亡国のガリバー (ふーじん)
しおりを挟む

01

 □ある少女にとっての<Infinite Dendrogram>

 

 その日の学業を終えた勢いのまま<Infinite Dendrogram>にログインしたエクスは、脇目も振らず東へ向けて直進した。

 道中にある部族の縄張りや禁足地を避けつつ、軽い足取りで駆け足に進むエクスの表情は明るい。

 遭遇するモンスターを文字通り()()()()ながら、一足で川を跨ぎ、谷を飛び越し、小山を越える。

 最寄りのセーブポイントから目的地までは、エクスの()で走り続けて四半日。地理的に言えば妖精郷の東端に位置していた。

 領域ごとに環境を激変させる妖精郷を走り抜けるうちに、やがて荒野が顔を覗かせる。

 その荒野を数十キロメテルも駆け抜けた先に一際天高く聳える山脈は、辺境ゆえに自然魔力が薄く、峻厳極まる地形のために他種族が寄り付かない廃地だった。

 

 ――或いは流刑地と呼ぶべきだろうか。

 

 ()()を除いて棲まうものはいない、追われ者達の吹き溜まり。

 街も、道も、セーブポイントすら存在しない妖精郷の最果て。

 しかしエクスは、その景色を認めた途端ぱぁと顔を綻ばせ、手を振りかざし叫ぶ。

 

「こんにちはー!!!」

「おおう!!!!! よくきたぁ!!!!!!」

 

 届けた声は耳を劈く大音声。

 返ってきた声もまた、鼓膜を貫くような大音声。

 

 のそりと起き上がった影は――巨大。

 山の上にあって尚山の如く見紛う()()だった。

 

 ◇

 

「はいっ、これお土産! 途中で大物見つけたんだ!」

「ほ、【ギガスワーム】たぁ上物だぁ! よぅっし、こいつぁ燻製にしてやろう! ありがとよぉ、エクスぅ!!」

 

 エクスが【アイテムボックス】から取り出した【ギガスワーム】の肉は、出迎えた巨人が背負って尚引き摺る程の巨体だった。

 その名の通り巨大なミミズといった風体で見た目はグロテスクだが、処理すればなかなかに味わい深い滋味である。

 なにより数少ない巨人の胃袋を満たせる肉ということもあって、彼らにとっては何よりのご馳走だった。

 

「燻製ってはじめてだよね? ねぇローグルさん、見学していい?」

「おうおう、こんなもんでよければいくらでも見てけぇ! こっちだぁ!!」

 

 巨人は、その名の通り身体が大きい。

 小柄な者でも一〇メテルを上回り、長年を生きた巨人にもなると五〇メテルに届くこともあるという。

 そんな彼らだから放つ声ひとつとってもとにかく大きい……というよりはまるで騒音だ。

 まるで瓦礫の崩れるような大音声をエクスはニコニコと間近に浴びながら、引き摺られる【ギガスワーム】の尾を肩に背負って巨人――ローグルの後に続いた。

 

「あっ、そういえばこいつの()もドロップしてたんだった! えっと確か……」

「おおう、そりゃあ朗報だぁ! そいつは格別の肥料になるからなぁ! "御神木"に撒いてやりゃあ、きぃっと大きな実が生るぞぉ!」

 

 言って、ローグルが見据えた先には、巨人をして尚"大きい"と言わしめるほどの巨樹が一つ。

 一〇〇メテルを超える樹高に、疎らに延びた枝。茂る緑は寂しいものの、栄養(リソース)を蓄えればやがて彼ら(巨人)の腹を満たす大きな大きな実を結ぶことだろう。

 

 これら辺り一面見渡す限りの荒野と、ただ一つだけの緑。

 そしてそれを中心に集った、数えるばかりの巨人たち。

 

 その光景を織り成す全てがエクスは好きだった。

 それは最初は単なる憧れとして芽生え、今は生きる実感として彼女の中に根付いている。

 

 エクスにとって巨人たちは、偉大なる先達で何よりも憧れた理想で。

 巨人たちにとってエクスは、想起だにしなかった新たなる同胞だった。

 

 故にだからか、エクスは彼らによく懐いていた。

 そして巨人たちもまた、迫害するでもなく正面から懐いてくるエクスを好んでいる。

 ローグルの()()()()()はある背中を、()()()()()()()()()エクスが子供のように追いかけていく。

 その左手には"山を跨ぐ巨人"の紋章が輝いていた。

 

 彼女の名は、エクス――エクスガリバー。

 

 "大きくなりたい"という夢を求めて<Infinite Dendrogram>にやってきた……少し奇特な<マスター>だった。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人種について

 

 巨人とは、その名が示す通り「巨大な人」のことだ。

 数ある亜人種の中でも特に有名で、多くの<マスター>にとってはエルフや妖精に並ぶ代表格と言えるだろう。

 しかしその知名度に反して彼らの実態は、妖精郷における()()()()の代名詞でもあった。

 

 彼らは大きく、故に当然のように力強いと思われがちだが、そうではない。

 身体能力がステータス値に紐付けられている<Infinite Dendrogram>では、たとえ体格で勝るともSTRで劣れば押し負ける。

 そしてステータスは就いたジョブによって左右され、その巨体故にジョブへの適正が限られる彼ら巨人種族は、他の多くの亜人種と比べて大きく遅れを取っていた。

 

 実のところ妖精郷――レジェンダリアは、決して楽園ではない。

 寄り集まった無数の部族は、それぞれが文化も生態も違いすぎるために小競り合いが絶えず、国を取り纏める中央議会は日夜権益を巡って暗闘が繰り広げられている。

 力無くば武力を以て追われ、発言権すら得られず、顧みられることさえない。

 そして巨人は()()なくせして図体ばかり大きく、食糧も大量に消費する木偶の坊だった。

 ともすれば己が部族の繁栄を第一とする彼らにとって、巨人は邪魔者でしかない。

 

 だから排斥した。

 妖精種族を筆頭とした他種族に苛烈なまでに迫害された。

 いつしか()()()()とまで記録に残されるほど、徹底的に狩られていった。

 実際には幾つかの個体が命からがら逃げ延びていたが、最早誰もその所在を知らぬまでに忘れ去られた。

 

 種族の要となるジョブクリスタルと【宝樹】のみを抱えて這々の体で逃げ延び、誰も寄り付かない廃地に落ち延びた彼ら巨人種族は、そこでいつか本当に滅び去るだけの暮らしを余儀なくされる。

 数を増やすにはあまりに個体数が減りすぎ……なにより種を賄うだけの食糧が得られなかった。

 元より弱さから故地を追われた彼らでは野生のモンスターを狩って糧を得ることすら難しく、狩ったところでドロップで得られる食糧アイテムではあまりに量が足りない。

 その問題を解決し得る一族の至宝たる【宝樹】もまた、土地の自然魔力(リソース)が乏しいせいで結ぶ実の数を年々減らしていった。

 

 子を産む余地などなく、弱った者から死に、残った者もやがて逝くだろう。

 なまじ長命種であるために軽々には寿命を迎えられず、皆無念に苛まれながら果てていった。

 

 他種族への恨みはもちろんある。

 悲しみもまだ癒えてはいないだろう。

 怒りは思い返せばいくらでも燃え上がる。

 

 しかし……だからといって反旗を翻すには、彼らは弱すぎた。

 立ち上がったところで何も成せないから、反抗すら許されず彼らは現状に甘んじている。

 恨みも悲しみも怒りも矛先を失って、屈辱すら過去の記録と成り果てて、いつか風化するに身を任せるだけ。

 

 最早惰性で生きているだけのような暮らし。

 誰からも見放された彼ら巨人種族だったが、ある日そこに一つの新しい風が舞い込んできた。

 

 彼ら長命の巨人種族をして()()と謳われる<マスター>の出現。

 その内のひとりが、歴史の果てに消えた巨人の足跡を追って妖精郷を駆け回り、いつしか本当に辿り着いた。

 ましてやその<マスター>が、彼ら巨人と並び立つ程の巨躯だったときの衝撃は、果たしてどれほどのものだっただろう。

 最早現れることはないと思っていた新たなる同胞、その来訪に、静寂に沈むばかりだった巨人たちは俄に色めきだって彼女を取り囲んだ。

 

 異邦の巨人――エクスは、そんな彼らに対して目一杯の親愛と敬愛を浮かべると一言、「遊びに来た」と笑顔で答えた。

 訝しむ巨人たちだったが、エクスには何の裏も思惑も無い。本当に心底から、彼ら巨人と遊びたくて訪れたのだ。

 

 元よりそれこそがエクスがこの<Infinite Dendrogram>にいる理由だから。

 エクスにとって巨人という生き物は、憧れで、理想で、何よりも焦がれた夢の種族。

 他の誰よりも「大きいこと」に憧れ続けたエクスだったから、彼らの絶滅を信じず、<Infinite Dendrogram>を始めてから実に一年以上もの間彼らのことを探し続けて、ようやくその念願を叶えたのだ。

 

 そのあまりに純粋な好意は巨人たちの心を射止め、エクスは迎え入れられた。

 何もない妖精郷の最果てだったが、彼らの存在こそが何よりの報酬だったエクスにとっても、それはこれ以上無い喜びだっただろう。

 

 こうしてエクスと巨人たちは交流を始め、ゲーム内時間で一年の時が経とうとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 ローグルの指南の下【ギガスワーム】の燻製調理の一部始終を見届けたエクスは、手に入れた【ギガスワームの糞】を仕舞った【アイテムボックス】を携え【宝樹】の下に赴いていた。

 この糞は【ギガスワーム】が稀にドロップするアイテムで、豊富な栄養分(リソース)を蓄えた一級品の肥料だ。

 早い話が()()()()()()である【ギガスワーム】の【糞】は、その名に反して腐葉土のようで異臭も無く汚物感は少ない。

 リアルのミミズがその排泄物で土を肥やすのと同様に、この糞も醗酵の必要なくにそのまま肥料として用いることができる。

 その性質上【ギガスワーム】を生かしたまま土に放ったほうが断然滋養効果も高いのだが……腐っても純竜級モンスターである。テイム難易度は高く、野生のまま飼育しようとしても先に【ギガスワーム】の(くそ)と成り果てるのがオチだ。

 ――そうローグルは笑い飛ばした。調理中なのに。デリカシーが無いのは巨人の性質か、あるいは彼だからか。

 

 ともかく。

 懸命に実を結びそうとしている"御神木"の一助となるべく、エクスは【宝樹】の下に推参した。

 【アイテムボックス】に収納された糞は、大樽を一〇並べてなおも足りぬ程に多い。生産者である【ギガスワーム】の大きさが伺えるというものだ。

 これだけあれば間違いなく【宝樹】にとっても栄養になるだろう。【アイテムボックス】がまるまる一つ犠牲になったが安いものだ。(当然ながらまがりなりにも排泄物を収めた【アイテムボックス】を使い回すほどエクスは不潔ではない)

 

 巨人をして見上げるほどの【宝樹】の下には先客がいた。

 縮れた灰色の髭を長く伸ばした、この隠れ里でも一番の巨人。

 五〇メテル超を誇る巨躯の彼の名はベルーゲル。その体格が示すように里の巨人の最年長にして長老格だった。

 

「懲りずにまた来やがったか、小娘。まぁいい、来たんなら手伝ってけ」

「そのつもり! これってどこに撒けばいいかな?」

「根の先をちょいと掘り起こしてから混ぜてやりゃあいい。見てろ……」

 

 巨人サイズの園芸鋏を手に枝を剪定していたベルーゲルが仏頂面で答える。

 やや人嫌いな風の態度だが、これが彼の地であり、別に不機嫌なわけではないことをエクスはとっくに知っていた。

 スコップを手に説明通り浮き出た樹根の先を掘り起こし糞を撒いた彼に続いてエクスがスコップを受け取る。

 彼が握ればまるで片手サイズのスコップも、エクスからすれば身の丈の半分ほどもある大物だ。

 残る樹根の先に切っ先を突き立て、足で踏み込んで掘り起こしてから糞を撒けば、「まぁいいだろう」とベルーゲルが及第点を示した。

 

「見えるか、この樹の天辺が」

「んーん? ちょっと今のままじゃ見えないなぁ……ちょっと失礼するね」

 

 一頻り管理作業をこなした後、そう徐にベルーゲルが問うた。

 ベルーゲルが指し示した【宝樹】の頂きをエクスが()()()()()、そこには大きな……直径にして一〇メテルはある果実が鎮座するように生っていた。

 樹からして規格外の大きさなせいで縮尺が狂って見えるが、通常の人間からすれば途方も無い大きさである。

 思わず指で突こうとしたエクスをベルーゲルの一喝が遮り、彼女は縮こまりながら彼の言葉に耳を傾けた。

 

「この樹は土地の自然魔力を蓄えて、ゆっくり、ゆっくりと実を結ぶ。大体一〇年に一度くらいか。今でこそこんな周期だが、かつては年に一度は生っていた」

「今はそうじゃないのは、自然魔力が薄いから?」

「そうだ。数ももっと沢山生った。年に一度、一人一つずつこの実を食すことで、儂らは随分と腹を満たすことができた。……それでも飲まず食わずってぇわけにはいかん。どうしても他の糧を食う必要があって、それはやはり膨大だった」

 

 そうして始まるベルーゲルの昔話は、エクスが彼の元を訪れたときの常だった。

 巨人と他種族との確執に始まる因縁も、エクスは既に幾度となく聞いている。

 それでもなお語らずにはいられぬ昔語りは、巨人種族に共通する苦悩と悲哀の歴史に違いない。

 

 しかしやや不謹慎だが……歴史の当事者たる巨人たちの語る昔話が、エクスは好きだった。

 最早語り継がれることも、語り継ぐ相手もいない歴史の彼方に消えようとしている巨人種族。

 その唯一の後継としての優越、伝承を肉付けしていく生々しい語り口……そこに込められた彼ら巨人種族の魂そのものを伝授されているようで。

 

「……ふん、今日はここまでにしておくか。それより小娘、近く【宝樹】も実を結ぶ。おまえも食っていくがいい」

「いいの!?」

 

 いつも通りの言葉で締め括ったベルーゲルがそう伝え、エクスは目を輝かせて食いついた。

 ベルーゲルは相変わらずの仏頂面で腕を組み、「構わん」とエクスの視線から目を逸らして答える。

 

「どうせ儂らだけで食うには多すぎる。それに二つ以上は()になる。日持ちもせん。残った実は腐って落ちて、樹の糧になるだけだ」

「やった! じゃあ楽しみにしてるね! あとどれくらいかなぁ」

「一月もかからんだろう」

「じゃあしばらくはこっちに住んでていい? その間外で狩りもしてくるから! ねっ、いいでしょ?」

「ふん、好きにしろ。精々モンスター共を引っ掛けてこねぇことだな」

 

