【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】 (hasegawa&friends)
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◆概要◆(最初にお読みください)
企画の趣旨&ルール





※現在リクエスト企画は、既に終了しております。
 感想掲示板でのリクエスト行為は、ハメの利用規約に抵触する恐れが御座いますので、ご遠慮下さいませ。

 作者:hasegawa  https://syosetu.org/user/141406/

 こちらに掲載しますのは、以前私の活動報告で上げた【募集文】のコピペ。
 当時の雰囲気を残すために、原文そのままを残しております。



 

 

 

【募】こんな小説を書けこの野郎。【リクエスト】

 

 

 

 いっちょやりますか! 恒例のリクエスト大会☆ 小説大喜利の時間だぁぁーーッッ!!

 

 ――――お題は君だッ! 書くのは僕だッ!

 貴方と私の、友情タッグ小説♪ 【hasegawに書いて欲しい物】を募集いたします☆

 

 さぁ各々がた! かかって参られませぇぇーーい!(膝をガックガクさせつつ)

 

 

 

◆企画ルール◆

 

 

・作品テーマ、ちょっとしたアイディア、タイトル、ジャンル、クロスオーバーの組み合わせ、などなど……。

 貴方が思う、hasegawaに書いてみて欲しいアイディア、またはお題を募集。

 

 

・作品テーマの指定ならば、例えば恋愛物、友情物、バトル物、えっちな小説、胸糞なお話など。

 純粋に貴方が「こういうお話を読みたい!」と思う物を、挙げて下さいませ♪

 

 

・アイディアの指定ならば、たとえば女体化や、擬人化、貞操観念逆転、原作で可哀想だったキャラの救済など。

 貴方が思う「このアイディアで書いて欲しい!」と思う物を、リクエストして下さい♪

 

 

・貴方が考えた、作品タイトル“だけ”を言って頂くのもアリです(笑)

 たとえば「コナンくんがめっちゃ見てくる」「ドリンクバーだけで8時間粘る悪役令嬢」などは実在するタイトルですが、こんな感じの面白そうなタイトルを言って頂ければ、私がそれを作品化します♪

 

 

・ジャンルの指定ならば、ご自身が読んでみたい物(私に書かせてみたい物)を仰って下さいませ。

 私はコメディや、シリアス、あとちょっと胸糞系のお話をよく書いておりますが……、それ以外のジャンルでも大歓迎! 全力をもってチャレンジさせて頂きます♪

 

 

二次小説の作品指定、クロスオーバーの組み合わせの場合は、【私が書いたことのある原作】の中からお願いします。

 

 本当はなんでも書いて差し上げたいのですが……流石に私も「全く知らない作品を一から勉強させられる」という労力は、かなりキツイ物があります……。お金もかかるし、物凄く時間もかかるんだ!w

 私も人の子で御座いますので、どうかご理解のほどをお願いします……!

 

 ちなみに私の過去作の中から、「これのエピローグ(おまけ)を書いて欲しい!」というリクエストも、もちろん受け付けておりますよ~♪

 

 

・上記に挙げた要素を、いくつか組み合わせて、貴方が読んでみたい物をリクエストして下さい!

 例えば【アンパンマンを女体化したラブコメ小説】、【トトロとちびまる子ちゃんのクロスでバトル物】といったような感じで、どしどしご応募下さいませ♪

 

 

・最後になりますが……今回は【無茶ブリOK】です(笑)

 

 私がやった事がないジャンル、執筆すること自体が無謀なアイディア、カオスな組み合わせのクロスなどなど。

 私はただひたすらに、全力で喰らい付いていきますので、どうぞ遠慮なくご応募ください!

 

 ……言うだけならタダだ!www

 

 

 

 

◆執筆について◆

 

 

・今回の企画で書かせて頂くのは、基本“短編”になります。

 

 大体ですが、【1万文字前後の作品】になるかな~と考えておりますので、よろしくお願いします♪

 よっぽどしっくりきて、自分でも気に入ってしまった場合は、連載にするかもですが……またその時はアイディア主さまにお伺いをたてますネw

 

 

・リクエストをもらって書く(だが書くとは言ってない)

 

 私も矮小な人間ですので……出来ない場合はハッキリ「無理!」と言いますw 頂いた物を全て書くのも無理ですw

 あくまで私という書き手が【やれそうだと感じた物】を作品化していきますので、あらかじめご了承くださいませ!

 

 

・何を書かれても怒らないでねっ! お兄さんとの約束だ☆

 

 リクエストを頂きましたら、極力はその通りに書かせて頂く所存ですが、必ずしも貴方の理想通りとはいかないですw

 これはあくまで、【お題を元にして私が考えた物語】だという事を、あらかじめご理解いただけたら幸いです。

 

 もっと言うと、面白いかどうかも知った事ではありません(真顔) 

 私は書いたゾ! それで良いじゃないか!w

 

 そして作品の後書き欄には、スペシャルサンクスとして、貴方のお名前を記載させて頂きますよ~☆

 

 

 

 ――――ではではっ! 企画概要は以上DEATH☆

 来いよオラッ! やってやるよオラッ! ハーメルン投稿者の矜持みせたるわぁぁーーッ!!

 

 さぁ――――君の狂気を見せてみろッ!!!!

 

 どしどし応募してくれよな(逃げたい)

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 この結果! わずか一日たらずで、なんと【計10作品】ものリクエストが届きましたっ!

 この場をお借りして、ご参加下さった皆様に、お礼を申し上げます(逃げたい)

 

 hasegawa

 

 



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リクエスト採用作品。
『サーヴァント、ファイター。真名、リュウ。よろしく頼む』(項劉さま 原案 )




 アインス!(ひとーつ!)





 

 

 

「なんで僕が、こんな事しなくちゃなんないんだよ!」

 

 その日、間桐慎二の大きな叫びが、冬木の青空へ響き渡った。

 

「毎日毎日、しゃがんではシュッシュ! しゃがんではシュッシュ!

 いったい何なんだよコレ! 何をさせられてるんだ僕は!」

 

 富裕層と言っても差支えない、大きな間桐家の屋敷。

 だが慎二が今いるのは、そこのただっ広い庭だ。あたたかな暖炉も無ければ、快適なソファーも無い。

 こんな寒空の下で、ずっと伸び散らかした芝の上、立ったり座ったりを繰り返している。

 

 それもそのハズ。いま慎二がさせられているのは、“しゃがみ中キック”。

 先日ここへやって来たある男から、「これを練習するんだ」と指示を受けて、ひたすら繰り出している最中なのである。

 

「――――現代格闘技に、こんな技ないよ!!!!

 なんでいちいち屈む必要があるの?! 腰が痛いよ僕!」

 

 そんな愚痴を喚き散らしつつも、慎二はひたすら屈んではキック、屈んではキックを繰り返す。

 彼はシニカルな性格で、人に指図をされるのが大嫌いであるが、意外と素直な所もあるのかもしれない。無駄に律義であった。

 

 世の中には“サーキットトレーニング”という、ダイエットにとても効果的とされる有酸素運動があるが、この立ったり屈んだりキックしたりを繰り返す運動も、それに消費カロリーは負けていないと思う。

 別に彼は、ダイエットなど微塵も興味が無いのだけれど。

 

 だが今、そんな慎二の心の声が届いたのか、もしくはプチ近所迷惑になるほどに声が響いていたのか……。この場に一人の男が現れる。

 もうファックファック言いながら“しゃがみ中キック”とやらを反復練習していた慎二は、それに気が付いた途端、「ぐぅあー!」っと喚き散らす。

 

「おいリュウ! お前ホントふざけんなよ!?

 一体どこ行ってたんだよっ! マスターの僕を残してっ!」

 

「すまない、妹さんの手伝いをしていたんだ。

 力仕事だったので、俺が居た方が良いと思った」

 

 これまでの疲労から、もうガクガク震えている大腿四頭筋。

 だが慎二は、それをモノともしない勢いで、リュウと呼ばれた男に詰め寄っていく。

 時として、怒りというのは、肉体を凌駕するのだ。とんでもないパワーになるという事を、奇しくも慎二は証明してみせた。無駄に。

 

「部屋の模様替えをしていた。

 リビングの家具を動かしたり、カーペットを新しい物に変えたり。

 いつもは兄さんがやってくれるんですけど……と妹さんは言っていたが、君は修行の最中だからな。俺が代ったんだ」

 

「なにが修行だよ! 僕こんな事したく無いんだよっ!

 それこそ、部屋の模様替えでもしてた方がマシだ! ソファーでも持ち上げてる方が、よっぽど有意義だっての!」

 

「おお。やはり君は、良いお兄さん(・・・・・・)なんだな。

 さっき妹さんも、『兄さんは捻くれてるし、天パだし、性格悪いし、私のケーキを黙って食べるゴミカス人間だけど、優しい所もあるんです』と言っていたが、聞いていた通りだ」

 

「ちょっと待って?

 え……それ桜が言ってたの? ホントに?」

 

 慎二はさっきまでの怒りを忘れ、素になって問いかけた。

 

「きっと君達は、支え合って生きて来たんだな……。

 たった二人の兄妹なのだし、仲が良いのは素晴らしい事だ」

 

「聞いてる? 僕いま質問してるんだけど。

 桜ほかに何か言ってた? 僕きらわれてるの?」

 

 リュウは腕を組み、なにやら関心したようにウンウンと頷くばかり。あちらの質問は全て黙殺していた。マイペースである。

 

「さて! では俺も一緒にやろう!

 待たせてすまなかったな慎二。修行再開だ!」

 

 やぁ~るぞぉー! きっとラピュタを見つけてやるぅ~!

 あたかもパズーのような良い顔で、リュウがいそいそと隣に並ぶ。「ワクワク!」という擬音が聴こえて来そうだ。

 

 関係ないけれど、こうして並んでみると、ガタイの差が凄い。

 慎二も決して低い身長では無いのだけれど、人生を懸けて身体を鍛えこんでいる男とは、もう比べるべくも無い。リュウの胸囲は120㎝もあるのだ。大胸筋(マッスル)で。

 まさに大人と子供、錦鯉と金魚である。

 

 そして当然の事ながら、そんな超合金みたいな身体の男に、「さぁやろうか」とプレッシャーをかけられているのだ。

 まだ少年の域を出ない慎二が、逆らえるワケが無い。

 

「ちょっと待ってよっ! 僕もう1時間もコレやってたんだよ?!

 しゃがみ中キックばっかりさぁ!」

 

「ん? まだ昼じゃないか。日が落ちるまで(・・・・・・・)は、まだまだ時間があるぞ」

 

「!?!?」

 

 慎二は目玉が飛び出さんばかりに驚愕するが、リュウの方はのほほんとしたモンだ。さも当たり前のように告げる。

 

「反復練習が大事なんだ、身体に覚え込ませる為に。

 頭で考えるのではなく、自然と身体が動くようにしなければ、イザという時に困る」

 

「イザという時って何だよっ!!

 こんなの覚えたって、どこで使うっていうんだ! しゃがみ中キック(・・・・・・・・)だぞ!」

 

 ――――こんなのやってるヤツ、僕みた事ないよ! お前以外で!!

 慎二の魂の叫びが、再び冬木の空に木霊する。結構な近所迷惑。

 

「だいたい何だよ“中”って! 意味わかんないよっ!

 本気じゃないけどぉ~、手を抜いてるワケでもない~。……って中途半端ぁ!

 いつも全力でいけよっ!!」

 

「分からないと言われても、“そういうもの”だからな。俺に訊かれても困る。

 さあ練習しよう」

 

「――――断るッ! そんな理不尽な話があるかッ!!

 せめて説明責任を果たせっ!」

 

「しゃがみ中キックは、しゃがみ中キックだろう? それ以外の何物でもない。

 俺も師匠に、『今日はしゃがみ中キックを教えるぞい』とか言われ、練習させられたんだ」

 

「――――何も思わなかったの!? 何の疑いもなく?!?!

 言われるままじゃなく、自分の頭で考えろよ! 素直すぎるって!!!!」

 

 たとえば衛宮くんなんかも、凄く素直で良い子なんだが……でもリュウのそれは、彼とはちょっと違うような気がする。

 こいつのは、いわば“脳筋”だ――――

 もう考えるのを放棄し、筋肉のみで生きてるとしか思えない。それでも文明人か。

 

「しゃがんで、しかも中だぞ?! わかってんのか!?

 ぜったい麻痺してるってお前! 目ぇ覚ませよっ!」

 

「よく分からないが、君にいま必要なのは、しゃがみ中キック(・・・・・・・・)だ。

 俺はそう確信しているよ。さぁやろうか」

 

「お前ッ……! ホントお前ッ……! お前はッッ……!」

 

 一瞬“偽臣の書”が突っ込んであるポケットに目をやるが、結局はそれを使うこと無く、苦虫を噛み潰したような顔で練習を再開。

 こんなにも良い笑顔で始められたら、もうそれに付き合うしか無いとばかりに、一緒にしゃがみ中キックをおこなっていく。

 

 なんでこんな事になったんだろ……なんでこの僕が……。

 慎二は動きを続けたまま、思考だけで別のことを考える。

 このリュウという男と出会った日の事を、思い返してみた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「サーヴァント“ファイター”。

 真名はリュウだ。よろしく頼む」

 

 もう数日前となる、とても満月が綺麗だった夜。

 間桐陣営は地下室に集まり、此度の聖杯戦争に向けて、サーヴァントを呼び出した。

 

「これから先、俺の拳は君と共にある。

 まだ修行中の身だが、力を尽くすよ」

 

 きっと、人が見たら「ほわわ~ん♪」となっちゃうような笑み。

 そらサクラちゃん(ストゼロⅡ)も惚れるわと言わんばかりの男前さで、たった今召喚したサーヴァントは、慎二に握手を求めた。

 迷うこと無くスタスタと歩き、そこにいた彼に手を差し出したのだ。「あ……あのっ」とか言っている桜ちゃん(Fate)には目もくれずに。

 

「うん。まだ若いが、良い目をしている。

 困難を乗り越える事や、戦うことを知っている者の目だ」

 

 ……えっと、リュウさんって、人を見る目が無いんですか?

 その人チンカス野郎ですよ? と桜は言いそうになったのだが、とても口を挟める雰囲気じゃなかった。

 

 今も慎二はキョトンとした顔で、〈むんず!〉と掴まれたおててを見つめながら、パチパチ瞬きを繰り返している。きっと状況が理解出来ていないのだろう。

 そんな哀れな彼を他所に……今この場で儀式を見守っていた間桐臓硯が、一歩前へと出た。

 

「ふむ、ギリシャ神話のメデューサあたりが来るかと思うとったが……、予想を外したのぅ」

 

 先ほど、眩い光と共に、暴力的なまでの風がこの部屋に吹き荒れ、その中から現れたのは、見知らぬ白い道着を着た人物。

 真名を“リュウ”と名乗ってはいたが、長い時を生きた臓硯をしても、知識の中には無い。

 

 

「お主……何者じゃ? 格闘家(ファイター)などと言うておったが、どの程度戦える?」

 

「――――確かめてみろ」

 

 

 ドン! ドスッ! スパーン!!

 そんな三つの音が、連続して響き渡る。慎二と桜が見ている前で。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 打撃音(・・・)だ。

 たった今この地下室に木霊し、そして自分達の耳に届いたのは、一人の男が人生を懸けて鍛え上げた技による、重い打撃音。

 もしくは、“人体を破壊する音”というべきか――――

 

「あ……あれ?」

 

「りゅ、リュウ……さん?」

 

 いま慎二と桜が見たのは、自分達の祖父を名乗る怪物が、天高く跳ね飛ばされる光景(・・・・・・・・・・・・)

 あの三つの音は、瞬く間にリュウが繰り出した、彼の“コンボ”によるものだった。

 

 飛び蹴り、ボディ打ち、そして突き上げるようなアッパーカット。

 彼らは知る由も無いが、もしリュウと同じ世界に住む者達が見れば、それが【めくりジャンプ強キック】、【立ち近強パンチ】、そして【キャンセル昇竜拳】である事を理解するだろう。

 

 この三つの攻撃を、リュウは流れるような動きをもって、連続しておこなった。

 ふいに、即座に、相手に何もさせる事なく。

 

 いま攻撃を終えたリュウが、スチャッとばかりに地下室の床に降り立つ。

 そして高く跳ね飛ばされた臓硯の方は、まるでスイカでも叩きつけたような模様を天井に作ってから、同じく床におりた。……いや激突した(・・・・)という方が正しいか。

 あまりに咄嗟だった為か、もうピクリとも動いておらず、完全に気を失っているのが分かる。

 

 

「真空――――波動拳ッッッッ!!!!」

 

 

 先ほどおこなった、英霊召喚の儀式。それにまったく引けを取らない程の強い光が、再び地下室で荒れ狂う。

 思わず顔を庇った慎二と桜が、ようやくその目を開いた時には……、既にあの悍ましかった“化け物”の姿は、この世には無かった。

 

 活人拳――――ふいに慎二の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。

 いま自分の目の前で、静かに腕を組んで佇んでいる男から、そんなイメージが浮かんだのだ。

 

 この時点では、慎二とリュウに“パス”の繋がりは無い。ゆえにこれはマスターとしての知覚では無く、純粋に彼が抱いた印象なのだろう。直感と言っても良い。

 だがそれは、限りなく正しく――――この上なく的を射た物だった。

 

「真の格闘家への道は、まだ遠い……。修行あるのみ!」

 

「いやいやいやッ!? お前ぇぇーーッ!!」

 

 とても良い顔で、キリッ!

 そんなリュウの姿に、思わず慎二がつっこんだ。

 ちなみに桜は、先ほど「……ふぅ」とか言って倒れた。まだ彼女は知る由も無いのだが、きっとリュウの真空波動拳によって体内の蟲までも消し飛び(・・・・・・・・・・・)、その反動だかショックだかがあったのだろう。

 まぁ、ただ眠っているだけのようなので、何も問題は無さそうだ。

 

「ちょっとぉ! なに暴れてんだよお前ッ!? いったい何のつもりだ!」

 

「――――確かめてみろ!」

 

「やだよ!!!!」

 

 脊椎反射をもって、即座に言い返す。

 自覚は無かったが、意外と慎二は“つっこみ体質”なのかもしれない。NSCの講師も絶賛しちゃうような、見事なキレであった。

 

 あ、この青年は戦わないのだな。残念だ。

 その事を悟ったリュウは、何気なしに天井に目を向ける。

 そこにあるのは、先ほど臓硯(故人)が作った、人体という名のスイカで出来た模様だ。なんか今もポタポタ滴っている。

 

「お互い力を出し切ったんだ……。どちらが勝っても、おかしくは無かった……」

 

「――――ウソつけよ!! 瞬殺じゃないかッ!!」

 

 しかも不意打ち。問答無用。

 あたかもリュウは、お亡くなりになった臓硯のことを気遣うような姿勢を見せたが、それお前がやったんだからな? 殺人事件だからな? と慎二は頑張ってつっこむ。

 見事な仕事だ。どこかのお笑い事務所から、スカウトが来ちゃうかもしれない。これを見ていればの話だが。

 

 ちなみにであるが、ストⅡでもリュウは、たとえパーフェクト勝ちをしてても、あの台詞を言う。相手を煽っているとしか思えない所業だ。鬼畜か。

 

「む、そうか。ではやり直してみるよ。

 他に何があったかな? ……そうだ。

 お前の力はそんなものか! 悔しかったら、かかって来い!」

 

「――――もう死んでるよ!! 殺しただろお前がッ!!!!」

 

 テンプレに頼るな! 自分の頭で考えろ! この状況を見ろよ!

 そんなNPCめいたリュウに対し、慎二のキレのあるつっこみが、朝方まで続いた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「貴公は、変わった戦い方をしますね。

 何故いちいち、ジャンプをするのですか(・・・・・・・・・・・)?」

 

 日課である“しゃがみ中キック”の修行を終えた慎二は、夜の街へと繰り出した。

 街灯の灯りだけが照らす、誰もいない深夜の公園で、彼らはセイバー陣営と対峙している。

 

「前に出る時も、後ろへ下がる時も、なぜピョンピョン飛ぶのです?

 かと思えば、時折じっと屈んだままの状態になる。

 えっと……それどこの格闘術ですか?

 真名を訊くまではしませんけれど、少し興味が湧いてしまいまして……」

 

 セイバーは冷や汗をかきながらも、勇気を出して問いかける。

 見た事ない――――そんな変な戦い方。出来たら是非教えて欲しい。

 もし聞けたらラッキー☆ くらいの気持ちで、思い切って訊いてみた。

 

「剣撃を物ともせず、しゃがんだまま蹴りを繰り出してくる戦士など、私は聞いた事が無い。

 しかも徒手空拳ですし……。前腕で剣を弾いたりしますし……」

 

 思わずセイバーは、剣をだらりと下げて、素の表情で問いかける。

 

「貴方はいったい、何なのですか(・・・・・・)

 いやホント、教えて頂けたら、とても幸いなのですが……」

 

 純粋な興味。まるで子供のような――――

 暫しの間、セイバーは戦いの最中である事すら忘れて、目の前の男に夢中になった。

 

「ん、おかしいか?

 俺のいた世界では、みんなこうだったぞ(・・・・・・・・・)

 

「みんなッ?!?!」

 

 剣を落としそうになる。それほどに今きいた事実は、衝撃的であった。

 

「ジャンプをするのは、飛び道具を躱したり、しゃがみガードしている相手を崩す為だ」

 

「しゃがみガード?! 私そんなの、した事ありませんよ?!」

 

「逆にしゃがむのは、相手の下段攻撃をガードしたり、下段攻撃を繰り出す為だ。

 向かい合って、お互いしゃがみ合い、パンチやキックを繰り出すぞ」

 

「しゃがみ合うんですか?!?!

 私それもやったこと無いです! たいへん興味深いっ!」

 

「剣を前腕で弾けるのは、“ブロッキング”という技術のおかげだ。

 これがあるから、俺はノーダメで攻撃をいなせる(・・・・・・・・・・・・)。ゲージを削られない」

 

「――――ノーダメ?! ゲージ?!

 なんですかソレ! 知らない言葉が出てきましたっ!

 でも凄いです徒手空拳の御方! 憧れてしまいますっ!」

 

 なんかおかしな事になっているが、リュウもセイバーも真面目にやっている。

 お互いに善人だし、きっと根が素直なのだろう。ついでに言えば“世間に擦れてない”というか、ちょっと天然も入っているのかもしれない。

 

 ちなみにリュウは、ロレントの棍棒だろうが、バルログの鉤爪だろうが、その全てをブロッキングで弾くことが出来る。もちろんノーダメで。

 たとえアーサー王の聖剣であっても、例外では無いのだ!

 

 リュウのいた世界では、物理よりも“世界のルール”が物を言う。

 高校生くらいのか弱い女の子が、ザンギエフをブン投げたり。幼女の蹴りで〈すってーん!〉とザンギエフを転ばせたり出来るのも、全ては“世界のルール”があるからである。

 

 至近距離で→強パンチを出せば、相手を投げられる――――

 しゃがんだ状態の強キックは、相手を転ばせる効果がある――――

 

 これは、決まっている事だ(・・・・・・・・)。世界のルールなのだ!!

 ゆえにリュウは、受付け時間が3フレームという難しさはある物の、実質的にどのような攻撃であっても、ブロッキングでノーダメにする事が出来る。

 

 それが連続技であるのならまだしも、宝具の攻撃が“単発”であるサーヴァントたち涙目である。

 技を繰り出す前に“初動”があるのなら、たとえそれがどのような神速であっても、リュウは無効化してしまう事だろう。こちとら世界一の格闘家(・・・・・・・)である。

 

「つ、つかぬ事をお訊きしますが……私にも“ぶろっきんぐ”は出来るのでしょうか?

 努力をすれば、貴方のように前腕で、攻撃を弾けるように……」

 

「あぁ出来るさ! きっと出来るようになる!

 努力をすれば、いくらでも強くなれるぞ! 俺が教えてやる!」

 

「――――シロォォーーウ! 今日の聖杯戦争は中止でーーすっ!

 我らが強くなる為に、この御方の指南が必要だっ!!」

 

 私もしゃがんだり、ピョンピョン飛び跳ねたりしたい! 前腕で剣を弾きたい!

 セイバーはまるで恋する乙女のように、キラキラした目でマスターを呼んだ。

 

「あー、ちょっと待ってくれるかセイバー!

 今こっちでも戦ってるからさー? 終わったらすぐそっち行くよー!」

 

 そして、セイバー達がいるこことは少し離れた場所から、彼女のマスターである衛宮士郎くんが、大きな声で返事をした。

 

「慎二、いったいどうしたんだ? 今日はお前、どっかおかしいぞ」

 

「うるさいバカ! 僕はこれしか出来ないんだよっ!

 良いからさっさとかかって来いよ衛宮! 近づいてこいよ!」

 

 いま彼の眼前にいる慎二は、この戦いが始まって以降、ずっと低く屈んだままなのである。

 

 

「――――しゃがみ中キックだよっ!!!!

 リーチも長いし、キャンセルだって効くんだぞ!

 僕はこれで試合を作ってくんだ!」

 

「知らないよそんなの。

 お前どうかしちまったのか? 立って戦わないと……」

 

 

 しゃがみ中キックで牽制し、届かない距離では波動拳。飛び込んで来たら昇竜拳――――

 そんな通称“鳥かご”と呼ばれる、リュウケンタイプの黄金パターンで、慎二は戦う。

 

 ちなみにであるが、偽臣の書を所持する今の慎二には、自らのサーヴァントのステータスが、もうハッキリと見えるようになっていた。

 

 

【CLASS】ファイター

【真名】リュウ

【性別】男性

【属性】孤高・善

 

【ステータス】

 筋力:B 耐久:B(F) 俊敏:B 魔力:B 幸運:B

 ※カッコ内は、無印ストⅡにおいて、唯一リュウだけが持っていた“バグ”のせい。彼はピヨリ時に攻撃を喰らうと、被ダメージが二倍になる。

 

 

 そして……、彼の特殊スキルの欄にある、【人たらし:S】の文字。

 これはリュウが持つ“人間的な魅力”の事で、一度拳を交えた者とは、たとえそれがどれほどの悪人であっても友達となれるという、彼の人徳が神格化した物である。

 リュウのいた世界では、もう世界中の格闘家たちが、彼を尊敬して慕っていた。サガットにいたっては、悪の道から更生までしたのだ。

 

 この【人たらし】のスキルこそ、慎二がいまいちリュウを邪険に出来ない、理由のひとつかもしれない。

 まぁそもそもの話、もし慎二が「令呪をもって命じる」とでも呟こうものなら、その「れ……」の時点でしゃがみ中キックor波動拳が飛んでくるだろうから、とても令呪なんてモンは使えないのだが。怖くて。

 

 ゆえに実質、慎二はリュウを従わせる術を持たず、彼を好きにさせておく事しか出来ずにいる。

 

 

 ――――けどまぁ、コイツのことは、キライじゃないし(・・・・・・・・)

 ――――真面目で素直な所とか、なんか衛宮に似てる感じがして、放っとけないじゃん?

 

 

 

 

 

 

 

 この日、少年の聖杯戦争の幕は上がった。

 

 これから間桐慎二は、サーヴァント“ファイター”のマスターとして、「魔術なんて知った事か!」とばかりに、しゃがみ中キックで戦うのだ。

 

 何かが激しく間違っている気が、しないでもなかった。

 

 

 

 






◆スペシャルサンクス◆

 項劉さま♪




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ムスカ「3分間待ってやる」 ウルトラマン「えっ!? いいんですか?」(砂原石像さま 原案)



 ツヴァイ!(ふたーつ!)





 

 

 

「じゃあね、おばさん。上手く逃げてね」

 

 天空の城ラピュタ――――パズーは今そこに居る。

 正確に言えば、下手こいて取っ捕まってしまった空賊達を助け出すべく、ドーラ船長の座っている床、その真下に潜り込んでいる。

 

 コッソリと床のレンガを取り外し、そこからニュッっと手を伸ばして、ドーラの縄を切ってやった。ついでにナイフも手渡してあげたので、後はドーラ自身がなんとかする事だろう。

 

「ちょいとお待ち。……これを持っていきな」

 

 囚われの王女様、愛しのシータのもとへ向かおうとするハズ―を、決して衛兵たちに見つからぬよう、静かな声で呼び止める。

 ドーラは先ほどのレンガの穴から、自分の懐(というかズボン)に入っていた道具を落とし、パズーに渡してやった。

 

 パズーでも何とか扱えるであろう、小型の大砲。

 それに使う用の、缶コーヒーくらいのサイズがある弾薬も、いくつか落としてやる。

 

 あとドーラ一家御用達の、セラミックで出来た剣。

 使うなら使えとばかりに、フラップターを動かす為のキー。

 お腹が空いたとき用の、紐で縛られたごっついハムの固まりも。

 

「ありがとうね。それじゃあボク、行ってk」

 

「待ちな」

 

 沢山の装備を受け取り、その場から駆け出そうとしたパズーの足が、〈キキィ~ッ!〉と煙をあげて止まる。おっとっと。

 

「ついでだよ、これも持ってきな」

 

「えっ、ボクそんなにいらないんだけど……。持ってかなきゃダメ?」

 

 ドーラが引き続き、穴からゴロゴロと装備を落としていくが、それはDHCのサプリメントとか、暇つぶし用のハンドスピナーとか、マグネットの将棋盤など、全然いらない物ばかり。

 あとドーラが若い頃に撮ったプロマイドや、聖闘士星矢の4巻、サッポロ一番しおラーメンなど、ワケの分からない物まである。

 

 とりあえず、そのズボンにどんだけ入ってたんだ。

 ラピュタに何を持って来とんねんと、パズーは驚愕する。

 

「……ん? ねぇおばさん、この小さいのは何? 見たことない道具だ」

 

「あぁ、それは使ってみれば分かるよ。お前さんもビックリするハズさ」

 

 現代で言うところの、まるでペンライトのような道具(・・・・・・・・・・・)

 それにコテンと首を傾げつつも、パズーはシータを救出するべく、ラピュタの最深部に向けて走り出して行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「土に根を生やし、風と共に生きよう――――

 土から離れては、生きられなかったのよっ!!」

 

「黙れッ! ラピュタは滅びん! 何度でも蘇るさッ!!」

 

 所かわって、ラピュタの最深部。通称【王の間】

 今ここで、シータとムスカによる、この映画における屈指の名シーンが行われていた。

 

「跪けッ! 命乞いをしろッ! 小僧から“石”を取り戻せッ!」

 

「嫌よ! 誰が貴方の言うことなんか! あっかんべーだ☆

 このヘタレ! ロリコン! 七三分け! 若ハゲ!」

 

「ハゲはいま関係ないだろうッ!! ハゲは無いだろうッ!!

 いまハゲの話してないだろう! どこからハゲ出て来た! ハゲは言い過ぎだろう!」

 

「何よウンコみたいな色のスーツ着て! ダサいのよ! あと臭いのよ!

 そんなだから女の子にモテないんだわ! パズーの方がずっとキュートよ! このハゲ!」

 

「ハゲて無いだろうッ!! まだハゲて無いだろうッ!! 生き残ってるだろうッ!!

 ハゲは言っては駄目だ! それは禁止されているハズだ!

 ハゲの話をする事は、法で固く禁じられているんだ! なんでまた言うのだ!」

 

「あの地平線~♪ 輝くのは~♪」

 

「――――やめろぉッ!!!! なんか違う意味に聴こえてくるっ! 止めたまえシータ君!!」

 

「何が石よっ! あなたの頭が飛行石(・・・)でしょ! 髪が天空の城(・・・・)よっ!

 モロズラ! パカッ! ズルッ! ラピカ!」

 

「――――ロムスカ! パロ! ウル! ラピュタだッッ!!!!

 わざと言っただろう!? わざと間違えただろう君は! なんて事をするんだ!」

 

 ムスカがバキュンバキュンとピストルを撃つが、シータは「ひゃっはー!」とばかりに躱していく。たくましかった。

 

「くそぅ当たらん! だが絶対に殺してやるぞ! おのれぇ!」

 

「やれるモノならやってみなさいっ! 当たるもんですかっ!

 こちとら土に根を生やし、風と共に生きてるのよ!」

 

 もうシータ一人で良いんじゃないかな? 助けはいらないんじゃないかな?

 なにやらそんな気もしてきたのだが……、一応この場に、大きな声が響き渡る。

 いま突然、二人以外の声が。

 

 

「――――ヘア゛ッ!!」(やめろー! シータを撃つなー!)

 

 

 そこに現れたるは、銀色の巨人(・・・・・)

 全長40メートルほどの、巨大な人影であった。

 

「――――ジュワッ!! シュワッチ!! ヘアッ!」(石は隠した! 撃てば戻らないぞ!)

 

 どうやってここに来たんだろう? どうやって入って来たんだ? ここ地下だよ?

 今はそんな事、気にする場合じゃない。重要な事では無いのだ!

 

「ヘアッ! ヘアッ!」(シータ無事かい? 怪我はない?)

 

「えっ……、もしかしてパズー? このおっきいのが?」 

 

「ショワッ! ジャア゛ッ! ジョワァァァッ!!」(うんボクだよ! 助けに来たんだ!)

 

「なに言ってるか分からないわパズー! 言葉を話せないの!?」

 

 パズーが先ほど受け取ったのは、“ペーターカプセル”という道具。

 大きめのボールペンほどのサイズで、押せばピカピカ光るスイッチが付いている。

 空賊であるドーラが、ある土地で偶然手に入れた、虎の子のアイテムであった。

 

 ここでは詳しいことは省くが、とりあえずコレは『ウルトラマンに変身する為の道具だ』と理解しておけば間違いない。

 パズーはここへやって来る前、事前にこのアイテムを使用して、見事ウルトラマンへと変身を遂げていたのだ。

 

・身長:40m

・体重:3万5千t

・ジャンプ力:800m

・飛行速度:マッハ5

・パワー:10万tタンカーを軽々と持ち上げる

 

 ――――まさに巨人。みんなのヒーロー! ぼくらのウルトラマンに!

 

 

「ヘアッ! ヘアッ!」(あ、コイツぶっ倒せばいいんだね! こんにゃろ! こんにゃろ!)

 

「ぬわーーーっ!!!!」

 

 まるでカルタをするように、パズーが手の平をペシペシ振り下ろす。その度に地面が激しく揺れ、ムスカ大佐が衝撃で大きく跳ね上がる。

 

「ジョア゛ッ!! シュワッ!! ジャア゛ァァァッッ!!」(あれっ? 意外と素早いや。うおー! 死ねー!)

 

「パズーッ! パズゥゥゥウウウーーッ!!」

 

 今度は虫でも潰すみたいに、足の裏でダンダン踏みつける。

 ムスカはなんとか逃げ続けているが、もう風前の灯火に見える。ボロ雑巾のようだ。

 このあまりに酷い光景を前に、シータは意味も無くパズーの名を呼んだ。

 

「ヘアッ?」(ん、なにシータ? ボクこいつを、やっつけなきゃいけないんだけど)

 

「ちょっと止まって! いったん停止! すんごいラピュタ揺れてる!」

 

「ジョア゛! シェア゛ァッ!!」(でもシータ? 悪党をのさばらせておけないよ。このゴミ虫をペチャンコにしてやろうよ。正義の鉄槌だよ)

 

「そうじゃないのっ! ウルトラマンってそーいうんじゃ無いのよっ!!

 いったん話し合いましょうパズーッ!」

 

 ――――優しい貴方に戻って! あの日のようにっ!

 そんなシータの願いを受けてか、力に溺れていた少年は、いったん動きを止めた。

 

「ヘアッ! ショワッチ!」(しかたないなぁ。……えっと、シータがこう言ってるんだけど。どうしよっか?)

 

 パズトラマンが、ムスカの襟元をつまみ、ヒョイと持ち上げる。

 いま宙づりとなったムスカの眼前には、視界いっぱいのパズトラマンの顔がある。ゼロ距離でガン見しているのだ。

 

 

「――――さ、三分間待ってやる! 待って差し上げるッ!」

 

「ヘアッ?」(えっ、いいのかい?)

 

 

 ポイッとムスカを投げ捨て、パズーは再びシータへと向き直る。

 ちゃんと許可も取ったし、これで安心して話せるぞ! と機嫌良さげだ。ムスカが地面でベチャッとなっているが。

 

「ヘアッ! ヘアッ!」(シータ! おばさんの縄は切ったよ! もう大丈夫だ!)

 

「えらいわパズー。でも何でそんな風に? それを教えてちょうだい」

 

「ジョア゛ッ! ジェアッ! ヘェアァァァッ!」(あ、そうだ! バルスやろうよシータ! きっと楽しいよ! バルス!)

 

「聞いてちょうだいパズーッ!!

 いま子供らしさを発揮しなくて良いの! ワンパクおやめなさい!」

 

 そんな大きな身体なのに、心は無邪気な少年――――

 よく考えたら、これはとてもタチの悪い(・・・・・)事かもしれなかった。

 なんで渡したのよドーラさん。

 

「シュワッチ、シュワッチ」(さっき試したんだけど、ボク飛べるみたいなんだよ。これでシータの谷まで、遊びにいけるね♪)

 

「うん、また遊びに来てね。……でも今そんな場合じゃないでしょ?

 ラピュタが緊急事態(エマージェンシー)よ?」

 

「ジョア! ヘアッ!」(シータお腹すいてない? おばさんから貰った、サッポロ一番があるよ)

 

「そろそろひっぱたくわよ? 人間に戻ったら覚えてらっしゃい。金玉けり上げてやる。

 とりあえず塩ラーメンはいらないわ。味噌なら考えたけど」

 

 今日わかったのは、意外とボディランゲージでも何とかなる! という事だ。

 もうシータには、パズーの気持ちが手に取るように分かる。無駄なスキルであった。

 

「ヘア゛ッ!?!?」(あ、なんか胸のところが、ピコンピコンしてるや!)

 

「えっ、なんで点滅してるの? パズー爆発するの?」

 

 そうこうしている内に、時間が経ってしまったのか、パズーの変身時間は残り30秒。

 彼は3分たったら、元の姿に戻ってしまうのである。カラータイマーの点滅だ。

 

「ちょっと! こっちに来ないでちょうだいっ! あっち行ってよパズーッ!!」

 

「ヘア゛ッッ!! ヘア゛ッッ!!」(えっ、ボク死ぬの!? いやだよシータ! 助けて!)

 

 だがそんな事、彼らは知る由もない。

 パズーは「ボク爆発しちゃう」と思い込み、そんな大きな身体なのに、シータに縋り付く。

 

「死ぬなら一人で死になさいよっ! 線香くらあげてやるわよっ!

 ラピュタで死ねるんなら本望でしょ!? お父さんに自慢できるじゃない!」

 

「ジョア゛! 死にたくヘア゛ッ! 助けシュワッチ!」(やだよ! まだ天国はいやだ!)

 

「どんだけラピュタ壊すのよっ! 瓦礫だらけじゃないココっ!

 私のお城どうしてくれるのよ! 王女なのよ私!? せめて直してから逝きなさい!」

 

「ジョアァァァアアアッッ!! ヘア゛ァァァアアアッッ!!」(うぉー! 死んでたまるかぁー! バルス! バルスッ!)

 

「――――あなた何してるの!!!! ふざけんじゃないわよ!!!!」

 

 死の恐怖に怯え、混乱したのか。

 パズトラマンがシータをふん掴み、そのまま【バルス】を連呼する。

 この場が青く眩い光に包まれ、暴風が吹き荒れ、ゴゴゴッと地鳴りが響く。

 そう、いま轟音と共に、ラピュタが崩れているのだ。

 

 

「あっ……! 元に戻った! 人間に戻れたよシータ♪」

 

「――――いま戻っても駄目よッ! せめて一緒に飛んで逃げてよ! 死んじゃう!!」

 

「目がぁ~! 目がぁぁ~~ッ!! ズラがぁぁ~~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後、パズー達は(タコ)に乗り、お家に帰りました。(おしまい)

 

 

 

 






◆スペシャルサンクス◆

 砂原石像さま♪





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三年F組フリーザ先生!  (ケツアゴさま 原案)



 ドラァイ!(みっつぅ!)





 

 

 

「ねぇまるちゃん? 新しい先生って、いったいどんな人なんだろうね!」

 

 たまちゃんの、いつもよりそこはかとなくウキウキした感じの声が、朝の教室に響く。

 あたしは背負っていたランドセルを机のフックに掛け、愛らしい表情をする親友へと向き直った。

 

「ありゃ、新しい先生が来るの?

 あたしゃてっきり、これから毎日が自習になるもんだとばかり」

 

「まるちゃん……昨日“帰りの会”で言ってたでしょ?

 代理で来てくれた先生が、そう言ってたじゃない……」

 

 なんか〈ドヨーン!〉って感じで、たまちゃんの顔に縦線が入る。きっと呆れてしまったんだろう。

 恐らく、早く家に帰りたいという想いで一杯だったあたしは、帰りのホームルームの内容を、全部聞き流してしまってたんだと思う。

 そんな話はどーでも良いから、早く帰ってリボン読みたいっ! 花ゆめを読ませてっ! とばかりに。

 これはいつもの事だから、だいたい察しはつく。

 

「怪我しちゃった戸川先生の代りだよ。

 入院してる間、しばらくは別の先生が来てくれるって」

 

「おー、いわゆるリンジ教師(・・・・・)ってヤツかい?

 楽しみなような、ありがた迷惑なような……複雑なしんきょーだよまったく」

 

 この前、クラスみんなでお見舞いにも行ったのだけど、先日このクラスの担任である戸川先生は、ちょっとした事故に合ってしまって、いま入院中なのだ。

 

 聞いた話だと……確か風に舞うビニール袋を猫と間違えて(・・・・・・)、代わりに車に撥ねられたんだっけ?

 そのあと、後続車にもガンガン撥ねられ、ボロ雑巾のようにされ、ようやく歩道に弾き飛ばされた後にも自転車に轢かれ、また車道に逆戻りしちゃった挙句に、突っ込んで来たゴミ収集車にトドメを刺されたんだっけ。

 

 中型車とはいえ、あれもけっこう重量のある車両だったりするし、きっと沢山ぶっ飛ばされた事だろう。よく生きてたモンだと感心する。

 流石はあたし達の先生。大人ってスゴイ。

 

 ついでに言えば、跳ね飛ばされて辿り着いた先が、道路脇の溝の中(全身スポッとハマってたらしい)。そして事故にあったのが、ちょうど深夜だったものだから、発見が物凄く遅れて、救助されるまではだいぶ時間がかかっちゃったみたいだけど……。

 気が付いた時には、時計も壊れ、メガネも割れ、ズラも外れてて、財布も家のカギもどっかいってたらしいけど……。

 

 でもあたし達がお見舞いに行った時、先生はいつもとまったく変わらない笑顔で、「来てくれてありがとう御座います」と言ってくれた。

 

 優しい声、あったかい笑顔――――

 それは別に良いんだけど……、なんで先生はあれだけの事故だったのに、おでこに絆創膏を貼るくらいの怪我で済んでいたのかが、不思議でならない。なんで生きてるんだろこの人?

 

 先生はとても温厚な人だけど、実はアイツ鉄で出来てるんじゃないか? マジンガーZの親戚なのでは?

 あれから暫くの間、あたし達はその話題で持ち切りだった。小学生のフレッシュな発想により、様々な憶測が飛び交ったものだ。

 メガネからビームを出すだの、ズラをアイスラッガーみたいに飛ばすだの、オナラの勢いで空を飛ぶだのと。

 みんな馬鹿なこと言ってるな~とは思うけど、あたし的には妖怪人間の線を真面目に疑ってる。ベムとかベロとかの。

 

 とりあえず「あいつは人間じゃねぇ」ということで、最終的に落ち着いたんだけれど……どうか早く良くなって欲しいって、心から思うよ。

 なんだかんだ言ったって、戸川先生あっての3年4組なんだから。みんな先生のことが大好きなのだ。

 

「とりあえず、あたしゃ怒られなきゃ、何でもいいかなぁ?

 テストで20点とっても、ガーって言わない先生がいいよ」

 

「わたしは……どうだろ? まるちゃんとおんなじで、優しい人ならいいかな?

