もう一人の小鬼殺し (黒胡椒サラミ)
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ならず者

当面の目標は牛飼娘ちゃんが寝取られていく様子を間接的かつ意味深に描写することですが、どうなるかはわかりません。


「う……ん~!」

 

 朝を告げる鶏が鳴き、牛飼娘は目を覚ます。彼女は藁のベッドから這い出ると、大きく背伸びをして、早朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。そうすると、何一つ隠すもののない胸に実ったたわわな果実が、少し揺れた。

 身体に下着も何も身に着けていないのは、就寝時の彼女の習慣だ。牛飼娘の年齢は18。毎日毎日太陽の下で家畜の世話をしているにもかかわらず、健やかに発育した肉感的な裸体には、シミ一つ見当たらない。

 

「……あ! やっぱりもう起きてる」

 

 そんな牛飼娘の耳に、窓辺を通る無骨な足音が聞こえてくる。それは「彼」の――牛飼娘の大切な幼馴染である、彼の足音だ。

 牛飼娘は、その健康的な身体を下着の中に押し込むと、窓枠に豊かな胸を乗せ、柵を見回る彼の後姿に溌溂とした声をかけた。

 

「おはよっ! 相変わらず早起きだね」

「ああ」

 

 彼は牛飼娘に落ち着いた声を返しながら、ゆっくりと振り向く。薄汚れた革鎧とブーツに、見慣れた鉄兜。

 

「今日もいい天気だね。でも、ちょっと暑くなりそうかも」

「そうだな」

「すぐ朝ご飯の支度するね。今日は村のおばさんにもらった、新鮮なお野菜があるんだよ!」

「そうか」

「叔父さんも、もうちょっとで起きてくると思うから、二人で待ってて」

「わかった」

 

 牛飼娘とは対照的な、短くて素っ気ない返事。しかしその声には、彼女を思いやる温かみが籠っている。牛飼娘は作業服を身に着け、軽やかな足取りで台所に向かった。――そしてそれからすぐに、鼻歌に混じってベーコンを焼く香ばしい匂いが漂い始める。彼はそのまま柵の見回りを続け、破損個所がないかを丹念に確かめた。

 これは、この牧場で見られる、ごく普通の朝の光景だった。

 街から少し離れたこの牧場に暮らしているのは、牛飼娘と、牧場主である牛飼娘の叔父と、居候である「彼」の3人だけだ。

 彼の本業は冒険者であるが、数多いる冒険者の中でも、彼は特に変わり種だ。なぜなら彼は、他の仕事には見向きもせず、ゴブリン退治の仕事しか請け負わない。彼は普通なら駆け出ししか相手にしないゴブリンのみを執拗に狩り続け、それだけで銀等級にまで昇格してしまった男だ。それ故に巷では、「ゴブリンスレイヤー」という異名をとっているのだが、これには多分に侮りの意味が含まれていた。

 しかしもちろん、ゴブリンは侮って良い存在ではない。ドラゴンなどの、存在するかしないのかも怪しい伝説の魔物より、すぐ傍の茂みや森、洞窟の中に潜んでいるゴブリンたちのほうが、農民や町民にとっては、遥かに現実的な脅威だった。

 

「どう? 美味しい?」

「ああ」

「そっか、良かった」

 

 兜の隙間からパンやチーズを押し込む彼を、牛飼娘が慈しむ顔で眺めているのは、彼のしている仕事の重要さを、彼女が知っているからだ。例え冒険者という人種が、世間からは得体のしれない鼻つまみのヤクザ者と認識されていたとしても、牛飼娘はそう思わない。むしろ逆だと思っていた。彼のような人が、毎日毎日どこかで身体を張って戦ってくれているからこそ、自分たちの平穏な暮らしがあるのだと。

 

「……今日もギルドに行くのかね」

 

 だが、食卓に同席している牛飼娘の叔父は、彼女とは少し違う考えを持っているようだった。いつまでも距離感を測りかねているような口調で、叔父は彼に尋ねた。

 

「はい、そのつもりです」

「……そうか。……まあ、ほどほどにな」

「はい」

 

 彼と叔父の会話は、それだけで途絶えた。重たい空気が流れ、場を持たせるように、牛飼娘が口を開く。

 

「そう言えば叔父さん、誰かが引っ越してくるのかなぁ?」

「ん?」

「ほら、丘の上にある小屋、誰も使ってなかったけど、いつの間にか修繕されてるみたいだから」

「ああ、そのことか……」

 

 叔父は牛飼娘が言ったことを理解した。

 彼らが住む牧場の敷地外に見える放置された小屋に、最近、人の手が入り始めた。それは牛飼娘の言う通り、そこに人が越してきたからだった。

 

「しかも、また冒険者だとさ……」

 

 その時の己の言葉に棘が含まれていたのを自覚したのか、叔父は少しバツの悪そうな顔をしながら、ちらりと「彼」の様子を目で窺った。だが、鉄兜の下で、彼がどんな表情をしているかは見えない。

 しかし、「ゴブリンスレイヤー」である彼の想いは、次の一言に集約されていた。

 

「ゴブリンでないなら、別にいい」

 

 これであの小屋にゴブリンが住みついたりする危険も無くなると、彼はボソッと呟いた。

 

「あはは、そうかもね。……う~ん、でもそっかぁ、お隣さんかぁ。じゃあ、挨拶しておかないとね」

 

 牛飼娘はそう言った。そして心の中で、「彼はそういうことが苦手だし、叔父さんも冒険者の人たちがあんまり好きじゃないから、自分が行っておいたほうがいいだろう」と考えたようだ。

 彼らはそのあとも朝食を続け、食事が済むと、それぞれの仕事をこなすために思い思いに行動した。

 空気は澄み、空は晴れ渡っていた。牛舎からは牛の鳴き声が聞こえ、恐ろしい魔物の姿などはどこにもなかった。それは、いつもと変わらない、のどかな牧場の朝の風景だった。

 

==

 

「ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 「彼」の姿が目に入ったとき、錫杖を手に持ち、神官依を身にまとった華奢な少女の目には、確かに晴れやかな笑みが浮かんだ。しかし、それはすぐに引き締まった表情へと変わり、彼女は小走りで彼の元に歩み寄った。

 

「お前か」

「おはようございます。ゴブリンスレイヤーさんは、今日も……お仕事ですか?」

「ああ、奴らは、いつでも何処にでも湧いて出てくる」

 

 彼がこんな風にぶっきらぼうに答えるのを、女神官は知っていた。彼女は錫杖を握る手にきゅっと力を込めると、決然とした声で言った。

 

「わ、わたしもお供します! お一人じゃ危ないですから」

 

 この女神官は、少し前にギルドに登録したばかりの駆け出し冒険者だ。

 そもそも、はじめてギルドを訪れたときの彼女は、ゴブリンスレイヤー以外の、自分と同じ駆け出しの冒険者たちと一党を組んでクエストをこなそうとしていた。そして、そのとき彼女「たち」が請け負ったのは、よくあるゴブリン退治の依頼だった。

 それは駆け出しの彼女たちにとっても、楽勝な仕事のはずだった。一対一なら、下手をすれば子どもでも勝てる魔物。それがゴブリンだからである。――しかしそれは、あくまで一対一の、対等な条件に限った話だった。

 ゴブリンは非力だが、同時に残忍で、邪悪で、狡猾な生き物だ。洞窟に巣食うゴブリンの住処に踏み込んだ女神官たちは、自分たちが余りにも浅はかだったことを知った。女神官を含む駆け出し冒険者たちの一党は、そこで悪夢のように恐ろしい目に遭った。

 悲運にも、帰れなかった者もいた。だが、女神官はその者に比べれば幸運だった。彼女はあわやゴブリンたちのエサか孕み袋にされかかっていた時に、ここにいるゴブリンスレイヤーに窮地を救われたのだ。

 以来、彼女はこうして、ゴブリンスレイヤーのゴブリン退治に付き従うようになっていた。ゴブリンスレイヤーを見る今の彼女の瞳には、自分よりはるかに経験豊富で、自分よりずっとシビアな思考を持つ冒険者に対する畏怖の色がある。それから、受けた恩を返したいという誠実な思いも垣間見える。――加えてあるいは、強くて頼れる異性に対する、密やかな憧れのような色があった。

 ゴブリンスレイヤーは、そんな女神官の視線など意に介さないかのように、ギルドのカウンターへと歩を進めた。彼のブーツが鳴らす無骨な音を聞きつけて、カウンターの向こうにいる若い女性が、これまた先ほどの女神官と同じように、ぱっと表情を輝かせて書類から顔を上げた。

 

「ゴブリンスレイヤーさん! お待ちしていましたよ!」

 

 長い金髪をおさげに結った、見目麗しいギルドの受付嬢。彼女がゴブリンスレイヤーに向ける好意の色は、女神官のそれよりも、ずっとあからさまだ。だがゴブリンスレイヤーは、やはり意に介さずに、淡々とした口調で言った。

 

「ゴブリンの依頼はあるか?」

「はい、それはもうたくさん! 引き受けてくれますか?」

「奴らを殺すのが、俺の仕事だ」

 

 彼は当然のように頷いた。それを見て、受付嬢の満足そうな笑みが大きくなる。まるで、「それでこそあなたですよね」と言わんばかりに。

 受付嬢が披露したゴブリン退治のクエストは、数は多かれども、どれも似通ったものだった。報酬も似通っている。つまり、安い。普通の銀等級の冒険者なら――それどころか黒曜級の冒険者でさえ、渋って絶対に引き受けないようなものばかりだ。

 しかし、ゴブリンを駆除してくれる者は絶対に必要なのである。ギルドに山になって積み上がる依頼を消化するために――それ以上に、人々の安全な暮らしのために。それを知っているから、受付嬢は、冒険者の仲間内でさえ「変わり者」と思われているこの男に、全幅の信頼を寄せていた。

 

「――という依頼があるんですが……」

「……その中なら、山麓に出たゴブリンが優先だな。その規模が村を襲うとなると、ホブかシャーマンが率いている可能性が高い」

「漁村のほうは……こっちも何人か、人が攫われているんですが……」

「距離が遠い。しかも逆方向だ。山麓のほうを今日明日中に片付けたとしても、着くのは4日後以降になるな」

「そうですよね……」

「一応、山麓のほうが済んだら、直接向かってみよう」

「無理はしないでくださいね……」

 

 だが、ゴブリンはあちこちに出没し、ゴブリンスレイヤーは一人しかいない。ゴブリンに関する切羽詰まった依頼が複数あっても、「即座に」というわけにはいかないのが現実だ。受付嬢は顔を曇らせたが、彼女も彼に無理をさせたくはなかった。

 

「……あれ?」

 

 そんなゴブリンスレイヤーと受付嬢のやり取りを横から眺めていた女神官は、ギルドの入り口から、新たに2人の人間が入ってきたのに気付いた。しかもそれは、彼女が良く見知った顔の2人だった。

 受付のカウンターから離れた女神官は、2人に歩み寄ると、朗らかな笑顔で挨拶した。

 

「お久しぶりです!」

「あ! 神官ちゃん、久しぶり!」

「お2人とも、お元気でしたか?」

「ええ、ご無沙汰していましたが、この通りです」

 

 女神官に笑顔と挨拶を返したのは、彼女と同じ年ごろの女武闘家と女魔術師だった。いかにも身のこなしの軽そうなポニーテールの快活な少女と、いかにも几帳面な優等生といった眼鏡の少女。この2人は、女神官にとっては忘れられない思い出と結びついている。すなわち、彼女たち2人は、女神官がはじめての冒険で一党を組んだ仲間だ。

 あの時は、ここにいる3人の少女の他に、もう一人剣士の少年がいた。しかし、夢に大志と夢を抱いていたその少年は死に、少女たちは生き残った。あのとき自分を仲間に誘ってくれた少年の顔を思い出し、少し悲し気な表情になった女神官は、それでも2人との再会を喜んだ。

 だがそれにしても、武闘家と魔術師がギルドにいるということは、彼女たちはまだ冒険者を続けているということだろうか。あのとき、この2人は、女神官よりもはるかに恐ろしい目に遭ったはずなのに。女魔術師はゴブリンの毒を受けて瀕死の重傷を負い、女武闘家はゴブリンのねぐらの奥に連れ去られ、女としては最低の悪夢を見たはずなのに。

 

「でも……それにしても、お2人とも、あの時はどうやって……?」

 

 命は助かったということは耳にしていたが、彼女たちはどうやってあの場から逃れたのだろうか。女神官も、普通なら、他人のトラウマに触れてしまうかもしれないことを安易に尋ねたりはしない。しかし、2人の表情に陰りが全く見られなかったので、彼女はつい尋ねてしまった。

 女神官は、すぐに不味いことを口にしたと気付いた表情をしたが、ポニーテールの武闘家は、そんな彼女を咎める様子もなく、屈託のない笑顔で言った。

 

「神官ちゃんが『ゴブリンスレイヤー』に助けられたのは知ってたけど、あたしたちも別の人に助けられたの」

「実はそうなんです。あのとき、私たち以外にも、別の冒険者が洞窟の中にいたんですよ」

「へぇ~、そうだったんですね」

 

 そのとき、女神官は、「あれ?」と思った。

 武闘家の説明を補足した女魔術師の頬が、少しだけ赤らんでいることに気付いたからだ。それに、やけに艶めいて見える唇には、どうやらほんのりと口紅が塗られているようだ。勝手なイメージだが、彼女はそういうものとは縁遠い生真面目な性格だと思っていた。

 

「じゃあ、洞窟でわたしとはぐれたあとに、その人に?」

「はい、危ないところでしたが、解毒と応急処置を施していただきました」

「あたしも奴らに連れ去られたけど、同じ人に助けてもらったんだ」

 

 今度は武闘家が頬を染めた。彼女にとって、死んだ剣士の少年は幼馴染だったはずだ。それなのに彼女はこういう表情ができるのかと、女神官は、やはり違和感を覚えた。

 しかも、武闘家の少女は「連れ去られた」と言った。若い女性がゴブリンに連れ去られるということは、死ぬよりもはるかに恐ろしい目に遭うということを意味する。他種族のメスを孕ませて子孫を増やす性質を持つゴブリンによって、凌辱の限りを尽くされるということを。おそらく彼女はその寸前で救助されたのだろうが、それにしても、この明るい――安心しきった表情はどういうことだろう。

 

「神官ちゃんも依頼を探しに来たの?」

「――え?」

 

 自覚なしで思考の内側に陥っていた女神官の意識を、武闘家の声が呼び戻した。

 

「もしパーティーを組む相手が見つかってないなら、あたしたちと一緒に冒険しない?」

「ああ、それはいいかもしれませんね。やはり癒しの奇蹟を使える方がいらっしゃると、何かと心強いですから」

 

 剣士の少年がここにいないということを除けば、最初の冒険のときと同じようなやり取りだ。

 

「あ、いえ、わたしはもうお相手がいてですね――」

 

 女神官は慌ててそう言い、自分が使った「お相手」という言葉の意味深さに気付いて、「あ、違うんです」と言いながら、さらにわたわたと慌てた。

 

「お相手というのは、そういう意味じゃなくって――」

「あはは、どうしちゃったの? ヘンな神官ちゃん」

「大丈夫ですよ、すでにパーティーを組む方が見つかっているなら、無理強いはしませんから」

「そ、そうですか?」

「そうそう。だけど、そんなにホッとされると悲しいなぁ。――あははっ、ウソウソ、冗談だってば。でも、またどっかでパーティー組めると良いよね」

 

 しばらく、同年代の少女同士らしいやり取りが続いた。しかし女神官は、そのあいだも、武闘家と魔術師の細かい変化が気にかかって仕方なかった。

 例えば、武闘家が半袖と短ズボンを着て、筋肉で引き締まったしなやかな腕と脚を露出させていることや、魔術師の髪に、控え目ではあるが可愛らしい髪留めが刺さっていることなどに。

 ほんの細かな変化だというのに、それらがなぜか、女神官の胸を異様にざわつかせる。目の前にいる、自分と同年代の2人の少女の視線や口、指の動きなどが、妙に気になってしょうがない。どうしてか頬が熱くなり、いけないものを見ているかのように、どぎまぎと目線を逸らしてしまう。

 

 2人とも、いったい何があったんですか?

 

 疑問を実際に口にすべく、女神官の口が開きかかった。

 

「――すぐ出発するぞ」

「――!!」

 

 しかし、背後からの低い声が、彼女の言葉を食い止めた。

 

「ゴ、ゴブリンスレイヤーさん」

「打ち合わせは済んだ。すぐに山麓に向けて出発する」

 

 ゴブリンスレイヤーは、それだけを告げると、3人の少女の横をすり抜けた。一拍遅れて、女神官が大きな声で返事をする。

 

「――え? あ、は、はい! すみません、お2人とも。また今度、お話ししましょう」

「ええ、わかりました。あなたもお気を付けて」

「またね神官ちゃん、気を付けてね」

「はい!」

 

 武闘家と魔術師に見送られ、女神官はゴブリンスレイヤーの背中を追って駆けだした。

 

「――きゃ!?」

 

 だが、慌てていたからだろう。彼女はギルドの入り口で、すれ違うように入ってきた冒険者にぶつかってしまった。引き締まった体躯を持つ男の身体に跳ね返されて、女神官は、危うく尻もちをつきそうになった。

 そんな彼女が床に倒れずに済んだのは、ほかならぬ彼女とぶつかった冒険者が、神官の細腕を手で捕まえていたからだ。

 

「……あ、す、すみません!」

「いーっていーって。それより怪我してねぇ?」

 

 やけに軽薄な喋り。その冒険者の姿が、女神官の目に映る。

 剃り込みの入った、刈上げられた金髪。つり目気味の右目の横から頬にかけて、切り傷が痕になって残っている。髪が金なのに眉が黒いのは、きっと髪のほうを染めているからだろう。年季の入った革鎧と混じって、まさに典型的なチンピラ冒険者といった外見の男だ。

 

「だ、大丈夫です」

 

 チンピラ冒険者は、ニヤリと笑みを浮かべると、倒れかかった女神官の身体を自分のほうに引き起こした。そのとき、その男はごく自然に、女神官の腕を掴んでいないもう一方の手を、神官依の上から彼女の柔腰に添えた。

 

「――ひゃっ!?」

 

 チンピラ冒険者の手が腰に触れた瞬間、正体不明の感覚が、女神官の身体をゾワゾワっと走り抜けた。

 

「な、何するんですか!」

 

 見知らぬ男に気安く触られたことによる嫌悪感。彼女はその感覚をそのように解釈したが、それだけでは説明できない甘い痺れが、その中に含まれていたことに、彼女は気付いていただろうか。

 

「ワリぃワリぃ、つい触っちまった。謝るから許してくれよ」

「――あ、い、いえ、こちらこそ。助けていただいたのに、大きな声を出してすみませんでした」

 

 外見の印象とは裏腹に、男はあっさりと自分の非を認めた。そういう態度に出られて怒りを持続させるほど、女神官はいじけた性格をしていない。それに、男が彼女を手助けしようとしたのは事実なのだ。

 それよりも、今のやり取りのあいだに、ゴブリンスレイヤーがかなり前方に歩いて行ってしまったのが問題だ。まごまごしていると置いていかれる。そう思った女神官は、慌てて駆けだそうとした。

 しかし、そんな彼女の背中に、さっきの男が声をかける。

 

「――おい! 嬢ちゃん」

「――え?」

「これ持ってけよ!」

 

 因縁を付けられるかと思った女神官の予感は、全くの的外れであった。チンピラ冒険者が無造作に投げてよこし、女神官が胸で受け止めたのは、赤い液体の入った小瓶――疲労回復のための強壮の水薬だった。

 

「今度会ったら、ちゃんと詫びるからよ。いまはそれで勘弁しろよな?」

 

 男はそう言って片目を閉じた。馴れ馴れしい態度には違いないが、気はいい男のようだ。

 

「す、すいません! ありがとうございます!」

 

 勝手な印象で判断したことへの謝罪も兼ねて、女神官はそう言った。そして振り返ると、彼女は小走りでゴブリンスレイヤーを追いかけていった。

 男は、白い神官依の少女が金髪をはためかせて走り去るのを見送ってから、改めてギルドの扉をくぐった。

 

 

 

「――あ、やっと来た! も~、すっごく待ったんだからぁ……♡」

「――わ、私は別に待ってなんか……あっ……。ダ、ダメです……こんなところで、そんな馴れ馴れしくして……人に見られちゃったら……――もう♡」

 

 甘えるような武闘家の声と、ツンケンしたものをあっけなく蕩かされた魔術師の声が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。

 

==

 

「よぉ、相変わらずいいカラダしてんなぁ」

 

 相手が自分のことをどう見ているのか、一言でわかる下品でいやらしい台詞。その男から開口一番飛び出た言葉は、顔に浮かべたニヤニヤ笑いと相まって、受付嬢を大層ウンザリさせた。ただでさえ、冒険者は野蛮な人種だと世間の人から思われている。受付嬢をはじめとするギルド職員が必死でイメージアップを図ろうと、こういうチンピラ然とした男がいる限り、その印象は決して覆らない。

 

「なんだよ、そんなにむくれるなって。アンタがイイ女なのは事実なんだからよぉ、素直に喜んだらどうだ?」

「……依頼をお探しでしょうか? ドブ攫いの仕事でしたら、たくさんありますよ」

「へっへっへっ、冷てぇなぁ」

 

 普段はニコニコと愛想のいい受付嬢に、冷えた表情と声であしらわれても、その男は気にしていないようだった。

 受付嬢は、見たくもない男の顔から目を逸らし、手元の冒険記録用紙を見た。この男は、最近この街に流れてきた新顔だが、これを見れば、彼がどういう冒険者なのかは大体わかる。

 この男の冒険者としての等級評価は、10段階のうち、下から3番目にあたる鋼鉄級。すなわち、下級冒険者と呼んで差し支えない。戦闘やサバイバル技術等の純粋な能力評価は高めだが、人格査定や社会への貢献度が最悪だ。面談評価はほぼゼロ点。請け負った仕事にも見るべきものは少なく、しかも途中で投げ出したものが多い。冒険者としての特徴を表すクラスは、強いて言うなら「ならず者(ローグ)」。

 

「そういうんじゃなくてさ、なんか楽で実入りの良い仕事は無いモンかね?」

 

 怠惰と無責任さが入り混じった台詞。しかも、それを言ったときの男の目線は、受付嬢のギルド服の胸の膨らみに、恥ずかしげもなく注がれている。ギルドに現れるたびに、この男はいつもこうだ。ゴブリンスレイヤーという対極の存在を知っているだけに、受付嬢の中では、この男に対する嫌悪感が、既に際限なく膨れ上がっていた。

