英雄兵士監禁物語 (木偶人形)
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師匠からの監禁

フラグ処理をミスった英雄の末路


 戦っている。

 俺が槍を振るい巨大な二足の化け物と戦っている。

 二足の化け物は反則的で時間を操作して俺の周りの空間に遅くなる空間や早くなる空間、時が止まる空間やらやりたい放題やってくる。

 視界の端に、一緒に戦う兵士が見える。

 精鋭だと一目で分かるその洗練された動きは時間が操作された空間を見抜き一瞬で化け物に肉薄する。

 振り上げた剣が化け物に当たる直前にその動きが止まる。時間を止められたのだと端から見ていた俺には理解できた。

 時間の止められた兵士の瞳が、いや意識が、確かにこちらを見ていた。

 分かってる。兵士はわざと時間を止められている。

 化け物の意識が兵士に向かっているこの一瞬を作り出すために。

 

 化け物の腕が時間の止められた兵士の体を粉砕した。

 化け物は即座に周囲に意識を向けようとする。

 

 俺は既に槍を放ち終えていた。

 

 

 ▼

 

 

 俺は手枷足枷首枷+αを嵌められて自由を封じられた状態で地下室に監禁を食らっていた。

 

 えっ、なんで? 

 

 俺は確かあの化け物……時狂邪神を討ち果たし故郷へ帰ってきた筈だ。

 ただ足止めを期待されただけの決死隊である俺達が帰ってきた事に国は大盛り上がりだった。

 

 歓喜と絶叫半々で。

 

 どうやら倒した、ということは既に伝わっていたらしい。

 大体100年前に。

 

 そう、100年前である。

 俺の記憶では戦っていたのは大体一ヶ月程度だ。時間感覚が曖昧で交代で戦ってたからかなりあやふやだが大きく外れてはない筈。

 精鋭100人の対時間操作装備を身につけた俺達はその後に控える英雄だけで組まれた本隊が準備を整えるまでの足止め、そして情報収集が主な役割だった。

 

 必ず死ぬと分かっていたので家族に別れを告げて覚悟を決めた俺達は少しずつ王都に進行する時狂邪神に立ちふさがった。

 

 思ったよりやばくて一瞬で二割の兵士が消し飛ばされたり、あっこれ英雄本隊にぶつけたら何も出来ず三割死ぬな、と理解してしまったばかりに俺らは伝令に三人送るだけで全員で足止め度外視で殺しにかかった。

 殺すには数が必要だと確信したからだ。

 それに……三割に俺の愛した師匠が居たのだ。仕方のない事だった。

 

 ちなみに師匠に俺が決死隊に入っていることは秘密にしてあった。

 多分止められるだろうなぁ、とおぼろ気ながらにも確信したからだ。そうなれば決心が揺らいでしまう。

 

 いや、だからなのだろうか。

 今俺がこうして拘束され、監禁されているのは。

 

 何を隠そう俺を監禁したのは師匠である。

 一瞬で意識を刈り取られたから断言は出来ないがおそらくは師匠だ。

 

 俺達決死隊の生き残り総員5人が帰ってきた後、現在の王へと謁見を許された。

 俺達5人は現在の王ガイディストンへと謁見。その際現在の重鎮を一目見る機会があったのだ。

 

 そこに居た。

 師匠が、居た。

 100年前と変わらぬ姿で、そこに立っていた。

 師匠は長命種だった。精人というらしい。

 後に聞かされて初めて知った。

 

 まぁ、それは置いておこう。重要なのはその時の師匠の目だ。

 こう、何というか……敬愛する方へ向ける言葉ではないが……こう、濁って……粘度と熱量が高かった。

 

 初めて見る師匠の一面にびびりながらも謁見は終了。

 独断で足止めから討伐に切り替えるという命令違反だったがそれも邪神討伐の功績で相殺、それどころか相殺しても有り余るということで向こう50年は働かないで済むくらいの権利と金を手に入れたのだ。

 

 そして、その夜。一度実家に戻ろうと支度をしている途中に……という経緯である。

 

 何だ、何がいけなかったのか。

 あれか? 伝令役に私用と理解しつつも師匠への伝言を頼んだのがいけなかったのか? 

 それとも決死隊が邪神と遭遇するくらいのタイミングで届くようになっていた手紙が原因か!? 

 

 しかし、しかしだ……俺は師匠に監禁されるような恨みをかった記憶はない。

 今上げたどれかが琴線に触れたのなら仕方無いが……100年たった今でも蒸し返されるような事ではない、とは思う。

 

 壊れないかなぁ~無理かなぁ~

 腕や足に力を込めて枷を引っ張ってみるがびくともしない。ただの鉄枷くらいなら軋みを上げるくらいはするのだが……この枷は一体何製なのだろうか。

 魔法を使おうにも魔力が拡散されまともに形にならないし……ていうか今更ながら俺上半身裸じゃねぇか道理で肌寒いわ! 

 

 四苦八苦する俺の耳に足音が届く。

 どうやら俺をこの場所に監禁したご本人様……というか師匠のお出ましだ。

 

「久しぶり、いえ先程ぶりですね。ユート……覚えていますか? 私ですよ、メロディアです」

 

 ユートっていうのは俺の名前。

 しかしですね師匠、と声を出そうとしたら出なかった。

 あっ、そっかぁ! 俺今口もふさがれてるんだった! 

 声がでないものは仕方無いのでんー! んー! と唸り声を上げて返事をする。

 鎖をとけー! 解放しろー! というか師匠の名前を忘れるわけ無いでしょ……どうしてそんなことを聞くのか。

 

「そうですね、忘れるわけありません。私もあなたの事をずっと覚えていました。一時足りとも忘れたことはありません」

 

 おぉ……それは、何というか普通に嬉しい。

 師匠には俺の他にも何人か弟子が居たしな、しかも魔法が不出来で槍を持った俺とは違う純粋な魔法使いの弟子が。

 それなのに一弟子に過ぎない俺の事を忘れないで居てくれたのは感動だ。

 俺は拉致監禁の目にあっているのに感動で目が潤むのを感じた。

 

「えぇ、忘れた事はありません。あなたが消え、決死隊として邪神と戦っていると聞かされたあの時も、邪神が消えても決死隊が誰一人として見付からなかったあの時も、一年が経ち国が復興し始めた時も、三年が経ち他の者に笑顔が溢れた時も、十年が経ち他の国へ客将として復興に手を尽くせと命じられた時も、二十年が経ち復興の目処が立ち暇をいただき邪神が消えた周辺で死んだように過ごしていた時も───」

 

 ん? 流れ変わったな。

 涙は引っ込んで何か薄ら寒いものを感じる……まだ冬じゃない筈だが。

 

「───五十年が経ち最後の弟子が死んだ時も、八十年が経ち死んだように生き惰性だけが残ったあの時も……百年が経ち、決死隊が帰ったと聞き、一抹の希望に掛けて国王を脅して無理矢理謁見に参加した時も」

 

 一歩一歩ゆっくりと師匠が近付いてくる。

 背筋に冷たいものを感じるが声も出せず動けない俺は唸り声をあげることしか出来ない。

 えぇ、何があったの……

 さらっと言ってるけど国王様脅したの? マジ? あの厳格で公平な師匠が? 嘘でしょ? 

 俺は全力で全身を蓑虫の様に動かして脱出を図るがカシャンカシャンとむなしく音を立てるだけで無意味な抵抗と終わった。

 

 ししょ──! これ解いてー!! 聞きたいこと山程なんですけど──!! あっ、やっぱ無しそんな光の灯ってない瞳でこっちを見ながら近付いてこないで!? 今まで希にしか見たことの無いくらいの優しい表情も相まって信じられないくらい恐怖を感じる。そして恐怖と共に俺は安心感と虚脱感を……やべぇこれなんか魔法掛けられて……っ! 

 

「気付きますか、あの時のあなたでは気付ける筈の無いのですが」

 

 そりゃあ一ヶ月も何かが間違えたら即死の地獄に身をやつせば色んなものに敏感になりますよ。魔法や魔力の気配が感じ取れなかったら歩くだけで右手と右腕が時間の差異でちぎれ飛ぶような空間だったのだ。

 いやそれよりも誰か来てくれ──っ! 殺され……はしないと思うが何をされるか分からなすぎてそれが逆に怖すぎる! 

 アカイーー! ヤメドォー!! 後の二人は使い物にならなさそうだからいいや。助けてぇぇーー! 

 俺は心の中で頼れる戦友にテレパシーを送る。当然そんな魔法は元から使えもしないので助けは来なかった。

 

「おとなしくしなさい」

 

 師匠が俺の胸に手を当てる。

 小さく、精人故の冷たい手だ。

 そして、そこから何かを流し込まれる。

 魔力? 多分魔力だ、それも俺の体内に存在する魔力に干渉しないように……いや違うわめっちゃ干渉してきてるわヤバイヤバイ意識が飛ぶマズイマズイ! 

 

「やはり属性が変わっている……邪神の影響、異界での長期間の戦闘故?」

 

 えっ属性変わってるの? 

 血液型が変わりました! みたいなレベルの衝撃的事実をほんのり聞かされた俺はしかし全身を縛られた挙げ句魔法まで封印されているのでどうしようもなく全身を駆け巡る魔力に抵抗できずに意識が飛んだ。ぐぇっ!




白目剥いて気絶した……


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監禁生活(自覚無し)

 目を覚ました。

 だが視界は真っ暗闇だ。手枷足枷首枷+αに更に目隠しが追加されたぜ。

 どれくらい気絶していた? 属性魔力の拒絶反応なら大体一、二時間程度だろうけど確信が持てない。

 

「目を覚ましましたか」

 

 おおっと

 意識が戻ってから一切微動だにしていないのに何でバレた。呼吸か? そんな寝起きの一瞬だけしか乱れて無い筈だがじっと監視でもされてたのか? 

 問い質したいが俺には言葉という人間の誰しもが持ち得る便利ツールを使うことができなかった。

 必死に全身を使った蓑虫の運動で師匠へのメッセージを送る。

 

「分かっています、何故あなたが拘束されているのかを聞きたいのですね?」

 

 はい、とは声に出せないので首を縦にふる。

 

「治療ですよ、あなた達五人は長期間世界の理すら違う異界に居たのですから何かしらの異常が有って当然。あなたの他の四人も今頃治療を受けている筈です」

 

 成る程、それならいくらかは納得できる。

 異界というのは異常空間だ。物理法則すら違うことすらままあるし、漂う属性値は異常値を常に叩き出している等基本である。

 そんな場所に1日でも何の対策も無しに居続ければ簡単に汚染される。汚染されればその内……良くて死ぬ、悪くて……人間を止める事になるだろう。

 俺達は浄化装備を配備されていたが一ヶ月となれば何処か破損し汚染されていてもおかしくない。事実俺の属性値が変わっていたみたいだしな。

 

 だから……俺の元の属性値を知っていた師匠のが俺の治療をするのは分かる。

 100年前の時点であらゆる魔法、魔術知識に精通していた師匠がやってくれるのだからこれ程頼もしいことはない。

 拘束された理由もそれなら何となく理解した。治療中に俺が汚染変異し理性を無くす可能性が有るからだ。邪神討伐以前に汚染され尽くし末期となった者が同じように拘束されていた。

 目隠しと猿ぐつわはわからん。俺の知ってる限りではそんなの使っているのは見た事も聞いた事もない。

 

 俺の耳にほんの少しの木々が軋む音、地面な鳴る音が届く。

 椅子から立ち上がる音? そして歩く足音? 

