【悲報】無限に転生してきた私、遂に人類をやめる【タスケテ】 (ねむ鯛)
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第一翔 始まりの転生
第1羽 生まれ変わったら鳥でした


はじめまして!最初に言います。これはなろうで掲載している拙作の宣伝です。なろうの方がかなり進んでいるので、もし面白いと思って頂けたら、そちらに読みに来て頂けるととても嬉いです。
*9/22で追いつきました。こちらでも最新話を閲覧可能です。
それでは、お楽しみ頂けることを願っています。どうぞ。


 

 信じられない……。胸の中を埋め尽くすのはその言葉だけ。

 右腕を上げれば白くてふわふわしたものが目に入る。同様に左手を持ってくればそちらもふわふわでモコモコ。高級なお布団に出来そうですね、なんて現実逃避じみた事を考えてみる。

 右足を虚空に向けて蹴り出してみれば、鋭い爪が付いた三本の指に、踵にはこれまたもう一本の指。

 ゆっくりと脚を下ろして呆然と空を見上げれば、お尻にピコピコと動くものがあるのに気づく。広がりの狭い扇のようなものが、動く度に弱い風を作り出した。

 

 ここに至っては認めるしかなかった。

 

 ―――私、鳥になってます!?

 

『うるさいぞ、バカ娘』

 

 ―――ガッデム!!

 

 事の始まりは私が転生した時に遡ります。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 ――ああ、また始まってしまったのですね。

 

 もう慣れ親しんでしまった感覚に、始まりの挨拶を心の中で紡ぐ。

 

『ハローワールド』と。

 

 転生し、新しい人生を始める為の言葉。

 

 そう、私は――――転生したのです。それもこれが一度目ではなく、何度目かもわからない程。

 

 ハローワールドとはどこで聞いたのかはもう覚えていませんが、私が転生するたびに溢すお約束のような言葉です。私は転生を繰り返し続けています。年月にしてみれば何千年、何万年、もう数えるのも諦めたほどの長さを。

 

 転生による新たな始まりを祝うための言葉であると同時に、終わらない無限を呪う言葉でもあります。

 前世と別れを告げ、今世を精一杯生きるための決別の一言。前の人生に戻ることができない以上、なにか心の区切りを作る必要があるのですね。

 

 ……ってあれ?おかしいですね。

 感覚的には目を開けた筈なのに真っ暗で何も見えない。

 ……まさか目が見えない、とか?

 いやいやそんなまさか。それは流石にハードすぎやしませんか?

 

 兎にも角にも、落ち着いて現状確認といきましょう。

 

 体は……動きますね。感覚もちゃんとあります。

 それに動いてみてわかったんですが、どうやら周りを何かで囲われているようです。

 

 だから暗かったんですね。

 私の目が見えない訳じゃないんですよ。

 絶対……たぶん……きっと……。

 さ、さあ気を取り直して脱出しますよ!思ったよりも体が動かせるので大丈夫でしょう。

 

 ――ぐぃ……ぐぃっ!

 

 う~ん。びくともしません。ガチガチです。

 残念ながら、このままこの壁みたいなものを押し続けてもらちが明かないでしょう。

 まあ生まれたばかりですからね。それは仕方ありません。

 狭い壁の中に押し込まれ、まさに手も足も出ない状況。

 でも大丈夫です。おじい様がこんなことを言っていました。

 

 ――手も足も出ないなら頭を使えば良いじゃない、と。

 

 なるほどなるほど、確かに理にかなっています。

 手も出ない、足も出ない。でも、頭なら出る。

 というわけで。

 

 ――チェストォォォォォー!!

 

 全力の頭突きを敢行。

 するとどうでしょう。ピシピシという音を出しながら壁から光が漏れ、周りが眩しくなっていく。

 あまりの光量に思わず目を瞑る。どうやら目はちゃんと見えるようですね、と一安心。

 

 そして光に慣らすようにゆっくりと目を開けると――――正面に壁が。

 真っ白で、ふわふわとした不思議な壁。

 

 ――モフモフには心誘われますが、水がしみこみそうで嫌な壁ですね。機能性は微妙かも知れません。

 

『嫌な壁で悪かったな』

 

 び、びっくりしました!今しゃべりましたね、この壁。新発見です。

 これからはこの壁を〈しゃべる柔壁〉と呼びましょう。

 

『……何を言っているんだお前は、上を見ろ』

 

 どこか呆れ混じりの声に従って上を見上げてみると。

 

 ――とても……おっきいです。

 

 巨大な瞳と視線が合う。合ってしまった。思わずスンッと真顔になるのも致し方なし。

 

『ふむ……』

 

 生まれたばかりの命を見定める様に見つめる瞳の主はそれに準ずる大きさの嘴を開く。

 

 突然のことに3秒ほど固まっていた私は、硬直が解けると当然の行動に出る。

 

 ――えっと、私、美味しくないので、食べないでもらえないでしょうか!?

 

 もちろんカタカタと震えながら全力の命乞いです。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 生まれた時の事を思い返していれば怪訝そうに巨大な純白の鳥が問いかけてきた。

 

『何をやっているんだ。お前は』

 

 ――いえ、なんでもありませんよ?

 

 自分が鳥であることを確かめるために謎の動きをしていた私は傍から見れば奇妙に映ったでしょう。

 

 気にしないでください。ちょっと現実逃避していただけですので。

 

 実はこの〈しゃべる柔壁〉もとい、純白の羽毛はお母様でした。先ほどの命乞いはバッドコミュニケーションだったようで。

 どうやら実の娘に食べないでと言われたことが割とショックだったらしく、すぐに私はめちゃくちゃにされてしまった。

 

 ――すみま……せん……でした……お母様。ガクッ……。

 

『フン、わかれば良いのだ』

 

 純白の羽毛の前に倒れ伏し力尽きた私は、〈しゃべる柔壁〉もとい、お母様への謝罪を口にする。

 

 ……いえ暴力を振るわれた訳でも、変な意味でもありませんよ?

 ただ、いきなり巨大な鳥のかぎ爪に優しく鷲づかみにされたと思ったら、楽しいお空の旅が始まって、バレルロールに鋭角ターン、果てには空中大車輪。

 三半規管と平衡感覚とその他様々な乙女の尊厳をめちゃくちゃにされつつ、自分が母親である事を懇切丁寧に説明された。

 ……ええ、たったそれだけです。ええ。

 

 ああ、思い出しただけで涙が……。

 

 それにしても……、と再び自らの腕、もとい羽を持ち上げてみる。そこに現れたのは人の腕ではなく母と同じ純白の翼。

 

 見上げた先にあった巨大な瞳の持ち主は母で、その正体は巨大な鳥。私が壁だと思っていたものも自分が入っていた卵だった。

 

 今世は人ではなく、鳥ですか……。

 

 実のところ私は幾度となく転生を繰り返してきましたが、人類以外の種族になったのは初めてなのです。数多の種族として生きて死にを繰り返してきましたが、そのどれもが二足歩行で五本の指が生えた、手を持ち言葉を解する、まさに人類だったのです。

 まあそこに、背に翼があったり、尻尾があったり、角があったり、ケモミミがあったり、etcですが誤差の範囲でしょう。

 何より問題なのは手がないから物が持てないということ。今になって五本の指に愛おしさを覚えます。人は失ってから大切なものに気づく愚かな生き物なのです。ああ、マイハンドよ……、帰ってきておくれ……。

 

「ピヨッピヨッ!」

 

「ッピヨピヨ」

 

『そうか、腹が減ったか。食事を取ってこよう。お前達、巣からは出るなよ?他の魔物に食われて死ぬからな』

 

 無くした手を偲んで黄昏れていると、頷いたお母様はバサリとその美しい翼をはためかせて飛んでいってしまいました。

 ああ、なんと言うことでしょう。今のお母様の発言を鑑みるにどうやらここは安全ではないようです。

 詳しい話をお母様に聞こうとしても、既にみえる範囲にはいません。早すぎますよ。

 そうやって途方に暮れていると側できれいな声……というか鳴き声がかけられました。

 

「ピヨッ」「ピヨヨ?」「ピヨチュウ」

 

 ……なんだか一部不穏な鳴き声が聞こえましたが気にしないことにしましょうそうしましょう。

 この鳴き声の主は私ではありません。

 私の弟妹です。どうやら私とお母様が楽しい楽しい遊覧飛行を楽しんでいた時に残りの卵から孵っていたようなので、子の孵り目(?)に会えなかったのが悲しかったらしく遊覧飛行の時間が追加されてしまいました。

 思い出したら楽しすぎてちょっとお腹から熱い物がこみ上げてきますよ。うッ……。

 

 ふう。それにしてもお母様が最後に「魔物がいる」って言っていましたが……。

 そんなに危険な場所なんでしょうか。平和な場所に見えるんですが。

 

 巨大なお母様が巣を構えることができるだけあって、ここは下手な高層ビルよりも高い大樹です。高さは抜きんでていて圧倒的。世界樹とでも呼ばれてもおかしくないような巨大な木です。おかげで視界を遮られづらく、周りを見渡すことができます。

 

 ほら、あっちの山なんてとってもきれいです……し?

 

 ――ズズズ……

 

 あれ?おかしいですね。鳥に産まれて目が変になってしまったのかもしれません。

 あの大きな山が動いたように見えたので……。

 ははは、まさか……ね?

 

 嘘でしょう!?あれ、生き物なんですか!?あんなのが来たら今の私では死んじゃいますよ!

 これは緊急事態です。エマージェンシーです。仕方ありませんね。私、今世は最初から自重無しで行こうと思います。

 とりあえず、現状確認は急務です……!

 

 まず私について。

 

 最初の記憶は人間の女性だったときのものから始まります。名家の娘として生まれて人生を終え、気づけば赤ん坊に。

 その後死しても幾度となく転生してきて今に至ります。

 今までの生では性別は皆女性。男性になったことはありませんでしたし、この体に性別があるなら恐らく女性でしょう。……雌とか言わない。デリカシーがありませんよ?

 とはいえ今までは全ての生において人類に転生してきました。今世のように人外に転生することなどなかったのですが、どうしたことでしょうか……。

 

 

 

 ステータス

 

 名前:なし 種族:スモールキッズバーディオン

 

 Lv.1 状態:普通

 

 生命力:30/30

 総魔力:15/15

 攻撃力:10

 防御力;7

 魔法力;6

 魔抗力:7

 敏捷力:20

 

 ・種族スキル

 羽ばたく

 

 ・特殊スキル

 魂源輪廻《ウロボロス》

 

 ・称号

 輪廻から外れた者・魂の封印

 

 

 おお、ありましたねステータス。無い世界もあるので、どちらかなと思っていたんですよ。

 まあ無かったら無かったでやりようはあるんですけど。

 

 まずステータスとは自分の現状と強さをはかるための指標のようなものですね。

 とはいえあくまで目安のようなもので、絶対のものではありません。ステータスとは世界が管理しているシステムの一つなのですが、現状を総合的に評価して数値に直しています。

 例えば、攻撃力10の人が攻撃力15の人に腕相撲で勝つこともありえます。これは先ほどいったように、攻撃力につながるものを総合的に評価しているからです。攻撃力15の人は腕相撲で攻撃力10の人に負けたけれど、その代わり腹筋や背筋、スクワットでは圧倒できると言った具合です。

 

 それにしても数値が低いですね。比較対象がないので強いか弱いかはわかりませんが恐らく弱いでしょう。

 まあ生まれたばかりですからね。お母様のステータスでも見ておけば良かったかな……。

 

 次にレベルとはその人物の成長具合を表すもので、いろいろな経験を積むと上がっていきます。これは世界のシステムから与えられた補助輪のようなもので、生き物が強くなるのをサポートしてくれています。私は知らないのですが、これにはなにか目的があるそうです。

 

 とりあえずそれは置いといて、スキルについて。スキルとは得意な行動や特殊な能力を名前として、ステータス上に示したものになります。これも目安のようなもので、同じスキルを持っている人でも訓練具合で効果量に確実に差が出ますし、スキルの効果内でさえ、得意不得意が現れます。

 

 そして本命のスキル「魂源輪廻《ウロボロス》」です。

 この能力は私が二度目に生まれた時からの付き合いになります。

 わかっているのはこの能力のせいで転生が起きること、そして過去に送ってきた人生から力を引き出せることの2つですね。

 それよりも称号に不安な事が記載されているんですが。

「輪廻から外れた者」はもう何度も見たことがあるので問題ありません。その名の通り、純粋な輪廻から外れちゃった人に生えちゃう物です、はい。

「魂の封印」これです。嫌な予感がバンバンするのですがどうしたものでしょうか。

 

「ピィヨ」「ピヨーン」「ピヨチュウ」

 

 ……あなかま。

 

 あなかまとはとある国の古い言葉で意味は「しっ!静かに!」。

 

 ともかく……。

 

 ソウルボード!

 

 ―― ソウルボード ――

 

 コア:スモールキッズバーディオン

 

 ・メイン:

 

 サブ:

 

 サブ:

 

 サブ:

 

 サブ:

 

 サブ:

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 ソウルボードとは私が得た前世の力を行使するために必要な、もう一つのステータスのようなものです。

『コア』は現在の私の種族になります。これは生涯変更することはできない生まれ持った種族のことです。

『メイン』と『サブ』は前世の種族、例えば『人族』や『エルフ』などを設定することができ、その力を引き出すためのスロットのようなものですね。ここに装備することで始めて前世の力を行使できるのですよ。

 

 ――種族は持ってるだけじゃ意味がないぞ!必ず装備しないとな!

 

 ……なんだか変な電波を受け取ってしまいましたが気にしない方向で行きましょう。

 とはいえ記憶がなくなるわけでは無いので経験に基づいた行動はとれます。計算なんかが良い例ですね。

 

 それと『サブ』に種族を設定した場合は残念ながら、能力値の発揮量は約4割に落ち、種族固有の能力やスキル補正なども7割程に下がってしまいます。『メイン』ならばなんと100%力を発揮できます。

 

 この前世の力を引き出すソウルボードを使用して『メイン』と『サブ』に設定する種族を、身体能力に寄せたり、魔法技能に寄せたり、万能型にしたりと非常に応用が利かせることができるのです。まあ前世が弱々だったら設定した種族も相応のものになるので次に活かすために修練は欠かせないんですけどね。

 

 と言うわけで私はこのチートと呼べるレベルの反則能力が使えるのです――――が。開いたソウルボードが全く反応してくれません。うんともすんとも言いません。種族が設定できません。

 

 ……………………。

 

 なんでぇぇぇぇえええ!?なんで機能停止してるんですかねぇ!?

 

 ……嘘でしょう?こんな危険地帯で生まれたての雛状態で過ごせと?

 今の私のスキルを見てくださいよ!『羽ばたく』ですよ!?何が起きるか見てみますか!?

 

 ひな鳥は『羽ばたく』を使った!

 

 バサッ!! バサッ!!

 

 しかし何も起こらない!

 

 ほらぁぁぁぁぁあ!!某コイの王様と一緒じゃないですか!!

 これでどうやって生き抜けと!?

 

 これも十中八九称号にある『魂の封印』のせいでしょうね!誰ですかホントにもう!こんな迷惑な封印をしてくれやがった奴は!!

 

 ……ところで何で自然界の動物が子供をたくさん産むか知っていますか?1匹や2匹減っても種が途絶えないためらしいですよ。

 ……気づきました?そう、子供は減ること前提なんですよ。……うぅ、お腹痛い。

 

「ピヨ」「ピッ」「ピヨチュウ」

 

 ……あなかま。

 

 現状に絶望していてもしょうがありません。

 

 目下の目標は自分の強化です。強くならないと生き残れません。

 それに、大切なひとを守りたいと思ったときに弱くては後悔します。失わない為にも、強く……!!

 

 そう決意したところで頭上に影が差した。

 すわ敵か!?と思いましたが羽ばたく音とともに降り立ったのはお母様でした。

 

『お前達、食事だ』

 

「ピヨヨ!!」「ピヨッピ!!」「ピヨチュウ」

 

 捕獲してきた獲物を弟妹達に見せると歓喜を滲ませてうれしそうに鳴いています。

 お母様は皆に持ってきた獲物をちぎって食べやすいように渡していきました。

 

『……どうした。お前は食べないのか?』

 

「ピィ(ええと……)」

 

 そこで後ろの方で躊躇していた私に気づいてしまったようです。

 いや、遠慮とかでは無いんですよ?

 その……お母様が持ってきた獲物なんですが、足が6本ありまして……。ええ、そうなんです、虫なんです。

 まだ動物ならばなんとかなったのですが虫は流石に……。しかも私よりも大きいですし。本格的に危ないなぁここ。

 

「ピヨ……(虫はちょっと……)」

 

 そう言った瞬間、お母様の目がキュピーンと光りました。

 ……嫌な予感がするんですが。なんで私を、獲物を見つけたぜ!みたいな目でみてるんですかねぇ。

 

『ほう?お前は私が出したものが食えんというのか?』

 

 ああァァァァァァァーーーー!?なんでそんなパワハラ上司みたいな事を言うんですか!?あなた人間じゃ無いでしょう!?

 

『ほら、食わんと大きくなれんぞ?』

 

「ピッ!!?(あっ!?やめ……ちょ、あ”ぁ”ぁ”!?)」

 

 この後めちゃくちゃご飯を食わされた。



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第2羽 急転直下

 耳元で風が轟々と音を立てる。下から吹き上げる空気に羽が持ち上げられた。

 

 直ぐ側には、恐怖の色を滲ませ同じように羽毛をはためかせる妹が。

 

 ――ああ、どうしましょうか。

 

 徐々に迫ってくる地面に絶望の念を抱く。未だ飛べない私達は天高く聳える大樹からパラシュートなしのスカイダイビングを敢行していた。

 もちろんやりたくてやったわけではない。

 このままだと訪れるのは―――――死。生まれてから数日、私は、私達は命の危機に陥っていた。

 

 ―――――なんでこんなことになってしまったのか。これは少し前に遡る。

 それは食卓に悲しいものが並ぶようになって数日経った今朝のこと。

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 私たちは順調に成長してすくすくと大きくなっていきました。

 サイズとしては人間大で膝辺りまでの高さでしょうか。まあ、お母様は見上げるほど大きいですからきっと私も大きくなるんでしょうね。 

 

 お母様がいない間じゃれつく弟妹達をあやすのは私の役目です。近づいてきたときに頭を撫でたりしてたら自然と懐かれていました。最初はまとわり付いてくる程度だったのですが次第に過激になり、突撃してくるように。最初は受け止めていたのですが、最近は全員一気に来ます。

 あの、体格は同じですからね?一斉に来られるとさすがに受け止めきれませんよ?

 

 押し寄せる羽毛達にビビった私。避けては怪我をしてしまうと、過去の人生で培った体術を使って受け流し、ポンっと空に投げ飛ばしました。しまったと思ったもののそこは鳥なのか、飛べはしないものの翼を広げてふわっと着地。

 無事なのを見てほっと胸をなで下ろしているのをよそに、弟妹達は面白かったのか飛び跳ねてピヨピヨ騒いでいました。全く……。

 そしていきなり静かになるとこちらをジッと見つめてきた。嫌な予感が……。

 バッと駆けだした弟妹達はもっと投げろとばかりに羽を広げて飛びかかってきました。待って?

 

 避けてしまうと下手すると怪我をする恐れがあります。私がヘトヘトになってダウンするか、弟妹達が飽きるまで投げ続ける羽目に。良い訓練にはなるのですが……。

 

 今日も今日とてかわいい弟妹達は私の体力など考慮せずに飛びかかってきます。先頭の子を投げ飛ばしてもいつの間にか最後尾に並んでいるのでこの遊びは無限に続きます。

 ……実はなにかのいじめでは?

 

 そんなとき興奮した1羽がこちらに突進してくる途中で躓いて転けてしまった。体が軽く、羽毛が柔らかいので地面で反発してバウンドする。空を舞っていますがどうやら怪我はないようです。

 全く……、気を付けて――ッ!!待っ!?

 

 その時、バウンドした子が別の子の上に落下しさらにバウンド。

 

「ぴ?」

 

 その子はなにが起こったのかも良くわかっていない顔で、止める間もなくそのまま巣の外に飛び出ていった。

 

 今更ですが私達の巣は巨大なお母様が住めるほど大きな木の上にあります。世界樹とでも呼ばれそうな程の大きさで下手な高層ビルよりも遙かに高い。

 

 そして巣の外に地面はない。つまりこのままだと――落下死する。

 

 それがわかった途端、気づけば飛び出していた。

 

 ――貴方たちはここで待っていてください!!

 

 想定外の事態に騒ぐ弟妹達へそう鳴いて空に身を躍らせた。

 頭を真下にして加速。風がゴウゴウと騒ぎ、恐ろしい速度で景色が流れていく。

 目をこらして必死に探せば恐怖で藻掻くあの子を眼下に捉えた。

 

 ――見つけた!!

 

 翼の向きを調整してなんとか向きを変え、落ち続ける妹に近づいて行きタイミングを見計らう。そして。

 

 ――捕まえた!!

 

 翼を広げて減速。同時に体勢を入れ替え足で捕まえることに成功する。驚いて見上げた妹は私の姿を認めると僅かに安心したような表情になった。

 

 さて。実は問題があります。

 

 この子はまだ飛べません。そしてなんと私も飛べません。

 ……どうしましょう。ここからなにも考えてなかった。

 

 体に打ち付けられる風を感じながら思ったのだった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 そうです。この状況は私がなにも考えずに、大樹の下に飛び込んだせいです。

 

 ……仕方ないじゃないですか!見捨てられるわけないでしょう!?

 

 ともかくなんとかしないと……!!

 妹を足でガッシリと掴んだまま翼を広げることで空気抵抗を増やし、減速を試みる。

 

 ――ほら、貴女も!

 

 私の指示に応えて必死に翼を広げる。おかげで落下するスピードが下がった。しかしまだ落下は続いています。減速したとは言えそれでも速度はかなりもの。このままだと地面に叩きつけられて死んでしまう……!!

 

 せめてなんとかこの子だけでも……!!

 

 そう思っても有効な手段は特になく次第に地面は近づいてくる。こうなったらイチかバチかアレに賭けるしかない!!

 

 足で掴んでいた妹を引き寄せ、背中に回す。

 

 ――掴まっていてください!!

 

 しがみついたのを確認し、空中で技の構えを取る。体の中から湧き上がった力強い光が右足に集っていく。そして、力を一気に解放。

 

 力強いエフェクトをまとった、小太刀を抜き放つような素早い蹴り。それが今の私の強さからは考えられない威力と速度でもって、木の幹に斜め下方向のベクトルで叩きつけられた。

 

 ――ッ!!

 

 強烈な衝撃。右足の痛みと共に落下の速度が一気に削り取られる。反動で木の幹から弾き飛ばされた。

 

 覚悟を決めて妹を抱きしめ自分が下になり、来たる衝撃に備え目をぎゅっとつむる。

 

 ――お願い!!

 

 かくして私達は――――生き延びることに成功した。

 

 幸運なことに弾き飛ばされた私達は、下に生えていた小さな木に向かって突っ込んだのだ。小さいとは言いましたが、巣がある一際大きな木よりであって普通に大きいです。ともかく木に突っ込んだ私達は枝が折れる音と共に減速。その後地面に叩きつけられたもののなんとか生きています。

 

 打ち付けられた背中は痛みますが私の上に乗っている妹も無事です。助かった……。

 

「ぴよっ!!」

 

 安心したのか妹が翼を広げてがばりと抱きついてくる。はいはい。もう大丈夫ですよ。私も抱きしめ返して、背中をとんとんと叩くことであやす。

 

 ……さて。

 天を()く大樹を見上げて途方に暮れる。助かったもののこれからどうしましょうか。

 一番下の枝でさえ遙か上空にあります。木の幹はどっしりと重厚で、登れそうな場所も見当たりません。自力で巣に戻るのは不可能ですね。

 これはお母様が戻ってきてくれるのを待つしかありませんね。

 

 そう考えていたとき正面の茂みから物音が。それに妹も気づいたのかビクリと反応する。庇うように前へ出た。下がっていてください。

 



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第2.5羽 ファーストエンカウント

 警戒する中、現れたのは灰色の狼の魔物だった。それも一匹ではない。別の茂みからも現れ、総勢十匹もの群れに。向けられる敵意から察するに、残念ながらお友達になりに来たようではないようですね。

 

 正面に狼の群れ、背後には大樹。逃げるには最悪の状況。しかし――

 

 牙を剥きだしヨダレをまき散らしながら襲いかかってきた一匹の攻撃を半歩下がることで回避。隙だらけの頭を蹴り上げ、追撃の横蹴りで吹き飛ばした。

 

 ――誰かを守るには最高の立地です。

 

 背後が大樹である限り、妹が後ろから襲われることはありません。私の目が黒い限り妹には指一本触れさせません。

 

 私は。私の家族を、大切なものを。害されるくらいなら、命を賭して抗ってみせる……!!

 

「ぴよ……」

 

 不安げに鳴く妹に安心しろとばかりに笑いかける。

 私は何度も転生してきた事で実感したのですが、私に戦いの才能はありませんでした。それに徒手空拳は苦手です。しかしこれでも戦闘経験は誰にも負けていない自負はあります。数え切れないほどの転生によって培った武術。

 才ではなく時間で磨き上げた私の戦闘能力で妹1人くらい必ず守りきって見せます。

 

 最初に襲いかかってきた狼の魔物が起き上がった。決めきれなかったのは口惜しいですが、これはあくまで防衛戦。打って出ることはできません。焦って隙を見せれば後ろの妹を危険にさらすことになります。気を静めてゆっくりいきましょう。

 

 呼吸を整え構えれば三匹が息を合わせて同時に襲いかかってきた。左右と正面の攻撃に、ステップで左にずれて狼を盾にすることで対応する。二匹がまごついている間に、一番左の狼の噛みつきに、地を這うように一歩踏み込んで顎に膝を打ち付け反撃(カウンター)で対処。

 ひるんだそこにヤクザキックで追撃。もんどりうって転がっていった。

 それは放置してまごついていた二匹に一気に肉薄すると、片方の足を刈り取る。地面に転がった一匹をよそにもう片方が牙を剥いて襲い来る。タイミングを合わせ顔に向けて足を振り抜けばクリーンヒット。ふらついた所に蹴りをたたき込み、起き上がろうとしていた一匹を巻き込んで団子になった。

 

 よし、これならなんとかなる……。

 

 喜んだのもつかの間、今度は今まで手を出していなかった別の五匹が一斉に飛び込んできた。

 ピンチ?いえ、チャンスです。

 

 飛びかかってくる五匹が交錯する地点でグッと身を屈めれば、光が足に集っていく。タイミングを計って。

 

 ――ここです。【昇陽(のぼりび)】!!

 

 光をまとった高速のサマーソルトキックが避けることも防ぐことも許すことなく、五匹まとめて軽々と打ち据え吹き飛ばす。かなりの飛距離で茂みの奥に消えていった。

 

 ――はぁ……はぁ……。成功……!!

 

 今私が使ったのは「戦撃」という技術です。先ほど木を蹴ったのも戦撃です。今のが【昇陽(のぼりび)】という技で、木に使ったのが【側刀(そばがたな)】という技です。

 

 自らの生命力と魔力を呼吸と共に練り上げ闘気として生成し、世界システムの力を借りて放つ技。

 

 攻撃の『型』を定めることで自由度を度外視して、威力と速度の爆上げをコンセプトにした技です。

 闘気を対価として発動でき、攻撃前の溜めをトリガーとして世界のシステムに助力を請い、発動。攻撃の終わりまでが一定の動作として定められた、私がとある前世で習得した技術です。一度技を発動してしまえば簡単には止められない反面、通常とは比べ物にならない威力と速度で攻撃を繰り出します。

 

 この技術は種族特有の固有スキルではなく、前世の経験としての判定なのか問題なく使えるんですよね。

 

 戦撃はおそらくこの世界で私だけが使える、私だけの切り札です。

 

 ともかく今の戦撃で五匹は確実に戦闘不能でしょう。戦撃の威力は折り紙付きです。ただ、生まれて大して時間の経っていない私では、体力的にもう使えません。

 

 落下のスピードを削るために一回。今ので二回。これが今の私が使える限界の数です。息もかなり荒くなっています。この状態で残り五匹をなんとかしないといけませんが、こんなのなんてことありません。なんたって私はお姉ちゃんですから。

 

 大樹と妹を背に未だ戦意の萎えない狼を睨み付ける。数秒の睨み合い。痺れを切らした狼が襲いかかってきた。あえて半歩前に出ることで相手の攻撃の呼吸をずらして隙を作る。相手の不格好な攻撃に丁寧な攻撃で返答。次いで横から飛び込んできた2匹目を受け流し、衝突させる。

 

 さらに3匹目の狼の突進は頭を踏みつけることで受け止め、蹴り飛ばして後ろに飛ぶ。背後の幹に着地。踏み台にされてふらついていた狼の頭に、全力の飛び膝蹴りを敢行。私の膝と固い地面に頭をサンドイッチされて動かなくなった。あと四匹。

 

 そこに死角から4匹目が飛び込んでくる。ちゃんとわかってますよ?動かなくなった狼を蹴り飛ばして空中でぶつけ、地面に落とした。

 

 ――はぁ、はぁ……。

 

 息が切れる。

 5匹目は一匹では無理だと学んだのか、最初の二匹と襲いかかってきた。二匹を陽動に隙を伺っている。面倒ですね……。

 

「ぴよ!?」

 

 その時妹の焦ったような鳴き声が。見ればさっき落とした4匹目が近づいて行っていた。しまった、思ったより復帰が早い……!!

 目の前の狼を蹴り飛ばして反転すれば背中に痛みが。

 

 ――()ッ!!

 

 隙を見計らっていた5匹目に引っかかれたようです。構わず駆け出す。

 今にも飛びかからんとしていた4匹目と妹の間に体を滑り込ませる。回避は間に合わないと判断。翼を盾にする。噛みつかれた。痛い。でも間に合った……!!

 

 ――私の家族に、手を出すな!!!!

 

 怒りを込めて顎に膝を蹴り入れる。牙が食い込み痛みが増しましたが、口を離させることに成功。膝を伸ばして蹴りの追撃、頭に踵を叩き下ろす。さらに地面に叩きつけられた頭を踏みつぶした。

 

 ――はぁ……!はぁ……!あと三匹!

 

 そこにすぐさま5匹目が大口を開けて飛びかかってきた。直ぐ側に妹。引けない。

 そう判断した私は前に出ると口の中に脚を蹴り込んだ。突然の異物感に目を白黒させながらも5匹目は顎を閉じた。

 

 ――はああッ!!

 

 牙が突き刺さる痛みを無視して、火事場の馬鹿力で狼ごと脚を振り上げ、地面に叩きつける。首からボキリと鈍い音がして動かなくなる。あと……2!!

 

 残りを睨み付ければ気圧されたように後ろに下がった。そこに突如飛来音。狼2匹に直撃した。

 巨大な羽が頭を地面に縫い止めている。

 

『無事か!?』

 

 助かった。お母様だ。姿を見た安心感からどっと疲れが襲ってくる。

 

『お前、血が……!?』

 

 私達の姿を認めたお母様は狼の死体を風で退かすと地面に降り立った。すぐさまお母様から暖かい光が飛んでくると痛みがなくなった。これは魔法でしょうか。ありがとうございます。

 

『すまない、遅くなったな』

 

 ――いえ、ただ少し疲れました。

 

 まぶたが鉛のように重い。抱きついてくる妹を撫でる羽も同じく鉛のようだ。

 

『ああ、ゆっくり休め。後は任せると良い』

 

 意識がなくなる直前聞こえたのは『やるじゃないか。さすがだ』という声だった。



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第3羽 招いちゃったけど来て欲しくなかった客

 あれから体感で一週間が経ちました。

 

 お母様に助けて貰った後、私は疲れと怪我から一日中泥のように眠ってしまいました。

 助けることができた妹は奇跡的に傷一つなく無事。私は結構な怪我を負っていましたが、魔物の回復力のおかげか今ではもう体に問題はありません。

 

 目が覚めたその日にはお母様も良くやったと褒めてくれましたが、同時に叱られてもしまいました。

 

 曰く『我が不在の中、よく妹を無傷で守り切ったな。お前は自慢の娘だ。だが我はお前が傷つくことも望んでいないことをよく知っておけ。今回は致し方ないとはいえ……もう無茶はするなよ』と。

 

 あの時、普段の傲岸不遜さが嘘のようにナリを潜めたお母様の態度は、私への心配から来るものだと理解できました。だからこそ、わかったと頷いた時、硬かったお母様の表情が柔らかくなったのを心苦しく思う。きっと必要となれば私はまた同じ事をするでしょうから……。

 

 ―――わっ!?

 

 そんな暗くなった感情を吹き飛ばすように、あの日自由落下から救い出した妹が突撃してくる。というか物理的に吹き飛ばされましたが??

 

 抗議するように送ったジト目も、地面に押し倒された私の上で楽しそうにはしゃぐ妹を見れば、緩くほどけていくと言うもの。かわいいからしょうがない。かわいいは正義、偉い人もいってました。

 

 弟妹達も育ち盛りなのか、最近では頻繁にじゃれついてきます。この子ほどではありませんが。

 落下事件の影響で止めるかと思いましたがそんなことありませんでした。じゃれついてくる弟妹達に対抗するようにこの子がさらに突撃して、それに対抗するように他の子も突進してきます。なんて負のスパイラル……。

 かわいいのは結構ですが、ちょっと勘弁してください。お姉ちゃんはもうバテバテですよ……。子供の体力には着いていけない……。

 

 ……虫を食べることにも慣れてしまいました。人間慣れるものですね。その代わりに色々と失ってしまいましたが。……乙女の尊厳とか。

 

 お願いしてみたら虫だけで無く動物や木の実も持ってきてくれるようになったんですけどね。

 おかげでなんとか生きて行けています。それでも定期的に虫はもってこられるんですが。私が嫌がってるのを見て楽しんでいる節もあるんですよね、あのお母様。単純にからかっているという感じなんですけど……。貴女はこどもですか……。

 

 まあ私の事を大切に思ってくれていることも確かなので、憎めないのですけれど。

 

 それとどうも強い魔物が巣の近くに寄ってこないようなんですよね。どうやらお母様はかなり強い魔物らしく、他の魔物の大多数は本能的に巣を危険地帯と認定して避けている様です。

 一度だけワイバーンのような翼竜が襲ってきたのですが瞬殺されていました。

 翼を一振りしただけでおしまい。哀れな翼竜は無数の羽が剣山のように突き刺さって撃墜されてしまいました。あ、もちろん遺骸は私たちで美味しく頂きました。火が使えなかったので生でしたが……。

 美味しいものが食べたい……。

 

 巣から不用意に出ることも出来ないので今は『羽ばたく』を使って体を動かすか、弟妹達の相手をする事で自らを鍛えることしかできません。無茶するわけにもいきませんし。……なんですか? 私だって好き好んで怪我したいわけではありませんよ?

 

 ……おっと。そうこうしているうちにお母様が帰ってきたようです。

 今日は果物があると良いなぁ……。

 

『お前達、帰ってきたぞ』

 

 バサリと降り立ったお母様が捕獲してきた獲物を地面に下ろしました。ふむ、今日は動物と木の実が少々ですか。当たりですね、良かったです。

 

『それと面白い土産があるぞ』

 

 ほうほう、なんだかかなり上機嫌ですし余程良いものを見つけてきたのでしょう。

 一体何なんで……しょう……か?

 

「ひゃう!?」

 

 腕が二つに足が二つ。仕立てられた布を身につけ、肌には毛も無く羽毛も無く鱗も無い。まさに肌色。

 お母様が放り投げたそれは巣に落ちるとかわいらしい悲鳴を上げました。

 

『人間だ』

 

 はい、人間ですありがとうございました。

 えぇ……、ホントこれもうどうしよう……。

 

「えっ……、えっ!?」

 

 未だに状況がわかっておらず、慌てて辺りを見渡す女の子を見つめながら内心で頭を抱える。

 

 現状で考えられる、お母様がこの子を連れてきた理由は大まかに3つ。

 

 1:単純に見つけたから。理由は特になし。

 これが一番平和な理由。でも恐らくあり得ません。いやでもお母様ならある……?

 

 2:ご飯として連れてきた。

 マジムリ。流石に食べられません。困りますお母様。

 

 3:狩りの練習用

 これが大本命。そして一番むごい結末。別名パワーレベリング。

 パワーレベリングとは自分より強い味方に手伝って貰って、お膳立てされた安全な中で相手を倒し経験値を稼ぐ方法です。

 ただでさえレベルがある世界なんだから生態系の中に組み込まれていても不思議では無いでしょう。

 

 つまり私たち全員がこの子をいたぶることになる。私はともかく、まだ狩りなどしたことも無く技術はつたない弟妹たち。それこそすぐに仕留めることができずに、無駄に傷を負わせ、なかなか死ぬこともできない地獄の苦しみを味合わせることになるでしょう。

 元人間として流石にそれは許容できない。しかし私はまだ子供。お母様にお許しいただけるかどうか……。

 

『ほら、しばらく好きにして良いぞ』

 

 ッ!!なら!

 お母様の言葉で不穏な空気を感じたのか、慌てて逃げだそうとした女の子の足下に潜り込み、足を狩って羽を使いなるべく優しく地面に転がした。おまけに逃げ出さないように踏みつけて。

 

「むぎゅ……!」

 

 ……ごめん。許してください。

 さて……

 

「チチチチチ?(お母様、これ気に入りました。私に譲ってくれませんか?)」



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第4羽 生き残る術……それは……!

 

 どうしてこうなったんだろうか。

 突如として大きな鳥の魔物に連れ去られることになってしまった少女、ミルは眼前ではしゃぐ子鳥たち(とはいっても人の顔よりは大きい)に戸惑うしかなかった。

 

 ミルは小さな辺境の村に生まれただけの少女だった。けして裕福ではなかったが両親とともに幸せに暮らしていた。村には子供はさして多くなく、同い年に生まれたのは幼なじみの男の子だけだった。

 ある日少女は村を出ることになる。きっかけは男の子に冒険者に誘われたことだった。

 冒険者とはごく簡単に言うと、危険な魔物を狩ったり、依頼をした人の要望を達成してお金と実績を積み上げていく職業だ。

 薬師のおばあさんに薬草学を、たまに村にやってくる仲の良い冒険者のお姉さんに魔法の手ほどきを受けていたこともあり、駆け出しとして問題のない実力だった少女は少し考えた後頷いた。

 

 冒険者のお姉さんに聞いていた話だと、無理さえしなければ両親に仕送りをしてなお今より裕福な暮らしはできるし、なにより村の中で年が近いのは男の子だけであり、漫然と将来をともにするだろうと思っていたからでもある。

 

 事実、村から出て冒険者になってみれば男の子の剣技が確かなこともあって、二人はしっかりと冒険者としての道を歩み始めていた。少女は男の子のストッパーになることも多かったが。

 

 そして少女の薬草学の知識をいかして貴重な薬草を取りに来たのが運の尽きだった。最近は順調で油断していたのもある。

 そこは帝王種という世界でもとびきり危険な魔物がいるというヴィルズ大森林の入り口の入り口の入り口だった。かなりの浅層だったので、気をつけてさえいれば問題なかったのだが目的の薬草が見つからず、あとちょっと、あと少しだけと奥へと進む内に気づけば二人の実力では危険な深さまで入り込んでしまい、帰ろうとした矢先に魔物に遭遇。

 交戦するも全く敵わず、煙玉や魔物の嫌う匂いを出す匂い袋などの消耗品を湯水のごとく使い命からがら逃げ出すことになる。

 ところが件の魔物がかなり執念深く、その後もひたすら追いかけ回された。

 見つからないように移動する内に更に森の奥深くに入り込んでしまい、街に帰ることもできず遂には見つかってしまう。

 道具もなく、精根尽き果て万事休すかと思われたときにそれは降り立った。二人では歯も立たなかったその魔物をいとも容易く仕留めて。

 

 純白の翼に見上げるほどの巨躯、そして他を凌駕する圧倒的な覇気。

 それは二人が絶対に敵わないと思わされるには十分で。

 さっきまで二人が殺されかけていた魔物がまるでただの子猫に思える程の差。

 

 あまりの衝撃に二人は呆然と見上げるしかなかった。

 

『……む?珍しいな、人間がこんな所に……。しかも死にかけている。……迷い込んだか』

 

 まるでようやく気づいたかのように目を向けてくる鳥の魔物は、事実今まで気にもとめていなかったのだろう。それは油断や慢心によるものではなく、彼我の差がありすぎるが為に見落としてしまっただけであった。

 しばらく動きを止めていた鳥の魔物は何かを思いついたように語りかけてきた。

 

『お前達の力ではどうせこのまま死んでしまうだろう。気まぐれだが救いをやろう』

 

「……え?」

 

 突然のことに戸惑うばかりの二人だが、先の魔物に付けられた傷がみるみる治っていく。

 

「すごい……」

 

 奇跡のような光景に二人は感激し、何度も感謝の言葉を口にする。

 

『ふむ、礼は良い。代わりにそっちの女を連れて行く』

 

 感激ムードだった二人の空気が凍り付いた。

 何を言われたのかを理解し、何かを言おうとしても口からハクハクと空気が漏れるだけで言葉にすることができなかった。

 

「は……、どう言う事だ!?」

 

 その空気を壊して最初に口を開いたのは男の子の方だった。

 

『……どうもこうもない。我はお前達を助けた。礼としてその女を貰うだけだ』

 

 先ほどまで死にかけ、恐怖に震えていただけの人間がくってかかっている。

 何を思ったのかはわからないが白翼の魔物は見える変化を目を細めるだけに留め、そう返した。

 

「そんな……、なら代わりにオレを……!!」

 

『残念だが既に決めたことだ』

 

「クソォ!!」

 

 破れかぶれ。既に刃こぼれが酷い剣を抜きはなって決死の突撃をするも、翼をはためかせるだけで吹き飛ばされる。

 

「あっ……」

 

 地面を転がった男の子が体を起こす頃には少女は既に手の届かない上空にいた。

 

「そんな……」

 

 最初に邂逅したときとは全く違った意味で見上げることしかできない男の子。そんな彼に少女をさらった魔物から魔法をかけられる。

 

『……それは失せ物探しの魔法だ。一度きりだが貴様が帰るまでの道しるべとなるだろう。効果が切れるまでの間は我の力の残滓がそこらの雑魚なら遠ざけることができる。だがこの森にこれ以上踏み込めば効果は保証できん。諦めて帰ることだ』

 

「そんな……、そんな……」

 

 二転三転する現状。突然すぎて未だ状況が把握し切れていないがそれでもこの魔物が自分の意を翻す気がないことはわかった。

 未だ諦め切れていない男の子に対して少女はとある決意をする。

 

「いままでありがとう。さようなら」

 

 それは別れを告げることだった。少なくともこれで彼は生きて帰ることができる。少女だってすぐに殺されるわけではないだろうと思っていた。

 そうでないならこの場で殺されていただろうからだ。

 

『……ふん』

 

 少年は少女の背に愕然とした表情を向け、それは自分への不甲斐なさに歪む。魔物は一瞥しただけで飛び去っていった。

 

 

 

 

 そうして少女は魔物に連れ去られたのだった。

 それが……。

 

『うまい!うまいぞ小娘!!光栄に思え!この我が褒めてやろう!!』

 

「ピヨピヨ!!」「ピ~ヨ!!」「ピヨチュウ!!」

 

 それがこの鳥の一家に餌付けすることになるなんて思ってもいなかった。

 

 



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第5羽 やっておしまい!

 

「むぎゅ」

 

 白翼の魔物に巣と思わしき場所に降ろされ、不穏な空気を感じ取ったミルが恐怖を抱いて、咄嗟に逃げだそうという考えに至るのはそう難しい話ではなかった。

 とは言えその試みはあっけなく止められることになるが。

 逃げ出そうとするやいなや、子鳥の内の一羽に意図も容易く押さえつけられてしまった。

 

(全く反応できなかった……!!こっちの小さな方でもこんなに強いの!?)

 

 魔法をメインで使うが故に前線に出る方ではないものの、ミルはこれでも冒険者だ。軽めの護身術の類は練習させられている。

 それなのにだ。

 

 上手かった。自分よりなんて次元ではなく、今まで見た誰よりも上だった。

 

(これじゃあ逃げられない……)

 

 何の為に連れてこられたのかはわからなかったが、魔物が離れるタイミングが必ずあるはず。そう考えていた彼女は自らの見通しの甘さを痛感していた。

 

 見たところ子鳥は6羽いる。その全てがこの強さだと考えると生半可ではいかないだろう。

 これでは今もこちらを見下ろしている魔物が居なくなったところで大差はない。

 

 というか背中が痛い。そろそろ離せ。

 

 そんなこんなで現在の状況に軽く絶望していたミルだったが、どうやら親子|(おそらくだが)の間で話がまとまったようだ。

 とはいえ子鳥の方はなんだか必死に鳴いているだけで、何を言っているのかは分からなかったが。

 その様子が不覚にもかわいいと思ってしまったのは内緒だ。

 

『ふむ……、そこまで言うなら良いだろう。お前が面倒を見ると良い。おい、小娘』

 

「あ、はい」

 

『しばらくはこいつが面倒を見る。指示には従えよ』

 

「えっと、わかりました」

 

 ミルは頷く。というかそれ以外の選択肢なんてない。

 そこで乗っていた足がどけられたと同時に、目の前に真っ白い翼が差し出される。

 

「チチチ」

 

「あ、うん。よろしく?」

 

 まるでよろしくとでも言っている様なその姿にこちらも手を差し出しそう返すのだった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

「えっとね、これが魔法を使うための杖で、こっちがあたしが使うための道具が入ったバックだよ」

 

 どうも皆様。なんとかお母様の許可をもぎ取り、この少女を私物化した私です。……誰に言っているんでしょうかこれは。

 

 ともかくバッドエンド一直線は回避できました。流石に人間が目の前でスプラッターになるのは見たくはありませんでしたし、下手したら私も参加しなくてはいけませんでしたからこの結果は上々でしょう。

 まあ、お母様が本当にそうするつもりだったのかは不明ですが。私の予想ですからね。

 

 今はこの少女が逃げ出さない様に、座らせた少女の膝の上に座って持ち物を(あらた)めているところです。

 膝の上に座っているのに他意はありません。ありませんよ?(圧)

 

 それはともかく翼で指してバックの中を見せるように指示します。

 バックはそこそこの大きさだったのですが中身は寂しい物でした。なくしたか使ったかしたのでしょうか?

 

 出てきたのは使い込まれた本が一冊に、カードが一枚、それに携帯食料|(おそらく)と二種のナイフ、小瓶が数本。

 携帯食料があるのに水がないのが少々気になりますが、この場合は恐らく魔法で出せるのでしょう。いままでの人生で、魔法がある場合は大体水なし携帯食料ありはデフォでした。水は結構嵩張りますからね。

 

「こっちは薬草の本。絵がついててかなり貴重なやつ。あたしに薬草学を教えてくれた人がくれた大事な物」

 

 ふむふむ。

 

「これが冒険者カードであたしの身分証明書みたいなもの。それで携帯食料と採取用のナイフが2本」

 

 ほむほむ。

 

「それとこれが料理をするための調味料だよ」

 

 ……ほほう。

 

 今更な気もしますが、私に対して違和感を持たせないようにお母様に料理について質問します。

 

『料理とは人間が加工した食事のことだ』

 

 ならば実践して貰おうではないか、とばかりにお母様が持ってきた肉塊の一部を分けて貰い、少女に向けて差し出します。

 

「……えっと?」

 

 あなたにはお仕事として私達のご飯を作ってもらいます!!

 おいしいごはん食べたい(本音)!!

 そうして少女の魔法を使って作られた特製ステーキに全員が群がるのはそれからすぐのお話。

 

 

 



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第6羽 料理は剣よりも強し

 

 あれから体感で更に2週間。弟妹達の遊び相手として、飛びかかってくる度にちぎっては投げの大立ち回りをしたり、女の子の話し相手(基本的に聞き役)をしたりして過ごしていました。

 

 女の子を側に置くことを許して貰ったとは言え、それだけでは心配だったので彼女には自分を守る確固たる盾を与えてみました。

 それは料理人。……そこ、私が食べたいだけだろとか言わない。

 彼女が所持していた鞄の中に調味料があったのが発端でした。身振り手振りで彼女にして貰いたいことを伝え、お母様が狩ってきていた獲物を調理して貰いました。

 結果……大当たりでした。お母様にも大好評。やはりこういうときは胃袋から掴むべきですね。おかげで虫を食べることも激減。

 これにて彼女は私たちの中で失うには惜しい人物として認識され、保護対象の中に入りました。

 彼女も料理をしていれば害されることはないと理解したのか今では落ち着いて過ごしています。諦めたとも言う。ちなみに一度逃げだそうとしたので優しく転ばせてから、遠くに見える巨大な魔物を翼で指し示したら目が死んでいきました。酷いようですが万が一ここから逃げ出されると他の魔物に襲われて死んでしまいます。

 生まれたての私に転かされる程度の人物では、逃げる方が危険ですよ、ここは。せっかく安全を確保したのに逃げ出して食い殺されました、では寝覚めが悪すぎます。

 

 ちなみにあの子はどうするつもりだったのかをお母様に聞いたところ普通に練習台と言われました。

 セーフ!もう少しでスプラッターでしたよ。心臓が縮み上がる思いをしました。ええ、まったく。

 

「あらら、調味料がもうなくなっちゃったか。メル~、この薬草取ってきてくれるー?」

 

「チチチ(はいはい、わかりましたミル)」

 

 料理の準備をしていた女の子、ミルが薬草学の本を開いて、絵を指し示します。

 お察しの通りメルとは私の名前です。本名はメルシュナーダ。現在は調味料回収係。

 名前は仲良くなった結果、彼女が私を呼ぶときに不便だからと決まったもの。

 ミルは彼女の名前。ミルは昔から妹ができたときに自分にちなんだ名前を付けようと思っていたらしく、良い機会だと思ったのか私の名前を決めるときに「メル」のみにしようとしていたのだが、これにお母様が『これは我が娘だ!!』と猛反発。色々あった結果お母様の名前からも取って今の名前に落ち着いた。

 

 ちなみにお母様は天帝ヴィルゾナーダと呼ばれているらしい。ミルが初めて名前を知ったときに「あの伝説の……」とガクブルしていたので結構名前が知られている模様。その後のお母様の『もっと恐れるが良い』的なドヤ顔(鳥だからわからないけどそんな雰囲気だった)を見て、「あんまり怖くないかも……?」と少し落ち着いていたのが印象的でしたね。慣れてきていたのも幸いしたのでしょう。

 

 今更ですが私たちの巣は、俗に言うご神木なんてものが比べ物にならないくらい、巨大な木の上にあります。

 私はこれを地面まで降りて調味料となる植物を回収し、また登らなければなりません。結構しんどいんですよこれ。既に飛べるようになっているのが幸いでした。いえ、災いしたと言うべきでしょうか。弟妹達はまだムリですし。私も飛べなければきっと命じられることもなかったでしょう。

 

 料理を始めて3日目ほどでミルが持っていた調味料がなくなったのです。どうしようかと思っていたのですが、ミルは調味料の本を持っていたので事なきを得ました。しかも絵付き。なんと都合の良い。

 

 長年ここで過ごしていたお母様は本の植物を何度も見たことがあるらしく、最初はお母様が取ってきていました。しかし、如何せんお母様の体は大きいです。対して調味料となる植物はお母様の爪よりも小さい。

 2日にして『ええい、まどろっこしい!!お前が取ってこい!我は食材を狩る!!』と剛速球で調味料回収係を投げられました。えぇ……。

 

 この大樹の上り下りは最初の頃こそバテバテのダメダメでしたが今ではなんとか熟しています。おかげで体も少しは鍛えられましたし。

 木の周りを探索できるくらいには余裕ができました。この木の根元、片面が少し進むと崖になっているんですよ。結構深かったので落ちたら大変ですね。

 下には川らしき物が見えたので死なずに済むかも知れませんが、流されて帰るのは大変でしょう。私は翼があるので関係ないですけど。

 

 ここでステータスどん!

 

 名前 メルシュナーダ 種族:スモールキッズバーディオン

 

 Lv.8 状態:普通

 

 生命力:96/96

 総魔力:42/42

 攻撃力:36

 防御力;19

 魔法力;19

 魔抗力:15

 敏捷力:80

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行]・つつく・鷲づかみ

 

 特殊スキル

 魂源輪廻

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印

 

 

 こんな感じになっています。

 まんま速度特化ですね。攻撃力も高め。

 スキルは『羽ばたく』から派生で『飛行』を覚えました。使い続けて良かったです。『羽ばたく』自体に特に効果はありませんが。

 スキルに何の表示もないのですが、飛べるようになると同時になんとなく風を操れるようになっていました。多分飛ぶときに風で無意識に補助をしているからだと思われます。本能のようなものでしょうか。意識すると飛ぶ速度が早くなるし楽になるしで結構重宝していますよ。

 さらに植物採集で『つつく』と『鷲づかみ』が種族スキルに追加されました。

 効果は名前の通り。特に捻りもありません。

 

 っと地面に着きましたね。周辺を見て回ったところ、崖がある方の逆側は緑も豊富でとても美しい場所でした。ミルの本によると貴重とされている調味料に使える植物も豊富で、持ってきた量に目を見開いていましたね。

 たくさん生えていたことを教えると我を忘れて「ここは宝の山か……」とこぼしていましたが、お金にするために人の街に戻れるのはいつになることか……。

 お母様は今更手放そうとはしないでしょうし。殺されない代わりに気に入られる必要があったので他に手はなかったのですが。

 まあ私がミルを抱えて飛べるようになってかつ、ミルを守りながらここらの魔物に余裕で勝てるようになったら街までは送りますよ。旅もしてみたいですし。せっかく転生したんですからね。

 ……一体いつになるんでしょうか。申し訳ありませんがミルには気長に待って貰う事になるとおもいます。

 せめて手が使えれば武器が持てるんですが……。素手はあまり得意ではないのですよ。

 しかも足しか使えないという。翼で攻撃しようものなら軽く折れてしまいます。それはもうポッキリと。やっぱりハードすぎませんか?今世。

 

 よし、これで採取は終わりと。

 ミルが枝や植物をを編み込んだかごに薬草を入れて空に飛び上がる。適度に窪みや枝に止まることで休みを入れて確実に巣を目指していく。

 まだまだ一気には上れないんですよねこの木。本当に高すぎ……。

 

 

 

 ふう、ようやく到着しました。

 

 料理の下ごしらえをしていたミルのそばにかごを置いて、頭の上に降り立った。

 ここはお気に入りなんですよ。最近の定位置です。

 

「おっと、お帰りメル。おつかれさま」

 

「ピヨ~(本当ですよまったく)」

 

「あはは、ありがとね」

 

 これだけを見ると会話しているように見えるかもしれないけど、実はミルは私の言葉を理解していません。

 これは私の雰囲気と2週間の経験のたまものである。なんとなく意思疎通はできるようにりました。

 全くちんぷんかんぷんの時もありますけどね。せっかくの今世初友達なので話してみたいです。

 お母様が居れば通訳は頼めるのですが、やっぱりこう……自力で話したい。せめて念話が使えればなぁ。お母様が使えているから私にもできると思うんですけど、未だ発現の兆しはありません。非常に残念です。

 

 手際よく料理の準備をしていくミルを頭の上から見守りながら、彼女の事について思い返してみました。

 

 連れてこられた当初はガクブルだった彼女はこの境遇に慣れて行くにつれ、その明るさと底抜けの純粋さで私たちの懐に容易く入り込んできました。日に照らされて明るく輝く金の髪は腰まで流れ、見るものを癒やす蒼の瞳は見るものを惹きつけて止まない。顔立ちは少々幼げですが整っていて、彼女の性格と相まって多くのものに愛される存在となるでしょう。

 ミルはここに連れてこられるまでは幼なじみの男の子と冒険者として活動していたらしいです。

 

 田舎の村から出てきたばかりで常識に疎い彼女たちは、若さから来る無謀さと持ち前の好奇心で、絶対に入ってはいけないと言われている森に薬草採取の依頼で入り込んでしまった。

 浅いとこなら大丈夫でしょとばかりにフラグを立てながらやって来て、なかなか見つからない薬草を探して森の奥へ。そして案の定迷子になり帰り道を探してさまよっている内に、自分達では倒せないほど強い魔物に襲われてしまう。

 そこにやって来るお母様。あっさり魔物を倒して食料にすると珍しい人間を発見。

 

 良いことを思いついた。子供達のお土産にしよう!

 

 しかし今日は獲物が大量で、人間を落とさずに安全に運べるのは一人だけ。そこで独断と偏見でミルの方を拉致。その代わり男の子の方には目的の方角がわかる探知系の魔法を掛けてあげることに。使い終わると消えるバフのような魔法。これで街の方角もわかるし自力で帰れと言うことなのでしょう。

 まあお母様の魔力がくっついてるなら多分魔物に襲われることはないでしょうし、安全に帰り着けるでしょう。結果として両方助かったわけですし恨みっこなしということで。

 ミルにはお母様が事情を説明しているので男の子のことはあまり心配していません。

 それどころか安全に帰ることができて良かったと言っていました。ミルちゃん天使。

 

 これに懲りたら無謀な真似はやめるんですよ、と羽を使って彼女の髪を優しくなでつけた。

 

「んふふ、どうしたのメル?くすぐったいよ」

 

 なんでもないと、メルの頭の上から飛び立ち、待ちきれないとばかりに足下に集っていた弟妹達を「チチッチチ~(離れてくださいね~)」と散らしていく。

 

「ん、ありがとメル。ほら、火を使うから危ないよ。お姉ちゃんのいうこと聞いて離れててね」

 

 ミルは小さな頃から魔法が使えたらしく火加減もお手の物。

 木の上で普通に火を使っていますがこの木は結構頑丈なようで、料理に使う程度の生半可な炎では焦げ目すら付きません。

 

 やがて漂ってくる肉の焼ける良いにおいと調味料の香り。そして待ちきれないとばかりに目を輝かせる弟妹達。

 ああ、今日も平和ですね。

 

 



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第7羽 影の兆し

「チチッ!チチチチチ!!」

 

「ピヨヨ~」「ピヨッチ~」「ピヨチュウ」

 

「ふふっ」

 

 怒ったように弟妹達を追いかけ回すメルを見て笑みを溢す。

 彼女たちの元に連れてこられてからここでの生活にもだいぶ慣れてきた。

 そうすれば今まで見えてこなかったものが見えてくる。

 

 天帝ヴィルゾナーダ。ここに連れてきた強大な魔物の名前であり、彼女たちの母親あり――――伝説の一つでもある。

 ミルと相方の男の子の命を助けてくれた大恩人……、大恩鳥(?)でもある。

 

 彼女はかなりの子煩悩だ。何かと自分の子を気にかけ過保護に扱っているようにも見える。メルはいろんな意味でお気に入りのようだ。

 最初はこの魔物に恐怖しか持っていなかったが、ここまで過ごす中でかなり慣れてきた。多少礼を失することがあっても特に怒ることはない。下手な貴族よりも器は広いように感じた。

 とは言えあくまで両者の関係は利害関係によるものだ。それも魔物側にかなり有利な。完全に心を許すことはできていない。

 今のところ母としての顔が前面に出ていると言っても、あくまで魔物。

 圧倒的な力の差はなくなってはいないのだから。

 

 そして件の子鳥、メル。

 彼女は本当に不思議な子だ。彼女の母親や弟妹達と普段過ごしていると時たま魔物的な要素が垣間見えるのだが、彼女にはそれがない。

 中に人間が入っているのではと思わせられる人間性と、貴族と接しているのでは錯覚するほどの気品。彼女にはそれがある。

 子供の筈なのに理性的な行動が出来、自然と上位者と認めてしまうような気質。

 

 そして特筆すべきはその戦闘力だ。ミルは最初メルと他の子鳥たちが同じだけの戦闘力を有していると考え、逃げられないと思った。

 しかしそれは大きな間違いだった。他の小鳥たちはミル一人が全員を相手しても切り抜けられるだけの強さだった。

 単純にメルが異常だったのだ。彼女一人だけ強さが突出していた。聞けば当時生まれて一ヶ月経っていなかったという。

 魔物だとしても明らかに異常だ。比較対象がいる分余計にそれが際立つ。

 

 だからといってミルがメルを遠ざけることはなかった。

 その理由はただ一言に尽きる。

 

 絆されたのだ。

 

 彼女がミルを心の底から思ってくれているのは事実だと認めざるを得なかった。

 天帝に無理難題を押しつけられそうになったら抗議してくれるし、困ってることがあれば積極的に助けてくれる。

 来た当初、恐怖から眠れない日があったけれど、そっと寄り添ってくれた。何をしに来たのかと固まってしまったけど、なんだか暖かくて、ふわふわしてて。ぐっすり眠れたのを覚えている。

 ここで彼女だけはずっとミルの味方だった。

 

 今となれば彼女の最初の行動もミル自身を助けるためのものだったのではないかと思うときがある。メルを出し抜いて、巣から逃げ出すことを考え始めた頃遠目に山が動いているのを見た。何より遠くから地響きがやって来たり遠目にかなり高い砂埃を目にすることもあった。

 十中八九魔物が戦った影響だろう。ここから無策で逃げ出せば命はないと思わせるに十分だった。

 

 ここで安心して過ごせるのも彼女のおかげだと言える。料理という武器を見つけ出してくれなければ、初日に殺されることがなかったとしてもいつそうなるかと怯える毎日が待っていたことだろう。

 それがないのは自身に唯一無二の利用価値が存在しているからだ。天帝が料理を気に入っていて、今料理を作れるのはミルだけ。この事実が絶対の盾となってミルの心身を守ってくれる。

 子を守らなければならない天帝はミルがいなくなったからと言って、他の人間を探しに行くのは難しい。かなりの時間巣を空けることになるのでリスクが高すぎる。そのままミルがいる方が圧倒的にコスパが良い。

 

 そこまでメルが考えてくれたのだとしたら、結果的にとは言え命を助けてくれた彼女の母親と並んで彼女には返しきれない恩が生まれる。

 

 それにここは頼れるものが何一つない場所だ。何かと気にかけてくれる相手に絆されるのは仕方だないことだと言えるだろう。

 

 

 ――ただそれでも。

 

 視線を手の平の中に落とす。

 

 何も問題ないかと言えばそうではないのだから。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 一面の曇り空。数日にわたって昨日まで降り続いていた雨はまだ満足していないらしい。

 

「はあ……」

 

 あれからまた数日が経ち、明るかった生活に影が差し始めた。

 

 冒険者カード。冒険者という職業に就いたものがみな提供される身分証のようなそれを見てそっとため息をつくミル。どうやらホームシックになってしまったようなのです。

 最近は天真爛漫な明るさの中に、こうして表情に陰りを見せることが増えてきました。

 どうやら本人は私たちに気を遣わせないように隠そうとしているようで。ミルちゃんマジ天使。

 ともあれ長年の経験で観察眼も磨いてきた私としてはそれを見抜くのもさして難しくはなく。そもそも表情がコロコロ変わる彼女は腹芸に向いていませんし。

 お母様にも相談したところ、帰すか帰すまいか非常に葛藤していたようでした。

 大切になってきたからこそ、手放したくはないし、同時に悲しんで欲しくもない。そこで帰すという選択肢が生まれるということから、私のお母様は思っていたよりも愛情深い方だとようやく理解できました。

 どうやら私はお母様を読み誤っていたようです。やはり魔物だからなどと色眼鏡で見るべきではありませんでしたね。

 

「チチチ(大丈夫ですか)?」

 

「うん?……ごめんね。ちょっと考え事しちゃってた」

 

 あははと笑った彼女は、声を掛ければすぐさま笑顔を浮かべて私たちの相手をしてくれる。そうじゃないのに……。今こそ話掛けられないことがこれ程歯がゆいと思ったことはありません。ままなりませんね。どれだけの時を過ごそうとも人の心はこうも難しい。

 どれほどの力を身につけてもどうしようもないことがいくらでもやってくる。それともどうにかしようとすることは傲慢なのでしょうか。

 

 言葉を話せない私ができるのはこの子が気を紛らわせられる様にすることだけ。まったく、ままなりませんね。

 私はミルの頭の上に飛び乗って、髪を優しく撫でつけることしかできなかった。

 

 

 ――何でしょう。違和感が……。静かすぎる?

 

 今日はどこかおかしかった。

 お母様が狩りに出かけてから、周辺の静寂がどうにも気にかかる。まるで嵐の前の静けさのように……。

 

「どうしたのメル?」

 

「チチチッチ(何でもありませんよ)」

 

 私の様子がおかしいことに気づいたのか、訝かしげに声を掛けてきたミルに、何もないよと翼をはためかせることでアピールする。

 いつも通りの様子に戻った私の姿に、笑顔で弟妹達との遊びに戻っていったミル。

 不安にすることなく済んで胸をなで下ろしました。

 

 ともあれ、不穏な空気を感じているのは事実。一度降りて周りの様子を窺ってみるべきでしょうか。とそこまで考えたとき――大樹が揺れた。

 

「きゃあ!?」「ピヨヨッ!?」「ピヨッピー!?」「ピヨチュウ」

 

 バカな!?この大樹が揺らされた!?

 今の揺れ方は地震ではなく何かがぶつかった事によるもの。つまり雲を突き抜ける……とまでは行かないが見渡す限りではこれより高いものなど見つけられないほどの巨大な木を揺らすことのできるものがこの巣の下に居ると言うこと。非常にまずい事態と言うことになります。

 お母様、早く帰ってきてください!!

 ズルズルといった何かを引きずる様な音がしたから聞こえてきている。しかも少しずつ近くなっている。

 

「ピヨッ(ミル、合図を)!!」

 

「あっ、合図だね。任せて!」

 

 鋭く指示を飛ばせば、弟妹達と身を寄せ合っていたミルは分かってくれた様で、上空に向けて合図の花火を放った。

 これは大分前からお母様と決めていた合図で、危険な状況が迫ってきたときのために用意してあったもの。

 打ち上げられた花火が散ればすぐさまお母様が駆けつけ来るはずなのですが……。来ない。

 くっ!予行練習ではすぐさま現れたのに!!何をしているんですかお母様!

 

 ――ドオォォォォォォオォォォオオオオオオオオン!!!!

 

 ぐッ!?次から次に何ですか!?

 爆音とともに地震のような揺れ。遠目に見えるのは光の柱とその近くを舞う小さな影。

 これはまさか、お母様が戦っている!?弱い相手なら既に片づけてすぐに戻って来ているはず。つまりあれは少なからずお母様と渡り合える相手と言うこと。それはすなわちこちらの救援もすぐには期待できないと言うこと。

 

 しかもさっきからズルズルという不吉な音が大きくなってきている。厄日ですね、これは。

 

 やってくる相手は下から。私を除いて全員飛べないのでこの場からの離脱は不可能。

 相手は大樹を揺らすことができるほどの力、もしくはそれに準ずる程度の力の持ち主。

 今の私では恐らく、いや。普通にやれば確実に勝ち得ない相手。マズい……。

 くっ!どうすれば……!!

 

 悩んでいる内にも時間は過ぎ、それはとうとうやって来てしまった。

 逆三角の頭に、チロチロと覗く二股に割れた舌。体は強靱な鱗に覆われて、大きすぎてその全容は見ることすらできない。

 大蛇。ウワバミなどと呼ぶのもおこがましいその大きさ。

 新幹線よりも太く、そして長い。人の膝丈しか無い大きさの私にはその巨躯は圧倒的で。

 本っ当に……厄日ですね……!!

 

 後ろにはミルと怯える弟妹達。退路はなし。単独逃走など論外!!

 やるしか……ない!

 

 大蛇の前に単身飛び出し、翼をバサバサと振ってわざと目立ち注意をこちらに持ってくる。

 

「メル!?」

 

 悲鳴を上げるミルを意識から締め出し、大蛇の動きに全力で集中する。ステータスで見れば相手にもならないであろうそれを、持ち前の技術で補う。

 見て動くのでは遅すぎる。培った観察眼で相手の初動を読む。

 

 ――――来た!!

 

 大口を開けての噛みつき。

 それが行使される一瞬前に全力で前に踏み込む。遅れて襲いかかってくる顎の下に潜り込み、そして――

 

 ――【昇陽《のぼりび》】!!

 

 一瞬の溜めの後、片足が揺らめく輝きに包まれ、普段の動きとは一線を画する速度で体を跳ね上げ宙返りの要領で巨大な蛇を蹴り上げた。俗に言うサマーソルトキックになりますね。

 体格差から言えば効果などあるはずもない攻撃は、しかし蛇を力強く蹴り飛ばした。

 

 ――ドゴオォォォン!!

 

「うっそォ!?」

 

 強烈な打撃音。

 予想だにしていなかったミルの驚愕の声とともに蛇は巣の側から弾かれ、やがて重力に捕まった。

 これが戦撃の力です。

 

 さて、落ち始めた大蛇が復帰しないように追い打ちをしておきましょう。

 

 ――【降月《おりつき》】!!

 

 空中で体が反らされ、体のバネを駆使したバク転から振り下ろされたつま先が蛇の頭に突き刺さる。

 ムーンサルトキックです。戦撃の追撃を受けた蛇は、重力に追加の加速を受けて落ちていきました。

 これで時間は稼げるはず……!

 

「メル!?大丈夫、凄く辛そうだよ!?」

 

 戦撃とは生命力と魔力を練って行使する技です。

 今の私はまだまだ赤子のようなもの。多少成長したとは言え、まだステータスは低いです。

 蛇の巨体を蹴り飛ばすのはかなり体力を使いました。少し、無茶をしたでしょうか。

 

 焦ったように駆け寄ってきたミルを翼で押しとどめ、ヨロヨロと立ち上がる。

 くっ、スタミナがまだ無いのが痛いですね。碌に動けやしない……!

 

「メ、メル……」

 

 声を震えさせていた彼女を落ち着かせようとしてふと違和感を感じた。

 青ざめた表情の彼女の視線は私ではなくその後ろ。そこまでされれば見なくてもわかる。

 嫌。もう、ふて寝したい……。

 

 視線の先を追ってみればそこには2体目の蛇。状況はさっきと変わらず、そして私は疲労困憊。

 

 ああもう本当に、今日は厄日ですねッ……!!



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第8羽 畏れよ

みんな見に来てくれてありがとう!
なろうのpvの伸びが普段のそれじゃない。めっちゃ嬉しいです!


 

 鎌首をもたげた新手の蛇がシューシューと鳴き声を出す中、絶望がこの場を支配していった。

 目の前には新幹線など凌駕するサイズの大蛇。そして下には私が蹴り飛ばした蛇。

 そしてこの場の戦力は疲弊した私とちょっとした魔法が使えるミル、そして怯えている弟妹達。なお、お母様は行方不明の模様です。

 

 この状況打開策がまったく思い浮かばない……!!

 この場所は空高い木の上。これよりも上に逃げ場など無く、下に逃げようにも落ちていった蛇が居る。かといってもう一匹も上に居れば最早逃げることすらできはしない。

 せめて一匹なら私がおとりになって皆を逃がすこともできたのですけれど……。

 

 しかし打開策が思い浮かばないからと言って蛇が待ってくれる訳でもなく。

 無情にも大蛇はその長大な尾をゆっくりと持ち上げ、振り下ろした。

 落下地点にはミルと弟妹達。彼女たちに避けるすべはない。私に彼女たちを逃がす術もまた、ありません。

 だったら、防ぐしかないじゃないですか……!!

 視界が白熱するほどの集中により引き延ばされた時間の中、迫り来る尾の下に決死の思いで体を滑り込ませる。

 

 ――【側刀《そばがたな》】!!

 

 動きの鈍い体の中から闘気を絞り出し、振り下ろされた尾に向けて、脇差しを振り抜くような横蹴り。

 チカチカと点滅して不調を伝えるかのような光をまとった戦撃に嫌な予感を覚えながらも、既に技は止められない段階に入っている。否、止めることができようとそれをすることはしないだろう。

 必ず防ぐ……!!

 

 そして横蹴りは見事、振り下ろされる最中の尾を捉える。闘気の光と鱗が擦れ合い、ギャリギャリと金属が削れる様な音を鳴らしながら、その軌道を逸らすことに成功した。

 しかし技が不完全だったためか私もまた吹き飛ばされる事となった。

 

 轟音。そして振動。尾の一撃は後ろの誰にも触れることはなかったが、下にあった巣は別だった。

 何かがへし折れる音と、今いる木全体が揺れるほどの衝撃。悲しいですが巣は直せます。誰も怪我していなくて良かった……。

 

 どうやら大蛇は自らの行動が邪魔されたのが酷く気にくわなかったらしく、尾を引き戻すとすぐさま私に目を付けたようです。

 

 しかし力を使い果たして倒れ伏した私にできることなど何もなく。

 私に意識が向いている今のうちにミル達が逃げ出してくれることを願うしかありませんでした。

 このまま死んだら過去最弱を更新ですね、なんて冗談を考えながら。

 そんなメルの元にふと、影が差した。顔を上げると構えた杖を握りしめ、涙をこらえて大蛇を睨むミルの姿があった。足下には怯えながらも弟妹達が姦しく集っている。

 どうして……。

 

「ごめんね、メル。きっとあなたは逃げろって言うんだろうけど、あたしは納得できなかったから。わがままでごめんね。それにこの子たちも一緒みたい」

 

 薄く微笑んだミルの足下では、弟妹達が抗議するようにピヨピヨと鳴いている。

 

 彼女がどうしてそこまでするのかはわからない。

 彼女は人間で私は魔物。ここにいるのは拉致されたような……、と言うよりも拉致そのもの。普通はかばうようなことなんてしない。

 弟妹達だってそんなに長く過ごしたわけでもない。

 

 わからないけれど、はっきりしているのは彼女達が私のために命を投げ出そうとしていること。

 

 ああそれは、それはなんて――――――――許せないことなんでしょう……!!

 

 私は後悔も迷いも、ネガティブな思いは全て断ち切って次に進むようにしています。

 そうしないと辛すぎるから。悲しみも後悔も持ち越していては生きて行くには重すぎるものだから。

 

 だから私は私の人生を精一杯生きて。

 だから私は私の人生を楽しいものにする。

 そしてそれ以上に大切な人をこの身を賭してでも守りたいと願う。

 私に 『次』 はいくらでもあるけれど、皆にはないから……!!

 だから誰かが私に命をかけることなんて許せない。他ならぬ私自身が。

 

 絶対に!!!!

 

 だからこそ、ここで諦めるわけにはいかないんですよ……!!

 

 ――――体の奥底、心よりももっと深い部分でなにかが弾けた。

 

 弾けた所から力が溢れてくる――――否、戻ってくる。

 

 それは――

 

 遙か昔から人が恐れ、怖れ、畏れてきたもの。

 恐ろしいものの代名詞として用いられることもある、それほどの存在。怪力を持ち、時には天候さえ操るとされ、神として崇められるほどの怪異。

 

 その名は――”鬼”。

 

 前世で培ったその力の一部がこの身に戻ってきた。

 

 感慨を抱く暇もなく溢れる力のままに体に輝きを纏う。純粋な光ではなく目も覚めるほどの紅。

 それは闘気だけでなく、妖怪《あやかし》としての力、妖気さえ混ぜ合わせ通常の戦撃の域を超えたオリジナルの技。

 

 ――【崩鬼星《ほうきぼし》】!!!

 

 目にも止まらぬスピードを以て流星が大蛇の喉元を抉り抜いた。

 

 



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第9羽 不足

 

 紅蓮の輝きを纏った、全体重を乗せた全力のドロップキック。

 それに喉を貫かれてなお、辛うじてですが蛇は生きていました。なんとも馬鹿げた生命力ですね。

 手負いの獣ほどなんとやらといいますし、まだ油断はできません。鬼の力を取り戻したとはいえ、私自身はまだ弱く、下手すれば相手の攻撃で即死もあり得る状況です。何より追い詰められた獣ほど危険なものはありませんからね。

 キッチリトドメをさしておきましょう。

 

 ――【奈落回し(ならくまわし)

 

 急降下して空中で体を折りたたみ、コマのように高速で縦回転。

 重力に引かれるままクルクルと落ちていき、遠心力と戦撃のサポートによる加速ががたっぷり乗った紅蓮の踵落しが蛇の頭を弾き飛ばす。

 

 哀れ、不法侵入者は巣からたたき出され、地面へとヒモなしバンジー。

 

 地響きとともに動かなくなったそれを確認した私は疲れた体を労うため巣に降り立ちました。

 なんとかなりましたね。まったく、お母様はどこに――――

 

「ッメル!危ない!!」

 

 叫び声に意識を引き戻せば目の前には壁があって。

 

 次の瞬間には床に倒れていました。どうやら一瞬意識を失っていたようですね……。

 体中から訴えられる痛みを無視し、頭を振って立ち上がる。

 正面には一番最初に叩き落とした筈の蛇が。どうも自慢げに揺らしている尻尾で思い切り叩かれたようですね。油断してました、初戦闘だったとはいえなんて情けない……!!

 

 私を心配してか、こちらに来ようとしているミルが視界の端に写りました。

 それに視線だけを向けて押さえ付ける。

 大丈夫ですからこちらには来ないでください。あなたたちが狙われた方が対処が難しいんですから、そのまま隠れていてください!

 

 蛇もこちらを警戒しているのか、すぐには手を出してきません。

 その間に息を整えつつ、相手の出方を窺っていると、新手が現れました。

 先の蛇より二回りは大きい奴です。まだ増えるんですか……!?

 

 これ以上は本当に勘弁して欲しいんですけど……!お帰りはあちらですよ。なに?まだ帰らない?そうですか畜生!!

 

 仲間が増えたことで余裕ができたのか小さい方が様子見の攻撃してきました。

 無造作な尾の一撃を余裕を持って避けます。今までは足りないスペックを予測だけで対処していたのですから、鬼の力を使える今となっては造作もありません。とは言え当たれば大打撃ですし、内心冷や汗ものです。

 特に動きのない蛇の方も気にしなければいけないのが負担になっています。

 そちらに意識を割きながら、攻撃の予測もしなければならない。……やっぱり結構厳しいですねこれ。

 

 蛇の攻撃を捌いて、いなして、避け続ける。次第に時間の経過が曖昧になる。

 いっこうに終わりが見えない。蛇の攻撃は牽制のようなものばかりで、反撃できるような隙が生まれる攻撃はしてこなかった。

 無理に近づこうとすれば、大きな蛇の方が動きを見せ、下手な行動を許してくれません。

 おそらくこちらが疲れて動けなくなるのを狙っているのでしょう。

 単純明快な作戦ですがだからこそ、解決策が見えない。蛇らしい狡猾な手ですね……。

 打開策を考え続けていると、視界の端で大きな方の蛇が首を巡らせました。

 一体なにが……。

 

 視線の先には空を飛ぶ巨大な存在が。あれは……!

 

「(お母様)!!……………!!?」

 

 ピンチに駆けつけてくれたお母様だったが、話はそう簡単にはいかなかった。

 純白だった翼は今や朱に濡れ、羽ばたく音もどこか力ない。

 駆けつけたお母様は既にボロボロだったのだ。

 

『お前達、下がっていろ!!……くっ!こんな時に蛇共め、鬱陶しい!!』

 

 傷ついたお母様は大蛇二匹を相手取り、その上背後の私たちを守りながら動いている。巻き込んでしまうため大きな攻撃もできず非常にやりにくそうだ。

 とは言えお母様は強い。このまま行けばお母様は勝てるだろう。だがそれは順調にいけばの話で、しかも少なくない疲労と怪我がお母様に残ることになる。

 お母様の力が弱まればきっと今と同じように他の魔物が狙ってくる。弟妹達はそれに怯えることになる。

 なにより、見ているだけなんてできるわけないじゃないですか。

 

「メル!!?」

 

 ――ごめんね、ミル。きっと戻りますから。

 

 抱き上げられていた腕の中から飛び出し、蛇の元へ向かう。

 

 ―――《ウィンド》!!

 

 飛ぶときに扱っている風の力を応用して、魔法のように使ってみたものです。

 大した威力はないですがペチペチ鬱陶しいでしょう?

 

『馬鹿者!何をしている!』

 

 お母様からの叱責を聞き流し、蛇に向かって空中から風を打ち続ける。

 倒す必要はない。どちらかだけでも引きつけられれば……。

 

 攻撃を続けていると蛇が遂に動いた。

 最初に地面に叩き落とした小さい方の蛇だ。

 

 弱い方が来てくれるなら好都合。生存確率が上がりますからね。

 

 すぐさま飛びかかってくる蛇を【側刀《そばがたな》】で横へ逸らしつつ、ヘイトを溜めていく。

 鬼の眼光で睨み付けて挑発してやれば、ピクリと反応した後怒りの咆哮を上げ、私に釘付けになる。

 その甲斐あってか、巣の下に飛び込んだ私を素直に追いかけてきてくれた。

 

『この馬鹿娘が!!やめるんだ!戻ってこい!……頼む、戻ってきてくれ……!やめろォォォォォォ!!』

 

 後ろから響いてくる巨大な枝がへし折れる音と蛇のうなり声、遠くなる戦闘音。

 ……そして私が何をするかを察したお母様の悲痛な叫び声。

 

 ごめんなさい、必ず戻りますから。だから今だけは親不孝な私を許してください。

 

 地面に向かって大樹を降りきり、体を起こしてなるべく地面すれすれを全速力で逃げていく。

 背後で轟音。恐らく蛇が地面についたのでしょう。

 森の中を全速力で飛び、木々の間をすり抜けていく。

 急降下で少し距離が開いたけれど、徐々に距離が詰められていますね。

 不味いですね、このままでは追いつかれてしまう。戦撃もあと2回打てるかあやしいです。体力が尽きる前になんとかしなくては……。

 交戦も視野に入れるべきでしょうか……。ですがそもそものスペックが段違い、碌に戦撃を扱えない今の状況では絶望的なほどに勝ち目がありません。

 

(っ!考える時間も与えてくれないのですか!!)

 

 頭上に影。その正体はへし折れた大木が飛んできた物だった。追いすがる蛇がなぎ倒した物を、ついでとばかりに体で弾き飛ばしているのだ。前方の障害物と上空の飛来物。非常にやりづらい。

 泣き言など言っていられない程次々と振ってくる。

 咄嗟に飛び出してしまったとは言え、少し考えなしだったかも知れません……!

 とは言えベストでなくともベターであったことは事実でしょう。

 お母様がこの蛇たちに負ければ全滅は必定です。片方を引き離せれば勝率をかなり上げる事ができるはず。後はお母様を信じることしかできません。

 

 ……自分の力のなさがたまらなく憎い。不条理を認めたくないから私は力を求めてきたのに……!!

 

 ……ともかく今をどうにかしなくては。

 避ければ避けるだけ距離が縮まっていく。かなり追いつかれてしまいました。

 ジリジリとした焦燥感に心臓の鼓動がヤケにうるさく聞こえてきますね。

 

 グルグルと思考の迷宮から抜け出せなくなっていると急に視界が開けました。

 周りから木がなくなり、憎らしいほどに雲一つない青空がのぞけます。

 

 周りに障害物がない……!!まずいでしょうか!?……いや、このまま……!!

 

 視界が開けると言うことは障害物が無いと言うこと。小回りの利く私に有利だったものがなくなることを示します。

 咄嗟に方向転換をしかけましたが思い直し、そのまま直進することにしました。

 

 そして振り返り蛇を睨み付けます。

 ですが蛇がこちらを攻撃してくることはありません

 いえ、できないと言った方が正しいでしょう。

 

 なにせこちらは船の舳先のようにつきだした崖の先。下には轟々と流れる水のうねりが。

 いくら巨大な蛇と言えど、こちらにやってくることはできませんし落ちてしまえばひとたまりもありません。

 すぐ側に飛ばせるような木もありませんので蛇に遠距離攻撃の手段もない筈。

 

 これで少しは時間が稼げるでしょうか。

 

 

 



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第10羽 視線、交えて

本日最後です。


 

 崖の先で睨み合いが続く。

 蛇は苛ただしげに呼気を漏らし、何度も尾を地面に叩きつけては不愉快だという風に舌をチロチロと蠢かせている。

 

 さて、どうしましょうか。デッドヒートはやめることができましたが、このままホバリングしている状況もあまりよろしくありません。飛行になれていない私では、マシになったとは言えそれだけで体力を消耗します。

 

 頭を悩ませていたその時。表情なんてないはずの蛇の顔が狡猾に歪んだ気がした。

 

 チロチロと舌を出し入れしたかと思うと、おもむろに蛇が振り向く。

 ……諦めた?

 ずりずりとそのまま進んでいく蛇。このまま待っていても無駄だと思ったのでしょうか。離れていきます。

 

 ……私も少し休んだら巣に帰りましょうか。安堵から一息つこうとしたときに気づきました。蛇の向かう先が私の巣の方であると言うことに。

 

 そして図ったようなタイミングで蛇はにやつくようにこちらを振り向いた後、再び進み出した。

 こいつは……!!私が無視できないのをわかってやっている!

 

 ……ここに来ては戦うしかありません。こいつをこのまま見過ごして、合流でもされたら事です。

 巣から飛び出たときは、途中で撒いて逃げ帰るつもりでした。ですが蛇の速度が想定よりも上だったせいでそれは叶いませんでした。

 そして命からがらお見合い状態に持って行くことができましたが、結局戦うことになるくらいなら巣に残って一緒に戦えば良かったでしょうか。ジワリと後悔の念が浮かぶ。

 しかし私も体力が残っているわけでは無いので、隙を伺って全力の一撃を差し込むという形になったでしょう。

 しかも戦撃で倒せなかったら私はまともに戦えなくなる。そこでお母様が私を守ろうとすれば足手まとい以外の何者でもありません。

 二匹を同時に相手するのはなるべく避けた方が良いはず。私を守りながら等尚更避けた方が良い。お母様が勝てないとは言いませんが手間は増えるでしょう。私のせいで傷を負わせる事になってしまえば私は……。

 

 そう考えるとやはりこれがベターですね。ここで私が死んでも時間稼ぎには十分です。親不孝をすることになってしまいますが、その頃に戻ってきた蛇は難なく始末できるでしょう。

 

 私は何度だって転生します。投げ捨てる気はありませんが、やはり一度しかない他のそれよりも私の命は遙かに軽い。

 私が無茶無謀をするだけで良いのなら何度だってやって見せましょう。失うのなんて、もう一度としてごめんです。

 

 蛇が背を向けた崖の舳先。そこに降り立ち羽を休める。

 体の無駄な力を抜き脱力。息を整え、深く、そして長く呼吸する。まるで眠っている時のように。

 それを約10秒。

 

 ――行きます。

 

 這いずる蛇の頭に視界外から風の塊をぶつける。ポフリと軽い音で弾けたそれは、小石をぶつけた何倍も軽いものだったでしょう。どうにも蹴った感触と魔法でのダメージの差に違和感がありました。おそらく魔法耐性もありそうなので尚更です。

 しかしそれでも苛立ちは募ります。そこにかかってこいと言わんばかりに翼でクイクイと招いて、鬼の眼光で睨み付けてやれば。

 ジェスチャーの意味はわかったのでしょう。圧倒的格下にそんなことをされ、その反応は顕著だった。

 先と同じように、ピクリと反応した上で怒り心頭、咆哮を上げて突貫してくる。

 

 トラックなんて比較にならない様な威圧感ですが、巣に向かわれる何倍もいいです。

「これに轢かれたら異世界転生でしょうか、いや私はそもそも確定でしたね」などと益体もないことを考えつつ、足と翼を使った特殊な歩法で滑るように移動する。

 これは滑歩《かっぽ》と言います。足の蹴りと翼から生まれる推進力、揚力を利用して、通常の足捌きではできないような機動を実現することができる、翼ある者にしか使えない歩法です。

 一蹴りでS字を描くような移動も出来、傍目から見るととてもキモいです。足が地面についているように見えるのに、摩擦がないかのようにヌルヌル動きます。キモいです。

 昔教えて貰ったときも、そのあまりの違和感につい「キモっ!!?」と声に出してしまいました。

 淑女にあるまじき行為ですね。反省してます。

 

 このキモい歩法、弱点がありまして、足場が平坦でないと足が引っかかってしまいます。かなり場所を選ぶ歩法で、使えれば強いのですが巣では床がゴツゴツしすぎで無理でした。

 

 閑話休題《それはさておき》。

 

 作戦はシンプルです。蛇が避けることのできない状況を作り上げ、確実な一撃を見舞う。

 私が逃げることはできず、攻撃を避けられれば待っているのは死です。これ以外はありません。

 

 蛇の突進をキモい動きで翻弄しつつ、その後の振り向きざまの噛みつき攻撃も回避する。

 その際に鬼の眼力で睨み付けて挑発することも忘れない。

 怒りによって冷静な思考を奪い、私に有利なフィールドの誘い出していく。

 すなわち舳先のようにつきだした崖の縁の方に。攻撃した先に地面がないのならまともな威力は出せないはずです。勢い余ってしまっては真っ逆さまですからね。

 

 滑歩《かっぽ》を駆使して、うまく崖際まで誘い出すことができました。ひたすら場所を移動し続け、時に崖から飛び出して縦横無尽に回避します。作戦が上手く行くと良いのですが……。

 

 この蛇、怒りに身を任せているように見えてその実、僅かに冷静な部分を残しているようです。

 私の戦撃を警戒して決定的な隙を見せることはしません。もう一匹の蛇に戦撃で致命傷を与える所を見ていたのでしょう。簡単には勝たせてくれそうにありません。

 

 ――ぐぅッ!!?

 

 噛みつき攻撃と突進を何度も避けていると、遂に攻撃が掠ってしまいました。咄嗟にダメージを最小限にするべく攻撃方向と反対へわざと吹き飛んだので、崖からクルクルとはじき出されてしまいます。

 とはいえこれは、距離を取ることと空中に逃げ込むという2つの要素から、追撃を避けることもでき――――

 

 ――まずいッ!!

 

 視界が回る中、咄嗟に下へと落ちるように羽ばたく。刹那、今までいた場所に風を押しのけ巨大な顎門が食らいついた。

 蛇は中空に身を躍り出すのを怖れることなく追ってきたのだ。そして下に逃げたことが更なる追撃を許すことになる。この時上に逃げていたら、蛇は体を支える手段の乏しさから追撃を諦めていたかも知れない。だがそうはならなかった。

 

 ――来るッ!!

 

 真下に見据えた私に向かって、一陣の矢のように襲来する。

 まだ体勢は整っていません。空中で無理矢理体をひねってなんとか回避します。それでも再び掠ってしまい、逃がさないとばかりに崖の方へと弾かれてしまいました。

 流石にこれ以上崖から離れるのは難しいのでしょう。空中へと逃げられないように射程範囲へと押し込められてしまいます。逃がしてくれる気は……、ないようですね……!!

 

 崖に叩きつけられる前になんとか足から着地。すぐさま壁を蹴り、舳先のようになっている崖の下に向けて飛び込む。直後、轟音。さっきまでいた壁に蛇の頭が激突していました。

 被弾はしませんでしたがギリギリです。ここで欲張って上に逃げようとしたら押しつぶされていたでしょう。重力がある以上、下に逃げる方が速いですから。

 

 更に追撃が来るはずです。空中で翼を一振り。加速し、蹴りに勢いのせいで離れかけていた崖に張り付き直す。足から着地。減速することなく、先ほどと同じようにすぐさま蹴り飛ばすと、これまた先ほどと同じように蛇が突っ込んできました。

 

 蛇の速度からして、普通に飛んでいては追いつかれます。蹴りと翼による両方の加速がないと逃げ切れません。

 

 バコン!!ボコン!!と追いすがってくる蛇に対し、こちらも蹴りと羽ばたきを駆使して避け続ける。

 崖を蹴り、緩く弧を描くようにして着壁。すぐさま蹴り飛ばす。それを繰り返していると、舳先の底にたどり着いた。ここを越えれば登りにさしかかります。踏ん張りどころですね。

 

 遂にネズミ返しになった崖に、体を縦に回転させ踵落しを放つ。翼は飛ぶことではなく、崖から離れないことを重視。それを連続。

 スタミナを多く使うのが厄介ですが、これで蹴って羽ばたくよりも早く登れます。

 重力を無視し、岩を抉りながらスパイクの着いたタイヤのように斜面を駆け上っていく。

 

 ――着きました!……そんな!?

 

 追いつかれることなく、なんとか崖の上まで蹴り上がり復帰することができた。しかし、視界に広がっていたのは地面ではなく、崖の上を覆い尽くした蛇の胴体でした。

 

 




読了ありがとうございます!
もし気に入って頂けたなら、お気に入りと評価していただけるとありがたいです!
小説家になろうの方でかなり進んでいるので、気になったら是非いらしてください!
あらすじにURLを置いています。


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第10.5羽 死線、交えて

お気に入り登録ありがとうございます!励みになります。


 

 元々体の大きな蛇だ。狭い崖を埋め尽くすには十分な長さがある。

 その長い胴体をうまく使って、落ちないように頭部の方を支えているのでしょう。

 

 空中であれほど動けたタネはわかりました。だからといってどうしようもないですが。

 問題なのは地面を蛇が埋め尽くしているせいで平坦な場所がないことです。

 

 つまり滑歩《かっぽ》が使えない。それでも後ろからは蛇の顎門が迫ってくる。

 悠長に考えている時間はなく、先に進むしかありません。

 

 鱗で埋め尽くされた死地に向かうと同時、下から蛇の頭部が突き上がり、追いついてきました。

 途端に寝そべっているだけだった胴体が蠢き出す。まるで不規則な波のよう。

 まともに当たれば砕けるのは波の方ではなく私の方ですけど。

 

 動いていない胴体を足場にして蹴り、風を叩いて加速する。

 滑歩《かっぽ》は使えないですけれど、やっぱりこっちの方が普通に飛ぶより速いです。

 

 目の前の胴体が跳ね上がって狙ってくるが、動きは鋭くない。

 崖下を頭の方がくぐっているため、支えるために無理はできないのでしょう。

 足の裏で衝撃を受け流し、サーフィンのように滑っていく。まともに受け止めれば砕かれてしまいますが、うまく使えば加速になります。翼がある分、人がやるよりもバランスを取るのは容易でしょう。

 

 正面から大口を開けて食らいついてくる蛇を、背面で飛び越える。ちょこまかと逃げ続ける私に業を煮やしたのか蛇は怒りの咆哮を上げた。

 

 蛇の猛攻を捌き続け空中に身を躍らせた私に、胴を使ったなぎ払いが襲いかかる。

 

 ――これも受は流せば……、え?

 

 翼で空を叩いて勢いの向きを微細に調整する。その技術に狂いはなかった。

 

 しかし――血飛沫が舞う。

 

 ――なんで……?

 

 蛇と接触した部分が抉られたような熱を訴える。

 

 見れば全身の鱗一枚一枚がカミソリのようになっていた。

 いままで使って来なかったのは、格下に使う気はなかったけれど埒が明かないから、といった具合でしょうか。鬼の力がなければ、一発でバラバラに切り裂かれていたでしょう。

 

 崖の上は蛇の体で埋め尽くされている。

 無理だ。接触すること自体が不可能になったこの状況で崖の上に居続けることはできません。

 飛んで逃げるにも速度が足りない。つまり活路は下にしかない。

 

 白に赤が滲んでいく。

 先ほどの攻撃は直撃していない。それでも受け流しとは言えない弾き飛ばされ方をした。ダメージは芯まで通ってしまっている。

 チャンスとばかりに痛みに硬直したメルに襲いかかる。

 

 ――《ウィンド》……!!ぐぅっ!!

 

 動かない体を咄嗟に弾き飛ばす。傷ついた体を無理矢理風で吹き飛ばしたのだ。ほとんど自爆に等しい。それでも命はつないだ。

 

 稼げた僅かな時間。痛みを訴える中、気合いで体を動かす。

 

 崖下に潜り込んだメルに、当然蛇が追いすがる。地獄の追いかけっこが、森から場所を変えて崖を巡る形で再び始まった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 

 ドゴッと何かがはね飛ばされた音がした。

 

 地獄の追いかけっこは、崖下から飛び出してきた獲物を、蛇が後ろからはね飛ばした事で終わりとなった。

 

 ――何度降りて登るのを繰り返したでしょう。

 

 糸の切れた凧のようにクルクル回りながら考える。

 

 舳先のような崖には蛇が幾重にも巻き付いている。

 不安定な体を支えられる様になったからか、二周目からは崖下で追いかけてくる速度が上がってしまいました。

 幸いなのは巻き付いている部分は体を支えるためにあまり動かせない事と、崖上を埋め尽くしていた胴が下に回ったおかげで減り、足場ができた事ですね。

 

 それでも全身がカミソリのようになった蛇には何度も接触してしまいました。

 鬼の頑強さと生命力がなければとっくに死んでいます。血も流れすぎてしまいました。

 

 ――意識が……もう……

 

 ただでさえ血が足りないと言うのに、強烈な衝撃を受けて目の前が白んでいく。

 そんな中朧気に見えたのは勝ち誇ったように大口で食らいついてくる強者の姿だった。

 

 ――いつも……、そうだ。

 

 彼女は武家の生まれだった。家族の中で一番弱かった。才能は皆無だった。虐げられることはなかったが、それでも期待を裏切っていると思っていた。

 転生してからは更に酷かった。弱かった彼女とその家族は食い物にされることが非常に多かった。

 今の彼女があるのは幾多の人生において、それが嫌でひたすら努力を続けてきたからだった。

 

 ――また、害される。

 

 この時、自分の母が強いということは関係がなかった。ただ、害される事が許せないと言う気持ちがひたすらに強かった。

 こいつは私を殺した後、当たり前の様に巣を襲いに行くのでしょう。それは当然のこと。自然の摂理です。

 

 ああ――だかこそ、負けない。負けられない。

 

 ――負ける……かあぁぁぁあ!!!

 

 消えかけのろうそくの様に頼りなかった闘気のオーラが、意志の力と共に噴出する。

 強者が人を食い物にする。それが嫌なら私が強者になるしかない。そうでないなら、永遠に食われ続けるだけだ。死んでも終わらないのだから。

 

 だから喰らうのはお前ではなく――私だ!!

 

 ――【崩鬼星《ほうきぼし》】!!!

 

 残りの全てを乗せた紅蓮が、蛇の顔を照らす。この技がもう一匹の蛇の喉を抉るのを思い出したのでしょう。避けられないと判断したのか咄嗟に口を閉じて、頭突きで受けることにしたようです。

 

 まあ、関係ありません。私の勝ちです。

 

 決殺の意志を乗せて、最大の一撃が地面に突き刺さった(・・・・・・・・・)

 

 もちろん蛇には傷1つ着いていない。

 最大の一撃が不発に終わった。そう思ったのか、表情はわからないですが気色を滲ませているように見えます。

 

 ……喜ぶのは少し早いのでは?

 

 一拍を置いて轟音。そして浮遊感。それに訳がわからないと言った様子の蛇。

 理由は簡単です。崖を登るときに放っていた多量の踵落しと、追いかけてくる蛇の激突、そして私の最後の一撃。それによって崖が崩れ落ちただけ。

 

 巣での一匹は喉を切り裂いてなお生きていました。確実に殺せるかわからない以上、これがベストです。

 

 ……ただ計算外だったのは、意識が朦朧としていたため、激突地点が予定よりも前過ぎて私も一緒に落ちていることですね。

 

 もうまともに飛ぶ体力もありません。

 重力加速とは別に空気抵抗によって崖から浮き、離れつつあった私に鋭い殺気が突き刺さる。

 

 もう蛇は逃げられません。岩に巻き付いている状態で、ズルズル這うことはできるでしょうが、すぐさま解いて逃げることはできません。時間的にこのまま岩と水の底でしょう。

 

 それでも諦めることなく私を狙ってきました。

 

 ――良いでしょう。私自ら、地獄まで連れて行ってあげます!!

 

 なくなったはずの闘気。

 噴出したそれは紅ではなく、血が滲み出した様な朱だった。

 そうして激突し――巨大な水しぶきと共に濁流の中、飲み込まれていった。



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第11羽 流されて

 

 ゆらゆらと。

 真っ先に感じたのは僅かな揺れ。そして体の痛み、そして肌寒さを感じた。

 纏わり付く痛みを振り払うように頭と左右させてノロノロと顔を上げる。

 

 うぅ……。ここは?

 

 巣にいたときには感じることのなかったそれで目を覚まし、訳もわからず混乱する。

 頼りなく浮かぶ木材とそれに乗る自分。常人であれば渡るのを諦めるであろう幅の川と、挟むように鬱蒼と茂る天衝く木々。

 何故こんな所にいるのか理解がゆっくりと追いついていく。

 

 崩れゆく崖と落ちる蛇。そしてそれに巻き込まれた私。

 

 それからの記憶はありません。

 

 まあ、生きていると言うことは着水に成功したということでしょう。私は助かりましたが、蛇はあの高さから落ちたら流石にひとたまりもなかったでしょうね。私は体も小さく鳥故に軽かったので衝撃は少なかったでしょうが、蛇はそうではありませんから。

 

 体の傷は塞がっています。体は全身痛みますがもう血は出ていません。血が足りていない感覚はありますが、眠っていたので少しマシになったのでしょう。

 

 お母様も心配しているでしょうし、目が覚めた以上早く帰りたいのですが難しいでしょうね。

 

 どれほどの時間が経ったのかはわかりませんが少なくとも数時間ではないはずです。その間ずっと流され続けた事を考えるとかなりの距離になることは想像に難くありません。

 

 今の私は疲労と怪我で長距離を飛ぶことはできませんし、水に濡れて疲れている今なら尚更です。それにここにはどんな危険が潜んでいるかわかりません。まずは生き残ることに注力しなければいけない環境です。

 

 そうと決まれば陸に上がることからです。流木があまり大きくなかったこともあり、翼で水を掻くことで進むことができました。

 水に入ることは全く考えていません。魔物でも何でもないワニが現れただけでも今は絶望的です。実際の所水を掻くこともかなり躊躇したほどです。

 

 とは言えそれは杞憂だったようで休息を挟みながらも、なんとか岸に着くことができました。

 

 なんやかんやと考えてしまいましたが、こうしてみると特に危険のない大きなだけの川かも知れませんね。

 ほら、今もくりくりしたかわいい目玉が二つほどこちらを見ているだけで……。

 

 あれ……?あれはワニでは?

 目玉が私と同じ大きさでしかも大きさのせいでわかりづらいけどだんだんこちらに近づいてきてこれまずくないですかうわめっちゃ見られてるというかそんなこと言ってる場合じゃない逃げるんだよぉー!!

 

 この後めちゃくちゃ逃げた。

 結果迷った。どうしよう……。

 

 どこから来たのかも方角もわからないので途方に暮れてしまいました。

 

 深呼吸をして一旦落ち着きましょう。

 

 最終目標は巣に帰ること。

 そのためにはもう一度川に出なくては。自然界で水辺は危険ですが唯一の道しるべは川だけですから。上流に向かって行けばいずれ巣に着けると現状では信じるしかないです。

 お母様がいずれ迎えには来てくれるとは思いますが、一カ所に留まることはしません。待つのは性に合わないんですよね。

 探知の魔法を持っている様ですので動いても構わないでしょう。迷ったら動くなと言いますが、きっと大丈夫です。

 

 お母様……。最後に見たときはボロボロの姿でした。何があったかはわかりませんが皆無事でいてください。

 祈るように目をギュッと瞑ると翼で頬を叩く。

 

 大丈夫です。お母様は強いです。それよりも帰った後のお仕置きを覚悟しなければ……。お母様の声を無視して飛び出してしまいましたからね。

 ……うん。……少し、帰りたくなくなってきました。

 

 そうは言ってもどうしようもないので、()ずは私の現状を確認しましょうか。

 

 空も茜色になってきましたし、そろそろ暗くなるでしょう。かなりの空腹ですが今むやみに動くのは悪手です。

 地上で夜を過ごすのはかなり危険だと思われますので安全のために良い感じの木を見繕って簡易の巣を作ります。まあ、枝の根元に葉っぱを集めただけなのですがないよりましでしょう。まだ体は乾ききってないないですがここは気合いです。むん!

 

 ……ふう。夜の帳が落ちきる前になんとか完成しました。

 それではステータスと。

 

 名前 メルシュナーダ 種族:スモールキッズバーディオン

 

 Lv.20 状態:進化可能

 

 生命力:305/305

 総魔力:167/167

 攻撃力:98

 防御力;31

 魔法力;31

 魔抗力:23

 敏捷力:205

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行・風の力]・つつく・鷲づかみ

 

 特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)]

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 レベルがかなり上がってステータスが軒並み成長しています。

 このレベルの成長は蛇を倒したからでしょうね。しかし二匹も倒したはずなのですからもっと上がっても良いはずです。

 文句を言っても仕方がありませんが。

 

「羽ばたく」のスキルに「風の力」が追加されています。これは蛇に向かってペシペシ打っていた奴ですね。かなり使っていたのでスキルになったのでしょう。

 

 使えなくなっていた「魂源輪廻」は「限定解放(鬼)」が追加されています。これが私の前世の一つである鬼の力を使えるようになった理由でしょう。既にソウルボードのメインに設定されていました。

 何がきっかけかわからないのが残念ですが、能力が戻ってくる可能性があるのは朗報です。

 詳しく見てみましょうか。

 

 ・限定解放(鬼)

 解放能力 [+頑強・剛力・鬼眼・鬼気]

 

「頑強」は体が頑丈になる能力です。さらに傷の治りが比較的早くなり、健康的でいられるようになります。この健康的の中には状態異常にかかりにくくなる効果と痛みに強くなる効果も含まれているので、枠に困ったらとりあえず「鬼」はセットしていました。とても使い勝手がいい能力です。

「剛力」は名前そのままで、力が強くなります。普通の人間が木を殴ってへし折ることができるようになるくらいの上がり幅があってかなり強力です。どちらも鬼の力強さを体現した能力ですが、どうやら能力値には反映されないらしく、数値として見ることはできませんが攻撃力に関しては倍以上、防御力は5割増し程にはなっているはずです。

 

 どうにもこれらの強化幅は固定値では無く割合のようで、私が強くなればなるほど大きくなるようです。今は数値的に見ればあまり大きくはありませんが、やがてはステータス詐欺になるはずです。実際なりましたし、言われたこともありました。

 

「鬼眼」は意識して睨んだ相手の威圧と動体視力の強化の効果があります。威圧は彼我の戦力の差によって効果が変わります。相手の方が強い場合は挑発のような効果になってしまい、逆効果の事があるので注意が必要ですね。動体視力強化の効果はそのまま、今までよりも速い動きでも見逃すことが少なくなります。副次効果で思考速度も上がるので、使用者に優しい能力です。見えてるけど、頭がついてこないなんてことはありません。

 敵の強さもなんとなくわかるようになりますね。私は色々と才能がなく、見ただけで相手の強さを推し量る事ができなかったので助けられたことは何度もあります。手合わせすればなんとなく分かるんですがそれでは遅いこともありますからね。

 

「鬼気」は鬼の禍々しさを孕んだオーラを纏うことができるようになるスキルです。上の三つは常時発動型のパッシブなスキルなのですが、この「鬼気」は任意で使うアクティブスキルとなっています。

 発動には常に体力の消費が必要となり、「頑強」「剛力」「鬼眼」の効果を大きく押し上げてくれます。オーラは私の体の一部の様な物であり、使いこなせれば形に指向性を与えることもできます。とは言えやはり私には才能がないらしく、長年使っているのですが体や武器に纏わせて攻撃範囲を広くしたり、威力を補強したりすることぐらいしかできません。

 効果に比例して体力の消耗も激しく、レベルが上がった現状でも長時間の使用は避けたいスキルです。かなりの格上にも有効だを与えることができるので、しばらくは前に使ったように闘技との合わせ技で切り札としての運用になりそうです。

 

 称号の格上殺し(ジャイアントキリング)は名前の通り、私より圧倒的に強かった蛇を倒したからでしょう。今でも真正面から戦いたくはありません。あのとき2体も倒せたのは幸運でした。

 

 そして一番気になるのが状態:進化可能です。

 どうやら私、進化できるようです。

 

 



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第12羽 進化して

もし面白いと思って頂けたなら、お気に入りと評価を頂けるととっても嬉しいです!


 

 進化。

 

 そう言われてぱっと思いつくのが、ポケットなやつとかデジタルなやつなのは、あの世界で毒されすぎたからでしょうか。厳密に言えばあれは進化ではないのですがこの進化も意味合いとしては同じでしょう。

 

 わかりやすく言うなら「姿が変化して劇的につよくなる」。

 

 私は今からそれができるようなのですが、はっきり言って詳しいことは全くわかりません。

 なにせ今まで進化したことがないので。いや、皆そうだとは思うんですが、なにぶん今まで長らく生き死にを繰り返してきても目の当たりにしたことのない状態ですので、少し新鮮なのですよ。

 

 等と言っていても何も始まらないので確認しましょうか。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 現在:スモールキッズバーディオン

 

 →スモールバーディオン:D

 →キッズバーディオン:E+

 →キッズパラキード:E+

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ……ええ、残念なお知らせがあるのですが、これ以上の情報開示がありません。もう少し親切設計でも良いと思うのですが……。

 現在の種族と進化先がおそらく三つあることと、後ろの英字。わかるのはそれだけですね。

 英字は恐らく強さの指標でしょうか。どちらが上かはわかりませんが。……鑑定系の能力がないことが本当に悔やまれますね。魔物が文字を読めるかと言われると、無理だろうと思いますので詮無きことなのだとはわかるのですが愚痴は出てしまうものです。

 

 ともあれ愚痴っていても何にもならないので考察をしましょうか。

 最初はスモールバーディオンとキッズバーディオンの比較ですね。

 前者がDで後者がE+と。

 小鳥と子鳥。小鳥が小さいサイズの大人の鳥、子鳥が普通サイズの子供の鳥といったところでしょうか。

 大人と子供。強いのが前者で将来性があるのが後者でしょうか。となると英字が上であるほど強いと言うことでしょうか。……確かなことが何一つ言えてないですが、所詮推測なのでしょうがないと割り切りましょう。

 パラキードはインコの事だった筈なのでキッズパラキードは子供のインコですね。

 

 さて。この三つの中から選ぶのは……。かなり迷いますがキッズバーディオンですね。

 スモールとキッズであればキッズの方が将来性がありそうですし、バーディオンとパラキードでもバーディオンの方が将来性はあるでしょう。鳥全体を表しているだろうバーディオンと、インコ。進化の分岐先が多いのはバーディオンの方でしょうし、進化先の傾向を決めるのは後で良いでしょう。

 

 それではさっそく……ポチッとな!!

 

 うん……?なんだか、眠気が……。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

『ゆっくり眠ると良い』

 

 夜の帳が降りきった頃、息子と娘達を寝かしつけた天帝ヴィルゾナーダ。

 安らかに眠る子供達に母としての優しげな表情を向けるが、その表情はすぐに険しい物になる。

 理由は必然。ここにいないバカ娘について考えていたためだった。

 

 あの日。

 蛇が襲いかかってくる前、ヴィルゾナーダは戦っていたのだ。

 人間の娘を連れてくる時に傍らにいた男と。

 最初に見たときは我が目を疑った。

 前の邂逅ではあまりにも弱々しい力しか感じなかった。だからここまでやってくる事はないと思っていたし、それをやろうとしたところで途中で力尽きるのがオチだとも思っていた。

 驚くヴィルゾナーダを尻目に男は言葉を紡ぐ。

 

 曰く、人間の娘を連れて行ったことは耐えがたいことだったが命を助けて貰った。感謝している。だが人間の娘は返して欲しいと。

 もちろん断った。我がただの人間の意見を聞き入れる義理もなし。我が娘もあの人間の娘にはご執心の様だったしな。飯も美味い。手放す理由はなかった。

 ……まあ、我が娘がもう少し育って頼み込んできたら逃がしてやったかも知れんが。

 

 当然のように交渉は決裂。男も予想はしていたようで特に残念そうな素振りは見せなかった。

 適当に追い払って終わりにしようと思っていた。だがそんなものは巨大な斬撃の前に散り散りに切り裂かれた。

 

 避けることもできずに命中。

 格下であるはずの人間に攻撃を当てられ、ダメージとしてはそこまで大した物ではなかったが、あまつさえ手傷を負わされた。

 油断はしていた。慢心もしていた。だがそもそも「帝種」に傷を負わせられる存在(・・・・・・・・・・)など、まともな人間にいるはずがないのだ。過去人類の歴史においてどうしようもない災害として認定された魔物。それが「帝種」。人間との差など月とスッポン。比べるべくもない差。

 

 だがそれを乗り越えてくる例外も存在する。

 

「英雄級」。

 人の身でありながら種族の差を踏み越えてくる化け物。どうしようもない災害である「帝種」を討伐した者もいるイレギュラー。ここに来てヴィルゾナーダは男への認識を大幅に改めた。自らを殺すこともできる存在だと。

 

 そこからは一進一退の攻防。魔物は純然たる力で。人間は類い希なる剣技で。相手を打ち倒すべくぶつかり合った。

 戦況はヴィルゾナーダが優勢だった。

 このままでは不味いと思ったのだろう。男は切り札を切るべく魔力を高め、それを真正面から叩き潰さんとヴィルゾナーダも力を集約させる。

 そしてそれが打ち出されそうになったその時。空に光の花が散った。

 

 何事かと訝しむ男。しかしすぐさま気を取り直し、練り上げた魔力を剣に乗せ、突きとして発射した。

 ヴィルゾナーダも集めた力を使い、嵐を束ねたような風は蛇のように大地を抉り吹き曝す。

 僅かな時間それは拮抗し、魔力の突きは上空へ、風は地面へと逸れることになった。

 結果、轟音が鳴り響き砂塵がもうもうと舞い上がる事で視界が遮られることになる。

 男は見えない視界の中、どこから攻撃が来ても対処できるようにジリジリと警戒心を上げていく。

 だが砂塵が晴れた頃にはヴィルゾナーダはそこにはいなかった。

 

 なぜなら合図を見た瞬間からヴィルゾナーダはすぐさま方針を変え、合流することを最優先にしたからだ。砂埃が舞い、視界が遮られている間にすぐさま巣に飛んで帰ったのである。

 

 そこからは知っての通り。二匹を相手に手間取る情けない自分のために、バカ娘は森の奥へと消えていった。

 

 大した時間をかけることもなく大蛇を始末することはできた。

 弱っていても世界の頂点に位置する存在だ。一匹相手取ることなど造作もない。逆に巣を巻き込まないための加減が大変だったのだ。

 だがそれで終わりではなかった。見計らったかの様なタイミングで更に一匹襲いかかってきた。もちろん時間はかけなかったが、手間取らされた苛立ちで少々力みすぎてしまったが。

 

『大丈夫か?お前達』

 

 すぐさま巣に降り立ち我が子の安否を確認した。

 

 子供達はそれには答えずに全く別のことを口にしていた。

 メルシュナーダが蛇を一匹引きつけて飛び出してしまったから早く追いかけて欲しいということ。

 そして人間の娘が似たような姿の生き物に連れて行かれたこと。

 

『やはりそうか……』

 

 大蛇の始末が遅れたのは何も弱っていたからだけではない。男の警戒もしていた為だ。

 戦闘中、男がある程度の距離まで近づいていることに気づいた。常に注意を向けていたし、牽制だってしていた。実際問題、蛇よりも男の方が厄介だった。

 

 だがそれもバカ娘が飛び出していくまでだった。少しの逡巡の後、男の方から注意を外したのだ。これは事態の収束の早さを求めてのことだった。

 不安要素はあったが賭に出た。男が子供達を傷つけることなく、人間の娘だけを連れ出す可能性に。

 仮にも我を見つけて不意打ちをすることなく対話を求めた人間だ。その確率は高いと踏んだ。

 

 だがもしこの予想が外れていたら、ヴィルゾナーダは何をしていたかわからない。

 怒りの身を任せ、帝種としての力で災害をもたらし人の国を滅ぼしに行くのか。それとも残った娘を目にして共に過ごすのか。

 

 ともあれそのようなことにはならず、ヴィルゾナーダの希望的観測通りに事は運んだ。

 

 だが少し遅かったようだ。今、娘は手の届かない場所へと行こうとしている。

 既に探知の魔法は使った。対象が生き物である場合、反応があるということは生きていると言うことだ。それは喜ばしい事。

 だがあの娘はみるみる離れて行っている。飛んでいる訳ではない。速すぎる。恐らく川だろう。

 今すぐに追いかけたいところだがそれは……無理だ。

 

 巣が襲われた。次がないと言い切れるだろうか。もし追いかけて、その間に巣が襲われていたら……。

 我が弱っていることは周りの魔物にも伝わるだろう。そうすれば馬鹿が襲いかかってくることは想像に難くない。せめてもう少し我が回復するか、子供達が強くなるか。そうでなければ巣を離れることなど無理だ。

 

 あのバカ娘がいれば話は違ったのだがな。

 そうして諦念の中、あの娘の反応は場所が探知可能な範囲の中から消えてしまった。

 場所はわからなくなったが反応は返ってくる。まだ、生きている。

 

 

 後は信じることしかできなかった。あの娘は強い。だから大丈夫だと。

 

 それにしても、と。

 あの蛇共は本来群れるはずはないのだが。

 

 僅かな違和感と共に天帝は微睡みに身を任せた。

 



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第??話 鬼ノ刻

過去話につき鬱展開注意。
苦手な方はブラウザバック推奨。過去話は基本ダイジェストで行きます。
次の話の前書きに今回の話を簡単にまとめたものを置いていますので飛ばすこともできます。


 

 それは初めて転生したとき。

 

 目が覚めたときは混乱しました。

 何せ、目の前にいたのは額に角が生えた男女の二人組で、気づけば私は赤子だったのですから。

 

 人として、武家の娘として人生を全うした。そう思っていた私は何の因果か鬼の子として新たな生を受けました。

 最初は恐ろしく思っていました。転生などと言う概念を知るよしもなく、両親は人ではなく鬼。しかし両親は子供らしくない私に当然のように愛情を注いでくれました。

 オーガのように恐ろしく乱暴な訳でもなく、姿形は違えどその愛情の形は人と同じ。本当の二人の子供ではないかもしれないと、後ろめたさは感じつつもその暖かさを心地よく感じることは避けられなかったのです。

 

 今世の家は特に武術に関わりがあるようではなかったので、ただの村娘のように生きる事になると思っていました。しかし、そもそも鬼人というのは武を尊ぶ種族だったようで、子供の頃から良く手合わせに誘われました。

 相手は前世を合わせると半分以下の年の子供。武家の子供だった私は軽く揉んでやろうと思ったのですが……。ええ、もうボコボコにされてしまいました。こちとら女の子ですよ?もっと優しくして下さい……。

 

 戦いは素手で、武器はなし。殴る蹴るの徒手空拳など手を出したこともなく、悔しい思いをしました

 私はこっちだから、と良い感じの棒きれを拾って振り回していたのですが、元武家の娘として手合わせに誘われれば断ることなどあり得ません。もちろん敢えなく敗北。

 負け続ける事など認められるはずもなく父に手ほどきを求めることになりました。

 

 それからの私はまさに子供に戻ったようでした。飲み込みが悪くセンスが無い私に根気よく教えてくれる父。そんな私達を優しく見守って、させてくれた母。そして背格好は同じなのに、年の差を感じて勝手に距離を感じていた私を、遊びに誘ってくれた子供達。

 幸せでした。前世とは何もかもが違うけれど、それでも幸せだったと言えるでしょう。

 

 あいつらが来るまでは。

 

 突如として私たちの村は戦火に包まれました。

 一様に統一された鎧に身を包んだ人間。軍人だろう彼らが襲いかかってきたのです。

 鬼人の肉体的なスペックは人間のそれよりかなり上です。一対一なら力負けすることはないでしょう。

 ですがこれは最早戦争です。規律ある集団行動で確実に削ってくる人間相手になすすべもありませんでした。

 途中からは、最低限の知識のあった私が、皆にお願いして指揮を任せて貰うことで一瞬盛り返したものの、すぐさま潰されてしまいました。私の拙い技術ではどうにもならなかったようです。

 

 まもなくして戦いは終わる事になります。私たちの敗北という形で。

 多くの者が死に、生き残った者は開けた場所に一カ所に集められて捕らえられました。

 

 そうして一人、指揮官らしき男が前に出て言いました。

 

 彼は、拙いながらも指揮を執っていた私と戦いたいと。言葉が話せるだけの蛮族だと思っていたが、戦略のような者を使う私に興味が湧いたと。唯一武器を使う私と戦ってみたいと。

 

 鬼の村にあって武器の訓練をしていた私。戦いが始まってしばらくすると彼らから武器を奪う機会がありました。なのでそれを使っていたのです。

 

 そして勝負に勝てれば生きている者を皆解放するとも言いました。

 

 信じる信じないの以前に断る事などできるはずもありません。一も二もなく頷きました。

 

 そうして始まった戦い。彼は強かった。私が素手ではまともに戦うことすらできなかったでしょう。

 事実、村の皆も個人では弱いと思っていた人の強さに驚いていました。そしてそれとまともに戦えている私にも。

 

 前世での経験、そして今世での体術の経験と鬼としての肉体的スペックでなんとか拮抗していました。

 それでもやはり、私は足りていなかった。スペックの差に慣れたのか徐々に追い込まれていく。

 一手撃ち合う度の体勢が崩されていく。

 やがてそれが決定的になり鈍く光る刃が体に迫ったその時、咄嗟に取ったのはとある戦撃の型。

 

 実のところ私は戦撃を一度も成功させたことがありませんでした。前世で習って、そして今までに一度も。一番簡単な基礎的な技でさえも。

 

 何度も何度も挑戦し、発動することもなかった戦撃。諦めかけて、それでも諦めきれずに続けていた挑戦。

 

 無意識にすらすり込まれるほど繰り返した動きは。発動しない筈の戦撃は。

 

 私を――救ったのです。

 型をなぞるだけでは絶対に間に合わない攻防。戦撃の成功を示す、光を纏った一撃が相手の刃を押し返し、彼を大きく仰け反らせた。

 いまいち状況が理解できない中、これだけはわかりました。

 この一撃を当てれば終わる。彼に防ぐ術はない。私の勝ちだと。

 

 しかし―――

 

 ドスっと音がして、体がつんのめるように前に流れる。そんな決定的な隙を彼が見逃すはずもなく。

 体を斜めに切り裂かれた私は血だまりに沈みました。

 

 切り裂かれた部分が焼ける様な熱と、凍えるような寒さを伝えてくる。それとは別に背中に痛みが。

 

 矢が――刺さっていました。

 

 村の皆が怒りの声を上げる中一人の男がゴテゴテとした弓を片手に歩いてくる。そして言いました。

 

 ぶら下げられた希望はどうだったか?と。

 

 ああ、やはり彼らはそもそも約束を守るつもりなどなかったのです。

 

 続けて弓の男は言いました。

 

 これからは人間の時代だ。種として一番強い人間が他の種を支配するのだと。世界は弱肉強食。

 強い人間こそが正義で、他は悪なのだと。人こそが喰う側で他が喰われるのだと。

 だから弱いお前達は悪で、これから行うことの見せしめなのだと。

 

 そうして怒りに震えていた村の皆は殺されていきました。一人一人。無残に。見せつけるように。

 

 ――痛い。痛い。

 

 体ではなく心が。

 

 ――私が……強かったら皆を守れたのでしょうか。

 

 ここに生まれたのが私ではなく、前世の兄だったら。きっと誰一人犠牲なく皆を守ったでしょう。

 父だったら―――。母だったら―――。姉だったら―――。

 

 私が弱いから皆死んだ。皆喰われる側に回ってしまった。私が悪いのだと。弱い私こそが悪なのだと。

 

 止まらない涙の中、戦った彼は無表情で私を見下ろしていました。

 そうして私の鬼としての生は幕を閉じることになりました。

 



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第13羽 初心者

前の話の簡単なおさらい。

鬼として転生し村で平和に過ごしていたら、人間の軍人に襲われた!村の皆と抵抗していたら、主人公が敵の指揮官と一対一で戦うことになったぞ!強かったけど、ピンチに今まで使えなかった戦撃が発動!
勝ったと思ったら敵がズルをして主人公が倒れてしまった。そして目の前でたくさんの仲間を殺されてしまい自分も死んでしまった。


 

 

 ……んむ。

 かなり懐かしい夢を見ていました……。鬼の能力が戻ってきたからでしょうか。

 

 木漏れ日が万華鏡みたいにユラユラ揺れてなんだか眩しいですね……。

 

 さて。

 

 どうやら進化した際に眠ってしまったようです。私の状態が進化してどのように変化したのか気になるところなのですが、もっと大変なことが起こりました。

 

 そう。

 

 ――――腹減った!!!

 

 というわけで食べ物を探し始めたのですが、美味しそうなものが見当たりません。いえ、頑張れば食べられそうなものは見つけられるのですが、できれば遠慮したいなぁと……。

 

 ですがそうも言っていられなくなってきました。どうもかなりの空腹状態な様でちょっとフラフラし始めました。洒落になりません。昨日は緊張状態だった為我慢していましたがもう無理です。

 ヤバいですね。

 

 木の実などはたまに見つかるのですが、どうも考える事は皆同じなのか既に他の魔物がいるんですよね。明らかに強いのが。しかもそこら辺にいる魔物は単純なスペックだと格上ばかりな様で、鬼眼がしっかり仕事をしてくれます。無理すれば勝てそうではあるのですが、もし音に引きつけられて連戦になるとかなり厳しいですね。しかも食べる前に襲われると消耗しすぎて詰みます。

 

 こうなったらもうそこら辺に生えている草を食べるか――――

 

「キシャアァァ!!」

 

 このミミズのような奴を倒して食べるか。

 さっきからちょくちょく、ウネウネふりふりキシャア!しているこいつを見かけるんですよね。

 こいつより弱い魔物は見かけなかったので、恐らくここの生態系下位層だと思います。まあ、スペックで勝っているのはこいつくらいなので私も同類なのですが……。悲しいなぁ。

 

 ともかくご飯に関してなのですが、私は食性的に植物はなかなか受け付けられない体をしています。

 穀物、木の実、虫、肉等しかまともに食べられません。好き嫌いなどではなく消化吸収の問題で。

 なので現状こいつ一択だけ。

 いやだなぁ。食べたくないなぁ。でもお腹すいたなぁ。……チラッ。

 

「キシャアァァ!!」

 

 ウネウネしてるよぉ。キモいよぉ。やだよぉ。

 

「キシャアァァ!!」

 

 うるせええええ!!!

 グシャッ!!

 あッ……、つい虫の頭に踵落しをしてしまった。どうしましょう……。

 

 ………。

 ……………………。

 ……………………………。

 

 い゛ だ だ ぎ ま゛ ず ッ !!!!!!!!

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ごちそうさまでした……。

 味?思い出させようとするのやめろ下さいませ。

 

 虫系はお母様にも無理矢理食べさせられた事がありましたが、まだ慣れませんね……。

 むしろミルが来て料理を作って貰ってからは悪化した気がします。文化的なご飯が合ったのでしばらく虫はなかったですから。

 

 ともかくお腹はふくれたので良さげな木の上に登ってステータスを確認しましょうか。

 

 

 名前 メルシュナーダ 種族:キッズバーディオン

 

 Lv.1 状態:普通

 

 生命力:413/413

 総魔力:226/226

 攻撃力:134

 防御力:55

 魔法力:55

 魔抗力:41

 敏捷力:386

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行・風の力・カマイタチ]・つつく・鷲づかみ

 

 特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)]

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 

 ふむ。ステータスは全体的にかなり上がりましたね。紙装甲なのは変わりませんが、それは鳥故に致し方なしでしょうか。

 

 後の変化は「羽ばたく」に追加スキルとして「カマイタチ」が生えた程度でしょう。意識して羽ばたくことで「風の力」として打ち出していた風の塊に、切断力が追加されます。細めの枝なら切り落とせますが、木の幹には小さな切り傷ができあがる程度の威力です。今のところ牽制用ですね。

 なるべく使って魔法力が伸びるのようにしましょう。訓練すれば伸びるはず。

 

 ともかく今後の方針としては、流されてきた川を見つけ、上流に向かって進む。頑張って生き残る。

 

 ……以上!

 

 ……いや待ってください。私こういうの苦手なんですよ。仕方ないじゃないですか。何の準備もなく森の中にポツンとなんて一度も……、いや結構ありました。どうやって脱出したんでしたっけ。

 ……前世の能力を使って無理矢理でしたね。何の参考にもなりません、ありがとうございました。

 

 ……まあ生きてればなんとかなります。サバイバル、頑張りましょう!!

 



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第14羽 前門と後門

 

 目指すは流されてきた川。木から木へと飛び移っていると……、ヒュンッ!!と何かが飛来する音が。

 すぐさまコースを変更し、余裕を持って避ける。

 飛んできた岩は射線上にあった大木をへし折って役目を終えた。

 下手人は後ろから追ってきている猿のようなゴリラのような魔物。サイズはトラックほど。

 こうなったのは少し前のこと。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 巣に帰る為には川をさかのぼる必要があります。木々が鬱蒼と茂った中、目的のものを探すのは視線が通らないので難しいのです。そう、上空から確認でもしない限り。

 

 雲一つない晴れ空に何もいないことを確認して危険を排除。飛び上がり、ぐるっと見渡せば一瞬でした。

 しかしそれは厄介事を招き寄せることになります。ホバリングする私に突如襲いかかる岩の砲弾。避けたところで飛んでくるへし折れた大木。川の方からは巨大な水弾。その他もろもろが襲来する。

 

 これはたまらないと急降下したところ、攻撃してきたであろう一匹に捕捉されてしまったというわけです。

 

 できれば戦いたくないんですよね。飛んでくる攻撃を避けながら思う。

 この猿ゴリラ、戦撃込みなら勝てそうなんですが単純なスペックはやはり負けています。不用意に空を飛んだだけで雨あられと攻撃がやって来たように周りに好戦的な魔物が多いです。一カ所に留まったまま戦えば、戦闘音で周りからわらわら別の魔物が集ってくるでしょう。そうして周りが敵だらけの乱戦に突入。事故の確率が格段に上がります。

 

 レベルは上げたいですが不用意な運ゲーは避けた方が好ましいです。漁夫祭りは嫌です。捌ききれなくなって、死にたくはありません。

 

 川さえ越えてしまえれば逃げ切れます。結構大きいですし、ワニっぽいのもいるのであの猿ゴリラでは渡れないでしょう。問題は川までたどり着けるかと、川を渡りきれるかですが……、猿ゴリラは私より速度があるわけでもないですし、度々足を止めて物を投げてくるので距離は縮まりません。

 

 渡りきるのは……、なんとかなるでしょう、多分。

 

 そんな事を言ってる間に川に着きました。とっとと渡ってしまいましょう。

 何かが飛び出してきても対処できるように水面から距離を開けて飛ぶ。高さは川岸にある木と同じくらいで。飛びすぎても厄介なので。

 四分の一も過ぎた頃には猿ゴリラも諦めたのか叫び声を上げるだけになっていました。

 と、水面に波紋が。そして影。急激に大きくなるそれに構えを取る。

 

 ――【側刀《そばがたな》】!!

 

 飛び出してきた影へと擦り上げるように蹴りを放つ。太陽がキラキラと反射するそれを猿ゴリラの方へと蹴り飛ばす。

 ……ワニではなく、巨大な魚でした。サイズは乗用車くらい?

 まあ、進行方向ととは反対に飛ばしたので、同じのにはもう襲われないでしょう。

 

 気を取り直して前に進んでいく。別のが飛び出してくるかも知れないので水面の注意は怠りませんが。

 半分は過ぎたでしょうか。後ろの陸よりも目の前の陸の方が心なしか近いような気がします。

 

 ――ッ!!!

 

 嫌な予感を覚えて咄嗟に急停止すると同時に、目の前も水面が爆発。

 弾ける水しぶきを避けるために後ろに下がる。水に濡れて体が重くなってはマズいですからね……。

 

 視線の先は水中……、では無く上空。そこには翼をはためかせこちらを睨み付ける存在が。

 翼竜と言えばわかりやすいでしょうか。さっきの水面の爆発はこいつのブレスですね。あのまま進んでいたら大けが、もしくは水面に叩きつけられてまともに飛べなくなっていたでしょう。

 

 そんな中、新たなお客さんが。

 

 ――嘘でしょう!?

 

 体を捻って水中から飛び出してきた魚をなんとか受け流す。どうやら懲りずに追ってきたようです。

 

 ここは川のど真ん中。

 上空に翼竜、水中に巨魚。

 ……あの猿ゴリラと戦った方が良かったかも知れません。

 




もし面白いと思って頂けたなら、お気に入りと評価をお願いします!!
感想もお待ちしています。


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第15羽 鱗二体

お気に入りと評価ありがとうございます!
とっても嬉しいです!!


 

 上空は翼竜に押さえられて、水中からは魚が狙ってくる。かなり危機的な状況です。

 しかも両方鱗。蛇と言いこいつらと言い、鱗関係で良い思い出がありません。

 

 ともかく水中の巨魚は飛び出してくるまでどうすることもできません。なのでとりあえず翼竜の対処に注力しましょう。

 例に洩れずこの翼竜もしっかりスペックでは上です。できれば逃げたいですが、背を向けて無事で済むとも思えません。戦って活路を見いだすしかありません。作戦は命大事にです。

 

 私の戦闘スタイル的には接近できなければ話になりませんので、空を翼で叩いて一気に接近します。もちろん翼竜ものんびり眺めている訳ではありません。

 

 火球のブレスを吐いて返り討ちを狙ってくる。次々に飛来する火の玉を避けて、最低限の動きで距離を詰めていく。もう少しで手が、と言うよりも足が届く距離になった所で「ヒュンッ!!」という風切り音が。

 急制動をかけて横に避ければ、顔のすぐ横を鞭のようにしなった尾が叩き落としてやろうと通り過ぎていった。それだけでなく真下の水面が「ザンッ!!」と切り裂かれる。

 

 ぞっと、心臓が縮み上がるような寒さを覚えた。

 翼を切り裂かれて水に落とされた後、生きたまま魚のエサになるところまで想像できました。

 いや、ホントに逃げたいんですけど。

 

 警戒心から高度を下げて距離を取ると今度は下から魚が。

 特に芸のない飛び上がっての食らいつき。【側刀《そばがたな》】で受け流しながら、腹に回り込んで蹴り上げる。

 そこで空中で動きの止まった魚へ、

 

 ――【廻芯戟《かいしんげき》】

 

 相手の体の芯を捕らえた、戟の一撃ように鋭く突き刺さるローリングソバット。

 戦撃によって吹き飛ばされた魚は見下ろす翼竜の元へ。ぶつかれば御の字だったのですが、翼竜は冷静に尻尾の一撃で降りかかった火の粉を払いました。しかも魚の方も切り裂かれてはいないようです。

 

 こっちは紙装甲なのに……。

 相手二匹の防御力の高さに若干の悲しみを覚えます。

 

 とは言え翼竜は感傷に浸っている時間もくれない様で。魚を蹴り飛ばされたお返しだとばかりに火球がはき出される。旋回して避けつつ上昇していきます。

 すると上を取られるのを嫌ったのか、急上昇した翼竜が真上に張り付きブレスで圧力をかけてきました。

 

 ――このッ!!くッ、振り切れません!

 

 たまらず高度を下げます。

 このまま水面まで押しつけられるとマズいですね……。

 水に近づく程魚の飛び出し攻撃が避けられなくなります。水面付近まで行くと私は対処できないでしょう。

 しかし不安は的中しませんでした。翼竜が何故か下降をやめたからです。

 

 何故?その答えはすぐにわかりました。他ならぬ理由の本人によって。

 

 水中から飛び出してきた魚。咄嗟に蹴りつけ、反動でなんとか避けることができました。

 ……今のは少し危なかったですね。戦撃でなければ魚を蹴り飛ばすこともできません。一応普通の蹴りでも、木がまとめて二、三本はへし折れる筈なんですが。

 

 と、そこで一人得心が行きました。

 恐らくあの高さが魚に飛びつかれないギリギリに高さなのでしょう。見下ろし続ける翼竜に目を向ける。

 

 ……なるほど。

 私は魚の飛びつきに対処できていますが、この翼竜には難しいのかも知れません。魚の飛び上がりはかなりのスピードで、避けるのではなく、受け流しを強要されています。

 そして魚は魚で……。

 

 ではこれで行きましょう。

 



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第16羽 生態系

 

 翼竜の現在位置は、魚の飛びつきがギリギリ届かないであろう高度。

 対する私は丁度中間の位置。下の水面と上の翼竜から半分。私が思う丁度良い場所です。

 

 ――来た!!

 

 水面に薄らと影が浮かび上がり、それが急速に成長する。私はそれに対処するため、微妙に位置を調整します。

 そして水面が膨張し、遂に弾丸が飛び出した。

 

 ――まだ、避けない。

 

 今までだったら既に回避行動を取っているような距離。それでもまだ動かない。

 引き付けて、引き付けて……。

 

 ――ここ!!!

 

 眼前まで迫った魚。巨大さからの質量と速度で以て生み出されるシンプルで強力な暴力。

 それを今度は避けるでも受け流すでも無く、受け止める。

 私を喰らわんと迫り来る口からはなんとか逃れ、額に着地。

 瞬間、全身がバラバラになりそうな衝撃が。

 

 ――グ……ゥっ!!、キツ……い……!!

 

 全身が軋む。受け止めた足はへし折れそうだ。でも、上手く行った。飛び上がってきた魚と一緒になって、ぐんぐん昇っていく。

 心が折れそうになる苦痛に自身を叱責し、魚を蹴り飛ばして更に加速する。

 

 直線上には――翼竜。

 ここに来て狙いが自分だとわかったのでしょう。あわてたように今更対処しようとしていますが……、遅いです。

 

 全身で受け止めたエネルギーと共に翼竜を見据え鬼気を解放する。

 

 ――【崩鬼星《ほうきぼし》】!!!

 

 踏み台にした魚のエネルギーと鬼の力が炸裂する。

 翼竜の脇腹へとたたき込まれたそれは、しかし芯を捕らえることはなく、弾き飛ばしてクルクルと横に吹き飛ばしていく。

 倒せてはいない。それでも

 

 ――上は取った!!

 

 上を陣取っている私にブレスを吐くためにはホバリングしなければ無理です。今までのように高速で飛行しながらの攻撃は、首を無理矢理上に向けなければならないためです。そんな飛び方では速度なんてたかが知れています。

 チャンスです。このまま押し込みます。

 

 意図しない急回転で目を回したのか頭を左右に振っている翼竜に一気に接近する。

 現状こちらに気づいた遠きの対処方法は絞られます。無理矢理上を向いてブレスで迎撃を狙うか……。

 今の様に尻尾での迎撃か。

 

 ――【狼刈《ろうがい》】!!

 

 狼の強襲の如き三連蹴りが翼竜を捕らえる。

 尾の切断力などものともせず一撃目で尾の攻撃を弱め、二撃目ではじき返し、最後の一撃で今度こそ撃墜せしめる。

 

 驚愕の鳴き声と共に墜ちていく翼竜は、しかし健在だった。大きなダメージは負っただろう。

 それでもすぐさま体勢を立て直し、自らを叩き落とした不届き者を睨み付けている。流石は竜と言ったところでしょうか。

 

 だが、それは魚には関係がなかったようですね。

 

 自らの手の届く範囲に入ったものに貪欲に喰らいつこうと翼竜にさえ身を躍らせる。

 

 翼竜も咄嗟に避けようとするが、やはり間に合わない。

 片翼に食いつかれ、重力に引かれて落ちていく。

 まだ目が死んでいない翼竜は首を回しブレスを放った。一回二回三回と、遂に耐えきれなくなったのか魚が口を離し、水に引き込まれることは防ぐことができた。

 

 この魚、恐らく火球は弱点です。かなりの防御性能があるのに翼竜が火球を打ち出しているときは水中から出てきませんでした。単純に余計なダメージを避けていたのかも知れなかったですが、反応を見るにどうやら火が苦手で正解だったようです。

 

 なんとか生き残った翼竜。

 だがその姿はボロボロだった。咬まれた方の翼膜には無数の穴が開き、飛び方は不格好。

 骨にもダメージがあるのかも知れません。

 

 ――これならスピードでは、もう負けていない。

 

 



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第17羽 Let's フィッシング

 

 上空を翼竜に押さえられていた状況から一転、私が上を取り魚の対処を押しつける事に成功しました。

 翼が傷ついた翼竜は満足に飛ぶこともできません。少し大変ではありますが逃げることも可能でしょう。

 ですが目的が生まれたのでこのまま戦います。

 

 さっそく翼竜が攻撃をしかけてきました。単純なブレスです。

 ……せっかくなので試してみましょうか。

 飛んでくるブレスを避けることなく――足で優しく衝撃を吸収し、刺激しないように一回転して明後日の方向へと蹴り飛ばしました。

 これには流石に翼竜もポカンとしています。

 

 やったことは単純です。私は飛ぶときに風の力を補助として使っています。その補助を足に回して、火傷をしないようにベールのように保護。後は火球を足で受けたときに、爆発しないようにすれば対処は簡単です。

 

 よし、これなら大丈夫そうですね。

 ふむ、どうやら私が火球を対処したのを見てブレスを使うのをやめましたね。

 無駄撃ちをやめて様子を見ることはできるようです。

 

 せっかくなので練習も兼ねて《カマイタチ》を使ってみましょう。

 羽ばたくと同時に発生する風に鋭さを追加。風の刃となってパラパラと襲いかかります。……弱いですね。

 翼竜の鱗に弾かれて全くダメージが入っていません。鬼の力は物理方面に偏っているので、これが本当の素の力になります。魔法方面の前世が解放できればまた変わるのでしょうが……。

 

 カンカンカンカン弾かれている《カマイタチ》ですが、フルプレートメイルの上から小石を投げられているくらいの威力はあるはずです。はっきり言って玩具ですね。

 相手をイラつかせる程度のことはできます。現に翼竜が火球を放ってきました。今回は打ち返さず余裕を以て避けます。

 相手をイラつかせるのは鬼眼の方がコスパ良くできますが、これは練習なので別に良いです。

 

 タイミングも良いのでもっかいやります。

 《カマイタチ》をパラパラふりかけます。ほれほれ~。

 

 相手は爬虫類なので表情なんてわかりませんが、何となくイラついている気がします。口からも炎が洩れてますし。

 あ、ブレス吐きました。結構沸点低いですね。熱くなりやすいのでしょうか。

 まあ、そのせいで下から飛び跳ねてきた魚に気づかなかった訳ですが。今更気づいたところでブレスを吐いて硬直した体では避けることなんてできません。

 

 このままだと魚のエサになるわけですが……、今回は運が良かったですね。

 

 

 翼竜がまともに動けないでいる間に、火球を受け流しの要領でサッカーボールのように絡め取り、飛んできていた魚の口にシューッ!!!

 空中でまともに動く術のない魚は避けることなんてできません。

 おまけで口を塞ぐように風の玉を投げつけてやれば、威力が逃げることなく、体内で大爆発を起こします。

 ただでさえ火が苦手な魚はなすすべもなく。

 

 結果しめやかに爆発四散。私の勝ちです。

 

 と、そこで比較的大きな魚の切り身(?)が飛んできたのでキャッチしました。そのまま口に運びます。

 

 あ、やっぱり美味しい。ジューシーな魚の旨みがギュッと詰まっていて、身がほろほろと崩れていきます。口に運ぶのが止まりません。

 いえ、翼竜が魚に捕まってブレスを何度も吐いたときがあったじゃないですか。あのときですね、こう、ものすごく良いにおいが漂ってきまして……。ちょっと狙ってたんですよね、翼竜を使って焼くの。私は火を使えないので。

 ……なんですか、まともなもの食べてないんだから仕方ないじゃないですか!!お腹すいてるんですよ!!

 

 誰にともなく言い訳をしていると翼竜がじっとこちらを見つめていました。なのでにらみ返します。

 

 なんですか。これはあげませんよ。もぐもぐ。

 これ食べるのに忙しいので帰ってくれません?もぐもぐ。あ、美味しい。

 

 戦撃を使うとかなりエネルギーを使うのでお腹が空くんですよ。ゴクン。

 

 しばらくにらみ合っていましたが……。

 おや?翼竜が背を向けて飛び去っていきました。……本当に帰りましたね。

 

 うーん、結果的に翼竜を助ける形になりましたから、引いてくれたのかも知れません。あのままやっても私の勝ちでしたが。

 不用意に戦わなくて良いならそちらの方がありがたいですので。

 魚を焼くのは必要だったので仕方ないですが。仕方ないですが。

 

 この場に留まっても良いことはありませんのでさっさと移動しましょうか。陸地に着いたらある程度離れた場所で休みましょう。今日は疲れました。

 

 




腹減ったから魚釣りやろうぜ!お前エサな!!


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第18羽 大乱闘

お気に入り追加ありがとうございます!



 

 魚の焼き身を食べ、休憩してから数日が経ちました。

 今日も今日とて川沿いを上って行っているのですが、いつもと違うことが。それは音です。

 朝方から遠くでずっと戦闘音がしているんですよね。爆音、轟音、何かがへし折れる音。

 もう二時間近く音が鳴り止まないです。きっと漁夫に漁夫がやって来て収まりがつかないのでしょう。私には関係のない話ですが。

 

 と、そこでヒュゥゥという飛来音。なんだか嫌な予感が……。

 周りの木々をへし折りながら正面に何かが着弾。

 びっくりして固まっていると土埃の中から青い狼が現れた。気が立っていたのか、私を見つけるとすぐさま口元がびっしりと霜に覆われていく。ブレスだ。

 

 ――まずッ!!避け――ッ!!?

 

 しかし私が避けるまでもなく、突然現れた猿ゴリラが横殴りに青い狼を吹き飛ばしました。

 どうも巻き込まれたようですね。早く離脱しましょう。

 

 そう判断するとすぐさま上空へ昇っていく。しかし私が逃げることは叶いませんでした。

 いきなり影に覆われたかと思えば、強風に押しつけられるように吹き飛ばされてしまいました。上空を見れば巨大な蛾が。それが犯人の様です。

 

 なんとか体勢を立て直そうと苦心していると、高速で何かが突っ込んできました。

 

 ――このッ!!

 

 その速度に後先考える余裕もなく、無理矢理蹴りを合わせる。その一瞬で見えたのは眼鏡のような巨大な複眼と細長い体。蜻蛉《とんぼ》だ。

 弾き飛ばされる形で難を逃れることができました。しかし、飛ばされた先は地面。叩きつけられる前に、翼で勢いを殺すことに成功したと思ったら右の木がへし折られる。そこには黄色い熊が。プ〇さん!?。

 ところがその熊はそんなに優しい存在ではなく、放電しながらベアハッグを敢行。喰らったら死にます。

 滑歩《かっぽ》を使って安全圏へと避難……、できませんでした。

 攻撃は避けることができましたが、なんと魔物に囲まれてしまいました。

 

 ……やっぱり戦いに巻き込まれてしまったようですね。まだ遠くで戦闘音がしているので一部がこちらに来てしまったのでしょう。なんて運がない。しかもなんで私がど真ん中なんですか?やめてくれません?

 

 私を攻撃しようとした魔物が周りに気づき、今は睨み合いの様相になっています。中心は紙装甲の私。心臓に悪すぎる……。

 

 ――なんとか逃げなければ。

 

 じり……、と僅かに足を動かせばそれまでにらみ合っていた全員が一斉にこちらを振り向きました。

 ヒェッ!?襲いかかる氷、岩、風、地を這う雷。

 もう余裕なんて欠片もありません。頭をフル回転させて、氷を【昇陽《のぼりび》】で氷を蹴り飛ばして岩に当てて対応。襲いかかってくる風に私の風をぶつけて体勢を崩されない程度になんとか抑えます。

 雷は【昇陽《のぼりび》】で浮かんだ勢いを使って飛び上がって避ける。浮いた私にすぐさま突っ込んできた蜻蛉には【降月《おりつき》】をたたき込みました。蜻蛉は僅かに下に弾かれましたが、そのまま飛んでいってしまいました。

 

 そこからは大乱闘の始まり。魔物達は目に入ったものから襲いかかっていく。

 ブレスを吐き、爪で裂き、牙を突き立てる。

 私も全力で抗います。殴りかかってきた猿ゴリラの腕をかわし、頭に横蹴りをたたき込む。通常攻撃をものともせずに腕を振り続ける猿ゴリラ。こちらも舞うように攻撃を避けながら蹴り続けます。

 ちょこまかと避ける私に苛立った猿ゴリラの腕が大振りになる。チャンス。滑歩《かっぽ》で体をずらすように避け、【昇陽《のぼりび》】で吹き飛ばすと、その先にいた青い狼にぶつかり絡まれることになる。

 

 すぐさま振り向いてバックステップをすると、さっきまでいた場所に帯電した爪が振り下ろされていた。

 地面を蹴り、飛び上がって頭に一撃をたたき込む。

 

 ――【廻芯戟《かいしんげき》】!!!

 

 黄色熊の顔面を的確に捉え、ダメージで大きく仰け反らせた。そして私は――地面に崩れ落ちていた。

 

 ――これは……麻痺?電気で……。痺れて体が動かない……!

 

 体の不調に混乱していると影がかかる。

 気づけば正面に熊が怒りの形相で爪を大きく振り上げていた。

 

 ――無理です、避けられない!!

 

 来たる痛みに思わず体を強張らせる。体は未だに言うことを効かない。

 ところが熊が視線を斜めに逸らすと同時に、巨大な蛾が激突する。どうやら吹き飛ばされてきたようだ。

 

 ――助かった……!!

 

 おかげで少し痺れが取れてきました。麻痺は『頑強』を貫通してきた様ですが、回復にも影響があります。

 そこでブウゥゥンという羽音が近づいてくる。痺れの残る体で無理矢理横に飛ぶと背後から強烈な衝撃が。当然吹き飛ばされます。

 回る視界の端で捕らえたのは飛び去る蜻蛉。

 

 ――ぐぅッ!!背中に切り裂かれたような熱が。大顎が掠ったのでしょうか。吹き飛ばされたのは羽?

 

 なんとか受け身を取るも痛みに視界が赤く染まる。……違う!これは鱗粉!?

 見れば帯電している熊を嫌ったのか、大きく羽ばたいている羽から赤い鱗粉が流れてきている。

 

 そして蛾の触覚が震えると同時に轟音、爆発。

 

 煙が消え去れば中心部はクレーターになり、地面がむき出しの状態に。もちろんそこの木々は全てどこかに行ってしまいました。

 

 ――いったぁ……。

 

 爆発の衝撃に全身が痛みます。それでもなんとか生き残りました。

 鱗粉に気づいてすぐ全身から風を放出し、空白地帯を作れたのが大きかったようです。そうでなければ死んでいました。

 

 ――この爆発です。流石に皆死んだのでは?

 

 期待を込めて見回せば希望は打ち砕かれました。痛みに呻いていますが全部生きています。蛾に至っては無傷。自分の能力ですから何か耐性があるのかも知れません。

 さっそく起き上がった猿ゴリラが元凶の蛾に喧嘩を売りに行きます。なんでそんなに元気なんですか……。

 

 私はと言えば目と目が合ってしまった青い狼が襲いかかってきました。全身と背中が痛みますが泣き言を言っている暇はありません。

 

 飛んでくる氷を打ち返してやれば、容易くかみ砕きながら飛びかかってきました。滑歩《かっぽ》で滑るように懐に潜り込み、【昇陽《のぼりび》】で顎を打ち上げ、【廻芯戟《かいしんげき》】で蛾と猿ゴリラの方へと蹴り飛ばす。一生そこで絡まれててください。

 

 今のうちに反対側へと逃げだそうとすれば、地面から電撃が襲いかかってくる。

 跳んで避ければ上から叩き落とすように爪の一撃が。触れたらマズい!!熊の腕と私の間で風の塊を爆発させる。熊は微動だにしませんでしたが私はとても痛かったです。それでも避けることができました。

 空振ってすぐさまベアハッグをするために両腕を振り上げた熊。隙だらけですよ!!

 

 ――【崩鬼星《ほうきぼし》】!!

