転生したら、終わった世界だった (ミコトちゃん29歳)
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1.おなかすいた
最初はちょっとした暇つぶしのつもりだった。
ふとゲーマーの友達に「何かオススメない?」って聞いたらちょうどオンラインゲームにハマっていたらしく、1つのタイトルを薦められた。
そんなふうにして、わたしが友達に誘われて始めたのが、FINAL FANTASY XIVだった。
月額1480円のオンラインゲーム。少し高い気もするけれど、特にやりたいこともなかったし、つまらなかったら1ヶ月でやめればいいか、なんて思って気軽に始めてみた。それがまちがいだったかもしれない。
友達の狙い通り、わたしはどっぷりとそのゲームにハマってしまった。大学から帰ってきてはログインしていろんなコンテンツを遊ぶ日々。画面の向こうの友達と高難易度コンテンツに行ったり、ハウジング*1を買うために必死にクラフター*2で金策したり、買ったら買ったで内装にこり始めて一日中ゲームの中の家に引きこもったり。
まあ、そんな感じで……わたしはこのゲームを楽しんでいた。今日もルレ*3行って黙示*4溜めてハウジングの内装の続き考えないと。やることが多い……!
※
■x月xx日(木)17:00より、緊急メンテナンス作業を実地いたします。
メンテナンス作業中、ファイナルファンタジーXIVをご利用頂くことができません。
メンテナンス時間帯にエターナルセレモニーの予約を行わないようご注意ください。
詳細はニュースをご覧ください。
FreeCompany - Sakura Amamoriがログインしました。
[FC]<Sakura Amamori> こんにちわー!
[FC]<Raira Kui> さくやんこんこん
[FC]<Sakura Amamori>:ライラさんやほやほ、あれ5時からメンテなんだ
[FC]<Raira Kui> なんかuchino鯖のグリダニアがバグってるんだって。テレポで飛ぶと落とされるらしいよ
[FC]<Sakura Amamori> そんなことあるんだねえ。1回試してみようかな
[FC]<Raira Kui> あ、さくやん今日時間あったら極ダイヤいこー。サブの装備ほしい!
[FC]<Sakura Amamori> おっけー!夜ならみんないるだろうしその時に!
そして私は試しにグリダニアへテレポで飛んだ。画面が暗転する。左下のチャットウインドウが動いた。
■x月xx日(火)17:00より、緊急メンテナンス作業繧貞ョ溷慍縺?◆縺励∪縺吶?
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ファイナルファンタジーXIVをご利 頂くこ がで せん。
ファイナルファンタジーXIVを縺泌茜逕ィ鬆ゅ¥縺薙→縺後〒縺阪∪縺帙s縲
よくわからない文字化けを見た瞬間、わたしの目の前がブレた。
※
時間にしてわずか3秒後、高崎明梨は目覚めた。
いったい今のは何だったんだろう。なんだかちょっとだけふらっとした気がする。貧血かな。
明梨が画面を見るとブラックアウトしていて「サーバーとの接続が切断されました。」と書かれている。
ライラさんの言うとおり、グリダニアのエリアがバグってるのは本当だったようだ。そろそろ5時だし、メンテ空けるまで他のことをしてようかな、なんて思いながら明梨は席を立った。
普通の女子大生である高崎明梨の話はここで終わりである。これからもこのゲームを楽しんでプレイしていくことだろう。3秒間で自分の身に何が起きたのか、決して知ることはない。
1.おなかすいた
分厚いガスマスクを付けた2人の男が、白い霧が立ちこめる森の中をただ歩く。まだ昼間だというのに分厚い雲に覆われ太陽の光は見えず、鳥の声すら聞こえない。そこら中にある枯れたかつての巨木たちは見る影もなく細くなり、悲鳴をあげているかのようにねじくれている。点在している建物も長い間使われていないのか、所々が白色の謎のつる植物によって浸食され朽ち果てていた。
「ここがあのグリダニアだったなんて信じられないッス……」
子供のように背の低い男、デューンフォーク族のウェッジが震える足でおっかなびっくり歩きながらぽつりと呟いた。
かつてグリダニア新市街と呼ばれていたこの森には、ところどころに人骨が散乱している。ウェッジの目の前には無造作に横たえられた頭蓋骨があった。死んでから埋葬すらされず、この地にずっと朽ち果てたまま捨て置かれているのだ。
「何が起きたか分からないまま死んで、誰も埋葬してくれないなんてあんまりッスよ……」
「それが黒薔薇だ。一度使われたらその土地に立ち入ることすらできん。本当に恐ろしい兵器を使いやがったもんだ。来る前から覚悟はしてたが、ここまでとはな……」
死んだことすら知覚できず、弔いすらされないこの人達の魂は、いったい何処へ行くというのか。ただ、何もわからぬままエーテルの世界に還るというのだろうか。
ウェッジの前を歩くのはビッグスというゼーヴォルフ族の大男だった。この2人はガーロンド・アイアンワークスという世界でも有数の技術者集団に属している。
そしていま、
「ビッグス……あの人たち……せめてオイラたちの手で弔ってあげたいッス。ダメ……ッスか?」
「ダメじゃねえさ。でも、この地で失われた命の数は俺達2人の手にはあまりに大きすぎる……。俺達ができることは、この白い瘴気を何とかして、1日でも早くこのグリダニアに縁ある人間がまた帰ってこられるようにすることさ。技術の力でな」
「……そう、ッスね! オイラたちには、オイラたちのできることがあるッス!」
ウェッジは努めて明るくそう言った。それが空元気であることをビッグスは知っていたが、あえて触れることはなかった。
「ああ、やってやろうや。それが生き残っちまった俺達の役目ってやつだろうからよ」
そうして2人はグリダニア市街の中心へと足を進めていく。
ガーロンド・アイアンワークスが対黒薔薇用エーテル停滞阻害ガスマスクの開発にこぎつけた時、初めて黒薔薇が戦争で使用されてからすでに3年の月日が経過していた。
