社会に適合してない俺と少女と幼馴染はサークルを作った (金木桂)
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1話 サボった先でエンカウント

性懲りも無く新しいの書きました。



 俺は額に手を当てながら小さくバレないように溜息を吐く。

 とても、とても困った。

 

 視線を二人の人間に巡らせて、どう対処するか考える。

 

 一方は女子小学生。最近知り合ったばかりで、金髪碧眼の日本人離れした本物の小学五年生だ。今日もゴスロリドレスを纏っている。名前は知らないが俺は麒麟ちゃんと呼んでいる。

 もう一人は俺と同じ高校に通う女子高生。小学校から友達として活動を共にし続け数年、何だかんだと長い付き合いだ。一度も染髪したことない黒い髪を肩まで垂らし、細くシンプルな眼鏡を耳に掛けている。名前は七崖灯音(なながけともね)と言う。

 

 面倒臭い。ただ、俺は面倒臭かった。

 

 と、こんな意味不明かつ投げやりな独白から始めることを許してほしい。

 だが自己弁護だけはさせて頂きたい。

 

 この日、俺は麒麟ちゃんと料理をしていた。その場面に俺の家の合鍵を持った灯音がアポなしで突入してきて、現時点に至る。一連の出来事で確証を持って言えることは確実に俺は悪くないということだ。寧ろ麒麟ちゃんに料理を教えていたこともあるから善行のはずだ。

 なのに、この二人が険悪なムードを漂わせているのはどういうことだろうか。絶対に俺は悪くないはずなのに、俺の家のリビングは非常に居づらい雰囲気が充満していた。

 

「誰ですかこの子……もしかして誘拐しちゃいましたか?」

「してない。俺は無実だ」

 

 灯音は胡乱な目つきをしながら俺の目を見据える。数年来の友人、何なら幼馴染と言ってもおかしくない関係性なのに疑われるとは心外だ。

 麒麟ちゃんは灯音を見ると、忽ち視線をナイフのように鋭くして睨みつけた。

 

「誘拐されてないわよ。何よ貴方。不法侵入者?」

「私は非常に仲の良い友達です。なので鍵だって持ってます」

「……義明、友達は選んだ方がいいわよ」

 

 チャリン、と灯音が俺の家の合鍵を提示する。それを見た麒麟ちゃんは眉をひそめた。

 俺だって別に鍵を渡したくて渡したわけじゃない。だが灯音とは友達契約を結んでおり、その関係上渡さなくてはならない状況が過去にあった。だから仕方なく、頭を項垂れさせながら鍵屋で複製してそれを灯音にあげた経緯が存在する。友達は選んだ方がいいのは同感だが。

 悪い奴ではないのは確かだ。でも灯音はたまに行き過ぎることがある。見た目通り、基本的に物大人しい友人ではあるが、この友人の根幹は自己中心的な思想の持ち主である。自分の世界を大事にしていてそれ以外にはあまり興味を示さず、小中高と学校でも俺以外の友人はいない。だからこそ自分の世界を害する人間の存在を認めると、敵対的行動を起こすこともあったりするのだ。それが正に今でなければ、どれだけ俺の心中に安寧が齎されたことか。

 

「義明? それは誰のことでしょうか」

「そこの愚昧な男のことよ」

「なるほど。名前すら教えられないほど信用されていないと」

 

 女子小学生から愚昧と言われるほど俺は耄碌した覚えは無いのだが、そんな訂正をする間もなく麒麟ちゃんは口を開いた。

 

「う、五月蠅いわね。そんなことはどうでも良いじゃない。今は私、義明から料理教えてもらっているの。邪魔しないでちょうだい」

「断ります。私も勉強を教わる予定があるので」

「……予定、あったの?」

 

 珍しく細い声で麒麟ちゃんは問うてきた。

 いつも通りのことだが灯音は俺と約束をするのは一緒にお出かけをする時だけで、それ以外は勝手にやってくる。酷いときには私室でイヤホンをつけて勉強していて、気付いたら灯音が隣で同じく立ちながら勉強していたこともあったくらいだ。

 つまり、今日だって約束なんてしてなかった。

 

「いつも言ってるが予定の捏造は止めろ。大抵暇なのは否定しないが、今日みたいに万一先約があったらこうしてブッキングしちゃうだろ」

「じゃあ私の方を優先してください。友達ですよね」

 

 言い返してみるが、十中八九こう返答されることは分かり切っていた。七崖灯音は基本的には他の人物に対して無害な存在だが、契約上友人である俺に対しては一切合切の遠慮がない。平気でメンヘラ女みたいなことを宣ってくる変り者だった。

 当然、麒麟ちゃんはその言葉を聞いて不快そうな顔に歪めると「は?」と鋭利な氷柱のような悪態をついた。

 

「聞いてて思ったんだけど友達だからなに? 貴方のそれは自己中じゃない。義明と友人と言っていたけど嘘なんじゃないかしら。そんな人間性で友人なんて出来るわけないもの」

「人生経験の少ないお子様には分かりませんよ。それに、貴方も友人少なそうですよね。剣山みたいにとげとげしい言葉を使っていたら敵しか出来ませんよ」

「心配感謝するわ。でも貴方にしかこの態度は貫かないから問題無いわ」

「そうですか。それは良かったです」

 

 互いに互いの目を凝視して、一ミリもずらさない。ヤンキーだってこんなにガンを付けることは無いだろうと思う。

 それはもうバチバチである。か弱い俺じゃどうにもできない。何と言うか妻に不倫を見られた夫の気持ちだ。俺は未婚だし年齢も15歳なのに、謎のシンパシーを受信してしまっている。不倫した夫もこういう修羅場を経験して、男として一回り大きくなるのだろう。それはとても良いことのような気がしたが、不倫は文化じゃなく現代日本において普通に悪行なので論外だった。とかまあ、どうでも良いこと考えてしまうこれは現実逃避と言うやつだ。別のことを考えて現状を考えないようにしている、それが今の俺の出来る最大限のストレス解消法だったのだ。

 

 何でこうなってしまったのか。

 そんなテンプレ的回想シーンを語るには、数日前に遡らなくてはならない。

 

 

 

────── ☆ ──────

 

 

 

 その女の子との初めての出会いは春だった。

 具体的に五月の上旬で、昼下がり。

 

 その公園では青い風が吹いていた。手持ち無沙汰だった俺は公園の中へと足を進めると特に理由も無くベンチに座る。

 暖かい、下手をすれば暑いほどの日差しを背に受けながらも俺はコンビニで買った棒アイスを齧る。上を見れば雲がどんどんと右から左に流れていた。空を見たのにも理由は無い。ただ眩いばかりの光に、目に若干のダメージを負った気がする。今ので視力が0.01くらい落ちたかもしれない。俺は後悔した。

 

 この日、学校をサボった。

 それはどうでも良い。いつものことだ。

 高校に行くふりをしてサボるのは入学してから既に癖になっている。行く場所はその日によってまちまちだ。図書館だったり喫茶店だったりゲーセンだったり。偶々今日は公園の気分だった。

 

 視線を公園の中へと彷徨わせる。

 一応子供の遊び場のはずだが、遊具はブランコ一つしかない。公園自体の面積を考えればシーソーだったり滑り台だったり、少なく見積もってもあと3つくらいは遊具が設置できそうな広さがあるのに、その空いた場所はただの地面。座板が二つ並んだ何の特徴もないブランコだけが風に微かに揺らされて前後に動いている。