 

 一瞬の隙を突いた紅蓮の一撃が黄色熊の胴体に突き刺さり、そのまま貫通した。

 鬼気を解放した状態の『頑強』は貫通できなかったようで麻痺にはなりませんでした。

 正面に敵はいません。このまま行けば逃げられる……!!

 

 着地と同時に逃げだそうとすると背後からあのブウゥゥンという羽音が。

 あちらの方が速いです。追いつかれますね。迎え撃つべきでしょう。

 

 ――これは背中のお礼ですよ……。

 

 振り向き、半身に構えて腰を落とし全力で地面を踏みしめる。

 

 ――【鬼伐《きばつ》】!!!

 

 地面を砕く勢いで、弧を描くように振り上げられた足刀が正面から蜻蛉を切り裂いた。

 僅かにタメが長いのと、移動しないために待ちが必要なのが弱点ですが威力は折り紙付きです。

 

 他の敵はいませんね。残りは向こうで争っています。

 付き合ってられません。このまま逃げます。

 

 ……次からは戦闘音が聞こえたらもっと早く逃げるようにしましょう。

 

 ある程度距離をとって振り返れば魔物が更に増えていました。あのままあそこにいたらと思うとゾッとしますね。

 疲れました……。もっと離れたら今日は早めに休みましょう。

 




下手に戦うとこうなります。魚と翼竜の時は結構早めに決着がついたので集まる前に逃げられました。
……この回はもっと早くに出すべきだったかな?
猿ゴリラは別個体です。


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第19羽 雨のち

 

 巻き込み事故からなんとか逃げ出し、数日が経ちました。

 熊と蜻蛉を倒した事もあってレベルが上がり、猿ゴリラくらいの魔物なら戦撃で瞬殺できるようになりました。おかげで食糧問題の方も少し解決。

 順調に川を上っていたのですが途中から別の大きな問題が発生してしまいました。

 

 それは目の前の二つに分かれた川。これ見て貰えばわかると思います。

 どちらが流されてきた私が方なのか全くわかりません。実はここ三日くらいで二つの分岐を通ってきました。これが三つ目の分岐です。

 他の分岐での先が同じように分岐していたとしたら加速度的に正解を引く確率は下がってしまいます。

 これ以上増えた場合正解を引くことは無理です。

 

 ですが止まっているわけにも行きません。運を天に任せて進むだけです。最悪近くなれば巣にしていた巨大な木が見えるはずです。

 そうすればこちらの物。まっすぐに飛んでいけば良いだけですから。流石にあんなに巨大な木がポンポンあるわけでもないでしょうし。

 

 とりあえずここは……、右に進んでみましょう。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 三時間後、私は途方に暮れていました。

 

 ――どうしましょう。

 

 目の前に現れたのは三つに分岐した川。

 

 ――無理では??

 

 皆さん覚えておいてください。乱数は敵です。確率も敵です。許されません。

 

 もうふて寝しますね。今日はおしまいです。明日になればなにか良い考えが浮かぶかも知れませんし。

 空模様もなんだか悪くなってきたので雨宿りができる場所を探して――とか考えている間に降ってきました。

 

 羽毛に覆われている私は雨に濡れるのは悪手です。身軽さが死んでしまいますので。

 とりあえず木の下を通ってなるべく雨を避けながら、雨宿りができる場所を探していきます。

 

 捜索開始から数十分。手頃な洞窟を発見しました。

 良い感じの岩陰でもと考えていたので、予想以上に良い物件です。

 

 やることもないのでステータスの確認でもしましょうか。

 

 

 名前 メルシュナーダ 種族:キッズバーディオン

 

 Lv.26 状態:普通

 

 生命力:1096/1096

 総魔力:413/413

 攻撃力:356

 防御力:121

 魔法力:133

 魔抗力:106

 敏捷力:746

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行・風の力・カマイタチ]・つつく・鷲づかみ

 

 特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)]

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 結局の所、熊も蜻蛉も猿ゴリラも格上なのでレベルはポンポン上がります。

 おかげで生まれたばかりの頃とは比べ物にならない強さです。

 まあ鬼の力を考えないと、ミミズみたいな奴を除く、会った魔物全部に負けているのですが。

 うーん、素の私弱すぎ?

 

 スキルは増えませんでした。各上相手に効かない攻撃を無意味にする余裕もないので仕方ないのかも知れないですが、戦撃しかまともに使ってないですからね。

 

 ステータスも一通り確認し終わりましたが、雨が止む気配はありません。むしろ強くなる一方ですね。

 今日はここで夜を明かすことになりそうです。

 

 ……皆元気かなぁ。今頃ミルにご飯でも作って貰っているんでしょうか。

 お母様はミルを酷使していないでしょうか。……なんだか心配になってきました。早く帰らないと。

 ……それにしてもお母様はなんでまだ助けに来てくれないのでしょうか。もしや、獅子が子を崖から落とすのと同じ感じでしょうか。

 考え始めると止まりません。

 ……捨てられたとか怪我で動けないような状態だとか、嫌な考えがよぎってしまいます。

 

 はぁ、やめやめ。嫌な考えを追い出すように頭を振る。

 じめじめしているせいか、考えも暗いものになってしまいます。そんなことより川の分岐をどうにかすることを考えるべきでしょう。全く良い考えが思い浮かぶ気はしませんが。

 

 ……おや?洞窟の奥の方がボンヤリと光っています。警戒しながら慎重に確認しに行くと、どうやらそれはキノコのよう。

 観察してみましたが特に危険性はなさそうです。これが洞窟の中を薄らと照らしていて、更に奥に続いていることがわかりました。

 

 ……進んでみましょうか。雨も止みそうにないのですし、今日はここで夜を明かすことになるのです。寝ている間に奥にいた魔物に襲われてしまった、なんて事のないように確認しておきましょう。

 そんな理論武装をして自分を納得させると進み始める。

 

 所々に光るキノコが生えていて天然の照明になっていて明るさに困ることはありません。暗さで見えなくなれば引き返そうと思っていたのですが問題なさそうですね。

 

 ズンズンと進んでいくと次第に景色に変化が。

 

 ――これは……レンガ?人工物が何故こんな所に?

 

 無骨な岩肌だった洞窟はやがてレンガで整備された通路のようなものに。

 所々崩れていますがまだしっかりと通路の役割を果たしています。

 

 ――先になにかあるのでしょうか。

 

 意図せずに見つけたものですが好奇心に負けて進むことを選択してしまいました。

 しかたないですよね。

 未開の地で見つけた人工物。これを探索せずにいられるだろうか。いやいられない。はんご。

 

 ――行き止まり?

 

 通路はクネクネと曲がり始めて、どれほど先があるのかわからない中、それでも進んでいると遂には終点終点に着いてしまった。

 そこにはレンガで覆われた壁があるだけ。

 それ以外特に何もなく落胆しかけました。

 

 ……いや、これは。

 

 行き止まりのレンガを足でつついてみる。

 ……やっぱり。明らかに他の壁に比べて薄い。先がある。

 蹴り飛ばすと拍子抜けするほど簡単に崩れた。最近作られてものでもなさそうですし劣化していたのでしょうか。

 

 レンガの壁を抜けるとそこには広大な空間が存在していた。

 

 ――凄い。

 

 天井にもキノコが生えているのでそこがドーム状の洞窟であることはわかりました。

 そして一際目を引くものが。厳めしい装飾が施された巨大な扉。その大きさは巨人が使っていたのかと思うほどです。

 

 ――これのためにあの通路は作られたのでしょうか。

 

 興味を引かれて更に一歩踏み出す。

 そして――

 

 ――頭上から強烈な死の予感が。少なくとも今世で体験したものでは比べ物にはならない。

 

 ――なッ!!?

 

 竦みそうになる体を必死に動かす。

 

 通ってきた通路は――間に合わない。全力で横に飛ぶ。

 訳もわからないまま、横殴りの衝撃に吹き飛ばされる。

 

 ゴロゴロと転がって距離を取る。

 

 さっきまで私がいた場所。

 絶望的なバケモノがそこにはいた。

 

 重厚な四足歩行の巨大な体躯。他を圧倒する強大な威圧感。全体を強固な鱗で覆われまるで戦車の様だ。そこにいるだけで死を連想させられる。

 

 ――雨のち地竜《ちりゅう》なんて最悪の天気ですね……。

 

 この前会った翼竜が赤子に感じられる。正真正銘生物としての頂点捕食者。

 

 好奇心は猫をも殺す。ならば鳥はどうだろうか?

 



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第20羽 不利×格上=やめてください死んでしまいます。

すまぬ。短い。


 

 マズいですね……。何がマズいってもう全部がマズいですね。

 

 頭上から降ってきた魔物。鱗があり、翼がないことから地竜と称したこいつは正真正銘バケモノです。

 今まで森で出会ったどの魔物と比べることすらおこがましいと感じるほど。

 おまけに今いる場所、巨大なドームとはいえ天井があり、キノコがあるとはいえ周りが薄らと見えるだけ。頭上から降ってきたことから上の方に移動できる何らかの手段があると思われる。

 高さ制限に加え、暗闇。格上相手に圧倒的アウェー。

 

 これがマズい状況ではないというならそいつは頭がおかしいです。

 

 そして更に最悪な情報が。こいつが頭上が降ってきたときに私が通ってきた通路は塞がれてしまいました。

 逃げるに逃げられません。

 他にも通路がある可能性はありますがこの暗闇の中、この地竜を相手にしながら探すのは相当骨が折れるでしょう。最早物理的に。

 何より私が通ってきた通路のように隠されていては、しっかり腰を据えて探さないと見つけられる気はしません。

 あとはあの巨大な扉に賭けるしかありませんが……、扉も同様に悠長に調べる時間を与えてはくれないでしょうね。

 

 不利でしかない状況で、できればこんな格上は相手にしたくありません。私の知っている竜種は、知性が高く会話できるものもいたので、話し合いを試してみましょう。活路を開けるかも知れません。

 

「チチチッ?(落ち着いてください。お話ししませんか?)」

 

 出てきたのは小鳥が囀る音だけ。

 あっ……、私しゃべれないじゃん……。

 

「グオォォッォオッッォオオ!!!」

 

 竜の咆哮と共にテンパったまま戦闘が始まった。

 

 初手は単純な突進。しかしそれは竜種の強靱な肉体から繰り出されるもので、大型のトラックとすら比較にならない。

 相手の姿がうまく視認できない中、なんとか【側刀《そばがたな》】を合わせることに成功する。

 だが――

 

 ――戦撃でもまともなダメージになっていない。硬すぎる。

 

 強固な鱗に阻まれて傷一つ付けることもできない。それどころか、相手が強すぎて完全には受け流しきれずにダメージを貰ってしまいました。暗闇でうまく見えない状況ではあるものの、私は戦うときに目だけに頼っているわけではありません。五感全てで相手に対応しています。それでも地竜の攻撃が受け流せなかったのは、ひとえに単純な実力差に因る物。

 

 まさか戦撃でかすり傷すらないとは思いませんでしたが。

 

 弾かれるままに距離を取り、呼吸を一つ入れる。

 

 ――焦る必要はありません。ゆっくり行きましょう。

 



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第21羽 上げて落とされると人は怒ります。まあ私には関係ない話ですが

 

 戦撃でまともなダメージにならない以上ここは積極的に逃げに徹するべきでしょう。

 それに『側刀』は使い勝手こそ良いですが、威力は戦撃の中で下から数えた方が早いです。他の威力の高い戦撃ならダメージ自体は与えられる可能性もあります。

 

 ともかく出られるかどうか扉を確認しましょう。まともにやって勝ち目はないです。

 地竜が次の攻撃をしかけてくる前に飛び上がり、少しでも安全圏を目指します。

 

 頭上を舞う私に地竜は視線を向けたまま離さない。距離を離したまま、円を描くようにゆっくりと扉の方へ移動していく。

 

 そんな中こちらを睨み付けていた地竜。何を思ったのか前足を力強く振り上げて、地面を踏み砕いた。

 

 ――なにを?

 

 天井付近を飛んでいると土煙と共に地竜の姿が見えなくなった。暗さもあり、何をしているのか全くわかりません。

 

 ――土煙の中から遠距離攻撃でもするつもりでしょうか。

 

 しかしわざわざ小細工をする必要性は感じられません。圧倒的に不利なのは私なのですから、単純に攻撃してくるだけでかなりの負荷になります。攻撃の出を見えなくするのは脅威ですが……。

 

 ゴゴゴゴゴ、と突如として洞窟全体が揺れ始める。

 

 ――なにが……

 

 パラパラと頭上から砂粒が降りかかり――――弾かれるようにして天井から距離を取る。

 間髪入れず真上が弾けるように砂をまき散らす。

 

 ――上から!?地面を掘って?最初に上から降ってきたのはこれですか!

 

 危険を感じ取ってすぐに動いたものの完全には防げない。直撃は免れたものの被弾。受け身も取れずに地面に叩きつけられる。

 

 ――う……、く……。

 

 痛みに呻きながらなんとか立ち上がる。

 足で受けられたから良かったけれど、そうでなければ全身の骨が折れていたでしょう。

 

 一方の地竜は天井から飛び出したまま重力に身を任せ―――するりと地面に潜り込んだ。まるで入水するように。

 

 潜る、と言うより土が避けている。そう表現する方が的確でしょうか。

 ともかく天井付近が安全圏ではなくなりました。と言うよりも洞窟全部が危険域です。

 ……無理ゲーでは??

 

 何より先ほど攻撃を受けた右足があまりの衝撃に痺れています。……あまり無理すると折れそうですね。

 急だったこともあり、暗闇の中ではうまく力を受けきることができず、変な受け方をしてしまった。

 視覚だけに頼っていないとは言え、それでも周辺の情報取得の大きな割合を占める。

 

 ――場所があまりにも不利。

 

 さっきも思ったがその考えにたどり着く。この場所そのものが地竜に味方している。

 地面を泳ぐ能力をもったこの地竜には、全面が土でできたこの場所はホームグラウンドでしかない。

 

 やがて地面から浮かび上がってきた地竜は、前足から地面を踏みしめて体を持ち上げると、体を揺すって砂を払い落とした。

 徐ろに息を吸い込んだかと思えば――――ブレス。

 

 怖気のあまり息を吸い込む前から地面を蹴って飛び出していた。

 砂漠の砂嵐を込めたのような強烈なブレスが後ろを通り抜けて行く。

 その範囲は正面から地竜を見たときよりも広い。まるでミキサーだ。あの中にいれば、大量の砂粒に外側から削り取られて骨すら残らない煙となって消え去るだろう。それも一瞬で。

 

 勝てるビジョンなんで欠片も浮かばない。

 

 ――早く扉へ……!!

 

 吹き飛ばされはしたものの扉は先ほどより近い。なりふり構わず扉へと急ぐ。

 しかし地面を泳いで距離を詰めてきた地竜は、私の必死さをあざ笑うように悠々と扉との間に陣取った。

 

 ――この!!どいてください!【崩鬼星《ほうきぼし》】!!!

 

 鬼気が膨れあがり、顔面に直撃した戦撃はしかし、効かない。硬質な音を周囲に響かせただけで、地竜は微動だにしなかった。

 羽虫が止まったかのごとく、自分の顔に止まったものを邪魔そうに見ている。

 

 ――そんな……。

 

 強すぎると思った。硬すぎると思った。

 それでも鬼気を纏った戦撃でさえ、まともに通じないとは思いもしなかった。

 

 ――しまッ!!

 

 呆然としているからと言って、地竜は待ってくれない。鬱陶しそうに頭を振って浮かび上がった私に、体を回転させてなぎ払うように尾を叩きつけてきた。

 

【側刀《そばがたな》】をなんとか合わせ、無様に地面を転がされる。

 自分にだけダメージが積み重なっていく。徐々に先行きが暗く閉ざされていく。

 

 それでもまだ諦めることはしない。ただ、皆に会いたいから。

 

 追い打ちを掛けるように突進。

 急いで右へと進路から逃れようとするが地面が盛り上がって壁が生み出された。ならばと反対を見ればそこには既に。上と後ろも同様。遅かった。

 皮肉な事に前だけは地竜を見やることができる。

 

 ――囲まれた!!

 

 壊して逃げるのは……間に合わない。無理です。

 こうなったら全力で応酬するしかありません。本能が警鐘を鳴らし冷や汗を垂らす中、半身になり全力で地面を踏みしめる。

 

 ――【鬼伐《きばつ》】!!!!

 

 爆発する鬼気。地面を蹴り砕いて右足を振り上げる。

 拮抗は一瞬もなく。競り負けたのは――――私。

 

 止めきれない威力に後ろの壁ごとぶち抜かれ、意識は細切れにされる。

 鞠のように何度も地面をバウンドしてなにかにぶつかり止まった。そこでようやく自分が吹き飛ばされたことに思い至る。

 

 嫌な音が全身からする中、背中の壁を伝ってズルズルと体を起こす。

 右足は折れてますね……。全身の骨も罅だらけ。翼もまともに動かせない。

 

 痛い。死にそう。それでもなんとか生きてます。吹けば飛びそうな意識をなんとかつなぎ合わせ、状況を確認すれば、なんと後ろは求めて止まなかった扉。

 

 最後の希望を込めて扉を押す。

 

 だが――

 

 触れた瞬間わかった。この扉は開かない。単純な押し引きの問題ではなく、何かしらの封印が施されている。

 少なくとも今の私では、絶対に開けられない。

 

 絶望。

 

 最初は扉は開かないだろうと思いました。そして地竜の強さがわかる度に扉にたどり着けば逃げられる、その思いが強くなっていました。人間は単純なもの。希望があればそれにすがります。

 

 泣きっ面に蜂と、地竜が突進を始める。

 全身の骨は罅だらけ。足は折れて走れない。翼は動かず飛べない。つまり避けられない。

 

 ――これで終わり。この扉の小さな赤いシミになって。もう、お母様にも、弟妹達にも、ミルにも、もう、会えない。

 

 朧気な意識ので、そう思考が追いついたときに生まれたのは大きな悲しさと――――怒りに似た感情だった。

 

 ――私はただ、笑って生きていければ良いだけなのに。

 

 ――私はただ、幸せに生きていければ良いだけなのに。

 

 ――それは許されない。いつだってそう。

 

 千々になりそうな意識でも思考は回ることを止めない。

 

 ――人は、生き物は、周りは、世界は。

 

 ――ただ、弱いと言うだけで。理不尽に踏みつぶしていく。

 

 それはこんな世界では当然で、当たり前で。そうされないために、今まで力を着けてきた。それを今更

 

 ――こんな……トカゲ如きに。

 

 霞む目でそれを捕らえる。

 

 ――こいつは敵だ。理不尽をもたらすものは全て敵だ。それが――世界であろうとも。

 

 ――貴方が私の生を喰らおうとするのなら――――私が貴方を喰らいましょう。

 

 ズンッ!!と強烈な衝撃音。だれが見ていても終わったと思う状況。

 そんな中、地竜の顔に初めて驚きと呼ばれるような表情が浮かぶ。

 

 なぜなら今まで押し負けていた相手が突進を足で受け止めていたからでしょう。

 

 地竜の瞳に映った私の目は深紅に染まっていた。

 



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第22羽 夜の支配者

 

 それは一般的に、死者が蘇った伝承上のものだとされていた。活動できるのは夜の間だけ。日の光が当たると体が焼けてしまう。しかし、彼らの時間では絶大な能力を発揮する。

 

 夜の支配者、吸血鬼。

 

 不老不死で人智を越えた身体能力を持ち、コウモリと親和性がある。

 時に不思議な術を使い、時に空を飛び、そして人の血を食料とする。

 

 その存在は世界によっては実在し、――――かつて私がそうだったこともあります。

 

 そして今から使う力も同じものです。

 

 扉に力なく背を預け、項垂れるだけしかできなかった傷だらけの体が、みるみるうちに再生していく。不死とまで言われる吸血鬼の再生能力が、歪な音と共に罅だらけだった全身の骨をつなげ直し、折れていた右足すらも元通りに治してしまった。

 

 怪我は治りましたが痛みの感覚はまだあります。それでも緩慢な動きで起き上がり、正面から押し潰さんと迫り来る地竜の大質量の突進を、足で受け止める。

 

 轟音の後にこれまでどうしようもない脅威だった筈の地竜が完全に沈黙する。容易く踏みつぶせると思っていたのでしょう、瞠目して驚いています。実際さっきまではそうだったのでしょうがないですが、まだそう思われているのは腹は立ちますね。ほら、これで起きてください。

 受け止めた足を引き絞り、爆発的に突き出す。

 

 ――【貪刻《どんこく》】

 

 単純な横蹴り。しかしそれは柔な金属なら簡単に貫き、強固な合金にさえ、文字通り足跡を刻みつける一撃。前に進みながら使えないためリーチは短いですが、出が速く強烈な単発蹴りです。反して消費が激しく今まではまともに使えませんでした。

 

 威力はご覧の通り。今まで微動だにしなかった地竜が地面を削りながら転がっていく。

 

 良い目覚ましになったんじゃないでしょうか。効いてはいるでしょうが致命傷にはほど遠いですから。嫌になるくらい硬いです。鱗の上からではまともなダメージは期待できません。

 

 のそりと体を起こした地竜は鋭い眼光で私を貫く。

 先ほどまでの蟻を見る目ではなく、自らを殺しうる存在として認識されたようです。

 慢心したままであれば楽だったのですが、そうも行かないようですね。

 野生の本能が強い生き物は相手の脅威によって評価をすぐさま改めます。これが人間であれば、まぐれだとか偶然だとか言って現状を認めないことも多く、簡単な話なのですが。

 

 地竜は前足を地面に押しつけると体を地面に埋《うず》め、ワニのように上半分だけを出して様子を窺っています。恐らくこれが本来の戦いのスタイルなのでしょう。

 体の半分が地面の下にある。私は手を出しづらく、地竜にはなんの障害もない。

 実に強力な体勢です。それも嫌になるくらい。

 

 グルグルと、円を描くように私の周りを回っていましたが、地面の中に潜っていきました。

 

 要注意です。どこから来るかわかりません。

 地鳴りも振動もない。完全な静寂。まるで時が止まったかのよう。

 

 それを引き裂くようにして突如として吹き上がる砂塵。砂を目くらましにして暗闇の中、這うようにして迫る尾の一撃を見切るのは大変だったでしょう。

 

 ――今の私でなかったのなら。

 

 タイミングを完璧に合わせ、【降月《おりつき》】で地面に押しとどめます。

 この暗闇の中でも、昼間のようによく見える。これもひとえに吸血鬼としての能力のおかげです。

 吸血鬼は夜の生き物。暗闇など勝手知ったる我が家のようなものです。

 

 それと吸血鬼とコウモリが似ているからなのかはわかりませんが。

 

 ――見ていずとも背後から迫ってくる石柱の対処ができます。

 

 足を巡らせて苦もなくへし折る。

 

 自分を中心に一定範囲で起こっていることが見なくてもなんとなくわかります。

 コウモリは超音波ですが、私は違って第六感のようなものですね。

 

 石柱を蹴り砕いたそこへ土砂と共に地竜が突っ込んで来る。

 滑歩《かっぽ》で滑るように下がり、隙だらけの左の首に飛び上がって【貪刻《どんこく》】をたたき込んだ。地竜は苦痛の鳴き声を上げましたが、今度は吹き飛ぶことなくその場で踏みとどまって見せました。

 

 重苦しい殺意が乗った眼光と視線が交わり。

 真下から突き出た石柱が、私の胸のど真ん中を抉って空中へと打ち上げた。

 

 ――カハッ!!?

 

 肺が押しつぶされ空気が絞り出される。吸血鬼でなかったら死んでいました。

 傷は再生されていくが、息ができない。予想外の一撃になすすべもなく、宙を舞う。

 

 肺はいまだ動かずあえぐこともできない中、視界の端で地竜がブレスの予兆を見せた。

 酸欠で体の動きが鈍い。避けきれない。

 水の中にいるかのようなもどかしさ。なんとか体を動かしていく。

 遂に蓄積が終わった顎門から致死の一撃が発射された。

 

 ――避けられた?

 

 ブレスが当たった様な感触は感じられなかった。と言うよりも左の感覚がない。

 

 ――ぐぅ……!!?あぁッ!!

 

 見れば左の翼が消し飛んでいた。自覚すると共に極大な痛みが襲いかかる。

 吸血鬼の再生能力がいくら強力とはいえ、全身が消し飛ばされては流石に死んでいました。九死に一生を得られたとは言え、翼がなければ飛べない。星は慈悲もなく掴みかかり、抵抗できない私は錐もみしながら自由落下を開始する。

 眼下では体躯を一瞬縮こまらせた地竜が、放たれた弾丸のように地を泳ぎ始める。

 どうやら着地狩りをしようという腹積もりですね。

 

 肺はまだ治りきっていない。なら消えた翼はもっと後だ。落ちる前には間に合わない。

 どうする……!!

 酸素不足で頭が回らない。徐々に暗くなっていく視界の中、振り回される体をなんとか制御しようと片翼で宙を掻く。

 

 ……やめました。

 

 翼をたたみ、余計な抵抗をなくせば自然と頭が一番下にやって来た。視界はぼやけている。目をつむって感覚に身を委ねます。

 その間にギチギチと音がしそうな程体を仰け反らせ、力を溜めていく。

 

 死が土を捲る音と共に迫り来る感覚に、世界は色を失い緩慢になっていく。

 地竜が近づいてくる。地面が迫ってくる。死が追ってくる。

 その様子が全部わかる。そして。

 

 ――今!!

 

 鱗の上でミンチになる一瞬前。風を爆発させ自分に当てることで僅かに位置をずらした。

 突進をスカされ無防備を晒した左首に溜めた力を解き放つ。

 

 ――【牙沈衝耽《がしんしょうたん》】!!!

 

 上下から牙を沈め込まれたかのような衝撃に襲われる重い八連蹴り。技の発動から完了までが単発技クラスのスピードで、本当に咬まれたかのように全ての蹴りがほぼ同時に上下から炸裂します。

 バカみたいに闘気を持っていくので、手が使えるなら戦撃の選択肢にはほぼ上がりませんが、強力であることは間違いありません。

 

 激突に際し、地竜と私はは反対方向へと吹き飛んでいきます。地竜は衝撃で。私は反作用で。

 落下の衝撃は相殺できましたが、もう力が入らず着地などままなりませんでした。

 苦しい!苦しい!

 砂の上で藻掻く中ようやく肺が治りました。

 すぐさま空気を貪っていく。

 

 ――はあッ!!はあッ!!死ぬかと思いました……!!

 

 宙を舞う砂混じりですが今は吸えるだけでありがたいです。

 体を起き上がらせるのは地竜も同時でした。

 

 ……もう体力が少ない。元々死にかけだった上に強力な戦撃を連発しました。

 再生もタダではありません。しっかり体力を消費します。左の翼の再生も終わっていません。

 

 攻撃も効いてはいますが鱗を壊さないと決め手に欠けます。体力が尽きる前にどうにかしないと。

 

 翼をなくしたハンデの中、地竜が襲いかかってきた。

 泳ぐようにして距離を詰めてきた地竜。一度地面に潜ったかと思うと、浮上した勢いのまま飛びかかってくる。

 

 ――【側刀《そばがたな》】

 

 翼がなくなっても基本は変わりません。冷静に【側刀《そばがたな》】を合わせ、右へと攻撃をいなす。そのまま【狼刈《ろうがい》】へ繋げ、着実にダメージを与えていく。

 反撃を予想していたのか狼狽えることなく反転し、大音響の咆哮を上げた。

 

 すると地竜を中心に地中から乱雑に布に針を突き刺したかのごとく岩が突きだしてくる。

 密度が高い。間を通ることはできません。次々に飛び出してくる剣山をバックステップで避け続ける。

 効果範囲から逃れれば既にブレスを吐こうとしている所だった。

 剣山で下がらせ、その間にブレスの準備。あわよくば剣山でダメージ。

 殺意高いですね!!

 

 効果範囲から逃れるべく、地面を蹴って更に自分を風で吹き飛ばした。

 

 ――痛い!!

 

 強烈なミキサーが背後を通り過ぎていく。自爆は痛かったですが間一髪で助かりました。

 着地後すぐさま距離を詰めていきます。翼が直りきっていない現状、距離を開ける方が危険です。

 なるべく近づいた方がいいでしょう。

 

 すると地竜は先ほどと同じように咆哮を。地面からは乱杭歯のように石剣が迫ってきます。

 地竜を中心として発生しているため、回り込むのは無理。

 ……強行突破します。先頭の石剣を蹴り砕けば、先には止まった石剣があるだけです。上を蹴り飛んで進んでいく。

 その間に再びブレスを吐こうとしている地竜。させません。

 

 ――間に合え!!【崩鬼星《ほうきぼし》】!!

 

 剣山を蹴り砕きながら突貫し、まさに発射されようとした顎にドロップキックが突き刺さった。

 無理矢理顎を押さえられ、口の中でブレスが暴発。恐らく竜生で初めてであろう予想外の痛みに目を剥いて狼狽えている。

 チャンス。

 

 ――【貪刻《どんこく》】!!

 

 バキリと。乾いた音が響く。

 

 ようやくです。遂に鱗が砕けました。

 もう砕けるだなんて思いもしなかったのでしょう。地竜もその感覚に驚いています。

 ほとんどの戦撃は左の首ばかり狙っていました。私はひたすらその中から、たった一枚の鱗だけを狙っていました。

 

 吸血鬼の力が解放されたとは言え、地竜の硬さはかなりのもの。決めきる前にこちらが力尽きてしまいます。

 勝つためにはどうしても鱗を砕く必要があったのです。

 たった一枚。されど一枚。

 もちろんここをひたすら攻撃して地竜を倒す。そういう訳ではありません。

 

 一気に肉薄し『鷲づかみ』で体を支え、嘴《くちばし》で鱗がなくなった場所を『つつく』。

 

 直後、身をよじった地竜に振り払われてしまいます。

 

 ですがもう目的は達成しました。

 

 地竜には知りようもないでしょうから、良いことを教えてあげましょう。

 吸血鬼は血を吸ってからが本番ですよ。

 



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第23羽 血の力

 

 嘴に含んだ甘露が喉を滑り落ちる。

 

 吸血鬼とは読んで字の如く、血を吸う鬼です。

 単に血は食料であるだけでなく、力を得るための重要なファクターでもあります。

 今までは吸血なんてしていませんでした。それで地竜と渡り合ってきたのです。

 

 それが血を口にした場合どうなるのか。

 

 目も眩むような高揚感が訪れ、次いで体の奥底から力が噴出する。湧き上がる全能感を押さえつけて、力の先行きを指定します。

 すると気持ちが悪いほどの速度で肉が盛り上がり翼の再生が終わりました。

 

 さあ、第2ラウンドの開始ですよ。

 

 何度目かの驚愕の表情を貼り付けた地竜に一気に肉薄する。

 地を這うような姿勢から一撃。

 

 ――【血葬《けっそう》・昇陽《のぼりび》】

 

 右足から伸びた朱殷《しゅあん》の斬撃が、鱗もろとも地竜を深々と切り裂いた。

 先ほどまであれほど苦戦していた鱗をものともせず、たったの一撃。

 傷跡から血が舞う明確なダメージに、仰け反り苦痛の悲鳴を上げる地竜。

 

 闘気だけでなく、私の血を纏った戦撃。

 血葬とは元々はスキルの名前なのですが。血を吸うだけではなく、血液を扱う能力。血を第三の腕のように扱うことができます。

 自分の血を使うため多用すると貧血に陥るのがネックですが、それも吸血すれば補填が可能です。

 

 戦撃の発動が終わって着地すると、仰け反った地竜がギロリと睨み前足を叩きつけてくる。

 見据え、襲いかかる巨大な圧力を正面から迎え撃つ。

 

 鉄分を含み魔力を浸透させた血液は凝縮させれば、易々と壊れることのない強固な防具となる。

 

 ――それを使えばこんなことだってできます。

 

 ――【血葬《けっそう》・打衝《だしょう》】

 

 足から腰、腰から肩、肩から翼へと力を伝播させた突き。

 太くずっしりと力を感じさせる地竜の腕と細く軽い私の翼。激突すれば誰もが前者が勝つと断言する戦いに拮抗する。互いの殺意が乗った視線が交わる。

 力を込めていた地竜が埒が明かないと判断したのか突如としてガパリ大口を開けた。

 極小の砂の粒子達が私の全身を削り突くさんと殺到する。

 

 ――《ブラッディ・スカー》

 

 身体能力のみに突出した鬼とは違い、吸血鬼は魔法も得意です。

『カマイタチ』を『血葬』で血に染めて打ち出された嵐が地竜のブレスを僅かに押しとどめる。打ち勝つことは無理ですが、時間稼ぎくらいならできる威力にはなりました。

 ギリギリとせめぎ合っていた腕の力をフッと抜く。翼で威力を後ろに流しながら足を持ち上げ回転。

 ブレスが通り過ぎる音を聞きながら、腕に乗って頭上へと飛び上がる。

 

 ――【奈落回し(ならくまわし)】!!

 

 高速回転した踵落しが地竜の頭のてっぺんに叩きつけられる。

 衝撃に頭が地面へと弾かれ、叩きつけられる前に地面に潜り込んだ。……衝撃をうまく逃がした様ですね。

 

 姿は見えないですが、地面下で泳いで隙を伺っています。

 

 地面が割れ、突如として足下から石柱が襲いかかる。後ろに下がれば合わせて半身を出した地竜が噛みついてきた。迫る顎門を受け流し、返しの蹴りを放てば奇妙な手応えが。蹴りの衝撃で、半身は潜ったままの地竜が後ろに滑る。どうにも地面に威力か吸収されている様ですね。

 ぬかに釘、といった所でしょうか。地面に潜っている間は大したダメージは期待できません。

 再び地竜が潜り、石柱と地竜の噛みつきがランダムに襲いかかってくる。冷静に捌き、躱し、返していく。

 

 厄介ですね……!!こちらの攻撃が決定打に至らない。

 

 ――攻撃を全部いなすとかずるでしょう!ちゃんと撃ち合ってください!!

 

 内心で特大ブーメランな愚痴を吐きつつ、ひたすら地竜の攻撃を捌いていると決定的な隙を晒してしまうことになる。

 後ろに下がった拍子に、足下にいきなり現れた段差に踵が引っかかり躓いてしまったのだ。

 

 ――しまった!!

 

 地竜がしかけた罠です。見逃すはずもありません。咄嗟に翼で立て直したものの間に合わない。

 驚くほどの機敏さで飛び出してきた地竜を避けきることができずに、左足に噛みつかれてしまった。

 

 ――抜け出せない!!あ……。

 

 フワリとした浮遊感。鼻先で目が合った地竜は笑っている気がしました。

 

 ドゴッ!!!!勢いよく地面に叩きつけられる。受け身なんて取れません。

 視界がチカチカと点滅する。傷は治りますが痛みはあります。

 

 再びの浮遊感。

 

 ――待っ!!?

 

 ドゴッ!!ドゴッ!!と何度も叩きつけられた地面が割れていく。私は言わずもがな。

 十数回ほどでしょうか、玩具にされたところで地竜が叩きつけるのを止めました。

 持ち上げられた私は力なくぷらぷらと揺れます。喉の奥から熱が吹き上がり、地面を赤く染める。

 

 ――ゲホッ……!!ゲホッ……!!はぁ……、はぁ……、痛いです。死にそう。

 

 こちらを見つめる地竜は満足げに目を細めています。ドSか。

 それでもまだ終わらせるつもりはないのか更に持ち上げられ地面に叩きつけられる。

 ……前に《ブラッディ・スカー》で足を切った。左足に訪れる叫びそうなほどの喪失の痛みを食いしばって我慢する。

 

 ――いい加減にしてください。【貪刻《どんこく》】!!

 

 突然手応えを見失った地竜の鱗を蹴り砕いて地面に転がす。横滑りして地面に体で線を引いて止まった。

 

 ――く……ぅ……!!

 

 すぐに地竜から離れて滞空。

 切れた左足の断面が盛り上がり再生していく。

 吸った血の効力もそろそろ切れそうです。血を飲んだ当初よりも再生速度が遅い。

 もう一度補給したかったのですが地竜はその隙を晒してはくれませんでした。流石に警戒されているようです。

 補給できないなら、血の効果があるうちに終わらせるしかありません。

 地竜が前足を地面に押しつけ、沈んでいく。再生が終わった。体は問題なく動くようになりましたが、また潜られてしまいました。

 

 滞空して警戒していると、天井から上半身を出した地竜がそのままブレス。

 前よりも範囲が広くなったように感じるブレスを全力で飛んで逃げ、地竜に接近していくとすぐに潜ってしまった。

 そして離れた場所から顔を出してブレス。追いつく前にすぐに潜って別の場所へ。すぐブレス。

 潜って、顔を出して、ブレスして潜る。

 

 ――こ、こいつ!!!

 

 地面から上半身だけ出してブレス。行けば逃げる。

 

 ――恥ずかしくないんですか!!貴方竜でしょう!?土竜《もぐら》叩きやってるんじゃないんですよ!?

 

 しかし腹が立つほど合理的な戦い方だ。厄介きわまりない。

 ブレスもやはり範囲が広がっていてかなり避けづらくなっています。その分威力は分散しているようですが。

 このままでは負けますね。ブレスでじわじわ削られても、時間が経過するだけでも私は負けます。

 吸血の効果が消えて終わりです。一度見せた吸血がもう一度決まると思うのは流石に楽観視しすぎでしょう。

 

 ……賭けに……でます。

 

 天井に顔を出した地竜。比較的近い。これなら行けます。

 風を裂いて加速。吸血鬼は飛ぶのも得意です。速度はそれまでの比ではありません。

 そうしている間にも地竜はチャージを完了させ、遂に砂のミキサーを解放した。

 それでも私はまっすぐ進むのを止めない。魔力を解放する。

 

 ――《ディープ・ライン》

 

 凝縮された朱殷の一線が砂塵に突き刺さり、威力を弱めた。そこへ『血葬』した翼に戦撃の輝きを乗せて大きく振りかぶり、遮二無二飛び込む。

 拡散して弱まったブレスに、魔法で威力を弱め、そこに血葬の防御に戦撃の威力、私の再生力があれば突破できる……筈。故に賭け。

 

 ――はあッ!!

 

 突きだした右の翼にブレスが激突する。威力だけでなく血葬も削られていく。

 ダメージは右の翼に集中しますが、庇いきれない部分は砂塵に晒されます。それを血葬で守るも次々に削られていく。徐々に翼と体の外側から削られていくのを、無理矢理再生し、血葬で時間を稼ぐ。

 突破できるか中で死ぬか。視界は砂で遮られ終わりが見えない。叫びだしそうになる恐怖を押し殺してひたすら前を見る。

 もう止まれない。戦撃は発動してから止めることはできません。この戦撃が止まるのは私が死んだときです。

 

 かくして――賭けに勝った。十分以上にも感じられた、2秒にも満たない僅かな瞬間のこと。

 

 広すぎるブレスで視界が狭まっていた地竜の目の前に、ブレスを突き破って私が現れる。

 

 全身血葬によるものなのか負傷によるものなのかわからない赤に染まっている。事実、満身創痍。

 残り少ない吸血の効果を身を守るためでなく、攻撃に回すために。

 そんな私を見て驚愕し、急いで天井に潜り直そうとする。

 

 ――【血葬《けっそう》・剛巌腑損《ごうがんふそん》】

 

 一撃目の右突きはブレスに振り抜いたものです。

 次いで勢いそのまま回転し二撃目の左回し蹴り。ヒット位置をずらして寸止め。地竜を蹴るのではなく『鷲づかみ』する。左足を引く次撃の予備動作で天井から引きずり出した。逃がしませんよ。

 左足を引いた勢いのまま回転。左の裏拳を落下し始めたばかりの地竜の腹にねじ込めば、轟音と共に背中から天井に激突した。

 

 地面に潜る気配は、ない。

 

 第2の賭けに勝ちました。

 何度も地竜が地面に潜る姿を見てきましたが、とある法則を見つけました。潜るときに必ず前足からという法則です。体の一部が既に潜っていれば潜り直すことはできるようですが、全身が出てきた後は再度前足を沈めないと潜行はできません。

 確証はありませんでしたが、正解だったようです。

 

 逃げ場のなくなった地竜に右膝の追撃。衝撃が臓腑を貫いて背後の天井を割り砕いていく。

 

 ――まだまだ!!

 

 膝を伸ばして突き刺さるようなヤクザキック。

 そこに天井から伸びた石柱が襲いかかった。まだ戦撃は終わっていない。大した回避動作が取れない中、僅かに体をずらして致命傷を免れる。それでも脇腹を大きく抉られてしまいました。

 熱い物が喉元をせり上がるのを無理矢理飲み下し、攻撃を続ける。

 更に一撃、二撃、三撃と天井から背中が離れる隙も与えず打ち据えていく

 目が、合う。未だ獰猛に牙を剥きだして生きることを止めない。

 頭上から尾がしなり、力強くなぎ払われる。それを――――頭で受け止めた。

 

 ――ぐうぅッ!!終わりですッ!!!!

 

 

 終撃。

 

 地面にはたき落とそうと力が込められ続ける尾を気力だけで押し返す。

 遮るものなし。全身全霊のソバットの衝撃が臓腑をズタズタにかき回した。

 

「オオォォォ……」

 

 今一度天井へと叩きつけられた地竜の体が力なく落下していく。

 今度は潜ることなく地面に激突して地響きを届かせた。動くことはない。

 一拍の後、先ほどの激突で崩れていた天井の一部が地竜の体の上に降り注いで覆い隠してしまった。

 

 ――お、終わった。

 

 安堵と疲労感から膝から崩れ落ちる。もうまともに動けない。休ませてください……。

 

 



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第24羽 進化して②

感想いただきました!ありがとう!



 

 激闘の末死した地竜。その上に堆《うずたか》く積まれた瓦礫の前に力なく座り込みます。

 しばらく動けそうにありませんのでステータスでも確認しましょうか。

 

 名前 メルシュナーダ 種族:キッズバーディオン

 

 Lv.35 状態:進化可能

 

 生命力:35/1407

 総魔力: 6/ 498

 攻撃力: 462

 防御力: 167

 魔法力: 189

 魔抗力: 151

 敏捷力:1024

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行・風の力・カマイタチ]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]

 

 特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)]

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 レベルが26から35に上がっていました。かなり上がりましたね。地竜の強さからすると少ないような気もしますが、文句は言っても仕方ないので諦めましょう。

 ステータスは軒並み上がって、敏捷力は遂に1000を突破。死にかけなせいで生命力と総魔力の現在値がかなり低くなっています。吸血は効果切れなのでゆっくりですが、双方回復しています。

 

 今回使った『つつく』と『鷲づかみ』に新スキルが追加されました。

『つつく』は『貫通力強化』です。今は試す体力はないので検証はできませんが、吸血の助けぐらいにはなるんじゃないでしょうか。

『鷲づかみ』は『握撃』です。多分握力が強化されたのでしょう。

 

 後は特殊スキルに『吸血鬼』が追加された事でしょうか。

 吸血鬼の能力を見ていきましょうか。

 

 ・限定解放(吸血鬼)

 

 解放能力 [+夜の支配者:公爵級・血葬・高速再生・飛行適正・空間把握]

 

「夜の支配者:公爵級」は吸血鬼としての基本能力ですね。夜の間全ての能力に補正が加わって逆に日の下では弱体化します。暗闇でも一定の効果があります。夜目の効果もこれですね。

 そして吸血鬼としての能力全てに公爵級としての補正が加算されます。

 

 公爵級と言うのは吸血鬼のランクを表したもので、通常下から男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵があります。

 私は公爵級なのでこの中ではトップなのですが、別枠として真祖とか始祖などのバケモノがいるので特別強い方ではありません。

 

「血葬」は吸血関連能力をまとめたものです。吸血によって全ての能力が上昇します。増血効果あり。自分の血を自在に操る事ができる。遠くからでも血の匂いがわかるようになります。

 

「高速再生」は傷が速く治る能力です。翼が生えたり、足が生えたりしたやつです。

 

「飛行適正」は飛ぶのが得意になる能力です。

 

「空間把握」は自分を中心に一定範囲の事が見ていなくてもわかります。暗闇だとなお良しです。

 

 

 スキルはこれだけですが吸血鬼は軒並みステータスが高いので素の力がバカ強いです。スキル込みだと鬼の方が攻撃力に関しては上ですが、それ以外は圧倒しています。

 

 まあ鬼の人生は成人する前に死んでしまったことと、吸血鬼が単純に寿命がかなり長いことがかなりの要因を締めているのですが。

 

 そして最後。状態の進化可能です。

 進化、しましょうか。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 現在:キッズバーディオン E+

 

 →ビッグバーディオン:D+

 →バーディオン:D

 →パラキード:D

 →キッズスワロー:D

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 進化先は今回は四つ。

 前回と比べてスモールバーディオンがなくなり、ビックバーディオンが追加されています。

 バーディオンとパラキードはキッズでなくなってしまいました。代わりにキッズのスワローが追加されています。

 

 ビッグバーディオンは大きいバーディオンなのでしょう。お母様の種族はわかりませんが、それに近づくのではないでしょうか。

 バーディオンは汎用種、パラキードはインコの成鳥なのでしょう。

 キッズスワローはスワローの子供、つまりツバメの子供。

 

 ビッグバーディオンが非常に魅力的ですね。お母様の強さは知っていますし、ミルが言うには帝種という世界最高峰の魔物であることもわかります。行く先がお母様の種族であるなら、強さは約束されていると言っても良いでしょう。

 しかしネックが一つ。現状私の強さとこの森の環境から、大きくなることはメリットばかりではありません。ビッグバーディオンがどれほどの強さかはわかりませんが、デメリットの方が大きいような気もしています。私の戦闘スタイルが防御寄りのカウンター狙いなので、小回りが利きにくい種族は相性が良いとは言えません。

 

 とりあえずバーディオンでお茶を濁すのも手です。パラキードはよくわかりませんね。せめてどんな種族なのか教えてくれれば良いんですけど。

 

 キッズスワローはキッズなのにバーディオンと同じランクに区分されているのがポイントですね。確かツバメは渡りをしていたはずなので飛ぶのは得意な筈です。

 そう考えるとインコであるパラキードはあまり飛ぶのが得意ではないのかも知れません。野生よりも飼われているイメージの方が強いですからね。

 

 ……良し、決めました。成れるかはわかりませんが、ビッグバーディオンは将来に取っておきましょう。

 今回はキッズスワローに進化します。とりあえずのバーディオンで迷いましたが、より長距離が飛べそうなキッズスワローにします。早く帰りたいですからね。

 

 ポチッとな。

 あれ……?疲れがでたのでしょうか。なんだか……、眠……気が……。

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 

 んむ、どうやら寝ていたようです。少し休むだけのつもりだったのですが。進化をすると眠ってしまうのでしょうか。次は気をつけないと行けませんね。

 とりあえず進化後のステータスを確認しましょうか。

 

 

 名前 メルシュナーダ 種族:キッズスワロー

 

 Lv.1 状態:疲労(極度)

 

 生命力:102/1998

 総魔力: 52/ 658

 攻撃力: 513

 防御力: 199

 魔法力: 233

 魔抗力: 181

 敏捷力:1422

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛行・強風の力・カマイタチ・射出]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]

 

 特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)]

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 

 む、体が重いと思ったらステータスに表示されるほどの疲労ですか。そのせいか生命力も総魔力も全然回復していません。早くここを出て何か食べないとマズいかもですね。残念ながら地竜は瓦礫の下。食料にはできません。掘り起こす体力はないです。

 

 巻いていきましょうか。

 伸びたステータスはもう良いでしょう。

 スキルの『風の力』が『強風の力』になっています。

『射出』というスキルが追加されました。何だろうと思ったのですが、ふと思い出されたのがお母様が翼竜を羽で蜂の巣にするシーンです。これは多分羽を発射するスキルですね。

 他に変化は特にないですね。

 

 ステータスの確認はこれくらいにして扉を見に行きましょう。

 

 傷ぐらいついていてもおかしくないと思っていたのですが、無傷ですね。

 扉について思ったのはそんな感想でした。

 ドーム状の洞窟が所々崩れていたのにきれいなものです。

 

 しかし残念なことに封印のようなものは健在。開くことはありませんでした。

 

 マズいですね。地竜が門番のように存在していたので倒せば流石に開くと思っていたのですが。

 こうなると元来た通路を掘り返すくらいしか手がありません。今の体力では……力尽きるのが先でしょう。

 ジワジワと焦燥感が足下から迫ってきました。

 焦りで冷静な思考が保てない。

 

 どうする……、どうする……。折角地竜を下したのに、死因が餓死では……。

 

 と、その時僅かな感覚が何かを捕らえました。

 

 これは……風!?

 

 僅か、ほんの僅かですが風の流れを捕らえました。恐らくですが『強風の力』が影響しているのでしょう。今までの『風の力』では捕らえられなかったか細さ。

 鳥の姿になった今、風は友のようなものです。風の流れは手に取るようにわかります。助かりました。

 

 風の流れをたどっていくと、私が通ってきた通路の真反対辺りにたどり着きました。

 目の前には今にも崩れそうな壁が。蹴り飛ばします。

 そこには同じような通路がありました。当たりです。

 

 疲労を圧してできうる限りの速度で急いで飛んでいきます。

 レンガで舗装された通路から、岩肌がむき出しの洞窟に変化して行きます。

 しばらく飛んだ後突き当たりにたどり着きました。しかし突き当たりの壁からは光が漏れて風が抜けています。

 

 ――やった、外です!

 

 再び壁を蹴り飛ばせば……

 

 ――ィッヅ!!

 

 壁が崩れて日に当たった瞬間、全身を焼かれるような痛みに襲われました。咄嗟に下がったのでそれだけで済みましたが、危なかったです。

 ソウルボードに吸血鬼を設定している時は日に当たると体が焼かれてしまいます。元々の吸血鬼の特性です。長時間そのままでいると普通に死にます。死因:日光浴は避けたいものです。

 

 解放と同時に勝手にメインに設定されていた吸血鬼を外して鬼をメインにします。

 するといきなり全身に鉛を埋め込まれたような体の重さに襲われました。思わずふらつきます。

 疲労の影響ですね……。吸血鬼の再生力で無理矢理動いていたのが、できなくなったからでしょう。

 かといって吸血鬼をセットし直して日が落ちるまでここで待つという選択肢はありません。

 何か口にしなければ日が落ちるまでに死にます。

 

 地面に張り付きそうな体を無理矢理動かして前に進む。

 

 意識がはっきりとしない。

 どこをどう進んだのかはもう覚えていません。飛んでいたはずがいつの間にか体を引きずるようにして地面を歩いていました。

 

 奇跡的に他の生き物に襲われることはありませんでしたが、食料となる生き物にも会えていないと言うことでもあります。手頃な木の実も見つかりません。

 

 ――いたっ。

 

 疲労からボーッとしていたようです。壁に額をぶつけてしまいました。避けようとしますが、どちらにも只管壁が続いています。いえ、これは地面です……。どうやら、倒れ込んでしまったようです。

 体に力が入らない。

 

 ――マズ……もう……意識が。

 

 徐々に目の前が暗んでいく。

 目の前が闇に飲まれる瞬間、じゃりっという土を踏む音が聞こえた気がしました。

 

 



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第 幕間1羽

短め、主人公不在です。


 

「あの、リヒト」

 

「なんだい?ミル」

 

 深い森の中、二人の男女が歩いていた。少し前までヴィルゾナーダの巣で餌付けしていたミルと、その幼なじみである少年、リヒトの二人組だ。

 少年の方は自然体だったが、少女の方は距離を測りかねているような様子があった。

 

「あの、お礼を言いたくて。ありがとう。あたしを助けに来てくれて」

 

「ああ、そのことか。もう良いって言っただろ?当たり前だって」

 

 申し訳なさそうに笑う少女に少年はどこまでも明るい笑顔を見せる。

 助けるのが当たり前だと心の底から思っている笑顔だった。

 

 そんな少年は一瞬も周囲を警戒することを止めていない。

 中心部かなり離れたとは言え、ヴィルゾナーダから逃げ出した以上追ってくる可能性もある。何より、深部からはぐれた危険な魔物がいる可能性もある。

 

「雰囲気ちょっと変わったし、前まではこんなに……」

 

「強くなかった?」

 

「あ、……うん」

 

 途中で言葉を濁したミルの言葉を続けるリヒト。ますます申し訳なさそうにした幼なじみに、ちょっぴり苦笑いを溢して言葉を探し始めた。

 巣から逃げるさなか、行く手に立ちふさがった巨大な蛇をこの幼なじみは一刀のもとに斬り伏せたのだ。あの大蛇にミルが詳しくはないとはいえ、離れたときの幼なじみの実力では、申し訳無いが無理だった。

 万全の状態でも、時間稼ぎがせいぜいだろう。それが、今のボロボロの状態で一撃なのだから、何があったのだろうと思ってしまうのは仕方のない事だ。

 

「そうだね、少し……思い出しただけさ。あのときと同じように助けられなかった事をね」

 

「え?」

 

 後悔を滲ませ下を向くリヒト。

 そんな彼に疑問が生まれる。そんなことあっただろうか?と。

 ミルとリヒトはずっと同じ村で育った。そんな事があれば知らないはずはないと思うのだが。だが、嘘でも何でもなく、握りしめられた拳には実感がこもっていた。

 

「ほら、帰ってきたよ。僕らが拠点にしている街だ」

 

 疑問を口にしようと思ったとき、目の前が開け遠目に街の城壁が目に入った。

 安堵と疲労に疑問は吹き飛び、忘れてしまった。そして余裕の生まれた心にするりと入り込んできたのはこんな疑問だった。

 

 ――メル、大丈夫かな?ううん、あの子は強いから、きっと大丈夫だよね。

 

 思わず振り返り、祈るように両手をギュッと握ると、帰るべき場所に足を向けた。

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 

「それで首尾は?教祖様?」

 

 光の差さない薄暗い部屋で人影が二つ。

 

「まずまずと言ったところか。世界樹に関してはまだ無理だろうが、他はしっかり進んでいる」

 

「しかしすげーよな。出産で弱っていた(・・・・・・・・)のに、あの大蛇、簡単に片付けちまうんだから」

 

「それに関しては、三体ほど他の存在に倒されてしまったからな」

 

 思い出すのは、生まれたばかりの子鳥と突然現れた人間の男だ。

 魔法攻撃の低減くらいしか特殊能力を持たないが故、純粋なスペックは高めだった筈。

 それを生まれたばかりの子鳥が二体、男が一体倒したのだ。全部天帝に当てていたらこれからの計画も楽だったのだが……。

 まあ大蛇は人間にとっては強い方だろうが、たいしたことのない捨て駒だ。

 

「あれに関してはしばらく様子を見る。お前はジャシン教の幹部として他の計画を進めてくれ」

 

「へいへい」

 

「それと他の幹部にもよろしく言っておいてくれ」

 

「……あいつら協調性ないからなぁ」

 

 嫌そうな顔をしてひとり消えた。

 

「ああ、ジャシン様。早くお会いしたい」

 



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第??羽 吸血鬼ノ刻

注意、過去話につき鬱展開注意。
長かったので分割。


 

 鬼として死んでから、何度か人として転生した。そして転生というものの存在を知った。

 

 当然の様に私は自分の殻に閉じこもった。人が怖かったから。

 人付き合いは最低限。生きるために最低限の稼ぎだけを手に入れ、人の記憶に残ることもなくいつの間にか死んでいました。

 

 吸血鬼として転生した時も変わらない人生を送るんだろうと思っていました。

 他ならぬこの姉が現れるまでは。

 

「どーん!お姉ちゃんだゾ☆」

 

「ごふッ!!?」

 

 ドアが開いて姉が現れたと思うと突然抱きついてくる。

 屋敷の自室に引きこもる私に、毎日襲い……ではなく、顔を見に来てくれました。

 

 公爵級の吸血鬼の一家の末娘として生まれた私。

 広義で魔族とされる私の家は、能力の高さがあって魔族の国ではかなりの立場を持っていました。

 何不自由なく育ち、そして両親に愛されていたとも思います。人間不信のままでしたので、確信は持っていませんでしたが。

 

 そして両親は人間との戦いのさなかで殺されました。

 

 どうやら人類勢力と魔族は長年争っているらしく、戦争のさなか殺されてしまったそうです。

 

 吸血鬼として堕落を貪って約100年。変わることのないと思っていたいつもの光景は突如としてなくなってしまった。

 当主の交代。そのゴタゴタに巻き込まれる事はついぞありませんでした。姉が全て自分で終わらせてしまったから。

 姉はその時から凄かったのです。吸血鬼として若く、そして女。舐められる事も多かったはず。

 その悉くを力や知略でねじ伏せました。やがて魔族の中で一目置かれるようになり、名を知らぬものはいなくなりました。

 

 私とは真逆です。

 私は穀潰し以外の何物でもないはずだったはず。それなのに毎日毎日、邪魔でしかない私の様子を見に来てくれる。

 

 それでもあの光景が忘れられない。鬼として過ごしていた村での突然の悪意が忘れられない。

 目の前で一人、何度も体を無残に突き刺された。

 目の前で一人、哄笑と共に切り刻まれた。

 目の前で一人、止めてと叫ぶ声を無視して袋だたきにされた。

 目の前で一人、一人、一人……、何人も苦しんで死んだ。人の悪意で。

 その度に、目から光が消えゴムの様にグニャグニャと重力に引かれる体が、乱雑に積み上がられた。

 その光のない目が、お前のせいだと責めている。力なく垂れた指が地面に倒れる私を指さしている。

 

 何度転生したって、悪夢はいつでも側にあった。

 人はどこにだっていて心が安らぐ場所はなかった。人のいない場所にはそもそも危険しかなかったからすぐに死んだ。どこにも行けなかった。居場所はなかった。

 そして死んでも終わりはなかった。すぐに転生するから。

 

 

 その日は忙しいはずの姉が、起床の時珍しく家にいた日でした。悪夢を見て錯乱し、只管謝罪を繰り返している私の元に飛んできた姉。抱きしめて背中を撫でて大丈夫だと慰めてくれた。

 それなのに私はその大丈夫だという言葉が心に引っかかり、グチャグチャになった感情のあまり理不尽な言葉をぶつけてしまった。

 

「うるさい!うるさい!大丈夫なんかじゃない!!何一つ大丈夫なことなんてない!!私じゃなかったら大丈夫だった!私だったから大丈夫じゃなかった!!貴女だって疎ましく思っているんでしょう!!?私なんていない方が良いと思っているんでしょう!!家族だなんて思ってなくて、ただ血がつながっているから家に置いているだけなんでしょう!!?」

 

 あの場にいたのが、前世の兄だったら、父だったら。他の誰かが転生していたら、きっと違う結果になっていた。意味不明で支離滅裂な言動をする私をそれでも姉は抱きしめてくれた。

 

「そんなことない!世界にたった一人だけの、かけがえのない妹だって思ってるよ」

 

「この……!嘘つき!!」

 

 怖くて怖くて信じることなんてできない。

 枕元にあった護身用のナイフ。手放すことのできなかったそれをいつの間にか振りかぶっていた。

 

 姉は強い。先祖返りの真祖だった。タダの公爵級の私とは隔絶した力の差がある。

 我に返ってもナイフは止まらない。しかしこの程度の攻撃がまともに効くはずもない。完全に防がれて終わりだろう。傷つけることはないという僅かな安堵と共に、殺される。そうも思った。

 

「なんで……」

 

 震えた言葉が零れ落ちた。返ってきたのはただの抱擁。

 痛いはずだ。いくら真祖の再生能力があるとしても傷つけば痛みがある。それなのに突き刺したナイフの上から、私が痛いくらいにギュッと抱きしめてくれた。

 そして涙で濡れ惚けた顔の私に、笑顔で言うのだ。

 

「だってお姉ちゃんはお姉ちゃんだからね!!」

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……!!」

 

「ううん、良いよ」

 

 この時私は姉と家族になれる気がしました。

 

 それからはゆっくりですが外に出ることを増やしていきました。

 何せ吸血鬼です。時間はいくらでもあります。

 そして幾ばくかの時間がたった折り。

 

「どーん!お姉ちゃんだゾ☆」

 

「ぐふッ!!?……お姉様、それ止めてくださいって言ってるじゃないですか。真祖の力でされると痛いんですよ」

 

「え、嫌だった?」

 

「別に……」

 

 嫌だなんて思うわけがない。それでも恥ずかしさから認めることなんてできずに顔を背けてしまう。

 

「もう!かわいいなぁ!」

 

「いだだだだだ!?」

 

 真祖の全力の抱擁。痛い。それでも私は止めることはありませんでした。

 何せ吸血鬼です。治せますから。

 

 

「勇者の邪魔をする……」

 

 魔族の王、魔王。吸血鬼の始祖。現在活動している最強の吸血鬼。

 私が最近外に出ていることを聞きつけた魔王が、公爵級吸血鬼の戦力を遊ばせておくのはもったいないと指令を出してきたそうなのです。

 

 軍属は全力で姉が退けてくれたようで、遊撃の様な扱いになったそうです。助かりました。

 魔族とはいえ大量の人の中にいるのはまだ辛いです。

 

 勇者とは人類側の切り札。突然現れる世界の愛し子。人類最強の存在。

 それが各地で魔王軍の邪魔をしている。それをさらに邪魔をしろと。

 

 魔族に与するものとして、勇者と戦う。邪魔をする。

 人間のいる場所に行く。人間の敵として。

 

「辛いならやらなくて良いよ?」

 

 姉の言葉に首を振る。

 

「やります。お姉様のお手伝いをさせてください」

 

 こんな私でも姉の役に立てるのなら、なんだってやってやる。

 相手は人間です。遠慮なんていらないでしょう。

 



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第??羽 吸血鬼ノ刻②

 部屋に立てかけてあった武器を手に取る。引きこもっていても振り回していたそれを。

 一種の精神安定剤のようなものでしたからね。これを振るっている間は全部忘れることができました。

 

 吸血鬼は空を飛べます。日が出ていない時しか行動はできませんが、隠密行動が可能です。

 そのおかげで色々と工作をしかけることができます。

 一応武家の娘でもあったので、軍略もある程度知っています。

 食料が大事な事や、死人よりも怪我人を抱えた方が大変な事を。

 

 なので勇者一行の行方を追いながら、軍の食料を焼いたり、怪我人を増やしたりもしました。

 

 何故か殺意の少ない勇者一行に直接挑むこともありました。普通に逃げ帰りましたが。多対一は卑怯では?

 吸血鬼のスペックでそこそこ戦えはしますが、やっぱり私は弱かった。

 またお前かといった目を向けられるくらいの付き合いになったとき。それは起こりました。

 

 衝撃、轟音。そして、山そのものが滑り落ちてきたのではないかと思う規模の土砂崩れ。

 勇者の指示によって勇者の仲間は逃げ出すことができましたが、勇者と切り結んでいた私の二人はそれに巻き込まれました。

 私と勇者の二人で張った結界のおかげで押しつぶされることは免れましたが、抜け出すことはできない状況。下手に土砂をどけようと思えば自体が悪化することも考えられます。救助を待つしかありませんでした。

 

 逃げることのできない場所にニンゲンと2人。自然と呼吸が早まっていく。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

「いやっ!来ないでください!!」

 

 勇者は善意で心配をしてくれたのでしょう。しかし私は彼が近づくことを拒絶しました。

 結界の隅に逃げ震えることしかできない。あのときの記憶がフラッシュバックしてきたためです。

 

「君は……人間が……怖いのか……?魔族なのに?」

 

 しばらく時間が経って、私は落ち着くとそんな疑問を投げかけられました。

 することはなくて暇ですし、相手は人間です。多少の齟齬があったところで関係ないだろうと、前世であることを隠して鬼の人生の話をしました。そして、今の姉に救って貰い、役に立ちたいと思っていることも。

 

「人が信じられないのはわかった。だから今は信じなくてもいい。でも見ててくれないか?君と出会って思ったんだ。魔族も根っからの悪人ばかりじゃない。人と共存できるんじゃないかって。でも……今の魔王はだめだ。だから魔王を倒したら、共存する道を模索したいって思ってる」

 

 夢物語だ。素直にそう思いました。既にどちらも多数の人が死んでいます。

 停戦ぐらいなら可能でしょうが、共存なんて夢のまた夢。

 結界の隅で三角座りをしたまま、自分の膝に顔を埋めたままポツリと呟きました。

 

「……私は、あなたの邪魔をしますよ」

 

「良いよ、それで」

 

 勇者は満足げに笑って言うのでした。

 

「どーん!お姉ちゃんだゾ☆大丈夫だった!?」

 

 それからやって来た姉が土砂を全て吹き飛ばし、助けに来てくれました。どうやって状況を知ったのかはわかりませんが、流石お姉様です。

 すると勇者が一言二言話すと、姉を連れて離れていきました。

 ナンパですか?姉は世界で一番かわいくて綺麗ですが、貴方にはあげませんよ。

 ジリジリと焦がれるように待っていると二人が戻ってきました。

 

「さ、帰ろっか?」

 

「はい、お姉様」

 

 そして姉の転移の魔法で家に帰りました。どこか満足げな姉は、話の内容は秘密だと教えてくれませんでした。

 

 

 今日は月も出ない新月の夜。闇が世界を支配する夜。

 王座の前で1人、魔王と対峙する。

 

「答えてください。貴方が私達の両親を殺したのですか、魔王」

 

「そうだ」

 

 答えた魔王は口元を吊り上げて笑った。

 こうなった経緯は勇者の一言が発端でした。

 

「なあ、最近魔族の情勢についても調べているんだが、その、君の両親を魔王が殺したって本当なのか?」

 

「え……?」

 

 頭が真っ白になりました。そんなこと知らない。でも勇者が今更そんな嘘をつくとも思えませんでした。

 

 だから私は直接問いただすことにしたのです。愚か。あまりにも短慮。しかし気が動転していた私は後ろで声を荒げる勇者を置いて飛び立ちました。

 

 王座に気怠げに座った魔王が深紅の瞳で私をまっすぐに貫く。

 

「貴様の姉は知っていたが貴様のために堪え忍んでいたのだ」

 

「オレサマが貴様らの両親を始末したのにな」

 

「オレサマの心臓を喰らい、始祖の力に至れる存在だった。危険だ。しかし殺すのは惜しい。あれは有能だ。独力でオレサマの事にたどり着いた」

 

「首輪はあった。貴様の事だ。オレサマとあいつが戦えばオレサマが勝つ。そうなれば貴様はどうなるだろうなぁ?」

 

「土砂崩れに貴様が巻き込まれたときは実に面倒だった。まあすぐに黙らせたが」

 

 私が首輪。私がお姉様の邪魔をしていた。愕然とした。

 何度も転生したのに。何も知らない子供のままだった。大して成長していなかった。役に立とうとしたのに、いるだけで邪魔になっていた。それが、それがたまらなく悔しい。

 

 唇を噛み締め、感情を振り払うように向かっていく私を魔王はあざ笑った。

 

「ふん、馬鹿め」

 

 瞬殺、そう表現するのが正しいでしょう。椅子から立ち上がる事もなく、一方的に嬲《なぶ》られた。

 

 そもそも私は真祖のお姉様にも敵わない。なのにお姉様よりも強い始祖のこいつに勝てるはずもない。

 手足の骨が折れ、立ち上がることもできない私を、血葬で作り出した剣で地面に縫い付けようとする。

 

「そこで暫く寝ていろ」

 

 飛んできた剣は、しかし弾かれた。顔を上げれば何度も見慣れた背中が見える。苦痛ですら流れなかった涙が思わず零れた。

 

「……お姉様?」

 

「そう!お姉ちゃんだよ!!」

 

 何故か勇者一行と現れたお姉様。転移の魔法を使ったのでしょう。

 

「ごめんなさいお姉様。役に立ちたかったのに私は……!!貴女の足枷でしかありませんでした……!!」

 

 両親を殺されたことを知ってこいつに従うのはどれほどの苦痛だったのだろう。想像の一端はできる。私の両親でもあるから。でもその期間はきっととても長い。両親が亡くなってからもう百年以上が経ってるから。

 私だったらきっと耐えられない。それなのに姉は責めなかった。

 

「そんなことはないよ。貴女がお姉ちゃんの支えだったの。貴女がいなかったらお姉ちゃんは短慮に走ってきっと死んでいた。姉妹だからね、やることは一緒だよ」

 

 それどころか姉は抱きしめてくれた。こんな出来損ないに笑いかけてくれた。

 どうしたらこの恩を返せるのだろうか。

 

「ここで待ってて」

 

「……話は終わったか?」

 

 魔王は血葬で作り出した剣をつまらなそうに弄んでいた。

 それには答えずお姉様は勇者の横に並び立って不敵に笑う。

 

「勇者くん、着いてこれるよね?」

 

「もちろん!」

 

 戦いは苛烈を極めた。

 姉と勇者の連続攻撃と、パーティーメンバーの援護に遂に魔王は立ち上がらざるを得なくなった。

 魔王は力を解放するように徐々にギアを上げていった。

 そしてついて行けるのは勇者をお姉様だけになった。勇者は見違えるようだった。私と戦っているときが嘘のように強かった。そして戦いのさなかどんどん強くなっていった。もう彼が一人でも私は勝てないでしょう。

 

 しかしそれでも魔王は強かった。有利なのは魔王。しかし天秤はどちらにでも傾くレベルだった。

 そして傾いたのはやはり魔王の方へだった。

 

 勇者は吹き飛ばされ、姉は地面から突然突きだした血葬の剣山に捕らわれ身動きできない。

 

「貴様を殺すのは惜しいが……、勇者を連れてきたのは明確な反逆行為だ。故に死ね」

 

 血葬で鋭く伸ばした爪の先を確かめるように眺めた後、動けない姉の心臓に向け狙いを定めた。

 吸血鬼といえど心臓を壊されれば再生できない。そのまま死ぬ。

 誰も間に合わない。――――私以外は。

 戦撃のスピードならまだ間に合う。

 

 姉に向かう爪の先を光を纏った一撃で弾く。

 

「ふん」

 

 お姉様の叫び声が遠くに聞こえる。私は……心臓を貫かれていた。

 首輪としての役目もなくなったから生かす必要も無いと言うことでしょう。

 私はもう死ぬ。始祖の目には興味も関心もなかった。しかしそこに油断はあった。

 飛びそうになる意識を食らいついて離さない。動けるはずのない私の体は、しかし勝手に二撃目を放つ。意識があるのなら戦撃は続く。その油断が命取りです。私から意識を反らした魔王の左足を地面に縫い止めた。

 

「貴様ァ!!」

 

「お姉様……やって……!!」

 

 すぐさま激昂する魔王。無視して、剣山から逃れたお姉様に水音混じりの声を掛ける。

 

「ッ!!!」

 

 魔王の右腕は私の胸を貫き、左足は地面に固定されている。隙だらけだ。

 顔をクシャクシャに歪めた姉が心臓をえぐり出し、投げたそれを飛び込んできた勇者が真っ二つにした。

 

「馬鹿な……」

 

 そんな言葉を残して魔王は灰になって消えた。もう誰もそれを見ていなかった。

 

 地面に崩れ落ちる私に姉と、なんと勇者が駆けつけてくれた。ふふ、貴方が優しくしてくれた理由は最後まで分かりませんでしたね。

 

「僕の夢はまだ終わっていないぞ!見ててくれるんじゃなかったのか!!?」

 

「起きて!お願い!置いてかないで……!!1人にしないで……!!」

 

「コフッ……。ご……め……。あり……が……ぉ」

 

 ――こんな私を大切に思ってくれて。幸せ……でした。

 



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第25羽 コーンスープおいしい

落差注意。昨日投稿できなかったので今日は多めです。


 

 意識がゆっくりと浮上してくる。夢を見ていました。

 

 1人残してしまったお姉様。恩も返すこともできなかった。私がいなくても幸せになってくれることを願うことしかできません。会いたいな……。

 

 そして勇者。明確な約束はしていませんでしたが、彼の目標を最後まで見届けることができませんでした。それが心残りです。でも、彼ならきっとなんとかできるでしょう。お姉様もきっと助けてくれるでしょうから。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 ――良い匂いがしますっ!!!!

 

 浮上する意識が加速した。

 

「あ、起きた」

 

 目の前にはボウルに入った暖かそうなスープとそれに着いている女の子が。

 あ、違いました。女の子がボウルに入った暖かそうなスープを持ってくれています。

 

「これ、欲しいの?」

 

「グルルルル……」

 

「え、今の腹が鳴った音か!?」

 

「マジか、威嚇かと思ったんだな。こわ……」

 

 失礼な男が2人。見向きもせず、翼を降るって『射出』すると、羽が飛び出し額に一本ずつサクッと突き刺さった。デリカシーがない男はモテませんよ。

 

「「いってぇ!?」」

 

「何やってんのさあんた達……。うん?」

 

 のたうち回る男二人に呆れたようにため息をつく女の子。そんな状況でもスープに目が釘付けです。

 そんな私に気がつくと優しい目になって頷きました。

 

「もしかして待ってるのか?……良いよ、お食べ」

 

 では遠慮なく、いただきます!!!

 こ、これは……!!

 絶妙な甘さとクリーミーな深いコクが全身にとろりと染み渡ってくる優しいコーンスープ!!

 旅のための粉ものなのか、コーンの食感がないのが寂しいですが私の舌が喜びのあまり踊っています!!

 

「あんたうまそうに食う……え、泣いてる……」

 

 おいしい、おいしいよぉ。

 コーンスープを心底味わい尽くし、ごちそうさまでした。ありがとうございます。

 

 さて……。ここはどこですか?

 

 空には燦然と輝く太陽。

 深かったはずの森は、疎らに木々が生える林になっている。早い話が迷子。

 きっとこの人達が親切心で森の中から連れてきてくれたのでしょうが、帰り道がわからないのは困りますね。

 

「うーん、ログ。こいつやっぱりスワロー種なんだな」

 

「ああ、まあこいつらは羽毛が青いのが特徴だかすぐわかる」

 

 これからどうしようか歩きながら考えているとそんな会話が耳に入ってきました。

 ふと自分の翼を見てみると、純白だったそれが紺碧のそれに。……色が変わってしまったんですね。

 

 自分の翼を眺めていると「なあ」と真横にしゃがみ込んだ女の子に声を掛けられました。

 燃えるような赤毛が特徴な、ぱっちりした目元が勝ち気そうなかわいい女の子です。

 

「あんたは森の中で倒れてたんだ。人間に害がある種じゃないから保護したんだけど、なんか変な奴にでも襲われたのか?」

 

 私の疲労と怪我の原因は地竜です。あれは変な奴と言うよりもヤバい奴と言うべきなので、違うでしょう。首を横に振りました。

 

「へえ、こいつやっぱり言葉がわかるみたいだぜ、フレイ」

 

「今はあたい達の調査対象の情報を集めるべきだろうに、ログ」

 

 赤毛のフレイと呼ばれた女の子と同じようにしゃがんで興味深そうに見つめてくる、のっぽのログさん。

 素直に返事をしてしまったのは悪手だったかも知れませんが、そこまで困るような事ではありません。どうせこの後別れます。

 

 赤毛の女の子はフレイさん。のっぽな男の人ががログさんで、体格の良い男の人がターフさんですね。覚えました。

 

「な、そろそろ警戒を解いてくれても良いんじゃないか?」

 

 脳裏に名前と顔を刻み込んでいるとフレイさんにそんな言葉を掛けられました。

 …………。

 

「あんた、フラフラ歩いているように見せかけて位置を変えてただろ?あたい達全員が目に入る位置に」

 

「しかも一挙手一投足見逃さないようにしていただろ?」

 

 この人達の言うとおりです。

 現在は日中。吸血鬼の能力も使えませんし、初対面の相手です。警戒して然るべきです。

 

「言葉がわかるなら理解できると思うんだけど、あんたをどうにかするつもりなら寝てる間にやってるって。わざわざ助けて飯を食わせる必要もないだろ?」

 

 ……その通りです。なので警戒は最低限にしていたつもりなんですが、バレてしまったようですね。思ったよりも観察力が高い。皆さん武器を地面に置いて手の平を見せてくれました。

 スッと彼女たちに対する警戒を解きました。

 

「お、警戒を解いてもらえたんだな」

 

「良かった良かった。スープをなかなか飲み込まなかったからね。警戒されて毒味しているのかと思ったんだよ」

 

 そそそ、その通りです毒味ですいくらお腹が空いていたとは言え初対面の人から施されたものを何も考えずに楽しむような事はあり得ませんよ!!

 

「この子普通に味わっていただけだと思うんだな」

 

 お黙りください。

 

 サクッ。「いった!?」

 

 荷物の上で座ったまま額の痛みにもだえるターフさんをよそに、フレイさんの目がなんだか残念なものを見るように変わっていく。解せぬです。

 

「ッ!フレイ!」

 

 その緩んだ空気につけ込むように、草むらから突如飛び出した狼の魔物がフレイさんに背後から飛びかかった。

 

 ターフさんは少し離れた場所で荷物の上に座っている。ログさんはフレイさんの正面にいて素手。フレイさんは未だ振り返ろうとしています。

 このままだとログさんが飛び出して身代わりになって怪我をするか、間に合わずフレイさんが大怪我にすることになるでしょう。

 

 なので私がやります。この状況は私が原因みたいなところがありますから。

 空中の狼に向かって翼を振るい『射出』。さっきまでのお遊びのものではなくしっかりと攻撃として。結果、大量の羽を全身にプレゼントされた狼は勢いを殺され失速。地面に落ちたところをログさんが、ターフさんに投げ渡された槍で仕留めました。

 キョトンとした表情のフレイさんがこちらを見つめています。

 

「まだ来るんだな!!」

 

 最初の狼を皮切りに続きがゾロゾロと姿を現す。さて、とっとと片付けましょうか。

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 五体ほど倒した所で無理だとさとったのか、狼は引いていきました。

 皆さんお強くて『射出』しているだけで勝てちゃいました。強い人がいると楽で良いです。

 そんなことを考えているとフレイさんがじっとこちらを見つめているのに気づきました。

 何でしょう?

 そしてフレイさんはコクリと頷くとこう宣言しました。

 

「良し決めたよ。この子飼うから」

 

「「は?」」

 

 ――は?

 



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第26羽 今日は帰らせないよ……

 

 その子鳥を見たとき、フレイにはかわいらしいなという感想以外は特になかった。

 

 スワロー種は比較的穏便な魔物であり、人間に害を与える蟲系の魔物を良く狩って食料にしていることから見かけても特に手を出さないのが暗黙の了解となっている。

 倒れていたこのスワロー種を助けたのも一種の気まぐれであり特に深い意味はなかった。あえて言うなら、情報収集のためだ。

 ここに来たのも、同業の冒険者が今まで見たこともない影を見かけたとのことで、その情報を集めるためのクエストによるものだから。

 

 傷跡などの痕跡からその未確認種の事がわかるかもしれないと思ってのことだ。ボロボロの見た目に反して特に傷跡と言える傷跡もなかったので空振りに終わってしまったけれども。少し首を捻ることになったが魔物だからそんなこともあるかと流すことにした。

 

 食事を泣きながら食べた時は少し引いたが、自身の知る魔物より理知的な雰囲気だったので思わず話しかけていた。

 そしてこちらの言葉に明確な反応を示した時も、驚きはしたが特に評価が変わることはなかった。

 

 人語を解する魔物は一定数存在する。かなり珍しいが、特段貴重でもないと言ったところだろう。

 

 まず筆頭に上がるのが帝種。会話のできないものもいるが大抵は人間とは比べ物にならない期間を生きており、それに比例して知性も高い。寝物語の中には人間と会話に興じる帝種が出てくる。基本的に人類にとって帝種と会話ができるのは共通認識だ。相手は腐っても魔物なので、できるからと言って会話になるかは別の話になるのだが。

 

 例としては龍帝だろうか。この大陸では霊峰ラーゲンに居を構える龍帝と僅かながら交流がある。かの龍帝は酔狂にも、霊峰を登り自身に会いに来た者に試練を与え、突破した者に褒美を与えるらしい。そもそも魔物が蔓延る霊峰を登るのは自殺行為であり、試練はそれ以上らしいのでそんな人物は滅多に存在しない。

 もちろん人類に寛容だからと言って、気に入らない者に対しては非常に好戦的なので、関わりにならない方が賢明だ。都市ごと消し滅ぼされること請け合いだと歴史が言っている。

 

 次点で帝種の子孫だろう。子を育てるなか帝種が喋るので勝手に学んでいくとどこかの誰かが本人から聞いたらしい。真偽の程は定かではないが、実際に帝種の子孫は話せるらしいので、とりあえずその節が濃厚だろう。

 

 次は帝種やその子孫に長らく関わった魔物、そしてそれに関わった魔物だ。

 

 ともかくこの子が帝種であることは論外だし、天帝の子孫でもないだろう。全くそれらしさがないから。かの巨鳥は非常に苛烈な性格をしていると聞く。警戒していたときはピリピリとした雰囲気を感じたが、それを解いてからこの子は魔物であるのかを疑うほどポケポケしていた。かわいい。これで自然の中で生きていけるのかこちらが不安になったほどだ。

 なので恐らくかなり遠い関係者だろうと思った。

 

 しかしこの評価はすぐに覆ることになる。

 

 基本的に人類に友好的な魔物でも、無条件に人を助けるようなものはいない。例外としては、親しい者や気に入った者ぐらいだろう。昨日今日あったばかりの人間など助けたりはしない。

 

 襲われたとき、全く気がつかなかったフレイを庇う形でログは飛び出そうとしていた。このまま行けばログかフレイが確実に怪我を負っていた。

 それをこの子鳥は助けた。

 それも格上であるはずのシャドウウルフを動揺もせずあっさりと下して。トドメこそログが刺したが既に勝負はついていた。なんだかちょっぴり暖かい気持ちになった。

 

 この時点で天秤は既に傾きかけていた。

 

 スワロー種は人間に益となるだけでなく、非常に臆病だ。そしてかわいい。いや違うそうじゃない。

 危険があればすぐに逃げ出し、身を守ろうとする。

 

 シャドウウルフは影に同化することができる魔物だ。とは言っても、影から影に移動するには外界に体を出さなくてはいけないし、入った影を攻撃してそこにいればダメージが入る程度の能力だ。奇襲としてはこの上なく恐ろしい能力だが、バレてしまえばそうでもない。本体のスペックも決して高くないことから、戦闘になれば慣れた冒険ならどうとでもなる。

 

 しかしシャドウウルフのランクは「Cー」、スワロー種は「D+」。この子は体格的にキッズの可能性もあるのでさらにそれよりも低いかもしれない。普通なら現れた時点で逃げ出している。

 

 それが戦場をコントロールしていた。

 追加で襲いかかってきたシャドウウルフ。対面能力があまりないとは言え、周りを囲まれてしまったので運が悪いと怪我をすることになる。それが完全な無傷。危ないと思うことすらなかった。

 

 背後から飛びかかろうとするシャドウウルフの眼前に羽を突き刺して牽制し、目の前の相手を倒す時間を稼ぐ。二匹同時に襲いかかってくる片方の足に羽を打ち込み、転ばせ、一対一で戦える状況を作り出す。ダメージを負って、万全の状態のシャドウウルフと交代しようとした個体に追撃し確実に仕留める。などなど。

 

 まるでお膳立てされているかのように楽な戦闘だった。確実に過去で一番楽だ。残りの二人もそう思っているだろう。

 

 普通ではあり得ない。この子鳥が非常に魅力的に見えた。

 人語を解し、人助けに積極的で、とても強い。しかもなんかチョロそう。これで、絆されない者がいるだろうか。いやいない。

 

 そうしてこのかわいい幸運の青い子鳥をものにしようと決意するのであった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「さっきはありがとね。助かったよ」

 

 ――いえいえ、困ったときはお互い様です。それで、その……

 

「よし、じゃあ次の調査ポイントに行こうか」

 

 ――降ろしてもらえませんか??

 

 あの、私早く帰らなければいけないのですが。

 何故しっかりと抱きかかえられているのか誰か説明してもらえませんか?

 



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第27羽 ちょっとだけ、ちょっとだけだから……

 

 ――ちょっと待ってください!

 

「おっと」

 

 調査ポイントとやらに向かう途中、抱きかかえられている腕から飛び出し、フレイさんに向き直る。

 私は早く家に返らなければいけません。もうかなり長いこと時間が経っています。いたずらに時間を消費するつもりはありません。

 ついて行けないことを示すように首を振りました。

 

「なんだよ、あたいと一緒は嫌だって言うのか?」

 

 ちょっぴり拗ねたように口をとがらせるフレイさん。なんだか悲しそうな様子に良心が痛み、申し訳無くなりました。

 

 そんな二人から少し離れた場所でログとターフの二人がコソコソと内緒話をしていた。

 

「おい、思ったよりもあの鳥チョロそうだぞ」

 

「あの鳥さんもかわいそうなんだな。フレイは意外とかわいいものが好きだから、きっと遠慮しないんだな」

 

 別にフレイさんと一緒にいることが嫌だった訳じゃないので首を振ります。

 

「じゃあなんでダメなんだよ」

 

 腰に手を当ててズイッと顔を近づけてくるフレイさん。そんなフレイさんの背後に向けて翼を指し示しました。

 

「なんだ?……行かなくちゃ行けないところがある?」

 

 コクリと頷けば「そっか……」と離れていきました。

 よかった。諦めてくれたんでしょうか。

 

「でも死にかけてたのを助けただろ?」

 

「おいおい。あいつ最低なこと言ってるぞ」

 

「そうなんだな。自分も助けられておいて酷いんだな」

 

 

 ――うぐぐ。そう言われると弱いですね……。スープの恩には報いなければ。どうしたら……。

 

 オロオロとしているとフレイさんが「うッ!!」と胸を押さえて後ずさりしてしまいました。さっきの戦闘で怪我でもしていたんでしょうか。一歩近づけば一歩下がられました。……はて?

 

「おい、あいつ自分が助けたことは頭にないみたいだぞ」

 

「そうなんだな。良い子すぎて流石のフレイもダメージを受けているんだな」

 

 

「こ、コホン。まあ待て。それは今すぐじゃなきゃ間に合わないのか?」

 

 ――い、いえ。結構時間も経ってしまったので、単純に私が早く帰らなければと思っているだけなのですが……。

 

 思わずヘニョリと眉を下げて首を振ります。

 

「やっぱりな。焦っているけど切迫した様子は無かったからそうだと思ったんだよ。ほら、少しくらい寄り道しても大丈夫だって。とりあえず一緒に行動してみてそっからまた考えれば良いさ。大丈夫、みんなやってることだから」

 

 

「なんだか優等生をそそのかす不良みたいな構図になってるんだな」

 

「それな」

 

 

 ――そ、そうなのでしょうか?ここでは常識?別に急いでないから寄り道?いやでも……。

 

 なんだかよくわからなくて目がグルグルとしてきました。そこにたたみかけるようにフレイさんが言葉を続けます。

 

「じゃあ、このまま残りの調査ポイントも……」

 

「おい!!」

 

 とそこで離れて固まっていたログさんとターフさんが焦ったように駆けてきました。

 

「マズいぞ!グレーターワイバーンだ!!」

 

 上空からゆっくりと力強い羽ばたきが降りてきた。

 



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第28羽 価値観

 

 バサリ、バサリと羽音が降りてくる。

 太陽に反射して黒光りする鱗。全身には所々にイナズマのような黄色い線が走り、力強い羽音は翼竜の強靱なパワーを嫌でも想像させられる。翼竜なんて見るのは魚の焼き身以来ですね。

 それはゆっくりと降りるのを止めると全員を上空から睥睨した。

 見つめられた全員に緊張が走り、私を抱き上げるフレイさんの腕にも力が籠もる。

 

 ――あれ?あの、なんでまた私は抱き上げられているんですか?

 

 目にもとまらない早業でした。私では反応できないくらいの。困惑しているとなんと翼竜が言葉を投げかけてきた。

 

『おい人間ども!!ここら辺で変な奴を見かけなかったか!?隠すとタダじゃ置かないぞ!』

 

 かなりの上から目線。なんだか不思議といたずら好きの幼い少年のような印象を受けました。

 翼竜から目線を切らないようにしながらログさん達は静かに話し合い始めました。

 

「おい、念話だ。厄介だぞ」

 

「もしかしたらタダのグレーターワイバーンじゃないかも知れないんだな」

 

「ああ、逃走を前提に考えた方が良いかもね」

 

『おい!無視するな!早く答えろ!!』

 

「いや、見てないよ!」

 

『本当だろうな!嘘だとコワいぞ!』

 

「嘘じゃないさ!あんたに嘘をつく理由がない!」

 

 その答えに考えるように黙った翼竜と目が合った。

 僅かな間の後、

 

『……なんだお前。人間に捕まったのか?折角だ助けてやろう!』

 

 言うや否や、私を抱き上げるフレイさんに向けて火球を放った。違いますよなんて否定する時間もない。

 フレイさんはすぐさま背中の杖を片手で取り出し、障壁のようなものを張ったが強度が足りていない。このまま直撃すれば、大火傷を負うことになってしまう。

 

 ――この、馬鹿!!

 

 腕の中から飛び出し、かつて翼竜と戦ったときのように火球を投げ返した。

 

「な!?」「嘘だろ!?」「凄いんだな……」

 

 背後で驚く三人とは裏腹に、まるで予想していたかのように驚くことなく翼竜は火球を避けた。

 不思議な事になんだかうれしそうだ。

 

『やっぱり!お前、あのときの白いのか!?』

 

 ――まさか……、貴方はあのときの翼竜?

 

 嘘でしょう!?どんな偶然ですか!?逃げた翼竜が今ここにいるなんて。当時の翼竜よりも一回りも大きくなっているので気づきませんでした。前はあんな黄色の線もありませんでしたし。それによくわかりましたね。私今青いのに。

 

『なんでお前が人間なんかに捕まってたんだ?』

 

 ――捕まっていたのではありませんよ。一緒に行動していただけです。

 

『なんだ!そうだったら早く言えば良いのに!』

 

 ――言う暇もありませんでしたが??

 

 ジトッとした目を送れば、翼竜はサッと目を逸らした。気まずさくらいは感じるようですね。

 そんな私達の様子に、後ろから声が聞こました。

 

「……会話してるのか?」

 

「そうみたいだね……」

 

「念話は双方向のものなんだな。でも鳥さんの声はボクたちには聞こえないんだな……」

 

『さあ、ここであったが百年目!われと勝負しろ!!』

 

 ――何故に?

 

 今までの流れから勝負をすることになるか全く理解できないんですが。

 

 ――そんなことより何かを探していたのではないですか?そちらを優先した方が良いのでは?

 

 フレイさん達も何かを調査しているようですし何か関係があるのでしょうか。

 

『そ、それは……』

 

 思い出したようにオロオロしだす翼竜。この様子なら捜し物に注力させて戦わずに済みそうですね。と思ったのが間違いだったのでしょうか。突如として動きを止めると、カラッとした思念を伝えてきました。

 

『面倒だからイイや!お前と戦う!!』

 

 か、軽い、軽すぎる!!本能で生きているのではでしょうか。それぐらいノリで動いています。

 厄介きわまりないです。思わずゲンナリしてしまいます。私は別に戦いたくないのですが。

 

『嫌ならそこの人間を襲っちゃうぞ!それでも良いのか~!』

 

 いっそ清々しいほどに無邪気。悪気など何もないのでしょう。単純に価値観の違いが出てしまった形ですね。魔物である彼からすれば当たり前に事なのでしょう。

 チラリと後ろを窺えば三人が体を強張らせていた。彼女たちは強いですが、先ほどの様子を見るにこの翼竜ほどではありません。襲われてしまえば危険です。

 

「なあ、流石のあんたでも無理だ!あれを一人で相手取るならAランク級の実力がいる……!あたい達がなんとかするから一緒に逃げるよ……!」

 

「マジかよ……!?」「や、やるしかないんだな……!」

 

 フレイさんはこう言ってくれていますが、残りの二人の焦ったような様子から有効な手はなさそうです。何よりここは森から外れた、木々が少ない林のような場所。広範囲が見渡せるここで、空を飛ぶ翼竜から人の足で逃げ切るのは無理な話です。

 

 前を見ればわくわくと言った様子の翼竜。純粋に私との戦いを楽しみにしているさまは、捉えようによってはかわいいとも思えるでしょう。

 だからといって許せるかどうかは話が別ですが。

 

「お、おい……!?」

 

 フレイさん達に向け首を横に振り、前に一歩進む。

 

 ――……少々お仕置きが必要な様ですね!良いでしょう、その勝負受けます!!後悔させてあげますよ。

 

『わはは、そう来なくっちゃ!われは龍帝の末の息子なり!!いざ勝負ー!!』

 

 ――私は天帝の、恐らく長女、メルシュナーダです。忘れて貰って構いませんよ。……覚悟!!

 

 そして双方が同時に飛び出し、翼爪と鉤爪が激突した。

 



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第29羽 人の意識、鳥の意識

 

 打ち合ったとき始めに感じたのは、当たり前だが以前よりも強くなったパワーだった。

 相手の体格も見た目も少し変わっている。恐らく進化したのでしょう。

 

『どうだ!前の時のリベンジのために父上に鍛えて貰ったんだぞ!』

 

 ――何ですかそれは!私への当てつけですか!?私はもう長いことお母様に会えていないのに!!

 

『うはは、たくさん構って貰ったぞ!』

 

 ――はい、もう怒りました。容赦しません。喰らいなさい!【側刀《そばがたな》】!!

 

 怒りを乗せ一気に加速して肉薄して蹴りつける。しかし、スルリと避けられ脇を掠るだけに終わってしまった。……前より反応も良いですね。これは簡単に終わらないかも知れません。

 

『うはは、残念だったな!めるす……めしゅ……?』

 

 ――……呼びにくいならメルと呼んでも構いませんよ。

 

『わかった!これからはメルって呼ぶぞ!!それとこれはお礼だ!!』

 

 そう言うと翼竜はガパリと大口を開けた。ブレスだ。

 

 ――それは効かないと……!?

 

 芸もなく真正面に飛んできた火球を受け流そうと足を添えると体に衝撃が走った。

 それのせいで体が硬直し受け流しに失敗してしまった。衝撃を吸収し損ねた火球は本来の役割を果たし爆発。

 

 ――ぐっ!これは……電撃?

 

 咄嗟に風を展開して威力を逃がしましたがそれでも大ダメージです。油断しました。まさか火球に電撃を纏わせてくるなんて。鬼の耐性で痺れは僅かですが、もう火球の受け流しはできないと考えた方が良いでしょう。

 

『うはは、修行の成果だ!』

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「すごい……」

 

 上空で紺碧の羽毛と黒光りする鱗が再度激突する。最初は地上付近で戦っていたのだが何度も激突するうちにもつれ合うようにして上空へと戦場を変えていった。既に遙かな高さに行ってしまったがまだなんとか見ることができる。

 子供のスワロー種とグレーターワイバーン。その差は大きい。通常、スワロー種は普通のワイバーンにも抗うことができない程の明確な差がある。それを対等に見えるレベルで戦っている。それは最早あり得ないレベルのことだ。

 

 シャドウウルフの時から強いとは思っていた。だがそれはスワロー種にしてはだと思っていた。

 だが蓋を開けてみれば、そんなレベルではなく、格上である竜種と正面からぶつかり合う事ができる程の力を持っていた。

 スワロー種の攻撃なんて、『射出』と風の魔力を使った遠距離攻撃が主で、直接攻撃など自身より弱い蟲系の魔物にしかしない。

 

 そもそもスワロー種の防御力は低い。鳥系の魔物全般に言えることだが、魔力での補助があるとはいえ飛ぶためにある程度体を軽くする必要がある。あんな風に格闘家も真っ青な足技で竜種と肉弾戦をし合うなんてそれこそ自殺行為だ。

 それが今回の相手は竜種。強靱な鱗ともふもふの羽毛、鎧とタダの服以上の差がある。

 

「あんなに小さいのに戦ってる。私は……」

 

 小さな体が勢いよくはね、何倍もある巨大な翼竜を吹き飛ばした。小さくとも強大な相手に立ち向かう。それはまさに弱者が強者を下す様のようで。

 なんて、かっこいいんだろうか。

 

「あんたの名前メルって言うんだね。覚えたよ」

 

 静かに拳を握りしめた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 火球が防げなくなった。だからといって負けが確定したわけではありません。初心に戻って上空を取ることを意識すれば良いだけです。

 上にいれば翼竜は無理な姿勢でしかブレスを吐けないので有利に立ち回ることができます。翼竜もそれを知っているので上空を取り返そうとしてきます。

 

 翼竜と打ち合いながら上空を取り、上空を取られ、上空を取り返す。

 それを何度も繰り返し、結果、どんどん上昇することになってしまいました。

 そして現在。結構ピンチです。

 

 ――息が……苦しい……!!

 

 重力が存在している星では、上に行けば行くほど空気が少なくなってきます。自然、呼吸は苦しくなっていく。

 だからといって止めることもできない。未だ苦しむ様子の見えない翼竜は、その時を逃さず上空をとり只管ブレスを吐き続けるでしょう。絶対に勝てないとは言いませんが、かなりの不利を背負い込むことになります。

 

 酸欠の苦しみが襲う中、鱗に蹴りを入れ尻尾の一撃を受け流していると、翼竜が私の息苦しそうな様子に気づいた。

 

『なんだ?お前鳥なのにこんなとこで息が苦しいのか?変な奴だな!』

 

 ――何を言って……?

 

 人は高所では息が苦しくなるもの。なんともない翼竜がおかしいのだ。

 

『てい!たあ!さっきより動きが鈍いぞ!!』

 

 ――くっ!この……!!

 

 重くなった体で苛烈になっていく翼竜の連撃を捌いていくと、激しい動きに酸素がみるみる消費されてしまう。息もつけない攻防に、やがて視界が白くなり始め、意識がぼやけていく。

 散漫になった注意が遂に受け流しを失敗に導いた。力の方向がずれてしまい、尾の一撃に足が弾かれて体が流される。

 

『隙ありー!!』

 

 白んだ視界に映った翼爪は避けられない筈のものだった。

 

 ――【貪刻《どんこく》】

 

『いっったーい!!』

 

 それなのに気づけば懐に潜り込んで戦撃を直撃させていた。強烈な横蹴りに翼竜は空中で痛みにもだえている。

 

 ――今のは……?

 

 急に体の動きが元に戻ったような気がしました。いや、もしかしたら地上より動きのキレが良かったかも知れません。それに消費の大きな【貪刻《どんこく》】を使ったのに大したことない。

 

『良いのを入れたからって考え事ー?余裕じゃん、かっ!』

 

 ……わかりませんね。少し息苦しいのがなくなっているとは言え、動く度に苦しさは戻ってきています。

 飛来する火球を避けながら考える。

 

 ――さっきの感覚を引き出せればもしくは……。

 

 もっと強くなれるかもしれない。なら試してみましょう。

 更に飛んでくる火球に『射出』。爆炎の中から更に羽が飛び出し翼竜に襲いかかった。

 

『うわっ!……うはは、全然痛くないぞ!』

 

 そんなことは承知の上。翼竜の強固な鱗に軽い羽が有効打になるとは思っていません。目的は羽の雨で視界を奪うこと。

 

 ――こちらですよ。【崩鬼星《ほうきぼし》】!

 

 羽に隠れて下方空回り込んだ私は、前回の焼き増しのように上空の翼竜に向けて戦撃を発動する。今回はロケット式の加速はありませんが、私を見ていない今なら問題ありません。

 

 土手っ腹に鬼気を解放した戦撃を叩き込んだ。直撃。衝撃でひるんだ一瞬で『鷲づかみ』、体を捻るように入れ替えた。私が上に、翼竜が下になるように。

 自然、翼竜は背を地面に向けることになる。ひるんだ直後にそんな状態でまともに飛べる筈もなく。

 

 ――【狼刈《ろうがい》】!!

 

 大きな隙に三連蹴りを叩きつけた。その威力に撃墜された翼竜を急降下で追いかける。

 追いつくまもなく衝撃から復帰した翼竜が背を地面に向け、落ちながら多量に枝分かれした雷のブレスを吐き出した。

 ここに来て新形態のブレス。翼を広げて急制動をするも範囲が広すぎて逃げ場がない。

 

 ――うぐッ!!?

 

 火球ブレスの雷はおまけのようなものだったが、こっちは雷が本体だ。焦げる音と共に体が跳ね動きが止まる。

 一瞬、しかしそれは致命的だった。

 止まった隙に体勢を立て直した翼竜は急浮上。一気に加速し上空から重力の重さを乗せ頭から突進してきた。

 

『お返しだー!』

 

 ――グフッ!?

 

 衝撃に肺から息が押し出される。ボールのように弾かれ、一気に体の重さが増した私はそれでもなんとか追撃を受け流した。

 この危機的状況にさっきの感覚を引き出そうとして翼竜の鱗を打ち据え、攻撃を受け流していくも唯々息が苦しくなっていくだけ。体内の酸素量は既に限界だ。

 だが、あの不思議な感覚は訪れない。

 

 ――これじゃ……ダメなんですか?

 

 口は酸素を求めてあえぐものの、それで息苦しさがなくなるなんて都合の良いことは起きない。準備した【狼刈《ろうがい》】の闘気が意識の明滅と共に不安定に瞬く。

 ガクンと急制動を掛け体の動きが止まる。明確に晒された隙に、翼竜の口元にこれまでとは比べ物にならない炎が蓄積されていく。

 

 ――やっぱり。無理だ。私じゃ。ダメだ。

 

 ネガティブな感情ばかりが生み出されていく。

 走馬燈のようにゆっくりとした視界の中、生み出された爆炎が迫り来る。

 その時不思議と翼竜の『鳥なのにこんなとこで息が苦しいのか?』という言葉が思い出された。

 

 ――あのとき私はなんて思ったんでしたっけ。確か――

 

 意識が薄くなり、本能が前面に押し出される中。

 

 ――――闘気が爆発した。

 

 今までよりも純度が高く、今までよりも量が多く、今までよりもスムーズに生み出された闘気は。

 

 今までよりも圧倒的なスピードとパワーを以て戦撃を発動させた。

 

 爆炎を切り裂いてその先にあった鱗が三カ所、飴細工のように容易く砕き、その下の体にもダメージを負わせる。

 

 ――すごい……。

 

 深く息を吸い込む。

 今までよりも呼吸が楽だ。今までの人としての意識が強い呼吸とは違う、鳥としての呼吸。

 

 人は高所で息が苦しくなるもの。でも――――私は鳥です。それを忘れていた。

 薄れ行く意識の中、私の中にあった本能が教えてくれた。もっと良い呼吸法があるのだと。

 

 鳥としての心肺機能を、忘れないように感覚として落とし込ませていく。

 

 その感覚としてはまるで――――常に息を吸い続けているようで。信じられないほど体が軽い。

 

 ――これが空を舞う鳥の呼吸。少ない酸素で活動できる生き物の力。

 

 お母様から受け継がれた力を噛みしめ正面に向き直る。

 

【狼刈《ろうがい》】が当たった場所の鱗は砕かれ、羽ばたきは最初と比べると弱い。

 それでも先ほどの戦撃を受けても未だ墜ちない目の前の翼竜を見て、素直に凄い、そう思った。

 私の強さはズルの上に成り立っています。前世の強さを引き出して、何百、何千年と培ってきた経験を使って戦う。そんなズルをした私に対等以上に戦える彼はまさに強者と言うに相応しいでしょう。

 

 引け目を感じないと言えば嘘になります。寧ろ申し訳無いとさえ思う。

 

 私には才能がない。他者の何倍もの時間を掛けてようやく並ぶことができます。

 前世の力の一端を引き出し、苦手とはいえ長らく付き合ってきた格闘術で、才のある彼とようやく並び立っている事からもよくわかります。

 それでもそうしないという選択肢はありません。そうでもしないと私は全部無くしてしまうから。

 

 私は弱い。普通だったら強い人を見上げるだけで終わる程度の存在です。そんな私でも嫌いなものがあります。

 

 私は戦うのが嫌いです。痛いのが嫌いです。悲しいのが嫌いです。苦しいのが嫌いです。

 

 

 でも――――負けるのだって嫌いなんですよ!!

 

 

 全身を鮮血のように濃密な闘気が覆っていく。

 戦撃の時だけ使っていたそれを更に純度の高いレベルで常に体に纏う。

 

 引き出す方法はズルだろうと元は自分で積み上げた力でもあります。見上げるだけで終わるなんて耐えられない。大切なものを守るために鍛えた力ですが、同時に私自身が私のために強者に抗う術として手に入れた力でもあります。そこにお母様の力が助けてくれるなら――――負ける気はしません。

 

 ――最初にも言いましたが……容赦はしません。――――覚悟を。

 

 だって、貴方は強いのだから。私が手加減なんてできるはずもない。

 

 




Tips
主人公は知りませんが、鳥はそもそも肺の構造が哺乳類と違います。
鳥の肺は呼吸の効率が段違いで、常に酸素を取り込んで、二酸化炭素を排出しています。
わかりやすく言うと、厳密には違いますが主人公が言ったようにずっと息吸ってる様なものです。
今までの主人公は鳥として転生したものの、人のとしての意識が強く、呼吸がうまくできていなかったということですね。


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第30羽 フレイさん大勝利ィ!!

お気に入りと感想ありがとう!!おかげでまだまだ頑張れるぜ!


 

 そもそも闘気とは、高密度のエネルギーの塊です。

 生命力と魔力を練り合わせて生成されますが、実はここにもう一つ、呼吸の存在が不可欠になっています。

 

 私も知らなかったのですが、空気中には『魔素』なるエネルギーが存在しているそうなのです。私達の魔力が回復するのはこれがあるおかげで、普段は呼吸と共に吸い込んで体内で魔力に変換します。

 

 ですがこの魔素、体内に取り込みすぎると毒になります。

 意識の混濁から始まり、熱や嘔吐感、体の痛みに倦怠感など、危険な症状が発生し、最後には死んでしまいます。この状態で動けるのは生命体としておかしいので、まずいないでしょう。

 そうならないように体が量をセーブして、時間を掛けて魔力に変換します。

 

 師匠が言っていたのですが、私が使う闘気にはこの魔素が使われているらしいのです。魔素は魔力に変換する前からかなりのエネルギーを持っている上に、空気中にいくらでも存在しています。

 空気中に石油が存在しているようなものです。しかし先ほど言ったように私達のエンジンにこの石油をそのままぶち込むと、エンジンが壊れて死にます。コワイですね。

 

 闘気を精製する際は、生命体と魔力、そして呼吸から取り込まれた魔素をすぐさま練り合わせます。そうすることで魔素は、無害な闘気に変換され、体内に残ることがないので中毒症状が起こらないのだとか。

 更にここでネックになってくるのが戦闘中での呼吸の扱いです。

 

 通常、攻撃をする際などは息を止めます。単純に息を止めた方が力が入るからです。そうすると動き回っている際は、闘気は生成できないことになります。

 できるのは戦撃を使う前にタメの一瞬ぐらいでしょう。一応呼吸なしでも闘気は生成できますが、魔素が負担していたエネルギーの分を自前で払わないといけない訳なので、かなりの効率の悪さになります。おまけに魔素のも単純なエネルギーとして取り込んでいる訳では無いようで、闘気としての質がかなり落ちます。

 どうしても呼吸ができないとき以外は、やらない方が賢明です。

 

 そして新たな呼吸を会得した私なのですが、常に息を吸っていると感じたのは誇張では無いようで、常に魔素を取り込む呼吸ができます。酸素を取り込んで息切れがないだけでなく、激しく戦っている際も魔素の取り込みが切れることがない。

 つまり私は、私だけが、常に闘気を生み出すことができるのです。闘気における魔素の含有量が上がったおかげなのか、質もかなり上がりました。

 

 最初に言いましたが闘気は高密度のエネルギーです。これからは闘気を纏った私の戦撃も通常の攻撃も、今までとは一線を画したものになるでしょう。

 

 これも翼竜のおかげです。彼が戦おうと言い出したときは本当に嫌でしたが、彼との高高度での戦闘がなければ気づくことはなかったかも知れません。普通に飛んでいて息苦しくなれば、きっと高度を下げるだけでしょうから。気絶しかけるまで飛んでるはずもありません。どんなマゾですが、それは。

 

 ともかく戦おうと言い出した翼竜にはこの力を示すことで感謝としましょう。

 さあ、勝負です!

 

『……う』

 

 ――う?

 

『うわ~ん、われの鱗が~』

 

 ――は?

 

 突然泣き始めた。何故?え、本当に何で?

 あまりの困惑に纏っていた闘気が消え去りました。

 

『覚えてろ!父上に言いつけてやる!!』

 

 ええ……。

 

 そう言葉を残すと背中を向けて飛び去っていきました。貴方が戦いたくないのなら私は別に良いのですが、この釈然としない気持ちをどうしたら良いのでしょうか。

 さっき貴方のことをべた褒めしたんですよ。私のこの賞賛を返してもらえませんか??

 

『前の大陸でのリベンジができると思ったのに~!!』

 

 ――は?ちょ、ちょっと待ちなさい!!

 

 既に豆粒ほどの大きさになった翼竜から聞き捨てならない言葉が聞こえました。前の大陸ってどう言う事ですか!?まさかここが別の大陸とでも言うんですか!?答えてから行ってくれません!?

 

『うわ~ん』

 

 そのまま空の彼方へ。もう流石に追いつけません。

 

 え、本当にどう言う事なの……?

 

 一羽ポツンと上空に取り残された私。ヒュウゥとなんだかもの寂しい風が吹いてきてわびしくなってしまいました。

 このまま黄昏れていても何の解決にもならないので、下から見上げていたフレイさん達の元へ降り立ちます。

 すると駆け寄ってきたフレイさんに抱きしめられました。

 

「あんた凄いじゃないか!あのグレーターワイバーンを撃退するなんて!ありがとう、助かったよ」

 

 なんだか熱が籠もったような瞳のフレイさんに、首をゆっくりと振ります。

 

 ――そもそも私と勝負をするために脅されたようなものです。フレイさん達だけだったらきっと何事もなかった可能性が高いですので。

 

 言葉は伝えることができなかったですが、言いたいことは何となく伝わったでしょう。

 何故か優しげに微笑むフレイさん。スッと顔を逸らしました。

 

「まあ何にせよあんたが居てあたいは良かったよ。ありがとう、メル」

 

 ――あれ?私の名前?

 

 何故知っているのでしょうか。問うように首を傾げれば答えてくれました。

 

「さっきのグレーターワイバーンが呼んでたからね。違った?」

 

 ――なるほど、そういう理由ですか。

 

 間違っていない事を伝えるように首を振ると「じゃあ、あんたはこれからメルだね」と、確かめるように呟いた。

 

「それにしてもあんた別大陸から来たんだね」

 

 ――そう!それです!!

 

 物珍しいものを見る目のフレイさんにブンブンブンブンと首を全力で横に振ります。

 

「え?違う?」

 

 ブンブンブンブンともう一度。

 

「え?じゃあ、別大陸から来たの?」

 

 もう一回どん。ブンブンブンブン!

 

「どう言う事……?」

 

 フレイさんの頭上に疑問符がたくさん現れましたが、そう答えることしかできません。言葉を伝えられないのが辛いです……。

 やがて得心がいったのか人差し指をピンと立てたフレイさんが顔を近づけてきました。

 

「もしかして別大陸から来たことを知らない?」

 

 ――その通り!大正解です!!

 

 首を縦にブンブンブンブン!

 瞳の熱が薄くなり、心なしか残念なものを見る目に。

 

「じゃあ、あんたが行くべきだって言ってた所はどこかわかるの?」

 

 最早赤べこになった気分です。もちろん首を横に振ります。うふふ、なんだか楽しくなってきました。ヘドバンしている人の気持ちがわかるような気さえします。縦ではなく横ですが。

 

「じゃあ……、一緒に行こうか?」

 

 コクリと流石に頷きました。ここが私が今までいた大陸と別物である可能性が出てきた以上、情報収集が必要です。そんなことができる場所は人の街くらいでしょう。

 ここはフレイさん達についていって調べるのが今できる最善です。

 

 ――お母様、もうしばらく待っていてください。私は必ず帰って見せます。

 

 

 

「こ、こいつさらっと良いとこ持ってったぞ……!!」

 

「悪女過ぎて末恐ろしいんだな……」

 

 何故かログさんとターフさんはフレイさんに向けて戦慄の視線を向けていた。




Tips
鳥の肺の構造が特殊だと言いましたが、実はトカゲも似たような構造をしているらしいです。
そう考えると爬虫類の一種だと考えられるドラゴンって凄いですよね。
上空を飛んでも困らない心肺機能を持っているわけですから。
昔の人は鳥の肺の構造が高所での行動に適しているとか知らない筈なのに、驚くほどドラゴンの体が完成されていると思いませんか?まるでホントに居たみたいですよね。そう考えると夢が広がります。
まあ、本当にいたら夢は広がっても寿命は縮みますが。


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第31羽 パルクナット

 

 フレイさんに着いて行って調査ポイントとやらを巡り、最後の確認もし終わった後。何も収穫はなく茜色の空の元、帰路につくことになりました。

 

 私はフレイさんの頭の上に乗せられていた。私バランスボールサイズなんですが、もしかして貴女はスーパーマ〇ラ人ですか?

 いや、まあレベルが高かったら私くらいの重さは問題ないと思いますが。

 そんな益体もない事を考えていたら声を掛けられました。

 

「それにしてもあのグレーターワイバーンが龍帝の息子だとは驚いたね」

 

 ――そういえばあの子は龍帝に言いつけるなんて言ってましたが、大丈夫なんでしょうか。いきなり龍帝が飛んできたりとかしないですよね?

 

 そんな疑問を持ったことをログさんが気づいてくれたのか答えてくれます。

 

「まあ大丈夫だと思うぜ。前に暴れ回ってた龍帝の子供だっていう飛竜を誰かが討伐したときも何もなかったし」

 

「聞いた話によると龍帝は強さに関して結構シビアらしいんだな。負けるのが悪いみたいな感じで」

 

 ――なるほど、強さを大事にするドラゴンっぽい考え方ですね。

 

 と、そんなことを考えているうちに着いたようです。

 

「さあ、ここが私達が拠点にしている街、パルクナットだよ」

 

 目の前には城門。馬車など人が出入りしているのが見えます。地面にはクッキリと馬車の車輪の跡がついています。見るに交通量は結構多い方ですね。かなり発展している街だと見ました。

 フレイさんの頭に乗ったまま城門に近づいていけば、人の出入りを確認している複数の門番さんが立っていました。

 

「お?フレイ、どうしたんだそいつ」

 

 近づいてきた門番さんの一人に翼をフリフリします。こんばんわー。

 

「へぇ、かわいいじゃん」

 

 伸ばしてくる手を翼でパシリとはたき落とします。

 殿方が婦女子にみだりに触れるなんてはしたないですよ。自重してください。

 

「おっと、触っちゃダメだったか。ごめんな」

 

 門番さんの言葉に問題ないと首を振ります。

 

 ――いえ、お母様譲りの羽毛が魅力的なのはわかりますので。私もなんどももふもふさせて貰いました。……会いたいなあ。

 

「悪いねガード。今日偶然拾った子なんだけど、どうも男はダメみたいでさ。あたいしか撫でさせてくれないんだ」

 

 苦笑したフレイさん。

 当たり前です。子供ならともかく男の人に気安く触らせるなんてあり得ません。これでも武家とはいえ貴族の娘だったこともあります。

 すると門番のガードさんはうんうんと唸り始めました。

 

「なるほどね。いや、それにしても残念だな~。折角こんなに綺麗な翼なのに……」

 

「おいおい、ガード。馬鹿いってないで早く仮登録の書類を持ってきてくれよ。こいつの許可証がないといつまで経っても街に入れないだろうが」

 

「へいへいっと」

 

 急かすようにしてログさんが自分の肩を槍で叩きました。ガードさんは詰め所らしき場所に引っ込んでいきます。

 しばらくして書類とペン、それと木箱を持ったガードさんが戻ってきました。

 ササッと書類を書いている間にフレイさんが説明をしてくれます。

 

「魔物のあんたが街に入るには人の後見人がいるんだけど、それには従魔という形を取るしかないんだ。あたいに従っているという事になるけど大丈夫?」

 

 問題ありません。頷きます。

 

「それと一応許可を得てるっていうわかりやすい目印がいるんだけど……」

 

 そう言って木箱から取り出したのは首輪でした。

 うぐ、それはできれば遠慮したいなと……。そんな願いを込めてフレイさんを見上げます。

 

「ふふっ、冗談だよ。あんたは感情がわかりやすくてかわいいね」

 

 ――むう……。そんなにわかりやすいでしょうか。

 

「ほら、このスカーフを着けておけば問題ない」

 

 自分の顔を確認するように翼で触っていると、フレイさんが次に取り出したのは白のスカーフ。自分でできない私の代わりに優しく巻き付けてくれました。

 

「うん似合ってるね。ガード、これいくらだい?」

 

「新品だから300ゴールドだ。この子はタダのスワロー種だから審査もいらないし、書類の発行と合わせて1000ゴールドだな」

 

「結構行くな……。ほら」

 

「おう、ちゃんと受け取ったぜ」

 

 お金も払って貰いました。後でしっかりお返ししないといけませんね。

 そうしてようやく通行の許可が。

 城門をくぐればワッと広がる人の活気が眩しいくらい。

 遠くまで続く大通りとそれに隣する数々の建物。人が住んでいる場所にようやくやって来たんですね……。今までは森の中で魔物と戦ったり、魔物と戦ったり、魔物と戦ったり……。やはり相当にハードなのでは?

 

 遠い目をしていると、なにやら美味しそうな匂いが屋台から……。

 お肉のあぶられる匂いとソースの香りが絡まって辛抱たまりません……!!思わずお腹が鳴ってしまいます。

 

「ん?あれが食いたいのか?……しょうがないなぁ」

 

 ――良いのですか!?

 

「目がきらめいてる……。おっちゃん、そのオーク串三本おくれ」

 

「はいよ!!」

 

「見ろよ、さっきからあのフレイが金出してるぞ」

 

「明日には空から飛龍でも降るんだな……」

 

「聞こえてるよ、あんた達……」

 

 フレイさんがログさんとターフさんを睨み付けていますが、私はそんなことはつゆ知らず。

 目はフレイさんの手の中にある串焼きに釘付けです。……ゴクリ。

 

 ありがとうございます。空を飛んでフレイさんから串を受け取ろうとしますが……。

 

「おっと」

 

 避けられてしまいました……。お預け、こんな絶望がこの世にあるでしょうか。ヤハリニンゲンハシンジルベキデハナカッタ……。

 

「待て待て待て、そんな悲しそうな顔するなって。ほら、こっちこい」

 

 そう言ってフレイさんは右手を差し出してきました。……留まれということでしょうか。鉤爪で傷つけないようにそっと降り立ちます。

 

「はい、口開けな」

 

 そう言って串を口元に近づけてきました。

 これはまさか、あーんですか!?こ、こんな大通りで!?は、恥ずかしいです……!!

 オロオロしているとフレイさんの表情が段々不機嫌になってきました。

 

「なんだい、あたいの手からは食べられないって言うのかい?」

 

 プスッとした表情のフレイさんを前にして食べないなんて選択肢はありません。

 

 ――い、いただきます。

 

 今にも肉汁とタレ溢れそうな串にパクつきます。

 

 ――こ、これは!!

 

 口の中でとろける豚肉の旨みと、とろりとしたタレの甘みが調和し口の中で広がっていきます!

 美味しいよぉ。箸が止まりません。箸持てないですけどそんなことどうでも良いです!!

 

 普通の鳥だったらこれを食べると体に悪いですが、私は魔物なので問題ありませんね!!

 

「本当にうまそうに食べるね」

 

 そう言ったフレイさんも私がかじった後の串を口に運んで行きます。

 それは……、まあ、美味しいので、ヨシ!!気にしたら負けです。

 

「ほら、口にタレが付いてるよ」

 

 夢中で食べた後、フレイさんにハンカチで顔を拭かれてしまいました。お恥ずかしい……。

 

「なんだか和むんだな」

 

「それな」

 

「でもボクたちの分は普通にないんだな……」

 

「それな……」

 

 そうして歩いているうちに一際大きな建物の前にやって来ました。ここがどこかはわかりませんが、私は人類の事情は全くわからないのでもうお任せしています。はい。

 

「ここが冒険者ギルドだ。冒険者ってのが俺達みたいに魔物を倒したり調査したりする奴のことを指す。んで、ギルドってのがそれを依頼して、報酬を払ってくれる所だ」

 

 説明ありがとうございますログさん。

 

「あたい達はギルドに行ってくるから、あんたはあっちの獣舎で待っててくれる?登録が完了してない魔物を入れるのはあんまりよろしくなくてね。あとで呼びに来るから」

 

 ――わかりました。

 

 頷いて横にあった建物に飛んでいきます。

 

 ――お邪魔しま~す。

 

 ウエスタンドアを押して入れば既にいた魔物達から一気に視線が。

 様々な魔物がいる中、一際大きな狼のような魔物が声を掛けてきました。

 

『おいおい嬢ちゃん。ここはあんたみたいな子供が来る場所じゃないぜ』

 




来たるテンプレの予感……!!


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第32羽 パルクナット その2 宗教・世界地図

地図の絵はないです。


 

「それで調査結果はどうだったかの?」

 

 そうフレイに問いかけたのは椅子に腰掛けた小さな老人だった。

 

「なにもなかったよギルドマスター」

 

 ギルドマスターとは冒険者ギルド、つまり冒険者に仕事を凱旋するこの施設のボスだ。

 ギルドは他大陸にも存在し、一つの組織として相互に連携を取って活動している。

 

「ふむ、そうか。なにもなかったか。あんなにも目撃情報があったのに」

 

 森の付近で不審な影を見たと言った話が冒険者の間からいくつも上がっていた。証言は大体「大きな影」「たくさんの影が揺れていた」「聞いたことのない鳴き声を聞いた」とほぼ似通っていた。

 

 目撃者は多数いた。なのになにもなかった。

 

 まるで(・・・)隠されて(・・・・)いるかのように(・・・・・・・)

 

「そうそう、龍帝の息子だっていうグレーターワイバーンが現れたんだが、そいつもなにか探している様だったぜ」

 

「なるほどのう。こちらでも打てる手を打っておこう」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「おーい、メル?どこに……って何やってんのあんた」

 

 私を中心に全ての魔物が倒れ伏す中、いつの間にかやって来たフレイさんに背後から声をかけられました。

 

 ――なにって、少し撫でてあげただけですよ……。本当に少しだけね。

 

 ふふ、我ながら自分の才能が恐ろしいです……。

 

 そう、この動物をなでなでするテクニックが!!

 私、最初の人生から動物が好きでして、たくさん撫でていたんですよ。するとですね動物に喜んでもらえる撫で方というのが段々わかってきまして、ドンドン上手くなっていったのですよ。

 お母様も一分と立たないうちに逃げ出したことから、その実力がわかるかと思います。

 

 最近は命の危険の方が大きく、動物を愛でる機会がなかなか無かったので、この大きな狼が来たときについ張り切ってしまいまして。折角なのでと、全ての魔物をなでなでしたのです。

 しかし私の撫で方はどうも気持ちよすぎるらしく、皆ピクピクしながら眠ってしまうのです。

 

「クウ~ン」

 

 この狼だけは例外で、しばらくすると起き上がってすり寄ってくるんですよ。なのでなんども撫でてあげられるんです。最初はなんだか威嚇しているような雰囲気で近寄ってきていたんですが、照れてたんでしょうね。おお~よしよし。

 

「クウ~nッ!?ビクンビクンッ!!」

 

「あの凶暴で有名な魔狼を手なずけてる……」

 

 私が天からもらった唯一の才能といっても過言ではないでしょう。……なんだか自分で言ってて悲しくなってきました。私の才能、動物を撫でるだけって……。

 

「なんでいきなり落ち込んだのさ……。ほら、こっち来な」

 

 失意のままにフレイさんの元にトボトボ歩いて行けば、側にもう一人。

 

 金糸のような髪を肩口で切りそろえ、目鼻立ちの整ったかわいい女の子です。

 

「どうも!受付嬢やってます!ラクトです!あの魔狼が従うなんて鳥さん凄いですね!」

 

 ――受付ジョー……。鳴き声は「アイボウ!」でしょうか?

 

 そんなバカな事を考えていると、ラクトさんが鞄をゴソゴソして、手の平サイズの水晶玉を取り出しました。これは?

 

「この水晶に触れて頂くとフレイさんとの従魔登録が完了します。フレイさんと一緒なら自由に人の街に出入りできるようになりますよ」

 

 わかりました。水晶に触れると僅かに魔力が吸い出される気配が。

 

「……はい、大丈夫です。登録が完了しました!これでフレイさんの冒険者カードに鳥さんの情報が追加されました。これからは都市や街、村などの入り口でカードを提示して頂ければ簡単に出入りできますよ」

 

 ――こんな小さな水晶と冒険者カードが連携しているのですか。なんだか凄いオーバーテクノロジーな気がしますが普通なのでしょうか。

 

「ありがとね、ラクト。よし、じゃあ帰るよ」

 

 ――おっと。

 

 抱き上げられて頭の上に載せられました。ラクトさんも不思議な目で見上げてきます。やっぱり変では?

 

 ――また来ますからね。

 

 立ち去る際、視線を送るとビクリと倒れ伏した魔物達は反応した。

 

 

 ギルドでログさんとターフさんと合流し、その帰り道。フレイさんの頭の上から露店や出店を眺めていると、今までとは一風変わった建物を見つけました。あれは何でしょうか?

 

「あれは白蛇聖教の教会だ。白蛇聖教ってのは幸運の白蛇の神さまがいるから、それを信仰しとけばみんな幸運になれるぜって教えの宗教だよ。一番メジャーだな」

 

 ジッと眺めているとログさんがすぐさま教えてくれました。気遣いが凄いですね。実はあなた女性にモテるのでは?私は訝しんだ。

 

「反対に悪い意味でメジャーなのがジャシン教ってのでな、世界中で悪事を働いている」

 

「ジャシン教は訳のわからない事をいろいろやっているんだけど、総じて皆ジャシンを復活させようとしてるんだな」

 

「でジャシンってのが結構な代物で、遙か昔に世界が一度滅ぼされたらしいんだ」

 

 ――なるほど。さっきの水晶玉と冒険者カードはその文明のものなのでしょう。

 

「まあ、今生きてるのはその時に生き残った奴らの子孫ってことさ」

 

「しかもジャシン教の活動にコアイマが関わっているらしいんだ」

 

 ――コアイマ?何でしょうそれは。

 

「コアイマってのは人類の不倶戴天の敵。人の姿をしている癖に人類とは永遠にわかり合えることができないバケモノ。魔物ですら敵意をむき出しにする存在だ。しかも途方もなく強いんだ。実際かなりの数の人類が殺されている。あんたも会えばわかるよ、あれは生きてちゃいけないものだ」

 

 俯いたフレイさんの声は非常に暗いものでした。頭上にいる私からはその表情をうかがい知ることはできません。

 

「……さ、着いたよ。ここがあたいらが取ってる宿。『萌えよドラゴン』さ」

 

 ――その名前はアウトなのでは?

 

 私の懸念は一気に吹き飛んだ。

 

 

 取っていた部屋は二つ。フレイさんは自分の部屋に不要な荷物を置くともう一つの部屋の扉をノックして入り込んだ。

 私が世界規模の迷子っぽいので、行く先を探す手がかりを見つけてくれる様なのです。……感謝しかありません。

 

「さて、これが世界地図だよ。この世界は四つの大陸と一つの島国から成り立っている。私達がいるのがここ」

 

 地図には東西南北にそれぞれ大きな大陸があり、地図の中央に島国が存在していた。

 フレイさんが指さす。一番上、北だ。

 

「ノッセントルグ大陸。基本年中寒い」

 

 次々に指さしていく。西のウェイストリア大陸。東のイスタルカム大陸。南のサウザンクルス大陸。

 

「そして中央の島国はセントラルクス、白蛇聖教の聖地が位置している。これでなにかわかるかい?」

 

 ――うん。さっぱりわかりません。私は自分が住んでいた森の名前すら知らないのですから。

 

 そもそも私は本当に別大陸に居るのでしょうか……。情報源があの泣き虫翼竜ですからつい疑ってしまいます。

 もし本当ならなぜ……。今唯一原因と考えられるのは地竜のいた洞窟でしょうか。あそこの空間がねじ曲がっていて、出てくる先が別の大陸だったとか。推測の域を出ませんがそれくらいしか思いつきません。

 あの洞窟に戻ろうにも、記憶が曖昧で森一帯を捜索しなければいけませんし、そもそも自分が倒れていた場所ませ連れて行って貰うように伝えなければなりません。

 言葉が話せない現状なかなか難しいですし、洞窟にたどり着いた所で帰りの通路は大量の瓦礫で塞がっています。問題しかありません。

 

「てい」

 

 ――あいたっ!?

 

 いつの間にか考え込んでいた様でフレイさんからチョップを頂いてしまいました。

 

「無視すんな」

 

 ――うぐ、ごめんなさい。

 

「やっぱわかんないか。魔物のあんたじゃ人間の地図は見たことないのは予想済みだから良いとして……。いっそあんたと世界中を旅して回るのも良いけどね」

 

 ――それは流石に負担を掛けすぎですよ。

 

「いきなりなんだな。それに別の大陸に渡るのは白蛇聖教の許可がいるから大変なんだな……」

 

 ――それって宗教が物流を握っているって事ですか?マズいのでは?私は魔物なので今世ではあまり関係ないですが、神が不在の宗教ほど厄介なものはありません。独自解釈でなんとでも言えますから。結果宗教そのものに苦手意識があるんですよね。

 

「とりあえずしばらくはこの大陸の地理について教えていくよ。地図を見たことないとはいえ、なにか知ってるかもしれないしね。とは言え今日は疲れたからまた明日ね」

 

 そうですね、私も闘気をかなり消費したので休みたいです。全員が同意すると今日は解散になりました。

 

 フレイさんがの部屋に着くと宿から借りた大きめの桶を取り出し、お湯を張り始めた。体を拭うのでしょうか。お待ちかねのお色気シーンですかと頷いていると桶に私が浸けられた。何故に?

 

「今日はあんたを抱き枕にする予定なんだ。綺麗に洗ってあげるからね」

 

 ――ちょっと待ってもらえませんか??私に拒否権は??

 

 ありませんでした。

 

 この後めちゃくちゃ洗われて、めちゃくちゃ抱き枕にされた

 




冒険者ギルドで先輩に絡まれる。テンプレですね!
あれ?なんか違います?


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第33羽 パルクナット その3

お気に入りと感想ありがとー!!


 

 宿屋『萌えよドラゴン』の庭に朝日が柔らかく降り注ぐ中、呼吸を整え集中力を高めていく。

 完全に馴染んだ、鳥としての呼吸を深く、深く、強く意識して――――闘気を身に纏う。

 闘気を纏ったまま演武で体の調子を確かめていく。

 氣装纏鎧《エンスタフト》と名付けたこの技術は未だ未完成です。体を動かすと時たまかき消えそうになる鮮血のオーラを視界の端で捉えた。

 

 戦撃は一度発動すると、技が終わるまでは体がほぼ自動的に動きます。そのため、意識は敵と闘気の維持だけに裂かれます。何が言いたいのかというと、私は闘気を使っているときに自分で大きく動いたことがないと言うことです。

 タダ歩く、飛ぶなどの動作なら支障はあまりないのですが、そこに技を意識すると途端に維持の質が落ち込みます。

 いいえ、少し違いますね。私は相手の対応を予測しようとしたときに、その先の自分が使うべき技まで意識して戦っています。

 相手がこう動くだろうから、こう対応しよう。それをいくつも同時に考える。そこに意識が裂かれた瞬間、闘気の維持に大きく揺らぎができます。

 それもひとえに私が未熟が故。

 

 演武の相手は我が体術の師。最後まで徒手空拳で勝てることはありませんでした。

 イメージトレーニングで記憶の中の師と激しい戦いを繰り広げる。流石に足だけだと厳しいので翼も使えるものとして対抗するものの、どうあっても対応される。闘気の維持に意識を裂けば大きく押し込まれ、マズいと応戦すれば闘気が消えそうになる。結局どちらも上手くできなかった私は、師に足払いをかけられて地面に叩きつけられ、トドメの踏みつけをまともに食らってしまいました。

 ひどい、そこまですることないでしょう……。ニヤニヤ笑っちゃって、弟子に勝てたのがそんなに嬉しいんですか。

 

 ――ふう。

 

 演武は私の敗北に終わり、宿に戻ろうとするとフレイさんがこちらを見つめていました。翼を振ってみるものの上の空。返事がない、タダの屍のようだ。なんてそんなことは無いので今度は近づいて目の前で翼をフリフリします。おーい。気づいてくれました。

 

「あ、ああ、メル。朝ご飯にしよう」

 

 ―――やった!宿の名前はともかく、ご飯は美味しいので毎朝楽しみなんですよね。

 

 ご飯が楽しみだったその時の私は、背後からじっと見つめるフレイさんの視線には全く気づいていませんでした。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 パルクナットに着いてから既に四日。

 この大陸の地名をフレイさん達に只管聞いていたのですが、めぼしい収穫はありませんでした。観光地に詳しくなったくらいでしょうか。

 他大陸について聞こうにも、基本的に行ったことの無い人ばかりで何を聞こうやらと言った具合です。そもそもここが他大陸なのかも定かではないまま。

 ……最悪は霊峰ラーゲンにいる龍帝を尋ねることで解決できそうではありますが、危険だそうなのでなるべくやりたくありません。最後の手段です。ひょっこり翼竜が戻ってくるのが一番良いのですが今のところその気配はありません。

 

『なんだ貴―――』ビクッ!『様ら。何を見ている、見世物ではな―――』ビクンビクンッ!!『いぞ』

 

「どうしたんだよ、アンブロシアヘイルストローム!お前そんなやつじゃなかっただろ!」

 

 それこの子の名前ですか?手に包帯を巻き、眼帯をした男性が私が乗った魔狼に悲痛な叫びを投げかけています。

 

 調べるだけで四日。そろそろ仕事をしないと、と言っていたフレイさんの冒険者としての依頼を手伝うことにしました。養って貰うだけでは申し訳無いので。

 今回フレイさん達のクエストで飼い主さんと一緒になったので、折角だからと撫でていたのですが……。

 アンブロシアヘイルストロームなんて名前呼びにくいので縮めましょう。そうですね……、「アンブロシア」と「ヘイルストローム」の頭文字を取って「アヘ」くんにしましょう!我ながら言い名前です!

 アヘくんはそれで良いですか?

 

「クウ~ン、クウ~ン」

 

 ―――あ、はい。撫でるのやめちゃダメなんですね。なでなで。

 

『お゛お゛ッ!?』

 

「ダメだこいつ。早くなんとかしないと」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 紆余曲折あった末、私はアヘくんから引き離され、フレイさんの頭上の定位置に降ろされました。もふもふがぁ。

 

 ……なんでフレイさんとアヘくんはそんなににらみ合っているんですか?それで飼い主さんは何でそんなに私を睨んでいるんですか?アヘくんを取ったりはしませんよ?

 

「それにしてもあんたが戻ってきているとはね、ジョン」

 

「ふっ、俺は俺を必要とする場に必ず現れる。そう、雷《いかづち》の如く……!!」

 

「必要なのはこっちのアンブロシアヘイルストロームの方なんだな」

 

「何でそういうこと言うかなあ!」

 

 飼い主のジョンさんはアレなしゃべり方をする人なんですね。すぐに普通になりましたけど。

 皆さん対応には慣れたものなので知り合いなのでしょう。

 

「ゴホン!パルクナットに不穏な影が差していると風が教えてくれたのさ。そこで俺と相棒のアンブロシアヘイルストロームは駆けつけたのだ。そう、雷《いかづち》の如く……!!」

 

 う~ん、天丼。

 ともかく、アヘくんの鼻ならなにかわかるかもって事ですね。私達はその護衛と。

 さあ、張り切っていきましょう!

 

 



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第34羽 パルクナット その4 冒険者ランク・魔法と魔術の違い

 

「にしても最近はAランク以上の冒険者がほとんど別の場所に出払ってるからな。俺ら含め、良いとこBランクぐらいしか街にいないのもあって調査がなかなか進まない」

 

「なんでも白蛇聖教が割の良い依頼を高ランクの冒険者に指名で出しているみたいなんだな」

 

 そんな愚痴を溢しながらログさんが槍を突き出し、ターフさんが戦槌を振り下ろす。向かう先に居るのは緑色の肌をした小鬼のような魔物、ゴブリン。いろいろな世界に居るメジャーな魔物ですが、この世界のゴブリンは特に強くない、最弱の魔物の部類です。

 

「それのおかげでこうやって調査してるだけで結構良い報酬がギルドから払われるんだ。そう悪くはないだろう?」

 

 棍棒を大きく振りかぶったゴブリンに、素早く接近したフレイさんが首に押し付けた右手のナイフを軽い動作で振り抜いた。絶命するゴブリンに目もくれず、僅かに位置取りし直して左手の短杖《ワンド》を別のゴブリンに向ける。

 

「《バースト》」

 

 細い光線状の炎がゴブリンの脳天を貫き、物言わぬ骸に変えた。

 

 この世界の冒険者は熟した実績からランク付けをされています。最高ランクがSで、最低がE。更に番外として英雄級というのがいるらしいです。SランクとAランクの間には大きな隔たりがあり、Sランクと英雄級の間には越えられない壁が存在しているそうです。

 

「お、終わったのか?」

 

 アヘくんの影に隠れていたジョンさんがヒョッコリと顔を出す。やっぱり貴方、戦わないんですね……。そんなにカッコつけてるのに……。

 

 このジョンさんは相棒のアヘくんの能力を活かして、配達や採取、調査系の依頼を多く熟して、討伐系の依頼は全くやっていないそうです。アヘくんはBランク上位くらいの実力があるらしいのですが、件のジョンさんの戦闘力は皆無なので冒険者ランクはCに落ち着いているそうです。

 アヘくんは子供の頃にジョンさんが拾ってきたらしく、最初はハウンド系列の犬の魔物だと思っていたらしいんですが、育ってみてびっくり。高ランクの魔狼だったと。

 だから自分よりも弱いジョンさんと仲良くしているわけですね。狼は総じてプライドが高く、自分より弱いものには例外を除いて従わないので。アヘくんが念話を使えるのはジョンさんと話そうとした結果だとか。……なんで私は使えないのか。……才能が無いからですよね、わかってますよそれくらい。

 

 フレイさん達はBランクです。一芸に特化したジョンさんはともかく、ここら辺のランクになってくると、かなりの実績と信用がいるらしいです。皆さん頼りになるので納得のランクです。

 

 それとあの泣き虫翼竜はAランクの実力がないと、単独では対処できない様なので私はAランク程と考えて良いのかも知れません。

 

「1、2、3……7?あれ、一匹足りなく無いか?」

 

 そんなジョンさんの背後にゆっくりと忍び寄る影が一つ。コソコソと回り込んでいたゴブリンが、手の小さな杖を掲げると紫色の球体を発射した。

 

 気づいていないジョンさんに直撃コースの球体を闘気を纏って蹴り飛ばし、闘気を込めた『射出』をするとゴブリンの頭が消し飛んだ。……やり過ぎました。

 

「メル!!……なんともないのかい?」

 

 ―――はい?どうしたんですか?

 

 心配そうな声で駆け寄ってきたフレイさんに首を傾げる。するとターフさんが補足を入れてくました。

 

「今のはゴブリンシャーマンの《カース》なんだな。弱い人間だったら死んじゃうこともあるんだな」

 

「強くても体調ぐらいは悪くなるし、数日は続くぞ。お前……、ホントになんともないのか?」

 

 体が重くなったり気分が悪くなったりもしてないので問題ないでしょう。大丈夫であることをアピールしておきます。

 

「なら良いんだけど……」

 

 ほっとした表情を浮かべるフレイさん。

 これは最近復活した魂源輪廻《ウロボロス》の『限定解放(呪人)』のおかげですね。この前起きたら戻ってました。なんで?

 

 ともかく、呪人族は基本的に通常の人族とほぼ変わらないんですが、唯一違うのが『呪力《しゅりょく》』を生成できる臓器を持っていることです。

 

 ・限定解放(呪人)

 解放能力 [+呪術適正・呪術耐性・占術・魔術適正]

 

「呪術」呪力を使って呪《のろ》いや呪《なじな》いを扱える能力です。私はもっぱら呪《まじな》いばかりを使っていたので呪《のろ》いの方は全然ですね。呪《のろ》いそのものが嫌いだったのもありますが何より呪《のろ》いは失敗すると倍になって自分に返ってくるので、リスクとリターンが合っていません。

 これとは別に呪法というものがあるのですが私は苦手でしたのでスキルにはなりませんでした。

 

 魔法と魔術の明確な違いがありまして、これの差が呪法と呪術の違いにもなります。

 魔力での説明になりますがそれぞれメリットがあり、魔法は応用力と自由度、魔術は簡略化と速度になります。

 まず魔法はその場で魔力を操って形を作ります。魔力を自分の感覚に従ってこねくり回し、それを自分が望む形にするので、どんな場面でも効果に困る事は無いのですが、如何せん戦闘中になると魔力の操作にまで気を取られてしまい、私には難しい魔法を使うことができません。《ウィンド》なども簡単な上に、鳥としてほぼ無意識に飛行の補助に使えるレベルで適性があるから使えているに過ぎず、これ以上になるとほぼ無理です。その分使いこなせれば万能なんて目ではなくなるのですが、私には才能がありませんでした。

 

 反面、魔術は比較的簡単にできています。最初に魔術としての雛形を作っておき、そこに魔力を流し込むだけで効果が発動する仕様になっています。発動が簡単で即座に起動できるのが強みですが、作ってない魔術は使うことができず、既にある魔術も既定の効果しか現れないので、融通が利きません。

 

 呪法と呪術は魔力ではなく、これの呪力バージョンになります。

 

 魔法が苦手だった私は魔力の運用を諦め、戦撃にだけ使う決意をしていたのですが、師匠のおかげで魔術として使えるようになりました。

 師匠は才能の化け物で、魔術に手を加えた変数型の魔術を使っていました。この変数型魔術と言うのが、魔術の雛形に流す魔力の比率を、流す場所によって変えることで効果を変化させるというものになります。

 ここで重要なのが量ではなく比率と言うところです。

 

 いやそれができないから魔術使ってるんですが??

 一応いくつかの変数型魔術は受け継ぎましたが、使いこなせる気が全くしません。

 普通に魔力を流したら火球になる雛形が、比率を弄って発動すると水の槍になって出てくるんですよ?

 訳がわからないよ……。白い猫みたいなヤバい奴もきっとそう言うはずです。

 

 呪人族になる前の人生で師匠に会えていたので良かったですが、そうでなければまともに呪法を扱えない私はこの能力を使いこなせないまま人生を終えていたでしょう。

 

 と、ここまで沢山説明しましたが私は今魔術が使えません。なぜなら私の技術では魔術を形作るのに手が必須からです。魔術は魔法と違い、体の外で形を作ります。その際、手から放出した魔力で魔術陣を描く、と言うよりも固めるのですが私は握り込む動作が必須になります。

 

 優れた術者はなんの動作も必要なく、また手だけでなく全身から放出した魔力で魔術陣を固めることができるのですが、私は手から出した魔力かつ、握り込む動作がいります。これも魔力を扱うのに想像力がどうしても必要になるためです。足で箸が持てないように、私は手でしか魔力を扱えないのです。このへたくそぉ……。

 

 ちなみにお察しの通り師匠は軽々とこれをこなせます。これだから天才は……!!

 

 



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第35羽 パルクナット その5 痕跡

 

「呪術耐性」呪術に耐性があるわけでなく、体調を悪くしたり直接干渉してきたりするような魔法、魔術に耐性を持ちます。魔力による効果は防げますが薬などには効果がありません。フグや毒キノコの毒は防げないですが、さっきのゴブリンシャーマンの《カース》のような魔法攻撃は防げます。《ウィンド》のような直接攻撃する魔力攻撃にも効果が無いです。

 

「占術」占いができます。が、これも魔術陣がいるので使えません。当たるも八卦当たらぬも八卦と言った具合です。信じすぎるのも良くありません。どうしてもなにかを決められないときとかに使うと状況が打開できることもあったので、まあお守りのようなものです。

 

「魔術適正」魔術が扱いやすくなります。とは言え、上記の呪術適正よりは補正効果が体感下ですね。無いよりマシです。

 

呪人は総評して魔法に特化したステータスをしています。ソウルボードにセットすることで上昇するステータスは低めの部類ですが、呪術や占術など代えの利かない能力を持っています。まあ、今は使えないので意味無いですが、さっきのように耐性が仕事をしてくれます。

 

 

折角なのでステータスも見ておきましょう。

 

 

名前 メルシュナーダ 種族:キッズスワロー

 

Lv.15 状態:普通

 

生命力:2669/2869

総魔力: 763/ 781

攻撃力: 674

防御力: 263

魔法力: 319

魔抗力: 253

敏捷力:1864

 

種族スキル

羽ばたく[+飛行・強風の力・カマイタチ・射出]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹

 

特殊スキル

魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)・(呪人)]

 

称号

輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)

 

 

 

翼竜との戦いもあって、レベルは15。倒していませんが、経験値はもらえました。

ステータスがしっかり上がり、種族スキルに追加されたのが「空の息吹」というスキル。これが鳥としての呼吸をスキルにしたものですね。

 

 

全員活動に支障は無いので、調査を続行します。

先行するアヘくんの後ろについて歩いていると、意を決したようにジョンさんが近づいてきました。

 

「……風の友よ、助かった。感謝しよう」

 

先ほど《カース》を防いだお礼でしょう。

 

――まあ、それは良いんですけど、普通に話しません?落差がありすぎて風邪引きそうです。

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

夕方。

 

特に収穫もなく、襲いかかってくる魔物をいくつか倒し、今日の調査は終わろうかと言ったところでアヘくんがなにかを嗅ぎつけたようです。

 

『こっちだ、こちらから痺れるような匂いがする』

 

探索初日になにかを見つけるとは優秀ですね。流石アヘくんです。うちのペットになりませんか?

 

掛けだしたアヘくんに着いて行くと、次第に木々が増え、薄暗くなってきました。

 

『ここだ』

 

夕方と言うこともあって薄暗い森の中、突然視界が開けました。

 

「なんだ、これ……」

 

ログさんが呟いたその言葉は皆の気持ちを的確に表していました。

 

大きな何かに押しつぶされたように、中心部から四方に向けて木々がなぎ倒されている。

 

む?魔力の残滓が漂ってますね。これは……、空間系?魔法の効果によっていきなりここに何かが現れた?

 

「こんなに大きな痕跡が残っていたなら、俺とアンブロシアヘイルストロームがいなくてもいずれ見つけてたろうな。でも……お手柄だぞ、アンブロシアヘイルストローム」

 

「待ちなよ。これが件の奴の痕跡とは限らないだろう?」

 

「まあ、しかし別にしろなんにしろ、何かが居るのは確定だな」

 

なぎ倒された木々を調べながら、それぞれが思い思いの考察を口にする。

 

「このこすれたような痕は……、鱗かい?あの翼竜が墜ちてきたとか?」

 

「多分違うと思うぜ、こっちの地面にも痕跡がある。おそらくこいつは這いずって動くタイプだ」

 

なるほど……、全然わかりません。周り見張っときますね!

 

「それにしても」

 

ジョンさんがわからないといた風に首をひねる。

 

「今までは何も見つからなかったんだろ?ここに来て何で急にこんなに簡単に?」

 

「う~ん、何かあって隠せなくなったとかじゃないのかい?」

 

フレイさんが答えるとログさんがポツリと呟きました。

 

「隠せなかったんじゃなくて……隠す必要がなくなったんだとしたら?」

 

その時、ターフさんの急かすように呼ぶ声が聞こえた。

 

「こっちに来て欲しいんだな!」

 

ターフさんの元へ急いで行ってみると木々がなぎ倒され、削れた地面が道のように続いていた。

 

「なんだ、こっちからここに来たのか」

 

なるほど、それならあの空間魔法の残滓は勘違いでしょうか。

 

「違うんだな。僕も最初はそう思ったんだけど、木は全部ここから外に向けて倒れているんだな」

 

木々を押しのけた方向に倒れたと考えると、ここから離れたのでしょうか。それならやっぱり空間魔法でいきなり現れた?

 

「そしてこれは……、パルクナットの、街の方向なんだな……!!」

 

「なんだって!?」

 




不穏な空気が漂っていますが……、
もしこの先の展開で、「この展開は熱い!」「主人公がカッコイイ!」「思わず力が籠もった!」「お腹減ったわ」「いやお腹は減ってない」
と思って頂けたら、ぜひお気に入りと評価をお願いします!!


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第36羽 襲撃

お気に入りありがとう!


 

「マズいね。確かにこっちはパルクナットの方角だ。早く追いかけた方が良い」

 

 この中で一番速いのは私です。私が飛んでいけば追いつけるかも知れません。

 

「待った」

 

 そう思い至り、飛び上がったところフレイさんに止められてしまいました。

 

「あんただけで行くのは危険すぎる。全員で移動するよ」

 

 ―――そんな……!私なら大丈夫ですから!!

 

「なんて言ってるかはわからないけど……、これはあんただけのために言ってる訳じゃないよ。こんなかで一番強いのはおそらくあんただ。そんなあんたが先行して負けるような危険な奴がいたら、私達だけじゃ対処できない可能性がある。もし、もう街に到達していたとしても、今は夕方だ。Aランク越えの冒険者がいないとはいえ、遠出している奴以外は大多数の冒険者が戻ってきている筈。防衛戦力くらいあるよ。手遅れになっている可能性もあるけど、まだ痕跡は比較的に新しい、間に合うはずだ。冷静になりな。こういうとき焦った奴から死んでいく。良いね?」

 

 ――……わかりました。確かに理に適っています。従いましょう。

 

「良し、まともに戦える体力を残したまま全速力で移動するよ、急ぐよ!」

 

「おう」「わかったんだな」「了解した」

 

 ―――ええ、急ぎましょう……!!

 

 

 不要な荷物を捨てて、フレイさんが言う最大速度で移動を始めた。

 地面を削りながら移動している魔物の影はいつまで経っても見えない。ジリジリと焦燥感が募る中、願いも虚しく遂に城壁が目に入った。

 

「マジィぞ。城門が壊されてる!」

 

「煙が……!!」

 

「焦るな……!!きっと大丈夫だよ!!」

 

 皆が冷静さを欠こうとする中、フレイさんは冷静でした。しかしその表情は焦りを必死に押し隠そうとするもので。

 その表情を見て他の皆が、頭に冷水をかけられたように逆に冷静になったのは必然だったと言えるでしょう。

 

 たどり着いた壊された城門で見たものは思わず息をのんでしまうようなものでした。

 

「ガード……!!」

 

「うそだろ……」

 

 ―――そんな……!!

