魔法少女リリカルなのはStrikerS ~ 炎殺の邪眼師 (コエンマ)
しおりを挟む

序章

久々の方はお久しぶりです、初対面の方はどうぞはじめまして。

駄文小説家見習い、コエンマです。

この作品『魔法少女リリカルなのはStrikeS ~ 炎殺の邪眼師』は私の処女作であります。一度はにじファンから消されてしまいましたが、皆様からどうにか復活して欲しいとのご要望が多く、ようやく戻ってくることができました。

ひとえに、皆様の応援ありきです。ありがとうございます。



それでは、毎度おなじみ注意書きテンプレから。


ん、んんっ! こほん。

えー、この作品は作者の我流で書かれています。

そのため、原作崩壊、低文章力、矛盾、原作設定改変、ご都合主義、誤字脱字、キャラ違うっていうか別人だろ、などあるとおもいますが、それらを深い心で許容できる方のみご覧下さい。

それでは駄文ではありますが、『魔法少女リリカルなのは ~ 炎殺邪眼師』をよろしくお願い致します。



「ほおー、お前が自分からここに来るとは珍しいな」

 

 オフィス机が並んだ部屋の一角、奥まった場所に存在する執務室から子供のような高い声が響いた。その周りでは喧騒がとどまることがなく、やれ書類がないだの、やれ管理担当がどうだのという怒号に近いものが満ちている。

 

 怒鳴り散らす上司と小さくなる部下、飛び交う書類、頭を下げ続ける担当者、髪を掻き毟る平社員、引っ切り無しになる電話。声だけ聞くならそれはありふれた日常の一端、会社や企業などの組織における忙しくも平和な一風景であろう。

 

―――働いている者達が赤やら青やら常人離れした肌の色に縞々の虎模様のパンツを履き、頭から角を生やしていることを除いては。

 

「ほざけ。貴様らが人間界に渡る際の決まりなどと勝手に決めたことだろうが。そうでなければこんな面倒な場所に誰が好き好んで来るものか。次の戦いで俺が勝ったら、こんな規定など白紙撤回させてやる」

 

 部屋に響く声は二人分。一つは子供のような声で、もう一つは底冷えするような低い男の声だ。

 

 男のほうはひどく不機嫌な様子でそれを隠そうともしない。それに答えるように、青を基調とした服に身を包んだ低い背丈の少年が諌めるように溜息を吐いた。

 

 頭に被った大きく縦に伸びた帽子にはでかでかと「王」という字が綴られている。そして何の冗談か、おしゃぶりを口に咥えていた。

 

「お前も変わらんなー。ま、一応人間界における安全面に気を使っての配慮だからな。面倒でもそこは承知しといてもらわんと困る。とりあえず体裁だけでも整えんといかんから、これを持っていけ。失くすなよ」

 

 そう言った少年が男に投げてよこしたのは紫色のコンパクトだった。男は心底いらないというような表情をしたが、少年に睨まれて舌打ちをしながらそれをポケットに仕舞う。

 

「領土争いをしていた当事者の台詞とは思えんが・・・・まあいい。ともかくオレは行く。これ以上ここにいるのも気分が悪いからな」

 

 白い布を鉢巻のようい巻いた額から続く眉間に皴が寄せられた。黒尽くめの服と白い長めのマフラーを首元に巻いた男はうんざりとしたようにそう言うと、少年から踵を返した。

 

「オ、オイ、まだ手続きが……それに今は少し間が悪「そんなもの勝手にやっておけ。貴様らの間など知ったことか」ぬ……うううう、ええい、勝手にしろ!」

 

 青い少年の言葉に反応することもなく男は既に背を向けていた。そのまま未練の欠片すら感じさせずに部屋を出て行く。少年はしばらく立ちすくんでいたが、今までで一番大きく溜息を吐いて社長椅子のような豪華な背もたれに身を沈めた。

 

 そこへ入れ替わるようにして二人の女性が入ってきた。一人は黒髪に和服を着飾った落ち着いた雰囲気の女性、もう一人は長い青髪をポニーテールでまとめた快活な雰囲気をした明るい表情の女の子だ。

 

 執務椅子に身を沈める少年に黒髪の女性がふうと息を吐いて顔を向けた。そして彼の去っていったほうを眺めながら怪訝そうに眉を寄せる。

 

「大丈夫なのですか?彼を知らないわけではありませんが、これでは……」

 

「いや、それは心配ないだろう。あ奴もあれで昔より大分丸くなっておるしな。自分から人間に危害を加えることはまずない」

 

 俯きつつも断言する彼の様子に女性はほうと安堵の息を吐いた。しかし、その横にいた青髪の女性が首を傾げて言った。

 

「でもコエンマ様、今人間界への次元扉は確か不安定だったはずですけど……」

 

「ああ、それのせいでワシらは人間界にいかずに今は様子見をしとったんだが、無視して出て行きおった。まあ、聞いたところで自重するような性格でもなし、どちらにしても結果は同じだっただろう。一応、保険はかけておいたが」

 

 保険? と不思議そうな反応をする女性を一瞥して少年は目を閉じる。そして男が去っていったほうをもう一度見やった。

 

(何も起こらなければいいんだが……面倒ごとはワシの心労が増えるばっかりだからな。ホント頼むぞ、『飛影』……)

 

 

 物言わぬ扉に向かって、少年はただただ平和だけを願っていた。

 

 

 

 

 




それでは皆様、どうぞよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編
第一話  出会い ~ 黒衣の剣士


第一話です。

遅れてすみません。


  -Side two girls-

 

 

 

 青い空が雲を引きつれて飛んでいく。太陽がだんだんと山の峰に近づいていき、大地をオレンジ色に照らす準備を始めていた。風は冬がまだ厳しいせいか、肌寒い。だが嫌いではなかった。こうして日課のように外に出ると、少ない期間でも日々の経過を感じる。

 

 当初は毎日のように降っていた雪も、二週間たった今ではほとんど降らない。そういえば、ニュースで今年の寒さは峠を越えたと言っていたような気がする。

 

「なのは、大丈夫? まだリハビリ始めてあんまり経ってないんだから無理しないほうがいいよ?」

 

 とある病院の屋上。

 

 風に煽られる髪を押さえながら、金髪の少女が隣に座る少女に向けて声をかけた。傾きかけ始めた太陽に照らされたその髪は、まるで金で縒った糸のようだった。

 

「大丈夫だよフェイトちゃん。それよりごめんね? 今日だって仕事が忙しいはずなのに私に会いに来てくれて……」

 

 なのはと呼ばれた少女は軽くはにかみながら笑いかける。もう一人の少女、フェイトはそれに対して目を細めながら「ううん」と首を振って自らも笑顔を見せた。

 

 だが、その表情に影が差しているように見えるのは光の加減のせいなのだろうか?

 

「当たり前だよ。私たち、友達なんだから」

 

 彼女の目を見つめながら、フェイトは彼女の手を握る。影の気配は一瞬にして霧散し、あったかどうかさえ分からないように笑顔の中へと消えた。

 

「えっと……リハビリはどう? 少しは進んだ?」

 

「……ううん、全然」

 

 フェイトの質問に、なのはが顔を俯かせながら乾いた声で答えた。視線は下げられ、長い前髪で隠れた顔からは何もうかがい知ることはできない。ただ、健全とは程遠い表情をしているだろうことは誰が見ても伺い知れただろう。

 

「なんかね、手すりを掴んでもちっとも足が動かないの。どんなに力を込めても、ふにゃってなっちゃって前に進んでくれないんだ。アシスト使ってるのにダメダメだね、私。今日なんか、手まで痺れてきちゃって床に倒れちゃった。看護婦さんが来るまでそのままで、痛くて助けを呼ぶことも出来なかったよ。一歩先ってすごく遠いんだね」

 

「なのは……」

 

 空ろな目をしてただ零されていく彼女の言葉にフェイトは眉間に力を入れてぐっと息を飲み込む。歯を食いしばり、拳は強く膝の上で渦を巻いていた。そうしないとこらえているものが溢れてしまいそうだったから。

 

「先生も看護婦さん達もね、みんなみんな良い人なんだ。だから……だから辛いの。とっても優しい人ばかりだから、もし私がもう二度と……」

 

「――っ!? なのはっ!」

 

 フェイトが叫ぶようにしてなのはの言葉を遮る。そして顔を上げた彼女の目を見て首を振った。

 

 

 

『その先は言わないで。言っちゃだめ』

 

 

 

 涙が滲むのを堪え、悲しみが噴き出そうとするのを必死で抑えながら、フェイトは親友の中に映った自分から目を逸らさなかった。なのははそんな親友の心に感謝する。

 

 だがそれを見通してなお、空虚な笑みが消えることはなかった。

 

「ありがとうフェイトちゃん。でもごめんね。私、自分でも嫌になるけど、この間からそんなことばかり考えているんだ。はやてちゃんがどんなに辛い思いをしてたか…………シグナムさん達がどんな思いで助けようとしてたのか。いろんなことが今になってわかちゃったから。だから自分がどれだけ身勝手だったのかって、自分がこんなに弱かったんだって、次から次に浮かんできてどうしようもなくなるんだよ」

 

 その瞳に涙はないが、それは涙として流せる感情がなくなったわけではなく、その感情にすら反応しなくなるほどの絶望を受け続け、心が麻痺するまで陥っているという、ある種の到達点だ。

 

 その先に待つものは想像するに難くない。フェイトには、数年前までの自分の姿と今の彼女が酷く似ていることを嫌でも認識させられる。

 

 だが今のフェイトには、暗黒に沈んでいく親友に掛けるべき言葉を見つけることはできなかった。

 

 かつて自分が悲しみの淵にいたときも迷っていたときも、彼女はあきらめずに懸命に言葉をかけ、そして救い出してくれたというのに。あんなに一生懸命に、頑なだった自分の心を開こうとしてくれたというのに。

 

 だから彼女はとにかくそれは違うと言いたかった。大丈夫だと言ってあげたかった。

 

 でもその後は?

 

 今の自分は何を言えばいい? 同情など誰も望みはしないし、どんな励ましの言葉も今のなのはには届かないだろう。一番の友達であるというのに何も出来ない自分が悔しくて、情けなかった。

 

「……っ、なの――」

 

 だが、それでもそんな彼女を見ていられず、フェイトが声を掛けようとした―――その時だった。

 

 フェイトの背筋が薄ら寒いなにかの感覚を覚える。同時に全身に鳥肌が立ち、嫌な汗がつうっと頬を伝った。出かけていた言葉を中断し、フェイトは瞬時に辺りを見渡して、

 

「キカカカカッ! これはこれは、なんとも旨そうな娘がおるではないか……」

 

 コンクリートを力任せに打ちつけた音を引き連れた『そいつ』が屋上に姿を現していた。のっそりと起き上がりながら、その目はしっかりとフェイト、そしてなのはを捉えている。

 

「な……!?」

 

 それはこの世界ではありえない光景であった。黄昏時を背にして立つそいつは人では、ない。 

 

 ずんぐりとした毛玉のような体には黄色と黒の斑が走っていて、前面には十字のような大きな割れ目。体からは同じ模様をした足が左右に等間隔で四本ずつ伸びており、体上部の中心には真っ白な肌に複雑怪奇な文様が紫色で散りばめられた人間の上半身があった。だが、その目は血のように赤い。

 

「キカカ……こいつは幸運じゃのう。やられたときはどうしようかと思うたが、逃げ込んだホールの先で上質な上に食べごろのエサが二つも転がっておるとは……」

 

「っ! あなた何者!? どこから出て来た!?」

 

「フェ、フェイトちゃん……!」

 

 なのはを庇うように前に出たフェイトは、未だ見ぬ相手を睨みつけながら叫ぶ。なのはは車椅子から手を伸ばし、親友の背中を掴んでいた。化け物はその反応に気を良くしたのか、嫌らしい笑みを浮かべながら言った。

 

「我は土蜘蛛。古来より生き続ける大妖怪にして人間の支配者たる存在じゃ……娘らよ、我に食されることを光栄に思うがいい」

 

 気味悪く笑う土蜘蛛に二人の全身が総毛立つ。二人は目の前にいる存在が危険だという認識すら甘いものであることを体全体で感じた。そのあからさまな敵意を受けて、フェイトは右手の甲、金色に輝く三角形に瞬時に手を伸ばした。

 

「バルデッシュ、セットアッ……あっ!?」

 

「させると思うたか!」

 

 フェイトの展開より早く、土蜘蛛の背中から現れた二本の鞭がフェイトの手の甲からバルディッシュのエンブレムを弾き飛ばした。バルディッシュは音を立てて金網にぶつかり、階下へと消える。そして同時に弾き飛ばした鞭は返す刀でフェイトの肢体に巻きついた。そのまま唸りを上げて、体を締め上げる。

 

「く、うぅああっ!?」

 

「フェ、フェイトちゃ……あうっ!?」

 

 親友の身を案じる間もなく、なのはもまた伸びてきたもう一本に触手に全身を絡め取られる。衝撃で車椅子が倒された音を下に聞きながら、なのはの体は親友が捕らえられている高さまで持ち上げられた。体を蹂躙する触手に二人はゾッとして言葉を失う。

 

「アレが不思議な力を放っていることは気づいていたからの、警戒しておいて正解じゃった。それにしても……」

 

「は、離して!」

 

「く……腕が……!」

 

 数メートルの高さで二人を拘束しながら、土蜘蛛は捕らえられた獲物をしばらく興味深そうな仕草で観察する。しばらく二人を見ていた奴は、その口をニタアと半月状に曲げた。

 

「ふぅむ。霊気とも妖気とも違う感じたことがない波長じゃが、凄まじい力を宿しておるのお。なんとも僥倖。この力を取り込んで子らに食わせれば、我はさらなる高みへとのし上がれる。どおれ……」

 

 土蜘蛛が無造作に鞭を振るうと、なのはとフェイトの服が切り裂かれた。健康的な乙女の柔肌や、最近成長を始めた部位が外気に晒され、二人は顔を赤らめる。その反応に土蜘蛛はさらに笑みを濃くしてニタリと笑う。

 

「うぐっ……こ、んなもの……っ……サンダ……あぐっ! うああっ!」

 

 フェイトは魔法を使おうとするが、そのたびに体を強く締め上げられ精神集中が満足にできない。それもデバイスがあれば可能だっただろうが、今は手元を離れ遥か下であろう。

 

「フェイトちゃん! くっ……魔法が、デバイスが使えれば……」

 

「無駄じゃ無駄じゃ、我の糸はそんなか細い腕ではビクともせんわ。分かったなら抵抗するでない。そうじゃな、一人は我自らが喰ろうてやろう。もう一人は、我が子らをその身体に産みつける母体としてエサにしてやる。仲良くあの世へ逝けることに感謝せい、キカカカッ!」

 

 その言葉と同時に土蜘蛛の前面がぐぱぁっと割り開かれた。そこには鋭い歯が無数に並び、一際大きな四本の牙が獲物を歓待するように蠢動を繰り返している。中心には真っ赤な内側にぽっかり開いた黒い穴が覗いていた。狭くなったり広がったりしているそれは、二人が生理的な嫌悪感を催すには十分すぎるほどの光景だった。

 

「貴様はどうやら身が不自由のようじゃな。どうせなら生きのいいほうを頂くとするか」

 

 視線がなのはからフェイトに向くのと同時、前面の口から緑の液体が滴り屋上のコンクリートに落ちていく。落ちるたびに響くジュウという音と、吐き気のするような臭いに二人は震え上がった。そしてフェイトの体が引き寄せられ、その上へと持ってこられる。

 

「ひ……っ……!?」

 

「フェイトちゃんっ! ダメ……お願い、やめて!」

 

「キカカカ……そうじゃ、その表情じゃよ。恐怖と絶望で染まった女子の顔が我は何より好みでな。ああ、たまらんのお……」

 

 恍惚とした表情で体を振るわせる土蜘蛛に二人の顔から血の気が引いた。そしてほどなく、真っ青になったフェイトがついに口の前にまで引き寄せられてしまう。人間の体より遥かに大きな口と不気味に並んだ歯が、歓喜するようにキチキチと音を鳴らした。

 

「さらばじゃ。精々いい声で啼くがよい!」

 

「い、いや……いやぁあああああああ――――――っ!」

 

「やめてよ……やめてえええぇっ!!」

 

 フェイトの悲鳴となのはの絶叫が屋上に木霊する。そして、その口がフェイトの身体を無残に食いちぎる。まさにその瞬間、

 

「ギッ!? ガァアアアアッ!?」

 

 不意に響いた風を切る音が、二人を捕らえていた触手をバラバラに切り裂いていた。ワイヤーを束ねたような強靭な触手が、さながら麺きり包丁を振るわれた蕎麦のごとく千切れ飛んで宙を舞う。突然縛りを解かれた彼女達に為す術などあろうはずもなく、重力の法則に従って地面に落下した。

 

「痛っ!? あ、ててて……」

 

「……っ、一体何が……」

 

 痛みに顔を顰めながら体を起こす。不用意な体勢から受身もとれないまま落下したため背中を強く打ち付けてしまったが、とりあえず死んではいないらしい。そして二人が落ちた衝撃に呟きを零すのと同時、彼女らの前で何かが床に降り立つ音が響いた。

 

「フン、何かと思えば土蜘蛛か。いつ見てもその醜態には吐き気がするぜ」

 

 同時に響く低い声にフェイトとなのはは視線を上げる。そして、夕暮れの光を浴びながら佇むその後姿に二人は目を奪われた。

 

 冷たくなってきた風を受け、はためいているコートは黒一色。マントを着込んだようなその風体の上部、その首元には白いシルクのスカーフのようなものが巻かれている。そして二人が視線を上げたのと、『彼』が此方に振り向いたのは同時だった。

 

 その瞬間を、なのはとフェイトは決して忘れないだろう。

 

 厳しさを感じさせる端正な顔立ちをした彼の額はマフラーと同じ色の巻布で覆われ、炎のように尖った黒髪は天を突くように逆立っている。そしてなにより鋭さの中に不思議な何かを感じさせるような、フェイトと同じ澄んだ深紅の光を称える目に二人は吸い込まれそうな感覚を覚えていた。

 

 それは一瞬、だが彼女らには無限とも呼べる感覚が終わりを告げ、時間が戻っていく。彼はポケットに手を突っ込んだまま此方を見据えたかと思うと、視線を土蜘蛛に戻して言った。

 

「下がっていろ。邪魔だ」

 

 静かに、しかし強い自信に裏づけされた声色で彼は告げる。その言葉と助かったという事実に泣きそうになるのを必死で堪えつつ、頷いた二人は離れるために互いに手を取る。

 

 これが後に伝説として語られる最強の邪眼師と二人の魔法少女との出会いであった。

 

 

 

 

 




感想と評価を待ってます。

よろしくお願いしますね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話  差異と別れ ~ 魔法少女二人

第二話です。

亀更新で申し訳ありません。


 

 

 

 ゲートを抜けた先で飛影はやれやれと肩を落としていた。いつもなら皿屋敷中学の近くにある幽助の家の前に開くゲートが何故か上空で開いてしまったのである。

 

 それ故、重力に向けて落下していると馴染み深い気配と、未知の力を建物の屋上らしき場所から感じた。下方に至るその場所へと目を向ける。そして妖気で力と速度を調整しつつ見ると、そこには雑魚妖怪である土蜘蛛とそれに捕らえられた二人の少女がいた。

 

 そこで落下の勢いを殺しながら剣を振るって、あわや食われそうになっていた二人を助け出して今に至っている。偶然とはいえ、人間界で妖怪が暴力をふるうのは珍しかった。霊界と締結した紳士協定により、悪事が発覚すれば間違いなくただでは済まないからである。

 

「お、お主、な、何奴じゃ!? 一体どこから現れた!?」

 

「フン。有象無象の雑魚に答える義理などないが、聞きたいなら特別に教えてやる。拝聞料は貴様の命だがな」

 

 飛影は口の端を吊り上げながら告げる。当初は土蜘蛛のほうも突然の事態に動揺を隠せないようだったが、徐々に落ち着きを取り戻し、飛影から溢れる気配を感じ取ってその顔を愉悦に歪めた。

 

「ほう、これは奇遇じゃ! まさか、こんなところで餌と同時に仲間に出くわすとは思わなんだわ」

 

 心底愉快そうに土蜘蛛は声高らかにキカカカカと笑い声を上げていた。それとは逆に飛影に募っていく威圧感に土蜘蛛は気づいていないようで、触手で威嚇するようにしながら飛影を見やる。

 

「じゃが、せっかく手に入れた食事を横取りせんでくれんかのう? こいつらは我の獲物じゃ。我は寛大であるからな、お主にはこの建物内にいる人間をくれてやる。疾く失せよ」

 

「―――そうだな。オレもこんな場所に貴様といるのは御免だ。さっさと済ませてしまうとしよう」 

 

 仲間という言葉でなのは達に戦慄が走るなか、飛影は腰元に手を差し入れる。対する土蜘蛛は笑みを濃くして、

 

「……ギッ!?」

 

 自分の腕が半ばから飛んでいることに遅すぎる悲鳴を上げた。ドサッという音と共に、無残に切断された左腕がコンクリートの上に落ちピクピクと痙攣を繰り返して、やがて止まる。いつの間にか、その手に凄惨な光を覗かせる刃を携えた飛影がニヤリと笑った。

 

「わ、我の腕が、あぁッ! き、貴様何をするッ!? このチビ猿があ!」

 

 激昂した土蜘蛛の背中から幾つもの触手が飛び出して、飛影に襲い掛かった。叩きつけられた触手はコンクリートを粉砕し、手すりを飴細工のようにひん曲げる。だが、十数本に渡るその鞭の雨も飛影には掠りもしなかった。

 

 それどころか、逆にその触手を左手で掴み取ったのだ。そしてサディスティックな笑みを浮かべた次の瞬間、触手は一瞬にして炎に包まれ、灰塵になった。

 

 それは抵抗すらも感じさせない一方的な消却。土蜘蛛が振るうのとは桁違いの暴力であった。

 

 その圧倒的な力に後ろで見ていた二人は声も出なかった。一瞬しか見えなかったが、あの炎はシグナムの全力と同等、いやあるいは上回っているかもしれない。そして悲鳴を上げる土蜘蛛を見やると、飛影は地を蹴ってその上部に向かって跳んだ。

 

「こ、この炎……それに、隠した額に右手の呪帯……お、お主はまさか、あの躯の片腕……『炎殺の邪眼師』かっ!!?」

 

 土蜘蛛の顔が驚愕と絶望の色に染まる。なのはやフェイトにはその意味が分からなかったが、目の前の化け物の怯えようを見れば彼に逆らうことがどれだけ危ういことであるのかは分かった。デバイスなしとはいえ、自分たちを苦しめた敵がこれほどまでに恐れる相手。それがどれほどのものなのか、二人には皆目見当もつきはしない。

 

 彼女たちを置き去りにして状況は変わっていく。もはやそれは戦いではない。背中をフェンスにぶつけた土蜘蛛は全身を震わせて必死に言い募っていた。

 

「ま、待っておくれ! こ、この二人はお主に渡す! 我は他の場所で狩りをするから、だから命だけは助けておくれ……我らは、同族じゃろう?」

 

「ッ!」

 

 土蜘蛛の命乞いを聞こうとも苛立ちを隠そうともせず、飛影は空中で腰溜めに構えた刀を抜き放ち、頭から垂直に振り抜く。それは何の障害もなく土蜘蛛を左右に分断し、絶命させた。

 

「ギィッ、ャアアアアアアア――――ッッ!?」

 

「ふざけるな。貴様らなどと一括りになった覚えはない」

 

 おぞましい断末魔を上げながら、怪物がどうっと倒れた。飛影はその光景に眉を寄せ、左手から炎を飛ばし跡形もなく焼き尽くす。それは一瞬で粉のようになり、風に紛れて飛んでいった。

 

 それを見届けた飛影は剣を鞘に収める。そして呆然とする二人に一瞥すると、何事もなかったかのように歩き出――

 

「ま、待って!」

 

 ――そうとした時、後ろから声がかかった。振り向くと、ボロボロの姿のフェイトとなのはが飛影を見つめていた。

 

「何だ」

 

「え、えと、あ、その……た、助けてくれてありがとう……」

 

 そう言って頭を下げる。フェイトに掴まったままなのはも慌てて頭を下げているのを見て、飛影は視線を向けずに鼻を鳴らした。

 

「勘違いするんじゃない。オレが剣を振るったのは、単に奴の言い草が気に喰わなかっただけだ。貴様らが生きているのはただのオマケにすぎん」

 

「それでも、私達が助けられたことに変わりはないから……」

 

 ありがとう、ともう一度感謝を述べてきた。この反応は彼にしてみればどうにもやりにくい。助けたつもりもないし、もとより素直な相手は苦手なのだ。

 

 だが何気なく視線を向けて、あることに今更のごとく気づいた飛影は慌てて目を逸らした。自分を怖がっていることは分かっているから、様子見のつもりだったのだが如何せん間が悪い。その反応にフェイトとなのはは首をかしげた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、その……ええい、くそっ!」

 

 飛影は不機嫌そうに声を出し、来ていたコートとスカーフを半ばやけくそ気味に脱ぎ捨てて二人へと放り投げた。ノースリーブの黒服とズボンに腰から下げられた刀、それに身長とは対照的に鍛え抜かれた飛影の肉体を垣間見た二人は顔を赤らめる。

 

 投げられて飛んできた服をフェイトが受け取り、服と飛影を不思議そうな顔で交互に見やった。その表情はきょとんとしていて、手に持った服にも意図が読み取れないのか「これは?」とでも言いたげだ。飛影はその反応にさらに苛立ちを募らせて声を荒げた。

 

「いいからさっさとそれを纏え! そんな格好でいつまでうろついている気だ!!」

 

「? そんな格好……はぅっ!?」

 

「にゃあっ!?」

 

 若干赤くなった顔を背けた飛影の言葉に視線をおろしたフェイトとなのはは自分達の姿を見て、体を丸めてしゃがみ込んだ。土蜘蛛の恐怖と助けられた安堵、そして飛影の戦いに見入っていた二人は自分達が半裸、いやほどんど全裸だということをすっかり忘れていたのである。

 

 二人は飛影のコートを光速で掴み取ると、二人で包まって赤くなった顔をその縁から出していた。だが、いくら隠しても彼には見えてしまったのだろう。激変した反応がいい証拠である。

 

(あ、あう……恥ずかしい……っ)

 

(ううっ……お、男の子に見られちゃった……)

 

 顔中を赤くしながら念話で会話する二人。唐突にいたたまれなさが襲来してきた。これ以上痴態をさらすのは流石に恥ずかしすぎる。そう思ってとにかく病室に戻ろうとしたとき、二人は重大なことに気づいてしまった。

 

「あ、あの、お願いがあるんだけど……」

 

「何だ!?」

 

 不機嫌オーラをガンガン出しながら飛影は睨むように答える。その気迫に少々気圧されつつも、顔を見合わせて力なく笑った。

 

「あ、あのね? 安心したせいで、腰が抜けちゃったみたい……」

 

「わ、私も……」

 

「・・・・」

 

 にゃははと笑うなのはと真っ赤な顔でモジモジしているフェイトを見て、飛影はこのところで一番の頭痛を感じたのだった。

 

 

 

 -change side in the medical room-

 

 

 

「ご、ごめんね。なにからなにまで……私達の仕事なのにみんな手伝わせちゃって……」

 

「全くだ。貴様らの不甲斐なさもそうだが、こんなことをしている自分自身に腹が立つ」

 

「あ、あははは……」

 

 あの後他の人たちに見つからないように二人を病室にまで運んだ飛影は、全く足腰がたたない二人の代わりに着替えを取り出したり、屋上の後始末をしたりと動きっぱなしだったのである。

 

 着替える時も、全身黒尽くめ(しかも帯刀のおまけつき)という胡散臭さ爆発の彼を廊下で待たせるわけにもいかず、部屋の中で背中合わせになっていたときなんかは気まずいなんてものではなかった。

 

 なのはが落としてしまった下着を取ってくれと言ったときには流石に我慢できず、自分でやれと一喝したが。

 

 ともあれ、紆余曲折はあったものの作業は無事終了し、今は個室の中で三人でいる。とりあえずの自己紹介と、なのは達は魔法についての説明を終わらせている。夕焼けも中盤から終盤にさしかかり、その色を強く主張していた。ちなみにレイジングハートは管理局のメンテナンスルームであり、バルディッシュは一応破損がないかどうか調べてもらっているため手元にはない。

 

「まったく、貴様らがあの程度の妖怪に手こずりさえしなければこんなことをする必要などなかったんだ。とんだ目に遭ったぜ」

 

「妖怪……さっきの大きい蜘蛛のおばけのことだよね。確か、土蜘蛛とか言ってたけど」

 

「飛影は知ってるみたいだけど、その……妖怪に詳しいの?」

 

 フェイトが飛影に水を向ける。窓枠の上に横向きで腰掛けていた飛影は自嘲気味に口の端を吊り上げた。

 

「詳しい、か……それはそうだろう、何せオレもそう呼ばれる者だからな。あんな雑魚と一緒くたにされるのは甚だ心外だが」

 

 飛影の言葉に二人は目を見開いて硬直した。だがそれも詮無いことだろう。あれだけの恐怖を与えられた後で、それと同じだと言われれば誰でも身がすくんでしまう。

 

「安心しろ、オレにはヤツのように人を喰らう趣味はない。もっともつい先刻のことだ、そう言ったところで大して変わらんだろうがな」

 

「そ、そんなことない! 飛影くんは私達を助けてくれたもん!」

 

「そうだよ! そんな悲しいこと……」

 

 飛影はそれ対して薄く笑うのみ。二人にはそれが自嘲のように見えて思わず声を上げたが、飛影は頷こうとはしなかった。

 

「強がりはよせ。オレは貴様らよりも多くの時を生きている。普通の人間が俺達をどんな目で見ているかなど、それこそ腐るほど経験してきた。安っぽい同情は端から不要だ。それに、これを見てもまだそんなことが言えるか?」

 

 そう言いながら飛影は頭へと手を伸ばし、その額を覆っている布を取り去った。しゅるりという音と共に彼の額が露になる。

 

「「!?」」

 

 現れた彼の額を見た二人は息を飲んだ。その場所には一文字状に切れ込みこみがあり、それがゆっくりと開いていくではないか。そしてそこに見えたものは人間にも存在し、しかし額には決してないものだった。

 

「目……!?」

 

 なのはの怯えた声に飛影はニヤリと笑った。予想通りだと言わんばかりのその目に何かを感じ取った二人ははっとする。だが、飛影は視線が固定されて動かせない彼女らを見据えたまま言った。

 

「邪眼といってな、普通の目よりもはるかに良く見える『眼』だ。オレのは後天的な手術によって作られたものだが、機能としての差異はまったくない。オレが邪眼師と呼ばれる所以だ」

 

 邪眼を求めたのは自分だ。その理由がどうであれ、そして生まれつきのものではないとはいえ、ただの人間が見るにはショックであろう。生気がなく、加えて無機質な瞳からは妖気も溢れているから、力の波動は違うとはいえそれを感じ取れないほど無能ではあるまい。

 

 飛影は再び額を布で覆い隠した。だが、二人はあまりのことに言葉も発せず固まっている。飛影はそれに一瞥すると窓から飛び降り、ベランダへと続く大きな掃きだし窓の前へと歩いていった。

 

「高町、それにテスタロッサといったか。貴様らのいう魔法は、どうやらオレと似たような常識はずれの力のようだな。そしてかなりの器を有してもいるらしい…………まあ、高町のほうはそれどころではないようだが」

 

 その言葉になのはがびくっと肩を震わせる。その反応とフェイトの表情を見る限り、飛影の言葉が肯定されていることを示していた。

 

(おそらくあの時のオレと同じように、なんらかの事故で体の自由が利かなくなってしまったんだろう。体に流れる力が不安定な上に、体組織の修復で精一杯な肉体にも力を感じないからな。だが―――)

 

 そこで飛影は再び忍び笑いを零した。

 

 らしくないとは思う。自分としても自分の立場としても。

 

 だが心のどこからか、自分をそうさせようとする何かがあることを感じていた。これもあのバカどもと釣るんでいた影響なのだろうか。いやきっとそうなのだろう。

 

「相当な苦痛を乗り越えねばならんが、治らないわけではないようだな。フッ、運がいいのか悪いのか……」

 

「「えっ……?」」

 

 飛影の言葉になのはとフェイトが同じタイミングで呆けたような声を出した。だが、目は先ほどまでのなかで一番大きく見開いたまま硬直している。そして、はっと気を取り戻すと大きく声を上げた。

 

「治る……? 私、また歩けるの……? また……また、飛ぶことが出来るの……!?」

 

 ベッドの上で身を起こしたなのはは、信じられないと言わんばかりの表情をしていた。驚きと困惑が入り混じった表情で飛影に詰め寄ろうとして、ベッドの上で転がった彼女をフェイトが慌てて抱きとめている。うまく動くことができないもどかしさを表しながら見つめてくるなのはに、飛影はクッと短く息を噛み殺した。

 

「確かに肉体は大きく損傷している。その体を巡る力の流れも不安定、今はまともに動くこともできんだろう。だがそれだけだな。そのどこにも致命的な断絶は見られんし、弱々しいとはいえその流れはいたって正常だ。貴様が腐らん限りはいずれ元に戻る。もっとも、そのために耐えなければならんものは並み大抵ではないだろうがな」

 

「戻れる……やっぱり治るんだよなのは! また一緒に飛べるんだ、また一緒にいられるんだよ! よかった……本当によかった……!」

 

 フェイトは呆然としているなのはに抱きついて笑いながら涙を零した。なのはは自分の両手をまじまじと眺めて、そして飛影に視線を向ける。

 

「で、でも、リハビリとかぜんぜん進まなかったのに……」

 

「たわけ、その程度で音を上げているなら問題外だ。確かに際立った後遺症はないが、その体に刻まれた痕も決して浅くはない。貴様次第だと言っただろう。貴様の体の行く先も、出会ったばかりのオレの言葉を信じるかどうかもな」

 

 彼女の弱音を一喝し、飛影はベランダに出た。フェイトがなのはに車椅子へ移るように言ってそれを押しながら慌てて追いかけようとする。夕日はもうあとわずかだ。東の空には漆黒がその版図を大きく広げてきている。飛影はそのまま縁へと飛び乗り、コートを揺らす風をその身で受けながら佇んでいた。

 

「「飛影(くん)っ!」」

 

 そこでようやく二人が追いついてきた。フェイトがなのはの乗った車椅子を後ろから押している。なのはは痛みに顔を顰めながらも近づくことをやめず歯を食いしばっている。

 

二人は大きな寂寥感を感じながら飛影を見つめた。

 

「……行っちゃうの? 飛影……」

 

「――――当たり前なことを何を今更のように聞いている。それと分かっているのか?貴様らが引き止めているのは、ついさっき殺されそうになった妖怪なんだぜ?」

 

「うん・・・・そうだね。でも、飛影くんは飛影くんだよ。闘ってた時はちょっと怖かったけど、私とフェイトちゃんを助けてくれた。挫けそうになったところを元気づけてくれた。こんな私に生きる希望を与えてくれた。人じゃないなんて関係ないよ。私からすればちょっと変わった目を持ってるってだけだし、ちゃんと言葉も通じるし。だけど言葉じゃなきゃ分からないこともあるから、私の正直な気持ちを言うね。飛影くんは、私の大事な・・・友達だよ」

 

「例え妖怪でも、飛影は優しかったよ。だって、そうじゃなきゃわざわざ私たちを助けたりしないもの。それに私ではできなかったこと……なのはを救ってくれたから。だから、私は信じる。飛影がいくら突き放したって、誰がなんて言ったって、胸を張って言える。私は、ううん、私達はずっと飛影の味方だから」

 

 満面の笑みを見せてなのはとフェイトが言った。影もなにもない、久しく出来なかった彼女たち本来の輝き。誰もがもう取り戻せないかもしれないと思っていたその表情。その笑顔が妹と重なり、そして真っ直ぐに伝えられた感謝の気持ちに胸が疼いた。

 

(味方……仲間か……)

 

 飛影は少し視線を落として目を閉じた。

 

 思うのは今自分の胸に輝く一組の輝き。かつて失い、そして自分の人生一部と力を売り渡してもなお取り戻せず、そしてある時ひょっこりと自分の元へ戻ってきた一つ。そして、血を分けた最愛の存在から受け渡され、そのまま持っていてと言われて結局返すことができなかった一つ。

 

 どちらも彼にとって人生の半分、いや全てとも呼べるものだ。いや、呼べるものだった。大切であることには変わらない。それだけの思いがこれらに込められている。

 

 だが、だからこそ賭けてみてもいいのかもしれない。あいつ等や同じ妖怪以外でこんなオレを友だと、味方だと言ってくれた奴らに。

 

「また……会えるかな……?」

 

「さあな。貴様らがどうなるかなどオレの知ったことじゃないが、ついさっき会ったばかりの、それも人間でない相手すら信じるほどお人好しな奴らだ。あっさりくたばってしまっては流石にオレも寝覚めが悪い―――そら!」

 

 飛影が振り向きざまに二人に何かを放った。二人は慌てたが、それは見事なコントロールで各々の手のひらへと収まる。おそるおそる開いてみると手の中には紐で繋げられ、不思議な光を放つ丸い珠が淡く輝いていた。

 

「飛影くん、これ……」

 

「そいつは氷泪石と呼ばれる宝玉だ。雪女の涙から生まれる宝石で、強い浄化作用がある」

 

「これを私達に……?」

 

 フェイトが手のひらに乗った輝きを見つめた。

 

 ビー玉より一回り小さく、一点の曇りも傷もない宝石。青色に光り輝き、幻想的な雰囲気を醸し出す氷泪石から二人は目が離せなかった。

 

 どうしてこれを、という疑問もある。それこそ彼が言った通り、自分たちは会ったばかりなのだ、わざわざこんなものを渡す理由など彼にはないはず。

 

 だが、彼の纏う雰囲気に二人はその疑問を押し留めた。

 

 何も寄せ付けないような厳しさではなくどこか迷うような、それでいて強い思い。こんな気性の彼が理由もなくこんなものを渡すことはない、それだけは二人の中で既に確信となっている。そして何より彼が言った以上のものがそれに込められていることを二人は感じた。

 

 それが何なのかは分からない。けれど、温かさを感じるこの思いに応えたい。それが二人の結論だった。

 

 思考の海から舞い戻り、これは彼が信頼してくれたことだと勝手だが納得をいく理由付ける。信頼してくれるなら、それを以上の物で返す。それが今までに学んだ二人の在り方。それが違えることはない彼女たちの真だった。

 

 そして時は動き始める。二人がなんとか視線を戻すと、飛影は再び背を向けていた。

 

「勘違いするんじゃない。しばらくの間貸してやるだけだ。レンタル料はいずれたっぷりと熨斗をつけて返してもらうからな、それを持っている限り死ぬことは許さん。それと、もし万が一失くしでもすればただではすまんと思え」

 

 飛影はそう言うと今度こそ空に跳んだ。ビルや大きな木の上を飛んでいくその姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。夕闇が満ち、夜の帳がおり始める。

 

 消えていく彼の後姿を見ながら、二人は誓いを立てた。どんなことになろうとも、どんな悲しみを背負おうとも、絶対に彼との約束を守って見せると。

 

 決意を新たに少女達は空を見上げる。

 

 その手には闇の中でもくすむことはない、氷泪石の輝きが光っていた。

 

 

 

  -Side change-

 

 

 

 なのは達と別れた飛影は木々の上を跳びながら手に持った霊界通信コンパクトを開いていた。言わずもがな、文句と嫌みを言うためである。開いた時にはわずかにノイズが走っていたが、流石は異次元を統括し、その壁すら越える霊界のアイテム、しばらくすると問題なく繋がった。

 

 そこに映っているのは悪の元凶にして霊界の長、コエンマの姿。その気など粒ほどにもない飛影だったが、場所が全く分からないという事態について連絡を余儀なくされたのである。

 

 説明を求めた飛影だったが、返ってきたコエンマの話は彼の予想を遥かに超えるものだった。

 

 人間界へ続く次元扉の状態がおかしかったこと、飛影がそこに発生した歪みに偶然呑まれてしまったこと、そして自分がいる人間界だと思っていた所が、今は元の世界や霊界と不干渉となっている多重次元世界の一つであることを聞かされた。

 

 もちろん飛影はすぐに呼び戻せと言ったが、次元が不安定であり無事に戻ってこれる保証がないと言われたため、こうして無言の圧力を掛けているのである。此方に来るぶんには問題ないそうだが、戻るための安全度は心もとないらしい。それも時を置けば可能であるらしいが、今の時点では何とも言えないとのことだ。

 

 しかも、突発的な次元エネルギーの解放で今いる時代は正常な時の流れより八年ほど昔に遡っているというのだ。今からそれを正常な時空間へと戻してくれるそうだが、時空が完全安定するまでの間、その正常時空間で調査などをしてもらいたいとコエンマが進言したのである。原因は飛影が戦った土蜘蛛がこの世界、つまり本来は不干渉となっている世界に現れたことに原因があった。

 

『そんなことは頻繁には起こらんと思うが、お前がそちらに行ってしまったせいで何らかの歪みが生じる恐れがある。そちらでの影響や世界の推移を調査してくれ。この通りだ!』

 

「チッ……気は進まんが思い当たる節はあるしな。ただ、何か分かったらすぐに言え。隠し事は懸命ではないと言っておく」

 

 凄みを利かせながらそういうとコエンマは顔を青くしながら頷いた。しばらく待っていると飛影の目の前に空間の裂け目らしきものが現れた。どうやらこれに飛び込めばいいようだ。

 

『最善は尽くす。チャンスがあればこちらも手は打つからな。それでは頼んだぞ』

 

「フン、貴様に端から期待などせん。余計なことを起こせば承知せんからな」

 

 目一杯の殺気をコエンマにぶつけ、飛影はコンパクトを閉じた。そして躊躇なくスタスタと裂け目の中へと歩いていった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法世界邂逅編
第三話  早すぎる再会 ~ 待ちわびた存在


第三話、投下であります。


 

「……やはり仕置きが必要だな」

 

 強い風を頬に受けながら、飛影は呟いた。

 

 眼前に見える空は快晴。気温もおそらく穏やかなものであろう。それだけみれば穏やかな日々の一片でしかないのであろうが、それなのに何故こんなにも暗鬱でイラついた心持ちになるのか。

 

 その原因は凄まじい速度で『上』へと流れていく景色にあった。変わりにものすごい速度で眼下に迫ってくるのは深緑の大地。遥か下にいた鳥がやっと大きくなってきた。

 

 回りくどい説明で大変恐縮であるが、要するに、飛影はただいま絶賛大落下中なのであった。それも先ほどよりも数段回バージョンアップし、雲が余裕で隣にあるような凄まじい高度、という尋常ならざる状態からである。人間ならば人生を十回ぐらい振り返ることになるのではなかろうか。

 

「何度も何度も、ふざけた真似をしやがって……」

 

 飛影のこめかみに青筋が浮き上がった。その怒りの矛先には間抜けな面をしたガキの姿ある。帰った際の彼の末路は推して知るべしだろう。

 

 だがのんびり悪態をついてもいられないのも事実だ。大地がもう目前にまで迫ってきている。到達までもう何秒もないのは明白だった。このままではそう遠からずにしてクシャッと逝ってしまうだろう。

 

「ふん……だが、流石にこのままではまずいか。ハアッ!」

 

 とりあえず煮えたぎる感情には蓋をして飛影は目を閉じた。体の内でかなりの妖気を練り上げ、体に纏ってその密度を高めていく。そうして体と大地が激突する瞬間に一気に開放した。

 

 

 

[ドオオオオオオオン―――――ッ!!!!!]