 

 公園の中にいるのは俺一人のみ。

 時間帯的に午後一時前。小学校も幼稚園も終わってないというのもあるが、この公園が裏路地に存在しているというのもあるだろう。目に付きにくい目立たない場所にあるため、元々人気がないのかもしれない。あと最近の子供はインドア気味だ。何かと口を開けばゲーム、アニメ、ユーチューブの話題。公園に来るようなアウトドアな子供の人口自体が減っている可能性も否定できない。

 

 まあつまり、何が言いたいと言えばこうだ。

 この過疎化の進んだ真昼間の公園に入ってくる女子小学生は、あまりにも目立っていた。

 

 その女子小学生の髪型は長い金髪をそのまま背中までストレートに伸ばしていた。髪色はともかく髪型自体はシンプルで好印象が持てるが、ただ服装は輪に掛けて奇抜だった。なんたってモノクロなゴスロリドレスである。アニメキャラならまだしも、ここは現実である。俺もコスプレ衣装としてなら百歩譲って小学生がゴスロリ服を着ていても違和感を覚えないと思う。しかし、何でもない午後一時の緩やかな時の流れる簡素な公園でゴスロリドレスを着用している女子小学生はいたく目立っていた。俺も思わずこの10秒間に8回ほど瞬きをしてしまったほどに。そのゴスロリドレスの上に赤いランドセルを背負っている。

 

 最初は理解不能な現象を目の当たりにした衝撃によって脳の処理が現実に追い付いていなかったが、次第に余裕が出てくると女子小学生の事情を推測する暇つぶしが俺の中で始まった。

 

 今日は平日で、小学生ならまだ授業中の時間だ。それなのにこんな場末の公園に来るということ、即ちきっとサボりなのだろう。だがそれじゃ答えとしてはつまらない。これじゃ暇つぶし甲斐が無い。

 ならば家出、という線はどうだろう。きっと実家は金持ちで、ドレッサーにはドレスが並ぶような環境。だが長女としての厳しい英才教育が両親から課されて、プレッシャーから家出をしてしまった。そうして目的も無く歩いていたらこのブランコとベンチのほかには何もない公園に辿り着いたと。

 

 こうして二つ答えが出た訳だが、答えを知る由は俺には無い。この世の中、年上が小学生に声を掛けるのは冤罪と犯罪の隙間に割って入るような恐ろしい行為だと俺はテレビやネットを見て知っている。そこまでのリスクを背負ってまでその正答を知ろうとするほど俺は愚かじゃない。俺とその小学生は、属性的には同じ西暦日時に同じ場所に存在するたった二人の人間ではあるが、俺が公園から出ていけばその関係性は容易に崩れる。いわば砂上の楼閣という訳だ。そんなポテチより浅薄な関係値に推測以上の興味を持つことは現実問題、非常に厳しい。

 

 と。そうであるはずだったのだが、その女子小学生は何故か俺の方を見ると歩み寄ってきた。心の中で首を傾げる。当然見知らぬ顔だ。

 その時に初めて正面から相貌を確認したが、珍しいことに碧眼である。更に牛乳でコーティングされているかの如く純白な肌。顔には感情を浮かべておらず、無機質な表情を張り付けている。

 

 そのまま俺の前まで来ると立ち止まった。

 最初は自意識過剰かと思ったが、女子小学生の様子を見るに俺に興味があるのは確かみたいだ。多分。俺は謙虚だから俺に惚れたとかそういう勘違いは決してしない。とはいえ何かしら話をしたい意思はそこはかとなく感じる。

 

「何か用か? 因みに俺は身体を天日干ししている。天気が良いからな」

 

 気まずい雰囲気に包まれ、せっつかれるように俺は口を開いた。絶好のお天気なのに、このまま女子小学生を目の前に置いて座っていたら喉に魚の小骨がつっかえたような違和感を覚え続けることになる。それは俺としても遺憾を表明する。

 女子小学生は俺の言葉に頭の天辺からつま先まで、問題がないことを確認するみたいに業務的に眺めると、俺のブレザーを指差して口を開いた。

 

「学生服。中学生?」

「違う。確かに身長は168㎝と控えめな高さに留まっているが、とはいえ俺は高校生だ。間違えないでくれ」

「そ。どっちでも変わらないけど」

「いいや変わる。一つ言っておこう。まだお前は小学生だから分からないだろうけど、中学の勉強と高校の勉強は全く違う。小学生のお前でも分かりやすい例えで言えば10段の跳び箱と18段の跳び箱くらい勉強の難易度が違う。お前も苦労するだろうから覚悟しておくように」

 

 と、年上っぽいことを言ってみたが俺は別に勉強が出来ない訳じゃない。中高通じて普通に出来る。得意と言うには模試の順位が超上位という訳でもないから少し恥ずかしいが、それでも苦手と言うと嘘になる。だからここまで釘を刺すのは我ながら変な話だな、と言ってから思考を巡らせてみたが誠に残念なことに俺は口下手だ。よってフォローや訂正は諦めた。

 

「話がずれた。ともかく中学生と高校生を混同するのは勘弁してくれ」

「ふーん。ま、大丈夫。私、勉強は自信あるの。これでも麒麟児ってよく言われるし自己紹介でも言ってるから」

「他称はまだしも自己紹介でも言うのか」

「言うわよ。事実は事実としてちゃんと発信するべきじゃない」

 

 女子小学生は興味無さそうに前髪をねじねじと弄り始めた。

 どうやら相当、大人びていると同時に変わり者のようだった。いやそれも当然と言える。この義務教育真っ只中な真昼間の公園に足を踏み入れ、見知らぬ男子高校生の前で立ち尽くす。これを変人と言わずに何と言う。ただ女子小学生に対する評価、印象として変人という言葉は何か間違っているような気がしてならない。そうだな。一番適した言葉としては変わった子という単語が相応しいかもしれない、のでこれからはそう呼称することとする。ついでに名前は麒麟ちゃんで決定だ。麒麟児だから。

 

「じゃあ麒麟ちゃん。小学校はどうしたんだ」

「誰が麒麟ちゃんよ。ふざけないで。私には苗字と名前がしっかりとあるの」

「でも俺は知らない」

「私も教えないわよ。何で知らない陰気な年上の男に自分の個人情報を渡さなきゃならないのよ」

「なるほど。情報リテラシーが高いようで感心だ。でも会話を円滑に進めるためにここは一つ、自分の名前くらい教えてくれても良いと俺は思うんだが? じゃないとこれからも、少なくとも今日この場においては麒麟ちゃんと呼ぶことになる」

「何でよ……もー」

 

 麒麟ちゃんは悩まし気に眉を曲げると、顎に手を当てる。少しして観念したような面持ちで手を腰元に添えて溜息を吐いた。

 

「ああもう分かったわ」

「分かってくれたか」

「ええ。私って賢いもの。麒麟ちゃんで良いわよ」

「そちらの方向で分かってくれたか……」

 

 取捨選択の結果、何が何でも俺には個人情報を渡したくないみたいだ。将来有望である。この様子なら飴で釣られて誘拐されることもきっとないだろう。流石麒麟ちゃん、頭が良い。勿論これは皮肉で言っている。否。思っている。