 

 そこには門番であるガードさんだったものが転がっていました。

 

 正確にはガードさんの姿をした石像が。ただの石像だったらどれほど良かったでしょう。しかしその石像は一瞬前まで生きていたのではないかと思うほどリアルだったのです。魔物という存在がいる以上、これがただの石像であると考えるのは楽観視が過ぎます。

 魔物に石にされたと考える方が妥当です。

 

「ごめん……、ガード」

 

 歯を食いしばったフレイさんがガードさんの石像の横に膝を突いて、なにかを確かめるように手を触れていました。その姿はまるで懺悔をしているようで。

 

 ――私達は貴女の意見に納得して従いました。自分だけを責めないでください。

 

 そっと頬に翼で触れ、なだめるように首を振りました。

 

「メル……、ありがとう」

 

 フレイさんの瞳に力が戻ったとき、ジョンさんが思い出したように言いました。

 

「待て、ガードはまだ死んでいないかも知れない」

 

「何だって!?じゃあガードは助かるのかよ!?」

 

「あくまで希望的観測だけど、俺は石化を解くための薬ってやつを貴族に届けたことがある。直接見てないけど、後でそこの貴族の娘が貴族社会に復帰したって噂を聞いた」

 

「ほとんど噂話のレベルだけど……、今はそれに賭けるしかなんだな……!!」

 

「ともかくこの石像が割れたらマズいと思う。どこかに移動させよう……!」

 

 半壊した詰め所に無事だったベットがあったので、とりあえずそこにガードさんを寝かせました。必ず助けますのでそこで待っててください。

 

 壊れた町並みが道のように続く中、所々に冒険者らしき姿の石像が堕ちていました。確認したところ誰も割れていない。助かりましたが魔物は何をしたいのでしょうか。

 流石にこの人数を全て移動させるわけに行かないので、瓦礫などが落ちてきそうな場所の真下や倒れそうな石像だけひとまず移動させて先を急ぎます。

 角を曲がったところで冒険者の一団が群れになっているのを発見しました。そこにログさんが声をかけます。

 

「おい!どうしたんだ」

 

「ああ、お前ら帰ってきたのか!助かった」

 

 そう言った冒険者は視線の先を指さしました。

 

「あそこ見ろ」

 

 冒険者が指さした先には蠢く巨大な影が。首が三つあり、胴体は蛇のような姿です。

 また鱗ですか……。

 

「あいつはヒドラって言うらしい。だいぶ昔に見た奴がいたんだが、その時はAランクが数人とSランクがいてようやく討伐できたって話だ」

 

「マジかよ……」

 

「門番のガードが時間を稼いでくれたおかげでこっちの区画の避難は済んだ。住民の死者はゼロだ。Cランク以上の冒険者をかき集めて足止めに徹したおかげで、別の区画の奴らも街を脱出した。兵士や着いて行かせた冒険者と一緒に今はよその街に避難している途中だ」

 

 フレイさんの予想通りですね。流石です。

 

「……だがガードは石にされて殺された。他にも石にされた奴がいる。クソッ!!」

 

「それなんだが石化した奴は戻せるかも知れない」

 

「何だと!?」

 

「詳しくは省くが可能性はあるはずだ」

 

 それを聞いて喜びの声が上がる。今まで仲間が死んでいたと思っていたのに可能性が出てきたのです。当然でしょう。

 そいつは行幸だと頷いた冒険者が話を続ける。

 

「どうもあいつは腹が減っているようでな。ああして露店の肉や魚を貪っているんだ。人も食おうとするんだが、幸か不幸か自分が石にしたやつには目もくれない。石化が治せるなら、今のところ死者はゼロの筈だ」

 

 ――不幸中の幸いですね。石にしたら食べられないから皆放って置かれたと。生態としては謎ですが助かりました。

 

「ともかくあいつは強い。まともに戦うのは愚策だ。どうにか追い出すか、増援が来るまで持たせるしかない」

 

 ――賛成です。補填の利く食料や、物資で済むならそれで済ませるべきでしょう。命には代えられません。

 

 その時ヒドラのすぐ側の家の扉が開いた。ヒドラを暢気に見上げて目を擦っているのは小さな子供。

 母親らしき人物扉から出てきたと思ったらヒドラに驚き、子供を引き戻そうとするが思わず腰を抜してしまった。

 このままでは危険です……!!

 

「おい!誰だあそこを確認した奴は!!避難が済んでないじゃないか!!」

 

「ノックしたけど反応が無かったんだ!いないと思ったんだよ!!」

 

「馬鹿野郎!あそこの親子は夜遅くまで地下室で作業してるので有名だろうが!大方寝落ちしてたんだろうよ!」

 

 想定外の事態に一気に大混乱に陥る。

 そんな言い争いをしている間にも親子に気づいたヒドラが首を後ろにもたげた。母親は子供を家に戻そうとしていますが、子供は離れようとしません。三つのうち一つの首がガパリと大口を開けた。

 

 ――ッ!!間に合って!【側刀《そばがたな》】!!

 

 地面を砕いて踏み込み、長距離を一息で跳躍して親子の前に躍り出る。闘気を爆発させ眼前に迫った灰色のブレスを斜めに引き裂いた。まさか止められると思いもしなかったのか、ヒドラは目を見開いて固まってしまっている。

 後ろの二人は……抱き合って震えていますが無事です。良かった。

 

「メル!!無事かい!?」

 

 ――ごめんなさい。認識したときには体が勝手に動いていました。

 

 駆けつけてくれたフレイさんに思わず謝る。しかしフレイさんは笑って許してくれました。

 

「この馬鹿!!冷静さを大事にて言っただろうに!……まったく、しょうがないね!!でも良くやった!あたいはあんたの魔物っぽくないそんなところが気に入ったんだ。グチグチ言うしかできない男共の何倍もマシさ!こうなったらとことん付き合ってやるよ」

 

 ――フレイさん……!!

 

「全部終わったら抱き枕の刑だからね!!」

 

 ――フレイさん……。

 

 




呪人族の過去はしばらくお待ちください。見切り発車の弊害で定まりきってないです……。


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第37羽 対ヒドラ

 

「メル!このままこの大通りで戦うのはマズい。この親子がいるのもそうだけど、それだけじゃなくて大通りに沿ってブレスを吐かれると、逃げ場がほとんど無い。御誂向《おあつらえむき》にこいつの後ろに大広場がある。なんとかしてそこに誘導するよ!」

 

――わかりました!!やってみます!【崩鬼星《ほうきぼし》】!!

 

――ドゴオォッ!!!

 

「は?」

 

呼吸と共に闘気と鬼気が爆発し、驚愕から立ち直って警戒していた筈のヒドラのミツ首に付け根に渾身のドロップキックが炸裂。有無を言わせず吹き飛ばし、噴水を押しつぶして止まった。ヨシ!オーダー通りに大広場に押し込んむことに成功しましたね。

 

地面に降り立つと強い視線を感じたので、見上げるとフレイさんがじっと見つめていました。

 

――えっと、噴水が潰れてしまいましたが、コラテラルダメージと言うことでここは一つ……、やっぱりごめんなさい!!

 

「凄いじゃないかメル!」

 

――へ?

 

「強いとは思っていたけどここまでとは思わなかったよ。Sランクが欲しいくらいなんだ。強いのは大歓迎だ!!ほら、行くよ!あんたらは後ろに冒険者がいるから今のうちに避難しな!!」

 

「あ、ありがとうございます!」「鳥さんとお姉ちゃんありがとー!」

 

どうにも噴水は眼中に無い様子です。助かりました。お礼を言ってくれた親子に指示を出し、走り出したフレイさんを追いかけて大広場に駆け込む。親子に何事もなくて良かった。

それにしても、褒められるとむずがゆいですね……。師匠にはボロクソに言われていたので。

 

大広場のヒドラは体を起こしているところだった。胸元の鱗は複数枚割れています。

鬼眼で見るに感じる力は地竜より僅かに下、と言ったところでしょうか。吸血鬼の力が使えない以上どれだけできるかと思っていたのですが、『空の息吹』を使った闘気の威力が想定より高い。

 

起き上がったヒドラが私達を視界に入れ、すぐさま襲いかかってくる。闘気を纏い積極的に前に出て注目を集めます。私はこちらですよ?

 

接近したヒドラは三つの首で次々に襲いかかってくる。噛みつき、叩きつけ、なぎ払い。その全てを闘気を纏った状態で捌いていく。確かに速く鋭く強いですが……、まだ闘気を維持できる強さです。

噛みついてきた右の首をなぎ払ってきた左の首にぶつけ、その隙に【昇陽《のぼりび》】を真ん中の首の顎に的中させれば、ヒドラは苦痛の悲鳴を上げた。

 

「《フレイムバレット》!!」

 

そこにフレイさんの炎の弾丸がいくつも突き刺さる。……思ったより、いけそうですね。これも、『空の息吹』で動き続けるのが簡単になったおかげです。呼吸を挟むために止まらなくて良いというのは、これまでの人生でも初めての感覚で、開放感が凄い。

 

魔法を放つフレイさんに注意が向かないように、只管前に出て注意を引き続けていると、突如飛来したいくつもの魔法がヒドラに直撃した。一つ一つは大きなダメージではないようですが、確実にダメージは蓄積されます。これは……?

 

「来たのかい!?ゲラーク!!」

 

「おうよ、仲間を置いて見てられるか!遅くなって悪かったな、人員の選抜に時間を取った!!無駄に死者を出すわけには行かねえからな!」

 

「助かるよ!」

 

先ほど情報を教えてくれた冒険者の人、ゲラークさんというコワモテのおじさまがさっきの冒険者の一団から一部の人員を引き連れてきてくれた様です。

ログさんとターフさんもいます。心強いです!

 

「フレイ!お前はこの後どうするつもりだったんだ!?」

 

「無理そうなら時間だけ稼いで逃げようと思ったけど、この子のおかげで問題ないね!このまま倒すよ!」

 

「俺も同意見だ!!おい!そこの鳥!!」

 

――私ですか?

 

「そうだ!おめえだ!さっきの親子を助けたガッツ痺れたぜ!!ログとターフに聞いた。グレーターワイバーンを撃退できるくらい強いらしいが、メインを任せても良いか!?」

 

――呼び方はともかく……ええ、問題ありません。

 

「即答か、気に入った!!」

 

豪快に笑ったゲラークさんは連れてきた冒険者の一団に呼びかけます。

 

「いいか!聞いたとおりこいつがメインで戦う。周りはサポートだ!魔物にメインを任せるのに不安があるのはわかるが、こいつの行動を見ただろ!?今はゴチャゴチャ言ってる時間はねえ!!文句があるなら今すぐ抜けろ!途中で騒がれても迷惑だ!!」

 

誰も抜けるものはいない。

 

「よし!この蛇野郎は俺らの街を襲い、壊しやがった!討伐隊が組まれてもAランク以上だ。俺らは出る幕もなくなる!それで良い訳ないよなぁ!?折角助っ人が来たんだ!このままヒドラをたたんじまうぞ!!そしたら報酬もたんまりだ!!」

 

――街を壊されて怒っているのかと思ったら、最後に即物的な願いが出てきました。う~ん、良いダシにされているような気もしますが倒せるなら……ヨシ!!

 

ヒドラは人間の生活圏に大きな影響を与えてしまったので、どうせいずれ討伐されるでしょう。手を出さない方が良かったのですが、あそこで見捨てる選択肢はあり得ません。注意を引いてしまった以上被害が少ないうちに倒してしまった方が良いです。

私は魔物なのでヒドラの側なのですが……襲ってくる相手と襲ってこない相手なら、どちらの味方をするかなんてわかりきった話です。

 

「ここに来る前に言ったとおり、怪我人が1人出るだけで足でまといになる!前に出るならぜってぇに怪我すんじゃねえぞ!!」

 

「「「「「 おう!! 」」」」」

 

「おい鳥!!あの灰色のブレスには気を付けろ!さっきは上手く避けたみたいだが石にされるぞ!!」

 

――親子を助けた時の事でしょうか?避けてないですが石化してないですね……。闘気のおかげでしょうか。いえ……、おそらく『呪術耐性』のおかげですね。ブレスが、石化の効果を持った物質をまき散らすタイプでなく、石化の効果を持った魔法攻撃だったということでしょう。助かりました。

 

「それと麻痺と毒のブレスも使う!首それぞれが一つのブレスしか使えない!左から、麻痺、毒、石化だ!!」

 

――流石です。そこまで調べたのですね。なら私は右の石化の首をメインで相手しましょう!

 

相手をしていた左の首を【降月《おりつき》】で地面に叩きつけ、その隙に滑歩《かっぽ》で素早く右に回り込んだ。

 

「「「「え、気持ちわる……」」」」

 

――うるさいですね……。

 

滑歩《かっぽ》の不自然な挙動を目にした冒険者の一部が引いたような声を出したきたので、思わずジトリとした視線を送る。真面目に戦ってください。

 

右の首がブレスを吐きそうになれば、顎を蹴り砕き、頭を叩きつけ、闘気をまとった『射出』で全力で邪魔をしてまともに動けないようにします。

 

冒険者達にとって一番厄介な石化ブレスがなくなったことで、前衛が動きやすくなりました。

 

私が戦撃で首の鱗を割り砕き、冒険者がそこに攻撃をする。ヒドラが反撃しようとした所で撤退し、すぐさま魔法使いの魔法が襲いかかる。痛みにもだえる様な隙を晒せば私が戦撃を使い、さらに鱗を砕いていきます。そうなればさらに冒険者の攻撃が通るようになる。

余裕がなくなったヒドラの他のブレスを邪魔することは容易いです。もうブレスは打たせませんよ。

 

そんな中、右の首を相手していると死角から地面を這うように左の首が襲いかかってきました。噛みつきを受け流し、伸びきったそこに【貪刻《どんこく》】を叩き込む。甘いですよ。いくつかの鱗をたたき割り、痛みにたまらず首を振って元の場所に戻った所へゲラークさんがすぐさま駆け込んできた。

 

「ぬううぅん!!」

 

はち切れそうな筋肉を躍動させ、巨大な大斧を私の【貪刻《どんこく》】と同じ場所叩き込んだ。

重い一撃に、遂に耐えきれなくなったのか一番左の麻痺ブレスの首が切り落とされることになる。

 

――あ、嫌な予感が……。

 

「やった!!」

 

見ていた冒険者が歓声の声を上げますが、すぐさま断面が盛り上がり、にょきりと首が生えてきました。それも二つ。

 

「マズい!!首が増えたぞ!!」

 

――やっぱり。

 




まあ増えますよね


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第38羽 既知の弱点

 

 ――くッ!!

 

 その時首を切り落としていた事もあり、チャンスと考えた冒険者が何人か近づいていた。そこにニョキニョキ生えてきた2本の首が避ける隙を与えず麻痺のブレスを吐きだしたのです。石化と毒のブレスも吐こうとしていたので全力で阻止。麻痺ブレスも片方止めたのですが、もう一つは間に合いませんでした。増えた方の首の麻痺ブレスが不用意に近づいていた冒険者を包み込み、痙攣するだけの姿に変えてしまった。

 

 今はヒドラがそちらに近寄らないように全力押しとどめているところです……!!

 

「おい!帰還の種は!?」

 

「もう二個しかないって知ってるだろ!足りないんだよ!!」

 

「良いから誰かに使ってとっととギルドに送り返せ!残りは担いでどかす!!」

 

 冒険者が小さな結晶のようなものを痙攣したままの冒険者に握り込ませると、その姿がかき消えた。

 なるほど、今の結晶は冒険者ギルドへの瞬間移動の魔法が込められた道具みたいですね。今までは麻痺した人をこれで送り返してなんとかしのいでいたのでしょう。しかし使いすぎたのか、なくなってしまったと。

 

 ヒドラの4つに増えた首の攻撃を捌きながら考察する。

 ともかく今の私の仕事は、動けなくなった冒険者が安全圏に避難できるように守り切ることです。

 

 文字通り四面楚歌な状況、背後には未だ避難できない冒険者。担いで移動している以上ブレスが吐かれれば犠牲者が増えて詰み。そして前衛の冒険者が近づけなくなったので、ヒドラの全ての注目が集まっている状況。

 難易度はハードを通り越してルナティックですがやり通して見せましょう。元々ブレスは吐かせない筈だったんです。その尻ぬぐいくらいして見せます。呼吸を深く、深くしていけば、闘気の朱にも深さが増していく。

 

 広場から避難が済むまで約一分と言ったところでしょうか……。少しキツいですがギアを上げていきますよ。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「すげぇ」

 

 誰が呟いたのかポツリと言葉がもれる。ヒドラに対抗するスワロー種の攻防は芸術的と言えるほどだった。

 

 4つの首が襲いかかる中、どれ1つとしてまともに攻撃をくらっていない。まるで嵐の中にある台風の目のようだった。それどころか反撃すらしている。

 噛みついてきた首に、赤い光をまとった強烈な一撃で返り討ちにしたかと思えば、弾かれたその首がブレスを吐こうとしていた別の首に激突してその行動を止めた。かと思えば、2つの首が受けた衝撃で体がぶれ、三つ目の首の攻撃がスワロー種が移動するまでもなく頭上を通過するように外れる。四つ目の首は、スワロー種が真下に隠れる形になった三つ目の首に、攻撃ルートを遮られ止まらざるを得なくされた。そしてまた、光をまとった一撃。三つ目と四つ目の首が同時に弾かれた。

 

 恐ろしいのはこれが一度だけではないと言うことだ。何度も起こっている。それも意図的に。場当たり的な戦い方ではなく、自ら誘導し計算して理詰めで動いてる。

 

 そう――――まるで詰め将棋の様に。

 

 悔しいがここの誰が今あの場に割ってはいても邪魔にしかならないことぐらいはわかった。例え、避難の手伝いをした冒険者が戻ってきたところで。

 

「メル、あんたは凄いよ……」

 

「これなら、このまま倒せるんじゃ……」

 

 冒険者の誰かが放った言葉はフレイも思ったものだった。小さな姿で、強大な存在に立ち向かう。

 それはフレイにとって特別な思いをもたらすものだったから。しかし――――

 

「いや、このまだとマズいかもしれない」

 

「なにか知っているのかジョン!?」

 

「あの子の口元を見てみろ。動いてるときは見えないが、止まっているときなら見えるはずだ」

 

「なに……?口元の景色が揺らめいている?あれはなんだ?」

 

「ああ、昔、鳥系の魔物は汗をかかないという論文を読んだことがある。生き物は汗をかくことで熱を逃がすんだが、鳥は口から呼気と一緒に熱を逃がすんだ」

 

「ならあの揺らめいてるのは熱なのか!?」

 

「ああ、あれほどの熱だ。かなり無理をしているのかもしれない……!!」

 

「なんだって!?」

 

 フレイにとってあの幸運の青い鳥は強さの象徴のような存在だった。食べるのが大好きで、警戒していた癖にすぐに懐いて、ちょっと抜けていて放っておけなくて。

 でも、強い。少なくとも並大抵のことでは届かないと思わせる、その強さがフレイの目を眩ませていた。

 

 ――小さくても強くならなくてはいけなかったということではないか。

 

 と言うことに。

 

 ――あたいは馬鹿か!!そのぐらいのこと知ってたはずだろうに!!

 

 申し訳なさと僅かな焦りが普段よりも多くの魔法を使わせた。

 そして空気を焦がすほどの魔法が、4つのうちの1つの首に着弾する直前、予想外の形で状況が動いた。

 件の鳥の空気を揺らすほどの一撃が、その首を切り落としたことで。

 

「メル!?」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 ヒドラ。

 

 異世界で似たような名前、似たような姿の生き物を相手にしたことがありますが……、総じて厄介なのが首を切ると増えて生えてくるということです。

 できれば伝えたいのですが……話せないんですよ私。首を切ったら増えるって、この戦闘中にどうやってジェスチャーすれば良いと??

 

 とはいえ増える首に対処する方法も大体一緒でした。

 

 炎です。首を切り、そこを炎で焼くことで再生できなくなります。

 

 ですが残念なことに私には風しか使えません。なので待つしかありませんでした。

 

 ゲラークさんに先を越されてしまいましたが。

 

 そして今。多種多様な風、氷、地面、雷の魔法が飛んでくる中、首の断面を焼き焦がせるほどの魔法がくるのを只管待ちます。

 そしてそれは願いの通りに来ました。

 

 ――流石です。フレイさん!!

 

 フレイさんお得意の強力な炎の魔法が発動された。首の位置を誘導し、闘気を鬼気を爆発させ【鬼伐《きばつ》】を発動。完璧なタイミングで首を切断することに成功した。タイミングを合わせるために炎を少し食らってしまったが必要な事だった。ちょっと翼が焦げちゃいましたね。

 

「メ、メル!?ごめん、大丈夫!?」

 

 ――大丈夫ですよー。

 

 痛みにもだえるヒドラを背景に、無事を伝えるために翼をフリフリする。そこで、1人の冒険者が気づいたように叫んだ。

 

「見ろ!首が生えてこないぞ!!」

 

「火だ!傷口を焼けば再生できなくなる!!」

 

 冒険者の一団が喜びの声を上げる中、フレイさんの目が徐々につり上がっていく。私を見る形相はそれはもう恐ろしいものだった。

 

 ――あ、あれ?私なにかやっちゃいました……?し、知らないっと。

 

 メルには知りようのないことだが少し前までのフレイだったら、他の冒険者と一緒に喜んでいただろう。

 しかし今は強さよりも小ささに目が行っていたので、心配が勝っていた。そのタイミングで普段より強めに使った魔法に巻き込んでしまい青ざめていたところに、あれは無茶をしてわざと飛び込んで行ったのだと気づいた。

 心配がそれ以上の怒りに変わるのも仕方がないと言える。

 悪寒と共にお説教が確定したのだった。

 

「やるじゃねえか、鳥!!」

 

 ――ゲラークさん、その呼び方なんとかなりません?

 

 タイミング良く避難させるため離れてていた冒険者が戻ってきた。

 

「悪かったな鳥、俺のせいで苦労をかけた」

 

 ――いえ、知らないのならしかたありませんよ。

 

「へへ、ありがとよ!お前ら見たな!首を切ってすぐに焼けよ!!今からは炎系の魔法だけ使え!!」

 

 そこからは速かった。私がブレスの発動を押さえつけ、冒険者が攻撃を加える最初の動きに戻り、ヒドラは何もできないまま消耗していくことになる。

 私が2つ、ゲラークさんが1つ首を落とし、タイミングを合わせて断面を焼き焦がした。

 そして――

 

「首が全部無くなっても動いてるぞ!!」

 

「こいつ……、不死身か……!?」

 

 首がなくなってもヒドラはまだ死んでいなかった。流石の生命力です。しかし

 

 ――これで終わりです。

 

 痛みにのたうつ蛇の上空へ跳躍し狙いを付ける。

 

 ――【奈落回《ならくまわ》し】!!

 

 重力と遠心力がたっぷり乗った踵落しが胴体のど真ん中の鱗を割り砕き、その下の地面にクレーター築きあげた。

 それを最後にヒドラは遂に完全に沈黙することになる。

 

「動かない……」「終わったのか……?」

 

 未だ信じられないように様子を窺っているが、冒険者の理解が徐々に追いついてくる。

 

「勝ったぞ!!」「やった!」「あのスワロー種のおかげだ!」「あいつすげーな!!」

 

「凄いじゃないかメル!あんたのおかげだよ」

 

 地面に降りたって一息ついた私にフレイさんが駆け寄って抱き上げてきました。

 

 ――火が使えない私だけでは倒せなかった。冒険者の皆さんのおかげです。

 

 そこでフレイさんがニコリと笑って言った。目が笑っていない。

 心なしか抱き上げている腕の力も強い。あの……フレイさん……?

 

「でも後で話があるから……ね?」

 

 ――は、はいぃぃ……!!

 

「あ~あ、最悪じゃない」

 

 そんな祝勝ムードの中、へばりつくような悪意が舞い降りた。

 




もし「展開が熱い!」「続きが読みたい!」「頑張ってる主人公がカッコイイ」「フレイさんばぶみ」「まるで将棋だな」「知ってるのか〇電!?」「私何かやっちゃいました?」と思って頂けたのなら、ぜひ!お気に入りと評価をお願いします!!
まだまだ不穏な空気は終わらんぜ……?


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第39羽 コアイマ

 

 声からして女性でしょうか。体はすっぽりローブに覆われ、深くフードを被ったその人物の異様な雰囲気にその場が静まりかえる中、冒険者のうちの1人が近づいていく。

 

「なああんた、今来てよくわからないのかも知れないが、街が魔物に襲われて大変だったんだ。済まないが冒険者ギルドに行ってくれないか?あそこならまだ人がいるから、あんたの助けくらいにはなるはずだ」

 

「……ハァ」

 

 女性は何も答えずため息をはき出したかと思えば、突然魔力を高め始めた。

 

 ――何を!?

 

「邪魔よ」

 

 ためらうことなく魔力を解放。純粋な暴力の嵐が周辺一帯を蹂躙した。あまりの威力にそこに居た全員が吹き飛ばされ、広場の周りの家屋すら破壊される。

 巻き上げられた砂埃が消えた後、立っていたのはその女性だけだった。

 

 僅かな間の後、倒れていた冒険者の一部がモゾリと体を動かし声を発した。

 

「おい……、お前ら生きてるか?」

 

「なんとかな……」

 

「何なんだ、あいつ……!!」

 

「麻痺った奴らを避難させた家は……!?」

 

「ギリギリ範囲外だ。もしもを想定してかなり離れた場所に移動させてて良かった。じゃなきゃ押しつぶされて死んでたぞ……!!」

 

 ――死者は……居ないようですね……。良かった。

 

 魔力が爆発する寸前に、今できる私の全力の魔力で相殺を試みました。それでも少ししか弱めることができず、この有様です。私に近かった人は比較的無事ですが、離れるほど倒れたまま動かない人が増えていきます。特に真正面で受けた冒険者はかなりの重傷の様です。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「ダメだ!このままだと死ぬぞ!!」

 

「白蛇聖教の治療師が麻痺った奴らを回復させてたはずだろ!そこに連れてってこいつを先に治療させろ!!」

 

 動ける冒険者のうち数人が重傷の方を急いで運んで行きました。助かると良いのですが。

 それにしてもあの女性は一体なんてことを……!!

 

「お……おい……!!アレ見ろよ……!!」

 

 冒険者の震える指の先。

 約二倍ほどの広さになってしまった広場の中心には、風のせいかフードが外れた女性が立っていた。

 

「紫の肌に縦に裂けた瞳孔、耳があるはずの場所に上向きに生えた小さな角……!!間違いねえ!こいつ、コアイマだ!!」

 

 ――コアイマ?アレが。

 

「ぎゃあぎゃあうるさいわね、人類風情が。あとその名前嫌いなのよ……。次それを口にしたら……殺すわよ?」

 

「ひッ!!」

 

 瞳からは欠片も暖かさを感じられず、人を見る目は虫けらか何かを見るようで。人を対等だなんて考えておらず害するのが当たり前だと考えている。

 見た瞬間にわかりました。フレイさんが言っていた人類と相容れないという言葉は誇張でもなんでもなく事実なんだということが。あれは人類を殺すために存在している……!!

 

 人類と敵対している種族は何度も見てきました。でもそこには人間らしい理由がありました。欲、怒り、憎しみ、愛など様々な理由が。でもこいつにはそれがない……!!まるでそうあれと作られたように……!!

 

 ――あれ?フレイさん?

 

 そんな時違和感に気づきました。爆風から起き上がった後、座り込んだままフレイさんが全く動いていない。

 これは……怯えている……?

 

 ――ログさん、ターフさん!!フレイさんが!!

 

 コアイマも気になるが動きはない。今はフレイさんだ。

 

「マズいな……!!そういえばフレイは……」

 

「故郷をコアイマに滅ぼされているんだな……!!」

 

 ――そんな!!

 

 普段はあんなに明るいフレイさんにそんな過去があったなんて……!!フレイさん、ここは危険です!ともかく移動しましょう!!

 その時、私の意識がフレイさんに向いていました。

 そのためいつの間にか背後に立っていたコアイマの存在に気づくのが遅れてしまった。

 

 ――しまッ!?

 

「強い奴はいないはずなのに、変なのが湧いて……!!」

 

 ――がはッ!?

 

「折角育てていたペットを殺してくれたわね……!!」

 

 反応するまもなく衝撃。サッカーボールのように蹴り飛ばされ宙を舞う。無事だった家の壁を貫通してようやく止まった。

 

「あんたらもよ」

 

「ぐっ!?」「うわぁ!?」

 

 咄嗟に武器を構えようとしたログさんとターフさんも抵抗などまるでないように吹き飛ばされた。強すぎる。あまりの実力差に威圧され誰も動けない。

 

「全く……、空腹だからってゲートを無理矢理こじ開けて通り抜けるなんて……。そのせいでゲートは壊れてるし、こいつにかけた育成時間が全部パアよ。それになんでわたしがあんな奴の指示に従わなくちゃいけないのよ……!!あら……?」

 

「あ……」

 

 ぶつくさと文句を言っていたコアイマが震えているフレイさんの存在に気がついた。

 

「あら怯えているの?かわいいわね、持ち帰って飼ってあげましょうか?」

 

「い……や……」

 

 瞳に涙を浮かべて後ずさることしかできないフレイさんに向けてコアイマが嗜虐的な笑みを浮かべる。その時、何かに気づいたような表情を浮かべた。

 

「もしかして貴女、あのときの生き残り……?」

 

「あ……う……」

 

 その言葉でトラウマが刺激されてしまったのか頭を抱えてうずくまってしまった。反応にコアイマがやはりと言った表情をする。

 

「当たりね。復讐しに来るのを嬲ってやろうと気まぐれに生かしておいてあげたけど……、これはこれで面白いわね。喜びなさい、貴女だけは生かしてあげる」

 

 あまりの恐怖で動けないフレイさんへ、コアイマが伸ばした手を。

 ――――蹴り飛ばした。

 

 ――その人に……近寄るな……!!

 

「チッ!魔物風情が……!!」

 

 コアイマが手を引いて飛び退る。そのまま追撃を加えていくが、余裕の表情で防がれる。こいつ……強い……!!感触は竜種の鱗を蹴ったときの様に硬い。

 呼気が熱を持つ。激しい動きと合わせて今までにない時間の戦い。逃げることがなく籠もった熱が動きを鈍らせていく。鳥の体にこんな弱点があるなんて……!!

 

 こいつに勝てるのはこの場ではきっと自分だけ。長期戦になるのは不利。募る焦り。

 

 ――【貪刻《どんこく》】!!

 

 それが致命的な隙を作った。

 

 強烈な一撃が空気を揺らす。空気を揺らすだけ、蹴りの先にコアイマはいない。スルリと避けられてしまった。

 戦撃は途中で止めることはできない。体は蹴った姿勢のまま硬直し動けない。

 

 ――マズいマズいマズい……!!

 

 ニンマリと笑ったコアイマがいつの間にか手に持っていた剣を、地面を這うように振りかぶって言った。

 

「隙だらけよ」

 

「メ……ル……?」

 

 真下から袈裟懸けにされ、その小さな体が血と共に宙を舞った。

 




戦撃をスカされて反撃を食らうのは初ですね。避けられると、技の最中と後は隙だらけでしかないので、主人公は確実性のあるタイミングでしか使ってませんでした


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第40羽 絶望の帳が降りて※過去話鬱展開あり

お気に入りありがとう!昨日はなんと8人もお気に入りしてくれたからメッチャ嬉しかったです!



※注意※WARNING※危険

フレイの過去回です。かなりの鬱展開なので注意。
今までの鬱展開が「星2」だとすれば私見ですが今回は「星4」です。約二倍です。
苦手な方はブラウザバックを推奨します。
一応次回の最初に簡単なまとめを置いておきますので苦手な方はそこで確認してください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイは北の大陸、ノッセントルグ大陸のとある町に生まれた。パルクナットの街ほどは大きくなかったが、それでも人の往来はしっかりあり、栄えていると言っても間違いない町だった。

 

両親は二人とも元冒険者だった。五人ほどのグループで活動していたが両親の結婚を機に解散。貯金ができるほどの実力はあったらしく、その折りに宿屋を営むことにした。

元冒険者だった事もあり、冒険者が求めるものの多くを兼ね備えていたので、冒険者御用達の宿屋として有名になっていた。

 

物心付いたときには、小さな看板娘として店の中を楽しく走り回っていた。元気いっぱいで、笑顔を振りまくフレイは皆のアイドルだった。

両親は元冒険者で、宿にやってくる客も冒険者。自然、耳に入る話は冒険の話ばかり。

将来の夢が宿屋のを営むことではなく、冒険者になってしまうのも仕方がなかったのかもしれない。

仕事の合間に訓練をせがめば、『冒険者なんてやるもんじゃない、宿を継ぐべきだ』と口を酸っぱくして言われた物だが、母は簡単な魔法を、父は簡単な護身術を教えてくれた。今思えば、両親は自分の娘に甘かったのだろう。

 

そんな幸せが突然終わる事なんて想像もしていなかった。

 

ある日、いつも通りに宿屋の娘として準備の手伝いをしていると外が騒がしくなっているのに気づいた。

 

何だろうと思っていると慌てて飛び込んできた冒険者が両親と小声で話し始めた。準備を進めつつもちらちらと両親の方を窺っていると突如として爆音が聞こえた。驚きに身をすくめていると、険しい顔をした両親が目を合わせてこう言ってきた。

 

「今日は店を閉める。準備は良いから呼ぶまで地下室から出ないで休んでいなさい」と。

 

その間両親はどこかに出かけるという。訳がわからなかった。今までは出かけるときは必ず三人一緒だった。

フレイは泣いて頼んだ。一緒に連れて行ってと。なにか悪いことをしたのなら謝るからと。冒険者になんてならない、宿屋をするからと。

 

それでも両親は首を縦に振らなかった。

 

両親は去年の四歳の誕生日にせがんだナイフと短杖を渡し、無理矢理地下室に押し込め離れていった。外から鍵を掛け、「愛している、必ず戻ってくる」と言う言葉を残して。

 

結局、その約束は果たされることはなかった。

 

フレイは扉にすがりついて泣いた。それでも両親は戻ってきてくれなかった。酒樽が大量に並ぶ部屋の中、泣き疲れ眠ってしまったフレイはふと目を覚ました。

 

扉に触れてみると――――鍵が開いていた。

 

扉を開けると、階段は途中で途切れ、何故か憎らしいほどの蒼空が目に入った。ここは宿の地下の筈だ。空が見えるなんてあり得ない。

夢かと思いながら階段を上っていくと――――そこには何もなかった。

目を擦って、頬をつねっても目の前の光景は変わらなかった。

しばらく呆然としていたが、ハッとして両親を探すことにした。この時涙は出なかった。あまりにも現実感がなかったからだ。

この時のフレイは知らなかったが、地下室は母の魔法で強化されていた。そうでなければいくら地下だとはいえ、フレイは無事では済まなかっただろう。

 

何かの残骸がポツポツと落ちている中、フレイは歩き続けた。誰も居ない。

 

やはりこれは夢なのではないかと思い始めた時声が聞こえた。父の声だ。くぐもっていて良く聞こえなかったがそれでもフレイには誰の声かわかった。

 

こんな訳のわからない状況でも父が居れば大丈夫だと。きっと側に母も居るはずだと。

二人を見つけたら文句を言ってやるのだ。よくも地下室なんかに閉じ込めたなと。宿屋を継ぐのは嘘で絶対に冒険者になってやると。それが現実になるのだと信じてフレイは声の方に駆けた。

 

足が止まる。

母がいた。見知った冒険者達もいた。だがまともに動いているものはいなかった。

 

父は見たこともない姿をした女に首を掴まれて持ち上げられていた。

不意に父と目が合う。目を見張った父が口を動かした。聞こえはしなかったがなんと言ったかはわかった。「逃げろ」と。

 

ゴキリと鈍い音がして父の体から力が抜け完全に動かなくなった。何が起こったのかはよくわからなかった。それでも漫然と、父にはもう二度と会えないのだと悟った。

 

気づけば遠くから絶叫する声が聞こえた。誰だろう。地に足付かない思考の中、不意にこれが自分の声であることに気づいた。

 

そしてもちろんそんな大声をあげれば、あのバケモノが気づかないはずもない。

 

こちらに視線を向けたバケモノがゆっくりと近づいてくる。逃げなければ。そう思うものの足は震えるだけで動いてはくれない。

なにもできないままバケモノが目の前に立った。

 

「生き残っているなんて、貴女運が良いわね」

 

そんな声はフレイには聞こえていなかった。視線はバケモノの右手から外れない。

あろう事かこのバケモノはあり得ない方向にねじれた父の首を掴んだままだった。

 

「ああ、なるほど。貴女これの子供ね?そうね……」

 

何かを考えるそぶりを取ったと思ったら、邪悪な笑みを浮かべ――――父の首をねじ切った。

今度こそ自分の意志で絶叫をあげた。

 

「あっははははは!その反応良いわね!!人間はやっぱり面白いわ!」

 

気づけば震える手でナイフを握りしめていた。

 

「あら、それで攻撃でもしてみる?」

 

息が自然と荒くなる。

こいつは父と母と仲の良かった冒険者に酷いことをした。許せない。そう思うのに――――父に習ったナイフも母に習った魔法も震えるばかりで使えなかった。

 

カランと乾いた音を立てて、ナイフが手からこぼれ落ちる。許せない気持ちより、恐怖が勝った。

 

「あら、残念」

 

バケモノはそう言って、倒れ伏した母と冒険者の元へ父を投げ捨てると腕を伸ばし――――強力な魔法で消し去った。

もう声は出なかった。

 

「貴女は生かしてあげるわ。面白そうだから復讐でもしに来なさいな。良い暇つぶしになるのよ」

 

そんな吐き気を催す声と共にフレイは意識を失った。

 

気がつくと布団の中にいた。ああ、あれは夢だったんだ。そう思いたかったが部屋の中は知らない景色だった。そして全く知らない人が扉を開けて入ってきた瞬間、フレイの胸の中を重たいものが支配した。

 

それからの記憶はあまりない。覚えているのは、大人達に質問攻めにされたことと、あのバケモノがコアイマというものだと言うことだけだった。

 

そしてフレイは孤児院に預けられることになった。しばらくは引きこもっていたが、やがて冒険者になるために訓練をするようになった。その間だけはあの悪夢を忘れられたから。

孤児院の子供とは最低限の会話をするだけ。

そんな中影から訓練を眺めていたログとターフに気づいた。二人は冒険者にあこがれていると言う。最初は邪険にしていたが、やがて断り続けるのが面倒になり適当な訓練を言いつけた。

既に訓練をしていたフレイをしてキツいものだったので諦めると思ったのだ。それでも二人は止めなかった。

結局二人とはパーティーを組むことになった。腐れ縁という奴だ。彼らがいなかったらフレイはもっと暗い性格になっていただろう。感謝している。

 

冒険者登録をする頃にはフレイは男勝りな性格になっていた。それは無意識によるものだったのだろう。

小さくて弱かった自分をなくすために。誰にも舐められないために。

次に会ったら必ずコアイマを倒すために。

 

そしてメルに出会った。

 

彼女は小さくて、弱いはずの種族なのに。自分よりも大きくて強いものに立ち向かっていった。

 

恐怖に固まっていた自分とは大違いだ。

フレイにとってそれは特別だった。憧れだった。

最初は命を助けられて、魔物っぽくないから。かわいいから。そんな理由だった。

でもいつの間にか変わっていた。

 

 

そして――――今。

 

「全く……手こずらせてくれたわね」

 

その憧れはバケモノの剣に貫かれていた。

 

バケモノが剣を振れば、貫かれたメルが地面に崩れ落ちる。朱が地面に広がっていく。致命傷だ。

 

メルは何度傷ついても諦めなかった。

剣に切り裂かれても、蹴り飛ばされても、魔法で吹き飛ばされても。ゲラークや一部の冒険者は手助けしようとしたが、それでも勝てなかった。既に倒れ伏している。このバケモノが強すぎるのだ。

 

「ふふふ、この中で一番強いこいつが負けた以上、貴方たちのお先は真っ暗よ?この空と同じようにね」

 

絶望が場を支配する。闇が落ち、フレイはもちろん恐怖で誰も動けない。バケモノの高笑いだけが響いていた。

 

そんな中――――不意にメルが動き出し、バケモノの首に嘴を突き込んだ。

 

「この……!死に損ないが……!!なッ!?」

 

振り払い、首筋を押さえて後ろに飛び退ったバケモノに、今まででは考えられない速度と威力の蹴りを叩き込んだ。

今までは有効打すら入っていなかったのに、バケモノの顔を歪ませ吹き飛ばす。

 

地面にばらまかれた血液がまるで生き物の様にメルの元に集まっていく。

傷だらけで辛いはずなのに小さな姿で再び立ち上がった。

 

未だ諦めずに立ち向かうその姿は今のフレイには到底出来真似できないものだった。



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第41羽 悪逆非道


幼い頃両親と宿屋を経営して過ごしていたフレイ。両親は元冒険者で、自分も冒険者になりたいと思っていた。そんなある日、町に爆発音。険しい表情をした両親はフレイを守るために地下室に押し込めた。泣き疲れて眠った後、起きると扉の鍵が開いていた。出てみると町なんてどこにも無い。途方に暮れて歩いていると、声が聞こえた。父の声だ。走って行けば、バケモノが父の首を掴んでいた。
バケモノは両親や他の冒険者を殺すとこういった。「面白そうだから生かしてやる。復讐でもしに来てみれば」と。そして、フレイは孤児院に預けられることになり、力を求めてやがて冒険者になった。




 

――危なかった。もう少しで本当に死ぬところでした。

 

『血葬』を翼と足にまとわせ、コアイマが振るう剣と打ち合いながら思う。

 

霞む視界の中、ソウルボードを操作してメインに吸血鬼を設定したタイミングはギリギリ。夜になるのがあとちょっと遅くても、急所を避けきれず心臓を貫かれていても私は死んでいました。

 

『高速再生』を意識して急いで背中まで貫通した傷を修復。背を向け油断していたコアイマの首筋に、嘴で『つつく』を使って血液を回収して、蹴り飛ばした。

 

正直な所、今尚剣を振り回して攻撃を加え続けてくるこのコアイマという存在は強い。苦手な徒手空拳でリーチで劣る剣を相手しなければいけないというのもそれを助長しているでしょう。

巨大な魔物相手であれば懐に潜り込めば戦撃を使う隙もありました。でもこの人型のコアイマは、そもそも懐に潜り込むことが難しい。そして被弾面積が小さいので戦撃を不用意に使えば避けられてしまうリスクが高くなっている。

 

元々私は対人戦の方が得意なのですが、武器が使えない今は逆に巨大な魔物相手の方が楽です。

『血葬』を翼にまとい、手のように扱うことも考えました。手足のように使えるとはいえ、あくまでそれは例え。武器を「持つ」事はできても「使いこなす」事はできません。それならまだ素手の方がマシです。

 

さらにもう一つ。夜になり吸血鬼の力が私の能力に上乗せされ、『血葬』のおかげで翼でも打ち合えるようになったがそれでもまだ問題がある。

 

――――血の効果が薄い。

 

吸血鬼という種族はその特性上吸血によって能力が強化されます。吸血とは文字通り血を吸うだけではなく、血に含まれている生命力を、吸血という一種の『儀式』によって増幅させ体内に取り込む行為です。

 

ここまで強いコアイマから吸い取れる生命力が非常に少ない。感じる強さと生命力が釣り合っていません。不思議でしょうがないですがそれは考えても仕方ないので置いておきましょう。

 

重要なのは吸血による強化時間がそう長くは続かないと言うことです。

 

もう一度吸血したいですが懐に潜り込む事すら難しい相手です。それよりも密着しなくてはならない吸血が果たしてできるでしょうか。

戦撃すら避ける相手です。地竜同様そんな致命的な隙を晒す事はおそらくないでしょう。

そう考えていると唐突にコアイマがニンマリと悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「じゃあこれなら……どうかしら?」

 

突如として魔力を固めた球体を明後日の方向に発射した。……なにを?

視線を向ければ向かう先には――――倒れ伏した冒険者。

 

――っ!?このッ!!

 

冒険者の正面に一息に移動して、血葬と闘気をまとったまま魔力球を蹴り上げれば、弧を描くように背後に飛んでいき城壁に激突した。轟音と共に城壁の一部が崩れ落ちる。傷ついた今の状況で冒険者が魔力球を食らっていたらおそらく死んでいた。なんて悪辣なッ……!!

背後から風切り音がしたと思えば背中に熱を感じて地面を転がされる。斬られた。

 

「あは、あなた魔物のくせに人間を優先するのね?奇妙だけど私にとっては……願ったりよ?」

 

私の血が付いた刃先を撫でながらコアイマが笑う。マズいですね。この状況で冒険者を守りながら戦うのは……!!

 

その時倒れていた冒険者のうちの一人が震えながらも体を起こす。

 

「ゲラーク!!」

 

「ゲホッ、おめえら見ただろ。動けない奴らを全力でこの場から運び出すぞ」

 

拳を握りしめ、歯を食いしばって続ける。

 

「俺らは、邪魔でしかねえ……!!」

 

「ゲラーク……」

 

ゲラークさんの悲痛な宣言に恐怖に固まっていた冒険者が恐る恐る動き出す。

恐怖はまだあった。それでも動き出せたのはゲラークの震える声と申し訳なさからだった。

 

「させると思う?」

 

怪我人を担いだ冒険者にためらうことなく放った、コアイマの魔力を必死に蹴り飛ばす。

 

「おめえら急ぐぞ!このままじゃあ、鳥が持たねえ!!」

 

自分の怪我だって痛いだろうにゲラークさんは両脇に怪我人を抱えている。もう少し自分を労ってください。

 

「次よ。防いで見せなさい?」

 

この期に及んで遊んでいるのか、魔力球は私が全力でギリギリで迎撃すれば間に合う速度とタイミングでしか襲ってこない。

少しでも私が速度を緩めれば、少しでも手違いをすれば。誰かが死ぬ。

そうなれば私が折れてしまうかもしれない。私のことを大して知りもしないくせに、息を吸うようにそれを半ばわかった上でやっている。悪魔の様な才能だ。

 

でもそれは同時に慢心でもある。勝機は必ずある……!!

只管発射される魔力を弾いていく。全力で動くことを強制されるために、一度落ち着いた熱が再び籠もってくる。落ち着け。焦るな。冷静に……!!

 

そして倒れていた冒険者の約半数が運び出された。もっと早くに私が堕ちると思っていたのだろう。予想外に粘り、目に見えて冒険者の量が減って焦れたコアイマが遂にミスを犯した。

僅かに早いタイミングで、私に余裕のあるタイミングで、魔力球が放たれたのだ。

 

――【側刀《そばがたな》】!!

 

タイミングを逃さず、戦撃で加速し魔力球をコアイマに向けて蹴り返した。上手く予想をずらしたおかげで、未だ次の魔力球は発射されていない。

 

「くっ!!」

 

そして迫る魔力球に回避を強制させられる。その間に地面を蹴り全力で駆け出す。

一歩。

猶予を与えない。避けられないうちに血と闘気をまとった羽を複数『射出』。威力を高め受けることを選択させず、剣を振るうことで防がせる。

二歩。

地面に落ちた羽に付着していた血液を操作して、鋭く長い針のように伸ばして攻撃。避けさせる。

三歩。目の前!

 

「チィ……!!」

 

牽制されるように振るわれる剣を――――体で受け止める。

 

――ぐぅッ!!

 

「なっ!?」

 

剣で切り裂かれることに構わず前進する。肉を切らせて骨を断つ。こんなもの時間が経てば勝手に直ります……!!

 

驚愕に固まるコアイマに次々と血葬と闘気をまとった翼を叩きつけ、蹴りを見舞っていく。

 

――ひるんだ!ここです、【昇陽《のぼりび》】!!

 

サマーソルトで水月を蹴り上げ、くの字になった体を無理矢理浮かせる。

 

――【降月《おりつき》】!!

 

痛みに固まったコアイマの頭に、ムーンサルトキックを繰り出し地面に叩きつける。

 

――【貪刻《どんこく》】!!

 

地面にバウンドして僅かに浮かび上がったそこに横蹴りを抉り込んだ。

 

「グボォ……!!」

 

口から汚い体液を吐き出して吹き飛んだコアイマを追いかけ一気に距離を詰める。

腹を押さえて起き上がったコアイマの苦し紛れの魔力球の射線上に、誰も居ないことを確認して回避と同時に《ウィンド》を放つ。

 

「そんな子供だましみたいな魔法で……なに!?」

 

魔法はコアイマの目の前の地面に当たり、砂礫を巻き上げた。効きもしないであろうそれから反射的に顔を庇う。

視線を戻せば――姿がない。

 

ヒュルヒュルという風切り音に咄嗟に顔を上げる。

 

「上――――」

 

時既に遅し。見上げたそこには既に足があった。

 

――【奈落回《ならくまわ》し】!!

 

顔面に踵がめり込み、後頭部から地面に叩きつけ小規模なクレーターを作り上げた。

 

――追撃を!!

 

その時、倒れ伏したコアイマから急激な魔力の高まりを感じた。最初の時と同じように。

 

爆発。

 

咄嗟に血葬で小規模なシールドを作り出し、事なきを得たが衝撃で距離を開けられてしまった。

 

――マズい!!

 

相手に余裕を与えればさっきの焼き増しです。急いで距離を詰めようとするがもうコアイマは立ち上がっていた。

 

最初から縦に裂けていた瞳孔は鋭さを増し、口元は凶悪に吊り上げられている。怒り心頭だ。

 

「このクソ魔物が!!」

 

遊びを捨て、魔力球をやたらめったら放つ。もちろん先には避難中の多数の冒険者。

そしてコアイマ自身も剣を手に駆けだした。その先には、なんとか落ち着いたのか怪我をした冒険者に肩を貸して避難していく――――フレイさんの姿が。

 

目を見開きまるで選べとでも言うように口元を吊り上げるコアイマ。

 

私は迷うことなく……多数の冒険者の方へと駆けだした。意外だという風に視線を切ってそのまま駆けていくコアイマを一端無視する。

『天の息吹』を限界を越えて使用し、最大速度で動く。多数の魔力球を殴り、蹴り飛ばし、時には体で受け止め、その全てを無理矢理処理した。

 

そして――――

 

「フレイ!」

 

ゲラークが叫ぶと同時にフレイの背中に衝撃が走り――――地面に倒れ込んだ。

 

バランスを崩したのだ。何が起こったのかわからないうちに背後からズブリと生々しい音が聞こえた。とても、とても嫌な予感がした。

 

「あら、あなたは自分を捨てたのね」

 

愉快でたまらないという世界で一番聞きたくない声が聞こえた。

おそるおそる振り返ればメルが背後からコアイマの剣に貫かれていた。あたいを……庇った……?

血を流しながらも抜け出そうと藻掻くメルの翼にコアイマの手が伸びる。

悲痛な悲鳴が響き渡った。コアイマに掴まれた両翼が曲がるはずがない方へと無理矢理曲げられていく。

 

「あっはっは!!いい気味よ!!苦しんで死ね!!」

 

遅れて――――ボキリという嫌な音が響いた。

 

へし折られた骨。響く鈍い音。

 

その姿がフレイの中で父と重なった。



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第42羽 灯すのは

 

 一瞬にして。

 

 倒れて動かない皆。あり得ない向きに曲がった父の首。ねじ切られてゴトリと落ち、虚空を見つめる光のない瞳。元から居なかったかのように消し去られた皆が倒れていた跡地。崩れて地面ばかりが続く、町だった場所。

 

 暗く、辛く、苦しく。胸の奥に押し込めて蓋をしていた記憶。

 その全てが無理矢理フレイの記憶から引きずり出された。

 

 喉から「カヒュー」と奇妙な音がする。息ができない、胸が苦しい。目の前が真っ暗になる。

 今わかるのは当時のフレイが感じた、心臓が鷲づかみにされるような恐怖だけだった。濁った視界には何も映らない。

 

 世界の全てが恐怖で埋め尽くされた。もう、何も見たくない。何も聞きたくない。何も知りたくない。

 フレイは最早、昔の小さなフレイと同じだった。弱くて、小さくて、震えているしかない。そんな、消し去ってしまいたかった自分。

 

 もう何もできる気がしなかった。しょうがないじゃないか。

 

 相手はあんなにも強大で、恐ろしくて。自分はこんなにもちっぽけで、弱っちいのだから。

 

 諦めてしまうのも――――仕方がないことだ。

 

 ――本当に?

 

 真っ暗闇の中。うずくまる小さなフレイの目の前にボンヤリと浮かび上がってきたのは、小さな翼の持ち主だった。

 人よりも小さな姿で、自分よりも大きな相手に負けずに立ち向かう、凄いやつ。あたいの憧れ。カッコワルイ意気地なしの自分とは真反対のカッコイイ勇気のある者。

 

 そして――――そうならざるを得なかった者。

 

 ふと、ヒドラと対峙していたときに考えたことを思い出した。

 

 スワロー種は弱い魔物だ。そんな魔物がグレーターワイバーンやヒドラ、コアイマと渡り合える様になる。それは並大抵ではないことだ。そして――――並大抵ではないことが起こったと言うことだ。

 

 メルは通常のスワロー種より一回り小さい。きっと子供だ。それなのにあんなにも強い。どれほどの苦難を乗り越えたのだろう。

 

 側に親がおらず、仲間がおらず、折れることを許されず。

 

 それがどれほど大変な事か――――あたいは知っている筈じゃなかったのか。

 

 あの子は自分の居場所もわからず、行き先も見えず、それでも力強く立っている。不安だろうに、それでも前を向いている。

 それが少しでもわかるはずのあたいが手助けするべきなのに。

 

 それなのに今の自分はどうだ。

 蹲って、俯いて、恐怖に震えているだけ。

 

 ――これじゃあ、あの時と――――なにも変わってないじゃないか……!!

 

 助けて貰って、守って貰って。

 そんな弱い自分が嫌だったから、強く在ろうとした。

 

 だからそれができていたメルに憧れた。

 

 ――憧れているだけで良いのか?見てるだけで良いのか?

 

 ――弱いあたいを庇ったメルが甚振られる様を見ているだけで良いのか?

 

 ――そんな訳――ないだろう!!

 

 恐怖に濁り、絶望に暗んでいた瞳に光が戻る。

 

 勇気を持て。心に灯を点せ。

 

 あたいはフレイ。決して消えない炎のフレイだ。

 

 沢山助けて貰った。今度はあたいが助ける……!!

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 翼をへし折り、まともに戦えなくなった魔物を只管甚振った。切りつけ、魔法の的にし、サンドバックにしたそれを、気まぐれに蹴り飛ばした。不思議な事になかなか死なないそれは、コアイマにとって良いストレス発散の道具だった。

 

 ベシャリと力なく地面に落ちたそれに向けて歩みを進めていると、生意気にも道を遮る者が現れた。

 件の生き残り。気まぐれに見逃した暇つぶしの玩具。

 怒りを燃やすこともできず、恐怖に屈した弱者。

 

 今もほら、膝は震え手に持った杖の照準は定まりきらない。

 怒りはサンドバックのおかげでだいぶ発散できた。折角だから遊んでやろう。

 

「あら、蹲っているのは終わり?でも貴女、プルプル震えてるわよ?」

 

「そうさ、あんたがコワイ。怖くてたまらないよ」

 

 コアイマはその弱々しい様を嘲り、無防備に両腕を広げて見せた。

 

「わたしは貴女の両親を殺したのよ。憎いのでしょう、撃ってみなさい?」

 

 無理だ。こいつからは焦げるような怒りではなく、甘い恐怖の香りがする。そんな人類種は怯えることしかできない。こいつは何もできない。

 

「……違う。あたいが燃やすのは怒りじゃない……!」

 

 弱者が震える声で何かを囀《さえず》っている。聞く価値もない戯言。この行動もタダの余興。前回と同じ、何もできない無様な姿を思い知らせるため。だが―――

 

「メルにもらった勇気だ!!《フル》……《バースト》!!!!」

 

「ッ!?」

 

 放たれたのは、震える左手を右手でねじ伏せ、直径30cmに届こうかという熱線だった。

 震えている体ばかりに気を取られ、瞳に灯った熱に気づくはずもないコアイマは完全に油断していた。

 避けきれず、熱線に左腕が飲み込まれる。引き抜いたときには所々が黒く焦げ、痛みに呻く事になってしまった。

 

「優しくしてやれば、つけあがりやがって!人間風情が……!!」

 

 痛みを与えてやればすぐにおとなしくなるだろう。そうすればまたじっくり恐怖を与えてあのかわいらしい姿を晒すことになる。

 そう思って駆け出しても、逃げ出すことはなかった。それどころか震えが少なくなった腕で魔法を放ってくる。

 

「《トライバースト》!!」

 

 三つ叉に別れた細い熱線。身をかがめて避け、進もうとすれば別の場所から目の前に岩が飛んでくる。足を止めれば横から大斧が。

 

「ぬううん!!」

 

 剣で受け止めるも後ろに下がらされた。

 

「次から次へと……!!」

 

「ゲラーク、あんたら……!避難はどうしたんだい!!」

 

「鳥が倒れた以上避難してもどうしようもねえ。それに一番ビビってたお前が立ち上がったんだ」

 

「俺達がビビっててどうするって話だ!!」

 

「冒険者にも仁義ってもんがある!命を救われてんだ!肉壁にくらいなってやるぜ!」

 

 騒ぐ冒険者に面倒くさそうな表情を浮かべたコアイマが面白いことを思いついたと言った風に笑った。

 

「そうね……、今なら後ろのそいつを渡せば全員見逃してあげても良いわよ?」

 

「ふざけるな。あんたなんかにメルは勿体ないよ」

 

 コアイマの言葉に揺らぐものは誰も居なかった。何より、見逃すことなんてないだろうという思いもある。

 唐突にコアイマが冷めた顔になった。

 

「そう、なら貴女もいらないわ。全員仲良く死になさい」

 

 高まる魔力。コアイマの頭上に巨大な球体ができあがっていく。

 その威力はここにいる全員を消し滅ぼしてあまりあるだろう。

 全員が決死の攻撃をしかけようとしたとき――――

 

「これ、借りますね。ログさん」

 

「えっ?オイ!」

 

 何者かが風の様に現れ、今まさに全員を飲み込もうとした球体を一撃で消し飛ばし、その後ろのコアイマも貫いた。

 

 立っていたのは見たこともない幼い少女。

 濡羽色の髪を風に揺らし、背には深い蒼の翼がはためいている。

 それが誰かフレイにはわかった。

 

「メル……」

 

「はい、フレイさん。私はここに」

 

 振り向いて優しく笑った。

 大きく透き通ったルビーの瞳に、小さく主張するかわいらしい鼻、花が咲いたようなきれいな唇。

 あどけない、幼い顔立ちだ。

 支えなくてはと思うのに。また助けて貰ったのが悔しくて――――こんなにも嬉しい。

 

 小さなはずのその背中はなんでこんなにも眩しいのだろうか。




人化のタイミング迷ったけどここかなって。


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第43羽 その手に掴んで

誤字報告いただきました。ありがとう!
あっ、そうだ。剣道三倍段って知ってる?


 

 時は僅かに巻き戻って、蹴り飛ばされ地面に落ちたところから。

 

 ……流石に傷を負いすぎました。地面に倒れ伏し、焦点の定まらない視界のなか思う。

 吸血鬼の再生能力も無尽蔵ではありません。再生すれば再生するだけ、体力を消費します。傷が塞がるスピードは落ちるのです。貫かれた胴の傷を修復する必要があったため翼の骨折を治すのは後回しになりました。結局更なる傷を負ってしまい、吸血の効果は消滅。ご覧の有様です。

 

 あれ?声が聞こえる。これは……フレイさん……?

 

 蹴り飛ばした私へと歩いて来ていたコアイマをフレイさんが止めてくれたようです。

 

 過去の恐怖から動けなくなっていたはずのフレイさんが、私のことを守ってくれている。私の為に戦ってくれている。

 

 ――私はお姉様がいなければ立ち上がれなかったのに、フレイさんは自力で立ち上がった。

 

 すごい。私は百年以上かかったのに。強い人だ。

 

 そんなすごくて強い人が私を守ってくれようとしている。何度だって続きがある、命の軽い私を。

 

 フレイさんや冒険者達が庇ってくれている。

 

 嬉しくて、ありがたくて。そしてなんて――――罪深い。

 

 彼女たちの命に私なんかの命が釣り合うはずもない……!!

 私が守るべきだ。私が助けるべきだ。そうでなくてはいけないから。

 

 皆が止まっても、私だけは止まらない。

 彼女たちの死は終わりでも、私の死は終わりではないから。

 

 ――動け、私の体!!

 

 ――あんなに怯えていたフレイさんが頑張っているのに。

 

 ――トラウマを植え付けられたフレイさんが立っているのに。

 

 ――私がおとなしく寝っ転がっているなんて――――嘘でしょう……!!!!

 

 ――私が力を手に入れたのは何のためだ……!

 

 ――私が強くなりたいと願ったのは何のためだ……!!

 

 ――この手(・・・)から何一つ、取りこぼさない様にするためだ……!!

 

 ――足が取れたって、内臓が飛び出たって、翼がもげたって良い!今、動けるなら……それで!!

 

 ――大切なものを、何一つなくしたくないから……!!

 

 ――応えなさい!私の体!!

 

 

「【一閃《いっせん》】!!」

 

 眼前に迫る巨大な魔力の塊。

 容易く魔力をかき消したその一撃は、普通では届き得ない距離を瞬く間に喰い潰し、後ろのコアイマさえ貫いた。

 

 これは私が初めて発動に成功したあの戦撃。

 私が一番得意な武器、槍。その戦撃、【一閃《いっせん》】。単純な突きの一撃です。

 

「メル……」

 

「はい、フレイさん。私はここに」

 

 そう答えると固まっていた冒険者の一団がザワザワし始めました。

 

「すげえ」「あの攻撃を一撃って……」「かわいい」「背中に翼……天使か?」

 

 流石に一度に話されるとなんて言ってるか判別できませんね。

 

「メル!」

 

「わっぷ」

 

 フレイさんが感極まったように抱きついてきたので、気がつけば借り受けたログさんの槍を、つい取り落としてしまいました。危ないですよ?

 

「あんた人の姿になれたのかい!?」

 

「いえ、今成れるようになりました」

 

「へえ、それにしても……」

 

 私の姿をジッと見ていたフレイさんが、唐突に私の脇に手を差し入れて頭上に持ち上げました。

 

「ちっちゃいね?」

 

 むむむ!確かに私は今幼女と言われても仕方のないサイズですが、これでも精神はれっきとした大人です。今世は生まれて一年経ってないと思うので体が幼いのはしょうがないのですよ。

 

「まあいっか、かわいいし。それになんで急に槍なんか使ったんだい?」

 

「えっとそれはですね……」

 

「随分楽しそうじゃない……!!」

 

 返答に困っているとボロボロになったコアイマが姿を現しました。思ったよりしぶといですね。

 

「人化できるようになったからなに?今まで魔物の姿だったのに急に人の体を使いこなせるはずもないわ。まぐれ当たり如きでいい気になってるんじゃないわよ!」

 

 そう叫んで今までとは比べ物にならない量の魔力球が飛来する。それを冷静に見据え、左手を握りしめる。

 

「《白陣《はくじん》:壁空《へきくう》》」

 

 左手の先に幾何学的な白の魔術陣が発生し、透明な障壁が生み出された。前方を半球のドームのように覆ったそれは全ての攻撃を受け止めなお無傷。コアイマはギリギリと奥歯を噛みしめている。

 

「嘘でしょう……!!」

 

「残念ですが生半可な攻撃ではこれは壊せませんよ?」

 

「あ~、メル?降ろした方が良かった?」

 

 フレイさんは気まずそうに私を抱き上げたまま。そして私はちょっと得意げな顔。

 ハタから見るとちょっと間抜けな姿です。

 フレイさん……!先に言って……!!仕方ないじゃないですか、久しぶりに魔術使ったから嬉しかったんです!

 

 咳払いを一つして、フレイさんの腕の中から飛び降りると全員を見上げて言った。

 

「皆さんはこのままここでジッとしていてください」

 

「ッ!!……わかった」

 

 フレイさんや一部の人は何か言いたそうにしていましたが、言葉を飲み込んで頷いてくれました。

 

「すみませんログさん。この槍このまま借りていきますね」

 

「お、おう」

 

 障壁を通り抜け、私を睨み付けるコアイマと向かい合う。視線で人が死ぬなら私は十回は死んでますね。

 

「こんなチンケな魔物風情に私の魔法が……!!」

 

 認めたくないと言った表情で剣を携え、一気に肉薄してくるコアイマに、氣装纏鎧《エンスタフト》を発動する。魔法でなく、剣でならと言ったところでしょうか。正確には魔法じゃなくて魔術ですが。

 

 そんなことを考えながら、コアイマの攻撃を待ち受ける。

 ドドドドと四つ音が鳴る。

 常人では見ることすらできないであろう速度の、コアイマによる剣の振り下ろし。

 私がそれを弾き、ほぼ同時に突きを三つ胴体に入れた音だ。

 

「は?」

 

 コアイマからすれば意味不明だった。剣を振り下ろし始めたら既に胴に三カ所痛みがあったのだから。

 コアイマの体勢が上に流れる。

 

「【赤陣《せきじん》:一閃《いっせん》】」

 

 その隙に槍を握りしめれば、現れた赤の魔術陣が槍に纏わり付き、炎の突きが吹き飛ばした。

 



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第44羽 覚悟の差、人の力

すぐ消したけど、順番間違ってこれ42羽の後に投稿しちゃった。
見ちゃった人はごめんね?


 

「【赤陣《せきじん》:一閃《いっせん》】」

 

その隙に槍を握りしめれば、現れた赤の魔術陣が槍に纏わり付き、炎の突きが吹き飛ばした。

 

【赤陣《せきじん》:一閃《いっせん》】。正確には《赤陣:付加《ふか》》を施した戦撃です。魔術陣にはそれぞれ属性に対応した色が存在しており、赤は今見た通り火。

攻撃と共に相手を焼き焦がし効率よくダメージを与えてくれます。

 

しかしどうやらこれもコアイマは耐えきった様です。本当にしぶとい。

槍で突いても深く貫くことはできませんでした。ステータス上の防御力が異常に高いのか、他の要因があるのかはわかりませんが。

槍の炎を振り払って消し、一気に接近する。ともかく、攻撃の手を緩めず攻め続けます。

 

素手ではリーチで劣る剣に翻弄されましたが、今は逆。圧倒的に私が有利です。もうまともに攻撃を受けるつもりはありません。

 

槍はリーチで勝っている敵の正面に構えてあるだけで既に脅威です。私に直接ダメージを与えるなら接近する必要があるのですが、接近するには、槍をどかすという一手がどうしても必要となります。そうでなければ勝手に串刺しになるだけです。

 

決死の表情で攻撃をしてくるその全てを捌き、返し、無効化させていく。それどころか反撃のおまけつきです。痛みにひるんで隙を見せれば容赦なく連続で攻撃を加えてきます。

 

今もほら。

焦りから無理に力んだ攻撃を横に優しく流してやれば、止めることもできずに地面に剣が激突した。明確な隙です。

 

コンパクトに左右から打ち据える。痛みに歪む顔めがけて頭上から叩きつけを見舞えば、後ろに飛び退って避けました。

なので踏み込んで突き。

リーチで勝っている以上、反撃を受けるリスクは極小。恐れることなく踏み込むことができます。コアイマは腹部に衝撃を受け、地面を転がっていく。

 

めげずに地面を叩いて跳ね起きたコアイマが、私を睨み付け、ガトリングのように幾つもの魔力の球体を放ってきた。なら――

 

「《黄陣《おうじん》:誘岐連《ゆうきれん》》」

 

黄色の魔術陣から一筋の雷が生み出される。直進した雷は先頭の魔力球に近づくと、突如として枝分かれし、食らいついた。魔力球を爆発させ、なお貫き、突き進んでいく。その過程で幾重にも枝分かれして通り過ぎた先の魔法を全て誘爆させ、ついに終点のコアイマも貫いた。

 

「なに……、これ……ッ!!」

 

魔力に吸い寄せられる性質をもった雷です。最初の雷は直進しますが、そこから幾重にも分裂し魔法を貪欲に追い求めます。弱点も多々ありますが、弾幕型の魔法には大体有効です。もちろん自分の魔力は除外してありますよ。

 

電撃によって硬直した隙に一気に接近する。

射程距離に捉え、槍を振るえばコアイマに次々と傷が増えていく。必死に捌こうとしていますが、完全ではありません。

コアイマ自身のスペックの高さでなんとか持ちこたえていますが、技では私の方が上です。

 

さっきの焼き増しのようにコンパクトななぎ払いを左右から叩きつける。ギリギリでしたが今回は剣で防がれました。そして叩きつけ。

コアイマはさっきの攻防を思い出したのか横に避ける。まあそうするでしょうね。

なので既にそこに攻撃を置いておきました。避けたと思った瞬間には、側頭部になぎ払いがヒットして吹き飛んだ。

 

「なんでよ!?今避けたでしょう!!」

 

「ええ、避けさせました」

 

相手の動きを予測し、追い詰め、移動範囲や攻撃方法などを徐々に制限させていけば、やがて取れる手は少なくなっていきます。そうすれば最後に行き着くのは選択肢が一つしかないという状況。そうなれば詰みです。

相手がやる事なんてわかっているのですから、それに対応した一手を置いておけば良いだけ。

既に接近戦において、貴女は私の手の平の上です。

 

コアイマの表情が屈辱に歪んでいく。

ここに来て接近戦では無理だと思ったのでしょう。

 

手を素早く振るって弱めの衝撃波の様な魔法を放ってきた。威力はないですがそれに押され一瞬足が止められる。

その間に更に魔力を集めたコアイマが最初の様に自分を中心に周辺を爆発させた。

 

「《白陣:壁盾《へきじゅん》》」

 

目の前に魔力で編んだ小型の盾を生み出してそれを防ぐ。砂塵が巻き上げられ、視界が遮られる。とは言え見えなくても補足はできています。と思った瞬間コアイマの気配がいきなり消え去った。

 

「な!?どこに……?」

 

「メル!上!!」

 

フレイさんの声に上を見上げれば、極大な球体が。アレ全部魔力なんですか!?恐らくですが街ごと消し去れる威力になります。

それにかなり注意しなければわかりませんが、さっきまでコアイマが居た場所に空間魔法の残滓が。

私が身を守った隙に使うのに時間がかかる空間魔法で上空に逃げ、魔力を溜めていたと言うことでしょう。

まだそんな手を……!!

 

「これはもう使うなって言われてたけどしょうがないわ……!!皆ここで消え去りなさい……!!」

 

対処する間もなく、破壊の化身が降りてきた。

間に合え……!!地面に槍を突き刺し、両手を握りしめる。

 

「《双白陣《そうはくじん》:砲壊潰《ほうかいつい》》!!」

 

握りしめた両手の先から二つの魔術陣が生み出され、その砲門が開かれる。巨大なビーム、いわゆるゲロビが二つ放たれ、途中で混ざりさらに大きなビームとして極大な球体に突き刺さった。

 

「押し……負ける……!?」

 

みるみる魔力が無くなって行っているのに、極大の球体は徐々にその姿を近づけてきた。

仕方ない……!!闘気を作り出す時の呼吸を意識し、魔素を魔素のまま取り込んだ。

 

「グフッ!!」

 

喉から熱がこみ上げ、体の至る所が裂け血が噴き出す。魔素の中毒症状です。気分もドンドン悪くなってきた。それでも止めるわけにはいかない。

 

地面に後を付けて体が後ろに押しやられていく。その時腰に弱い衝撃を感じた。

 

「フレイさん!?危険なので戻っててください!」

 

「この馬鹿!こんな血まみれで無茶してるのに今ほっといてどうするのさ!!」

 

「その通りだ!何度も言ってんだろ!お前が死んだら俺らも終わりだ!」

 

「一蓮托生ってわけよ!!」

 

フレイさんだけじゃない。冒険者皆が後ろで私を支えてくれている。

 

「あたいらの全部、あんたに預けるよ!!」

 

瞬間、激熱が迸る。

私に他者の魔力を受け取る能力なんて無い。スキルも無い。

それでもフレイさん達の魔力を感じた。それでも魔力を受け取った。

 

何も手を加えていないのに炎をまとったこの砲撃がそれを証明しています。これは皆の力です。

押し合いが拮抗した。

 

「とっとと諦めなさいよ……!!そんなに負けたくないの!?」

 

私達を消し去ろうと力を込め、顔を歪めたコアイマがあきらめが悪いとばかりにそう言い放つ。

 

「負けたくない?違う……!!」

 

その程度では断じてない。

私の後ろには、フレイさんがいる。ログさんがいる。ターフさんがいる。私を庇ってくれた冒険者がいる。私が負ければきっと死ぬ。そんなの絶対に受け入れられない。だから――――

 

「負けられない……!!負けることなんて許されない……!!」

 

戦うとき、後ろに何かが在った事なんてないんでしょう。

貴女とは、覚悟が違う!!それは言葉にだって表れる。

 

タダでさえ握りしめている両手に『握撃』を使う。

 

魔術陣を作り出すのには想像力が必要です。そのため私にはルーティンとして手を握りしめる動作が必須でした。そこでさらに強く握りしめればどうなるか。

 

魔術陣の輝きが増し、魔力を流し込む許容量が増す。許容量を超えれば魔術陣は砕けます。それが大きくなった。

更に血が噴き出すのも構わず、魔素を取り込み、限界ギリギリまで魔術陣に流し込んでいく。

砲撃が球体を押し返していく。

 

「嘘でしょう!?」

 

「嘘じゃない!押し返す要因になったのは貴女が侮っていた、人の力です!」

 

押し返す速度はドンドン加速して行き、遂にコアイマの眼前まで迫った。

 

「死にたくない!死にたくない!」

 

そこに来てコアイマの顔が恐怖に歪んだ。……貴女が殺してきた人たちもきっとそんな気持ちでしたよ。

 

私が手を緩めることは無く、コアイマは自身の魔力と私達の砲撃に巻き込まれた。上空で巨大な爆発が起きる。しばらく耳が聞こえなくなるほどの轟音。徐々に音が戻ってくる。終わった……?

 

すると上空から声が聞こえた。

 

「はあ……!はあ……!運が良かったわね!今回は見逃してあげるわ!次はペットを連れてきて完膚なきまでに殺してあげるから覚悟してなさい、人間共!それとあんたもよ、魔物風情が!どこに居ても探し出して殺してあげるわ!!」

 

コアイマは死んでいなかった。ボロボロながらも高笑いしながら、今にも空間魔法を発動して逃げようとしている。

 

「《紫陣:加速《かそく》》」

 

呪術を発動する。眼前に紫の魔術陣、正確には呪術陣ですが。

結局貴女は最後まで他者を見下すことを止めませんでしたね……。

右手に槍を構え、全力で体を後ろにねじっていく。力の高まりが最高潮に達したときに、呪術陣に全力で踏み込んだ。

 

「【魔喰牙《ばくうが》】!!!!」

 

戦撃と呪術の両方の急激な加速に視界が引き延ばされる。右腕の槍を突き出せば瞬きもしない間に上空のコアイマを貫いた。

 

単発の片手突進技。距離を詰めるのに便利でよく使います。準備する必要がありますが、加速の呪術陣を踏み越えればその威力は一撃必殺にまで高まります。

 

「い……や」

 

体に巨大な風穴が開いたコアイマはそう溢して、息絶えた。

ボロボロと体が崩れていき、死体も残さずまるで魔法のように消えていきました。空間魔法で飛んで逃げたわけではありません。

 

終わった。背中の翼を広げ、ゆっくり落ちていくまま上空から見下ろせば、地平線をのぞく朝日が眩しいでs……

 

「いたたたたた!?」

 

体が焼ける痛みに急いでソウルボードから吸血鬼を外すと意識が遠のいていく。マズい、落ちる。

 

「メル!?」

 

――なんだかデジャブ……。

 

そして私は意識を失いました。



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第45羽 布団爆発

お気に入りありがとう!


 

「知らない天j――」

 

 目が覚め、そう言おうとしてふと横を見る。

 

「ッ!!?!?」

 

「すー……すー……」

 

 知ってる顔だ。

 まつげが長い。

 今は隠されているけれど、まぶたが開かれればその奥から太陽の輝きが現れるだろう。筋が通った鼻は思わず摘まんでイタズラしてしまいそうになる。かわいらしい唇はなんだか緩く弧を描いて嬉しそうだ。

 形の整った胸が規則正しく上下している。一つの絵画のような景色はなんだかきらめいている様で。

 スヤスヤと無防備に穏やかな表情で眠るフレイさん。それを正確に脳が認識したとき――――

 

「ふやッ!?」

 

 布団が爆発した。

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 人の姿が戻ってきている街を二人で歩く。

 

「全く……」

 

「面目ないです……」

 

 隣で美少女が寝てると言う状況に驚きのあまり、何故かしまわれていた翼が、何故か背中から飛び出してしまったのだ。そのせいで安眠していたフレイさんを起こしてしまった。

 まあ、人の姿の時に翼をしまえるのは便利です。じゃないと仰向けで眠れないですから。

 

「ま、良いさ。こうして無事に目覚めてくれたからね」

 

 三日。それが今回目が覚めるのにかかった時間だ。その間色々とお世話をしてくれていたらしいです。ありがとうございます。

 何度か致命傷を受け、無理矢理直して戦っていた結果でしょう。ヒドラとコアイマの2連戦でしたし、闘気もかなり消費していました。最後は魔術を使う為に魔素を取り込んで、体に追い打ちを掛けていたのでこの期間は短いと感じるくらいです。これも魔物としての丈夫な体のおかげでしょう。

 

 実際未だに体の重さは取れていませんし、魔力の巡りが悪いです。今回の主な不調の原因は魔素の中毒症状の方ですね。時間が経てば直るでしょうが、魔素を取り込むのを多用するのはやはり得策とは言えないでしょう。

 

 壊されてしまった場所を、街の人たちが強力して直している景色がちらほら見られる。場所としては少ないはずだけれど、めげないその姿勢はたくましい。

 

「おっ?嬢ちゃんこれでも食いな」

 

「これなんか俺のお気に入りなんだ。あげるよ」

 

 そして何故か行く先々でひたすら冒険者らしき人たちが、露店で買った食べ物をくれる。何故?いや、美味しいからありがたいんですけど。もぐもぐ。

 

「あんたに助けて貰ったからだよ。皆感謝してるのさ」

 

 ヒドラを倒し、コアイマも下した。きっとこの街の冒険者だけではできなかっただろう。でも、私だけでも、それはできませんでした。私が今生きているのは皆さんのおかげでもあります。

 

「それに私、今翼出してないですよ?」

 

 タダの子供にしか見えないはずなんですが。なぜ私だとわかるのでしょうか。

 

「あたいと一緒に居るからじゃない?」

 

「なるほど……」

 

 両手にいっぱいになって今にも落としてしまいそうな食べ物。それを色々食べながら頷く。持ちきれない分は、フレイさんが持ってくれているがそれもいつまでもつか……。断ると悲しそうな顔するんですよ……。貰うしかないじゃないですか。しかももりもり抱えているのを面白がって、冒険者じゃ無い人までくれるようになってしまいました。そちらは断っても悲しい顔されないのでなんとかなるんですが。

 私のことがバレなければ大丈夫そうなのですが……。

 

 チラリとフレイさんの方を見れば目が合った。

 

「……あたいがいない方が良かった?」

 

 むすっとしたフレイさん。

 

「い、いやいやいやいや!!!そんなこと無いですよ!!」

 

「……どうだか」

 

 この後頑張ってなだめると、目的地にたどり着くまで鳥の姿で抱きしめられた。もふもふが良かったらしいです。

 



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第46羽 心配事

この話でなろうの最新話に追いつきました。



フレイさんとやって来た目的地。それは冒険者ギルド。ログさんとターフさんは私達が準備している間に向かったそうです。

 

今日、とある情報についての発表があるからだ。目が覚めてすぐに知らされたそれ。どうしても聞く必要がある、その情報とは――――

 

「ジョンが言っていた石化を解く薬についてじゃ。今日集まって貰ったのは他でもない、これについて情報を共有するためよ。儂が色々とツテを使って調べた結果、薬の存在自体は確認できた。だが現在どこにも置いてないようでな。どこぞの高位貴族なら持っておるかもしれんがお察しの通りこの薬は貴重だ。死ぬほど金を取られるだろう。それで手に入るのはせいぜい一個だ。全員は救えん」

 

小さなお爺ちゃんの言葉にギルドの中が静まりかえる。無理もありません。聞かされたのは絶望的な情報。薬が存在していない事やそもそも救えないよりは断然マシですが、それでも前向きにはなりにくい情報です。

 

「だが諦めるのはまだ早い。薬があると言うことはまた、作り方を知っておる者が居るという事よ。幸いにもとある薬師がそれの作り方を知っておった。その材料がこれじゃ」

 

取り出された紙にはズラリと様々な単語が。それに冒険者達が集まって読み進めていく。

 

「これを人数分か」

 

「量が多いがこれならなんとかなるかもしれない……」

 

希望が見え徐々にギルドの中に活気が戻ってくる。

 

「だが」

 

それを遮るように、今まで押し黙っていたお爺ちゃんが再び口を開いた。

 

「最後の素材、マンドラゴラ。こいつが厄介な事に霊峰ラーゲンにある。一番近くではな」

 

「そんな……」

 

「嘘だろ……」

 

霊峰ラーゲン。龍帝の住まう高い山脈。大陸のことについて調べてる途中で知ることになりました。

 

厄介なのはその環境。漂う魔力の濃度が高く、危険な魔物が所狭しと闊歩しています。それだけでなく、鬱蒼とした森が広がり進めば進むだけ高度が上がっていくので酸素が薄くなり、人が活動できなくなる。

魔法かそれに準ずる魔導具でも無ければまともに活動することもままならないそんな場所です。

 

「私が行きます」

 

フレイさんの頭の上から降りて人の姿を取りそう言えば、ギルド内の視線が一斉に集まる。

 

「お主は……」

 

「メルと呼ばれています。お爺さん」

 

「そうか、お主が。儂はこのギルドのマスターをやっているヤガスじゃ。この街を助けてくれた事に感謝を」

 

「いえ、私は私の心に従ったまで。感謝される程の事ではありません。実際あの場所では冒険者の皆さんがいなければ私は死んでいた可能性も高かったので、私の方が感謝するべきでしょう」

 

「ふむ、そうか。失礼かもしれんが魔物らしくない思考じゃな。実はお主が人間だったと言われても信じられるくらいにはな……」

 

「あはは……。ソンナワケナイジャナイデスカー」

 

笑みを溢すヤガスさんに冷や汗を垂らす。

え、コワ。なんでそんなピンポイントで正解突いてくるんですか?表情からして冗談なのはわかるのですが……。

 

「そ、それで私が向かうということでよろしいですか?今からでも向かいますが」

 

「ちょっとメル!」

 

「わひゃ!?」

 

すぐにでも霊峰ラーゲンに向かう気でいると、突然後ろから抱き上げられた。と思ったら眉根を寄せたフレイさんの顔が目の前に。ち、近いですぅ。

 

「あんた、疲労困憊の大怪我しょって三日間寝たきりだったんだよ?悪いけどあたい達じゃ霊峰ラーゲンには登る実力は無いんだ。一人で病み上がりにもう危険な所に飛び込むつもり?」

 

「だ、大丈夫ですよ。頑張れますから」

 

力こぶを作って、問題ないことをアピールしてみるとフレイさんの表情がドンドン不機嫌なものに変わっていく。な、何故?

 

「どんぐらい大丈夫なんだい?」

 

「ふ、普通に?」

 

視線をさまよわせながらそう答えると、彼女はため息をついた。

 

「一番元気な時を100%として今は何%だい?嘘ついたら許さないよ……?」

 

ゴゴゴゴゴゴと凄まじい圧迫感を背負ったフレイさんに鼻がくっつくほどの距離ですごまれて、ポツリと溢した。

 

「40……いや、30%くらい……?あはは……」

 

えへ、と笑って言えば彼女の目がつり上がっていく。うひいぃ!!

視線を切り、私をくるりと回転させて後ろから抱きかかえたフレイさんは、ヤガスさんに視線を向けた。

 

「マスター、行くにしても今日は無理だよ。最低でも三日は欲しいね。石化を直すのに期限はあるのかい?」

 

「恐らく在るとは思うがかなり長いのう。記録上では一番長くて6ヶ月経っても元に戻っている。それ以上はそもそも記録に無いからなんとも言えん。それ以外の記録を見てもとりあえず一ヶ月は堅いはずじゃ」

 

「なら、それで問題ないね?」

 

「ああ、それは構わんのじゃが……」

 

ヤガスさんはそこで言葉を濁して、視線を別の場所にずらした。その先には一目で上質だとわかる装備をした男性が。う~ん、見たこと無い人ですね。

 

「始めまして、メルちゃん。俺はSランク冒険者、韋駄天のワールだ。君が寝ていた間にパルクナットに戻って来てね。話は聞いてる。ありがとう」

 

「いえ、ヤガスさんにも伝えましたが気にしないでください」

 

首を振るとワールさんは苦笑して言った。

 

「それで実はギルドマスターには、他のSランクより早く帰ってきた俺が霊峰ラーゲンに行くように頼まれていたんだ。Sランクの中では戦闘力が低い方だから、厳しい冒険にはなると思うけどやり遂げるつもりだ。君が無理に向かう必要はないよ」

 

「そういうことでしたか。お気持ちはありがたいのですが、私も元々霊峰ラーゲンに用事があり、向かうつもりだったのです。ですので、申し訳ありませんが私にお任せ下さい」

 

蔵書をひっくり返して、故郷を探すのも疲れました。ちょうど良いので、霊峰ラーゲンで翼竜に事の次第を問い詰めようと思っていたのです。まだ居ると良いのですが。

 

「なるほど……。マスター、二人で行くというのは?」

 

「できれば片方は他の素材を集めるのを手伝って欲しいのう。二人の方が確実性は高いが、他の素材もそろっていないと話にならんからな。二人とも危険になったら逃げる実力はあるはずじゃ。最悪時間はかかるが、後から戻ってくる他のSランクパーティーに霊峰ラーゲンに行ってもらうこともできる。

もちろん、この話をメル殿が了承してくれるならじゃが」

 

「ええ、構いません」

 

できれば早く帰りたいのですが、フレイさん達を放って自分勝手な行動をするのは気が咎めます。きっと心配はさせているでしょうが、先を急ぐ訳では無いので。

 

「そうなると俺に霊峰ラーゲンに執着する理由は無いんだけど……。あそこは危険だ。できれば君みたいな小さな女の子に行って欲しくはない。君が魔物だとしてもね。聞いてはいるけどせめて実力を自分の目で確認したい。良ければ手合わせをしないか?上から目線のようで申し訳無いが、実力に問題がないとわかれば俺は身を引こう」

 

そういうことなら話が早いです。

 

「良いですよ。やりましょう。ログさん、槍を貸してもらえますか?……ログさん?」

 

離れた場所にターフさんと二人で座っているログさんに声を掛けると、必死に目を合わせないように横を向いていました。あれ、私ログさんに嫌われるような事しましたっけ?

 

不思議に思っていると後ろから息が止まるような圧迫感が。

 

「メル……?」

 

「ひゃい!!」

 

ロ、ログさん、なんで教えてくれなかったんですか?涙目でログさんに助けを求めても、目すら合わせてくれない。ターフさんも同様。ギルドマスターは話は終わったとばかりに豪華な扉の中に消えていくところでした。ワールさんはいつの間にかいない。韋駄天の名に恥じぬ素早さ。

こ、この薄情者!!

 

「あたい、さっきから無茶せずに休んで欲しいなって。そう思って色々言ってたんだけどわからなかったのかな?」

 

「いえ、そんなことはありません……!!」

 

「じゃあ、なんで早速無茶しようとしてたのかな?」

 

「そ、それは……!!」

 

綺麗な顔の人に瞳が笑っていない笑顔を向けられる恐怖で、しどろもどろになっているとフレイさんがギュッと抱きしめてきた。

 

「ねえメル。あたいは弱いからあんたが傷つく姿を見てるしかできなかった」

 

「私はフレイさんが強い人だと思いますよ」

 

「でも戦いでは着いていけない、そうだろう?」

 

「……」

 

「良いんだ、差があることはわかってる。それにそのままにするつもりもない。……ともかく、あんたには傷ついて欲しくないんだ。あんたが傷つく姿を見てると胸が苦しくなる。いつかどこかに消えちゃいそうで。だから無茶しないで欲しいんだ」

 

「……わかりました」

 

悲しそうにフレイさんに言われれば頷くしかできません。でもきっと、コアイマの時と同じような状況になればきっと同じ事をするでしょう。

 

了承した私を見て、フレイさんはちょっぴり寂しそうに笑いました。

 

 

「フレイのやつすげーよな。コアイマを倒した奴も、ギルマスもSランクも御してやがる……」

 

「あれは逆らっちゃいけねえ」

 

聞こえてしまったのでしょう。フレイさんがそちらをジロリと睨み付ければ、話していた人たちがピシッと気をつけで固まって押し黙った。つ、強い。

 

 




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第47羽 マジかよ

「じゃあ早速買い物に行くよ」

 

冒険者ギルドを出てすぐ投げかけられたのはその言葉でした。

 

「買い物……ですか?」

 

「そう、あんたの槍をね。ログのを借りてばっかりなのもなんだし」

 

「それは願ったりなのですが私はお金持ってないですよ?流石に買って頂くのは……」

 

「何言ってんの。あんたコアイマを倒しただろ?あれだけでかなりの報奨金が国からでる。街一つ消せるだけの戦力があるし、Sランク以上がいないと普通倒せないような相手だからね」

 

「そんな、貰えませんよ。私だけの実力では倒せなかったですから」

 

「なら、あたいが出すかい?別に良いよ?」

 

私をジッと見つめてくるフレイさんの目は完全に獲物に対するそれでした。借金にかこつけて、どんな要求をしてやろうかと。

 

「い、いえ、報酬金からありがたく使わせて頂きます……」

 

「そう……」

 

少し残念そうに歩き出したフレイさん。もし借りていたらどうなっていたんでしょうか。ブルリと悪寒を振り払って隣に追いついた。

 

「ま、あんたの分はあたいが既に受け取っているから、どっちにしろあんたの分から出すけどね」

 

そんなぁ。

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「さ、ここだよ」

 

たどり着いた武器屋は街の片隅にポツリと静かに佇んでいた。二人でドアをくぐればカランカランと澄んだ音が。

 

「いらっしゃい。……フレイか」

 

「なんだい。そのぞんざいな対応は。そんなんだから客が少ないんだよ」

 

「ほっとけ」

 

フレイさんを仲よさげな会話を繰り広げたのは、大量の顎髭を蓄えた小柄なお爺さんだった。彼の種族はドワーフ。鍛冶が得意で、力が強くお酒が大の好物。

 

この世界には人間以外の種族もしっかり存在している。それ以外にもエルフや獣人などがいるようです。北の大陸には人間に次いでドワーフが多く住んでいます。

 

彼がこちらに気づきました。ペコリと会釈をします。

 

「おい、どこから攫ってきたんだ」

 

「変なこと言うんじゃないよ。確かに攫いたいくらいかわいいけどね。保護しただけだよ」

 

「マジかよ……」

 

フレイさん?

 

本人は不穏な言葉をさらっと溢して店内の物色をしている。仕方ないのでドワーフさんに向き直った。

 

「始めまして、嬢ちゃん。儂はガンクだ。今日は嬢ちゃんが武器を買いに来たのか?」

 

「始めまして、メルと呼ばれています。その通りです、武器を見せていただきにきました」

 

「こりゃまた丁寧に。ふむ、木刀か短剣か?」

 

「いえ、槍です」

 

「すまんな、ここには木製の槍は置いてないんだ」

 

「いえ、本物の槍です」

 

「んん?」

 

どうやら、子供用の物を買いに来たと思ったらしいですね。まあ、この姿だと仕方ないですが……。

槍は長い上に重いです。普通だったらもてあますでしょう。

普通に立っていたらカウンターの上が見えないですからね。頑張って背伸びして顔を出しています。

 

「おい、フレイ!」

 

「なんだい?」

 

ガンクさんに呼ばれ、商品棚の後ろからひょこりと顔をのぞかせたフレイさんは不思議そうな顔をしています。

 

「嬢ちゃんが本物の槍が欲しいって言ってんだが?」

 

「ああ、それなら問題ないよ。この子、こう見えてかなり強いからね」

 

「マジかよ……」

 

いまいち信じられないらしく胡乱げな視線を向けてくるガンクさん。まあ、当然でしょうね。

 

「なら、ほれ。これをそこの別室で振って見せてくれ」

 

そう言って手渡されたのは穂先が潰された鉄の槍。これで危険がないか確認すると言うわけですね。

扉の無い部屋への入り口をくぐれば、藁で編まれた人間サイズのカカシが。これに実演すればいいわけですね。

 

「わかりました」

 

構える。先ずはゆっくり。基本の突きから、薙ぎ、叩きつけに派生。じっくり体の調子を確かめていく。

自身が思い描く最高の動きに混じったノイズを少しずつ取り除く。

基本的な型を一周する頃には邪魔な動きはほとんど無くなっていた。槍を引き戻す。

ここからは一段階ギアを上げて、その状態でもブレが出ないように――――

 

「凄いじゃないか。これなら問題ないな」

 

とそこでガンクさんに声を掛けられる。スッと頭の熱が冷めた。

危ない危ない、思わず本格的に訓練を始める所でした。藁人形も……問題ないですね。熱くなって失敗したのではと思いましたがよかったです。

 

別室から戻ってくるとガンクさんがフレイさんに声を掛ける。

 

「槍ならログが使うだろう。なんであいつがいないんだ?あいつに選ばせれば良いのに」

 

「メルとの買い物に邪魔だったから置いてきた」

 

「マジかよ……」

 

フレイさん?

 

ガンクさんの私を見る視線が段々、かわいそうな物を見る目に変わっていく。それに気づかないふりをした。

コアイマを倒してから変な風に振り切れてる気がするんですよね……。

 

「それで予算は?」

 

「ここの最高額でもいけるよ」

 

「マジかよ……」

 

思わず頭を押さえている。普段ない事が立て続けに起こって疲れているのでしょうか。なんだか申し訳無いです。

 

「ならとりあえずこの三つがオススメだ」

 

そう言って見せられてのは、金属・骨・緑の槍でした。

 

金属の槍は重く堅く強靱で壊れづらい。オリハルコンが混ぜ込まれた合金製。

骨の槍は軽く鋭く高い攻撃力を持つ。とある海の魔物の背骨が使われている。

緑の槍は、風を操ることのできる魔槍。純粋な威力では上二つに劣るが選択肢が増える。

 

三つそれぞれ手に取り、手の中で確かめる。

 

「さっきの部屋で試すこともできるぞ」

 

「いえ、決めました」

 

私が選んだのは金属の槍。

骨の槍の攻撃力は魅力的でしたが、少し軽すぎます。緑の槍は……私と能力が被ってるので。

やっぱり腕にズシッとくるのが良いです。壊れにくいのも好評価です。

 

「はいこれ」

 

「……本当に一括かよ、少し甘やかしすぎじゃねえか?」

 

「これ、この子が稼いだお金」

 

「マジかよ……」

 

ガンクさんの私を見る目がヤバい物を見る目に変わっていく。私は目をスッと逸らした。

 

「じゃあ、次行くよ。またねガンク」

 

「はい。ありがとうございました、ガンクさん」

 

「……おうよ」

 

ガンクさんはカウンターで頭痛が痛いと言った風に頭を押さえている。私達が出て行けば平穏が訪れるでしょう。ゆっくり休んで下さい。

 

人が消え、静かになった店内でガンクがようやく動き出す。

 

「なんか疲れたな……、もう店閉めるか?」

 

そう言って歩いて行くのは藁のカカシがある部屋。先ほどメルが使っていた藁のカカシの傷を確認して、変える必要があるかを決める為だ。

 

「傷一つない……」

 

しかしそこで目にしたのは僅かなほころびも無く新品同様の藁のカカシだった。それは間違いなくさっきの子供が使っていたカカシだった。

確かに槍の穂先は潰され、人が傷つくことが無いようになっている。だがそれでも槍は結構な重量を誇っている。そんな槍を結構な速度で振り回していた子供。それだけでも驚きだったのに、傷が一切付けられていない。あれほどの速度、回数で、あの重量の物体をぶつけられれば必ずどこかに綻びができるはずなのだ。

それが無い。つまりそれはあの子供が、槍を完璧に操っていたと言うことに他ならないのでは。

と言うかパンパンと藁に槍がぶつかっている音がしていたから寸止めでも無い。どうやったのか想像も付かない。

 

「マジかよ……、なんなんだあいつ」

 

流石のメルも備品を壊すのはよろしくないといった親切心が、ガンクに追い打ちを掛けていたとは思いもしなかった。

 




「的さんが生き残った……だと!?」と思った方は是非、お気に入りと評価をお願いします!!

あ、ツイッター始めました!使ったことないから勝手がわからない……。
作者のID多分これ⇒ @nemu_naro
ねむ鯛@なろうです。貼り付けるURLはなろうのものですが更新ツイートもやるのでよかったら登録して下さい!


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第48羽 魔導具専門店マグー

12時間に合わなかったので20時投稿です。


 

「さて次はここだよ」

 

武器屋を出てフレイさんに連れられてきたのは「魔導具専門店マグー」と看板が出た店だった。

 

「魔導具ですか?」

 

「そう、数日後にはマンドラゴラを取りに行くだろ?人数分持って帰ってくるには入れ物が必要だから、マジックバックでも買った方が良いんじゃないかと思ってね」

 

マジックバック。確か、空間魔法が付与されていて、入れ物のサイズとは裏腹に収納できる量がものすごく多い魔導具。便利そうなのでそれは良いのですが……。

 

「まだ私が霊峰ラーゲンに行くと決まったわけではないですよ?」

 

「なに?負けるつもり?」

 

心底不思議そうに聞き返してきたフレイさんは、私が負けるだなんて欠片も考えていない様で。

 

「いえ……」

 

その信頼に思わず顔を逸らしてしまう。

 

「照れてるの?顔が赤いよ?」

 

ニヤニヤ笑いながらフレイさんが私の頬をツンツンつついてくる。

 

「もう!ふざけてないで入りますよ!!」

 

北の大陸は寒いはずなのになんでこんなに熱いんですか!

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「モーク、来たよ」

 

後ろから入ってきたフレイさんが中に呼びかける。どうやらここも知り合いのお店のようですね。

 

「フレイか!?」

 

出てきたのは男性の方。

 

「重ね重ね言うが、妻と娘をありがとう……!!」

 

「もうそれは良いって……。助けたのあたいじゃないし」

 

ため息をついてうんざりとした様子を隠そうともしない。本当に何度も言われたんでしょうね。それだけ奥さんと娘さんが大事だということの裏返しでもあります。

 

「ここに来たって事はこの子が……!?」

 

「そうだよ、あんたの救世主さ」

 

バッと振り向いたモークさんに、面倒くさいのが離れて良かったいう表情のフレイさん。嫌な予感が……。

 

「ありがとう!!!!」

 

「わっ!?」

 

ガバリと抱きついて感謝の言葉を伝えてきた。

 

「俺はモークだ!君のおかげで逃げ遅れていた妻と娘が助かった!なんとお礼を言ったら良いか……!!」

 

な、泣いてる……!!なるほど、ヒドラに襲われていた女の子とそのお母さんらしき人は、この人の家族だったと言うわけですね。それは良いのですが……。

 

「わ、私はメルと呼ばれています。わ、わかりましたから……!!離れて……!!」

 

ひたすら感謝をしている相手に手荒なまねをするのもはばかられなかなか振り解けない。無駄に力が強い……!!

グイグイと顔を押しのけていると、不意に入店を知らせる音が。そして店内の温度がピシリと氷点下になる。さ、寒気が……!!

 

「あらあら、あなたったら……」

 

「ま、待ってくれ……!これには訳が……!!」

 

ドアを開けたままなのは、ヒドラの時に助けた二人だった。

母親は頬に手を当て、はんなりと微笑んでいる筈なのに背後に吹雪が暴れ、修羅が見えるのは何故……!?

そして女の子の方はウゲッとした表情で父親に言い放った。

 

「パパ、ばっちい……」

 

「グフッ!?」

 

あ、これはオーバーキル……。

力が抜けたモークさんを地面にベシャリと放置する。いきなり抱きついてきたんですからこれくらい良いですよね。

近づいてきた母親の方が視線を合わせて微笑んだ。

 

「あなたがメルちゃんですね?私はルミナ、この子はルナ」

 

「ルナはルナだよ!!」

 

「はい、メルと呼ばれています。よろしくお願いしますね、ルミナさん、ルナちゃん」

 

銀髪のかわいらしい母娘に名乗りを返す。あの時は気づきませんでしたが、綺麗な髪から覗く耳が長い。恐らくエルフでしょうか。

 

「フレイから話は伺ってます。あの時はありがとうございます。本当に死んだかと思いました」

 

「気にしないでください。死人を見るのはもうこりごりなので」

 

想像以上に人は強く、そして簡単に死ぬ。自分の大切な人が居なくなるのは身が切られるように辛い。他人とは誰かにとっての『大切な人』なのだ。それを見殺しにするなんて、私にはもうできない。

 

「お礼と言っては何ですが、お店から好きな物を持って行ってください。わたし達にはこれくらいしかできないので」

 

「そ、そんな、悪いですよ。私は別に――――」

 

そこまで言ったとき頭にポンと手が置かれた。フレイさんだ。

 

「あんたは感謝してる相手にお礼すらさせてくれないのかい?あんたは命を救ったんだ。礼くらいさせてくらなきゃ落ち着けないのさ」

 

見ればルミナさんはなんだか悲しそうで。

 

「うぐ……」

 

その言い方はずるいですよ……。

 

「わかりました……。ですが無料はダメです。せめて半額でお願いします……」

 

これ以上は私の罪悪感が……。

 

「わかりました。メルちゃんがそう言うのなら」

 

良かった。

その時後ろからクイクイと手を引っ張られた。振り向けばクリクリした瞳を輝かせたルナちゃんが。

 

「あなたが鳥さんなの?」

 

「ええ、そうですよ」

 

折角なので元の姿に戻りましょうか。

フレイさんに槍を預かって貰い「重……」、鳥の姿に変化する。

 

「わあ!ホントに鳥さんだ!!助けてくれてありがとう!!」

 

――おっと。

 

感激したように抱きついてきたルナちゃんを抱き留める。ちっちゃいので軽い。

 

「ふわふわ~」

 

ルナちゃんが抱きついたままに、顔を埋めてすりすりしてきた。ん、くすぐったいです。

 

「それにしても、魔導具作るために二人して夜更かしして逃げ遅れるなんて洒落にならないからね?」

 

「面目ありません……。二人して凝り性なものでして」

 

ここの魔導具はお二人が作った物だったんですね。お店を出せるほどの物を作れるなんて凄い。

 

「あ、メル。勘違いしてるしてるかも知れないけど、作ってるのは基本ルナだよ。ルミナはその仕上げ」

 

――え゛

 

「うちの子は天才なので……」

 

そう言ったルミナさんは誇らしげだった。

いつの間にか私の背中に乗って抱きついてはしゃいでいるルナちゃんが。

 

この子も才能があるのか……!!この天才児め……!!天才なんてなかなかいないって言いますけどアレは嘘です。私が断言します。

 

フレイさんが言うには冒険者が使っていた『帰還の種』もルナちゃんが作ってギルドに降ろしているようです。帰還の種を作れる魔導具作成者は限られているらしく、おかげでこの街は帰還の種の在庫ががたくさん在ったよう。そうでなければ、死者が出ていたとも。

もっとも帰還の種は作るのにかなり時間がかかるらしいですが。

 

なにげにこの幼女、死者ゼロの立役者ですよ。

 

「あんたも立役者の幼女の1人だよ」

 

うるさいですね……。ちっさいって言わないでください。……今なにげに心読みました?

視線を向けてもフレイさんは何かを吟味していてこちらを見ていない。

 

「ねえねえ、鳥さん。羽を一枚貰ってもいい?」

 

背中のルナちゃんに翼をねだられた。う~ん、一枚ですし問題ないでしょう。ヨシ!

頷けば嬉しそうに一枚引っこ抜いていきました。ちょっと痛かったです……。

 

「メル、こっち向いて」

 

呼ばれ何かをごそごそと探していたフレイさんに、ルナちゃんを背中に乗せたまま向き直る。すると手が伸びてきて、額に何か付けられた。何でしょうか?

 

「うん、似合ってるね。ほら」

 

そうして見せられた手鏡には、私の頭に付けられた淡い赤のかわいらしい髪留めが。

 

「モーク、これとこれお会計して」

 

「……わかった」

 

未だ再起動していなかったモークさんを起こして、フレイさんがお金を払う。あの、これは?

 

「あたいからのお礼さ。まだ全部じゃないけど、これで一つね」

 

さっきの今で断ることができない……。もしや狙ったのでは……?

なんだか満足げなフレイさんを見て思う。

 

「あ!それはね、危なくなったらバリアーしてくれるんだよ!一回だけだけどね!」

 

……なにげに凄いのでは?私は訝しんだ。

 

その後、鳥形態になっても邪魔にならない、腰に付けるポーチタイプのマジックバックと、料理をするための簡易コンロ、フライパンと鍋を購入した。

 

――あれ?

 

店を出るとき、ふと気づいた。フレイさんの髪にも暗めの青の髪留めが。ここに来るまではなかったはず……。私がしている髪留めと似てます。お揃いっぽいですね。……まあ、似合ってるし良いか。

 




「待て誤解だ」 ???「男の人っていつもそうですよね!」
「フレイさん……『卑しか女杯』に出られるのでは?」
と思って頂けた方は是非、お気に入りと評価、感想お願いします!!

それと更新時間がずれる場合はツイッターで呟くはずなので良ければ登録お願いします!!

ID多分これ⇒ @nemu_naro


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第49羽 お風呂だ!!


お気に入り沢山ありがとう!
昨日誤字報告を頂いたので修正しました。ありがとうございます!
なろうの方も修正してあります。

昨日はお休みしてました。その代わりと言ってはなんですが……。
これが欲しいんじゃろ?


 

「さて、ちょっと早いけどそろそろ休もうか。あんたも疲れただろうし」

 

「そうですか?私は大丈夫ですよ」

 

「30%が何言ってんの」

 

「30%……」

 

魔導具専門店マグーを出た辺りで、疲れただろうからと何故かフレイさんに抱き上げられ、そのまま腕の中。恥ずかしいので降ろして欲しいと言っても断られました。疲れてはいますが、まだ30%なので大丈夫なのですが……。死にかけているわけでもないですし。

 

槍は持っていません。重いからとマジックバックの中にねじ込まれました。確かに私より槍の方が重いですからね。

元の鳥の姿は羽毛で膨れて見えますが、実際の体は細いです。今の体重もその時とほぼ変わりないので、槍を使うときは体重移動に気を付けないとすぐに引っ張られるでしょう。それも含めて修行です。

 

宿屋『萌えよドラゴン』についた私達は部屋着くと荷物を降ろした。ポスンと備え付けのソファーの腰を下ろす。

 

「あんた人の姿になったんだし、お風呂に入ったら?」

 

「お風呂ですか……」

 

この宿屋『萌えよドラゴン』は結構高級な場所らしく、部屋に一つお風呂が付いています。

そういえば転生してからはご無沙汰でしたね。初日にフレイさんに木桶でもみ洗いされましたが、流石にあれはお風呂ではないです……。

 

「わかりました。では準備しますね」

 

「あいあい」

 

お風呂の大部分も魔導具で製作されているらしく、スイッチ一つでお風呂がお湯が張られますし、シャワーもあります。なにが言いたいのかといえば文明の利器最高ということです。

冒険者としての装備の大部分を外して身軽になったフレイさん。布団に寝っ転がった彼女にお風呂の使い方を教わって、十数分後。浴槽には湯気が上がるお湯が並々と注がれ、暖かそうに揺れていた。

 

「わあ……」

 

後ろ手に扉を閉める。人化したときに勝手にまとわれていたバトルドレスのような服。私に翼の色である紺碧をメインにしつつ、白と黒で彩られている。機能性を重視しつつもかわいさが失われていないそれを、かき消した。

この服を出し入れする能力、謎なんですよね。人化のスキルに付随して使えるようになったのですが、原理がよくわかっていません。完全に『スキル』としての補助輪便りです。

スキルはそのまま『スキル』として使うより、仕組みを理解して自分の技術として落とし込んだとき更に真価を発揮します。むう、おそらくは魔力が関係していると思うのですが……。

 

まあそれは置いておきましょう。今はお風呂です。備え付けの木桶を手に取り、お湯をすくい上がる。お湯につかる前に体を清めるのは作法です!清めの文化は履修済みですよ。

 

「んふぅ……」

 

体を滑り落ちていく暖かなお湯に思わず声がもれる。あたたかい……。

今か今かと待ち受ける湯船へと足を滑り込ませ、次いで腰、胸、肩とザブンと沈めていけば、思わずうっとりとしたため息が零れた。

 

「はぁぁあ……」

 

幸せです……。私が小さいが為に少し浴槽が深いですがそれ以外に何も不満は浮かびません。

気持ちいい……。まさに至福の時。

 

ガチャリと、そう思っていたときに音がした。首を動かせば、扉を開けたフレイさんが。

 

「ふ、ふれいさん?な、なにを?」

 

「お・風・呂・♪」

 

実に言い笑顔です。何故?

 

「もうちょっと待ってください。体を洗ったら上がりますので……」

 

「大丈夫。一緒に入るから」

 

なにが大丈夫なのでしょうか。

服を脱いだフレイさんがお湯で体を流し、正面の湯船に体を滑り込ませてきた。あ、こちらにも清めの文化はあったのですね。

 

「ふいぃぃ」

 

「フレイさん、声がおじさん臭いですよ」

 

冒険者をやっているとは思えないほどきめ細やかな白い肌に赤い髪が良く映えます。スラリと伸びた長い脚に小ぶりながらもしっかりと主張するお尻。冒険者として動くおかげか腰はキュッとくびれ、実に女性的なお胸が湯船に浮かんでいます。見事なモデル体型。羨ましくなるほどきれいです。この光景を見たことを知れば男性の方はうらやましさのあまり怨嗟の声をあげるでしょう。私は女なので関係ありませんが。

 

「あん?そんな事を言うのはこの口かね」

 

「ふ、ふへいはん(フレイさん)いはいへふ(痛いです)

 

私の指摘が気に入らなかったようで、頬を摘ままれてしまった。

 

「ん?」

 

何かに気づいたフレイさんが頬をつねるのをやめ、私を抱き上げたかと思えば膝の上に降ろした。

 

「わわ……」

 

「あんたには少し深かったみたいだね。あたいが入ったせいもあるかな」

 

あ、深さが丁度良い。さっきまでは足を底に着けて浮力に任せる形でしたが、今はお尻を着けて座っていられます。

 

「ありがとうございます」

 

「良いさ。ほら、力抜きな」

 

後ろから腕を回してきたフレイさんが、お腹の前で手を組む。

う~ん、頭の後ろに柔らかい感触が……。まあ同性だし、ヨシ!

 

「ありがとねメル」

 

「はい?どうしたんですか急に」

 

「ちょっとね。あんたが両親の敵《かたき》を取ってくれたから」

 

「敵《かたき》……、あのコアイマですか?」

 

「そうさ……」

 

そうしてフレイさんが話してくれたのは、幼少期のことでした。当時、コアイマに酷く恐ろしい光景を見せられ、そして生き残ることになったこと。冒険者を目指し、訓練し、そして今に至ること。

話を聞いて感じたのは、やはりフレイさんが強い人だと言うことだ。

 

「すごいですね、フレイさんは。トラウマを植え付けられあんなに怯えていたのに自力で立ち上がった」

 

お姉様のおかげでようやく立ち上がれた私とは大違いだ。

 

「何言ってんのさ。あんたのおかげだよ」

 

「え?」

 

湯気が立ち上る水面を眺めていると、頬をやんわりと挟まれて上を向かされた。

逆さまになったフレイさんが視界に入る。

 

「小さくても自分より強大な存在に立ち向かう。昔のあたいにはできなかったことだよ。それを目の前で実践してくれたあんたがいたからあたいは立ち上がれたのさ」

 

「そんな……、私は……」

 

私が小ささに見合わない強さを持っているのはある種当然の話です。何せ前世の力を引き出し、上乗せしているのですから。私はそんな風に言ってもらえるような存在では……。

 

「ん~、あんたが何を悩んでいるのかはわからないけど、あたいがあんたの背中を見て救われたのは事実さ。その事実は否定しないで欲しいね」

 

手が離され、再び水面が目に入る。

 

「あんたはあの場でコアイマに二度致命傷を負わされ、それでも立ち上がり三度目で奴を下した。あんたは諦めなかった」

 

そこで言葉を切ったフレイさんが私をひっくり返し、正面から向き合う形になる。

 

「それって凄いことだよ。自分より強いはずの奴に諦めず立ち向う。そんなあんたに勇気を貰ったのさ」

 

私がフレイさんに勇気を?お姉様がしてくれたように?

 

「だからね、ありがとう」

 

「……はい。どういたしまして」

 

柔らかく微笑むフレイさんに笑顔を返した。

 

「それにしても」

 

体を洗おうと浴槽から出た私に、浴槽の縁《ふち》に両腕を乗せ、そこにあごを預けたフレイさんが言葉をかけた。

 

「こうしているとあんたが魔物だって事忘れそうになるよ」

 

「今は翼を引っ込めていますからね」

 

羽毛が水に濡れるを気持ち悪いですし。椅子に座った私がそう返すと、おもむろに立ち上がったフレイさんが浴槽から出て横に立った。

スポンジを二つ手に取るとニヤリと悪戯に笑う。

 

「礼と言っては何だけど体を洗ってあげるよ」

 

両手に持ったスポンジを奇妙な手の動きでわしゃわしゃと泡立てる。

な、なんだか身の危険を感じます……。

 

「や、やっぱり今日はもう出ようと思います。ほら、私疲れているので……」

 

「大丈夫大丈夫、直ぐ済むから。ちょっとくらい問題ないよ」

 

マグーを出たときは休めって言ってたのに!言ってることが違うじゃないですか!!

服を出すのは……行儀が悪いですね。こうなったら元の姿に戻って……。

 

「あ、そうそう」

 

その時、さも今思い出したとばかりにフレイさんが言った。

 

「初日にあんたを木桶で洗った事からわかると思うけどここはね、動物は入浴禁止なんだ」

 

「い、良いですよ。ちょっと怒られるくらい……」

 

宿の人には申し訳無いですが……。

 

「違う違う、あんたの扱いは一応従魔だからね。怒られるのはあたい」

 

「あ……、う……」

 

私のせいでフレイさんが怒られる?

 

「ふうん。これで止まってくれるんだ」

 

「ひ、卑怯者ぉ」

 

「あんたは優しいね……。だからあたいも優しく、ちゃんと隅々まで洗ってあげるから」

 

「ひゃあ!?」

 

椅子に座ったまま固まってしまった私の耳元でそう呟いた。

 

※以下音声でお楽しみください。

 

「ほら、暴れないって」

 

「ま、待ってください。自分でやりますから……!」

 

「疲れてるんだろう?全部任せなって」

 

「んう?! ちょ、くすぐったいです!」

 

「すぐ済むからね~」

 

「そ、そこは!!ひゃあ!?」

 

「変な声出さない。スポンジで洗ってるだけだろう?」

 

「んん。んう。んひゅ!?」

 

「手で口を押さえてプルプルしてるけど大丈夫かい?」

 

「ま、ちょ、もう……あっ!?」

 

「ん?翼を我慢してたのか。そういうこと」

 

「はあ……、はあ……、すみません」

 

「まあ一度出たものはしょうがない。こっちもきれいに洗ってあげるよ」

 

「な、なんでそうなるんですか!?ひゃう!?」

 

「……ふうん。翼の付け根が汚れやすいんだね。しっかり擦ってあげるよ」

 

「そんなこと言ってな……。~~~っ!!!?」

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

ぐでっと力なく布団に寝っ転がる。

つ、疲れました。お風呂に入ってリラックスしたはずなのに……。何かを失った気がします……。

あの後もひたすらスポンジで全身を洗われ続けました。それだけで何もありませんでしたが。ありませんでしたが!!大事な事なので二度言いました。

 

あと翼に関してはバレなければ犯罪じゃないらしいです。ええ……。

 

横にはフレイさんがスヤスヤと眠っている。全く……。

今のうちにステータスでも確認しましょうか。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ステータス

 

名前 メルシュナーダ 種族:キッズスワロー

 

Lv.50 状態:進化可能・疲労・魔素後遺症(軽微)

 

生命力:5209/5698

総魔力:1098/1271

攻撃力:1184

防御力: 465

魔法力: 596

魔抗力: 451

敏捷力:3261

 

種族スキル

羽ばたく[+飛行・強風の力・カマイタチ・射出]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹

 

特殊スキル

魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)・(呪人)]・人化

 

称号

輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)・穢れ払い

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ヒドラと戦う前はレベル15だったのにもうレベル50です。見たときは驚きましたが、ヒドラとコアイマとの連戦。そしてそもそもヒドラが、SランクとAランクの冒険者複数人で討伐するほどらしいので、どう少なく見積もってもAランク以上の魔物でしょう。そしてそれを飼っていたコアイマ。

Dランクの魔物に過ぎない私にはそもそも格上過ぎる相手です。それでなくても能力込みで死にかけたのですから。

当然と言えるでしょう。

 

それにしてもステータスの伸びが凄いですね。二度も死にかけたせいでしょうか。生命力は5000を越え、総魔力も1000を越えました。敏捷力は3000とかなり速く動けるように。

 

特殊スキルに『人化』が追加。例によって詳細はわかりませんが、人の姿になれます。

そして称号に『穢れ払い』が増えていました。これもよくわかりませんが、関連性があるとしたらコアイマかヒドラくらいですね。穢れ……ですか。なんなんでしょう。

 

 

状態は、疲労と魔素後遺症(軽微)。まあこれが不調の原因ですね。明日には50%位にはなっているでしょう。

 

そして進化可能です。

 

どうせ寝てしまうのでその前に進化、しましょうか。

 

 




申し訳無いですが作者にファッションセンスも絵心もないので服装の詳細は想像力で補ってください……。
美少女と美幼女が風呂場に2人。なにか起こるはずもなく……。実に健全ですね。間違いない。


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第50羽 進化して③

短いです……。


 

進化先はこのようになりました。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

現在:キッズスワロー D

 

 →ギガバーディオン:C+

 →ノーブルバーディオン:D+

 →イースカイト:Cー

 →シュヌスワロー:Cー

 →ブルーファルク:C

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

最初は進化先が三つしかなかったのに今はこんなに。

 

一番上のギガバーディオンはビッグバーディオンの進化先でしょうか。ランクはC+で一番高いです。大きさとは強さの一つの答えでもあるので、強さは保証されていると言えるでしょうが、現状で進化は無理です。どれほど大きくなるかわからない以上、今回は見送るのが吉でしょう。人化があるとはいえ、不安が残るので。なにより次は、メガとか出てきそうですし、次の進化でも機会はあるはずです。

 

ノーブルバーディオンはバーディオンの進化先でしょうか。ランクは一番低いです。最近は進化先の方向性を間違えたときの救済措置の様な気もしてきました。

 

イースカイトは……トンビでしょうか?イースはよくわかりませんが猛禽類になる以上、戦闘力方面の強化は大きいはずです。

 

シュヌスワローは現在のスワローの進化先ですね。キッズが抜けた『スワロー』でD+ランクになると予測していたのですが、Cーランクのシュヌスワローと、進化を一段階飛び越しているような気もします。シュヌの意味は不明です。

 

ブルーファルクはファルコン、ハヤブサでしょうか?猛禽類であり、注目されるのはその速度。通常の飛行速度もさることながら、急降下の速度は目を見張るほど。ブルーというので青いのでしょうか。

 

迷いますが……折角なので強みを伸ばす方向で行きましょう。伸ばすのはズバリ速さです。

巨大化の道はとりあえず置いておいて、飛行速度や飛行距離を重視します。ここが別の大陸なら海を越えなくてはいけないですし。

 

結果残るのは『シュヌスワロー』と『ブルーファルク』です。

飛行速度と飛行距離を天秤に掛けるなら、海を渡る可能性を考えなければいけない現状、距離に傾きます。ここはそのままスワローでしょうか。

 

そのときふと思いだしたのは翼竜のこと。ここが別大陸だと仮定すると彼も海を飛んで移動したことになる。

彼が私と戦ってから、リベンジまではさして期間は経っていません。彼が言うように龍帝に修行を課して貰ったのだとすれば、そこまで移動に時間を掛けてないことになります。つまり、距離としてもそこまでない?

 

なら、現在の私の飛行能力から鑑みるに、距離はそこまで重視する必要はないのでは?

 

……決めました。

 

『ブルーファルク』に進化します。きっと今のスワロー種よりサイズは大きくなるでしょう。

そして、単純なパワーとスピードが大きく強化されるはずです。

 

そうして進化を実行すれば私の意識はゆっくりと落ちて……。




ちなみにハヤブサはタカより、スズメやインコに近いそうですよ。


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第51羽 ブルーファルク

すみません、昨日はお休みでした。


 

 

 朝、起きて確認したステータスがこちらです。

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 名前 メルシュナーダ 種族:ブルーファルク

 

 

 Lv.1 状態:魔素後遺症(軽微)

 

 生命力:6219/6483

 総魔力:1211/1482

 攻撃力:1501

 防御力: 516

 魔法力: 677

 魔抗力: 504

 敏捷力:4126

 

 ・種族スキル

 羽ばたく[+飛翔・強風の力・カマイタチ・射出・急降下]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹[+蒼気]

 

 ・特殊スキル

 魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)・(呪人)]・人化

 

 ・称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)・穢れ払い

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 猛禽類の仲間になったからか攻撃力の上がり幅が大きいですね。敏捷力も4000を突破しましたが、相変わらず紙装甲で悲しいです。

 

 種族スキルは『飛行』が『飛翔』に変化していました。効果は飛ぶのが更に速くなることと、体力の消費が抑えられる事です。

 

『急降下』が新しく追加。読んで字の如く、ハヤブサらしく急降下。そのときにかなり速度が上がります。奇襲するときに有効かもしれません。ただ地面に激突すると普通にシミになるだけなので注意が必要です。

 

『空の息吹』に追加されていた『蒼気』は意識すると鮮血の様に赤かった闘気が蒼くなります。闘気の扱いが体に最適化されたのか生成の速度、量、質が上がっており、氣装纏鎧《エンスタフト》の維持もスキルの補助効果のおかげか、かなり楽になりました。

 

 おかげで今日の演武でイメージの師匠に勝つことができました。素手は無理ですが、槍でならたまに勝てます。魔術を使われると無理ゲーになりますが。

 

「ふう……」

 

 宿屋『萌えドラ』の庭での朝の訓練を終え、構えていた槍を下ろす。

 昨日は朝起きて直ぐに移動して、そのまま過ごしたので槍を振る機会がなくで少々物足りませんでした。やはり、朝の日差しが降り注ぐ中、一番に槍を振るうのは気持ちいいです。

 コアイマ戦ではぶっつけ本番でしたが、かなり久しぶりに槍を使うので錆落しも兼ねています。訓練中の自分の動きを反芻《はんすう》していると、近づいてくる存在が。フレイさんだ。

 

「はい、お疲れ様」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ひんやりと冷たいタオルを渡してくれたフレイさんにお礼を返します。動き回って火照った体に気持ちいいです。

 ありがたくタオルを使っていると、ジッと見つめていたフレイさんが口を開いた。

 

「あんた……大きくなってない?」

 

「あ、気づきました?」

 

 キッズスワローから進化してブルーファルクになった影響か、人化後の姿に変化が現れていた。単純に身長が高くなっただけですが。幼女から少女くらいの変化です。

 

「成長期なんですよ」

 

「いや、そんなレベルじゃないと思うよ?」

 

 ごもっともです。

 元の姿に戻った方がわかりやすいですかね。槍をマジックバックにしまい、人化を解除する。

 

「うわ、かなり大きくなったね……。こんなスワロー種見たことないけど……」

 

 膝丈くらいだった大きさが、太ももの真ん中くらいまで高くなりました。フォルムも全体的にハヤブサっぽくなってます。

 

「いや、もしかしてあんたファルク種になったの?」

 

「ええ、ブルーファルクと言うらしいのですが知りませんか?」

 

 人化し直して聞けば、フレイさんは知らないという。

 

「相当珍しいか……ユニーク種かもね」

 

「ユニーク種……ですか?」

 

「そう、鳥の魔物で青い奴って言ったらスワロー種くらいのものだからね。その姿の魔物はあんたが初めてかもね」

 

「そうなんですね」

 

「ファルク種は肉食だから初対面の冒険者には警戒される可能性があるけど……。青はスワロー種って認識があるから大丈夫か。多分少し大きいスワロー種って思われるよ」

 

 元の姿が冒険者に警戒されることまでは考えていませんでした。だとするとまだスワロー種で良かったでしょうか。今更変えることはることはできませんが。

 そんなことを考えているとフレイさんが確かめるように首筋を撫でてきた。

 

「……ん」

 

「汗は……かいてないみたいだけど、折角だしシャワー浴びてきなよ」

 

「そうですか?わかりました」

 

 種族の事について考えていた私は、生返事で部屋へと向かった。そしてそれを後悔することになる。風呂場の中で。

 

「来ちゃった♪」

 

 ドアが開く音で我に返る。振り返ればフレイさんが満面の笑み。だから、なぜ??

 

「昨日と間違え探ししないとね」

 

「ま、待ってください!!意味分から……いやぁ!?」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 朝から疲れました……。反面横を歩くフレイさんはなぜかツヤツヤして良い笑顔です。体力吸い取られたのかな?

 

 ともかく状態異常は魔素後遺症(微弱)が残っているだけ。疲労状態は回復しました。今日の体調は昨日の時点では、回復しても5割くらいだろうと思っていたのですが実際には7割くらい。他に何もないので唯一関連性がありそうな進化のおかげかもしれません。

 

 この調子ならSランク冒険者であるワールさんとも戦えます。

 

「来たね」

 

「お待たせしました」

 

「いや、俺も今来たところだから」

 

 それはタイミングが良かったと思ったら、ムスッとしたフレイさんにチョップされた。なぜ??いや、ホントになぜですか??

 

「あれ?身長伸びた?」

 

「ええ、成長期なんです」

 

「一日でわかるほどの変化は成長ってレベルじゃないよね……」

 

 やっぱりそう思います?苦笑いしたワールさんと審判役を務めるといったヤガスさんも一緒に階段を降りていく。

 ギルドの地下に存在するちょっとした訓練施設で向かい合えばギルドマスターであるヤガスさんが口を開いた。

 

「ルールは簡単。どちらかが降参するか、戦闘続行不可能と儂が判断するまで。もちろん殺しはなし」

 

「そっちから良いよ」

 

「では……」

 

「!!!!」

 

 先ずは一歩。踏み込んで両手に持った槍を突く。

 軽い一撃。容易にカウンターが可能なそれをやはり返された。私は迫る剣に――更にカウンターを返す。

 そこからラリーのように一息の間に十を超える攻防を繰り返す。拮抗しているように見えて有利なのは私です。間合いで勝る私が少しずつ押し込んでいく。

 このままだと押し負けると思ったのかワールさんが押し返そうと攻撃のギアをあげてきた。私も応じるようにあげていけば、有利は覆らない。

 

 何度目かの打ち合いでワールさんが無理矢理、槍に強打をぶつけた衝撃で距離を作り出した。仕切り直しですね。

 

「まいったな……」

 

 口元を引きつらせてワールさんが冷や汗を垂らした。

 




気づいたかも知れませんが、作品の題名を変更しました。
またコロコロ変えるかも知れません。ご迷惑おかけします……。


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第52羽 Sランク

 

参ったな、などと言いつつもしっかりと対応してくる辺り、流石Sランク冒険者と言うべきでしょう。それに手を抜いている訳では無いようですが、全力でもありません。そこまでの気迫を感じないので。

 

あんまり遊んでいるとそのまま倒してしまいますよ?

 

手の中で槍を高速回転させながら、舞うように接近すると頭上から一気に叩きつけた。

 

「面白い動きをするね!!」

 

「お褒めにあずかり光栄です!」

 

「それは嫌みかな?」

 

「素直な気持ちですよ!」

 

言葉の応酬と共に武器をぶつけ合う。金属同士が奏でる激突の音に負けないよう、自然と声が大きくなる。

ギアを上げましょうか。

ワールさんのが振り下ろして来た剣に合わせ、踏み込みと共に槍をぶつける――――直前で横にずれた。

 

「は?」

 

誰も居ない場所に剣を振り下ろしたワールさん。その真横から槍を振り下ろす。

 

「ッ!!」

 

流石ですね。咄嗟に地面を転がるようにして避けられてしまいました。

ワールさんからすれば視界から消えていきなり真横に現れた様に感じたでしょうに。

 

私が使ったのは滑歩(かっぽ)。何度も気持ち悪い動きをすると言った、地面を滑るように動く歩法です。

私の体の動きから踏み込んでくると予測したその意識を裏切った横移動。人間の体では不可能な動き。

この技術は無拍子と非常に似ています。と言うか考え方事態は一緒です。

無拍子は攻撃の出を悟らせない事で意表を突く。

滑歩(かっぽ)は移動先を悟らせない事で意表を突く。迷えばそれが隙になります。それだけで攻撃できる時間が増える。

 

すぐさま跳ね起きてすくい上げるように振るわれた剣に、槍を合わせ、続く攻撃を捌いていく。

槍と剣が激突し、衝撃で僅かに距離があいた瞬間、今度はバックステップする……様に見せかけ、重心が後ろに傾いたまま前進。ワールさんの意識では距離が開いたはずなのに、実際の視界では近づいているという、予測と現実のギャップに体が一瞬硬直する。

 

近づきながらそのまま後ろに重心を倒していき、体を回転させ地面を這うようななぎ払い。遠ざかったように見えて、実は近づきつつも、実際はそれよりも少し遠い。距離のミスディレクション。リーチが長い槍だからできること。

 

それでもワールさんは対応して見せた。薙ぎ払いを咄嗟に飛んで避けられた。でも――甘いですよ?

槍は飛んだ彼の下でピタリと止まると、間髪入れずに跳ね上がる。

 

「くっ!?」

 

空中で身動きの取れない彼を遂に吹き飛ばした。剣とは違い、槍は柄が非常に長い。剣の重心は剣身にある。対して槍の重心は手元だ。これだけで武器の扱いやすさが段違い。

 

てこの原理、と言えばわかりやすいでしょうか。

 

私の槍を持つ自然体の構えは右手が前、左手が後ろ。

叩きつけから、急な攻撃の軌道の変化も簡単だ。右手を上に軽くスナップさせ左手を逆に動かす。それだけ小さな手の動きでも、手元から距離のある槍の穂先の軌道は大きく変化する。

攻撃の軌道において、棒術ほど自由自在な技術はないといってもいい。

 

空中で体を捻り、受け身を取って着地した彼が笑う。

 

「その奇妙な歩法、攻撃は軽いとみた」

 

まあ、ばれるでしょうね。重心が剣身にある剣と、手元にある槍。攻撃に重さがあるのはやはり剣です。威力という面で一歩及びません。さらに滑歩(かっぽ)のスライドする現象はエアホッケーと似ています。

 

滑歩(かっぽ)が地面を滑るように動けるのは、踏み込む際地面を蹴った加速で翼に揚力を発生させるからです。体が浮いているから威力が少なくなる。威力を捨て自在さを取ったので仕方のない話です。

 

その時、ふと思い至った。これなら威力をどうにかできるかもしれないと。

 

攻撃をぶつけ合うさなか、一瞬の隙を突いて滑歩(かっぽ)。体を右に倒し、左に移動することでスルリと視界から外れた私。

 

慣れてきたのか彼は即座に反応して見せた。視界から消えた私に狼狽えることなく冷静に状況を分析し、視界に捉え直した私の攻撃をガードする構えを取る。

無理に避けようとするのではなく、軽い攻撃を防御するのを選択するのは正しい判断です。

 

――――さっきまでなら。

 

攻撃と同時、翼を動かし『急降下』を発動する。

 

――ズンッ!!

 

攻撃の踏み込みと共に、床が陥没しギルドそのものが大きく震えた。軽いはずの攻撃。それが突然超重量級の攻撃に変貌する。

 

もちろん、威力も今までと比較にならない。そんな攻撃を受け止めようとすればどうなるか。結果は見れば明らか。轟音と共にかっ飛び、壁に激突する。

 

見ていた人があまりの威力に固まった。私も固まった。思わず冷や汗を垂らす。

マズい、やり過ぎました?ぶっつけ本番でやったら自分も予想できない威力が出たしまった件。

いや、遊んでる場合じゃありません。

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

人型に陥没した壁に埋まるという漫画みたいなムーブをしたワールさんに駆け寄る。

壁から体を引き抜いた彼は笑った。思ったより余裕そう。

 

「参った。降参だ」

 

……む。

 

「……まだ、全力ではありませんよね」

 

「まあ、手合わせで飯の種をひけらかしすぎるのもなんだし、熱くなりすぎて怪我をするのは馬鹿らしいからね。それに君だって全力じゃなかっただろ?」

 

「まあ……」

 

戦撃は結構危ないので。でももう少し楽しく槍を振るいたかったですけど。

 

「……君は結構な武人気質みたいだね」

 

まあ、元武家の娘ですし?

 

「ともかく君なら霊峰ラーゲンでもなんとかなると思うよ。頼んだよ」

 

「ええ、必ずや」

 

マンドラゴラを手に入れて見せましょう。

 



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第53羽 霊峰に向けて

お気に入り登録ありがとう!!


 

「準備完了です」

 

冒険者ギルドで手合わせをした次の日の朝。訓練が終わった後フレイさんに無理矢理風呂に押し込まれて、たくさん洗われるアクシデントがありましたが、無事出発できそうです。無事……?

 

ともかく、魔物であるはずの私に大事な役目を任せてくれた皆さんの期待にも応えなくてはいけません。

頑張らなくては。

 

「よろしく頼む、メル殿。だが無理をすることはない」

 

「その通りだ。霊峰ラーゲンは過酷な地だ。引き返すことも心にとめておくこと」

 

「わかりました。ヤガスさん、ワールさん」

 

「霊峰ラーゲンに行くために必要なものは全部持った?食料、水、マンドラゴラの写し絵、それから……」

 

「もう!大丈夫です!!確認するのこれで五回目ですよ?」

 

フレイさん、あなたは私の母親ですか。気にしてくれるのは嬉しいですが、いささかやりすぎでは?

 

「うっ、ごめん。ちょっと心配でさ……」

 

「大丈夫です。私は頑張れますよ」

 

「ほら、それだよ」

 

腕に力を込めて力こぶを作ってみせれば(出なかったですけど)、フレイさんは眉を寄せた。

 

「あんたは元から無茶しすぎなの。マンドラゴラに関しては後から帰って来るSランク冒険者のパーティーでも間に合う可能性が高いって聞いてるだろう?保険みたいなものだから気負いすぎない。もっと自分を大切にして?」

 

「……善処します」

 

煮え切らない私の答えに呆れたように息を漏らす。腰に手を当てていたフレイさんは何かを思いついた様に方眉を上げると、おどけた様に言った。

 

「あんたが死んだって聞いたら、あたいもいつの間にか死んでるかもね?」

 

「そんな……!!」

 

「冗談だって。じょーだん。深刻な顔しない。ごめんって。それくらい自分を大切にしてってこと」

 

「……はい」

 

でももう言わないで下さいね。死ぬなんて。

 

「紫陣:加速(かそく)

 

手を握り、霊峰ラーゲンがある北に向けて魔術陣を作り出す。

 

「それでは行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

皆が手を振るのを視界に納め、鳥の姿で魔術陣に飛び込んだ。いきなり最高速度に到達し、空にとびだした。

さあ、霊峰ラーゲンへ行きましょう。

マンドラゴラと翼竜が持つ情報を求めて。

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

その数時間後。

一つの馬車がパルクナットに到着する。地面に突き刺さった剣に白い蛇が巻き付いたロゴが。白蛇聖教のシンボルだ。

1人、少年が馬車から下りる。

 

「ここが目的地か」

 

知らない土地。思わず瞳が好奇心に輝く。

 

「待ってよリヒト」

 

馬車から不満そうな顔が一つ覗いた。置いて行かれそうになってお冠のようだ。

 

「ごめん、気持ちよさそうに寝てたからつい」

 

そう言ってリヒトは馬車から下りようとするミルをエスコートする。

 

「全くもう」

 

「ごめんごめん」

 

エスコートに少し機嫌を戻したミルにリヒトが謝っていると、小柄おじいちゃんが話しかけてきた。

 

「初めまして、この待ちのギルドマスターをしているヤガスと申します。まさか――――勇者様に来て頂けるとは」

 

勇者。白蛇聖教が認め、祝福を授けた存在だ。

 

「勇者ね……、僕は、俺はそんな大層なものじゃないよ。それに少なくともまだ勇者でもない」

 

「そうですかな?聞けば別の大陸で、人を助け、悪をくじき、帝種を退けたこともあったとか」

 

「当たり前の事をしただけだ。帝種に関してはほんとうに偶然だ」

 

ふむ、と頷いたヤガスは至極当然の疑問を投げかけた。

 

「白蛇聖教から突然報告を受けて驚きましたぞ。どうしてここに?」

 

その答えは馬車から返ってきた。

 

「あなた、我々白蛇聖教に救援要請を出したでのしょう?依頼のせいで冒険者が足りないと。街が大きな被害を受けたと。そこの勇者様は、その話を聞くとすぐさま飛び出したのですわ」

 

そういって馬車から下りてきたのは金糸の髪を縦ロールに垂らし、不遜な態度を崩さない少女だった。

 

「ええ確かに。他の冒険者ギルドにも戦力が足りなかったようなので、白蛇聖教殿に連絡をさせて頂きましたが……」

 

そこでヤガスは言葉を切り、リヒトの方を見た。

 

「俺の勇者就任式のパーティーのために色々と集めているって聞いてさ。そんなもののためにって居ても立っても居られなくてね」

 

「そういうことですか。わかりました。それでは宿泊して頂く場所までお連れしましょう。話はまたそこで」

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「そうか、奴がやられたか」

 

「ふむ、色々と便利な奴だったんだが……」

 

「コアイマ……か。人類も奇妙な名前を付けるものだ」

 

「もう我々は増えることもできない。うかつに動けば英雄級が顔を出す」

 

「だから奴の育てる魔物は手駒として便利だったんだがな。まあ、まだ生き残りがいくつか居る。それを死なせなければしばらくはもつだろう。」

 

「あいつの計画が成功することを祈るばかりだ」

 



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第54羽 霊峰ラーゲン

 

風が後ろに流れていく。羽毛がなければきっと凍えるような寒さだったでしょう。思わず羽毛が膨らんでしまいます。

 

――着きました。

 

目の前には視界全部を覆ってしまう様な連なる山々が。天に向かって伸びていき、途中から黒い雲に覆われた最北端の山脈、霊峰ラーゲンだ。

 

パルクナットを出て直ぐ、既に巨大なこの山の威容は見えていました。しかしここまで来るのにそれから約6時間、ひたすら飛びっぱなしでした。鳥なので視力は良いせいもあるのかもしれませんが、飛んでも飛んでもたどり着かず誰かに空間魔法をかけられているのか幻覚でも見せられているのかと疑ったほどです。

 

フレイさん達に聞かされたマンドラゴラについての話を思い出します。マンドラゴラは周辺にある魔力が豊富な場所に発生する。数少ない記録によればマンドラゴラが発見されたのは霊峰ラーゲンのかなりの高高度だったと。

 

現高度が8000メートルと言った所でしょうか。世界によっては最高高度の山が存在するレベルです。

できればこのまま山頂まで行きたいのですがこれ以上飛んで接近するのは無理です。いくら鳥とは言え空気が薄いのもありますが、翼での飛行が安定しません。できるようになるとしても、もっと成長してからでしょう。

 

何よりも問題なのは山脈を覆うように存在している雷雲です。時折外に向けて雷を放っていて大変危険です。霊峰には龍帝の他にも竜種はいるはずなのですが彼らはどうやって移動しているのでしょう。

 

雷雲からは強い魔力も感じます。龍帝のものでしょうか。

マンドラゴラは龍帝から溢れた魔力によって生じているのかも知れませんね。そう考えるととりあえずのプランは山頂に向かうことでしょうか。龍帝は山頂付近にいるでしょうし。

 

とりあえず見てみた感じでは山を歩いて行けば雷に接触することはなさそうです。上空から接近させないのも龍帝が言う試練の一つでしょうか?……単純に住処に他の生き物を上空から近づけたくないだけの気もしますが。

 

雷に打たれない高度で山に降りましょうか。そこからマンドラゴラの姿を探しつつ、山頂を目指しましょう。

 

鳥としての呼吸が上手く作用する様になったために今の段階では息苦しさは感じないですが、戦闘が続けば流石に厳しいかもしれません。しかしこれも高所の低酸素トレーニングだと思えば有意義な時間に思えるのが不思議ですね。

 

それにしても飛びにくい。空気が少ないと言うことは空気抵抗が少ないということ。ジェットエンジンでもあれば話は別なのでしょうが、羽ばたいて飛ぶ鳥には空気抵抗が少ないことはかなりのハンデです。

普段よりも強く羽ばたかなければまともに飛ぶことができません。

 

空気抵抗が少なくなったことで、心なしか落下速度が上がった気がする滑空で地面に降り立つ。

 

と同時に何かが急速に接近してきました。飛び退るのと同時に人の姿をとり、マジックバックから槍を取り出す。

目の前を通り過ぎていったのは巨大なイノシシ。

数メートルそのまま進んだイノシシを油断なく見据える。急停止したイノシシは私に向けて方向転換すると手を緩めることなく突進。私は一歩横に避け、足と頭に一撃をいれ転がした後、【一閃《いっせん》】でトドメを刺した。

構えを解くと体が震え出す。思わず肩を抱いた。

 

「さ、寒い」

 

私が人化したときに現れる服はバトルドレスのようなもの。防寒性は期待できません。

ここの環境はもしかしたら、川に流されてたどり着いた山よりキツいものかも知れません。

 

数秒考えた後、私は鳥の姿に戻りました。

 

――しばらくはこれで行きましょう。

 

人の姿では寒さがキツいです。鳥の姿の方が体力は温存できるでしょう。

そこで倒れるイノシシが目に入った。人の姿になる。

 

――これを食べてから行きましょう。

 

鳥の姿では調理できない。そういうことになった。



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第55羽 高山の洗礼

お気に入りありがとう!


 

「ごちそうさまでした」

 

調理も終わり、身の丈を越えるイノシシ鍋を食べたことで腹八分。調子も抜群です。

とはいっても寒いので食べ終わったら人化を解除します。羽毛があったかいですぅ。

 

さて。

目指すべき山頂を見やれば未だ遠く。どうにも途中から吹雪いているように見える。ここにも疎らに雪が残っています。

この山、登るだけでも死ぬ可能性があるのに強力な魔物までいる。人が登ろうとしないのは当たり前ですね。

 

今の私ではまともに飛べないため歩いて行くしかありません。マンドラゴラと情報の為、頑張りますよー!

 

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

――【側刀《そばがたな》】

 

「キャイン!?」

 

飛びかかってきた狼のような魔物をカウンターで吹き飛ばせば、実力差を悟ったのか逃げ去っていった。

食べないなら殺す必要もないですからね。

度々襲いかかってくる魔物を適当に撃退しつつ、既に数時間。空が完全に雷雲に覆われてしまった。山にドームの様に覆い被さっているため登れば登るだけ青空は見えなくなっていく。

 

太陽の光は届かず、周囲は薄らと暗い。

 

――これなら使えるかも?

 

ソウルボードのメインの部分に吸血鬼を設定する。数秒待っても太陽に焼かれる痛みはない。

 

――よし、大丈夫みたいですね。

 

吸血鬼が持つ能力は高い。これならもっとハイペースで探索ができそうです。

 

吸血鬼の『空間把握』の能力もあって奇襲を受けることもなくなり、探索は順調です。マンドラゴラは見つかりませんが、魔物からちょくちょく血液を貰いつつストックしていきます。

 

さくりさくりと足下が音を立てる。

そこそこ雪が深くなってきました。未だに上空を覆う雷雲のせいか、私が知る山より雪が少ない。

なにより既に標高はとうに1万メートルを超えている。それでもまだまだ先があるという事実。とんでもないですね。

普通の人間だったらまともに活動もできない世界。この世界の人間には魔力があるのでまだなんとかなるかも知れませんが、それでも苦しいはず。

やはりワールさんでなく私が来たのは正解だったかも知れません。

 

と、ここで頭上に影が咄嗟に飛び退けば、暴風と共に巨大な体躯が足下の雪を巻き上げる。

 

強靱な四肢に、薄暗い中でも輝く鱗。背中には巨大な皮膜の翼が。

ドラゴンだ。サイズは僅かにヒドラより大きい。

 

――また鱗ですか!もういい加減にして下さい!!

 

偶然ここに降り立っただけ、という自分でもちょっと無理がある願いは虚しく裏切られ、挨拶とばかりに開幕のブレス。

 

地面を蹴って横に避ける。顔の横を通り過ぎるブレスに目もくれず接近。近づく私めがけて振り下ろされた鋭い爪を加速し懐に潜り込む事で回避。

 

――【貪刻(どんこく)】!!

 

フルパワーの吸血鬼の力もあって胸元の鱗をけり砕く。

 

――グオオオォォォォオオ!!

 

痛みに仰け反ったドラゴンは翼を使い後ろに飛び退いた。

 

――逃がしませんよ。

 

いつもの感覚で空へ飛び出せば、翼が空を掻く。空気抵抗が少なく、上手く加速できない。

 

――しまった!!

 

急いで魔力を巡らし、風の補助を強めるが遅かった。

目の前には既に視界いっぱいに広がるドラゴンの巨体。滑空しての空中タックルだ。

 

――ぐうぅっ!!

 

反射的に【血葬《けっそう》】を盾のように使いガード。それでもあの巨体です。盾の上から衝撃を貰い吹き飛ばされる。二回、三回と雪を吹き飛ばしながら弾み、柔らかい雪に受け止められてようやく止まる。

すぐさま風を爆発させ周りの雪を吹き飛ばして飛び退く。今までいた場所に、ズン!という音と共にドラゴンが墜ちてきた。あんなのに潰されたら前進骨折どころかミンチです。

 

泣きっ面に蜂。悪いことは重なるもので。

タックルのダメージがようやく治ってきたと思ったら。

 

――ヒュウウウゥゥゥ

 

急に風が強くなり出し、視界に舞う程度だった雪が殺意をもって横殴りに襲いかかってきた。

 

――吹雪が……!!

 

羽毛の体に風が襲いかかり、攫われそうになる。

 

――いくら私の羽毛がもふもふで暖かくて魅力的といえどこの吹雪では流石に凍えてしまいます。どこか風をしのげる場所を探さなくては。

 

それにこの吹雪。は虫類は変温動物。寒さには弱いはず。

 

その仲間であるであるドラゴンも戦いを止めるはず……。

 

そう思ってドラゴンを見やれば、そこには絶望が。

 

体に叩きつけられる雪は瞬時に解け蒸発し、足下は水たまりとなり地面が露出している。

 

こんな現象が起こる理由は一つ。体温が高いのだ。

 

竜種は爬虫類なのに体温が高い。冬眠でもしてしまうのではと思ったが尻尾をフリフリ、翼をバサバサ、首を巡らせ咆哮を一つ。

実に元気そう。あら、微笑ましいですね。

 

嘘ですが??

微笑ましいとか全然嘘ですが??

憎たらしいくらいですが??

 

――戦闘中は雪が解けてるかどうかなんて見逃していましたが―――――全然問題なさそうですね……。

 

死ぬほど不利な状況で戦闘が開始した。

 



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第56羽 吹雪くなか

 

肌を切り裂く寒さの吹雪をものともせず、咆哮と共にドラゴンが攻撃をしかけてくる。

爪、翼、尻尾、それらの連撃を躱しつつ、隙を見て攻撃を加えていくがまともな威力が出せない。足下の雪と横殴りの風が邪魔をする。踏み込みが上手く行かず、風にバランスを崩され力をまともに伝えることができない。

対してドラゴンは体が大きく体重も多い。少なくとも今のところ風に流されることは無い。

 

吹雪のせいで視界も悪いなかドラゴンが私のことを見失う様子もない。何らかの感知能力を持っていると考えるべきでしょう。私も吸血鬼の『空間把握』で視界が白だらけのなか戦えますからね。

 

状況は不利。しかし地竜の時はもっと絶望的でした。ならばこれくらいの不利は覆して見せましょう。

 

その時体に張り付いて戦うのを嫌がったのか、ドラゴンの体が僅かに浮き上がり、コマのように一回転した。それを後ろに避け、鞭のように襲いかかる尾を姿勢を低くしてかいくぐると反撃をしかける。

 

――【側刀《そばがたな》】

 

一気に近づいて足を振り抜けば―――――攻撃が空を切った。

 

――風が!!

 

強烈な向かい風が吹き、押し返されてしまった。そのせいで攻撃が届かなかったのだ。ドラゴンが戦撃後の隙を見逃すはずもなく、爪の振り下ろしが体を切り裂く。

地面に転がった私は痛みをこらえてすぐさま起き上がると、次いで飛んできたブレスを躱すことに成功した。

 

やっぱり想定よりも厳しいかも知れません。血のストックを消費して傷を癒やしながら思う。攻撃を避けているときにも、風に邪魔をされかすり傷を負うことが増えてきた。

 

――仕方ないですが……。

 

現状では鳥の姿で戦うと、空気抵抗で不利にしかなりません。攻撃の隙をつき距離を取った。

 

そこで人化を発動するとマジックバックから槍を取り出し構えた。

 

「かなり寒いですが、こちらで相手をしましょう」

 

言葉と共に白い息が吐き出される。

私が人の姿を取ったことにドラゴンは僅かに驚いたようでしたが、その後は関係ないとばかりに攻撃をしかけてきた。

 

腕の叩き付けを槍で外に流し、無防備な顔に戦撃を叩き込む。

 

「【双爪《そうそう》】!」

 

挟み込むような槍での殴打。左右から打ち据えられたドラゴンは悲鳴を上げて仰け反った。追撃。

 

「【烈坑閃《れっこうせん》】!!」

 

単純な突きを六つ。連続突きが胸の鱗を貫いてダメージをあたえた。

ひるみから立ち直ったドラゴンが突進をしかけてきたので風魔法を補助に無理矢理上空に飛び上がり反撃。

 

「【崩鬼星(ほうきぼし)】!!」

 

『急降下』を併用した超威力のダイブドロップキック。背中に直撃した戦撃は轟音と共に大打撃を与え、地面にクレーターを作り上げた。今のはかなり手応えがありました。

 

と思ったら、起き上がったドラゴンの様子がおかしい。

意味も無く尾を地面に叩きつけ、岩に激突し、やたらめったらにブレスを吐き出し始めた。

狂乱している?かなりの痛かったせいでしょうか。

近づくと巻き込まれてしまうので離れて見ていると、異様な音が聞こえ始めた。

 

「うわ……」

 

音のする山頂の方から巨大な質量が滑り落ちてきているのを感じ取った。

雪崩だ。

 

とはいえ私は飛べます。魔力は消費しますが雪崩の届かない上空に逃れれば問題ありません。

上から見下ろしていると雪崩に飲み込まれるまでドラゴンは狂乱したままでした。まあ、ドラゴンの体温と強さなら死にはしないでしょう。

 

そう思った瞬間、未だ滑り落ちる雪崩の中から飛び出したドラゴンが襲いかかってきた。

 

「な!?どうやって!!」

 

しかも狂乱していたのが嘘のよう。雪で頭が冷やされたとでも言いたいんですか!?

完全に意識外からの攻撃。頭上からの叩き付けを咄嗟に柄で防いだ。

 

「マズい……!!」

 

今いるのは空中。翼があるとは言え、ドラゴンの叩き付けを受け止められるはずもなく。

全力で制動をかけるも雪崩に吸い寄せられていく。

なんとか飲み込まれることは防げましたが、足が僅かに巻き込まれてしまった。直ぐに風で飛びだしたので良かったけれど、流れに引っ張られてしまった。

 

「早く登らないといけないのに」

 

慣性で雪崩と同じ方向に滑空していく。上からはドラゴンが追ってくる。

 

「邪魔してくれますね……!!」

 

滑り落ちる雪崩の上で戦いが始まった。

 

 



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第57羽 風の心は

お気に入りありがとう!
ちなみにこの話めちゃくちゃ難産でした。雪崩の上で戦闘とか誰が考えたの??バカでしょ??難しすぎ……。


「くっ!?」

 

上から押しつぶすような攻撃に必死に抵抗する。雪崩に叩き落とされれば待っているのは凍死。

弾かれ回る視界の中、風の魔法と翼を使って全力で体を持ち上げる。すぐ下で鳴り止まない轟音が濁流のように手をこまねいていて。

 

未だ空気抵抗の少なさから来る飛びにくさは健在。翼を広げて無心で空気を掴もうとすれば、今度は吹雪の暴風が邪魔をする。

 

さながら風に弄ばれる木の葉のよう。

 

ドラゴンは下が雪崩な事や吹雪な事はなんのその。全て持ち前の能力で対処可能。気にもしていません。この種族チートめ……!!