黒薔薇とはその外見から毒ガス兵器とされているが、実際のところは生物のエーテルの流れを強制的に停滞し数呼吸の後即死させる光属性のエーテル兵器である。一度吸えば人は死に絶え、エーテルバランスの狂いによりモンスターは激変し土地は朽ち果て、食べられるはずの作物は全て猛毒となる。
数年前、突如それはガレマール帝国によってギラバニアへ投下された。
エオルゼア同盟・東方連合の反転攻勢により戦局が悪化した末の奥の手だったという。
黒薔薇がまき散らすガスは瞬く間にギラバニア全土を不毛の大地とし、共和制アラミゴを滅亡させた。
悪魔的兵器である。
それを皮切りにあらゆる場所に黒薔薇は投下されていき、いつしかこの星で人間がまともに住める場所は殆どなくなりつつあった。それに気づいた頃にはもはや遅かった。
黒薔薇が共和制アラミゴを滅ぼしてから3年、エオルゼア・東方連合とガレマール帝国の戦争はいつしか生きるために資源を奪い合う獣の闘争に代わり、国という概念すらもはや失われ始めていた……。
※
わたしは目が覚めたら霧の濃い森の中にいた。パソコンの前に座っていたのに、グリダニアにテレポしようとした瞬間に気がついたらここにいた。意味が分からないけどそう言うしかない。最初は夢だと思った。でも何日も寝ても起きても何も変わらない。
池の水たまりに自分の顔を写す。ごつごつした蟹の鋏のような白い角。病的に白い肌。紫色の瞳。アウラ・レン。Sakura Amamori。見慣れた自分のキャラクター。でもそれはゲーム内だけの話で、現実じゃない。
「もうやだよお……」
ここは現実なの? いや、絶対に夢。そのうち部屋のベッドで目が覚める。そう考えるたびに泣きたくなる。そんなことをしても何も変わらない。周囲を歩いてみても、何度見ても同じように朽ち果てた建物と無造作に転がったたくさんの人骨だけがある。
「帰りたい……お父さん、お母さん、お兄ちゃん……」
返事は帰ってこない。不安。悲しみ。でも、涙は出なかった。そんなに体力があるわけでもないのに、身体は今まで感じたことがないほど異常に軽いし力がみなぎる。ご飯をほとんど食べなくても疲れすら感じないのだ。自分が自分じゃないみたいで、おそろしい。
ただ、ここにはいたくない。たとえ帰れなくても、ここではないどこかへ行きたい。足は動く。とにかく、歩くことにした。
※
「ビッグス……オイラ気になることがあるッス。ここに来たときもそうだったけど、建物とかになんか見たことない白い植物が生えてるの気にならないッスか? とくにアレ……今まで見たのよりビッシリ生えてる」
ウェッジは下り坂の先にある1つの建物を指差した。かつてカーラインカフェと呼ばれていた冒険者ギルドの名残である。そこの屋根にはツタのように不気味に白光りする植物が寄生して食い荒らすように壁や屋根にはびこっていた。言われてみれば、とビッグスは目を細めてそれを注視した。
「そうだな……ウェッジ、グリダニアにあんな植物あったか?」
「白い花は見たことあるけど、白い茎とか白い葉っぱは見たことないッス。もしかして黒薔薇の影響で変異したのかもしれないッスね」
「有益なサンプルかもな。持ち帰れば黒薔薇への対抗策の助けになるかもしれん」
「大丈夫ッスか……? 自分で言ってなんだけど危なそうな気がするッス……」
「危険を承知で調査に来たんだ。そのくらいのリスクは背負わないとな」
ウェッジが震えていると、ビッグスはそのままずんずんと建物の壁まで歩き、壁に生えている白いツタの1本をぶちっとちぎった。その瞬間だった。
『クアアアアアアアアア』
地獄めいた圧力を伴った声が木霊した。思わずビッグスは動きを止める。
「っちょっ、なんだ!?」
「ビッグスウウウウウウウウ!!!! 早くそこから逃げるッス!!!! 建物の屋根にバケモンがあああああ!!!!!」
ウェッジは両手両足をじたばたさせながらビッグスに叫んだ。ビッグスは上を見た。ぞっとするほど幻想的に白く光る巨大な花がのそりと屋根の際から顔を出し、2本の触手がビッグスを捉えんと振り上げられていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!?」
ビッグスは目を見開くと全速力で走り出した。すんでのところで触手の凶撃を避けウェッジのもとへ急ぐ。
「早く逃げるッスよおおおおおおお!!!!」
「言われなくてもわかってるううううううううッ!!!」
「白い植物の正体はこいつだったッスかあああああ!?」
『クオオオオオオオオオオ』
2人は元来た道を全速力で走った。しかしそこは化け物と人間の速度差。その差はどんどん詰められていく。
「このままだと2人とも奴の餌食になっちまう! っすまねえウェッジッ。俺の不注意でこんなことにッ」
「大丈夫ッス……! こんな時のために開発していたこれを使うッス!」
ウェッジは突如白い花の化け物に向き直った。そしてリュックをまさぐると一匹のドローンを飛ばす。
「シュワシュワケトルXXV世、ムーブ・オン!! 焼却モード!! 奴を倒すッス!!!」
『シュワワ』
果たしてシュワシュワケトルと呼ばれた缶の側面から2本のアームが現れ、その先から火炎放射を放った。炎は白い巨大花を容赦なく焼きこがしていく。
「白くても植物は植物ッス! なら炎攻撃は効く……はず……!?」
ウェッジの声が止まった。花の化け物は苦しまない。特に意に介していないようだった。見た目に反して火には強いらしい。そんなのありかよ。と2人は思う。
「ハハ……効いてないな……」
「これは……ヤバイッス……」
もはや逃げられない。化け物の2本の腕が振りかぶられた。もはやここまで。ビッグスとウェッジは目を閉じた。その時だった。
「ラフディバイド」
あいつは鼻歌でもやるような細い声と一緒に現れた。と後にビッグスは邂逅する。影が高速で疾走し巨大花に取り付く。そして一瞬にしてその5枚の分厚い花弁をバターのようになで切りにした。
『クオオオオオオオオオオオオオオオ』
花の中心から地獄めいた悲鳴が漏れ、影を振り落とそうともがく。やがて影は飛び上がり地面に降り立つと人の形を取る。病的に白い肌と側頭部から伸びるいびつな角が見えた。女だ。手にはたった今花をなますにした銃剣、ガンブレード。
