欧米の世界支配の構造と、その構造に挑んだ大日本帝国の敗北~その理由の考察~ (プリエ・エトワール)
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不意の質問
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それらの行為をすることはご遠慮ください。
その主な理由は、創作に集中したいからです。
「ねえ、ヨシカちゃん。どうして日本は昔、太平洋戦争なんかして負けちゃったの?」
その夏真っ盛りの日の昼下がり、馴染の喫茶店で待ち合わせた年上の男性ヨシカに対し、そうリリが質問を切り出した。
店の机に両手を突き、向かい側に座るヨシカに対して、身を乗り出す格好だった。
小学生高学年女子特有の柔らかくしなやかな肢体。それを存分に伸ばした姿はとても生命力に溢れていて美しかった。
リリと言う小学生女子にとって、普段は無害で難しい質問を笑顔で返してくれる近所のお兄さん。それ以上ではないヨシカも、その美しさには一瞬見惚れてしまう。
(はっ!いかんいかん!)
唐突に質問されたヨシカは多少面食らったが、その動揺を上手く隠し、冷静さを装う。そうして、リリの質問への返答を脳内の辞書から一生懸命に引き出していく。
(ああ。もうそんな時期か。納得の質問だな)
そういえば、もうすぐ終戦日と重なる御盆休みだと思い出し、小学生とはいえ聡明なリリの行動の意味を悟るヨシカだった。
小学生高学年のリリともなれば、色々と世の中のあれこれに興味を持つ年頃だ。過去の戦争と、その開戦理由に興味を持っても可笑しくはない。
ヨシカは、ここは下手に話を逸らすことなく、自分の知っているだけの知識をリリに披露してやるべきと考えた。
ヨシカは、それが自分に対してリリの望んでいることと、そう理解したのだ。
リリにとってヨシカという少年は、近所の子供という接点しかない自分を、見下すことなく真摯に接してくれる優しいお兄ちゃんである。
ヨシカとしても、リリにそう慕って貰えている理由は十二分に理解していた。この少女との関係性を、悪戯に破壊したいとは思わない。
それ故に、ヨシカは自分の知るこの世界の支配の仕組みの一端を、余すことなくリリに伝えることにした。そうしてこそ、互いの信頼関係は守られると考えて。
「うん。その質問に対しては、まず明治維新前からの世界の動きをリリちゃんに伝えないといけないね。その基礎の話をしないと、当時の……明治維新前後から、太平洋戦争の敗戦までの世界情勢が理解できないからね。ちょっと長くなるけど、それでいいかな?」
「うん!お願いします!スマートノートやパソコンの検索だけじゃよく理解できないの!だから、ちょっと長くても平気!あ!でも、なるべく短くしてね!」
ヨシカの返事に、にっこりと微笑んだリリは、そう言ってヨシカの念押しに応えるのだった。
「了解。リリちゃんはさ、ロシアモデルの支配構造っで知ってる?」
「ろしあもでる?しはいこうぞう???………知らない!何なのかな!」
「うん。日本の明治維新前から、欧米列強の王族や貴族、それに味方するユダヤ教徒の資本家たちとかが考え出した、この世の支配方法だよ」
「………ええ?」
そうヨシカに言われて、面食らってしまうリリだった。だが、とりあえず最後までヨシカの言い分を聞く努力をすることにする。
「まず、北方の大国ロシアにユーラシア大陸最大規模の領土を持たせて、他の国々の脅威にすることが第一段階。続いて、その大国ロシアに対抗する同盟を他の国々に生み出させ、その支配層に王族、貴族、資本家が座り、その支配を確立することが第二段階………リリちゃん、話に付いてこれているかい?」
そこまで話し、苦笑してリリに話に付いてこれるかと聞くヨシカだった。実際、リリは予想外の話を聞いて、ポカーンと呆けた表情をしていた。
まさか、当時の日本の話ではなく、いきなり明後日の方角の世界の支配方法など持ち出され、ちょっと…いや、かなり困惑していた。
「うっ、うん!続けて。大事なことなんでしょう?」
だがリリにも質問側としての意地がある。リリは健気にも、ヨシカの話を理解しようと努めるのだった。
「ごめんね。でも、この時代、所詮日本は極東の島国でしかなくて、世界は欧米中心に動いていたんだ。だから、この話は外せないことなんだよ」
「うん。ヨシカちゃんを信じるよ。だって、ヨシカちゃん、今まで私に嘘をついたことないもの!」
「(僕を信じてくれて)ありがとう。まあ、この事と関連して後で話すけれど、日本の攘夷志士たちの活躍で日本が独立を保ったなんて話はね、ファンタジーなんだ。実際には、このロシアモデルの支配方法に後の新政府勢力が参加したから、日本と言う国は独立が保たれたんだ。欧米にほぼ植民地にされた有色人種国家の中にあって、特権的な地位を約束されたんだよ…ついてこれてる?」
「はい!」
ヨシカの質問に、右手を真上に伸ばし、元気に答えるリリだった。
「よろしい。丁度、ユーラシアの極東に位置する日本と言う国は、不凍港を求めて南下してやってくるロシア軍を迎え撃つ運命なんだ。だからこそ、イギリス連邦を中心にする勢力は薩長同盟側に付き、維新成功のための援助をした………自分たちの代理としてロシアに向き合う存在として………」
「…その一方、密かにロシアと同盟関係にあったフランスは、ロシアの意を受けて、榎本武揚旗下の旧幕府軍に協力し、蝦夷…後の北海道である、あの地域に、ロシア寄りの共和国を建国しようと助力した。この時期、極東の島国である日本が、世界支配の形に大きく関わることになったんだよ………ふう、一旦、休憩するね」
「うん…ふええ………そんな理由があったんだ」
長話を一旦中断し、目の前にあった飲み物に口をつけるヨシカ。いくら冷房の効いた喫茶店の中とはいえ、差し込んでくる日差しは暑い。その光にあたれば身体も熱くなる。
「ふう………生き返る」
口に含み、胃へと送り込まれたアイスティーが、ヨシカの身体を徐々に冷やしていった。一方、これまでの話を聞いたリリといえば、ヨシカの話の内容の濃さに感動を覚えていた。やっぱり、ヨシカちゃんの話はためになって面白いと。
「さて、それじゃあ、この一連の話の基礎は理解したよね?」
「はい!」
「では続いて、イギリス、アメリカ、その他、極東にやって来ていた欧米人の助力により、戦争に次々に勝利し、栄光の歴史を歩んだ日本の成長を語るね………それと度重なる勝利によって無駄に肥大…傲慢になっていった日本人の自意識も」
アイスティーをコップの半分まで飲み、リラックスしたヨシカが再び語り始める。この休憩で語る内容も、頭の中で上手く纏まったようだ。
「それが終わったら、いよいよ日本の敗戦理由を語るよ。それは、一般庶民に的確な知識の伝えなかった政府の落ち度だ。これは明治維新前、旧幕府当時からの悪癖だね。庶民は所詮、庶民でしかない。政治は理解できぬ。そう役に立たんと侮りっていんだよ………」
ちょっと悲しそうな表情を浮かべるヨシカ。語る内容に少なからず思うところがあったのだろう。
「…国家に守護者である軍人の末端までも、この時代は道具扱いだった。人あっての国家だと言うのにね………そのために、日本という国家はロシアや後のソビエト、日本に留学を開始した大陸の連中(スパイ)のために、徐々に政権に浸透されていき、思想的に歪んでいってしまう。そのために本来は同盟側で、味方であった欧米と分断され、対決する道を歩まされたんだ………」
とりあえず、そう断り、先に話す順番と簡単な内容をリリに伝えるヨシカだった。
「…それじゃあ、リリちゃん、なぜ日本国が敗戦したかを、本格的に講義します。大丈夫?」
「うん!続けて!理解できるように頑張る!」
こうして、ヨシカの講義始まった。
続く
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教え授ける
「じゃあ、続けるねリリちゃん」
「はい。ヨシカちゃん」
ヨシカの宣言に満面の笑みを浮かべ応じるリリである。まだ子供である自分に対し、目の前の青年が真摯な態度で応じてくれることが嬉しいのだ。そんなリリに対し、教授する側のヨシカもまた笑顔であった。
小学生高学年女子と大学生の男子。
ちょっと歳は離れてはいたが、とても爽やかな関係性のカップルだった。それは、ふたりへと近付いてくる第三者側の視線からも、そうと判る健全さであった。
「お待たせしたんだねぇ~」
「あ!アルカお姉ちゃん!」
「あ、どうも。今日もお世話になります」
「それはお互い様なんだねぇ~」
そう言って二人の許に時間差での追加オーダーを持ってきた人物は、ここ、喫茶フレンズのオーナー女性、アルカ・パサンであった。
リリとヨシカが、この喫茶店内で度々健全なお付き合いをしていることを知る、数少ない人物である。
そのため、彼女が二人を見詰める眸もまた、何か煌めくものを見るかのように輝き、その目許も柔和なものだった。
(青春だにぇ~)
アルカは、リリとヨシカが健全な関係であることを、日を置いてその店内に時折響く話の内容からよく理解していた。
「今日も難しそうな話をしているねぇ~。いつも。ありがとうね~。楽しんでいってねぇ~」
そう言ってアルカは、二人の前に自家製のチーズケーキとガトーショコラを置いて行く。そして、二人の話の邪魔にならないように、そそくさとその場を後にするのだった。
そんなアルカの後姿を見送り、ヨシカが言う。
