかだろうが。

 

「もうッ!! 相棒ってばぁぁぁッ!!!」

 

 パンッ、と頭を衝撃が襲った。

 

「あたっ」

 

 ちょっとハードに訓練しすぎたせいか身体から力が抜けてしまい、俺は衝撃と重力に抗うことなく地面にバタリと倒れてしまった。

 

「えっ……あ、相棒ぉぉおおおおっ!! 死なないでください相棒ぉぉおおおおっ!!」

 

「……うるさい」

 

 相棒相棒うるっさいんじゃバカタレ。

 全く気づかなかった。

 いつからいたんだろコイツ。

 

「よかった……生きてたんですね。あまりに死んだように倒れるもんだから私てっきり……。相棒の死んだフリはゲリョス顔負けですね!」

 

「鬱陶しい……疲れたからどっか行ってくれ……」

 

「そうはいきません! お忘れですか? 今日は『過激派』の方々との討議が行われる日。この討議によって総司令がアステラの方針を決定するんですよ。相棒もこの日だけは譲れないと意気込んでいたではないですか」

 

「───あぁ、今日だったか」

 

 俺は地面から起き上がり、軽く汚れを払った。

 

「すぐに準備する。お前は先に行っておいてくれ」

 

「分かりました! 遅れないでくださいよ!」

 

 今日も元気はつらつな受付嬢の後ろ姿を見ながら、俺はため息をつかずにはいられない。

 実は……ゲームとは異なるのはモンスターに関することだけではないんだ。

 

 

 それは───『人間』

 

 

 このアステラが一枚岩とはとても言えないことだ。

 当然だが、ゲームでは気にすることもなかったサブキャラ、いわゆるモブもこの世界では立派に生きている。

 それぞれに信念や思いがあり、考え方も異なる。

 各分野におけるエリート、それも奇人変人と言われる人々さえここにはたくさんいるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 

 それでも4期団までの団員は比較的まとまっているのだから、総司令はやはり有能なのだろう。

 

 しかし……ここに来て日の浅い5期団は別だ。

 まだとてもまとまっているとは言えない。

 

 特に優秀なハンターが集められているのが5期団であり、規模も過去最大だ。

 だからと言うべきか、己の力に自信と誇りを持っている者も多い。

 もちろんこれは悪いことではない。

 自信があるというのは、これまで幾重もの修羅場をくぐり抜け、研鑽を重ねてきたという証なのだから。

 

 ただ、そのせいで『推薦組』とのちょっとした確執があるのもまた事実だ。

 これはごく一部であり、ほとんど団員はそんなもの気にもしていないだろう。

 だが、俺や他の推薦組に対してあからさまに嫌悪感を示す者も確実にいる。

 

 今回の『過激派』のメンバーを見る限り、そんな小さな歪みが最悪のタイミングで表面化してしまったのではないかと思わずに入られなかった。

 

 金銀夫婦を積極的に調査し、可能ならば捕獲もしくは討伐すべきという『過激派』。

 安易に干渉せず、慎重に事を進めるべきだという『穏健派』。

 

 臆病な俺は当然『穏健派』だ。

 

 今日行われる討議はこの2つの派閥によるものである。

 

「あ、やっときた! こっちですよ相棒!」

 

 準備を終え、俺は討議が行われる場所へと向かった。

 真っ先に俺を見つけたらしい受付嬢がこちらに手を振ってくる。

 こっちですよって、見りゃわかるわと思わなくもないがとりあえず手は振り返しておいた。

 すでにその場には多くの者が集まっており、どうやら俺が最後らしい。

 

「相変わらず時間にルーズだな、エクレア」

 

 赤髪の大男が俺にそういった。

 その風貌はまさしく筋骨隆々。

 背にはその巨躯に見合った大きなランスがある。

 

 コイツの名前は『ギルゴール』。

 

 俺に因縁をつけてくる奴らの代表みたいな奴であり、『過激派』の筆頭でもある。

 ゲーム内にこんな奴いたか? とは思うが、実はそういった見たことない奴は割といるので今さら気にしても無駄だ。

 

「まだ時間じゃねぇだろ」

 

「こういうのは早く来て待つもんだろーが。んなこともわかんねぇのかよ。さすがは推薦組様だ」

 

 そして、推薦組をよく思わない奴の一人でもあるわけだ。

 まあコイツの気持ちは分からなくもない。

 明らかに歳下の俺が何かと持ち上げられているのだから、面白くはないんだろう。

 

 ただ、俺は意外とコイツのことを認めているんだ。

 一度クエストを共にしたことがある。

 簡単な調査クエストだったが、場所が件の古代樹の森だったので総司令が俺ら2人で行うようにと言ってきたのだ。

 

 最初は不満タラタラだったが、クエストが始まればそんな様子がキッパリとなくなった。

 その際アンジャナフと戦闘になったが、ランスの腕も確かなものだった。

 やはりコイツも一流のハンターであることに違いないのである。

 まあ、プライドが高すぎて何かと俺に突っかかってくるのはウザイけど。

 

「ちょ、ちょっとやめてくださいよ2人とも! 総司令の前ですよ! それにこれから討議が始まります! 意見があるならそこで───」

 

「ケッ! 話し合いなんて必要ありませんよ総司令!! 俺たちは新大陸の未知を解明するために来た調査団!! 今回の件だって例外ではないでしょう!!」

 

「未知だからこそ慎重になるべきだ。あのリオレウス希少種とリオレイア希少種のヤバさを肌で感じなかったのか? 希少種との戦闘経験のある奴がどのくらいいる? それに……あの未知のアイルー。今回はあまりにも不確定要素が多すぎる」

 

「不確定要素だぁ……? んなもん新大陸に行くと決めた時点で百も承知だったはずだろう!! それともビビってんのか? 俺はハンターッ!! 死ぬ覚悟なんざとっくの昔にできてんだよッ!!!」

 

『ウオォォォォォォォッ!!!!』

 

 ギルゴールの勇敢で熱い言葉を受けて、『過激派』の奴らが一斉に雄叫びを上げた。

 そうだ! そうだ! と囃し立てる。

 

 

 もう嫌だこの原始人共……。

 

 

 そうだよ、俺はビビってるよ。

 ビビって悪いかコノヤロウ。

 こんな原始人の考えなんて理解できてたまるか。

 

「でも、アイルーが従えてるなら交渉の余地はあるんじゃないっスか?」

 

 お、ナイスだエイデン! 

 陽気な推薦組! 

 やっぱ優秀だよお前。

 こういう飄々としてるキャラが強キャラじゃないわけがないんだ。

 ほぼ裸同然の装備でリオレウス希少種の調査に行ったときは正気を疑ったけどな。

 

「交渉するつもりならなぜあの時しなかった? それはつまり、向こうには交渉するつもりなんてないってことだろう。ならば戦闘を視野に入れて動くべきだ!! 先手を打たれでもしたらそれこそ終いだぞ!!」

 

 ……チっ。

 

 このゴリラ野郎。

 見た目に似合わず頭が回るじゃねぇか。

 

 そう、穏健派の考えにもリスクはある。

 それが今このゴリラが言ったこと。

 アイルーという知能が高い生物がいる以上、先手を打って攻めてくるなんていう最悪の事態を想定しないわけにはいかないのだ。

 

「───確かにどちらの考えにもメリットとデメリットがあるようだ」

 

 議論が白熱するなか、総司令が口を開いた。

 

「だが……やはりエクレア達の考えの方がメリットが大きいと私は判断する」

 

「総司令ッ!!!!」

 

 よし。

 

 ギルゴールがドンと怒りの拳を振り下ろすのを見ながら、俺は内心でガッツポーズをした。

 

「まあ聞けギルゴール。あのリオレウス希少種とリオレイア希少種の危険性は私の友も認めるところなのだ。未知のアイルーも同様。並々ならぬものを感じた、と言っている」

 

 そう言って総司令は静かに座っているソードマスターの方を見た。

 それを受け、ソードマスターは小さく頷いて応えた。

 

「な、納得できませんッ!!」

 

「だがお前の言ったように、先手をうち襲ってくる可能性も否定できない。だからアステラの防衛体制を今以上に整えておく。調査もしないわけではない。ただし、発見にいたってもこちら側から攻撃を仕掛けるようなことはしてはならん。これは総司令である私の最終決定だ」

 

「───ッ!!」

 

 総司令は力強く言い切った。

 ギルゴールは歯を食いしばり怒りに身を震わせながら俺を睨んでくる。

 

 しかし、ふと急に落ち着いた。

 

「……エクレア。お前ほどの男がなんでこうも弱腰なんだ。それが俺は、何より納得いかねぇ……」

 

 先程までとはうってかわり、ギルゴールは小さくそう言い残して去っていった。

 その言葉に俺は少しだけ驚いてしまう。

 だってそうだろう。

 アイツが最後に言い残した言葉はどういうわけか、俺を認めているようだったんだから。

 

「フッ……彼奴は某並に不器用とみえる」

 

 ソードマスターが静かに笑った。

 え、なんなんアイツ。

 

 ……身震いするような気持ち悪さもちょっと感じるけど、認めてたのは俺だけじゃなかったんか。

 

 まあ、よかったんだろうな。

 

 とりあえず、あのヤバすぎる存在と直接敵対するようなことは避けられた。

 

 でもなぜだろう。

 

 

 ───嫌な予感は未だに消えない。

 

 

 ギルゴールは粗野でプライドの高いゴリラだが、ハンターとしての誇りも持っている。

 総司令の言いつけを破るようなことはしないだろう。

 

 しかし、過激派はアイツだけではない。

 

 もし過激派の他のメンバーがあの金銀夫婦とアイルーに何かしらの干渉をしてしまったら……と考えてしまう。

 

 ほんと頼むよ。

 

 最悪なことにはならないでくれ。

 




お読みいただきありがとうございました。


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012 憤怒と屈辱の狭間にある殺意。

このあたりから『ハンターの敵』というタグが仕事をし始めますので改めて苦手な方はご注意下さい。


 

 オモチの家族を探すため俺たちは『陸珊瑚の台地』へと来ていた。

 とても気持ちのいい場所だ。

 気候的にも過ごしやすく、小型モンスターも豊富に生息しているから餌にはまず困らない。

 今のところは脅威となりそうな存在も見当たらないのだから完璧である。

 

 古代樹の森で縄張りとしている遺跡を出るというのは少し……いや、正直かなり抵抗があったのだが、今となってはすっかり落ち着いてしまった。

 そういやルナも俺が縄張りを出ると言った時はめちゃくちゃ驚いていたな。

 結局ついてくるんだけども。

 

 陸珊瑚の台地に来たとて俺の習性は何ら変わることはなかった。

 適当な高台を寝床とし、すかさず縄張りを象徴する爪痕を所々につける。

 そんな自分に対してもはや戸惑いはない。

 この行為は俺にとってあまりにも当たり前で、むしろやらない方がおかしいと思ってしまっているのだから。

 

 ……はぁ。

 

 やっぱりリオレウスだわ俺。

 

 そんなわけで今のところ順調だ。

 とはいえ、良いことばかりとも言えない。

 陸珊瑚の台地に来てすでに2ヶ月ほど経過しているが、全くといっていいほどオモチの家族探しが捗っていないのである。

 

 しかも……オモチの様子が少しおかしい。

 

 時折、家族探しを諦めることをほのめかすような発言をするようになったんだ。

 それに最近はかなりおどおどとしており何か俺に話したそうなのだが、今のところ話してはくれていない。

 

 どうしたというのだろうか。

 

 これまでオモチは家族を探して旅を続けてきたのではないのか? 

 

 まあこれ以上は考えても仕方ない。

 俺にできるのは、オモチがいつか話してくれると信じて待つことだけなんだから。

 

「にゃぁぁぁあああ!!」

 

 その時、オモチの悲鳴が聞こえた。

 何事かと振り返れば、オモチが四足歩行となりルナに向かってめちゃくちゃ威嚇している。

 アイルーというよりかなり猫っぽい。

 シャーッ! と喉を鳴らしている。

 

 何があったんだ一体……。

 

「にゃぁッ! と、突然なんにゃ!?」

 

『こ、この無礼者がァッ!!! 私が……この私が大空の如く寛大な心で矮小なアイルーである貴様を舐めてやったのだぞッ!? それなのにその態度はなんだ!! 無礼にも程があるぞッ!!』

 

「なんでいきなり舐めるのにゃ!! びっくりするにゃ!!」

 

『き、貴様……ッ!! なぜ舐めるかだとッ!? そんなことを私に言わせるのか!! こ、これほどの辱めを受けたのは生まれて初めてだッ!!』

 

「意味が分からないにゃ!! 教えてくれなきゃ分からないにゃ!!」

 

『オモチ貴様……あくまでシラを切るつもりか……ッ!! クッ、このぉ……』

 

 ……何してんだコイツら。

 

 はっきり言って俺には全く状況が掴めなかった。

 というかコイツら、もはや仲良いんじゃね? と思ってしまうんだが俺は間違っているだろうか。

 どうでもいいことで喧嘩するって、それなりに仲良くないとできない……よな? 

 

 オモチも最初はあんなにルナをビビっていたといのに、慣れとは本当に恐ろしすぎる。

 今じゃ臆することなく自分の意見を言っているのだから、過去のオモチが今のオモチを見れば息もつけないほど驚くに違いない。

 

 さて、コイツらはいったいなぜ言い争いをしているのだろうか。

 いくら考えても結局分からなかったので、俺は仕方なくルナに直接聞いてみることにしたのだが───

 

『そ、ソル……お前まで。クッ……殺せ!!』

 

 ……いやなんでだよ。

 

 それから粘り強く聞いてみたら、ルナは観念したように話してくれた。

 どうやら『舐める』という行為には、毛づくろい的な理由の他にも親愛を表す意味合いもあるようなのだ。

 

 だからコイツ俺のこともやたらと舐めてきたのか……。

 

 つまり───ルナはそれなりにオモチのことを気に入ったから舐めたのである。

 

 なんとも微笑ましいことではないか。

 出会った当初はオモチのことを非常食呼ばわりし、『よろしくにゃ』と言っただけでブチ切れていたコイツが今やオモチに親しみを覚えているのである。

 

 これを微笑ましいと言わずしてなんと言うのか。

 

『……ハハッ』

 

『なっ……! 笑うんじゃないソル!』

 

 ある日突然放り出された野生の過酷な世界。

 だが、こうやって小さくとも確かな安らぎを感じて俺は笑えている。

 それは偏に、オモチやルナが俺の側に居てくれるからだろう。

 

 孤独は辛いと思ってしまうのは俺自身か、それとも俺の人間の残滓か。

 その答えはもう分からない。

 分からないがたいした問題でもないだろう。

 

 

 俺は───今俺が守りたいものを守る。

 

 

 そしてそれは『人間』ではない。

 

 

 本当に大切なのはこの事実を受け止め、順応することだ。

 でなければいざというときに迷ってしまう。

 

 迷いは死に直結する。

 

 俺の脳裏には一人の人間が浮かんだ。

 その人物は重くて仕方ないはずの大剣を己の手足のように扱い、古龍ネルギガンテさえもほぼ無傷で撃退してしまう。

 

 

 ───主人公だ。

 

 

 まったく……そんなに怖いならばさっさと逃げ出してしまえばいいのにと俺の理性が言う。

 だがその何倍も大きな本能が、人間ごときから逃げるなどありえないと言うのだ。

 

 ダメだ、もう抗えない。

 これだけは無理だ。

 

 矮小な人間風情のために、己の縄張りを捨てるなんてことできるはずがない。

 

 俺の心の奥深くには、そんな黒い感情が巣食っているんだ。

 やはり俺はリオレウス。

 誇り高き飛竜だ。

 

 はぁ、せめて心は人間のままがよかった。

 

 いや……それはそれで問題か。

 心が人間のままであったなら、今こうして俺は笑えてはいないだろうから。

 

「にゃ、どうしたのにゃ旦那さ─── にゃぁぁぁあああ!!」

 

 思わずオモチを舐めてしまった。

 何やってんだ俺は。

 

「だ、旦那さんまで……!! びっくりするからいきなりはやめて欲しいにゃ!!」

 

『すまん。つい』

 

「つい!?」

 

『なぜ私よりコイツが先なんだッ!!! 私はお前が寝ている時でさえ舐めてるというのにッ!!!』

 

『……俺が寝ているときはお前も寝ろよ』

 

『いや、舐めたりんくらいだッ!!』

 

 そう言うとルナは俺の背中の上あたりを舐め始めた。

 

『ちょっと待て、やめろ』

 

 己の中に膨らむとある欲望を振り払うように俺はルナに言った。

 

『なぜだ』

 

『なんでもだ。一旦やめてくれ』

 

『理由を言わなければやめんぞ?』

 

 舐めることをやめようとしないルナを無理やり引き離し、俺は咆哮を上げながら壁へ突進した。

 

『クソォォォッ!!!』

 

 ズドンという地響きにも似た重々しい音。

 頭から伝わる衝撃。

 

「旦那さん!?」

 

『ど、どうした……ソル??』

 

 土煙が舞うほどの衝撃だったようだがダメだ。

 見た目より全くダメージがない。

 俺の頭は無駄に硬い。

 

『邪念よ消えろッ!! 邪念よ消えろッ!! 邪念よ消えろぉぉぉッ!!!!』

 

 俺はそれから何度も何度も頭を壁にぶつけた。

 突然の俺の奇行にルナとオモチが戸惑っている。

 

 しかしこれだけはダメだ。

 

 到底受け入れられない。

 

 受け入れられるはずがないッ!! 

 

 

 ───俺がルナに欲情しているなんてッ!!! 

 

 

 どんなに俺が身も心も竜に近づいているとはいえ、さすがにこれは受け入れられんわッ!! 

 

 そういえば言ってたなッ!! 繁殖期って!! 

 

 こんな状態になんのかよ地獄かッ!! 

 

『ハァ……ハァ……』

 

『だ、大丈夫かソル……? すまない、そんなに嫌だったか……?』

 

『いや、そういうわけではない。だが説明も難しい。今はそっとしておいてくれ』

 

「だ、旦那さん傷があるにゃ……!! はやくこれを飲むにゃ!!」

 

 そう言ってオモチが緑色の謎の液体の入った瓶を頭の上で抱えるように持ってきた。

 いったどこにそんなものをしまっていたのか。

 オモチからすればかなり大きいだろうに。

 

 てかどう考えてもこれ『回復薬』だよな。

 

 マジでいつ作ってるんだろ……? 

 

『あぁ……すまない。オモチは心配性だな』

 

「かなり痛そうだったのにゃ……大丈夫なのかにゃ??」

 

『フンッ!! この程度でソルが傷を負うはずなかろう!! お前は私たちをどれだけ軟弱だと思っているんだ?』

 

「そ、そんなつもりは……」

 

『よせルナ。オモチに悪気なんて───』

 

 ルナの姿が目に入った途端、俺の中にはまたしても情欲の炎が燃え始める。

 

『なんでだァァァァァァッ!!!!』

 

 それを俺は特大のブレスとして吐き出した。

 今ならばルナの気持ちがとてもよく理解できる。

 なるほど、これは辛い。

 辛すぎる。

 生き地獄とはまさにこのことだ。

 

「ピギュルァァァァアアアアッ!!!」

 

 ……ん? 

 

 なんの前触れもなく悲鳴にも似た咆哮が響いた。

 ルナのものでもなければ、当然オモチでもないことはすぐに分かった。

 

 

 ならば一体どいつが───

 

 

 炎に包まれながら地面に落ちていく『パオウルムー』が目に入ったのは、その時だった。

 

 

 ……まさか。

 

『私は全て見ていたぞ。お前の吐き出したとても勇ましく逞しいブレスは、あの軟弱な竜を見事に仕留めた』

 

「……ボクも見てたのにゃ。可哀想だったにゃ……」

 

『…………』

 

 ごめん!! パオウルムー!! 

 悪気はなかったんだ信じてくれ!! 

 

『……せっかくだ。息の根を止めてくる。喰ってやるのが仕留めた者のつとめだろう』

 

 なんとも言えない視線を背中に受けながら、俺はゆっくりと翼をはためかせた。

 全く、運がいいのか悪いのか。

 パオウルムーからしたらたまったもんじゃないだろうが。

 オモチに通訳してもらえば『ふざけんなーっ!!!』と怒っているに違いない。

 

 しばらく飛び、パオウルムーの落下地点まできた。

 うわぁ、可哀想に。

 なんかすごい悶えてる。

 

 俺ははためくのをやめ、上空から勢いよく落下する。

 その勢いのままにパオウルムーの首元に脚の鋭い爪を突き刺した。

 一撃で絶命させる。

 それが俺にできるせめてものこと。

 

 弱肉強食の世界だ。

 それにここは俺の縄張りでもある。

 お前にも非があるのだから、悪く思わないでくれ。

 

 

 さて、これを持って帰───なんだ? 

 

 

 妙な気配というか、違和感のようなものを覚えた。

 辺りを見渡す。

 だが何もいない。

 

 強いて言うならば、俺が空から現れたことで逃げ出していく小型モンスター達と言ったところか。

 

「……ひっ」

 

 ん? 

 今確かに何か聞こえた。

 もう一度辺りを見渡す。

 だがやはり何も見つけることはできない。

 それでも違和感だけは消えないのだから、なんとも微妙な不快感が残る。

 

 

 ───それは本当に偶然だった。

 

 

 色んなことが重なり喉は温まっていたし、俺の心は未だにモヤモヤしたままだったんだ。

 ルナに欲情しているという現実を受け入れられず、その上このよく分からない違和感。

 

 端的に言うならば、少しイライラしていた。

 

 だからもう一度俺はこの不快感を吐き出すことにしたんだ。

 

 

 ───ブレスとして。

 

 

『あぁもうなんなんだよクソがァァァァッ!!!』

 

 三連続でブレスを吐き出した。

 

「避けろぉぉぉぉッ!!!!」

 

 ……は? 

 

 吐き出した3発のブレスのうちの一発。

 どこからともなく現れ、それをダイブするように躱した3人の人間。

 なぜ気づかなかった。

 こんな近くにいたのに。

 

 だが、その疑問は直ぐに氷解した。

 

 なるほど……『隠れ身の装衣』か。

 

 全員がそれを身につけている。

 モンスター側からすればこういう感覚になるのか。

 気配は感じるのに見つからない。

 改めて、凄まじい効果だな。

 

 

 ───だが、どうでもいい。

 

 

 そんなことはどうでもいいんだ。

 俺の中にはマグマのように激しい怒りが燃えたぎる。

 今まで一度も感じたことのない、狂気めいた途方もない憤怒だ。

 

 

『俺の縄張りを荒らされた』という、気が狂いそうになるほどの尋常ではない屈辱感。

 

 

 到底許せるものではない。

 許せるはずがない。

 他の生物、特に人間からすればこの感情を理解することなど決してできないだろう。

 しかし、それによって俺の『人間性』は容易く消え去ったのだ。

 

「あ、亜種じゃないッ!! 希少種だッ!! チキショー古代樹の森にいるんじゃなかったのかよォッ!! どうするギルゴールッ!?」

 

「戦うの!? いや、戦うのよねッ!! 私たちならやれるわッ!!」

 

「……馬鹿言え。撤退する」

 

「なっ!? でも───」

 

「黙れッ!!! 今お前らと意志のすり合わせを行ってる時間も余裕もねぇんだよッ!! いいかお前らッ!! 生きて帰ることだけを考えやがれェッ!!!」

 

 笑わせてくれる。

 どうやらコイツらは、自分たちが生きて帰れると思っているらしい。

 

 許さん……。

 

 絶対に許さん……。

 

 誰一人として生かしてはおかんぞ、貴様らァァァアアアアッ!!!! 

 

 

「グルガァァァァアアアアアッ!!!!」

 

 

 開戦の狼煙を告げるような地を震わせる咆哮を俺は上げた。

 




姿形はもちろん精神的にも主人公は人外寄りで、ヒロインは猛毒サマーソルト姉さんで、擬人化もせず、極めつけに人間と仲良くしないということをタグにて明言しております。
とても読み手を選ぶ作品だと思います。
にもかかわらず、これだけ多くの方が読んで下さっていることをたいへん嬉しく思います。
いつも温かい感想に励まされています。
本当にありがとうございます。
これからもマイペースに書いていきますので、暇なときに読んでいただければ幸いです。


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013 狩り。

前回の感想欄に人外好きな兄貴達からの熱いメッセージがたくさん届いており、胸がいっぱいになりました。全国各地の7000を越える同胞の皆さんに多大なる感謝を。


「グルガァァァァアアアアアッ!!!!」

 

 

 思わず耳をふさいでしまいたくなるその咆哮からは、隠しきれない大きな怒りがピリピリと伝わってきました。

 誰による咆哮なのかはすぐに分かりました。

 

 ……ソルさん。

 

 何かあったんでしょうか。

 

 大丈夫ですかね……? 