 

 

 

 まるで流星が落下したかのような凄まじい衝撃に音速が壁を越えて爆発を起こした。その爆風は周りの木々をマッチ棒を折るがごとく容易くなぎ倒していく。そして風が収まった後には大地が割れ、大きさにして半径二十メートルほどの穴がぽっかりと空いていた。

 

 木々のほうはもっと酷く、その倍以上が薙ぎ払われている。その中心、岩がまだ散乱する中からのっそりと飛影が起き上がった。通常ならば即死どころか確実に五体満足でいられないほどの衝撃だったにも関わらず、彼の体には傷どころか煤汚れのひとつさえ見受けられない。

 

「チッ。妖気は抑えたが、限界があったか……」

 

 不機嫌そうに辺りを見渡すと、そこに映ったのはまるで爆撃を受けたようになっている森の姿であった。大地は粉砕し、軽く火の手が上がっている場所もある。

 

 普通ならここまでの被害はないのだろうが、おそらく鎧として纏った妖気で衝突時の衝撃を相殺させたせいだろう。妖気を放出すれば空を飛べないということはなかっただろうが、最初の高度が高すぎたことと、落下スピードを殺すほうが骨が折れたため、やむなく此方の方法をとったのだ。

 

 が、ここまでの被害が出るとは思わなかったので、飛影がほんの少しばかり悔やんだのは蛇足だ。

 

 そして、飛影はもう一つ大切なことについて再認識していた。悪いことはどうやら続いて起こるものらしい。

 

「やれやれ、落ちたとたんにまたこれか……」

 

 周りの違和感を的確に感じ取った飛影は溜息を吐いた。妖気は感じないが、穏やかな雰囲気は霧散し、周りを囲まれていることを理解する。

 

見えはしないがその数はかなりのものだ。三十はゆうに超えているだろう。

 

 ただ、その雰囲気は異質そのものだった。そこには人間や妖怪など、有機物特有の生の鼓動が感じ取れなかったのだ。ほとんど全てが等しく単調で、そこからは無機質な気配しか伝わってこない。そしてその姿を捉えたとき、飛影は前に跳んだ。

 

 刹那、先ほどまでいた場所に光が走り岩を貫通しているのが見えた。同時にその姿が太陽光に照らされ、全容が浮かび上がる。

 

 そこには人間の上半身ほどの大きさの延べ棒が宙に浮いていた。その中央部分にはレンズが搭載されており、無骨な作りをした奇怪さが寸分の違いなく飛影を捉えている。どうやらあそこから先ほどのレーザーを放ったようだ。

 

 そしてそれを筆頭にしていたのか、ぞろぞろと暗闇から姿を現してきた。四方を囲んだ機械のレンズが陽気にそぐわぬ不気味な光を宿している。

 

「数ばかりわらわらと……鬱陶しい限りだな」

 

 推測を少し誤ったようだ。その数はざっと見ただけで五十以上ある。隠れているのも加えれば、その数はさらに増すだろう。飛影はやれやれと息を吐きながら、腰の刀に手を掛けて引き抜き、口元にサディスティックな笑みを浮かべた。

 

「まあいい。少々気が立っていたのでな、憂さ晴らしを兼ねて軽く運動させてもらうぞ」

 

 

 

   -Side Nanoha Takamachi-

 

 

 

「郊外で中規模の次元震を観測!第六課局員は直ちに現場へと向かってください」

 

 シャーリーの緊急連絡を告げる声を聞きながら、私はヘリの中で休憩時間の撤回に嘆くスバルやそれを叱りつけるティアナを見て笑みを零していた。次元震が起こったのは機動六課本局の北東、市街から十キロの位置にある森だ。

 

「でも、次元震なんて珍しいですよね。見る限りでは何もないところだと思うんですけど……」

 

 赤髪の少年、エリオがデバイスを握りながら呟いた。その視線は送られてきた地形図に注がれている。そこには山々が延々と連なるばかりで、研究所や建物といったものは見受けられなかったからだ。

 

「そうだね、何があったんだろう……?」

 

 彼の隣に座る十歳の少女、キャロが少し不安そうに呟いた。次元震といえばかなりの大事なので、そのことが気にかかっているのだろう。

 

「安心して。今捜査官を先行させてるし、もし戦闘になっても今回は私と現場に向かってるフェイト隊長が出るから。みんなはヘリの中で待機だよ」

 

 そう言うと、キャロはほっと安堵の息を吐いた。それに私は苦笑を零す。ずっとそれじゃ困るけど、心構えの時間くらい欲しいのは事実だからね。

 

 と、そこにフェイトちゃんから通信が入った。

 

『なのは、こっちも現場に向かってる。あと十分くらいで着けそうだけど、状況はどう?』

 

 その問いに私は今ある情報を告げた。私の言葉にそう、と短く返し、必要な情報のやり取りをする。だが、分かっていることはほどんど同じような有様であった。原因は分からないが、何かが起こっていることは間違いない。

 

 そんな感じで二人で唸っていると、操縦席にいるヴァイスくんが声を掛けてきた。表情には僅かな焦りが混じっている。

 

「なのはさん!先行してたヤツから今通信が入ったんですが、ちょいとヤバイことになってるようですぜ。結構な数のガジェットが集まってるらしいって話だ」

 

 その言葉にフォワード陣の顔が一斉に強張った。気持ちを切り替えてモニターを見やると、フェイトちゃんにも通信が入ったのか顔つきが仕事というか戦闘モードに切り替わっている。

 

 と、そこでまたしてもヴァイスくんが、今度は先ほどより声を大きく荒げた。マイクに向かって、確かなのかと何度も確認している。

 

「どうしたの、ヴァイスくん」

 

「あ、えっと、先行してた局員の到着報告と現場情報の追加でさ。拙いことに、民間人がガジェットと交戦中だそうですぜ。それも五十を超える数に対してたった一人ってことらしい」

 

「「「「!?」」」」

 

 ティアナたちの顔がさらに強張り、エリオとキャロの顔が目に見えて青くなった。その反応も当然だといえる。ガジェットはまだ駆け出しとはいえ魔導師である自分達四人がかり、それも訓練で手こずった相手だ。それを五十という大群相手にたった一人など、生身の人間がどうこう以前の問題である。

 

 この報告に私は少し焦りを抱いたが、それを表情には出さず努めて冷静を装いながら問いかけた。

 

「それでその人は? 無事なの?」

 

「いや、それなんですが……なんと言いましょうか……」

 

 いつもざっくばらんな彼が珍しく言いよどんだ。最悪の事態が一瞬頭をよぎったが、彼の反応はそれを否定している。なんだか現実を認めたくない子供のようだ。

 

『ヴァイス?』

 

 いつもと違う彼の様子に通信を繋げてきたフェイトも首を傾げている。が、観念したように息を吐くと、車をはじめて見た御者のような顔をして口を開き、

 

「それが……その民間人、ガジェットを次々に落としてるって報告が来てるんでさ……もう残りが半分にまで減ってるって……」

 

「「「「え…………えええええっっ!?」」」」

 

 今度こそフォワード陣が驚愕の叫びを上げた。私も一瞬その報告に危うくフリーズしかける。フェイトちゃんも同じく、画面の向こうで固まっていた。というか、さっきの報告からまだ三分も経ってないのに半分って……軽く副隊長クラスだ。

 

「す、すごい人がいるんですね……」

 

「規格外ってこと考慮すりゃ同意見だなぁ。なにせ聞いた限りじゃすげぇ素早い上に、刀一本でガジェットを圧倒してるらしいぜ。磁場が安定してなくて映像が見れないのが悔やまれるってもんだ」 

 

「ど、どんな人間よ、それ……」

 

 スバルの賞賛に同意したヴァイス君の言葉にティアナが口元を引きつらせながら言った。他の二人もそれに抱く感情は違えど、みな同じ感想のようである。

 

 だが私は違った。その得物と戦闘状況を聞いて、心に仕舞っていたあの時の記憶が蘇り、体を衝撃が駆け抜ける。そして、気づけばヴァイス君に詰め寄っていた。

 

「そ、それってどんな人!? 背格好とか、性別とか……!!」

 

「うおっ!? お、落ち着いて下さいなのはさん、それも今言いますから…………えっと、性別はおそらく男性。背丈は低めで、着てるのは黒いコートに首元の白いスカーフ。髪は黒の立ち気味、額には白い巻布をつけていて――――って、なのはさん?」

 

 いきなり呆けた私をヴァイス君が心配そうに見つめて声を掛けてくるが、私には届いていなかった。そしてモニターごしのフェイトちゃんも、今のヴァイス君の話を聞いて呆然としている。いつかの思い出の断片が蘇り、ヴァイス君の言葉がそれを確信に変えていく。

 

 私は怪訝な顔をするヴァイス君から離れると、レイジングハートを起動させてバリアジャケットを纏い、ヘリの扉を開けた。気が久々に高揚している。心は既に抑えきれていない。

 

「―――ヴァイス君、ごめんね。私、先行して現場に急行するからみんなをお願い。進行ルートとヘリの安全は確保しておくから心配しないでね」

 

「え!? ちょ、なのはさ―――」

 

 言い終わらない内に私は空に向かって身を躍らせる。彼とフォワードのみんなの戸惑いが感じられどよめきが聞こえたが、一度火がついた気持ちはもう止まらなかった。飛行魔法を使用するために魔力を体に注ぎ込み、加速する。加減が上手く利いていないのか、体に付与された魔力量はいつもより多かった。

 

『どうしたのですかマスター。今の行動は貴女らしくありませんが』

 

「あ、あはは、ごめんねレイジングハート。けど心配しないで。ちょっと気が逸っちゃっただけだから。でも、やっと会えるかもしれないの。私が小さい頃から探してて、ずっとずっと会いたかった……大切な人に……」

 

 言葉が時を刻んで零れ落ちる砂のようにすとん心へと落ちてくる。レイジングハートは賢い子だ。その言葉だけで、私の行動を理解したようであった。言葉が途切れて少しの後、返答がくる。

 

『――――なるほど、先ほどの話に出ていた彼はマスターの想い人なのですか。納得しました、それでは仕方ありませんね』

 

「え……えええっ!?な、なに言っているのレイジングハート! ひ、飛影くんはそんなんじゃ・・・それにいくら似てるって言っても、本当に本人かどうかは分からないし……って、いけない、急がなくちゃ!」

 

 長い付き合いである相棒の言葉に動揺しながらも、なのはは現場に向けて急いぐためにさらに加速した。レイジングハートに口があったのならさぞ盛大な溜息を吐いていただろう。

 

(その反応で丸分かりですよ、マスター。はあ、ユーノはどうやら振られてしまったようですね……)

 

 その横顔は共に長く時を過ごした彼女(?)すら見たことにないほどの嬉しさで滲んでいる。久しく感情を強く出す主を眺めながら、レイジングハートは一人思うのだった。

 

 

 

    -Side out-

 

 

 

「ハッ!」

 

 目の前にいた機械、ガジェットを飛影は一刀の元に切り伏せた。切り裂いた断面がバチバチという音を立ててショートし、次の瞬間には火を噴いて吹き飛ぶ。僚機がやられたことによる閃光から一瞬遅れて他のガジェットが止まった飛影をロックする。だが、レーザーが照射されたときには飛影は既にそこから消えており、代わりに二体のガジェットが爆散していた。

 

「遅い」

 

 すれ違い様の一閃は的確に、またしてもガジェットを一撃で葬り去る。彼の動きに対して思い出したようにカメラアイが此方を向くが、レーザーの行く先に既に標的はない。見当違いの方向に撃たれたレーザーは他の機体にぶち当たり同士討ちが発生していた。それを横目で捉えながら軽く無視して飛影は地を駆け、空を踊り、また数体の敵機を両断して鉄屑へと変えていく。

 

 ガジェットに搭載されているAMFは魔法を打ち消す効果がある。魔導師には厄介すぎる相手であるし、ガジェット自体の強度もかなりあるため、一般人などの手に負える代物ではない。

 

 だがデバイスすら用いず、彼が振るうのはただの鉄剣だというのに、数で勝っているガジェットは造作もなく撃破されていく。

 

 斬撃を生み出すのは何の変哲もない鉄の刃。しかしその様子は竜巻に巻き込まれた蟻の大群だ。それほどまでに圧倒的な光景、いやそんな言葉すら陳腐に思えるほどの力の差が両者にはあった。

 

 上からの五射を掻い潜り一閃。返す刀で真横の二体を叩き斬り、前後の両面から照射されたレーザーを避けるとお互いの装甲を打ち抜いて残りの二体が爆散した。その隙を見逃さんばかりにまた数機が追いすがってくるが、所詮はプログラムされた反応だ、そんなものなど敵ですらない。刀を振って二体を斬り捨て、遅すぎるその動きに舌打ちした時にはもう二体が四片へと姿を変えていた。

 

「下らん……」

 

 そして最後の一体を真一文字に切り裂いて沈黙させると、ようやく森に静寂と平穏が戻ってくる。飛影は刀を振ると、腰の鞘に収めた。

 

 接敵してから即戦闘。そして50を超えるガジェット相手にたった一人で立ち回り、完全殲滅完了までその間わずか五分足らず。管理局上位クラスの実力者でも至難の業だ。しかも特別な技も何も使わないただの剣技で、それも手を抜きに抜きまくってこれなのだから、常識外れもいいところである。

 

 というか、魔導師が泣く。

 

「(オレの相手とするには力不足も甚だしいが、気は紛れた。さて、これからどうす・・・)ぬ、今度は何だ……」

 

 ガジェットの残骸の山に立っていた飛影は、新たな気配に眉を顰める。まあ幸いなのは先ほどの鉄塊とは明らかに違う、人間の気配だということだった。これ以上あんな物の相手をしていても仕方がないと思っていた飛影は、まっすぐ此方に飛んでくる二つの気配の方を向いた。

 

 差異はあるが、さほど変わらない方角から来たその影は瞬く間に大きくなり、轟音を響かせながら飛来してきた。それは突風も引き連れて、飛影の正面にほぼ同時に足を着ける。

 

 やはり今度はちゃんとした人間であった。一人は茶色、もう一人は金色の、どちらも長髪を髪留めでツインテールに結んだ女性だ。手には各々の杖のような物を持っており、その体からは魔力をまだほとんど知らない飛影も感じ取れるほどの力が溢れている。だが、この状況下で飛影は違和感を覚えていた。

 

(この感じ、どこかで……)

 

 そして違和感の元凶たる二人が一歩を踏み出す。その表情が何かを堪えるようなものであることが、飛影の中の揺らぎをいっそう濃くし、漣(さざなみ)のように掻き立てた。

 

「飛影、くん……」

 

「嘘……じゃないよね? ホントに、飛影だよね……?」

 

 二人が口々に自分の名を呼んだ。その事に僅かばかり動揺した飛影だったが、いつものポーカーフェイスで表情を覆い、二人を睨みつける。

 

「む――――貴様ら、何故オレの名を知っている? 一体どこで……いや待て……この気配、それにその髪の色は、まさか……」

 

 飛影の瞳が驚きを表すように徐々に見開かれていく。目の前にいる二人が一度目の扉を潜ったとき会った少女達と瓜二つ、いや間違いなく本人だと悟ったからであった。

 

 普段の鋭い彼ならばこんな失態はおかさない。だが、飛影にとってみればつい先ほど別れたばかりの少女と目の前の二人が重ならず、認識に齟齬が生じたのである。コエンマが言ったことを忘れていたわけではなかったが、時を超えることでもたらされる差異をこんな形で体験するとは思わなかった。

 

 ともあれ、意識を切り替えた飛影は、先ほどの少女らの姿を新たに上書きした。そして現在の二人に目をやるとフッと口の端を吊り上げる。ついでに口をついたのは半分呆れを交えた声色だった。

 

「やれやれ。抜けた先で最初に会ったのがまた貴様らだったとは分からんものだ。ここまで来るともはや呪いの域だが、まあ覚えていたことは褒めておいてやる。それにしても、しぶとく生き残っていたようだな。高町、それにテスタロッサ」

 

 飛影が皮肉たっぷりに言うと、二人の顔がぱあっと色づく。そしてそのまま飛影に向かって走り、

 

「っ……飛影くん―――っ!!!」

 

「飛影―――っ!!!」

 

 両側から思い切り飛びつかれ、抱きしめられていた。遠慮のない、真っ直ぐな感情表現だ。柔らかい感触が両二の腕、そして首元にまとわりつき、動きが封じられる。

 

「なっ!? 高町、貴様何を抱きついている!さっさと離れ……おい、テスタロッサ、貴様まで何をしているんだ! 腕を掴むな、服に顔を押し付けるな! ええい、二人そろってわけのわからんことを……いい加減にしろ貴様らぁ!」

 

 突然の抱擁に、珍しく動揺した飛影が怒りの声を上げる。しかし、どんなに怒鳴りつけても二人は石になったようにがっしりと服を掴み、一向に離れようとしない。飛影のこめかみに青筋が走った。

 

「ぐ、このっ……」

 

 業を煮やした飛影が無理にでもと力を込めようとする。だが、そのとき彼は服に顔を押し付けた二人の肩が小刻みに震えていることに気づいた。

 

 表情を見せぬまま、彼女たちは飛影に縋り付いている。それはまるで小さな子供が親から離れまいとするような、しかしそれとは全く違うが近いものを感じさせた。

 

(……チッ、やりにくいったらないぜ……)

 

 一人心の中で悪態をつく。相変わらず顔を上げない二人だが、その震えは徐徐に治まっていくような気がした。

 

 穏やかな風が頬を撫ぜていく。飛影は少しの後呆れたように息を吐いて、行き場を失った両手をポケットに突っ込むと仏頂面のまま空を見上げた。

 

 

 

 出会いは突然、再会は片や一瞬、片や八年という別れの時間を経てここに実を結んだ。

 

 

 

 だがどちらにも言えるのは、それが途方もなく壮大な、そして小さな救いであったこと。

 

 

 

 

 それは運命の歯車が噛み合うその瞬間に起こった、この物語を始まりを告げる最初の奇跡だった。

 

 

 

 

 




感想、並びに評価等待ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話  機動六課 ~ 初見と疑念

第四話です。

今回は顔見せになります。しかし、飛影のツンドラな性格では、まともな自己紹介になるはずもなく……

それではどうぞ、お楽しみ下さい。


 

 

 

「―――で、連れてきてしもうたと。そう言うわけかいな」

 

「「……はい…………」」

 

 機動六課本局。執務机が二つ並び、見晴らしの良さでは屋上を除けば一番であろう高さにある課長室で、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの二人は視線を落としたまま短く答えた。

 

 二人に正面から相対しているのは、茶色がかった髪をショートにまとめ、二人に匹敵するほど端正な顔立ちをした同年代の少女だった。名を八神はやてという。普段は人懐っこい笑みで飾られている彼女なのだが、今この場においては違っていた。

 

 眉尻は吊り上がり、両手もその胸の前で組まれていて、目に至ってはじとーっという擬音がいまにもテロップをつけて背後に表示されそうなほどに細められている。まあ要するにだ、どこからどうみても、私今最高に不機嫌なんやわ、という感じをひしひしと感じさせる表情であった。

 

「一等空尉に執務官ともあろう人間が立場を忘れて軽率やな。新設してそんなにたっとらんのに、機動六課の切り札が、任務そっちのけで、二人して、部隊長の私に、連絡すら、せずに」

 

「「…………はい」」

 

 二人は節を区切るたび、息をつくたびに徐々にトーンが下がっていくはやての声にさらに身を縮込ませていく。その後姿はスバル達が見たらぶったまげるほど小さくなっていた。

 

 まずい。あれはかなり怒っている。八年という長きに渡り、二人が密かに捜し続けていた飛影に、それも不意打ち気味に出会えたことによる喜びですっかり吹き飛んでいたが、自分達は今このはやてが設立した機動六課において重要かつ責任ある立場にいるのである。

 

 彼女の言うとおり、先に自分たちが取ったものはかなりの無茶を通した行動であることは確かであった。もともと作戦になかった行動を独断で取ったのだから、状況が良かろうがちゃんと安全確保をしていこうが、違反は違反だ。確実に始末書ものである。

 

「軽率でした。以後、気をつけます」

 

「申し訳ありませんでした。八神部隊長」

 

 畏まった言葉遣いでなのはとフェイトはもう一度深く頭を下げた。彼女とは親友であるが、組織の一員として非を詫びるということでは違う話だ。筋を通すのは当然だし、親しき仲にも礼儀ありというヤツである。

 

「……わかったんならもうええ。だからこれからは―――」

 

 深く息を吸い込むと、はやては今までで一番真剣な声色で二人に告げた。罰として与えられるものを感じ取り、二人に緊張が走る。

 

「これからは、ちゃんと飛影くんと二人の進展具合、報告してな♪」

 

「「はい、わかりま――――……え?」」

 

 素直に受諾しようとしたなのは達が、聞き捨てならない文章を耳に通して頭を上げる。そこにはいたのは、上司としての八神はやてではなく、いつもの彼女……でもなかった。

 

「で、彼と二人の関係は一体どないなん?もしかして、将来に結婚を約束し合った幼馴染とかそういうパターンなんか?」

 

 にやーり、と心底楽しそうな笑顔を向けたはやてがいた。

 

 二人には分かる。口は三日月のようになり、好奇心を抑えきれない彼女の性質の一端が顔を出していた。

 

 それも近年稀に見る興奮具合だ。タヌキタヌキとナカジマ三佐は言っているが、この表情を見れば、六課のほぼ全員が納得できよう。

 

 だが、なのはとフェイトはいきなりの展開についていけず、固まったまま後方に取り残されていた。そしてしばらくの後はやての言葉をゆっくりと咀嚼し、そして普段の倍以上の遅さでもって意図を整理し、その意味を理解する。

 

 コンマ数秒、二人は前もって示し合わせていたかのように、ほぼ同時にボンッと音が鳴りそうな勢いで顔を沸騰させた。

 

「けっ、けけけ、結婚っ!? ち、違うよ、はやてちゃん! ひ、飛影くんとは昔ちょっと縁があっただけで! ま、まだそんな特別な関係じゃ……」

 

「そ、そうだよ、はやて! い、いきなり、け、結婚だなんて……こ、心の準備が……あうぅ……」

 

「ん~? なのはちゃんは『まだ』、フェイトちゃんも『心の準備』かいな。なるほろなるほろ・・・それで二人とも、あないな告白の嵐をばっさばっさ切捨てとったんやな。まあ、二人で腕組んで(っていうか、連行されてきたっぽかったけど)飛影くんと歩いて来たから予想通りではあるんやけど、とりあえず納得や。せやけど……こないなビッグな話題に、私はなんでもっと早くに気づかへんかったんや! くうぅ、今までの自分が憎い!」

 

 バシバシと机を叩きながら本気で悔し涙を流すはやて。そこに部隊長としての威厳などなく、ただ自分だけ知らなかったという疎外感に駄々をこねる子供のようである。

 

 さっきの不機嫌もこれが原因のほとんどを占めていたのではなかろーか、と親友を邪推してしまう二人であった。だが、それが強ち間違っていなかったことは、後にはやての右腕であるリィンフォースⅡが証言することとなる。

 

「と、とりあえず、このままじゃダメだよね! ちゃんと皆を交えて説明しないと!」

 

「そ、そうだねなのは! 話し合いは大事だもんね!?」

 

 何となくマズイ展開が待っているように見えたので、二人は必要以上の声量を張った。ある種の必死さすら伝わってくる勢いだ。そして、それでいながら着実に後ずさっていた。

 

 ここ数年で身につけた危機回避スキルが、二人の中でぎゅんぎゅん唸りを上げている。悪い予感は得てして当たるもの。それは共に駆け上がってきた二人の共通認識だった。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「そういうことで……」

 

 安全圏に退避すべく、二人がそろーりと部屋の扉へと足を伸ばす。撤退完了まで後二歩足らずだ。逃げに関しては最善の一手と言えよう。

 

 だが、そうは問屋が卸さないところが世の常である。瞬間、ブツブツと机に向かって会話をしていたはやての目が理解したくない何かを宿し、ギュピィイイインッとあやしいひかりを放った。

 

 混乱はしないが、いやな予感が背中を撫でつけ、鼓動が跳ねて加速した。

 

 

「―――――まさか二人とも、このままランナウェーできるなんて、思っとるんやあらへんやろな……?」

 

 

 ゆらーり、とはやてが立ち上がった。そして素早い手捌きでリモコンを操作し、二人が向かっていたドアをロックしてしまう。訓練用のAMFを展開し、魔法すら封じる念の入れようであった。しまったと思った時にはもう遅く、なのは達のこめかみからつうっと冷や汗が流れていく。

 

「ぬっふっふ、ぬっふっふっふっふ……」

 

 振り向いた先にいたはやては無感情と激情の中間という、非常に形容しがたい雰囲気を出している。だがそれでいて鼻息は荒く、無表情なのに視線だけはギラギラとしていた。ぶっちゃけると目がかなりのレベルで据わっている。

 

 ここに記そう。親友は今、確実にヤバイ。

 

 恐いのではなく、ヤバイ。

 

 かつてないはやての気迫に、なのはとフェイトは若干表情を引きつらせながら、風雨の中に佇む案山子のような彼女から一歩距離をとった。体が未曾有の危機を感知したためだ。俗に言う防衛反応というヤツである。

 

「は、はやてちゃん……め、目が怖いよ……?」

 

「お、落ち着いてはやて。飛影のことはまた今度にでも……」

 

 なのはとフェイトが刺激しないよう恐る恐る言うが、その対応は一般的にもNG、逆効果の常套句である。再び机がドォオンと叩かれた音に身を竦めた二人の前には・・・・修羅がいた。

 

「じゃあかしい! この期に及んで隠し事は許さへんで! 今の今まで親友に黙っとったバツや、ここで洗いざらい吐きぃッ!」

 

「ふぇえええええ―――――っ!?」

 

「あぅううううう―――――っ!?」

 

 新設された六課の部屋に二人分の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 -Side change-

 

 

 

「と、言うわけで紹介するで! なのはちゃんとフェイトちゃんの運命の人にして流離いの剣士、飛影くんや! ハイ、みんな拍手!」

 

 機動六課のブリーフィングルーム、フォワード陣と隊長陣を集めたはやてはさっそく飛影の紹介を行っていた。その顔はほくほくした笑顔で一杯、頬もエステ帰りのごとくつやつやしていらっしゃる。いまだかつてないほど、彼女は御機嫌であった。

 

 対して横にいるなのはとフェイトは、その隣でずーんと沈んでいた。なのはは「うふふふ……」と感情を感じさせない虚ろな瞳で笑みを浮かべており、フェイトに至っては俯きながらぶつぶつと言葉を連ね続けている。

 

 もはや末期症状だ。その様相は徹夜でスケジュールをこなしたあと地獄の出社を余儀なくされた中年サラリーマンのようにやつれ、二人揃ってしぼんでいた。

 

 隊長陣三人から溢れるテンションの高低差に、スバル達だけでなくシグナムやヴィータもぎょっとする。しかしそんな状況も何のその、はやては横にいる飛影に近づきながら全員を見渡した。

 

「聞くところによると彼は次元漂流者らしいんや。これから管理局の民間協力者として働くことになったさかい、みんな仲良くしたってな」

 

 次元漂流者、それが今の飛影の大まかな位置づけだった。言葉にすると簡単だが、その立場は決して軽いものではなく、本部が何かといってくる前にはやては陣営に引き込むことにしたのである。

 

 民間協力者となったのは、そっちで勝手にやるのはいいが、誰であろうとも命令に従うのは御免だという飛影からの条件があったためだった。

 

 初めはこの立場すら嫌がっていた飛影だが、驚くことになのはとフェイトの説得で降っていた。というか、彼女らの説得(『泣きそうな声+潤んだ目+上目遣い』×2×美少女補正の最強コンボ)という名の泣き落しを延々と聞かされては、流石の彼とて渋々ながらも折れるしかなかったのだ。

 

 もちろん全てにおいて飛影が納得していないのは明白であった。その証拠に、自己紹介が始まる前から子供とかお年寄りならショック死するほどの剣呑極まりない雰囲気を放出させ、初っ端から場の空気をチリチリと焦がしている。

 

「オイ貴様、何がと言うわけで、だ。一人で話を進めるな。それと、身に覚えのなさすぎる肩書きを勝手に追加するんじゃない」

 

「まあまあ、ええやないの。協力することはOKしたやないか。それになのはちゃん達にあれだけ真摯にお願いされたんやし、男としてはむしろ役得やろ?」

 

「―――――成程、今すぐ土に還りたいと見えるな。墓石には『化狸ここに死す』とでも刻んでやろうか?」

 

 飛影の視線が細まり、威圧感が一気に増す。新人FW陣並びにシャーリーはその気迫に「ひぃええ」と震え上がった。

 

 しかしそれを真っ向から受けている彼女はどこ吹く風のごとく、笑い顔を崩さない。だが、そんな彼の前にはやての守護騎士の一人、スターズ隊副隊長のヴィータが勢いよく飛び出した。

 

 そのまま真っ向から飛影を睨みつける。その表情からは猜疑心と敵意、そして今にもデバイスを起動せんばかりの威圧感が迸っていた。

 

「テメェ! もしはやてに何かしてみろ、あたしがぶっ殺してやる!」

 

「何だ貴様は。死にたいのか? 望むなら一瞬で消してやるぞ?」

 

「な、何ぃ!? じょ、上等だコラぁ!」

 

 売り言葉に買い言葉、引くことを知らない二人によって自己紹介な空気が一瞬にして殺伐としたものに変わっていく。瞬間湯沸かし器のようにヒートアップした空間に危機感を覚えたのか、いつの間にか復活していたなのはとフェイトが慌てて仲裁に入った。

 

「ちょ、ヴィータちゃん、落ち着いて! ねっ!? あれは飛影くんなりのジョークだから、あ、あは、あはははは!」

 

「もうっ、飛影もだよ! あまりヴィータを煽らないで。喧嘩はよくないんだから……」

 

「そうやでヴィータ。これから一緒にやってくんやから、そないなことでどうするんや。飛影さんもあまりヴィータをからかわんといてな」

 

 はやてが子供を叱るようにメッとする。主からの言葉にヴィータは居心地悪そうに肩を竦める。フェイトに諭された飛影も、そっぽを向きながら雰囲気を収めた。

 

「……わかったよ」

 

「チッ……」

 

 しゅんとするヴィータと面白くなさそうに舌打ちしつつも退いてくれた飛影に、一同は安堵の溜息を零す。と、そこで今まで黙っていたシグナムが声を上げた。

 

「主はやて、僭越ながら私に提案があるのですが」

 

「うん? なんやシグナム」

 

 声に反応してはやてが首を傾げる。なのはとフェイトは今までの経験から嫌な予感が過ぎったが、それに口出しをする前にシグナムがスッと居住まいを正して言った。

 

「主やテスタロッサ達を疑うわけではありませんが、ヴィーダの気持ちも最もと言えます。ですからここは彼の力と性質を計る意味合いも込めて、模擬戦をしてみてはいかがでしょうか?」

 

「あっ、あたしもそれに賛成!(キッ!)」

 

((やっぱり!))

 

 烈火の将の提案に隊長の二人は頭を抱えた。ヴィータは大賛成という感じで諸手を挙げながら飛影を睨んでいるし、シグナムもバトルマニアの血が騒ぐのか少し気が高ぶっているようだった。だが普段の彼女と違うのは、その表情がいつになく硬いことだ。

 

「そうやなあ、ガジェットを倒したゆうても私らはその場面を見ておらんかったのやし、模擬戦なら危険も低いしな……飛影くん、いいやろか?」

 

 はやてが手を顎に当てて唸ったあと、飛影へと視線を移した。彼女を一睨みし、飛影が全員に目をやった。

 

「フン。オレを計るというのは気に喰わんが、ここの戦力がどの程度のものか少し興味もある。それに、オレもあんな屑鉄相手ばかりで退屈していたところだ。

 ――――――提案には乗ってやろう。ただし、一つ条件があるが」

 

「条件だと? 一体何だ?」

 

 シグナムが怪訝そうに尋ねる。同時に条件と言われた一同に軽い緊張が走った。

 

 実はこういう例がないわけではない。以前にもフェイトやなのは、そしてはやて相手に『勝ったら付き合ってもらう』『勝ったら貰っていく』系の条件をつけて挑んでくる男は少なからずいたからだ。その数は層々たるもので、山を築けば結構な規模になるだろう。

 

 言わずもがな、そんな男たちを彼女らは残らず完全撃破してきたのだが、つまりは飛影も模擬戦に何らかの報酬を求めていることを感じて全員が身構える。無論その類の提案なら、なのはとフェイトが拒むことはない、というか諸手で万々歳だが、彼の提案は彼女達の予想の遥か斜め上を行くものだった。

 

「フッ、簡単だ。一対一ではすぐに終わってしまってつまらんからな。今の二人とそこの女、そしてその犬か、貴様らまとめてなら相手をしてやろう。何、死なない程度に加減はしてやる」

 

「「「「「「ええええっ!?」」」」」」

 

 飛影の提案にFW陣だけでなくなのはにフェイト、それにはやてまでが驚きの声を上げた。指名されたのはシグナムとヴィータの二人とシャマル、そしてザフィーラの四人という守護騎士フルメンバー、六課どころか管理局内でも指折りの実力者だったからだ。

 

 指名された四人はしばし呆気に取られていたが、数秒の後自分たちの扱いを理解したのか、空気を一気に凍りつかせた。四人がかりに加え、手加減という完全な上から目線。相手にされていないどころの話ではない。

 

「テメェ……舐めてんのか……!」

 

「流石にその言葉は聞き捨てならんな。我らも、随分と見くびられたものだ」

 

「自信があるのはいいが、仮にも六課の副隊長陣相手に少し言い過ぎだ。報いは受けてもらうぞ」

 

「…………」

 

 怒りを露にするヴィータ、体から覇気を滲ませるシグナムとザフィーラ、そして飛影をじっと見つめたまま考え込むシャマルに視線が集中した。だが彼はその表情を崩すことなく、むしろ挑発するように口の端を吊り上げた。

 

「貴様らは『同じ』ようだからな、実力も纏まっていてちょうどいい。それにこの場にいる全員と言わないだけ譲歩してやっているんだ。まさか、今更取りやめるなどとは言わんだろうな?」

 

「―――――良いだろう。だが覚えておけ。ベルカの騎士を侮ったこと、戦いのなかで後悔させてやろう。飛影、お前にこの六課はふさわしくない」

 

「シ、シグナム……そこまで言わなくても……」

 

 シグナムは感情を排した顔でそう告げると、弁護しようとしたフェイトを置いて踵を返して部屋から出て行く。一見さんには分からないが、あれは飛影の煽りで怒りを通り越してしまっている状態だ。誰が言わずとも、手加減などしないだろう。

 

 いくらリミッターをかけているとはいえ、SランクオーバーとニアSランクの本気だ。下手をすれば大怪我どころでは済まない。

 

 だが、どうにか空気をよくしようとわたわたするメンバーに対して、状況は止まらなかった。出て行こうとした四人の先頭、部屋の出口で立ち止まったシグナムが一度振り返る。そして、その目に殺意すら滾らせながら口をついた言葉は、幼い少年と少女たちにとって衝撃的なものだった。

 

「貴様は気に入らん。その尊大な態度もそうだが……貴様からは血の匂いがする……それも幾重にも渡って浴び続けられた、濃密で危険な返り血の香りがな」

 

『!?』

 

「ほう、少しは鼻が利くようだな。ただの木偶の棒じゃなかったか」

 

 シグナムの言葉に、はやて達は飛影を見つめながら言葉を失う。対する飛影は少し感心したように息を吐いた。そこには罪悪感など微塵も無い。シグナムから溢れるものが露骨な敵意に変わった。

 

「認めるのだな? やはり貴様は害悪だ」

 

「フッ……偉そうに説教した上、勝手に害虫よばわりとは随分といい身分らしい。だが、貴様らも他人(ひと)のことを言えた立場か? その『人の型をした』身体に染み付いた、人間を呪い殺せるほどの憎悪と怨嗟を含んだ血の痕は、いくら正義面しようがもはや消せまい。それとも血が染み込み過ぎて今更に嫌悪でもしたか?なら筋違いもいいところだ。オレをわざわざ引き合いに出すより、鏡を見たほうがよほど手っ取り早い」

 

「貴様ッ……くっ、時間は今から二十分後、場所は演習場の中で行う。そこで完膚なきまでに貴様を叩きのめしてくれる……!」

 

 シグナムは飛影の言葉に動揺と怒りを内包させながら、足音荒く部屋を出て行った。ヴィータ達も怒気を滾らせながら無言で退出してゆく。

 

 雰囲気の重さに誰も口を開くことが出来ない。沈黙があたりを支配するなか、はやてが飛影に向かってため息をつく。その表情には若干の怒りが浮かんでいた。

 

「勝手に決めてしもうて……どないするんや飛影くん、シグナム達たぶん本気やで?」

 

 自分の守護騎士全員相手というのには、流石の彼女も予想外だったのか、声には飛影を慮る色が混じっている。警戒も滲ませているが、その言葉は本物なのだろう。

 

 彼女の言葉の意味は理解できているであろうに、わざわざ御苦労なことだ。新人四人は青くなっており、フェイトやなのはの二人も「大丈夫?」というように見ていた。

 

 だが飛影はそれを「余計な世話だ」というように鼻で笑い、一蹴する。そして口の端を心底楽しそうに吊り上げた。

 

「フン、当然だ。それぐらいしなければオレがわざわざ戦う意味がない。そもそも死に物狂いでこなければ勝負にすらならんだろうからな。それに頭に血が上って冷静に戦えない奴らなら、端から試そうなどとは思わん。そこまでのバカなら死んだほうがいい」

 

 暴言一色の言葉にはやては唖然となる。そして硬直している全員を捨て置いて、飛影は訓練場へと向かった。

 

 

 

 

 




感想と評価、お待ちしています。

次回はヴォルケンリッターVS飛影です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話  模擬戦 ~ 剣と炎と呪われし眼

遅くなって申し訳ありません。

ヴォルケンリッターVS飛影です。




 飛影と別れて十数分後の演習場。シグナム達四人の騎士は、街中に設定されたシミュレーターが投影するビル群の一角、崩れそうな廃ビルの上で作戦を練っていた。

 

「くっ、ぁああああっ! あんのヤロー、あたし達をとことんバカにしやがって! 絶対ぶちのめして、気が済むまで謝らせてやる!」

 

 槌型のデバイスを高らかに掲げながら、ゴスロリ服のヴィータが吼えた。喧嘩っ早く血の気が多い彼女だが、今日ははいつにない気の高ぶりようだ。年齢不相応な威圧感がにじみ出ている。

 

 どうやら先ほど紹介された六課の新しい民間協力者、飛影にコケにされたことが相当頭に来ているらしい。先ほどから大声で怒鳴ってばかりだ。だが、声を上げこそしないものの、それはシグナムやザフィーラも同様だった。

 

「少し落ち着け、と言いたい所だが気持ちは私も同じだ。非殺傷設定ではあるが、今回は全力でいく。二人もいいな?」

 

「もちろんだ。主はやての守護騎士と守護獣の力、とくと見せてくれよう」

 

 シグナムの言葉に深く頷きながら、闘気を漲らせたザフィーラは鋭く低いうなり声を上げた。シグナムも自身のアームドデバイス、レヴァンティンを一振りし、気持ちを切り替えているようだ。だがそんななか、シャマルだけが一言も発さず黙り込んでいた。

 

「? どうしたシャマル、どこか悪いのか?」

 

「……えっ? あ、ううん。なんでもないわ」

 

「なんでもないということはないだろう。先ほどからずっとその調子だぞ。これから戦闘に入るにあたって、何か思うところがあるのか?」

 

 シグナムとザフィーラがいつもと違うシャマルの様子に眉を寄せた。なんだか自分でもよくわかっていないことを話すような煮え切らない態度の仲間に、シグナムたちは怪訝な表情になる。シャマルは首を振って「私は大丈夫だけど」と前置きをしたあとに、少し真剣な顔になりながら口を開いた。

 

「あのね、これからの模擬戦についてなんだけど、十分に気をつけてほしいの。飛影さんがどんな力を持ってるかまだわからないし、本格的に仕掛けるのはそれを見極めてからでも遅くないわ」

 

「確かにそうだけど……どうしたんだよ? やけに弱気じゃんか。そりゃあ、ただの魔導師って感じじゃないし自信はあるみたいだけど、一人じゃフォーメーションも組めないぜ? それにアイツには魔力がないんだろ? シグナムが言ったこともそうだし、あたし達のことを見抜いた辺り、相当場慣れしてる感はあるけどさ」

 

 シャマルに対してヴィータが声を上げる。試合前のスキャンで分かったことだが、それは彼女たちの想定を超えていた。なんと、飛影は魔法を扱う為には絶対に必要となるリンカーコアを持っておらず、デバイスすら所持していなかったのだ。

 

 ミッドチルダの常識からいえば、今の彼の立場は魔法を扱えない一般人、つまりは魔導師ランクすらつけようがないということになる。

 

 これには、流石のシグナムやヴィータも呆れてしまった。あれだけの自信だ、それがハッタリでないかどうか一応警戒し、どれほどのものかと調査してみればこの有様。拍子抜けもいいところである。

 

 確かにスピードと剣技では優れており、それが複数のガジェットを倒すほどのものという報告は受けている。だが、高々そんなものでは魔法を扱う自分たちには何の脅威にもなりえない、というのがヴィータ達の見解だった。魔力に関しては新人四人にも遥かに劣るどころか、魔法では戦いようがないのだから。

 

 だが、結界や魔力察知などの補助魔法に長けているシャマルは、飛影から何かを感じていたのだ。それが何なのかは分からないが、漠然とした不安だけが強く掻き立てられるような、そんな得体の知れないものが彼から溢れている気がする。

 

 だが、それに他の三人は気付かなかったようだ。ザフィーラは首をかしげているし、ヴィータも「考えすぎじゃねーの?」というふうな表情をしている。

 

 心配性な自分の単なる気のせいである可能性も十分にありうる。悪い予感を振り払うように、シャマルは努めて笑顔を見せた。

 

「私は何も感じなかったが……だが、シャマルが言うなら気に留めておこう。それに元より油断などしないさ。そして必ず勝って見せる。ベルカの騎士、烈火の将シグナムの名にかけてな」

 

 シグナムが不敵にそう言った時、ブザーが鳴り響いた。同時に向かいのビルにスタッという音を立てて飛影が姿を現す。黒いコートに手を突っ込んだまま悠然と此方を見下ろし、その口元には笑みさえ浮かんでいた。そこで空中に大きなスクリーンに映ったはやてが登場し、確認するように言う。

 

『じゃあ始めるで。試合は守護騎士の四人対飛影くん一人。勝敗は相手が気絶あるいは降参したら負け、それ以外にも戦闘続行不可能と判定次第、試合終了とする。武器は非殺傷に限るなら制限なしや。それでは――――はじめっ!』

 

 はやての号令が訓練場に響き渡る。先に動いたのは守護騎士達だった。シグナムが一度目配せをした後、仲間達に念話を飛ばす。

 

(前衛は私とヴィータ、後衛にシャマル、アシストと遊撃はザフィーラに任せる。それでは行くぞ!)

 

(おうっ!)

 

(承知した!)

 

(皆、気をつけてね)

 

 一瞬の念話を打ち切り、全員が役割を全うするために動き出す。最初に飛影に飛び掛っていったのはやはりヴィータだった。

 

「おらあああっ!」

 

「フ、遊んでやるとするか」

 

 真正面から迫るヴィータのハンマーを飛影は後ろに跳んでかわした。同時にその間を縫うようにして、シグナムの剣が斬り込んでくる。

 

「ハッ!」

 

 すれ違うようにシグナムが接近してくる。至近から繰り出された横の一閃を飛んで避けると、その先にはヴィータが槌を振りかぶっていた。

 

「おりゃあっ!」

 

 捻った体の真横を、轟音を立ててハンマーが通り過ぎる。次いで追いすがるようにしてシグナムの剣が斜め上から迫るが、反動の勢いを足を蹴り上げることで加速させ、紙一重で避けた。

 

「今のを避けるか、なかなかやる!」

 

「くそ、ちょこちょこ逃げんな!」

 

 だが暴風と疾風が途切れることはない。嵐のような連続攻撃が飛影を捕らえんと襲い掛かる。それらは飛影に届くまであと少しといったところで空を切っていたが、飛影が避けた先には建物から突き出た壁が存在していた。どうやら最初からここに追い込むつもりだったらしい。

 

「はああっ!」

 

 シグナムとヴィータが違う角度から得物を振り上げて迫った。飛影の背後は壁だ。つまり逃げ場がない。前はヴィータとシグナムが固め、背後の壁が動きを制限している今、どちらの攻撃を先に避けようと防ごうともう片方が飛影の体を貫くだろう。

 

「もらったあ!」

 

 ヴィータが必殺の間合いに勝利を宣言する。だが、飛影の体まであと少しというところで彼の口元がニヤリと吊り上がり、

 

「なあっ!?」

 

「何っ!?」

 

 その姿が一瞬にして掻き消えていた。二人の得物は虚しく空を切る。勢いを殺しきれず、ヴィータの槌は床を打ち砕き、シグナムの剣は壁を切り裂いていた。

 

 そして二人の目標たる飛影の姿は、

 

「残像だ」

 

「なっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 彼女達二人の真後ろで、ポケットに手を突っ込んだまま立っていた。二人はおろか、遠くで隙を窺っていたザフィーラや状況を分析していたシャマルも目を見開く。ありえないものを見たかのようにその表情は強張っていた。

 

 片方を避ければ片方に貫かれる。その状況下で飛影が取った行動、それは二つの攻撃を同時に避けるというものだった。その尋常ならざるスピードを以て。

 

 言うだけなら簡単だが、普通の神経ならまず実行には移さない。それは失敗したときのリスクが大きすぎるからだ。体はどちらに対しても防御がとれず、取り得る間は極小、そしてタイミングはコンマ数秒などという生易しいものではない。最悪、両方の攻撃が直撃する恐れもある。

 

 だが、そんな神業じみた動きを飛影は躊躇すらせずに行い、そして造作もなく成功させたのだ。それは途方もない時を戦い続けてきた、歴戦の戦士である彼女らを上回るほどの修羅場を飛影が掻い潜ってきたこと、そしてリミッターを施しているとはいえ、ヴォルケンリッターのほぼ全力で振りぬかれた一撃を彼が完全に見切っていたことを意味する。

 

 しかし、飛影にとってはこの程度息をするほどに容易い。相手の驚き様に溜息を吐くと、背中側の腰元に右手をやり、一振りの剣を鞘から引き抜いた。

 

 それはデバイスでもなんでもない、何の装飾も機能も施されていない片刃の鉄剣。無骨な刃が陽光を受けて、その刀身に凄惨な煌めきを宿す。そして剣をシグナム達に向けると、飛影は皮肉げな笑みを見せ、真正面から突っ込んでいった。

 

 

 

 -Side Nanoha Takamachi-

 

 

 

「うっわあ……めっちゃ速いなぁ、飛影くん……」

 

 はやてちゃんが画面に釘付けになりながら言った。新人のスバル達も、呆気に取られたように模擬戦の様子を見ている。私はその様子に少しだけ優越感を抱いた。そして同じことを考えていただろうフェイトちゃんと目が合って、ふふっと笑う。

 

 飛影くんは確かにすごかった。飛影くんの戦いを見たのは一度だけだったけど、あの時より動きにさらに鋭さが増している。剣筋のキレもシグナムさんを上回っているみたいだ。それでも本気の彼には程遠いであろうことは私たちだけが知っている。

 

「す、すごいです! シグナムとヴィータちゃんを相手に魔法なしでここまでやるなんて、こんなすごい人と二人はお知り合いだったのですね!」

 

「ったく、単純な動きでカメラが捉えきれんってどういう速度や……フェイトちゃんともいい勝負できるんやあらへん?」

 

「あはは……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、私じゃ飛影には勝てないよ。たぶん私となのはの二人でも、ね」

 

 興奮したリィンと若干呆れの混ざったはやてちゃんの言葉に苦笑しながら、フェイトちゃんが言葉を返す。その台詞に二人はさらに驚き、後ろで見ていたFW陣の四人が身を乗り出した。

 

「ええっ!? フェイトさんとなのはさんが二人がかりでも勝てないって……じょ、冗談、ですよね……?」

 

 スバルが信じられないといったふうに恐る恐るたずねてくる。だが、私達の表情からそれが冗談でもなんでもないことと理解したスバルとフォワード陣は、驚きのあまり硬直してしまったようだ。それを少し可笑しく思い、私はもう一度スクリーンに視線を移した。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「今度はこっちから行ってやる。相当に加減はするが、本気で受けんとすぐに終わってしまうぞ?」

 

 言うが早いか、飛影の姿が再び消えた。それに対して背筋に冷たいものが走ったシグナムは、ヴィータを突き飛ばして剣を正面に掲げる。瞬間、金属がかちあう鈍い音が響いた。

 

「ぐぅっ!?」

 

「ほう、今のを受けるとはな」

 

 至近から目を合わせているのは、言わずもがなの飛影である。シグナムを襲った剣撃は正面からのただの袈裟がけの切り下ろしだったが、速さが尋常ではない。そして、続くように剣が踊りかかってきた。

 

「ぬ、ぅうっ!?」

 

 ほとんど本能的にレヴァンティンを動かして、刹那の連撃を防ぐシグナム。強くしなやか、そして的確に、刃が死角から繰り出される。彼が振るう剣はヴォルケンリッター中最強、烈火の将と呼ばれる彼女ですら、なんとか線が見える程度という凄まじい速度の剣筋だった。

 

 後退と防戦を余儀なくされる。直撃だけはもらわないように捌こうとするが、弾かれたその剣先さえ彼女には揺らいで見えた。そして速いだけでなく、一撃一撃が想像以上に重く、それでいて鋭い。

 

 それに対して長く持つはずもなく、強い一撃にシグナムは体ごと吹き飛ばされた。

 

「くぁっ!?」

 

「シグナム! くそ、速ぇっ!」

 

 ヴィーダが止まった飛影に打ちかかるが、目標が一定していなかったため簡単に受けきられてしまう。そして打ちかかられた剣との鍔迫り合いを押し切ってヴィータが距離を空けると、対する飛影はニヤリと笑った。

 

「どうした、もう終わりか」

 

「ハッ、冗談言うんじゃねぇ! アイゼン、カートリッジロード!」

 

『Explosion-Schwalbe fliegen!』

 

 ヴィータが叫ぶと、グラーフアイゼンがそれに答えて連動し、排出機構から薬莢が飛び出した。同時に三角形のオレンジ色をした魔法陣が出現する。

 

(力が上昇した……? 成る程、外部から力を取り込んで瞬間強化(ブースト)をかけているわけか) 

 

 興味深そうに目を開いた飛影にヴィータは鉄の弾を四つ構え、力任せにそれを撃ちだした。赤く発光した四つの弾が変則的な動きで迫るのを、飛影は横のビルに飛び移ってかわす。だが、鉄球はそのまま向きを変え、再び接近してきた。どうやら追跡能力もあるようだ。

 

 それを四片に切り捨て爆炎に変える。だが爆発から身を引いた所で、飛影に影が迫った。

 

「気を取られているところ悪いが、私の存在も忘れるな!」

 

「同じくな!」

 

「……チィッ!」

 

 上から振り下ろされた剣と横合いからの牙を、後ろに飛んで避けきる。ザフィーラのほうはそのままこちらに攻撃を仕掛け、シグナムは空中で剣を掲げた。

 

「レヴァンティン、カートリッジロード」

 

『Explosion!』

 

 ヴィータのときと同様に峰の機構が薬莢を吐き出すと、シグナムの剣が炎に包まれた。魔力が充填され、その刀身から熱風が迸る。

 

(ッ、アレも同型か!)