 

せめて少し距離が取れれば良いのですが、ドラゴンはそれを許してくれない。風すら敵になった中、竜の猛攻からひたすらに身を守り続ける。

 

……いや、守っていても埒があきません。一度ここで攻めます。

 

周囲の情報量が多いので一瞬ですが……呼吸を整え蒼の闘気をまとう。氣装纏鎧(エンスタフト)だ。

迫る竜爪のルートを見据え、脇腹が抉られ血が吹き出すのも構わず前に進む。血のストックはまだまだあります。肉を切らせて骨を断つ!!

両手で槍をギリギリと握りしめれば、黄色の魔術陣が槍の先端に纏わり付き雷を散らし始め―――――構える。

 

「はああああ!!【黄陣血葬《おうじんけっそう》:剛破槍《ごうはそう》】!!」

 

ねじった体をバネのように弾けさせ力の限り槍を突き出す。雷電を散らす穂先は竜の強固な鱗に止められることなく貫通、貫いた。

それだけには留まらない。

穂先から血葬の槍が伸び、体内を雷で焼き痺れさせながら背中から飛び出す。深紅の槍は吹雪の中に雪のない道を作り上げ、しばらく伸びると消えていった。ドラゴンの胸元から背中までを貫通する絶大なダメージ。だが、

 

―――――決定打になっていない……!!

 

急所を外れている。技の直前になってまた風に体をずらされてしまった。思い通りに動くことができていない。風が本当に邪魔だ。

 

「ならもう一度……!!」

 

維持の限界に達した氣装纏鎧(エンスタフト)をかき消して追撃を試みるも、火球ではなく口元で爆発するタイプのブレスの爆風で距離を取られた。

 

「そう来るなら上空に……」

 

逃げる。そう思った時には見上げた先に既に竜がいた。しかも絶妙に距離を維持している。

どうやっているかはわかりませんが好き勝手加速して……!!

警戒を強めたのか、大振りな一撃ではなく、ブレスを絡めた牽制のような攻撃。ジワジワと上空から雪崩に押し込められていく。

 

マズい……!!その時。スッと、意識することもなく、ドラゴン牽制をくぐり抜け懐に入っていた。

 

「ッ!!【一閃(いっせん)】!!」

 

訳がわからなかった。それでも意識の空白は僅か。とっさに戦撃を発動し、ドラゴンを押し返すことに成功する。

なんでしょうか、今のは。

 

「風が……背中を押した?」

 

そこでハッと気づく。

風が邪魔?違う。私が風を使いこなせていない、いや、乗りこなせていないだけだ。

既に勝利へのチケットは存在していました。私がそれに気づいていなかっただけ。

 

風の魔法を使って制御するのではない。薄く広げ、周りの風を読み取り、流れに少しだけ手を加え、戦闘プランに組み込む。風によって移動できる場所、それを攻撃、回避、防御に混ぜ合わせ自分の手札にする。

 

風を感じ取ることができる今世の私ならできるはず……!!

忘れないうちに今の感覚を掴む必要があります。

風を強く感じる。それには人の姿よりも空気抵抗の多い鳥の姿の方が良い。

 

すぐさま槍をマジックバックにしまい、元の姿に戻る。

 

しようとしてすぐできることではない。私は才能がないのだから。それでもここで成功できないと、逃げることもできそうにない。

 

鳥の姿で上空のドラゴンの動き攻撃を捌けば、再び徐々に雪崩に押し込められていく。風に上手く乗れず、傷もかなり負ったが治せば大丈夫だ。

 

焦るな。冷静さを失った人から死んでいく。フレイさんの言葉を胸に、正面のドラゴンと背後の雪崩のプレッシャーに負けないように心を強く保つ。

 

風の流れを意識する。どこから吹いて、どこに流れていくのか。完全でなくてもいい。少しずつ慣れればきっとなんとかなる。

 

深く深く風に意識を向けていけば徐々に雑音はかき消え、頭にあるのはは風の流れと自分への影響だけ。すでにドラゴンさえ眼中になかった。傷を負う痛みも雪の冷たさもどこか遠い。ゾーンに入っていた。

 

そして―――――それは集中と努力、そして運。どれが欠けていても成功しなかっただろう。

 

ドラゴンの正面。

そこに横殴りの風が来る。広げた意識に電撃が走った。風に乗ると確信した。これは―――――成功する。魔法を使い、僅かに手を加え風のルートを思い描く完璧なものにすれば、回り込むようにドラゴンの背中に。風に手伝って貰った、まるで空中で行う滑歩(かっぽ)のような不規則な動き。ドラゴンの反応を完全に振り切っていた。普通に飛ぼうとしても到底できない加速と軌道。

それに成功する。

 

――【廻芯撃(かいしんげき)】!!

 

「風の道」の加速と『急降下』を合わせた、全力のローリングソバット。翼の付け根に芯を捉えた攻撃がクリーンヒットした。鱗を軽々とけり砕き、衝撃の余波で雪はドーム状の空白地帯を作り出すことになる。

 

それらの全てを一身に受けたドラゴンは悲鳴と共に墜落し、雪崩に巻き込まれた。

 

また出てくるのを警戒をして、一秒、二秒、……三十秒。眼下の雪崩は既に過ぎ去り、叩き落としたドラゴンが戻ってくる気配もない。

 

――今回はなぜか雪崩から逃れられなかったようですね。理由は……痛みとか?

 

考えても答えはわかりませんが何とかなって良かったです。

 

今の風を捉え、乗りこなす感覚。成功は偶然だ。それでもできた。なら訓練して自分のものにするのみ。

 

――ありがとうございます。おかげでまた強くなれそうです。

 

最初は厄介ごとでしかないと思っていたドラゴンに礼を送る。きっと死んではいないでしょうから。

 

安心したその時ズン!と背後で衝撃音が。恐る恐る振り返ればドラゴンが。しかも傷跡がない上、大きさも微妙に違う。2体目だ。

良かった、最初のがもう戻って来たとかではなくて。いや、そうじゃない。

流石に冷や汗を垂らして言った。

 

――あの、私お腹いっぱいなのでおかわりは要りませんよ?

 

あ、今声出ませんね。

返事は咆哮だった。

 



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第58羽 休息を

 

霊峰ラーゲンを登り始めて既に三日。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

蒼の流星が一息に距離を喰い潰して巨体に突貫した。最後の一撃を受け、今日もまたドラゴンが雪に沈む。

今日までに倒したその数、実に数十以上。

 

「はあ……!!はあ……!!」

 

槍を杖にして寄りかかり、しばし荒くなった息を整える。とんでもない酸素交換効率を持つ『空の息吹』をもってしても息切れを起こしてしまうほどの連戦に次ぐ連戦。

高山であることが幸か不幸か、これ程気温が低くなければ確実に肺がオーバーヒートを起こしていた。

 

倒しても倒しても行く先々に別のドラゴンが現れる。時に三体の竜を同時に相手することすらあった。人化した状態である程度風をつかむ事ができるようになっていて良かった。鳥の姿のままでは無理だったかもしれない。

運良く勝利をつかめたものの、最後には片方の目が潰れ、左足は火傷に爛れ、脇腹から骨が突きだしていた。吸血鬼の再生能力が無ければそのまま死んでいた。

 

初日に雪崩と共に滑り下りたのが痛かった。タダでさえ距離が伸びたのに邪魔が入るせいでちっとも山を登ることができない。

 

おかげでレベルは沢山上がりましたが。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

名前 メルシュナーダ 種族:ブルーファルク

 

Lv.42 状態:疲労

 

生命力:8671/11643

総魔力:1473/2419

攻撃力;2864

防御力: 899

魔法力:1189

魔抗力: 886

敏捷力:6917

 

種族スキル

羽ばたく[+飛翔・強風の力・カマイタチ・射出・急降下・風靡(ふうび)]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹[+蒼気]・

 

特殊スキル

魂源輪廻[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)・(呪人)]・人化

 

称号

輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)・穢れ払い

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

能力値に関しては攻撃力の上がり幅が他と比べてものすごい事を除けば特筆することはありません。

 

スキルに関しては、『羽ばたく』に『風靡』が追加されました。これが、元々あった『強風の力』の風の流れを読み取る力を大きく強め、それに乗ることができるスキルです。言葉にすれば簡単ですがかなり難しい技術です。

吹雪がかなりの確率で起きるこの環境とドラゴン相手という命がけの状況のおかげ……と言うのは癪ですが、使うのには慣れてきました。しかしゾーン状態の奇跡と、スキルとしての補助がなければ習得に何年とかかったでしょう。

師匠に色々と矯正される前だと何十年でしょうか。ともかくこの『風靡』がなければ、さらに空気が薄くなってきたこの山でドラゴンとまともに戦うのは難しかったです。

 

それにしても……。

 

「……寒い。少し休まなければ……」

 

今のところドラゴンが追加で現れる気配はない。

槍をしまい人化を解除して、今のうちに休息できる場所を探す。しばらく歩くと『空間把握』に反応が。

 

――あれは……洞窟?

 

雪を被った山肌に人1人が入れるほどの口を開けた洞窟が。

ううむ。洞窟を見ると地竜が思い出されるので嫌ですが致し方ありません。今日はここで休みましょうか。

 

――おや?

 

中に進むと焚き火の痕が。どうやら誰かが前にここに来たようですね。火の後からして……、数日でしょうか。それほど前なら、もうやってくることも無いでしょうからありがたく私が使わせてもらいます。

 

「《赤陣:かがり火》と《白陣:狂言《きょうげん》》」

 

マジックバックから焚き火の痕にいくつかの材料を投入し、人化。魔術で火を付ける。同時に、入り口にも魔術をかける。

『狂言《きょうげん》』は、対象を選択し、かけることで他者の認識をずらすことのできる魔術です。

例えばこの魔術を私に使って出歩くと、私のことを知っている人でも私だと気づかなくなります。とは言え激しく動けば効果が切れてしまいますし、相手が最初から私を認識している状態で魔術を使っても認識をずらすことはできません。さらに認識を歪められていても、それが私だという確証を得られた時点で効果がなくなります。

今回はそれを入り口にかけて、ドラゴンにバレにくくしたわけですね。

 

使いどころの難しい魔術な上に、効果もそれほど強くありません。効果も視覚に大部分が割り振られており、匂いなどでバレることも多いです。

 

なのでこの焚き火もすぐに消さなくてはなりません。それでもかなり寒いので少しだけ……。すぐ消すので暖まりたい。

 

人化を解除して自らの羽毛にくるまる。

 

それにしてもこの山に最近人が来ていたんですね。しかもこんな高所に。三日かけて今の高さが13000メートルと言った所でしょう。

まともな……人類では生きていけません。

魔物も強いので……ここで焚き火をした……人物はかなりの……強者と言うことに……なります。

 

一体……どんな……人が……。あ、ねむ……い。

 

……すう……すう。

 

 

――――ざりっ。

 

意識が落ちる直前、足音が聞こえた様な気がした。

 



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第59羽 カランコロン

 

暖かい。

なにやらそんな奇妙な感覚を覚えた。ゆっくりと意識が浮上していく。

覚醒して行くにつれて柔らかい感覚が。

 

……柔らかい?

 

違和感を覚え目を開けば、目の前に息をのむほど綺麗なサファイアが二つ転がっていた。

 

……違う、これは瞳だ。眠たげに細められた半開きのまぶたから、思わず見入ってしまうほどきらめく青が覗いている。

そこまで認識してようやく現状が理解できた。抱きしめられているのだ。この瞳の持ち主である女の子に。

 

洞窟に横になっているが故、彼女の綺麗な金の髪が床にゆったりと広がっている。特徴的なのは頭に生えた一対の巻角。

羊……でしょうか?ふわふわとした白い洋服を着ていることからも、自然とそう連想されます。

角の下から生えているふんわりとした毛に包まれた、先のとんがったケモ耳から彼女が獣人の少女であることは確定です。

そこまで考えたところで、少女がかわいらしい唇を開いた。

 

「起きた?」

 

返事をしようとして声を出せば、鳥としての鳴き声しかでない。うっかりしてました。人化しないと。

 

「あ……」

 

寝転がっている彼女の腕の中から抜け出せば、彼女はなんだかもの悲しい声を出してゆっくりと体を起こした。一歩下がって距離をとり、人化を発動する。

 

「……メ?」

 

突然姿が変わった私に少女がコテンと小首を傾げれば、首に下げられたベルが軽やかな音を鳴らした。

 

「初めまして。私はメルと呼ばれています」

 

「……メリィ」

 

この自己紹介が私とメリィさんとの初めての出会いでした。

 

 

既に火の消えた洞窟。彼女が消してくれたのでしょうか?助かりました。

それにしても良くここを見つけられましたね。《狂言》の効果で簡単には洞窟を発見できなくしていたはずなのですが。霊峰ラーゲンの高所であるこの場所に平然と居るだけで実力者であることは確定なのですが、いかんせん眠たげな雰囲気を常にまとっていて強そうに見えない。

 

一体何者なのでしょう。敵意は全く感じないの上に独特の雰囲気のせいで自然と警戒を解いてしまいましたが……。

 

「メリィさんはどうやってここを見つけたのですか?」

 

「知ってたから」

 

言葉が少ないですが、つまり元々この洞窟を目指していたと言うことでしょうか。あれ?ということは。

 

「もしかしてあの焚き火はメリィさんのですか?」

 

「そう」

 

「す、すみません。そうとは知らずに勝手に使ってしまいました……」

 

「もふもふだったから良いよ」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

よくわからない理由ですが許していただけました。

言うとおり焚き火が彼女のだとすれば、ここに数日以上は滞在していることになります。この山で無事で過ごし続ける実力があることの査証です。

やっぱり人は見かけによりませんね。

 

脳内のデフォルメイマジナリーフレイさんが「あんたが言うな」って言ってきましたけどよくわかりませんね……。

そんなことを考えているとメリィさんがこちらをジッと見つめている事に気づきました。

 

「あ、あの。私の顔に何かついていますか?」

 

「…………」

 

返事がない。ただのかわいい女の子のようだ。……違うそうじゃない。

不安になって自分の顔をペタペタと確認してみるものの、特になにもない。そうこうしているとメリィさんが手を伸ばしてきた。やはりなにか付いているのでしょうか。

付いているものを取ってくれるのかと手を見送っているとなぜか持ち上げられた。

 

「へ?」

 

気がつけば膝の上。後ろから抱きしめられていた。なぜ?

 

「もふもふ……」

 

見ていたのは私の顔ではなくどうやら翼だった模様です。

 

「あ、あの、離して貰えませんか?」

 

「ふわふわ……」

 

聞いてないですねこれ。しかし、悪気はなさそうですし実害もない。振り払うのはためらわれますが……。

 

う~ん、初対面の人に背中に密着されると少々コワイのですが……。攻撃されてもすぐに戦闘に移れないので。

まあ、今は吸血鬼の再生能力もあるので、首を飛ばされても最悪心臓さえ無事ならなんとかできるから……、ヨシ!

 

「……んぅ」

 

それにしても翼を触られるのはくすぐったいですね……。思わず身じろぎしてしまいます。

 

しばらく経って満足したのか、話ができるようになったメリィさんに絵を見せて問いかける。折角先駆者がいるのですから聞かなければ損です。

 

「この絵に描かれているのはマンドラゴラと言うのですが、どこかで見ませんでしたか?」

 

「メ……」

 

背後のメリィさんを見上げればどうやら考えている様子。そして彼女はふと思い至ったように呟いた。

 

「見たかも?」

 

「ほ、ホントですか!?どこで!?」

 

「どうどう」

 

思わず振り返って問い詰めるように聞けば、上体を反らせてなだめられてしまった。抑えるように出された手の平に我に返る。

 

「すみません……、つい」

 

「よきよき」

 

軽いですね……。

 

「それでどこで見たんですか?」

 

「上」

 

そうですか。近くにあればと思ったのですが、やはりまだ登るしかないようですね。

 

「助かりました。ありがとうございます」

 

メリィさんにお礼を言い、折角なので気になっていたことを聞くことにした。

 

「それでメリィさんはこの山で何をしているんですか?」

 

「お使い」

 

「お使い……?」

 

「そう」

 

コンビニに行くような気軽さで言われても……。簡単にこれる場所ではないのですから。

 

それにしてもどんなお使いなのだろう。聞こうと思ったところで彼女が私を地面に下ろし、立ち上がった。

 

「そろそろ行かないと」

 

「あ、はい。お時間を取らせてしまってすみません」

 

「もふもふだから構わない」

 

「はあ……?」

 

「ばいばい」

 

「え、ええ。お気を付けて」

 

手を振って別れを告げた彼女はベルの音を鳴らしながら行ってしまった。

 

「なんだか台風の目のような人でしたね……」

 

騒がしいようで本人は静か。なんとも不思議な人です。

 

「私も行きましょうか」

 

しっかり休めたので気合い十分です!

 



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第60羽 『 頂 』

お気に入りありがとう!
ちなみに疑問なんだけど、1話から動かないしおりってどういう意図があるか、わかる人いる?


メリィさんと洞窟で別れて二日後。

休息を挟みつつドラゴンを退け、山を登り続けてきた。マンドラゴラはまだ見つからない。

 

どれだけ倒しても出てくるドラゴンに関してはゲンナリさせられましたが途中で気づきました。二度目の奴が混じっていると。

傷跡から見たことのある個体がかなりいたので、回復したのが襲いかかってきたのでしょう。

戦えなくなったドラゴンにはトドメを刺していないので、いつか復活するとは思って居ましたが流石に早い。

トドメを刺していればもっと楽だったのでしょうが、そうはしませんでした。

 

弱肉強食の自然界です。戦闘中であれば容赦なんてしませんが、勝負がついた後なら話は別。むやみに殺すつもりはありません。私は殺すために戦っているのではありませんから。

私が力を手に入れようとしたのは殺すためではなく守るためです。

そこを踏み間違えてしまえば、やがて私はかわってしまうでしょう。ゆっくりとですが、確実に。どうあがいても終わりはないのですから……。

 

今世の私は魔物です。

人に助けて貰ったからお礼として助けているし、人と一緒に居た時に襲われたから助けている部分が少なくない割合を占めています。フレイさんも最初はそうでした。

今回は仲良くなったガードさんと、冒険者の石化を直すのが主目的ですが、これが仲良くなった魔物でも私は同じ事をします。

 

もちろん大切な相手を助けるのは別ですが。

 

私のスタンスとして優先順位は『大切な相手』が一番にあり、次に『同種』。そして『生き物全般』です。

 

魔物は広義の意味で同種です。意味もないのに積極的に殺す事はしません。悪意があるわけでなく、生きるためにそうしているのですから。

 

生きることを否定する権利なんて神にだってありません。私ならなおさら。

 

しかし悪意をもって他の生物を害そうとするのなら、人も魔物も等しく私はそれの敵に回ります。

他を害そうとするのです。自分だけそうならないなんてあるわけがないし、害されても文句はないでしょう。

 

私は理不尽を何度も受けてきたが故に理不尽を嫌い、それが他者に降りかかることも嫌います。

 

これは正義でも何でもなく私のエゴです。だからといって変えるつもりは毛頭ありませんが。

 

そんなことをつらつらを考えていると、目の前に雪が被さったしめ縄が右にも左にも広がっていました。山を囲うように伸びていて、踏み越えていくのは流石にためらわれます。どうしたものかと困っていると右の方に何かがあるのに気づきました。

近づいてみると、どうやら標識のようです。被さった雪を払えば先端が右を向いた矢印が。こちらに行けと言うことでしょうか。

良案もないですし、とりあえずこれに従ってみましょうか。

 

矢印の指す右方へと足を進めれば、同じ向きの矢印が彫り込まれた標識がまた一つ、先でもう一つ。それからもいくつかの標識を通り抜け約30分ほど。

 

しめ縄がなくなった先にあったのは、雪から所々除く石畳。そしてひたすら山頂へと向かう階段だった。階段の両脇にはこんな場所に生えるはずのない巨大な大樹がそびえ立っている。しめ縄の始点、もしくは終点はそれにつながれていた。

まるで神が奉られているような雰囲気。いえ、きっとここを作った人にとってはこの先に存在する対象は神に等しい存在だったのでしょう。

少し前からドラゴンに襲われることがなくなりました。なぜだろうと思っていましたが理由は明白。

 

龍帝。

 

それがこの先に待ち受けている。

ここまで来て足踏みをしている理由はありません。

 

山の斜面に作られていた階段に向けて大樹を一歩踏み越えた。

その瞬間。体の中心が電撃に貫かれる。

 

衝撃に息が止まり、思わず弾かれたように山頂を見上げる。

 

……違う、今のは錯覚です。かくはずのない冷や汗が鳥の私の頬を伝う。

 

電撃なんて受けていない。ただの、ただの気配で攻撃をされたかのように感じてしまうほどの圧倒的力。このしめ縄と大樹が龍帝の圧力を外にもれないように押さえ込む結界のような力をもっているのでしょう。

 

そうでなければ山の魔物が全て逃げてしまうから。

 

深呼吸。息を整え、階段に足を乗せる。相手が何であろうと私が歩みを止める理由にはなりません。

 

階段を上っていく。

 

一歩進むごとに圧力が一層強くなり実態をもって押しつぶされそうな感覚すら覚える。

それに耐え、進み続けていると遂に階段の終わりが見えた。

 

念のため人化を発動して、槍をとりだし氣装纏鎧(エンスタフト)をいつでも発動できるように準備。

 

階段を上りきった先には大きな広場とその先に巨大な山。上がまだあるのですね。

 

それにしても――――だれもいない?

 

その時――――巨大な山が動いた。

違う。

あれは龍だ。ビルのように巨大な岩に巻き付いた、ビルよりも大きな生き物。

 

『良く来たな。挑戦者よ』

 

圧倒的高さから見下ろす龍帝が、そこにいた。

 



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第61羽 龍帝、その名はトルトニス

 

霊峰ラーゲンの頂上は闘技場のようになっていた。周りを多数のドラゴンが取り囲み、完全に空気はアウェー。さらに奥にはその頂点が居座っている。

高見から見下ろすその堂々とした威容にゴクリと唾を飲んだ。

 

「龍帝……」

 

『いかにも。我こそが龍帝トルニトス』

 

思わずこぼれた言葉に鷹揚に答えを返す姿はまさに龍の頂点と称するに相応しいものだった。

 

『人の身でここに来るのは……む?』

 

巨大な岩に巻き付いていた龍帝。巨大であることはさておき、その姿は蛇に似ていてすらりと細長いものの、黒く芸術的なまでに美しい鱗に全身が覆われている。蛇と明確に違うのは巨大な岩をしっかりと掴んだ四肢と、天を覆うほど左右に伸びている巨大な皮膜の翼だろう。

そんな彼が身じろぎし、実に人間くさい動作で手を顎に当てる。

 

『お主、人ではないな?』

 

「え、ええ。私は人化した魔物です」

 

槍を地面に突き刺し、一度人化を解除してすぐさま戻った。

 

『ほほう、鳥の魔物か。懐かしいな天帝の奴を思い出す』

 

「お母様を知っているのですか!?」

 

お母様を知っているという龍帝に思わず声をあげてしまってから、しまったと後悔した。なにせ龍帝はこちらを興味深そうに見ていたのですから。さっきまでは霊峰ラーゲンの挑戦者としか見ていなかったのに、今はお母様の娘として見ている。変に興味を持たれてしまうのも厄介だ。

 

『なに?お主は奴の娘か。ああ、よく知っているとも。空の覇権を巡って何度も争ったものよ』

 

なにやってるんですかお母様!?

 

『そして我が龍帝で奴が天帝。この呼称から結果は良くわかるであろう?』

 

「あ、あはは……」

 

ジロリと見つめてくる龍帝に思わず腰が引ける。に、逃げようかな……。

無理ですね、追いつかれる未来しか見えません。普通のドラゴンからもこの高度ではまともに逃げ切れるスピードを出せなかったのですから。

ここで死んだら恨みますからね、お母様。

悟りを開いた仙人のような心境になっていると龍帝が鼻で笑って視線を切った。

 

『そう萎縮するな。もう終わった話だ。お主をどうにかしたところで奴に勝ったことにはならんからな』

 

よ、良かった。強さに厳格という噂に嘘はなかったようですね。

 

……それにしてもこの龍帝がお母様に負けた?お母様は確かに強く感じましたが、ここまでの圧迫感は感じませんでした。私に強さを推し量る才能はほとんどないので確かな事は言えませんが……。

 

私達子供にいらぬ圧迫感を与えないように力を抑えていた?それとも弱っていたのでしょうか。

……答えはわかりませんが、帰ったら聞いてみましょう。

 

『さて、他種の魔物が来ることなど今までなかったからな。少々困惑したが話を戻そう。お主はなにか願いがあってここを訪れたのか?』

 

「ええ、そうです」

 

『よくぞ霊峰ラーゲンを身一つで登り切った。お主は挑戦権を勝ち取ったのだ。試練を与えよう――――と言いたいところなのだがまずお主に謝らなければならない』

 

力強く頷けば厳格に龍帝が言葉を紡いだ。と思いきや龍帝はバツの悪そうな表情をした。どうしたのでしょうか。

 

『お主、山を登る中で多数のドラゴンに襲われなかったか?』

 

「ええ、それがどうしましたか?」

 

彼の仲間だったのでしょうか。しかし彼の方が謝ると言うことは私に問題があるわけではないのでしょう。一体どうしたのでしょうか。

 

『あれは本来あり得ないことだったのだ。挑戦者に手を出すことは我が配下に禁じている故な』

 

「え?」

 

『しかし今は無断で我らの住処を荒らした不届き者を探している最中でな。配下のドラゴンに見つけ次第連れてくるように通達してあるのだ』

 

だからいつまでもドラゴン達が襲いかかってきた訳ですね……。その不届き者のせいでこんなに大変な思いを。

あ、でも。

 

「私が最初に襲われた時は鳥の姿でしたのであまり関係ないかもしれません」

 

『む?そうなのか?人の姿の時にも襲われなかったか?』

 

「あ、それは襲われました」

 

『なら結局だろうに。まあ良い。お主の心根が素直だと言うことはわかった。我が言いたいのは登ってくるときに苦労した分、試練を簡単にしてやろうという事だったのだが……』

 

「わーすごく大変でしたー。これはもう試練を簡単にして貰うしかないなー」

 

『……お主なかなか肝が据わっておるな』

 

龍帝にジト目で見つめられ目を逸らす。楽なら楽に越したことはありませんので。

 

『来い』

 

龍帝がそう一言声をかけると、多数のドラゴンの中から一番大きなものが下りてきた。

地響きを立てて降り立ったドラゴンはこちらを好戦的に睨み付けている。

 

『願いがあるのなら我が息子の1体を倒してみよ。今ここにいる竜の中で一番強い。もちろん我を除いてだが』

 

実にわかりやすい試練。それなら望むところです。

 

『ならば始めよ』

 

龍帝は起こしていた体を戻し、巨岩の上で静観の姿勢になった。

さてどうしましょうか。相手は今までより巨大なドラゴン。心してかからなくては。

 

『ふん、鳥如きが相手か。実に矮小だ。歩くだけで潰してしまいそうだ』

 

「は、はあ」

 

なんだか面倒くさいのが出てきましたね。竜と鳥。サイズの差故に甘く見ているのか、見下した様な態度のドラゴン。龍帝を見ると頭を抱えていた。心中お察しします。

 

『父上はお優しいから哀れな鳥如きに手加減をなさったようだが、空の覇権は我ら竜のものだ。貴様をここで叩き潰し、次は貴様の母親を引きずり下ろす。なに、貴様の母親も貴様に似てみすぼらしいのだろう。ならばたやすいだろうな』

 

「は?」

 

思わずドスの利いた声がもれる。聞いてはいけない言葉を聞いてしまった私は、竜の酔いしれた様な言葉など既に聞いていなかった。

 

こいつ、私のお母様をみすぼらしいと言ったのか?一切の穢れのない純白の美しい翼を持ち、気高いお母様を?あまつさえ、お母様を害すると?

 

こいつ――――殺す……!!

 

蒼気が一気に膨れあがり、殺意を持った深紅の鬼気が荒れ狂う。右手に槍をつがえ、ねじ切れんばかりに体を捻《ひね》ることで練り上げた力を解放する。

 

「【魔喰牙《ばくうが》】ッ!!!!」

 

目にも留まらぬ一撃が反応を許すことなくドラゴンに襲いかかり、いとも簡単に宙を舞わせた。

 



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第62羽 怒濤

お気に入りありがとうございます!


突きだした槍を引き戻し地面に着地するとドラゴンも地面に落下するところだった。

目を回したのかヨロヨロしながら起き上がったドラゴンがまたなにか言っている。

 

『た、多少はやるようだが俺の鱗は貫けていない。貴様に決定打はないぞ』

 

は?ありますが?

何もできずに吹き飛んだくせに余裕そうな顔がむかつきます。すぐに泣きっ面に変えてあげますよ。

地面を蹴り飛ばし一気に接近していく。

 

火球が飛んでくる。

牽制のブレスをジグザグにステップすることで避ける。間合いに入れば振り下ろされた竜爪を受け流し、懐に入り込むと渾身の力で槍を突きだした。迫る槍を見ても自身の鱗に自信があるのかドラゴンの余裕の表情は崩れない。

確かにこのドラゴンは大きさに見合う力強さと鱗の硬さを持っている。でも――――この攻撃の前では関係ない。

 

先ほどは衝撃を与えるだけで貫けなかった鱗。しかし今回は私の槍が鱗など関係ないとばかりに貫き、その下の肉まで傷つけた。

 

予想外のダメージに悲鳴の咆哮を上げる。

 

全身に叩きつけられるような咆哮を浴びながら攻撃することを止めない。なにせただの悲鳴ですから。

それ以上に隙だらけ。次々に槍を突き刺していく。持ち直したドラゴンの苦し紛れの攻撃を受け流し、避け、ステップで場所を変え、それでも攻撃の手を緩めることはない。

また一つ、ドラゴンの鱗に穴を穿てば苦痛の籠もった声を送ってきた。

 

『なぜそんな攻撃で俺の鱗に傷を付けることができる!?』

 

「さあ?なぜでしょうね」

 

こいつに教えるつもりはありませんが実はちょっとした秘密があります。最近たくさんのドラゴンと戦っているときに気づきました。

私のスキルにある『つつく』。これくちばしでつつく時に補助が乗るスキルなんですが、槍での攻撃にも適用できるんですよ。なにせ、くちばしだろうと指だろうとつつくはつつくです。なら槍だってつつくになり得ます。これのおかげで『貫通力強化』の能力が突きに追加されるわけです。

 

確かにこのドラゴンは強い。素の能力ならコアイマと同じか、それ以上でしょう。ですが私が彼から感じる強さはフィジカル面それだけです。技も策もない彼の攻撃にはなんの脅威も感じない。

格下には有効だったんでしょうが私も日々成長し、対抗できる程度にはなっています。フィジカル面で負けてはいますが、圧倒的でもありません。『魂源輪廻(ウロボロス)』込みとはいえ、技で埋められる程度。

なら負ける気はしません。

力比べにまともに取り合わず、スルスルと戦っているとドラゴンが面白いことを言ってきた。

 

『うろちょろするな!!体で全部受け止めて戦え!!』

 

「悪いですがあなたと違って紙装甲なのでそれは無理ですが……こんなのはどうでしょう?」

 

四方から襲いかかる竜爪に対処するのを止め、振り下ろされるそれを待ち構える。

 

右足を軸に、左足を体に引き付ける。槍を両手で握りしめた――――まるでバットの様に。

 

「【鬼気壊々《ききかいかい》】!!」

 

鬼気が噴出し、一本足の状態から一歩踏み出す。全体重を乗せたフルスイングが力で勝るはずのドラゴンを受け止めた。

 

否。

 

ドラゴンの体重を受け、地面に足が沈み込む。それでも力を込めることを止めない。押し返す……!!

 

「はあぁぁぁッ!!!!」

 

拮抗していた攻撃がジリジリと進み始め、一瞬で加速。槍は振り抜かれ、自慢の力も打ち破られたドラゴンが宙を舞った。

……そうだ、良いことを思いつきました。

 

「《紫陣:加速》」

 

空中のドラゴンを正面に手を握りしめ、紫の魔術陣を設置する。そこに『つつく』を意識して翼をはためかせ『射出』すれば。

 

――――ドドドドドドドドドドッ!!!!

 

まるで機関銃でも打ち込まれたような衝撃がドラゴンに襲いかかった。いや、それ以上かもしれません。少なくとも貫通力に関してはこちらの方が上です。威力も申し分なく、遠距離攻撃に最適でしょう。

加速した『射出』の威力に押し出され、ここをぐるりと囲っている岩の一つに押しつけられたドラゴン。それでも『射出』を止めず打ち据えていく。岩が崩れ砂埃が上がる中から飛び出した影が一つ。

 

体中に羽根飾りを取り付けたドラゴンだ。

 

「見栄えが良くなりましたね。煙に隠れてお着替えでもしてたんですか?」

 

『ほざけ!!』

 

顎門の前に多量の炎が集っていく。多大な熱量を伴った火球は怒鳴り声と共に落とされた。

迫るそれを前に風の力を全開にして足に集めていく。

 

「お返し……」

 

飛び上がり足で受け止める。風を貫通して熱が足を焼くのも構わず力の向きを変えていく。球状のものを巻き取るなら槍でやるより足の方が簡単です。それにこの程度、高速再生で治る。

 

「します……!!」

 

私の動きに合わせ、空中でグルンと向きを変えた火球は意図通りにドラゴンに向かっていった。

 

『馬鹿な……!?』

 

予想のしていない光景に反応できなかったのか、ドラゴンが四肢で火球を受け止めた。

 

『ぬおおお!?』

 

流石にドラゴンなのか熱でダメージを受けている様子はありませんが、徐々に押し込まれていく。このまま再び、岩に激突するのかと思われたが……

 

瞬間。ドラゴンを中心に風が爆発する。

いや、これはもう竜巻と呼ぶべきだろうか。強力な風の力によって火球は簡単に消し去られてしまった。

 

『もう手加減せんぞ!!』

 

「できないの間違いでは?」

 

それにドラゴンは答えず、風を伴ってドラゴンが突進してきた。さっきより動きが素早い。

 

横に飛んで避ければドラゴンは地面に手をついてアンカーにし、空中で身を捻って方向転換。怒りに燃える瞳をこちらに向けた。風が爆発すると急加速し、再び突っ込んでくる。

なるほど、私よりも風の力は強い。

おそらくこれが彼の本気なのでしょう。ですが慢心せず最初からそうするべきでしたね。

 

竜である事による驕りと、お母様を低く見たツケ。

その身で受け止めろ。

 

速度を上げながら迫り来る彼の突進に対し、体を沈めジャンプして僅かに高度を取る。迫るドラゴンの軌道を見据え、加速。

 

「【側刀(そばがたな)】」

 

斜め上から『急降下』を発動して加速。振り抜いた足がドラゴンの表面を削り、突進の威力を落としていく。地面に降り立てばすぐさま重心を深く下ろし次の攻撃のバネに。

 

「【昇陽(のぼりび)】」

 

通り過ぎる時間を与えず腹のど真ん中を蹴り上げる。背中まで貫く衝撃に、【側刀《そばがたな》】で削られていた速度が完全に消し飛ばされた。

 

「【鬼気壊々(ききかいかい)】」

 

息が詰まって動きが止まったドラゴンに、手にした槍でフルスイング。真上に打ち上げた。

 

「【紫陣:加速・魔喰牙《ばくうが》】」

 

魔術陣を頭上に作り出し、戦撃の加速を更に加速。立て直すことも許さずに追いつき、槍をドラゴンの体に突き立てる。ボロボロの鱗はもはや役割を果たすこともせず、槍の威力を素通ししてしまった。

怒りの咆哮と共に体重の乗った爪撃での反撃を槍を使って上手く逸らしつつ、足を体に引き付ける。

 

「【貪刻《どんこく》】」

 

ドラゴンの攻撃の慣性と相殺するように顔面に蹴りをたたき込む。彼は吹き飛ぶことなくその場でダメージを全て受け止めた。上手く行きました。また追いかけるのは面倒ですからね。

 

「【降月(おりつき)】」

 

威力の全てを顔面で受け止めたためか、動きの止まったドラゴンに追撃を見舞う。後頭部に綺麗に決まった蹴りが空中に留まることを許さず地面に引きずり下ろした。

 

地面に激突したドラゴンはそれでもまだ起き上がる。顔を上げて私を見ようとした瞬間。

 

「【奈落回し(ならくまわし)】」

 

風切り音と共に『急降下』の威力が乗った踵落しが後頭部に沈み込んだ。あげようとした頭は地面に沈め込まれクレーターを深く刻み、反対に胴体は浮かび上がらせた。

 

無意識か、そうでないのか。ドラゴンが防御行動を取った。

 

それ以上の攻撃を拒否するようにドラゴンから暴風が吹き荒れる。私との距離を遠ざけるためにそれを選択したのでしょう。怒濤の攻撃を止めるという意味では正解です。――――私がこの山を登る前だったら。

 

『風靡』の助けを借りてドラゴンを中心に発生した風を乗りこなす。距離が離れることはない。逆に攻撃の威力を上げる加速として活用する。悪いですがとことん相性が悪かったようですね。戦闘でも、人となりでも。

風のベールを突破し、戦撃の蒼いオーラに包まれたまま攻撃に移る。高速の三連突き。次いでなぎ払いを放ったところでドラゴンが反撃をしてきた。振り下ろされた右の竜爪に反対の薙ぎを合わせ弾く。さらに襲いかかってきた左に竜爪にそのまま一回転した重い薙ぎをぶつけ上体ごと弾いた。正面から180度の軌道で背面に叩きつけるすくい上げで、上体の浮いたドラゴンの顎をカチあげた。上手く脳震盪が発生し、ドラゴンは逃げられない。背後にある穂先をもう一度のなぎ払いで足に叩きつけ、前に戻す。

両手で握りしめた槍でドラゴンを突き刺し、そして――――

 

「【告死矛槍《こくしむそう》】」

 

重低音を伴った片手突き。

一歩踏み込み、全力で振りかぶって溜めた力を解放したそれは、死に体だったドラゴンを吹っ飛ばすと、岩山を三つほど貫通させてようやく止まった。

 

もはや動き出す気配はない。

 

……最後の一撃の『つつく』は解除しました。でないと本当に死んでいましたから。本気で殺すつもりはありません。まだ、なにもされていないので。何かあったとしても流石に龍帝がストッパーになってくれるでしょう。

なにより。

 

「私にすら勝てないあなたがお母様に勝てるわけもないでしょう。思い上がりも甚だしいですよ」

 

そう吐き捨てて龍帝に向き直った。

 

「私の勝ちで良いですか?」

 

『あ、ああ。試合は終わりだ。お主そっくりだな』

 

龍帝はちょっと引いていた。なぜ?




ご報告が。体力的な問題で更新速度を下げます。毎日から二日に一回に。流石にちょっとキツいなと。
カルトにゲリラってるんで気にしないでください。
体力が回復したら毎日に戻すかも。


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第63羽 願いを言え……え?それだけ?

ごめんなさい。昨日はサボりました。頭痛かったんです……。


岩山をぶち抜いて気絶しているドラゴンに龍帝がため息を吐いた。

 

『やつにも良い薬になっただろう。……それで挑戦者よ。試練の果てに何を望む?』

 

こちらに向き直った龍帝が厳かな雰囲気を作り出しそう問いただしてきた。

 

「実は数日前、私がお世話になっていた街がコアイマに襲われてしまったのです」

 

『ほう、コアイマとな。あの残り滓どもめ。まだいたのか』

 

龍帝の顔が嫌そうに歪む。過去に何かあったのでしょうか。

 

『それでそいつを殺せば良いのか?』

 

「いえ、コアイマは倒せたのでそれはいいです。ただ、連れてきたヒドラに何人も石化されてしまって……」

 

『ほう、石化とな。それを解除すれば良いのか?』

 

「いえ、薬を作りたいのでマンドラゴラを取らせてください」

 

『……うん?もう一度言うと良い』

 

「マンドラゴラを取らせてください」

 

『……ああ、好きにすると良い。それで願いは?』

 

え?願いは今言ったのなんですが。この後翼竜を探して話を聞こうと思って居たのですけれど、このまま聞いてもいい流れですか?

 

「……あとは私がいた大陸がどこか知り合いの翼竜さんに確かめたいのですが……」

 

『そうか。おい、こやつのいた大陸がどこか知っている者は?』

 

『われだぞ!』

 

龍帝が呼べばあの時の翼竜が声を上げた。良かった、まだいたんですね。

 

『なんだお前か。それで?』

 

『われがメルと戦ったときは南の大陸にいたぞ』

 

南の大陸……。私がいるここは北の大陸です。やっぱり私は別の場所に飛ばされていたんですね。こうなると地竜がいたあの場所の異質さも気になってきますが……。

そんな考えを龍帝の声に遮られた。

 

『だそうだ。それで願いは?』

 

「いえ、これで終わりですけど……」

 

『え?』

 

「え?」

 

『ちょっと待て。それで本当に願いは終わりか?』

 

「え、ええ」

 

どうしたのでしょうか。

 

『はあーーーー』

 

龍帝にまじありえんわこいつみたいな目で見られた上にため息まで吐かれました。

少しイラッとしましたね。

 

『良いか?我龍帝ぞ?この霊峰を登った挑戦者の願いを叶えているのに、試練の突破者が久しぶりに来たと思ったら願いはそれだけか?我なにもしていないんだが????』

 

めんどくせ……、おっと。めんどくさいですね……。

 

「そう言われてもですね……、もう特に願いはないのですが……」

 

そう答えると龍帝は深い深いため息を吐いた。これ私が悪いんですか??違いますよね??

 

『ならまた来い。特別にそのときに願いを叶えてやろう。さっきのは願いとも言えないようなものだったからな。その絵に描かれているものはこちらの下にある。取りに行くと良い。ついでに洞窟の中に宝玉が置いてあるのだが、それの様子を見てきてくれ。下手人が忍び込んでな。どうなっているのか知りたいのだ。特別に次、願いをかなえてやるのだ。それくらい良いだろう?』

 

「……わかりました」

 

やれやれわかってない奴だと尊大な態度を取る龍帝。言いたい事はわからなくもないですが、それはそうと腹が立ちます。

殴ってやりたいですが、勝てないので流石に止めていきます。殴ってやりたいですが……!!

 

『というのは半分冗談でな。実はその洞窟には封印が施されていて、我々鱗を持つ者は入れないのだ』

 

「はあ……」

 

怒りをこらえていると龍帝は尊大な態度を引っ込めて真摯な態度を取ってきた。それでも半分と言ったの亜聞き逃していませんが。

 

『昔、人間の友が置いていった代物でな。とある存在の一部が封印されている宝玉なのだが、それが実に綺麗な輝きを放つのだ。それの守護を頼まれていたのだが我々竜は輝くものに目がない。つい手を出してしまいそうになるため、入れなくされてしまったのだ』

 

馬鹿なのでは?

 

「それなら別の場所で封印をかけておけば良かったのでは?」

 

『対象を限定した方が効果が高いらしいのだ。まあ、あやつも我がいるので安全だと思ったのだろう。実際今まで侵入を許したことはなかったからな。ここなら魔物は来んし、人も稀だ。侵入を防ぐ対象は鱗の持ち主だけで良い。とは言え、他の対象に関しても軽い進入禁止の封印はあるそうだが下手人はそれを破ったようでな』

 

そう言われるとこれ以上ない場所かも……?

 

『あやつはものぐさだったから場所を移したくなかったのかもしれんな』

 

うーん、ギルティ。

 

『しかも侵入されたのが眠っている間でな。誰1人として気づかなかったのだ』

 

守護を頼まれてのですよね。何してるんですか?

そんな感情を込めて龍帝を見やれば彼はフイと視線を逸らした。

 

『ともかくそういうわけで確認してきてくれ。我が封印を破るのは流石に躊躇われる』

 

「……わかりました」

 

龍帝が巻き付いていた巨大な岩山の後ろに回ってみれば、崖と変わらないような急な階段が。飛び降りた方が早そうですね。

 

『それでは頼んだぞ』

 

「ええ、それでは」

 

地面を蹴って空に身を躍らせる。

 

龍帝の姿が見えなくなった辺りで大きく息を吐いた。かなり気を張っていましたからね。

……龍帝。かなりの存在感と威圧感でした。今の私では勝てない可能性の方が高い。

何事もなく話が進んだので良かったです。お母様と戦っていたと聞いたときは本当に心臓が縮む思いでした。

 

そんなことを考えていると遂に地面に降り立った。

 

「あ、見つけました」

 

それまで見つかりもしなかったマンドラゴラが足下に。というか無数にあった。

人数分あればと思いましたが、これだけあるのなら予備まで含めて持って帰りましょうか。

 

「よし、これで良いでしょうか……、あれ?」

 

マンドラゴラを拾い集めているとふと人の気配を感じました。視界の端にお日様のような金が踊る。あの特徴的な巻角は……。

 

「あれは……メリィさん?」

 

そこで目にしたのは龍帝が言っていた洞窟に入っていく彼女の姿だった。

 



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第64羽 下手人

お気に入りありがとう!


 

「メリィさん、まさか……」

 

流石にこの状況を放ってマンドラゴラを拾い集める訳にもいきません。どうせ龍帝に頼まれていたのです。メリィさんと洞窟の状況を一緒に確認しましょう。

 

洞窟に近づくと抵抗感のようなものが。これは壊れた結界の残された力ですね。それとは別に強力な魔力を感じます。こちらは鱗を持つものが対象の結界でしょう。

 

一歩洞窟に踏み込む。

 

「う!?」

 

思わず後ずさってしまった。結界の中から感じたのは濃密な魔素。自然界に存在している魔素の50倍はあります。とは言え普通にしていても魔素を50倍吸収する訳ではないですが、長居すべきでないのも事実。

 

早めに済ませてしまいましょう。濃密な魔素の中へ早足で踏み込む。

狭い入り口をくぐり抜けてしまえばその先は巨大な鍾乳洞のになっていました。大小様々な鍾乳石が天井からつり下がったり伸び上がったりとたくさん生えていて、足下は水たまりのようになっている。幻想的な光景に見惚れるのもつかの間、奇妙な音が聞こえてきました。

ガキンガキンとなにか硬いものと硬いものがすごい力でぶつかり合うようなそんな音です。

 

音の発生源は天井まで届くような巨大な鍾乳石で遮られていて見えない。なんだか嫌な予感がします。足下の水たまりをはね飛ばしながら、急いで鍾乳石を回り込む。

 

そこで目に入ったのは上下から伸びた鍾乳石の中心、そこに宝石のような輝きを放つ玉が収まっている。あれに近づくほど魔素が濃くなっています。ここの魔素はあれから放出されたものなのでしょう。しかし今重要なのはそれではありません。

その玉をひたすら殴り続けているメリィさんがいることです。両手に肘から下を覆う巨大なガントレットを装備している。拳を振り下ろしている姿はまるで重機のよう。

 

「メリィさん!!何してるんですか!今すぐ止めてください!!」

 

恐らくメリィさんが殴っている玉が龍帝が言っていた宝玉でしょう。何かが封印されていると言っていましたし、殴っていて良い結果になるとは思えません。

取りあえず止めてもらおうと声をかけてもメリィさんはこちらをチラリと見て一言呟くだけ。

 

「お使い」

 

「前にもここに入りましたか?」

 

「うん。長くいると体調が悪くなるから何回も」

 

下の洞窟で会ったときに言っていたお使いがこれと言うことでしょう。龍帝が言っていた下手人というのもメリィさんで確定です。体調が悪くなるのは魔素のせいです。ともかく止めなければ。

 

「メリィさん、止めてください。止めてくれないのであれば実力行使に出ます」

 

槍を構えてそういうもののメリィさんは首に着けたベルの音と共に殴るのを止める様子は無い。しかたありません。未だ殴り続けるメリィさんに駆け寄り、首に向かって槍を突き出す。風を裂いて進む槍は狙いを(たが)える事なく首へ向かい――――

 

「……殺気が乗ってないよ?」

 

「ッ!!」

 

その直前でピタリと止まった。彼女が止めたわけではない。私が躊躇してしまっただけ。

槍を引き戻して胴をなぎ払えば当たる前に今度こそ彼女は飛び退いて宝玉から離れた。ベルの音が鳴る。

 

「邪魔」

 

両手のゴツいガントレットの両拳を打ち鳴らし、こちらに突っ込んできた。

 

「やりづらいですね……!!」

 

彼女の重厚な拳を逸らしながら思う。

数多の人生を送ってきた経験から私は悪意と呼べるものに対してかなり敏感です。他者を害そう、蹴落としてでも自分の利益を優先しよう、そういう悪意。

しかし彼女からはそんな悪意を感じない。感じるのは単純に邪魔をされたことに対する敵意だけ。

たった1時間に満たない時間を洞窟内で過ごしただけですが、私は……!!

 

「メリィさん、その宝玉の中には何か良くないものが封印されています!!壊すのは止めてください」

 

「ダメ。これはボスのお使いだから」

 

「くっ!ならそのボスは何が目的なんですか!?」

 

「さあ?でもジャシン様がどうこう言ってた」

 

ジャシン?まさか……!!

 

「あなた……ジャシン教ですか?」

 

「そう私は幹部の1人」

 

ジャシン教。フレイさん達との話で出てきた宗教の名前。私が実際に見たわけではないのでどういう組織なのかはあまりわかりません。

しかし世界を滅ぼしたことのあるといわれている存在を崇めている訳ですから、良いものだとは言えない可能性の方が高いです。良いか悪いか判断がつかないなら――――

 

「とりあえず貴女を捕まえます。それから考えましょう」

 

「そう、でも――――」

 

そう言ったメリィさんは私が突きだした槍を身を屈めて避けた。そのままクロスさせたガントレットでギャリギャリと槍を下からすくい上げるようにして迫る。

 

無理矢理腕を持ち上げられ、胴体に角によって威力の増幅された頭突きが突き刺さった。

 

「ガフッ!?」

 

腹部に重い衝撃を受け、その場に留まることもできず吹き飛ばされる。鍾乳石を3つほど背中で砕いてようやく止まった。

 

「――――鳥さんにできるかな?」

 

魔素のせいか頭が重いし、案外大変かも知れませんね……!!

 



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第65羽 リン……リン……

 

起き上がれば体に着いていた鍾乳石の瓦礫がパラパラと落下していく。鍾乳洞のきれいな景観を崩してしまいました。しかしそんなことを言ってもいられません。おそらくはもっと壊してしまうでしょうから。

 

「帰れば見逃すよ?」

 

「申し訳無いですが危険物を放置して帰るわけには行きません」

 

「そう……。なら無理矢理帰ってもらう」

 

構え直したメリィさんからベルの音がリンと鳴る。

重厚な拳を大きく振りかぶって突っ込んできた。その拳を外に弾き、隙をついて突きを放つ。その攻撃にあっさりと対応したメリィさんは脇から殴りつけてくるものの、槍を巡らせ石突きで叩くことで防ぐことができた。

 

石突きを突きだしたままの姿勢で一歩踏み込む。

 

「【上弦月(じょうげんげつ)】」

 

闘気をまとった槍が前方180度を大きくなぎ払う。メリィさんはガントレットでガードしていましたが戦撃の威力は受け止めることはできずに後ろに押し飛ばされた。地面を削っていくメリィさんに距離を詰めながらそこに羽を『射出』して牽制していけば、横っ飛びに避けた彼女が鍾乳石の影に隠れた。

ならばと『射出』を止めて一気に駆け寄れば、鍾乳石が爆発してこちらに向かって飛んできた。速度を僅かに落とし対応。小さな破片は風で吹き飛ばし、大きなものを槍で弾いていく。一際大きな鍾乳石を力を込めて吹き飛ばした時、その影から人が現れた。ガントレットの拳を握りしめたメリィさんです。

 

「しま――ッ!?」

 

「お返し」

 

なぎ払った槍を引き戻そうとしたけれども間に合わない。意識が一瞬大きく明滅する。がら空きの腹部に重い一撃を食らってしまった。体がくの字に折れ曲がり、鍾乳石をへし折った末に天井に叩きつけられた。

 

「くぅっ!!」

 

痛みをこらえて横に飛び出せばさっきまでいた場所に何かが突っ込んだ。そこからベルの音が聞こえる。もちろん正体はメリィさんだ。さらに天井を蹴って空中にいる私に追撃をしかけてくる。翼のある私にそれはさすがにそれは舐めすぎです……!!

 

彼女の拳と私の槍が接触する。天井を蹴った加速と重力、ガントレットの重さまで追加された彼女の拳は重い。しかし私はそれを空中で優しく受け流しました。背後に回り込んで防備な背中に戦撃を発動する。

 

「【双爪《そうそう》】!!」

 

「うぐ!?」

 

高速の二連撃が背中を叩きつけ地面に落下させた。飛べない相手に空中で負けるわけありません。飛びにくいのは確かですが。

 

メリィさんが地面に叩きつけられたことで発生した砂埃を油断なく見つめながら考える。

 

戦撃は……あまり使わない方が良いですね。体が重くなっている。魔素のせいです。

この場に存在する大量の魔素のせいで闘気を生成する際、魔素が消費しきれず体内に残ってしまっています。摂取する魔素が過剰すぎるから。そのせいで中毒症状がもう出始めている。

 

砂ボコリが晴れ、メリィさんの姿が現れる。もちろんピンピンしている。あれだけで倒れてくれるとは思っていません。

 

「ごめんね。ちょっと甘く見てた」

 

謝った彼女は眠そうな目のまま、気合いを入れるようにガントレットの拳を打ち合わせた。ベルの音がなる。

 

「真面目にやる」

 

宣言した彼女から凍えるような冷気が這いだしてくる。鍾乳石には霜がこびりつき、水たまりは凍りついた。息が白くなる。結界のおかげか寒さが抑えられていた洞窟の空気が凍えていくのがわかった。

 

対抗するように槍を握りしめ魔術を発動。

 

「《赤陣:付加》」

 

「あ、ズル」

 

ズルではありません。

槍から溢れた炎の熱が体を温めてくれる。それでも寒いですがマシにはなりました。攻撃したときの火傷くらいは我慢してもらいましょう。

 

「いいもんね」

 

表情は変わっていないはずなのにむすっとした雰囲気を出したメリィさんが鬱憤をぶつけるように殴りかかってきた。これは……なんて厄介な!!

槍で防いでいくも拳が振るわれる度に冷気の波が襲いかかってくる。その度に体の動きが鈍ってく。冷気から守ってくれるはずの炎も威力で負けてぶつかる度に弱まっている。

 

これを戦撃を抑えて相手するのですか……!!

 

風を爆発させ彼女が踏ん張った隙に後ろに飛び退って距離を取る。『射出』を使って牽制することも忘れない。

 

「《赤陣:火鳥(ひどり)》」

 

「あ、またズル」

 

だからズルではありません。

魔術陣から生み出された鳥が直ぐ側を旋回して冷えた体を温めてくれる。長く接近していると危険ですね。体温がすぐに奪われてしまう。その都度こうやって体を温めた方が良いでしょう。

相手が許してくれるとは限りませんが……!!こんな風にね……!!

 

ガントレットと槍がぶつかる金属音にベルの音が混じる。

どうしましょう。距離を取るか、このまま応戦するか……!!戦闘中なのに思考に迷いが生じる。その一瞬の隙を突かれてしまった。

 

「遅いよ」

 

「足が……!?」

 

メリィさんから冷気が溢れ、右足が地面に凍り付けにされた。体重移動ができず槍がうまく振れない。途端に錆び付いたようの動きがぎこちなくなった。

そのせいで防ぎきれなかった拳がまたもや腹部に突き刺さる。しかも今度は冷気付き。衝撃で足の氷は割れましたが、体の動きが一気に鈍る。体が思うように動かない……!!

 

未だ残っていた《火鳥》をメリィさんに向かわせ、距離を取る。

 

「げほっ……!!」

 

痛む腹部を手で押える。

完全に彼女のペースだ。戦いの流れを上手く運ぶことができない。メリィさんにかき消されてしまった《火鳥》を再び発動する。メリィさんが接近するまでの間に少しでも体を温める。このままでは押し切られてしまう。なにか打開策を……!!

 

考えてもなにも浮かばない。うまく考えがまとまらない焦りをもったまま、殴りかかってきたメリィさんに対応した。

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

「はあ……、ふう……」

 

その後も応戦するなかメリィさんの攻撃に対応できない場面が増えてきた。傷は既に治っていますが何度も怪我を負わされてしまった。

 

頭の芯に鉛でも埋め込まれたかのように重い。さっきから普段しないような判断ミスが目立つ。

 

流石におかしい。

 

上でドラゴンと戦いましたがそこまで疲労するようなものでもありませんでした。魔素の中毒症状のせいだと思っていましたがなにかが違う。

 

頭が重くなったまま、メリィさんの拳を辛うじて防ぐ。

 

「ぐう……!!」

 

衝撃でメリィさんのベルが鳴った。頭が重い。

 

……待った。今のです、ようやく気づきました!!

ベルの音だ……!!メリィさんはベルの音で眠気を誘っている……!!

だから思考速度が普段より遅い。考えに迷いが生じる。うまく戦いの流れを運べない……!!

 

「そのベルの音、眠気を誘ってますね」

 

「良くわかったね。鳥さんなかなか寝ないからバレちゃった」

 

「私の火に散々ズルとか言っておいて、それ貴女の方がズルじゃないですか!!」

 

「ズルじゃないもん」

 

この……!!ベルの睡眠誘導とでも言うべき効果は寒さとの相乗効果でかなりの威力です。『呪術耐性』と『頑強』がなければとっくの昔に眠ってしまっていたでしょう。辿る未来はそのまま凍死です。

メリィさんと初めて出会った洞窟で眠ってしまったのも、龍帝達が眠ったのもこれの影響ですね。気を張っていないときにこれを使われてしまうと、防げる気がしません。龍帝が眠ってしまったのも油断していたからでしょう。

 

なら――――

 

「づッ……!!」

 

槍を思いっきり振り上げて、足の甲に突き刺した。痛みに歯を食いしばれば、眠気が払拭され思考がクリアになる。

 

「自傷……?意味無いよ。また眠くなるから」

 

「いいえ。そのベルの音はもう聞きませんから」

 

槍を手放し、両方の手の平に風を集めると自分の耳に向かって叩きつけた。ぱんっ!!という音と共に平衡感覚が乱される。

 

「う……」

 

ショックでふらふらとたたらを踏み、顔を上げたときには静寂が周囲を包み込んでいた。当たり前だ。自分で鼓膜を破ったのだから。耳から暖かいものがトロリとこぼれた。痛い……。

正面に驚いた顔をしたメリィさんが見える。ずっと眠そうな半目の表情だったのでなんだか新鮮です。

 

足の甲から槍を引き抜き構え直す。さあ、第2ラウンドです。



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第66羽 大戦犯では??

お久しぶりです。わたくし、ねむ鯛は眠すぎてほとんどの時間を寝て過ごしてしまいました。高評価くれた人もいたのにごめんね。
でもこれはメリィさんのベルの音のせいでは?作者は訝しんだ。
あ、嘘ですごめんなさい。もちろん私が悪かったです!!だから石をなげ……岩!?


 

槍の先端から滴る血を振り払い、未だ驚いた顔のメリィさんに向かって駆け出す。欠片を踏み砕く音にハッと気を取り直した彼女は慌てたように体に力を込めたメリィさん。

 

私の接近に合わせて突き出された拳の力を槍で巻き込み手前に引っ張ればバランスを崩してつんのめる。その隙にテイクバックしていた槍で脇を打ち据えた。鈍い感触に表情を歪めた彼女はその場に踏ん張って反撃を試みてきた。痛みのせいか少しだけ踏み込みが浅い。体をずらして拳を避け、蹴り飛ばした。

 

クリーンヒットして宙を舞った彼女をすぐさま追いかける。空中で体勢を立て直したメリィさんが後ろに飛び退りながらこちらを見据え、高速で拳が空を乱打した。なにを?

 

答えはすぐにでた。勢いよく飛来した冷たい輝きが頬を撫でる。氷だ。拳に生み出した氷を殴った勢いで飛ばしてきたのだ。それも連打で。多数の氷塊に魔術での迎撃を選択。

 

《赤陣:火穿葬槍(かせんそうそう)

 

握りしめられた手の先の魔術陣から、人体程度なら軽く飲み込めそうな大きさの炎の槍が射出された。貫通性能に特化したそれは氷拳の雨を消し飛ばし、その奥にいたメリィさんにも到達。

氷によって威力が落ちていたため彼女の拳の一振りでかき消されてしまったが、しっかり仕事をしてくれた。

 

息を整える暇を与えることなく低空を飛ぶように接近。渾身の突きを放った。タイミングはバッチリです。この距離で避ける場所はありません。

するとメリィさんは避けるでもなく地面を這うように接近してきた。両手のガントレットをクロスし下からすくい上げ、槍を持ち上げるように踏み込んできた。既視感のある状況。これでは先ほどの二の舞。また頭突きをお腹にもらってしまう。

 

なので私は全力で槍を握りしめると翼をはためかせ『急降下』で地面に罅が入るほど力強く踏み込んだ。もちろんその負荷はメリィさんにも行くわけで。

最初は耐えていた彼女だったが、やがて腕が下がって頭で支える形になり、足も体を支えきれず膝を突き、最後には全身を地面に叩きつけられた。

 

さっきのお返しです。二度目どころかこちらが誘導したので食らいませんよ?今の状況なら下から横に力の向をずらしていった方がなんとかなったかもしれませんね。

 

そんな事を考えていると地面に倒れ伏したメリィさんから冷気の放出が止まる。それに喜ぶでもなく私は訝しんだ。

気絶した……?いえ、戦った感じではまだ彼女には余裕があるはず。死んだふりでしょうか?

 

――ッ!!

 

メリィさんを中心に大きく魔力が胎動する。

それを感じ取った瞬間後ろに大きく飛び退けば。

 

――――閃光が爆発した。

 

これは……雷……?

 

迸る(イカヅチ)の中心でメリィさんがユラリと体を起こす。電気の影響かメリィさんの髪がふわりと浮かび広がっている。まるでメリィさんが大きくなったように感じた。正確には違います。彼女から感じる圧力が大きくなったのです。

 

バチリバチリと弾けるような衝撃が空気を叩いている。すごい威力だ。飛散する雷の余波で鍾乳石が砕けている。冷気の放出を止めたのはこの魔法を使うためですか……!!

 

メリィさんの口が「ちょっとだけ、全力……!!」と動いた。

 

私の耳が聞こえていたならバリッという音が聞こえたのではないでしょうか。メリィさんの姿がかき消える。視界が横にブレた。そう思った時には背中から壁に叩きつけられていた。

 

認識できないほどの速度で真横から蹴り飛ばされたのだ。

 

――()ッ!!

 

脇腹がものすごい熱を持っている。肋骨がいくつか折れているようです。それだけではありません。実際に脇腹が焦げています。雷の影響でしょう。『高速再生』を使って急いで治療していく。口元を伝った血を手で拭って壁から飛び出した。

 

目の前に拳を振りかぶったメリィさん。現れるのは一瞬だった。咄嗟に柄で受け止めれば、衝撃が突き抜ける。

 

――くっ!?体が痺れて……!!

 

槍がガントレットから流れてきた電気を通し、体が硬直する。無理矢理力を入れ、衝撃に合わせて後ろに飛び退れば、いつの間に追いついたのか真横に。全速力で槍を巡らせ攻撃を防ぎ、後ろに飛び退くことで威力を逃がすもののメリィさんはすぐに追いついてくる。何度防いで下がっても距離を離せない……!!電気による痺れがそれを助長する。。速すぎてまともに目で追えない……!まるでコマ送りでもされているような速度で、今の私では対処が難しいレベルです。

 

仕方がありません。少々無茶しますが……。

 

またもや突然現れたメリィさんの攻撃をなんとか防ぎ、距離を離しつつ呼吸を変化させていく。

片手を突いて地面を削りながら失速。そのさなかに体を蒼の闘気が包み込む。氣装纏鎧(エンスタフト)だ。

 

体に蒼をまとったまま槍を振るい、コマ送りのような速度で迫ってきた彼女の攻撃にぶつけ合わせる。感電は……しない。槍にまとっていた炎を消して、《黄陣:付加》で雷をまとい武器の接触による通電を防いだからだ。これでまともに打ち合える……!!

威力を相殺し拳を弾けば、驚いたように彼女の目が僅かに大きくなる。しかしそれも一瞬のこと。すさまじい速度で動かれればもはやまともに目で追えなくなる。

 

次だ。目で追えなくても反応はできる。感覚を研ぎ澄ませろ。

魔力を使って風を周りに送り出す。『空間把握』で周りの障害物を認識し『風靡』で周りの空気の流れを掴む。風の発生源とこれから通る道筋、そして終点を予測。自然に発生する風を判別していき、メリィさんが作り出す風をあぶり出す。

 

そこだッ!!

 

首を動かせば目が合った。

背後に回り込んで拳を大きく振りかぶったメリィさん。そのがら空きの胴体に。

 

――【下弦月《かげんげつ》】

 

後方180度をなぎ払うカウンターバックのなぎ払いが直撃した。反撃が来るとは思っていなかったメリィさんは、くの字で吹っ飛んでいった。好機!!

駆け出すと同時に握りしめた左手を目の前へ。同時に闘気を爆発させ戦撃の構えを取る。

 

――《紫陣:加速》

 

紫の魔術陣の先に見えるメリィさんを見据え、地面を踏み砕く。

 

――【魔喰牙《ばくうが》】!!

 

次の瞬間にはメリィさんの目の前にいた。未だ体勢の整わない彼女は咄嗟にガントレットでのガードを選択。しかしそんなもの関係ありません。

 

魔術による加速と戦撃による加速。そこに私の全身の力を一点に集中させた片手突きは。

ガントレットを容易く割り砕いて、その衝撃が彼女の全身を貫いた。

 

ゴム鞠のように軽々と吹き飛んで地面にバウンドしたメリィさんは起き上がったもののどこか足取りが力ない。戦撃は私の通常の攻撃よりも遙かに威力が高いです。いくら格上だろうとなんども食らえばタダでは済みません。

メリィさんが発生させている雷も威力が下がっているように見えます。こちらは単純に魔力不足でしょうか。

 

その時、洞窟の入り口から極大な雷の奔流がメリィさんめがけて殺到した。この魔力、龍帝ですか!?

体にダメージが残っていたメリィさんは避ける暇もなく飲み込まれてしまった。

 

私が受けたら一瞬で消し炭になるような威力。いくらメリィさんとはいえ、耐えられるものでは……。戦闘で高まっていた熱が急激に冷めていく。

 

成り行きで敵対していたメリィさん。彼女の本質はきっと悪ではなかった。一時とは言え仲良く過ごすことのできた彼女がいなくなってしまうのは、なんだかこの霊峰の冷たい風が胸に吹き込んでくるように感じられました。

 

――いや、まだ生きている!?

 

龍帝の攻撃で消し飛んでしまったはずのメリィさんは未だ健在でした。雷を扱うが故にメリィさんに雷の耐性があったのかもしれないとか、龍帝が洞窟を壊さないように加減をしているのかもしれないとかそんな考えが浮かびましたが、一瞬で吹き飛ぶような出来事が起きてしまいました。

龍帝の攻撃をその身で受け止めていたメリィさん。彼女が徐々に攻撃の向きを逸らし始め、やがて斜め後方に受け流すことに成功し。

そして狙ったのかそうでないのか、受け流された強力な雷のブレスは宝玉に直撃してしまったのです。その途端、軋むような嫌な音が。マズい!!

 

――龍帝!!攻撃を止めてください!!宝玉が!!

 

『なに!?』

 

巨大な雷の光線は収まったものの既に遅かった。

罅の入った宝玉から黒い影が這い出してきたからです。



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第67羽 私も戦犯では??

お久しぶりです。眠い……。


龍帝の攻撃によってひび割れた宝玉。それから這い出してきた黒い影からは生き物に対する強い害意が感じられる。メリィさんが言っていたジャシンに関する一部と考えるのが妥当でしょう。のたうつように迫ってくる黒い影、仮称ジャシンの影をバックステップで避け魔術の砲身を向ける。

 

――《赤陣:火穿葬槍(かせんそうそう)

 

放たれた炎の剛槍はジャシンの影を焼き焦がし、のっぺりとした黒をひび割れた黒に変えた。しかし――――

 

――切りがない。

 

ジャシンの影は未だに溢れ続け空間を占領していく。同時に空間の魔素がみるみる増えて行っている。このままだと本格的に中毒症状が起きてしまう。

 

『どうかしたのか!?』

 

――罅が入った宝玉から何かがあふれてきました。攻撃していますが切りがありません。このままだと洞窟から溢れるのも時間の問題です。

 

龍帝から届いた念話に状況を説明する。耳は聞こえませんが、龍帝は念話を使っています。未だ私は音が聞こえませんがそれのおかげで会話はできます。

 

『しまったな……、大失態だ。おい天帝の娘よ、宝玉が入り口から見えるようにしてくれ。視界が遮られていると邪魔だ』

 

――わかりました。【貪刻(どんこく)】。

 

入り口からの視界を遮っていた一際大きな鍾乳石を蹴り砕く。きれいな景色が壊れるのは勿体ないですが、背に腹は代えられません。崩れ落ちた鍾乳石の先には入り口から顔を覗かせる龍帝が。封印のせいで入れないのでしょう。

 

『良くやった。しばし待て』

 

すぐさま龍帝は不思議な力を収束させ始めた。何をするつもりかわかりませんが、少なくとも無駄なことではないはずです。

ジャシンの影は近くの生き物を無差別に襲おうとします。早く洞窟から出たいのですが私が洞窟から出ようとすると着いてくる可能性があるのでしばらくおとりになりましょう。魔素の中毒症状が酷くなる前に終わると良いのですが。

 

そうして囮になって洞窟の中を飛び回っている最中、龍帝の攻撃を受け流した疲労で動きが悪くなっているメリィさんがジャシンの影に今にも飲み込まれそうになっているのが見えた。

 

逡巡は一瞬。蛇のように這い回るのっぺりとした影に飲み込めまれる寸前でメリィさんを拾い上げる。

……ジャシン教の情報を得るためです。死んでいるより生きている方が良いでしょうし。

 

しつこく追いかけてくる影に魔術をぶつけて安全を確保する。顔が見えるようにお米様抱っこをしているので彼女からの視線をビシビシ感じます。顔を後ろにするのは不安だったのでこうしたのですが失敗だったかもしれません。

 

メリィさんを抱えたまま洞窟の中を跳ね回る私をしばらく見ていた彼女でしたが口を開いた。

なにか話しかけてきているようですが今は耳が聞こえません。読唇術のまねごとで少しならわかりますが、会話は無理です。また眠気を誘われる可能性がある以上鼓膜はまだ治しません。

 

それを悟ったのかメリィさんは話しかけるのを止めた。これが済んでから聞けば良いでしょう。

そんなことを考えていると、僅かに迷った後メリィさんが首に付けていたベルを外した。そしてそれをポケットにしまうと私の目をジッと見てくる。

 

……意図はわかります。

すでに私の体には彼女との交戦での傷は存在しません。おそらくそれに当たりを付けて、鼓膜も治せると考えての行動でしょう。

ベルをしまったのも、もう交戦する気はないとい意思表示なのでしょうが、流石にそれで油断するほどではありません。

 

メリィさんを抱えて、のたうつジャシンの影を撃退しつつ距離をとり続ける。その間にもメリィさんは私の目をジッと見つめてくる。

 

見つめてくる。さらに見つめてくる。それからみつめてくる。見つめて……見つめて……見つめて……。

 

ああっ!もう!!視線がうるさいですね!!

鼓膜を治して怒鳴りつける。もちろんすぐさま破けるように準備して。

 

「なんですか!?」

 

「なんで助けてくれたの?」

 

「そんなのなんだって良いでしょう!?」

 

「だめ、教えて」

 

今の状況わかってます??貴女捕まってる上に、変な影に襲われてるんですよ。変に強情な人ですね!

 

「ジャシン教の情報を得るためです。こんな危険な事を企む組織です。情報は多い方が良いでしょう!?」

 

別に私がジャシン教をどうかするつもりはありませんが、世界がどうこうなったら事です。人に情報を渡すだけでも対策にはなるでしょう。

 

「ふ~ん」

 

「なんです?」

 

「別に。……来てるよ」

 

「わかってますよ!」

 

魔術を使ってジャシンの影を消し炭にし、距離を取って地面に下りたところで。

 

頬になにやら暖かくて柔らかい感触と軽やかな音が聞こえた。一拍の後何をされたか理解する。

 

「!!?!???!!!?!?」

 

「おっと」

 

脳がバグった。思わず地面に放り出してしまう。思わず頬を押えて聞いた。

 

「な、ななな、なにするんですか!?」

 

「お礼。嫌?」

 

「い、や……では……」

 

シュンとした彼女に強く言うことができず、視線を逸らして言葉を濁してしまう。

 

「ってそういう問題ではありません!!なんでこんなことしたんですか!?」

 

「お礼はこうすると良いって教えてもらった」

 

誰ですかそんなバカな事教えたのは!?ぶっ飛ばしますよ!?

 

その時パキリと何かが砕ける音が。見ればメリィさんが何かを握り込んでいる。魔力に包まれ消えていくのがわかる。

 

「ばいばい鳥さん。またね」

 

感じたのは空間魔法の力だった。多分冒険者の「帰還の種」と似た効果のもの。行き先はジャシン教の関係先でしょう。

つまるところ彼女に逃げられたわけです。

 

……。

…………。

………………。

 

不覚ッ!!!!!!!!

 

『なんとか一時的な封印を施した。これでしばらくはその影がもれてくることはないぞ。……どうした?』

 

そこで龍帝から念話が入った。どうやら魔法に集中してなにも見えていなかった様子。

 

何でもないですッ!!

 



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第68羽 氣装纏武

 

 頭を振って雑念を振り払う。

 メリィさんに不覚を取りましたが、ともかく今はジャシンの影です。宝玉からいつまで経ってもあふれ出してくるのは龍帝のおかげで止まりました。

 

 メリィさんに関しては、空間魔法の力を持った道具でどこかに逃げられた以上追跡することはできません。少なくとも今の私の能力では無理です。となれば、あふれ出したジャシンの影を殲滅する方が良いでしょう。別に衝撃の出来事を努めて忘れようとしているわけではないです。はい。

 

『天帝の娘よ。済まないが我が手助けすることはできないと思ってくれ。結界を壊して洞窟に入れば同じ強度で直すことはできんし、これ以上下手に攻撃すれば洞窟が壊れる。頼んだぞ』

 

 う~ん、この丸投げ。比較的温厚な龍帝ですが龍としての傍若無人さは健在なようです。ここで放り投げるつもりはなかったので別に良いのですが……。

 

 赤陣の魔術で焼き払いながら影に捕まらないよう洞窟の中を飛び回る。このジャシンの影、液体のようにまとまっていたかと思えば、蛇のように這いずり回ったりと不思議な動きをしています。実体のない不定型な存在だからなのか、熱で焼くのが効果的ですね。汚物は消毒です!

 

 焼却作業は順調に進み、約半分ほどを灰に変えたところでそれは起こった。紫色の煙がジャシンの影から吹き出したのです。ジャシンの影の攻撃範囲を見切っていた私は、想定外のそれを少しだけ吸い込んでしまった。

 

「う……!?ゲホッ!ゲホッ!これは……毒……?」

 

 こみ上げて来るままに熱い物を吐き出せば地面が赤に染まった。血だ。吸った毒でダメージを負ったようです。

 この毒、魔力で作られた物ではなく物質的な毒です。恐らくジャシンが本来持っていた物なのでしょう。私の『呪術耐性』では効果がありません。

 鬼気を解放して『頑強』の効果を高め、耐性を高めれば症状が弱まった。

 

『頑強』の耐性を抜いてくるとはかなり強い毒です。

 私にあまり効果がでないとはいえ、長時間吸い込むべきではありません。魔素のことも考えるとさっさと出るべきでしょう。また少し無茶をしますが、長く時間をかけるよりはこちらの方が良いと判断しました。

 

 毒の範囲外に出て『空の息吹』を使う。僅かに増した倦怠感と共に闘気を生成。それを『氣装纏鎧(エンスタフト)』としてまとうのではなく、握った槍に送り込んでいく。やがて槍に収まりきらなかった闘気が、柄から穂先にかけてあふれ蜃気楼のように揺らめき始めた。

 

 これは『氣装纏武(エンハンスメント)』と呼ばれる技術です。『氣装纏鎧(エンスタフト)』は私が考えましたが、『氣装纏武(エンハンスメント)』は既存の技術です。

 

氣装纏武(エンハンスメント)』は見た通り武器に闘気を送り込む(わざ)です。武器が必須なので素手では使えません。この(わざ)は武器にかなりの負荷をかける代わりに、武器の威力を底上げしてくれます。それだけではありませんが。

 

 ジャシンの影に向けて走り出す。

 息を吸い込み、闘気を練り上げ戦撃を準備する。僅かに毒を吸い込みますが問題ありません。許容範囲内です。

 

 ここに来て、固まった影から蛇のように攻撃してきていたジャシンの影が多岐に分裂した。まるで触手のように。

 これまで一本だったのに急に分裂した。今までできなかったのか、それともしていなかったのかはわかりませんがこれも問題ありません。

 

 槍を握りしめ炎を宿す。

 

 天井すら覆い隠し、津波のように襲いかかる触手の群れに一撃。

 

「【赤陣:上弦月《じょうげんげつ》】」

 

 闘気をまとった前方180度のなぎ払い。それが――――視界全ての触手を焼き切った。

 

 それこそ攻撃が届くはずがない場所の触手までが焼かれ、焦げ付く。上げられない悲鳴の代わりのようにジャシンの影が蠢いた。

 再び触手を生やして襲い来る。もう一度。クルリと背を向け。

 

「【赤陣:下弦月《かげんげつ》】」

 

 背後を180度なぎ払う戦撃。その直前。

 

 槍にまとわり付いていた闘気の蜃気楼が、手元から穂先にかけて槍の形に膨張した。それに付随して炎の範囲も拡大し広範囲の触手を焼き払う。

 

 これが『氣装纏武(エンハンスメント)』の効果。攻撃範囲の増加。単純ですがこれを戦撃で行うと広範囲を高速で殲滅する攻撃に早変わりです。

 私は闘気の形を変えるのは苦手なのですが、武器に凝縮させた闘気は武器の形で膨張します。そのおかげで、拡大した槍として扱えるのです。おそらく押し込められた闘気が武器に形に固まったせいだとは思うのですが正確な所は良くわかっていません。

 

 そして炎の範囲拡大は闘気に存在している、とある特性を利用した物です。

 それが他者の魔力の排他性と自己の魔力との親和性。

 簡単にいうと、他人の魔力を弾いて自分の魔力を取り込む特性。

 

 これの影響で拡大した戦撃の範囲に炎が付随した訳です。

 

 毒すら取り込むのを気にせず大きく息を吸い込む。『氣装纏鎧(エンスタフト)』の輝きを身にまとい、構える。

 戦撃の輝きを槍に宿し力強く踏み込む。

 

「【赤陣:告死矛槍《こくしむそう》】!!」

 

 『つつく』の補助を受けた高速の三連突きが『氣装纏武(エンハンスメント)』の効果で拡大され、ジャシンの影に大砲でも打ち込まれたかのような大穴を穿ち、焼き焦がす。

 なぎ払いがジャシンの影を両断し、逆なぎ払い、更に一回転してのなぎ払いが三枚に下ろす。

 

 背後に叩きつける勢いのすくい上げで、縦に切り裂く。さらに背後の穂先を、横から叩きつけて前に戻す。

 『急降下』を発動した強力な両手突きを放てば、ジャシンの影がほぼ消え去った。

 

 体を捻って槍を後ろに引き絞ると同時、左手を前に突き出し握りしめる。

 

「《緑陣:旋風《せんぷう》》」

 

 つむじ風を発生させ、戦撃の威力で散り散りになっていたジャシンの影を一箇所に引き寄せる。一欠片も残しません。

 

「これで……終わりです!!」

 

 解放された最後の一撃がジャシンの影を残さず飲み込み穿った。

 

 ふう。

 

 思ったより大したことなかったですね。封印されて弱っていたのでしょうか?

 



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第69羽 ジャシン

前回の更新で第2羽に手を加え、2.5羽を追加。
戦撃のお披露目タイミングを2.5羽に早め、それによる一部の話の改変してます。

そして遂に20万文字突破!!確か文庫本2冊分の分量だったはず。ここまでこれたのは読んでくれた皆さんのおかげです!!ありがとう!これからもよろしくね!!


 

ジャシンの影が焼き払われ、完全に消滅したのを確認して槍を下ろす。

 

「けほっ」

 

それなりの量の毒を吸い込んでしまいましたが、致命的な段階になる前に終わらせることができました。魔素の方も影響は出ていますが中毒というほどの症状でもないです。毒はこのまま『頑強』が中和してくれますし、魔素も洞窟から出れば体内で魔力に変化して無害かします。

ジャシンの影が出した毒自体は残っているので近づけば危険ですが、ここに用がなければ誰も立ち寄らないでしょう。私に対処は無理なので龍帝に任せます。

 

長居しても良いことはないと洞窟を出れば龍帝が待っていました。

 

『良くやってくれた。溢れたジャシンの影は全て消え去った。お主のおかげだ。礼を言おう』

 

「いえ、まあ……」

 

丸投げされた上にやらないと世界もろともマズそうだったので選択肢なんてなかったんですが。

それに。

 

「案外強くありませんでしたよ?」

 

『なに?ならば封印されている間に力が弱まったか……?』

 

そういうものですかね……。難しい顔をして考えている龍帝にさらに質問を投げる。

 

「それでジャシンというのは何なんですか?」

 

フレイさんが言っていた、遙か昔に世界を滅ぼしたことがあるということくらいしか知りません。

 

『ああ、あれは約1000年程前だ……』

 

今と同じように世界には生き物が栄えていた。人は人として、魔物は魔物として。

当時は天帝が存在しなかったので、龍帝は空の支配者としても恐れられていた。今のように霊峰ラーゲンに居を構えることもなく、気ままに世界を放浪していた時それは突如として出現した。

 

それがジャシン。

 

最初は名もなかったそれは驚異とも呼べない小さな存在だった。龍帝は存在すら知らなかったという。

だがそれは徐々に成長し、世界を覆い尽くすほどの脅威となった。人の世は荒らされ魔物も襲われた。当時の帝種も何体か殺され、挑んだ龍帝も命からがら敗走したらしい。

 

人よりも圧倒的に強い帝種ですら勝ち得ない存在。それを知った人間も絶望を深めた。

 

そんな時現れたのが1人の人間だった。その人間はメキメキと頭角を現し、世界を壊し尽くそうとしていたジャシンの進行を押しとどめた。

 

曰く世界を救うために神から力を授かったと。

 

しかしそれだけではジャシンを倒すには至らなかった。

 

自分1人の力では無理だと判断したその人間は俯く人類を鼓舞し、仲間を集め、やがて協力を求めて生存していた帝種にすら会いに来たと言う。もちろん龍帝にも。

当時気位の高かった龍帝はその要求をつっぱねた。しかし何度もやってくるその人間に痺れを切らし戦闘。激戦の末龍帝は敗北。帝種にすら届く力を身につけていたその人間の要求を飲んだ。

最初は龍帝もその人間に対して思うところがあった。しかしジャシンとの戦いで強力する中でその人となりに魅せられ友となったという。

 

そしてその人間は数多の協力もあって滅びる一歩手前だった世界を救い上げたのだ。

 

『とはいえ成長したジャシンは強力すぎた。我が友は倒しきることは不可能と考え、ジャシンを四つに分け力を封印したのだ。封印に使った宝玉はそれぞれ東西南北の大陸のどこかに一つずつ封印されている』

 

「その一つがここと言うわけですね。他の場所は?」

 

『我も詳しい場所はここしか知らん。封印した我が友は「沈黙は金なり」と言っていた。秘密とは知っている者が少ないほど強固に守られる。我が友がいない今となっては封印の地を全てを知るものはいない。破られることのない秘密となったのだ』

 

なるほど。全てを知るものがいないというのは秘密としてこれ以上なく効果的です。しかし物理的な防護を考えると、各地それぞれ龍帝のように守護者と呼べる存在がいると考えられます。

そして世界を救い上げた帝種に勝てる人間。

 

「その人間は神から力を授かったと言ったそうですが、今その神はどこに?」

 

『知らぬ。ジャシンを封印してから奴の信者はめっきりと減った。力が弱まった奴の気配はどことも知れん』

 

信者が減ることで神の力が弱まったと言うことですね。そして居場所はわからない。

 

「あれ?じゃあ白蛇聖教は何なんですか?」

 

聞く限りこの世界の宗教として一強です。人間に力を授けた神は白蛇聖教の神だと思ったのですが。

 

『知らぬ。ジャシンを封印した後、気づけば世界に蔓延っていた。白蛇なんてものを崇める人類の気は知れんがな。長く生きたが人類には理解できない部分もまだまだある……』

 

龍帝知らないことばかりじゃないですか……。

 

簡単に歴史をまとめると。

1:ジャシンが現れる。

2:強くなったジャシンに世界が滅ぼされかける。

3:世界最強格の帝種も敗れる。

4:世界を危惧した神が人間に力を授ける。

5:様々な協力もあり封印が成功。世界各地に隠す。

6:神が隠れ白蛇聖教が増える。

7:ジャシン教がジャシンの復活を目論む。

 

といった感じでしょうか。

 

というかお母様いつ生まれたんでしょう。後追いで龍帝を下して天帝に収まったって事ですよね。実際はどれだけ強いんですか……?

 

考えを巡らせていた私に念話(こえ)をかけてきた。

 

『ところで天帝の娘よ』

 

「はい?なんでしょう」

 

空を見上げて嫌そうな顔をした龍帝がこちらに目を向けた。その話の内容は実にタイムリーなものだった。

 

『天帝が南の大陸で荒れ狂っているのだがなにか知らんか?』

 

「へ?」




見切り発射だから過去がちょっとふわふわしてます。許して。


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第70羽 帰還

話は飛んでないので安心してください。


 

 

 早朝、パルクナット。ギルドに向かう途中の大通りにその後ろ姿を発見した。駆け寄って声をかける。

 

「フレイさん!取ってきましたよ!!」

 

「は?メル!?もう帰ってこれたの?まだ一週間経ってないよ!?」

 

 私に気がついたフレイさんが驚いて二度見する。

 

 ジャシンの影が溢れた日に龍帝と別れた後、9時間が経ったくらいでしょうか。

 

 霊峰に付くのに6時間。山頂に到達するのが5日。2時間が休憩。下山が1時間、帰還が6時間になります。比べてみると登山に対して下山が早すぎますね。

 原因は龍帝です。話の結果早く帰る方が良いとなり、2時間の休憩を挟んだ後出発することに。

 龍帝が霊峰ラーゲンの頂上を覆う雷雲に穴を開けてそこに向かって私を発射。なるべく酸素を使わないように体力を温存して滑空。霊峰の頭上を覆っている雷雲の範囲を抜けて飛行可能高度まで下がった後、パルクナットへ向けて移動を開始しました。

 

 下山を手伝って貰って貴重な情報ももらったので願いはこれで問題ないと龍帝に伝えたら、こんなので願いが消費できるかと言われました。うーん頑固。

 

 ただ実際にやってみると雷雲の範囲を抜けるまでは高度を下げないようにしないとならず寒いし、空気は薄いしで結構キツかったです。普通に下山してももうドラゴンに襲われることもないし環境も楽になる一方なので、登りよりも格段に早く快適に済んだはずですが今回はスピードを優先しました。

 

「霊峰ラーゲンまではかなり早い馬車で片道10日はかかるんだけど……」

 

「あはは、空を飛べますので……」

 

 今は直線飛行速度は大体時速500kmくらいでしょうか?ここパルクナットから霊峰ラーゲンまでは6時間なので……、距離にして3000kmといった所ですか。人として考えると結構遠いですね。

 

「やっぱりとんでもないね、あんた……」

 

 フレイさんは驚きを通り越してなんだかあきれ顔になっているような……。

 

「それよりもマンドラゴラ取ってきました。早く届けましょう」

 

「……そうだね。色々と言いたい事があるけどそっちが優先か。ギルドに行こう」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「ギルドマスター、マンドラゴラ取ってきました」

 

 マジックポーチからマンドラゴラが入った袋を取り出して机の上に置く。中身を確認したギルドマスターは安堵したように頷いた。

 

「……うむ。確かに。要求した数よりもいくつか多いな。これは?」

 

「予備です。一応失敗したときの為に。使わなくてもあって困るものでもありませんから」

 

「そうか。気遣いに感謝を」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 私は私のしたいことをしたまでです。

 

「そうは言ってもじゃな……。おい君、これを薬師殿に届けてくれ」

 

 首を振って応えればギルドマスター困ったように眉を下げ、ひとまず側にいた職員さんに袋を預けた。今から薬を作ってもらうのですね。

 

 職員さんが袋を持って退出すれば、部屋の中には向き合った私をギルドマスター。そして私の後ろで見守ってくれている、フレイさん達3人の計5人になりました。

 

「本当に良くやってくれた。お主には礼をしなくてはならんな」

 

「いえ、ですから気にしないでください」

 

「そうは言ってもじゃな……」

 

 ギルドマスターの言葉に応えれば、やはり困り顔になる。

 

「お主は魔物の身でありながら我々を二度も救ってくれた。迅速に、大した被害もなくな。それに対して礼の一つもなくては我々の品位を疑われる」

 

「ですが……」

 

 未だ迷う私に後ろで静観を貫いていたフレイさんが頭に手を乗せて言った。

 

「人には体裁ってもんがあるのさ。ギルドマスターのためを思うならもらっときな」

 

「……わかりました」

 

「よし、それで礼は何が良い?儂に用意できるものなら全力で融通しよう」

 

「う~ん……」

 

 お礼ですか……。今欲しいものは特にないんですよね……。龍帝に頼まなかったくらいですし。

 

 ……あ。

 

「なにか思いついたのかい?メル」

 

「はい、この街で作った私の冒険者カードが欲しいです」

 

「なに……?」

 

 この街は今世で私が最初に足を踏み入れた人の住む場所。それにフレイさん達に出会った場所でもあります。その街で記念として形の残る冒険者カードを作る。それは私にとって、とても素晴らしいことのように思えたのですが、皆さんはそう思わなかったようで呆気にとられたような表情をしていました。

 それを見て私の気分は沈む。

 

「やっぱり魔物では難しいですよね……。無茶を言いました。申し訳ありません」

 

 元々冒険者カードとは人のためにある物です。そして今の私は魔物。機能として可能かどうかもわかりませんし、それこそ体裁や情報の管理にも私では思いもよらない問題が出る可能性もあります。

 諦めておとなしく別のものにしましょう。

 

「マスター!!」

 

「わかっておる。そう急かすな」

 

 フレイさんが咎めるように声を荒げればギルドマスターはため息を吐いた。

 

「メル殿、不安にさせて済まなかった。従魔登録ができる以上機能的に問題はないはずだ。君の冒険者カードは作ることができる」

 

「え?良いんですか?」

 

「だが本当にそれで良いのか?遠慮する必要はないんじゃよ?もっとなにかないのかの?」

 

「いえ、正真正銘冒険者カードが今欲しいものなんですけど……」

 

 別に遠慮しているわけではないので、なぜそう言われるのか理解できません。他の人を見ても皆困ったような顔。なぜ?

 

「なるほど……。難しいの、おぬしは」

 

 そんなことないと思いますけど。

 

「良いじゃないかギルドマスター、この娘嘘言ってるわけじゃないし。そうそう。メル、この後ご飯に行こう。あたいもあんたの頑張りを労いたいんだ。宿の食堂や買い食いもいいけど、良い店を知ってるから」

 

「ホントですか!?」

 

 フレイさんの言葉に思わず目を輝かせてしまう。登山中は簡単なものしか食べられなかったので楽しみです!!

 

「なるほど……。簡単じゃな、お主は」

 

 そんなことないですけど??

 

「わかった。お主の願いを叶えよう。ならお主の冒険者カードができたら必要ないじゃろうからその時にフレイとの従魔登録は消し――「ダメだよ」……え?」

 

 フレイさん?

 

「そのままで」

 

「しか――「そのまま」……わかったわい。別に問題があるわけでもないしな」

 

 あまりの圧にため息をついてギルドマスターは折れた。

 フレイさん???

 

 フレイさん達とギルドマスターの部屋を出て、ドアを閉めれば後ろから声をかけられた。

 

「お帰り」

 

「あ、ワールさん」

 

 それは、壁に背を預けたSランク冒険者のワールさんでした。ギルドマスターの部屋から出てくるのを待っていたようです。ワールさんは呆れたように苦笑していた。

 

「かなり早い帰りだね」

 

「この娘が出てまだ一週間経ってないはずだよ」

 

「すさまじいね……。俺はここから霊峰ラーゲンに行くだけで3日はかかるんだけど……」

 

「あはは、まあ飛べるので……」

 

 ちょっと前に同じ事言いましたね。

 

「君に任せて良かったよ。俺じゃこんなに迅速にできなかった。流石だ」

 

「……ありがとうございます」

 

 ストレートな称賛。突然のそれに思わず赤くなった顔を逸らす。

 

「それで何を言いに来たんだい?」

 

 私の前に出たフレイさんがズバリと切り込めば、ワールさんは驚いたようにハンズアップした。

 

「待った待った。良いことを知らせようと思っただけだよ」

 

 両手の平を見せたまま、焦ったようにフレイさんに言う。見えるのは背中だけで表情はわかりません。どうしたのでしょう?

 

「ガードが最初に薬を使うことになったんだ。彼が門で時間を稼いでくれたおかげで犠牲者が出なかったからね。街の住人が満場一致で納得したよ」

 

 彼の尽力がなければ私も間に合うことはありませんでした。今頃街はもっと暗い雰囲気になってたでしょう。ガードさんが一番に薬を使えるのはとても良い考えだと思います。

 

「それに君の話も街の全員が知ってるよ。ヒドラをものともせずコアイマすらを蹴散らした小さな天使ってね」

 

「なんですかそれは!?」

 

 小さな天使!?すごく恥ずかしいんですけど!?

 

「彼女が自慢げに吹聴してたからね」

 

「え?」

 

「ちょっと!?」

 

 ワールさんの言葉にフレイさんが慌てるがもう遅い。前に回り込んで顔を見上げればそっぽを向く。

 フレイさん???こっち見て???

 

 その様子にしてやったりとワールさんは笑っていた。

 

 顔を逸らして逃げ続けるフレイさんの顔をひたすら追いかけて周りをグルグル巡っていると、「わるい!?」と逆ギレしたフレイさんに後ろから抱き上げられた。なぜ?

 

「下の部屋で薬師殿が石化を直す薬を作ってくれているんだけど、見に行くかい?」

 

 抱き上げられた私の目を見てワールさんが話を戻す。

 このまま話を続けるんですか?そうですか……。

 

「ええ、取りあえずガードさんが元に戻るまで見ていたいです」

 

「決まりだ」

 

 ワールさんに連れられて覗いた部屋で信じられないものが目に入った。真剣な表情で薬を作る姿は見知ったものだったから。

 

 あれは……ミル!?なんでここに!?

 

 お母様の巣にいるはずのミルがそこにはいた。




3000kmは日本縦断とほぼ同じです。主人公は6時間移動します。速い……。


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第71羽 すれ違い

お気に入りありがとう!誤字報告ももらいました。ありがとうございます!!

そろそろ南の大陸に帰れるよ!!長ぇわ……。


 

 思わず目に入ったミルに向かって駆け出しそうになるのを我慢する。

 腰に届きそうな黄金色の髪を作業の邪魔にならないように縛っている。視線は真剣でとても横から声をかけられるようなものでもない。

 ……彼女は今薬を作るのに集中しているようです。邪魔しないでおきましょう。

 

「どうかしたのか?」

 

 ここで声をかけてきたのがログさん。その気遣いセンスで私の僅かな異変にも気づいたよう。でも今はうれしくないです。

 

「いえ、なんでもないですよ」

 

「そうか?」

 

「…………」

 

 とっさに嘘をついてしまった。自分でもどうしてかはわかりません。訝かしげな様子ながらも視線を前に戻し、静かに薬を作っている様子を見守っています。

 ここにいる全員が固唾をのんで視線を集中させている。それはそうでしょう。人の生死が関わっているのですから。

 

 一拍おいて思考に冷静さが戻る。そもそもここで声をかけるのが間違いなのではないでしょうか。

 通常、人は人として人生を送った方が幸せです。彼女は元々お母様に連れ去られて私達の巣にやって来ました。命が助かったとは言え、決して望ましい状態ではなかったはず。

 

 彼女は無事に人間の文化圏に戻って来れたのです。怪我があるわけでも、辛そうでもありません。ならば余計な事はすべきではない。寂しいですがこれが本来の姿。それに縁があるのならまた会えます。一度巣に帰れば、その後は人間の文化圏を巡るつもりなので。その時に声をかければ良いでしょう。

 

 なぜ彼女が巣から出られているのか、この大陸にいるのか。わからない事だらけですが、声をかけないと決めた以上彼女の口から聞くことはできません。

 

 しかし、彼女が単独で人の住む場所までたどり着くことは不可能です。少なくとも私と対峙したときはそうでした。お母様か、はたまた他の誰かが手を貸したのか。ともかく無事で良かった。お母様も生きていることは確定しています。

 

 弟妹達も無事だと文句なしですね。お母様がいるのでそこまで不安視していませんが、荒れ狂っているという事実は気になります。ミルがここにいることに関係があるのでしょうか。しかしお母様には「失せ物探し」なる魔法があったはず。見失うとは思えません。

 でも私は探しに来て貰えていませんし……。効果範囲があるのでしょうか?前にも思いましたが見捨てられたのだったら泣いてしまうかも知れません……。

 

 そんなとりとめもないことを考えているうちにも作業は進んでいく。

 

 それにしてもミルはこの状況で薬を作るのを任されるほどの腕前だったのですね。お手伝いさんにテキパキと指示を出して手際が良い。彼女は村のおばあさんに教えられたと言っていました。彼女の才能と努力とその教えのおかげでしょうね。

 

「できた!!」

 

 そこでミルの喜びの声が響いた。どうやら完成して用です。

 近くのベットに寝かされているガードさんに今完成したばかりの薬を持っていく。灰色になって固まってしまった肌が悲壮感を煽る。しかしそれもこれまで。薬が効くのなら治ります。

 

 ミルが立った反対には祈るように女性と小さな男の子が。ガードさんの奥さんと子供です。事件があった初日は悲しみに暮れていたそうです。私が目覚めてお見舞いに行ったときもその場にいました。

 

 それほどに家族に愛されていたガードさん。その彼の額に、ミルが作った薬が一滴。

 

 真剣な表情で推移を見守るミル。伴って空気が張り詰める。

 そして――――薬が落ちた場所から肌色が広がっていった。

 

「すごい……!!」「これは……!!」「いけるか!?」

 

 肌色が全身に広がって目が開く。

 

「あれ……?ここは……?」

 

「あなた!!」「パパ!!」

 

「おまえたちか?どうしたんだ?」

 

「体は!?なんともない!?」

 

 奥さんの言葉にベットの上で体を確かめるように動かす。

 

「あ、ああ。全く問題ないが?」

 

 未だ状況が良くわかっていないガードさんはそう答えた。

 

 これは……成功だ!!ぱっと見、後遺症もなさそうです。文句なしの大成功。見守っていた冒険者の方達も喜びに沸いています。

 

「やった!!」「上手くいたぞ!!」「すげえな嬢ちゃん!!」

 

「よかったぁ……」

 

 当の本人は胸をなで下ろしています。緊張していたのでしょう。よくぞやってくれました。

 

「良くやってくれたの。これで石になったもの達を元に戻せるわい。ありがとう」

 

 報告を受けてやって来たのか、ギルドマスターがミルに労いの言葉をかけています。後はギルドマスターが上手くやってくれるでしょう。

 

 家族の再会に水を差すのもなんです。私は邪魔しないでおきましょう。

 喜びに沸く皆を背に私は退出した。

 

「ふう……」

 

 ドアを閉めれば部屋の中の喧噪が嘘のように静かになった。業務に必要最低限の人数を除いて全員があの場に集まっていたのでしょうね。

 

 誰もいない廊下を歩いて行く。

 

 良かった。ガードさんはちゃんと元の戻りましたしミルも無事で、薬師として腕を振るっていた。ミルの姿が見られたのは偶然でしたが一つ悩みが消えました。石になった人たちは皆元に戻るでしょう。

 

 もうこの街で思い残すことはありませんね。

 

「なあ……」

 

 そこで正面から歩いて来ていた少年から声をかけられました。歳はミルと同じくらいでしょうか?目鼻立ちは整っていて髪は焦げ茶色。瞳はきれいな黒です。

 

「どこかで会ったことないか?」

 

「え~と、あなたは?」

 

「あ、悪い。俺はリヒト」

 

「私はメルと呼ばれています」

 

 う~ん。リヒトという名前に心当たりはありません。彼の容姿は幼さを若干残しながらも結構目立つ方なので、一度話したらなかなか忘れられるものではありません。なのに私は覚えてない。従って私と彼は会ったことがないということ。つまり……。

 

「これは……ナンパというやつですか?」

 

「ぶっ!?ち、違うって!!ホントに既視感があったから!!」

 

 会ったことがないのに「会ったことある?」と聞くのは私の知識の中では該当するのがこれしかなかったので。驚いて吹き出してしまった様子からナンパの意図は本当になさそうですが……。

 う~ん……。そう言われれば既視感があるような気がしなくもない……、まあ気のせいですね。

 

「今会ったのが初めてだと思います。ほら」

 

 そう言って背中から翼を出す。

 

「これ、見たことないでしょう?」

 

「……確かにそんなきれいな翼見たことない」

 

 すぐに翼をしまってジトッとした目を彼に送った。

 

「ホントにナンパじゃないんですか?」

 

「ち、違うって!!今のはつい……!!」

 

 ワタワタと慌てている彼を見てため息をこぼす。嘘はついていない様子。ついと言うことは本心と言うこと。まあ――

 

「褒められて悪い気はしません。ありがとうございます」

 

 感謝を伝えれば彼はピシリと固まって、「俺用事があるんでッ!!」といって私が来た方へ風の様に駆けていってしまった。何だったんでしょうか……。

 彼が消えていった方を呆然と見ていると今度は別の人がやって来た。

 

「メル!!」

 

「フ、フレイさん!?」

 

 それは必死な形相のフレイさんだった。どうしたのでしょうか……?まさか、ガードさんになにか!?

 私が焦燥感に駆られている間にガシリと肩を掴まれた。

 

「酷いじゃないか!なにも言わずに出て行こうとするなんて!」

 

「へ?」

 

「……ん?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 予想外の言葉に思わず声をもらせば、フレイさんもなにか違和感に気づいた様子。顔を見合わせ双方が疑問符を浮かべている。

 つまり……どういうことだってばよ?

 




執筆速度が遅い……。ごめんな。なんか24時間ずっと眠いんです。
だから作者の名前がねむ鯛なんです……。←どうでもいい


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第72羽 じゃあ全部洗い流しちゃおうねぇ……

皆様お久しぶりでございます。もう二週間も経ってしまいました。ごめんなさい……、眠くて。お詫びと言っては何ですが少し長めです。


 

 興奮した様子のフレイさんとギルドで落ち着いて話をすれば、慌てていた理由がわかりました。それは誤解だったのでそれを解いて今は『萌えよドラゴン』に。その誤解とは――

 

「まさか、私がもう帰ったんじゃないかと思って追いかけてくるなんてびっくりしました」

 

 今言った通り、フレイさんは私がなにも告げずに南の大陸に帰ろうとしていたと勘違いしたのです。思い出してクスクスと笑えば、フレイさんはブスッとしてにらんできた。

 

「仕方ないじゃないか。気づいたら部屋の中にあんたいないんだし、あのグレーターワイバーンから上手く情報を聞き出してそのまま……って思ったら走ってたんだよ」

 

 その答えにまた笑みをこぼす。

 

「まだ冒険者カードももらってないですしそんなことしないですよ」

 

「あ……、そう言えばそうだね」

 

 まあ、貰わずに帰るって考えもありはしますが折角用意してくれるのに捨て置くなんてしないですよ。フレイさんは納得したように頷いた。

 

「それはそうと……」

 

 おもむろに立ち上がったフレイさんがなぜか私を抱き上げた。なにやら真剣な表情で体に顔を近づけてくる。

 ……あの、なにを?

 私の疑問など何のその。気にせずスンスンと鼻をならして……、え?もしかして匂いを嗅いでるんですか!?

 まさか……!?今の私は霊峰ラーゲンから帰ったそのまま。パルクナットに入ってすぐにフレイさんを発見したのでギルドに直行しました。

 そこから導き出される答えは……私、臭い!?

 自分の匂いはわかりませんが、この鳥の体は汗をかきません。なので少しくらい大丈夫だと思っていたのですが、お風呂くらい入ってくるべきだったでしょうか。未だに確かめるように匂いを嗅いでいるフレイさんにおそるおそる確認する。

 

「もしかして……匂います?」

 

「ああ、匂うね。ぷんぷん匂うよ――」

 

 うぐ、はっきりと言われると結構ショック「――別の女の匂いが」……え?

 

「ギルドであんたを抱き上げたときに気づいたんだ。あんたの甘い匂いに混じって別の女の匂いがした。そして今確信したよ」

 

 色々とツッコみたいところがあります。

 がそれを許さないほどフレイさんに眼光が鋭い。なんで????

 

「あたいが街でやきもきしている時にあんたは別の女と仲良くしてたんだ?」

 

「べ、別にメリィさんとは仲良くなんて……!!」

 

 ジャシン教でしたし、敵ですから……!

 

「へえ、メリィって言うんだね」

 

 あ、なんだか良くわかりませんが言葉の選択を失敗したかも知れません……。タダでさえ鋭かったフレイさんの眼光がもはや獣のように。

 

「彼女とは敵対して戦っただけですよ!ホントです!」

 

 なんで私はこんな言い訳じみた事を言っているのでしょうか。まあ、フレイさんがコワイのが悪いです。

 

「じゃあそのメリィってのとはなにもなかったんだね?」

 

 訝かしげに聞いてくるフレイさんに良くわからないままに「そうですよ!」と言い返そうとしてとある場面がフラッシュバックする。メリィさんを抱き上げているときに、頬に当たられた柔らかく湿った感触。それを思い出して思わず頬に手を当てていた。

 

「あ……」

 

 目が合う。まるで捕食者のようなギラギラした目だ。上がっていた体温がスッと下がっていったのがわかった。

 

「ふうん。じゃあ……しっかり洗い流そっか?」

 

 フレイさんが向かう先はもちろんお風呂。

 今の私はフレイさんに抱き上げられています。なんとか脱出を試みるものの腕の中から抜け出すことはできません。

 

 逃 げ ら れ な い !!

 

「え、えへ?」

 

 笑顔なのに全く目が笑っていないフレイさんに許しを求めて笑顔を返すことしかできません。しかし世は無常。救いはありませんでした。

 

 先にお風呂に入っておくべきだったでしょうか。……いえ、結局同じ結末にたどり着くような気がするのは私だけでしょうか。

 

「ちょ……、待って!!!? そこは!!? ひぁっ!?」

 

 その後めちゃくちゃ体を洗われた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 力の入らない体を暖かなお湯の浮力に任せ、光のない瞳で天井を見上げる。

 

「あー……」

 

「ふん」

 

 なぜか猛ったフレイさんに、アワアワとあちらこちらを洗いまわされ、体を休めるはずのお風呂なのに疲労困憊になってしまう始末。

 結果フレイさんのお胸に頭を乗せて、力なく水面を揺蕩うのみ。うあー……。はしたないですが許して……。

 

 そのまま無言の時間が流れてしばらく。天井から水滴が落ちてくる音を聞いていると、明後日の方を向いていたフレイさんが顔をのぞき込んできた。

 

「ねえ、メル」

 

「はい」

 

「あんたの故郷。わかったんだね」

 

「はい」

 

「そっか……」

 

「はい」

 

 そしてフレイさんは私から視線を切って前を向いた。

 

「ね、どこだったの?」

 

「南の大陸です。詳しい場所はわかりませんが……」

 

「やっぱり、そうだったんだね」

 

「やっぱり……とは?」

 

 私の故郷が南の大陸だと予想していたということでしょうか。どうやって?

 その答えはすぐにわかりました。

 

「あんた、天帝の子供でしょ?」

 

「……ええ、そうです」

 

 一体いつ気づいたのでしょうか。

 私が天帝の娘であるのを明かしたのは翼竜との念話の時のみ。フレイさん達には聞こえていなかったはず。後は霊峰で龍帝と話した時ですがそれは論外ですし。

 

「実は一番最初に会った時に少し疑ったんだ。人の言葉がわかる魔物は一定数いるとは言っても珍しい。鳥の魔物で人語を解するから。でも、その時はポケポケしてたし強いとは思ったけど人を助けるし、せいぜい関係があるくらいだろうって。すぐに違うと思った」

 

 ポケポケ……、私そんなに抜けていたでしょうか……。

 

「でもあんたはとても強かった。グレーターワイバーンの時も、ヒドラの時も、コアイマの時も。強烈で苛烈で頑固。伝え聞く天帝に似ていると思った。一緒に過ごすうちに天帝の子供なんじゃないかって思いは強くなっていった。特に、なにがあっても自分の意志を曲げようとしない所なんかそっくりだし」

 

「頑固ですか……?」

 

 強さの評価はともかく、そんなに頑固でしょうか?それにお母様の場合は傲岸不遜なだけかと……。

 

「怪我してるくせにラーゲンに行くって言って聞かないんだもん。ホントに困ったよ」

 

 目が合ったフレイさんはジトッとした目だった。うぐ、ごめんなさい……。フレイさんは正面に視線を戻してそのまま続けた。

 

「でもあんたが天帝の子供だっていうのはあくまでもしかしたら。可能性の話。もう少しあんたがやることを見ていたい。そう思ってズルズル引き延ばしているうちにあんたは、答えを知っているグレーターワイバーンがいるはずの霊峰に旅立った。そしてあんたは見事山頂にたどり着き、情報とマンドラゴラを両方手に入れて帰ってきた」

 

「……ええ」

 

 頷けば、フレイさんは「本当にすごい奴だよあんたは」と呟いた。

 

「あたいね、復讐のために生きていた。普通に過ごしていても笑っていても、脳裏にあの光景がちらついてた。あのコアイマを見つけ出すために冒険者になった。でもそれはあんたのおかげで終わった。終わった後の事なんて考えてもいなかったけど、それはすぐに見つかった」

 

 フレイさんの決意に満ちた視線が私を貫いた。

 

「いつかあんたの力になる。今は届かないけど強くなってきっと恩を返す。嫌われていても勝手に助けるよ」

 

 ……ん?

 

「ちょっと待ってください。嫌われていても、とは?」

 

「ごめん……。あんなに探していた故郷のことを可能性とは言え、私欲で黙ってたんだ。嫌われてもしょうがないさ」

 

 儚く微笑むフレイさんはそれでも決意に満ちていた。

 いや、責めている訳じゃなくてですね?

 

「別に嫌ってませんよ」

 

「え?」

 

 予想外というように固まったフレイさん。流石美少女。ポカンとしていても絵になります。ずるい。

 

 というかですね、故郷に帰りたいってただ迷子になっているだけですからね。他に目的もなかったから早急に帰ろうとしていただけであって、私が必要だと思った寄り道なら別に構いません。家族に会えないのは寂しく感じますし不安にも思いますが、私はあくまで幾度となく転生を繰り返してきた身。それくらいへっちゃらなのですよ。

 

 ……懸念事項はお母様が荒れ狂っていると言うこと。龍帝の言葉によれば実害はまだ出ていないようですが、お母様から漏れ出た強大な魔力が環境に影響を与えているということ。

 

 それほど荒れ狂うと言うことは、何かがあったと言うこと。

 

 例えばあれから――――家族の誰かが死んでしまったとか。

 

 もしそうならそれは私のせいです。あの時蛇を退けられるほど強くなかった私が悪い。すぐに家に帰るだけの実力がなかった私が悪い。

 

 だから私のせいです。だから私の責任です。

 例えフレイさんでもこの責任を譲るつもりはありません。

 

 全て――――弱い私が悪い。

 

 そんな内心はおくびにも出さず彼女に言葉を返す。

 そもそも恩と言っても最初に会った時に命を助けられていますからね。ご飯くれてなかったら死んでました。

 まあそれは一旦置いておきましょう。

 

「私も騒ぎになるのを恐れて天帝の娘であることを黙っていたのですから、おあいこですよ。こちらこそごめんなさい」

 

「それは別に良いけど。……許してくれるの?」

 

「許すもなにも最初から怒ってません」

 

「そっか……」

 

 何かを噛みしめるようにフレイさんは私を抱きしめてきた。

 

「明日、私は南の大陸に向けて立ちます。ですがさよならではありませんよ」

 

 背後から抱きしめてくるフレイさんの腕をそっと解いて、正面から見つめる。

 

「いつになるかはわかりません。ですが必ずまた、会いましょう。約束です」

 

「……うん」

 

 曇っていた空が晴れ渡り、暖かな日の光を覗かせる。そんな笑顔をフレイさんは浮かべてくれました。

 

 

 

「ね、お願いがあるんだけどさ……」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「メルもすごい置き土産をしていったね」

 

「……山頂でジャシン教の襲撃に、世界に散らばる四つのジャシンの封印か。儂にはちと荷が重いのぅ」

 

 翌朝、頭痛をこらえるように頭を押えるギルドマスターの姿があった。それもこれも冒険者カードを受け取りにきたメルから爆弾を受け取っていたためである。

 昨日はマンドラゴラの納品と石化の治療を優先したために、メルから直接ギルドマスターに伝える機会がなかったのだ。本人は別に忘れていたわけではないと言っていたが。怪しいものだ。

 おかげで昨日は頭痛をこらえる必要もなく迅速に手配が完了したのだが。おかげ……?

 

「とりあえず白蛇聖教に対応を投げておく。餅は餅屋、宗教は宗教にじゃ。こちらでも色々手は回しておくが大した成果は出らんじゃろう。……お主はどうする?」

 

「そんなの決まってるよ」

 

 今あの娘が飛んでいるであろう空を窓越しに見上げ、思う。

 ジャシン教やジャシンと、不穏な名前は出てきたもののやることは変わらない。何が出てきても何があっても、次会った時にあの娘の力になるために。

 

「強くなるのさ」

 

 貰ったものを思い浮かべ、手を握りしめた(・・・・・・・)

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「ミル、昨日メルって人に会ったんだ」

 

 朝、今日も薬を作る必要があるからと早起きすれば既に起きていたリヒトが開口一番言った言葉がそれだった。きっと訓練でもしていたんだろう。

 それよりも気になるのはリヒトがあったという人物のこと。

 

「街で噂になってるあの?」

 

「そう、その人だ」

 

 ミル。

 

 ()しくも妹として名付けたあの子と同じ名前の人。

 大蛇に襲われた時飛び出していったきり姿を見ることができず、ずっと心に引っかかっているあの子と同じ名前の人。

 街を歩けば帰るまでに一度は噂を耳にするほど今は注目されている。

 

 最初ミルも期待をした。自分が知っているメルなのではないかと。

 しかし噂を聞けば聞くほど違うと思った。

 

 曰く槍を使う。その強さは一騎当千、Sランク冒険者すら凌ぐ程。

 曰くその見た目は天使のような愛らしい少女である。

 曰くあのコアイマとその手下のヒドラを下したと。

 

 ミルの知るメルは徒手空拳、というか足技を使う魔物の姿。槍を使う姿なんて到底想像もできないし、人の姿であるなんてもっと想像できない。

 南の大陸にいたはずのミルが北のこの大陸にいる道理もなく、当時の飛行能力では中央の島国を中継したとしても届くはずもない程距離が離れている。更に言えば白蛇聖教は生態系を乱さないため大陸間の航行に細心の注意を払っており、許可のない生き物はおろか魔物を乗せることなどあり得ない。よってここにいるメルがミルの知るメルのはずもないのだ。

 

 まあ実は何の因果か本人なのだけれど。

 

 更に言えばもう一つ理由がある。それがコアイマの強さだ。コアイマの強さはそれこそ異次元。実際に見たから(・・・・)こそミルは思う。

 

 現在情報を規制されているため、知っているのは当事者含め少人数しかいない。リヒトが勇者として認定されたのはコアイマを退けたからだということを。

 

 凄まじかった。それこそ自分の言葉で表現できないほどに。ただ、自分が割り込めば一瞬で形を保つ事もできず消え去ることくらいは理解できた。

 

 激闘の末、ヴィルズ大森林から帰ってきてさらにその強さを増したリヒトが辛勝した。既に自分では手も届かない場所にいる彼でさえギリギリで、その後逃げるコアイマを見送らざるを得ないほどの負傷をしていた。そんなコアイマをあまつさえ討伐したのだ。少なくともミルには自分の知るメルでは無理だと思った。事実その考えは間違っていない。

 

 まあ実は何の因果か本人なのだけれど。

 

 加えてメルが魔物であるとの情報は意図的に伏せられていることも関係していた。これは冒険者なりの気遣いである。そもそも魔物とは人類の生活を脅かす害敵のようなものだ。

 自分達の命の恩人が好印象を持たれているのに、彼女が実は魔物だと伝えてわざわざそれを邪魔する必要はないと自発的に情報を伏せた結果だ。

 

 諸々の行き違いがあった結果ミルは、ここにいるメルが自分が知るメルではないと結論を下した。

 

「それでそのメルって人はどんなだった?」

 

「会った時は武器を持っていなかったから正確にはわからなかったけどかなり強いね。コアイマを倒したと言うのは嘘じゃなさそうだ。もっとも俺も負けるつもりはないけど」

 

「なんで戦う前提なの?」

 

「いやまあそれはね?」

 

 強さを求めるものの(さが)のようなものである。誰かが戦っている所を見ればメルだってやっている。

 

「それに皆が言っている天使、って言葉もあながち嘘じゃなかったし」

 

「ふーん」

 

 その言葉にミルも色々と思うところはあったが、まさかその天使、がホントに翼を持っていることを指してるとは思いもよらなかった。普通にかわいらしさの比喩表現だと思ったのだ。

 ちなみにミルは、リヒトに天帝の巣であったことは詳しく話していない。悪いようにはされなかった事は伝えてあるが、一家が手作り料理にがっついていたことは伝えていない。

 傍若無人な逸話で有名な天帝がご飯で懐柔されるなど誰が信じるであろうか。周りから変な目で見られるのも嫌だったので黙っていた。

 

 この話をリヒトに伝えていたらまた違ったのかも知れないが既に後の祭りだ。

 

「勇者様~」

 

 そこでリヒトを呼ぶ声が。声の主は白蛇聖教の金髪縦ロール娘だ。

 その声にリヒトは困ったような顔に。ミルはうんざりしたような顔に。

 それぞれ理由はあるがリヒトの場合はまだ自分で認めていない勇者として呼ばれることが一つ。

 そしてミルの場合は。

 

「勇者さ――――あらここにいたのね芋娘」

 

「い、芋……」

 

 何を隠そうこの態度のせいだ。ミルの額にピキリと青筋が走る。

 リヒトを探していた時は喜色満面だったのにミルと目が合った途端これだ。お前はお邪魔虫だといった態度を崩さず、挑発的な目で見つめてくる。

 本当ならミルも言い返してやりたいところなのだがグッと我慢する。なぜなら相手がお偉い人だからだ。

 

 この金髪縦ロール娘、なんと聖女である。もう一度言おう、聖女である。

 

 最初聞いたときミルも耳を疑った。こんな腹黒そうな悪口金髪縦ロール娘が聖女な訳がないと。しかし現実は無情。白蛇聖教が認定した聖女の証を持っていたのだ。この聖女の証、冒険者カードと同じで本人の魔力と紐付けられているので偽装ができないようになっている。ちなみに本人の魔力を流すとチープにペカペカ光る。わかりやすいね。

 

 それと聖女はこの腹黒悪口金髪縦ロール娘だけでなく他にも結構いる。

 

 詳しい方法は不明だが、聖女は白蛇聖教のトップである最高司祭が選別する。そして近場の教会に通達し聖女として迎え入れるのだ。自分の娘が聖女に選ばれれば高度な教育を受けられる上、多額の援助が得られるため家族そろって安泰。家族から離されはするが年に数回は会う機会もある。そのため渋る家族はそうはいない。

 

 それとこの聖女様、リヒトが勇者に選ばれた原因だったりする。

 なぜか護衛も付けずにほっつき歩いていた所をコアイマに見つかり襲われていたのだ。

 

「シャール、一緒に旅する仲間なんだから仲良くね」

 

「わかりましたわ!ごめんなさいね芋娘。わたくしったらつい口が滑ってしまうのよ芋娘。なかよくしましょう芋娘」

 

 ―――こいつ……!!

 

 ミルが限界を迎えるのもそう遠くはないかもしれない。

 

「そんなことより」

 

 そんなこと……。

 

「勇者様、ギルドからの情報なのですが霊峰ラーゲンの頂上の頂上でジャシン教が目撃されたと。調査に向かおうと思うのですがいかがでしょうか」

 

「そうだな、俺も霊峰には用事があったから一度登頂を目指してみようか」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 光の差さない暗い部屋で密かに集まる人影があった。

 

「ボス、いつも思うんだけど何でこの部屋暗いの?」

 

「そりゃあメリィ、教祖様も雰囲気を大事にしてんのよ。悪の組織の頭領って言ったら暗がりと怪しげな様相だろ。なあ教祖様?」

 

「ふむ、少し黙っていろ」

 

「え……」

 

 哀れ、フォローした相手からバッサリと切られてしまった。

 

「なかなかにやられたな。龍帝か?」

 

「違うよボス。面白い鳥さんに負けちゃった」

 

「なに?」

 

 声に僅かな驚きを滲ませる教祖と呼ばれた男。それもそうだろう。彼女はジャシン教の中でもトップクラスの実力を持つ幹部なのだから。

 

「どこまでやった?氷か?」

 

「ううん、雷」

 

「なんだと?」

 

 メリィ戦闘は三つの段階が存在する。

 まずベルでの睡眠誘導。これで大体の敵が片づく。勝負をするまでもない。

 

 次がこれに凍気の放出が追加される。放出された凍気は極寒のフィールドを作り上げる。

 眠気に耐えた相手も、メリィの徒手空拳の実力と冷気で体力が削られていきやがてまともに動くこともできずに眠るように崩れ落ちる。睡眠誘導に加え冷気で睡魔を強め、寒さで体の動きが鈍った相手を追い詰める凶悪なコンボだ。メリィは羊の獣人な上にモコモコした服を着ているので冷気は効かない。寒いのは相手だけだ。

 

 そして今のメリィの全力。雷をまとう状態。睡眠誘導も冷気の弱体化も効かない相手に小細工なしの真っ向勝負をしかける段階。今のメリィでは凍気とは併用できないが単純に強い。

 タダでさえ強力だったメリィの接近戦がスピードとパワー共に強化されるのだ。弱いわけがない。

 

 それが負けた。

 

「メリィ、お前本気でやったのか!?」

 

「うん、でも負けちゃった。でも次は勝つ」

 

 そう言ってメリィは意気揚々と部屋を出て行った。

 

「あ、おい。報告は!?」

 

「良い。簡易の報告は受けてあるうえに、封印の破壊は観測できた。宝玉は持ち帰れなかったようだが一応の目標は達成している。問題ない」

 

「へいへい、ちょっと甘いんじゃないですか教祖様?」

 

「何のことだかわからんな。それで……あちらの首尾は?」

 

「弱っちいパシリもちゃんと仕事してますよ。なんでか今あそこにいないみたいだし、丁度良い奴が捕まったんで向かって貰ってます」

 

「それは重畳」

 

 それにしてもと教祖と呼ばれた男は思案する。

 メリィは鳥と言っていた。鳥で思い浮かぶのは天帝だが、メリィは天帝の姿を知っている。ならば鳥さんなどと呼ばずに天帝と伝えるだろう。メリィが戦った鳥は天帝ではない。

 

 次に思い浮かんだのは天帝の所からはぐれた雛鳥。だが南の大陸にいたあれが北の大陸にいるはずもない。それこそ特異な移動手段でもない限り。なによりあの大森林はランクの高い冒険者でも苦戦するほど魔物が強力だ。あの程度の強さの雛鳥が生き残ることなどそれこそ奇跡だろう。

 そう考え雛鳥が件の鳥である可能性を切って捨てた。

 

 そして偶然強者が現れたのだろうと結論を出した。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 パルクナットからかなり南下した上空。眼下は青い大海原。高速で飛行する青い鳥の姿があった。メルだ。

 

 メルは朝一で冒険者カードを受け取ると、伝え忘れていた霊峰での出来事をギルドマスターに伝えると簡単に挨拶を済ませすぐさま飛び立ってしまった。

 急いでいたのもあるがこれはメルが薄情なのではなく、単に別れが死ぬほど苦手だということにある。しんみりしているといつまでも出発できないのだ。

 

 胸に溢れるさみしさを抑えながらフレイに貰った方位磁針を頼りに十数時間。ひたすら飛び続け遂に陸地が見えた。小休止地点の中央の島国。白蛇聖教の総本山だ。

 

 ちなみに白蛇聖教の船舶だと一週間かかるので驚異的な速度だと言えるだろう。

 



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第73羽 (密)入国

 

 鳥の姿で北の大陸、ノッセントルグから旅立って既に13時間ほど。

 パルクナットから沿岸部に出るのに8時間かかったのでこのまま飛び続けるのは無理と判断して4時間ほど休憩しました。すでに25時間経過して、現在は早朝の6時と言った所でしょうか。合計で21時間飛んでいることになります。鳥の姿なのは単純に人の姿よりも飛びやすく、速いからです。

 

 24時間飛び続けられるペースは維持しているのでまだ大丈夫ですが、かといってキツくないかと言われるとめちゃくちゃキツいです。

 鳥の種類によっては自力で方角がわかる種もいるようですが私はできませんでした。魔物だからなのかそれとも中身が人間だからなのかわかりませんがそう都合は良くなかったです。

 フレイさんから貰った方位磁石だけが頼りの渡りは不安でもあります。見渡す限りはひたすらの大海原。前後左右上下全てが青。

 もしこのまま陸地にたどり着くことができず力尽きてしまったら……。そう考えると背筋に冷たいものが走ります。転生しまくっているとは言え、死を恐れていないわけではないので。世界地図もない時代で海に船で飛び出した人ってすごいですね……。尊敬はしますが真似したくはありません。……今してるのか。

 

 っと、そんな事を考えているうちに見えました。中央の島国、セントラルクスが。白蛇聖教という宗教が牛耳っている場所なのであまり近づきたくありません。触らぬ神に祟りなしです。

 どこかで休憩させて貰って、南の大陸、サウザンクルスに向かいましょう。距離としてはここで約半分なので直行すると流石に力尽きます。

 人類は船で7日かかるらしいのでかなり速いと思っていいかと。

 

 中継地点が見えた安堵と共にまっすぐ向かっていると、陸地まであと1キロといった所でピリッとなにかを通り抜けたような感覚が。……嫌な予感。

 

 すぐさま飛来音が。気づけばそれはすでに目の前にあった。

 

 ――危ない!?

 

 横に回転(ロール)して咄嗟に避ける。横すれすれを高速で飛び去っていったのは鋼鉄の矢だった。

 

 ――今のは(バリスタ)ですか!?

 

 バリスタとは簡単に言えば巨大な弓だ。それこそ、これは槍なのではといったサイズの矢が飛んでくる巨大な弓。大砲のように装填し、発射する備え付けの兵器。

 

 先ほどのピリッとした感覚。あれのせいですね。通り抜けた存在がいた際に知らせる道具かなにかでしょう。それのせいで私の存在がバレてしまった。

 

 よく考えれば当たり前です。ここは海のど真ん中。島国とは逃げ場のない巨大な孤島のようなもの。近づく危険に備えているのが当然。

 

 魔物が近づけば攻撃されるなんて事、フレイさんから聞いていませんがそれは知らなかったからでしょう。渡航が制限されている以上、ここに関する知識がないのは仕方ないです。

 

 なんて考えているのはちょっとした現実逃避です。

 何せ目の前にバリスタの矢で作られた――――壁があるので。

 視界全部バリスタの矢。流石にやり過ぎでは?

 

 あまりに熱烈な歓迎で赤くなってしまいそうです。自分の血で。

 

 と、遊んでる時間はありません。今は昼間。吸血鬼の力は使えないので怪我しても『高速再生』で直すことは不可能。被弾は避けたいです。

 

 なので『人化』して腕を突き出し、握りしめれば白の魔術陣が。

 そこに向けてたくさん『射出』すれば魔術陣を通り抜けた羽が加速していく。《白陣:加速》だ。高速で飛翔したたくさんの羽は飛来した矢に激突し、鉄の壁に小さな穴を開ける。

 よし、上手く行きました。すぐさま『人化』を解除して羽ばたいて通り抜ける。達成感に浸る間もなく第三波が。しかも今度は連射で。

 

 ――――嘘でしょう!?まだ上があるんですか!?

 

 穴をくぐり抜けたところにすぐに反応した(バリスタ)の一つが連射をしかけてきた。ガトリングほどとはいかないものの、単発式のハンドガンくらいの連射速度はあります。

 

 初弾を横に回転(ロール)して避けつつ、急いで高さ(ピッチ)を上げていく。

 

 ――間に合え!!

 

 そして全速力で飛ぶ私の僅か下を、多量のバリスタの矢が空間を塗りつぶした。

 

 ―――危なかった……!!

 

 タダでさえ多かったバリスタ。その全てが連射した結果が今の光景です。先ほどのような面での攻撃ではなく、厚さが伴った攻撃。『射出』では対応しきれない可能性がかなり高かったです。

 全部が最初の反応が良かったバリスタ並みだったら食らってましたね。正直あの射撃手だけ腕が段違いです。

 

 そんなことを考えているうちにもバリスタの矢は私を打ち落とそうと付け狙ってくる。

 直ぐ側を『ズドドドド』とエグイ音が常に通り過ぎて行っています。

 もう悪夢ですよこれ。帝種でも想定してるんですか!?私は一般通過魔物なので勘弁してください。

 

 再度言いますが、休憩しなくては途中で力尽きます。なので引くことはできません。普通に海でおぼれて死ぬと思います。

 しかし一度島の中に入ってしまえばバリスタの連射は緩むはず。島内に打って人に当たっては大変ですからね。

 突破するためにも高さ(ピッチ)を重視してひたすら近づいていく。

 

 射撃というものはそもそも近ければ近いほど当たりやすいです。なので被弾したくないなら距離を置くほど良いです。しかし私はどうしても近づかなくてはならない。仕方ないので高さを増やすことで島に近づくと同時に、射撃位置から距離も取ってる訳ですね。

 

 ―――痛った!?

 

 空間を塗りつぶす鋼鉄の矢を避けつつジリジリと島に近づいて行っていると突然バリアのようなものに激突した。窓ガラスにぶつかる鳥の気持ちを教えてくれてありがとうございます!!

 バリアのようなものには衝突の影響で罅が入っていたがすぐさま修復された。次はこれを突破しないと―――

 

 ―――!!?()っ!?

 

 バリアに激突したと言うことは失速したということで。

 今までなかった明確な隙に狙いを澄ませた狩人の様な一矢が脇腹を抉り抜いた。傷口に熱が走り、鮮血が舞う。

 あの上手い射撃手だ……!!

 

 ―――この高さで当ててきますか……!!

 

 ギリギリで体をずらさなければ心臓に当たっていました。

 ここはすでに上空1000メートル。着弾に時差がある中、空気抵抗の大きいバリスタの矢で私の心臓を狙う。どんな腕ですか……!!

 

 私を狙う矢はこれだけではない。この射撃手の次射はもちろん他の弾幕もある。魔法を使い風を目の前で爆発させバリアから離れるように無理矢理離脱。吹き飛ばされるまま背を海面に向け、バリアから反対へ加速して矢の群れを回避した。

 

 バリアへの激突によって一度減速しています。今の速度で上空に昇ろうとすれば加速する前に矢に補足される可能性が高い。かくなるうえは――――急降下!!

 

 背を海面に向けた状態から頭を下へ。『急降下』を発動して加速しつつ重力の力も加え、矢の雨を振り切る。頭を上げて弧を描き、加速したままバリアへ向けて舞い戻った。そのまま―――

 

 ――【崩鬼星《ほうきぼし》】!!

 

 バリアをぶち破って侵入に成功。壊すと島の人にいらない迷惑がかかるかもと迷ったのですが、思い出してみればさっきは罅が治っていましたし、じきに塞がるだろうからヨシ!

 

 陸に入れば予想通りすぐに射撃が止みました。良かった。補足されにくくなるように高度を上げていき、同時に沿岸部から離れていく。バリスタで射撃していた人達がすぐに探してくるはず。きっと他にも。

今のうちにどこかで休める場所を探さないと……!!

 

 ――――あれだ!!

 

 長時間の飛行でただでさえ疲れていたのに、今の強行突破でさらに疲労が濃くなった体にむち打って眼下に目を凝らす。

 目についたのは荘厳な白の巨城、その中心から生えた天高く聳える塔。高い場所なら人目につきにくいはず。バルコニーに向けて羽ばたいた。



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第74羽 白蛇聖教の騎士団

 

「畜生!!外した!」

 

 バリスタの台座で照準を覗いていた少女が悔しそうな声と共に顔を上げる。狩人のような鋭い目つきは綺麗な琥珀色で、苛立ちで揺れる頭は森を僅かに溶かし込んだ様な優しい金色だった。整った目鼻立ちもそうだが普通の人間と違い耳が尖っている。エルフだ。

 

 目線の先には侵入者対策用の防護結界。それに気づかず追突した魔物の鳥は格好の的だった。エルフの射手に恥じぬ精度で放たれた矢は魔物の心臓に吸い込まれていき―――脇腹を抉るだけに留まった。矢に気づいた鳥の魔物が咄嗟に身を捻って回避したのだ。

 

 その後は見事な体捌きでバリスタの矢を避け続け、強烈な蹴りで防護結界を破壊して島内に侵入されてしまった。結界は既に修復を開始しているので問題ないが、バリスタが射撃できる範囲を超えられたので見逃すしかない。設置されている台座が回転することで射角が変化する仕様なのだが、人が住んでいる場所にバリスタの矢が飛んでいかないように制限がかけられている。今鳥が飛んでいる場所にはそもそも照準が向けられない。

 

 まんまと逃げられてしまったことに舌打ちをこぼしつつ、さっきまでの攻防ついて思い返していた。

 

 今日はいつもと違い、滅多に鳴らない、感応結界を無断で通過した者がいる事を知らせるアラートが鳴り響いた。感応結界とは薄らと張られた膜の様なもので接触した者がいたときにそれを検出し、報告する事を目的とした結界だ。

 とりあえず一発、と結界が補足した地点に向けて適当に矢を放てば命中の報告なし。どうにも避けられてしまったようだ。適当とは言ってもエルフ基準の適当であり大体は当たる。事実、極稀に鳴るアラートはいつもこれで終わっていた。しかも他のバリスタの一斉掃射も防がれたようだ。

 

 おもしろい……!退屈しのぎにはなるだろう。

 

 照準のぞき込めば矢の壁に開けられた穴から鳥の魔物が飛び出してくるところだった。

 エルフの目はすこぶる良い。他の射撃手が望遠装置を使わなければ見えもしない距離でもクッキリと見える。

 距離や風向き、気温などの情報からバリスタの弾道を予測してトリガーを引く。するとパシュッ……パシュッ……と音を立てて一定間隔で矢が放たれる。

 思い描いたとおりの弾道を描き―――避けられた。今までの攻撃で生き残っているのは偶然ではないということだ。

 

 だから射撃を続けながらも絶好の機会を待った。防護結界に接触し失速する絶好の機会を。

 

 そして訪れた絶好の機会。タイミングを逃すことなく射撃。狙いはこの上なく正確だったが、避けられてしまった。相手の反応速度の方が上だったのだ。そして続きは冒頭に戻る。

 

 ともかく逃げられたからと言って惚けてはいられない。白蛇聖教を守る騎士団、白鱗騎士団の精鋭十二鱗光(ディカグラム)の一鱗を担う者として魔物を放っておく事など言語道断だ。

 

「お前ら!バリスタ隊の半分はこのまま沿岸の警戒だ!!残りは島内に入った魔物の捜索、及び討伐」

 

 そう言ったエルフの少女は台座から飛び降りた。

 そして顔を上げたときには彼女から感じる雰囲気は全く別の者だった。

 つり上がっていた目は柔和に垂れ下がり、先ほどまでとは真逆の優しい印象を受ける。エルフの特徴である尖った耳もふにゃんと垂れて、苛烈さは全く感じない。

 

「えっと皆さん、非戦闘員の方が襲われないように一刻も早く頑張りましょう」

 

「「「はっ!フィオ様!!」」」

 

 柔らかな雰囲気をまとったフィオと呼ばれた少女が背につるしていた弓を手に取った。

 

「おっしゃお前ら行くぞ!!人類皆に幸せを!!不幸なんてクソ食らえだ!!」

 

 目元がつり上がり、耳も強気な態度と同じように天に向かって伸びている。

 彼女はフィオ。射撃武器を握ると性格が激変する、白鱗騎士団の幹部格、十二鱗光(ディカグラム)の1人。

 

 ちなみに。

 ずっと射撃武器を持たなければ良い派と強気が好きな派、彼女のギャップが魅力的である派で騎士団員の中では論争が絶えないという。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 ――んぅ?

 

 ゆっくりと近づいてくる人の気配にまどろんでいた意識を覚醒させる。

 巨大な純白の城、その中央から天高く聳える塔のバルコニーに降りたって体を休めようとしたところから記憶がありません。長時間の飛行と先ほどの攻防、そして怪我の影響でどうやら眠っていたようですね。

 

 そして私が目を覚ます要因となった気配の方に目を向ければ、こちらに中途半端に手を伸ばした格好で固まった幼女が。どうやら部屋から窓を開けてバルコニーに出てきたようです。たまたま見つけたので近づいてみたと言った所でしょうか。

 

 悪意と敵意は感じません。が一応メリィさんの件もあるので警戒しておいた方が良いでしょう。幼女から視線を外さず、立ち上がっていつでも動けるようにしておく。

 

 欲を言えばもう少し休みたかったですが見つかってしまった以上仕方ありません。危害を加えるような素振りは見えませんが、報告されて人が駆けつけ来ても面倒です。場所を移動しましょう。良い場所があると良いのですが……。

 

 身をたわめて翼を広げる。

 

「あ、あの!!」

 

 ―――ん?

 

 飛ぼうとしたら固まっていた幼女に声をかけられた。一体なんでしょうか。

 

「あう、こっち見た。言葉……わかるかな……」

 

 目を合わせれば途端にもじもじとし始めた。……かわいい。いや、そうじゃない。

 そんなことを考えているうちに意を決したように頷いた幼女は指さして言った。

 

「怪我してるから……治す……よ?」

 



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第75羽 塔の上の聖女様

あけましておめでとうございます。今年初更新。今年もよろしくお願いします。

皆さんのおかげでついにお気に入りが100突破しました!いつもありがとうございます!!

「テラス」→「バルコニー」に訂正しました。


 私の怪我を治してくれるとの幼女からの申し出。少々迷いましたがこの申し出を受けることにしました。

 理由としては2つ。

 まず、大した怪我ではないとはいえこのままだと長距離の飛行には支障が出ること。吸血鬼の『高速再生』に頼るにはどこか洞窟のような光を遮る事のできる場所が必要です。そうでなければ自力で治すために夜まで待つ必要があります。休憩が必要とはいえ今はまだ朝。夜になるまでには結構な時間があり待っていてはかなりのロスになります。

 そして二つ目が悪意や敵意を感じないこと。

 同じように言ったメリィさんとは敵対することになりましたが、まあアレはノーカンで良いでしょう。出会ったときは本当に敵意は感じませんでしたし。

 

 彼女の提案を受けたときに存在するデメリットは限りなく少なく、メリットの方が圧倒的に多い。治して貰えるなら願ってもないことです。

 

 飛び立つのを止めて翼をたためば女の子がそろそろと近づいてきました。一応警戒はしてあります。

 私を刺激しないようにか、身を屈めてゆっくり側にやって来た女の子。やさしく伸ばしてきた両手から暖かな光があふれ、患部に接触する。

 

 心地良い……。

 

 さっきまで感じていた痛みがほどけていき傷が修復されていく。なんて清らかな魔力なんでしょうか。この娘の心根の優しさが伝わってくるようです。

 助かりました。ありがとうございます。

 

 お礼……は言えないので代わりに翼で頬をなでてペコリと会釈。翼が当たらないように距離を取ってそのまま飛び立とうとすれば「あっ……」という声が。そちらを見ればこちらに手を伸ばし、まるで捨てられた子犬の様な表情をした女の子が。

 そんな顔をしてもですね、私は行かなくては……。

 

 …………。

 ……………………ッ!!。

 ………………………………ッ!!!!。

 

 遂には幼女の曇りのない瞳がうるうると揺れ始めた。

 これを捨て置けと??私には……無理ですッ……!!

 

 待ってください。別に私は情に絆されただけでこの選択をしたわけではありません。元々私はどこかで休息するつもりでした。さっきまでどこかに行こうとしていたのは、彼女が誰かに知らせて追っ手が来ることを嫌ったためです。

 しかし彼女は誰かに伝えようとしてもいないし、私を害そうともしていない。どこかに行くにしてもここより条件に良い場所を見つけられるとは限らない。

 ならばここを休息場所として選び、かつ幼女の相手をする。それは非常に合理的で理性的で、お礼もできる人道的で完璧な行動では????

 

 この理論に到達したとき完璧すぎて私は思わず震えました。私の目的が全て達成でき幼女の笑顔も守れる。良く考えついた、グッジョブ私の灰色の脳細胞。

 そうと決まれば早いです。飛び立つのを止めて幼女に向き直れば「行かないでくれるの?」と。

 少しならと頷けば悲しそうだった幼女の顔がパアッと華やいでいく。くっ、天使か!?

 

 この娘、よく見なくても美少女です。

 

 肩まで伸ばしたシルクのような髪は目に柔らかで、先ほどの彼女の魔力と同じ優しさを感じさせてくれる。ぱっちりとした大きな瞳は暖かなトパーズ色で、小さなお鼻がちょこんとかわいらしいです。眩しい笑顔が似合う、いまだ幼い顔は庇護欲をかき立てるでしょう。将来は美人さんですね。

 

 女の子が笑顔でこちらに駆け寄ってこようとしたその時。

 

「あっ!?」

 

 ――危ない!?

 

 足下が疎かになっており女の子が地面につまずいてしまった。体が浮いて、次いで落下を始める。痛みを覚悟してか、反射的にギュッと目をつむって地面に倒れ込む直前、咄嗟に女の子を抱き留めていた。

 

 待てども来ない痛みにおそるおそる開けた女の子の目が私のそれと合う。抱き留めるために人の姿になっていた私と。

 

 ……気まずい。

 

 突然現れたように見えるであろう私に大量のハテナを頭の上に浮かべた女の子と見つめ合うこと数秒。黙ったままだとしばらく固まっていそうなので声をかけることにした。

 

「えっと、怪我を治してくれてありがとうございます。怪我はないですか?」

 

「ふわ、うん。大丈夫です。女の子……?え、でもさっきの鳥さんは……。え?」

 

「はい、私がさっきの鳥です」

 

 そう答えても理解が追いついていないのか女の子は目をパチクリと見開いて惚けていた。まあ魔物が人の姿を取ることを知らなければ、さっきまでいた鳥が消えて突然人が現れるなんてものを見るとそういう反応になりますよね。

 

 まあ見られてしまった以上仕方ありません。手札を隠しておきたかったのですが、あくまでもできればといったレベルですし。

 

 それにしてもこの塔、そこそこ高いですし風も強い。このままこの娘をバルコニーに出したままだと風邪を引いてしまうかもしれません。胸に抱いたままの女の子に視線を落として問いかけた。

 

「すみません。お部屋に入れていただいてもよろしいですか?」

 

「え、はい。大丈夫です」

 

「ありがとうございます。お邪魔しますね」

 

 良くわかっていない様子の女の子を抱き上げて、開いていた大きな窓から部屋に向かう。私の方が若干身長が高いですが、それでも普通に抱き上げると足を引きずってしまうので必然的にお姫様抱っこの格好になります。

 

 女の子のために少しの間ここに留まることは確定しているので、風が吹き込むことのない室内でこの娘が元に戻るまでゆっくり待つことにしましょう。

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「どうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 反対側に座った女の子の前のテーブルに暖かいスープが入ったコップを置く。女の子を部屋にあった豪華なソファーに下ろした後、マジックバックから取り出した自前の魔導コンロと粉末になったスープを使って入れたものです。流石に部屋の備品を勝手に使うわけにはいきませんから。

 

 コップを受け取った女の子は慎重にフーフーと息をかけて熱を冷まし、僅かに魔力を使った後口を付けた。

 

 ……ふむ。

 

 スープを飲み込んで、ほう……と女の子が人心地ついたところで声をかける。

 

「落ち着きましたか?」

 

「あ、はい!ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それにこちらこそ怪我を治していただいてありがとうございました」

 

「そんな……!」

 

 ペコリと頭を下げて感謝を伝えれば、わたわたと手を振って慌てていた。

 

「わたし、さみしくて、優しくすれば仲良くなれるかなって。それで……!!」

 

「それでも助けて貰ったことに変わりはないですよ。ありがとうございます」

 

「あう……」

 

 心からの言葉だと伝わるように笑顔で答えれば女の子は恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。

 他人を助ける。それはとても尊いことです。助けた本人に利益があるからと偽善だという人はいますが、そんなことは関係ないのです。

 助けてくれた。それだけで十二分にありがたいのです。なにより自分の事を大切にするのは当然の権利。他人を助けて自分にも利益をもたらす。実にクレバーな行動だと言えるでしょう。

 だから恥じることはないのですが……。まあこれは本人がとても謙虚なのでしょうね。

 

「それで貴女はほんとにさっきの鳥さんなのですか?」

 

「ええ、ほら」

 

おずおずと不思議そうに聞いてきた女の子に、背中から翼を生やしてみせる。

 

「うわぁ……。触っても?」

 

「良いですよ」

 

期待を隠しきれない上目遣いがあざとかわいいです。許可を出せばさささっと横に滑り込んできた。女の子の優しい香りがふわりと舞う。

 

「んっ」

 

こちらを傷つけないようにと配慮してくれているのか、優しい手つきが逆にくすぐったい。

 

「すごい……。ふかふか」

 

さすがはお母様ゆずりの羽毛です。どうやら夢中にさせてしまったようですね。

目を輝かせて私の羽に釘付けだ。両手で羽毛を()いたり挟んだり揉んだりしている。とはいえさすがにくすぐったいので話を変えましょう。

 

「んぅ……。と、ところでさみしい、とは?」

 

先ほどの発言、気になっていたので聞いてみれば膝に手を乗せて悲しそうに俯いてしまった。むむ、失敗しましたか?

 

「それは……ここは人もあんまり来ないし、友達もいないので……。あ、わたし、アモーレといいます。えっと、大聖女をやってます」

 

「私はメルと呼ばれています。よろしくお願いしますね」

 

 大聖女ですか。「大」とつくからには聖女も存在するのでしょう。数人の聖女がいて、その上に大聖女がいる。それが彼女。白蛇聖教の中でもかなり高い位置にいる可能性が高いです。

 

「わたしは聖女の中でも特に大きな力を持っているらしくて、大聖女として扱われてるんですがむやみに外に出ては危ないからと、ここに来てからほとんど外に出してもらえなくて」

 

そういうことですか。大切にまもられているからこそ、外に出ることができず友達も作る機会ができない。この様子だときっと親もここにはいないでしょう。

この娘はまだこんなにも幼いのに。歳はおそらく10歳ほど。それでいてこの聡明さです。そうならざるを得なかったのでしょうね。

 

「さびしかったですね……」

 

アモーレをギュッと抱きしめる。私の胸の中で彼女はコクリと頷いた。

 

「ね、アモーレさん。もし……なんですけど」

 

歯切れ悪く言葉を濁した私にアモーレさんが胸の中から上目遣いで見上げてくる。感じたのはこれから言う言葉に対する少々の照れ。深呼吸して意を決し、アモーレさんの目をしっかりと見つめる。

 

「私で良かったら友達になりませんか?」

 

ポカンと何を言われたかわかっていなかったアモーレさんの顔が喜色に染まっていく。

 

「うんッ!!なる!!」

 

そして太陽のようなかわいい笑顔で元気に頷いた。




ちなみに「灰色の脳細胞」ってのはただの誤訳らしいので実際に使うときは注意です。


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第76羽 お友達

お久しぶりです。亀更新で申し訳無いです。眠いよぉ……。


 

 

「それでですね……。わたし達友達になったわけじゃないですか……」

 

「はい、その通りです」

 

 遠慮がちにこちらへチラチラと視線を向けるアモーレさん。そのかわいさに思わずホッコリ。

 

「メルちゃんって呼んでも良いですか……?」

 

 うぐッ!?

 その上目遣いは反則では????返事はもちろんイエスです。力強く頷いて返事をする。

 

「ぜひ……!!それと敬語もなくて良いですよ」

 

「!! わかった。メルちゃん、よろしくね」

 

「はい、アモーレさん。よろしくお願いします」

 

 私も明確に友達と呼べる人は今世で初めてな気がします。ミルは私のことを妹みたいに扱ってきましたし、フレイさん達は大切な仲間です。

 そこまで考えた所でアモーレさんがふくれっ面をしているのに気づきました。かわいいお顔にでかでかと”不満です”と書かれてますね。

 

「えっと、アモーレさん?どうしました?」

 

「むぅ~」

 

 さらに膨れられてしまいました。リスみたいになった頬をつつきたい欲に駆られますが、怒られそうなのでグッと我慢します。

 思い返してみましょう。突然不満をあらわにしたアモーレさん。怒らせてしまったタイミングはと……。

 あー、えっと、そういうことなのでしょうか?ふと思いついたのは一つの考え。正しいかどうかはわかりませんが、それを確かめるべく声をかける。

 

「えっと、アモーレ……ちゃん……?」

 

「!! うん!」

 

 膨れていた頬が一気にしぼみ、アモーレちゃんが笑顔の花を咲かせる。どうやら正解だったようです。名前に「さん」を着けるのではなく「ちゃん」を着けて欲しかったよう。

 なんとかわいらしいわがままなんでしょう。こんなわがままならいくらでも聞きたくなってしまいます。

 

「良かったです。機嫌を直してくれたみたいですね」

 

「う~……メルちゃん、その敬語も外してよぉ」

 

「えっとですね、私実は頭の中で考えている言葉も敬語なのですよ。なので外す方がちょっと難しいんです。話しづらくなってしまうので許してくれませんか?」

 

「むう、……それなら、わかった」

 

 ちょっと不満そうでしたが認めてくれました。初めて友達ができて舞い上がっているでしょうに、それを押えて私のことを思いやってくれる。この年でなんてできた娘なんでしょう。大聖女と言われるのも納得ですね。

 敬語を外すことができないのが申し訳ない。

 一番最初の人生で物心ついたときには敬語がデフォルトだったんですよね。初めて話した言葉は敬語ではないと思うのですが……。

 ……違いますよね?