「ブラッドソイル」
女はバレルに素早くソイルを装填する。その隙を狙い2本の腕が槍のように放たれた。危ない! ビッグスは叫ぼうとした。声を出す前に女は再び影と化した。
「ビートファング、ジャギュラーリップ」
ソイルの爆発による銃撃が巨大花の片腕を爆散させた。そして女はその勢いのままぐるりと回転しておぞましい剣気を放つ。
「サベッジクロウ、アブドメンテアー」
もう1本の腕が切断される。巨大花は白い体液をまき散らしながらうねった。
『クアアアアアアアアアアアアアアア』
「ウィケッドタロン、からの! そのうるさい口を閉じてッ!! アイガウジ!」
飛び上がり一直線に剣を花の中心へ突き刺した。体内でソイルが爆発する。内臓を焼かれひときわ高い悲鳴と共にびくんと巨大花は2度痙攣すると、やがて脱力したように萎れて体液を垂れ流しながら動かなくなった。
女はずるりと花から剣を抜いて地面に降りると、ビッグスとウェッジの方をまっすぐに見つめた。思わず2人は身構える。息を呑むと、数瞬の後に口を開いた。
「お」
「「お?」」
「おなか……すいた……」
女はそう言うと板のように固まったまま前のめりにばたりと倒れた。
「…………」
「…………」
ビッグスとウェッジは顔を見合わせた。目の前で何が起きているのか、さっぱり理解できなかった。
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2.答えは未だ見えず
目の前で人が大きなモンスターに襲われていた。
助けなきゃ、と思うと勝手に身体が動いた。恐れもなにもなかった。
普通なら怖くなって立ちすくむか逃げているはずなのに、何も感じなかった。まるで別の誰かが自分の身体を動かしているみたいだった。
習ったことなんて絶対にない滑らかな動きでわたしはガンブレードを操る。意識しなくても身体に染みついた動きが勝手に目の前の化け物を切り刻んでいく。
『クアアアアアアアアアアアアアアア』
化け物が気持ち悪い白濁した体液をまき散らしながら地獄めいた悲鳴をあげた。花の中心にぽっかりと空いた穴からそれは放たれていた。
うるせえ。静かにしろ。
リボルバーに込めたソイルが過熱する。何故かそれがわかる。ここを攻撃すればこいつは死ぬ。わたしは迷いなく穴の中に剣を突き刺した。
そしてモンスターが痙攣して動かなくなったのを確認すると、死体から飛び降りて数メートル先で呆然としている2人に向かい合った。ララフェルとルガディンの2人組だ。顔はガスマスクみたいなの付けてて見えないけど、そのくらいはわかる。
……えっと、こういう時なんて言えばいいんだろ。大丈夫ですか? かな。なんでこんなところにいるんですか? ううん、ここはどこですか? とか?
考えていたら、突然身体に力が入らなくなった。お腹が凹むくらいの空腹感がいきなりわたしに襲いかかる。
あ、もしかして意識できなかっただけで、ろくに何も食べてなかったから身体は思ったより限界だったみたい……。
「お」
「「お?」」
「おなか……すいた……」
それだけ呟いてわたしはぶっ倒れた。
死ぬ前の言葉がこんなのだったら、ホントにヤダなあ……。
2.答えは見えない
唐突に倒れてしまった恩人を肩に背負い、釈然としない思いを抱えながらビッグスは帰路を急いだ。あんな化け物がほかにもいないとは限らない。また襲われる前に船で離脱しなければ。
ふと自分の顔を覆っている、開発したばかりのエーテル停滞阻害ガスマスクに触れる。ちらりと肩口から気を失っている恩人の顔を見た。何も被らず生身のままだ。何度も確認したが息はしている。
黒薔薇で汚染された地帯では人は呼吸をするだけで死ぬはずだ。このグリダニアだって同変わらない。本来ならばこの場所にいるだけで死んでいなければおかしい。なのにこの女は生きていた。
「このヒト、なんで普通に生きてるんッスかね……」
隣を走るウェッジがぽつりと呟く。2人とも考えていることは同じだった。生きているのもそうだが、そもそもこの女はなんでこんな場所にいる? なんのために? なにもかもわからない。ビッグスは首を振った。
「考えてもわからんな……だが確かなのは、この人は俺達を助けてくれた。だからこそ」
「今度は自分たちが助ける番、ッス! お腹空いたって言ってたから、絶対にたらふくご飯を食べさせてあげるッスー!」
「ハハッ! 俺達はしばらく飯抜きかもな」
「へへ! ちがいねえッス!」
黒薔薇によって様々な作物や魚、モンスターが人間にとって毒物へと変異した今、日々の食料ですら貴重品だ。でも自分たちに配給される食糧をこの人に食べさせるくらい、安いものだ。ビッグスとウェッジは顔を見合わせて笑った。
かつて黄蛇門と呼ばれていた寂れた門を抜けると、やがて停泊させていた飛空艇が見えた。特にモンスターに襲撃された痕もない。
「よかったぁー! 飛空艇までさっきみたいなバケモンにやられてたらと思うともう恐ろしくてしょうがなかったッス!」
「ああ、そしてリスクを背負って来た甲斐もあったってもんだ」
ビッグスはポケットから不気味に白光りする何かを取り出した。ついさっきカーラインカフェだった建物の壁からはぎ取った白いツタだ。それを見たウェッジは思わずのけぞる。
「ビッグス! そ、それ持って帰ってきたッス!?」
「当然だろ。貴重なサンプルだからな」
にべもなく言うビッグスにウェッジはげんなりした。見ただけでさっきの白い粘液をまき散らす化け物のことを思い出しそうだ。
「ウゲェー。絶対それ危ないヤツ……ろくなもんじゃないッス」
「心配すんなって。船にある保管ケースに入れて無害化しとくからよ」
「絶対ッスよ!? カバンの中にそのまま突っ込んだりしないって約束するッス!」
「ウェッジお前、あの化け物にシュワシュワケトルが通用しなかったのが相当堪えてるみたいだな……」
ウェッジはびくりとした。そしてオーバーに両手をあげる。
「そ、そんなことはないッス! 次のXXVI世は火属性攻撃以外にも対応させてみせるッス!」