「リリちゃん、ちょっと糖分補給してから続きの話をしようか。ね?」
「うん!」
「じゃあ、いただこう」
「うん、いただきます!」
「いただきます」
明治維新後の日本の状況を放し始める前に、ふたりはそのようにして脳へと糖分補給を開始した。
~少年少女休憩中~
「ん………それじゃ、始めるね」
「うん」
ヨシカは三分の一のチーズケーキを残して、アイスティーを使って消費分を胃の中へと流し込んだ。そうして、リリへと話の再会を告げる。
しばらくの後、リリがアイスティーを飲み干し一息つく。すると、ヨシカは中段していた話を再開した。二人で甘いものを食べて過ごす、優しい時間を一時終わらせ、その代わりに違う欲求、知識欲と知識共有を満たしていくのだった。
なお、残るケーキ分と口直しの水は、すべての話が終わってからの回復用に残しておく。
「さて、再会するね………さっき話した通り、明治維新前から新政府の薩長閥は、イギリス政府とロシアモデルの世界支配体制の共有を軸にして懇意にしていた。これは、後の日英同盟に繋がる流れだね。ここまでは解るよね?」
「うん。元々、国と国が仲良くないと、同盟を結べないって知っているよ?」
「そう。当然ながら、国家と国家の同盟とは、いきなり締結できるものではなく、事前にそれぞれが送り合った施設、また、工作員…つまり現地入りしていたスパイを通じて、この先どうやって国家を運営していくべきか話合っているものさ」
「つまり、明治維新の前から、ロシアとフランスも一緒になって極東の扱いを巡り、イギリス、アメリカ側と牽制し合っていた?」
「うん。そう見る方が健全な物事の見方だと思うよ。すでにロシアも、イギリス、アメリカを中心とする列強が、ユダヤ資本を後ろ盾にして自分たちを悪者に仕立て上げようとしていたと理解していたと思う」
「あり得るよね」
「うん。だから僕は、ロシアはドイツ対策で仲の良かったフランスに頼んで、日本国内で独立勢力を作ろうとしていた蝦夷共和国を助けるように頼んだって考えてる」
「アメリカの映画の、最後のサムライのモデルになったっていうフランス人とか?」
「そう。彼も別に義侠心で、榎本たちと共に蝦夷共和国建国に協力した訳じゃないと思う。本国の指令を受けて、ロシア寄りの小国家誕生を後押ししていたと考える方が自然だよ。イギリス、アメリカ寄りの薩長主導の新政府に対抗させるためのね」
「確かにロシアモデルっていう考えに沿えば、リリもそう思うな。普通に考えれば、まったく関係のない他民族の人たちのために働くなんて、ファンタジーだもの」
「まあ、普通はそうだよね、ははっ」
そう言い合い、互いに苦笑し合うリリとヨシカであった。人間、現実とファンタジーの区別がつかなくなったらお終いである。
「ちなみにさ、ロシアモデルの実在正銘なんだけど………」
「うん?」
自分のコップに残るアイスティーをズズ…っと啜りながら、ヨシカが言う。ちょっと悪戯な表情だった。リリを吃驚させる気なのだろう。
「実は証拠があるんだ」
「えっ!本当に!?」
このヨシカの告白にはリリも吃驚であった。ますます好奇心を刺激され、その話の続きを聞こうと両方の瞳を輝かせた。
「今日(こんにち)のNATOだよ。日本語表記では北大西洋条約機構。あれは、ロシアモデルの支配体制構築を下地にして構築されてるから。本来の仮想敵国がソビエト連邦で、その崩壊後、ロシアになってる」
「ああ!」
「太平洋戦争での欧米との対立がなければ、引き続き日本も極東側からソビエト………今はロシアを牽制する立場だっただろうね」
「そうなんだ………ん-、でも、ますます理解できなくなるよ。当時の日本はそんな恵まれた立場を捨てて、どうして欧米と対立することになっちゃったの?」
「そう。そこがもっとも重要なところだね」
「太平洋戦争前も、日本は国際連合の常任理事国の一角だったんでしょう???有色人種の国家間にあって、もっとも恵まれた立場なのに???」
しかし、ヨシカの話からより多くの知識を教え授けられたことにより、リリにはますます疑問が増えるのであった。
なぜ、イギリス、アメリカと関係が良好であった日本が、最終的に両国と対立し、亡国となるのか?そのプロセスがよく理解できなかったからだ。
明治維新から第二次世界大戦及び太平洋戦争の間に、日本側、イギリス、アメリカ側との間でどんな齟齬が生じ、その修復が不可能となり、日本は敗戦まで突っ走ったのか?
それがますます理解できなくなっていた。
その疑問を解消するためには、より多くの知識をヨシカより授けて貰う必要がある。そう理解したリリは、ますますより多くの知識をヨシカへと乞うのだった。
「ねえヨシカちゃん、そこの推移をもっと詳しく教えてください!」
「もちろん。それで、ちょっと話が飛ぶけど構わないかい?」
「うん!努力して理解するよ!」
そんなリリの返答に、ヨシカは笑みを浮かべてスマホを懐から取り出した。このスマホで確かな知識を検索して引き出し、より理解し易くしてから、リリに物事の推移を説明するつもりだった。
「よろしい。維新後の日本は、イギリスからの最新鋭の武器の支援や、アメリカの外交上の仲介を受けて日露戦争に、ああいった形で勝利したよね?」
「うん………それで、その後に何があったの?」
「ちょっと話が前後するね。21世紀の今現在、アメリカやヨーロッパは、人権に狂っているでしょう。過度の不法移民の受け入れや、一部の人種が高らかに自分たちの人権を叫び、破壊活動も厭わない」
「うん」
そういったことは、リリも日々のネットのニュースを見て知っていた。
「そして、マスコミ連中もそれを正当化する報道を繰り返す。現地の庶民はその暴挙に対し、何も言えず封殺される。かなりの混乱状態だ。そんな国家を分断するような工作を、同地域は他国やグローバルリスト、売国奴たちによって受けている」
「そうだよね。でも、それと昔の日本とどう関係があるの?」
「ええとね、日本には日露戦争後、日本と言う国の武力を頼って、有色人種開放を謳う人々が国内に大挙して押し寄せてくるんだ。それで、次第に日本国民の上部がその人権回復運動に傾倒していってしまう。その辺の知識のない下層国民を置き去りにしてね。その背後には、日本と欧米を分断しようとした勢力がいたんだ」
「あっ!」
国が戦争に勝利し、大きくなるにつれ、いわゆる外地からの新参者たちが日本列島に入り込み、当時の日本もまた、昨今の他民族国家であるアメリカ、ヨーロッパと同じ状況になっていった。そういうことかとリリは気付いたのだった。
21世紀現在の欧米では、国の内側で他民族間で闘争が起き、国家が分断されようとしている。そうなるように外部から工作されているのだ。
「話の要点は理解できたよね。じゃあ、話を太平洋戦争以前に戻すよ」
「うん」
話はここで過去に戻る。過去の日本国は、新たに入り込んできた外部勢力によって、内部を思想的に食い荒らされていた。同時に新たに海外領土を得て肥大化していくことで、日本国民たちはより傲慢になり、内部の危機に気付かなくなっていく。
むしろ、列強に初めて勝利したアジアの国家だ!すごい!すごい!と多民族出身者に誉めそやされ、持ち上げられて、より彼らの言いなりとなり、いいように利用されていく。
聡明は頭脳を持つリリは、少しの知識を得ただけで、そうと気付いた。
「その音頭を取った輩は、当時、南進を計画していたロシア/ソビエト(革命によって移行)と、日本人を使って欧米の勢力を大陸から追い出そうとした志那、その他諸々の勢力だよ」
「あ~!そういえば、日本が国家としては、国際連盟で初めて人種差別の撤廃を叫んだ。そう何かで読んだ気がする!」
「リリちゃんは鋭いね。そう。じつはそう言った工作を受けて、一番狂っていったのは日本の政府の上層だったんだ。これは、前にも言ったけど、当時の日本政府の悪癖による失策だよ」
「…そんな」
「でも事実だよ。当時の日本政府は、世の中の状況もわきまえずに、人種的差別撤廃法案というものまで国際連盟で主張していた。新たに日本人となった元外国人や、そういった人たちの裏にいた、日本と欧米が対立するように仕向けていた者たちに唆されて」
「ええと?………日本は幕府があった明治維新前、明治維新後も、庶民を頼りにせずに侮り、まったく真実や国の置かれている状況を教えなかった………前に言っていた、それ?」
「そう。維新前の幕府もだけど、維新後の日本新政府も、日本と言う国家が如何なる義務履行を軸に存続を許されていたか庶民に伝えることを怠った。政権の正統性だけを主張するファンタジーばかり民衆に押しつけてね」
「酷い話」
「だから、ある意味、真っ白な精神のままの日本国の庶民だけでなく、政治を司る者たちも、その他民族が用意した罠に陥っていく。共産主義者たちや、日本国民を増長させて、自分たちの都合の良いように使おうとする勢力に、簡単に意識誘導され洗脳されていくんだ」
「………う~ん。でも、人権の獲得って、そんな悪いことなの?」
ヨシカの言うことはよく解る。しかし、人権と聞いてリリはちょっと困惑してしまう。人種や肌の色で人を差別することは悪いことだと思う。当時の日本という国は、そこを改善しようとしたのだろう。だが、それはあまり悪いこととは思えない。その点をヨシカに尋ねるリリだった。
「そりゃ、日本人が自分たちの権利を獲得しようとすることは正しいよ。でも、日本人が、同盟関係でもない、他国、別民族の権利を勝ち取ってやる責任ないよ。それぞれの権利は、それぞれの力で勝ち取るものだ」