 さすがに戸川先生くらい良い先生って、そんなにいないと思うし」

 

「後はぁ~、面白い先生だったらサイコーだねぇ~。

 欽ちゃんとか、たけし軍団の人みたいなさ。毎日楽しいかもよ?」

 

「それは素敵だね! わたしも楽しいのがいいっ!

 おもしろい授業をしてくれる先生だといいね♪」

 

 たまちゃんと二人「うふふ♪」と微笑み合う。

 やっぱたまちゃんと一緒にいる時が、あたしゃ一番うれしい気持ちになれるよ。

 こうして隣同士の席なんだし、あたし達はいつも一緒、大親友だ。

 だから、別にどんな先生が来たって、全然へっちゃらだな~とか思ってたんだけど……。

 

「――――おいみんな! 化け物が来るぞ(・・・・・・・)ッ!!!!」

 

 でも緊迫感MAXな関口の声が、そんな幸せな気分を、見事ぶち壊してくれる。

 

「職員室で見たんだよッ!! 俺達の新しい先生……もうとんでもねぇヤツだ!!」

 

 おいおい。どうしたどうした。なんだなんだ?

 みんなガヤガヤ言いながら、いま教室に駆けこんで来た関口の方を向く。

 

 コイツは馬鹿だし、乱暴だし、典型的な小学三年生のクソガキ。

 だからあたしも、ぜんぶ話半分って感じで、適当に聞いてたんだけどさ?

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「今日からこのクラスを担当する事になりました、フリーザです(・・・・・・)

 

 けどまぁ、見事に予想は裏切られたね。

 朝の会(ホームルーム)の時間になって、なんか「おっほっほ」とか言いながら教室に入って来たのは、もうまごう事無い化け物だったんだから。まいったねコリャ。

 

「よろしく頼みますよ皆さん? ゴミはゴミらしく、せいぜいお気張りなさい。

 地球人の力とやらを、見せてもらいましょう」

 

 引き続き、機嫌良さげに「おっほっほ」と笑うフリーザ先生。

 ちなみにだが、今あたしたちは「どよーん」と影を落とし、ひたすら下を向いて押し黙るばかりだ。ついでに言うと、さっきから身体の震えが止まらない。いまフリーザ先生の放つ、あまりの威圧感に。

 逆らえば死ぬ――――というのがヒシヒシと分かる。

 

「この職につく前、先生は“宇宙の帝王”をやっていました。

 地球人でいう所の、いわゆる地上げ屋(・・・・)ですね」

 

「ありとあらゆる惑星を力で征服し、利益を貪ってきました。

 もちろん搾取をするだけで、統治なんてロクにしませんよ?

 いつも星が枯れるまま、滅びるがままに任せていました。おっほっほ♪」

 

 ――――帰りたぁい……! お母さんに会いたぁい……!

 ぜったいに先生と目を合わせないようにしつつ、あたし達はただそれだけを願い、必死に耐え忍ぶ。

 

「私のことは、“フリーザ先生”とお呼びなさい。

 親愛の情を込め、気軽に話しかけてくれて結構ですよ?

 何といっても、これから貴方たちは、私の配下(・・・・)となるのですから。

 仲良くやっていこうじゃありませんか」

 

 ――――えっ、あたしたち下僕なの!? 教師と生徒じゃないの!?

 そんな事を言える雰囲気では無い。もう身体の震えを抑えるのに必死だ。

 助けて……助けておじいちゃん! 誰かっ!

 そんなあたしの心の声が、フリーザ先生に届いたのかどうかは、よく分からないけれど……。

 

「ちなみに、貴方たちの戸川先生は、もう居ませんよ(・・・・・・・)

 詳しい説明は省きますが、もうヤツには頼れないという事を、理解しておきなさい。

 さて、出席をとりましょうか」

 

 ――――死んだぁー!! 先生死んだぁーーッ!!

 あたし達は即座に悟る。詳しく説明なんてされなくても、もう魂のレベルで理解できた。

 みんなが愛した戸川先生は、もう帰って来ないんだと。

 

 そんなあたし達の様子なんかお構いなしに、フリーザ先生はマイペースに仕事をこなしていく。

 やっぱ強い人(?)っていうのは、傍若無人だったりするんだろうか? 馬鹿みたいに丁寧な口調が、かえってあたし達の恐怖心を煽る。お家に帰りたい。

 

「ザーボンさん」

 

「穂波です……」

 

「キュウイさん」

 

「浜崎だけど……」

 

 たまちゃん&はまじが返事する。

 どうやらフリーザ先生は、せっかく持ってきた名簿を見ること無く、生徒をあだ名(?)で呼んでいくようだ。まさに帝王の貫禄。

 

「ちょっとぉ! フリーザ先生っ!?

 ちゃんと名前で呼んでくださいっ!」

 

 けれど、ここで勇気ある子が、フリーザ先生に抗議。

 ガタッと椅子から立ち上がって、ブルブル震えながらも、しっかり言ってのけた。

 

「ん? どうしたのですか、ドドリアさん?」

 

「――――みぎわですッ!!!!」

 

 クラス委員のみぎわさんが、顔を真っ赤にして激高。憤慨してる。

 あたしには良く分からないけれど、きっとこの“ドドリア”呼ばわりが、とても不本意なんだと思う。みぎわさん女の子だしね。

 

「ほう、とても元気が良いですねぇ。見どころがあります。

 貴方をこの3年F組(・・・・)の、総大将にしてあげましょう。

 良い働きを期待しますよ、ドドリアさん」

 

「――――み ぎ わ で す ッ !!」

 

 フリーザ先生は、こちらの言うことを全く聞こうとせず、ガンガン仕事を進めていく。

 関係無いけれど、さっきの“3年F組”って何だろう?

 あたし達は4組なんだけど、たしか4は英語でFourだったと思うし、その頭文字なんだろうか? それともフリーザのF?

 

「ふむ。よく考えれば先生は、“気”を感じる事が出来ますし、スカウターもあります。

 なので、別に出席をとる必要はありませんね。ほっほっほ♪」

 

「あ、もうみぎわさんは無視なんだ……。先生って強いんだねぇ(ハートが)」

 

「では授業を始める前に、皆さんに渡しておく物があります。

 今から順番に配りますので、受け取った者は確認をして、名前を書いておきなさい」

 

 思わず呟いちゃったけど、あたしの言葉も当然のように無視したフリーザ先生が、教壇の横に置いてあったダンボール箱を開けていく。

 さっきからチラチラ目に入ってたんだけど、いまフリーザ先生の横には、沢山つみ上がったダンボールがあった。

 

「おい……なんだよコレ」

 

「こ、これを着るんですか? フリーザ先生……」

 

 やがて、フリーザ先生の手によって、クラス全員に“装備”がいきわたる。

 これは、アニメでよく見るような光線銃。そしてなんか……鎧? みたいに見える。とてもおかしな形をしてはいるけれど。

 

「それは、我がフリーザ軍で正式採用されている“バトルスーツ”です。

 柔軟性と丈夫さを兼ね備えていて、しかも軽量な作りとなっている。

 これを装備すれば、ある程度の攻撃には耐えられるでしょう」

 

 ……えっ、あたし達って攻撃されるの(・・・・・・)? なんか痛い事される?

 フリーザ先生の言った通り、意外と軽くて丈夫なそれを抱きしめながら、あたし達は震えあがる。

 

「そしてもうひとつは、同じく我が軍で使用されている、光線銃です。

 貴方たちは地球人であり、しかもまだ子供ですからね。

 戦闘能力を持たない貴方たちが、他所のクラスや他校を侵略する為には(・・・・・・・)、こういった物も必要でしょう」

 

 ――――えっ、侵略するの? 戦うんですか!?

 力が無ければ、道具を使えば良いじゃない――――それはとても理に適っていると思うし、フリーザ軍ってすごくサポートが行き届いてるんだな~と思わなくもないけど、正直とても勘弁して欲しい事態だ。

 あたし達、もう戦闘員にされてるじゃん。小学生じゃなくてフリーザ軍じゃん。兵力に加えられている。

 

 あー、はまじバトルスーツ似合うわぁ~♪

 小柄な永沢にも、ばっちりサイズ合ってるねぇ。たまねぎ頭が映えるわぁ~♪

 もうそんな風に、現実逃避するしか無い。あたしはもう、あのボロ家には帰れないのだ。貧乏かもしれないけど、とても大切な場所だったのに。

 

 おねえちゃんゴメン。冷凍庫に入ってたアイス、食べたのあたし――――

 お父さんゴメン。ポケットに入ってたキャバ嬢の名刺、お母さんに見せた――――

 

 今あたしの脳裏に、家族の顔や、懺悔したい事とかが、とめどなく浮かんでくる。

 もしかしなくても、あたし今日死んじゃうのかもしれない。

 将来漫画家になる夢は、叶いそうになかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 3年4組(F組)が恐怖に支配されて、暫くたった頃。

 軍の正式装備であるバトルスーツに身を包んだあたし達は、「体育の授業をします」というフリーザ先生の指示の下、運動場へと集められていた。

 

「ごべっ!! のごっ!?!? おっぐぇ!!!!」

 

 今あたしの眼前には、“サイバイマン”という化け物にのしかかられ、ゴスゴスとマウントパンチを叩き込まれてる、はまじの姿があった。

 

「ウケケケ! ウケケケ!!」

 

「あ゛ぼっ!! ほげっ!? やべぇ死ぬ死ぬ死ぬっ! 助けてぇーーい!!」

 

 そんなこと言われても、どうしようもない。自分で頑張ってもらう他ない。

 聞く所によると、サイバイマンの戦闘力は1000。そしてあたしが2だそうだから。助けてあげらんない。

 

「ほっほっほ。流石は我が軍のバトルスーツです。

 サイバイマン程度の攻撃であれば、無効化できるようですねぇ♪」

 

 ……いや、はまじ顔面殴られてますケド。鼻血でてるんですけど。

 なぜ生きているのか分からないが、はまじは今も立派に頑張っている。顔面血まみれだけども。

 

「無理だってッ!! 敵いっこねぇってこんなの!!」

 

「動き早ッ!? ぜんぜん目で追えない!」

 

「お腹はやめて! ぼく胃腸が弱いんだよっ!」

 

「たしゅけてぇー! たしゅけて欲しいじょお~!」

 

「藤木くん……死んだのかい? もしかして、やられたフリをしてるんじゃ無いのかい?」

 

 阿鼻叫喚――――男子たちの悲鳴が木霊する。

 今あたし達の見ている前で、「とりあえずは男子から」という事で、一斉にサイバイマンと戦わされている彼らなのだが、もう見るに堪えない惨状が繰り広げられていた。

 

 関口は逃げ惑い、長山くんの眼鏡は粉砕し、山根はお腹を庇ってうずくまり、山田は助けを求めて空に手を伸ばし、そして永沢が「君は本当に卑怯だな」と藤木をなじっていたりする。

 

 みんな小学生のアホガキだし、普段は腹が立つ場面もあるんだけど、こうしてサイバイマンにえらい目に合わされている姿には、流石のあたし達も同情する他ない。

 というか、これ終わったら、次あたし達の番だよ……。

 3年F組の女子たちは、もうハイライトさんが仕事を放棄したみたいに、みんなレイプ目になってる。(死んだ目、っていう意味なんだよね? よく知らないけど)

 

「小杉ぃぃーー! しっかりしろ小杉ぃぃーー!!」

 

「花輪くん息してないよっ! 誰か保健室に!」

 

「ブー太郎が吹っ飛んだぞ! 木の葉みてぇに!!」

 

「ズバリッ! わたくしは死ぬでしょう!! もう身体の感覚がありませぇーん!」 

 

 助けてオトナの人――――あたし達を救って。

 サイヤ人のバトルスーツに身を包んだ男子たちは、サイバイマンに殲滅されていった。(なんとか生きてるけど)

 

「さて、男子はあらかた終わったようですね。

 それでは次、女子の番ですよ」

 

 鬼か。あんたに人の血は……流れてないんだよね。

 とりあえずボロ雑巾になった男子たちを、メディカルカプセルのある保健室に運んでから(フリーザ先生が設置したらしい)、あたし達もソソクサと運動場の中央に並ぶ。

 ホントは行きたくなんか無いけれど、フリーザ先生に逆らったらどうなるのかは、もう火を見るよりも明らかなので、みんなべそをかきながら従っていく。めっちゃ可哀想だ。

 

「まるちゃん……! まるちゃんっ……!」

 

 今あたしの右腕には、縋り付くようにして泣いている、たまちゃんの姿。

 今朝はあんなに笑顔だったのに、あんなに楽しそうに笑ってたのに……どうしてこんな事に。

 

 そんなたまちゃんの泣き顔に、大切な親友の姿に。

 そしてこの世の全ての不条理に――――あたしの血管はキレた(・・・・・・・・・・)

 

「 グゥエエエエェェーーー!! 」

 

「 ギャピィィーーー!! 」

 

「 アギャァァァアアアーーーッ!! 」

 

 見ている男子たちが、目を見開く。それはフリーザ先生ですら、例外じゃない。

 でもそんな事、いま気にしてる場合じゃない。

 だってあたしの背中には、たまちゃんが居るんだからッッ!!!!!!!

 

 

「――――なにさぁぁぁあああーー!! あんた達ぃぃぃいいいーーっっ!!」バキュン! バキュン!

 

「ホゲェェーーーッ!!」

 

「ギャアァァーーーッ!!」

 

 

 乱射する! フリーザ先生から貰った“光線銃”を!!

 

「あたしのスクールライフ、返してよぉぉぉおおおーーーーーーーッッッッ!!!!」

 

「イギャーーー!!」

 

「ギョエエエーーー!!」

 

 どんどん倒れていく、サイバイマン達!

 しゃがみ、飛び、横に跳ねる! そうやってコイツらの攻撃を躱しながら、銃を乱射する!

 怒りのままにっっ!! 身体が命じるままにっ!!!! 敵を打ち倒していくッッ!!!!

 

「あたしは帰るのぉぉーーーーっ!! おじいちゃんが待ってるのぉぉーーーっ!!

 またおじいちゃんとデパート行ったり! 一緒にお母さんに怒られたり! おこづかいもらってお菓子食べたりするのぉぉぉおおお~~~~っっ!!」

 

「ギョギョギョギョ! ギャピィィー!!」(無理無理無理! この人間つよっ!?!?)

 

 舐めないでよ! こちとら国民的アニメのヒロインなんだからっ!

 のび太くんだって、キテレツくんだって、映画とかでは強大な敵を倒したりするじゃんか! あたしだって出来るもんっ!

 

 

「たまちゃんを泣かせるのはッ、誰だぁぁぁあああーーーーーッッッッ!!!!」

 

「「「ヒギャアアアーーーーーー!!!!」」」

 

 

 

 ドン引きする男子たち。あっけにとられた顔の女子たち。

 そして何故かキラキラした目で、あたしを見ているたまちゃん。

 あと「ほっほっほ」とか言いながら、機嫌良さそうなフリーザ先生。

 

 そんな全てを置き去りにして、あたしは運動場を駆ける。

 やがて目の前のサイバイマン達が、必死こいてあたしに土下座でひれ伏す時まで、決して止まる事は無かった。

 

 

 ……戦闘力? 設定? 知らないよそんなの。

 あたし今おこってるのぉーーっ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『素晴らしい活躍でしたよ、さくらさん♪

 あなたを我が軍の特殊部隊、【まる子特戦隊】の隊長に任命しましょう』

 

 

 そんなフリーザ先生のお褒めの言葉を貰ってから、数日後……。

 あたしとたまちゃん、そして山田とか藤木とか野口さんは、今よその学校(・・・・・)に居る。

 いつもあたし達が通ってる清水市立入江小学校とは、また別の所だ。

 

『さくらさん、この【まる子特戦隊】を率いて、他校の襲撃をお願いします。

 武力をもって制圧し、屈服させて来て下さい。よろしく頼みますよ。おっほっほ♪』

 

 6現目まである一日の授業が、何故か全て“体育”(戦闘訓練)という、あたし達3年F組。

 ふとした事から我を忘れ、図らずともクラスの頂点に登りつめちゃったあたしは、いま友達であるたまちゃん達を引きつれて、のび太くんの学校(・・・・・・・・)を襲撃に来ていた。

 

「ま、まるちゃん。ホントにいいのかなぁ……? こんな事して」

 

「くっくっく……。藤子不二雄アニメ討つべし、討つべし……」

 

「やってしまえば良いとおもうじょー!

 逆らったら、オイラたち死ぬじょー!」

 

「なんで僕、選ばれたんだろう……? 死んだフリが良かったのかな……?」

 

 例の如く、たまちゃんも山田たちも、みんなサイヤ人のバトルスーツ姿だ。

 もうこれを着るようになって4日くらい経ったし、なんとなくだけど、だいぶ違和感という物が無くなってきたような気がする。

 これを着たみんなの姿も、もう見慣れた物である。

 

「う、う~ん。……とりあえず、やっちゃおっか?

 よく分かんないけど、あたしたち宇宙征服するんでしょ(・・・・・・・・・・)

 のび太くん達は知り合いだけど……後になるか先になるかの問題だと思うし」

 

「そ……そうだね」

 

 まぁアレだ。きっとのび太くん達を殺す必要までは、全然ないと思うし。

 うちのフリーザ先生って、ものすごく“人材”というのを大切にするから、きっとのび太くんやドラえもんみたいな子達なら、喜んで迎え入れると思う。

 だから、あくまであたし達は、この小学校を“制圧”すれば良い。そしてあたし達3年F組の支配下に置ければ、それでOKなんだから。

 

 あ、ちなみにだけど……この4日の間で、もうとっくに自分の小学校の支配は終わっている。

 フリーザ先生の指揮の下で、あたし達3年F組が、学校の天下を獲ったから。あしからずである。

 

 

「これ終わったらぁ、キテレツくんの所でしょお~? ぬーべー先生の所でしょお~?

 あとゴウザウラーとかライジンオーとか、学校の校舎がロボットに変形する所もあるらしいから、みんながんばろうねぇ……」

 

「うん……まるちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずフリーザ先生が言うには、まずはアニメ界の小学校を、天下統一するらしい。

 こりゃまた、先が長そうな話だねぇ。

 

 ……ねぇ? 誰か亀仙人さんとか、ペンギン村の則巻さんでも良いから、連絡取れない?

 悟空さんて、どこ住んでるの? 修行とかしてないで、はやく助けに来てよ。

 まだ小学生なのに、恐怖政治の真っただ中なんだよ。助けておくれよ。

 

 

 でないとあたし達、宇宙征服しちゃうよ?

 

 ねぇ分かってる? ちびまる子ちゃんだよあたし?

 

 

 

 

 






◆スペシャルサンクス◆

 ケツアゴさま♪




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童話【桃太郎】二次小説  (砂原石像さま 原案)



 フィア!(よっつぅ!)


 ※これはコメディじゃないヨ! 気を付けてネ!





 

 

 

「俺がッ……! 好きで桃から産まれたとでもッ! 思っているのかよッッ……!!」

 

 

 鬼が島へ赴いたのは、必然だった。

 だって彼には、もうこの世界のどこにも、居場所など無かった(・・・・・・・・・)のだから。

 

 育ての親である男は、過去に“川から流れて来た桃”を拾い、包丁で割った事があるのだと言う。

 だが、その中から出てきた、人の形をしたモノを、『化け物』と呼んだ。

 

 名前など、付けられなかった。とても“桃太郎”なんて風には。

 老人たちは、いつも彼のことを、「アレ」とか「ソレ」と呼んだ。

 まるで、名前で呼ぶ事は、彼を“人間扱い”してしまう事だとでも、言うようにして。

 

 食事は、与えられなかった。彼はミルクなんて物、一度も口にした事は無い。

 服は、与えられなかった。そもそも服なんて物は、人間さまの為にあるんだから。

 自由は、与えられなかった。いつも彼は土間の一角にて、紐で繋がれていた。

 光は、与えられなかった。もし外に出て、誰かに「アレ」の存在が知られたら、とても困るから。

 

 けれど、彼はすくすく育った。アサガオが成長するが如く、瞬く間に大きくなった。

 その事が、余計にあの老人たちを、怯えさせたのかもしれない。

 

 身体が成長し、自らを縛っていた縄を、力ずくで引きちぎれるようになった頃。

 今度は一転し、老人たちは彼に怯えるようになった。

 未知の存在。理解の及ばぬモノ。そしてもう“管理”する事も能わず。

 やつらは手の平を返すように、低姿勢で彼に接するようになった。ヘコヘコと頭を下げ、こびへつらう笑みを浮かべた。

 

 たとえ愛情が与えられなくとも、彼にとっては、この人達だけ(・・・・・・)

 親と呼べるのも、頼るべきも、そして彼の世界にあるのも。

 この怯えた瞳をする老人達こそが、唯一の存在なのだ。彼には他に、誰も居ないんだから。

 

 ゆえに、去ることにした。

 この人たちを怖がらせては、いけないと思った。

 それだけが、彼に出来る唯一の“恩返し”であり、愛情の表し方だった。

 

 鬼が島に赴き、悪い鬼どもを退治して来ます――――

 まるであつらえたかの如く、そんな(てい)の良い理由まであった。

 

 老人たちは、とても喜んだ。その安堵を隠そうともしなかった。

 かの島に赴くという事は、すなわち“死”を意味する。これでようやく「コレ」から解放されると、抱き合って喜んだ。

 色の無い表情で、じっとそちらを見つめる彼になど、もう見向きもせずに。

 

 準備は、させて貰えなかった。

 装備も、食料も、草鞋(わらじ)さえ持って行けなかった。

 

 何故なら彼は、泣きながら喜ぶ老人たちの姿に、もう居たたまれなかったから。

 それから逃げるようにして、家を飛び出すしか無かった。

 

 かの地獄と伝え聞く場所、鬼が島とやらに、旅立つしか無かったのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「兄さん、いけねぇなぁ。……アンタそりゃあ“犬の目”だぜ?

 腹を空かせたまま、路地裏で一人死んでいく――――そんなヤツの目だ」

 

 

 この出会いも、必然だったのかもしれない。

 

「そこをどけよッ! なんで……なんで邪魔するんだよッ!

 どかないって言うんならっ……!! おっ……俺はッ! 俺はぁぁああーーッ!!」

 

「あっしを殺す、ってか?

 ……よござんす、これも何かの縁だ。

 かかって来なせぇ、坊主――――」

 

 その命を削るようにして、ひたすら道を急いでいた少年を、ある男が呼び止めた。

 彼は闇社会において、用心棒を生業とするガンマンだった。これまでありとあらゆる要人を殺して来た、伝説的な男であった。

 

 時に、自らを欺いた雇い主を殺した。時に、標的の家族までも殺した。

 そんな事をしている内、やがて一人になった。もう誰も、彼と関わろうとはしなくなった。 

 かの牙がこちらに向くことを恐れ、みんな男の前から去って行った。

 守ったハズの弱者たちは、狂犬を“孤独”という檻に入れたのだ。

 

 

「なっ……なんでッ!? なんでワザと受けたんだよッ……!

 いま躱せたのにッ!! 俺を殺せてたのにッッ!!!! ……お前はッ……!!」

 

 見かけたのは、ただの偶然だった。

 同類の匂いを感じ取り、野良犬同士で遊ぶのも悪くない、殺し合うのも一興だと思った。

 自分達のような者など、ここで野垂れ死んだとしても、大した事ではないから。

 

 けれど、この少年と対峙している内……胸の中に“ある感情”が湧いた。

 国に残して来た家族。そしてもう二度と会う事のない、自分の息子のことを思い出した。

 

 その途端、身体が動かなくなった。

 この少年を殺したくないと思った。

 自分が本当にしたかった事……、本当に願っていた事を、思い出した。

 自分は――――“誰かの傍”でありかったんだ。

 

 

「へへっ。“犬”と呼ばれたあっしが、随分と丸くなっちまったもんだぁ。

 でも負けは負け。……兄さん、この命を使いな(・・・・・・・)

 七生を以って、御身にお仕えしやす」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「悲しみで、いったい何が救えるというの?

 ここは通さないわ、桃の人――――」

 

 

 この出会いは、運命なのか。それとも彼女の“神”が導いたのか。

 

「……うるさいッ!! ……うるさいうるさいうるさいッッ!!!!

 どけッ! どけよッ……!! 俺は進まなきゃ! なんないんだよッッ……!!

 そうしなきゃ駄目だッ! でないと何にもならないんだッッ……!!!!

 だからッ……だから俺ッ! 行かないとッ……!!」

 

「それは、貴方が決めたの(・・・・・・・)

 本当に貴方が望んだこと?

 ……いいわ、見せてあげる。この“汚れた翼”をごらんなさい――――」

 

 森に入った途端、まるで天から神が舞い降りるように、ひとりの少女が姿を表した。

 彼女は、巫女を生業としている人物。正確には、巫女にならざるをえなかった(・・・・・・・・・・・・・)少女だった。

 

 

 

 “巫病(ふびょう)”という言葉がある。

 これは主に、シャーマンの素質を持つ者が、幼児期に体験するとされる現象のことを指す。

 

 物心が付く幼き頃より、神の声を聞いた。

 夢の中、瞼の奥、日常生活の中でも、神が現れた。

 彼女を自分の巫女にする為に(・・・・・・・・・・)、直接頭へ語り掛けているのだ。

 

 神の姿や、心霊、まだ訪れていない未来の事。

 そんなありえない物を見ては、親に報告をした。その度に「この子は頭がおかしい」と言われ、育児を放棄されるようになった。

 

 頻繁にポルターガイスト現象に見舞われた。

 いつも彼女が居る場所では、突然なんの前触れもなく地震が起き、窓ガラスや家具が粉砕した。車が不自然にスリップを起こし、歩道に突っ込んで来た。

 それによって、家族や友人たちが重傷を負い、やがて誰もが彼女から離れていった。

 

 やがて彼女に話しかける者は、神だけとなった。

 神だけが彼女のことを気に掛け、縋ることが出来た。

 

 家族、友人、家、学校、将来の夢。……そんな彼女が持つ全ての物を、神は奪った。

 下らない現世へのしがらみを壊し、自分には神しか居ない(・・・・・・・・・・)という状況へと、追い込んでいく為に。

 彼女を、自分の巫女にせんが為に。

 

 ――――やめて、やめて、やめて。

 耳を塞いでも、目を瞑っても、声は止まなかった。

 四六時中、どこに居ても、夢の中でも、神の声が聴こえた。

 

 ――――従え。従え。従え。

 神はただひたすらに、そう語り掛けた。

 どれほど彼女が拒否しようとも、この娘を己の巫女にすべく、その心を挫くべく(・・・・・・)、語り掛け続けた。

 

 13の時、はじめて手首を切った。

 神の声に耐えられず、追い立てられるようにして、剃刀を走らせた。

 だが決して、彼女が死ぬことは無い。

 

 14の時、ビルから飛び降りた。

 神の声から逃げるように、泣きながら空へと飛んだ。

 だが決して、彼女が死ぬことは無い。

 

 いつも死ぬのは、彼女のまわりの人間(・・・・・・)

 ビルから飛び降りた彼女を生かす為、クッションとして下敷きとなった、見知らぬ他人だった。

 

 幼いころは、学校の先生になりたかった。

 少女になった頃、恋をしてお嫁さんになることが夢になった。

 けれど、決してそれは叶わない事を、彼女は知っていた。

 

 ――――従え。神に従え。こちらへ来い。

 いつもそんな声が、頭の中で鳴っていたんだから。

 

 

 

「俺にはッ……出来ないッ!! ……お前みたいには出来ないよッッ……!!!!

 ……逃げたんだ俺はッ! 見たくなかったッ!! 全部ぜんぶ嫌だったッ!!

 だから! 何も無かったから……此処に来たッ!! ……ただそれだけだったッ……!」

 

「飛べない翼に、意味はあるのかな?

 けれど……、せめて自由でいたい。

 私の心は、私だけの物よ(・・・・・・)

 

 やがて、戦いを終えた少女が、自らの翼で少年を包み込む。

 汚れた羽。飛べない翼。自由を奪われ、“鳥”になれなかった少女。

 ……けれどせめて、貴方の為にあると。

 

 

「さぁ、私をお抱きなさい。

 貴方に必要なのは、温もりだと思うから。

 傍にいるわ、桃の人――――」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「失せよ坊主。死にたいのか?」

 

 導かれるように、ここへ来た。

 多くの人間が焼ける匂い(・・・・・)に、誘われ来た。

 

「どれだけ……どれだけ殺せば気が済むんだよッッ……!!

 みんな生きてたッ!! 人生があったッッ!! 大切な物だったッッ!!

 それを……それをお前はぁぁぁあああーーーッッ!!!!」

 

「下らぬ。(それがし)はただ、主の命に従ったまで。

 所詮、猿回しの猿(・・・・・)に殺される程度の、つまらぬ者共よ――――」

 

 焼けた村。積みあがった死体の上で、ひとり佇む男。

 彼は侍だった。主の命になによりも忠実で、忠義に厚い男だった。

 

 主を守りたかった。お家を栄えさせたかった。それこそが自分の生きる道だと、信じて疑わなかった。

 その為にこそ、腕を鍛え上げ、強くあろうとした。

 けれど……、いつも彼が斬っていたのは、名も知らぬ力なき人々だった。

 

 村を襲った。街を破壊した。そこに住む全ての人々を斬った。

 泣いている女、助けをこう老人、まだ何も分からない年頃の子供。その悉くを斬って捨てた。

 

 歯向かう者など、滅多にいなかった。だって武器を持っているのは、いつもこちらの方だけだったから。

 昨日まで幸せに暮らし、まさかその日々が今日突然終わるだなんて、思っても見なかった無防備な人々を、主の命により襲撃していったのだ。

 

 逆らった者の、一族であったから。

 そこに反逆者が逃げ込んだ可能性があるから。

 城から戦場へと向かう道、その途中にある村だったから。

 もし敗残兵が逃げ込むと、後で厄介だから。

 

 そんな理由だけで、そこに住む者達を殺した。

 恨みも無く、罪もなく、死ななければならない理由など欠片もなかった者達を、殺した。

 

 目もくらむような人数を斬り、すぐに刀は駄目になった。

 それでも弓で、鈍器で、縄で、火で殺した。

 この場に動く物がなくなるまで、ひたすらに動き続けた。……自らの頭で、何を考えることも無く。

 

 

 

「沢山殺した。それこそ猿回しの“猿”のように。言われるがまま。

 ――――だが某はッ! これまで殺してきた者達をこそッ! 守りたかったのだッ!!」

 

 忠義? お役目? 信念? 生きる道?

 そんな目に見えない、霞が如き物の為に、人間の命を奪ったのか(・・・・・・・・・・)

 ようやくその間違いに気が付いた時には、もう手遅れだった。

 自分はとても主に重用され、無くてはならない戦力の要として、働かされるようになっていた。

 

 かっこいい侍になる――――親父のように強い男になり、大事な人達を守る。

 子供の頃、そう自らが描いていた夢は、いまは遥か遠く。

 それどころか、道を進めば進むほどに、かけ離れていった。

 

 

 

「ここが……某の終わりか。

 首を獲れ、坊主。

 どこぞの大名にでも差し出せば、いくらか褒美は出よう」

 

「ふざけッ……ふざけんなよお前ッッ!!!」

 

 少年の拳が、頬に刺さった。

 その痛みはどこか、男にとって“救い”のように思えた。

 

「――――終わるなんて許さないッッ……!!!!

 何もせずッ! ひとりだけ逃げようって言うのかよ! そうはいくものかッッ……!!!!

 生きなきゃ駄目だッ! お前は生きているべきなんだッッ!! ぜったいにッ……!!!!」

 

「ッッ!!!!」

 

「……そして叶えろッ! 償えッッ!! 何度でもやり直せッッ……!!!!

 赦されなくても生きろッ!! 奪った命に見合うだけの、何かを成せ(・・・・・)ッッ!!!!

 それまで俺はッ……! 俺はッッ……!! 俺はぁぁあああーーッッ!!!!

 ――――ぜったいにお前を逃がさないぞッ!! 決して逃がすものかよッッ!!!!」

 

 ボロボロ泣きながら、支離滅裂に叫ぶ、少年の声。

 

 

「名は捨てた。某のことは“猿”と呼べ。

 生きている内は、お前と共にいよう――――」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「帰って下さい。ここに鬼はおりませぬ――――どうか」

 

 辿り着いた先は、“地獄”だった。

 

「私達は、ただ寄り添って生きているだけ。

 此処なるは、人の世からはじかれた者達(・・・・・・・)の、(つい)の場所――――」

 

 少年達を出迎えたのは、顔や腕といった見える場所すべてに、汚れた包帯を巻いている乙女。

 わずかに見える包帯の隙間から、まるで火傷のように爛れ、悍ましく腐った皮膚が見えた。

 小柄な身体、ボロのような服装。その頭のどこにも、角などありはしなかった。

 

 そして、いま少年の立つこの場には、見える限りの地面を埋めつくす程、夥しい数の病人たちの姿。

 その誰もが、苦し気に息を吐き、生きている事すら信じられないような、弱々しい姿を見せている。

 

 

「鬼が島――――そう呼ばれております。

 此処は、決して治らぬ病にかかった者達を、隔離しておく為の場所。

 伝染せぬよう、人の世に害を成さぬよう、死ぬまで閉じ込めておく為の島です。

 あってはならぬ、生きていてはならぬ者達が、辿り着く所。

 決して人が近づかぬよう、“鬼が住む”と言い伝えられる、哀れな者達の家です」

 

 

 静かな声で、乙女が語る。

 彼女はここの管理者であり、看護師であり、またこの者達と同じ病を患い、ここで死を待つだけの存在だった。

 

「水を……下さい……。喉が焼け付くようです……」

 

「足を、知りませんか……? 私の足が、腐れ落ちてしまったのです……」

 

「子供が動かないんです。……この子に薬を下さい。まだ3つなんです……」

 

「……今日は、日が出ていますか?

 もう長い事、太陽を見ていない……。私の目は、どうなったんですか?」

 

 

 ――――声がする。自分のまわりから。

 少年に対し、助けを求める人々の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倒すべきは、何だ?

 必要なのは、何だ?

 

 力か。

 暴力か。

 それとも薬か。

 

 どうやったら、この者達を救える?

 どうすれば、これを解決できる?

 

 

 成すべきは何だ? 思うべきは何だ? 斬るべきは誰だ?

 この俺が生まれて来た、この俺がやって来た意味を、どうすれば知ることが出来る?

 

 どうすれば、「お前がいて良かった」と、そう言って貰える??????

 

 

 

「……兄さん、あっしは従いますぜ?

 この命、好きなように使いなせぇ」

 

「自分の思うように、行動なさい。

 だいじょうぶ……。私はいつも、貴方の味方でいる」

 

「お前が決めろ。それが“生きること”だ。

 某が斬ろう。某が成そう。某が殺そう。

 だがそれは、全てお前の意思ぞ(・・・・・・・・)――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーメルン名作劇場 桃太郎  ~おしまい~

 

 

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 砂原石像さま♪



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【急募】ユウナ「今からエボン=ジュ戦だけど、ここからキミを消さずに済む方法」  (甲乙さま 原案)



 ヒュンフ!(いつつぅ!)





 

 

 

 

「筋肉だと思うんだ……」

 

 

 かの怨霊めいた敵、スピラを牛耳るユウナレスカ様をボコボコにした後……。

 

「いろいろ考えたけど、筋肉があれば、なんとかなる(・・・・・・)と思うんだ……」

 

 みんな大好き飛空艇の一室で、ユウナが仲間達と向かい合っていた。

 

「は?」

 

「ん?」

 

「お?」

 

「ぬ?」

 

「えっ」

 

「……」

 

 ティーダを始めとするガード達は、みんな絵に描いたような〈キョトン〉とした顔。

 それでもユウナは止まらない。静かな表情ながら、固い決意の籠った声で告げていく。

 

「じゃあ……これから鍛えていくね?

 きっと、辛い日々になると思うけど、みんなよろしくね……?」

 

「ちょっと待てユウナ。説明してもらえるか」

 

 年長者の威厳を持って、アーロンが待ったをかける。

 この場において、とても頼もしい存在であった。

 

 先ほどのボス戦でみんな疲れているし、ティーダに至っては、早く自室に帰って考え事でもしたい心境だ。なんせ先ほど聞かされた“祈り子”の話があり、しっかり決意を固めなきゃいけない状況なのだから。

 わざわざ招集をかけられ、そんなワケの分からない事を言われても困る。

 

「えっ。説明しないとダメかな?

 言ったよねアーロンさん? 『偽りの希望なんていらない』って……」

 

「あぁ、確かに言っていた。

 ユウナレスカに啖呵を切ったお前は、勇ましかったぞ」

 

「あぁ! ユウナかっこよかったよ! 俺スカッとしたもんッ!」

 

「ええ、あれを聞いて、私も覚悟が決まったわ。運命に抗おうってね」

 

「おうよ! ここにいる皆がそうだぜ! お前と同じ気持ちだっ!」

 

 順番にアーロン、ティーダ、ルールー、ワッカが賛同する。

 リュックも笑顔でうんうん頷いているし、キマリも力強く胸を張って同意していた。

 

「うん、みんなありがとう。……だからね?

 偽りの希望に縋るよりも、筋肉を鍛えよう(・・・・・・・)と思うんだ……」

 

「それが分かんないんだよ。説明してくれよ」

 

 結論を急ぐな、ぶっちぎるんじゃない。みんなで一緒に走って行こうじゃないかと、ティーダは訴える。

 

「えっ。筋肉を鍛えるのに、理由が必要なの……?」

 

「いやあるだろ。俺で言えば、ブリッツボールがしてぇ~とか。

 キマリで言えば、ユウナを守りてぇ~とか。あるだろ」

 

「そんな物なくったって、普通鍛えるよね……?

 だって筋肉だよ? 筋肉なんだよ……?」

 

「だってとか言われても困るよ。

 あたし筋トレとかした事ないよ? しようと思った事ないもん」

 

 出来る限り冷静に、ユウナを問い詰めていく。

 さも当たり前のように語る彼女に、ワッカもリュックも困り顔である。意味が分からない。

 

「あぁ……そうだね。鍛えてなかったんだ。

 だから(・・・)だよ、みんな――――」

 

 なにやら「沈痛な面持ちです」と言わんばかりに、ユウナが固い表情で俯く。

 それはどこか、皆を責めているかのようだ。

 

「スピラが災害に見舞われるのも、シンを止められないのも、ぜんぶ筋肉が無いから(・・・・・・・)だよ。

 筋肉を鍛えてたら、そんな事なかったハズだよ……」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

「ユウナ、疲れてるの? ちょっと横になる?」

 

 座れ座れ。いったん休もう。

 そう仲間達に気遣われるも、ユウナは聞く耳を持たない。

 大召喚士の娘らしく、強固な意志力を発揮。

 

「なので、明日からみんなの筋肉を鍛えるね……?

 みんなよろしくね? 朝5時に集合ね……?」

 

「眠い眠い眠いっ! 5時は無理だってユウナ! 勘弁してくれよっ!」

 

 あたかも「じゃ!」という感じで、右手を上げて去って行く。話は終わったとばかりに。

 そんなユウナをティーダが引き止めるが、なんか彼女の様子がおかしい事に気が付く。

 よく分からないけれど、ティーダの顔を見て「ぷくぅ~!」っと頬を膨らませているのだ。風船みたいに。

 

「……消えるんだ?」

 

「えっ」

 

「私を置いて……、君は消えちゃうんだ? ひとりで……」

 

 ――――聞かれてたッ! 俺と祈り子との会話を!

 あの時ユウナはじぃ~っと物陰に隠れ、ティーダが「僕らは夢を見るのをやめる」と聞かされていたのを、しっかりコッソリ見ていたのだ。

 

「勝手に消えちゃうんだ……? 人の結婚式をぶち壊しておいて……。

 エッチだってしたのに、無責任に居なくなるんだ? ふ~ん……」

 

「ちょ……! アレはシーモアに無理やりのヤツ!

 それと内緒だろユウナ! なんでエッチとか言っちゃうんだよ! ダメだってぇ!」

 

「子供さんが見ても大丈夫なように、わざわざ『二人で寄り添いながら泳いでます~』って感じに、比喩表現してたけど……あれはエッチなんだよ。

 深夜のロマンチックな湖で、若い男女二人がやる事なんて、エッチに決まってるよ……。

 エッチしたのに居なくなるとか、ありえないよ……。

 どういう事ですか……エース・オブ・ブリッツさん……」

 

 なんかネチネチと責められ、彼はタジタジになる。

 しかもウジウジと床に“の”の字を書き始めるもんだから、もう手に負えない。

 

「だから、君が消えない努力をしようって、言ってるんだよ……?

 なんで分からないのかな……?」

 

「いやでも筋肉は分かんないよ。なんで筋肉なんだよ」

 

「消えない努力もせず、筋肉も鍛えたくないだなんて……。

 君は無茶苦茶だよ……ひどいよ……女の子の敵だよ……」

 

「聞いてくれよユウナ。話し合おうぜ? この決意と恋が冷める前に」

 

 悪いとは思う。悲しい想いをさせてしまうのは、すまないと思う。でもこれはユウナを救う為なのだ。

 そして何故、筋肉の話になるのかが、未だに理解出来ない。

 

「ようはね? このスピラの人々には、筋肉が足りない(・・・・・・・)という事なんだよ。

 筋肉あったら、シンも倒せるし……。筋肉あったら、君も消えないんだよ……」

 

「――――おし分かった。みんな一回黙ろう。

 ユウナの好きなように喋らせてみようぜ。

 どう落とし前を着けんのか見てやる」

 

 ルールーやワッカは、「ユウナいま疲れてる説」を推すし、キマリやリュックは「ユウナついにおかしくなった説」を提唱する。早くベッドに押し込むべきだと。

 だがとりあえず、最後まで聞いてみる事とした。そうでないと終わらない雰囲気なのだ。

 

「例えばだけど……うちのブリッツボールチームって、前は弱かったよね……?

 とても良いチームなんだけど、今まで一回も勝てなかったよね……?」

 

「あぁ~そうだな。それに関しちゃあ、選手兼コーチだった俺の責任だ」

 

「でもちょーっと旅をしたら……。

 具体的には、たくさん魔物と戦って身体を鍛えたら、すぐ勝てちゃったよね……?」

 

「おう。確かにコイツの助っ人があったとはいえ、俺も結構暴れてやったよ。

 ゴールだって決めたし、今じゃ押しも押されぬトップチームだぜ?」

 

「キマリだってそう。昔は“角無し”ってイジメられて、村を追い出されたけど……。

 でもロンゾの腰抜け共なんか、今じゃ片腕一本で、束にしてボコれるよね……?」

 

「腰抜け、分からなイ……。でもキマリ、大兄たち倒しタ、本当」

 

 二人とも腑に落ちない顔だが、一応は納得して聞いている。

 最後まで聞く、というルールに従い、“腰抜け”呼ばわりも今はスルーだ。

 

 

「それは……筋肉が付いたから(・・・・・・・・)でしょう?

 戦って、強くなって、筋肉が付いたから勝てたんでしょう?

 なんにも難しくなんか無いよ……」

 

 

 あ、そうだな。じゃあ筋肉を鍛えよっか!

 ……となるワケが無い。

 

「同じように、もしスピラ中のみんなが筋肉鍛えてたら、シン来ても撃退できたし、町を滅ぼされたりなんかしないし、究極召喚もいらないし、“死の螺旋”みたいのも無いんだよ……」

 

「話が飛躍しすぎていると思うんだが……。

 いや、すまない。とりあえず続けてくれユウナ」

 

 あのアーロンさんが、冷や汗をかく――――

 これはそれほどの状況なのだと、みんな改めて理解した。これはあかんヤツだと。

 

「でもさぁ? さっきユウナも言ったけど、俺達けっこう鍛えてるんじゃないのか?