 しかし、不可解なこともある。

 カウンターに肘をつく男の後ろでは、2人の少女が彼を待っている。その2人とは、二十日ほど前に冒険者登録したばかりの、武闘家と魔術師の少女だ。二十日前、前幼馴染の剣士の少年と一党を組んで冒険者登録した2人は、もう一人の女神官の少女と共に、ゴブリン退治の依頼を受けた。ほかならぬ受付嬢自らが、その時の事務を処理したのだ。

 右も左も分からない白磁等級の冒険者が、ゴブリンを「たかが最下級の魔物」と侮って死ぬのは、この業界では良くある話だ。受付嬢も、嫌な予感がした。

 しかし幸いかな、そのとき死んだのは、「たった」一人だった。そういう表現をして、死んだ剣士の少年には申し訳なく思う。だが事実だ。ゴブリンの巣穴に潜り込んで全滅しかけた一党が、4人のうち3人まで帰ってきた。しかも、全員が綺麗な身体で。それは類まれなる幸運以外の、何者でもない。

 その時に神官の少女を救助したのは、受付嬢が良く知るゴブリンスレイヤーだった。そして、あとの2人を助けたのが――

 

「へぇ、漁村にゴブリンが出てンのか。……しかも、やたら数が多いな」

 

 依頼書の束を盗み見て呟いた、この「ならず者(ローグ)」だった。

 どういう経緯があってそうなったのか、受付嬢は詳しいことを知らない。しかし、この男が2人の少女を窮地から救ってきたことは、紛れもない事実だった。それはとても不可解な出来事で、同時に受付嬢の中で、この男に対する「引け目」となって残っていた。

 何しろ、この男のお陰で、受付嬢がこの建物から送り出した死者の数が、少なくとも2人減ったのだから。

 そんな諸々の事情が生み出す釈然としない感情を抑えきれず、受付嬢は、つい職分から外れた台詞を口にしていた。

 

「……どうせ、あなたは興味ありませんよね」

「ああ、この報酬で請け負える仕事じゃねぇな」

「……やっぱり」

 

 あっけらかんと男が言うと、受付嬢は口の中で呟いた。それでも、ゴブリンスレイヤーなら引き受けてくれるのだ。そう思いつつ。

 うつむき加減の受付嬢の顔を、男はジロジロと眺めていた。そしてニヤリと口の端を歪めると、声を潜めて囁いた。

 

「だがよォ、報酬に上乗せがあんなら、話は別だぜ?」

「……上乗せ?」

「そうさ、例えば、アンタが一発ヤらせてくれるとかな」

「なっ――!」

 

 「ヤる」というスラングを耳にしたその瞬間、受付嬢の頭にカッと血が上った。怒鳴り散らす寸前のところを耐えたのは、ギルド内に多くの目があったからと、彼女の職業意識が勝ったからだ。

 

「~~~っ!! 当ギルドでは、そういう交渉は受け付けておりません」

「……おやぁ、どうした? 耳まで赤くなってるぜ? もしかしてアンタ、そっちは『未経験』か?」

「――――!?」

「へへへ、図星か。なんだ、まだ『お嬢ちゃん』だったとはなぁ」

 

 侮辱に次ぐ侮辱。紅潮を通り越して顔面を蒼白にした受付嬢は、カウンターの下で、両こぶしをぎゅっと握りしめた。彼女がこの男の挑発に耐えるのも、限界に近かった。しかし、受付嬢がいよいよ爆発しようとしたそのとき、男はひょいっとカウンターから退いて、気安い声で言った。

 

「ま、いいぜ。今回はサービスしてやるよ」

「――え?」

「請け負ってやるよ、その仕事」

 

 それは、たかが鋼鉄級の冒険者がのたまうにしては、あまりにも尊大な物言いだった。それ自体も十分腹立たしいはずなのに、それまでがひど過ぎたせいで、受付嬢は不快に思うのを忘れて、ただ茫然とつぶやいた。

 

「ど、どうして……?」

「別にぃ? 単にそろそろ仕事しとかねぇと、金がねぇんだわ。じゃ、そーいうことでイイよな?」

 

 そして、男は受付嬢に背を向けると、彼を待っていた2人の少女と共に、建物の外に出ていった。至極意外な成り行きに、それからしばらくのあいだ、受付嬢は硬直していた。



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湯気の向こう

「ふぁ~……いいお湯だなぁ……」

 

 星空の下、湯気に満ちた露天風呂の中で、女神官の気の抜けた声が響く。ここは、湖畔の漁村に唯一ある温泉宿の露天風呂だ。

 数日前、ゴブリンスレイヤーと共に山麓のゴブリン退治に向かった彼女が、どうして一人でこんな場所でくつろいでいるのだろうか。それには、さして深くもない事情があった。

 今をさかのぼること四日前、彼女はゴブリンスレイヤーと一緒に、街の冒険者ギルドでゴブリン退治の依頼を請け負った。山麓の洞窟に住み着いたゴブリンたちは、強力なホブに指揮されて、大規模な巣穴を築きつつあった。女神官を引き連れたゴブリンスレイヤーは、いつもの執拗さを発揮して、入念に入念を重ねてその巣穴を叩いた。そこまでは、いつもの彼の仕事風景と変わりない。

 しかし、山麓の巣穴を潰し終わると、彼は即座に、湖畔の漁村に移動すると女神官に告げた。彼は急いでいた。ギルドでは山麓のゴブリンを優先したものの、漁村に出没しているというゴブリンたちも、遠からず大きな被害をもたらすに違いなかったからだ。女神官も、彼に置いていかれないように、獣道と変わりない山道を、草をかき分けながら必死になってついていった。

 

「へ……? もう終わった……ですか?」

 

 だが、彼らを待ち受けていたのは、村人たちの拍子抜けする報告だった。ようやく湖畔の漁村にたどり着いてみると、そこに出現したゴブリンたちは、既に別の冒険者に退治されたあとだったのだ。蓄積された疲労がどっと襲ってきて、女神官は、危うくその場にへたり込みそうになってしまった。

 

「まだ安心はできん。巣穴に生き残りがいる可能性もある」

 

 ゴブリンスレイヤーは淡々とそう言った。彼にとって、ゴブリンを殺すのは必ずしも自分でなくとも構わないが、他の冒険者たちは詰めが甘いと、彼は考えていた。僅か一匹の幼体に情けをかけて、それから再度膨れ上がった群れに村を襲われた例は、枚挙にいとまがないのだ。

 案の定、彼は巣穴にゴブリンの生き残りがいないか確かめに行くと言った。ついてこなくともよいと言われたが、女神官も同行した。

 結論として、漁村から見て湖の対岸に築かれていた巣穴は、完全に潰されていた。大人のゴブリンは一匹残らず殲滅されていたし、隠れていたと見える幼体も、棍棒か何かで頭をたたき割られていた。「これなら問題ない」というゴブリンスレイヤー(専門家)のお墨付きを得たのだから、この仕事をやった冒険者の腕は、大したものだということになる。

 女神官の身体からは、改めて、どっと力が抜けてしまった。

 それからである、もう夕暮れ時になろうとしていたが、ゴブリンスレイヤーは、今日のうちに街に戻ると言った。急げば確かに不可能な距離ではないが、普通ならここで一泊することを選ぶのに。

 仕事を終えたゴブリンスレイヤーが早く戻りたがる理由を、彼の個人的事情を全く聞かされていない女神官は知らなかった。ひょっとしたら、彼にはそうしてまで、誰か会いたい相手がいるのかもしれないと、ほんのり思っただけだ。――その相手とはもしかしたら、定期的にギルドに食料を届けに来ている、彼の知り合いである牧場娘なのかもしれないと。

 得体のしれない胸のざわつきを覚えた女神官は、彼に言った。

 

「……わたしはもう動けそうにありませんから、朝になってから帰りますね」

 

 実際、彼女の体力は限界だった。ゴブリンスレイヤーもそのことは承知していて、あっさりと頷いた。

 

「そうしろ。宿代は俺が払っておく。ここから町への街道は安全なはずだが……念のため、荷馬車にでも同乗させてもらえ」

「ふ~ん……そうですか……なら、そうさせていただきますね」

 

 ただぶっきらぼうなだけでなく、ゴブリンスレイヤーが自分のことを気遣ってくれているというのは、女神官にもわかっていた。しかし、「お前が残るなら俺も残ろう」とか、「どうしてもお前と一緒に帰りたい」とは、彼は言ってくれなかった。子どもっぽいと自覚しながら、そのときの女神官は、少しむくれた顔をした。

 そしてゴブリンスレイヤーは、彼女の言葉を言葉通りに受け取って、本当に帰ってしまった。だから、夜になった今、女神官は村唯一の温泉宿の露天風呂に、一人で浸かっているのだ。

 

「はぁ……」

 

 この露天風呂からは湖が一望でき、ひなびた漁村にあるにしては、風光明媚で湯加減も良かった。満天の星空が湖面に映り、時おり流れていく星々が、水の中に吸い込まれていく。しかし、女神官がため息を漏らしたのは、純粋に湯の心地よさのせいばかりとは言い切れないだろう。むしろ多分に、「誰かさん」の朴念仁っぷりのせいだと言える。

 だが、女神官の胸のうちにあるのは、彼女自身も自覚しきらない淡い感情だった。それ故に、彼女は自分の感情を言語化することもできずに、悶々とした想いを抱え、湯の中に沈めた口から、ブクブクと泡を吐いた。

 それでも、あまり長く浸かっていると湯あたりする。そろそろのぼせそうな頃合いになったころ、彼女は湯の中で立ち上がった。ざぱりと音がして、透明な温泉の水が、若々しい生命力にあふれた女神官の肌の上を滑っていく。

 濡れないように結い上げた、美しく流れるような金の髪。発展途上ではあるが、確かに存在する胸の膨らみと、腰や尻の丸み。そして、全体的に火照って上気した肌。まだ完全に「女」にはなっていないが、それこそ、ゴブリンたちなら一目見ただけで涎を垂らして発情しそうな肢体だと言える。

 ここには女神官だけで、彼女を見ている者はだれもいない。それ故に、彼女はその裸体を隠そうともせずに、温泉の出口に向かって湯の中を歩いていった。

 しかし、女神官が気付いていなかっただけで、ここには彼女以外の人間もいたのだ。自然に湧き出た温泉を利用した露天風呂はかなり広く、大きな岩なども転がっていて、死角になっている場所も多い。ただそれだけのことだった。

 

「――ふふっ、やだぁ♡」

 

(――え!?)

 

 だから、その「声」が聞こえたとき、女神官は大層慌てた。そして慌てはしたものの、声は上げずに、咄嗟にそのあたりの岩に身体を貼り付け身を隠した。

 

「ふふふっ、もう……おっぱいばっかり揉まないでよぉ……♡ ――え? しょうがないなぁ……――だったらいいよ♡ ――きゃっ、んっ♡」

 

 ぱちゃぱちゃと水が跳ねる音と共に、男女が湯の中で睦みあう声が聞こえてくる。――そう、そこにいるのは、男と女だった。男のほうが喋っている内容は、ぼそぼそとくぐもっていて聞き取れない。しかし、女のほうの声は、女神官の耳にも、かなりはっきりと聞き取れた。

 

(――え!? ……ええ!?)

 

 女神官は混乱の極致にあった。冒険者としてゴブリンスレイヤーについて回り、かなり凄惨な現場も経験した女神官であったが、こうやって、普通のヒューム同士が男女の秘め事を行っている場面には、逆に遭遇した経験がなかった。

 当然、彼女自身が誰かと「そういうこと」をした経験もない。

 女神官がそっと岩陰から覗き込むと、ランプの弱い明かりだけが照らす湯煙の中で、ぴったりとくっついた男女のシルエットが、僅かに動いている。

 

「あ……はぁ~…………うん、気持ちイイよ……――アっ、そこぉ……♡」

 

 その上ずった声の持ち主に、女神官は心当たりがあるはずだったが、気が動転していたのと、「彼女」がそんな声を出せるとは知らなかったのとで、それが誰なのかには気付かなかった。

 女神官の心臓が、恐ろしい位に早鐘を打つ。彼女は口の中に溢れてきた唾液を、思わず飲み込んだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……もっと……もっとしてぇ……♡」

 

 男と女の営み。性の営み。ゴブリンの巣穴で目撃したおぞましい行為と異なり、女の声には、聴いた者の脳をドロドロに溶かしてしまいそうな甘やかさが含まれていた。

 

「あっ♡ ンっ……♡ ふぅ……んっ♡」

 

 男の腕の中で、女は悩まし気に身をよじっている。いや、女というのは適切ではないのかもしれない。そこにいるのは、紛れもなく女神官と同年代の「少女」だった。しかし、彼女が既に「女」になっている――男によって「女」にされてしまったことも、決して間違いではないのだ。

 男に背後から胸を揉みしだかれて、女の声の艶めきが、さらに増していく。そして、まるでそれと同期しているかのように、女神官の胸の鼓動も早さを増していった。

 

「はっ――はっ――はっ――はっ――はっ――はっ――」

 

 女神官は、荒い呼吸が口から漏れるのを抑えることができなかった。それどころか、喉の奥から肺や心臓が今にも発射してしまいそうだ。彼女は両手をぎゅっと握りしめ、それで自分の胸を押さえていた。

 

(あ、あの人たち、そういうことしてるの? こんな場所で――お風呂の中で、そういうことしちゃってるの? ど、どうしよう、そんな、そんなことって――)

 

 女神官は、口内に溢れる唾液をまたしても飲み込む。湯気の中に行為の輪郭だけしか見えないという状況が、逆に彼女の妄想を強く刺激した。

 女が後ろにいる男の頭に、伸ばした右手を添えたように見えた。そしてそれと同時に紡がれた言葉は、聞いていた女神官の頭がクラクラしてしまうほど、大量の「媚び」を含んだものだった。

 

「ね~ぇ、そろそろいいでしょ……♡ ねぇ……♡ ちょうだぁい……♡」

 

 女神官は息をのんだ。彼女は、湯気の向こうにいるのが、自分の知り合いであるポニーテールの武闘家と、四日前にギルドですれ違ったチンピラ男であるなどとは想像もしていない。少し前に幼馴染の剣士の少年を喪った少女が、自分よりずっと年上の男に媚び、縋り付き、素肌と素肌を触れ合わせているなどとは、想像できるはずがない。

 

「ふふふっ♡ はぁ~い♡ ちゃんとおねだりしまぁす♡」

 

 男の指示を受けて嫣然と微笑んだポニーテールの少女が、男と向かい合うように身体の向きを変えて、男の首に愛おしそうに腕を巻き付けながら、男の耳に甘く淫靡な吐息を吹きかけ、艶めいた唇でそんな台詞を囁くなどとは、どうやっても想像できるはずがないのだ。

 

「あなたの逞しいおチンポを……♡ あたしのキツキツのメス穴の中にぶち込んでぇ……♡ い~~っぱい♡ い~~~~~っぱい、乱暴にシゴいてぇ……♡ たくさん……たくさんナカに出して♡ ね♡」

 

 浅ましいにもほどがある、本能に忠実な、発情したメスの囁き。それが女神官の理性をも痺れさせてしまう。彼女は気付かぬ間に、息を荒げて湯気の向こうの二人を凝視しながら、自分自身の胸の膨らみに手を添えて、ゆっくりと円を描くように揉み始めていた。

 

「――もう、女の子にこんなこと言わせて、そんな楽しいの? 楽しい? そっか♡ じゃ、ご褒美もらうね……――ンっ♡ ハァっ♡ ああんっ♡ ……はぁ…………♡ やっと繋がったぁ……♡」

 

 自分の鼓動の音に阻害されて、女神官の耳には、もはや湯気の向こうの声がハッキリと届かなくなっていた。

 

「こし……振るね♡ ――んっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ はぁ……これ、最高……♡」

 

 しかし、上下にリズミカルに揺れるシルエットが、それに伴って女神官のいる場所まで寄せてくるさざ波が、女神官の衝動を加速させ、彼女の内側に眠る「何か」を目覚めさせていく。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。頭の中は大混乱した状態のままなのに、手だけが勝手に動き、胸や股間のあたりをせわしなくまさぐる。あの二人が勝手に始めた行為だとしても、それをこんな風に覗き見するのは道に外れている。それも分かっているはずなのに、どうしても目が離せない。

 温泉よりもなお身体が熱い。心臓がドキドキドキドキして止まらない。

 

「ねぇ……キスもしよ? ……え? ――うん、大好きだよ。大好き。――ンっ♡ はむ……♡ ちゅ……♡」

 

 この時、性の衝動に流されながらも、背徳感と罪悪感に苛まれながらも、女神官は心のどこかで感動していた。――人間同士の性行為とは、これほどまでにお互いを深く求めあうようなものだったのかと。ここで行われているのは、ゴブリンの巣穴で繰り広げられていたおぞましい饗宴と同じようで、確実に異なっている。

 覗き見などという、地母神の教えに背く行為をしていると自覚しながら、女神官の心がどこか軽くなっていたのはどうしてだろう。それはもしかしたら、これまでの冒険において、ゴブリンに無理やり犯される女性たちを目撃したことで、女神官が心のうちに身に着けかけていた性行為に対する忌避感が、いま洗い流されていたからなのかもしれない。

 

「――ンっ♡ んっ! だ、出して! あなたも出してぇっ! ンっ! ンぅ~~~っ! ンぐぅ~~~~~っ!!」

 

 湯気の中の女性は、ひとしきりシルエットを揺らめかせてから、とても苦しそうな声を漏らした。しかし、彼女が苦しんでいるのではなく、むしろその逆の感覚に打ち震えているのだということは、女神官にも理解できた。

 なぜならば、女神官もまた、自身の胸と股間をまさぐったことによる、初めての絶頂に全身を痙攣させていたからだ。

 

(な、に、これっ! すごいっ、すっごいのくるっ、来ちゃってるよぉおおっ!)

 

 慎ましい茂みの下で自己主張するクリトリスを指の腹で押しつぶした瞬間、女神官はイっていた。下唇を噛んで必死に声を出さないようにしながら、身を隠していた岩に取りすがり、腰をビクビクと跳ねさせた。青玉のような瞳はぐるりと上を向き、ほとんど白目をむいている。

 普段の控え目な彼女からは想像もつかない、まさに単なる「メス」を思わせる絶頂。それが完全に通り過ぎるまで、おそらく数分間はかかった。

 

「――ぁ…………」

 

 やがて、彼女は糸が切れたように、カクンと全身を弛緩させた。それからさらに10分くらい、彼女は呆然と虚脱して、形の良い乳房をひしゃげさせたまま、正面の岩に寄りかかっていた。

 そして、女神官が正常な思考を取り戻した時には、湯気の向こうで交わっていたはずの二人は、そこにいなかった。おそらく、行為を終えて部屋に戻ったのだろう。

 

「わ……たし、も……早く、でないと……」

 

 女神官は湯から上がり、もたもたと着替えると、茹だった頭を抱えながら、辛うじて宿の部屋へと戻った。

 しかし、それで部屋に帰った女神官が、安らかな眠りを得ることができたかと言えば、そうではない。

 

(あっ♡ あっ♡あっ♡あっ♡あっ♡ すごいっ♡ すごいですっ♡)

(ねぇ~、その子ばっかりおチンポしないで、あたしにもぉ♡ ――んっ♡ ちゅ♡)

(んあっ♡ うっ♡ あ゛ーっ♡ お゛ーっ♡ しゅごっ♡ びゅるびゅるしゅごっ♡ ザー汁たくしゃんでてりゅっ♡)

 

 2人の女がヨガる声と、粗末なベッドの軋む音。安宿の壁の隙間から、かすかに聞こえてくる激しい性行為の音が、女神官を一晩中苛んだ。しばらくのあいだ、女神官は毛布を頭まで被り、その音に耳を塞いでいたかに見えたが、やがて毛布がもぞもぞと動きだし、その下から、少女の艶めいた声が響き始めた。

 

 

 

==

 

「あ、おはよっ」

 

 朝日が昇ったばかりの牧場で、柵の破損個所を調べていたゴブリンスレイヤーの耳に届く、聞きなれた声。その声は、彼女の「日常」を守るためにゴブリンを狩る彼にとって、最も大切なものだ。

 

「今日もいい天気だね」

「そうだな」

 

 窓枠から身を乗り出している牛飼娘に、彼はぶっきらぼうな返事しか返さなかったが、鉄兜の下の素顔は、きっと優しく微笑んでいた。

 

「ねぇ、今日もギルドに行くの?」

「ああ」

「そっか」

 

 牛飼娘とゴブリンスレイヤーは、それから少し短いやり取りをした。決して言葉数は多くなかったものの、二人はお互いを理解している。そのことが感じられるやり取りだった。

 

「あ、そうだ、あたし昨日ね、初めてお隣さんと会ったよ」

「お隣……?」

「やだなぁ、忘れたの? あそこの小屋に引っ越してきた冒険者さんのことだよ」

 

 牛飼娘に指さされて、ゴブリンスレイヤーはその方角に頭を向けた。牧場のはずれの、少し小高くなった丘のところに、何の変哲もない小屋が見える。しかし、少し前までは放置されて傾いていたはずの小屋は、今は小綺麗に修繕されていた。

 

「なるほど、あの家の住人のことか」

「もう、ホントに忘れてたの? 挨拶しておくからねって言ったじゃない」

「どんな人間だった?」

「あ、ごまかした」

 

 あの小屋に越してきた男は、牛飼娘の叔父がもたらした前情報通り、冒険者だった。しかしゴブリンスレイヤーは、まだその男の顔を直接見てはいない。特に家を行き来するような間柄ではないし、ギルドでも、ここまですれ違っているようだった。

 

「え~っとね、まあ、ちょっと見た目は怖いけど、普通の人なんじゃないかなぁ? 少なくとも、悪い人じゃないと思うよ」

「そうか」

 

 なら問題ないと、ゴブリンスレイヤーは思った。牛飼娘がそう言うなら信頼できる。――それに、相手はゴブリンではないのだから。

 

「今度、うちのチーズを持って行ってあげるって約束したんだ」

 

 面倒見の良い牛飼娘が、朗らかな笑顔でそう言った。ゴブリンスレイヤーが頷くと、牧場の隣に越してきた男の話題は、それで終わった。

 

「朝ごはんの支度するから、ちょっと待っててね!」

 

 雑談を終えると、牛飼娘の姿は窓枠から消えた。家の中を、とたとたと走りまわる音が響く。この一瞬一瞬にかけがえのないものを感じながら、彼は柵の見回りに戻った。牛飼娘の作る朝食を食べ終えたら、今日もゴブリンを狩るために街に降りよう。そんなある意味いつも通りの予定を、頭に思い描いて。



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死地へと送り出す者

「お嬢さん! お嬢さん! 私、この辺境最強の槍使いがッ、峠のマンティコア討伐より、ただいま帰還いたしましたよ!」

 

