暗殺者の旗を掲げよ (これこん)
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とある暗殺者の一生

ブラックラグーンにハマった勢いで一年ほど前に書いたものを掲載します。
ロアナプラにルークスみたいなギャング組織をねじ込みたいと思ったのが書いた理由です。
誤字等あれば教えてくださると幸いです。


───目を覚ましたら、産業革命期のロンドンだった

 

 テレビを見ながら夕飯を食べて、翌日の大学に備えて23時頃に布団に入ったところまでは覚えている。

 そして次に気がついた時には身体が縮んでおり、しかも見知らぬ土地に身一つで放り出されていた。

 最初は夢だと思いもう一度寝ようと身体を横にしたのだが、固い地面の感触や何処からともなく漂う悪臭がやけにリアルだったことが俺を驚かせた。

 

 結局、もう一度寝ても目の前に広がる光景が変わることは無かった。

 少し出歩いて見れば、道を歩く人々はほぼ全員が白人で、たまにだが黒人や他の人種も見える。

 建造物は以前テレビで観た近代ヨーロッパ辺りのものらしかった。

 どうやら、ここが日本で無いことは確からしい。

 

 そのまま街を彷徨うこと数時間、俺はとても信じれなかったが、自分がタイムスリップをしたのだと理解した。

 

 

 

 タイムスリップした後の俺の生活は、それはもう酷いものだった。

 俺が目を覚ました場所は所謂貧しい人々が住む区域の一つらしく、衛生状況が最悪なのに加え、日々生き残るための殺し合いが行われている土地であった。

 一人の住人に尋ねたところこの街はロンドンであるらしく、年代は1868年。

 産業革命中、最悪の衛生環境だったことで知られる都市である。

 病気か殺人による死がごく身近にあるという、日本では考えられなかった状況にあるこの場所から早く逃げたいと思っていたが、それは叶わなかった。

 俺は貧民街の孤児の一人であり、戸籍も人権も無かった。

 そんな俺が外で暮らせる筈もなく、俺はこの掃き溜めで生きていくしか無かったのだ。

 

 日本にいた頃は特別裕福という訳では無かったが、衣食住に困る生活はしていなかった。

 それどころか大学にも行かせて貰っていたのだ。充分恵まれていたと言って良い。

 バイトに勉強、友人達との交流。

 ごく普通な日本の学生にとって、病気や暴力の蔓延るロンドンでの生活は大変厳しかった。

 それでも何とか生きていけたのは、絶対に死にたくないという気持ちのお陰だろう。

 

 人間死ぬ気になれば何でも出来る、とは誰の言葉だっただろうか。

 俺は拙い英語と死にたくないという意思、そして暴力を以てこのロンドンを生きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが当然、そんな生活が長く続く筈もない。

 ギリギリの綱渡りによって何とか命をつないでいた日々は、ある日突然崩壊した。

 

 その日は、厚く黒い雲にロンドンが覆われていた日だった。

 俺は貧民街で出来た仲間の数人と人通りの多い地区に繰り出していた。

 そこは生活環境がある程度整っており金持ちが多い。つまり俺達はスリをしに行くのだ。

 俺達が生きていくには糞みたいな労働環境の工場や炭鉱で死ぬまでボロ雑巾の様に扱われるか、他人から奪うしか無い。

 知り合いの中には相手を殺して財産全てを奪うような奴もいるが、そういう奴は大体すぐに死ぬ。

 一回か二回ならば何とかなるかもしれないが、生きていくにはそれでは全く足りない。

 流石に警察も頻繁に強盗殺人が起これば行動を起こす。

 そうなってしまえば俺達は余りにも無力だ。

 それに日本人として生きていた時の倫理観によって、それは駄目だろうという気持ちの面もあった。

 

 

 出来るだけ目立たぬよう俺達は盗みを行った。

 その日はそれなりに成果は出たし、誰かに気付かれたような感じも無かった。

 だが、その日の俺達が冒した大きな間違いは二つ。

 

 一つは、俺達のスリが被害者達から気付かれていたこと。

 もう一つは、その被害者達が血生臭い話をよく聞くギャングであったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、仕事を終えて拠点に帰って来たら何やら騒がしいことに気がついた。

 何があったのか聞いたところ、仲間の一人が見るも無惨な姿で殺されていたという。

 そこからは、あっという間だった。

 

 次の日、銃を持った連中に襲われた。

 俺は護身用に持っていた拳銃とナイフで応戦したが叶う筈もなく、腹に風穴を開けられて暗い路地裏で気絶した。

 

 どうやら連中は俺が死んだと思って帰ったらしいが、これじゃあ俺もすぐ死ぬだろう。

 思い返してみれば、いつ死んでもおかしく無い日々だった。

 これまで死ぬかと思ったことなど何度もある。

 そう考えれば、頑張った方ではないか。

 心の中で自分にそう言い聞かせる。

 

 だが、俺は諦められなかった。

 

───嫌だ、死にたくない!

 

 もう助からないと自分では理解しつつ、鉄のように重くなった身体を引きずりながら拠点を目指す。

 火で傷を焼いて止血すれば何とかなるかもしれない、と淡い期待を抱きながら。

 これまで祈ったことの無い神様にも心の中で助けてくれと願った。

 果たして、それは届いたのかもしれない。

 

「───銃声がしたから来てみれば、死にかけのガキが一人か」

 

 現れた男はシルクハットを被り、黒い衣服を身に纏った白人だった。

 彼は俺を見ると、もう一度口を開く。

 

「子供にしちゃあ良い目をしている。 どうだ、生きたいのか?」

 

 死にたくない、と俺は言おうとしたが声が出ることは無かった。

 だがどうやら意思は伝わったようだ。

 

「なら助けてやる」

 

 彼はそう言うと俺に向かって歩いてくる。そこで、俺の意識は途切れた。

 

 その日、俺は彼らに拾われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 産業革命期のロンドンを裏から実質的に支配する組織があった。

 それが、テンプル騎士団。

 何でも、俺を助けてくれた恩人───ジェイコブ=フライとその双子の姉エヴィー=フライはその組織からロンドンを解放するべく暗躍しているアサシン教団の一員らしい。

 元々ロンドンにいたアサシンは壊滅し、大きな力を持った騎士団に対抗するため彼らはルークスというギャング組織を結成、ロンドン解放のため日々暗躍しているらしい。

 

 エデンの秘宝というものを利用して世界を支配せんとするテンプル騎士団とそれを阻止するべく活動しているアサシン教団の沿革をエヴィーさんから教えて貰った俺は、彼らに自分に出来ることなら協力したいと伝えた。

 

 これはテンプル騎士団が世界を支配することを防ぐことに対しての使命感に駆られた訳ではない。

 単純に彼ら兄弟への恩を返したいからだ。

 ジェイコブさんに助けて貰えなければ俺は確実に死んでいたことだろう。

 別に彼らに協力してもしなくても、俺のこれからの人生が変わることは無いだろう。

 このまま街に戻っても、人に必要とされることの無い、いつ死ぬか分からない日々に戻るだけだ。

 それならばならば恩人達に報いようと思った。

 

 だがしかし、まだ身体がガキの俺が出来ることなど限られている。戦闘要員としては役立たずも甚だしいし、特別優れた頭脳があるわけではない。

 なので子供であることを活かして情報収集に回ったりすることが多かった。

 

 

 そんな日々が数年経った。

 ロンドンのアサシン勢力はテンプル騎士団を追い出すことに成功しており、ルークスもロンドン随一のギャング組織として名を馳せていた。

 正確な年齢は分からないが、15歳程になった俺は戦闘要員として前線に出ることも多くなり、それなりに経験を積むことが出来た。

 それとは別に、俺はアサシン教団の情報提供者としても活動していたからか、ジェイコブさんの弟子としてアサシンの修行をつけて貰った。

 

 その後数年の修行を経てアサシン見習いとなった俺はロンドン等の都市を駆け回り、時にテンプル騎士団やその他勢力との戦闘をこなしていた。

 気づけば前世の大学生であった自分の年齢は越え、人数は少ないが部下も出来た。

 過ぎていくのは、日本で生活していた頃の記憶は徐々に消え、倫理観も此方に染まって来たことを自覚する場面さえ少ない、慌ただしい日々だ。

 

 

 

 

 

 俺が生きた19世紀後半は、記憶にある一連の流れから少しもずれること無く進んでいった。

 世界各地で新兵器が競うように開発され、多くの死者を出した戦争が幾つも勃発した帝国主義の時代だ。

 20世紀に入ってもそれは変わらず、世界大戦を筆頭とし戦火が世界を覆った。

 

 

 あっという間だったなぁ、と自室の椅子に座りながら思う。

 かつての師からアサシンの技を教えられた際は20歳程だったのに、気づけば自分は白髪でシワだらけの老人だ。

 

 コンコン、と扉がノックされ一人の男が部屋に入ってくる。

 

「師よ、失礼します」

 

 入って来たのは、自分より頭一つ背の高い英国人の青年。

 20年ほど昔に仕事で訪れたとある都市で死にかけていたところを俺が拾った弟子の一人だ。

 

「騎士団の連中に外は囲まれています。 奴らはもうすぐ突入してくるでしょう」

 

 直ぐに逃げましょう、と彼は俺に言う。

 確かに、彼らに捕まれば命は無い。

 彼らは私たちを殺しに来ているのだから。

 

 

「───いや、お前が先に逃げなさい」

 

 弟子は何を言っているのだと言わんばかりの形相で詰め寄ってくる。

 まぁ、気持ちは分からなくもない。

 

「俺の足がロクに動かないことを知っているだろう。 足手まといを連れていればお前も死ぬことになるぞ」

「しかし…」

 

 数年前に脚を銃で撃たれロクに動かせ無くなってからは前線を退き、評議会に誘われはしたものの参加せず、教団の所有している住宅で余生を過ごそうと思っていたのにこのザマだ。

 何処から情報を手に入れたのかは分からないが、数十人で攻めて来やがった。

 俺が今までしてきたことを考えれば妥当な最期なのだろうが。

 

「隣街に通じる隠し通路がある。 行くぞ」

 

 ちなみに、この家には地下を通る隠し通路が用意されている。

 階段を下り地下室へ行き書斎の本棚の一つをずらすと大人一人がギリギリ通れる程の大きさの、木の板に塞がれた穴が現れる。

 これを通れば彼は無事逃げられるだろう。

 

 弟子の彼は俺が隠居したと聞き付けて遠く離れた土地から来てくれたというのに、約5年ぶりの再会がこんなことになってしまって申し訳無く思っている。

 