 

 強いモンスターとかだったらどうしよう。

 

 大怪我しちゃったりしないかな。

 

 私の胸の内には不安という名の蔓が感情の隙間を縫うように絡みつき、そして広がっていきます。

 これがアイルーの気持ち。

 私がソルさんをご主人と認め、オトモアイルーとなったからこそ抱く感情。

 

 

 ……いや、違います。

 

 

 これは正真正銘───私の気持ちです。

 

 

 心までアイルーになってるかもしれないとか、はっきり言って私にとってはほんと些細な問題なんです。

 

 私は古代樹の森をさ迷っていた時のことを、今でも時々夢に見ます。

 食べ物なんてなくて、葉っぱの擦れる音にさえ震えてしまう。

 本当に怖かった。

 怖くて怖くて仕方なかった。

 生きることを諦めかけた。

 

 

 でも───ソルさんと出会った。

 

 

 悪夢にうなされ目覚めても、不思議とソルさんを見ると安心するんです。

 最近はルナさんも優しくなりました。

 ……まだ少し怖いですけど。

 それでも楽しいんです、毎日が。

 

 

 私はこの『今』を誰にも奪われたくない。

 

 

 本当は、ハンターさん達の所に行こうと思ったりもしたけど……できませんでした。

 いつの間にか、ソルさんとルナさんがいるこの場所こそが私の居場所になっていたんです。

 一度は生きることさえ諦めた私が今こうして笑えている。

 

 だから私は守りたい。

 

 例えこれが、オトモアイルーがご主人に抱く感情であったとしてもいい。

 

 私は守る。

 

 この大切な『今』を。

 

『ふむ、久しく聞かなかったが……やはり猛々しい咆哮だな。うっとりしてしまう』

 

 そんな時、ルナさんがとっても呑気なことを言いました。

 私は驚いたし、少しだけ怒りも覚えました。

 

「し、心配じゃないのかにゃ!?」

 

『馬鹿を言え。ソルは私が認めた雄だぞ? そんな柔なはずがなかろう』

 

「でも……!」

 

『それに、本当に強敵ならば私が感じとっているわ。ただ、アイツがここまで怒るのも珍しい。さしずめ縄張りを侵す愚か者がいたのだろう。やはり雄はこうであるべきだが……どれ、念の為私も様子を見に行くとしよう』

 

「ボクも行くにゃ!」

 

 すかさず私は声を上げました。

 何か少しでも力になりたい。

 そう思ったから。

 

『……ふむ』

 

 ですがルナさんはすぐに認めることはなく、なんだか訝しむような視線を私に向けてきました。

 どうしてそんな態度をとるのか。

 今もソルさんが大変なことになっているかもしれないのに。

 気持ちだけが焦ってしまいます。

 

『私はお前たちの種族については疎い。興味もないしな。だがそんな私でも知っているぞ? 貴様らは、人間とも交友があるのだろう』

 

 私はルナさんが言わんとすることを、すぐに理解することができませんでした。

 

「それはどういう……」

 

『ソルが今戦っているのはその“人間”かもしれんぞ? それでも行くのか?』

 

「───っ」

 

 ……どうしてそのことに思い至らなかったんでしょうか。

 ソルさんもルナさんもモンスターなんです。

 ハンターと対立する可能性なんて当たり前に存在していたのに。

 

 

 なら私は───人間に攻撃できるのか? 

 

 

 改めて自分に問いかけてみます。

 

「……あれ」

 

『ん? どうした?』

 

「いや……」

 

 思いのほか簡単に攻撃できてしまいそうな自分に驚きました。

 え、やっぱり心も変わってるっぽいです。

 むしろ心配なのは、ハンターにオトモとしてついてきているかもしれないアイルーでした。

 

 人間とは意図も簡単に対立できそうなのに、アイルーにだけはどう頑張っても攻撃できそうにありません。

 抗いようのない大きな忌避感があるんです。

 

 ……私は本当にアイルーになったんだなぁって思っちゃいました。

 

「大丈夫にゃ……いや、やらなきゃダメなんだにゃ……!」

 

 私は自分自身に問いかけ、そして答えを出しました。

 ソルさん達の味方でいるという答えを。

 いつか必ず決断しないといけない時がくるんです。

 何かを得るということは、何かを捨てることでもあるのですから。

 

 

 ───覚悟を決めなくては。

 

 

 ソルさん達と一緒にいるということは、きっとそういうことなんです。

 

 でも……やっぱりこれだけは譲れない。

 

 それは───

 

「アイルーだけは見逃して欲しいにゃ!! お願いしますにゃ!!」

 

 この感情は同族だから抱くものなんでしょうか。

 他のアイルーが命を落とすのではないかと思うと、自分でも戸惑ってしまうほどの恐怖があります。

 目を背けたくなるような恐怖です。

 

 たぶん本当に危うくなれば穴を掘って逃げるんだろうなと思いつつも、頼まずにはいられませんでした。

 

『───それはソルが決めることだ。私は全てにおいてソルを優先するぞ』

 

「…………」

 

『ただ……そうだな、もしその時が来たならば私からも頼んでやるとしよう。それでもソルの意志が変わらないのならば、潔く諦めるのだぞ』

 

「る、るにゃさん……っ!」

 

『勘違いするなよッ!! 貴様らなんぞ小さすぎて、腹の足しにもならんというだけだッ!!』

 

 私は思わず笑ってしまいそうになるのを、ぐっと堪えました。

 やっぱりルナさんはちょっと怖いけど、とっても純粋でいい人なんです。

 いや、いいリオレイアですね。

 

「ありがとうにゃ、ルナさん!」

 

 でもきっと、ルナさんは強情なところもあるから自分の優しさを認めたりなんかしないでしょう。

 だからありがとうという気持ちだけ伝えることにしました。

 

『では行くぞ。さっさと私の背に乗れ』

 

「え……いいのかにゃ? だって前は───」

 

『いいからさっさと乗れッ!!』

 

「は、はいにゃ!」

 

 私は慌ててルナさんの背中に行こうとして、ふと立ち止まりました。

 今の装備です。

 単なるレザー装備ではあまりにも心許ない。

 これじゃ力になれない。

 

 

 それに───もう隠し事はなしです。

 

 

 私はポーチの中に手を入れました。

 ブォン、と見慣れたメニュー画面が出現します。

 装備の項目をタッチ。

 変更していきます。

 

 まずは防具。

 ベストはやっぱり『エスカドラネコシリーズ』ですね。

 アルバトリオンの装備です。

 

 次に武器。

 はっきり言ってアイルーの攻撃なんてたかがしれています。

 まあこれは防具にも言えることですが。

 

 ただ、貢献できることもある。

 アイルーである私はサポートに特化すべきです。

 

 だから使う武器は───『EXすずらんネコロッドα』です。

 

 気づいたことがあります。

 このリアルなモンハン世界において、状態異常はとても強力なんです。

 特に『麻痺』と『睡眠』はヤバいです。

 敵の前でそんなことになったらと思うと……いやほんと凶悪です。

 

 だから私は、敵を麻痺や睡眠にさせることだけを考え立ち回ります。

 たぶんその状態異常にした時点で、ソルさんやルナさんなら一撃で終わらせてくれるはずですから。

 

 ───今ソルさんが戦っているのが人間だったなら、もう後戻りはできません。

 

 だというのに、私が思い出すのはソルさん達との楽しい日々でした。

 後戻りする気なんてさらさらありません。

 もう迷いません。

 嘘もつきません。

 

『ほう……面白い気配を纏っているなァ? お前には何かあると思っていたが。それは古龍の鱗か?』

 

「……あとで必ず話すにゃ。でも今は急いで欲しいにゃ!」

 

『フフッ、貴様は強かったのだな。強い奴は好きだぞ』

 

 なんか的外れなことを言われている気がしましたが、とりあえず今は早くソルさんの元へ行かなくては。

 私はルナさんの背にギュッと掴まりました。

 

 

 今行きますよ! ソルさん! 

 

 

 ++++++++++

 

 

 戦闘が始まった途端、ソルは妙に冷静な自分がいることに気づいた。

 目の前にいる3人の人間をいかにして殺すか、どうすればより安全にリスクなく仕留めることができるのか。

 ただ静かにそんなことを考えているもう一人の自分がいるようなのだ。

 

 これがモンスターの気質なのか、それとも過酷な自然界に身を置いているからなのか。

 

 とはいえ、ソルの心には今尚怒りと屈辱の炎が燻っているのも確かだ。

 早く殺せと訴えかけてくる。

 

 だがダメだ。

 

 冷静さを保たなくては。

 

 人間には絶対に油断してはならない。

 

 ソルは余計なものを全て吐き出すように、深く呼吸をした。

 

 3人のハンターは臨戦態勢をとっているが、未だに攻撃を仕掛けてこない。

 手に持つ武器はランス、片手剣、それにライトボウガンである。

 

 最悪だ、とソルは思わずにはいられない。

 というのもライトボウガン以外の知識が全くといっていいほどないのだ。

 

(俺は生粋の太刀専。サブとして、周回クエ用にヘビィとライトを使えるくらいだ。……ったく、こんなことになるんだったら全武器触っておくんだった)

 

 一方、目の前の銀火竜がそんなことを考えているなんて夢にも思わないギルゴール達は、一切の隙を見せることなく逃げるタイミングをうかがっていた。

 

「全員、『モドリ玉』は持っているな」

 

 最前線に立つギルゴールは2人の方を振り向くことなく聞いた。

 

「……あぁ」

 

「……えぇ」

 

 それに対して2人も必要最低限の言葉だけで答えた。

 

「いいか、俺がまずスリンガー閃光弾を使う。そんで奴が怯みやがったら、その隙にモドリ玉だ。じゃねぇとメルノスなんざすぐに撃ち落とされちまうだろうよ。なんせ奴は……空の王者なんだからな」

 

 ギルゴールは紛うことなき歴戦のベテランハンターだ。

 努力だけでは決して得ることのできない力も兼ね備えている。

 ギルゴールには一歩劣るものの、残り二人も相応の力を持った選ばれしハンターである。

 

 だからこそ肌で感じてしまう。

 今目の前にいるモンスターが、古龍に匹敵するほどの力を持っているのだと。

 

(……エクレアの奴がビビるのもわかるってもんだぜこりゃあ。この感覚は本物だ。真正面から殺意をぶつけられてようやく気づくたぁ……俺もまだまだだな)

 

 ハンターとしての勘がこれでもかと告げるのだ。

 逃げろ、と。

 この感覚に従ってきたからこそ自分は今まで生き残ってこれたのだと、ギルゴールは確信していた。

 

 ゆえにギルゴールは機を伺う。

 スリンガーに添える手が僅かに震える。

 

(今だッ!!)

 

 そしてそのタイミングは訪れたのだ。

 

 

 ───だが、ギルゴールが閃光弾を発射することはなかった。

 

 

 思わず途中でやめてしまったのだ。

 

 

 なぜなら───翼をはためかせた“絶望”がやってきたのだから。

 

 

「ガルアァァァァァァッ!!!!」

 

 咆哮を聞き、ギルゴール達は一斉にそちらへと目を向ける。

 

「じょ……冗談だろ……」

 

 吹けば消えそうな程にか細い声だった。

 それも仕方ないだろう。

 金色の輝きを放つリオレイアまでもが、姿を現したのだから。

 

 それでも、誰よりも早く硬直する身体に鞭打ち行動を起こしたギルゴールは、やはり優秀だったのだろう。

 

「クソッタレがァァッ!!! テメェら目を瞑りやがれェェェェッ!!!」

 

 怒声と共に閃光弾を発射した。

 瞬く間に周囲を強烈な閃光が包み込んだ。

 

(逃げるなら今しかねェッ!! 一方は墜落、もう一方は怯むッ!! 少なくとも5秒から10秒は闇の中ッ!! 撤退するなら───は?)

 

 ギルゴールは驚愕する。

 次に目を開けた瞬間には、どういうわけか巨大な炎のブレスが迫ってきていたのだから。

 

「ぐわぁぁあああっ!!!」

 

 反射的に身体が動き盾で防ぐことができた。

 だがその衝撃は半端ではない。

 しかも爆風が後ろからも襲ってきたのだ。

 吹き飛ばされながら無防備な背中が焼かれ、ギルゴールは苦痛の悲鳴をあげる。

 

「く、クソがぁ……」

 

 何とか立ち上がり周囲を確認する。

 

 そして、

 

「おい……ランゼルッ!!! リティシアッ!! さっさと……くぅ、なんでだァァァァァァッ!!!」

 

 二人から返事はない。

 ギルゴールの後ろにもブレスは飛んできていた。

 どうやらそのブレスが直撃しまったのだろう。

 二人は火に飲まれ、熱いはずなのに悲鳴の一つも上げはしない。

 

 

 つまり───たった一発のブレスで長年パーティを組んでいた二人の戦友を失ったのだ。

 

 

「あぁぁ……クソがッ!!! なんで閃光が効かねぇッ!! 閃光耐性なんて聞いてねェぞちくしょうッ!!」

 

 泣き叫ぶような怒号だった。

 金色のリオレイアは今も悠然と空を舞い、銀色のリオレウスもまるで怯んでいる様子はない。

 

『なんで来た……なんて聞いてる暇はないか。俺が言ったことは覚えているな』

 

『あぁ当然だ。人間は“毒虫”。その存在は矮小だが気を抜けば手酷い目に遭う……だったな』

 

『そうだ。あとは奴らの手元には常に注意を払えよ。まぁ閃光弾をくらわなかったんだから、それはできているのだろうが』

 

『アレには驚いた。お前の言った通り目を瞑って正解だった。フフッ、だが私は二人仕留めたぞ』

 

 何故か勝ち誇るような笑みを浮かべるルナを無視して、ソルは再び目の前の敵を見据える。

 ハンターがやってくることなんて手に取るようにわかる。

 近接武器を扱うハンターが飛竜に対して、閃光弾を使うなんてあまりにも容易く読めてしまう。

 

『オモチも連れてきたぞ』

 

 だが、ルナのその発言だけは読めなかった。

 

『……は?』

 

「旦那さん! ボクもお助けするにゃ!」

 

 オモチはルナの背中からぴょんと跳び、地面へと着地した。

 オモチが来たことそれ自体にも驚きだったが、その事実が霞んでしまうほどの驚愕をソルは受けた。

 

『オモチ……その装備……』

 

 オモチのありえるはずがない装備を見た瞬間、ソルは今までの不可解な点が線となって繋がっていくような感覚を味わった。

 

「旦那さんにもあとで話すにゃ! でも今は───」

 

 オモチは赤髪のランスを持った人間を真っ直ぐに見据えた。

 

「ちっ……やっぱ喧嘩してくんねぇか。それにお前が、例のアイルーかよ」

 

 人間であるギルゴールには、ソルとルナが互いに吼え合っているようにしか見えない。

 古代樹の森でのこともあり、争ってくれることを僅かに期待したがどうやらそれも望めないらしい。

 

 そして息を整えながら、ギルゴールも突如現れた謎のアイルーを見る。

 見るからにただのアイルーではない。

 身につけている装備も、その独特の雰囲気も全てが謎だ。

 

「お前が全ての元凶……納得だぜ」

 

 ギルゴールの言葉の意味が全くわからず、内心動揺するオモチであったが言葉を返すことはしない。

 足手纏いになるのはごめんだからだ。

 

『さっさと終わらせよう。だが、最後まで気を抜くな。何をしてくるか分からない。オモチも……無理はしないでくれよ』

 

 オモチはギルゴールを見つめたまま、コクリと頷いた。

 

『以前伝えた戦略を覚えているな』

 

『……そこまでする必要があるとは思えんが』

 

『いいからやるぞ』

 

 その言葉を最後にソルは翼をはためかせる。

 そしてソルとルナはギルゴールを中心に、旋回するように飛び始めた。

 

 オモチもまた、ギルゴールの周りを四足歩行で跳ねるように走り出す。

 これは即興だったのだが、オモチは自分の役目をしっかりと理解していた。

 

「な、なんだよこりゃあ……ッ!!」

 

(モンスターが空中にいるだけで嫌だろう。それも旋回しているため視点も定まらない。閃光も効かない)

 

 ───あぁクソゲーだな、とソルは思った。

 

 それに今ハンターは1人であり、こちらにはオモチまでもがいる。

 全てを注意するなんて無理だ。

 

 まずは正面からソルが襲いかかる、と見せかけて咆哮を上げた。

 怯ませた上で攻撃しようとしたのだ。

 

 だが、どういうわけかギルゴールはそれを無効化したのである。

 

(すごいな……耳栓か、ジャスガの類いか、はたまたフレーム回避か)

 

「グゥゥァッ!!」

 

 仰け反りながらもソルの攻撃をギルゴールは防いだ。

 しかし、続けざまに後ろから無情にもルナが襲いかかった。

 怯んでしまっているためそれを避けることはできない。

 

「ギヤァァァアアアアアッ!!!」

 

 絶叫を上げながらギルゴールは吹き飛ばされ、壁に激突した。

 土煙が舞う。

 

『ほう、まだ生きているとは。人間にしてはやるではないか』

 

『───“根性”か』

 

 ギルゴールはすぐに体勢を立て直し、“秘薬”を口へ放りこんだ。

 

「ハァ……ハァ……クソがぁ。───ンガッ」

 

 その瞬間、またしてもギルゴールは脇腹に鈍い痛みを感じた。

 強めに殴られたような衝撃である。

 

 衝撃の正体はオモチだ。

 

「あのアイルー……ハァ……厄介だな」

 

 一撃を加え、オモチはすぐさま離れていく。

 どうにかこの状況を打開しなくては。

 そう思い、ギルゴールは一歩踏み出した。

 

 

 そして───倒れた。

 

 

「あぁ……ぁぁ、ぅ、あ……」

 

 呂律が回らない。

 何が起こったのかまるで理解できない。

 辛うじて僅かに動く首だけで、状況を少しでも探ろうとする。

 

 

 ───『シビレ罠』

 

 

 いつの間にか仕掛けられていたシビレ罠をギルゴールは踏んでいたのだ。

 あのアイルーによるものだとギルゴールはすぐに思い至ったが、だからといってどうすることもできない。

 

 なぜなら、すでに自分の息の根を止めんと迫ってくる銀火竜の姿が目に入っているのだから。

 

(なんだよ……こりゃぁよぉ……一体なんだってんだよぉ……こんなのあんまりじゃねぇか。だってこれはまるで───『狩り』だろうが……いつから俺たちハンターは『狩られる側』になっちまったんだよ……)

 

 ギルゴールは自分の運命を悟った。

 既に目の前まで迫った銀火竜の一撃を躱す手段などありはしない。

 

(あぁ……悪くねぇ人生だったぜぇ)

 

 静かに目を瞑る。

 ギルゴールは死の覚悟ができていた。

 悔いなどあるはずがない。

 あるはずがないのだ。

 

 

 ───そのはずなのに。

 

 

 ギルゴールは得体の知れない何者かに自分の心臓を握られているかのような、名状しがたい感情を抱いていた。

 

 時が酷くゆっくりと流れていく。

 

 それが『恐怖』という感情であることに気づくには、あまりにも十分過ぎる時間だった。

 

「うんぁぁぁッ!! いぅぅうあぅぁああッ!! うぅぅぅいいぅいああぁああ!!!」

 

(死にたくねぇぇぇ!! 死にたくねぇよぉぉぉ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁあああああ!!)

 

 ギルゴールは死に直面して初めて、その恐ろしさを理解した。

 ゆえに心から叫んだ。

 助けてくれと。

 死にたくないと。

 

 

 ───だが、助けなど来るはずもない。

 

 

 銀火竜たるソルの鋭い爪はギルゴールの防具を容易く貫き、その命を無慈悲に刈り取った。

 




私が一番好きなモンハン二次創作には狩猟笛を使う主人公がでてくるんです。
強すぎる弟子や擬人化した古龍たちに振り回される主人公を見てクスリと笑ってしまう、そんな素敵な作品なんです。

……気づいたら真反対のようなドギツイ作品書いとった。


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014 情欲の炎は赤々と燃えて。

シビレ罠に関して独自設定があるのですが、少し説明が長くなってしまいましたので活動報告の方にまとめました。お時間のある時に確認していただければ幸いです。


 ───誰しもが過ちを犯す。

 

 

 もちろん、ほとんど過ちを犯さない者もいるのだろう。

 それでも完全にゼロではないはずだ。

 だからこそ、過ちを犯さないよう事前に備えることと同じくらい、過ちを犯してしまった後の行動も大切になってくる。

 優秀な者とは往々にして、過ちを犯してしまった後それを補うための行動が迅速であり的確なものなのだ。

 

 

 ───とはいえ、取り返しのつかない過ちというのもやはりあるのだろう。

 

 

『孕んだ』

 

『……は』

 

『私には分かる。確実に孕んだ。フフ、安心しろ。強き子を産む』

 

『…………』

 

「お、おおぉぉ、おめでとうにゃ……!!」

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 驚愕と戸惑いとその他諸々の感情によって、今俺の頭はかつてないほどにぐちゃぐちゃとなっている。

 過去に戻れるならば、軽率な自分を思いっきりぶん殴ってやりたい。

 

 

 ───話は俺たちが初めて人間を狩り殺した直後まで遡る。

 

 

 俺は最後のハンターにトドメを刺した。

 だというのに、はっきり言って特別な感情は抱かない。

 なんなら普段の狩りとあまり大差ないと思ってしまったのだ。

 

 ただ───ほんの僅かな達成感のようなものは感じていた。

 

 この感情は、俺が初めてアプトノスを狩り殺した時によく似ている。

 何となくできるだろうなとは思っていても、実際にやってみるまでどこか不安を抱えているのが俺なんだ。

 だからアプトノスを初めて狩り殺したときはとても嬉しかった。

 

 ……それと同じだ。

 

 いや、やはり今回の方が達成感は大きかっただろう。

 事前にハンターへの対策を入念に行った。

 ハンターの脅威をとてもよく知っているからこそ、妥協は許されなかったんだ。

 ネルギガンテと戦う『主人公』の姿が脳裏にチラつく度に、屈辱的な恐怖を感じてしまう。

 だからこそルナにも人間を侮らないよう徹底させた。

 

 その事前の対策が実を結び、ほぼノーダメで人間を狩り殺すことができた。

 僅かばかりの達成感を感じてしまうのも仕方がない。

 

 逆に言えば……抱いた感情はそれだけだ。

 罪悪感のようなものはまるでなかった。

 もう受け入れてはいるが。

 

 その後、脚の爪についた汚い血を地面に擦り付けるように拭いながら、目の前に転がる人間の死体をどうしようかと考えた。

 ほんの一瞬……本当にほんの一瞬だけ『食べる』という選択肢が過ぎったが、オモチもいるのだからそれは良くないと思えるほどには理性が戻っていた。

 

 ……とはいえ、すでにルナが『ん? 硬いな』などと言いながら俺が最後に狩り殺した人間に噛み付いていたのだが。

 

 毒があるかもしれないから、と言ってなんとかルナを止めた。

 オモチに見せたくなかったんだ。

 

 

 だって───俺と同じ転生者かもしれないんだから。

 

 

 結局、把握していたシャムオスの巣に放置してくることにした。

 ブレスで炭になるまで焼き付くそうかとも思ったけど。

 

 それから俺たちは巣に帰った。

 本当はオモチに色々聞きたいこともあったが、狩りの疲れもあるため今日のところは寝て、煩わしいことは明日考えることにしたんだ。

 

 

 しかし、なぜか全く眠れない……!! 

 

 

 いや、理由は分かっていた。

 戦闘直後はそこまで感情の起伏はなかったというのに、今になって俺のなかの人間の残滓は人間を殺してしまったという事実に衝撃を受け、確かに興奮していたんだ。

 だが、それでもやはり罪悪感などはありはしない。

 あるのは『ついに人間を殺ってしまった』という、表現できないほどの異様な高揚である。

 

 強烈なアルコールを呑み下したように、体の奥深くから熱が広がっていく。

 遅れてやってきたこの収まりのつかない興奮をどうするべきか。

 それにしても皮肉な話だ。

 本能が収まり、理性的になったからこそより強い本能的な感情が芽生えてしまったのだから。

 

 

 ───『どうした、ソル?』

 

 

 行き場のない興奮にソワソワしていた時、そんな声が聞こえた。

 振り向けばそこには、月明かりに照らされたルナが佇んでいたんだ。

 

 

 神秘的で、妖艶で───蠱惑を凝縮したような麗しい姿。

 

 

 俺の中で燻っていた『興奮』は『情欲』へと名前を変えてしまったのである。

 

 普段なら抑制できたのかもしれない。

 最近ルナに欲情してしまう頻度が増えてきていたとはいえ、それでも一線を越えるようなことはなかった。

 俺の中に残る人間の残滓が、ルナに欲情しているという事実を未だに受け入れられてなかったんだ。

 

 だが、なるほど。

 

 

 ───『一夜の過ち』とは、こうやって起こるのか。

 

 

 気づけば俺は、ルナを組み伏せていた。

 

 

 そして、話は冒頭へと戻る。

 事実かどうか定かではないが、ルナは『孕んだ』らしい。

 こんなにすぐ分かるものなのか甚だ疑問だが、なんというか、うまく説明できないがルナが嘘をついているとはどうしても思えないんだ……。

 ルナが孕んだというならば、やはり孕んだのだろう。

 

『…………』

 

 いや、まぁ、何も悪いことはない……よな? 