 冒険者ギルドの中に快活な大声が響く。ギルド内にたむろしていた冒険者の中には、声の主の緩んだ顔を見て、「ああ、またアイツか」と苦笑するベテランもいれば、畏敬のこもった目で彼を見た新人もいた。

 辺境最強の槍使い。その称号は自称ではない。蒼に金縁の金属鎧を身に着けたその男は、このあたりでは数少ない銀等級の一人だ。

 

「――いやぁ、大変でした! しかし私の槍にかかれば、マンティコア程度、物の数じゃありませんでしたけどねッ!」

「はい、お疲れ様でした。それでは、報告書に必要事項を記入してくださいね」

「想像してください! 飛び掛かってくるマンティコアに対して一歩も退かず、自慢の槍で迎え撃つ私の雄姿を!」

「記入が済んだら、カウンターに提出してください」

 

 カウンターに身を乗り出し、武勇伝を熱っぽく語る槍使いとは対照的に、受付嬢は事務的な口調で淡々と彼をあしらう。彼女が浮かべている笑顔は、あからさまな愛想笑いだ。

 

「それにしても、鎧を着たままの山歩きは疲れましたよ。本当に疲れた。あ~、疲れたなぁ。……誰か、ディナーにでも付き合って、癒してくれる人はいないかなぁ」

「そんなにお疲れでしたら、強壮の水薬はいかがですか? 入荷したてです。オススメですよ?」

「……はい、一本ください」

 

 受付嬢の言外の圧に負けて、シュンとうつむいた槍使いはそう言った。「お買い上げありがとうございます」と、今度は愛想笑いではない笑顔で、受付嬢が朗らかに礼を言った。

 

「……くそぉ、また断られた。それに、また買わされた」

「あんな誘い方をして……本気で、付き合ってもらえると、思ったの?」

「うるせぇっ!」

「槍以外にも……もう少し、女の扱いかたを、勉強したら?」

「だからうるせぇって!」

 

 槍使いはスゴスゴと引き下がった先で、ニヤニヤ笑いで彼を見下ろす相棒の魔女にからかわれている。購入したばかりの水薬の口を開けた槍使いは、それをグっと一息で飲み干した。

 彼らのやり取りを視界の端で眺めながら、受付嬢は心のうちで悪戯っぽく舌を出す。――しかし、別に受付嬢は、槍使いのことを侮っていたり、本気で嫌っていたりするわけではないのだ。

 少々軽薄で馴れ馴れしいところはあるものの、あの槍使いの実力は本物である。黒いとんがり帽子と胸元が大きく開いたローブを身に着けた相棒の魔女も、呪文使いとして一流だ。ギルドに現れるたびに、槍使いがああやって大げさに自分の功績を吹聴したり、受付嬢に露骨な誘いをかけてきたりするのは困りものだが、そんな彼も、依頼に対しては誠実なのだ。でなければ、銀等級まで昇格することはできない。

 槍使いと魔女のペアは、一仕事終えて、しばらく休息をとるつもりなのだろう。次の依頼の話はせずに、宿のほうに引き上げていった。これも冒険者の行動としては一般的だ。前の仕事が済んだら、すぐに次の仕事に取り掛かる「彼」のほうが異常なのだ。

 しかし受付嬢は、冒険者がみな「彼」のようでいてくれたらという希望を、心のどこかに持っている。困っている人々を助けるために、自分の身を顧みずにひたすら仕事に打ち込む「彼」。そのイメージは、まだ年若い受付嬢の中にある子供っぽい理想論と、日頃から冒険者たちを死地に送り出している彼女が求める「救い」と結びついて、「彼」への特別な想いへと変化していた。

 

「――あっ」

 

 だから、冒険者ギルドの入り口のベルが鳴るたびに、受付嬢は、もしかしたら「彼」が来たのかもしれないと顔を上げる。大抵、それは期待外れに終わり、受付嬢はすぐに仕事用の愛想笑いを顔に浮かべるのだが、今回は違った。

 

「――よォ、お嬢ちゃん」

 

 そう、今回は違った。受付嬢は愛想笑いすら浮かべずに、真冬の氷のように冷えた顔になって、その男を自分の視界から消した。

 その男――しばらく前からこの街のギルドに現れるようになった鋼鉄級の「ならず者(ローグ)」は、ずかずかと無遠慮な足取りでカウンターに歩み寄ると、さっきの槍使いよりもさらに馴れ馴れしい態度で、受付嬢のほうに上半身を乗り出した。

 

「依頼をお探しですか? それならあちらの掲示をご覧ください」

 

 男に下卑た笑みを近づけられても、受付嬢は微動だにしなかった。きりりと背筋を伸ばし、男のほうではなく、正面の宙を見る彼女の姿は、まるで大理石の彫像のようで、それはそれで美しかった。

 

「いや、別に? アンタの顔を見に来ただけさ」

「でしたらお引き取りください。いま、仕事が立て込んでいるので」

 

 受付嬢の返答は、取りつく島もない。その態度から判断するに、彼女のこの男に対する評価は、前よりもさらに下がったように見える。そして、それには理由があった。

 先日、この男は湖畔の漁村に出現したゴブリン退治を引き受け、その依頼を見事にこなした。それだけであれば、何の問題も無かった。むしろ、受付嬢の彼への好感度は、幾分かでも増加したはずだ。しかし、受付嬢が憤ったのは、男のそのあとの行動について報告を受けたからだ。

 男はあろうことか、報酬が足りないからと漁村の村人を脅し、彼らから少なくない金品を巻き上げたのだという。一般人からの恐喝行為。これはギルドの信用を大幅に下げる行為であり――それ以前に、立派な犯罪だった。

 それでもこの男が、こうやってギルドの中を平然とうろついているのは、村からの告発がないからだ。きっと、巧妙に彼らを脅しつけたのだろう。

 

「なぁ、どうしたんだよ。俺には、お得意の『愛想笑い』のサービスは無いのか?」

「――――っ!!」

 

 頭にカッと血が上りかけ、受付嬢はすんでのところでそれを堪えた。ここで怒鳴ったり喚いたりしたら、男の思うつぼだ。

 この男の考えていることは、受付嬢にもわかっていた。

 この男は、ねっとりとニヤついた笑みを浮かべて、ただ軽口を叩いているようで、笑っていない蛇のような目で私を観察している。彼はそうやって私をからかい、挑発して、私がみっともなく取り乱すさまを見たいと思っているのだ、と。理解できないが、この男はそうやって人を貶めるのが楽しいのだと。

 そんな下卑た趣向に、わざわざ乗ってやる必要などない。こういう手合いに対する最善の方策として、受付嬢は、男が完全に存在しないかのように無視を決め込んだ。

 

「なぁ、おい」

 

 それでも、男はしばらく受付嬢に話しかけていたが、彼女が自分の相手をする気がないと悟ったのか、黙ってカウンターに寄りかかるだけになった。

 

「…………」

「…………」

 

 二人とも無言のまま、しばし時が流れた。普段は引っ切り無しに依頼者や冒険者が訪れて、てんやわんやになるはずのギルドの受付に、何のいたずらか、そのときは誰もやってこなかった。

 受付嬢は、自分の横顔を這い回る男の視線を極力感じないようにしながら、「彼」が来るのを、無表情に待ち望んでいた。

 

「あっ……」

 

 彼女にとっては長い時間が経過したように思えたが、実際には、それほどでもなかったのかもしれない。ともかく、ギルドの扉は再び開き、入り口のベルが鳴った。しかし、入ってきたのが「彼」でないことに、受付嬢も、今度は即座に気付いた。

 

「さあ、今日はそろそろ、もうちょっと難易度の高い依頼に挑戦してみようか!」

「いや、まだ危ないでしょ。僕たちまだ白磁等級なんだし」

「またそんな後ろ向きなこと言ってら。それじゃいつまでも『上』に行けないだろ?」

「まあまあ、気持ちはわかるけど、コイツの言ってることだってもっともだぜ? もうちょっと簡単な依頼で経験を稼ぐのは間違ってねぇよ」

 

 依頼掲示板の前に立って、わいわいと声を立てる三人組。いずれも年若い少年だ。受付嬢の目は、彼らの様子に自然と引き寄せられた。

 

「えー? じゃあ、今日もゴブリンか?」

「そのくらいが僕らには手ごろだよ」

「賛成。命は一つしかねぇからな。慎重に行こうぜ」

 

 首からかけている認識票は、冒険者としては最下級の白磁等級のものである。それでも一応、何度か依頼は達成したことのある一党だ。このギルドに出入りするすべての人間の顔を記憶している受付嬢は、もちろん彼らのことを知っていた。

 冒険を重ね、そろそろ自信がついてきた頃合いなのだろう。リーダーらしき少年は、高難度の依頼に興味を惹かれていたようだ。しかし、他の二人の説得を受け入れて、「無難な」ゴブリン退治の依頼を選択した。

 

「お姉さんすいません。俺たち、この依頼を受けたいんですけど。……お姉さん?」

「あ、は、はい。少々お待ちくださいね」

 

 何かに気を取られていた受付嬢は、少年たちのリーダーに話しかけられても、すぐに反応することができなかった。しかし彼女はプロの受付としての愛想笑いを取り戻すと、テキパキと冒険記録用紙以下の必要書類を用意し始めた。

 

「はい、これで受付は完了しました。あの……三人だけですか?」

「え? 三人って……俺たちのパーティーのこと? いや、あとでもう二人合流します」

「そう、ですか」

 

 白磁等級でも、五人いれば。依頼書から読み取れる魔物の脅威と、目の前の少年たちが持つ戦力とを、受付嬢は頭の中で素早く比較する。これも彼女がプロだからだ。しかし彼女は、自分がある意味で、この少年たちの命と依頼の重さとを秤にかけ、冷徹に値踏みしているということからは目を逸らした。そして、もう一度頭の中で繰り返す。

 相手はゴブリン。数はそれほど多くない。最下級の白磁等級でも、五人もいれば滅多なことは起こらない……はずだ。

 

「じゃあ俺たちは出発しますね、お姉さん」

「はい、お気を付けて。準備は入念にしてくださいね」

 

 白々しいと、誰かが受付嬢に向けて言った気がした。まったくもって白々しい忠告だ。しかも、それをお決まりの愛想笑いを浮かべながら言ってしまえるお前は、いったい何者で何様なのかと。

 

 あなたは、もしかしたらこの子たちは死んじゃうかもなーって、そう思ってるくせに。

 

 再び受付嬢の耳元で聞こえた囁きは、今度は紛れもなく、彼女自身の声だった。

 

「ロープや松明、毒消しや水薬もお忘れなく。くれぐれも……気を付けて」

「ははは、わかってますって」

 

 ――いつからだろう、受付嬢の心に、そんな疑問が芽生えたのは。

 どんなに彼らの身を案じる言葉を重ねても、それは単なる自己保身のための言い訳に過ぎないのではないか。もしも彼らを不運が襲い、無残に全滅して物言わぬ躯になり果てたとしても、自分はあれだけ忠告したのだからという、単なる言い訳に過ぎないのではないか。

 いや、それどころか――

 

 新人冒険者の代わりはたくさんいるから、別にいいかなって思ってるのよね?

 銅や銀なら話は別だけど、白磁級「くらい」ならいくらでもいるし。

 あなたは、そういう冷たい「計算」ができちゃう女だものね?

 

「……違う」

「――え? お姉さん、なんか言いました? 聞き取れなかったんですけど」

「――!! あ、いえ、なんでも! なんでもないです! そう……なんでもないですよ」

「そうっすか? じゃあいってきます!」

 

 意気揚々とそう言った白磁等級の少年は、目の前にいる麗しい受付嬢の唇が、ごく僅かに震えていることには気付かなかった。

 そう、ここには誰も、受付嬢が表面に浮かべた愛想笑いを乗り越えて彼女の心のうちを推し量ろうとする人間はいなかった。――ただ一人を除いては。

 

「はい……いってらっしゃい」

 

 賑やかな空気と共に、少年たちはギルドから出ていった。

 その場に取り残された受付嬢の顔には、既に愛想笑いは浮かんでいなかった。

 

「あのガキたち、そろそろ死ぬな。アンタもそう思っただろ?」

 

 そして、横から投げかけられた無遠慮な声が、受付嬢の心臓に杭を打った。

 

「まだ二十歳前……十七か十八くらいか。若いのにご愁傷様ってとこだな」

 

 受付嬢は段々とうつむき、カウンターの下で、制服のスカートを強く握りしめた。

 

「まあ、白磁等級くらい、ギルドに『代わり』はいくらでもいるか」

「……違います」

「……なにが違うって?」

「くらいなんて、思ってません」

 

 無視を貫くと決めていたのに、受付嬢は男の挑発に乗ってしまった。彼女は不機嫌に満ちた声で、男に反論する。

 

「彼らだって、大切な冒険者です」

「そうだなァ、バカみたいに多い依頼を片付けてくれる、ギルドの大切な手駒だよ。アンタの言う通りだ」

「冒険者以前に、彼らも人間です。死んでほしいなんて思ってるわけ……」

「そうさ、アンタは死んでほしいなンて思っちゃいないが、アイツらが勝手に死ぬのは自由だもんな? わかってる。アンタはきちんと忠告したさ」

 

 ははははと、ひどく楽しそうな嗤いが、彼ら以外に人のいなくなったギルドホールに響いた。

 受付嬢は、うつむけた顔を上げることができなかった。それでも、こんな無責任なローグに、言われっぱなしではいたくない。何か言い返さなければと思い、彼女は痛々しい言葉を振り絞った。

 

「……今回の依頼では、通常のゴブリン以外は……ホブゴブリンもシャーマンも確認されていません。しかも集団は小規模で、白磁等級の冒険者が五名もいれば、後れを取る可能性は極めて小さいです」

 

 受付嬢がわざわざ論理に傾いた言い回しを使ったのは、そうすれば、このチンピラをやり込められると思ったからだろう。はっきりとそう自覚していたわけでなくとも、彼女は確かに、男に図星を刺されて悔しかったのだ。秘匿していた自分の心の内を読まれて、恥ずかしかったのだ。

 だが、受付嬢の意図は外れた。

 

「違う」

 

 男は受付嬢の論理を、一言で否定した。彼の口調は、それまでの皮肉に満ちた意地の悪い喋りから、どこかに芯の通った真剣な口調へと、ガラリと変わっていた。彼は行儀悪くカウンターに寄りかかっていた背筋を伸ばし、右手の人差し指と中指とで、受付嬢の手元にある依頼書を指した。

 

「依頼を出してきたこの村の周辺には、樹木のない平野が広がっている」

 

 そう言いながら、男の指が、村の周囲の地形を依頼書の上に描き出していくのが、受付嬢にも見えた。

 

「村から南に延びる街道沿いに、ゴブリンは出た。確かに、ホブやシャーマンは目撃されていない。しかし――」

 

 その口調は、受付嬢がほのかな想いを寄せる「彼」の口調に、どこか似ていた。

 

「では、奴らはどこから来たのか? どこを根城にしているのか? 繰り返すが、ここは遮るものが何も無い平野だ」

「あ――っ」

 

 そこで受付嬢は声を上げ、男が少し頷いた。依頼先の村人たちの言葉を鵜呑みにし、驚異の査定を間違っていたのかもしれない。受付嬢はそう思い始めていた。

 

「そうだ、ゴブリンがいる以上、どこかに奴らのキャンプがあると考えなければならない。そして、地図上ではわかりにくいが、この村の近辺の平野には、ところどころに窪地がある。加えて、地面に白い岩が露出している」

「そ、それだと……どうなるんですか?」

「……このあたりの岩は、雨に溶けやすい性質を持っている。まだ発見されていない地下洞があっても、おかしくはない」

 

 受付嬢は目を見開き、口元に手を当てて考えた。仮に男の言う通り、村の近くに発見されていない洞窟があり、目撃されたゴブリンたちが、その洞窟を根城にする集団の一部に過ぎないのであれば。

 

「俺の予想が単なる杞憂で、このゴブリンたちが単なる『はぐれ者』なのだとしたら、別に問題はない。あの白磁たちは生き残る」

「でも……でも、もしそうじゃなかったら……? 予想が正しかったら……?」

「…………」

「そうだ……ゴブリンたちは、荷車を引いていた牛を盗んでいったって……。食料にするために? でも――」

「小さな群れが、危険を冒してまで巨大な獲物を持ち去る必要はないな。単に腐らせるだけだし、奴らも、そのへんはわきまえている」

 

 それで伝えたいことは伝えたらしい。男は依頼書の上から指を離すと、元のようにカウンターにだらしなく寄りかかった。そして、思考をぐるぐると巡らせているらしい受付嬢の横顔を、じっと観察していた。

 受付嬢は、ギルドの入り口の扉に目を向けた。あそこをくぐって街を出ていき、そして二度と帰らなかった冒険者など、彼女が受付嬢になってから数えても、無数にいる。もしもさっきの彼らを不運が襲っても、その数がほんの少し増えるだけだ。それだけのことに過ぎない。

 そしてその数字が、受付嬢の背中に、決して消えない重荷となってのしかかるだけだ。

 

「さぁ、アンタはどうする?」

 

 どうもこうもない。依頼書から隠れた脅威を読み取るのも、冒険者の才覚なのだ。冒険者である以上、あの少年たちも、それを飲み込んで依頼を受けたはずだ。でもせめて、今からでも彼らに追いついて、ここでこの男と話したことについて忠告してあげるくらいなら。

 

「あの……」

「なんだ?」

 

 しかし、受付嬢はここを離れることができなかった。だから彼女は、最も手近にいた冒険者に、やむを得ず彼らへの伝言を頼むことにした。

 

「報酬は、私が出しますから」

 

 ギルドの経費は使えない。だが、伝言を頼む費用くらいは自分の財布から出せる。受付嬢はそう考えて、男に報酬額を提示した。

 

「いやだね。それじゃ額が足りん」

「な――!」

 

 そんなはずは無いのに、男は受付嬢の頼みをあっさりと断った。男はカウンターに背中を預けたまま、ニヤニヤと笑っている。

 結局、このローグはこういう男なのだ。さっきの丁寧な説明も、受付嬢の不安を煽り、彼女が狼狽して慌てる様子を見たいから、そうしたに過ぎない。憤慨した受付嬢が、なら自分で彼らを追いかけますと言いかけたとき――

 

「前に言ったろ? アンタが報酬を払ってくれるなら、金じゃなくって身体でどうだ? 安くしとくぜ?」

 

 男は追い打ちをかけるように、とぼけた声を出した。それを受けて、ついに受付嬢は大声で叫んだ。

 

「ふざけないで!!」

「ふざけてねーよ」

「~~~~っっ!!」

 

 受付嬢の気持ちは昂り、危うく目の前の男に平手打ちをかましそうになった。実際に、右手を高々と振り上げるところまでいった。しかし、鍛えられた冒険者に、非力な受付嬢の平手が届くはずがない。ひょいと躱されるか、簡単に腕を掴まれるのがオチだ。

 

「どうして、あなたは……そんなふざけてばっかり」

 

 だから受付嬢は、上げた平手を力なく下ろすと、もう少しで泣きそうな声でつぶやいた。

 

「じゃ、身体で払うってことでいいか?」

「…………」

「そうだなぁ……まずは何をしてもらおうか」

 

 男が勝手なことを言っているが、もう怒る気力も失せた。

 

「ああ、そうだ、『愛想笑い』だ。それでいい」

「え……?」

「引き受けてやるから、俺にも愛想笑いしてくれよ。俺がこのギルドに来たときは、必ずな」

「は……?」

「成功報酬でいい」

 

 そう言うと、受付嬢がその言葉の意味を理解する前に、男はカウンターから背中を離し、ギルドホールから出ていった。

 

 受付嬢が男に頼んだ依頼のその後は、特に多くは語らない。

 ただ、男は依頼に失敗したらしい。

 白磁等級の少年たちは、前触れなく追いかけてきた怪しい外見の男の忠告に従わず、そのまま依頼のあった村まで行った。そして、家畜を盗みに来たゴブリンたちと戦い、二人の軽傷者を出したものの、全員が生還した。

 男と受付嬢が危惧した隠れた巣穴には、少なくとも彼らは遭遇しなかった。

 しかし、少年たちに遅れること二日後の深夜に例の男が帰ってきて、ギルドの中に入っていったのを見た者がいる。男の革鎧は、それこそ魔物の巣穴に潜ってきたかのようにズタボロだったそうだ。

 そしてその日以来、男がギルドに現れたときには、受付嬢は決して喜びはしなかったものの、愛想笑いだけは彼に見せてやるようになった。



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負い目

 ゴブリンスレイヤーは、幼馴染の牛飼娘の叔父が所有する牧場に同居している。同居とは言っても、ゴブリンスレイヤーが寝泊まりするのは馬小屋だ。牛飼娘がちゃんとした部屋に寝るよう勧めても、自分にはこれで十分だと彼は言う。

 ゴブリンを狩る仕事があるから、彼が常に牧場で寝泊まりしているわけではない。出先で野宿して、牧場には数日間帰らないこともザラにある。それでも、彼はできる限り牧場に帰ってきて、牛飼娘と一緒に食事をとるように心掛けていた。

 彼が「ゴブリンスレイヤー」になったのは、昔色々なことがあったからだ。あの日の凄惨な記憶、失った姉の想い出、そういったものが彼の中で、ゴブリンに対する消えない憎しみの炎へと変わり、彼から「普通の生き方」を奪った。だが、そんな彼ですら、幼馴染との平穏な日常は、決して失いたくないものだったのだ。

 その日の早朝、ゴブリンスレイヤーは、牧場に泊まった時の日課として、ゴブリンの足跡がないか目を凝らしながら、牧草地の周りを一周した。ゴブリンの足跡が無いことを確認すると、念のためにもう一周、今度は柵に破損個所がないかどうか確認しながら、ゆっくりと歩いた。

 そのときに、彼はあるものを見つけたのだ。

 

「……ん? これは……」

 

 その場にしゃがみ込んだゴブリンスレイヤーが、鉄兜のバイザーの隙間から見ているのは、柵の「補修箇所」である。そう、彼はその朝、「柵の破損した部分」ではなく、「既に柵が修繕された跡」を発見したのだ。

 一度壊れた柵が、真新しい木の板と杭で補修してある。丁寧な仕事だ。他の場所よりも、その部分のほうがむしろ頑丈になっているほどだ。しかしゴブリンスレイヤーには、自分がここを修繕した記憶はなかった。彼は修繕された部分を手でなぞりつつ、誰がこれをやったのかと考えた。

 牛飼娘ではない。彼女には少し不器用なところがあって、これほど綺麗に高さや幅を揃えて、柵を修理することはできない。牛飼娘の叔父の仕事とも思えなかった。まして、ゴブリンの仕業であるはずがない。