「わざわざ来てくれてありがとう。 無理をせず身体は大事にな」

「いえ、今までありがとうございました」

 

 隠し通路の入り口の前で別れの言葉を掛け合う。

 彼は目に涙を浮かべており、こんな自分でも大切に思ってくれていたのだと分かりありがたく思った。

 

「偉大なマスターアサシンにして導師よ、貴方の元で学べて私は幸せでした。 どうか御武運を」

「…ありがとう」

 

 別れを済ませた後、彼は穴に入り込み暗闇に消えていく。

 それを見送った俺は穴に板を被し、本棚を元の位置に戻す。これで暫くはここが通路だと気付かれない筈だ。

 

 

 俺はもう一度自室に戻り、椅子に座る。

 そして目を閉じ、今までの人生を振り返る。

 ありふれたとは言えない日々であったが、その中でも幸せはあった。

 自分なりに理不尽に虐げられる人々を救おうと努力し、その為に多くのものを失った。

 

 かつての双子の師の子は立派に育ち、弟子達も同様に大きく成長した。

 いつ死ぬか分からない故に妻は娶らず自分の血が繋がった子供はいないが彼らのお陰で日々は楽しかった。

 

 そんな思いにふけていると玄関から木材の破壊される鈍い音が聞こえた。

 どうやら扉が破壊されたようだ。

 多くの人間が家に侵入し、1分もかからず地下室へ降りてきた。

 全員が銃を装備しており、どう見たって俺に勝ち目は無い。

 

「追い詰めたぞ、老いぼれめ」

 

 そう言いうのはリーダー格の壮年の男。

 服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体と頬の大きな切り傷は見る者に威圧感を与える。

 

「我々は散々貴様に煮え湯を飲まされてきた。 大人しく死んでくれ」

 

 そう口にして銃口を俺に向ける男。

 俺が何も手にしていないことから抵抗する気が無いと考えているのだろう。

 

 その時、天井が爆発した。

 侵入してくる時間を予想して仕掛けておいた爆弾が起動したのだ。

 いきなりのことに悲鳴をあげるテンプル騎士達。

 すかさず懐に両手を突っ込み、二丁の拳銃を目の前の人間に放つ。

 

「───ッ!!」

 

 リーダー格の男は右肩に1発受けたものの、素早く身体を投げ出して回避する。

 だが撃たれた衝撃で銃を落とした。

 これでは反撃は出来ないだろう。彼は部屋の外に何とか退避した。

 俺の放った弾丸は部屋に入って来たテンプル騎士を次々襲い、部屋にいた10名ほどの刺客は全滅した。

 

 廊下で待機していた連中も突入してくるが、俺はそれらを狙い撃ちする。

 突入は不可能だと察知したのか距離を取り俺を射殺しようとするも、準備しておいた鉄製のテーブルを倒し、それを遮蔽物にした。

 

 窓が砕け散り、壁は風穴が空く。

 屋内での銃撃戦が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の眼下には、腹から血を流して瀕死のリーダー格の男がいる。

 刺客は、彼以外全滅した。

 

「この、化け物がァ…!」

 

 俺を睨む男に、一言。

 

「眠れ、安らかに」

 

 ズドン、と眉間に一発弾を撃ち込む。彼は絶命した。

 粉々に割れた窓から外を見れば、見張りだったと思われる2人の男が中の様子を伺っているのが見えた。

 彼らは窓から俺が見ているのに気付き逃走を試みたが、俺は逃げる彼らを撃ち殺す。

 辺りにはこれ以上敵の気配は無い。

 どうやら、これで刺客は全滅したらしい。

 

 俺はフラフラと歩きながら、銃弾を何発も受けてボロボロになった椅子を立てて、それに座る。

 瞬間、バキリと音を立てて椅子は崩れ俺は部屋に倒れる。どうやら体重を支えられなかったらしい。

 

 爆発によって大きな穴の空いた天井を眺めながら、一言。

 

「…疲れた」

 

 戦闘で多くの銃弾を受けたせいで身体中から血が止まらない。あと少しで死ぬのだろう。

 思えば、この時代に来て俺の命を最初に繋いでいたのは、死にたくないという気持ちだった。

 死にたくないが為に必死に生きる術を探して来たが、今の自分は死ぬことに恐怖を覚えていない。

 

 ロンドンの隅から始まったこの人生のお陰で神経が図太くなったのかもしれない。

 先に逝った師がこの事を知れば、歳をとってボケただけだ、と言うだろうが。

 

 段々と薄れていく意識の中、随分と風通しの良くなった家の外からは聞き覚えのある声が聴こえて来た。

 この街の警察が来たのだろう。

 

 遂に身体が震えだした。

 意識が更に薄くなる。

 耳も段々と聴こえなくなる。

 

 そして遂に、全てが暗闇に包まれた───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「これは酷い…」

 

 そう呟くのは、つい先程まで銃声が鳴り響いていた家を捜索していた1人の警官だ。

 この家の中では銃を装備した男達の死体が38見つかり、その内の1つはこの家の住人の者だった。

 

 家の持ち主である、老いた日本人の彼は近所からの評判は良く、良く遊び相手になっていた子供達からも慕われていた。

 以前はロンドンにおり、学校の先生だったのだと警官は彼から聞いていた。

 

───そんな彼が、どうしてこんなことに?

 

 警官の同僚は、マフィアの幹部か何かだったのだろうと予想していた。

 何故彼らは殺し合ったのか。

 生き残っている当事者がいない為、彼の疑問が晴れることは無かった。

 結果、一連の捜査によってこの一件はマフィアの抗争であったと結論付く。

 しかし不思議なことに、この家で死んでいた者達の身元が割れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

───聴き慣れた銃声で目を覚ます

 

 目を開けてみれば、自分は見知らぬ街に1人立っていた。

 何やら既視感のあるシチュエーションだが、自分の身長はかつての時のように縮んではいない。

 どうやら自分は道の真ん中で立っていたらしく、周囲には黒人に白人、アジア系から中東系まで様々な人種の人々が歩いている。

 異様なのは、彼らの悉くが犯罪者のような厳つい風貌をしており、銃を腰に下げている者も珍しくないという点だろう。

 

 そして、この土地は酷く蒸し暑い。

 周囲の暗さから現在は夜なのであろうが、早くも汗をかきはじめている。

 

 人の流れに沿って少し歩いた所に、服を売っている露天があり、そこには鏡が立て掛けてあった。

 それで現在の自分を確認して見れば、髪は黒く、顔にシワも出ていない。

 歩いても痛みが無いことから勘づいていたものの、あの襲撃によって負った傷もない。

 

 身に付けている装備は両腕のアサシンブレードと、それを隠している裾の長い黒い衣服のみだ。 

 

 道行くチンピラの様な風貌の男に声をかける。

 ここは何処だ、と。

 

 男は何言ってるんだお前、と言わんばかりの表情で俺を見た後、口を開く。

 

「───ここは世界屈指の悪徳の都、ロアナプラに決まってるだろ」

 

 

 因みに、現在は西暦1989年だとか。

 どうやら俺はまたしてもタイムスリップしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで下さりありがとうございました


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悪徳の都に潜む

思った以上にブクマが付いたので意外でした。ありがとうございます。
とりあえず続きを書いてみました。


 辺り一帯で最も高いビルに登り、そこからロアナプラを一望する。

 街の構造を頭の中に叩き込み、これからの行動をしやすくするのが目的だ。

 とりあえず、ここらの土地は大体把握できたので下に降りるとしよう。

 ビルの下に丁度良い藁山でもあれば直ぐに降りられたのだが、どうやら無いらしい。

 仕方無いので階段を使い降りていく。

 

 もう一度街に出たのだが、とりあえずこの土地の通貨を手に入れないことには始まらない。

 このロアナプラはタイの港町らしいのだが、現在街を巻き込んでの抗争中ということもあって、陸路も海路もマフィアの手によって監視されているらしく、組織の人間と話をつけなければ外へ出るのは容易では無いらしい。

 しかもこの街には現在嵐が近づいているらしく、当分船は出ないのだとか。

 

 この街に来たばかりの俺にそんなことが出来るはずもない。

 無理やり脱出するにしてもせめて護身用の拳銃位は欲しい。

 つまり、抗争が終結するまでとは言わずとも暫くこの街で生活する必要が出てきたのだ。

 

 どうしようかと思いながら歩いていると繁盛している飲み屋を見つけた。

 相変わらず客はチンピラばかりだが、皿洗いのバイトでも募集していないだろうか。

 とりあえず店主に確認してみるか。

 

 店に入るや否や客の視線を集める。

 どうやらこの街の新参者の面を確認しているようだ。

 そんな視線を特に気にすることもなく店主と思われる男の元へ歩く。

 見たところ、この店で強そうな者はロシア人の様な外見をした2人組だろうか。

 纏う雰囲気は軍人のもののようで、他の客とは一線を画している。

 今の時代を考慮すると、ソ連か何処かの軍隊にいたのだろうか。

 

 だがまぁ、彼らの事情は自分には関係の無いことなので、見た感じアジア人だと思われる店主に英語で声をかける。

 

「この店は従業員を募集していないだろうか?」

 

 返答はいかに。店主が口を開こうとしたその瞬間。

 

 

 

 

───殺気を感じる

 

 俺は店主の襟を掴み、直ぐ様カウンターの裏に飛び込んだ。

 

 店に飛び込んで来たのは銃を装備した10人以上の男達。

 彼らは店の敷居を跨ぐや否や銃を乱射した。

 

 

 

 嗅ぎ慣れた血と火薬の匂いはあっという間に店に充満した。

 カウンターの裏には俺と店主の他に先程のロシア人の二人組もいる。

 俺達がここに逃げ込んでから少しの後彼らもまた退避してきた。

 危機察知能力は中々のものだ。やはり何処かの軍隊にいたのだろう。

 俺達の頭上を何発もの弾丸が通過する。

 この分では顔を出した直後に蜂の巣だ。

 

「やはり嗅ぎ付けて来やがったか!」

 

 そう恨めしそうに吐き捨てるロシア人の片割れは男は腕を撃ち抜かれており、出血が激しい。

 もう1人の方は目に見える外傷は無いが彼1人では多勢に無勢も良いところだろう。

 

 銃声の中、ここをどうやって切り抜けるか思考を巡らせている時だった。

 

「奴等はたった3人だ! ロシア人2人にアジア人が1人、裏切り者を殺せ!!」

 

 3人という言葉に嫌な予感がする。店主は流石に勘違いされないだろうから、どうやら俺も彼らの仲間に入れられているらしい。

 ロシア人の彼らを見てみれば、何やら気の毒なモノを見る目で俺を見ている。

 