 そして……布の擦れるような、音? 

 

「治療、そう治療です。なのでこれから起きる事であなたには出来るだけ抵抗しないようにお願いできますか?」

 

 疑問に思う俺の露出した腹部にまたも冷たい手が添えられる。今度は両手だ。

 ひんやりと冷たいその感触に身をよじらせてしまうとピクリとその手が一度止まった。

 一瞬の硬直の後、意を決したかのように肌を撫で始める。

 俺の肌の上を滑るように動かされたその手はゆっくりと背中に回される。……ん? 背中? 

 そう疑問に感じたのも束の間、今度は腹部に冷たく、肌触りの良い感触を感じた。

 明らかに手ではない、しかし布でもない、人の肌だ。

 困惑する俺の耳にどこか熱っぽい吐息と思わず漏れたと思われる声が届く。

 

「んっ、はぁ……あたたかい…………」

 

 ヤバい。さっきとはまた違う意味でヤバい。

 今どういう状況か想像が付くだけにかなりヤバい。ヤバいしか語彙が出てこない。あっ、エロいがあったわ。

 いやふざけてる場合じゃねぇ!! 

 

 簡単に状況を説明しよう! (錯乱)

 今! 俺は全身を拘束され、上半身裸の状態で(たぶん)ベッドの上で寝かされている。

 その状態、師匠が両手を俺の背中に回されていて声が出る場所、頭部と思われるものが今俺の耳の近くにある。

 そして、極めつけは腹部に感じる柔らかくてすべすべな明らかに布じゃない皮膚の感触。冷たくてひんやりしている事から精人である師匠のものだと推測できるだろう。ていうか音からしてこの部屋には俺と師匠しか居ないと思われる。

 更に、だ先程聞こえた布の擦れるような音……あれは……止めておこう、これ以上考えると既にギリギリの水面で踏ん張っているナニカが爆発する。ボッッ!! って(最低)

 

「いいですか、気持ち悪さを感じるでしょうがしばらく……我慢しなさい。先程、あなたの体内でっ……あなたの持つ霊魂とは違う別の属性霊魂が見付かりました」

 

 嘘でしょ!? 

 

「このままではあなたは……数年の時間をかけて属性霊魂に侵食され、時の属性精霊と変異し自我を失うでしょう」

 

 属性精霊はただの現象と同じだ。生物ですらない、事実上の死を意味する。

 しかし、属性霊魂……何故だ? 幾らか傷を負ったりはしたが直撃なんて貰った記憶はない。食らったら霧散して死ぬし。

 けどなぁ、気になるのは他の4人だ。多分同じように侵食されているだろう。

 まぁ師匠が俺のに気付いたのだ、先程の報酬もあるし治療はされるだろうし気にすることではないか……? 

 肌の触れた箇所からじんわりじんわりと広がる魔力を感じる……前回のような拒絶反応は無い。どちらかというと師匠が流す魔力が俺の魔力の波長に合わせているような、そんな感覚。おそらくこれが治療なのだろうか。

 

「ですのであなたにはこの場所で私に治療されなさい。それに……段階が進めば嫌悪も薄れるでしょう……そうなれば枷を一つ一つ外していきましょうか」

 

 えっ俺しばらくこのままなの? 

 飯やトイレはどうすれば……

 

「私が面倒を見ます、全て」

 

 えっ、男の治療師とかは……? 

 

「大丈夫、安心しなさい。あなたは私が護ります。私だけがあなたを護ります。もうあなたを失うような事は、無い」

 

 せ、説得を……ダメだ口を封じられている。

 何とか許された範囲で体を動かして抗議する。世話になった師匠に下の世話までされるとかどんな拷問? 

 せめて猿ぐつわくらいは外してくれても良いんじゃ無いですかねー!? こんな縛られてたら何もできないんですし、会話! 会話をしませんかー!? 

 

「あぁ、抗議したいのですね。でも……今のあなたと会話する勇気が私にはありません」

 

 どういうことだ……? 

 情報が足りないのか俺が何か見落としているのか師匠の言葉が理解できねぇ! 

 何で俺と会話するだけで勇気がいるんだ、勇気がいるのは無断独断で勝手に死ににいった挙げ句生き延びてしまった俺の方では? 

 最後に会ったときにちょっと喧嘩してしまったから手紙でそこら辺を謝ったりしたからなぁ……二度と会えないと思ったから真剣に書いたし、面と向かってじゃ言えなかった事も書いたし。今思えば羞恥で死にそう……誰か殺して……

 

「魔力の波長が落ち着きましたね……諦めましたか? どちらにせよ私には都合が良い、ゆっくりと丹念に染め上げましょう」

 

 色々言っていたが流石に師匠一人、という訳じゃないだろう。

 他の人が来たらせめて猿ぐつわだけは外して欲しいと頼もう。

 そうだ……これはそれまでの辛抱……あれ…………何か、いしき……が…………

 急激に襲い来る眠気に耐えられず、俺は意識を手放した。




この建物この精人しか居ないんですけど


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人工精霊

 大地を照らす太陽の光が燦々と降りそそぎ、体を焼き付ける。

 

 あれ、なにしてたんだけっけ? 

 

「───、───!」

 

 ぼやけた視界が鮮明になっていく。

 

 確か……そう、師匠から受けた課題を達成したから報告に来たんだ。

 

「────! ────!?」

 

 いやぁ、それにしても人工精霊の作成とか気が狂う難易度だった。精霊に干渉するのが得意で経験を積んでなければ絶対に無理だった。

 いや普通に失敗して暴走させたりして惨事になったけどまぁヤメドが犠牲になっただけで済んだしノーカン。今度奢れば許してくれるだろ。

 人工精霊ていうのは普通の精霊と違い属性値や方向性とも言うべき形質を調整された存在だ。言うなればカスタマイズされた専用の精霊と言うわけだ。一から触媒を元に空間を染め上げて作り上げたり、元ある精霊を掛け合わせて望んだ形になるまで合成を繰り返したりしたんだが……アカイがメガテン、悪魔とか言っていたが何だったんだ? アカイは良く訳の分からない言葉を発する。それ含めても稀有な価値観と実力の持ち主だからなぁ、よく近衛見習いまで上り詰めたものだと感心する。そこからが本当の地獄だけどな。

 ということで俺は隣に居た親友のベルモンド君の肩に腕を回して初めての人工精霊作成の苦労を語った。

 

「いや今の今まで呼び掛けてたのを無視してたのに良くそんな行きなり喋れるな!?」

 

 いやぁ、悪かった。意識がぼおっとしてたんだ。今も何か頭がぼぉっとしてるし何なら夢見心地だが問題はねぇ、クッソ程暑いし何処か飲みに行こうぜ。

 

「行かねえよ。誰がこんな真っ昼間から酒を飲むんだよ。ていうか呼んだ理由ってマジでそれだけか? 帰って良い? いやまてその前に一発殴らせろ」

 

 何だよ暴力的だなぁ。暴力はいけねぇよ、言葉で解決しよう。会話は人間さんが産み出した最強の非暴力ツールだぜ? 時に暴力よりもえげつない破壊をもたらすけどな。

 俺は暴力のむなしさをベルモンド君にこんこんと説いた。

 いやしかしあっちいな……こんな中全身金属鎧で平和を守る衛兵さんには頭が上がらないぜ。

 

「いやもう起こる気力も失せたわ。というかお前も全力戦闘の際は全身鎧だろ」

 

 結局それが一番強いんだよなぁ。

 人間にはない固くて強靭な外皮の役割に重さと来たら殴るだけで恐ろしい凶器と化す。全身鈍器だ。

 炎天下のせいかイライラし始めたベルモンドを日の当たらない裏通りへ案内する。

 人通りが少なく比較的涼しい。ちょっと汚れている事を覗けばそこそこ有用な会話場所だ。

 ところでベルモンド、俺を見て何か気付かないか? 

 

「大変だ、顔に当たる部分にアホヅラが張り付いてる」

 

 誰がアホヅラだしばくぞ。

 俺は言うが早いか奇声を上げて殴りかかっていた。しばいた! なら使っていい。

 だがそれを予見していたベルモンドはヒラリと身をかわして反撃の拳を俺の腹に叩き込む。

 ぐぅっ……やるじゃねぇか……だがこいつはどうかな!? 

 体を折り曲げて腹を抱え苦しむフリからの高速の裏拳……完全に虚を付いた一撃、さしのヤツも……なにィ!? 居ない……!? 何処だ! このプレッシャー、上か!? 

 気付けても体が反応しても間に合うかは別で俺は飛び蹴りを受けて吹き飛んだ。ぬわーー! 

 

「あっ、やべ」

 

 へへっ、イイもん食らっちまったぜ。だけどな、この程度の蹴りでは俺に膝を付かせる何て無理だったようだな。

 俺は生まれたての子鹿のような足で気張って見せた。

 くそ、視界がぶれる。仕方ない予定とは違うがここでお披露目といこうじゃないか。

 

「すまんな、昔のノリでやっちまったわ……って何だ、おまえそれ……」

 

 ベルモンドが俺を、正確には俺の背後を指差す。

 そこには俺が作り上げた人工精霊の姿があった。

 作りたて故、姿こそ不確定で揺らめいた焔のように瞬いているが性能は既にある程度は完成している。

 全身が魔力に包まれて治療が始まる。痛みが引いていき、視界のぶれが収まっていく。人工精霊に指示を出して使わせたクソザコ回復魔法だ。

 さぁ、紹介しようじゃないか! こいつが俺の人工精霊第一号! その名は───! 