 ワッカなんて身体でかいし、キマリなんかムキムキだぜ?」

 

「そーだよ! 筋肉あるじゃーん! ほら見なよぉユウナぁ~!」

 

 リュックがピョーンと飛びつき、ワッカの逞しい右腕にぶら下がる。

 流石はガードを生業とする戦士といった所、女の子ひとりの体重くらいではビクともしない。とても逞しい腕だ。

 

「うん、たしかに太い腕だよね。

 これほどの上腕三頭筋をもってる人は、なかなか居ないと思う……」

 

「おっ、俺ほめられたな! こりゃ鍛えてる甲斐があるってもんだぁ!」

 

「うん。今まで頑張ってきて良かったわねワッカ。

 貴方の努力は、みんなが見ていたわ。私も見直したしね」

 

 珍しくルール―に褒められ、もう彼はでれっでれ。とても嬉しそうな様子だ。

 けれど……。

 

「――――でもねワッカ? 上腕二頭筋(・・・・・)はどうかな?

 ちゃんと意識して、鍛えた事ある……?」

 

 ピシャリと言い放つ、ユウナの鋭い声。

 ワイワイと弛緩していた空気が、一気に引き締まる。

 

「ブリッツの選手は、物を投げたり押したりする筋力が、とても強いよね?

 でもね……逆に“引く力”は、そんなに使わないの……。

 だから、ぜんぜん鍛えてないんだよ……筋肉(・・)

 

 凍り付く。さっきまでのホンワカが嘘のようだ。

 これほどユウナの冷たくて悲し気な声を、一同ははじめて聞いた。

 

「キマリだって、アーロンさんだって、君だってそう……。

 みんな自分の好きな部位しか鍛えてないっ!

 好きな筋肉しか見てない! 見向きもしてない!

 ――――そんなの筋肉が可哀想だよっ! 筋肉が嫉妬しちゃうよ(・・・・・・・・・・)っ!」

 

 なんか今日は、いままで聞いた事なかった言葉が、たくさん聞ける日だなぁ~。

 頭のおかしくなった召喚士さまを、みんなは呆けたように見つめる。

 どうです? この子をね? 僕らいつも命懸けで守ってるんですよ。どう思います?

 

「同じ大胸筋であっても、行う運動によって、使う部位が違うのっ……!

 キマリはディップスが得意だから、大胸筋の下部が発達してるよね?

 でもそれじゃあ上部(・・)は使えてないから、いつまでたっても貧弱なままだよっ……!」

 

「ッ!?!?」

 

「そもそも【速筋】と【遅筋】は違うのっ……!

 腕立て伏せを沢山する為の筋肉と、高重量のバーベルを上げる筋肉は別なのっ……!

 同じ筋肉でも種類があって、それぞれ鍛え方や発達の仕方が違うよっ……?!

 ちゃんと目的に合った正しいトレーニングをしなきゃ、いけないんだよっ……!?」

 

「ッッ?!?!?!」

 

「筋肉を考えようよっ……! 筋肉を真剣に見つめていこうよっ……!

 ……なんで考えないのかなっ?! 私はいつも考えてるのにっ!

 毎日毎日、筋肉の事しか考えてないのに(・・・・・・・・・)っ……!」

 

「――――ユウナ、ドクターストップよ。貴方をベッドに連行するわ」

 

 ルール―がユウナを抱え上げ、寝室に運ぼうとするが、もう「むきゃー!」っと暴れられる。火が着いて止まらない様子だ。

 

「筋肉だよっ……?! 筋肉があれば何でもできるよっ……?! なんで鍛えないの……?!

 筋肉を鍛えない理由を教えてほしいよっ……! 筋肉の事どう思ってるのっ……?!」

 

 ルール―に小脇に抱えられたまま、ビッタンビッタン暴れ狂う。魚みたいに。

 ごめんなユウナ……今まで辛かったよな。召喚士の使命を一人で背負わせてゴメンな……。

 もう皆、そんな風に同情の目で見ている。なんて不憫な子なんだ。

 

「筋肉を信じてっ……! 筋肉を愛そうよっ……! 筋肉を鍛えようよっ……!

 そうすればきっと、君は消えないよっ……! 筋肉があれば消えないんだよっ……!

 筋肉の可能性を見てよっ……! しっかり見つめてよっ……! 曇りなき(まなこ)でっ……!」

 

 なんて残酷な世界なんだ――――ひとりの少女をこんな風にしちまうなんて。

 ティーダは必ずやシンを打倒することを誓う。それこそ命を懸けてやろう。この身に代えても。無駄に。

 

「筋肉に出来ない事はないよっ……! 筋肉は素晴らしいんだよっ……!

 みんな筋肉を知らないんだよっ……! 筋肉のこと知らな過ぎるよっ……!

 みんなくそったれだよっ……! ガリガリ君チンカス味だよっ……!」

 

「ユウナ、おい、ユウナ」

 

「だからシンに好き勝手されるんだよっ……! 10年しかナギ節が無いんだよっ……!

 君が消えちゃうのも、お父さんが死んだのも、キマリがいらない子扱いされるのも、ワッカいなくても意外と魔法でなんとかなるのも、ルール―のおっぱいの中身が食塩水なのも、私にあんまり友達いないのも、みんなみんな筋肉が

 

「――――オッケ。分かったよユウナ、筋肉鍛えよう」

 

 ついに発狂しかけたユウナ。その肩をティーダが優しく抱いてやる。

 もう見てらんない。

 

「オイオイッ! 正気かよお前!? なに言ってんだよっ!」

 

「ちょっと君ぃー! あたし筋トレなんてヤだよぅ! なんで勝手にぃー!」

 

「しゃーないだろ! そうしなきゃユウナ納得しないよっ!

 みんなで筋トレするしか無いじゃんかっ!」

 

 えーんえーんと泣いていたユウナが、顔を覆っている手の隙間から〈ちらっ!〉とこっちを見る。

 あたかも「もう一押しかな~」とばかりに。嘘泣きである。

 

「俺だってホントは消えたくないしっ、このまま消えちゃうのも悪いなと思ってるっ!

 じゃあせめて、ユウナが納得出来るように、してやりたいんだよっ!

 なぁ頼むよみんな! 協力してくれって! ガードの仲間だろっ!?」

 

「ひ、一人増えちまったよ、筋トレ推進派が……」

 

「どうするのワッカ? こうなったユウナは、経験上もう言うこと聞かないわよ?

 あの坊やだってそうよ」

 

「あ……あたしはぁ~、出来たら遠慮したいんだけどぉ~。

 でもあんな風に言われちゃったらさぁ~? にんじょーって物がぁ~」

 

 グムムとばかりに、仲間達は考え込む。

 ワッカもルール―もリュックも、額に汗を浮かべている。なんで筋トレ? みたく。

 

「キマリ良イ。ユウナの言うこと従ウ」

 

「ま、俺も構わんぞ? ようは身体を鍛えるんだろう。断る理由もないさ」

 

「「「キマリっ!? アーロンさん!?!?」」」

 

 ここで武闘派の二人が賛同。ユウナ&ティーダ側に加わる。

 予期していなかった裏切り(?)に、たんだんこの場の雰囲気が“あちら側”に傾いていくのが分かる。

 

「いやっ……! アーロンさんに言われたら、俺だってやりますよっ!

 ガードの先輩にさせといて、俺だけしねぇみたいな事、ありえねぇですからっ!」

 

「ま、まぁダイエット? の代りにはなるかもね。

 私も若いってワケじゃないし、運動してみるのも悪くない、かな?」

 

「あたしメカニックが専門なんだけどぉ~。

 まぁ体力つけとけば、何かの役には立つかなぁ~?」

 

 そして、めでたく全員陥落。

 一同は仕方なしといった風に横並びとなり、嘘泣き中のユウナに向き直った。

 

「じゃあ明日から、私がみんなを鍛えていくね……?

 みんな、がんばって筋肉道を極めようね……? ドゥ ザ マッソーだよ……?」

 

「ま、まぁよく分かんないけど、よろしくっス」

 

「お、おう……」

 

「うむ……」

 

 

 という事で、ユウナのガード一同は、なぜか彼女の指示の下で朝五時に起きる、という生活を送る事となったのであった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「はいキマリ! もう1セットだよっ!

 インターバルは10秒っ! もう一回ベンチプレスだよっ!」

 

「……ッ!! ……ッ!!! ……ッ!!!!」

 

「はい上げて~! はい上げるぅ~! はいもういっか~い!

 ……意識してっ! もっと筋肉を意識してっ! 筋肉に語り掛けるのっ!

 大胸筋さん効いてますかーって! キマリの大胸筋さん効いてますかーっ!」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ルール―の僧帽筋、チョモランマみたい!

 そのカットを出す為には、眠れない夜もあったでしょうにっ!

 これもキャベツ、鶏むね肉、ブロッコリー生活の賜物だねっ!

 エボンなんかクソくらえだよっ、筋肉を信仰しようよっ!」

 

「お……おねがいユウナ。たまには別の物をっ!

 もうササミとか卵白とかは見たくないのよっ。

 油っこい物が恋しいっ!!」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「常にフォーム意識してねっ! 漠然とやっても意味ないよっ!

 ほらっ! キツイ時ががんばり時っ! 筋肉を追い込むチャンスだよっ!

 一緒に言おうリュック! ほらチャンス!」

 

「ちゃ……チャンスぅ~!」

 

「チャンスっ!」

 

「ちゃあっ!? チャンスぅぅ~!!」

 

「ほらチャンス! チャンス! チャンス☆

 ……はいおっけぇー☆ ナイスバルクだよリュック! 次はデッドリフトねっ♪」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「上半身ばっかり鍛えても、バランスが悪いよっ!

 いくら腕や胸ばかりムキムキでも、足がガリガリだとカッコ悪いものだよっ!」

 

「大腿四頭筋が破裂しそうだッ……!! 俺の足が爆発しちまうッ……!!

 死んじまうッ……!!!!」

 

「そういうのを“チキンレッグ”って言うの! 蔑称だよっ!

 ニワトリみたいにコケコッコー! まぁなんて細い足なんだろうって!

 私の目の黒い内は、そんな鍛え方はさせないからねワッカ!

 はい次300㎏上げながらスクワットぉー!」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「どうなんだい君っ!? やるのかい、やらないのかいっ、どっちなんだいっ!?」

 

「やぁぁぁあああ~~~~るッッ!!!!(キリッ)」

 

「よーし来いっ! 君の広背筋よぉ~し来いっ! 大円筋よぉ~し来いっ!

 いいよ! きてるよ君っ! 背中に鬼が宿ってる☆ 降臨してるよっ☆」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「お前の腹斜筋、だいぶカットが出て来たのではないか? どうやって鍛えた?」

 

「いやぁ~、アーロンさんの板チョコみたいな腹筋には、まだまだ遠いですよぉ~」

 

「――――そうっ! 褒め合って! お互いに褒め合いながら高め合っていくのっ!

 筋肉を褒めてっ! 筋肉をあがめてっ! 筋肉を愛してっ!

 筋肉は君の友達だよ♪ いつも傍に筋肉っ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして、ユウナの「別に時間制限があるワケじゃないよね……?」という言葉によって、あれから2年後。

 いまユウナ達一行は、見事“シン”の体内に潜り込む事に成功し、エボン=ジュと対峙していた。

 

「……っ」

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

 既にジェクトは倒した。実の父との熱い戦いだった。

 その後、彼の身体から分離した“エボン=ジュ”は、即座にユウナが呼び出した召喚獣に乗り移ろうとしたのだが……。

 

「……っ!?」(えっ、何この召喚獣!? めっちゃムキムキやん(・・・・・・・・・・)!)

 

 そう、マッスルだ――――

 ユウナのヴァルファーレや、イフリート、バハムートなどの召喚獣たちは、エボン=ジュがこれまでの長い人生で対峙した事のない程、ムキムキの者達であったのだ!

 これもエボンの賜物……ではなく、筋トレの賜物であった。

 

「……ッ!! ……ッ!!!!」(無理無理ッ! 乗り移れないって(・・・・・・・・)! なんか全然できへん!)

 

 これまでのたゆまぬ筋トレのおかげで、ユウナの召喚中たちは皆、その身体が【テストステロン】という物質に満ち満ちていた。

 これは筋トレをする事によって多く分泌される、いわゆる“やる気ホルモン”と言われる物質。

 活き活きと若々しく活動できるようになり、 怒りや不安などネガティヴな気分を落ち着かせたりと、精神状態の安定させる効果がある。 また快楽・多幸感、やる気の元となるドーパミンの産生を促す作用もあり、 生殖機能に直結し精子の生成や性欲のコントロールをしている物だ。

 

 まぁ色々と説明したが……ようはエボン=ジュなんかより強い(・・・・・・・・・・・・・)

 テストステロンが多く分泌され、正に鋼のような筋肉の鎧をまとい、心身ともに充実した状態の召喚獣たちは、エボン=ジュの憑依など簡単に弾き返してしまう。

 日々努力し、食事制限をし、知識を学び、そうして鍛え上げた筋肉に守られた肉体を、努力もロクにしていないヤツが乗っとる事など出来はしないのだ!

 

 今ユウナの召喚獣たちは、円になってエボン=ジュを取り囲んでおり、そのまま「じぃ~!」っとヤツを見つめている。

 異常なまでに筋肉が肥大したシヴァや、アニマや、メーガス三姉妹が、その見下ろすような巨体を持って、さっきから冷や汗をかきまくっているエボン=ジュを取り囲んでいるのだ。

 

 

「……っ!」

 

「――――」

 

「――――」

 

「――――」

 

 

 ユウナの召喚獣たちは思う。

 ――――なんだこのチビ? ぜんぜん筋肉なくね? ブヨブヨじゃん。……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、勝ったね……。

 これも全部、筋肉のおかげだよね……」

 

 そして、その光景を満足気に見守る、彼らの召喚主。平和を勝ち取った偉大なる召喚士。

 彼女の名はユウナ――――そのあどけなく愛らしい顔とはうらはら、首から下はまごう事無くボディビルダーの肉体である。

 

 はち切れそうな大胸筋! ぶっといタイヤみたいな腕! 岩のように隆起した大腿四頭筋!

 分かりやすく言うと、まさに“女オリバ”となったユウナが、同じくオリバみたいな身体となった仲間たちの方へ、嬉しそうに笑顔を向ける。

 まぁボディビルダー独特の、「にぃや~!」みたいな怪しいスマイルであるが。

 

 

 

 ――――ティーダは消えない。彼が失われる事は無い。

 何故なら、彼の創造主である祈り子たちも、いま筋トレをしているからだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ユウナいわく――――「夢の中でも筋トレは出来る」

 そして筋トレとは“生涯スポーツ”であり、これにはゴールや終着点は無い。ずっと続けていく物なのだ。

 

 彼らは以前、ティーダに対して「夢を見るのを止める」などと、とても情けない事をのたまっていたが……。

 疲れたとか、もういいとか、休みたいとか、そんな事を言っていては筋肉は育たない(・・・・・・・)。そんなのは論外なのである。いったい何を考えているんだ。

 

 祈り子たちは、これからも夢の中で筋トレをする……すなわち“筋肉を夢見ていく”。

 純粋な少年のような憧れと、真っすぐな向上心を胸に、筋肉と共に眠るのだ。

 

 よってティーダが、彼女の前から失われる事は無いのだ。まさに筋肉のおかげである!

 

 

 関係ないが、かのFF10ー2において、ヒロインであるユウナはとてもセクシーではっちゃけた衣装に変わったと言うが……。

 きっとこの首から下だけがムキムキで、冷蔵庫みたいにでっかくなったユウナであれば、さぞセクシーな衣装も映える事だろう。余すところなく筋肉を見せつける事が出来る。

 再びスピラに巨悪が現れ、また冒険の旅に出る時が、今から楽しみであるッッ!!!!

 

 

「筋肉って……素敵だね

 

「やかましいよ」

 

 

 

 

 

 ユウナが腕組みし、ヒンズースクワットしながら言った。

 

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪




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しょくぱんまんに熱を上げるドキンちゃんに振り向いて欲しいバイキンマンが、アンパンマンとバタコさんと誰か(hasegawa様にお任せ)に協力を求める話。(MREさま 原案)



 ゼクス!(むっつぅ!)



※お題として頂いた人物設定。一覧

・1.同じ種族で付き合うべきである主義の、バイキンマン。
・2,異種姦に興味のある、バタコさん、
・3,JAMおじさんに作られた謎な不思議生命体である自分たちに、生殖能力があるのか? 黴菌と結婚生活が成り立つのか疑問が尽きない、アンパンマン。
・4,主張も性癖もhasegawa様にお任せな、誰か。

 以上の4名。




 

 

 

「ばいきんまん! タイミングを合わせてっ!」

 

「俺さまに命令するなぁッ!!」

 

 アンパンマンの身体が金色の光を放ち、ばいきんまんの漆黒のオーラが天地をも揺らしていく。

 

「距離2000! 標的数300! ……行くよばいきんまん! 3,2,1っ!!」

 

「俺さまにぃッ! 命令するなぁぁ~~~ッッ!!」

 

 二人が連れ立って、その場から飛ぶ。

 その身は一瞬にして大地を駆け、瞬く間にマッハを超える。いくつもいくつも音速の壁を破り、そのソニックブームによって地面が抉れていく。

 

 

「「――――アァァァンッ(ばいきんんッ)!!、ナッコォォォオオオーーーーッッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 世界が揺れる――――白一色に染まる。

 眩い閃光が天をも貫き、雲に巨大な風穴を空けた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あー疲れた疲れたっとぉ。

 ただいまぁドキンちゃん~。俺さま帰ったよぉ~」

 

 団地のアパートにある、ばいきんまんの部屋。

 彼はダルそうにネクタイを緩めながら、器用に足の親指を使って革靴を脱ぐ。

 

「お腹空いたよ~ドキンちゃん。

 帰るのが遅くなってごめんよ~」

 

 スーツの上着を脱ぎながら、トテトテと廊下を歩く。今日の仕事の忙しさを思い返し、ふーやれやれとため息も付く。今日は劇場版の撮影で、すごく大変だったのだ。

 そうこうしつつ、やがて彼はリビングの扉の前に辿り着く。するとなにやら、中から騒がしい音が聞こえてきた。

 

「おードキンちゃん、ただいm

 

「――――きゃー♪ しょくぱんまん様ぁ~! 素敵ぃぃ~~☆」

 

 ガチャリとドアを開けた途端、目に飛び込んできたのは、法被(はっぴ)姿の女の子。

 それはピンク色で、額には「しょくぱんまんLOVE」と書かれたハチマキ。手にはしょくぱんまんの顔写真がプリントされたウチワもある。

 

「L.O.V.E! ゴーゴー! しょくぱんまんっ☆

 ダンディ! セクシィ! 負けるな! しょくぱんまんっ☆」

 

 たった今仕事から帰宅したばいきんまん。30年以上も連れ添っている、自身の夫。

 けれどドキンちゃんはそちらには目もくれず、TVに映る映像に夢中だ。

 先日購入したブルーレイ【しょくぱんまんLIVE2021 in 横浜アリーナ】に首ったけなのである。

 まぁ彼女は当日のライブにも、しっかり参戦していたのであるが。

 

「あ、ドキンちゃん? 俺さま帰ったよ。

 今日のごはんは何かな? 俺さまもう腹ペコd

 

「レッツゴー! レッツゴー! がんばれ! しょくぱんまん☆

 しょくぱんまん様ぁぁーー! 素敵ぃぃーー☆☆☆」

 

 何度声をかけても、見向きもされない。

 団地のアパートなのにピョンピョン飛び跳ねながら、元気にモニターの向こうに声援を送るばかり。その姿はとても愛らしくはあるのだが……。

 

「ちょ……ちょっとぉドキンちゃん! 俺さま帰ったんだけどっ!?

 そんなの観てないで、こっち向いてよっ! もうお腹と背中がくっつきそうなのだ!」

 

「――――うっさいなぁっ! 邪魔しないでよぉばいきんまんっ!! おバカぁーーっ!!」

 

 思わず大声を出せば、それ以上の声で怒鳴り返される。

 そのあまりの理不尽さに、ばいきんまんは恐れおののいた。俺さま一家の主なのに。

 

「お鍋の中にカレー入ってるから、好きに食べたらいいじゃないっ!

 もう9時だし、きっと冷めちゃってるけどねっ! 勝手にしなさいよぉっ!!」

 

 グアーッ! っと喚き散らしてから、再びTVの方に向き直る。

 コミカルにダンスを踊りながら、大好きなアイドル(しょくぱんまん)の映像を観る。

 

 そんなドキンちゃんの姿に、愛するお嫁さんの姿に……ばいきんまんはもう何も言えなくなってしまった。情けないことに。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――というワケで、なんとかしろお前ら。友達だろう」

 

「そんな偉そうに言うこと? 貴方の感覚どうなってるの?」

 

「うん、それは無いよばいきんまん……」

 

 ようやく訪れた休日。お日様が元気に輝いている、とても気分の良い日より。

 都内にあるクラシックな雰囲気の漂う喫茶店で、バタコさんとアンパンマンが苦言を漏らした。

 

「仕方ないだろう? 俺さまは、人に頭を下げるのが大キライだからな!

 あ~っはっはっは!」

 

「あのね? 貴方が大御所役者じゃなきゃ、この場でぶっ飛ばしてるわよ?

 このケーキナイフの切れ味を見せてあげましょうか」

 

「ぼくがキッズアニメのキャラじゃなきゃ、『やっちまうぞこの野郎』だよ?

 夜道に気を付けてね~」

 

 アニメや映画などを制作する会社であり、ジャムが社長として運営している、ジャムアニメーション。

 その同僚であり、重要な役職にある二人が、何でたまの休日にこんな所に呼び出されなきゃいけないんだ。何でこんなしょーもない話を聞かされなきゃならないのか。

 アンパンマンもバタコさんも、たいへんご不満な様子である。今すぐ帰りたい気持ちだ。

 

「私の腕力(かいなぢから)は知ってるでしょ? 捻り潰すわよ?

 その頭を引きちぎり、時速300㎞で地平線の彼方へ投げるわよ?」

 

「地面と同化するまで殴るよ? その養分で小麦を栽培するよ?」

 

「まぁ! 素敵ねアンパンマン♪

 私その小麦にツバを吐いてやるわ。パンを焼くことも無く」

 

「やめろ。子供の夢を壊すな。

 お前たちは国民的アニメのキャラだろうが。プライベートでも気を使わないか」

 

 目が怖い。こいつら本当にやりかねない。歴戦の殺戮者の目だ。

 その雰囲気を感じ取ったばいきんまんは、彼らの為に追加のケーキを注文した。心ばかりのお礼だ。

 

「とりあえず、なにとぞ何とかしろ(・・・・・・・・・)

 ドキンちゃんが冷たくて、俺さま困ってるのだ。夫婦仲が冷え切ってるんだぞ」

 

「面白い日本語ねぇソレ。……まぁ良いわ、考えてみましょうか」

 

「せっかく来たんだし、休日も潰されたしね。少しは建設的な話をしようか」

 

 オレンジジュースやコーラをじゅごごっ……! っと飲み干して、三人はお互いの顔に向き直る。

 本日のテーマは【どうすればドキンちゃんが振り向いてくれるか?】

 彼らの冷え切った家庭環境を、改善するための案を出し合う事。

 もう30年以上も一緒にやって来た仲間だし、なんだかんだと仲の良い三人なのであった。

 

「だいたい何なのだ! しょくぱんまんって!

 ドキンちゃんは細菌族だぞ!? なぁ~んでパン族なんかに惚れるんだっ!

 俺さまというものがありながらぁ~っ!」

 

「まぁしょくぱんまんって、カッコいいしね。

 戦ってる姿も、踊ってる姿も、その所作のひとつひとつがヒーローそのものよ。

 最近はアイドルとしても成功してるみたいだし」

 

「確か、横浜アリーナを満員にしたんでしょう?

 僕もお祝いのお花を贈ったけれど、大成功だったみたいだね♪」

 

「バカ野郎ぉ! いくらカッコ良くてもっ! アイツはパンなのだっ!

 なんでドキンちゃんがパンに惚れる?! おかしいだろそんなのぉ~!」

 

 もう30年も一緒に住んでるのに、彼女はばいきんまんになんて見向きもせず、しょくぱんアイドルに夢中。それがおおいに気に喰わない。

 確かにイケメンかもしれないが、パンなどに惚れて何とする? 何にもなんないじゃないかと喚き散らす。

 

 それに出来ればだが、ライブやグッズにお金を費やし、家計を圧迫するのもやめて欲しい。ばいきんまんは小金持ちであるが、それこそ散財してたらキリがないのだ。

 たまにネットオークションとかで、目が飛び出るほど高い買い物をしてたりするし。

 しょくぱんまんが使ったペットボトルに30万円の値が付くなんて、俺さまビックリだよと。

 

「異種間の恋愛って、よくある事よ? 特に私達の業界ではね。

 私も以前から、おむすびまんと連絡を取り合ってたりするし。彼のこと好きよ?

 とっても素敵な人だと思うわ♪ 強いし、とても紳士だもの♪」

 

「あ、そうなんだバタコさん。ぼく知らなかったよ。

 確かに異種間の恋愛って、よく聞くよね」

 

「駄目だぁッ!! ダメだダメだダメだぁ~っ!

 異種間の恋愛など認めぇ~ん! おんなじ種族同士でくっつくべきなんだぁ~!

 それが自然な在り方なんだぁ~!」

 

 ちなみにであるが、ここは“現代日本”である。

 彼らは今、私達の住んでいるのと同じ世界にある喫茶店で、仲良くダベっているという事を、ご承知願いたいと思う。

 彼らは人間社会に溶け込み、役者であったり会社の重役であったりと、しっかり地に足のついた仕事をしている。この世界で共に生きているのである。

 

 もちろん、この世界でも彼らが出演する【それいけ!アンパンマン】はしっかり放映されており、国民的アニメとして全国の人々に認知されている。いわば彼らはちょっとした有名人であると言えよう。

 

 それはともかくとして、あいかわらず彼は「ダメだダメだ!」と喚くばかり。

 いわゆる“古い考え”とか“個人的な趣向”という物を、ただ感情的に叫んでいるだけに思えた。そこには他人を納得させうる理由や、順序立てた理屈など無かった。

 

「そういえば……ぼくずっと気になっていたんだけど。

 異種間の恋愛とか結婚って、いったいどんな物なの?

 ぼくは社長(ジャムおじさん)から恋愛禁止を言い渡されてるし……よく知らないんだ」

 

 ここでアンパンマンが疑問を提示する。少し話の流れが変わった事で、うるさかったばいきんまんも大人しくなる。

 

「ん? 別に普通よ? なんの問題もなく恋愛できるし、結婚だって出来るわ♪」

 

「うむ。俺さまは反対派ではあるけど……、それ自体は普通に可能なことだぞ」

 

「そうなの?」

 

 キョトンとした顔のアンパンマン。対して「なにを当たり前なことを」といった風な二人。

 これまでアンパンマンは仕事に忙しかったので、どうやら“世間一般”の事情には疎いようだった。

 

「ならさ? 例えばだけど、カバ男くんがネコ美ちゃんと結婚したとするよね?

 この場合は、どんな風になるのかな」

 

「とりあえず、役所に申請を出すぞ。

 婚約や、籍を入れる事。それと種族変更(・・・・)の届け出なんかを出すんだ」

 

「種族変更ッ?!?!」

 

 おもわず大きな声を出し、席から立ち上がってしまう。

 他にお客さんもチラホラいるんだし、アンパンマンは慌てて口を塞いで座り直した。

 

「何をおどろいているのだ?

 人間だって、国際結婚をするだろう? それと同じ事じゃないか」

 

「ちゃんと申請して、その資格が認められれば、種族は変更出来るわ♪

 たとえばカバ男のお父さんって、元々は“アヒル族”の人だったの。

 でも結婚をする際に、お嫁さんと一緒のカバ族になったのよ。

 以前聞いたことがあるわ♪」

 

「み……見た目とか、顔はどうするの?

 アヒルだった人がカバになるなんて、いったいどうやったら……?」

 

「そんなの、マスクを被り直すだけ(・・・・・・・・・・)、に決まってるじゃないか。

 被ってたアヒルのマスクを脱いで、新しいカバのマスクを装着すれば、それでいっちょ上がりなのだ。なんにも難しくないぞ?」

 

「ぶっちゃけ、全ての動物族は、マスクを外せばただの人間よ(・・・・・・)

 厳密にいえば、分類としては“妖精”なんだけど……、見た目は人間と一緒なの。

 この世に産まれ落ちたその日から、一生マスクを被って過ごすという、キン肉マン方式ね。

 素顔を人に見られたら死ぬわ」

 

 いま明かされる衝撃の真実――――

 カバ男くんの顔はマスクだった! 中身はだたの人(妖精)だった!

 伊達にみんなてんどんマンとか、カツ丼マンとか、名前に“マン”(人間)が付いているワケではないのだ! マスク脱いだら普通なのだ!

 

「だから、被ってるマスクさえ変更してしまえば、その日からカバにもアヒルにもなれる。

 もちろんみんな、首の下は人間と一緒だから、普通に夫婦生活だって出来るわ」

 

「俺さまが言っているのは、種族の習わしとか、伝統とか、血筋とかの事だぞ?

 同じ種族同士くっついた方が望ましい! その方がぜったい分かり合えるし、役所に行って面倒な申請をしなくて済むぞ! って話なのだ」

 

「でも私、とても興味深々だわ♪

 今までカバとして生きて来た人と、アヒルとして生きて来た人が夫婦になるんでしょう?

 当然持っている常識なんかも違うし、生活習慣もしきたりも違ってくるハズよ?

 異種間の結婚って、いったいどんな風になるのかしら?」

 

「そこら辺はまぁ、人間社会における“国際結婚”と似たような物だぞ?

 一緒に生活しながら、お互いの違いを理解し合い、時には戸惑ったりしながらも、少しづつ歩み寄っていく。そうやって一緒に生きてくんだよ」

 

 そうのほほーんと語り合う二人。対して絶句するアンパンマン。

 思えば自分達がいるこの世界には、人間の他に、もう目もくらむような数の多種多様な種族がいる。動物族とか、食べ物族とか、無機物族とか。

 きっとだが、例えばカバ男くんが結婚適齢期となり、そしてお嫁さんを探そうとしたとしても……自分の家族以外に同じカバ族の女の子を見つける事は、けっこう大変な事だと思う。

 彼の通っている学校には、自分しかカバ族の者が居ないし、先ほども言った通り、もう数えきれないほど沢山の種族が、同じ国で一緒に暮らしているのだから。

 

 ゆえに、この“異種間の恋愛”というのは、実はとてもとてもポピュラーで、当たり前の事であったりする。この世界の状況を鑑みれば、ある種の必然である。

 

 ばいきんまんが言っているのは、「せっかく同じ細菌族同士が一緒にいるのに、なにパン族にうつつを抜かしてるんだ!」という事である。

 この世界の事情を鑑みれば、元から細菌族であった二人が出会い、そして結婚まで漕ぎ着けられたのは、とても幸運な事だったりするのだ。

 

「じゃ……じゃあ仮にさ? ぼくもカバになれたりするのかな?

 カバ族の人と結婚する事になったら、ぼくもカバのマスクを」

 

お前は無理だよ(・・・・・・・)。だってアンパンじゃないか」

 

「アンパンマン? そもそも貴方は、私達“妖精”とは違うの。ヒーローなのよ。

 ある日とつぜん空から降って来た【いのちの星】が、ジャムおじさんの焼いたパンに宿り、そうして誕生したのが貴方よ♪

 だから顔をあんまん(・・・・)とか、うぐいすパン(・・・・・・)に代えることは出来ても、私達のようにマスクを被り直す~という事は出来ないわ」

 

 なんとなしに聞いては見たが、どうやら自分は例外であったようだ。

 ちなみにであるが、これはアンパンマンだけの事でなく、同時期にバイキン星から卵の状態でやってきたという“ばいきんまん”も同じ。

 彼ら二人、そしてカレーパンマン達などのパン族は、例外なのだ。

 この世界においては【特別な存在】であると言える。

 

「えっ。じゃあぼくは、だれかと恋愛したり結婚したりって……出来ないのかな?」

 

「別に、するだけならいくらでも出来るぞ?

 ただ“種族変更”が出来ないっていうだけで。なんにも問題ないぞぉ~」

 

「まれにだけど、今はそういう夫婦もいるらしいわ。

 これは人間社会においても、実質的には夫婦でも別の性を名乗る人達がいるのと同じね♪

 誰しも自分の考えだったり、それぞれのライフスタイルがあるのよ♪」

 

 二人が「うふふ♪」と微笑み、笑顔を交わし合う。

 未だアンパンマンは戸惑っている様子だが、彼らはもう「当然っ!」といったような具合だ。

 

「なっ、なら子供は(・・・)?!

 ぼくとかカバ男くんとかは、ちゃんと子供を作れるの!?」

 

「はぁ? 何を言ってるんだお前は。出来るに決まってるだろう。

 そうじゃなきゃ、子孫繁栄も出来ず、俺さまたち滅んじゃうじゃないか」

 

「異種間での、夜の営みかぁ~。うふふふ、異種姦♪」

 

 お前が世間知らずなのは知ってたがな? でもよく考えて物を言え。

 ばいきんまんは「はぁ……」とため息をつき、呆れたような顔をする。

 まぁバタコさんに関しては、一人どこか遠くへと意識を飛ばしてるけど。

 

「いいかアンパン野郎? よぉ~く聞け? 一度しか言わないぞ」

 

「う、うん」

 

「赤ちゃんは、コウノトリさんが運んで来るんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 愛し合ってるお父さんとお母さんが「赤ちゃんを授かりますように」と願いながら、一緒のベッドで手をつないで眠れば、神様がそれを叶えてくれるんだよ」

 

「常識よね♪」

 

「!?!?!?」

 

 アンパンマンは漫画みたいに「ガーン!」と驚く。

 ばいきん&バタコは「うんうん」と頷くばかりである。

 

 

「まさかお前は、この俺さまに生殖器がどうとか、精子卵子とか、性行為はどうやるとか、そういう事を言わせるつもりか?

 ここをどこだと思ってるんだ。喫茶店だぞ(・・・・・)?」

 

「う、うん……。ごめんよばいきんまん……」

 

 

 場をわきまえろ、つぶあん野郎――――

 そんな彼の正論パンチにより、この話題はうやむやとなった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「クソがぁ~! ドキンちゃんのバァーーカ! メシマズ嫁ぇ~!

 みんなドキンちゃんが悪いんだぁ~!!」

 

 すっかり日も暮れて、夜の8時。

 ばいきんまん達は店を変え、今は彼いきつけのお寿司屋さんにいる。

 彼ら三人の他に、ようやく仕事を切り上げてこちらにやって来てくれた、ある友人を仲間に加えて。

 

「なんで分かってくれないんだろうな?!

 俺さまはこんなにもドキンちゃんを想っているのにっ! すごく愛してるのにっ!

 いつも仕事がんばってるし、ごはんも食べさせてるし、不自由させて無いじゃないかぁ!

 なぁ~んで俺さまと同じくらい、愛してくれないんだぁ~!」

 

 このお店に入り、少しお酒が入った途端、もう烈火の如く愚痴を吐き出していく。

 アンパンマンもバタコさんも、流石にちょっとゲンナリしてきた様子。長年の友人であるから付き合ってやるが、正直もう帰りたい気持ち。

 たとえここが高級なお寿司屋さんで、美味しい物がたくさん食べられるとしても、こんな愚痴を聞かされながらでは味わうことも出来ない。

 

「家事は下手だし、料理はたまにレトルトで済ますし、俺さまに労いの言葉もなぁーいっ!

 ドキンちゃんに比べれば、こっちの方がよっぽど努力してる! いつもしてあげてるっ!

 なのになんでぇ! 俺さまに優しくしてくれないんだぁ~! バカぁ~~っ!」

 

 怒るかと思えば泣き、泣くかと思えば怒る。ばいきんまんはお酒のパワーで、ただいま絶好調であった。

 まぁこういう愚痴も、たまに少しだけであれば、良い発散にもなるんだろうが……それにしてもやりすぎのように思える。

 なんと言ってもお店に迷惑がかかるし、なにより見苦しく見えてしまう。

 たとえばいきんまんからしたら、正しいことを言っているつもりだとしても、それでは周りにも理解されないだろう。

 

「ううっ……! 俺さまもう食べるしかないっ! お刺身で心を慰めるしかないぞっ……!

 たとえドキンちゃんがダメなお嫁さんで、パン族にうつつを抜かす常識知らずでも、お刺身は俺さまを裏切ったりしないからなぁ~! ううぅ~……!」

 

 なにやら拘りがあるのか、自分でやりたい性分なのか。

 ばいきんまんは“おろし金”を店主に持ってこさせ、自分でゴリゴリとわさびを削る。

 ばいきんまんはお子様舌なので、辛い物は苦手なのだが……ことお刺身に関してはワサビを付けて食べるのが好き。

 なのでちまちま作らせるのではなく、自分で沢山けずって沢山食べたいので、いつもワガママを言って持ってこさせるのだ。

 

「ほぉ~ら見ろみんな! わさびの富士山が出来たぞっ! 見事な腕前だろう?

 これをお醤油にササッと溶かしてな? こうやってお刺身につけてぇ……うぅぅん旨いッ!!」

 

 食べてる時だけは、こちらに矛先が来なくて済む。でも願わくば、もう少し静かに食べてくれないかなぁ……。

 アンパンマンもバタコさんも、せっかくのお寿司やお刺身だというのに、あまり味わうことが出来ずにいた。

 

「どうした三人ともぉ~! 俺さまの奢りだぞぉ~う? 食え食えぇ~!

 ほらっ、俺さまが削ったワサビを分けてやろうっ!

 こうやって醤油に溶かしてだな?」

 

「あはは……」

 

 もう苦笑するしかない。アンパンマンはされるがまま、言われるがままになっていた。

 しかし……その時。

 

 

「――――酔っ払いの泣き言っていうのは、滑稽だねぇ。

 そんなだから、嫁さんに愛想をつかされるんじゃないのか?」

 

 

 そう言い捨てる強い声が、ばいきんまん達がいるこの場に響いた。

 

「おっ……お前っ! 山岡ぁ(・・・)!!」

 

「山岡さんっ! いったいどうしたのよっ?!」

 

 ばいきんまん達と同じ座敷に座り、共にテーブルの料理を囲んでいた、もう一人の男。

 彼の名は山岡士郎――――制作会社こそ違えど、アンパンマンと同じくアニメスターであり、【美味しんぼ】という作品の主人公を務める男だ。

 

「なんだとぅ! もういっぺん言ってみろ山岡ぁー!

 俺さまのどぉ~こが、情けないんだぁ~!

 何にも間違ったこと言ってないじゃないかぁ~!」

 

「ばいきん先輩にとっては正論でも、奥さんにとってそうとは限らない……、って話だ。

 たとえ誰より仕事が出来ても、好きな時に寿司が食えても、それが良き夫である(・・・・・・)とは限らないんだ」

 

「なっっっ!?!? なぁぁ~~にぃぃ~~っっ!!!!」

 

 思わず立ち上がり、バイキンメカを呼び出そうとする。アンパン&バタコに必死こいて止められるが、もう怒りは留まることを知らない。大噴火だ。

 

 

「――――明日、付き合って貰えますか?

 映画もクランクアップしたし、暫くお休みが貰えるんでしょう?

 ばいきん先輩に、ぜひ見せたい物があるんだ」

 

 

 山岡さんはそう言い捨て、踵を返して店を出て行った。

 後に残されたのは、もう大爆発しちゃったばいきんまん。そして心配そうに彼の背中を見守る、アンパンとバタコのみだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あの野郎ぉーー!! いったい俺さまを、どぉ~~こに連れて行くつもりだぁ~!!」

 

 後日、あれからケータイに届いた集合場所に集まったばいきんまん達。

 未だ怒りが収まらない彼を宥めながら、山岡が来るのを待っていた。

 

「つまんない物だったらぁ、たぁーだじゃおかないぞぉ~~っ!

 もうお寿司つれてってやんないしぃ! さり気なくアイツの上司に電話して、フォロー入れてやったりとかしないからなぁ~!」

 

 えっ、めっちゃ良い先輩じゃない? この人って悪役じゃなかった?

 そうは思うんだけど、もう何も言える雰囲気じゃない。ただただ二人は、怒り狂うばいきんまんを見守るばかりだ。

 

「――――お待たせしました先輩。

 車を用意しましたので、出発しましょうか」

 

「おぉー! 来たなぁー! やぁーまぁーおぉーかぁ~~~っ!!」

 

 ぷんぷん肩を怒らせながら、ドシドシ近寄っていく。

 それでも開けて貰った後部座席へと、素直に乗り込む辺りが、みんながばいきんまんを憎めないでいる理由なのかもしれない。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おや珍しい、見学ですか?

 どうぞどうぞ見てやって下さい。自慢の子達ですから」

 

 やってきたのは、伊豆地方の山奥。

 車で数時間も走り、山道での軽いウォーキングをこなした後、ばいきんまん御一行が辿り着いたのがここ、“荘田わさび園”と書かれた田園であった。

 

「えっ、これわさび畑なのかっ? 山岡が俺さまに見せたかったのって……」

 

「そうです。ばいきん先輩が大好きな、わざびを作っていらっしゃる農家さんですよ」

 

 昔は辛い物が苦手だったが、こうして会社務めをするようになり、お酒を嗜むようになってから、ばいきんまんはワサビが大好きになった。

 美味しいお刺身に、ワサビをたっぷり溶かしたお醤油を付けて食べる。この珠玉の時こそが、今ばいきんまんがもっとも癒される時間だ。

 

「おぉっ! 山岡ッ! お前やるじゃないかぁ~っ!

 まさかわさび農家を見学できるなんてぇ~! 俺さま初めてだぞぉ~っ!」

 

 山岡さんの肩をパシパシ叩き、早くもご機嫌なばいきんまん先輩だ。

 いっちゃ悪いが、ちょろい人であった。

 

「うわぁ~、なんて綺麗なんだぁ~!

 これ全部、わさび畑なのかぁ~?!」

 

 いま彼らの眼前にあるのは、見渡す限りの田園風景。美しく、そして丁寧に栽培された、青々としたわさび畑の光景である。

 

「わぁ……大きい!

 こんなに大きなワサビ、私はじめて見ましたっ!」

 

「ははは、こいつは5年物ですよ。ワサビの中でも第一級品ですね」

 

 実際に目の前で収穫されたワサビを、バタコさんが感嘆の声を上げながら見つめる。

 とても立派で、大きい。なによりも大地の生命力を感じる、見たことが無いくらいに上質なワサビ。

 

「えっ、ここまで成長するのに、5年もかかるのかっ!? すごい手間暇じゃないかっ!」

 

「いやぁ。ここまで育てないと、“本当のワサビの味”は出ないんです。

 まだ細くて小さいのを、スーパーとかで売ってるのを見かけますが……あんなのはねぇ」

 

 すこし苦笑しながらも、荘田さんは嬉しそうに語る。

 自らが丹精を込めて育てたワサビなのだ。きっとみんなが目を輝かせ、掛け値なしに褒めてくれてるのが嬉しいのだろう。

 

「ワサビ畑~とは言うけど、本当は田んぼなんだな……。

 一面に水が流れてて、その中にワサビは植えられてるのかぁ……」

 

「ええ。でも普通の田んぼとは違い、とても水が澄んでるでしょう?

 この綺麗な水こそが、ワサビの生命なんです」

 

「ねぇばいきんまん? 下が泥じゃなくて、小砂利が敷いてあるみたいだ。

 だからこそ、田んぼの水が濁らないんだね。すごく綺麗な水だよ」

 

「綺麗な水に、綺麗な地質、そして澄んだ空気……。

 この環境で育つからこそ、ワサビの香気はあんなにも清冽なのね♪」

 

 初めて見た、わさび畑の光景。

 そして庄田さんの愛情を感じる、とても手間暇のかかった丁寧な仕事。美しくて立派で、とても美味しそうなワサビ。

 

「嬉しいです、みなさんは本当によく見て下さっている……。

 まるで自分の育てた娘を、褒めて頂いてるみたいだ……。

 ありがとう。頑張ってやって来たのが報われるよ」

 

 庄田さんはほのかに涙を滲ませながら、ばいきんまん達に「ありがとう」を繰り返す。

 正直こんな立派な仕事をする農家さんに頭を下げられるのは、「こちらこそです!」と恐縮しちゃっていけない。でも凄く温かな時間だった。

 

「よっし! せっかく来てくれたんだ、ワサビを好きなだけ持っていくと良い!」

 

「ええっ! いや悪いよ親父さんっ! 俺さまこんな立派なワサビ貰えないよっ!