 だって俺はリオレウスになったわけだし、人間のような交際期間もありはしない。

 結ばれたならば即交尾、なんて当たり前だろモンスターにとっては。

 

 うん、開き直ろう。

 順応しなくては。

 

 じゃなきゃやってられん。

 

 それに、なんだかとても心が軽い。

 ここしばらく感じていた戸惑いや葛藤といった、心に沈んだ重い鉛が嘘のようになくなっている。

 後悔もなくはないのだが、それは本当に小さなものだ。

 それ以上に、何十年も自分を拘束し続けた枷がようやく外れたように清々しい気分なのである。

 

『あぁ……ルナ、その、昨日はすまんな。何だか強引に───』

 

『何を言う。あれほど素晴らしい夜を私は知らない』

 

『……そ、そうか……』

 

 まあやってしまったもんは仕方ない。

 考えるべきは次だ。

 さて、どうしたものか。

 いろいろ考えるべきことは山積みだが、何よりもルナのことを最優先に考えなくてはならないな。

 

 

 だって……ん? いや、そうか。

 

 

 俺は───親になるのか。

 

 

 脈絡なくそんなことを思った。

 

 参ったな。

 

 これじゃもう、ルナを拒めないじゃないか。

 

 俺は笑ってしまった。

 とっくに惹かれていたくせに、今さら何を言ってるんだか。

 いい加減認めろよ。

 

 

 そもそも───レウスがレイアを拒めるはずないだろ? 

 

 

 ++++++++++

 

 

『オモチは……“転生者”なのか?』

 

「───っ」

 

 ルナには少し散歩に行ってもらった。

 どうしてもオモチと二人きりで話したかったからだ。

 

 そして、俺は単刀直入に聞いた。

 違っていたならそれでいい。

 その場合は言葉の意味すら理解できず、戸惑うだけだろうから。

 

 だが、オモチの反応を見る限りどうやら正解のようだ。

 

 これまでもいくつか不可解なことがあったが、アルバトリオンの装備を見て確信した。

 当然その選択肢も存在していたはずなのに、無意識に除外していたんだ。

 

 

 ───転生者は俺だけではない。

 

 

 となれば転生者はオモチと俺だけ、などと考えるのはあまりに浅はかだ。

 他にもいると考えて今後は行動すべきだろう。

 様々な最悪を想定しなくては。

 

「じゃ、じゃあやっぱりソルさんもなのかにゃっ!? やっぱりにゃ! リオレウスにしてはさすがに賢すぎると思っていたのにゃ! というか、出会った時にソルさん“こんがり肉”って言ってたにゃ。その時に気づくべきだったにゃ」

 

 オモチはとても饒舌だった。

 まあ、最近はルナともよく喋るほうだったけど。

 何だか嬉しそうでもあり、安心しているようでもある。

 

『やっぱりそうなのか。まさか俺以外にもいたなんて……』

 

「ほんとにビックリにゃ! ソルさんも、気づいたらって感じかにゃ?」

 

『あぁ、そうだ……気づいたらリオレウス希少種になっていた』

 

「ボクもにゃ!! ボクも……気づいたらアイルーになっていたにゃ……」

 

 それから俺はオモチと会話を重ね、事実の共有を確実なものにしていった。

 まずは俺のことを話した。

 前世の記憶はまるでないこと、にも関わらずモンハンの知識だけがあること。

 オモチと出会うまでどうやって生きてきたのか等、本当に色んなことを話した。

 

「えぇーっ!! 『古代樹の森』のリオレウスに7日連続で襲われたのかにゃーっ!?」

 

『いやぁ、実はそうなんだ。まあ今思えば悪いのは俺だと分かる。あそこはアイツの縄張りだからな』

 

「ボ、ボクも危なかったにゃ……」

 

『でも、アイツに襲われたおかげで身体の使い方を学べた。攻撃が思いのほか痛くなかったから、練習相手にはちょうど良かったよ。その後は妙に懐かれて困ったがな』

 

「いやたくましすぎにゃ!」

 

 オモチの話も聞いた。

 はっきり言って、オモチが話すことは全てが衝撃だった。

 まず、モンハンのゲーム内で獲得したアイテムを引き継いでいるらしい。

 装備含めてなのだから凄まじい。

 しかもモンスターと話す能力や、ちょっとしたサバイバル知識なんかもあるという。

 俺よりはるかに多くのものをオモチは持っている。

 

 何より恐ろしいのは───小さなアイテムポーチである。

 

 オモチの最も恐ろしい力は持ち運び可能であり、どこでも好きなだけアイテムを取り出せるそのポーチで間違いない。

 

 ただ、オモチ自身が『アイルー』という決して強い生物ではないことも否定できない。

 俺が勝っている点があるとすれば、これくらいか。

 しかもなぜか一人称が「ボク」となり、語尾に「にゃ」を付けてしまうらしい。

 なんとも不憫だ。

 

「これからも、ボクはソルさんとルナさんをサポートするにゃ!」

 

 ただ、その言葉には正直驚いてしまった。

 

「ん、どうしたのかにゃ?」

 

『いや、今後も俺たちと居てくれるのか……? 正直言うと、アステラ辺りまで送ろうと思ってい───』

 

「な、なんでにゃ!! ボクは迷惑だったかにゃ!?」

 

 珍しく、オモチは大きな声を上げた。

 だが俺のなかの困惑は増すばかりだ。

 アイルーは人間の世界で生きるか、同族同士で小さな集落を作って生きるものではないのか……? 

 

 オモチへの感謝は計り知れない。

 本当に楽しく色鮮やかな毎日を送ることができた。

 

 しかし、だからこそオモチの幸せを優先すべきだと会話を重ねながら思っていたのだ。

 

 

 そして───理由はそれだけではない。

 

 

『俺は……人間を殺した』

 

「そ、それはボクだって……」

 

『なのに、全くと言っていいほど罪悪感を抱いていない。きっと俺は、人間と共存することなくリオレウスとしてこれからも生きていくのだと思う。……だけど、今ならばオモチは選べる。人間と生きる道だってあるんだ。オモチには感謝してもしきれないからこそ、より幸せな方を───』

 

「ならもう答えは決まっているのにゃ」

 

 呆気ない程の即答だった。

 しかし、オモチにふざけた様子はない。

 

「ボクはソルさんやルナさんといたいのにゃ」

 

 そのつぶらな瞳には、確かな覚悟が宿っている気がした。

 どうしてそこまで俺たちといたいと思ってくれるのか、完全に理解することなんてできない。

 むしろ助けられてばかりだ。

 

 

 ただ───俺はとっても嬉しかった。

 

 

 これだけはわかる。

 

『嬉しいよオモチ。でも……最後にもう一度だけ確認させてくれ。本当にいいのか? 俺やルナと共に居るということは、時には人間と敵対することもあると思うんだが……』

 

「そ、それはその……自分でもびっくりするくらい大丈夫なんだにゃ……」

 

『え、そうなのか?』

 

「そうだにゃ」

 

 まさかオモチも俺と同じように、人間への同族意識のようなものが薄らいでいるのだろうか? 

 定かではないが、これははっきり言って驚きだ。

 ただまあ……ハンターに攻撃してくる野良アイルーもいるし珍しいことではない……のか? 

 

「だけど、一つだけお願いがあるにゃ」

 

『ん? なんだ?』

 

「えっと……できればアイルーはあまり殺して欲しくないのにゃ……」

 

 なぜかオモチはとても申し訳なさそうだった。

 なんだ、そういうことか。

 

『7日連続で古代樹の森のリオレウスに俺が襲われたって話、したよな?』

 

「うん、したにゃ」

 

『でも俺はアイツを殺していない。ルナに襲われた時だって、死ぬかもしれないと思うほど激闘だったが、なぜか殺せなかった。───俺たち、似た者同士だな』

 

「ハハっ、そうだにゃ!」

 

 そう言って静かに笑い合った。

 なるほどな。

 どうやら俺たちは、“同族”には同情できるらしい。

 面白い共通点だ。

 

『なら、そうだな。これからもよろしく頼むよ、オモチ』

 

「はいにゃ! これからも上手に“こんがり肉”を焼くにゃ!」

 

『お願いするよ。この手では、どう頑張っても上手に焼けそうにはない』

 

 そう言って、俺はオモチとの出会いを思い出してまた笑ってしまった。

 オモチと別れずにすみ、内心ではかなりホッとしている。

 

 

 なぜならすでに───オモチも俺の大切な存在なのだから。

 

 

 俺は本当に恵まれているな。

 守るものが多くて困ったものだ。

 

「それで、これからどうするのにゃ? このまま陸珊瑚の台地に住むのかにゃ?」

 

『いや、龍結晶の地に行こうかと思っている。その……ルナが孕んだと言っているからな。できれば人間との絡みを避けたい』

 

「あ……なるほどにゃ……」

 

『…………』

 

 なんとも言えない気まずい空気が流れた。

 転生者であるとお互いに認識したからこそ、俺がリオレイア希少種と“行為に及んだ”という事実がより一層空気を重くするのだ。

 

「で、でも! 龍結晶の地は養分が豊富だって聞いたことあるにゃ! 子育てにはもってこいだと思うにゃ!」

 

 この空気をなんとか打開しようとオモチが声を張り上げた。

 

『そうだよな! もってこいだよな!』

 

 だから俺も便乗することにした。

 だが、会話はまたしてもそこで途絶えてしまった。

 あはは、というオモチと俺の乾いた笑いだけが虚しく響いていた。

 

 誰か何とかしてくれ! 

 

 内心で激しくそう願っていたとき、遠くから翼をはためかせる音が聞こえてきた。

 こちらへ近づいてくる。

 とても聞き慣れた羽音だ。

 

 どうやら、俺の願いは叶ったらしい。

 

『帰ったぞ』

 

 ルナの声だ。

 

「おかえり……! にゃ……」

 

 ただ、オモチの声には明らかに戸惑いが混じっていた。

 俺もルナに声をかけようと振り返る。

 真っ先におかえりと言うべきなのだろう。

 だが、まったく別のことを聞かずにはいられなかった。

 

『それは……なんだ?』

 

 ルナは何かを持っていたのだ。

 青白い何かを。

 

『あぁ、コイツがギャーギャーとうるさくてな。馬鹿なのか私に攻撃を仕掛けてきたもんだから、仕留めた。オモチ、焼いてくれ』

 

「は、はいにゃ……」

 

 ぐったりとして息をしていないそれは、どう考えても『レイギエナ』だった。

 確か、レイギエナって陸珊瑚の台地の生態系トップだったような……。

 めちゃくちゃ生態系を壊してるのではと思ったが、今や俺もその生態系の一部なんだから問題ないよなと無理やり思うことにした。

 

 オモチが焼いてくれたレイギエナの肉は最高の味で、なんならもう一匹食べたくなった。

 

 それから、ルナにオモチのことやこれからのことを軽く説明した。

 とりあえずオモチはめちゃくちゃ強いアイルーだって言ったらそれで納得するのだから、純粋な奴だ。

 まあ、古龍の防具を見たのだから分からなくもないが。

 

 龍結晶の地に行くことにも快く賛成してくれた。

 どうやら元々ルナも気になっていたらしい。

 並々ならぬエネルギーを感じるのだとか。

 それは俺も感じている。

 なんだろうなこの感覚は。

 妙に惹き付けられる。

 

 ハンター達が龍結晶の地に来るのはまだ先のはずだ。

 

 唯一懸念があるとすれば……ネルギガンテが現れるかもしれないということ。

 

 ただどうしてだろう。

 古龍だというのにまるで恐れを感じていない。

 目障りならば狩り殺せばいいと、そう思うだけなんだ。

 

 だがこれは俺の本能。

 理性で制御しなくてはならない。

 慢心はダメだ。

 ネルギガンテの対策も磐石なものにしておくとしよう。

 

 

 ───それにしても、リオレイアってどのくらいの期間を経て卵を産むんだろうな……? 

 





リオ夫婦、番で子育てするとか尊い。


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015 諸先輩方。

「ああぁぁぁ…………疲れたぁぁ……」

 

 テーブルにくっつけた頬が鉛のように重くて上げられる気がしない。

 この疲労は肉体的なものではない。

 心だ、心が疲れて悲鳴を上げている。

 

「相棒! 料理が冷めちゃいますよ!」

 

「先に食べててくれ……俺はもう少しこうしていたい」

 

「もう! 食べないと元気出ませんよ!」

 

 最近またしても新たな悩みの種を発見してしまった。

 それは、瘴気の谷で簡単なクエストをこなしていたときのことだ。

 もちろん、瘴気なんていうよく分からんもんが充満してる場所に長居したら、確実に寿命縮むだろうなっていう悩みもある。

 フィールドマスターの婆さんヤバすぎだろってのは毎日思ってる。

 

 だけど、そんな長期的な悩みじゃない。

 

 もっと急を要する問題がある。

 

 

 ───『麻痺』ってヤバくね? 

 

 

 これだ。

 ギルオスを狩り殺しながら、ふとそう思ったんだ。

 モンスターの目の前で完全に動きが封じられるって、ヤバすぎねぇか……? 

 同様の理由により睡眠と気絶も超絶危険。

 

 毒とか爆発やられなんかはいい。

 動けるんだからどうとでもなる。

 でも動けなくなる系は本当にヤバい。

 

 なぜかって? 

 防具は全身くまなく覆えているわけではないからだ。

 関節がある以上必ず隙間がある。

 それに、あまりに無防備だ。

 

 ウラガンキンの睡眠ガスによって眠らされ、顎スタンプをくらう。

 ぶっちゃけ防具の部分に当たるなら大したダメージはないだろう。

 ミラ装備はそれだけ優秀だ。

 

 だが例えば、指先にあのめちゃくちゃ硬くて巨大な顎を振り下ろされたら? 

 当然潰されるだろう。

 ゲームと違い、リアルだとこういうことが起こり得るんだ。

 

 いや、それなら命がある分まだマシなのかもしれない。

 丸呑みにされたらどうする。

 麻痺状態の時、防具の隙間にドスギルオスの牙がぶっ刺さったらどうする。 

 

 ふざけんな。

 もう嫌だ。

 何だこの世界。

 クタバレまじで。

 

 はぁ……。

 

 俺はこんな最悪なことばかり考えてしまう、臆病を極めに極めた男なんだ。

 周りのみんなが言うような、優秀なハンターなんかじゃ全くねぇんだよ。

 

 あぁ……胃が痛い。

 

 すっかり俺の持病となってしまった胃痛は悪化する一方だ。

 改善の兆しがまるで見えてこない。

 

「はぁぁぁ…………」

 

 日を追う事に溜息の回数も増えていく。

 

「相棒、大丈夫ですか……? 今日はいつにもましてネガティブなようですが」

 

「……うるさい、ほっといてくれ。お前は……毎日楽しそうでいいよな」

 

「はい! 毎日、驚きと発見ばかりです! どれだけ調べても調べたりません!」

 

「ハハっ……強いよお前は。強すぎる……そんなお前に、か弱い俺の気持ちなんざ分からないだろうさ」

 

 俺は樽のジョッキに注がれたよく分からん飲み物をグビっと一気に飲み干した。

 酒は飲まない。

 ほんの僅かにも感覚を鈍らせたくないから。

 

 いや……カッコつけたけど猫飯で飲んでるかも。

 

「私が……強い? よく分かりませんが、私が強いなら相棒はその何倍も強いですよ!」

 

「…………」

 

 時々、この底抜けに明るくて前しか見ていないようなコイツに、ほんの少しだけ救われているような感覚を味わう。

 それが妙に悔しい。

 まあ、普段はウザったいだけだが。

 

 本当に……偶にだ。

 

「みんな言ってますよ! 相棒は数十年、いや、数百年の逸材だって!」

 

「……あっそ。そりゃどうも」

 

「だからこそ不思議です。こんなに凄いハンターなのに、相棒は現状に全く満足していません。その向上心は本当に尊敬していますが、少しくらい……自分を認めてあげても良いのでは?」

 

 うん、いいこと言ってくれる。

 コイツがテーブルの料理を半分以上食い漁ってなかったら、ちょっとは感動したかもな。

 

「そうだ! 私の祖父が新大陸に居た時も、ものすっごいハンターがいたそうですよ!」

 

「そりゃいるだろ。一応、新大陸調査団は優秀な奴が集められてんだし。珍しくもないわ」

 

「確か名前が……『ノウキン・ガチムチ』だったと───」

 

「いやちょっと待て」

 

 …………。

 

 …………。

 

 ………………はい? 

 

 

 ノウキン・ガチムチ……だと。

 

 

 俺の内側には、ありとあらゆる疑問の泡がぷつぷつと湧き出す。

 それはもう止めることはできない。

 頭が活性化したせいかやたらと腹が減り、俺は目の前にあるドデカい骨付き肉にガブリとかぶりついた。

 

 いや、俺が今考えていることは早計すぎる。

 ここでは珍しくもない普通の名前……の可能性だって残されている。

 

「そういえば……『ノウキン・ガチムチ』さんは一期団だったそうですが、二期団の『カカリチョウ』さんとパーティを組んで───」

 

「確定じゃねぇかッ!!!!」

 

 俺は思わず大声を上げた。

 とはいえ、今は夜中だが大声で笑いながら食事をしてる奴なんて珍しくもないから、別に目立ちはしない。

 

 それより───カカリチョウ……だと? 

 

 …………。

 

 絶対『係長』だろうがッ!! 

 

 この世界にそんな役職あってたまるかッ!! 

 

「な、なぁ……その、『ノウキン』さんって、まだ新大陸にいたりするのか? アステラにはいなさそうだが」

 

「いえ、私の祖父と一緒に現大陸へ帰還したそうです。といってもハンターを引退するわけではなく、世界を回ると豪語していたそうですが。本当にすごいですよね!」

 

「そうか……それは、残念だ…………」

 

 テンションが一気に下がっていく。

 いつの間にか完食してしまっていた骨付き肉だったものを皿に置いた。

 そして別の骨付き肉を手に取った。

 

 クソ……会えないか。

 超絶会いたかったんだが……。

 

 

 ───『ノウキン・ガチムチ』

 

 

 ───『カカリチョウ』

 

 

 この二人はおそらく……俺と同じ“転生者”だ。

 しかも前世は、ネームから分かるようにかなりハッちゃけたタイプのモンハンプレイヤーだったんだろう。

 

 だが、実力は保証されている。

 なんせこんな世界で何十年も生き抜いているんだから。

 俺からすればそれだけで賞賛に値する。

 しかもかなり歳をとっているはずなのに、世界を回るなんて豪語しちゃうイカレっぷり。

 

 ……いや、ちょっと待て。

 

「その二人は同期じゃないのか?」

 

「はい、私が聞いた話によると『ノウキン・ガチムチ』さんは一期団で、『カカリチョウ』さんは二期団と聞いています」

 

「……なるほどな」

 

 ちくしょう、なんだよ。

 ここにきてのこのとんでもない事実の発覚。

 総司令もソードマスターもなんも話してくれかったぞ。

 

 ただ、話を聞けたおかげで俺は一つの仮説が脳裏に浮かんだ。

 これは希望的観測に他ならないが、どうにもそう思わずにはいられない。

 

 一期団の『ノウキン・ガチムチ』、二期団の『カカリチョウ』……。

 

 

 そして───五期団の俺。

 

 

 なら……三期団と四期団の“転生者”もいるんじゃないか? 

 

 

 もしそうなら、俺の生存確率がグンと跳ね上がるぞ。

 あのヤバすぎるアイルーと金銀夫婦も何とかなるかもしれない。

 

「いつも祖父が話してくれるのは、新大陸が如何に謎に満ちているかということと、お二方の活躍のことでした。とても印象に残っているのが、新大陸で初となる希少種の狩猟に成功した───」

 

「ちょっと待て」

 

 希少種……今コイツ希少種と言ったか? 

 

「新大陸で発見された希少種は……あの金銀が初ではないのか?」

 

「え? 違いますよ? 約40年前にティガレックス希少種、約10年前にナルガクルガ希少種が発見されています。新大陸では、目撃例自体が極めて少ない希少種が二種も発見されたことにより、古龍の調査と同じくらい希少種の調査も期待されているんです。……新大陸に渡る前、説明を受けたではありませんか」

 

「…………」

 

 頭がどうにかなりそうだ……。

 なんだこれは。

 違うにもほどがあるぞ。

 

「加えて、特殊個体───いわゆる“二つ名”を持つモンスターというのも二種発見されています。約30年前に『燼滅刃』ディノバルドが、約20年前に『金雷公』ジンオウガが発見されているんです。いやぁ、本当に新大陸って未知が溢れていますよね!」

 

「……もう意味が分からん」

 

「えぇ!? これも知らなかったんですか!?」

 

 どうなってんだよ。

 俺が知るMHWの世界からかけ離れすぎだろ……。

『二つ名』持ちモンスターまでいるのかよ。

 

 

 ───いや、予兆はあった。

 

 

 あの金銀夫婦が序盤に登場したことだ。

 そして、それらを従えるヤバすぎるアイルー。

 俺は無意識に、イレギュラーがアイツらだけだと思い込んでいた。

 

「それでですね、『ノウキン・ガチムチ』さんと『カカリチョウ』さんはティガレックス希少種と『燼滅刃』ディノバルドの狩猟に成功されているんです! 祖父はそのことをとても誇らしげに話してくれました!」

 

 ……え、討伐されてんの? 

 

 ノウキンとカカリチョウ……強すぎね? 

 普通に考えて、あの金銀夫婦並のモンスターを討伐したってことだよね? 

 いやいやとんでもねぇよ。

 

 凄いなんてもんじゃない。

 はっきり言って……立ち向かえたこと自体が英雄すぎる……。

 

 

 俺は───ただ震えることしかできなかったってのに。

 

 

「しかし……『燼滅刃』との戦いの際、『カカリチョウ』さんは命を落とされてしまったそうです。祖父はその話をしながら、どれほどモンスターが恐ろしいのかも教えてくれました」

 

「……『カカリチョウ』死んだのかよ」

 

 不意に胸を突かれたような気分だった。

 嫌な汗が額を伝う。

 当然、その可能性だってあったんだ。

 やっぱり……死ぬんだよな。

 そう思うと、途端に心が冷えていくのがわかった。

 

 ───死への恐怖。

 

 それは薄氷のように俺の心を覆っていく。

 やはりこの恐怖だけは、いつまでたっても克服できそうにない。

 

「えっとじゃあ……『金雷公』とナルガクルガ希少種も討伐されたのか?」

 

 今にも押しつぶされそうだったので、俺は目を背けるように話題を変えた。

 

「いえ、『金雷公』は討伐されておりません。ナルガクルガ希少種は討伐されています」

 

「マジか……それもノウキンさんか?」

 

「違います」

 

「え、違うの?」

 

 表情には出てないかもしれないが、内心では結構驚いていたりする。

 ぶっちゃけノウキンさん達だろうなと思っていた。

 俺の中ではもはや神に近い。

 

「三期団の『ゴッド・マサカズ』さんと四期団の『ユウ・タキライ』さんによって、ナルガクルガ希少種は討伐されました」

 

「…………」

 

 やっぱりいたなッ!!! 

 三期団と四期団にもッ!!! 

 

 ゴッド・マサカズって……クソガキ感エグいけど、単純に20年このヤバすぎる新大陸で生き抜いていることになる。

 それにナルガクルガ希少種を討伐しているんだ。

 全く侮れない。

 むしろ尊敬に値する。

 

 ユウ・タキライは……現地のハンターか? 

 だがなんか引っかかるんだよなこの名前。

 何だこの違和感。

 

 ユウ……ユウ……。

 

 んー、ユウタキライ…………ゆう……たきらい。

 

 あっ。

 

 

 ───『ゆうた嫌い』

 

 

 コイツもクソガキそうだなッ!!! 

 ってか、諸先輩方みんな名前に一癖あるんだが!!! 

 俺の『エクレア』って名前が一番マトモに感じてしまうわ!!! 

 

「はぁ…………それで、この二人も現大陸に帰っちまったのか……?」

 

「いえ、そのような話は聞いませんが……」

 

「えッ!!! いんのッ!?!?」

 

 ガタッ、と音を立てながら思わず立ち上がってしまった。

 その勢いで椅子が倒れる。

 だが、この興奮は抑えられそうにない。

 俺は受付嬢に詰め寄るように問いただした。

 

「どこにいるんだ!? 会いたいッ!! 今すぐ会いたいッ!!」

 

「おお、お、落ち着いて下さい! それは無理ですよ!」

 

「はァ!? なんで!!」

 

「お二人とも長期的な調査に出ているそうです!!」

 

「それはッ!! ……いや、そうか。すまない。取り乱した」

 

 俺は椅子に座り直し、熱を追い出すように頭を振った。

 

「い、いえ……大丈夫です。でも珍しいですね。いつも冷静すぎるくらいなのに」

 

「まぁ、な」

 

 なんだよ調査って。

 調査になんて行くなよバカタレ。

 そんな子供のワガママのような思いを抱かずにはいられなかった。

 

 それにしても……コイツはいろんなことをよく知っているな。

 

 俺は受付嬢へと視線を向ける。

 情報統括のエキスパートってのはダテじゃない……ってことか。

 

「ところで、2人はどんな調査に出てるか知っていたりするか?」

 

「はい、知っていますよ」

 

「知っとんのかい」

 

「まず『ゴッド・マサカズ』さんですが、モンスターの生態調査を行われているそうです。彼の調査記録は本当に読んでいて面白いんですよ! ここ新大陸において、多くのモンスターの生態を明らかにした本当に凄いお方なんです! それに、『カセキカンス』をはじめとしたとても希少な環境生物の捕獲にも成功してるんです!」

 

「……生態、それに環境生物って……」

 

 何が楽しくてそんなことをやっているのか、俺には皆目見当がつかない。

 てか、リアルで『カセキカンス』ってマジ? 