 

「はあああああっ!」

 

 ザフィーラと入れ替わるようにシグナムが間合いに斬り込む。飛影はシグナムのレヴァンティンを衝撃を殺しながら捌くが、存外に斬撃が重く圧し掛かってきた。

 

 アームドデバイスであるシグナムの剣は、魔法技術を結集させたものである。それ故、飛影のものとは比較にならないほどの性能と強度を持ち、彼女のアシストも担っている。魔法を扱う目的として彼女専用にカスタマイズされたものだ。

 

 

 そして彼女自身の剣士としての強さも手伝ってか、その威力はまさに一撃必殺。こんな鉄剣でそんなものをまともに受け続ければ、いくら妖気で強化しているとはいえ、遠からず木っ端微塵にされるであろうことは目に見えていた。

 

 不利を悟り、飛影は一旦後ろへと大きく跳ぶ。だが、着地した瞬間足元から妙な力が放出された。間一髪で直撃は避けるが、両足が鎖のようなもので絡め取られてしまう。

 

「戒めの鎖です。かなりの魔力と時間をかけて練り上げましたから、ちょっとやそっとじゃ外れませんよ。完全に不意を突いたのに、下半身しか掛けれなかったのはちょっと悔しいですけど」

 

「くっ……」

 

 横のビルの陰から、シャマルが厳かに姿を現した。シャマルは飛影の素早さを脅威に思い、足を止めるために気配を極力隠しながらずっと魔力を練っていたのだ。おかげで支援は最低限しか出来なかったが、動きを止めたことによる影響は大きい。

 

「ほんじゃ、止めだ!アイゼン!」

 

『Explosion-RaketenForm!』

 

 ヴィータが叫ぶと、ハンマーの形状に変化が生じた。片側に岩盤を打ち抜くときに使うような杭が現れ、もう片方にはロケットブースターのような突起が装着される。そしてブースターから凄まじい力が吹き出してそれを推力としたヴィータが飛影に回転を繰り返し、速度を上げながら肉薄してきた。

 

 飛影は足を捕らえられたままそれを見上げた。そして、近づくヴィータに向けたその目が、『初めて』攻撃的な光を帯びながら細まる。握った刀の柄がミシ、と音を立てた。

 

 

 

「オレを――――……」

 

 

 

 ヴィータは手加減していない。非殺傷の設定が組まれているからといっても、アレをまともに受ければ無事ではすまないだろう。

 

 

 だがそんなことはどうでもいい。少しは報いた奴らに、見せてやる。

 

 

 自分の持つ、力の一端を。

 

 

「いっけええぇ!」

 

 

 

「―――――舐めるなぁああああああッ!!」

 

 

 

 飛影の怒声と同時に、額を覆っていた巻き布が焼き切れ、紙屑のように吹き飛んだ。瞬間、凄まじい力の波動が暴風となって周囲に迸る。

 

 そして、額にある彼本来の力が眼を覚ました。それは腰だめに構えた飛影の左拳に集まっていき、一瞬で黒と赤を交えた獄炎と化す。熱が空気を侵食し、空間を陽炎のように揺らめかせた。

 

 第三の眼が迫りくるヴィータを捉える。刹那、威圧感と力を伴い、強烈な光が噴出した。

 

「邪王炎殺――――――……」 

 

「なっ!?」

 

「額に、目だと……!?」

 

「っ! ヴィータちゃん、離れて!」

 

 シグナム達が飛影の額に驚き、そこからあふれ出す力の大きさに気づいたシャマルが、ヴィータに向かって叫んだ。だが、最高速まで高まっていた速度を殺すのは不可能と考えたヴィータは、ありったけの魔力をデバイスに注ぎ込んで特攻する。

 

「くっ、ぶちぬけぇええええッ!」

 

「―――――――煉獄焦ッ!!」

 

 炎を纏った飛影の拳とヴィータ会心の一撃が真っ向からぶつかる。目もくらむような光が二人を中心にして走った。力のぶつかり合いで接触点からは稲妻が迸り、屋上のフェンスがなぎ払われる。だが、まともに拮抗していたのは数秒足らずだった。

 

『……Sorry,Master……』

 

 謝罪の言葉がグラーフアイゼンから紡がれ、

 

 

 

 ――――――バキン。

 

 

 

「な――――」

 

 ヴィータ自慢の相棒は、持ち手の中間から先が飛ばされていた。衝撃に耐え切れず、柄の部分が粉砕してしまったのだ。飛んでいったグラーフアイゼンは隣にあったビルに激突して消える。

 

「うわああああっ!?」

 

 そしてヴィータもまた、勢いをそのままに向かいのビルに突っ込んだ。どちらも心配はないだろうが、この一撃によって状況は変わった。飛影は、いまだ炎が灯る手を伸ばして無言で足に伸びる鎖を掴むと、それをなんの造作もなく引きちぎってしまった。

 

「そんな!?」

 

 シャマルが叫ぶと同時、飛影は彼女の背後に移動していた。そして手刀を模した形でシャマルの首元を一閃し、その意識を刈り取る。飛影は崩れ落ちた彼女を受け止め、屋上に横たえた。

 

「シャマル! 貴っ様ぁ!」

 

 ザフィーラが飛影に接近し、怒りにまかせた一撃を叩きつけた。だが飛影の姿は再び掻き消え、彼の牙と拘束魔法は屋上の床を粉砕したのみで飛影を掠りもしない。ザフィーラの上方から失望したような声が響いた。

 

「ただ突っ込んでくるだけとは……無策にもほどがある」

 

「何ッ……がっ、ああああっ!?」

 

 ザフィーラが声に気づいたとき、飛影は彼の真上にいた。その僅かな硬直の隙にアイゼンを砕いた一撃が落とされ、体が一瞬にして流れて消える。そして気付いた時には、屋上から床をぶち抜いて一階まで叩きつけられていた。

 

「あ、ぐ…………」

 

 ザフィーラは、そこではじめて自分が殴られていたことを悟った。体を起こそうとするも、打ちつけられた身は言うことを聞かない。まるで心と分離してしまったかのようだ。そして彼の意識は瞬く間に遠くなり、そのまま闇に沈んでいった。

 

「ザフィーラ! このっ……アイゼン、リカバリー! カートリッジロード、ギガントフォーム!」

 

『Explosion-GigantForm!』

 

 リカバリーによって修復されたアイゼンが新たな薬莢を二つ吐き出した。すると、またその形状が変化し、今度は巨大なハンマーの形を取る。

 

『Explosion-Komet fliegen!』

 

 さらに薬莢が三つ排出され、ヴィータの手元に彼女の体躯と同じ、いやそれよりも巨大な鉄の弾が現れた。

 

 古代ベルカ式中距離射撃魔法、コメットフリーゲン。シュワルベフリーゲンの発展強化型で、ヴィータの持つ攻撃魔法のなかでも指折りの破壊力を誇った魔法だ。本来なら巨大といえど規格はもう少し小さい玉なのだが、ヴィータはほぼ全力でそれに魔力を注ぎ込んだため、規模が増していた。

 

 ヴィータは飛影をその目で見据える。そして、宙に浮いた鉄塊を巨大化したアイゼンで力任せに叩きつけた。

 

「ぶっと……べぇッ!」

 

 ヴィータが弾を打ち据えると、赤く発光した鉄塊が飛影に向かって飛来していく。それに込められたパワーはかなりのものだ。それこそ、ビル一個など吹き飛ばして余りある威力を持っているだろう。加えて、それを避けたとしても迎撃したとしても、爆風と鉄片までは防げまい。

 

(当たれば瞬殺、避ければ上空で待機してるシグナムが一撃入れて仕舞いだ!)

 

 必殺の一撃に勝機を見出し、力づくヴィータ。だが、飛影は迫り来る鉄球を一瞥すると、避けようともせずに左手を掲げ、

 

「フン……」

 

 受け止めたと同時に一瞬で消し飛ばしてしまった。ヴィータが渾身の力を込めて放った鉄弾は赤い光となって放射状に飛び散り、空のなかに消えていく。

 

 残ったのは熱の残滓で焼け爛れた空気だけだった。

 

「なっ……!?」

 

「舐められたものだな。碌な力も通っていない鉄屑が、このオレに通用するとでも思っていたのか?」

 

 切り札として放った鉄球があっけなく消されてしまったことに、ヴィータは茫然自失してしまう。だが、それは大きすぎるどころではない隙だった。

 

「打ち止めか? なら終わるまでそこで寝ていろ」

 

「あ……」

 

 悲鳴を上げる暇もなく、その小さな体が風を切った。衝撃をまともに受けた体は慣性に従ってあっけなく吹き飛ばされ、ヴィータは瞬く間に意識を手放す。飛影はその姿が先ほど突っ込んだビルの中へ消えていくのを見届けると、空中で構えをとったまま固まっているシグナムを見やった。

 

 

 

 -Side Fate Testarossa Harlaown-

 

 

 

「すごい……」

 

 飛影がヴィータの大鉄球を消したのを見て、私は感嘆の声を上げた。飛影の力は知っていたけど、シグナムたち四人をたった一人で圧倒するなんて私やなのは、さらには主であるSSランクのはやてでも厳しい状況だろう。

 

 そしてそこまでのことをしている彼は決して本気ではない。本当、格が違うとは彼のためにあるような言葉だ。わかっていたつもりだったけど、その差のあまりの大きさに少し落ち込んだ。

 

「し、信じられません……」

 

 そこでデータを取っていたシャーリーが呆然とした様子でキーボードから手を離すのが見えた。表情は理解することを拒んでいるかのように歪んでいる。

 

「なんや? 今のどうやったかわかったんか?」

 

「ええ……今の場面での飛影さんの周囲に発生した推定熱量を割り出してみたんですが……」

 

 シャーリーはデータを読み込んで画面に表示させる。そこに記載されていた数値を見て、はやてと私は目を剥いた。スバルはそれを見ても首を傾げているが、遅れて覗き込んだティアナからは血の気が引いていく。

 

「推定瞬間出力、温度換算……約1万2000度……!?」

 

「は!?」

 

「ええっと……ティア、それってどれぐらい?」

 

「このバカスバルっ、少しは自分で考えなさいよ! いい!? ヴィータ副隊長の鉄球は熱で……」

 

「ええ……おそらく熱で蒸発させられたんです……」

 

「「「ええええええっ!?」」」

 

 ライトニング隊の二人とスバルが目を見開いて驚いた。それはそうだろうと思う。いくらなんでも、アレだけの質量の魔導鉄球を溶解という工程をすっ飛ばして一瞬で蒸発させるなんて反則すぎだ。もはや強いとかそういう次元を軽く超えている。

 

「あ、あの大っきい鉄球を、もんじゃ焼きみたいに溶かしちゃうなんて……」

 

「ス、スバル、その例えはどうかと思うけど(ちょっと際どいし、というかなんでもんじゃ焼き知ってるの……?)……でも、その意見には概ね同意かな……」

 

 飛影の力を良く知るなのはも口元が引きつっていた。なのはや四人に苦笑しながら、私は視線をモニターに返す。

 

(……まだ、追いつけてないんだね……)

 

 飛影がヴィータを吹き飛ばしたのを見ながら、あの時見た彼の背中がまだ遠いことに僅かな寂寥を感じる。憧れであっても、目標であっても、私の何もかもから遠すぎる存在である彼を、そもそも追いつけるかも分からない彼を追い続けるのは少し辛い。

 

 だが八年経った今でも変わらないことがあった。それは私が彼を信じ続けているということ。ヴィータを相手にした飛影が取った行動を見て、私は自分が間違っていなかったことを改めて感じ、胸元に今も光る氷泪石をそっと握った。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「残るは貴様だけだ。どうする? 降参するか?」

 

 燃え盛る炎を左手に纏い、飛影は挑発するように誘った。額の邪眼が鈍い光を放ちながら、真っ直ぐにシグナムを捉える。シグナムは一度目を閉じ、剣を正眼に構えて笑みを零した。

 

「……愚問だな。一度勝負を挑まれた以上、そしてそれを一度受けた以上、ベルカの騎士が引くことはありえん! 例え―――」

 

 横に薙いだ剣からまた薬莢が飛び出した。落ちていった薬莢が飛影がいるビルの屋上に落ち、甲高い音を立てる。同時にその刀身から今までで最大級の炎が燃え上がった。

 

「―――例え、最後の一人となろうともな!」

 

「フン、いい心がけだ。ひとつ教えてやろう。オレは確かに殺しなら山ほどしたことがあるが、人間をこの手にかけたことはない」

 

 飛影は淡々として言う。もっとも霊界から指名手配を受けていた時には悪事も働いたし、魔界の穴での戦いの際は一人切り捨てたのもいたが、急所は外していたから死んではいないだろう。かなりいい加減だが飛影は自分の中でそう結論づけた。

 

 シグナムは飛影の言葉に一瞬呆気に取られた。が、剣の柄を握りなおして彼を正面で見据える。

 

「そう、か……私も非礼をわびよう。自分のことを棚上げするとは騎士失格だな……」

 

 数メートルの距離を空けたまま二人は剣を手に対峙する。だがお互いにわだかまりがなくなったせいか、その表情は晴れやかだった。左手の炎を掻き消した飛影は、刀を腰溜めに構えながらシグナムを誘う。対するシグナムは顔から険を取り除き、剣を両手で構えて目を閉じた。

 

 緊迫した空気があたりに満ちる。風が流れ、雲が揺らめき、海から来る匂いが二人を包み込んだ。

 

 そして、決着の時がくる。

 

「ヴォルケンリッターが一の騎士。烈火の将シグナム、参る……はあああああっ!!」

 

 凄まじい速度でシグナムは間を詰めた。体の魔力は一点のみに注がれ、刀身の炎は猛りを上げて刃を巻き込む。

 

 きっとそれは彼女にとって、今までで最高の一撃だった。それを迎え撃つ飛影はその姿に笑みを深くする。シグナムもその一瞬だけは心から笑っていたのかもしれない。

 

 

 

「「紫電――― / 妖剣―――」」

 

 

 

 心が肉薄する。極限にまで高められ、圧縮された剣気が爆発した。

 

 

 

「「一閃ッ!! / 十六夜!!」」

 

 

 

 鋼が打ち合う音のあと、訓練場に静寂が落ちる。二人は低く姿勢を取り、振り抜いた得物を携えて止まっていた。と、数秒の時を置いて飛影がすっと立ち上がり、剣の露を払うように真横に振る。すると、それに重なるようにして飛影の背後で鉄音が響きわたった。

 

 コートを撫でつけるように、海風が薙いでいく。飛影が剣を収めて振り返ると、剣を握ったまま気を失って倒れているシグナムの姿があった。

 

『そ、そこまでや! 勝者、飛影くん!』

 

 慌てた声色で終了が宣言される。号令と同時に飛んでくるなのは達を横目で捉えながら、飛影はいつもの自信に満ちた笑みを浮かべ、空を見上げた。 

 

 

 

 

 




ちょくちょく修正してますが、誤字脱字等があれば遠慮なく報告してください。

それではまた次回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話  存在定義 ~ 過去の片鱗

遅くなりました。第六話です。

ACEの方も同時更新してますので、よろしければそちらもどうぞ!


 六課のブリーフィングルームは重い空気で満ちていた。明るく溌剌とした雰囲気が六課の美点だが、今はそれを求めることはできない。その原因は先ほどの模擬戦を勝利で飾り、今はソファに体を沈みこませている一人の男にあった。

 

「説明は……してくれるんやよね? 飛影くん」

 

「……」

 

 いつものおちゃらけた雰囲気は成りを潜め、機動六課部隊長の顔になっているはやてが飛影に詰問する。部屋にはFWの新人四人と先ほど飛影にやられたヴォルケンリッターの四人、そして分析担当のシャーリーやヘリ操縦士のヴァイスもいた。そしてなのはとフェイトは彼を庇うように両側に控えている。

 

「聞きたいことは山ほどあるんやけど、まずはいっちゃん重要なの聞くで。飛影くん、君は一体何者なんや?」

 

 その質問に飛影の横にいた二人がびくっと震えた。はやては二人の反応を横目で見ながら言葉を続ける。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃんからは危ない所、具体的なことは知らんのやけど、そこを助けてもらったって聞いてる。二人が君のことを信頼に足る人物やって思ってるんもわかっとるつもりや。せやかて、私もはいそうですかって納得はできへん。私らみたいなデバイスを使わないで出したあの炎、魔力を使わないのに人間離れしとるそのスピード、それに何より……」

 

 そこで言葉を切り、はやては一同を見据えた。顔を伏せるなのはとフェイト以外、その心情は同じようだった。

 

「何より、あの『目』や。あれは流石にスルーできへん。話してくれへんか、飛影くん?」

 

 飛影に視線が集中した。そこには猜疑心、あるいは敵意に近いものまである。それを感じとってフェイトが慌てて間に入った。

 

「は、はやて、飛影にだって事情があるんだから無理やりは「事情ってなんや?それは私らには話せないことなんか?」――え、えっと……それは、その……」

 

 はやてに遮られ、フェイトは尻すぼみに言葉を小さくしていく。その横でなのはも俯いていた。はやての目が確信の光を帯びる。

 

「フェイトちゃんは知っとるみたいやな。あと、なのはちゃんもそうやろ。私かて、プライベートに踏み込んどるのはわかっとる。せやけどな、六課を執りまとめる者として私は見過ごすわけにはいかん。そんなもんを抱えたまんまじゃ、こっからの活動に支障がでてまうかもしれんしな」

 

 仕事の顔をしたはやてがばっさりと切って捨てる。取り付く島もなかった。嫌な沈黙が部屋の中に降りていく。だが、それはあっけなく破られた。

 

「フン。聞かせてやる義理はないが、いずれわかることだ。いいだろう、先ほどの条件を飲んだ礼に話してやる。話すつもりはなかったが、秘密にしておくつもりもなかったからな」

 

「っ! 飛影くん……」

 

「飛影……」

 

 心配そうにするなのはとフェイトにフッと笑い、飛影はソファに身を沈める。そしてその姿勢のまま、まるで酒の肴にするような軽い口調で語り始めた。

 

 

 

 自分は人間とは根本的に違う妖怪と呼ばれた種族で、物心ついた時にはもう親はおらず、ある時まで盗賊を生業とし、一人で生きてきたということ。

 

 

 スピードは自前だが先ほどの炎は妖気と呼ばれる力を使ったものであり、自分が特別な炎を扱う火炎術者だということ。

 

 

 この額にある瞳は邪眼と呼ばれ、かつてある目的のために手術で手に入れたものだということ。今は自力で取り戻したが、その際全ての力と人生の一部を代金として差し出したこと。

 

 

 そして、人間の仲間たちに会うために魔界から霊界を通って人間界へと行こうとしていたとき、次元の狭間に巻き込まれてこの世界に来てしまい、そこで同じように次元を通って来た妖怪に襲われていたなのは達を助けて出会ったことなどを話した。

 

 

 

 飛影の話が終わったとき、誰も言葉を発することは出来なかった。彼はなんでもないように話すが、その隔たりが事情を知るなのはたちには辛く、知らないはやて達も自分たちを寄せ付けないようにしていることがありありと分かったからだ。

 

「こんなところか。さてどうする? こんな危険なヤツを人間たちの中へ置いておいていいのか? オレを放り出すのなら今の内だ、機動六課部隊長、八神はやて」

 

 声色を変えることもなく、不敵な笑みで飛影ははやてを見据えた。はやては先ほどの話が重すぎたためなのか、居心地が悪そうに目を伏せる。だが、なのはとフェイトはそれ強く否定した。

 

「危険じゃないよ! 飛影くんは、確かに厳しいところとか口が悪いところとか意地悪なところとかあるけど、酷いことは絶対にしない! 私は飛影くんに救われたし、飛影くんがいたからここまで来れたんだよ? だから、そんなこと言わないで……」

 

「飛影はこんなだからみんな誤解しちゃうかもしれないけど、とっても優しい人だよ。私達が今生きていられるのも、こうしてみんなと会えたのも、なのはと笑ってられるのも、全部飛影がいたからできた。私はそんな飛影にずっと感謝してるし、それはこれからも変わらない。妖怪とかそんなのは関係ないんだ。私はずっと飛影の味方でいるって、あの時そう決めたから。だから……」

 

 優しく、しかし強い信念を感じさせる声と言葉で、二人は自分の思いを紡いでいく。六課のメンバーはそれを黙って聞いていた。敵意は今のでかなり薄れたが、代わりにかなりの戸惑いが部屋に満ちている。

 

 誰もがこの状況に肩身を狭くする。だが、それを破ったのは意外な人物だった。

 

 

 

「――――いいんじゃねーか? 別にここに置いても」

 

 

 

 声の主を全員が捉える。その先には、説得がもっとも難航するだろうと思っていたスターズ隊の副隊長、先ほどの模擬戦で飛影に敗れたヴィータがいた。

 

 なのはやフェイトもそこから賛同を得られるとは思っていなかったのか、きょとんとした顔でヴィータを見つめている。飛影も少し驚いているようで、その鋭い目を丸くしていた。

 

 全員から視線を向けられた当の本人は「な、なんだよ」と顔を若干赤くしながら視線を横に流す。

 

「なのは達の言ってることは嘘とか贔屓目じゃないって思う。だってそいつ、あたしを倒す時に寸止めしてたんだよ。アレだけ喧嘩売ったんだ、本気でぶっとばされてもおかしくなかった。それにあんだけの実力差だ。ホントにそいつが極悪人なら、今頃あたしら全員生きちゃいないだろうしな」

 

 歯切れが悪そうにヴィータは呟いた。寸止めで吹っ飛ばされるのもすごいが、それが意味するのは飛影にはヴィータを潰すつもりがなかったということだ。ヴィータに同意するようにシグナムも続く。

 

「確かに、な。斬り合っていた時も最後の一撃も、ヤツの剣は全て峰だった。お前達二人も撃墜されてはいるが、急所は外してあるようだからな。後に響いてはいないだろう?」

 

 シグナムの言葉に思うところがあったのか、シャマルとザフィーラも考え込むようにして視線を下げた。そして一度全員を見渡してから、飛影を見つめ「それに」とシグナムは続けた。

 

「こやつの剣には一滴の澱みもなかった。芯から精錬されたような邪気のないものだ。あれほど澄んだ太刀筋を持つ者が根っからの悪人だとは、私にはとても思えん」

 

 以上だ、と言ってシグナムは着席する。最後のはバトルマニアの勘に近いが、少なくとも飛影が排除すべき者だという認識はないらしかった。するとシグナムを皮切りに次々と声が上がった。

 

「あ、あたしは賛成ですよ。そんなに悪い人には見えないし……」

 

「このバカスバル! 根拠のないことを簡単に言わないでっ……と言いたいところだけど、私にも彼が取り締まるべき犯罪者には見えませんね」

 

「えっと、僕も賛成です。そ、それにあんなに強いんですから!」

 

「わ、私も……なのはさん達の友達が悪い人のわけがないですし、なんだか、えっとその……―――んみたいだし……」

 

 と、次々に賛同の声が上がっていた。そこに至って、決定権を持つはやてに視線が戻ってくる。はやては苦笑しながら溜息を吐いた。

 

「まったく、ここでダメなんて言うたら私だけが悪者みたいやないか……なんて冗談や。私も飛影くんが悪人だなんて思ってへんよ。ただ六課のリーダーとして、納得のいく理由が欲しかっただけやからな」

 

 はやてがそういうと、なのはとフェイトを中心として六課に笑顔が戻ってくる。二人がよかったねと口々に零すなか、飛影は呆れたように溜息を吐いた。

 

「やれやれ。こいつら二人も救えないようなお人好しだと思っていたが、オレの勘違いだったようだな。どうやらどうしようもなく突き抜けたバカ集団の一員だったらしい」

 

「なんだとぉ!? テメェもういっぺん言ってみろ! 今度こそぶちのめ「だが」あ?」

 

 ヴィータがさっそく飛影の毒に噛み付く。だが飛影はそれをスルーして遮りながら、

 

「そんなバカは手が掛かるが……退屈はせんな」

 

 力が抜けた笑みを見せた。いつもの皮肉げなものではなく、彼の本当の心を映しだしたようなその表情に全員があっけにとられる。そしてしばらくすると、我に帰った数人が顔を赤らめた。

 

(フェ、フェイトちゃん……飛影くん、い、今笑ったよね)

 

(う、うん……は、初めて見たかも……いつもの飛影もすごくカッコいいけど、今のは不意打ちだった……うぅ、顔が熱いよ……)

 

(あちゃー、あかんなあ。こりゃ、なのはちゃんとフェイトちゃんがコロッとやられてまうわけや。ま、私はもっと優しいんが好みやけどな!)

 

 

 

(ふ……いけ好かんと思っていたが、認識を改める必要がありそうだな……)

 

(あ、ぅ……い、今のドキッは気のせいだ!)

 

(な、何かしら……背中にゾクって来たのは……これが、保護欲?)

 

(貴奴にもあんな表情が出来るのか。これなら大丈夫だな)

 

 

 

(うん。やっぱり笑顔がいいよ!)

 

(はあ、こりゃ大変ね。飛影さんも……)

 

(クールでカッコいいなあ……)

 

(飛影さんかぁ……やっぱり、お―――んみたい……)

 

 

 

(みなさん大変ですね……)

 

(でも仲がいいのはいいことなのです! ユニゾンもしてみたいですねー!)

 

 飛影は自分のギャップに少女たちが当てられていることなど露ほども知らず、ぽわーっとなるメンバーを不審そうに眺めていた。蛇足ではあるが、後に飛影が笑うことはほとんどなかった。が、これは飛影を意識し始めた少女達の脳内で永久保存されている。

 

 

 

 そして数十分後。とりあえず六課への居住が許された飛影は、スバルやヴィータ、シグナムから模擬戦のことについて質問攻めに遭うこととなった。そのほとんどがヴィータやリィン、そしてスバルなどである。

 

「なあ飛影。さっきあたしらと打ち合ってた剣だけど、アレって本当にただの剣なのか?」

 

「次から次へと騒々しい奴らめ……貴様らのデバイスとやらの材質は知らんが、相当な強度と見たのでな。オレの妖気を通して構成を強化しただけだ」

 

「ああ、だから互角に打合えたんですねー、納得です! でもそんなことも出来るんですかー、妖気ってすごいです!」

 

 途絶えることのない質問の嵐に飛影は渋りながらも答えていく。当初は無視していたのだが、どれほど蚊帳の外に置こうと破って入ってくるので答えたほうが楽なのであった。だが、リィンとヴィータが納得する横でシグナムとシャーリーが唸っていた。何事かとみんなが集まってくる。

 

「どうしたんや?」

 

「あ、いえ。私がやられた時、飛影が一体何をしたのだろうかと調べていたんですが…………」

 

「ああ、最後のシーンだね」

 

 そこには画面の中で対峙するシグナムと飛影の姿があった。そこまではいいのだが、動いて交差した瞬間だけでは、とてもシグナムがやられるような一撃を受けているふうには見えなかったのである。横にいるシャーリーもいろいろな計測器やグラフを出して唸っていた。

 

「特殊な術か何かだと思ったんですけど、どうにも分からなくて……隠蔽性の高い攻撃でしょうか?」

 

「私みたいな打撃攻撃じゃないだろうし、ティアみたいな幻影系かな?」

 

「うーん、分からないけどたぶん違うんじゃない? どこかから攻撃したとか出てないから」

 

 意見を交わしながらも、シャーリーは納得はできていないようだった。分析を得意とする彼女もお手上げのようである。そんな二人の周りに集まっていたなかから顔を出し、フェイトが飛影に尋ねた。

 

「ねぇ飛影、あそこで一体どんな魔法…………じゃなかった、技を使ったの?」

 

「あ、それ私も聞きたいな。確か、いざよいって言ってたよね?」

 

 ストレートに尋ねるフェイトになのはが援護射撃をかける。皆も興味津々であるようでそこかしこで聞き耳を立てていた。

 

「別に技でもなんでもない。ただ連続で斬っただけだ。名前も、知り合いが勝手につけたにすぎん」

 

 口調はいつもどおりだが、飛影は少し優しい目をしながら特徴的な青緑の髪を思い出した。これにはもともと名前などなく、飛影の剣の凄さを知った『彼女』がつけてきたのだが、まんざらでもなさそうではある。少なくとも彼の周りはそのように感じた。

 

「ほう? ちなみに何回斬ったのだ?」

 

 シグナムが興味によるものか、語尾を強めながらずいっと飛影に顔を寄せる。バトルマニアとして、そして剣士としての血が騒ぐのだろうが、それを見たなのはとフェイト、そしてヴィータ達がむっとしているのには二人ともまったく気づかない。

 

 そして、彼は彼で大して興味もなさそうな口ぶりで、

 

 

 

「十六回だ」

 

 

 

『…………はい?』

 

 全員が思わずハモッてしまうほど見事な爆弾を落とした。新人たちやはやてはもちろん、なのはやフェイト、そして実際に戦って彼の強さを知るヴォルケンリッターの四人ですら完全に固まっていた。

 

「う、嘘やろ? 十六回って……しゃ、シャーリー!」

 

「は、はい! 映像をウルトラスーパースローにしてみます!」

 

 サーモグラフィーやら魔力視化プログラムやらを落として、シャーリーがさきほどの映像を持ってくる。そして出来うる限り最高の遅さで件のシーンを再生しなおす。するとシグナムがゆっくりと一閃するまでの間に、まるでそこだけ時間が違っているかのように太刀を振るう飛影が映った。

 

 例えるなら、乳母車を押していた横をF1カーが最高速でぶっちぎって行ったぐらいの違いだ。パネルを操作していたシャーリーやはやては、ブリキのような動きで首を動かし、飛影に向かってありえないものを見るような視線をよこした。完全に呆気にとられている。

 

「なんつー出鱈目な……あたしの鉄球を蒸発させたって聞いた時も思ったけどさ……」

 

「もう、驚く気力も湧かんな……」

 

「す、すすす、すっごーい! ねぇねぇティア、どんな訓練をすれば私もあんなふうに動けるようになるのかな!?」

 

「はぁ……いつもながら、アンタのポジティブさは時々呆れを超えていくわね……」

 

「す、すごい……(僕も、この人みたいになりたいな……)」

 

「ほわー……(←尊敬の眼差し)」

 

 ヴィータとシグナムは疲れたように肩を落とし、スバルは目を輝かせながら隣にいるティアナに呆れられていた。エリオとキャロも、飛影に向かって憧れの人を見るような視線を送っている。なのはやシャマルは皆と飛影を交互に見比べながら、顔を付き合わせて苦笑いしていた。

 

 そんな中、不意にフェイトが近寄ってきた。少し緊張した様子で飛影の隣に座る。

 

「ね、ねぇ飛影。も、もし……もしだよ?飛影がよかったらなんだけど……私もスピードタイプだし、剣を使ったりもするから……今後のために、あの、その……わ、私に稽古をつけてくれないかな?」

 

『!』

 

 両手の人差し指をつき合わせ、頬を若干赤くしながらフェイトは尋ねた。場が水を打ったように静まり返る。飛影は彼女の態度に怪訝そうに眉を寄せたが、少しの間をおいて小さな溜息を吐いた。

 

「……オレは早朝に訓練する。勘が鈍らんように剣もその時に使うからな、付いてくるなら勝手にしろ。だが試合相手としてならいいが、邪魔は許さん。それにお前から頼んできたことだ、オレに手加減など期待するなよ」

 

「あ、う、うん! ありがとう飛影!」

 

 そっけなく言う彼の言葉を聞いて、フェイトの顔に赤い笑顔が咲く。飛影がそれにやりにくそうな表情をしていると、フェイトの後ろからなのはがひょいと顔を出した。

 

「そ、それなら私も! 早朝訓練前なら時間とれるし、フェイトちゃんと飛影くんが一緒ならすごくためになるしっ!(飛影くんを独り占めするのはずるいよ、フェイトちゃん?)」

 

「な、ならあたしも、時々ならいいぞ!? ま、負けっぱなしなのは気に喰わねぇからな!(あ、あたしだって強くなりたいからな。そ、それだけだぞ!?)」

 

「ふ、騎士は引かぬ。私も参加させてもらおう(抜け駆けは卑怯ではないか、テスタロッサ? 自分だけ強くなろうなどと)」

 

「け、怪我は任せてくださいっ(ま、まあ実際必要だものね……)」

 

「私もやりますっ!(なんかざわつくのはよくわからないけど、なのはさんもやるんだし、とりあえず参加しなきゃっ!)」

 

「キ、キャロ。僕たちは基本見学にして、しっかり学ばせてもらおうよ……(み、みんなすごい気迫だ……)」

 

「うんっ(飛影さんと特訓かぁ……いいなぁ、フェイトさん……)」

 

 なのはを筆頭に、次々と飛影との教練に参加を表明する機動六課のメンバーたち。予想外だったのか、飛影は少し面喰らっている。そしてはやてとティアナ、そしてシャーリーにリィンフォースは部屋の隅で溜息を吐いた。

 

「はぁー、一気に六課が桃色になってきたなぁ。そんで、はっきり自覚しとるんはなのはちゃんとフェイトちゃんだけ、と。しかも飛影くんはわかってないみたいやし、これから面白くなりそうやなぁ。クシシシシ……」

 

「はやてさん、笑みが邪悪ですよ……」

 

「わくわくするわー。いろんなデータが取れそうね、リィン」

 

「はいです! それに私も飛影さんがいてくれて楽しいです!」

 

 離れた場所で和やかに談笑する四人を飛影は殺意を漂わせる目で睨んだが、四人が即座に目を逸らしたので舌打ちする。その間にも順番がどうたらこうたら、内容があーだこーだと、付き合わされる自分そっちのけで言い合いを続けているなのは達に、飛影は頭痛をこらえるように頭に手を置いた。

 

 結局一日目の日程は決まらず、翌日大勢で押しかけたなのは達から飛影は当然のように逃げ出した。その後に偶然出会ったエリオとキャロに稽古をつけることになり、二人が本気で羨ましがられたのは余談である。

 

 それからしばらくして、逃亡する相手を捕らえるという訓練ミッションが追加されたが、それが飛影の行動を契機としているかどうかは定かではない。

 

 

 

 

 




感想と評価のほう、お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話  日常と邂逅 ~ 予兆の先兵

更新が遅れてしまい、申し訳ないです。

今回も『ACE』シリーズと同時更新なので、よろしくお願いします。


 

 時空管理局機動六課に所属する隊員の朝は早い。まず六時台に起床のベルが各自の部屋で鳴り、身だしなみと服装を整える時間を終えたらすぐに朝の教練の開始である。

 

「ほらー! 皆もっと頑張って!」

 

 機動六課の訓練スペース、陸戦用空間シュミレーターの中で声を上げるのは高町なのは教導官。この訓練は彼女の完全指導でもって成り立っている。本当はライトニング隊隊長のフェイトもこれに携わっているのだが、執務官という立場上そう簡単に両立するのは難しい。

 

 なのはの教練は厳しいが、それを苦だとは思っても嫌だと思うものは少ない。魔導師として最低限実戦に耐えうる実力がなければ、自分だけでなく仲間も危険に晒すことになる。そのような任務を受けることも多々ある管理局において、有望な若手を順調に育てている彼女の教えには定評があった。

 

 そうこうしているうちに早朝訓練の最後、四対一でのシュートイベーションが終了する。肩で息をしているスバル達を眺めながら、なのはが空中から降りてきた。

 

「じゃ、今朝はここまで。一旦集合しよう」

 

「「「「は、はいっ!」」」」

 

 四人はへとへとになりながらも整列し、ようやく教練が終了する。なのははバリアジャケットを解くと、降り立った先で教練を眺めていた飛影に声をかけた。

 

「ねぇ飛影くん。飛影くんから見てどうかな、スバル達は」

 

 一同に軽い緊張が走った。彼が機動六課に来てから早いものでもう二週間が過ぎ、民間協力者として訓練に立ち会っている。直接指導は今のところしていないが、なのはの補佐のような形に収まり的確に指導してくれる飛影を四人はとても尊敬していた。

 

 あの四対一の模擬戦の後、その力を計測した六課のメンバー達はかつてないほどに驚かされていた。魔力はないが、現時点で判明しているだけの戦闘力から換算したところ、実力は最低でもSSランク以上、つまりリミッターをかけていないなのはやフェイトより上であったのだ。あれで加減していたという事実は、はやてすらびっくり仰天させている。

 

 それが判明したときにはリィンやシャーリー、そしてスバル達も開いた口が塞がらないようであったが、なのは達はそれほどでもなかった。彼女らはかつて飛影の戦いを一度見ていたため、自分たちを軽く捻るほどの実力者だと確信していたからである。寧ろ、低評価なのではないかとの声も上がっていた。

 

 そんな理由からか、もはや六課で飛影の名を知らぬものはいない。キャロやエリオなども積極的に飛影と接しているし、時には教授を受けたりもしている。

 

 エリオに至っては既にフェイトと並んで大きな目標になっているようで、訓練にもより一層の力を入れていた。ヴァイスやシャーリー、ルキノなども彼の持つ力に並々ならぬ関心を寄せている。

 

 そして意外なことにヴォルケンリッターの騎士達やはやてもその存在を認め、信頼を置き始めていた。

 

 特にヴィータやシャマルは何かと関わろうとするし、シグナムに至ってはスピードを除けば自分と同じタイプであるためか、並々ならぬ対抗心を燃やしていた。そして、六課きってのスピードタイプであるフェイトに何度も戦いを挑んでは、日々その腕を磨いているらしい。

 

 なんでも彼女曰く、

 

「炎でも剣でも負けていたら、烈火の将の名が泣く」

 

 とのこと。だが今のところの戦績は43戦中0勝43敗で、一太刀たりともその体には届いていないという涙ぐましい有様であった。この間など、どこまでこの記録が伸びるのかと賭けをしていたヴァイスら青年将校をとっ捕まえて憂さ晴らしをしている。

 

 たった二週間。されど飛影の存在は六課で大きくなり始めていた。

 

 だが、彼女たちは知らない。今でさえ凄まじい戦闘力を持つ飛影自身も、なのはやフェイトらと同じく忌呪帯法と呼ばれるもので独自に相当なリミッターを掛けていること、そしてその上からさらにかなりの力を抑えており、それが彼女たちとは根底から違うほどのものであることを。

 

 その驚愕の事実を六課のメンバーが知るのはもう少し後になる。

 

「フン。始めたころの千鳥足よりは少しマシになったようだが、連携に穴が多すぎだ。ナカジマは直線的すぎ、ランスターは保守的すぎる。どちらも機を読むことを忘れるな。モンデュアルはもう少し考えてから動くことだ。いくらスピードがあっても、バカ正直に真正面から突っ込むだけでは芸にもならんからな。攻撃と同時に回避を想定し、方向を広げて機動を柔軟にしろ。ルシエはまず間合いの確保と術の効率化を図ることだけを考えて、相手との距離をいつも頭に留めておけ。動けないアシストなど、ただの的だ」

 

 飛影の厳しい言葉に全員が引きつった顔をした。その言葉に甘さは一切ない。ただ思ったことと気づいたこと、そして事実を淡々と述べているだけ。しかしだからこそ、その指摘は的確だと言えた。

 

 厳しい言葉の裏に嘘はない。飾っても仕方がないことを彼は知っているのだ。そして、マシになったということは成長しているという揺るがない事実を指していた。

 

「お? みんなよかったね。相変わらずの辛口だけど、ちゃんと伸びてるっていう飛影くんのお墨付きを貰えたよ!そんなところで、早朝訓練は終了です。お疲れ様」

 

 はぁああ、と全員が脱力した。それを見てなのはは苦笑する。慣れ始めてきてはいるが、メニューは過酷だ。この反応も仕方のないことだろう。と、そこで焦げ臭い匂いが辺りに漂った。ティアナがはっとして指さすと、スバルのローラーブレードが火花と煙を上げていた。

 

「うわっ、やばっ! 無茶させちゃったぁ~……」

 

 しまったという表情で愛機のローラーを持ち上げるスバル。なのはが整備に回そうと言ったが、誰が見てもかなりガタがキているのは目に見えていた。聞くところによるとティアナの銃も同じような有様のようである。なのはが首をかしげながら考え込んだ。

 

「う~ん、皆も慣れてきたし、そろそろ実戦用の新デバイスに……あれ?何の音?」

 

 意味深長な台詞を口にしていたなのはは、突如響いた電子音に四人を見た。だが、四人とも心当たりがないようで首をかしげている。すると飛影が嫌そうな顔でポケットを探り、深紫のコンパクトを取り出した。

 

 全員が不思議そうに見守るが、飛影はそれを開こうとしない。しばらくそのままでいたが、いきなり音が鳴り止むと飛影がようやくそれを仕舞う。しかしそれも束の間、なのは達の疑問を吹き飛ばす勢いで、今度は上方から怒鳴り声が響いた。

 

 

 

『まったく、持っておるなら早く出んか! 何のために通信機を持たせたと思っておるのだ!』

 

 

 

「「「「「え……えええっ!?」」」」」

 

 全員が上を見た瞬間、驚きの声を上げる。そこにはいつもの空ではなく、スクリーンに映したような透けた体の大きな人間がいたからだ。いや、大きく見える子供と…………おしゃぶり?

