レベリング厨、虐待として通報される (柳カエル)
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レベリング厨、虐待として通報される

 強いポケモントレーナーになるのが夢だった。


 

 

 

「ちょっと、通報があったんですがねぇ……おたくがポケモンを虐待しているトレーナーで間違いない?」

「ええっ!? 誤解ですっ!?」

 

 このトレーナーで間違いない、と警察官の中では確定事項のようだ。

 困ったことになったと容疑をかけられたトレーナーは頭を搔く。

 なにを隠そう、ポケモンがボロボロになっても戦わせるこの虐待トレーナーは、転生者であった。ゲームという媒体でポケモンを知っていて、強くてニューゲームであると意気込んでいた。

 

「はぁ。でもねぇ。どう見てもねぇ。おたくのポケモンさん、弱ってるでしょ? それにねぇ。誤魔化さそうとしても無駄、無駄。ポケモンセンターに寄る回数が異常だって、通報受けてるんですよ」

 

 それだって、ゲームでは何往復しようが問題はなかった。一度だって、瀕死の状態にさせたことはない。瀕死になるまで戦わせるのはかわいそうだから、瀕死にならないように必死に戦わせた。

 

「しかもねぇ。育て屋さんからも、通報があってねぇ。タマゴから生まれたポケモンが行方不明になってるって……。おかしいですよねぇ。タマゴから生まれたポケモン、どこにやったんですか?」

 

 ゲームでは、いくら逃がしてもお咎めはなかった。いつまで経っても完璧な子供を生まない親が悪い。捨てたんじゃない。逃がしたんだ。それでも優秀なポケモンが野に放たれるんだから、嬉しいだろう。

 

「そういうの、困るんですよねぇ。せめて、公共の機関に相談してくれないと……。しかも、あなた。もう大人ですよねぇ」

 

 前世では……まだ子供の内に入るはずだ。年齢のことまで言及される覚えはない。そういう大人こそ、ポケモンバトルで年下に負けることを恥じるべきだ。

 

「はぁ……。とりあえず、話は署で聞かせていただきますから。逃げないでくださいね」

 

 逃げる理由がない。最強のポケモントレーナーがこんな警察官に負けるわけがないのだから。

 

「あ。今回は、チャンピオンにもご協力いただいてますので、逃げない方があなたのためですよ?」

 

 ゲームでは友好的だったはず。念願のポケモンバトルをした後になぜあんなに口撃されたのか、今でも分からない。負け犬の遠吠えだと聞き流したはずだった。

 なんであんなに言われなくてはいけないのか。それらが頭を悩ませていた。自分は特別で。生まれながらの勝者で。みじめな気持ちにさせられるのはおかしい。

 警察官から話の続きを聞きたくないのに、地につけた足は立ち止まっていた。

 

「あなた、チャンピオンからこう言われたそうですね。『ポケモンバトルをゲームと勘違いしている子供』だと」

 

 だって……ポケモンは──

 

 この世界は──

 

 

 

 

「ゲームじゃないんですか?」




 子供の夢を壊したのは他でもない自分自身だった。


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後日談

 ポケモンが進化しただけで嬉しかった。


『……深夜一時通報がありました、ポケモンを虐待していた容疑で△△歳のトレーナーが逮捕されました。容疑者は「やっていない」と容疑を否認しており……』

 

 ニュースキャスターの口から、次々と残虐な手口が公表されていく。誰がどう見ても「やっている」と答えるだろう。

 テレビを眺めている自身もその一人だ。

 

 昔なら、ここまで赤裸々に暴かれることはなかった。

 

 ()なら、それぐらい誰でも()()()()()し、こっそりとみんな()()()()()。今回の大捕物に協力した英雄だって怪しい。

 強いトレーナーほど、白とは言い切れなくなる。

 

 いつからか、強いトレーナーは憧れから批判の的に変わっていた。ポケモンにバトルを押し付けていることから、目を背けて。

 

 

 

 

 