 その忠告に首肯しながら、エクスはとびきり大きい獲物を沢山狩ろうと決めた。

 皆が腹いっぱいになれるほどの糧を用意して、大盛りあがりの中で【宝樹】の実を頂くために。

 

 そこまで考えて、ふとエクスは問うた。

 

「そういやさ、お爺ちゃん」

「なんだ」

 

 エクスは葉陰に隠れてもう見えない実を見上げながら、小首を傾げて。

 

「やっぱりこの実って、美味しいのかな?」

「うむ? ……考えたこともなかったな」

 

 ベルーゲルは長い顎髭をしごきながらそう言って、しばし黙考した。

 彼らにとって【宝樹】の実は存続に必要不可欠な最低限の糧であって、味の優劣を競うものではなかったからだ。

 しかし改めて問われると考える余地が生まれ、もう長らく食していない実の味を思い浮かべて。

 

「――だが、そうだな。魂の味ってぇのは、これのことを言うんだろうさ。これが儂ら巨人の魂よ」

 

 紛れもなく巨人種族の命の支えである【宝樹】の幹を撫でながら、僅かに口の端を歪めて言った。

 

 

 To be continued




(・3・)<主人公の名前の由来や<エンブリオ>、ジョブなどの詳細は後程
(・3・)<名前のほうはまんまだし、<エンブリオ>も大体察し付くだろうけど
(・3・)<あと例によって捏造設定てんこ盛りです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02

 □<番兵山脈>・東部領域

 

 大陸南西部に広がるレジェンダリアの国土、その東南端から南端にかけて聳える山脈がある。

 標高四〇〇〇メテル以上を誇る雄峰が両端まで絶え間無く連なり、ここを境界に妖精郷の国土と外界を区切り、その急峻と高地に適応した強力なモンスターによって人々の往来を塞ぐために<番兵山脈>の名で呼ばれていた。

 ここを初めて訪れたときのエクスは「まるで地球のアルプス山脈みたいだな」と、習ったばかりの授業内容と比較して感嘆したものだが、立地からしても概ねそのようなもので間違いはない。

 

 大陸北方に跨る<厳冬山脈>ほどではないが未踏の領域であり、訪れる者は少ない。

 それというのも妖精郷の中心部とは比較にならないほどに自然魔力が薄く、さりとて外界の民からすればレジェンダリアの大地から漏れ出る自然魔力の名残が山脈に天候不順を齎し、更に付け加えれば鉱物資源の類にも乏しく、誰にとっても()()が無いのがその理由だった。

 

 その<番兵山脈>のとある盆地に、巨人種族の隠れ里はある。

 妖精郷の何処からも追われ追われて、数を減らしながらの逃避行の果てに流れ着いたのが、この自然魔力の乏しい山岳だった。

 価値がないとして国土を追われた彼らが安息を得られたのが、同じく価値がないために見向きされなかった僻地であったのは皮肉であろう。

 しかし妖精郷の外で生きる術を持たず、さりとて中央でも暮らせなくなった彼らにとっては、此処こそが最後の安住の地だった。

 故に長い年月をかけて山脈の一部を開拓し、一族の宝たる【宝樹】を苦心の末根付かせ、人目に触れぬよう息を潜めて暮らしている。

 

 とはいえ今や一〇年に一度しか採れぬようになった【宝樹】の実だけでは食っていけないから、時折危険を押して狩りに出る必要があった。

 そこで狩場となるのが<番兵山脈>でも外界側に面した東部領域であり、ここに一定時期だけ営巣する怪鳥種を狩るのが狩人たちの倣いであった。

 

「よしきた、【ハイランダー・アルバトロス】だぁ……よぅし、動くなよぉ……」

 

 岩陰に隠れながら山肌に羽を休めた怪鳥を認めたのは、隠れ里でも一番の狩人であるローグルだった。

 里でも数少ない上級職に就けた巨人の一人であり、【大狩人】でもある彼の愛用の弓が、キリリと音を鳴らして引き絞られる。

 彼の体格に合わせて作られた弓はさながらバリスタの如き威容を誇り、それに見合う長大な矢を番えながら機会を今か今かと待ち望み……

 

「っ!」

 

 獲物が番と抱卵を交代しようと間際の一瞬を見逃さず、一息に矢を放った。

 【ハイランダー・アルバトロス】は図体こそ二〇メテルは下らない大型の怪鳥ではあるが、その性質は温和……というよりも愚鈍で、強さで言えば亜竜級の下位に準じる。

 飛び立つために助走を必要とし、飛翔速度も決して高くはなく、しかし得られる糧だけは多いために、これらが営巣する時期は<番兵山脈>に隠れ住む巨人にとって格好の猟期だった。

 

 果たして風を切って翔ぶ矢は狙い過たず【ハイランダー・アルバトロス】の首に突き刺さり、急所を抉られた獲物は間もなく光の塵と化してドロップアイテムを遺した。

 驚いた番が慌てて斜面を駆け下りるのをローグルは見送り、置き去りにされた卵とドロップアイテムを認めてにんまりと笑む。

 

「よぉしよし、今回は運がいいなぁ! デケェ胴が丸々残ってやがるぞぉ、卵も無傷だぁ」

 

 巨人は少しでも多くの糧を得るため、狩りに出る者は皆必ず《解体》スキルを覚えていた。

 里一番の狩人であるローグルも当然覚えており、スキルレベルも己の才覚が許す最大まで上げている。

 その甲斐あってか遺ったドロップアイテムも肉がたっぷりと付いた胴の部分で、【ハイランダー・アルバトロス】のサイズであればこれ一つで五人分の食糧にはなるはずだ。

 

「相変わらずいい腕だね、ローグルさん!」

「なんの、おめぇには負けるさぁエクス!」

 

 ほくほく顔で肉と卵を拾ったローグルに、(ましら)の如く降り立ったエクスが称賛を送った。

 

「おれはこれで二〇と五羽だぁ。そっちはどうだい?」

「五七! 一番怖いのはやっぱ地形かな。モンスターのほうは油断してなければへーき!」

 

 エクスもまたローグルと同様に狩りへ赴いていたのだが、弓を背負った彼とは異なり全くの無手である。

 その上でローグルの手に負えない上級モンスターを狩り、彼以上の成果をあげていた。

 エクスの狩猟用【アイテムボックス】には食用の肉のみならず有用な素材アイテムも詰まっている。

 

 何を隠そうエクスは合計レベル五〇〇(カンスト)に至った稀有な手練だった。

 里一番の狩人であるローグルすら上級職は【大狩人】一つがやっとのところを、エクスは軽々と超越している。

 これが伝説の<マスター>というものか、とローグルは改めて感心しながら、空模様を見て呟いた。

 

「そろそろ荒れそうだぁな、西から流れてきた魔力がちぃと濃くなってきてらぁ。こりゃあ一雨来るぞぅ」

「なら今日はここまでだね!」

「んむ、まぁこんだけあればしばらくは充分さぁ。半分は食っちまって、もう半分は燻しちまおう」

 

 余談ではあるが、隠れ里の巨人の主食は概ね肉だ。

 標高が高く、土地の自然魔力(リソース)も乏しい都合上元々植物が根付きにくいのもそうだが、その限られた自然魔力すら【宝樹】に費やしているのだから尚の事だった。

 そうした事情の中で安定して獲物を狩れるということは、そのまま里での発言力の高さに通じる。

 エクスと特に詳しいローグルは、その朴訥とした人柄とは裏腹に長老のベルーゲルに次ぐ立場の男だった。

 

 尤も、今や数えるほどまでに数を減らし、誰も彼もが見知った間柄の今となってはそうした地位の差もあってないようなものだったが。

 良くも悪くも外界から隔絶された原始社会、それが巨人の隠れ里である。

 

「っといけねぇ、もう荒れてきやがった。けぇるぞ、エクス」

「はーい」

 

 一仕事を終えて少し雑談している間に、空模様は見る見る悪化しつつあった。

 途端に勢いを増す山間の風を浴びながら、二人は成果物を【アイテムボックス】にしまって山を登る。

 「いつにも増して今日は流れてくる自然魔力が濃いな」などと、他愛もない世間話を交わしつつ、妖精郷の風が運んでくる悪天候を避けながら。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人の隠れ里

 

 そうして【宝樹】の収穫祭に備えた日々が幾日か過ぎ、実はいよいよ収穫の日を迎えんとしていた。

 狩りの合間にベルーゲルに習いながら【宝樹】の様子を見ていたエクスは、梢の頂点に生る実が紅玉(ルビー)のように真っ赤に染まっているのを見た。

 折々で乱れる山の天候にも負けず、こうして立派に熟した実を見れば、まるで林檎のようだとエクスは思った。

 生命力に優れる巨人の命を支える実は、文字通りの意味で()()()()というべきか。

 リアルではそう見れない偉容を誇る【宝樹】の姿も相俟って、とても神秘的な印象だった。

 

 こうなると普段は静けさが勝る隠れ里も俄に活気立つ。

 これまでも幾度となく迎えた【宝樹】の収穫祭だが、そのときは一時の活気に彩られるも閉ざされた未来への不安からどこか翳りが拭えないでいた。

 

 しかし今回は違う。

 エクスという()()()()()()()にして()()()()()()()>が仲間に加わったことが、降り積もった灰のような閉塞を一時的にでも晴らしていた。

 

 そういうわけで参加者は僅かながら祭りは徐々に賑わいを増し、エクスはその主役となっていた。

 あの年中仏頂面のベルーゲルでさえも傍目に見て分かる程に口の端を歪ませ、意気揚々と段取りを進めている。

 

 他種族と比べてジョブの適正に恵まれない巨人種族だが、例外として【鍛冶師】を始めとする生産職に関しては優れた適正を見せることが多い。

 里の巨人の非戦闘員などは彫金師系統や裁縫師系統に就いている者が多く、腕によりをかけて作った細工で祭りを綺羅びやかに飾り立てていたし、鍛冶師系統に就いた者からは祭りで用いる儀仗がエクスに贈られていた。

 

 エクスに手渡された儀仗も《鑑定》してみると立派な打撃武器であったし、「HPを消費してダメージを増す」レアな装備スキルが高いレベルで付与されていた。

 このスキル効果は、巨人種族が得意とし、一族秘伝の【レシピ】の一つだ。

 超大型の人間範疇生物の()()として、また【巨人(ジャイアント)】としてHPだけは優れる彼らにとって、この装備スキルは数少ない優れた武器だった。

 ……欠点としてそもそもが巨人用の装備であるから、他の種族には到底扱えないサイズという問題があったが。

 この儀仗にしたって全長が一〇メテルもある。最早武器というよりは建造物だ。

 

 一方で贈られたのは儀仗だけではない。

 それに合わせるようにして、エクスの身長をすっぽりと覆う巨大な織物もある。

 所謂ポンチョに似た毛織物で、暖色を基調として色彩豊かに染め上げられていた。

 またエクスの都合に合わせてわざわざ特殊装備品として製作されており、用途に合わせた《防水》や《防寒》スキルの他に、巨人に合わせて低レベルの《HP増大》も付与されている。

 言うまでもなく一級品であり、これほどのサイズのものを作ろうとすれば一体どれだけのコストが掛かるかわかったものではない。

 

「ふおおぉぉ……すごい!」

「まぁ可愛い! やっぱりあなたなら似合うと思ったのよぉ。こうしてまた娘の服を織れるなんて夢みたいよ」

 

 巨人のサイズに合わせた巨大な姿見の前で自分を見回すエクスに、年重の女巨人が少女のようにはしゃいだ。

 里で唯一の女性であり、このポンチョの製作者であり、里の生産を取り仕切る【裁縫職人】のフェーニャだ。

 若い女の巨人であるエクスを何くれとなく可愛がり、孫娘のようにすら甘やかす御仁である。

 エクスにとっての()()()()()がベルーゲルなら、()()()()()は彼女だった。

 

「これは巨人族にとっては成人衣装なの。大昔は里の女が総出で拵えて、門出を迎える子らに送ったものだわ。……もう織ることはないと思ってたのだけど、人生ってわからないものよねぇ」

「でもこれ、すっごく素材使ったんじゃあ……」

「いーのよぉ気にしなくて! 大半があなたが狩ってきた素材なんだし、無骨な毛皮ばかりの男連中のものよりよっぽどやり甲斐があったわ! 遠慮なく使ってちょうだいな」

「そっかー。じゃあありがたくもらうね、お婆ちゃん!」

「んふふ、お構いなく。さぁ他にも小物があるから、そっちも見ていきましょ!」

 

 ◇◇◇

 

 エクスにとってこの日は、<Infinite Dendrogram>を始めて以来最良の日だったと言えるだろう。

 小さい頃から憧れを抱いていた伝説の生き物の輪に加わり、同じ喜びを分かち合う誉れ。

 最初の一年をかけてレベルを上げ、次の一年で滅んだとされる巨人の里を発見し、その次の一年で交流を深めてきた三年間。

 その集大成とも言うべき一大行事の主賓に据えられ饗される幸福の中で、エクスはすっかり舞い上がっていた。それは里の巨人たちも同様だった。

 閉ざされた未来を一時でも忘れられる熱狂に酔っていた。

 

 ――だから気付かなかった。彼らが望んだ通りに、今ばかりは忘れていた。

 

 巨人は所詮、少数なのだと。

 楽園を追われた弱き種族なのだということを。

 流れ着いた終焉の地が如何に僻地とはいえ、紛れもない()()()()()()であることを失念してしまっていた。

 

 このレジェンダリアが何故()()と呼ばれ外界から恐れられるのか。

 自然魔力に満ちた妖精郷が如何なる場所なのか。

 一時でもそれを忘れた罪を咎めるように、運命は破滅を差し向ける。

 

 ――たとえそれが()()()()()のように、まったくの偶然によるものだとしても。

 

 ◇◇◇

 

 太陽が天頂に差し掛かるのに合わせて開催された祭りは、まず歌と踊りで以て歓迎された。

 笛と太鼓、詩を伴わない合唱の原始的なリズムが山間に谺し、踏み出された足が大地を揺るがす。

 ただでさえ大きい巨人の声が今ばかりは天まで届けと張り上げられ、加速するリズムに合わせてステップも加熱する。

 

 エクスが見様見真似でステップを踏めば、それを導くように巨人たちのステップが返礼した。

 小さい者は二〇メテルから大きい者は五〇メテルまで、他種族からすれば精一杯見仰ぐほどの大きな生き物たちが、列を成し肩を組んで朗らかに歌う。

 この日のために用意された肉や酒は惜しみなく振る舞われた。

 