 

 俺は背後を見る。

 ゆらゆらと世界に馴染んでいないかのように光ったり消えたりの明滅を繰り返しているその人工精霊を見つめ……世界にノイズが走った。

 世界が止まる。音が消える。今まで()()()()()()()()感覚が無くなっていく。

 その目を覚ます様な感覚の中、一瞬だけ人工精霊の姿が人の形を取った。

 それは俺がよく知っている姿……ベルモンドに初めて人工精霊を紹介してから2年後に安定した姿。思えば10年来の付き合いか。

 

 ノイズが走る。

 世界が色を取り戻し始める。

 俺の意識は再び闇に包まれる。

 

 ▽

 

「ユート?」

 

 あれ? ……おっと意識が飛んでたか。目の前で首をかしげる師匠の姿がある。

 ベルモンドに人工精霊を紹介してからその足でそのまま師匠に報告に来た俺は忙しい師匠に時間を作って貰って今からお披露目と言うわけだ。

 ベルモンドはやりすぎたと言って別に要求したわけではないが今度一杯奢ってくれることになった。奢って奢られる……永遠と回り続ける無限回廊、これが輪廻か。

 

「さて、あなたの人工精霊は何処にいるのですか? 見当たりませんし魔力も感じない。まさか出来ませんでした、と言う為だけに私の貴重な時間を浪費させた訳ではないでしょう」

 

 師匠は口ではこう言うが実際それ程怒っていない。この前酒の席で弟子と話すの楽しいとか、必要以上に怖がられる事に対してどうすればいいのでしょうとかをぶちまけていた。

 なお師匠は一定以上に酒を飲むと記憶が飛ぶらしくその時の事は覚えていないようだった。その飲みの次の日、多分口封じに殺されるんだろうなぁ、と死刑囚の気持ちで師匠に会いに行ったら何事も無かったように頭痛薬片手に研究していたからな。体調を伺ったら何の事か分からないような反応されたので俺は試されているのかと心底恐怖を感じたものだ。

 

 ともあれ師匠が忙しい事には変わり無いので俺が作った人工精霊の説明を始める。

 精霊というのは属性魔力の塊である。属性霊魂という核とも言うべき存在に意識という方向性を与えられたのが大精霊または中精霊となる。

 俺が作った人工精霊は属性霊魂を持たない。正確にあるがそれは俺と共にある。

 

「それはどういう……?」

 

 つまり、こう言うことだ。

 俺の体から先程のように人工精霊を()()()()

 俺の背中から精霊と呼ぶに相応しい属性魔力の塊が出現した。

 

「……は?」

 

 俺は師匠にこの人工精霊を説明した。

 属性霊魂を持たず、霊魂を破壊される心配が無くなった変わりに多少の結合崩壊、つまりそこそこの火力で殴られた場合で形が保てなくなる。変わりに何度でも復活が可能であり、視界の共有が出来る。順当に成長すれば音も共有できるかもしれない。

 ただ、後述する理由から既存の人工精霊よりも属性値をかなり押さえられているために使える魔法、精霊術で大技は使えない。出来て初級、階級で十から七級までとなる。

 そしてこの人工精霊唯一とも言うべき特徴として主である俺と全く同じ属性比率をしているということ。理論は後程資料に纏めて師匠に提出しますが、この人工精霊は作った主の力量にそのまま依存し、普段は主の体の中で待機状態になり、有事の際に呼び出されると体から分離して活動する。

 待機状態では主と全く同じ比率で融合していると言っても過言ではないので魔力探知にも掛からない。

 そこまで言いきってから俺はやり遂げた感満載で師匠にドヤ顔する。

 正直ヤバイもんを作り上げた感は否めないが全く知らない出自の怪しい知識を出してくれたアカイや実験に付き合ってくれたヤメドに他にも沢山の協力があって完成したので後悔はない。

 

「これは……いや、本当に……しかし……」

 

 師匠は困惑した様子で人工精霊の観察と考察、この新技術が及ぼす影響を考えている。

 正直すみませんでした。

 

「…………ふぅ、ユート」

 

 はい。

 

「これの名前は何というんです」

 

 この人工精霊の名前はピア、と言います。

 技術の名前は色々ありましたが「鏡影術(ミラージュ)」と名付けました。

 精霊術の様ですが全く違うかな? と思い、こちらの方がしっくり来たので。

 

「では「鏡影術(ミラージュ)」、これをみだりに広めたり使うことを禁じます。資料も全てとは言いませんが出来るだけ提出しなさい」

 

 それは……いや、仕方ないか。作った時思ったが悪用のやり様がありすぎる。

 いや、師匠は口には出さないが俺程度に作れた、というのが問題か。

 

「ホントに……大変な事をしてくれたものです。仕事がひとつ増えました」

 

 すみません。

 俺は深く頭を下げた。

 俺はベルモンドにこの術を見せたがそれはこう言うものが存在するぞと言う警告を含んでいた。

 俺程度の技術で作れる人工精霊の鏡影術(ミラージュ)を他の誰かが作っていないとは限らない。ベルモンドは誰にも言わないだろうが……対策を練ることはしてくれる筈だ。

 

「ですが……」

 

 頭を下げ続ける俺の頭にぽん、と優しく師匠の手を乗せられた。そしてゆっくりと撫でられる。

 

「よく頑張りました、大変だったでしょう? 何かお祝いをしなければなりませんね」

 

 えっと、いいのでしょうか。

 

「何故です? あなたは私が与えた課題を見事突破しました。少々予想外な代物でしたが、この新技術は期待していたラインを大きく越えた素晴らしいものです。……それに」

 

 師匠が俺の頭を撫でる手を止める。

 俺が頭を上げると、師匠は優しく、愛しい我が子を見つめるような瞳で言葉を続けた。

 

「謝らなくてはならないのは私の方です。私があなたに与えたこの課題は、本来もう何年か知識と経験を積んでから行う物です。故に完全な成功は期待していませんでした。ですが、あなたはそんな私の予想を越えた。ならば褒める事はあってもいさめるような事はしません。私の理念に従い褒美を取らせないといけません。内容は……そうですね、ユートあなたが考えておいてください。出来る限りとなりますが善処しましょう」

 

 師匠は今度は両手を俺の頬に当てて、微笑む。

 

「あなたがここに来て10年、最初の頃は簡単な魔法すらおぼつかなかったあなたの成長ぶりを我が事のように嬉しく思います。もう一度伝えさせてください。───よく頑張りましたね、ユート」

 

 俺は言葉を返そうとして

 ───世界にノイズが走る。

 

 ……あれ? 何を言おうとしたんだっけ。

 いや、違うな()()()()()()()()()? 

 

 ふと視線を動かして、部屋の窓の外を見る。

 目があった。さっき同じ、人工精霊ピアが人形になった姿。

 だがそれ以上が分からない。どんな姿をしているのか、どんな服装なのか、どんな表情をしているのか。

 ていうか何でこんなところに俺は居るんだ? 俺は確か、確か……思い出そうと苦戦する俺に向けられていた人工精霊ピアの目が閉じられた。

 

 世界は暗く染まる。




懐かしい、けど起きないとね


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光から闇

 うわまぶし!? 

 久し振りの光で目が焼かれる……って目隠しが外されたのか。

 それにしても変な……変な、ゆめ? 

 あれ? どんな夢だっけか。昔の夢だったよな? 

 まぁいいか。所詮夢は夢だしな。

 体の調子は……うん、良いだろう。手枷足枷首枷はそのままだが眠ってしまっている間に服は着させられた様だ。ちゃんと上半身裸じゃない。やったぜ。

 

()()()()()()が着させてくれたのだろうか、いや流石に雑用の治療師だよな? 

 何だ……? 今思考に違和感があったような……? 

 まぁいいか、魔力同調でやり過ぎれば洗脳の真似事も出来るらしいがメロディア様がそんな事もする筈無い。していたとしても何か理由があって仕方なくだろう。

 それにその事に対して気にしていられない事情が出来た。

 そう、人間ならば必ず逃げられない生理現象。そろそろ来るかなぁとは思っていたがもしかしたら来ないかもと希望を抱いていた時期もあった。

 そう、その事情とは……

 

 ───便所行きてぇ(絶望)

 

 声が出せない、自分で動けない、誰も居ない。

 漏らした終わる……いや、漏らす事に関しては初めてではないからそこまで羞恥や躊躇いは感じない、戦闘中漏らしたヤツを見たことあるし俺も経験あるし……だが、居るか分からないが雑用の治療師よりも先にメロディア様が来てしまった場合多分俺は情けなさで死ぬだろう。つーかもう殺せ。

 気合いを出せば1日ぐらい排出しなくても問題ない様には出来るには出来るが……やりたくない。普通に辛い。日常で漏らすのと戦場で漏らすのはやはり精神的な負担が桁違いだ。後者は仕方ないか、と割り切れもするが前者は普通に不甲斐なさとかで感情が滅茶苦茶になる。心が折れるわ。

 念のため周囲に視線をやっても用を足す様の壺やそれに類ずる物は見えない。

 焦りが生まれるのを感じる。どうにかして排泄を止めるか、便所を探すことを考える。

 考えている間に治療師の方が来てくれる事も期待していたがそんなもの(幸運)はなかった。

 

 脱出を試みるか……? 便所に行って帰ってくるくらいなら許されるんじゃないか? 

 今思えば重篤化するには年単位で時間が掛かるらしいからここまで拘束される謂れはない筈……警戒されてる? 

 メロディア様なら俺が暴走しても簡単に取り押さえられるだろう、だが俺達は邪神を討伐したと言うことで過大評価を受けている可能性がある。倒せたのは倒せたがあれはあの時のメンバーが居て、その上犠牲が多く出る前提で動いた結果だからな。生き残りの5人でもう一度戦っても今度は半日持たないんじゃないか? 

 詳しく説明をした宰相殿とその報告を受けた王様しか詳しい事情は知らない。100年前の兵士の俺らの情報とかも残っていないだろうし、探らせるつもりは無いと王様は言っていた。

 ぽっと出の特記戦力として警戒されている可能性があるのか。治療だとしても長期間の拘束で暴れるかも、という予測もあるかもしれない。

 

 そこまで考えたがめんどくさくなって俺は枷を外しに掛かった。

 俺は排便がしたいんだ。

 師であるメロディア様の前で位見栄を張らせろ。邪神戦の一ヶ月で人間性とか全部削られたに等しいが、だからこそ安全圏に居る間くらいは人間的尊厳を守りたい。

 あれこれ理屈こねてみたが小難しいことはない。

 俺はただひたすらに便を漏らしたくなかった。

 手枷の構造を見る。鍵穴は無い、魔法で施錠解錠が出来るタイプだろう。枷をされた者が魔法を使えなくなるくらいに魔力のという特徴からしても便利なものだ。俺の生きてた100年前には無かったが……予測するに特定の魔力の波か専用の魔法で解錠されるのだろうか? 

 外すのは至難だな、じゃ鎖の方はどうだ? 

 ガチャガチャと揺らしてみるがかなり強度はありそうだ。魔力の方は……? 大部分を拡散されながらも僅かに浸透、これ……いけるな? 