「図星じゃねえか……ま、このサンプルを解析すればそれもできるかもしれんだろ」
「ハッ! それは確かにそうッス!」
いつもの調子が戻ってきたウェッジを見てビッグスは苦笑した。船に乗り込むと布を敷いた上に慎重に恩人の身体を寝かせる。さっきは気づかなかったが、よく見ると随分と華奢なアウラだ。涼しい顔で化け物を切り刻んでいたとは思えない。
「ベッドもソファもなくてすまねえが、しばらく我慢してくれよな」
呟くとビッグスは耳のリンクパールを起動しつつ舵輪へ向かった。黒薔薇のエーテル停止による通信の断線を改善した新型である。
帰るのはレヴナンツトール。この世界で汚染されていない、数少ないまともな人間が住む地域。
『親方、ビッグスです。グリダニアでの調査無事完了しました。ウェッジも無事です。それでですね、色々とお伝えしてえことが……』
※
「バカな……その一帯は今も超高濃度の光属性のエーテルで溢れてるんだぞ! その中で生身のまま生きていられるわけがない!」
レヴナンツトール、石の家に併設されたガーランド・アイアンワークス本社の研究室にてビッグスの報告を受けたシド・ガーロンドは到底信じられないような声をあげた。
『親方が信じられねえのもわかります。目の前で見てる俺達も信じられねえ。ですが現に俺達は彼女に助けられました。とにかくそちらに連れ帰りますんで、詳しい話は後ほど』
「ああ、わかった……とにかくビッグス、ウェッジ! お前達が無事でよかったよ」
『バリバリ元気ッスー! 帰ったら早速マスクの増産に取りかかるッス!』
シドはほっと胸をなで下ろした。開発したばかりの対黒薔薇エーテル停滞阻害ガスマスクの有用性を図るという意味もあったが、黒薔薇の蔓延地に赴く以上、今回2人に課された任務は特に危険だった。新たな発明にはその開発チームが責任を持たなければならないという観点から、今回の調査に立候補したのがビッグスとウェッジだった。
「わかっていると思うが、念のため飛行中も警戒を怠らないでくれ。盗賊に出会わんとも限らんからな」
『了解です。それで……親方。ちょっとお願いしてえことが……』
「なんだ? もしやなにか調査中にトラブルでもあったか!?」
ビッグスは言いづらそうに押し黙った。何か問題があったのではないかとシドの心がざわつく。そしてそれはウェッジの一言で打ち消された。
『親方! ご飯を用意して欲しいッス! 自分たちの恩人にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいッス! 2日間……いや1日ご飯抜きでもいいッスからー!』
『おいウェッジ! 言い方! はあ……まったく。でもウェッジの言うとおりです。街に迷惑はかけません。俺達のメシはいいんで、それを回してやってください』
慌てる2人の声を聞きながらシドはぽかんと口を開けた。なんだこいつら、そんなことで言いづらそうにしてたのか……。自然と口元に笑みがこぼれる。
「はは、まったくお前達ってやつは……。ビッグス、ウェッジ! お前達の恩人だというならそれはガーロンド・アイアンワークス社そのものの恩人に変わりない。2人だけに負担は押しつけないさ。社を挙げてもてなすと伝えてくれ!」
『『了解、親方!』』
2人の元気のいい声を聞き、シドはリンクパールの通信を切った。
そしてすこし安心したように息を吐く。振り向かないまま、背後の机に肘を突きながら思考を巡らせている痩せぎすの男に声をかけた。
「ネロ……お前はどう思う?」
「黒薔薇が効かねえ人間ねえ……たしかにそういう奴もいるかもしれねえなあ。億に1人ってとこだろうがな」
「可能性はあるのか」
「まあな、たまにいるだろ? なンもしてねえのに何故か流行り病にかからずケロっとしてる奴がよ。そういう手合いなんじゃねえのか……しかしエーテル放出能力が低いガレアンすら殺すあの黒薔薇の中でピンピンしてるたあ相当なタマだぜ」
ネロ・トル・スカエウァはやや大げさに手を広げながら肩をすくめた。そんな態度も気にせずシドは気づいたように目を見開く。
「それならその生存者に手伝ってもらえば黒薔薇への特効薬が作れるかもしれん!」
「オイオイ、ガーロンドォ……。そんなもんができたところで生きていけると思うか? もはやこの世界にはまともな食いものがほとんどねえンだからよ。今じゃどいつもこいつも資源の取り合いだ。
「…………くそっ」
シドは奥歯を噛み締めて押し黙った。それが、決して認めたくないこの世界の現実だった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ふと壁に飾ってある写真を見た。暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス合同で宴会をした時の集合写真である。浮遊島アジス・ラーにて発見された古代アラグの遺産の中に撮影システムと呼ばれる玉状の機械があり、試しに使ってみようと思って撮ったものだった。
「この中の半分も、もはや生きてねえとはな……」
シドの目線に気づいたネロがひどく面白くなさそうに溢した。
暁の血盟の賢人たちは既にほぼ亡く、ガーロンド・アイアンワークスの社員も大半が犠牲になった。自分たちが生きていることも単に運が良かっただけだ。いや、最早生きていることが良かったと言っていいのかわからないほど世界は荒廃している。
獣と化した人と人の生存競争など止めることができない。このレヴナンツトールは運良くいまだ社会性を保っているが、これ以上世界の環境が悪化すればどうなるかわからない。明日には資源を求める組織からの攻撃を受けるかもしれない。
この世界は間違えて、歴史の袋小路に入り込んでしまったのかもしれないとシドはうすうす思っていた。
ガーロンド・アイアンワークスの社訓。技術は自由のために。しかしこの世界にその余地が残っているのだろうか? もう、この世界は終わりに向かっているのではないか?
もはや、何をしても世界は良くならないところまで来ているのではないだろうか?
写真の中心には「彼」が恥ずかしそうな顔をして写っていた。光の戦士、彼が今ここに生きていたなら、一体なんと言っただろう?