 やがて夜が更け始め、当初の熱狂が幾分か鳴りを潜めたあと、巨人たちはやがて各々の来歴を言の葉に紡ぎ始めた。

 祭りに集った里の巨人たちの総数はエクスを除いて一〇と五名。

 いずれも齢一〇〇年以上を数える者たちばかりであり、かつての排斥の当事者たちであり、今や遺された唯一の同胞たちである。

 それぞれがかつて如何にして妖精郷を生きていたか、如何なる経緯でこの地に追われたか、次第に凄惨さを増す内容をそれでも最後まで物語っていく。

 それをエクスは一言一句違えることなく心に刻んでいった。

 

 このように彼らが昔語りをするとき、エクスは最後まで静聴して、後でその内容を本に記録していた。

 エクスが巨人探索行を始めた折に付けるようになった冒険手帳だ。

 あることをきっかけに巨人の実在を信じ、レジェンダリアの各地を渡り歩いた冒険の全てがここには記載されている。

 彼女の初ログイン当時には既に過去の被差別種族として歴史の中に埋もれていた巨人を足跡を追って得た発見の数々は、デンドロ最大の情報網を誇る<DIN>にすら提供していない。

 ゆえに貴重な資料とも言えるが、世間的な価値は大したものではないだろう。

 誰にとっても巨人は過去の存在である。しかし、エクスはこれをなにより特別な宝物として大事に大事にしていた。

 

 その冒険手帳に追記される情報も、今回は特に最大級だ。

 一〇年に一度の収穫祭……この機を逃せば次はゲーム内時間で一〇年後。現実でも三年近い時間だ。

 世間での人気振りから万に一つもない可能性ではあると思うが、<Infinite Dendrogram>がそれまでサービスを継続しているとも限らない。

 それだけにエクスはこの祭りを心底から楽しんでいて、誰よりも真剣に耳を傾けていた。

 

「ふん。揃いも揃って昔話たぁ耄碌したもんだ」

「よく言うぜ長、あんたが一番長話だった!」

「しかしエクスも若ぇのに辛抱強いもんだ。ウチの倅なんて五分も保たずに飛び出していったもんだよ」

「誰だって若いうちはそうだったよ。アンタだって同じようなもんだったろう」

「歳食ってわかる、当時の爺様たちの気持ちってやつだな」

「だがまぁ……悪くねぇな。()()()()<マスター>に覚えていてもらえるんなら、あぁ悪くはねぇさ」

「……そうだな、最後の最期に恵まれた」

 

 その言葉が意味するところをエクスははっきりと理解していた。

 かつて迫害から落ち延びた巨人たちは今や皆老いている。

 それはつまり、子を残せず、これ以上強くもなれず、過去の怒りも悲しみも呑み込んで、緩やかに朽ちていくだけの末路だ。

 

 いつか訪れる不可避の別れ。

 しかしせめて自分だけはその最期を見届けようと、今や現実以上に彼らへ入れ込んでいたエクスは改めて覚悟を決め――

 

「――エクスよ。この日を限りに、おまえは里を出ろ」

 

 ――その心中を察したベルーゲルの言葉が、胸を刺した。

 

「なんでっ!?」

「ふん。老いぼれどもの余生に若いモンをいつまでも付き合わせてられるかっ」

 

 思わず声を荒げたエクスにベルーゲルがぶっきらぼうに、……しかし穏やかな目で答えた。

 五〇メテルもある身体を精一杯縮こまらせて、エクスの目線に合わせる。

 そして大きな――というにも巨大すぎる手のひらを乗せて、頭を撫でた。

 

「儂らから伝えられることは全て伝えた。これ以上は未練になる……儂らのな。だから、ここまでだ」

「っ……ぐぅっ、やだぁ……!」

 

 ベルーゲルら巨人たちにはわかっていた。

 こうでも言わなければエクスは皆がいなくなるまで一緒にいる(縛られる)だろうと。

 そしてそれは、彼らの本意ではなかった。

 弱い自分たちとは違い、エクスは強く、永劫を生きる不死身の<マスター>だ。

 なのにいつまでも引き止めていては、自分たちの未練になるし、彼女の足枷になる。

 それだけは我慢ならなかった。楽園を追われた彼らが抱いた、最期の我儘だった。

 

「聞け、エクス。最期にもう二つだけ、餞別がある。これからのおまえにとって、きっと必要になるはずのものだ」

 

 そう言ってベルーゲルは立ち上がって手を伸ばし、【宝樹】から実をもぎ取って差し出した。

 ベルーゲルの大きな掌の上で転がる、大きな大きな赤い果実を。

 

「一つはこれを。我ら巨人の魂を。これを分かち合い、おまえを最後の同胞として迎え入れ、そして別れよう。去り逝く我らと、生き往くおまえを結ぶ最期の絆を」

 

 実をエクスの手に握らせ、次いでベルーゲルは自分を指し示した。

 かつて彼が長たる父から受け継ぎ、逃避行の中で敵う限りの味方を救い、ここまで導いてきた力を。

 

「二つは()()を。最早何処に散ったとも知れぬ同胞。最早何処にいるとも知れぬ民。しかし確かにあった、我らの栄光の証。我ら巨人が()()たる意味、その頂きの座を」

 

 ジョブクリスタルの鎮座する祭壇を示し、ベルーゲルは続け――

 

「【巨、……!?」

「――お爺ちゃん!!」

 

 ――それを()()が遮った。

 

 

 To be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03

 □巨人の隠れ里

 

「【山竜王】!? なんでここに――!」

 

 最初に()()に声を上げたのは、狩人として最も夜目に優れたローグルだった。

 次いでその言葉に心当たりのあった他の巨人たちが彼の視線の先を追い、全くの未知だったエクスが遅れてそれに続く。

 

 その直後に大激震が里を襲った。

 まるで天地がひっくり返ったのではないかと錯覚するほどの大揺れ。

 縦横に波打つ衝撃で大地が軋みを上げ、そこかしこで崩落の音が鳴り響いた。

 そしてその原因となった襲撃者――【山竜王】とローグルが呼んだ者の姿を改めて認識する。

 

 ――それはさながら、一個の動く()だった。

 

 巨躯を誇る巨人をして尚も巨大。

 標高(全高)にして七〇〇メテル以上を誇り、それに倍する山裾(身体)を四つ脚で支えながら、<番兵山脈>を踏み砕きつつ里に進路を向けている。

 エクスにとっても過去最大級となる巨大生物。

 その頭上に表示された【山竜王 ドラグマウンテン】の銘。

 遠目には山を背負った巨大な陸亀のようにも見えるそれは――疑いようもなく<UBM(怪物)>だった。

 

()()()だぁ!? なぜだ! アレはまだ眠ったままの――否ッ、そもそもずっと西にいるはず!」

「こんな東の果てまで歩いてくるはずが……、ッ! そうか、<()()()()()()()()()()>か……ッ!!」

「お爺ちゃん説明!!」

 

 騒然とする巨人たちを遮ってエクスが問う。

 それに武器を手に取りながらベルーゲルが答えた。

 

「有名な<UBM>だ。長い休眠期と僅かな活動期を繰り返しながら、大昔から生きてきた()()()()()! どうやら<アクシデントサークル>でこんなところまで()()()()()()()らしい!」

「なにその嬉しくない奇跡!?」

「知るか! ……しかもどうやらありゃあ、無理矢理起こされたせいで相当お冠らしい。真っ直ぐこっちまで来てるぞ!」

 

 かの竜王こそはレジェンダリアの長い歴史の中でも度々目撃されてきた怪物であり――レジェンダリアの歴史とも根深い古豪である。

 【山竜王】の銘の通り、休眠期には()として大地と一体化し数十年に渡って眠りながら、僅か一月にも満たない活動期で周辺の獲物を喰らい尽くし、放浪し、大地に根付いてまた眠るという、レジェンダリアでは最早自然の一部とすら見られていた、古代伝説級でも最上位に位置する<UBM>だった。

 

 それが<アクシデントサークル>の偶発的転移現象によって<番兵山脈>まで飛ばされてきたというのは、()()()()()()不運な出来事と言うしかないだろう。

 そう……思わぬ怪物の襲来に慄く巨人たちだけでなく、【山竜王】にとってもこの状況は不本意極まることだった。

 

 ◇◇◇

 

 ■【山竜王 ドラグマウンテン】について

 

 かの竜王は、元を辿れば純竜ですらない亜竜生まれの存在だった。

 名を【亀甲亜竜(タートルシェル・デミドラゴン)】という種のモンスターは、出自に反して恵まれた天性の資質からその力量を高め、自力で<UBM>に到達していた。

 

 しかしそれによって生来の気質が失われたわけではない。

 元来【亀甲亜竜】は穏やかな性質のモンスターである。

 食性は果物を主とした雑食で、外敵に対しては頑健な甲羅を残し土中に埋もれてやり過ごすような、生態系の下位に位置する種族だった。

 生涯の大半を眠って過ごし、僅かな活動期で得た栄養と、大地の自然魔力をゆっくりと蓄えて成長して脱皮を繰り返す。

 その生態は<UBM>になっても変わらず、進化を重ねていつしか【竜王】の銘を冠するようになっても同じだった。

 

 【山竜王】の場合、そのスケールがひたすらに()()だっただけのことだ。

 その身が大きくなるにつれ休眠期は長引き、自己の保全を獲物ではなく自然魔力に依存するようになっていった。

 それはレジェンダリアの環境に適応した進化の形であったかも知れないし、わざわざ「他の生物を食う」というリスクを負って危険に身を晒すのを厭うただけかも知れない。

 だが一つの誤算として、そのように自然の一部として溶け込むには、【山竜王】が生まれ持った資質はあまりに恵まれていた。

 

 成長を重ねるにつれ、その身体は規格外に大きくなっていった。

 自然魔力だけでは命を繋げないほどに大きく、どうしても他の命から栄養(リソース)を得る必要に駆られた。

 あるいは神話の領域にまで至ればその柵からも脱却し、永劫一つの()として眠り続けることが出来たのかも知れないが……現実は彼に【空腹】の概念を齎していた。

 つまるところ活動期とはそのようなものである。

 【山竜王】としてもやむなく目覚めざるを得ない飢えの発露であり、より長く眠り続けるために最低限必要な準備だった。

 

 少し前から地表が騒がしいのは【山竜王】も認識していた。

 それは<Infinite Dendrogram>サービス開始に伴う<マスター>の増加と、スタート地点にレジェンダリアを選ぶ者が多かったことによる喧騒だったが、しかし己には関係のないことと距離を置いていた。

 ()として眠っている間はそれが<UBM>であることは誰にもわからなかったし、過去の活動記録から現在の居場所を知る者がいたとしても、背から採れる貴重な資源を理由に忖度してくれている。

 むしろ禁足地と呼んで勝手に外敵を排除してくれるのだから、【山竜王】としてもありがたい限りだった。

 見返りとして背にあるものを持っていかれたとしても、それは【山竜王】からすれば単なる排泄物と変わらず、何ら惜しくはない。

 

 このように【山竜王】とレジェンダリアの民の関係は概ね良好であったと言える。

 活動期に()として犠牲になる周囲の生物には可哀想なことだが、全体の利益からすればあってないようなリスクだ。

 数十年に一度の活動期にさえ目を瞑れば、討伐よりも()()したほうが都合が良い。そう周囲からは認識された。

 故に【山竜王】はこの数百年間、何の憂いもなく生きてこられた。

 

 ――だからこそ、この現状には激しい怒りが彼の胸中に渦巻いていた。

 

 まさか<アクシデントサークル>によって自然魔力の乏しい<番兵山脈>にまで飛ばされるなどということは、長命の【山竜王】をして予想だにしないことだった。

 例えるなら栄養豊富な土を必要とする植物が急に砂漠へ植え替えられたようなものだ。

 自己の存続のために必要な自然魔力がまるで足りず、眠っていた大地から放逐され、遥か彼方の高地へ放り出される。

 

 予期せぬ転移は【山竜王】にかつてない焦燥を覚えさせ、急の覚醒を促して普段の穏やかさを奪い去った。

 予定に無い目覚めは未曾有の飢えを彼へ齎し、一刻でも早い妖精郷への帰還を訴える。

 レジェンダリア(魔境)の環境に適応して進化を重ねた【山竜王】にとって、幻想ならざる環境は異世界も同然であるために。

 

 故に【山竜王】は久しく動かしていなかった重い身体を引き摺って、<番兵山脈>を()()ながら西へ進路を取った。

 流れてくる自然魔力の名残を追うようにして、その途上にあるものには目もくれず――否。

 たまさか見掛けた()()()()()()()()()()()()()()()()――【宝樹】の実を認め、行き掛けの駄賃としてこれを喰らおうと、山を登った。

 なにやら小さな生き物がそれの周囲に幾つかいたが……【山竜王】からすればそれ以上意識に留める理由もない矮小な存在である。

 果実は好きだが、肉も嫌いではない。特にあれらは小さな生き物にしてはなかなか()()()がありそうだ。ついでに平らげてしまうのも悪くはない。

 

 ――こうして巨人種族にとっての破滅は、前触れもなく訪れたのだった。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人の隠れ里

 

「長……」

「ああ、あれは儂らを逃すつもりはねぇらしい。……はっ、まさか最後の最期にこんなことになるたぁな」

 

 夜闇に紛れて全容ははっきりとしないが、【山竜王】の意識がはっきりとこちらへ向けられているのを巨人たちは把握していた。

 長らく遭遇していなかった<UBM>という大敵、その中でも指折りの怪物が腹を空かせて自分たちを見ている。

 ベルーゲルも恐ろしさのあまりに身が竦みそうになったが、しかし背後にエクスがいることを思い出して……努めて笑みを浮かべた。

 

「おめぇら、ビビってんじゃねぇ。死ぬなんざ、今に始まったことじゃあねぇ……」

 

 ドン、と一喝。《瞬間装備》した大槌を地面に叩きつけて活を入れた。

 全身を戦闘用装備に包みながら、一歩進み出て西進する【山竜王】の前に立つ。

 

「巨獣との戦いなんざ、中央にいた頃は日常茶飯事だったじゃねぇか! 儂らは……()()()()は一体何だ? 巨人だ! この世の誰よりもデカくて強い巨人サマだ! たかだか数百年ぽっちで情けねェツラしてんじゃねぇ!!」

 