 俺の属性は地属性に少しの幻属性、その他がゴミのように積み重なっている。因みにメロディア様は幻属性が一番高いらしい。

 特徴としては地属性が地面等の操作の他物質の強度をある程度操作できる。メロディア様は物質の密度が何やらと言っていたが俺には理解できなかった。アカイは確か……重さ、重力を操っているとか言っていた。

 ともあれ普通の頑丈な金属、つまり魔力が流れる様な金属ならば干渉が出来る。内側から広げるようなイメージだ。そうすれば何故かでかくなり、強度が落ち脆くなる。そうなれば鎖を引きちぎれる……筈だ。

 

 早速魔力を通すために集中をする。

 ある程度形が出来たところで鎖に魔力を長そうとして、動きを止めた。

 枷は特殊な素材で出来ていたのに何故鎖の方はただの強度が高いだけの鉄なんだ? 俺は集中させていた意識を少しだけ戻す。

 おかしい、俺は地属性……メロディア様はその事を知っている筈だ。ならこうして鎖に干渉する何て思い付かない筈はない。

 俺の魔力操作の技術が想定よりも上回っていた? それとも…………

 何か、何かおかしい。違和感がある。

 まるで鎖を壊される事は想定済みで、それで何かが起きる……違う何かを見極めている? ダメだ、判断が出来ない。

 俺が暴れる、それに対する判断材料? 俺が鎖を破壊して逃げ出そうとすれば誰かが気付く仕組みになっている、または監視されている……理由はどうであれ可能性は高いか。

 そうなった場合、下手すると師匠の立場が危うくなる可能性がある。いや王様脅したとか言っていた時点で今更かもしれんが出来るだけ師匠に迷惑をかけたくない。

 便意は……我慢するか、一先ず誰か来るまでは我慢して、監視付きで良いから連れてって貰おう。気合いで後1日は耐えられるし。辛いが。

 

 俺が魔力を霧散させたとほぼ同時に部屋の唯一である扉が開かれる。

 

「気分は、いかがですか? ユート」

 

 いや喋れないんですが……

 俺は解放された視線と手振りで特に問題はないことを伝える。

 メロディア様の視線が僅かにずれた。鎖を見た……? 

 観察されてる……っ! 

 他にも一通り周囲を見渡したメロディア様はゆっくりと俺と視線を合わせる。

 平常心、平常心だ。俺は悪いことをしていないし、責められる謂れはない。ただ排便したかっただけだし行動には移していない。

 

「ちゃんと大人しくしていた様ですね、これなら外しても大丈夫でしょう」

 

 メロディア様が俺に近寄り、その手を俺の後頭部へと回される。外してくれるらしいので抵抗せずに受け入れる。問題があるとすればちょっと視線を何処に向けたら良いのか困惑するくらいか。目の前にメロディア様の顔がある。

 

「しばらく空けてしまい申し訳ありませんでしたね、ですが雑務を終わらせてきたので今日は1日中一緒に居られますよ」

 

 1日中……? 

 疑問に思いながらもようやく俺の猿ぐつわが外され解放される。流石に長時間付けられていた為、糸を引いてメロディア様の手に持たれる猿ぐつわの役目を果たしていた布は分厚く、頑丈で……何より俺の唾液を幾分か吸い込んでいた。直ぐに床に置かれるか処分されると思っていたのだがメロディア様にそうする気配はない。

 気まずくなった俺は処分するように進言する。

 メ、メロディア様? 付けてた自分が言うのも何ですが汚いので処分するか一旦床に捨てませんか? 

 

「…………そうですね。ではそうしましょう」

 

 メロディア様が魔力を一瞬で布に浸透させたかと思うと次の瞬間布は跡形もなく消えていた。

 ……幻属性によるテレポート? 幻属性にそんな性質があったか? 

 だがそうとしか見えなかった、今聞く程の事ではないし一旦置いておこう。目の前から消えたという事実が大切だ。

 

「私の名前を、覚えていてくれたのですね」

 

 ……? 当然の事を言われて俺は困惑した。

 

「それに……浸透している様ですし、後は時間ですね……」

 

 何かを考え込むメロディア様に俺は一先ず優先度の高い用件を伝える。

 メロディア様、少しの間で構わないので枷を外していただけませんか?

 

「……何故でしょう?」

 

 うっ、目が怖い……こちらの全てから情報を抜き出そうとする目だ。観察されている……

 だが怯んではいられない、俺は排便……もうめんどくさいので言い直すがウンコがしたいのだ。

 俺はその事をメロディア様に伝えた。直接ではなく遠回しに、便所に連れていってくれと。

 メロディア様はそこまで話を聞くと納得した様に頷いた。頭を上げた時には既に先ほどの観察するような目は消えていた。

 その手を俺の片腕に繋がれた枷に向けるメロディア様。どうやら解放してくれるらしい。

 

「……聞かないのですね」

 

 何が? そう言い換えそうとして口をつむぐ。

 先ずは考える、その必要性を感じた。何に対してメロディア様は俺から聞かれると思った? 

 分からないが……素直に聞き返すのは、少し不味いと思った。何故、というのは自分でも分からない、ただ体の内側からそんな思考が沸き上がった。

 ここは無言を貫く。誰が他に監視しているかも分からない。

 ガシャン、という音ともに腕の枷の一つが外れる。体感数時間ぶりに解放された手首を何度か動かして調子を確かめる。

 

「さて、外れました。……もうひとつの腕の枷を外します。動いてはいけませんよ?」

 

 動きませんけど……メロディア様、ここを出てどちらに行けば便所にたどり着くのでしょう? 

 

「それは教えません、そしてこの建物内を歩く時はまた目隠しをして貰います」

 

 では誰か案内役が? 

 俺はようやく一般治療師に会えるのかと期待をした。ともかく気兼ね無く世話になれる存在だからだ。

 しばらく世話になるのだから人となりを知れる程度に会話ぐらいはしておきたい。

 だがそんな必要は無い様で……

 

「勿論私が案内します」

 

 と言うことらしい、どうやらそれ程までに俺は警戒をされている様だ。過剰に過ぎる。

 だが、次の瞬間そんな考察も吹き飛ばされた。

 メロディア様が当然の様な表情と声色を維持しながら恐ろしい事を俺に伝えたのだ。

 

「当然中まで一緒ですよ? 目隠しは外せませんからね……何処か適当な場所に間違えられても困ります」

 

 俺は全力で命乞いをした(それだけは勘弁してください)




ほぼ排便の話だった……


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それは知らない

 尊厳は破壊されました。

 

 結論から入ったところで俺は椅子に座ってメロディア様に渡された日記帳に日記を書いている。机も壁の端っこにちょこんと備え付けられている。

 地獄の3分間を乗り切った後に飛んで来た虫と戯れてた俺にメロディア様が渡したのだ。

 何でも自分の体の変化に関する事、気づいたこと、何をしていたかなどを自己申告制で書き留めるらしい。成程、俺も魔法の実力はともかく知識はあるし精霊術に関しては一端なものだと自負している。

 という事でこの部屋から出ない、という事を条件に鎖から解放されることになった。まぁ、手足を縛られてたら文字なんて書けないから当然だろう。

 あと肉体は健康体なので鍛錬に関する許可ももらった。メロディア様は少し考えこんでいたが俺の体を一通り観察した後、何かをひらめいた様な表情をした後許可をくれた。長い木の棒も貰えたので最低限の槍の鍛錬も出来るだろう。部屋の広さ的には……まぁ素振りは無理か。

 精霊術は諸事情によって現在使えない。故に暇つぶしはメロディア様と会話するが訓練することくらいしかなかった。

 という事で一通り筋トレとアカイに教えてもらったユウサンソ運動とかいうのをやっていたんだが、途中で汗ヤバくね? となり一先ずこうして日記を書いているという訳だ。魔法をバレない様に使うか消臭剤か何か持ってきてもらわねば……

 メロディア様は現在食事を取りに行くと言って席を外している。正直自分にそんな手間を掛けさせているのがものすごく心苦しい。排便? それ以上つつかれると心がひび割れるのでNG。

 日記を書くと言っても書くことが無さすぎるので今上げたことを書くに留まっているんだが……こんなものでいいのか? 

 うんうんと悩む俺の耳に扉の開く音が届く。

 

「ただいま戻りました…おとなしくしていましたか?」

 

 メロディア様だ。

 メロディア様がこの部屋に入るときノックする事や声を掛ける事は無い。普通にドアを開けて普通に入ってくる。遠慮とか俺が中で何をしているとか全く考えていない様に思える……

 運動している時は上半身裸になるしその時に入って来られたら普通に気まずい、のだが……一先ず俺はメロディア様を出迎えた。

 お疲れさまですメロディア様、この扉と壁、音と魔力を一切通さない仕組み何ですよね? 原理は分かりませんがそのせいでいつ帰ってくるか予期も出来ませんでしたよ。

 

「そうですね、不測の事態に備える為に素材から魔術刻印までこだわって仕上げていますから……時間は無限に思えるほどにはありましたので」

 

 不測の事態……? メロディア様は部屋を見渡してまた何かを確認している。

 それにしても不測の事態……額面通りに受け取るんだったら俺が暴走する、精霊堕ちする事、か? 

 答えは出せない。まぁ、急いで出す必要もなさそうなので一旦思考を置いておき、メロディア様に話しかける。

 出来ればですね、見苦しいモノを見せてしまう可能性があるのでノックとか声掛けをしていただければ嬉しいんですが……俺はさりげなくノックの重要性を説いた。

 ちらりとメロディア様を窺う。メロディア様はゆったりと歩を進め俺がさっきまで使っていたベッドに腰を掛ける。さっきから、いやずっと? 俺がここに拘束されてからずっとメロディア様が何かを気にしている。俺にはそれが何か分からない。今の俺では手助けも出来ないだろう、原因が俺かもしれないのだから。

 俺に観られている事はメロディア様も分かっているだろう。気づかれないはずも無い。しかしメロディア様はひどく柔らかい笑みを浮かべながらゆったりとベッドに体を横たえる。

 

「見苦しい? あなたの存在も、成す事全て私は愛おしく思っていますよ? 羽虫は消えてますね

 

 むぅ……そう言われてしまえば何も言い返す事が出来な…いやそんな事は無いな。普通に俺の心情的な問題もあるのでここは引いてもらいたいんだが……しかし妙だな? メロディア様は他人が嫌がる事はしない人だったぞ? この百年で変わったのだと言われればそれまでだが……違和感が―――ん? 俺は今、何を考えていた……? 