 さすがに赤ちゃんが敬語で話し始めたらちょっとびっくりですね。いえ、自分の事なのですけど。

 

 そうそう、大聖女といえば。

 

「さっきスープに毒消しの魔法を使っていましたよね」

 

「え?」

 

 スープを渡したときに感じた僅かな魔力。あれは毒消しの魔法です。

 警戒されているのかと思いましたが、単にそう教え込まれているのでしょう。

 貴族などの身分が高い人間は毒を警戒するものです。場所や環境にもよりますが、なじみのない場所で食べるときは毒味役が存在しますし、いなければそもそも食べなかったり、今の様に毒を消したり検知したりできる魔法を使うのです。

 私と彼女は初対面でした。この対応は当然でしょう。

 

「あ、ご、ごめんなさい!!つい。癖になっちゃってるの。毒消して飲むの。だから……嫌わないで……!!」

 

 ……どこかの前世で似たような言葉を聞いたことがある気がしますがまあそれはどうでも良いですね。今は真っ青になってしまった彼女の顔色の方が気がかりです。

 毒の件は何気なく口にしましたが失敗だったかも知れません。彼女にとって私は初めての友達。嫌われてしまうかもしれないという不安がかなり強いのかも知れません。他の友達でもできれば改善するでしょうが、ともかく今は落ち着かせないと。

 

「あれくらいで嫌いになったりなんてしませんよ」

 

「本当……?嘘じゃない?」

 

「ええ、本当です。ほら」

 

 未だ不安そうな顔をしているアモーレちゃんをギュッと抱きしめる。嫌ってなんていないと伝わるように、翼も出して優しく包み込む。

 まだ不安が消えないようなのでだめ押しを一つ。

 

「ならアモーレちゃんは私が癖で解毒の魔法を使ったら嫌いになりますか?」

 

「……ううん。ならない」

 

「でしょう?だから大丈夫ですよ」

 

「うん。……もう大丈夫。ありがとう……」

 

 落ち着いた様子になったアモーレちゃんを見て胸をなで下ろす。もう私から解毒の魔法について不用意に口を出すのは止めておいた方が良いでしょう。そう思ったところで驚いた事にアモーレちゃんから解毒の魔法について説明してきました。

 

「さっきの解毒の魔法、最高司祭様が護身のためだって教えられたんだ。飲んだり食べたりするときはいっつも使うように言い含められてるから。それ以外にも外は危ないからって身の安全のためにと外にも出してもらえなくて」

 

 その最高司祭様とやらはかなり過保護なようですね。白蛇聖教の本拠地なのにそこまでする必要があるのでしょうか。過剰なようにも感じますが。

 しかし次の言葉でその考えは誤りであるとわかってしまった。

 

「なんでも私達聖女はコアイマに狙われちゃうみたいなの」

 

「それは……本当ですか」

 

「うん、過去には犠牲になった聖女もいるんだって」

 

 それならアモーレちゃんへの過保護っぷりも納得できます。相手がコアイマならばいくら備えても備えすぎとはならないでしょう。そう考えるとバリスタの矢の雨もコアイマ対策の一環かもしれませんね。

 

「わたし達聖女は神様とのつながりがとても強いらしくて、コアイマはそれが気に入らないんじゃないかって最高司祭様は言ってた」

 

 コアイマは人、と言うよりも生き物そのものを凄まじく毛嫌いしています。私が戦ったコアイマは魔物とは協力していたので魔物は別なのかも知れませんが。

 そんなコアイマにとって生き物の味方をする神のような存在は邪魔でしかありません。

 彼女の言うとおり聖女と神がなんらかのつながりを持つのなら、神に近しい存在として邪魔だと狙われてしまうのも頷ける話です。

 

「神とのつながり……。それは実際に神と話ができたり、夢で会うことができるたりするのですか?」

 

「ううん。わたし達聖女で神様と接触できた人はいないの。少なくともわたしは会えたって聞いたことないよ。皆も神様がホントにいるのか不思議がってるんだって」

 

「啓示を受けたりもないのですか……?」

 

「うん」

 

 全く接触はない……?

 おかしいですね。彼女ら聖女は巫女のようなものだと思っていましたが。

 私はとある前世で巫女に会ったことがあるのですが、その巫女は連日のように脳内で神と会話を繰り広げ、啓示を受けて世直しに向かえばあれよあれよと事件に巻き込まれ、なんとか生き残って休んだ夢の中で神にアームロックをしかけてシバキ倒していました。

 まあ、最初会った時は「神様と話せる」とかいって普通にヤバい奴だと思っていましたが、実際に神をその身に降ろしたのを見たこともあって信じざるを得なくなりました。

 

 その巫女が特殊な例だとしても、巫女のような存在を神が放置することは基本ありません。巫女は神にとって特別かわいい存在です。それは時に神がズルをして介入してくるほどに。

 それなのに神が接触をしてこないということは、神が弱っているのか、別の原因があるのか。

 

「あ、でもわたし達聖女は他の聖女を見たら「あ、この人おんなじだ」ってわかるんだよ。他の聖女も皆言ってた」

 

 判別はできるのですね。私が知る巫女の特徴と一致しています。同じ神を奉る巫女はすべからく血のつながらない身内のような認識らしいです。ならばこの白蛇聖教の神にも何かがあったのか。

 龍帝が言うには、過去勇者を選定した別の宗教の神はジャシン退治後に姿を消しています。白蛇聖教はいつの間にか現れたらしいですが今は主神がいない。なにか関連があるのでしょうか。

 

「最高司祭様が連れてきた聖女は皆おんなじだって思ったよ。逆に聖女以外でおんなじだって思った人はいないかなぁ」

 

「聖女は最高司祭様が見つけてくるのですね。最高司祭様は聖女なのですか?」

 

「ううん、最高司祭様は男の人だよ。ちょっと強面のお爺ちゃん」

 

 聖女ではないのですね。何か判別できるようなスキルがあるのでしょうか。

 

「最高司祭様は時々旅に出て聖女を探すんだ。保護する前に聖女がコアイマに見つかっちゃうと街ごと滅ぼされることもあるから危ないんだよ」

 

 それは確かに保護しないとマズいですね。コアイマは生き物に対して強い殺意を抱いているにも関わらず、常に人の街に攻撃をしている訳ではありません。私が戦ったコアイマも最初はパルクナットを滅ぼそうとはしていませんでした。殺意があり強力な力を持つ奴らが消極的な理由はわかりませんが、なにか目的があるのかも知れません。

 

 それはそうとして。

 

「助けて貰った私が言うのも何ですが、見知らぬ存在に近づくのは少し不用心ではないですか?私がコアイマだったらどうするんですか?」

 

 聖女である彼女はコアイマに狙われる身。私に近づいてきたときも多生の警戒はしていましたがコアイマだとは露程も考えていない様子でした。警戒のレベルが足りていません。

 

「それは大丈夫。この大聖堂にはコアイマを近づけさせない結界が張られてるから。それは簡単に壊せるものじゃないし、壊されたらすぐわかるようになってるの。メルちゃんが少なくともコアイマじゃないのはわかってたよ」

 

 なるほど、一応理由はあったわけですね。

 コアイマ対策の結界に、物理的な障壁、さらに一番外には感知結界とかなりの防衛力です。コアイマが来たとしても容易く落とせはしないでしょう。

 

「まあそれでも魔物に近づくのは危ないですけどね」

 

「うぐ……、コホン。そう言えばメルちゃんは何をしにここに来たの?怪我もしてたみたいだし」

 

 思いっきり話をそらせましたね。私がジト目をアモーレちゃんに向ければそっぽを向いてどこ吹く風。まったく……。

 

「私は南の大陸に帰る途中なんですよ。その途中でここに羽休めによったんです」

 

 とりあえず私が転生者であることや天帝の娘であることは伏せて、これまでの経緯を良い感じにまとめて説明した。生後一年経っていない事も隠してあります。でないと芋づる式に転生のことも話してしまいそうですし。

 

 平和に過ごしていると巣が襲われたこと。魔物を撃退したものの、帰れなくなったこと。何度も死にかけたこと。出会った人と仲良くなって、大切な仲間になったこと。

 

 刺激が強いところ等は注意してぼかし、面白おかしい冒険譚のように話した。

 それを聞いたアモーレちゃんは、我が事のように驚いて、悲しんで、拳を握って、そして喜んでくれた。

 

「すごいすごい!メルちゃんはそんなすごいことをしてたんだね!!」

 

「いえ、それほどでも……」

 

 思わず頬をかく。

 かけ値なしに褒めてくれる笑顔が眩しい。しかしその表情が僅かに曇る。

 

「でもそっか……。じゃあメルちゃんは帰らないといけないんだね……」

 

 そう言ったアモーレちゃんの顔は悲しげで、そして――。




???「癖になってんだ」

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第77羽 幼女に誘われて

 

 アモーレちゃんの表情が一瞬陰る。しかしそれは一瞬のことで見間違いかと思うほどだった。次の瞬間には元気いっぱいな彼女の顔がそこに。

 

「ねえ、メルちゃん。皆がやってるような遊びを知ってる?」

 

 皆がやっているような遊び……。子供の頃、友達とやっているような遊びのことでしょうか。

 

「ええ、知っていますよ」

 

「なら教えて? それで一緒に遊ぼ?」

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 

 大聖女。

 それが大聖堂の一角にある長い塔の上に住まうわたしに与えられた称号だった。

 

 物心ついた頃にはわたしはここにいた。他の聖女の子はもっと成長してから最高司祭様に連れてこられるから、わたしはもしかしたら捨て子だったのかも知れない。

 

 普通だったらのたれ死んでいる所を助けて貰った。それには感謝しかないけれど、もう少し自由が欲しかったとも思う。

 

 塔での生活では人とのふれあいがとても少ない。

 ご飯の時に持ってきてくれる人。勉強を教えてくれる人。それとたまに様子を見に来る最高司祭様と十二鱗光(ディカグラム)の人くらいだ。

 

 皆わたしが聖女だからって敬って扱ってくる。……もっと仲良くして欲しいのに距離がとっても遠いのだ。最高司祭様は普通の接し方だけど、あの人はそもそも雰囲気が近寄りがたいから。

 

 ……大聖女なんかじゃなかったら良かったのに。

 

 誰もいないときはわたしは本を読んで過ごしている。本の中だったらどこにだって行けたから。

 

 風が吹く草原。人の往来の盛んな大きな街。吹雪く雪原に、雷の降る山。

 なんど読んでなんど想像しただろう。その景色を。そこに立っている自分を。

 

 でも実際のわたしは塔の中。どこまでいってもそれは想像でしかなかった。

 

 ふと窓の外を見上げた時に思うんだ。

 わたしが鳥だったらどこまでも飛んでいけるのかなって。

 本の中でしか見たことのない鳥。飛んでいる姿を想像したことはあるけれど、見たことは一度だってない。ここでは鳥が飛ぶ事なんて許されていないから。

 島の中に鳥はいないし、外から来たら打ち落とされてしまう。

 

 きっとわたしは飛んでいる鳥を見ることはないだろうな。漫然とそう思っていた。

 

 いつのも通りの朝が来て。いつも通りご飯を食べた。今日は7日に一度あるお休みの日。お勉強はないけれど、人と会うこともなくなってしまう。

 

 きっと今日もいつも通りなにもない1日になるんだろうな。漫然とそう思っていた。

 

 ふかふかのお布団の上に寝っ転がって本を開く。今日もまた空想の世界に逃げるのだ。

 

 そしてしばらく経ってふと気づけば外がなんだか騒がしいことに気づいた。この騒がしさは外から島に魔物が近づいてくるときの騒がしさだ。でもいつも通りエルフの射手であるフィオさんが打ち落としておしまい。

 また、いつも通りだ。そう考えてわたしは外の騒がしさに興味をなくし、本に視線を戻した。

 

 しばらくして突然ドサリと言う音がバルコニーから聞こえてきた。驚きで体がビクリと跳ねて、本が布団の上にポスリと落ちた。

 

 今のは何の音……?なにか飛んで来たのかな。でもそんなこと初めてだ。

 

 布団を顔まで引き上げてバルコニーに続く窓をジッと見つめ続ける。ベランダで音をさせたなにかが今にも窓を壊して襲ってくるかも知れない。そんな怖さから引き上げた布団をギュッと握りしめた。

 

 ―――コアイマが襲いに来たのかな。でもわかるはずだから違うかな。

 

 息を潜めてしばらく。どれほどの時間窓を見つめていただろう。危惧していた様なことはなにも起こらなかった。それどころか何の音沙汰もない。

 

 そうするとじわじわと好奇心が首をもたげてくる。

 

 さっきの音は何だったんだろうと。

 

 ―――いつも通りじゃないことが起きたんだから、いつの通りじゃないことをしても大丈夫だよね?

 

 わたしは布団から出ると、抜き足、差し足、忍び足。音を立てないようにゆっくりとバルコニーに向かっていった。

 

 ―――そうして息を潜めて窓を開けたわたしの目に入ったのは目も覚めるような蒼だった。

 

 美しさに息を飲む。一生見ることがないだろうと思っていた生きて動いている鳥がそこにいた。警戒しているのかこちらをジッと見つめてくるその蒼い鳥はよく見れば怪我をしているようだった。

 

 ―――この子が今朝の騒がしさの原因かな。フィオさんの射撃から逃げ出せるなんて運が良かったのかな?

 

 鳥の魔物は特に強そうには見えなかったからそんな感想を抱いた。

 

 ちなみにアモーレは空を埋め尽くすほどバリスタの矢が放たれることを知らない。エルフの射手、フィオが打ち落としているということしか聞いたことがないし、実物を見たこともないからだ。そうでなければ、もっと警戒していた可能性があった。

 今にも飛び立とうとしていた蒼い鳥に対して声をかけることができたのも、さして外を知らなかったからというのは少々皮肉かも知れないが。

 

「怪我してるから……治す……よ?」

 

 その時のわたしには鳥さんを治すことしか頭になかった。

 

 とっても綺麗な蒼い翼が赤く滲んでいるのを見て放っておけなかったから。

 

 わたしにとって鳥は自由の象徴。

 

 その翼が怪我しているのはなんだか嫌だったから。

 

 わたしの言葉が伝わったようで鳥さんは少しの間逡巡していたようだったけど、治すことを許してくれた。この時ばかりはわたしが聖女で心底良かったって思った。聖女は傷を治す魔法が得意だからね。

 

 魔法で傷を治していく。十数秒もすれば魔法は役目を終え、鳥さんは具合を確かめるように翼を動かし始めた。よかった、上手く行ったみたい。

 律儀にペコリとお辞儀をして飛び立とうとした時。「あっ……」と声を上げてしまったのはなんでだろう。わたしも一緒に行きたかったのかな。

 

 ともかく、なぜか鳥さんが飛んでいかないでくれて、それで転けそうになったわたしを人の姿になって抱き留めてくれたのにはとってもびっくりしたけど。

 その後はあれよあれよという間にお友達になっていた。翼は蒼いけれどまるで天使みたいな姿で、お名前はメルちゃんって言うんだって。とってもかわいい名前だ。

 初めてのお友達で浮かれていたら、次の言葉で一気に頭が真っ白になってしまった。解毒の魔法を無意識でメルちゃんがくれたスープに使っていたのを気づかれていたからだ。そのときは嫌われるんじゃないかととっても怖くなったけど、メルちゃんは嫌いになんかならないって慰めてくれたから落ち着くことができた。

 ギュッと抱きしめてくれた暖かさが嘘なんかじゃないって信じられたから。

 

 人の姿になったメルちゃんはわたしとおんなじくらいの大きさなのに、なんだかすごく頼もしく感じられた。さっき会ったばっかりなのにずっと昔から知り合いだったみたいに感じるのは変かな。でも別に嫌じゃないし、むしろうれしいくらい。

 そんなメルちゃんだからこそ普段は言えないようなことをたくさん話すことができたんだと思う。

 

 メルちゃんにもお話を聞いた。ここに来るまでの旅のお話を。

 はぐれてしまった家族に会うためにどんな強敵も打ち倒して、時に仲間に助けられて、そして時には助けて。まるで今まで読んできた本のような冒険のお話。とっても面白くて気づけば引き込まれていた。

 

 ―――そしてちょっぴり悲しくなった。

 

 メルちゃんの旅の目的は家族の元へ戻ること。だから彼女はここから出て行ってしまう。それがわかってしまったから。

 

 引き止めたい。ここにいて欲しい。初めてのお友達だから離れたくなんてない。今までの『いつも通り』が、横にメルちゃんがいる『いつも通り』になる。想像するだけで夢のような心地になる。

 

 彼女にわたしの住む塔に居てもらって、かごの中の鳥にする。それはちょっぴり魅力的に思えて。

 

 でもきっと。彼女は大空で羽ばたく方が美しい。空よりも深い蒼の翼で、空の青を切り裂く様はきっとどんな芸術作品よりも価値あるものだって思えるから。

 

 わたしにとって鳥は自由の象徴。

 

 だから彼女には広い大空を飛んでいて欲しい。わたしはもう二度も引き止めてしまった。三度目はダメだよね。

 お友達とお別れするのは悲しいけれど、なによりお友達だからこそ彼女の力になりたい。今のわたしがメルちゃんにできることはないから、せめて邪魔はしたくない。

 

 ……でも少しならわがままを言っても許されるよね?

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 アモーレちゃんに請われるがままに、童心に戻って子供のように遊んだ。私は遊んでいた時間よりも修行をしていた時間の方が多かったので、楽しませることができるのかちょっと不安だったのですが杞憂だったようです。もちろんアモーレちゃんと遊ぶに当たって力は制限しています。戦闘をしたことのない一般人くらいの能力です。

 アモーレちゃんはころころとよく笑い、気づけば釣られて楽しんでいました。

 

 かくれんぼ。鬼ごっこ。だるまさんが転んだ。マルバツゲーム。けんけんぱなど。私が思いつく限りの遊びをひたすら2人で続けました。

 

「あでっ!?」

 

「あはは。メルちゃん、自分の足に引っかかって転けちゃったの?」

 

「ふ、不覚……!!」

 

 元々私の目的は休息だったはずなのに疲れてしまった程。……別にこれは私が幼い訳ではありません。せっかく二人で遊んでいるのに片方が楽しんでないと台無しではないですか。なのでこれは普通のことです。

 

「大聖女さま、お昼ご飯をお持ちいたしました。入ってもよろしいですか?」

 

 そんな風に遊んでいるとお昼ご飯を給仕の人が持ってきて私が慌てて隠れる一幕も。

 

「あ!?メルちゃん早く隠れて!」「わわっ!?」

 

 咄嗟の事だったので直ぐ側にあった大きなクローゼットに飛び込み、アモーレちゃんに給仕の人の対応を任せました。その間、中にあった服から漂うアモーレちゃんの甘い香りになんだかものすごくイケナイ事をしているような感覚に襲われてしまいましたが、私は無罪です。はい。

 

「大聖女さま? 今日はいつもと様子が違う様な気がするのですがなにかあったのですか?」

 

「え!? 何でもないですよ!?」

 

「……そうですか?」

 

 アモーレちゃんがお昼ご飯を受け取って給仕の人が帰った後は、休憩も兼ねてお昼ご飯にしました。といっても給仕の人が持ってきたご飯は1人分なので私はマジックバックにしまってある携帯食料を食べることになりました。調味料や粉末にしたスープなど長期保存できるものは入っていますが、さすがに料理は入っていないので。

 

 これが最高級品である時間停止の魔法がかかったマジックバックだったら話は違うのですが、魔導具作りの天才幼女ルナさんでもまだ無理みたいです。まあいずれ作れようにはなるんでしょうけど。

 

「メルちゃん、あ~ん」

 

 お世辞にも絶品とは言いがたい携帯食料をもそもそ咀嚼していると、アモーレちゃんが良い匂いがするお肉を突き刺したフォークをこちらに向けてきました。最初は遠慮したのですが、本で読んだ「あ~ん」を友達ができたらやってみたかったと、キラキラと期待を滲ませた目で見つめられれば断ることなどできるはずもなく。

 

「あ、あ~ん」

 

「どう!? 美味しい!?」

 

「ええ、とっても美味しいですよ」

 

「ほんと!? じゃあじゃあ! わたしも! あ~んして?」

 

「えっとこの携帯食料、美味しくないですよ?」

 

「いいの!! 早く!!」

 

「あ、あ~ん」

 

「あむっ!!」

 

 嬉々として携帯食料を口に入れたアモーレちゃんはにこにこ笑顔でもぐもぐしていました。美味しくないはずなのに私から貰ったからと、とびっきりの笑顔で。

 貴女が天使か。

 

 結局押し切られてアモーレちゃんの為に用意されたご飯の半分近くを食べてしまいました。私があげたのは携帯食料。……これは有罪では??

 

 ご飯を食べ終わった後はうつらうつらし始めた彼女を抱えて寝室のベットに寝かせました。お昼寝の時間です。私も向こうのソファーで仮眠を取ろうと背を向けたとき袖をそっと引かれました。

 

「どこいくの……?」

 

「ソファーですよ。私も休もうかと」

 

「なら、いっしょにいて?」

 

「えっと……」

 

「…………」ぽすぽす

 

「ふふ、しかたないですね」

 

 寝ぼけまなこのアモーレちゃんは早く来てとばかりに布団を叩いている。私が布団に入らなければしばらくこの子はねばるでしょう。苦笑を一つ溢して布団に潜り込むと、すぐさま抱きついてきたアモーレちゃん。そっとシルクの髪を手で撫でて私も眠りに落ちた。

 

 部屋にだれかが近づいて私が飛び起きるような事態になることもなく。

 

 目が覚めたのは三時間後。目が覚めてから今度はゆったりとした時間を過ごしました。

 アモーレちゃんがいつも読んでいる本を見せてもらってどこがお気に入りかを教えてもらったり、読んでみて感想を言い合ったり。

 

「わたしも行ってみたいなぁ」

 

 羨望を滲ませて開いた本の話をしているアモーレちゃんを見て思う。

 

 こんなにも良い子なのに、友達が私しかいないなんてそんなのおかしいですよ。きっと彼女の事を好きになってくれる人はいるはずです。

 

「ねえアモーレちゃん。ここに仲良くなれそうな人はいないのですか?」

 

「……皆わたしのことを”大聖女さま”って呼んで、なんだか遠いんだ」

 

 確かにさっきの給仕の人も「大聖女さま」呼びでしたね。ですが給仕の人はなんだかんだでアモーレちゃんの様子が普段と違うことにも気がついていました。アモーレちゃんのことをちゃんと見てくれている証拠です。

 

 アモーレちゃんに友達ができない理由は大聖女としての身分。決して嫌われている訳ではないので、それさえなんとかできれば彼女の周りはもっと暖かくなるはず。

 

 身分差で下の者から踏み出すのはリスクがいる行為。かなりの勇気が必要です。つまり今の状況を打開するには、アモーレちゃんが恐れずに一歩踏み出さなければいけません。

 

「アモーレちゃん、さっきの給仕の人のお名前を知ってますか?」

 

「……うん、マールさんって言うんだって。初めて会った時に言ってた」

 

「ご飯をもらったときにお礼は言ってましたね……。なら次は名前も一緒に呼んでください」

 

「それはいいけど……なんで?」

 

「アモーレちゃんは人と仲良くなりたいんですよね?」

 

「……うん」

 

「アモーレちゃんは大聖女です。身分が上の人に下の人が親しく接するのはとっても難しいのです。だからアモーレちゃんから「あなたと仲良くしたいです」ってアピールをしないといけません。名前を呼ぶとちょっとだけ距離が縮まります。仲良くなる第一歩を踏み出してみてください」

 

「でも……ホントは嫌われてたら……」

 

 不安そうに瞳を揺らすアモーレちゃんの手をとって、安心できるように微笑みかけた。

 

「アモーレちゃん、貴女は見ず知らずの私の怪我を治してくれました。私はそんな貴女の優しさが、そんな貴女のことがことが大好きです。きっと大丈夫、貴女のことを好きになってくれる人はたくさんいます」

 

「わたしは―――」

 

 その時、廊下に続く扉からノックをする音が聞こえた。

 

 



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第78羽 千の言葉より、一の行動で

 

「大聖女様、お加減はいかがですか? 給仕のマールからいつもと様子が違うと聞いたのでお顔を見に来ました。入ってもよろしいですか?」

 

「あ、ガルディクトさんだ」

 

 聞こえてきたのは老齢の男性の声。気遣うような声色からアモーレちゃんを心配して来たのだと想像できる。

 

 そしてなによりこの人――――強い。

 

 私は見ただけで戦闘能力を予測するのが苦手です。そんな私が声だけで気づくほどの圧力。アモーレちゃんを威圧しない為にか押えられているようですが秘められた力はかなりのものです。

 

 さっきの給仕の人と同じように部屋に隠れていては気づかれてしまうでしょう。できればお帰り願いたいですが、気遣うような様子からアモーレちゃんの姿を見るまでは帰ろうとしない可能性が高いです。

 

 好いてくれている人、やっぱりいるじゃないですか。

 

「ちょっと待ってください!……メルちゃんもう一度隠れて!」

 

「……ごめんね、アモーレちゃん」

 

「……なんで?」

 

「あのガルディクトさんという方、とても強い力を感じます。さっきの給仕の人と同じようには行きません。隠れていてもおそらくすぐに気取られてしまうでしょう。こんな姿をしていますが私は魔物です。見つかる訳にはいきません」

 

 フレイさんやアモーレちゃんのように仲良くなれる可能性もあります。でも、捕まって殺される可能性だって同じくらいあるんです。

 大聖女という守られている存在の近くに無断で近づいた私に敵意を向けない可能性の方が低いまであります。今、お母様達の詳しい様子がわからない以上長期間の拘束は受け入れられません。現状も見れずに死ぬなどもっての外。

 

 そんな説明をアモーレちゃんにすると、アモーレちゃんは頷いた。

 

「……わかった」

 

 ……我慢させてしまっている。これまでたくさん我慢してきたであろう彼女に。

 

 本当ならいっそこのまま連れて行ってしまいたい。

 

 彼女はここでの生活に魅力を感じていません。大聖女というコアイマに狙われる理由がなかったなら、喜んでここを飛び出していくでしょう。

 

 でも今の私では彼女をここから連れ出すことができないから。

 

 私の飛行能力では彼女を連れて次の大陸にたどり着くことそのものができません。途中で力尽き海に落ちるでしょう。無理に決行すればそれはタダの心中です。彼女を助けるどころか殺してしまうことになる。

 

 コアイマの存在もあります。私がパルクナットで皆の手助けありで倒したコアイマよりもきっと強い奴がいる。

 

『なんでわたしがあんな奴の指示に従わなくちゃいけないのよ……!!』

 

 あのコアイマは自分の上に誰かがいるような事を言っていました。今の私では倒せて一体で、下手すれば負けもありえます。二体以上相手をするのは絶望的です。

 私の力ではアモーレちゃんを守り切れない可能性が高い。今の堅牢な守りの中から連れ出して、結果守り切れなかったら。どう詫びて良いのか私にはわからない……!!

 

 私は……弱い。もっと強くありたいのに……!!私はそんな私が――――死ぬほど嫌いだ。

 

 そんな内面をおくびにも出さずアモーレちゃんに目を合わせ、小指を突き出した。

 

「約束をしましょう」

 

「……それは?」

 

「指切りです。約束を破った者は針を千本飲ませられます」

 

「ふふっ、それは痛そうだね」

 

「ええ、とっても。だから約束を破れないでしょう?」

 

 そう言ってアモーレちゃんの小指に私の小指を絡める。

 

「また一緒にいられる?」

 

「絶対にまた貴女に会いに来ます。また遊びましょう」

 

「……うん。約束だよ」

 

 約束を交わす間にも彼女の瞳は悲しげに揺れている。お別れは悲しいのだと、その瞳は何より雄弁に語っていた。

 

 私は――――!!

 

「ッ!!」

 

「!? メルちゃん!?」

 

 気づけば私はアモーレちゃんの手を取って窓に向かって駆けだしていた。

 

「一緒に行きましょう!!」

 

「でも2人じゃ飛べないんじゃ!?」

 

 大陸からここに渡ってくる時の体力がギリギリだったことは話してあります。だからこその言葉でしょう。

 

「大丈夫です。なんとかしてみますから……!!」

 

 確かに私の力では2人で大陸を渡ることはできません。でも、ここには船があります。息を潜めて密航するなり、最悪船を奪うなりすれば……!!

 

 ――――あれ、アモーレちゃん?

 

 気づけば握っていた手が離されていた。後ろにいるアモーレちゃんに振り返る。

 

「ダメだよ、メルちゃん。無理なんでしょう?」

 

 アモーレちゃんは笑っていた。私を心配させないように。大丈夫だと伝えるように。

 

 でも――なにかに耐えるように拳は強く握られていた。

 

「でも――――ッ!?」

 

「曲者めが!!貴様!! 大聖女様に何をしている!!」

 

 その時、廊下に続く扉が勢いよく開かれ人影が迫ってきた。さっきのガルディクトという人だ。

 鍛えられた体と高い身長がが逞しい印象を与える。そして特徴的なのが頭の上にある猫耳と尻尾だ。

 筋肉質な老練の騎士といった風貌の彼に猫耳と尻尾というなかなかにファンキーな格好。耳と尻尾は黄色と黒の虎柄、実際には猫ではなく虎の獣人でしょう。平時なら愛嬌を感じられるのでしょうが今はそうもいっていられません。

 

 そんな彼の巨躯よりも大きな大剣が抜き放たれ斬撃が疾走する(はしる)

 

 ――――速い!!

 

 大剣の重さを感じられない素早い斬撃にはしかし、遠慮があった。

 

 私にではなく、アモーレちゃんにです。攻撃の余波で傷つけないように、そして部屋を壊さないように。

 彼の剣撃からは才能と、一朝一夕ではなしえない努力の重さを感じます。しかし彼の剣撃がいくら重かろうと遠慮があるのなら対処は――――容易い。

 

 風を巻き込み、竜さえ容易く屠るであろう連撃を、素早くマジックバックから槍を取り出して受け流していく。

 

「話を聞く気は!?」

 

「ないッ!! あるとしたら牢の中でだ!!」

 

 会話を断ち切るように振り下ろされた大剣に槍の穂先を添える。

 

「それは……御免被ります……!!」

 

「なッ!! 馬鹿なッ!?」

 

 次の瞬間には彼の驚愕の声が響く。なぜなら振り下ろされたはずの大剣はしかし、天を衝くように上に向いていたのだから。弾かれたのではない。槍で受けられた瞬間に力の流れをずらされ、巻き上げられ、自然に上に流されたのだ。

 力でなく、技術でなしえたもの。長き修練を経たガルディクトも冷や汗を禁じ得ない程の絶技であった。目を見開いて隙をさらすガルディクトの懐に影が潜り込む。

 蒼の輝きを散らし、目にも留まらぬ速度で腕が振るわれた。

 

「邪魔っ!!【打衝(だしょう)】!!」

 

「ぬお!?」

 

 右手の突き。

 水月に綺麗に入った戦撃は狙いの通りにガルディクトを扉に向けて吹き飛ばし、部屋からたたき出した。

 

 私の狙いは最初から時間稼ぎです。彼が次戻って来たらこうは行かないでしょう。先ほどまでの油断が消えているはず。大剣の一撃もまともに食らっていれば致命傷でした。逃げるにしても、南の大陸に渡るのに支障が出るほどの怪我を負うことになっていたでしょう。

 

「メルちゃん、強い……。ガルディクトさん、団長なのに」

 

 彼が油断してくれたおかげですが、丁度良いかもしれません。私の頼りなさで彼女が遠慮しているのなら、ある程度力を見て貰った今の方が説得力を持たせられるかも……!!

 

「アモーレちゃん、行きましょう!」

 

 そう言って手を伸ばす。アモーレちゃんは私の手を見て迷っているようでした。しかしやはり彼女は儚く笑って首を振った。

 

「だめだよ、行って」

 

「ぁ……ぅ」

 

 彼女が着いてきてくれないなら私に為す術はありません。アモーレちゃんの思いを無視してまで彼女をさらえるほど、私は私に自信がないから。臆病な私は伸ばしてくれない手を取ることができない……。

 

 逡巡している間だろうと時は止まってはくれない。

 さっき叩き出した扉から弾丸のように飛び込んできたガルディクトが、アモーレちゃんを後ろに庇うように間合いに踏み込んだ。

 室内だと扱いづらいであろう大剣を巧みに使ったコンパクトな一撃を繰り出した。しかし明確な殺意を滾らせたそれは先ほどの遠慮のあった大振りの攻撃よりずっと危険だった。

 

「団長様!お待ちください!!」

 

 アモーレちゃんが静止の声をかけるもののガルディクトは止まらない。まあ、そうでしょうね。状況が良くわからないなら護衛対象の安全を一旦確保してから話を聞きます。私でもそうします。側にいるのが良くわからない生き物ならなおさら。護衛対象が死んでからでは遅いのですから。

 

「かあッ!!」

 

「【上弦月(じょうげんげつ)】!!」

 

 選択したのは前方を薙ぎ払う一撃。腰に構えた大剣を地面に擦るギリギリでの切り上げに、闘気を纏った穂先を叩き付ける。

 

 ―――押し切られる!?

 

 力負けを悟り、すぐに押し合いを拒否。技の衝撃を利用し、さらに羽ばたいて後ろに距離を取る。さらにアモーレちゃんから距離が離れてしまった。

 

「ふんっ!!」

 

 そこに素早く踏み込んで追撃が迫る。大剣をまるで木の枝のように軽々と振り回されると大変困りますね……!!

 空中で体勢を立て直し構えれば槍に闘気が収束していく。

 

「【回舞(かいまい)】!!」

 

 空中で舞うように横の一回転。遠心力の乗った風を裂く薙ぎ払いを、振るわれた斬撃に叩きつける。

 

「この人……力強すぎ……!?」

 

 強めの戦撃の補助があってようやく力が互角。激突の衝撃で弾かれ両者ともに後退、距離が開けた。

 後ろに流されて行く体を両足で踏ん張って慣性を殺しながらガルディクトが腕を引き、切っ先を目標に向け狙いを定めるとそこに膨大な魔力が集う。

 

 来る……!!

 

獄門虎冥(ごくもんこめい)!!」

 

 引き絞られた肉体から裂帛の気合いと共に、大剣が大気を震わせるほどの衝撃を伴って突き出される。その切っ先から黒のエネルギーが解き放たれた。まともに食らえば消し炭。死体も残らない。

 

 ここは狭い室内で回避は難しい。対抗するしかありません。

 即座に準備を開始する。

 普段から使ってる『空の息吹』を強く意識して闘気を生成、鬼気も解放する。体に闘気をまとわせ氣装纏鎧(エンスタフト)、槍に闘気を流し込んでいき氣装纏武(エンハンスメント)も発動。

 両手で槍を握り、戦撃の構えを取る。

 ガルディクトの後ろにいるアモーレちゃんを巻き込まないように注意して……!!

 

「なんだ……それは!?」

 

 突然ボンヤリと光り出した体と、僅かに肥大化したように見える槍に、見かけ倒しでないプレッシャーを感じたガルディクトが目を見開いた。

 

 ―――教えるわけないでしょう?

 

「【剛破槍(ごうはそう)】ッ!!」

 

 突き出された槍からエネルギーの奔流が迸る。迫る黒の奔流に食らいついた。

 拮抗の後、爆発。その後に起こった結果。それは単にタイミングの差だった。私の戦撃が後から発動したから攻撃同士の衝突場所が近く、私の側で爆発が起きた。だから私は爆風をもろに食らってしまったのだ。

 

「くっ!?」

 

 爆風で窓ガラスに叩きつけられ、ガラスと共に部屋の外に吹き飛んだ。空中で体を捻って体勢を立て直しつつ、急いで部屋の中に目を凝らす。

 

 ――アモーレちゃんは!?

 

 どうやら無事なようです。ガルディクトが爆風から庇っていたおかげで傷一つない。

 

 ――良かった。

 

 内心胸をなで下ろしていると瞳に心配の色を滲ませたアモーレちゃんと目が合う。……ここまで離されたらもう近づくことはできません。

 

 お別れはすぐだとは思っていました。私は休息の為にここに寄っただけで不法入国で追われる身。そして彼女は大聖女で人の目もありずっとはいられない。

 それでも突然の出来事でまともに言葉も交わさないままお別れなんてなんて納得できない……。

 

 だからといって大声で彼女に話しかける? それはできない。

 この国の住人からしたら私は不法入国した得体の知れない魔物。いくら彼女が大聖女とは言え、いらぬ誹りを受ける可能性は否定できません。

 

 なら諦めてここを去るか? 嫌だ、したくない。

 だからお願いします……!私が思いつく唯一の方法、成功して……!!

 

 私の声。伝わって。

 

 ――伝われッ!! 

 

 できるかわからない。

 

 ――伝われッ!!

 

 でも。できると信じて……!!

 

 ――伝われッ!!

 

 彼女の心に……!!

 

『伝われッ!!』

 

『メルちゃん!?』

 

 ――伝わった!!

 

 念話が成功した!!一世一代の大成功です。でも喜んでいる暇なんてない。

 

『もう一度約束です。友達である貴女に絶対にまた会いに行きます。だから……待ってて!!』

 

『うん……!!待ってる……!!』

 

 ――ええ絶対です。

 

 アモーレちゃんから視線を切り、重力に身を任せる。

 

 ――私の手が、翼が。もっと大きければ彼女は着いてきてくれたでしょうか。

 

 私の勘違いでなければ彼女は着いてきたいと思ってくれていたはずです。それでも彼女が手を取ってくれなかったのは、私に遠慮をしたから。自分が私の邪魔になると思ったから。

 私がそんな遠慮なんて笑って流せるくらいの強さを見せることができれば。

 

 ――彼女は着いてきてくれたでしょうか。

 

 後ろ髪を引かれる思いを自分への苛立ちと一緒に手を握りしめて押し殺す。《紫陣:加速》。

 V字に急上昇した私は鳥の姿になって魔術陣をくぐり、一気に加速して天高く舞い上がった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「見つけた!!」

 

 街中を走り回っていたエルフの少女が空を見上げて足を止める。十二鱗光(ディカグラム)の一人、フィオだ。視線の先にはあの蒼い鳥。もう逃げられたかと思ったがまだ潜伏していた用だ。

 

 握っていた弓にくすねてきていたバリスタの矢をつがえると、みるみる弓が巨大化していく。あまりの大きさに弓の下の部分が地面に突き刺さった。

 

「よし、射線上に人影なし。弾道完璧。……墜ちな!!」

 

 引き絞っていた矢をリリース。本来使う矢ではないバリスタの矢を放ったとは思えないほど正確に進んでいく。鳥はこちらに背を向けている。矢に気づいた様子は無い。……獲った!!

 

 そう思った瞬間、鳥が光ったような気がした。

 

(なにが―――)

 

 顔の横をフィオの目でも見えないほどの何かが通り過ぎ、背後の地面が爆ぜる音が聞こえた。

 

「え……」

 

 驚きに体が固まる。同時に濃密な殺気がフィオに襲いかかっていた。動けないなか目だけを動かせば遙か上空から見下ろしている鳥と目が合う。

 そして悟った。あれがなんらかの方法でバリスタの矢を打ち返したのだと。不用意な事をすれば次は自分の頭がさっきの地面の様になると息もできないほどの重い殺気がもの語っていた。ポロリと手から弓が落ち、元の大きさに戻る。じんわりと涙がにじんで子鹿のように体がプルプルしている。

 

「……ご、ごめんなさい」

 

 聞こえたのか通じたのかもわからないが鳥は興味をなくしたように視線を外すと飛び去っていた。

 

「はあ~~~~」

 

 緊張状態から逃れられた反動で大きく息をつくと、とあることを決めた。

 

「……きゅ、休暇とる……」

 

 フィオは運が悪かった。尾を踏まれて苛立っていた虎に知らずにちょっかいをかけてしまったのだから。

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 ――もう一度約束です。友達である貴女に絶対にまた会いに行きます。だから……待ってて!!

 

 今日お友達になって、今日別れて。そして一番大切になった人の言葉。一緒には行けなかったけど、それはわたしの選択の結果。どこまでも行ける彼女の足枷になんてなりたくないから。

 

 でも約束してくれた。きっとまた来てくれるから。

 

 彼女が消えていった窓の外を見つめ、別れのさみしさと再開の期待を噛みしめていると。

 

「わぁ……」

 

 その光景は鮮烈に映り込んだ。

 

 ―――暁の空に蒼が軌跡を描く。

 

 メルちゃんが空を飛んでいる。

 

 言葉にすればそれだけなのにどうしてこうも目が離せないんだろう。

 鳥が空を飛んでいる姿なんてわたしが見ることはないと思っていた。

 でも今、こうしてありえなかったはず光景を見ている。いや、彼女はわたしに見せてくれたんだ。

 

 空を舞う姿を。どこまでも行ける翼の力を。自由を謳歌するその生き方を。

 

「すごいなぁ……」

 

 青空のメルちゃんも良いと思ったけど、夕暮れのメルちゃんもとっても素敵だ。

 

 一人で行こうとするのを止めて一緒に行こうって言ってくれたときはとってもうれしかったなぁ。メルちゃんと一緒ならもう寂しい思いなんてしなくて済むってそう思えたから。

 

 きっと彼女は特別な人だ。わたしとそんなに変わらない小さな体で白鱗騎士団の団長に対抗して見せた。そもそも団長様とまともに戦える人なんて世界にもそうはいない。

 

 もしかしたら着いて行っても彼女の邪魔にならないかもしれない。そう思えたけど、もう引き止めないって決めてたから。

 

 悲しさはある。でも寂しさはもうない。彼女は嫌いになんてならないって言ってくれたから。大切な友達ができて、再開の約束までしてくれたんだから。これからは終わりのない毎日が終わって、いつかくるその日を待つことができるから。

 

 暁の空をどこまでも進む蒼を見てふと思った。

 

 ―――待ってるだけで……良いのかな?

 

 彼女は会いに来てくれるとわたしに約束してくれた。わたしはまるで物語のお姫様みたいだ。でもわたしがなりたいのはお姫様だっただろうか?

 ……ううん、違うよね。ちょっと憧れるけれど、そんな扱いは大聖女だけでもう十分だ。

 わたしがホントにしたいのは、地を歩いて空を見上げ、森を分け入って海を渡る。そんな心躍るようなこと。助けを待っているだけのお姫様じゃそんなことできない。

 わたしがなりたいのは自分で物語を切り開く人。

 

 ―――だったら変わるしかない。今ここで、一歩冒険に踏み出す……!!

 

 行き先は定まらないけど、わたしだってメルちゃんみたいに頑張りたい。決意はできた。まず一歩目だ。メルちゃんにも助言はもらってる。

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 

「行ったか……」

 

 大剣を肩に担ぎ、バルコニーの手すりに片手を乗せ空に消えていく魔物を、白鱗騎士団の団長ガルディクトが見つめていた。……末恐ろしい相手だった。

 

 魔物とは人類とは違い進化を重ねる生き物だ。進化をすればレベルがリセットされ、前よりも上がりにくくなるものの、人間が同じように経験を重ねた時よりも成長が早い。その分生存競争も激しく死にやすくなるわけだが、そこを生き残ったものは人類と比べ物にならないほど強くなる。

 

 生まれつき知能が高い魔物は稀で、必然的にステータスの高さにものを言わせたごり押しの戦法になる。弱肉強食の世界で生き残るのは運が良いものか純粋に強い者だけだ。

 

 そんな力こそ正義という魔物の中でも、例外として帝種は手に入れた災害のような能力を駆使して戦いを運ぶ。もちろんステータスですらも他の魔物と比べ物にならないが。

 

 自らのスキルを『使う』のではなく『使いこなしている』レベルの魔物はほんの上澄みだけだ。

 

 だが先ほどの鳥。あれはそんなレベルではない。帝種とまでは行かないが高いステータスに、体や武器に不思議な光をまとわせて強化する特殊な能力。そして特筆すべきは人の身でも到達できないレベルの技術。

 

 振り下ろした大剣が雲の様に軽くなり、衝撃もなく上に跳ね上がるなんて人間業ではない。あれを受けたときは冷や汗と共に感嘆さえ覚えた。

 タダでさえ成長の早い魔物。特殊な力も備えており、あの(わざ)を使う。

 

 ―――次会えば勝てなくなっているかもしれない。

 

 あれが人類に敵対したら次の帝種にすらなり得る素質。大聖女を守ることを最優先としたが、殺しに行くべきだったか?

 

 しかしそれは……。

 

「だ、団長様……」

 

「どうされましたかな、大聖女様」

 

 気づけば険しくなっていた表情をすぐさま消し去り、膝を着いて大聖女に視線を合わせる。こんな幼子を放りだしておくなんてこと出来はしなかった。白蛇聖教は人々の幸せを願う宗教だ。若かりし頃のガルディクトもその理念に賛同してここの門戸を叩いたのだから。

 

 ……その白蛇聖教の大聖女を塔に押し込める事でしか守ることができないのは如何ともしがたい話だが。

 

「お願いが……あるのです」

 

「何でしょう。我が力の及ぶところならば全霊を尽くします」

 

「これからはお名前でお呼びしても良いですか?ガルディクトさま、と」

 

「そんな事でしたら、全く構いません。大聖女様のお心のままに」

 

「じゃあわたしのことも……名前で呼んではくれませんか?」

 

「む、それは……」

 

 白蛇聖教では騎士よりも聖女が高位の存在として扱われる。騎士団長と大聖女なら実態はともかく身分だけで言えば大聖女の方が上だ。騎士とは規律も重んじるものだ。そう易々と頷ける話ではなかった。

 

「難しいですか……?」

 

「そうですな。騎士団のトップである私がルールをねじ曲げると、下のものに示しがつきません」

 

 下手をすれば組織の崩壊もありえる。上下関係の遵守は巨大な組織を運営する上では必須だ。

 

 大聖女から初めて聞いたわがままだ。叶えてやりたいが無理なこともある。言外に伝えると普段は素直な大聖女に珍しく納得していない様子だった。

 どうしたものかと頭を悩ませていると何かを思いついた様に上目遣いの大聖女が口を開いた。

 

「お願いします……!!お、おじいちゃん……!!」

 

「!!!?!??!?!?」

 

 その時ガルディクトに激震が走った。昔の漫画だったら背後に雷が落ちているだろう。

 齢64のガルディクト。妻を儲け子を授かり、既に孫もいる。しかしその全てが男だった。一人くらいは娘が欲しいと思っていたがもう無理だとも諦めていた。

 

 そこにこれだ。

 白蛇聖教の理念に共感するとすぐさま家を飛び出し入信。妻は一目惚れしたその場で告白。

 男ガルディクト、決断はすこぶる早い方だった。

 

「……今後おじいちゃんと呼んで頂けるのであれば」

 

「おじいちゃん……!!」

 

 この日、白鱗騎士団の団長ガルディクトは大聖女アモーレに落とされた。

 

 これからアモーレは新たな孫娘の誕生に浮かれるガルディクトを足がかりに徐々に交友範囲を広げることを目指す。いつか騎士団のみならず宗教関係者全員がこの愛らしい聖女に落とされ最高司祭が頭を抱える、そんな未来が訪れる可能性もあるかもしれない。

 




主人公とアモーレは心に残すものがありましたが……それがネガティブかポジティブかは本人の気質によりますね。

我らが主人公メルちゃんはこれまでの前世でも仲良くなった人にきっかけを与えてきました。その世界における主人公のような活躍を成せるきっかけを。そのタイミングは出会いであったり、別れであったり、戦いのさなかであったり、そして主人公の死であったり。

そんなお助けキャラのような我らが主人公はこの世界の『主人公』になれるのか。ぜひ皆様の目でお確かめください。


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第79羽 (密)帰国

突然なのですが、話の内容が落ち着き次第一旦更新を止めようと思っています。リアルでいろいろある上に、見切り発車なので内容が詰め切れてないからです。必ず更新は再開する予定です。
詳しくは追って報告します。


 

 シトシトと灰色の空から雨粒が大地に染み込んでいく。ここは南の大陸、サウザンクルス。その最北端の港町だ。

 

 小粒の雨のなか急ぐように走る影が一つ。キョロキョロと辺りを見渡すと目当てのものを見つけたのかそちらに足を向けた。足の先には窓から明かりのもれる店が。酒場だ。

 

 軽い音を響かせるドアベルを鳴らして店の中に入る。談笑していた漁師と冒険者がその音に反応して目をやれば、そこにいたのは酒場には相応しくないようなかわいらしい少女だった。ここは子供の来るような場所ではない、そう声をかけようとして思いとどまった。

 

 それは少女の格好を見たからだ。背には槍を背負っていて、服装は動きやすさとかわいらしさが同居したバトルドレス。腰にはポーチが着いている。恐らく冒険者だ。

 同じ席でで談笑していた冒険者に目を向けると首を振っている。下手に首を突っ込むなということだろう。

 不思議な事に少女はほとんど濡れた様子は無い。外からはパラパラと雨粒の音がしているのにだ。なにか雨具を持っている様子もない。とそこで気がついた。頭上には白い幾何学的な陣が浮かんでいるのに。それで雨を凌いでいたのだ。

 室内に入ったからかそれがフッとかき消えると今度は足下に赤の陣が生み出される。

 

「《赤陣:乾風(かんぷう)》」

 

 少女が何かを呟いたと思ったら足下から風が吹き上がると、ものの数秒で僅かな湿り気すらなくなった。どんな技術を使ったのかはわからないが、漁師は他の冒険者がやっているのを見たことがない。便利そうなのに使っているのを見たことがないということはできないということだ。したがってそれができる少女はなんかすごい奴ということにもなる。

 藪をつついて蛇を出す必要はないのだ。カウンターまで歩いて行き酒場のマスターに話しかける少女を横目に、漁師は「不思議な雰囲気をまとったすごそうな魔法を使う幼い冒険者の少女」という話のネタにする程度にして関わらないことに決めた。

 

 最近は天気も変だし願わくば平和なままで、と白蛇聖教の神に向けて心の中で祈った。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「あの、すみません」

 

「…………」

 

 カウンターに腰掛け、酒場のマスターらしき人物に声をかけると、目の前コトリとカップが置かれた。見ればなかから湯気が漂うホットミルクだ。おいしそう。

 

「ありがとうございます」

 

 お礼を言って一口含めば蜂蜜も入っていたようで、トロリと甘くお腹のなかから温まる。

 

「……ほぅ」

 

 良いお店だ。自然と吐息が零れ表情がほころぶ。一息ついたところで今の状況を頭の中で整理しましょう。

 

 アモーレちゃんと約束をして中央の島国を逃げるように飛び出してしばらく。ようやく南の大陸にたどり着くことができました。

 

 やったのことでたどり着いた南の大陸の空は気分も落ち込むようなぐずついた曇天。今にも雨が降り出しそうな中、大きな港町に騒ぎにならないよう人目を避けて降り立った。

 先ずはここが南の大陸であるか、そして天帝が住まう森があるのかを確かめる必要があります。コンパスを逐一確認しながら飛んできたのでないとは思いますが、ここが別の大陸である可能性もありますからね。なんたって私はいつの間にか別の大陸に転移してたくらいですから。

 

 情報収集なら人に聞くのが一番。

 人化して情報が聞けそうな場所を探して街中を歩いているとついに雨が降り出してしまいました。《白陣:壁空(へきくう)》を頭上に発動して魔術の壁を傘代わりにしながら雨宿りする場所を探す。

 少し走った先に酒場を見つけて、情報収集と雨宿りができて一石二鳥とばかりに駆け込んだ。ドアをくぐって白陣を消し、《赤陣:乾風》で水気を完全に飛ばした。

 

 そこで酒場のマスターに話しかけた所ですね。それにしても、この人結構鍛えてますね。細身ながらもかなりの筋肉を持っていることがうかがえます。漁をする港町ならではでしょうか。それはさておき。

 

「聞きたいことがあるのですが……」

 

 そう言ってカウンターの上に金貨をおく。お値段が書かれた表の覧を見てもミルクの支払いにしてはかなりのおつりが出る額。情報料ですね。彼が情報通かどうかはわかりませんがこういうときにケチるとろくな事にはなりません。フレイさんからしばらく生活には困らないだけのお金は貰ってますし。

 

 私の手元をちらりと確認したマスターは無言で続きを促した。

 

「この南の大陸で最近天帝の姿が目撃されているらしいですが詳しい場所なんて知りませんか?」

 

 もちろん全部ブラフ。質問内容はお母様の場所についてですが、マスターのレスポンス次第でここが南の大陸かどうかはわかります。

 質問の仕方で違和感はもたれるかもしれませんが、ここは南の大陸ですか?なんて馬鹿正直に聞いて怪しまれるよりましです。大陸の移動は制限されているのでそんなことを聞く人は、行き先もわかっていない密航者か密入国者くらいのもの。ここが南の大陸でない反応だったらとっとと逃げて、同じような質問を北東西の全部でやるだけです。

 

 まあ逃げ出すような結果にはなりませんでした。反応からしてちゃんとここは目的地の南の大陸です。

 

「天帝の目撃情報は持っていない。だがお前の話が本当なら可能性が高いのは住処のヴィルズ大森林の近くだろう。場所はわかるか?」

 

「いえ」

 

「地図は?」

 

「それもないです」

 

「……受け取れ」

 

 マスターがしゃがんだ後だしてきたのはこの大陸の簡易的な地図。どうやら頂けるみたいです。おそらく私の求めた情報を持っておらず、出した金額に釣り合っていないと考えたからでしょう。

 

「ここが今いる場所、港町のサウザブーン。ヴィルズ大森林はここだ」

 

 マスターが指さしたのは南東の巨大な森。ここが私の故郷。……もうすぐ帰れる。

 

「近くに大きな街がある。これだ。ヴィルズ大森林に向かうなら直行するより、ここで準備を整えた方が良いだろう」

 

「わかりました」

 

 地図で見てもかなり大きな森です。巣を探索するためにも忠告通り食料なんかの物資を補給しましょうか。そうと決まれば話は早いです。カップを傾けて残ったミルクを全て飲み干す。

 

「ごちそうさまでした。ミルクとっても美味しかったです」

 

 お礼を言ってドアに向かうと「……おい」とマスターに引き止められた。

 

「最近大陸全体で天気が崩れているのは知っているだろう」

 

 いえ知らなかったです。昨日までこの大陸にいなかったので。

 

「約2週間前から天気が崩れ始め、ここ最近は雨ばかりだ。この港町は小雨で済んでいるが他はそうでもないらしい。特にヴィルズ大森林の近くは」

 

 ……なるほど。私の質問と合わせてこの天気がお母様の仕業ではと考えたわけですね。龍帝に教えてもらったお母様が荒れているという情報と、彼の情報が正しいなら。……可能性は高いですね。

 

 それと彼……おそらく私を心配してくれたのではないでしょうか。天帝が何かしているかも知れないから今は危ないぞと。

 

「ありがとうございます。また来ますね」

 

「……そうか」

 

 彼の厚意を無碍にするようですがここまで来て待つ気はありません。お母様が何かしているなら尚更です。

 ペコリとお辞儀をして、私は雨の中店を出た。



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第80羽 嵐の日に

お気に入りありがとうございます!
誤字報告も感謝です!


 

「くぅ、なんて風の強さですか……!!」

 

 前から打ち付ける雨を腕で防ぎながら前に飛び続ける。

 運良く最初に入った酒場で目当ての情報を仕入れることができて喜んだのもつかの間。酒場のマスターに教えてもらった街に近づくにつれて風雨は激しくなり続け、遂にはサイクロンもかくやといったレベルになっている。この状況で街は無事なんでしょうか……?

 

『強風の力』で打ち付ける風の力を受け流して、『風靡』の力をフルに使って風を乗りこなすことでようやく空を飛べている。風の影響をもろに受ける鳥の姿では流されてしまうので人化した姿でしか最早飛ぶことができない。

 

 体は雨と風にさらされ、少しばかり寒いです。

 《壁盾《へきじゅん》》を展開して雨を防ぐ事なんてできるはずもありません。そんなことをしてしまえば風に攫われて台風の日にさしたビニール傘よりもひどい有様になります。さすがに骨がバキバキになるのは遠慮したいです。

 

 地面を歩くのは……一度やってみたんですよ?でもぬかるみで滑って転びかけるし、体が浮いて足なんてほとんど着かないし飛んでるのと変わらない。結局おとなしく空を飛び続けることにしました。

 

 そもそも行くのを止めた方が良かったでしょうか?でもこの風にお母様が関係している可能性が高い以上、収まるのを待つ選択肢はありません。お母様が荒れてるって聞いて来たのに、終わってから着いても本末転倒です。

 

「あれ……?」

 

 気づけば暖かな陽光にキラキラと照らされて、さっきまでの肌寒さが嘘のようにポカポカしてきた。突然、前から打ち付ける雨と風が消え去って天気が快晴になったのだ。今までの風が凪いでいて、そよりとする事もない。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 狐につままれたような面持ちで後ろを振り向けば、すぐ後ろには風雨をまき散らす暴風圏が唸りを上げて存在していた。境界に近づいて手を伸ばせば、向こう側には風と雨は確かに存在している。

 ここだけが風雨の空白地帯。台風の目になっている。まるで切り取られたようにぽっかりと。

 

「一体なにが……」

 

 情報を得るためにも辺りを見渡せば前方には街が。あれは私が向かっていた目的地です。この天候でかなりの被害を受けているのではと思ったの無事そうでなにより。とりあえずあそこの住人にでも話を聞きましょうか。

 

 そちらに向かって羽ばたこうとしたときチリっと脳裏に嫌な予感が走った。

 

 ――違う、逆だ。人の住む街だけがこの嵐から逃れられている訳じゃない。この嵐は誰も逃がさないための檻だ……!!

 

 素早く視線を走らせる。眼下には特筆するようなものはなにもない。……なら、上!!

 

 ―――見つけました!

 

 街の斜め上の空。そこには巨大な球体上の雷雲が浮かんでいた。自然な状況ではありえない特異な光景。あれがこの状況の原因と考えるのが妥当でしょうか。

 

 あれからものすごい力を感じます。それから―――

 

 そこまで考えたところで突如上空の雷雲から電光が溢れ始めた。先ほどまでの静寂をかき消すように雷鳴が轟き始める。なにかするつもりなんでしょうか。

 

 固唾をのんで見守っているうちに上空の雷雲からポコリと小さな雷雲が放たれた。

 

 いや、元の雷雲が大き過ぎるだけで街を飲み込んでしまうほどの大きさです……!!遠近感がおかしくなりそう……!!

 雷雲は恐怖を煽るようにゆっくりと進んでいく。あの大きさです。街からも見えるはず。きっと住民は阿鼻叫喚の地獄絵図になっているでしょう。雷雲の進行速度から見て今から避難しても間に合いません。

 

 このままだと街が一つ消えてなくなる。

 

 そこで思い出されたのはフレイさんの話です。コアイマは幼いフレイさんが住んでいた場所を破壊し尽くしました。これもコアイマの仕業なのでしょうか……。

 例え何であろうと見過ごすことはできません。

 

 体内の魔力を全力で回す。

 

「《赤陣:火穿葬槍》」

 

 『握撃』を発動して拳を握り込めば左手に赤の魔術陣が発生する。これじゃ全然足りない。もっと威力がいる……!!

 まだ魔術として形をなしていない待機状態の左手の魔術陣を、右手で握りしめる(・・・・・・・・)

 

「《紫陣:連星(れんせい)》」

 

 左手の赤陣に重なった右手の紫陣。それを弓を引くように後ろに引き寄せれば、なんと魔術陣が二つに分裂した。左手に一つ。右手に紫陣と重なってもう一つ。

 元に戻ろうとする反発を押さえつけ、腕を引き絞っていけばその軌跡から三つ目の赤陣が生まれ、四つ目、そして最初の赤陣と合わせて計五つの赤陣が生成された。

 

「今は……四つで限界ですね」

 

 紫陣:連星(れんせい)。効果は魔術陣の複製だ。片手に一つずつしか魔術陣を生成できない私の唯一、多重展開できる方法。集中力が必要でコストパフォーマンスが悪い、使いどころを選ぶ技術です。後の転生で呪術を使えるようになってようやく開発にこぎ着けた、師匠も知らない(わざ)。まあ息するように何個も陣を出せるあいつにはいらない技術ですが。ケッ……、こ、こほん。失礼。

 

 複製された魔術は普通に発動したときよりも魔力を食う上、複製量が増えると加速度的に燃費は悪くなる。さらに私の魔術・魔法の腕では暴走させずに制御できるのが現状複製四つまで。それを越えれば押えられなくなった魔力で自爆します。

 ソウルボードを魔術特化にすればもっと複製可能ですが、前世の力が引き出せない今は無理です。

 

 (まあ今回は―――)

 

 反発を抑え込んでいた右手をリリースすれば、引き絞られた赤陣が先頭の赤陣に我先にと吸い込まれていく。魔術陣を飲み込んでいく度に魔術陣は肥大していき、全てが合わさったときには漏れ出た魔力が赤の線を炎に変えていた。

 

「《赤炎陣(せきえんじん):業炎魔槍《ごうえんまそう》》ッ!!!!」

 

(これで十分……!!)

 

 実のところこの魔術でも、威力はまるで比べ物になっていない程あの雷雲から感じる圧力は凄まじい。でもあの雷雲に対抗できる威力はいりません。雲を散らして崩してしまえば、空中で用を為さなくなるでしょう。

 

「行けっ!!」

 

 魔術を発射すれば、もはや槍と言うよりも塔と言った方がしっくり来るような大きさの炎の槍が雷雲めがけて飛翔する。上空の雷雲に向けて打ち上がられたそれは球体の底に達すると大爆発を起こした。同時に上昇気流が発生。爆心地に近い所から雲を持ち上げていく。結果、無理矢理起こした摩擦で雲の中で大放電を起こして耳をつんざくような轟音が発生、膜放電だ。

 さらに押し上げられた雲の膜放電に周囲の雷が刺激されると、上空に向けて雷の枝を伸ばして蓄えられていたエネルギーが消え去った。

 

 黒い雷雲は消え失せ、青空が広がるばかり。なんとか上手く行きましたね。ほっと胸をなで下ろす。

 

 その時ゾッと背筋に氷を差し込まれたような悪寒が走った。上空の巨大な雷雲の中にいる何者かの意識がこちらに向いた。それだけだ。

 

 冷や汗を垂らして上空の雷雲を見つめる。

 

 視線を向けられただけでこんなにも命の危険を感じる。本能が叫ぶのだ、ここから今すぐ逃げろと。

 

 しかし逃げられない……!!背を向けたらそのまま背中から襲われて終わってしまう……。それに街も放っておけません。

 

 覚悟を決めて槍を手に取れば、弾けるように雷雲がかき消えその中心から暴風が吹き荒れる。目に見える範囲が全て嵐に飲み込まれた。雷雲の主が凪いだ空間を維持するのを止めたのだ。

 

「う……!!」

 

 全方位から吹き荒れる嵐に吹き飛ばされないように耐えていると声が聞こえた。

 

『貴様、よくも邪魔をしてくれたな』

 

 それもよく知っている声が。

 まさか……。

 

「何をしているんですか……?」

 

 暴風をまとって目の前に現れた嵐の化身。

 

 現れたのはコアイマではなく、純白の翼を持った巨大な鳥の魔物。

 

「お母様……なんですか?」

 

 私は驚きながらもしっくりと来る物を感じていた。

 あの時。雷雲を初めて見上げたとき。

 

『あれからものすごい力を感じます。それから―――』

 

 私が感じたのは懐かしさだったのだから。



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第81羽 これはガバ

 

 ―――やっと。やっと再会することができた。

 

 眼前で力強く羽ばたくお母様。その姿は記憶のままで。

 最後に見たときの傷も特にないようで安心しました。

 

 ただ少し違うのが重圧(プレッシャー)のようなものがより強く感じられる点でしょうか。龍帝が言っていた私が知るお母様が弱っていたという言葉は真実だったのでしょう。

 

 しかし今は聞かなくてはならないことがあります。

 

「……なぜ街を襲うようなマネを?」

 

 お母様は魔物です。価値観が人とは違います。そして強大な力を持っている。そんな強者は往々にして、弱者の立場にある人間を下に見ることがあります。

 短い間ですが一緒に過ごす中で母様にもその傾向が見られました。それ自体は……良くはないですけど別にいいです。ただ、お母様には強さに応じた誇りも持ち合わせており、少なくとも快楽的に人間を殺そうとするような性格でもないと思っています。

 こんな大量虐殺未遂を理由なく実行するとは思えません。

 

 ああ、でも。私は理由があって欲しいのか、なくて欲しいのかもうわからないのです。だって理由があるのなら、街を消し飛ばそうとするほどのことだから。

 

『……知れた事よ。我が子が人間のせいで死んだ。その報復だ』

 

「は……」

 

 吐き出された息が吸い込めない。頭が真っ白になる。そんな……。

 

 もしかしてと思った。

 覚悟はしていたつもりだった。フレイさんと最後に話していたときに覚悟は終わったと思っていた。でも今、やはり私の脳は現実を理解することを拒んだ。

 

 なんど転生しても大切な人の死は慣れることはない。心を蝕む毒のようなものだ。

 

 震える唇をなんとか動かして問う。

 

「人が……殺したんですか……?」

 

 そうだとしたら……私は―――。

 

『厳密には違う。人の妨害で我が子を助けられなかった。邪魔をされて間に合わなかった。……我の力不足だ。それは認めよう。だがそれでも―――』

 

 吹き荒れる嵐がその猛威を増す。

 やるせなさと怒りが混じった言葉が紡がれた。

 

『―――人を許せない』

 

 そう言ったお母様はその実、怒りの矛先はほとんどが自分に向いている。

 ……わかります。だって私も同じだから。

 

 大切な誰かを守れなかったとき。

 

 自分が憎くて許せなくて、それでも死ねないから。

 耐えられない怒りを、湧き上がり続ける怒りを誰かにぶつけないと壊れてしまいそうになる。いっそ壊れてしまえばどれだけ楽だっただろうか。

 原因の一端となった何かに責任を被せて、悪いのはお前だと。大切な人がいなくなった現実から目を背けて。

 それで滅ぼしても。きっと自分は許せないまま。

 

 だって私はそうだったから。

 

『我は何者にも揺らがされる事のない”天”だ。その我がまさか我よりも小さな者に揺るがされようとは思いもしなかった』

 

 自嘲するように笑うお母様。だからこそ私はお母様を止めなくてはならない。

 

 無関係な者を巻き込んではいけない。それをすれば被害を受けた誰かの報復が必ず訪れる。なにより自身が同じレベルに墜ちることになるから。

 

 復讐を全てにしてもいけない。それをすれば復讐の終わりが人生の終わりを意味します。復讐はあくまでも精算。リセットして再び歩み始めるための行為です。……受け売りですけどね。

 

 まあ、私が言えたことではないかと自嘲する。

 

 私がこうやって冷静に考えていられるのもお母様が怒っているのを見ているから。目の前に怒っている人がいると、人間水をかけられたように冷静になるなるものです。

 

 私も兄弟姉妹の誰かが死ぬ原因になった奴は許せません。

 一旦落ち着いたら、一緒に復讐しましょう。詳しく話を聞いて、関係のある奴に地獄を見せて根絶やしにするのです。

 

『”天”として罰を人間に与えよう。それが―――』

 

 そのために先ずは私はお母様を止めなくてはならない。独白を続けるお母様に向き直る。

 

『我が娘、メルシュナーダへの手向けとなろう』

 

 うん。

 うん……?聞き間違いかな……?

 

「えっと。今、誰の手向けって言いましたか?」

 

『面倒だな貴様。我が娘、メルシュナーダだ』

 

 ……?

 …………????

 

 ……それは私では?あれ、私の名前ってメルシュナーダでしたよね??

 違いましたっけ?なんだか自信なくなってきました……。

 

 いやいやいや、私はメルシュナーダです。ミルとお母様に着けて貰った名前ですから間違えるはずありません。

 

 もしかして、私だとお母様に気づかれてない?

 とりあえず話を聞いてみましょう。

 

「確か失せ物探しの魔法がありましたよね?」

 

 ギロリと睨まれた。

 ヒエッ……!!コワイ……。

 

『貴様、なぜ知っている……?まあ良い、教えてやろう。我の探知の魔法は一定距離を離れると場所が特定できなくなる。存在は確認できるのだ。だが、約2週間前だ。探知に反応すらなくなった』

 

 私のこと、ちゃんと探してくれてたんですね。良かった。迎えに来てくれなかったのは探知の範囲のせいだったんですね。

 しかし反応がなくなったとはどう言う事でしょうか? 2週間前……?

 

『最初は何かの間違いだと思った。次は我が知らないような反応がなくなる術、もしくは場所でもあるのかと。しかしどれだけ待っても反応は復活することはなかった。もう、あのバカ娘はいないんだ……!!』

 

 感情の揺れと共に吹き付けられる風の力も強くなる。吹き飛ばされないように耐えつつお母様の言葉について考えを巡らせた。

 2週間前と言えば何をしていたでしょうか。確か……パルクナットにはいましたよね。フレイさん達と出会った後くらいでしょうか。

 

 当時のことを辿るように記憶を掘り起こしていく。

 

 冒険者ギルドで従魔登録して貰って、街で数日過ごしました。人類の文化も教えてもらって、大陸の場所も探していました。お世話になっているお礼のためにもフレイさん達の調査を手伝って……そうそう、いつの間にかソウルボードに『呪人族』が復活していて……。

 

 ん……?何かにたどり着けそうな……。

 ソウルボード……『呪人族』……呪術耐性……、あっ。

 

 ……えっと、原因がわかりました。私の持つ、呪術耐性です。

 

 呪術耐性の効果はこうです。「体調を悪くしたり直接干渉してきたりするような魔法、魔術に耐性を持つ」

 

 お母様の探知の魔法は私の居場所を何らかの方法で特定して、その場所を知らせるものです。

 その特定する段階で私の呪術耐性がレジストしてしまった。そういうことなのではないでしょうか。

 

 ……。

 …………。

 ………………えっと。

 

 もしかして今の状況って、私のせいですか?

 

 ……いやいやいやいや、待ってください!予測できないでしょうこんなの!?

 

 よく考えると探知は敵に使われた場合かなり厄介な効果の魔法ですよ?逃げても場所はすぐにバレ、倒そうにも接近には気づかれるので逃げられてしまいます。レジストするのは当然の効果です。

 でも味方に使われるとありがたい効果であることは確か。私が視野に入れていたのもそっちの効果なのでレジストされるような魔法だとは思ってもいなかったんですよ。

 

 お母様の探知を呪術耐性でレジストするなんて思いつきももしなかったですし、それが街消滅の引き金になるなんて、だれが気づけるんですか? だれも気づかないでしょう!?

 

 とある世界でこんな話があります。

 敵国同士の国境の睨み合いの最前線にて。トイレに行くことを伝えずに消えた兵士がいました。それに気づいた仲間が、「敵国の奴がさらった!!」と勘違いして突撃して戦争の引き金に。

 

 それに似た何かを感じます。もしこれで到着がもう少し遅くて街が消えていたらと考えるとゾッと背筋が凍る。腹を切っても詫びきれないですよ……。冷や汗がダラダラと流れ落ちる。

 

 と、とにかく全て未だ未遂です。お母様の巻き起こす嵐で天気が最悪ですがセーフだと思いましょう。

 

『さあ、話は終わりだ。我の憂さ晴らしになれ、人間。貴様を殺して次は人間の街だ』

 

 やめてください。そんなの死んでも死にきれません。過去でも類を見ない最悪の最後ですよそれは。想像しただけで吐きそうです。

 とにかく呪術耐性をオフにしてお母様に探知をしてもらいましょう。それが私であることの照明になるはず。

 

「お母様!! 私です! 私がメルです、メルシュナーダです!!」

 

『何だと……? 貴様我をコケにしているのか? 邪魔をするだけでは飽き足らず、死んだ我が娘を騙るか!!』

 

 怖気が走るほどの殺気が全身を刺し貫く。お母様の怒りに呼応して嵐に雷が混ざり始めた。もっと落ち着いて話を進めれば良かったでしょうか?

 

「お願いします! もう一度探知を使ってみてください!!」

 

『確かに反応があるが、貴様は人間だろうが!!どんな手段を使ったのか知らんが欺くような真似をして……ただで済むと思わないことだ!!』

 

 失敗した……!? 

 雷鳴が所狭しと響き渡り、電光が視界を埋め尽くす。

 信じて貰えない……いや、さっきお母様は人間と言ってました。なら――――

 

 鳥の姿に戻れば!!

 

『ほら!! お母様! 私ですよ! メルシュナーダです!!』

 

 習得したばかりの念話を使って全力で言葉を伝える。

 

 蒼い羽毛の空気抵抗で嵐に攫われそうになるのを耐えていると気づいた。そう言えば私の姿、進化して変わっていました。色も白から蒼へ。これじゃ……気づいて貰えない。

 

『あれ……?』

 

 一瞬にして嵐が消え失せ、どこまでも続く青空が姿を見せた。驚くように目を見開くお母様と目が合う。

 そして―――

 

『……そこまで言うのならお前の力で、我が娘だと認めさせてみろ!!』

 

 特大の暴風と大雨が世界に満ちる。天帝は力を示せと叫んだのだった。




びっくりしました?誰も死んでないですよ。
ちなみにお母様は巣を暴風圏から外してます。蛇が襲ってきたときは巻き込むので使えなかった能力です。巣ごと風に巻き込むか、風の空白地帯が大きすぎて効果を及ぼさないかの二択だったので。
お母様はどこまで行っても魔物です。主人公は元が人間なのでアレですが、天帝の価値観は魔物のもの。家族こそ愛してますが、そこら辺はご容赦を。


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第82羽 vs 天帝

お久しぶりです。いつものように眠気に負けておりました。申し訳無い。


 

 お母様が巻き起こした暴風を間近で受け、鳥の体が一気に巻き上げられる。すぐに人化して風の影響を最小限に抑え、風音に負けないように声を張り上げようとして、ふと気づき念話に切り替えた。

 

『お母様!! 私です!! 信じてください……!!』

 

『問答はせん。お前も魔物なら言葉ではなく力で示せ』

 

 話を断ち切るように振るわれた翼から多量の羽が射出される。私の『射出』より量も速さも威力も上のそれを横回転(ロール)して回避した。

 

 話す気ゼロですね……!! 本人の言うとおり力を示さないと聞く耳を持たないでしょう。折角再会できたのになんでこんな……!!

 

 避けた先。そこへ様子見に放たれる風の刃に背を向けて嵐に揉まれながらも避け続ける。

 

 槍こそ手に持っているものの攻勢に転じられないでいる。お母様の攻撃が激しいのもありますが、一番は迷いが生じているせいです。

 魔物として生まれて魔物として生きているお母様の価値観は、人として生きてきた時間の方が長い私にはいまいち理解できません。このまま時間を稼いでなにか案を――――

 

 その時、お母様の声が念話で届いた。

 

『なんだ? そのままずっと逃げ続けるのか?』

 

 私の肩が思わずピクリと跳ねる。私の脳裏にあの日の私を見上げるアモーレちゃんの姿がよぎった。

 私はあの日彼女に背を向けた。向けざるを得なかった。私の心が、私の翼が弱かったから。

 

 反転。向き直る。

 

 迫る風の刃を見据え、闘気をまとった槍を感情のままに叩きつけて霧散させる。

 

 わかりました……。やってやる……!! やってやりますよ……!! 娘に負けて後悔しても知りませんからね……!!

 

『そこまで言うのなら……覚悟してください……!!』

 

『ふん、させてみせろ』

 

 上等……!!

 

 槍を握り治す。

 

 吹き荒れる嵐。『風靡』をフルに使って一瞬ごとに流れの変わる風を乗りこなし、乗り継いでいく。

 さっきから移動する気配がないお母様。どういうつもりかわかりませんが好都合。

 打ち出す羽の射撃や風の刃を躱し、距離を詰めていく。私の拙い魔法、魔術ではこの嵐にかき消されて有効打になり得ないでしょう。ならば接近して戦撃を叩き込むしかない。タイミングを見計らい背中側で左手を握り込む。

 

「《赤陣:爆閃(ばくせん)》」

 

『む……』

 

 砕けた魔術陣から目も眩む閃光が迸る。この魔術に物理的な破壊力はありません。しかしまともに見てしまえば視覚をしばらく失うことになります。『強風の力』を使って発生させた風で背を叩きさらに加速。お母様の視界はまだ戻っていない。捉えた……!!

 

『風の扱いが上手いな。だがこの風は我の味方だ』

 

「風が……!?」

 

 あと一歩。そこで『風靡』で読み取った風の予測がかき乱される。乗っていた風が牙を剥き、私の動きを阻害した。目が見えないながらもお母様が風を操り動かしたのでしょう。だから私は――――。

 

「ええ、知ってますよ?」

 

 蒼気をまとってさらに加速した。

 

 この風は結局の所お母様の生み出したもの。私はそれをなんとか活用していただけ。お母様の意志一つで、すぐにそれは不可能になることはわかっていました。

 最悪風の刃になって攻撃してくる可能性、そしてその対応まで考えていたので動きの阻害くらい何のその。

 

『強風の力』で風の阻害を少しだけ緩和すると氣装纏鎧(エンスタフト)で強化を施して、戦撃を発動したのだ。

 

 体を捻り、仰け反らせながら力を溜めていく。力強く羽ばたけば最後の一歩を風を置き去りにして蒼光の尾を引き突破した。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!!」 

 

 蒼の砲弾が着弾する。

 

 溜めた力を加速と共に全て解き放った。最後の一瞬で『急降下』を使ったので純粋なパワーは最大級。しかし、手に帰ってきたのは肉を貫く感触ではなく、金属にでも阻まれたかのような硬質なものだった。

 

『やるな』

 

 そう言った天帝はしかし健在だった。前に触れたときはあんなに柔らかかった羽毛なのに、私の渾身の戦撃はその柔らかかったはずの羽毛に阻まれ、翼で受け止められていた。どれだけ力を込めても腕が震えるばかりでそこから前に進むことはない。遂には威力をブーストしていた戦撃の光も消え去った。

 

 ……今世、前にも全力の戦撃が軽々と受け止められたことがある。あの時の地竜だ。

 地竜の時はまだ納得できた。なにせ鱗だ。硬くて当然。

 

 しかし今回阻まれたのは羽毛です。柔らかいはずの羽毛が無傷なのはけっこうショックですね。頭ではわかっています。地竜の鱗は貫けて、この羽毛は貫けない。お母様の羽毛の方が地竜の鱗よりも強靱だった。それだけ。

 視覚が発達しているわたし達は、目で得た情報に比重を置いています。どんなにわかったつもりでも、目で見たものにショックは受けてしまうものですね。

 

 それにしても私の記憶が正しければお母様の羽毛は高級布団顔負けの柔らかさでした。一体どうやってこれほどの防御力を。なにかのスキルでしょうか。

 疑問に思いましたが素直に聞くのは(しゃく)なのでこっちを聞きましょう。

 

『……なんで飛べているのか聞いても?』

 

 そう、ここは未だ上空。そしてお母様は私の槍を翼で受け止めています。すなわち、羽ばたいてないのに浮いたままなのです。風の力で浮いている訳でもありません。それなら『強風の力』と『風靡』でわかります。

 

『我は”天”だ。当然だろう。似たようなことなら竜種もやってるいるしな。なんだ、お前はできないのか?』

 

 お母様の念話にからかうような声色が混ざる。

 ……はい???

 ……これって煽られていますよね? 私煽られてますよね?? そろそろ怒っても良いのでは???

 

『考え事とは余裕だな。もう少し強く行こうか』

 

 ハッと気づいた時には遅かった。鍔ぜり合っていた翼が目の前から突如消える。直感が導くままに上に対してガード。その直後上から衝撃が。翼で叩き落とされたのだ。

 会話ができたからといって少々悠長にしすぎましたね……!!

 

 お母様が落下する私に向けて翼を振るう。

 

『そら、我の娘だと言うのなら凌いで見せろ……!! 《羽天(うてん):霹靂《へきれき》》』

 

 雷鳴が轟く。

 お母様が打ち出した多数の羽。それに落雷が追従し、同化。巨大な雷の鳥の姿を取って迫り来る。

 

 回避……無理。攻撃が速すぎる。戦撃で対処……無理だ。範囲が広すぎて防ぎきれない。なら、魔術で……!!

 地面へと一直線に落下しながら迫る雷鳥に向けて左手を突き出し、握りしめる。

 

「《白陣:壁盾》」

 

 左の白陣に右手を突っ込んで紫陣を引き絞った。

 

(プラス)《紫陣:連星》……!!」

 

「《白漂陣:偽・拒交神盾(アイギス)》!!」

 

 右拳をリリースすれば五つの白陣が一気に収束、巨大化する。

 巨大な白の魔術陣から顕現した荘厳な大盾が雷鳥の接近を拒み受け止めた。

 

 翼を開いて飛行を再開。同時に左手の盾を振って電光の絡む羽を払い落とす。そこで盾の魔術は役割を終えて消え去った。

 

 未だに場所すら移動していない真上のお母様を鋭く睨み上げる。

 

 《連星》は死ぬほど魔力を食います。魔力量的にはあと二回。火力は比較的高い方ですが魔術を戦闘の主軸に据えるには心許ない回数です。必然的に戦撃が私のメインの攻撃手段になります。

 

 足りない。お母様の防御を突破できるだけの闘気がいる……!!今じゃ足りない。

 もっと量を……!! もっと質を……!!

 

 深く、深く息を吸い込んだ。




お気に入りと評価、ありがとうございます!


~霊峰ラーゲンにて~
主人公「空気が薄いのにドラゴンは謎の力で飛んでいる!?」
作者 「そうなの?まあドラゴンだし……」

~南の大陸にて~
主人公「羽ばたいてないのにお母様が飛んでる!?」
お母様『我もできる。竜種もできるぞ?』
作者 「お前もできるんかい」

見切り発車の弊害。仕方ないね。


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第83羽 vs天帝 その2

 

 『空の息吹』を強く意識して闘気を生成することに注力する。さっきも言いましたが私の魔術では有効打になり得ないでしょう。有効打となり得る可能性があるのは戦撃のみ。

 まずは槍の射程圏内に再び接近する必要があります。しかし接近したところで【魔喰牙(ばくうが)】でダメージを与えることができなかった以上、もっと攻撃力を上げる必要があります。そのためにはもっと闘気が必要です。

 

 体の中心で生命力と魔力を混ぜ合わせ、肺に取り込んだ魔素と共に練り上げる。普段以上に集中して肺の中に息を送り込めば、体から溢れる闘気の光が増え輝きが増す。

 

 『氣装纏鎧(エンスタフト)』発動の為に送り込む闘気の量を引き上げ、武器に闘気を送り込み『氣装纏武(エンハンスメント)』も発動した。

 

 その時、握りしめた槍が送り込まれた闘気に震えているのに気がつく。そういえばまともなメンテナンスもなしに闘気をかなり送り込みました。頑丈さがうりの槍とはいえそろそろ限界なのかもしれません。……苦労をかけますがせめてもう少しもってください。

 

 吹きすさぶ風雨の中ちらりと分厚い雲がかかった空を見上げる。火力をまだ上げる方法はあります。

 まだ夜には少し時間がありますが、贅沢は言っていられません。ここはリスクを負ってでもリターンを得るべきでしょう。雲が晴れれば焼かれてしまいますが即死するわけではありません。

 ソウルボードに『吸血鬼』をセットする。これでさらにステータスを上乗せ。

 

 準備はこんな所で大丈夫でしょうか。

 

 ……行きますよ。

 

 翼で空気を力強く叩いて一気に上空へ。嵐の力も使って加速する。向かい来る私を待っていたかのようにお母様は翼を振るった。

 

『《羽天:驟水(しゅうすい)》』

 

 放たれた多数の羽。その一つ一つが雨粒を巻き込んで体積を肥大させていく。羽のサイズはお母様の体の大きさに比例しています。ただでさえ大きな羽が体積を増して襲い来る様子はまるで大砲の雨。

 

 なるほど天帝……ですか。”天”、つまり天候を上手く味方に付けて力を増す戦闘スタイルのようですね。

 

 その間にも迫る雨の砲弾。そこから最小の被害で済むルートを探し出す。

 

「【回連舞(かいれんま)】……!!」

 

 槍を振りかぶり、舞うようにして砲弾に叩きつける。続く砲弾も遠心力を伴った薙ぎ払いで弾き、別の砲弾をさらに一回転して振り上げるように進行を逸らした。そこから逆再生のように体を捻って一発、さらにもう人回転して一発。

 

 三回転の薙ぎ払いと逆の二回転薙ぎ。計五連の戦撃。それで雨の砲弾の雨を突破することができた。……この表現紛らわしいですね。

 

『ほう、これを突破できるか』

 

 突破できた私を見てお母様は面白そうな笑みを浮かべる。私では難しいと思っていたのでしょう。

 実際さっきまでの状態だったら無理でした。『氣装纏武(エンハンスメント)』があったからこそあの威力の攻撃を逸らすことができたのですし、そもそも他者の魔力を弾く性質のある『闘気がなければ羽は弾けても魔法の水は食らいます。闘気を使える私だから攻撃を逸らすことができましたが、他の人ならこの技は回避一択です。ちなみに回避できるとは言ってません。さっきの雷の鳥の攻撃と言い技が強すぎます……。

 

『ならもう一度。《羽天:驟水(しゅうすい)》』

 

 翼が振るわれ、雨の砲弾が再び襲来する。

 貴女はそれでも人の心があるんですか!?……あ、魔物でした。じゃあ仕方ないですね。ふぁっきゅー。

 

 さっきの砲弾のせいで痺れが残る手。槍を落とさないようにしっかりを握りしめる。

 ルートを見極め、もう一度【回連舞(かいれんま)】で攻撃を逸らしていく。余裕なんてない。ギリギリだ。

 

 5度の攻防を経てもう一度砲弾の雨を突破。こんな恐ろしい攻撃をしかけてくるお母様を睨み付ける。

 

『この鬼! 悪魔! 人でなし! お母様!』

 

 私が思い思いの罵倒を投げつけるとお母様はイラッとした雰囲気を見せた。

 

『我を見ていても良いのか?』

 

 その言葉と同時に背筋に冷たいものが走り、咄嗟に横回転(ロール)する。見れば私がさっきまでいた場所を多数の砲弾が高速で通り過ぎていく所だった。ゾッと冷や汗が流れる。あれが全部当たっていたら大怪我だったでしょう。少なくとももう戦闘は継続できません。

 

『我が羽は飛ばした後もある程度自由に動かせる。ならば《驟水《しゅうすい》》を自在に動かせるのも道理だろう?』

 

 そんな情報初めて知ったんですが?

 

 そんなことを考えている間にもさっきの砲弾が再び反転して襲いかかってくる。飛んでくるルートから急いで移動すれば、砲弾はずれもせずに私を狙ってきます。ホーミング機能付き!?

 なりふり構わず背を向けて飛行を開始する。

 

『大人げないですよ! もっと手心を加えて下さい!!』

 

『なに、いらないことを言う口にはお仕置きが必要だろう?』

 

『口だけじゃなくて全身ボコボコにされてしまいますけど!? さっきの根に持ってるんですか!? 器が小さいですよ!?』

 

『……そら、加速するぞ』

 

『いやぁ!?』

 

 文句を言ったらなぜか羽砲弾が加速しました。解せぬ。

『風靡』を使って嵐の力をスピードに変えて逃げ続ける。

 お母様から距離を開けすぎないように飛んでいるためトップスピードには届きません。砲弾の群れはジリジリと距離を詰めてくる。このまま避け続けてもじり貧です。

 

 ……上手く行くかわかりませんが賭けに出るしかありません。

 

 全ての砲弾の位置を確認。私が望む状況になるように私の飛行経路を調整していく。そして全てが一致したとき、――――私は羽砲弾に向けて突撃した。

 

『……なに?』

 

 まるで自爆特攻のように見えたでしょう。お母様も困惑している様子です。もちろん考えあってのこと。

 

 そして闘気をまとった槍を構えた私は先頭の砲弾に槍を振るうと――ヌルリと砲弾に押しのけられる様にして受け流した。砲弾を逸らすのではなく、私を逸らす。私の受け流しの技術のうちの一つです。

 

『……ほう』

 

 同じように全ての砲弾に押しのけられていく。

 今までやらなかったのは砲弾を弾くより、受け流す方が圧倒的に難しいから。頭が赤熱するような感覚に陥るほど私の集中力を酷使します。しかしこれは必要だった。

 

 まるで風に弄ばれる木の葉のように。釘の森を抜けるパチンコ玉のように。翻弄されているように見えることでしょう。しかし砲弾が襲い来る順番、私が押しのけられる角度、その全てが私の手の平の上。

 

 私は才能がない。特に戦いに関しては。どれだけ槍を振って訓練しても戦闘勘は育たなかった。どれだけ人と戦っても戦闘勘は育たなかった。

 

 だから私は直感に頼ること無く、全てを戦況を理論的に構築しなければならない。自分の動き、相手の動き、思考。全てを予測して勝利への道筋を描く。常に相手の初見の行動にも対処しつつ、それを情報として取り入れ適時調整しながら。

 

 それも今までの転生での膨大な経験から得られたトライアンドエラーの結果があってのもの。一手ごとにこれまでの経験を活かした”正解”を選び取って次の手を打つ。それが私の戦闘スタイル。どこまで行っても凡人である私が、時間という他者にないものを貪ってようやく手に入れた力。

 

 最後の砲弾に押しのけられる。全ての砲弾に触れ、遂に突破した。翼で空を叩きお母様に向けて加速する。

 

『凄まじ技術だが《驟水(しゅうすい)》はまだお前を追うぞ?』

 

『それは……どうでしょうね?』

 

『……なに?』

 

 背後で反転しようとした砲弾。その全てが力を失ったようにパシャリと弾け、形を崩した。当然私を追うことなどできるはずもなく。

 

『……どうやったんだ?』

 

『教えるわけないでしょう?』

 

『それもそうだな』

 

 ニヤリと笑ったお母様が三度翼を振るう。

 

 眼前に再出現した砲弾の雨。

 

『そら、もう一度今のを見せてみろ』

 

 それに私は翼を振るい、同じ数だけ闘気をまとった羽を打ち込むことで応えた。

 

『ふむ、苦し紛れか? その威力では《驟水(しゅうすい)》は破壊できんぞ? 諦めてさっきのを我にもう一度見せてみろ』

 

『その必要はありません』

 

『なに……? なんだと!?』

 

 私の返答に訝かしげな声を出したお母様は今度こそ驚愕の声を上げた。それはそうでしょう。だってお母様の砲弾は私の羽に触れるとさっきの水増しのように形を崩して用を為さなくなったのだから。

 偶然ではありません。砲弾と同じ数だけ打ち込まれた私の羽は全てが砲弾を崩壊させた。

 

 そしてお母様の眼前に崩れた水で築かれた即席の水のカーテンができあがる。お母様の視界が遮られたその一瞬、戦撃の光をまとって加速。

 

 空に槍と翼がぶつかったとは思えない硬質な金属音が響き渡る。

 

 防がれはしましたがもう一度近づくことができました。

 

 ここは射程圏内ですよ?

 

 驚いた表情を浮かべたままのお母様に向けて私は笑って見せた。




才ある者が経験と修練の果てに直感でベストの一手を指す棋士だとすれば、主人公は自分の中にある全ての手を想定、精査し一手をようやく出せるプログラムのようなものだと考えて頂ければ。
しかもそもそも最初は一手すら想定できず、時間をかけてゆっくりと手を見つけ出していくような欠陥プログラムですが。
転生で時間を得続けなければタダの弱者で終わっていたでしょう。時間を得たのが本人にとって幸福なことだったかはまた別の話ですが。


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第84羽 vs天帝 その3

お気に入りと評価ありがとうございます!



 

『再び一度この距離まで近づかれるとは思っていなかった。もう一度聞こう、さっきのはどうやった?』

 

『もう一度言います。教えるわけないでしょう?』

 

 言ってしまうと有効性がかなり薄れてしまいますから。

 

 闘気には自身の魔力に対する親和性と、他者の魔力を拒絶する性質があります。今回役立ったのはその拒絶する性質の方。

 お母様の使っていた羽の水砲弾に私の闘気を送り込みました。魔法の中に他者の魔力を拒絶する闘気を送り込めばどうなるか。その答えは先ほど見た通り。

 魔法の構成を切り崩し、内側から崩壊させたのです。最初は槍で受け流したときにそのまま。次は打ち込んだ羽に込められていた闘気で。

 

 槍での受け流しの時に構成を崩壊させるのに必要な闘気の量を割り出すことができました。次からはさっきのように羽に込めた闘気で水砲弾は砲壊させることができるでしょう。もっとも別の技だったり、水砲弾にしても大きく規模を変えられると砲壊させるのに必要な闘気の量が変わってしまいますが。

 やっていることを言ってしまえばばれる可能性がありますが、黙っていればさすがにわからないでしょう。

 

 羽水砲弾が有効ではないと思って貰うだけで十分、他の技も有効でないと警戒して貰えれば御の字。正体不明の見せ札としてしばらく機能してくれるでしょう。

 

『言う気はないか……。ならば無理矢理聞くとしよう』

 

『随分……過激ですねッ!!』

 

 つばぜり合いの様な状況から一転。不可思議な飛行方法をしながら振るわれる翼。まるで巨大な双剣のように左右から襲い来る翼を槍と足で捌きいていく。

 頭上から迫る翼を槍で後ろに滑らせるように受け流し、反対から迫った翼を闘気をまとった足で外に弾く。次いで下から掬い上げられた翼が見え闘気の出力を上げる。【回舞(かいまい)】で弾こうとして力負けを悟り、自分が反動で動くように調整して難を逃れた。

 

 力では負けている。速さでも負けている。

 でも、接近戦の技量では負けていない……!!

 

『……こうやってまともにぶつかるのも案外悪くないものだな。普段戦うときはまともに触れることもないからな』

 

 それはお母様ほど強ければ敵なんて、文字通り吹けば飛ぶように感じるのでしょうよ……!!

 

 嵐の様な攻撃を受け流しながらも、闘気を次々生成して『氣装纏鎧(エンスタフト)』と『氣装纏武(エンハンスメント)』に送り込む。現在の拮抗の生命線です。切らすわけにはいきません。受け流しに戦撃も使っているので闘気はゴリゴリ減っていきます。比例して生命力も。

 

 そんな中、お母様を観察していて一つのことに気づきました。

 

 それはお母様の羽が実に柔らかそうに風に揺らいでいることです……!!

 

 ……ふざけている訳ではありませんよ?

 私と打ち合っているときの翼の羽は風を受けても全く揺らいでいませんが、胴体の羽は動いています。翼の羽は私の槍と打ち合っても微動だにもしないけれど、胴体の羽は風にすら揺らぐ。つまり胴体は硬くなっていない可能性が高い。

 

 そこまではわかった。意表を突いて硬化している場所以外を攻撃することができればダメージを与えることができるでしょう。

 

 そうすればお母様に私だと認めさせることができるかも知れない……!!

 

『空の息吹』。

 このスキルのおかげで私が激しく動き回っても息切れすることなく、この戦いに着いていくことができている。

 常に肺に空気を送り、無尽蔵のスタミナをもたらす鳥の魔物の能力。戦いの合間に呼吸を挟む事なく常に全力で動き回れる、人間には獲得不可能な強力なスキル。

 

 そこまで考えたところで吐息に熱が籠もる。

 

 そう、熱だ。熱が邪魔をする。スタミナだけで考えると全力を出し続ける事のできる破格なスキルだが、鳥は汗をほとんどかかないため全力を出し続けると体が冷却できず、どうしても熱が溜まっていく。

 生き物が動くためには熱は必要だ。激しい運動の前に体を温めるとパフォーマンスが向上するように熱は必要なものだ。しかし過ぎたるは及ばざるがごとし。

 溜まりすぎた熱は体の動きを鈍らせ、重しとなる。

 

氣装纏鎧(エンスタフト)』を使えるようになったことで能力が引き上げられ、普段以上の力で戦う事ができるようになりました。しかしその分体の熱は多く溜まるということです。無視して動くことはできますが、咄嗟の動きに差が出てしまう。

 

 あと一歩の所で攻撃に踏み切れない。お母様の攻撃を捌く為の動きに遅れが出てきた。ヒヤリとする場面も増えている。この熱がなければもっと動き続けられるのに……!!

 

『どうした? 動きが鈍くなっているぞ』

 

「くッ!?」

 

 コマの様に回転して高速で打ち付けられた翼を受け損なってしまった。体が後ろに押し流される。マズい、距離が開く。

 私の隙を逃さず羽を放ってくるお母様。魔力の籠もっていない通常の羽。私の闘気にかき消されることを警戒したのでしょう。

 

 また接近するのは大変です。距離を取られすぎないように羽を捌いていくものの。

 

「数が多い……!!」

 

 このまま負傷覚悟で前進するか、一旦後退するか。数十を打ち落とした所で決断を下した。負傷はソウルボードに設定した『吸血鬼』の能力で回復可能でしょう。

 

 しかし私は下がることを選んだ。

 このまま突っ込んでも有効打を決めることができる確率は低いから。さっき攻撃に踏み切れなかったのに羽を抜けて消耗した所でできるとは思えません。今は無理な消耗を避けるべきでしょう。一旦距離を取って熱の冷却を試みます。

 

 それに魔法をまとった羽を使わなかったので、しばらくは羽での強力な遠距離攻撃はないでしょう。ただの羽での攻撃なら距離を取っても凌ぐことはできます。

 

 ……そう思っていた時期が私にもありました。

 

『お前の厄介なさっきのに、これは消せるか? 《羽天》――――』

 

「!? ……どこを狙っているんですか?」

 

 お母様が上に向けて翼を振るう。予想を裏切られて発射された魔法をまとった羽。しかし放たれた羽はそのまま雲に飲み込まれて消えていった。まるでそれは私を狙っていないように見えました。

 それでもお母様が無意味なことをするとは思えません。何をしているのか訝しみつつも、迅速に対応できるように身構えることは忘れない。

 その数秒後現れたその光景に目を見張った。

 

「はい……?」

 

『―――《墜星(らくよう)》』

 

 嵐の中、雲を切り裂いて燃えさかる岩が招来する。一つだけではない。二つ、三つと増えていき、数え切れないほどになった。

 空から降る燃える岩の群れ、すなわち流星群。普通は燃え尽きるのを眺めるだけの美しい景色のはずのそれは、しかし迫り来れば大災害だ。

 

『天気を操るんじゃなかったんですか!?』

 

『ふむ、今日の天気は雨時々――――星だ』

 

『天気に流星群があってたまりますか!?』

 

『――――我故に天在りて、天すなわち我なり。 天気は”天”たる我が決める。お前ではない』

 

 それよりもと、災害を降り注がせたお母様は蘭々と輝かせた目を私に向けて問いかけた。

 

『これにはどう対応する?』

 

 その前に雲の切れ間から入ってくる太陽光が痛いんですけど!?

 




評価が5件以上になったので評価バーに色がつきました。心なしかいつもよりお気に入り登録してくれる人が多いかも?ありがとうございます!


・補足
普段魔法を壊さないのは普通に弾いた方が簡単だからです。魔法に闘気を送り込むより消費も少ないですし。

ちなみに他者に闘気を送り込むと、対象の生命力に闘気が中和され相手が元気になります。利敵行為ですね。死にかけなら中和されずに魔法が使いにくくなりますが倒すなら殴った方が早いです。捕縛に使えるかな?まああんまり使わんですね。


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第85羽 vs天帝 その4 

すみません。とある理由でサボってました。
お詫びと言ってはなんですが、もう一つ出します。一時間後の予定です。
それではご照覧あれ。


 

 この際太陽光は無視します。

 隕石が落ちた場所の雲が消えて差し込んだ光です。光の量は少なく、雲の穴は蠢くようにしてすぐに塞がれる。お母様の力の影響でしょう。

 日が当たった場所がヒリヒリと痛みますがかなりひど目の日焼けみたいなもの。これくらい我慢です!!

 

 それよりも降りそそぐ隕石の対処をしなければ……!!

 

 残念なことに私の闘気では隕石は消せません。厳密には魔法としての効果は消せますが、熱々の岩が飛来する速度そのまま残ってしまいます。

 つまり小細工なしで避けるか破壊しなければ、隕石によって地面に挟まれササミサンドができあがるわけです。もちろん私は嫌です。

 

 ササミサンドにならない為にも翼をたわませ、空気を思いっきり叩く。あっという間に眼前まで迫ったいた最初の隕石。それを得られた推進力で急加速して回避した。

 次の隕石に目を向けつつ今避けた隕石の軌道について考えを巡らせる。

 今の……いやらしくジリジリと追尾(ホーミング)してきました。

 

 どうやらこれもお母様の羽の影響か軌道を変化できるようですね。避けた隕石は反転できずそのまま落ちて行って地面で巨大土煙を上げていたので水羽砲弾ほどの追尾性はないようですが安心はできません。まだまだ空には雨の如く存在しているのですから……!!

 

 微妙に軌道を変更しつつ迫り来る数多の隕石群の中を、熱気を帯びた体で全速力で飛翔する。

氣装纏鎧(エンスタフト)』はフル稼働。強化なくしては高速で飛来するこの隕石は回避できません。『風靡』、『強風の力』の力も使い飛行の挙動をもっとアクロバティックに。ソウルボードにセットした『吸血鬼』の能力、『空間把握』も補助に回して、私が抜けられる道なき道を見つけ出す。

 

 それだけやっても隕石群をかいくぐるので精一杯。まるで水羽砲弾の時の焼き増しの様にお母様に近づくことができない……!!

 

 呼気から熱を引きずって縦横無尽に大空を飛び回る。

 頬は紅くなり体から湯気が登っている。魔物の体だからこそまだ動けていますが、人の身だったらもう倒れているであろう熱量。魔物の体に感謝ですね。

 

 熱のせいか、状況のせいか、その両方か時間が引きのばされた様に感じる。左右から同時に飛来した隕石を、急制動を掛けることでフェイントし衝突させて、できたその隙間に体をねじ込むことで突破。速度の低下で前進を断念。一旦軌道を左右に振って回避に努める。

 

 足りない……!!全然ダメです……!!

 お母様の足下にも及んでいない。私は強くないといけないのに……!!

 

 お母様に本物の娘だと認めて貰わないといけないのに……!!

 私のことを強いと言ってくれたフレイさんの言葉に恥じないような姿でないといけないのに……!!

 アモーレちゃんの手を引いて飛び出せるような覚悟を持ってないといけないのに……!!

 

 朦朧とした意識のせいか定まらない思考がつらつらとあふれ出す。

 

 だからでしょうか。夢見心地な思考の中、半ば自動的に判断を下していた進行経路を選択ミスしてしまったのは。

 

「あ……」

 

 気づいた時には既に回避は不可能だった。

 あと二回ほど使える多重陣魔術は悠長に準備している時間なんてない。通常の魔術では焼け石に水。

 戦撃も今から発動が間に合うものではしのぎ切れない。

 

 これをまともに食らっても吸血鬼の『高速再生』で立て直せるだろうか。時間が引き延ばされゆっくりとした全てがスローに見える中、様々な可能性を思い浮かべて行くも必ず行き止まりにたどり着く。

 

 詰んだ。そう思った時、さっきのお母様の言葉がフラッシュバックする。

 

 ―――そのまま逃げ続けるのか?

 

 その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、体とは正反対に冷え切っていた思考に熱が宿る。また、私は諦めるところでした。

 

 アモーレちゃんを連れ出せない自分の弱さが嫌だったのに。フレイさんに誇れない自分が嫌だったのに。まだお母様に認めて貰っていないのに。

 

 また、諦めるところだった。

 

 私はまだ生きている。なら―――諦めるには早すぎる。諦めるのは死んでからでも遅くはない。

 

 空を全て吸い込むほどの勢いで口を開く。生み出した闘気と熱で空間が歪んで見える。

 

 体の中心が赤熱するような感覚を覚えた。熱が邪魔をする。

 

 だから……なに……? 動けッ!! 私の体……!! こんなところで立ち止まる訳にはいかないんですよ……!!

 

 熱に浮かされたような感覚の中気づけば私は鳥の姿に戻っていた。なぜそうしたのかはわからない。ただ、わかるのはこれが必要な事だということ。

 

 体の中心が赤熱する。熱くて熱くてしょうがない。だからその熱を――――解き放った。

 

『【崩鬼星(ほうきぼし)】!!!!!!!』

 

 鬼気をまとった大彗星の一撃が眼前の隕石を悉く打ち砕き、無に帰していく。

 今までの私ではなしえなかった威力。その威力に驚きながらもどこか冷静に観察している自分がいた。

 不思議と熱にうなされるような感覚はもうない。

 

『お前、戦闘中に進化したのか……!!まさか踏破越到(リープオーバー)できるほどだとは……!!』

 

『進化? リープオーバー?』

 

 お母様の言っていることは良くわかりませんでしたけど、自分の体を見下ろせばいつの間にか進化をしていたことはわかりました。

 蒼い色はそのまま、体はまた少しだけ大きくなっているようです。

 なんと言っても特徴的なのは私の肩辺りから後ろに向けて伸びている二つの何か。これは……どうやら体内の余剰な熱を排出しているようですね。見た目はまるでバイクのマフラーのよう。

 私の熱が邪魔だという思いからこんな物ができてしまったのでしょうか。飛ぶとき邪魔そうなのですが……。体はかなり楽になりましたが。

 

 そして変化は外見だけではありません。体の中心にある赤熱するような感覚、それが残っています。悪いものではなく、逆に私の助けになってくれそうなものです。まるで炉心のように闘気の生成をサポートしてくれています。

 これまでの人生のどれでも感じたことがないほど素早く、多く、質の良い闘気を作り出せる。闘気を作ることに特化した臓器のようなもの。それが私の体の中に新しく生まれていた。

 

 次の手を打つために人化をすればこちらにも変化が。

 少しだけ体が大きくなっていたこととそれ以外の変化は一つだけ。

 

 首に羽毛のマフラーがくるりと巻かれたていたこと。

 かなり長めのマフラーで首で幾重にも巻かれた後、両端が背中側の腰辺りまで伸びて風にたなびいている。中が空洞になっていてそこを熱が通っていく感覚があります。

 

 どういう原理かはわかりませんがこれが鳥の姿の時に肩辺りから出ていた排熱機構なのでしょう。このマフラー、取り外し可能なのにどうやって体内から排熱しているのでしょうか……。

 

 自分にさえわからない不可解なことは一旦置いておけば、体調はびっくりするほど快適です。

 色々と楽になりすぎて、逆に今までが酷くキツい枷を着けられていたように感じます。

 これがリープオーバーなのでしょうか?

 良くわかりませんがわかるのは――――これなら行けそうだということだけ。

 

 一瞬の自己確認を終え、【崩鬼星(ほうきぼし)】で消せなかった迫り来る隕石群に手札を切ることに決めた。

 

 



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第86羽 踏破越到

本日2話目。


 

 『握撃』を発動して左手を握りしめる。

 

「《黄陣:誘岐連(ゆうきれん)》+《紫陣:連星《れんせい》》」

 

 魔力に引き寄せられて分岐する雷の魔術陣を《連星》で引き絞り五重展開。一つに集まり電光迸る巨大な魔術陣が形成される。

 

「《黄雷陣:樹雷殿(じゅらいでん)》!!」

 

 巨大な魔術陣からその大きさに違わぬサイズの雷撃が放たれる。そして放たれた雷撃は隕石の魔力を感知すると太い幹から枝葉を伸ばすように次々と分岐して飲み込んでいった。傍から見れば黄金の大樹が突如空中に現れた様に見えることでしょう。目に見える範囲の隕石は全て消え去った。

 

 さっきまではこの後が続かなかったので切れなかった、二度しか使えない手札です。ですが今ならきっと手が届く。そうすればお母様だってきっと私を娘だと認めてくれるはず……!!

 

『…………』

 

 枝葉を伸ばした雷の余波はお母様に直撃する前に羽に弾かれて消えてしまいました。全く効いていないですね。しかし隕石は既になく、道は開けました。

 

 砂嵐になってしまった空をお母様に向けてひた走る。

 崩れた隕石と地面に落下して巻き上げられた土煙の影響でしょう。環境破壊も甚だしいですね。これが終わったらお母様に掃除して貰いましょう。

 そんなことを考えていたバチが当たったのでしょうか。お母様がふとこんなことを呟いた。

 

『おっと、特大のを引き寄せてしまったようだな』

 

「はい……????」

 

 上空の雲を吹き飛ばし、現れたのは直径100メートルはありそうな巨大な隕石。それがお母様の横を通り抜けてこちらに迫ってきた。

 さすがに大きすぎます。これ、避けるのは無理では? あと日光が痛いです。

 

 大きさ故にゆっくり迫っているように見えてしまうのですが速度は他のと同じです。しかもしっかり追尾(ホーミング)してきています。

 

 それに避けてしまえばこの大きさだと地面に着弾したとき、遠めだとはいえさっきの街にも影響が出るでしょう。それも少なくない影響が。助ける義理はありませんが、また助けない理由もありません、

 

 なら選択肢は一つ。――――破壊する……!!

 

『空の息吹』を強く意識して息を吸い、進化して新たに胸の中心にできた炉心をフル稼働させると、今までにないほどの莫大な闘気が信じられないほどのスピードで生み出されていく。

 構えを取る。排熱機構のおかげで余剰な熱のない体に力を込め、『氣装纏鎧(エンスタフト)』の強度を限界まで高め、『氣装纏武(エンハンスメント)』の為槍に闘気を送り込んでいく。

 

 準備完了。

 槍に戦撃の光が灯る。

 

「【告死矛槍(こくしむそう)】……!!」

 

 突きと共に槍に押し込められていた闘気が溢れ巨大な蒼の槍となって隕石に襲いかかった。

 

 闘気はエネルギーなのでパワーはあっても硬さはありません。ですが進化によってそれにも変化が現れたようで物理的な硬さを得ることができました。

 

 体にまとった闘気はタダの強化からまさに鎧となり他からの物理的干渉をはね除け、槍に宿った闘気はエネルギーの奔流から本物の槍の様に硬さを得た。その新たな力を以て隕石を破壊していく。

 

 三連突きで隕石に三つのクレーターを作り上げ、薙ぎ、逆薙ぎ、回転薙ぎで迫る勢いを完全に殺した。カチ上げで縦に罅が入り、横からの叩きつけで十字の亀裂が刻まれる。

 

「はあァァァァァッ!!」

 

 両手で握りしめた槍の一突きで亀裂を深め、体を捻って得たバネの力で片手の突きを叩き込めば隕石の中から蒼の光が溢れ爆散した。その勢いのまま崩れる隕石の中を突破。硬さを得た闘気のおかげで石片が当たっても痛痒にも感じません。

 

 崩れた隕石も勢いは完全に消滅。自由落下していく。街にはほぼ影響は出ないでしょう。

 

 落ちる隕石を横目にお母様に全速力で接近する。

 

『あのサイズを破壊できるか……!!ならばこれはどうだ?』

 

「……!!砂が……!!」

 

 流星群が落ちた衝撃により巻き上げられた砂埃。

 空中で私が砕いた無数の隕石の欠片、そして巨大隕石そのものが崩れ、砂と化して巻き上げられる。

 全ての空中に漂う砂礫がお母様を中心に渦巻いていく。

 

 ……地上に隕石が落下した場合、大なり小なり衝撃で砂埃が巻き上がられる事になります。時には年単位で空に残り続け、地上に影を落とすことも。そんなことになれば環境に悪影響が現れます。そうならないためにもこの戦いが終わった後は後始末してもらうつもりでしたが必要なさそうですね。全く嬉しくないですが。

 

『天候は砂嵐。行くぞ?』

 

 荒れていただけの砂嵐が明確な意志を見せた。雲に覆われ土気色に染まっていた世界が再び灰色を取り戻す。

 巻き上げられた砂塵が天高く振り上げられたお母様の翼を中心にして集まっていく。

 

『《羽天:砂削刳《ささぐり》》』

 

 振り下ろされた翼から羽が打ち出される。もちろんタダの羽ではない。砂嵐がたっぷりと凝縮され、羽を中心に螺旋を描く天然ドリルのおまけ付きです。

 

『これは避けられんぞ?』

 

 その声を聞いてすぐに最後の多重陣魔術を使うことを決めた。きっと水羽砲弾のように変態軌道で追従してくるのでしょう。避けられないなら破壊するしかない。さっきの隕石で私の羽魔法が簡単に壊せないこともなんとなくわかっているはず。

 これを突破してもう一度接近する……!!

 この土羽ドリルはさっきまでの隕石すら飲み込んだ巨大な砂嵐を凝縮した攻撃。ならもっと火力がいる。それは――――

 

「私のオリジナルの戦撃……!!」

 

 戦撃。それは世界のシステムに記録された技を自らの体にトレースして行使する攻撃。引き出せるのはもちろん記録されている技のみ。極論、戦撃を使える者は全員がその技を参照することが出来る。そしてそれ以外の戦撃など存在しない。

 

 例外を除いて(・・・・・・)

 

 とある方法で世界のシステムに認めさせることによってのみ、オリジナルの戦撃を作り出すことができる。

 そもそも方法を知るものなど露程も居らず、知ったところでその難易度は途方もなく高く。

 

 その道の達人が一つの技にのみ全てを捧げ、神がかった状態でようやく一筋の可能性が見えるそれほどの難しさ。

 今から使うのはそのオリジナルの戦撃の一つ(・・)

 

 槍を掲げ、穂先の真下を左手で握りしめる。

 

「《緑陣:付加(ふか)》+《紫陣:連星》」

 

 そこに右手を握り込み、槍の最後端まで手を滑らせていく。

 

「……《緑嵐陣:呼応《こおう》》」

 

 重なった五つの緑陣から風が漏れ出す大きな魔術陣が形成され、槍に荒れ狂う嵐の力が宿る。

 そしてその嵐の力を増幅するように掲げた槍を頭上で回転させていく。

 

『これは……風を集めているのか……?』

 

 やがて回転する槍は渦巻く風を作り出し、サイクロンに成長した。槍を回転させつつ片手で背後に移動、ストロボ効果でゆっくり逆回転して見えるそれが『氣装纏武(エンハンスメント)』の効果で込められていた闘気を解放し巨大化した。

 

 膨大な闘気の量にギシギシと不穏な悲鳴を上げる槍。「保ってくださいよ……!!」と祈りつつ、闘気の性質である自身の魔力との親和性を利用して渦巻く嵐を巻き込み、蒼の槍を嵐そのものにしていく。

 

「とどけ……!!」

 

 マフラーをたなびかせ、背後のサイクロンを伴って前に飛び出す。

 

 オリジナルの戦撃は難易度に相応しく消費は莫大。しかし威力は――――絶大。

 

 迫る砂羽ドリルに、負けじと回転する蒼の巨槍。遠心力のエネルギーを余すことなく喰らい尽くした嵐を全力で突きだした。

 

「【嵐統槍(ランスロット)】!!!」

 

 槍の形として統べられた嵐が空を疾駆する。どこまでも征ける風の性質を得たそれは蒼の空を荒ぶり伸び続け、《砂削刳(ささぐり)》との距離がゼロになった瞬間。

 

 ――――世界が膨張した。

 

 そう感じるほどの衝撃が駆け巡る。進化して今までとは比べ物にならない力を手に入れた今でも、天帝との純粋なスペックでの差は歴然。

 

 しかし前世で培った力の結晶は確かにその力を見せつけていた。

 進む先にある全てを削り尽くそうとする砂嵐を、逆に削り喰らい吹き散らしていたのだ。反動で後ろに吹き飛ばされそうになる体を羽ばたき続ける事で意地でも押さえつける。

 むしろさらに一歩押し込む。

 

 戦う理由はわからないけど、負けられない事だけはわかるから……!! ここで勝って帰るんです!!

 

「負けない……!!」

 

 さらに一歩踏み込めば明らかにお母様の技を押し込んだ。

 

『我が力を打ち破るか……!!』

 

 遂に砂嵐が瓦解する。弱者の努力は強者の一撃を打ち砕いたのだ。

 そして先の衝突でその勢いの大半を失いボロボロに消耗した一撃は進み続け――――そのまま天帝の胸に傷を刻み込んだ。ジワリと純白の羽毛が朱に染まる。

 

 ここに至って天帝は歓喜した。なにせ絶対に届かないと思っていた刃が自らを傷つけたのだから。その成長を見せつけたのだから。

 魔物としての本能をむき出しにして嗤えば世界に更なる風が吹きすさぶ。もう人など軽く吹き飛ぶほどの大災害。

 

『流石だ……!!さあ……もっと――――』

 

 しかしその風は突如としてその風がまるで存在してもいなかったかのようにピタリと止む。

 

『どうした。なぜお前が――――泣いているんだ』

 

 それは天帝には衝撃だった。なにせ今までに一度として傷を付けた側が泣くような事などなかったから。それに――――

 

「私が……力を求めたのは守るためです。傷つけるためじゃないんです……!!例えそれが独りよがりなものであろうと……!!私は大切な人を傷つけたくない……!!」

 

 ――――相手は最愛の娘なのだから。

 

 気づけば天帝は、瞳を涙に染めそれでも戦う覚悟の消えていない娘を抱きしめるように翼で包み込んでいた。

 

『もう良い』

 

「え……?」

 

『済まない。お前がそこまで嫌がるとは思ってもいなかった。悪かった。我が娘、メルシュナーダよ』

 

「お母様、私だと認めてくれるんですか……?」

 

『当たり前だ』

 

 ここまで聞いてようやくメルは腕に込めていた力を抜いた。

 戦いたくなかろうと必要とあれば戦う。今までそうしてきたのだから。そうすることしか知らないから。そうでなければ守れなかったから。そうであっても守れなかったから。

 

 天帝は確かめるように胸にすがりつく我が子を抱きしめる。

 

『……実はお前が人化を解除した時点で気づいていたんだ。死んだと思っていたお前が現れたときは最初は夢だと思ったよ』

 

「なんですかそれ……。それならなんで戦ったんですか」

 

『夢だと思ったと言っただろう? 夢ならば最後くらい娘の力を見てみたいと思ったのだ。なに、すぐに現実だとわかったが今度は興が乗ってな。お前の力を試したくなったのだ』

 

「私はお母様に私だと認めて貰えてないと思っていたのに……」

 

 胸の羽毛に頭を埋めたまま、拗ねたようにそう言う娘に思わず眉根を下げる。

 

『お前には合わなかったようだな。悪かった、許してくれ』

 

「……ホントに悪いと思ってますか?」

 

『ああ、思ってるさ』

 

「ならもうしないで下さいね。それで、許します」

 

『約束しよう。よく戻って来てくれた。一度しか言わんから良く聞けよ?――――愛してる』

 

「私もです」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 光の差さない暗い部屋に影が二つ。

 

「それで首尾は?」

 

「ええ、丁度留守な上に止んだようですよ教祖様。――――囲っていた風がね」

 



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第87羽 ちいさくなる

お久しぶりです。いつもご愛読ありがとうございます。


 

「あ……」

 

 もう戦う必要がなくなった。そう認識し、安堵すると同時に空の上で私の体がグラリと傾いた。

 

『おっと』

 

 体から力が抜け、あわや自由落下かと肝が冷えたところでお母様の翼に受け止められた。危なかったです……。

 

「ありがとうございます、お母様。なんだか急に力が抜けてしまって」

 

 感謝の言葉を伝えてお母様の翼の上でクタリと脱力する。体が重いし眠いです。

 

『それはそうだろう。普通は進化するタイミングで睡眠を取ることで体力の消耗を軽減させ、同時に回復もするのだ。それをお前は戦闘中に眠らずに進化、「踏破越到(リープオーバー)」したのだから疲れていて当然だ』

 

「リープオーバーって一体何なのですか?」

 

『眠らずに戦闘中に進化することを「踏破越到(リープオーバー)」と言う。様々な条件下でようやく起こりうるごく稀な進化だ。普通はできん』

 

「そう……なんですね……」

 

 お母様の声を聞きながらも船を漕ぐように頭が揺れる。まぶたにネオジム磁石でも入っているのかも知れません。それともメリィさんが悪戯でもしに来たのでしょうか。それなら捕まえないと……。

 

『限界のようだな。その話は今度しよう。ほら』

 

「あう……」

 

 私の様子に苦笑したお母様が私を背中に乗せた。

 

『帰るぞ。さっきお前の様子に驚いて巣の周辺に置いてきた風の結界を解いてしまったからな。急がなくては。お前はそこで眠っていろ』

 

「わかりました……」

 

 ぼやけた思考で何となくお母様の言葉を理解すると槍をしまって人化を解除する。体を丸めればふかふかで最高の羽毛布団がそこに。

 

『我を布団扱いか。起きたら覚えておけよ?』

 

『ふぁい……』

 

 その会話を最後に私の意識はゆっくりと溶けていった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「――――小さくなぁれ♪」

 

 

 

 

 

『あいたっ!?』

 

 暖かで心地よい眠りが突然の浮遊感と直後の衝撃に破られた。いてて……、なんで私はここにいるんでしたっけ?

 

 翼で目元を擦りつつ寝ぼけまなこで周りを見渡せば、巨大な枝に生い茂る緑の葉。周りのほぼ全てが見渡せるほどの高さ。足下は重厚な木の幹が。

 どうやら私達の巣がある巨大な木の上、その枝の一つにいるのがわかった。

 

 直前の記憶がジワジワと思いされてくる。確か南の大陸に帰ってきて、家のある森を探していたところでお母様と再会。良くわからない理由で戦闘して……。

 

 思い出しました。あまりに眠すぎてお母様の羽毛を布団扱いしてしまったのでした。仕方ないではないですか。あまりに極上のふかふかで暖かいんですよ?

 

『お母様? 布団扱いしてしまったからと言って振り落とすなんて酷いですよ?……お母様?』

 

 念話で呼びかけても返事がない。特定の誰かにピンポイントで言葉を送っている訳でもなく、広範囲に語りかけているので遠くにいない限り声は届くはず。それに遠くから見てもすぐわかるお母様の大きな体が見当たりません。

 

 う~ん、飛んでいる最中にお母様が誤って落としてしまったのでしょうか。考えていても仕方ありません。巣があるのはもっと上のはずなので飛んで行ってみましょうか。

 未だ重い体を起こし、飛び立とうと脚と翼に力を込めた途端。

 

『な、なんだこれは!?』

 

 驚愕したような念話が聞こえてきた。見れば私を同じくらいの大きさの純白の翼を持つ鳥の魔物が慌てふためいていました。

 念話が聞こえてくるまで全く気がつきませんでした。お母様の大きな姿を探すために視線が上向きだったとはいえ気づかないとはかなり疲れていますね……。

 それにしてもどなたでしょうか?純白の鳥の魔物……。う~ん、弟妹にはこんな子はいなかったはずですが……。

 

『もしもし?どうかされたのですか?』

 

 とりあえず話を聞いてみようと声をかけると、翼で肩辺りをガバッと掴まれた。……どうやってるんですかそれ?まるで指みたいに……。

 

『これはどう言う事だ!!なにがどうなっているかわかるか!?』

 

 狂乱してまくし立てる彼女の言っていることは全く理解できません。それにまるで知り合いみたいな雰囲気です。

 

『よくわからないのですが、えっと、どなたですか?』

 

 そう答えると彼女の表情がポカンとしたと思ったらみるみる怒りの色に染まっていく。あれ? なにか失敗しました?

 

『お、お前の母だ!! バカ娘が!!』

 

『ああ、お母様なのですね。その態度も納得……ん?』

 

 お母様……?お母様とはお母様のことでしょうか。 それともお母様? つまりお母様? それはなんてお母様?

 

 数秒の後、空回りする脳みそでようやく意味を理解した私は驚愕に目を見張った。

 

『え……ええ!?う、嘘でしょう!? 本当にお母様なのですか!?』

 

『だからそう言っているだろうが!』

 

 その後事実関係を確認するために話してみると確かにお母様でした。あの尊大な態度は他人にはそう真似できません。わかりやすいですね。

 

『何を考えている』

 

『あ、あはは。なんでもないですよ?』

 

 態度はそのままに小さくなったお母様は不機嫌そうにこちらをジロリと睨んだ。勘が鋭いですね……。

 

『……我はお前が人化を解いたらすぐにわかったというのに、お前は我が小さくなった程度でわからなくなるんだな』

 

『うえ!? ご、ごめんなさい』

 

 思わぬところに飛び火しちゃいました。私が気づけなかったのが結構ショックだったのでしょうか?

 

『全くお前と来たら……。蛇の時は止めろと言ったのに勝手に行く。探そうにも探知の範囲から出る。帰ってくるどころか南の大陸全部回っても範囲に入らない。挙句には珍妙な能力で死んだと誤解させる。そして我に気づかない。お前は馬鹿だ。バカ娘め!!』

 

 ――――カッチーン。

 

『あ、謝ったじゃないですか! そこまで言うことないでしょう!? お母様だって私が人化してるときは私だってわかってなかったし、その後馬鹿みたいな理由で戦いをしかけてきたくせに!! 姿に引っ張られて態度まで小さくなってるんじゃないですか!?』

 

『なんだと!?』

 

『なんですか!?』

 

 お母様のあんまりな言い様に額を押しつけて睨み付ける。気づけば体が勝手に翼を広げて威嚇していた。お母様も同じようにしています。

 

 私だって疲れていますが、小さくなったお母様くらいけちょんけちょんにしてやりますよ!!

 

 押し返される額を負けじと力を込めて拮抗させる。単なる意地の張り合いですが……負けない!!

 

『……おや?』

 

 額押し相撲でお母様とバトッていると上空からヒュウと何かが落ちてくる音が聞こえた。それは木屑を巻き上げて私とお母様の目の前に着地すると手に持っていた何かを側に放り捨てて口を開いた。

 

「くひゃひゃ、こりゃあ良い。天帝が戻ってきた時はどうしたものかと思ったが、なかなかどうして使えるじゃねえか。なあ、人間?」

 

「教祖様ぁ~。こんなのとブッキングするなんて聞いてないですよぉ」

 

 それはこちらを見下すように嗤う男体のコアイマと、身の丈以上の大槌を担いだ女の子だった。

 そしてそれを見た私達の心は同じでした。すなわち――――

 

『邪魔ですねこいつら』『邪魔だなこいつら』と。

 



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第88羽 ブッキングの二人

 

 紫の肌に縦に裂けた瞳孔。そして耳があるはずの場所に生えた角。コアイマの男が小さくなったお母様を見て嗤っている。

 

「さすがに俺といえど天帝相手に一人じゃ分が悪い。出直そうかと思ったが、面白い拾いもんをした。なあ人間?こうなっちまえば俺でも勝てそうだ。天帝を俺が殺せば邪魔が居なくなる上に、仲間内での評価も上がる。まさに一石二鳥ってわけだ」

 

 へぇ……。コアイマの言葉に思わず目が細まる。

 

『空気を読め下郎。今お前に裂く無駄な時間はない』

 

「おいおいおい天帝様ぁ。こいつの力で小さくなったお前は弱くなってるはずだ。側には弱そうなガキが一匹。この状況で威勢が良いってのは、空をどうこうする天帝のくせしてお前の方が空気読めてないんじゃねェか?くひゃひゃひゃ」

 

 顔を手で覆い、空を仰いで下品な笑い声を上げるコアイマ。非常に不快ですね……。

 

『貴様の声を聞くだけで気分が悪くなる。――――疾く消え失せろ』

 

 翼を振るい羽を飛ばしたお母様。

 顔めがけて飛んだそれは先ほどの威力はなく、確かに弱体化していることを窺わせる。

 

「こんなの効きや――――」

 

 羽を腕で払いのけるコアイマ。油断したうえ意識が羽に向いており注意が穴だらけです。その隙に一息で足下に潜り込み足払いをかけた。

 

「あ?」

 

 突然傾いた体、未だ状況がわかっていない様子。前のめりに倒れ込んできたコアイマの鳩尾を蹴り上げ体を宙に浮かす。

 

「ぐっ!? テメェ――――」

 

『《羽天:霹靂(へきれき)》』

 

 私の蹴りにコアイマは怯みながらも拳を振り上げた。しかし出来たのはそこまで。お母様が放った雷羽が顔面に突き刺さり行動を停止させる。その隙に準備を完了させていた私は右足に光を灯した。

 

『現在立て込んでいますので消えてください――――【貪刻(どんこく)】』

 

 腹部に刻まれた蹴りの威力で衝撃波をまき散らしながらコアイマは吹き飛び落ちていった。

 

「え……、つよ……」

 

 その様子を呆然と眺める女の子。この二人何しに来たんでしょうか。

 

『チッ、威力が出んな。やはり弱まっているか』

 

『そうなんですか? 最初のはともかくさっきの雷の羽、私に打ったのと同じくらいの威力でしたよ』

 

『お前の時は加減していたからな。だが今のはかなり本気で打った』

 

 ……手加減して貰ったのを喜べば良いのか、されたのを悔しがれば良いのか微妙なところですね。それとも弱体化してもこれほど強いのを喜べば良いのでしょうか?

 

『おいそこの小娘』

 

「ひゃい!?」

 

 お母様の声にビクリと反応した女の子。ピンクの髪を小さなお皿のようなものでツインテールにまとめてある。目鼻立ちは整っておりかわいらしい顔立ちだ。

 

『我をこんな姿にしたのは貴様だな?何者にも揺るがされることのない我に影響を与えるとは、かなり珍妙な能力の用だな。面白い。即刻元に戻せ。今ならペットにするだけで許してやろう』

 

「え、えっと……」

 

『それとも――――ここで死んでおくか?』

 

「はい!!戻させていただきますぅ!!」

 

 お母様からの圧にピシリと敬礼する女の子。ビクビクしながら一歩を踏み出そうとしたとき。

 

「――――待てや」

 

 制止の声と共に女の子の背後、その足下に現れた手に木がミシリと握りしめられる。そのまま体を引き上げるようにして現れたのは先ほどのコアイマだった。

 

「よくもやってくれたな、くそ野郎共」

 

『チッ……しぶといな』

 

「ああ!!ピンピンしてるぜ。嬉しいだろ!?」

 

 見たところほぼ無傷。もしかしたら前の女性のコアイマより強いかも知れません。

 

「い、生きてて良かった……!!いや、やっぱり良くない……?」

 

「なんだテメェ、文句があるのか? ア゛ァ゛ン゛!?」

 

「いえ、全くないですぅ!!」

 

「人類であるテメェを殺さず生かしてやってんのは目的が同じだからだ。じゃなきゃすぐに殺してる。俺の慈悲深さに感謝しろや」

 

「はぃい!!寛大なお心に感謝しますぅ!!」

 

 コアイマの恫喝に笑顔の仮面を貼り付けて、シクシクと涙を滂沱の如く流している。本当に何しに来たんですかこの子。

 

「……ところで天帝を小さくしたので頼まれたことはこなしたじゃないですかぁ。あとはお任せするので帰っても良いですか?」

 

「……お前が帰ったらあいつはどうなるんだ?」

 

「……遠隔で能力を使ったので距離が離れると元に戻りますよぅ」

 

「ダメに決まってンだろ。勝手に帰ったら殺すぞ」

 

「ですよねぇ、あはは……。はあ……」

 

 女の子はコアイマのあまりの形相に顔を背けてガクリと項垂れた。

 

「こうなったらヤケですよぉ!これもお仕事です!!例え着いてきた護衛が気づけばいなくなっていようと、コアイマには捕まろうと……!!」

 

「次コアイマっつったら殺す」

 

「ひい!?ごめんなさい!?」

 

「……そうだなぁ、折角だし自己紹介でもしとくかぁ?」

 

 女の子の言葉に突然キレたコアイマはその後思案するように顎に手を当てるとそう言った。

 

「俺はドゥーク。お前らを殺すもんだ」

 

「わ、私はリブですぅ。お仕事しに来ました……」

 



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第89羽 迎撃戦

お久しぶりです。


 

 ドゥークと名乗ったコアイマとリブと名乗った女の子が戦闘態勢に入った様子に、お母様がこちらをチラリと見やる。

 

『チッ、さっきの話の続きはあいつらを片付けてからだな。……どうする?休んでいるか?』

 

『いえ、少し寝たので回復してます。動けますよ』

 

『……なら良い。無理はするなよ』

 

『ええ、わかっています』

 

 頷いた所で両手をポケットに突っ込んでいたドゥークが動いた。

 

「おら、死んどけ」

 

 無造作に片手を突き出しただけ。攻撃になり得るはずのないそれの直線上にいた私は、悪寒を感じ咄嗟にその場から飛び退いた。

 

 背後に衝撃音。さっきまで私がいた場所の背後の木にクレーターができあがっていた。避けていなければペシャンコだったでしょう。ササミサンドの一丁上がりです。止めて下さい。

 

「避けんなや」

 

『お断りです!!』

 

 翼を振り下ろし多数の羽を発射する。先ずは牽制して相手の手の内を見る。情報収集の時間です。

 

 私の羽に対し、前に出たリブが取り出したパチンコ玉のような物を指で弾いて上に飛ばした。

 

「大きくなあれ♪」

 

 落下したそれを声と共に大槌で殴れば突如巨大化、巨大な鉄球がこちらに飛来する。攻撃範囲が広い。避けられません。

 私の放った羽を全て弾き飛ばして迫るそれを脚でいなし、受け流す。

 

「なにそれ!?」

 

 それはこちらの台詞ですが。

 

『おい、こちらを無視するな? 《羽天》――――』

 

 そう言ってお母様が視界を埋め尽くすほどの羽を打ち出した。

 

「当たらねェよ!」

 

「遅くなあれ♪」

 

 ドゥークは身を翻して避け、リブは大槌を振るい不思議な力で羽を減速させた。余裕そうな表情を見せる二人にお母様がニヤリと笑う。

 

『《飛燕群秋(ひえんぐんしゅう)》』

 

 途端にドゥークを通り過ぎていた羽の群れが180度反転し、リブの目の前で減速していた羽が再加速した。……羽の操作性良すぎませんか?いえ、今は味方なので全然構わないのですが。

 

「ぐおッ!?」

 

「お、遅くなれッ!!」

 

 ドゥークは避けきれず剣山のように背中から羽を生やし、対してリブはもう一度減速させることでなんとか凌ぐ。

 

「こンくらい――――」

 

『離れていろよ? 《雷訪射(らいほうしゃ)》』

 

 私が距離を取れば上空の雷雲が光を放ち、まるで羽が避雷針になっているかのごとく落雷が降り注いだ。ドゥークは雷に飲み込まれ、リブはすぐ側まで迫っていた羽に落ちた落雷の余波で被弾。

 しかし両者共に実力者、未だ健在です。

 

「し、しびれ……」

 

「ぐおォッ!?さすがにこれは……。おい人間!あれでホントに弱くなってんのか!?」

 

 それには同意しつつ、羽を飛ばして追撃する。

 

「あたしの能力にもキャパシティがあるんです!!9割5分全部使ってあれなんです!!」

 

「10割使えや!!」

 

「使ってたらさっきの羽で死んでましたけどぉ!? あたしが死んだら天帝元に戻っちゃいますよぉ!?」

 

「チィッ!!」

 

『ほう、それは良いことを聞いた』

 

 リブへの攻撃が激しさを増す。しかしリブも巨大な木の枝を飛び移ることでなんとか回避している。

 

「ひゃあっ!?嘘ですよ!ホントはあたしが死んでも能力解けないですよ!!むしろずっと解けないですよ!!」

 

「なら十割使えや」

 

「ひぃっ!?」

 

 両者から詰められてオロオロしだすリブ。コワイ二人から板挟み、かわいそうに。別に助けませんが。

 

「……あ、あたしが死んだら皆不幸になりますよ!!」

 

 混乱の末、遂には訳がわからないことを言い出してしまった。かわいそうに。別に助けませんが。

 ですが少し考えものですね。そうですね……。

 

『お母様、殺してしまってはリスクがあります』

 

 そうお母様に進言すればリブが救いを見つけたような目で見つめてくる。

 

『なので生け捕りにした後説得(・・)して能力を解除してもらいましょう。……ねぇ?』

 

「ひぇ!?」

 

 リブと目が合えば怯えられた。なんですか?

 

「み、味方がいない……!?」

 

 かわいそうに。

 ……おっと。

 

 飛び退けば私とお母様が居た場所に不可視の攻撃が炸裂した。両手を突き出したドゥークが声を荒げる。

 

「とりあえず全部ぶっ殺せば良いだけだろ!?」

 

「あたしはダメですよぉ!?」

 

「しゃらくせえ!!」

 

 ドゥークが両の拳を打ち付けると彼を中心に不可視の攻撃が爆発する。

 

「うひゃあ!?」

 

 この狭い足場の中で広範囲の攻撃をされてしまえば、逃げ場もなく厄介なのでしょうが、生憎私たちには翼があります。怪しい行動を警戒してして余裕を持って空に飛び上がっていました。

 

 結果、巻き込まれたリブが軽く吹き飛んだだけなので、私達の被害はゼロです。

 

 協調性皆無のドゥークがリブを吹き飛ばしたおかげで、2人の距離が開く。目の前にはドゥークのみ。感情に流されて墓穴を掘りましたね。

 

『お母様、リブの足止めをお願いします』

 

『……ああ、わかった』

 

 闘気を生成し氣装纏鎧(エンスタフト)を発動する。あまり温存して時間を掛けても、疲労が溜まるだけです。ここは攻めましょう。ドゥークの攻撃で(なら)された枝の上を這うように一気に距離を詰める。

 

「邪魔すんな!!テメェはお呼びじゃねェ!!」

 

『私も倒せないのにお母様に手出しできるわけないでしょう?』

 

「チィッ!!潰れろ!!」

 

『それは無理な話ですね』

 

 突き出される腕を蹴り上げ、軌道がずれた不可視の攻撃が頭上を通り過ぎる。できた隙に翼を使って空中で体を捻り、回し蹴り。胴に直撃し、僅かに距離が離れる。

 

「ぐッ!? だがこれで!!」

 

 ドゥークが腕を引き、不可視の攻撃を放とうとする。離れた距離は僅かですが、このままでは私が対処する前に直撃を食らうでしょう。ですが手札はまだあります。

 

 羽毛に包まれた体が変化し、手足が現れる。人化です。

 

「ああ!?」

 

 これで足りなかったリーチが補われる。私の方が早い。

 マジックバックから槍を引き抜きざまに、再び腕をカチあげる。槍がドゥークの腕を浅く切り裂いた。やはり硬いですね、コアイマは。戦撃でないと大したダメージは期待できないでしょう。

 

「このォ!!」

 

 やけくそ気味にドゥークが反対の腕をなぎ払う。不可視の攻撃が腕の直線上に追従する。それを冷静に背面跳びで回避。背の下を衝撃が通り抜けて行くのを感じつつ翼で空気を叩き、横回転(ロール)。その勢いで側頭部をなぎ払った。

 

「ごっ!?」

 

「ヤバっ!負けちゃいそう……!援護を……」

 

『邪魔するな小娘』

 

「わひゃあっ!?」

 

 できた隙に闘気を高めたタイミングで、遠くで大槌を振り上げたリブをお母様が追い払っているのが視界の端に写った。ありがとうございます。

 阻まれることなく、戦撃を発動する。

 

「【一閃(いっせん)】」

 

 高速の突きが胴に吸い込まれていく。だがそれは直撃することはなかった。

 ドゥークがなにもない筈の頭上を掴み、振り下ろすことで現れた巨大な大剣に阻まれたからだ。

 

()ッ!?」

 

 接触と同時に爆発する衝撃。槍を突き出した格好のまま後ろに押しやられてしまった。足下の木の皮を削りながら、倒れないように翼を使ってバランスを取る。

 

 訪れた手の痺れに思わず眉をしかめた。戦撃が威力で押し負けてしまった。

 この威力、あの不可視の攻撃が乗っているのでしょうか……?

 

「俺にこいつを抜かせたな……。天帝にとっておくつもりだったのによォ!!」

 

 苛立ちと共に乱雑に振るわれた大剣は直ぐ側にあった、大樹の枝の一つを軽々と切り飛ばした。枝とは言っても、天衝くほど大きな木のもの。トラックが乗っていたとしても揺らがないであろうと思うほどの太さです。それを軽々と切り飛ばすとはかなりの威力。危険です。

 とはいえやりようはあります。

 

「それは失礼しました。ところでそれを使ったとしてお母様に届くとは思わないのですが?」

 

「ほざいてろ!」

 

 怒声と共に大剣が振るわれる。まともに打ち合えば押し負けます。戦撃でもそうだったのに通常の攻撃なら尚更。

 だからまともに打ち合いません。

 

 上から迫る大剣の刃先に、突き出すようにして槍の穂先をそっと添える。外に向けて力を加えてやれば、流れるように軌道を誘導されまともな威力を発揮する事も出来ず大剣が槍の上を滑っていく。

 最後に滑る大剣を力強く外に押し出せば、大剣に引っ張られる様にして彼の上体が流された。

 

「なッ!?」

 

「やっぱりあなたには無理なんじゃないですかね?【下弦月(かげんげつ)】」

 

 まともに動けない彼の脇腹に一撃がぶち当たる。これは流石に効いたでしょう。もんどり打って転がっていく彼に向かって駆け、立て直す時間を与えない。

 跳ねる様にして起き上がったドゥークが腕を突き出す。それを見て、足下を蹴り飛ばし加速の勢いを利用して翼で空気を掴み、地面を滑る。放たれる不可視の攻撃を回避し、そのまま接近していく。

 

「なんだそりゃあ!?」

 

「歩法です」

 

「そんなこと聞いてんじゃねェよ!」

 

 ドゥークが足下を不可視の攻撃で均してくれたおかげで滑歩(かっぽ)が使えます。初見での対処は難しいでしょう。キモいですからね。重心をずらしたまま動けるので。

 

「クソッ!!狙いが……」

 

「遅いですよ」

 

 予測を裏切る動きに翻弄され、戸惑いを見せたその隙に翼を振るい羽を射出。たまらずドゥークは腕を振るって羽を吹き飛ばす。再び出来たその隙に滑歩(かっぽ)を使って余波に巻き込まれないように回り込んだ。

 

 深く息を吸い、抑えていた闘気を高める。ずしりと重くなる体を無視して戦撃を発動。一歩踏み出し、足下が揺れるほどの勢いで踏み砕く。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

「ごはッ!?」

 

 彼我の距離が一瞬でなくなり、超高速の方手突きが炸裂する。『つつく』の『貫通力強化』を併用して放たれたそれはドゥークの脇腹を抉り抜いた。ようやくの大きな手応えです。

 

「はぁ……、ふぅ……」

 

 再びもんどり打って転がるドゥーク。一旦接近する速度を落とし呼吸を整えなおす。強めの戦撃を使うと息が切れますね。瞬間的なスタミナでは無く、私の体力が切れかかっています。

 下手に長引かせると不利なのは私ですね。なのに彼の攻撃は無理に動いて食らってしまえば致命傷です。落ち着いて行きましょう。

 

 痛みに顔を顰め、脇腹を抑えて立ち上がったドゥーク。杖のように地面に突いていた大剣を両手で握り直すと、こちらを睨み付けた。

 

「クソがッ!!」

 

 額に青筋を浮かべ足下が抉れるほどの勢いで突貫してくるドゥーク。剣筋は感情任せな上段。非常にわかりやすいです。これなら返せる。

 

「【双爪(そうそう)】」

 

 振るわれた槍が高速で閃いて、上から押しつぶすように迫った大剣を無慈悲に外側に弾き飛ばす。返す刀でがら空きの胴体に槍が叩きつけられた。そこは先ほど抉られた脇腹。

 

「う゛!?」

 

 痛みに怯むドゥークに駄目押しの一撃。

 

「【一閃(いっせん)】」

 

 突きは狙い過たず体のど真ん中に吸い込まれていき命中。ドゥークは体をくの字に吹き飛んでいった。命中の瞬間、体を捻って傷口をまた抉られることは回避していました。

 

 体力がない今は強い戦撃を闇雲に打てません。彼は体が硬いので必然的に出来た傷口を狙うことになります。ちょっとあれですが、まあ襲ってきたのはあなたなので恨まないでくださいね。

 

「クソッ!! 俺が……押されてんのか!? 天帝でもないただのガキに!?」

 

 今起こっていることが信じられないと猛るドゥーク。

 それには大して意識を割かず、さらに肉薄。闘気を高め追撃する。

 

「【炸乱莫(さくらんぼ)】」

 

 戦撃を発動した瞬間、ズシリと体が重くなる。発動した戦撃は6連撃。闘気の消費もそれなりですから。

 

 前に踏み込み、始動の片手突き。ガードした大剣を押し退け、胴体に直撃。そこから息をつく間もない速さで左右の2連薙ぎ払い。左右に体を揺さぶられたドゥークへ、上から槍を叩きつけようとする。

 

 そこでドゥークが動いた。

 

「クソがァッ!!」

 

 体に走る衝撃を無視して気合だけで大剣を振り払う。腰も入っていない軸もブレブレな、不可視の攻撃が乗っただけの破れかぶれの攻撃。そんなものが通用するはずもなく、高速の叩きつけに弾かれるだけで終わる――――筈だった。

 

 その時、大剣と槍がぶつかり合い、槍が半ばから砕け散った。

 

「は……」

 

 完全な予想外の事態に目を見張り、思わず言葉にもならない吐息が漏れる。

 

 これまで酷使してきた槍がここで遂に限界を迎えたのだ。普段だったらいざ知らず、疲れた中での槍の使用で技のキレが落ち、負荷が抑えきれず、さらに撃ち合うだけでダメージが出るほどの力を纏った大剣と何度も競り合った。

 天帝との戦いで既に限界が見えていたのに、逆にここまで持ったのが奇跡だ。

 

 その結果槍が砕け、戦撃の途中で技が失敗(ファンブル)。体がその場に縛り付けられたように硬直する。

 

 戦撃として消費される筈だった闘気が体で行き場を失い、なお役目を果たそうとありもしない世界のシステムの指示を戦撃の動きだと誤認して、それをトレースしているのだ。

 

 つまり、あと2連撃分の時間体が動かせない。

 

 それはほんの一瞬の事。しかしそれを仮にもコアイマであるドゥークが見逃さずもなかった。

 彼には原理など知るよしもないが、動きを見せないなら隙を突くのは当然。

 突如訪れた幸運にドゥークの顔が愉悦に歪む。

 

「あはぁ……。死ねぇ!!!」

 

 振るわれるは高威力の大剣。動けない体に訪れるは致命傷。少なくとも戦線復帰は難しいだろう。きっととても痛いだろうなぁとどこか他人事のように迫る大剣を見つめ。

 

 衝撃と共に鮮血が舞う。

 

「――――え?」

 

 思わず吐息のような声が漏れたのは痛みのせいからではなかった。訪れた衝撃を受け止め、思わず尻餅をつく。

 

「お母……様……?」

 

 訪れた衝撃の正体。

 見下ろした腕の中には自らの翼を盾にして、切り裂かれた母の姿があった。



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第90羽 迎撃戦 その2

 

 翼を切り裂かれ胴まで達する深い傷跡。生暖かい血が広がっていく。

 腕の中で傷ついた母を見て庇われたのだととすぐにわかった。

 

 お母様を呆然と見下ろす。また私のせいで誰かが死ぬ……?その事実にまるでガツンと殴られたような衝撃が頭に走り、サッと血の気が引いていく。

 

「お、お母様……。お母様、返事をしてください!!……こんな、嘘……!!何でッ!!」

 

 思わず揺さぶりそうになるのをグッとこらえた。下手に動かすと危険です。

 いくら動揺していても過去の経験でこんな状況は嫌ほどあったから、やってはいけないことくらいはわかっている。その時、お母様が目を開いた。

 

『……五月蝿(うるさ)い。バカ娘……』

 

「お母様……!!良かった……!!」

 

『チッ、硬化してもこの程度防げんか……。面倒な……』

 

 切り裂かれた自身の翼を持ち上げ気怠げにそう溢す。自身の怪我に頓着していないその様子に思わず声が荒くなった。

 

「なんで庇ったりしたのですか!!そんな大怪我を負ってまで!!」

 

『五月蝿いぞ、馬鹿者。これでも母親だ。前は守ってやれなかったからな。これくらいさせろ……』

 

「それって……」

 

 蛇が巣を襲ってきた時の事……?まだ気にしていたのですね。勝手に動いたのは私なのに……。

 

「……さっきは助かりました。ともかくすぐに治療を――――」

 

「させるわけねェだろォ!?」

 

「ぐッ!?」

 

『おい!?大丈夫か!?』

 

 治療を施そうと腕を動かした時、突然意識外から妨害をされてしまい、お母様との距離が開いた。見えない何かに物凄い勢いで追突された様な衝撃に、体がシェイクされたみたいな錯覚に陥る。

 結構痛いですね。ちょっと吐きそう……。

 

「大丈夫ですお母様。すぐに治療に向かいますのでちょっとだけ待っていてください」

 

 さすがにゲロインの称号は勘弁なので、気持ち悪さを飲み込んで起き上がり、下手人を睨みつけた。

 

 怪我したお母様を見たショックでコイツの事を忘れていました。不覚を取り、庇わせてしまったのは私のせい。

 しかし怪我そのものの原因はコアイマであるこいつだ。そのドゥークがニタニタとした顔で嗤いながら歩いてくる。

 苛立ちを隠すこともなく吐き捨てた。

 

「邪魔しないでもらえませんか?」

 

「そうは行かねェ。お前のおかげで天帝をここまで追い詰められたンだ。ありがとよォ?」

 

「……ッ!!」

 

 臍を噛む思いをポーカーフェイスで押し隠す。傷つけたのは貴方でしょうに……!!

 槍を向けようとして砕けた事を思い出し、素手で構える。

 

 あの大剣の威力、おそらく硬化して本物の鎧のようになった『氣装纏鎧(エンスタフト)』でも防ぎきれずに切り裂かれるでしょう。今の私が出せる全力の出力でも、上手く受け流せればなんとか、といった所でしょうか。

 

 口元に親指を持って行き、皮を食い千切る。零れた血が私の意志のままに形を成す。

 

「《血葬:紅蓮《グレン》》」

 

 手元に集まった血液が、歪な槍の形を作り出す。とりあえずの急造品です。

 

 残念ながら血葬は戦撃を発動する武器に向いていません。硬さはあるのですがその分粘りがなく壊れやすいので。

 素手ならば血葬が砕けても手足に戦撃の発動判定があるので問題ありません。ですが武器として使った場合、砕けた瞬間戦撃は失敗(ファンブル)、先ほどのように大きな隙を晒すことになります。

 

 それに体力がない今、あまり血は消費してしまうと貧血になってさらに不利になるので避けたかったのですが……。そうも言っていられません。

 

 距離が離れたせいで、私とドゥークに挟まれる形になったお母様を避けるように、ジリジリと横にずれる。巻き込んでしまっては大変です。

 

「おら」

 

 ドゥークが腕を突き出して不可視の攻撃を飛ばしてくる。上に飛んで避け、空中で加速。お母様の反対側に回り込む様に接近する。そのままの勢いで槍を腰だめに構え突進(チャージ)

 

 それに対してドゥークは迎え撃とうとする。横薙ぎに振るわれた大剣と槍が激突、痺れるような手応えが返ってくる。拮抗は僅かな時間、すぐに朱槍が砕けることになった。

 

 勝ちを確信したドゥークが笑みを浮かべる。

 

 迫る大剣に、槍が砕けることを確信していた私は次の手を打つ。

 

 砕けた槍を液体に戻して手元に集め、同時に『強風の力』で風を真下から自分に叩きつける。ちょっと痛いですが我慢です。

 羽ばたきも合わせ空中で上に急加速、大剣を飛び越えドゥークの頭上へ。もちろんドゥークの攻撃はミス。

 

「なにッ!?」

 

「【奈落回(ならくまわ)し】」

 

「ゴッ!?」

 

 見下ろすような形から戦撃を発動し、脳天に踵落しをたたき込んだ。

 

「《血葬:紅蓮》」

 

 地面に降りたって、手元の血液がすぐさま槍の姿を取り戻す。壊れはしますが再利用は可能です。ドゥークの背後から槍を二度三度と突き込んでいく。その度に金属質な感触が手元に帰ってくる。やはり硬いですね、厄介な。

 

「ちょこまかせずに死んどけや!!」

 

 立ち直ったドゥークが振り向きざまに大剣を振るうのを、身を屈めて一歩踏み込むことで避ける。同時に朱槍が形を崩し、円柱の形を成して右手に集まる。

 

「【血葬:打衝(だしょう)】」

 

 命中。突き出された拳は硬質な金属音を奏で、ドゥークが吹っ飛んでいく。……また傷跡はギリギリで避けられました。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

「ちッ!!めんどくせえ奴だなァ!!」

 

 すぐに起き上がったドゥークがこちらに突貫してくる。

 傍目に見れば押しているのは私の方。それなのに追い詰められているのは私。理不尽な状況に目眩がしそうです。

 

「おらおらおらおら!!」

 

 雑ではあるものの小枝のように大剣を振り回すドゥーク。打ち合うだけで槍が砕ける今となっては対処が非常に難しい。後ろに下がりながら隙を伺い、大剣に朱槍を叩きつける。

 

 朱槍は砕けたものの、大剣の軌道を僅かに逸らす事に成功。前に踏み込む隙を作り出す。ほぼゼロ距離から脚を持ち上げ。

 

「【貪刻(どんこく)】ッ!!」

 

「ぐッ!!」

 

 土手っ腹に全力の横蹴り。重い振動が響き――――、ドゥークが悪鬼のようにこちらを睨み付けた。脚が掴まれる。

 威力が足りなかった!? マズい!! 避け――――。

 

「効かねえよ!!お返しだァ!!」

 

「ッ!!」

 

 振るわれる拳。避ける間もなく側頭部に良いのを貰ってしまった。しかも不可視の攻撃のおまけ付き。距離が近かったので大剣を喰らわなかっただけマシですが。

 

 吹き飛ばされ、木の床を何度もバウンドする羽目になる。

 

「う……。あ……?」

 

 立ち上がろうとしたところで脚が滑った。上手く立てない。

 ダメージが脚に来ているようですね……。平衡感覚も少しおかしい。

 

 藻掻く私の様子を見て凶悪な笑みを浮かべた。

 

「おい小娘。そいつを足止めしてろ。俺は邪魔されない所で天帝を殺してくるわ」

 

「うえ!?……わかりましたぁ」

 

 隠れて様子を見守っていたリブにそう指示すると私に背を向けてお母様の方へ歩き出した。

 

「う、待ちなさい……」

 

『羽天:――――』

 

「おとなしくしてろ」

 

『ぐッ!?』

 

「お母様!!」

 

 反抗しようとしたお母様をドゥークが足蹴にした。あいつ、また……ッ!!