 だが、これは何かの予兆かもしれない。ゴブリン共は狡猾だ。それも、日を追うごとに狡猾になっていく。奴らの侵入を防ぐためには、どんな些細な違和感も見過ごしてはならない。ゴブリンスレイヤーは立ち上がると、周囲をじっくりと見渡し、牧場の周囲をさらにもう一周した。

 

「ああ、それね。それはお隣さんにやってもらったの」

 

 牧場の破損個所の謎は、案外にあっさりと解けた。朝食の席で、牛飼娘がその答えを教えてくれた。

 

「お隣……?」

「もうっ! また忘れてる。向こうの小屋に引っ越してきた人のことだってば」

「ああ、そいつか」

「うん。君がいない日にね、牛が寄りかかって柵が壊れちゃったんだけど、あたしが困ってたら、『代わりに直してやるよ』って。チーズのお礼だってさ」

「チーズ……?」

「引っ越しのお祝いにお隣さんにあげた、うちの牧場のチーズのこと」

 

 引っ越し祝いかと、ゴブリンスレイヤーは思った。彼は近所づきあいには無頓着だが、「普通」に村で暮らす以上は、そういうことは大切なのだろう。ここのチーズはそこらの町で手に入るものより上質だから、喜ばれたに違いない。

 

「そのお隣さんは、冒険者なんだったな」

「あ、やっと興味がわいた? そうだよ、あたしたちよりも少し年上の男の人」

「等級は?」

「え? 等級? ……ってなんだっけ」

「冒険者なら、首から認識票を下げていただろう」

「あ~、そうかも。うん、そうだった。君が付けてる銀色のやつみたいなのね」

「その男の認識票の色は?」

「え~っと、灰、色? ただの鉄みたいに見えたけど」

 

 それはつまり、鋼鉄級の冒険者だ。決して高い等級ではないが、白磁や黒曜よりも、ずっと仕事に慣れている。

 

「それがどうしたの?」

「いや」

 

 ゴブリンスレイヤーははぐらかしたが、彼は少しほっとしていた。ゴブリン討伐に出かけているとき、もしも自分が不在のあいだに、牛飼娘の牧場がゴブリンに襲われてしまったらどうするという思いに駆られることがある。しかし、自分はゴブリンを根絶やしにしなければならない。不安だからと、常に牧場娘の傍にいるわけにはいかなかった。

 この牧場の近場に自分以外の冒険者が住んでいるなら、それなりに安心できるのかもしれない。

 

「……私は、ちょっとどうかと思うが」

 

 朝食が済み、牛飼娘が片付けのために席を立ったタイミングで、それまで黙っていた牛飼娘の叔父が、ぼそりとつぶやいた。

 

「このあたりに、そんなまともじゃない人間が増えるのは。……あの娘にも、あまり近づいて欲しくはない」

 

 それは彼の本音なのだろう。もともと彼は、冒険者という人種に良い印象を抱いていない。目の前にいるゴブリンスレイヤーも、その冒険者の一人だ。

 

「……今日も、行くのかね」

「ええ、ゴブリンはすぐに増えますから」

「……そうか」

「あっ、もう行くの? ごめんね! 今日は牧場の仕事が忙しいからついていけないけど、気を付けてねっ!」

 

 男二人のあいだに流れる重苦しい空気を、洗い場から聞こえる牛飼娘の声が吹き飛ばす。

 ゴブリンスレイヤーは支度を終えると、街へと向かって歩きだした。その際、今朝がた目を止めた柵の補修箇所が、再び彼の視界に入った。

 

「…………」

 

 しかし、彼は特に何をするでもなく、すぐに目を切って歩みを再開した。

 ゴブリンが現れる時には予兆がある。気付いたら、奴らは人間の領域のすぐ傍にまで忍び寄っている。――だが、これはゴブリンの仕業ではないと分かったのだから、彼にとってはどうでも良い事柄になった。

 それよりも、今日もどこかで忌まわしきゴブリンたちが蠢き、その数を増やしている。それを駆逐するほうが、はるかに重大な問題なのだ。

 

==

 

「ねぇねぇ、神官ちゃん。久しぶりにあたしたちとパーティー組まない?」

 

 冒険者たちが行き交うギルドのホールで、人にぶつからないように壁際に立っていた女神官は、一党に加入しないかという誘いをかけられた。誘いをかけてきたのは、すっかり顔見知りになった武闘家の少女だ。

 

「パーティー、ですか?」

「うんっ! あ、でも、もう当てがあった? なら無理にとは言わないんだけど」

「いえ、別にそれは……」

 

 歯切れ悪く答えながら、女神官はホールの中を見渡した。「彼」の姿はそこにない。女神官が朝にギルドを訪れてから、もう昼になろうとしていたが、あの特徴的な鉄兜は見当たらなかった。

 

「神官ちゃんが探してるのは、ひょっとしなくても、ゴブリンスレイヤーかな?」

「え?」

「あ、やっぱり」

「ど、どうして……」

「だって有名だもん。あの、これまでずっとソロでやってきたゴブリンスレイヤーが、美少女神官とパーティーを組んだって」

「美少女?」

 

 女神官が首を傾げると、武闘家が「うんっ」と快活に頷く。武闘家の後頭部で結わえられた髪が、軽やかに揺れた。

 

「美少女というのは、わかりませんけど……わたしとゴブリンスレイヤーさんは、別にパーティーを組んだわけじゃないんです。……ただ、わたしが勝手に付きまとっているだけで」

「あれ、そうだったの?」

「はい……」

 

 自分で言っていて、女神官は少しみじめな気持ちになった。そもそも彼女は、初回の冒険のときにゴブリンスレイヤーに命を救われ、それ以来、彼と一緒に何度か冒険した。だが、それはあくまで、女神官が半ば強引に彼についていったというに過ぎない。

 ゴブリンスレイヤーは、そもそも人と群れるような性格の持ち主ではないのだから、タイミングが合わなければ、今日のように女神官が置いていかれることはままあった。

 シュンとうつむいた女神官の顔を、武闘家の少女が見下ろして言った。

 

「ふ~ん……でも、そうなら余計に都合がいいよね?」

「何がですか?」

「あたしたちと神官ちゃんがパーティーを組んでも、ゴブリンスレイヤーは怒らない、ってこと」

 

 女神官が抱くゴブリンスレイヤーへの思い入れと、ゴブリンスレイヤーが女神官に対して抱いているそれとは、大きさや重さがかなり異なっている。そう指摘された気がして、女神官の胸はしくりと痛んだ。そんな女神官の様子に気付いているのかいないのか、武闘家はさらに言葉を続けた。

 

「そんなに気にすることないよ? 別に、ずっと同じ相手と組まなきゃならないなんてルールは無いんだから。たまには、他の冒険者と仕事してみるのも、悪くないでしょ? そのほうが経験も積めるしね」

「それは……」

 

 確かにそうなのかもしれないと、女神官は思った。冒険者の中には、どこかの一党の穴を埋める、助っ人のような役割を専門にする者もいる。何より、来るかどうかわからない人間をいつまでも待って、待ちぼうけするのは馬鹿らしい。

 

「えと、わたしたち……というのは、武闘家さん以外にも、どなたか? あの眼鏡の魔術師さんですか?」

「うん、あの子も一緒。それとあと、もう一人。神官ちゃんも合わせて、全部で四人パーティーってことだね」

 

 この武闘家とあの魔術師を含めた四人組ということを聞いて、女神官は初回の冒険のことを思い出した。

 あのときも四人で冒険に出かけ、ゴブリンの巣の中で危うく全滅しかけたのだ。女神官は、あのときとは比較にならないほど場数を踏んだ。ゴブリンスレイヤーの薫陶を受けて、生き残るための術もたくさん学んだ。――きっと、今日まで生きているということは、武闘家と魔術師もかなり経験を積んだのだろう。しかし、冒険が無事に済むかどうかは、一党の最後の一人というのがどういう人間かによると、女神官は考えた。

 

「あの、あともう一人というのは、どういう方なのですか?」

 

 そうやってはっきりと確認したのも、冒険者としての女神官の成長の証と言える。彼女の問いかけを受け、なぜか武闘家の少女は、恥じらうように少し頬を赤らめた。

 

「うん……実はね、その人が、あのときあたしたちを助けてくれた人」

「あ――」

 

 なるほどと、女神官は腑に落ちた気がした。武闘家は、はにかむ笑顔を浮かべ、指でぽりぽりとこめかみを掻いた

 

「えへへ……うん、そうなの。神官ちゃんがゴブリンスレイヤーと冒険してたみたいに、あたしたちはあたしたちで、あのとき助けてくれた人と、ずっと冒険してたんだ」

「そうだったんですね」

「うん。鋼鉄等級だけど……すっごく頼りになる人だから、心配しないで」

 

 鋼鉄はゴブリンスレイヤーの銀等級から見れば、かなり劣る。だから武闘家はそんな風に言ったのだろうが、自分と比べれば経験豊富なのは間違いない。むしろ、自分のような白磁の冒険者が組む相手としては、適切なのかもしれない。

 

「受ける依頼の内容も決まってるの。森の中の放置された砦に巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)が巣を作ったらしくて、その駆除ね」

 

 聞く限りでは、依頼の難度も手ごろだった。大きな虫を相手にするのは嫌だが、ゴブリンの巣穴で凄惨な光景を目にするよりは、いくらかましだろう。

 女神官には、ゴブリンスレイヤーが知らないところで経験を積んで成長し、彼を驚かせたいという気持ちもあった。それと、自分が別の人間と一党を組むのを見て、少しは彼に慌てて欲しいという子供じみた考えもあった。それに、あのとき大失敗に終わってしまった初回の冒険を、彼女たちと共にやり直してみたいという思いもあった。

 だから彼女は、最終的に武闘家の誘いに頷いた。

 

「わかりました。わたしでよければ、皆さんの力にならせてください」

「ほんと? やったぁ!」

 

 武闘家は、手を叩いて大げさに喜んだ。そうされると、女神官も悪い気はしなかった。

 しかし、武闘家と共にギルドホールを出て、魔術師と「もう一人」に合流した女神官は、そこに立っていたどこか見覚えのあるガラの悪いチンピラを見て、さすがに怯えていた。

 

==

 

 快晴の空の下に、どこかねっとりとした響きを帯びた、馴れ馴れしい男の声が聞こえていた。

 

「なぁ神官ちゃん、そんなに緊張すンなって」

「は、はい……」

「心配しなくても、ここに魔物は出ねーからさ」

「そ、そうですね……」

 

 男の言葉に返事をしつつ、女神官は金属製の錫杖を身体に抱くように握りしめた。

 男の言う通り、女神官を含む四人組が歩いているここは、交易馬車も良く通る、整備された街道だった。魔物はこの周囲には生息していないはずだし、追剥野党の類が出たという情報も聞かない。その上まだ日が高く、それほど警戒を厳にする必要はなかった。

 しかし、女神官が警戒しているのは、他ならぬ男自身なのだ。

 

(まさか、もう一人の冒険者っていうのが、こんな人だったなんて……)

 

 きっと20代後半くらいの年齢だ。剃り込みの入った短髪と右頬を縦に走る傷痕が威圧的な、ならず者然とした外見の冒険者。ゴブリンスレイヤーがまとうストイックな雰囲気とは対照的な、だらしない空気を漂わせている。口調も態度も馴れ馴れしく、年頃の女神官に対して、警戒するなと言うほうが無理であった。

 

「つっても、あんま離れられると守りにくいからなァ、もうちょいこっちに寄ってくれるか?」

「え? ええ? ひゃぁ――っん!」

 

 横から伸びてきた男の手を、女神官は避けることができなかった。その手が肩に置かれた瞬間、女神官の身体はビクリと跳ね、口からは、まるでしゃっくりのような奇声が漏れた。

 

(い、今の、聞かれちゃった!?)

 

 女神官は、今の声が後ろの二人に聞かれなかったかを気にして、咄嗟に振り向いた。そのせいで男の腕を振りほどくのが遅れ、彼女は男の胸元に、グイっと引き寄せてしまった。

 

「あ、あの、そんな、そんなの、やめてください」

「あー? なんでだ?」

「だ、だって、その、こんなのって」

 

 しどろもどろになりながら、女神官は男の胸を手で押し、彼から離れようとした。しかし、男の腕の筋肉はガッシリとしていて、女神官が細腕で抵抗したところで、ビクともしない。そうやって抵抗するあいだも、女神官は後ろを歩いている武闘家と魔術師の様子を、チラチラと窺っている。今の自分が彼女たちにどう見えてしまうのか、気になってしょうがなかった。

 

「その話って本当なんでしょうか? (かみ)森人(エルフ)なんて、このあたりで見かけるような種族じゃありませんよ?」

「いや、でも見た人がいるって。大弓使いの、他の森人より耳の長い森人」

「大弓……さながら妖精射手ですか。眉唾物ですね」

 

 だが、武闘家と魔術師は、女神官と男に奇異な視線を向けるでもなく、何気ない会話をおこなっている。ひょっとしたらあの二人には、目の前で自分が男に抱き寄せられている様子が見えていないのだろうかと、女神官は訝った。そんなはずは無いのに。もしも街中でこんな風に男性に肩を組まれている女性がいれば、普通は驚いて振り返ってしまうだろう。少なくとも、女神官の常識ではそうだった。

 

「ほらほら、身体が強張ってるぜ? 力抜けよ」

「や、やめて、お願いですから」

 

 辛うじて、女神官の足は前に進んでいたが、彼女の声はか細く、目尻には、じんわりと光るものが浮かんでいた。それは怯えや恐怖による涙というよりも、男に肩を揉まれるたびに身体が敏感に反応するせいで、独りでに浮かんできた涙と表現するほうが適切である。

 それでも、男が単に女神官に性的嫌がらせを働いていたのではないということは、もしも空から四人を見ればわかったはずだ。前衛に属する男と武闘家が、後衛に属する女神官と魔術師をそれぞれ守る二人一組(ツーマンセル)。ふざけているのは事実だが、ある程度は理にかなった隊形を組んでいると評価できなくもない。

 それに、女神官がこの男を単なるチンピラだと断定し、多少強引でも彼の腕を振りほどいて、ここから逃げ出すことができない理由は、他にもあった。

 

「止まれ」

 

 整備された街道を逸れ、森に向かう獣道に入ったときだった。急に男が真面目な声を出すと、女神官以外の一党の足並みがピタリと止まった。

 

「きゃっ!?」

 

 女神官は、男に軽く突き飛ばされた。よたよたと後方に下がった彼女を、武闘家の少女が受け止める。臨戦態勢の雰囲気を発散している武闘家は、無言のまま女神官を背後にかくまった。

 

「大丈夫ですよ」

 

 女神官に小さく声をかけたのは魔術師だ。彼女は女神官に余裕のある微笑みを見せてから、眼鏡の奥の目をキリっと引き締め、呼吸を整えて呪文を唱えられる体勢を作った。

 しばらくのあいだ、草が風に揺れるさわさわという音だけが聞こえていた。

 

「…………――何かいるな。まだ遠いが」

 

 男のつぶやきを、女神官は聞いた。身を低くした男が何をしているかと思えば、彼は周囲の気配を探り、索敵を行っていたのだ。

 

「道を変えるぞ」

 

 戦うと言いだすかと思えば、男は意外にあっさりそう言った。そして躊躇なく、元来た道を引き返し始める。武闘家も魔術師も、文句の一言も言わずそれについていく。女神官は、慌てて彼らの後を追った。

 

「なぁ、神官ちゃんは、街のどこに間借りしてんだ? 教えてくれたら遊びに行くぜ?」

「え、えっと、そ、そんなこと言われても、こ、困ります……」

 

 女神官が察知することすらできなかった脅威から離れると、男は再びヘラヘラと笑い、軽口を叩き始めた。

 索敵していたあのときの、男の真剣な表情。その際に武闘家と魔術師が見せた、彼への信頼を思わせる行動。そういったものがごちゃ混ぜになって、女神官はこの男にどういう評価を下すべきなのか分からず、困惑したまま彼と行軍を続けた。

 

「はい、どうぞ。あなたの分です」

「あ……すみません……」

 

 焚火がパチパチと弾ける夜の野営地で、女神官は、魔術師に差し出されたスープの器を、両手で受け取った。

 少し離れた場所からは、小川がせせらぐ音が聞こえてくる。依頼の目的地である森に入る前に、一党はここで休息をとることにしたのだ。

 

「少し疲れた顔をしていませんか? 身体に不調があれば、遠慮なく仰ってくださいね」

「あ、ありがとうございます……お気遣いいただいて」

「ふふっ、パーティーメンバー同士なんですから、当然のことですよ」

 

 昼間は何度か男が足を止めて、そのたびに大小の迂回をしたものの、そのお陰なのか、戦闘は一度も発生しなかった。それでも女神官がこれほどまでに疲れた表情をしているのは、肉体よりも精神的な疲労のほうが原因だ。

 

「見張りはあなた以外で回しますから、今日はゆっくり体を休めてください」

 

 魔術師の言葉は皮肉ではなく、純粋に女神官を気遣っている。繰り返し詫びと礼を言い、彼女から受け取った暖かいスープをすすりながら、女神官は不思議に思った。

 

(わたし……嫌われてると思ってたのに)

 

 そう、あの初回の冒険のとき、眼鏡の魔術師は女神官のことを邪険に扱っていた。オドオドと怯える女神官にきつい視線を向けて、足を引っ張られるのは迷惑だという露骨な態度をとっていた。

 なのに今は、そういう空気を全く感じない。それは、魔術師の女神官に対する印象が変化したからというよりも、魔術師がある種の「余裕」を身に着けたからのように思えた。人間は成長する。そういうことなのだろうか。

 

「美味しい……」

 

 女神官は、ほっと息を吐きながらつぶやいた。すると、彼女が腰かけにしている倒木の横に、魔術師も腰を下ろしてきた。

 

「ありがとうございます」

「えっ、あ……」

「少し、塩が足りないかもと思ったんですが」

「そんなことありません。美味しい、です」

「なら、良かったです」

 

 今の野営地には、女神官と魔術師以外は見当たらない。男と武闘家は、野営地の設営が済むと、念のため周囲の索敵に出かけた。だが、それほど遠くに行ったわけではなく、すぐに戻ってくるだろう。

 つまりこのひと時は、女神官と魔術師が二人きりになる貴重な機会だった。

 

「あ、あの」

「どうしました?」

「わたし、あなたにずっと言いたかったことがあって」

 

 焚火の明かりが生み出す独特な雰囲気にも後押ししてもらい、女神官は勇気を振り絞って口を開いていた。

 

「言いたかったこと……? なんでしょう」

「あのとき、ゴブリンの巣穴で、あなたたちを見捨てて逃げたことです」

 

 初めて冒険のとき、女神官は、ゴブリンのナイフに腹を裂かれ、倒れた魔術師を放置して逃げた。それより前に、幼馴染の少年剣士がゴブリンに殺された直後にも関わらず、気丈にもここは自分が食い止めると言った武闘家を見捨てて逃げた。

 

「ごめんなさい……」

 

 結局、お互いに命は助かった。しかし、だからと言ってあのときの行動が赦されるとは、女神官は思っていなかった。

 

「一人で助かろうとして、ごめんなさい」

 

 スープの器を両手に持ったまま、項垂れて懺悔する女神官の声は、可哀そうなくらい震えていた。

 

「もしかして、あなたはそれで、今回の私たちの依頼に同行してくれたんですか?」

「…………」

「気にしないでください。あのときは、私たちが未熟だっただけです。お互いに、ね? それに、あの依頼にあなたを誘ったのは、私たちですから」

 

 魔術師の手が、女神官の背中を優しくさする。女神官の視界は滲み、危うくスープの中に涙が落ちそうになった。

 

「ほら、泣かないで。顔を上げて」

「――ぐすっ。……はい。……えへへ」

 

 女神官は指で涙をぬぐいながら、笑顔を浮かべた。ほんの少しだけ、胸が軽くなっていた。魔術師は、そんな女神官に慈しむ顔を向けながら、「それに」と言った。

 

「――あのときあそこにいなければ、きっと、今の私は無かったでしょうから。だからこれでいいんです」

 

 武闘家の少女もきっとそう言うに違いないと、魔術師は付け加えた。

 そう言い切れる彼女のことを、女神官はすごいと思った。同時に、彼女たちを助けてくれて、自分が彼女たちに謝る機会を与えてくれたあの男のことを、外見や表面的な態度だけで判断してはならないと反省した。

 それから、男と武闘家が野営地に戻ってきて、一党は同じ焚火を囲んで夕食を取った。そのあとテントの寝袋に収まった女神官は、久しぶりに晴れやかな気持ちで眠りに付くことができた。

 

 しかし深夜、彼女は何か物音を聞いたような気がして、ぱっちりと目を開けた。



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蜘蛛の砦

(……ん)

 

 暗闇の中にぼんやりと、布張りの天井が見える。ぼーっとしていた女神官は、ややあって、自分がいまいるここが野営地のテントの中だと思い出した。

 

(何だろう……目が覚めちゃった)

 

 感覚からして、まだ夜明けの時間は遠い。なのに、やけに目が冴えている。

 しかし、野営中の睡眠は大切だ。女神官はゴブリンスレイヤーに教えられたことを思い出して、眠れなくとも目だけは閉じ、そのままじっとしていた。

 

「……んぅ」

 

 だが、身体がムズムズして、妙に落ち着かない。そう、なんだか興奮してしまっている。水でも飲めば、あるいはテントの外に出て、夜の冷たい空気を吸えば、スッキリして落ち着くかもしれない。そう考えた女神官は、寝袋からもぞもぞと這い出ると、最低限衣服を整え、長い金髪を手で撫でつけた。

 女神官の隣では、武闘家が安らかな寝息を立てている。さらにその隣には、魔術師の寝袋がある。――しかし、これは空だった。

 女神官は、それを異常事態だとは考えなかった。きっと、今は魔術師が見張りをする順番なのだろう。そう思っただけだ。彼女は寝ている武闘家を起こさないよう、そっと這うようにして、テントの入り口の布を上げた。

 

(……あれ? あの背中って……)

 

 テントの外のほうが明るいのは、空に満天の星が瞬いているのと、焚火の火が絶えていないからだ。女神官は、その薄明かりの中に浮かび上がる、例の「ならず者(ローグ)」の背中を見た。どうやら彼は、焚火の前の丸太に腰掛け、火の番をしているようだ。

 女神官はテントを出る前に、もう一度自分の衣服を確認した。今の彼女は、下着姿というほどではないが、昼に着ていた神官依の上着部分などを脱いだ、比較的露出の多い格好をしている。膝上まで覆う白いブーツも脱いでいるから、普段は人目から隠されている滑らかな生足も丸見えだ。

 

(……まあ、これくらいなら、失礼ではないですよね)

 

 女神官は、心の中で頷いた。今の自分の姿は、人前に出ても許容される範囲内であると、彼女は判断した。――ただし、それを「男」の前に晒すということの是非については、それほど重くとらえていなかった。昼間はあれほど、男のことを警戒していたというのに。彼女がまだ「少女」であるがゆえに、そのあたりの自己判断には、間違った基準が含まれていたと言わざるを得ない。

 とにかく、女神官は改めてテントの入り口の布を上げ、そこから外に出ていこうとした。入り口は狭いから、ちょうど四つん這いになるような姿勢で。そして、彼女が体半分ほどを外に出したとき、男が何かを口にした。

 

「お~……イイ感じだわ」

 

 女神官の動きが止まる。

 男のその台詞は、女神官に向けて言われたものではなかった。女神官が見ている男の背中の向こう、おそらくは彼の正面に、誰かがいる。消去法で言えば、それは魔術師に間違いない。

 

「お前もチンポしゃぶるのが上手くなったじゃねぇか。あ~……たまんねぇ……」

 

 「チンポ」、「しゃぶる」――スラング混じりの言葉には、神殿育ちの女神官が理解できない部分もある。しかし、男がとても気持ち良さそうにしているということは、女神官にも良く分かった。

 そこでいったい何が行われているのかを完全に把握する前に、本能的に、女神官はゴクリと喉を動かし、口の中の唾液を飲み込んだ。

 

「ちゅ……♡ れろ……♡ ちゅるぅ……♡」

 

 男の背中越しに、(リーチ)が這いずるような水音が、かすかに聞こえる。それに続いて、姿の見えない魔術師の声だけが、女神官の耳に届いた。

 

「もう……♡ こんなとこでシて欲しいなんて、あの子にバレたらどうするつもりですか? ちゅ……♡」

「へっへっへっ、ワリぃワリぃ」

「本当に悪いなんて、思ってないくせに……。どうしようもない人ですね……♡ このおチンポもどうしようもない……。出発前にあんなに射精したのに、もうガチガチなんだから……♡ ちゅ……っ♡ ちゅぅ……♡」

 

 それは確かに魔術師の声ではあったが、女神官が知っているはずの彼女の声とは、大きく異なっていた。昼間の魔術師の声にあった、理知的で少し冷たい響きはそこになく、ねっとりとした艶と媚を含んだ音色が、そば耳を立てている女神官の耳孔をくすぐった。

 

「ちゅる……♡ まあ、男性冒険者の性欲処理も……ちゅ♡ 野営中の重要な問題だとは、理解しているつもりですけど……♡ はむ……♡ れぇ……♡ じゅるる……♡」

「へっ、優等生ぶったこと言ってるがよ、お前もしゃぶりたくて仕方無かったんだろうが。ひっでぇチンポ面だぜ?」

「ちゅばっ♡ そんなことっ♡ じゅるるっ♡ ないっ♡ じゅっ♡ れろぉ♡」

「あー、そろそろ出るわ。おい、ぶっかけるぞ」

「――ちゅぽんっ♡ ふぁい……♡ わかりまひたぁ……♡」

 

 男はおもむろに立ち上がった。そのとき、女神官の目に、男の股のあいだの向こうで、何かを待ち望むように口を開けて舌を出し、両手を口元に添えた魔術師の顔が映った。そして、ほとんどそれと同時に、男が獣のような吠え声を上げる。

 

「うっ!!!! オっ!!!! おおっ!!!!」

 

(――!?!?)