 あれぇ? 何だっけか……何か最近ボケてきたよなぁ。いや心当たりと言うか原因は分かってるけど……やっぱり理由が無いしなぁ。

 そんな事よりも、確か……そうだドアのノックだ。遠回しにするよりも直接言った方が良いか? そうしよう。

 メロディア様が気を遣ってくれても俺が恥ずかしいのですよ。鍛えてる自負はありますが恥ずかしながら人に見せる、見せれる様な肉体美は備わらなかった様でして。これがベルモンドの奴やアカイの奴なら話は違うんでしょうけどね。

 その上師とはいえ女性、メロディア様の様な美しい女性に見られるのにはやはり心の準備と言うのは必要でして……

 一旦話を止めて、チラリとメロディア様の様子を伺う。変わらず優しい笑みで俺を見詰めてくれているが……これ話聞いてくれてるのかな? 不安になるがリアクションが無いので続けるしかない。

 これまた俺の勝手な事情なのですが、俺女性とお付き合いした事がないんですよ。もう歳も30近いのにおかしいでしょ? 

 恥ずかしいエピソードで同情を誘うテクニックだ。自爆を諸ともしなかったり、覚悟さえ決まれば使えるが弱点を晒していく諸刃の剣……効果の程は、あった。今まで動かなかったメロディア様が初めて身体を起こした……行けるか? ここでちょっとしたジョークを入れて笑いに変える…っ! 

 まぁ、そう言うこともあってですね、まともに女性に触れたのなんて娼館に行った時ぐら、い……? 

 いつの間にか立ち上がっていたメロディア様が、見たこともない優しい笑みで、見たこともないくらい感情の灯らない瞳で俺を覗き込んでいた。

 は、はは……苦笑いしながら顔を反らそうとした俺を両手で確りと固定し逃げられないようにされる。

 視界の端が歪んでいる。それは幻属性の魔力密度が非常に高くなった時に見られる魔法現象だと、混乱し止まった思考の隅で理解する。

 

「………」

 

 ただ無言で感情の灯らないガラス玉の様な透き通る瞳で俺の目を見詰めるメロディア様。俺は逃げることも出来ずただただメロディア様の言葉を待っていたが我慢できず、何とか一言だけ絞り出す。

 め、メロディア、様? 

 

「…………そうですね、そういうこともあるでしょう。あなたは男で、よく友人達と共に魔物を狩りに行っていました。人間は生命の危機に瀕すると種を残そうとする本能が働き、性欲が高まるらしいですね」

 

 そっ、そうです、ね……

 俺はどうにか言葉を捻り出す事で精一杯だった。唸るような魔力が! 属性は違うが邪神の領域内に近いぐらいの属性値の高まりを感じる……? 

 余計な事を言えば消される……っ!? でもその余計な事が何処に当たるかが分からない。一先ず肉体関連と女性関連、娼館の話は一切口に出さないようにしよう。それ以上に出来ることは……思い付かない。

 だからじっと、じっとメロディア様が何かをするのを待つ。こうして荒ぶる理由は分からないが、訳もなく俺を殺すようなお方ではない。

 どれくらいこうしていただろうか、メロディア様が一度長く瞳を閉じて……開いた時には既に、俺の良く知るメロディア様に戻っていた。

 

「……今はもういいでしょう。すみませんでしたねユート、取り乱しましたよく考えればその上から塗り潰せば問題はありませんね

 

 それは、いいんですけど……

 気にはなるがどうしてそこまで心を乱したのかの理由は聞かない。最悪悪化して今度こそ俺は死ぬだろう。

 メロディア様は一度深呼吸をして、首をかしげた。そして何度かすんすんと鼻で空気を取り込み、俺を見た。

 なんででしょう? 危機を乗りきった筈なのに嫌な予感が止まりませんわ! 

 

「ユート、あなたから少し汗の匂いがしますね……そう言えば身体を拭くものを用意していませんでした。これは私の失態ですね」

 

 そんなことはないと俺は反論する。元はと言えば俺が考え無しに運動を始めたのが原因だ。やるならやると事前に報告し、誰かにタオルか何かを持ってきて貰うようにお願いをすべきだったのだ。

 

「ふふ、そう言う自分に責任を求めるところは変わっていませんね……私の記憶にあるユートのままです」

 

 そりゃあ俺からしたら一ヶ月の話ですからね、大きな転機、刺激になり影響されなかったとは言いませんが根っこはそう簡単に変わりませんよ。

 メロディア様が小さく、花が綻ぶ様に笑い、俺もつられて笑みをこぼす。

 気のせいかもしれない。だが、今ようやく俺達はあの頃に戻れたような気がしていた。

 メロディア様が微笑みながら指先で俺の首筋をなぞりながら口を開く。

 

「そうですね、あなたがいなくなってからの100年。変わってない所の方が多いのですが変わったところもあるんですよ?」

 

 変わったところ? 城下町を少しだけ歩いた限りその様な変化は感じ取れませんでしたが……

 俺は首をかしげる。そう、あんまり変化が起きていない。おそらく壊された町や道路を建て直したり国を立て直したりで発展に使う力が足りてなかったのだろう。変化があまり無かったから俺達は謁見の場、その打ち合わせの時初めて100年の時間が過ぎていたことを知ったのだから。

 

「遠方の国から輸入した技術で作ったテルマエとバルネアという物なのですが……今では大きな町では必ず一つはあるという必需品となっています」

 

 テルマエ? バルネア? 聞いたことがない。遠くの国からか……100年という時間はやはり大きな壁として立ちふさがるようだ。謎知識を多く持つアカイなら何か知っていただろうか。

 

「テルマエは民衆向けで公開されています。その小さいものがバルネアと言い双方身体の汚れを落とし、癒す事に優れています。この場所にも一つ、バルネアがあります」

 

 成る程、そう言うことなら俺はそのバルネアというものに行けば良いのか。

 なら早速向かいたいな、メロディア様に不快な思いはさせたくないし。

 

「えぇ、案内してあげましょう。目隠しをして貰いますが……大丈夫です、道案内から使い方まで全部、教えてあげますからね」

 

 メロディア様の手を煩わすのは忍びないが……これは仕方ないか、メロディア様の代わりに雑用を頼める人材が切に欲しい……

 

 俺は目隠しをされて、メロディア様に連れられるまま、また部屋の外へと歩き出した。




⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン


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のぼせて沈むの

 湯という人肌の温度よりも少し高く設定された温められた水から湯気が立ち上る。

 火の魔法、それを閉じ込めた魔石を使い水を温めているのだとメロディア様は言っていた。

 成る程、これは素晴らしいものだと感心するしかない。水浴びや濡らした布で身体を拭くことで身体の汚れを落として気分がスッキリするのは周知の事実だがこれは格が違う。

 身体の汚れ事態は湯に入る前に専用の魔法薬を身体に塗り、これまた湯で流す事で綺麗になった。正直なところ俺はこの時点で終わりだと思っていてまさかたっぷりと湯が張った場所に体を沈めるとは夢にも思わなかった。

 体が暖まり清潔を保て、リラックスして休めることができる施設なのだろう。

 本来ならば。

 

「湯の加減はいかがですか? 熱くはありませんか?」

 

 メロディア様の声が直ぐ後ろから聞こえる。

 俺は何とか捻り出した声で丁度良いと伝える。

 

「そうですか、それは良かった。私の様な存在は熱などに疎いですからね、人間に丁度良くなるように調節はしましたが……個人差があるようですから」

 

 そ、そうですか……気遣っていただいたおかげか初めてなのに非常に気持ちよく堪能させて貰っています……

 本当に気持ちよくて体が安らぐのだが心は一切安らいでいない。常に緊張状態ドピークを維持していると言っても過言ではないだろう。

 常に心臓と神経はフル稼働している。

 この場に一緒に居ると言ってもメロディア様はちゃんと衣服を着ている。濡れても良い衣服を……というか魔力で構築した疑似衣だ。だが濡れたら透けるし、こんな密室で湯気がたっている場所に長時間居れば水分を含み肌に張り付く。

 俺はメロディア様を尊敬しているし敬愛している。

 だがメロディア様は美しく愛らしいお姿をしておられ、俺のようなカスな男は本能的にそう言う目で見てしまう可能性が否定できない。

 さっき魔力を浸透させて貰った時も危うかったし俺はもう自分が信用できない。メロディア様を一度そう言う目で見てしまえば……なんと言うか、こう死にたくなる。

 というか、だ。何故にメロディア様にこんな事をやらせているのかという疑問が沸々と湧いてくる。雑用の治療師も一回も見付けていない。影や音すら聞いてない。

 あり得ないことだが、そもそもそんな存在は居ない、という可能性も視野にいれないといけないかもしれない。そうなれば何故? という疑問が更に沸き上がる事になるが……

 俺はそれとなく、探るようにメロディア様に話を持ち掛ける。

 このような広さの洗い場、バルネア……浴場と言いましたか。清掃にも一苦労しそうですね。やはり何人か雇い入れたりしているのでしょうか? 

 

「いえ、そんな事はありませんよ。普段は使いませんし……精霊魔法を一つ使えば清掃も整備も問題ありません」

 

 精霊魔法……? 精霊に掃除させているのか……? 

 いや、そっちの考察は置いておこう。問題はそれらしき人材を雇っている、用意している様子がないことだ。匂わせすらしない。

 一度切り口を変えてみるか……俺の勘が本当に誰も居ないよ! と囁いていくるが俺は信じないぞ。国絡み組織絡みじゃなきゃ俺の原状って普通に拘束監禁状態だし……

 俺は何だかぼぅっとしてきた意識の中でそんな風に思う。

 メロディア様の足音が直ぐ側まで近付き、止まったかと思うとちゃぽん、という水音が直ぐ横から聞こえた。

 驚いて思わず視線を向けると、衣をまくり、素足をさらけ出したメロディア様が足だけを湯に付けていた。

 

「……こうしているとあなたが小さかった頃を思い出しますね、あなたが私の元に来たのは8つの時でしたか。よく汚れて帰ってきたあなたを濡らした布で拭いて綺麗にしたものです」

 

 ガキンチョの時の話は勘弁してください。

 引き取られた先の親切なお姉さんがまさかその時代の最高峰の魔法使いって誰が想像できる? 事前情報無しだぞ? いや知ってても遠慮無く世話されてたか。

 

「私も子供を世話したのは初めてでした……大変でしたが、あの日々は本当に……楽しかった」

 

 メロディア様の、ため息混じりの昔を懐かしむその言葉は……気のせいでなければ俺の想像以上の感情が込められていた様に思う。

 

「だからこそ、あなたが消えたあの日は今もずっと忘れられません」

 

 メロディア様……それは……

 

「聞きません、聞きたくありません。今は、まだ」

 

 弱々しく、震えている。メロディア様の声に俺は何も言えなくなってしまう。俺は有象無象畜生どもには強気に出れるがメロディア様には頭が上がらないんだ。

 それに、こんな弱々しいメロディア様は見たことがない。魔力、魔法については研磨されているかもしれないが……今のメロディア様は非常に繊細で、脆く見えた。

 勘違いでなければ……その精神が、酷く磨耗していて危うく感じる。まるでそう、自殺志願者一歩手前の様な……いや流石に穿ち過ぎか。ただの想像にしても失礼すぎる。

 だが脆く見えたのは確かだ。治療が終わったとしてもしばらくはメロディア様の近くに居ることにしよう。勿論メロディア様が許してくれたらの話、だが。

 この100年で新しく導入された技術も気になる。異国から移入されたのがテルマエ、バルネアだけと言うこともないだろう。新技術、知識は心が踊る。

 残り短い人生だ、何をしても悔いの残らないようにしないとな。

 俺は天井を見上げるように顔を上げる。

 頭が熱せられて深く考えることができない……頭を回しすぎたか? 思えば戦いの後帰ってきてからあんまり休めてなかったような気がする。

 この感じ……覚えがあるんだが何処でだっけか? 熱、熱さ、暑さ……そうだ、火山近くまで行って長時間居た時と似てる……やばくね?