「んん~?よく解んない???」
そう言って首を捻るリリ。その姿に無言のまま笑みを浮かべるヨシカ。小学生高学年女子には、この点だけは少し早かったかな?と思う。そこでヨシカは、違う角度から物事を説明してみせる必要を感じ、頭を捻った。
「あのね、リリちゃん、本来、権利は義務を果たしてこそ与えられるなんだ。所属する社会への義務を果たした者のみに与えられる。そのことは理解できるよね?」
「ん~、はい!」
「たとえば、企業では正社員の権利を受けられる者は、正社員の義務を果たす社員だけだよね。派遣社員やバイトは、正社員の義務を負わないし、その権利や特権も与えられない。また、正社員でも、その責務を果たさないと降格させされる。そこは理解できるよね」
「そうよね」
「じゃあ、義務を果たさない者にも権利を与えてしまったら、その会社の統治はどうなってしまうかな?」
「ん、と。雇用やその他の社会制度が崩壊しちゃうね………あ!今、アメリカやヨーロッパは、その会社の制度が崩壊しちゃうようなことしちゃってる!」
そう気付き、頭の中で考えを纏めるリリだった。
「それで、少数派の人たちが自分の人権を武器にして、各地で暴れ出してる……んん?………あ!………もしかして、太平洋戦争前夜の日本も、それと同じことをしちゃって、全世界にそれを押し付けようとした?」
そのリリが出した結論を聞き、ヨシカは笑みを浮かべた。ヨシカが信じていた通りに、聡明なリリは見事に正解を言い当てたからだ。ヨシカは、そんなリリの頭の良さを愛してやまない。
「正解。当時の日本は大東亜共栄圏とかいう日本が中心となる世界帝国をアジアに造り出し、その内部に生きるすべての人間に、当時の日本人と同じ権利を与えようとしたんだ。欧米主導のロシアモデルの支配体制から離脱してね」
「ええ………狂ってるよ。明治維新後からの日本人が、他の有色人種国家と違って特権を享受できたのは、ロシアモデルの支配体制を遵守し、ロシアやソビエトの南下を防止する責務を果たして、極東を維持していたからでしょう?」
「その通りです。そうしたから日英同盟も締結できたし、その援助を受けて多くの戦争に勝利できた」
「そうだよね。その義務履行あっての日本の栄光だよね。それに関係ない諸民族に、日本列島に住む人たちと同じ特権を与えようなんて、いくら日本が求めても、当時のイギリスやアメリカが許可しないよ。特権を与えられるのは、義務、責務を果たした者たちのみ。その前提を変えちゃったら、社会の基本的な仕組みが壊れちゃうもの………」
言い方を変えれば、一人の青年(日本)に、妖怪子泣き爺(アジア諸民族)が取り付いているような状況である。どう考えても、青年(日本)は子泣き爺(アジア諸民族)によって、いずれ圧し潰される。
別の言い方をすれば、一人の働き手にニートの家族全員が寄生、依存している状況だ。縋り付かれた者は、例外なく破滅する。とても縋り付いてきた者たち全員を、養いきれる者はいない。
そして、もっと悪いことに、彼らは日本という国家、国民の家族ではないという点だ。彼らは日本人とは別のルーツを持つ他人なのだから。
それなのに、日本の時の政権は、彼らをアジアの友人、家族として誤認し、何とか助けようとしてしまう。
そのことに気付き、リリは心底、当時の日本政府を軽蔑した。
国家は自国の国民を第一にすべきだ。それなのに、日本人ではない他民族の権利獲得を優先し、そのために、自国…日本国本土出身者の軍人と民間人を、他民族のために使い潰そうとしたのだ。
「ロシアモデルに関係ない諸民族に権利を与えろって主張、当時の日本政府の言い分は、企業を例にすれば労使交渉で、仕事していない連中にもお給料を支払えって主張すると同じことでしょう?そんなこと、誰も認めないし、その場に私がいたら、私だって認めないよ」
「そう。あまりに身勝手だった。ロック過ぎた」
「ロック過ぎるよ!何で当時の日本政府は、その奇妙さが理解できなかったの?何でそんな絶対に無理なことをやろうしちゃったの?」
「それはね、アジア主義という主張を押し出し、復権を求める志那人やその他の民族に、日本政府が耳を傾けてしまっていたからだよ。そんな必要はなかったのにね」
「え?どういうことなの?」
「ん~、その話は少し休んでからにしよう。リリちゃん、今までの話を聞いて、ちょっと疲れたろう?アルカさんに追加のオーダー頼もうかい?」
「うん、そうだね。ちょっと疲れちゃった。ヨシカちゃん、お願いできる?」
「もちろん。リリちゃんとの議論、お茶の一時を演出する資金くらいは用意してるよ」
「ふふっ!ありがとう!」
「どういたしまして」
長い話し合いを終え、リリとヨシカは再び小休止を取ることにした。ヨシカは、その追加オーダーのため、テーブル備え付けチャイムを押すのだった。
続く
本作の作者である私、プリエ・エトワールが言いたいこととは、アジア思想とは、日本という大国に縋り付き、寄生した外国人ニートたちが、日本という国家と日本人たちを、自分たちの都合良いように支配するため、生み出した思想ということです。
自分たちの力で欧米の植民地支配を打破できないから、大国であった日本にかわり欧米と戦ってもらうという、卑怯者の思想なのです。
それを抱え込んでしまった当時の日本は、そのために破滅し、太平洋戦争で敗北し、一時的に亡国となったのです。
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太平洋戦争前に日本人が経験した、人権問題という埋伏の毒
まあ、私が示した事柄を信じるも信じないも、読者さんの自由ですよ。
「人が語り明かすには、定期的な水分と糖分の補給が必要不可欠なんだにぇ~。営業的にも、こうして追加オーダーしてもらえると助かるんだにぇ~」
「その、いつも美味しいものをありがとうございます」
「こちらこそなんだねぇ~」
「さあ、いただこうか」
「うん」
慣れた手付きで追加オーダーの甘いものと飲み物を机に並べていったアルカ。その品々に、リリとヨシカは早速舌鼓を打つ。
話が終わってから食べようと残しておいたケーキなども、この時一緒に片付けてしまう。それによって、リリとヨシカはこれまでの疲弊を回復していった。
「はは。ちょっと話が長くなってごめんね。何とか次で終わらせるね」
「ううん。こちらこそ、リリの質問にちゃんと付き合ってくれてありがとうね、ヨシカちゃん。とってもためになるお話だったよ。それに、とっても美味しいケーキとか食べさせてくれたから、もう大丈夫だよ」
「ははは。そう言ってくれると僕も助かるよ。じゃあ、これを食べ終えたら、話の続きをするね。安心して、それで最後にするよ」
「うん!」
~少年少女再び休憩中~
「ふう…」
そう溜息を吐き、ヨシカが手持ちのフォークを机に置くと、軽く手をウェットティッシュで拭き清めた。これからが今回の話の纏めである。そのために精神を整えるちょっとした儀式みたいなことをしたのだ。
だが、その話の続きに入る前に、ヨシカはある結論を先にリリに伝えることにした。それは、とても大事なことだった。ある意味、太平洋戦争のその前に、当時の日本人が、真に知らなければならないことであった。
「さて、リリちゃん。先に結論から言ってしまうと、諸々の民族が差別されるようになったことに、日本人にはまったく落ち度はない。遠い異国の戦争の勝敗…それに敗北した諸民族が、白人に侮られて差別されるようになったこと。それは、その敗れた諸民族自身の責任だ………そのことに日本人はまったく関係はない。その点は、リリちゃんも解るよね?」
「うん。それはリリも解るし、認めるよ」
「それにもかかわらず、20世紀になり、日本人の国家がその諸民族の差別撤廃のために、欧米列強と戦うことになってしまった。それが太平洋戦争の一番の奇妙奇天烈、奇々怪々なところだよ」
「うん。よく解る話」
「そう。そんな奇妙な対立構造のフレーム(枠)を構築し、その中に日本国と大和民族をはめ込んでいった者たち。その者たちこそ、太平洋戦争の本当の加害者と言える。それを明らかにして、今回の話を終わらそうと思うんだ。戦前の日本国内に入り込んでいた埋伏の毒ともいうべき者たちを明らかにして」
「いよいよ最後の話なんだね」
「うん。心して聞いてください」
「はい」
~少年少女、居住まいを正す~
「じゃあ、始めるね」
「うん」
「そもそも、日本民族以外の諸民族が、これまでの歴史のどこかで白人に勝利していればよかった。そうすれば、有色人種勢力も白人勢力に侮られ、奴隷同然の身分に堕とされることもなかった」
「うん」
「でも、それができずに、19世紀後半まで人類の歴史は白人の一方的勝利で流れてしまった。それで、白人勢力が最後に残った日本国を攻め落とせば、それで人種のカーストは決定的に固定付けられるはずだった」
「うん」
「でも、そうはならなかった。イギリスやアメリカ、その後ろ盾のユダヤ金融商人という勢力は、ロシアモデルと言う世界支配の方法を、日本の明治維新前にはもう思い付き、構築していた。その一角に、明治維新後の日本国を組み込むということも決めていた。その国家を構成する日本人たちも共に。そして、上手く立ち回り、新政府と手を組んで、自分たちの勢力に日本国を引き込んだ」
「うん」
「その日本側の支配層とは、皇室と、後に華族となる公家、各地の大名、上級武士のこと。それに日本の内戦で活躍した主だった者たちのことだね」