 

 「それ」を目にしたときの女神官の驚愕は、並大抵ではなかった。男がビクビクと腰を震わせたかと思うと、男が噴射させた白い何かが、ボタボタ、べちゃべちゃと魔術師の顔に降りかかった。そして、魚介類を思わせる生臭い臭気が野営地に漂い、女神官の鼻を刺す。その臭いを嗅いで、さっきから暴れまわっていた女神官の小さな心臓は、さらに荒れ狂った。

 男が魔術師の顔に向かって放出した「体液」の正体に、女神官は心当たりがあった。なぜなら、彼女はそれを、何度か目にしたことがあったからだ。そう、ほかならぬゴブリンの巣穴で、ゴブリンに犯され孕み袋にされてしまった女性たちの身体にも、あれと同じ粘液が振りかけられていた。

 

(あ、あれって……せい、えき?)

 

 それが胎に入れば、女は子を宿してしまうのだと、女神官は知っていた。

 それにしても不思議だ。ゴブリンの巣でその匂いを嗅いだときには、彼女は吐き気しか催さなかった。今もそのときと同じ――いや、もしかしたらゴブリンの精液よりも「濃い」、鼻が曲がりそうな匂いが漂っているというのに、女神官の愛らしい鼻は彼女の意思とは無関係にひくついて、その空気を肺一杯に吸い込んでいた。

 

「じゅるる……っ。もう……またこんなにたくさん出して……ずぞぞっ、眼鏡にもかかったじゃないですか……」

 

 魔術師は男に抗議しているように見えて、本当には嫌がっていない。両手に受け止めた精液をすする彼女の瞳には、嫌悪の色は微塵も浮かんでいないのだ。むしろその顔には、幼子の悪戯をやんわりたしなめる姉のような、柔らかい微笑みが浮かべられていた。

 

「あーわりぃ、でも、お前みてぇなお高く留まった感じの女にぶっかけると、マジ興奮するんだよなァ」

「本当にしょうがない人ですね」

 

 全く反省の意志が感じられない、形だけの謝罪。普通ならば、顔を真っ赤にして憤慨するのが当然の暴言。それを男にぶつけられても、魔術師は怒らなかった。それどころか、彼女は淡く頬を染めると、チラチラと男の顔色をうかがいながら、何かを期待するような問いかけを男に投げた。

 

「それで……どうしますか? 今夜はもう終わりにしますか?」

「逆にお前は終わりでいいのかよ?」

「もうっ」

 

 良くないですと魔術師は言った。そして彼女は、膝立ちの姿勢で男の足元ににじり寄ると、また例の水音を響かせ始めた。

 

「ちゅ……♡ じゅる……♡ はぁむ……♡ はぁ……♡ まだこんなに硬い……♡ ねぇ……」

「んー?」

「……はぁ、はい、わかりました。私がオネダリすればいいんですよね? お願いします。あなたのおチンポ、おマンコに挿入してください……♡ お腹、疼いちゃってるんです……このまま眠れるわけありません……♡」

「仕方ねぇなぁ。ハメてやるからケツ向けろよ。立ちバックでブチ犯してやる」

「はい、ありがとうございます♡」

 

 湖畔の温泉宿のときと同じだ。女神官は瞬きすることも忘れ、その光景に見入っていた。少し開いた彼女の口は、荒く浅い呼吸が繰り返している。顔は首元まで赤くなり、全身に汗がにじんでいた。

 

(あれって、おちんちん……? 人間の……男の人の……)

 

 魔術師と男の位置関係が変わったことで、女神官の位置からも、それがはっきりと見えてしまった。張り詰めていて、反り返っていて、魔術師の唾液でテラテラと光っていて、発情したゴブリンたちのものとは、似ているようで感じが違う。

 テントの入り口で四つん這いになっていた女神官の太ももが、もじもじと動いた。下着の奥から、何かがじわっと溢れてくる。無意識のうちに、彼女は自分のスカートの下に、片方の手を滑り込ませていた。

 薄暗く、さすがに細かいところまでは判別できなかったが、魔術師がローブをまくり上げ、長い脚と尻を、男の前で晒したように見えた。男はそんな魔術師の背後に立ち、彼女の髪を手で撫でると、耳元で何事かを囁いていた。

 

「はい……私もです……♡ 大好きです……♡ 愛してます……♡ 孕んじゃってもいいですから、早くぅ……♡」

 

 男の囁きに対する、それが魔術師の答えなのだろう。彼女はとてもうっとりとした表情で、シロップのように甘く蕩けた声を出した。――それは、背後の男に何もかもを捧げてしまった、メスの声だった。

 

「あっ♡ は、はいるっ♡ 太いおチンポ、はいってくるっ♡ あっ♡ ああっ♡ ひっ♡ あ~~~~っ♡」

「ふぅ……ドロッドロじゃねぇか。挿れただけでイったのか?」

「は、はいっ♡ はいっ♡ 甘イキしまひたぁっ♡ あっ♡ あ~~~っ♡ あ゛~~~~っ♡ イ、イクのつづいてるっ♡ おなかっ、あなたのチンポでよろこんじゃってるっ♡ んお~~~っ♡」

 

 あれでも、彼女なりに精一杯声を抑えているつもりなのだろう。しかしそのメス声は、女神官の耳にもしっかりと届いていた。愛情、満足、幸福、悦楽、快感――あそこで行われている行為を実体験したことのない女神官にも、魔術師が何を感じているかは、考えずともわかった。

 

(え、エッチしてる。二人がセックスしてる。あれがセックス、セックスなんだ)

 

 着衣での行為で、ほとんど素肌は見えないが、温泉宿のときのように湯気に視界を遮られてはいない。

 背後から魔術師の両手首を掴んだ男が、リズミカルに腰を動かしている。男はそうして、バキバキに勃起した男性器で、魔術師の中を掻き回しているのだ。

 

「んおっ♡ ひっ♡ あっお♡ い゛~~っ♡ お゛ーっ♡ お゛ーっ♡」

「ハっ、お前、学院でも優秀だったんだろ? こんなチンピラにハメられて、情けなくアヘヨガってていいのかよ? そんなんで呪文とか唱えられんのか?」

「いいっ♡ いいのっ♡ 気持ちイイからいいのっ♡ このチンポ入れられてると、生きてる感じするからいいんだもんっ♡♡ あなたとのセックス大好きだからいいんだもんっ♡♡ 魔術とかどうでもいいっ♡♡」

「あ~あ、可愛いこと言っちゃってよ。じゃ、お望み通りハメ壊してやっかな」

「うんっ♡ うんっ♡ ハメてっ♡ ハメ壊してぇっ♡ お゛っ♡ んお゛お゛っ♡ ひぃいいっ♡♡♡」

 

 今の魔術師は、魔術の技を積むために学院で学び、そこでも優秀と認められた才媛とは思えない。ただ本能に忠実に腰を振り、歯を食いしばって激しくイキ悶えるだけの動物だった。男のチンポに隷属することを望み、彼と一緒に気持ち良くなることを最優先に考える浅ましい性奴隷だった。

 しかし女神官は、今の魔術師以上に幸福そうな女性を、今日のこのときまで見たことがなかった。

 女神官は二人のセックスに見入りながら、下着の下に滑り込ませた手を、もぞもぞと動かしていた。湖畔の温泉宿で覚えた自慰行為を、彼女はここでも行っていた。あれから、宿の部屋で一人で致してしまったこともある。しかしそのたび信仰する地母神に対する後ろめたさがつのったし、それ以前に、あの露天風呂で覗き見しながらしたオナニーほど気持ち良くはなれなかった。

 

(すごっ♡ いっ♡ これ、イケそうっ♡)

 

 あのとき以来、望んでも手に入らなかった絶頂を、女神官は手にしようとしていた。あまりにも夢中になったせいで、このテントの中に、自分以外にもう一人の少女がいることも忘れて、せわしなく手を動かした。

 

「あーヤッベぇ、ザーメン昇って来たわ。ナマ出しすっけどいいよな?」

「は、はいっ♡ もちろんですっ♡ あなたの濃いこだね、わたしのナカに吐き散らしてくださいっ♡♡」

「ガキができても堕ろすんじゃねぇぞ? 産んで育てろよ?」

「産むっ♡ 産みますっ♡ 可愛がって育てますっ♡ だからぁ♡」

「いい子だ」

「――ン゛っ♡♡ ひぃっ♡♡♡♡ あ…………♡」

 

 男が一際強く腰を打ち付けると、男と魔術師の全身が、同時にビクビクと痙攣した。さっき放出していた精液を、男が今度は魔術師の胎内に放っていることが、女神官にもわかった。

 

(ん~~~~っ♡ ふぁっ♡ んぅ~~~~っ♡)

 

 女神官の脳内では、快感の嵐が荒れ狂っていた。パーティーメンバーの子作りの現場をオカズにしながら、彼女はアクメし、自分の下着に濡れ染みを広がらせていた。まぶたの裏でバチバチと火花が弾け、視界がピンク色に染まっていく。

 

(だ、ダメ……こんなの、クセになっちゃう……)

 

 だが、一通りイキ終わった女神官の心を襲ったのは、激しい後悔だった。テントの外でイチャイチャと睦みあう二人とは対照的に、ぽっかりと穴が開いたような寂しさと、泣きたくなるほどの自己嫌悪が彼女を苛んだ。

 いくらか冷静さを取り戻した思考で、彼女は思った。

 男と魔術師が「そういう関係」だったのは衝撃的だが、それ自体は咎めるべきではない。二人が愛し合っているのなら、むしろ祝福すべきだ。この場であやまちを犯したのは、自分だけである。恥知らずにも恋人同士の情事を覗き見て、それを己の邪な欲望を発散するために利用した。

 

(もう、こんなの、これっきりにしないと……。申し訳ありません、地母神さま……弱くて愚かなわたしを、どうかお許しください)

 

 これ以上地母神の教えに背くことは許されない。どんなに気持ち良かったとしても、それは絶対だ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……うふふっ……ずいぶんたくさん出したんですね……お腹のなか、ちょっと重たいです……。これ、本当に妊娠してますよ……? ――え? はい、そうですね。赤ちゃんができたら、冒険者は続けられませんね…………――でも、それでいいんです。私の夢は、この子に引き継いでもらいますから」

 

 女神官が心の中で神への懺悔を繰り返し唱えていたころ、魔術師は、愛情深い声で囁きながら、自分と繋がったままの男の頬を撫でていた。

 

==

 

「ねぇ神官ちゃん、神官ちゃんは巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)とやりあったことはある?」

「…………」

「神官ちゃん? どうしたの?」

「…………え? ――あ! ご、ごめんなさい! えと、なんでしょうか?」

 

 常緑の葉が生い茂る森の中、心ここにあらずの女神官は、自分が武闘家に何を尋ねられたのか聞いていなかった。武闘家は少し呆れたように笑いながら、同じ問いをもう一度繰り返す。

 

「いや、君は巨大蜘蛛と戦った経験はあるのかなって。あたしたち、これからそいつらを駆除しなきゃならないんだしさ」

「すみません、実は無いんです。……と言うより、わたしはゴブリン以外と戦った経験が…………」

「そっかそっか、そうだよね。ずっとゴブリンスレイヤーと一緒だったもんね。――あ、別に気にしなくていいよ。誰だって初めてはあるんだし」

「あまり、お役に立てないかもしれません……」

 

 女神官の気に病んだ表情を敏感に察知して、武闘家はフォローを入れた。

 

「癒しの奇跡が使えるプリーストは、どんな相手とやりあうにしても必要でしょ? バックアップに神官ちゃんがいてくれるっていうだけで、あたしたち前衛は思いっきり戦えるからさ」

「そう言ってくださると……」

 

 女神官が礼を言うと、武闘家は朗らかに頷いて彼女から離れた。そして武闘家は、木々の合間から見える石造りの構造物を眺める男の横に立った。

 

「どう?」

「まあ、依頼書通りだな。あの糸は普通の巨大蜘蛛のもので間違いない。他の魔物がいる気配もない。蜘蛛人(エターキャップ)くらいならいるかもしれんが」

「ふーん」

 

 依頼に合った目的地の砦は、既に一党のすぐ近くに見えていた。今は砦に踏み込む前に、事前準備と索敵を行っている最中だ。女神官は、男とその隣に立った武闘家の距離がやけに――肩が触れそうなくらい近いのを見て、顔を熱くし戸惑った。装備の状態を確認している魔術師は、男の近くに他の女が寄っているのを、特に気にしていないようだ。それにも女神官は戸惑った。

 

(恋人さんが他の子と仲良くしてて、心配じゃないんでしょうか?)

 

 森に入る前の野営地で見た光景は、まだ女神官の頭にこびりついていた。自分と武闘家が寝ているテントのすぐ前で、激しく交わり快楽を貪る二人。あんなものを、すぐに忘れられるはずがあるだろうか。

 同じ年ごろだと思っていたが、魔術師は、女神官が考えるよりもはるかに「大人」だった。野外で妊娠の可能性のあるセックスをする相手がいるのだから、それはもう大人に違いない。二人は年も離れていて性格も全然違うように思えるが、自分の命の恩人に憧れ、やがて想いを寄せるようになってしまうという感情の流れは、女神官にも心当たりがある。

 しかし、そう思って改めて観察すると、女神官の中に新たな疑問が沸き上がる。魔術師と男との距離が近く、彼女が態度の端々に男への強い信頼を見せるのは、彼らが恋人同士だから当然のことだ。それはいい。だが、武闘家も魔術師と同じように男に接しているのは、どう解釈したらよいのだろう。ひょっとしたら、武闘家も命の恩人である男に想いを寄せていて、三人のあいだでは複雑な恋模様が生まれているのではないだろうか。女神官はそんなことを考えて、一人でハラハラしていた。

 あるいは、彼女はそうすることで、魔術師と男の情事を覗きながら自慰をしてしまった罪悪感や、まだ消えそうにない身体の火照りを誤魔化そうとしていたのかもしれない。

 

「そろそろ行くぞ。戦闘と探索に必要な物以外は、ここに置いていく」

 

 見るものは見たと判断したのか、振り向いた男が、3人の少女に同時に呼びかけた。女神官は慌てて頭を振り、今までの思考を頭から追い出した。

 杖とともに立ち上がった魔術師が、男に聞く。

 

「作戦はどうしますか? 私が外から火をかけましょうか?」

 

 まるで「あの人」が思いつきそうな物騒な作戦だと、女神官は思った。

 

「やめとけ。依頼主は、魔物の駆除が済んだらあの砦を再利用したいんだそうだ。砦まで焼け落ちたら話にならん。それに、燃え広がって山火事になりでもしたらコトだ。おい」

「なぁに?」

 

 返事をしたのは武闘家だ。

 

「基本的に、俺とお前で巨大蜘蛛を潰していくが、奴らの生命力を舐めるなよ。頭や腹が潰れても、奴らはしばらく動き続ける。油断するな」

「うん」

「お前も、砦の中に入ったら火矢(ファイアボルト)は使うな。火達磨の虫に抱き着かれたきゃ別だが。使うなら催眠(スリープ)でいい。その系の魔法に対する抵抗は弱い」

「わかりました」

 

 そのような感じで、男は少女たちに向かって手早く指示を出した。中には、そんなことまでいちいち確認しなくてもと女神官が思うような注意も入っていたが、それも彼がベテランゆえの慎重さということだろう。虫は光に弱いから聖光(ホーリーライト)を使えと言われたときは、ゴブリンスレイヤーにも同じことを言われたのを、彼女は思い出した。

 

「あれは古い砦だ。何か罠が残ってるかもわからん。惨たらしく死にたく無きゃ、俺より前に出るな。何かに触る前は、必ず俺に確認しろ」

 

 全員が治癒と毒消しの水薬を持て。嫌な予感がしたらすぐに言え。わずかな傷でも報告しろ。少しでも異変があれば退却して出直す。思ったより時間がかかっても退却する。命は一つしかない。死んだら取り返しがつかない。呆れるほどしつこく念を押してから、男は言った。

 

「どうしてもってなったら、他の奴は見捨てて逃げろ」

 

 それを聞いたとき、魔術師と武闘家はすぐに頷いたが、女神官は身じろぎした。それが見えたのか、男は女神官の目だけを見て言った。

 

「恨まれるとかは、考えなくていい。自分の命が最優先だ。俺もそうするし、お前もそうしろ」

「は……はい」

 

 やけに真剣な視線に貫かれて、女神官は、首肯することしかできなかった。

 それで満足したのか、男は言った。

 

「行くぞ」

 

 結果として、一党がその砦を攻略した際には、重大な問題は何も発生しなかった。巨大蜘蛛を一匹一匹駆除し、蜘蛛の巣を切り払い、男が罠を解除して、奥の部屋にあった卵を全て破壊し、誰もかすり傷一つ負うことなく依頼目標を達成した。

 

「助かった。今回はお前の働きが効いたな。ありがとう」

 

 砦からの去り際、女神官は、男にそう声をかけられた。仕事をやり遂げた達成感と、思いがけない素直な称賛と礼の言葉に、女神官はつい嬉しくなって、笑顔で「はいっ」と頷いていた。

 そしてこの冒険をきっかけにして、女神官は、ゴブリンスレイヤーの姿が見当たらないときは、男たちの一党に加わるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ♡ あっ♡ あっ♡ いいよぉっ♡ すごぉっ♡ すっごい♡ あたしのお腹のなかで、おチンポ暴れてるっ♡」

 

(ぶ、武闘家さんも、あの人と……?)