 イカれてるわ完全に。

 

 うっ……『ツキノハゴロモ』のトラウマが……。

 

 ただ、思ったよりみんなこの世界に順応してんだな。

 生き甲斐を見つけ、時には友の死さえ乗り越えている。

 

 

 俺は、そんな強くなれるんかな……全くなれる気がしねぇよ……。

 

 

「あと『ユウ・タキライ』さんは、“大団長”と一緒に調査に出ているそうですよ。……どこかを放浪している、とも言われているようですが」

 

 マジかぁ……やっぱすぐには会えそうにないな。

 とはいえ、希望はある。

 話を聞く限り、どう甘く見積もっても俺より強そうじゃないか。

 

 

 ───『ゴッド・マサカズ』

 

 

 ───『ユウ・タキライ』

 

 

 俺の急務はこの二人に会うことだな。

 間違いない。

 “転生者”は俺だけじゃなかった。

 

 

 この二人と一緒なら───どんなモンスターからも逃げ延びることができるッ!! 

 

 

 不安や恐怖が消えた訳では無い。

 それほどまでに、ここは残酷で苛烈な世界なのだから。

 しかし、心が少しだけ軽くなったこともまた事実だ。

 

「よしッ!! 食うかッ!! 話聞かせてくれてありがとな!!」

 

「お、元気でたんですね!! 良かったです!! いいですね、私もまだまだ食べたりません!! お供しますとも!!」

 

 それから俺はオカワリを頼み、飢えたケモノの如く貪るように食べた。

 俺の心に差した一縷の光は小さなものだが、それでも光であることに変わりはしない。

 不安や恐怖の反動が食欲となって現れたんだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 翌朝、総司令から『陸珊瑚の台地』を調査してきて欲しいと頼まれた。

 ギルゴールの定期報告が途絶えたと、彼とバディを組む編纂者から連絡があったそうだ。

 だから俺に調査を頼みたい、と。

 ギルゴールはアステラでも指折りの実力者の1人であるから、それを上回る不確定要素となると俺にしか頼めない、なんて説明を受けた。

 

 ったく、あのゴリラはどこで何やってんだか。

 ぶっちゃけアイツらなら『陸珊瑚の台地』の生態系トップであるレイギエナであっても、危うげなく狩猟できるだろう。

 つまりは、どこかで道草を食ってるってことだ。

 

 どうせ、モンスターのフンを踏んだとかそんなんだろう。

 んで、プライドの高いアイツは匂いが消えるまでどこかで時間を潰してるんだ。

 

 だが、今の俺は気分がいい。

 ギルゴールを連れ戻したら、飯でも奢って笑ってやるとしよう。

 嫌な奴だが、どうにも俺はアイツを嫌いになれねぇからな。

 

「聞いたろ、これから『陸珊瑚の台地』へ向かう。すぐ準備しろ」

 

「準備ならとっくにできてますよ相棒! さあ、行きましょう! あ、その前にご飯ですね! 食べなきゃ力が出ません!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 とりあえず、料理長の飯を食おう。

 出発はそれからだ。

 俺は食事場へ向けて歩き出した。

 

 そういや、大団長とその『ユウ・タキライ』ってハンターは今どこにいるんだろうな?

 確か……大団長が最初に姿を見せるイベントは『ゾラ・マグダラオス誘導作戦』の後だったはずだ。

 その時、なんか“結晶”を持ち帰るん……だったよな。

 

 

 なら今は───『龍結晶の地』にいるってとこか? 

 

 




お読みいただきありがとうございました。


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016 蒼い死神は焦る。

 視界いっぱいに広がる美しい結晶の世界を見ながら、ようやく『龍結晶の地』に辿り着いたのかと私はこれまでの日々に思いを巡らせる。

 この世界に来てから10年。

 本当に長かった。

 

 ゲームの時はまるで感じなかったけど、ここは“大陸”なのだということを痛感させられる。

 何十年と時間をかけ、少しずつ慎重に開拓と調査を進めていくしかない。

 龍結晶の地に辿り着くまでこれだけの時間を要したんだって思うと、なんだか感動しちゃう。

 

「すげぇなぁ! 膨大なエネルギーを感じる! おいユウ! とりあえずここにある結晶はアステラに持ち帰るぞ!」

 

「はい、大団長」

 

 当たり前だけど、女だからといって大団長が私を軽んずることはない。

 ハンターは完全なる実力社会であり、私はものすごく強い。

 それが全てだ。

 まぁ、歴代に『ノウキン・ガチムチ』さんという最強の女ハンターがいたんだから、蔑まれるなんてことはありえないんだろうけど。

 現大陸へ行ってしまったのが惜しいわね、本当に。

 

「ハァ……ハァ……もう歳だぜ……にゃ。すぐに息が上がっちまう……にゃ」

 

「何言ってんのウメボシ。あと10年は現役でいてもらうわよ」

 

「……ムリにゃ、絶対。ふざけんにゃ」

 

 真っ赤の毛並みをしたアイルー。

 腰につけた『小さなポーチ』から彼の身の丈の半分程の大きな水筒を取りだし、ガブガブと飲んでいる。

 初見の者であれば、サイズ的に入るわけないだろと目を疑うことだろう。

 

 信じ難いことに───彼もまた私と同じ『転生者』なの。

 

 今は私のオトモアイルーをしてもらっている。

 それに面白いのが、アイルーに転生した人はこれまでにもいたらしいんだけど、みんな特別な力を持っているってのよね。

 

 歴代の転生アイルーは、周囲のモンスターの数を把握する耳を持っていたり、一時的に大型モンスター並の攻撃力を発揮する、なんて能力を持っていたらしい。

 もちろん、ウメボシだって例外じゃないの。

 

 彼の能力は『モンスターの強さを正確に把握できる鼻』らしい。

 匂いで何となくモンスターの強さが分かるんだって。

 面白い能力よね。

 

 でも、そんな面白い能力を持つウメボシにはこれまで本当に助けられた。

 私は今も深々と残る傷跡をそっとなぞる。

 首元から肩にかけての大きな爪痕が、“あの戦い”が如何に苛烈なものだったのかを雄弁に物語っていた。

 

 

 ───ナルガクルガ希少種。

 

 

 私が死を覚悟した最初の狩猟。

 ウメボシのサポートがなかったら、私が今ここで息をしていることはなかったと断言できる。

『ゴッド・マサカズ』さんと同じように、一生感謝してもしきれない。

 

「何か私にできることあったら、遠慮なく言いなさいよ」

 

 感謝の念が強くなり、思わずウメボシにそんなことを言ってしまった。

 

「ハァ……だからいつも言ってんだろにゃ? 可愛いアイルーを紹介しろにゃ……ここは出会いが少なすぎるにゃぁぁぁぁッ!!!」

 

「アハハ、そういえばもう何年もずっとそればっかだったわね」

 

 ウメボシも私とだいたい同じ時期に転生したと聞いている。

 つまり約10年もアイルーとして生きているわけだから、いまさらその点に関して文句を言うことはない。

 まあ、当時は荒れに荒れていたんだけどね。

 

 それでも時の流れとは残酷で、今では可愛い雌のアイルーを探すほどに順応している。

 人間以外に転生するってどういう感じなのだろうと、少し好奇心をくすぐられてしまう。

 

 とはいえ、かくいう私も前世が男だったのか女だったのか分かっていない。

 今の身体はMHWをプレイしていた時のキャラなの。

 だけど、私には『モンハンの知識』くらいしか前世の記憶がない。

 

 だから元々男だったのか女だったのか、私には知る術がないのよね。

 まあ『ユウ・タキライ』なんてネームをつけるくらいなんだから、ロクな人間ではなかったんだろうけど。

 

「うむ、頃合いだな」

 

 周りを警戒しながらそんなことを考えていると、大団長が近寄ってくる。

 肩に担いでいる使い古された袋の開口部からは、辺り一面に広がる龍結晶と同じものが見え隠れしていた。

 

「ついつい長引いてしまったなぁ。ユウ、お前にも付き合わせて悪かった」

 

「いえ、大丈夫です。一度アステラに帰還しますか?」

 

「そうだな。いい加減、顔見せねぇとアイツらにドヤされちまう。それに五期団も到着して───」

 

「あっ」

 

「ん、どうしたユウ?」

 

「い、いえ……なんでもありません。えっと、もうそんな時期……でしたか? ご、五期団が来ているのですか……?」

 

「あぁ、船を見たから間違いないだろう」

 

「…………」

 

「本当にどうした?」

 

 ……わ、忘れてたァァァァァァッ!!! 

 

 五期団ッ!! 

 

 もうそんな時期だったのッ!?!? 

 

 すっかり忘れてたわ……。

 マサカズさんは知って……いや、期待しないでおこう。

 あの人はとってもいい人なんだけど……ちょっと、いや、けっこう変わっているし。

 多分、今もどこかでモンスターを観察しながら鼻息荒くしてるんでしょう……。

 

 それにしても五期団。

 

 なら当然いるわよね。

 

 

 ───『最後の転生者』

 

 

 それも、おそらく“主人公”として。

 だとすればかなり特別な存在ということ。

 もしかしたら、私たちよりもずっと強いかもしれない。

 

 はぁ……なら尚更、早いうちに出会っておかなければいけなかった……。

 

 教えないといけないことがたくさんあるのに。

 主人公くんには、一刻も早くこの世界に順応してもらわなくちゃ困───

 

 

 ───ゾワリ。

 

 

 その時、バサッ、バサッ、という翼をはためかせるような音が遠くから聞こえてきた。

 ここは様々なモンスターの集う『龍結晶の地』なのだから、別に珍しいことではない。

 それにアイスボーンが始まったならまだしも、『ワールドの世界』のモンスターなんて私の敵ではない……はず。

 

 

 なのに───底の見えない谷底に落ちていくような激しい恐怖を感じた。

 

 

 全身から汗がブワッと吹き出る。

 反射的に背負っている弓に手が伸びるが、私がそれを掴むことはなかった。

 戦ってはいけないと、私のハンターとしての勘がうるさい程に警鐘を鳴らしているから。

 

 私は叫んだ。

 

「隠れますッ!! 急いでくださいッ!!」

 

「は? 一体ど───」

 

「いいからッ!! 今は私に従って下さい!! ウメボシも行くよッ!!」

 

「うにゃッ!!」

 

 私はウメボシを抱えて走り出す。

 そしてすぐさま物陰に隠れた。

 鬼気迫る様子の私に大団長は戸惑っていたけど、指示には従ってくれた。

 

「おいユウ! 一体どういうことか説明しろ!」

 

「シッ! 死にたいんですか!?」

 

「なッ!? 死ぬッ!?」

 

「いいから、今は黙ってて下さい」

 

「ぐぬぬ……」

 

 バサッ、バサッ、という羽音は確実に近づいてくる。

 それに比例して、私の震えも大きくなっていった。

 

「……やべぇにゃ」

 

 ウメボシはその特別な『嗅覚』により、事態を把握したのだろう。

 その表情はかなり強ばっている。

 

 しばらく物陰で息を殺していると、ついにそのモンスターが姿を現した。

 私たちの上空を優雅に飛ぶ白銀の翼。

 その大きな影に飲まれながら、私は自分の勘が正しかったと確信した。

 

「……リオレウス希少種」

 

 大団長が小さくそう呟いた。

 額に滲んだ汗を拭いながら、私は思う。

 

 やっぱりいた、と。

 

 

 ───『最後の特異種』

 

 

 五期団が来ている、と聞いたときから分かってはいた。

 でも、こんなに早くご対面することになるなんて……さすがに予想外。

 ナルガクルガ希少種の記憶が蘇り、古傷が疼きだす。

 

 ワールドに存在しないはずのモンスター。

 それも既知のモーションに全く従わず、ハンターの動きを熟知しているかのような異様に発達した知性。

 私たち転生者が現れるのと同時期に出現するこれらのモンスターを便宜上『特異種』と呼んでいる。

 

 幸いにも、リオレウス希少種は私たちに気づくことなく飛び去っていった。

 いつの間にか乱れていた呼吸を整えながら、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「……ウメボシ、どう?」

 

「分かってんだろ……“超ド級にヤバい”……にゃ」

 

「そう……よね」

 

 不味い。

 今回の特異種は成長が早い。

 ウメボシが『超ド級にヤバい』と言ったのだから、もう時間はあまり残されていない。

 早急に討伐しなくては、あの『金雷公』のように手がつけられなくなる。

 

「……『蒼い死神』の異名を持つお前がここまで警戒するとは、こいつはとんでもねぇな」

 

「その呼び方はやめてください。ラージャンとして狩り殺しますよ」

 

「おー怖い。それは勘弁してくれ」

 

 私は重ね着の『蒼世ノ侍シリーズ』を愛用している。

 そしたらいつの間にか、意味の分からない異名を付けられてしまったのよね……。

 

 それにしても……こんな恐怖体験をした後だというのに大団長はいつもとあまり変わらない。

 この豪胆さだけは本当に尊敬する。

 

「とりあえず、アステラに帰還しましょう。今見たことを報告しなくてはいけませんし」

 

「そうだな。焦りは禁物だ! お前も一人で抱え込みすぎるんじゃないぞ! 仲間を頼れ!」

 

「……分かっています」

 

「そうか! それならいいんだ! じゃ、帰還するぞ!」

 

 ほんと……分かっていますよ。

 

 あなた方が本当に素敵な仲間だということは。

 

 家族同然の大切な存在だということは。

 

 だから歴代の転生者は皆、命を賭して特異種と戦ってきたんだから。

 

 特異種はその強さゆえに、私たち転生者にしか倒せない。

 大切な仲間を守るためには、どんなに危険だったとしても挑まなくてはいけないの。

 

 なんとしても守り抜く。

 

 そのために、私は戦う。

 

「ピーピー泣き喚いてたガキが、随分立派になったもんじゃねぇかにゃ」

 

「……うるさい。何年前の話をしてるのよ。それに、泣き喚いてたのはお互い様でしょ」

 

「フッ、覚えてねぇにゃ」

 

 ウメボシが軽口をたたいてくる。

 彼なりに気をつかってくれているんでしょうね。

 その心が今はとても温かかった。

 温かすぎて……少し困るくらい。

 

 でも、のんびりはしていられない。

 マサカズさんの居場所を一刻も早く特定し、この世界に来てまだ日の浅い主人公くんにも協力してもらわなくてはいけないんだから。

 やることは多い。

 

 この世界に来た当初の自分を思い出し、説得は簡単ではなさそうねと思ってしまう。

 でもやらなくては。

 

 ────私は、私の大切なものを命を賭して絶対に守る。

 




お読みいただきありがとうございました。


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017 とっても心配性な銀火竜。

 オモチです。

 龍結晶の地にお引越ししてから、それなりの時が流れました。

 日の登る回数的にだいたい3ヶ月程でしょうか? 

 早いものですね。

 

 ソルさんとルナさんが作った新しい巣もとっても快適で、はっきり言って何一つ不満がありません。

 木の枝とか葉っぱで作ったかなり簡素なもので不便なことも多いんですが、なぜか毎日が充実してます。

 

 最近は私専用のちょっとしたハンモックを作ってみました。

 ゆらゆらと気持ちよくて、とても安眠できます。

 

 ……人間的とはとても言えないような生活なのに普通に良いと思っちゃってる私。

 これもアイルーになった影響なんですかね。

 

 まあそれはいいです。

 楽しいんだから細かいことは気にしません。

 

 あ、あとここに来てからすっごく身体の調子がいいんです。

 もうね、野原を走り回るワンパク小僧くらい毎日元気が溢れてますよ。

 これが龍結晶の地のエネルギーなんでしょうか。

 辺り一面に広がる結晶は、確か古龍の生体エネルギーが元になっているとかいないとか。

 多分そのせいですね。

 

 ソルさんが龍結晶の地に行くと言ったときは、『ネルギガンテ』を始めとした色んなヤベェモンスターいるけどそれ分かってて言ってるの? と内心は思っちゃってましたけど……ごめんなさい、大丈夫でした。

 

 そういえば、陸珊瑚の台地に居た時もリオレイア亜種がいませんでしたね。

 何故でしょう。

 龍結晶の地に古龍の姿がないことと関係あるんですかね……? 

 

 ソルさんはこういったことまで考慮して龍結晶の地に行くと決めたのでしょうか……いや、それはなさそうだなと思ってしまっている失礼な私。

 

 まあね、ヤバいモンスターに出会っても逃げればいいんですよ。

 ソルさんやルナさんは飛ぶのすごく速いですし、あとは私が死ぬ気でしがみつけばいいだけの話。

 

 追ってくるようなら嫌がらせの『こやし玉』を大量に投げつけてやります。

 古龍には効かないでしょうが、単純にこんなものを投げつけてくる奴は嫌に決まってます。

 大量に投げつけてやり、割に合わないと思わせた時点で私たちの勝ちですよ。

 

 ……ルナさんが戦うとか言い出しそうなのが唯一怖いところですが。

 

 とまあこんな感じで、色々不安なことはあるのですが毎日楽しくやってます。

 こんな日々がずっと続けばいいなと思うくらいには、今が好きです。

 

 ここは人間の匂いがほとんどないのも高評価ですね。

 ……ゼロじゃないのが少しだけ不安ですが。

 ほんの僅かに人間の匂いがありました。

 ソルさんも気づいています。

 

 でも、龍結晶の地はそれを差し引いても今のルナさんにとって最高の環境と言えます。

 お腹の子にとっても。

 ソルさんがいつの間にかルナさんを妊娠させていたときは『順応しすぎかよおい』と思いましたが、今は心から応援しています。

 私も早くちっちゃな竜の子供を見たいです。

 

 とはいえ、やっぱり怖いものは怖いですね。

 人間と戦うのはできるだけ避けたいです。

 報復とかしてきそうですし。

 

 

 何はともあれ───今さら人間と共存する道なんてありません。

 

 

 もしかしたら私の『モンスターと話せる能力』は、人間とモンスターの共存を可能にする能力だったのかもしれません。

 でも、もうできません。

 既に私たちは人間を殺してしまいましたから。

 ソルさんは理解を示してくれるかもしれませんが、ルナさんは絶対に無理でしょう。

 

 まあ人間と生きていけないことになんの未練も感じていない私に、私自身かなり驚いているんですけどね。

 

 と、こんな感じで今の生活に不満はないんです。

 

 ……不満は、あり、ません。

 

 はい……ありませんよ。

 

 いや、やっぱりあります。

 

『今日の狩りは私も行こう。たまには身体を動かしたい』

 

『バカかやめろ。お前はもっと身体をいたわれ。狩りなら俺がする』

 

『……そ、そうか……? フフ、なら仕方ないな。私は巣で大人しくしていよう』

 

『あぁ、そうしててくれ。どこか痛いところとか?』

 

『そんなものはな……いや、ちょっとお腹が……』

 

『なにィィィッ!?』

 

『嘘だ』

 

『……なんだ嘘かぁ……良かった……』

 

『フフ』

 

「…………」

 

 

 この光景を毎日見せられているってこと以外には不満ありませんよッ!! 

 

 

 私には分かります! 

 ルナさん、あなたあえて不安をあおるようなこと言って動揺するソルさんの反応を楽しんでますよね!? 

 なんですかこれは! 

 世にも珍しい竜の新婚生活ですか! 

 

 ……ふぅ。

 

 私としたことが取り乱しました。

 些細な問題ですよね。

 

 ───こんなクソみたいな光景を見せつけられるくらいなんの問題ありませんとも、えぇ。

 

 …………。

 

 くぅぅ、どこかに超カッコいいアイルーでもいませんかね。

 ソルさんもソルさんですよ。

 最近はちょっと心配性すぎます。

 

『今日はヴォルガノスにしよう。たまには魚も食べた方がいい』

 

『ナッ……! アレはオモチが焼いても固いのだぞ。正直あまり好きではないのだが……』

 

 

 ───ソルさん、ヴォルガノスは魚なんですか? 

 

 

 ++++++++++

 

 

 最近は自分でも神経質になっていると思う。

 自覚ならちゃんとあるんだ。

 オモチが時折とてつもなく冷たい目を向けてくることにも気づいている。

 

 だけど……ダメだッ! 

 

 何だこの尽きることのない不安は……ッ!! 

 

 ルナのほんの些細な行動一つでさえも俺の心はやたらと掻き乱される。

 この前俺が少し眠っている間にルナが狩ったプケプケが転がっていた時は頭がどうにかなりそうだった。

 

 原因は分かっているんだ。

 そう、難しいことは何一つない。

 至って単純明快なもの。

 

 

 ───俺が父になるということ。

 

 

 陸珊瑚の台地にいた頃は色んなことがあり、実感が伴っていなかった。

 だが、龍結晶の地に移り住み僅かばかりの平穏を手にしてからというもの、時を重ねる事にこの事実が重くのしかかるんだ。

 

 全く関係ない事を考えていても、ふとした時にその蔓は絡みついてくる。

 ルナの身体は大丈夫なのかという心配だったり、どんな子が生まれてくるのだろうという胸の高鳴り。

 色んな感情が一気に押し寄せて俺の心をぐちゃぐちゃにしてしまうんだ。

 

 ……繁殖期の動物は気が立ってることが多いけど、もしかしてこんな感じなのだろうか? 

 

 とはいえ、やるべきことは何となくわかるんだ。

 雄の俺にできることなんてたかが知れているどころかたった一つしかない。

 守ることだ。

 ルナ、そしてオモチという俺の大切なものを守ること。

 

 はぁ……気持ちだけがはやっていかんな。

 

『オモチ、行ける?』

 

「もちろんにゃ!」

 

『じゃ行ってくるから、ルナは大人しくしててくれよ。頼むから』

 

『分かっている』

 

『…………』

 

 ……本当に分かっているのだろうか。

 もうとっくに既知の事実だが、ルナの気性はかなり荒い。

 そのせいもあり、俺が狩りから帰ってきたらルナが狩り殺したものが転がっているなんて珍しくもないんだ。

 こればかりは何度言っても直らない。

 最近ようやく控えるようになってきたが。

 

 やはり不安だが、あまりくどくど言うのも良くないよな。

 

「すぐ帰ってくれば大丈夫にゃ!」

 

 俺の心を見透かしたかのようにオモチがそう呟いた。

 既に俺の背に乗ってスタンバってる。

 

『そうだな。すぐ帰る』

 

『待っているぞ』

 

 俺はルナに背を向け翼をはためかせる。

 向かうのは『龍結晶の地』南西部。

 溶岩の湖がありヴォルガノスの生息している場所だ。

 

『いつもの感じでいこう』

 

「りょーかいにゃ!」

 

 オモチと一緒に狩りをするのも随分と慣れた。

 最初はこちらも心配だったのだが。

 でも数回一緒に狩りをすれば嫌でも気付かされる。

 

 オモチは決して弱くない。

 

 明らかに狩り慣れしている。

 オモチは俺と同じ転生者だ。

 歴戦のアイルー……ではないはずなんだが。

 

 本当に凄いことだ。

 俺はリオレウスとなり生物としての強さがあるが、オモチはそうではない。

 これは技術的な強さ。

 どちらかというと人間の強さだ。

 

 オモチからすれば自分より何倍も大きな生物を相手にしているというのに、臆することなく立ち向かえる。

 心から尊敬する。

 俺なんかよりよっぽど強いよ、オモチは。

 

『……言うまでもないが言わせてくれ。気をつけろよ』

 

「分かってるにゃ。油断大敵にゃ」

 

 オモチは俺から降り、目的の場所へと歩き出す。

 そして俺は身を隠した。

 というのも、どういうわけかヴォルガノスは俺を襲ってこないのだ。

 逃げ出してしまう。

 溶岩の中を泳ぐもんだから追えもしない。

 

 そこでオモチなのだ。

 

 まずオモチがヴォルガノスに投げナイフなどを使ってちょっかいをかける。

 するとどうだ。

 怒ったヴォルガノスは溶岩から陸地へと飛び出してくるではないか。

 

 だが、そこに待ち受けるのはオモチが仕掛けた“シビレ罠”である。

 そして成功すれば音を使ってオモチが俺に合図を送ってくれる。

 

 合図だ。

 ほらな、今回もまんまと掛かった。

 オモチを舐めすぎなんだよ。

 

 とはいえ安心は出来ない。

 ヴォルガノスを仕留めるのは時間との勝負。

 溶岩に逃げ込まれたら終わりなのだから。

 

 まずはシビレ罠が機能しているうちに火炎ブレスを放ち、もう一度赤熱させる。

 続けざまに尻尾を思い切り振り抜き、コイツの纏っているマグマの鎧を引き剥がす。

 

 そして狙うのは喉だ。

 ここはゲームの世界ではない。

 生物である以上、急所というものが確実に存在している。

 

 俺は翼爪をヴォルガノスの喉に突き刺し、そのまま地面に押し倒した。

 

「ギュグルゥゥァァァァァァァァッ!!!!」

 

 まだダメだ。

 命絶えるその時まで気を抜くな。

 俺は踏みつける。

 何度も、何度も、何度も。

 

『……終わりだな』

 

「お疲れ様にゃー! まあほとんどはソルさんのおかげだけど」

 

『いや、そもそも俺だけじゃヴォルガノスをおびき寄せることすらできないよ。ありがとうオモチ。いつも助かってる』

 

「や、やめてくださいにゃ〜もう。照れちゃうにゃ」

 

『照れ───ん?』

 