 

「で、貴方の名前は?」

「そうだな。俺は是葉義明(これはぎめい)という。年上だが敬称に拘りなんて1ミリも無いから気軽に義明と呼んでくれ」

「敬称以前に偽名じゃない。これは偽名って舐めてるの?」

「いいや、違う。誠意に誠意で返すのが俺のポリシーだからな。そっちが氏名を隠すんなら俺も吝かじゃない。いや、間違えた。俺は是葉義明だ。本当だ」

「面倒臭いわね。本当に高校生? こっちが赤面しそうになるくらいコミュニケーションの拙さが伝わってくるんだけど」

「高校生といっても俺はまだ高校一年生だからな。卒業まではまだ三年ある。三年後の俺は学校で経験を積んでもっと流暢な話術を身に着けているはずだ」

「貴方の高校、コミュニケーションの授業でもあるの?」

「英語なら話す授業あるぞ」

「駄目じゃない。三年後も貴方のコミュ障はこのままであることが容易に想像がつくわ」

 

 酷い発言だ。まだ小学生だからオブラートに包むという概念を知らないのかもしれない。知らない女子小学生相手に説教するというのも気が引ける、ここは一旦大目に見ようじゃないか。俺は寛大なる男子高校生なのだ。一応、決して通報されるのが怖くて説教を辞めるという訳じゃないことを後付けで述べておく。

 

「俺の社交性は置いておこう。それでどうなんだ、小学校はまだ授業中だろ」

「ええ。でも詰まらないからサボった。これでも4時間目まではちゃんと出席したんだからね?」

「なるほど。つまり給食の時間帯に抜け出してきたと」

「察しが良いじゃない。もしかして貴方も小学生?」

「高校生って言ってるだろ。何で更に学年が下がるんだよ。本当は頭悪いんじゃないのか?」

「皮肉よ」

 

 知ってる。知ってて言ったんだ俺は。麒麟ちゃんも分かってるだろうから敢えて指摘するようなことはしないが。

 

「貴方こそ学校はどうしたの。それとも高校に入れなかった? 馬鹿すぎて」

「残念だが高校受験は成功してるんだ。制服だって着てるだろ。ただ今日は気分が乗らないからサボっただけで、他には理由は無い」

「な~んだ。何処にでもいる社会不適合者って奴ね。初めて見た」

「おい麒麟ちゃん。新種の動植物を発見したみたいな目の色で身体の各部をマジマジ見るのは止めろ。照れるだろ」

「小学生相手に照れるんじゃないわよ、って私が言うのもアレだけど」

 

 麒麟ちゃんは今は俺の胴体をツンツンと触りながら触診している。どんだけ社会不適合者に興味津々なんだこの子。やっぱり変わっている。それと俺は別に社会不適合者じゃないし。

 

「と、そうだ。どうして俺の前に立ってたんだ。しかも無言で。もしかして忘れてただけで面識とかあったか? それなら俺の不手際を謝るが」

「無いわよ。でもシンパシーは感じた。私と同じような雰囲気……というか服装を見て思ったから」

「麒麟ちゃん、それは本来危ない行為だぞ。こんな時間に学校をサボるような人間は九割方不良で、残りの一割は不登校だ。二度とやらない方が身のためだと俺は思う」

「大丈夫よ。私、ちゃんと人を見てから判断してるから。貴方の場合はヤンチャしてなさそうで、顔に覇気が無くて、衝動的に犯罪を起こそうという気概も無い。だから近寄って観察してたの」

「だから俺は動植物かよ……。まあ、一応忠告はしといたからな」

 

 基本的に好奇心が強いらしい。何せ俺みたいなただの男子高校生をじっと眺めるくらいだ。冗談半分で聞いていたが麒麟児という言葉は案外と嘘ではないのかもしれない。

 

「サボり同士、通ずるものがあったんだな。ならばこれをやろう。飲みかけのコーラだ」

「いらないわよ。何で貴方と間接キスしなきゃならないの。ロリコン?」

「違う。俺はノーマルだ。それと飲みかけと言うのは嘘だから安心して受け取っていいぞ。キャップを捻れば分かる、新品だ」

「そうならそう言いなさいよ、この面倒臭いコミュ障め」

「止めてくれ。罵声を飛ばされると興奮するだろ」

「……逃げていいかしら」

「別に構わないし俺の許可を求める必要も無いしあとこれも嘘だ」

「……はあ。逃げないわ。冗談よ。だからこれも遠慮なく貰うわね」

 

 そう言ってコーラを手に取ると、確かめるように小さな手でキャップに力を込めた。ホント、女子小学生としては変わっている。良い意味でも悪い意味でも理知的で、感情の発露に乏しい。よく言えば年齢以上に精神的が熟していると言えるが、逆説的に早熟とも言える。子供の成長は自身の性格や能力以上に環境に左右されるらしい。麒麟ちゃんはこういう言動を求められてしまうような環境で生きているのだろう。しかし俺に出来ることは無いし、何かをするつもりもない。所詮は暇潰しの会話を楽しむ他人同士だしな。

 

「サボりは初めてか?」

「ん。そうね。人生では二度目ね」

「一度目はどうだったんだ」

「先週ね。ゲームセンターという場所に行った。でもお金が無かったからすぐ引き返したわ。退屈な場所だったわね」

 

 口ぶり的に行ったことが無かったのか……? 普通、家族やら友達同士で一度は行ってその騒音に顔を顰める経験をしそうなものなのに。

 

「で、これが二度目と。感想はどうだ?」

「今のところは10段階評価なら7ね。退屈ではないし、愚かだけど似た境遇の男とも知り合えたし」

「光栄だな」

「でしょ」

 

 でしょって。

 ドヤ顔で返されても反応に困る。お世辞だって。

 

 そこで会話が途切れる。元々小学生と高校生、しかも男子と女児。趣味嗜好が違えば、本来会話が捗るべくもないペアなのだ。

 知らぬ間に隣に座っている麒麟ちゃんに目をやる。

 麒麟ちゃんは何食わぬ顔でコーラを飲みながら空を見ていた。横顔はさながら西洋の絵画。金髪だし、ゴスロリドレスだし、全身を見ても精巧な西欧人形みたいだった。現時点でも美少女、将来的には更なる美少女として名を馳せてもおかしくない。さぞクラスでも人気だろうと推察される。

 

「友達とかいないのか?」

「突然なに。ブーメランでも投げたかった?」

「いや俺には友達はいるぞ」

「ダウト。友達いるんならそんな陰気な顔しないでしょ」

「見解の相違だな。これは生まれつきだ」

「顔つきって言うのはこれまで生きてきた経験が染みついて出来るらしいわよ。つまり貴方の人生は友達もおらず、クラスメイトからはハブられ、成績もドベで運動も出来ない。同情に値するわね……」

「勝手に慮って勝手に同情するな。女子小学生に憐憫の眼差しで見られると流石に凹む」

「ご褒美?」

「違う」

 

 麒麟ちゃんは年齢相応に細い枝みたいな首を傾げた。

 というか何でそんな知識があるんだよ。男子ならともかく女子小学生がそういう知識に触れる機会なんて早々ないだろうに。

 

「全く。何故そんな俺に当たりが強いんだか」

「別に。理由なんて無いわ。これがデフォルトよ」

 