 

「何の用だコエンマ。またくだらん茶々を入れにきたのか?」

 

 なのは達が目をまん丸にして固まっているなか、飛影は愛想の欠片もなさそうに返答する。コエンマと呼ばれた少年は呆れたように、いや諦めたように溜息を吐いた。

 

『お前は本っ当に相変わらずだな。そっちでも上手くやっているのかどうか、こうして気を遣ったというのに。定期に連絡はしろといったはずだろ? それにぼたんから報告、というか苦情が上がってきている。あれでもお前たち浦飯グループの一員で紅一点だ。あまり無視してやるな、ベソをかいてたぞ?』

 

「フン、見当違いのことばかり聞いてくる方が悪い。昨日など今日はそっちで何を食べたか、どんな料理があるかなどと聞いてきやがった。その場にいれば、オレが奴を釜茹でにしているところだ」

 

『……済まなかったな。それについては後でみっちり説教しておく。地獄の一丁目辺りに括り付けとけば少しはマシになるだろ』

 

 コエンマがバツが悪そうに眉を寄せた。スバル達は本気で不機嫌になっている飛影と、その不穏な台詞に冷や汗を掻いている。そこになのはがおそるおそる声を上げた。

 

「あ、あの……貴方は……?」

 

『ん? おお、そっちでの協力者か。いや、すまんすまん。ワシは霊界で長をやっとる閻魔大王の息子、コエンマだ。今は一応霊界の最高責任者ってことになっとる。正式にはもうコエンマではないのだがな』

 

「れ、霊界ぃっ!? 霊界って、飛影さんが言ってた人の死後を裁いて逝き先を決めるっていう、あの世の世界……そ、それに、閻魔大王さまの息子って、あわ、あわわわ……!」

 

 スバルがコエンマの自己紹介を聞いて青くなる。他のメンバーの反応も似たようなものであったが、飛影はフンと鼻を鳴らすのみ。あの世の支配者に対しても変わらない態度にタメ口、改めて飛影の凄さを垣間見たスバル達だった。

 

「それで、一体何をしに来た。まさか暇を潰すために来たんじゃないだろうな?」

 

『おお、そうじゃった。お前さんに渡すものがあってな。役に立つかどうかは分からんが、ないよりはマシだろうと思って見繕った。今そっちに転送する』

 

 コエンマがそう言や否や、前方に一つの頭陀袋が落ちてきた。そんなに大きくないそれを手にとって中を覗き込んだ飛影は、しばらくの後ため息を吐く。

 

「こんなガラクタを送ってきて、オレにどうしろと言うんだ」

 

『仕方なかろう! あまり高位の霊具は送れんし、こっちだって手を借りたいほど忙しいのだ! それに霊界探偵の必須アイテムだから、持っておいて損はないはずだぞ?お前用にカスタマイズしといたから、妖気でも問題ないはずだ。後々使う機会もあるだろ』

 

 そう言うと、心底いらないというふうな表情をしている飛影を無視してコエンマはなのは達に向き直った。彼に見られ、全員に緊張が走る。コエンマはそのまま全員を見渡し、

 

『そちらの世界の方々、惜しみない協力まことに感謝している。飛影は少し扱いづらいところがあるかもしれんが、これからも支えてやって欲しい』

 

 大きすぎる帽子を引っさげて頭を下げた。これは流石に予想外だったようで、なのはたちは慌ててしまった。

 

「ええっ!? そ、そんな、頭を上げてください! コエンマさんにそんなことされたら、私たちどうしていいか……そ、それに、飛影くんを頼っているのは私たちも一緒なんですから!」

 

「そ、そうですよ!飛影さんには教えられることばかりで……とてもありがたく思っています!」 

 

 コエンマの行動にぎょっとしたなのはやスバルをはじめ、皆が口々に言葉を零す。その様子を見て、懐かしむようにコエンマはふっと笑った。

 

『そちらでもいい仲間を持ったようだな、飛影』

 

「……フン」

 

 コエンマの言葉にそっぽを向いて飛影はつまらなそうにする。そこでコエンマはポンと手を叩いた。

 

『おお、そうだ。もう一つ言い忘れておった。実はな、ワシが――――で、そ―――と―――っ人―――……』

 

 何かを言おうとしたコエンマの声に突如ノイズが入り始めた。それは映像にも伝わり、次第に薄れていく。飛影はわずかに目を開いていたが、しばらくするとぷつっという音が響いて完全に消えてしまった。キャロが心配そうに飛影に尋ねてくる。

 

「コ、コエンマさん大丈夫なんでしょうか? いきなり切れてしまいましたけど……」

 

「心配など不要だ。前にもあったが、単に次元が不安定になってしまった影響で通信が途絶えただけだからな。しばらくは使えんだろうが何か影響があるわけじゃない」

 

 飛影はそう言うと落ちてきた頭陀袋を肩に担ぎ、面倒そうな様子で歩いていってしまう。なのは達は顔を見合わせると少し楽しそうにしていた彼の顔を思い出し、ふふっと笑った。

 

 

 

  -Side Subaru Nakazima-

 

 

 

「はー、気持ちいい~」

 

 あたしはシャワー口から流れ出る雨を顔一杯に受け止めながら思わず言葉を零していた。訓練は辛いけれど、終わった後に浴びるこのシャワーの心地よさはちょっと言い表しがたい。

 

「スバル。気持ちは分かるけど、ほったらかしにされてるキャロのことも考えなさい。頭に泡つけられたまま自分のことされてるんじゃ、いい気分しないわよ」

 

「あはは、ごめんティア。つい……」

 

 もはや条件反射となったようにあたしは頭を下げた。謝るならキャロに対してしなさい、といういつもながら厳しいお言葉を受け、キャロに改めて謝罪する。キャロは気にしていませんから、と笑顔で見上げてきた。ふわぁ、やっぱり癒されるなぁ。

 

「訓練にもやっと慣れてきました。まだまだだけど、強くなってるって感じが出てきて嬉しいです。これもなのはさんや飛影さんのおかげですね」

 

 キャロの台詞のなかに含まれていた言葉に、あたしは胸がどきっとなってしまった。

 

 飛影さん――――。

 

 なのはさんとフェイトさんの命の恩人にして、人間でなく、なんと妖怪だという青年。おどろおどろしかった妖怪のイメージは彼との出会いでかなり変わったが、話によるとそういった妖怪の方が多いとのことだ。何事も聞いてみるものである。

 

 そんな飛影さんは年齢を聞いてみるとなのはさん達より年上の二十五、六歳ほどだということがわかった。あの背でその歳は少し驚いたというのが本音だ。怖いから言わないけど。

 

 そして何より強い。あのシグナム副隊長達をたった一人で倒したというのだから、もはや新人である自分ではお手上げだ。

 

 その教導は受けたことがないけど、試しに受けたらしいフェイトさんが大層お疲れの様子で帰ってきて、早々にぶっ倒れたことから、あたしを含めた全員が青い顔で拒否した。飛影さんをあの強さへと押し上げる教練には大いに興味があるが、こちとら花も恥らう若き身空だ。まだ死にたくない。

 

「そうね。飛影さんの言葉には、気遣いとかは全くと言っていいほどない。けどだからこそ言っていることは的確だし、ちゃんとその先の教示もしてくれるから助かるわ」

 

「はい。おかげで動きが分かってきました。なのはさんは魔法とフォーメーション、飛影さんは個人の動きや役割ををよく教えてくれますから」

 

 ティアナとキャロが飛影さんの話題で盛り上がる。初めは警戒していたティアナや、なかなか話せなかったキャロも今では普通に会話をしている。もっとも彼自身無口だからか、話しかけても「そうか」とか「フン」とか短い返事しか返してくれないことも多いが。

 

(なのはさん達の想い人か……)

 

 私は顔面にシャワーを浴びながら、あの二人の顔を思い出す。ヴァイス陸曹に飛影さんの話を聞いた時のなのはさんは、あたしが見たことのない顔をしていた。

 

 いつもの頼りがいのある顔じゃなくて、すごく強い感情を感じさせる顔。そしてそんな彼女の表情は、思わず見とれてしまうほどに綺麗だった。あのときは驚いたが、知ってみればなるほどこういうことかと思う。

 

 少し前のことになるが、あたしはなのはさんが男性局員に告白されていた場面に出くわしたことがあった。相手の男性はあたしから見てもかなりのイケメンで、その上性格がいいと管理局でも評判になっていた人だ。

 

 だが、彼女は躊躇なくそれを振ってしまった。相手の人は残念だなと苦笑して去っていったが、あたしはどうしても聞きたくなり、気づけばなのはさんに駆け寄って尋ねていた。

 

 なんで断っちゃったんですか、と。

 

 今考えればかなり不躾な質問だったと思う。が、彼女は一度苦笑して優しい笑みを見せながら、

 

『私ね、もう決めてるの。その人はとっても気難しくて、子供の頃一度会った以来ずっと会えてないんだけど、ずっとずっと考えちゃうの。だからどんないい人がいても私はダメ。無意識にその人と比べちゃってるから。あはは、我ながらサイテーだけどね』

 

 あたしにそう言って笑うなのはさんは、でも言ったことを後悔しているようには見えなかった。むしろそれを誇りに思うみたいに胸を張っている姿を見て、彼女ほどの人にそこまで想われてる男性って一体どんな人なんだろう、と考えたのも一度や二度ではない。

 

 だから、会った時はなんでって思った。確かに顔は整っているけど目つきは悪いし、態度は刺々しい。姿も性格もまるで悪党だった。見るからに協調性の欠片もなさそうな彼を私はいぶかしんだが、なのはさんだけでなくフェイトさんまでもが彼を慕っていることを知ったときは、常識が覆りそうなほど心の底から驚いたものだ。

 

 でも、それがひどい勘違いだったことはもう分かっている。普段の飛影さんはそっけなくて、その上他人への対応も粗雑かつ威圧的だけど、内面はあたしたち以上に人として成熟しているし、その力は本物だ。

 

 過去の片鱗を聞いただけであたしは涙が出そうになってしまったけれど、飛影さんはそれを事実として受け止められる強さを持っていた。『人』とは違うにもかかわらず、それを『人』である者達に曝け出せる強さ。そして、何があろうとブレることのない、孤高の信念を。

 

 その時初めて、二人がなぜ彼を慕っているのか、そのことが少しだけ分かったような気がした。ほんの、少しだけ。

 

 そして同時に羨ましかった。『自分』のことを話せる『強さ』が。

 

 それからだろうか。憧れに似た感情に急かされ、自然とその姿を目で追うようになったのは。

 

 見ているとどこか胸が温かくなって、でもなぜか少し切ない、不思議な気持ち。 

 

 いや、これは憧れとはどこかが違うかもしれない。

 

 もっと強い……

 

「スバル! このバカ! いつまでシャワー浴びてるのよ!」

 

「うひゃいっ!?」

 

 いきなり響いた怒声にあたしは我に返った。見ると、ティアが目の前に仁王立ちで腕を組んでいる。その目はいつになく厳しい。

 

「あんた、堂々と水の無駄遣いしてんじゃ……げっ!? ちょっとスバル、それ!」

 

「え? それってな……って、うわわっ、キャロ!?」

 

「ふぅええええ~?」

 

 ティアが指さした所、シャワーを流したまま考えに耽っていた私のすぐ側で、キャロが真っ赤な顔から湯気を上げて目を回していた。倒れなかっただけ立派なものだが、全開でお湯を浴び続けていたあたしの横にいたためにのぼせてしまったらしい。

 

「あわわっ、こういう時ってどうすればいいんだっけ!? とりあえず水をかければいいのかな!?」

 

「そんなわけないでしょこのバカスバル! 早くキャロをそこから出して脱衣所に運んで! それとミネラルウォーターと水で冷やしたタオルを何枚か持ってきなさい!」

 

 ティアの言葉に分かったと言ってキャロを担ぎなおす。シャマルさんにも一応連絡しておかなきゃと零す親友の言葉を耳に流しながら、あたしは言われたとおりに動き始めた。それで、ついさっきまで考えていたことはさっぱり頭から飛んでしまったのだった。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

 -Side ?????-

 

 

 

「ったく、この森はどこまで続いてんだよ……」

 

「聞いた話ではもうそろそろのはずなんだけど……」

 

 二人の人間が森の中を掻き分けながら会話していた。一人は高い背丈にノースリーブの青みがかったTシャツ、それに青いジーンズと同色のブルゾンという出で立ち、そしてもう一人は薄い赤色の半袖の上にベージュのジャケット、そして同じ色のデニムパンツをすらりと着こなした青年の二人組だった。

 

 ジーンズの青年が、飛んでくるカナブンやらなんやらを他所に放り投げながら先導して、後ろをもう一人の青年がついていく。と、しばらくして開けたところに出た。

 

 どうやら自分たちは崖の上にいるようだ。下の方には人工的な舗装も見える。

 

「おお、やっと出たな。ん、こりゃ線路か?」

 

「そのようだね。ここを通る列車に乗って一時間ほどかけると、街までいけるらしいよ」

 

 ジャケットの青年は手に持った木の葉を親指で撫ぜながら、「どんだけ離れてんだよ」と愚痴るジーンズの青年に苦笑を零す。すると遠くの方から一つの影が見えてきた。フォルムと走っている場所からして、間違いなく列車だ。

 

「おっしゃ、タイミングバッチリだな」

 

 ジーンズの青年が拳を振り上げるが、後ろにいたジャケットの青年は黙って列車を見ていた。その目が少し細められ、やれやれと肩が竦められる。「どうした」と眉を寄せながら呟く相方にふっと笑いかけた。

 

「どうやらゆっくりと景色を堪能、ってわけにはいかないみたいだ。少し手荒にいく必要があるかもね」

 

「さっそく、ってか? 上等だぜ、いっちょ腕慣らしといくか!」

 

 二人は目を合わせ、不敵な笑みを浮かべる。そして高速で接近する列車に近づくために、二人は断崖絶壁から身を躍らせた。

 

 

 

 

 




感想と評価をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話  ファーストアラート ~ 再会

第八話の投下です~。


 

 

 機動六課の主な任務は、ロストロギアと呼ばれる古代遺失物の管理とその保護である。古代の遺産はその力の凄まじさと希少性から、邪な盗掘者に狙われることも多い。事実過去にはそうして盗み出されたものも多く、またそれが原因で悲惨な事故などが起きたことも少なくないのだ。

 

 だからそのような事態に遭遇すれば、彼らに出動要請が回ってくるのも当然である。そして今日、機動六課にスバル達新人フォワードが所属開始から二週間にして、記念すべき初仕事が舞い込んできた。

 

 仕事内容は、レリックと呼ばれる高エネルギー貯蔵のロストロギアを運搬していた貨物列車がガジェットに占拠されたことへの対応である。管理局でもその処遇が懸念されていたレリックが狙われたのは想定されていたものの、ここまで早く起こるとは思わなかったというのが後に部隊長が零した言葉だ。

 

 ともあれ可及的速やかに現場に赴き、ガジェットの殲滅及びレリックの回収、その後の護送が下された機動六課は、移動用ヘリに乗って現場へと急いでいたのだが、

 

「何故わざわざオレが出なければならん」

 

 待機命令中のフォワード四人が初陣に身体を緊張させるなか、剣呑な雰囲気を隠そうともせず、怒りと不満を滲ませた声が響いた。

 

 声の主は言わずもがなの飛影である。彼は民間協力者であるが、誰かに命令されて動くことには承諾していないため、この事態に苛立っていた。はやてなどは下手からお願いしたのにもかかわらず、飛影の威圧をモロに受け、半泣きでシャマルに縋りついていたぐらいだ。

 

「ひ、飛影くん。気持ちは分かるけど、飛影くんは次元漂流者なんだし……それに一応は民間協力者って立場でもあるから、私としても波風立てないようにやって欲しいなぁなんて「黙れ」ひゃうっ、ごめんなさい!?」

 

 新人四人の教導官であり、機動六課所属の一等空尉である高町なのはが諭すように言うが、鋭い三白眼で睨まれ悲鳴を上げて後ずさった。

 

 スバル達は涙目で「なんとかして」と訴えてくる彼女を見て、少し顔を引きつらせながら笑って一人残らず目を逸らす。彼女を敵に回すのは怖いが、この場合ではそれ以外の選択肢は取れないのは暗黙の了解であった。好き好んで火中の栗となる趣味はない。四人の内心を見抜いてか、なのははう~っと恨み声を上げた。

 

 そんな彼女にいつもの鬼教官たる威厳はない。というか、飛影の放つ威圧感が凄まじすぎるため、彼女を以ってしても霞んでしまうと言ったほうが正しいだろう。一等空尉憐れである。

 

 飛影はしばらく無言でなのはを睨んでいたが、涙まじりの彼女の視線に僅かに汗を掻き、ばつが悪そうに舌打ちした後に顔を背けた。

 

「……次はない。さっさと終わらせるぞ」

 

「! ありがとう、飛影くん!」

 

「ぬあっ!? だから、すぐ人に抱きつくその癖をやめろと言っただろうが! 何度言ったら分かるんだ貴様は! ガキか!」

 

 言うが早いか、彼に飛びついてその腕をかき抱きながら満面の笑みを零すなのはに対して、飛影はいつものように怒号を上げる。が、身体を振り払ったりはせず、扱いに困っているといった風に無理やり渋面で覆っていた。その表情はかつての彼を知るものが見たら驚くに違いない。

 

「よかったですね、なのはさん」

 

「うん、ありがとうエリオ」

 

「高町っ、貴様は笑っていないでさっさと離れろ! いい加減にせんと、前言を撤回するぞ!」

 

 眉の角度と目の吊り上り具合がすごいことになり始めた飛影に流石にマズイと思ったのか、謝罪を述べながらなのはは残念そうに体を離した。

 

 乱れた服装と髪を心底不機嫌そうな顔で整える飛影。彼の性格的には正しいのだが、何かがいろいろと間違っている気がする。というか、抱きつかれているのがほぼ自分に限定されていることに気づいていない彼も彼であった。

 

「はぁ……ま、緊張は少し解れたかな。これなら今日の任務は大丈……スバル、あんたどうしたの?」

 

「……えっ? なにが?」

 

「いや、何がって……なんでそんな膨れっ面してんのよ」

 

 いつものやり取りに少し緊張が解けたティアナが、横にいたスバルを見て怪訝そうに眉を寄せた。

 

 尋ねられた当の本人はその瞬間に表情をリセットし、きょとんとした顔で首をかしげて考えている。どうやら本当に分かっていないようなので、ティアナはなんでもないわよと手を振ると、不機嫌そうに佇む飛影の方を向いた。

 

(まさかスバルまでとか……? まぁ、コイツの事情からすれば、飛影さんの在り方は相当に眩しく見えるんでしょうけど)

 

 ティアナがふぅと息を吐くと、ヴァイスさんが振り返りながら現場に到着したと報告してきた。ヘリの中に緊張が走り、メインハッチが轟音を立てて開く。なのはが全員を見渡しながら言った。

 

「じゃ、ちょっと出てくるけど、皆もがんばってズバッとやっつけちゃおう!」

 

「「「ハイッ!」」」

 

 スバルとティアナ、そしてエリオが気合を入れるように返事をするなか、キャロだけが俯いたまま座っていた。その身体は縮こまり、肩は僅かに震えている。

 

 だが、なのはがそんな彼女に気づいて近づこうとするより先に、キャロの身体に影が落ちた。キャロがハッとして顔を上げると、いつも難しい表情を崩さない民間協力者、飛影が立っていた。

 

「要らん心配をするな。空は高町とテスタロッサが抑えるだろうし、近くにはこいつら三人がいる。それに不本意だがオレも出てやるんだ、あんな雑魚相手に臆する必要はない。ルシエ、お前はただ自分のできることをしろ」

 

 そう言うと、飛影はコートを翻して視線を外す。ぞんざいな言い方ではあったが、声を介した彼の優しさはキャロの内側へとするりと入り込んできていた。しばらくぽけっとしていたキャロだったが、堅くなっていた体からいつの間にか緊張が抜けていたことを知る。

 

 背を向けた飛影の内面は、その表情と共にうかがい知ることはできない。だが自分に向けられた言葉は心の中で反響し、いまだ残っている気がした。胸がほんわかと温かくなる。堅くなっていた表情が崩れ、キャロはヘリに乗って初めてとなる笑みを零した。

 

「は、はいっ……あ、ありがとうございます。お兄ちゃん」

 

『……は?』

 

 キャロが笑顔で放った言葉に場の空気が固まった。なのはやスバルなども驚きのあまり呆然とした顔を見せており、飛影に至っては目を見開いて硬直している。

 

 キャロは少しの間何が起こったのかわからない顔をしていたが、しばらくして自分の失言に気づいたのか、あっと叫んでその顔を真っ赤に染めた。

 

「あ、あのキャロ……飛影さんがお兄さん、というのは一体……?」

 

 空中に漂っていたリィンがいち早く硬直から解け、恐る恐るといったふうにキャロに尋ねてくる。本人は服の袖で口元を隠しながら、赤い顔でぷるぷると震えながら言った。

 

「え、えっと、あの……初めて会った時から思ってたことなんですけど、飛影さんってなんだか頼りがいのある兄って感じがしてて……いえっ、私が勝手に思っていたことなので特に深い意味はないんです! さっきのはちょっと、うっかりそう呼んじゃっただけで! だから、その……うぅ……迷惑でしたよね……」

 

 そこまで言って、キャロは深くフードを被ってしまった。自分のせいで飛影に不快な思いをさせてしまったと思っているのかもしれない。しゅんとしてしまったキャロにどうしたものかとスバル達が考えていると、問題の中心が口を開いた。

 

「迷惑かどうか以前にオレはお前の兄貴じゃない。お前に対して兄弟紛いなことなどできんし、するつもりもない。理想の兄とやらを押し付けられるのもごめんだ」

 

 厳しさを含んだ言葉にキャロがビクッと震える。それに対して飛影は横目で彼女しばらく見据えたあと、何かを振り切るように続けて言った。

 

「だが……それでもかまわんというのなら、呼び方など好きにしろ。オレは兄になどなるつもりはないが……お前のことだ、そうせんと勝手に負い目を持つだろう。それに、いつまでもグジグジと悩まれでもすれば、後々まで面倒なことになるからな」

 

 予想外の言葉にキャロは驚いて顔を上げた。飛影はそっぽを向いており、視線を此方に合わせようとはしない。だが、彼が自分に対して応えてくれたことにキャロの胸はいっぱいになった。

 

「はいっ・・・ありがとうございます飛影さ、お兄ちゃんっ」

 

「……フンッ」

 

 先ほどの雰囲気など露ほども感じさせない満面の笑みを見せたキャロに、飛影は背を向けて不機嫌そうに息を吐いた。

 

「あ、お兄ちゃん、私のことはキャロって呼んでください。いつまでもルシエじゃなんだか他人行儀だし、私も落ち着かないので……あっ、もちろんお兄ちゃんがよければ、ですけど」

 

「気が向けばな」

 

 キャロと目を合わせぬまま、飛影はぶっきらぼうに告げた。だが、キャロは顔に笑みをたたえたまま、はいと短く頷いた。

 

 飛影がそれを拒絶するつもりであれば、はっきりと口にしていただろうと思ったからだ。しかし言及はしない。言えばダメと言われるかもしれないから。

 

 二人を中心にして穏やかな、そして優しい時間が流れた。エリオも少し思うところがあったのか、キャロと飛影を交互に見ている。しかし、贔屓というのはどの世界でも得てして碌なことにならない。

 

「そ、それなら私もなのはって呼んで! ホラ、高町って言うより呼びやすいし!?」

 

「わ、私もお願いします! ナカジマって呼ばれるのはお父さんとかと同じだからややっこしいし、何よりムズムズしちゃうんで!」

 

 焦りが混ざった声色で二人が詰め寄った。なのはとスバルの凄まじい食いつきに、飛影は若干引きながらキャロに答えたのと同じ返答を返す。

 

 後にこのことがフェイトにも伝わり、同じように迫られることになるのだが、その時には既に興味もなく、飛影は呼び方程度に一々こだわりすぎだと呆れていたという。

 

 ちなみにエリオはこの一件以来彼を兄さんと呼んでいる。理由はキャロと同じらしい。

 

「っ、列車捕捉! 距離約250だ!」

 

 和やかな雰囲気になりつつあった空気をヴァイスの報告が掻き消した。だが、四人から既に堅さはなくなっている。上がっているのではなく適度な緊張が包み込む中、突如ヴァイスの表情が驚愕に彩られた。

 

「な……列車に接近する人影を補足。ガジェットに向かっていってる!? 魔力値は……未検出! また一般人だぁ!?」

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 ハッチから飛び出ようとしていたなのはが驚いてたたらを踏む。さしもの飛影も予想外だったのか、腕を組みながら横目でヴァイスを見つめていた。フォワード四人は以前と同様だ。

 

「人影は二人だ、今モニターに出力する!」

 

 ヴァイスの言葉と同時に、スクリーンに列車の走行風景が映った。その周りを飛行タイプのガジェットが飛び交い、なのはより先についていたフェイトが迎撃に飛んでいる。

 

 そして列車の上の崖から駆け下りているのは確かに二人の人間だった。魔力を使っている様子はないが、二人は走行中の列車の上に難なく着地する。スバルが画面に身を乗り出した。

 

「誰、なんだろうね?」

 

「少なくとも魔導師じゃないわね。魔法陣はないし、バリアジャケットも展開してないから」

 

「でも魔法を使わないであそこまでできるなんて、お兄ちゃんみたい。お兄ちゃんもあんな風に……お兄ちゃん?」

 

 キャロが同意を求めた飛影の様子に首をかしげた。その目は画面に釘付けとなっており、その口元には笑みが零れていた。

 

 しかし、次の瞬間にはその笑みをいつものように掻き消し、飛影はいきなりハッチに向けて歩き出す。全員が動揺したように彼を見るなか、再び彼は愉快そうに口元を吊り上げて言った。

 

「何を呆けている。これはお前らの初陣なんだろう? 早くせんと、『あいつら』が全部片付けてしまうぞ?」

 

 画面を見ると、先ほどの二人がガジェットに対峙していた。なのはがハッとして四人を見回す。

 

「あっ、そ、そうだった。スターズ隊とライトニング隊、出撃だよ! 私はフェイトちゃんと空をやるから、みんなしっかりね!」

 

「「「「は、はいっ!」」」」

 

 号令を受けた四人は作戦どおりティアナとスバル、エリオとキャロの二チームに分かれて降下していく。それを見送ったあと、なのはは飛影に向かって尋ねた。

 

「ねぇ、もしかしてあの人たちって飛影くんの知り合い?」

 

 飛影はそれに対して少し間を置いた後、

 

「ああ。腐れ縁の、な」

 

 短く、しかし確かな信頼を感じさせる返答をして空に飛び出した。

 

 

 

 -Side Teiana Runstar-

 

 

 

 風を切りながら落下した身体が重力のまま列車へと着地する。そうしてローラーブーツを履いた相棒を横目で捉えながら私は走り出した。

 

 片手には銃型のインテリジェンスデバイスである『クロスミラージュ』、そして隊長たちと同じ規格の新装バリアジャケットは驚くほど私の身体にフィットしている。本当に専用装備として作ってくれたらしい。シャーリーさん達には感謝しなければ。

 

(っと、急がないとね)

 

 感謝は改めて伝えることにして私は二車両前にいる男の人のところまで走った。銃を構えながら声をかける。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 銃を片手に構えて飛び交うガジェットを牽制しながら、私はその男性に近づいた。撃ち抜いたガジェットと対峙していた男の人が振り返る。

 

「お? お嬢ちゃんがコエンマから聞いた魔導師ってやつか?」

 

 服装は青みがかった白系の無地Tシャツに青ジーンズ、そして同色のブルゾンいうラフな格好。身長は高く、180後半はゆうにありそうだ。年は二十代中盤といったところだろうか。

 

 だが注目すべきはそこではない。髪の色はオレンジがかっており、いまだかつて見たこともないほど立派なリーゼントで決まっていた。ここまでのものを見たことがなかったので、私は思わずまじまじと見入ってしまう。

 

 強面だが人懐っこそうなその表情に少し安心する。デバイスも何も持たないので、一見すれば一般人だと思ったが、彼の口から出た言葉に私は驚いた。

 

「え、コエンマさんのことを知ってるってことは、飛影さんの知り合いですか?」

 

「飛影を知ってんのか? 来て早々いきなりヒットたあラッキーすぎな気もするが、探す手間が省けたし話が早くて助かるぜ。おーい、蔵馬ァ!」

 

 リーゼントの青年がガジェットによって破られた穴から列車の中を覗き込む。すると、なかにいたもう一人が飛び出すようにして出てきた。

 

「桑原くんですか、こちらの制圧は終わったよ……って、おや?そちらの女性の方々は?」

 

 長い癖のある赤毛をなびかせた人物が、私たちの前に現れる。赤い無地のTシャツにカジュアルなベージュのジャケットを着て、セットであろうのデニムパンツを見事に着こなしていた。

 

 その人物は桑原と呼ばれたジーンズの青年を見たあと、私と横にいるスバルをとらえて少し驚いたようだったが、彼が手短に事情を説明すると納得したように頷く。

 

 一瞬女性に思えたが、会話を聞く限りではどうやら男性らしい。だが女の私が嫉妬を覚えるくらいの凄まじい美青年であった。現にスバルは見惚れ、「綺麗だなぁ」と羨ましそうにしている。

 

「なるほど、飛影の協力者ですか。失礼、俺達は飛影を手伝うために霊界から遣わされた者、君たちの味方ってことで間違いないですよ。まあ聞きたいこともいろいろあるかとは思いますが、それは後ほど。先にこの状況をなんとかしなければなりませんから」

 

「あ、はい。そうですね!」

 

 赤毛の美青年の言葉に、横にいたスバルが同意するようにうんうんと頷いた。ジーンズの青年もああと首肯の意を返してくる。

 

 私は内心で頭を抱えた。そう言うのは管理局である私たちの仕事のはずなのに、ああもうっ、なにやってんのよバカスバル!

 

 と、そんなことをやっているとガジェットがこちらに向けて攻撃を加えるべく近づいてきた。私とスバルは二人に下がって欲しい意を伝えるが、彼らはそれを聞かずに前に出た。

 

「心配してくれんのは嬉しいが、こちとら結構な修羅場潜って来てんだ。テメェの危機ぐらいテメェで切り抜けられる。それに女の子に後ろ任せてくつろいでたんじゃ、漢が廃るってもん……って、危ねぇっ!」

 

 言葉を遮るようにジーンズの青年が私の横を駆け抜けた。と同時にズバンという音が響く。慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか出現していたガジェットがこちらにケーブルを延ばしていたのが見えた。が、そのケーブルはこちらに届く前に切断されており、廃線となった残骸がいくつも散らばっている。

 

 そして私に背を向ける彼の右手には、

 

「ひ、光の、剣……?」

 

 金色とオレンジ色の中間のような不思議な色をした剣が輝いていた。バチバチと音を立てるその剣はフェイトさんの魔力刃に似ている。

 

 間髪入れずに彼はその剣でガジェットを真っ二つに両断した。魔力を制限するAMFが働いているのにも関わらず、である。そのまま彼はガジェットを破壊しながら列車の後方へと走っていった。

 

 と、列車の中から大きな円形の形が顔を出した。私たちは足元をすくわれないように急いで後方に下がる。事前に渡された資料に見覚えのなかったそいつにスバルが叫んだ。

 

「新型!?」

 

 通常のガジェットの三倍はゆうにありそうな体躯と倍以上はありそうな数のコードは気味悪くうねうねと蠢いている。赤い長髪の青年は悪趣味だな、と吐き捨てるように言葉を零した。それには全力で同意する。

 

 と、そのうちの何本かが私たちを捕らえるべく迫ってきた。

 

「はあああっ!」

 

 スバルが触手のように蠢くケーブルをかわしながらガジェットに肉薄し、渾身の一撃を叩き込んだ。だが、普通のガジェットより耐久性も上がっているようで、お返しにと鞭のようにしなったケーブルに弾かれた。

 

「くっ、こいつ堅い……!!」

 

 瞬時に体制を立て直したためダメージは受けていないようだが、それは相手も同じ。一撃必殺の彼女の拳も装甲を僅かに凹ませただけである。AMFやシールドも巨大化した分だけ強力になっているようで、この距離では対フィールド魔力弾も生成できない。

 

「えっ!?」

 

 有効射撃を決めるため後ろに下がろうとしたとき、私は驚きに声を上げた。あのガジェットに向かい、あろうことか赤毛の青年が丸腰のまま前に出て行くではないか。

 

「あ、危ないですよっ!」

 

 スバルが焦ったように彼に向かって叫ぶが、青年は大丈夫、と短い笑みで答えるとさらに歩みを進めていく。そうして敵の射程ギリギリのところで自分の髪へと手を伸ばし、何かを取り出した。

 

「「はっ!?」」

 

 その取り出された物を見て、私とスバルは素っ頓狂な声を上げた。なぜかと問われれば答えは一つしかない。彼が取り出したものはおよそ闘いの場には相応しくない代物、一輪のバラだったからだ。

 

((なんでバラ……!?))

 

 それを優しく添えるように持ちながら、彼はガジェットと対峙する。敵と認識したのか、ガジェットが唸りをあげて彼に迫った。

 

 そして目の前に来た彼へガジェットのケーブルが餌を絡め取るように伸ばした、その瞬間。

 

薔薇棘鞭刃(ローズ・ウィップ)!!」

 

 彼を取り囲んでいたケーブルが全て宙に舞っていた。驚くほどの長さと強靭さを誇ったそれらがまるで紙切れのように細分に寸断され、ガジェットはただの丸い塊となる。

 

 そしてそれを成した彼の手には先ほどまでのバラはなく、代わりに緑色の鞭が握られていた。あれでガジェットを切り裂いたのだろうが、私には全く見えなかった。なんという早業だろうか。

 

「終わりだよ」

 

 そして彼が再びそれを振るった瞬間、丸いオブジェは少なくとも十数個の破片に分断され、爆発した。同時に周囲に集まっていたガジェットもまとめて。

 

 スバルが渾身の力を込めても僅かな傷しか残せなかったガジェットが、何の造作もなく破壊されてしまったことに私も、その硬さを知る本人も声が出なかった。それを知ってか知らずか、彼は鞭を消すと私たちに向き直る。

 

「敵は掃討し終えましたよ。桑原くんのほうもどうやら無事に終わったみたいですね」

 

 見るとこちらに手を振るジーンズの青年桑原と、龍の召喚に成功したらしいキャロがエリオと大きめのスーツケースを抱えて巨大化したフリードに跨っていた。その下には煙を上げたガジェットの残骸が一体あるが、他は全て原型を留めぬまでに破壊されている。

 

「やってきて早々ご苦労なことだ。仕事癖がついているんじゃないか蔵馬?」

 

 そこで最近馴染み始めた声が聞こえた。振り向くと、飛影さんがポケットに手を突っ込んだまま口の端を吊り上げて笑っている。その表情はいつもの仏頂面ではなく、どことなく嬉しそうな色を滲ませていた。赤毛の青年にも微笑みが灯る。

 

「君も変わらないな、飛影。次元の狭間に吸い込まれたって聞いたときは驚いたけど、無事で安心したよ。まあ、君がその程度でどうにかなるとは思えなかったけれどね」

 

「フン、コエンマが伝えようとしていたのはこのことだったか。余分なのもついてきたようだが、奴にしては粋な計らいだ」

 

 蔵馬と呼ばれた赤毛の青年に飛影はいつもの皮肉で返した。そこに先ほどのジーンズリーゼントの青年が肩を怒らせてやってくる。

 

「コラ飛影テメェ! 浦飯チームの大戦力を捕まえて、余分たあなんだ!? それに、元はと言えばテメェがコエンマの忠告を無視して穴に落っこちたのが原因らしいじゃねぇか!」

 

「ほう、そいつは初耳だ。戻ったら奴と改めて話し合う必要がありそうだな、ククク……」

 

 その『話し合い』という響きに我らが教導官のと同じものを感じてスバルたちは冷や汗を掻く。そのとき、空で戦っていたなのはとフェイトから通信が入った。

 

『作戦は成功。あとはレリックを護送担当部隊に引き継いで任務は完了だよ。みんな、もう一息頑張ろ!』

 

『ええと、そっちにいるお二人にはあとで事情聴取をさせてもらうのでそのつもりでいて下さい。あ、事情聴取といっても飛影の知り合いみたいですから、形式だけなので構える必要はないです』

 

 二人の声が聞こえ、全員に笑みが宿る。こうして数奇な運命のめぐり合わせで、私たちは飛影さんの『戦友』に出会ったのでした。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

 -Side Jeil Skaliety-

 

 

 

「刻印No.9護送体制に入りました。追撃戦力を送りますか?」

 

 止まった列車から護送されていくキャリーケースを見ながら、私の片腕ウーノが画面越しに問いかけてきた。その顔に悔しさはない。ただ命じられる内容を待っているといった様子の彼女に対して、私は苦笑しながら口を開いた。

 

「いや、止めておこう」

 

 未練を感じさせない私の声に彼女は分かりました、とだけ告げる。私は目の前に広がる大画面横のパネルを操作し、列車の上を駆け回る二人と龍にまたがった二人、そして空を縦横無尽に駆ける二人を順番に映し出した。中でも金髪の少女と赤髪の少年に注目しながら、此方を見つめるウーノに苦笑する。

 

「レリックは惜しいが、彼女たちのデータが取れただけで十分さ。プロジェクトFに関してもこの子達個人にしても私の研究にとって興味深い素材ばかり、これだけでも損はない。それに……」

 

 パネルを操作し、リアルタイムで映し出されている映像から対象を切り替える。

 

「予期せぬ大収穫もあったことだしね……」

 

 そこにはオレンジリーゼントと赤髪の青年、そして黒髪の少年の三人が映っていた。先の二人は機動六課の少女たちと言葉を交わしており、少し離れた場所で列車の縁に腰掛けるようにして黒服の少年が座っている。

 

 ウーノの報告によれば、彼は最近六課に保護された次元漂流者で名を飛影と言うらしい。おそらくあの二人は彼の仲間だろう。私は燻っていた探究心が湧きあがってくるのを感じた。

 

「彼らは私のガジェットをいとも簡単に破壊してしまった。それも魔法とも戦闘機人とも違う、圧倒的かつ不可思議な、未知の力で……く、くくく、以前彼を初めて見たときにも思ったが、全く心躍らされるばかりだよ! ああ、早く彼らを研究したいねぇ!」

 

「……ドクター、また悪い癖が……彼らの力は得体が知れません、用心してかかるべきです」

 

「わかっているさ。けど君とその姉妹たちがいれば、計画は遂行できる。協力者もいることだし、いろいろ楽しめそうだ」

 

 ウーノが顔を顰めた。私の言葉によるものではない。『彼』を個人的に好きになれないと言っていたからそのせいだろう。気持ちは分かるが、私としては仲良くして欲しいんだけどね。

 

「さて、調査はここいらでいいだろう。ウーノ、あとはこれを数値として算出したあとでデータとしてまとめてお……!?」

 

 ウーノに指示を飛ばし、画面を消そうとした手が止まった。いや止めざるを得なかった。視線は画面に吸い寄せられ、目が離せない。

 

 画面に映し出された少年、黒服を身に纏った飛影が『こちら』を見据えていた。単に空を見上げるといった感じではない。明らかにこっちを『観察()』ていた。そしてその瞳は少年のものではなく、画面越しにでも分かるほど鋭利な光を帯びている。

 

 その口元が微かに動いた。眉は寄せられ、ひどく不愉快な様子で睨むような視線が私を射抜く。だが私がそう認識したときには、彼は既に背を向けて歩き出していた。口元の動きが音を伴って脳を揺さぶる。

 

 

 

 ――――――消えろ。目障りだ。

 

 

 

「く、くくく……あーっはっはっは!」

 

「ド、ドクター……?」

 

 ウーノが僅かに目を開きながら問いかけてくるが、私は目の前のことでいっぱいだった。その目は去っていく彼の背中とその先にいる二人の青年に向けられている。

 

(どうやってウーノと私のステルスを看破したのかは分からないが、我らの知りうる力でないことは確かだ。ふふふ、俄然興味が湧いてきたねぇ。全く……本当に夢中になってしまいそうだよ、飛影くん)

 

 猶も怪訝そうに尋ねてくるウーノに適当に返しながら、私は戦闘記録をリスタートした。

 

 もちろん、彼ら三人を中心に細かくデータをリークしながら。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話  日常 ~ ある日の訓練風景

遅れて申し訳ありません。

リアルが鬼のように忙しくて、更新する暇がありませんでした。

まだ二十二日前後ぐらいまでは忙しい日々が続くので憂鬱ですが、今年も精一杯やっていこうと思います。

本日は二話連続投稿+ACEの時間差投稿ですので、どうぞよろしくお願いいたします。


 

 

 

 機動六課には優秀な戦闘技術教官がいる。

 

 筆頭の一人は言わずと知れた高町なのは。そしてもう一人は執務官でもあるフェイト・T・ハラオウンである。他にもヴォルケンリッターの騎士ヴィータやシグナムなどによってその教導は厳しいことで有名であるが、彼女らの教導を受けた魔導師は実力も相応につけてくると評判は高い。

 

 機動六課に所属する彼女たちは、今日もまた六課の新たな力となりし少年と少女たちを鍛えんと訓練に励んでいた。だがいつもと違うのは、

 

「オラオラ、スピードが落ちてんぞ! エリオ、男ならもっと根性入れて気張れィ!」

 

「は、はい!」

 

「何をやっているんだ、彼は……」

 

 森の中に展開されたブロックツリーの周りで、回避訓練をしているエリオとキャロに怒号を飛ばしている男がいた。エリオに関してはスパルタ、そしてキャロに関しては、

 

「キャロちゃんはへばらない程度にしっかりな~」

 

「は、はい~!」

 

 マイペースでやるように指導している。なんとも偏った指導内容であった。フェイトはオロオロしながら、シグナムは呆れたように腕を組んでその様子を見つめている。

 

「あ、あの和真……エリオだけに厳しくするのは……」

 

「何言ってんだフェイトちゃん! 男なんてのは、女を守れて何ぼなんだぜ? 好きな女ぐらい守れる力があったほうがいいからな。エリオ、お前もそう思うだろ?」

 

「ええっ!? す、好きな女って……キャ、キャロはそんなんじゃ……た、確かに彼女はとても大切な仲間ですけど……」

 

 顔を赤くしてしどろもどろになるエリオに、男のなんたるかを熱く語るこの男の名は桑原和真。

 

 かつてからの飛影や蔵馬の戦友であり、また魔界でも人間中最強という異名を持つ霊能力者である。

 

 現在は齢二十五にしてボディガードの会社を立ち上げ、表では要人から一般人までの護衛を幅広く手がける一方、近年人間界に観光などで入り込むことが多くなった妖怪たちのトラブル対処を霊界をバックアップとして置きながらこなしている。前大会である第三回魔界統一戦にも参加し、人間とは思えない戦績を残した実力者だ。

 

 そして新たな人物が、もう一人。

 

「桑原くん、君の言うことも分かるけど、彼女もいざという時に動けないと困ると思うよ。もう少しペースを落として、二人地道にやったほうが効率がいいんじゃないかな」

 

「う……まあ、蔵馬のいうことももっともか。よしエリオ、少しペース落としてキャロちゃんに合わせろ。二人とも、お互いのフォロー忘れんじゃねぇぞ!」

 

「「はいっ!」」

 

 赤毛の青年、蔵馬の言葉に方針を変更して和真は再び指示を飛ばした。フェイトはそれに安堵の息を吐いて、訓練を続ける二人を見つめる。その様子に蔵馬は苦笑を零した。

 

 蔵馬、またの名を南野秀一。かつて、魔界で極悪盗賊として名を馳せた伝説の妖狐その人である。

 

 二十五年ほど前に霊界特防隊によって手ひどい怪我を負わされた際、逃げ込んだ人間界で胎児だった人間と合体し、以来南野秀一として生きてきた。だが飛影や桑原、そして幽助と出会い、数々の戦いが終わった後もこうして行動を共にしている。現在は父の会社で働く傍ら、魔界と人間界を頻繁に出入りして双方の交流に尽力している最中だ。

 

 さてどうしてこんなことになっているかというと、それは三日前、彼らと機動六課面々との出会いまで遡る…………

 

 

 

 -Three days ago-

 

 

 

「おーっす! コエンマに頼まれてきた準霊界探偵にして人間界最強の男、桑原和真とは俺様のことだ! 飛影を手伝うってことだが、おめえらもよろしくな!」

 

「同じく飛影の手伝いに派遣された蔵馬だ。仕事柄、いろいろ助けにはなれると思う。よろしく」

 

 レリックの護送受け渡しを完了した機動六課は、ブリーフィングルームにて新たな協力者と相対していた。簡単な事情聴取はしていたが、飛影の知り合いだというのを皆に説明するためこうして集まってもらったのである。

 

 部屋には六課の主要メンバーが勢ぞろいしていた。なのはとフェイトの二人に部隊長である八神はやて、ヴォルケンリッターの騎士たちと新人フォワード四人に加え、シャーリーやリィンフォースⅡ、さらにはヴァイスやグリフィスもいる。

 

 ヴァイスが恐る恐る、といった感じで挙手した。

 

「んで、お二人さんが飛影の旦那の仲間なんだよな? やっぱ、その……妖怪ってやつなのか?」

 

 ヴァイスの質問に部屋に少しの緊張感が満ちる。彼が妖怪だと知るのは二つの隊とはやて達情報員を除けば六課内でも極少だが、ヴァイスとグリフィスはその数少ないうちの二人だった。

 

 問われた二人は妖怪という単語に少し驚いた顔をしたが、飛影の性格なら不思議じゃないなと苦笑した蔵馬がそれに答える。

 

「正確に言うと少し違うな。けど、オレのことは概ねそう思ってくれてかまわない。使っているのも妖気と呼ばれる力だし、人間とは少し違うから。あ、けど桑原くんの方は正真正銘の人間だよ。霊界やら魔界やら、いろいろと関わりは多いけどね」

 

 蔵馬の説明にま、そういうこったと肯定を口にする桑原に複雑な表情をする一同。そしてそのなかの一人、ティアナが何かに気づいたように手を挙げた。

 

「人間……あれ? でもさっきフェイトさんみたいな光の剣を出してましたけど、アレは一体なんですか? 蔵馬さんも何か鞭みたいのを・・でもデバイスも何も使ってなかったですし……」

 

 一緒にいたスバルも、記録を拝見した者もそれに同意するようにうんうん頷いた。「デバイス?」と首を傾げる二人になのはとフェイトが簡単に説明すると、合点がいったように笑みを浮かべ、桑原が一歩前に出る。

 

「そんじゃ、いっちょ見せてやりますかね。出でよ、霊剣!」

 

 桑原が握手をするように出した右手へと力を込めると、手の中に光り輝く球形が出現する。それに一同が驚くより早く、玉は爆発するように巨大化し、剣の形を成した。部屋にいた全員が呆気に取られたように剣を見つめるなか、桑原はふふんと鼻を擦りながら笑う。

 

「こいつが俺の霊気で作った武器、『霊剣』だ。物質系能力ってやつでよ、オレ自慢の主武装だぜ」

 

 桑原がバチバチと音を立てる霊剣を見せながら、得意げに胸を反らす。飛影がほう、と少し驚いたような声を発した。

 

「前に見たときより霊気の密度が数段アップしているな。切れ味や強度も以前より洗練されている。イメージの悪さだけは改善されていないようだが」

 

「褒めねーヤツだなテメーは!!」

 

 飛影の痛烈な皮肉に桑原はさっそく食って掛かる。まあまあと二人を仲裁しながら、蔵馬が苦笑いしているフェイト達の前に出た。

 

「それじゃ次はオレの番か。――――薔薇棘鞭刃(ローズ・ウィップ)!!」

 

 どこからか取り出したバラの花を蔵馬が無造作に振るう。と、花びらが宙を舞い、部屋全体バラの香りで覆いつくした。美しい花びらの舞に、シグナムが気障だなと呟く。中にはシャーリーのようにぽわーっとしている者もいた。その手に握られているのはあの鞭だ。

 

薔薇棘鞭刃(ローズ・ウィップ)、オレが得意とする武器の一つさ。見た目はそれほどでもないだろうけど、鋼鉄ぐらいなら問題なく切り裂ける」

 

「ふぇ~。飛影さんもすごかったですが、こんなこともできるんですねぇ」 

 

「これが妖気の使い方か。けど、桑原は普通の人間なんだろ? さっき言ってた『霊気』ってのは何なんだよ」

 

 ヴィータが眉を寄せながら疑問の声を上げた。少し離れて座っていた飛影が答える。

 

「貴様ら魔法と同じ、オレ達の世界で裏に関わる人間のほとんどが持っている力だ。霊気は人間の肉体に宿るオーラの総称、人間であれば誰でもその可能性を持ち、それを操る人間をオレ達は霊能力者と呼ぶ。戦闘に耐えうるほどの霊気を持つ人間は少ないが、使いこなせればお前らの魔法にも負けはせん。甚だ不本意だが、コイツがいい例だ」

 

「おめぇはいちいちうるせェんだよ!」

 

 懲りずに言い争う飛影と桑原に、フェイトやなのは達は苦笑しつつも少し羨ましいなと思った。飛影がこんなふうに突っ掛かっていくのは、彼や蔵馬のことをそれほどまでに信頼しているからだ。少し寂しそうな彼女らの横顔を横目で捉えつつ、蔵馬がいつものように二人の仲裁に入った。

 

「まあまあ、二人とも。今は俺と桑原くんがこの機動六課に何を提供出来るか考えるほうが先ですよ。基本的に俺や桑原くんは会社勤めしていますからデスクワークも大抵はなんとかできますが、どちらかといえば―――」

 

 戦闘技術を教えるほうが得意ですね、と蔵馬は涼やかな笑みを見せて言った。桑原もそれに同調し、それをなのはやはやてが了承して――――……

 

 

 

 ――――今に至るというわけである。

 

「おう、お前らも結構しごかれたか」

 

「そちらも終わったようだな」

 

 ヴィータが自らのデバイスを肩に掲げながら飛影とともに歩いてきた。その後ろからは、ふらふらと覚束ない足取りでスバルが歩いてきている。別訓練をしていたなのはとティアナも、森の奥のほうから出てきた。どちらも相当絞られたようだ。

 

「ま、こんなトコだろ。とりあえず帰って昼飯にしようぜ」

 

 桑原の言葉で解散の雰囲気になる。だが全員が歩き出そうとしたとき、不意に声を上げた人物がいた。戦技教官、高町なのはである。

 

「あの……和真くんに蔵馬くん。二人は、その、どんな風に飛影くんと知り合ったの?」

 

「「飛影と?」」

 

 なのはの言葉に全員が注目して立ち止まる。飛影も彼女を横目で見ていた。しかし誰も止めないところを見ると興味はあるようだ。

 

「どんな風に、か。俺は妖怪がらみだよ。そのあとこの場にいないもう一人の仲間とも知り合って、桑原くんはさらにそのあとだったね。改めて考えると、この中じゃ俺が一番付き合いが長いってことになるのかな」

 

「オレは今蔵馬が言った奴とずっと喧嘩仲間だったんだ。あいつと一緒に霊光波動拳の継承者トーナメントってのを戦ったあと、四聖獣戦のときに助っ人として来た二人に会ったんだよな。もう十年ぐれぇ前だから、懐かしいぜ・・・ん?でもなのはちゃんよ、なんでいきなりそんなこと聞いてきたんだ?」

 

「えっ!? な、なんでって……それは……その……」

 

 いきなり問い返されたなのはは頬を赤く染めて黙り込んでしまった。だがその視線はチラチラと飛影の方と行き来していて、当の彼は不可解そうに眉を寄せる。それを見たフェイトやヴィータなどがむぅと不満そうに頬を膨らましていた。

 

 蔵馬が珍しく呆気に取られた様子で固まる。だが少し考えるように顎に手を当てた後、まじまじといった視線で全員を見渡した。

 

「これは……正直驚いた。あの堅物さと気難しいことで有名な飛影に、こんな素敵なガールフレンドが出来てたなんて。幽助や魔界のファンクラブ会員が聞いたらなんて言うかな?」

 

「ふぇえっ!?」

 

『なっ!?』

 

 蔵馬の爆弾発言に、なのはをジトっと睨んでいた少女たちが驚愕の声を上げた。そのなかには焦りらしきものも見受けられ、蔵馬はやはりかと内心溜息を零す。

 

 どうやらかつての戦友は、ここでは王子様という立場らしい。本人は気づいていないようだし、詳しい経緯は聞かないが。

 

「蔵馬、あまりふざけたことを抜かすと貴様でもただでは……待て、ファンクラブだと? そんなものいつの間に出来ていたんだ!?」

 

「飛影……君は一応軀陣営でのNo.2、男ではNo.1だろう? 強い上に容姿端麗、加えてフリーとくれば、人気が出るのは当然のことじゃないか。君は、自分が思っている以上に注目されていることをもっと自覚した方がいい。ああ、潰すなんて考えないでくれよ。どうせすぐ元に戻るだろうし、いらない作業を増やされるのは御免だからね」

 

 飛影の思考を先読みした蔵馬が釘を刺した。図星だったのか、飛影は心底苛立たしそうな表情をする。組んでいた腕をさらにきつく締めつつ舌打ちしてそっぽを向いた。

 

 ちなみに蔵馬のもあるけどな、と零した桑原の後ろからはやてが駆けてきた。その肩にはリィンの姿もある。

 

「みんなお疲れさまや。午後の教練のために今はしっかり身体を休めとくんやで?」

 

 部隊長としての心配りを忘れないように新人たちに声をかける。それに気の抜けたような返事が返ってきたことに少し苦い笑みを零し、飛影たち三人に向かい合った。心なしかその頬は赤いような・・・

 

「く、蔵馬さん達もおおきに。民間協力者の立場でここまでしてもらってるゆうのに、ほとんど何にも返されへんでごめんな」

 

 蔵馬は「気にすることはないですよ」と笑顔で返した。だが、はやては何だか納得いかないようで、モジモジと手を握ったり開いたりしている。と、そこで何か思いついたのかパチンと手を合わせた。

 

「ほ、ほんなら……お礼とは少しちゃうねんけど、わ、私のこと名前で呼んでくれへんか? 蔵馬さんは管理局員やないし、私より年上やのに、敬語使われるんは何か恥ずかしゅうて仕方ないんや」

 

「はい、それはかまわないですが――「敬語!」かまわないけど、いいのかい? 君はこの課の部隊長なんだろう? 確かにそのほうがやりやすくはあるけど……」

 

 心配する蔵馬に、はやては大丈夫だし何も心配いらんの一点張りだった。挙動不審な上にその顔はほんのりと色づいている。なのはやフェイト、そして他の少女たちもぽか~んとした表情をして、かつてない態度を振りまく親友、あるいは部隊長を見ていた。

 

(ねぇ、フェイトちゃん。はやてちゃんってもしかして……)

 

(う、うん。たぶん考えてる通りだと思う……)

 

 フェイトとなのはは、飛影に対する自分たちと同じような反応をするはやての心情に気づいたようだ。彼女を主とするヴォルケンリッターは複雑な表情をしており、フォワード四人やらシャーリーやらは顔を突き合わせていた。

 

(主がそういった思いを抱く相手が出来たことは喜ばしいが、ううむ……心配だ)

 

(こればっかはしかたねーよ…………気持ちはわかるし……って、何考えてんだあたしは!?)