 日付が変わって、虐待のニュースが香ばしくなってきた。コメンテーターも生き生きとしだす。

 

『瀕死になるギリギリまで戦わせるなんてありえません! 普通なら、もっと余裕を持って戦わせるはずです!』

 

 そう言っていたコメンテーターはいつかの番組で、ポケモンの対戦で惨敗して、手持ちポケモンを全員瀕死に追い込んでいた。降参することはプライドが許さなかったのだろう。

 

『うーん。もしかしたら、そのトレーナーにも事情があったのでは……?』

 

 もう一人は容疑者を擁護すると見せかけて、家庭環境や出生を好き放題暴露し始める。暴露した自身は職業と出身校しか明かしていないというのに。

 埒が明かないと更にもう一人はインタビューのVTRを流した。

 

『〇〇がそんなことするはずない! あいつは誤解されやすいだけなんだ! あいつはすごいんだ! だから、逮捕することだけはやめてください!』

 

 容疑者として逮捕されたトレーナーは意外と人望に恵まれていた。強いトレーナーに囲まれて、強くなっていったことが伺える。

 ただ、そのトレーナーの周りにいた人間は全員、()()だった。大人からは忌避され、子供からは慕われる。そんな若者だった。

 それを証明するかのように、インタビューされた大人はみな『何度も忠告した』と答えた。

 

 その誰もがポケモンバトルをしたことがあった。

 ポケモン同士で戦わせる残酷さを知らずに。

 

 勝ち負けを気にしない時期があった。

 負けることが許せなくなって。

 

 どんなポケモンでも愛しかった。

 見た目と能力が全てになってしまった。

 

 

 

 

 

 そんな子供時代を過ごした大人たちは、やがてポケモン勝負から手を引いた。ポケモンを持っていても育てない。それが彼らの選択、愛だった。

 

 育てるということは、勝ちにこだわるということ。それはつまり……エゴである。

 

 だから、彼らのポケモンは弱い。子供に負けるほど弱い。何度負けても戦い方を変えない。変えられない。時の止まってしまったポケモンたち。

 

 彼らに勝負を挑むのはかつての自分。負けると分かっていても逃げないのが、唯一残されたプライドであり。

 

 唯一残された、償いの手段(アイのカタチ)であった──




 強くなりたかっただけなのに。


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脱獄犯

 

 

 

 

 

「んん……実に惜しい人材を亡くした……いや。今からでも手に入るか。素晴らしい……我が同志が。臆病な人間共とは上手くやっていけなくても、我々となら上手くやっていけそうだな」

 

 真っ赤な「R」を背景に、オールバックの男性が黒革のソファに腰掛けた。彼の目に映るのは下らないことばかり騒ぐテレビ。

 

「チャンピオンを(くだ)した以上、実力も申し分ない。その野心も。幼稚さも。欲しいぞ……このトレーナーが」

 

 彼にとって子供とは厄介この上なかった。天敵なのだ。単純でサカキ率いるロケット団を悪の組織だと決めつける。

 悪の組織について、特に弁明はない。しかし、商売を邪魔されることだけは我慢ならなかった。この虐待トレーナーに恩を売り、まずは用心棒として悪の道に引きずり込んでやれば上手くいく。

 そう。後先考えずどんどん成長していく子供をこちら側につければ。天敵も恐れるに足らず。

 サカキにはそのような確信があった。

 

 成長を止めた大人では、大した戦力にならないのだ。サカキだって全て分かって雇っている。切りやすいヤドンの尻尾はいくらあっても困らない。

 

「脱獄の準備が必要だな……」

 

 堕落した転生者の前に垂らされた蜘蛛の糸は──

 毒蜘蛛の糸だった。

 

 

 

 

 

 

 こんなはずではなかった。そんなつもりではなかった。懺悔(ざんげ)してももう遅い。

 虐待として通報されたトレーナーは苦楽を共にしたポケモンたちと引き離され、留置場──檻の中で孤独感を味わっていた。

 救いは掃除が行き届いていることだろうか。

 ポケモンは強い。トレーナーは弱い。法律と倫理の前では無力でしかない。

 当たり前のことにどうして気づかなかったのだろうか。歳の近いトレーナーたちは笑って許してくれていた。大人たちは……誰一人笑っていなかった。

 