 麒麟ちゃんはコーラを一度口に含むと、変わらない無表情でそんなことを宣う。強気な性格なのは分かっていたが、どうもドSの兆候すらあるらしい。赤の他人とはいえ、この年からそんな性格傾向なのは若干心配だ。

 

「それはどうかと俺は思うぞ。学生生活は人間関係とは切って離せないから友達は大事にな」

「友達というのは対等という条件があって初めて成り立つ関係性よ。それでそこらの小学生が私と対等? ふん、笑わせてくれるじゃない」

「笑っちゃうのかよ……俺が言うのは身不相応だが人間関係はちゃんと考えた方が良いぞ」

「要らないわよあの程度のコネクション」

「もしかしたら将来的には高名な学者になるかもしれないだろうに。可能性を無意味に唾棄する方が愚かなんじゃないのか?」

「言ってくれるじゃない、ぼっちの癖に」

「だから俺はぼっちじゃない」

 

 何で麒麟ちゃんは俺の社交性が絶望的であること前提に交友関係が絶無であることを信じて疑わないんだろう。初対面のはずだよな?

 時間を確認すると、既に午後二時。この公園で屯し始めて一時間も経っていたみたいだ。そろそろ暑くなってきたし、公園にずっといるのも飽きてきた。サボってた分の勉強だってしなきゃならない。

 

「まあ、いい。俺はそろそろ行く。あんまりサボりすぎないようにな」

「ちょっと、行くって何処に?」

「喫茶店とかどっか、室内に。俺は凡人だからな、サボった分の勉強はやらないと成績に影響する」

 

 俺は腰を上げる。図書館、或いは喫茶店が次の目的地だ。ひんやりと空調の効いた空間でコーヒーでも啜りながら参考書を開くか、と思いながら歩を進めようとすると麒麟ちゃんが「待ってよ」と声を上げた。何かと思えば、麒麟ちゃんも同じように立ち上がって、ゴスロリドレスのベンチに付いていた部分を手で払う。

 

「じゃあ私も行くわ」

「……なんで?」

 

 当然のように着いて来ようという意思を見せつける麒麟ちゃんに俺は思わず疑問符を頭上に浮かべる。

 

「暇だもの。いいでしょ、ねえ。勉強教えるわよ?」

「教えるって言われてもだな」

「勉強には自信あるもの。理数と英語なら学部レベルはあるから高校レベルの勉強くらい、余裕で教えられるわ」

「あのな。女子小学生に勉強を教えられる男子高校生の気持ちとか考えたことはあるか?」

「無いわ」

「だろうな……」

 

 麒麟ちゃんは自信満々を体で表すみたいに腰に手を当てた。別に個別指導されるほど勉強が出来ないわけじゃないけどな……。ただ当人は赤いランドセルを背負って凄いやる気になっているから、年上として安易に断るのもどうかと思ってしまう。

 

「取り敢えず料金はアイスでいいわよ」

「しかも対価求めてくるのかよ……」

「何事も対価は必要よ? そうしないと私も貴方の成績に対する責任を持てないわ」

「持たなくていい。小学生に俺の成績の責任とか負わせたくないし負われたくもない」

「つれないわね。まあいいわ、行くわよ義明」

「結局来るのかよ……しかも名前呼び捨てってお前な」

「偽名を名乗るような人間なんて呼び捨てで十分だわ」

 

 ふん、と生意気に息を吐いた。俺は一応年上なんだけどな。

 斯くして早熟女子小学生と凡人男子高校生によるサボりパーティーが結成された。

 

 

 




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2話 甘いモンブランと世知辛い社会

更新通知から来た方はすみません。
こちらは長かった一話を分割した後半の話となっております。内容は同じです。


 

 

 この街で喫茶店へ行くとなると選択肢は幾つかある。その中で選択するとなると、やたらと個性的で単価の高い個人店よりも安価な駅前のチェーンで済ませようと思うのは順当な判断だった。高校生の懐事情はそう暖かいものではなく、年中亜寒帯なのもこの選択を後押ししていた。

 

 四人掛けのテーブルを取って、その上に勉強道具を並べる。脇には俺のコーヒー、それから麒麟ちゃんのリンゴジュースとモンブランがセットされている。

 

「料金アイスだけじゃなかったのか? いつ値上げされたんだよ」

「し、仕方ないじゃない。美味しそうだったからつい……ごめんなさい」

「あ〜何だ。こうは言ったが買ったものは仕方がないからな、あんまり気にすんな」

 

 罪悪感が胸中にあるのか、麒麟ちゃんは頬を林檎のように染めながらしおらしく首を下に垂らした。

 まだ出会って間もない関係値だが、麒麟ちゃんがこうして素直に謝るのは珍しいことだけは分かる。普段はプライドがそこそこ高く、自信家だ。しかし年相応の未熟さもある、そう考えると微かに微笑ましく思える。それはともかくモンブラン660円は財布に痛烈なダメージだった。

 

「ふーん。高校一年生なんだ」

 

 麒麟ちゃんは俺の教材を見て、納得したように小さく呟いた。

 

「まあな」

「微積分とかはまだやらないのかしら」

「そりゃ高校二年の区分だろ。中高一貫とかならともかく普通の高校は一年生じゃやらないぞ」

「なーんだ。詰まらないわね……大学の入試問題とか解いたりもしないの?」

「だから高一だっつの。高校入ったばっかで大学受験の問題なんて解いてるわけないだろ」

「これじゃ私の出る幕も無さそうね。ちぇ」

 

 何が「ちぇ」なのか。勝手に着いてきただけだろうに。

 麒麟ちゃんはモンブランをフォークで割きながら、俺がひたすら問題演習を繰り返す様を眺める。時折退屈そうに目を細めては使ってない参考書を手に取り「なーんだ。こんな問題、簡単ね。随分とレベルの低い高校に通ってるのかしら」と呟く。天然煽り……それとも意図的に言葉に出しているのか? どちらにせよあんまり褒められた言動じゃない。ただ俺から注意をするのも気が引けるので問題に取り組んでいる体で聞こえていないフリをしておく。

 

「義明~。暇なんだけど」

 

 30分ほどするとモンブランも食べ終え、リンゴジュースも飲み終えた麒麟ちゃんが暇そうに足をパタパタさせる。その仕草は年齢相応に幼い。

 

「暇って言われてもだな。俺は見ての通り忙しいから相手をしてやれない」

「何よ。見てる限りだと全然問題なさそうじゃない。問題も解けてそうだし。ちょっとくらい会話に付き合いなさいよ」

「勉学に関しては継続が命だからな。支障にならない程度には毎日続けてるから一定の学力はあるという自負はある。だが一度でも止めれば直ぐに錆びつく。だからまあ、何だ。このページが終わるまでは待っててくれ」

「むぅ。仕方ないわね……」

 

 仕方ないという感想を抱くべきは寧ろ俺の方だと思うのだが、小学生に論理を求めるのも酷な話だろう。……問題も解けてそう、か。

 麒麟ちゃんは俺の言葉をしっかり受け止めたようだ。それからは文句を言うこともせずに黙って俺の参考書を読んでいた。怜悧な視線で日本史の参考書を眺めるその様子は中学受験をする子供みたいな雰囲気すら醸し出している。我ながら言い方が不器用だな。何を俺が言いたいと言えば、麒麟ちゃんの参考書を読むその様子は非常に真面目だった。興味本位に浅く文言を眺めているというよりも、一つ一つ文章を頭に入れて咀嚼し、海馬に刻み付けようとしている。そんな人間のする表情だ。高校の学習領域だというのに。