 

(はやてちゃん、可愛いわー。実を言えば彼に会った瞬間からあんな調子だったものねー♪)

 

(成る程、一目惚れというやつか。主の性格から考えれば意外だが、まぁそれを省いても蔵馬殿はなかなか出来た人物のようだからな。だがシャマル、なぜそんな実感がこもっているんだ?)

 

 

 

(はやてさんが蔵馬さんを……確かに超のつくほどいい人だし、かっこいいしね~)

 

(はぁ、いいのかしらこんなんで……)

 

(仲良しなのはいいことですよ!)

 

(キャロ、それはちょっと違うんじゃ……)

 

 

 

(はぁー、はやてちゃんにもようやく春が来たですね。リィンは嬉しいのです!)

 

(いいなぁ、はやてさん。私もいつか……!)

 

 聞こえないとはいえ、本人を前にして言いたい放題な六課メンバーであった。一部羨望も混じっているようだが、全員が念話でひそひそと意思伝達をするなか、壁に寄りかかっていた飛影がフッと笑う。その口元はかつて無いほど、心底愉快そうに吊り上っていた。

 

「クッ、クク……いいからそう呼んでやれ蔵馬。その方が面白いことになりそうだからな。フ、部隊長とやらは本当に大変だ」

 

「ひ、飛影くん!? い、要らんこと言わんといて!」

 

 いつもとは逆のパターンに好機ととったか、援護というか追い討ちをかける飛影。Sっ気全開で忍び笑いを零す彼だが、なのはたちは引き攣った笑顔をしていた。理由は無論、明日はわが身という言葉を彼が認識していないためである。

 

「なあ、どうしたんだこの空気? シグナムちゃん分かるか?」

 

「分からないお前もどうかと……って、く、桑原! 貴様、ちゃん付けは止めろとあれほど言っただろうが!」

 

 恥ずかしさから顔を赤くするシグナムに、「そうか~?」と首を傾げる桑原に笑いが巻き起こる。そんな光景を遠巻きにしながら、穏やかな時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 




ここで第五話のオリジナル技の説明をば。



<妖剣-十六夜(いざよい)

 すれ違いざまに十六回の連撃を叩き込む、飛影の持ちうる剣技の一つ。四聖獣戦で青龍に使用した技と同じものだが、太刀筋はより洗練されたものとなっている。妖剣には他の派生技も存在し、その効果や攻撃力は技によって様々である。
 名づけ親は雪菜。飛影もこの名前は気に入っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地球編
第十話  出張機動六課(導入編) ~ 始動


連続投稿の二話目です。


 

 

「出張任務だと?」

 

「うん、ちょっと唐突だけどね」 

 

 朝方。いつものように自主訓練をしてフォワードたちの面倒を見たあと、立ち寄ったブリーフィングルームの中で聞かされた話に、飛影は少し声高に問い返した。その相手、飛影を正面に据えているのは時空管理局の執務官でもあり、ライトニング隊の隊長でもあるフェイトである。

 

 聖王教会からこの意が通達されたのは今朝方であった。遺失物管理部の肩書きを持つ機動六課であるが、ロストロギア関連ではレリック専門で調査を進めている。あまり手を広げすぎても一つに対して薄くなってしまうので、この采配は的確だといえよう。

 

 本来ならこの件も他方に任せるのがセオリーなのだが、時空管理局は万年欠員と呼ばれるほど人員に欠いている。魔法を使えないものでも情報整理やデスクワークで活躍の場が与えられてはいるものの、最終的には魔導師が必要となる場合が多い。

 

 そのバランスがきちんと出来ていない場合、指令が来てもどこも同じような返答をするのだ。六課に仕事が回ってきた理由は一つ。

 

 すなわちここ以外は人手不足である、と。これだけであった。

 

「任務は正体不明のロストロギアの回収。どれくらいかかるか分からないから、少し現地にとどまる必要があるの。それで、主要メンバーは全員が行くことになったんだ」

 

「フン、ならお前達だけで行ってくればいいだろう。ロストロギアだのレリックだの、そんなものがどうなろうとオレには何の関わりもないからな。ここにいるとは言ったが、積極的に協力すると言った覚えはない。助力を求めるなら蔵馬か桑原にしろ。やるというのなら勝手に行って、解決なりなんなりしてくればいいことだ」

 

 興味などない、という風に飛影はそっぽを向く。すると、あからさまに落ち込んだ様子のフェイトが顔をずいと寄せてきた。息を感じるほど近くへ来たことを感じ、飛影は一瞬ドキリとなる。だが彼の動揺には気づかない様子で、フェイトはそのまま詰め寄った。

 

「飛影は来てくれないの?」

 

「そう言っている」

 

「私は一緒に行きたいんだ。そのほうが心強いし」

 

「オレは行かん」

 

「ホントに、ダメ? 私たちとじゃ……嫌……?」

 

「オイ……だから、オレの話を……」

 

「…………ぐすっ」

 

「…………」

 

 フェイトが見上げてくる。うるうるうると見つめてくる。その目は水気を帯びており、目尻に抑えきれなくなったものが零れ落ちる寸前であった。ここでもし断ったり突き放したりしようものなら、一気に決壊して飛影を飲み込むだろう。

 

 被害を受けているのはむしろ自分の方だというのに、なんとも理不尽である。いつもながらここは頭痛の種には事欠かない場所であった。無論彼にとっては不都合極まりないが。

 

「くっ……ええいわかった、付いていってやる。ただしオレは手を貸さんし、仕事とやらはそっちで勝手にやれ。何でもかんでもオレ達に頼るようなら、すぐに手を引く。いいな?」

 

「――! ありがとう飛影っ!」

 

「ッ!? フェイト! だから高町共々抱きつくなと、あれほど言っただろうが! さっさと手を離せ!」

 

 いきなり体を引き込まれ、頭ごとがっちり抱きしめられた飛影が怒りの声を上げた。フェイトの肩を押さえてその身体を引き剥がす。

 

 その姿は子供にせがまれるのをいなす父親のようだ。フェイトは寂しそうにしながらもすごすごと引き下がったが、懲りている様子はないことを感じ取った飛影はさらに不機嫌になった。

 

 任務は今から二時間後に集合して行くのだという。それを聞くと飛影はフェイトから離れ、自分の部屋へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

(やれやれ、飛影があんなに慌てているのは久しぶりに見ましたよ)

 

 その部屋の脇、壁の影に潜んでいたもの達が去っていく彼の後姿を見つめていた。メンバーは蔵馬と桑原を始めとして、なのはや新人四人がいた。ヴィータやシャマルにシグナム、それにはやての姿もある。

 

 女性陣の大半が羨ましそうな視線を注ぐ中、桑原が声を潜めて蔵馬の独り言に答えた。

 

(そうだな。飛影のヤツ、フェイトちゃん相手にどうしていいか分かんねぇみたいだったぜ。意外な弱点発見だな)

 

 にしし、と笑みを零す戦友に蔵馬は同感ですね、と苦笑した。実際、あんな彼を見ることになったのはこっちに来てからだ。今までを思えば信じられないぐらいであるが、二人にとってはいい傾向であった。

 

 シグナムが彼の去っていた方向を見やる。

 

(行ってしまったぞ)

 

(お兄ちゃん、怒ってましたね……)

 

 キャロが小声で話しながら周りを見渡す。念話をしないのは蔵馬たちがまだ使えないからだ。『飛影を交えて、そのうち使えるようにしておくよ』とは蔵馬の弁である。実際、盗聴とかに気をつければこれほど便利な魔法はない。

 

 少し蛇足的な話になるのだが、キャロのお兄ちゃん発言、あるいはエリオの兄さんという呼び名を初めて聞いたのは数日前だ。そのとき蔵馬達は驚きのあまり硬直してしまった。

 

 そして「犯罪はいけませんよ」と零した蔵馬に、飛影が怒鳴りつけていたのは記憶に新しい。実際には、蔵馬は飛影にとって兄妹関連の話題がどれほど重いのかを知っていたので、彼がそれを許容したことを驚いていたのだが。

 

 話を戻そう。蔵馬はキャロの言葉ににこりと笑って口を開いた。

 

(本当に嫌なら、どんなに言われても飛影は首を縦には振らない。彼なりに思うところはあったみたいだし、何も心配ないよ)

 

(ホーント素直じゃねぇからな、あのチビ助は。なんだかんだ言っても、皆がけっこう心配な癖によ)

 

 呆れたような声をしながらも、そこには信頼感がはっきりと浮き出ている。彼の心情がちゃんと分かっていることに六課メンバーは少しの羨ましさを覚えた。

 

(前になのはさんに抱きつかれた時もあんな感じでしたしね。兄さんは女の人が苦手なんでしょうか?)

 

(とりあえず鈍感なことは確かだな。アレ見てれば普通にわかんだろ……)

 

(……確かに、ねぇ…………)

 

 飛影が去った方向を見つめているフェイトを指して、ヴィータとシャマルが溜息を吐いた。全員がそれに首肯する。

 

 フェイトははぁ、と息を零しながら、その目にいまだ熱っぽい視線を宿していた。右手は胸の前で握られ、左手は彼が掴んだ右腕の辺りを擦っている。

 

 どこからどう見ても、恋する女の子そのものであった。彼女自身明言はしていないが、これでは分からないというほうがおかしい。まあ、彼女の親友もまた然りであるが。

 

(飛影くん、モテてる言うとったやん。それとも気づいとって無視しとるだけか?)

 

(いえ、飛影は本当に気づいていないんだと思いますよ。彼は敵意や殺気といったものには非常に敏感ですが、好意をあんなに真っ直ぐ向けられたことは片手で数えるほどもありませんから。飛影に何か言いたいのなら、率直に述べることをお勧めします)

 

 蔵馬の進言を受け、全員がおおと納得する。確かにそんな節はあったから合点がいったのだろう。少し不満そうに頬を膨らましていたなのはやシャマル、ジト目をしていたヴィータやスバルがぐっと拳を握り締めた。蔵馬はそれを見て再び苦笑いを浮かべる。

 

(飛影は好かれてるってことか? 確かにフェイトちゃんはやけに飛影にかまってんなー、とは思ってたけどよ)

 

(ここにも結構鈍感な人が……でも敵意とかって……飛影さんは一体どんな人生を歩んできたんですか? いくら元盗賊だって言っても、ちょっと行き過ぎのような気がするんですけれど…………)

 

 ティアナの言葉に全員が蔵馬と桑原の方を向いた。飛影から少しばかり聞いたことはあったが、出生以降の詳しい経緯は、盗賊をやっていたという一点を除き、ほぼ全てがぼかされていたからである。

 

 二人は苦笑するとそこから立ち上がった。蔵馬が全員を見据える。

 

「こればっかりは俺から話していいことじゃない。彼が話すまで待つしかないよ。といっても、俺が知ってることもそれほど多くはないかな」

 

「ま、俺もあんま知らねぇしな。コエンマからちっとばかし聞きかじってるだけだからよ」

 

 軽い口調だったが、全員が理解した。これは興味本位で聞いていいことではない、と。それを汲み取ったのを確認したのか、二人は廊下へと踏み出していった。

 

 飛影のことに関しては未知なこと、不確定なことが多い。だが、彼が信用に足る人物であることは理解していた。

 

 知りたいとは思う。だが、それが本当に正しいことなのだろうかと、心が二の足を踏んでしまう。残された面々は、しばらくそのままホールに立ち尽くしていた。

 

 

 

 -Side change-

 

 

 

 任務は唐突だったが、出発に支障はなかった。ヘリに乗った一行は転送ポートに向けて、一路空の旅と洒落込んでいた。その道すがらヘリの中では少女たちの会話に花が咲く。

 

「第97管理外世界、通称『地球』……ここがなのはさん達の故郷なんですね」

 

「そうだよ。私やはやてちゃんの生まれたところで、フェイトちゃんもしばらく暮らしてたんだ」

 

 なのはが懐かしさを噛み締めるようにして笑う。数日前故郷のことが話題になったところでこの任務が届いたことに、エリオを始めフォワード陣は感慨深いものを感じていた。スバルが隣に座った蔵馬の方を向く。

 

「そういえば、蔵馬さんたちの故郷も地球って名前なんですよね?同じ世界の出身だったんですか?」

 

「いや、俺たちの世界は確かに地球だけどこことは違う、断層がずれた位相世界の地球なんだ。分かりやすく言えば平行世界といったところかな。魔法はないし、データで見る限りは共通点も多いしね」

 

 蔵馬はデータを端末で呼び出しながら言った。彼はこちらの世界の順応が早く、もうはやてやリィンの手伝いでその実力を発揮し始めていた。意外なことに桑原も有能で重宝されている。

 

「そこに魔界、霊界、人間界という三つの世界が薄い次元の壁を隔てて点在し、一つの世界を形作っている。魔法はないが、此方の世界には人間界が最も近いな。魔界は比べるだけ無駄だ、レベルが違いすぎる」

 

 飛影が蔵馬の台詞の続きを口にする。桑原がそれに同調するように肩を竦め、まったくだというふうに両手を挙げた。

 

「まーな。毎度毎度思うが、あそこは非常識が服着てスクワットしてるようなトコだ。前回は浦飯がどーしてもって言うから、四年も地獄を見ながらしごかれてトーナメントに出てやったが、俺はもう御免だぜ。軀とか黄泉とか、S級最上位のバケモンだらけだからな。あんなん相手にしてたら、命がいくつあっても足りゃしねぇ」

 

「「「「S級?」」」」

 

「「「「トーナメント?」」」」

 

 桑原の言葉に全員が首を傾げる。だがそれを追求するより早くヘリが着陸態勢に入り、お喋りはそこで打ち切りとなった。

 

 シートベルトを止める。リィンもはやての横に座っていた。その姿はいつもの妖精サイズではなく、普通の女の子サイズにまとまっている。容姿はエリオとキャロと同年代に見えた。というか、戦闘力はともかく性格は彼らより幼いのではなかろうか。

 

 蛇足だが、先ほどそれを指摘した飛影と桑原はというと。

 

『れでぃに対して失礼なのですぅ―――!』

 

 と、先ほどまで涙目をしたリィンに上目遣いで説教を受けるという不思議な体験をしている。そんなことをしているうちに振動は止み、六課のメンバーはヘリを降りた。

 

「私と副隊長は寄るところがあるから、先に行っといてな」

 

 そう言うとはやてはシグナムたちを連れ、別のドアに消えていく。それを見届けてから、なのはは全員を見渡して笑顔を作った。

 

「じゃ、私たちは先に現地入りしておこうね。いろいろと準備もあるし、その方が効率的だしね。飛影くん達もいい?」

 

 なのはの言葉に飛影はフンと唸って視線を背けた。蔵馬と桑原がそれに苦笑と呆れを返し、彼女に問題ないことを告げる。フェイト達もそれ確認すると、転送ポートへと歩き出した。

 

 

 

 

 




誤字脱字や表現の違和感等ございましたら、メッセージにてご連絡下さると嬉しいです。

また、作品の評価や作品に対する感想もお待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話  出張機動六課(邂逅編) ~ 地球へ

遅れて申し訳ないです。

リアルが忙しくて、小説に手をつける気力がなかなか沸きませんでした・・・・

亀更新にもほどがありますね・・・

今回は時間がとれたので、出張編を連続投稿します。

よろしくお願いいたしますです。


 

 

 光が森の一角を照らし出し、風が周囲を舞うように巻き起こった。ざわっとした空間を一瞬体験し、慣れ親しんだ引力による重みが戻ってくる。無事に足を大地に付けた六課のメンバーは、深い澄んだ空気が体で浴びせられるのを感じた。

 

 ポートを降りた先は、大きく豊かな森が広がる湖の湖畔だった。湖面が波打つように揺れるたび、光が万華鏡のように反射する。その様子にエリオたちは言葉を忘れて見入っていた。

 

「綺麗……」

 

 ティアナが視線を縫い止められたまま呟いた。誰も言葉を返さないが、それは否定ではない。言葉は必要ない、というように誰もが空の色を映し出す鏡面を見つめていた。すると、遠くから車の音が響いてきた。

 

 近づいてきたのはリムジンだった。車としてはいささか大仰すぎるほどの立派な造り、洗練されたフォルム、そしてその車体の大きさ、どれをとっても庶民には手がでない代物だ。そして、そのシックな黒のドアがバァンと優雅さのかけらも無く開け放たれる。

 

「なのはーっ! フェイトーっ!」

 

 開放と同時に何かがなのはの身体に飛びついた。反動が大きすぎたのか、彼女を軸にしてくるくる回っている。それがようやく止まると、それは金髪をショートで切りそろえた、なのはと同年代ぐらいの少女だった。

 

「あはは、久しぶりだねアリサちゃん」

 

「久しぶり、アリサ」

 

 なのはの返答に随分とご無沙汰だったじゃんか、とアリサは愚痴を零した。飛影たちや新人四人はまるっきり蚊帳の外である。

 

 だが、全員の表情は笑顔一色で染まっていた。手を取り合い、抱き合い、互いの背中を叩きあいながらフェイトやなのはが喜びを全身で表現していた。蔵馬たちはそれを微笑みながら見つめている。しばらくはそうやっていたが、なのはがじゃれていたアリサから身体を離す。

 

「紹介するね、私とフェイトちゃんが中学校まで一緒だった親友、アリサちゃんだよ。今は大学生なの」

 

「アリサ・バニングスよ、よろしく。すずかももうすぐ……」

 

「なのはちゃーん、フェイトちゃーん!」

 

「あ、すずかちゃん!」

 

 遠くから紫がかった黒髪をなびかせながら、アリサと同年代の少女が息せき切って走ってくる。その足は意外と速かった。遠くに見えていた影が大きくなりなのはの隣に並ぶ。そしてアリサと同じように再会を喜び合った後で此方を向いた。

 

「初めまして、なのはちゃんたちの幼馴染の月村すずかです。よろしくお願いします」

 

 おっとりした見た目を裏切ることのない、淑女然とした挨拶にフォワード四人は萎縮してしまった。スバル達は微笑むすずかに少しどもりながら、順番に自己紹介を済ませる。はやて達は別にやることがあるらしく、現在ここにはいない。

 

 と、一通り挨拶を終えた二人が飛影たちを捉えた。

 

「あ、っと紹介が遅れてごめんね。この人たち三人は、私たちに協力してくれてる民間協力者の人達なんだ」

 

「民間協力者の蔵馬です」

 

「桑原和真だ、よろしくな」

 

 なのはの説明で、アリサとすずかの目が友好的なものに変わった。それぞれ二人と握手を交わす。だが、桑原がすずかの手を握ったとき、怪訝そうに眉を顰めた。

 

「あれ、アンタ……」

 

「はい、なんですか?」

 

 握った手とすずかの顔を見比べながら桑原は首を捻る。が、僅かに視線を逸らした後、「いや、なんでもねぇ」とだけ言って彼は手を離した。

 

 その様子に飛影と蔵馬の視線が一瞬鋭く光る。だが、瞬きほどの間に現れたその気配は掻き消え、最後に飛影の番が回ってきた。

 

「……飛影だ。よろしくするつもりはない」

 

 飾り気も何も無いどころか、初っ端から名前と共に友人的要素を切り捨てた。これ以上ない拒絶の意思である。親しみも何も置いてきたかのような感じの彼に、フェイト達は若干苦い表情をした。

 

 だが、二人の目は今日一番の驚きに見開かれる。一瞬にして、表情がそれまでとは別の感情を秘めたものに変わっていた。

 

「飛影、ですって……!?」

 

「じゃあ、あなたが……?」

 

「? ……なんだ」

 

 相手が目の前まで来たことに飛影は怪訝な表情をする。二人は一様に飛影を見据えていた。すずかは興味深そうなそして窺うような目で、アリサは強い光を放つ瞳であからさまにじろじろと。

 

 これほどの美人の二人に見つめられれば、普通の男子ならドギマギするかもしれない。だが、飛影は「フン」と鼻を鳴らすのみだった。不機嫌そうなその様子に、アリサの眉がピクッと反応して天に近づき、視線が刺々しさを帯びる。

 

 値踏みするような視線に、何故かなのはとフェイトが少し恥ずかしそうに俯いた。リィンとすずかはおろおろと、新人四人は黙って成り行きを見つめている。

 

 緊張した空気の中を通すように、アリサが腰に手を当てながら「ふーん?」と鼻を鳴らした。

 

「この人がなのはとフェイトを怪物から救ったっていう命の恩人? 二人には悪いけど、正直信じられないわね。私でも勝てそうな気がするもの」

 

「錯覚だ、バカめ」

 

 アリサの無遠慮な一言に、瞳を半眼にした飛影が即座にツッコミを入れた。飛影の性格からすれば当然帰結と言えたが、如何せん間が悪すぎる。スバル達は「うわぁ・・・」と顔を引き攣らせ、なのは達は「あちゃ~」と頭を抱えていた。

 

 そしてそこからは周囲が心配した通りであった。ここに集まった中で最も沸点が低いであろうアリサが、飛影のあからさまな皮肉に顔を真っ赤にしながら噴火する。

 

「なっ、ななな、なんですってぇ!? も、もういっぺん言ってみなさいよ!」

 

「バカめ」

 

「こ、こんのぉっ……ホントに二度も言ったわねぇ!?」

 

 飛影の冷めたような声色に、怒りゲージがニトロエンジン仕様であるアリサがさらにヒートアップした。片方が落ち着いているからといって物事は収まらないといういい例である。そしてくわっと目を見開きながら振り返った。

 

「なのは、フェイト! コイツはダメよ、絶対に止めときなさい!」

 

「「ア、アリサ(ちゃん)……」」

 

 眉を吊り上げ、アリサは飛影を指をさしながら怒りに満ちた形相で言い放った。二人は額から汗を流しながら、荒れ狂う親友の様子をはらはらと見ている。飛影の方はそれすら一顧だにしないかの如く、あからさまに溜息を吐いていた。

 

「貴様らの事情なぞどうだっていい。オレはこいつ等に連れてこられただけだからな、貴様らに関わる気はこれっぽっちもない。喚きたければ一人で勝手にやっていろ」

 

「あっ、こら待ちなさい! まだ話は終わってないわよっ!」 

 

 付き合ってられんと背を向けてスタスタと歩き出す飛影。それにさらに怒りゲージを刺激されたのか、アリサが地ならしをするように闊歩しながら走っていった。全員がそれを呆気にとられた表情で見つめていると、遠くから駆動音が響いてきて車が止まった。

 

「なのはちゃん、フェイトちゃん遅れてすまんな。今から作戦を……ってどないしたん?」

 

 ようやく到着したはやてとヴォルケンリッターの面々は、混沌と化したこの場に眉を顰めて首を傾げた。なのは達はそれに苦笑いすると、作業を始める。新人四人も慌ててそれに倣った。

 

「飛影さん、何気に女の子に構われることが多いですねー。将来はすごいツンデレな天然ジゴロさんになるかもです」

 

 リィンが、飛影が聞いていたら一瞬で血祭りに上げられそうなことを言う。失礼千万にも程があったが、ちょっと見てみたい光景だと思ったのは、乙女たちの秘密であった。

 

 

 

 -Side change-

 

 

 

「で、今度はどこにいくつもりだ」

 

 歩きながら、飛影は横を歩くなのはをジト目で睨んだ。ただいま飛影とヴィータを除いたスターズ隊の三人、そしてリィンの五人はなのはの実家である喫茶店、『喫茶翠屋』に向かっている。現在は場所が場所だけに、飛影はいつもの黒コートではなく、黒いジーンズと白い無地のTシャツを着ていた。

 

 ちなみに蔵馬ははやての、桑原はフェイトの手伝いでここにはいない。別れ際、何故かフェイトが少し不満げではやてがニヤニヤ笑っていたが、飛影には理由がわからなかった。

 

「そ、そんなに膨れなくても……アリサちゃんは本当はいい子なんだよ? さっきはその、ホラっ、ちょっと気が高ぶっちゃっただけで……」

 

「誰のことを言っているんだ。それにあんな小五月蝿い女など気にしていないと、さっきから何度も言っているだろう」

 

 なのはが少し申し訳なさそうにしながら親友のフォローをする。だが飛影の態度は取り付く島もないがごとくで、なのはから顔を背ける。すると、その横を歩いていたリィンがニヤリと笑みを零した。

 

「にゅふふふふ…………そう言いながら、気にしてる感バリバリなのです。前から思ってましたが、飛影さんってば意外と根に持つタイプですね?」

 

「――――――人形焼にしてやろうか?」

 

「み、身の危険を感じるのです! なのはさん、スバル、ティアナっ、ヘルプミーですぅううう!」

 

「「「あははは」」」

 

 他愛もない談笑をしながらだと十分という時間は非常に短かった。舗装され、整った街路樹が並ぶ通りを抜けると、小洒落た看板が目に留まる。

 

 喫茶翠屋。なのはの実家で、ケーキと紅茶が自慢の地域密着型店であった。

 

「お母さん、ただいまー!」

 

「おお、なのは!帰ってきたな!」

 

「お帰りなのは!」

 

 店の中に入った途端、なのはは次々に迎えられた。いるのは父の高町士郎、母の高町桃子、そしてなのはの姉である高町美由希らしかった。お母さん若い、とスバルとティアナが呆然とした様子で呟いている。ちなみに兄もいるらしいのだが、今はドイツにいるのだそうだ。

 

 なのはがスターズ隊の二人を自分の生徒だと説明すると、スバルとティアナは前に出て少し緊張気味に自己紹介をした。それに対して士郎は喫茶店の主人らしい気のいい受け答えでサービスをしてくれた。ティアナたちはほっと安堵の息を零しその脇で桃子が笑っている。

 

 すると、士郎と桃子がなのはの後ろでポケットを突っ込んで佇んでいる飛影に気づき、おやと首をかしげた。その視線が鋭く光る。

 

「なのは、彼は……?」

 

 若干声のトーンが低いことは全力でスルーしながら、なのははえへへと笑った。その頬が少しばかり赤いことに、桃子は「まぁ」と口に手を当て、美由希はニヤニヤしている。それに慌てたのか、飛影の横に立ったなのはがわたわたとしながら視線を向けた。

 

「えっとっ、しょ、紹介するね? この人が飛影くんです。少し前に偶然再会して、今は私たちの活動に協力してもらってるの」

 

「あなたが…………そう」

 

 近づいてきた桃子が飛影と視線を同じくしながら柔らかな微笑を浮かべる。飛影はアリサ達と同じ反応をされたことに少しむっとしたが、桃子の表情を見た瞬間それは掻き消えていた。

 

 優しげな、しかしそれでいて今にも泣き出しそうな表情。自分にはそんな表情をさせる心当たりが無かったので、飛影は動揺してしまった。

 

「……何を見ている」

 

「ふふ……あなたのことは以前からなのはに聞いていたから、ちょっとした確認をね。私も一度お会いしたいと思っていたの、会えて嬉しいわ」

 

 魅力的な微笑みが飛影を捉える。それが見たこともない母の幻影と重なり、飛影は掻き消すように首を振った。さらに笑みを濃くして桃子が続ける。

 

「ホント、言った通りそのままだったわ。無口で、無愛想で、頑固で、融通が利かなくて、鈍感で、頭ツンツンで、意地悪で、嫌味ばかり言って、容赦のない、とっても厳しい人だって♪」

 

「お、お母さんーっ!?」

 

「……ほう、それはなかなかに面白いことを聞いたな。オレの知り得ないところで、まさかそんな認識が飛び交っていたとは。感謝するぜ、後で本人に聞かせてもらうとしよう。ククク……」

 

 飛影が目に邪悪な光を宿らせながら低く笑った。スターズ隊の二人と美由希、それにリィンがひぃいいいと悲鳴を上げる。なのははわたわたと慌てながらオロオロしていた。

 

 他には何か言っていなかったかと飛影が聞くと、「もうやめてーっ!?」と涙目になるなのはを桃子が押しのける。そして「うーん」と唸ったあとで優しい笑みに戻って言った。

 

「そうねぇ、厳しいけどとっても優しくて、頼りになって、かっこよくて……ずっと憧れて、いつか追いつきたい人だと言ってたわ」

 

「…………っ」

 

 今までで最高の笑顔を見せながら桃子ははっきりと告げた。なのはは青くなっていた顔を瞬時に赤に沸騰させる。飛影は少しばかり面食らったあと、驚いた顔を隠すように鼻を鳴らした。

 

 それが単なる照れ隠しであることは一目瞭然であったが。

 

「……そうか、ならば精々研鑽を積むがいい。一生を賭けたところで追いつけんとは思うがな」

 

「ひ、ひどーい! いいもんいいもん、いつか絶対に追いついて見せるからね!」

 

 飛影の辛口になのはが頬を膨らまして宣言をする。それを飛影は短く息を吐きながら笑みを浮かべた。

 

 

 

『すぐに追いついてやるぜ。ヤツにも、お前にもな』

 

 

 

 かつて自分が放った言葉が脳裏をよぎる。人間最強の名をほしいままにした元霊界探偵に向かって、一度は死んだものの挑んでいった『アイツ』。それに追いつくと誓い、そして飛影は成し遂げた。いつの間にかヤツは魔界の王にまでなってしまっているが、サシなら五分に持ち込める自信はある。

 

 飛影はそこでふと思った。あの時宣言を聞いたアイツも、今の自分と同じような気持ちだったのだろうか、と。

 

「ふふ、その意気よなのは。どうせなら一緒に歩いてくれるような仲になるとお母さん嬉しいわねー」

 

「お、お母さんッ!?」

 

「クシシシ、いい感じじゃないの」

 

「む。桃子さん、それはなのはにはまだ早いと……」

 

 悪乗りする桃子に顔を真っ赤にして焦るなのは、そして忍び笑いを零す美由希と娘とはなんたるかを語りだす士郎。絵に描いたような理想の家庭がここに存在した。

 

 飛影は呆れつつも目を離すことはなく、スターズの二人は笑って見ている。リィンはアーモンドココアを飲みながら、自分の主たちのことを重ねていた。

 

 そこからは他愛もない談笑が続いた。六課の出来事から、飛影たちの指導まで、思いつく限りのことを話していく。最初は渋っていた飛影だったが、桃子の雰囲気につられケーキまでご馳走になっていた。彼自身、楽しいと思っていたのかもしれない。

 

 だが楽しい時間というのは瞬く間に過ぎていくものだ。そうこうしているうちに集合の時間がくる。スバルとティアナはお礼を言って店を出、なのはも持たされたお土産を持ちながら扉を潜った。それに飛影も続く。

 

「飛影くん、ちょっといいかい?」

 

 扉に手をかけようとした際、飛影は士郎に呼び止められた。この男からは強い闘気を感じる。飛影が少し警戒を施して振り向くと、その両隣には桃子と美由希の姿もあった。

 

「オレに何の用だ?」

 

「そんなに身構えなくてもいい。ただ、僕らは君に言いたいことがあるんだ」

 

 士郎の言葉に桃子と美由希が頷いた。警戒から一転、飛影は疑問に満ちた表情になる。何がなんだか分からないという状況に士郎たちは息を深く吸い込み、

 

「ありがとう。かつてなのはを救いだしてくれたこと、本当に感謝している。あの子が今も元気でいるのは君のおかげだよ、飛影くん」

 

 全員一斉に頭を深く下げた。士郎など机に届かんばかりに掘り下げている。予想外のことに飛影は目を見開いたが、彼の言いたいことは理解できた。

 

 おそらく自分が過去に遡った時、彼女を土蜘蛛から救ったことだろう。そのときもう一度夢を目指すための希望を与えられたとなのは自身も語っている。だが、あれは事故によって起こった偶然だ。そして助けたのも自分の気まぐれにすぎない。

 

「礼を言われる理由がわからんな。あの時あそこで会ったのも、オレがあいつを助けたのも、今こうしているのも全てが偶然にすぎん。最後のはヤツ自身の努力だったろうし、生きているのも単なる気紛れによる結果だ。感謝される謂れはない」

 

「けど、その偶然と結果が重なって今があるわ。あの子が笑っていられる、あの子が生きていられる、あの子達が夢を掴むチャンスを持つことができる現在がある。それは本当に尊いことだと私は思うの。だから、あなたがなんと言おうと私たちは感謝してる。飛影さん、本当にありがとう」

 

 今にも涙を滲ませそうなほど輝いた桃子の瞳に自分が映る。その目に宿った母としての慈愛に、飛影は懐かしさと共に強烈な寂寥感を覚えた。

 

 

 

『お前が抱いているのは、氷河の国に対する激しい憧れだ』

 

 

 

 一昔前に軀に言われた言葉がよぎる。かつては憎み、皆殺しにしようと思っていた氷女たち。自分を捨て、自ら死を選んだ母親の意志。母の愛情に触れることはできなかったが、自分の中に答えを見つけることが出来た。

 

 自分が預けた形見の氷泪石を持つうちの一人、高町なのは。彼女もまた飛影に憧れているのだという。飛影からすればその心は全く読めないのだが、その対象が力であれなんであれ、求め続ける意志を持つ限り、道を違えない限りは見ておくのもいいかもしれない。

 

 高町なのはが、その答えを見つけるときまでは。

 

「フン、ヤツが今後どのように生きるのかは知らんし憧れなんぞ関係ない。だが、本気でオレに追い付くつもりなら、それこそ死ぬ瀬戸際までやらねばならんだろうからな、ヤツが潰れそうになったときは引き上げてやるとしよう。が、そのときは一切の容赦もせん。それだけは覚えておけ」

 

「ええ。なのはが道を間違えた時は、張り倒してでも分からせてあげて。あの子思った以上に頑固だし、思い込みも激しいから。手を焼くこともあるだろうけど、これからもなのはをお願いします」

 

 桃子の言葉に飛影はふっと笑う。そして、それに答えることなく扉を潜って出て行った。名残惜しげにドアベルが鳴り響くなか、士郎たちは去っていった飛影の背中を思い出しながら笑みを零す。

 

「―――――――――強いな、彼は」

 

 士郎が視線をそのままにぽつりと呟く。美由希がそれに同調するように頷いた。

 

「あ、お父さんもそう思う?やっぱり只者じゃないよねぇ、彼。ずっと見てても隙の「す」の字も見当たらないんだから。ありゃ恭ちゃんでも瞬殺かな~」

 

「いや……彼は確かにとてつもなく強いだろうが、それだけじゃない。ただ強いだけ、ただ力を持つだけじゃなく、その力を根底で支える『強さ』がある。やれやれ、まさか生きているうちにあんな青年に会うことになるとはなぁ……」

 

 士郎の言葉に美由希が首を傾げる。桃子は娘の考えぶり見て、心から穏やかな表情で笑った。

 

「ふふ、美由希もそのうちわかるわ。でも飛影くんがとっても頑固なのは思ってた通りだったけど、鋭いように見えて、意外と人の感情には鈍感そうだったから、アレは一筋縄じゃ無理よ。周りの女の子の様子もちょっと怪しかったし、なのはも大変な人を相手にしたものね。どうやったら貰ってくれるかしら?」

 

「も、貰うっ!? ちょ、桃子さんっ!?」

 

「あちゃ~、お母さんにロックオンされちゃったみたい……ご愁傷様です、飛影さん……」

 

 美由希は去っていった扉に向かって十字を切る。同時刻、歩いていた飛影が珍しくくしゃみをしたことと、何か言いようのない感覚が背中に走ったと後に語っている。

 

 

 

 

 




連続投稿まだまだ続くよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話  出張機動六課(事件編) ~ スーパー銭湯様々

連続投稿その2です。

よろしければどうぞ!


 

「封印処理完了。うん、ちゃんと安定領域に達してる。よく頑張ったねキャロ」

 

「あ、は、はい! ありがとうございますっ……えへへ」

 

 ロストロギアの封印を確認し、なのはがキャロに向かって微笑みかけた。封印作業を買って出たキャロはそれが平穏無事、事なきを得て完了したという事実にほっと息を吐きながら封印したロストロギアを握り締めた。

 

「やったね!」

 

「頑張ったじゃない」

 

「すごいよキャロ!」

 

 スバルとティアナ、エリオも笑顔でやってきた。ロストロギアがサーチャーに引っ掛かったのはつい先ほどのこと。

 

 エリアサーチが指し示す場所へやってくると、そこは防御機能が働いたロストロギアが既に暴走しかけていたが、危険性がないことから新人たち四人に任されたというわけだ。そしてスバルの力とティアナの指揮、エリオとキャロの連携によりなんとか対象を封じ込めることに成功したというわけである。

 

「みんな頑張ったね、よくやったよ」

 

「ま、及第点ってとこだな」

 

「フ、鍛えがいがある」

 

 フェイトと副隊長の二人が近づいてきた。フェイトは満面の笑顔で、あとの二人は苦笑いと薄ら笑いでとそれぞれ違うが、その声色にはどれも嬉しさが浮かんでいる。

 

「意外とはやく終わってもうたな。皆、ご苦労様や。あと、ご苦労ついでに伝達事項があるで」

 

『伝達事項?』

 

 きょとんとするスバル達に「そや」と言って、少し楽しそうにはやては全員を見渡す。なのは達も予想外だったのか、何だろうと彼女に注目していた。

 

「この前騎士カリムから伝達があってな、ここんとこハードスケジュールだったこともあって、一日ぐらい全員で休養せえ言われたんや。そんで、いい機会やからこっちの世界の時間で明日の朝八時までは臨時休養にする。宿泊は現地協力者がしてくれるから心配せえへんでな。もう夕方に近いから時間的には少ししかあらへんけど、私からみんなへのちょっとしたご褒美や」

 

 はやてが満面の笑みからウインクを飛ばす。スバル達は少し呆けていたが、それが特別休暇のお達しであることに気づくや否や、その表情が笑顔に変わった。スバルやキャロは両手を振り上げて喜びを弾けさせ、エリオは心からの笑顔を讃え、ティアナはそれに毒づきながらもその顔を笑みに崩している。

 

 そこに飛影たちがやってきた。三人ともどことなく楽しそうな顔なのは気のせいではないだろう。

 

「それはいいな。最近は皆頑張ってたからね、少しくらい休みをとっても罰は当たらないさ」

 

「フン、あの程度頑張っている内になど入らん。オレからすれば耐えられて当然だが、気づかんうちに潰れられるよりはマシか。それに、こちらもお守りばかりでは堪らんからな」

 

「ま、飛影の言ってることは正論だな。相変わらず素直じゃねえが、まだまだこれからってもんよ」

 

「殺すぞ……」

 

 桑原のセリフに殺気の混じった返答を返すが、なのは達はそれに苦笑を返すにとどめた。彼の優しさは非常に分かりにくいが、それはいつも自分達のためを思ってのことだと分かる。

 

 氷のような厳しさと炎のような苛烈極まりない気性のなかにある、雪解けを促す風ような慈愛の光。飛影と会ってまだ一月程度だが、彼が見た目や表に出す態度よりずっと優しい男性であることを彼女たちは気づき始めている。

 

 シャーリーやルキノは今だその意見に首を傾げているし、本人に言ったら真っ向から否定されるだろう。耐え難いお仕置きつきで。

 

「でも、どうしよう。街に繰り出すにはちょっと遅いし、このまま時間潰すには少し長すぎるし……」

 

 スバルが時計を見ながらむぅ、と考え込んだ。確かに、休暇というには中途半端な時間である。のんびりしている時間はないが、ただ過ごすには長いことも確かだ。桑原もスバルに同調して言う。

 

「だなぁ。(とび)にミジンコ、スルメに辛子ってのはまさしくこういうことだぜ」

 

「帯に短し(たすき)に長しですよ、桑原くん」

 

「どこまで奇天烈な脳内変換をしているんだ。頭が沸きすぎて味噌煮にでもなったのか?」

 

「というか、今の言葉からどんな状況が思い浮かぶのかしら……」

 

 蔵馬のさりげない訂正ツッコミ、そして飛影とティアナの呆れたようなセリフに一同は笑いあった。と、そこで今まで黙っていたなのはが口を開いた。

 

「行くところがないのなら私達に提案があるんだけど」

 

「提案? なのはさん達、何所かいいところ知ってるんですか?」

 

 スバルが質問すると、なのははにっこり笑って頷いた。横にいたフェイトも同じなのか、その表情には僅かな期待が浮かんでいる。

 

「うん。私達もなのはと行ったことがある所なんだ。あそこならアリサ達も呼べるし、結構久しぶりでこの時間からなら調度いいと思うんだけど、どうかな」

 

 フェイトが確認の意を込めて尋ねると、スバル達が頷いた。蔵馬と桑原もOKサインを出しているし、飛影も好きにしろといったような態度である。はやてがうんうんと首を振った後、全員を見渡して手を高く振り上げた。

 

「決まりやな。ほんならなのはちゃん達の案採用しよか。いざレッツゴーや!」

 

『オー!』

 

 女の子特有の黄色い声が弾ける。飛影たちは各々の反応を見せながら、それを遠巻きにしていた。

 

 こうして、六課のメンバーははやてに同調して拳を振り上げつつ、意気揚々と目的地に向かうことになったのだった。

 

 

 

 -Side change-

 

 

 

 カポーン―――――…………

 

 

 石畳の床に子気味よい音が響き渡った。

 

 部屋一体に立ち込める白い湯気。曇ったガラスに隅に均等に重ねられた風呂桶。湧き出るジェットバブルに流れ落ちるお湯の音。そして後ろに描かれた古風な富士山。

 

 心が洗われるような日本の文化と伝統の一滴、銭湯である。その一角に湯につかった四人分の姿があった。言わずもがなの飛影たちである。桑原が頭に乗ったタオルを落とさないように伸びをした。

 

「カーッ、やっぱいいねェこういうデカイ風呂は。六課じゃ忙しいのと時間制とかでシャワーが多いが、ありゃどうも入った気がしなくてなァ。これぞ日本人の醍醐味ってもんだ」

 

「少しは静かにできんのか。どこまでも騒がしいヤツめ」

 

「あはは……」

 

「まあまあ、久しぶりなんですから大目に見てあげてください。それにこういった感じで羽を伸ばすのも、お風呂での作法の一つなんですよ」

 

 飛影達はその身体を湯に沈めながら、他愛も無い会話に花を咲かせる。桑原と蔵馬は久々の、飛影とエリオは初めてとなる大風呂というものを楽しんでいた。

 

 無論、六課にも風呂というものはある。だが、時間制によって女子と男子が分けられている上、このところ忙しい日々が続いたのでシャワーなどで手っ取り早く済ませるのが常だったのである。それも相まって、銭湯のような大浴場に来るのが久々となる桑原と蔵馬の二人も、少し気が乗っているようだった。

 

「フェイトさん達から聞いたことはありましたけど、こんなに気持ちのいいものだったんですね。少し気持ちが分かった気がします」

 

 彼ら三人の最も左側、飛影の隣にいたエリオが顔を拭いながら三人に話しかけた。ここに来ている機動六課メンバーで唯一の男である。

 