 

 魔術師と同じように、武闘家も男と肉体関係を持っていることを知り、宿屋などで、時には三人一緒に交わっていることを知っても、女神官は彼らから距離を置こうとしなかった。

 

「んっ♡ イっ♡ いいっ♡ イっく♡ イクよっ♡ イクぅっ♡ んぅう~~~っ♡♡ ――あっ♡ はぁっ♡ ぜぇっ、はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡」

 

(――ンッ♡ イっ♡ ちゃう……っ♡ あっ♡ ……イっちゃった……また……わたし……いけないって、わかってるのに……)

 

 それどころか、彼らの性行為を覗き見て自慰にふけることが、いつしか女神官の、やめようにもやめられない習慣となっていったのだ。



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馬車の護衛

 ホールに他の冒険者がいないタイミング。このならず者は、どうやってそれを嗅ぎ付けているのだろう。受付嬢は、前から不思議に思っていた。

 普段は数多くの冒険者でごった返しているギルドにも、ふいに人が少なくなる時間はある。それは激務に追われる受付嬢にとっては、貴重な休息の時間でもあった。――そのタイミングを狙って、この男が現れるようになる前までは。

 

「あれぇ? ナンかいつもより機嫌悪くないですか? ボクは何か、受付嬢サンに怒られるようなことでもしましたかねぇ?」

「とぼけないでください。依頼主から、あなたに苦情が来ています」

「苦情……? へー、どんな苦情ですかねぇ?」

 

 男は例によって行儀悪くカウンターに寄りかかり、ニヤニヤニヤニヤ笑いながら、受付嬢の表情を観察している。

 男が大袈裟に首を傾げると、金属のチェーンからぶら下がった鋼鉄の認識票が、チャラチャラと音を立てた。その「音」に関しては他の冒険者も同じだから、受付嬢が不快に思うのは筋違いだ。なのに、妙に気に障る。

 受付嬢はこの男に隙を見せないよう、背筋を伸ばして凛と声を張った。

 

巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)が巣を張った砦の件です」

「ああ……そういえばそんな依頼を受けたかなぁ。クソみたいな安い報酬で、身を粉にして働かせていただきましたよ。大変だったなぁ」

「――っ!」

「あれぇ? ほらほら、受付嬢サン、愛想笑い愛想笑い。崩れてますよー?」

 

 受付嬢は眉間に皺を寄せたくなる心をぐっと堪え、整った顔の表面に無理やり笑みを作った。この愛想笑いは、少し前、ある白磁の新人パーティーを助けることと引き換えに、彼女が男に約束した「報酬」だ。

 受付嬢を挑発するのがよほど面白いのか、表面的な苦い笑いを浮かべる彼女とは対照的に、男は愉しそうにくつくつと笑っている。

 でも、今日はやられっぱなしにはならない。受付嬢は男に悟られないよう心掛けつつ深呼吸すると、微笑みを崩さずに糾弾を始めた。

 

「あの依頼、倒した魔物から得られる戦利品(トロフィー)以外には、決して手を出してはならないという契約でしたよね?」

「はぁい、そーでしたね」

「もともと砦にあるものは、何一つ持ち出してはならないと」

「ボクはそうしたつもりですよ? 椅子一つ、コップ一個持ち帰っちゃいない。宝箱(チェスト)の類にも手を付けなかった。開錠すらしてない。『けーやく』ですものね」

「本当ですか?」

 

 この街に来て以来、男がたびたび犯しているルール違反。今までは巧妙に尻尾を掴ませなかったが、今回は依頼主から正式な苦情が来たのだ。決して言い逃れはさせないと、受付嬢は意気込んでいた。

 男の道化師(ジェスター)じみた大げさな手振りや、癇に障る喋り方を無視し、受付嬢は続けた。

 

「嘘ですよね?」

「――っ!」

 

 男が少しだけ狼狽えたのを、受付嬢は見逃さなかった。ようやくこの男に一泡吹かせられると考えた彼女の顔に、愛想笑いではない、少し黒い笑みが浮かぶ。

 

「証拠はあるんです。今のうちに全て打ち明ければ、ギルドからの追求も軽く済みますよ?」

「そ、れは……」

「どうなんですか?」

「……くっ」

 

 ふざける余裕をなくした男が俯いていくのが、こんなにも嬉しい。男が自分をからかう理由を、受付嬢が理解しかけたそのとき――

 

「……そうだ。そういえば、神官ちゃんがコケて、皿を一枚割ったんだった……!」

 

 男のニヤついた顔が、受付嬢の視界一杯に広がった。

 

「報告書に書き忘れてたなぁ~! カッハハハハ!」

 

 結局、受付嬢は男の手のひらで転がされていただけだった。受付嬢は一瞬ポカンと口を開けて、それから唇を噛み締め、肩をプルプル震わせると、大声を出した。

 

「いい加減にしてください! 依頼主の方から正式な苦情が届いているんです! あなたはあの砦から、なにかを持ち出したんでしょう!?」

「な・に・か」

「うっ…………」

「なにか、って、なにかなぁ?」

「…………」

「具体的に言われないと、わかんねぇんだよなー」

「…………」

「例えばあの砦に、どっかのギルドが隠した秘密のお宝とか、どっかの金持ちが埋めたヘソクリなんかがあっても、そんなん俺は知らねぇしな~。それにそんなもんがあったとしても、もともとロクなお宝じゃねぇんじゃねぇかなぁ? 無くなったからって文句言いたくても、『なにか』ってしか言えねぇんだから。な、アンタもそう思うだろ?」

「…………」

 

 男の言葉に、受付嬢は反論できなかった。それは概ね、彼女がこの件に関する苦情を受け付けたとき、心の片隅で想像していたことと同じだからだ。

 

「念のため、確認しておきたいんだがな」

「…………なんですか」

 

 受付嬢は、聞き取れるか聞き取れないかの小声を出した。さっきとは逆に、今度は受付嬢のほうが男の前でうつむいている。しかも、彼女が悔しがっているのは、演技ではない。

 

「今回の件、『依頼主』に、俺の名前を聞かれたろ」

「…………はい」

「教えたのか?」

「…………」

 

 教えていない。ギルドの守秘義務を盾に、受付嬢は依頼を受けたのが誰か、依頼主に明かさなかった。受付嬢が黙っていると、彼女の前で、男が頷いた気配がした。

 

「そうだな、アンタは教えてない。その依頼主も、ロクなもんじゃないって予想がついたからだ。もし教えたら、俺がそいつらに攫われるかなんかして、拷問でも食うって思ったんだろ?」

 

 拷問までは考えなかったが、確かに、依頼を受けた冒険者の名を明かせとギルドに迫ってきた依頼主の剣幕は、ただ事ではなかった。はっきり言って異常だった。

 

「アンタは優秀な受付嬢だからな。ちゃぁんと冒険者を依頼主から守るってことも考えてる。感謝しとくよ」

 

 徹底的に受付嬢の心を揺さぶった挙句、男はそんなことを言う。どう考えていいか分からなかったが、悔しさと男に対する嫌悪感が受付嬢の中につのった。

 

「さ~て、楽しいお喋りも済んだことだし、今日もお仕事に行きますかね。おねーさん、ボクこの依頼受けたいんですけど、イイっすか?」

 

 男に掲示板に貼ってあった依頼書を差し出されて、受付嬢は機械的にそれを処理した。

 

「あと、治癒と強壮の水薬も買ってくわ。4本ずつ」

「…………」

 

 受付嬢は、やはり機械的に、保存棚から計八本の水薬を取り出すと、カウンターに置いた。男の指が、その代金となる金貨を受付嬢の前に重ね、それから彼自身の頬をこれ見よがしにトントンと叩く。

 

「お買い上げ……っ、ありがとう、ございます」

 

 受付嬢は、ぎごちなく愛想笑いを浮かべた。去っていく男の背中を見つめるその瞳には、彼に対する複雑な感情が渦巻いていた。

 

==

 

 自在扉が開き、そこから男が出てくると、ギルドの外で待っていた女神官は彼に目を向けた。彼女が最初に気付いたのは、男がずいぶんと嬉しそうな笑みを浮かべているということだ。

 

「よっ、お待たせ」

「……手続きにずいぶん時間がかかっていたみたいですけど、受付嬢さんと、何か話していらっしゃったんですか?」

「んー? いいやぁ、別に」

「そうですか……」

「あれぇ、神官ちゃん、俺が他の女と話すのが気になんの?」

「そ、そんなことありません」

 

 そう、この人に特別な感情を持つことなどありえないと、女神官は自分に言い聞かせた。

 彼は、魔術師と武闘家の両方と肉体関係を持ち、毎夜のように淫らな行為に溺れているふしだらな人間だ。貞節や誠実さなどに真っ向から反する、女神官の倫理観と信仰心からもかけ離れた、堕落した人間だ。それに特別な感情を持つことなどありえない。

 

「へぇ~、そう? ま、いっかぁ。それよりさっさと行こーぜ?」

「あっ……」

 

 それなのに、こんな街中で男に肩を抱き寄せられても、女神官は少し身体を強張らせるだけで、目立った抵抗をしない。心の中で、「知っている人に見られませんように」と一生懸命祈りを唱えているものの、それだけだ。男の口調が以前よりもさらに馴れ馴れしくなっているのに、改めてくださいとも要求しない。

 

「今日の依頼は、ただの馬車の護衛だ。ま、報酬は小遣い程度だけどな、楽はできる。普通に宿にも泊まれるしなぁ」

 

 自分の肩に手を乗せている男の言葉を聞きながら、女神官は、彼がまとう革鎧の下にある、男の肉体について想像するのを止められなかった。

 日焼けが染みついた浅黒い肌、太すぎず引き締まった筋肉、そして、身体中に残る無数の傷痕。――それに何より、武闘家や魔術師と「コト」を致しているときの、雄々しく反り返った男性器。

 すっかり癖になってしまった覗き見によって、女神官の網膜には、それらがしっかりと焼き付いてしまっていた。

 

「あ、おっそ~い! 待ちくたびれたんですけど」

「馬車の出発時刻が迫っていますから、急いでください」

「ああ、わりぃわりぃ」

 

 別の場所で準備を整えて待っていた武闘家と魔術師のことも、女神官の目には普通通りに映っていない。彼女たちの拳法依やローブの下にある、丸みを帯びた滑らかな肢体。ベッドの上で男に激しく突かれて悦ぶ「女」の身体。それらが透けて見えるのだ。

 さっき、男は言っていた。今日は宿に泊まることになると。そうしたら、また彼らはセックスをするはずだ。魔物に襲われる野営のときは基本控えているものの、屋根のある宿屋に宿泊する際は、まず間違いなくそうなる。

 

(そしたら、また……)

 

 それを想像した女神官の下腹部がきゅんと疼き、内股がじっとりと湿りを帯びる。男や武闘家たちは確かに不健全で堕落した存在なのかもしれないが、それを言うなら、女神官も十分に堕落しかけていた。

 そして彼女自身も、そのことを自覚しつつあったのだ。

 今日の女神官は、前はあれほど付きまとっていたゴブリンスレイヤーの姿を、ギルドで探そうとしなかった。そんなことはすっかり忘れていた。もし誰かに指摘されたとしたら、彼女はおそらくこう答えていただろう。

 ゴブリンスレイヤーさんは、わたしには関心がないみたいですから、と。

 早くこの一党から離れなければ、いつか自分も魔術師や武闘家と同じになる。ずっと感じているその予感は、女神官にとって非常に恐ろしいものであり、同時に、あまりにも危険で背徳的な誘惑に満ちていた。

 その日の依頼は、男の言った通り、大したことのない馬車の護衛だった。ただ、少しだけ遠くの港町を目指すというだけだ。交易品を積んで、整備された街道を行く馬車は、魔物にも盗賊にも襲われることなく、目的地の町に到着した。

 

「あお゛っ♡ ひっ♡ しゅっご♡ チンポながっ♡ こしつかまれて、ゆっくりだしいれしゃれりゅの、ビリビリくるっ♡ ん゛ぃっ♡ お゛、お゛~~っ♡」

「うわぁ、キツそ~。これされると、アソコが裏返ったみたいになっちゃうんだよね~」

 

 その夜、一党は町の宿に部屋を取った。男が一人部屋で、少女たち三人が相部屋だ。しかし、他の客たちが寝静まった時刻に、少女たちの部屋には誰もいなかった。

 魔術師と武闘家は、男の部屋で彼に抱かれていた。彼らは生まれたままの姿になり、性欲に忠実に動いていた。

 ベッドに四つん這いになった魔術師の秘部を、男が後ろからペニスで貫いて、味わうように、焦らすようにゆっくりと腰を振る。武闘家は男の背中に自分の胸を押しあてながら、彼の両乳首を指でくりくりと弄んでいた。

 

「ね~え、魔術師ちゃんの優等生おマンコは、気持ちイイですかぁ~♡」

「ああ、ドロドロで子宮が吸い付いてくるからな。犯し甲斐があるぜ」

「ふふっ♡ そうなんだってさ。聞いた? 良かったね。……あ~あ、聞こえてないみたい」

「お゛っ♡ お゛っ♡ ん゛~っ♡ ん゛ん~っ♡♡」

 

 淫靡に微笑む武闘家。普段は凛々しい顔を涙でぐしゃぐしゃにしながらイキ悶える魔術師。二人の少女の裸体に挟まれる形で、彼女たちの肢体の柔らかさやむせ返るようなメスの匂いを堪能する男。

 粘膜と粘膜を触れ合わせ、体液と体液を交わらせ、彼らは淫蕩の沼に頭まで浸かっていた。

 

「――おっ!!!! あ~~……たっまんねぇなぁ」

「射精してるの?」

「ああ、めちゃくちゃ出てるわ。やっぱメス穴に突っ込んでザーメン出すのが一番だな」

「この子、気絶しちゃったみたい。うつぶせになってぴくぴくしてる。大丈夫かな?」

「マンコは元気にうねってるぞ。――よっと」

 

 魔術師の奥に思う存分射精すると、男はペニスを彼女から引き抜いた。少女の本気汁が全体にまぶされた肉竿が、ずるりと姿を現す。その黒く張った先端からは、粘り気のある白いスライムが糸を引いて垂れ下がっていた。

 武闘家は、今の今まで魔術師を犯していたオスの象徴をうっとりと眺めると、彼女の年齢にそぐわない媚びた声で男に囁いた。

 

「こんだけカチカチなら、まだまだできるよね……♡」

「当たり前だろうが。お前も潰れるまで犯してやるよ」

「やぁ~ん♡ ――んっ、ちゅぅ……♡ ……ぷはぁ♡ こわぁい♡ おかされる~♡」

 

 男に肩を掴まれた武闘家は、乱暴にベッドに引き倒された。正面から覆いかぶさってくる男を見る彼女の瞳に浮かんでいるのは、あからさまな期待の色だ。

 男は少女を開脚させ、その股のあいだに、ずぶずぶと怒張を侵入させていく。

 

「あっ♡ ぐぅ……っ、はぁ……っ、何回シても、おっきすぎ……」

 

 武闘家は、魔術師よりも一回り小ぶりな胸を荒い呼吸に弾ませながら、自分の中に入ってきたものの熱とカタチを確かめるように、鍛えられて引き締まった下腹部に両手を置いていた。

 

「キツいか?」

「……ううん。……も~、急にそういう優しい目で見るの、反則……♡ ――あっ♡ あっ♡あっ♡あっ♡あっ♡あんっ♡」

 

 ベッドが軋み、鼻にかかった艶っぽい声が武闘家の口から漏れる。男は武闘家の両ひざを抱え、正常位で彼女を犯していた。

 

「あっ♡あっ♡あっ♡ ねっ、ねぇっ♡」

「なんだ?」

「あのねっ♡ な、なんかねっ♡」

「だからなんだよ」

「あのねっ、に、妊娠したいかも、って♡ 思っちゃった♡」

 

 武闘家は喘ぎながら、えへへと幸福そうに微笑んだ。その目尻には、光るものが浮かんでいる。

 

「あなたの精液で、孕んじゃい、たい、かもっ♡ あっ♡」

「はぁ~……馬鹿かお前?」

「えっ……」

「こっちは孕ませる気でヤッてるに決まってるだろうが。いちいち言わねぇとわかんねぇのかよ?」

「あ……♡」

 

 その一言で、ベッドの上で行われている行為が、快楽を貪るためのセックスから、子作りのための交尾に変わった。

 

「うんっ♡ うんっ♡ 孕ませて♡ 妊娠させてくださいっ♡」

 

 その瞬間、武闘家の頭からは、武術のことも闘いのことも綺麗さっぱり消え去ってしまった。彼女は腕を男の首に、脚を彼の腰に巻き付けて、男の耳元で「出して♡」「出して♡」と繰り返し囁き始めた。そしてその合間に、自分が愛を捧げた男の首筋に、キスマークを並べていく。

 ギシギシ、ギシギシと悲鳴を上げるベッド。その上で自分たちの子孫を残そうと、汗だくになって腰を振り続けるオスとメス。冒険者として功名を為す夢を見て、幼馴染の少年と田舎から出てきた少女は、今や男の子種で孕むことを待ち望む、立派な「女」になっていた。

 そして、いつまでも続くかに見えたピストン運動が、ある瞬間にピタリと止まった。

 

「んっ♡ ふぅ……っ♡♡ ん゛っ……ぅ……っっ♡♡♡」

 

 武闘家は男に全力で抱きつきながら、引き締まった腹筋を激しく波打たせて絶頂していた。男の睾丸が上下し、そこからポンプのように尿道に送り込まれたザーメンが、少女の子宮を自分の色に染め上げていく。

 

「……こわかったの」

 

 武を捨てたポニーテールの少女は、男に種付けされながら、幼子にかえったような涙声でつぶやいた。

 

「あいつが殺されて、ゴブリンたちに連れ去られて、すっごくこわかったの……。あたしも、ゴブリンたちの好きにされちゃうんだって……ゴブリンの赤ちゃん、産まされるんだって…………」

 

 少女はしゃくり上げる。そのあいだも、男の子種は彼女の子宮に満ち満ちていった。

 

「だから、あなたに助けられて、嬉しかったの……」

 

 それきり、少女は口を閉じた。彼女は無言で、自分の胎内を満たしていく生命力の熱さを、胸に受け止めていた。

 

==

 

(……なんで)

 

 二人の少女と一人の男が交わっている部屋の入口のドアに、ほんの少しだけ隙間が空いている。

 

(なんで、こんなにドキドキするんだろう)

 

 その隙間の向こうでは、今夜も地母神の教えに背く行為を働いてしまった女神官が、腰を抜かしたように、ぺたりと床に座っていた。女神官の右手の指は、彼女の清楚な白いショーツに染みを作っているのと同じ液体で濡れている。

 覗き見しながら自慰をして、腰に力が入らなくなるくらいたくさんイったにも関わらず、女神官の胸にいつもの後悔はよぎらず、まだトクトクと胸が高鳴っていた。

 

(地母神さまの教えって、なんなんだろう……)

 

 大袈裟に思えるかもしれないが、彼女は今、自分の信仰と向き合っていた。

 親の顔も知らない孤児として、15歳になるまで神殿で育てられた女神官が、当たり前のように受け入れてきた、姦淫を禁じ、貞淑を尊ぶ戒律。それは本当に、自分が信仰を捧げる地母神の教えなのだろうか。

 

(だって、武闘家さんも、魔術師さんも、あんなに幸せそう……)

 

 地母神は、人間が産み増えることを望んでいる。全ての者が愛し合うことを望んでいる。では、彼らの行為は、神のその望みに反していると言えるだろうか。ゴブリンと人間ではなく、人間同士が交わることに、嫌悪を感じる必要があるだろうか。

 

(わたし……わたしも、あんなふうに……)

 

 彼らはただ、自分に素直に生きているというだけだ。誰にも迷惑はかけていない。なら、それの何が悪いというのか。

 女神官が陥ってしまったこの思考は、単なる混乱と言えば言えた。高まり過ぎた性的な衝動のせいで、物事を都合よく解釈しているのだと言えば言えた。しかし、ここにはそのことを指摘して、彼女の理性と信仰のぐらつきを正してくれるような者は、誰もいなかった。――そう、誰も。

 

「……おやぁ? 誰かいるなぁ?」

 

 その代わりにいるのは、純粋で清らかな少女を罠に堕とそうとたくらむ、それこそゴブリンのような男だけだった。

 声がして、放心し床にへたり込んでいた女神官は、ゆっくりと上を見上げた。

 

「覗き見は楽しかったかい? 神官ちゃん」

 

 ドアの隙間が大きく開き、そこに男が立っている。邪悪にニヤついた笑みを浮かべ、既に二人の少女を自分のメスに堕とした肉棒を、雄々しく反り返らせたままで。



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破壊された信仰

 男はいつの間にか、女神官の目の前まで来ていた。全裸の男に見下ろされていることに気付いても、女神官はその場から逃げ出すことができなかった。身体が凍り付いて、脚が床に根を張ったように動かなかった。

 

「まさか神官ちゃんが、こんなワリぃ子だとは思わなかったなぁ~」

 

 ドアの枠に肘をついて寄りかかりながら、男がニヤニヤと笑う。

 白々しいことを言っているが、この男はローグ——すなわち探索や気配察知の専門家だ。恐らく男は、女神官がドアの隙間から自分たちの乱交を覗き見ていることを、はなから承知していたに違いない。

 しかもそれは、今夜に限っての話ではないだろう。前々から女神官が覗いていることを承知しながら、男はわざわざそれを放置していたのだ。それはおそらく、今日のこの瞬間のために。

 

聖職者(プリースト)なんだから、神サマに教わらなかったのかなぁ? 勝手にヒトの部屋を覗いちゃいけません、って」

「…………ご、ごめ——」

「謝ったからって、許される話じゃねぇよなぁ?」

「…………」

「あ~あ、神官ちゃんがこんなことするなんてなぁ。信じてたのによぉ。ナンか裏切られた気分だぜ」

 

 男は自分が正しい者であるかのように振舞い、女神官の罪を糾弾しているが、当然、それは一種の詭弁に過ぎなかった。だが、詭弁で十分なのだ。今の女神官の心は、深い渓谷にかかった脆いつり橋のようなものだ。つり橋は少しの風でも大きく揺れ動き、軋み、その中心に立っているものは、何をしてでも助かりたいと思う。

 さらに風を吹かせるため、男はニヤニヤ笑いを引っ込め、蔑んだ目で女神官を見下ろし、より強い言葉で彼女を責め詰った。男は女神官が「悪いのは自分なのだ」と思うように巧妙に仕向け、しかも彼女に謝罪の隙を与えなかった。

 しょせん女神官は、つい数か月前までまとも神殿の外を見たこともなかった小娘だ。男と比べれば可哀そうなくらい世間知らずである。冒険者としてゴブリンをはじめとする魔物と戦ったからといって、それで対人話術が向上するはずもない。一対一でやり込められて、女神官の表情が、さらに重く沈んでいく。

 そして、それを頃合いと見た男は、今度は打って変わって、今まで見せたことのないような優しい笑顔を彼女に見せた。

 

「なぁんてな、ウソだよ、ウソ」

「え……?」

「別に怒ってねぇから安心しろって」

「あ……」

「そうさ。これくらい、別に怒るようなことじゃねぇって。見られたからって、ナンも減りゃしないしよ。ゴメンな、さっきのはちょっとからかっただけさ。神官ちゃんがカワイイからチョーシに乗っちまった」

 

 ということは、この男は、わたしの覗き見を許し、無かったことにしてくれるのだろうか。そんな希望を込めて自分を見た女神官に対して、男は爽やかさすら感じられるニッコリとした笑顔で頷いた。

 

「そうそう、言ってくれりゃ、フツーに混ぜてやったんだぜ?」

「…………え?」

「神官ちゃんも女の子だもんなぁ、こーいうことに興味があったんだよな? いいぜいいぜ、だったら俺が教えてやるよ。ほらほら」

「あ、あの、ちょっと」

 

 重たい空気を演出した直後に、それと正反対の軽い雰囲気を作り出した男は、女神官を立ち上がらせて彼女の肩を抱いた。――全裸で肉棒をいきり勃たせたままで。

 

「あ~、でもなぁ、この部屋でヤるのはちょっとアレかぁ。神官ちゃんも、最初はタイマンがイイだろ?」

 

 ベッドで失神している武闘家と魔術師を見て、男はそう言った。そして女神官が返事をする間もなく、廊下に出ると部屋の扉を閉めた。

 亀頭がヘソにつきそうなくらい肉棒をバッキバキに反り返らせた男に肩を抱かれて、宿屋の廊下に立つ。女神官が狼狽えたのは言うまでもない。

 