 

 少しして、問題演習を終えてノートを閉じると麒麟ちゃんも同じくして顔を上げる。

 

「やっと終わったの?」

「ああ。まあな」

「じゃあ暇潰しに付き合ってよ」

「はいはい。お嬢様は我儘でございますね」

「茶化さないでよ」

 

 俺の言葉が癪に障ったのか顔を若干斜めに逸らした。

 

「そうだ。麒麟ちゃん。麒麟ちゃんは何で学校サボったんだ?」

「麒麟ちゃん麒麟ちゃん五月蠅いわね。全く、私はその呼び名を認めた訳じゃないんだからね」

「だが俺はお前の名前を知らない。もしかして教えてくれる気になったか?」

「冗談は程々にして。私、隠蔽体質だから」

「自分で自分のことを隠蔽体質とか言う人間、初めて見たが……。それで、どうなんだ。勿論興味本位で聞いただけだから教えたくないっていうなら無理に聞こうとは思わない」

「別に良いわよ。個人情報でもないし」

 

 個人情報に対するリテラシー高すぎるだろこの子。

 俺がコーヒーを傾けている間に麒麟ちゃんはそっと前髪に触れ、前後に動かしていた足を止めた。

 

「私、告白されたの」

 

 そう切り出した声のトーンは、先程までの声より数段低かった。

 

「相手は同じクラスの男子よ。いつもクラスの真ん中にいるような人で、告白される前から何となく私を見る視線が変になってたのは自覚してた。まあ、私って可愛いし」

「それを自分で言うのか……それで返事はしたのか?」

「勿論。面倒事を引っ張る性分でもないしね。サクッと断ったわよ」

 

 麒麟ちゃんは淡々と言い切る。本当にその男子生徒に興味が無かったのだろう。確かに麒麟ちゃんはそういうところはサバサバしているように見えた。ぼっちだし。解釈一致だ。

 

「でもそれからはもっと面倒なことになったわ。具体的にはやっかみね。主に女子からの圧力が強まったの」

「それでクラスでの居場所が無くなった、ということか」

「認めるのは癪だけど全くその通りよ。上手く女子集団に取り入って解決するのも考えたけど、元来人間関係って面倒じゃない? だから今日だって戦略的撤退をしてきた、それだけなの」

 

 なるほど、事のあらましは大方理解できた。麒麟ちゃんみたいにドライな小学生ならば現状を放置してもおかしくない。

 

 麒麟ちゃんの境遇を聞いた俺の感想はといえば、ありそうな話だなという他人事なものだった。

 面白くない話だ。クラスの人気者から好かれ、自由意志の下に断ったら女子のクラスメイトから邪険にされる。俺にはそういう経験は無いが、そうなった場合、対応に苦慮するのは想像に易い。これから一年間同じ空間で過ごさなくてはならないのに、こんなことになれば俺だって怠いし逃げる。人間関係の拗れを解消する一番簡単な方法は社会から身を引くことだ。そうすれば他からの干渉は最低限で済むし、自分も動かなくいい。省エネだ。

 当然、褒められた方法ではないのは俺と言えど理解している。社会不適合者と言われるだろう。それでも俺や麒麟ちゃんのような、不器用で対人能力に難があれど社会で生きていくしか選択肢のない人間はこうするしかない。

 だから俺は麒麟ちゃんのその逃避を肯定する。人に人の生き方を否定する権利なんて無いのだ。

 

「一応悩み相談の体裁になってしまったから聞いておくが、麒麟ちゃんはどうしたいんだ」

「どうも。これでいいわよ。面倒臭いことにはノータッチ、これが私の座右の銘だから」

「その年齢でとんでもない座右の銘だな……」

「悟っていると言ってくれない?」

「何と言うか。小学生の社会も大変なんだな」

 

 諦めるという決断は酸いも甘いも嚙み分け始めた中学生くらいから身に付く能力のはずだが、目の前のこの少女は幼くして既に身に着けているらしい。身に着けてしまっていると言った方が正しいか。そのくらいの年齢ならば感情に流されるがまま様々な挑戦にひた走る真っ盛りの頃合いだ。元々麒麟ちゃんは大人びているとは思っていたが、これはその認識を更に強める必要があるな。

 

「それで、そっちはどうなのよ」

 

 麒麟ちゃんは俺の言葉を無視して口を開いた。

 

「どうって言われてもだな」

「サボってる理由、あるんでしょ? 私は答えたのよ。そっちの事情も聞かせなさいよ」

「事情なんて1ナノも無いんだがな……」

 

 サボっている理由か。無いとは思うが、一応自分の頭の中を整理してみる。

 別に俺は学校が嫌いなわけではない。虐められているわけでもなく、勉学を苦手としているわけでもなく。通っている学校のクラス内でも俺は至って普通の学生である。

 学校には友人だっている。友人、という単語を用いるには少々普遍性の枠から逸脱した特殊な関係性ではあるものの、じゃあ別の言葉で換言できるかと言えば否となる。まどろっこしい言い回しをしてしまったが、ともかく彼女は友人には違いない。それも小学生以来、既に9年来の交友関係すらある。よって学校生活が孤独で辛いからサボった、といった事情も存在しない。

 

 周囲の環境を並べれば外的要因ではないことは明らかだ。つまり俺の感情がこの行動を牽引しているはずだ。だがどれもしっくりこない。厳密性をかなぐり捨てて、最も近似値を取った表現を述べるならば俺は空を見たかった。それも不意に視界に入る空ではなく、視界一面が青く白く染まった大空が見たかった。論理性が皆無なのは自覚しているが、思いつく限りだとそれしか出て来ない。

 

 まあ。

 そんなことを言っても麒麟ちゃんに呆れられて終わるだろうから適当に誤魔化すことに決めた。

 

「麒麟ちゃんに一つ良いことを教えよう。高校生は案外無責任で適当で子供だ」

「は、はあ……それとサボりに何の関係が?」

「そういうことだ。これ以上は言わないぞ」

「私は教えたのに……ケチ。ケチ野郎。カスゴミ。年中頻尿パッパラパー」

「おい。どんな罵詈雑言のセンスしてるんだ。特に一番最後」

 

 小学生にしては豊かすぎる罵倒センスに一瞬思考が停止しかけた。その現実的に使うには気が引けるほど下品な語彙力はどこから吸収したのだろうか。見た目瀟洒な美少女で、言動も理知的に見えるのに。

 

「もういいわ。教えたくないんなら私は聞かない」

「教えたくないって訳じゃないんだが……自分でも理由は分からないんだ。悪いな」

「自分のことなのに?」

「高校生って言うのはそういう生き物だ。思春期に入った生命体は大抵自分のことを客観視出来なくなる病気を患う。俺もその患者の一人なんだ」

「中二病? 女の子に足蹴りされるのはご褒美です、みたいな」

「断じて違うしそれは中二病とは少し違う」

「それとも、我が漆黒たる豪華の焔に刮目せよ下々共、みたいな」

「正確な表現に修正されたがそれはともかく俺は違う」

 