「教えてくれ……この世界で俺達は何を成せば良い……?」
それは生き残った誰しもが思っていることだった。しかしその答えは未だ誰にも見えない。
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3.夢の終わり
うーんなんか悪い夢を見てた気がする。どんな夢だったか忘れちゃったけど。遅くまでFFやりすぎたかな。身体だるいなあ。一限サボっちゃおっかな。
でも出席しないとそろそろヤバいしなあ。テスト近いし。めんどいなー。でもサボってお母さんに怒られるのもだるい。
あ、そういえば夜カラオケ行く約束してたんだった。しょうがない。それ楽しみに頑張るか
「な」
目が覚めた。
硬いベッド。
窓から日が差し込んでる。埃が浮いてる。
なんだかこめかみに違和感がある。
思わず触る。なんか硬い。なにこれ。石みたい。
横に寝返りを打つ。いたたた。なんか頭に引っかかってる。向こう側の壁に、小さな姿見が取り付けられていた。
その中の人間と、目が、合う。赤い瞳が、白い鱗と角が生えた顔が、そこにある。
夢は覚めない。
3.夢の終わり
ああ、ここはファイナルファンタジー14の世界なんだなぁ。と彼女が思うのに時間はかからなかった。
目が覚めたらヒューランらしき女の人がご飯を運んできてくれて、
「起きたばかりなのもあるし、あまり豪華でなくて申し訳ないけれど……」
なんて申し訳なさそうに言いながら、ふたつのパンと多めに注がれたホワイトシチューの皿をベッド脇の机の上に置いてくれた。
起きたばかりの彼女は記憶がおぼろげで、なぜ目の前にご飯が出されているのかわからなかった。
とにかく今わかっているのは、自分がベッドで寝かされていたことと、目の前にいる女性がガーロンド・アイアンワークスのジェシーであることだけだった。
「……おいしい」
考えるより前に彼女はパンを口に運んでいた。お腹が空きすぎて、今なら何を食べてもきっと美味しいと感じると思う。ヤバ、なんか涙出てきた。
「だ、大丈夫!? 口に合わなかった?」
「ううん、ごめんなさい。ご飯ってこんなに美味しかったんだって……なんか感動しちゃって」
涙をぬぐいながら一つ一つ大切に味わうようにパンを咀嚼し、シチューを啜る。
ジェシーはそれを見て、ただやりきれなさそうに目を細めた。
(この世界ではきっともう、誰もがこんな思いをしているのね……)
社員の命を救った人に対してすら、もはやこの程度のことしかしてあげられない。
そして、誰もがその日の糧を得て、明日も生きていられるかどうか不安を抱え続けている。
彼女がそのままゆっくりと食事をしていると、バタンと勢いよく扉が開かれた。
「ジェシー! お、恩人さんが起きたって本当ッス!?」
まくし立てるような大声と共にウェッジが現れる。そして、
「ほ、本当に起きてたっスーーー!!」
口をあんぐり開けてオーバーに驚いて見せた。
あまりにもゲームの中と同じで、彼女は笑ってしまいそうになる。
その傍らに座っていたジェシーは眉間に青筋を立ててウェッジを睨み付けていた。
「ウェッジ……? 女性の部屋にノックも無く入るなんて何ごと?」
「ハッ!? すまないッス!! オイラもう心配過ぎて全然寝れなかったッスー!!」
「言い訳は結構。さっさと出て行きなさい! 彼女、まだ目覚めたばかりなのよ?」
「は、はいッス! ラジャーッス! 恩人さん、本当にゴメンッス!」
「あは、大丈夫ですよ。わたし、気にしてないので……」
彼女は苦笑してウェッジの顔を見た。バタバタした様子がおもしろくて、いつの間にか涙も引っ込んでいた。
「あの、ウェッジ、さん? あなたたちがここに連れてきてくれたんですよね? 本当にありがとうございます」
徐々に思い出してくる。
そう。わたしはグリダニアらしき廃墟を彷徨っていて、ビッグスとウェッジらしきふたりが襲われているのを見て、衝動的にモンスターと戦ったのだ。
「お礼を言うのはこっちの方ッス! あそこであなたが助けてくれなかったら、オイラたちは今頃間違いなくあのバケモンに食べられてお陀仏だったッス。ぶるぶる」
ウェッジは当時を思い出して身体を掻き抱いて身震いしていた。
「ううん、わたしもずっと何も食べてなくて……あのままだったら絶対に同じように死んでいたと思います。だから、きっとお互い様ですよ」
彼女からすればただ無我夢中でやったことだし、そもそも武術の心得などないし、運動が得意なわけでも無い自分が、あんな化け物を倒せたのかすらよく分からないのだ。
勝手に身体が動いた。としか言いようがない。
シチューをすくっていたスプーンを置いて、自分の手のひらを見た。
病的に色素の薄い肌はもはやかつての自分自身のものではない。そして手首から腕にかけてこびり付くように広がる白い鱗。
(寝ても起きても、ずっとこのまま。何も変わらない……)
そんなふうにじっと自分の手を見つめているのを見かねて、ジェシーができるだけ穏やかな声音で話しかけた。
「ところで……あなたの名前を聞いてもいいかしら? わたしはジェシー。で、そこの声がうるさいのがウェッジ」
「よろしくッス!」
勢いよくサムズアップするウェッジを見やりながら、ふと考える。
「わたしは……」
高崎明梨、と名乗っていいのだろうか。
何も分からなかった。
だから、一瞬だけ悩んで、自分の中でいちばん角の立たなさそうな選択をした。
「……サクラ。サクラ・アマモリです。よろしくお願いします」
それは、ゲームの中におけるわたしの名前。
サクラは戸惑いを隠すようにできるだけ笑って、ぺこりと頭を下げる。
病的な白い肌に、ほっそりとした首と腕。
静かに力なく名乗るその姿は、気づけば消えてしまいそうなほど儚く見えた。
※
久々のご飯を食べ終えて、ジェシーとウェッジに案内されたのは雑然と機械類やモニターで埋め尽くされた、まさに研究室というイメージそのものの部屋だった。
中央には一際大きなテーブルがあり、その上には設計図らしきものやメモ書き、地図など、様々な書類が雑然と広げられている。
そして、そこには光の戦士であれば誰もが見慣れた顔がいた。
「サクラさん、話は聞いてるぜ。俺はシド。ウチの社員たちを救ってくれてありがとう。この恩は決して忘れない」
目の前で、ガーロンド・アイアンワークスの会長に頭を下げさせている。
サクラはもともとただの大学生で、もちろんこんな風に年上の大人に頭を下げられた経験なんてない。だから、この光景になんと答えていいかわからずただおろおろしてしまっていた。
「あっあの、わたしが勝手にやったことですから。こちらこそご飯いただいちゃって、ありがとうございます。あ、あとサクラでいいです」
「礼なんていらんさ……あの程度の食事しか出せず、本当にすまない」
シドは沈痛な面持ちを崩さなかった。サクラがどう声をかけようか迷っていると、奥から肩をすくめながら挑発的な声がかけられる。
「ハッ、いつものショボくれた食事で恩を返したつもりとはな。ガーロンドォ、弊社もいよいよ経営が厳しいと見える」
「ネロ、お前は黙ってろ! ええと、サクラ。この男の言うことは一切、気にしなくて、良い。客人にはとても聞かせられん皮肉しか言わん男だ。出来れば聞かないでくれ……」
「は、はあ」
(ネロさン、普通にガーロンド・アイアンワークスで働いてるんだ……)
サクラはなんとも意外に思った。シナリオの感じでは有事の時だけ突然帰ってくるだけの神出鬼没の社員ってイメージだったけれど。
ついサクラがまじまじとネロの顔を見ていると、ネロは意地の悪い笑顔を浮かべた。
失礼だった、と思った時には既に遅かった。
「おい女。ずいぶんとオレの顔に興味があるみたいだな?」
「アッ、いえその、友達に似ていてつい。失礼、でしたよね……ごめんなさい」
「フン、それなら謝りついでにひとつ質問に答えて貰おうかね」
「質問?」
サクラは首を傾げた。そして重大なことに気づく。
そういえば、どこから来たのかって聞かれたらわたし何て答えればいいんだろう!?