「兄さん、さっきはありがとうございました。それとすいません、嫌な役回りをさせてしまって……」

 

「フン、お前がいつまでもハッキリせんから少しイラついただけだ。フェイトと入りたくないのならそう言えばいいだろうが」

 

「い、いえっ! 決して入りたくないわけじゃないんですが……それよりも恥ずかしい気持ちが強いので…………」

 

 そう言いながら、エリオは顔を赤くして俯いてしまう。事の発端はつい先ほど、エリオが十歳以下なら大丈夫という理由でキャロとフェイトに女湯に誘われていた時のことだ。

 

 彼女ら二人を始めとして女性陣はエリオの入ることに反対しなかった。統計的に見れば寧ろ賛成多数だったのだが、精神成長の早いエリオには、女性と一緒に風呂に入ることがどうにも恥ずかしかったらしい。そこでエリオは、気遣いに感謝しつつもお断りという形を取ることにした。

 

 だが、いざフェイトとキャロに断りの念を伝えると、二人は一瞬で落ち込んでしまったのだ。キャロは雰囲気をしゅんとさせ、フェイトに至ってはその目尻に涙すら溜めて。「入ってくれないの?」という言葉が聞こえてくるような、そんな二人の無言の圧力には悪意こそなかったが、だからこそエリオは困ってしまった。

 

 だが、そんな押すに押せず引くに引けない状況のなか、エリオがどう断ろうかと頭を巡らしていたとき飛影が現れた。そして話を聞くや否や、

 

『コイツと話したいことがある』

 

 と言ってエリオの首根っこを引っ掴み、そのまま男湯へと連行したというわけである。エリオからすれば、飛影に助けられたような形となっていた。

 

「エリオも勿体ねぇよなー。年齢的には合法で相手は別嬪ちゃんばっか、しかも向こうからのお誘いとくりゃあ奇跡の確率だ。こんなチャンス早々転がってるもんじゃねぇぜ? 見れるうちにしっかり見といたほうが、後々いいと思うけどな」

 

「ぶっ!? ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」

 

「桑原くん、純粋無垢な少年にあまり変な事を吹き込まないように。今のはちょっと不謹慎ですよ」

 

 蔵馬が軽く睨む。エリオは標的から外れたためかほっとしていた。

 

「いらん心配をすんじゃねぇよ蔵馬。オレが雪菜さん以外に興味ないの、知ってんだろうが」

 

「雪菜? 一体誰なんですか?」

 

 初めての名前をエリオが鸚鵡返しする。飛影は不機嫌そうに目を閉じ、蔵馬はそれを横目で捉えながら柔和な笑みを零した。

 

「桑原くんの奥さんですよ。今は俺達の世界で育児の真っ最中ですけどね」

 

「え……えええええっ!? 和真さんもう結婚して……というか、お子さんがいたんですか!?」

 

「……オイ。何だエリオ、そのものすごーく意外そうな顔は」

 

「確認せんでもそうに決まっているだろう。そろそろ自分の失敗面を自覚した頃だと思ったが」

 

「飛影テメェ! いい加減ひっくり返すぞコラ!」

 

 桑原がキシャーッと吼えるが、飛影は無視して立ち上がった。そして広い屋内を歩き、一面ガラスの一角にある扉へと向かう。

 

「飛影、どこに行くんですか?」

 

「ここは五月蝿くてかなわん。『露天風呂』とやらに行ってくる、あっちは人がいないようだからな」

 

「あっ、じゃあ僕も行きます」

 

 飛影が扉を潜っていく。その後ろをタオルを腰に巻いたエリオがぺたぺたとついていった。いないというからにはそうなのだろう。もしかすると邪眼で先に確認したのかもしれない。邪眼の力をそんなことに使うのはどうかと思うが。

 

 相変わらずの彼に蔵馬が苦笑していると、横にいた桑原が「あり?」と首を捻った。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ああいや、そういやさっきの注意書きに露天風呂は混浴って書いてあった気がしたんだが・・・」

 

「混浴ですか……まぁ大丈夫でしょう。女性はそういったことに抵抗があるはずですし、いたとしてもかなり年配の方だと思いますから」

 

 蔵馬の考察に桑原はまあそうだな、と軽く答えて風呂から上がり、今度はサウナの方へ入っていった。蔵馬は一度曇りガラスで見えない露天の方に目をやり、『死海と同じ濃度!』という看板が掲げられた塩風呂のほうに向かう。自分が考えたうちで最も面白――――もとい、最悪パターンではお約束の事態、『鉢合わせ』が起ころうとしていることなど知る由もなく。

 

 

 

 スーパー銭湯海鳴。廃れ始めている銭湯文化を切り盛りし、海鳴に娯楽と癒しを与えている本格的な風呂屋さんである。その風呂の種類は二十を超え、どんなニーズにもリーズナブルな価格で応えるという庶民の味方だ。

 

 名物は様々あるが、中でも一番の注目度を誇るのが大きな露天風呂。白く濁った湯はお肌スベスベの効果があり景色の良さは抜群であるが、注目すべきはそこではない。この露天風呂、実は混浴仕様なのだ。雑誌やテレビなどでも取り上げられたため、海鳴に住む人々ならほとんどが知っている。

 

 

 

 だが、離れた土地に住む者にそんな勝手は通用しないわけで。

 

 

 

「なっ、なのは、フェイトッ!?」

 

「「飛影(くん)っ(と、エリオ)!?」」

 

 こういう事態が起こりうることもある。

 

 現在風呂場には四名。先に入っていたのは時空管理局民間協力者の飛影に同じく新人隊員のエリオ。そしてそこに入ってきたのが、

 

「ど……どどど、どうして、ひ、飛影くんがっ!?」

 

「エリオまで……いつの間にこっちに来たの?」

 

 若手ナンバーワンの期待株、不屈のエース高町なのはと、同じく若手の執務官にしてクロノ・ハラオウン提督の義妹、フェイト・T・ハラオウンであった。二人とも予期せぬ先客に呆然としている。だから忘れていた、自分達の今の姿を。

 

「そ、それは此方の台詞……ッ!?」

 

 飛影がかち合ったその目に背を向けることで、一瞬にして視線を外す。後ろから見える耳は本当に珍しく耳まで真っ赤だった。エリオも目をぎゅっと瞑り、顔から湯気を吹き出しながら二人に叫ぶ。

 

「ふ、二人ともっ、とりあえず前を隠してください!」

 

「え? 前、って……にゃ、にゃあああっ!?」

 

「きゃあっ……!?」

 

 エリオの進言に、なのはとフェイトは悲鳴を上げて湯船に飛び込んだ。久しぶりの銭湯ですっかり気が抜けていた二人は、なんとタオルを脇に抱えたまま露天風呂に来ていたのだ。そして、風呂の中から誰が来たのかと見ていた二人とバッチリ真正面から遭遇。この後の展開は推して知るべしである。

 

(ま、また見られちゃった……)

 

(し、しかも今度は全部、だよ……? うぅ、恥ずかしい……)

 

 デジャヴを感じながら二人念話で会話する。以前、飛影には一度裸に近い姿を見られたことがある。だが、あのときは少しではあるものの布で隠れていたし、何よりまだ幼い子供だった。だが、成長して人並みの羞恥心と体つきになった年頃の少女に対して、この手のハプニングは恥ずかしいなんてものではない。

 

「ど、どうなってるんでしょうか?」

 

「オレに聞かれても知らん!貴様ら、何故男湯(こっち)に来た!?」

 

「そ、それを言うなら飛影くんだって……」

 

「あ、なのはちょっと待って……何か注意書きが書いてある」

 

 フェイトが風呂の脇にある白いプラスチックボードに目をやり、視線を上から下に順々に走らせていく。すると、ある一節を見てフェイトが「あっ」と声を上げた。そして非常に申し訳なさそうな顔をしながら、指をつき合わせて言った。

 

「え、えっとね、ここ混浴って書いてある、よ……?」

 

「「こ、混浴っ!?」」

 

 なのはとエリオが驚きの声を上げる。飛影は混浴と言う言葉を知らないので、エリオから教えてもらっていた。すると、すぐにその顔が次第に苦虫を潰したように変わっていく。

 

「き、貴様らには悪いが今は戻れ。見えなくなったら俺達が出て行く。それから入れば問題ないだろう……」

 

 背を向け、少しどもりながら飛影は告げる。その声にはいつもの自信も重さもない。普段は冷徹冷静な彼も動揺しているということだろう。自分が超スピードで出れば解決することを失念しているあたり相当だ。

 

 だが、それだけのことが二人には嬉しかった。あんな姿を見られた時は死にそうなほど恥ずかしかったが、飛影が自分達を意識しているということを実感できたのだ。もしこの姿を見られても、『なんだ、貴様らか』といった感じの皮肉しか返ってこなかったら、二人一緒に泣き寝入りするところである。

 

 だから、二人は踏み出すことが出来た。いまだ動かない飛影と、俯くエリオを視線で捉えて二人で笑い合うと、意を決したように同時に立ち上がって、

 

「「し、失礼します……」」

 

「なっ!?」

 

「ええっ!?」

 

 飛影の隣に腰掛けた。その距離はもはやゼロ、肩が触れ合うほど近くというか触れ合っている。彼女たちの熱がそのまま伝わってくるようだ。人の半分ほどのスペースをおいてエリオも座っている。

 

 飛影は驚いて二人を見ようとするが、二人の姿を思い出し寸前で目を閉じて前を向く。その柳眉は険しく反り立ったままだ。言葉を発するまでもなく何のつもりだと語っている。エリオも至近に座った二人の行動にオロオロするなか、なのはが遠慮がちに口を開いた。

 

「こ、ここは混浴だから……も、問題ないよ?」

 

「そ、それに飛影は変なことしないだろうし、お湯が真っ白だから簡単には見えないし、エリオとも入れるし……だから」

 

「こうしててもいい?」と二人が声に出さない言葉で問いかける。かつての飛影なら迷惑だと一言で切り捨てただろう。だが、何故かそうする気にはなれなかった。

 

 今の彼の中に彼女たちへの恋愛感情はない。仲間としての好意はあるだろうが、それだけだ。そしてここまでされてもその理由もわかっておらず、愛だの恋だのという感情を彼が持つことがこの先あるのかどうかすらも分からない。だが彼女たちの精一杯、飾りも何も無い二人の気持ちを振り払えるほど、現在の彼は冷徹ではいられなかった。

 

 不思議かつ不愉快だが、自分は変わってしまったのだろう。あの幽助(バカ)たちを始めとする、様々な出会いによって。だから彼は出来る限り不満げな顔つきと声色で、最近口癖になりつつある言葉を口にした。

 

 

 

「――――――勝手にしろ…………」

 

 

 

 -Side Nanoha & Fate-

 

 

 

「――――――勝手にしろ…………」

 

 不機嫌そうな返答を最後に飛影は黙り込んだ。その声に私達はぎこちなく頷き返し、彼の傍に完全に腰を落とす。温泉の温度が少し上がったような気がした。

 

 自分達のすぐ脇、今にも触れそうなほど近くに目を瞑った飛影の姿がある。その隣にはエリオが顔を真っ赤にして、彼と同じく身体を堅くしていた。

 

 おそらく自分達はもっと真っ赤になっていることだろう。色々な意味でのぼせないだろうか。わりと本気で心配だ。

 

(フェ、フェイトちゃん……と、隣に、ひ、ひひ飛影くんが、い、いいいいるよ……)

 

(う、うん……ま、まさかOKしてくれるなんて思わなかったから……うぅ……恥ずかしすぎて、顔が上げられない……エリオもいるのに……)

 

 念話で舌を噛むという稀有な体験を、私達は今一身に受けている。それだけ混乱しているということだろう。そもそも『あの』飛影と一緒、それもお互い生まれたままの姿という壮絶すぎる状況下で、すぐ隣にいることが信じられない。

 

 というか、勢いだけでここまで来てしまったので、自分たちがどれほど大それたことをしたのかということを二人は今更のように自覚していた。彼と並んで湯に浸かったははいいが、身体は極寒の地に放り出されたかのごとくカチンコチンに硬直している。

 

 飛影の身体はその背丈からは考えられないほど引き締まっていた。鍛え上げられた腕や背中を見るたびにドキリとしてしまうし、頭もぼうっとして顔が熱くなってしまう。戦いなどによる傷跡もそこかしこに見え、彼が戦いの日々を生きてきたことを感じさせた。

 

(ねぇ、フェイトちゃん。飛影くんの背負っているものって、何なのかな……?)

 

(それは……)

 

 なのはが視線と共に向けた言葉に、フェイトが声を詰まらせた。答えに窮しているのではない、彼女も知らないが故に知りたいと思う本心と葛藤しているのだ。

 

 思えば、二人は驚くほど飛影のことを知らない。和真や蔵馬などのように一緒にいた時間も長くはないから、彼が何を思いここにいるのかは分からない。

 

 けれど、確かなことが一つあった。

 

(私は飛影が何を経験してきたのか知らない。ここに来るまでに、私達なんかじゃ想像もできないことを経てきたのかもしれない……けど、それでも私は飛影と一緒にいたい。どんな過去があったって、何度突き放されたって、手を伸ばし続ければいつか届くかもしれないから)

 

 彼は何も寄せ付けようとしない。それこそ、今も私達とはどこか距離を置いている感じがする。長く時を同じくする蔵馬たちでさえ彼の根底は知らないのだ、それも仕方がないことなのかもしれない。

 

 だが、だからこそその背中を追いかけていきたくなるのだ。

 

 遠く、たった一人で己が道を行く彼の後姿に、知らず心が惹きつけられる。語らない背中に思わず声を掛けたくなる。駆け寄って思い切り抱きしめたくなる。 

 

 こんなことを言ったら彼はきっと怒るだろう。けれど、この思いは偽りない私達の本心だった。

 

 そして自分達にすら制御が利かなくなる恐れも内包する、幾度となく繰り返されてきた人の性(さが)。それがおよそ世間一般で言われる所のものだということは、彼を探していた八年の間にはっきりとした形になっていた。

 

(……私、飛影くんともっと分かり合えるようになりたいと思う。飛影くんが嫌わない限り、ずっと一緒にいたい……だから頑張ろうね、フェイトちゃん。あ、でも抜け駆けは禁止だよ?)

 

(うん。私も……私も、飛影がくれたものより、もっと多くのものをあげたい。だから、飛影の一番近くに行けるように私も頑張る。最近、ヴィータとかシャマルも飛影のこと意識してるみたいだけど、負けるつもりはないから……)

 

 確認と宣戦布告を行い、しかし二人の間に険悪な空気はない。望むことは同じだけど、お互いに幸せになって欲しいのは同じなのだから。

 

 どちらともなく笑みが零れる。そして私達はもう一度視線を交わして笑い合うと、仏頂面のままお湯につかる彼に左右から身を寄せた。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「ふぅ、さっぱりした。久しぶりに来たけれど、こういうのもたまにはいいかな」

 

「おうよ。江戸っ子なら銭湯って相場が決まってるからな」

 

 蔵馬は長い髪にタオルを当てながら、桑原は自慢のリーゼントを整えながら満足そうに呟いた。その後ろからはエリオ、そして飛影がやってくる。

 

 だが、どういうわけか二人とも様子がおかしい。エリオは風呂上りを考慮しても顔が赤すぎるし、飛影は入る前よりも不機嫌そうにしている。蔵馬たち二人が首を傾げてそのことを尋ねようとしたとき、騒がしいロビーでも貫き通るような大声が響き渡った。

 

「えええええっ!? なのは達、露天風呂へ入ってたの!? あそこ混浴なのよっ!?」

 

 声の主はアリサだった。蔵馬たちがそちらへ向くと、おどおどしながらも首を縦に振るなのはとフェイトの姿が見える。

 

 アリサの言葉を聞いてロビーにいた男性の大半が、首をぐりんと回した。そしてフェイト達を捉えると一様に涙を流し始める。流石にあからさまに悔しがる声は聞こえてこないが、その表情は口以上にものを言っていた。

 

 なかにはハンカチを噛み締めているものまでいる。頑張れば血の涙も流せそうだ。

 

「男は!? というか変なことされなかったでしょうね!?」

 

「男……」

 

「変なこと……」

 

 二人が同時に飛影の方を向く。そして無自覚に目が合い……

 

「「あぅ……」」

 

 ボンッという音と共に一瞬で沸騰した。

 

 瞬間湯沸かし器もびっくりな大記録である。顔面沸騰世界選手権なんてものがあれば、上位入賞どころか優勝候補の筆頭になること間違いなしだ。熱への変換効率とかを調べれば、近年深刻になりつつある電力不足にも貢献できるのではないだろうか。

 

「ひ、飛影さんとお風呂……はぅっ!?」

 

「うわぁっ!? シャマル先生、鼻血、鼻血!」

 

「むぅ~……何か納得いかねぇ……」

 

「やれやれ……」

 

 あっちはあっちで盛り上がっているようだ。誇大妄想が暴走して倒れ伏し、だくだくと血を流すシャマルをキャロが必死に看護しており、頬を膨らませるヴィータをシグナムが呆れ半分といった様子で見ていた。

 

 と、そこで飛影の両肩がポンと叩かれた。見ると、後ろにいた蔵馬と桑原が何とも微妙で居心地の悪そうな顔をしている。それでいて、何だかすこぶる不愉快かつ殴り倒したいほどに生暖かい感じがした。それを打ち払うが如く、意を決したように蔵馬が口を開く。

 

「飛影……君は俺達の大切な仲間だ。しかし、だからこそ簡単に言えないこともあるだろう。だけど、これだけは言わせて欲しい。君の趣味をとやかく言う気はないが……その……公共の風呂場で、しかも二人同時というのは流石にどうかと……」

 

「蔵馬ッ! 貴様、一体何の話をしている!?」

 

「いや、俺ぁ安心したぜ。付き合いは長ぇのに、浮いた話の一つもなくてちっと心配だったからな」

 

「馬鹿げた事を抜け抜けと……本当に消すぞ貴様……!」

 

「に、兄さん落ち着いて……」 

 

 ぶっとい青筋をいくつも浮かべ、周囲に殺気を撒き散らし始めた飛影に横にいたエリオが仲裁に入る。が、一緒にいたことは確かなので飛影も強く出れない。アリサがフェイトらに懸かりきりで彼らとの関係に気付いていないのが唯一の幸いであった。

 

「あー、いいお湯だったぁ~♪ なのはさ~ん、これから一緒にアイスでも……ってどうしたんですか?」

 

 暖簾を潜って出てきたスバルが空気が何か違うことに首を傾げる。それを機におかしな空気が流れていき、一呼吸が置かれたあと、誰ともなく溜息を吐いた。

 

「ま、飛影くんじゃ間違いは起きんわな。からかうんは命がけになりそうやし、それはまた今度にしよか。よっしゃ、まだまだ今日はこれからや、皆これからアリサんち行くでー!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 フォワード四人が声を揃える。なのは達は解放されたことにほっと息をついてはやてとヴォルケンリッター、そして四人についていった。飛影らも少し遅れてそれに続く。なのはたちはまた一つ、飛影たちとフォワード四人にとっては新たに、この地球での思い出が増えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




まだだ、まだ終わらんよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話  出張機動六課(終結編) ~ 帰還

連続投稿第三弾!


 アリサ・バニングスの邸宅の一角。林に囲まれたテラスの周りには幾つものバーベキューコンロが並べられ、煙と共においしそうな匂いが上がっていた。

 

 火と網の上の世話に追われる者、ひたすら食べ物をかきこむ者、それに対抗しようとする者、面白がってよそう者、肉ばかり食べて怒られる者、苦笑いで見つめている者などなど、etc・・・とにかく楽しみ方は人数の分だけ存在する。

 

「はいはい、おかわりはまだあるからがっつかないの」

 

「はぐはぐ……おー、焼肉はやっぱおいしいね~」

 

 小柄なオレンジ髪の少女が、紙皿の上に山と積まれた肉を次から次へとその口へと放り込んでいく。その頭には、人には似つかわしくない犬耳のようなものがピクピクと揺れていた。

 

 彼女の名はアルフ。フェイトの使い魔であり、彼女の家族でもある狼だ。彼女も一昔前まではフェイトとともに戦っていたのだが、フェイトが力をつけてきたため、するべきことを彼女のサポートから彼女の帰る場所を守ることへと変え引退した。

 

 本来は成人した女性体の姿なのだが、現在はフェイトへの負担を考えてエネルギー節約型のロリ体型になっている。

 

 その隣にはアルフが守るべき家族の一人、エイミィ・ハラオウンが高町家から付いてきた美由希と共にいた。彼女もアルフと同じく引退の身であり、現在はクロノ・ハラオウンの妻として二人の子供の育児に追われる身だ。

 

 彼女は親としての自覚ゆえか、それとも元来からの世話焼き気質だからか率先して供給側にまわっている。

 

「はい、飛影君や桑原君たちもどうぞ~」

 

「おお、あんがとなエイミィちゃん」

 

「オレはいら「有難く頂きます。ほら飛影、早くしないと冷めますよ?」チッ……」

 

 桑原は遠慮なくといった感じで、片っ端から肉や野菜をパクついている。飛影は、蔵馬から受け取らされた肉を静かに食べはじめた。蔵馬と彼を見ていたなのは達はそれに苦笑を零す。

 

「まあいいじゃないですか。魔界では戦いと修行、それにパトロールばっかりだったことを思えば、楽しむ時に思い切りよくするのはいい刺激になりますよ」

 

 蔵馬が諭すように言うと、飛影はフンと顔を背ける。それに横にいたアリサ達が反応した。

 

「修行にパトロールって……蔵馬さん達は妖怪の警察みたいなものなんですか?」

 

 少し意外そうな表情でフォークを口から離したすずかが、少し離れた蔵馬に尋ねる。他の面子も興味があるのか聞き耳を立てていた。

 

 ちなみに彼女たちは自己紹介で飛影たちの内情は大体把握しており、彼ら二人が妖怪であることも知っている。アリサは驚きながらも「妖怪のイメージが変わった」と感想を零し、すずかは終始微妙な顔つきをしていた。

 

 すずかの言葉に、蔵馬は「まぁ罰ゲームみたいなものですよ」と無難な答えで返す。全員が首を傾げるが、飛影は今だ剣呑極まりない目つきで睨んでいた。そこへフェイトが苦笑しながらやってくる。

 

「あはは……でも、飛影がそんなことしてたなんて初めて聞いたよ。飛影はあんまり自分のことを喋らないから……たまに聞いても『わざわざ聞かせる義理などない』って言うし」

 

「アタシも言われたけど、相変わらず予想通りすぎる反応ね。というか、コイツに親切心とか気遣いを求めるほうがまず間違ってるのよ」

 

 アリサが紙皿の肉をもしゃもしゃ咀嚼しながら、フェイトの言葉に同意する。見下されたような態度に、飛影は面白くなさそうな表情で鼻を鳴らした。

 

「フン、貴様らに理解してもらうつもりなどないといったはずだ。煮えたぎった残念な頭では、そんなことも記憶しきれなかったのか?」

 

「アンタ喧嘩売ってるのっ!? 売ってるのね!? も、もう堪忍ならないわっ! 勝負よ飛影! 今度こそとっちめてやるから、今すぐ表にでなさあああいっ!」

 

「あ、あの、ここ外ですけど……」

 

 トラのごとく咆哮するアリサに、キャロがおずおずとツッコミを入れた。このままだと、遠からずバトルが始まる。エリオが顔を引きつらせながら、話題転換のために努めて大きな声を出した。

 

「ぼ、僕はお風呂でいろいろ聞きましたよ! 蔵馬さんが会社で結構重役らしいこととか、皆さんのリーダーだった方が今魔界で王様になってることとか、和真さんがもう結婚してて子供もいることとか!」

 

「へぇ~そうなの、楽しそうで羨ましいわ。それにしても驚きね、和真さんに子供がいたなん―――――」

 

 にこやかに返そうとしたシャマルの笑顔がその途中でピキッと固まった。なのは達を始めとして、はやてやヴォルケンリッターの全員、フォワード四人やアリサ達地球陣営も一様にエリオの方を向いて眼をカッ開き、その場が一瞬にして彫刻展と化す。無事なのは、僅かに驚きながらも「あ、私とおんなじだね~」と笑っているエイミィと、「そうなんですかぁ」と目を輝かせているキャロだけであった。

 

 そんな言いようの無い空気と、乙女達から溢れる重圧にエリオは気圧される。そして、とにかく安全を確保しようと一歩下がろうとして、

 

 

「「「「「「どぉぅえええええええええっ!?」」」」」」

 

 

 一歩どころか、十メートルは吹き飛ばされそうな突風がエリオを襲った。物理作用すら感じさせる勢いを全員から受け、エリオはたじたじになりながら後退する。今なら、近くでニトログリセリンを詰めた大樽が爆発したと聞いても、きっと驚かない。

 

 次に渦中の人物である桑原に視線が集中した。そして真偽のほどを問い、それが間違いでないことを知ると、全員がさらに大きな反応と声を上げる。

 

 なのはとフェイトが顔を見合わせた。

 

「お、驚きの事実発覚だね・・・確かにエリオ達の扱いが上手いとは思ってたけど、ホントに子供がいたんだ……」

 

「で、でもエイミィも結婚してるし、別に不思議じゃない、よ……?」

 

「テスタロッサ、そこで疑問系になるのは何故だ?」

 

 シグナムが半眼で彼女に突っ込む。だがそれは言った彼女を含め、一同の総意であるのは確定事項であった。そもそも桑原の性格や容姿を鑑みて一番に来るのが「何故!?」という疑問符以外にありえただろうか。いや、ありえない(反語)。

 

「この男性陣で唯一……意外や、意外すぎる」

 

「ど、どんな人なのかしら……」

 

「コイツと吊り合うようなヤツだからなー。いろいろ落書きが多いデカイバイクとかに乗りながらサラシ巻いてて、特攻服と木刀をいつも持ってる感じじゃねぇか?」

 

「もしくは制服にバッテンマスク、赤毛にそばかすにロングスカートというのもアリです!」

 

「す、すごく想像できるところが恐ろしいですね……」

 

「でもでも! すごい大穴で、アイスっぽいクールビューティーな人だったりして!?」

 

「アイスってクールビューティーなの? エリオくん?」

 

「さ、さあ……?」

 

「でも、ヴィータの言葉ももっともね。想像できる範囲がかなり限定されてきちゃうもの。すずかはどう思う?」

 

「あ、あはは…………ノーコメントで」

 

「あたしも。蔵馬とかなら分かるけどねぇ……」

 

「う、羨ましいッ……」

 

「いいな~……」

 

「でも、意外と可愛い子だったりするかも?」

 

 ひどい言われようだった。普段、彼がどんな目で見られているのかがありありと分かる。

 

 因みに上からはやて、シャマル、ヴィータ、リィン、ティアナ、スバル、キャロ、エリオ、アリサ、すずか、アルフ、シャーリー、美由希、エイミィである。

 

「テメェら、揃いも揃って同じ反応とはどういう事だァ! それとチビッ子ども! 雪菜さんはそんなイカツイなりしてねぇぞ!」

 

「誰がチビッ子だッ/ですかっ!」

 

 桑原が激昂する傍ら、無自覚に喧嘩を売られたヴィータとリィンがヒートアップする。仕舞いには、

 

「雪菜さんは俺の天使だ! バカにするのは許さねぇぞ!」

 

 とまで言い出す始末だ。その脇では飛影が静かに不機嫌になっていた。

 

「て、天使かぁ……き、きっとすごい綺麗な人なんだろうね……あ、会ってみたいなぁ……(やっぱり派手な人かなぁ……)」

 

「そ、そうやな~、興味はあるで……(きっと、たで喰う虫も好き好きってヤツやな)」

 

 なのは達は顔の端を引きつらせながら、必死に笑顔を見せる。その裏ではかなりひどいことを言っているが、実に現実的であった。というか、容姿もなにも分からない相手なのだ、抽象的かつ主観的な言葉で推測できるわけがない。

 

 だが、実際の方向性は異なるが、スバルとエイミィの言ったことが最も近かった。そして、彼の言葉が彼女らの予想を根底からぶち壊すほど正しいものであることを知るのは、もう少し後になる。

 

 そんな感じで夜は更けていく。夕食が終わるころには、大量に用意したはずの肉や野菜は全てからっぽになっていた。

 

 明らかにこの人数にしては多すぎるはずだったが、スバルやエリオ、それに和真など、かなりの食い扶持を持つものがいたので、バランス的にはちょうどよかったのだ。買いすぎたのも幸いと言える。

 

「お~い、機動六課全員集合や~!」 

 

 そこへはやてが皆へと号令をかけた。本日は無礼講とのことだが、仮にも部隊長なので何事かと思いながらぞろぞろとやってくる。そこで彼女は全員の寝床がアリサたちによって用意されたことを説明した。

 

「朝七時半にここに集合、そのあと出立する。帰ったらまた訓練と仕事を再開するから、今日一日はしっかり休んどき。各自あまり羽目を外し過ぎないようにな。じゃ、解散!」

 

 彼女の言葉には~いと遠足ばりの返事が響き、スバル達は方々に散っていく。はやて達はそれを見届けながら苦笑し、テーブルに座りなおす。どうやら明日からの予定やらなんやらを決定するために、簡易的な会議をここでするらしい。

 

「ごめんな~、二人は提供者なのに片付け任せてしもうて……」

 

 はやてやなのはが申し訳なさそうに言ったのに対し、アリサとすずかの二人は気にしないでと笑顔で答える。

 

 すると、片付けを始めるのを見た蔵馬と桑原が手伝いを申し出た。驚くことに飛影も加わってくれるのだという。二人は一度断ったのだが、再三の進言を受けたのと提案自体が有難い限りであったことも手伝い、苦笑しながら受諾した。

 

 別荘の持ち主であるアリサと勝手知ったるなんとやらのすずかは的確に指示をだし、見る見るうちにテーブルが片付けられていった。

 

 そして片付けも佳境に入る。出たゴミをまとめると、アリサはそれを飛影に手渡した。どうやら捨てて来いということらしい。

 

 非常に気に入らないが世話になったのは確かだ。鼻を鳴らした飛影がそれを受け取って歩き出そうとしたとき、すずかが駆けてきた。

 

「あ、私も行きます。飛影さんだけじゃ、場所が分からないと思いますから」

 

「……ああ」

 

 と、意外にも一度で承諾し、ドでかいゴミ袋を肩に担いだ飛影の横にすずかが並んだ。そのまま二人して離れたごみ置き場まで歩いていく。会話はなかったが、すずかは時折飛影のほうへ視線をやりながら気にするような仕草を見せていた。

 

 そしてすずかに案内されるまま、大きめの倉庫のような場所に辿り着く。その中にある金属製の大きな箱に、飛影は自分ほどもあるゴミ袋をぽいとぶん投げた。

 

 ドスンという音と共に、袋が積まれた山の中心に着陸する。すずかは驚きながらも、笑顔を向けた。

 

「わぁ、すごいですね。あの大きさのゴミをあんなに簡単に、それも正確に投げちゃうなんて。ふふ、アリサちゃんが見たら悔しがるかもしれません」

 

「……フン、見え透いた世辞はよせ。あの程度貴様でも軽くできるだろう。錆びついているとはいえ、その『血』の力は完全には消えていないはずだからな」

 

「……え…………!?」

 

 すずかの顔から笑顔が消えた。表情をなくして顔を青くするが、どこかでそれを予想していたようにも見える。それを見て飛影は口の端をニヤリと吊り上げた。

 

「気づかれていないとでも思っていたのか? こちらに気づいておいて、自分はそうでないなどありえん。平和ボケしている高町達ならともかく、オレ達は全員が初見で気がついている。蔵馬は匂い、桑原は持ち前の霊感、オレは僅かにもれる妖気からな。貴様は、いや貴様の血筋には――」

 

「――――はい。貴方達と同じ世界の住人……魔界に住む妖怪がいました。吸血鬼と呼ばれる種族です」

 

 そこで黙っていた彼女が口を開いた。その顔には先ほどまでの親しみは消え、不安と焦燥が取って代わっている。だが、これは飛影達にとっても重要なファクターだ。

 

 つまりはこの世界にかつて妖怪が来たということである。「情報としてはあまり残っていないんですけどね」というすずかに、すぐため息を吐くことになったが。当てが外れたことに、飛影は興味を失ったように肩を竦め、彼女に向けて口を開いた。

 

「その身体に流れる力から見るに、その吸血鬼はB級クラスの妖怪といったところか。だが、血はかなり薄れている。もはや元の妖怪としての強さは発揮できんだろう。もっとも、この世界で強さはそれほど必要なく、貴様は既に折り合いをつけているようだがな。俺には関係のないことだが」

 

 言いたいことはそれで全てだったらしく、飛影はゴミ倉庫に背を向けて歩き出す。もう用はない、とでも言いそうな感じだ。彼の反応にすずかは驚いたような顔をしたあと、たまらなくなって声を上げた。

 

「あ、あの……」

 

「心配せんでも貴様のことは誰にも言わん。それは蔵馬や桑原もそれはわかって「い、いえそうじゃなくて!」む?」

 

 飛影の言葉をより強い口調ですずかが遮る。その目には既に不安はなかったが、強い戸惑いが浮かんでいた。

 

「なんで、秘密にしてくれるんですか?そんなことをしても、貴方にはメリットなんて何もないはずなのに……」

 

 そこまで言って彼女は黙ってしまった。確かにこれはかなり重要な話だ。その扱い方如何では月村家を自由にできるだろうし、その気になれば破滅させることもできる。

 

 妖怪は基本的に無慈悲、そして自分の思うがままに行動するものだと教えられてきたすずかにとって、飛影や蔵馬の反応は予想外だった。しかし、飛影はそんな彼女の心のうちを見抜いたのか、溜息を吐きながら目を向ける。

 

「言ったはずだ、オレはそんなものに興味はない。高々人間の小娘の弱みなど何の得にもならんからな。秘密にしたければそうして、虐げられたいのなら勝手に触れ回れ。どうなろうと、オレは知らん」

 

 冷静かつ冷たい口調で言いたいことを言うと、飛影は今度こそ背を向けた。すずかの秘密など完全に眼中にないのか、その背中は付き合ってられんと語っている。

 

 だが、すずかは言葉の中に確かな優しさを感じていた。

 

(飛影さん……なのはちゃんの言ったとおりの人だったよ)

 

 飛影は嘘を吐いているわけではないのだろう。興味がないというのも真実で、それで彼女がどうなろうが知ったことではないというのも本当だと思う。

 

 しかし興味がなくとも、人の弱みを握ったとき悪意がある者がどんな行動にでるかなど、それこそ子供でもわかる。容赦などない、果てない地獄がぽっかりと口を空けているのに堕ちていくだけだ。

 

 知られたときはもう終わったと思った。この生活もこの平穏も友との関係も。飛影をここへ案内する役を買って出たのも、薄々気づいているだろうと思っていた彼にその確証を取り、可能なら交渉するつもりだったのだ。どれだけ犠牲を払っても、守りたかったから。

 

 しかし、それは思いもよらぬ方向で打ち砕かれることとなった。すずかが知りうる中で最も不可解かつ、最も好ましい終わり方で。そしてそのことは彼女のなかに火を灯させた。

 

 なのはやフェイトなどのことは元より、いつも一緒にいる親友も久々に張り合える相手を見つけたようで、とても活き活きとしていた。本人は気づいているか分からないが、それをふまえてもゆっくりしている暇はないのかもしれない。

 

「ふふ……ごめんね、なのはちゃん、フェイトちゃん。応援はできない……かも」

 

 去っていく飛影の後ろ姿を見ながら、すずかはその隣へと駆け出した。近しい存在というだけでなく、もっと近くなりたいという願いを込めて。

 

 

 

 -Side change Next day-

 

 

 

「よっしゃ、全員忘れ物はないなー?」

 

「「「「はいっ!」」」」 

 

 翌日、よく晴れた朝の七時半。園児の遠足点呼のようなノリにもしっかりと答えるフォワード陣。飛影たちは呆れたように息を吐いていた。すずかやアルフも苦笑気味に眺めている。

 

「さ、帰ったら仕事と訓練が待ってるよ。前より少しハードにするからみんな頑張っていこうね!」

 

「な、なのは……容赦ないね……」

 

「流石、鬼教官って呼ばれてるだけあんな~……あと魔王とか」

 

 美由希と桑原が少し引いている。なのはは笑顔で「……和真くん、後で『お話』しようか」とか言っているが、桑原が青い顔をして首を横に振っていた。まだ出会って一週間程度でも、なのは(ダーク仕様)の怖さは身にしみている和真である。

 

「まあ、しっかりやんなさいよ。でも、仕事が片付いたらちゃんと報告に来なさいよね!」

 

「うん、わかったよアリサ」

 

 フェイトが必ず来る、と深い笑顔を見せる。その表情を見たアリサがうんと頷いた。ヴォルケンリッターの騎士達、はやてやシャーリーもそろそろと近寄ってくる。

 

 それと同時に別荘に続く森の端に魔法陣が現れた。出立のときが来たのだ。

 

 五メートルほどの転送陣に全員が乗る。大きさからすれば人数は少し多かったが、何とかその中に納まった。

 

「ほんじゃ、協力してくれてホンマありがとうな」

 

 はやてが陣のなかから礼を言うと、アリサが「水臭いわね」と恥ずかしそうに言いながらも一番の笑顔を見せた。頼られたことと、また旧来の友に会えたことが嬉しかったのだろう。それを見たとすずかは彼女に微笑ましい笑顔を向けた後、陣の外側に近寄った。

 

「飛影さん、これを」

 

「む?」

 

 訝しげに眉を寄せる飛影の前に白い布が差し出された。それは飛影の首元に巻かれたものと同じような、シルクで出来たスカーフ。それが赤いリボンで纏められている。ただ、そのきめ細かい編目と滑らかな手触りは、それがかなりの高級品であることを強く誇示していた。

 

「何のつもりだ?」

 

 目の前に綺麗に畳まれた布を受け取ることもせず、飛影はすずかに視線をやった。だが、探るような目つきにも彼女は笑顔を途切れさせず、差し出したものも下げない。訝し気に睨む飛影に、すずかは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ささやかな……相談に乗ってもらった私個人のお礼です。気に入らなければ捨ててもらっても構いません。けれど、今このときだけは受け取ってくれませんか? どうかお願いします」

 

「……チッ」

 

 あの時の会話は相談ということになっているらしい。視線を逸らさず真っ直ぐに見つめてくるすずかに、飛影は舌打ちしつつも差し出されたスカーフを乱暴に受け取る。横にいたアリサが呆れたように息を吐いた。

 

「もう少し嬉しそうにしなさいよ、まったく…………それと意外だけど、私も結構楽しかったからお礼言っとくわ。また私に会いに来たくなったら、特別に来させてあげてもいいわよ」

 

「安心しろ。天地が引っくり返っても絶対にありえん」

 

「ア、アンタはまたぁああああ!」

 

 冷めたように半眼になる飛影に、アリサが顔をさらに真っ赤にして吠え掛かる。事実、この二日間での言い争いの回数は軽く二桁に届くので、はやてや蔵馬は微笑ましい表情で二人を見つめていた。

 

 なのはやフェイト達は二人の行動を彼女たちの優しさと気遣いととるべきか、それとも別の要因ととるべきか考え、微妙な表情をしていた。

 

「ともかく終わったようやな、ほないくで!」

 

 魔法陣が起動し、青と緑の中間のような光を放ち始める。しばらくは彼女たちともお別れだ。なのは達は親友との別れを、フォワード四人は、優しくしてくれた地球の人たちともっと親しくなりたかったな、と残念そうな色を見せている。

 

「「「「お世話になりました!」」」」

 

 光が満ちていく。魔法の発動はもうすぐだ。始まれば一瞬で彼女らを魔法世界の住人へと戻すだろう。

 

 だが、陣の光が極大に差しかかろうとしたとき、その傍へと走りこんだ人影があった。紫がかった美しい長髪を棚引かせ、普段からは考えもつかない勢いで近寄ったのは、

 

「「「すずか(ちゃん)?」」」

 

 先ほどのプレゼント発起人であった。誰もがお淑やかな彼女からは想像だにしなかった行動に目を剥いて驚く。そして周囲を置き去りにしながら、彼女は輝く陣の光に照らされた飛影に腰を屈めて近寄り、

 

 

 

 

 

「一つ……忘れていました……ん……っ……」

 

 

 

 

 

 彼の額に唇をそっと触れさせた。

 

「っ…………!?」

 

『な…………ななな、なあ――――――――――っ!?』

 

 一瞬のことに飛影は目を見開いて言葉を失い、機動六課のほぼ全員が悲鳴を上げる。ただし各々でその性質は違うようだったが。すずかは整った顔を真っ赤に染めながら、飛影に向かって少しばかり悪戯っぽい笑顔で微笑んだ。

 

「秘密のお礼、です……」

 

 言葉とともに彼女は離れていく。そして同時に魔法陣が完全発動した。一瞬にして全員の姿が消え、別荘の庭に静寂が戻る。

 

 光がいまだ残滓の糸を紡ぐ中、すずかは空を見上げた。今までの自分から考えれば、今の行動は恥ずかしいなんてものではなかったが、後悔の念は湧いてこない。

 

(当分は会えないんだし……い、いいよね?)

 

 自分にしてはやりすぎたかなと少し思いながら、いまだ赤い顔ですずかはくすっと笑った。

 

 もしこのまま別れてしまえば、自分は取るに足らない他人としてでしか彼の中には残らないだろう。だからこそ、忘れられない印象を付けようと思っていたのだが、やりすぎだったかもしれない。

 

 本当を言うと最後のは予定にはなかった。何故か消えていく彼を見たら、胸が切なく高鳴って、気が付いたら駆け寄ってキスしていたのだ。

 

「また……会えますよね」

 

 鳥が高く飛ぶ空から名残惜しげに視線を水平に戻す。

 

 さて、やることは一つだ。まずは、傍で固まっている親友を解凍することから始めなくては。

 

 

 

 

 風を切る音を放ちながら、空気が脈動する。そして一瞬強い光を放ったかと思うと転送ポートが設置された空間が揺らぎ、次の瞬間には機動六課の面々が連なっていた。転送空間の外側に待機していたヴァイスがようやくの帰還に待合ベンチから腰を上げる。

 

「隊長達、それに姐さんらもお疲れ様だ! つっても俺達と同じでそっちも休暇っぽくなってたみたいですけど、手配されてた仕事はちゃんと仕上げておきましたぜ。それにしてもいいなあ、俺も地球で観光とかをのんびりまったりと楽しみたかっ……って、どうしたんスか、ぼうっとして?」

 

 いつもより反応の薄いことにヴァイスは「むぅ?」と首を傾げる。その中でいち早く反応したのは苦笑した蔵馬だった。

 

「ちょっとしたサプライズがあったんだよ。驚きすぎて皆状況が整理し切れていないみたいだけど、しばらくすれば元に戻ると思うから安心していい。かくいう俺もかなり驚いたけどね」

 

「ふーん? まあ、蔵馬さんがそう言うなら……」

 

 それだけ言うと蔵馬は仕事がありますので、とその場を後にする。余人には分からないが、アレは彼の十八番だ。完全なる緊急回避である。

 

 その数分後、予想通りなのは達が覚醒して鬼の形相で飛影を問い詰めた。その得体の知れない気迫に、何故か気圧された飛影はそこから機動六課宿舎へと逃げ出し、宿舎につくまで転移や攻撃魔法まで使った追いかけっこが行われたのは完全な蛇足であろう。

 

 

 

 

 




これでひとまず打ち止めです。

ありがとうございました!