 ――かつて巨人は、()()()()であったという。

 それは世界の理が一新されるよりも以前、全ての命が等しく亡骸を遺していた時代。

 彼らは武器を手に果敢に魔物と戦い、糧を得て。誰よりも食べ、どんな種族よりも巨大な戦士の一族であった。

 当時巨人は、皆が皆()()()()()()()()()()()()と彼らの神話は伝えている。

 

 無論、今や誰も信じない与太話ではある。

 当の巨人ですら本気で信じているものはおらず、弱小種族としての巨人しか知らぬ者しかいない。

 しかしかつて寝物語に伝えられてきた神話は、彼らにとって数少ない誇りだった。魂だった。

 父祖から連綿と受け継がれてきた誇りと魂は、たとえ過酷な現実に打ちのめされようと決して失われてはいない。

 

「しみったれた最期を迎える前に、父祖が強敵を遣わせてくれた! 大敵だ! 天敵だ! 戦士の冥利に尽きるってもんじゃねぇか!! さぁ武器を取れ戦士たち! かの竜王に、精々痛い目を見せてやれッッッ!!!」

 

 今、巨人たちの背後にはエクスがいた。

 若く、強く、()()()()()()()、神話の如き巨人だ。

 護ってやらねばならない――などというつもりはない。彼女は彼らより遥かに強い。

 

 もしエクスという若者との出会いが無ければ、この事態も天命として受け入れて(諦めて)いたかもしれない。

 しかしこれから先、たった独りの【巨人】として生きていかねばならないだろう彼女に遺された最後の記憶が、先達の情けない姿になってしまうのは到底我慢ならなかった。

 これが最期の別れになるからこそ、強い巨人の姿を見せてやらねばならない。

 たとえその結果が逃れられぬ死だとしても、なけなしの意地を張るなら今、此処でしかありえない。

 その使命感がベルーゲルを突き動かしたのだ。

 

「――進め! 戦え!! 戦場で倒れるなら、それが我ら巨人の本望よ!!!」

 

 そう号令を発して、ベルーゲルは突撃した。

 次いで里の男たちが雄叫びを上げて続き、まっしぐらに【山竜王】の下まで駆けていく。

 あとに残されたのは、唯一の女手であるフェーニャと、事態の推移に追いつけず出足が遅れたエクスだけ。

 

「……父祖よ、どうか御照覧あれ。今や貴方の赤子ほどに小さくなった我らですが、その魂は地の如く雄大でありますよう」

 

 ――願わくば喜びの野に坐す御許にて戦士たちの魂を迎え入れ、更なる武錬にて彼らを鍛えたもう。

 

 戦士たちの出陣を見送って、そう祈りを捧げたフェーニャは、エクスに振り返って困ったように微笑んだ。

 

「馬鹿よね、男共って。あんだけうじうじしてたくせに、意地を張って調子付いちゃって」

「お婆ちゃん……」

「私は行けない。女が水を差したら戦士の名折れだもの。女の役目は男たちの帰りを待つこと」

 

 フェーニャは【宝樹】の前に腰を下ろし、戦士たちの駆けていった一点を見つめた。

 彼女はここで彼らと去就を同じくする覚悟だった。

 きっと、万に一つも彼らの勝ち目は無いにしても、それを信じて待つのが巨人種族の女の流儀。

 「けれど」、とフェーニャは続ける。

 

「エクス。あなたは好きになさい。あなただけは特別。私たちと違って()()()()()()()だから、あなたを縛る鎖は何処にも無いわ」

 

 エクスは手中の実を見つめた。

 ベル―ゲルに手渡された巨人の魂と、フェーニャと、征ってしまった戦士たちとを見比べ……やがて決心して頷いた。

 

「いってきます」

 

 フェーニャは黙したまま、笑みを深めて頷いた。

 エクスは実を一息に頬張り、噛み砕いて嚥下する。

 巨人の魂を我が身に取り込んで、エクスは巨人たちとの邂逅以来はじめての()()を出して駆け出した。

 

「――《オーヴァー・グロウ》」

 

 ◇◇◇

 

 □<番兵山脈>

 

 【山竜王】は遠くから小さな生き物がわらわらと群れをなして向かってくる様をのんびりと眺めていた。

 彼我の距離は数キロメテルはあるが、【山竜王】のスケールからすれば数歩も歩けば届く距離である。

 彼にとっては決して遠いとは言えない距離を、小さな生き物(巨人)たちはのろのろと、爪の先ほどの隆起を合間を縫いながら全速力で駆け下りている。

 

 なんとも矮小で苦労の絶えないことだと、足元を這う蟻を眺める気持ちで【山竜王】はしばし歩みを止めた。

 わざわざ向こうから近づいてきてくれるのなら己が労を取るまでもない。【山竜王】にとってもまた<番兵山脈>の起伏は己の身体を動かすには少々窮屈で、踏み歩くには面倒が勝った。

 なのでここで一時身体を休め、近付いてきた前菜を平らげてから本命の果実を貪り、その後に何処か安心できる住処を探そう――そう考えた。

 

「野郎オレたちをただの餌としか見てねぇな……! いい度胸だ、目に物見せてやれェ!!」

「応ッ!!」

 

 巨人たちは【山竜王】が向けた視線の意を察して、そう吼えながら接敵した。

 そうして近付いてみてわかるその偉容。巨躯を誇る我ら巨人がまるで小虫の如く、眼前に聳える命は大きい。

 彼らの中で最も大きなベルーゲルでさえ四つ脚の先ほどもなく、秘められた重量は比較にならないほど隔絶しているのがわかる。

 

 何よりもそのステータスの格差は、最早比べることすら烏滸がましいほどの大差。

 AGI(速さ)こそ亜音速に満たない鈍重さだったが、それ以外の物理ステータスは【山竜王】の方が遥か上。

 それを《看破》で見抜いたローグルの報告に、「だろうな」とベルーゲルは当然のように受け止めながら、己の背を追う配下たちに告げる。

 

「眼だ、眼を狙えぃッ!! 奴の身体に飛びつくんだ!!」

「無茶ぁ言うぜ長ァ!!」

 

 ベルーゲルは両脚に力を溜めて、勢い良く【山竜王】に向けて跳んだ。

 断崖のような脚にしがみつき、持てる力の全てを振り絞ってよじ登らんとする。

 続いてしがみつこうとした巨人たちだが、身じろぎした【山竜王】の脚に払われそれだけで大ダメージを負った。

 あまりに隔絶した質量とステータスの差が、体当たりですらない小突きで巨人を瀕死に追い込んだのだ。

 

「闇雲に跳ぶんじゃねぇ! タイミングを合わせろォ!!」

「デカすぎてまるで様子が掴めねぇ! まさかオレたちがこんな泣き言を言うハメになるなんてなぁ!!」

 

 一撃を食らった巨人は【全身骨折】の重傷を負い、踏み潰された小虫のように痙攣していた。

 かろうじてHPは残っているものの、回復手段を持たない彼らでは復帰は不可能。

 なにより弱った餌を目敏く見つけた【山竜王】の首が亀のようにゆるりと伸びて、無数の棘が生え並ぶ剣呑な喉奥を覗かせながら彼を一呑みに呑み込んだ。

 

「構うなァ!! どうせ一撃食らったら助からん!! 脱落者に気が向いているうちに少しでもよじ登れェッ!!」

「ああ畜生! なんだってコイツはこんなにデケェんだ!? そりゃあ妖精共もオレたちが邪魔になるはずだぜ!!」

 

 断末魔すら喉袋に遮られて届かず、次なる餌を求めて身じろぐ脚を避けながら、僅かに飛び付いた巨人たちが弱所であろう眼を目指して登攀していく。

 あまりの実力差にステータスの全容など視えてはいないが、身震いする全身が本能としてその高さを教えてくる。

 STRもENDも数万では収まらないだろう。ひょっとすると桁が一つ違っていてもおかしくはない。

 彼らが知り得る限り【山竜王】の強みは<UBM>の中でも一際突出した物理ステータスのはず。

 だからこそ生物の構造上脆弱にならざるを得ない眼球に渾身を叩き込まんと、竜王の山にしがみついた巨人たちは必死によじ登っていった。

 

 【山竜王】の足元では、取り残された巨人たちが【山竜王】が一歩踏み出す毎に巻き起こる地震に足を取られ、そのたびに伸びてきた口に囚われ断末魔を上げる間も無く呑み込まれていた。

 彼らは皆()だ。【山竜王】の巨躯に飛びつく機を逸し、僅かに成功した仲間の助けとなるべく覚悟を決めて囮となっている。

 少しでも長く【山竜王】の気を引いて、その隙に仲間たちが一人でも多く敵の目元まで辿り着けるように。

 大声を発して逃げながら、戦意と恐怖に麻痺した思考で、精一杯の牙を剥いて山間を駆けていた。

 

 しかしそれも大した時間稼ぎにはならない。

 元より【山竜王】が一歩を踏み出すだけで姿勢を崩す脆弱さだ。

 十分足らずで足元の巨人たちは軒並み踏み潰され、喰われ、残るは背負った山にしがみつく餌ばかり。

 しかし絶妙に首の届かぬ位置を這い回るものだから【山竜王】は焦れて、ほんの少しだけ身体を浮かせて――そのまま大地を踏んだ。

 

「うおおおォォォ――!?」

「長ァ! イージがッ!!」

「構うなと言ったァ!! イィイイイジ、精々誘き寄せてやれェッ!!」

「応よォ!! 喜びの野で会おう!!」

 

 山脈の一部が踏み均され、その衝撃で一人の巨人が竜王の山から振り落とされた。

 最早再び山に取り付くことは叶わぬ。ならば最後まで奴の足元を這い回り、意識の一片でも縫い止めてやろうと痛む全身を押して駆け出し……間もなく伸びてきた口に呑み込まれる。

 

 足元の餌がいなくなれば二度、三度と【山竜王】は()()()()()、そのたびに地形を変えながら一人、また一人と巨人たちを平らげていく。

 やがてベルーゲルが【山竜王】の頭上まで辿り着いた時――生き残った巨人は彼ただ一人だった。

 

「あァ先に行って待ってろ、野郎共。オレもすぐ逝くさ……、だがそれはッ」

 

 残った一匹を平らげんとして【山竜王】が首を振る。

 それをベルーゲルは鱗の隙間に噛ませた斧槍にしがみついて耐え、その動きが鈍ったところを見計らって渾身の一撃を用意した。

 

「――このクソ亀に一矢報いてからだァッ!! ありったけ持っていきやがれぇ!!」

 

 【巨人王(キング・オブ・ジャイアント)】ベルーゲルに残された唯一の手段。

 五〇〇万を超えるHPのほとんどを装備スキルによって攻撃力に変換し、【山竜王】の巨大な眼球へ向けて振り下ろした。

 

 変換効率は捧げたHPの一〇%。それがベルーゲルが持つ斧槍に付与されたスキルの限界だった。

 しかし捧げたHP量が膨大なために実に五〇万超もの超火力を発揮した一撃が、【山竜王】の全体積の一%にも満たない眼球一つに叩き込まれんとして――

 

「…………カッ、は、はははは……はっ……!」

 

 ――たった一枚の目蓋に、それを防がれた。

 

「化け、物……め……」

 

 ベルーゲルが命を賭けて放った、人生最大の一撃。

 それが、ゴミを避けるようにして閉じられた目蓋一枚に防がれる。

 あまりに隔絶したスケールによる――覆しようのない敗北だった。

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAEEEEEEEERRRRRRR――!!?』

 

 しかしそれは、【山竜王】にとっても決して無傷の結果ではない。

 むしろ逆。彼にとってはこれまでの半生で負った傷の中で、最大級の()()だった。

 

 如何に超越したステータスを誇り、頑健極まる【山竜王】と言えど……生き物として脆弱にならざるを得ない眼球を狙われては決して無傷ではいられない。

 咄嗟に目蓋を閉じ、【竜王】として備えた《竜王気》による防護を取らねばこの片眼を失ってしまっていただろう。持てる《竜王気》の大半を目蓋に集中させてようやく免れたダメージだった。

 そして犠牲となった目蓋の残骸から血を涙のように流しながら、怒りに目の色を変えて頭上に残ったベルーゲルを睨め上げる。

 

 【山竜王】からすれば予想外の、餌からの反撃だった。

 単なる餌としか見ていなかっただけに、この痛みが一層怒りを煽る。

 認識を小虫から()()へと一段階上に改めた上で、確実に殺してやろうと【山竜王】は身を起こし――

 

「おォオオオオオオまァアアアアアアえぇえええええええエエエエエエエエッッッッ!!!!!!」

 

 ――怒りの咆哮を上げながら駆け下りてきた()()()()()()にその横面を殴られた。

 

『GWWWWOOOOOOOOOOOOOOO――!?』

 

 思わぬ乱入に【山竜王】が目を丸くし、瞬時思考を凍結させる。

 ダメージは無かったが、予期せぬ衝撃に思考が大いに乱された。

 そして数秒の後にそれが何者の仕業であるかを求めて首を動かすと、己の背後にそれが蹲っているのを見つけた。

 

「お爺ちゃん! お爺ちゃんッッッ!!」

「ふんっ……、情けねェザマァ、見せたなァ……」

 

 乱入者――エクスは、振り抜き様に掠め取ったベルーゲルに声をかけた。

 己の()()()で倒れるベルーゲルの様子は、誰が見ても死に瀕していた。

 そしてベルーゲルは、己を()()()()()()掬い上げたエクスの大きな顔を見上げて、虫の息で言葉を紡ぐ。

 

「あぁ、デケェ……オレたちはかつて、こんなにも大きかったのか……」

 

 それは今際の際に己を拾い上げたエクスに重ねた、神話に生きた父祖の姿への憧憬だった。

 【巨人王】として衰退の一途を辿る同胞を導いてきた自分が、これの前ではちっぽけな命であることへの、畏怖と崇敬。

 それを最期に拝めたことへの誉れに打ち震えながら、独り残される最後の同胞への遺言を紡ぐ。

 

「聞け、エクス……儂からおまえに遺してやれる、最後の贈り物だ……」

 

 間もなく尽き果てる己のHPを認めながら、残された命の限りを燃やして声を発する。

 

()になれ、エクス――我らの希望、衰退の果てに現れた()()()()()よ……」

「なる、なるよ! だからっ」

「――生きろ、えくす……そして強くあれ……それだけが、我らの、ねが……い……、ッ――」

「お爺ちゃ……」

 

 その言葉を最後に、【巨人王】ベルーゲルは息を引き取った。

 エクスが重ねた掌の上で、小さな小さな生き物のように。

 

【条件解放により、【巨人王】への転職クエストが解放され――】

「うるさいッッッッ!!!!!!!!」

 