「そうなの?」
「そう。武力を持つ実力者以外では、公家は皇室と一緒に京に住んでいた縁戚だし、徳川家はじめ地方大名たちも、元々は皇室の子息たちが地方豪族と結びついた者たちで、みんな縁戚なんだ。徳川幕府政権下にあっても、京都から皇族、公家からお嫁さんをもらっていたんだ。彼らがロシアモデルの極東側の支配階級だね。欧州の、ユダヤ金融と結びついていた王族、貴族と同じポジションだね」
「そっか。別に意味もなく、小学校の授業で華族のことを教えいたんじゃないんだね」
「うん。大概の人はそれに気付かないでスルーしちゃうけどね。日本側は、その身内の安全を条件に、欧米側と合意に達したんだ。その華族制度は、日本が太平洋戦争で敗北するまで廃止されなかった」
「華族の人たちは、戦前、日本国内のアジア主義の高まりを押さえられなかったから、ロシアモデルを維持できない役立たずと見做されちゃったの?」
「そう。話を戻すね。」
「うん」
「つまり、維新の志士たちが頑張って独立を勝ち取ったっていう話は嘘。実際の活躍は微々たるもので、ファンタジーに過ぎなかった。明治維新前後の新政府軍の勝利、その後の日本国の破竹の大進撃には、のちに同盟を結ぶイギリスや、その背後の黒幕たちの意思が常に働いていたってこと。それあっての日本国軍の破竹の勢いの大勝利。日本国の発展だったんだ」
「うん。そこまでは同意します。それで、そんな日本がどんな理由があって、あんなにアジア主義に染まってしまったの?欧米と戦うことになっちゃったの?私、気になります!」
これまで相槌を打つだけでヨシカの話を聞いていたリリが、そのもっとも気になる部分をヨシカに問うた。そう。その部分こそが、今リリが一番知りたい、重要事項だった。
「うん。それはね、第一に日本人が田舎者だったからだよ。それが一番の理由。次に、その日本人の田舎者気質を補正するという対策を、時の政府がまったく怠ってしまっていて、むしろ、その抑え役であるべき役人や軍人たちがね、他民族の日本人上げに乗ってしまった。そのためだね」
「えーと、どういうことなの?」
ヨシカの返答に困惑し、再びそう問うリリであった。
「うん、人間ってさ、他人から誉めそやされることに本当に弱いんだよね。それで、大日本帝国とやらの度重なる戦勝を受け次第に海外領土を得ていくと、ある事態に直面するんだ」
「ある事態?」
「日本人は、欧米に虐げれれていた有色人種側から、凄まじい称賛を受け、美麗字句を投げ掛けられ、次第にその正体を失っていってしまう。日本は有色人種たちの希望だ!その力を持ってして、ぜひ我々を欧米の、白人勢力の支配から救ってくれと」
それに追加すれば、志那人などは、何かと日本人とつながりを求め、義兄弟の契りを結んだり、独身男性に娘を宛がったりして、身内として日本社会に入り込み、その影響力を高めようとしていた。身内となって情に訴え、その庇護下に入ろうとした。
日本社会の内側に入り込み、上手く乗っ取ろうとしていた。
「!…ああ。ちょっと理解できた。それで日本人は自分を褒めてくれる有色人種の開放役になっていっちゃったってこと?そんな責任はまったくないのに?」
「そう。ついにはアジアの諸民族を大日本帝国の下、白人の支配から解放するなんていうアジア主義者なんて連中が日本国内で暴れまわり、それを目的とする大政翼賛会なんていう団体が日本国内に出現してしまう。他国人に洗脳された連中が生み出した組織だよ。日本の皇室の下の五族協和。八紘一宇ってね。いわゆる大東亜共栄圏構想だ」
「まるで悪夢!日本人はただの日本人!それ以上でも以下でもないのに!他民族を欧米の支配から救う救世主なんかじゃない!」
「そうだね。でもそのアジア主義者や大政翼賛会という集団には、日本の政界の重鎮や、軍部の高いレベルの地位をしめる人物が存在したんだ。日本という国は、太平洋戦争前夜、事実上、新参の他民族と、それに与した上級国民たちによって乗っ取られていたんだよ」
「もしかして、そう言った人たちは、上手く大陸の人たちを利用しようとして、逆に乗っ取られちゃってた?」
「その通りです」
「呆れた!それで日本は、同盟国であったイギリス、それまでは多くの面で利益を共にしてきたアメリカと縁切りして、開戦しちゃったっていうの?………うーん、頭がくらくらしてきたよ。当時の日本人ってそこまで愚かだったんだ?」
「哀しいけどその通りなんだ。ロシア…いや、当時のソビエトも、その欧米と決別する流れを後押ししていた。日本と欧米が戦って互いの力を削いでくれたなら、それは祖国の利益になるからだね。それなら南進できるって。あそこの国は火事場泥棒が本当に上手なんだ」
「えっと、政界や軍部、世論が他民族に乗ったられていたことは理解したよ。でも、民間がまだ残って………あ!」
リリは聡明だ。決して気付きたくないことでも、その優れた脳が情報を精査し、短時間で結論を出してしまう。ヨシカは、そんなリリの聡明さを、堪らなく愛おしく思っていた。
何も知らず穢れもない少女よりも、穢れを知り、それに対処できる力を持った少女の方が好ましい。ヨシカは心底そう思う。
そんな聡明なリリはとても凛々しい。
彼女は幼いながらもヨシカの話をきっちりと聞き、理解し、よく解らない部分はどうして?と聞き返してくる。
それらを普通にやれるということは、その力を持っているということだ。ヨシカにとって、それはとても嬉しく、そして気持ちの良いことだった。
それはともかく、ヨシカはリリからの質問に、きっちりと返答する。
「えっとね、明治維新以後、華族になった者…上級武士や公家はさ、民衆に対して秘密裏に欧米と取引したことを恥じていたみたいなんだよね。元々、外国勢力を打倒し、強い国を生み出そうなんて思想の下級武士たちや、民間出身の者に、彼らは支えられ生きてきたんだから」
「一般市民がいるから、支配階級も存在できるってことだよね」
「そう。それなのに裏切るように、後の新政府とその支配層は、下々を無視して欧米勢力と勝手に秘密同盟を結んでしまった。だから、彼らは後々、同盟国である欧米あっての自国の繁栄だってことを下々…日本人の下層民に上手に伝えることができなかった。そんな大事なことを怠ったんだ」
「………あの、もしかして、西南戦争って?」
「………その点、論説は避けるよ」
そんなヨシカの態度が、真実なんてものが民間に知らされるのは、極僅かなのだと示していた。
「呆れた!それで太平洋戦争前の日本の民間諸勢力は、国家存亡の危機にあって、自分たちがどう立ち回るべきかもまったく理解できず、太平洋戦争前夜の政府の、狂った言い分に従っってしまったの!」
民間は、よく解らないから、とりあえず政府の言いなりになる選択を取ってしまう。政府の言うことなら間違いないだろうと。
しかし、そんな行動は政府が間違えれば国や民族も一緒に滅びることになる。そんな理屈は、まだ小学生のリリでも理解できていた。
リリは、当時の日本人たちがそんな理屈で亡国へと突っ走っていったことを哀しく思っていた。当然である。リリも同じ日本人の血を継ぐ者なのだから。同胞が自ら悲劇に陥っていったち知れば、普通に哀しい。
「でも、哀しいけれどそれが現実なんだよ。その結果、日本は孤立し自ら滅びの道を歩んでいく。耳に心地の良いアジア地域出身者たちの言い分だけ聞いてね。同盟国だったイギリスや、利益を共有していたアメリカの意見にまったく耳を傾けずに、いつの間にか彼らを鬼畜米英なんて言い出して、勝手に嫌っていった」
「当時の日本人って、本当にどうかしてる!」
リリの感想はもっともであった。だからこそ、広島、長崎に、あんな悲劇が生じてしまうのだ。
「そして、太平洋洗脳が勃発。開戦当初こそ日本軍は快進撃を続けるが、以後、戦況は悪化の一途を辿る。そして、本土への空爆が始まり、ついには広島、長崎に原爆が落とされる。その破滅を経て玉音放送での敗北宣言………終戦の流れとなる。その敗戦までの被害は計り知れず、軍と民間を合わせての死者は600万人以上という結果となる」
「………なんてこと」
「でも、それだけじゃ終わらないんだ。当時の日本は、欧米側から見ればロシアモデルの支配体制の特権を与えた存在なのに、自分たちに背を向けた裏切り者だからね。その制裁は苛烈だった。たとえば、戦時中の陸軍さんたちなんて、本当に悲惨だった。彼らは大政翼賛会の道具に成り下がっていたから、欧米に一番の裏切り者と見做され、最大の殲滅対象にされたんだ」
「どうされたの?」
「当時、すでに日本政府を見限っていた海軍さんに意図的に南方戦線に送られて、そこで次々に殺されていったよ。その孤立した状況下、食べるものも弾丸の補給もなく、周りは敵だらけという地獄の状況に追いやられてね。当時の記録を見ると、まるで家畜の屠殺場だったみたいだよ。苦しめて苦しめて、そして殺す手法だ」
「…」
リリは、無言で神仏を拝むしぐさを取った。合掌である。それがリリの唯一できる、戦争の犠牲になった者たちへのせめてもの供養だったからだ。
ヨシカも一時だけ、リリに倣って合掌をした。この違いは、この戦時中の話を始めて聞くリリと違い、ヨシカが陸軍に対し、元々シビアな感想を持っていたからだった。
「そうして、戦後、軍は陸、海、共に解体された。欧米側から見れば、陸軍は戦時中、本来の敵であるソビエトを放り出して、ロシアモデル維持にはまったく必要のない南方攻略なんて無意味なことをやっていたからね。今後は不要な存在と見做され、解体されたんだ。当然、それには見せしめの意味もあったはずだ」