評価等、よろしくお願いいたします。

誤字脱字等ありましたら報告してくださるとありがたいです。

それでは再見(ツァイツェン)!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

機動六課内紛編
第十四話  ホテル・アグスタ ~ 岐路の胎動


二日続けて(昨日のはACEでしたが)の投稿になります。

それではどうぞ~


 エネルギー貯蔵型ロストロギア『レリック』を専門に扱う機動六課だが、例外というものは存在する。もともと遺失物管理部なんて名称であるとおり、表向きにはその主な仕事はロストロギアの発見及び保護となっているからだ。

 

 とはいえ、機動六課の総責任者である八神はやてが設立したこの部署も、地上の治安維持が最優先事項である。コレクターじゃあるまいし、集めて保管して終わりといかないところがロストロギアの辛さでもあり、そして存在意義でもあった。

 

 決して便利屋ではなく、ロストロギア関連に関する者たちの安全確保も任務ということだ。

 

 今日、ホテルアグスタと呼ばれる場所でロストロギアのオークションが行われる。そこでは許可の通ったロストロギアが数点出品される予定だ。そして、その反応をレリックだと誤認して嗅ぎつけたガジェットドローンから会場、出品対象、そして参加者を守り通すのが今回の仕事だった。

 

 長々と申し訳ないが、要するに要所警備あるいは防衛戦及び、要人警護というわけである。現在、ヘリの中ではそれの説明と共に現在地上を脅かすガジェットの製作者にしてレリックの収集者、そして事件の数々を引き起こした黒幕が全員に伝えられていた。

 

 その名をジェイル・スカリエッティ。違法研究で広域次元犯罪者として指名手配されている男である。その姿を見た桑原が腕を組んで眉を寄せた。

 

「あんな悪趣味なもん作ってる奴だ、垂金とかイチガキみてぇなヤツじゃねえかと思ってたが…………意外と普通だったな」

 

 桑原はかつての成金とマッドサイエンティストを思い浮かべる。片方は人間で片方は妖怪だったが、二人とも彼から見ても見るに耐えない面だった。決して比べているわけではないのであしからず。

 

「見た目で判断しないほうがいいよ桑原くん。見たところは人間のようだけど、彼の罪状は違法取引から人身売買、果ては人体実験なんてものまである。中には人の尊厳すら危ぶませるほどの行いまであった。世界は違っても、やっていることは彼らと同じさ」

 

 蔵馬が言うと、飛影は視線を鋭く尖らせた。彼の立場からすれば、かつてと同じようなことをする相手が許せないのかもしれない。

 

 と、リィンが指を一振りして空中のスクリーンを消した。大方の説明が終了したようだ。なのはが全員を見渡したあと、口を開く。

 

「伝達事項はこんなとこかな。蔵馬さんは会場内で警護。和真くんはシャマルさんと一緒に屋上で警備。飛影くんは最初は私たちと同じ任務について、あとは適宜行動……で、いいかな、飛影くん?」

 

「フン、そこから先は勝手にさせてもらうがな。一々オレを頼られても困るが、いざというとき使えん奴ほど手に負えんものはない。ここらで実戦を積んでおけ」

 

「……言い方は乱暴だけど、一理あるね。いつでも飛影達が出れるわけじゃないし、一度の実戦は百度の訓練に勝るから」

 

 フェイトが自らのデバイスであるバルディッシュに触れながら、彼の言葉に同意する。しかし、その様子は何だか妙だ。飛影は訝しげな表情をして、自分の向かい側に座る彼女に尋ねた。

 

「……? 何を睨んでいる」

 

「し、知らないっ!」

 

 若干頬を赤くしたフェイトが飛影から顔を背けた。しかし、その態度は「不機嫌なんだからねっ」と全身で表している。まるで不貞腐れる子供のような反応だ。

 

 飛影はなおも怪訝そうに眉を寄せて周りを見渡すが、ヴィータやスバル、シャマルに至っても同じような有様だった。にこにこと笑っているのは、自分の隣にいるなのはだけだ。蔵馬とはやての意味深な笑みも何だか癪に障る。

 

 しばらく前、正確には地球から帰った日から、彼女らは時折こうして不機嫌になるようになった。会話の流れからそうなることもあるし、誰かが自分に接触してきたときに唐突に起こることもある。

 

 しかし、この程度飛影にとっては別にどうということはない。元より人の機嫌を気にする性分でもないからだ。寧ろ関わってこないのなら好都合、と当初は無視していたのだが、それはおよそ逆効果であったらしい。

 

 しばらくスルーを決め込んでいた飛影の元に、彼女達がいきなり突貫してきたのである。そこで、今は機嫌が良いなのはやヴィータには怒りながら説教され、残りの三人には無視しないでと泣きつかれた。

 

 ならその態度は何だと飛影が聞くと、全員があからさまに話を逸らしにかかるのだ。結果的に何も変わらないのだから、飛影としては何をしたいのか全く理解できない。単なる怒られ損だ。

 

 理不尽もここまでくるといっそ清々しい。一体どうしろというのか。

 

 その後、見かねたかのように来た蔵馬に言われたのは、

 

『女の子の気持ちをもっと考えてあげなきゃダメですよ』

 

 という一言だった。本人曰く重要なアドバイスとのことだが、余計なお世話である。それ以前に、話の核をわざと喋らないで傍観しているのが見え見えだった。相変わらず悪趣味だ。

 

「はぁ…………」

 

 ティアナがまたか、というようにこめかみに手をやる。このような光景も、最近の六課では日常茶飯事だった。

 

 何も分かっていない様子の飛影には迷惑極まりないだろうが、こればかりは運命だと諦めてもらうしかない。諦観と憐れみを込めた視線で彼を見やり、にぎやかなヘリの中を見渡した。

 

 すると、少し珍しい光景が目に入る。ティアナは思わず彼女に問いかけた。

 

「? どうしたんですか、リィン曹長?」

 

 いつもならはやてなどと共にクスクス笑っているリィンが、神妙な顔で浮遊していた。「むぅう……」と唸りながら一人百面相をしている。如何せん、普段は主共々茶々を入れることが多いので、その真面目顔が気になったのだ。

 

「ふぇ!? い、いえ、何でもないのですよ! さぁ皆、今回もしっかりバッチリ決めるです!」

 

「は、はぁ……」

 

 いきなり声を掛けられたからだろう。彼女は少し動揺した様子で、わたわたと手を振った。その様子からして何でもないというはずがないのだが、のんびり聞いている時間もない。

 

 ティアナはすぐに引き下がって、なのはと作戦の確認を取り始める。そんななか、いまだフェイトやヴィータと言い合いを続ける飛影を見て、はやてが口角を吊り上げた。

 

「シシシ……皆もいい感じにドロドロしてきたやないか……この調子で堅物のシスターシャッハとかも餌食に……って、あたあっ!? 何で殴るん!?」

 

「ひどく不愉快な気配がしたのでな」

 

 素晴らしいまでの勘のよさであった。一瞬で近寄った飛影がそのまま頭に一撃をくれ、元の席に戻っていく。はやてが「おーぼーや!」と涙目で後ろから抗議して、蔵馬に慰められていた。幸せそうなので放っておく。

 

 しかし、何だかんだ言っても飛影と意見を同じくするあたり、フェイトたちもちゃんと先が見えているらしい。若干スルーしかねる態度ではあるが、肯定の意を見せて頷いていた。

 

 三人の役割をそれぞれ挙げると、蔵馬がホテルの守り、桑原が屋上で迎撃、飛影が遊撃だ。彼らからすれば配置は妥当といったところだろう。そこでスバルが声を上げた。

 

「あれ? 和真さんの武器はあの剣なんですよね?なら、接近戦のほうがいいんじゃないですか?」

 

「ま、普通はそう考えるわな。けどオレはこの三人の中で一番霊感があるから、危険察知とかそういうのには適してんのさ」

 

 桑原の言葉に首を傾げたのは機動六課メンバーである。理由は言わずもがな、霊感という聞きなれない言葉が出てきたからだ。

 

 霊感。正式名称を『霊感能力』といい、霊気や妖気などの力の流動や気配を鋭敏に察知する能力のことをいう、人などが持つ霊的ポテンシャルの一つである。

 

 詳細はここでは省くが、要するに高感度の気配察知を常時自然展開しているようなものだ。桑原はこれがズバ抜けて高く、しかも霊気などの力は全く喰わないのだからかなり使い勝手がいい。

 

「彼の感知能力はすごいわよ~、私のお墨付き♪」とにこにこしながらシャマルが言い、それならばと全員が息を吐いた。

 

「シャマル先生が言うなら安心ですね。それとさっきから気になってたんですけどその箱って……?」

 

 キャロに指摘されたシャマルが「これ?」と首をかしげ、そしてにゅふふと顔を崩した。少し、いやかなり含みのありそうな笑みになのは達は苦笑を零し、エリオなどはきょとんとしている。箱をポンと叩きつつ、シャマルは魅力的なウインクをした。

 

 

「隊長達と飛影さんたちのお仕事着♪」

 

 

 

 -Side change in Hotel Agusta-

 

 

 

 ホテルアグスタは一流企業の社長やその令嬢が宿泊することもある、かなり名の通った宿泊施設である。規模はそれほどではないにしろ内装は充実しており、その調度品の一つにも気を使うという力の入れようだ。

 

 体面を取り繕うばかりが営業ではないが、それを蔑ろにしては一流は二流に成り下がるということを示したいのだろう。それが、企画者にここを選ばせた理由の一つでもあるのだから。

 

 とまあ少しばかりホテルの概要を語ってみたわけだが、そんな一般人には少しばかり値が張るこのホテルの一角、広いロビーに二人の男性が佇んでいた。赤と黒という髪の色、加えて背の違いがはっきりしていて、にじみ出る雰囲気もほとんど真逆である。

 

 背の高い方、スーツ姿に身を包んだ蔵馬が、隣で話しかけるなオーラを撒き散らす相方に視線をよこす。そこには自分と『同じ』黒のスーツをバッチリ着こなした飛影がいた。

 

「似合ってるじゃないですか、飛影」

 

「クッ、何故オレがこんなものを……」

 

 ネクタイや襟の感覚がうっとおしいのか首元を少し緩めている。本来こういう場でのそれはNGなのだが、言ったところで正す性格でないのが彼の彼たる所以であった。というか、そちらのほうが彼らしく、しかも似合っているので蔵馬は苦笑する。

 

 そのとき、廊下のほうでざわめきが巻き起こった。そのほとんどが男性のものだ。それとともにホールに響いたのは、よく通る済んだ声が三人分。

 

「いやー、化粧室が混んどったなー」

 

「にゃははー、そうだね」

 

「お、お待たせ……」

 

 飛影たち二人が振り向く。そこにいたのは言わずもがな、機動六課が誇る隊長陣の三人だ。

 

 

 エントリーNo.1。

 

 

 全てを吹き飛ばす直情型(バカ)魔力、アグレッシブな根暗にして、最近はややヤンデレ属性にも足を踏み入れた『元』可憐な少女。砲撃させたら局内一、鬼に金棒、悪魔に魔導砲。もしも彼女を怒らせたらば、消し炭にされる前に土下座しろ!もしくは飛影のブロマイド(際どければ言うことなし)。

 

『白き大魔王』高町なのは。

 

 

 エントリーNo.2。

 

 

 ボケか突っ込みかと問われれば、間違いなくボケ。純粋無垢が一周回って大ボケになる六課のオアシス。思い込んだら一直線だがどこかがいつもズレている、だけど、それがいちいち可愛いお年頃。そのデンジャラスバディは誰のためにあるのか、何もないところでコケるのは仕様なのか!?

 

『金色のお花畑』フェイト・T・ハラオウン。

 

 

 エントリーNo.3。

 

 

 やや似非っぽい関西弁にしてミス・二枚舌、機動六課が誇る策略謀略ハリセンツッコミと三拍子揃った彼女は今日も不気味に笑っている。青春に色気は不要、ついでに男の影もなし。奴と戦うなら狐を連れろ。ついでに手土産持っていけ。

 

『化狸・似非関西仕様』八神はやて。

 

 戦力的にも人間的にもなかなかない組み合わせであった。何がここまで彼女たちを変えてしまったか、それは神のみぞ知る。というかこのプロレス団体のようなノリは一体なんなのだろうか。

 

「何だか、ちょっと許し難いテロップが付いた気がするよ……!?」

 

「奇遇やななのはちゃん、私もや。今ならこのホテル丸ごと消し飛ばしても許されそうな気がするんやけど……とりあえず似非はないんちゃうか!?」

 

「ふ、二人とも落ち着いて。なんだかキャラが壊れてきてるよ? そりゃ、ちょっとは誇張な気がするけど……」

 

「「ちょっとって何 (や)!? フェイトちゃんはあんま言われてないから、そんなことが言えるんだよ /や!」」

 

 うがーっと吠えられたフェイトはびくっと肩を竦ませる。なのはとはやての髪がぶわああああっと逆立ち、その後ろに天に向かって吠える魔人王女と狸が見えた……気がした。嗚呼、世界の条理に逆らうとは、どこまで悲しいことなのだろう。

 

「頭の悪い会話だな」

 

「まあまあそう言わずに。三人ともすごくお似合いですよ」

 

 蔵馬が場の空気の入れ替えるため、率直な感想を三人に告げた。機嫌直しの意味合いも半分ほどあったが、驚きなども大きい。何故なら目の前にいる三人はいつもの制服ではなく、眩いばかりのドレスを身に纏っていたからだ。

 

 なのははピンクと赤を基調とした色合いで、ワンピースのような上掛けと赤い下掛けを組み合わせた、二重構造のドレス。はやてとフェイトは肩が完全に出ており、それぞれ白と水色、黒と紫を主としたインパクトの強いドレスだった。

 

 そして薄めに決められたメイクが、少女にいつもより大人っぽく艶やかな表情をさせている。

 

 全てがシャマル先生プロデュースの、彼女たちの魅力がぐっと凝縮したような出で立ちだった。その証拠に男性陣の目線をこれでもかと釘付けにしているし、受付も仕事そっちのけで見入っている。一流ホテルマンの気概はどこかにおいてきたのだろうか。

 

「!! ほ、ホンマに……? 世辞やのうて?」

 

「ええ、はやてちゃんは十分に魅力的ですよ。もちろんなのはちゃんやフェイトちゃんもですれけどね」

 

 蔵馬の言葉にはやてが頬を真っ赤く染めた。なのは達も蔵馬の言葉に若干顔を赤くしていたが、何かを決意するような眼差しで飛影の方を向く。

 

 心なしか、先ほどより真剣さが混じっているような気がした。

 

「ね、ねぇ飛影くん。これ、どうかな……?」

 

「へ、変じゃ、ない?」

 

 不安と期待が織り交ざった声色で二人が尋ねてくる。その視線に居心地の悪さを感じた飛影は、渋々ながらも二人に目をやり、僅かに見開いた横目でしばらく眺めた後、鼻を鳴らした。

 

「……変なのは今の貴様らの態度だ。まあ、いつものあの服と戦闘服以外見たことがなかったからな、少し新鮮ではある。馬子にも衣装とは言ったものだ、着飾れば貴様らでもそれなりに映えるとはな」

 

「えっ……? あ、あああ、ありがとう……すごく……すごく嬉しい……」

 

「似合ってるって……飛影が似合ってるって……!」

 

 フッと、僅かながら柔らかな視線を宿して飛影が二人を見た。なのはとフェイトの頬が一瞬にしてりんご色に染まり、呆然としたままぶつぶつと呟き始める。

 

 普通なら褒められているかどうか判断に迷うところであるが、相手はあの飛影であるからして。興味ないの一言で切り捨てられると思っていた二人にとっては正に天恵、脳内ではスタンディングオベレーションフルオープン状態であった。

 

 拡大解釈も甚だしいが、いつの時代も恋する乙女補正は理屈を超えるのだ。一旦ポジティブに解釈すればあとはもう走りぬくだけである。

 

 飛影はというと、そんな二人から既に視線を外し、周りを眺めていた。おそらく邪眼で妖気などの異変を探っているのだろう。何だかんだ言っても、一度請け負うと言った以上は仕事としてしっかりするつもりらしいが、そんな態度の戦友に蔵馬は苦笑した。

 

 桃色の花びらがデフォで背景につきそうな二人に、はやてが口元を引きつらせる。

 

「すごいな~二人とも……さっきのセリフを褒めてると解釈してるんか……」

 

「ふふ……飛影も隅に置けないな(彼自身も、少し見惚れていたみたいだしね)」

 

 優しい笑みをした蔵馬が、はやてをエスコートするように立ちながら笑う。視線の先にはロビー中の男から嫉妬と殺気をぶつけられ、訝し気にしている飛影がいた。彼が軽く一睨みすると、ロビーから何人かが飛び出して行く。自業自得だが、こちらとしてはもう少し加減をして欲しいものであった。

 

 彼はまだ二人の気持ちを分かっていないのだろう。態度がそれを物語っているし、あの二人もアピールはしているが、積極的かといえばそこまででもないから当然といえば当然だ。

 

 しかし蔵馬は、今は気が付かないほうがいいのかもしれないと思っていた。彼自身感情の整理がついていないなかでそれが露見すれば、自分の内に近づかれることを嫌う彼がここから去ってしまう可能性がある。

 

 今でこそこうして仲間とともにいるが、飛影はもともと一匹狼のスタンスだ。それは不思議ではない。

 

 だが、それでは彼にとってプラスにはならないと思った。ここでの人との交わりのなかで得るものはきっとあるだろう。かつて幽助が俺たちにそうしてくれたように。

 

 そしてこれは契機でもある。彼が他者との、こと男女関係において発生しうる事象を理解する契機だ。彼の上司である軀も女だが、あれはお互い信頼に値する仲間、あるいは戦友と捉えているように見える。おそらくそれ以上進むことはないだろう。

 

 だからこそ、ここでの経験や日常が価値と輝きを帯びるのである。

 

 何気ない日々の中で得る安らぎと、彼女たちの想い。それが飛影をどう変えていくのか、昔なじみとしては非常に気になるところであった。彼が聞いたらまた悪趣味と言われそうだが。

 

 蔵馬は友の幸せを願っている。無論、そう遠くない先で知ることになるであろう、彼女たちの心の動きを彼がどう受け止めるのかという不安はあった。もしかしたら彼女たちを悩ませ、さらには傷つけてしまうかもしれない。

 

 だが、蔵馬は信じるほうに賭けた。『それ』を理解できたとき、彼は幽助のように今よりずっと強くなっているに違いないという期待を宿して。

 

 こればかりは信じるしかできない。人の気持ちなど様々であるし、彼が辿ってきた過去の片鱗から考えてもいいことばかりではないだろう。それこそ彼が理屈なしで接する相手は、女性では片割れの『彼女』だけだ。

 

 しかし、それでも蔵馬は可能性を広げたかった。彼は一人ではない、そのことから逃げないで欲しいと。

 

 彼は何かから逃げることを嫌うが、逃げないわけではない。そして、こういったことに関して後ろ向きであったことも事実。

 

 だから、彼に一度真正面からぶつかってもらいたい。揺さぶられても翻弄されても、それを受け入れる強さを彼には持ってほしい。彼が生来受けたことのないであろう、人が持つ心の動き、理屈も何も通用しない『愛情』という感情を前にしても。

 

(少し押し付けがましいけどね……)

 

 そう言って彼は少し面白い様相を呈しているメンバーに苦笑を零す。結局夢見心地の二人が現実に戻ってきたのは数分後で、その頃には飛影の関心は他を向いていた。そして呆れたように溜息を吐いたはやての台詞で任務がスタートしたのである。

 

 

 

 

 

 

 




久々の炎殺の邪眼師の更新でした。

昨日、もう一つの投稿小説、『魔法少女リリカルなのはACE』で申し上げましたが、この作品が最終的に行き着くところを現在模索中であります。

現在考えたオチは四つほど。


三つがハッピーエンドで、一つが少し切なさが残るエンドになりましたが、どうもしっくり来ません。

なので、みなさんをお待たせしてしまうやもしれませんが、もう少し考えさせて下さいませ。

並びに、同じ後書きで触れたもうひとつのクロス小説(詳細は昨日更新したACEの後書きを見てね)について報告させていただきます。

みなさんの意見を聞いて見たところ、感想では0件でしたがメッセージで3件ほどハーメルンに載せて欲しいとの要望を頂きました。

とはいえまだ少ないので、もう少し要望があれば、載せたいと思います。

何度も言うようですが、練習作品です。あまり過度な期待は厳禁ですよ(笑)。

それではまた次回でお会いできることを願って。

再見(ツァイツェン)!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話  慟哭の空(前編) ~ 悲しき信念

お久しぶりです。

今回は、二ヶ月ぶりにこちらの方を更新してみました。いくらエンディングに悩んでるからってあまり放置もいただけませんし。

というわけで、既出のもので悪いですが、どうぞー!


 

 

「ガジェット反応です!機影特定、陸戦Ⅰ型三十五、空戦Ⅱ型六十七、陸戦三型四機を確認しました!皆さん、お気をつけて!」

 

 任務開始から二時間弱。ロングアーチから、シャーリーの声が全員に通達された。ついに敵が出現したのだ。

 

 しかし想定外のこともあった。ガジェットが襲ってくることは作戦のうちだったが、存外に数が多いのだ。しかも陸戦ではなく空戦型、これは少しよろしくない。

 

「うっひゃー、空に浮いてんの全部ガジェットかよ。堅気もいるってのに、テメェには全く関係ないってか?」

 

 クラールヴィントのセンサーより早く敵を感知していた桑原が唸る。横にいるシャマルは、空から迫り来る数多の黒点が序序に大きさを増すことに歯噛みしながら、桑原に答えた。

 

「考えたくはないですけど、おそらくそういうことでしょうね。こんなものを次から次へと投入してくるような相手ですから」

 

「やりたい放題ってわけかよ。気に喰わねぇな……」

 

 桑原が怒気を滲ませた顔で空を睨む。彼の中の霊気は今にも外に流れ出そうなほどの高まりを見せていた。流石に飛影ほどの威圧感は感じないものの、曲がりなりにもはやての守護騎士であるシャマルを一歩下がらせ、身を強張らせるほどのものだ。その力を向けられていないのにも関わらずである。

 

(これが霊気……人の持つ新しい可能性……)

 

 シャマルは自分達のもつ魔力とは違う力の放出に、不思議な感覚を覚えた。飛影や蔵馬の妖気もさることながら、彼の霊気も魔力と比べるとかなり異質なことが分かる。

 

 確か霊剣と言っていただろうか。ガジェットを一撃の下に切り伏せた、フェイトのザンバーと似た色を放つ光の剣。AMF効果領域でも全く問題なく使えることから、魔力と霊気はエネルギーとして根本的な違いがあるのだろう。気を刃状にしただけだと聞いたが、その威力は試してみずとも明らかだ。

 

 彼ら曰く、霊気とは人間の肉体に宿る精神エネルギーが、オーラと呼ばれる形を伴い力となって現れたものらしい。もしかすると、この世界にも霊気を扱える人間がいる可能性がある。魔法が浸透し切っているからなんとも言えないが。

 

「シャマルちゃん、聞いてっか?」

 

「え、あ。な、なんですか?」

 

 いきなり声をかけられたことに少々慌てるが、それを押し隠して尋ね返す。ちゃんづけという『少女』扱いに密かな喜びを覚えたのは乙女の秘密だ。「あの人も呼んでくれないかしら」、という妄想は戦闘中ゆえ即座に打ち消す。いつの間にか近くに寄っていた桑原は、首をかしげながらも空に指をさした。

 

「? ま、いいや。それよか頼みがあんだけどよ、ちょっくら掃除すっから、シグナムちゃんとヴィータちゃんを下がらせてくれねぇか。ちっと邪魔だし、スバル達の応援にゃ丁度いいだろ」

 

「掃除?それに下がらせろって……シグナム達を下げたら、空の防衛線に穴が空いてしまいますよ。何をするつもりなんですか、和真さんのスタイルは近接戦闘なんじゃ……?」

 

 怪訝な表情をするシャマルに桑原は「いいから任せとけ」と少し強めに言う。意図は掴めなかったが、何かしら考えがあるのだろう。シャマルは空で縦横無尽に戦う二人に念話を飛ばした。

 

 最初は何を考えているつもりだと返答が来たが、和真に何か考えがあることを伝えると、渋々ガジェットから離れた。ヴィータは尚も何か言い足らなそうだったが、シグナムに引かれ地上へと降りてくる。ガジェットがその後ろについてくるのを見て桑原は構えを取った。

 

「味方は引いたな。数は、ひい、ふう、みい……ヴィータちゃん達が減らしたからあと四十機ってとこか。っしゃ、久しぶりに試してみるぜぇ―――――おうりゃああああッ!」

 

 桑原が右手に力を込めると、光り輝く黄金色の剣が現れる。だが、いつもと違うのはその剣が出現したと同時に巨大化を始めたことだ。

 

 膨大な霊気をその身に宿し、どんどんとその大きさを増していく。まるで大木の成長を早回ししたかのような光景にシャマルは目を見開いた。

 

「うし、こんなもんか」

 

 桑原の軽い口調が響く。数秒後、剣はゆうに百メートルはあろうかという大きさにまでなっていた。

 

 ここまでくると剣というよりもはや聳え立つ壁だ。そして桑原がその剣を持ち上げる。霊気で作ったからか重さはさほどでもないらしい。

 

 剣の所々からバチバチッと青白い火花が迸る。そこで漸くガジェットの射程距離に入ったのか、空から一斉に光が降り注いできた。

 

「極大霊光剣――――……」

 

 レーザーが対象を焼き切らんと迫ってくる。桑原はそれを睨み据えると、両手で垂直に伸びた剣をバッターの要領で構え、

 

「一気、倒千―――ッ!」

 

 力任せに振り抜いた。空に光が一筋走り、数多のレーザー光ごとガジェットを飲み込んでいく。次の瞬間、まるで花火が打ちあがったかのような火線が空を煌き、辺りは爆音で包まれた。そして光が収まった後にガジェットⅡ型は影も形もない。文字通り桑原の『一薙ぎ』により一掃されたのである。

 

 彼は霊気を曲げたり結んだりくっつけたり、はたまた飛ばしたりと、その扱いがいちいち非常識だ。本当のことを言えば伸縮などのほうが得意だが、今の彼の霊力は人間界で最強であるからして、この程度の霊力行使では息切れ一つ起こさない。

 

 霊気の密度が霊剣より数段低いとはいえ、これほどの力技を可能とした理由はそこにあった。

 

「又の名をミスターフルスイング剣だ。フッ、どうでい」

 

 呆気にとられるヴィータやシグナム、そして硬直したシャマルを尻目に、桑原は胸を張ってピースサインを決めていた。

 

 

 

 -Side Hotel-

 

 

 

 オークション会場の中で、なのは達は戦闘状況下にある外の様子をトレースしていた。彼女らの前に展開された空間スクリーンには、得意げにピースサインを見せる桑原が映っている。その後ろでは、引きつった笑みを見せたシャマルが遠慮がちに彼と同じポーズを決めていた。

 

 なのは達と同じ画面を見ていた飛影が溜息を吐く。呆れた、とでも言いたげな表情だった。

 

「相変わらず非常識なヤツめ。竹を割ったような力技に何を偉そうにしているんだ」

 

「しかし、あの数相手なら霊気の消費効率から言ってもメリットの方が大きい。それに以前霊気の密度次第で威力を抑えることもできると言っていたし、一対一を主とする彼にとっては貴重かもしれないな。使い勝手もさほど悪くないですよ。本当、桑原くんらしい技だ」

 

 蔵馬は苦笑いを零しつつも、冷静に技についての考察を述べた。だが、その後ろにいるなのは達は完全に固まっていた。二人の会話に口を挟む余裕などなかったのだ。

 

 それはあまりにも圧倒的な光景だった。あれだけのガジェットをたった一撃で、それも無造作に倒してしまったのだ。

 

 呆気にとられたどころの話ではない。魔法を以ってしてもアレだけの威力のものは数えるほどしかないし、普通の魔導師が魔力であの『剣』を作ろうとすれば、数十分の一に達せずして気をやってしまうだろう。Sランクオーバーの魔導師ですら、十分の一を作れるか怪しいものだ。

 

(フェ、フェイトちゃん……)

 

(う、うん。飛影がすごいのは知ってたけど、和真もこんなに強かったなんて……蔵馬も同じなのかな?)

 

(し、信じられへん……霊気とか妖気はまだよく知らんけど、あんだけの力放出して全く堪えてないなんて、底が見えないどこの話やないやないか……和真くんは人間っていうけど、飛影くん達と同じで、私らの常識を軽く超えていきよるな……)

 

 彼らの規格外さを三人は改めて認識する。そして彼らが敵でなかったことに心から安堵した。どれほどの力を秘めているかは分からないが、敵対するのは死んでも御免だ。

 

「……やれやれ」

 

 すると、飛影が突然椅子から立ち上がり、扉のほうへ向かった。

 

「飛影、どちらへ?」

 

「屋上だ。そこから先は勝手にさせてもらうがな。こんな茶番に付き合ってられるか」

 

「え!? ちょ、飛影く――」 

 

 はやての言葉を聞き終わる前に、飛影は自動ドアを潜ってその向こうへと姿を消した。浮き上がりかけた腰を落とし、空中に彷徨ったままの手を膝の上へ落とす。そして同時に深い溜息を吐いた。

 

「ホンマに勝手されちゃ、たまらんのやけどなぁ……」

 

「は、はやて、ファイト!」

 

「そ、そうだよ。それに飛影くんだって、何か思うところがあったのかもしれないし!?」

 

 無責任な励ましとポジティブシンキングを放ってくる親友二人。はやての目が半眼になってジトッとした色を帯びた。

 

「思うところぉ?二人とも勝手なこといいよってからに、ホンマにそう思ってるんか? あの捻くれもんが? 責任とってもらうで」

 

「「そ、そんなぁ!?」」

 

 涙目で悲鳴を上げる二人。言葉はともかくとして、始末書を書くのが嫌なのは誰でも同じである。蔵馬は飛影が去っていった扉のほうを見つめた。

 

(なのはちゃんの考えは当たっているかもしれないな。彼が何の意味もなく出て行くとは考えづらい。何かが『視えた』のか?)

 

 邪眼の力なのか、力の乱れを感じたのかは分からないが、飛影の後ろ姿を見ながら蔵馬は一人思う。しかしその予想そのものは的を射ていていたが、後に起こる新人と教導官の諍いの原因にまでなってしまうことまでは、聡明な彼とて全く予想できはしなかった。

 

 

 

-Side change-

 

 

 

 風を棚引かせ、飛影は森の中を駆ける。服装はいつものコート姿に戻っていた。

 

 常人には目で追うことすら出来ないほどのスピードで彼は森のある地点を目指す。そしてその表情は先ほどより少し険が入っていた。原因はそこら中に現れている目障りな銀色の虫である。

 

「邪魔だ」

 

 観察するように周りを飛び回っているのに舌打ちし、機械じみた甲殻を残らず切って捨てていく。刃の軌跡すら残さない洗練された太刀筋は、数十の虫を一瞬にしてバラバラに切り裂いた。

 

 その残骸には目も留めず、飛影はひた走る。森の木々や茂みが覆い重なった奥底、通常では形すら捉えられない『少女』を飛影は捉えていたのだ。

 

 ホテルに飛んでいった黒い影も把握しているが、大したことではないと無視した。リストに興味の引くものはなかったため、何を盗まれようが自分の知ったことではない。

 

 見えたのは淡い紫の髪と額にある特徴的な紋様を持った、キャロと同じぐらいの少女。虫を召喚するのも邪眼で確認している。ほぼ術者であることに相違なかった。

 

 敵を潰すには頭、非常に単純だが的確な行動である。しかし、飛影が行こうとしたその先で新人FW四人が防衛線を維持していた。全員が迫り来るガジェットに対して迎撃をかけている。別に大した興味も抱かずそのまま通り過ぎようとしたとき、不意に見上げた空に飛影は僅かに目を見開いた。

 

「チッ!」

 

 舌打ちと同時に地を蹴って飛びながら剣を構え、飛んでいく光の弾に追いつくと、正面からそれに向けて振りぬいた。光弾は飛影の身体に当たる寸前で四つに弾け、後方へと乱れ飛ぶ。それらは流れた先にいた四機のガジェットを貫き、轟音と共に爆発した。

 

 飛影は身体を捻りながら、展開されていたウイングロードに着地する。そして、剣を二、三度ほど振って鞘に納めると、背後に向かって一瞥した。

 

 そこにいたのは、目を見開いて硬直するスバルだ。だが、今見るべきは彼女ではない。飛影は苛立ちと呆れを滲ませた声色を隠そうともせず、そのまま眼下を見下ろした。

 

「何を遊んでいる? 確実に仕留められんのなら出しゃばって余計なことをするな、ティアナ・ランスター」

 

 

 

 -Side Teana Runstar-

 

 

 

「何を遊んでいる? 確実に仕留められんのなら出しゃばって余計なことをするな、ティアナ・ランスター」

 

 飛影さんの言葉で私は我に帰った。表情は蔑むような色が込められている。そして、その後ろには呆然とした顔の相棒の姿も見えた。戸惑いと不安が入り混じったその表情を見て私の胸は締め付けられるように痛む。

 

 それを見たのは初めてではない。そんな顔をしたアイツを私は何度も叱ってきた。

 

 

 下らないことでいちいちメソメソするんじゃないわよ。

 

 落ち込むぐらいならしっかり鍛錬に励みなさい。

 

 アンタのお守りは御免だけど置いていくのも気分が悪いわ。

 

 

 幾度となく私が放ったセリフ、そして愚痴っていても怒鳴っていても、いつもアイツはそれに微笑むのだ。

 

 

 

 えへへ―――ありがとう、ティア。

 

 

 

 だが、今回は違っていた。その表情を向けられているのは私という点だけが。

 

「貴様らは下がれ。これ以上やっても時間の無駄だ」

 

 吐き捨てるように彼が言う。表情には何も浮かんではいない。ただ淡々とした口調で彼に戦力外通告を下されても、私は何も言い返せなかった。私を見たスバルが、慌てて飛影に詰め寄っていく。

 

「あ、あの飛影さん、今のもコンビネーションの一つで……それにティアも頑張ったし、ミスは誰にでも……」

 

「愚にも付かんフォローはやめろ。貴様は既に今日二度死んでいる。万が一今のを避けれたとしても、横のガジェットにその身を撃ち抜かれていた。奴の誤射がそれほどに致命的だったのは、貴様が一番よく分かっているはずだ。それとも、貴様は後ろから撃たれても平気で笑っていられるような死にたがりか?」

 

 うっ、とスバルが声を飲み込む。言葉は乱暴だが事実その通りだった。直撃したら怪我ではすまなかったことは明白、そしてかわしたあとの無防備な身体をガジェットが見逃してくれるとも思えない。

 

「偉そうな台詞は一度死に際に至るまで修行して、自分の力量を自覚してからにするんだな。覚悟もなく、力もなく、ただ勝手な理屈で動いたせいで起き得た可能性を棚上げした挙句、頑張っただと?自分の後始末もできんようなガキの戯言は他所でやれ」

 

 それだけ言って飛影さんは踵を返した。もはや私たちのことなど眼中にないのか、その足取りには何の未練もない。

 

 だが、それに対して怒りが湧き上がる。

 

 確かに無視できないミスだったけれど、私だって好きで誤射したわけじゃない。私なりに考え、チームの為を思っての行動だった。慰めて欲しかったなんてことはない。スバルを助けてもらったことには感謝しているし、あの場面でスバルを救うことなど彼になら造作もなかったのは確かだ。

 

 だが、だからこそ悔しかった。力がなければ何もできない、それはわかっている。だから努力してきたのだ。人の何倍も、できなければかなりの無茶までして。しかし届かなかった、私はまだ届いてなどいなかったのだ。

 

「くっ……」

 

 胸の奥から嫌な感じが湧き出てくる。黒く淀んだ、私がもっとも嫌うもの。

 

 それは痛みだった。自分の存在を、いや自分そのものを否定されたみたいで、大声で喚き散らしたくなる。この痛みは、六課にいる誰よりもよくわかっているつもりだ。力があれば、少なくとも大切なものが潰されることはない。

 

 だって力があれば、『お兄ちゃん』は……、

 

「……かる、も…ですか……」

 

「ティア?」

 

 スバルが心配そうに近寄る。だがそれに気を払うこともできず私は拳を血が滲みそうなほど握り締めた。知らずに口を突くのは怨嗟の言葉。みすぼらしい、情けないと思っても、一度あふれ出した言葉は留まらず、涙と共に流れていく。

 

 唇を噛み締めてなんとか抑えようとする。だが、一度堰をきった流れは止めることなどできなかった。それがこれ以上ないほど醜い、ただの八つ当たりだと分かっていても。

 

「あ、貴方に……力がある貴方になんかわかるもんですか……ただの凡人で無力ばかり感じさせられる私の……たったひとつの守りたいものすら守れなかった、私の気持ち、なんて……っ……」

 

「ティア……」

 

 スバルが顔を俯かせて私から離れていった。私は木に頭を押し付けるようにして慟哭を零す。頬を伝った涙は少し苦味を帯びていた。

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

 

 




第十五話でした。

現在こちらの炎殺の邪眼師は更新というか執筆停止中でありますが、ストックが残っておりましたので投稿と相成りました。

エンディングが悩むんですよ……基本的に続く!って感じのまとめ方は得意なんですが、終わらせるとなるとそれなりにかっこよくなきゃならないので……二ヶ月経っても絶賛悩み中です。

現在は筆休め作品であります『真剣で私に恋しなさいZ』の方を書いております。現在第6話を書いておりますがこれが結構難産でして、現時点での完成率は約四割といったところです。お暇でしたらこちらもぜひ。

それではまた次回にて!

再見(ツァイツェン)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話  慟哭の空(後編) ~ 託す想い

本当にお久しぶりです、駄文小説家見習いのコエンマです。

かなり間の空いた更新ですが、どうぞよろしくお願いします。

挨拶の方は真剣Zの方の前書きに書いているので割愛します。

それではどうぞ!


 

 

「フン……」

 

 少しばかりのイラつきを顔に浮かべながら、飛影は元来た道を歩いていた。コートを撫ぜる風がいつもよりうっとおしく感じる。飛影は足を止め、背後を振り返った。

 

 現場近くでは大騒ぎ状態となっている。そのため、先ほどから違う課の魔導師の部隊や現場検証官などと幾度となくすれ違った。その誰もが、飛影を見て一瞬怪訝そうな顔をしたが、端末を操作して彼が民間協力者だと分かるとそそくさと去っていった。

 

 新参ゆえか、それ以外の理由か、飛影の顔はほとんど知られていないようだ。しかし風体だけで一々確認を取るとは、今の自分は悪人ヅラも際立っているらしい。いや、それは普段からかもしれないが。

 

 遠くに『視える』ティアナは、木を支えにしていまだ肩を震わせていた。気が強いとはいえ、ここは恵まれた世界。それにあれでもまだ打たれ弱い少女だ、仕方のないことなのかもしれない。

 

 今は触れないほうがいいだろう。あれが目指すものは、おそらく自分達も通ってきた道だ。力を求め、力無くしては生きられない修羅の道。その理由がどうであろうと、背負っている物がなんであろうと、渇望や絶望から来る気持ちは通った者には十分に分かる。

 

 だからこそ、飛影は彼女に手を貸すつもりも助言を与えるつもりもなかった。自分自身が経験して得たことを考えても、それが最善であったからだ。

 

 他人の指図で得た物に価値などない。それは彼や彼の仲間が一番よく知っている。

 

 飛影は厳しさと懐かしさを含んだ表情をしながら、邪眼を通して嗚咽を零すティアナを視つめた。

 

「フ、オレもヤキが回ったか」

 

 飛影はひとりごちながら思った。若き日のあの『バカ』と同じようながむしゃらさを持つ彼女を、今はただ見ているだけにしておこう。

 

 まだ『何も分かっていない』彼女が、かつてこの目で見たような道へと違えそうにならない限りは。

 

「飛影くーん!!」

 

 そこまで考えていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。声のほうを見やると、なのはが小走りに駆けてくる。その後ろには蔵馬に桑原、それに六課の隊長や副隊長に加え、見慣れない男性二人の姿もあった。

 

 存外にそのペースも速い。飛影が全員を見渡し終えると、なのは達は既に傍まで寄ってきていた。

 

「もう、飛影くんたら探してもいないんだもん。どこ行っちゃったのかと思ったよ」

 

「でも、スバル達を助けてくれてたんだよね。モニターで見てたよ」

 

「何のことだ。オレは単なる暇つぶしをしていただけだ」

 

 なのはとフェイトの労いに、飛影は鼻を鳴らして顔を背ける。すると、その後ろから苦笑気味な声が聞こえてきた。

 

「ははは……どちらも苦労しているようだね」

 

「ええ。ですが、二人ともとても楽しそうですよ」

 

 現れたのは、飛影にとっては初めて見る二人だった。一人は高い背に淡い緑色の長髪を棚引かせ、白いスーツを完璧に着こなした青年、そしてもう一人はこれまた長い茶髪を首の後ろで束ね、ダークグリーンのスーツを纏った優しい顔立ちの青年であった。

 

 前者は飛影たちと同じぐらい、後者はなのは達と同年代ぐらいだろうと見る。眉を寄せた飛影に二人は苦笑気味な表情を浮かべ、一礼して緑髪の青年が前に出た。何だか、横にいる赤毛の狐とダブるのは気のせいだろうか。

 

「初めまして、といったところかな。僕はヴェロッサ・アコース、時空管理局本局の査察官さ。君の事はいつもはやてからよく聞いているよ、飛影くん」

 

「ほう? では八神、貴様には後でばきっと聞かせてもらうとしよう。脱走すれば……いや、やはりここで死ね」

 

「ちょっ、何か話し合いには不釣合いな擬音が混じってへん!? っていうか、私の扱い酷ッ! どれ選んでも同じやんか!」

 

 飛影の猟奇的な台詞をいい方向にスルーしたのか、「それはいいな、僕も誘っておくれよ」と悪乗りするヴェロッサ。翌日、彼女が病院のベッドの上でうわ言を洩らしながら横たわるビジョンが、彼には想像できないのだろうか。いや、絶対に分かってるこの人、と全員が思った。

 

 後に語った飛影によれば、この時既にヴェロッサに対してのイメージが固まりつつあったのだという。

 

 曰く、狐二号だと。

 

 涙目で抱きつくはやてを蔵馬が慰めていると、その横からもう一人の青年が進み出た。柔らかい表情を眼鏡が覆い、無害な雰囲気を醸し出している。

 

「あはは、会ってみるまで少し不安だったけれど、なのはの言ったとおりの人だ。初めまして、僕は無限書庫と呼ばれる場所の司書長をしている、ユーノ・スクライアと言います」

 

 穏やかな笑みを称えながら、彼は笑う。その笑顔が一瞬どこか無理をしているように感じた飛影だったが、その気配は始めからなかったかのように消え失せ、意味深な笑みをなのは達に向ける。

 

「貴方のことは昔からなのはやフェイトによく聞いてましたから、僕もずっとお会いしたいと思っていました。そういえば、貴方を探すためになのはには協力を求められたこともありましたよ。どうしても会いたい人がいるから探すのを手伝って欲しい、ってね」

 

「「ユ、ユーノ(くん)っ!!」」

 

 いきなりのカミングアウトに、なのはとフェイトが顔を赤くして声を上げる。はやてやヴェロッサはあたふたする彼女たちを、早速捲くし立てていた。そんな中、ユーノは飛影に近づき、真剣味を帯びた表情を彼に向ける。

 

「―――――飛影さん。いきなりで申し訳ないんですが、貴方にお願いしたいことがあります」

 

 静かに飛影を見据えながらユーノは言った。その声色に何かを感じ取ったのか、なのは達が一様に動きを止めた。問われた本人も、ユーノへと視線をよこした。

 

 その目には一筋の光。少しの悲しさと悔しさ、そしてとてつもなく強い想いを感じさせる不思議な瞳が飛影を見下ろしていた。いまだかつて見たことのない光をその目に宿らせたユーノに、飛影は見上げるようにして対峙する。

 

 ユーノは一度軽く息を吸い込み、澄んだ目でまっすぐに飛影を見ながらその口を開いた。

 

「なのはを……この機動六課を守ってやって欲しいんです。こんなこと僕が頼めることじゃないし、今日会ったばかりの飛影さんにそんな義理なんてないってことも分かってます。けど、それでも言っておきたかった。僕の力は、彼女たちを守るには足りないから。だから飛影さん、皆を守ってあげて下さい。お願いします……!」

 

「「「ユーノ(くん)……」」」

 

 直立不動からキッチリと頭を下げ、ユーノは言葉を紡ぐ。なのは達はそれを僅かに潤んだ目で見つめていた。飛影はそんなユーノから目を逸らさずにいたが、柳眉を僅かに上げると鼻を鳴らす。

 

「フン、甘ったれるな。自分が出来ないからオレに守れだと? 都合がいいにも程があるな。貴様が言うようにオレに助ける義理はないんだ、勝手な理屈を押し付けるのは止めろ」

 

「なっ!? 飛影く―――」

 

 あまりにも冷徹な台詞に、はやて達が非難の声を上げようとする。だが、寸でのところで蔵馬とヴェロッサに押し留められた。ユーノは身動ぎするも、顔を上げようとはしない。

 

 三人を抑えながらヴェロッサ達は黙って首を振った。そして、蔵馬が横目で見据える飛影に続きを促すように視線を送る。その顔に浮かんでいる笑みに若干目を鋭くさせながら、飛影はユーノを見据えつつ口を開いた。

 

「だが……こいつらとは偶々向いている方向が同じようだからな、敵対するものも自ずと絞られてくる。現に奴らとは何度か剣を交えてしまってもいるから、不本意だがオレも仲間の一人に映っているだろう」

 

 顔全体で不機嫌を表した飛影が淡々と語った。なのは達がキョトンとするなか、付き合いが長い蔵馬や彼が口にする言葉の意図を理解したヴェロッサやはやては、含みのある顔でニヤニヤ笑っている。

 

 だが、それに睨みを据えながらも飛影は言葉を止めようとはしなかった。

 

「あんな鉄屑を出してチョロチョロとするだけの連中が、何を考えているかは知らん。だが、奴らの目的がどうとか、何故敵対するのかとか、そんなものは端から関係ない。オレに刃を向けるなら、まとめて切り捨ててやるだけだ。分かったなら、その表情(かお)を止めろ。いい加減うんざりだ」

 

 泣きそうな顔で俯いていたユーノが、ハッとしてその顔を上げる。そのときには、飛影はユーノ達に背を向け、一人森のほうを向いていた。

 

 風によって黒く棚引くコートが随分と遠く感じる。ユーノは彼の言った内容をもう一度頭の中で反芻し、その意味を数秒かけてようやく理解するに至った。そしてその表情を笑顔に変えながら、その背中へ黙って頭を下げた。

 

 それと同時に一帯の緊張が薄れ、音が戻ってくるのが分かった。その場にいた全員が、緩んだ空気に息を吐き出しながら安堵する。少し呆れたようにはやてが飛影を見やった。

 

「まったく、飛影くんたら相変わらずの天邪鬼なんやから……言い方からしてももっと色々あるはずやのに、回りくどくってしゃあないわ。意味は同じやねんから、素直に『愛しのハニー達はオレが守ってやるから安心しろ』って言ったらええのにな~」

 

「……八神、後で話がある。それまでに思い残すことがないようにしておけ」

 

「やっぱ処刑するんかぁ!」

 

 はやてがドスの聞いた飛影の声に怯えながら、蔵馬の後ろに隠れる。それを見たなのはと蔵馬は相変わらずの苦笑いだ。ユーノはそれに笑みを濃くしながら、ヴェロッサと話をし始める。

 

 だが、フェイトには分かっていた。彼の笑顔には隠し切れない悲しみの色が滲んでいる。今の自分には、それがどれほどのものなのか痛いほどよくわかった。

 

(ユーノくん……自分が一番悲しいはずやなのにな……)

 

(っ!?……はやて、知ってたんだ)

 

 いきなり頭に聞こえた声にフェイトが驚いて視線を向けると、何とも居心地の悪そうなはやてと目が合う。ユーノを横で捉えるその目は、少しばかりの寂しさを漂わせていた。

 

(当たり前や、何年一緒にいると思っとるんや。それにユーノくんの気持ちに気づかへんのは、なのはちゃんと朴念仁の飛影くんぐらいのもんやで?)