 余韻を引き裂くように響いたアナウンスを遮ってエクスが慟哭する。

 手中のベルーゲルを握り潰してしまわぬよう、そっと地面に亡骸を横たえてから……涙に腫らした目で背後の【山竜王】へ向き直る。

 

「よくも……」

 

 怒りに燃えていたはずの【山竜王】は、そこで始めて()()を覚えた。

 

「よくも……!!」

 

 己に迫る大きな生き物が、()()()()()()()()怒りに狂った目を向けている。

 

「よくもみんなを……殺したなぁああああああアアアアアアアアアアア――――!!!」

 

 もう数百年も味わっていない、己に伍し得る()()からの純粋な殺意を浴びて、【山竜王】は大いに【恐怖】した。

 

『G……GRRRRRRRRRRRRUUUUUUUUWWWWWWWWWWWOOOOOOOOOOO!!!!!』

「嗚呼ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!!!」

 

 「必ずやここで仕留めなければならない」――そう訴える生存本能のままに【山竜王】は吼えた。

 対するエクスも凶相のままに吼え、全力を以て駆け出す。

 

 駆り立てる狂奔のままに両者は激突し、そして――。

 

 ◇◇◇

 

 数刻後、夜が明けて。

 誰もが姿を消した<番兵山脈>の、その一部が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――西に地摺る痕跡だけを遺していた。

 

 

 To be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04

 □エクスガリバーについて

 

 エクスガリバー――本名「大山リリ」と<Infinite Dendrogram>の出会いはありふれたものだった。

 先に購入した友人がやたらと入れ込み、神ゲーと称してリリへ熱心に推したのがきっかけだ。

 取り立てて珍しい話ではない。この友人は過去に何度も同じような経緯でゲームを勧めてきたし、それに乗じて飽きるまで一緒に遊ぶのがいつもの流れだったから。

 

 リリにとって予想外だったのは、<Infinite Dendrogram>が既存のゲームとは何もかも隔絶していたことだろう。

 完全五感再現は言うに及ばず、無限とも言えるキャラメイク要素。そして<エンブリオ>というプレイヤー一人ひとりに与えられる唯一無二(オンリーワン)

 しかしこの中で一際リリの興味を引いたのが、キャラメイク要素だった。

 

 リアルのリリにはひとつ大きな不満があった。

 それは自分の背丈の小ささだ。

 同年代と比べても遥かに劣る小柄が、リリにとって大きなコンプレックスだった。

 周囲は小さなリリを可愛い可愛いと持て囃すけれど、それが嬉しいかと言えばリリは(No)だった。

 だからだろうか、小さい自分へのコンプレックスの裏返しとして、友人とゲームを遊ぶときはいつも大柄なキャラクターを使ってきた。

 キャラメイクが出来るゲームなら尚更、性別も無視して目一杯大きなアバターを設定して遊んできた。

 おかげでリリが遊んできたゲームのアバターの大半は、むくつけき大男の類が多い。

 

 一方で足を踏み入れた<Infinite Dendrogram>では、正真正銘自分の体を自由に設定できるという。

 それによってステータス的な優劣は発生しないが、納得が行くまで思う存分デザインするといい――チェシャと名乗った猫はそう説明した。

 そこでリリは設定が許す限り身体を大きく作ろうとして……チェシャに宥められた。

 <Infinite Dendrogram>のキャラメイクはそれこそ人型以外の形さえメイク可能な自由度があるが、だからといってそれが実用的であるかは別だ。

 一〇メートルを超える巨躯に設定しようとしたリリをチェシャは考えなしの愚行と捉えたのか、よく考えて設定するよう辛抱強く諭した。

 なぜならこのゲームのキャラメイクはやり直しが利かない。

 一度確定させたが最後、別アカウントを設定させることすらできない仕様上、否応無しにずっと付き合うことになる。

 ここまで極端に大きいと、装備を始めとした多方面で苦労をするハメになる――そう説得されて、勢い任せで作った巨大なアバターを見上げたリリは、なるほど確かに一理あると考えて作り直した。

 

 結果出来上がったのが身長約三メートルの女性アバター。

 現実のギネス記録を大きく超え、かつ実用できなくもないギリギリの範囲。

 最初のアバターと比べれば大きく見劣りはするが、それでも現実のリリの倍以上もある大柄だ。

 そこへ現実には全く無い女性らしさ――胸とか頭身とか――を付け加え、美しい女巨人の戦士に仕上げてリリは納得した。

 

 そして名前だが……完全五感再現にとてもゲームとは思えないリアルそのものの描画。

 まるで異世界そのもののようなゲームに、この大きなアバターで降り立つことから着想を得て、「ガリバー」の名がまず浮かんだ。

 世界的な名著『ガリバー旅行記』に登場する主人公の名だ。現代では作中での活躍から()()()()()の例えにも用いられる。

 しかしそれだけでは捻りがない。もう少しアクセントは加えられないかと考えて、()()()()という意味のラテン語の接頭辞「extra」を思いつき、組み合わせてエクスガリバー――「ガリバーを超える者」というネーミングに至った。

 おまけで世界的にも有名な聖剣「エクスカリバー」にもかけていて、会心の出来だとリリはドヤ顔を晒した。

 

 そんなリリ――エクスガリバーことエクスのネーミングセンスはさておき。

 最後に<エンブリオ>の移植を受けたエクスは、当時最もプレイヤー人口が多かった妖精郷レジェンダリアをスタート地点に選び、遂に<Infinite Dendrogram>の世界に降り立ったのだった。

 

 ◇

 

 さて、そうしてゲームを始めたエクスだったが、彼女は早々に出鼻を挫かれることになる。

 他の誰よりも大きなアバターで優越感に浸りながら遊ぶつもりだったエクスだが、彼女が降り立った霊都アムニールには、彼女よりも大きな亜人種族がごろごろといたのだ。

 「聞いてた話と違う!!!」と早々に嫉妬の雄叫びを上げたエクスに周囲は困惑を浮かべ、やがて「ああ、()()変人が増えたのか」と慣れた様子ですぐに日常へ戻った。

 嫉妬と悔しさに地団駄を踏むエクスの奇行も、既に先駆者によって「HENTAIの国」と堂々たる評判を得ていたレジェンダリアでは珍しいものではない。

 ともあれエクスの目論見は早々に頓挫し、若干モチベーションが下がってしまったものの友人に勧められた手前すぐにやめるのもバツが悪く、しばらくはこのゲームを遊ぶことにしたのだった。

 

 そんなエクスだったが、そういう経緯があったからなのか、小一時間ほどして生まれた<エンブリオ>の能力は彼女にとって大変満足がいくもので、さっきまでの不満はどこへやら、すっかり浮かれ気分でゲームを楽しんでいた。

 初期資金の五〇〇〇リルで霊都を観光し、そろそろMMOらしいことでもしようとジョブを求めてクリスタルに寄ったとき……第一の転機と巡り合う。

 

 無数の下級職が並ぶウィンドウの中でエクスの目を釘付けにした【巨人(ジャイアント)】なるジョブ。

 説明を求めて職員に尋ねれば、彼は多分に嘲笑を含ませて「ああ、そう言えばありましたね、そんなジョブ」と宣った。

 曰く、かつてレジェンダリアに存在した巨人種族が就いていたジョブだという。

 しかしその巨人種族はとっくの昔に姿を消し、今や忘れ去られた種族であるらしい。

 その理由も、弱すぎるから生存圏を追われたという、なんとも救いの無い話であった。

 

 エクスはショックだった。

 彼女にとって大きいことは正義だ。ゆえに、神話に語り継がれる巨人の類は最大限のリスペクト対象だった。

 その巨人が、かつてこのゲームには存在し、弱小種族として侮られ、今尚嘲笑の対象となっている事実が、エクスにとっては受け入れ難いショックだったのだ。

 

 職員に悪気は無かったのだろうが、エクスは一転して意固地になった。

 「えっ、ほんとにそのジョブに就くんですか!?」と信じられないものを見た顔をする職員を無視して、殆ど意地で【巨人】に就いた。

 ティアンからすれば巨人種族以外には殆ど適正が無いために就職困難なジョブであっても、万能の適正を持つ<マスター>ならば可能である。

 そして適正の有無のみを就職条件とする巨人系統は、エクスを問題なく受け入れた。

 

 そうして生まれた【巨人】エクスガリバーだったが、第二の転機がここで訪れた。

 彼女の<エンブリオ>と【巨人】というジョブが、これ以上無くシナジーしていたのだ。

 偶然の産物ではあるが、そうなると調子付いたのがエクスである。これを運命だと大はしゃぎして、意気揚々とゲームプレイに乗り出した。

 

 ◇

 

 が、ここでもまたもや頓挫する。

 エクスの就いた【巨人】のジョブ、そして<エンブリオ>の効果がパーティープレイには不向きだったのだ。

 やってやれないことはないが明らかに貢献度が低く、エクスを入れるよりは他の<マスター>を加入させたほうが断然効率が良いことが早々に露見した。

 自由(野良)パーティーというものは何より効率が重視される。顔見知りでもない者同士が手を組み合う判断基準は性能である。

 その判断基準においてエクスは失格であり、ソロプレイを余儀なくされた。

 

 エクス自身カジュアル勢とはいえゲーマーであるからその理屈はわかる。

 しかし感情は別である。そしてエクスは、身体の小ささに反して負けん気だけは一丁前だった。

 ソロを強いられるのなら、それで強くなってやる――一方的なリスペクトを【巨人】に向けながらエクスは奮起した。

 エクスのゲーマー感覚が【巨人】と<エンブリオ>のシナジーは最高であると太鼓判を押している。

 ならばそれを活かした上で、よりシナジーを発揮する組み合わせを模索すればいい。

 ゲームの内外を問わずに情報を集めた結果、その答えはあった。

 奇しくもそれは先駆者によって検証済みであり――少々の欠点はあるものの、エクスにとっては最強のビルドだった。

 

 ◇

 

 そうしてゲーム内で一年が経過した頃、エクスはレベル五〇〇(カンスト)プレイヤーの仲間入りをしていた。

 メインジョブは巨人系統上級職の【大巨人(グレイト・ジャイアント)】となり、サブジョブも最大限のシナジーを活かして組み込んである。

 <エンブリオ>も第六形態に到達し、誰もが認める実力者の一人となっていた。

 

 しかしエンドコンテンツとされる超級職への道は開かれていなかった。

 巨人系統に就いた<マスター>は、エクスの知る限り自分以外には見たことがない。

 もしや就職条件を満たせていないのかとも考えたが、【大巨人】として単独で多くのボスモンスターを()()()()()きたエクスだ、余程捻くれた条件でもない限りはその可能性も薄い。

 

 そこで訪れた第三の転機。エクスはふとした気付きを得た。

 条件未達成の可能性が薄いのならば、ひょっとすると既に超級職へ就いている何者かが存在しているのではないか、と。

 そして適正の有無のみを必要とする巨人系統の頂きに座するのは――巨人種族に他ならない。

 

 それに気付いたとき、エクスは天啓を得た。

 既に滅んだと言われている巨人種族、その実在の可能性――いいや確信に、エクスは胸躍った。

 己の知る限り現状唯一の【大巨人】たるエクスにしか得られない気付きに、彼女は一大決心した。

 

 ――滅んだはずの巨人に逢いにいこう。

 それはエクスにとって最大の憧憬であり、リスペクトだった。

 何処に逃れたとも知れない巨人種族だが、必ずや生存しているという確信がエクスにはあった。

 だから、自分のような()()()()()()ではなく()()()()()に逢いに行こうと、エクスは硬く決意したのだ。

 

 そうして思い立ってからゲーム内時間で一年。

 エクスはレジェンダリアの国土を隈無く冒険し、巨人種族の住処を探し求めた。

 道中には様々な困難が存在した。知らず踏み込んだ禁足地で部族の襲撃を受けたり、何かと目立つことからPKの面白半分の襲撃にあったり。

 巨人を探してるといえば漏れなく嘲笑され、心無い中傷を受けることも無数にあった。

 しかしエクスには絶対の確信があったから決して折れず、遮二無二妖精郷を駆け巡った。

 

 ――そして迎えた第四の転機。遂に大願を達成する。

 妖精郷巡礼の果てに辿り着いたのは、ほとんど妖精郷とも呼べないような僻地の中の僻地だった。

 営みの大半を豊富な自然魔力に依存する妖精郷の部族では寄り付く由縁も無い、東の果て<番兵山脈>の極一部。

 怪鳥種か天竜種でもなければ越えることも難しい断崖の門番の先に、数えるほどに数を減らした巨人の集落はあった。

 

 そのときの感動を言い表す言葉をエクスは持たない。

 それほどの悲願だったのだ、エクスにとっては。

 そして彼女の推察した通り、"王"がそこにはいた。

 かつての逃避行の折、僅かな民を率いて東に逃れた()()()()が、彼らの長だった。

 

 そこから始まった一年は、エクスにとって幸せの絶頂だった。

 必要最低限の時間を除いてゲームに入り浸り、彼らの生活に紛れ込んだ。

 最初は訝しげな態度の巨人たちも、昼も夜も入り浸って雛鳥のように後を追いかけ回すエクスへ次第に絆され、やがて受け入れた。

 エクスしか知らない巨人たちの生の表情。それに囲まれて彼女はこれ以上無く幸福だったのだ。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人の隠れ里・跡地

 

 ――そして第五の転機は、破滅として訪れた。

 

 ログイン制限が明けて<Infinite Dendrogram>に帰還したエクスは、真っ先に隠れ里を目指した。

 そして目にしたのは、【山竜王】によって踏み均された無惨な里の姿。

 かつての営みなど何処にも無い……凄惨なまでのクレーターだった。

 

「…………」

 

 痛切なまでの虚無がエクスの双眸に宿る。

 視線の先には、かつて【宝樹】だったものらしき枝切れが力無く倒れていた。

 男たちの帰りを信じてその前に座っていたはずのフェーニャの姿も何処にもない。

 亡骸の一つすら遺る間もなく、【山竜王】の大口に呑み込まれたのだろう。

 巨人の魂たる果実も、巨大な【宝樹】ごと……。

 

「…………」

 

 幸いにしてジョブクリスタルだけは無事だった。

 土中に半ば埋もれたまま、その輝きを曇らせることなく。

 それだけが、彼らがここに存在した証明――そして、墓標であるかのように。

 

「…………」

 

 無言のままエクスはウィンドウを開き、そこに【巨人王】の銘があるのを認めた。

 そして暫し目を伏せる。胸中には無数の想いが駆け巡っていた。それは黙祷だった。

 やがてゆっくりと目を開き、決意に燃える眼差しを取り戻すと、表示された【巨人王】の銘に触れる。

 

【転職の試練に挑みますか?】

 

 そのアナウンスに、昏い決意を秘めたエクスは是を示し――

 

 ◇

 

 ――生まれたのは復讐に燃える【巨人王(キング・オブ・ジャイアント)】だった。

 

 ◇◇◇

 

 □レジェンダリア・東部領域

 

(まさかこんなことがあるなんてなぁ)

 

 レジェンダリアの東部、とある部族の領域にて。

 浮ついたように心中で感嘆を零す亜人種族の青年は、窓から覗く()()()()を仰いだ。

 

(話に聞いたことはあるけど、まさかウチに【山竜王】が根を下ろすなんてなぁ)

 

 それは数日前に突如現れ、彼らの縄張りで眠りだした【山竜王 ドラグマウンテン】だった。

 <番兵山脈>での戦いに勝利した後、自然魔力の豊富な土地を求めて徘徊し、ようやく見つけた安住の地で眠りに入った【山竜王】が背負う山だ。

 

 レジェンダリアの伝承に語られる超巨大な竜王の姿。

 それを目撃した部族の若者は腰を抜かして族長に報告し、それが自領に根付いたのを見た彼は、狂喜乱舞して【山竜王】の眠る一帯を禁足地に定め、思わぬ天与に祈りまで捧げていた。

 

(族長の話ではこの竜王の背からは貴重な資源が採れるらしい。ウチの部族もきっと儲かるって熱狂してたけど……やっぱり恐ろしいよなぁ)

 

 青年は禁足地の番を担う部族の戦士だった。

 部族でも数少ない上級職に就けた腕利きとして抜擢され、【山竜王】の寝所に程近い場所で警護を任ぜられている。

 青年にはそれがなんとも空恐ろしく、生きた心地がしないでいた。

 

(もし何かの気紛れでも起こして暴れだしたら、オレなんかじゃあとてもじゃないけど対処できないよなぁ。……仮に【山竜王】がおとなしいままだとして、そんだけ貴重なものなら、他の部族だって黙っちゃいないんじゃないかなぁ?)