「うん………これまでの話を聞くと、それは仕方ないかなって思う」
「その替わりに、ソビエト南進を防ぐ戦力として、列島には米軍が置かれることになった。日本は、広島、長崎に原爆を落とした国の軍隊に、自分たちの身を守ってもらうという不名誉を被り、受け入れざるを得なかった」
「…」
「また、華族制度は廃止。皇室は人間宣言を強制され、国家の象徴と言う立場になる。国政に触れることはタブーとなり、日本は表向き、国民による民主主義国家としてやっていくことになった」
そう言いながら、ヨシカはスマホで検索した当時の資料をその説明の都度、リリに見せていった。これが太平洋戦争によって日本が失っていった膨大なものの一角だよと。
リリは、それらを食い入るように見詰め、頭の中へと次々と収め、それらを纏めていった。
「…」
それも見飽きると、次第にリリは情報を精査していき、ある結論に達するのだった。
「…ねえヨシカちゃん、この戦争を起こすために、日本と欧米を分断するフレームを作った者たちって、要するに志那の連中よね?」
「!?…鋭いね。そうだよリリちゃん。日本人はまんまと連中が生み出したフレーム、アジア主義に組み込まれて、その実現のために操られていくんだ。」
アジア主義とは、日本の日露戦争経験後に、大陸側の志那人を中心にして論じられ始めた主義主張であった。要約すると、アジアの主導的立場を日本が取り、欧米支配からアジア諸民族を開放するべきと言う主張だ。
そんな主張が始められた当初、なんで俺たち日本人が欧米白人勢力と戦い、他民族の開放なんてしなけりゃならん。馬鹿馬鹿しいと、当時の日本人は上から下までアジア主義に懐疑的であった。この頃は、まだ日本人も真面な精神構造だったのだ。
しかし、日本の戦勝が続き、アジア諸国の者たちに、凄い、偉大だとも持ち上げられていくと、次第にその気になっていく。人間は褒められ、持ち上げられると、その気持ち良さに酔っていく。次第に日本人の指導層は、そんな外国勢力の主張に染まり、その支配下に置かれていく。
つまり、日本人たちは志那人たちの誘導に自ら引っ掛かり、欧米と対決する道を選び取りってしまったのだ。
そのことを少ない情報を頼りに見抜き、リリは、そうじゃないのか? そうヨシカに問うた訳である。その思考能力の優秀さに、ヨシカは内心で舌を巻いた。
「やっぱりそうなんだ………」
「うん。あいつらの権謀術策は本物と言える。当時の志那の連中は、大陸から欧米を追い出すために必死だったんだろう。そうして、見事に大陸を取り戻した。日本に来ては、日本人は我々有色人種の英雄と褒め称え、その一方、アメリカに渡っては、日本の危険性を説いて回り、互いに相争うように仕向けた。要するに、二虎競食の計だ。それに、日本と欧米が双方共に引っ掛かった形だね」
「…やっぱり、人間社会は教育がものを言うんだ?」
「そうだね。今日(こんにち)の僕たち日本人は、基本的な教養レベルで孫氏の兵法やその亜流を知っていて、大陸が食うか食われるかの世界だって熟知している。けれど、当時の純朴な日本人には、それが理解できなかった」
「当時の国家の指導層は何をしていたの?その志那人たちの誘導を防いで、日本人の思考を正道に戻すことこそが、国家を守護することだったんじゃないの?」
「残念ながら当時の日本政府は、本当に必要な防諜や思想的誘導の防止、国民全体の教養を上げる努力を怠っていた。戦争に勝利することだけ考えて。せいぜい、共産主義の浸透に気を配っていた程度だよ。自分たちに都合の良いファンタジーだけは、一般国民に押し付けておいてね。それで自己満足してたんだ」
「酷い。それに醜いね」
「その通り。だから、簡単に他人に言葉に操られた。力の強いだけの馬鹿ばかりが軍上層部に巣食い、衆愚に阿る政治屋ばかり政権に巣食っていた。あるいは世間知らずだね。要するに、上も下も大陸への理解がまったく追い付いていなかった。これは、権力を引き継いだボンボンの三代目がお人好しで、律儀に新たに自国民になった者たちの権利を………コホンッ」
ヨシカは、そこでそう咳払いをして一旦説明を止めた。ヨシカは、当時の皇室に文句を言いそうになり、一旦話を止めたのである。今更、人間宣言した後の皇室の責任を、どうこう問うても意味はない。
そして、言葉を選び、言い直して説明を再開する。
「…なぜなら、明治の大帝が残した課題…つまり、日本人の全体的なレベルアップを、権力を引き継いだ連中がやっていなかった。自分たちの権勢維持のために、それらのことに一切手を付けなかったんだ。皇室の下の奸臣たちは、下々が無知のままじゃないと操作できない。そう思っていたとしか思えない………」
「ヨシカちゃん、大丈夫?」
「…大丈夫。だから日本人の多くは、大陸の連中が自分たちを利用し、操っていると気付けなかった。あるいは、気付かないふりをした。それどころか、自分たちは何でもできると傲慢になっていたんだよ。神様じゃないんだから、世界の諸民族に等しく人権を授けるなんて、できるはずもないっていうのに。自分たち自身で、自らの目、耳を塞いでいた………僕も、言っていて哀しくなってきたよ………」
「…」
「…それどころか、自分たちからね、その外国勢力の言いなりになっていた。日本政府の上層は、人権を諸民族に与えなければならないという、埋伏の毒を自ら摂取して、中毒になっていたんだ」
「…馬鹿みたいだね」
「うん。馬鹿だね。欧米との断絶、対決と言う馬鹿げた対立フレームを用意したのは、それこそ志那の連中だけれど、まんまとそれに嵌っていったのは、じつは日本人側なんだ。結論として、自ら地獄に飛び込んで、滅びていったのは日本人たちということ………うん、僕の話はこれでお終いだ。リリちゃんなら、後で必要な資料を集められるでしょう?」
「うん………だから滅びた………」
リリは、ヨシカによる日本の太平洋戦争敗北の説明を聞き終え、昔読んだ格闘漫画の言葉を思い出し、それを言葉に出していた。強敵を前にして新たな力に覚醒したヒーローの言葉だった。だからこそ、リリはそんな感想をヨシカに言って聞かせた。
「…そうかもね。それが真理かも」
リリの感想を聞き、そう返答するヨシカだった。
「ねえ、ヨシカちゃん、人間なんて、結局はそんなものなのかな?」
「え?さて、それは僕では返答しかねるかな。それはともかく」
「なあに?」
「うん。そろそろ、ここ(喫茶フレンズ)からお暇しようか。話も終わったしね」
「うん。そうだね。丁度良いかも。ヨシカちゃん!色々と教えてくれてありがとう!」
「いえいえ。どういたしまして。また、何か聞きたいことがあったら遠慮なく言ってよ」
「はい!日本が何で戦争に負けたかを聞くのは、ちょっとだけ苦しかったけれど、歴史を知らないと未来を見通せないから、ヨシカちゃんの言葉を、一言も逃さないようにしていたよ!」
「それは最高の褒め言葉だね!僕はその言葉を生きる糧にして今日を生きていくよ!今日はいい気分で過ごせそうだ!」
「えへへ。そう言ってもらえると、ちょっと嬉しい…かな?」
「そう?じゃあ行こう!」
「うん!」
そう直近の行動を決め、リリとヨシカは料金精算へと向かった。ヨシカとしては、手持ちスマホの電子マネーで、今回の支払いを済ますつもりであった。
「ありがとうねぇ~、またのお越しをお待ちしておりますねぇ~」
「そうします」
「アルカさん、またね」
「またねぇ~」
そんなアルカの営業トークを後に、喫茶フレンズを後にするふたり。カラランとドアベルを鳴らして、ふたりは店外へと出ていく。
すると、すでに地表を照らす日は落ち始めており、夕暮れへとを移行し始めていた。
「それじゃリリちゃん、家の前まで送っていくね」
「ありがとうヨシカちゃん。お世話になるね」
「任せて」
そう言うヨシカは、今日のリリの騎士役を恙なく済ますことにしていた。大仰に言えば、淑女が家路に付き、帰宅するまでは、決して一人にさせないという決意である。そんなヨシカの意思表示に、リリは素直に従うことにしていた。
「それじゃあ、お嬢さま、お手をどうぞ」
「ありがとう」
ヨシカの差し出された掌に素直に自分の掌を重ねるリリ。そうして、ふたりは仲良く商店街を歩み出す。
「さて、改めて聞くけどリリちゃん、今日のお話はためになっかかな?」
その道すがら、ヨシカがリリに聞く。
「うん、YESだよ!御盆に色々思い悩んで、おばあちゃんに色々質問することはなくなったのも」
「はは。そう言ってもらえると嬉しいな。それで、提案なんだけれど、途中のお寺で手を合わせていかないかい?」
「あ!それはとても良い考えだと思うよ。行こう!」
「うん、ありがとうね。リリちゃんが手を合わせてくれるなら、戦争で亡くなった方々も少しは救わる。僕はそう思うんだ」
「そうだね」
かくして、帰り道の近所のお寺へと向かい、リリとヨシカはほぼ同じことを願う。
(もう、あんな酷い戦争に、日本国民が巻き込まれませんように)
そう短い間合掌した後、二人はお寺を後にしたのだった。
こうして、ふたりの過去を巡る話し合いは終わりを迎えた。
終
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おまけ 本編使用の用語の意味や、本文を構成するまでの作者の思考の説明
ロシアモデルの支配体制構築とは?