「…そういうことだ。 生きたかったら俺達に加勢してくれ」

 

 このまま仲間ではないと言って外に出ても奴等は信じてはくれないだろう。

 どうやらやるべきことは決まったようだ。

 

「銃を借りるぞ」

 

 既に手負いの男から拳銃と弾を奪い取る。

 棚に置いてある酒瓶の反射で敵の様子を確認しながら機会を伺う。

 そして、床に転がっていた椅子をカウンターの上に投げるとそれを何発もの銃弾が襲った。

 そのタイミングでカウンターから身を乗りだし、奴等に肉薄しながら拳銃を連射。

 まさか弾幕の中出てくるとは思わなかったのだろう。突然のことに焦っている彼らに弾を撃ち終え空になった拳銃を投げつけた後、両腕のアサシンブレードを起動する。

 

 銃は距離さえ詰めればこちらのものだ。

 乱戦になり、俺は無防備な喉を刃で掻き切りながら仕留めていく。

 カウンターからの援護射撃もあり、店を襲った連中は程無くして全滅した。

 刃に付いた血をマフィアの衣服で拭き取った後に、彼らにしゃがみ込み敬意を捧げる。

 

「安らかに眠れ」

 

 目を見開いたままの者の瞼を閉じさせる。

 死者に対する最低限の心得だ。

 

 するとロシア人の2人組が俺の元に寄ってくる。

 店主を含めてこの店の生存者は俺達4人のみらしい。

 

「お前がいなければ危ない所だった。 感謝する」

 

 見ない顔だがこの街に来て直ぐか、とも尋ねられた。

 それは遠回しに、自分達と敵対する組織の人間では無いかという確認の意味もあるのだろう。

 彼の目は、俺が嘘をついていないかどんな仕草も見逃さんとしている。

 

「あぁ、そうだ」

「随分と腕が立つようだが、ソロか?」

「まぁそういうことになる」

 

 その後少しだけ言葉を交わした後、2人組は人目に付かぬよう帰っていった。

 辺りを見渡せば、至る所が破壊されており営業が出来るような状態では無い。

 もし可能なら金を貯めるためこの店で働こうかと思っていたのに、そんなことは言っていられる状況では無くなった。

 

 外を見渡せば、銃声を聴いたギャラリーが集まり始めている。

 俺も早めに撤収することにした。

 

 そんな時、店主が俺の腕をがっちり掴み声をかける。

 

「採用」

 

 彼の目は、掘り出し物の骨董品を見つけた時のような、そんな目をしていた。

 

 そして店の修理が終わった数ヶ月後。

 そんな経緯で、俺は【BAR イエローフラッグ】のホール担当として雇われた。

 店主の名前はバオさんと言うらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 悪徳の都ロアナプラでとある噂が流れた。

 それは、イエローフラッグの店主バオが用心棒を雇ったというものであった。

 ロアナプラには幾つも酒場が有るが、イエローフラッグ程破壊と再建を繰り返している酒場は無いだろう。

 何故か他の酒場よりも戦場となる場合が多く、その度に半壊以上の被害を被ることもざらにあるこの店の常連達はその情報を聞いてもさほど驚かなかった。

 

 だが、様々な組織が日夜争っているこのロアナプラの住人には聞き捨てならない事がある。

 それは、その用心棒が強者だと言われているからだ。

 

 先月のイエローフラッグが半壊した戦闘の際、巻き込まれる形で戦闘に参加したその東洋の男はほぼ1人でロシアンマフィアに送られた刺客を制圧したのだとか。

 一部始終を見ていた1人のギャラリーがそう説明していたが、信じるものは殆どいなかったものの、彼を見た一定以上の実力を持つ悪党達は口を揃えて言うらしい。

 

───あれは化け物だと

 

 後にロアナプラの街で最恐の暗殺者と呼ばれることになる1人の男。

 狙った獲物は決して逃がさず、地の果てまで追いかけて地獄への片道切符を渡す死の番人。

 

 その男の名前は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 この街に来て3ヶ月程経ったある日、俺はこの時代の教団がどうなっているのか探ってみた。

 すると、世界的にアサシン勢力は劣勢であり、テンプル騎士団の勢いは止まらないようだ。

 ちなみにロンドンにあったルークスは現在様々な組織に枝分かれしており、今も尚教団の協力者らしい。

 

 アサシンが歴史の表舞台に出たことは十字軍時代のマシャフを筆頭に度々あったが、騎士団は時代によってその在り方を変化させながら常に歴史に躍り出る。

 ある時は国の議会、またある時は宗教騎士団、そして資本企業。

 現在騎士団はアブスターゴという多国籍企業を隠れ蓑にしながら活動を続けているらしい。

 

 この時代の東南アジアにも幾つか教団支部が存在するが、かつての勢力は今や衰えかけている。

 

 例に漏れずこのロアナプラにも騎士団由来の組織が幾つか存在する。

 彼らは俺が教団の人間だと気づいていないらしい。

 当然だ、それを知っているのは俺のみなのだから。

 

 俺はこの後アサシンとして彼らと闘うのか、それともこのままこの街で過ごすのか。

 もし騎士団と対立するのなら組織が力を持たなければならない。

 世界を秘法の力で支配しようとする彼らと対立する時が来るのならば、きっとその時は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がこの街に来て1年程経った。

 最初は直ぐに抜け出すと考えていたのだが、色々な原因が重なったことで結局この街を拠点に活動することになっている。

 

 住めば都という言葉があるが、この街もその言葉に漏れない。

 この街では力のあるものが正義であり、逆に言えば力さえあれば生活が保証される。

 まるでかつてのロンドンのような街だ。

 

 まだマフィア同士の血生臭い抗争は続いているが、別に矢面に立たないように立ち回り、流れ弾に注意して過ごせば問題ない。

 俺はイエローフラッグで働きつつこの地に貿易会社を設立し、マフィアの連中から目を付けられない分野の事業で細々と暮らしている。

 ちなみに会社の名前はフライ商会、ロンドンの双子の師匠のファミリーネームを使用した。

 

 

 更に、俺に2人部下が出来た。

 それは、あの日イエローフラッグで共闘したロシア人のペアだ。

 何でも元々ソ連軍に所属していた彼らは捕虜の扱いを巡って上官と対立、軍を除隊しとあるロシアンマフィアの一員になったらしいがそこで仕事を失敗したためこの街に逃げてきたという。

 あの日イエローフラッグを襲った連中は面子を潰されたことに腹を立てたマフィアの追手らしい。

 

 この街にもホテル・モスクワというロシアンマフィアがいるため俺が彼らを受け入れたら目を付けられるのではないかと思ったが、それとは全く関係の無い組織なのだとか。

 俺は長年様々な人間を見てきたため嘘をついている奴が分かるのだが、彼らは確かに本当のことを俺に喋っていた。

 

 彼らはソ連軍にいたというだけあって優秀な戦士だが、そうであっても仕事を失敗することなど生きていればあるだろう。

 そんな経緯でフライ商会は社員3人で今日も業務に励んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悪徳の都ロアナプラでも特に治安の悪い地区の1つに、彼女はいた。

 信じていた父親に裏切られ、無理やりその身を汚され遂には社会の底辺にまで転がり落ちた米国と中国の混血の少女。

 

 生きていくために犯罪に手を染め、幼くして幾人もの命を奪うことを受け入れた彼女は自身が生まれたニューヨークを旅立ち、世界中から悪人の集まるこの吹きだまりに辿り着いた。

 だからといって、彼女の生活が変わることは無かったが。

 

 銃で、刃物で、時には拳で。

 暴力の支配するこの街で彼女は日々を生き抜いていた。

 

 ただ、今日は相手が悪かった。

 道の端で血だらけで倒れている彼女は、何故こうなったのかを思い返す。

 ターゲットの背後から頭に拳銃を突き付けた所までは狙い通りだった。

 問題は、相手が複数であることに気づかなかったことだ。

 あっという間に囲まれ、路地裏に連れていかれてリンチされた。

 まだ成長途中で脆い少女の骨は何ヵ所も折れ、もしかしたら内臓にまでダメージが届いているかもしれない。

 

 段々と意識が遠退く彼女の頭の中に有ったのは、この世への憎悪。

 何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 以前覗き込んだテレビのブラウン管の向こう側には、両親と幸せそうに遊園地で遊ぶ同年代の少女がいた。

 年相応の輝かしい笑顔は、彼女とは似ても似つかないものである。

 自分は何処で間違えたのだろう。

 答えてくれる人は誰もいない。

 

 

 

 現れたのは1人の東洋人の男だった。

 大男と呼べるほどの体格はしておらず、この街の住人にしてはいささか顔の厳つさが足りない二十代と思われる男。

 半袖ハーフパンツの服装で肌の多くをさらしているにも関わらずタトゥーは見えなかった。

 そんな男は少女を見下ろしながら一言。

 

「…似ている」

 

 少女は死にかけながらもその男の眼が闇を掬い取ったかの様に暗く光を帯びていないことに気づく。

 確かに、男はこの街の人間らしい。

 

 

「その眼はまだ生きることを諦めていないだろう。 死にたくないのならばどうだ、一緒に来るか?」

 

 手を差し出す男。

 その時少女は迷わずそれに手を伸ばした。

 

 そこで一旦、彼女の意識は途切れる。

 

   

 

 




読んで下さりありがとうございます。
誤字脱字等ありましたら教えてくださると幸いです。


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ロンドンにて

感想、お気に入り登録、評価をしてくださった方々、ありがとうございます。


 大英帝国の首都にして世界最大級の国際都市ロンドン。

 そしてその中でも有数の繁華街であるオックスフォード・ストリート。

 白人に黒人、アジア人にラテン人に至るまで様々な人種の人々が往来し、多くの人間で賑わっているこの通りを4人組が歩いている。

 

 先頭を行く、風貌からアジア系と思われる少女はこの繁華街のあちこちを興味深そうに見ており、その少し後ろを歩くのはこれまた東洋人と思われる男。

 そしてそのまた少し後ろに2人組のスラブ人の男が付いてきている。

 

 彼らはタイ南部の港湾都市にして、世界中の悪党の吹きだまりである悪徳の都ロアナプラに本拠地を置くフライ商会の構成員だ。

 今回彼らはとある仕事の契約者と会いにここロンドンを訪れた。

 