 その時、何か聞こえた。

 俺の耳には確かに聞こえた。

 

「どうしたにゃ?」

 

 異様に早まる鼓動。

 良くないことが起こっていると確信にも似た胸騒ぎ。

 

 

 ───ルナに何かあった。

 

 

 そんな不吉な予感が頭に過ぎった瞬間、途方もない恐怖に襲われた。

 

『ルナに何があったかもしれないッ!!』

 

「えっ!? 急にどうしたのにゃっ!?」

 

『頼む、今は何も言わず俺に従ってくれ!!』

 

「わ、分かったにゃ!!」

 

 オモチを背に乗せ、俺は羽ばたいた。

 狩り殺したヴォルガノスの事など当然のように頭になかった。

 今はとにかく巣に戻らなければ。

 その一心で俺は羽ばたいた。

 

 何も無ければそれでいい。

 ただの笑い話だ。

 たくさん笑われたあとに、狩り殺したヴォルガノスを取りに戻ればいい。

 

 でも、もし────

 

 

「ガルァァァァァァッ!!!!」

 

 

 その咆哮は俺のよく知るものだった。

 

「る、ルナさんの声にゃ!!」

 

 あぁ、分かってるよ。

 だいぶ警戒しなくてはならない強敵と対峙してるってことまで痛いほどに伝わってくる。

 

 翼をさらに強くはためかせる。

 オモチには悪いが緊急事態だ。

 

 見えた。

 

 

 ───『ネルギガンテ』

 

 

 恐怖はなかった。

 それ以上の怒りが俺を満たしていたから。

 

『オモチ、行くぞ』

 

「当然にゃ!!」

 

 俺はネルギガンテに向かって急降下した。

 




ちょっと忙しくて更新できてませんでした。
待っててくれた読者の皆さんは本当にありがとうございます。


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018 喰らう。

 

 ネルギガンテ───彼は胸の奥に激しい苛立ちを抱えていた。

 

 あの大型の古龍を喰らいたかったのだが、人間共に邪魔された。

 

 今思い出しても腸が煮えくり返る。

 

 いくら他の生物を喰らってもこの飢えが満たされることはない。

 

 その時だ。

 

 ついに見つけたのである。

 

 古龍に匹敵する膨大なエネルギーを秘めた竜を。

 

 彼に迷いはなかった。

 

 この竜を喰らう。

 

 喰らい尽くす。

 

 ゆえに彼はその竜の前に姿を現したのだ。

 

 しかし、露ほども考えなかっただろう。

 

 たかが竜に、龍である己自身が喰われることになろうことなど───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ソルは翼と重力の加速から生み出される重い一撃をネルギガンテの背に叩き込んだ。

 

「ガラァアアアアッ!!」

 

 吹き飛ばされるネルギガンテ。

 棘による自身へのダメージもソルは覚悟の上だった。

 だが違和感を抱かずにはいられない。

 

 脆いのだ。

 

 脚先から伝わるその感触があまりにも脆く、ありえないとは思いつつも、ひ弱な印象を受けざるを得ない。

 

(……なんだコイツ)

 

 弱くないか? という違和感。

 相手はネルギガンテ。

 凶悪な古龍である。

 

 死を覚悟して挑むべき存在───のはずだ。

 

 そうあって然るべきにも関わらず、本能がまるで警鐘を鳴らさない。

 ルナと対峙したときは確かに死を間近に感じ、相応の覚悟をした。

『主人公』を見た時もそうだ。

 実際に戦わずともヒシヒシとその脅威を感じ取った。

 

 しかし……目の前にいるこの古龍からは何も感じない。

 

 普段、狩りする際に獲物に抱くそれと何も変わらないのである。

 

『私にやらせろ。コイツは私が狩る』

 

 ルナの獰猛な笑みはソルの雑念的思考を一気に振り払い現実へと引き戻した。

 己の思い込みを捨て去る。

 まるで脅威を感じない目の前の存在を最大限警戒しなくてはならない敵と仮定し、全力を持って狩り殺す。

 今はそれだけを考えればいい。

 

『ふざけるなよルナ。身体をいたわれと何度言えばわかるんだ。ここは俺とオモチに任せておけ』

 

「任せてにゃ!」

 

 やはりだ、とソルは思う。

 オモチにも怯えた様子はない。

 当然だがルナも同様だ。

 目の前にいるネルギガンテに負ける未来がまるで見えないのは、どうやらソルだけではないらしい。

 

『フフ、それだけはソルの頼みでも聞けんなァ』

 

『……ハァ』

 

 ルナの好戦的な性格と否定しようがない狂暴性。

 これだけ共に時を過ごせば嫌でもわかる。

 ゆえにこのルナの反応もソルからすれば分かりきっていたものだ。

 

 ただ今となっては───そんな荒々しい一面さえも愛おしい。

 

 決して口に出すことはないが、これが本心である。

 最初はあれほど鬱陶しかったというのに。

 ソルは自嘲的な笑みを浮かべた。

 自分自身に呆れたのだ。

 

『……なら約束しろ。───最初から全力で一気に仕留めると』

 

『なんだそんなことか。わかった』

 

 もし、少しでも危うくなればルナを全力で守りつつ逃がす。

 その選択肢は常に頭に入れておく。

 ソルは思考を切り替えた。

 最初から全力だ。

 ルナとオモチと共にコイツを狩り殺す。

 

「ガラァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 そこで地を震わせる咆哮が轟いた。

 ネルギガンテである。

 飛竜の言葉など古龍であるネルギガンテには理解できない。

 興味すらありはしない。

 

 それでも、自分が軽んじられていることは分かる。

 

 怒りを抱かないはずがない。

 そのマグマのような怒りを咆哮として吐き出したのである。

 

 だが、ネルギガンテもその本能のゆえに感じていた。

 

 殺気を向けられてようやく理解したのだ。

 目の前にいる竜が決して侮ってはならない存在であると。

 いや、逃げろとさえ訴えかけてくる。

 それでも逃げるなんて選択肢はない。

 

 目の前のコイツらを喰らいたいという、底知れない飢えの方が勝っているのだから。

 

『オモチ、コイツはなんか言ってるか?』

 

「すっごく怒ってるにゃ。竜風情がぁーッ! て感じにゃ」

 

『フッ、面白い。その竜風情に今から殺されるのだから、とんだ笑い種ではないか』

 

『さっき言ったことは忘れてないな? 油断はするなよ』

 

『わかっている』

 

 本当に分かっているのか不安になるようなルナの笑みを見つつも、ソルはネルギガンテに意識を集中させる。

 無駄な思考が消え、心が冷えていくのを感じた。

 

 

 そして───

 

 

「グルガアアアアアアアアアッ!!!」

 

「ガルアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 銀火竜と金火竜の咆哮が龍結晶の地に響き渡った。

 それを耳にしたほぼ全ての生物が身を隠してしまうような濃厚な殺気を孕んで。

 

 同時に『劫炎状態』となる2匹の竜。

 

 ネルギガンテはより一層警戒を強めた。

 

 当然その意識はソルとルナへと注がれる。

 その隙をオモチは見逃さない。

 即座に身を隠すように高速で移動を始めた。

 ネルギガンテの視界から忽然と姿を消したのである。

 

 先制したのはソルだった。

 開戦の狼煙とばかりに超高火力ブレスを放った。

 

「ガラァア……ッ」

 

 直撃したネルギガンテを中心に爆発が起こった。

 だが攻撃はそこで終わらない。

 ルナによる追撃だ。

 

 さらに3連続の高火力ブレスがネルギガンテを襲ったのだ。

 土煙が舞った。

 ソルとルナは空を飛び、様子を伺う。

 かなりのダメージであるはずだ。

 それでも、とても仕留めたと思えないのも事実。

 

 土煙が晴れる。

 

 やはりと言うべきか、ネルギガンテは健在だった。

 

 全身が純黒の棘で覆われている。

 

 ソルはそれを確認して納得した。

 あの形態ならばいくら高火力のブレスと言えど防ぎ切ることができるだろう。

 

 接近戦ならばネルギガンテに劣るのは明白であるため、ソルは無闇に近づかず様子をうかがった。

 ネルギガンテは古龍種に見られる天災的能力を一切持たず、その力は至ってシンプルなものだ。

 驚異的な自己再生能力と猛悪な怪力。

 その単純な力をもって全てを薙ぎ払う。

 

 極めて凶悪だ。

 

 いくら本能が脅威とはなりえないと判断したとはいえ、気を緩めてはならない。

 その息の根を完全に止めるまでは。

 

『近づくなよ』

 

『お前はいろいろと考えるなァ。彼奴が強敵となりえんのは明らかだろう。力で押し潰してしまえばいいものを』

 

『頼むから俺に従ってくれ。ただ勝つんじゃない。傷を負うことなく勝つんだよ』

 

 そう、勝利するだけならば難なくできてしまうように思う。

 しかしそれではダメなのだ。

 ルナを傷つけられることがあれば、それはソルにとって紛れもない敗北なのだから。

 

 その時───ネルギガンテが大気を震わせる雄叫びと共に後方に大きくジャンプした。

 

 瞬間、ソルに蓄積された膨大なモンハン知識は即座にその答えを導き出す。

 

 

 ───『破棘滅尽旋・天』

 

 

 ネルギガンテ最大の大技である。

 

(なるほど……その名の通り空中にいる相手にも使ってくるのか。でも良かった───狙ってくるのが俺で)

 

 その方向からソルを狙っての攻撃であることは明らかだった。

 ゆえに安堵したのだ。

 狙いがルナやオモチではなくて良かった、と。

 

 地面ならまだしも空中。

 それに加えソルには知識がある。

 攻撃範囲、タイミング、棘を飛ばしてくる方向に至るまで熟知しているのだ。

 

 躱すことなど、赤子の手をひねるよりも容易い。

 

 その軌道は直進的なもの。

 銀火竜であるソルは空中を縦横無尽に飛び回ることができるのだから、むしろ躱せない理由を探す方が難しいだろう。

 

 ソルは危うげなくその凶悪な攻撃を避けた。

 ネルギガンテは勢いそのままに巨大な龍結晶に激突し、それを薄氷かの如く粉砕したのである。

 その光景が正しく『破棘滅尽旋・天』の破壊力を雄弁に語っていた。

 

 だが、それを見ても尚ソルの心は穏やかだった。

 恐怖など微塵も湧かない。

 ただ冷静に、淡々とこの凶暴な龍をより確実に迅速に殺す方法を模索し続ける。

 

(この大技の後ネルギガンテの防御力は著しく低下する。狙うべきは今。長期戦は状況を悪くするだけだ。一気に決める)

 

 ネルギガンテが翼をはためかせながら、こちらを振り返る。

 ソルも動いた。

 それと追従するようにルナも加速する。

 

 しかし───両者が激突すると思われたその瞬間、ネルギガンテに小さな何かが突き刺さるのをソルは確かに見た。

 

 地面から放たれたそれは一つではなく、数回連続で突き刺さった。

 

(オモチか)

 

 ソルが理解すると同時にネルギガンテは落下し始めたのだ。

 

 

 ───『麻痺投げナイフ』

 

 

 オモチが投擲したのはそれだ。

 ゆえにネルギガンテは空中で身体の制御を失い、落下したのである。

 

「今にゃ!」

 

『ハハッ! よくやったぞオモチッ!』

 

 素早く動いたルナは落下するネルギガンテを空中で踏みつけ、翼でさらに加速させながら地面に叩きつけた。

 悲鳴にも似た咆哮を上げるネルギガンテ。

 だが、ルナの攻撃はこれだけで終わらない。

 続け様に『サマーソルト』をお見舞いしたのだ。

 

 吹き飛ぶネルギガンテ。

 

「壺爆弾をくらうのにゃ!」

 

 さらにオモチが『ガジャブーの壺爆弾』を投げ追撃した。

 ソルとルナの攻撃の邪魔にならないよう、オモチは遠距離からの援護に徹しているのである。

 

 吹き飛ばされたネルギガンテは仰向けとなって倒れ伏している。

 だが、未だに体の痺れがとれはしない。

 

(やっぱり、麻痺は怖いな)

 

 あまりに無防備。

 それでも身体の自由が効かないのだ。

 ソルは改めて『麻痺』の恐ろしさを認識した。

 

(ここで終わらせる)

 

 ネルギガンテに向かい急降下しながら、ソルは超高火力のブレスを放った。

 大規模な爆発が起きるが、それでもソルはもう一発超高火力のブレスを放った。

 喉が焼け爛れる痛みなど今は感じない。

 

 その爆煙の中にソルは迷わず飛び込み、ネルギガンテの喉に脚爪を突き刺した。

 

「ガラァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 それはまさに断末魔だった。

 しかしソルが攻撃の手を緩めることはない。

 古龍の恐ろしさをとてもよく理解しているが為に。

 

『ほら、再生してみろよ』

 

 明確な怒りと殺意をもって踏みつけた。

 何度も踏みつけ、そしてまた脚爪を突き刺した。

 それを数度繰り返せば確かに命が消えるのを感じ、すかさず距離をとった。

 何らかの不可思議な力によって復活する可能性を考慮して。

 

『終わったか?』

 

「……死んでる……にゃ?」

 

 オモチの手には、万が一に備えて『眠り投げナイフ』が握られていた。

 

『……死んでるようだな』

 

 しばらくしてもやはり動かない。

 オモチの心配は杞憂で終わったようだ。

 

「はぁぁぁぁ……怖かったにゃぁぁぁ……」

 

『なぜだ? 弱っちぃ奴だったではないか』

 

「……ま、まぁ、ぶっちゃけそこまで強くはなかったけど……でもやっぱり古龍は怖いのにゃぁ……」

 

『うん、俺も怖かった。今も怖いから念の為首を切り離しとこう。オモチ、頼む』

 

「ボクかにゃ!?」

 

 オモチは改めて横たわるネルギガンテを見た。

 太い首であるため切り離すのは大変そうだが、それができるのは自分しかいないこともわかる。

 

「はぁ……仕方ないにゃ……」

 

『すまんな、オモチ。でも今日は古龍が喰えるぞ』

 

『ほう、それはとても楽しみだ』

 

「───って、それを料理するのもボクじゃないかにゃぁッ!!」

 

 こうして、ソル達の初となる古龍討伐は完遂されたのである。

 大した傷を負うこともなく、まさしく完全勝利というに相応しいものだった。

 

 しかし、

 

「▼◎×■△×!!」

 

 直後、妙な声が聞こえた。

 ソルやルナも振り返る。

 そこに居たの奇天烈な仮面を被った小人だった。

 ルナは見た瞬間興味を失った。

 取るに足らない存在だと判断したのだ。

 ただし、転生者であるソルとオモチにはその存在が何か分かった。

 

 

 ───『ガジャブー』

 

 

 ソルは少しだけ身構えた。

 かなり好戦的な種族であることを知っていたから。

 

「……え」

 

 だがオモチの反応は違った。

 

『どうした? なんて言っているんだ?』

 

「いやその……全く意味の分からないことを言ってるにゃ……」

 

 オモチにはその能力が為にガジャブーの言語が理解できた。

 だからこそ混乱したのだ。

 

「×■△◎●!? ◎△×! ◎△×!」

 

(こ、古龍を倒した!? 竜の主すごっ! 竜の主すごっ!)

 

 オモチにはこのように聞こえていたのだ。

 

『…………』

 

「…………」

 

 ガジャブーは奇妙な雄叫びを上げながら踊り始める。

 何が嬉しいのかまるで分からないまま。

 

 この日───オモチはガジャブーと友好関係を結んだ。

 

 それもただの友好関係などではなく、崇拝にも似た狂信的なものである。

 




ガジャブー、ちょっと可愛い。


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019 愛すべき家族。

 

 

 ───『ガジャブー教団』

 

 

 ここ二週間でオモチが教祖として祭り上げられ、その意思に反して作り上げられてしまったガジャブーの巨大グループの総称である。

 竜の主であるオモチが古龍を討ち滅ぼしたという事実は、あっという間にガジャブー全体に伝わったらしい。

 

 イチの部族だけではなくニとサンの部族までもが集まり、しまいには族長であるキングガジャブーがオモチに挨拶しにくる始末。

 俺も鬱陶しがるルナを何とかなだめつつ、オモチと一緒にこの事態を収拾する方法を考えたがそんなもの見つからなかった。

 どうやらオモチが“ガジャブーの壺爆弾”を使っていたことと“ガジャブーの言語を話せる”ことがオモチ崇拝に拍車をかけたようなのだ。

 

 族長になってくれとキングガジャブーにせがまれ、必死に断り続けるオモチを俺は陰から見守ることしかできなかった。

 

 それからしばらく。

 

 オモチは事態の収拾を諦めた。

 

 

 ───『もうこうなったらめいいっぱいこの状況を利用してやるにゃァァァァッ!!!』

 

 

 ヤケになったと言ってもいい。

 

 その日からオモチはガジャブー達の信仰対象となり、『ガジャブー教団』が誕生したのである。

 ちなみに、今のオモチは『ゾークネコシリーズ』の防具を身につけている。

 ネルギガンテを狩り殺した象徴としてだろう。

 わりとノリノリである。

 実際、ガジャブーには好評っぽい。

 踊り狂っているし。

 

 ……いや、コイツらはいつも踊って騒いでるか。

 

 とはいえ悪いことばかりではない。

 この『ガジャブー教団』によって画期的に効率化したことがある。

 

 

 それは───“素材集め”である。

 

 

『薬草』『ハチミツ』『にが虫』『不死虫』『アオキノコ』『マンドラゴラ』『怪力の種』『忍耐の種』『ケルビの角』……どんな素材であっても、オモチの一声でガジャブー達が各地に散らばり集めてきてくれるのだ。

 はっきり言って素晴らしすぎる。

 これによって、気兼ねなくアイテムを使い続けられることとなった。

 なくなればガジャブー達に集めてきてもらえばいいのだから。

 

 まあ、定期的に俺たちの所でガジャブー達が宴をするようになったけども。

 

「◎×△×!」

 

「うん、ありがとにゃ。もう下がっていいにゃ」

 

「☆☆□!」

 

 リーダー的なガジャブーがオモチに挨拶して、大勢のガジャブーを引き連れ帰っていく。

 すでに何度か見た光景だ。

 もはや手馴れたものである。

 オモチはガジャブー達から受け取った大量の素材をその摩訶不思議なアイテムポーチにしまっていく。

 

「はぁぁぁぁ…………」

 

 ガジャブーの姿が見えなくなった途端に、オモチは大きな溜め息をついた。

 さすがにその気苦労を察せられないほど俺は鈍くない。

 

『まあ、その……な、なんか俺にできることがあったら言ってくれ……』

 

「…………」

 

 とはいえ、気の利いたことが言えるわけではない。

 そんなに器用じゃないだよ俺は……。

 リオレウスである俺にできることなんてあるわけないだろうが。

 

『フン、鬱陶しいならば殺せばいい。私に任せておけ。ほんのひと吹きで───』

 

『なんでお前はすぐ殺そうとするんだよ』

 

 ほんと血の気が多いよルナは。

 どれだけのメリットがあると思っているんだ。

 ……いや、考えていないかそんなこと。

 

 でも疑問は俺にもある。

 ガジャブー達は一応、俺の縄張りを侵しているわけだがまったくと言っていいほど怒りと殺意を抱かないことだ。

 あの数名のハンターを見かけた時も、ネルギガンテを見かけた時も確かに抱いた感情。

 まあネルギガンテの場合は、ルナが傷つけられるかもしれないという恐怖と怒りが圧倒的に勝っていたが。

 

 うーん、古龍がハンターを見かけても完全無視するのと同じ感覚なのだろうか。

 気にしても仕方ないけどな。

 この竜の本能とも上手く付き合っていきたいものだ。

 

『俺は少し狩りに出てくる』

 

「あ、ボクも───」

 

『いや、オモチはガジャブー達の相手をして疲れているだろ? 今日は俺だけでいくよ』

 

「えぇぇ、ボクも行きたいにゃ……」

 

『たまに休むのも悪くないさ。最近は特に色々と忙しかったしな。それに今日はドドガマルを狩るつもりだから、オモチがいなくても大丈夫さ』

 

「うーん、仕方ないにゃ。今日のところは休ませてもらうにゃ」

 

『うん。ルナについててやってくれ』

 

「りょーかいにゃ! 留守は任せてくれにゃ!」

 

『オイ、私は弱くない。オモチに守ってもらう必要などないぞ』

 

『……ハァ、じゃあ行ってくる』

 

 

 俺は飛び立った。

 

 

 ルナは相変わらずだなと思いながら。

 

 

 でも、知らなかったんだ。

 

 

 “その時”は本当に突然やってくるのだということを───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 狩りはあっさりと終わった。

 翼を持たず、動きが俊敏というわけでもないドドガマルは正直言ってカモだ。

 爆発性の岩石をブレスのように放ってくる攻撃にさえ気をつければ、特に危うげなく倒せてしまう。

 

 唯一の悪い点は……コイツの味がそこまで美味しくないということ。

 

 まあこれは俺の好き嫌いの問題なんだが。

 なーんか好きになれないんだよなぁ。

 やっぱカエルという先入観が良くないんだろうかぁ……。

 コイツはれっきとした竜。

 竜のはずだ。

 好き嫌いは良くないよな。

 

 それに、ドドガマルは見かけるたびにガリガリと龍結晶を食べてるから、栄養的には凄く良いはずだ。

 ルナのためにも偏った食事は避け、いろんな栄養価に優れるものを食べた方がいいに決まっている。

 

 そんなことを考えながら、割と重いドドガマルを落とさないよう飛んでいるとルナ達が見えてきた。

 

 オモチが俺に気づきコチラを見てくる。

 

 何やら騒いでいるようだ。

 

 どうかしたのだろうか? 

 

「ソルさぁぁぁぁんッ!! ルナさんが産まれそうって言ってるにゃぁぁぁぁッ!!」

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………え。

 

 その言葉を理解した瞬間、雷に打たれたような衝撃が全身を駆け巡った。

 心臓がドクンッと跳ねたのが分かる。

 オモチの言葉が脳内で何度も反芻し、当然の如く地面に落ちていくドドガマル。

 

『ナニィィィィィィィィィィッ!!!!』

 

 全身全霊を尽くして翼をはためかせた。

 一刻も早くルナの側へ行くために。

 そしてすぐさま地面に降り立ち、ルナに駆け寄る。

 

『うむ、産まれそうだぞ』

 

 俺の胸いっぱいに広がる動揺とは裏腹に、ルナは平然とそう言った。

 

『だ、だだだ、大丈夫、なのか……?』

 

『案ずることはない。強き子を産む』

 

『いや、そういうことじゃなくて……』

 

「ルル、ル、ルニャさん! 痛いとことかないかにゃ!?」

 

『少し身体がダルいくらいか』

 

『ナニィィィィィィィィィィ!! だ、だだ、大丈夫なのかそれは!! 俺はどうしたらいいんだ!! オモチ!! し、指示をくれ!!』

 

「ボクに言われても困るのにゃぁぁぁ!! 分からないのにゃぁぁぁぁ!!」

 

『……落ち着け』

 

 俺とオモチは完全にパニックだった。

 反対にルナはとても静かで落ち着いていた。

 ネルギガンテと戦ってる時でさえ、嵐をものともしない巨木のように落ち着いていた心が、今は波打ち騒いで仕方ない。

 落ち着ける気がしない。

 

 俺が動揺してもルナを不安にさせるだけだ。

 

 分かっている。

 分かっているのに心を鎮めることができない。

 不安や焦りが濁流のように押し寄せ俺をかき乱す。

 

『大丈夫だ』

 

 そんな俺にルナはそれだけを言った。

 その表情はとても穏やかであり、そして強かった。

 

 ……敵わないな。

 

 俺が安心させてあげるべきなのに、安心させられたのは俺の方ではないか。

 

『───あぁ、分かった』

 

 もう言葉は不要だと思った。

 俺にできることはルナを信じて見守ることだけなんだ。

 オモチもコクコクと頷き、ギュッと拳を握っていた。

 

 それからどれくらい経っただろう。

 ほんの数秒のようでもあり、数時間のようでもある。

 

『───産まれるぞ』

 

 落ち着きを取り戻しつつあった心臓が再びドクンと跳ねる。

 それでも、先程のように取り乱すことはなかった。

 どんなことが起ころうとも見守るという覚悟ができていたからだろう。

 

 

 そして───

 

 

 ───それはとても神秘的な光景だった。

 

 

 竜の産卵。

 陳腐な表現かもしれないが、今の俺には神秘的という言葉しかでてこなかった。

 

『……ふむ、少し疲れた』

 

 そんな気の抜けるような言葉と共に、ルナは2つの卵を産み落とした。

 

「う、産まれたのにゃぁぁぁ!」

 

『大丈夫かルナッ!? どこか違和感なんかはないか?』

 

『フフ、心配し過ぎだぞソル。なんともない』

 

『そうかァ……良かった。いやそれより───ありがとう、ルナ』

 

 何故か俺の口から出てきた言葉は『ありがとう』だった。

 それにはルナも少し驚きだったようで、見れば目を丸くしていた。

 

『改まってどうした』

 

『いや、うん、ありがとう。本当にお疲れ様』

 

『まったく、大変なのはこれからだぞ』

 

『そうだな……本当にその通りだ』

 

「本当におめでとうにゃぁぁぁッ!!!」

 

 とりあえずルナに別状がないことに安堵し、そして俺はルナが産んだ2つの卵に目を向けた。

 全く異なる柄をした2つの不思議な卵だ。

 

 一つは緑と紫の模様をしており、もう一つは赤と黒の模様をしている。

 

 似て非なる2つの卵。

 しかし、俺の知識はすぐに答えを導き出した。

 

 

「───『紫毒姫』にゃ……」

 

 

 その答えを真っ先に口にしたのはオモチだった。

 その通りである。

 この緑と紫の模様をした卵は『紫毒姫』のものだ。

 

 ならば、

 

『こっちはもしかして『黒炎王』……か』

 

 ……本当にとんでもなく強い子を産んだよ。

 まさかの二つ名個体か。

 俺はてっきり通常種か亜種だと思っていたのだが。

 何が原因だろう。

 俺たちが“希少種”だからなのか、それとも“古龍を喰らった”からなのか。

 

 

 ───いや、そんなことはどうでもいいな。

 

 

『元気に育ってくれればそれでいい』

 

『そうだな』

 

 不思議な気持ちだった。

 今までの価値観や固定観念が跡形もなく破壊され、一から創られていくような、そんな名状しがたい感情。

 

 これが、父になるということなのだろうか。

 

 その答えは分からないが、確かなこともある。

 

 

 それは───“愛すべき家族”が増えたということ。

 

 

 これから守り、育てていかなくてはならない。

 しかしそこに不安はなかった。

 ルナとオモチがいれば、俺たち『家族』ならばきっと大丈夫だ。

 どんなことがあっても乗り越えられる。

 

 もしかしたらこの先とてつもなく大きな苦難が待ち受けているのかもしれないが、今だけはこの幸せに浸らせてもらおう。

 

 

『ルナ、オモチ。これからもよろしくな』

 

 

 俺は守るという決意を新たにして、清々しい気持ちでそう言った。

 





二つ名の卵。
子は親を越える可能性を持っていて欲しい。


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020 目醒めは血の香りと共に。

時は少し遡り、エクレア君視点でスタートです。


 この世界で過ごすうちに、俺はある仮説にたどり着いた。

 ここが、MHWの『上位』の世界なのではないかということだ。

 そう考えれば色々と辻褄が合う。

 モンスターの弱さや出現する種類、そして古龍であるネルギガンテでさえもそこまで脅威に感じなかったこと。

 あとは『クラッチクロー』がないことなんかも説明がつく。

 

 もちろんこれは俺の推測に過ぎない。

 だから安心できるというわけでもない。

 

 例え今が『上位』だとしても、いずれはくるということなのだから。

 

 

 ───『マスターランク』の世界が。

 

 

 しかし、だからこそ疑問が残る。

 ここが『上位』の世界であるとすれば、あの銀レウスと金レイアの存在だけがどうも筋が通らない。

 受付嬢の話であった『ティガレックス希少種』『ナルガクルガ希少種』『燼滅刃ディノバルド』そして、『金雷公ジンオウガ』なんかも異質そのものだ。

 

 しかもコイツら10年おきに現れてやがる。

 転生者が現れるのと同時期だ。

 ふざけんなよほんと。

 なんだこの笑えないジョークは。

 

 あとなんで今回だけ2匹いんの? 