 

 レジェンダリアに属する部族は、頂点に【妖精女王】を頂く立憲君主制の下、中央議会によって統治されているが、それは必ずしも統制されていることを意味しない。

 実態はむしろ逆。一応の名目のもとに連合してはいるが、各部族ごとに対立し、日夜暗闘が繰り広げられているのが現実だ。

 無論のこと青年が属する部族にも敵対する部族はいる。その理由は様々あるにしろ、今更友好を図るような間柄ではないことは確かだ。

 

 日頃からあれこれと理由を付けて対立しているのに、【山竜王】という超弩級の恵みをこちらが得たのを見て指を咥えたままということは考えられない。

 遠からず必ずや大規模な抗争が起こるだろうと予感しながら、その原因となる【山竜王】を青年は複雑な心境で見ていた。

 

(……オレはのんびりしたいんだけどなぁ。そりゃあ一族が富むのは嬉しいけど、そのために血を流すなんて割に合わないと思うし……きっと向こうも本気で来るだろうし、そうなると死人もいっぱい出るよなぁ。……そんなことを言ったら族長に大目玉を食らうし、最悪追放されかねないから、言えないけど)

 

 もし事が起こった場合、矢面に立つことになるのは自分だと考えると、青年は憂鬱な気持ちを抑えられなかった。

 本当に、その労力に見合うだけの成果が得られるのならばいいが……そう思って山を見上げるも、【山竜王】は何も答えてくれない。

 

 里では今、族長主導の下【山竜王】採掘の段取りが進められていた。

 村の男手を総動員させて山に縄をかけ、足場を組み、余すことなく恩恵に与ろうと算用を立てている。

 族長曰く【山竜王】から採れる素材は魔力の含有量に富み、貴重で強力なアイテムの数々を仕立てることができるのだという。

 もし採掘が開始されたなら優先して武具を拵えてやると族長は言っていたが、青年は然程嬉しくはなかった。

 

(まぁ、考えても仕方ないかぁ。せめて少しでも楽に……、ん?)

 

 ともあれ話が進んでしまっているものは仕方ない。

 部族の一員たるもの、族長の言葉は絶対である。

 そう後ろ向きな覚悟を決めて、表面上は真面目な顔で警護に当たっていた青年だが……ふと地面が揺れたのを察知した。

 

(おいおい、早速面倒事かぁ? 近くで暴れてるやつがいるのかなぁ、最近増えた<マスター>とやらは、縄張りとか無視することも多いって話だけど……)

 

 地響きは徐々に大きくなり、彼の詰めた関所でも砂埃が舞い上がっていた。

 よもや本当に見境なく暴れているのかと危惧して、やおら武器を構えて立ち上がり――

 

「…………は?」

 

 ――山に向かって進撃する、森の木々よりも大きな()()を見た。

 

「【山竜王】からどけ!!! 【山竜王】から退けェエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」

 

 目算にして()()()()()()以上もの巨人が、頻りに【山竜王】からの避難を訴えながら近付いてきている。

 距離はまだ数キロメテルも離れているが、巨体に見合った声量は容易く青年まで声を届かせ、その歩幅からすれば間もなく辿り着けるだけの距離でしかない。

 むしろ巨人は、【山竜王】からの避難を訴えることを意識してか頻りに叫び――それが巨人の()()()であることを青年は察した。

 

『GRRRRRRRRRRRROOOOWWWWWWW…………!!!』

 

 そして山にも変化が訪れる。

 眠りについたはずの【山竜王】が、巨人の呼び声に呼応して地鳴りのような咆哮を漏らす。

 地響きと土煙を巻き上げながら、埋もれていた大地から身を起こして――その鎌首を、間違いなく巨人に向けていた。

 

「あわ、あわわわわわ……!?」

 

 身長三〇〇メテル以上の巨人と、標高七〇〇メテル以上の竜王の視線が交差する。

 そこには紛れもない敵意と憎悪が込められていて――間もなくそれが()()するのだと否応無しに思い知らされた。

 

「た、退避! 退避ィ――――!!!」

 

 青年は血相を変えて持ち場から逃げ出し、《拡声》のマジックアイテムで避難を訴えながら集落までの道を走る。

 一刻も早く、一メテルでも遠く離れなければタダでは済まない。

 青年は最早一族の領地の無事を諦めながら、一人でも多くの同胞を救うために奔走した。

 そんな部族の青年の背後で巨人と竜王は、敵意を剥き出しにして対峙する。

 

 ――これが第六の転機、怒れる巨人の弔い合戦。

 轟く咆哮は嵐の如く響き渡って、避け得ぬ大戦争の号令を発していた……。

 

 

 To be continued




次回、最終決戦


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05

・10/28 修正更新
《ペネンスドライブ:フィジカル》の使用後クールタイムの発覚につきまして、特典武具をもたせました。それに合わせ追記修正しています。
詳細な武具名・効果等は未設定ですが、これにより「限定的にクールタイムを無視してスキルを再発動可能」となっております。
強引な対処方法となってしまい申し訳ありません。何卒ご容赦願います。


 □レジェンダリア・東部領域

 

『GRRRRRRRROOOOOOOWWWWWW……』

 

 ()()の気配を察知して眠りから目覚めた【山竜王 ドラグマウンテン】は、己が眼前に立つソレを見て困惑を覚えていた。

 それは幾日か前、あの枯れた山岳で遭遇した大きな生き物だ。

 しかしあの時確かに己はアレへとトドメを刺し、確実に葬ったはずなのだが……アレはそんな事実など無かったかのように健在でいる。

 肉の類を遺さなかったのは、まぁそういうモノもいるだろうとさておいて。

 奴の発する鬼気から察するに、間違いなくアレがあの夜遭遇した生き物であることは理解できた。

 

 おそらくは仇討ち……といったところだろうか。

 長らく無かった報復だ。少なくともこの身(古代伝説級)に至ってからは経験していない。

 大抵の獲物は根刮ぎ喰ろうてきたし、僅かな取り零しも彼我の力量差を理解して立ち向かって来ることなどありえなかった。

 それこそ弱肉強食の正しい姿だ。かつてはこの身も強者に喰われる立場にあったからこそ、その摂理はよく心得ている。

 

 だからこそ不可解だった。

 あの夜アレは、血気こそ盛んなれどまるでこの身に太刀打ちできず、これまでの有象無象と同じ様に()()()()()()はずだというのに。

 不意打ちの一撃こそ食らったが、あんなもの【山竜王】には何のダメージにもなっていない。

 結果だけ見れば間違いなく鎧袖一触。一方的な蹂躙で終わったはずの命が、手段は分からぬがせっかく拾った命をこうして投げ捨てようとしている。

 

『GRRRRROOOOWWWW……』

 

 「しかし、待てよ」と【山竜王】はここで考えを改めた。

 そうした不可解な手合いは、彼にとっても見知らぬものではない。

 他ならぬ己自身こそが、斯様な不可思議を抱えた怪物であることを【山竜王】は思い出す。

 なにより己を呼ぶ声があったとはいえ、それに応じて眠りから目覚めたのも、内なる本能が発した警鐘ではないか。

 そう彼は思い直したのだ。

 

 【山竜王】にとって眠りから目覚める理由は三つ。

 

 一つは根付いた土地の自然魔力の減少。

 生命活動の大半を大地の自然魔力に依存する【山竜王】だが、その巨体を維持するために要する魔力量は膨大である。

 故に自然魔力が枯渇する前に、次なる安住の地を求めて移動する必要があった。

 この地のティアンたちが「活動期」と呼ぶ現象のことだ。【山竜王】にとって当然の生理現象。

 

 二つは煩わしさ。

 今や滅多にあることではないが、かつては眠りを妨げるほどに【山竜王】の背を荒らす輩が少なくなかった。

 【山竜王】にとっては価値のない排泄物ではあるが、だからといってそれのために眠りを妨げられるのでは堪ったものではない。

 人間に例えれば寝ているところに無理矢理髪を引き抜かれるようなものだ。大したことではないが、ひたすらに邪魔。

 そういうときに一頻り当たりを踏み均して思い知らせてきた。以来、安息を乱す慮外者はいない。

 

 最後に――()()の接近。

 すなわち<UBM>。過去に幾度となく遭遇し、交戦し、勝利して糧としてきた唯一無二の強者たち。

 【山竜王】にとっても決して無視できない存在であり、他の何よりも己の糧と成り得るソレら。

 屍を遺さなかったのも、刺したはずのトドメから舞い戻ってきたのも、こうして己が目覚めを選ぶほどに脅威を覚えたのも。

 さてはかの生き物がそうした()()であるからか――そう【山竜王】は()()()した。

 

 言うまでもなく思い違いである。

 しかしつい先日までずっと眠り続けていた【山竜王】は、<マスター>なる者たちの出現を全く把握していなかった。

 昨今の騒々しさも、どうせまた地上の小さな生き物たちが争っているのだろうと気にも留めていなかったのだ。

 幸か不幸か<マスター>の出現以前から長きに渡って眠り続けていたために、また彼に近付く部外者を当時の禁足地を定めていた部族が許さなかったために、今日まで接触する機会がなかったのである。

 

 そんな事実など露知らず、一方的な思い込みから()()になった【山竜王】は、改めて眼前の外敵を認識した。

 そうして見てみればなるほど、随分と大きな生き物だと感心する。

 この身に至って幾星霜、これほどの巨大生物は【山竜王】をして初めて見る手合いだった。

 

 ――それは己の身体の半分近くもある、二足歩行の生き物だった。

 全身を()()()()()で覆い、四肢はすらりと伸びて、起伏としなやかさに富んだ体付きは人間範疇生物(ニンゲン)の雌のように見える。

 両の掌こそ不自然に大きく、そこから生えた五本の長い指が地表を削りそうな程に伸びてまるで振り子のようだったが、全体的な造形は彼が知るエルフなる生き物たちに近い。

 純白が覆う全身に体毛は無く、頭頂から伸びる肌と同色の毛髪が、まるでオーロラのように不可思議に輝いて棚引いていた。

 

 なにより己を見下ろす、敵意と憎悪に燃え盛る銀河の如き瞳。

 背ほど高い位置にないとはいえ、それでも己を見下ろし得る稀有な存在が放つ苛烈なまでの殺意に、【山竜王】はこれが恐るべき()()であることを認識した。

 

『GRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW――!!!!』

 

 そうであるならば容赦は無い。

 命を脅かし得る外敵と戦うは生命としてあるべき姿。

 久しく味わっていなかった()()に【山竜王】は奮い立ち、これを斃すべく咆哮と共に前脚を上げて――

 

「うるさいッッッッッ!!!!!!!」

『GYRRRRRRRRRRRRRUUUUUUUUUAAAAAAAAAAA――!?』

 

 ――己の背中(山頂)から轟く声を聞き、全身を貫く大衝撃を知覚した。

 山のように分厚く、巌のように硬い外殻を越えて脳天まで揺れ動くような大打撃。

 文字通り()()()()()()()()に、【山竜王】の混乱は留まるところを知らなかった。

 

 あるいは両者の激突を見守っていた部族の者たちには見えただろう。

 集落を捨てて十数キロメテルも離れた遠方から、《望遠》アイテムを用いて監視していた彼らには、かの山が絶叫を上げる一部始終を目撃していた。

 

 数キロメテルの距離を空けて対峙していた巨人が、()()()()()()()()()()【山竜王】の背に取り付き、組み合わせた両拳を鉄槌のように振り下ろす様を。

 何の衒いも無いただの打撃。しかしそれに至るまでの力強さが……途方も無く()()()

 全長三〇〇メテルの巨体でなくば影すら捉えられなかっただろう恐るべき身のこなしで、かの巨人は山を砕いたのだ。

 

「うるさいッ、うるさいッッ、うるさいッッッ!!」

『GYUUURRRRRRRRRRRRRRRRLLLLLLLLLLLLAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 

 堪らず上げた絶叫が更に巨人の怒りに触れたのか、巨人は癇癪を起こしたように喚きながら幾度となく拳を振り下ろす。

 そのたびに【山竜王】の()は揺らぎ、砕けて。偉容極まる雄峰の稜線を歪に崩していく。

 

 あの【山竜王】が。

 レジェンダリアの生ける伝説が。

 妖精郷の民に数々の恵みを齎してきた大地の化身が、痛苦に喚いている。

 数少ない過去の戦闘記録では、()()()()()ですら歯が立たなかった【山竜王】の外殻が、巨人の拳で少しずつ砕かれていく。

 