 

「じゃあなクソガキ」

 

 そう言ってドゥークはお母様を連れてさらに枝を登っていった。この場に私とリブが残されることになる。

 

「……悪いけどこれもお仕事だから」

 

 そう言って近づいてくるリブは既に意識の中には無かった。

 あるのはただ、慚愧の念だけ。でもまだ、終わったわけじゃない。後悔なら全部終わってからいくらでも出来る。今はただ、助けるとこだけを考えろ……!!

 拳を自分の脚に叩きつけ、無理矢理活を入れる。じんわりと熱が広がり、感覚が戻ってきた。

 

 疲れがどうした!?目眩がなんだ……!!

 

 体はまだ動く。ならこんな所で寝てる場合じゃない……!!まだ生きているなら、助けられる可能性なんて無限にある……!! 血が出るほど拳を握りしめ、歯を食いしばって顔を上げれば目が合った。

 

「ヒッ!? 速くなあれ!!」

 

 怯えたような表情になったリブは鷲づかみした多数の鉄球を宙に放るとそれを大槌で殴りつけた。

 散弾のように高速で飛んでくる鉄球。避ける隙間など存在しない面の攻撃。それが到達する前にフラリと立ち上がると、その攻撃の私に当たる軌道の鉄球を全て見切り、それに向けて槍を目にも留まらぬ速さで何度も突き出した。朱槍の穂先に押しのけられた鉄球達の軌道は外にずれ、その先に私の姿は存在しない。

 速いだけ。軽すぎる。その光景に驚いて固まったリブに肉薄。

 

「――――邪魔。【貪刻(どんこく)】」

 

「かぺ……?」

 

 避けることも出来ずにまともに食らい大樹の幹に激突、そのまま崩れ落ちるリブ。

 彼女を殺せばお母様は元に戻るでしょうか。……止めておきましょう。戻らなかった時のリスクが大きい。

 それよりも今はすぐに追いかけないと……!!視線を上に向け、すぐさま飛び立った。



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第91羽 不変の普遍

 

「ここで良ィか……」

 

『ッ!!』

 

 血にまみれた翼を持っていたドゥークが天帝を無造作に床に放り出す。痛みは相当な物だろうに泣き言一つ溢さないその姿に舌打ちを漏らして、あざけるような笑みを作り出した。

 

「災難だったな天帝。ガキを庇ってやられるなんてよォ」

 

 その言葉に身を起こした天帝は鼻で笑ってみせた。

 

『見解の相違だな。あれは幸運だった。娘を守ることができたのだから。ただ見ているしかできない恐怖よりも、この痛みの方が何千倍もマシだ』

 

「チッ、そう言っていられンのも今のうちだ。お前はもうすぐ俺に殺される。そしたらあいつもすぐにお前の所に送ってやるよ」

 

 今度こそ狼狽えるような反応を引き出せるとドゥークは思っていた。怒りでも、悲壮感でも良かった。帝種最強格の存在にそんな反応を引き出させ、殺す。なんとも心躍る話だ。

 

 しかし帰ってたのは、そのどれでもなく。嘲るような失笑だった。

 

『お前如きではあの娘には勝てんぞ?』

 

 その言葉でドゥーク脳内にほとんど攻撃を当てられず、逆に押し込まれ続けていた光景がフラッシュバックした。憤怒の表情に変わり、こらえることが出来なくなる。

 

「ならあの世であのガキが俺に殺される所を見てるんだな!!」

 

 もう少し、強者を見下せるこの状況を楽しむつもりだった。だがここまで馬鹿にされては仕方がない。

 感情のままに致死の大剣を振り上げ――――そこに蒼の彗星が着弾した。

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 吸血鬼の『空間把握』と『強風の力』を併用して全速力でお母様を捜索。見つけたときには既にドゥークが大剣を動けないお母様に振り下ろそうとする所でした。

 それが目に入った瞬間、後先考えずに体が動いていた。

 

「【崩鬼星(ほうきぼし)】ッ!!!」

 

 横合いから全力のドロップキック。意識外からの攻撃にドゥークは避けることも出来ずに、まともに食らうことになった。

 

「てめェ……、また邪魔――――」

 

「うるさい……!!《紫陣:加速》+【銃苦(ガングル)】ッ!!」

 

 ドゥークが顔を上げた瞬間、顔面に朱槍が突き刺さった。オーバースローで振りかぶり、槍を投げつけたのだ。

 戦撃と魔術の合わせ技は音速を軽く超えて。朱槍は砕け散ったものの、声だけを残しドゥークをどこかへと連れ去った。そのなものには目もくれず、すぐさまお母様に駆け寄る。

 

『……来たか、随分早かったな』

 

「いえ、遅すぎるくらいですよ」

 

 『高速再生』で治っていた親指を再びかみ切り、傷口に血を一滴垂らす。吸血鬼の『高速再生』の力を込めた血液です。これならしばらくすれば動けるようになるでしょう。それから傷口に『血葬』を被せていく。これで更なる出血は抑えられるはず。きっと大丈夫。これなら助かる。

 

「痛みますよね……。庇わせてすみませんでした」

 

『さっきも言ったぞ? 我は母親なれば、娘くらい守って当然だ。それともなんだ? お前は我が母では不服か?』

 

「……いいえ。貴女が母親で本当に良かった……」

 

『……ふん。ならばさっさと終わらせてこい』

 

「ええ、すぐに」

 

 振り返れば、痛みに顔を押さえ、怒りを湛えたドゥークが戻ってきていた。

 

「返せよ。そいつは俺の獲物だ」

 

 その言葉に、思わず翼の羽がゾワりと逆立った。

 

「お前の……? 獲物……?」

 

 何を言っているんだ、こいつは? 欠片も理解できない。そんなわけあり得るはずもないのに。

 

「この人は、私の、母だ。断じてお前の獲物なんかではない」

 

 ――――コイツも、そうだ。人を害することに抵抗がなく、寧ろそれを楽しんですらいる。他者を平気で食い物にし、弱者のことなど考えもしない、自分を捕食者と考えている、敵。

 唾棄すべき、滅ぼすべき、敵だ。

 

 お前が私達を獲物だと言うのなら。

 私が逆に喰らってやろう。獲物はお前なのだと教えて見せよう。

 

「喰らうのはお前じゃない。――――私だ」

 

 心に導かれるまま腕を伸ばせば、虚空に手応えを掴んだ。それを引き抜くと、手の中に現れたのはただの棒だった。長さは私の得意な槍と同じくらい。黒いだけで穂先すら無く、何の変哲もないそれをまるで槍の様に構える。

 それを見てドゥークが嘲るように嗤った。

 

「なんだ?その棒ッ切れで俺と戦おうってか?またさっきみたいに砕いてやるよ!!」

 

「これを砕く……?」

 

 揚々と大剣を携え突貫してくるドゥークに対し、私は出し惜しみの無く闘気を棒に送り込んでいく。

 そして激突。さっきまで受け流すか、避けることしか選択肢が無かった攻撃を軽々と真正面から受け止めてみせた。

 

「なに!?」

 

 まさか受け止めることが出来るとは思っていなかったのだろう。驚愕の声を上げるドゥーク。

 

「この子の能力の一つが『不壊(イモータル)』。決して壊れることがなく、私に応え続けてくれます」

 

 壊れることがない。つまりこの棒にどれだけ闘気を送り込んで『氣装纏武(エンハンスメント)』を施そうと限界なんて訪れることはないのだ。

 

「行きますよ、『無明金剛(シラズガナ)』」

 

 確かめるように握りしめれば、送り込んだ闘気を喰らって蒼の刃が伸びていく。

 棒の先端からはオーソドックスな槍の穂先の形の蒼い刃が。

 側面からは、戦斧の様な重厚な刃が現れ、先端は角のように曲がり、細くなって槍の穂先に寄り添っている。

 反対の側面からは、スケートのエッジのようなものが現れ、叩きつけることを主目的としていることが伺える。先端は戦斧の部分と同じように槍の穂先の様に細く尖っている。

 

 つまるところ、この蒼刃の形状はハルバードとトライデントが混ざったようなかたちになっているのだ。

 突いて良し、切って良し、叩いて良し。そして蒼刃に重さは無いため、重心は常に手元にあり、私の思うがままに振るうことが出来る。

 私のあらゆる戦撃が最大限の効果を発揮するように誂えて貰った、私専用、オーダーメイドの武器。

 

 それがこの『無明金剛(シラズガナ)』。

 

 時に。

 私はたくさんの転生を経験してきました。その中で、鬼になり、吸血鬼になり、呪人族になり、その他多数の種族として生きてきましたが、同じ種族になることは終ぞありませんでした。

 ただ一つの例外を除いて。その例外こそが人間。あらゆる人類種の基礎とされる種族。全世界で変わることの無い、普遍の種族。

 

 私の転生の半数以上は人間だったような気がします。何度も転生してきた人間としての経験は、人生は『普人種』という一つの項目にに集約されていきました。

 

 他種族に比べて特殊な能力がない人間。その中で唯一特異だったのが、各世界ごとに違いが見られるその保有エネルギーの種類。

 有名な魔力に加え、聖気・星気・チャクラ・プラーナ・エーテル・etc。ただ私の才では一度の人生で習熟出来ないほどの技術形態のあるものが幾つも存在しました。習熟状況が中途半端なまま次の人生が始まり、そこでも別のエネルギーの技術が存在する。そして私には全てのエネルギーの技術を平行で修行できるほどの器用さはありません。

 だから早い段階でその全てに見切りを付けた。それらの技術を捨て去ることを決めた。

 

 ――――ただその代わりに。

 

 膨大な量の闘気が噴出する。

 

「なンだよ……それ」

 

『その量のエネルギー、一体どこから……』

 

 下火になっていた闘気の量が目に見える形で押し上げられていく。数多のエネルギーを喰らい、闘気がその総量を増していく。炉心は私の思うがままにその働きを変え、生命力と魔力、そして魔素を混ぜて闘気を生み出すのではなく、既にある闘気にエネルギーを混ぜることで増加させていく。闘気が増えれば増えるほど、その増加速度も増していく。

 

 まるで闘気という種火に材料を()べていくように。

 

 私の胸の中心、炉心から溢れる闘気の蒼に、キラキラと金のきらめきが混じる。

 

 闘気には自身の魔力との親和性があると言いました。ですが正確には自身の保有するエネルギーとの親和性です。

 

 鬼の保有能力である『鬼気』然り、私の持つエネルギーは全て闘気に混ぜ込むことができる。中途半端になりうる数多の技術を捨て、純粋なパワーを手にする。それが私の選択。

 

 取り戻したる力は『普人種』。私が人間として歩んできた人生が全て詰まったそれは、今まさにソウルボードの『メイン』で私に力を湧かせ続けてくれる。

 

 

 ―― ソウルボード ――

 

 コア:アジャースカイファルク

 

 ・メイン:普人種

 

 サブ:鬼

 

 サブ:吸血鬼

 

 サブ:呪人族

 

 サブ:

 

 サブ:

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 溢れる力のままに、受け止めたドゥークの大剣を振り払う。

 

 お母様の怪我は庇わせた私が弱かったから。それでも傷付けたコイツを私は許せない……!!

 

「【剛破槍(ごうはそう)】ッ!!!!」

 

「!!?!?」

 

 怒りを込めた全力の両手突きは、ドゥークの硬い皮膚をものともせずに貫く威力で。

 ドゥークは抵抗も許されず、衝撃波をまき散らしながら眼下の地面へと叩き落とされ、木々をなぎ倒しながら、わかりやすい巨大な通り道を作り上げることになった。

 

 



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第92羽 闘気燃焼

 

 

 お母様の様子が変わりないことをチラリと確認して、遙か下方の地面に墜落していったドゥークを追うために翼を広げる。

 

 数多のエネルギーを種火の闘気に()べる事で転換、増加させる(わざ)、名は『闘気燃焼(エンコード)』。闘気の出力が爆発的に増えることは言うまでもないが、最低限の種火さえ維持できればひたすら増産出来るため、生命力の消耗が抑えられることが大きい。火力と持久力を両立できる強力な(わざ)です。

 弱点は混ぜ物をするために闘気の純度が下がることでしょうか。まあそれも『空の息吹』のおかげで魔素の割合が増えているので補えるレベルです。

 

 『闘気燃焼(エンコード)』のおかげで有り余る闘気を注ぎ込んで『氣装纏鎧(エンスタフト)』をさらに強化。翼で力強く空気を叩けば、その場から姿がかき消える。

 

「クソッ!! (いて)ェな!!」

 

「随分悠長ですね?」

 

「なッ!?」

 

 次の瞬間には起き上がって呻いていたドゥークの眼前に着地。

氣装纏武(エンハンスメント)』が常時発動した『無明金剛(シラズガナ)』エッジの部分で、驚いた表情のドゥークの横顔を強かに打ち付け、再び地面と熱い抱擁を交わさせた。

 

 戦撃なしだと打撃の方が有効ですね。

 ドゥークはすぐさま飛び起きて手を突き出し、不可視の攻撃を飛ばしてくる。まだまだ元気な様子。……よく見ればさっき付けた腹と脇腹の傷が塞がっている。

 再生能力でしょうか?硬い上に再生持ちなんて面倒ですね……。

 

 ……うん?……回避して受け流す上に再生持ち? なんの話ですか?

 

「死に晒せクソガキ!!」

 

「それはもう何度も見ました」

 

無明金剛(シラズガナ)』に生み出された斧の部分を虚空に向けて振り下ろせば、見えない何かを切り裂きかき消した。

 

「ンだと!? まさか見えるのか!?」

 

「いいえ。でも見えなくとも予測はできますよ?」

 

 不可視の攻撃は、腕を伸ばしてからその直線上に着弾する。着弾までの時間を計る機会は何度もあったので、攻撃の正確な速度を割り出すことが出来ました。

 軌道は直線で、速度は割れている。なら例え見えなかろうと対処するのは容易い。

 

「そんなもン、簡単にできてたまるか……!!」

 

「経験の成せる技です」

 

「ガキのクセに……!!」

 

 苛立ちを隠すことなく腕を突き出すドゥーク。連続で発射される不可視の攻撃を回り込みながら回避していく。

 

 攻撃の正体は衝撃波、正確には圧力でしょうか?

 ドゥークが切っていた大枝の切断面が押し広げられ、裂けるようになっていました。不可視の攻撃の着弾面も押しつぶされたようなもの。

 

 大剣に纏わされた圧力はぶつかった対象に大きな衝撃を与え、少しでも刃が食い込めばそこから切断面を押し広げていく。シンプルですがパワーでひたすら圧倒する、防ぎにくい強力な能力です。

 

 ですが私の『無明金剛(シラズガナ)』の前には敵ではありません。多少手は痺れますが、『氣装纏鎧(エンスタフト)』の強化で力負けはもうなく、武器が壊されることを気にする必要も無い。

 

 ソウルボードに『普人種』が復活したことで私自身の力も格段に上昇しています。技では元々勝っていました。このまま押し込みます。

 

 距離が近くなったところで攻勢に移る。

 不可視の攻撃を叩き切り、一気に肉薄。そこでドゥークが大剣を地面に突き刺し圧力を解放することで、砂埃を巻き上げた。

 

「なッ!?」

 

「これで見えねェだろ!!」

 

 ……へえ、目つぶしですか。今まで使ってこなかった手です。侮りを捨てたのでしょうか。しかし私には『空間把握』があります。

 

「見えなくても問題ありません」

 

 攻撃の軌道を感知。砂埃の中正確に振り下ろされた大剣を全身のバネを使い、力任せにカチあげる。どうやらドゥークにも見えていたようですね。

 

「くそがッ!!」

 

「【炸乱莫(さくらんぼ)】」

 

 吠えるドゥークに踏み込んで始動の方手突き。左右に2連続で薙ぎ払い、頭上から力強く叩きつけた。地面すれすれから両手で突きあげる。体が浮いたところにゴルフようなのフルスイングで吹き飛ばした。受け身も取れずに幾つも木々をなぎ倒して進んでいく。自然破壊もするなんて、さすがコアイマですね……。

 

「ぐう!? さっきからポンポンポンポン吹き飛ばしやがって……!!俺はお手玉じゃねェんだぞ!! それに自然をぶっ壊してんのはお前だろうがッ!!」

 

「うるさいですね……。【是空(ぜくう)】」

 

「!!?」

 

 ドゥークの体のど真ん中に『急降下』を併用した突きが叩き込まれる。ほぼ同時に顔面、右手、左手、右足、左足にも突きの衝撃が襲いかかった。

 超高速の同時六連突き。難易度も高く、闘気の消費も大きい。

 

 たまらずドゥークはお手玉のように吹っ飛んでいった。かなりのダメージを与えた手応えはありましたが、致命傷までには至っていません。硬さと再生力のせいで連撃では致命傷にはなりにくいと考え、単発の攻撃とほぼ変わらない【是空(ぜくう)】を選びましたが、もっと威力が必要なようですね。

 ならば……。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 地面を転がりながら木々をへし折り、ようやく起き上がったドゥークは追撃に備えて辺りを警戒する。そのまま数秒の時間が流れた。近くに何かが居る気配はない。

 

「来ねェのか……? クソッ!!」

 

 時間が出来れば考えるのは天帝の子供についてだった。

 

 最初は眼中にも無かった。弱体化した天帝のおまけ程度にしか考えていなかった。それが実際に戦ってみるとどうだ?

 

 技術では完全に負けていた。単純なスペックでゴリ押ししていたが、それも先ほど覆された。ガキといえども天帝の血を引くと言うことか……。

 

 だが、引くわけにはいかない。ここには仲間にも伝えず勝手に来ている。成果も出せずに逃げ帰ったなどと知られれば、どんな目を向けられるか……。

 

 ――――ブウゥゥゥゥゥゥン……。

 

 だが、天帝は傷ついている。折角のチャンスだ。クソガキさえ突破できれば天帝を殺せる……。そうすれば目的のものも手に入り、祈願成就につながる。あと一歩、後一歩なんだ。

 

 ――――ブウゥゥゥゥゥゥン……。

 

「うるせえな!人が真剣に考えて……。なンだ……こりゃ……」

 

 邪魔な音に釣られて上空を見上げれば、雲の下で巨大な蒼い何かがゆっくりと回転している。

 あれは……巨大な槍か? 槍が回転しているのか……?それに回転はゆっくりじゃ無い。そう見えているだけで、よく見れば信じられないほど高速で回転しているのがわかる。

 

 あれはあのガキの力なのか?でかすぎる……!!

 

 ――――ヒイィィィィィィン……。

 

 上空から聞こえる音が高くなった。回転速度がさらに上がったのだ。それに呼応して風が集まってきている。まるでサイクロンだ。ここからでも空気が引き寄せられているのがわかる。

 あんなの食らえばひとたまりも無い。体がいくら頑丈だといえど、耐えられはしない。

 

 こんなの、どうやって防げば……!!

 

 巨大な蒼のサイクロンが落下を開始。こちらに迫ってくる。呆然と見上げることしか出来ない。

 

 範囲が広すぎて逃げることなど不可能。まだ終われないねェのに……!!

 

「くそがァッ!!」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 ドゥークを一撃で仕留めるため、大技の準備をする。そのため、大樹よりも上空に飛び上がった。

 眼下を見下ろせばドゥーク発見する。鳥の目はよく見えますね。『無明金剛(シラズガナ)』の蒼刃を引っ込め、一旦ただの棒に戻す。横に持って握りしめ。

 

「《緑陣:付加(ふか)》+《紫陣:連星》」

 

 五つに増えた魔術陣が一つに重なり、巨大な魔術陣を作り上げる。

 

「《緑嵐陣:呼応(こおう)》」

 

 風の力をまとった『無明金剛(シラズガナ)』。蒼刃をもう一度引き出せば、風の力が一層強化される。それを頭上に持って行き、回転。速度を上げていけば、風が呼び水となりさらに風の力が高まっていく。

 風は成長を続け、『無明金剛(シラズガナ)』に送り込まれていた莫大な闘気を解放すれば、上空に巨大な斧槍が出現した。風の力も比例するように大きくなり、もはやこれは天災のレベル。

 お母様と戦ったときの物より、二回りは大きい。

 

 周囲を警戒していたドゥークが流石にこちらに気づくがもう遅い。

 

「これで終わりです……!!【(ラン)――――】」

 

 蒼のサイクロンを背後に携え、ドゥークに向けて落下していく。逃がしはしない……!!

 渾身の力を込めて『無明金剛(シラズガナ)』を突きだした。

 

「【統槍(スロット)】ォッ!!!!!」

 

 風と同化した巨大な闘気の槍が伸びていく。迫る地上は闘気の蒼に染め上げられた。

 

 その範囲は極大。威力は絶大。逃れられるものなどなし。

 

「くそがァッ!!」

 

 吠えたドゥークが大剣を突き出す。全力の圧力がのったコアイマの一撃。込められた力は大剣の周囲の景色が歪んで見えるほど。

 だが天災の前には全てが小さすぎた。

 

「はあ……ッ!!はあ……ッ!!」

 

氣装纏武(エンハンスメント)』が解けた『無明金剛(シラズガナ)』を落とさないようにぶら下げ、肩で息をする。

 

 抗うことも逃げることも出来ずにドゥークはサイクロンに飲み込まれた。

 

 地上はむき出しの地面が見えるだけ。

 

 動く物はない。私の勝ちです。

 お母様の元に帰りましょう……。

 

 

 




人化は元々『普人種』解放のタイミングと被せるつもりだったんですが、今では北大陸で人化して良かったと思ってます。ここまで長過ぎ……。


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第93羽 崩壊の序章

 

 呼吸を整え終え、大樹に向けて飛んでいるときに轟音と共にそれは起こった。

 

「そんな……!? 一体何が……!!」

 

 大樹の巨大な幹、その頂上付近の一角が突如として一点に向けて縮んで行くようにゴッソリと消え去ったのだ。巨大な幹の一部が球状にくり抜かれたような異様な様相を為している。その部分は生えた枝ごと消え去っており、生地を型抜きされた様にぽっかりと空間が生まれてしまっている。削られるのを(まぬが)れた外側の幹が辛うじてそこから上の部分を支えている状態。このままでは穴が開いた所からへし折れてしまうかもしれません。

 

 そして周辺にあふれ出す濃密な魔素。この感覚は覚えがあります。確か霊峰ラーゲンで……。

 

 いえ、それよりも頂上に伸びた枝の根元には私達の家があります。そこには弟妹達が今も居るはず。

 

 もし、なにかあったら……!!

 胸の中心を風が吹き抜ける様な焦燥感を感じるままに、急いで『氣装纏鎧(エンスタフト)』を施し、翼で空気を叩きつけ姿がかき消えるほどの勢いで加速した。

 

 

 現在の高度から水平に大樹に向かい、幹の側に着くと直角に上昇していく。上の巣に向かっている途中、どこからか声が聞こえてきた。場所は……、ポッカリとくり抜かれた大きな穴の底から。誰かがいる……?

 

「大変だったんですよぉ!コアイマに捕まったり、天帝が帰ってきたり、その子供に蹴り飛ばされたりして!!それなのに護衛がいつの間にか消えてるってどういう事ですかぁ!!」

 

「いや〜、面目ないでござるよ〜。質の良い野草の宝庫だったので目を奪われてしまって。あとちょっと、あとちょっとと採取していたらたらつい……でござる」

 

「つい……じゃ、ないですぅ!!」

 

 この声はリブと……他に誰かいる? 確認した方が良いでしょうか?

 迷いが生じる。先に巣を確認するか、リブの動向を確認するか。

 

 ……今のところ巣に大きな変化は無さそうです。これ以上変なことをされて状況が悪化しては堪りません。先ずは怪しい行動をしているリブとその仲間らしき声を確認することにしましょう。

 穴の側に居ることから原因はおそらく彼女たち。魔素が溢れている理由も聞かなければ。

 

「ねえ、聞いてる? おーい」

 

「…………」

 

「そこで何をしているのですか?」

 

「げげ!!」

 

「…………」

 

 立っている2人を上から見下ろす私にあからさまに嫌そうな態度をとったリブ。そして、姿を見せる少し前から沈黙を保ちだした声の主。先ほどの声からおそらく男性。

 

「この穴は貴方たちの仕業ですか? できるなら即刻戻しなさ――――!?」

 

 背後から悪意を感じてすぐさま振り返り、『無明金剛(シラズガナ)』で受け流す。下手人はさっきまで下にいたはずの男性。いつの間に!?

 戸惑っていても身体は自然と動いていた。体勢を崩した男性にカウンターの突きをお見舞いしてやれば、金属質な感触が。防がれましたか。

 しかし相手は私を攻撃するために空中に居る。簡単には身動きが取れないはず。チャンスです。

 追撃を仕掛けようとすれば、下手人は落下しながらナイフのようなものを数本投げつけてきた。嫌な予感に追撃を止めて回避すれば、背後に突き刺さった場所から煙が立ち上る。

 毒ですか……。それもかなり強力な。さっき野草がどうとか言っていたので魔法毒ではなく、物質毒でしょう。『呪術耐性』で防げません。厄介な。

 

「ちょっとぉ!!防がれてるじゃないですかぁ!」

 

「面目ないでござる。殺気は出さなかったはずでござるが……」

 

 殺気……。確かに全く感じませんでした。私が悪意に敏感でなければ、さっきのは防げなかったかもしれません。この人、危険です。




お久しぶりです。
いつもご愛読ありがとうございます!
最近ワンコの調子が悪く世話にかかり切りになっておりました。眠気には勝てず……。更新が遅れて申し訳無いです。
ゴールデンウィーク中に締める予定だったのですが間に合いませんでした。不甲斐なし。
もうちょい続きます。最近の悩みはワンコの調子と遅筆です……。


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第94羽 ジャシン教のエセ忍者

 

「貴方、さっきまで彼女の隣にいたはずですよね?」

 

「変わり身の術でござるよ。あれは偽物にござる」

 

「変わり身の術、……あなた、忍者ですか?」

 

「アサシンにござる。にんにん」

 

 どっち? いや、同じか? ……いえ、それはどうでも良いです。

 

「この巨大な穴、貴方達の仕業ですね。一体何を企んでいるのですか」

 

「探し物を取りに来ただけでござるよ。企むだなんて人聞きが悪いでござる。ほら」

 

 そう言って彼がカバンから何かを取り出せば、濃密な魔素が周囲にまき散らされた。まさか……!?

 

「それはジャシンを封印した宝玉!?」

 

「おや?魔物のクセに良く知っていたでござるね」

 

「天帝がしばらく巣を離れていたようなので、世界樹に飲み込まれていたこれを取りに来たのですよぉ。でも嵐に守られていたのせいで世界樹には近づけなかったですけどぉ」

 

 やっぱりジャシンを封印した宝玉で間違い無いようですね。

 そんなものが大樹、いや、彼らが言うには世界樹の中に。つまりここが龍帝の言っていた、封印の地、その一つ……!!

 なかなかに信じがたい状況ですが、だからといって私達の家が壊されるいわれはありません。

 

「そんなものの為に人の家を……!!」

 

「……家? 魔物風情が人間に家がどうとか言うだなんて、烏滸(おこ)がましいでござるよ。人を模してなにか勘違いをしているのかもしれぬが、所詮おぬしは魔物。人間の真似事は止めるでござる。……反吐が出る」

 

「…………」

 

 ぶつけられる強い言葉、感じるのはかなり強い悪感情。厳密には差別的な感情ではなく、恨み辛みのそれに近いもの。対象は……魔物、彼の過去になにかあったのでしょうか。

 

 確かに今私は人間ではありません。姿を模してはいるものの、やはりどこまで行っても別物でしょう。

 確かに魔物は危ないです。人を襲うし、価値観そのものが人とは大きく異なります。でもそれは種族全体での話。

 

 人と協力できるアヘくんのような魔物もいます。お母様は私達子供に魔物なりの深い愛情を向けてくれます。

 

 価値観は異なるけれど、きっと持っている愛は一緒だと思うから。

 

 私は、私達は人ではなく魔物として、それでも人と生きていきたい。

 

 パルクナットで出会ったフレイさん達や、アモーレちゃん、まあ一応メリィさんも入れておきましょう。彼ら人と出会って、少し考えるようになったそれ。

 

 私が吸血鬼として生きていた時に出会った『勇者くん』も願っていたそれは、今は私も持っています。

 

 エセ忍者にも事情があるのかもしれませんが、種族全体を見て判断されるのは嫌いです。嫌なものは嫌です。差別を受けた人生を、なにより鬼として生きていた時を思い出してしまうので。

 

 まあ今ここで言ったところで彼は聞く耳を持たないでしょうが。

 

「そんなことはどうでも良いでござるよ。天帝と戦いを成立させるだけの戦闘力。そして槍に、翼、鳥でござるか……。おぬしがメリィの言っていた『鳥さん』でござるね」

 

「この子がメリィの言ってたぁ!? しかも天帝と!? 強いとは思っていたけどそんなになの!?」

 

 エセ忍者の言葉に、驚きを見せるリブ。メリィさんの名前を……。それに私の事を知っている……。そして目当ては封印の宝玉とくれば予想は付きます。

 

「やはり貴方達ジャシン教の関係者ですか」

 

「ご名答でござるよ。拙者が幹部のピスコルで……」

 

「あたしがご存知、リブですぅ」

 

 ジャシン教……、メリィさんに加え、リブのような特殊な能力者、忍者さながらの毒使いアサシン。なかなかに曲者揃いのようですね。私が思っているよりも大きい組織なのでしょうか。

 

 それはともかく。

 気を取りなして『無明金剛(シラズガナ)』を構える。

 

「ジャシンが封印された宝玉を黙って持って行かせるつもりはありませんし、家の土台に風穴を開けた落とし前は付けて貰います。覚悟してください」

 

「残念でござるがメリィ相手に真正面から勝った魔物をまともに戦う気はないでござるよ。……リブ」

 

「小さくなあれ♪」

 

「なにを……!?」

 

 止める間もなくリブが世界樹に向けて槌を振るう。世界樹が苦しむように大きく振動した。




今日もご愛読ありがとうございます!
お気に入り登録と評価ありがとうございます!


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第95羽 お姉ちゃんですよ

 

 中心がくり抜かれ、左右が首の皮一枚でギリギリ支えられている状態だった大樹。その支えの片側の一角が小さく細くなり、やがて引きちぎれてしまったのだ。

 

 巨大な穴はリブの力で無理矢理開けたのですか……!!

 

 自重を支えきれずにゆっくりと倒れていく世界樹の上層部。残っている支えの方も、メキメキと不穏な音を立てている。

 このままではすぐに折れてしまうでしょう。

 

 これを引き起こした彼らの手の中にはジャシンが封印された宝玉が。おそらくこの混乱に乗じて逃げるつもりなのでしょうがそうは行きません。なにせ私は空中にいるのですから。振動で動きが鈍ること無く、彼らと戦えます。

 

「拙者らに構っていていいのでござるか? この上にはおぬしらの巣があったと思うのでござるが……」  

 

「ッ!? この……ッ!!」

 

 人質のつもりですか……!!

 

 天秤に乗せられるのは、世界を滅ぼしかけたジャシンの宝玉と、弟妹達。

 

 ジャシンの宝玉を見逃せばきっといつか世界に悪影響が訪れるでしょう。霊峰ラーゲンであふれ出したジャシンの影、それよりももっと危険なものが解き放たれる事になるかも知れない。

 

 数羽の魔物、弟妹達を見捨てるだけで宝玉を取り返すチャンスを得ることができる。きっと多くの人が宝玉に向かえと口にするでしょう。

 

 ――――ああ、でも。私が力を求めたのは大切な人のため。失いたくない。居なくならないで欲しくない。死なないで……。私の中にある願いは、ずっと、ずっと、これだけ。

 

 どんな誹りを受けようとも、迷いなんてありはしない。

 

 私が選んだのは――――家族。例え危険物が危険な集団に渡るとしても、私は今死ぬかもしれない家族は見捨てられない……!! そこに責任が問われるというのなら、私の命を対価にしましょう。釣り合うかなんてわかりませんが、私に差し出せるのはこれくらいです。

 すぐさま巣に向かって飛び上がる。

 

「……チッ」

 

 その間に2人は何かを砕くと姿が消え去った。あれは転移の魔法が込められた結晶……!!

 

 やはり逃げられました。でも今は弟妹を……!!

 

 巣に向かって加速する中、遂に世界樹が地響きを立てて滑り落下を始めた。

 

 崩れ行く世界樹。頂上付近だけとはいえ、その大きさは容易には言葉で表せないほど巨大。幹の角度が少しずれるだけでも、先端の枝葉は大きく移動します。

 

 その動く巨大な枝葉をかいくぐり、急いで巣に向かう。

 言うほど簡単ではありません。枝葉の数は世界樹にふさわしく豊富。迫り来るそれらを避けることができるルートを、スキルをフルに使って導き出す。

 一度でも判断をミスすれば、赤いシミに早変わり。脳みそが沸騰する感覚に襲われるほど集中する。

 

 なんとか巣に着いたとしても、この状況でどうすれば全員を助けられるかはわからない。だけど行かない選択肢は存在しないから。

 

 私の命を刈り取ろうと次々と手を伸ばして来る枝葉をひたすら避け続ける。難易度ルナティックの弾幕ゲーの様になってしまった世界樹の枝葉をくぐり抜け続けて。

 

 見つけた……!!

 

 世界樹と共に落ち行く巣の中には怯え縮こまる弟妹達が。急いで巣に飛びつき、話しかけようとして念話に切り替えた。人化も解除します。

 

『みんな、私です!お姉ちゃんです!わかりますか!?』

 

「ピヨ?」「ピヨピヨ……」「ピヨチュウ」

 

 弟妹達から向けられる視線は半信半疑。一箇所に固まっていてくれたのは僥倖(ぎょうこう)でしたが、疑心があればいざと言う時指示に従ってくれないかもしれません。

 どうすれば……!!

 

「ピヨッ!!」

 

 その時、一羽が声高に鳴き声を上げました。この子は生まれてすぐに落下から助けた妹ですね。

 

 えっとなになに?「この人はわたしたちのお姉ちゃんで間違いない。わたしにはわかる!」……ですって!?

 

 ホントですか!? え? 匂いでわかる?……スンスン、そんなに匂いますかね……。思わず自分の腕に鼻を近づける。

 

 いや、そんなことしてる場合じゃありません。

 

 ともかく良かった!他のみんなもこの子の後押しで信じてくれているようです。これなら助けられる……!!

 

『貴方達もう飛べますか? 全員大丈夫? それはよかった』

 

 もうみんな生まれて数ヶ月は経ちます。飛べるだろうとは思っていましたが予想通りでよかった。

 

『合図と共に家から飛び出たら、そのまま動かないでください。高さを維持して。怖いなら目を瞑っていて。大丈夫、私を信じてください』

 

 助ける方法は思いついたから。

 

 落下する世界樹の上層。このまま巣に留まれば、折れた世界樹と運命を共にすることに。

 かと言って巣から飛び出せばたちまち枝葉に巻き込まれて、赤いシミになることでしょう。迫る枝葉を全て避けることが出来れば助かりますが、全員が欠けることなく再び生きて帰れるかはそれこそ天文学的確率になるでしょう。

 もはやここは死を待つばかりの天然の檻の中。

 

 でも、今は私がいる……!!

 

 貴方達はただ、浮いているだけでいい。私が貴方達に迫る大樹を全て消し、障害物の一切を排除します。絶対に死なせはしない……!!

 

闘気燃焼(エンコード)』……ッ!!

 

 人化をすると同時。

 胸の中心、そこにある炉心に闘気の種火を灯し、『普人種』に秘められた数多のエネルギーを焚べる。

 

 さあ、最後の仕事です……!!

 私が思いついた、みんなが助かる方法は至極単純。押し切る……!!

 

「今です!!飛んで!! ――――【一閃(いっせん)】ッ!! 【回連(かいまい)】!! 【双爪(そうそう)】!! まだまだァッ!!」 

 

 刹那。手の中の黒棍が膨張する。巨大な蒼の三叉斧槍が空中を駆け巡り、次々と発動する戦撃で襲い来る樹木を破壊していく。

 もはや一つの森が迫っていると言っても過言でもない現状。それを巨大な闘気をまとった槍一つで切り開いていく。弟妹達の正面に立ち塞がり、壁となり決して後ろに通すことはない。はためくマフラーから陽炎(かげろう)が立ち上る。

 

「【告死矛槍(こくしむそう)】ッ!!!!」

 

 発動するは9連撃の槍術。戦撃の連続使用で軋む体を押しての使用。だから? これで助けられるなら出し惜しみなんてしない……!!

 

闘気燃焼(エンコード)』により生成される闘気の量は過去最高峰。槍の速度も今世最速。姿が霞むほどの連撃に全てが削り取られていく。もはや何かの結界でも存在しているかのように槍のリーチの中には侵入を許さない。

 

「これで――――終わりッッ!!!!」

 

 最後の突き。蒼の奔流が手元から伸びていく。

 その一撃は群れる緑を突き破り、一番星が輝く空を覗かせた。地面に落下した世界樹の上層部が轟音を上げる。背後の弟妹達は全員無事。無傷です。

 

「良かった……」

 

「「「ぴよっ!?」」」

 

 安堵と共に体から力が抜け、視界が暗くなっていく。浮遊感。落ちる……?

 働かない思考。ふと、浮遊感が止まりなにか大きくて柔らかいものに包まれた気がした。

 

『全く、無茶をして……。流石だ、メルシュナーダ。我が娘よ。良くやった。ありがとう』

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 ヴィルズ大森林、緑溢れる森の中、ぽっかりと地面がむき出しになった異様な空間があった。なにかが破壊し尽くしたような場所。その地面からボコりと、何かが突きだした。

 

 腕だ。

 

「くそがッ!!」

 

 次いで地面が盛り上がり、体が全て現れる。悪態を吐きながら地面から姿を見せたのはコアイマ、ドゥークだった。

 

「屈辱だ……!!」

 

 顔を歪め、感情のまま握り込んだ拳を地面に叩きつける。

 

 あと少しで天帝を殺せるはずだった。邪魔が入るも再び現れた天帝のガキは素手。決定打はない。

 苦し紛れにどこからか出したのも黒い棒きれ。余裕だ、勝てる。

 

 そう思っていたのに、あのガキは地を這わせた時よりもさらに強かった。少し押すだけで倒れそうなのに、決して倒れない。何がそこまで駆り立てる?

 結局手も足も出なかった。

 

 そして視界が埋め尽くされるあの一撃。あれを思い出すだけで体が震える。

 確実に死んでいた。もう手はなかった。

 

 それなのに生き残ったのは、あいつの力だ。人間の小娘、リブ。気まぐれか、哀れみか。あいつが自身の能力を使って威力を弱めたのだ。

 

 もたらされた効果はごく僅か。きっと能力を使った本人も気休めだったに違いない。

 

 だがその僅かな差で生き残ったのだ。

 

 屈辱だ……!!魔物のガキに負けるだけでなく、人間の小娘に助けられるなんて……!!

 

「覚えていろよ、この借りは……必ず……!!」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ 

 

 ~約二ヶ月後・霊峰ラーゲンにて~

 

『人の身でよくぞ試練を突破したな。天晴れだ、リヒトとやらよ』

 

 満足そうに巨大な岩に蜷局を巻く龍帝。その目の前には、ボロボロながらも1人の少年が力強く立っていた。

 パルクナットにやって来ていたリヒトは様々な経緯を経て、霊峰ラーゲンを登頂。そして龍帝が出す試練を突破することに成功していた。

 

『さあ、お前の願いはなんだ?』

 

「今から使う魔法に力添えを願いたい。召喚の魔法、次元を越えるレベルのものです。出来ますか?」

 

『我を誰を心得る。龍帝トルトニスぞ。無論可能だ』

 

「ありがとう、頼みます」

 

『良かろう。準備は?』

 

「もう終わってます」

 

 そう言ったリヒトが魔力を高めると、巨大な魔方陣が地面に描かれていく。

 

「龍帝!!」

 

『むゥん!!』

 

 リヒトの声に反応し、龍帝が魔方陣にエネルギーを送り込んでいく。

 

『なかなか大食らいだな。これは』

 

 難易度も相応であろう。リヒトも顔を歪め、汗が滲むほど集中している。

 そして数十秒後。魔方陣が一際大きく輝き、爆発するように煙が立ち上った。

 

「成功したのですか……?」

 

『無論。しかしお前、すごい者を呼んだな……』

 

 龍帝が首で指し示した先。発生した煙の中に人影が見える。

 そして煙が吹き飛ぶと同時に、快活な声が響き渡った。

 

「どーん!!お姉ちゃんだゾ☆」





お姉ちゃんですよ。
他者視点は結構簡略化してます。
多分次で終わりです。


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第96羽 リザルト

 

 

 木漏れ日が差し込み、せせらぎの音が聞こえる水辺。そこに何かを振るう風切り音が混じる。音の主は黒い棍を振るう少女。

 

 そう、それは他でもない私です。

 

 世界樹の上層が折れて落下してから、10日が経ちました。

 

 あの時気を失った私を、地面に叩きつけられる直前で元の大きさに戻ったお母様が受け止めてくれたそうです。リブが近くに居なくなった事で小さくなる効果が切れた様ですね。

 

 それから一週間くらい目が覚めなかった様で、みんなにはたくさん心配をかけてしまいました。無茶に無茶を重ねた結果でしょう。

 不甲斐ないです……。でも無事目覚めてくれて良かったと、みんなが言ってくれたので胸が温かくなりました。

 私もみんな無事で良かったです。心の底からそう思います。

 

 ただ、お母様の怪我は完治していませんでした。魔物としての回復力と私の血の効果はあるはずなのですが、小さくされた後遺症なのか治りが遅い様です。

 元の大きさに戻ってからの怪我は、すぐに治るようなのでそれは良かったのですが、小さくなっていた時の怪我は治りが遅いまま。完治するには少々時間がかかるでしょう。

 

 世界樹の落下に巻き込まれて家が壊れてしまったので直さなくてはならないし、弟妹達の巣立ちの時期が近づいているので準備、それと他の魔物に負けない為にも訓練もしなくてはいけません。

 

 一緒に居れば良いのにと言ったのですが、私以外の全員が巣立つことを当たり前と捉えていました。

 

 大丈夫そうですがお母様も怪我をしていますので、手伝うためにしばらく家残ることにしました。やはりここでも考え方の違いが出ました。まあみんなが強くなれば良いことです。

 

 そしてこれが今の私のステータスです。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 名前 メルシュナーダ 種族:アジャースカイファルク

 

 Lv.19 状態:普通

 

 生命力:21026/21026

 総魔力: 4160/4160

 攻撃力; 4493

 防御力: 1544

 魔法力: 2110

 魔抗力: 1518

 敏捷力:12314

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛翔・嵐の力・カマイタチ・射出・急降下・風靡(ふうび)]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹[+蒼気・蒼気硬化・排熱機構]・闘心炉

 

 特殊スキル

 魂源輪廻(ウロボロス)[+限定解放(鬼)・(吸血鬼)・(呪人)・(普人)]・人化

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)・穢れ払い・踏破越到(リープオーバー)

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 最後に確認したのが霊峰ラーゲン辺りだったのもありますがものすごい伸びです。まあ、一日でお母様と戦って、ドゥークと戦って、ジャシン教と小競り合いをして、世界樹のてっぺんを吹き飛ばしたので。

 ……あれ? 私これ全部やったんですか? 一日で? おかしいですね……。

 

 ともかく。

 

 進化して種族はアジャースカイファルクに。スカイはわかりますが、アジャーってなに?

 基礎ステータスは相変わらずの紙装甲ですが、生命力と敏捷力はお化け。

 

 スキルは『強風の力』が『嵐の力』に。

 

『蒼気硬化』と『排熱機構』、『闘心炉』が追加されました。

 

『嵐の力』は単純に強化されたのでしょうか? 【嵐統槍(ランスロット)】を使った影響かもしれません。

 

 『蒼気硬化』は文字通り。闘気が物質的な硬さを持つようになりました。これで『氣装纏鎧(エンスタフト)』をしているときに防御力が上がります。『無明金剛(シラズガナ)』は武器特性で擬似的に硬化してくれていましたが、自力では出来なかったので戦略の幅が広がりますね。

 

 『排熱機構』は激しい運動をしたときに熱を逃がしてくれるスキルです。鳥の姿の時は、肩から伸びた二つのバイクのマフラーのようなものから。人の姿の時は首に巻いた羽毛のマフラーから排熱をしてくれます。

 

 『闘心炉』は私の胸の中心に出来た新しい臓器のようなものです。闘気の生成をサポートしてくれます。高速でかつ、高純度の闘気を作り出してくれるの優れものです。

 『闘気燃焼(エンコード)』使用時には働きが変化して、種火の闘気を維持、そして数多のエネルギーを焚べて莫大な量の闘気に変換してくれます。

 おかげで闘気を生み出すのがかなり楽になりました。

 

魂源輪廻(ウロボロス)』には『普人種』が追加。

 

 称号には『踏破越到(リープオーバー)』が追加されました。

 

 お母様に『踏破越到(リープオーバー)』について色々と聞いてみました。

 わかったのは

 

 ・既にユニーク種になっている者だけに起こる

 ・格上との戦闘中にしか起こらない

 ・戦闘中に望んだ方向性の能力を得る

 ・知っている限りの帝種はみんなこれが起こっている

 

 です。とはいえこれで全てではなく、『踏破越到(リープオーバー)』した者のわかりうる共通点述べただけでお母様も良くわかっていないようですが、起こるのは極稀だそうです。

 

 さて。

 家の修復と弟妹の狩も含めた訓練、お母様の治療。やることは沢山ありますが、時間は作れます。

 腰を落ち着けられましたし、折角なので私も修行をしようと思っています。

 

 転生してからは武器も使えないし、人化してからは戦闘と移動ばっかりで、まともに訓練できませんでした。

 前回の人生で死んでから今世で槍を使えるようになるまで結構な時間が経っています。

 

 今まで戦闘時間だけはかなりありましたし、霊峰ラーゲンでひたすらドラゴンの群れを相手していた時に多少の錆落としにはなりましたが、それでもまだまだです。

 

 強さの向上にはなりました。しかし技術の洗練には至りませんでした。

 やはり命懸けで戦うのと、目的意識を持って訓練所するのでは伸びる部分に大分違いが出ます。

 私は訓練を重ねる事で少しずつ伸びるタイプなので尚更です。今世ではかなり戦闘中に伸びてますが、まあこれは特例でしょう。

 

 今からの修行は錆落としと、身体能力の底上げが目標です。

 

 錆落しはさっきやっていたもの。

 

 まずはゆっくりとした動きで、演武。細部までしっかりと意識を巡らせて槍の型をなぞっていきます。突き、薙ぎ、払い、叩きつけetc。

 ブレなく、ズレなく、髪の毛の先一本まで緻密に。動作全てが私が思った通りになるように。

 そして徐々に速度を上げ、キレを維持したまま最高速度で動けるようにします。

 

 ここで一段落。準備運動のようなものです。

 

 今回の修行には『普人種』のとあるスキルを使います。それが『アイテムストレージ』。物を異空間に収納しておくことが出来るスキルです。

 今は亡きドゥークとの戦闘中、私が『無明金剛(シラズガナ)』を取り出したのはここからです。

 

 このスキルはとある世界で「VRゲーム」という、作られた別空間に作られた体で入り込んで遊ぶというゲームをやっていたときに手に入れたものです。やっていたのは、VRMMORPGというジャンルでした。モンスターを倒してレベルを上げたり、素材を集めて武器を作ったり。死ぬこともないし、あまり痛くなかったのでとても楽しかったです。私が生まれた国は結構平和だったので、修行とは別に戦闘の感覚を鈍らせないためにも遊んでいました。まあ、そこから本当に異世界に飛ばされてしまったときはびっくりしましたが。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 私のスキルになった『アイテムストレージ』はゲームとしての特性を現実に落とし込んだものになります。

 ゲームでは力の強さで持ち物の許容量が増え、キャパシティを超えると体が重くなっていく仕様でした。

 

 これが現実に適応されて、私が持てる限界の重量分が『アイテムストレージ』に無効化されて重さを感じなくなる。そしてそこから『アイテムストレージ』に追加していくと現実と同じ重さが、身体にのしかかってくるようになります。

 

 例えば私が100kgまで物を持てるとしましょう。

『アイテムストレージ』に150kgの物を入れると、100kg分の重量は感じなくなり、残った50kgの重さだけを感じるようになります。

 

 私が120kgまで物を持てる場合。

『アイテムストレージ』に150kgの物を入れると、30kg分の重さだけを感じます。

 

『アイテムストレージ』内部の時間は外と比べてゆっくりと流れているので食べ物を入れても悪くなりにくいです。美味しいものは買いだめができます。素晴らしいですね。広さはほぼ無制限ですが、重量が関係してくるので持ち運べる量には限度があります。無理すると私が圧死します。

 

 私が今から行う修行はこの『アイテムストレージ』の特性を利用した物。

 まず水がたくさんある場所に行きます。そして『アイテムストレージ』にたくさん水を入れていきます。無効重量分を超えて、身体が重くなり歩くのがキツくなった辺りで入れるのをやめます。これで身体にずっと負荷がかかった状態で修行ができます。

 

 水は毎日少しずつ増やしていき、ランニングなどの体力トレーニング、さらに筋トレ。疲れたところで先ほどの演武をキレを落とさない様にやります。これを休憩を挟みつつ数周、回します。

 

 この訓練の良いところは重しなどに動きを物に阻害されず、修行ができるところにあります。本来なら重しの入ったリストバンドみたいなものを使うので体の重心がずれてしまうのですが、これは擬似的に重力が増えたような状況になるので感覚のずれが起こることはほぼありません。

 

 重ねて『氣装纏鎧(エンスタフト)』の修行も行います。闘気の長時間維持は今世からの初の試みです。これをまさに呼吸するようにできるように。そして無駄なく強化をスムーズに。

 

 目覚めてから体が痛いのですが、おそらくこれが上手く制御できていなかったからだと思います。

 

 ジャシンの宝玉はジャシン教に持って行かれてしまいました。また、戦うことになるでしょう。アモーレちゃんにも会いに行かなくてはいけません。どうするにせよ、私の弱さが脚を引っ張らないように強くなる必要があります。

 もっともっと強く。『魂源輪廻(ウロボロス)』が万全に扱えない以上、私自身が強くならないと。

 

 ではリハビリがてら、修行を開始します。




お気に入りと評価、ありがとうございます!
夕方また投稿します。次で最後です~。
夕方投稿後、活動報告で詳しく(?)言いますね。


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第 終 羽 エピローグとプロローグ

 

 ――――そして約半年後――――

 

 〜霊峰ラーゲンにて〜

 

 龍帝が見下ろす、岩で囲まれた天然のコロシアムのような場所。そこには数多の竜達が倒れ伏していた。死んではいないものの満身創痍。様々な傷跡が残る中、特に多いのが鋭利な刃物で切り裂かれたようなものだった。

 

 これは強さを求めて定期的に行われる竜同士の戦闘の結果だ。

 

『まさか、あやつが今のラーゲンで最も強くなるとは思わなんだ』

 

 思わず龍帝が唸る。最後に生まれた末の息子。竜種のくせに弱気ですぐ泣く。特に何をするでもなく、世界各地をフラフラと飛び回り、家族の中では最弱の翼竜種。

 

 それが変わったのは少し前に帰ってきたとき。勝ちたい相手が出来たのだとあやつは言った。そしてその相手がこの霊峰ラーゲンに訪れたとき、何かを思いついた様に東の大陸に飛んでいって帰ってきたらこれだ。

 東の大陸でまさかあんな物を引っさげて帰ってくるとは。たまにはあやつの放浪癖が役に立つか。

 

『天帝の娘よ、今のあやつにお主は勝てるかな?』

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 〜とある氷漬けの山〜

 

 

 壁が凍りつき、冷気が地を這う。極寒の地。そのとある洞窟から時間すらも凍り付きそうな冷気が零れていた。

 洞窟の入り口から突如として光が迸る。同時に轟音。中には人影が一つ。重厚なガントレットに包まれて突き出された拳。その正面には、洞窟の中に似つかわしくない吹雪く寒空が覗く。否、正確には壁が吹き飛ばされ、拳の先の山までもが消え去ってしまったのでもうここは洞窟と呼べないだろう。

 

「……ようやく、できた。鳥さん、次は勝つ」

 

 普段は眠たげにまぶたを落とされた瞳に、疲れを滲ませ羊の獣人が拳を握る。そこには冷気と電撃、そして若干の期待が込められていた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 〜とある大陸の酒場~

 

 夕刻、酒を飲み交わす冒険者で溢れるこの場所で、なにやら噂話に興じている一席があった。

 

「おい聞いたか? またやったんだってよ!」

 

「何がだ?」

 

「なにがってあれしかないだろう? 炎獅子の大魔女だよ」

 

「ああ、あれか」

 

「すげぇよな。半年前に急に頭角を現したと思ったら一気にSランクまで登り詰めて、今じゃどこもかしこも彼女の噂で持ちきりだ。このまま行けば『英雄級』も夢じゃないって聞くぜ?」

 

「確かにな。前に共同で仕事をしたんだが、街に襲いかかる魔物の群れのほとんど全部彼女1人で焼き払っていたからな。あれは壮絶だった」

 

「Sランク昇格の時のアレか!? お前あそこに居たのかよ!? ……で、どうだった?」

 

「……めちゃくちゃ美人だった。俺も強かったらお近づきになれるのかねぇ」

 

「ぎゃははッ!お前の顔じゃ無理だろ!!」

 

「言ったなテメェ!」

 

 じゃれ合う冒険者。その後ろの席で背の高い男がニヤニヤと面白そうに正面の女性に声をかけた。

 

「だってよ? 炎獅子の大魔女様?」

 

「よしてくれよ……」

 

 恥ずかしそうに両手で顔を覆う赤髪の女性。耳まで真っ赤になっていた。

 

「でも彼の言っていることは確かなんだな。この半年でとっても強くなれたんだな。すごいんだな」

 

「それはあんた達が着いてきてくれたからだよ。1人じゃ無理だった。ねぇ、Sランク目前のお二人さん?」

 

「ま、お前の伸びが一番すごいけどな」

 

「……まだまださ。あの娘の横に、いや、前に立てるようにならないと」

 

 女性は笑った。もっと強く、と。そう願って。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 ~中央の島国・セントラルクスにて~

 

「それはなんだ?」

 

「はあ……?」

 

 大聖堂の一室。

 壁を向き、机に背を向ける巨大な椅子に座った人物が虎耳の大柄な老人に問う。椅子に遮られて座っている人物の姿は見えない。

 

 白蛇聖教の白鱗騎士団その団長であるガルディクトは突然の質問に疑問符を浮かべた。

 それ。

 おそらく机の上に載せられた巨大な水晶の事だろう。もっと言うなら、そこに映し出された映像の事だろう。

 何を言っているのだとガルディクトは怪訝な表情で答えた。

 

「我らがアイドル、アモーレ様ですが?」

 

 移された映像。それはシルクの髪をなびかせて、歌って踊っている幼女の映像だった。非常に楽しそうだ。

 周りには敬虔な教徒もいる。なにやら光る棒を振っているが。

 巨大な椅子に座った人物は思った。なにやってるんだこいつら。

 

「私の記憶が正しければその子は大聖女だったはずだ。島の中とは言えアイドルなどとして人前に出すべきではなく、厳重に守るべき存在のはずだ。お前も知っているだろう?」

 

「そうでした、間違えましたな。大聖女アイドル、アモーレ様でした」

 

「うむ、そこではなくてな???」

 

 思わず、これが頭痛が痛いという状態かと頭を抑える。

 

「半年前からだ。急に塔から脱走を始めた。危険だと諭して塔に連れ戻し、厳重に見張りを立てこの件は終わりのはずだった。しかしこの子は徐々に監視をくぐり抜け始め、遂には下の聖教街に姿を見せた。騎士団の精鋭を出し抜いてだ。そこからは何をやっても脱走を成功させる。そして気づいたらこうなっていた。どう言う事だ?」

 

「はっ、目に入れても痛くないですな」

 

「そんなこと聞いてないが????」

 

「我らの教義は『不幸を駆逐し、皆に幸福を』。彼女だけのけ者ではかわいそうではないでですかな。――――最高司祭様?」

 

「……ふん」

 

 水晶の映像はまだ続いている。

 

『大聖女様~!こっち向いて~!!』

 

『今日もかわいいよ~!!』

 

『皆さん、今日もありがとうございます! 私は初めて出来たお友達の言葉と背中で救われました。そのおかげで今ここに立っています。この幸運を、幸福を皆にも届けたいから。聞いて下さい。「蒼の翼を」――――♪』

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 そして――――

 

 

「まいったなぁ!!ついてないぞ!!」

 

 背後を気にしながら悪態を吐く恰幅の良い男性が馬車を全速力で走らせる。それこそ何かに追い立てられるように。

 

「頑張れアレキサンダー!!お前ならあんなやつ振り払える!!」

 

「モォ……」

 

 疾走する馬車。それを引いていたのは馬顔負けの速度をだす牛のような魔物だった。移動速度は下手な馬の魔物よりも速く、体力は豊富。力も強くて温厚な気性。

 そんな牛のような魔物に檄を飛ばすも、疲れの滲んだ鳴き声を返した。

 

「シュラララララッ!!」

 

 何かがこすれるような大きな鳴き声が響く。鳴き声の主は背後の巨大な蛇の魔物。牛どころか馬車ごと丸呑みしにしても余裕そうなサイズだ。

 この大蛇にもうかれこれ三十分は追われている。アレキサンダーはずっと全速力なせいで息が上がっているのに、大蛇の方は余裕そうだ。

 

 男は商人だった。蛇に追われ始めてからすぐさま荷物を投げ捨てる判断をしたものの、膠着状態。逃げ切れないでいる。

 

「Sランクの冒険者パーティーが討伐に失敗して這々の体で逃げ帰った大蛇……!! 街の反対側に痕跡がみつかった今ならと急いで出発したら、鉢合わせするなんて……!! 時間は有限なのに冒険者の皆はビビって誰も護衛をしてくれないし、荷物は捨てて大赤字! 散々だ! 今なら行くべきだと私の勘が告げていたのだが……鈍ったか!?」

 

 このまま喰われるくらいならアレキサンダーだけでも逃がすか!?

 切羽詰まって最後の決断をしようとしたとき。

 

「もしもし、おじ様?」

 

 聞こえてきたのは鈴の鳴るようなかわいらしい声だった。

 

「うお!? なんだ嬢さん、なんで馬車の上にいるんだ!?」

 

「馬車……?引いてるのは牛……」

 

 突然駆けられた声に驚いた男が上を見上げれば、屋根の上から身を乗り出したあどけない少女が見下ろしていた。予想外の事態に思わず言葉に詰まる。まさか他に人が居たなんて。無賃乗車か……?いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

「お嬢さん、見てわかる通り今は大変なんだ。そこは危ないから降りて馬車の中に入っていなさい。……おい、アレキサンダー!女の子のお客様だ!!かわいいお客様を蛇公にくれてやるわけにはいかん。気張れよ!!」

 

「ブモーッ!!」

 

 気炎を上げる二人に少女は困ったような笑みを浮かべた。

 

「えっと、お困りでしたらお力添えしますよ。例えばあの蛇とか?」

 

「それはありがたいが出来れば強い大人を連れてきて欲しいね!!」

 

「強い大人……勝てるなら倒してしまっても問題ないと?」

 

「そりゃそうだ!!」

 

 何を当たり前の事をと男は馬車を操作する。もっとも助けを呼ぶ手段はないし、その助けがSランクの冒険者パーティーを蹴散らす蛇に勝てるなら天にも昇る幸運だろうが。今は神にでも祈って走り続けるしかないのだ。

 

「シュラララララッ!!」

 

「なにッ!?」

 

 その時、首をもたげた蛇の鱗がザワザワと蠢いたかと思えば、無造作に発射された。蛇がこれだけ大きいのだ。鱗の大きさは人1人軽々と越えるほど。それが数え切れないほど襲いかかってくる。

 

 終わった。男はそう思った。女の子も運が無い。こんな馬車に乗り合わせてしまうなんて。

 目を閉じることで迫る恐怖から逃げ出した。鱗が次々と地面に着弾する大きな音が響きそして遂に痛みが――――来ない?

 

「あれ、まだ生きてる?」

 

 男の目の前ではアレキサンダーが無傷で走り続けている。まさか、外れたのか?まだ幸運の女神には見放されていないようだ。

 

「お嬢さん無事か!? 心臓に悪いから、早く……中に……?」

 

 次に男が取った行動は少女の無事を確認することだった。視線の先には2本の脚でしっかりと立った少女が。安堵すると同時に違和感が首をもたげる。

 

 ここはそこらの馬よりも早いアレキサンダーが疾走する馬車の上だ。その屋根の上に少女がバランスを崩すこと無く立っている。そんなこと可能だろうか? 思わず目を見張る。

 

「シュラララララッ!!」

 

 なにやら苛立だしげに鳴き声を上げる蛇に、少女は「おや?」となにか気づいたような反応を見せた。

 

「その額の傷……私が付けたもの……? あなた、まさかあの時崖から一緒に落下した蛇ですか? なるほど、生き残っていたんですね」

 

 その言葉に大蛇は応えることなく憎々しげに少女を睨み付ける。

 憤怒の感情を滲ませた蛇の鱗が再びざわめく。鱗を飛ばす前兆。男は恐怖した。さっきのような幸運はそうそうない。あの攻撃が来たら今度こそ死ぬ。

 

 止めてくれと。叶わぬ願いと知りながらも懇願せずにいられない。だがその願いは聞き遂げられる事なく。

 

 無慈悲に鱗は発射され――――そして男は見た。

 

 いつの間にか黒い棒を持っていた少女。その少女が迫る全ての鱗を打ち落とすのを。

 

「私は夢でも見てるのか……? まさか……さっきのも?」

 

 男はさっき鱗が当たらなかったのは運が良かったからだと思っていた。しかし今の光景を見てしまえば、そんな考えは消え、別の答えが浮かび上がってくる。

 

 すなわち、この小さな少女がとんでもない実力者だと。

 

 鱗を全て打ち落として見せた少女の表情に特に変化は無い。

 ただ、出来ることをしたのだと。運でもなんでもなく実力なのだと。

 少女の表情が物語っている気がした。

 

 少女が徐ろに眉を顰め、口を開く。

 

「あなた、先ほどの攻撃でいつでも仕留められたのに、追いかけて遊んでいましたね? 弱者をいたぶるようなその在り方、気に入りませんね。まあ……これも何かの縁でしょう」

 

 少女がなにかに納得し、大蛇を正面から見据える。

 

「どうやらあなたもあの頃と比べてかなり強くなったようですが……」

 

 パリパリと不思議な蒼光が稲妻のように少女の体を走る。次の瞬間には少女の姿が屋根の上からかき消えた。

 

「――――私の方が上のようですね」

 

 瞬間、轟音。

 男にわかったのは。

 次に現れた少女が、棒を振り下ろした格好で蛇の頭があった場所に居たことと。

 蛇が地面にクレーターを作り上げ、動かなくなったこと。

 それだけ。何が起こったかなんて見えもしなかった。

 

「いち……げきで……?」

 

 蛇の頭なんてあまりの威力にパックリと裂けている。それもただの棒でだ。開いた口が塞がらない。あまりの状況にアレキサンダーですら走るのを止めて、呆然と見つめている。

 

「う~ん、持ってってご飯にしましょうか。……それでは私はこれで失礼します」

 

 男のフリーズした思考は、少女が大蛇をどこかに消し去り、馬車を通り過ぎて行ってからようやく動き出した。

 

 商人としての勘が言っている。あの少女とは何かしら縁をつないでおくべきだと。寧ろ今日の不運はこのためにあったのだと。

 何より命を助けられたのだ。恩を返さずしてどうして商人を名乗れようか。

 男はすぐさまアレキサンダーを走らせ追いかけた。

 

「ま、待ってくれお嬢さん……!!」

 

 少女を通り過ぎた所で馬車を降り、呼び止める。少女はキョトンと不思議そうな顔をしていた。

 

「ありがとう。……いえ、ありがとうございます。今日は命を助けられました。恩返しをさせて欲しいです。私はモルクと言います。貴女の名前は?」

 

 名前を聞けば少女はクスリと笑って答えてくれた。

 

「私はメル。メルシュナーダです。折角です、良ければ次の街を案内して下さいな。今日家を出たばかりなのですよ」

 

 

 ~to be continued~




はい。と言うわけで一時的に完結、実際には休載となります。
ご愛読ありがとうございます!
詳しくは活動報告にて。
いつか更新は再開しますので、またお会いしましょう。


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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その1

お久しぶりです。言ってたおまけです。これは主人公が自分の能力に始めて気づいた時の話です。ダイジェスト気味なので難しく考えずに見て下さい。飛ばしてもあまり影響はないので、2章に行くのもありです。
「人ノ刻 Ⅰ」は武家として生まれた最初の人生の予定です。


 

 

「ぐ……」

 

 暗い暗い影が伸びる深い深い森の中、脱力感から立っていることが出来ず地面に座り込んでしまう。立ち上がろうとしても脚に力が入らない。それもそのはず。私の左腕は半ばから千切れ、右手で押えようともそこからは止めどなく鮮血が零れ続けているのだから。血が足りていないのだ。

 

「はあ……、はあ……」

 

 私の力ない呼吸音は目の前の巨大なモンスターが迫り来る音に押し潰されていく。

 ああ、どうしてこうなったのか。

 それは一重に私が非才の身だったからでしょうか。

 

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 何度目かの転生、人間として生まれたその世界は不思議な世界だった。

 曰く、ステータスというものがある。人の能力を数値化し、可視化する不思議なもの。成長するごとに『レベル』という数値が伸び、それに従って能力が伸びていく。

 どのようにして数値化しているかなど様々な疑問は浮かびましたが、考えても仕方がなかったのでそういうものだと納得しました。

 

 そしてそしてステータスに記載されたとあるものが、私の今世での扱いを決定づけました。

 

 それが『スキル』。

 

 生まれて必ず一つ、人によっては複数授かる特殊能力。

 曰く、人の才能を言語化し、一つの枠に落とし込めた物。その人が持つ才能で、ステータスに一番重要だと評価されたものがスキルとして発現します。スキルになった力はなんらかの影響によって強化され、スキルが介在しない才能とは一線を画す程の影響力を持ちます。

 

 私が今まで見てきた剣術の天才も、スキル『剣王(S)』を持った者と比べればアリのようなもの。

 まあ私が出会った一部の人外級の人は例外ですが。吸血鬼のお姉様や勇者くんなどがいい例ですね。

 

 スキルにはランクがあり、Eが一番弱く、D、C、B、Aと強くなっていき、さらにその上にSランクのスキルがある。

 

 そしてそんな世界で私が授かった才能は『魂源輪廻(ウロボロス)(Ex)』。書いてあるようにスキルのランクはEx。このランクは今までに確認されたことのないものだった。

最初は今世の両親も期待していました。もしかしたら、Sランクよりもすごいスキルなのかもしれないと。

 しかし何をしても目に見えるような効果は現れません。スキルに詳しい専門家に話を聞いても、スキルの習熟に有効とされる訓練をしても、時には暴力まがいのことをされても。

なにをやっても私のスキルは効果を示さなかったのです。

 

両親の罵倒の中、訓練というよりも憂さ晴らしのような暴力を受け続けしばらく。

やがて両親は私のスキルと私自身に興味を失い、訓練は無くなっていきました。

その頃には私の『魂源輪廻(ウロボロス)(Ex)』はEランクよりも下のスキルとして扱われるように。

 

 才能あるものが貴ばれるこの世界。すなわち強い『スキル』を持つものが望まれるこの世界で、貴族の娘として生まれた私は落第点のスキルを授かった。結果として現在は居ないものとして扱われるようになる。

 生きるのに必要なものだけを与えられ、放置される。捨てられるよりは……マシですかね。

 家族には愛されることなく、1人自室で冷めた食事を食べる日々。悲しみはありました。でも仕方のない話です。この世界ではそれが常識なのですから。私などにはどうすることも出来ません。

 

 そしてその日常が変わったのは私が12歳になった時。社交界にも出ず、このままいないものとして飼い殺されるのかと諦めていた時だった。

 

 珍しく父に呼び出されたと思ったら、学院に行けと言われました。私は知りませんでしたが貴族なら必ず学びに行く場所。

 子供が入学できなければかなりの醜聞になるそうです。

 目立つ真似はするなとも言われました。

 

 私は僅かな期待を持っていました。外に出れば、何か変わるかもしれないと。

 しかし日常は変わったものの、世界は変わることはなかった。やはりスキルこそが評価の根底に存在していたのです。

 

 私は――――学院でも爪弾きものだった。

 

 学院には貴族だけでなく、平民もやってくる。貴族は昔から高ランクのスキル持ちを取り込み続け、その血筋によってかほとんどが高ランクのスキル持ち。少なくともCランク以下のスキルを持っている者の方が少ないほど。

 高ランクのスキルを持つものは、やはり優遇されます。例えそれが平民であれ。

 

 特に貴族などは権力と高ランクのスキルを鼻にかけ、横暴な態度を取る物が多くいます。

 

 もちろん真っ当な精神を持つ貴族も居ますが、子供にそれを求めるのは些か難しいのかもしれません。

 平民は権力も無く、低ランクのスキルを持っている傾向がかなり高いので、高ランクのスキルを持つ貴族に逆らうことが出来ない。そんな場所に平民より低いランクのスキルを持ち、貴族籍なのに貴族扱いされていない私がいればどうなるのか。それは火を見るより明らかです。

 

 日頃の鬱憤晴らしの標的にされる。

 

 貴族からも平民からも侮蔑の視線を向けられる板挟み。味方は誰1人いませんでした。

 

 一ヶ月もすれば向けられるのは侮蔑の視線だけではなくなります。お手洗いでは頭上から水をかけられ、気づけば物がなくなっており、私の机には心ない悪戯書きが。時には直接的な暴力もふるわれました。

 

 そして私は向けられる悪意をはね除けることはしませんでした。

 

 父に目立つような余計な真似はするなと言いつけられていたのも理由の一つではありますが、私はこれでも転生者です。子供相手に憤ることも無いでしょう。……そう言い訳をして。

 反抗をするような気概はもう、残っていなかったのです。

 

 私の楽しみは人のいないところで、槍をただひたすらに振るうことだけでした。

 

 戦闘訓練では、槍の扱いはそこそこだと評価されましたが、それも『スキル』を使われれば覆る程度のもの。

 唯一戦撃だけはその威力から注目されましたがそれも一時的なもの。

 当時の私の戦撃はバリエーションは少なく、戦い方そのものが下手だったので、固定されたモーションを避けられ隙を晒すことも多かった。その為結局は最低ランクだと扱われていました。

 

 そんな日々が変わったのは、あの子と出会ったからでした。

 

 ある日貴族の養子に貰われた平民の子が私のクラスに急遽転入してきました。所持していた強力なスキルを見出されたのだと。

 

 私には全く関わりなど生まれることはないとそう思っていた。クラスの全員が彼女に夢中になり、面倒な鬱憤ばらしがかなり少なくなったのでそれは嬉しかったです。

 

 それから数日後の昼休み。クラスの中にいても面倒な事になるだけなので、誰もやってこない場所で気の向くままに槍を振るう。そこにあるはずのない来訪があった。

 

「わぁ、こんな場所があったんだ……。あれ?」

 

「どうも……」

 

 面倒な事になった。彼女の持っているスキルはSランク。『キセキ(S)』の持ち主だ。

 スキル『キセキ(S)』、その名の通り奇跡を起こすスキル。未だ使いこなせてはいないのだけれど、彼女の住む村が不治の病魔に苦しんでいたのを救ったのだという。

 

 そんなすごい力を持った人。ユニさん。ユニ・クラリオン。

 名家であるクラリオンに養子として迎えられた御令嬢。私が関わるべきではないお方。

 

「貴女は確か同じクラスの……、ホルンさん?」

 

「私の家名……」

 

 知っていたのですね。

 自己紹介をしたことはなかったはずですが。おそらく他の方達から知らされたのでしょうね。変な反感を買う前に離れましょう。

 

「お邪魔をしました。早々に立ち去りますのでご容赦ください」

 

「あ、待って!」

 

「なにかご不快な点でもございましたか?」

 

 背を向ければ呼び止められた。一体なにを言われるのでしょうか。戦々恐々としていた所にいかけられた言葉は、予想だにしないものだった。

 

「あの……、槍の演武してたんですよね? 見せてくれませんか?」

 

「……へ?」



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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その2

 

 彼女もまた理不尽な事を言いつけるのだろう。そう思っていた私は呆気にとられた。

 

「私の演武ですか? なぜ?」

 

 はっきり言って私は強くありません。槍に関するスキルを持っている訳でも無いので、見るようなものはないでしょう。そう思っての質問だったのですが、なぜか彼女は恥ずかしそうに目線を逸らしてから口を開きました。

 

「えっと……授業の時、貴女が槍を扱う姿がとってもきれいだったから……」

 

「……へ? ……ふふっ」

 

 何を言われたのか飲み込むのに数秒かかりました。まさか、そんなことを言ってくれる人がいるなんて思いもしなかったから。心なしか焦っているような、そんな彼女を見ればきっと嘘はついていないと思います。

 本心から言ってくれたのだ。その事実は乾いた心に()みいるようで。

 

「笑われた……」

 

 思わず笑ってしまえば、ガックシと肩を落とす彼女。

 

「いえ、そんなこと言われたのは初めてなので。良いですよ、私なんかの演武でよければ」

 

「っ!! 是非!」

 

 身を乗り出して目を輝かせる彼女に苦笑して、演武の為に距離を取った。構え、呼吸を整える。先ずはゆっくりと―――――

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「……ふう。どうでしたか?」

 

「すごかったよ!! ふわっとしてるのに、こうビュン!スパンッ!って感じで!! なんて言ったら良いのかわからないけど、とってもきれいだった!!」

 

「あ、あはは……。っ!?」

 

 矢継ぎ早に感想を口にする彼女。ブンブンと振られる犬の尻尾を幻視するほどの圧に押されて後ろに下がればなにかに躓いてしまう。

 

「わわっ!?」

 

 体勢を崩して尻餅を付いてしまい、釣られてクラリオンさんも倒れ込んでくる。

 

「いたた……。ぁ……」

 

 顔を上げれば。

 そこにはブロンドのカーテンがフワリと広がり、目の前にはハッとするようなきれいなお顔が。中でも一際輝く二つのサファイアに目が吸い寄せられた。

 

 何秒でしょうか?きっと短い間でしょう。思わず見つめていたものの我に返る。

 

「あの……クラリオンさん? 大丈夫ですか?」

 

「ぁ……。うん!!全然大丈夫だよ!?」

 

 声をかければ俊敏な動きで立ち上がり、なにやら手をワタワタと振り回し始めたクラリオンさん。ふふ、変な人ですね。

 私が立ち上がるころには彼女は胸に手を当てて呼吸を整えていた。転けたので驚いてしまったのでしょうか?

 

「ねえ、また見に来ても良いかな?」

 

 不安そうにそう問いかけてくる彼女に、もちろんと答えそうになって。

 

「クラリオン嬢!どこにいる?」

 

 彼女を呼ぶ男性の声に我に返った。

 

「あ、トラペッタ様!忘れてた!」

 

 トラペッタ様。クラリオンさんを呼ぶ彼は様付けされている事から分かるように私達貴族とは格が違う。

 

 ――――王族トラペッタ家、その嫡男。文字通りの第一王子、それがユークリウス・トラペッタ。『王令(S)』・『剣豪(A)』・『魔導(A)』のスキルを持ち、才色兼備、頭脳明晰な歴代最高と名高いこの国の時期国王だ。

 他にも大貴族のご子息様がクラリオンさんの人柄をかなり気に入っているらしい。噂に過ぎないだろうと思っていたけれど、きっと事実。私もこの短時間で絆されそうになってしまった。

 

「クラリオンさん」

 

「あ、はい」

 

「もう私の演武は見に来ないで下さい」

 

「ぇ……」

 

 断られるとは思っていなかったのでしょう。呆然とした様子に胸がチクリと痛む。前言撤回しそうになるのを押し殺した。

 

「ご、ごめんなさい、さっき押し倒しちゃったの怒ってるんですよね。ちゃんと謝りますので、そんなこと言わないで……」

 

「違います」

 

 努めて笑顔を維持する彼女に首を振る。

 

「私のスキルは知っていますか?」

 

「あ、うん。その……」

 

「―――最下位のその下。Exランク」

 

「っ! それは……」

 

「対して貴女は最高のSランクのスキルを持っています。私と貴女は住む世界が違うのですよ。私といると貴女まで無用な反感を買ってしまうでしょう。私とはもう関わらない方が良いです。この場所が気に入ったのなら私が消えましょう」

 

「そんなの……」

 

「ですのでもう見に来ないで―――――「嫌です!!!!」 ぅえ?」

 

 私の言葉は彼女の大声に遮られた。思わず目を見開く。……今日は驚くのが多い日ですね。

 

「わたしが見に来るのは迷惑ですか?」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「なら、また見せて下さい」

 

「ですから私は落ちこぼれのExランクだから……」

 

「そんなの……、そんなの関係ない! スキルなんて関係なく、ホルンさんの槍捌きが見たいんです!!」

 

 まるで駄々を捏ねる子供のようで。元平民とは言え、貴族にはあるまじき醜態。でもなぜだか私は嫌いになれませんでした。

 

「わたし、この前までスキルがなかったの。村では皆にスキル無しって馬鹿にされてて、『キセキ』が使えるようになったら急に皆持ち上げ始めて。まるで私じゃなくて『キセキ』を見てるみたいで。わたしとホルンさんの状況は違うけど、似てるかなってそれで……、えっと」

 

 考えていることを上手く言葉に出来ないのでしょう。あちこちに視線を彷徨わせて何かを探しているような素振りを見せていましたが、数秒後痺れを切らしたのかビシッとこちらを指さして宣言した。

 

「あの!!また見に来るから覚悟しておいて下さい!」

 

「あっ」

 

 声をかける前に逃げるように走って行ってしまった。伸ばした手が空を掴む。

 

「変な人……」

 

 握った手を胸に引き寄せ、思わず呟いた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

 その後も彼女は私の演武を見に現れた。余った時間でたわいもない話をして、笑い合って。私には提供できるような話題は無かったのでもっぱら聞いているばかりでしたが。

 

 本当なら私は場所を移して、彼女を遠ざけるべきだった。でも、彼女の笑顔が向けられるのが心地よくて。今世で誰からも愛されていなかった私は既に、砂漠で貰った一杯の水のように遠ざけることが出来なくなっていたのだ。

 

「こんな所にいたのか……」

 

「殿下……!!」

 

「トラペッタ様!」

 

 今日もまた、クラリオンさんに演武を披露したところだった。何事も無く終わる――――事はなく。

 現れたのは王子、トラペッタ様と3人の男性。視界に入ってすぐ膝を曲げてカーテシー、最敬礼の姿勢を取る。下手な真似をすれば不敬罪で死刑です。

 

 先頭を堂々と歩く金髪の男性が「王令(S)」・「剣豪(A)」・「魔導(A)」を有する、ユークリウス・トラペッタ王子。

 逞しい体格で黒い髪をワイルドに束ねた方が「剣王(S)」・「金剛体(S)」を有する、ザンクス・オーボエ様。

 眼鏡をかけ深い知性を感じさせる方が「魔導王(S)」・「神算鬼謀(S)」を有する、ミストロイ・フールート様。

 気を抜けば見失ってしまいそうになるほど影の薄い方が「暗影(S)」・「近接戦闘(A)」を有し、もう一つスキルを隠しているとされる、シェイド・トロン様。

 なぜか同学年に集まった鬼才、黄金世代と名高い方々。この国の未来を担う次世代のホープ。そんな方々が現れたのは横のクラリオンさんを探しての事でしょう。

 

「顔を上げてくれ」

 

「「はい」」

 

「クラリオン嬢、俺達を放っておいて随分と面白い物を見ていたようだな」

 

「う……」

 

「それで、君、名は?」

 

「はい、私は……」

 

「トラペッタ様! わたしがホルンさんに無理を言ったんです!!」

 

「……クラリオン嬢」

 

「っ! はい!」

 

「王族の話を遮るのは減点だ。人目がある場所では罰を与えざるを得ない。気を付けてくれ」

 

「うぐ……。申し訳ありません」

 

「今は口外する者などいないから問題ないがな。……そうだろう?」

 

 そう言った王子の目線で射貫かれ、私は口をつぐんだまま首をブンブン縦に振って頷いた。あの目は言っていた。バラしたら殺す、と。

 

「それにしても驚いたな。君があのホルン家のご令嬢か」

 

 ”あの”は絶対良くない話ですねわかります。

 

「さっきの槍捌きはかなりのものだと思ったのだが……本当に訓練で負け続きなのか。ザンクス、どうだ?」

 

「ああ、かなりのものだ。これで槍のスキルを持っていないなんて信じられんな」

 

「なるほど……、シェイド?」

 

「爆発力のある不思議な技を使うが、パターンが一定。初期こそ勝ち星を挙げていたものの、現在の訓練での勝率は一割。手を抜いている様子はなし」

 

 うぐ。と言うか見てたのですか?

 

「一割……。ミストロイ、どう見る?」

 

「お二人の発言を鑑みるに……、戦闘の駆け引き、もしくは運び方が下手なのかと。槍の腕から逆算すると……、ど素人レベルになるのですが」

 

 ど、ど素人……。その評価を聞いて、クラリオンさんを含めて全員の目が残念なものを見る目に変わった。……なんで私、王族と上位貴族に囲まれて酷評されているのですか?なにか悪いことでもしました?

 

「Exランク相応と言うことか。勿体ないな……。まあそんなものか。クラリオン嬢、今日は予定が入っていると言っただろう」

 

「あっ……。忘れてました」

 

「全く。ホルン嬢、お騒がせしました。このお騒がせ娘は連れて行きますので、それでは失礼」

 

「お、お騒がせ娘……!? あ、ホルンさん、今日は急にごめんなさい。またね」

 

「あ、はい」

 

 こうして、彼らは嵐のように現れて、嵐の様に去って行った。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □

 

 

「ホルン嬢、手合わせをお願いしたい」

 

「せっかくだ。Exランクとやらを観察させて貰うとするか」

 

「ホルンさん! 頑張って!」

 

 まさかその日から、ちょくちょく来るようになるとは思いもしなかったけれど。

 

 お腹痛い……。

 



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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その3

 

 人気のない校舎の死角に金属同士が何度もぶつかり合う音が響く。

 

「このッ!!【一閃(いっせん)】!!」

 

「ふむ、こんなものか?」

 

 練り上げた闘気を踏み込みと同時に爆発させ、加速。透明なオーラをまとった槍で高速の突きを放つ。

 それを見切った相手は私が戦撃を発動する頃には懐に踏み込んでいて。

 

「……参りました」

 

 渾身の一突きは誰もいない空に威力を霧散させ。技後硬直で隙だらけの私の首に添えられた剣に、槍を降ろして降参を宣言した。

 

 学院内の秘密の場所に珍客が来るようになって数日。気まぐれに訪れたザンクス・オーボエ様との手合わせ。回数にして十数回。未だ勝利数、ゼロ。……もう、泣いても良いのでは?

 

「ホルン嬢。不利になったときに無闇と、戦撃だったか?それに頼るクセは直っていないようだな」

 

「うぐ……。申し訳ありません」

 

「確かにお前の戦撃には一撃で戦況をひっくり返すだけの威力がある」

 

 一度だけ、オーボエ様に戦撃を当てたことがあります。

 オーボエ様の胴体にきれいに吸い込まれていった私の渾身の一撃。穂先を潰した訓練用の槍とはいえ、人体を容易く骨折させる程の威力。

 ですが彼の「金剛体(S)」の前にはかすり傷でした。

「金剛体(S)」はその名の通り、体を信じられないくらい硬くするスキルです。金属の壁など比では無く、伝説に聞く竜の鱗と良い勝負が出来るほど硬いそうです。

 

 私の戦撃はその「金剛体(S)」を使ったオーボエ様にかすり傷を負わせた程度。オーボエ様は驚いておられましたが、私は泣きました。だってこれ効かないなら私勝てないじゃん……。一応吹き飛ばして時間稼ぎは出来ます。

 

「だが使い方がダメダメだ」

 

「……ダメダメ」

 

「お前の槍捌きはSランクスキル持ちのそれに近い。槍を振るう鋭さ、重心の移動の滑らかさ、次の技に移る時の流れ。全てが高レベル、まさに芸術のようだ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「だが、戦撃に移るときに流れが途切れる。端的に言うと全部死ぬ」

 

「……全部死ぬ」

 

 あまりの言い様に私の瞳のハイライトも死にました。

 戦撃に上手く繋げられない原因としては一つ。私の演武の中に戦撃に移る動作は存在しないから。

 私の演武は最初の人生で教わったものです。私の祖先から代々受け継がれてきたものだったのですが、その中に戦撃の動きは含まれていません。

 こうなったら演武の中に戦撃も盛り込むべきでしょうか?

 

「Sランク級の動きが急に途切れてぎこちなくなり、スキル無しよりも酷い動作になる。流れをぶった切って不自然な動きで構えを取るうえ、透明なオーラを出してから技に移るまでの時間が長い。まるでこれから技を使いますよと教えているレベルだ。追い込まれた時に戦撃に頼りがちなクセと相まって、慣れればサルでも避けられる。寧ろ使わん方が時間稼ぎになる」

 

 皆さん聞きました? 私の戦撃、サルでも避けられるんですって。

 ……ちにたい☆

 

「ちょっとオーボエ様!! ホルンさんとっても落ち込んでしまったじゃないですか!!」

 

「ぬぐ……。しかしだな、クラリオン嬢」

 

「しかしもカカシもありません!!ホルンさん、おいで?」

 

「クラリオンさん……!!」

 

「よしよし」

 

 木陰で椅子に座って見学していたクラリオンさんの膝にふらふらと引き寄せられる。私からは見えませんが、クラリオンさんはきっと慈愛の表情で。

 私の髪を優しく撫でてくれる感触に、私の傷ついた心が癒やされていくのを感じます。

 貴族の令嬢にあるまじき醜態ですが、もうなにも考えたくありません。うぼぁー。

 

 クラリオンさんに撫でられて、現実を忘れる事数分。

 

「すみません。つい、お見苦しいものを……」

 

「ふん。貴様が醜態を晒すのはいつもの事だ」

 

 この……!!苛立ちを押し隠して、ニッコリと微笑み返す。

 今のはクラリオンさんの横に座っていたユークリウス・トラペッタ様。毒舌王子め……!!正体表しましたね……!!

 

「トラペッタ様!!」

 

 でもクラリオンさんは私の味方です。嫌われると良いです。もっと言ってやって下さい!!

 

「何だクラリオン嬢? 課題を増やして欲しいならそう言うと良い」

 

「……ごめんなさい。ホルンさん、私は……無力です……!!」

 

 そんな!?瞬殺!?

 クラリオンさんは毒舌王子との貴族としての礼儀作法の勉強に戻ってしまった。世界は……残酷ですね。

 

「続きを良いか?ホルン嬢」

 

「う、受けて立ちましょう……!!」

 

「よし、まあ後は戦い方だな。これは感覚的な話なのだが、とにかく下手だ。何故そこでそうする?という場面が多々ある。……ミストロイ」

 

「はいはい。交代ですね」

 

 打って変わって、説明役に躍り出たのはミストロイ・フールート様。常識人枠なのですが私の勘が囁いています。この人は腹黒メガネだと……!!

 

「ホルン様? 何か余計なことを考えていませんか?」

 

「いえ、なんでもありませんよ?よろしくお願いします」

 

「……コホン。まず、ホルン様の戦い方には戦略が存在していません。全て行き当たりばったり。近接戦闘が得意でない(わたくし)でもわかるほど酷いものです。攻めるべきでないところで突っ込み、押すべきところで躊躇する。そんな場面が多々散見されました。こればっかりは自力で学んで貰うしかありません。正直なところ、ここに関してはザンクスとはレベルが違いすぎて、手合わせでは吸収出来ないでしょうし、ザンクスから解説して頂くのも難しいでしょうね」

 

「戦い方を上手くする……。もう少し考えてみます。ありがとうございます」

 

 どうやれば良いのか全っ然わかりません。攻撃してはいけないタイミングで攻撃している? どうやって判断すれば良いんですかそれ?

 

 何度も転生する中で槍は振り続けてきましたが、やはり戦闘回数はそれと比べると圧倒的に少ないです。槍を振るのは毎日やってきましたが、戦闘は毎日していたわけではありませんから。

 決して少ない回数ではないはずなのですが、私の成長速度では足りなかったということでしょう。なにかコツがつかめるまでひたすら努力するしかないでしょうね。

 

 不完全燃焼だったのか少し離れた場所で素振りを始めたオーボエ様。それを見て元の場所に戻っていくフールート様。手に持った紙を見てウンウン唸っているクラリオンさんと、呆れた表情を浮かべるトラペッタ様。そして離れた場所で、気に背を預けて目を閉じているシェイド様。

 

 少しは仲良くなれたと考えてもいいのでしょうか?少なくともクラスの人たちよりはずっと良いのは確実ですが。

 

 これもクラリオンさんのおかげですね。……少し前までだったらこんな光景はあり得なかったでしょう。

 訓練用の槍を気に立てかけ、振り返る。

 

「すみません。私は少々お花を摘んできますね」

 

「おい」

 

 お手洗いに向かおうとしたところで、木陰で静寂を保っていたトロン様から声をかけられた。

 

「なんでしょうか?」

 

「花ならここに沢山あるぞ?」

 

 彼は真顔で側の地面を指さした。その言葉にキョトンとする。何を言っているのかわからなかった。

 一拍の後、その場にいた全員のジト目が彼に突き刺さった。

 

「な、なんだ。何故そんな目をする」

 

「……ミストロイ」

 

「……はぁ、承知いたしました」

 

 頭痛をこらえるように頭を抱えたトラペッタ様がフールート様に声をかける。それを受けて非常に不服そうなフールート様がトロン様に耳打ちをした。

 そうすれば彼はギョッとしてこちらに振り向いた。

「花を摘む」とはお手洗いのこと。そして彼はここに花があるぞと言いました。つまり彼は「ここで用を足せ」と言ったことになるのです。

 

「へんたい……」

 

「な、違う……!!俺は……」

 

 その言葉の続きを待たずに私は駆け出した。

 シェイド・トロン様。彼は普段物静かで、出来る男の雰囲気が漂っている。実際有能ではある。

 

 だが彼、実はかなりの天然だ。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 中途半端に手を伸ばしたままの格好で固まるシェイドの背中に、ユークリウスが冷たい視線を送る。

 

(全く、世間知らずめ。あれさえ無ければ……。もっと世間の常識を学んでこい)

 

 そこで彼はふと思い出した。

 

「そう言えば……」

 

「どうしました? トラペッタ様」

 

ユークリウスが呟いた言葉に、ペンを動かしていたユニが不思議そうに顔を上げる。

 

「いやなに、そろそろだと思ってな」

 

「そろそろ?」

 

「ああ、学年別である野外演習の時期だ」

 



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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その4

 

 野外演習。

 学年ごとに決められた時期に、ちょっとした遠征に出る伝統行事です。目的としては、野外でのサバイバル技能の向上。

 

 野外演習の場所は学院近くの森なのですが、その森はクラリオンさんが住んでいた村の近くだそうです。とは言えクラリオンさんは森に入ったことは無いらしく、土地勘はないそう。

 『キセキ』の発現の原因となった病気は完璧に除去されたそうなのでそこは心配がないそう。クラリオンさんが言っていました。彼女のスキルの力でしょうか。

 

 五人一組のグループで行動し、一年次は安全のために追加で監督生が付きます。

 戦闘系のスキルを所持していない人も参加させられます。これは戦闘スキル持ちに守らせる訓練、非戦闘員は守られる訓練をするためだそうです。

 

 朝一でスタート地点まで学年全体で向かい準備を整え、昼前にスタートします。

 各グループで順次出発。定められた目的地へ向かい、スタート地点まで戻る事で野外研修は完了となります。

 

 グループは同じクラスの人と組むことになるので、殿下達と組むことはありません。彼らのクラスは人数不足だったので、いつも居る四人だけでグループになっていました。

 

 私のグループは私とクラリオンさん、そして戦闘スキル持ちの3人の男子です。私は戦闘スキル持ちでは無いので、非戦闘員として扱われています。自分の事ながら情けない……。

 

 同じグループの男子三人はクラリオンさんに良いところを見せようと躍起になっています。私は……みそっかすですね☆。……はあ。

 

 監督生の方は少し離れた場所でこちらを観察しています。余程の事が無い限り介入はしないそうです。介入されるような事態になると成績に響きます。

 まあこの森は弱い魔物しか居らず、介入するような事態が起きるのはこれまで片手で数えられる程度だとフールート様が言っていました。サバイバル訓練とはいえ、貴族もいるので危険性を下げに下げてほぼ慣習のようなものとなっています。なので魔物に遭遇することも無く、帰還できるほど簡単なのです。……そのはずだったのですが、現在問題が。

 

「おい、本当にこっちであってるのか?」

 

「わかんねえよ!!」

 

「高い木のせいで空もまともに見えないから方角も確認できないぞ!?」

 

「ねえ、ホルンさん。これって……」

 

「ええ、クラリオンさん。これは……」

 

 私達、絶賛迷子中です。

 

 さてどうしたものでしょうか。監督生は沈黙を保ったままです。

 目的地が記された地図は早々に彼らが確保しています。最低ランクスキル持ちの私に渡すわけも無く。

 自信満々に突き進んでいく彼らの背中に着いて行くしかありませんでした。まあかく言う私も地図は読めないのですが。

 これなら方位磁石くらい持ってきておけば良かった……。簡単と聞いていたので油断しました。

 

「どうするんだよこれ!!」

 

「は? 地図持ってたのお前だろ!!」

 

「全く……。この結果が成績に響いたらどうしてくれるんだ」

 

 現在彼らは誰に責任があるか、なすりつけ合っている所です。言い争っているのを見ていても埒があきません。

 

「あの……」

 

「あ?」

 

 睨まれてしまいました……。

 

「誰か木に登れば良いのではないでしょうか? そうすれば空を確認できるかもしれません」

 

「は? 五月蝿ぇぞ、Exランク如きが」

 

「ただの足手まといの君が命令しないで欲しいな」

 

「……すみません」

 

 にべもなく断られました。とりつく島もありません。

 

「ちょっと皆、酷いよ!?」

 

「しかしですね、クラリオンさん。こいつは現状ただのお荷物。貴女はSランクスキル持ち、守る価値は十分すぎる程ですが、こいつは……ねぇ?」

 

「…………」

 

「そんなの……!!」

 

 向けられた視線から顔を逸らせた所で、別の男子が声を上げた。

 

「そうだ!!お前が登れば良いんだ」

 

「そりゃ名案だ。これでお荷物から脱却、グループの役に立てるって訳だ」

 

「っ! あなた達―――」

 

 男性二人からの提案に声を荒げそうになった、クラリオンさんを手で押しとどめる。

 

「わかりました、やりましょう」

 

「ホルンさん……」

 

「いえ、良いんです。私が役立たずなのは事実なので」

 

 何かを言いたそうだったクラリオンさんの視線から逃れるように背を向ける。直ぐ側の大木を見上げてどうやって登ろうかを考えた所で――――ゾクリと背筋が凍るような危機感を覚えた。

 

「伏せて!!」

 

「――――え?」

 

 咄嗟に叫ぶもこの場の誰も反応できていない。そうしている間にも上空から何かが急接近する。

 

「ッ!!クラリオンさん!!」

 

 私に出来たのは側に居たクラリオンさんに抱きついて地面に倒れ込む事だけだった。

 私達の上を巨大な何かが通り過ぎていったと思えば、湿っぽい、ぐちゃりという生々しい音が耳に入ってきた。ああ、そんな……。

 

 地面に倒れたまま顔を上げると、さっきまでいた男子三人の姿は無く少し離れた場所に大きな血だまりが三つ。きっと彼らはもう……。

 

 また、守ることが出来なかった。確かに彼らは酷い人たちでした。私を差別して、罵倒する。そんな酷い人たち。それでも死んで良いはずなんてなかったのに……。

 

 彼らが作り上げた血だまりの先。そこにはこちらに背を向けた巨大な何かがいた。

 

 強靱な四肢に、背には巨大な翼。長い尻尾に、暗い森の中でも反射光が見える鱗。

 竜だ。

 伝説でしか聞いたことのないドラゴンがそこにはいた。

 

「ホ、ホルンさん……」

 

「ッ!!」

 

 私を呼ぶクラリオンさんの声でハッと我に返る。彼女は恐怖に震えていた。そうです、今は彼女を逃がさないと……!!

 

 反省なら後でいくらだって出来る。それこそ私が死んだ後でも。だから今はクラリオンさんを……!!

 

 その時何かをグチュグチュと貪っていたドラゴンの、血走った目と私の目が交差した。

 

「っ!!走って下さい!!」

 

「う、うん!!」

 

「ゴアアアァァァアァァアァ!!」

 

 あれには私では勝てない……!!生き延びるには逃げるしかない。

 クラリオンさんの腕を引っ張って走り出してすぐ。口に含んでいた何かを飲み込んだドラゴンが地を震わせる咆哮を上げる。

 

 もっともっとと何かを求めるように。狂ったように私達に向けて走り出した。

 

「クラリオンさん、『キセキ』は!?」

 

「ごめんなさい、まだ使い方が……。きゃっ!?」

 

「こっちに!!」

 

 地響きをさせながら追ってくるドラゴンの走る速度は私達より速い。なぜか飛んでは来ないのが救いです。

 普通に走っても追いつかれてしまうので、大きな木の間を縫うようにして逃げていきます。なんども轟音が鳴り響き何かが倒れる音がこだまする。

 日の光すら通さないほど多く巨大な木が、ドラゴンにぶつかる度にへし折られているのです。巨木は壁にはなりませんが、障害物としては機能しています。少なくとも速度は落としてくれているはず、そう思わないとやっていられません。

 

「はあ、はあ、はあ……!!」

 

 慣れない全力疾走にクラリオンさんの息が上がってきた。彼女を担いでも私の力では共倒れ……、そうだ!!

 

「クラリオンさん、上に跳ねるように走って下さい。……そうです、そのまま。今から私が引っ張ります」

 

「わっ!?」

 

 走っている時は両足は地面に付いていません。その滞空時間が延びるように走ってもらいました。そして浮いている間に私が引っ張って距離を稼ぐ。

 クラリオンさんはまるで鹿が走るようで。

 彼女が地面に脚を着くときに転けないように注意しなければなりませんが、これで大幅に速度アップ。

 これなら逃げ切れ――――そんな!!?

 

 目の前に影と共に降ってくる巨体。ドラゴンだ。次々と木がへし折れる音と共に地面に激突。

 

 痺れを切らしたのか、跳躍したのでしょう。進行方向を塞ぐように地面に激突したドラゴンはこちらに向き直る。

 

 口元がヤケに明るい。炎が漏れている?。これは噂に聞く――――ブレス!?マズい!!

 

「くっ!?」

 

 炎が発射されるのを見る前にクラリオンさんを抱き上げ、全力で横に跳躍。近づいてくる熱源。無情にも吐き出された炎の範囲は広く、逃れることは出来そうもない。

 

 せめてクラリオンさんだけでも……!!と投げ飛ばそうとした。その時。

 炎と私達の間に何かが滑り込んできた。

 

「絶対に防ぐ……!!」

 

 巨大な盾を地面に叩きつけ、盾を強化するように透明な障壁を展開した。その障壁は今にも私達を飲み込まんとする竜の炎を完全に遮断していた。

 

「あなたは……!!」

 

 監督生の方!生きていたんですね!!

 

 両手で盾を押え続けている監督生の方が振り返った。炎に照らされた横顔で叫ぶ。

 

「ここは俺が時間を稼ぐ!! だからすぐに応援を呼んできてくれ!!」

 

「そんな! 置いてはいけません!! 私も手伝います」

 

「悪いがお前じゃ足手まといだ!! 俺を死なせたくないなら、その子を連れてさっさと行け!!」

 

「……ッ!!」

 

 ここでも、私の弱さが足を引っ張る……!! 唇を噛みしめ頷いた。

 

「わかりました。ベースキャンプの方向は?」

 

「このまままっすぐだ! 行け!!」

 

「すぐに助けを呼んできます。クラリオンさん……」

 

「う、うん。先輩、頑張って下さい……!!」

 

「まかせろ……!!」

 

 悔しさを振り切って後ろに駆け出す。私では助けられないから、せめて急いで応援を……!!

 クラリオンさんの手を引いて前へ前へと駆けていく。どうか死なないで……!!

 

 その願いは奇しくも嫌な形で実現される事となる。

 

 それから走って数分は経ったでしょうか。薄暗さが消え、日が差す程度には森が浅くなった。明るさ的にきっともう少しでスタート地点に、ベースキャンプにつく。

 

 希望を抱いたそこに。

 

 まるで何かに投げつけられた様にして目の前に着弾するものがあった。それは。

 

「そんな……」

 

「ゲホッ。……悪い。大して持たせられなかった……」

 

 砕け散って持ち手だけになった盾が指に引っかかり、握りしめられた様にして体中の骨を折られた監督生の人だった。この人がここにいると言うことはつまり――――。

 

 土埃を上げて絶望が背後に舞い降りた。



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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その5

 

「先輩!!」

 

 手足の骨が折れ蓑虫の様になってしまった監督生の方を、クラリオンさんが抱き起こそうとする。

 

「ダメです!! クラリオンさん、今下手に動かすと彼は死んでしまいます!!」

 

「そんな……!!」

 

「その子の言うとおりだ。竜に投げつけられた衝撃で肋骨が幾つか内臓に刺さっている。今動けば出血多量で死ぬ。捨て置け。俺は逃げられない」

 

「でもこんな先輩を置いて行けない……!!」

 

 悲壮な声を漏らすクラリオンさんに得心がいく。なるほど、二人は知り合いなのですね。

 ……今もドラゴンはこちらに向かって来ています。時間が無い。

 

「監督生の方、ベースキャンプまでは後どのくらいですか?」

 

「さっきのペースなら15分と言った所だ。あいつが俺を喰っている間に2分は稼げる。早く行け」

 

「わかりました」

 

 ベースキャンプまで15分。ベースキャンプには確か脚が速いスキル持ちが数人居たはずです。そして治療系のスキル持ちも。帰りはもう少し早くなるとして、往復で20分でしょうか。全身を骨折しているのにまだ話せているのを見るとかなり生命力が高い様子。これならなんとか間に合いそうですね。

 

「――――クラリオンさん。その人、今からベースキャンプに向かって助けを呼べば、処置が間に合って助かる可能性が高いです」

 

「う、うん」

 

「それでは頼みましたよ」

 

「―――――え?」

 

 惚けた顔をするクラリオンさんを置いて前に駆け出す。今も歩いて来ているドラゴンの方へと。

 

「おい!馬鹿!!」

 

 クラリオンさんにはたくさん良くしてもらいました。今こそ、恩を返すとき……!!

 息を大きく吸い込み、踏み込んだ脚が地面を割り砕いた。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!!!!」

 

 戦撃の発動と共に一気に加速。無色の闘気をまとって高速で突撃する。ドラゴンとの距離が一息で無くなって。

 

 体をギリギリと捻り、戻したことで全身のパワーを余すこと無く乗せた一撃がドラゴンの頭部へ轟音と共に突き刺さる。破城槌が高速で突っ込んできたが如き一撃は、しかしドラゴンの強靱な鱗に傷一つ付けることは出来ていなかった。

 

「オーボエ様、ドラゴンの鱗の方が硬いじゃないですか……!!」

 

 泣き言を言いながらも動きを止めない。覚悟はしていましたが、限度ってものがあります。

 

 でも大丈夫です。私が倒そうだなんて考えていないから。歩み続けていたドラゴンが脚を止め、血走った目を私に向けた。

 

 足止めは出来なくても、囮にはなれる……!!

 

 ドラゴンが巨大な前脚を振り上げる。爪をまともに受ければ細切れ、押しつぶされれば容易くミンチ。私のスピードでは逃げ切れない。だから――――

 

「ちょっとだけ、【魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

 【魔喰牙(ばくうが)】の加速力を回避に流用しジャンプ。

 ドラゴンの振り上げた前脚、その反対から回り込む様に頭上に向けて飛び上がることで、前脚の一撃を避けることに成功。振り下ろされた前足が地面を抉ると同時、ドラゴンの頭上に着地して。

 

 頭を踏みつけた。

 

「こっちですよ、お馬鹿さん」

 

 ブチリと何かが切れるような幻聴が聞こえた気がする。

 

「ゴアアアァァァアァァアァァァァァアァアアァ!!」

 

 怒りの咆哮を上げ、身を震わせたドラゴン。その頃には私はドラゴンの背を滑り降り、尻尾を伝って地面に降り立っていた。滑り降りるのはちょっと面白かったです。こんな遊具があれば楽しそう。

 

 ドラゴンは後ろに居る私に向けて、振り向きざまに爪で切り裂こうとする。とはいえ既に範囲外、当たることはありません。走って逃げていく私を血走った目で睨み付け、追いかけてくる。

 ドラゴンの敵意は私に向きました。これならあの二人も大丈夫、助かります。クラリオンさんがベースキャンプに向かえば、助けが……きっと来る。

 あとは私が逃げ延びる事が出来るかどうかだけ。

 

 木の間を縫うように走り、木をへし折りながら迫るドラゴンからひたすら逃げ続ける。

 

 ドラゴンの足音が突如止まる。何かが焦げるような匂いが強くなり、危機感が警鐘を鳴らす。振り向けばドラゴンがブレスを吐き出す所だった。

 

「ッ!!【魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

 扇状に広がっていく炎。範囲が広すぎる……!! 横に回避することは困難と判断。すぐさま戦撃で加速して上空に飛び上がり、木の枝の上に飛び乗った。木登り、思ったよりも簡単でしたね。まあ普通にやったら私では多分登れないですけど。

 

 そんなことを現実逃避気味に考える。さっきまでいた一体は火の海。ここまで熱と煙が上がってきて、熱いし息苦しい。

 

「ケホッ、ケホッ……。どうしましょうか」

 

 幸いに、と言えるのかはわかりませんが火の燃え広がりはゆっくりです。今が乾燥した時期だったらもっと酷い火事になっていたでしょうね……。

 

 逃げる場所を探していた時炎の明るさに照らされた空に、薄らと何かが見えた。

 

 上空でゆっくりと滞空する火の玉。あれは……照明弾? 私が走ってきた方向です。監督生の方が持っていて打ち上げたのでしょうか?

 

 そこまで考えた所で大木がグラリと揺れた。倒れる!? 

 傾いていく巨木。このまま落ちれば火の海に真っ逆さま。

 急いで太い幹に飛び移り、先端に向かって走る。少しでも距離を……!!

 

 そして倒れるスピードが上がりきる前に。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!」

 

 戦撃ジャンプ。倒れ行く巨木を蹴り飛ばしてさらに距離を稼いだ。おかげで火の海からは脱出することに成功しました。炎に照らされて辺りがヤケに明るい。

 

「はあ……ッ、はあ……ッ」

 

 膝に手を突いて息を整える。【魔喰牙(ばくうが)】をこんな風に移動に使ったのは初めてです。連続使用すると体力的に結構重いですね。煙と熱で息がしづらかったのもあってなかなか息が整わない。

 

 そう言えばドラゴンはどこに……?

 

 ふと足音のしないドラゴンに違和感を覚え、視界の端に動く何かを捉える。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に逃げようとしたものの避けきれず、はね飛ばされて地面を転がされた。

 痛い痛い痛い痛い痛い!!!

 

「ふ、ぐぅ……!! ……そんな」

 

 左腕にまるで燃えるような痛みと喪失感。私の肩から先が無くなっていた。

 

 感じる痛みに自然と涙がこぼれ落ちていく。それでもドラゴンは待ってくれない。押しつぶそうでもいうのか前足を振り上げた。地面に蹲ってしまいそうなほどの痛みを歯を食いしばって耐え、体に力を込める。

 肩から血が流れ落ちていくのも構わず、地面を転がって無様に避ける。急いで立ち上がって、ドラゴンの体の下を駆け抜けた。ドラゴンは巨体故に体の下に潜り込んだ私を見失っている。そのまま走って離れようとしたところで、鞭のようにしなって迫るドラゴンの尾を視界に捉えた。

 

 見えづらい……!!

 

 このドラゴンの鱗は赤褐色。それが炎に照らされて保護色のようになっているのだ。

 

 尾の間に槍を挟んでガードしたものの焼け石に水。とんでもない力ではね飛ばされてしまう。

 

「ぐぅッ!? ……ゲホッ!! ゲホッ!!」

 

 意識が朦朧とする。口元から血が零れるのも構わず、走って離れようとする。だが、数歩としないうちに倒れ込んでしまった。

 

 バランスが……!?

 

 片腕が無くなったせいで上手く走れない。もう一度立ち上がろうとしたものの、今度は足がついてこず、ストンと座り込んでしまった。

 

 力が入らない。血を流しすぎてしまった。私が走ってきた後には流した血の量が一目でわかるレッドカーペットが敷かれている。

 

 鮮血の道の先ではドラゴンが何かを咥えている。あれは……、私の腕? 骨が砕かれる不穏な音と共に腕が飲み込まれた。

 

 背筋が凍り付く。次は自分がああなるのだと思うと、呼吸もままならない。

 

 力なく座り込んだまま、少しでも距離を稼ごうとズリズリと後ろに下がっていく。背になにか当たった。木だ。もう下がれない。振り返れば、こちらを睨み付けるドラゴンと目が合った。

 ドラゴンが一歩進む。

 

「あ……」

 

 もう、逃げられない。私の呼吸音は重たい足音に押しつぶされる。

 嫌だ。死にたくない。今でも死ぬのは――――怖い。

 目が、耳が、鼻が、舌が、肌が。何も感じられなくなって。寒くて。心細くて。自分というものが少しずつほどけて消えていく。

 もう、このまま戻れないんだって。暴れるくらい怖いのに、指一本動かす事なんてできない。

 怖い、怖い。怖くてたまらない。

 

 ああ、でも。クラリオンさんは助かったから、良いか……。

 

 せめてその瞬間を知らなくても良いように目をつむった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「……え?」

 

 それは聞こえるはずのない声。ここにで聞こえてはいけないはずの声。間違いであってくれと願いながら目を開く。

 

 生臭い吐息が感じられるほど直ぐ側にドラゴンの顔があった。そこにコツン、と何かがぶつかる。

 

 小石だ。それが当たったところでドラゴンにダメージなんてあるわけが無い。でもそれはドラゴンを振り向かせるには十分だった。

 

「なんで……」

 

 視線の先には息を荒げたクラリオンさんが。振り向いたドラゴンに怯えている。当たり前だ。彼女に戦う力なんてない。

 

「逃げて下さい!! こっちに来てはいけません!!」

 

 その時、今まさに私を喰らおうとしていたはずのドラゴンがクラリオンさんの方へと踏み出した。そのまま迫っていく。

 

「なんで……?」

 

 クラリオンさんは思わず一歩下がり、転けた。腰を抜かしたのか起き上がれないでいる。

 

「なんでそっちに行くんですか!!」

 

 私が動けないから、逃げられないように元気な方を狩ろうとでも言うのか。ドラゴンは私の手の届かない場所に遠ざかっていく。

 

「私がここにいるでしょう!!」

 

 クラリオンさんはまだ起き上がれないでいる。涙を流してドラゴンの巨体を見上げるばかり。

 

「早く逃げて下さい!!」

 

 もう手が届く。対して私は立ち上がることもできていない。

 

「やめて!!」

 

 竜の顎門が迫る。私は祈ることしかできない。

 

「やめて!!」

 

 クラリオンさんの、涙を(たた)えた瞳と目が合った。

 

「やめろォォォォ!!!!」

 

 彼女は笑う。「逃げなくてごめんね」と。

 

 これは自然の摂理。弱いものが食い物にされ、強い者が富む。弱肉強食。当然だ。抗うことなど、できはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――本当に?

 

 

 血が沸騰する。怒りで自分を殺してしまいそうだ。抗うことなど、できはしない? なんだそれは。

 

 目の前で失ってどれほど後悔した? もう失いたくないから力を求めた。例え私がどれほど弱くても、――――抗うのを辞めるのは死んだときだけだ。

 

「あああああああッ!!」

 

 喉が裂けるほど叫ぶ。自然と立ち上がっていた。

 

 左足を大きく踏み出す。右腕に槍を携え、体を捻ることで力を蓄えて。闘気をかき集める。槍に集った闘気が不足を知らせるように不明瞭な点滅を繰り返す。

 

 闘気が足りない。なら……もっと奥底から!! 無色透明な闘気が命を引きずり出した様な紅蓮に染まる。不明瞭な点滅が止まった。

 

 弱肉強食は世の摂理。

 お前が彼女を喰らうというのなら―――――私が先にお前を喰らってやる……!!!!

 

 右足で地面を蹴りつければ。ドンッ!!と地面が深く抉れた。

 

「【魔喰牙(ばくうが)】アアアッ!!!!!」

 

 彼我の距離が一瞬で無くなる。突きだした槍は。

 爆音と共に鱗を砕き、衝撃波をまき散らしながらドラゴンを宙に舞わせた。砕けた鱗がキラキラと輝く。落下したドラゴンが地面を転がり、地面を震わせた。

 

 ドサリと、槍を突き出したままの格好で地面に倒れ込んだ。

 

「ホルンさん!?」

 

 クラリオンさんが抱き起こしてくれました。でも動けそうにありません。

 

「逃げて下さい。ドラゴンはまだ死んでいません。私は……動けません」

 

 ほら、今目を開けた。

 

「いやだよ……」

 

 自分の呼吸音が嫌に大きく聞こえる。雨が顔に落ちてくる。いえ、これは涙? 雨の音は聞こえませんので。

 

「置いて行けない……」

 

 自分の心臓の音、クラリオンさんの心臓の音、ドラゴンの不規則な心音。全部聞こえる。なんだか全部ゆっくりですね。

 

 自分の中で、何かがカチリと音を立ててきれいにはまったのが分かった。ああ、そう言うことですか。私のスキルってこうする(・・・・)んですね。

 

 手が動く。親指で涙を拭った。

 

「しょうがないですね……」

 

 あんなに怖がっていたのにまだ逃げないなんて。

 

「え?」

 

「《薔薇九拿(バラクーダ)》」

 

 無くなった左腕。そこからこぼれ落ちていた私の血が、地面にまき散らされていた血が。まるで生き物の様に蠢く。薔薇のように棘を生やした、赤の鞭が九本。体を起き上がらせたばかりのドラゴンを縛り上げた。

 

 クラリオンさんはもう逃げてくれないから。それなら逃げる必要を、消し去ればいい。

 

 恨まないで下さい。弱肉強食、ですので。




おまけ三話くらいのつもりだったんだけどなぁ。終わらない……。


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第??羽 人ノ刻 Ⅱ その6

お気に入り200件突破!!ありがとうございます!

長いです。いや、ホントに。


 

魂源輪廻(ウロボロス)(Ex)』。私が今世で得たスキル。いえ、元々持っていたと言うのが正しいでしょうか。

 転生を始めた最初からこの能力を、私は持っていました。そして今世で『スキル』という形になり、今になってようやく使えるようになった。

 

 私に記憶を持ったままの転生を強制させるスキル。そして、今までの前世で得た能力を今世で引き出せるようにする能力。

 

 私の血が棘の生えた鞭にと成り、竜を縛り上げたのは『吸血鬼』の力を引き出したから。

 他にも『鬼』の力と、『人間』だった時の力も感じます。

 

 今の私の身体能力は今までの比ではありません。

 

 ドラゴンは血の鞭に縛られて動けないでいる。

 今のうちに……。

 体を起こし、クラリオンさんに向き直る。

 

「クラリオンさん、お願いがあります」

 

「う、うん。なんでも言って?」

 

「血を分けて欲しいのです」

 

「へ? 血を?」

 

「そうです」

 

 本当だったらドラゴンはから血を貰おうと思ったのですが、奴の血からは嫌な匂いがします。おそらく毒、もしくは病。

 そんなものが含まれた血を私が飲めば、戦いどころではありません。さらに体調は悪くなるでしょう。

 

 吸血鬼といえど血を流しすぎました。増血する為にも血を吸う必要があります。

 

「さっき使えるようになった私のスキルの効果です。血を貰うことでパワーアップすることができます」

 

「ホント!? スキルを扱えるようになったんだ!! いいよ。わたしの血で良ければ使って」

 

 こんな時なのに私がスキルを扱えるようになったことを我が事のように喜んでくれる。

 肝が据わっているのか、それとも心の底から私の事を祝ってくれているのか。破顔する彼女に自然と笑みがこぼれた。

 

「ありがとうございます。それでは失礼して……」

 

「え? ちょ、ホルンさん!? 顔が近――――」

 

 クラリオンさんの肩に手を置き、引き寄せる。首元に口を近づけ、柔らかい肌に歯を差し込んだ。

 

「ふ、ぁっ!?」

 

 吸い付けば、口の中に甘い甘い砂糖菓子のような液体がとろりと広がっていく。……おいしい。

 

「ん……ちゅる。……くちゅっ、じゅる……はむ……」

 

「ぁ……待っ……これ……すご……」

 

 飲み込めば、乾いた体に染み渡っていく。なくなっていたものが埋まっていくようで、その感覚が心地いい。もっともっとと引き寄せればクラリオンさんも腕を背に回して抱きしめてきた。吸血行為は痛みを与えません。そのせいでしょうか。

 

「んぅ!? ……や、ぁふ……い、ぅ……」

 

 ……これ以上は血を吸い取るのは危険ですね。

 

「……じゅずずッ!!」

 

「んん!?」

 

 名残惜しさから最後に一際強く吸い込めば、クラリオンさんは驚いたのか体をビクリと震わせた。

 無理をさせてしまったのか、クラリオンさんの頬は上気していて。立ち上がって口元を拭った後でも、こちらをぽやっと見上げていた。

 

「クラリオンさん」

 

「ぁ、はい……」

 

「痛くなかったですか?」

 

 吸血行為は痛みを与えないはずですが、一応の確認です。

 

「ううん、全然。……むしろ」

 

 良かった。言葉を濁して俯いてしまったクラリオンさんの首筋にもかみ傷はなし。これは私の唾液の効果ですね。吸血鬼の強い再生能力は、血に込めることで他者にもかなりの効果を見込めます。それとは別に、唾液には常に微弱な再生効果が含まれています。なので吸血鬼は口内炎になりません、がそれはどうでも良いですね。

 

 吸血によって高まった再生効果を、なくなった左肩に集める。するとみるみる内に腕が復活してきた。

 

「腕が……治った……」

 

「ええ、貴女のおかげです」

 

 驚いているクラリオンさんに感謝の笑みを向けると、彼女は顔を紅くして俯いてしまった。疲れているのでしょうか。かなりギリギリまで血を吸ってしまったせいですね。おそらくあまり動けないでしょう。

 

 再生した左の手首に槍の穂先を当て、傷を付ける。流れ出した血に力を込め。

 

「《血界(けっかい)Δ(デルタ)》」

 

 地面に零れ落ちた血が半透明の三角錐の結界を作り上げる。

 

「これは?」

 

「外から入ることは出来ず、中から出ることは出来るちょっとしたバリアです。安全が確保できるまで、出ようとしないで下さいね? 大した強度ではありませんが、少なくとも流れ玉や余波で壊れることはないでしょう。私は――――」

 

 周囲がオレンジに照らされる。血の鞭に捕まっていたドラゴンが、炎で自分ごと血を焼き払ったのだ。炎の中から歩み出てきたドラゴンが私の姿を捉え、睨みつけてくる。それに臆することなく私も睨み返した。

 

「あれを喰らってきます」

 

「き、消えた……!?」

 

 先手必勝とばかりに地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰める。今の私の速度は、スキルなしで戦撃を使った時と同等。クラリオンさんからすれば、消えたように見えたのでしょう。パワーも比べ物になりません。

 

 しかし、ドラゴンは巨体。威力が高くても、鋭い針で突かれた程度でしょう。私の前世にはそれを覆す技術がありました。それが『氣装纏武(エンハンスメント)』。武器に闘気を押し込み、解放することで擬似的に巨大化させる技術。

 

 ただ、私はそれを習得できませんでした。

 

「血葬:――――」

 

 なので私は代替えする技術を獲得しました。闘気よりも扱いやすく、持続時間も長い。血をまとわせる技術。デメリットはダメージで形が壊れること、使いすぎると貧血になること、威力が低めなことでしょう。

 

 それが『血葬』。

 

「【一閃(いっせん)】!!」

 

 巨大化した朱槍が無色透明な闘気をまとって突き出される。これまでと比べ物にならない威力。鱗を貫き、血をまき散らす。しかしドラゴンも痛みに呻きながら翼で反撃してきた。

 

「ぐっ!?」

 

 横殴りの衝撃。受け止められず、地面を転がっていく。

 さっきまでだったら重傷だったでしょうが、今は前世の力で強化されているので軽傷で済んでいます。それも吸血鬼の再生能力で回復しました。

 

 地面を転がる私に迫るドラゴン。跳ね起きつつ、牽制の遠距離攻撃。腕を振るう。

 

「《ディープ・ライン》×5」

 

 血で作られた細長い光線。それが5本ドラゴンに向けて打ち出される。それはまさにドラゴンにとって針のようなもの。気にせず突進してくる。強固な鱗に阻まれ、金属音と共に4本が弾かれた。

 うち一本は杭のように鱗の割れた部分に刺さったものの、ドラゴンは痛痒にも感じていない。しかし。

 

「《リベリオン》」

 

「グオォォォ!?」

 

 その刺さった一本が、突如として無数の針を発生させた。まさに体の中に無数の針を刺されるような状況。体内からの痛みにさしものドラゴンもたまらずたたらを踏む。

 地面を蹴りつけ、姿がかき消えるほどの速度で接近。

 

「【血葬:回舞(かいまい)】!!」

 

 空中で舞うように一回転。巨大化した薙ぎ払いがドラゴンに襲いかかる。だが、それはドラゴンの翼に阻まれた。しっかりと受け止められている。

 

 ……私の動きが見えていますね。確実に今の私の速度が補足されている。

 

 血葬を維持しながら隙を作り出そうと攻撃を加えていくものの、その全てが対処される。思えば私の攻撃がまともにダメージを与えられたのは意識外の不意打ちばかりでした。動きは鈍重ですが、目は良いようですね。

 

 突きだした槍が腕に受け止められる。引き戻した所で、ドラゴンが体を捻り一回転。尾で周囲をなぎ払った。たまらずガードしたものの、後ろに押し戻されてしまう。

 

「危ない……!」

 

 距離が開く。地面を滑りながら転けない様に下に目をやった次の瞬間、足下に巨大な影が。

 弾かれるように見上げればすぐ真上にドラゴンが。近い!!

 跳躍し、振り上げた腕を叩きつけてきたのだ。すぐさま対抗するように左腕を振り上げる。

 

「《ネイル・ゴア》!!」

 

 空を引き裂くように振り上げられた爪から、五本の斬撃が生み出される。鬼の怪力のおかげでドラゴンさえ持ち上げる事ができるものの、今回はドラゴンに軍配が上がった。

 

 血で作られた斬撃は砕かれ、ドラゴンの鋭い爪で切り裂かれた。

 

「!!?!?」

 

 急所は避けたものの声にもならない悲鳴が漏れる。体がズタズタに引き裂かれ、地面に崩れ落ちた。再生を急ぐものの、それごと焼き尽くそうでもいうのかとドラゴンが口元の熱を集めていく。このままでは動けるようになる前に焼き尽くされてしまうでしょう。多少の火傷なら問題なく再生できますが、灰になってしまえば流石に復活できません。

 急いで地面の血だまりに干渉する。

 

「け、《血界:β(ベータ)》……!!」

 

 戦いの最中でまき散らされていた私の血。その血だまりの内三つがボコりと盛り上がると巨大な六角柱が地面からせり上がり、斜め下から突き上げた。

 ブレスを発射するためにタメを作っていたドラゴンは避ける事ができない。三カ所から胴体を挟み、圧迫。口元の熱は霧散した。

 

 怪我の再生もそこそこにドラゴンに向けて走り出す。痛みは我慢!

 

「【血葬:魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

 使い勝手の良い、高速突進攻撃。距離を潰し、鮮血の槍を叩き込む。ドラゴンはいまだ三つの六角柱に挟み込まれ、抜け出そうと藻掻いている。好機!!

 

「【血葬:烈坑閃(れっこうせん)】!!」

 

 単純な突き。それが6回、ドラゴンの巨体に突き刺さる。痛みに悲鳴を上げるドラゴンに追撃。

 

「【血葬:乱莫(らんぼ)】!!」

 

 前に踏み出して、片手で槍を突き出す。さらになぎ払い、地を這うほどに踏み込んで突き上げた。三連撃。

 

 怒濤の連続攻撃を叩き込んだ所で、ドラゴンの鱗が輝き出す。これは……熱!? 咄嗟に後ろに飛んだところで、感じた熱が急上昇。ドラゴンを中心に、大きな爆発が巻き起こった。自爆……!?

 

「熱っ……!!」

 

 かなりの熱量で爆風を浴びただけで火傷を負ってしまった。爆風だけでこれなら、《結界:β(ベータ)》は蒸発させられたでしょう。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 爆心地では未だ炎が立ち上っている。周りの植物が燃え広がり始めた。今は近づけない。火傷の修復速度を早めるために力を送り込もうとしたところで、炎の中から凶悪な顎門が飛び出してきた。

 

「まず……!?」

 

 左腕に噛みつかれた。そのまま持ち上げられ、地面に叩きつけられた。衝撃で吹っ飛び、同時に腕が食い千切られる。

 

「ぐ!? あああッ!!」

 

 このくそドラゴン、また私の左腕を……!! 地面を転がるのが止まったところで顔を上げれば、ドラゴンが左腕を咀嚼していた。少しでも体力を回復させようと言うのでしょう。さっきの自爆で結構ボロボロになっていますので。

 

「腕、美味しいですか!? なら、食らえ!! 《リベリオン》!!」

 

「グオォォォ!?」

 

 ドラゴンの口の中、そこにある私の血に干渉し、四方八方に棘を発生させる。口の中は針地獄。悲鳴と共に私のものでない血がこぼれ落ちた。食べようとするからです。私は美味しくないですよ?

 

 腕を再生する。

 

 ……そろそろ吸血の効果も途切れそうです。またクラリオンさんから血を貰うわけにもいきませんし。結構ギリギリまで吸ってしまいました。

 時間をかけると不利です。さっきの自爆で炎が木に燃え移った。早く終わらせないと、火事で死ぬことになります。一気に攻める……!!

 

 殺意を滲ませて突進してくるドラゴンに、こちらも駆け出す。

 距離がなくなり腕が振り下ろされる。でも避けない。普通に戦撃を使っては見てから防がれます。だから、カウンターを狙う……!!

 

「【血葬:乱莫(らんぼ)】!!」

 

 振り下ろされる腕を突き、薙ぐことで威力を減らす。そして最後の突き上げで腕を弾いた。

 

「【血葬:魔喰牙(ばくうが)】ッ!!」

 

 がら空きの胴体に突貫。巨大な朱槍がドラゴンの肉を抉り、血をまき散らす。ドラゴンはそれを受け止めて、反撃で左爪で切り裂いてきた。……ぐ!! 想定内……!!

 

 距離が空かないように踏ん張り、さらに血を操って自分の体を押さえつけその場に無理矢理留まる。

 

「【血葬:烈坑閃(れっこうせん)】……!!」

 

 お返しに六連撃の突き。ドラゴンの左腕をボロボロにしていく。戦撃が終わり動きが止まったところに、頭上から翼が叩きつけられた。

 頭への衝撃に意識が飛びそうになる。舌を思いっきり噛み、痛みで無理矢理覚醒。……想定内!! 口元から血が零れる。

 

「【血葬:双爪(そうそう)】!!」

 

 ドラゴンの顔を左右から叩きつける。鱗が砕け、血が飛び散る。左から迫ったドラゴンの右爪に体が深々と刺し貫かれた。

 

「がッ、ァァァアア!?」

 

 左半身に大量のカミソリでも突っ込まれたような激痛が襲いかかる。左腕、動かせない。左脚、千切れそう。左目、見えない。……想定内ッ!!死ななければ全部、想定内ッ!!!!

 

 体重を前に傾ける。爪の切れ味は鋭い。それが逆に助けとなり、切り裂かれながら爪から逃れることに成功。もちろん激痛。そんなものは関係ないとばかりに動かない左半身を無理矢理動かすため、戦撃を発動する。

 

「アアァァァっ!!【血葬:魔喰牙(ばくうが)】ッ!!」

 

 重傷。でも治せるから問題ない……!!後先考えない突撃。激突の衝撃が周囲に響く。その時ドラゴンが僅かに後退した。痛みでは無く、恐怖で。得体の知れないものを見たような目で。今更遅い……!!

 

 切り裂かれた左半身から零れた大量の血に干渉する。

 

「《血界:α(アルファ)》……!!」

 

 血だまりが膨れあがり、巨大な顎門を形成する。ドラゴンを左右からトラバサミのように咥え込んだ。隙をさらしたドラゴンを締め上げ、歯を肉に食い込ませる。

 

 地面に落ちながら体を修復する。もう一歩、動ければ問題ない……!!

 

 燃える木に照らされる中、地面に降り立ち、抜け出せないドラゴンの胸に狙いを定める。脚を止め、体をねじり上げる。溜めた力を闘気と共に解放した。

 

「【血葬:剛破槍(ごうはそう)】ッ!!!!!」

 

 巨大な朱槍が胸部の鱗を砕き、そのまま貫こうとしたところでその進行が止まった。

 

「この!?」

 

 ドラゴンが両腕で掴んで受け止めたのだ。今も血の顎門に挟まれて弱っているはずなのに……!!しかも。

 

「押し返される……!?」

 

 命の危機に火事場の馬鹿力でも引き出したのか、戦撃が力負けしている。なにせ命がかかっています。ドラゴンだって必死です。槍にまとわれていた透明なオーラが不調を示すように、不規則な点滅を繰り返す。

 このままでは戦撃が失敗する。そうなれば、少しの間動けない。そんな隙を晒せば瞬く間に食い殺されてしまうでしょう。その後は――――クラリオンさんの番だ。そんなこと許せない。

 

「負けられない……!!」

 

 闘気が周囲の炎より濃い紅蓮に染まる。今ある力を全部使う。ない力も引きずり出す。押し返されていた朱槍が再びジリジリと進み始める。それどころか加速し始めればドラゴンの焦りの色が濃くなった。そして均衡が一気に崩れる。

 

「はあああああッ!!」

 

 気合一閃、血葬にさらに血を送り込んで巨大化させる。抑えようとする腕を弾き飛ばし、逃げることのできないドラゴンの鱗を貫いた。そのまま背中から巨大な朱槍が姿を現す。致命傷だ。

 

 抜け出そうと藻掻いていたドラゴンが遂に動きを止める。

 

 終わった……。

 

 トラバサミのようになってた血が形を失いパシャリと地面に落ちた。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 突き出したままだった槍が手から滑り落ち、地面に倒れこむ。眠い、疲れました。

 パシャパシャと何かが走ってくる音がする。

 

「ホルンさん!!大丈夫!?」

 

 ……クラリオンさん?良く、見えないですね……。これは、抱き起こされたのでしょうか。

 

「すごい傷……!!腕の時みたいに治せないの!?」

 

 ……ん。傷の修復に意識を割く。

 

「力が足りないみたいです……」

 

「なら! さっきみたいにわたしの血を吸ったら……!」

 

「……ダメですよ。これ以上は貧血で倒れてしまいます。それにもう体力自体が残っていないので、あまり意味がありません」

 

「貧血なんて言ってる場合じゃないよ! 火が……!!」

 

 クラリオンさんの声に焦燥感が滲んでいる。

 焦げ臭いと思っていたらそれですか。ブレスや自爆の炎が回り始めたのでしょう。全く、迷惑なドラゴンですね。

 

「ホルンさん!? 聞こえてる!? 返事をして!」

 

 なにか、言ってますか? よく、聞こえません。

 

「意識が……!!」

 

 夢現のところに、口の中になにか突っ込まれた。薄らと目を開けるとそれはクラリオンさんの指だった。血が出ている。

 

「クラリオンさん……?」

 

「起きた!? 寝ちゃダメだよ!!」

 

「火が、危ないですよ? 先に逃げてください。後から、追いかけます……」

 

「それは無理そうだってことくらい、戦えないわたしにもわかるよ……!!」

 

 クラリオンさんが私を背負う。

 

「必ず連れて帰るから。貴女がドラゴンに勝てるくらい強いって皆に教えるの。わたしの友達はホントは凄いんだって!! だから、こんなところで死なせない……!!」

 

「ふふ、それは素敵ですね……」

 

「そうだよ。だから一緒に逃げるよ」

 

「…………」

 

「ホルンさん?」

 

「…………」

 

「……ッ!! 諦めないから……!!」

 

 人一人を背負って森の中を進む。広がった炎が後ろから迫ってくる。もう、ベースキャンプの方へは向かえない。

 

「はぁっ……、はぁっ。ゲホッ!ゲホッ!」

 

「…………」

 

 ひたすら炎から逃げるように歩いていく。煙に巻かれて、呼吸が辛い。ドラゴンの脅威から生き残ったのに、勝ち残ったのに、炎で死んでしまうなんてそんなの嘘だよ。

 

 気づけば一面燃え盛る炎。どこがで木が倒れる音がする。近い。

 

「ゲホッゲホッ!! はっ……、はっ……」

 

「…………」

 

 デコボコした地面に足が取られる。上手く進めない。

 貧血なうえ、疲れで脚が震える。関係ない。彼女は傷だらけで戦った。

 汗が滝のように流れる。炎が近い。煙で息が苦しい。目が霞む。

 

「きゃあ!?」

 

 突然、燃え盛る木が倒れてきた。

 それに驚いて避けようとしたら、足がついてこずに倒れてしまった。その時の衝撃で背中から落としてしまう。

 

「うう……。ケホッケホッ、ホルンさん、どこ!?」

 

 煙に視界を阻害され涙を出しながら辺りを探す。そして倒れたまま動かない彼女の姿を見つけた。結構な衝撃だったはずなのに目を覚ます様子も無い。嫌な予感を押し殺して口元に手を当てた。

 

「そんな……、息が……。いや、ちょっとだけ……」

 

 ほんの少し息がある……気がする。どっちにしろ危ない状況。護身用のナイフで指を切って、口に含ませた。口の中は乾ききってカサカサだった。きっとこの熱のせい。

 

「まだ、終わってない……!!」

 

 動かない彼女を背負い直して、立ちあがろうとする。しかし、押しつぶされるように倒れ込んでしまった。

 

「うぐっ!? ……あっちに」

 

 足にうまく力が入らない。そのまま這って進み、そこにあった岩を支えにゆっくりと立ちあがる。事態は一刻を争う。止まってなんていられない。火の粉が舞う中、進み続ける。

 

「は……ぁ、は……ぁ、……あっ!?」

 

 前を見据えて進んでいるとずるりと足が滑った。段になっていて踏み外してしまったのだ。そのまま坂を転げ落ちる。

 

「う……う」

 

 ようやく止まった所で目を開けた。すぐ前には彼女の顔が。思い出されるのは初めて会った時のこと。あの時もこんなに顔が近かった。

 

 違うのは、双方が煤にまみれて泥だらけで。そして彼女がまるで眠っているようであることだろうか。

 

 彼女は……すごい人だ。編入して数日で、初めて見た彼女の槍捌きに見惚れてしまった。後で聞いたけれど、彼女は槍のスキルを持っていなかった。

 スキルがないのに、あれだけの槍捌き。Sランクスキル持ちに槍の腕を認められた。スキルがないのに、彼女は努力を辞めなかった。スキルなんて無くても彼女は槍を振るうのが唯々好きだった。楽しそうだった。

 

 スキルなんて無くても彼女はドラゴンに立ち向かい、守ってくれた。

 

 そしてスキルを得た彼女はドラゴンを打倒して見せた。彼女はスキルがあっても無くても、本質は変わらなかった。

 

 スキルなんて無くても彼女は強かった。その心が。とても。

 

 わたしは『キセキ』を得るまでスキルがないのがコンプレックスだった。スキルを得た後は皆が気にかけてくれた。わたしの『キセキ』を認めてくれた。

 

 でも、わたしは? わたしは、そこに必要? 皆が見ているのは、『わたし』? それとも『キセキ』?

 

 そんな時見つけたのが彼女だった。スキルがなくても槍と向き合っていた彼女は。『キセキ』じゃなく、『わたし』を見てくれた。

 スキルなんて関係なく槍を振るっていた彼女の背中に、スキルに縛られない生き方を教えてもらった。

 

 人は『スキル』じゃない。『心』なんだって。彼女ならスキルの強すぎる光にわたしが隠されてしまっても、きっと見つけてくれる。

 そんなすごい人をこんな所で失いたくない。

 

 倒れた彼女の手を握る。

 

「絶対に――――諦めないから……!!」

 

 枷が外れる。体からなにかが抜け出していく感覚と同時に不思議な光があふれ出す。光は留まること無く広がり続け、光に触れた炎が消え、森は元に戻っていく。

 

「居たぞ!! こっちだ!!」

 

 そして十分ほど経った後。炎が消えて元通りになった森の中。

 捜索隊を指揮したユークリウス・トラペッタが見つけた時には二人して安らかな寝息を立てていたという。

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 私はドラゴンとの戦いを生き残った。もう無理だと思っていたけれど、クラリオンさんに助けて貰ったのだ。彼女は傷と煤だらけになりながら私を運んでくれたという。彼女の頑張りが無ければきっと私は生きていない。それにお礼を言えば、なぜか彼女は泣いていた。わたしこそありがとうと、声を上げて泣いていた。

 

 それからは怒濤の展開が続きました。私達のクラスが王子と同じクラスにされたり。私が実家の言うことを聞かなければ勘当されたり。路頭に迷った私をクラリオンさんのご両親が家に迎えてくれたり。メイドになってみたものの仕事が出来なくて先輩に怒られたり。クラリオンさんからのスキンシップが心なしか増えたり。気づいたら実家が没落してたり。

 

 でも彼女の言葉に比べれば些細なことでした。

 

「わたし、スキルのランクが人の価値を決める世界を変えたい」

 

「確かにスキルは、すごい力を持ってる。でも大事なのはやっぱりその人本人だと思うから」

 

 彼女は冗談で言っているのでは無かった。だから私は彼女を諭す。

 

「ユニさん。スキルは今や貴族の権力と切っても切れない関係です。貴族、王族までが強く反発するでしょう。殿下が敵に回る可能性も高いです」

 

「それにスキル至上主義は私達が住んでいる国だけではなく、世界に広がっています。最早人の営みから切っても切れない常識なのです」

 

「それでも変えたいと言うのなら――――」

 

「――――このメルヴィ。これより貴女の障害を貫く槍となってみせましょう。それで良いですか?」

 

「うん、ありがとう。メルさん」

 

 そんなある日の昼下がり。結果がどうなったかはまた別のお話。

 

 ただ一つ言うのなら。彼女が駆け抜けた「キセキ」は今なお、歴史に刻まれている。




女の子同士の健全な治療行為がありましたが問題ありませんね(確信)。
ドラゴンが演習に現れた明確な理由はありますが、本編には関係ないので端折りました。
主人公は基本的に人から血を吸わないです。元人間なので。

 今回発覚した主人公の弱さ。
 ・戦略眼がない。戦闘の流れの構築が下手。
 ・戦撃の発動準備が下手。発動までが遅い。

この弱点を吸血鬼の再生力でゴリ押ししました。
主人公のスキルは世界の規格みたいなものが違うので、上手く発動していませんでした。

残りのおまけは、主要な人物紹介と主人公の技の説明くらいです。しばらくありません。


それではまたね!


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主要人物紹介

 

 一部メタ視点を含むので注意。一部情報は未開示にしてます。

 

 ・メルシュナーダ

 性別:女 種族:アジャースカイファルク

 

 我らが主人公。無限にも思える転生を繰り返してきた。

 槍を使う。

 才なし、運なし、終わりなしと色々とない薄幸の少女。胸もない。

 

 容姿は、鳥状態ならハヤブサがベースの姿で蒼い羽、バイクのマフラーのようなものが肩から二本一対生えている。一般男性の腰辺りまでの体高がある。

 人状態なら、黒髪蒼眼。スレンダーな美少女。目はぱっちり、鼻筋は通っていて控えめ。童顔。かわいい。

 髪型は長めのストレートで、側頭部辺りには翼のように見える不思議な癖毛がウサギの耳のように一対まとまっている。かわいい。進化して長めの蒼い羽毛マフラーを首に巻いている。

 パルクナットで人化したての時はガチの幼女。ブルーファルクに進化後は小学生低学年くらい。

 家に帰って進化後は小学生高学年くらい。半年後の現在は成長して14歳くらいの見た目。胸はない。無慈悲。

 

 性格は基本的にヘタレ。争いは好まない穏和な性格。

 一番最初の人生での家族を自分との比較対象にしていたせいで、強さにかなりの差があった為自己肯定感が低い。目の前で何度も大切な人を失い、それを自分の弱さのせいだと責めている。その経験から、失うことにかなりの抵抗感がある。自己肯定感がさらに低くなった。身内にゲロ甘。

 大切なものが害された時、害されそうな時、自身を顧みないほどの全力を発揮する。

 普段の行動に自己犠牲のきらいが強いのは、守れなかった時の後悔や悲しみは転生しても無くならないことと、自分が死んだところでまた次の人生が訪れるのに他者は一度しかないのが理由。理由の大半を占める。何度も記憶を持ったまま転生する自分などの命よりも、一度きりの人生を全力で生きている他者の命の方が尊いと考えている為である。

 なお自身が傷ついた時の他者の気持ちは特に考えていない模様。これも自己肯定感が低い為である。

 悪意に敏感で好意に鈍感。

 悪意に敏感なのは必要だったから。そうでないと死ぬし、大切な人も死ぬ。好意に鈍感なのは自己肯定感が低い為。

 美味しいものを食べるのが好き。とある極東の島国に転生した時に食に目覚めた。その影響でインベントリの中身は食材と調理器具、レシピが殆どを占めるという……。

 

 戦闘能力。

 転生を繰り返すのはスキル『魂源輪廻(ウロボロス)』の効果。今までの前世の力を引き出すことができるスキル。

 何故か機能不全を起こしており、一部しか力が使えない。

 現在使えるのは『鬼人族』・『吸血鬼』・『呪人族』・『普人族』。

 

 戦撃と言う特殊な技を使う。魔力と生命力を呼吸と共に空気中の魔素と混ぜ合わせ闘気として生成し、世界のシステムの助力を借りて放つ強力な技。世界のシステムの助力はステータスなどにも存在している。

 技は型が固定。必要な構えを取ると戦撃が発動する。モーション固定なので技によっては隙が大きい。

 

 メインウェポンは槍。足技主体の近接格闘と魔術をサポートに戦闘を構築する。魔法は下手だが今世は風はまともに使える。

 磨き上げた槍の技術に関しては並ぶものがいないレベル。曲芸レベルのことを易々とこなすが、見るものが見れば教科書的と評価する凡人の技術。例えるなら家を作る基礎部分だけで城を作ったようなもの。何を言っているかわからないと思うが、作者もよくわかっていないない。努力のバケモノ。この半年でサビ落としをした。

 格闘技は強め。魔術は普通。魔法はカス。全部槍で戦うためのサポートの技術。圧倒的なスペック差や初見殺し、もしくは理不尽な特殊能力がなく、槍の距離に捉えれば今では負けなし。

 

 戦闘のセンスもなく、戦いの運び方が下手だったが今は改善されている。主人公が『師匠』と呼ぶ人物が矯正の一助となった。

 戦い方故に戦いが長引くと徐々に相手を封殺していくスロースターター。

 

 実は防御寄りのカウンタータイプ。記憶力が高い。

 

 

 ・【天帝】ヴィルゾナーダ

 性別:女 種族:不明

 

 主人公の今世の母親。『帝種』と呼ばれる魔物の頂点的存在の中で『天帝』と呼ばれ、その中でも強さはトップクラス。かなりの苛烈な性格だが今はかなり落ち着いた方。昔はかなり暴れていた。

 同じ帝種でもあまり近づきたがらないレベル。人類からは一種の災害のような扱いで恐れられている。なにやったんですか……?

 なお今のところ、良いところはあまりない模様。これから挽回なるか?

 

 容姿は純白の羽を持った巨大な鳥。鳳凰とかそんな感じの荘厳なやつ。ジッとしてれば神聖さをかんじるかも……? なお本性。

 

 性格は傍若無人で唯我独尊。年齢は不明。

 とはいえ母親としての愛情は強いよう。

 主人公がはぐれた後、子鳥達がある程度育った後は探知の魔法の反応を求めて大陸中を飛び回っていた。まさか別大陸にいるとは思っていなかった。

 主人公の反応がなくなってからはひどく悲しみながらも、子供の世話を続け、遂にストレス解消のために人類に八つ当たりをしようとした。本性現したね。

 魔物としての常識があるため、中身が人間寄りの主人公とは認識の齟齬がある。だが戦いを経て歩み寄る姿勢を見せてくれた。それも彼女なりの愛ゆえ。

 

 

 戦闘能力。フレーバーテキストでお楽しみください。

 

境天同致(きょうてんどうち)』……我ゆえに天ありて、天すなわち我なり。

 

天網皆芥(てんもうかいかい)』……天の元に皆平等に塵芥に同じ。

 

我意天変(がいてんぺん)』……我こそが天なれば、天の全ては我が意のままに。

 

天意無法(てんいむほう)』……天とは揺るがされる事なき至高なれば、何人も縛ること能わず。

 

天羽破斬(あまのはばきり)』……天から遣わされし羽は、万象まといて破する斬撃とならん。

 

『????』……????

 

 etc。

 

 ※なおスキルは現在進行形で考案中のもののため、今後の展開とは違いが生まれる可能性があることをご考慮ください。

 

 主人公とは近距離で戦ったこともあったが、本来は遠距離範囲アタッカータイプ。南の大陸全域で天候が悪くなるくらいには影響範囲が広い。普段戦うときは近づいたりしない。未だ全力は出していない。

 

 

 ・ミル

 性別:女 種族:人間

 

 一応メインヒロイン枠その1。リヒトの幼なじみ。今のところ出番はほとんど無い。2章では活躍して貰う予定。

 幼なじみのリヒトと同じ村で育った。冒険者としてリヒトと一緒に依頼を熟しているとき天帝に命を救われると同時に巣に攫われた。その後料理で自らの人権を獲得する。巣での生活に慣れてからは主人公を妹のように扱い、メルという名前をプレゼントした。

 

 性格は明るく前向き。一人称があたしで人懐っこい。14歳。

 

 容姿は腰まで流れる金髪。性格と同じで、明るい印象を与えるかわいさがある。なにがとは言わないが普通。

 

 冒険者のお姉さんに教えてもらった魔法を使って戦う。村のおばあさんに薬草学を教えてもらった。ぶっちゃけ戦闘は強くない。

 

 敵から離れて魔法を打って、怪我した味方は薬で治療する遠距離ヒーラータイプ。気休め程度の護身術が使える。

 

 ・リヒト

 性別:男 種族:人間

 

 メインヒーロー枠その1。なお出番。ミルの幼なじみ。

 ヴィルズ大森林の浅層~中層までの魔物一匹にボコボコにされるくらい弱かったが、天帝にミルを連れて行かれてから、なにかがあったのか急激に強さを増した。

 ミル曰く、再会したときに性格に違和感があったらしい。色々あって白蛇聖教に勇者として扱われている。本人は勇者呼びに不服な模様。

 

 一人称が「俺→僕→俺(現在)」となっている。

 

 性格は元気いっぱいな生意気小僧だった。ヴィルズ大森林から帰ってきてからはかなり落ち着いたらしい。かなりの仲間思い。

 

 髪は焦げ茶色で瞳は黒。笑うとやんちゃな印象を与えるイケメン。14歳。

 

 剣をメインウェポンとして扱うが不思議なオーラを剣にまとう。魔法も使えるように。弱っていたとは言え、天帝と戦えるほどの実力。コアイマも倒した。

 

 近距離メインで中~遠距離も戦える万能アタッカー。

 

 

 ・ワイバーン(名無し)

 性別:オス 種族:???ワイバーン

 

 メインヒーロー(?)枠その2。元々タダのモブモンスター。川で生き残ったのはその場の流れで、倒すつもりだった。

 その後、フレイさんに主人公の名前を結果として教えることになったり、今いる場所が別の大陸疑惑を発覚させたり、主人公の鳥の本能を引き出したり、霊峰ラーゲンでは主人公の出身地を発覚させたりと隠れた有能キャラ。こいつが生きていたことで、後の展開がかなり楽になった。こいつがいなかったら今考えても展開が詰みそう。はれて出世した。

 

 性格は天真爛漫で自由奔放。子供っぽい。龍帝の末っ子。一人称は龍帝を真似して「われ」。

 

 ・半年前の情報

 容姿。顔はトカゲ、体はプテラノドンみたいな翼竜タイプ。翼に爪が付いている。黒がメインの体色で、稲妻のような線が両脇にある。ワイバーン換算だと小学生。つまりショタ。

 

 戦闘方法はブレスがメイン。属性は炎と雷。接近して爪で引き裂いたり、翼や尾で叩いたり、牙で噛みついたりもする。

 翼竜としての飛行能力を活かした遠距離遊撃タイプ。一応竜種なので結構タフ。

 

 なお半年後は……。

 

 

 ・フレイ

 性別:女 種族:人間

 

 メインヒロイン枠その2。

 元々タダのモブ冒険者さん。主人公すげーするために起用されたが、主人公にのめり込む理由を考えるうちにメイン枠を勝ち取った。結構暗い過去がある。同じ孤児院出身のログとターフとパーティーを組んで冒険者をしている。

 主人公に出会ってすぐ「小さいのに自身より大きな奴に挑める強くてすごいやつ」という理想を貼り付け自分の理想を当てはめてのめり込んでいたが、逆に「強くてすごいやつだけどまだまだ小さい子」と認識してからは守護らなければという思いを抱く。なお主人公が人化してかわいい女の子になると別の意味でのめり込んだ模様。隙あらばスキンシップを取ろうとする。フレイさん?