 銀火竜と金火竜はセットですか? 

 クエスト『陰陽賛歌』のためですかね。

 そんなクエスト毛ほども受けるつもりないんでやめて下さい。

 お願いします。

 

「はぁ……憂鬱だ……」

 

「どうしたのニャ?」

 

「いやちょっとな……とりあえず憂鬱なんだ……」

 

「旦那さん! 大丈夫ニャ! 旦那さんはスゴいハンターニャ! それはボクが保証するニャ!」

 

「ありがとうチョコチップ。俺もお前がオトモで良かったよ」

 

「ニャっ!」

 

 俺はチョコチップの頭を撫でてやり、導蟲に従って最大限の警戒をしながら歩いていく。

 今は『陸珊瑚の台地』になかなか帰ってこないギルゴールのバカ達を探しに来ているのだ。

 

「まったく……どこで道草くってんだか」

 

 本当はこんな不確定要素の多いクエストを受けるのは危険なんだ。

 本編で登場していないこの世界特有のクエスト。

 何があるかわかったものじゃない。

 

 

 でもまあ───受けないわけにはいかないわな。

 

 

 アステラの奴らは個性的過ぎるバカが多くてイラつくことも少なくないが……最悪なことに俺は居心地がいいと思ってしまっているんだよなぁ。

 あぁほんと最悪だ。

 

 それに、アステラには子供もいる。

 ゲームでは見かけることがなかったが、この世界では家族を作って生活している奴らも当たり前のようにいるんだ。

 だから危険があれば排除しなくてはならない。

 アステラを守るって意味でも。

 

 はー、嫌だ嫌だ。

 

 自分の命だけを考えて生きていけたならどれだけ楽だったか。

 

「まーた難しいこと考えてるニャ」

 

「……こればっかりは直らん」

 

「旦那さんは昔っからそうニャ。気楽にいきましょうニャ!」

 

「そうだな。そうしたいよ俺も」

 

 ……本当に不思議なんだが、チョコチップには俺との昔の記憶があるようなのだ。

 現大陸での記憶が。

 歴代モンハンの記憶でもあるのだろうか。

 まあ、些細なことだけどな。

 俺にとってチョコチップがかけがえのないオトモだってことに、変わりはないんだから。

 

 そんなことを考えているときだった。

 俺は視界の端に3匹のシャムオスを捉えた。

 ぶっちゃけシャムオスなんて何匹出てこようが問題なく対処できると思う。

 とはいえ、最大限の警戒はする。

 突然変異により古龍級のシャムオスになっているかもしれないから。

 

「キシャアアアッ!!」

 

 俺は大剣を振り下ろした。

 一撃で屠り去る。

 どうやら突然変異したヤバすぎるシャムオスではなかったようだ。

 

 それからも俺は、無限に湧いてくるのではと思わずにはいられないシャムオスを斬り殺しながら先を急いだ。

 導蟲に導かれるがままに。

 

 そして───

 

「……なんだよ……これ……」

 

 辿り着いたのはシャムオスの巣と思われる場所。

 そこで見つけてしまった。

 ほとんど食い漁られ、人間としての原型をまるで留めていない無惨な死体。

 辛うじてそれがハンターだと分かるのは、俺のよく知る装備を確認することができたからだ。

 

「だ、旦那さん……」

 

「分かってる……大丈夫だ……大丈夫……」

 

 放心状態だった俺を、心配そうにチョコチップが見上げていた。

 正直言って俺は今まるで冷静じゃない。

 思考がぐちゃぐちゃだ。

 疑問が雲のごとくわいてくる。

 

「……有り得るかッ!!! こんなの……有り得るわけねぇだろうがッ!!!」

 

 海のように深い悲しみと烈火の如き怒りが同時に押し寄せた。

 ギルゴール達がシャムオスにやられただと? 

 そんなわけあるかッ!! 

 なんの冗談だよクソがッ!! 

 

「……どうするニャ?」

 

「そうだな……」

 

 俺は一度深呼吸してから心を鎮めた。

 冷静になんかなれはしない。

 でも少しくらい心を落ち着けて、この状況を確認しなくては。

 

 俺は一人のハンターとして、この事実を伝える義務があるのだから。

 

 死体は酷い状態だ。

 すでに判別がつかないほどに。

 だから見るべきは装備の方。

 

 俺はしばらく観察してみた。

 するとどうだ。

 やはりシャムオスなんかにやられたんじゃないということが分かった。

 

 大きすぎる爪痕。

 これは明らかに大型モンスターのものだ。

 もしかしたらアイツなら種類まで分かったのだろが、俺には分からない。

 それでもシャムオスのものではないことくらいは分かる。

 

 極めつけがこの焦げ跡だ。

 これが炎によるものなのか、雷によるものなのか、はたまた別の何かによるものなのか。

 どうであれ、凶悪なモンスターによってギルゴール達の命が奪われたことに変わりはない。

 

「……あぁ、クソっ……」

 

 これ以上の事は分からない。

 ベースキャンプで待機してるアイツに直接見てもらう他ないだろう。

 

「……行くぞチョコチップ。一度キャンプに戻って───」

 

 

 ───なんの脈絡もありはしなかった。

 

 

 “ソレ”は本当に突然その姿を現したのだ。

 

 

 俺が悲しみを胸にキャンプに向けて歩き始めようとした時───『金雷公ジンオウガ』は立ちはだかった。

 

 

 意識はしていなかった。

 本当に無意識に俺はいつの間にか大剣を構えていた。

 息が詰まるような重圧。

 首元にナイフを当てられているかのように身体が強ばり身動きもできない。

 

 逃げる、なんて選択肢はなかった───いや、逃げることなどできないと本能が理解していたんだ。

 目の前の化け物から少しでも気をそらせば、その瞬間に俺は死ぬだろう。

 

 生きる為にはコイツを狩るしかない。

 

 不思議な話だ。

 

 俺と同じように、金雷公もこの唐突な邂逅に驚いているように見えたんだから。

 

 もしかしたら、この出会いは偶然に偶然が重なったものであったのかもしれない。

 

 だが、どうやらコイツも俺と同じように覚悟を決めたようだ───。

 

 

「グゥオオオオオオオオオオオオンッ!!!」

 

 

 ++++++++++

 

 

 最初に仕掛けたのはどちらからだっただろう。

 俺とコイツの殺し合いが始まってから、どれくらいの時が流れたのだろう。

 

 そんなことはもはやどうでもいい。

 

 戦いの中で俺は自分の感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのが分かった。

 

「回復ミツムシ設置完了だニャ!!」

 

 チョコチップには何度も逃げろと言ったが聞いてくれなかった。

 だから仕方なく回復に専念してもらっている。

 だが、それによって俺は命を救われている。

 俺一人ならばとっくに死んでいただろう。

 回復する隙などありはしないんだから。

 

「グラァッ!!」

 

「……チッ!」

 

 雷による攻撃を躱す。

 しかし、俺が躱すことなどわかっていたかのように続け様に爪による攻撃が俺を襲う。

 避ける場所すら予測した正確無比な攻撃だ。

 恐ろしく高い知性。

 コイツは俺の動きを学び、戦いの中で成長している。

 

 ただ、そんなことは戦闘が始まってすぐに理解した事だ。

 俺の『金雷公ジンオウガ』の知識など微塵も役に立たないことなど。

 

 型にハマらない動き。

 高すぎる機動力。

 雷撃による広範囲攻撃。

 

 凶悪なんて言葉では収まりきらない。

 

 本当なら身体が竦んで動かなかっただろう。

 そのはずなのに、俺の身体は俺の意志に反して完璧に動いた。

 知識は当てにならない。

 ならば初見モンスターとして対処を始める。

 淡々とそう結論を下し、俺の身体は動いたんだ。

 

 最初は攻撃をくらわないことに重きをおいて動いた。

 コイツは基本的に型にハマらない動きをするが、モーションが存在しないわけではない。

 特に大規模な攻撃の前には必ず特有のモーションがある。

 それを見極めなければならない。

 

 しかしコイツもまた俺に合わせて次第に動きを変えてくる。

 だから俺もさらにそれを考慮した上で攻撃を仕掛けなくてはならない。

 その読み合いだ。

 

 直撃は避けなくてはならない。

 分の悪い賭けはしない。

 だが、いけると思ったら迷わずに攻撃する。

 

 慎重に、時に大胆に。

 

 必死だった。

 ただ必死に大剣を振るった。

 

 一発縦斬りを当てて、納刀。

 

 時々なぎ払い。

 

 ほとんどがそれだ。

 溜め斬りなんてほとんどできない。

 ただ、完全に隙がないわけではないんだ。

 

 俺は全部位の『怯み値』を計算しながら戦闘している。

 無意識に計算してしまうんだ。

 だからこそ分かった。

 この世界にも、怯み値の概念は確かに存在していると。

 

 そして、その値は従来の『金雷公ジンオウガ』と何も変わらない。

 

 ならば殺れる。

 ダウンのタイミングを含めた全てを把握できる。

 

 最初は必死で、怒りを抱く余裕なんてなかったが今ならば抱いてしまう。

 ギルゴール達を殺ったのは間違いなくコイツだ。

 あの大きな爪痕。

 そして焦げ跡も雷撃によるものだと考えれば辻褄が合う。

 

 この感情は間違っている。

 怒りに任せて狩りをしてはならない。

 

 でも無理だ。

 

「ハァ……覚悟しやがれよこの野郎」

 

 俺はそんなできた人間じゃねぇのさ。

 大剣を握る手に力が入る。

 

 それに、分かったことがあるんだ。

 

 

 ───俺は強いということ。

 

 

 この戦いの中で気づいた。

 俺が天より与えられた力はゲーム内で手に入れた装備やアイテム等では断じてないということを。

 

 

 俺の強さは───『経験』だ。

 

 

 やっとわかった。

 俺がコイツと戦えている理由。  

 そして、強烈にイメージを作り出してトレーニングできる理由も。

 

 

 ───『ゲーム内での出来事が、俺がこの身体で実際に経験した事として蓄積されているのである』

 

 

 歴代モンハンの膨大な知識は確かな経験として俺の血肉となっている。

 これこそが俺の強さ。

 

 俺は正しく歴戦のハンターなんだ。

 

 だから俺は強い。

 

 しかし───だからこそ目の前のコイツが異常だということも分かる。

 

 それでも負けるわけにはいかない。

 俺は何としても勝つ。

 勝って生き残る。

 

「グゥオオオオオオオオオオオオンッ!!!」

 

「お互い……ハァ……そろそろ限界だよなァ……」

 

 確かに限界だ。

 身体の至る所が痛み血が流れる。

 ダメージが半端じゃない。

 それでも勝てる。

 絶対に勝てる。

 

 何としても生きる……ッ! 

 

 コイツには癖のようなものがある。

 モーションとは別の癖と言うべきものが。

 このうんざりするような死闘の果てに、唯一見つけたコイツの弱点だ。

 

 

 だから───ココだッ!! 

 

 

「……は?」

 

 

 しかし、俺の大剣は空を切った。

 

 心はとても静かで空虚だった。

 

 なるほど。

 

 それは意図的に作られた癖だったのか。

 

 クソゲーだぜ本当によ。

 

 モンスターのくせに頭良すぎだろうが。

 

 やたらと時間がゆっくりと流れる世界の中で、俺は目の前に迫る巨大な爪を見ながら妙に冷静な思考でそんなことを思った。

 

 死ぬ。

 

 死ぬのか俺は。

 

 はぁ……クソつまらねぇ人生だったわ。

 

 ふざけんなよボケが。

 

 この世界の難易度イカれすぎだろ。

 

 俺自身驚く程にすんなりと自分の死を受け入れられた。

 

 その時、

 

「───旦那さん!!」

 

 チョコチップが飛び出してきたんだ。

 体当たりするように俺の前に現れ、ポンと体を押した。

 

 またしても時間がゆっくりと流れた。

 

 その雷を纏った凶悪な爪は、俺の目の前でチョコチップを無慈悲に斬り裂いたのだ。

 

 それだけに留まらず、ミラボレアスの鎧兜すら貫通し俺の左目をも斬り裂いた。

 

 チョコチップが庇ってくれなければ、間違いなく頭蓋ごと真っ二つだったことだろう。

 

「……チョコ……チップ……」

 

 濁流のように押し寄せる悲哀の情。

 しかし皮肉なことに、感情を支配する術さえもこの肉体は知っていた。

 今は悲しんでいる時ではない。

 全ての感情を心の片隅に追いやる。

 

 残ったのは凪の心だ。

 

「オラァァァッ!!!」

 

 隙は絶対に逃さない。

 俺は思いっきり大剣を振り下ろした。

 

「グゥオラッ!」

 

 金雷公はダウンした。

 

「ハハッ、どう計算ミスってもあと一発でダウンするのは分かってたぜ」

 

 これで死ななきゃお前の勝ちだ。

 

 縦切り。

 

 強溜め斬り。

 

 タックルによるキャンセル。

 

 そして───真・溜め斬り。

 

「ドッセエエエエエエイィィッ!!!!」

 

「グゥアアアオオオオオオオオオン!!」

 

 金雷公は悲痛な叫びを上げた。

 全てを出し尽くした俺はそのまま地面に倒れ伏した。

 もう動けない。

 これで金雷公が生きているならば、俺の負けだ。

 

「……ハァ……どうやら……勝───」

 

 何とか勝った。

 そう思った。

 しかし、金雷公はヨロヨロと起き上がったのだ。

 かなり苦しそうだ。

 それでも奴は起き上がった。

 

「……クソッタレが」

 

 視界が霞んでくる。

 もう限界だ。

 ちくしょう。

 勝てなかったか。

 

 すまねぇ、チョコチップ───

 

 

「───させませんよ」

 

 

 ズドン、という鈍い音。

 

 それが最後に俺が聞いた音だった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ……間に合って良かった。

 

 私は心底安堵しました。

 長年追い続けていた金雷公の咆哮を耳にした時は肝を冷やしましたよ、本当に。

 

 それにしても。

 

「とんでもありませんねぇ……」

 

 この少年は、あの金雷公ジンオウガを一人で倒してしまった。

 とてもではないが信じられない。

 しかし、目の前の光景が全てです。

 私は最後にちょっとこづいたにすぎません。

 

「相棒ーっ!!!」

 

 この少年を早くアステラに連れ帰らなくては。

 そう考えていると声が聞こえてきました。

 

 あの女性は───ということはやはりこの少年が……。

 

「あ、相棒!!!」

 

「大丈夫、生きていますよ。オトモの方は……残念でしたが。ですがとても危ない状態です。早くアステラに連れ帰りましょう」

 

「あ、あなたは……?」

 

「おっと、これは失礼。私としたことが名乗るのを忘れていました。私の名は───『ゴッド・マサカズ』。しがない笛使いですよ、お嬢さん」

 




エクレアくんは強い。
さすが主人公。
……アレ?


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021 生き残った者。

更新遅れて申し訳ない。
別作品完結させてきました。
これからはもう少し早く更新できるはずです。


 ……あ? 

 

 ここは……どこだ? 

 

 辺り一面真っ暗な世界。

 

 何の音もない。

 

 記憶がぼやけてて、なんで自分がこんな場所にいるのかも分からない。

 

 不安ばかりが広がっていく。

 

 

 そんなとき───

 

 

「───旦那さん」

 

 

 後ろから声が聞こえた。

 

 とても聞き覚えのある声だ。

 

 そう、それは俺の頼れるオトモアイルー。

 

「チョコ……チ…………」

 

 俺は振り向いた。

 

 当然だ。

 

 早くチョコチップの顔が見たかった。

 

 安心したかったんだ。

 

 でも───そうはならなかった。

 

 そこにいたのは血塗れのチョコチップだった。

 

 体を大きくに引き裂かれ、なぜ生きているのかわからないほどの傷。

 

 見るも無惨な姿のチョコチップがそこにいたんだ。

 

「チョコ……お前……」

 

「なんでニャ?」

 

「え?」

 

 

 俺は───

 

 

「なんで……助けてくれなかったのニャ?」

 

 

 ───救えなかったんだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

「うわァァァアアアアアアッ!!!!!!」

 

 

 俺は叫びながら目を覚ました。

 荒れた息を整えながら現状を理解する。

 そう、全ては夢だったんだ。

 

「ハァ……ハァ……いや、夢とも言いきれねぇか」

 

 俺の身体は包帯で至る所がぐるぐる巻きにされている。

 そして何より、僅かに動かしただけでも響くこの痛み。

 

 つまりそれが意味することは───あの戦いが現実であったということ。

 

 ポタり、と何かがベッドに落ちた。

 

 それはポタりポタりと次第に数を増やしていった。

 

「ははっ……弱ぇなァ……俺は」

 

 ベッドにシミを作っていくそれは───俺の涙だった。

 

 チョコチップを失った。

 今でも鮮明に覚えている。

 目の前でチョコチップが無慈悲に斬り裂かれるあの光景。

 当たり前にいた存在がいなくなるって、こんなに辛いんだな。

 

 そういやなんで俺は生きてんだろう。

 ならチョコチップも生きてたりしないんかな? 

 

 そんな考えが頭を何度も過ぎるが、その事実を否定するのは俺自身だった。

 皮肉にも俺の知識と経験が、あの傷は致命傷であると結論を下すんだ。

 

「あぁほんと……なんで……」

 

 一度流れ始めた涙は止まることを知らなかった。

 拭いても拭いても止まらない。

 歯の隙間から声が洩れ、いつしかそれは嗚咽に変わった。

 色んな感情が溢れて抑えることができない。

 俺はみっともなく泣いた。

 泣きじゃくった。

 

「あ、あの……だ、大丈夫? 悲しいの?」

 

 その時、左の方から声がした。

 振り向けばそこには、小さな女の子が尻もちをついていた。

 アステラで見たことがある女の子だ。

 なんで気づかなかったんだろう。

 

 あぁそうか……俺は左目を失ったんだったな。

 

「ごめんな驚かせて」

 

「う、ううん……私も、よ、よく泣いちゃうから」

 

「ははっ、なら俺たちは仲間だな」

 

 俺がそう言うと女の子は少しだけ笑顔を取り戻したようだった。

 まったく、小さな女の子が同じ部屋に居たことにさえ気づかないなんて。

 思った以上に俺は身体だけでなく心の方も疲弊しているらしい。

 

 ドタドタドタっ。

 

 やっと色々と整理がついてきたところで、扉の向こう側から足音が聞こえてきた。

 軽い足音ではない。

 勢いよくこちらへ走ってくるのが容易にわかるような音だ。

 

 何となく誰が来るのか予想できる。

 

 勢いそのままに扉が開かれた。

 

「相棒ーっ!!!」

 

 ほらな。

 

 やっぱりコイツだ。

 

「よぉ」

 

「ううぅ……あ゛いぼォォオオッ!!」

 

「ギャァァアアアッ!!!」

 

 あろう事かコイツは重症の俺に抱きついてきた。

 全身が悲鳴を上げる激痛。

 めちゃくちゃ痛いしムカつく。

 

 

 けどまあ……そんなに嫌ではなかった。

 

 

「あぁぁごめんなさい!! 痛いですよね、私……ほんとごめんなさい!! ……でも、本当によかった……本当に……」

 

「そうだな」

 

「私、守りましたよ。どんなに心配でも……キャンプから出ずに……」

 

「あぁ」

 

「救援も呼びませんでした。……アナタがピンチになる状況、下手に仲間を呼んだら……被害を拡大させてしまうだけかもしれないと言っていたので……」

 

「分かってる。お前は何も間違ってないよ。ありがとう───“ララ”」

 

「……え? な、名前! 今私の名前を!」

 

「あ? 何?」

 

「初めて私の名前を呼びましたね!!」

 

「え、初めてだっけ」

 

「初めてです!!」

 

 そうだったっけ。

 新大陸に来てそれなりに時間経ってるのに。

 そういや、今まで『オイ』とか『お前』とか『受付嬢』って呼んでたかもな。

 まあどうでもいいわ。

 

「無事、とは言えませんが、お目覚めになられたこと心から祝福致します」

 

 知らない声がした。

 左側はわざわざ首を向けなきゃ見れないからめんどくさいわ。

 こればっかりは慣れだな。

 

 そこにいたのは、どっかの貴族のような髭を貯えたイケおじだった。

 

 見た瞬間何となく分かった。

 

 この人だって。

 

「あ、紹介しますね! こちら『ゴッド・マサカズ』さんです! 相棒……え、エクレア! の命の恩人ですよ!」

 

「…………」

 

 コイツはなんで言っちゃった! みたいな顔してんの。

 怖いんだけど。

 

 いや、それよりも……やっぱこの人か。

 

 

 俺と同じ───『転生者』

 

 

 イメージと違いすぎるだろ。

 絶対キッズだと思ったら超ダンディーなイケおじでてきたんだけど。

 

「どうも、エクレアです。それとありがとうございました。命を助けてもらって」

 

「いえいえ。私はちょっと手を貸したにすぎませんとも。全ては貴方の力。まさか“あの”金雷公ジンオウガを倒してしまうとは……想像以上の実力者のようですね」

 

「……とんでもない。俺は……弱いです」

 

 強けりゃ左目を失うこともなかった。

 強けりゃ『チョコチップ』を失うこともなかった。

 負の感情ばかりが心の奥底で渦巻く。

 俺には足りないものが多すぎる。

 

「謙虚なことは美徳ですが、あまり自分を卑下するものではありません。貴方は強い。私の知る誰よりもね。ただ逸る気持ちは理解しますが、今はゆっくり休んで心と身体を癒して下さいね」

 

「そう……ですね。ありがとうございます」

 

 それからゴッドさんはあの金雷公の事を色々と話してくれた。

 ゴッドさんはその脅威ゆえに金雷公の動向を長年探っていたようなのだ。

 そうだよな。

 あんな化け物がアステラに奇襲でもしかけてきたら本当に笑えないから。

 

「実は『陸珊瑚の台地』の近くに金雷公の巣があるんです。加えて、三体目となる子供が生まれたばかりだったので気が立っていたのでしょう。……金雷公は巣の場所を転々と変えます。あの場所を私が発見したのは最近のことでした。もう少し早く見つけていればこのようなことにはならなかったかもしれません。深く……深く謝罪致します」

 

「……謝らないで下さい。ゴッドさんが悪いことなんて何もありませんよ」

 

 なるほど、アイツからしたら俺こそが排除しなくちゃならねぇ脅威だったってことか。

 

 子供を守るために戦ってたんかよ。

 

 なら……なら俺は……何のために…………。

 

「そんな顔しないで下さい。貴方はハンターとしてすべきことをしたのです」

 

 ゴッドさんがポンと俺の肩に手を置いた。

 

「それに、これからは微力ながら私も貴方をサポートします。足手まといと思うならご遠慮なく仰ってください。───まあ、そうはならないでしょうけどね」

 

「え……」

 

 その表情からは、これまで積み上げてきたものの大きさが伝わってきた。

 この人もこんなヤバすぎる世界に飛ばされ、ここまで生き抜いてきたんだ。

 それだけで実力は保証されている。

 

 正直に言えば、これまで俺はソロでクエストをこなすことが多かった。

 その方が効率的だし、生き残る上でも最善だと判断したからだ。

 一人ならばどんなヤバいモンスターからも逃げ切れる自信があった。

 

 

 そう───金雷公と出逢うまでは。

 

 

 でも、あのレベルのモンスターがいるなら今後は仲間が必要になってくるのかもしれない。

 

 俺の背中を預けられる……そんな仲間が。

 

「あなた、エクレアさんは5日間も目覚めなかったんですよ。あまり負担をかけないでくださいね」

 

「おっと、私としたことが」

 

 そんな時、半端じゃない美人が部屋に入ってきた。

 その手にはお粥のような食べ物を持っている。

 

 白雪のような肌に切れ長の目が冷たくも凛凛しい印象を与える。

 綺麗な黒髪をまとめるポニーテールがとても似合ってる。

 え、そういえばここってゴッドさんの家? 