作者(プリエ)が創作のために戦前の歴史を勉強していた折、国家の大同盟体制を生み出し、巨大な外敵に対するという発想が、欧米には太平洋戦争より遙か以前にも存在しており、戦前の日本もそれに参加していたと気付いた。そのため、作者が創作用に急遽作り上げた造語。
要するに極東の日本にとっての日英同盟など、欧米側から見れば異例の特別扱いがあったのは、そのためだったということ。
グレートゲームによって世界の覇権を巡り争っていた欧米列強は、日本の明治維新以前から、世界をどのようにして支配、運営していくかを具体的に考えていた。
下関戦争後、長州藩と関係を密にしていったイギリス側(欧米のトップ)は、長州藩主導の新政府に日本支配を任せることを決めた。
そうプリエは考えた次第です。
つまり、下記のような考えがイギリス側にあったということです。
こいつら(日本人)は、他の有色人種ほど馬鹿じゃない。我々が日本を植民地支配してロシアの南下を防ぐことは下策だろう。なぜならば、下手に日本人たちと戦えば、かなりの抵抗を受け、我々も少なくない被害を被る。その後の支配も反乱続きで面倒だ。
ならば、日本人全体を我々の側に引き込み、特権を与え、取り込んで上手に利用すべきことこそ上策だろう。そうして、極東の新政府をロシアに対する重石とし、我々の世界支配を確固たるものにすべきだ。
そのためには、皇室の下、統一された政権が必要不可欠だ。徳川幕府による地方大名との連合政権では不安が残る。
そのように考え、彼らは今後の世界の支配方法を修正したのでしょう。
北方の大国ロシアにユーラシア大陸内部で最大領土を押さえさせ、悪役にし、それ以外の国々と軍事同盟を結び、その支配者となる手法とは?その手法を考え出したのはどんな連中?
本作では、当時の欧米列強、それ以前のフランスでのナポレオンの台頭に関与していた、巨大金融勢力が考え出した手法としています。
当然のことながら、度重なる戦争、植民地支配には、大量の資金が必要不可欠であり、列強各国が民衆にいくら重税をかけても足りません。そういった観点から、国家の裏に大量の資金を操る金融勢力が存在し、彼らの意見は誰も無視できず、常に尊重されていたとしています。
尊重しなかった王室は次々に滅ばされ、乗っ取られました。
とくに、欧州フランス革命後の一士官でしかなかったナポレオンの栄達は露骨でしょう。後ろ盾に資本家がいないと、平民出身者が皇帝の座にまで登り詰めるなど、決してあり得ないことです。
その点など点を鑑み、金融勢力が世界支配体制構築の黒幕として大きな影響力を持っていたとしています。
明治維新以後の日本国内の発展理由。
イギリスからの新政府軍への軍事物資の援助により、新政府による早期の国内平定があったことが一番の理由です。
この早業があったことにより、日本はイギリス以外の国に干渉されずに近代化が可能となり、以後の日露、日清戦争で国内を戦場にすることを免れた。
イギリスとの同盟関係が明治維新前から密かに存在し、西洋文明の力、蒸気機関、電力、海底ケーブルなどの導入、国民を皇室の下に纏める新制度導入ができて、はじめて可能であった日本国内の発展であった。
また、軍事面でも、新政府軍が旧態依然の装備のままでは国外へ遠征するなど、夢のまた夢であった。まして、バルチック艦隊との対決など不可能だったろう。
その対馬沖海戦に勝利できたのも、多くのイギリス製軍艦と、その他、欧州製の軍艦が購入できたからであり、イギリス艦隊によるロシア艦隊への航路上での接近、恫喝、同盟国側から逐一齎される日本側への情報があってこその勝利だった。
日本側の新兵器開発が可能だったのも、明治維新後の早期の国内平定あってのこと。
つまり、欧米の勝ち組であったイギリスの援助あっての、明治維新後の日本の発展であった。
しかし、日本人は日本列島の他に、併呑した外地や大陸の植民地を持ち出すと、そのことも忘れてアジア主義などという中身の薄い思想に傾倒していき、欧米と決別してしまうこととなる。
アジア主義への駄目出しについて。
犬養さん家に転がり込んだニート外国人。こいつの主張を読むと本当に反吐が出ます。
日本はアジアの盟主で、欧米に虐げられた人々を救い出す義務がある?
武力を持ってそれを強行すべきだ?
自分は安全なところからそれを応援しているよ?
日本は、西欧覇道の走狗となるのか、それとも東洋王道の狗となるのか!ですと?
つまり、俺は欧米列強が怖いから戦わないで、自国で革命ごっこをしているけれど、俺の代理で日本国民やその軍隊は欧米と戦うべきだと。
なんて勝手過ぎる主張なことでしょう。
自国民と革命ごっこで殺し合っていた輩がずいぶんと偉そうだし、何様のつもりかと。
ああ………何でこんな工作員紛いの狂人を、日本人は自国に入国、潜入させてしまったのでしょう?
人を見る目がないにも程があります。
まあ、犬養さんも当初は、日本民族と他民族との融和、植民地とした大陸各地の思想操作のために、こいつを受け入れ、利用しようとしたんだと思うけどね………気狂いと同じ行動をすれば、そいつも狂人になるという訳です。
こいつの影響を受けた日本人のアジア主義者たちは、次第に狂っていき、その主張を鵜吞みにしてしまい、例外なく破滅していきます。
日本人が、アジア諸民族を欧米列強の支配から開放しなければならない理由なんてなかったのに、熱病に感染したように、それを自分たちがなすべきことと信じ始めます。
その後、アジア主義者たちは大東亜共栄圏構想なんて馬鹿げた主張を世界に押し付けようとし、関係のない中層、下層の一般国民をも巻き込み、破滅のお遊戯を踊っていったのです。
バカジャネーノ!………いや、それを超越したアタオカに日本の支配層がなっていたんでしたね。
この作品を世に出す前のプリエの心境。
「戦前、高天原のおねえちゃんなら、当時の日本政府の行状を見てどう思ったかな?さぞ呆れ果てたことでしょうね………」
おねえちゃん
「私があなた方の祖先を地上に遣わした時、私が頼んだことは、豊芦原(日本列島)の人々を良く治め、発展させなさいということのみです。八島の支配権こそ認めはしましたが、それ以外は認めていませんよ?」
「それなのに、なぜあなた方は他国の土地を欲し、支配しようというのでしょう?筋違いも甚だしいと思いませんか?なぜ、その野望のために豊芦原の人々を道具にして使い潰そうとするのです?………」
時の軍部寄りの政権「大東亜共栄圏構想!八紘一宇!アジア開放!」キャッキャ!