ええとアウラだから東方? ひんがしの国? クガネ? 怪しくない!? 大丈夫!?
「ネロお前、まさか……!」
シドがはっとしたように目を見開いてネロに食ってかかる。
ネロは鼻で笑った。
「オイオイ、シドよ……。らしくねえぜ。オレはお前がやろうとしていたことを代わりに言ってやってるだけじゃねえか。それとも本当に社員を助けてくれてありがとう、で済ますつもりか? まず最初に確かめなきゃならんことがあるだろ」
「待て、それはもっと落ち着いてからだな……」
ネロはシドを無視してサクラの顔を意趣返しするように見据えた。
それは見つめているというよりは、ただじっと水槽の中の生き物を観察しているような冷たい瞳だった。
「なあ……念のため聞くが、お前は本当に“人”か?」
「―――え?」
サクラは言葉に詰まった。
予想だにしていなかった質問だった。
いつもだったら、何かの冗談だと思うし、そうに決まってるじゃん。なんて答える。
でも。
今のわたしは。
わたしの身体はこんなになってしまったのに、本当にそうなのだろうか。
いまのわたしは本当に、わたしなんだろうか?
今のわたしって……何?
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4.せめて前に進みたい
晴れた青空の下、いろいろな人とすれ違う。
鎧を着て武器を背負った冒険者たちはもちろん、戦いを生業にしているようには見えない「普通」に暮らしているような人たち。
広場で追いかけっこをしている子供たち。その風景を見ながら赤ちゃんを膝に乗せ、ベンチで休んでいるミコッテの母親。
ずいぶん賑やかな街だと思った。
(……ゲームで見たモードゥナより、なんていうか)
広い気がするし、人が多い。
もちろんゲーム内の街はある程度簡略化されているし現実の縮尺に当てはめるのもおかしな話だけれど、それでもここはサクラがゲームの中で見てきたモードゥナより発展しているように見えた。
目線を上げれば塔のように積み重なった石造りの建物と、クリスタルが剥き出しになった崖には増築を繰り返したような木造の建て屋が細い通路を介してへばりつくようにずらりと並んでいる。
ゲームの中のレヴナンツトールはもっと整った街だったはずだけれど、今サクラの目の前にある風景はどこかスプロールじみていて無計画に拡大を続けた結果、混沌としているように思えた。
一歩先を案内するように歩いているウェッジが振り返ってサクラを見上げた。
「サクラはレヴナンツトールに来るのは初めてッス?」
「え!? え~っと……まだ記憶があやふやで思い出せないかな、って」
「あ、そうだったッス! オイラのしたことが……ごめんッス~」
「その、だいじょうぶです、じゃない。だよ。朝にも言ったけど気にしてないからね……?」
ウェッジは申し訳なさそうな顔をしてあたふたする。
最初は敬語で話していたのだけれど「サクラは命の恩人ッス! 敬語はいらないッス!」と元気よく言われてしまえばそういうわけにもいかなかった。
そしてウェッジがレヴナンツトールの案内をしてくれるというので、言われるがままサクラはこうしてただウェッジに付いて歩いているのだった。
そもそも騙しているのはこちらだ。いや、ゲームの中でしかレヴナンツトールに来たことは無いので完全に嘘ではないが、サクラは嘘をついているような気がして心が痛くなる。
「この街も第八零災があってからずいぶん変わったッスよ。前は冒険者サンたちが出入りするための街だったのに、今じゃ普通の民間人のヒトがたくさん住み始めて人口も爆増してるッス」
「第八霊災……」
サクラは重く呟きながら、ついさっきネロとシドと話した内容を思い出した。
ネロの詰問に対しては「記憶があやふやでよく分からない」と言ってひとまずは乗り切ったけれど、その後にふたりから教えてもらった情報がサクラの心に大きな影を落とすことになる。
この世界は第八零災が起きた後の世界だ。
ファイナルファンタジー14ではかつて世界が一変するほどの大災害が七度起こった。それを零災という。
そして大型パッチ『紅蓮のリベレーター』の最終章にてやがて起こることが判明した第八霊災、その正体はガレマール帝国が開発した悪魔的兵器《黒薔薇》の投下による世界の崩壊である。
さらに《黒薔薇》によりファイナルファンタジー14の主人公である《光の戦士》そして彼が所属する組織《暁の血盟》のキャラクターたちも全て戦死することが明かされた。
その第八零災が起こる未来を変えるための旅路。
それが大型パッチ『漆黒のヴィランズ』のストーリー、だった。
それなのに。
サクラが今いるこの世界では既に第八零災が起こっている。
サクラが聞かされた事実。
目を覚ました場所は2年前にガレマール帝国の毒ガス型エーテル兵器《黒薔薇》によって滅んだグリダニアの跡地であり、普通のヒトなら即死するほどの霊極性のエーテルが未だに残留しているということ。
そして追究されたのは何の対策も無くその真っ只中で生存しているサクラは一体何者なのか、ということだった。
(そんなの、わたしの方が知りたいよ)
ゲームをしていて、気がついたら自分のキャラの姿そのものになってあの場所にいた。
そんなことを正直に話した方がよほど怪しいだなんて自分でもわかる。
『まあ、オマエが何かを隠しているか……あるいはただの特異体質なのかは知らねえが、帰る場所もねえってンならここに置くしかねえってこったな。どうせ弊社の恩人殿を放り出すワケがねえンだろ、会長殿はよ』
ネロはサクラのことを怪しんではいたけれど、意外にも深く追求することは無かった。
そして話を向けられたシドはサクラさえ良ければという前提のもと、ガーロンド・アイアンワークスの客分として迎えることを提案したのだった。
『……あの、いいんですか? 自分で言うのもなんですけど、わたし、怪しくないですか?』
『ハッ、この街にいる奴らなんぞ殆どが訳アリだろ。怪しくないヤツを探す方が難しい』
ネロはそう鼻で笑った。
出自も殆どわからない冒険者たちが寄り合う、特定の国に依存せず誰もを受け入れる拠点。