 ロアナプラでは貿易会社や商会の名の体をとっているマフィアやギャング等の組織が蔓延っているが、彼らフライ商会はその例には含まれない。

 彼らの業務は主に荷物の運搬であったり法に触れないような商品の取引だ。

 時にはセーフかどうかが怪しい仕事もあるにはあるが、基本的にロアナプラの中では驚くほど平和な会社である。

 

「すげぇぞ、誰も拳銃を持っていねぇ!」

 

 辺りに響く大きな声で物騒なことを口にする少女。

 幼い子供の口からそのような言葉が出たことに驚いた周囲の人々は彼女に視線を向ける。

 ロシア人の2人組は少女から更に距離をとり『自分達はこの子とは無関係です』と周囲に示す。

 近くを歩いていた東洋人の男も苦笑している。

 

「あまり物騒なことを言っていると目立つぞ? ───レヴィ」

「すまねぇ。 あまりにも違うから、つい」

 

 男からレヴィ、と呼ばれた少女は口では謝るもその数秒後には辺りを見回しながらロンドンの感想を口々に声を出す。

 どうやら先程の発言のことはもう気にしていないようだ。

 やれやれ、と言った様子の男は再び歩きだし、彼らは目的地に向かって歩き続ける。

 

 

 

 

 

「あのビルが爆発したらどうなるんだろうなぁ? …どう思う?」

 

 

 2分後、高層ビルを指差しながら人目を気にせずそう言った少女もといレヴィは、またしても周囲の人間の視線を集めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンのとある高層ビル。

 その一室でスーツを着た白髪の白人と、スーツから革靴に至るまで黒で統一された服装に、黒髪をオールバックで固めた東洋人の男が対面している。

 東洋人の男と共に来た他の3人は現在待合室だ。

 目的はフライ商会とロンドンに拠点を構えるこの企業の商談の為───というのもあるが実は本命はそれではない。

 待合室の彼らでさえ男の真の目的は知らないのだから、彼らがこの事を知ったら大層驚く事だろう。

 

 にこやかに取引についての話を進め、それは10分程で速やかに終わった。

 白髪の白人はデスクの上に置かれている紅茶を一口だけ飲み込むと、改めて男に向き合う。

 

「───さて、ミスター・フライ。 この後の予定が押していなければ、少し休憩がてら世間話でもどうです?」

「…えぇ、問題ありません」

 

 にこやかに笑みを浮かべて答える男達。

 白髪の白人は葉巻を咥えてライターで火をつけ、東洋の男も用意されていた茶を飲んだ。

 

 

 

「────初めまして、逢えて光栄だ我らの兄弟よ」

 

 白髪の白人は、そう会話を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会合の後社員に待合室へと案内された、ミスター・フライと先程の社長から呼ばれた男は部屋に足を踏み入れた。

 空調の効いた、それでいてそれなりの広さがある清掃の行き届いた部屋。

 当然、銃撃戦の傷跡もない。

 

「これで仕事は終わりか?」

「あぁそうだ。 この後はホテルにチェックインする時間まで自由に過ごせる」

「それならよ、先ずはメシを食おうぜ! この店なんか良さそうじゃないか?」

 

 そう言ってロンドンの観光パンフレットの『ロンドンの人気飲食店10選!!』と書かれている1ページを開きながら写真を指差すレヴィ。

 彼らはどんな昼食を食べるか相談しながらビルを出た。

 

 その後彼らが歩いて向かったのはロンドンの繁華街に店を構える大衆食堂だ。

 一行のリーダーはせっかくだからと高級なレストランを提案していたが、レヴィが他の客に迷惑をかけるかもしれないと言われた為その案は無くなった。

 もし食事中にロアナプラでの出来事を口走りでもしたら気分を害する者がいるかもしれないので妥当である。

 

 フィッシュ・アンド・チップスにスコッチエッグ、ローストビーフなどをはじめとした料理を堪能する彼ら。

 

「ロアナプラで食うよりも旨い」

「そうか? あたしにゃあまり違いがわかんねぇや」

 

 ロアナプラはロンドン程では無いが多種多様な人種が暮らしている街である。

 よって街の繁華街に出れば大抵の国の料理は出てくる。

 腕の良い料理人は中にはいるし、清掃の行き届いた綺麗な店もある。

 だがそう感じるのはやはり食べる環境だろう。

 ロンドンはいつ銃撃戦が始まるか分からない悪徳の都ではなく、警察が機能し通行人は誰一人拳銃を携えていない都市である。

 ここでは殺意を感じ取る為に気を張る必要が無いのだ。

 

 その時、目の前の食事を平らげたリーダーが懐に手を伸ばし財布を取り出す。

 そしてそれをロシア人の男の1人に手渡した。

 

「ミーリク、俺は暫く野暮用でいなくなるから支払いを頼む。 別にロンドン観光で自由に使って良い」

「了解した」

 

 そう言って席を立つリーダー。

 椅子に掛けていたスーツの上着を手に取りそれを着る。

 

「あたしも連れていってくれよ、面白そうだ」

「それは残念だが無理な話だ。 ゲーニチェカ、レヴィが暴れないよう見といてやってくれ。 何かトラブルがあれば連絡を」

「ラジャー」

 

 そう伝えた男は煙草を咥え、それに火をつけ煙をふかしながら店を出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 俺は一人ロンドンを歩きながら目的地に向かう。

 かつての町並みからすっかり変わってしまった場所もあれば、当時の面影を残している地区もある。

 だが、病気と暴力が支配し、病人と搾取された労働者で溢れかえっていたかつての陰湿な都市の姿は何処にもない。

 

 途中バスに乗り、記憶を便りに進んでいく。

 そして、遂に辿り着いた。

 

 そこは、かつてギャング組織ルークスの本拠地があった場所。

 俺のロンドンにおける人間らしい生活はここから始まった。

 既に当時の建物は無くなり、今現在あるのは小さな花屋。

 そこには女性の店主一人のみ。

 

 俺が近づいて行ったのに気づいた彼女は笑みを浮かべて此方に向く。

 

「花を適当に包んでくれ」

 

 手渡されたものは色とりどりの花束。

 俺はそれを抱えたまま店を後にした。

 

 かつてのロンドンで散った同胞に、双子の師。

 彼らの最期を看取ることはあれど、任務で忙しく墓参りなどしたことは無かった。

 そんな事を考えながら俺は最寄りの墓場の一画、身寄りのいない者達が眠る共同墓地の前に花を添えた。

 確かこの墓場は19世紀の当時から存在していた。

 偉大な師がここに眠っているということは無いかもしれないが、当時の同胞の何人かはこの下にいるのかもしれない。

 

「眠れ、安らかに」

 

 そう一言呟き、俺は墓場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 とある日のイエローフラッグで、この店の店主であるバオと、フライ商会のリーダー兼接客担当の男が話していた。

 客は相変わらずチンピラしかいないが数人のみで、銃撃戦が起こる気配は無い。

 

「それにしても、会社を立ち上げたのに未だ酒場でも働いている物好きはお前くらいしかいないだろうよ」

「バオが言ったのだろう。 『頼むから辞めないでくれ』と」

「てっきり断られると思っていたんだがな。 お前がいなきゃあ何度流れ弾で身体を撃ち抜かれていたことか」

 

 青い顔をしながら過去を思い出すバオに、男は笑いながら接する。

 男はこの街に来て暫くの生活費をこの店で働くことで得ていたが、かつて教団の支部や協力組織の経営に携わっていた経験を活かしてこの街に商会を設立した。

 当然店の方は辞めるつもりでいたが、バオの必死の説得で出勤頻度は減ったものの男はこの店の従業員で在り続けている。

 

「お前が来てから店が破壊される回数が減った。 感謝してるぜ、修理代も馬鹿にならないしな」

 

 そう言いながら棚に陳列されている酒瓶の1つを開け、グラスに注ぐバオ。

 それを男に差し出す。

 

「今夜は客の入りが悪い。 だがら別に飲んでも問題はねぇ」

「…ありがたい」

 

 誰一人客の座っていないカウンターで店主と従業員の酒盛りが始まった。

 

 果たして、男が酒に強くないのか、それとも酒の方が強いのか。

 バオから出された酒の三杯目を飲み終わったところで男は他人が見て分かる程顔が赤くなり、既に酔ったことが見て取れる。

 バオも酒が入り気分が上がったのだろう。

 みるみる饒舌になっていく2人。

 

 そんな2人を見た客の中には今なら料金を払わずともバレずに店を出れるのではと考えたものもいたが、例え酔っていたとしてもホール担当の観察力は健在。

 すぐさま見破られきっちりと料金を支払わされた。

 

 その後客は全てが退出したが、盛り上がった2人はその後も数時間に及んでペースは落ちつつも飲み続けた。

 そして会話の内容は世間話から日頃の愚痴へ変わっていく。

 ただし、喋っているのは殆どバオであり、男は聴き手に徹していたが。

 

 

「この店を始めて俺が何回死にかけたと思っていやがるんだあのクソ野郎共め!」

「まぁ落ち着けよ」

「店が全壊したのも片手じゃあ全く足りねぇ!」

 

 勢い良く酒をあおるバオ。

 その時男は営業時間外の来店者に気づいた。

 そして、その顔を見て意外に思いつつもバオに声をかける。

 

「客だ、バオ」

「あ? こんな時間に誰だ迷惑な野郎だ」

 

 そう言って入ってきた者の顔を見るバオ。

 そして一瞬にして顔を盛大に青ざめさせ、顔中の毛穴から汗が吹き出て酔いなどは一瞬で醒めた。

 

 後にバオは、これを人生で最も死を意識した瞬間の1つだと語る。

 

 入ってきた男は東洋人のような顔立ちをした、サングラスをかけ十数名の部下を引き連れた男だった。

 ホール担当も、彼の事は見覚えがある。

 いや、この街に住んでいれば誰だって知っているだろう。

 

「───俺達はお前に用があって来た」

 

 その日閉店後のBARイエローフラッグを訪れたのは、悪徳の都ロアナプラの有力者にして、チャイニーズマフィア三合会のタイ支部幹部という実力者。

 

 張維新その人であった。

 

 




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張維新の依頼

結構読まれていて驚きました。


 BARイエローフラッグを発った張維新一行とフライ商会のリーダーである男が向かったのは、三合会の所有するとあるビルだ。

 イエローフラッグの前に用意されていた数台の黒塗りの外国車に乗り込んだ彼らは、深夜3時を過ぎたばかりのロアナプラの街を移動する。

 張とは別の車に乗せられた男は、隣の席に座る三合会の一人に何故自分を連れて来たのかを尋ねた。

 

「…泣く子も黙る三合会が何の用だ? 俺達は恨まれるような事をした覚えは無いし、お宅と利益を奪い合っているという訳でもない」

 