 ってことはさっきの子供はこの人たちの……は? 子持ち? 

 子持ちでこの若さ……美人すぎるだろうがッ!! 

 

「紹介します。私の妻、エリーナです」

 

「エリーナです。エクレアさんのことは以前から知っていました。訓練してる様子も時々拝見させて頂いているんですよ。私も大剣使いなので」

 

「え、大剣……使うんですか?」

 

「はい。今は子供の世話が忙しくてハンター活動はお休みさせていただいておりますが。これでも現大陸では、イビルジョーも狩ったことがあるんですよ。エクレアさんと比べたら私なんてまだまだですけどね」

 

 そう言ってエリーナさんは見る者全てを魅了するような軽い笑みを浮かべた。

 

「へ、へぇぇ……」

 

 ……冗談だろ。

 こんな美人が大剣使いってだけでも驚きなのにこの人イビル狩っとんのかい。

 てかその細い腕でどうやって大剣振るの? 

 大剣かなり重いよ? 

 え、急にファンタジーやん。

 この血腥い世界で急にファンタジーだしてきたやん。

 華奢な人間がゴリゴリのデカブツを倒しちゃうアレね。

 

「落ち着いたら食べてくださいね。回復するまでいつまでも家に居ていいですから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ヒナタ、ツキミ。エクレアさんに挨拶しなさい」

 

 エリーナさんがそう言うと、後ろからひょっこりと2人の女の子が現れた。

 

「この人やっと起きたんだ」

 

「げ、元気になって、あの、よかった、です」

 

 元気そうな子が姉の『ヒナタ』ちゃん、おどおどしてる子が妹の『ツキミ』ちゃんというそうだ。

 時々アステラで2人が遊んでるのを見た事がある。

 目覚めた時、最初にこの部屋に居たのはツキミちゃんの方か。

 

「ヒナタ、エクレアさんに失礼のないようにね」

 

「わ、分かってるよママ!」

 

「…………」

 

 一瞬エリーナさんがものすごく怖い雰囲気になったんだけど……見なかったことにしよう。

 

 というか、みんないい人やぁぁ……。

 クソ、羨ましいなゴッド・マサカズてめぇコノヤロウ。

 めちゃくちゃ順風満帆じゃねぇか!! 

 超絶美人な嫁がいて、可愛い子供までいてよォッ!! 

 敵だ。

 お前は今この瞬間から俺の敵だッ!! 

 命の恩人でも関係ねぇからなクソッタレェェッ!! 

 

 ……はは。

 

 生き残っちまったな。

 

 やっぱり俺は恵まれてるよ。

 

 こんなに温かい人たちに囲まれてさ。

 

 チョコチップ、ごめん。

 

 守れなくて……俺が弱いばっかりにお前を死なせちまって本当にごめん。

 

 絶対にお前のことは忘れねぇよ。

 

 俺がそっちにいったとき死ぬほど謝るわ。

 

 だから、今は前に進むよ。

 

 お前に貰った命を精一杯生きるよ。

 

 これが生き残っちまった俺にできる唯一のことだと思うから。

 

「……あとで、チョコチップのお墓に案内しますね」

 

 受付嬢、ララが小さな声でそう言ってきた。

 

「あぁ、頼む」

 

「それとこれを」

 

 ララが手渡してきたのは、俺が捨てたはずの『竜王の隻眼』だった。

 ほんと懐かしい。

 この世界に来た当初、ファッション感覚でこれ付けてたっけ。

 んですぐにそんな馬鹿なことはできんと思って捨てちまったんだよ。

 

 何の因果か、『竜王の隻眼』が似合う顔になっちまったな。

 

「ありが───」

 

 ……いやちょっと待て。

 

 そういや俺、『竜王の隻眼』を捨てたのって家のゴミ箱だったよな? 

 

 じゃ……じゃあなんで……コイツが持ってんの? 

 

 ゾクッ。

 

 背筋に冷たいものが走ったのをはっきりと感じた。

 

 うん、考えないようにしよう。

 

 これは開けてはならないパンドラの箱だ。

 

「ん、どうかしましたか?」

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……とりあえず休もう。

 

 俺は深呼吸と共に思考を切りかえた。

 

 今は休んで、それから再出発しよう。

 懸念は尽きない。

 真っ先に思い浮かぶのは“あの”『金銀夫婦』とそれを従える『アイルー』。

 願わくは金雷公より弱くあって欲しい。

 だが、それはただの願望。

 金雷公よりヤバい可能性は十二分にある。

 

 はぁ……やめだやめ。

 

 うだうだ考えるのはお終い。

 

 どうせやることは変わらないんだ。

 

 

 ───『強くなること』

 

 

 結局はこれしかないんだ。

 それにこれからゴッドさんという頼もしすぎる仲間もいる。

 悪いことばかりじゃない。

 

 はぁ、ダルいな。

 

 でも頑張るわ。

 

 だから見ててくれよな、チョコチップ。

 




受付嬢───『ララ・ロックハート』

お読みいただきありがとうございました。
久しぶりにこの作品の話を書くとき、改めて皆さんから頂いた感想を読みとても励まされました。
いつも温かい感想をありがとうございます。
これからも頑張ります。


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022 懐かしき友。

「ぐがーっ!!」

 

 とりあえず『ぐがー』とか言いつつ、手を翼に見立ててバッサバッサと振る。

 恐ろしい程の虚無感に襲われるが、ここで手を抜いたら意外と子供は鋭敏にそれを感じ取ってしまう。

 だから今だけは心を無にして演じ切る。

 俺は空の王者『リオレウス』だ。

 

「なっ! リオレウス!? 危険だわ!! ここはわたしに任せて逃げなさいツキミ!!」

 

「で、できないよお姉ちゃんっ! ふ、2人なら勝てる! 戦おうよ!」

 

「ぐがががーっ!!」

 

「さすがわたしの妹ね! そう言うと思ったわ! じゃあいくよっ! 足引っ張んないでよね!」

 

「う、うんっ!」

 

『てやーッ!!!!』

 

「ぐわぁぁぁッ!!」

 

 ヒナタとツキミが切りかかってくる度に、派手に痛がるアクションをしながら叫ぶ。

 それはもう叫ぶ。

 全身全霊で『痛い』を表現するのだ。

 

 そして俺のやるべき事はそれだけではない。

 この“狩り”を盛り上げなくてはならないんだ。

 そのために必要なもの。

 

 

 それは───

 

 

「テッテレレーテレレレーレレレーレーテレレーテレレーレーレー」

 

 

 ───『英雄の証』を熱唱するということ。

 

 

 これにより、この姉妹の狩りが最高潮の盛り上がりを見せる。

 やはりBGMの力とは偉大だ。

 俺が適当にテレレーって言ってるだけなんだけど。

 

 それから頃合いを見て、

 

「ぎゃぁぁぁっ!!」

 

 バタリ、と倒れる。

 これで俺の役目は終了だ。

 

「ハァ……ハァ……やった、のね」

 

「や、やったんだね……お姉ちゃん」

 

 少しだけ間が空く。

 

 そして、

 

『やったぁぁあああ!!』

 

 歓喜の声が響き渡った。

 あぁ、疲れた。

 随分懐かれてしまったものだ。

 

「まだよツキミ! モンスターを倒したらハギトリを───」

 

「はいはい、そのくらいにしなさい。エクレアさんにご迷惑でしょ」

 

 なんか剥ぎ取られそうになったところで、エリーナさんが登場した。

 よかった。

 これでやっと、このガチすぎる『ハンターごっこ』を終わることができる。

 

 でも慣れたとはいえ、今のあまりにもみっともない姿を美人のエリーナさんに晒すのはやっぱり恥ずかしいんだけども。

 

「えぇぇ、もっとエクレアと遊びたい!!」

 

「わ、わたしも……」

 

「ダメよ! エクレアさんは今日パパと一緒に狩りに行くの。これ以上はいけません」

 

「フフ、随分懐かれましたね。いつもうちの子達と遊んでいただきありがとうございます」

 

「いえ……べつに」

 

 アンタがやれ!! 

 モンスター役やれよ!! 

 意外と体力使うからな!! 

 

 と、俺は心の中で叫んだ。

 

 でもまあ、そんな嫌でもないけど。

 俺にはこの家族に返しきれないほどの恩がある。

 今こうしてもう一度ハンターとして生きていられてるのは、間違いなくゴッドさん達のおかげなんだ。

 

 実は既に傷は完治していて、俺はハンターとして復帰を果たしている。

 片目での狩りにはだいぶ不安があったし、実際慣れるまで苦労した。

 ゴッドさんとも何度か狩りにいき、最近ようやく少し慣れてきたところだ。

 まさかの笛使いでビビったのもいい思い出だ。

 

 ただ一つ言えることがあるとすれば、狩猟笛を使う人に悪い人はいないってことよ。

 めちゃくちゃ職人。

 笛使いが1人いるだけで、こんなにも狩りがやりやすくなるなんてさすがに予想外だったわ。

 

 最近狩った一番の大物といえば、やっぱりディアブロスだろう。

 

 俺はハンター。

 新大陸の未知を既知へと変えるためにいるんだ。

 だからこそどんなことがあろうと進み続けねばならない。

 

 目先の目標としては、古代樹の森で“古代竜人”に言われた『リオレウス』と『ディアブロス』を狩猟しその力を示すことだ。

 この前戦ったディアブロスは決して油断できるモンスターではなかったが、ゴッドさんのおかげで危うげなく狩ることができた。

 

 ゴッドさん『私は直接的な戦闘よりも、仲間をサポートすることの方が得意であり好きなのですよ』なんて言いながら笑ってたけど、これはガチだった。

 マジで感謝しかない。

 背中を預けられる仲間がいるってこんなにも心強いものなんだな。

 

「エクレア、早く帰ってきて。今度はハンター役やっていいから」

 

「つ、次は、パパも一緒にやろうね」

 

 ヒナタとツキミが俺を見上げる。

 

 そうだな、俺はコイツらを守らなくてはならない。

 

 モンスターを……狩らなくちゃならない。

 

 それが───人間の都合を押し付ける行為であったとしても。

 

「ええ、すぐ帰ってきます。ママの言うことを聞いて、いい子にしているのですよ」

 

「うん!」

 

「う、うん……!」

 

 ほんと、この人たち見てると家族っていいなーって思っちゃうわ。

 

「え、エクレア……も、もう、あんまりケガしちゃだめ、だよ」

 

 ツキミがぎゅっと俺の服を掴んできた。

 

「あらあら、ツキミは特にエクレアさんに懐いちゃったのね」

 

 ほんと、難しいよなこの世界。

 俺は安心させるように、優しくツキミの頭を撫でた。

 

「こう見えて、俺は強いんだぜ? それにツキミちゃんのパパと一緒に行くんだ。どんなモンスターにだって負けないさ」

 

 そう言うと、ニパッと笑った。

 

「い、いい子にして、待ってるね……! だから、早く帰ってきて!」

 

 こうしてエリーナさん達に盛大に見送られながら、俺とゴッドさんは狩りへと向かった。

 

 今日対峙するモンスターは古代樹の森の主にして空の王者『リオレウス』だ。

 

 油断していい狩りなどありはしない。

 

 次は───“ごっこ遊び”じゃないんだから。

 

 どうしてもあの金銀夫婦が頭を過ぎる。

 

 何事もなければいいが、覚悟だけはしておこう。

 

 

 ++++++++++

 

 

「それではお気をつけて! 私は情報を纏めながらこちらで待機しておりますので、何かあればお戻り下さい! エクレア、無理しないでくださいね!」

 

「いちいちうるせーよ」

 

「フフ、随分と仲がいいのですね」

 

「やめてください、マジで」

 

 くぅぅ、ゴッドめぇぇ。

 てめぇはいいよな!! 

 美人な嫁さん居てよ!! 

 

「おっと失礼、それでは行きますか。すぐに戻りますよ」

 

「はい! お気をつけて!」

 

 俺とゴッドさんは森へと入っていく。

 もはや俺たちに先程までの弛緩した雰囲気はありはしない。

 ここからは『狩り』だ。

 気を抜けばどんなに百戦錬磨のハンターでさえ呆気なく死ぬ。

 そのことを俺たちはよく理解しているんだ。

 

「以前少し話しましたが、この世界は私たちの知るそれとは多少異なります。いわゆる『特異種』だけではありません。それらが及ぼす影響によって微妙に変化しているのです」

 

 少し歩いたところでゴッドさんが話始めた。

 周りの警戒を解くことなく耳を傾ける。

 

「それだけ『特異種』が異常ということですね」

 

「その通り。どんなイレギュラーがあってもおかしくありません。そして貴方が仰っていた『金銀夫婦』とそれを従えるアイルー。にわかには信じがたいですが、不思議ではありません」

 

「ええ、俺も最初目を疑いましたよ」

 

「もし、それらがアステラの仲間達の脅威となるのなら……覚悟を決めなければなりませんね」

 

「……はい。対処できるのは俺らくらいでしょうから」

 

 本当……嫌な世界だ。

 自分の命を賭けるのさえものすごく嫌だってのに、仲間にもそれを求めなくてはならない。

 ハンターってのは本当にクソだ。

 

「───やはり“彼女”とも早く合流しなくては」

 

 ゴッドさんの言う“彼女”が一瞬分からなかったが、すぐに答えにたどり着いた。

 

「それって『ユウ・タキライ』さんのことですか。……女性だったんかい」

 

「ええ、とても麗しい女性ですよ。『蒼の死神』と呼ばれ畏怖されるほど弓の名手であり、新大陸に残る『転生者』でもあります。今は大団長と共に調査に出かけているはずです」

 

「へぇ……弓。ほんと早いとこ合流したいですね」

 

 弓使いがいればあの金銀夫婦とも何倍も戦いやすくなる。

 リオレウスみたいなよく飛ぶモンスターにも安定して火力を出せる弓って本当強いよな。

 大剣に魅了されてしまった俺は使おうと思わんけども。

 

 聞いた話によれば新大陸に残る転生者は3人。

 俺とゴッドさん、そしてまだ見ぬ『ユウ・タキライ』だ。

 早いとこ集まらねぇとな。

 

 

 ───“その時”がいつ来てもいいように。

 

 

 それからも俺たちは会話を重ねながらこのクソ広い樹海を進んでいった。

 迷うことはない。

 だって俺たちには“経験”があるんだから。

 何度もこのマップで狩りをしたという、知識という名の経験が。

 

「ではまずバフをかけますね」

 

 目的地付近。

 そこでゴッドさんが笛を奏でる。

 この感覚好きだ。

 身体の底から力が溢れ、気力がみなぎる。

 

「んじゃ行きま───」

 

 その時だった。

 

「グルガァァァアアアッ!!!」

 

 リオレウスの咆哮が響いた。

 いつだって狩りは唐突に始まる。

 

 

 だがまあ───なんの問題もない。

 

 

「とりあえず開けた場所へッ!! 巣のあるエリアで戦いましょうッ!!」

 

「ええ!! 賛成です!!」

 

 俺とゴッドさんは走り出す。

 こんな場所で戦ってもデメリットしかない。

 

 巣のあるエリアへ抜けた。

 

 すぐにリオレウスと対峙するため臨戦態勢を───とれなかった。

 

 あるものが俺の目に飛び込んできたからだ。

 

 

 それは───『卵』である。

 

 

「……クソっ。またかよ」

 

 お前もそうか。

 ただ守ってるだけなのか。

 やめてくれよ。

 まじで。

 

「気を引き締めなさいッ!!」

 

 今まで一度も聞いたことがない、目が覚めるようなゴッドさんの怒声だった。

 

「私たちはハンター!! 命を賭してモンスターを狩る者ですッ!!」

 

 そうだ。

 俺はハンターなんだ。

 わずかな油断によって命を落とす。

 誰よりもその事を理解していたはずなのに。

 

「すみません。もう大丈夫ですッ!!」

 

「グギュルガァァァッ!!!」

 

 火炎ブレスによる攻撃。

 それを躱し、続け様に行われた爪による空中強襲攻撃をも躱す。

 

「オラァァァッ!!!」

 

 躱すだけではなく一発食らわせる。

 リオレウスは一瞬怯んだように見えたが、すぐに空中へと羽ばたいた。

 

 今の一連の攻撃だけでもよくわかる。

 

 

 コイツは───“普通”じゃない。

 

 

「身体の至る所に無数の傷。歴戦個体かもしれません!!」

 

「ちくしょうこれも『特異種』って奴の影響かッ!?」

 

 攻撃パターンも若干分かりずらい。

 俺たちのような『飛べない奴』が嫌がる事をよく知っているかのような動き。

 ほんと厄介だわ。

 

 でもまあ、それだけだ。

 

 何の問題もありはしない。

 

 予想より時間がかかるかなってくらいだ。

 

 心はとても静かだし、動きもよく見える。

 

 大丈夫。

 

 狩れるさ。

 

「いつも通り好きにやりますよ、ゴッドさんッ!!」

 

「えぇ!! 援護は任せて下さいッ!!」

 

 それからは早かった。

 金雷公との戦闘によって、俺は大切なオトモと左目を失ったかわりに想像以上に強くなったようなんだ。

 

 はっきり言って、この程度の狩りは良くないとわかっていても“ぬるい”と感じてしまう。

 

 気づけば空の王者は地に伏していた。

 

「グル……アァ……」

 

 迷うのは一瞬。

 

 分かってる。

 

 最後まで気は抜かねぇよ。

 

 うだうだ考えんのも後でいい。

 

 

「…………」

 

 

 凍てついた心のままに───俺は大剣を振り下ろした。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ……ん? 

 

 俺は妙な胸騒ぎと共に重い瞼を持ち上げた。

 根拠などない胸騒ぎ。

 理由が分からないからこそもどかしい。

 

『どうした? ソル』

 

 どうやらルナは、俺が起きたことを敏感に感じとったようだ。

 起こしてしまった。

 悪い事をしたな。

 

「んにゃぁぁ……」

 

 オモチは余裕で寝ている。

 

『いや、なんでもない』

 

『そうか』

 

 ただ、違和感だけが残って気持ち悪い。

 本当にどうしたんだ俺は。

 もうすぐ生まれるから、ピリピリしてるだけだろうか。

 

『ちょうどいい。オモチ、起きろ』

 

「うにゃぁ……にゃ? ……んぅ……どうしたのにゃ?」

 

 どういうわけか、ルナはオモチを鼻先で小突いて起こした。

 訳が分からない。

 なぜ起こす必要があるんだろう。

 

『よく動く。生まれそうだ』

 

 一瞬、ルナが何を言ったのかまるで理解できなかった。

 

『……は?』

 

「……え」

 

 とんでもなく突然だった。

 

 ほんの僅かに静まり返る。

 

 そして───

 

『えぇぇぇええええッ!!!』

 

「にゃんですとぉぉぉおおおッ!!!」

 

 響く絶叫。

 ルナがフルフルと動いたり動かなかったりする卵を見せてきた。

 確かに動いている。

 

 本当に生まれるんだ。

 

『こ、心の準備が……』

 

「だ、大丈夫にゃ……た、たたた、ただ見守ればいいにゃ」

 

『そ、そうだよな、うん』

 

 マジで生まれるのか……。

 色々と心中穏やかじゃない。

 

 

 そんな時───不意に思い出したのは『古代樹の森』の“アイツ”だった。

 

 

 そういえば、元気にしているだろうか。

 ルナが卵を産んでから会っていない。

 ここを離れるわけにはいかなかったからな。

 まあヤバくなったらプライドなんてかなぐり捨てて逃げろって口酸っぱく言ってあるし、大丈夫だろう。

 

 もう少し落ち着いたら様子を見に行きたいな。

 

『……ん?』

 

 何だか懐かしい気分になっているとき、その“音”が聞こえてきたんだ。

 

 パリっ、とか、カシャっ、みたいな。

 

 そんな音が。

 




お読みいただきありがとうございました。
皆さんの待ってましたって言葉がすごく嬉しかったです。


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023 破滅の始まり。

 

 オモチです。

 私は最近気づいたことがあります。

 とてもとても重大な事実です。

 

 それは───別に一人称を「ボク」にしたり、語尾に「にゃ」を付ける必要は全くなかったということ……です。

 

 いやー、びっくりですよほんと。

 なんで私は真顔で「〜にゃ!」って喋れているんでしょう。

 ……我ながら恥ずかしすぎです。

 

 でも言い訳させてください。

 なんというか、この身体には強烈な“記憶”のようなものがあってですね、私はそれに引っ張られていただけなんですよ。

 上手く言葉にできないんですけど……私にとっては普通じゃなくても、“この身体”にとって「ボク」や「にゃ」は普通なんです。

 

 だから、その……仕方ないんです! 

 私は悪くありません! 

 

 ……悪くない……ですよね? 

 

 まあ重大事実といってもこれだけです、はい。

 ただこれそこそこ問題なんです。

 だって「ボク」や「にゃ」でここまでやってきたんですよ? 

 気を遣ってくれてるのか、私が転生者であると知っているソルさんだってこの点には一切触れてきません。

 

 なのに……今更やめれませんよ。

 逆に恥ずかしいです。

 え、今までキャラ作りだったの? とか思われたら死んでしまいます私。

 

 というわけで開き直ることにしました。

 これが普通ですけどなんですか? 的な顔でこれからも「ボク」や「にゃ」って堂々と言っていこうと思います、はい。

 

「クゥル……」

 

「あちっ!!」

 

 さて、私のことはこのくらいでいいですね。

 もっともっとお祝いすべきことがあるですから。

 

 それは……ついにソルさん達の子供が生まれたのです!!!! 

 

 いやぁ〜おめでたいっ!! 

 

 名前は紫毒姫の『ティア』ちゃんと、黒炎王の『レオ』くんです! 

 

 しかも名付け親は私なのです。

 何故かルナさんに猛烈に頼まれ、ソルさんも私に付けて欲しいと言ってくれましたので、僭越ながら付けさせて頂きました! 

 と言っても深い意味なんかはなくて、お姫様といったら“ティアラ”で、王といったら“ライオン”かなと……。

 

 ま、まあ考えすぎもよくないですから! 

 こういうのは直感に従った方がいいと思います! 

 幸い、ソルさんとルナさんもとても気に入ってくれてますし。

 

『弱っちィ! 弱っちィ!』

 

『うぅ……やめてよ姉ちゃん……』

 

 それにしても竜の成長速度には本当に驚きですね。

 生まれてまだ半年くらいしか経ってないと思うのですが、もうしっかりとした自我があるどころか言葉を喋ります。

 走り回ります。

 これはなんでしょうか。

 過酷な世界を生き残るために成長が早いんですかね? 