「あ、あのっ、その格好、誰かに見られたらっ」

「ん~? 別にイイだろ。誰も気にしねぇって」

「そんな、でも、あなたのおちんちんが、その、――ひゃぁんっ♡」

「俺のチンポがどーしたって?」

「あっ♡ んぅっ♡ くっ♡」

「あ~あ、完璧に発情してるじゃねぇか。俺は肩を揉んでるだけだぜ? こーなったら、神官ちゃんもハメねぇと収まらねぇでしょ?」

「ひゃっ、ぅっ♡ 耳元でっ、ささやかないでっ♡」

「ほら、神官ちゃんの部屋に行こうぜ。二人っきりで、たぁっ……ぷり気持ち良くしてやるよ」

「あっ♡ うう……っ♡」

 

 もはや、女神官は流されるままになっていた。男の腕を振りほどく気力など、彼女にはとうに残されていなかった。

 ほんの短い距離ではあるが、他の宿泊客が通るかもしれない宿屋の廊下を、彼女は全裸の男と一緒に歩いた。もしも誰かが二人とすれ違ったなら、いったいどう思っただろう。

 ああ、今からこの子は、この男にハメまくられるんだな。可愛い顔をしてるのに、格好からして神官らしいのに、ずいぶんと淫乱なんだな。そう思われるに違いない。女神官の頭の中でも、それと似たような妄想が渦巻いていた。

 二人は男の部屋の前から、少女たち三人が寝るはずだった部屋まで移動した。それだけの距離を歩くあいだに、女神官の息は荒くなり、口から心臓が飛び出そうなくらい鼓動が早くなっていた。

 部屋に入り、男がドアを後ろ手にバタンと閉じる。ランプを消してあった部屋は暗く、闇の中で、女神官がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。そして男は、そんな彼女の金色のもみあげを指で弄りながら、優しい声で囁きかける。

 

「神官ちゃんはハジメテかい? その様子だとそうだよな?」

「あ、あの、わたし、わたしっ、あのっ」

「緊張しなくていいぜ? 痛くもしねぇよ。逆にブッ飛ぶくらいよくしてやる」

「はっ……!!  はっ……!!  はっ……!!  はっ……!!」

「ほら、深呼吸しろ。ゆっくり息を吸って、吐け」

「はぁ~……! はぁ~……! はぁ~……! きゃっ!?」

 

 呼吸を整えていた女神官の全身が、不意に空中に浮きあがる。まるで物語の騎士が姫君にそうするように、男の引き締まった腕が、彼女を持ち上げたのだ。女神官も、無意識のうちに男の首に腕を巻いていた。

 

「神官ちゃんは軽いな」

 

 暗闇の中でも、男はまるで暗視(ナイトビジョン)の技能でもあるかのように、平然と歩いてベッドに近づいた。そして繊細なガラス細工を扱うように優しく、女神官をシーツの上に横たえる。次いで男が膝を乗せると、二人分の重みを受けたベッドが、軽く軋んだ。

 しゅるり、しゅるりと、布が解けていく音がする。少女がまとう、純潔と信仰を象徴する白と青の神官依が、男の手により脱がされていく。

 これまで彼女が異性には見せたことが無かった、十代特有の水を弾くきめ細やかな白い肌が、外気に晒されていく。冒険者とはいえ、後衛職ゆえに筋肉のつき過ぎていない細腕が、まだ成長途上の胸の膨らみを、精一杯覆い隠そうとする。

 

「ひぁ、ぅっ♡」

 

 サイハイブーツを脱がされたとき、その脚線に指を這わされて、女神官は鳴いた。もっと聞かせろとでも言うように、男は彼女の太ももや膝裏、ふくらはぎから足の指まで、丹念に愛撫していく。

 

「あ……っ♡ ふぁっ♡ んっ――っ!」

「声は我慢しなくていいぞ。遠慮なんかしてたら、気持ち良くなれない」

「だっ、だって、こんないやらしい声――ひっ♡ うぅんっ♡ あっ♡ あしっ♡ 撫でられてるだけなのにっ♡」

「お前に才能があるからさ」

「さ、さいのうって……――――おっ!? うっ、あっ♡♡」

 

 女神官はインナーも脱がされ、下半身の黒いミニスカートとショーツを除いては、ほとんど裸になっていた。そんな彼女のくびれた腰を、男のごつい両手がぐっと掴む。それだけで内側に甘い痺れが走り、彼女は後頭部をベッドにつけ、足をピンと延ばしてブリッジした。

 

「んっぐっ♡ いっ!? あっ、はぁっ、うっ、うううっ♡♡」

 

 ただ腰や腹、脚をマッサージされているだけなのに、女神官の華奢な身体は、面白いくらい敏感に反応した。これが男の言う「才能」なのだとしたら、確かに彼女は稀有な才能の持ち主だった。

 

「あ~っ♡ ひぃっ♡ あああっ♡♡ あっ♡♡ んっお♡♡」

 

 今の彼女は、さっき自分がはしたない声を抑えようとしていたことも忘れていた。腕で胸を隠す余裕も失い、手でシーツを搔きむしりながら、汗粒の浮いた乳房をぷるぷると震わせていた。その先端では桜色のつぼみがピンと尖って自己主張し、まるで誰かに弄って欲しいと訴えかけているようだ。

 暗闇の中で、男が密やかに笑う。彼は左手で少女の内ももを撫でながら、右手を彼女の乳房に添えた。

 

「イっ!? きゅううっ♡♡ はっうぅうっ♡♡」

「ここも敏感だな。こんだけ感じてもらえると、触りがいがあるぜ。ほら、どうだ?」

「はっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ やっ、ダメっ、そんなっ、ジンジンするのっ、あっ♡ はぅっ♡ おーっ♡」

「自分でするときも、胸は弄ってたみたいだな。乳首がお好みか?」

「しら、ないっ、しらないしらにゃいっ! こんなのしらないですっ! んあっ、おっ♡♡ むねっ、それいじょう、だめっ、おっぱいっ、へんになっちゃうっ! あっ、あああああっっ♡♡♡♡」

 

 美しく輝く金髪が、ベッドの上で乱れる。初めて経験する他人からの愛撫は、少女を狂わせた。彼女は小さな口をめいっぱい開けて、喉が枯れそうなくらい叫んでいた。女神官の思考はぐちゃぐちゃで、既に明瞭な発話すらままならない状態だった。

 気持ちイイ。自分で触るのと全然違う。むしろこの人のほうが、わたしが感じられる部分を良く知っているみたい。気持ちよすぎて、訳が分からない。――でももっとして欲しい。もっともっと気持ち良くなりたい。そんな風に理性はぐずぐずに溶けていき、そのあとに残ったのは、快感を求める本能だけだ。

 

「下も脱がすぞ」

「は、はいっ♡」

 

 男がそう言ったときも、女神官は全く抵抗しなかった。逆に自分から腰を浮かせ、スカートとショーツが脚から抜き取られていくのを眺めていた。それでも、白いショーツが股から離れる瞬間、にちゃり、と粘質な音がしたときは、さすがに羞恥で顔から火が出るような思いをした。

 しかしそんな羞恥心も、これから訪れるに違いない快楽と比べれば、些細なものだ。女神官の脚が緩やかに開かれていたのは、それを待ち望む心が、彼女の中に確かに芽生えていたからだろう。

 

(あ……っ♡ ゆび……あそこに、はいってくる……♡)

 

 そしてついに、聖域たる乙女の秘所に、男の指が触れた。その瞬間、女神官は唇を強く噛み締め、目をぎゅっと閉じて衝撃に備えていた。

 

「――キツいな。指一本で食い千切られそうだぜ。――どうだ? 苦しくないか?」

「~~~っっ♡♡♡」

「そうか」

 

 そのときの男の言葉と声色に、女神官は、彼なりの思いやりを感じたような気がした。それでふっと緊張を緩めた瞬間、彼女の下腹部に電流が走った。

 

「――っ!? はっ♡ おおっうっ♡♡ はぅうっっ!?♡♡♡」

「ちょっと『慣らす』からな。舌噛むなよ?」

「イっぎ!? おっ♡ あっ♡ ひいいいっ!? あ゛ーっ♡♡ あ゛ーっ♡♡」

「おっと、そっちは行き止まりだ」

「なっに♡ これっ♡ やめてやめてやめてやめて!!」

「安心しろって、痛くしたりしねぇよ」

 

 じたばたと暴れる女神官の身体を、男が巧みに押さえつけ引き留める。そしてそのまま、小一時間以上も男による容赦ない責めが続いた。

 

「あっ♡ ひっい♡ 死ぬっ!! ん゛っ♡ 死んじゃいますっ!! んぅううう゛っ♡♡」

「そう言ってるけど、だいぶ慣れてきたよな? 腰が浮いてるぞ? お前のマンコが俺の指に吸い付いてるのがわかるか?」

「わかんないっ♡ わかっ、わかんなひぃっ♡」

「ほらここだ。ここがお前の弱点だ」

「まっ、やめっ、そこぞりぞりしないりぇっ♡♡♡ あっ♡ うあ゛ーっ♡♡ い゛ぅ~~~っ♡♡♡ い゛っ♡ お゛~~~~っ♡♡♡」

「はははっ、スゲェ反応だな」

 

 これに比べれば、自分これまで感じたことのある喜怒哀楽の感情など、物凄くちっぽけなものに過ぎない。女神官がそう思ってしまうほど、男が彼女に教えた性感は凄まじかった。

 少女の経験で辛うじてこれに匹敵するのは、ゴブリンの巣穴で魔物に攫われそうになったときの恐怖と、その直後にゴブリンスレイヤーに救われたときの喜びくらいのものだった。だがそれらも、いま現実として直面している「生」の感覚には遠く及ばない。

 女神官は男のテクニックに翻弄され、泣き叫び身をよじった。立て続けに何十回も強制的な絶頂を味わわせられた。暗い部屋の中だというのに、イクたびに目の前が真昼のように明るく真っ白になり、そのたび、何かが自分の中で変わっていく気がした。

 

「あ゛……♡ ひっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡」

 

 ようやく男の手マンから解放されたときには、女神官は潰れたカエルのように四肢をだらしなくベッドに投げ出し、犬のように舌を垂らしながら、腰をガクガク、ビクビクと激しく痙攣させていた。

 

「ほら神官ちゃん、水分補給だ」

「――ンっ、んくっ、んくっ、ぷはっ」

 

 男が口元に近づけた体力の水薬(スタミナポーション)の中身を、女神官は忙しく喉を動かし飲み干した。だいぶ上等な品質の水薬らしい。気絶しかけていた少女の身体に、とたんに力が戻ってくる。――しかしそのせいで、内側の火照りはさらに増したようだ。女神官は腰をくねらせながら、自分の胸を揉むように掻きむしった。

 

「はっ♡ はっ♡ はっ♡ ヒィっ♡」

「だいぶイケるようになってきたな。これなら大丈夫そうか」

「はっ♡ ひぃっ♡ ひぃっ♡ ふぅっ♡」

「あー、でもベッドがグチャグチャだなぁ。調子に乗ってヤリ過ぎたか。――ま、三つもあるし贅沢に使わしてもらうかな――っと」

「あ――♡」

 

 女神官の身体が、ひょいっと軽く持ち上げられる。彼女はさっきと同じように男にお姫様抱っこされて、隣のベッドに身体を移し替えられた。仰向けに寝かされた女神官の動悸はバクバクと激しいままで、呼吸もまだ整わない。

 そんな少女に、男が告げる。

 

「神官ちゃんも女の子なんだし、やっぱ『ハジメテ』は綺麗なベッドのほうがいーだろ?」

「…………っ」

 

 既に女神官は、ここにきて男が何をするつもりなのか理解できないととぼけられるほど、無垢な幼女ではない。さっきの愛撫に対する反応を見てもわかるように、十分に「男」を受け入れる準備の整った肉体も持っている。彼女がゴクリと唾を飲み込んだのは、そういうことだ。

 ベッドが軋み、男が自分の上に覆いかぶさってくる気配と、男の中心にいきり勃つ肉棒の圧倒的な存在感は、暗視技術(ナイトビジョン)を持たない女神官にもありありと感じられた。

 自分はいよいよ、引き返せない一線を越えようとしている。まだ知り合って間もない――それもこんな「ならず者」に、一つしかない純潔を捧げようとしている。ベッドを移動して間が一拍置かれたことで、女神官の心に、ほんの少しだけ冷静な判断力が戻ってきていた。

 

(だ、ダメ……っ。このまま流されちゃダメ……!)

 

 最後の最後、淫欲の沼に滑落しようとする彼女を押しとどめたものは、単なる理性でも、聖職者(プリースト)としての信仰心でもなかった。家族に対する申し訳なさでもない。孤児である彼女には、家族と呼べる相手はいない。

 では、ここで女神官の脳裏に浮かんだ、彼女を引き留めるものとは――

 

(だって、このまましちゃったら……「あの人」とはもう……ゴブリンスレイヤーさんとは、もう……)

 

 そう、女神官が脳裏に浮かべたのは、見慣れたあの鉄兜のことだった。初めての冒険で窮地を救われて以来、彼女がずっと目で追ってきた青年のことだった。

 もしもこのまま快楽への興味に負けて流されてしまえば、女神官が「彼」に純潔を捧げることはかなわなくなるのだ。――彼女はまだ、自分が持つゴブリンスレイヤーへの感情に、はっきりとした名前を付けられていなかったが、それでも乙女を失おうとした瞬間、彼女が思い描いたのは彼のことだった。

 あの人がゴブリンを憎んでいるということ以外は、素顔すら知らないのに。それでも。女神官は勇気を振り絞った。

 

「あ、あの! すみません! やっぱりわたし――」

「なぁ神官ちゃん」

「え……?」

「神官ちゃんは、誰か好きな男がいるんじゃないのか?」

「そん、な――あっ♡ ううう゛っっ♡♡♡」

「当ててやろうか、ゴブリンスレイヤーだろ?」

「あっひっ♡♡ うおっあ♡♡ そ、そりぇは――っ」

 

 だが、そんな少女の心の動きも、男には見透かされていたようだ。男は穏やかに問いかけながら、女神官の腰のくびれを手でなぞった。そして、たったそれだけで、女神官は腰を浮かせて反応してしまう。

 女神官の身体から発散される少女の香りとメスのフェロモンが、男の嗅覚をくすぐった。

 

「いいんだぜ? 別にそーいうのがいても」

「はぅう……♡」

 

 男はもう一方の手で、飼い猫にそうするように、女神官の汗ばんだ喉をくすぐった。

 

「もっと気楽に考えな。これは練習みたいなもんさ」

「れ、れんしゅう……」

「好きなヤツとの『本番』で失敗したくないだろ?」

「ふぁっ♡」

 

 男は女神官の金髪を優しく撫で、彼女の首筋にキスを落とす。さっきの激しい責めとは打って変わり、少女を甘やかすような優しい愛撫。だが、それと共に囁かれる言葉は、とても危険な誘惑に満ちていた。

 

「な? 本番で痛がって泣き叫んだりしたくないだろ?」

「あふっ♡ だめっ♡ 耳っ、それだめっ♡ ぞわぞわ、するっ♡♡」

「俺なら痛くしないぜ? はじめっから天国に連れてってやるよ」

「はぅっ♡ あっ♡ らめっ♡ らめですぅっ♡」

「それにこの暗さじゃ、どうせ俺の顔なんか見えないだろ? 神官ちゃんは、『あいつ』のことを考えながら感じてくれたっていーんだ」

 

 年頃の少女が持つ性行為への関心と恐怖、そして淡い恋心。それすらも利用した上、徹底して自分を都合の良い肉竿に貶めながらの男の揺さぶり。最終的に、女神官は彼に「同意」を与えてしまった。

 

「は、はいっ♡ わ、わかりましたっ♡」

「……何がわかったんだ?」

「わ、わたしのはじめてっ、もらってくらひゃいっ♡♡」

「……神官ちゃんは、俺のモノで、大人の女になりたいんだな?」

「は、はいっ♡ はいっ♡ してっ♡ オトナにしてっ♡ は、早くっ♡ もっ、ガマン無理でひゅっ♡♡ らからっ♡♡」

 

 幼さを残す桃色の唇から紡がれた、淫ら過ぎる懇願。男は、魂を捧げる契約を勝ち取った悪魔のように口角を吊り上げると、無言で体勢を整え、女神官の脚を左右に広げた。雄々しく反り返ったままの肉棒の裏筋が、産毛すら生えていない少女の股間部に添えられる。

 

(あ、熱いっ♡ これが男の人のなんだっ♡ これからわたしも、これで、武闘家さんや魔術師さんみたいに……♡)

 

「いくぞ。これだけは一度しかねぇからな。よーく味わっとけよ?」

「――っ♡」

 

 女神官は、唇を噛み締めながら、首をブンブンと縦に振った。彼女は紛れもなく初体験だが、「慣らし」は既に十分すぎるくらい終わっている。腰を引いた男の亀頭が、ぴとりと割れ目にあてがわれた。

 女神官は衝撃に備えるため、シーツをぎゅっと握りしめた。男の腰が前に進む。

 

「――はっ♡ ――あっ♡ うっ♡」

 

 閉じていた少女の目と口が、独りでに大きく開かれた。腰がシーツから浮き上がり、全身が弓なりに反る。指とは比較にならない、熱く、太く、硬いものが、秘裂を割って彼女の中に侵入していく。

 

「あ~……ヤっベェな。亀頭を挿れただけでこれかよ……。マジで吸い付いてきやがる。――こんな名器、手放せるわけねぇだろうが」

「あぎっ♡ おっ♡ ひっあ♡ はぁっ♡ はぁっ♡ はぁっ♡」

 

 女神官には、男のつぶやきを聞き取る余裕など微塵もなかった。彼女はいま、自分の「カタチ」が書き換えられていく衝撃に、なんとか意識を途切れさないようにすることで精一杯だった。

 不思議なくらい痛みは無かった。度重なる自慰や男の前戯でほぐされていたし、女神官の奥からは、太ももからシーツに零れるくらい、潤滑油が止めどなく溢れていたからだ。

 

(え、エッチしちゃった。わたし、この人とセックスしちゃった。は、はいってくる。この人が入ってくる。この人なんだ。この人が、わたしのはじめての男の人なんだ。この人がわたしの――)

 

 ゆっくり、本当にゆっくりとした速度で、男の怒張が女神官の内部をこじ開けていく。

 始める前に、ゴブリンスレイヤーのことを考えながらでもいいと男は言ったが、実際にいまここにいて、実際に女神官と肌と体温を触れあわせ、実際に彼女を貫いているのは「この男」なのだ。

 他の「誰か」を想う余裕など、有るはずがない。男が満たしていく。身体も心も、女神官の全てを。

 痛くしないという男の言葉は本当だった。その「膜」が破られたときも、女神官は痛みを感じなかった。ただ、何かが喪われたという感覚はあった。――しかしその寂しさや切なさすら、この繋がりが与えてくれる生の実感の前ではどうでも良くなる。

 やがて、男の腰は止まった。まだ肉棒全体は挿入されていなかったが、その前に女神官の行き止まりに到達したのだ。

 

「あっ……♡」

「……わかるか?」

「……はい…………♡」

 

 男の問いかけに、女神官は目尻に涙を浮かべて頷いた。そのやり取りに込められていた意味は、世界でただこの二人だけが理解していた。

 男はしばらく動かなかった。彼は、女神官が息を整えるのを待っているように見えた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……――んっ♡ こんな、ところまで……入ってきてます……♡」

 

 自分のヘソ下に両手を置き、女神官は微笑んだ。可憐で清純だった少女は、いままで見せたことのないような妖艶な笑み。この暗い寝室の中で、わずか数分足らずのあいだに、蛹は蝶へと羽化していた。

 男の胸板、逞しく割れた腹筋、そういったものに小さな手のひらを這わせてから、女神官は小さくつぶやいた。

 

「動いて、ください……――あっう♡ ああ――♡」

 

 少女の側からの要求に、男は応えた。木製のベッドが、リズミカルに軋み始める。少女の声は、はじめから艶を帯びていた。

 

「あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ すっ、ごい♡ これがっ♡ セックスっ♡ セックスなんだっ♡ あっ――♡♡ ひっ♡」

「キツくないか?」

「は、はいっ、まだぜんぜんっ♡ あっお、いっ♡♡ でも、声出ちゃいますっ、アソコのなかトントンされて、声出ちゃうのっ♡♡」

 

 男はあくまで手加減し、穏やかに腰を振っていた。はじめての性行為で、女神官が存分に快楽と多幸感を手に入れられるよう、最大限配慮していた。自分が気持ち良く射精することよりも、女神官の性感帯を刺激し開発することを優先して、極めて丁寧に彼女の身体を取り扱っていた。

 前戯のときとは異なる男の紳士っぷりに、女神官の胸は、どうしても甘く疼く。

 

(優しい……あったかい……気持ち良い……これ、好きかも……。セックスって、こんなにいいものだったんだ……)

 

 気持ちの良いセックスほど、男女間での雄弁なコミュニケーションはない。言葉を交わしたり、握手やハグをしたりする程度のやり取りでは、この満たされる感覚は手に入らない。

 女神官は、決して弱い少女ではない。彼女は孤児として育ち、15歳になるや神殿を出て、冒険者として人々のためになることをしようと決めた。むしろ芯の強い娘だ。――しかしそんな彼女だからこそ、どこかで自分を慰めて満たしてくれる頼れる存在に、強く恋焦がれていた。窮地を救ってくれたゴブリンスレイヤーのことを、彼女が雛鳥のごとく追いかけ回していたのは、そういうことだったのかもしれない。

 そして、ゴブリンスレイヤーに代わる男が、彼女の前に現れた。これは、ただそれだけのことなのかもしれない。

 

(好き……おチンチンでお腹の奥トントンされるの……好きだな……ふあ……♡)

 

 優しく奥を突かれるたび、喘ぎ声と共に、愛おしさが込み上げてくる。その愛おしさが向かう先は、暗闇の中で自分を支えてくれている目の前の男だ。女神官の腰を掴んでピストンを続ける男の手に、彼女は自分の手を重ねた。

 

(でも、もっと速くしたいんですね……わたしのために、手加減、してくれてるんですよね……)

 

 そう思ったときには、声が出ていた。

 

「も♡ もっと♡ もっと激しくしてっ♡ もっと速くても、だいじょぶ、ですからっ――いっう♡♡ おっ!?」

「無理するなよ。いまは自分がイクことだけ考えてろ」

「ひゃっ♡ はいっ♡ あっ♡ ンっ♡ンっ♡ンっ♡ンっ♡ンっ♡ イっ♡」

「良いか?」

「き、きもちイ、ですっ♡ おなかのなか、ジンジンしてますっ♡ い、イっちゃいそう、ですっ♡」

「よし、遠慮するな。そのままイケ」

「はっい♡ ありがとう、ございますっ♡♡ ――ふぁっ♡♡♡」

 