 度々思ってはいたが、どこからそんな言葉を覚えいるのかソースが気になるところである。可能性として最もあるのはネットだろうか。昨今、適当なウェブサイトを開けばすぐにR18広告が流れる時代だ。つまりそういう知識の集積場だ。麒麟ちゃんが何となくでクリックして覚えてしまった確率は低くない。ただ、だからと言ってここまで言動に影響されてしまったら最早ミーム汚染の領域な気がしてならないが。他人事ながら将来が心配である。

 

「麒麟ちゃん、あんまりそういう語彙を使うのは良くないと俺は思う。そういう言葉を教えてくれた人とは縁を切るべきだ」

「お父さんと……? 難しい話ね……」

 

 そう言って悩まし気に顎に手を置いた。なるほど。元凶は父親らしい。根本から原因を断つのは中々難しそうだ。

 

「でも距離感で言えば遠いわよ。お父さんはあまり帰って来ないし、お母さんも学会で忙しいから二か月に一回しか帰って来ないもの」

「じゃあ基本的には一人で生活しているのか?」

「ええ。私賢いからそのくらいは出来るわよ」

 

 何の気なしに言う麒麟ちゃんに、俺は思わず目を一度瞑った。

 それは、世間的にネグレクトというやつじゃないだろうか。ちょっと聞いただけでも複雑な家庭状況なのが伺える。小学生になる娘を一人で放置とか倫理的にどうかしているとしか思えない。

 だが麒麟ちゃんはその現状を苦とも思っていないように見える。少なくとも家族に悪い感情を抱いていない。いや、考えてみればそれは当然のことだろう。相当な何かが無い限り、人が自分の家族を嫌うことは中々無い。書籍からの情報だ。俺は分からないから、そう言った場所でインプットした情報がこういう時に役に立つ。

 然るに、下手に正義感に駆られて他所の家庭内事情に踏み入れるのは得策ではない。麒麟ちゃんに一般論を諭したところで、どうでもいいとばかりに会ったばかりの俺の言葉なんて容易に切り捨てるだろう。ここはスルーするのが定石だ。

 

「そうか。だが料理には気を付けろよ。火と包丁は危ないからな」

「大丈夫よ。ご飯はいつもカップ麺だもの」

「……それは」

 

 女子小学生には相応しくない発言が飛び出してきて、言葉が詰まった。

 確かに家事が出来るとは言ってなかったが……それでもカップ麺はあんまりじゃないだろうか。

 

「毎食そうなのか?」

「給食以外はそうよ。味のバリエーションは結構あって飽きないし、手軽だから」

「だが健康に悪い」

「若いから大丈夫よ。こう見えてもまだ10歳なんだから」

 

 いや、麒麟ちゃんはどう見ても10歳にしか見えないぞ。とか返答するのは止めておく。話が拗れたり麒麟ちゃんの機嫌を損ねさせるのは本望じゃない。面倒臭い。

 

「せめて納豆を食べた方が良い。今の不健康は将来の身体的成長に影響するぞ?」

「やだ、セクハラ?」

「今のは純粋に心配しただけなんだが……」

 

 だから自分の身体を抱きしめるのは止めろ。俺が凄い目で他の客に見られてるだろ。そんなに俺をロリコン以上性癖者に仕立て上げたいのか?

 

「義明はどうなのよ。一人暮らし?」

「そうだな。今はそうだ」

「へー。炊事できなそう」

「簡単な料理くらいなら作れる。焼く、煮る、炒める。それさえ出来れば大抵の料理は出来るからな」

「嘘だー。そんな私が凄い凄い可愛い女の子だからってホラ吹かなくてもいいのよ」

「吹いてない。可愛いのは否定しないが」

「え、ホント? でもごめんなさい……私会ったばかりの人と付き合うほど尻は軽くないから」

「何故告白したと思ったんだよ」

 

 そもそもお前は尻軽いだろ、小学生なんだから。と言ったら本物のセクハラになってしまうのが明確に分かるので出かけた言葉を喉の奥底に押し込めた。言葉の取捨選択は社会的生物としての基本だ。

 改めて見るが、麒麟ちゃんの容姿は浮世離れしている。日曜日朝にやってるアニメから飛び出してきたような、整った目鼻立ち。小川のようにさらりと流れる金色の長髪。沖縄の海を連想させるコバルトブルーの瞳。アイドルとしても最前線でやっていけるだろうと思う。モテるのも当然だ。

 

 しかし、食生活がそんなんじゃその輝きも燻ってしまう。そんな気がする。

 

「小学生だから無理にとは言わないが、簡単な料理くらい覚えた方が良いと俺は思う」

「簡単な料理って何よ。カップ麺以上に簡単な料理はこの世界に存在しないわ」

「一旦カップ麺からは離れろ。野菜炒めとか、カレーとか、パスタとか。そういうものから始めればいいんだ」

「私、料理出来ないからパスよ。天才にも不得意はあるわ」

「早々に諦めんな」

 

 麒麟ちゃんは仏頂面でひらひらと右手を左右に振った。麒麟児を自称する癖にそこだけは諦めが速いなおい。

 

「だったら義明が私の料理作りなさいよ。それだけ宣うんなら自信あるんでしょ? どうせ不味いんでしょうけど毒見くらいはしてあげる。まあ首を縦に振らないのは」

「いいぞ」

「わかってるけど……ってえ? え?」

 

 俺が了承の意を示すと麒麟ちゃんは幽霊でも見たかの如く目を丸くして驚いたような顔をした。

 

「いいの?」

「勿論毎日じゃなくて、今日だけだ。それに順当に考えたらその言葉はこっちのセリフだと思うが……。俺みたいな知らない人間と二人きりになるのは親御さん的にも良くないんじゃないか?」

「二人とも滅多に帰って来ないし、何より私、お父さんに『性欲の薄そうな人間と仲良くしなさい。キノコヘアーとかは駄目だからな。絶対に駄目だからな?』って言われてるもの。義明なら大丈夫よ、お父さんも認めてくれるわ」

「非常に複雑な気分だ」

 

 男として見られていないのは別に構わないが、女子小学生から性欲が薄そうと思われるのは何だか嫌だ。性欲が強いと思われるのも嫌だが。何よりこの子の父親はよくこんな純粋な少女に汚い世俗の知識を吹き込めるな。本当に自分の娘と思って接しているのか疑問だ。

 

 溜息を吐くと、麒麟ちゃんは猫みたいに目を細めて笑った。

 

 

 



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3話 麻婆豆腐は中辛でも意外と染みる

PS.一話を分割しました


 さて、料理を作るとは言ったものの料理は外では作れない。レンタルキッチンなんて洒落たものはこの街には無く、当たり前だが飲食店のキッチンを借りることも出来ない。よって俺か麒麟ちゃんの家の二択だった。

 料理を作るだけならばどちらでもいい。しかし女子小学生の家に招かれるか、女子小学生を家に招くか。その二つのどちらがよりリスクが少ないかと比較検討すれば、間違いなく後者だ。前者の場合麒麟ちゃんの近所の人に目撃されたら何かと勘違いされる可能性もある。その上滅多に帰宅しないとは言えもし麒麟ちゃんの両親が帰ってきたら俺はベッドの下に隠れると隙を見て窓から逃げる、なんて昔のラブコメみたいなことをせざるを得ない状況に追い込まれる可能性が多分に存在する。ならばまだ自分の家に招いた方がマシだ。