 ギロリ、という擬音が聴こえそうな視線を彼に向け、自分を連れ出した目的を教えろと言う。

 そこには先程までイエローフラッグで店主と酒を飲んでいた陽気な東洋人の姿は無く、既に酔いが完全に醒めた、殺気を放ちながら三合会を敵かどうかで見定める裏の世界の住人の姿があった。

 目をじっと見つめられながら話しかけられた男は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、冷や汗が止まらない。

 

「…それについてはボスから聞いてくれ。 俺は本当に知らないんだ」

「…確かに嘘はついていないな」

「あぁ、だから殺気を放つのは止めてくれ」

 

 言われた通り殺気を押さえた男は車窓からふとロアナプラの夜の姿を見る。

 この街は多くの酒場にカジノ、悪党の所有するビルが存在し夜でさえ明るく、更に毎日のように銃声が響き静寂に包まれる日など無い。

 そんな日本や欧米の整然とした都市とは違い、現代的な建物と人間の本性を剥き出しにした住人達の共存するこの都市の姿は20世紀の終盤に差し掛かった現代では正に異常であり、他の都市ではまずあり得無い状況だ。

 

 繁華街のネオンはきらびやかに輝き、それに対抗するかの如く、ここからそれなりに離れた場所にあったビルの1つが勢い良く爆発する。

 

 日夜マフィア同士の抗争が繰り広げられているここロアナプラでは珍しいことでは無いものの、突然の爆発を見た三合会の彼らは車の中で慌ただしく、彼らの部下に現場を確認するよう連絡を入れる。

 そんな様子を横目で見ながら男は目的地に着くまで目を閉じることにした。

 

────悪党達の足音が空に響きながら、ロアナプラの都の夜は更けていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三合会の所有するビルに到着した張一行はその中に入っていく。

 男はビルに入る前に武器を渡してくれと言われた為、辺りに自分に対する殺意を持っている者がいないことを確認して両腕のアサシンブレードと懐に忍ばせておいた護身用の拳銃、折り畳み式ナイフ、そして煙幕を渡す。

 特にアサシンブレードは丁重に扱えと係の者に伝え、遂に周囲を三合会の人間で固められながらビルに足を踏み入れた。

 

 案内されたのは、来客用の応接間であった。

 部屋の中央には木製の高級そうなテーブルを挟んで2つの黒いソファーが設置されている。

 その片方には既に張維新が座っており、彼の背後には部下であるスーツの男達が佇んでいた。

 

 部屋の中央に歩いていき、空いている方のソファーに座る男。

 張は部下に葉巻を取らせ、それに火を付ける。

 

「どうだ、お前さんも一本」

「…ではお言葉に甘えて」

 

 互いを探り合うような視線を交わしながら部屋に煙をふかす2人。

 部屋は静寂が支配し、2人とも顔には出していないものの部屋は息が詰まるほどに空気が張り付いている。

 先に声を出したのは、張だった。

 

「今日呼び足したのは他でもない、三合会からあんたへの依頼だ」

「それは最近この街に入ってきたチャイニーズマフィアの連中か?」

「…察しが良くて助かる」

 

 張の後ろに立っている1人の部下が数枚の紙を男に手渡す。

 それは契約書であり、そこにはかなりの金額が記されており、またこの件を秘密にするという条件が書かれている。

 

「報酬と縛りはそこにある通りだ、ミスター・フライ」

「しかし何故わざわざ俺に依頼を持ってきた? 三合会の力を以てすれば別に問題は無いだろう」

 

 これは当然の疑問だ。

 三合会の勢力はフライ商会より比べ物にならない程大きい。 

 この男を三合会のビルに招き入れた理由を、張の部下でさえ聞かされている者は少ない。

 この部屋にいる、訳を聞かされていない者達は自分達の上司が何と答えるのか耳をすませていた。

 

 その疑問に対して、張は葉巻をふかしながら答える。

 

「今回のターゲットは三合会支部を追って本国から飛んできた組織だ。 これがロアナプラ全体を敵に回すなら問題は無かったが、奴らの目的は明確に俺達のみ。 それを他の勢力が勘づき始めている。 既にこちらも五人殺られた」

「この街はマフィアの抗争の最中、対抗組織に隙を見せている暇は無いということか」

「その通り。 現在出来る限りの部下を動員して奴らの行方を探させているが、なかなか尻尾をつかませない。 時間がかかればかかる程、我々は首を絞められるという訳だ」

「それで、どこの組織の息もかかっていない、自由に動ける人間の方が都合が良いと」

「あぁ」

 

 一見スムーズに話し合いが進んでいる様に見えるが、その時男がとある事を口にした為その場の空気は更に張り詰める。

 

「…もし、俺がこの依頼を断った場合あんたらはどうする?」

 

 それに対して張はくつくつと笑いながら答えた。

 

「まぁ、その時はその時だ」

 

 そしてその時。

 言葉を言い終えたのとほぼ同時に張は懐から拳銃を取り出し男に発砲した。

 当然これには三合会の者も驚愕する。

 だが彼らを更に驚かせたのは招かれた男だった。

 

 何故なら直前で殺気に気づいた彼は咄嗟にその場から飛び退き回避したからだ。

 それを確認した張は心底愉快そうに嗤い口を開く。

 

「…街中で一目見て分かった、お前はクリーンな会社を経営しているものの、その中身はこちら側の人間だ。 過去に何があったかは詮索しないが、相当デキるだろう?」

「…五割だ。 我々の会社では専門外の分野なのでその辺を考慮して頂こうか。 報酬を五割増しで手を打とう」

「全く、良く回る舌だ。 だがまぁ良いそれで交渉成立だ。 こんな時間に呼び出してすまなかったが、出来るだけ早く仕事を送らせてくれるとありがたい」

「善処しよう。 それと、今回はマフィアが標的だったのと、とてもあんたらに楯突く気が起きないから請け負ったが次は無い。 金で雇われての殺人は好きじゃあないんだ」

 

 

 会合は終わり、男は建物から退出して帰っていった。

 張は三合会の車を用意しようかと提案したが、男は徒歩で帰るからと言って断った。

 

 窓から空が明るくなり始めたロアナプラを見下ろす張に、彪如苑は尋ねる。

 

「奴は何者なんです?」

「世の中にはマフィアよりも深い場所の住人てのがいるんだよ。 奴は闇に紛れた獣だ。 いずれ何処かで接触はしておきたかった。 それにしても、我々があの男の天敵ではなくて良かったよ。 かの組織の一員というだけで殺意を持たれるんじゃあ敵わない」

「天敵? かの組織? 一体何のことです?」

「この世界で生きていればいずれ分かるさ」

 

 そう笑みを浮かべながら答えた張のサングラスで隠れた眼も、やはり闇の世界の住人のものであった。

 

「恐らく仕事はすぐに果たされる。 この件の後処理の準備をやらせておけ」

 

 彪が退出した後1人窓際に立つ張。

 彼は懐から葉巻を出してそれに火を付ける。

 そして口から煙を吐き出しながら、時間は過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香港に本拠地を置くチャイニーズマフィア【龍頭会】は、三合会と長年対立していた組織である。

 そして、テンプル騎士団───現在はアブスターゴと称する企業の息のかかったマフィアというのが本当の姿だ。

 その構成員達は本部からの命令によりタイ南部の港湾都市にして世界最悪の悪党達の街ロアナプラの地を踏んでいた。

 龍頭会の本部は憎き三合会の力をどう削るか思案していたところ、この街で近年激化している覇権争いに目をつけた。

 

 このロアナプラを本拠地の次に注目している組織が世界中に数多くいることから分かる通り、三合会にとってもこのタイ支部は重要な場所である。

 当然龍頭会もこの街に勢力を持とうと考え部下を派遣したこともあったが既に敗退していた。

 三合会が力をつけているのにも関わらず自分達はそれが出来なかったことも、彼らのプライドを傷付けた。

 

 そして、龍頭会は三合会タイ支部を崩壊させるため刺客を送り込んだ。

 それは全員が元軍人や裏社会で名が売れている殺し屋であり、彼らは人目に付くところで三合会の構成員を殺害している。

 更に彼らは個人、または多くても2人という少人数で特定の拠点を持たずに活動しており、一人一人の能力も高い為に三合会の追手は見つけることが困難であった。

 『ロアナプラの各勢力は三合会がゴタゴタしてきていることに気付き、あわよくば組織の壊滅を狙っている』という現地からの本部への連絡は、大幹部をはじめとした本拠地の人間を喜ばせている。

 

 悪徳の都に潜伏する龍頭会の刺客達は、ミッションの成功を疑ってなどいない。

 この街に来てから今までの全てが狙い通りなのだから。

 

 

 

 

 

 その日は、新月の日だった。

 ロアナプラでも特に治安の悪い地域の、更に奥深くの路地裏。

 そこを、2人の人間が歩いていた。

 

 1人は、かつて中国軍人として活動していたが突如として上官と同僚を十数人殺害、逃亡した後龍頭会に参加した者。

 もう1人は農村の住人に対する誘拐殺人を繰り返した快楽殺人犯。 

 表の社会では生きていけなくなったものの、その腕を買われてマフィアに雇われた彼らはある種の余裕を感じていた。

 他勢力の1つが好機と考え三合会に攻撃すれば、対立が激化しているこのロアナプラでの戦争はもう誰にも止められない。

 そんな状況なのに三合会の連中はまだ自分達を捕捉できていないのだ。

 彼らにとってこんなに愉快なことはない。

 

 だからだろうか。

 彼らは段々と自分達に近付いて来る存在に気付くことが出来なかった。

 

────上から殺意もなく降ってきたのは、フードで顔を隠した男

 

 元軍人は何が起こったのかを理解する前に首を刃物で掻き切られ、更に頸椎を捻られて絶命。

 即死だった。

 

 快楽殺人犯の男は銃を構えるも、フードの向こう側から覗く男の眼を見て戦慄する。

 この世の悪を混ぜ合わせたような昏い眼。

 彼もこれまで多くの人々を手にかけてきたが、そんな彼が動けなくなる程の殺意。

 怖じ気づき引き金に伸ばされた指の力が抜けた時点で勝敗は決した。

 接近され、首に手首から出した刃物を突き刺される。

 動かなくなった2人の死体を見下ろした男は開いたままの瞼を閉ざさせ一言呟く。

 

「安らかに眠れ」

 

 その日、ロアナプラに潜伏した龍頭会の手の者は一人残らず殺害された。

 本部は突如として現地組と連絡の通じなくなった為何があったのかを知ることは出来ず、三合会はこの一連の騒動を迅速に対応、ほとぼりを冷まさせた。

 