それがレヴナンツトールの始まりだった。
「……だからこんなにすごい無理矢理な建て方してるんだ」
「そうッス。あの《黒薔薇》で住んでいる土地や国を失ったヒトたちもたくさんここに住んでるッス。今もできるだけ逃げてきたみんなを受け入れられるように急ピッチで住居を作りまくってるッスよ! これからは壁の外にも街を広げようって話が出てるッス」
壁の外、というと崩壊したキャンプのことだろうか。
街を出て西に少し行くと、今のレヴナンツトールの前身だった《崩壊したキャンプ》という場所がある。第七零災によって崩壊したらしいけれど、サクラは旧版*1をプレイしたことが無いので情報としてしかそれを知らない。
ウェッジの話を聞きながらきょろきょろと周囲を見渡しているサクラの目線に一際背の高い細身の男性が写った。
ララフェルの背の低さにもびっくりしたけれど、その逆だってある。
日本では殆どお目にかかれないほどの身長に目が奪われる。ほっそりとした超長身の民族、エレゼン。
細長い耳に切れ長の瞳。いわゆるファンタジー作品における「エルフ」を踏襲した種族だった。
さらにウェッジに視線を移して、現実と「違いすぎる」身体的特徴を実感する。
(まあ……わたしも同じか)
サクラは自分の耳から生えた乳白色の蟹の腕みたいな角に指を添えた。
どうやらこの角が耳の代わりをしているようで、耳が無くても音や声が普通に聞こえるのだがいまいち違和感がぬぐえない。
そして尻尾の感覚もぞわぞわする。当然意識すれば尻尾を動かすことはできるのだけれど、元々持っていなかった器官が急に生えてきた感覚はただ、気持ちが悪い。
「サクラ、どうしたッス? なにか気になることでもあったッス?」
「ううん、この街はいろんなヒトがいるんだなって思っただけ」
サクラはそう言って薄く笑った。
こんなよく分からない身体なのに、表情筋は都合良く不安に思う心を隠してくれた。
※
サクラが一通り街を案内してくれたウェッジと一緒に石造りの社屋へ戻った時のことだった。
「おい! ガーロンド社がグリダニアに調査へ行ったというのは本当かと聞いているんだッ!」
「ですからそれは社外秘ってヤツでして……申し訳ないんですけどお答えすることができないんッスよぉ……」
ガーロンド・アイアンワークス本社。
玄関扉を開けたロビーの受付にて、フォレスター*2の青年が強い剣幕で、青い制服を着た事務員に詰問していた。冷や汗をかきながら対応する事務員は困ったように声が上ずっていた。
「それに何だお前、そんなふざけた眼鏡かけやがって! 何が申し訳ないだよ、俺を馬鹿にしてんのか!?」
「ふ、ふざけた眼鏡!? これはエンドレスサマーグラス*3という、眩しい日光をカットしつつ夏を感じられる素晴らしい由緒正しい装備ッスよ! けしてふざけてなんていないッス!」
パリピじみた白いサングラスをかけた事務員。頭からは特徴的な長い兎の耳が生えている。ヴィエラと呼ばれる『漆黒のヴィランズ』にて追加された比較的新しい種族である。
サクラはその姿に見覚えがあった。
リリヤ・シアサリス、南方ボズヤ戦線*4においてガーロンド社の新入社員として登場するNPCのひとりだ。
すかさずウェッジがふたりの前に進み出た。
「リリヤ、一体何ごとッス?」
「ウェッジ先輩! そ、その……ウチがグリダニアへ調査へ行ったかどうか教えろって、このヒトが聞かなくて」
「お前たちがシラを切ってもこっちは分かってるんだ! いいか、ガーロンド社がグリダニアへ入る手段を開発したのなら、それは俺たちグリダニアの民に最初に提供されるべきものだろう! それなのに何をコソコソやってる!?」
ウェッジは指をさしながら興奮しているフォレスターの青年を一瞥すると、サクラの顔をちらりと見て、安心させるようににこりと笑みを浮かべた。
心配するな、ということだろうか。サクラにはその程度しか分からなかったので、とりあえず黙っていることにした。
「……まず、アンタは誰にそんなことを聞いたッス?」
「見たヤツがいるんだよ。街から出たすぐのところで、ガーロンド社がグリダニア方面に飛空艇を飛ばしてたって」
「そうだったッスか……まずお答えすると、ウチがグリダニアに調査に行ったことは事実ッス。これは別に秘密にしたかったわけじゃなく……まずウチが開発しているブツの安全性を確認するまでは正式に発表ができなかったからッス。だからけしてグリダニアの市民のみなさんをないがしろにしているわけではない。ということを伝えたいッス」
ウェッジが答えるとリリヤがぎょっとした。それ言っていいンスか? そんな心の声が聞こえてくるようだった。フォレスターの青年は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。
「ほら見ろ! やっぱり思った通りじゃねえか! なら話は早い。いますぐにお前らの開発してるそのブツとやらを俺たちグリダニアの民に提供しろ!」
「それはまだ無理ッス。今のグリダニアは危険なモンスターがうようよしてて、行くだけでも危険すぎる場所ッスよ。オイラもすんでのところで死にかけたッスから」
そこまで言って、ウェッジのゴーグルが剣呑な光を帯びた。
「―――それとも、アンタ、故郷に還れれば死んでもいいって言うッス?」
「はっ、お前らみたいな根無し草には分からんだろうさ。故郷を焼かれて、家族を失った苦しみが! 難民として扱われここに居続けることの惨めさが! 何もかも失った俺たちが今更命を惜しいと思うとでも?」
「……オイラにはアンタの苦しみは分からないッス。でも、こんな世界でも、ウチは生きるための技術を開発しているつもりッス! だからアンタみたいな死にたがりには、ウチの技術は使わせてあげられないッス!」
「この野郎―――!」
激高した青年が拳をウェッジに向けて振り下ろした。殴られる! ウェッジはほんの少しだけ顔を背けた。
「ダメだよ」
ぞっとするような冷ややかな声だった。いつの間にか、誰もが知覚できない速さでサクラの右手が青年の手首を掴んでいた。