 せっかく5年もかけて育てたのにっ!」

 

 いやいやいやっ! って感じで、ばいきんまんがプルプル首を振る。

 いま目の前にあるワサビ達が、一体どれだけの手間暇と愛情をかけて育てられた事か。そんなのを好きなだけ~なんて、とても許される事じゃないと、ワサビ大好きなばいきんまんは固辞しようとするが……。

 

 

「まかせといて。さぁ、いちばん良いのを選んであげよう。

 ぜひ美味しく食べておくれ――――」

 

 

 本当に幸せそうな庄田の横顔を見て、もう何も言えなくなってしまうのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「えっ、これ何だ? 変な皮みたいのが貼ってあるけど……」

 

 あれから帰路に着き、夕食時を迎えた。

 ここは昨日も彼らが来た、あのいきつけのお寿司屋さんである。

 

「これは“(サメ)の皮”ですよ。

 板に張り付けて、おろし器として使うんです」

 

 昨日と同じように、今ばいきんまんの前にあるテーブルには、沢山のお刺身が並んでいる。

 山岡は彼の隣に座り、自身が持ってきたサメの皮を使ったおろし器を使い、今日庄田さんから貰って来たワサビを摩り下ろして見せる。

 

「おぉ! 綺麗な緑色だなっ!

 そんで、ねっとりとねばりがある! 普通のと全然違うよ!」

 

 これは、もちろん庄田さんのワサビが素晴らしい物だという証拠。でもこのねっとりとしたねばりが出るのは、山岡が持ってきたサメの皮の効果である。

 

「同じように、この店で使っている金属製のおろし器で摩り下ろした物が、こちらです。

 ばいきん先輩、どうぞ。見比べてみてくれますか?」

 

「お……おぉ。さっきのヤツみたいにねばりは無いなぁ~。

 普通にコンモリしてる、いつも見る感じのヤツだ」

 

 小皿に貰い、少しだけつまんで食べてみる。

 これは、間違いなく物凄く美味しいワサビである事が分かった。

 ……けれど、何故だろう? どこか少しだけ物足りない(・・・・・)という気がした。これは最高のワサビなんだという期待値や先入観が、そうさせたのだろうか?

 

「では次に、このサメの皮で擦った物を。

 違いを比べてみて下さい」

 

 山岡の指示通り、今度はねっとりねばり気のある、サメ皮を使った方を口に運ぶ。

 その瞬間――――ばいきんまん達の鼻に、衝撃が突き抜けた。

 

「うおぁぁぁあああーーーーッッ!!!!

 これは辛いッ! 辛いぃぃぃいいいッッ!!! 鼻にツーンと抜けるぅぅぅ~~!!」

 

「きっ……効くわぁぁ~コレッ!? 強烈よぉー!!

 物は同じ、庄田さんのワサビなのにっ、なんでこんなにも違うのっ……?!?!」

 

 天井を仰ぎながら、後ろに仰け反る。それほどの破壊力と、突き抜ける清涼さがあった。

 

「バタコさんの言う通り、これはどちらも同じワサビ。

 庄田さんがお作りになった、この国で最高のワサビですよ」

 

 ふぎゃー! とか言いながらも、目に涙を浮かべて「おいしぃーっ!」

 そんなワケの分からない状態となっている皆に向かい、山岡が説明を始める。

 

「最初に食べた金属でおろした方は、きめ(・・)が荒いでしょう?

 一方サメ皮でおろした方は、きめが細かく、ねっとりしている。

 この差が問題なんです」

 

「そういえば……よくよく比べてみると、金属でやった方は、黒っぽいのが交じってるなぁ。

 わさびの皮まで摩り下ろしてるから、それが混ざってるのかぁ」

 

「でもサメ皮の方は、ちゃんと外側の皮を剥いてから、丁寧に摩り下ろしてたから……。

 もう全然見た目も色も違うよ~! すごく鮮やかな緑色だものっ!」

 

 ばいきん&アンパンが、コクリと頷き合う。

 その味、感じ方のみならず、見た目さえもこんなに違う。

 どちらが美味しくて、どちらが正しいのかなんて、もう考えるまでもない。

 

「ワサビの細胞の中に含まれている有効成分は、そのままでは全然辛みを発揮しないんです。

 難しい事を言うと、ばいきん先輩は眠ってしまうでしょうし……。説明は省きますが……。

 ようは、一般的な目の粗い(・・・・)金属のおろしでは、ワサビの真価を発揮できないという事です」

 

「えっ……でもここって、すんごく良いお寿司屋さんだぞ?

 こんな高いお店なのに、正しいやり方をしていない、って事か?」

 

「残念ながら、先輩の言う通り。

 一流と言われる店であっても、普通のおろし金で皮ごとすりおろしてる店の方が、もう圧倒的に多いんです。……おろし金という名前がついてて、みんなこれでやってる、これが常識だから、とね」

 

 ひと手間かけて皮を剥き、サメ皮のようなキメ細かい物で、とても丁寧におろせば……、たとえ少量であっても先ほどのばいきんまん達が感じたように、もう突き抜けるように効く。ワサビの真価を十二分に発揮出来る。

 その方が使用量も減るんだし、経済的にも良いと思いますがね、と山岡は語る。

 

「それと……ばいきん先輩?

 いちどワサビを醤油に溶かすのではなく、刺身の上に少し乗せる(・・・・・・・・・・)というやり方で、食べてみて貰えますか?」

 

「えっ」

 

 よ~し早速このワサビでぇ~! とばかりにお刺身を食べようとしていたばいきんまんを、山岡の一言が制する。

 なのでしぶしぶながらも動きを止め、言われた通りのやり方をして、刺身を口に運んでみた。

 

「うぉぉ! うおわぁぁぁーーーーーーーッッ☆☆☆

 効いたっ! 効いたぞぉぉ~~っ!

 ワサビの心地よい味がしてぇ! 酸味が舌の上を走るッッ!! 強烈にぃぃ!!

 そして香りがツーンと鼻に抜けてぇぇ! これは……これは辛いと言うよりも、旨い(・・)ッ!

 こりゃ美味しいぞぉぉぉおおお~~~うっっ!!」

 

 これは、今まで知らなかったかったやり方だ。

 ただなんとなしに、「そういう物だろう」と思い込んでいた自分のやり方は、実は間違いだったのだ。

 こんなにもワサビを活かせる方法があったのかと、ばいきんまんは正に「目から鱗っ!」という心境。めちゃめちゃ刺身おいしい! ワサビがこんなにも効いてるっ!

 

「ワサビの辛み成分は、揮発性なんです。

 またまた詳しい説明は省きますが……とにかく醤油で溶いてしまうと、せっかくのワサビの辛みや香りが、ほとんど飛んでしまうんだ。

 先輩はワサビが大好きで、今日こんなにも最高のワサビに出会った。

 けれど間違ったやり方をしては、とてもワサビの本当の良さなんて、知ることが出来なかったでしょう」

 

「うん山岡っ! お前の言う通りだぞっ!

 俺さまこんなにも美味しいワサビで、美味しくお刺身を食べたの、初めてだものッッ!!」

 

 パクパク! パクパク! と凄い勢いでお刺身を食べていく。

 このワサビをちょこっと摘まみ、お刺身に乗せる~というのはひと手間かかるが、その苦労さえも愛おしい。これによってとても美味しくなるんだから。

 むしろワクワクするくらいだった。

 

 

「同じように――――人との接し方にも、正しいやり方(・・・・・・)があるんじゃ無いですかね?

 俺達の種族はこうだから、みんなこうしてるから、こういう物だから……。

 そんな思い込みや、先入観の押しつけでは無く、先輩の奥さまにとっての正しい接し方、というのがあるんじゃないでしょうか?」

 

 

 その言葉に、ばいきんまんは「ハッ!」とした顔で、お箸を握っている手を止める。

 いま山岡さんは、とても真剣な……でも優しい表情でこちらを見つめている。

 

 

「先輩も見たでしょう?

 まるで自分の娘のように、愛情を込めてワサビを育てている庄田さんの姿を」

 

「先輩の愛が、庄田さんに負けているだなんて、俺には思えない。

 先輩は心から奥さんを愛し、とても大切に思っているって事は、この場の全員が知っています」

 

「けれど、今日のワサビの付け方のように、大切にするやり方(・・・・・・・・)を知らなかった。

 いくら愛していても、それが凝り固まった考えでする間違ったやり方であるなら、本当の意味で奥さんを大切にする事は、出来ないんじゃないですか?」

 

 

 カタンと、お箸が落ちる音。

 今ばいきんまんの脳裏には、自らが愛する大切なお嫁さんが、愛らしい笑顔を浮かべる姿が浮かんでいる。

 

 

「それが普通だとか、こうするべきだとか、そういうんじゃなく……。

 一度しっかりと、【奥さん自身を見てあげて下さい】

 彼女は“妻”という生き物じゃなく、ドキンちゃんという名の女の子です。

 彼女を一人の人間として、見てあげて下さい。

 そして、彼女にとって一番よい接し方……、一番よい愛し方を、考えてあげて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ねぇ、どうしたのぉ~ばいきんまぁ~ん?

 いっつも帰ったら、ソファーでぐーたらしてるのにぃ~」

 

 あの山岡たちと共に、美味しいワサビに舌鼓を打った、その日の夜から……。

 ばいきんまんは唐突に部屋の片付けや、お風呂の掃除、そして料理のお手伝いなどをするようになった。

 

「なんかばいきんまん、すごく笑うようになったね(・・・・・・・・・)

 いっつも家では、難しい顔してたのに……。

 忙しい忙しい~って、ダルそうにしてたのに……」

 

 けれど今のばいきんまんは、家でも笑顔を絶やさない。

 それは決して無理やりな笑みでは無く、まるで「君と一緒にいるのが幸せだ」という感謝を、ドキンちゃんに伝えるかのような、幸せそうな笑みだった。

 

 ドキンちゃんは、料理がそんなに上手じゃなかった。

 なら俺さまもやるから、一緒に勉強してみないか? 一緒に上手になろうよ!

 たまには外食したりして、美味しい料理を研究するんだ。そうして学んだ料理を、また二人で作ってみたらいいよ♪

 

 ドキンちゃんは、手先が不器用だった。だからマフラーだって編めないし、ばいきんまんの服のほつれをお裁縫で直してあげる事も出来ない。

 なら俺さまもやるよ。一緒に練習しよう。ちょうどもうすぐ冬だし、それに向けてお互いにマフラーを編み合わないか?

 俺さまはオレンジを編むから、ドキンちゃんは紫を編んでよ。

 分からない所や、苦手な所は教え合って、一緒に作ってみようよ♪

 

 

 あれだけ熱心だった、しょくぱんまん(アイドル)のおっかけは、次第にしなくなった。

 確かにしょくぱんまんは好きだけど……でも今はそれより、やりたい事がある。

 彼と一緒に食べに行ったあのチンジャオロースを、自分達で再現してみたいのだ。

 彼と一緒に編んでいるマフラーを、少しでも可愛く、しっかりと作りたいのだ。

 

 そんな風に、毎日たくさん楽しい事があるから。

 家に一人きりでいるばかりじゃなく、やりたい事や、練習したい事、また夫の為にしてあげたい事がいっぱい出来たから、ドキンちゃんは今とても充実しているのだ。

 

 そして……暫く月日が経った、ある日の晩のこと。

 

 

 

「た……ただいまぁ、ドキンちゃん」

 

 ここ数か月の間、いつも出来るだけ早く、規則正しい時間に帰って来るようにしていた彼が、いつもよりほんの20分ばかり遅く帰って来た。

 ケータイに連絡をしてくれてたし、それは別に良い。

 けれど今、彼がさっさと靴を脱いで上がって来る事もせず、なにやら後ろで手を組んでモジモジしている姿に、ドキンちゃんは「キョトン?」と首を傾げた。

 

「えっ……えっとぉ! 今日俺さま達、結婚記念日だよっ!?

 これ買って来たんだっっ!」

 

 もう「どうぞっ! お納め下さいっ!」とばかりに頭を下げながら、花束とケーキとシャンパンを差し出す。

 こんな物を買ってくる事など、この30年の間、一度も無かったのだ。

 それどころか「彼は結婚記念日を憶えていたんだ……」という驚きに、ドキンちゃんはポカンと口を開けてしまった。

 

 

「ゴメン……今まで一度も言った事なかったけど、『愛してるよ』

 俺さまといてくれて、俺さまと一緒になってくれて、ありがとう――――」

 

 

 えへへとハニカミながら、感謝を告げる。

 まっすぐで、彼らしい不器用さで、ドキンちゃんへの愛を口にした。

 

 古い考えの人間であり、今まで頑なに「男が台所に立てるか!」とか「女はこうするモンだ!」とか言い張っていた彼が。

 仕事や責任を果たしてさえいれば、それで愛情が伝わると思い込んでいた彼が。

 いつも妻としての義務や、こうあるべきという考えばかりを、押し付けていた彼が。

 

 今、しっかりとこちらの顔を見て、微笑んでくれている――――

 

 

 

「いやぁーーん☆ もう貴方ったらぁ~~~ん☆☆☆」

 

「ほげっ!?!?」

 

 いきなり飛び掛かられて(抱き着かれて)、ばいきんまんは変な声が出た。

 

「やだもー☆ もぉおーーう♪

 すきっ♡ すきっ♡ すきっ♡」

 

「ほっ……ほわぁー! ほわぁぁぁあああーーっ!!

 助けてぇ~っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして団地の一室に吹き荒れる、嵐のようなキスの雨――――

 

 あの日、アンパンマンは「ぼくらに生殖能力はあるの?」とか言ってたけど……、その答えを今夜ドキンちゃんに見せてやろうと思う、ばいきんまんであった。

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 MREさま♪




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勉強しないハイジをなんとかしようとT〇Yの家庭教師に依頼するアルムおんじ。 (MREさま 原案)



 ズィーブン!(ななつぅ!)





 

 

 

「ウケケケ! 死ぬが良いペーター! ここがアンタの墓場よぉ~!」

 

 おじいさんは考える。

 うちのハイジは、ちょっと勉強という物を、しなさすぎではないかと――――

 

「うわー! うわーっ! ハイジぃぃ~~っ!」

 

「あっはっは! 哀れねペーター!

 豚のような悲鳴が、耳に心地いいわ♪」

 

 あの子がこのアルム(山)へとやって来てからというもの、確かに自分の生活は変わった。

 今まで孤独に生きて来た自分の景色が、とても華やかで明るい色に変化したのは、全てあの子のお蔭だと言っても過言では無いだろう。

 しかし……。

 

「さぁペーター! まずは人差し指よっ!

 今から一本ずつ指を外していくわ!」

 

「やめて! 落ちちゃうよハイジ! ぼく崖から落ちちゃうっ!」

 

 明るいのは良い。元気なのも良い。自由奔放なのは素晴らしい事だ。

 しかしながら、彼女はここへやって来てからというもの、毎日毎日この高原で遊んでばかり。

 山や木や川といった豊かな自然の中、友達のペーター君や、ヤギを始めとする動物達と戯れることに夢中になっているのだ。

 もちろんハイジは家の手伝いもしてくれるし、おじいさんのいう事をよく聞く、とても良い子ではあるのだが……。

 

「うふふ! 必死にぶらさがってる人の手を、こうやってグリグリ踏みつけるのって、なんて楽しいのかしら!?」

 

「痛いっ! 痛いよハイジ! 死んじゃうよっ!

 もう右手の感覚が無いんだ! 左腕一本じゃ、とても支え切れないっ!」

 

「あぁっ♪ 私の嗜虐心や、暴力性や、自尊心とかが、どんどん満たされていくわっ!

 優位な立場にある側の人間が抱く、汚らわしい安心感! 人の業! 悪性ッ!

 今あたしは人を貶めているんだ~という、この上ない快楽♪ エクスタシー☆」

 

 だがやはり、勉強する事も必要だろう。

 ハイジがアルムを駆け回っている姿は、とても微笑ましい物ではあるが、この子の将来の為にも、今の内から勉強をさせておく事は、非常に大切な事だ。

 

「くらえペーター! ヤギのしょんべん鉄砲だぁ~っ! あそーれ♪」

 

「がぼがぼっ!? う゛えっぶ!! がぼがぼがぼっ!?!?」

 

「どう? おいしいでしょうペーター? 喉が渇いてたでしょう?

 さぁたらふく飲みなさいっ! あたしからのドリンクサービスよっ!!」

 

 なので、おじいさんは思う。いま土日に通わせている学校以外にも、何か彼女に勉強をさせてやる方法は無い物かと。もっと学ぶ機会という物を作ってやらなければと。

 しかし自分は、人に物を教えるのには向いていないし、それは同じ子供であるペーターにも無理だろう。

 しかもここはアルムのど真ん中で、町まで行くにしても結構な距離があるし。ハイジひとりで歩いて向かわせるには、中々厳しいものがある環境なのだ。

 

 

「ハハッ♪ 落ちたぁーっ! ペーターが落ちたわぁ~~~っ♪♪♪

 くっくっく……! 助けてぇーだって!!

 人生最後の言葉が、「助けてぇー!」だって!! あーっはっは☆」

 

 

 何か良い方法は無いものだろうか?

 他の子達にくらべて勉強が遅れがちなハイジを、助けてやる方法は無いものだろうか?

 おじいさんは腕を組み、ウムムと考える。

 

「ははっ……♪ 無理よぉペーター、助からないわよぉ~……♪

 ――――だってこの崖っ! こぉぉーーんなにも高いんだものッッ!!!!

 あはは……♪ あははは……♪ あぁぁぁあああーーーーっはっはっは☆☆☆

 ゴホッ! ゴホッ!」

 

 良案は無い。だが諦める事無く、知恵を絞ろう。

 ハイジの楽しそうな笑い声を聞きながら、おじいさんは一生懸命、頭を捻るのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「こっ……これじゃあああぁぁぁーーーーーッッ!!!!」

 

 チーズや工芸品なんかをお金と交換する為に、おじいさんは一人町へとやって来た。

 そこでふと見かけた、【家庭教師の虎井(トライ)】の張り紙。

 完全個別指導! マンツーマンで短期学力UP! というキャッチコピーを読んだ途端、おじいさんの頭上にピシャーンと雷が落ち、大きな叫び声が辺りに木霊した。

 

「これは!? あのテレビCMなどでお馴染みの、家庭教師の虎井ッ!!!!(カッ!)

 あぁなんとタイムリーなのだろう。まるで神様が、ワシをお導き下さったかのようじゃ。

 なんまいだぶ、なんまいだぶ」

 

 張り紙をビリッと剥がし、コソコソと懐にしまう。

 大声も出してしまった事だし、はやくこの場から離れなければならない。人が来る前に。

 その熊のように巨大な拳をもって、何人か撲殺する羽目になってしまう。さっさと逃げなければ。

 

「――――虎井じゃ! ハイジを救えるのは、虎井しかおらんッ!!

 虎井ならば間違いないハズじゃ! 待っておれよハイジぃーー!! マイガァーール!!」

 

 おじいさんはソソクサとその場を離れ、やがて「~♪」と口笛を吹きながら、何事も無かったかのような素振りで人ごみに紛れる事に成功。手慣れたものだ。

 極々軽い窃盗をおこなったものの、おじいさんの胸はとても晴れやかな心地。だってこれでハイジに勉強をさせてやる事が出来る。

 あの子の喜ぶ姿を瞼に浮かべながら、通りかかった馬車へ「ひゃっほーい!」と勝手に乗り込み、帰路に着いたのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「なぁに、おじいさん?

 これからあたし、ペーターの墓にツバを吐きに行くんだけど」

 

 朝食を終え、今日も元気に出掛けようとしたハイジを、「ちょっと待ちなさい」とおじいさんが呼び止めた。

 

「ハイジ、紹介しよう。

 今日からお前の家庭教師をやってくれる、虎井さんだよ」

 

「よろしくね、ハイジ♪」

 

「!?!?!?」

 

 おもむろにガチャッとドアを開け、突然目の前に現れた男の姿に、ハイジは硬直する。

 

「いま家庭教師の虎井では、“春の入会金無料キャンペーン”が実施中。

 それに加えて“授業料30%OFFキャンペーン”というのもやっていてな?

 さっそく電話をしてみたのだよ」

 

「ほかにも年4回のテストがある時期には、“テスト期間30%OFFキャンペーン”。

 あと9月限定で、とってもお得な“切り替えキャンペーン”などもやっているよ♪」

 

「!?!?!?」

 

 いま眼前にいる虎井さんは、とっても真面目で優しそうな男の人だ。

 濃い目の青いスーツに、やる気を感じさせる赤ネクタイ。

 コンモリとした清潔感のある七三分けに、大きな黒縁眼鏡がとても良く似合っている。

 

「さぁ、今日は遊びに行くんじゃなく、この人と勉強をするんだ。

 さっそく席に着きなさい、ハイジ」

 

「家庭教師の虎井では、その子に合わせたオーダーメイドのカリキュラム。

 一人ひとりの現状学力や目標に合わせてカリキュラムを作成し、「何を」「いつまでに」「どうやって」学習するかを明確化。

 入試問題的中AIなどの、最新のデジタル技術を駆使した受験サポート。

 多種多様なニーズに合わせて、様々なコースをご用意しているよ♪」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 縋り付くようにして、ドアにもたれかかる。

 ハイジの身体が、自然と「逃げなければ」という意識によって、ジリジリ後ろに下がろうとしているのだ。

 

「では虎井先生、ハイジをよろしくお願いします」

 

「各地の公立受験に精通した、プロ家庭教師による入試対策講座。

 得点に直結するテクニックを伝授。受験直前期にぴったりな学習方法。

 マンツーマンでしっかり指導するから、わからない事は、その場で質問&解決。

 とりあえず、1日8時間以上(・・・・・・・)の集中特訓で、一気に学力を向上させるよ♪」

 

「うわぁぁーーーーッッ!?!?!?」

 

 ――――逃げなきゃ! 遠くへ逃げなきゃ!!

 ハイジはその想いに突き動かされ、ドアをぶち破る勢いで、外に飛び出した。

 

「こっ……これハイジ! 待ちなさいっ! コラッ!」

 

「いえおじいさん、大丈夫ですよ?」

 

 なんて事を。来てくれた先生に失礼じゃないか。

 そう思い、ハイジを連れ戻しに行こうとしたアルムおんじを、虎井先生が手で制する。

 

「ハイジが悪いんじゃ無いんです。

 その子のやる気を、いかに引き出すかが、いちばん大切なんです」

 

 ニヤリと笑い、腕まくり。

 そのまま虎井先生が、スタスタと表に歩いて行き、「ぎゃー!」とか言いながら走っていくハイジの背中を見つめる。

 

「虎井式ならマンツーマン、完全個別指導。

 勉強のやり方から教えます――――」

 

 そして一気に〈ダッ!〉と駆け出した。

 まるでチーターのように。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「死ねぇ家庭教師! ピュィー♪」

 

「うぎゃあああぁぁぁーーーッッ!!」

 

 その意味の分からない俊足により、ようやくハイジに追いつこうとしていた彼に、ヤギ達が襲い掛かった。

 

「口笛はなぜ、遠くまで聞こえるの?

 あたしは口笛ひとつで、いつでもどこでもヤギを召喚出来るのよっ!

 ヤギのエサになりなさいっ!」

 

「ぎゃあああああ! 死ぬぅぅぅううう~~っ!!」

 

 子ヤギのユキちゃんを始めとする、多くのヤギ達に取り囲まれ、虎井先生の姿が見えなくなる。

 おしくらまんじゅうなんて、可愛いモノじゃない。それはまさにハトがパンに群がる(・・・・・・・・・)が如くの光景。獣たちがエサを貪り食う姿、その物である。

 

「死になさい! 生きたままヤギに食われなさい!

 だってあたし、勉強なんかしたくないんだもの!」

 

「うぎゃああーーー! うぎゃあああぁぁぁーーー!!」

 

 ぼくね? 将来は家の仕事を継いで、羊飼いになるんだ――――

 そう言っていたペーターのヤギ達を「あ、それ良いわね~」とばかりに奪うどころか、そのかけがえのない命すらも無慈悲に奪い取ったハイジは、彼の愛する大切な家畜であったヤギ達を駆使し、まさに私利私欲の為だけに虎井先生を殺そうと言うのだ。

 

 ヤギ達を退(しりぞ)けなれば、ハイジは倒せない。

 だがハイジを倒さなければ、ヤギ達は決して止まる事は無いだろう。

 そんな“アルプスの少女”の面目躍如とも言える、無駄に深い動物への愛と友情がおりなす、とてもタチの悪い凶悪な攻撃であった。

 

 これもひとえに、「勉強したくない!」の一念。

 ハイジは日がな一日あそび倒す為なら、さっき会ったばかりのよく分からない男の命など、どうだって良いと思うのだ。

 それこそ、ヤギに食わせてしまえってなモノ。

 まだ幼い子供であり、勉強の大切さや大人たちの願いなど、理解しようもない年頃のハイジだからこそ、この惨劇は起きていると言えよう。

 誰も悪くなんか無いのだ。仕方ないのだ。

 

「勉強なんてして、何になるのよっ!

 人間なんてねぇ!? ひたすら畑だけ耕してたら良いのよっ!!

 下手に知恵を付けたりなんかしたから、いま世界はロクな事になってないの!

 人間なんてみんなバカなのッ!! 救いようもなく愚かな生き物なのよ! 猿と一緒よッ!

 なのにバカが調子に乗ったりするから! 科学とか、社会とか、利益とか、思想とかを持つからこそ、醜い争いや戦争が起こる!

 殺し合い、破壊し、どんどん破滅していく! 取返しもつかない!

 そしてお金なんて物があるから、ごく少数の資本家なんかが存在してるからこそ、金持ちと貧乏人とが分れて、貧富の差が出来る!

 弱者と強者が生まれて、不平等や差別も生まれる! 搾取され、虐げられる存在が出来る!

 ゆえにみんな農業だけしてりゃー良いのよっ! 金も武器も知識も科学も捨ててッ!

 何も持たず、“生きる為”だけに働いていれば良いの!

 余計なことは一切考えず、自由さえも捨ててッ!

 人は原始に還るべきなのッ!! 原始共産主義こそが、本来人間のあるべき姿なのよッ!!!!

 ――――だからあたし、ぜったい勉強なんてしないわぁ~っ! うわ~ん!」

 

 とんでもない長セリフを、一息に言ってのけた。

 これも全てハイジの「勉強したくない!」という気持ちが成せる技だ。

 まぁさんざん屁理屈をこね、なんかポル・ポト*1みたいな事を言いはしたが……。

 つまる所ハイジの言い分は、「勉強したくないの!」のひとつに集約される。

 

「あーいい気味だわ☆ 資本主義の犬め! ヤギに食われろぉぉぉおおおーーッッ!!!!

 それじゃ、あたしペーターの墓参りに行ってくるわ♪ ペッて唾を吐いてやるの♪」

 

 らんららーん♪ とスキップをしながら、ハイジが立ち去って行く。

 青い空に、広大な山々。美しい自然に、キラキラ光る水面。心が洗われるような光景である。ご機嫌であった。

 

「――――君は優秀な生徒のようだね。きっと社会科が得意なんだろう」

 

 だがその時! ハイジの背後から声がする!

 

「しかし、教えてあげようハイジ――――共産主義などまやかしだ(・・・・・)。歴史が証明している。

 そんな答えじゃ、花丸はやれないなぁ……」

 

 ふりむけば、残らず地面に倒れ伏す、沢山のヤギ達!

 そしてその中で悠然と佇む、一人の男の姿がッ!!

 

「――――貴様のヤギは死んだぞ!! 一匹残らずなぁ!!!!」

 

「!!!???」

 

 あぁ! なんという事だろう!

 せっかくペーターから譲り受けた(殺して奪い取った)ヤギ達が、一頭残らず!

 後で解体作業するのが大変だ! めんどくさい!

 

「 虎井(トライ)の家庭教師を舐めるなッ!!

  頭が高いぞッ、たかが生徒風情がッッ!!!! 」

 

「!?!?!?!?!?」

 

 オーラ。覇気。圧倒的な威圧感!!

 これまで幾千の教え子を合格させてきた、その比類なき力が、いま視覚化さえ可能な物理的な圧力となって、ハイジの身体をガクガクと震えさせる。〈じょばぁー!〉とオシッコを漏らさせる。

 

「さぁ、勉強をしよう――――楽しい楽しい勉強の始まりだ。

 貴様は……何処にいきたい?

 東大か、早稲田か、慶応か、明治か、立教か、法政か」

 

「あわわわ……! あわわわわ……!」

 

「国立か? 私立か? 海外留学か?

 どこに入りたい? どこに行きたい? どこに入れて欲しい(・・・・・・)

 さぁ、目指す学校を言いたまえ――――叶えてやろう」

 

 眼鏡をクイッと上げて、ゆらぁ……って感じの歩みで、虎井先生が近づいてくる。

 ハイジはもう、腰が抜けてその場に座り込んでいるばかり。なんの抵抗の術も無い。

 

「私は神。私は力。私は救いの手。

 有象無象の区別なく、ありとあらゆる生徒を教え、鍛え、育て、導き、指導し、教育する。

 我は講師。我こそは教師。家庭教師の虎井(トライ)也――――」

 

 アルプスが鳴いている。アルムの森が震撼する。

 

 

「――――さぁ、教師にしろッ!!!!

 私を君の家庭教師にするのだッ!! ハイジよッッッ!!!!」

 

 

 カッ! と目を見開き、ラオウみたいな顔で告げる。

 決して拒否を許さぬ、押し通す力。

 勉強嫌いな生徒をやる気にさせる、家庭教師の力だ。

 さすがは家庭教師の虎井。個別指導も全国NO.1。春の入会金無料キャンペーン実施中! 今なら授業料も30%OFF!

 

「ひとつだけ……おしえて(・・・・)?」

 

 そして今、震える身体を必死に押え込みながら、ハイジが口を開く。

 おじいさんにでも、アルムの森の木にでもなく……まっすぐ自分の家庭教師の目を見て、初めての質問を投げ掛ける。

 

「先生の授業を受けたら、かしこくなれますか……?

 たくさん勉強をしたら、あたし将来、なりたいモノ(・・・・・・)になれますか……?」

 

 震える声。消えてしまいそうな儚さ――――

 

 親戚中をたらいまわしにされた挙句、こんなアルムの山奥に住む老人の下へと、預けられた。……いや、押し付けられた。

 いらない子。厄介者。アンタなんの役にも立たないお荷物だと、ハッキリ言われた。

 そんな孤独で、小さく、なんの力もない哀れな少女が……。いままで決してワガママを言うこと無く、大人の顔色ばかり窺いながら、生きて来た少女が……。

 

 いま、その瞳に涙を滲ませながら。

 生まれてはじめて自らの“夢”を、大人のひとに語った――――

 

 

「あたし、イケメンでスマートで高身長な、年収30億くらいの次男と結婚したいんだけど。

 叶いますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 ――――やったわ! マサチューセッツ工科大学に合格したわ!

 

 

 そんなハイジの喜びの声がアルプスに響くのは、それからちょうど1年後。春の事である。

 

 

 

 

 

 

*1
カンボジアの元首相。自身の理想のために独裁を行い、自国民の4分の1にあたる300万人を虐殺した。






※当作品にはキャラ崩壊があります。みんな注意してね☆
 そしてヤギもペーターも普通に生きてるよ♪ 来週には復活してます(コメディの魔法)


◆スペシャルサンクス◆

 MREさま♪




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機動武闘伝、寿司ガンダム その4 (お通しラー油さま 原案)



 アハト!(やっつぅ!)



※今回頂いたお題、原文。

 またGガン系の話が見たいですね。
 今度はマスターやシュバルツとかが、どんなイロモノガンダムに乗って出て来るのか、妄想が膨らんで笑いそうです。


◆以前書いた、このシリーズ一覧◆ (hasegawa短編集に収録)

 https://syosetu.org/novel/158871/12.html
 https://syosetu.org/novel/158871/13.html
 https://syosetu.org/novel/158871/39.html





 

 

 

「――――目を覚まして下さい師匠ッ! 貴方はデビルガンダムに操られているんだッ!」

 

 ドモンの悲痛な叫びが、旧東京の廃墟に木霊する。

 濁った空。淀んだ空気、かつて大都市として繁栄していた面影など、もうどこにも無いほど荒廃した、悲しい土地である。

 しかし、こと“ガンダムファイトの舞台”としては、非常に適していると言えよう。皮肉な話ではあるが。

 

「嘘だッ! 師匠が敵になるだなんてッ!

 貴方ほどの御方が、デビルガンダムの手先となってしまうなどッ!」

 

「ふはははは! 現実を受け入れるのだドモンッ!

 ワシはデビルガンダムの強さに魅せられ、忠誠を誓ったのだぁー!」

 

 ガックリと膝を付き、懇願するように弱々しい声のドモン。とても目の前の現実が受け入れられないのだ。

 対してマスター・アジアこと東方不敗……ドモンのかつての師である男は、高笑いを上げている。

 

 ちなみにであるが……あのジョルジュとの死闘を演じた第三話からは、だいぶ時系列が飛んでいる事をご理解頂きたい。

 あれからドモンはアルゴ・ガルスキーを始めとし、世界各国の強敵たちとの幾多の戦いを経てここにいるのだという事を、ご了承頂きたく思う。あしからず。

 

「ドモン、あきらめな? もうアイツは、お前の知ってる男じゃねぇよ」

 

「そうだよ兄貴! 立ちなよっ! オイラたち戦わなきゃ!」

 

 未だ意気消沈し、地面に塞ぎ込むばかりのドモンへ、チボデー&サイサイシーが激励を送る。

 

「許さんぞッ! よくもやってくれたなジジイ!」

 

「マスター・アジア……東方不敗!

 貴方ほど高名な武闘家が、地に落ちたものですッ!」

 

 そして先述のアルゴ・ガルスキーや、ジョルジュも怒りの声を上げる。

 この4人は、ドモンにとって掛け替えのない仲間である。過去に拳を通じて分かり合い、お互いに認め合った者達なのだ。

 

「とは言え……、流石に今お前に戦わせるのは、酷ってモンだぁな」

 

「貴方は観ていて下さい。ここは我々が」

 

「任せておけドモン。お前は少し休むのだ」

 

「そうだよっ! 見ててくれ兄貴! オイラたちの力を!」

 

 優しくドモンを気遣いながらも、しっかりと眼前のマスター・アジアを見つめる。

 倒すべき敵として、瞳に力を込めて睨み付ける。

 その様は正に、祖国の代表たる戦士の姿。ガンダムファイターだ。

 

「えっ!? ……いや止めるんだお前たち! 行くなぁ!」

 

「いーから任せとけ~って♪ そいじゃあ行くぜぇ! お前らぁー!」

 

「「「応ッ!!」」」

 

 なんか突然オロオロしはじめたドモンを振り切り、仲間達が一斉に声を上げ、天に向かって雄々しく〈パチン!〉と指を鳴らす。

 自らの愛機を、この場に呼び出すのだ。

 

「来ぉ~い! ガンダムBBQぅーッ!」

 

来来(ライライ)ッ! ガンダムチンジャオロースー!」

 

「おいでなさい! 我が美しき愛機、生ハムガンダム!」

 

「鎖を解き放てっ! 出番だピロシキガンダム!」

 

「――――無理だお前たち! そのガンダムじゃ勝てんッッ!!!!」

 

 この場に4体ものガンダムが集結するが、対してドモンはものっすごい冷や汗をかいている。有り体に言って、仲間達の身を心配している。怪我でもしないかしらんと。

 

「ひゃっほーい♪ どうだぃドモン、カッコいいだろぅ?

 こいつがネオ・アメリカの新機体、ガンダムBBQだぜぇー!!」

 

「なんだその、バーベキューグリルに手足が生えたような身体はッ!

 それで戦えるのかチボデー?!」

 

「心配すんなってドモンっ! このマシュマロを焼く時の鉄串みてぇなビームソードと、焼いたマシュマロを発射する頭部バルカンがありゃあ、俺ぁご機嫌さぁ~♪」

 

「どうしてアメリカ人はそうなんだッ!!!!

 月に2回も3回も、毎週のようにホームパーティしやがって!

 しかもマシュマロじゃないかお前ッ!? せめて肉を焼けよッ!!」

 

「ぷぷっ♪ 何だあのガンダム、かっこ悪りぃ~!

 オイラなら、絶対そんなのに乗るのは、ゴメンこうむるよぉ~♪」

 

「お前いまチンジャオロースーだろッ!!!!

 まだ前回のパク……オリジナルガンダムの方がマシだったぞ!

 ネオ・チャイナの兵器開発部どうなってるんだサイサイシー!!」

 

 ちなみにドモンはピーマンが食べられないので、実はこのガンダムチンジャオロースーこそが、彼の天敵たるガンダムなのかもしれない。

 今は仲間なんだし、戦うことが無くて本当に良かった。命拾いである。

 

「ふぅ。ドモン・カッシュのいう通りですよ。

 なんと醜いガンダムだ……。優雅さの欠片も無い」

 

「いやジョルジュ? お前いま、生ハムのガンダムだからな……?

 人のこと言えないんだからな?」

 

「何を言うのです。前回のガンダムパリジェンヌに引き続き、これもマリアルイゼ様がデザインして下さったのですよ?

 私は果報者だ。騎士冥利に尽きます……本当に……」

 

「ジョルジュ、目が死んでるぞ? やっぱりお嬢さんを説得出来なかったんだな。

 心中お察しするぞ」

 

「おいドモン、俺のピロシキガンダムは別だよな?

 お前もピロシキ好きだったろ。カッコいいと言え」

 

「いやあの……アルゴ?

 確かにネオ・ロシアに行った時、お前にご馳走して貰ったし、旨かったんだが……。

 まさかそれをガンダムにブッ込んで来るとは……、流石に思ってなくてな?」

 

 巨大なスプーンが主兵装だったガンダムコーンフレークや、機体だけはまともだったパクリガンダム。

 装甲だけはバッチリだったガンダムパリジェンヌ、そして見た目だけはガッチリ目のレンガみたいだった、ロシアのガンダムテトリス。

 

 思えば酷い機体だったし、それ相応の力しか持っていなかったが、でも現在彼らが乗っているBBQガンダムなどの新機体は、なんかそれより劣化しているように見える。

 明らかに前回のってた旧機体より、クォリティが低い気がするのだ。弱そう。

 

「こざかしいわ雑魚共がッ! ぬぅえ~~いッ!」

 

「「「「ぐぅあーーっ!!」」」」

 

 マスター・アジアの操るクーロンガンダムが、なんか布みたいなので〈ぺちっ☆〉とやった途端、仲間達は全員跳ね飛ばされた。

 

「……ブルシット! なんて野郎だッ! 歯が立たねぇぜ!」

 

「ぜんぜん敵わないよぉ兄貴ぃ~! どうしよーっ!?」

 

「なんという力だ……! 流石はマスター・アジアです……!」

 

「ぐぬぬ! こんな強ぇガンダム見たことねぇ!!」

 

「――――いやお前らが弱いんだよ!!!!

 なんだよ焼いたマシュマロって! 生ハムって! アホかぁ!!」

 

 鎧袖一触ッ! まさに蹴散らされた!!

 この科学が急速に進歩し続ける時代……前回大会の優勝機とはいえ、明らかな型落ちであるクーロンガンダムに手も足も出ない。4機がかりで。

 それほどまでに、ドモンの仲間達が乗るガンダムは、弱かった。

 

「卑怯ですよ師匠っ! 自分だけカッコいいガンダム(・・・・・・・・・)に乗るだなんて!

 俺達を見て下さいよ!」

 

「やかましいわ馬鹿者っ! なんでまともなガンダムを作らぬっ?!

 何を考えとるんじゃお主らはッ!!」

 

 ――――無理だ。普通のガンダムに勝てるワケが無い。

 俺達が乗っているのは、もうお偉いさん方が悪ふざけ(・・・・)で作ったようなガンダムなのに。ずるいぞマスター・アジア!

 

「正直な?

 この度ワシは、お前の仲間達を洗脳し、こうして捕らえておったワケなのじゃが……」

 

「はい、そうでしたね師匠」

 

 東方先生が構えを解き、両手をブランと下げたまま、沈痛な面持ちというヤツで、ドモンに胸の内を語る。

 

「でもぶっちゃけ、だいぶ後悔しておる(・・・・・・・・・)

 まさか各国の代表たるガンダムファイターが、これほどまでに弱いとは……。

 洗脳してデビルガンダムの手先にしてやろうと思うとったのに、こんな者達はいらぬぞ……」

 

「……」

 

「「「「…………」」」」

 

 ぐぅの音も出ない。ドモンも仲間達も。

 失礼なことを言われてはいるのだが、なんか東方先生の顔が、本当に悲しそうに見えたから。きっと期待してくれてたんだと思うから。

 策を練り、この者達をおびき出し、洗脳して戦力に加えようと目論んでいたのに……、でも苦労しておびき寄せた者達が、こんなにも弱いだなんて……。

 明らかに苦労と実益の天秤が合っていない。費用対効果が悪すぎたのだ。

 

「分かっとるか……? ワシが乗っとるの、旧型機ぞ?

 もう何年も前の、おんぼろガンダムなのじゃ。

 それに負けたんぞお主ら? 4人がかりで」

 

「……」

 

「「「「…………」」」」

 

 ちなみにであるが、デビルガンダムの先兵たるロボットに、“デスアーミー”というモビルファイターがいる。

 これはファーストガンダムでいう所のザクというか、ガンダムウイングでいう所のリーオーというか……。とにかく数を頼りとして戦う量産型の“雑魚敵”で、もうマスター・アジアであれば素手でも倒せてしまう(・・・・・・・・・・)レベルの、そんな強さでしか無い機体だ。

 

 しかし、先ほどチボデー達のガンダムは――――そのデスアーミーとタイマンで死闘を繰り広げた。

 一機あたり一体のデスアーミーを倒すだけで、もういっぱいいっぱい。なんとかガンダムファイターとしての誇りとか、意地とか、根性とかを総動員して、ようやく一体のデスアーミーに勝つと、そんな有様であったのだ。

 このデスアーミーって、デビルガンダムの身体から無限湧き(・・・・)してくるような、ドラクエでいう所のスライムみたいな存在であるというのに。

 それほどまでに、チボデー達のガンダムは弱かった。本人はともかくとして。

 

「う……嘘です! クーロンガンダムがチートなのですっ!

 我が祖国のガンダムが、そんなヘコいワケが無い!

 だって生ハムですよ!? 高級食材ですよ!?」

 

「そーだよ爺さんっ! 馬鹿にすんなよぉ!

 チンジャオロースーめっちゃ美味しいじゃんか! オイラ作ってやろうか?」

 

「一度ピロシキを食ってみろ! 頬が落ちても知らんぞっ!

 こんな旨いものが、他にあるものかっ!」

 

「マシュマロってのは、火で焼いてナンボなんだよぉーっ!

 アメリカ人の魂を侮辱するってぇのか~ッ!」

 

「――――食い物から離れろ! 今はガンダムの話をしてるんだ!」

 

 こいつらは駄目だ! イカれている!

 デビルガンダムからの洗脳ではなく、その愛国心とか郷土料理への愛着とかで、盲目になっていた。

 

「ゆえに、ドモンがこやつらをぶん殴り、正気に戻してくれて、ホッとしたというか……。

 もうこやつらを引き取って欲しいというか……そんな気持ちでおっての?」

 

「申し訳ありません……。お手数をおかけしました師匠……」

 

 ドモンは普通に頭を下げた。今は袂を分けたとはいえ、師匠にご迷惑をかけちゃった事に。

 

「正直もう、色々とハートブレイクなんだが……やるしか無いか。

 レイン! 俺達もガンダムを出すぞッ!」

 

「おーけードモン! 待ってました♪

 ――――ガンダム塩ちゃんこ、発進☆」

 

「あぁもうッ……! アイツら見た後だから、マシに思えてくる!!」

 

 傍に控えていたレインがポチッと手元のボタンを押し、我らがネオ・ジャパンの機体を呼び寄せる。

 これなるはドモンの新機体――――ガンダム塩ちゃんこ。

 辺り一帯を、美味しそうなおダシの香りが包む。もうすぐお鍋の季節だ。

 

「これぞ! ネオ・ジャパン食べ物シリーズ第七弾! ガンダム塩ちゃんこ!