 

 ただそうなると今度は麒麟ちゃんの負担が重くなる。年上の見知らぬ男の家に行くなんてどう考えてもストレスが溜まるシチュエーションだろう。

 そう思って聞いてみれば「別に構わないわよ。料理を作るだけじゃない。何をそんなに警戒してるのかしら。やっぱりロリコン?」と表情一つ変えずに男らしいことを言ってきた。俺は了承の意を首を縦に振ることで示して、取り合えずロリコンではないということを改めて念入りに説明しておいた。メスガキと言う概念があるらしいが、麒麟ちゃんはある面ではその一側面を持っているのかもしれない。面と向かって言うことは出来ないが。

 

 俺の家は一軒家だ。建売住宅だったために、敢えて説明するような家としての特徴は持っていない。2階建てで、部屋数は6つ。一人で暮らすには十分すぎる広さを保持している。

 

 喫茶店から大体15分。俺の家までの所要時間である。

 麒麟ちゃんは俺の家を見て、まあまあね、とか呟いた。まあお前の家よりはしょぼいだろうな。恐らく。

 

「じゃあ早く入りましょう。五月だというのに熱くて敵わないもの」

「何でお前が率先してんだよ……」

「いいじゃない。それより鍵開けてくれない? 私、他人の家に入るの初めてだからドキドキしてるの」

「ドキドキしている人間はそんなに急かさないからな」

 

 早まった判断をしたかもしれない。麒麟ちゃんが俺の家で悪行を働くとは思えないが、何と言うか、普通に不安だ。

 軽く息を吐きながら俺はドアを開錠する。

 

「ふーん。綺麗じゃない。お父さんは男の一人暮らしなんてゴミ屋敷だぞし……とか言っていたから期待してなかったけど見直したわ。やるじゃない」

「見直されるほど俺の評価値は低かったのか……」

 

 麒麟ちゃんは何かを言いかけて、誤魔化すように早口で喋った。し……って何なんだか。

 てかそこまで俺は女子小学生に見下されたのか。自信失うな、全く。

 

 パタパタと早足で廊下を進むと、麒麟ちゃんはリビングのドアをスルーして階段を上ろうとした。

 

「おい待て。何処に行くんだ」

「貴方の部屋よ」

「いや何でだ」

「だって気になるじゃない。仏頂面を続ける義明のプライベートがどんなのか」

「仏頂面って……。別に良いが何も無いぞ」

 

 まるで初めて友人の家に来たみたいな反応だな。しょうがない。特に物珍しいものも無い、やらせたいようにやらせておくか。

 俺も学生バックを部屋に置くために階段を上る。上がり切ると、部屋の扉を次々に開け放つ麒麟ちゃんの姿があった。

 

「今の麒麟ちゃん、窃盗犯に見えるぞ」

「それってつまり峰不二子ってことよね。なら良いわよ。美人だし、私も可愛いから通じるものがあるわ」

「俺が良くない。具体的なデメリットは無くとも俺の心情的に良くない」

 

 相変わらず太々しいナルシズムだ。芸能界でもやっていけるぞ麒麟ちゃん。

 

「ほら。俺の部屋はこっちだ」

「この部屋? なんか、つまらないわね」

 

 本当に歯にもを着せない女子小学生だ。

 確かに俺の部屋は簡素だろう。基本的な家具を除けば本やパソコンがあるくらいで、大して目に付くものもないはずだ。だからと言って一目で分かるくらいガッカリされるのも癪だ。

 

「つまらないってお前な……勝手に覗いといて勝手に失望される俺の気持ちを考慮してくれ」

「考慮したけど私、正直者だもの。それに嘘はダメって両親からも口酸っぱく言われたわ。嘘はいけないわよね嘘は」

「噓も方便って言葉、知ってるか?」

「嘘つきは死刑囚の始まりって言葉知ってる?」

「そんな言葉はこの世界に無い。始まりどころか終わってるだろうが色々と」

「ま、飽きたからさくっと料理の方行きましょ」

「……ああ」

 

 言いたいことは星の数ほどあったが、全て口内で抑え込んで俺は階段を下りる。一体全体何だったんだ今のは。

 

「料理って何を作るの?」

「そうだな。作りやすい麻婆豆腐にするか」

「良いわね。やるからには四川省麻婆豆腐が食べたいわ」

「作りやすいって言ってるだろ。もっと俺に遠慮をしろ」

「何よ……言ってみただけよ」

 

 の割には残念そうな表情が隠せてないぞ麒麟ちゃん。それに四川省麻婆なんか食べれるのか? 別に小学生だからどうとか言うつもりは無いが、本格派は普通に大人が食べても辛いと思うんだが。まあいいか。今日はたれは出来合いのやつを使うから何一つ問題ない。

 

「……あれ。一人暮らしなのに二つあるのね、歯ブラシ」

 

 洗面所で手を洗おうとして、麒麟ちゃんは面倒臭いことに洗面台に据え付けられた台に目を付けた。

 これは俺の友人である七崖灯音のものだ。名前の通り女子。同年代なので女子高生である。灯音は俺が一人暮らしであることを良いことに度々訪問してきて、泊まっていくことも珍しくない。その際にちゃっかり自分のものを俺の家に置いていく、さながら彼女みたいな行為をするのだ。本人はどうせまた泊まるからノー問題という姿勢を貫いているが、俺としては要らぬ誤解を招くキッカケになりそうなので是非止めていただきたい。

 とまあ、事情としてはこれだけなのだが。正直にゲロってしまうとスイーツ脳な麒麟ちゃんに何を言われるか分かったもんじゃない。誤魔化すのが吉だろう。

 

「ただの予備だ。あまり歯先も広がってないだろ」

「そうね。それにコップも二つあるのね」

「何を疑ってるんだ、麒麟ちゃん」

「別に」

「おい。何故顔を背ける」

「見たくないものから目を逸らすのは動物の本能だと思うんだけど」

 

 俺は醜いアヒルの子か何かかよ……。

 手を洗い終えると、そのままキッチンへと向かう。

 

「っておい。どうしてソファーで寛ごうとする」

「あら。作ってくれるんでしょ、麻婆豆腐」

「麒麟ちゃんも手伝ってくれ。その方が早く終わるだろ」

「はぁ……分かったわよもう。でも調理は出来ないから私ね」

 

 そう言いつつも何故麒麟ちゃんが胸を張るのか、俺には理解が出来ない。出来ないことに対してはもっとしおらしくするものだと俺は思う。

 

「それで、何をすればいいの」

「取り合えず俺の横に立っててくれ」

「はいはい」

 

 1から作るわけじゃないので、麻婆豆腐の材料はそんなに多くは無い。ひき肉と綿豆腐と麻婆豆腐のタレの入ったパックだけだ。

 包丁を引き出しから取り出してサイコロ上に切って、キッチン台に置かれたサラダ油を手に取る。

 

「まずはフライパンに油を敷いて、温まったら中火でこのひき肉を炒める」

「はあ」

 

 言葉通りに俺は手際良くひき肉を炒めていく。料理は毎日やっているからこのくらい造作もない。

 