「…私の声は聞こえていないようですね。あなた方は私の庇護下から勝手に離れ暴走しています。もう私の加護は与えませんから、これからは自己責任で生きてください………」
民間のアジア主義者「世界帝国!」キャッキャウフフ!
「…なぁんて感じで、見捨てられちゃったんだろうなあ………」
まあ、列強に虐げられた諸民族を救うとか言って戦争を勃発させ、日本列島全体どころか地球の半分以上の場所に住む人々、その人権を侵害したんだから、おねえちゃんに見捨てられるのも当然かな。
彼ら同様、21世紀に住む人々も、人権とか権利を高らかに叫ぶ人たちほど、他人の権利を簡単に無視して侵害するんですよねぇ。
あれほどの人々が死んでいったというのに、戦後のヒューマンは全然進歩しないなぁ。
プリエはそう思った次第です。
おしまい
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大日本帝国、陸軍、海軍の、日露戦争から太平洋戦争までの実態。
結局、太平洋(大東亜)戦争の真実とはなんだったの?
そんな疑問に、経済面からの回答を出してみました。
具体的に言うと、日露戦争以前からの軍事費の増大比率のことを話題にしています。
作者の本音をいえば、本編を読み終えた読者の方には、経済のことを含めて自分自身で該当している項目を検索し、それぞれ答えを探して欲しいとの思いがありました。
今の時代、他人の言っていることに惑わされず、自分で調べたほうが一番確実です。
現在の我々には、インターネットという便利なツールがあります。真実を追い続けるやる気さえあれば、誰だって真実を探す旅に出れるのです。
それぞれがインターネットを活用し、自分の納得がいくまで存分に、日露戦争前後から太平洋戦争に至る日本の状況を調べて欲しいものです。
ただし、ネットの海に溢れる誤情報には気を付けてください。
真夜中のSNS
その日の夜は、真夏であるにも関わらず涼しかった。
お昼ごろから夕方にかけて、都心の各地にゲリラ的な豪雨が相次ぎ、熱を孕んでいた大気と地表部をかなり冷やしていた。また、曇り空で日差しが遮られていたことも幸いした。
分厚い雲が天空を覆い、豪雨によって熱を逃がした大気と地表を維持し続け、再度の気温上昇を妨げたのだ。
そんな気まぐれな気候の変化もあり、この日、大学生のヨシカ少年は自室で悠々自適に過ごしていた。今日ばかりは普段使っているクーラーにもお休みを与え、天然の涼しい時間を楽しんでいた。
とはいえ、忙しい大学生の身である。この機を逃さず、自分の抱える問題の一つを解決すべく活動していた。
すなわち、大学の課題の一つを終わらせるべく、そこそこ忙しくしていた。
ピーピー!
そんな時間に、変化を生じさせる機械音が鳴り響く。
「ん?」
(何だ?この前まで遊んでいたお馬さん少女のソシャゲはアンインストールしたはず???)
手持ちのスマホからお知らせブザーが発せられたのである。ヨシカは早速スマホを手に取り、ボタンを押して何事かと画面に見入るのだった。
「おや…これは、リリちゃんからかな」
すると、画面には通話用アプリにアクセスがあったとの項目が表示されていた。ヨシカは早速その項目をタップし、該当アプリを起動させる。
すると、そのアプリ画面には、ヨシカのご近所に住む小学生高学年女子、リリからのメッセージが表示されていた。
リリ :こんばんわ、ヨシカちゃん。ちょっと質問しても構わない?
「ああ、リリちゃんか………何だろう?」
ヨシカ:こんばんわ、リリちゃん。構わないよ。何の質問だい?
早速、返信メッセージを送信し、続きの内容が届くことを待つヨシカだった。
リリ :ありがとう。じつは先日話した太平洋戦争のことだよ。
ヨシカ:ああ…何か疑問に思ったことがあったの?
リリ :はい。あれからネットでちょっと調べたんだけど………
ヨシカ:うん?
リリ :…それぞれのサイトの言い分や、個々人の言い分がまったく嚙み合ってなくて、混乱中なの。
ヨシカ:ああ…それで物事を読み解く上で、問題を解くカギになる情報が欲しいってこと?
リリ :はい!それです。
リリからのメッセージの趣旨を理解し、ちょっと首を捻って考えるヨシカであった。これは結構、難題なのである。有象無象の雑音を除き、僅かな言葉で正確に物事を判断すること。
それは、かなり難しいことだ。
リリの言い分はよく解る。ネットには、ある真実を一般人には知られたくないために、嫌になるほど当時の日本政府、軍は、黄色人種開放のために戦ったと主張する輩がいる。
ヨシカにしてみれば、それらの主張には苦笑すること頻りであるが、物事を大して調べもせずに、他者のそんな主張を信じてしまう者が多いことも真実だ。
また、愛国心からか、怪しいとは感じていても、それが真実であると信じたいと思って、敢えて事実を追求しない者が存在することも。
だからこそ、真実を追求したいと思う者たちには、そういった輩の邪魔を排除し、ソ-ス付きの情報を的確に提供しなければならないのだ。
そうすることができなければ、途端に自分の主張も怪しいと思われてしまう。
ヨシカ:じゃあ、そうだね………リリちゃん、日露戦争後の日本の軍事費の比率を調べてみて。
リリ :軍事費の比率?
ヨシカ:うん。そうすれば当時の政府の官僚たち、帝国軍上層部の正体や、彼らがなぜアジア主義へと傾倒していったかよく理解できるよ。数字は嘘をつかないからね。もちろん、その数字情報が正しいことが前提だけど。
リリ :それだけで?
ヨシカ:うん。その情報に、リリちゃんの知りたい情報のすべてが詰まっていると思って差し支えないよ。なぜ当時の日本が太平洋戦争に負けたか、それを知ればだいたい理解できるよ。ヒントは、当時の国軍規模が、日露前後から倍々と増えていき、戦後、それが恒常化していっていることだ。
リリ :………へ?
ヨシカ:ちなみに、日清戦争当時の財政支出が年間41.5%、日露戦争が32.9%。国債費の財政支出の比率は、日清後は14.0%。日露後には27.3%になっているよ。
リリ :えっ!ええ!?ええええっ!!!!
ヨシカの伝えてきた情報を知り、リリが仰天することは当然だった。
愚かな陸海軍が太平洋戦争開戦当初、植民地主義の何たるかも知らずに、イケイケどんどんと戦線を拡げ、自滅していったことは、リリもよく知っていた。
しかし、当時の日本人が日露戦争以前から、そこまで経済音痴とは知らなかったのだ。
身の丈の合わない社屋の建造や、店舗拡大は絶対にダメ。それでは赤字に陥り商売が破綻してしまう。無論、国家経営もそうだ。
その程度の理屈は、ちょっと商売ごとの知識があれば、小学生でも知っている。
しかし、ヨシカ言った。
明治の時代から日本という国は、それを延々と繰り返していたと。
たとえば、今日(令和)の日本の軍事費は、毎年GDPの3%未満に抑制されている。もちろん、民間経済に過度の負担をかけずに、自国の経済状況をできるだけ好調にしておくためだ。
無論、ヨシカもリリも、2021年現在の日本の規模的に軍事費が少な過ぎるとは思っている。
しかし、軍事費が抑制されていることで、多くの面で今日の国民が恩恵を受けていることも、また事実であった。それは無視できないことだ。
そんな視点から過去の日本を省みると、如何に当時の軍事費の推移が異常であったか解る。
太平洋戦争以前の日本は、国家予算の上限も顧みず、大規模に軍隊を増強していた。海外にも借金しまくりである。
日露戦争当時、日銀副総裁として日本の財務を統括していた高橋是清は、経済の中心地であったイギリスへと渡航。そこで戦時外債を英、米の資本家たちに買ってもらい、その戦費を捻出した。
そして、それらの資金は戦後、常態化し、さらに増えていくことになる。
現代人の感覚を持つリリが呆気に取られるのも当たり前だ。いくら富国強兵の時代だからとはいえ、あまりにも常軌を逸している。
さらに、当時の日本政府は、他国を併呑して領土を広げ、本来、日本列島東北部で使うはずだった国家予算まで、そちらに回してしまう始末だった。
いくら本土から前線を遠ざけるためとはいえ、これはやり過ぎと言える。併呑した地域は統治しなければならないのだ。統治には莫大な予算が必要不可欠となる。
無論、新たに併呑した地域は貧しい。取れる税などありゃしない。
それを下支えした税金を支払った者たちは、本土の国民たちである。それなのに、税金を支払った東北地方は放って置かれ、発展から取り残された。
商売でいうなら、赤字の店舗を救うために、本店の別部門のための資金をそちらに付け替えるということだ。
本来なら経営学上、これらの行為は絶対にやってはならないことだ。たとえ、その理由が本土を防衛するというものであったとしても、限度というものがある。
国民は、国家のスポンサーだ。
そんな彼らを蔑ろにして良いはずもない。
植民地経営をするならするで、本国の収支はプラスか、最低でもトントンにしなければならない。まして、マイナスにするなど以ての外だ。
一方、辺境(東北地方など)を除く日本列島本土では、戦争に関係する産業が軍事費から多くの利益を受け大発展し、そこからの献金、賄賂などで、政界や軍部が潤っていくという構造が出現していく。
これでは、ただでさえ軍事費が莫大になっているのに、倍々と軍事費が膨らんでいく。そして、そこには新たに併呑地域の発展、住民の同化政策、軍事施設の建設などが含まれ、加わっていけば、本来は必要のない事業にばかり、莫大な予算が回されていくことになる。
その結果、それら拡大路線の事業に関係する産業のみが日本国政府に優遇され、儲かっていくこととなる。
本来、守護すべきはずの一般国民を置き去りにして。
当時の日本国政府は、まるで注射に抗えない麻薬患者の群れと同様だ。
戦争状況の続行で湯水のように溢れ出る大金に目が眩み、拡大戦争なしではもう生きていけない。
これでは、政治家も軍部も産業界も、第一次大戦以後、世界的に開始されていた軍備縮小に踏み切ることは不可能だ。
その一方、東北の貧民への生活改善への資金拠出は伸び伸びとなり、国内で貧富の格差は一段と広がっていった。
ヨシカ:うん。まあ、そういうこと。ちなみに、日露戦争以後、毎年軍事費が特別会計として当初の予算より支出されているんだ。大日本帝国が敗戦するまで、それがなかった年はないよ。
リリ :ふええ………調べるまでもなく答え解っちゃった!それって、戦争に関係ある一部の商人が永遠に儲け続ける仕組みじゃない!上級国民だけが儲かって、下層の国民はひたすらなけなしの賃金を税金に奪われちゃうってやつ!