 

 

 

 

 

 張から依頼を受けた男は、三合会と別れた直後から行動を開始した。

 渡された情報を頼りに標的を炙り出し、それを特定する為に一週間ほどかかったが何とか達成。

 そして依頼を受ける前、つまり香港のマフィアが入ってきたことに気付いた際に調べた頃から予想はしていたが、やはり彼らはテンプル騎士団の息のかかった組織であった。

 ならば、手加減をする必要はない。

 調べれば調べるほど彼らは優秀な刺客を放ったと感心すら覚えたが、その日の夜に襲撃を決行。

 結果下手人達は全滅した。

 

 依頼を達成した後の三合会の働きは素晴らしかった。

 徹底的に火消しを行ったためさほど時間はかからずこの街の人間の興味は薄くなり、現在もロアナプラにおける最有力者の位置を保ったままである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それで、この一週間あんたは何をコソコソしてたのさ」

 

 三合会との一件の後、フライ商会の事務所で朝食を摂ろうとしたその時、レヴィに何があったのかを聞かれた。

 勿論、他人に言ってはならない契約で仕事を受けたので教える事はない。

 

「秘密の任務だ。 俺には守秘義務がある」

「ケッ、どうせあたし達のいない所でクソ共とドンパチやったんだろ?」

 

 あたしも呼べよ、と愚痴るレヴィを見ながら考える。

 もう彼女を拾って一年近く経つが、随分と好戦的に育ったものだ。

 最近訓練をつけるようになってからは彼女の持つ身体能力や射撃のセンスに気付いたりと、何かと驚かされることが多い。

 

「あんた達も言うことあるんじゃないの?」

 

 そう言いながら彼女が振り返った先には、最初に部下になった元ソ連軍の兵士の2人組。

 その片割れ、ゲーニチェカが口を開く。

 

「最近この街は更にキナ臭くなってきている。 ボスのやる事はいちいち詮索しないしそこらの連中に負けるとも思えないが、充分注意してくれ。 俺からはそれのみだ」

 

 そしてレヴィは分かったか、といった具合の表情でこちらを見ている。

 とりあえずを心配してくれていたという事が伝わった。

 

「…忠告ありがとう」

「おう、分かりゃあ良いんだよ」

 

 そんなこんなで俺は一足先に朝食を終える。

 その後仕事用のスーツに着替え、護身用の拳銃を懐に忍ばせた。

 

 この間の仕事でかなりの金額を手に入れたし、これで暫くは働かなくても生きていけるので、危険なロアナプラを離れて何処かの国で過ごそうかと割と本気で考えているのだが、まだ計画は進んでいない。

 その時、電話のベルが鳴る。

 近くにいたミーリクが受話器を取ると、何やら気の毒そうな顔をしてこちらを見ている。

 

「どうした?」

「バオです、ボス。 何でもイエローフラッグが全焼したとか…」

「…とりあえず代われ」

 

 電話を代わり、バオと話す。

 今朝カルテルの抗争に巻き込まれてイエローフラッグが壊滅的な被害を受けたこと、修理費に回す金がほぼ無いこと等を淡々と語るバオの話を聴いていたら、なんだか心が痛くなってきた。

 

「あー、最近依頼を成功して纏まった金額が手に入ったから幾らかはお前に回せるぞ」

 

 バオにそう伝えるが、そうしたら一体幾らか手元に残るのだろうか。

 俺を雇ってくれた恩もあるし別に嫌では無いのだが、やはり大きな金額が手元から離れていくのは勿体無く感じてしまう。

 というか今まで自腹で修理代を賄っていたのは素直に凄いと思う。

 

「イエローフラッグって呪われてんのか?」

 

 電話を切った後、片手にパンを持ったレヴィがそう聞いてくる。

 これだけ店が壊れてもまだ彼が生きていることを考えれば彼は逆に運が強いのかもしれない。

 そんな、バオが聞いたら怒りそうなことを考えながら平和な時間は過ぎていった。

 

 

 




読んで下さりありがとうございます。
誤字脱字等あれば教えてくださると幸いです。


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悪徳の都は動き出す

プロットを作成したところ、合計10話程で終わることが予想できました。
原作突入する前に終わらせる予定ですがどうなるかはまだ分かりません。


 少女レベッカ───通称レヴィは、ある日フライ商会に拾われた。

 その日まで、悪党の蔓延るロアナプラに幼くして1人で暮らしていた彼女は死に物狂いで日々を生きており、当然心の休まる時間は無かった。

 油断すれば、それが死に繋がるのだから。

 まだ幼い子供には重すぎたストレスは、徐々に彼女の心を蝕んでいく。

 そんな彼女は生きていくため、自分に対して手を差し伸べた男に残った力を振り絞り食らい付く。

 全ては自分が生き残るため。

 この男がどんな組織にいようと、そこでどんな命令を受けようと、そして何をされようとも命を繋ぐためには仕方の無いことだと、その歳に似合わない覚悟を背負って男の申し出を受け入れた。

 そういった経緯でレヴィはフライ商会の一員になったのだ。

 

───こんな自分を拾うなんて、どうせロクでもない組織に決まっている

 

 そう思っていたが、その商会の実態は彼女の想像していたものとは大きく異なっていた。

 事務所はボスと思われる男が直々に掃除を行い、隅々まで綺麗に保たれている。

 食事は1日3回食べられて、シャワーは使用自由。

 夜は個室を与えられ柔らかいベッドが用意されていた。

 社員は合計3人で、仕事内容は血生臭いものなど無くこの悪徳の都においては異常な程マトモな商会であったことも、彼女を更に驚かせる。

 昨日まで文字通り泥水を啜って生きていた彼女にとって、そこは天国のように思えた。

 最初こそ混乱し、何か裏が有るのだと警戒する彼女であったが、徐々にその生活にも慣れ、いつしか心には余裕が生まれるようにもなる。

 

 そして彼女が商会での生活に完全に馴染み、体力が有り余るようになった頃、彼女は商会の責任者である男に言った。

 

 『自分を強くしてくれ』と。

 

 彼女はこれまでの人生で生きていくためにはもっと力が必要だと、その身を以て経験した。

 弱ければ自分の生き方など選べない。

 弱者は強者に蹂躙されるだけ。

 特にこの街では、それは子供でも知っている常識である。

 

 最初は、この街で生きていくにはこの商会は弱すぎると思うこともあったが、その考えはじきに消え失せた。

 商会の責任者の男は自らが従業員であり、またお気に入りの酒場であるイエローフラッグに行く際、必ずカウンターに座る。

 最初は理由を深くは考えていなかったレヴィであったが、すぐに彼女はそれを理解することになった。

 

 突然銃を構えて店に押し入るこの街に暮らす悪党達。

 そして酒場の中を銃弾が飛び交う戦闘が始まる。

 それを察知した男はすぐさまレヴィとバオをカウンターの裏に投げ込み被弾を未然に回避する。

 

 事実、商会の社員である3人は強かった。

 ロシア人の2人は元ソ連軍らしく、ならば銃の扱いに慣れており殺気を感じとることに長けている理由は分かる。

 だが、組織のボスであるこの男の経歴はその2人でも分からないらしい。

 レヴィが聞いても『必要ない』と言って答えることはない。

 当然彼らもレヴィも無理に聞き出そうとすることは無かった。

 レヴィはそんな彼から生きていくために必要な最低限の教育と、戦闘訓練を受けることになる。

 前者は、男が彼女には必要だと言って、反対する彼女にほぼ強制的に受けさせたもの。

 後者は勿論、彼女が自ら望んだことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───闇に紛れる?」 

「あぁそうだ」

 

 フライ商会の事務所で昼食を食べながら、男はレヴィに言った。

 これは、彼女に対する男からのアドバイスだ。

 

「銃の腕前も、身体能力もまだまだこれから充分伸びる」

 

 だが、と男は付け加える。

 

「いかんせんお前は真っ向勝負をしたがる。 それでも駄目では無いが、生き残るという点においては逃げるという選択肢も持っておいた方が良い」

「でも逃げるったって、相手が追いかけて逃がしてくれなかったら?」

「こういうのはな、コツと経験だ。 暗闇は全てを飲み込んでくれる。 自らの気配、そして痕跡までも」

 

 男は目の前の皿に盛ってある料理を平らげ、スプーンをテーブルに静かに置くと立ち上がる。

 部屋に吊るしてあるハンガーから黒いスーツの上着を外すと、アタッシュケースに閉まった。

 

「もう仕事に行くのか?」

「あぁそうだ。 一月もかからず戻ってくる。 それまで3人で事務所を頼む」

「じゃあ戻ってきたらさ、あの屋根の上を跳びながら移動するやつ教えてくれよ」

「根性とやる気さえあればいくらでも。 あれは覚えておいて損はない」

 

 男は拳銃に折り畳み式ナイフ、煙幕等の装備を身体に忍ばせ、最後にシャツの上からネクタイを締めた。

 その後洗面台に移動し歯を磨き、鏡を見ながら髪を整えると入り口に向かう。

 その時、レヴィは思い立った様に口を開いた。

 

「そういえばさ、これから何処に行くんだ?」

 

 その質問に、男は答える。

 

 

「───極東の島国、日本だ」

 

 それだけ言うと男は事務所を発った。

 タイ南部の都市、ロアナプラの日差しはこの日も強く、男をじりじりと照りつけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 岡島緑郎はこの日、駅のホームにいた。

 一浪した後入った国立大学の休みを利用して、実家に帰るためだ。

 しかし、彼が切符売場に向かうその足取りは重く、気乗りでは無いことが伺える。

 事実、彼は家族仲があまり良くない。

 官僚という優秀な父と自分より遥かに出来の良い兄と比べられるのは彼にとって苦痛であり、それが彼の心の中に劣等感を生んでいた。

 だが、そんな中でも少しは実家に顔を出さないと不味いだろうという考えのもと、彼は電車を利用して帰省することにしたのだ。

 ホームの中を歩き進み、券売機に行こうと歩いていると、後ろから声をかけられた。

 そこにいたのは黒いスーツの、髪型をオールバックで固めた男だった。

 その風貌から、仕事の出来るキャリアマンの様な雰囲気を醸し出している。

 スポーツでもしているのだろうか。男の肌は黒く日に焼けている。

 そして彼の手元には緑郎のものであると思われる財布が握られていた。

 

「落としましたよ」

 

 慌てて確認してみると、確かに後ろポケットに入れておいた財布が無くなっている。

 どうやら何処かで財布を落としてしまっていたようだ。

 