「でだ。このように、全体的に色が付いてきたらたれを入れて混ぜる。その後に豆腐を入れてまたかき混ぜる。ここで重要なのは豆腐を潰さないように、柔らかく混ぜることだ」

「何で説明しながら料理してるのよ……」

 

 豆腐を入れたら三分程度煮立たせればオーケーだ。豆腐はそこまで火を入れる必要も無いからな。

 

「最後にとろみ液を徐々に入れながら弱火でかき混ぜる。ポイントは徐々にという部分。粘りを付けるためにゆっくりとやるのがコツだ」

「だから料理番組でもやってるわけ?」

 

 麒麟ちゃんの言葉を無視してせっせとかき混ぜる。そうしてすぐに麻婆豆腐は出来上がった。流石、簡単な料理代表である。

 

「じゃあこれを皿によそってテーブルに持って行ってくれ。俺は卵スープ作ってる」

「良いけど……」

 

 麒麟ちゃんに頼むと、不承不承といった風に頷いた。インスタントの卵スープを作りながらその様子を見守る。手付きを見る限りはそこまで不器用には見えない。然るに、料理を不得手としているのは手先が原因ではないのだろう。

 

「終わったわよ。これで良い?」

「ああ。スープと飲み物は俺がやるから先にテーブルにいて良いぞ」

「そう」

 

 淡白な返事をして麒麟ちゃんはテーブルに並んだ椅子の一つに座った。俺もさっさと終わらせてそちらに行くことにする。

 卵スープと飲み物として麦茶をコップに入れて運び、食卓に並べる。麒麟ちゃんの表情は特に変化はない。

 

「じゃあ食べるか」

「ええ。お手並み拝見と行きましょうか」

「殆ど既製品みたいなもんだけどな」

 

 麒麟ちゃんはレンゲを握ると。麻婆豆腐を掬って口に含んだ。含んだ瞬間、大きな目を勢いよく瞑り、その状態のままコップを手に取ると飲み物を喉に通す。

 

「……か、辛いじゃない。ねえ。辛いわよ。義明」

「そりゃ麻婆豆腐だからな。中辛と言えど、そこそこ唐辛子は入ってるだろ」

「ううっ……お代わり」

「麻婆豆腐をか?」

「お茶をよ!!」

 

 軽く涙目になりながらコップを突き出してきたので仕方なく俺はお代わりを注ぐ。全く、本格四川省麻婆を注文してきた子の言葉とは思えないな。年齢並みに辛いの駄目なんじゃないか。

 両手でコップを掴み、麦茶をごくごく飲むと喉を鳴らした。

 

「とんだトラップよ……意地汚さが出てるわね……」

「辛いのが食べれないのを俺の責任にしようとするな」

「は、はあ? 誰が食べれないと言ったのよ。食べるわよ。このくらい完食するのは訳無いんだから……!」

 

 麒麟ちゃんは意地を張って再び麻婆豆腐を口に入れて、また悶絶した。無理をするからそうなる。辛いのが駄目なら事前にそう言ってくれれば俺だって考えたのに。具体的にはハチミツとか入れて多少はマシに出来たはずだ。

 別に残しても俺としては追及する気も無かったのだが、麒麟ちゃんは本当にそのまま食べきるつもりらしい。物凄い根性だ。何がそこまで麒麟ちゃんを駆り立てるのだろうか。謎である。

 

 一連の流れも見たことだし、俺も食べてみるか。

 レンゲで掬って一口。まあ、いつもの味だなという感想がいの一番に浮かんだ。辛いことは辛いが、顔を顰めたり水を求めるほどじゃない。俺も特段辛さに強い体質でもない、だからこれは無理のない辛さと言える。言うなればスーパーで売ってる徳用キムチにも似ている。辛いことは辛いが、発汗作用が働くほどでもない。

 

 互いに無言で、時折辛さに耐えかねた麒麟ちゃんお茶の代わりを注いだりして、俺は数分で完食する。麒麟ちゃんの方はまだ三割程度の量が残っている。

 

「ねえ義明、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうかしたのか?」

 

 残りあと少しといった段階になって、突然麒麟ちゃんはこつんとレンゲを皿に持たれ掛けさせるように置くと目を糸みたいに細めた。

 

「まさかと思うけど、さっき麻婆豆腐の作り方を解説していたの。アレって私に料理を覚えさせようとしてやった……訳じゃないわよね?」

 

 その言葉と同時にコップに入っていた氷が溶け崩れて、キン、と音を鳴らした。

 探るような瞳なのはそれを質問するためだったのか。ただ、麒麟ちゃんとしても確信を持って言っているわけではなさそうだ。

 嘘と吐くのは簡単だが、まあ、真意を知られて困ることもないだろう。そう考えて俺は率直に言うことに決める。

 

「ああ、良く分かったな。確かにアレは、麒麟ちゃんが自分で料理を作れるよう分かりやすく言ってみた」

「何でそんなことしたの?」

「小学生から栄養バランスの悪い食事をするのは良くないと思ったからだ」

 

 本当の理由はその容姿を曇らせたくない、という我ながら少し変態染みた理由だったりするが並行しておく。流石に面と向かって言って、結果嫌われるのは俺としてもやり切れない。

 

「そんな……余計なことを……」

 

 麒麟ちゃんは俺の発言を聞くと、そう小さく漏らした。ギリッ。歯嚙みする音がした。

 彼女がどんな小学生なのか俺は知らない。てんで知らない。性格に似合わずお節介をしてしまったという感覚も存在している。

 俺は失敗したのだろうか。まだ見ぬ地雷を踏んで、不機嫌にさせてしまったのだろうか。

 

 俺はコミュニケーション能力を欠いていると自認している。だからこそこういう時に掛ける言葉を持てない。言葉にしようとして、やはり違うと思い、思考をリセットしてしまう。

 俺よりも何歳も小さな子相手にこういう状態なのである。非常に情けない。

 

「私は……私はっ! 誰にも教わらなくても出来る、麒麟児なのよ! そんなこと二度としようと考えないで!」

 

 麒麟ちゃんはついには立ち上がって、来た時と同じように早足でリビングから出て行ってしまう。

 と、一旦はドアを出て廊下へと姿を消したのだが、数秒したら戻ってきた。

 

「連絡先っ!」

「……え?」

「連絡先教えて! また明日来るから!」

「お、おう」

 

 圧に押されて反射的にスマホを取り出してしまう。女子小学生に気圧されるとか、俺という人物は本当に押しに弱い。

 QRコードリーダーを使って連絡先を交換すると今度こそ麒麟ちゃんは姿を消した。

 

 ……嵐のような小学生だった。

 麒麟ちゃんは俺の周囲には居なかった人物だ。俺のように傍から見ても根暗で会話を不得手としているわけではなさそうなのに、学校では浮いている様子だった。

 在り方が凡人とは違う。そんな空気を漂わせて、高嶺の花として山陵に咲き誇ろうとしていた。実際に、容姿や出で立ちはそこらで屯って下校している小学生とは一線を画す。良い意味でも悪い意味でも。

 

「また明日、な」

 

 麒麟ちゃんが最後に言った言葉を反芻する。

 その言葉に俺は若干の嬉しさを感じていた。きっと俺は麒麟ちゃんと話すのがそこそこ楽しいのだろうと推測してみる。同時に、麒麟ちゃんの事情に介入したいとも俺は思い始めていた。

 



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