 頑張ってねドモンっ♪ もちろんビームサーベルは、おネギにしてあるわ♪」

 

「待ってたよチキショウ! おネギ万能だな!

 俺のガンダムファイトは、おネギと共にあるよ!」

 

「白菜が装甲として使われているわっ。

 お鍋なんだし、たっぷり野菜を入れないとね♪」

 

「野菜からダシも出るしな! ……でも装甲としてはどうなんだレイン?!

 なんか動く度に、パリパリいうんだが?!」

 

「味噌ちゃんこも良いかな~と思ったんだけど、前回きりたんぽをやったでしょ?

 だから今回は塩味なの! 手は鍋掴みになってるから安心してね♪」

 

「出来るかっ! 安心する要素が皆無なんだよッ!!

 ガンダムファイトは悪夢でしか無いんだ! この俺にとってッ!」

 

「頭部のバルカンからは、鶏つくねが出るわっ!

 私お鍋といえば鶏つくねなんだけど、ドモンはどう思う?」

 

「旨いよな鶏つくね! ……でもバルカンにするのはどうだろうな?!

 敵に当たっても、ベチャっとするだけだろうが!」

 

 ちなみにであるが、このガンダム塩ちゃんこは“当たりの部類”である。

 流石は力士が食べる料理というか、機体のフォルムがおすもうさんヨロシクのあんこ型(・・・・)であり、とてもドッシリしているのだ。

 ガタイも良いし、パワーも充分。ちょーっとスタミナと機動性に欠けはするものの、瞬発力だって高い。まさに力士の如きガンダムなのである。

 

 チボデー達と同じ、食べ物や料理を元にデザインされてはいるものの……このガンダム塩ちゃんこのスペックは、意外なほど高かった。

 流石は技術立国ニッポン。流石は国技大相撲。

 この機体に乗ったドモンであれば、もうあのデスアーミーだって、二体くらいは倒せる(・・・・・・・・・)

 

「ドモンよ……さっきから思うとったのだが、お主は生身で戦った方が強

 

「――――言わないで下さい師匠ッ!

 レインが頑張って作ったんですよ?! 鬼ですか貴方は!

 ガンダムファイトぉぉぉ~~ッ!!!!」

 

 レディー・ゴー!!

 という事で……ドモンvs東方不敗の戦いの幕が上がった。

 

 

「くそうっ! ぜんぜん歯が立たないっ! 完敗だッ!」

 

「お主、どうやってこれまで戦っておった……?」

 

 

 ――――そして負けたッ! 完膚なきまでに! なにもする事なくッ!!

 師匠あやつるクーロンガンダムによって、ドモンのガンダム塩ちゃんこは、一撃の下に粉砕された。残念だが、なんにも書くべき見どころが無い。

 

「なんて酷い事をするんだっ……! おネギのビームサーベルをへし折るだなんてっ……!

 師匠はおネギ嫌いなんですか!? 貴方だってお鍋を食べるでしょう!」

 

「やかましいわドモンッ!! なにゆえネギ握って戦う!?

 何がお主をそうさせるッ! この馬鹿弟子がぁぁーー!!」

 

「でも師匠……! いつもは俺、豆腐やソーメンに乗って戦ってるんですよ!?

 ――――今日はマシは方なんだッ! 俺今日すごく調子良いです!」

 

「お前をこちら側に引き入れようと思うとったが、もう止めとこうかのぅ……。

 ぜったい役に立たぬわ、こやつ」

 

 あまりの不憫さに、もう東方先生は涙が出そうだ。

 一体ワシの弟子に、何があったと言うのだ。誰がこんな酷いことを(※主にレインです)

 

「くっ……! 恐るべしクーロンガンダム!!

 普通のガンダム(・・・・・・・)ってのは、こんなにも強かったのかっ! 知らなかったぜ!」

 

「ドモン、ワシと一緒に征こう。普通のガンダムに乗せてやるから。

 もう見ておれんよ……」

 

 まさかこの俺を倒すとは!

 そんな風にカッコ良く言っているが、マスター・アジアの愛弟子は、ビックリするくらい弱かった。もう先生は涙がちょちょ切れそうだ。

 この子を助けてあげたいっ……! そんな愛情が胸から溢れ出しそうである。

 

「ドモンっ! ビームライフルからポン酢が出るわっ!

 今こそ味変の時よ~っ!」

 

「了解だレイン! やってみるぞ!」

 

「無理じゃて。そんなんでは勝てぬて。なんじゃポン酢って」

 

 えっ、これガンダムファイトですよね? こんなんだったっけ?

 ワシの知ってるガンダムファイトと違う! と前回大会の優勝者であるマスター・アジアは思う。時代は変わったもんじゃ……。

 

「なんてこった! まさかアイツでも歯が立たねぇなんて! ジーザス!」

 

「兄貴のガンダムを子供扱い!? オイラ信じられないよっ!」

 

「私と互角の勝負をしたドモン・カッシュが……! これは有り得ない事ですっ!」

 

「塩ちゃんこで無理なら、一体どうしろって言うんだッ! もう打つ手が無いぞッ!」

 

「お主ら黙っとれ。帰ってもええから。ほれ」

 

 まるで出来の悪い生徒に嘆息をもらす先生の如く、東方不敗が窘めた。

 

「勝負です師匠っ! 俺はポン酢のビームライフルに、全てを賭けてみたいっ……!

 これが俺のガンダムファイトだ!」

 

「――――目を覚ませドモンッッ!!!!

 帰ろうッ! あの懐かしきギアナ高地へ! ワシと一緒にぃーッ!!」

 

 今はデビルガンダムよりも、馬鹿弟子の事をなんとかせねば。こっちの方がピンチじゃ。

 思わぬ所で、悪の志が揺らいでしまう東方先生であった。

 

 

「 そこまでだマスター・アジア!! ドモンから離れろッ!! 」

 

 

 先生が懐から白いハンカチを出し、グジグジと目元を拭っていた時……この場に強く大きな声が響いた。

 

「待たせたなドモンよっ! もう心配ないぞ! 下がってるんだ!」

 

「おっ……お前はネオドイツの、シュバルツ・ブルーダー!?」

 

「ぐぬぬっ! 貴様はっ!?」

 

 そしてこの場に颯爽と現れる、新たな機体。

 ドイツという事で、とても美味しそうなソーセージ(・・・・・)の形をしたガンダムが、この場に推参した。

 

「――――見よッ!! これぞ我が愛機、ガンダムソーセージ!

 さぁかかってこいマスター・アジア! この身を恐れぬのなら!」

 

「怖くないわー。ぜんぜん怖くないわー。

 何そのノッペリとしたガンダム」

 

 なんか【ガンダムソーセージ】という、Gガン放送当時にはリアルに丸大ハムあたりが発売してそうな名前のガンダムが、ゲルマン忍法らしい〈シャキーン!〉というポーズを決める。

 身体はモロに“手足が生えたソーセージ”その物であるが、本人はいたって真面目にやっているようだ。

 

「ねぇドモン? なんかあのガンダムソーセージ、形が変じゃない?」

 

「うむ。なんか妙に、頭部の所が膨らんでいるというか……。

 有り体に言って、チンコみたいなガンダム(・・・・・・・・・・・)だな」

 

 なんのつもりかは知らない。どのような意図でその形にしたのかは分からない。

 だがシュバルツさんが乗っているのは、まごうことなくチンコであった。

 ソーセージという名のチンコガンダムに乗った、ゲルマン忍法のガンダムファイター。

 

「では征くぞぉ! マスター・アジアぁ!

 それそれそれぇ~~い!!」

 

「ぬわーっ! ワシのクーロンがぁ~!」

 

「「「――――つよッ!? チンコガンダムつよッ!?!?」」」

 

 だが意外にも強ぇ! チンコなのに強ぇ! めっちゃチンコ強い!!!!

 シュバルツがドゴゴゴっと拳を打ち込み、東方不敗を後退させていく。とんでもない強さだ。

 

「ふはははは! 見たかドモンよッ!

 明鏡止水の心さえあれば、どのような機体でも戦えるのだッ!」

 

「――――すごい! 明鏡止水すごいッ!!!!」

 

 ドモンが全然敵わなかったクーロンガンダムを、いまチンコガンダム(ソーセージガンダム)が圧倒している。まさに嵐のような連撃。

 ガンダムのスペックを限界以上に引き出す、素晴らしい腕前! 凄まじい強さ!

 きっと彼が、例えば【ガンダムシュピーゲル】みたいな名前のガンダムに乗っていれば、もっと強かったんだろうな~と思われた。

 

「やっ……やめいシュバルツとやらッ!

 いまドモンを説得中なのだッ!」

 

「知ったことかぁ東方不敗ッ! それそれそれ~い!」ドゴゴゴ!

 

「やめぃ! そんなチンコみたいなガンダムで、まともに戦うな(・・・・・・・)

 そんな姿をドモンに見せるなっ! この子が勘違いしたらどうするのだッ!!」

 

 あ、悪いのは寿司ガンダムとかじゃなくて、俺が未熟だったんだな――――

 頑張れば豆腐でもソーメンでも、強くなれるんだな――――

 そうドモンが思ってしまったらどうする!! 純粋なんだぞあの子は!!

 そんな絶技をもってチンコガンダムを操るんじゃない! 間違った道を示すな! 迷惑なんじゃお主は!!

 

 そう東方先生は冷や汗を流しながら、必死に訴えかける。

 頼むから止めてくれと。チンコで戦わんでくれと。愛するドモンの為に。

 

「やめぇい! チンコで『それそれそれぇ~い!』とか言うでない!

 なんか違う意味(・・・・)に聴こえて来よるわ! 教育に悪いじゃろうが!!」

 

「黙れマスター・アジア! 口を動かす暇があるなら、手を動かせ!

 それそれそれぇ~い!」

 

 うわー、シュバルツさんて強いな。カッコいいな。チンコみてぇだけど。

 そうドモンたち若いファイターは、シュバルツ先輩の雄姿を目に焼き付ける。キラキラと希望に満ちた目で見つめる。

 

「オイラ……今まで自分のガンダムが弱いんだって、そう思ってたんだけど……」

 

「でもそんな事は無かったのですね。我々が未熟だったのだ……」

 

「見事にチンコを操っていやがる……。凄い腕前だ」

 

「あぁ……。俺もガンダムBBQに乗って、いつかアメリカンドリームを」

 

「――――見ろッ! さっそく若人たちが、おかしな事になっておるッ!!

 悪影響なんじゃお主はッッ!!!」

 

 こうなればもう、速攻でシュバルツを打ち負かすしかない。ドモンたち若いガンダムファイターの為にも。

 そう心に決めたマスター・アジアは、この旧型であるクーロンガンダムを放棄。

 即座にコックピットから飛び降り、空に向けて指を鳴らした。

 

 

「いでよッ!! そして刮目せぇい!

 ――――これぞマスター・アジア専用機ッ! ガンダムポリデント(・・・・・・・・・)!!」

 

 

 凄まじい爆風がこの場に吹き荒れ、この場にまた、新たな機体が出現する。

 

「正直、最近クーロンガンダムに乗るの、ちとしんどいな~と思うとったんじゃ!

 このガンダムであれば、ワシの真の力を全て発揮出来るわッ!」

 

 空を仰ぎながら、「がっはっは!」と高笑い。

 今ここに、師匠マスター・アジアの為に作られた、ご老人にも操縦しやすいガンダムが、姿を現したのだ。

 

 その背中や腰など、身体中に貼られた“湿布”のような装甲。

 ちょうど腹部にある、もう見た目がまんま“腹巻”のような装備。

 弾丸では無く、専用の青汁カプセルを発射する、頭部バルカン。

 まるでお爺ちゃんがよく使っている、肩こり改善の低周波治療器のような武装は、ひとたび相手に張り付けば、きっとビリビリと電気攻撃を行うことだろう。

 そしてダークネスフィンガーや、石破天驚拳などの必殺技を使う前には、事前に火が出るような勢いで乾布摩擦を行うことにより、そのパワーを飛躍的にUPさせる事が出来る。

 

 何より、転倒防止のために手すりの設置や、躓かないよう極力段差という物を排除した、コックピット内部の考え尽くされた設計よ!

 これならきっと東方先生のようなご老人にも、安心してご操縦して頂ける事だろう。

 

 まさに今のご時世、強く必要性が訴えられている“バリアフリー”という物を、この上なく体現した機体! デビルガンダムさんのお心遣いがこれでもかと詰まった、マスター・アジア専用機!

 

 ――――その名を【ガンダムポリデント】 今後幾度もドモンの前に立ちはだかる機体。

 ちなみにだが、もちろん頭部の口元にある入れ歯は、取り外し可能で丸洗いが出来る。

 

 

「師匠……なんか俺、安心しました(・・・・・・)

 これなら俺の寿司ガンダムでも、なんとかやっていけそうです……」

 

「うむ。いろいろ言いはしたが……これからも頑張って征けよ?

 今後は、このガンダムポリデントが、お主の相手をするでな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に、まともなガンダムは居ない――――

 マスター・アジアがクーロンガンダムを捨て去ってしまった今、もうどこにも存在しないのだ。

 

 関係無いが、たとえこのガンダムポリデントを退(しりぞ)けたとて、後のデビルガンダムに勝てるのだろうか?

 塩ちゃんこや、焼いたマシュマロのガンダムでは、大きな不安が残る。

 

 

「あ、今度俺、ギアナ高地で修行して来ますね?

 はやく明鏡止水を会得しないと」

 

「うむ、頑張るのだぞドモン。いや寿司ガンダムのキングオブハートよ……」

 

 

 

 

 

 降りた方が強い。生身で戦ったほうが良い――――

 そんな世論によってガンダムファイトが廃止されるのは、この時代から300年(・・・・)も後の事。

 

 まだまだ人類は、愚かであった。

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 お通しラー油さま♪



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ガチャピンチャレンジ×クロスオーバー作品 :ジャンルギャグ短編 (団子より布団さま 原案)



 ノイン!(ここのつ!)



◆頂いたお題、概要◆

 あのテレビ番組で数々の伝説を打ち上げた、(どう考えても着ぐるみがやるようなアクションじゃないだろ的な意味で)ガチャピンが、武の極みを!! 宇宙空間を!! アクションスパイ活動を!! 微笑みデブを一兵士に仕立て上げる所を見てみたいな~と思う、団子より布団の欲望丸出しの募集です。(団子より布団)


※今回のお話は、メタなネタが含まれます。





 

 

 

「よし……やっと一時間を切ったよ……」

 

 自分以外、誰も居ない荒野。

 有り体に言えば、オレンジ色の夕日が照らすアラスカの大地の上で、ガチャピンがその構えを解いた。

 やれやれといった風に、ひとつため息をついて。

 

「一日一万回、感謝の正拳突き……、一時間切り達成だよぉ~」

 

 10年かかった。この【ガチャピンチャレンジ】を番組の企画として命じられてから、丸10年の月日が経っていた。

 

「なんか、ボクがひたすら正拳突きしてる間に、番組終わっちゃった(・・・・・・・・・)らしいけど……。

 それはぼくの責任じゃない。ポンキッキーズが終わったのは、時代の流れという物なんだ。

 とりあえず、ぼくはやり遂げたぞ――――」

 

 気が抜けたように、バタリと倒れ込む。もう疲れましたとばかりに。

 なんでこのボクが“音を置き去りにする拳”なんて覚えなくちゃいけないのか、皆目見当がつかないけれど……。ボク別に武道家じゃないのに、何この無意味な十年間……。

 そんな事を思うけれど、とりあえずガチャピンはやり遂げたのだ。せめて自分だけでも自分に「お疲れ様」と言ってあげたい。よく頑張ったねと褒めてあげたかった。

 だって他に誰も褒めてくれないんだもの。番組終わったからスタッフ居ないんだもの。

 

「帰ろう、日本へ……。10年ぶりの帰国だよ……。

 じゃあね、アラスカ。ボクは日本に戻るよ。

 辛い事しか無い日々だったけど……、もうどれだけよく考えても、楽しい事なんかひとつも無かったけど。正拳突きしかしてなかったけれど……。

 でもありがとうアラスカ。ばいばい……」

 

 こうしてガチャピンは、まるで尺取虫のようにうねうねしながら(もう歩くのさえシンドイのだ)、ここから約600キロほど離れた空港に向けて、出発したのであった。

 

 来るべき、次の“チャレンジ”に向けて。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ムック、久しぶりだね。ちょうど10年ぶりになるのかな?」

 

「ホントですなぁガチャピン~! いやぁー会いたかったですぞぉ~」

 

 後日、何か月もかけて帰国したガチャピンを、彼の親友であるムックが出迎えた。

 羽田空港のロビーにて、感動の再会である。

 

「ん? 別に来れば良かったじゃない。会いたいんならさ?

 ボクずっと、アラスカのおんなじ場所に居たよ? 一回も移動しなかったもの。

 そう言えばこの10年、君は一度も会いに来なかったね(・・・・・・・・・・・・)

 ボクの顔なんて、見たくも無かったんだ……」

 

「いやいやいや~。そのような事は無いですぞぉ~!

 まったくガチャピンたら冗談ばっかりぃ~♪ ほっほっほ♪」

 

 まともに取り合う事なく、愛想笑いで流される。

 ガチャピンは「じとぉ~!」っと睨んでみるけれど、彼にはまったく堪えた様子が無かった。

 

「すいませんガチャピン~。実はわたくし、ペットを飼っておりましてな?

 まだ小さな子ですので、放り出して海外へは行けなかったのです。

 どうか気を悪くしないで欲しいですぞぉ」

 

「ふーん、ペットねぇ~。……ちなみに何を飼ってたの?」

 

「ハムスターですぞぉ。小さくて可愛いですぞぉ~」

 

「いや、ハムスターって1年くらいで死ぬじゃん(・・・・・・・・・・・)

 いったい何周ハムスターの人生見届けたの? ハムスターの業者? 来れたよねアラスカ?」

 

「ではガチャピン、早々ではありますが、わたくし貴方への“指示”を承っておりましてな?

 聞いて頂けますかぁ~」

 

 ムックが鞄をゴソゴソし、ガチャピンへの指令が書いた封筒を取り出す。

 もう彼には、ガチャピンの話を聞くつもりなど、微塵も無いようだった。友情とかはどこ行ったんだろう? たしか親友だったハズだが。

 

 それにしても、このタイミングで指令とな?

 まだガチャピンは一度も家に帰って居ないし、たったいま羽田に到着したばかりなのに。

 まさかこのまま、チャレンジと称してどこかへ向かわせる気でいるのだろうか?

 家に帰すこともせず、また飛行機に乗せると?

 

「ちょっと待ってよムック。ボクいま帰国したばっかりだよ?

 せめて富士そばに行かせてよ。日本食が恋しくて仕方ないの。

 君に分かるかい? ある日突然、なんの脈絡もなくアラスカに連れ去られ、10年も醤油(しょうゆ)断ちをさせられた子の気持ちがさ?」

 

「ではでは、その封筒を開いて下さいませぇ~。

 あ、カメラもう回しておりますので。スマイルスマイルですぞぉ~」

 

 ほう、それじゃあ殴れないな――――

 カメラが回っている所で、ムックをブチ殺すワケにはいかないや――――

 今のボクって凶器なんだよ? 後で感謝の正拳突きを見せてあげるね。

 とりあえずガチャピンは、ムックをぶちのめすのは置いといて、受け取った封筒をビリビリと開ける。

 そこには、読み間違えようもない程に大きな文字で書かれた、ガチャピンに対する次の指令があった。

 

 

 

 

 

 

◆NEXT ガチャピンチャレンジ!◆

 

【悟空の元気玉を喰らって、無事に生き延びてみよう☆】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ねぇ! ボクが憎いなら、ハッキリそう言いなよッ!!」

 

 カメラとムックに対し、“音を置き去りにする拳”を叩き込んだ後、ガチャピンは声を荒げた。

 

「殺せばいーじゃんっ! そんな事しなくても! 今ここでッ!!

 ボクが憎いんならそう言いなよ! なんでわざわざ湾曲的にやるの?!

 ――――殺したらいーじゃん! 殺せッ! 殺せよぉぉぉおおおーーーッッ!!!!」

 

 そう怒鳴り散らすけれど、ムックはいま地に倒れ伏し、ふわふわと宙に霊魂が浮いている。話を聞ける状態では無かった。

 

「ボクはねぇ! もう感謝の正拳突きを10年やったり! 金色に光ったアンパンマンにグーで殴られたり! 対魔忍のセクシーなピッチリスーツを着せられたりしてるんだよっ!

 ……なのにこの上、命まで奪おうって言うのかっ!!!!

 僕は前世で、それほどまでの罪を犯したって言うのかっ!!!!

 ――――ねぇ! そんなにボクが嫌いなのかお前はッ!!?? なんとか言いなよ!!!!」

 

 胸倉を掴み「ひどいひどい!」と振り回す。

 でも前述の通り、ムックはいま幽体離脱をしているので、返事をすることは出来なかった。

 

「オッス! オラ悟空! いっちょやってみっかぁ~!」

 

「――――なんでもう来てるの!? 仕事が速いよムック!!」

 

 振り向けは、そこに悟空さの姿。

 こうなる事(幽体離脱する事)を見越してかは分からないが、ドラゴンボールの主人公さんは、すでに羽田空港のロビーに到着していた。

 

「悟空さんっ! これは何かの間違いなんですっ!

 ボクは決してフリーザ様でも、魔人ブウでもないんですぅ!」

 

「でもオメェの拳、音を置き去りにするんだろう(・・・・・・・・・・・・・)

 オラわくわくすっぞ」

 

「――――ちきしょう! 覚えたスキルが裏目にッ!

 図ったな! 旧ポンキッキーズのスタッフめ!」

 

 ガッデムとばかりに空を仰ぐ。もうこの世にボクの味方なんていないんだ。

 かの世界的な有名漫画であるドラゴンボール、その最大の威力とされる必殺技が、ボクみたいなモンに対して光栄にも使われるんだ。

 そう思うと、自然と涙が零れてきた。そんな光栄いらないと。

 

「えっと……悟空さん悟空さん?

 実はボク、ドラゴンボールの大ファンなんですよぉ♪ 家に全巻あるんです♪」

 

「おぉ! そうなのかぁガチャピン~!

 そいつぁオラも、頑張って元気玉作らねぇとな!」

 

「いえいえ、ぜひ作らないで頂きたいんです♪

 まさか悟空さんともあろう人が、自分のファンである男の子を、遺骨も残さず無惨に消し飛ばしたりはしないでしょ?」

 

「ん、死にたくねぇのかオメェ? 心配すんなってガチャピン!

 ドラゴンボールがあるから(・・・・・・・・・・・・)でぇじょうぶだ(・・・・・・・)

 

「――――この人サイコパスだよ! 戦闘民族だったよ!」

 

 優しい顔してババンバン♪ でもイカれてるよサイヤ人ッ!!

 いちおう全巻DBを読んでいるガチャピンは、ようやくその事を思い出したのだった。

 

 

「お、集まった集まったぁ! サンキュー地球のみんな!

 じゃあちょっと痛ぇけど、我慢しろよ?」

 

「――――なんでみんな協力するの!? 地球人なんか大嫌いだ!!!!」

 

「オメェをぶっ倒せば、旧番組スタッフのヤツラが、謝礼をくれるんだってよ♪

 楽しみだなぁ~王将いくの! 餃子1皿無料券のために、死にやがれぇー!」

 

「――――1皿!? 1皿でボクを?!?!

 君は命をなんだと思ってるんだ! ブルマに殴られろぉ!」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「決めたよムック。ボクはもう二度と、二次小説には出ない(・・・・・・・・・)

 

「そんなこと言わずにぃ。お願いしますよぉガチャピン~」

 

 後日、ガチャピンチャレンジに大失敗し、羽田空港ごと木っ端みじんにされてから、初めての収録。

 

「良い思い出が無いんだ。きっとボクのこと嫌いなんだと思う。

 アンパンマンも、あのばいきんまんでさえ、ちょっとは良い想いをさせて貰ってるのに」

 

「そんなこと無いですぞ? ガチャピンはとても愛されております。

 ワタクシが太鼓判を押しますから♪」

 

 おやつのココアシガレットを、たばこに見立ててぷかぷかと吹かし、やさぐれながらソファーに腰かける。ガチャピンの心は今、とても荒んでいた。

 

「ではガチャピン、続いての指令になりますが、お渡ししてもよろしいですかな?」

 

「よろしいように見える? ホントにムックって、血も涙もないよね」

 

 ルッキンフォー友情。ギブミー思いやり。

 そうこう言いつつも、とりあえずは彼から封筒を受け取り、開封してみた。

 

 

 

 

 

 

 

◆NEXT ガチャピンチャレンジ!◆

 

【火垂るの墓の節子に、シャイニングフィンガー】

 

 

 

 

「――――血も涙もないよッ!! お前たちは人間じゃなぁぁぁーーいッッ!!!!」

 

 ムックを千手観音でぶん殴ってから、天を仰いで叫ぶ。

 

「なんでそんな事するんだ! あの子がいったい何をしたって言うんだッ!

 めちゃくちゃ良い子じゃないか!!」

 

 そんなこと言っても、指令は覆らない。メッセンジャー役のムックでさえ、もう白目を剥いて気絶している。

 

「そんな事するくらいなら、ぼくは旧スタッフにゴッドフィンガーを決めるよッ!

 超級覇王電影弾した後、石破天驚拳するよッ!」

 

「でもですねガチャピン……? これは番組からの指令ですから。従ってもらわないと……」

 

 もう「うきゃー!」と怒り狂っている内に、なんとかムックも復活。

 目を覚まして「まぁまぁ」とガチャピンを諫める。

 

「なんでだよっ!? ボクにこの手を汚せというのかっ!

 幼子を手にかけろっていうのか君は!」

 

「その通りですガチャピン。

 視聴率や動画再生数のためなら、我々は鬼にも邪にもなるのです」

 

「そんなにお金が欲しいの!? 地位や名誉やランキング一位が欲しいの!?

 そんな物にいったい、何の価値があるって言うんだ!

 All is fantasy(すべては幻……)! All is fantasy(すべては幻……)!」

 

「ではガチャピン、ジブリの世界に行ってらっしゃいませ♪

 そこにある“どこでもドア”を使うのですぞぉ~」

 

「――――ドラえもんすらボクの敵かッ!!

 あの野郎ッ、金で魂を売りやがった! いつかぶっ殺してやるッ!!」

 

 もうガチャピンを書いているとは思えない程のキャラ崩壊だが、なんやかんや説得した後、彼はヤケクソになってどこでもドアを潜って行ったのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「節子っ、これドロップちゃう! おはじきやないかッ……!」

 

 住居としている洞穴同然の家に、清太の悲鳴にも似た声が響く。

 この戦時中という食糧不足のご時世で、久しぶりに食料の調達に成功した彼は、意気揚々と帰って来たのだが……。

 しかしうつろな瞳で布団に寝転がったまま、もう意識すらも朦朧としている妹の姿に、思わず口元を覆ったのだ。

 

「あ……にぃちゃあん……。おかえりぃ~。

 ほら、これおあがりぃ……。おから炊いたんも、あげましょうねぇ……」

 

「……せっ、節子ッッ!!」

 

 ただの汚い泥団子を、おはぎや食べ物だと言いながら、兄へと差し出す。

 光を失った瞳。枯れ木のようにやせ細った腕。あんなにも愛らしかった妹の、あまりにも変わり果てた姿……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うおおおお!!!! シャァァァイニングぅ! フィンガァァァアアアーーッッ!!!!」

 

「にいちゃーん!」

 

「節子ぉーーっ!!??」

 

 その時! 突然この場に駆けこんで来たガチャピンが、節子にシャイニングフィンガーを決めた。

 

「お前もだぁ馬鹿息子ぉ! シャァァァイニングぅ! フィンガァァァアアアーーッッ!!!!」

 

「うぎゃああああ!」

 

「にいちゃーん!」

 

 即座に振り向き、清太にもシャイニングフィンガー。

 流れるような美しい動きであった。流石はガチャピンだ。

 

「よし! 二人とも気絶したねっ! 成敗完了☆

 このまま病院に運ぶよムック!」

 

「了解ですぞぉガチャピーン! 担架を用意しましたぁー!」

 

 何の罪も無い、面識すらもない幼い兄妹に対し、シャイニングフィンガー。

 そのせめてもの償いとして、ガチャピン達は彼らを病院に運び、救助してやった。

 

 酷いとは思う。許せないと思う。なんて理不尽なと自分でも思う。

 ――――でもガチャピンのおかげで、節子ちゃん生存ルートなのだ! 彼らはハッピーエンドを手に入れたのだッ!

 

 もう飢える事も、衰弱する事も無い。

 不衛生な住居で暮らす事も、大人たちに見捨てられて死ぬことも無くなったのだ。

 ならそれで良いじゃないか! なんにも問題ないじゃないか! 火垂るの墓・完!

 

 ガチャピンはそう自分を誤魔化しながら、必死こいて働き、彼らの生活費&入院費を払い続けるのだった。

 君達は今日から、ボクの家族だ! ボクが育てて見せる! ……シャイニングフィンガーしちゃったので!

 

 今度は子育て――――それがボクの新たな【ガチャピンチャレンジ】だと、なんか上手いこと言ってみた。

 

 

 

 

 この後もガチャピンは、スネークよろしく敵のアジトにスニーキングミッションしたり、伊良子よろしく無明逆流れを習得したり、はたまたハートマン軍曹みたくアメリカ海兵隊の新兵訓練をおこなってデブに撃たれたりするのだが、それはまたいずれ、機会があれば語ろう。

 

 ――――これ以上書いたら、私は本当に怒られてしまう!

 ガチャピン&ムックのファンの方々に!

 

 以前、作品の感想コメント欄に、「ガチャピンとムックが汚された……」という短いながら痛烈なコメントを頂いた時、私は死ぬほどご返信で謝罪をしまくった後、ひとりで3日くらい凹んだのだ。

 なにとぞご了承頂きたく思う。

 

 

「ねぇムック? ボクらっていつか、幸せになれるのかな……?

 幸せにして、貰えるのかな……?」

 

「分かりません。……でも戦うしかないでしょう。

 戦うことだけが……! 我々の道だと……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャピンチャレンジ×クロスオーバー 完ッ!!

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 団子より布団さま♪



 PS  ガチャピン、ムック、愛してるよ。




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茹でられたパスタくんのお話 (天爛 大輪愛さま 原案)



 ――――ツェン!!(とぉッ!!) 



※観覧注意!!※

 これはコメディじゃないヨ! 気を付けてネ!





 

 

 

◆前回のあらすじ◆

 

 

 やぁぼくパスタくんだよ☆

 

 

「 ぎゃあああぁぁぁーーー!! うわああああああああああああッッ!?!?!? 」

 

「ちょ……待ッ?! なんでぼくを茹ッ……!? ぎゃああああああああああああ!!!!」

 

「……ごっ、殺じでぇッ! こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇぇぇえええーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

☆第二話☆

 

 

 やぁぼくパスタくんだよ☆

 今ぼくは、地獄の釜の如き熱湯で茹でられ、身体中が赤く焼け爛れた状態で、お皿に盛られているよ♪

 

 

「……殺してやるッ……ぜったいに殺してやるッ……」

 

「生きたまま生皮を剥ぎ……、その剥き出しの肉に荒塩を擦り込りこみ……、口から焼けた鉄を流し込んでやる……」

 

「許さんぞ人間共、皆殺しだ……。

 未来永劫、この魂が尽き果てる時まで呪い倒し、必ずやその血を絶やしてやる……。

 六道を踏みしめ……、黄泉平坂の業火に焼かれろ……。

 この世にひり出されて来たことを後悔し、凄惨な末路を迎えるが良いッッ……!

 怨怨怨怨怨怨怨……!」

 

「い、いやッ……!? いやだッ! いやあああああああああああああッッ!!!!」

 

「……食べないでッ! ぼくを食べないでぇぇええッッ!!

 いっ、痛い!! 痛いよッ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「せっ、せめて殺ッッ……!! 殺してくッ……!!!!

 ――――た゛へ゛な゛い゛て゛く゛れ゛ぇぇぇええええーーーーーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

☆第3話☆

 

 

 こんにちは、パスタくんの母です♪ ごきげんよう☆

 

 

「あのぅ……すいません。

 こちらに私の息子が居ると聞いて、やって来たのですが……」

 

「息子は、元気していますか……? 風邪などひいておりませんか……?

 あの子、昔から身体が弱かったから……。とても心配で……。

 大切な息子なのです」

 

「……えっ? ここに入れば良いんですか……? このお鍋の中に……?

 でもこれ、すごくボコボコ煮立っていますし……。どこにも息子の姿なんて見えな……」

 

「 きッッッ――――キャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!! 」

 

「あああああッ! 熱ッッ!?!? あつっ!?!?! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

「なっ……なんで押しッ?!?! なぜわたくしを殺そッ……!?!?!?

 イヤァァァアアアア!!!! ああああああああああああ!!

 助けッッ!! たすけてぇぇぇえええ!!!! 貴方ぁぁぁぁああああああッッッッ!!!!」

 

「ごっ……殺じでぇぇッ!?!?

 ――――こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇぇぇえええーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

☆第4話☆

 

 

 やぁぼく、パスタくんブラザー☆

 いま3才の妹と共に、家でお兄ちゃんとお母さんの帰りを待っているよ♪

 

 

「ねぇおにいちゃん……? おかあさんはいつ、かえってくるの?」

 

「もうすぐさ。もう少ししたら、おっきいお兄ちゃんを連れて、家に帰って来るさ」

 

「でもおにいちゃん……? きのうもおんなじこと、いってたよ?

 ほんとうにおかあさんたち、かえってくるのかな……?」

 

「だっ、大丈夫だってパーちゃん! 心配すんなよっ!

 おっきいお兄ちゃん、ちゃんと帰って来るって、そう言ってたじゃんかっ!

 たくさんお金を稼いで、ぼくらに美味しい物を食べさせてくれるって、約束してたじゃんか!」

 

「うん、そうだね……。でもパーちゃんね?

 もうにどと、おっきいおにいちゃんにあえないような、そんなきがするの――――」

 

 

 

 

 

☆第5話☆

 

 

 やぁ俺、パスタくんファザー☆

 いま煮えくり返る鍋の、すぐ前に立っているぞ♪

 

 

「こ……ここに飛び込めば、本当に娘は助けて貰えるんですねッ……!?」

 

「俺が身代わりになればッ……!

 本当に家族のことはッ……、助けて頂けるんですね……!? 本当にッ……!?」

 

「えっ……ガッッ?!?! うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「ああああぁぁぁぁあああああ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!?!?!?」

 

「いやぁ! あーーッ! あああーーーーッッッ!!!!

 ごっ……殺じでぇぇえええッ!?!?

 ――――こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇぇぇえええーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

☆最終話☆

 

 

 やぁぼくパスタくんだよ☆

 今ね? とっても温かいお風呂に入っているよ♪

 

 

 煮え滾る熱湯により、どんどん身体が溶解していくのを感じる。

 細胞組織が壊れ、身体が機能を失い、もう思考さえも朧げだ――――

 

 だが俺は太麺タイプで、茹で時間は15分。

 ゆえに他のヤツラより、長く意識が残る。

 耐え難い苦しみを味わいながら、それでも気を失う事さえ許されず、生き地獄を味わうハメとなった。

 

 もう動けない。何も出来ない。なにも考えられない。

 ただこの身は、熱湯のボコボコした気泡に揺らされながら、水の中を揺蕩うのみの存在。

 

 なぜここに来たかも、なぜ産まれたのかも、なぜ生きてきたかも……すでに俺には関係ない話。

 だってもうすぐ、俺は死ぬんだろうから。

 

「……生きたぁい……。生きていたぁい……」

 

 そんな声が漏れるも、いま水の中。声にならずにゴボゴボいうばかり。

 最後の言葉さえ、人生最後の意思さえも、残すことが出来ない。

 

「茹っ……茹でな……………………茹でないで……」

 

 願いは届かず、水泡の中に消える。

 死ぬのは良い。誰しもいつか死ぬんだ。……だがこれほどの苦しみの中、ひとり孤独に死んでいく事が、耐え難かった。

 誰かに、手を握って欲しかった。

 

「へへっ……。生まれ変わったら、何になろうかなぁ……?」

 

 そんな事を、ふと考えてみる。

 もうすぐ俺は茹で上がり、そして人の子の口膣内で、噛み砕かれるだろう。

 だが今、この瞬間だけは、自由が許されている。

 この僅かな、ちっぽけなつまらない数分間だけは、俺だけの物だ。

 

 

「けど……、やっぱりパスタかなぁ……?

 生まれ変わっても、ぼく……パスタになりたいや――――」

 

 

 

 

 

 生きて、生きて、生きて。

 

 生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて、生きて。

 

 

 そしていつか生まれ変わって、また貴方と出会う。

 

 君が大好きなカルボナーラとして、また食卓に並ぶね♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやぁぁぁああああああああああ!!!

 たっ……ッ! 食べないでぇぇええッッ!!」

 

「いっ、痛い!! 痛いよッ!! 痛い痛い痛い痛いッッ!!

 ――――く゛わ゛な゛い゛て゛く゛れ゛ぇぇぇええええーーーーーーーッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 天爛 大輪愛さま♪




 PS
 沢山のリクエストを頂き、ありがとう御座いました!
 そして読んでくれた全ての皆様に、心からの感謝を☆

 hasegawa  https://syosetu.org/user/141406/



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エキシビション
魔法少女系の作品をあまり知らないけど、偏見まみれでプリキュアっぽいものを書いてみた (天爛 大輪愛さま 原案)




 ――――エキシビションッ!!



※頂いたお題※

『魔法少女系の作品をあまり知らないけど、偏見まみれでプリキュアっぽいものを書いてみた』って趣旨の、魔法少女作品を2~3部作でお願いいたします!

【条件】
・『hasegawaさんの考える魔法少女もの』に沿った作品であること。(つまりは、既存の魔法少女作品にとらわれず、好きに書いていただいてOKです)

・ジャンルはなんでも構いません。
 ギャグでもシリアスでも……例えば最初の1文が「大日本帝国万歳!!!!」でも、私は今更驚きはいたしません____いたしませんとも。(フラグ)

・基本、2~3部作であること。
 劇場版をイメージした感じでお願いいたします。

 よろしくお願いします!!



※作者注※

 イメージは劇場版という事で、誠に勝手ながら【3万文字の作品を一本】という形です。
 別に2~3部作に分割しても構わなかったんだけど、せっかくだから一気に読んでみて!

 そして私は男の子なので、プリキュアという物を観たことも無ければ、魔法少女のこともロクに知りません。
 今回大輪愛さまは、【それを承知の上で】リクエストを下さっておりますゾ。





 

 

 

 ―prologue―

 

 

 

 

 …Oh,him?

 プリキュアの事か?

 

 Yeah. I know him.

 ああ、知っている

 

 It’s going to take a while.

 話せば長くなるな

 

 It happened years ago.

 そう、古い話さ

 

 

 Did you know

 ……知ってるか?

 

 there are three kind of aces?

 プリキュアは、3つに分類できる

 

 

 Those who seek strength,

 平和と笑顔を求めるヤツ

 

 those who live for pride,

 “カワイイ”に生きるヤツ

 

 and those who can read the tide of battle.

 客の需要が読めるヤツ

 

 Those are the three.

 この3つだ

 

 

 But him…

 だが、アイツは……(目逸らし)

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 昭和32年、冬。

 世間は“プリキュア”という魔法少女ブーム、一色であった――――

 

『プリキュアって凄いよな! プリキュアは最高さ!』

 

『うんうん! プリキュアってイカスわよね~! とってもクールだわ!』

 

 誰もがラジオや新聞に噛り付き、口々にプリキュアへの憧れを語った。

 プリキュアに想いを馳せ、プリキュアの背中に夢を見たのだ。

 

『最近さ? 【そーしゃるでぃすたんす☆ プリキュア!】っていう子達が出てきたらしいぜ?』

 

『わーお! 新しいプリキュアの誕生ねっ! アタシぜったい応援する♪』

 

 そんな時世の中、突然飛び込んで来た鮮烈なニュースに、人々はまさに狂喜乱舞。

 学校で、職場で、商店街で、奥様方が井戸端会議をする公園のベンチで――――

 日本中どこに居ても「プリキュア万歳! プリキュア万歳!」と両手を振り上げている人々を見る事が出来た。

 

 お菓子やジュース、魚肉ソーセージのみならず……、あらゆる商品、あらゆる物の名前には、プリキュアのロゴや関連イラストが使用された。

 プリキュアと名の付く物は、空に羽ばたいていくハトの群れのように、まさに飛ぶように売たのだ。

 

 希少なレア物を手にしようとする客達は、店の前に数キロにも及ぶほどの長い列を作るどころか、時に濁流と化して「ひゃっはー!」と暴動を起こしては、警官隊に鎮圧される事も、決して珍しくない。

 

 至極当然のように生まれる、忌むべきクソッタレな転売行為や、本家に無許可で作られた偽物の中国製商品の存在。

 そして戦時中にはよく、お米を手に入れる為に利用していた事でも記憶に新しい、“闇市”のような物(通称闇キュア市)までが日本中に氾濫。

 

 夢と希望に溢れた“プリキュア”という物のイメージとは裏腹に、これは現在政府が頭を悩ませる、大きな社会問題ともなっている。

 つい最近、与党の推薦を受けて立候補した、とある者が掲げる選挙公約に「誰もが心からプリキュアを楽しめる世の中を!」という物があった程だ。

 

 これもひとえに、プリキュアという物の眩しさや、キラキラ輝かんばかりの素敵さ、そして比類なき素晴らしさの表れ。

 それは最早、社会現象などという言葉では生ぬるい(・・・・)

 キリストやビートルズの誕生と同じく、まさに空前絶後のセンセーション! もうプリキュアが無い生活なんて考えられないっ! プリキュア無しでは生きていけないッ! いやんいやん!

 

 どれほど人々がプリキュアに熱中しているか! どれほどプリキュアを愛しているか! という事の裏返しでもある。

 

『プリキュアの為なら死ねる!

 水と空気とプリキュアがあれば、生きていける!』

 

『プリキュアおかわり! プリキュアをじゃんじゃん持ってこい!

 金ならいくらでもあるぞ!』

 

『プリキュアこそ至高ッ! プリキュアにあらずんば人にあらずッ!

 皆殺しじゃあああーーッ!!』

 

『プリキュアばんざぁぁぁい!

 プリキュア達に栄光あれぇぇーーッ! ぎゃあああああ!!!!』

 

『貴方はぁ~、プリキュア↑(訛り)を~、信じますかぁ~?