「ありがとうございます。 確かに自分のです」

「どういたしまして」

 

 男はそうにこやかに返すと、切符売場の方へと歩いて行った。

 緑郎は、彼が財布の中身を盗った後に再び渡したということも有り得るので切符を買う際確認してみたが、何も取られた形跡は無かった。

 彼は親切にしてもらったにも関わらず疑ってしまった事を心の中で先程の男に謝る。

 その後、特に問題はなく彼は実家に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偶然駅で財布を落とした学生に遭遇した男が、持ち主にそれを渡した時から半日後。

 男はアサシン教団日本支部の本拠地、大阪にいた。

 男は迎えの人間が来るという連絡を受け指定された場所で待っていると、一台の車が向かってくるのに気が付く。

 その車は男の近くに停車し、2人の男が下りた。

 サングラスにスーツ、そして彼らの厳つい風貌はヤクザを連想させる。

 

「初めまして、これが証です」

 

 そう言って男は懐から、この時代に飛ばされた後に関係者から入手した、教団の印が刻まれた指輪を見せる。

 それを2人組が確かに本物であると見なした後に男は口を開く。

 

「間違いは無い筈です」

「えぇ、確かに教団の物です。 間違いありません」

「それは良かった」

「お待ちしていました、ミスター・フライ。 我々の同胞よ」

 

 男は車に案内され、それに乗り込む。

 2人のうち1人は運転手、もう1人は男の隣という配置で車に乗っている。

 車の中で男は2人と何気無い世間話をしながら目的地に向かう。

 今から気を張っていてもしょうがないということをこの3人は理解している。

 この後支部で行われるのは教団の行方を左右する情報交換なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 アサシン教団日本支部、その本拠地に男は足を踏み入れた。

 男が案内されたのは整然とした部屋であり、その中には既に10名程の日本のアサシンが待機している。

 その中から、1人のアサシンが男に歩み寄った。

 

「初めましてミスター・フライ。 私は教団の日本支部長を勤めている者だ」

「会えて光栄です、同胞よ」

 

 握手の後に抱擁を交わす男と日本支部長。

 その後先に口を開いたのは支部長であった。

 

「いやはや、話では聞いていたものの異国のアサシンが日本人というのは面白い」

「私も久しぶりに日本を訪れ感動をしていますよ」

「君の生まれは日本なのかい?」

「いえ、私はロンドンの生まれです」

 

 そんな話を和やかに幾らか交わした後、本題に入る。

 日本支部のアサシン達は各々が資料を用意し、男もアタッシュケースから封筒を出す。

 男は今まで、ただロアナプラで商会を営んでいただけではない。

 外のテンプル騎士団達から目をつけられない悪徳の都の闇の中で、彼らの情報を集めていたのだ。

 現代は、男が戦闘の後死亡してから半世紀程経過している。

 それだけ時が流れれば世界の情勢は大きく変わり、かつてのアサシン達にとって常識であったものが通用しなくなることもある。

 男はロアナプラで目覚めてからの数年でこの時代の教団と接点を持ち、アブスターゴに対抗するための準備をしていた。

 

 かつて男はこの時代より二十数年後の未来を生きていたこともあり、その頃の記憶は殆ど消えてしまったが幾らかは残っている。

 これはアブスターゴに対抗するための切り札になるかもしれないと男は考えている。

 よって既に男は自分が怪しまれない範囲で、この情報を数ある中の1つの可能性として交流を持つ各地の教団に伝えていた。

 

 大阪に集ったアサシン達はこの日交流を深める。

 日々勢力を増すアブスターゴに押し潰されないためには教団が組織的にならなければならない。

 かつてのアメリカ植民地支部の様な轍を踏むことは許されない。

 

「それにしてもミスター・フライ、ソロとは思えない程素晴らしい成果だ。 教団のバックアップがあれば仕事もしやすくなりますし、我々の支部に編入しませんか?」

「申し訳無いですがまだロアナプラでやることがあるのです。 ただ、あと数年程経ったら何処かの支部に参加する予定ではありますが」

 

 結局話し合いはその後数時間続き、終わった頃には夜になっていた。

 男は教団によって繁華街まで送って貰い、夕食を摂った後に宿に入る。

 男は一週間程教団と連絡を取りながら過ごした後日本を発って中国へ飛び、各地を移動しながら支部を回る生活が始まる予定だ。

 

「…久しぶりの日本だというのに感慨にふける暇もないな」

 

 男は部屋で煙草を吸いながらそう呟くと、その煙草を灰皿に押し付け火を消した。

 そして固定電話の元へと移動しロアナプラの事務所へと電話をかける。

 電話に出たのはレヴィだった。

 

「───日本は一週間後にでも発って、その後中国へと行く。 何か欲しい土産はあるか?」

 

 日本の夜は静かに更けていく。

 銃声の鳴らない夜というのは久しぶりで、この日男はいつもよりも良く眠れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって悪徳の都ロアナプラ。

 三合会と並んでこの街の最大勢力の1つ、ホテル・モスクワ。

 表向きは貿易会社であるが、その実態はロシアンマフィアである。

 そんなホテル・モスクワの所有するビルの一室に、彼女はいた。

 金髪をポニーテールで纏め、顔の半分をはじめとしていくつもの火傷跡を負っているキャリアウーマン風の女性。

 彼女の名はバラライカ。

 ホテル・モスクワのタイ支部幹部にしてアフガン戦争を戦った元ソ連軍兵士である。

 

「彼は今何処に?」

「現在ロアナプラを発っており、この街にはいません」

 

 彼女は近くに立つ厳つい男の返答を聞くと、手に持っていた資料をデスクの上に置く。

 

「ふぅん、なら仕方無いわ。 帰って来るまで待つしかないわね」

「彼の経営する商会のメンバーならこの街にいますが」

「あら早まっては駄目よ。 私達は彼と仲良くしていくつもりなのだから」

 

 そう言って妖艶に笑うバラライカ。

 裏の世界の住人の狂気を孕んだその笑顔は、一般人が見れば恐怖で足が動かなくなる程のものだ。

 この悪徳の都で夜は騒がしく更けていく。

 

 

 

 




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ホテル・モスクワの接近

読んで下さりありがとうございます。


 中国は近年急速な経済発展を遂げており、その勢いは凄まじい。

 だか、その裏にはテンプル騎士団───つまりアブスターゴによる秘密裏での支援があり、それによって騎士団の息のかかった勢力が年々力を持つようになった。

 そしてそれに反比例するかのように、中国における教団の勢力は力を削られ始めている状況だ。

 かつての明帝国の時代、危機に瀕していた教団中国支部はイタリアのアサシン、エツィオ=アウディトーレによって鍛えられ力を付けたシャオ=ユンによって解放され勢力を盛り返したが、このままでは当時の状況に戻るのも時間の問題だろう。

 

 そんな状況に置かれた中国各地の教団支部を、かつてロンドンを解放した双子のアサシンによって育てられた男が回っていた時だった。

 

 広大な土地を持った中国にはその分支部も多く、それらを回る為に毎日列車や船に乗る生活に対して男が疲れを感じ始めた頃。

 教団の協力組織によって経営されているホテルに男は宿泊しており、その部屋には男以外にもう一人の人間がいた。

 

「さて、ミスター・フライ。 かの悪徳の都の様子は現在どんなものなんだい?」

 

 白い肌に金髪の、鍛えられた肉体を持つこの男はアサシンだ。

 彼は現在、ソ連崩壊による混乱に乗じてロシア国内における更なる勢力の拡大を目指すアブスターゴの情報を集めるためロシアの各都市に潜伏している。

 そして彼も中国支部を訪れ、偶然このホテルに宿泊していた所を悪徳の都に商会を構えているこの男に出会ったのだ。

 

「…ロアナプラにおける抗争は直に終息するだろう。 彼らの間でとある組織を立ち上げ、街の勢力の均衡を目指す動きがある。 三合会にイタリアンマフィア、コロンビアマフィア、そして───ホテル・モスクワ」

「あぁ…ホテル・モスクワ、彼らは良く判からない。 組織の起源こそテンプル騎士団側の勢力だが、勢力争いで邪魔になったマフィアはアブスターゴの傘下であろうと叩き潰しているのだから」

「だが確かなのはただ1つ、少なくとも味方では無いことだ」

 

 男はロアナプラの女傑を頭の中に思い浮かべる。

 彼女は確か、アフガン帰還兵を束ねていた筈だ。

 一人一人の能力が高く、一対一ならともかく束になってかかってくればかなりの苦戦を強いられるだろう。

 

「ミスター・フライ、彼らとの接触はしていないのかい?」

「一度話をしてみたいのだが、生憎彼らは近頃気を張っていてな。 彼らの経営する酒場の1つを訪れた時構成員の幾人かと世間話をしたのみだ」

「そうか。 確かに今は難しいだろう」

 

 ホテル・モスクワは世界中に支部を持つマフィアの一大勢力だ。

 それだけに様々な情報を持っており教団も狙ってはいるものの中々にガードが固い。

 先月はホテル・モスクワの本部に侵入した教団の諜報員が消息を絶った。

 

「まぁいずれにせよロアナプラを離れるまでには何らかの情報を教団に提供出来るよう俺も努力をするよ」

「それはありがたい。 私も彼らの本部が目と鼻の先にあるのに、先日の事があった為大胆な行動は出来ないのだ。 そういえば、君はロアナプラで数名部下を作ったのだろう。 教団に入れるつもりは無いのか?」

「いや、俺は彼らを教団に引き入れるつもりは無い。 そもそも彼らは私がアサシンであるという事を知らないのだよ。 俺が教団に戻る際は理由を付けて彼らに商会を引き渡すさ。 もし特に要らないと言うのであれば経営に幕を下ろすがな」

 

 そう言い終わった後に葉巻を咥え、懐から取り出したライターで火をつける男。

 それを見た白人の男も自らの懐から葉巻を取り出すと、同じように火をつける。

 

「私は明日ドイツの教団支部へと飛ぶ。 君はどうする予定だい、ミスター・フライ」

「あと一週間程で中国での仕事は終わる。 そしたらロアナプラに一旦戻るさ」

「そうか。 我々は君が早く教団に復帰する事を願っているよ」 

「そう急かすな。 部下の1人に裏社会で生きていけるだけの力と技を教えている最中なんだ。 それさえ終われば何処かの支部に加わるさ」

「あぁ、そうしてくれるとありがたい」

 

 2人のアサシンはその後も情報を交換し続けた。

 そして一週間後、男はようやく中国を発ちロアナプラへと帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男はロアナプラに到着して先ず、違和感を覚えた。