 俺は急いで立ち上がろうとするがふらついた頭では難しくてしりもちをついた。

 

「あら、のぼせてしまいましたか?」

 

 のぼせ、というのがこれなのならばそういうことだろう。熱射病というのに似ているが……メロディア様の態度からして良くあることなのだろうか。

 

「そうですね、体が弱い子や初めて入る子は多いですね。しばらく涼しい場所で水分を取って休むと治ります」

 

 成る程、俺は長時間浸かりすぎたみたいだ。

 早く出て涼む事にしよう。

 ふらついた足取りで大事なところだけは隠しながら出口を目指す。

 

「手伝いましょうか?」

 

 勘弁してください……

 

 俺は意地と気合いで何とか体を拭き上げ、衣服を纏う。手枷足枷がビックリするくらい邪魔だったが何とか着衣に成功。目隠しされながらもどうにか部屋に辿り着くも……そこで力尽きた。メロディア様に申し訳無いが少しだけ時間が欲しいと伝える。

 

「良いのですよ、一度休みましょう」

 

 メロディア様に促されるまま横になる。

 ぼぅっとした意識の中冷たい感触と共に視界が真っ暗になった。火照る身体にひんやりとした感触が心地好い。

 

「そう言って貰えるとこの身体も良いものと思えてしまいますね」

 

 ……? 今の発言に違和感があったがそれを特定できない。意識が段々と闇に沈んでいく。

 優しく頭を撫でられる、気持ちが良い、頭を撫でられたのは何時ぶりだろう……もう俺も良い年だし、当然だがそんな機会は皆無だ。有ってもそれはそれで恐いが。

 ……意識が微睡む。

 

「眠りなさい、食事はその時で良いでしょう」

 

 …………眠い。

 数分か、数秒か、時間の感覚が無くなっていく。

 

「眠りましたか……」

 

 遠く、音だけが聞こえる。

 意識の落ちる瞬間の水の中をふわふわと漂う感覚の中で、垂れ流される様に、音が、じんわりと流れ込む。

 

「私はあなたを愛してる 恨んでる、置いていったことについては許します 赦さない。責任を取ってずっと 永遠に、死ぬまで 死んでも、共に二人 だけ で在り続けましょう」

 

 ──────

 

あなたはもう、私のもの、掴んで、離さない

 

 滲んで、沈んで、落ちた。




よく眠るようになったね。何かあったのかな


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ゆめ うつつ

 まだ日が高い昼下がり、魔導の塔と呼ばれるこの国の魔法使いが日々研究に勤しむこの施設の最上階。そこに作られたテラスで俺とメロディア様は午後のティータイムを楽しんでいた。

 何故そんなところで、と思われるかもしれないがこの魔導の塔の仕組み的に上にいけばいく程に施設が整っており、国に貢献した魔法使いはそこに個室を与えられる。まぁ、研究室だな。武器を持って日々体を鍛える戦士とは違い、魔法使いは文学の分野でもある。勿論フィールドワークとして各地に赴いたり、研究の一環で実験として外で魔物と戦ったりはするが基本はペンと紙を使って理論立てた研究だ。

 そこで話は戻るのだが、より上位の魔法使いになれば研究するのにも機材などの都合でスペースが必要になる。時間も掛かり、丸1日……いや何日もそこで過ごすことも頻繁に起きうる。たがらこそ有能で貴重な魔法使いには集中して研究して貰おうと何代も前の王がこの施設を用立てた。最初は不便だったらしいがな? そらそうだ、上に行く程より良い設備を~って施設や何やらがかさ張ってどうやって持ち込めってんだ。そこで最初の賢者様が考え出したのが昇降機っていう自動で上に登る事の出来る乗り物だ。これおかげでクッソ重い実験器具や素材についでに人をいとも簡単に運ぶ事が出来るようになったんだ。正直な感想で言わせて貰うと……この発明が無かったらこの施設早々に廃棄されてたんじゃねぇかな? 

 とまぁ、そんな施設の最上階は一フロア丸ごと所有物のような扱いになる。ようなっていうか完全にその通り何だけど。

 勿論だが俺にそんな力はない。()()()()()()()()()()()()()()たった今も自力は早々上がらない。俺の実力だと下の方で他の魔法使いと一緒に団子になって研究しているだろう。というか普段はそっちだし。人工精霊の作成だけは隠して進めたが……普通俺等のような下級の魔法使いの研究て言うのは隠してやるようなもんじゃない。そんなもん先人がとうに通り抜けた道をなぞっているのが基本だ。かく言う俺も人工精霊の作成は友人の協力無くしては取っ掛かりすら掴めたか怪しい。

 と、色々くっちゃべって説明文を立て並べてみたが俺が何でこんなところでメロディア様とお茶しているかの説明には一切なってないだろう。

 ということで簡単に説明すると……俺は魔法の師匠に呼ばれてこの研究室に伺ったらお茶に誘われたのでご相伴にあずかっている、以上。

 

 何故呼ばれたのかはまだ知らない。俺はお茶菓子として用意されたクッキーにパクついた。ふむ、流石メロディア様何気なしに置かれているクッキーでさえ超うまい。バターの香りがほんのり香りやがる。ここで紅茶を一口……うまい! 俺は正直なところちゃんとした紅茶の楽しみ方を知らないからな、自分がうまいと思う飲み方しかできない。ちゃんとしたお茶会では落第なのだろうが、メロディア様は気にしないからと許してくれている。

 おや? 高級な紅茶の香りと味をクッキーと一緒に味わっているとメロディア様が音も立てずに紅茶のカップをカップソーサーに置いた。美しい所作だ、思わず見惚れてしまう。

 メロディア様が俺に話を振る、他の弟子はどうしているか、他の派閥と衝突していないか、体の調子は、不眠症はまだ続いているのかなどの他愛のない、他の魔法使いから見れば中身の無いと言われるような会話に花を咲かせる。メロディア様の弟子ではない魔法使いからは時間の無駄だと言われるこの他愛のない会話が俺は好きだった。

 話が一段落付き、改めて淹れ直した紅茶で唇を湿らせたメロディア様が。改めて口を開いた。

 

「ユート」

 

 はい、何でしょう。

 

「人工精霊の経過を教えて貰えますか?」

 

 えっ? あぁ、はい……少々お待ちを……

 

 俺は首をかしげながら人工精霊(ピア)についての資料を頭の中で纏める。しかし……ついこないだレポートは提出したしその中でもおかしな所は無かった筈……精々影っぽい形から段々と安定してきた位か……

 そこら辺も含めて、レポートには書けなかった俺の個人的な主観も交えてもう一度伝えていく。

 しばらく俺の話を目を瞑りながら聞いておられたメロディア様だったが、ある程度説明がひと段落したところで目をゆっくりと開いた。

 

「一度見せてもらっても?」

 

 構いませんが……何か気になる点でも? 

 

「……いえ、気にする程の事ではありませんよ。ただ一度確認を、と思いまして」

 

 確認…? 気にはなったが別に断る事でもないので俺は体の中の精霊を魔力を特定のパターンで流すことで賦活させる。何故特定のパターンなのかは俺がふとした時間違って精霊を呼び出さない様に精霊に覚えこませた。いわばダイアル式の鍵だな、暗証番号は俺だけが知っている。この方式は様々なものに応用されている今では基本的な魔術だ。

 俺の背中……ではなく足元の影から俺の人工精霊であるピアが立ち上がる。そう、立ち上がった…様に見えた。つまりは足、という部品がこの精霊に備わった、模倣し形成した……という事だ。俺は何度か精霊に指示を出したり戦闘に参加させたり実験に付き合って貰ったりしたが姿形を変えろ、何かの真似をしろという命令を出したことは無い。足や腕などと言う四肢は精霊には本来必要のない部位だ、必要に駆られて……という訳でもないのに形作っているという事は……俺が考えるに、精霊に意思らしきものが形成されて行っている……と思う。

 メロディア様が席を立ち、じっくりと端から端まで人工精霊ピアを観察していく。

 

「確認ですが、指示に逆らう、またはためらいを見せるような素振りはありませんでしたね?」

 

 それは勿論であると俺は頷く。俺は自分が弱い事を理解している。棒振りにも手を出しているが前線を張れるような腕前ではないことも。

 だからこそ人工精霊という自ら生み出した存在にこそ警戒は怠らない。だからこそ自信を持って俺はその様な素振りは一切ないことを伝えた。

 

「そうですか……また変化があったのなら直ぐに私に伝える事、いいですね?」

 

 それは勿論そうさせていただきます。俺は頼っても良いと言いむしろそうしないと怒るというメロディア様の言葉に感謝しながら頭を下げる。

 メロディア様は俺の返答に一度頷くと凛とした表情のまままた席へ戻り少しだけ冷めた紅茶を啜った。

 

「この話はこれくらいでいいでしょう。あなたも座りなさい、次の来訪まで時間があるのですが研究に戻るには短い……少しの間、付き合ってくれますね?」

 

 本当にメロディア様はお優しい方だ。レポートで俺の報告を聞いて人工精霊の暴走の可能性を危惧し直接見る為に俺を呼びつけたのだろう。この人工精霊は未だ一般公開していない技術だ、他の魔法使いの目についてしまう場所では呼び出すことは出来ない。

 勿論何気ない近況報告などしたかったのも本当だろう。言ってはあれだが……メロディア様は他の弟子達から恐れられている……は言い過ぎだが雲の上の人扱いされているからな。誰かを贔屓する事が出来ないメロディア様は弟子が困っていると薄々感じとれても深く踏み入ることが無い。その弟子が相談する等すれば話は別だが……問題が表面化するまで手出しは出来ない。

 しかし気にはかけている様で、時折俺に誰々は大丈夫か、誰々を気にかけてやってくれないかというお願いをされる。俺はメロディア様からのお願いなら是非もないし、メロディア様の心労を少しでも減らせるならと動く。その結果仲良くなったメロディア様の弟子同士で勉強会したり、研究結果を見せて貰ったりしたりで万々歳だ。

 

 俺はメロディア様の誘いに勿論喜んでと返事をし、精霊を戻してまた席に座る。

 メロディア様の暇つぶしの任を戴いた俺は、何の話をしようかと考えながら紅茶を飲もうとして手元のカップに視線を落とした。

 

 紅茶の琥珀のような水面に俺の顔が映っている。

 カップを持ち上げ、口元へ運び、乾いた口内を湿らせるように一口含む。上品な香りが鼻を突き抜ける。

 考えは纏まった、カップをカップソーサーに戻す。

 紅茶の琥珀のような水面に俺の顔が映っている。

 

 だがおかしい、髭が生えている……歳をとっている!? 違う、これは…これは()()俺だ。

 

 弾かれるように顔を上げる。

 そこは既に魔導の塔のテラスではなかった。それどころではない、空が、地面が、世界が様々な光景に切り替わり、固定され、また切り替わっていく。

 俺の体は何もかもが止まったかのように動かない。

 夢でも見ているのか、幻でも見せられているのか。

 何もできず眺めている事しかできないのはまるで時間が止めらているかのようで……

 時間が止められた

 時間……時

 

 世界の切り替わりが止まった。

 

 何なんだこれは……? 