 いつも冷たい目でこちらを見ていた。懐かしむような目で。蔑むような目で。

 今までどんな目で見られてきたのか。一人一人の目を思い出していた、その時。

 

 声がした──

 全てを諦めた大人の声が。

 

『私なら助けられる。そんな所は似合わない。君にはもっとふさわしい場所がある。君の居場所は()()じゃない。私の元に来るといい』

 

 監視カメラ越しに目が合った気がした。正体不明のスピーカーからはノイズ混じりで甘い言葉がにじり寄ってくる。声の通り薄々、勘づいてはいた。その言葉を待っていた。もっと早く見つけて欲しかった。

 

『ポケモン勝負を続けたいんだろう? そう。君はもう子供じゃない。自分のポケモンを勝たせるためではなく、自分()勝つために、ポケモン勝負を続けてるんだ。そこに最早ポケモンの意思など関係ない』

 

 転生者の理解者が現れた瞬間だった。

 

「ああ……」

 

 やっと深淵が覗き返してくれたのだ。

 

『ポケモンは道具だ。誰がなんと言おうと道具だ。我々のために存在するのだ。どう扱おうが我々の勝手だ』

「そうだ……」

『君は一度社会に負けた。それがなんだ。そこからまたやり直せばいいだけだ』

「また……」

 

 目の前が真っ暗になって、ポケモンセンターに駆け込んだ時のように。ようやく元気になったポケモンと前を向いたあの時のように。

 

『情けは捨てろ。真の悪人になる時とは、ポケモン勝負に負けた時だ。私は誰もが認める悪党だ。だから、私は負けなくてはいけない。そう求められているからさ。意味が分かるか? 大人になれば、いつか分かる日が来る』

 

 子供でもない、大人でもない中途半端なポケモントレーナー。男の言う通り、トレーナーはまだ悪人でも善人でもなかった。

 男はこのトレーナーを悪人として育てようとしている。それを分かった上で真の悪党に焦がれた。

 

『……とは言ったものの。強制しているわけではない。私の手を取るかどうかは君が決めるべきだ。君自身の意思で選んでこそ、意味がある。どうだ? 今ならまだやり直せるぞ』

 

 子供の時は毛嫌いしていた悪の親玉。正義感に駆られた若かりし頃。今はもう──

 

 悪の組織を倒す意味が分からなかった。好きにすればいい。放っておけばいい。被害に遭うのはポケモンだけだ。もうトレーナーのポケモンは──否、努力の証は取り上げられてしまった。どっちが悪なんだ。

 

「やります。……行きます。あなたの元へ」

 

 

 

 光を失った子供の瞳を直視したサカキは思わず、悪寒に体を震わせた。

 

「この子供……。もしかしたら、私の上を行くかもしれない……。恐ろしい……なんて恐ろしいガキがいたものだ」

 

 マイクから離れて洩らした声を拾う者はいない。

 

「ククク……。子供とはなんて単純で純粋な生き物なのだろうか。まるでポケモンだな。しかし……」

 

 サカキの頭に伝説ポケモンがよぎる。

 

「コントロールを間違えれば、地獄に真っ逆さま……」

 

 絨毯が汚れることなど気にせず、傾けたワイングラスから赤い液体がこぼれ落ちる。ゆっくり染みていく赤ワイン。

 

「ふはは……!! そうでなければ、世界征服など夢のまた夢よ! 私は諦めない……笑われようが……。全てのポケモンは私の物だ!」

 

 ガラス張りの高層ビルから夜景を見下ろすサカキ。サカキはワイングラスを月と重なるように掲げた。

 歪にねじ曲がる三日月。

 

 それは──

 歪んだ子供の夢のようであった。




 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。機会があればまたよろしくお願いします。


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