 

 はやてが何を今さら、という風に零す。思えば、フェイトもはやても、彼がなのはに惹かれていることは早くから分かっていた。フェイトは自分と戦り合ったときには既にそう感じていたし、闇の書事件の時は、彼の気持ちはもう疑いようのないほどだっただろう。

 

 しかし、ユーノが自らの気持ちを告げる前に、飛影となのはは出会った。それはたった一度きりの、夢とさえ思えるほどの一瞬の出会い。しかし、彼女にとっては運命的とさえ言える出会いだったのだ。

 

(フェイトちゃん。私な、『あん時』なのはちゃんを立ち直らせたんは、はじめユーノくんやと思ったんや。同じような時にユーノくんが見舞い行くゆうてたもんでな……まあ勘違いやったんやけど)

 

 突如としてはやてが零した言葉に、フェイトは思わず彼女の方を向いた。そこにいる彼女は、いつもとどこかが違う。いつもの明るさやお気楽さはなく、自嘲を多分に含んだような笑みが浮かんでいた。

 

(だから……なのはちゃんが治って、無限書庫でユーノくんと会うたときに一度茶化してしもうたことがあるんよ。なのはちゃんに上手いことやったやないかって。そしたら、ごっつう暗い顔で言われてん。『僕じゃないよ、それは』って)

 

(それ、は……)

 

 独白するような口調のはやてに、フェイトは息が苦しくなるのを感じた。もはや、その先は皆まで言わずとも分かる。

 

 はやてに悪意は全くなかった。彼女からすれば、きっといつもやっているじゃれあいのようなやり取りの延長線上だったのだろう。

 

 しかし、それは傷ついた一人の少年に、さらなる追い討ちをかける結果となってしまったのだ。

 

(今思えば、残酷な勘違いやった。いや、勘違いじゃ済まされへん……だから、私はなのはちゃん達には聞かなかったんや。気にはなったけど、罪悪感が疼いてそれどこじゃあらへんかったから。そないなことしてるうちに時間が経って、フェイトちゃん達が連れてくるまですっかり忘れてもうて。まさか、それが飛影くんみたいな人やとは思わへんかったけどな)

 

 クスッと、ようやく少し険の取れた笑みを浮かべるはやて。その視線は頬をリスのように膨らませて飛影と言い合いをするなのは、そしてそれを仲裁しているユーノへと向けられている。

 

 事実、飛影と出会いを果たした後のなのはは、それこそ別人のように変貌を遂げた。消極的だったリハビリもすごい勢いでこなすようになり、立つことさえ出来ぬとされたその体を、医者すらも驚く速度で完治させてしまった。

 

 理由は何かと聞かれれば、彼女は満面の笑みで応えるのだ。

 

 ―――――ある人が自分を変えてくれた。その人と再会するために、会った時にがっかりされないように私は努力するんだと。

 

 慕っていた女の子を何とか励まそうと思っていたところで、いきなり彼女が立ち直り、その理由が自分ではない男が原因と聞かされたこと。そして憧れといいつつも、彼女がその飛影とかいう男を想い忍んでいるのは誰から見ても一目瞭然だったこと。

 

 それはユーノにとって寝耳に水のことだったに違いない。

 

 自分の思いを告げることも出来ず、逆に彼女からは想いを寄せる相手を探すことを頼まれる。それは何よりも残酷なことだ。そのことを告げられたとき、彼は一体どんな気持ちだったのだろうか。

 

 そのことでユーノが落ち込んでいたことも、フェイト達は知っている。聞けば、自分達が知らないだけで荒れていたときもあったのだそうだ。

 

 しかし、今彼はそんな恋敵であった飛影と席を同じくしている。自らの気持ちが消えたわけではないだろうに、その微笑は痛々しくも穏やかだった。抑え付けたのではなく、吹っ切れたという感じ。

 

 この八年の間には、数え切れないほどの葛藤があったはず。それこそ、なのは達が笑っている時、きっと彼は泣いていた。一瞬でなのはの心を奪っていった飛影を恨んだことも一度や二度ではないだろう。

 

 だが、それでも彼は今こうしてここにいた。友達のユーノ・スクライアとして。

 

 なのはを悲しませない為に、自分の想いを打ち明けるより彼女の幸せを願ったのだ。彼の葛藤は八年にも渡る長く辛いもの。だが、その末に得た答えであったからこそ、彼が心根から優しき青年だったからこそ出来うることだったに違いない。

 

(ホンマ、見直したで。好いた惚れたっていうんは正直どうにもならんけど、好きな相手の気持ちを察して引き下がるなんて、分かっとってもなかなかできることやない。ユーノくん、アンタ男やで。それと、あん時はホントにごめんな……ごめんなさい、ユーノくん)

 

 はやては一人、目に浮かんだ涙を拭う。それを言葉に出すことはしない。謝ってしまえば、きっと彼にとって最大の侮辱となるだろうから。

 

 フェイトは優しげな表情で彼女の肩へと手を添える。そして、ごめんなさいと心のなかで懺悔する親友と、ユーノを交互に見つめた。

 

(……強いね、ユーノは)

 

(ホンマにな……)

 

 フェイトは痛む胸を抑えながら、傍らに立つユーノを見る。飛影と話す彼の表情は、旧来の友人と語り合うような清々しさを感じさせていた。

 

 もし同じ立場になったら、自分はきっと耐えられないだろう。考えるだけで、身体が引き裂かれるような痛みが胸を襲う。フェイトにはそんな痛みを抱えて立つユーノが、とても眩しく見えた。

 

 だから自分も誓う。可能性がある限り、絶対に諦めたりはしないと。

 

 遠く響く泣き声も、静かに仕舞われる嗚咽も、空は等しく吸い込んでいく。今映る笑顔も大切な人達とのくだらないやり取りも、すべては青き輝きの中へ溶け落ちて、いずれ消えてゆくのだろう。

 

 

 告げられぬまま突き進む思い。告げずに受け継がれる想い。

 

 

 だがどちらも砕けはしない。その先にはきっと、新しい形が待っているから。

 

 

 晴れやかな上空に雲が流れ、陽光が木々を照らし出す。

 

 

 穏やかな風が、彼らを見守るようにその髪を攫った。

 

 

 

 

 

 

 

 




真剣Zの方で書いていますので割愛します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話  夢での邂逅 ~ 秘められし力

 -Side Teana Runstar-

 

 

 

 ホテル・アグスタでの事件から数日、私は塞ぎこんでいた。ベッドの上に身体を横たえる。別に引きこもりになっているわけではない。だが、人間関係でいえばその傾向も出始めていた。

 

 もちろん仕事は誰よりもキッチリとするのを心がけているし、訓練だって全てこなしている。だが、澱みのような嫌な感情が次第に自分のなかに溜まっていく感じは日ごと増していた。

 

 今日が終わる。厳しい訓練の後だというのに眠気は来ず、いつものようにベッドに寝転がり、いつものようにマイナス思考を始まる。

 

 ここのところずっとそうだ。飛影にスバルを助けてもらったあの日から止まらないのだ。

 

(私だけ……なんで……くっ)

 

 怒りとも悲しみともつかない黒い感情が自分を押し流そうとしてくる。いつもは耐えていたが、今日はその流れが強い。才あるものへの、そして自分への憎しみや妬みなのだろう。

 

 こんなのは嫌だ。惨めになりたくないからこそ死に物狂いで努力して管理局に入ったというのに、これでは同じではないか。

 

 何も出来ず、無力だったあの頃と。

 

(もう……嫌……)

 

 頭から布団を被り、うつ伏せになって枕に顔を押し付けた。同じ問いや答えがぐるぐる回った末、思考が極大に達しそうになる。そしてそれが思うがまま、滅茶苦茶に爆発しそうになったとき急速に意識が遠のき、

 

『辛気臭ぇなぁ。あー、やだやだ』

 

「う、わぁっ!?」

 

 それは唐突に終わりを告げた。頭のなかに誰かの『声』入り込んできたのだ。私は目を開いた『感覚』を覚えながら起き上がり、響いた声を追うようにして後ろを見た。

 

 そこにいたのは青年だった。白い胴着を着込み、鍛え抜かれた両腕を惜しげもなく晒した年上の青年。瞳は飛影さんのような勝気な光を帯びていたが、彼とはまた違う印象を放っている。

 

 黒色の前髪は見事に描かれたリーゼント。桑原さんほど露骨ではないが、普通の髪型というジャンルとは少しばかり方向性が異なるだろう。最近ではあまり見かけない。

 

『ったく、真面目ちゃんはこれだからいけねぇよな。考えばっか先行っちまって頭でっかちにしかなりゃしねぇ。強いだの弱いだの、いちいち難しく考えすぎだ』

 

 口調は軽い。だがその身体から発する『何か』に私は身構えた。得体の知れない感覚、それは恐怖だ。威圧感を灯した飛影さんと並び立つほどの何かを、私は目の前の男から感じていた。

 

「あ、貴方誰よ!? 人の部屋に勝手に入ってきて、私に何をするつもり!?」

 

『何言ってんだよ、お前はそこで寝てんじゃねぇか』

 

「えっ……な……」

 

 相手の指した方向、自分の後ろを見やって私は声を上げた。そこで目を閉じ、等間隔に静かな息をしているのは紛れもなく『私』だった。寝ている自分を見下ろしているのである。

 

「ど、どうなってるの……!?」

 

『それを今から教えてやる。と、思ったが、言葉で言うのは面倒だから、とりあえず自分の力を確認がてら磨いてこい。潰されんなよ』

 

 彼が言った瞬間、景色が突如変貌を遂げる。闇が降り、黒一色だった就寝部屋と彼が消え、変わりに板張りを敷き詰めた大きな部屋が現れた。

 

 どこかの道場のような荘厳とした佇まいに自然と背筋が伸びる。足が地に着いた感覚に戸惑っていると、床板の一つが歪み何かが迫り出てきた。

 

「な……!」

 

 言葉を失う。

 

 一言で言えばそれは影だった。何の感情も、何の生気も感じさせないただ虚無を固めて生み出したような空ろな人形。目も耳も口もない、ただ不気味な色を立体化させたような出で立ち。そのあまりの無機質さに、背中を嫌な汗が流れていった。

 

 それに驚く間もなく、影はゆっくりとこちらに歩いてくる。顔のない相手からは表情など読み取りようもないが、明らかな敵意が伝わってくる。私は慌ててポケットに手を伸ばし、いつも傍にいるはずの頼れる相棒を探した。

 

 だが、手に馴染む大きさのカードの感触はどこにもない。いつもは体に満ち溢れている魔力も感じない。それが不安を恐怖に変える。

 

「ひ……っ!」

 

 情けない声が喉を通して空気を震わせる。反射的に後ろへ下がろうとするも、そこに壁が在るかの如く下がることができない。

 

 と、何か言いようのない悪寒を感じて私は体を捻った。体裁もなにもなく、無様に床を転がる。瞬き程度の僅かな時間の後、私は倒れた体勢から自分がいた場所を見た。

 

 そして絶句する。目にしたのは影が突き出した手から伸びる闇。まるで獲物を食らい尽くすかのように蠢くそれが、さっきまで自分が瀬を預けていた壁を覆っている。そして、それは程なくして私へと向けられた。

 

「う……ぁ……」

 

 もはや悲鳴にもならない。そこにあるのは絶望だ。このままいけば、間違いなく自分は死ぬという確信が心に宿る。

 

 殺される。直感でそう感じた。涙が出そうになるのを嫌うように思わず目を瞑る。だが、その瞬間に私の中に流れ込んでくるものがあった。濁流のような勢いで以って入り込んでくる感覚に、一瞬パニックに陥りそうになる。

 

 だが心に満ちていた恐怖や焦りなどを、それは一瞬にして押し流していった。混沌とした心がより強い混沌で上書きされ、それらが徐徐に形を成していく。

 

 輪郭が宿り、線が走り、色が満ちる。それらは時に調和し、時に互いを押し潰しあいながら生き物のごとく姿を変える。そして一つの光景が映し出された。

 

 映ったのは先ほどの青年。いや、少し若いだろうか。

 

 その右手が掲げられる。間髪入れず、その指先に光が集まっていくのが映った。そして左手を添え、視線を引き絞ると、彼は無造作にその青い半透明な光を撃ち出した。空間が僅かに震え、光はそのまま遥か上空へと消えてゆく。

 

 彗星のごとき尾をなびかせながら飛んでいく光。光で出来た弾丸。それが私の印象だった。

 

 すると、終わりを待っていたかのように景色が戻り、止まっていた時間が動き始める。

 

「……」

 

 目の前には先ほどの影がいた。だらんとした腕をゆらゆらと振りながら、こちらに向けて少しずつ近寄ってくる。

 

 自分の掌に目を落とす。あまりにも馬鹿馬鹿しい推測が頭の中を駆け抜けた。

 

 まるで三流の小芝居、最近は中二病と呼ぶのだったか。普段の自分だったら絶対にしない、腐れ縁のルームメイトがいたく好みそうな展開である。

 

 しかし迷っている時間はない。私はらしくなさを感じつつも、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 

「ッ……もうッ、こうなりゃ駄目元よ!」

 

 半ばヤケクソのように叫ぶと、先ほどの映像を追随するように右手の指先に気を集中させる。すると何の澱みもなく、あの時見たのと同じようにして自分の人差し指に光が集まっていった。

 

 私が息を呑む。自分のことなのにまったく理解が追いつかないが、ライトブルーの光は導かれるようにしてその輝きを増し、指先を覆い隠していく。

 

 影が残り五歩前後のところまで迫る。私はそれを睨みつけ、恐怖を振り払うようにして、腕を構えた。

 

「……喰らいなさい、このぉおおおお!!」

 

 『彼』と同じような弾丸をイメージし、馴染んだ射撃魔法を使う感覚を全身に走らせる。力強い熱が体の中を駆け抜けていく。

 

 心で狙いを定め――――心で引き金を、引く!!

 

 

 刹那、光は私に応えるように指先から迸った。撃鉄を打ち鳴らされた弾丸はそのまま影を撃ち抜くと、青い光を乱反射しながら虚空へと消えていく。黒一色だったその身体に風穴を開けられて外郭を保てなくなったのか、程なくして影は消えた。

 

 それと同時に私の意識も急速に遠くなっていく。まるで引き込まれるかのような、いや引き上げられるかのような力に抗うことなく私は沈んでいった。

 

 絶望はない。何とかなったのだから、もうこれぐらいでいいだろう。そう見切りをつけて私は意識を完全に手放した。

 

『ま、ギリギリ合格だな。力を見つけたのは偶然だったし、ホントはついでぐらいのつもりだったんだが、気が変わったぜ。軽く鍛えてやるから感謝しろよ、ティアナ』

 

 

 

 だから、どこか嬉しそうな声は私には届かなかった。

 

 

 

 -Side change Several days after-

 

 

 

「そうそう、いい調子だよティアナ」

 

「……はいッ!」

 

 なのはの声が横から響いた。四方八方より迫り来る光の玉をクロスミラージュで撃ち落していく。同じくして足元に薬莢が次々と転がっていった。

 

 ティアナのポジションがやるいつもの訓練の一つだ。目的は視覚を広く取ったり、多角的な攻撃に対抗できるようにすること。あるいは戦況把握のために大きな視野による判断を素早く正確に下せるようにするためにあるセンターガードの訓練である。

 

「ッ……ヤッ!」

 

 この訓練をティアナはかれこれ数十分は続けていたが、何週間もやってきたことだ。疲れはするが、これぐらいでまいるような柔な鍛え方はされていない。

 

 前と真上、そして右上と左からから来る光を順々に二丁銃で全て叩き落した。光が砕けて魔素へと還り、虚空へと溶けていく。

 

 撃ち落した光の残滓を見届けてから視線を下げる。すると、此方を見ていたなのはと目が合った。その周りにはもう浮いている光は残っていない。

 

 彼女がティアナを見てにっこりと笑った。張り詰めていた空気が緩み、緊張を解く。そうしてティアナがほっと一息吐こうとした時、背筋に何かが走るのを感じた。

 

「ッ!」

 

 考えるより速く身体を捻る。ホールドしかけていたクロスミラージュを抜き放ち、流れるようにセーフティーを外して左手を背後に向ける。

 

 それは訓練によってもはや反射的になるまでとなった動作だ。そのまま躊躇なくトリガーを引く。

 

「シッ!」

 

 鈍い銃撃音と地面を打つ薬莢の乾いた音が重なる。そこに至って、ティアナの視覚がようやく狙った対象物を捉えた。

 

 それは光の玉の欠片。桃色の光を放っていたそれは、ティアナの黄色がかった弾丸に撃ち抜かれ、硝子を砕いた時のような高い音を響かせて消える。そこで漸く大きな一息を吐くことができた。ティアナは少しジト目気味で苦笑しながらなのはを見る。

 

「まったく酷いですよ。どんな時でも油断しないようにって言いたかったんですか? なのはさんって相変わらずスパルタですよね」

 

「……え? あ、う、うん。よくわかったね、ティアナ。これなら何の心配もないよ」

 

「ありがとうございます。午前はこれで終わりでしたよね、それじゃあ私はご飯食べてきます」

 

 それだけ言うとすぐさま踵を返した。強くなるために、少しでも練習をするために時間が惜しい。一刻も早く食事を終わらせて自主練に入らなくてはと、ティアナはスタスタと歩いていく。

 

 その後姿をなのははじっと見つめていた。

 

 

 

 -Side change at night-

 

 

 

「う~ん……」

 

 夜の自主練習の合間の休憩タイム。伸ばした右手の指先を見つめながら、ティアナは一人考え込んでいた。彼女の視線の先にあるのは男の姿……などではなく何の変哲もない自分の人差し指だ。いつもと別に変わりはしない。

 

 訓練で傷ついているが、マメにケアはしているので女の子らしい手だとは、思う。けれど今考えるべきはそこではなかった。

 

「はぁ……」 

 

 十日ほど前、衝撃的だったあの夢を見てからティアナは毎晩のようにそれに準ずる夢を見るようになっていた。一晩も欠かすことなく文字通り毎晩である。

 

 そのどれもが黒い影と戦う夢だ。始めは一体だけだったのが、二体になり三体になり、今では両手の指ほど、それもかなり強くなった影を一度に相手するにまで至っている。

 

 見えないところから来る攻撃もあるので、次第に影から発する気配や殺気、そして何か不思議な感覚のようなもので動きを読むことが出来るようになり、それを頼りに攻撃するなんてこともしていた。あくまで夢の中でだけという話だが。

 

 そして目が覚めれば現実の訓練が待っている。寝ても醒めてもティアナは動き続けていた。だが、不思議と疲労は少ない。

 

「やっぱり光らないか……」

 

 あの夢の中で、ティアナは不思議な力を使えた。指先に力を集中して弾丸のように放つという、魔法のようで全く違う力による攻撃だ。魔法陣も出なければデバイスも使わない。

 

 だがその力は無尽蔵というわけではなかった。使えば使っただけ減り、なくなれば出せなくなる。たったそれだけ、普通に考えれば当たり前のことだが、夢であるその世界でそうなっていることにティアナはひどく現実感を感じていた。

 

 しかもそれだけでは終わらない。

 

 夢を経るごとに身体に流れる力の感覚が分かり始め、自分の拳や足に力を乗せて攻撃や移動をするなんてことも出来るようになった。理屈は分からないが、ひたすら耐久組み手のようなことをしているうちに、あの力には強化魔法のような防護や攻性作用があることも分かったのだ。

 

 しかもこの方が力の使用量も少なく場所を選べば効果も大きいので、決め手である『アレ』を撃つことが必要な相手に温存できた。

 

 今の自分では『アレ』を二回撃つと、ほぼ全ての力を使い果たしてしまう。結果としていつもの射撃一辺倒では通じず、それなりに身体を使った攻撃もするようになったというわけだ。それも最初は一発しか使えなかったことを鑑みれば、普通は成長していると言えるだろう。

 

 しかしくどいようだが、全てが夢での話だ。

 

 あまりのリアルさに、これが現実だったらと考えたこともある。

 

 だが、夢では簡単に出来た力の集中も起きてみれば何もできない。所詮は夢の中、才能を求めるあまり自分の卑しさを思い知らされたようで、少し気が沈んだ。

 

「頑張ってるね~。暇だったから付き合いにきたよ」

 

 そこに馴染み深い声がかかった。声の主は言わずもがなだ。五月蝿い鬱陶しいバカっぽいと三拍子そろったティアナの腐れ縁、天然突撃娘ことスバルである。訓練で疲れているというのに、彼女は満面の笑みだった。

 

 アグスタで致命的な失敗したあの日から、ティアナは自主練習を始めた。無理は承知だったが、何もしないままではいられなかったのだ。

 

 そして一人でいいと言っているにも関わらず、何かと理由をつけて彼女はティアナに付き合ってくれる。世話焼きなお人好しであるが、その想いがとても温かかった。

 

「ティア、昼間もなのはさんの教導があったんでしょ? その割にはなんか元気に見えるけど、ホントに大丈夫?」

 

「大丈夫よ。自分のことはそれなりにわかってるつもりだから、今のところは平気。それより、アンタもしっかりやんなさい。あたしとの特訓を怠慢の言い訳に使われちゃたまんないしね」

 

「うー! パートナーがせっかく来てあげたっていうのに、まったく酷いなーティアは。けど、成果はでてるみたいだね。なんだか前よりタフになったような感じがするし、反応の速度だってどんどん上がってるじゃん」

 

「え? そ、そう?」

 

 予想外のことを言われ、ティアナはきょとんとする。スバルのほうはティアナがそんな表情をすると思わなかったのか、彼女と同じような顔をした。短期間で伸びればいいと思っていたが、目に見えて力がついているらしいことには驚くしかなかった。

 

「ティア、気づいてなかったの? キャロとかエリオも騒いでたし、リィン曹長とか結構驚いてたよ?」

 

 スバルが驚いたような顔で言う。

 

 正直な話、まったく気が付いていなかった。

 

 自分を高めることと、夢での出来事を整理することで精一杯だったからである。事実、考える時間はほとんどそっちに費やしていた。

 

 もちろん、ティアナが実力が伸びているということに嬉しい気持ちになったのは本当だ。才がないと言われ、そして自分でも認識していたものが少しずつ覆ろうとしていることには素直に喜べる。

 

 しかし、ティアナは同時に何か釈然としないものを感じていた。

 

 どんなに努力しようと、これまでは一向に伸びる気配すらなかったのだ。秀才と言われつつも、それは人の何倍も時間をかけて自分のものにしてきた結果でしかない。ティアナにとってこのような伸びは異常だった。

 

 理由は……思い当たらないわけではない。偶然だが、その時期も重なる。

 

 だが、あれは―――――――――、

 

「……まさか、ね」

 

「ん? どうしたのティア?」

 

「なんでもない。さっ、休憩終わり。続き始めるわよ」

 

 ティアナの掛け声にスバルがおーっ、と間延びした声を上げた。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 

 あれは夢だ。いくら毎晩続く不思議な感じで、ちょっとリアルだからって夢は夢なのだ。

 

 肉体が疲れていないことを踏まえて、全てが現実とは違う。ありもしない理想や叶わない夢を追いかけても、その先にあるのは失望という名の現実だ。何度も何度も経験してきた。

 

 きっと、訓練の成果が今になって大きく出始めてきたのだろう。ティアナは勝手に理屈を固め、疑問を横に流した。

 

(……私にはやらなきゃならないことがあるんだから)

 

 スバルを交えつつ、ティアナは訓練を再開した。

 

 そこから飛ぶように消えた、黒い影に気づくことなく。

 

 

 

 -Side out-

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話  後悔×喝入れ×秘奥の解放 ~ 譲れぬもの

 

 

 飛影は機動六課の廊下を歩いていた。夜も遅いのか、自分の足音が遠くまで何度も木霊しながら去っていく。そして突き当たりの部屋の扉を潜り、少し不機嫌そうに息を吐いた。

 

「……下らん。これで満足か?」

 

「ふふ、相変わらずやね。モノを頼まれた人の態度やないなぁ」

 

 尊大な物言いに応えたのははやてだった。その他にも、蔵馬と桑原の二人とフェイトになのは、それにヴィータとシャーリーなどが部屋にいる。その机の上には資料がいくつかと何故かトランプが乗っていた。リィンやシグナムは現在別の任務を遂行中なのだそうだ。

 

「コイツ……本当に殺してやろうか?」

 

「自然体で人を脅すのは止めてくれ、飛影。正当な経緯でこうなっているんだし、そもそもトランプ初心者とはいえそれを承知で挑んだゲームに負けたのは貴方だ。間違いなく君自身の責任だろう?」

 

「そうだぜ~、まっさか飛影は言い訳なんかしねぇよなぁ?」

 

「くッ……当たり前だ!」

 

 蔵馬と桑原に窘められ、というか半分挑発され、飛影は悔しそうに息を吐いた。会話で察するとおり、実は先ほどまでみんなでトランプゲームをやっていたのだ。その罰ゲームとして、飛影は言われたことをやってきたところなのである。

 

「つ、次はきっと勝てるよ飛影!」

 

「いらん世話を焼くんじゃない!」

 

「あ~ダメだよ、飛影くん。フェイトちゃんに当たっちゃ」

 

 なのはは「あぅう」と萎みこんだフェイトの頭に手をやり、よしよしと撫で付けている。涙目のフェイトに若干怯む飛影だが、キッと目を細め、剣呑な目付きでなのはを見据えた。

 

「当たってなどいない!それに元はといえば、貴様がオレに下らん命令したのが原因だろうが!」

 

「あはは、そういえばそうだっけ……で、どうだった?ティアナの様子、見てきてくれたんだよね?」

 

 先ほどの明るさはなりを潜め、存外に真剣な声でなのはが言う。その顔は深い憂慮と若干の怒りで構成されていた。

 

 トランプで一番だったなのはが飛影に下した罰ゲーム、それは最近無理を通しているティアナの様子見をしてくるというものだった。フェイトやなのはがいくら休めといっても聞かず、彼女はスバルやエリオらと一緒に無茶な訓練を続けているのだ。

 

 ヴィータ達、それに飛影らは彼女にあそこまでさせる原因が最愛の兄だったティーダ・ランスターの死とそれにまつわる悲劇、そして最近あったアグスタでの一件が絡んでいることをなのはから告げられた。そして、この状況をどうするのか彼女たちは頭を悩ませていたのである。

 

 トランプは、はやてが飛影を挑発した末に行われたものだったが。

 

「ティアナちゃんの目標は兄の汚名を雪ぐこと。そしてその兄が目指していた執務官になることで、管理局に自分と亡き兄の力が本物だと示すこと、か。彼女にも背負っているものがあるようですけれど、実際どう思いますか、飛影?」

 

「フン、別にどうも思わん。それなりに疲労はしているだろうが、際立った問題はなかった。そもそもどのように動こうが何をしようが、端から俺の知ったことじゃない。オレも一度ヤツを試したが、それでも折れるつもりはないようだからな。それほどまでに突き通したい事なら、奴の勝手にさせればいいだけだ」

 

「ッ! なのはの話を聞いてなかったのか!? オメーはティアナがどうなってもいいってのかよ!?」

 

 あまりの言い草にヴィータが声を荒げる。だがそれに対して何の感情も浮かべず、飛影は一睨みしてそれを黙らせながら口を開いた。

 

「言葉にせんと分からんか? 例えヤツが潰れようが、死のうがオレには関係ない。何かを目的にしてそうしている以上、それによって降りかかる災難も責任も、全てヤツ自身の問題だ。外野があれこれと口を出したところでどうにもならんさ。それ以前に奴自身がそれを求めていないんだ、好きにさせてやれ」

 

「……確かにティアナは成長してきてるよ。今日も信じられないぐらいの動きを見せてた。でもっ!このままじゃティアナの為にならない……無茶は危ないって分かって欲しいの……!」

 

 なのはは声を大にして飛影に告げる。そこには抑えきれない憐憫が浮かんでいた。なのはの目には、ティアナがかつての自分の投影のように見えるのかもしれない。それははやてやフェイト、そして飛影も分かっているはず。

 

 しかし、期待を寄せた言葉に対して返ってきたのは、芯まで呆れた返ったような声だった。

 

「やれやれ……高町、貴様はそれで本当に奴の教官をしているつもりか? ヤツも相当なバカだが、貴様はそれ以上のようだな」

 

 放たれた言葉に、なのはは絶句して言葉を飲み込む。飛影はそれを横目で見て一度目を瞑ると、ソファから腰を上げた。

 

「無茶だということなど奴はとっくに気づいているだろうさ。自分が今いる立場も分かっているはずだ。だからこそ、あれだけ特訓に励む。まぁ、オレ達に言わせればあんなのは無茶でもなんでもないし、少々『力』に固執しすぎている面もあるがな。どちらにしろ、ああなった奴は梃子でも動かんが」

 

 飛影はふっと息を零しながら言う。閉じられたその目蓋の裏側で、彼が見ているものを知る者は誰もいなかった。

 

「教導は刷り込みではない。たかだか数週間程度の面倒を見たぐらいで、考えまで同調させられるなどと思うなよ。何とかしたいのなら、腹の探りあいのような上辺だけの言葉や、芝居にもならんふざけたやり取りをやめることだ。他でもない、貴様自身のな」

 

 切れ長の瞳が、矢のような鋭さを伴ってなのはを射抜いた。心の奥底を突き刺されたように感じ、なのはは一瞬息が出来なくなって胸を押さえつける。だが、怒りにも似た感情が湧き上がってくるというのに、何故か反論の言葉は出てこなかった。

 

 飛影にはいまだ表情がなく、そこには侮蔑も奢りもない。彼はそのまま、ただ単調に言葉を紡いでいった。

 

「自分本位な考え方は止めろ。ランスターのこともそうだ。横から勝手に決められてしまえば反発するのは当然、言葉もただの枷にしかならん。それはいずれ奴との間にひずみを生み、耐え切れなくなって爆発する」

 

 スタスタと黒い背中が遠ざかっていく。そして自動ドアの扉が開き半分外に出た状態で飛影はもう一度振り返った。

 

「自分の考えを強要するだけなら、どんなバカにでも可能だ。高町、仮にも貴様が何かを教える立場だと言うのなら、少しは考えてからものを言え。ランスターの奴は、お前と『同じく』相当な頭でっかちだからな。今の貴様のやり方では、一片の言葉も奴には届かん」

 

 飛影は今度こそ部屋を出て行く。いたたまれなくなったのか、蔵馬と桑原もそれに続いた。部屋に沈黙が降りる。だが、それを破ったのは怨嗟のような呟きだった。

 

「……強い飛影くんには分からないよ、何にも出来ない辛さなんて。弱い人の気持ちなんて。幸せがどれだけ脆いのかなんて……」

 

「なのはちゃん……」

 

「なのは……」

 

 はやてとフェイトが膝の上で拳を握り締めたなのはを慮る。その気持ちは彼女を良く知る二人には痛いほどよくわかった。

 

 今の彼女を放っておくなど、そんなことできるわけがない。元よりなのはに許容できるはずもなかった。うわべだけなんて言わせない、彼女は必ず救い上げてみせる。もう繰り返さないために。

 

「私はティアナを止めるよ……絶対に」

 

 想いを胸に少女は立ち上がる。自分が受けたような傷跡がティアナに降りかかるのは、絶対に回避しなければならない。あんな辛いことが正しいことのはずがない。そう信じて。

 

 

 

 -Side change Next day-

 

 

 

 翌日、飛影はいつもより遅くに目を覚ました。窓から差し込む光を受けて目蓋を開く。

 いつもは早朝練習や朝の日課である妖気のコントロールなどをするのだが、今日はそのどちらもせず彼の身体は布団のなかに埋もれたままだった。

 

 何故かと問われれば理由は至極簡単だ。単に起きる気がしなかっただけ。スバルなどが起こしに来たが、悉く無視した。人の指図や命令はよっぽどでなければ受けない、それが彼のスタンスである。

 

「今日は、確か模擬戦をやると言っていたな……」

 

 ぽつりと言葉を零し、飛影は掛け布団を退けた。ベッドから起き上がり、何時ものノースリーブシャツとズボン、そして黒コートを身に纏う。最後に剣を腰に差すと扉を潜り、忌々しそうな顔をして通路の左側を見た。

 

「気配を断って様子を窺うな。悪趣味な奴め」

 

 その先、扉の真横の壁に背を預けていた蔵馬が苦笑して、そのまま腕組みほどくと姿勢を正す。先ほどのことにはちっとも悪びれる様子もなく、そのまま近寄ってきた。

 

「やれやれ、わざわざ呼びに来たというのに随分な言い様ですね。模擬戦、始まってしまいますよ?」

 

「すぐに勝負が決まるわけでもあるまい。時間的にはちょうどいいはずだろう」

 

「始まる前にいろいろと準備がありましたからね。それをボイコットした誰かさんは知らないことでしょうけど」

 

「フン」

 

 蔵馬の厭味や小言を聞きながら、飛影は訓練場に辿り着く。そこでは既に模擬戦闘が始まっていた。あちこちから響く轟音や飛び交う魔力光がその激しさを物語っている。

 

 その中ではスバルとティアナの二人が、なのはと戦っていた。飛び交う黄色の魔力弾を、同じく桃色の魔力弾が相殺し、あるいは牽制しながら弾いていく。絵に描いたような射撃戦と火花を散らすような格闘戦だ。

 

「あ、蔵馬に飛影。見にきたんだね」

 

「遅っせぇぞ、オメーら」 

 

 フェイトとその横にいた桑原が二人を見つけて近寄ってくる。後ろにはヴィータとライトニングの二人もいた。挨拶もそこそこに集まった全員が訓練場へと視線を移す。

 

 何時もと変わらぬ風景と訓練フィールドシステム。しかし、戦うもの達の様子はいつもと少し違っていた。蔵馬が何かを考えるような仕草を続けながら、上空で繰り広げられている模擬戦に目をやる。

 

「ティアナちゃんの弾のキレはいつにも増して凄いな……けど、何か迷ってる。いや、認識に感覚が付いていけていないのか……?」

 

 下方ではティアナが飛行するなのはに向け、死角から陣形クロスシフトを取り得意の射撃で攻撃していた。一段と鋭くなったその攻撃を、なのははそれを身体を僅かに反らしながら避けるが、その回避行動によって制限された軌道上にウイングロードから疾走したスバルが突撃していく。

 

 なのはの牽制弾をバリアで強引に受け流しつつ、スバルは力任せに拳を突き出すが、同じようにレイジングハートで構えを取ったなのはがそれを受け止め、逆に弾き飛ばした。

 

「あっ……」

 

「ちょっと強引なような……」

 

 なんとかウイングロードに着地したスバルを見て、安心した息を吐くキャロや見上げていたエリオが呟きを零す。二人の表情が優れないところからも、なんとなしには異変に気づいているようだ。

 

「オイオイ……何を焦ってんだ?」

 

「話にならんな。ティアナの腑抜けも相当だが、スバルに至っては考えなしに突っ込み過ぎている。おそらく陽動か何かだろうが、あんな動きでは撃ち落としてくれと言っているようなものだ」

 

「ん……まぁ、そうだな」

 

 桑原の呆れ声に飛影の言葉が連ねられる。キツイ言い方だが的を射ていたのだろう、ヴィータも同じような表情をすると市街フィールドへ視線を戻した。

 

 すると、なのはの額にレーザーポイントが照射される。それの起点、遠くに立つビルの屋上でティアナが砲撃姿勢を取っていた。スバルは同調するようにカートリッジをロードし、またなのはに突っ込んでいく。フェイトが驚いたように背を伸ばした。

 

「砲撃……ティアナが……?」

 

「バカめ、アレは囮だ」

 

「「「「囮?」」」」

 

「ええ。本人は……」

 

「あっちだぜ」

 

 言葉と同時にティアナが幻影となって消える。蔵馬と桑原が視線と言葉を向けた方向、スバルのパンチを受け止めているなのはの後ろから、ウイングロードを駆けてティアナが走ってきていた。

 

 そのスピードは、以前までの彼女からは考えられないほど素早いものだった。なのはが意識を向けたときには、既に射程距離に入っている。

 

 そしてそのままなのはの上を取るようにして、ダガー状の光を出したクロスミラージュで突貫していった。ダガーでバリアを切り裂いて一撃でカタをつけるつもりらしい。

 

 攻撃が来ることを分かっているはずだったが、なのはは動かない。そしてその刃が彼女に届こうとしたとき、飛影は吹きすさぶ風が不愉快な濁りを帯びたのを感じた。

 

「……チッ、面倒なことになったな」

 

「……ああ」 

 

 飛影の呟きに蔵馬が間を置かず応える。その瞬間、時が遅くなったように色あせていき、場が呼応するように音を無くした。

 

「…………レイジングハート、モードリリース」

 

『All right』

 

 なのはの言葉と爆発音がシンクロする。予想外の爆発力で突風が巻き起こり、土煙が辺りを支配する。そしてようやく光が差し込んだとき、空気を震わせるような言葉が静かに響いた。

 

「おかしいな……二人ともどうしちゃったのかな……頑張ってるのは分かるけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだよ?」

 

 煙の晴れた先には二人ぶんの攻撃を受け止めるなのはの姿があった。だがレイジングハートをセットアップ前に戻っており、防いでいるのもシールドではなく、自らの手によってだ。

 

 左手でスバルのマッハキャリバーを。右手でティアナのクロスミラージュのダガーを掴みながら、なのはは俯いていた顔を上げた。ダガーを握った右手は血を滴らせ、彼女の純白のバリアジャケットを濡らしていく。

 

 それを見て二人から血の気が引いていった。

 

「練習のときだけ言うこと聞いてる振りで、本番はこんな無茶するんなら……練習の意味、ないじゃない……」

 

「う、あ、あの……」

 

 なのはの空ろな目が二人を捉える。いや、空ろなのはうわべだけだ。感情がないのではなく、感情を浮かべることすら忘れるような激情が彼女から一切の色を消し去っていた。

 

 その身体からは少女らしからぬ感情、憎しみの色すら浮き出ている。

 

「ちゃんとさ……練習どおりやろうよ。ねぇ、私の言ってること、私の訓練……そんなに間違ってる……?」

 

『Blade-release』

 

 殺気立ったなのはの言葉にティアナは怯んだ。その瞬間主の意志を汲み取ったか、クロスミラージュがダガーを形成していた魔力を破棄し、彼女の動きをアシストする。同調するようにティアナも後ろに飛び、展開されたままのウイングロードに着地した。

 

「あたしは! もう誰も傷つけたくないから! 失くしたくないからっ!! だから……強くなりたいんです!誰にも負けないぐらいの強さが……守られてるだけじゃない、皆を守ることができるだけの力が……私には必要なんですッ!!」

 

 その頬を涙で濡らしながらティアナは叫んだ。長年抱えていたものが溢れてしまったのだろう、彼女らしからぬ感情の高ぶりだった。

 

 なのはに向け、ガシャガシャとマガジンの切れた銃のトリガーをかまわず引き続ける。なのははそれを表情も変えずに見上げたまま、指先に魔法陣を展開した。

 

「少し……頭冷やそうか。クロスファイア……シュート」

 

「うぁあああっ! ファントムブレ……」

 

 なのはの放った狙撃魔法がティアナに直撃する。威力は抑えられていたが訓練としては最高レベルであり、その爆発によって粉塵が舞い上がった。

 

 海から吹く風によって、ウイングロードを覆っていた煙が晴れていく。そのなかでティアナはかろうじて立ってはいる、がその身体は所々傷つき、クロスミラージュも足元に落ちていた。

 

「ティア……ッ、バインド!?なのはさん!」

 

 近寄ろうとしたスバルは突如かけられたバインドに動揺し、目の前のなのはを見た。表情を僅かも変えず、声色もそのままになのはは指を掲げた。

 

「じっとして。よく見てなさい……クロスファイア……」

 

 暴れるスバルを押さえつけ、なのはは魔力弾を形成させていく。それは先ほどのような拡散弾ではなく、威力の範囲を絞った砲撃型である。狙いは寸分違わずにティアナを捉えていた。

 

 

 

 

「おい、ありゃいくらなんでもやりすぎだ! 止めんぞ蔵馬!」

 

「ああ!」

 

 なのはの所業に怒りと焦りを滲ませ、各々の武器を構えた。二人はそのまま彼女達の前に飛び出そうとする。

 

 だが、そこに思わぬ横槍が入った。

 

「待て」

 

「飛影!?」

 

「っ!? 飛影テメェ! 何を待ってってんだ、ボケッとしてたらティアナちゃんがやられっちまうだろうがよ!」

 

 桑原が鬼の形相で飛影に詰め寄った。蔵馬の方はそこまではしないが、硬い表情を崩さず説明を求める眼差しを放ってくる。

 

 二人とも『あの時』のことを思い出しているからだろうか、纏う空気には鬼気迫るものがあった。

 

 それが読み取れないほど彼は鈍くない。何より付き合いの長い間柄だ、言いたいことは全て分かっていた。

 

 だが、それでも飛影は引こうとはしない。フェイトやキャロたちが怯えるほどの二人の気迫にも全く動じず、飛影は淡々と答えた。

 

「あいつからは戦う意志と力が消えていない。今お前らが手を出すのは筋違いだ。それに……」

 

 視線を流して対峙する二人を眺める。そして、ティアナを見据えて意味ありげな光を宿しながら、興味深そうに口の端を吊り上げた。 

 

「奴の纏っていた気が変わった。まだ何かするつもりらしいぞ?」

 

 

 

 -Side Teana Runstar-

 

 

 

 私は暗い中を漂っていた。

 

 なのはさんに勝つため、彼女たちを見返すため、自分に力があるということを証明するため、そして大切な人たちをこれ以上傷つけさせないために頑張ってきたことが、みんな終わってしまった。

 

(私、間違ってたのかな……)

 

 兄の名誉を取り戻すためにスバルたちと共にやってきた全てを否定されたようで、私は次第に考える気力も失っていく。体もまったく動かなかった。

 

 放っておいて。私はもう傷つけたくない、傷つけられるのを見たくないの。だからもう、私を傷つけないでよ……。

 

 もうこのままこの海に解けてしまえば、と。そんなことが頭に浮かんだ時だった。

 

『こんのアホが…………いつまで腐ってるつもりだい! ぐじぐじ言うのも、ガキみたいに甘ったれるのも、どっちもくたばってからにしな!』

 

 沈みかけるようにしていた私の意識が、引っぱたかれる様な衝撃とともにたたき起こされた。それを為したのは突如として響き渡った、澄んだ鈴のような女性の声。驚いて身体を起こし声が聞こえたほうを振り向くと、そこには一人の少女がいた。

 

 その背はかなり低く、私の首辺りまでしかない。着込んでいる白い胴着には赤いチャイナ服状の垂れがついている。見た目からして自分より数歳ほど年上に見えた。

 

 だがそんな風体だというのにもかかわらず、彼女から発される気迫は尋常ではなかった。まるで何十も歳を重ねたような威圧感に気圧され、竦みそうになる体を必死に押しとどめながら、私は漸く声を発する。

 

「だ、誰……?」

 

『誰だっていいさね。人のことを気にしてる場合じゃないだろう。まったく世話が焼ける、お前は自分の言いたいことを全部言っただろう!? だったらやることは一つだ。相手が聞いてくれないってんなら、その横っ面を張り飛ばして耳元で聞かせてやるんだよ!』

 

 攻撃的、というかストレートで暴力万歳な物言いに私は絶句する。だが私自身動揺していたためか、頭に浮かんだのは言い訳じみた言葉ばかりだった。

 

「で、でも、私の魔力じゃ、なのはさんには……」

 

『ボケ! 魔法の話なぞ誰がした。何のためにアイツが夢で散々教えたと思っておるんだ! こんな状況になってまで寝言を言う気か! 少しは真面目にやれ!』

 

 彼女の声にはっとする。その言葉にここ数日の『記憶』が脳裏をよぎった。リアルすぎるあの夢の連鎖が頭の中を駆け抜けていく。

 

「夢……?じゃあ、あの夢はやっぱり……」

 

『ボサッとしてる暇があったらさっさと意識を集中させな! お前が夢でいつも使っていた魔力とは違うエネルギー、アイツが教えた『霊波動』が感じ取れるハズだ。後は流れにお前の意志を乗せ、力を発するに相応しい形に変えろ! 強い思いが肉体を抑し、限界を超えた力を制する鍵となる!』

 

 消えかけていた闘志が蘇る。気づけば私は拳を握り、動かないと思っていたその足で立ち上がっていた。彼女の言葉を繰り返す。

 

「思いを、力に……?」

 

『そうだ! その身にかかっていた霊気の封印は解いてやった。あとはお前次第だ。力に踊らされず、力を過信せず、その身に流れるモノを心で念じて形にしろ! 集中力だ!』

 

 それだけ言うと、私の身体からガラスが砕けたような音が聞こえた。同時にあの懐かしく、初めての力が奥底から湧き上がった。

 

 同時に彼女の姿が靄に包まれたように輪郭を失っていく。そして、消えて行く彼女に導かれるようにして、私は現実を取り戻した。

 

 

 

「―――シュート」

 

「ティアァアアア―――――ッ!!!」

 

 スバルの絶叫で私の意識は現実へと完全に引き戻された。涙目でこちらを見据える親友。いまだ体感時間はスローで流れている。

 

 彼女には悪いことをしてしまった。今度は絶対侘びを入れなければなるまい。と、そこまで考えて私は彼女に視線を戻した。

 

 彼女と私を結ぶ線を沿うようにして、桃色の魔力弾が自分へと迫ってくるのが見えた。その威力は先ほど拡散型を複数受けている自分が一番良く知っている。しかもアレは砲撃系だ。となれば、威力はさらに上であろう。

 

 だが、心には不思議と恐れはなかった。寧ろ忘れていた何かを取り戻したかのように、気持ちが高揚しているようにも感じる。

 

 力の差があるのは歴然たる事実。けれど立ち止まろうとは思わない。新しい力、いや奥底で眠っていた力が嬉々とするように躍動し、私の身体を満たしていた。後はそれを引き出すのみ。

 

 スッと、自然に右腕が上がった。迷いは消え、身体に力が戻っていく。いや、それは前以上の力だった。

 

『いつも』と同じように右手を銃身のように突き出し、人差し指を伸ばす。そして心に『慣れ親しんだ』感覚が蘇り、青色の奔流が解き放たれ、指先に集まっていった。

 

 迫り来る桃色の弾が、青い光を通して白く輝いて見える。ティアナはそれを見据えながら、トリガーを構えた。

 

 

 

 ―――私の思い…………行きますよ、なのはさん!

 

 

 

 爆発する瞬間、頭の中にイメージが滑り込んでくる。そしてそのイメージをトレースしながら、私は浮かんできたその名前と共に心にかかった引鉄を引いた。

 

 

 

「貫いてッ…………霊丸――――ッ!!」

 

 

 

 -Side out-

 

 

 

「貫いてッ…………霊丸――――ッ!!!」

 

「っ!?」 

 

 ティアナが叫びをあげると同時、その指先に青い光が一瞬にして宿り、爆発音と共に撃ち出された。デバイスも用いず、魔法陣も出ないその技になのはが初めて顔色を変え、大きく目を見開く。

 

 そして弾丸のような軌跡を描きながら光は空を駆け、そのまま桃色の魔力弾と正面からぶつかった。

 

 

 二人のちょうど中間あたりで二つの弾丸が衝突した。ぶつかり合った弾は押し合いをするように力を迸らせ、火花がそこ彼処に飛び散っていく。

 

「「うわぁっ!?」」

 

 純粋な力の鬩ぎ合いに、キャロとエリオが悲鳴を上げた。力と力、小細工も何もない真っ向からのぶつかり合いだ。

 

 その威力は互角に見えた。だが、永劫かと思われたその均衡に唐突に終わりがくる。刹那の輝きを切り裂き、力の削りあいを押し切ったライトブルーの光が魔力の弾丸を貫いていた。

 

「っ!? ハッ!!」

 

 今度はなのはへと、光が間近に迫る。硬直で避けられないことを悟ったなのはは防御魔法陣を瞬時に展開させ、飛んできた弾丸を間一髪で受け止めた。

 

 蒼と薄紅色が矛と盾に立場を変え、再び相まみえる。青い光弾は尚も彼女へと迫ろうとするも、先ほどの押し合いで力を殺がれていた為か僅かに弾道を変えられ、なのはの後方へと飛んでいった。そのまま背後のビルへとぶつかり、轟音を上げる。その爆発はビルの屋上に近い角を削り、破壊していた。

 

 なのはがその様子を見て、視線を戻した。そこには、肩で息をしながらもこちらをじっと見つめるティアナがいる。そしてその姿を認めた時、彼女の前に何者かが降り立った。

 

 黒いコート、炎のような黒髪、そして自信に満ちたその双眸。なのはの憧れにして、最も彼女に影響力を持つ者。

 

「飛影、くん…………」

 

 炎殺の邪眼師がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 




予約投稿ですみません・・・

ACEの方も更新しておりますので、よろしかったら。

真剣Zは残念ながらまだ更新できないので、今回は見送りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。