ヨシカ:残念ながらその通り。それに気付くなんて、リリちゃんは聡明だよ。
リリ :大義名分も何もあったものじゃない!結局、資本家のマネーゲーム!お金儲けじゃない!
ヨシカ:うん。
リリ :そいつらのために、多くの日本の関係ない人たちが高い税金をむしり取られて、その上、徴兵されて死んでいったってこと?虐げられていた黄色人種を白人種の支配から解放するって!そんな嘘の大義名分を教えられて!
ヨシカ:そう。当時の財閥をはじめとした軍需産業関係者たちは、その儲けの巨大さに正気を失っていたんだろうね。戦時国債を買った外国人にとっては、さらなる億万長者になるか、破産するかの、刺激的なゲームだったんじゃないかな。
リリ :………
ヨシカ:だから、彼等は時の政府や軍部に常に準戦争状態を維持するように指示し、一緒に甘い汁を吸っていたんだろうね。
リリ :そんあことって………酷い。死の商人たちを肥え太らすために、時の大日本帝国政府は、同盟関係にあった欧米列強と縁まで切って、いきなり虐げられた黄色人種を開放するとか言い出したの?義のための戦争っていうのは全部嘘?全部、戦争が齎す利益のため?当時の政府と軍部は、そこまで堕落していたの?
ヨシカ:残念ながら、その通りなんだよ。元々、日英同盟を結んで、それなりに列強と上手に付き合っていた日本が、徐々に方向転換し、列強と険悪になっていった理由はそこにあった。
リリ :………お金…お金…お金…当時の帝国軍への幻想がすべて死んだよ………。
ヨシカ:それを理解すると、なんで当時の大手新聞社が、やけに戦争を煽っていたか理解できる。要するに、飼い主たち…海外の資本家や財閥とかのスポンサー…の言い付け通りに、民衆を扇動して準戦争状態維持させていた訳。
リリ :あはは………もう太平洋(大東亜)戦争への興味は失せたよ。政府に戦争状態を継続させて、軍需産業に関係のある一部の人たちだけが利益を得続ける。政治家、軍人は、そのキックバックで儲けを得る。そんなビジネススタイル、長く続く訳がないよ。日本は開戦から3年で敗北するよね。
ヨシカ:まあね。でも、当時の日本政府はそれを理解できず…いや、理解できてもやめられずに、続けちゃったんだ。
リリ :イケイケどんどんで止まれなかった?
ヨシカ:ははは。当時、政権にいた東北出身者たちは、薩長閥の後塵を拝していたからねぇ。後から権力の中枢に立った連中にしてみれば、何で前任者たちばかり良い目を見て、やっと権力を得た自分たちは個人的な利益を得られないんだ。そんな思いはあったろうね。
リリ :日本の発展に大きく貢献し続けた当人たちじゃないもの。当然じゃない?
ヨシカ:うん。連中は所詮は過去の偉人たちの働きに乗っかっていただけだね。でも、身の程知らずにそれを言っても納得はしないさ。内心で、自分だってやれば出来るって思っていただろうね。
リリ :そうだね。実際、開戦しているもの。否定できないわ。
ヨシカ:だね。戦争で今まで以上に儲けたいと思っていた軍需産業関係者たちにしてみれば、そんな東北出身者たちの政権は、扱いやすい連中ばかりの傀儡政権だったろうね。
リリ :ここで戦争を止めて国際協調しちゃったら、自分たちは大した利益も得られないまま、権力の座から去らなければならなくなる。だから、黄色人種開放だの何だの、大義名分を用意して、意地でも戦争に拘った?
ヨシカ:綺麗ごとばかり言っている連中ほど、その本質は汚濁に浸かっている。これは、洋の東西は違えど一緒ってことだね。当時の為政者たちも勝ち組になりたかったんだろうね。勝って、日清、日露に勝利した英雄たちみたいになりたかったんでしょ。
そうスマホに入力し終え、ヨシカは溜息を吐く。その野望に巻き込まれた当時の日本国民の多くは、あまりにも運が悪かったなぁと。
リリ :はあ………ヨシカちゃん、ありがとうね。リリ、一気に疑問が晴れたよ。こうやって、ヨシカちゃんが当時の実情を教えてくれなかったら、私もネットの変な論調に取り込まれてたかもしれないよ。
ヨシカ:それは何よりだよ。僕もリリちゃんの力になれて嬉しい。ちなみに、一部のネットの論調………日本軍は正義のために戦った軍隊だった………は露骨なミスリードなんだ。信じちゃだめだよ。
リリ :どういうこと?
ヨシカ:過去、日本を戦争に向かわせた連中は、そうやって日本人を思想誘導して、過去の日本を一度、滅ぼしている。具体的には………中韓露の海外勢力や、彼等と連携した国内の共産主義者たちだね………その実績があるから、彼等は二匹目のドジョウを狙って今も同じことをしているんだ。今の日本の若者たちを、過去同様に破滅に向かう方向へ誘導したいんだよ。
リリ :そうなんだ………
ヨシカ:共産主義者や中韓露の連中にしてみれば、工作は楽だったろうね。当時の日本政府の上層は、栄光と戦争での利益欲しさに、勝手に破滅に向かって歩んでいた。ちょっと、それを後押しすれば、勝手に破滅に向って駆け出したから。
リリ :…うん。それは歴史が証明してるよね………なんか疲れちゃった。ヨシカちゃん、もう私、今日は休むね。
ヨシカ:そっか。それがいいかもね。リリちゃん、また何か聞きたいことがあったら遠慮なく言ってね。僕が知っていることは、できるだけ伝えるから。
リリ :うん。ありがとうね、ヨシカちゃん。おやすみなさい。
ヨシカ:ああ、おやすみ。またね。
リリ :またね。
こうして、夏の夜の少年と少女のSNSでの太平洋戦争問答は終了した。もうリリからの書き込みがないことを確認し、スマホを待機モードにするヨシカだった。
「さて、もう一頑張りするかな」
自室の中、通話を終えたヨシカはそう言って、うーんと伸びをする。誰に聞かすともなく呟き、再び机に向かったのだ。
その日の気温は、真夏であるにも関わらず、とても涼しく、ヨシカはストレスなく勉学を再開できた。
ただ、ヨシカは机に向かいながら、少し首を傾げた。
ちょっとリリちゃんには可哀そうなことをしたかな?ストレートな物言いではなく、もっとオブラートに包んだ物事の伝え方をするべきだったか。そのように思ったのだ。
だが、しばらくすると、ヨシカはそんな思いを振り払い、本来の大学生の仕事に没頭する。
青春の日々は長いようで短い。あまり一つのことに拘ってはいられない。その貴重な時間を、ヨシカは有意義に使うことにした。
ヨシカにとって、リリという聡明な少女との一時はとても楽しい。
だが、それに浸り切って現実逃避してはいられない。ヨシカは一人の男性として一人前となり、自分の将来のことにちゃんと向き合い、それをより良きものとするため、自分と戦い続けなければならないのだ。
人間にとって大事なことは常に未来だ。無論、過去、現在も大事だが、過去や現在の楽しさに溺れ、未来を見据えることのできない者に将来性はない。
また、根拠のない幻想に縋り付くことも厳禁だ。その先に大した未来はないのだから。
そのことを知るヨシカは、真っ直ぐ現実の世界の中で生きていくための努力を続けた。大学生である今の自分は、ただ勉学あるのみである。
終わり
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