 男に絶頂の許可をもらい、女神官はそれに心から礼を言った。そして、堰を切ったように快感が溢れ、膣内が引き締まり、腰がガクビクと荒れ狂う。

 

「い、イクっ♡♡ イクっ♡♡ イッグ♡♡ おっあ♡♡ ――ンむぅ!?」

 

 女神官が挿入による本気イキを達成しようとしていたそのとき、男の上半身が彼女に覆いかぶさり、そのプルプルとした桃色の唇を塞いでいた。

 

(あ――これ、ファーストキス……)

 

 少女がそう思ったのと同時だった。下腹部から広がった性感が、津波のようになって、彼女の身体全体に到達していく。それに押し流されないように、少女は唇を含む全身で男にしがみついた。

 

「――ンっ♡♡ ちゅう♡♡ アっ♡ ちゅ♡♡♡」

 

 指で得られるものとは性質の異なる、深く重いアクメ。それを感じながら、女神官は男の背中に手を回して縋り付き、男の腕で抱きしめられる安堵感に身を震わせていた。

 男の性器は女神官の胎内でビクビクと震え、先端から何か熱いものを噴き出している。それが大量の精液であることも、女神官は知っていた。知っていながら、彼女は両脚を男の腰に巻き付け、全身で彼に対する服従を示していた。

 激しい痙攣が収まっても、二人は抱き合い、繋がったまま動かなかった。数十分後、男が少し身体を離し、その下から現れた金髪の少女に、短く問いかけた。

 

「……どうだ?」

「は……い……。いっぱい、イキました……。まだ、ドキドキしてます……。おなかの、なか……あったかい、です」

 

 恍惚とした表情で、女神官が告白する。男がニヤリと口を歪めたのに、彼女は気付かなかった。――いや、今さらそれに気付いたところで、そんな些細なことを、女神官は咎めなかっただろう。なぜなら、そんなことが気にならなくなるほど、彼女の中には、自分の初めての男に対する暖かな想いが満ち満ちていたのだから。

 

「おねがい、です」

 

 女神官は堕ちていた。ゴブリンスレイヤーに対する淡い憧れすら、男に無理やり塗り替えられて。それでも、彼女は幸せだった。心を満たす幸福感に命じられるまま、女神官は男に求めた。

 

「もっと、してください……。おねがいですから、こんどは、もっとはげしくして……」

 

 年若い少女ほど、変わりやすいものはない。一晩にして、純粋無垢な聖職者から淫らな娼婦へと変貌を遂げた少女は、火照った身体をくねらせて、熱い吐息を漏らしながら囁いた。



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異人種の一党

「ふあ~あ、もう昼くらいか……?」

 

 閉め切ったカーテンを通して明かりが差す室内で、全裸の男があくびをした。

 

「ちょっと寝たりねぇなぁ……」

 

 言葉通り、まだ睡眠は十分ではないものの、身体がべたついて仕方ない。幸い、この宿には浴場がある。そこで身体にまとわりつく汗やその他の液体を洗い流してから、もうひと眠りと行こう。彼はそう思った。そして、まだベッドに突っ伏している自分の「女」に一声かけた。

 

「おい、お前も風呂に行くか?」

「あっ……うぁ……ひゅ……」

「あ~あ、まだ腰が跳ねてるじゃねぇか。もしかして一晩中イってたのか? 『神官ちゃん』は、ザコにもほどがあんなぁ。――おい、起きろよ」

「あ……う……♡」

 

 朦朧とした表情で微痙攣していた金髪の少女の身体を、男は力ずくで抱き起し、そのまま彼女の唇を奪った。

 

「ん……♡ ちゅ……♡ はむ……♡ ふぁ……♡」

「――目ぇ覚めたか?」

「ひゃい……♡」

 

 王子様の荒々しいキスで目覚めた女神官は、トロンと蕩けた顔で頷いた。

 彼らがこの宿に滞在を開始して、今日で「三日目の昼」になる。馬車の護衛依頼を終え、本当なら昨日には宿を出ていたところを、男は予定を変更し、同じ宿に連泊して、堕としたばかりの女神官の調教に勤しんでいた。

 

「これから風呂に行くぞ。自分で歩けるか?」

「む、むりでひゅ……♡ たてまひぇん……♡」

「ホントかぁ? 仕方ねぇなぁ」

「あう……♡」

 

 女神官の自己申告は疑わしいものの、男は彼女の言葉を信じ、その身体をひょいっと持ち上げた。すっかり男によるお姫様抱っこが癖になってしまった女神官は、愛おしそうに男の首に腕を回し、頬ずりを始めそうな勢いで彼に縋り付いた。

 男がこの二日足らずの間に女神官に教え込んだ快楽がどれほどのものだったのか、たったこれだけのやり取りからだけでも、ありありと読み取れる。いまの女神官は、紛れもなく男の「女」になっていた。彼女はもう世間知らずの純真な少女ではなく、男のチンポを受け入れ淫らにヨガリ鳴くことを覚えた一匹のメスだ。

 女神官の外見は、それまでと何ら変わりない。変わりなく、整ってはいるが幼さの残る少女の顔をしている。しかし、その蒼い瞳の奥に宿った淫蕩の光や、艶と潤いを増した唇などが、彼女がまとう雰囲気を、どこか淫靡に見せていた。

 

「それにしても、昨日はヤリまくったなぁ~。お前もアンアンヨガリまくってたしよぉ」

「い、言わないでくだひゃい……♡ はずかしい……です……♡」

「へへへへっ、別にイイだろうが。お前はもう、俺のオンナなんだからよぉ」

「……♡♡♡」

 

 男は女神官の裸体にシーツを巻くと、そのまま彼女を浴場に運んだ。温泉地でもないこの規模の宿の浴場に、男湯と女湯の概念などない。湯が張った大きな浴槽があるだけ上等というものだ。

 幸い、その時間は他に利用客はおらず、二人は抱き合い、情熱的に唇と舌を交わらせながら湯加減を堪能した。やがて腰が立つようになると、女神官は自らの手のひらや若々しい胸の膨らみを使い、献身的に男の身を清めた。

 

「イイ感じだ。エロくてチンポおっ立つぜ」

 

 仁王立ちになった男は、自分の足元に跪いて奉仕する女神官の金髪を、わしわしと撫でた。

 

(ほ、ほんとだ……♡ こんなにカチカチになってる……♡ 昨日も一昨日も、あんなにわたしのナカに出したのに……♡)

 

 女神官の頭に、ベッドでの男との記憶が鮮明によみがえる。

 最初の夜から何十時間も、男は恐るべきタフさで、女神官の瑞々しく初々しい身体を犯しに犯しぬいた。女神官は定期的に体力の水薬(スタミナポーション)を――時には口移しで飲まされて、失神することも許されずに、気が狂いそうになるほどの快楽を強制的に味わわされたのだ。

 改めてそのことを思い出し、男の白濁で満たされた女神官の子宮が、切なく疼く。

 

(この人が言うみたいに、わたしって、もうこの人の女なのかなぁ……?)

 

 そのことを、女神官は既に納得しかけていた。彼女がゴブリンスレイヤーに対して抱いていた淡い思慕など、男のペニスが与えてくれた快感の前ではちっぽけ過ぎた。女神官が調教を受けているあいだ、手出しせずに別の部屋でくつろいでいた武闘家と魔術師のように、彼女もまた、強いオスである男に屈服し、男のハーレムの一員になろうとしていたのだ。

 そんな女神官を、ニヤニヤ笑いしながら男がからかう。

 

「おいおい、気付いてるか? いまのお前、すげぇ物欲しそうな顔でチンポ眺めてんぞ?」

「そ、そんなの――」

「そんなの?」

「…………はい、そうです。硬いおチンチン、また欲しくなってきましたぁ……♡」

「そうそう、やっぱ女は素直なのが一番カワイイぜ? ――んじゃ、そろそろ上がるか。部屋に戻ってハメ回してやるよ」

 

 女神官は返事をする代わりに、青筋を立てた男の逞しい竿に「ちゅ♡」っと口づけを捧げた。

 そこからの乱交っぷりも凄まじいものだった。女神官を部屋に連れ戻った男は、まず彼女をベッドにうつぶせに寝かせ、湯上りでホカホカと火照った彼女の身体を上から押し潰し、寝バックで彼女を躾けた。

 

「――ンっ♡ っぐ♡ ぎ……♡ う゛、あ゛あ……♡♡♡」

「苦しいか? だいぶ根本まで入るようになったが、お前のマンコは浅いからなぁ」

「はい……くるし、です……おチンチン、奥にぐりぐり、押し付けられて……。これ、ダメに、なっちゃう……♡♡ あ゛う゛う…………っ♡♡♡」

「あ~……うねってくる。すげぇイイわ。ちょっと気ぃ抜くと出ちまいそうだぜ」

 

 男は激しいピストン抜きで、女神官に腰をグリグリと押し付けて、少しでも奥まで挿入し、彼女に自分のカタチを覚えさせようとしていた。女神官はほぼ常時甘イキしながら、口からだらんと舌を垂らし、そこから唾液を零していた。それだけでなく、二つの目からは涙を流し、マンコからは愛液とイキ汁をプシプシと漏らし、せっかく浴場で身体を清めたのが、さっそく台無しになっていた。

 

「あー……もう出すぞ。受け止めろ。零すなよ。――うっ!!!!」

 

 男は存分に少女の膣内の居心地を楽しむと、おもむろに射精した。男の遺伝子を詰め込んだ粘っこい雄汁が、ペニスの先端から勢いよく迸る。しかし、女神官の子宮内は先着のザーメンたちで満杯になっていて、行き場のない精子たちは、逆流して膣から溢れようとした。

 

「はぉっ!? イ゛っ♡ ぐりゅぐりゅっ♡ やめっ♡」

「文句付けるな。零さねぇように栓してやってんだよ」

「ダメっ♡ ダメだめだめっ♡ あ゛っ♡ これっ、イったまま止まれにゃいっ! おなか、あなたのせーしでふくらんじゃうっ♡♡ あ゛っ、ぐぅううう~~っっ♡♡♡」

「あ~ヤッベぇ……めっちゃ出る……このマンコマジで最高だわ」

「あ゛っ♡ イ゛っ♡ イっグ♡ ひっ♡ あ゛ーっ♡ あ゛ーっ♡」

 

 女神官と男は、二人同時に絶頂し、快楽以外のことを頭から消した馬鹿になっていた。そうやってイクのが一番気持ちいいのだと、女神官は男に教えられ、いまはその言葉が正しいと思っていた。

 こうしているあいだは、女神官は男と男のチンポのことだけ考えていればいい。魔物と対峙しているときの恐怖や、不幸や不公正に溢れるこの世界に生きる人々の哀しさなども、いまは忘れられる。理性や信仰も脱ぎ去って、一匹の動物として快楽に狂うことが、こんなにも幸せで満たされるなんて。

 これは堕落というのかもしれない。ならず者のような男によって、女神官は悪い方向に変えられてしまったのかもしれない。しかしそれが、そのこと自体が、たまらなく気持ちいい。

 

「あ゛……うあ゛……ひっ……あ゛……」

「たくさんイったな。イイ子だ」

「あ゛う……♡♡♡」

 

 女神官がこうやってイキ狂い、無様でみっともない顔を晒したとしても、男は何も咎めない。ただ優しく肯定し、労わるように金色の髪を撫でてくれる。そんな彼の肉棒を膣内に受け入れられているという事実が、胸をポカポカと温かくする。

 こんな風に、女神官は、もう戻れないところまで来てしまった。

 女神官と男との蜜月は続いた。男は彼女に、ありとあらゆる体位で犯される悦びを仕込んだ。口や胸で男のイチモツに奉仕する技術も教えた。宿の泊数は伸びていった。

 武闘家や魔術師と一緒に犯されたりもした。それは地母神の教えに反する不貞行為のようにも思えたが、自分以外の二人の少女が、そのことに何も抵抗を感じていないのを見て、女神官はあっさりと流された。

 

「はっ♡ はっ♡ はっ♡ ひぃっ♡ しゃせいっ♡ おチンポしゃせいしてくらはいっ♡ おねがいしまひゅっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ ひっ♡」

「うわ~、神官ちゃんすっごいエッチ……自分で腰振っておねだりしちゃってる……♡」

「ふふっ、もう夢中ですね。あんなに純粋だった神官さんも堕とすなんて、悪い人……♡」

「ハハハっ、こうなるのがコイツにとっても幸せだって、お前らだって分かってるだろーが」

「うん……♡」「はい……♡」

 

 男の腰に跨り、武闘家と魔術師に見られながら、浅ましく腰を振りたくったりもした。見られることは最初は恥ずかしかったが、やがてその羞恥すらも快楽に変換されていった。

 朝、昼、晩とハメられ、常に男のザーメンで子宮を満たされた。ほとんどの時間を部屋で全裸で過ごし、食事のときも抱き合いながら、口移しで栄養を補給した。あるときなど、シーツを取り換えにきた宿の女中に、立った男に抱えられながら犯されているシーンを目撃されてしまった。

 

「お、お客様……」

「あ゛っ♡ う゛っお゛♡♡ イ゛っ♡ しゅっご♡♡」

「あー、新しいシーツか? 見ての通り忙しいからよぉ、コッチでやっとくから、モノだけ置いておいてくれるか?」

「は、はいっ、し、失礼しますっ。じゃあ、ここに――」

「ひっぐ♡ 死にゅっ♡ 死んじゃうっ♡ おチンポふかいよぉっ♡」

「…………!!」

「そろそろもう一発出すぞ。もっと抱き着け。舌絡めろ」

「ひゃい……♡ んじゅ……♡ ちゅ……♡ ちゅるる……っ♡」

 

 そのときの女神官は、あまりに夢中になっていたせいで、自分とほぼ同年代の女中に、男との「交尾」の一部始終を見られたことに気付かなかった。それでも、あとで用があって廊下を歩き、「あの部屋のお客さん、すごいよね」という女中のヒソヒソ話が聞こえてきたときは、色々と察して耳まで顔を赤くした。

 

「ね、ねぇ君、そんな可愛い顔して、ずいぶんとエッチな娘なんだねぇ」

「――――!!」

 

 連泊して6日目くらいの夜、女神官は、たまたま隣の部屋に泊まっていた商人の中年男にそう言って呼び止められた。その商人は、隣で彼女が激しく犯されヨガっている声を聴き、ちょっかいをかけてみたくなったらしい。

 

「君みたいな娘があんな男に抱かれるなんて……ひょっとしてお金かな? ……ど、どうかな、おじさん、お金は持ってるよ? 良かったら――」

「え……」

 

 鼻の下を伸ばして近寄ってくる中年に恐怖を感じ、女神官は後ずさった。すると、ちょうどそのタイミングで――

 

「おいコラ、なに俺のオンナに手ぇ出してんだ!? アアん!?」

「うわっ、ひぃぃっ!」

 

 男が現れ、一喝しただけで商人を追い払った。

 

「チッ、エロ親父がよぉ。――……あとで『慰謝料』でも請求しとくか」

 

 男の表情や声はとても粗暴で、こういう人間のことを、女神官は苦手としていたはずだったのに、彼の口から発せられた「俺のオンナ」という台詞だけで女神官の内側は蕩けてしまった。

 

「――ん? おいおい、どうした、発情してんのか?」

「ち、違いますっ、これは……――ンっ♡ ちゅ……♡ ぷは……っ♡」

「……――発情してんのか?」

「は、はい……♡ あなたが格好良くって、セックスされたく、なっちゃいましたぁ……♡♡」

「へへへっ、よぉし、あの親父が眠れなくなるくらいヨガらせてやっから、覚悟しろよ?」

「ふぁあ……♡♡ うれしいです……♡♡」

 

 そうやって、十日近くも同じ宿で調教され続けた女神官は、そこを出発する頃には、完全に男のハーレムの一員であり、彼専用の「メス」に変えられてしまっていた。

 自分の命を救ってくれたゴブリンスレイヤーに対する淡い想いなど、すっかりどこかに置き忘れて。

 

「お願いします……今日もい~っぱい種付けしてくださいね……♡ わたしがあなたの赤ちゃん孕んだら……地母神さまも、きっとお喜びになりますからぁ……♡」

 

 穢れのない白い神官衣の下に、男によって徹底的に開発された、淫らな肉体を疼かせながら。

 

==

 

「ねえ、ここにオルクボルグはいるかしら?」

 

 涼やかの声に、思わず瞳を奪われてしまうほど整った顔。細身の身体に狩人装束を身に着け、大弓を背負った森人(エルフ)。しかも耳の長さなどの身体的特徴からして、どうやら彼女は(かみ)森人(エルフ)――本物の妖精の末裔らしい。さながら、妖精弓手といったところだろうか。

 そんな人目を引く存在がギルドに現れたとき、受付嬢は心ここにあらずだった。彼女はカウンターの後ろに立ってはいたものの、ギルドの受付には必須の愛想笑いすら忘れ、妖精弓手の問いかけをぼんやりと聞き過ごしていた。

 

「ねえ、聞いてる? オルクボルグはここにいるの?」

「…………」

「ねえちょっと、あなた」

「――え、あ、は、はい! コホンっ! え、えっと、何か御用ですか?」

 

 妖精弓手の呼びかけに少しだけ険が混じったところで、受付嬢はようやく我に返った。せわしなく咳払いした受付嬢に改めて要件を尋ねられ、妖精弓手は呆れたように小さくため息をついてから、もう一度繰り返した。

 

「オルクボルグっていう冒険者が、ここにいるって聞いてきたんだけど」

オーク(樫の木)……ですか?」

「違うわ。オルク、ボルグ」

「……??」

 

 そんな嚙み合わないやり取りのあと、銀の認識票を首から下げたその妖精弓手から、受付嬢が丁寧に話を聞き取ってみると、どうやら妖精弓手の探し求める「オルクボルグ」というのは、彼女たちの言語でいう「ゴブリンスレイヤー」であることが判明した。

 

「では、あなたはゴブリンスレイヤーさんに会うために、この街まで……?」

「そうよ」

「ど、どうして、ですか?」

 

 滅多に人里に姿を現さない美しい森人が、わざわざ探し求めてまで会いに来る理由。それを想像して、受付嬢の心は少しざわついた。

 ちなみに、さっき受付嬢が心ここにあらずだった理由は、この件と無関係ではない。実はいま、ゴブリンスレイヤーはこの街を三日ほど留守にしている。彼は単独で、ある砦に巣食ったゴブリンたちを討伐しに行った。先にそこに向かった鋼鉄等級の一党とは連絡が取れていない。そんな場所に単独で赴くとは、いかに彼がゴブリン退治の専門家でも、無謀ではないかと思えた。

 

(……へぇ、それでアンタは、その「ゴブリンスレイヤー」とかいう酔狂なヤツの加勢を、俺にしろっていうワケだ)

 

 心配がつのるあまり、受付嬢は、ある男にこの件に関する個人的な依頼をしてしまった。どこで何をしていたのか、馬車の護衛依頼に出てから、十日以上もギルドに姿を現さなかったあの男――例の鋼鉄等級の「ならず者」に。

 

(てことは、俺への依頼料は、ちゃぁんと用意してあるんだよなぁ……?)

 

 そのならず者(ローグ)は、受付嬢が頼めば、たとえどんなに個人的な願いだろうと引き受けてくれる。――ただし、受付嬢が彼に支払わなければならない報酬は特別だ。俺に何かを依頼したいなら、お前の身体で支払えと、男は受付嬢に明言している。

 覚悟を決め、毅然とした表情でわかっていますと頷いた受付嬢に、男は言った。

 

(そうだな……なら、こういうのはどうだ?)

 

 依頼を飲む代わりに男が受付嬢に要求したのは、一日の逢引き(デート)だ。受付嬢は思わず聞き返してしまった。

 

(デート……ですか?)

(そうさ。――おっと、勘違いするなよ? お触りとかはナシの方向でだ。そこまでしてもらうほどの依頼じゃねぇからなぁ。昼飯前から……夕飯を食い終わるまででいい。そのあいだ、俺に付き合ってもらう)

 

 男が身体を触らせろとすら言ってこなかったので、受付嬢は逆に警戒した。

 この男のことである、絶対に何か企んでいるに違いない。そもそも、ゴブリンスレイヤーが単独で砦に向かう羽目になったのは、彼が最近ペアを組んでいた女神官が、この男と一緒に行動していたからだ。デートさせろという言葉にも、きっと裏がある。

 

(わかり……ました)

 

 それでも、考えに考えた挙句、受付嬢は男の提示した条件を飲んだ。自分がその程度身を切るくらいで「あの人」の支援ができるなら、安いものではないかと、最終的に彼女は思ったのだ。

 私は普段、「あの人」のためになるようなことを、何一つできていないのだから、と。

 

(……契約成立だ。報酬を忘れるなよ)

 

 そして、受付嬢の依頼を受けた男もまた、単独でゴブリンスレイヤーの後を追った。いつも一党を組んでいるらしい武闘家や魔術師の少女を、どうしてか街に残して。

 

「――ねえ、聞こえてる?」

「え?」

「はあ……あなた、またぼーっとしてたわね?」

 

 妖精弓手の声が、受付嬢を再び現実に引き戻す。

 

「だから、詳しい用件はオルクボルグに直接話すから、って言ったのよ。……ね、受付嬢ってギルドの顔でしょ? そんな暗い顔してたら、送り出す冒険者に悪いと思わない?」

 

 その声色は優しかった。妖精弓手は受付嬢を叱ったのではなく、「だから元気を出しなさい」と、彼女を励ましているように思えた。

 受付嬢は、頭を占めていた不安を無理やり振り払うと、笑顔を作った。

 

「はい……そう、ですね」

「うん、それでいいのよ。それじゃ、教えてくれるかしら。オルクボルグはいまどこに――」

「おい金床ッ! 『かみきり丸』は見つかったかいの!?」

 

 妖精弓手の質問を、陽気な濁声が遮る。自在扉の向こうから現れたのは鉱人(ドワーフ)だ。その声を聴き、妖精弓手は顔をしかめて上森人(ハイエルフ)らしからぬ表情を見せた。

 

「うるさいわね。それをいま彼女に聞いてるの。いちいち大声出して邪魔しないでくれる? ――ていうか、金床って呼ばないで。これだから鉱人は――」

「なにおぅ!?」

「なによ!!」

「なんだ、二人ともまたやっておるのか? このような場所で騒ぎを起こすなど、余人の迷惑になろう。済まぬな、拙僧の連れが迷惑をかけて」

 

 森人と鉱人が喧しくやりあっているところに、さらに蜥蜴人(リザードマン)が現れて、ギルドホールはますます騒がしくなる。

 落ち着いた彼らに、受付嬢がどうにかゴブリンスレイヤーの不在を伝えるまでには、それからだいぶ時間がかかった。



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