 主人公に強い恩を感じるようになり、強さでも横に並びたいと願うように。

 

 性格は姉御肌で強気だが、仲良くなった後の主人公の前では弱音を吐くこともしばしば。実は寂しがり。一人称は「あたい」。孤児院出身で女ということもあり、周りに舐められないタメの牽制のようなものが始まり。

 

 燃えるような赤髪。目元がちょっと上がっていて鋭い。勝ち気な印象を与える美少女。19歳。なにがとは言わないがでかい。

 

 炎の魔法を短杖(ワンド)で使う。遠距離魔法アタッカー。

 

 半年後は炎獅子の大魔女と言われているらしい。Bランク冒険者だったが半年でSランクになった。覚悟完了からの成長速度がおかしい。強くなれた要因の一端は主人公との別れ際の一幕に秘密がある。

 

 

 ・メリィ

 性別:女 種族:獣人(羊)

 

 メインヒロイン枠?その3。その正体はジャシン教の幹部。教祖をボスと呼んでいる。

 一応ヒロイン枠だが、正ヒロインになれるかは彼女の過去から未来の所行で決まる。霊峰ラーゲンで仕事をしている最中に主人公と出会う。見つけたもふもふを愛でていたら突然人型になったのでびっくりしたが、気を取り直して翼をもふもふするくらいにはマイペース。

 

 普段は眠たげで目は半分閉じられている。垂れ目でゆるふわした印象を受ける美少女。座ると地面が金色に覆われるほどの金髪で立つとふわっと広がっている。サファイアのような綺麗な瞳。なにがとは言わないがヤバい。

 

 性格は基本ゆるふわマイペース。ちょっと天然。

 

 首に付けた鈴の音は強力な睡眠誘導の効果を持つ。鈴を媒介にしたスキル。かなり強力な効果で、油断していた龍帝と周辺一帯のドラゴンの群れを強制的に眠らせて制圧出来るほど。お察しの通り聞こえなければ効果は無いが、動く度に鳴る鈴に睡眠効果が乗っているので戦いの最中に防ぐことは難しい、単純だが強力無比な能力。耳栓でもすればかなりの対策になるが、五感の一つが潰されることになるため、どっちにしろ不利。これをどうにか出来ないと戦いの土俵にすら上がれない。

 目を覚ますために自分の脚を刺した主人公にはびっくりして、その後鼓膜を破いたのはちょっと引いた。

 

 周辺が凍るほどの冷気を放出する能力を持つ。身を切るような寒さは長く相対すると体を芯から凍えさせ、深い眠りへと誘っていく。鈴の音と合わせてかなりの睡眠誘導効果がある。エグイ。能力としては単体でも強力で氷柱を出したりもできる。

 獣人故に身体能力も高く、ゴツいガントレットを着けての徒手空拳も出来る。眠気に襲われた主人公の槍を抑えるくらいには強い。かなり強い。

 

 雷を放出する能力も持つ。睡眠誘導と相性が悪いために普段は全くお披露目されない能力だが、主人公は初戦で引っ張り出した。眠らせられないなら昏倒させれば良いじゃ無いとばかりに、雷で自己強化して超高速近接戦闘を仕掛けてくる。もちろん遠距離攻撃もできる。

 

 冷気と雷を放出する能力ゆえ、それに対して強力な耐性を持つ。

 

 ジャシンの影から間一髪で助けてくれた主人公にちょっとキュンときた。誰に吹き込まれたのか、お礼はこうすると良いよ聞いていたので、主人公のほっぺにちゅーした。

 それはそうとして慌てふためいている主人公をよそに転移の効果が秘められた石を使って撤退するくらいにはマイペースで(したた)か。

 

 最初は主人公をもふもふとしてしか見ていなかったが、今はかなり興味を抱いている。

 

 妥当主人公に向け半年間修行をしていたようだが……?

 

 

 ・アモーレ

 性別:女 種族:人間

 

 メインヒロイン枠その4。

 中央の島国セントラルクスを通過する際、ただ通るだけだとなぁと思って作者が色々考えていたら、気づけば塔の最上階で軟禁されていた大聖女。思いついたのが主人公がバリスタ連射されていたとき。

 なおキーパーソンの模様。投稿直前で現れるキーパーソンとは??

 

 聖女はコアイマに狙われる。並みの聖女より影響力が強いとされる大聖女である彼女は物心ついた時には白蛇聖教の総本山で丁重に軟禁状態。外の世界を目で見たことがないゆえ自由への憧れが強い。同時に死ぬまで自由は来ないだろうと諦めもあった。天涯孤独の身。きゅーさい。

 

 そんな時に現れた鳥(主人公)。セントラルクスには鳥はいない。鳥は本の中だけの存在だった。アモーレにとっての自由の象徴のような存在になっていた憧れは、遂には身近な友達になる。様々な葛藤を乗り越え、再会を約束し、主人公を自由な空へと送り出した。

 

 肩まで伸ばしたシルクのような綺麗な白髪(はくはつ)。大きな瞳は暖かなトパーズ色。小さなお鼻がちょこんとかわいらしい幼女。なにがとは言わないが貧。

 

 戦闘能力は不明。回復能力が使える。白鱗騎士団の監視をかいくぐって逃げ出せるらしい。

 

 半年後はセントラルクスでアイドルになっている。白蛇聖教の最高責任者である、最高司祭は様々な理由から頭を抱えている。

 

 

 ☆ 補足 ☆

 

 ・お姉様

 性別:お姉様 種族:お姉様。

 

「どーん!お姉ちゃんだゾ☆」

 

 

 ・リブ

 性別:女 種族:人間

 

 状態異常が効かない天帝に状態異常を通したぶっ壊れスキル持ち。本体はさして強くない。

それでもさすがに普通の冒険者くらいには負けない。

 

 

『打出の小槌:天秤』……事象の大小を変化させる。かなり制限があるが、効果だけでみれば壊れ性能。天帝が小さくなったのは、スキルなどの存在の格そのものから小さくしたため。

 

 ・ユニ・クラリオン

 性別:女 種族:人間

 

 過去話で初めて明確に名前が出た人物。乙女ゲーみたいなシチュエーションで、男に一切見向きもせず、主人公の元に足繁く通っていた。ルートおかしくない?

 やがてスキルのランクで格付けをする社会に疑問を持ち、それを変えようと志した革命家。ルートおかしくない?(二度目)。なお歴史に名を残した模様。

 

 金髪碧眼のヒロインちゃん。努力家。戦闘能力は皆無だが色々できる。

 

『キセキ』……奇跡とはただ待っていても訪れはしない。何かを求め、ひたむきに努力し、前を向いて描かれた軌跡の先にのみ訪れるのだ。スキルの力に溺れ、雛鳥のように奇跡を心待ちにするようではなにも成すことは出来ず、やがて破滅が訪れるだろう。

 

 人とは存外弱い生き物。与えられるものが当然だと思うようになるのにさほど時間はいらない。これは悪魔の契約のようなもの。心が弱ければ堕落に飲み込まれる。

 



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主人公技能系解説

おまけその4です。技とかは全部書いてるつもりですが、漏れがあるかも……。


 

 

・お品書き

 

1.半年前のステータス

2.特殊技能

3.今世のスキル

4.戦撃

5.魔術

6.魔法

7.限定解放能力

 

 

 半年前の修行開始前のステータス

 

 名前 メルシュナーダ 種族:アジャースカイファルク

 

 Lv.19 状態:普通

 

 生命力:21026/21026

 総魔力: 4160/4160

 攻撃力; 4493

 防御力: 1544

 魔法力: 2110

 魔抗力: 1518

 敏捷力:12314

 

 種族スキル

 羽ばたく[+飛翔・嵐の力・カマイタチ・射出・急降下・風靡(ふうび)]・つつく[+貫通力強化]・鷲づかみ[+握撃]・空の息吹[+蒼気・蒼気硬化・排熱機構]・闘心炉

 

 特殊スキル

 魂源輪廻(ウロボロス)[+限定解放(鬼・吸血鬼・呪人・普人)]・人化

 

 称号

 輪廻から外れた者・魂の封印・格上殺し(ジャイアントキリング)・穢れ払い・踏破越到(リープオーバー)

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ・特殊技能解説

 

 『魂源輪廻(ウロボロス)

 主人公が無限にも等しい転生を繰り返す原因になっているスキル。気づけば持っていた。

 

 前世の能力を引き出すことが出来るのだが、今世ではなぜか上手く使えず能力が制限されている。

 

 

 『戦撃』

 主人公が最初の人生で普遍的に普及していた技術。闘気を対価として、世界システムの力を借りて放つ技。

 

 主人公は自分の世界のルールだったために『戦撃』を使うことが出来るが、そうでないものは世界のシステムに接続する適正と技能が必要になるため、教えても使用はできない。

 

 攻撃の「型」を定めることで自由度を度外視して、威力と速度の爆上げをコンセプトにした技術形態。「構え」ることで技を引き出して、半ば自動的に攻撃する。

 

 攻撃の終わりまでが一定の動作として定められているため、一度技を発動してしまえば簡単には止められない反面、通常とは比べ物にならない威力と速度で攻撃を繰り出す。

 

「構え」を成立させるために僅かなタメが必要で、戦撃を発動し終わった後にも硬直がある。途中で技を止めるにはかなりのリスクを負う必要があり容易には出来ない。攻撃を外してしまうと技の間は無防備になる。連撃技なら全部終わるまで隙だらけ。武器が壊れる等して、技が失敗してしまえば本来の技の発動時間分無防備になる。

 

 技によって習得と発動に条件があり、強いものほど敷居が高い。

 

 当たれば強力な反面扱いが難しい面もある。いわば必殺技のような立ち位置にある技。間違ってもバカスカ打つようなものではないし、適当に打っても当たらない。

 

 作中で主人公がほとんど外さないのはこれまでの経験あってのもの。

 

 全ての戦撃は世界のシステムに記録されており、通常の戦撃は技量が伴えば全て知ることが出来る。唯一例外はオリジナルの戦撃で、作り出した本人と受け継いだ相手しか使うことができない。戦撃の登録は特殊な手法が必要で、さらに天才が人生全てを捧げて一つ認めさせることだできるかどうかという領域。

 

 

 『闘気』

 自らの生命力と魔力を呼吸と共に練り上げることで生成される、強いエネルギーを持った無色透明なオーラのようなもの。実は生命力と魔力だけで無く、呼吸の際に空気中に存在する魔素を練り込んでいる。

 生命が持つエネルギーに対して特殊な効果を持っており基本的に、自身の魔力とは同調し、他者の魔力は拒絶する性質を持つ。

 

 

 『魔素』

 魔法が存在する世界に普遍的に存在する魔力の元。魔力がガソリンとするなら、魔素は原油。呼吸と共に取り込むことで魔力に変換することが出来るが、一気に取り込みすぎると毒になる。

 

 

 『魔力』

 魔法を発動するために必要なエネルギー。火や水、雷など様々なものに変化したりする不思議なエネルギー。

 

 

 『蒼気』

 闘気とほとんど変わらないエネルギー。違いは色が蒼いことと、今世での主人公のスキルで補助されていること。補助がある分扱いやすいらしい。

 

 

 『氣装纏鎧(エンスタフト)

 闘気を身にまとう技術。主人公が鳥になったことで、人とは違う肺の機能を十全に使いこなして今世で初めて可能になった技術。

 人は酸素を肺に取り入れ二酸化炭素を吐き出すという呼吸をしているが、鳥は常に新鮮な酸素を肺に取り入れ続ける事が出来る。その特性を活かした。

 闘気という強いエネルギーを身にまとうことで身体能力を強化する。蒼気になり強化率が跳ね上がってからはその分体に負荷がかかり、体に余分な熱がたまるようになった。その状態のまま長時間活動すると体から熱気が立ち上り熱暴走(オーバーヒート)したような状態になる。運動効率が下がり、それどころか体調が悪化していき意識が朦朧とし始め最悪死ぬ。主人公が魔物だから生きていられたが常人なら死んでいる。

 スキルの効果で蒼気が実体を持ったため、体を守る鎧のようにもなる。

 

 

 『氣装纏武(エンハンスメント)

 闘気を武器に込める技術。戦撃を発動するのと同じ要領で込める元から習得していた技術。武器の攻撃性能を飛躍的に高める。それだけでなく押し込めた闘気を解放することで巨大な武器の様に運用できる。

 戦撃と同時に発動したときの範囲殲滅力は圧巻の一言。単体攻撃を巨大化させることで無理矢理範囲攻撃にする脳筋な技術でもある。

 

 闘気を押し込めるという性質上、武器の耐久性を強く消耗するため量産品だと数回と持たずに壊れてしまう。

 

 

  『闘気燃焼(エンコード)

 闘気に、生命力・魔力・魔素以外のエネルギーを焚べることでさらなる爆発力を得る技術。自身のエネルギーと同調する性質を利用し、無理矢理闘気に混ぜ込むため、総量は増すが純度が下がる。同時に体力もかなり消耗する。

 これまでの前世で得た様々なエネルギー、マナ・チャクラ・プラーナ・etcをそれぞれの技術形態を習得することを諦めたことで発生した技術。これもひとえに主人公の才のなさ故。

 今世では闘心炉というスキルで強化、補助されている。

 

 

  『滑歩(かっぽ)

 翼を活用した歩法、無拍子の一種。予備動作を無くして重心移動を誤認させ、地面を滑るようにぬるぬる動く。傍から見るとなんかキモい。結構難易度は高め。

 重心をずらし、移動する速度を活かして翼で体を支えるため体が浮き、攻撃が軽くなる。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ・スキル解説

 

  羽ばたく

 バサッ!! バサッ!! しかしなにも起こらない!!

 

 

  飛翔 [飛行→飛翔]

 羽ばたくから派生。かなり速く飛べる。

 

 

  嵐の力 [風の力→強風の力→嵐の力]

 羽ばたくから派生。風を操る力。嵐の如き風を操れる。

 

 

  カマイタチ

 羽ばたくから派生。ものを切り裂く風を放つ。切断力はあまり高くない。

 

 

  射出

 羽ばたくから派生。そこそこの貫通力がある羽を打ち出す。打ち出せる量は本人の力量による。

 

 

  急降下

 羽ばたくから派生。地面に向かって移動する際、加速する。地面に脚を着けていても使える。

 

 

  風靡(ふうび)

 羽ばたくから派生。風の流れを読み、それを乗りこなすスキル。風を味方にできた証でもある。

 

 

  つつく

 鋭い嘴や爪などでつつく。痛い。

 

 

  貫通力強化

 つつくから派生。つつく際に貫通力が上がった。武器でもなぜか適応される。

 

 

  鷲づかみ

 脚や手でがっちり握りしめる。

 

  握撃

 鷲づかみから派生。鷲づかみする際、威力が上がる。痛い。

 

 

  空の息吹

 鳥に呼吸機能と人の呼吸技法が組み合わさった技術。スタミナが信じられないほど上がる。闘気の純度が上がる。

 

 

  蒼気

 空の息吹きから派生。無色透明の闘気が、空の息吹の効果で純度が上がり色が変わった状態。前は無理矢理発動して赤だったが、体質なのか蒼になった。

 

 

  蒼気硬化

 空の息吹きから派生。純粋なエネルギーであるはずの闘気に物理的な干渉力が発生。鋼鉄以上の硬度を誇るようになった。

 

 

  排熱機構

 空の息吹きから派生。人化時はもふもふの羽毛マフラー、鳥の時は2本の排熱管(マフラー)から体の中の熱を排出する。スタミナは残っていても熱によって体の動きが鈍っていたのが解消された。

 

 

  闘心炉

 闘気を生成する臓器。今までは技術としてやっていたが、この臓器が発生してからは呼吸するだけで闘気が生成されるようになった。空の息吹と合わせて戦闘時は、闘気の生成量は莫大に、純度もかなり上がった。

 普段は生成モードだが、『闘気燃焼(エンコード)』発動に合わせて闘気を火種として他のエネルギーを焚べていく焚き火モードに移行する。

 

  人化

 人の姿に変化する。服は自動で生み出される。元の体と勝手が違うのでほとんどの魔物はこの技能を毛嫌いしている。使うのはごく一部のみ。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ・戦撃解説

 

 格闘 

 

 【昇陽(のぼりび)

 体を沈めてからのサマーソルトキック。

 

 【降月(おりつき)

 背面跳びからのムーンサルトキック。

 

 【側刀(そばがたな)

 小太刀を抜き放つような蹴り。威力は少ないがコンパクトで素早い。

 

 【廻芯戟(かいしんげき)

 体の芯を戟で貫くような鋭いローリングソバット。

 

 【狼刈(ろうがい)

 狼の強襲のような三連蹴り。

 

 【崩鬼星(ほうきぼし)

 紅蓮の鬼気を込めた、流れ星のように迫るドロップキック。

 

 【鬼伐(きばつ)

 半身になって腰を落し、全力で地面を踏みしめてからの振り上げ足刀。タメが他に比べて長いのと移動しないのでリーチが短いのが弱点。威力は折り紙付きで、並みの魔物を真っ二つにする程。

 

 【貪刻(どんこく)

 出が速い単発横蹴り。移動しないのでリーチが短い。強固な合金にさえ足跡を刻みつける威力。消費が激しい。

 

 【牙沈衝耽(がしんしょうたん)

 高速八連蹴り。まるで上下から牙を沈め込まれたカのような衝撃に襲われる。全蹴りがほぼ同時に着弾。消耗がアホみたいにすごい。

 

 【打衝(だしょう)

 拳を握っての単発突き。

 

 

 【剛巌腑損(ごうがんふそん)

 徒手空拳の九連撃。拳の突きで一気に接近。その後回し蹴り、裏拳、膝蹴り、ヤクザキックと繋げ、更に三連撃後、強烈なソバットの衝撃で臓腑をかき回す。

 

 

 槍

 

 【一閃(いっせん)

 槍を両手にもって突きだす。

 

 

 【魔喰牙(ばくうが)

 片手に持った槍を後ろに構えて地面を蹴りつけ超高速の突進攻撃を行う。地面を蹴った次の瞬間にはすでに的の目の前に居るほどの速度。

 

 

 【双爪(そうそう)

 左右からの二連続せ叩きつける。

 

 

 【剛破槍(ごうはそう)

 体を捻って溜めた力をバネのように弾けさせ、全力で両手突きを叩き込む破城槌のごとき一撃。

 

 

 【烈坑閃(れっこうせん)

 単純な六連突き。素早い突きは相手を穴だらけにする。

 

 【是空(ぜくう)

 一突きでほぼ同時に6回も突きを叩き込む。☆の中央と五頂点を穿つ六点同時攻撃。

 

 

 【告死矛槍(こくしむそう)

 三連突き、薙ぎ払いと逆薙ぎ払いから、更に一回転して遠心力を乗せた薙ぎ、背後を叩きつけるようなすくい上げ、背後の穂先を前方に横から叩きつけ、両手突きからの体をねじり上げての突進片手突き。9連撃。

 

 【上弦月(じょうげんげつ)

 前方180度薙ぎ払い。

 

 【下弦月(かげんげつ)

 後方180度カウンターバックのなぎ払い。

 

 【回舞(かいまい)

 舞うように一回転する広範囲の薙ぎ払い。

 

 【回連舞(かいれんま)

 舞うような薙ぎ払いを三回連続で繰り出す。

 

 【乱莫(らんぼ)

 三連。突き、薙ぎから、地を這うように接近しての突き上げ。

 

 【炸乱莫(さくらんぼ)

 六連。突き、左右薙ぎ払い、叩きつけ、地を這うように接近して突き上げ、体が浮いた相手をフルスイングで打ち砕く。

 

 【銃苦(ガングル)

 敵を見据え全力で槍を投げる。

 

 

 【鬼気壊々(ききかいかい)

 槍をバットの様に握り鬼気を解放してフルスイング。

 

 

 【嵐統槍(ランスロット)

 魔術『《緑嵐陣:呼応(こおう)》』との合わせ技。頭上で槍を高速回転させ風を収束させ、さらに『氣装纏武(エンハンスメント)』で押し込めた闘気を解放し、槍を擬似的に巨大化、さらなる暴風へと昇華させる。半身になり、槍の回転を後ろへ回した片手で維持。その背に嵐を引き連れ前方へ跳躍。

 全霊で槍を突き出せば嵐の力は集約され、竜巻のような状態に移行しつつ前方の全てを抉り穿ちながら進む螺旋の槍となる。

 発動には体力・魔力・闘気・集中力と多大な消耗を強いられるが山を消し飛ばすほどの貫通力と攻撃範囲を誇る大技。その分タイミングと場所を選ぶが、発動させれば戦況を一変させるだろう。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

  魔術

 

白陣(はくじん) 無属性系統の魔術

 

 『狂言(きょうげん)』 選択した対象に幻を貼り付け他からの認識をずらす。

 『壁空(へきくう)』 透明な壁を作り出して攻撃を防ぐ。

 『壁盾(へきじゅん)』 透明な盾を作り出して攻撃を防ぐ。

 

双白陣(そうはくじん) 無属性系統・白陣を二つに重ねることで発動可能

 

 『砲壊槌(ほうかいつい)』 魔力をまとめてビームを打つ。比較的簡単で威力もある。

 

白漂陣(はくひょうじん) 無属性系統・五重

 

 『偽・拒交神盾(アイギス)』 透明で強固な大盾を作り出す。とある天才が生み出した魔術を再現したもの。しかし効果は未だ本家のレベルに到達できてはいない。

 

 

赤陣(せきじん) 火属性系統

 

 《付加(ふか)》 対象に火の力を付与する。

 《かがり火》 火を生み出す。燃えるものがないとすぐに消えてしまう。

 《火穿葬槍(かせんそうそう)》 火でできた大きな槍を打ち出す。対象を焼き貫く。

 《火鳥(ひどり)》 火で出来た鳥を生み出す。あらかじめ設定されたいくつかの命令に従って動く。

 

赤炎陣(せきえんじん) 火属性系統・五重

 

 《業炎魔槍(ごうえんまそう)》 塔のように巨大な炎の槍が打ち出される。任意で爆発可能。

 

黄陣(おうじん) 雷属性系統

 

 《誘岐連(ゆうきれん)》 魔力を感知して枝分かれする一条の雷を放つ。

 

 

黄雷陣(おうらいじん) 雷属性系統・五重

 

 《樹雷殿(じゅらいでん)》 魔力を感知して枝分かれする極太の雷。その様は巨大な木が枝葉を伸ばすよう。

 

 

緑陣(りょくじん) 風属性系統

 

 《付加(ふか)》 対象に風の力を付与する。

 《旋風(せんぷう)》 つむじかぜを起こして周囲のものを引き寄せる。

 

緑嵐陣(りょくらんじん) 風属性系統・五重

 

 《呼応(こおう)》 対象に嵐の力を付与する。

 

紫陣(しじん) 呪属性系統

 

 《加速(かそく)》 魔術陣を通り抜けたものを加速させる。効果時間は一瞬。

 《連星(れんせい)》 対象を複製する。効果は永続しない。

 

 ――――――――――――――――――――――

 

  血葬魔法

 

 《ブラッディ・スカー》 腕を振るって血の斬撃を発生させる。

 

 《ディープ・ライン》 腕を振るって血の光線を発射する。

 

 《リベリオン》 効果範囲の血から鋭い棘を無数に発生させる。

 

 《ネイル・ゴア》 ひっかいた場所に血の爪を発生させる。

 

 

 《薔薇九拿(バラクーダ)》:九本の棘鞭が対象を縛り上げる。かなりの血液量が必要。

 

 《血界(けっかい):α(アルファ)》 地面に撒いた血から巨大なトラバサミを発生させ、対象を挟む。

 

 《血界(けっかい):β(べーた)》 地面に撒いた血から巨大な六角柱を突き出す。破壊力抜群。

 

 《血界(けっかい)Δ(デルタ)》 地面に撒いた血から三角錐の半透明の結界を生み出す。強度はそこそこ。

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 ・限定解放能力

 

 

鬼人族 

 

・限定解放(鬼)

解放能力 [+頑強・剛力・鬼眼・鬼気]

「頑強」は体が頑丈になる能力。傷の治りが比較的早くなり、健康的でいられるようになる。状態異常と苦痛に強い耐性。

 

「剛力」は力が強くなる。普通の人間が木を殴ってへし折ることができるようになるくらいの上がり幅。

能力値には反映されない。攻撃力に関しては倍以上、防御力は5割増し程。固定値では無く割合。

 

「鬼眼」は意識して睨んだ相手の威圧と動体視力の強化の効果。威圧は彼我の戦力の差によって効果が変わる。相手の方が強い場合は挑発のような効果。動体視力強化の副次効果で思考速度も上がる。

 

「鬼気」は鬼の禍々しさを孕んだオーラを纏うことができるようになるスキル。任意で使うアクティブスキル。

発動には常に体力の消費が必要となり、「頑強」「剛力」「鬼眼」の効果を大きく押し上げる。オーラは体の一部の様な物であり、使いこなせれば形に指向性を与えることもできる。現在は体や武器に纏わせて攻撃範囲を広くしたり、威力を補強したりする程度。

 

 

吸血鬼

 

・限定解放(吸血鬼)

解放能力 [+夜の支配者:公爵級・血葬・高速再生・飛行適正・空間把握]

 

「夜の支配者:公爵級」夜の間全ての能力に補正が加わる。逆に日の下では弱体化。暗闇でも一定の効果がある。夜目の効果あり。

そして吸血鬼としての能力に公爵級としての補正が加算される。

 

「血葬」吸血関連能力。吸血によって全ての能力が上昇。増血効果あり。自分の血を操れる。血の匂いに敏感。朱殷色。

 

「高速再生」傷が速く治る。

 

「飛行適正」飛ぶのが得意。

 

「空間把握」自分を中心に一定範囲の事が見ていなくてもわかる。

 

 

呪人族

 

 

・限定解放(呪人)

解放能力 [+呪術適正・呪術耐性・占術・魔術適正]

 

「呪術適正」呪《のろ》いや呪《なじな》いを扱える。

 

「呪術耐性」呪術に耐性があるわけでなく、体調を悪くする魔法、魔術に耐性を持つ。薬などには耐性がない。

 

「占術」占いができる。

 

「魔術適正」魔術に適正。

 

 

普人種

 

 

・限定解放(普人)

解放能力 [+万融殷力(ばんゆういんりょく)・アイテムストレージ・???]

 

万融殷力(ばんゆういんりょく)」 様々なエネルギーが溶け合った貯蔵庫。その総量はこれまでの前世の膨大な数に比例して目を見張るほど。使った分はゆっくり回復していく。

 

「アイテムストレージ」 ものを別空間にしまっておける。空間の広さ自体は無制限だが、重量制限が存在する。自分が持ち上げられる限界重量までの重さを完全に無効化し、それ以降は体へ負荷がかかるようになっている。理論上は自分が持ち上げられる重量の二倍を入れておける。動けるかは別。

 

「???」 登場をお楽しみに!!

 

 



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第二翔 ???
第一羽 再始動


時間ができたので再開します。


 

 

 整備され、こぎれいな建物が立ち並ぶ街並み。普段であれば活気が満ちているであろうその場にはあるはずの人の姿が見られなかった。

 

 代わりにあるのは―――ひりつくような空気だけ。それを発しているのは建物の上から見下ろす忍装束の男と、それを隙無く見上げる若干幼げな少女。男はともかく、少女の方は見た目にそぐわない威圧感だ。

 

「……いやー、随分久方ぶりでござるな。どこにも出てこないからあのまま死んでいたかと思ったでござるよ~」

 

「少し家族との時間を大事にしていただけです。勝手に殺さないでほしいですね」

 

 飄々とした男と泰然とした少女。双方の間には火花を幻視できるであろう。それほどの圧が二人にはあった。チラリと男が地面に目を向ける。

 

「全く……。拙者の部下に随分手荒い歓迎をしてくれたようでござるね」

 

「悪さをしていたので。お仕置きです」

 

「チッ……!!」

 

 幼い少女の返答に男が笑顔の裏で舌を打つ。男の視線の先には怪しげな装束に身を包んだ者達が意識を失って倒れ伏していた。

 

 もちろん彼らは昼下がりのポカポカお天気で暢気にお昼寝をしているわけではない。

 

 彼らはジャシン教と呼ばれるカルト集団。その狂信者達。さっきまで街中で暴れていた危険人物達だ。

 

 そこに突如として現れたこの少女が、瞬く間に30人に届こうかという狂信者の群れを鎧袖一触とばかりに片付けてしまったのだ。抵抗を許さず、相手に不要な怪我をさせることもなく、そして迅速に。

 それは息を乱すこともなく立っている少女と倒れた狂信者達、その彼我の実力に超えられない壁が存在していることを示唆していた。

 

「あ、あの……」

 

 そこにその場にそぐわないような怯えた声が割って入る。幼げな少女の後ろ。そこにもう1人、少女が座り込んでいたのだ。

 少女はこの場で狂信者達に襲われていた。多少戦いの心得はあったものの多勢に無勢。同じように抵抗していた者達も自分のことで手一杯。

 典型的な魔法使いタイプで接近戦が不得意なこともあって徐々に押し込まれ、遂に万事休すかと諦めかけた時にこの幼い少女が颯爽と現れたのだ。そして目の前の光景を作り上げた。他の抗っていた者達は、彼女に別の場所に応援に行くように言われそのままこの場をさった。少女が今も座ったままなのは腰が抜けてしまった為だ。動くに動けない。

 幼げな少女が振り返り、座り込んだ少女に優しげな笑みを向ける。

 

「大丈夫ですよ。貴女には指一本触れさせませんので」

 

「―――目を逸らしたな」

 

「……ッ!? 危ない!! 後ろに!!」

 

 座り込んだままの少女は見た。笑顔を向けた少女の後ろに、別人のように底冷えした雰囲気をまとった男が突如として現れたのを。彼が手にした直刀が振り下ろされようとしているのを。このままでは自分を助けてくれた少女が殺されてしまう。そんな残酷な未来が、座り込んだままの少女の脳裏によぎり思わず声を上げさせた。

 そんな状況でも幼げな少女は笑顔のままだった。状況が理解できていないのか? 否。彼女からすると全く危険ではないのだ。

 

 少女は背を向けたまま手に持った棒の石突きを跳ね上げ、直刀をピタリと受け止めた。それは少女の思惑通り。飄々としているようで虎視眈々と隙を狙っているこの男なら隙を逃すまいだろうという予想のままに彼は。

 

「―――釣られましたね?」

 

「ッ!!?」

 

 予想通り。言葉にすれば簡単だ。

 棒の裏にあるコインサイズの小さな円。その極小の面積で熟練の技で振り下ろされる直刀の一撃を、見もせずに受け止める。

 

 だがそれは絶技。できるはずもないのだ。―――普通なら。

 

 少女は普通ではなかった。槍を扱った年数でならどんな存在にも負けることはない。そんな気が遠くなるような時間を修練に費やした無才のバケモノだったのだ。

 そんな少女に予想通りの動きで有効打を与えられるはずもなく。

 

「【波濤(はとう)】」

 

「ごふっ!!??」

 

 続く反撃。

 蒼い光をまとった石突きを腹部に打ち込まれ、背中に抜ける衝撃と共に男は地面を転がっていった。

 

「ほら、大丈夫でしょう? そのままそこでジッとしていてくださいね。ミルさん(・・・・)

 

 その笑顔を見上げた少女は疑問に思う。彼女と自分は初対面のはず。それなのになぜ自分の名前を知っているのだろうか? しかしなぜか不快ではなかった。男に向き直った少女の背中は小さいのにすごく大きくて。

 

「すぐに終わらせます」

 

 どこまでも安心できるものだった。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

「わぁ……、大きな街ですねぇ」

 

 カラカラと。

 

 軽い音を鳴らして牛が引く馬車が大きな門をくぐっていく。

 

 軽い因縁のあった蛇を打倒した私は、同じ場所で今日知り合った商人のモルクさんの馬車に相乗りする形でこの街に連れてきてもらいました。

 

 ……牛が引いているものを果たして馬車と呼んでも良いのかわからないですが、少なくとも知識にある牛車の形はしていないので。

 

 私は散々悩んだ末に、考えるのは諦めました。

 

「ようこそメルさん。ここが”アルダック”だ」

 

 自慢げに振り返った恰幅の良い男性。

 

「ここは南の大陸サウザンクルスで一番大きな商業都市だ。この大陸でここより大きなのは王都くらいのものだからね」

 

「一番! それはすごいですね」

 

「まあね。この街がこの大陸の要と言っても過言じゃないからね!」

 

 その後もモルクさんは馬車を転がしながら大通りを進んでいく。目に映る物珍しいものを質問すれば、嫌がるそぶりも見せずに打てば響くように答えてくれました。

 

 武具屋、出店、レストラン、服屋、教会。商業都市なだけあって、様々な施設が充実しています。

 

 パルクナットでもフレイさんに色々と教えてもらいましたが、その時は鳥の姿だったので話せず質問できませんでした。なのでちょっと新鮮です。

 それに大陸が違う影響か見た目や構成も違います。場所による違いが見れて面白いですね。

 

 向こうは全体的に乾燥して寒い気候だったので、寒さに対しての対策が多かったですが、こっちは湿気があり暑いので、風通しがいい店が多いです。

 

 あ、それとモルクさんには敬語はやめてもらいました。最初の話し方の方がしっくり来たので。

 

 そういえばと。モルクさんに質問をする。

 ここに来るまでの光景で気になったことがあった。どこに行っても似たものが目に入ってきて気になっていたから。

 

「あの……ほとんどの出店で青い羽がモチーフのものが売られていました。なにかの名物なのですか?」

 

 羽飾りがついたペンダントにネックレス、イヤリングから髪留めとそれ以外にもより取り見取り。その全てが青い羽で、売り物でなくても飾ってある店もあったくらいだ。

 青い羽になにかあるのでしょうか。

 

「ああ、あの羽は幸運の象徴だよ」

 

「幸運の象徴?」

 

「そうそう。半年前に天帝って言うヤバイ魔物が暴れてね。あわや街が滅ぼされるってところで突然天帝が帰って行ったんだ。冒険者が調査に行ったところ、天帝の白い羽とは別に青い羽が見つかった。目が良い冒険者は天帝と戦う蒼いなにかが見えたって言うんだ。そんなこんなで蒼い羽の持ち主が追い払ってくれたともっぱらの噂さ。そこでその蒼い羽の持ち主に因んで、青い羽が縁起物として売られているのさ。天帝の大嵐で街のあちこちが壊れて復興も忙しかったからね。すがるものと資金になるものが必要だったのさ」

 

「……ごめんなさい」

 

「なんでメルさんが謝るんだい?」

 

「あはは……。なんとなくです」

 

 訝しげな表情のモルクさんから顔を逸らす。本当に私の母が申し訳ありません。

 

「まあ、この縁起物のおかげで復興は大して時間がかからなかったし、街の経済状況はむしろ成長したぐらいだ。アルダックは転んでもただでは起きないってね」

 

「……逞しいですね」

 

「まあね!」

 

 モルクさんの笑顔が眩しい。

 ……それにしても話に出てくる蒼い羽の持ち主って、もしかしなくても私の事ですよね。見つかると面倒なことになりそうなのでこの街では翼は出さないようにしましょう……。

 

「それでもやっぱり爪痕は残っているのですね」

 

「うん? どう言う事かな?」

 

「いえ、あそこの家。修復の最中ですよ」

 

 どう見ても経年劣化によるものではありません。あれは強い力によって無理矢理なされたもの。大通りには見えませんが、通路の奥に他にもちらほらと修復のための足場が組み上げられているのが見えました。

 

「ああ、あれか。あれはちょっと違っていてね。半年前の修復は全部終わってるんだ。あれはジャシン教がやっていったものさ」

 

「ジャシン教が!?」

 

 やっぱり各地で暴れ回っているのですね……。

 

「厄介な奴らだよ。突然現れては暴れ回って被害をまき散らすんだ。白蛇聖教のシスターや騎士団が駆けつけてきたら蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまうからまだなんとか助かってるんだけど……。冒険者や白蛇聖教が捕まえても次から次に現れるんだ」

 

「彼らが暴れる目的はなんなのでしょうか?」

 

「さあ? 暴れるだけ暴れて帰って行くからね。火事場泥棒で食べ物なんかが消えているくらいでそれ以外の被害は聞いてないかな」

 

 目的がない……? 無作為に破壊をまき散らすだけ……? むう、わからないですね……。目的が見えません。

 

「まあ、ジャシンなんて世界を一度滅亡に追い込んだ存在を信仰しているくらいだから、理由なんて考えても無駄かもね」

 

「それはそうなのですが……」

 

 元も子もない……。

 

 




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第二羽 渡航手段を求めて

 

「ところでメルさんはどうして旅に?」

 

「私ですか? 私は海を渡りたいのですよ」

 

 アモーレちゃんを迎えに行くにも、フレイさんに会いに行くにも、ジャシン教について調べるにせよ、海を渡らなければ話になりません。

 私は飛んで大陸を移動することができますが、中央の島国セントラルクスにその方法で向かうと前回のように蜂の巣をつついたような大騒ぎになってしまいます。

 

 そうなるとアモーレちゃんがまた遠慮をした場合、説得する必要が出てくるのですが、同時に追手の対処もしなければならず大変です。無理だとは言いませんが、時間的な余裕を得るためにも、合法的に大陸を渡る手段が必要なわけですね。

 

 ……本音で断られる場合を度外視しているのは、メンタルへのダメージが凄まじいからです。全力で泣きます。まあ彼女が友達をたくさん作って楽しそうにしていたら話は別ですが。

 

 ともかく、渡航手段はないよりもあった方が良いです。

 

「海か……。若者が願いがちなことだけど、それはなかなか難しいな」

 

「やっぱりそうなのですか?」

 

 フレイさんに聞いた通り、どの大陸でも大陸間の流通は白蛇聖教に制限されているのでしょう。モルクさんの口ぶりから察するに誰もが大陸を渡るのは夢見るのですね。

 

「私が知っている主な手段としてはいくつかあるけど、1つ目が冒険者ランクを上げること。Sランクの冒険者にもなれば別の大陸でも仕事を頼まれたりもする。最初は主に白蛇聖教関係の仕事だけどね。別の大陸でも活躍して名を馳せれば、現地の人間に指名で依頼を頼まれることもある。

 もしくはなにか目的があった場合。申請してそれが白蛇聖教に承認されれば一定期間大陸に滞在の許可がでる。だが移住を許可されたことは聞いたことがないかな。あくまで期間限定だ。その間に観光もできる。メルさんが渡航しようとするならこれが一番実現的だ」

 

「ふむふむ……」

 

「2つ目が白蛇聖教に入って偉くなる、もしくは偉い関係者にコネを作ることだ。幹部級の人間になれば別の大陸でも仕事を任される。人手なんてどこでも不足しているからね。末端の人員でも付き人として海を渡ることもある。1つ目に比べると自由度は低いが、難易度はかなり下がる。別大陸の噂なんかはこの人たちが最大の発信源だ」

 

「ほむほむ」

 

 ……うーん。私は宗教関係は苦手なのですよね。神様に会ったこともあるだけに、その影響力は知ってますし、狂信者なんかにも手を焼かされたこともあります。白蛇聖教がそうだとは言いませんが、感情が先行してどうにも……。全部の手を聞いてから決めるつもりですが、まあこれは最後の手段ですかね。

 

「3つ目が王族、もしくはかなり上位の貴族になることだ。白蛇聖教に多額のお布施が出来るほどのな」

 

「……うえぇ」

 

 生まれガチャでSSRを引き当てましょう。リセマラ無しの一回きりです。がんばりましょう。

 

「ま、これは無理だよね。これに関して1つ目と同じで護衛として着いて行く方が現実的だ」

 

「護衛……」

 

 なんとなくもう見えてきましたよ。

 

「4つ目が大陸を渡ることができるほどの商人になることだ」

 

「無理です」

 

 私に商才はありません。赤字を出しまくって借金漬けになるのが目に見えています。

 

「なら護衛だね」

 

「ほとんど護衛じゃないですか……」

 

「そりゃそうだ。一般人にとって大陸を渡ることは狭き門をくぐり抜けた先にしかないものだよ。若者はみんな諦めるよ」

 

「……ちなみにモルクさんは?」

 

 商人として渡れるのですか?と問いかけた。

 

「いずれは私もそうなるつもりだよ」

 

 つまりまだ大陸は渡れる程ではないと言う事ですね。一足飛びには進めないですね。

 コツコツやりましょう。私が今までにもやってきた事です。慣れっこですよ。

 

 

「っとここが私の店だ」

 

 静かに決意を固めたところで馬車が止まった。彼の視線を追えば、品揃えがかなりありそうな大きさの商店。窓が下から三段。三階建てのようです。

 

「まあ、急いでもってくるはずだった積荷は何も無いけどな……。品切れだよ」

 

「ぶも〜……」

 

「あはは……」

 

 あの大蛇に襲われた時、逃げるために積み荷を捨てて重さを減らしたそうなのです。どうにも急ぎで補充が必要だったそうで、無茶をしたのに結果は散々。

 

 

 

 肩を落として暗い顔をしているモルクさん。このまま見過ごすのはなんとも……。なにか力になれないでしょうか。



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第三羽 手助けを

 

「モルクさん、何か力になれませんか?」

 

「ん?」

 

「私はこれでも冒険者です。強さでならそれなりに力になれるかもしれません」

 

「あ、うん」

 

 グッと両手の拳を握って言えば生返事を返すモルクさん。

 

(それなりって、Sランクパーティを敗走させた魔物を、目の前でワンパンで倒しておいて何を言ってるんだ)

 

 何故か理解できないものを見るような目を向けられてしまった。やはり見た目が子供だから信用されないのでしょうか?

 エコ志向で抑え気味だったのですがもっと派手に蛇を倒すべきでしたかね?

 

「ううむ……」

 

「会長!!」

 

 悩む素振りを見せるモルクさんに、店から出て駆け寄ってくる人が1人。眼鏡をかけた真面目そうなかわいらしい女性です。馬車とモルクさんに視線を何度か往復させたあと、少し怒ったように彼に詰め寄った。邪魔にならないようにそっと避ける。

 

「本当に物資を持ってきたのですか!? 危ないのはわかっていましたよね!?」

 

「あー、まあね。アレキサンダーなら行けると思って……」

 

「無事だったから良かったものの……!! 噂の魔物に出会っていたら貴方が危険だったんですよ!」

 

「あー……うん。ごめんね?」

 

 さすがにこの流れで出会ったどころか襲われて死にかけましたなんて言い出す勇気はモルクにはなかった。同時に隠したままでいる事もできそうにもない。

 

「全く……。でも会長のおかげで在庫不足が解消出来そうです。ありがとうございます。皆を呼んで荷物を下ろしましょうか」

 

「あー、それなんだけどね……」

 

 バツが悪そうに顔を掻いたモルクは観念して白状することにした。

 

「はい、どうしました?」

 

「荷物なんだけど、……無いんだ」

 

「……え? 耳が遠くなってしまったみたいなのでもう一度お願いしてもいいですか?」

 

「だからね、荷物全部落としてきたんだ」

 

「え……ええええ!? な、なんでそんなことになったんですか!?」

 

「噂の魔物に襲われちゃってね……」

 

「えぇぇ!? 大丈夫ですか!? いやここにいるって事は無事だったんですよね!? 足ありますよね!? 良く逃げ切れましたね!?」

 

「化けて出たわけじゃないから大丈夫だよ。それと逃げ切れなかったけどそこのメルさんが倒してくれたんだ。メルさん。この娘は私の秘書をしてくれているダラムだ」

 

「あ、どうも。初めまして、メルと言います。よろしくおねがいしますね、ダラムさん」

 

「あ、はい。ご丁寧にどうも。ダラムです。………………へ?」

 

 ペコリと腰を折って会釈すれば同じように返してくれる。頭を上げたダラムさんが、そこでピシリと固まった。

 私とモルクさんの間を視線が高速で右往左往する。忙しそうな人ですね……。

 

「この子が……あの魔物を……? 本当に?」

 

「信じづらいかもしれないけど、私が嘘を吐かないのは知っているだろう?」

 

 それを聞いたダラムさんの表情を見て、私はすぐさま耳を塞ぐ。

 

 そうすればすぐにダラムさんは地を震わせるほどの叫び声を上げたのだった。

 

 ……ごめんなさい。さすがにちょっとうるさいです。

 



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第四羽 商人の顔

 

「お騒がせしました……」

 

「ふふ、元気いっぱいでしたね」

 

 シュンとしおれたダラムさんがペコリと頭を下げる。塞いでいても少し耳が痛かったので意趣返しをしてみれば、俯いたまま耳まで真っ赤になっていた。かわいらしい反応です。ちょっと意地悪でしたかね……?

 

 ここは商会の中の応接室。正気に戻ったダラムさんが外で話すのもなんですので……とすぐにでも中に戻りたそうにしていましたのもあってここにいます。かなり視線を集めていましたからね。

 モルクさんと合わせて状況を説明し終わった所です。

 

「メルさん、どうかそこら辺にして頂けると……」

 

「ふふ、ごめんなさい。モルクさんを心配していたのは痛いほど伝わってきましたから、もう気にしていませんよ。動転していたせいでしょう。……それに私も少し常識外れだったようですし……」

 

 遠慮がちに頷くダラムさんからそっと目をそらす。蛇を倒したという私にダラムさんが驚いたのも仕方のない事。

 何せあの蛇は、Sランクの冒険者パーティーが敗走したレベルの強力な魔物だったそうではないですか。まさかあの蛇がそこまで強いものだとは思ってもいませんでした。この半年でちょっと強さに対する感覚がずれているのかも知れません。

 

 蛇に簡単に勝てたのは流石に相性のせいでしょうけど。魔法がほぼ効かない能力をもっているらしいので。

 私は『無明金剛(シラズガナ)』でなんとかしましたが、Sランクの冒険者パーティーの方は最大火力が魔法だったのでしょう。たぶん。

 

 この半年、修行の合間にお母様と何度か手合わせをしていたので、感覚がちょっとずれていたのはそれのせいでしょうね。殺し合いでないのならば強者との手合わせは望むところですので案外楽しかったです。まあ、訳の分からない強力な能力は封印して貰いましたけどね。修行にならないので。あれはずるいです……。

 

 半年前のあの日再会したときには使っていなかったお母様のチート能力に恨みをぶつけていると、モルクさんが話を進めていました。

 

「それでメルさんが手助けをしてくれるという話なんだけど……」

 

 言葉を切ったモルクさんが困ったように眉を下げる。

 

「すごくありがたいんだけど、ちょっと難しいかもね」

 

 そこで眼鏡をクイッとして秘書モードになったダラムさんが話を受け取る。

 

「我々が求めているのは物資の運搬です。捨ててしまった分と今からの仕入れが赤字なのは捨て置くとしても、スピードと運搬量が必要になります。メルさんの戦闘力はともかく、求められてくるものが違うのです。従来通り専門の業者に頼もうと思っています」

 

「……ああ、それなら大丈夫ですよ。移動速度になら自信はありますし、かなりの物資量を運ぶことができます」

 

 私の言葉にダラムさんはキョトンとしていて、逆にモルクさんは考え込むように口元に手を当てていた。

 

「ワンパンで倒した衝撃で忘れていたけれど……そういえばあの大蛇、フィスクジュラの死体を一瞬で消し去っていたね……」

 

 フィスクジュラとはあの蛇の名前です。

 

「メルさん、貴女は空間収納系のスキルを持っているのかな?」

 

「ええ、そうです」

 

 期待するように目を向けてきた彼に頷きを返した。

 

「……メルさん、命を助けて貰っておいて重ねて申し訳無いんだけど……運搬、お願いしても良いかな?」

 

 答えが返ってくるまでの時間は短くて。すぐに決断できるのはモルクさんの商人としての才覚の一旦なのでしょうか? 彼は私に助けを求めることを選択しました。

 

 これも何かの縁でしょう。なにより商人の彼に恩を売っておいて損はないはず。方針も固まりきっていない現状、あまり負担になりそうにない運搬任務は恩を売るには最適です。

 

「もちろんですよ」

 

「……よし、私は今から仕入れ先に連絡を取ってくる。メルさん、貴女は確か冒険者カードは……?」

 

「はい、持っていますよ」

 

「なら先に冒険者ギルドに行っていてくれるかな。これから君に冒険者として指名依頼を出させてもらうから。ダラム、書類を」

 

「はい!! すぐに準備します」

 

「メルさん、なにか質問はあるかな?」

 

 顔つきが変わりテキパキと指示を出していくモルクさんに少々気圧されつつも、疑問を口にする。

 

「ギルドの場所はどこでしょうか?」

 

「冒険者ギルドなら大通りを少し戻って、大きな十字路を右にまっすぐだ」

 

「わかりました」

 

「それをフィスクジュラのことも報告しておいてね」

 

 う……。あの蛇ですか……?

 

「言わないというのは……?」

 

 悪目立ちは避けたいのですが……。

 

「……悪いけど却下だね。あれの危険度には今も不安を覚えている人もたくさんいるし、物流の妨げにもなっているから人の生活にも悪影響が出てる。君が倒した事で姿が見えなくなったけれど、逆に言えば死体はないから死んだ証拠もなく、かといって別の場所に移った痕跡もない。

 今度は危険な魔物がどこにいるか分からない恐怖に襲われる訳だね。しばらくフィスクジュラがいない確証を得るための調査に時間と労力が費やされるだろう。もちろんその間は不安に駆られる人物がそれなりにいるわけだけど……、君がそれを押してでも隠したい理由があるなら私は従うよ? 命の恩人だからね」

 

「イエ、ナンデモアリマセン」

 

 ぐうの音も出ない正論です……。自分の事しか考えてなくてお恥ずかしい……。

 

「それに大陸を渡りたいなら、目立つのは必要経費じゃないかな?」

 

 それはそう。

 大陸を渡るためには冒険者ランクを上げる必要があり、それには相応の実績が必要となります。目指すのがSランクともなればそれはなおさら。

 

 ……でもなぁ。目立って良かった事って、ほとんど無いんですよね。……苦手意識が染みついてしまっているのですよ……。

 

「……もうなにもないかな? では、行動開始」

 

 まあ、なるようになるでしょう。



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第五羽 受け継がれる伝統

 

「すまない、この依頼の受け付けを」

 

「はい、承りました。こちらですと―――」

 

 受付らしき場所で、男性に笑顔のウサギのような耳を頭頂部に生やした女性が対応をしている。巨大な剣を背負った強面の男性にも物怖じした様子も無い笑顔の女性。慣れたものと言わんばかりだ。

 

 辺りにも武器をぶら下げた人や鎧を着込んだもの。尖った耳を持つ流麗な見た目のものや獣の尾を持った人物など様々な人種で賑わっていた。

 ここは冒険者ギルド。命知らずの向こう見ずが集まる場所。世界各地に存在するそのうちの一つ。

 

 そんな場所に扉が開く音が。釣られて目が向いてすぐに戻るだけのいつも通りの光景。それが今日は少し違った。

 

 入ってきたのはまだ幼さの残る少女だった。

 

 冒険者ギルドに入った瞬間向けられる視線の圧をものともしていない。タダ鈍いのか、それとも大物なのか。全員が全員、前者だと判断した。それも仕方のないことだろう。なんだか抜けて見えたのだから。

 

 ニヤリと笑みを浮かべる人物がいくつかと、それに呆れたように肩をすくめるもの。

 

 数人の冒険者が席を立つと悪どい笑みを浮かべて少女に近づいていく。

 

 彼らは少女を貶めようとしているわけではない。ただ教訓を与えようとしているのだ。ここから先は遊びで進むような場所ではないのだと警告するために。

 

 ―――というのはタダの建前であり、子供を脅かし、その反応を楽しむダメな大人の遊びのようなものになっていた。一応効果があるのでギルド側も積極的には止めようとせず、余計始末に負えない。

 

 昔、された事があるように少しだけ脅かす。まだ覚悟のない者を追い返し、それを見た大人は酒のつまみを得る。歳を経て冒険者になった者がその話を聞いて、面白がって昔された様に……と、そんな悪趣味な無限ループが脈々と受け継がれていた。受け継ぐなそんなもの。

 

 少女が何かを探すようにざっと室内を見回して、迷うように置かれたテーブルの間を縫って進んでいく。正面にある受付にまっすぐ向かわないのを見て少々訝しむ者がいたが、ルールや利用方法がわかっていないのだろうと結論づけた。

 

 一番近くにいた1人がふらりふらりと進んでいく少女に横から手を伸ばし。

 

「おい、嬢ちゃん……、あれ?」

 

 その手が偶然(・・)空を切った。当人の認識では届くはずだった手が少しだけ届いて居なかった。不思議に思ったものの、目算を誤ったのだろうと結論を出した。

 

 結果として捕まることなく進み続ける少女。

 ふらりふらりと。机や椅子、歩いている人を時に大げさに避ける。あちこち迷うように全くまっすぐ進んでいかない、不規則な歩みの少女を止めようと、同時に伸ばされた手。

 

「おっと」

 

「お? 悪い。……あ」

 

 それが偶然(・・)にもぶつかり、少女に触れるのを邪魔し合う結果となった。手を引っ込めて謝罪をし合っている間に少女は既に先へ。2人は顔を見合わせた後、決まり悪そうに頭をかいて席に座りなおした。

 

 なおも進み続ける少女の前に1人の冒険者が立ち塞がった。

 

「嬢ちゃん。ちょっと―――ん?」

 

 そのまま声をかけ、引き止めようとしたとき。件の少女が左前を向いて、面白そうなものを見つけたような表情をした。視線の先が気になってしまった冒険者は言葉を途中で止め、思わずといった様子で振り返る。そこにはなんの変哲も無い壁があっただけだった。

 

 なんだったんだ。いったい何を見ていたのだろうかと。疑問を浮かべながら顔を戻した正面に―――既に少女はいない。

 

「は?」

 

 どれだけ目を凝らしても正面には影も形もない。まさかと思った時、後ろから声が聞こえた。

 

「お姉さん、ちょっといいですか?」

 

 弾かれたように振り返った先には、カウンターにいた受付嬢に話しかけている少女の姿があった。

 

 幼さの残る少女は偶然(・・)にも全ての手をを躱してカウンターにたどり着いてしまったのだ。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「いらっしゃいませ! お嬢さん、冒険者ギルドをご利用かな?」

 

 笑顔で対応してくれるウサミミお姉さんに隠れて、少し息をつく。

 ふう。なんとか捕まらずにすみましたね。

 悪意は感じなかったので何かされていたとは思いませんが、時間を取られても面倒なので全部避けちゃいました。

 

 最初の人は重心をずらした歩き方で、予想を外して通り過ぎ。

 次の二人は彼らのスタート地点を見て、ふらふら歩く私に向かわせることで距離を調節してぶつかるように誘導して。

 最後の人は別の場所に注意を向けさせる小技をつかって。

 

 まあ上手く行って良かったです。

 

 それにしても受付のお姉さんの対応が子供に対するものなのですが……。何度転生しても幼く見られるのは変わらないですね……。

 身長とか体型とか、成長曲線がずっと同じなんですよ。うぼぁー。なんでぇー。私の瞳からスッと光が失せた気がしました。

 

「はい、依頼を受けたいのですが……」

 

「あっ、冒険者の方……。んんッ、わかりました。依頼の受け付けには冒険者カードが必要となります。冒険者カードはお持ちですか?」

 

「ええ、ありますよ」

 

 良かった、子供のお使いじゃないと理解してくれたようで、ピンと耳を立てた後冒険者対応モードに変わってくれました。

 冒険者カードを持っている事を伝えたときはお姉さんはちょっと意外そうな顔。これも私の見たが幼く見えることは原因ですかね……。

 まあ慣れてますよっ!! これまでの人生でも見た目で実年齢より少し下に見られることは良くあったのでっ。別に大体の人生で童顔だったなんて事実はありませんので悪しからず。

 

 フレイさんとの思い出のマジックバックから取り出して渡した冒険者カード。なんだかちょっと豪華な輝きを放つそれを受け取って確認していたお姉さんが目を見開き、息を吸い込んで―――

 

「これは―――むぐ!?」

 

「―――お姉さん落ち着いてください」

 

 大慌てで受付の上に身を乗り出して口を塞いだ。ここの人は叫ぶクセでもあるのでしょうか?

 



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第六羽 予想外に弱いタイプ

 

 右手でお姉さんの口を塞いだまま、自分の口元に人差し指を当て、「しー」とジェスチャーすれば僅かに顔を赤くしてコクコクと頷いた。もう大丈夫そうなので手を外して話しかける。

 

「落ち着きましたか?」

 

「……はぃ、お騒がせしました……」

 

 俯いて赤くなったお姉さんは消え入りそうな声でそう答えてくれました。なんとか悪目立ちは止めることが出来ました。良かったです。

 

「それでどうして急に叫びそうになったのですか?」

 

 私のカードになにか不備があったのでしょうか。このカードはパルクナットのギルドマスターのお爺ちゃん、ヤガスさんが用意してくれたものです。話したのは短い時間でしたが、こちらは魔物だとわかっているのに真摯に対応してくれた方です。ですので大丈夫だと思うのですが……。

 

「いえ……失礼な話なのですが貴女がまさかBランク冒険者だとは思いませんでしたので……」

 

「ああ、大丈夫ですよ。そういうのは慣れていま―――え?」

 

「……え?」

 

 今、お姉さんはなんと言いましたか? ……Bランクって言いませんでしたか?私が……Bランク?

 

「ランクの見間違いとかは……」

 

「ないですよ? カードが白金色でしょう? それはBランク冒険者の証ですよ」

 

 ……なんか豪華だなーとは思っていました。間違いない? なんでそんな事に……。

 

「えっと、その、冒険者のランクってどうやって決まるんですか?」

 

「今までの実績を元に下のランクから昇格していく形になります。Gが一番下でSが一番上、英雄級が例外的な存在になります。皆さん見習いのGランクからですね」

 

「つまり普通にやっていきなり高いランクから始まるって事は……」

 

「ないと思いますよ? それがどうかいたしましたか?」

 

 ッスゥー……。私冒険者として活動したことはないのですが……!!なぜか私はBランク!!

 

 お爺ちゃん!? これ貴方のせいですよね!? きっとお礼としてランクを上げてくれたのでしょうけれど、変に露呈した場合面倒なことになるのですが!?

 

 ……一旦落ち着きましょう。Be Coolです。ポジティブに考えましょう。

 逆に考えれば大陸渡航までに必要なランクを上げるまで時間が短縮されたと言うこと。

 

 例え今まで冒険者としての活動履歴がなく、いきなり生えてきたように見えたとしても!! 疑われたときに詰んでしまいそうな未来しか見えないとしても!! 本当の事を伝えるにしても説明できる人が他大陸にしかいないとしても!!

 ……あれ? 他大陸……? これはマズいのでは……? いえ、まさかね。そんな簡単に判別できるようなものは……。

 

「それにしても」

 

 カードを見ていたお姉さんが不思議そうに首を傾げたのを見て、背中から流れるはずのない冷や汗が滝のように流れ出した。……気づかないで?

 

「……なんで他の大陸で発行されたカードを持っているんですか?」

 

「他大陸……? そんなの分かるんですか……?」

 

「はい。ここの……」

 

 そう言ってお姉さんが指を指したのは冒険者カードの名前の部分。『メル』と書かれたその左のクローバーのマークだった。

 

「ここのマークが冒険者カードが作られた大陸を示すんですよ。ここにいる皆さんは南のサウザンクルス大陸の冒険者なのでスペードのマークです。冒険者様はクローバーなので……北のノッセントルグ大陸ですね」

 

 笑顔で死刑宣告をされ、目から光が消えていく。

 あっ……、終わった。

 

 渡航が制限されたこの世界で他大陸のカードを持っている私。この上なく怪しい上に不自然きわまりない。

 

 私、終了のお知らせです。これにて閉廷!! 解散!! 逃げます!!

 

 混乱した頭が、衝動的にカードをひったくって逃げるため手を伸ばしたところですぐ横で声が聞こえた。

 

「メルさん!! 書類、持ってきましたよ」

 

 そこにはキラキラした笑顔で何かが書かれた書類を見せてくるダラムさんが。これでお店の困りごとが解消できると安堵の色が見えて。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……逃 げ ら れ な い !!

 

 そんな笑顔を向けられたら、逃げるに逃げられないじゃないですか……!!

 




本日最後!
お気に入り・評価・誤字報告ありがとうございます!


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第七羽 いやちゃうねん

 

 ダラムさんのニコニコした笑顔を向けられて、冒険者カードに伸ばした手が自然と落ちる。

 

「メルさん? どうしました?」

 

「いえ、なんでもありませんよ……」

 

 項垂(うなだ)れていた私の顔を心配そうに覗き込んできた彼女に乾いた笑みを返す。想定外の事態に混乱して忘れていましたが、彼女たちと約束をしていたのでした。それを反故にするわけにもいきませんし、そんなことをすればきっととても困るはず。

 

 このカードを見せてしまったのが運の尽き。今更カードを取り下げるわけにもいきません。これも私の自己責任です。でも……ちょっと言い訳をさせてください。

 

 大陸横断が難しいこの世界で他大陸のカードなんて持ってたら悪目立ちは必至だなんてことよく考えればわかります。しかし、しかしですよ? 記念写真感覚でカード貰ったときの私はそんなことまで考えてなかったんですよ。それにここの冒険者カードなんてまだ見たことないんですから、マークが違うなんてわかるはずないでしょう!? そんなの気づけるわけないじゃないですか!! 気づいた人いますか!? いないでしょう!? 

 

 くっ……、言い訳していてもなんの解決にもなりません。こうなればこの場でそれっぽい話をでっち上げるしか……。そう言えば、モルクさんの話に参考になりそうなものがあったような……。唸れ……!! 私の灰色の脳細胞……!!

 

「なにかあったんですか?」

 

「たいしたことではないのですが、私の冒険者カードが他大陸で登録されたものなので、受付のお姉さんが珍しがられたのですよ」

 

「あら、本当ですか?」

 

「はい、冒険者様はここではなくノッセントルグ大陸で登録なされています」

 

「えっと……昔、お友達についていって別の大陸に渡ったことがあったのですよ。その時冒険者登録をして、色々あってBランク冒険者に……」

 

「そうなんですか!? 昔ってことは、冒険者様は今よりも幼い時から強かったのですね!!」

 

「そうなんですかメルさん!? すごいです!!」

 

「あ、あはは……。そんなことないですよ……」

 

 二人のキラキラした視線が突き刺さる。それはさながら吸血鬼に対する太陽光のように。思わず顔を背けてしまう。

 こ、心が痛い……。そんな目で見ないでください。全部嘘ですし、今それなりに強いのもチートでズルしているだけなんです。私に才能なんて無かったんです……。もちろんそんなことを打ち明けることも出来ず、しばらく彼女たちの視線に焼かれ続けた。これが嘘をついた罰なのですか……。

 

「そのお友達はどんな方だったのですか?」

 

「それが、今よりもさらに幼かった時のこと故、あまり覚えていないのですよ。そのお友達も家のゴタゴタだとかでこちらに返ってきてからずっと会えず……。どのような立場の人なのか分からず仕舞で……」

 

 秘技!『小さい頃のことだから覚えていません』。これで乗り切る……!! そっと窺ってみれば二人とも不審に思った様子はありません。これは勝った……!! ……ん?

 

「そうか……。そういうことなんですね……!!」

 

 急に納得したように頷いてどうしたのですかダラムさん??

 

「メルさんが他大陸に渡ろうとしているのはそのお友達を探すためなのですね!!」

 

 どうしてそんな話に!? なんで貴女は私が他大陸に渡りたがっているのを知っているのですか!?

 

「オーナーに聞きました。貴女が他大陸に渡ることを目的にこの街へ訪れたことは……!!」

 

 あ、そうですか。ご丁寧に教えてくださってありがとうございます。モルクさん、何してくれたんですか???? この暴走娘さんを止めてくれませんか?

 

「私、感動しました……!! 幼いながらもお友達と再開するために、自力で渡航手段を得ようとするその姿勢……!! それだけでなく、困ったわたし達を助けてくれようとするその在り方……!! 尊敬します……!!」

 

 いや、そもそもお友達が別大陸にいるなんて一言も言ってないですけど?? そんな美談欠片も存在しないですけど?? 嘘と勘違いのミルフィーユですけれども??

 

 助けを求めて横を見れば胸元で手を握りしめ、キラキラとこちらを見つめるお姉さん。ウサミミがピコピコと上下に忙しい。あ、思いっきり信じていますね。これ……、修正不可能ですか? ……無理に否定すれば話が変にこじれるかも知れません。別大陸でないのなら、なぜこの大陸で探さないのか、とか聞かれればまた嘘を考える必要があります。

 ……今は上手く乗っかって、ここだけの話にすればなんとか収まるでしょう。これが一番クレバーな考えですね。

 

「あのこの話は……」

 

「はい!!任せてください!! 全力で広めて見せます!! わたしの全霊にかけて!!」

 

 いや、ちゃうねん。



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第八羽 藪から蛇

 

 思わず口調が崩れてしまいましたが私は冷静です。私は冷静です……!! もう何が何だか分からなくなってきました。突発的な出来事やアドリブはすこぶる苦手なんですよ……!!

 

 なんとか軌道修正を試みなければ……。

 

「いえ、お姉さんにご迷惑をおかけするわけには……」

 

 ここで、秘技! 相手を気遣う姿勢でやんわり断る……!!

 

「迷惑だなんてとんでもありません! この話をいろんなところに広げれば、きっとお友達を見つけやすくなります。ぜひ、冒険者様のお手伝いをさせてください!!」

 

 相手の押しが強く全く効いていません。秘技がことごとく打ち破られていく……!!

 善意が……!! 純粋な善意が私を追い詰めていく……!!

 ここでまで言われてこの流れを止めるのは不自然……!! すでにダラムさんの術中にはまって抜け出すことはできません。ダラムさん、なんて恐ろしい子……!!

 

「あはは……。じゃあもうそれでお願いします……」

 

「はい! 任せてください!!」

 

 きっと明日には私の噂が千里先まで広がっていることでしょう。どうしてこんなことに……。私はただ、蛇の討伐報告をして運搬クエストを受けに来ただけなのに……。

 

「良かったですねメルさん、これでお友達の件は安心ですね」

 

 はい、とても胃が痛いです。うぼぁー。

 

「実は他の大陸にも似たような冒険者の方がいらっしゃってですね、その方は姉を探しているそうですよ。いつか会った時に、情報交換でお話ししてみるのも良いかもしれませんね」

 

「ご丁寧にありがとうございます……」

 

 私のは嘘なのに、同じ扱いを受けるのは本当にさがしているその人になんだか申し訳無いですね……。今は祈ることしか出来ませんが、早く無事に見つかることを願っておきましょう。

 

「それじゃあメルさん、この運搬クエスト、お願いしますね。すみませんルマー、このクエストの申請をしたいのですが……」

 

 受付のウサミミお姉さんはルマーさんですね、覚えました。

 

「承りました。書類をお預かりします。これは……指名相手がメル様の運搬依頼ですね。運搬品は回復効果のあるポーション。運搬量は……かなりありますね!?」

 

 どれどれ……。おや、本当に思ったより多いですね。アイテムストレージの中身を少し減らした方が良いでしょうか……。あ、そうでした。アイテムストレージといえば。

 

「あの……先に討伐報告をしても良いですか? 討伐したのはフィスクジュラという蛇の魔物なのですが……」

 

「え……、本当にアレを討伐したのですか?」

 

「モルクオーナーも確認したそうですよ。あの人はまったく……」

 

「なにがあったのかお察しします……。ともかく彼が確認したのなら嘘はないですね」

 

 ちょいちょいとルマーさんがダラムさんに手招きをして、そこで二人は何やらアイコンタクトを取る。彼女たちは仲が良いのでしょうか?

 

「こほん。それでは討伐データを確認しますね」

 

 目でのやりとりを終えたルマーさんがカウンターの上に置いていた冒険者カードを写真立ての枠だけのような装置に差し込んだ。……まさか冒険者カードに勝手にデータが保存されていて、それを今読み取っているのですか? この冒険者カード関連の技術、ものすごいオーパーツですね。 昔の文明はどれほどのものを……。

 

 カウンターの上にある石版のようなものに目を通していたルマーさんが頷いた。

 

「はい、無事確認できました。討伐はお一人で成されたのですか? ものすごいお力ですね……」

 

「私は物理攻撃が主体ですので、魔法が効かない能力のフィスクジュラとは相性が良かっただけですよ」

 

「何言っているんですか! この蛇は魔法が効かないだけでなく、硬い早い強いを体現した魔物ですよ? Sランクパーティーを撤退まで追い込んだ強さは伊達ではありません。蛇ゆえに毒にもそれなりの耐性を持っていますし、隠れてからの奇襲も上手くいきづらい。格下では万が一にも勝ちはありません。フィスクジュラに勝てると言うことは、素の実力が高いことを意味します。冒険者様はすごいのですよ?」

 

「そ、そうなのですね……」

 

 藪蛇だったかもしれません。うう……、私はチート能力のおかげで勝てただけで、本当は才能の欠片もないのに……。褒められるとなんだか申し訳無くなってきます。

 

「討伐されたフィスクジュラはどうされました? 場所さえ教えていただければ、ギルドのものが回収に向かいますよ。手数料は少々頂くことになりますが」

 

「アイテムストレージに収納しているので大丈夫ですよ」

 

「アイテムストレージ……。もしかして冒険者様は収納系のスキルをお持ちなのですか?」

 

「そうですよ。一定量を超えると負荷がかかるタイプですが」

 

「なるほど。それで運搬依頼を。強い上に便利なスキルを持っているなんて、さすが未来のSランク冒険者ですね!!」

 

「あ、あはは……」

 

「あれ? 冒険者様、それ以前に他にもたくさんの魔物を討伐されているようですね。確認しても?」

 

 それ以前……? まさか冒険者カードをもっている間に狩った魔物全て表示されているんじゃ……。 それだとこの半年、あの森で魔物を食料確保目的で狩りまくっていた事がバレてしまう。奥に行くとヤバいのがたくさん居たのでそれが表示されるのは拙い……!!

 

 や、藪蛇です!!

 



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第九羽 ねこみみー

 

「あ!!」

 

 中を確認されないうちに冒険者カードを抜き取る。

 

「そ、それは後にして先に依頼の話をしましょう!! ほら、急ぎの荷物らしいですので!!」

 

 だから後にしてください……!!

 

「ああ、それもそうですね」

 

 良かった……。後回しになっただけですけど、今は少し心を安定させたいです。こんなに大変な思いをするくらいなら、向こうで作った冒険者カードは保存しておいて新しく作れば良かったです……。

 

「それでは冒険者様、この指名依頼を受けられますか?」

 

「もちろんです」

 

「わかりました。それでは簡単な説明をさせていただきますね。今回の依頼は緊急運搬ですので、なにより速度が求められます。それと量もかなりあるので、冒険者様のペース配分次第で評価が高くも低くもなります。なにか質問はございますか?」

 

「このドラッケンと言う目的地、私は行ったことがないんで地図を見せてください」

 

「少々お待ち下さい……。ここが今いるアルダックです。この南東のここにドラッケンがあります」

 

「南東ですね、わかりました」

 

「他にご質問は?」

 

「……いえ、大丈夫ですよ」

 

「この街での記念すべき初依頼、頑張ってくださいね!」

 

「ありがとうございます。それでは行ってきますね」

 

「メルさん、大変だとは思いますがよろしくお願いします」

 

「お任せ下さい。すぐに持ってきますね」

 

「おや、丁度話がまとまったみたいだね。丁度良かった」

 

「モルクさん」「オーナー」「モルク様」

 

 そろそろ出ようとしたところでモルクさんがやってくる。なにやら封をした手紙のようなものを差し出されました。

 

「メルさん、この手紙を持って行って」

 

「これは?」

 

「メルさんが代わりの運搬者だという証明だよ」

 

「なるほど。相手に確証を持たせるものは必要ですね」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 例えば話を盗み聞きしていた人が先に来て、嘘をついて盗んでいったりしたら大変ですものね。手紙を受け取ってしっかりアイテムストレージにしまい込む。別空間なのでここならなくすことはありません。

 

あ、そうだ。

 

「モルクさん。別大陸の件、ダラムさんに言いましたね……」

 

「あれ? 言ったらマズかったかな。君くらいの子なら結構ポピュラーな話だから情報共有しておいた方が話が早いと思ったんだけど……」

 

 ジトッとした目を向ければ、不思議そうに聞き返された。早いというか、速すぎてどこかにカッとんで行きましたよ……。キャッチボールしようとしたらバットで打ち返されたくらいびっくりしましたよ。

 ズゥンと肩を落とせば「なんだかごめんね……」と謝られた。もう取り返しはつかないのですよ。

 気落ちしていてもどうしようもありません。先ずはお仕事、と気を取り直して顔を上げる。

 

「それでは……行ってきますね」

 

「ありがとう。今街では回復薬がすっからかんでね。早急に頼むよ。もちろん無理はしないでね」

 

「ふふ、貴方がそれをいうのですか?」

 

「あはは……、これは参ったな……」

 

 蛇が居る可能性を承知で馬車を走らせた無茶な人はどなたですかね? 思わず笑ってしまえば困ったように苦笑するモルクさん。

 

 そんな彼に安心するように微笑みを向ける。

 

「任せて下さい。私は……ちょっと早いですよ?」

 

 そう言い残して冒険者ギルドの扉へと向かっていく。入ったときとは別で冒険者は向かってこない。良かった。

 

 さて、速度は出したいですが街中で羽を出しては、いらぬ注目を集めてしまうでしょう。蒼い羽根がモチーフのものがそこかしこで売られているくらいですし。いや、これだけは本当にバレたくありません……。

 ……ではあれで行きましょうか。速度ならこれ一択ですね。

 扉を通り抜けて……南東はあちらですね。人の迷惑にならないように注意しつつ駆け出す。

 

 そのさなか私の容姿に変化が現れる。私の黒髪、その前髪に橙色のメッシュが一筋伸びていく。同時に頭頂部が2カ所盛り上がっていきそこからひょこりと姿を見せたのは―――猫科のミミ。周囲の音を拾ってくるくる動いている。腰の辺りから細長い尾が伸びて、それが動く邪魔にならないようにまとっているバトルドレスも僅かに変化する。空を目指すように伸びた尾は体のバランスを取るようにゆらゆらと波を打っていて。

 

「『追憶解放(エントランス)』。獣人:チーター……!!」

 

 この半年の間に解放された獣人の力。

 調子はバツグン。私は地面を蹴り飛ばし、最短距離を行くために屋根の上に飛び乗った。

 




 ちなみに新規登録したら既にカードあるじゃんとなるので詰んでます。個人の魔力データで登録されるので、一発で照合されてしまう……。それと回復薬が少ない理由はいずれ。


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第十羽 新たな力の一端

 

 両手を地面に着け、四つ足の獣のような姿勢で屋根を蹴りつける。次々に屋根へ飛び移りひとときも脚を止めることはない。前方を見据え脳裏に描いたルート通りに障害物を回避していけば、釣られて景色が次々に後ろへと流れていく。時に壁を走り、時に街灯の上を飛び移り、時に壁から突き出た棒を手で掴みバネのように利用して。獣と人間、両方の特性を駆使して街中を疾駆する。

 

 『追憶解放(エントランス)』。

 

 限定解放とは違い、スキルだけでなく体そのものを過去のものへと変える『魂源輪廻(ウロボロス)』の力。この半年で戻って来た力。

 

 この能力を使った場合、今世の体をベースに前世の時の姿に引っ張られる変化が現れ、スキルに現れないような身体的体質による能力を引き出します。例えば吸血鬼だったら羽が生えるとか、吸血しようとしなくても犬歯が鋭いとか。今世は翼はもういらないですけど。

 

 実はこの『追憶解放(エントランス)』、キャパシティの弊害であまり強くありません。

 

 私の過去の能力はソウルボードに設定することで引き出すことが出来ます。今世の種族である『コア』に上乗せする形で、『メイン』は一つ設定できてカタログスペックの100パーセントを、『サブ』は5つを設定できてスペックが40パーセント、スキルが70パーセントの割合で能力が引き出せます。

 

 追憶解放(エントランス)は、容姿に影響が出るほど『メイン』の影響を前面に押し出す能力なのですが、無理をすると怪我もしていないのに全身から血を吹き出して死にそうになります。というかなりました。はい。

 

 これは『魂源輪廻(ウロボロス)』で能力を引き出すプロセスが関係しています。前世の能力を魂レベルで再現し、今世に発現させてしているのです。普段は能力に関係する部分だけを再現して貼り付けているのですが、『追憶解放(エントランス)』を使うと再現領域が拡大して負荷が飛躍的に高まります。

 今世の容姿を押しのけて見た目に影響が出るくらいなのでまあ、あまり良くないですね。

 

 なので『追憶解放(エントランス)』使用時、基本的にサブの能力は封印して使わないようにしています。そうすれば長時間の使用に耐えますし、魂的な負荷もないに等しくなります。『追憶解放(エントランス)』中はサブの能力を発動してない訳なので、結果的に弱くなってしまうというわけですね。

 

 ですが今の様に限定的な状況では力を発揮してくれます。

 

 手の平が肉球のように柔らかくぷにぷにに。これなら屋根を蹴りつけても衝撃を上手く吸収してくれるので壊れにくくなります。さらに体が柔らかくなり、四足での走行が可能になります。耳と尻尾が現れ五感が鋭敏に、バランス感覚が向上。限定解放だけでは現れない効果です。

 

 他にも限定解放だけでは現れない効果はありますがそれはおいおい。

 

 そんな事を考えている間に街を囲う城壁が見えてきました。うーん、出入り口は結構ごった返していますね。このまま飛び越えてしまいましょうか。速度はそのままに空中に身を躍らせる。しかし城壁までは到底届かない距離。重力が体を捕まえ引きずり下ろそうとし始める。このままでは派手な音を立てて地面に叩きつけられてしまう事でしょう。

 そうなってはたまらないので、空中を蹴りつけてさらに跳躍した。体は城壁を飛び越え、さらに階段を降りていくように一歩二歩と空中を蹴りつける。

 

 無事に地面に四足で降り立つと同時、大きく息を吸う。生み出された闘気が体に一瞬パシリと走り、さらに脚に力を込めれば体がグン!!と前に弾き出された。屋根と違って加減をしなくて良いので全速力です。吹き付けるあまりの風圧に、耳と尻尾と髪が後ろに引っ張られるような感覚に襲われる。

 

 ・限定解放(獣人:チーター)

 解放能力 [+獣想・剛脚・瞬動・天駆]

 

 空を駆けていたのは『天駆』の能力です。魔力を使って空中での機動が可能になります。結構便利ですよ。

 『瞬動』は一歩目からトップスピードになれるスキルです。地面に降りた時の加速がこれを使っています。

 『剛脚』は脚力がとんでもなく強化されるスキルです。瞬動と闘気の併用でものすごい加速が可能になります。『追憶解放(エントランス)』状態では、腕も前足と判断されるのか四足の走行は目を見張るほどの速度です。

『獣想』は……使った時にでも説明しましょうか。

 

「はあ……、はあ……」

 

 この能力の弱点はスタミナが持たないことですかね。街から文字通り飛び出して数秒。『空の息吹』を使っても全速力では息が切れてきました。ですがこの数秒で稼げた距離で誰にも見られることのない場所へ到達できました。

 

 空中にジャンプして追憶解放(エントランス)を解除。引っ込んだ耳と尻尾のかわりに、翼を羽ばたかせる。ふう、翼が出せないのはなんだか窮屈な気分でしたね。さて。

 

「ふーちゃん、居ますか?」

 

「――――――♪」

 

 風に向かって声をかければ、さながら澄んだ鈴の音のような声が返ってくる。すぐさま風が集まり始め、形を作りだした。現れたのは手の平サイズの小さな女の子。風の精霊、ふーちゃんです。

 

 ふーちゃんの存在に気づいたのは最近なのですが、生まれてまもなくからずっと側にいてくれたそうです。私が風の魔法を普段以上に使えるのは彼女の手助けがあったからみたいです。最近解放された前世の能力のおかげでお話しが出来るようになりました。

 

 ・限定解放 (エルフ)

 解放能力 [+精霊友誼・精霊魔法・森林浴・言霊]

 

『精霊友誼』のおかげで精霊であるふーちゃんの姿を見て、お話しをすることができます。言葉を理解することは出来ませんが、気持ちを通じ合わせることができます。

 

『精霊魔法』は精霊に魔力を渡すことで魔法が使えるようになるスキルです。同時に私が魔法を使うことで二倍の威力ですね。

 

『森林浴』は森にいるときに調子がよくなるスキルです。

 

『言霊』は私の体から漏れ出した余剰魔力を受け取った微精霊、意志を持たないほど小さな力の精霊が、お礼とばかり私の言葉を実現してくれます。とはいえ実行するのは微精霊の子達ですので効果はまちまち。言った事が叶う、と言うよりも、実行しやすくなると考えた方が良いです。感情が高ぶっている時に叫んだりすると大変な事になったりするので注意しましょう。制御するコツは精霊魔法の要領で魔力に乗る感情を御すことですね。

 

「それではふーちゃん、お手伝いお願いしますね」

 

「―――――♪ ――♪」

 

 意志を込めて魔力を渡せば、はじけるような笑顔でふーちゃんがくるくると踊り出す。次の瞬間には正面から私の体を押し返していた風が、気遣うように避けていく。それどころか風のトンネルを作り出し、私の背を押してくれた。

 

「ありがとうございます、ふーちゃん。さあ一緒に……!!」

 

「――♪ ―♪ ――!!」

 

 風になりましょう!!

 

 空を貫く風のトンネルが伸びていき、その中を音を置き去りにして飛んでいく。ふーちゃんもトンネルに渦に合わせてくるくると舞っていて、とっても楽しそうです。

 

 この速度ならドラッケンまですぐですね。見えてきたら地面に降りてアイテムストレージの中身を少し減らして行きましょうか。

 

 運搬対象は薬効効果がある液体の入った樽が約10トン。頑張りましょう。

 



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幕間 第一羽 モルク

 

「……確かにものすごい速度だ」

 

 彼女がちょっと自慢げに残していった言葉に同意する。

 

 屋根上を次々と飛び移って、ぐんぐん小さくなっていく少女を見送ったモルクはそう溢した。

 

 偶然出会い、命を助けられることになった彼女は不思議な人だった。

 どこか長い経験を経た年上の先達のような雰囲気を漂わせたかと思えば、見た目通り幼い子供のようはしゃぐ姿も見せる。そして合って半日も経っていないような相手を積極的に助けようとしてきて。

 つかみ所がないようで、その実まっすぐな少女の在り方に魅せられていた。もちろん人としてだ。

 実力だって目を見張るほど。Sランク冒険者パーティーを敗走させた魔物を1人でそれも一撃で倒した彼女はまだ余裕があった。つまりあの強さでまだ上があると言うことだ。

 

 彼女の実力、人格共にモルクは興味を抱いた。折角の出会いなのだから、自分にできる限りのサポートをしようと思っている。もちろん打算もある。彼女とつながりを作って、それを太くすることができればきっと自身にとって利益となるはずだから。

 

 あの歳で今の強さだ。これからまだまだ成長していくだろう。世間知らずなところも鑑みると、住んでいたところから出てきたのは本当に最近。それも人と遭遇したのは自分が最初だ。一番に仲を深めることが出来たのは望外の幸運。この幸運を取りこぼさないように努力を忘れないようにしないと。幸運は努力なしでは掴み損ねてしまうことが往々(おうおう)にしてあるのだから。

 

 ただモルクには、彼女を利用だけするつもりはなかった。助けられた恩がある。時には利益度外視で動く事も考えている。商人とは信用と信頼の元に成り立つ職業だ。それを捨ててしまえば、後に待っているのは破滅だけ。なにより彼女を裏切るのは自身の矜持(プライド)が許さない。

 

 もちろん彼女を手助けして、利益も得るのが理想だけれど。

 

 彼女にも優しさだけでない強かなところがある。私を助ければ自分の利益になり得る可能性があることをしっかりと視野に入れていた。まるで手痛い実体験に基づくような、そんな思考。

 打算もありきの協力体制。助けるだけでなく、自信の損得も勘定することが出来るくらいには賢い娘なのだ。まあ彼女は打算のほうがおまけのような気もするけれど。

 

 まだ彼女とは出会ったばかり。知らないことはたくさんあるけれど、これから知っていけば良い。しばらくはこの街を拠点にするだろうし。

 

 しばらく彼女から目が離せないだろう。

 

 そう結論づけて扉を通って冒険者ギルドの中に戻った。

 

 そういえば、人の姿から見た目が変わっていたけれどあれはスキルの効果だろうか、なんてそんな益体もない事を考えながら。

 

 戻ってみればダラムとルマーが話に花を咲かせているところだった。彼女たちはちょくちょく合っては何かをはなしているそうだけど。

 

「あ、会長。メルさんのお見送りですか?」

 

「そうだよ。あっという間に見えなくなっちゃった」

 

「本当ですか? やっぱり早いんですね。まだあんなに小さいのに……。さすがはヴィルズ大森林近くにいただけはありますね……」

 

「うん?」

 

 ヴィルズ大森林? あの魔境がどうして話に出るのだろうか。

 

「あれ、会長彼女から聞いていないんですか?」

 

「いや、最近住んでいるところから出てきたって話しか聞いてないけど……」

 

「モルク様、先ほどフィスクジュラの討伐データを確認した際に冒険者カードの記録を更新したのですよ」

 

 カードをギルドでスキャンすれば、全てのログが残ることになる。冒険者なら皆知っていることだし、彼らに一定時間接しているものなら自ずと知ることになる。常識だ。

 

「さっき彼女の他の討伐記録をカードから直接確認しようとしたとき、カードを抜き取られてしまったのですが、少々気になりましてログを確認させていただきました。その彼女の討伐記録にヴィルズ大森林中層の魔物が無数に記録されていたのですよ。凄まじい数です。これを正式な依頼として狩っていたらすでにAランクの大台です。彼女があの魔境に住んでいたとしても驚きませんよ。しかもフィスクジュラを倒せるほどのBランクの冒険者なのに名前をきいたこともない。彼女は何者なんですか?」

 

「ちょ、ちょっと待って?」

 

 知らない情報が多すぎる。頭痛を抑えるようにこめかみに手をやった。

 

「……私も今朝初めて会ったばかりなんだ。短い時間だけど接してみた感じでは悪い子ではないと思うんだけど……」

 

 冒険者カードを持っていたとは聞いていたけど、Bランクの冒険者だなんて一言も言ってなかった。実力的には不思議ではないけれど。むしろランクとしてはSランクでも問題無いくらいだと思う。でもそれならそうと言って欲しかった。

 

 しかもヴィルズ大森林の魔物を大量に狩っていたなんて。

 

 鬱蒼と広がっているヴィルズ大森林は地図などなく、全体像ですら把握できていない魔境だ。その要因の一つに天帝が縄張りとしていることが挙げられる。まあ、天帝がこの大陸を根城にしているおかげで他の帝種は寄ってこないのだけれど。

 それはともかくヴィルズ大森林は川を上っていけば上っていくほど、深層の方へ近づいていく。浅層ですら中堅の冒険者ですら命の危険があるのに、中層なんて。

 

「そうなんですか……。でも友達を探すために大陸を渡ろうとするなんてやっぱり悪い子ではないですよね」

 

「友達?」

 

 なにそれ知らん。

 

 聞いてみればなるほど、面白い話だった。

 

 記憶も定かではないほど幼い頃の友達……。きっとその子はかなり有力な家の貴族、もしくは白蛇聖教関係者。メルさんはとても良い娘だ。きっとその子の親にも気に入られたのだろう。

 相手が北の大陸出身なのか、元から南の大陸に住んでいたのか。それは分からないけど、元から南の大陸に住んでいたのなら探すのは茨の道だ。なにせどこの大陸に行ったのか分からないのだから。

 

 でも彼女が名を上げていけば……。その友達の目に留まる可能性も高くなる。それこそ他の大陸にも渡れる程ならばさらに可能性は上がる。

 

 冒険者カードに記録された無数の討伐記録。それはきっと帰ってきてからずっと、強くなるために狩ってきた彼女の集大成だ。そう考えれば彼女の強さにも納得がいく。

 

 それにしても他大陸に渡れる程の貴族なら名が知れているはずだけど、少なくとも私は知らない……。これでも有力者の名前は全部覚えているし、他大陸の有力者くらいなら頭に入れているのだけれど。

 

 そうなるとやっぱり彼女の出自が気になってくる。少なくとも庶民の出ではないはず。あの礼儀正しさと所作から伺える気品は貴族の出身だろう。目立つのを避けようとするのはそれが理由か。訳ありかな……。

 

「ルマーさん、この件は彼女が公表しようとしない限り内密にしておいてくれるかな」

 

「え? ……それはもちろんですがどうしてですか? これだけの数、他のBランク冒険者が挙げる戦価の18倍はありますよ。依頼での討伐ではないとはいえ、さすがにランクアップの評価に影響が出る量です」

 

「どうにも本人が目立つのを避けているようだからね」

 

「……訳ありですか?」

 

「さあ、それは分からないけど……、彼女の実力ならこれを公表しなくてもきっとすぐ目立つことになるだろうし、本人の意向に任せるよ」

 

「……それもそうですね。わかりました」

 

 ……まあ、彼女が何者かなんて関係ない。これから知っていけば良いし、人助けをするほどのお人好しだとは分かっている。彼女が嘘をついていないことは分かるし、出会ったときに何かに追われているような素振りはなかった。悪人ではないはずだ。

 

 それはそれとして興味とは関係なく色々問いただす方が自分の、ひいては商会の身を守るためにも必要かも知れないとは少し思った。

 

 今みたいに爆弾情報を突然投げられるのは……さすがに困るので。

 

 まあ次に話すのは明日か明後日以降だろう。それまでに他の仕事を消化しつつ、話の内容はゆっくり考えればいい。

 

 そう考えていた時期もありました……。

 

 二時間と少々の内に「取ってきましたよ!!」と駆け寄ってきたのには心底驚かされた。目立ちたくないと言っていたが、本当に隠す気があるんだろうか。

 

 モルクは彼女から目が離せないと、別の意味で思った。

 




 主人公はしっかりしているようでちょっと抜けてます。ご愛敬と言うことで。

 冒険者カードの討伐記録は
 >帰ってきてからの数年の討伐数×
 >半年の討伐数〇


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第十一羽 見慣れぬ綺麗な建物

 

 昇った朝日が窓から少女のかわいらしい顔を照らし出す。スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた少女はやがて、まぶたを震わせゆっくりを目を開けた。

 

「んぅ……? 朝ですか……。えっと」

 

 ここはどこでしたっけ?

 

 見慣れない内装の室内をじっくりを見渡して。ようやく覚醒してきた脳が昨日のことを思い出してきました。そうそう昨日は依頼を終えて宿に泊まったのでした。釣られて思い出したくないことも出てきて思わずゲンナリしてしまう。

 

 超特急で帰ってきたら、モルクさんにも勘違い話が広がっていた件。あんなに急いだのに……。

 鳥の飛行速度を存分に活かし、その日のうちに帰ってきた私はモルクさんから冒険者ランクに関する話をされたときに投下された爆弾に愕然としました。彼は彼で勘違いしてそうな気配がしますし……。うぼぁー。

 

 持って帰ってきた回復薬が入った樽は、モルクさんのお店の倉庫に持って行きました。皆さんが思っていたよりも早かったらしく、とても喜ばれました。なにせ顔を見せたときになにか忘れ物でもして取りに帰ってきたのかを聞かれたくらいですからね。違いますよ!! 荷物を持って帰ってきたんです!!

 

 もう!! 失礼しちゃいますね。私そんなに抜けていませんよ!

 

 回復薬を受け取りに言った業者の人も最初は全然信じてくれなくて、モルクさんの手紙を見せてようやく信じてくれたくらいです。口をあんぐり開けてました。早くして欲しかったので手の平でグイッと押し上げて戻しましたけど。

 

 ギルドでの評価も最高評価を頂きました。頑張ったかいがありましたね。ルマーさんも本当に10トン全部持ってきたのか再三確認していました。だから忘れ物ではありません!!!

 

 報告を終わらせ別れた後は、モルクさんに紹介された宿に泊まりました。なんと一ヶ月分を先払いで負担してくださりました。最初は断ったのですが、命を救われたのだからこれくらいはさせてくれと言われまして断り切れず……。

 

朝の支度を済ませて外に出る。準備運動をしたのち、『無明金剛(シラズガナ)』を構えて日課の訓練。

 う~ん、10トン減ると流石に体が軽いですね。なんだか物足りなく感じてしまいます。

 部屋で体を軽く拭いた後食堂へ。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 おいしかったです。

 宿で提供された朝食を食べ終え、ナプキンで口元を拭く。さて、今日はどうしましょうか。とは言っても特に予定はないので、冒険者ギルドに行ってなにかクエストでも受けましょうかね。ついでに冒険者の方とお話でもして、他大陸に渡ることができる別の方法でも聞き出せれば(おん)の字ですね。

 

「おや?」

 

 宿から出て冒険者ギルドに向かっている途中、綺麗な外装の大きな建物を見つけました。中からは元気な複数の子供の声が聞こえます。外がおしゃれな鉄柵で囲われていて、敷地が結構広いですね。なんの施設でしょうか。

 近づいてみれば門に文字が。えっと……

 

「スワンヌ孤児院……。え、ここ孤児院なのですか……?」

 

 驚きました。私が知っている孤児院は大体ボロボロのガタガタで、酷いところだと院長が支援金を横領していたりします。なにせ私も居たことがありますから。

 ここまで綺麗で大きな施設はなかなかお目にかかれません。さすがは商業都市ということでしょうか?

 そう言えばフレイさんも孤児院出身でしたね。ここは北の大陸でも王都でもないですけど。それにしても、上手に使えるようになっているでしょうか、あれ(・・)。まあさすがにこの短時間では難しいでしょう。……できてたらどうしよう。

 

「おい!」

 

「はい?」

 

 そんなふうにフレイさんの事を思い返しているときに声がかけられる。声は門を挟んで反対側、両手で門を握った男の子のものでした。こちらをジッと見ています。どうしたのでしょうか?

 

「……お前、遊びに来たのか?」

 

「え?」

 

「おーい、シスター!! 門開けてよ、1人増えたよ!!」

 

「え? え!?」

 

 どう言う事ですか!?

 想定外の事に戸惑っていると、施設の中からパタパタという足音が聞こえてきた。

 

「はーい、今行きま〜す」

 

 そうして現れたのはシスター服をまとった、エルフの少女だった。

 





一ヶ月分先払い→モルクはお礼も兼ねて居場所の固定も狙っています。


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第十ニ羽 孤児院もズブズブ

 

 

「あら、初めて見る子ね。はじめまして、お名前はなんですか?」

 

「……えっと、メルシュナーダ、メルと呼んでください」

 

「ご丁寧にありがとう。ワタシはクレア。白蛇聖教のシスターよ」

 

 身を屈めて笑顔でこちらに目線を合わせてくるエルフのお姉さん。

 う〜ん。扱いが完全に子供に対するそれですね。さすがにさっきの男の子よりは大きいのですが。

 

「遅刻しちゃったのかな? 迷子になっちゃった?」

 

「いえ、そうではなく……」

 

「外で話すのもなんだし、まあとりあえず入ろっか」

 

「わわっ」

 

 手を引っ張られて孤児院の敷地に連れて行かれてしまった。そのまま門を閉めて鍵を掛けるクレアさん。

 

「最近物騒だから勝手に開けちゃダメよ? 来たとき門が閉まってたら表のボタンを押してね。誰か行くから」

 

「あ、はい、わかりました」

 

 手を引いて建物の方へと歩いて行くクレアさんに首肯する。その間敷地内で子供達が遊んでいる様子が散見される。ジャングルジムやシーソー、ブランコに鉄棒など、まるで公園みたいで皆楽しそうに遊んでいます。

 いや、そうではなく……。

 

「あの、私の友達が孤児院出身だそうで少し気になったので見に来ただけなのですよ」

 

「あら、そうなの? その子はここ出身?」

 

「いえ、王都にある孤児院だと言ってました」

 

 別大陸ですけど。

 

「そっか。それなら友達に会いに来たとかじゃなくホントにのぞきに来ただけ?」

 

「はい、なので私はここに入るべきではないとは思うのですが……」

 

「ううん、それは全然問題ないわよ」

 

「え?」

 

「ここは孤児院だけど親がいる子も昼間は預かってもいるの。ここなら広いし、思いっきり遊べるからね」

 

 なるほど、ここは保育園や幼稚園のような場所なのでしょうか。なら公園というより校庭ですか。

 

「白蛇聖教が支援しているから危険人物なんかは滅多に近寄らないの。白鱗騎士団の巡回ルートにも入ってるしその点でも安全」

 

 ……シスターさんがいる時点でそんな気はしていましたがここでも出てくるのですね、白蛇聖教。ここの孤児院はその財力で支えられているわけですか。いえ、もしかしたら全土でそんなことを……? それなら本当にすごい事です。尊敬します。

 

 子供達は笑顔ですし、良いことしてるとは思うのです。がそれはそうとして苦手意識が先行してどうにも……。

 

「今日は用事があるの? お使いとか?」

 

「いえ、特にはないですけど……」

 

 これからクエストを受けに行こうとしていた所ですし。

 

「なら折角だし、今日はここで遊んで行けば良いんじゃないかしら。その子も喜ぶと思うわよ?」

 

 彼女の目線の先を釣られて見れば、キラキラ目を輝かせている男の子が。期待でいっぱいと顔に書いてあります。

こ、断りずらい……。

 

「わ、わかりました……」

 

「やった! お前! こっちで遊ぶぞ!」

 

「わわっ!?」

 

 突然引っ張られてバランスを崩してしまう。クレアさんは微笑ましそうに手を振って見ているだけ。助けは期待できそうにありませんね。

 

「ほら、ちょっと待ってください」

 

 ぐんぐん進んでいく男の子の腕を引いて止める。

 

「私はお前じゃなくてメルですよ。あなたの名前は?」

 

「……クルーク」

 

「よろしくお願いしますね、クルークくん。何をしますか?」

 

「それじゃあ―――」

 

 子供と遊ぶわけですから、さすがに加減が必要ですよね。そう意識して一歩踏み出したところで盛大にずっこけた。

 ……ふぎゅ!? な、なにもないのに!?

 




 主人公は人化したときのデフォルトのバトルドレス姿ですが、かなりの軽装であんまり鎧っぽくない設定です。作者のファッションセンスが壊滅的で描写出来ないのでご自由にご想像下さい。一応メインカラーは蒼です。


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第十三話 ごはんにしよう

 

「はーい、メル姉ちゃんの負け~」

 

「うぐぐ……!! も、もう一回ですよクルークくん!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「あ~、メルお姉ちゃんがまた何もないところで転けてる……」

 

「だいじょうぶ?」

 

「お、おかまいなく……!!」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「メルちゃん弱ぁ~い」

 

「なん……ですって……!?」

 

 もはや手加減など……!! でもそれはさすがに大人げない……!! このまま絶対に勝つ!

 

 ……

 …………

 ………………

 

「はあ……、はあ……」

 

 それからしばらくして。あちこち引っ張りまわされた私は息切れしてベンチで座っていました。子供達はまだ元気に敷地内を走り回っています。恐るべし、子供の体力……! 勝負の結果? は? なんでそんなどうでもいいこと聞くんですか??

 

 子供達がはしゃぐ声を耳にしながら私が息を整えていると、横から水が差し出されました。

 

「メルちゃん、お疲れ様」

 

「クレアさん……、ありがとうございます」

 

「ごめんなさいね、運動苦手だと知らなくて」

 

「いえ、加減してたので……」

 

 別に苦手ではないですが?

 彼女はそれを聞いて微笑ましそうに笑っている。本当に加減してたのですよ!? 嘘じゃないですよ!?

 

「それにしても……本当にたのしそう……」

 

 一息ついて体力が戻ってきたところで感慨に耽る。元気に遊びまわる子供たちは笑顔が絶えなくて。なんだか胸が暖かくなった。

 フレイさんはコアイマに親を殺された。そして孤児になったフレイさんは孤児院に住むことになったといいます。彼女はコアイマへの憎悪を糧にしていたけれど、ふとした瞬間にこんな風に笑顔になれる時があったのでしょうか。

 ……きっとあったでしょうね。なにせ、彼女の隣にはログさんとターフさんがいたのですから。彼女は一人きりで進む道を選ばなかった。仲間を求めた。それはかけがえのない大切なことです。

 

「ええ、あそこにいるみんなに親はいなけど家族はたくさんいるの。孤児院に住んでいる子供たち、そして私たち白蛇聖教の関係者。それだけじゃない、この都市のみんなが家族みたいなもの。あの子たちにも幸せになる権利はあるもの」

 

「ええ、そう思います」

 

「『不幸を排し、幸運をもたらそう。誰もが幸せになる権利があるのだから』」

 

「……それは?」

 

「私たち白蛇聖教が掲げる教義よ。私たちはこれを目指して活動しているの」

 

「ふふ、いいですね。その教義私は好きですよ」

 

「でしょう?」

 

「はい」

 

 弱者が食い物にされ、強者が富む。それが世界の真理の一つではありますが、誰もが幸運となれるのなら、それに越したことはありません。

 弱いから不幸を我慢しなくてはならない。そんなのひどいじゃないですか。

 

「あの子たちはチャンスが与えられるの」

 

「チャンス……ですか」

 

「あの子たちは大人になったらいずれここから巣立たないといけない。その時、どうにか働き口を探さないといけないわ」

 

「そうですね」

 

 ここは孤児院。みなしごを預かる場所。ずっと子供のままではいられない。いずれ大人になり、ここから旅立つときが必ずやってくる。そのとき、孤児である彼らはとても不利だ。

 

 親がいる子はそのまま親の職を継ぐだろう。いずれ独立はするかもしれないが、それまでは親元で職を学ぶ。当然学校に行った子もいるだろう。そこで学んだことを生かし、どこかに就職する。つないだ伝手を活かすこともあるかもしれない。

 

 そんななか孤児は伝手がなく、学がなく、手に職もないのだ。不利なのは明白。

 

「そのとき困ることがないように支援もしているわ。孤児院では私たちシスターが勉強を教えているし、見回りの白鱗騎士団の人は訓練を受ける人も募集してる。頑張っている子や才能がある子はスカウトだってされるのよ。そうでなくても、入団試験ではこれまでの頑張りを活かすことができる。文官でも騎士でも。あの子たちには平等にチャンスが配られる」

 

 ……本当に驚きです。孤児院を出た後のことにも気を配っているなんて。でも実に合理的です。

 子供たちを助けることができると同時に、青田買いもできるわけです。タダの慈善活動では無いと言うことですか。したたかですね、白蛇聖教。

 

 偽善的と言えばそれまでですが、私は良いと思いますね。だれも不幸にならないのですから。

 

「なんてね……。メルちゃんがなんだか大人っぽいから話しすぎちゃった。難しかったよね、ごめんね」

 

「いえ、いい話が聞けました。ありがとうございます」

 

 これまで一強として続いてきたのにはにはそれなりの理由があるわけですね。積極的には近寄りたくはないですけど、見る目が変わったのは確かです。

 私は自分の手の中からこぼしてしまうことさえあるのに、白蛇聖教はこんなにも多くの人に救いの手を差し伸べている。

 

「……よし!!クレアさん……」

 

「―――――え?」

 

 ……

 …………

 ………………

 

「皆さ~ん」

 

「メル姉ちゃんだ!!」「どこ行ってたの~?」「すねてたんじゃない?」「敗北者ぁ~?」

 

「誰ですか今敗北者といったのは!? 拗ねてないし、負けてませんが!?」

 

「ほんと~?」「もっかいやろ!!」「つづき~」「理解(わからせ)てやるぜ」

 

 ……。

 

「コホン、お腹すいてませんか~?」

 

「すいた!!」「ごはん!!」「食べた~い」「話そらしたね」

 

 うるさいですね……。それより。

 

「どん!! これでお昼ご飯にしましょう!!」

 

 アイテムストレージから取り出したるは超巨大バーベキューセット!! 十人以上横に並んでも大丈夫なキングサイズ。それを三つ、私を囲うように地面に置きます。例のVRゲームで手に入れたやつです。もちろん魔法の力で火傷なんてしませんよ!!

 

「なんかでた!!」「すごーい!!」「どこから出したの~?」「勝負しようぜ」

 

 なんかうるさいのがいますね……。私が勝つので勝負はしません。

 

「今から焼肉パーティです。みんなでたくさん食べましょう!!」

 

「やったー!」「楽しそー!!」「メル姉ちゃんふとっぱら!!」「小さいけどね~」

 

 さっきからちょくちょく煽ってくるのはどいつだ!? 声のほうを睨みつければ全員が一斉に目を逸らされました。なんていう息の合った連携……!! これでは誰が犯人かわからない……!!

 

 ともかく食材は(フィスクジュラ)がメイン。さっきルマーさんを尋ねてギルドの解体室で捌いてきました。毒の有無もしっかり確認して安全性はばっちり。ついでに途中で、他のお肉や野菜も購入。昨日の運搬クエストの報酬でお金はたくさんありますからね。それに蛇肉はたくさんあって困っていたので丁度いいです。一人で食べるより、みんなで楽しく食べましょう。

 

 私のスキル『マジカルクッキング』ご照覧あれ!!

 

 決して焦がすことなく全ての食材を完璧な状態で焼き上げて見せましょう!! 料理は得意ですよ!

 三つの巨大なバーベキューセットへ、アイテムストレージから取り出した材料を次々投入していく。

 やがて肉の焼ける香ばしい匂いが広がり、油の弾ける音が響き渡る。両手にトングを装備して絶妙な加減でひっくり返せば、完璧な焼き色の肉達が食欲を刺激し、早く食べてと急かして来た。メインのフィスクジュラはあっさりとした鶏肉のようかと思えば、溢れる肉汁が口の中を天国へと導いてくれるでしょう……!! 魔物肉は既存の肉とはひと味違いますからね。

 

 そのままでもよし! 私が用意した醤油でもよし! タレがかかった蒲焼きでもよし! その他なんでもござれ。全部美味しいですよ!! これを1人で食べるなんてとんでもない。

 

「わー!おいしそう!!」「メルちゃん料理()上手だね!!」「運動へたっぴなのに!!」「手先は器用なんだぁー」

 

 一言余計ですが!!? ほらそこ! 野菜も食べる!!



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第十四羽 杞憂

 

 お昼ご飯にバーベキューというなかなか豪快な食事を終えて、子供たちはみんなお昼寝の時間。クレアさんたちシスターはお仕事に。私もなにかお手伝いをと思ったのですが、子供たちが抱き着いてきて一緒に寝ようとせがまれてしまいました。

 

 困った私は助けを求めてクレアさんを見つめたのですが「ふふ、随分懐かれたみたいね。みんなのことを見ててあげて」といわれたので私も一緒に寝ることに。別に私も疲れて眠くなったわけではありませんので悪しからず。そんなこんなでみんなと同じ部屋で雑魚寝していたところパチリと目が覚めました。外から足音、……だれかが来た?

 

 足音は複数。クレアさんたち大人組がいる部屋のほうへと向かっていきました。

 僅かな不安を感じた私は子供たちを起こさないようにそっと立ち上がり、声のするほうへ。

 

「皆さん今日も巡回お疲れ様です」

 

「おう、ありがとうクレアさん。……今日はなんだか随分いい匂いがするな」

 

「ふふ、今日は遊びに来た子がご馳走してくれたのよ」

 

「……子供が? 大丈夫なのか?」

 

「ええ、なんでも――」

 

「クレアさん?」

 

「あら、メルちゃん。起こしちゃった?」

 

「……いえ、大丈夫ですよ。お手洗いに起きただけですので。そちらの方たちは?」

 

 目を向けた先には鎧を着けた大人達がこちらを見ていた。

 

「そう? あ、紹介するわね。この子が今話した本人よ。メルちゃんっていうの。それでこの人たちは巡回の白鱗騎士団の人達よ」

 

「初めまして、メルシュナーダ、メルです」

 

  クレアさんの紹介に合わせて挨拶をすれば、大人達の中から一番体格の大きな男性が1人までに出てきた。短く切りそろえた金髪を逆立たせた強面の方です。

 

「分隊長を務めている、トーヴだ。よろしく。お嬢さん」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 差し出された手を握り返した私は、その笑顔の裏で内心胸をなで下ろしていた。

 

 ……杞憂で良かった。大人がゾロゾロやってくるときは大抵取り立ての催促をする荒っぽい人たちだったので、もしやと邪推してしまいました。そうですよね、ここは支援の厚い孤児院でした。経営難になんてなっていないですよね。

 

「今日はこの孤児院に食料を分けてくれたと聞いた。白蛇聖教を代表して感謝するよお嬢さん」

 

「ふふ、少し前に回復薬を多めに補充した所でご飯を切り詰めていたから助かったわ」

 

「いえ、私も皆との食事は楽しかったので気にしないで下さい。ところで回復薬とはだれか怪我をされたのですか?」

 

「違うわ。タダの保険よ」

 

「最近ジャシン教の活動が各地で活発になっているのは知っているだろう? 怪我人が出ているとの話も多くてな。どこの家庭でももしものタメに回復薬を常備する様になったんだよ」

 

「そのせいで回復薬は品切れだし、あっても高くて……」

 

「作戦行動中以外は訓練が中心の騎士団などは怪我も比較的少なく問題ないのだが、普段から怪我が絶えない冒険者などはかなり困っているようだな」

 

「なるほど、それで……」

 

 私が回復薬を急いで運搬することになったのですね。ジャシン教は市民にまで迷惑をかけているのですね。……メリィさんは、……いえ、今は考えても仕方ありません。

 

「……ところでお嬢さん。施しはありがたいのだが……、その大丈夫なのかな? 懐は」

 

 

 ああ、私が子供に見えるから金銭的な心配をしてくれているのでしょう。問題ないことを伝えようと口を開いた時。

 

「大丈夫で―――」

 

「ふん、親の金で施しか? 随分お優しい事だな」

 

 突如として冷ややかな言葉が部屋の中に突き刺さった。



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第十五羽 チビじゃないです

 

 冷ややかな声の方向には、敵意を隠そうともしない少年が腕を組んで立っていた。帯剣はしているものの、鎧は着ていない。騎士になるにはまだ幼いですね。クレアさんが言っていた訓練を受けている子の1人でしょうか。後ろの方には他にも似たような格好をした子達が見えます。

 

 彼は私の見た目から親のお金を使っていると考えたのでしょう。……まあ妥当……全然妥当ではありませんが??

 

「バカ者!!」

 

「いでっ!?」

 

 そんな彼の頭からゴチンと鈍い音がした。分隊長さんがゲンコツを振り下ろしたのだ。痛そう……。

 そのまま少年の頭をグイッと抑えつけた分隊長さんがガバリと頭を下げる。少年は抜け出そうともがくけれど、力の差から呻くことしかできていない。

 

「すまないお嬢さん。うちの馬鹿が失礼をした」

 

「ふふふ、いえ、気にしていないですよ。元気があって良いですね」

 

「……かたじけない」

 

 それにしても、と。未だ隊長さんの手の中でもがく少年を下からしゃがんで覗きこむ。

 

「な、なんだよお前」

 

「う~ん」

 

 彼の顔に既視感が……。ああ、そっか。

 

「君はクルークくんのお兄ちゃんですね」

 

「は? なんであいつの名前を……」

 

「やっぱり」

 

 目元なんかがそっくりです。

 さっきのは一種の威嚇でしょう。弟を自分の力で守りたいお兄ちゃんの精一杯の背伸びです。そのために力を求めて、白鱗騎士団の方達に教えを請うているのでしょう。

 大切なものを守るために力を得ようと努力している。

 

「君は偉いですね」

 

「!!? なんで急に撫でる!?」

 

「あ」

 

 思わず両手でわしゃわしゃと頭を撫でてしまいました。少年は驚いた猫みたいに飛び退いて手の届かない場所へ。怒っているのか顔を赤くして手を頭に乗せています。

 

「ごめんなさい、つい。ふふ、自分で守りたい場所に部外者が入ってきて気にくわなかったんですよね」

 

「そ、そんなんじゃねえし!?」

 

 うんうんと訳知り顔で頷く。そういう子居ましたからね。ふしゃーと猫みたいに威嚇している少年から分隊長さんへ視線を移す。

 

「そうだ分隊長さん、お金は心配には及びませんよ。出したのは全て自分で得たものですので」

 

「ふむ、君が自力でか?」

 

「はい。私冒険者なので」

 

「なんだと!? お前みたいなチビに稼げるわけないだろ!」

 

「ちびじゃないですが???」

 

「!!?」

 

 少年に笑顔を向ければ、分隊長さんの後ろに隠れてしまった。はて? どうしたのでしょうか?

 

「お前な……」

 

 分隊長さんは呆れたように少年を見て、他の騎士の人たちやクレアさんは楽しげに笑っています。

 

「おいコラ! お前が冒険者だっていうのならオレと勝負しろ!!」

 

 分隊長さんの後ろに体を隠した少年から勝負を仕掛けられてしまった。う~ん、困りましたね……。

 

「いえ、戦う理由がないのでやめておきます」

 

「なんだと臆病者め! 戦うのが怖いのか!!」

 

「そうですね……、戦うのは……すごく怖いですよ」

 

 痛いし、苦しいし、キツいし、辛い。戦いがあると誰かが死ぬかもしれない。それはすごく怖いことです。いえ、これは殺し合いのことであって、戦いの話とはちょっと違いますかね。

 修行目的の手合わせでしたら、それはそれで楽しいのですけど。

 

「なんだホントの臆病者か……。それならお前の負けだぞ!!」

 

「はい、私の負けですね」

 

「……は? お前、馬鹿に―――」

 

「……見苦しいぞ、グルーヴ」

 

 こちらにズンズンと歩いてこようとしていたグルーヴくんの首根っこを分隊長さんがむんずと掴みあげた。

 

「俺がお前に剣を教えたのは誰かを脅すためか? よく考えろ、愚か者め……!!」

 

「ぅぐ……!!」

 

「……確かに君は……大きいな」

 

「はあ……? ありがとうございます?」

 

 さすがに隊長さんの方が大きいですよ? もしかして煽られてますか?

 



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第十六羽 襲撃

 

 気にくわない……!! 気にくわない……!! 気にくわない……!!

 

 起き出してきた孤児院の子達が各々騎士団の面々に飛びついていく中、グルーヴは非常に不機嫌だった。原因は目の前の女だ。

 

 白鱗騎士団に稽古を付けて貰って帰ってきた矢先、突然わいてきたのがこいつだ。綺麗な身なりをしたこいつが孤児院に食べ物の施しをしてくれたとシスタークレアが言っていた。それはありがたい。

 ありがたい話だが、自分よりも小さい子供がポンと寄付をできるはずもない。どうせ金持ちの親から貰った金を使って憐れみを感じたこいつが良い事をした気分に浸るタメに寄付をしたのだろうと思った。

 一度そう考えるダメだとは思いつつも苛立ちを隠しきれず、きつい言葉をぶつけてしまった。言った後で泣かせてしまうかもしれないと若干の罪悪感を覚えていると、泣くどころか優しい顔をしたこいつはなぜか偉いなどと褒めながら頭を撫でてきたのだ。

 訳が分からない。理解の及ばない生き物から距離を取って思わず頭を抑えていた。なんだこいつ! 驚いて心臓がバクバクいっている。そう、驚いたせいなんだ。顔が熱いのは。

 

 思うわけないだろ。褒められてちょっとうれしいだなんて……!! 絶対に……!!

 

 そんな女は冒険者だっと言った。嘘だと思った。だってそいつは自分より小さかったしし、弱そうだったから。実際チビって言った反応してたし。その時はなんか笑顔が怖かったけどビビってなんかないし。

 

 その場しのぎのそいつの嘘、それをばらすタメに勝負をしようと言った。でもそいつは戦わないと言った。それどころか戦いが怖いだなんて。冒険者だと自分で言ったくせに、馬鹿にしているのかと思った。

 

 そしたら今度はトーヴ分隊長に怒られてしまった。「俺がお前に剣を教えたのは誰かを脅すためか? よく考えろ、愚か者め……!!」って。こいつのせいでオレが怒られてしまった。

 

 でも、そうだ。オレは皆を守るために稽古をしているんだ。戦いを怖がるような臆病者に構っている時間はない。

 

 そう思ったらトーヴ分隊長になぜかこいつが褒められていた。あるはずのない差を見せつけられた気分で気にくわなかった。そしてもっと気にくわないのが……。

 

「メル姉ちゃん!! どこいってたの!」

 

「おっとクルークくん、急に飛びついたら危ないですよ」

 

 いつもだったら一番に自分の所にやってくる弟がその女を見つけた途端、脇目も振らずに飛んでいった事だった。

 

「あ! 兄ちゃんお帰り!!」

 

「……ただいま」

 

「あのねあのね!! メル姉ちゃんすごんだよ!! 二つのはさむ奴でシュババってしたら、お肉がじゅわーなんだよ!! しかもそれを3つもするの!!」

 

「……そうか」

 

「……どうしたの兄ちゃん? けがしてるの?」

 

「……ちょっと疲れただけだよ。ちょっと外に出てる」

 

「あ、兄ちゃん!」

 

 廊下に出て扉を閉めるときに女を睨み付けてやれば困ったように笑うばかり。……臆病者が。部屋の外で壁に背を預けていると、部屋の中から誰か出てきた。

 

 黒い猫耳と緑の瞳が特徴の獣人の女の子、一緒に稽古に行っていた内の1人であるミシャーラだ。

 

 ……なんだか色合いがあいつに似てるから今は話したくない。そう思って目を瞑っていたらミシャーラは開口一番。

 

「あんた今回の、かなりダサいよ」

 

 そんなの……。

 

「……うるさい」

 

「ふーん、言い返さないんだ」

 

「…………」

 

 今度は何も答えなかった。ガチャリと再びドアが開く音。ミシャーラは言うだけ言って中に戻っていった。なんなんだ一体。気にくわない……!!

 

 しばらくして、ドアを開けてトーヴ分隊長達が外に出てくる。部屋の中には物足りなさそうにした子達の顔がちらりと見えた。シスター達が仕事をしている部屋に起きたみんなで押しかけたものだからすし詰め状態だ。

 出てくるのに苦労したのか息をついたトーヴ分隊長。そこでこちらに気づいた。

 

「グルーヴ、自己鍛錬は怠るなよ」

 

「……はい」

 

 頭に乗せられた大きな手で包まれるように頭を撫でられる。オレは分隊長の大きくて手ゴツい手の平が好きだ。暖かくて、父親が居ればこんな感じなのかななんて考えた事もある。

 でも今までと違って、そこにあの女の影が過ぎる。さっき撫でられたせいだ。……気にくわない。

 再びの見回りに出て行くため、正面玄関を通って門へと向かっていく白鱗騎士団のみんな。しばらく見送って本棟に戻り、1人で天井を見上げた。

 

 ……さっきから頭の中にあの女の影がちらつく。

 

 剣でも振って忘れよう。そう考えて歩き出した所で、門の方が騒がしくなった。なんだろうか。

 

 僅かに考えた後、好奇心に負け音の方を確認することにした。孤児院本棟の正面玄関を開けたところに、踏ん張った脚で土煙を引きながら分隊長が吹っ飛んできた。剣を手にしており、険しい表情をしている。

 

「トーヴ分隊長!?」

 

「グルーヴか! 今すぐみんなを引き連れて裏から逃げろ!!」

 

「なにが―――」

 

「おやおや、それは困るのであるよ」

 

 口元から伸びたひげ、クルリと巻かれた奇妙なそれを片手でしごきながら、剣を手にした男が歩いてくる。

 それに引き連れられるようにして門の方からゾロゾロと黒いローブを身にまとった大勢の人間が。

 

「ジャシン教が攻めてきた……!!」

 

 



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第十七羽 誰が為に

引き続き少年視点です。


 

 ジャシン教が攻めてきた……? この孤児院に……? 突然の出来事にグルーヴは上手く状況が理解できていなかった。それでも無情に時間は過ぎていく。

 

「いやはや、人聞きが悪いのであるよ」

 

 巻きひげの男が方をすくめてため息をつく。

 

「我輩達はただ頼みに来ただけ。これから街を練り歩くからしばらくおとなしくしていてくれ、とねぇ?」

 

「ふざけるなよ……!! 貴様らを街で野放しにするわけがなかろうが!!」

 

「そうであるか……。それなら、後ろで寝ている者達と同じように転がっていて貰うだけであるな。さあお前達、仕事だ」

 

「「「は!!」」」

 

 ジャシン教の教団員がゾロゾロと現れ、思い思いの武器をトーヴに向けた。

 

「我らの教義のタメに」「お前は邪魔だ」「ここでゆっくり寝ていると良い」

 

「黙れ……!!」

 

 教団員の手から放たれた魔法を避け、一気に距離を詰める。

 

「ぐあっ!?」

 

 一番近くに居た1人を切り伏せ、続くもう1人の脚を切り裂き痛みにもだえている所を殴り倒した。他の教団員も攻撃を仕掛けてくるが、トーヴには当たらない。それどころか、1人、もう1人と立っている人数が減っていく。

 

「トーヴ分隊長、……すげえ」

 

 これなら大丈夫だと、そう思った。しかし、現実はそうもいかなかった。

 

「さすがは分隊長といったところかね。さっきの一瞬を逃げ延びただけはある。どれ」

 

 言うやいなや肉薄し、トーヴに斬りかかった。

 

「ぐっ!?」

 

「ふぅむ」

 

 トーヴは苦しそうな一方、巻きひげの男は余裕そうな表情だ。戦況は明白。トーヴが押されている。

 グルーヴには信じられなかった。鍛錬では自分の事を赤子の手を捻るように軽々と相手する分隊長が。さっきまでジャシン教の教団員相手に大立ち回りをしていたぶんたいが、逆に遊ばれている。何かの悪夢を見ているようだった。

 

「分隊長……、オ、オレも手伝います!!」

 

「バカ者! こいつはお前が敵う相手ではない……!! 全員を連れて裏から逃げろ!!」

 

「で、でも」

 

「早く行け!!」

 

 必死の形相で叫ぶトーヴの迫力に押される形で、孤児院本棟の中に転がり込んだ。混乱する思考の中でも、だれかに伝えないといけないということだけは分かっていた。そこに物音に訝しんだクレアがやって来ていた。

 

「グルーヴ? どうしたの、さっきから表が騒がしいのだけど。なにかあった?」

 

「シスター! ジャシン教が……!!」

 

「え?」

 

 早く逃げないといけない。そう伝えようとした所で、正面玄関の扉を突き破って何かが飛び込んできた。

 

「ゲホッ……!?」

 

「きゃあ!? ……トーヴ!? 大丈夫なの!?」

 

「ク、クレアか……。早く裏から逃げろ。ジャシン教が攻め入ってきた。ヤツは……強すぎる……!!」

 

「それは当たり前であるよ。我輩はジャシン教幹部、タラバンである。木っ端兵士如きでは些か荷が重い」

 

「く……!!」

 

 扉の残骸を踏み砕きながら二刀を携えた巻きひげの男が現れる。地に背をついたトーヴとは対照的に傷一つない。

 

断鋏(だんきょう)のタラバン……!! 二刀流の使い手……!!」

 

 二刀流……。ならばさっきの剣1本での強さはいったいなんなのか。グルーヴはあまりの実力差に目眩がしそうだった。

 

「トーヴ、敷地の結界はどうしたの!?」

 

「すまない、門を開けた瞬間を襲われた……!! 狙っていたんだ!!」

 

「そんな……!!」

 

「そう恐れることはない。すぐに終わる」

 

「終わらせてたまるか……!! クレアはグルーヴを連れて早く逃げろ!!」

 

 そう言って勢いよく斬りかかったトーヴ。しかし、正面で剣をクロスするように構えた巻きひげにたやすく受け止められ、外へと切り払った剣で両脇を切り裂かれた。

 

「物わかりが悪いであるな……」

 

「これほど……遠いか……!!」

 

「トーヴ!?」

 

 受け身も取れず、壁に突っ込んだトーヴは剣を取り落として動かなくなった。流れた血が木片を赤く染めていく。

 

「それと……残念であるが、裏には他の教団員が待機しているのであるよ。逃げ場などないのである」

 

 逃げることすら出来ない……? このまま皆……死ぬ……? 心臓が凍えるような寒さに襲われた。息が荒くなって周りの音が遠ざかっていく。

 

「クレアさん!? なにがあったんですか!?」

 

「メルちゃん! 皆と待ってと言ったでしょう!?」

 

「しかしこれは……!! トーヴさんが!?」

 

「メルちゃんは危ないから下がって!!」

 

「クレアさん……!? 離してください!」

 

 自分の胸を掴んで固まっていたグルーヴは、少女が現れたことで我に返った。

 このままだと皆ジャシン教に襲われて死ぬ。クルークも、クレアも、そしてこの気にくわない女も。トーヴが倒れた以上今ここに戦える大人は誰もいない。

 

 逃げ道がないのなら自分が、こいつを倒すしかない!!

 

 剣を握った手が震える。息が自然と荒くなる。自分は今から到底敵わない相手に攻撃を仕掛ける。怖い、怖くてたまらない。今ならあの女が言っていた戦いが怖いという意味が良くわかる。

 

 それでもここで逃げ出すわけにはいかない。

 

 ―――『俺がお前に剣を教えたのは誰かを脅すためか? よく考えろ、愚か者め……!!』

 

 答えは最初からあった。オレが剣を取ったのは誰かを守るタメだから……!!

 

「う、うわあああ!!!」

 

「心意気は……いや、癪に障るガキであるな……」

 

 しかし現実は甘くない。振り下ろした剣はあっさりと弾かれ宙を舞う。凍えるような瞳をした男と目が合って。

 歪む視界の中、首へと向かってくる剣の軌道がヤケにゆっくりに見えた。

 

 ―――なにも……できなかった……!!

 

 死神がゆっくりと近づいてくる。最後の瞬間考えたのは、死への恐怖ではなくなにも出来なかった自分への不甲斐なさだった。

 

 唐突に。

 金属同士が擦れ合う音によって世界の速度が元に戻る。

 

「……え?」

 

「子供ですよ……!! なに考えているんですか……!!」

 

 死神が自分に触れることはなかった。打ち払われたのだ。他ならぬ、臆病な女の手によって。

 

 凶刃を受け止めた背は……父のように思っていた大きなものではなく。

 とても小さなものだった。

 



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第十八羽 臆病な少女

 

 臆病だと思っていた少女が目の前に自分を守るように立ちふさがる。それは青天の霹靂であった。だって、彼女が強いだなんてグルーヴには欠片も予測できていなかったのだから。 

 尻もちをついて見上げることしかできない中、少女の棒と巻き髭の二刀がぎりぎりとせめぎあう。

 

「お、お前……」

 

「グルーヴくん、怪我はないですか?」

 

「あ、ああ……」

 

「おっと助かったのであるよ。思わず殺してしまうところだった。まあしかし……、剣を抜けば子供かどうかなど関係ないのであるよ?」

 

「それは戦場の理でしょう……!! 襲っておいた身でよくもそんな口を……!! その実力なら怪我をさせることもなく制圧できたはずなのに……!!」

 

「それは正論ではあるが、吾輩がその正論に乗る理由もなし。ガール、君の前にいるのはタダの剣士なのである。聖者ではない」

 

「これだから狂信者は……!!」

 

 少女の声からは強い怒りがうかがえる。顔はこちらから見えないけれど、きっと険しい表情をしているのだろう。それは想像に難くなかった。

 

「おっと」

 

 少女が一瞬身を引いたことで、勢い余った巻き髭が僅かに前のめりになる。その僅かな隙へ振り抜かれた棒を巻き髭は二刀で受け止めつつ、後ろに飛び退った。

 

「――ここはいいところです」

 

 一転して少女の声が優しさを孕む。先ほどまでの怒りが嘘のように。

 

「『不幸を排し、幸運をもたらそう。誰もが幸せになる権利があるのだから』。信じれば幸せになれるなんてベタベタな教義。言葉にするのは簡単でも、それを実行するのは難しい。建前にするだけでなく結果としてここに示しています。ここの子供たちはみんなが彼らなりの幸せをつかんでいる」

 

「………………」

 

「それをあなたたちが壊す権利なんてどこにもない…………!! 弱肉強食の理なんてここにはいらない。あなた達はこの場にそぐわない……!! 今すぐ消えて下さい」

 

 グルーヴは、彼女が施しに酔っていると思った自分を恥じた。

 彼女は哀れみや同情ではなく、ここが好きになってくれたから支援をしてくれたのだ。もっと笑顔を見たいと思ってくれたから食料を分けてくれたのだ。

 

 そんな彼女の言葉は、巻き髭の行動に影響を与えることはなかった。ヤツは嘆息して肩をすくめただけだった。

 

「……もう、お話は終わりかね? そろそろ仕事の時間が迫っているのであるよ」

 

「……ええ、もう……なにもいうことはありません」

 

 少女も言葉を届けるのを諦めたのだろうか。会話を切り上げた。代わりにピリピリとひりつくような空気が辺りに満ちる。

 クレアもグルーヴも言葉を発することも動く事も出来ない。まるで空気がのしかかってくるような感覚に襲われているのだ。

 

 もうすぐ2人が激突する。だがグルーヴは僅かな不安を覚えていた。

 

 グルーヴも馬鹿ではない。この短時間で少女の実力が及びもつかない場所にあるのはわかった。少女の口から、グルーヴは弱いから怪我させることなく制圧できるだろという旨のことを言われたときはさすがに胸を抉られたが。

 

 ともかく少女はビックリするほど強い。それでも果たして、この巻き髭を相手にして無事に済むのだろうか。相手はジャシン教の幹部、それもトーヴ分隊長相手に一刀で圧倒していた二刀流の使い手だ。

 きっと厳しい戦いになるだろう。もしかしたら酷い怪我を負ってしまうかもしれない。それが酷く心配だった。

 

「少しはできるようであるが……なに、殺す気まではない。我輩はジェントルなのである。しばらく眠っているといいのであるよガール」

 

「女性に紳士的なのは結構ですが―――」

 

「ひょうッ!!」

 

 と、奇妙なかけ声を上げるとコマ送りに見えるほどの速度で距離を詰める。後ろに引き絞った二刀を目にも留まらぬ速さで次々と突き出せば、連続する金属音。少女は……無傷。

 グルーヴはまたも驚愕した。あれを全部防いだのか!? と。

 

「ぬぅ!?」

 

 一瞬見えた巻き髭の顔は僅かに焦燥感が浮かんでいるようで、対する少女は涼しい顔。

 

 連続の刺突を切り上げた巻き髭は、二刀を右にそろえる。半身(はんみ)の姿勢から少女に狙いを付け、カニ歩きの格好でかっ飛んでいった。

 

「カーク流二刀・《横断幕(パラレール)》!!」

 

 それを冷静に見据えた少女は、勢いよく迫る二刀の横切りを上に飛ぶことで軽々と避けて見せた。グルーヴには見事な回避に見えたが、巻き髭はそうではなかったようで表情がニヤリとしたものに変わる。

 同時に二刀を正面で鋏のように構える独特の構えを見せた。

 

「動けぬ空中に身を躍らせるとは愚かなり。カーク流二刀……!!」

 

 巻き髭の言葉にグルーヴは息を飲む。そうだ、人は空を飛べない。つまりこの攻撃を少女は避ける事ができない。

 無慈悲にも地面に着地しようとする少女へ巻き髭が迫っていく。斬撃が少女を切り裂く未来を幻視して。

 

「まっ―――」

 

「《断交差(クロスアングル)》!」

 

 捉えたもの全てを裁断する二刀の挟撃が。

 

 とん、と。

 

 空を軽やかに踏みつけた少女の脚の下を通過する。

 

「!!?」

 

 ―――【蓮下(れんげ)

 

 三度の殴打音。

 驚愕の表情を顔に貼り付け見上げることしかできない巻き髭の顔面に、蒼の光を弾けさせた棒が連続で突き刺さる。

 

「―――(いささ)か油断しすぎでは?」

 

 地面に降り立った少女が冷たく見下ろす先には。

 白目を剥いた顔面をボコボコにされ、後頭部から地面に埋まった巻き髭の姿がそこにあった。

 

「……つ、強え」

 

「さて」

 

 そして勝者となり、自らの強さを知らしめた少女がジャシン教の教団員に向き直る。

 

「今降伏するなら痛い思いをしなくても済みますよ?」

 

 教団員に動揺が走る。それはそうだ。あれだけ強さを見せつけていた巻き髭がこうも一方的に討ち取られたのだから。ヤツらが狂信者でもどうするべきかは迷うだろう。

 

「グルーヴ……」

 

「! トーヴ分隊長! 無事ですか!?」

 

「まあな。クレアに治療を受けた。問題ない」

 

「何言ってるの。あんまり動くと両脇から内臓がポロリよ?」

 

「おい笑わせるな。傷が痛むだろう」

 

「私のせい!?」

 

「それにしても……彼女は凄まじいなグルーヴ。まさかとは思ったが……」「無視!?」

 

「分隊長は彼女の強さに気づいていたのですか?」

 

「ふむ……。そうだな、初めて会った時俺を見てどう思った?」

 

 初対面の時の事は記憶に刻み込まれている。失礼だが、見回りに来た分隊長の顔が怖くて泣いてしまったのだ。

 

「……ちょっと怖かったです」

 

「ああ、大抵の子供は俺の顔を見ると泣く。だがあの娘は俺を見ても泣かないどころか欠片も動揺していなかった」

 

「!!」

 

「胆力がある娘だと思ったが……その後今度は戦うのが怖いと言っていただろう。戦う恐怖を知っているのは、当たり前だが戦ったことがあるヤツだけだ」

 

「分隊長も……?」

 

「ああ、俺だって怖いさ。今だって死にかけた記憶を夢に見ることがある。だが俺は戦うのをやめない。彼女だって戦っている。なぜかわかるか?」

 

 先ほど巻き髭の剣が迫ってきた時の恐怖は筆舌に尽くしがたい。あそこで少女が割って入らなければ、死んでいた。その恐怖に打ち勝つことなど……。

 

「……わかりません」

 

「……お前もよく知っているだろう。失う恐怖を知っているからだ。失う方が怖いからだ」

 

 そうだ、……思い出した。極限状態で頭から吹き飛んでいたけど、さっき震える手で剣を握って突撃したのは、守りたいと思ったからだった。失いたくないと思ったからだった。

 

 丁度そこで向こうの話も終わったようで、少女が目にも留まらぬ速さで通り抜けた後には、ジャシン今日の教団員は全員顎を仰け反らせて宙に打ち上げられていた。

 相手にもなっていない。

 

「残念です。そのまま大人しくしていなさい」

 

 ……気にくわない。彼女の足下にも及ばない自分の弱さが気にくわない。

 

「分隊長……、オレもっと強くなりたいです」

 

「……そうだな。強くなろう」

 




蓮下(れんげ)】……下段三連突き。

人間の感情表現って難しいね……


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第十九羽 適材適所

 

「これでよし……と」

 

 気絶させたジャシン教の教団員たちを受け取ったロープで縛り上げて地面に転がした。一般団員は対して強くないので問題はありませんが、問題は幹部だというタラバンという巻き髭の自称ジェントルマンのおじさんです。タダのロープでは暴れられたときに心もとないので、少し心配です。

 昔はもっと強固な拘束用道具もアイテムストレージにあったのですが……、消耗品はもうほとんど使い切ってしまっているのですよね。補充の手段がないので手元にあるのは、使いまわしが利くようなものと記念の品くらいですね。あのバーベキューセットとか。

 

 ともあれ死人が出なくてよかったです。あの巻き髭おじさんは結構強かったので。

 

 二刀流ゆえの手数の多さは厄介で、連撃をよけることではなく防ぐことを選択させられてしまいました。まあ彼は私が女で子供だからと油断していたので、相手に手札を使わせることなく倒すことができましたけど。着地狩り狩り、初見だと結構うまくいくんですよね。

 楽ができてよかったです。

 

 二刀流って難しい技術なんですよ……。昔槍で真似したら、槍と槍がぶつかって手が痺れてしばらくうずくまっていたことがあります。見ていた人には長いものでやるもんじゃないと呆れられました。もう二度とやりません。

 

 おっと、閑話休題。

 

 クレアさんとグルーヴくんに支えられる形で立っているトーヴさんに声をかける。

 

「トーヴさん、怪我の具合はどうですか?」

 

「ああ、クレアの魔法のおかげで大事ない」

 

「さっきも言ったけど、動くと両脇から内臓が飛び出るわよ」

 

「重症じゃないですか……」

 

 出るのが遅かったですね。……失敗しました。

 

「回復薬が倉庫にあるだろう? 後で返すから貸してくれ。寝てるやつらにも使えば動くことくらいはできる」

 

「そうれはいいけど……」

 

「さっき奴は仕事の時間が迫ていると言っていた。つまりまだなにかがあるということだ。ここで寝ていては……」

 

 ――――ドゴォォォォン!!!

 

「「「!!?」」」

 

 そこに突如として爆発音が響き渡る。はじかれる様に音の方角を見れば、もうもうと煙が上がっている。……髭が言っていたのはこれのこと?

 

「クソっ!! ぐっ!?」

 

「トーヴ!?」「分隊長!?」

 

 額に皺を寄せて走り出そうとしたトーヴさんがすぐさま蹲った。痛みによるものでしょう。残念ですが彼の怪我はすぐに動けるようなものではありません。

 

「トーヴさん、無理に動かないでください。……クレアさん、ここらへんで安全な場所は?」

 

「ここがそうよ。結界を張る魔道具が設置されているから一番安全」

 

「……門を開けた瞬間にでもなければ、入ってこられない程強固なものだ。あのタラバンが我々が見回りに出るタイミングを狙っていたことからも、奴らも容易には突破できないと考えてのことだろう。……クソッ」

 

 拳を握りしめて懺悔するように溢すトーヴさん。侵入を許してしまったことをかなり気にしているのでしょう。

 

「グルーヴくん、回復薬をもってきてくれますか。トーヴさんに使う分です」

 

「わ、わかった」

 

 コクコクと頷いて走っていたグルーヴくんの背を見送り、向き直ってトーヴさんに提案をする。

 

「トーヴさんは回復薬を使ってから、住民の皆さんの避難誘導をしてください」

 

「それは……、しかし今襲われているかもしれない民を放ってはおけない……!!」

 

「代わりに私が向かいましょう。私一人では避難誘導をするのは人手が足りませんし、隊の皆さんを残していっても隊長のあなたがいなければ普段通りの連携をとるのは難しいでしょう。ここに必要なのは私ではなく貴方です。適材適所ですよ」

 

「……わかった。すまない」

 

「はて? なんのことでしょう」

 

 本当は自分が向かいたいのでしょう。トーヴさんはそれを押し殺して、私の提案が理に適っていると判断し、承諾してくれました。

 彼は善意のままに騎士になったタイプの方です。……できれば彼の思う通りにさせてあげたいですが、また激しい戦闘になりでもすれば危険です。

 私の血を分けるにもこの昼間では効果が薄いし、量を増やせば済むものでもありません。それに今日知り合ったばかりの他人の血を、体に受け入れろと言っても気味悪がられるばかりで拒否されるでしょう。

 

 かといって休んでいろと言うのも酷です。暗い部屋で蹲っていても嫌な考えばかりが浮かび上がってくるものです。動いていれば何も考える間もなく、落ち着く時間が得られるはず。

 

「トーヴさん、囚人を収容するような場所はありますか?」

 

「……街の衛兵が駐在している詰め所は近くにもあるが、収容施設は一カ所だけでほぼ確実に爆発地点より遠い。この爆発で詰め所も人が出払っているはずだ」

 

「むぅ……」

 

 ……迷う。収容所に向かっている間に事態が悪化しないとも限らない。しかし……いや……やむを得ませんね。

 

「その詰め所の場所を教えて下さい。この巻き髭をそこに置いていきます。結界のなかで暴れ回られては詰みですし、外に置いておくにしても解放されて直ぐ側で暴れられると避難どころではありません」

 

「……見張ってないと逃げられる危険性はあるが、今は側に置いておく方がリスキーか。わかった、それで頼む。場所は……地図を見せよう。ここだ、行けるか?」

 

「ええ、ありがとうございます。雑兵は置いていきますが大丈夫ですか?」

 

「ああ、あれなら暴れてもウチの隊員なら問題なく押さえ込める」

 

「了解です。任せました。クレアさん。裏口の場所に連れて行って下さい。行きがけの駄賃代わりに裏で待機しているらしい教団員を潰していきます。気絶した教団員の捕縛を任せても?」

 

「え、ええ。わかったわ」

 

 これで……もう見落としはありませんかね?

 

「なあ……」

 

「おや? どうしました、グルーヴくん」

 

 そこにはいつの間にか戻って来ていたグルーヴくんが回復薬を抱えて所作なさげに立っていた。

 彼はなにか言いたげに何度も口を開いたり閉じたり視線を彷徨わせたりした後、口をつぐんでグッと言葉を飲み込んで。

 

「馬鹿なこと言ってごめん、助けてくれてありがとう。気を付けて」

 

「……ええ、こちらこそありがとうございます。グルーヴくんも皆を頼みました」

 

 ……きっとこの子は強い騎士になれる。

 だってこんなにも力強い瞳をしているのだから。



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第二十羽 まさにパーフェクトプラン

 

「《橙岩陣(とうがんじん)合塞掌(がっさいしょう)

 

 拳を握り込み、陣を五つ重ねた魔術を発動する。ズズズ……と盛り上がった地面が二つの手の平を作り上げ、縛り上げられた巻き髭おじさんを前後から合掌するように挟み込む。やがてできあがったのは手の平に埋まって顔だけをさらした巻き髭の愉快なオブジェだった。

 

「ヨシ!」

 

 チーターに『追憶解放(エントランス)』した影響で生えている尾を揺らしながら手の平に近づく。叩いて確認すれば強度はコンクリート並み。意識が戻っても簡単には抜け出せないでしょう。愉快なオブジェを安置して、人のいなくなった詰め所から出る。

 

 爆発の方向は……あちらですか。この方角なら途中にモルクさんのお店がありますね。様子を見ていきましょう。

 

 爆発が起きたとは言え、それ以外の場所は人がまだ歩いています。急いでいるとはいえそんな街中で全力疾走すれば危険です。なのでチーターに『追憶解放(エントランス)』している訳ですね。屋根に飛び移りつつそんなことを考える。

 

 そこでふと思いついた。

 

 ……今なら鳥に戻っても良いのでは?と。

 

 私が鳥に戻るのを避けているのは、人の姿と鳥の姿を結びつけられ、日常生活で不必要な注目を浴びるのが嫌だからです。私の羽があちこちで散見されるほどなぜか神格化……とまではいかないですけどそんな感じで見られているので、バレたときの私の心労は胃に穴を空けるでしょう。

 

 いやだ……、もう神格化されたくない……。ゾンビが蔓延る終末世界(ポストアポカリプス)で身近な人を助けるためにあちこち走り回っていたら、いつの間にか一大組織の神輿に仕立て上げられた時の記憶が……! うごごご……!!

 そのくせゾンビが異能のような特殊な力を使い始めたと思ったら、一部の人間も異能に目覚め始めて争いが激化したり、私が宗教を牛耳るヤバいヤツだと思われて襲撃されたり……。

 いやだぁ……、私はトップの器では無かったんです……。お腹痛い……。

 

 ……はっ!? 今はそんなこと考えている場合ではありません。

 

 ともかく『私=蒼い鳥』の等式が成り立たなければなんともない訳なのですよ。足場を壊さないように配慮した瞬間的な速度なら『追憶解放(エントランス)』状態のチーターの方が上ですが、最高速度なら鳥の方が上です。

 

 と言うわけで、人通りのない裏路地に降りて、人目は……ありませんね、大丈夫です。人化を解除して……、翼を大きく広げて伸びをする。

 トーヴさんにああいった以上爆発地点に私が現れないのは不自然……、というか不義理を疑われます。それは流石に避けたいので到着するときに人化しておけばいいでしょう。

 

 

 さて。全速力で行きましょう。脚に力を込め、大空へと羽ばたいた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「さあ、ジャシン様にその身を捧げるのだ!!」

 

「その身を捧げる幸運に歓喜するといい!!」

 

 黒いローブをまとい、いかにもといった格好をした者達が街中で思い思いに魔法を放っていく。めちゃくちゃに放たれたそれらが着弾した場所は崩れ落ちていく。それは今までの日常を暗示しているようで。

 あちこちで火の手が上がり、悲鳴がそこらから聞こえる。怪我人も少なくない数だ。まさに地獄絵図と言った様相を成している。

 

 そんな中、建物の中に籠もり危険が去るのを待つ選択をした者達がいた。そんな者達をジャシン教達が見逃すはずもない。集まった複数人が次々にその建物へを魔法を打ち込んでいく。

 

「マズいですモルク会長!! そろそろ防犯用の簡易結界が限界です!! このままだと……!!」

 

(……立てこもりは失敗だった? 私も逃げる方が良いとは思った。しかし―――)

 

 そこでチラリと店内を見渡せば、店の中が埋まるほどの人数がモルクの事を見つめていた。明らかに人数が多い。爆発音が響く度に不安そうに縮こまった人たちから小さくない悲鳴があがる。

 

(タイミングが悪すぎたね。商品を補充して販売を再開した当日に襲撃とは……。職員もお客様も普段より多い。この人数で逃げれば被害者がでる可能性が高いから、助けが来るまで籠もった方が良い。幸いうちは大きな商店だから防犯対策もしっかりしているから大丈夫だと……そう判断したけれど……)

 

 助けは未だに現れない。このままでは近いうちに結界を突破されて……ジャシン教に襲われるだろう。その未来は考えなくても明るくないことはわかる。

 

「きゃあぁ!?」

 

「会長!!」

 

 店が大きく揺れ、上がる悲鳴。切羽詰まったダラムの声を聞いて嫌な汗が額に浮かぶ。

 

 (こうなったら攻撃が止んだタイミングで一斉に飛び出す? 何人かは生き残れるはず……)

 

 自分でも破綻しているとわかりきった考えを口にしようとしたとき……。

 

「ぎゃあ!?」「なんだあいつ!!」「すごい速度だぞ!」「打ち落とせ!!」「無理だ! 狙いが―――うわああぁぁ!?」

 

 突如として攻撃がやみ、ジャシン教のものとおぼしき悲鳴が上がっていく。しばらく何かを殴るような鈍い音がしていたかと思えば、やがてその場に静寂が訪れた。

 

「……ど、どうしたんだ?」「助けが来たのか?」「でもだれの声も聞こえないわ……」

 

 全員の不安が最高頂に達したとき、沈黙を保っていたモルクが動いた。

 

「…………」

 

「会長!?」

 

 勢いよく扉を開けたモルクへダラムが悲鳴を上げる。しかしモルクはそれを気にとめることなく、外の様子を窺った。目に入ったのはあちこちで倒れ伏すジャシン教と、その中心で静かに佇む蒼い鳥の姿だった。

 深い空を溶かし込んだ様な色。艶のある綺麗な羽をしている。大きさは……目線が一緒くらいだろうか。大型の生物が多い魔物にしては小さい方だ。こちらを見つめる姿からは、魔物であるのに気品すら感じられるほど。

 

「君が……これを?」

 

「会長! 危険です、下がって下さい!」

 

 言葉がわかる確率は低いだろうに思わず聞いてしまっていた。そこへダラムが駆け込んできてモルクを後ろに庇う。

 しかしモルクは危険だとは全く思っていなかった。だってこの美しい鳥はこんなにも優しい目をしているのだから。

 

「あ……」

 

 何かを確かめるように見つめていた鳥は、羽を広げると飛び立った。その姿を恐る恐る店から出てきた人たちも見つめていた。

 

「あれは……蒼い鳥……?」「まさか……あの羽根飾りの……?」「助けてくれたんだ!」「ありがとう! 蒼い鳥様!!」

 

 この日、街の各所で蒼い鳥の姿が確認され、凄まじい速度でジャシン教を制圧していった。その強さは並みの冒険者を遙かに凌ぎ、実力者でも冷や汗をかくほどだったという。

 

 この日、蒼い鳥が正式な記録として観測された初めての日となる。まるで人を助けるかの様な行動に、その真偽はともかく多くの民衆から一定の支持を集めることとなった。半年前の騒動もそれに拍車をかけたのだろう。それがもたらす結果はまだ誰も知らない。

 そして渦中の本人はと言えば……。

 

 (ヨシ! これなら私個人が目立つことはなく、迅速に人助けも出来る。完璧な計画ですね!)……だなんて考えていたのは誰にも知るよしはなかった。



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第二十一羽 一般通過バード行きます

 

 

「なん――――うぎゃ!?」「どうし――――おご!?」「おい――――あばら!?」

 

 これで何度目か、進行方向で暴れていたジャシン教達を通り抜けざまにのしていく。どうも、一般通過バードですよ~。

 私は無才の身ですが、流石に基礎スペックで勝っている人たちに苦戦することはありません。見かける度に秒殺してきました。……本当に殺してはいないですけどね。

 それにしてもモルクさんのお店に寄って良かった。そうでなかったら、あのまま倒壊する建物に飲み込まれていたかも知れません。あの結界のようなものがなければ間に合っていなかったでしょう。思い出すだけで冷や汗が流れます。

 

 ともかく無事で良かったと、ほっと胸をなで下ろす。

 

 そんなことを考えている間に、爆発地点が近づいてきました。

 

 四つの大通りが交差した地点に巨大な円形のスペースがある地点ですね。そこにある家屋のいくつかから煙が上がっています。

 

 なんども言いますが、私はなるべく目立ちたくありません。へんな注目はもうこりごりです。人化した私が矢面に出ることなく、サポートするような形で事件が収束するのが理想ですね。

 とは言え人を見捨てることはないですが。それは私にとって超えてはならない一線です。

 

 ん? あれは――――!?