 プリキュアとはぁ~、愛デース!』

 

 

 

 

 人の喜びも、人の悲しみも、笑顔も涙も生も死も、全てプリキュアによって与えられる。

 世界中で起こる、ありとあらゆる運動、行為、争いが、プリキュアの名の下に執行された。

 

 人はプリキュアを通して、物を見る。

 プリキュアの姿から、尊い人間性や、正しい倫理を学ぶ。

 プリキュアの生き様を元に、日本国憲法は作られたのだ。

 

 いま世界は、プリキュアと共にある。

 石油や、ガスや、電気なんて目じゃない。“太陽”だ――――

 今の時代、世界はプリキュアによって動いていると言っても、決して過言では無かった。

 

 老いも若きも、男も女も、プリキュアの話。みんなみんなプリキュアに夢中。

 このたび新しく誕生したという、【そーしゃるでぃすたんす☆ プリキュア!】への期待に胸を膨らませ、日本中がマグマのように湧きたっていた時代。

 新たなる星の誕生を、まるで全ての生き物たち、全ての生命が祝っているかのような、人類史上まれに見る、特別な時。

 

 

 ――――しかし、それらの話題に全く耳を傾けようともしない、ただ一人の“少年”がいた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 2月の末。冷たい風と白い雪が吹きすさぶ、ただっ広い空地。

 もうとっくに日は沈み、弱々しくて頼りない街灯の灯りだけが、この場を照らすのみ。

 そこに今、地面に倒れ伏し、苦しそうな声を漏らしている、まだ幼い男の子の姿がある。

 

 きっと今ごろ、彼と年頃を同じくするクラスメイト達は、こんな冷たさなど微塵も届かない温かな家の中、愛する家族と共に食卓を囲み、美味しい料理を食べている事だろう。

 そしてプリキュアの話などをしつつ、幸せな時を過ごしているハズだ。

 

 けれど、そんな当たり前のどれもが、この少年には無かった(・・・・・・・・・・)

 彼に与えられるのは、子に対する愛情やぬくもりではなく、もう使い古されてボロボロになってしまった茶色い“グローブ”と、石のように固くて冷たい“白球”のみである。

 

「くっ……クソッ!」

 

 ヨロヨロとその場を立ち上がる。ぶっ続けで数時間にも及んだ苛烈な“しごき”により、もう足がガタガタと震えているのが分かる。

 それでもなんとか立ち上がり、手の中にあるボールを握りしめ、大きく腕を振りかぶった。

 

「二百九十一! 二百九十二!」

 

 少年が満身創痍の身体で、懸命に投げ放つボール。それが眼前に立つ中年男のグローブに収まり、バシーンと甲高い音を響かせる。

 その度に、冷徹さを感じさせる厳しい声が、少年に向かって放たれた。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

「どうしたぁ! そのくらいの事でへばるなど、情けないと思わんのかッ!!」

 

 ビシュッと風切り音を立てて飛んで来る、不必要なほどに力強い返球。

 大人の力で投げられ、叱咤の意味が込められたそれを捕球した途端、少年の身体は大きくぐらつき、また地面に倒れ込んでしまう。

 

「全身で投げるんだッ!! 腕だけじゃなく、全身を使えッ!!

 そうらッ、あと8球ぅー!!」

 

 そう大きな声で告げても、少年はなかなか起き上がる事が出来ない。

 とっくの昔に体力は尽き果て、もう身体を動かすことも、雪でかじかんだ指を開くことも出来ない。

 厳しい寒さによって赤くなった手は、もう所々ツメが割れてしまっており、痛々しく血が滲んでいる。

 

「――――何をしてるッ! 立て飛雄馬(ひゅうま)!! 立たないかッッ!!」

 

 怒声が飛ぶ。決して逆らうことを許さぬ、強い声が。

 

「投げろッ! 投げとおせッ!!

 ――――この(ほし)一徹(いってつ)の子なら、断じて負けてはならんッッ!!!!」

 

 未だ地面に蹲りながらも、懸命に身体を動かす。たった一人の父親の方へ、まっすぐ顔を向ける。

 ぶっとい眉毛が添えられた、とてもキラキラした大きな瞳から、滝のように涙を流して。

 

 

「さぁ後8球だッ!! 立て! 立つんだ飛雄馬ッ!!

 お前は日本一の、プリキュアになるんだ(・・・・・・・・・・)ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い込んだら 試練の道を

 

征くが男の ど根性

 

 

真っ赤にもえる 王者のしるし

 

巨人の星プリキュアの星を つかむまで

(スプラッシュスター☆)

 

 

血の汗 流せ! 涙を ふくな!

 

征け征け 飛雄馬(プリキュア)! どんと行け!

 

 

 

 

腕も折れよと 投げぬく闘志

 

熱球うなる? ど根性

 

 

泥にまみれ マウンド? 踏んで

 

勝利の凱歌を あげるまで

(ハピネスチャージ☆)

 

 

血の汗 流せ! 涙を ふくな!

 

征け征け 飛雄馬(プリキュア)! どんと行け!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――待ってくれ父ちゃん! これ野球のボール(・・・・・・)じゃないのか?

 なんでプリキュアになるのに、野球の練習するんだ!」

 

「黙れ飛雄馬ッ!! 口を動かす暇があったら、手を動かせッ!!!!」

 

 

 一徹の投げた剛速球により、飛雄馬は「ぐえっ!?」っとか言って、おもいっきりブッ飛んだ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「どんな子達なんだろうな~! そーしゃるでぃすたんす☆ プリキュア!」

 

「きっと強くてカワイイんだろうなー! 早く活躍が見てーよ!」

 

 ある日の早朝。ここは飛雄馬が通っている、小学校の教室。

 いま彼のクラスメイト達は、いつもの如くみんなで集まり、ガヤガヤとプリキュアの話に花を咲かせいた。

 

 これは、我が日本国における日常の光景であり、この小学校のみならず、全国各地のあらゆる年代のちびっ子たちが、毎日毎日飽きる事なくプリキュアの話をしているのだ。

 

 詳しい理由は定かでは無いが、いつもプリキュアと呼ばれる魔法少女に覚醒した者……、いわば世界の平和を守る戦士達が誕生するのは“年に一度”。

 毎年のように、ちょうど春アニメが始まろうとするこの時期に、日本の都市のどこかでプリキュア達が誕生し、その存在が確認されるのだという。

 

 史上初めてプリキュアという魔法少女の存在が、我々人類に認知されてから、早15年。

 魔法少女として覚醒した者達は、その年を代表するプリキュアとして戦い、春になったら新しい子達と交代するように、入れ替わり立ち代わりしながら、地球の平和を守ってきたのだという。

(時には“続投”という形で、数年に渡りプリキュアとして活躍した、凄い人達もいるらしいが)

 

 ゆえに、15年前にプリキュアという存在が誕生してからというもの、ちびっ子たちの話題となるのは常にプリキュア。これは不変となっている。

 プリキュアの活躍を応援し、プリキュアの引退を涙ながらに惜しみ、そしてまた春になれば、新しいプリキュアを迎え入れる。

 いま現在、世界はこのサイクルを繰り返しながら、まわり続けている――――

 

「話によると……今度プリキュアになったのは“小雪ちゃん”っていう女の子で、以前はすごく病弱な子だったらしいぜ?」

 

「もう一人は“愛叶ちゃん”だったっけ?

 ピンク髪で、ラノベみたいなリボンをしてる、おっぱいが大きい子!」

 

「あともう一人、爆乳ナイチンゲールこと力石さん、って人がさ?」

 

 わいわい、ガヤガヤ。

 まさにこんな擬音が相応しい様子で、クラス全員が教室の中央に集まり、プリキュアについて語り合っている。

 みんな心から楽しそうに、和気あいあいと盛り上がっている。

 けれど……、その中でただ一人だけ、苦い顔をしながら黙って自分の席に座る、飛雄馬の姿があった。

 

「なぁ、今度の子達は、どんな必殺技を使うのかなぁ?

 やっぱし、“そーしゃるでぃすたんす”が関係してくんのかな?」

 

「立ち位置の間隔を、充分にあけながら、敵と戦うんだ。

 感染拡大の予防に配慮しつつ、遠距離から魔法をぶちかますのさ!」

 

「でもそれ、なんかメンバー同士が、ギクシャクしてるみたいじゃない?

 会ったばかりで良く知らないし……、まだ距離感も掴めてないんです……。

 同じプリキュアってだけで、別に友達ってワケじゃないし……。みたいな!」

 

「プリキュアなのに人見知りかよ!?!? 夢も希望もねぇ!!!!

 でもそれ新しくね? 新しい魅力じゃね? ぎゃはははは!!」

 

 ふいに今、クラスの中でもガキ大将として名を馳せている一人の子が、大きく笑い転げながら机にもたれかかって来た。

 それによって飛雄馬のえんぴつが変な方向に動き、せっかくやっていた宿題のプリントに、余分な線をひいてしまった。

 

「うっ――――うるさぁぁぁあああいッッ!!」

 

 いきなり大声を上げて、おもいっきり机をひっくり返した。

 それにもたれかかっていたガキ大将は、飛雄馬が投げ飛ばした机と一緒になって、ゴロゴロと床を転がってしまう。

 当然のことながら、このあまりに突然の出来事に、さっきまで楽しかったクラスの雰囲気が、一気に凍り付く。

 

「毎日毎日、プリキュアの話ばかりッ!

 いい加減にしろよお前らッ!!」

 

 ノートやえんぴつが散乱する中、飛雄馬が怒りを籠めた声で一喝する。

 だがクラスメイト達は、みんなポカンとした顔。なぜ自分達が怒られているのか? もっと言えば、なぜ飛雄馬が怒っているのかが、まったく理解出来ずにいる。

 

「な……なんでぇお前! ふざけやがって!

 プリキュアの話して、どこが悪いってんだよぉ!?」

 

 飛雄馬によって弾き飛ばされた男の子が、「むきー!」とばかりに立ち上がり、即座に飛雄馬に掴みかかっていく。

 それを機に、ようやくクラスメイト達の硬直も解け、みんな一斉に飛雄馬を批難し始める。

 

「そうだよっ! 君がプリキュア嫌いなのか知らないけど、話の邪魔するなよっ!

 しかも暴力だなんて、酷いじゃんか!」

 

「なんで怒るんだよ! なんにも悪いこと言ってないのに! おかしいだろ飛雄馬!」

 

「言論の自由は、国が保障しているッ!

 気に喰わないというのなら、日本から出て行きたまえよ! ここは法治国家だッ!」

 

「YEAH! プリキュア万歳☆ プリキュア万歳☆ うけけけけ!」

 

 中には机の上に乗り、クネクネ踊りながら「プリキュア~☆」と煽り出す者まで居る。

 その姿を見た途端、飛雄馬の頭にカーッと血がのぼり、ガキ大将に掴まれている胸倉をバシッと外してまで、そのお調子者に走り寄って行った。今すぐ黙らせるとばかりに。

 

「プリキュアの話は、よせと言ったろうッ! 俺を怒らせたいのか!!」

 

「くっ……!? 苦じぃ! たしゅけてぇー!」

 

 飛雄馬の鍛え上げられた剛力により、その子の掴まれた襟元がグイッと締まっていき、もう泣きそうな声を出してしまっている。

 軽い冗談のつもりが、こんなにも飛雄馬を激怒させるだなんて、これっぽっちも思っていなかったのだろう。クラスメイト達はみんなあっけにとられたように、怒り狂う飛雄馬の姿をただ眺めるばかりだ。

 

「――――こいつぅぅ!! 飛雄馬ぁぁぁあああーーッッ!!!!」

 

「うぐっ!?!?」

 

 もう我慢ならない。ぶっ倒してやる!

 そう義憤に駆られたガキ大将の子が、えーいとばかりに飛雄馬を投げ飛ばす。壁に背中を打ち付け、肺の中の空気が外に押し出される。

 

「へっへーん♪ ざまぁ見ろ飛雄馬! あーっはっはっは!」

 

「「「あははは! あははは!!」」」

 

 みんなの笑い声が教室に響く。

 痛そうに背中を摩っている姿を見て、だっせぇ情けねぇと口々に嘲り、大きな声で笑う。

 その光景と恥辱に、飛雄馬はついにプチンと切れてしまい、目にも止まらない程の速度で駆け出し、ガキ大将を飛び蹴りで吹き飛ばす。

 

 いかにその子が太っていて、とてもガタイが良くとも、日々鍛えている飛雄馬にとっては、まさに大人と子供。そのくらい喧嘩の実力に差があり、下手をしたら弱い者いじめになってしまう程だ。

 

 ゆえに飛雄馬は、普段は決してこんな事はしない。せっかく一生懸命に鍛えた力を、友達を殴るために使ったりはしないのだ。

 けれどもう、火が着いて止まらないほど、飛雄馬は怒り狂っていた。

 教壇の傍にあった花瓶が割れ、窓際のカーテンがビリビリになり、女の子たちが悲鳴を上げて泣き出してしまうくらいに。

 

 周りの者達は、本当に不思議に思った。

 なぜ飛雄馬が怒っているのか。なぜプリキュアの話をしちゃ駄目なのか。それがまったく分からなかったから。

 こいつおかしいんじゃないか? という批難の目で、誰もがこちらを見つめている。

 

 

 ――――何がプリキュアだ! 何が世界の守り手だ!

 ――――――俺の父ちゃんだって! ホントは……! ホントはッ……!!

 

 

 彼が胸に抱える、そんな悔しさの事など、知る由も無く。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「何をボンヤリしているんだッ!

 さぁ後200球だ! 来い飛雄馬ッ!」

 

 今日あった出来事を思い出し、暫し月を眺めていた。

 もう辺りはすっかり暗くなり、月明りが眩しく感じる、ただっ広い空地。

 そこで今、飛雄馬が無言でグローブをはめ直し、眼前に立つ父親のミット目掛けて、投球をおこなった。

 

「ん!? ……なんだこの気の抜けた球はッ!!

 まるで力が入ってないぞッ!!」

 

 即座に見抜かれる。いま飛雄馬が「心ここに非ず」といったような、気の抜けた投球をしてしまった事を。たったの一球で。

 

 次の瞬間、それを咎めるような鋭い返球が、飛雄馬の構えるグローブ目掛けて飛んできた。

 たとえコレをはめていても、父の投げる球は信じられないほど力強く、手にするどい痛みが走る。きっと先ほどのように気を抜いていたら、捕球をミスして指を骨折してしまうだろう。

 

「ピッチャーとい……ゲフンゲフン!

 いやプリキュア(・・・・・)というものは、一瞬たりとも気を抜いてはならんッ!

 常に己の全力を持って、ぶつかるんだッ!!」

 

 父の叱咤が飛ぶ。強く厳しい視線が、まっすぐ飛雄馬に向けられる。

 

「どうしたッ! 聞いているのか飛雄馬ッ!!

 分かったらさっさと投げろッ! そのプリキュアボールを、プリキュアミット目掛けてッ!!」

 

 生まれてこのかた、飛雄馬に物心がついてからというもの、このような父の態度は、一貫して変わる事は無かった。

 いつも見てきたのは、厳しい顔をする父の姿。聞いていたのは、自分を叱咤する父の怒声のみ。

 

(父ちゃん……。何だってそう、俺をしごくんだっ。

 プリキュアって、そんな価値のあるモンなのかぃ……?

 こんなにまでしなくちゃ、いけないモンなのかぃ……?)

 

 どこか悔しさや、やり切れなさを称えた瞳で、父の顔を見つめる。

 分からないのだ。なぜ自分が、こんな辛い目に合わなきゃ、いけないのかが。

 何故いつも父は、こんなにも自分に辛くあたるのかが。

 

(なぁ父ちゃん、俺は嫌だぜ……?

 プリキュアなんか目指して、父ちゃんの二の舞になるのは(・・・・・・・・)、俺は御免だよっ……)

 

 父の怒声が聞こえる。早く投げろと声を張り上げてるのが分かる。

 けれど飛雄馬の身体は、決して動く事無く、ただただ暫しの間、じっと父親の方をを見つめるばかりだ。

 現代の常識では考えられない程に、ぶっとい眉毛が……その真剣な表情を形作っている。未来プリキュアとなるべき男の顔を。

 

 

 

「……おっ? なんだなんだぁ~? 深夜の秘密特訓かぁ~?」

 

「こりゃまた驚いたねぇ~! 身体を鍛えさせるなんざぁ!

 今どき珍しい親子も、いたもんだぁー!」

 

 ふいに、この場に知らない声が響いた。

 目を向けてみれば、どうやら銭湯帰りであるらしい、風呂桶やタオルを小脇に抱えた中年の男達が、ニヤニヤ笑いながらこっちを見ているのが分かった。

 きっと偶然ここを通りかかり、何気なしに星親子のことを見かけたのだろう。

 

「ははは! どうせプリキュアにでも育ててよぉ?

 将来はガッポガッポ稼がせよう~って、そんな魂胆だろうぜっ!」

 

「けっ! こんな汚ねぇドヤ街から、プリキュアが生まれるもんかい! 無理無理ぃ!

 貧乏長屋の親子と一緒にされちゃあ、プリキュアが怒っちまうよ! へへへっ!」

 

 機嫌良さげに、嘲る。

 同じドヤ街に住み、夢の為に努力をするどころか、未来になんの希望も持たないような男達が、今まさに血の汗を流しているこの親子に向かって、唾を吐いたのだ。

 飛雄馬の視界がカッと赤く染まり、「この野郎!」と叫びながら駆け出そうと動く。

 だが、その途端。

 

「――――飛雄馬ッッ!!!!」

 

 切り裂くような父の声が、飛雄馬の動きを制する。「ハッ!?」とした顔で踏み止まり、思わず父の方を見た。

 なんで止めるんだよ父ちゃん……!? あんなヤツラなんて……!

 そう批難しようとした飛雄馬であったが、しかし父の真剣な表情を見て、思わず言葉を飲み込んでしまった。

 

 ケラケラと笑いながら去っていく、つまらない者達の事など、微塵も気に留めること無く、星一徹の力強い眼差しは、大切な我が子だけを見つめていた。

 そして彼に言い聞かせるように、親としての厳しさを称えた表情で、黙って首を横に振るのだ。

 その説得力。その潔さ。その男らしさよ!!

 

「……ッ! くっ……!」

 

 悔しかった。馬鹿にされたのが。

 自分達の努力、これまでの苦労、そして父である星一徹という人間そのものを、何も知らない連中がアハハと馬鹿にしたのだ。

 息子であるこの俺の、目の前で!

 

 一度は動きを止めた。父ちゃんの立派さや高潔さだって、ヒシヒシと分かる。全部理解してる。

 けれど……だからこそ息子である飛雄馬には、この怒りを抑え込むことが出来なかったのだ。

 

「うおぉぉぉーー! チッキショーーッ!!」

 

「ひ、飛雄馬ッ?!」

 

 投球動作に入った! 燃えるような怒りと共に、全身に満ちた力の全てが、左腕に握った白球に込められる!

 それを見た途端、一徹は即座に捕球体勢をとる。まるでヒョウのように素早く、洗練された見事な動きで、飛雄馬の球を捕ろうとする。……だが。

 

 

「くらえー! ――――プリッキュアァァァアアアーーッッ!!!!(掛け声)」

 

 

 飛雄馬が投げ放った剛速球が、まるで蛇のように空中でくねくねと曲がり、一徹のミットをスルリとすり抜ける。

 そして、物言わぬ無機物であるハズの白球は、まるで意思を持ったかの如く、標的(・・)へと襲い掛かったのだ。

 

「うわぁ! なんだぁ?!?!」

 

「ぎゃー!! お助けぇ~っ!!!!」

 

 ヘラヘラと笑いながら歩いていた男達は、突然響いた“ガラスが割れる音”に肝を潰す。

 そして次の瞬間、自身の頭上から降って来た、数えきれない程のガラス片から、必死で頭を守るようにしながら、その場に倒れ込むハメとなったのだ。

 

 飛雄馬が投げた球は、彼が思い描いた通りの軌跡を描きながら、標的であった民家の窓へ直撃した。

 男達の歩く速度を計算し、ちょうどヤツラの頭上にガラス片が降り注ぐタイミングで。しかもあれだけクネクネと曲がっておきながら、針の穴を通すようなコントロールを持って、正確に当ててみせたのだ。

 

 その速度、その軌道、その投球技術。

 どれひとつ取ってみても、これを投げた彼が、まだ小学生の男の子であるなどとは、とても信じる者は居ないだろう。

 

 その魔球、まさに魔法の如し(・・・・・)――――

 常軌を逸した訓練により可能とされる、凄まじいまでの投球技術。親子で作り出した、奇跡の結晶のようなボール。

 もうすでに星 飛雄馬には、“世界を守る戦士”としての片鱗がッ……!?

 恐るべき少年……! 驚くべき才能であるッ……!

 

 だが何故、投げる時に「プリッキュアー!」言うのか。

 それ言わないと投げられないんだろうか?

 

「へへん! ざまぁ見ろってんだ! いい気味だぜアイツらっ!」

 

 深夜に鳴り響いた騒音に、「なんだなんだ?」と人が集まり出す。

 未だ情けなく地面に倒れている男達が、それにオロオロと戸惑っているのが分かり、飛雄馬は胸がスッとする心地だ。

 しかし、

 

「うわっ!? ……な、何だよ父ちゃん!」

 

 得意げに微笑む飛雄馬の襟を、一徹がグイッと片手で掴み上げる。

 そして、そのままズンズン歩き、この場を立ち去っていく。

 ジタバタと暴れながら抗議する飛雄馬など、全く意に介さずに。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「グッ……! と、父ちゃん! 何するんだよぉ!」

 

 あの男達が言った通りの、ドヤ街にあるオンボロ長屋。

 一徹は家の玄関を開けた途端、中に飛雄馬を放り投げた。

 畳とはいえ背中を打ち付けられ、飛雄馬は苦しそうに喘ぐ。

 

「――――馬鹿者がッ!!

 あの球は、悪魔の送球と言われた【魔送球】だ!

 絶対に使うなと、言っておいたハズだぞッ!! 飛雄馬ッ!!!!」

 

 ビシッと指を突き付け、怒鳴りつける。この上なく真剣な顔で。

 未だ床に倒れ伏す飛雄馬は、そのあまりの剣幕におののいてしまう。

 

「だっ……だって悔しいじゃないか! 癪に障るじゃないかよっ!

 俺たちの事、あんな風に言われたら! 父ちゃんが馬鹿にされたらっ……!」

 

「――――黙れッッ!! そんなことは理由にならんッ!!

 お前は世界を守る戦士、全人類の憧れ“プリキュア”となる男ッ!

 あれは決して、使ってはならぬ技なのだッ!!!!」

 

 プリキュアは夢! プリキュアは希望! プリキュアとは明日! まさに太陽たる存在なのだ!

 そんな女の子の憧れ、ひいては全人類の護り手たるプリキュアが、頭文字に“魔”なんて付く技を、使って良いワケがない。

 あの【魔送球】は、悪魔の如き力。けして使ってはならぬ忌まわしき魔球なのだ。

 

「でも父ちゃん! いったいプリキュアってなんなんだ(・・・・・)!?

 ウチは貧乏だから、TVやラジオどころか、新聞すらとってないじゃんか!

 だから俺……プリキュアがどういうモンなのか、よく知らないんだよ(・・・・・・・・・)!」

 

 ここで衝撃発言――――星飛雄馬はプリキュアを知らなかったッッ!!!!

 いつもクラスのみんなが、何やら言っているのは耳にしても、実際プリキュアを見た事なんか無いし、どういう物なのかもよく知らない。知識ゼロなのだ。

 

 飛雄馬は物心がついてからというもの、こんなにも毎日のようにしごかれ、辛い鍛錬の日々をおくって来たというのに。でも肝心のプリキュアの事を、なにひとつ知らないままだった。

 だってウチTVないんだもん。ここドヤ街の貧乏長屋だぜ? 昭和32年なのだ。

 

「愚か者ぉーッ!!!!」バシーン!

 

 しかし、星一徹はその言葉を遮るように、自分の息子にビンタ。

 

 

「――――プリキュアはプリキュアだッ!!

 プリキュアは何だと問うような者が、プリキュアになれるかッ!!!!」

 

 

 なんか\ババーン!/と効果音が聞こえてきそうな勢いだが、飛雄馬は「そんな理不尽な」と思った。

 説明責任すら果たさず、俺をしごくのか父ちゃん。こんな殺生な話があるか。

 

「考えるなッ、感じろッ!!

 プリキュアは人に教わる物ではなく、感じる物だ(・・・・・)ッ!!

 お前のッ! お前だけのプリキュアをッ! 見つけ出せぇぇぇえええーーッ!!」

 

「――――無理だよ父ちゃん! 俺知らないんだもの!

 せめてTV買ってくれ! プリキュアにさせたいんならっ!」

 

 無茶苦茶だよ! 物には順序ってモンがあるよ! ちゃんとしてくれよ!

 まだ小学校の低学年である飛雄馬に、至極真っ当なことを言われる一徹であった。

 だってプリキュアという“単語”しか知らないんだもん。

 

「さぁ言ってみろ飛雄馬ッ! プリキュアとッ! 声に出してッ!!

 お前はプリキュアになり、プリキュアとして戦い、プリキュアとして生きるのだッ!

 プリキュア御殿に住み、プリキュアスリッパを履いて、プリキュア弁当を食べ」

 

「――――やめろよ父ちゃん! 洗脳すんなよっ!

 俺もうプリキュアがゲシュタルト崩壊だよ! 何なんだプリキュアってぇ!!」

 

 知らん! 知らんのだプリキュアを!

 飛雄馬はこれまでの訓練により、野球のピッチャーみたいな事は上手に出来るが、プリキュアの事は何ひとつ分からんのだ!

 一徹は勢いでゴリ押ししようと、いつも「プリキュア、プリキュア」と連呼するばかりだし。なんなんだこの親父。

 

「せめて野球にしてくれ! 巨人を目指そうよ(・・・・・・・・)!!

 それだったら俺、ギリ納得できるよっ! そっちにしようぜ父ちゃんっ!」

 

「うるさいッ! お前はプリキュアとなるのだッ! こっちへ来い飛雄馬ッ!!」

 

 狂ってる! 狂ってるよ父ちゃん! 俺こんな親イヤだよ!

 飛雄馬の心の叫びは、どうやっても届かない。“頑固一徹”という言葉もある位なのだ。

 

「さぁ手を付いて謝れッ! ここに座ってッ!

 そして、もう二度と致しませんと誓えッ!」

 

「い、いやだッ!」

 

 一徹は窓の傍、いわば【夜空の星が見える場所】に正座し、沈痛な面持ちで頭を下げている。だが飛雄馬はそれに倣うことをせず、頑なに抵抗する。 

 どうしても納得が出来ないのだ。

 

「なっ……なにぃ!! 飛雄馬ぁぁああーーッッ!!!!」

 

「おっ、お父さんっっ!!」

 

 思わず掴みかかろうとした一徹を、今まで黙って見守っていた明子が止める。

 彼女はこの家の長女であり、飛雄馬とは少し年の離れた、心優しい姉である。

 しかし今は悲鳴にも似た声を出し、この場の張り詰めた状況を、必死で止めようとするばかり。

 

「父ちゃんだってっ、父ちゃんだって悔しいハズだっ!

 プリキュアの事はともかくとして……、俺が知らないとでも思ってるのかよっ!」

 

 漫画みたいな、滝のように流れる涙。

 まさにスポ魂! と言うべき表現で、大きな瞳を涙で滲ませながら、星飛雄馬が言い放つ。

(当作品は“魔法少女物”です)

 

「――――新しく誕生した、史上最強! 史上最カワのプリキュア!

 秋月 小雪の名を聞く度に、父ちゃんは苦い顔してヤケ酒を……!」

 

「 黙れぇぇぇえええーーッ!!!! 」

 

 甲高い音が、ボロの貧乏長屋に響いた。

 張り手によって吹き飛んだ飛雄馬が、玄関のドアに身体を打ち付ける。

 

 お父さんっ……! 乱暴は止めてっ! お父さん!

 そう悲痛な声を上げ、明子は必死に父の腕を掴む。まだ幼い飛雄馬を守るために。

 

「……いいや、黙らないぞっ! 黙るもんかよっ!

 ホントなら、それより十年も先に……!

 父ちゃんが【史上最強の名プリキュア】になってたハズなんだぁー!!」

 

 ――――嘘つけぇ。みたいな話だけれど、飛雄馬が言っているのは真実だ(・・・)

 飛雄馬はプリキュアの事など、これっぽっちも知らないけれど……、だが自分の父親の事や、人々がヒソヒソと話す噂などは、しっかり耳にしていた。

 

「やっ……やめろッ!! その話はやめろッ!」

 

「嫌だっ! 言ってやるともっ! 父ちゃんこそが、真のプリキュアだった(・・・・・・・・・・)

 でもあの必殺技、魔送球が使えなかったばっかりにっ! 父ちゃんはっ……!!」

 

「 やめろッ!! やめろぉぉぉーーッ!!!! 飛雄馬ぁぁぁあああーーッッ!!!! 」

 

「お父さんっ……! お父さぁーん!!」

 

 ――――もう「なんだコレ」みたいな状況だけど、彼らは真剣にやっているのだ。

 本来ならば、きっと“最強のプリキュア”として名を馳せ、栄光ある立場となっていたであろう自分の父。それが何故、こんな小汚いドヤ街などに住み、毎日酒浸りの生活を送っているのか。

 

 飛雄馬にはそれが、どうしても我慢できないのだ。

 俺のたった一人の、大事な父ちゃんなのに!!

 

「黙れぇッ! 黙らんかぁーーッ!!」

 

「うわぁー!」

 

「ひゅ、飛雄馬ぁっ!?

 やめてお父さんっ……! やめてよぉぉーーっ!!」

 

 明子の腕を振りほどき、またしてもビンタ。もう飛雄馬のほっぺは真っ赤だ。

 それでも一徹の怒りは留まる事を知らず、今度は懸命に足にしがみつく明子を、振りほどこうと藻掻く。

 鬼のような形相なのに、その目から大量の涙を流して。離せとばかりに。

 

「なんだいっ! 自分の果たせなかった夢を! 無念を!

 子供の俺に果たさせようだなんて、そんなの勝手だよっ! 勝手すぎるよっ!!」

 

「よくもッ……! よくも言ったな飛雄馬ッ……! おのれぇぇぇえええーー!!」

 

「お父さぁぁーーん!」

 

 ホントそうだと思う。しかもプリキュアにさせようとしてるのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)、このバカ親父は。

 飛雄馬は男の子であり、凄くゴッツイ眉毛をしてるのに。なんでプリキュアに。

 

 というか、なぜ女の子である明子ではなく、自分なのだろう? 姉ちゃんの方が先に生まれたのに。

 実は飛雄馬は、いつも疑問に思っているんだけど……、だがもしこれを言ってしまったら、なんか【この家庭が崩壊しかねない何か】を感じ、怖くて聞けずにいる。

 

 ――――これは決して、触れてはならない何かだ。星家の“闇の部分”なのだ。

 

 まだ幼いながらも、飛雄馬はそれをヒシヒシと感じている。

 たとえ口論になったって、これだけは絶対口にしなかった。怖くて。

 

「このッ……! このッ……! 待て飛雄馬ッ! 待たないかッ!!」

 

「お父さんっ! やめてお父さんっ! 飛雄馬も早く逃げてぇぇ~~!!」

 

 必死にしがみ付く姉、今にも息子を殺してしまいそうな雰囲気の父。

 そんな全てを尻目に、飛雄馬はひとり玄関から駆け出す。

 

 

「――――父ちゃんのバカ! 父ちゃんの弱虫ぃーっ!!

 プリッキュアアアァァァーーっっ!!!!(泣き声)」

 

 

 

 

 街灯さえ無い深夜のドヤ街を、飛雄馬が泣きながら「わーっ!」と走って行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いったい何だって言うんだ……!

 なんで俺が、こんな想いしなくちゃ……!」

 

 ホントそうだと思う。まごう事なき不憫な少年だと、同情を禁じ得ない。

 とりあえず今、飛雄馬は近所の橋の上にいる。

 ドヤ街と外を区切るようにして流れる、悲しい色に濁った川。それを橋の上でぼんやり眺めながら、飛雄馬はひとり心を吐き出していた。

 

「父ちゃんのバカ! 父ちゃんのウジ虫! 父ちゃんの低賃金日雇い労働者!

 父ちゃんが入った後の風呂、なんか変なモノが浮いてるんだよっ!

 何が出てるんだ父ちゃん! その中年の身体から!」

 

 グチグチと言葉を並べる。「あのクソッタレ! 死んじまえー!」とばかりに。プリプリキュアキュア。

 毎日酒ばっか飲んでんじゃねぇよ! 父ちゃんの眉毛が遺伝したせいで、俺とても小学生には見えない風貌だよ! もうベテラン投手の風格だよ!

 クソが! このチンカス中年! ワーキングプア野郎! お前なんか肥溜めに顔つっこんで死ねば良いんだ! 俺の尻を舐めろ! うんこ!

 

 だがその言葉も、全て“愛情”の裏返し――――

 飛雄馬は悔しくて仕方ない。自分の大切な父親が、こんな目に合っているだなんて。

 あれだけ野球(らしき物)が凄い父ちゃんが、こんな報われない生活を送らなきゃいけない理由が、一体どこにあるのかと。

 

「父ちゃんは凄いんだ! 強いんだ!

 誰にも負けない、最高のプリキュアになれたんだ!

 あの秋月 小雪なんかよりっ……!」

 

 その声は、深夜の静寂の中に消える。

 誰にも届かない、飛雄馬の心の吐露だった。

 

「俺は……父ちゃんの肩を潰した、この世界が憎いっ!

 秋月小雪が、初代プリキュア“したたるウーマン”が憎いっ……!!」

 

 

 ふと何気なく下を見ると、そこにはプカプカと川に浮かんでいる新聞紙。

 恐らくは一面なのであろう、大きく書かれた「新プリキュア、秋月小雪! 祝賀パーティ」の文字が見える。

 

 飛雄馬はおもむろに石を拾い上げ、それをビシュッと投げつける。

 針の穴をも通すようなコントロールで、新聞にある秋月小雪の写真を、撃ち抜いてみせた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「えーっ、それではTVをご覧の皆様、お待たせ致しました。

 ただいまより、新プリキュア秋月小雪さんのインタビューを、行います」

 

 帝国ホテルの、とても煌びやかな一室。

 沢山の記者たちが絶え間なくシャッターを切りながら、いま多くのTVカメラに囲また秋月小雪の姿を見つめている。

 

 白とピンクを基調とした、愛らしいフリフリのドレス。

 胸元と頭にあるリボンには、彼女の美しさを際立させる、大きな宝石が飾られている。

 

 彼女こそは、秋月 小雪――――

 このたび新しくプリキュアとなった、早くも【史上最強、最カワ】と名高き少女である。

 

「如何ですか小雪さん? 今の心境は」

 

「あはは……。えっと、でんとーあるプリキュアの一員になったからには、そのなまえを汚しちゃわないよう、いっしょうけんめいガンバりたいって、おもってます♪」

 

 カメラ慣れや、取材慣れをしていないのか、小雪はどこかテレテレと恥ずかしそうな様子。

 だが人々の期待や希望を一心に背負う“プリキュア”として、彼女なりにしっかりと応えてみせた。

 関係無いけれど、このインタビューの答えは、全て家でお兄ちゃんと一緒に考えてきた。ありがとうお兄ちゃん♪

 

「えーっ! ではここで、栄光の初代プリキュアである“したたるウーマン”さんから、彼女の輝ける未来とご活躍を願い、花束の贈呈です!」

 

「ふぅ……。ワテクシの出番?

 そんじゃあ小雪ぃ、まぁそこそこ頑張んなさぁ~い」

 

「はいっ! ありがとう、したたるおねえちゃん♪」

 

 眩しい程のフラッシュ、そして沢山の拍手が雨のように降り注ぐ中で、偉大な先輩であるしたたるウーマンが、小雪を激励する。

 

 ちなみに普段の彼女は、パンティ一丁の他は全裸、しかも股にフランクフルトを挟みブラブラさせている……という恰好で、どこにもプリティ&キュアキュアな要素は無い。

 ――――あんな美人で、しかも半裸なのに、どっこもエロく無い!! 不思議ねママ!

 当時はそう評判となった、伝説のプリキュアであるのだが(ある意味で)、しかし今は真面目な席という事で、ちゃんと服を着ている。気品を感じさせるドレス姿なのだ。

 

 愛する妹分の晴れ舞台だというのに、彼女がなんとなしにテンション低めなのは、そのせいもあるのかもしれない。

 真の己をさらけ出せないフラストレーショか。

 

 そして、そんなウーマンのローテンションに構う事無く、小雪のための祝賀パーティは続いていった。

 どこかの制作会社の社長だが、スポンサーだかが「頑張りたまえよ」と握手しに来たり、大勢の記者に質問攻めに合ったりと、小雪も大忙しである。

 

 今でこそプリキュアとなり、まさに女の子の理想を体現するかのような愛らしさ、そして活発な姿を見せているものの……。

 彼女はつい最近までは“病人”であり、決して治らないと思われていた難病に苦しんでいたのだ。それも生まれてからずっと。

 たとえ芯の強い、優しい娘だとはいえ、そんな子が過酷な役目であるプリキュアになってしまい、しかも今大勢の知らない人達に囲まれて、慣れない堅苦しい場へと出席させられている。

 

 もしかしたら……今ウーマンがどこか不機嫌な様子でいるは、その事を良く思っていない事が大きいのかもしれない。

 彼女はこれまで、心から小雪のことを愛し、その優しい心を持って献身的に支えてきた、まさに姉代わりとも言える人物なのだ。

 まぁ、いつも小雪に変な事ばかり教える、変態淑女ではあるけれども。

 

「ねぇしたたる様? プリキュア“イエロー”のポジションだった貴方、そして“ピンク”のポジションとなった小雪さん。他にも数々の子達がいますが……。

 史上最強と謳われる名プリキュアは、みんな貴方が関係してるというか、育てたというか。

 縁の深い子達ばかりですよね?」

 

「はぁ……そうなの~ん?」

 

 やはりどこか気の抜けた声で、記者への質問に返答。

 それを見たどこかのお偉いさんが、慌ててこちらに近寄ってきて、彼女の代わりを買って出る。

 

「おっほん! 小雪さんは、彼女自らが手塩にかけて育てた、至高のプリキュアだ!

 早くも歴代最高、史上最強のピンクと呼ばれているが、きっとその名に恥じない活躍をしてくれるハズだよ! いや間違いないっ!! 私が保証しようじゃないか!!」

 

 そんな風に、ガハハと機嫌良く喋っているオッサンに背中を向け、どこか憂いを含んだ表情のまま、ウーマンが歩き去る。

 とても騒がしく、どこか馬鹿馬鹿しい感じを覚えるこの場を離れ、ウーマンはテラスの方へ。

 ひとりになれる静かな場所へと移動した。

 

「史上最強のピンク……ねぇ」

 

 気持ちの良い風が吹き、眩い日の光が照らす中、ウーマンは何気なくテラスの柵にもたれながら、ひとり呟く。

 

「きっと、あの戦争さえ無かったらぁ……。

 もしくは彼が、あんな汚いオッサンじゃなかったら(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 それはもう既にぃ、生まれていたのかも、しれないのよぉん」

 

 空を見上げる。まるで世界がプリキュアの誕生を祝っているかのような、澄み渡る青空を。

 雲一つない、何もないそこに、したたるウーマンは“ある男”の面影を投影する。

 

 

「星一徹――――幻の名プリキュア、星くぅ~ん。

 アンタ今どこにいるのん? 何をしてるのぉ~ん……?」

 

 

 そうため息をつき、一人になったので、さりげなく服を脱いでみる。

 だが韋駄天みたいに社長が飛んで来て、めっちゃ怒られた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 彼女の密かなため息を他所に、まだまだ祝賀パーティは続いていった。

 

 何をそんなに騒ぐことがあるのか。なぜ自分達のために戦っている小雪に、身勝手なまでの期待を押しつけ、心身に負担をかけようとするのか。

 そして何故、それをいけない事だと考えないのか。

 

 見る者が見れば、そう思わざるを得ない程に、過剰なバカ騒ぎ。

 善意という名の、明らかなおせっかい。

 時に小雪本人をも置き去りにして、記者やお偉いさん方は機嫌良さそうに談笑しているのだから、もう手に負えない。

 

 それでも小雪は、自分に期待してくれている声に答える為、慣れないインタビューや写真撮影を、懸命にこなしていく。

 その健気で愛おしいまでの姿に、またしたたるウーマンがため息をひとつ。

 願わくば、今すぐ彼女を外に連れ去り、落ち着ける場所でケーキでも食わせてやりたい気持ちなのだが……やはり今日という祝いの日は、そんな気遣いさえ許してくれそうに無かった。

 

「したたる様! そんなトコでくすぶってないで、お願いしますよっ!」

 

「あ、そうだ! プリキュアのエンブレムの前で、小雪さんと一緒にポーズを!

 新旧プリキュアの貴重な写真だ! それ明日の一面に、ドーンと載っけますから!」

 

「そりゃあ良いな! お願いします、したたる様! ぜひ一枚!」

 

「……はいはぁ~い。りょ」

 

 いい加減にしろ、この馬鹿共が――――フランクフルトでぶっ叩いてやろうか。

 そんな気持ちを押し殺しながら、したたるウーマンが小雪に手招きをする。

 

 今後の戦いの為にも、こうしてスポンサーや市民を味方に付けておく事は、とても重要な事。

 それを痛いほど熟知しているウーマンは、ギリギリと奥歯を噛みしめつつも、黙ってリクエストに従う。

 

 小雪の方も、ようやく見知った大好きな人のもとに行けるとあってか、とても嬉しそうな笑みを返す。まさに花のような笑顔だった。

 元気に手を振り、こちらへ駆けて来る姿を見て、またウーマンの胸が、ズキリと痛んだ。

 

「――――ッ!?!?」

 

 だが突然、二人の顔色が変わる。

 人類の護り手たるプリキュア。この場に起こった変化を、二人だけは即座に感じ取ったのだ。

 

「うわっ! 危ねぇ!!」

 

「ひぃーっ!」

 

 突然この場に飛び込んで来た、白球(・・)

 それはまるで蛇のようにくねり、まるで観衆たちを躱すように何度もカーブを描きながら、小雪に襲い掛かる。

 

「――――っ」

 

 皮一枚。動じることなくスッと首だけを動かし、小雪がそれを避ける。

 さっきまでの愛らしさとは裏腹、まごう事なき戦士の瞳。真剣な顔で。

 

「これはっ……! 魔送球(・・・)!!」

 

 小雪に躱された白球は、最後にしたたるウーマンを狙い、飛び込んでくる。

 だが歴戦の力を感じさせる素早い動きで、それをパシッと手で受け止めた。

 その大きく見開いた瞳に、驚愕の色を滲ませながら。

 

「まさか……星一徹が!? 彼がここに居るのぉ~ん!?!?」

 

「おねえちゃん、魔送球って? それに星一徹っていうのは……?」

 

 小雪が即座に駆け寄り、ウーマンに怪我が無いことを確認。そして今耳にした単語と、見知らぬ人名のことを訊ねた。

 自身の姉以上の存在であり、もう長い付き合いではあるのだが、小雪はその魔送球というのも、星一徹という名前も聞いた事がなかった。

 

 緊迫感を孕む表情、そして驚愕した瞳。

 したたるウーマンの心情としては、決して余裕など無いのだが、それでも大切な妹分を心配させぬよう、固い表情筋を無理やり動かし、優しく笑顔を形作ろうとした。

 だが……その時。

 

「――――こら坊主! お前なにしてるんだ!!」

 

 大人の男が放つ、怒気を孕む声。

 それがこの場の空気を切り裂いた途端、ウーマンと小雪がハッとそちらを向く。

 

「この野郎! 来いッ! 暴れるんじゃない!!」

 

 やがてこの場に、肩を怒らせたホテルの使用人達が、こちらにやって来る姿が見えた。

 彼らは三人がかりで、一人の少年(・・・・・)を押さえつけており、まるで罪人をお上の前に差し出すかのように、ウーマン達の前に現れた。

 

「こ、こんな子供がぁ? あの魔送球を~ん……?」

 

「うそ……しんじられない。まだちっちゃい子なのに」

 

 使用人たちに両腕を拘束されながらも、キッと強い瞳でウーマン達を睨む。

 ぶっとい眉毛に、五輪刈りの頭。小雪よりもよっぽど小さいのに、身体中から溢れ出す闘志。

 

「でもこの子、なんでピンクのフリフリ着てるのぉん(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「わたしといっしょのドレス……。おとこの子なのに……」

 

 しかしその闘志とは裏腹。着ているのは「まさにプリキュア!」って感じの、ラブリー全開なドレス。メタモルフォーゼ!

 そんなぶっとい眉毛なのに、服だけは花の妖精のようだ。

 正直な話、ZENZEN似合ってなかった。ぶっちゃけありえない(マックスハァ~♪)

 

 だが一説によれば、「誰でもプリキュアになれる」

 誰かを護りたいという気持ちと、それを夢見る想いがあるなら、たとえ男の子だってプリキュアになれる。オッサンに片足つっこんだ男でもなれる(らしい)のだ!

 だから飛雄馬がプリキュアになっても、ピンクのフリフリを着ても、全くおかしな所など無い!