 

「ユート」

 

 背後から声をかけられる。知った声だ、最近まで隣で聞いていた声。

 俺は勢いよく振り向いた。

 

 そこには全身を鎧で固め、抜き身ではないものの剣から手を離さない友の姿……アカイの姿があった。

 




二つの力が干渉している


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ゆめ うつつ2

「ユート、お前の知識が必要だ」

 

 俺は……ここは一体……そうだ、ここは野営地だ。

 あの邪神と戦った時に使った前線拠点。

 

「ありがとう、こっちに来てくれ……中でヤメドが待ってる」

 

 ……? 俺は何も言っていない。それなのに勝手に話が進んでいる、それだけじゃない俺の体も勝手に動いている。

 ここで俺は究極の違和感に気が付いた。

 俺……浮いてる? 

 俺は浮いていた。俺は俺を見下ろしていた。どうして気付かなかった……? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 分からない、だがただ事じゃないことは分かる。

 俺は俺? の上で固定されて動けないし成り行きを見守るしかない。

 

 俺? はアカイに連れられるままに仮設テントの中に入った。

 中には一人の男が立っている。全身武装しているのは同じだがアカイのそれよりも軽装、軽く作られた鎧を身にまとっている。

 頭部を保護するヘルムは今は脇に抱えられておりその素顔がさらされている。短く切られた坊主頭で強調された鋭い目つきがテントに入って来た俺を射抜いた。

 

「……そいつを呼んだのかアカイ」

 

「仕方ないだろ? 精霊術と魔法の深い知識を持った奴が必要なんだ」

 

「チィ……」

 

「納得しろ。とは言わないけど理解してくれ、アレは本隊とぶつけちゃいけない。最低でも本隊が作戦を練り直す時間が必要なんだ。分かってるだろ? ()()()

 

 この男はヤメド。近衛騎士の勧誘を蹴ってまで巡回騎士をやっていた筋金入りの魔物殺し。巡回騎士は魔物の発生の度に出動し魔物を殺す民の守護者だ。その標的には山賊や犯罪者なども含まれるために人を殺す必要がある為に一定以上の強さと精神のタフさが無ければ潰れてしまう。故に選抜基準は近衛兵並みに厳しいのだが……こいつはその試験を通り抜け十年以上巡回騎士をやり続けている変態だ。

 

「だからと言ってコイツである必要性を俺は感じないがな……何で伝令に回さなかった?」

 

 この男がこうして冷たくあしらうような態度を取るのも半分はやさしさから来ている。半分は計算だ、戦術的に見ても俺はそこまで強く突出していない。伝令部隊に回されたのは後に続く本隊に貢献できる人材だ。魔道具の作成や、知識を持ち、邪神に対応するための情報を正確に伝える事の出来る人材が選ばれた。

 ヤメドが言う通りそれは俺でも出来たことだ。いや、もしかすると……時狂邪神の性質から見るに俺が最も適していたかもしれなかった。

 

「いいや、ここに残るのはユートでなければダメだ」

 

 だが、アカイはそれでも残るのは俺だと言い切った。

 

「邪神の最初の攻撃……属性汚染を含めた()属性魔力の津波。あれを喰らって浄化できるのは何人も居たが、一瞬で何十人と浄化した上で戦闘を続行できるのはユートしかいない。それはユートが裏技を使っているから出来る事で…普通の奴がやれば二回浄化出来れば良い方……だろ?」

 

 今度はアカイの視線が俺を射抜いた。俺は認めた。時狂邪神の放つ属性汚染する魔力の津波はハッキリ言って異常だった。

 最初に会合した時、邪神は腕の一振りで周囲に時の結界を張り巡らせた。それは躱す事の出来ない加速の結界。時間の進みを加速させる結界。

 普通に考えればこれは敵対する俺たちに益を与える行為だった。だが……その変異は最前列に居た一人の兵士から始まった。

 加速する結界に警戒を払いながらも前進するその兵士は、数歩前に出た瞬間に全身が時属性に汚染され暴走する属性精霊に変異した。

 目の前で起きた事態に驚愕しながらも近衛騎士団副隊長の実績から指揮を任されていたアカイは一目で体内の属性を狂わされた事によるものと看破、浄化を支持する。

 だが……

 

「加速の結界がヤバすぎた。まさか動けばその動きに応じて汚染するものだったなんてな」

 

「アレは初見じゃ防げねぇよ……と言うよりも浄化が出来る奴以外が勝手に動いたのが原因じゃねえか」

 

「あれは正しい判断だったよ、最初から全部正しかった。問題があったのは事前情報だ……あれは知らなければどうしようもない。一手目をミスれば全滅確定とかな……ユートが居なきゃ全滅…は流石に無いか。だが残ってるのは10人も居なかったんじゃないか?」

 

 浄化が出来る者は居たが単純に人数が足りなかった。いや、そうじゃないか……浄化は間に合う筈だったが、各自の判断で戦闘態勢を取ろうとしたのが問題だった。だがそれを責めることは出来ない。なぜならば目と鼻の先に居るのだ、さっきまで仲間だった兵士が変異した汚染精霊が。汚染精霊は魔物の分類に入る、無差別に人族を襲う。浄化できる者を守るために肉壁に成ろうとせめて武器を抜いた、その場で足踏みをした、()()()()()使()()()。その程度だった。

 その程度の動作で8人の兵士が汚染精霊と化した。

 

 その瞬間、自分を短縮詠唱で浄化しながら観察に徹していた俺は理解した。

 何が起きたのか理解した。

 そして確信した。

 これは師匠の天敵だ。

 いや、師匠だけじゃない。属性を使う魔法使い全てを殺す存在だ。

 

「普通の汚染じゃなくて侵食する。賦活した属性魔力を貪り時属性へと書き換える……だったか」

 

 俺は両手でふらつきそうになる頭を押さえながら絞り出すような声で肯定した。

 あの空間は加速の結界じゃない。それもあるがあくまでもう一つある効果が主でオマケに過ぎない。

 魔力の津波で周囲の生物を汚染、結界内に存在する全ての生物は……その時点であの邪神の手に落ちたと言っても過言じゃない。

 浄化が出来たのは侵食する速度よりも浄化の方が早かったからだ。無意識に効果を引き上げている。

 だがそんなモノ当然リスクがある。

 消費魔力の肥大化。それも倍程度では済まないだろう。一番やりやすい自分でそうなのだ、他人の浄化など一瞬で干上がる。

 

 だが唯一の救いだったのは最初の波を耐えきれば、浄化すれば普通の汚染程度で済むという事だろう。

 

「普通の汚染なら配給された浄化札と対汚染装備で事足りる。少なくとも一日は問題ない、だったか」

 

 俺がそうだと肯定すると、ヤメドが首を傾げた。

 

「待て、じゃあテメェはどうやって一度に複数浄化した? 普通の浄化じゃ手が回らねぇし魔力が足りねぇって話なら……()()を使っても間に合わねぇ……計算が合わねぇ」

 

 ヤメドの言うアレとは人工精霊の事だろう。確かに純粋に俺が二人になった程度では一度に複数浄化なんて無理だ。

 だが俺は精霊術師。属性と親和性の高い精霊を使役する者……周囲の汚染を引き受けることは簡単に出来る。

 

「それだとテメェが死ぬだろ。答えになってねぇ、テメェは生きてる」

 

 汚染は全て人工精霊に引き受けさせた。

 

「ハァ?」

 

 人工精霊は俺の体に宿っているが別物だ。精霊術の応用で肩代わりさせて、表に出さない様にすることで暴走させない様にしている。

 細かいことは良いだろ? 本題は俺が浄化し続けて問題があるかないかだ。

 

「待てよ、テメェ精霊に自我が—————「ヤメド」っ!?」

 

 俺はアカイに視線を送る。アカイは頷いて俺に続いた。

 

「分かってるだろ? 俺らは決死隊だ、全てはリソースでしかない。それは命を含めてだ」

 

「……チィッ」

 

「話を本筋に戻そう。汚染の対策はユートに一任するしかないが……邪神の作り出した時差空間と表現するべきか、アレはどうすればいい?」

 

 時差空間。俺たちが最も手を焼かされた時狂邪神の奥義。その正体はひたすらに属性濃度を高めた事による極小規模な異界と表現するべきか。

 属性と言うのは濃度を高めると周囲に異常を起こす。火なら常温で発火する、水なら空気が水の様に重くなり息が吸えなくなる。などの様にそれぞれの特色に応じた以上が引き起こされる。

 そして、それを時属性で更に煮詰めて濃くしたのが時差空間。純粋な属性魔力はそれ自体が究極の魔法と言っても過言ではなくなっていく。

 火の魔力は水すら焼いて消えることなく燃え続け、氷は燃え盛る炎でさえ永久に氷付かせる、他には、そうだな……地なら引力を作り出すだろうし……幻なら…………あまりにも精巧な()()と何ら変わりなく、()()()()()()()()()()……のだろう。

 と言っても今上げた例はこれならばこうなると予測されたものに過ぎない。実際には多分違う、俺たちは未だ全ての属性を完全に理解したとは言えないのだから。

 

 世界がまた停止した。

 