 

 しかしその時目に入った光景にそんな考えは消し飛び、気づけば全速力で飛び出していた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「はあ……」

 

 明るい内装のおしゃれなカフェ。そこに真反対に暗い雰囲気を醸し出す少女がいた。腰まで伸ばした金髪は僅かにくすんでいて、最近の手入れが怠られている事が伺える。

 

 少女の名前はミルといった。

 

 一ヶ月ほど前までは別の大陸にいたのだが、今では日がな一日1人で時間を潰し、なにも行動が出来ない毎日を過ごしていた。

 

 暖かな湯気が立ち上るカフェオレが入ったカップの中身をスプーンでなんともなしに混ぜている。せっかく気分転換するためにに来たのに、グルグルとミルクが回っている様子を見ていると自分の悩みが一向に解決していないことを暗示しているようで気が滅入ってきた。

 

「はあ……」

 

 思わずもう一度ため息を溢してしまう。なんど思い出したかもわからないその記憶を再び思い出していた。

 

 ――――――――――――――――

 

「おはようリヒト。今日も良い朝だね」

 

「……ミル、お前にはこのパーティーを抜けて貰う」

 

「……え、何言ってるのリヒト?」

 

 それは青天の霹靂。朝一でパーティーメンバーと合流した時のことだった。突然リヒトにパーティの脱退を告げられたのだ。

 

「一週間前、パーティーの実力の底上げを兼ねて潜った迷宮(ダンジョン)でお前を庇ってバルサスが大怪我を負った。幸いシャールが魔法で直したけれど、下手したらパーティーがあのまま壊滅していた」

 

「そ、それは……、ごめんなさい……」

 

 ダンジョン内での戦いで、敵の攻撃を避けきれなかったときの事を言っているのだとすぐ分かった。リヒト達が着実に追い詰めていた強靱な四足の魔物が痛みにもだえて放った攻撃が明後日の方向に飛んできて、それが偶然ミルの居た所に降りかかってきたのだ。

 盾役の彼に庇って貰っていなければミルはきっと死んでいた。

 

 バルサスはずんぐりむっくりで大量の髭を蓄えたドワーフ族の男性だ。彼は見た目からは想像も出来ない怪力を使って、巨大な大盾と戦斧を操って戦う戦士。主にパーティーの前衛を務めてくれている。彼のどっしりと構えた戦い方は安定感があって頼りになる。

 

 そんな彼を癒やしてくれたのがシャールだ。リヒトが勇者認定される原因になった聖女。回復と結界の魔法が得意で、簡単な魔法が使える。性格はともかく腕は一級品。悔しいけどあたしを芋娘と呼ぶ彼女は有能でかわいい。

 

 もう1人、壁に背を預けている目が細いエルフの男性がマーカス。膨大な魔力を持った魔法使いで、あたしの魔法なんて比べるのもおこがましいほどの実力者。細かい制御から広範囲攻撃までなんでもござれ。常に冷静でパーティーの作戦立案係だ。

 当時は彼が撤退を提案してリヒトがそれを承諾した。

 

 そんな彼らはリヒトのパーティー相応しい才能を持った人たちだった。

 

 ―――あたしを除いて。

 

 あたしはタダも村娘で魔法がちょっと使えて薬の調合が出来る程度。魔法は弱い魔物にしか効果は見込めない。回復役も作れるけど、即効性のあるシャールの治癒魔法の方が便利だ。接近戦はかじった程度で、前衛二人には遠く及ばない。

 

「この話は全員が納得している」

 

「そんな……、嘘だよね皆……」

 

「……」

 

 誰もが無言を貫き、目を合わせようともしない。あたしはここではお荷物なのだと、そんな事実を突きつけられた様な気がした。

 

「じゃ、じゃあ! あたし、拠点で待機してるからさ! 帰ってきた皆が楽になるようにもっと色々できるし、困ったこともすぐに手伝うよ。だからあたしまだ役に―――」

 

「芋娘、見苦しいですわよ。貴女になにができまして?」

 

「……ッ!! そんなの……!!」

 

 呆れたようにそう言ったシャールはこれまでにないほど冷たい瞳をしていて。あたしは気づけば部屋から飛び出していた。

 

 

 ――――――――――――――――

 

 それからの事はあまり覚えてない。手切れ金のつもりなのかしばらく食うに困らないお金を渡されて、気づけば故郷の南の大陸に送り返されていた。

 

 だからといって村には帰れない。リヒトと一緒に冒険者になると言ったのに、自分だけ帰っても皆になんと言えばいい? 実力が足りなくて追い出されたというのか? そんなの白い目で見られるに決まっている。

 

 こうなったら強くなって見返して、パーティーに認めさせるしかない。そのために努力したけど成果は一向に得られなかった。魔法も近接戦闘もてんでだめ。一ヶ月とちょっと訓練して伸びるのだったらこんなに苦労していない。こんなんじゃ、戻れない。

 

 (あたしはリヒトを支えるために冒険者になったのに……)

 

「どうしたら良いのかな……。あたしじゃ無理なのかな……」

 

 ――突如響いた爆音がそんな悩みを吹き飛ばした。



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第二十二羽 円形広場

 

「な、なに!!?」

 

 突然の爆音に身を竦ませたミルは次いで立ち上がる。そのまま手をきゅっと握りしめて、周囲の様子を窺えば、建物から煙が上がっているのが見えた。

 店の中の他の客もそれを指さして口々に何か言っているようだ。

 

 そんな状況でどこからともなくジャシン教がわらわらと姿を見せ始めた。

 

「さあ、祈りの時間だ」「ジャシン様に祈りを捧げろ」「喜べ、お前達は贄だ!」

 

(これ……! ジャシン教の仕業!?)

 

 ここは巨大な円形広場の一つ。東西南北に大通りがあり、広場を円形に囲むように建物が軒を連ねている。その広場の中心にジャシン教が現れたのだ。

 

 いきなり現れたジャシン教にすぐ側の人たちはポカンと時間を忘れたように固まり、油の切れたブリキ人形のような動きで数歩下がった。そして大きな悲鳴をあげながら逃げ始めたのだ。

 ジャシン教はなんどもいろいろな場所で襲撃を起こしている。恐怖は刻まれていた。

 

 ミルは広場を囲む建物の窓に張り付いた状態で、焦燥感を募らせていた。

 

(マズいよ、このままだと被害者が大量に……!!)

 

 飲食代を机に叩きつけるとすぐさま荷物をひっつかんで外へ駆ける。防具は身につけていないが、幸いにも武器は持っている。魔法を使って撃退の援護や、怪我人の救助くらいは出来るはずだ。

 

 店をでれば逃げる人の流れに逆らって同じようにかけていく人が何人か見える。恐らく同業者だ。

 それはそうだ、ここは大きな広場で休日をゆっくり過ごすのに人気のスポットの一つだ。人が多い分、冒険者が紛れている割合も上がる。

 街中での緊急事態に冒険者が手を貸せば、かなりいいボーナスがギルドから渡される。それもあってこういう事態で冒険者がすぐに集まるのも珍しくはないのだ。

 

 街を破壊するため思い思いに魔法を放つジャシン教。狙いも付けられていないそれは大半が人のいない見当違いの場所に飛んでいく。それでもまれに魔法の先に逃げ惑う人がいて。

 そのまま着弾するのを黙ってみているわけもなく。

 

「《アクアランサー》!!」

 

 杖を振るい、水の槍が打ち出される。見事に間に割り込んで魔法を相殺することに成功した。

 

「早く逃げてください!!」

 

「あ、ありがとう!」

 

 沈んでいた気分のところにお礼の言葉をかけられ、不謹慎かもしれないが必要とされる感覚に少しだけ心が軽くなる。

 

「まだまだ!」

 

 気合いを入れて危険そうな魔法を次々打ち落としていく。正面戦闘は苦手なのでサポートに徹しようという判断だ。

 そんな中一番先頭で走っていた冒険者がジャシン教に遂に到達した。

 

「毎度毎度人様の平和を乱しやがって! 食らえ!」

 

 振りかぶられた拳が突き出される。空気を震わせる衝撃とともに何人ものジャシン教が宙を舞った。その張本人は素早いフットワークでジャシン教に接近して次々に制圧していく。

 

「あれは『衝拳』のバターン! Aランクの冒険者だ! これなら楽勝だ!」

 

 別の場所で戦っている冒険者が叫んでいるのがミルの耳に入った。どうやら彼はAランク冒険者。未だCランクの冒険者であるミルには遠い存在だ。

 

 ほっと息を吐く。

 

 高ランクの冒険者がいるのならジャシン教の鎮圧もだいたいすぐに終わる。これなら白鱗騎士団や衛兵の到着を待つまでもないかもしれない。そんな安心感はすぐに打ち破られることになった。

 

「グアアァァっ!?」

 

 突如上がった悲痛な叫びに自然と視線が引き寄せられる。さっきまでジャシン教を軽々と吹き飛ばしていた男性が膝をついて右腕を抱えていた。

 

「困るでござるよ。彼らは貴重な人員。まだまだ働いて貰わなければいけないというのに……」

 

 直ぐ側に人影。バターンと呼ばれた男性をまるで脚をもがれた虫でも見ているような冷ややかな目で見下ろしていた。

 

「ま、まずいぞ! あれは『奇殺術』のピスコル、最強の暗殺者と言われるジャシン教の幹部だ!!」

 

 円形広場で戦っていた冒険者の間に動揺が走る。そんな動揺を吹き飛ばすように巨大なハンマーを抱えた女性が突っ込んでいった。

 

「ぶっとびなァ!!」

 

「おっと。物騒でござるね」

 

 力任せに振るわれるハンマーを、男性の横に立っていたピスコルがバックステップで避ける。叩きつけたハンマーで地面をバキバキに砕いた女性の体が一瞬光ったかと思えば、先ほどまで露出だらけだったビキニアーマー姿ではなくなり、まるで魔法使いの様なローブと帽子、杖を持った姿になってた。

 変わったのは見た目だけではないようで、先ほどまで大した魔力を感じなかった女性から杖に魔力が集められていく。

 

「食らうと良いわ! アタシの魔法! 《ドラゴンバスター》!!」

 

 集った魔力が竜の顎門を作り上げ、ガバリと大きく広げられたそこから魔力の奔流が吐き出された。

 

「そんな見え見えの攻撃、当たらないでござるよ」

 

 見たから回避余裕ですとばかりに、軽々とジャンプしたピスコルの足下を魔力が通り過ぎていく。無駄になるかに思われた魔法だったが、その先に割り込む人物がいた。

 

「ひひひ! 足し算、足し算!」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべた少年が、抱えた巨大な壺を魔法に向けると――なんと魔法が吸い込まれていった。

 

「来た来た来たァ! 今日の足し算は《ドラゴンバスター》と――」

 

 そこで少年が壺の中に何かを放り込んだ。

 

「きれいな《お花》!! 結果はなにかな!?」

 

 選ばれたのはお花でした。掲げられた壺からなにかがペッと吐き出される。それはとても小さな花の種だった。一体何が起こるのかとその場で見ていた全員の時が止まる。

 

 …………え? と。

 

「はずれ!? そんなー」

 

 頭を抱える少年をよそに花の種は根を出し、葉を出しあっという間にムクムクと成長していく。そしてつぼみを蓄えた花は――――魔力で作られた巨大な竜の顎門を咲かせた。

 

「そんなのありでござるか!?」

 

 ピスコルが着地する前に成長を終わらせたドラゴンフラワーは真上にいた彼をバクンと挟み込んだ。魔力の塊である竜の頭部は大爆発をおこして、周りに爆風を吹き散らすことになった。

 

「ひひひ! やったー。大当たり!」

 

 小躍りして喜ぶ少年をよそに魔女服の女性が光る。次の瞬間そこにいたのは、シスターの服を着た女性だった。

 

「治療をします。腕を見せて」

 

「ああ、……助かる」

 

「『仮装』のジャックと『加算』のノティス! 二人ともAランクの冒険者だ!」

 

「やった! これならジャシン教の幹部といえど……」

 

 その時小躍りする少年の足元の石畳から腕が生え。

 

「え……」

 

 がしりと脚を掴んだのだった。



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第二十三羽 油断大敵

 

「油断大敵でござるよ」

 

「うわっ!?」

 

 抵抗も許されず掴まれた足が地面に引きずり込まれる。少年は首まで地面に埋まり、入れ替わるようにピスコルが立っていた。なにをどうしたのかドラゴンフラワーに巻き込まれたはずの男は、傷一つなく無傷。

 

「ま、まって?」

 

「良い子は眠っているでござる」

 

「ノティス!!」

 

 逃げることも許されず涙目になる少年ににっこりと笑いかけたピスコルは、頭をがしりと掴む。そして手のひらから雷光が迸った。

 

「ひきざんきらい……」

 

 頭から煙を上げた少年はそんな言葉を残して首がクタりとうなだれた。

 

「死んじゃえ!!」

 

「おっと」

 

「おりゃりゃりゃりゃ!!」

 

 シスター姿だったジャックが、軽装の短剣使いの姿に変身してピスコルの背後から襲い掛かった。それに反応したピスコルは直刀を取り出して短剣の素早い連撃を次々といなしていく。短剣の攻撃はかすりもしない。それどころか、反撃で少しずつ傷跡が増えていく。

 

「それなら……!」

 

 スピードでは無理だと判断して短剣を投げつけたジャックがバックステップで後ろに下がる。光を放って変身したのは、最初の巨大なハンマーを持っていた姿だった。

 

「どっせい!!」

 

 全力で振り下ろされたハンマーは素早いピスコルに避けられ当たることはなかった。しかし、ジャックの狙いは別にあった。それがもうもうと上がる土煙でピスコルの視界を制限することだ。

 

「もらった!」

 

 これならば当たるはずだと、視界の塞がったピスコルに重たいハンマーの一撃をお見舞いする。しかしピスコルは余裕をもってその一撃を防いでいた。動揺すらしていないピスコルの様子に、ジャックは思わず冷や汗を流した。

 

「この程度で当たると思ったのでござるか?」

 

「ーー俺を忘れてもらったら困るぜ」

 

「なに!?」

 

 そこに負傷していたバターンが後ろから奇襲を仕掛けた。ピスコルはハンマーを受け止めている状態。避けることはできない。『衝拳』と呼ばれるバターンの拳はその名の通り衝撃をまとい、並みの相手なら一撃で体の内部からズタボロにできる。

 そんな拳が逃げ場のないピスコルに見事命中しーーバターンは拳に違和感を覚えた。人を殴った感触がしない。まるで、乾燥した細長い何かが束ねられたもの手を突っ込んだような……。

 

 土煙が晴れたそこにいたのは。否、あったのは。

 

「巨大な……藁人形……?」

 

「いつのまに……!? さっきまで話をしていたのに!?」

 

「は?」

 

 二人は奇妙な音を藁人形から聞いた。音の先には細長い紐。先っぽからはジジジジジと火花が散っており、その先は藁人形の中に伸びている。それがなにかを理解して二人の顔が青ざめた。

 

「ま――」

 

 爆発、炎上。声を出す間もなく、二人は藁の中に仕掛けられていた爆弾に巻き込まれてしまった。

 

「いやー、拙者特製の火薬はさすがの威力でござるなぁ」

 

 背後の爆炎に目をくれることもなく、散歩でもしているかのような気軽さでピスコルは歩みを進めていく。煙が晴れたそこには黒焦げの人影が二つ。ピクリとも動かない。

 

 固唾をのんで戦闘の推移を見守っていた者たちはその結果に青ざめた。

 

 高ランクの冒険者がいるのならジャシン教の鎮圧もだいたい(・・・・)すぐに終わる。

 

 そう、だいたいだ。だいたいということは終わらない時があるということ。それは幹部の誰かが襲撃に加わっている時のはなし。

 

 絶望の時間が開始された。



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第二十四羽 インターセプトは突然に

 

「そんな……」

 

 ジャシン教の教団員たちを強力して制圧する中でも時折目を盗んで幹部との戦いを見守っていたミルは愕然とした。

 

 自分よりも圧倒的に強い人たちが三人、それも瞬く間に負けてしまった。ほかの冒険者もしり込みしているようだし、彼を止められるものはきっとこの場にいない。

 さらに……。

 

「追加でござるよ」

 

 東西南北に伸びる四つの通路へと逃げて言ってた住民達が這々の体で戻って来た。その後ろから現れたのは――ジャシン教。それも最初に円形広場にいたジャシン教より数が多い。

 

 何より。

 

(逃げ場が……!!)

 

 そう。この円形広場は東西南北の四つの大通りしか通り道がない。そこを抑えられたのなら容易に逃げることはできない。

 

 ……店で籠城戦をする? この場を切り抜けられそうな可能性を考え、ちらりと店に目をやればこちらを窺う幾つもの目が見える。

 

 (やっぱり逃げ遅れた人がいるよね……)

 

 円形広場の店には構造上裏口が存在しない。売り上げは良い分、店に在庫を補充する際は表から入れないといけないから大変だと言っていた。

 

 裏口がない以上店の中に籠もった人達は一度外に出ない限り逃げることは出来ないのだ。そんな逃げ遅れた人たちはどこの店にもいる。彼らがいる場所で籠城戦をすれば怪我人では済まなくなる可能性がある。

 

 大きな商店なら防犯用の簡易結界が備え付けられていることもあるらしいけれど、補充の難しさから大きな店は裏口を作れる大通りの方へ店を構える。つまるところ、この円形広場に結界を置いてあるような大きな店はないし、この状況で現在結界を使っている店がないということはそういうことだ。

 

 籠城戦は不可能。

 

 こうなったらいっそ、逃げ惑う人にどこかの店の中に入って貰う方マシなまである。その間にジャシン教を制圧するのだ。今からは逃げ場がなくなって混乱している市民を店に逃げ込むように誘導しつつ、ジャシン教をどうにかしなければいけない。

 

(キツいな……!)

 

 それでもミルは助けることを投げ出したりしない。追い出されてはしまったけれど、これでも元勇者パーティーの一員なので。役に立てなくても、ジャシン教を前に市民を置いて逃げ出したなんて汚名を被せるつもりは毛頭なかったし、何よりそんなことしたくもなかった。

 

 戦闘は間もなく乱戦になった。

 

「皆さん! 近くの店に隠れて下さい!!」

 

 逃げ惑う人たちを庇いながら、冒険者はフレンドリーファイアをしないように戦わなければならない。ジャシン教は1人1人は弱いけれど、それでも不利なのは冒険者の方。数だって圧倒的に不利だ。

 

 1人、また1人と疲労や怪我によって満足に戦える人が減っていく。同時に逃げ惑う人達は少しずつ店に逃げ込めている。あたし達冒険者が積極的にジャシン教を攻撃すれば、建物に攻撃する余裕はないから未だ壊された建物はないけれど、それも時間の問題だ。

 

 唯一の救いは幹部だというピスコルが屋根の上に昇って、何もせずに眺めていることだろうか。

 

 早く増援が来ないとどちらにしろまずい。

 

「ッあ!?」

 

 そんなことを考えていたからか、ミルは飛んできた魔法攻撃を躱しきれず、余波で体勢を崩して倒れ込んでしまった。

 

「祈りを捧げろ!!」

 

 攻撃が迫る。起き上がる前に暴れていたジャシン教の1人が直ぐ側まで来ていた。避けられる状況ではなかった。

 

 せめてと杖を掲げて防御姿勢をとり、受ける痛みから逃げるように目を瞑る。

 

 そこに一陣の風が吹いた。

 

「もう、大丈夫ですよ」

 

「……え?」

 

 痛みは降りかかってこなかった。代わりにかけられたのは優しい労りの言葉。顔を上げれば自分より少し小さいくらいの、かわいい女の子が立っていてジャシン教は側に倒れ伏していた。

 

(この子がやったの……?)

 

 ミルは疑問に思った。さっきまでこんな小さい子は見なかったし、すぐにこれるような場所に人はいなかった。いったいどこから来たんだろうと。

 

「少し待っていて下さい。すぐに戻ってきますので」

 

「え?」

 

 それはまさに蹂躙だった。風のように軽やかに駆けていく少女は広場にいるジャシン教を瞬く間に打ち倒していく。通り抜けた次の瞬間にはジャシン教は意識を失っており、向けられた攻撃は容易く叩き落とされて。

 

 気づけば円形広場の全てのジャシン教が倒れ伏していた。

 

「すごい……」

 

「皆さん今のうちに避難を!! 冒険者の皆さんは手助けしてあげてください! まだ街にはジャシン教が潜んでいるかも知れません。動ける方は応援を!!」

 

「お、おう、助かった!!」「ありがとう嬢ちゃん!」

 

 少女の指示を受けて冒険者達が動慌てて動き出す。普段なら反発もあったかもしれないけど、目の前で蹂躙劇を見せられて歯向かうようなものはいなかった。キツい状況から助けられたのもあっただろう。

 店の中に隠れていた人達が誘導に従って、次々に広場から抜け出していく。ミルも近くの大通りへと向かおうとして―――濃密な死の気配が背後に発生した。

 

「ひッ!!?」

 

「こいつを一番に庇っていたでござるね」

 

 振り返れば姿が見えなかったピスコルがそこに立っていた。恐怖に喉が引き攣る。そうだ、こいつがいたんだ。いつの間にか意識から完全に消えていた。温度を感じない瞳で見つめられたミルは圧倒的強者から伸ばされる手に身を竦めることしかできなくて。

 

「お前を人質に―――ッ!!」

 

「―――触れるな」

 

 ピスコルが伸ばした手を引っ込め、焦ったように後ろへを飛び退る。次の瞬間彼がいた場所に、飛来するのは蒼い何かをまとった黒い棒だった。石畳を破壊して突き刺さったそれを、小さな手が抜き取った。

 

 ミルを背に庇うように棒を手にして泰然として見上げる女の子、それを油断なく見下ろすピスコル。

 

 腰を抜かしたミルはそれを呆然とみているしかなかった。




ここで一話のあの場面につながるわけです。……長かった。


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第二十五羽 VSエセ忍者

 

 やってしまった……。思いっきり暴れ回ってしまった。冒険者の人に思いっきり叫んだし、絶対顔を覚えられた……。

 

 私は内心で涙を流していました。

 

 でも仕方がないんですよぉ……。上空から円形広場が目に入ったときにミルが襲われていて、気づいたら人化して飛び出していたんです……。見捨てる選択なんてありません……。

 

 出てしまったものは仕方ないと、とりあえずこの場にいたジャシン教の下っ端は全部倒しておきました。冒険者の皆さん結構ピンチそうだったので助けになれたのは素直に良かったです。市民の皆さんも大きな怪我をした人はいないようで、冒険者の皆さんが頑張ってくれていたおかげですね。

 

 ジャシン教をぶっ飛ばしている途中で見つけた、重傷の焦げていた2人と軽傷で地面に埋まってた少年は助け出して大通りのすぐ側に置いておきました。重傷2人には一瞬だけ『吸血鬼』の力を解放して血を与えておきました。昼間なのでちょっと自分が焦げて痛かったですし、効果は薄いとは言えこのまま治療を受けることが出来れば大丈夫だと思うのですが……。今の私に回復手段がないのが痛いですね。

 避難するときに彼らを見つけて連れて行ってくれた冒険者に任せるしかありません。

 

 そんなことをしていたら、エセ忍者がミルを襲おうとしていたので咄嗟に『無明金剛(シラズガナ)』を投げてしまいました。避けられてしまいましたが、引き離すことには成功。

 

 その後はなんだか隙を狙ってそうだったので、少しちらつかせてみれば簡単に釣られてくれました。返しの【波濤(はとう)】で小突いて今となります。

 

 はあ……。

 

 ちゃんと人化していたのは良かったのか悪かったのか……。鳥のままで行ったら私は注目されませんでしたけど、約束したのに爆発現場まで行ってないことになるし。人で行ったら人の目を気にして動きにくいし。

 

 まあでも……、と起き上がるエセ忍者見据え、私は内心で独りごちた。鳥のままだとエセ忍者の相手は厳しかったので結果オーライと言うことにしましょう、そうしましょう。

 

 目立ったことについてはエセ忍者を捕まえた後にでも考えましょうか。

 

「あ……」

 

 へたり込んだままのミルを抱き上げて後ろに飛んで壁際まで下がります。手を握りしめ、魔術陣を足下に貼り付けた。ドーム状の透明な障壁が形成される。

 

「《白陣:壁空(へきくう)》。ミルさん、ここから動かないで下さい。どうやら私のせいであいつは貴女に目を付けたようです。逃げるのは逆に危険なのでこの中で待っていて下さい」

 

「は、はい!」

 

 私が鳥として会っていた時よりも硬い反応に、彼女にとっては初対面だと分かってはいるものの少し物足りなく感じてしまいます。まあ拉致監禁していた魔物家族の私として会ってももっと酷い対応をされるかも知れませんが。

 

 あの場での料理の恩返しになれば嬉しいですね。

 

「さて、十分暴れたんじゃないですか? そろそろ投降することをオススメしますよ」

 

「もう勝ったつもりでござるか? 随分気が早いでござるね。まだ日は高く、雲一つないのに。……おお、お前にピッタリの天気でござるよ」

 

「能天気だって言いたいんですかぶっ飛ばしますよ」

 

「ふっ、出来るものなら」

 

「おや、さっき地面を転げていたのは誰でしょうか。鳥の私よりも記憶力がないなんて……おかわいそうに……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「「死ね!!!!」」

 

 ニコニコとした平和な話し合いから一転、お互いが全力で武器を叩きつけ合う。競り合う武器からまるで奥歯を軋るような音が響いていく。

 もう少し近づけば頭突きが出来るような距離。負けじと武器に力を込める。

 

「拙者お前の事が本当に嫌いでござるよ! またヒトの真似事で邪魔をして……!!」

 

「奇遇ですね、私も差別をする方には近寄って欲しくありません。視界から消えて貰いませんか?」

 

「お前が消えろ!」

 

「キャラが崩れてます……よっ!!」

 

「チィ……!!」

 

 一瞬力を抜いて、前のめりになったエセ忍者に【側刀(そばがたな)】の横蹴りを見舞う。それに対しエセ忍者は身軽な動作で飛び退りながら、振り上げた刀を蒼の光をまとった脚にぶつけて火花を散らせる。威力を相殺しつつさらに距離を取った。

 

 逃がさない……!!

 追撃に一歩踏み込んだ所へ幾つものクナイが飛来する。当たるルートのものだけ『無明金剛(シラズガナ)』で速度を落とすことなくはたき落とし肉薄する。

 そこに迫る殺意をもって胴を分かつように薙がれた刀、それを。

 

「鬼気! 【鬼力(きり)】―――」

 

 地を這うような低姿勢で踏み込むことで回避。朱の鬼気が弾け闘気に混ざり込む。片手で握った『無明金剛(シラズガナ)』が地を削って。

 

「!!!」

 

「【万砂路(まんじゃろ)】!!」

 

「ぐ……おお!!」

 

 エセ忍者の真下。そこから直角に力任せ、突き上げる。全身を伸び上がらせながらの突き上げを左手の籠手でギリギリ防がれたものの、ミシミシと嫌な音を響かせている。さらに体は宙に打ち上げられていて。

 私は背を向けた状態から『無明金剛(シラズガナ)』に戦撃の光を宿らせる。

 

「【下弦月《かげんげつ》】!!」

 

 カウンターバックの薙ぎ払いが斜め上に打ち上げた。

 

「いい加減に……!!」

 

「しませんよ? 「!!!」 【魔喰牙(ばくうが)】!!」

 

 地面を蹴り砕き、一瞬で縮まったゼロ距離から鳩尾に戦撃を叩き込む。

 

「ぐお……ッ!!?」

 

 今度こそクリーンヒットして吹き飛んだエセ忍者。悶絶する彼を視界に見据え、『天駆』で空を蹴り飛ばして加速。同時にクルクルと縦回転。『獣人:チーター』の脚力の効果もあり追いつくことに成功しました。

 目が合った一瞬、彼の目が見開かれる。

 

「なぜここに……!!」

 

「遅いんですよ。鬼気、【奈落回し(ならくまわし)】!!」

 

 回転により溜められたエネルギーが踵落しを通してエセ忍者に直撃。叩き落として地面を割り砕き、土煙を上げさせた。

 




鬼力万砂路(きりまんじゃろ)】……槍版昇〇拳。


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第二十六羽 それは身代わりだ!…身代わりだって言ってるだろ!

 

 地面に撃墜したエセ忍者を見届け、その少し離れた場所に着地する。動かなくなった人影。油断なく土煙が晴れるの見守り、結果そこから現れたのは―――。

 

「わ、藁人形!?」

 

「ふはははは! その通りでござる。拙者に攻撃していると思っていたでござるか? それは勘違いでお前はまんまと騙されていたのでござるよ!」

 

 地面に倒れていたのはエセ忍者ではなく等身大サイズの藁人形でした。

 まさか変わり身の術とかそういうヤツですか!? 攻撃した時の感触はまさにヒトのものでした。流石に藁を攻撃していれば気づきます。それなのにまさか騙されるなんて……!! なんて高性能な藁人形なんでしょうか……!!

 

 私がショックを受けていると離れた場所の石畳が盛り上がり、そこからエセ忍者が現れました。

 その姿は傷一つな……傷? なんだか……ちょっとふらついてるし、左腕を庇ってるような動きをしているし。あれ……思ったよりもボロボロでは?

 

「あの……口元から血が垂れてますよ?」

 

 口元を手で指し示せば、エセ忍者は確かめるように手の甲でグイッと拭った。それを目に入れた彼は口元を綻ばせて笑った後口を開いた。

 

「これは演技用の血糊でござる」

 

 それは無理があるでござる。……あ、思わず口調移っちゃったじゃないですか!!

 

「いや……血の匂いがしますし、腕も庇ってますよね?」

 

「これは演技でござる」

 

「…………」

 

 これは……強がりでは??? 

 

 ふと思いついた私は転がっている藁人形に近づいて『無明金剛(シラズガナ)』でつついてひっくり返した。よくみれば地面にはヒト1人がギリギリ入るくらいの穴が空いていて。

 さっきエセ忍者は地面から現れました。この穴は彼の足下につながっているのでしょう。

 

 ……つまり。

 

 これ、食らった後に人形を置いていっただけじゃないですか! 全部食らっていなかったなんて嘘っぱち。見せかけのハッタリじゃないですか。

 彼が無傷なんてとんでもない。私の攻撃でしっかりとダメージを受けているはず。

 

「ちょっと!! 私に負けたくないからと、強がりは――」

 

 勢いよく振り返れば悪辣に笑ったエセ忍者が何かのスイッチを持っていた。その親指はなんだか危険そうな赤いボタンに添えられていて。脳裏に過ぎったのは黒焦げの重傷者二人の姿。

 

「……よしてください?」

 

 ――カチッ☆

 

「ッ!!」

 

 瞬間、爆発。

 

 思考が加速する。

 

 爆発の熱で膨れあがる空気すら見えるほどの思考速度で即座に行動を開始。迫る熱と空気の膨張速度に負けないほどの速度で『剛脚』と『瞬動』を使って後ろに飛び退る。なおも追いすがる炎熱に対しそのまま、『無明金剛(シラズガナ)』に闘気を送り込むと『氣装纏武(エンハンスメント)』を発動。

 闘気に反応して『無明金剛(シラズガナ)』が刃を形作っていく。その形はデフォルトの変則三叉槍(トライデント)形態―――ではなく穂先が剣のようになったグレイブ形態。

 

 そこで死にスキルだった『カマイタチ』を発動する。槍を素早く縦に振るえば風の斬撃が巨大化して飛翔し、爆熱と激突。闘気によって強化された『カマイタチ』で爆炎をかなり押し返すことに成功。その後発生した黒煙と弱まった衝撃に飲み込まれた。

 

 無理に受け止めることなく、勢いに任せていれば黒煙の中からボフッと飛び出す。体勢を立て直して着地。

 

「……バケモノめ」

 

 『カマイタチ』。

 羽ばたくの派生スキルで、翼から弱すぎる斬撃を飛ばす死にスキル。翼を封印している今回、私はこれを翼でなく腕で使用しました。腕を翼に見立て、武器から発射することで強力な斬撃を生み出すことに成功しました。この半年で身につけた技術です。

 以前に翼を腕に見立てて戦撃を使っていたので、逆もできるだろうと試したものです。簡単に考えていたら使えるまでに思ったより時間がかかりました……。

 

 武器発動『カマイタチ』習得の難易度に思いを馳せながら、服についた煤をはたいて落とします。表情は至って普段通り。全く何も効いていませんがといった風に。

 

「ケホッ……。なにか……しましたか?」

 

「ドッキリを少々? 楽しんで貰えたでござるか?」

 

「……」イラァ。

 

 内心をおくびにも出さずニコニコ笑顔を作ったまま、トントンと爪先で地面を確かめるように叩く。次の瞬間にはヒュッと飛び出して肉薄。置かれるように眼前に迫っていた刀身を、脚を跳ね上げてエセ忍者の頭上を飛び越えることで回避。

 それにしっかり着いてきたエセ忍者の振り向きざまに背後に振るわれる刀が、天地の逆転した私の頭上を通り過ぎた。逆さで交わる視線は驚愕に見開かれていて。

 

「なぜまだ浮いて……!!」

 

 エセ忍者の予想通りなら着地していたはずのタイミング。直刀が空を切ることはなかったはず。しかし実際にはそこにはタダの空気があるだけで。ふーちゃんに手伝って貰って風の力で滞空時間を延ばしました。まあこれは翼があるときの行動を肩代わりして貰っているだけですね。

 

打衝(だしょう)!!」

 

 闘気をまとった拳がエセ忍者の顔面に叩きつけられる。苛立ちのあまり思わずグーでぶん殴った私は悪くありません。

 吹き飛んだエセ忍者をよそに華麗に着地しました。

 

「そろそろ投降する気になりましたか?」

 

 エセ忍者は倒れたまま返事をしない。うん。……話は変わるのですが、『かまいたち』で飛ぶ斬撃を使えるようになったわけなのですが……、あれをスキルや魔法でなく純粋な技術として使っているヒトってどうやってるんでしょうか。どうあがいても理解できないし到達できる気がしないんですよね。

 

 例えば……。

 

横断幕(パラレール)!!」

 

 こんな奴ですね。

 

 横合いから二対の斬撃が飛翔してきた。



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第二十七羽 VSエセ忍者&巻き髭

 

「【下弦月《かげんげつ》】」

 

 飛んできた二対の斬撃へ『無明金剛(シラズガナ)』を振るい、散り散りに消し飛ばす。その間に下手人はエセ忍者の方へと到達していました。

 その下手人は……さっき捕まえていたはずの巻き髭。飛ぶ斬撃、使えたんですね。

 簡単には抜けられないようかなり強固に捕縛していたはずの巻き髭。自力で抜け出せたのでしょうか? それとも誰かに助けて貰った? そんな彼はこちらを警戒しながらエセ忍者を引き起こした。

 

「随分手ひどくやられたであるな」

 

「……遅かったでござるね。なにをやっていたのでござるか」

 

「なに、そこのガールに不覚を取っていたのだよ」

 

「私が女で子供だからと手加減してボコボコにされた上、土で出来た手の平に埋まって顔だけ出してたんですよね。面白かったので絵に描いて貰って保存したかったです」

 

「なにか我輩に恨みでもあるのか!? くっ! お前のせいで……我輩は……生き恥を晒している……!!」

 

 恨みというか、子供を殺そうとするやつが嫌いなだけですけど。至極当然の反応をしていると、涙を滝のように流している巻き髭が、取り出した黒くて小さな丸いものをエセ忍者に食べさせた。

 え……まさか……。

 

「丸めた……その……鼻の汚物を食べさせるのは罰ゲームにしてもさすがにかわいそう……」

 

「これは鼻くそじゃねーでござるよ!! 兵糧丸でござる!!」

 

 あら、そうなんですね。さっきまで動くのも辛そうだったエセ忍者が叫ぶ。あれ、さっきより元気になっている? さっきのは丸薬なのでしょう、回復されてしまいました。……私、なんで邪魔しなかったんでしょうか。

 

 ……う~ん、思ったよりも疲れているのでしょうか。みすみす回復行為を見逃すことなんてないんですけど……。不利になるだけなので。疑問に思いつつ眉間をもみほぐした。気を取り直して立ち上がったジャシン教幹部二人に『無明金剛(シラズガナ)』を向ける。

 

「ところでガール、目が覚めた時に我輩の剣がなかったのであるが……」

 

「ああ、これのことですか?」

 

 巻き髭を倒した後、アイテムストレージにしまっていた2本の剣を取り出す。捕縛しておくにしても武装は解きますよ。今持っている剣は間に合わせのものでしょうか。

 

「せっかくである。正々堂々勝負したいのであるよ、さあ返すのである」

 

「それはもちろん……」

 

 勝負に無粋な真似を御法度です。剣を渡そうとして……あれ? これ渡す必要ないですよね。思い直してアイテムストレージにしまい込んだ。

 

「……いや返すわけないじゃないですか。二対一なのに正々堂々もないでしょう。これは後で売ってご飯代にします」

 

「……それは……残念であるな。我輩の愛剣が……」

 

「なんで渡すと思ったんですか」

 

 意気消沈する巻き髭。街中で暴れるような危険人物に武器を渡すとか絶対あり得ないですよ。一つ息をついて眉間をもみほぐす。

 

「さて、最後です。投降して下さい。もう辺りで戦闘音は聞こえません。ジャシン教の教団員はもうまともに動けていないでしょう。あなた方が何をしたかったのかは分かりませんが、もうおしまいです。これ以上続けても無意味でしょう」

 

 再度投降を促すように呼びかける。

 返答は―――魔法だった。

 

「……《バブル・ボブル》」

 

 ブクブクと拳大の泡が無数に現れる。無秩序に見えて私を包囲するように広がっていく虹色のシャボン玉。一見幻想的な風景ですが、見た目で判断するのは間違いです。どんな危険な効果を持っているかわかりません。

 下手に接近せず破壊するのが得策でしょう。

 

「《黄陣(おうじん)誘岐連(ゆうきれん)》」

 

 一条の雷撃が拳の先から打ち出される。魔法に引き寄せられる効果に従って先頭のシャボンに到達し破壊、次々に破壊していく。バチンバチンとかなり大きな音を立てて弾けるシャボンの群れ。その裏の二人に魔法が到達するところで土の壁が隆起した。魔法ですね。

 

「《ロックウォール》」

 

 電撃を防ぎきった土壁を縦に切り裂いて斬撃が飛来する。黒棍を振るい明後日の方向へ受け流した。その間にも消したはずのシャボンが再び増していく。またですか、切りがないですね。もう一度消して―――? いや、光を反射するシャボンで見えずらいですがエセ忍者が壁の後ろにいない気が……?

 

「ッ!!」

 

 足元から発生した悪意に、急いで地面から飛び上がる。僅かに遅れて石畳を突き破ってきた腕が空をきった。壁に隠れて地面を潜ってきたのでしょう、エセ忍者のものですね。捕まえるのを断念した腕が地面を叩けば、隆起した地面が6本ほど、槍の様に鋭く襲いかかってきた。腕は再び地中へ。

 次々に地面から迫るそれらを宙から槍でそらし、壊し、躱しながら対処する。そう簡単には当たりませんよ。

 伸びてきた石槍を逆に足場にして下っていく間に、かなりの範囲にシャボンの包囲網は広がっていた。

 

 ふわりと近づく一つのシャボン玉。石槍を足場に滑り降りるさなか接触しないように警戒しつつ通り過ぎる。

 

「いたッ!!?」

 

 途端、触れてもいないシャボンが勝手に弾けた。それもかなりの衝撃で感覚的には今の私が殴りつけられたと感じるくらいのもの。市民の方だったら骨折で済まないかもしれません。

 

 足場から押し出され、眼下には無数のシャボン。『天駆』で切り抜けるか……。

 

 いえ、これ以上シャボンを広げさせるのは得策ではありませんね。やはりもう一度破壊しましょう。

 

「《黄陣:誘岐連》」

 

 広がる雷撃がシャボンを先ほどと同様に破壊。着地すればグチュリと、足下が気味の悪い音を立てた。

 

「これは……」

 

 泡、それとも粘液でしょうか……? 十中八九弾けたシャボン玉から発生したもの。脚を持ち上げればねっとりと糸を引いています。あ、さっき弾けた分が私の体にもついてますね……。なんだか気持ち悪い……。こんな場所で転けたら大変な事になりそうです。

 

 そこに飛来する手裏剣が多数。対処をしようと体を動かしたところ―――ズルリと脚が滑った。なんとか転けることはなかったものの体勢は崩れてしまった。

 

「わ、わわ……! ふ、ふーちゃん!!」

 

「―――♪」

 

「ちッ……」

 

 飛来する手裏剣が風の力で明後日の方向に飛んでいく。

 よ、良かった! ふーちゃんいてくれた……!!

 ふーちゃんは精霊ゆえ、自由にあちこち移動するうえに面白いことがあるとそっちに気を取られて呼びかけが聞こえてないこともあるのです。事前確認していないとたまになにも起きずに慌てることになります。なにも起きなかったときは本当に心臓に悪いです……。

 

 私の咄嗟の風魔法では威力不足で全部を防げなかったかも知れません。魔術では間に合わなかったですし、これを食らうのは避けたかった所です。手裏剣が刺さったところで大きなダメージにはなりませんが……手裏剣が落ちた泡から紫色の煙が立ち上っています。これは毒ですね。確か半年前も毒を使っていましたっけ。

 

 滑らないように注意しつつ、泡の落ちていない所に移動したときには再びシャボンが広がっていた。前より量が少なくなっていると思いましたが……どうやら上の方にも広がっていますね。

 

 近づくと強い衝撃を受け、壊せば足下に粘液が広がる。対応のし辛いシャボン。なかなか……戦いづらいですね……。




ねっとりした粘液……ふむ……。


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第二十八羽 確かに相性が悪い

 

 広がるシャボン。壊すことも無視することもできないそれの一番の対処法は発生元を叩くことです。

 しかしエセ忍者に時間を稼がれてしまったせいで、巻き髭の姿はぷかぷか浮かぶシャボンに隠されて見つからない。

 それならば次の対処とばかりにシャボンを風で吹き飛ばそうとして……。

 

「ふーちゃ―――」

 

「おっと」

 

 地面から飛び出したエセ忍者が手の平サイズの球体をあちこちに投げ込んだ。その球体が次々に破裂して紫色の煙が辺りに広がっていく。

 

「拙者特性の毒でござる。下手に吹き飛ばせば……どうなるでござろうか?」

 

「この……!!」

 

 ここは街中。考えなしに毒霧を吹き飛ばせば、ヒトが巻き込まれる可能性がある。避難はしているはずですし、遠くに飛ばせば大丈夫だとは思いますが……やはり怖いですね。

 

 あ、ふーちゃんが逃げた……。空気が汚いからいやですって……。

 

 あの……ふーちゃんがいなくなるとちょっと……困るんですけど……。

 私の魔術でシャボンと毒霧を吹き飛ばすことは出来るかも知れませんが……、地面の粘液やシャボンにも毒がついているので、強い風を使えばまとめて飛んで行って落ちて付着した毒が誰かについてしまうかも。それは避けたいところです。

 ふーちゃんの補助がない私の風の魔法は威力がたりないですし、魔術は融通が利きません。

 風で吹き飛ばす手は使えません。

 

 散発的に飛んでくるクナイや手裏剣を叩き落しつつ考える。『天駆』を使えば地面の粘液は踏まずに戦えますが、上空のシャボンが邪魔ですね。一思いに割ってしまえば、粘液が頭上から降りかかってきます。体についた粘液からは今現在なにも起きないですが、さすがに全身に浴びてしまえば行動に支障が出るでしょう。なにより気持ち悪いです。

 とその時、クナイが頭上に飛んで行った。私には当たりえないルートを進み……飛んでいたシャボンを割った。

 

 ……あ。

 

 はじけたシャボンの粘液が降り注ぐ。脚を滑らせないように気を付けつつ、急いで回避したところにエセ忍者が突っ込んできた。

 それも粘液の中をバシャバシャ突っ切って。シャボンの側を通っても破裂する気配もない。

 

「なんで滑ってないんですか!?」

 

「拙者水上を走れるのでござる。この上も似たようなものでござろう」

 

「まんま忍者じゃないですか!?」

 

「アサシンにござる」

 

「そのこだわりはいったい!?」

 

 ひたすら遠距離攻撃しかしてこなかったのでエセ忍者も粘液は避けていると思ったのですが……。どうやら勘違いだったようですね。

 

 クナイが直進し、手裏剣が弧を描いて飛来する。それの対処をしている間にエセ忍者がすぐそこに迫っていた。

 振るわれる直刀を黒棍で受け流す。

 

「先ほどまでのキレがないでござるな?」

 

「わかっているくせに……!!」

 

 脚の裏が(ぬめ)って踏ん張れない。粘液をちょっと踏んだだけ普通の地面でもこれほど滑るのなら、粘液の上でまともに動く事なんて……。

 次々に襲いかかる直刀の連撃をなんとか捌けているもののこのままでは拙い。

 

「チッ……ならこれでどうでござるか」

 

 いつの間に取り出したのか足下に拳大の球体が。破裂したそれから毒々しい紫の煙が溢れ出す。これはまさにさっきの……!!

 

「ごほッ!? 毒……!!」

 

 すぐに息を止めたものの僅かに吸い込んでしまい、視界が一瞬歪む。すぐに戻ったけれど、長時間吸い込めばこれだけでは済まないでしょう。

 

 対してエセ忍者は抗体かなにか分かりませんが、なにかの対処法をもっているのでしょう。巻き込まれても平然としています。

 

 なんとか隙を突いて粘液が落ちていない別の足場に飛び移る。

 

「どこに行こうというのでござるか?」

 

 そこにも球体が投げ込まれ、煙が吹き出して。安全な足場がなくなっていく。

 ダメ押しのようになにかがズシャーっと滑ってくる音が。

 

「覚悟の時間だガール」

 

 姿を隠してシャボンを出すことに注力していた巻き髭が毒煙を突っ切って粘液の上をスケートでもするかのように滑ってきた。こちらも当然の様に行動できているのは自分の技だからだとして……毒は!? ……そうでしょうね、仲間だから解毒薬とか抗体とかそういうの貰ってるんでしょうね!!

 

横断幕(パラレール)

 

「ぐっ」

 

 助走によって威力が増された二条の斬撃が至近距離で炸裂する。『無明金剛(シラズガナ)』で防ぎきることはできたものの、受け止めることが出来ずに足場から押し出された。

 ズルズル滑りながら転倒しないように気を付けて勢いが弱まった場所は、足下は粘液で最悪、毒霧は漂っているしで気分は最低です。

 

「ごほッ、ごほッ……。う……」

 

 じわりじわりと毒が体を蝕んでいく。結構容赦がない毒ですね。咳と共に血が零れた。痛いですが耐性はあるのでしばらくは大丈夫。

 それよりも問題は足下の粘液。脚を動かしてもまともに進めない。『天駆』を使えばシャボンがない低空なら走れるでしょうが今ジャンプすれば必ず転けます。そうなれば起き上がれるかも怪しい。

 

 歩くことに見切りを付け、『無明金剛(シラズガナ)』で地面を突く。そうすれば体は反対方向に押し出されていく。

 その時毒霧の向こう側から巻き髭が声をかけてきました。

 

「言い忘れていたであったが……その粘液は未だ我輩の魔法。我輩の意志一つで性質を変化させることができるのである。油のように摩擦を激減させるものから―――」

 

 ―――毒霧の中今度は突然脚の滑りが止まった。

 

「はい!?」

 

「―――とりもちのようにひっつくものにまで」

 

「じゃあこれは脚が……!!」

 

「その通りである。地面にくっついてしまったのだ。それは容易くはとれないであるよガール」

 

 彼の言うとおり脚を持ち上げようとしても、粘液はグニュッと伸びて千切れる気配がありません。耐性があるとはいえ、毒霧の中に長時間居座るのはなかなかにマズいです。なにより回避行動が取れない。

 僅かな焦りを覚える中、巻き髭の言葉は続く。

 

「我輩の《バブル・ボブル》は敵が近づけば自動で破裂し、その時衝撃を発生させつつ粘液をまき散らす。レディー達には些か不評ではあるが……壊すにしろ放置するにしろ簡単には対処を許さず、じわじわと我輩のエリアを広げていけるなかなかの魔法だと自負しているのであるよ」

 

 なかなかというか……かなり凶悪な魔法だと思いますが。嫌みですか。心の中で悪態を吐いていれば、目の前になにかがヌッと現れた。

 

「あ……」

 

「そして《バブル・ボブル》は動きこそ遅いものの、ある程度自分の意志で動かせるのである。―――今ガールの直ぐ側にあるように」

 

 動けない間に側に来ていたシャボン。それが巻き髭の言葉を皮切りに次々と破裂していく。

 

「う!? ……ぐ。……あ。いッ!!?」

 

 全身をあちこちから殴りつけられるような衝撃に襲われる。動かせない脚でバランスを保てず、遂には地面に倒れてしまった。バシャリと跳ねる粘液が全身にまとわりつく感触が気持ち悪いです。

 ヌルヌル滑る手で頑張って体を起こした所で、手が地面から離れない事に気づいた。……ひっついた……?

 

 紫色で覆われていた視界が晴れていく。

 

 どうやらシャボンの破裂で毒霧が吹き飛ばされたようですね。毒霧はなんとかなりましたが……状況はもっと悪化してしまいました。

 粘液を滴らせ、四つん這いで藻掻く私。それをエセ忍者と巻き髭が左右から挟むように距離を取って見下ろしていた。

 

「と、取れない……。ゲホッ……、ゲホッ……。……ちょっと待ってもらえませんか?」

 

「できればガールとは武威を競いたかった物であるが……今は仕事中の身。ガールの腕は驚愕するほどであったが……素早い動きと的確な技術を封じればどうということはないのである。どうやら相性が悪かったようであるな」

 

 あ、待ってもらえないんですね。知ってました。もの惜しげに首をゆるゆると振った巻き髭と、無言で直刀を構えるエセ忍者。

 

「なに……大人をからかうような真似をしたのだ。罰を受けてもらうのである」

 

「からかう……手の平のこと根に持ってたんですか?」

 

「…………」

 

 ヒエっ……、無言で殺意が飛んできました。ず、図星だからって八つ当たりはいけないと思います!!

 

 そんな私の内心など余所に、二人は示し合わせたように同時に攻撃を仕掛けてきた。動けない私に左右からの同時攻撃。とりもち粘液は取れず、拳は握れないため魔術もまともに使えない。

 逃げることなど出来はしない。

 片方は二刀を構えて粘液の上を滑りながら、片方は粘液をはね飛ばしながら殺意を滾らせて迫る。

 

 必中の挟撃は―――

 

「『氣装流威(エントリー)』」

 

 ―――しかし空を切る。

 

「「……は?」」

 

 二人が瞠目してもさっきまで少女がいた場所には血痕どころか影も形もない。

 

「バカな!? どこに行ったであるか!?」

 

 その答えはすぐにもたらされた。バチリバチリとなにかが弾けるような音がしていたためだ。

 

「!? そこでござるか!?」

 

 振り返った先には確かにさっきまで全身から粘液を滴らせ動きを封じられていた少女がいた。しかし今の少女は粘液などなかったかのように全身元通りで、とりもち粘液もくっついてなどいない。

 

 それどこか棒を肩に担いで、散歩でもするかのようにしてパシャリ……パシャリ……と粘液の上(・・・・)を横切っていく。

 

 耳にしたバチバチという異音は少女から発せられたものだった。全身から蒼い雷のようなものが迸り、特に踏み出す度その脚に多くの蒼雷がまとわりつくさまが見える。

 

「なぜ歩けているのであるか……!!」

 

 抑えられない驚愕が漏れたようにワナワナと震え、思わず男は問いかけた。

 少女はその問いに答えることなく、笑顔でタダ一言溢したのだった。

 

「確かにこれは―――相性が悪いですね」

 

 と。





糸を引くドロドロ粘液が少女の全身に……。……ほほう?

あ、バチバチやってるのは『第終羽 エピローグとプロローグ』で主人公が蛇ぶん殴った時のヤツです。


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第二十九羽 嘘じゃないよホントだよ

遅くなりました。難産だったんです……。すみません。


 

 手の中の『無明金剛(シラズガナ)』をクルクルと弄びながら、二人に流し目を送りつつ周りをゆっくりと旋回する。その私の体の周りには闘気が迸っていて。

 

「……お二人とも、流石ですね。これは使わずに済めば良いと思っていたのですが……」

 

氣装流威(エントリー)』。

 

 この半年間で闘気の長期間維持の修行をしていた際に生まれた技です。

 

 闘気を電気のように見立て、動かす体の部位へと一瞬だけ流すことで刺激し、瞬間的に強化する技術です。動く度に強化する部位を変更するので慣れるまでは難しかったですが、今までの積み重ね(・・・・)のおかげで形にすることが出来ました。それがなければ、動く為に必要な部位ごとへの瞬間強化なんて無理でしたね……。

 スピードが爆発的に上がり、それに応じて攻撃する際の瞬間攻撃力も上がっています。強化するのが一瞬なので『氣装纏鎧(エンスタフト)』と比べて燃費が圧倒的に良いです。

 

 とは言え弱点もあり、『氣装纏鎧(エンスタフト)』の完全上位互換とはなっていません。

 瞬間強化なので『蒼気硬化』の鎧効果は強化した部分だけで短い時間、それに純粋なパワーでは負けています。

 

氣装纏鎧(エンスタフト)』がパワーと防御力に特化した重騎士タイプで。

 

氣装流威(エントリー)』がスピードと燃費に特化した軽戦士タイプといった感じでしょうか。

 

 それで目標としていた闘気の長時間維持は……頑張りました!! ちょっとだけ伸びましたよ! ……はあ……本当に私の才能って……。

 

「ガール……、君はさっきまで粘液に絡め取られ、動く事もままならない状況だった。なのに今は粘液の上を滑ることもなく歩くことができている。これはどう言う事であるか?」

 

 内心で落ち込んでいたら険しい顔つきになった巻き髭から硬い声がかけられる。

 

「そうですね……」

 

 これは……教えた方が有利ですね。

 

「私が体にまとっているこの蒼い闘気。これは―――魔法を、魔力を拒絶します」

 

「な……!! そうであるなら……!!」

 

「ええ、先ほど言いましたが……相性は最悪ですよ」

 

 巻き髭の使う粘液は性質が任意で変化できる、持続型の魔法であるということ。すなわち、私の闘気で拒絶できる。

 

 もう、このシャボンの魔法は私には効かない。その可能性に思い至ったのか巻き髭の表情は苦しげなものに変わっていきます。

 

 今言いましたが、使っている『氣装流威(エントリー)』は別に巻き髭の粘液に対する特殊な効力は存在しません。それを有しているのは……闘気。

 私が闘気を使っている間、魔法による搦め手はあまり効果を成さなくなります。

 

 そして私が粘液の上でも歩けているわけ。それは至って簡単です。足下に粘液が存在していないから。

 

 歩く度に蒼気が足先へと走り抜け、脚が地面に着く頃には闘気の拒絶効果によって粘液は押しのけられているのですから。その後は闘気の残滓が粘液を押し返してくれます。

 

 私の足下の粘液にポッカリと円形の穴があいていて、その縁は不可視の力に押し返されているように小さなさざ波を見つけることができるでしょう。

 

 飛んでくるような魔法を避けさせる程の反発力は直接闘気と触れなければ発生しませんが、止まっているものなら話は別です。特に『氣装流威(エントリー)』は瞬間的に流動させるので勢いも相まって、魔力は押しのけられます。

 

 さらに。

 

 魔法に直接闘気を流し込めば、魔力を拒絶する闘気の効果によって構成を維持することが出来ずに消え去ります。この技術は半年前にお母様のホーミングチート羽攻撃に対処したときに使っていましたね。言葉ほど簡単ではないのですが、長年の修練によって使えるようになった技です。

 

 私の体に触れていたとりもち粘液は闘気を流し込まれたせいで形を維持することも出来ずに、消滅してしまったというわけです。

 

「わかりましたか? 貴方のシャボンの魔法は私には効きません。貴方のお望み通り、魔法なしで直接対決と行こうではありませんか」

 

「く……!! 魔法が……効かないであるとは……!!」

 

 不利な状況に歯がみする巻き髭。先ほどの二対一の有利な状況で押されていたわけです。苦しげな表情になるのを頷けるというもの。

 

「―――まあ待つでござるよ、タラバン」

 

 そこに静観を貫いていたエセ忍者の声が落ち着かせるように割って入る。

 

「そこの手羽先野郎は『魔法を、魔力を拒絶する』と言ったのでござるよ」

 

 は? 手羽先でも野郎でもありませんが? 

 

「タラバンのとりもち粘液をかき消して離脱。足下の粘液は押し返している。この様子からおそらく嘘は言ってないでござろう」

 

「ええ、嘘だなんてとんでもない」

 

「ところで―――シャボンが爆発する時の衝撃はどうなるのでござるか?」

 

「…………」

 

「おや、返事がないでござるな。まあ良いでござるよ、実際に使ってみればわかるだけのこと」

 

 困ったものだといった風に薄い笑みを浮かべて首を振るエセ忍者。その様子に思わず額の血管が浮き出そうになる。このやろう……です。

 

「……助かったのである。危うく自分から手札を一つ捨てるところであった」

 

「なに、したり顔で騙そうとしているのが気にくわなかっただけでござるよ」

 

 ……うるさいですね。確かに魔法で間接的に起こされた事象は拒絶できませんがなにか? そうでなくても攻撃系の魔法は弾かないとダメージ貰いますけども。

 ……せっかく魔法を使わないように誘導していたのに……全部パアですよ。ホントに嫌いですあのエセ忍者。

 

「それに魔法ではない拙者の毒は効いているはず」

 

「はい? 私、毒には耐性があるので全然効いてなんかないですよ」

 

 全く何を言っているのでしょうか。あの程度の毒で効いているなどと片腹痛いですね。……あれ? 本当に痛い?

 その痛みのせいで思わず咳き込んでしまった。

 

「……ごふっ」

 

「ほら、効いているでござる。強がりは―――」

 

 口を押えた手には僅かに血が。それを見て目を閉じて嘲笑を浮かべ、やれやれと首を振るエセ忍者。

 

 その隙に一気に距離を詰めた。『氣装流威(エントリー)』の効果で私の速度はかなり上がっています。それは一瞬の出来事で。

 

 異変を感じ目を開くエセ忍者の眼前には、『氣装纏武(エンハンスメント)』で蒼い刃が現れた『無明金剛(シラズガナ)』を大きく後ろに引き絞りバチバチと闘気を迸らせた私の姿が。

 

「……よすでござるよ?」

 

 すごくうるさいので……黙らせてあげます☆

 

「【魔喰牙(ばくうが)】!」

 

 ドゴッ!!!!と脇を抉られたエセ忍者が言葉もなく吹き飛んでいった。

 

「さあ、毒なんか全く効いていないですが、覚悟の準備はよろしいですか?」

 

「それはなかなか無理があるのであるよ、ガール」

 

「これは貴方のシャボンの魔法に因る物です。貴方の魔法はすごいですよ」

 

「……うむ、この状況で褒められても全然嬉しくないのであるな……」

 

 額から冷や汗を垂らして二刀を構える巻き髭に『無明金剛(シラズガナ)』を突きつけた。

 



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第三十羽 街に配慮くらいしますよ

 

 巻き髭にこちらから攻撃を仕掛ける。

 踏み込みと同時、十数の金属音が連続で鳴り響く。私の蒼気刃と巻き髭の二刀がぶつかり合った音です。

 

「ぬう……!!」

 

 結果として巻き髭の二刀は刃こぼれしてボロボロになった。旗色が悪いことを察して苦しい表情を浮かべている。流石になまくらでは保たなかったようですね。有利な状況にたたみかける。

 

「【双爪(そうそう)】」

 

 左右から二度、『無明金剛(シラズガナ)』を振り払う。一度目でボロボロの二刀に終わりを迎えさせ、二度目で巻き髭を切り裂いた。胸に深い斬り痕を刻み、鮮血が舞う。

 

「が……ぁッ!?」

 

「悪いですが……これ以上の加減できませんよ? 降伏はなんども促したので、死んでも恨まないで下さいね?」

 

 『氣装纏鎧(エンスタフト)』と『氣装流威(エントリー)』での強化状態では加減が難しい。特に『氣装流威(エントリー)』は闘気を神経の電流とシンクロするように流さなければ、逆に動きを阻害するのでことさらです。

 

 手加減の下限が大きく引き上げられるので殺してしまう可能性もあります。他にも街の景観を破壊してしまったりとか。それに遠慮して使っていなかったのですが……。私の怪我程度なら一夜過ぎればだいたい治りますが、建造物は放っておいても直りませんからね。

 

 しばらく前から周辺で戦闘音はありませんし、すでにジャシン教のテロ行為は鎮圧されているでしょう。無理に急ぐ必要はないと判断しました。

 

 まあエセ忍者が穴だらけの毒だらけ。巻き髭が粘液だらけにしてしまったので無駄な努力だったかも知れませんが。……やっぱりあんまり加減する必要ないですかね。

 

 そんな益体もない事を考えていると倒れることなく踏みとどまった巻き髭が返答した。

 

「今更であるな……!!」

 

「……そうですか」

 

 脂汗を浮かべながらも巻き髭が横っ飛びに逃げていく。追いかけようとしたところに、毒付きの手裏剣が十数枚弧を描いて襲いかかってきた。進路を妨害ですか……。追いかける脚を緩め、全て叩き落とす。

 

「まだ動けるんですか。しぶといですね」

 

「アサシンでござるからな……!!」

 

 関係ないのでは? 寧ろ打たれ弱い方では? 

 

 狙いを変更。

 謎の理論を展開するエセ忍者の世迷い言を聞き流し、肉薄する。足下の石畳が砕け散った。

 打ち合ったのは二合。彼は左手が使えないので妥当でしょう。刀を跳ね上げ、容易くこじ開けた胴に『無明金剛(シラズガナ)』をねじ込む。

 

横断幕(パラレール)……!!」

 

 ―――寸前で巻き髭が援護。手には新しい剣が。気絶したジャシン教の武器を拾ってきたのでしょう。

 水平に走る二条の斬撃を揃って受け流し。

 

「【波濤(はとう)】」

 

 返しの石突きを顔面に叩き込む。

 鼻を砕かれて転がっていく巻き髭は一端放置。害意を向けてくるエセ忍者に向き直る。頬を大きく膨らませて……何かを吐き出そうとしているのでしょうか。

 口が開かれる直前、エセ忍者の頭に片手を乗せ、頭上に逆さまの格好で回避。

 

「!!?」

 

 さっきまで居た所を紫色の毒霧が通過していきました。……汚いですね。

 逆さの格好から見下ろす無防備な背中をそのまま蹴りつけ、毒霧を自分で突っ切らせた。地面を転がっていくエセ忍者。私も石畳を蹴りつけ追いすがる。

 地面を転がったエセ忍者が起き上がり、勢いを利用して巻き髭の方へと近づいて行っています。合流するつもり……?

 

 脚に力を入れてさらに加速。あと一歩でエセ忍者に手が届くというところで土壁がせり上って妨害してきた。構わず破壊して突破。

 

「……む」

 

 崩れ落ちる壁の先で目に入ったのは二人の姿……ではなく多量のシャボン。二人の姿は見えません。なにか起きる前にシャボンを破壊しようとして……地面に転がる拳大の球体を発見した。あれはエセ忍者が毒煙を出したときの……? いや、この匂いは……火薬!?

 

 シャボンすら囮にした爆弾が爆発する。同時にシャボンも弾け、凄まじいエネルギーを生み出した。

 私はすぐさま『氣装纏武(エンハンスメント)』で武器に込めた闘気を解放し、攻撃範囲を拡大。

 

「【剛破槍(ごうはそう)】!!!」

 

 全身の筋肉を十全に駆使して渾身の両手突きを放ち、もたらされた破壊を正面からねじ伏せた。

 

 自分の攻撃の結果を見ることもなく、すぐさま背後に向け無明金剛(シラズガナ)を振るう。甲高い悲鳴のような金属音を鳴らして、三つの斬撃をはじき返した。

 

「なるほど。あの爆弾すら囮、本命は二人で地面を潜って背後へ……、便利ですねそれ」

 

「これでも……!!」

 

「無理であるか……!!」

 

「まあ、似たようなのは見たことありますので……ねッ!!」

 

 素早く回転して無明金剛(シラズガナ)を振り抜けば、二人仲良く横一文字の斬撃が腹部に刻まれた。深い傷に二人は膝から崩れ落ちる。

 

「おや?」

 

 とその時何かがこちらに近づいてきているのに気がついた。

 




 ちなみに主人公は現在『魂源輪廻(ウロボロス)』意外で縛りプレイをしてます。『翼』ともう一つ。すでに仄めかしたのですが……わかるかな……?
 まあそっちは翼とは別方面で簡単には解けない縛りなのですが。


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第三十一羽 分かつことなく

 

「はあ、はあ。白蛇聖教です! そこのジャシン教! おとなしくしなさい!! ……あれ? もう終わって……うん?」

 

 四つの大通りの一つから鎧を着た騎士達がガッシャガッシャとこちらに駆けてきていた。その先頭にいたのは頭部にウサミミを生やし、巨大なハンマーを担いだ女性。愛嬌のある可愛らしい顔立ちの女の子で、傾げられた首に釣られて耳も倒れています。

 

 その女の子が私の《壁空》の中にいるミルを見つけたと思ったら怒濤の質問攻めを始めてしまいました。

 

「ねね、君はどうして結界のなかにいるの? 閉じ込められたの? てか君かわいいね、名前は? 何歳? どこ住み? てか白蛇聖教入らない?」

 

「え!? ……え!!?」

 

「あの……トコト様、気になるのはわかりますが今はそれどころでは……」

 

 何やってるんでしょうかあの人……。着いてきていた他の騎士の人達に諫められています。仕事して下さい? いや、急いできてくれたことは息が上がっていることからもわかるのですが……。

 

「……白蛇聖教に捕まるのはごめんであるな」

 

「今のは結構効いたでござるよ……」

 

「……本当にしぶといですね」

 

 ウサミミ騎士に目を奪われている間に、血を流していた二人は起き上がっていた。それどころか巻き髭はシャボンを幾つも生み出していた。……見逃したのはあのヒトが衝撃過ぎるせいです。

 

「《黄陣:誘岐連(ゆうきれん)》」

 

「《毒霧操(ドムトル)》」

 

「……カーク流二刀」

 

「動くなジャシン教!!」

 

 増えるシャボンを破壊すべく電撃の魔術を放つ。大多数を弾けさせ、二人に迫ると行った所で舞っていた毒霧を集めたものに遮られ、散らされてしまった。巻き髭はクロスした二刀を地面に差し込む奇妙な構えを見せ、いつの間にやらこちらに走ってきているウサミミ騎士は鋭く制止の声を投げる。

 

「……む。まだ手札を……」

 

「《泡沫華斬(イラプション)》!!」

 

 この場に散らばっていた全ての毒霧を集めた危険な壁に僅かに躊躇をした時には、巻き髭が剣を振り上げていた。

 爆発するように吹き上がったエネルギー。地面を削りさっき落ちた粘液を巻き込みながらV字の斬撃が迫る。うえ、斬撃がネトネトしてます……。シャボンの魔法、やっぱり厄介ですね……。

 

「神妙にお縄につけぇ! どっせい!!」

 

 そこに飛び込んでくるウサミミ騎士。全体重を乗せて打ち据えられた巨大ハンマーは斬撃を消し飛ばし、石畳を砕いて大地を露出させるほどのクレーターを築いた。というか、むしろ衝撃が押し返して逆流していきました。

 

 街の破壊……。私の努力……。全部パア……。

 

 あまりの威力に白目を剥いていると、ウサミミ騎士は悲鳴を上げました。

 

「うわ!? なんかかかった!?」

 

 ウサミミ騎士はネトネト粘液濡れに。ばっちいです。それはそーなりますよ。慌てた様子に呆れた表情で見ていましたが、今はそれどころではないと気を引き締め直す。

 

 また二人とも姿が見えなくなっています。

 

「気をつけてください! あいつらは地面から飛び出して奇襲を仕掛けてきます!」

 

「オッケー!!」

 

 どこから出てきても対処できるように警戒していると、離れた地面から土が強固に固まった巻き貝のような渦巻き状になったものが飛び出した。

 ……なぜあんな離れた位置に? なにか仕掛けてくるような気配もありません。

 

 まさか―――逃げる気ですか!?

 

 その思考と同時に走り出す。『瞬動』の効果で速度を一歩目からトップスピードへ引き上げ、今だけは地面の破壊も気にする事なく全力で脚に力を込める。

 

 あの巻き貝状の魔法からは強い魔力を感じます。私達から離れて位置に飛び出したのが逃げるためだとしたら、あの魔法の目的は時間稼ぎの為の防御。その間に不思議な道具を使って転移するつもりでしょう。

 

 あの巻き貝を破壊するために一点突破の強力な一撃がいる。『闘気燃焼(エンコード)』は……火力を上げるために時間がかかる。それでは間に合わない。

 準備の時間が必要なく、私が今打てる全力の一撃……!! ならばと闘気に鬼気を混ぜ込んでいくが……足りない。

 

追憶解放(エントランス):鬼……!!」

 

 一歩踏み込む度に石畳が捲れ上がる。前髪が一房、紅に変じて、額からは2本の鋭い角が覗く。その角へと周囲から何かが吸い込まれていくような感覚が訪れ、鬼気が膨れあがった。

 地面を蹴りつけ飛び上がり、三角コーンのようになっている巻き貝の先端に上から狙いを付け、『天駆』で空を蹴りぬいて、さらに『無明金剛(シラズガナ)』の穂先を突撃槍(ランス)へ変化させる。

 

「鬼気……【堕鬼羅(ダキラ)】ァ!!!」

 

 1本の槍と化してその天辺から巻き貝の中に突撃した。かなり強固、おそらく残り全ての魔力をつぎ込んだのでしょう。しかし、壊せる……!!

 

「「な!?」」

 

 天井を貫き、地面に『無明金剛(シラズガナ)』を刺しかます。降り立ったのは丁度二人のど真ん中。真上から墜落してきた私に驚いて両者身を引いたようですね。

 

 そして丁度―――エセ忍者が結晶のようなものを握り砕いた所でした。

 

 砕ける結晶。視界がグニャリと歪んだ。いや、空間が歪んでいる。これが転移の魔法……!!

 

「タラバン……!!」

 

「……間に合わんである、行け」

 

「……!!」

 

 エセ忍者が手を伸ばすものの、巻き髭はそれをつっぱねる。悔しそうに手を引き戻したエセ忍者が空間の歪みに身を委ね―――

 

「【一閃(いっせん)】」

 

 蒼の闘気が形を成そうとしていた魔法を貫いた。なにかが砕けるような音と共に歪んでいた空間が元に戻る。

 

「……は?」

 

「無効化しました。一人は……寂しいでしょう? 大丈夫、これで離れることはなくなくなりましたよ」

 

 転移の魔法が無効化されるとは思っていなかったのか、呆然とする両者。

 

 そんな大きすぎる隙を見逃すことなくアキレス腱を切り裂き、膝が落ちたところに顎をカチあげ、後頭部を叩きつけて顔面から地面に(うず)めた。

 

 メリィさんが帰るときにも、家を襲撃された時にもこの道具は見ていました。既に魔法となって効果を発動しているものを無効化するのは難しいですが、封じられていたものが再び形を成そうとしていた途中なら構成も緩い。私の闘気であれば、壊すのは可能です。

 指をくわえてタダ見送るだなんてとんでもない。

 

 倒れた二人が再び動き出す気配はありません。巻き貝状の岩も力を失ったように崩れ落ちていく。この勝負、終わりですね。




 なぞのウサミミ騎士が増えた……。さっきまでプロットのどこにもいなかったのに……。
 エセ忍者の地面潜行は限定的な空間系のスキルなので潜っている最中に転移しようとすると、変な干渉がおきてアボンする可能性があります。
 なので一回外に出る必要があったんですね。


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第三十二羽 閃光と暗がり

「おーい!」

 

 倒れた二人を油断なく見下ろしていると、さっきのウサミミ騎士がこちらに駆けよってきた。

 

「きみジャシン教の幹部を一人で倒せるって凄いね!! 名前は? どこ住み? てかかわいいね、白蛇聖教入らない?」

 

 なんだこいつ。

 

「なんだこいつ」

 

「ガーン……!!」

 

 ……はっ!? 思わず口に出してしまった!?

 

「すみませんすみません……。トコト様は距離感がわからないタイプのコミュ障でして……」

 

「ひ、酷いや……」

 

 側に居た騎士のヒトがウサミミ騎士をフォローしてぺこぺこと頭を下げている。フォロー……、フォロー? さらっと毒を吐いているあたり強かな人なのかも……。

 

「あ、いや、こちらこそすみません。ビックリしただけですので」

 

「ゴホンゴホン、ボクは白鱗騎士団のトコトだよ。よろしくね」

 

 咳払いをしてとりなしたトコトさん。汚れ一つない新雪のようなウサミミと、同じく純白の髪を揺らして手を差し出してきた。はにかむ笑顔がかわいい、愛嬌のある美少女です。

 どことは言いませんが……何食べたらそんなに大きくなるんですか……? 引きちぎりますよ。

 

「冒険者のメルです。よろしくお願いします。……それでこの二人はどうするのですか?」

 

「この二人は重要な情報源だよ。一般平カルトはジャシン教の情報はあんまり持ってないからね。本部に連れて帰って尋問って形かな」

 

「なるほど」

 

 一般平カルトというパワーワードに思わず思考が飛びかける。

 

 まあそれは置いておいて。

 

 彼女の言うことは道理ですね。危険な宗教団体ですし情報は必須です。……まあ、かなり厳しい尋問になるでしょうが、テロ行為までやってますし、致し方ない……かなぁ。

 

 眉間にシワを寄せて考えていた所に、どこからともなく拳大のボールが転がってきた。それは見覚えのあるもので。

 これはエセ忍者の持っていたものと同じもの!? 毒!? それとも爆弾!? ともかくその危険物から目を離すことなく、注意を促すべく叫ぶ。

 

「皆さん! 気をつ―――」

 

 そこまで言った所で―――閃光と爆音が周囲にまき散らされた。

 

 目がアアアァァァァァァァアア!?!!?

 

「耳がアアアァァァァァァァアア!?」

 

 貴女もですか!?

 警戒して注視していた私は光に目をやられ、大きなウサミミのトコトさんは音に耳をやられ。同様に騎士団に人達も行動不能。一瞬にして前後不覚の状況に陥ってしまった。

 

 視界は真っ白に塗りつぶされ、頭がグワングワンと揺れる不快感が渦巻く中、何かが走ってくる振動を脚から感じ取った。これは……直ぐ側の物陰から誰かがエセ忍者と巻き髭の所へ走って行っている?

 

 まだジャシン教の仲間が潜んでいたのですか……!? 全く気づきけませんでした……!! この距離で気づかせないなんて、ものすごい実力者、もしくはスキル……!!

 

 悔やんでいても仕方がありません。まっすぐに歩くのも困難なほど平衡感覚が狂った中、脚に感じる振動を頼りに敵の位置を特定する。

 

「……そこ!!」

 

無明金剛(シラズガナ)』を構え、投擲。

 

「!!?!?」

 

 僅かに走る振動が変化して、しかしそれだけ。すぐに元通り走り出した。

 

「待ちなさい!!」

 

 乱入者は制止の声に応えることもなく、魔法の気配を残して消え去った。

 

 徐々に視界が戻ってくる。そこにはエセ忍者と巻き髭の顔型が残った地面があるだけ。転移で逃げましたか……。まさか三人目に全く気づかないなんて……。

 不覚を取りました……。

 

「すみません……、逃げられてしまいました」

 

「うへ!? いやいやいやいや!! メルは悪くないよ! ボクの耳でも気づけなかったから、きっとそういうスキルを持ってたんだよ! しょうがないって!!」

 

 焦ったようにブンブンと手を横に振るトコトさん。暗い顔でもしていたのでしょうか。心配させて申しわけありません。なにか言おうと口を開いた時に思わず咳き込んでしまった。

 

「……ゴホッ」

 

「え? ち、血が……。め、メディィィック!!」

 

 トコトさんが絶叫した。

 貴女も絶叫するタイプですか……うるさいです。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「し、死ぬかと思った……!!」

 

 一般平カルトがしているような格好をした人影が一つ、薄暗い廊下を進んでいく。ローブを深く被っているため顔の見えないその人影は寒気を覚えたように腕をさすっていた。

 食いしばった歯の奥から言い表せない理不尽への恨み言が零れる。

 

「あの槍使い、なんで三人(・・)がかりで落とせないんだよ……!! おかしいだろ!」

 

 思い出すのは濡れ羽色の髪を伸ばしたの幼い風貌の少女だった。直接戦闘をする二人と、密かに後方支援する自分で計三人で相対することになった相手。

 三対一の圧倒的有利な体制で挑んだはずだった。幾つか使えない手があっても問題ないはずだった。それが一方的に追い詰められてしまった。

 

 確かに暗殺者ゆえにピスコルが正面戦闘が比較的苦手とはいえ、そもそも並みの強さではない。しかもタラバンまでいて、二刀での接近戦に加え、シャボンの魔法まで使った。必要に迫られなければ使わないタラバンの奥の手の一つであるとりもち粘液も使った。あのキモいやつな。

 

 相手の行動を制限して追い詰めたはずだった。でもそれは幻想だった。

 

 フィールドまでこちらが掌握したのに、それすら踏み越えてあの幼い槍使いは二人を下したのだ。かわいい顔してエゲツない戦闘力だ。あれは流石に手に余る。

 

「しかもウチの能力も全然効かないし……!! ああもう! タラバンの剣も2本取られちまったし、二人とも大怪我で治療中だし! ウチは戦闘員じゃなくて裏方だってのに!!」

 

 今回の作戦を伝えて後は待つだけとなったアジトの中でゆっくりとくつろいでいたら、タラバンからの突然の救援要請。行ってみれば合掌した土塊から顔だけ覗かせるその姿に腹を抱えて笑ったものだ。良いものを見せて貰ったと、助け出した後で帰ろうとしたら念の為に残ってくれと言われた。

 

 よく考えなくてもこの場には確かにタラバンを無力化したものがいるわけで……。

 予定にない事態(イレギュラー)に、渋々行ってみたらピスコルはボコボコにされてるし、いざとなったら自分の能力が全然効かないし。能力には僅かに引っかかったような気配もあったものの、すぐに振り切られてしまった。

 

 結局タラバンが加勢するタイミングでちょっと助力ができた程度。結構頑張ったのに大した効果は得られなかった。

 

 その後は白蛇聖教が参戦して撤退となったのに、二人は敗北。自分が助け出す羽目になった。

 

 念の為に閃光発音弾(フラッシュバン)を持ってきておいて良かった。能力を全開にしていたのに、なぜか自分がいる場所に気づかれてあの黒くて硬い棒を投げつけられたのだ。

 相手がフラフラで、自分が驚きのあまり飛び上がらなかったら今頃は脚が使い物にならなくなっていただろう。

 その場面を思い出し、這い寄る寒気に再び腕をさする。

 

「うう……、思い出したら鳥肌たってきた……。あ、教祖様……」

 

「……ああ」

 

 敬愛する我らがボスが椅子に頬杖をついて座っているのが目に入り、思考に飛ばしていた意識が引き戻される。

 気づかぬうちに目的の部屋にたどり着いているようだった。乱れた思考を押さえつけるように息を吐く。

 

「……ふう。今回の作戦はダメだった。タラバンとピスコルの二人は治療を受けてる。しばらくは動けねぇ。原因は一人の槍使いだ。多分メリィが言ってたヤツだな。ウチの力も効かなかった」

 

「報告にあった天帝の娘か……。お前の力も効かないとはな……。だがヤツの子なら……それも道理か……?」

 

 半年前自分が思い至り、捨てた可能性。万に一つもない確率。いくら天帝のまさか本当に……あの場所を通ったのか? それはどんな偶然か。

 

「……それで東の進展は?」

 

「……全然ダメ。あの大陸は未だ統一されていない修羅の場所だ。頭のおかしい強さのヤツらが多い。……メリィを向かわせるか?」

 

「いや、あいつには北を見ていて貰わなくてはならない」

 

「そうだよなぁ……」

 

 手詰まりといった風に大きく息を吐き出す。

 

「そもそも幹部が半分以上(・・・・)動かせない状況なのがキツいんだって……」

 

 頭を抱えて吐き出されたその愚痴にジャシン教の首領は答えず、椅子の手すりを指でこつこつと叩いている。

 

「ここ半年は封印の緩みが全くといって良いほど進展がない……。この遅々として進まない状況は半年前に活動を始めたヤツら(・・・)のせいだ。あと少し……あと少しだというのに……!!」

 

 唸るように漏らした言葉には上手く事が運べない現状に対する苛立ちがあった。

 

「……殺すか?」

 

「魅力的な提案だが……それは尚早だ。お前もわかっているだろう。それは最後の手段だ。出来はするが……デメリットが多い。今はひたすら妨害に徹するしかない」

 

「じゃあそれと合わせて……しばらくは適当な場所に捨て駒を送り込むだけになるな」

 

「それでも……やらないよりマシ……か」

 

 疲れたように大きく息を吐き出した。

 




隠れた三人目が何らかの力で主人公の妨害をしていました。あんまり効いていなかったみたいですが。
それとジャシン教は企みが上手く行っていないようですねぇ。


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第三十三羽 お泊まり治療

 

 巻き髭とエセ忍者が謎の三人目に連れて行かれてしまった後。ウサミミ騎士こと、トコトさんとその随伴の騎士の方達が主導で巻き髭の残していった粘液と、エセ忍者の残していった毒を処理して下さりました。

 

 毒は魔法で無害化出来る方がいたのでもっぱら粘液の掃除をするみたいですが。私の毒もある程度消して貰ったのですが、体内に入ったものは完全に消し去るのが難しいので治療を受けなくてはならないとのこと。

 

 かなり楽になったので私も事後処理を手伝おうとしたのですが、それを伝えると、「何言ってんの!? メルちゃんって馬鹿なんだね、馬鹿なんでしょ!? 早く治療して貰ってきなさい!!」とトコトさんには怒られ。

「すみませんすみません、トコト様が暴言を吐いてすみません。そしてすみませんがトコト様のおっしゃったことはもっともであると愚考します。直ちに治療を受けてついでに頭の検査もして貰ってください。それではすみません」と随伴の人には謝罪に見せかけた罵倒を浴びせられました。……解せぬ。

 

 ちなみに崩れた街の修復は、街を取り仕切っている貴族の方が大多数を受け持つそうです。お労しや……。私は最後踏み込みでちょっと穴を開けただけなので……許して……。

 

 そしてエセ忍者から受けていた毒の影響で血を吐いてしまった私はといえば……。

 

「おはようメル。気分はどう?」

 

「おはようございますミルさん。問題ないですよ」

 

「昨日の今日で何言ってるの。あの複合毒だと普通動き回るのは無理だからね?」

 

 お礼を言う私に呆れたようにジト目を送ってくるミル。お察しの通り、ミルに治療を受けていました。実際に治療を受けたのは昨日で、今日は体調が問題ないかの確認ですね。

 

 血を吐いた私を見て血相を変えたミルは、治療のための薬草や器具が揃っている自分の住まいに引っ張ってきました。ビックリしましたが後でこれが幸運な事だと気づきました。

 昨日はジャシン教のテロのせいで怪我人も多く、街の診療所はてんてこ舞い。私が診察を受けるまでにはかなりの時間がかかったでしょう。そこをミルに()て貰ったので悪化することもなく体調は万全に回復しました。

 なので治療を受けた後は孤児院とモルクさんの商会に顔を見せにいきました。皆無事なようで良かったです。

 

「それにしてもすみません。経過観察とはいえ家にやっかいになってしまって」

 

  実は昨日はミルの住まいに泊めて貰いました。きちんと薬は処方したから大丈夫だとは思うけど、念の為一日様子を見させて欲しいと頼まれたので。

 ……その時、名前を教えていないのになんで知っていたのか問い詰められました。半ばパニックになりながらごまかしたのでなんて言ったのかは覚えていませんが。

 

「別に気にしないでよ。助けて貰ったんだからこれくらい当たり前だよ。……別に今から住んでも良いんだよ?」

 

「いえ、申し出はありがたいのですが一ヶ月分先払いで宿を借りているので今日だけですよ。ご迷惑をかけるわけにもいきません」

 

「……そっか。別に迷惑じゃないんだけどな……」

 

「はい? なにか言いましたか?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

「そうですか?」

 

 何か言っていた気がしたのですが、気のせいでしたかね?

 

「そう言えば幼なじみとパーティーを組んでいたんじゃないんですか? 昨日も今日もそれらしき姿は見当たりませんでしたが」

 

 ……ミルが家からいなくなった経緯はお母様に聞いています。話通りなら少年がいるはずなのですが……。

 

「あれ? よく知ってるね? 伝えたことないのに。あたしの名前の事と言いなんだかすごく詳しいね」

 

「あ、あはは。偶然風の噂で聞きまして……」

 

 冗談めかして言ったミルに慌ててて笑ってごまかした。続きの言葉を待っていると、笑顔だったミルの表情が次第に暗いものへと変わっていく。

 ……あれ、地雷踏みました?

 

 まさかパーティー関係で不和があったのでしょうか? 昨日のテロ行為で安否確認に現れなかったということは少年はすぐこれるような場所にはいない可能性が高い。今の話の流れで暗い表情になるということは、不本意な事が起こったと言うこと。ここで内容を聞くのはぶしつけでしょうか……?

 ここは慰めるべきでしょうか、それともそっとしておくべき!? と、とにかく話題をそらしましょう。……今時の人間の話題ってなに!? 私は3日前に来た魔物だからわかんないですよ!!

 

 慌てた私はこんがらがった思考の中、自分でもなぜそうなったのか理解できない言葉を発してしまった。

 

「あの……私とパーティーを組みませんか?」

 

「……え?」

 




 タイトルとあらすじを変えました。
 ご意見などあれば気軽に送って下さい。


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第三十四羽 勢い任せの勧誘

 

 突然の提案に固まるミル。そして私も言ってしまった内容を認識して固まる。

 

 や、やってしまった。突拍子もないことを口走ってしまった。今のミルにパーティーの話は御法度でしょうに……! どうやって挽回しようかと目をザバンザバン泳がせてもなにも案は浮かばない。そのうち固まっていたミルが再び動き出した。

 

「昨日も聞いたけどやっぱりあたしのこと聞いてたんだね」

 

 わっつ?

 悲しそうに俯くミルだが、私にはなんのことだかわからない。昨日の記憶もあまりない。何事ですか?

 

「噂は本当だよ。白蛇聖教に勇者として認められたリヒトに、弱いからって追い出されたんだ。あたしがいると他のパーティーメンバーに迷惑をかけるからって。実際あたしを庇って大怪我を負った人もいたし」

 

 全くの初耳です。そんな噂を流すなんて随分悪趣味ですね。

 

「パーティーから追い出されるのもしょうがないよ。あたしが弱いから、役立たずだから悪いの。だから……同情でパーティーを組もうと言うのならやめて。あたしはそれを―――望まない」

 

 ……そっか。ミルは自分の弱さに悩んでいるんですね。弱い自分を庇われるのが辛いんですね。

 私にも痛いほどその気持ちがわかります。

 

「……そうですね。貴女は敵に勝てる力を有していない。今のままだときっと私が昨日助けた時みたいなことが繰り返されるでしょうね」

 

「ッ!! そう……だよ……。だから……パーティーの話は……」

 

「はい。私とパーティーを組みましょう」

 

「……え? ……なんで?」

 

 惚けた表情をするミルに私は思わず笑いが漏れる。この際だ、全部言ってしまおう。

 

「ふふ、何を驚いているんですか? 別に私は同情から貴女と組もうと言ったわけではありませんよ?」

 

「そう……なの……?」

 

 それはそうですよ。強さが足りないことに同情するくらいなら、私は組もうなんて言わずに街の中にいろと言いますよ。無理して死んで欲しくないので。

 

「私には詳しい事情はわかりません。でも―――貴女はまだ諦めていないじゃないですか?」

 

「あたしが……?」

 

「ええ、だってこんなにも―――悩んでいるから」

 

 諦めたらそれについて悩みなんてしない。ああ、嫌なことがあったな、それでおしまい。しばらくしたら忘れて別のことに目を向ける。時折思い出して、あんなこともあったなと考える事もあるでしょうか。

 

 諦められないから、どうしたら良いのだろうかと悩む。諦められないから、なんで出来ないのだろうと悩む。諦められないから、諦めるべきか悩む。

 

 諦めていないからこそ、それは湧き上がる感情だ。割り切っていないのなら、それは諦めきっていない査証に他ならない。

 

「でもあたしは……こんなんじゃ故郷の村に帰れないって考えて……」

 

「それはそうでしょう。誰だって思いますよ。私だって思います。人は見栄っ張りで、自分の弱いところを見せたがらない生き物です。その考えはごく普通の事ですよ。でも―――」

 

 そこで言葉を切った私はミルの瞳をまっすぐに見つめる。

 

「それだけじゃ、ないでしょう? それは貴女が一番わかっているはず」

 

「でもあたしは……弱くて……メルみたいに強くないから……」

 

 ……私は別に、強くないですけどね。

 

「今は弱くてもまだ時間はあります。私も昔は誰にも勝てない時期がありました」

 

「ホントに!? あたしより小さいし、最初から結構強いのかと思ってた……」

 

「最初から出来る人なんてそうはいないですよ。いいですかミル。貴女は確かに敵を倒す力は持っていません。でも貴女が卑下したように役立たずなんかじゃありません。現に私は貴女の薬に助けられました。あれが無かったらまだ寝込んでいたかも知れませんよ? 私に敵は倒せても病気や毒は癒やせない。これは月並みな言葉ですが……貴女にしか出来ないことがきっとあるはず」

 

「あたしにしか……できないこと……」

 

「ええ。私はそんなミルに助けてもらいたくて組んで欲しいとお願いしたんです。私は冒険者としてまだまだヒヨコです。ノウハウもないしルールも詳しくない。そんな私に冒険者の先達として色々と教えて欲しいのですよ。

 

 ―――私には貴女が必要です。私を助けてくれた貴女だからこそ言っているんです」

 

「ッ!!」

 

 息を飲んで視線を合わせたミルに、何一つ嘘はないんだと笑顔で頷いた。

 

 一度会っている彼女だからという部分が全くないとは言いません。でも彼女の心根を知っているからこそ、この決断に至ったのも事実です。

 素人の私が冒険者ランクを上げるためには他の冒険者の協力があった方がずっと良い。私の容姿では舐められて、足下を見られる可能性が高い。その点彼女なら信頼できるから、警戒する時間を省くことが出来ます。

 ……まあこれらはそれっぽい理由付けに過ぎないかも知れません。本心では何もなくても彼女としばらく行動を共にしたいから思っている訳ですからね。

 

「組んでいる間になにか成長のヒントが見つかるかも知れない。少なくとも座して待つよりはずっと良い。迷っているならお試し感覚ででもどうですか?」

 

 ミルの瞳が揺れている。後ろ向きな感情はそれなりに払拭出来たはず。それなのに唇は空いたり閉じたりとまだ返事は帰ってこない。

 僅かな不安が私の心にスルリと差し込まれる。

 

「それとも……私と組むのは……嫌……ですか?」

 

 抱いた不安のままに恐る恐る彼女を見上げた。

 今世で最初に話した人間。鳥である私に人として接してくれた人。そんな彼女に避けられるかもしれないと思うと、言い知れない喪失感に襲われて。

 

「組むよ組む組むめっちゃ組む」

 

「わわっ!?」

 

 態度が一変して食い気味に私の両手を力強く握ってきたミルに驚いて体が仰け反ってしまった。

 

「……こほん。それでは仮ですが、しばらくよろしくお願いしますね。パートナーさん?」

 

「うん、ありがとうメル。あたしもうちょっと頑張ってみる。出来ることがないか探すことにするよ」

 

 決意を瞳に秘めて頷いたミル。その様子はきっと大丈夫だと確信させるほど力強いもので。

 

「ええ、絶対出来ますよ」

 

 私は自信を持って太鼓判を押した。

 

 というかリヒト君なにしているんですか。多分北大陸でナンパまがいの事をしてきた少年でしょう? 悪い子ではないと思ったのですが……。ともかくぶん殴ってから事情を聞きましょう。君のせいでミルが不安定になったんですから、妥当ですよね?



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第三十五羽 広がる噂話

 

 二人がパーティーを組んだ記念ということで、早速冒険者ギルドで依頼を……受ける前に腹ごしらえとなりました。ご飯でお祝いというのは鉄板ですよね。

 どこに食べに行こうかという話になったのですが、私はまだこの街に来て3日なのでどこに行くかはミルに任せました。……実に濃い2日間でしたね。

 

 そんなミルが案内してくれたのは内装も華やかで賑やかな飲食店。それも隠れ家的な素敵な場所。こんな良いところを知っているなんてさすがです。ミルと組んで良かったと伝えたら、「あたし一ヶ月……なんでもない」と目を逸らされてしまいました。どうしたのでしょうか。

 しかし案内された席でそんなミルの様子が気になっていたのも一瞬のこと。私はすぐに別のことに気を取られてしまいました。

 なぜなら周りから聞こえてくる話が、グサグサと身を刺すように感じられたからです。それというのも……

 

「聞いたかよ、今回のジャシン教の話」

 

「ああ、また結構な被害が街に出たんだってな」

 

「あいつらも大概迷惑だよな……」

 

「いつも白蛇聖教のおかげでなんとか収まってるけどな……」

 

「そうだけど、そうじゃないんだよ。蒼い鳥の話だよ!」

 

「蒼い鳥?」「それって半年前に街を救った……かもしれないってやつか?」「噂だろ?それがどうかしたのか?」

 

「現れたんだよ蒼い鳥が! この街に!」

 

「なに?」「ホントか?」

 

「ホントもホントさ! 何人もの証言がある。しかも颯爽と飛んできてはジャシン教だけをぶっ飛ばしてどっかに行ったらしいぜ」

 

「ジャシン教を?」「じゃあ……助けてくれたのか?」

 

「きっとそうさ! 半年前だって助けてくれたんだよ」

 

「それなら是非会ってみたいな」

 

 と盛り上がっていたり。

 

「噂の蒼い鳥、とんでもない強さらしいぜ」

 

「なに? そんなにか?」

 

「少なくとも危険度はAランク以上はあるって話だ。居合わせた信頼できる冒険者が言ってたから間違い無い」

 

「危険度Aランクなら天帝を止めるのは無理だが……」

 

「見たヤツは全力ではなさそうだったって言ってる。まだまだ余力を残してそうだったってよ」

 

「なるほど……。眉唾だと思ってたが天帝を止めたのは真実味を帯びてきたのか……」

 

「ああ、いつかあのはた迷惑な天帝を下して新たな天帝になるかもしれないぜ」

 

 と考察していたり。

 

「聞きましたか奥さん?」

 

「あら、なんの話かしら?」

 

「モステッド商会のお話しですよ。ほら、薬品類や雑貨ががたくさんある……」

 

「ああ、モルクという方が会長をしている商会の……」

 

「ええ、そこです。なんでもジャシン教に襲われていたお店を蒼い鳥が救ったらしいですのよ」

 

「なんとまあ……。怪我人はいなかったのかしら?」

 

「ええ、一人も怪我無しらしいですわよ? それにあやかって蒼い鳥印の回復薬を大特価販売しているらしいですのよ。ほら、御利益がありそうじゃなくて?」

 

「それはそれは、商魂たくましいですわね」

 

「でも奥様、嫌いじゃないでしょう?」

 

「あら、良くわかりましたね。……後で覗きに行きましょうか」

 

「お供しますわ」

 

 と井戸端会議を店の中で繰り広げていたり。

 モルクさん……!! 何やってくれてるんですかァ!! ホントに商魂たくましすぎですよ! 昨日会いに行ったときには別にそんな素振りみせていなかったでしょう!?

 助けた人に後ろから刺された気分ですよ。いや、モルクさんは私が蒼い鳥が私だと知らないからしょうがないんですけど! しょうがないんですけど!

 

 うう、私とイコールで結ばれないとはいえ、噂が広がるのは怖いですね。いつかバレるのではないかと気が気でない。出来るのならあの時の自分を殴って止めたいです……。

 

 ば、バレたらどうしよう……。崇められる? 討伐隊を組まれる? 捕まったら実験台? 解剖? 貴族のペットでしょうか?

 胃が痛い……。

 

 急いでるからとやらなければ良かった。……でもモルクさんは結構ギリギリだし、ミルはきっと間に合わずに怪我していたから、きっと何回でも同じ事をしますけど……。

 納得していてもそれはそれ。感情は別なのですよ。

 

「……ル。……メル!!」

 

「あ、はい! きゅ、急にどうしました?」

 

「んもう。さっきから何回も呼んでたよ? 何食べるか聞いてたの。 それなのにメルは一人で百面相して……」

 

「ごめんなさい。ちょっと思い出し百面相を……」

 

「思い出し百面相????」

 

 ともかくあまり過剰に反応するのも良くないでしょう。

 横で理解できないものを理解しようとしている顔のミルを余所に、心を落ち着ける為にお冷やを口に含んだ。

 

「ところで蒼い鳥って知ってる?」

 

「ッ!? ゴホッ! ゴホッ!」

 

「ちょ!? 大丈夫メル!?」

 

 味方だと思っていた相手からの突然の不意打ち。驚きから水が気管に入って()せてしまった。

 咳き込む私の背中をミルがゆっくりとさすってくれて、徐々に落ち着いていきます。

 助けてくれたのはありがたいのですが、これはマッチポンプでは? あまりのタイミングに恨めしい目を向けてしまう。

 

「ありがとうございます。……今の狙ったんですか?」

 

「ねら……え、何のこと?」

 

「いえ、なんでもありません。それで……蒼い鳥……でしたか。それが?」

 

「あたし鳥には悪い思い出と良い思い出があって、結構な噂になっている蒼い鳥の話を聞く度にそれがどうしても浮かんでくるの。ほら、昨日も話したでしょう?」

 

「なる……ほど?」

 

 そんな記憶があるような……ないような……。

 

「良い記憶の方だけ話すと、仲良くなった妹みたいな子がいるってこと。その子は蒼じゃなくて白だったけどね。それで貴女と同じ名前で、メルっていうの。あたしが名前を付けたんだよ?」

 

「!!」

 

 ……ええ、貴女に名前を付けて貰ったときの事は鮮明に思い出せますよ。お母様がゴネて大変でしたね。メルシュナーダって呼んでいないのをお母様に聞かれたら怖いですよ?

 

「魔物が妹みたいって……変だと思う?」

 

「……いえ、きっとその子は喜ぶと思いますよ」

 

「……そっか。そうだといいなぁ」

 

「でもその子は自分を姉だと思っているかも知れませんけど?」

 

「ええー? それはないよ。その子は生まれたばっかりだったし」

 

「…………そうなんですね」

 

 ……一理あることは認めましょう。

 

「ともかくあたしはその子と急に離ればなれになってしまって、お別れを言う時間もなかったし、今の安否確認も出来てない。詳しい場所も分かってないし、心配しても自力で会いに行けるだけの強さもない」

 

 ……確かに今のミルではあの森を越えて家に来るのは無理でしょうね。

 

「メルと一緒に頑張って、それできっと強くなって。そしたらリヒトを手助けに戻る前に、その子に会いに行きたいなって思ってるんだ。それに蒼い鳥にも会いたいな。人を助けているその子がどんな子なのか知りたいんだ」

 

 その場面を想像しているのか、ミルは瞳を輝かせて心からの笑顔を浮かべている。

 それを見て私の心は揺れていた。

 

 ……私は彼女に正体を知らせるべきでしょうか。彼女は私が蒼い鳥だと知っても言いふらしたりはしないでしょう。そこは確信できます。

 

 でもミルの人生に割って入った私が、ミルを人の街まで送り届ける事が出来なかった私が。今更名乗り出て、関わって良いものか……。

 いえ、これは言い訳ですね。北の大陸では不必要に関わらない方が良いと判断しましたが、今彼女が望んでいる以上、これは私の問題です。

 フレイさんやアモーレちゃんに関わっているのに、ミルだけ関わらない方が良いというのも可笑しな話。現に今、姿を偽って彼女に関わっています。

 しかし私は彼女に伝えるのに二の足を踏んでいる。伝えたいと思っているのも事実。伝えたくないと思っているのも事実。

 この感覚をなんと言葉にしたものか……。

 

 悩んで悩んで悩みまくって―――私は結論を出しました。

 

「……ミルさん。考えるだけでなくごはんにしましょう」

 

「へ?」

 

「お腹が空いていては始まりません。強くなるには食べる事から」

 

「あ、うん」

 

 お腹が空いているときに難しい事を考えていると気が滅入ってきます。ますはご飯を食べてそれからでも遅くありません!

 さあ、何にしようかな!

 




前話でもミルを励ますようなこと言ってますけど自己評価一番低いの主人公(こいつ)ですからね……。


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第三十六羽 詰めが甘い

 

 メニューをじっくり読み込んで選んだのは、肉と魚系の注文を端から端まで。注文したときは店員さんも驚いていました。半信半疑だったようですが1つ目に持ってきたハンバーグを、2つ目のチキングリルが来るまでに食べ終わって待っていたら次からは急いで持ってきてくれる様になりました。多分食べきれずに途中でキャンセルになると思ってゆっくり作っていたんでしょうね。ふふ……甘いですよ……。

 モルクさんの依頼を熟したお金があるので懐には余裕があるのでいくらでも注文することが出来ます。

 

 ミルはパンとスープにおかずがついたオーソドックスな朝食メニューを選んでいました。お店にピッタリなおしゃれなメニューでしたね。……私ですか? おしゃれ? なにそれ美味しいの?

 

「メルは健啖家なんだね……。ところでその野菜は食べないの? 好き嫌いは良くないよ?」

 

 微妙に引きつった表情のミルが私のお皿に残った野菜を見やる。

 私は口の中のものを飲み込んで、食べ終わった十枚目の皿を重ねた。

 

「これは体質でして……私は野菜は食べられないのです……」

 

「そうなの?」

 

「ええ、どうにも植物は穀物類と果実以外食べられなくて体調を崩してしまうのですよ」

 

「そっか、それなら仕方ないね」

 

 なんどか穀物類と果実以外も試してみたのですが……その度に体調を崩してしまいます。やはり消化出来ないようなのです。私の進化系列は現在ハヤブサなので、穀物と果実が食べられるのが救いですね。鷲や鷹ではなく、スズメやツバメに近いですからね。そうでなければ、魚肉以外完全に無理だったかもしれません。

 

 ああ、キャベツやレタスなんかの緑黄色野菜も食べたい……。私の体質が恨めしい……。

 体質……? 待ってください、何か素晴らしいひらめきが降りてきそうな予感が……!

 

 ……消化できない。……体質。……変化。……今世。……? そうです! 『追憶解放(エントランス)』すれば鳥の体質から変化して食べられるようになるんじゃないでしょうか!? 思い立ったが吉日。やってみましょう。上手く行けば今世で諦めていた植物が食べられるようになるかもしれません。

 

「鬼」と「チーター」は見た目での変化が大きいのでここは「普人」で良いでしょうね。なんの変化も起きない外れ追憶解放(エントランス)でしたが、変化しないのをありがたがるだなんて思ってもいませんでした。

 

「ミルさん、私、野菜も食べようと思います!」

 

「え!? 体質はどうなったの?」

 

「体をつくりかえました」

 

「どう言う事? ……本当にどう言う事!? 今の一瞬になにが起きたの!?」

 

「ひらめきが降りてきたんです」

 

「ひらめきで変わるほど体って摩訶不思議に出来てたっけ!?」

 

「もぐもぐ……。美味しいです」

 

「もう食べてる!? 好き嫌いがないのは良いことだけどね!?」

 

「ミルさんはもう食べないんですか?」

 

「今それを聞くの!? 見てるだけでお腹いっぱいになったけど!?」

 

「そんなに見ても……あげませんよ?」

 

「いらないよっ!!」

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

「ごちそうさまでした」

 

 十枚積み上げたお皿のタワーが三つ出来上がりました。

 お肉はジューシーで口の中でとろける様でしたし、魚はホロホロと崩れる身に香辛料が主張しすぎない案配でとても美味しかったです。今世で諦めていた野菜も食べることが出来て、体に満ちる充足感も相まってニッコリですね。

 

「わ……、たくさん食べたね……。今日は依頼受けるの止めとく?」

 

「腹八分目なので問題ないです」

 

「……八分目ってなんだっけ。八人分って意味だったかな……?」

 

「ほら、止まってないで行きますよ?」

 

 首を傾げて何かを思案しているミルを引っ張って進む。なぜか顔が引きつっている店員さんにお金を払って、追憶解放(エントランス)を解除して店を出た。さあ、依頼を受けに行きましょう!

 

 今日は絶好調ですよ!



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第三十七羽 初依頼

 

 商業都市アルダックからほど近い平原で二つの影がにらみ合っていた。

 

「……グウウゥゥゥ」

 

 片方は緑の肌をした小鬼のような姿だった。貧相な棍棒を敵に突きつけている。歯を剥き出しにした醜悪な顔で、背筋に寒気が這い上がるような言いしれぬ危機感を抱きながら敵を睨み付けていた。

 

「……ううううぅぅぅぅ」

 

 片方はまだ幼い少女。目元を潤ませ、上気した頬がどこか艶めかしい。呼吸は乱れ、首に巻いたマフラーが何かを訴えるように荒ぶっている。

 

 逆に表情は必死さを感じさせるもので、歯を食いしばって唇を真一文字に引き絞り、眉間に筋が入るほど表情を硬くしている。武器のはずの棒は杖のように地面に突かれ、脚は内股になって震えるばかりで役目を果たせていない。そんな少女からは全てを拒絶するような威圧感が迸っていた。

 

 うなり声を上げる両者は、訪れた毛色の違う危機から全く動く事が出来ずにいた。

 

 その一歩離れた場所から声が掛けられる。

 

「あの……メル……? 大丈夫?」

 

「うううぅぅ……!!」

 

 少女はゆっくりと首を横に振る。まるで抱えた爆弾を刺激しないようにしているかのように。

 流れるはずのない脂汗。しかしそれがダラダラと流れているような錯覚すら感じている少女は事が始まった時へと現実逃避気味に思いを馳せた。

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

 食べられなかった野菜も摂ってうきうき気分で朝食を終えた私達は店を出た後、冒険者ギルドに向かって依頼を受けに行きました。とりあえず雑談がてら冒険者としての状況を伝えてみました。ミルの冒険者ランクはCでした。

 

「メルってBランクだったの? もっと上かと思ってた」

 

「冒険者としての経歴は短いので妥当ですよ。色々あってランクが高いだけですよ。依頼をこなした回数も全然なので、基礎から教えてもらえると助かります」

 

「……そっか、全然やってないけどBなんだね……」

 

「……ミルさん、どうしました?」

 

「ううん、なんでもない。今日は両方が何ができるかの確認のために、比較的簡単な依頼を受けようか」

 

「ええ、妥当ですね」

 

 互いが何ができるかもわからずに難易度の高い依頼に挑むのは愚策。しっかりとできることを確認してから徐々に難しい依頼を目指すのがよいでしょう。

 

 う~んそれにしても、なんだかお腹が重いような……。いつもより食べたせいでしょうか。ちょっと変ですね……。

 

「……う?」

 

 そんなことを考えながら冒険者ギルドに入ったところで、いくつもの視線が突き刺さってきた。

 

「どうしたのメル?」

 

「いえ、なんでもないですよ? 行きましょう」

 

 視線の量に気づいていない様子のミルに笑顔を返す。わざわざ教えて不安にさせる必要も無いですからね。

 これは多分円形広場で暴れていた事が噂程度には広がっていますね。あの場で戦っていた冒険者の人達は突っ込んできた私の姿を見ているはずなので。話を聞いた人は私の容姿から半信半疑で様子見といった所でしょうか。

 

 お腹痛くなってきた……。

 

 依頼を受けて早く出ましょう。私の胃の平穏のためにもそれが良いです。

 

 ミルから簡単なイロハを聞いて、依頼が掲示されているクエストボードにやってきました。

 

 冒険者のランクはGが一番低く、上はSまで。番外として英雄級が設けられていますが、それこそ埒外の能力が求められます。クエストボードもランク分けされており、BランクやCランクの掲示場所にグリフォンとリッチとかの強そうな魔物の討伐依頼がありました。今はそれではなく依頼最低ランクのFを見ています。

 ちなみにGランクの依頼はありません。Gランクは新人の仮登録であり、試験依頼を熟せばその日にFに上がります。便宜上Gランクが存在している訳ですね。

 

 高ランクの冒険者があまりに簡単な依頼を受けることは推奨されていない様なのですが、今回は顔合わせの為特別ということで受付をやっていたルマーさんに許可を貰いました。

 

 そして向けられる視線の中そそくさと冒険者ギルドを脱出して、向かっているのは東の平原。西にはしばらく進むと私が住んでいたヴィルズ大森林広がっているので近寄らないほうが良いらしいです。そうですか……。

 

 受けた依頼はゴブリンの討伐と簡単な薬草の採集。現在は両方を探しながら歩いている所……なのですが、冒険者ギルドを出た辺りからお腹の痛みが全然治まりません。視線からは逃れられたのでしばらくしたら治ると思ったのですが……。もしかしたら別の理由だったかも知れません……。

 

「どうしたのメル? 顔色が悪いよ?」

 

「……実は冒険者ギルドに入った辺りからお腹が痛くて」

 

「大丈夫? とりあえず胃薬出しとくね?」

 

「ありがとうございます。頂きますね」

 

 こんなこともあろうかとミルが取り出したのは胃薬。指で摘まめるサイズの丸薬でした。アイテムストレージから取り出した水と一緒に飲んだのですが、しばらく経っても一向に収まりません。

 

「辛いようなら今日は出直そうか?」

 

「いえ、最初の依頼で躓くわけにも行きませんし……」

 

「……無理はしないでね? ……そういえば野菜を食べたせいだったりしない?」

 

「いえそんなはずは……」

 

 ないはず。そう言おうとして、ふと思い至ったのはまだご飯を消化するのには案外時間がかかると言うことと、追憶解放(エントランス)を解除したのが食事直後だったということ。これは……やったのでは……?

 

「あるかも……」

 

「え!? うそ!?」

 

「いえ、多分なんとかなるので大丈夫ですよ」

 

 追憶解放(エントランス)を解除したのが原因なのならもう一度追憶解放(エントランス)すれば良いじゃない。ヨシ! 追憶解放(エントランス):普人族。

 

「今大丈夫なようにしたので時間が経てば収まるはずです」

 

「ほ、本当? ……何かあったらすぐに言ってね?」

 

「もちろんです」

 

 それからしばらく。東の平原を歩き回りながら薬草を八割ほど集め―――私の腹痛は一向に治まることはありませんでした。

 

 ヤバい。お腹が痛い。ヤバい。ヤバすぎて内心冷や汗が止まらない。本物の冷や汗が流れているかもしれない。

 

 もう一度追憶解放(エントランス)しても予想通りに腹痛は一向に直らなかった。一度起こった反応は止まることなく。

 もう私のお腹は『こいつヤバいヤツなんやろ? だすよ?』とばかりに暴れ回っていて言うことを聞かない。止めるんだ、今はお前がヤバいから。

 

 マズい。非常に不味い。もう初依頼がどうとか言っている余裕はない。乙女の尊厳というか、人としての尊厳が死ぬ。

 

「メル? 今日は一端帰ろう? また明日頑張れば良いよ」

 

「そ、そうですね。すみませんが今日は出直しましょうか。流石にちょっとマズいです」

 

 心配そうに様子を伺うミルの言葉にありがたく同意させて貰う。私は腹痛を気にしながら歩いていたため気づきませんでしたが、ミルが誘導してくれていたのか思ったよりも街に近いです。

 

 そして歩き出したときにヤツは現れたのです。そう、ゴブリンが……!!





実は書いてるうちに思いました。全く中身がないと。なんでこれ書いたんやろ…。しかも長いし…。


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第三十八羽 わあ、仲間だ!

 

 ミルに心配されながらのゴブリンと睨み合いは唐突に終わった。

 

「グ、グギャアッ!! グッギャアッ!!」

 

 目の前のゴブリンが切羽詰まったような鳴き声を上げると、少し離れた茂みがガサガサと揺れて追加のゴブリンが四匹現れた。なんで増えるんですか?

 

「メル……逃げられる?」

 

「走れないので多分無理です……」

 

「だよね……。戦って突破するしかないよ。ちょうど依頼は五匹だかし、あたしも頑張るから諦めないで」

 

「……ううぅぅ」

 

 今はミルだけが頼りです……。不甲斐なくてすみません。

 

「行くよ。《アクアランサー》!」

 

「グギャッ!?」

 

 開幕ミルが魔法を発動。素早く飛来した水の槍に最初のゴブリンがたまらず真正面から被弾。水しぶきをまき散らしながら、茂みの方へと消えていった。次は私。

 

「早く終わらせて帰るんです……!!」

 

 私の安寧の為に……!

 現状槍を振るうのは無理。となれば攻撃手段は魔術しかありません。無明金剛(シラズガナ)を杖にして体を支えながら、狼狽(うろた)えているゴブリンに左手向ける。

 

「《白陣:砲嘛(ほうま)》」

 

 白い魔術陣から拳大の魔力が弾けるように飛び出した。衝撃がゴブリンを襲って仰け反らせる。

 

 《砲嘛》は制御が比較的簡単な魔術の中でも、とびきり簡単な魔術です。魔力を属性に変換することなく打ち出しているだけなので術の行程が少ないからですね。その分威力は抑えめですが、咄嗟の時や意識を割けなくてもどうしても魔術を使わなくてはいけない時に役割はあります。

 例えば今みたいにまともに集中できない状況なんかですね。

 

 それとこの魔術は特徴があって、魔術陣を維持している間魔力弾が連続で発射されます。威力は最初に発射した魔力弾と同じで、陣に送り込んだ魔力が打ち出す魔力弾の必要量に満たされると自動で発射。次々にグミ撃ちします。

 一発目の威力次第で、連続掃射や断続砲撃に変化するシンプルながら多機能な魔術です。牽制、追撃、トドメ、となんでもござれ。魔力弾の生成は陣が勝手にやってくれるので、一度発動してしまえば魔法と比べても向ける意識を込める魔力に限定でき、感覚的に使える便利な魔術。師匠の傑作の一つです。

 

 ……まあそんなことは今どうでも良くて。重要なのは、一度発動すれば立ってるだけでゴブリンが蜂の巣になるって事です。

 

「グギャッ!?」

 

「……うわ。凄い魔法……」

 

 正確には魔法じゃなくて魔術ですが、今はそれどころではありませんので説明は後で。

 打ち出された魔弾が次々にゴブリンを打ち据えていく。最初に仰け反ってしまえば後は簡単。痛みと衝撃でまともに動く事も出来ずに一匹目は絶命した。二匹目へと射線を向けたところで残りの二匹が動いた。一見強そうな攻撃をしている私ではなく、側に居たミルに向かって行ったのだ。

 

「ミル!」

 

「……大丈夫!」

 

 飛び出した二匹に今の私では対処できなかった。しかしミルは狼狽えることなく魔法の準備を開始していた。私が巻き込まれないように距離を取る。

 接近戦が苦手な魔法使いタイプとはいえ、彼女もCランクの冒険者です。彼女が大丈夫だというのなら問題ないでしょう。

 ……寧ろ動き出したゴブリンに釣られて射線をずらした私の方が危なかったかもしれません。ノロノロと腕を戻す間に二匹目のゴブリンに結構近づかれていたので。なんとか間に合って倒せましたけれど。

 

「《ウェーブインパクト》!! 《アクアランサー》!」

 

 そんな間にミルは私から離れつつ、接近してきたゴブリンに魔法を発動させていた。《ウェーブインパクト》という魔法で自身を中心に水の衝撃波が強かに打ち付け、囲もうとしていた二匹に尻餅をつかせた。そこにトドメの《アクアランサー》で片方を軽々と撃破。そこで急いで起き上がったもう一匹がミルに向かっていった。

 

「ギャギャ!」

 

「……この!!」

 

 ……《ウェーブインパクト》はタメが居るのでしょうか。ミルは距離を離そうとして、ゴブリンは離されまいと近づこうとする。

 案外ねばっているようで、なかなか終わりそうもありません。ミルとゴブリンの立ち位置はクルクルと入れ替わっているので、狙いが付けづらく誤射をしてしまいそう。ここは下手に手を出さず信じて待ちましょうか。

 

 ……おや?

 

「きゅい?」

 

 プルプル脚を震えさせながら立っていると、いつの間にか足元にプルプル揺れる水色の動く球体が。これは……スライムですかね? ゴブリンは人間を襲ったりと結構危険ですが、スライムは特にそんなことはありません。倒す必要はありませんね。

 

「スライムさん、本日はお日柄も良く散歩日和(びより)ですね。ここは危ないのであっち行った方が良いですよ? ……なんでこっち見てるんですか?」

 



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第三十九羽 危険が危ない

 

 さて。なんとかゴブリンを殲滅することができましたが、私は新たな危機を迎えていました。

 

「きゅい!」

 

「ミ、ミルさ~ん?」

 

 なぜかこちらにプルプルとにじり寄ってくるスライムである。……なんでこっち来るんですか?

 嫌な予感がびしばしするなか、ミルにヘルプを送ってみるものの未だ最後のゴブリンとの戦いを繰り広げているようで、返事は帰ってきません。……ホントだったら私が助けに行かないといけないんですけどね。

 

 ……そうだ、念話です! 念話があれば、意思疎通がでいるはず……!!

 

『あー、あー、もしもし? 聞こえていますか?』

 

『わ! 聞こえるよ!』

 

 上手く行ったみたいです。良かった。

 

『あなたはだあれ?』

 

『私は目の前に居る人です』

 

『人?』

 

 そこで怪訝そうな思念が帰ってきた。私が魔物だとわかっているのでしょうか? それで接触を図ったとか?

 しかし私の推測は全く無意味なものだった。

 

『あなたはわたしといっしょのスライムでしょ?』

 

 ……なぜに?

 

『いえ、違いますよ? 少なくともスライムではありません』

 

『ウソだっ!!』

 

 力強い否定だった。私はとても困惑した。

 

『……ええ? なんでそう思うんですか?』

 

『だってそんなに遊んで欲しそうに誘ってるじゃん!』

 

『……????』

 

 全く意味がわからない。もしかして念話でも意思疎通は無理だったのでしょうか……。種族の間に横たわる巨大な壁に悲しみを感じている間にも、スライムはにじり寄ってきていた。

 

『あの……ここは危ないので離れましょう? それとこっち来ないで?』

 

 お願いですから。

 

『ふふふ、それなら誘うのを止めるんだね! 言葉だけでは説得力無いよ!』

 

『そもそも遊んでと誘ってませんよ!』

 

 まるで獲物の反応を楽しむようにジリジリと近寄ってくるスライムに焦燥感が募る。

 

「ミ、ミルさ~ん?」

 

 まだダメみたいですね……。

 

 こうなっては仕方がありませんので、魔法でどっかに行って貰おうと思います。風で吹き飛ばせば、ヨシ!

 

 そう思って腕を突き出した所で今日一番の波がお腹を襲った。

 

「!!?!?」

 

 こ、これはマズい……!! 今魔法を使うと……弾けます!!

 

 私がそんな絶体絶命の状態に陥ってもスライムは通常運転で。

 

『ふふふー、行くぞー』

 

『い、今はホントにマズいので! 止めてください!?』

 

『嫌よ嫌よも好きのうち!』

 

『あなた本当にスライムですか!?』

 

 実はおっさんが入ったりしていません!? 届く思念はかわいらしいものなのに、思考が非常におっさんくさい。嬉しくないギャップが酷すぎる。

 

 あー!? マズいですマズいです! スライムが体をたわませて飛びかかろうとしています! 対して私は動けない。大ピンチです!

 

「フ、フーちゃん!! お願い!!」

 

 最後の頼みの綱に願いを託せば、大きな風が一条吹きすさびました。良かった! 居てくれた!

 

『わーー』

 

「――――♪」

 

 飛びかかってきたスライムは風に攫われて、楽しそうに吹き飛んでいってしまった。なんとか胸をなで下ろしていると、それが楽しそうに見えたのかフーちゃんも着いていったのが見えました。……まあ不安ですが、さすがにもう変なのが来ることはないでしょう。

 

 そう考えて視線を下に下ろしたところで、何かがポヨポヨ動いていたのが見えた。

 

 ……デ、デジャブ。

 

『む、なにやつ』

 

「こちらの台詞ですが……?」

 

 顔らしき場所にバッテンの切り傷を残して、葉の着いた枝を咥えたスライムが油断なくこちらを見つめていた。なんだか……歴戦そう……。

 危機はまだ終わらない。

 



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第四十羽 わあ、仲間じゃない!

 

『えっと、私はメルです。あなたは?』

 

 先ほどと同じように気づけば足元にいたスライムさんに向け、腹痛をプルプルこらえながら誰何(すいか)する。顔に切り傷を負ったスライムはその言葉に答え、名乗りを上げた。

 

『む、(それがし)は流離いのスライム。人呼んで―――サスライム』

 

「そのままっ!!」

 

 流れで付けましたと説明されても納得できるような、そのままな名前に念話中なのにおもわず叫んでしまった。きっと私は悪くありません。

 

『ふ、名は体を表すという。いい名前であろう?』

 

『……そうですね』

 

 ニヒルな笑みを浮かべたイケメンスライムに何も言えなくなる。だがそこで話の流れが変わる。なんとそのスライムがキロリと睨み付けて来たのだ。

 

『それにしてもお主……、某を騙そうとしているだろう』

 

『だ、騙す……? 何を言っているのか……心当たりがありません』

 

『その振動! 某は騙されんぞ』

 

 サスライムさんの怒りを表すように粘液ボディは縦にグニュングニュンと伸び縮み。

 

 その体のお腹辺りをグニュンと伸ばして指し示したのは、なんと私の脚。力が入らず震えてしまっている私の脚を親の敵でも見るかのように睨み付けていた。

 

『えっ これのことですか?』

 

 確かめるように未だ震え続ける私の脚に視線を下ろした。

 

『そうだ! その動きは我らスライムが仲間に無害であると伝える為のもの!』

 

『えっ。これが仲間だと言っていることになるんですか!?』

 

『白々しい! 他の種族のものがそんな動きになるなど、そうそうない! 狙ってでもない限りはな!』

 

 それはそう。私は思わず白目を剥いた。……もしかして最初のスライムはこの動きに誘われた……? そ、そんなのわかるわけがありませんよ!! 不可抗力です!

 

『ご、誤解です! これは偶然なんです!! 本当です、ウソじゃありません!』

 

『まだ言うか! 最早許してはおけぬ……。しからば、成敗!!』

 

 言うや否や。サスライムさんは体を後ろに引き延ばしたかと思えば、次の瞬間には目にも留まらぬ速度で突撃してきた。

 

「ま、待って―――――ぴっ??!?!?」

 

 腹部に衝撃。終わった。そう思ったけれど、受けた衝撃は思ったよりも小さな物で。

 どうやら無意識に全身に力を込めて、闘気が漏れだしていたようで『蒼気硬化』の影響で鎧のようになって守ってくれたのです。……た、耐えた……! 私は耐えました……!

 

『ぬ? 防いだか……!! だが次はどうかっ!』

 

 続く攻撃に移ろうとしているサスライムさん。流石にもう一度受けてしまえばどうなるか分かりません。フーちゃんがいないので自力で……!!

 

「か、風よ……!!」

 

『わーー』

 

 制御も適当で魔力に任せの魔法をサスライムさんへ向ける。強い風に巻き上げられてサスライムさんはどこかへと消えていった。……スライムなので高い所から落ちても大丈夫でしょう。

 

 安堵に胸をなで下ろ――――そうとして襲いかかった腹痛に体が固まる。

 

「ううぅぅ~」

 

 棒を支えにして、お腹の痛みをこらえているとミルの力強い声が聞こえてきた。

 

「《ティア・クラウン》!!」

 

 目を向ければ水をまとった杖が大上段から振り下ろされる所だった。しかしすばしっこいゴブリンは余裕を持って後ろに下がることで杖を避けてしまう。目の前で地面に激突した杖を余所に前に踏み込もうとしたところで――――まるで王冠のように地面から吹き上がった水流に体を持ち上げられてしまう。

 打ち付けられた杖はさながら水面に落下した一滴の水滴。布石の一つに過ぎなかった。

 

「そこっ! 《アクアランサー》!!」

 

 水の槍が狙い違わず命中する。遂に魔法がミルにまとわりついていたゴブリンへの有効打となったのだ。



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第四十一羽 乱入者

 

 ゴブリンの打倒を確認したミルが心配そうにこちらへと駆けてくる。

 

「メルちゃん、大丈夫?」

 

「結構あれなので早く帰りましょう……」

 

「うん」

 

 笑顔を浮かべたものの自分の眉間が痙攣しているのが感じ取れたので、いよいよ限界なのかもしれません。ゆっくりと一歩踏み出した所でガサガサと茂みが揺れる音が耳に入ってきて、「まだなにかあるのですか!?」と視界が思わず滲んでしまった。

 

「もう……! なんなんですか! こっちはもうお腹いっぱいなんですよ!」 

 

「確かに色んな意味でね……」

 

「うるさいですよ!?」

 

 私のお腹に視線を向けて揶揄(やゆ)したミルに、思わず反応してしまう。うう……、ミルがいじめてくる……!!

 

 現れたのはゴブリンでした。しかも怒り心頭の。見れば体が濡れているよう。もしかして……。

 

「あれって……最初のですか?」

 

「た、たぶん……?」

 

 視界に見える範囲で倒れているゴブリンは四匹。最初に仲間を呼び出したヤツの姿だけ見えず、こいつが水に濡れていることから当たりだと考えられます。

 

「すぐに倒すよ……!!」

 

 杖を構え、戦闘態勢を取ったミル。そこに割って入る人影があった。

 

「え?」

 

「お嬢さん方、この俺が助けてやろう。見るに苦戦している様じゃないか」

 

 そう言って華美なマントを翻して振り向いた男性は、装飾の多い高級そうな服装に身を包んでいる。少し長めの金髪を後ろで束ねており、その表情は自信に満ち溢れたもの。あと失礼ながら微妙に軽薄そうな印象を受けてしまった。側には柔らかな深緑の髪を揺らす美人なエルフのメイドさんが静かに控えている。

 見た目と立ち振る舞いからして貴族の方……でしょうか……?

 

「刮目せよ。この俺……、ルイス・アルム・ベルトナーの初陣を目にできるとはお前たちは実に幸運だ」

 

 あ、初心者の方ですか。だ、大丈夫でしょうか……? 声を潜めてミルに話しかけた。

 

「ど、どうしますか?」

 

「貴族様だし下手に刺激しない方が良いかも……」

 

 ミルは困ったように形の良い眉を下げている。

 うう……何でも良いから早くしてください。切実な願いを抱いている私を余所に、貴族コンビは急かしたくなるほどマイペースに話を進めていく。

 

「ルイス様、相手はゴブリンですが? あなた様が話を聞いて飛び出したのは獅子の体をもち、鷲の頭と翼で大空を(かけ)るグリフォンでは?」

 

「そうだとも。俺はグリフォンを倒したくてたまらないが、しかし困っている女性を放っておくわけにはいくまい」

 

「なるほど。意気揚々と飛び出したかと思えば、街の近くでウロウロし始めたときは「何も考えずにかっこつけようとしてイキって途中で怖くなったけれど帰るに帰れないチキン野郎」だと思ったのですが……。わたくし、ルイス様のお心に感服いたしました。ええ、本当に」

 

「ふっ……面白いことを言うではないか」

 

 ジトリとバカにするような色が含まれた流し目を男性に向けたメイドさん。それを受けた男性は笑みを溢したあと……全力でいきり立った。

 

「……クビだっ!! お前はクビっ!!」

 

「そ、そんな……!!」

 

 突然の解雇通知にエルフなメイドさんは愕然とする。……表情を変えないまま。あれはピンチだとは一ミリも思ってない顔です。私にはわかります。

 

「ヨヨヨ、わたくしこのまま路頭に迷ってしまうのですね。こんなに美人で有能なわたくしはどこでも目立ちすぎるあまり見初められ、路地裏であんなことやこんなことを……。これも全てわたくしを捨てたルイス様のせい……」

 

 目元に手を持って行った彼女はわざとらしい泣き真似をした後、自尊心たっぷりの呪詛を吐いた。聞く人によっては胃もたれしそうですね。

 

「オイ待て。ここはそんなに治安は悪くないぞ。誤解を招くようなことは言うな」

 

「しかしわたくしはしがない有能なだけの一メイドに過ぎません。あなた様に逆らうようなことはとてもとても……。わかりました。わたくしはお(いとま)させていただきますのでお屋敷にはお一人でお帰り下さいませ」

 

 男性の言葉など丸っきり無視して話し終えたメイドさん。

 顔を上げたメイドさんの目元にはもちろん涙の後などあるはずもなく。しかし貴族の男性の方は顔色を悪くしていた。

 

「……待て、俺を一人で返す気か? 自慢じゃないが俺は道に迷う自信がある!」

 

「本当に自慢ではありませんよ」

 

「お前は主人が困ってもそれで良いのか?」

 

 その言葉にメイドさんは心底不思議そうに首を傾げた。

 

「別に?」

 

 その声色は正真正銘の本音だとわかるもので。男性はすぐに白旗を上げた。

 

「わ、わかった! クビは取り消そう!」

 

 男性の慌てた弁明に、しかしメイドさんも然る者。首を反対に傾げたかと思えば「そう言えば……」と何かを思い出したように人差し指を口元にあてがった。

 

「……ルイス様、この前王都で高級なお菓子を手に入れていましたよね。たしか……予約に三年かかるとか……?」

 

「わ、わかった。それもお前に一つやろう!」

 

「……一つ?」

 

「だあっ!! 全部やるよ! これで良いだろ!?」

 

「……しょうがないですね。それで手を打ちましょう」

 

「……なんてえらそうなヤツだ……!!」

 

 悔しそうな男性にホクホク顔のメイドさん。ここに格付けは完了しました。

 

「いやいつの間にか主従逆転していませんか?」

 

「情けない人だっ……!!」

 

 ちなみにゴブリンは会話の最中メイドさんがナイフでずっといなしていました。

 あの……倒してくれて良いんですよ? それか譲るので帰っても良いですか? ダメ?



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第四十二羽 魔剣

皆様メリークリスマス! ちょっと遅いかな? ともかく良い一日を!


 

「待たせたな」

 

 マントを無駄に翻してゴブリンに歩みを進める男性に一日千秋の恨みを込めた視線を送る。早くして……!!

 得意げな表情を崩さない男性に対し、視線をメイドさん固定しているゴブリン。会話の最中はずっとメイドさんがゴブリンを押さえていたので、男性は眼中にないようです。

 

「そう怖がるな。すぐに終わらせてやるさ」

 

 しかし男性はそれを都合良く捉えたようです。鞘から抜き放った剣をゴブリンへを向け、すでに勝利が見えているような余裕そうな表情。私には綺麗なお花畑が見えてきました。

 

「この魔剣〈烈日(れつじつ)(とが)〉でな!」

 

「魔剣!?」

 

「し、知っているのですか。ミルさん」

 

「うん、魔剣はとっても珍しい凄い武器なんだよ。世の中に数えるほどしかなくて、それぞれに凄い機能が秘められているんだって!」

 

 人差し指を立てて凄い凄いと熱弁するミルはかわいらしいですね、と現実逃避気味に和む。

 

「それだけじゃなくて凄い危険性故にあまり使われることもないんだって。もしかしたら凄い人なのかも……!!」

 

 いや、それはないのでは? 立ち振る舞いから私はそう思ったものの口には出すことはありませんでした。もしかしたら本当にすごい人の可能性もありますし……。

 

「行くぞ。悪鬼め、覚悟しろ!」

 

 大きく振りかぶった剣を携え、男性は力強く前に進む。

 

 かくして勝負は一瞬で着いた。

 

 

 

 

  ―――ゴブリンの勝利で。

 

 

 

「い、痛い!? ヤメテ!?」

 

「ギギィ!!」

 

 メイドさんに翻弄されていたストレスを吐き出すように棍棒をやたらめったらに振り回すゴブリン。男性は地面に蹲って亀のように体を丸めている。

 

「これは酷い」

 

 大層な魔剣もゴブリンが振るう棍棒に弾き飛ばされて地面に転がっている。

 

「あの……ルイス様? なんのご冗談ですか、ゴブリンなどに負けるだなんて」

 

「ちょ!? 見てないでタスケテ!?」

 

「マジでございますか……」

 

 心なしかエルフメイドさんも引いている。軽やかなステップで近づいたメイドさんはロングスカートから覗くきれいな脚でゴブリンを簡単に蹴り飛ばした。

 

「……特に強くはございませんね」

 

 飲み込めない事実をメイドさんがかみ砕いている間に男性はカサカサと地面を這って離れ、魔剣の場所へをたどり着いていた。剣を拾ってヨロヨロと立ち上がると、最初に見た豪華さから大分ボロッちくなったマントを翻して剣を正面で垂直に立てて構える。

 

「ふふ、なかなかやるな。今のは少々危なかったぞ」

 

「負けましたよね」

 

「うるさいぞ外野! 今から本気出すんだよ!」

 

「……えぇ」

 

「本気出せない人の典型例みたいな台詞だね」

 

 ぼそりと溢したミル。貴女なかなか辛辣ですね……。

 

「これが俺の魔剣の本気だ……!! 〈烈日(れつじつ)(とが)起動(ブート)開始!」

 

 言うや否や剣身の根元に付属していた装飾が半分に割れ、カシャンと音を出して倒れると巨大な鍔のように広がった。次いで電子音のような声が聞こえてくる。

 

「『解放コードを入力してください』」

 

「これは……?」

 

「《地に満ち、空に伸び、海に差せ》」

 

 男性の言葉に呼応するように巨大な剣の鍔がクルクルと回転していく。

 

「《光なき闇を引き裂く陽の鼓動》……」

 

 魔剣が持ち手の魔力を吸い上げ、鍔の回転速度が増していく。横に広がった鍔から魔力の光が立ち上り、回転する度に魔力がスパークする。

 鍔が回転する度に魔力が剣身に絡みつき、巨大な剣身を形成していく。感じる力は明らかに男性が持っている魔力よりも圧倒的に多い。魔力を増幅している……? いえ、これは……。

 

「魔素をエネルギーに変換して剣に集めている……!?」

 

「魔素って……なに?」

 

「魔素とは空気中に漂っている魔力の元です。それをあの魔剣は形状化した魔力と回転機構で絡め取って回収、エネルギ-に変換している様ですね」

 

「魔力の元……。それでこんなにすごい力を……。その魔素をたくさん取り込めば強い魔力が使えるの?」

 

「いえ、魔素は同時に毒でもあります。多く取り込みすぎると魔力に変換できずに体を壊してしまいますし、魔素が溜りすぎている場所に長時間居ると死んでしまうこともあるほどです。だからあれは道具として生み出されたのでしょうね……」

 

「……そうなんだ」

 

 私達がそんな話をしている間にも着実に魔力の充填は進んでいく。

 

「《()()(とばり)(はし)曙光(しょこう)の兆しなり》……!!」

 

 それにしても……と男性が構える剣に視線を送る。そこにはなんかもうすごいエネルギーをまき散らす魔力の奔流が形成されていた。

 

「《果てなき贖罪(しょくざい)の一助とせよ》……!!」

 

「感じる魔力、明らかにゴブリンには過剰では……?」

 

「これじゃお腹いっぱいどころか……お腹はち切れちゃうね」

 

「不穏なこと言わないでくれませんか???」

 

 なんで目を逸らすんですか?

 

「食らえ……! 我が魔剣の一撃……!! 」

 

 あ、どうやら準備が整ったみたいです。

 

「《烈日(れっか)》……!!」

 

 天にまで立ち上る魔剣の光が上空に掲げられ、集約された破壊の力がゴブリンに向けて振りかざされる。

 

 ―――――――――ヒュルルルルゥゥ。

 

「うん?」

 

 なにか……飛んできている?

 

「《破―――ぶっふゥウ!?」

 

 しかしそこに突然の横槍(インターセプト)。「ドッゴオォォォオオ!!!」と男性は地面に顔面からすごい勢いでめり込んで、剣を振り下ろすことはできなかった。魔力を保持されたままの魔剣が、倒れた男性の肘を支柱に悲しげに揺れている。

 

「ルイス様ァ!?」

 

 ()しものメイドさんも突然の出来事に取り乱している。なにせ上空から飛んできたなにかが男性の後頭部にものすごい速度で激突したのですから。

 ……痛そう。彼、生きてますかね?

 

「きゅきゅ~!」

 

「―――♪ ―――♪」

 

 男性の頭上でポヨポヨしている物体と、その周りをクルクル回る小さな人影には見覚えがあります。最初に絡んできたスライムさんとフーちゃんですね。なんというか……ピンポイントに現れましたね。場所もタイミングも。

 

 不幸な衝突事故で死者が発生した「殺さないであげて?」とはつゆ知らず、スライムさんとフーちゃんは再び風に乗って楽しげに飛んでいきました。きっとこのまましばらく無邪気に楽しい時間を過ごすのでしょうね。

 

 あの……この惨状はどうすれば?

 

 男性を助け起こすべきだとは思いつつも、お腹の痛みに耐えかねて足を動かすのをためらっていると肘を支点にプラプラと揺れていた魔剣が遂に力尽きたように倒れるのが見えました。未だ魔力を保持したまま。

 

「「「あ」」」

 

 轟音とともに解放された魔力は斬撃を天を割るほどに拡大し、余波をまき散らしつつ暴威を振るいながら地面を削りひたすら邁進。遠くに見える山脈を切り裂いて見えなくなった。

 とんでもない威力ですね。下手したらこれ巻き込まれる人がいるんじゃないですか。……これをゴブリン相手に使おうとしたのですか? しかも……と視線を向けた先には、私たちと同じように破壊跡を見つめ、怯えるゴブリンが。

 およそキルスコアゼロ。風に揺られて倒れた魔剣は目的対象を討伐することはできずにその役目を終えたのです。おかわいそうに……。

 

 ―――――――――ヒュルルルルゥゥ。

 

「うん?」

 

 なにか……落ちてきている?

 

「ギッ!?」

 

「「「あ」」」

 

 ドシンと重たい音を立てて何かが落下して、立ち尽くしていたゴブリンを押しつぶした。カエルが潰れるような音を最後にその場には静寂が広がる。

 落下してきた物体を信じられないと見つめていたミルはその静寂を破るように声を絞り出した。

 

「あれって……グリフォン?」

 

「……ええ。獅子の体を持ち、鷲の顔と翼をもつ存在が他にいないのなら……そうなるでしょうね」

 

「つまりこの人は……気絶した状態で偶然グリフォンを倒した上に、それを落とすことでゴブリンを倒したってこと?」

 

「……ええ、見る限りそうでしょうね」

 

「もしかして……本当にすごい人……?」

 

「それは……ないでしょう……」

 

「だよねー」

 

 すごくはないけど、何かを持ってはいそうな男性に複雑な視線を向けていると、メイドさんがハッとして倒れたままの男性の側に寄ると深いお辞儀をした。

 

「お邪魔いたしました。グリフォン討伐ミッションとゴブリンの討伐お手伝いは完了いたしましたので、わたくしどもはこれで失礼いたします。では」

 

「オゴゴゴゴゴゴ!?」

 

 言うや否や男性の脚を持ったままピューッと引きずって帰っていった。……持ち方。それでいいのですかメイドさん。

 

「帰りましょうか……」

 

「……うん」

 

 なんだか色々疲れました。

 

 その後、何事もなく街にたどり着くことができ、乙女の尊厳も守り切ることが出来たとだけは言っておきましょう。

 

 ただ、後日わかったのですが予想だにしない問題が発生していました。それは……

 

「ねえ、あの娘って……」

 

「ん、どれ? ……ああ、ゴブリンとスライムにボロ負けしたって噂の……。一時期はジャシン教の幹部を一人で抑えていたって噂だったけど……」

 

「しょせん噂は噂よねぇ……」

 

 あの日の出来事を誰か見ていたのか、尾ひれがついた噂話が冒険者ギルドで広がっていたのです。そのおかげで私がジャシン教のテロ行為の時に暴れ回った話は鎮火された様なのですが……代わりに今みみたいな噂が広がってしまいました。確かに私に才能はありませんが、さすがにスライムとゴブリンにボロ負けしたと言われるのはちょっと、いやかなり不服です。いや、でもあの日は自己管理を失敗して苦戦してしまいましたが……。

 それを再び認識するとズンと頭が重くなる。

 

「前日は役に立たず済みませんでした……」

 

「お、落ち込まないで!? 大丈夫だから! つ、次! 一緒に頑張ろう!!」

 

「はい……スライム以下の微力で良ければ……」

 

「わあ!? もっと落ち込んだ!? 気にしないで! あたしはメルが強いってちゃんと知ってるからね!?」

 

「次は迷惑をかける前に頑張って自力で消えますね……」

 

「ネガティブに前向き!? ほら立ち直って!」

 

「うぼぁー」

 

 ミルは甲斐甲斐しくこのかわいい少女に世話を焼きながら思った。

 この少女は大人びているようで、少々危なっかしい面があるのだと。今回はメルの力になれたんだから、もっと助けられるようになろうと決意を新たにして。

 

 

 

「あ、そうだ。メル」

 

「はい、なんですか?」

 

「ちょっと近接戦闘の手ほどきをして欲しいんだ。ほら、昨日は近づかれて苦戦しちゃったし」

 

「なるほど。いいですよ。私の戦い方で良ければ」




次回予告

昔々のとある前世。
チーターの獣人に転生した主人公は、幼い頃に自分を拾ったという師匠と一緒に過ごして、はや十年が経った。ある日神妙な顔をした師匠に呼び出されてたと思えば衝撃の言葉を告げられる。

師匠「お前破門な」
主人公「!!?!?!??」

次回『獣人ノ刻 その1』

お楽しみに!


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第??羽 獣ノ刻 その1

 

魂源輪廻(ウロボロス)』という能力が自分のなかにあると知ってしばらく。私は再び転生していました。

 

 今の私は十歳と少し。チーターの獣人としてこの世界に生をうけました。この世界での獣人の容姿は良くあるもので、人の姿をベースとして動物の要素を掛け合わせた様な姿となっています。私は頭の上には猫耳が乗っていて、腰当たりからは尻尾が伸びています。髪と体毛は橙色で、髪は腰当たりまで伸びていて少し長めでしょうか。

 

 今は人里離れた小屋に保護者代わりの師匠と一緒に住んでいます。両親はもう居ません。師匠が言うには、赤ちゃんの頃に捨てられていた私を、偶然拾ってそれから育ててくれているそうです。

 

 私の師匠は猿の獣人です。人間と比べて力も強く身軽で、おまけに頭もすこぶる良いので特別な技術を幾つも持っています。そんな師匠は控えめに見てもかなり強く、私が動ける様になってからはいつも鍛えて貰っています。

 

 なのですが……今日は何だか様子がおかしいですね。いつもなら修行を始めている時間なのに師匠の部屋に呼び出されてしまいました。どうしたのでしょうか?

 

「師匠? 入りますよ」

 

「ああ、いいぞ」

 

 ノックをして確認を取った後、扉を開けて部屋に入れば師匠はいつになく神妙な顔をしていました。今でこそ落ち着いていますが、若い頃はさぞやんちゃをしていそうなお爺さんの顔です。

 今は体がこちらを向いているので見えませんが、経っている姿を目にすれば揺れる長い尻尾が見えるでしょう。

 

 師匠は人と同じ形をした耳に逆立つ房毛(ふさげ)が生えているのが特徴ですね。初めは焦げ茶色だったんですが、ここ最近ではすっかり白くなってしまいました。もう六十歳近いですからね……。

 

「昨日のことを……よく考えてみたんだ……」

 

「あ、はい」

 

 昨日のこと……? そう言われても特に修行の記憶しかないですけど……。

 

「それで結論を出した」

 

 そう言った師匠の目はあり得ない生ものを見るような目で。

 

「お前……今日で破門な」

 

「!!?!?!??」

 

 そんな突然の宣言に私は思わず目を白黒させてしまった。

 

「な、なんでですか? 私が何かをしてしまいましたか!?」

 

「いや、したというか……出来なかったんだが……」

 

「出来なかった……。あ、アレのことですか!? ですがあんなのちょっとしたお遊びだと言っていたじゃないですか!」

 

「いやワシもお遊びだとは言った。だがな? 獣人ならお遊びで出来ることだからだ」

 

 眉間を押さえ、大きく息を吐いた師匠が頭痛を抑えるように言葉を続ける。

 

「いやな? ワシもまさかとは思ったぞ? なにせ初めてお前が槍を振るったときの光景は今でも鮮明に思い出せる。天才だと。ワシの期待に答えられる子だとそう思った」

 

「なら……!!」

 

 しかしだ、と心を落ち着ける様にもう一度息を吐いた師匠は椅子に深く腰掛け直した。

 

「あれからお前は一向に強くならん。ワシが教えた体術はまともに習熟出来んし、魔術もてんでダメ。魔法が苦手な獣人用にワシが生み出した魔術がだぞ? 要領が良ければ(よわい)三つの子でも使えるぞ?」

 

「……う゛」

 

「それどころかお前は何もない所で転ぶし、小指をいろんな物の角にぶつけまくるし、皿を洗えばちょくちょく割るし、そそっかしいし、ほとんどのことに要領悪いし、なんか気づいたら槍を転がして遊んでるし、街できれいなお姉ちゃんに声をかけたら邪魔をするし、酒を飲んでると取り上げるし」

 

「最後らへんのは残当では?」

 

「だまらっしゃい!!」

 

 ……えぇ……。

 

「ワシもまさかとは思った。人間ならともかく、獣人であるお前が、とな? だが疑念は日に日に強くなり、遂に昨日確かめてしまった訳だ」

 

「何なんですか! 結局理由は!?」

 

「……ともかくだ!! お前は才能ないから破門!」

 

「そんなこと言わないでくださいよ! 私強くなりたいんです!」

 

「ならん!! 無理!!」

 

「頑張ります!!」

 

「うるさいバカ弟子!!」

 

「なんですかクソ師匠!!」

 

「なんだとおっちょこちょいが!!」

 

「このスケベジジイ!!」

 

「ちんちくりん!!」

 

「発展途上です!!」

 

「それ以上育たんわ!!」

 

「デリカシーないですよ!! それにそんなこと師匠に分からないでしょう!!」

 

「わかるわバカモンが!! ……ええい!! そこまで言うのなら昨日のやって見せい!!」

 

「いいですよやってやりますよ!! 目玉こぼれ落ちるくらいしっかり見ててくださいよ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。怒りに身を任せ師匠の言葉を承諾する。

 こんなの簡単ですよ! 昨日はたまたま出来なかっただけです!

 

 鋭くなった目つきの師匠に背を向けて、意気込み強く右脚を前に出し、地面に着く前に宙で止める。そこで左脚をちょいちょいと……うん? 上手くいかないですね。ケンケンしている見たいになってしまいました。思い通りになる前にバランスを崩して右脚を地面に着いてしまう。仕方がないので今度はと左脚を前に出して……あれ? どうするんでしたっけ? なんだかこんがらがって……わわ! 脚が絡まった……!!

 

「あいた!?」

 

 ……昨日みたいに転けてしまいました。頭を振って痛みを飛ばし、座り込んで師匠を見上げた。

 

「うーん……案外難しいですね、スキップって」

 

「うん、ものすごい運動音痴だから破門!!!!!!!!! 無理!! 終わり!!」

 

「なんでですか!!」

 

「当たり前だ!! バカ弟子がァ!!! 獣人で運動音痴が居るかァ!!!!」

 




【悲報】 主人公、非才の身に加え運動音痴が判明。

すみません。しばらく忙しいので三月辺りまで結構な頻度で更新が止まるかもしれません。ご容赦くださいませ……。


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156話


 あけましておめでとうございます。今年も拙作と主人公をよろしくお願いします。あ、ついでに作者も。





 

「そ、そこまで言わなくても良いじゃないですか!!」

 

 師匠のあまりの言いぐさに憤慨していると、こいつ全く分かってないといわんばかりにやれやれと首を振った。ものすごく腹立ちますね……。

 

「良いか? ワシはお前を拾うまでに数多の獣人に関する様々な事を調査していた時期がある。その中で運動音痴の獣人は存在しなかった。一人もだ」

 

「そ、そんなこと……」

 

「あるんだ」

 

 私の言葉を切って断言した師匠の顔は確信に満ちていた。

 師匠は普段だらしない面が目立つ人です。その代わりと言ってはなんですが、戦いの技術に関しては群を抜くレベルで高ですし、大事なところで不義理を働くことはありません。そんな彼が言っているのですから、覆りようのない何かがあるのでしょう。

 

「いいか。我々獣人には獣の本能の力が宿っている。その力は目には見えないが常に我々獣人に働き、影響を与えている。だからワシはその力を調べ、さらに引き出すように研究と修練を重ねてきた。お前はその本能の力が弱いばかりか、寧ろあり得ないレベルで発揮されていない。体を扱い切れていないのだ」

 

 師匠の言葉が私の心に突き刺さる。

 ……それは私が転生した獣人だから? それとも単に才能がないだけ? いえ、その両方でしょうか……。転生をする私が異物なのでしょうか……。

 しかもと師匠は言葉を続ける。

 

「お前の種族はなんだ?」

 

「獣人のチーターです……」

 

「その特徴は?」

 

「高い瞬発力と動体視力、柔軟性を備えています」

 

「うむ、それは素晴らしい点だ。素早さは獣人でも群を抜いているし、目も悪くない。受け身も上手く、怪我もしにくい。……それで、弱点の方は?」

 

「……スタミナが致命的にありません」

 

「うむ、全力で戦うと一分かからずバテるな。修行に使う時間も相応。休憩をなんども差し込まねばならん。まともに修行は出来ん」

 

 師匠の言うとおり、修行に割り当てられる時間が前世と比べて激減しています。スタミナがすぐに尽きて動けなくなってしまうのです。

 もちろんスタミナの訓練はしています。確かにスタミナの量はジワジワ成長している……はずなのですが、訓練した分瞬発力が強化され、同時に消費スタミナが上がってしまってイタチごっこ。活動時間は全く増えません。

 

「チーターの獣人のポテンシャルは確かに高い。だがその代わりにチーターの獣人が戦いで大成する事は稀だ。なにせ訓練にかけられる時間が他に比べて極端に短い」

 

「……それは」

 

「そこに加えてお前の運動音痴だ。普通の師では鍛えることなど出来んだろう。破門も(むべ)なるかな。当然のことよ」

 

「…………」

 

 目を瞑って腕を組んだ師匠に私はなにも言い返すことは出来ませんでした。

 

 師匠の判断はまあ……当然なのではないでしょうか。こんな役立たずを十年も側に置いて世話まで見てくれたのです。才能もない私はきっと邪魔でしかなかった。破門されても仕方がないのです。

 これ以上彼の側に居ても迷惑になってしまいます。邪魔にならないように静かに消えましょう。私は一人でも大丈夫。これまで生きてきた記憶がありますから。

 今までありがとうございました……。今までの十年、思い出される師匠との記憶を締め出して。

 部屋を出た私は最後に閉じかけた扉の隙間から師匠を、もう一度だけ見つめてそっと扉を閉めた。

 

 

 一人しか居なくなった部屋に再び声が響く。

 

「うむ、……まあ今言ったのは”普通の師”の話。ワシはもちろん格別の師だ。お前が運動音痴ならそれはそれでプランならある」

 

「お前がそれでもと望むなら破門は取りやめてやっても良い。他者よりは時間も根気も必要になる茨の道だ。進む覚悟はあるか? 代わりにと言ってはなんだが……酒を飲むのと街できれいなお姉ちゃんに声をかけるのを止めるでないぞ?」

 

「……まあ……少し言い過ぎたかもな。ワシはそれだけお前に期待を……ん? バカ弟子? どこ行った?」

 

 

 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

 

 

「はあ……! はあ……!!」

 

 走って走ってひたすらに走り続ける。小屋を出た私は、気づけば槍一本だけを掴んで当てもなく駆けだしていた。

 自分にもっと才能があればとか、師匠の期待に応えられなかったこととか。そんな嫌な思いを振り払うようにひたすらに走り続ける。

 

 スタミナはなくてもスピードは高い。直線でなら師匠にも負けません。周りを見ず、何も考えずに走り続けて、気づけば深い森の中。空も見えず、右も左も分かりません。

 

 乱れてしまった息を整えながら辺りを見渡した。

 

「はあ……! はあ……! ここは……?」

 

 迷ってしまったのでしょうか。

 

 いえ、とかぶりを振って苦笑を溢す。

 

 行く当ても帰る場所もないのです。ゴールが無いのならば、ここがどこだか分からずとも迷ってないのと変わりません。次いで、湧き上がってくる感情に唇を引き結ぶ事で蓋をする。

 大丈夫。私は大丈夫だから。

 

 ただ一つ、持ち出した槍を握り直し、一歩踏み出した所で周辺に地響きが起きた。それは断続的に発生していて、まるで足音のよう。

 

「まさかここは西の森ですか……?」

 

 私が住んでいた所は人里離れた場所ですが、少し離れた場所にある西の森には誰も近寄りません。なぜなら危険だから。

 

 そこまで考えて思わず冷や汗が流れる。予想が正しいならこの地響きは……。

 

 巨木をなぎ倒し、さらに巨大な影が姿を現した。

 

「森の……ヌシ」

 

 全てが筋肉で出来ているのではないかと見(まご)うほどの強靱な四肢、脚に備えられた鋭利な爪。それに支えられた巨体は黒い体毛で覆われている。頭部には全てを刺し貫くが如く二本の鋭利な大角が生えていて。一目で本能が警鐘を鳴らすような危険な存在。

 それが私を見下ろしていた。



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