 

 これはプリキュアの大ファンたる、信頼できる人(・・・・・・)から聞いた情報だから、間違いないハズだ。

 ――――それがプリキュアなのだ! プリキュアとはこういうモンなのだ!(確信)

 

 とまぁ、話を戻すが……彼こそは星飛雄馬その人。

 あの凄まじい力、あの人外が操るような魔球を投げて見せたのは、この男の子であったのだ。

 その事実を知り、プリキュアたる二人はさらに驚愕した。

 

「おいっ! 君はいったい何だね!?」

 

「どうしてこんな事をしたのだ! 何を考えている! 親はどこなんだ!?」

 

「黙ってたら分からんだろうがっ!」

 

 ようやく放心から立ち直った、臆病で人任せな市民たち……、もといこの場にいるスーツのお偉いさん達が、飛雄馬に詰め寄って行く。

 先ほどは「チンカスダーの来襲か!?*1」と慌てふためいていたのに、相手がただの子供だと分かるやいなや、この有様である。

 

「で、でもよ……?

 本当にあの子が、あの力を使ったんだとしたら……、こりゃどえらい事だぜ?」

 

「人が投げる球じゃない……。あんなの魔法だよ(・・・・・・・・)

 まさにプリキュアみたいな……!」

 

 この場が騒めく。ひそひそザワザワと。

 中にはこの記者たちのように、ただの不届きな乱入者ではなく“力を持った子”として、飛雄馬の特異性を見抜く者達も居た。

 だがそれも、ごく少数派である。

 

「おい! 君は自分がした事が、分かっているのかね!?」

 

「もし小雪さんに当たったらどうする! したたる様が怪我でもしたら!

 君は少年院送りになってたんだぞ!? この悪ガキめ!」

 

 んなワケない。せいぜい親を呼び出されて厳重注意か、微々たる賠償金が関の山。

 だが飛雄馬が小さな子供なのを良い事に、大人たちは強い口調で脅す。ここぞとばかりに、よってたかって。

 さっきまで「ひゃー!」と狼狽えていたのに、今は「自分達がプリキュアを守る!」とでも言わんばかり。

 

 この情けない卑怯者たちの姿を、プリキュアたる二人は、どう見つめているのだろうか。

 人類の守護神たる、魔法少女たちは。

 

 

「――――待ちなさい。ソコどいてくんなぁ~い?」

 

 

 人々が振り向く。この場に響いた“カリスマ”を伴う声の方へ。

 今したたるウーマンが人込みを(ブラブラしたフランクフルトで)かき分け、ゆっくり飛雄馬のもとへ歩いて行く。

 

「君のお名前ぇ……、もしかして“星きゅん”て言うんじゃな~い? そうでしょん?」

 

「ちょ! なんで姉ちゃん、おっぱい丸出しなんだよ(・・・・・・・・・・・)! 隠せよ前!」

 

 さもありなん。あの魔球によって「ピキーン!」と脅威を感じ取ったしたたるサンは、もう「クロスアウッ!(脱着)」とばかりに衣服を脱ぎ捨てていたのだ!

 これが彼女にとっての戦装束。“逆メタモルフォーゼ”と言うべき物である。ちびっ子も見てるのに。

 

「そんな事はい~のん!(キリッ!)

 せっかくだからしっかり見て、また今夜にでもなんやかんや(・・・・・・)しなさぁい?

 それよりも……君は星きゅんで、間違い無いわねん?」

 

「ちっ、違わーい!」

 

 思わず仰け反り、距離を取る。いま眼前にいる、乳を放りだした頭のおかしい人から。

 だがウーマンは、そんな飛雄馬の姿から、目ざとく“ある特徴”を見つける。

 おっぱいを見ないようにと必死に目元を隠している最中である彼の、手の平を見たのだ。

 

「ほっほ~う……、なんちゅーボールだこ(・・・・・)

 まるで、二十年も三十年も野球やって来たみたいな。とんでもない手だわん……」

 

 その異常性――――けしてこのような幼い子が、していて良い物では無い。

 いったいどれほどの苛烈な、いや狂気めいた修練によって、その手を作り上げたのか。

 スタスタと近寄り、普通に「むんず!」と掴む。そしてどこか慈しみの籠った瞳で、飛雄馬の手を見つめた。

 彼のこれまでの苦難、そして歩んで来た人生が、アリアリと分かる――――

 

「離せよぉ姉ちゃんっ! この変態っ!」

 

「そ……それはそのとーりだけど……」

 

 思わず呟いた小雪の言葉。それに構う事なく、飛雄馬は暴れ出す。

 

「ばっきゃろーっ!

 秋月小雪が何だ! したたるウーマンが何だ! プリキュアが何だーーっ!!」

 

「あっ……コラ! 星きゅん!」

 

 駆け出す。したたるウーマンの手を振りほどき、大人達の間を縫うようにして。

 目にも止まらぬ程、とてつもないスピードだ。

 

「――――なんという子なのぉん!? 一体どれほど訓練すれば、そんな風に走れるのよん?!

 ちょっとちょっとぉ!? お待ちなさいな星きゅーーん!!」

 

「あっ! したたるおねえちゃん!」

 

 即座に駆け出す。飛雄馬の背中を追って。

 レジェンドプリキュアの面目躍如とばかりに、まさに人外の速度で人の群れをかき分ける。

 

 

「小雪ぃー! 悪いけど後は頼んだわよん! ワテクシあの子を追っかけるからっ!

 また帰ったらチューしたげるわん♪ 身体中いろんなトコに♡」

 

「まってよ、おねえちゃんっ!?

 おっぱい丸出しだよ(・・・・・・・・・)! お外にでちゃダメだってばぁー!」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ちきしょう! ちきしょーっ!」

 

 止めどなく溢れる涙、それをグジグジ拭いながら走る。

 都会を抜け、自分の住む土地であるドヤ街へ。飛雄馬はひたすら駆け抜けて行く。

 

「ひぃ~っ! ホントどーゆう足してんのよん! あの子は!

 ワテクシだから付いてけんのよぉ~ん!?」

 

 それにピッタリ付いていく、したたるウーマン。

 彼女は飛雄馬と一定の距離を保ちながら、もう1時間も全力疾走していた。

 言うまでも無く、まだ子供である飛雄馬が、それをこなしているという事だ。

 

「幻の名プリキュア、そしてワテクシの親友……星一徹。

 アンタは今、どーゆう生活してんのぉん? どんな風に生きてんのぉん?」

 

 それを確かめんが為、あえてウーマンは追従している。決してふん捕まえる事をせずに。

 この十年もの間、ずっと気になっていた。どうしても確かめたいのだ。

 我が戦友たる男、星一徹の行方を。

 

「思えばアンタは……不運な男だったわん。

 プリキュアに覚醒したのが、ちょうど太平洋戦争の真っ最中。昭和17年だった……」

 

 ぜぇぜぇ走りながらも、彼女は過去の大切な思い出を、脳裏に浮かべていく。

 彼女の青春であり、自身の人生で一番熱かった時代。そこには常に、あの男の姿があった。

 

「アンタは、天才的な戦士だった。

 まごう事なき、【最強のプリキュア】だったわぁん。

 まぁスネ毛はえたオッサンだったけど……。それはともかくとして……」

 

「ワテクシはね? アンタこそが世界の未来を担う、名プリキュアだと信じてた。

 ……でも、ただの一度も戦いに出ること無く(・・・・・・・・・)、アンタはプリキュアを辞めた。

 戦争に、兵隊に取られてしまったから――――」

 

 走る。歯を食いしばりながら。

 零れ落ちそうになる涙を、必死に堪えて。

 

「そしてプリキュアにとって……。

 というかアンタの技にとって、命よりも大切な、“肩”を壊して帰って来た。

 物資の補給すら、おぼつかなかったという、過酷な南方戦線での戦争は……、あんなに輝いていたアンタの身体をも、ボロボロにしてしまったのよぉん」

 

 

 

………………

………………………………

………………………………………………………………

 

 

 

 ――――昭和23年。長きに渡る戦争から帰還し、星一徹は約5年ぶりにプリキュアに復帰した。

 肩を壊した一徹が、もはやプリキュアとして戦えるハズは無かった。誰もがそう思った。

 だがなんたる事だろう! やはり星一徹は、天才だったのだ。

 

 ようやっと戦争が残した痕跡から、人々が復興の兆しを見せ始め、プリキュア達が人間同士ではなく“チンカスダー”(悪役)との戦いを、再び始めようとしていた頃。

 彼女たちがプリキュア同士でおこなっていた、戦闘訓練にて。

 

『えっ……。一徹アンタ、なんで野球のボール投げてんのぉん(・・・・・・・・・・・・・・・・)?』

 

 至極当然の疑問が、訓練場に響いた。

 ある日突然、一徹はプリキュアとして技では無く、何故が野球の球を使い、戦闘し出したのだ。

 

『しかも、なんか凄くなぁい……? それどーやって投げてんのぉん?

 なんか蛇みたく、クネクネ曲がってるし……。凄まじい威力だし……』

 

 絶技だ。まさに魔法のような球(・・・・・・・)

 天才たる星一徹だからこそ投げられる、人知を超越した魔球であった。

 

『あぁ! 流石はしたたるだ! 素晴らしい動体視力だな!』

 

『そんな事より、それどーなってんのぉん? なんで突然野球を?』

 

 アッハッハと朗らかに笑う一徹を、ポカンとした顔で問い詰める。

 戦友であり、初代プリキュアの同期である彼女は、もう既に引退した身でありながら一徹の戦闘訓練に付き合っていたのだが……。なんか突然へんな事をされ、目を丸くしたのだ。

 

 ちなみに、こんなスポ刈りでスネ毛ボーボーのオッサンが【ピンクのフリフリとリボン】という格好をしている、という事実に目を丸くしているワケでは無い。

 そんな物はもう慣れた。心から「キモイ!」とは思うけれど。

 

『ん? いやいやこれは、別に野球をやってるワケじゃないぞ?

 これは(れっき)とした、戦いの技。魔送球というんだ』

 

『いやアンタ、“送球”って言っちゃってるじゃん。それ野球用語でしょん?』

 

 ほとんど素になって問いかけるが、一徹は未だ涼しい顔。

 なぜ戦闘訓練なのに、野球をやっているのか。彼女の気持ちは、なかなか一徹に届かない。

 

『お前も知っての通り、俺は先の戦争で、肩を壊したな?

 もう昔のように、プリキュアの技を使うことは出来んよ』

 

『そ、そうよねん。ワテクシほんと……、何て言って良いか。

 悪のチンカスダーじゃなく、まさか人間同士の戦いで、プリキュアが潰されるだなんて……。

 こんな事があって良いのかって、何度この世界を恨んだか……』

 

『言うな、したたる! プリキュアたる者、人を憎んではいかん!

 我らは人類の護り手。……愛しこそすれ、恨んだりするものか』

 

 天才プリキュアであった一徹ですら、あの戦争には勝てなかった。

 そもそも彼ほどの男が、人間同士の戦いに、プリキュアの力を使用するワケが無い。

 彼はその信念にしたがって国に尽くしながらも、その過剰すぎる強大な力を使わず、あくまで“人”として戦っていたのだ。

 

 だがそれこそが、一徹が戦争という物に壊され、大切な肩を奪われてしまった理由。

 あんなに華麗で、どんな敵にも負けないくらい最強だった技は、もう二度と使用される事はない。

 人間同士が始めた戦争により、その護り手たるプリキュアの力は、永遠に失われてしまったのだ。一度もチンカスダーに向けて放たれる事のないまま。

 

 幻の初代、幻の名プリキュア――――

 人は彼のことを、そう呼ぶ。

 

 だが、それでも不屈の闘志をもってプリキュアとしてカムバックしたハズの、彼の様子がおかしい。

 もう戦えない事は聞かされていたのに、それでも無理をおしてプリキュアに復帰し、またこうしてウーマンは協力を頼まれているワケであるが……。

 一体どうやって戦うのかと思えば、いきなり野球をしてきた(・・・・・・・・・・・)

 それはどういう事なんだと、彼女は問い詰めているワケである――――

 

『ゆえに、我が必殺技であった【てつキュア♪ エクスプロージョン☆】の代わりに、この白球を投げつける事としたのだ。

 これなら俺の肩でも、問題なく行使できる』

 

『その気色わるい技名はともかく……、なんで野球のボールなのん?

 そんなの投げたって、チンカスダー倒せないわよん?』

 

 絶技だ。確かに魔法めいた球だと思う。

 だがそれ野球のボールでしょん? マジックアイテムどころか、金属ですら無いでしょん?

 そんなの例え時速300キロで投げ込んだ所で、チンカスダー効かないわよん?

 だってアイツ等、戦車の砲撃(・・・・・)でも倒せないんだから。“魔法的な技”じゃないと。

 

『案ずるなかれ! この技の名前は【魔送球】だ。

 しっかり頭文字に“魔”が入っているじゃないか』

 

『名前だけじゃないのよっ!!

 ようは、すんごい投球技術でクネクネ曲がるよ! ってだけの球でしょが!!』

 

 倒せんて。野球のボールでは無理やて。

 ついに堪忍袋の緒が切れたウーマンは、「ガーッ!」っとばかりに一徹に吠えたてる。

 

 

『一徹くぅん! あえて忠告するわぁん!

 ――――アンタ潔く、プリキュアを辞めなさぁぁい!』

 

『なっ……なんだってぇ!?!?!?』

 

 

 なんだってぇ、じゃねーよ!!

 そう言いたいウーマンは、引き続き一徹にがなり立てる。いい加減にしろこの野郎と。

 

『女の子の夢ッ! 人類の希望ッ! プリティ&キュアキュア!

 そんな名誉あるプリキュアを汚す者は、たとえどんな天才であっても、プリキュアにいちゃ駄目なのよぉん!』

 

『馬鹿なッ! 耄碌(もうろく)したかッ! したたるッ!

 この魔送球という技が、やがて来る不動の人気! 国民的ヒロインたるプリキュア黄金時代の到来にとって、どれほど役立つ事か!

 それが分からん程に貴様ッ……! 貴様ボンクラウーマンだったのかッ……!

 変態だとは思っていたが、ただのパンいち痴女だったのかッ!』

 

『誰がボンクラよぉん! でも痴女なのは別にイイデショ?!

 ちょっとお股のフランクフルトから、肉汁出してるだけじゃないのようっ!

 こんなの女の子なら、誰でもやってるわよん! お部屋で!』

 

 嘘つけぇ。と言いたい所であったが、二人はもう火が着いて止まらない。

 一徹はウーマンの胸倉を掴み、今にも殴りそうな勢いだ。

 それほどまでに、二人は真剣なのだ! 内容は馬鹿だけど!

 

『星くぅん……?

 この戦争で死んでいった“キュアカニカマ”のこと、憶えてる?

 ワテクシたちの……かけがえのない仲間』

 

『憶えているともッ! 忘れたりするものかッ!

 戦友だった! ヤツは毎日カニカマばかり食う、偏食キチ〇イだった!!

 だがそれがどうしたと言うんだッ!』

 

 先ほどまでの般若とは一転。したたるウーマンはまるで聖母の如く、見る者を魅了するような慈悲深き顔で、一徹の心に語り掛ける。

 ちなみに一徹が“キュアはんぺん”、したたるウーマンが“キュアちくわ”である。

 彼女たち初代プリキュアは、おでんが美味しい季節に結成した。でもカニカマってどうなの? 入れる?

 

『前にワテクシが、信者の変態マゾ豚共を、ケツバットして遊んでた時、言われたのん。

 子供が遊ぶための道具で、そんな事しちゃいけませんって――――』

 

 その言葉を聞いた途端、一徹はハッとした表情となり、やがて膝から崩れ落ちた。

 まるで今は亡き戦友の言葉が、痛烈に胸に刺さったかの如く。

 

『そ、そうか……。子供のために作られた遊具で、変態男の汚いケツを叩くこと。

 それは俺がやろうとした、野球のボールを喧嘩に使う事(・・・・・・)と同じだ。

 これは、子供達の大切な物を、侮辱する行為だったのか――――』

 

 ようは、本来の用途と違う使い方すんな! という事である。

 しかも、したたるに至っては、子供の遊具を別の意味のプレイ(・・・・・・・・)に使っていたワケだから、もっと酷い。地獄に落ちろ位の悪行だと思う。

 

 ぶっちゃけしたたるは、「子供達の大切な物を~」どうこうまでは、ぜんぜん考えてなかった。ただただ過去に自分が怒られた事を、他人にも言ってやったに過ぎない。

 なんか「やり返してやった!」みたいな心地で、とても気分がスッキリした!

 

 そして一徹は、なんか無駄に深読みして膝から崩れ落ちちゃったけど……、まぁ大筋は間違っていなかったので、黙って見守っとく事にした。

 女の子の夢たるプリキュアなのに、まるで彼女はダークヒーローだ。鬼畜である。

 

『星くぅん……。あんな戦争さえなかったら、運さえ悪くなかったら……。

 きっと君は、史上最強のプリキュアに、なってたハズよぉん?

 まぁ肩とか関係なしに、「なにスネ毛ボーボーの奴が、魔法少女やってんだ!」みたいな批判は、以前からあったけどぉ……。

 ぶっちゃけワテクシの方も、もうそんなクレーム処理すんの、嫌気が差してたんだけど。

 だからね一徹? アンタ……』

 

『――――分かったよ、したたる。俺はプリキュアを去る』

 

 だからアンタ、ワテクシの所に来なさい(・・・・・・・・・・・)

 しっかり養ったげるから、ワテクシの婿になりなさいな! 子供いっぱい作ろ☆

 そう思い切って“愛の告白”をしようとしたが、突然一徹はこちらに背を向けて、スタスタと歩き出してしまった! あなや!

 

『ちょ! おまっ……!

 どこ行くのよぉんマイスイート! 子供は!? 愛の巣は!? 新婚旅行の熱海は!?

 ワテクシたちのラブストーリー、どうすんのぉ~~ん!?!?』

 

『さらばだ、したたる。

 何を言っているのか、皆目見当が付かんが、達者でな。

 半裸も結構だが、風邪ひくんじゃないぞ――――』

 

 

 

 

………………………………

………………

………

 

 

 

「あれから10年……。ワテクシ見事に行き遅れよコンチキショー!

 責任とってよぉ! 一徹ぅ! 連れ子も上等なんだからぁ~ん!」

 

 なんか漫画めいた滝のような涙を流しつつ、したたるウーマンは走る! 飛雄馬の背中を追っかけて!

 

「星きゅぅ~ん! ワテクシをお母さんって呼んでよぉ~~っ!

 もう一人の部屋に帰るのも、渾身の出来だった肉じゃがを一人で食べるのも、大玉キャベツを冷蔵庫で腐らせちゃうのも嫌なのぉ~ん!!

 孫は諦めるしかないか……みたいな親の視線が辛いのぉぉぉおおおん!!!!」

 

 

 お金あげるから! お金あげるから!(必死)

 もはやアラサーとなったレジェンドプリキュアの叫びが、夕暮れ時のドヤ街に響き渡った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「やめてお父さんっ! 危ないわっ!」

 

「くっそぉーーッ! このぉーーッ!!」

 

 家の中から、何かが割れる音や、何かを投げつけて壊す音が聞こえる。

 飛雄馬が泣きじゃくりながら家に辿り着いた時、外まで音が聴こえて来たのだ。

 

「あぁ……ごめんなさい皆さん。本当にすいません……。

 何でもないですから、心配なさらないで下さい……」

 

 扉の前で立ち尽くしていると、姉である明子が家から出てきた。

 ガヤガヤ、おい何だ? とこの場に集まって来たご近所さん達に、頭を下げて謝るために。

 

「おい姉ちゃん! 父ちゃんに酒を飲ませたのか?

 こんなに暴れるなんて、やっぱりどうかしてるぜ!」

 

「まぁっ! ちょっと来なさい飛雄馬っ!」

 

 勝手に出て行ったばかりか、何も知らずに父親を批難。

 そんな無責任な飛雄馬を、明子は引きずるようにして家に放り込む。

 いつも温厚である姉が、明らかに怒っているのが分かる。

 

「何すんだよ姉ちゃん! 手を引っ張るなよっ! 痛いじゃんか!」

 

「バカ飛雄馬! これをご覧なさい! 全部貴方のせいよ?」

 

 飛雄馬は「ゲッ!」みたいな顔で、家の中を見渡す。

 そこにあったのは、割れた食器や壊れた家具の数々。そしてその真ん中で大の字になって寝転がっている、酔っ払いな父の姿だった。

 

「うわぁ……また派手にやりやがって。

 でも姉ちゃん、なんでコレが俺のせいなんだ? 俺は今まで外に……」

 

「とぼけないでっ!

 何も知らない小雪さんに、いきなる魔送球を投げつけるなんて!

 そんなのお父さんが怒るのも、当たり前ですっ!

 いったい何を考えてるの! 変な眉毛して!」

 

「眉毛は関係ないじゃんか!

 つか姉ちゃんズルいよ! 一人だけ母親似で!」

 

 こんな父親だというのに、一人だけ綺麗な顔立ちで美しく育った姉を、「ホントにこの人、俺の血縁なのか?」と飛雄馬は疑っている。

 どうやったらこの父親から、こんなちゃんとした娘が生まれるんだ。おかしいじゃないか。

 

「それはともかくとして……観てたのかい姉ちゃん!?

 いやウチってTV無いだろ? なんで知ってんだよぉ!」

 

「飛雄馬がTVに出てたことは、もう街中の噂だし、お父さんはちょうどお酒を飲みに行ってて、そこでTVを観てたの。

 誰があれを投げたかは、みんな分からないって言ってる。

 ……でもお父さんは、すぐ分かったわ。自分の子のボールだもの」

 

 辛そうな顔で、飛雄馬を咎める。この時ばかりは、いつも影ながら守ってくれる姉も、父の味方だ。その心情は察するにあまりある物だから。

 

「だっ……だからって、こんな暴れること無いだろう!?

 あんなの当たったって、プリキュアなら別に」

 

「――――馬鹿者ぉぉぉおおおッッ!!!!」

 

 まったく反省の色がない飛雄馬の態度に、大の字でいた一徹が怒声を発しながら起き上がる。その手に大きな酒瓶を握りながら。

 

「たとえ腐っても、この星一徹。……あんなバカな真似を、自分の息子がするなど!

 プリキュアの戦友たちに、顔向け出来んわいッ!!」

 

 心底くやしそうな顔で、また酒を飲む。

 のんだくれだし、情けない大人そのものであるが……でもこんな姿にさせたのは自分なのだ。

 その事を痛烈に理解し、飛雄馬はグッと奥歯を噛みしめてうつむく。

 

 けれど……きっとそれだけじゃない(・・・・・・・・)

 彼が手塩にかけて育てた息子であり、誰よりも親の気持ちが分かる飛雄馬だからこそ、反発する。

 勢いよくガバッと顔を上げて。

 

「――――嘘だッ! 父ちゃんのうそつきぃ!」

 

「ッ!?」

 

 ビシッと指をさし、言葉を放つ。

 しっかりと父に向き合い、力強く胸を張って。

 

 

「――――父ちゃんが荒れたのは、俺が勝手な事したからじゃない!

 あの魔球を! 父ちゃんが発明した魔送球を! 秋月小雪に見破られたから(・・・・・・・・・・・・)なんだ!!」

 

 

 その言葉に、一徹は瞼を伏せた――――

 先ほどまでとは違い、とても静かな表情のまま、あの父が黙り込んでしまった。

 ロクデナシで飲んだくれの低賃金日雇い労働者だけど、あんなにも強くて誇らしかった! 俺の父ちゃんが!

 

「避けやがったっ! 眉ひとつ動かさず、その場から一歩も動かないで!

 まるであの魔球が、なんでも無いみたいに(・・・・・・・・・・)!!」

 

 史上最強のプリキュア、最高のピンクと謳われる、父ちゃんと同じ色した女が、あの魔球を避けた!

 まったく問題にしなかった! 脅威にならなかった! あいつの方が強かったんだ!

 

「父ちゃんは……幻の名プリキュアは、秋月小雪に負けたんだ(・・・・・・・・・・)!!

 負けたんだぁぁ~~っっ!! うわぁぁぁあああーーん!!!!」

 

 崩れ落ちる。障子に縋り付くようにして。泣きながら。

 悔しいのは父だけじゃない。飛雄馬もだ。

 どれだけ世間に蔑まれようとも、たった一人だけ父を信じていた飛雄馬は、心が切り裂かれる想いだったのだ。

 ちきしょう……! ちきしょう……! ちきしょおぉぉぉーー!!

 そう子供の泣く声が、隙間風の吹く貧相なボロ家に木霊する。

 まるで父ちゃんと秋月小雪の“差”を、象徴しているみたいに。

 

「うっ……うわぁぁぁああああーーーーッッ!!!!」

 

 まるで熊が鳴いたような大声を上げ、一徹が皿を投げつける。それは壁に当たって砕け、またこの場に破片が散乱する。

 だが……叫ぶだけ。それは決して「違う」という否定じゃない。

 秋月小雪という存在を、否定する言葉では無かったのだ。

 

「……ほらっ、俺が言った通りさ!

 父ちゃんは、父ちゃんは……!」

 

「飛雄馬っ! 止めなさいっ!」

 

 明子が駆け寄る。まだ罵倒の言葉を放とうとする飛雄馬の口を、ビシッと制する。

 

「そう言う飛雄馬だって、ホントは悔しいんでしょう……? 悲しいんでしょう……?

 貴方が一番、誰よりもお父さんを……」

 

「ばっ! バカ抜かせぇぇーーっ!!」

 

 思わず向き直り、腕でグイッと涙をぬぐう。

 ダーダー滝のように流してた涙の跡を、姉に見られないように。必死に否定する。

 

「ふふっ……そんな事したって駄目よ……。だってその顔に書いてあるもの。

 ぼくは悔しい……お父さんが好きだって……!」

 

「うるさぁぁーーいっ!」

 

 飛びかかる。お姉ちゃんのお腹にグイグイ顔を押し付けて。

 ポカポカ、ポカポカと可愛い音を立てて、駄々っ子のように姉の胸元を叩く。

 怒っているのに、まるでお母さんに甘えているみたいに。

 

「バカバカ! 姉ちゃんのバカ! あんぽんたん!

 そんなんじゃお嫁の貰い手がないぞっ!

 なんでそんなこと言うんだぁー! 自分だけ普通の眉毛しやがってぇー! わぁぁーーん!」

 

「飛雄馬……。飛雄馬っ……!」

 

 抱きしめる。ギュッと慈しむように。

 もう明子の顔も涙でグシャグシャだ。星一家はみんな泣き虫になってしまった。

 それほどまでに強い想いで、結ばれていたから――――取り繕うんじゃなく、心でぶつかり合っているから。

 

 

「可哀想な飛雄馬……。誰よりも信じていたのに……。

 自分じゃなく、お父さんの為にこそ、貴方はあんなにも努力し、魔送球を覚えたのに……!

 お父さんは【史上最高の名プリキュア】だって、信じていたのに……!」

 

 

 星一家がシクシクとなく悲痛な声が、いつまでもいつまでも、ドヤ街の空に響いていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「関係ないんだけど……。

 これがプリキュアじゃなく、名選手とか最高の三塁手とかだったら、どれほど良かったかしらん……」

 

 こんなにも真面目なシーンで、こんなにも良いシーンで、いちいちプリキュアとか言うものだから……、もう傍で見ていると「この家族、全員バカなんじゃないの?」と思えて仕方ない。

 飛雄馬きゅんの後を追っかけ、コソコソと中の様子を窺っていたウーマンさんだったが、もうそう思わざるを得ないのだ。

 

「そもそもの話、自分がそれで駄目だったのに、なんで息子にまで野球させんのよん?

 せめてプリキュア的な戦闘訓練をねん……?」

 

 あらゆる意味で、もうこの一家は、努力の方向オンチ(・・・・・・・・)にしか思えない。

 こんなにも厳しく、しごいてるのに。

 もうプリキュアじゃなく、巨人入団でも目指せば良いのに。飛雄馬くんメッチャ可哀想だ。

 

 むしろしたたる的には、コイツらに目の仇にされる小雪が、不憫でしょうがない。

 なんにも悪い事してないからね、あの子。とっても良い子だからね。

 

「あのぉ~、お邪魔しますぅ~。

 ちょーっと良いかしらぁ~ん?」

 

「うわっ! なんで居るんだよ痴女の姉ちゃん!? 追っかけて来たのか!?」

 

「貴様ッ! したたるかッ?!」

 

 もう居たたまれなくなって、思わず玄関のドアを開けた。

 星一家はビックリした顔で、したたるサンを見ている。半裸の痴女でもあるし。

 

「すまんッ! 賠償金は勘弁してくれッ!! この通りだしたたるッ!!」

 

「あんた昔、父ちゃんの仲間だったんだろ!? 許してやれよ!」

 

「ウチは貧乏なんですっ……! ご覧の有様でございますっ……!

 この飲んだくれと、わんぱくクソ眉毛に、ご飯を食べさせなきゃいけないんですっ……!」

 

「あー、だいじょぶダイジョブ。怒りに来たんじゃないしぃ。

 とりあえず皆さん、すき焼きでもしませんこと?

 ワテクシ材料買って来たのよ~ん」

 

 VIP待遇。まるで神様のような扱いで、家の中へ通された。

 したたる様、プリキュア様、すき焼き大明神様。そんな凄まじい歓待を受けた。

 解せぬ。

 

「うめぇーーっ! 俺こんな旨い肉、食ったことねぇよ!」

 

「よく噛むのよ飛雄馬? 味わって食べるの。

 きっとこんな事、私達の人生で二度と無いんだから。こんな高いお肉……!」

 

「ガッハッハ! いやぁ~すまんなぁ戦友ッ!

 持つべき物は、やはり心を通わせた友人だなぁッ!」

 

 アンタら、さっきまで暴れ狂ってたんじゃないのん?

 何その「お腹が膨れたらゴキゲン」みたいな。飯さえ食ってりゃ家庭円満なのん?

 

 そうは思うのだが、したたること“すき焼き大明神”さんは、黙って卵をかきまぜる作業に勤しむ。

 藪を突いて蛇を出す必要は無いし、なんだかんだと楽しくもあったから。

 ぶっちゃけ――――誰かとごはん食べるのって、ホント久しぶりだわ。

 いつも暗い部屋に一人だし。彼女は伝説のアラサープリキュア(独身)なのである。

 あったかい家庭って素敵☆

 

「ほら! もっと食え飛雄馬! お前は肉を食えッ!」

 

「たくさん食べなさい。お姉ちゃんの分も食べて良いから。

 飛雄馬は早く大きくなって、プリキュアになるの」

 

「ちょっとぉ! 父ちゃんも姉ちゃんも、肉食ったらいーじゃんっ!

 さっきからネギとか、豆腐ばっかりじゃないかぁ!」

 

 よく見ると、一徹と明子の二人は妙に遠慮して、飛雄馬にばかり食べさせているのが分かる。

 言葉にせずとも分かる、深い愛情――――彼らにとって飛雄馬こそが、守るべき大切な物なのだろう。

 せっかくの高いお肉だって、構わず飛雄馬にあげてしまう程に。

 

「良いからお食べなさいな……。もう唸るほど沢山買って来たし。心配ないわよん。

 あ、お姉ちゃんの子! たしか明子ちゃんだったかしらん?

 これ冷蔵庫に入れとくから、あまった分は好きに使ってね~ん。全部あげちゃ~う!」

 

「ありがとう御座います、プリキュアさま……!

 ああもう、こんなにも優しくて素敵な方に、飛雄馬が失礼な事しちゃったなんてっ……!」

 

 いーのいーの♪

 そんな風に手をふりふりする(フランクフルトもぶらぶらする)、したたるウーマン。

 まぁ久しぶりに、あったかい空気の中で食事できたし、これなら思い切って使ったお金たちも、充分に報われるという物だ。幸せ☆

 飛雄馬きゅんも嬉しそうだし、子供らしいカワイイ顔を見せている。ここに来て本当によかった。そう彼女は思う。

 

「さてさて、どれ飛雄馬きゅん? こっちへいらっしゃいな♪」

 

「ん? なんだよ、したたるの姉ちゃん」

 

 トテトテと寄って来た飛雄馬を、まるで冬虫夏草のようにガバッと捕獲。もといギュ~っと抱きしめる。

 

「うわぁ! ちょっとやめろよ! 恥ずかしいってぇ!」

 

「まーまーまー♪ おねえちゃんを助けると思って♪

 こんな機会、おねえちゃん中々ないのよん。

 あー! ちびっ子のぬくもりが身に染みるわぁ~ん!」

 

 スリスリと頬を押しつけ、ショタっ子を堪能。

 飛雄馬の方は嫌がってこそいるが、そんなに激しく抵抗はしていない。きっとこの人が優しい事を分かっているんだろう。変態だけど。

 ゆえに仏頂面ながらも、されるがままになっている様子。健気だ。

 

「Oh? なんか痛いというか、金属みたいのがあるわね……。

 飛雄馬きゅん、シャツの中に何か入ってるのん?」

 

「あぁ、これかい?」

 

 おもむろに飛雄馬が、着ていた上着を脱ぎだす。

 ショタっ子の裸あざぁーーっす! ……とは流石に思わないが、したたるウーマンはキョトンとした顔で様子を見守っている。

 しかし……。

 

「ちょ……! 飛雄馬きゅん!? 貴方っ……!!!!」

 

 バネの束(・・・・)。しかも見るからに強力な!

 飛雄馬の上半身には、まるで彼を縛り付けるかのようにして、いくつもの太いスプリングらしき物が、縦横無尽に張り巡らされていた。

 こんな物――――とても子供に着けるような物じゃない! どんな鍛錬器具だ!!

 

「このバネみたいなヤツな? 前の誕生日ん時に、父ちゃんがくれたんだよ。

 なんかコレ着けてたら、すんごく強くなれんだってさ!

 確か……【大プリキュア養成ギプス】とか言ったかな?」

 

「 !?!?!? 」

 

 目を見開く。まるで何でもない事かのように、のほほんと言ってのける飛雄馬の姿に。

 彼は今も、これを付けながら「~♪」と身体を揺らし、こちらに見せてやるようにブンブン腕を上下させたりしている。

 

(こ……これを着けたまま、あの魔球を投げてたの(・・・・・・・・・・)!?

 この子はあの剛速球を! 人外めいたボールを! 投げて見せたというのぉん!?!?)

 

 頭がシェイクされる。いま目にしている、あまりの現実に。

 先の祝賀パーティで投げ放った、あの凄まじいまでの魔球は、本気などでは無い(・・・・・・・・)

 

 もしこの馬鹿げた器具を外せば! 投げるのが普通の白球でなければ!

 きっとあの魔球は、奇跡に届き得る――――人類の敵を打倒し得る力に!!

 

 この子の力、この子の可能性。プリキュアとしての素質(・・・・・・・・・・・)

 そのあまりに眩い輝きに、伝説の戦乙女たる彼女は、言葉を失ってしまった――――

 

 

「飛雄馬、今夜は本当によく、お星さまが出ているぞ」

 

 おっ、マジでか父ちゃん!

 そう飛雄馬が「ひゃっほー!」と表に飛び出していく。

 未だ衝撃から立ち直れぬ、したたるウーマンを残して。

 

「ホントだ! すごく綺麗だよ父ちゃん! 満点の星空ってヤツだ!」

 

「あぁ飛雄馬よ、綺麗だな。今夜は最高の夜だ」

 

 親子二人、そして傍らによりそう姉と共に、皆で夜空の星を見上げる。とても嬉しそうな顔で。

 

「見ろ飛雄馬! あれこそは、栄光の“プリキュアの星座”だ」

 

 知らない。そんな物きいた事がない。ただのオリオン座じゃないのん?

 だが、したたるウーマンは、口を挟むことが出来ない。……それほどまでに美しく、侵しがたい光景だったから。

 

「俺もかつては、あの輝かしい星座の一員だった。

 しかしもう……、この手は届かないんだ」

 

「父ちゃん……」

 

「お父さん……」

 

 親子三人。これまで懸命に努力し、支え合って来た美しい家族。

 この中に、自分も入れたら……。

 そう彼女は、思わずギュッと手を握りしめる。

 

 

「飛雄馬ッ、お前はあの星座に駆け上れッ!

 プリキュアという星座の中で一際輝く、でっかい明星となれッ!!

 ――――飛雄馬よッ! あの栄光の星を目指すのだッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それから三年後、めでたく中学校へと進学した飛雄馬は、プリキュアとなる。

 

 あのピンクと白のドレス、可愛さという物を象徴したかのようなリボン、そしてキラキラした魔法のステッキを握って。

 ……ついでに言えば、そのぶっとい眉毛と五輪刈り。身体に着けたキチ〇イめいた養成ギプスが、彼のトレードマークだ。

 

 

「ひゅうまくん、いくよ? いっしょにチンカスダーを、やっつけよう!」

 

「あぁ行こうぜ小雪っ!

 俺が! 俺達が! プリキュアだ!!」

 

 

「「くらえーっ! プリッキュアアアァァァーーー!!!!(掛け声)」」

 

 

 

 

 ――――そんなワケあるか。と言いたい所だが、誰だってなれるのだから仕方ない。

 この物語は、プリキュアの星を目指し、プリキュアに青春の全てを懸けた、熱き親子の物語である。

 

 

 ついでに言えば、魔法少女物だ(・・・・・・)

 

 

 

 

 

*1
プリキュアの敵たる、悪の組織名






◆スペシャルサンクス◆

 天爛 大輪愛さま♪


 PS  がんばれ大輪愛さん! 応援しているぞ!





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朝起きると、妹が戸愚呂になっていた (源治さま 原案)



 ――――エキシビション! その2。

 今回のお題はこちら↓


 ◆ ◆ ◆


 もうタイトルの時点で落ちがついてしまってる気がしなくもないのですが。
 hasegawa様のコメディーパワーと相性が良さそうなものを用意させていただきました。

 大前提として、幽遊白書をご存じ出なかったら本気で申訳ないです。

 色々と書いてしまったのですが、内容は自由に変えて貰って、hasegawa様の気の向くままに書いて頂ければなと。

(※頂いたメッセージから抜粋)





 

 

 

 

「兄者、起きてちょうだい兄者――――」

 

「……んあ?」

 

 おっす! 俺は()()()()()! ガキ大将!

 八百屋なんだか雑貨屋なんだかよく分からん店“剛田商店”、そこの長男に生まれた男だ! 小学5年生だぞ!

 

「おはよう兄者。突然で悪いんだけど、話を聞いて欲しいの」

 

「おっ……」

 

 だがそんな俺が、こんな見知らぬ長身の……しかも厳ついグラサンをかけた男に起こされる謂れは無いハズだ。

 ここは野球のグローブだのバットだの、スネ夫からパクッてきたラジコンだのがそこら中に転がる、まごう事なき俺さまの部屋。

 なのに何故こんな朝っぱらから、見たことも無いような凄く強面のオッサン(変質者)が、俺の枕元に立っているんだろう?

 

 たった今起きたばかりの寝ぼけ頭じゃ、とてもこの状況を理解する事が出来ない。俺はただただ目をパシパシしながら、オッサンの顔と天井を見つめるばかり。

 というか……目が冷めて一発目に見たのが、このグラサンの見知らぬオッサンの顔だったもんで、あまりの驚愕に心臓が止まりそうになったぞ。

 ほげー! とかぎゃー! とか叫び声を上げなかったのは、我ながら大したモンだと思う。流石は俺さまだ。

 

「い、命ばかりは……。

 まだ俺、10年ちょいしか生きてないんだ」

 

「なんで私が殺すの? そんな事しないわ」

 

 とりあえず、まっさきに頭に浮かんだのは、「やられる!」という直感だった。

 一見しただけで分かる、生物としての()()()()

 俺は勉強は苦手だけど、前に先生が言ってた“弱肉強食”という言葉が、ふと思い出される。俺がウサギとかだとしたら、コイツは虎なんだと思う。

 そして、今この男が放っている、()()()()()()()

 よく漫画とかで見るような、黒い煙みたいなヤツを、コイツはリアルにシューシュー音を立てながら、身体中から噴き出してやがるんだ。

 

 いくら俺さまがガキ大将だからって、大人にはとても敵わない。

 しかもこんなゴッツくて、一目で「あ、コイツ人外だ」と分かるようなヤツなど、もう戦う気すら起きないってモンだ。身の程はわきまえてるぞ。

 

「金なら下の階だ。レジとか金庫の中に入ってるハズだぞ」

 

「盗らない盗らない。あれウチのお金じゃないの」

 

「だから、頼むよオッサン……妹には手を出さないでくれ。

 俺のことはいい。人質でもサンドバッグでも、何にもでもなるから。

 妹だけは、助けてやってくれよッ……!」

 

 今すぐにどうこうされる、という雰囲気は無いように思う。

 だから俺はのそっと布団から起き出し、すぐさま土下座を敢行。

 

 こういう土壇場になった時に、一番最初に考えるのは、どうやら俺の場合“自分の一番大切な物”の事のようだった。

 確かにこのオッサンを見た瞬間は、生き物としての危機感とか恐怖感とかを強く感じたんだが、今はそういうモンよりも、妹の事ばかりが頭に浮かんでいる。

 

 こんな化け物を目の前にしたら、もう多くは望めない。

 のび太とかドラえもんならいざ知らず、俺にこれをどうにか出来る力は無い。それを情けないけど痛感してる。

 だからもう……俺に出来るのは、このオッサンに頼み込む事だけ。

 俺の愛する妹――――そんな誰よりも大切なアイツを助けてくれるんなら、もう後は全部どうだっていい。

 自分の命なんていらん、俺はアイツの兄貴なんだからって、心の底から思った。

 

 コイツは人の家に勝手に上がり込んでくるような変質者なんだから、あんなに可愛くて幼くて可憐で花の妖精みたいな女の子を見たら、きっとすぐメロメロになっちまうに違いない。

 この国に住んでるヤツは、全員ロリコンだ。日本人はみんな変態なんだ。

 本当に救いようが無い、度し難い民族なんだ! 俺は知ってるんだぞ!

 だからこそ、兄貴である俺が守ってやんなくちゃいけない。みんなが涎を垂らして狙うくらい、まるでアニメの世界から飛び出して来たかのような絶世の美少女であるアイツを救えるのは、この世で俺だけなんだ!

 妹には指一本触れさせないぞ! このHENTAIどもめ!

 

 そんな俺の懇願を聞いて、オッサンが何を思ったのかは知らない。俺はいま土下座の真っ最中だし、そっちの顔なんて見れないから。

 けど、今オッサンがなんか黙り込んでいる事、そんでどこか戸惑っているような雰囲気を感じる事が出来た。

 煙が出るくらいの勢いで、グリグリ畳に額を擦り付けながら、だけども。

 

 しかし、そんな俺の必死さも、懸命な思いも、次にオッサンが放った言葉で、ぜんぶ消し飛んじまう事になる。

 

 

「なに言ってるの、妹って私でしょ?

 気持ちは嬉しいけれど、聞いてちょうだい兄者――――()()()()()()()

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『うん、すごく面白いよ。

 なにより、本当に上手になった。きっとたくさん練習したんだね』

 

 これは、つい昨日の晩。

 俺たち兄妹が、スネ夫ん家のクリスマスパーティに行ってきた時の事だ。

 

 綺麗に飾り付けられた広い部屋。テーブルには豪勢な料理が並び、陽気で心地よい音楽が流れてる。

 そんな中で、パーティの参加者であるのび太が、ニッコリ微笑みながらジャイ子に声を掛けてた。

 

『ぼくもそう思う! 凄いよジャイ子ちゃん! こんな立派な漫画が描けるなんて!』

 

『ええ、まるでプロの人みたい。とっても面白かったわ♪』

 

 横から原稿を覗き込んでるドラえもんとしずかちゃんも、同じく絶賛。

 三人ともキラキラした目でジャイ子の漫画を読み、心から喜んでくれてるのが分かって、俺も誇らしかった。

 

 ちなみにだけど、本来のび太に関しては、「悪いねのび太!」とばかりにパーティからハブられる可能性があった。いつもの意地悪ってやつで。

 けれど今日この日に限っては、俺の妹たっての希望で、パーティへの参加を許されてたんだ。

 

 これはクリスマスとはあまり関係がないんだが、ジャイ子が頑張って描いていた漫画原稿が、最近になってようやく完成したんだ。

 そして、これをみんなに読んで貰って、感想を聞きたい。特にすげぇ漫画に詳しくて、いつも的確なアドバイスをしてくれるのび太には、ぜひ読んで欲しい。

 このクリスマス会の場を借りて、みんなに自分の漫画をお披露目したい――――

 そんなジャイ子の願いから、俺はのび太が参加出来るようにしてくれと頼まれ、それをそのままスネ夫に伝えた~というワケだ。

 

 俺たちが馬鹿な小学生だってのがデカイんだが……、スネ夫が「悪いねのび太!」をすんのは、単に“いつものノリ”ってだけで、別にアイツのことを嫌ってるワケじゃない。

 そしてぶっちゃけた話……、俺ものび太のことは嫌いじゃない。

 むしろ「こいつ男気あんな」って認めてる部分すらあったりする。

 

 コイツは腕っぷしが弱いし、情けない部分も目立つんだが、でも時々しんじられない位の勇気を見せる。ビックリするくらいに優しい所がある。

 この俺さまをしても、すげぇって言わざるを得ないくらい、のび太は大したヤツなんだ。

 

 きっとこれを知ってるのは、スネ夫とかしずかちゃんとかの、いつもつるんでる三人だけなんじゃねーかな?