 殴打に次ぐ殴打は、繰り出す巨人のスケールがあまりにも大きいがゆえに錯覚を起こしそうになるが……明らかに()()()()()()いる。

 音の数倍――否、()()()はあろうかという速度の連撃は、最早拳というよりは流星雨に等しい。

 攻撃速度に反して発生しないソニックブームは、一連の行動が巨人の純粋なAGI(速さ)によって実行されているためだと観測者が理解したとき、彼は思わず意識を手放しかけた。

 

 すなわちあの白銀の巨人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かつ()()()()()()()であるという()()だということ。

 そんな神話の如き巨人が、あろうことか多大なる殺意を抱いて大地の化身を屠ろうとしていた。

 

 戦いを見守っていたティアンたちは、そこであることに気付く。

 少しでも多く情報を探ろうと《看破》に長けた部族の斥候役が、巨人のステータスを覗けることを察知した。

 【山竜王】の方は力量差から名前以外碌に閲覧できないものの、巨人の方は詳細まではっきりと視えてしまっている。

 ――そしてそれこそが彼らにとって最大の驚愕だった。

 

 かの竜王と相対せしは【巨人】。

 ()()()姿()()()()非人間範疇生物(モンスター)ではなく、正真正銘、彼らがよく知るところの()()()()()()()による【巨人(ジャイアント)】。

 厳密にはその頂点、【巨人王(キング・オブ・ジャイアント)】という名の超級職。

 それが意味するところは、かの巨人が【山竜王】と伍する<UBM>などではなく――人間範疇生物であるという事実だった。

 

 ◇

 

 【巨人】というジョブがある。

 【鎧巨人】や【盾巨人】といったスキル特化の上級職とは異なる全くの別種。

 レジェンダリア固有のジョブであり……史上稀に見る()()()であると専らの噂の系統だった。

 

 理由は幾つかある。

 まずティアンにとっては、このジョブが今は亡き巨人種族にしか適正が存在しないとされ、彼らが慣習的に就くジョブ系統だったからだ。

 意味合いとしては吸血氏族が就く吸血鬼系統に近いが、しかしそれとは比べるべくもなく()()点が決定的に違った。

 

 下級職の【巨人】の場合、傾向としてはSTRとENDの物理ステータスの伸びが良く、下級職の中では高い部類だ。

 しかし武器スキルや汎用スキルを一切覚えず、覚えるのはたった一つの固有スキルだけ。

 そしてそのスキルこそが最大の要因だった。

 

 そのスキルの名を、《巨人》。

 スキルレベル一につき()()()()()H()P()()()()()()スキル。

 ……ただし()()()()()()()()()、という条件付きで。

 

 ジョブ名と同じ名を冠するこのスキルの効果は……あまりに微妙極まりないものだった。

 仮に他種族にも適正があったとして、巨人ならざる種族では大柄だったとしても精々五メテル前後。

 大半の種族は二メテル前後が殆どの中で、例え下級職時点での上限であるスキルレベル五に達したとしても、得られる見返りが約一〇〇〇〇から二五〇〇〇のHP()()ではあまりに割に合わない。

 上級職である【大巨人】になればスキルレベル一〇まで解放されるが、それでも二つしかない枠の一つを埋めて得られるのが一メテルの身長につき一〇〇〇〇のHPとステータス補正だけでは遥かに見劣りする。

 

 そして万能の適正を持つ<マスター>にとっては、固有スキル発動の条件があまりに不適合だった。

 なぜなら<マスター>は()()()()()

 彼らは死して尚蘇り、<エンブリオ>という超常の力を持ち、才能の限界を持たないが……()()()()()

 ステータスやレベルのことではなく、()()()()()成長しない。外的要因による体型変化こそすれど、()()()()()()()()()()()ということがない。

 《巨人》スキルの副次効果として資質や摂取した栄養に応じて体格の成長に補正が掛かるというものがあるが、<マスター>には何ら無意味だった。

 

 巨人種族以外のティアンにとっては適正の無さのために。

 <マスター>にとっては生態とジョブ特性の不適合のために。

 二つの理由で()()とされた、欠陥のジョブ系統。

 

 救えないのが当の巨人からすれば、このジョブ系統以外の適正に恵まれることが少なく、豊富なHPを活かす手段に乏しかったことだろう。

 せめて人並みのジョブ適正でもあれば話は違ったのだろうが、巨人種族は数多ある亜人種族の中でも特に適正に恵まれない種族である。

 ジョブシステムに囚われる人間範疇生物である以上、その不利は彼らの衰退を後押しし、やがて妖精種族による排斥へと至った。

 

 結論を言えば()()()()()()()()()()()()()()の一点に尽きるだろう。

 相性が悪い、という言葉だけでは片付けられないほどの絶望的な相性の無さ。

 ただ体格に合わせてHPが増えるだけでは、それは的が大きいだけの単なる木偶の坊だ。

 もしかしたら()()()()()()事情も異なったのかも知れないが……それは今の世界を生きる者たちにとって無関係である。

 

 しかし、だ。

 一見して無価値に思えるジョブの数々を<エンブリオ>によって覆すのが<マスター>という人種でもある。

 かつて同じく弱小とされた獣戦士系統がガードナー獣戦士理論の登場によって一躍脚光を浴び、【獣王】の誕生によって終焉を迎えたのと同様に。

 

 ――たった一つの<エンブリオ(例外)>によって、前提は如何様にでも覆る。

 

 ◇

 

『GWOOOOOOOOOOOOO――!!!』

 

 実時間にすればほんの十秒足らず。

 しかしその間に数十手もの打撃を食らい、【山竜王】は過去最大の痛みを無数に浴びていた。

 だがそれで臆すようであれば古代伝説級ではない。

 ダメージに動きが鈍り、痛みに怒りを燃やしながらも打開策を講じて【山竜王】は奮起する。

 そしてそれは()()()として顕れた。

 

 【山竜王】が甲羅の上に背負った山。

 大質量の塊であり、喰らったリソースの貯蔵庫であり、最大の武器でもあるそれが咆哮と同時に爆発し、取り付いていたエクスの至近で炸裂した。

 土石が音速を超えて爆発四散し、質量と運動エネルギーの相乗効果によって凄まじい大破壊を巻き起こす。

 ステータスに依らぬ魔法現象としての大規模物理攻撃にエクスは攻撃の手を止め、超抜したAGIが齎す停滞した主観時間の中で思考を巡らせ、距離を取る。

 全長三〇〇メテルの身体が齎す歩幅と超々音速機動によって秒を数える間に一〇キロメテルも離れ、いよいよ攻勢に出た【山竜王】を油断なく……しかし変わらず怒りに燃えた眼で見据えた。

 

(……そろそろ一回目の時間切れ。ここまで急ぐのに殆ど使っちゃったから仕方ない。でも、先手は取った。ここからが本番)

 

 やや過剰気味に距離を取ったのは、里での遭遇戦で敵の手札の一端を把握していたから。

 かの竜王はその巨体とそれを支える物理ステータスも然ることながら、古代伝説級<UBM>らしく厄介な能力を持っている。

 

 それは【山竜王】を中心とした半径二キロメテル以内の空間への重量圧迫。

 一度目の戦いでエクスを()()()()()()()()、周囲の環境を()()()()()現象の正体。

 【山竜王】が擁する巨大重量そのものを領域内の対象に加重する殲滅能力。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の名を冠するに相応しい能力の名を《マウンテンプレッシャー》と呼んだ。

 

(一瞬だけとはいえ()()()()()()、仕切り直しまでに踏み潰される。それにあの大爆発……前のときは使ってこなかった。つまり第二の手札……()()()()()

 

 そしてエクスが危惧した第二の手札。

 背負った山という大質量を用いた地属性魔法攻撃、《ロックアヴァランチ》

 先程のは至近距離での炸裂だったが、恐らくは遠距離への狙撃砲火も可能なはず。

 炸裂の規模からするとこの距離でも容易に届き、無防備に直撃すれば今の自分にも大ダメージを与え得る。

 

(だけど地属性魔法の性質上、物質として背中の山を切り崩す必要がある。……でも失った分の質量は補充してるね。物凄いMP消費量のはずだけど、たぶん周囲の自然魔力から調達してる。レジェンダリアならそれが可能。でも補充してるってことは、規模にもよるけど連発はできないってこと)

 

 背負った山の大部分を炸裂によって失ったはずだが、それが修復されていくのをエクスは見た。

 レジェンダリアの領内に漂う可視化された自然魔力が【山竜王】に吸収され、それに伴い周囲の地表が捲れ上がって再び山を形成する《オロジェニー・リジェネレーション》

 

 すなわち広域への加重圧殺、堆積質量を用いた超遠距離への大質量砲撃、そして収奪した自然魔力による質量修復。

 そこに図抜けた巨体と物理ステータス、《竜王気》を複合させた重戦車の如き戦闘スタイル。

 それが【山竜王 ドラグマウンテン】――文字通りの()()()()()だった。

 

(つまりは手段はどうあれ物理特化。()()()()()()なら――()()()()()()()()()()!)

 

 ほとんど停滞に近い高速思考の中で推測を終えたエクスは、驕りでもなんでもなく勝利を確信すると仕切り直しを開始する。

 念の為にもう数キロほど距離を置いて森林の只中に立ち、ゆったりとした主観時間の中でエクスは告げた。

 

「《オーヴァー・グロウ》、解除」

 

 そして三〇〇メテルの巨人の姿は一瞬にして()()()()()()

 

「――《オーヴァー・グロウ》、再発動」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「《ぺネンスドライブ:フィジカル》――()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()H()P()()()()

 

「――《窮鼠、猫を噛む》」

 

 ――先の攻勢では使わなかった【獣拳士】の()()を発動した。

 

「――()()()()ッッッ!!!」

 

 そして再び巨人は進撃する。

 その大いなる巨躯に、燃え盛るような怒りと殺意を滾らせ。

 ()()()()()()()怪力(STR)と、神速(AGI)と、頑強(END)とを携えながら――。

 

 ◇

 

 巨人系統は無用の長物である。

 それは確かだ。否定のしようがない。当の巨人ですら活かしきれなかったのだから。

 だが、その王位までもが弱いかと言えば……決してそうではない。

 

 巨人系統超級職【巨人王】のステータス傾向は、STRとEND、そしてSPに優れる。

 そして有する固有スキルは下位までと変わらずたった一つだけ。スキルレベルEXの《巨人》のみ。

 しかしてその効果は――()()()()()()()()()()()()()()()H()P()

 スキルレベル一〇の効力の、一〇倍。()()()()()()()

 

 並の種族なら二〇万前後の追加HP。

 超級職としてはあまりに利点に乏しく……先代【巨人王】のベルーゲルですら五〇〇万の追加に留まる。

 如何に王系超級職としてステータスの伸びが良いとはいえ、固有で得られるメリットがHPだけというのは、あまりにさもしい。

 

 ()()()()()なら話は別だ。

 【巨人王】エクスガリバーの宿す<エンブリオ>――【増殖装甲 ガリバー】なら。

 

 ◇

 

 【増殖装甲 ガリバー】。到達形態は六。

 両手の武器枠とアクセサリーの五枠、そして特殊装備枠以外を占有するボディスーツ型のアームズであり……()()()()()する()()()()()()の枕詞を冠するレアカテゴリーだ。

 頭髪を含む()()()()()と融合して初めて真価を発揮できる<エンブリオ>である。

 そしてその能力特性は()()()

 何の衒いもなく、特殊効果もなく、装備者をひたすらに()()()()()だけ。

 

 保有スキルは二つ。

 一つは初期スキルである《グロウアップ》。

 <下級エンブリオ>と呼ばれる第三形態までの間に成長を重ねたスキルで、最大()()()()()()()()()に巨大化できる。

 

 もう一つが<上級エンブリオ>への進化時に覚えた《オーヴァー・グロウ》。

 こちらも到達形態を経るごとに巨大化倍率を増していき、第六形態現在での最大倍率は()()()

 ()()()()()()()()()()()巨大化できるスキルだ。

 

 両者とも発動中継続的にSPを消費していくが、第六形態に達した今《グロウアップ》の消費はほぼゼロ。

 一方で《オーヴァー・グロウ》には少なくない消費が発生し、現時点での最大倍率時の連続使用可能時間はおよそ三〇分ほどである。

 

 そう……最長で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 エクスのアバター本来の身長は約三メテル。一〇〇倍化すれば、全長は三〇〇メテルに達する。

 そしてこのスキル効果を【巨人王】のスキルレベルEXに達した《巨人》スキルと組み合わせた場合……()()()()()もの追加HPを得ることが可能となる。

 

 モンスターとは異なり、本来体格とHP量が比例しない、ジョブシステムに依存した人間範疇生物たち。

 しかしその制限を取り払うかのように、【ガリバー】と【巨人王】のシナジーは体格に見合う生命力(HP)をエクスに齎す。

 そしてモンスターとは異なり、ジョブシステムを利用することのできる人間範疇生物(エクス)だからこそ、可能となる手段がある。

 

 それが()()()()()

 かつて最強を模索して検討されたビルド群の一つであり、必要条件の困難さから下火となったビルドの一つ。

 それをエクスは……()()()()()()、限りなく最高効率で実現できる。

 

 《オーヴァー・グロウ》のアクティブ効果と《巨人》のパッシブ効果によって規格外のHPを確保し。

 【苦行僧(サドゥー)】の素手限定スキル《ペネンスドライブ:フィジカル》によってHPを物理ステータスに転化し。

 三分の一以下にまでHPを減少させることで【獣拳士】齧歯類派生奥義の【窮鼠、猫を噛む】を発動させ。

 素手であるために発動可能な【哲学者(フィロソフィア)】の《高速思索》によって充分な思考時間を確保する。

 

 素手ビルド理論の基本(テンプレート)に則った戦闘スタイル。

 要となる《ペネンスドライブ:フィジカル》は本来使用後三〇分間のクールタイムが存在するが、それは特典武具で限定的に踏み倒している。

 またジョブ枠の都合で【硬拳士】にこそ就けていないものの……結果として三〇〇メテルの巨躯から繰り出す()()()()()()()()()()()はそれだけで脅威。

 短期的に見れば、かの"物理最強"すら凌ぐ、準<超級>としては破格のシナジーだが……当然弱点はある。

 

 それは耐性と対応力の欠如。

 <エンブリオ>の都合上、十分な各種耐性を確保するための()()()がなく、素手ビルドの都合上両手に武器を持つことすらできない。

 いや、最大発揮時のSTRでは殆どの武器は壊れて使い物にならず、そもそも規格外の巨躯のために、見合った大きさの武装など存在しない。

 そして規格外の巨躯を誇るために、攻撃の回避が困難でもある。無論最大発揮時にはAGIも飛び抜けているから避けることは可能だが、他の<マスター>のように小回りを利かせた効率的な回避は不可能だ。

 仮に大規模な魔法攻撃でも使われたなら、ENDだけでは対応しきれない付随効果によって単純なダメージ以上の被害を受けるだろう。

 

 だが、()()()()()()()において今のエクスに比肩し得る者はほとんどいない。

 それこそ相性次第では準<超級>ながら<超級>に渡り合える可能性を残すほどに、【ガリバー】と【巨人王】のシナジーは()()している。

 

 あたかも本当に()()から抜け出たかのように。

 山のような巨躯、無双の怪力、数歩で国を渡る神速、無類の耐久力を誇る()()()()()が、本気の殺意を以て古代から生きる伝説の【山竜王】に挑む。

 

 それが妖精郷において弱小とされた巨人種族、その最後の王から王位を託された自分(紛いもの)にできる、最大の弔いであるとエクスは決意して。

 

 ◇

 

 果たしてそこからの戦いは、本当に()()と呼べるものであっただろうか?