 難しいことはわかりませんが、とにかく凄いなぁって思います。

 

「コラー! 弟をいじめちゃダメにゃー!」

 

『アタシ悪くない。コイツが弱っちィのが悪い。ムカつく』

 

『うぅぅ……オモチ───ゲホッ』

 

「あちゃァァァァァッ!!」

 

 ちょっと咳をしただけなのに、笑い事じゃないくらいの炎に包まれました。

 すぐさま地面を転げ回って鎮火します。

 ヤバいです。

 本当にヤバいです。

 さすが黒炎王。

 

『あ、ごめん……オモチ。やっぱりボクはだめだめだ……』

 

「そんなことないにゃ! 誰にでも間違いはあるにゃ!」

 

 この子たちはとってもわかりやすい性格をしています。

 姉のティアちゃんは完全にルナさん似。

 気性はとてつもなく荒めです。

 でもとても器用で、あの世にも恐ろしい『劇毒』を撒き散らすなんてことはほとんどありません。

 誰に教わるでもなくすでに制御できています。

 

 そして、弟のレオくんはその真逆ですね。

 怖がりでとっても不器用。

 くしゃみや咳をする度にちょっとした爆炎が吹き荒れます。

 でも心優しい子です。

 オモチー、って言いながら私に甘えてくるのでめちゃくちゃかわいいです。

 

『オモチ、オモチ』

 

「ん、どうしたにゃ?」

 

『見てて』

 

 そう言うと、ティアちゃんがぴょんと飛び跳ね、そのまま空中で一回転して着地しました。

 

「凄いにゃー!!」

 

『……ふつう』

 

 ちょっと照れくさそうにするティアちゃんもとってもかわいいです。

 それにしても凄い運動能力ですね。

 さすがというべきですか。

 

『オモチ、ボクも───イテっ』

 

「だ、大丈夫かにゃ!?」

 

『う、うぅ……イタイ……』

 

 お姉ちゃんの真似をして、予想通り失敗するレオくん。

 

『アンタにできるわけないじゃん』

 

 呆れたようにそんなことを言い放つティアちゃん。

 よしよしと、レオくんをなだめてあげます。

 

「ダメにゃ、そんなこと言っちゃ。ティアはお姉ちゃんだから、弟にいじわるしちゃだめにゃ」

 

『ふん』

 

 トコトコとどっかに行っちゃいました。

 ほんと、手が焼けます。

 最近は本当に困らされる毎日です。

 いっつもクタクタに疲れちゃって夜はぐっすりですよ。

 

 

 でも───不思議と今とっても幸せです。

 

 

 ++++++++++

 

 

 俺は狩り殺したアプトノスと共に自らの巣へと翼をはためかせる。

 きっとこれだけでは足りないだろう。

 コイツを届けたらまたすぐ狩りにでないとな。

 なんたって家族が増えたんだから。

 

 あーもう大変だまったく。

 

 ……ふっふっふっ。

 

 おっといかん、気を抜くとついニヤけてしまう。

 この世界が弱肉強食の恐ろしい世界であることを忘れそうになってしまう。

 ダメだな、より一層の気を引き締めなければいけないのに。

 これまで以上に守るものが増えたんだ。

 

 ……とは言うものの。

 

 あー、だめだ。

 どうしてもあの子たちのことを考えるとニヤけてしまう。

 でもどうしよう。

 自分で言うのも何だが、俺はあの子たちに甘すぎる気がしないでもない。

 

 まあ、今はまだいいだろ。

 だけど今後あの子たちが何か悪さをした時、俺は父親として叱らなくてはならない。

 強い子に育てる為には時に厳しく、獅子の子落とし的なことをしないといけないのかもしれない。

 

 ……無理だ。

 

 絶対に無理だそんなこと。

 

 不安で俺が死んでしまうわ。

 

 まあ……まだ先の話だし。

 とりあえず、考えるのをやめよう。

 早くあの子たちに会いたいってことしか今は考えれんは。

 

 

 ───その時。

 

 

 鼻を刺すようなその鋭い匂いが俺の意識を瞬く間に塗り替えた。

 とてもよく知るそれは……血の匂いだ。

 しかも匂いのする方向は、巣のある『龍結晶の地』の近くである。

 

 多少ならば無視する。

 この世界は血の匂いで溢れてる。

 珍しくもない。

 しかしそれは、俺くらいの体躯を持つ竜の致死量ほどに濃厚なのだ。

 無視できるはずがない。

 

 ……確認するべきだ。

 

 なんとしても脅威は排除しなくてはならない。

 

 その結論に至ると同時に、俺は狩り殺したアプトノスを手放していた。

 高度を上げながらその地点へと向かう。

 近づくにつれて神経がひりつく。

 

 だが、他の匂いはしない。

 たぶん狩った側の存在はもういないのだろう。

 十分に警戒しつつ、ゆっくりと高度を下げていく。

 

 そして……その血がどの竜のものか分かった。

 

 

 古代樹の森に住むアイツの“嫁”のものだった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 その後、ソルは周辺に捕食者もしくはハンターがいないことを入念に確認した。

 しかしどちらも見つかることはなかった。

 

 不吉な予感を感じつつ、ソルが次に向かったのは古代樹の森である。

 

 確かめなくてはならなかった。

 

 そして、その事実と直面する。

 

 古代樹の森の主であり、友である火竜はもうこの世のどこにもいないのだ。

 

 何の因果だろうか。

 

 第4期団の転生者ハンターであるユウ・タキライ、及び大団長が“仕留めた雌火竜”と共にアステラへ帰還を果たしたのも、ほぼ同時刻の出来事であった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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024 抗えない運命。

 

 大団長が帰還した。

 原作にはいない、蒼い着物のような装備を身に纏った女性を連れて。

 理解するのに時間はかからなかった。

 あぁこの人だ、と思った。

 

 そこからの流れは想定通りのもの。

 大団長が発見した『龍結晶の地』の調査を俺たちに任せるとのことだ。

 

 だが、やはり気になるのは狩猟したであろうリオレイアとともに帰還したことだ。

 偶然遭遇したから狩らざるを得ない状況になったのかもしれない。

 ただ俺は何となく違う気がした。

 こればかりは感覚の話だが。

 

「おい、お前」

 

「よォ!」

 

 鋭く刺すような女性の声と、低めのアイルーの声。

 俺は兜を脇に抱えたまま振り返った。

 そこに居たのは、先程大団長と共に帰還した“転生者”と思われる綺麗な女性がいた。

 あとやたらイカついオトモアイルー。

 

「───『5番目』だろ?」

 

 ……“5番目”という言葉に戸惑ったのは一瞬で、すぐにその意味を理解した。

 だから、

 

「そう、ですね」

 

 と答えた。

 我ながら当たり障りない返答だったと思う。

 

「……チッ、甘ったれが」

 

「…………」

 

 でも、どうやら何かが気に障ったらしい。

 めちゃくちゃ嫌そうな顔された。

 普通に心折れそう。

 俺がいったい何したっていうんだよ。

 ただ返事しただけなのに。

 

「お久しぶりですね、ユウさん、ウメボシさん」

 

『そう、ですね』と答えたら『……チッ、甘ったれが』と言われた場合の模範解答を誰か俺に教えてくれと切に願っていると、今度はよく知る声が聞こえた。

 ものすごく安心している自分がいる。

 

「久しぶりだなァ、ゴッド!!」

 

「なっ! ゴッドさん、帰っていらしたんですね! ご挨拶が遅れて申し訳ありません!」

 

「いえいえ、謝る必要はありませんよ。こちらこそ直ぐに声をかけられず申し訳ありません」

 

「やめてください! ゴッドさんが謝ることなんて何一つありませんよ! ゴッドさんを見つけ真っ先に挨拶できなかった私が悪いんです!」

 

「フフ、謝ってばかりですね。ではお互い様ということで、このくらいにしておきましょう」

 

「分かりました! ゴッドさんがそうおっしゃるなら!」

 

「…………」

 

 ねぇ、ちょっと違いすぎない? 

 俺の時はすっごい嫌そうな顔で『……チッ、甘ったれが』だったんですけど。

 初対面でそれだったんですけど。

 なのにゴッドさんにはこれ? 

 明らかにテンション高いし。

 クールな美人キャラと思ったら全然違うじゃん。

 

「積もる話もあります。どうでしょう。これから私の家で少し話ませんか?」

 

「俺ァ構わねェぜ」

 

「もちろんです! エリーナさんにも挨拶させて下さい!」

 

「それは良かったです。もちろんあなたもですよ、エクレアさん」

 

「あ、俺もですか?」

 

「……チッ」

 

「…………」

 

 もう嫌だこの人ォォォォッ!!! 

 俺が何したっていうんだァァァァッ!!! 

 

 

 ++++++++++

 

 

 ───『エクレア』

 

 

 そう呼ばれた“5番目”の転生者を見た瞬間、私の心は苛立ちで満たされていった。

 この世界に来たばかりの自分を見ているようだったからだ。

 モンスターハンターの世界に転生したという事実に浮かれ、自身が強者であることにあぐらをかく。

 あまりにも容易く命の灯火は消えるのだということをまるで理解していない。

 5番目には期待していたということもあり、その苛立ちは小さくなかった。

 

 だけど───

 

「───エクレアさんは“あの”ジンオウガをソロで討伐しました」

 

「冗談……かにゃ?」

 

「……今なんと?」

 

 一気に血の気が引いていく感覚。

 驚愕しすぎて心がぐちゃぐちゃだ。

 大恩があるゴッドさんの言葉を疑うなんてあってはいけない。

 それでも、とても信じられるものではなかった。

 

「金雷公をソロで討伐したんです、エクレアさんは。だからユウさんもウメボシさんも、敬意を払わなければいけませんよ」

 

「そん……な。信じられない……だってあのモンスターは───」

 

「えぇ、私たち2人とウメボシさんで挑み撃退するのがやっとでした」

 

「苦い記憶だぜ……にゃ」

 

 私は改めてその青年を見る。

 ツキミちゃんとヒナタちゃんと戯れながら、困ったような笑みを浮かべている。

 覇気なんてまるで感じない。

 普通の青年。

 

「信じられませんよね。私もこの目で見ていなければ貴方と同じように疑っていたでしょう」

 

「……じゃあ本当に」

 

「はい、嘘はありませんよ。その際、左眼とオトモアイルーを失っております」

 

「…………っ」

 

 

 ───『竜王の隻眼』

 

 

 私が彼を侮った原因はそれだ。

 ただのファッションアイテム。

 そんなものをつけているのは、この世界を舐めきっているからに他ならないと思った。

 

 でも違った。

 私の想像軽く凌駕するほどの経験をした───紛うことなき『ハンター』だった。

 

 気づけば私はエクレアの前に膝を着いていた。

 

「本当にすまない!」

 

「……え」

 

 心からの謝罪。

 地べたに頭を擦り付け、ひたすらに謝った。

 

「私は君を侮っていた!! 本当にすまない!!」

 

「ちょ、ちょっとやめてください! 顔を上げて下さい!」

 

「あー! エクレアがユウちゃんをイジメてるー!」

 

「イジメてないよ! あの子供も見てますんで……」

 

「だがそれでは私が私を許せない!」

 

「本当に大丈夫ですから! これから協力していきましょう!」

 

「だが───」

 

「……あの、本当にもう大丈夫ですんで」

 

「え、エクレア……あ、あんまり、ユウちゃんをいじめちゃ……ダメだよ……?」

 

「違っ……アアアァァァァっ!!」

 

 彼は頭を抱え込んでしまった。

 私の謝罪は伝わったんだろうか。

 不安だ。

 やはりもっと謝ろう。

 私の誠意を伝えなくては。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ……なんなんだこの人。

 本当になんなんだよマジで。

 初対面ですっごく冷たい態度とってきたと思えば、急にめちゃくちゃ謝ってくる。

 もはや怖いわ。

 ツキミちゃんとヒナタちゃんも見てるところで謝ってくるもんだから、完全に悪者だわ。

 

「俺ァ、ウメボシ。よろしくにゃボウズ!」

 

「……あ、はい。よろしくお願いします」

 

 この歴戦の猛者感半端ないオトモアイルーも怖いし。

 

「改めて、私はユウ・タキライ。知っての通り、君と同じ転生者だ。よろしく頼む」

 

「えっと、こちらこそ。エクレアです。よろしくお願いします」

 

「先程は本当に───」

 

「あの、その件はもう本っっっ当に大丈夫なんで」

 

「分かった。君がそう言うならばもう謝るのはやめておこう」

 

「フフ、2人がさっそく仲良くなったようで私も嬉しいですよ」

 

 ……ゴッドさん、あんたの目は時々とっても節穴になりますよ。

 ご自覚下さい。

 

「───それでは、本題に入らせてもらう。私が龍結晶の地で見た『銀火竜』についてだ」

 

 そう言って、ユウさんは話し始めた。

 先程までのおどけた雰囲気はもうどこにもなかった。

 

「私と大団長は龍結晶の地で銀火竜を見た。おそらく5番目の特異個体。極めて強力だ。今すぐに討伐しなくては手がつけられなくなると思う」

 

「銀火竜ですか」

 

「まさか……」

 

 銀火竜、と聞いて直ぐに俺はすぐに分かった。

 多分アイツだ、と。

 この世界で最初に“恐怖”を植え付けられた存在。

 

「知っているのか、エクレア?」

 

「たぶん。俺の知る銀火竜ならばソイツには番がいる」

 

「なんだとッ!? 番がいる……クソッ!! 遅すぎるくらいだ!!」

 

 ユウさんの怒声が響く。

 だが、俺は言わなくちゃいけない。

 それ以上に絶望的事実を。

 

「それだけじゃない。アイツらを従える存在がいるんだ。───1匹の『アイルー』だ」

 

「……は?」

 

 空気が凍った。

 

「アイルー……だァ?」

 

 ウメボシが問いかけてきた。

 俺だって信じられないさ。

 でも、確かにこの目で見たんだ。

 

「あぁ、『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』の時に銀火竜と金火竜が現れた。一目でヤバいと分かった。まあ、何もせず立ち去ってくれたんだが。その時見たんだ。───銀火竜の背に、一匹の『アイルー』が乗っているのを」

 

 しばらく無言の時間が流れた。

 全員がこの事実を受け入れられないんだ。

 そりゃそうだよ。

 俺だって未だに信じられない。

 あんなヤバいモンスターを従えるアイルーがいるなんてな。

 

「……すまねェが俺ァおりるぜ」

 

「ちょっとウメボシッ!! これは個人の感情で決めていいことじゃ───」

 

「───もう俺ァ身も心もとっくに『アイルー』なんだぜ?」

 

「……っ」

 

「どんな理由があろうと同族とは戦いたくねぇ。悪ぃな」

 

 そう言うと、ウメボシは本当に出ていってしまった。

 身も心もとっくにアイルー。

 その言葉の意味はあまりよく分からなかったが、全てが理解できなくはない。

 俺だってどんなに悪人だろうと、同じ人間を殺せるかと聞かれれば分からないと答える。

 

「……仕方ない。私たちだけでこの件はどうにかするしかないわ」

 

「えぇ、そうですね」

 

 重い空気が流れる。

 本当に嫌になるな。

 ハンターってやつは、どう足掻いてもモンスターと戦う運命らしい。

 

「……直ぐに対処するのは不可能。でも、何もしないのも愚かだと思う。だからまずは『調査』するというのはどうだろう」

 

「調査、ですか」

 

「はい。寝床はどこか、本当に番とアイルーがいるのか、何か他にも未知の要素はないか。まずはそういった情報を集めるんです」

 

 ユウさんの提案。

 とてもいい案だと思った。

 

「なるほど。それなら“敵対しない道”もあるかもしれないな」

 

 何気ない発言だった。

 

「───何を言ってるの?」

 

 だからユウさんの雰囲気が変わった時、驚きを隠せなかった。

 

「躊躇してはいけない。特異種の危険は絶対に排除すべきだ。私たちの仲間がそのモンスターに殺されたらどうする?」

 

「…………」

 

 何も言えなかった。

 彼女の瞳の奥に揺るぎない意志を見たから。

 きっと、彼女は俺が何を言っても曲がらないだろう。

 

「その辺にしましょう、ユウさん」

 

「……少し感情的になった。申し訳ない」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「どちらにせよ、調査するという案には私も賛成ですね。情報がなければ対策の仕様がありませんから」

 

「そうですね……」

 

 そこからもしばらく話し合いは続いたが、結局『銀火竜』の調査するということで纏まった。

 最初に見た時から、何となくこうなるような気はしていたんだ。

 

 

 いつか必ず対峙する時がくるって───。

 

 




……お久しぶりです。


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025 覚悟の強要。

 

 その姿を目にした瞬間、俺の心は『恐怖』一色に染った。

 

 自身の縄張りを侵されたことへの怒りだとか、古代樹の森のアイツらが殺されたことへの悔しさだとかはまるでなかった。

 ただひたすらに恐怖のみが俺を支配したんだ。

 

 

 ルナ、オモチ、そして───子供たち。

 

 

 俺が命にかえても守りたい大切なものが、全てグチャグチャに壊されてしまう。

 そんな未来を幻視した。

 

 今、視界に映るのは3人のハンター。

 

 並のハンターならばいい。

 何人いようが敵じゃない。

 殺すことはあまりにも容易い。

 

 だが……コイツらはダメだ。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 3人というのが最悪だ。

 一人一人があまりにも強すぎる。

 コイツらの内一人と対峙したとしても、俺は死を覚悟して戦うことになるほどに強い。

 

 どうする。

 どうすればいい。

 

 そうだルナを呼びに───いや駄目だ。

 

 そんなことはできない。

 あぁ、クソが……。

 アイツの存在が、いつの間にかこんなにも大きくなっていたなんてな。

 

 コイツらが進む先には俺たちの巣がある。

 このままでは見つかってしまう。

 本当に最悪だ。

 いろいろな事が重なりすぎて気づくのが遅れた。

 もうこんな時期だったなんて。

 

 いや、これは今考えるべきことじゃない。

 生きてさえいれば、後悔なら後でいくらでもできる。

 なんだ。

 今できる最善はなんだ。

 

 思考が回る。

 次から次へと押し寄せる波のように、いろいろな思考がめまぐるしく脳の中を駆け巡る。

 

 そして見つけた。

 この状況における唯一の幸運。

 

 それは俺だけがアイツらの存在に気づいているということだ。

 そう、これは好機なんだ。

 奇襲による先手をうてる。

 

 思考を切り替える。

 この奇襲により必ず一人殺したい。

 2人を相手にするのもかなり厳しいだろうが、3人ならば勝機は完全にない。

 これは本能によって確信している。

 

 ならば誰を狙うか。

 一番殺したいのはあの大剣を持ったやつ。

 あの時見た……おそらく『主人公』

 だがこの考えは即座に捨てる。

 ……無理だ。

 たぶん奇襲如きで殺せる奴じゃない。

 

 狙うなら左右のどちらか。

 

 俺は迷った。

 理性に従うか、本能に従うか。

 だが、すぐに答えを決めた。

 本能に従うと。

 

 

 そして───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 

「お父さん早く帰ってきてね! わたし良い子にしてるから!」

 

「えぇ分かりました。できるだけ早く帰ってきます。それまでお母さんの言うことよく聞くのですよ」

 

「ユウちゃんも帰ってきたら遊ぼ!」

 

「分かった。いっぱい遊ぼうね」

 

「うん!」

 

「エクレアも……き、気をつけて……」

 

「ありがとう。すぐに帰ってくるよ」

 

「うん……!」

 

 ヒナタとツキミに見送られながら俺たちは翼竜に掴まった。

 今日、ついに『銀火竜の調査』に向かう。

 これまでに幾度かの狩猟を共に行い、連携も確認済み。

 アイテムも抜かりない、5回は確認したから。

 準備万端と言える。

 

「名目上は龍結晶の地の調査。あまりにも未知の要素が多い。そのため現場での判断は私たちに一任されている。その意味がわかるな?」

 

「当然ですよ、ユウさん」

 

 何が起ころうと独自の判断で対処していい。

 そういう意味だ。

 

「表情がかたいですよ」

 

 不意に、ゴッドさんが俺にそう言った。

 

「……え、そうですか?」

 

「えぇ、そうです。貴方は物事を少々悲観的に考えすぎるところがあるように思います」

 

「はい……そうかもしれません」

 

「それが悪いわけではありません。貴方ほどの実力がありながら決して驕らず、侮らないというのはとても素晴らしいと私は思います。ですが、貴方は強い。私が出逢った誰よりも。だからほんの少しくらい、自信を持っても良いのではないでしょうか」

 

 心が少しだけ軽くなった気がした。

 知らず知らずのうちに気負っていたのかもしれない。

 ほんと、ゴッドさんにはいつも助けられているな。

 

「そういうことだ。ゴッドさんが言うのだから間違いない。それに───私たちもいることを忘れるな」

 

 ユウさんは特異種に仲間とオトモアイルーを殺された過去を持つ。

 それを聞いたとき、少しだけ俺と似てるなと思った。

 皆この世界で様々な経験をし、それを乗り越えて今ここにいるんだ。

 

「…………」

 

 そうだ。

 俺はもう一人じゃない。

 こんなにも心強い仲間が2人もいる。

 ゴッドさんとユウさんがいれば、どんなモンスターだろうと狩猟できる自信がある。

 

 

 それなのに───何故だろう。

 

 

 妙に心がザワつくのは。

 嫌な予感が暗い雲のように広がっていく。

 

 辺りの風景に目を向ける。

 とても美しい。

 こんなにも美しいのに……木々が、何気ない匂いが、微から風までもが意志を持っているように感じる。

 悪意が何かを期待しているかのように。

 

「見えてきましたよ。『龍結晶の地』です」

 

 ゴッドさんの言葉が俺を現実に引き戻す。

 首を振り、嫌な考えを頭の外へ追い出した。

 

「……お二人の言う通りです」

 

 だけど、これだけは言っておきたかった。

 言わないといけないと思った。

 

「ハンターとして、俺たちは強い。とても強い。それでも───」

 

 

 ───覚悟だけはしておきましょう。

 

 

 本当は『油断せずにいきましょう』と言うつもりだったんだ。

 なのに、なぜか俺は“覚悟”という言葉を口にしていた。

 その理由はわからない。

 自然とその言葉がでてきたんだ。

 

「何を言うかと思えば、そんなものはとうにできている」

 

「えぇ、私もです。ですがもしも、貴方たちに危険が及んだならば私は命を賭して守ります。ですので私が危ない時は頼みましたよ、2人とも」

 

 そう言って、ゴッドさんは穏やかに笑った。

 

「当然ですよゴッドさん! 任せて下さい!」

 

「俺も、絶対に守ります」

 

「それは心強いです」

 

 2人と会話をしているうちに心に広がる不安が少しだけ消えた。

 完全に消えたわけではない。

 それでも、今は進まないといけない。

 迷いは隙となる。

 

 心を鎮めよう。

 感覚を研ぎ澄ませよう。

 大丈夫だ。

 俺ならば何が起きても対処できる。

 

 そして、俺たちは龍結晶の地へと足を踏み入れた。

 記憶通りの幻想的な世界。

 しかし警戒は怠らない。

 予想もつかないことがいつ起きてもおかしくないのだ。

 警戒しすぎるくらいがちょうどいい。

 

「私と団長が“その銀火竜”を見たのはこの先だ。気を引き締めよう」

 

「分かりました」

 

「了解」

 

 短く返事を返す。

 ここまでは驚く程に順調だった。

 脅威となるモンスターにも出会わず、何の不測の事態も起こらない。

 

 途中、ドドガマルを見つけたが無視した。

 龍結晶の地の生態調査でもあるのだから狩猟しても何も問題はない。

 しかし、この地には銀火竜がいる可能性が極めて高いのだ。

 もしも戦闘中に乱入されればたまったもんじゃない。

 それゆえの判断だ。

 

 そして龍結晶の奥地まで辿り着いた。

 ユウさんはこの辺りで銀火竜を見たらしい。

 より一層気を引き締め、油断せずいこう。

 

 

 そう、油断なんてしていなかったんだ。

 

 

 それはあまりに突然だった。

 

「───ッ!!」

 

 おぞましい程の殺気を感じた。

 確実に俺を狙っている。

 その瞬間、身体は勝手に動いていた。

 視界内に敵はいない。

 ならば敵は後ろか上。

 

 2人はまだ気づいていない。

 良かった。

 狙われるのが俺で本当に良かった。

 俺ならば対処できる。

 

 流れるように大剣を抜き、後ろを向いた。

 刹那、暴風が吹き荒れる。

 何か巨大なものが俺の真横を通りすぎたのだ。

 

「グァァァァァッ!! は、離しなさい!! 離せッ!! 離してくれェェェッ!! い、いや……ギヤァァァァァッ!!」

 

 裂けたような悲痛の叫び。

 目に映るは銀色の翼。

 

 

 ───リオレウス希少種。

 

 

 その大きな顎にはゴッドさんが咥えられていた。

 銀火竜はそのまま回転するように上空へと羽ばたきながら、地獄の業火でゴッドさんを炭の塊へと変えた。

 

 

「グルガァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 あぁ、本当に。

 

 

 この世界はいつも───俺に覚悟を強要する。

 

 

 ++++++++++

 

 

「きゃははは!!」

 

 ヒナタは元気に走り回る。

 まるで小さな妖精のように。

 

「ヒナタ! 今日は洗い物を手伝う約束でしょ!」

 

「あとでー!!」

 

 そう言ってヒナタは走り去ってしまう。

 

「もう……あの子ったら」

 

 エリーナはため息をついた。

 

「ねぇ……お、お母さん……」

 

 その時、エリーナの袖を小さな手が掴む。

 

「どうしたのツキミ?」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 その言葉の意味をエリーナはすぐに理解した。

 ツキミは今にも泣き出しそうだ。

 

「大丈夫よ」

 

 だからエリーナは優しく頭を撫でた。

 少しでも安心させる為に。

 

「ツキミのお父さんはね、とっても強いのよ。悪いモンスターなんて簡単にやっつけちゃうわ。それに、エクレアさんやユウさんもいるもの。心配いらないわ」

 

「……うん!」

 

 ツキミは花が咲いたように笑った。

 

「ほら、ヒナタと一緒に遊んでおいで」

 

「わ、分かった!」

 

 ツキミもヒナタを追って走っていった。

 それを見送り、エリーナは洗い物を再開する。

 

 

 いつもと変わらぬ日常が、いつまでも続きますようにと願いながら───。

 



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