 アサシンとして活動を始めてから幾度となく感じた、身体に纏わりつくような不快感。

 踏んだ場数が多かったからこそ、自分が監視をされているのだと気づくのに大して時間は関わらなかった。

 ただし、何処からか見張られているものの殺気は感じない。

 本当に自分を殺すつもりなら、先程のタイミングで撃つべきだった。

 監視されていることに男が気づいた以上、もう奇襲は成功しないだろう。

 

 男は悪徳の都の群衆に紛れながら自分達の事務所を目指す。

 そして場所を移動し続けているにも関わらず視られ続けていることで確信した。

 自分は尾行されているということに。

 男は自分を尾行している人間を逆に追いかけて捕らえようかと一時考えたものの、どんな勢力に属しているのかはっきりしない以上控えておいた方が良いと判断した。

 

 フライ商会の面々は無事なのかという不安が生まれる中、それらの感情を押し殺し事務所に着くまで、何故自分が尾行されているのかについて考える。

 少し前に三合会の依頼を受けたことで損害を被った連中か、秘密裏に行った教団の仕事の生き残りか。

 幾つか候補は出たものの、それならば自分に対して殺気を放たないことの説明がつかないため結局は判らない。

 そして男はようやく事務所に辿り着く。

 その時男は理解した。

 明らかに部下の3人とは違う人間が事務所の中にいる。その数は十数名。

 尾行をして来てきている連中の仲間とみて間違いないだろう。

 もし、自分が空けていた間に商会の彼らに手を出していた場合は、報復としてタダでは帰さないとの覚悟を持ちながら。

 

「───やぁ随分と遅かったじゃないか。 待ちくたびれたぞ色男」

 

 そこにはこの街の最大勢力の一角、ホテル・モスクワの大幹部にしてタイ支部の頭目の女傑、バラライカと彼女の私兵十数名の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、そんな顔をしないでくれたまえ。 貴方の部下はその部屋にちゃんといる。 勿論手を出してなどいないさ」

 

 バラライカが指を指したのは来客用の部屋だ。

 男がその部屋のドアを開けると中には3人の姿があった。

 男の姿を確認したレヴィが口を開く。

 

「ホテル・モスクワの連中が1時間位前に来たんだ。 『お前達のボスに用がある』ってな」

「…そうか。 とりあえずお前達が無事でいて良かったよ」

「そういう訳だミスター・フライ。 少し我々と話そうか」

 

 余裕な笑みを浮かべるバラライカ。

 そしてその背後に控える厳つい屈強な男達を見るに、彼女の提案に乗るしか男の選択肢は無いだろう。

 

「了解した。だが貴女が直接来たということはそれ程重要なことなのだろう? 此処で話して良いのか?」

「だからこそ我々の事務所に来て頂く。 その間は貴方の部下の護衛に私の兵を数名付けよう」

 

 早い話が人質である。

 男はホテル・モスクワの所有する車に乗り込み彼らの事務所に向かった。

 以前の三合会の時と似たような状況に男は、やはり話し合いを有利に進めるには自分達の陣地に連れてきてしまうのが一番なのだと改めて実感した。

 

 ホテル・モスクワの事務所に辿り着いた男は応接間に連れられ、周りをバラライカの兵で囲まれた。

 

「ところでミスター・フライ、先ず質問だ。貴方の商会にはロシア人が2人いるが彼らはどんな経歴が?」

「元々ソ連軍にいたこと、そしてとあるマフィアの構成員であったが仕事の失敗により命を狙われたとのことだ。 調べてみたらそのマフィアは既に潰されていたよ」

 

 ホテル・モスクワによって。

 男は最後の一言は口に出さなかったが、バラライカもそれを察したのだろう。

 愉快そうに笑うと葉巻を部下に取らせ、それに火を付けさせた。

 

「それにしてもミス・バラライカ、貴女の私兵は随分と鍛えられているようだが」

「褒めに預かり光栄だ」

 

 男はチラリとバラライカの兵達を見る。

 一人一人が歴戦の兵士であり、やはり間近で見るとより威圧感が増す。

 

「では余興はこのくらいにしておき、そろそろ本題へと入ろうか。 我々はミスター・フライ、貴方に依頼があって此処に呼んだ。 これはホテル・モスクワからの依頼ではなく、私個人からの依頼だ」

「依頼だと?」

 

 煙を口から吐いた後、男の目を見ながらバラライカは言い続ける。

 

「敵対勢力の排除などはこの街の住人に頼むさ。 私が欲するのは情報だ───アサシンよ」

 

 バラライカが、男の事をアサシンだと知っているのが判明した瞬間、男は身構える。

 

「そんなに警戒するなよ。 安心しろ、貴方の秘匿は完璧だった」

 

 だが、とバラライカは付け加える。

 

「私は教団の存在を知っていたのだよ。 そう、あれはアフガンだった。 ソ連軍は随分と教団の対応に手を焼いたが、我々のクソ上官共を始末してくれたことには感謝している。 そして、貴方は彼らと同じ気配、匂いを纏っているんだよ。 我々ソルジャーの火薬の匂いとは違う、独特の匂いだ」

「…それで何故俺に情報を要求する。 ファミリーの情報網を以てすればどんな情報でさえ膨大な量が集まるだろう」

 

 当然の疑問だ。

 それに対してバラライカは答える。

 

「この街の戦争は直に終結する。 そうすれば私は『外』との関わりを増やすつもりでいるのだが、その為には本部における序列を上げなければ制限が纏わりつく」

 

 バラライカは背後に控える部下から封筒を受け取るとそれを男に手渡す。

 そして男の目を見て、男も開けろというバラライカの意思を感じ取った。

 

「ミス・バラライカ、これは…」

「トゥーンにゴラン、セレーズ…、主だったのはここら辺か。 勿論貴方なら理解出来るでしょう?」

「あぁ」

 

 バラライカが渡した資料に書かれていたのは、現在教団が追っているロシア国内に住むアブスターゴの手先の人物であり、ホテル・モスクワの幹部達だ。

 つまり、バラライカは身内の人間の情報を目の前の男に渡したのだ。

 

「私がその情報の見返りとして要求するのは、貴方が持っているロシア国内のアブスターゴ系列組織の詳細よ。 勿論、交渉次第ではまだまだ渡せる情報は有る」

「…ミス・バラライカ、俺が直ぐ様『はいそうですか』と、言った通りにする人間だと思うか?」

「あら、罠だと疑うのは勝手だけど教団も彼らの始末に手間取っているのでしょう? それにアブスターゴの息のかかった連中は邪魔なのよ。 騎士団への貢献しか頭に無い腐った脳味噌の持ち主の癖に金と私兵は多い」

「その連中を潰す前に勘づかれ無いよう、組織の部外者から情報を集めようとしている訳か」

「早い話はそうね」

 

 それにね、とバラライカは言葉を続ける。

 

「確かにホテル・モスクワは起源こそアブスターゴだとはいえ、上層部全員が騎士団の思想に心酔している訳ではないわ。 事実、私は世界征服も、教団と騎士団の戦争も一切興味は無い。 頭に有るのは私自身と部下達の事だけよ」

「…確かに今までの中で嘘はついていないな」

 

 男は長年アサシンとして行動した経験により、目の前の人物の証言が事実かどうかは判断できる。

 そして、バラライカは嘘を言ってはいない事を理解した。

 

「だが、全ての考えは話していないだろう?」

「あら、後に何処で対立し殺し合うかも分からない相手に全てを教える無能がどこにいるというの?」

「…それもそうだな」

 

 男は考える。

 この女と手を結ぶのが果たして本当に正しいのか。

 

「貴女は俺が情報を教えたら何をするつもりだ、ミス・バラライカ」

「貴方が考えている様な事よ」

 

 そう言いながら微笑みを浮かべるバラライカ。彼女の笑顔を見て、男はぞっと感じる。

 全く以て、この女傑は恐ろしいと考える男。

 手を出しづらい幹部は教団に始末させるか、男が渡した情報を利用して失脚でもさせるつもりなのだろう。

 自らの目的の為に全てのものを利用する、理想的で素晴らしい軍人だ。

 

「自分で言うのは憚られるけれど、私は義理堅い部類の人間ではあるわよ。 その代わり、もし邪魔をするのなら踏み潰すけれど」

「流石だ、貴女が言うと説得力がある」

 

 バラライカの提案に乗るか、乗らないのか。

 どちらの方が教団にとって利益があるのかは、明らかだった。

 多少のリスクは有るが、もし謀られた場合は戦争だ。

 

 バラライカはソ連軍時代より連れている兵達にのみ絶大な信頼を置いており、それ以外は駒として考えている。

 これは、男が以前バラライカを調べた際に立てた考えだが、あながち間違いでは無いだろうと男は考えている。

 ならば戦争の際にはこれを利用するつもりだ。

 そしてバラライカも、もし契約を違えた場合はアフガンからの戦友達が無事では無いだろうと理解しており、今のところは友好的に済まそうと考えている。

 何より今彼女が考えているのは、本部で腐っている幹部共をお高い椅子から引きずり下ろすことだ。

 

 アブスターゴに敵対している男と、アブスターゴ側の人間をどうにか抹殺したいバラライカ。

 2人の利害は一致した。

 

 男はバラライカに近づくと口を開く。

 

「良いだろう、持ち合わせた情報を交換しようか。 そして、これは契約だ。 もし不当に破棄された場合は分かっているな?」

「えぇ、理解が早いと助かるわ」

 

 

 

 

 この日、ホテル・モスクワを介さない、バラライカと男の契約が交わされた。

 その後、ロシア国内に存在するアブスターゴ傘下の企業の機密情報が流出。

 その原因だとされたホテル・モスクワの幹部の数名が失脚、空いた席にバラライカが座ることになったと聞き、男は久方ぶりにその素早い仕事ぶりに背筋が震えた。

 男はというと、バラライカから受け取った情報を照らし合わせ、完全に事実だと確信した後に教団へ提出、それが基となり数年後、ロシア国内の騎士団勢力の力を削ぐことに成功することになる。

 

 

 

 

 

 

 ホテル・モスクワの接近から数週間、男はレヴィの訓練や、秘密裏での情報収集、商会の経営に明け暮れていた。

 そして彼が従業員ではなく客としてイエローフラッグを訪れていた時、その男は現れた。

 

 形の良いスキンヘッドに、鍛え上げられた肉体、そしてサングラス。

 イエローフラッグに客として現れたその黒人の男は、自らをダッチと名乗った。

 

 

 




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