 まるで何かを伝えようとしているかのように、世界は俺を置いて動き出す。

 

 周囲の光景が目まぐるしく変わっていく。それと同時に音も聞こえてくる

 

「あなたの名前は?」

 

「ユート」

 

「ユート、私の名前はメロディア・フィニシテンドと言います。これからよろしくお願いしますね?」

 

 俺が初めてメロディア様に会った時の映像が流れてる。数秒停滞していたと思うと水が流れるように過ぎ去っていった。

 

「これは……?」

 

「酔っ払いの喧嘩でなぁ…面倒だが放っておくと道端で凍死するしな。そっちの方が処理が面倒なんで形だけでも拘束して牢にぶち込んでる」

 

「成程な」

 

「頼むからお前は捕まらんでくれよ? 友人を牢にぶち込むのは心が痛む」

 

 笑顔でそう言い切るベルモンドに説得力は無かった。むしろ嬉々として牢にぶち込みそうだよなあいつ。一度たとえ話をしてみたら師匠が悲しそうな顔をするから絶対捕まるようなヘマはしないと誓った覚えがある。

 

 次から次へと在りし日の記憶が再生されている。

 意味がありそうで、やっぱ無さそうな無秩序なシーンの連続は話に聞く走馬灯を思わせる。

 

 それらをぼうっと眺めていると、ザザザとノイズのようなものが世界を一瞬だけ覆い尽くした。

 ノイズが消え去ると、俺は幽体離脱しているなんてことも無く、暗い階段を降っていた。

 

 ……? 降っているにしては視点がおかしいな、揺れが殆ど無いし変な音も聞こえる……何よりも地面から推測される高さが俺の身長と違う。

 こういう距離感は戦闘では重要なので正確に計れるように訓練を施されてある。ていうか鬼畜どもにしごかれた。

 まぁ、だからと言っても動けない俺にはどうする事も出来ないのでただただ事の成り行きを見守っていた。頭の中で何かが起きているような奇妙な感覚がずっと続いているからもう疲れたともいう。

 

 しばらく見守っていると、目の前に開け放たれた扉が見えた。

 

 その扉の奥はそこそこ広く、その中心に誰かが椅子に腰かけているのが見えた。

 

 その誰かはじっとこちらを見ている。

 

 視点はその誰かに近づいていく……それにしても暗いな? こいつが誰か判別が出来ない。知ってる人物か? 

 判別したかったが視点はそれ以上は近づかず、その誰かの周囲を旋回し始める。旋回って言っちゃったけどやっぱこの視点飛んでるよね? 

 俺が困惑しっぱなしだったが目の前の状況は進んでいく。誰かが階段を降りてきた。

 新しく現れた何者かは蝋燭か何かを持っている。だがその姿はローブを被っている為に確認することはかなわなかった。体格的にはずいぶん小柄だが……

 ローブの人はゆっくりとした足取りで誰かに近づいていく。蝋燭に照らされその姿が段々と暴かれ、て……!? 

 そこにはありえない人物が座らされていた。

 ローブの人が美しい声色でその名を呼んだ。まだ若い女の声だ。

 

「アカイ様」

 

 椅子に座らされていた人物はアカイだった。しかもよく見れば両手足をしっかりと縛られている……

 えぇ……何があったの? いや、これ夢か…? 夢だからこんな光景になってるのか……? 

 俺はもう混乱しっぱなしだ、視点も心なしか混乱する俺の心境を表しているのか動きに乱れがある。つーかさっきから頭痛も酷いし思考能力が著しく低下しているのを感じる。

 

 視点がアカイの目の前に移動した。

 俺の視点とアカイ目が合う。コイツ……俺を認識してる? 

 アカイの口が開いた。声は出てない…何だ? 読唇したらいいのか……? 

 

 俺は頭が割れるような頭痛を耐えながらその唇を読むことに集中した。

 何々……? 

『た す け て』……? 

 えぇ……(困惑)

 

 とりあえず何とかしてあげたかったが今の俺は何も出来ないので、すまないが諦めて貰いたい。

 

 謝罪代わりにアカイの周りをぶんぶん飛び回っていると……何か急激に引っ張られる気配がした。

 

戻りなさい

 

 もう頭痛に耐えるのも限界だったので俺はその音無き声に身を任せて意識を闇に閉ざした。

 

 




頼りに行ったら頼られた……


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目覚めた

 成程、俺はどうやら洗脳を喰らっていたみたいだ。やり方は魔力同調により親和性を上げる事で精神防壁を突破させ、幻属性の魔力と魔法で偽りの記憶と意識を植え付ける……と言ったところか。魔力同調の副次効果で無意識的に師匠を疑えなくさせられていた……というのもあったのだろう。

 頭の中の靄がすっきりきっかり晴れ切ったようにすがすがしい。絡まりあった鎖が全て無くなり自由を手にした気分だ。

 まぁ、現実はそうはいかないんですけどね。最初よりも厳重に、両手両足を少しも動かせない様に固定されている。この分だと鎖の方も魔力を通しにくい材料で作られているか、最低でもコーティングされているだろう。唯一許された自由である視界には様々な光景が浮かんでは消えていく……それは俺が見ていた夢に似ている様で少し違う、別の視点から見たものとなっている。おそらく、師匠から見た風景。

 

「もう少し……後もう少しだったのに……っ」

 

 取り乱した師匠が魔力を荒ぶらせながら何重にも魔法を展開している。凄まじい処理能力と魔力だ。人間は片手で一つずつで合計二つ、多くて三つが脳の処理の限界だと言われているが精霊に限りなく近い存在である精人だった師匠にとって、10に届こうかという魔法の同時展開も造作も無い事なのだろう。

 ……いや、結構限界まで処理能力を酷使していたようだ。意識が覚醒してからしばらく眺めていた俺に今気づいたようだ。

 

「……目を、覚ましましたか」

 

 師匠が展開していた魔法を内幾つかを消去する。どういう意味が、効力があったのかは俺如きの魔法使いでは解析できない。

 口を塞がれ封じられている俺は何も言うことは出来ない。見つめ合う視線と視線、耐えきれなくなり先に逸らしたのは師匠の方だった。

 

「一抹の希望を抱いていましたが……その様子だと、正気に戻ってしまっているようですね」

 

 俺は答えず、ただひたすら師匠に視線を送り続ける。俺は知りたかった、何故こんな事をしたのかと……治療と偽って俺を監禁し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 別にやめてくれと願う訳じゃない。嫌と言えば嫌だが……何となく、俺と言う人生はあの邪神戦で最後、終わったように思っている。今生きているのも運良く生き延びただけで、何度考えても……俺はあそこで死んでいる命だったと思っている。

 実際死んでいるようなものだしな、実家に帰っても俺を知っている人物は一人もいないし逆もしかりだ。なら、共に戦った戦友を除いて唯一のつながりである師匠に出来る限りの事を、罪滅ぼしをしてから消え去りたいと考えている。

 だけど知りたい、理由が知りたい。師匠の目的はこうでもしないと達成できないものなのか、と。

 もし違うのなら……俺の存在を使う事で達成できるのなら俺は協力したいと願っている。だがそれは高望みしすぎだろう。

 

「随分と大人しい……抵抗はしないのですか、あなたが怒るのは正しい権利であり私はそれを認めます。………私も覚悟は出来ています」

 

 いかなる手段でも洗脳は100年前の時点でも許されない行為として代表例に挙げられている。人の意思を歪め、思うがままにする行為は……それは、下手すれば、単なる殺戮よりも重い罪だ。

 俺も、師匠以外からされていたのなら平常を保てなかっただろう。周囲の人間が被害にあったのなら怒り狂い、下手人に産まれて来たことを後悔する目に合わせる。

 あの時は思考に制限を掛けられていたが、今思えば治療で洗脳を使う時は事前の同意と国からの許可書が必須とされる。治療困難な施術に耐えうる為の行為であり、精神を守る為に使われる。患者の苦痛を和らげるために使われるのだ。

 師匠は一つ呪文を唱えると、カチリ、という音共に猿くつわがひとりでに外れる。師匠は俺を見ている。

 お互いに何も言わない、無言の時間が続いた。俺は師匠が間違っていると思ってはいるが、それを責める資格が無い。俺は100年前に死ぬはずだった、いわば残響のような存在。そんな俺に何をする分には問題は無い、受け入れる。……思えば、そんな事を思っていたからこそ簡単に洗脳され、何者かに干渉されるまで洗脳が解かれなかったのだろう。そんな事をしなくても、俺は拒んだりしないというのに。

 

「何故……何も言わないのです」

 

 師匠の声は少しだけ震えていた。

 自分のやっている事が間違っている、という自覚はあるのだろう。俺に洗脳の危険性を、軽蔑するべきものだと教えてくれたのは他でもない師匠だから。

 だけど師匠は止まれないらしい。俺から非難の声を求めてはいるが、それだけだ。

 そして洗脳というのはどうやら視覚情報にも影響を与えていたようだ。今、俺の目に映る師匠の姿は……ひどくやつれて見えた。今まで何も思わなかったのは、おそらく……師匠がそう見せようとしていたのと、俺の記憶に師匠のそんな姿は無かったからだ。幻属性の洗脳は細部を本人の記憶で保管される。罪悪感と何か……強い感情と意思に挟まれて消耗している師匠の姿は、俺の目に映るには不都合だったのだろう。強い違和感は洗脳を解くための強い原材料となる。

 何も言わない俺に何を思ったか、やがて師匠は何かを納得したかのように視線を下に落とした。数秒、顔を上げた師匠の瞳は……酷く、濁って見えて……その表情はひどくやさしい、疲れ果てた笑みを映していた。

 今まで、少しずつ垣間見えていた()()が露わになっていく。ここまで……? ここまで追い詰められて……一体、なんで。

 困惑する俺を、師匠が優しく抱きしめる。少し前の俺だったらいろんな感触に気を取られてしまっていたのだろうが、今の俺はそれどころではない。

 当初は独断先行し、帰って来なかった俺への罰だと俺は思っていた。なら何も言わず、受け入れる事が正しいのだと。

 だけどこれは駄目だ。

 このままじゃ駄目だ。

 今の師匠は……目的の為なら破滅をも厭わない。選択を間違えたっ、直ぐに訂正をしなくては。

 師匠————―!? これはっ、声が……!? 

 

「やっと反応してくれましたね……大丈夫、私には聞こえていますよ」

 

 体に力が入らない……魔力同調…? 師匠、これは…何を? 

 

「安心してください、不安でしょうが……必要な事なのです。……あの羽虫、こちらの方は手を出さなかったようですね。いや、出来なかったのでしょうか……今はもうどちらでも良い………これで、永遠に……一緒に……ごめんなさい

 




仕込みは済んでる。手は出せなかった。


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