 神話と伝説の激突を目撃したティアンたちにはそれを推し量る術が無い。

 

 音速に四二倍する速度で巨人が迫り、竜王が《マウンテンプレッシャー》を以て迎撃する。

 周囲二キロメテルを圧殺する雄峰の畏怖を、しかし巨人は意にも介さず、僅かに動きを鈍らせただけで構わず進撃する。

 

 神話を凌駕する怪力を秘めた拳を巨人が振り翳し、竜王が《ロックアヴァランチ》の最大砲火を放つ。

 しかしそれを巨人は渾身の殴打で真っ向から打ち砕き、散らばる礫を残る掌で塵芥のように払い除け、やはり構わず進撃する。

 

 竜王が進退窮まり命すら削って応戦する。

 最早大地は波濤の如く荒ぶり崩れ、我が身を削って放たれる無差別の大噴火は、しかし巨人の防護を貫けず進撃を防げない。

 荒れ狂う大地は逆に踏み躙られ、飛び交う土石流は拳で払われ巨躯で防がれ、一歩、また一歩と巨人が近付く。

 

 やがて巨人が肉迫し、竜王は亀のように縮こまった。

 頭を無惨な瓦礫と化した山に隠し、四肢を精一杯折り畳みながら、どうか嵐よ去ってくれと祈るように閉じ籠もる。

 

 ()()()()()()()()()

 雛形から孵り、成長(グロウアップ)を重ね、尚も足りず肥大(オーヴァー・グロウ)し、未だ目覚めぬ異邦の巨人(ガリバー)なれど。

 かつて結んだ友誼を踏み躙った因果にただ怒り、目の前の怨敵に迫撃する。

 

 むしろその有様に一層怒りを燃え上がらせたかのように、銀河の双眸に太陽の如き焔を宿したかと思うと……雷鳴の如き裂帛を叫びながら両の拳を叩きつけた。

 

 叩きつけて。

 叩きつけて。叩きつけて。

 叩きつけて。叩きつけて。叩きつけて。叩きつけて。

 音速を遥かに超える速度で荒ぶる衝動のままに執拗に殴打して。

 やがてかつて山だったものが地表より深く埋もれると、今度は足で踏み躙って。

 

 踏み躙って。

 踏み躙って。踏み躙って。

 踏み躙って。踏み躙って。踏み躙って。踏み躙って。

 巨人の姿が大地の底に隠れるほど深くまで踏み躙り続けて。

 やがてかつて竜王だったものの断末魔の叫びが絶えると、地の底から巨人が這い上がった。

 

 その間、およそ十分弱。

 数えてみれば僅かな時間だが、その間に繰り返された破壊の数々は最早数えることすら馬鹿らしい。

 部族の領地だったものは跡形もなく蹂躙され、かつての姿を取り戻す手立てすら浮かんでこない。

 

 巨人の双眸が、部族を捉えた。

 彼らは一斉に身震いして、言葉もなく平伏した。

 それに巨人はようやく己を取り戻したように目の色を変えると……そのまま東へ歩み去り、姿を消した。

 

 最早あれが何者であるかなど部族の彼らにはどうでもよかった。

 あれが自分たちと同じ人間範疇生物であるなどとは到底思えなかったし、歯向かおうとさえ思えなかった。

 圧倒的な暴威に心はすっかり服従させられ……やがてそれが姿を消したことに、心の底から安堵した。

 得られるはずだった恵みも、その算用も。禁足地を侵され、集落を蹂躙されたことも。

 それらを考えることすら放り出して、ただ生き延びた喜びだけを分かち合った。

 

 

 ――さながら、過ぎ去りし災害を忘れるように。

 

 

 To be continued




次回、短いながらエピローグです。

【増殖装甲 ガリバー】
TYPE:フュージョンアームズ 到達形態:Ⅵ
能力特性:巨大化
スキル:《グロウアップ》《オーヴァー・グロウ》
必殺スキル:未習得
モチーフ:「ガリヴァー旅行記」の主人公にして巨人の代名詞、”ガリバー”
備考:
自己の巨大化一点特化の<エンブリオ>。
形状としては白銀のボディスーツで、スキル発動時には頭髪を含む全身の皮膚と融合する。
一点特化の割に巨大化以外の特殊能力が無いのは、巨大化に伴う体積・質量の増大や、それに起因する物理的・生理的構造の欠陥の補助、何より可逆性の巨大化が原因と思われる。
仮に不可逆の巨大化、もしくはより低倍率での巨大化上限に落ち着いていれば、何らかの特殊能力は付与されていた可能性が高い。

 (・3・)<まぁその場合、前者ならカテゴリーがTYPE:ボディになってただろうし
 (・3・)<後者の場合でも今より中途半端な<エンブリオ>になっていたかも。
 (・3・)<巨人系統との出会いが全てを変えました。
 (・3・)<あと素手ビルド。

 (・3・)<あと巨大化に伴う裏技として
 (・3・)<【ガリバー】の効果による巨大化で増設される最大HPと現在HPは外付けなので
 (・3・)<巨大化中の被ダメが非巨大化時の本来HPまで割り込んでいなかった場合
 (・3・)<解除時にまるっとキャンセルされて本来のアバターのHPとかは無傷です。
 (・3・)<でも状態異常とかはそのまま引き継ぐ。
 (・3・)<今回は相手が地属性込みで物理特化の地竜系【竜王】だったので相性が良かった。
 (・3・)<傷痍系状態異常は爆上げしたENDで大抵無効化できますしね。

 (・3・)<準<超級>の中でも最強格だけど、耐性面がガバガバなので割と穴は多いです。
 (・3・)<【光王】【嵐王】【魔砲王】あたりにはまず勝てない(と思う)。
 (・3・)<【獣王】相手なら全力発揮中は殴り合えるけど、仕切り直し時に死ぬ。
 (・3・)<ぶっちゃけるとウルトラマンみたいなビルドで<エンブリオ>です。
 (・3・)<外見はセファールだけど。

 (・3・)<更に余談ですが、作中人型というには微妙な形だったのは
 (・3・)<巨大化する際、ある程度は体型を変化できるからです。
 (・3・)<内なる変革を齎すSPを用いての巨大化(体型変化)……だからかもしれない。

 (・3・)<あとがきが長くなりすぎたので【山竜王】については次話にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06

 □レジェンダリア

 

 東部領域にて巻き起こった【山竜王 ドラグマウンテン】の討伐劇は数日の後に中央議会の知るところとなり、その下手人であるエクスは間もなく指名手配された。

 罪状は()()()()()()()()()()()()()()というもの。

 長年に渡ってレジェンダリアに利益を齎してきた【山竜王】産の固有資源の数々、それが永久に失われたことを議会は痛打と認識し、加えてその犯人が歴史の闇に葬った巨人種族であったことからこれを議会への反逆とも捉え、その罰則は()()()()()()にまで至った。

 ともすれば些か過剰にすぎる措置ではないかという声も少数上がったが、()()()()()()()()()()()()()()という一点のみで情状酌量の余地は封殺され、その決議は可決される。

 疑問の声を上げた一部の者たちにとっても、議会と波風を立ててまで論争する議題でもなかったためにやがて追認し、かくしてエクスは公共の敵(パブリック・エネミー)となった。

 そしてエクスはその措置を半ば諦めたように釈明も無く受け入れ――()()()()()

 

 エクスにとって指名手配自体は最早どうでもいい。

 しかし看過できなかったのはただ一つ――彼らが巨人(自分)を侮ったことだった。

 

 彼らは言う。

 「所詮は弱小部族。生き残りがいたことは驚いたが、ようやく掃除が終わっただけだ」

 「今更絶えたところで政治になんら影響は無い」

 「しかしそんな連中のせいで貴重な資源が永久に失われたのは許し難い」

 発表された声明は政治家らしい修辞に飾られてはいたが、つまるところ意図はそのようなものだった。

 誰も彼も一種族の滅亡をどうでもいいものと捉え、欠片足りとて顧みていない。

 哀悼の意を示す者はなく……最早彼らの主観の中に巨人種族というものは存在していなかった。

 

 それもこれも巨人種族が()()()()

 だから遺された最後の巨人(エクスガリバー)は、そんな連中を()()()()()()()と思った。

 

 ◇◇◇

 

 新たな指名手配犯の登場は、当初然程注目されていなかった。

 元よりレジェンダリアは七大国家で最も多数の指名手配犯の<マスター>が存在する国。

 またどこぞの変態が馬鹿をしでかしたのだろうという程度に受け止められ、誰も真剣には考えていなかった。

 【山竜王】という古代伝説級<UBM>が討たれたことも、千差万別の<エンブリオ>の力を以てすれば不可能事でもない。

 精々賞金稼ぎやPKをメインとする者たちが興味を示したくらいで、大多数にとって事件のことは蚊帳の外だった。

 

 ――故に、その襲撃は青天の霹靂だった。

 

 速い、と知覚すらできなかった。

 大きい、と視認する間もなく接近された。

 一体何が、と判断する時間すら許されず蹂躙された。

 

 全長三〇〇メテル超の巨人が、明らかに敵意を湛えてそこに立っていた。

 かつて街だったものの瓦礫を踏み越えながら、尚も執拗に街を踏み潰していく。

 振り子のように垂れ下がった両腕を振るえば、触れる端から何もかもが破壊されていった。

 かろうじて初撃を免れた者は応戦しようと立ち向かったが、あまりに隔絶した大きさと強さ(スケール)に一矢報いることすらできず、塵芥のように粉砕された。

 

『あたしは強い! あたしは強い!! 巨人(あたし)は強いんだ!!!』

 

 そうして蹂躙した後、巨人は勝ち誇るようにそう叫んだ。

 己の大きさと強さ、それを知らしめるように、声の届く限り叫び、勝利を誇る。

 

『ざまあみろ! あたしのほうが強い!! 文句があるならかかってこい、どっちが弱いか教えてやる!!!』

 

 そこで巨人の足元を這う小さな生き物たちはようやく理解した。

 この大きな生き物は、ただ蹂躙と勝利を叫ぶためだけにこの破壊を齎したのだと。

 

『小さいくせに! 脆いくせに! 弱いくせに! あたしの姿を見ろ! あたしの声を聴け! あたしの名前を思い知れ!!』

 

 あまりに身勝手で一方的な、癇癪のような大破壊。

 足元を蟻のように這い回って逃げ惑う人々を踏み潰しながら、白銀の巨人は顕示するように轟き叫ぶ。

 

『あたしは――【巨人王】エクスガリバーだ!!!!』

 

 荒れ狂う巨人を阻む者は遂に現れず……そして一つの街が地図から姿を消した。

 かつての営みの名残を示す、瓦礫の山を巨人の足跡として残して――。

 

 ◇◇◇

 

 かくしてレジェンダリアに新たに生まれた災害。

 "地均し"と仇名される、無作為に、無思慮に、妖精郷を徘徊しては破壊を齎す最後の巨人。

 それはあまりに稚拙な誇りを満たすためにあらゆるものを()()()()――世界最大の人間範疇生物(個人)だった。

 

 

 Episode End




お待たせして申し訳ありませんでした。
短いですが最終話です。これにて本作「亡国のガリバー」は完結となります。
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!

以下、余談。

◯【巨人王】エクスガリバー
(・3・)<推しの喪失に問答無用の指名手配が重なりタガが外れた結果、悪堕ち
(・3・)<元々巨人種族へのあれこれに関して議会へ不審を抱いていたのもあります
(・3・)<所謂ひとつの「無敵の人」モード、完全に開き直りました
(・3・)<悲しんでくれる人たちももういないんでストッパーもいない
(・3・)<現在の目標はズバリ「最強になること」で
(・3・)<ベルーゲルの遺言が彼女の中で変に捻じくれてしまったようです
(・3・)<そのために見境なく経験値を荒稼ぎするワンダリングモンスターと化しました
(・3・)<超ギガボディモンスターが雑に経験値稼ぎするような感じです
(・3・)<あと巨人種族を馬鹿にするやつ絶対殺すウーマン

(・3・)<やってることはすげー噛ませ臭いですし、何かの拍子にあっさり死にそうではありますが
(・3・)<もしも<超級>に進化して、<デザイア>に勧誘されるようなことがあれば
(・3・)<"顕示欲"とでも名付けられるんじゃないでしょうか

◯中央議会
(・3・)<こんくらい黒いっていうか、薄情でも許されると思った

◯【山竜王 ドラグマウンテン】
(・3・)<全ての元凶(でも本人にその意図は全く無い)
(・3・)<なんもかんも<アクシデントサークル>が悪い
(・3・)<基本的に限りなく無害に近い存在なのに、やむなしで因縁を吹っかけた先が最悪だった
(・3・)<全ての元凶ではあるが、ある意味最大の被害者とも言える

(・3・)<余談ですが彼から得た特典武具は【山如睡命 ドラグマウンテン】という
(・3・)<天蓋付きの超巨大サイズベッドです(縦横五メテル超)
(・3・)<効果はこのベッドで眠るとHP・MP・SPの自然回復速度が物凄く早くなる
(・3・)<またHPの回復に合わせてゆっくりとですが状態異常も回復します
(・3・)<日頃山に擬態してリソースを獲得していた能力がアジャストしました
(・3・)<指名手配のせいで回復や治療を頼れる先もなくなったので
(・3・)<オフモードでは野外にこれを設置して眠りながら回復してます

(・3・)<世界一豪華なベッド
(・3・)<どっかの魔王が血の涙を流して欲しがりそうな特典武具かも(


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。