「離せ! ッ……離せよ……!」
青年はサクラの顔を見て怒鳴ろうと、した。でも無理だった。ただ、気味が悪かった。
捕まれた右手首がぴくりとも動かなかった。感触は冷たかった。
自分の腕を掴んでいるのが、こんな顔色の悪い女の細腕だとはとても思えなかった。そして当の女の瞳はただじっと無表情に自分の顔を捉えている。
そこには得体の知れなさだけがあった。
「もう殴らない? それなら離してもいいよ」
「……ッ! わかったよ! わかったから離してくれ……」
少し頭が冷えたのか、青年はサクラから顔を背けながら言う。サクラは掴んでいた手首を離した。
青年は少しだけ呼吸を整えるときつく拳を握りしめた。
「……何が、何が生きるための技術だよ! こんな世界はもう終わってんだよ! 帰るべき場所もない、いつまで生きられるかもわかんねえ……どうしろってんだ! もはやア・ルン様*5も俺たちを導いてくださらないッ! なら……俺たちは自分たちの手で故郷に還るしかないじゃないか! クソッ……」
青年はその場に膝をついて慟哭した。
「せめて、妻の亡骸だけでも埋葬してやりたいってのは、俺の我儘なのか……? なぁ……」
ウェッジも、リリヤも、サクラも、何も言えなかった。
ただ、この世界にありふれた地獄のひとつがそこにあった。
※
その後、騒ぎを聞きつけた社員たちによってフォレスターの青年は社屋の外へ連れ出された。
そして静かになったロビーで、机を挟んでサクラとウェッジは座っていた。
ウェッジは俯いたまま口を開いた。
「……グリダニアには、黒薔薇の犠牲者たちがそのまま骨になった状態で散乱してたッス。サクラも見たッス?」
「うん」
「だから……あのヒトの気持ちはよく分かるッス。家族でも無いオイラですらあんな風に亡骸が野放しにされてるのは、忍びないって思うッスから。それにオイラは結婚してないッスけど……もし、自分の大切なヒトがそうなったらって思ったら、絶対に耐えられないし、どんな危ない場所でも行かなきゃって」
ウェッジはぽつりと呟いた。
それはタタルのことなのだろうか、とサクラは思う。
タタル。暁の血盟の受付嬢にして金庫番だったキャラクタ-。
ゲームにおいて、ウェッジはタタルに片思いしており、ことあるごとにその思いを伝えられずにいたことを思い出す。
「それでも……ウェッジはダメって言えた。すごいよ」
「そうッスかね……?」
「うん、それだけウェッジが技術に責任を持ってるってことでしょ? だから……辛くてもそういう風に言えるってことは、立派だと思うよ」
サクラは素直にそう思った。でもそれはきっと自分が辛い思いをしていないから言える無責任な励ましじゃないか、とも。
ウェッジは力なくサクラを見つめた。
「サクラ、ありがとうッス……。それにまた、守ってもらっちゃったッスね」
「気にしないで、そもそもウェッジが殴られるのはおかしいんだから」
サクラはできるだけ柔らかい笑みを作った。少しでも安心して貰えればいいんだけれど。
「……あと、さっきはああ言ったッスけど、オイラも本当は分からないッス。生きるための技術、親方は「技術は自由のために」って言うッスけど……そんな自由に生きていける世界は、この先、あるッスかね……?」
それは、質問では無かった。
ただ、遠くに行ってしまった何かにすがるような、そんな声音だった。
サクラは、漆黒秘話*6というものを読んだことがある。
そこに描かれたのは、決して死ぬまで報われず、世界は変わらず、200年後の悲願に向けて、ただ信じて託して死んでいく役目を背負った世代。それが今ここに生きている人たち……。
そして、わたしもまた、きっと。
楽しさだけがあったMMOの世界はそこにはなくて、明日すら見通せない絶望がここにある。
サクラがウェッジに声をかけようとした、その時だった。
「あ、あのっ! あなたがウェッジ先輩とビッグス先輩を助けてくれたっていう凄腕の冒険者さんッスよね!?」
「えっ」
「あっ、自分はガーロンド・アイアンワークスで整備士兼事務員やってるリリヤと申します! さっきの腕をバシィ、って掴んだのも見ててシビれました! クールすぎて憧れるッス! よ、よかったら握手してもらってもイイッスか?」
「えっえっ」
サクラは近づいてきたリリヤと流されるままにぶんぶんと握手をしていた。
「リリヤ、サクラが困ってるッスよ」
「アッ! サクラさんってお名前なんスね! はぁ……お名前も美しい……」
「あっはい。サクラです。今日からガーロンド・アイアンワークスにお世話になってます。よろしくお願いします……?」
「そんな! 下っ端のアタシにそんなご丁寧に! 自分のことはリリヤと呼んでください! サクラさん!」
ひたすらはしゃいでいるリリヤを見ながらウェッジが苦笑いした。
「その、サクラ……リリヤは良いやつッスけど、その、テンションが高くていつもこんな感じッス。だからあまり面倒くさいと思わないでやって欲しいッス」
「そ、そうなんだ」
確かにボズヤ戦線でもこんな感じのしゃべり方だったなあ、とサクラは思い出した。
でも、ちょうど気が滅入っているときにこんな人が横にいたら、きっと嬉しいだろうな。
今だってそうだ。
サクラはこの騒がしさにほんの少し心が救われたような気がしていた。そして、この世界に来て初めて自然に笑った。
「ふふ」
「す、すみません、アタシひとりで盛り上がっちゃって」
「ううん、ありがとうございます。リリヤさん」
「えっ、アタシお礼されるようなことしてないッス! あとリリヤでいいッスよ!」
「アッハイ」
なんかウェッジと同じような流れだなあ、とサクラは思った。なんかしゃべり方も似てるし、似たもの同士なのかもしれない。
きっと、うじうじ考えてたってしょうがない。
なんでだ、どうしてだ、なんて思っても、何も変わらない。
それなら、せめて前に進みたい。
サクラは自然に口を開いた。
「ねえウェッジ、わたしに何かできることってあるかなあ?」
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