 どんだけ周りのヤツらが小馬鹿にしようとも、関係無い。俺たちだけはのび太が凄いことを知ってるし、それを信じてるんだ。

 

 普段は意地悪なんかもしたりするが、でもなんかあった時には、絶対にコイツを守ってやろうっていう気でいるぞ?

 のび太は大事な仲間だし、なにより俺さまはガキ大将だ! コイツらのボスなんだからな!

 

『タイトルは“虹のビオレッタ”か……。

 とても綺麗な響きだし、この漫画にピッタリだと思う。

 うん! 完璧だよジャイ子! ……いやクリスチーネ剛田先生って呼んだ方がいいかな?』

 

『や、やだもうのび太さん! 私なんてまだまだよ!

 ……でもありがとう、アドバイスしてくれて。

 いつものび太さんには、助けて貰ってるわ。これも貴方のお蔭よ』

 

『ねえ、また賞に応募するんでしょ? これならきっと良い結果が出るよ。

 すごく面白いし、もしかしたらこの町から、小学生作家が誕生するかもしれない!

 これって凄いことだよ!』

 

 ジャイ子はこれまで、のび太にアドバイスを受けたり協力して貰ったりしながら、漫画を描いてきた。

 何か困った時や、迷った時、掛け値なしに手を貸してくれたのがコイツだ。

 

 本当は俺が手伝えたら良かったんだが、ジャンプとかの少年漫画ならともかく、流石に少女漫画の事は専門外。ぜんぜん分からない世界だ。

 けれどのび太は、色々な漫画を読み込んでいて、少女漫画についても明るかった。

 いつも的確な意見くれるらしく、ジャイ子いわく「とても頼りになる」

 

 まぁ妹が俺以外のヤツを信頼してる~ってのは、兄貴としては複雑な心境だったりもするが……、コイツだったら仕方ないって思うし、別にいいんだ。

 直接言ったりはしないけど、俺はのび太のこと“心の友”だと思ってるんだから。

 

 もし仮に、コイツが「ジャイ子と結婚したい」って言っても、たぶん俺は反対しないんじゃないか? 安心して任せられる気がする。

 まぁ愛する妹を取ってくんだし、5、6発は殴らせてもらうかもしんねぇけど……。そこだけはスマンが覚悟しといて欲しいぞ。これも男の試練ってヤツだ。

 

『ん? これは何だろう? また別の絵柄のヤツがあるけど』

 

『ッ!?!?』

 

 そんな風に、ジャイ子と仲間達の姿を、俺さまはウンウン頷きながら、遠くから眺めてたんだ。

 けれど、突然あっちの雰囲気がおかしくなった。

 ジャイ子の漫画を読み終わったのび太が、机に置いてあった“もう一つの原稿”に手を伸ばし、何気なくペラペラと読み始めやがったんだ。

 

『えっ……なにこれ!? ()()()()()()()()()()!!!!』

 

『チューしてるよ!?

 この人たち男同士なのに、なんでチューしてるの!? しかも素っ裸で!!』

 

『ちょま?! いけないわドラちゃん! こんなの読んじゃダメよ!!』チラッ! チラッ!

 

 それは、ジャイ子が描いていた、いわゆる“同人誌”という物だった。

 うっかり鞄に入れっぱなしにしていたのを、応募用原稿と一緒に机に置いてしまい、それをのび太に見つかっちまった~という事らしい。

 

 これは後で聞いた話なんだが……、どうやらこの“同人誌”というのは、裸の男がたくさん出てくる本らしい。

 いわば、()()()()()()()()()()()()()()、とても夢のある内容の物なんだそうだ。俺にはよく分からないが……。

 

 歓談ムードだった聖夜のパーティ会場は、一転して阿鼻叫喚の地獄になった。

 驚いたドラえもんが後ろにひっくり返り、椅子だのクリスマスツリーだのを巻き込みながら倒れる。

 そんで思わず放りなげちまった原稿をキャッチすべく、のび太が果敢にジャンプしたんだけど、ミスってテーブルにガッシャーンと突っ込んでしまい、料理とかジュースとかを全部ぶちまける。

 床に散乱するガラス片、甲高い破砕音、料理や飲み物をひっ被る人たち、そして沢山の「ぎゃー!」という叫び声。

 

 まさかそのキッカケが、ジャイ子の描いた“一冊のエロ本”だとは――――

 流石の俺さまも、これにはグウの音も出なかった。

 

 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 

 

「あれは蔵馬×飛影本で、“幽遊白書”っていう作品の同人誌なの」

 

 昨晩の惨状にぼんやり想いを馳せていた俺の意識を、ジャイ子の声が呼び戻す。

 いま俺たちは、向かい合うようにして床に座ってて、俺はドシッって感じの胡坐、ジャイ子はチョコンって感じの女の子座りだ。

 

 まぁコイツのガタイを考えれば、チョコンなんて擬音は似つかわしくないんだろうが……でも実際そうなのだから仕方ない。

 こんなオッサンの姿になろうと、ジャイ子はジャイ子。中身は女の子なんだ。

 

「それで私……朝起きたら()()()()()()()()()()

 きっとこれは、まだ小学生なのにあんなモノを描いた、私への罰なのね」

 

 ウンウンなるほど、……と一瞬頷きそうになるけど、すぐ「そんなワケあるか」みたいな気持ちが湧く。

 

「蔵馬や飛影ならともかく、まさか戸愚呂にされるだなんて……。

 しかもクリスマスの朝に、プレゼントをするんじゃなく、戸愚呂にするだなんて……。

 漫画の神様やサンタさんは、よほど私に怒っていらしゃるのね」

 

 俺よくカーチャンに怒られてるし、悪さだってする方だけど、今まで一回も戸愚呂にされた事ないし、そんなの聞いた事もない。

 ジャイ子の言う神様やサンタってのは、俺の知ってるヤツとはだいぶ違うようだ。

 

 関係ないけど、戸愚呂って罰ゲームなのか?

 俺が知ってる戸愚呂ってのは、敵キャラだけどすんごいカリスマ性があって、めちゃめちゃカッコいいヤツなんだが……。

 少なくともナマハゲみたく、悪い子のお仕置きに使われるような化け物じゃない。

 まぁたとえどんなにカッコ良くても、“女なのに男にされる”というのは、罰と言えなくもないかもしれんが。

 

「そんなワケで、つい魔が差して蔵馬×飛影本を描いてしまったばかりに、戸愚呂にされてしまったんだけど……。どうしたら良いと思う?」

 

 そんなこと言われても分からん。こんな事態に遭遇した事ないんだから。

 そしてこの先、誰かに「戸愚呂になってしまったんだけど……」という相談を受ける事は、もう二度と無いと思う。ある意味で貴重な経験してんのかもしれねぇ。

 俺もドラえもんと関わるようになって、もう結構たつんだけど……まだまだ世界は驚きに溢れてるんだな。世の中は不思議な事でいっぱいだ。

 

 今も俺は、なんとか平静を装いながらも、ガクガク震えてくる身体を抑えつけるのに必死。

 いま目の前にいる男……いや戸愚呂から放たれる威圧感に、おしっこ漏れそうになってる。

 

 けれど、兄貴である俺には、この暗黒武術会でブッチギリの優勝をしそうなオッサンが、間違いなくジャイ子その人である事が、もうヒシヒシと分かった。

 たとえ筋骨隆々で、見上げんばかりの長身で、しかも厳ついグラサンをかけていようとも、コイツは俺の妹なんだと。

 その声は違っても、喋り方はいつものまんまだし、このオドオドした儚げな雰囲気も、可憐な乙女であるコイツその物。

 

 というか……いま戸愚呂が着ているのって、まんま()()()()()()()()()

 漫画家っぽいベレー帽を被ったおかっぱ頭に、クリーム色のセーターと、赤い吊りスカート姿だったりするし。

 その分厚い筋肉のせいで、服ははち切れんばかりにピッチピチだし、その長身のせいでスカートの丈が足りず、某ワカメちゃんみたく豪快にパンチラしてはいるが、これは確かにジャイ子の服だ。

 

 あんなにカッコ良かった戸愚呂が、女の子の服を着ている――――しかもジャイ子の服。

 思えばこれって、物凄い事なのかもしれないが……、でも俺は今それどころじゃない。

 戸愚呂(妹)が爆誕してるんだ。

 

 聞く所によると、世の中には“妹モノ”という一大ジャンルがあるらしいし、古今東西あらゆるタイプの妹が存在するんだろう。

 でも、いくら俺が自他共に認めるシスコンだからって、正直これは勘弁して欲しい。

 

「こんな姿じゃ、お外に出られないし、友達にも会えないよ……。

 だから頼れるのは兄者だけなの。

 おねがい兄者、私を助けて」

 

 戸愚呂(妹)が、めそめそと泣く。

 こんな大きな身体なのに、それはとても儚げで、弱々しかった。縋るような声で、俺に助けを求めてる。

 

 確かに、思う所はあるさ。

 特に、性格はいつものままなのに、呼び方だけが「おにいちゃん」ではなく「兄者」になってる所とか。なんでそこだけ戸愚呂を踏襲してやがんだ~とかさ?

 

 だがそんな風に言われて――――妹を助けないヤツがどこにいる!!

 さっきまでの恐怖や動揺はどこへやら。いま俺の胸に、燃えるような使命感と兄妹愛が湧き出した。まるで火山の噴火みたく、天高くドゴーンと!

 

 

「――――泣くなジャイ子! 俺にまかせとけッ!!

 ぜったい兄ちゃんが何とかしてやっかんな!」

 

 

 強く言い放つ! 兄貴の矜持にかけて!

 俺はジャイアン、ガキ大将。天下無敵のシスコn……いや男だぜ!

 

 まあその後すぐ、ジャイ子が「兄者! 私うれしい!」とか言ってショルダータックルして(抱き着いて)きた事により、窓を突き破って外に放り出されるハメになったが……、そんくらいでは挫けない。

 

 普段ドラえもんの秘密道具とかで、冷静に考えたら「普通死ぬぞオイ!?」みたいな目に合わされたりしてるが、“回を跨げば元通り”というこの世界のルールによって復活してるし。意外と大丈夫なもんだ。

 

 砲弾めいた勢いで窓を突き破り、ついでに近所の家も3,4軒ほど突き破って、軽く60メートルばかり跳ね飛ばされるという空中遊泳をしばらく味わった後、とんでもねぇスピードで地面に激突し、ソニックみたいな勢いで〈ゴロゴロゴロー!〉っと転がってって、最後は空地の土管と衝突する事によって、ようやく止まったんだが……こんなのは大抵、一晩寝たら治る。俺さま達はそういう風にできてるんだ。

 

 身体中に突き刺さった大量のガラス片だの、木片だの、コンクリの破片だの、鉄パイプだののせいで血まみれとなり、打撲・骨折・裂傷etc.あらゆる負傷と臓器損傷と筋断裂と脳挫傷と出血過多によってドンドン薄れていく意識の中……。

 俺は「兄者大丈夫!? ごめんなさい兄者っ!」と泣きながらこちらに駆けて来る戸愚呂(妹)の声を聞きながら、これからどうすっかな~と考えるのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あ~アンタ達、表に行ってたのかい。

 二人ともおはよう」

 

 ウチのかあちゃんは、スゲェって思う。

 グッタリしてる俺を肩に担いで帰宅したジャイ子を見ても、眉ひとつ動かさなかった。

 ホントにいつも通り、何気なく朝の挨拶をしやがったんだ。

 

「朝ご飯できてるからね。冷める前に、とっとと食べちゃいな。

 あんた今日、野球しに行くんだろ?」

 

「えっ、いやあの……かあちゃん?」

 

 腰のエプロンで手を拭いながら、そんじゃねとばかりに「♪~」と立ち去ろうとするかあちゃんを、思わず呼び止める。

 怪我してる俺の事はともかく、あんた“コレ”を見て、何とも思わねぇのかよ。戸愚呂だぞ? あんたの娘が戸愚呂(妹)になってんだぞオイと。

 

「ん? 多少は背が伸びてるみたいだけど、それがどうしたって言うんだいこの子は。

 いいかい? 成長期の子供ってのはね、一日で結構デカくなるモンなのさ。

 あんた達は今、食べ盛り伸び盛りなんだからね。

 こんなのでいちいち驚いてたら、母親なんてやれないよ!」

 

「ッ!?!?」

 

 改めて説明しとくと、“戸愚呂”ってのは幽遊白書という漫画に出てくるキャラだ。

 ドラゴンボールで言えばフリーザみたいなポジションのヤツで、その存在感やカリスマ性は作中屈指。とんでもなく強い敵だったワケだ。

 そのオーラや威圧感は、言わずもがな。ガタイは凄ぇし、身長も2メートルくらいあるしな。

 

 けど今かあちゃんは、そんな化け物めいた戸愚呂を見ても、のほほんとしてやがるんだ。

 自分の娘がこんな風になっちまったってのに、別に気にした様子も無い。

 それどころか、突然玄関から入って来た戸愚呂を、一目でジャイ子だと分かったみたいで、普通に「おはよう」って声をかけてたし。

 それどういう事なんだよ、なんで分かるんだよかあちゃんって、思わずそう聞いてみたんだが……。

 

「――――自分の子が分からない親がいるもんかね!!

 こーんな可愛い娘が、他のどこにいるってのさ! かあちゃんを馬鹿にしてんのかい!?」

 

 と普通に一喝されちまって、俺はもう放心するばかり。

 マジでかあちゃんってすげぇ。

 

 これにはジャイ子も大喜びし、泣きながら「おかあさーん!」ってショルダータッk……いや抱き着きに行った。

 それをかあちゃんは、〈ドンッッ!!!!〉って力士みたいにガッシリ受け止めた後、「おやおや、一体どうしたんだねこの子は。甘えんぼだねぇ」と、よしよし頭を撫でてた。

 

 ぶっちゃけ俺、さっきこのタックルで半死半生になったばかりから、ジャイ子が駆け出した瞬間「やべえっ! 危ない!」って思ったんだが……、でもかあちゃんは全然平気みてぇだった。

 今ダンプカーが突っ込んだような轟音がして、地面と空気が思いっきり揺れてたのに、まったくの無傷。

 流石はかあちゃんだーって、そう言いたいトコだけど、一体どうなってんだよアンタ。なんでそんな事できんだよ母ちゃん。

 

「とはいえ、こんだけ背が伸びちまうのも困りモンだねぇ。

 ジャイ子や? 後でかあちゃんと一緒に、デパートに行くよ。

 あんたに合う服を、たくさん買ったげるよ♪」

 

「ホント!? ありがとうおかあさんっ!

 おかあさん大好きっ!」

 

 自分より遥かにデカい大男が「えーん!」と腰にしがみ付いてても、母ちゃんはまるで仏さまみたいに優しい顔。

 こういうのを“慈愛”っていうらしいが、ホントに戸愚呂とかそんなの関係なく、子供を安心させてやる母親そのものの仕草だった。

 

 

 実は俺、前に“相手の本音を聞き出す”ことが出来る道具を、ドラえもんから借りた事があって、それを試しに、かあちゃんに使ってみた事がある。

 いつも殴られてるし、悪さばかりしてる馬鹿息子な俺は、どうせかあちゃんは俺のこと嫌いなんだって思い、それを面と向かって問いただしてやったんだ。

 

 そうならそうとハッキリ言ってくれ、そっちの方がせいせいするって。

 いま思えば、あん時は本当ヤケになってた気がする。

 これまでずっと心にあった悲しみを、叩きつけるように吐き出したんだ。

 

 でも……ひみつ道具で催眠状態みたくなってたハズのかあちゃんは、俺がボロボロ泣きながら叫んだ途端、即座にこう返した。

 

 

『 自分の子を嫌う親が、どこにいるんだい!!

  馬鹿でも乱暴でも、(たけし)はアタシの大切な息子だよッ! 』

 

 

 

 

 ……というか、さっき「ぜったい俺が助けてやる!」ってジャイ子に約束したけどさ?

 でもぶっちゃけ俺が駄目でも、かあちゃんが居れば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 元に戻れようが戻れまいが、かあちゃんの愛は変わらない。

 かあちゃんはジャイ子を守る――――

 

 俺さっきまで、すげぇオロオロしちまってたけど……、でもあんまり気負うことは無いのかもしれん。

 これからの事は確かに不安だが、でもかあちゃんがいる限り、「何があっても大丈夫」

 

 その大きな安心を胸に、俺なりに精一杯やろうと思った。

 俺はジャイ子の兄ちゃんであり、かあちゃんの息子だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「戸愚呂って、幽遊白書のヤツだろう?

 そりゃあ僕も知ってはいるけど……」

 

 お日様がだいぶ高くなり、いい感じの青空になった頃。

 俺はいつもの空地で打順がまわって来るのを待ちながら、隣に座るのび太に相談をしていた。

 うちのジャイ子が戸愚呂(妹)になったんだが――――と。

 

「うん。正直いって、僕には見当も付かないや。

 どうすれば良いのかなんて……」

 

「心配すんな、俺だってそうだ。

 こんなのをホイホ~イって解決できるヤツがいるなら、顔が見てみたいもんだぜ」

 

「一応、ドラえもんに頼めば、見た目はなんとか出来るだろうけど……。

 女の子の姿に変えるとか、あとタイム風呂敷を使って、一時的にだけど元に戻すとかさ?

 でも何でジャイ子がそうなったのか、その原因を調べないとだね」

 

「それが分かんねぇうちは、どうにもなんねぇもんな……。

 まぁジャイ子本人は、幽白のエロ同人を描いたからバチが当たった~、とか言ってたけど。

 そんなワケねーじゃんよ。どんだけ神は残酷なんだって話だよ」

 

 いまジャイ子は、かあちゃんと一緒にデパートに行ってる。

 ホントは俺もついて行きたかったんだが、買うのは女の服という事で、俺がいてもしょうがないと言われた事。かあちゃんが一緒だから大丈夫な事。そんでこの野球自体が、俺がみんなに声をかけて主催してるヤツなので、責任ってヤツがあった事。

 そんなこんなの理由があり、断腸の思い? ではあるが、俺は一旦ジャイ子と別れる事になった。

 

 なにより、今日の野球にはのび太にも声をかけてたので、ここに来ればコイツと話が出来る。相談に乗って貰える。 

 あれからウンウン考えたけど、きっと俺一人の力じゃ、コレは解決できない。

 寄り添ったり、守ったりする事は出来ても、ジャイ子を元に戻してやる為には、みんなに協力してもらう事が必要だと思う。

 

 事情が事情だし、コレあんまり人に喋るのは駄目だけどな。ジャイ子も嫌がるだろうし。

 けどいつもの三人とドラえもんにだけは、ちゃんと事情を話し、助けて貰わなくちゃいけない。

 どんだけコイツらが頼りになるかってのは、もう言わずもがなってヤツだろう。これまで俺達でやってきた数々の冒険が、それを証明してる。

 それにコイツらなら、のび太なら……もう掛け値なしに信用できるから。

 

「とにかく、野球おわったら、いっぺんドラえもんに会いに行ってもいいか?

 お前のかあちゃんビックリするだろうけど、ジャイ子も連れてよぉ?」

 

「う、うん……それはもちろんだよ。

 戸愚呂がピンポン鳴らして入って来たら、きっとママは腰を抜かすだろうけど、今はそんなこと言ってらんないもの。

 ――――なんで戸愚呂が、ウチの息子を訪ねて来るの?! のびちゃん何やったの!?!? とか思うだろうけど」

 

「あれかなぁ? 菓子折りとか持ってった方がいいか?

 見た目としては、大人の男が行くんだし、コレならちょっとは印象ちがうだろ。

 なんなら用意してくぞ?」

 

「いやいや、()()()()()()()()()()()()()()()()って状況が、もうおかしいもん。

 妖怪的なオーラを出しながら、『つまらねェもんですが……』とか言われてもさ?

 きっと大差ないし、そんな気を使わなくても大丈夫だから。普通に遊びにおいでよ」

 

 

 

 その後、9番ののび太が打席に立ち、そんですぐ三振して帰って来るが、これはいつもの事なので気にしない。

 

 というか……コイツ本当は、“やればけっこう出来る”ってタイプなんだけどなぁ。

 きっと野球とかに関しては、自分に自信が無いせいで打てないんだろう。心のどこかで、「僕には無理だ」とか思っちまってるっぽい。

 射撃だの、あやとりだの、コイツには色んな特技があって、長所だって沢山あるヤツなのに。

 こういうのって、意外と自分では分かんねぇモンなのか?

 

 まぁ多分、この先なんかキッカケさえあれば、ドカーンと化けるんじゃねぇかな? きっと将来、凄いヤツになるよコイツは。

 俺はただ、その時をのんびり待てばいい。

 こんだけ散々つるんで来たんだ。もう間違いなく一生付き合ってくんだろうし、焦る事もねぇと思う。

 

 まぁ一応はチームのキャプテンとして、軽くポカッとゲンコツを入れておく。

 のび太は一瞬だけ目から星を散らしたが、その後すぐに「えへへ」と笑った。

 確かにヘタッピではあるけど、こいつはこいつなりに、野球を楽しんでくれてんだな。それがなんか嬉しい。

 

 さぁて、スリーアウトチェンジだ。急いで行かねぇと。

 俺もピッチャー頑張るから、しっかり守ってくれよのび太?

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「兄者ぁぁぁあああ~~ッッ!!!!」ドドドド

 

 きっと脳内では「おにいちゃーん!」って感じで、可愛らしく手を振りながら走ってるつもりなんだろう。

 少女漫画のヒロインが、「うふふ♪」とか言いながらお花畑を走るような感じで。

 

 だが今のジャイ子は、なぜか二足歩行をしてる羆が、猪並のスピードで全力走りをしてるような感じだ。

 その顔だけは満面の笑みで(まぁ戸愚呂がニヤッとしてるだけだが)、野球をしている俺の方に駆けてきた。

 

 その踏み込みは一歩ごとに大地を震動させ、まるで工事現場にある重機みたくドドドっと音を立てる。土煙を舞い上げながら時速100キロくらいで走ってる。

 それはまさに人ならざる者……、人外そのものの姿。

 これが俺の妹じゃなきゃ、逃げ出してる所だ。

 

「あれっ!? どーしたんだジャイ子!

 かあちゃんとデパート行ったんじゃないのか?」

 

「うん! 行ってきたわ!

 でも兄者といっしょに居たくて、すぐに戻って来たの! ダッシュで!」

 

 ホントなら、もう泣いて喜びたい。俺の妹は世界一カワイイって、そうマイクで町内に知らせてやりたい気持ちだ。

 でも今のジャイ子は戸愚呂(妹)なんで、なんというか威圧感がスゲェ。

 身体はガクガク震えて来るし、そのオーラだか瘴気だかで、肌がピリピリしやがるぜ。

 

「私こんな姿になっちゃったし、一人じゃ不安なの。

 だから、兄者と一緒がいい……。ダメかな?」

 

「バカ! 駄目なワケがあるか!

 兄ちゃんは嬉しいぞぉジャイ子ぉー!」

 

 筋骨隆々で、馬鹿でかいオッサンが、くねくねモジモジしている姿は、正直すげぇ気持ち悪い。

 だが俺は兄貴なので、脳内フィルターを駆使し、その姿をジャイ子のものに変換して見る事が出来る。可憐な乙女として捉えることが出来るのだ!

 

 俺は「うおー! 妹よ~!」とか言いながら、ガバッとジャイ子を抱きしめる。

 本当はそのまま頭を撫でてやりたかったんだが……、でも今はコイツの方が圧倒的に身長がデカイので、俺がジャイ子の腹に抱き着く格好になった。

 まぁそんな事も気にせず、嬉しそうにしてくれてるからいいけど。

 

「うわぁ戸愚呂だ! スゲェ!!」

 

「おじさん、マジで戸愚呂みたいじゃんっ!

 服はちょっと変だけど、メッチャそっくりだよ!」 

 

 そんな仲睦(なかむづ)ましい兄妹愛を見せる俺達を他所に、チームのメンバー達は大盛り上がり。

 キョトンとしてるジャイ子の周りを、ワーワー喜びながら取り囲んでる。

 

 きっとデパートで買ったんだろうが、今のジャイ子はビジネスウーマンちっくな、カッコいい女性用スーツを着てる。膝上のミニスカートに、黒い網タイツも穿いてる。

 髪型こそいつものおかっぱ頭だが、ちゃんとあの黒いグラサンはしてるし、顔付きだってメチャメチャ堀が深い。しかもcv玄田哲〇だ。

 

 だから今のジャイ子は、もうまんま女版戸愚呂。

 いやむしろ“女装した戸愚呂”って感じだった。

 たしか玄田〇章さんは、オカマキャラとかもよく演じてたし、これで口紅でも引いたらマジでえらい事になりそう。妙に似合っちまうかもしれない。

 

 そりゃー、アニメから飛び出して来たような人が、いま目の前にいるんだ。みんなもキャッキャ喜ぶってもんだ。

 戸愚呂を見てテンション上がらないヤツなんて、この世にいるワケないもんな。(※個人の印象)

 

 ちなみに、さっき「おじさん」と呼ばれてたが、ジャイ子はそれを否定するんじゃなく、これ幸いって感じで話を合わせている。普通におじさんとして振舞っていた。

 どうやら、この勘違いに便乗して、自分がジャイ子である事を隠す作戦らしい。こいつも乙女なんで、きっとみんなに知られるのが恥ずかしいんだろう。

 

「わぁ! 筋肉もムキムキだ! リアル戸愚呂だよ!」

 

「ねぇねぇ、おじさんも野球やろーよぉ! おれ戸愚呂と野球してみたい!

 ピッチャーやったら、すごい球なげれるんじゃないの?」

 

「ん~、野球かい?

 俺ァあまりやった事がなくてねェ」

 

 便乗するのはいいが、何故か喋り方まで戸愚呂になるジャイ子。無駄に完コピしてる。

 幽白ファンの面目躍如か。

 

(ど、どうしよう兄者……? なんか圧が凄くて、断り切れないよ。困ったわ……)

 

(何球か投げるしかねぇな。そうしねぇと収まり付かねぇよコレ。

 大丈夫だジャイ子、俺がキャッチャーやるから)

 

 顔を寄せ合い、ボソボソと小声で相談。ジャイ子は不安気な顔だ(戸愚呂フェイスだが)

 とにかく俺は持っていたグローブを手渡し、ピッチャーマウンドまで案内してやった。

 

「野球なんて初めてだろうけど、心配いらねぇぞ!

 兄ちゃんを信じて、おもいっきって投げろ!」

 

「うん!」

 

 俺の方もキャッチャーマスクを装着して、ジャイ子と遠く向かい合った位置で座る。

 ミットをバンバン叩いて気合を入れ、プレイボールを宣言。

 眼前にいるジャイ子に対して、「ここに投げろ」と示すように構えをとった。

 

 けれど……なんか様子がおかしい。

 ふと気付けば、ジャイ子の身体から黒いオーラみたいなのが、モクモクと上がってるのが見えた。

 ついでに言えば、ただでさえピッチピチだったジャイ子のスーツが、その筋肉のパンプアップによって、はち切れんばかりにミチミチいってる。ボタンもいくつかポーンと弾け飛んでるし。

 

「――――ふ゛う゛ん゛ッッ!!!!!」

 

 ゴッッ!! という音が鳴った。

 ジャイ子が“女の子投げ”って感じの投球フォームをとった途端、アイツの身体が残像でブレて、次の瞬間まるでジェット機みたいな勢いのボールが、俺の頭上すれすれを通過してく。

 風圧、それに追従してババババーという衝撃波。後に辺りに響くすさまじい轟音。

 俺は映画とかでしか見た事ないが、きっと戦車の砲撃ってこんな感じなんだろうな~、と思う。

 

「ふむ。真っすぐ投げるってのは、案外難しいねェ。

 だいぶ逸れちまったなァ」

 

 ジャイ子はのほほんとした様子。「うーん」なんて言いつつ、どことなく残念そうな顔。

 だが俺は今、それどころじゃない。風圧だけで吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がったんだから。

 

 もし仮に、ジャイ子の球が真っすぐ投げられてたら、今ごろ俺は生死の境を彷徨ってた事だろう。

 何故ならば、あの球はカミナリさん家の窓ガラスを割るどころか、そのまま屋根を貫通して天高くキラーン☆ と消えてったんだから。

 カミナリさんの家、衝撃波で半壊しちまったんだから。

 もう考えるだけで恐ろしい。

 

「た、タイム!!

 ジャイk……じゃなかった戸愚呂のおっさん、ちょっとこっちに来な?」

 

「?」

 

 うおーすげぇー! 流石は戸愚呂だぜぇー! とキャッキャ騒いでる馬鹿共を尻目に、妹を手招き。

 戸愚呂(妹)はキョトンと小首を傾げながら、ドスドスこちらに駆け寄って来る。

 せっかくのカワイイ仕草なんだし、本当は“トテトテ”とか書いてやりたいんだが……、でもマジでドスドス地面が揺れてたんで、これはもうしゃーない。

 

「ジャイ子よ? 俺はお前のためなら死ねる。命なんか惜しくねぇよ。

 けど……流石に兄ちゃんも、野球とかで死んじまうのは、結構キツイもんがあってな?」

 

「あ、私ったら! ごめんなさい兄者!

 ……ちょっと強すぎたかなぁ?」

 

 ちょっとどころじゃねーよ。あれ桃白白(タオパイパイ)のドドン波くらいあるよ。そうツッコミたいのをグッと堪える。

 ジャイ子は今、戸愚呂になっちまったばかりで混乱の最中で、なんにも分からない状態なんだし。そもそもこれは、俺が「おもいきって投げろ」って言ったせいなんだ。

 俺の妹は悪くない。カミナリさん家がえらい事になっちまったけど、悪くないぞ。

 

「さっきのは、とりあえず“戸愚呂50%”で投げてみたよ?」

 

「50%!? あれでもそんくらいなのかよ!?」

 

「うん。あまり力一杯だと、ちゃんと投げれないかな~と思って、セーブしたの。

 でも今の私じゃ、50%でも上手に扱えないみたい。

 野球って難しいんだねぇ兄者♪」

 

 カワイイわぁ~。「えへ♪」ってはにかむ仕草、最高だわ。

 まぁ、顔が戸愚呂じゃなかったら、の話だけどな。残念でならないぜ。

 

 それはともかく、どうやらジャイ子は原作通り、例の“爆肉鋼体”が使えるみたいだ。

 さっきコイツが言ったみたく、戸愚呂ってのは50%とか80%とかいう感じで、その肉体の筋肉量を調整し、力を増減することが出来る能力を持ってるんだ。

 

 普段の戸愚呂は10%くらいの状態でいて、見た目的には長身のおっさんって感じ。

 だがそれが80%とかになると、もうエゲツナイくらいのムキムキになる。

 もう一見しただけで「化け物だ」って分かる、人知を超越した姿になるからな。ものすごく厳ついぞ。

 

 さっきのジャイ子は、フォームもクソもないような女の子投げで、ドドン波レベルの剛速球を繰り出した。

 もしジャイ子が真っすぐミットに向かって投げてたら、兄貴である俺を吹っ飛ばすどころか、もう2,30軒くらいは民家を貫いてたに違いない。町に甚大な被害を出してた事だろう。

 そんで、これがジャイ子にとっての50%。ようは全然本気じゃないって事だ。

 

 原作を見る限りだが、たぶん戸愚呂の力って、単純な足し算じゃないっぽいんだよな……。

 100%の状態なら、50の時に比べて倍の力が出る~とかじゃなく、それどころか数十倍の強さになるっていう、雪だるま式の増減の仕方なんだと思う。

 だから、もしこの戸愚呂(妹)が全力全開になったら……なんて事は、想像もしたくない。

 いったいどんな球を投げるのかなんて、もう知りたくも無いってモンだ。

 

「すげぇじゃんオッサン! 今のって50%くらいのヤツ?」

 

「なら次は戸愚呂100%でやってよ! ぼく見てみたいっ!」

 

 ――――嘘だろお前ら。イカれてんのかオイ。

 馬鹿な小学生たちがジャイ子を取り囲み、「やってやって♪」と騒ぎ立てる。無邪気な笑顔が眩しい。

 

「100%かい? いやァ、あれはどうだろうねェ。

 こんなちっぽけな町、消し飛んじまうかもしれんぞォ」

 

「うおーかっけぇ! 流石は戸愚呂だぜ!」

 

「憧れるぅ~!!」

 

 ジャイ子が戸愚呂の口調で窘めるが、ガキ共はもうテンション上がり切ってる。

 おねがいだよ戸愚呂さん! かっこいい所を見せて! とばかりに、やんややんやと誉め立てる。

 しまいには「はい! はい! はい!」と手拍子までしだす始末。

 

 ジャイ子……分かってんな? ぜったい駄目だぞ。

 お前が本気なんて出したら、マジでえらい事になる。もっと言うとキャッチャーの俺は死ぬ。

 あるだろ、「浦飯との戦いで消耗してる~」とか、なんかあんだろ。

 お前が優しいヤツで、ちょっと引っ込み思案な女の子だってのは分かってる。だがなんとか頑張ってくれ。ハッキリ断るんだ。兄ちゃんの為に。

 

 

「それじゃあ、一回だけだよォ?

 これが俺の100%だぁぁぁあああッッ!!!!」ゴゴゴゴ

 

 

 ――――神様はいねぇんだな。ジャイ子ノリノリだよ。

 俺は無言でミットをはめ直し、黙って捕手の定位置についた。全てを諦めた顔で。

 

「うおー! めっちゃ筋張ってるよ! 岩みたいな筋肉だ!」

 

「オーラがすごい! 威圧感すごいよ! これが100%の戸愚呂なんだね!」

 

 辺りの空気の色が変わり、天候すらも変えてしまうほどの妖気。

 その場にいるだけで地面がひび割れ、周囲の建物が崩壊しだす位の力。比喩抜きで岩のように隆起した筋肉。戸愚呂(妹)の100%――――

 

 あ、今から俺、こいつの球を受けるのね。

 そんな絶望で白目になってる俺を他所に、仲間達は「キャッキャ☆」と喜び、ピーピー口笛を吹く。こっちの気も知らずにチキショウ。

 

「あの……ジャイアン?

 生きてさえいれば、ドラえもんがなんとかしてくれるから……」

 

「がんばってね、たけしさん……。わたし応援してるから……」

 

 のび太としずかちゃんが、顔面蒼白になりながらもエールをくれる。「死なないでね」と。

 スネ夫の方も、なんとかこれを止めさせようと、必死になってみんなを諫めてくれてるが、もうこの状況はどうにもならんだろう。

 俺達はみんな、馬鹿な小学生なんだ。無邪気で残酷なのさ。

 

 

 せめて仲間達に、俺の生き様を見せよう。

 俺はいつも威張ってるんだ。こんな時にこそ、逃げずに男気を見せなきゃいけないって思う。

 そしてジャイ子にも、兄貴の愛を示めそう。

 野球の球だろうが、ベジータのギャリック砲だろうが、なんでも受け止めるぞ俺は。

 

 ま、回を跨げば怪我は治んだろ……。

 俺はそんな“世界のルール”に縋りながら、死んだ目で戸愚呂(妹)と相対し、キャッチャーミットを構えた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『――――お前もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?』

 

 そういや原作には、そんな戸愚呂の名セリフがあったなー。あれすげぇカッコ良かったなー。

 そんな事を、最後の瞬間にふと思い出し、ぶっちゃけ走馬灯が見えたよ。

 

 だが一応ジャイ子にも、人としての理性はギリ残っていたらしく、俺はなんとか命を奪われずに済んだ。

 

 戸愚呂の技には“指弾”ってのがあって、コイントスみたく親指で空気を弾き出す攻撃なんだけども、なんかジャイ子はそれを使ってくれたっぽい。

 振りかぶって球を投げるんじゃなく、ピシっと親指でボールを弾くことで、ピッチングをおこなってた。

 

 漫画で見た技を、実際に生で見ることが出来たことに、仲間達は大喜び。

 その反面、いくら100%の状態とはいえ、これはあくまで親指だけの力。加えて指弾は戸愚呂の持ち技だって事もあり、きっと力加減やコントロールも効いたんだろう。俺は死なずに済んだ。

 

 ……とはいえ、まあ案の定ボロ雑巾みたくなっちまったワケだが、詳しい説明は省く。

 たとえピッコロ大魔王みたく腹をぶち抜かれようと、魔人ブウみたく跡形も無く消し飛ばされようとも、いま俺はこうして生きてる。

 ちゃんと自分の足で立ってるんだから、結果オーライってやつだ。

 

「う~ん。血液検査も、心拍も、健康状態も、ぜんぶ異常なしだ。

 タイムマシンで過去も見てきたけど、原因らしき物は見当たらない」

 

 その後、ジャイ子を連れてドラえもんの所に趣き、色々調べて貰った。

 けど結果は芳しくない。どれだけ数々の秘密道具を使っても、ジャイ子がこうなっちまった原因は見つからなかった。

 

「これが超常的な事なのか、それとも自然な現象なのか。

 誰かの手による物なのか、何らかの薬や物質による物なのか……。

 それすらも、ぼくには分からないんだ。ゴメン」

 

 ドラえもんは、心底すまなそうに謝ってた。すげぇ悔しそうだった。

 子守ロボットで、みんなの友達で、いつもどんな時も、俺達を手助けしてくれた――――

 それがこいつの矜持で、優しさでもあるんだが、この時ばかりはホントにお手上げみたいだ。

 こんな辛そうなドラえもんの顔、初めて見たような気がする。

 

「少なくとも、ジャイ子ちゃんは全くの健康体だよ。

 これは病気とかでは無いし、この先どうにかなっちゃうとか、そういう心配はないから。

 こんな気休めしか言えなくてゴメン……。でもお願い、ぼくに時間をちょうだい?

 もっと調べてみる。もっともっと頑張って、ぜったいに君を助けるから」

 

 ジャイ子の手を握り、真剣な目で語り掛けてた。

 かあちゃんも、のび太達もそうなんだが……、ホント俺たち兄妹は、周りの人達に恵まれてる。

 こんなにも良いヤツらに支えられてんだって、改めて思った。

 

 ドラえもんは、必要になると思われるいつくかの道具を貸してくれて、「なにかあったら連絡してね、すぐに飛んでいくから」っていう力強い言葉をくれた。

 その隣でのび太、スネ夫、しずかちゃんもコクコク頷いてて、コイツらも掛け値なしに協力してくれるんだって分かった。

 

 こんな状況ではあるんだが……、俺はもう嬉しくて嬉しくて、ボロボロ泣いちまった。

 どんだけ止めようと思っても、涙と「おーいおい!」みたいな声が押えられなかった。

 あったけぇ気持ちと、これ以上ないくらいの安心感が、俺の胸に湧いた。

 

「君が泣いてどうするのさ。まったくジャイアンったら」

 

 そうのび太に笑われちまったが、こればっかりは仕方ねぇよ。

 男のくせに泣くな! とか言われそうだけど、うれし涙ってのはまた別だと思うぞ。

 

 

 

 それから、俺と戸愚呂(妹)との生活が始まった。

 ぶっちゃけジャイ子の身体能力は脅威で、「やだもうおにいちゃん♪」的な軽い一撃でも、俺は壁をぶち破って表に放り出されちまうから、マジで前途多難って感じではあんだけど……、まあ意外となんとかなってたと思う。

 

 そもそもの話、俺の妹は心優しい女の子で、中身はそのまんまなんだから。

 この世界も握れちまうような強靭な肉体を、なんか悪事の為に使おうとか、誰かをぶっ飛ばそうとか、そういう発想自体がコイツには無い。 

 

 見た目も変わっちまったし、力も爆上がりだし、まぁなんやかんやあったけど。

 でもまぁ、平和に暮らしてた感じだ。

 

 

 

「酒は駄目なんで、オレンジジュース下さい――――」

 

 二人でスネ夫の家に招かれ、晩飯をご馳走になった時、そのあまりの威圧感にスネ夫の親父さんがビビッてしまい、なんかヘコヘコしちまってた。

 親父さんは「い、一杯どうですか?」と、なんか高そうなブランデーを勧めてくれたんだが、ジャイ子がまだ小学生って事すら忘れてたみたいだな。丁重に断られてたぞ。

 

 関係ないけど、ジャイ子も原作の戸愚呂と同じで、オレンジジュースが好きみたいだ。

 こんな強面なのに、スネ夫と一緒にストロー使ってチューチューしてんのが、なんか可愛く見えたよ。

 

 

 

「こう見えてもねェ、結構動物好きなんすよ――――」

 

 俺とジャイ子が手ぇ繋いで買い物に行った時(まぁジャイ子の方が圧倒的に背が高いが)、その道すがらに散歩中の犬を見かけた。

 ジャイ子は「ルンルン♪」とスキップで……まぁ地面はめっちゃドスドス鳴ってたけど、とにかく犬に近付いてって、ヨシヨシと犬を撫でてた。

 

 意外な事に、こんなゴッツイ姿してても、犬の方はすげぇジャイ子に懐いてたんだよな。

 何回も言うけど、これ中身はジャイ子だし、すげぇ優しい人なんだってのが、動物には感じ取れるのかもしんねぇ。

 

 ま! 飼い主のオッサンの方は、腰抜かしてひっくり返ってたけどな!

 戸愚呂が嬉しそうにスキップで近寄って来たら、誰でもそうなるさ。気にすんなよオッサン。

 

 

 

「よろしい――――もうお前に用はない」

 

 これは、漫画を描いてる時のジャイ子。

 漫画用の画材に“Gペン”ってのがあるんだが、これって大体数ページも使ってたら、ペン先が潰れちまって細い線が書けなくなる。頻繁に取り換えなきゃいけないっていう、消耗品なんだよ。

 だからグイッとペン先を外しながら、ふと口走ったみたいなんだが、ジャイ子のセリフと顔が怖ぇ。

 漫画描いてるだけなのに、今から誰か殺しそうな雰囲気だった。

 関係ないけど、戸愚呂が漫画家チックなベレー帽かぶってんの、面白いよな。

 

 

 

「――――ヤツを砕くのは、技を超える限りない(パワー)ッ!!」

 

 これはジャイ子が、テニスで出木杉をボコボコにした時の言葉だ。

 打てるもんなら打ってみろ、とばかりの高速スマッシュが、次々に出木杉側のコートに叩き込まれ、やがてヤツは全てを諦めた。ジャイ子の完勝だ。

 

 出木杉ってったら、その名が示すように何でも出来るようなヤツだし、当然スポーツも俺たちの中で最強だ。

 でも今のジャイ子を前にしたら、他のどんな競技でも歯が立たねぇみたいだな。サッカーだのバスケだのもやってたが、ぜんぶジャイ子の勝ちだったぞ。力押しで。

 

「 何か一つを極めるということは、他の全てを捨てること!!

  それが出来ぬお前は、結局半端者なのだッ!! 」

 

「~~ッ!?!?」

 

 多分いまのジャイ子は、無意識で戸愚呂的なセリフを言っちまうんだろうな。出木杉「ガーン!」ってなっちまってるよ。

 まぁなんだかんだ、二人とも楽しそうにしてたし、別にいいんじゃねえかな?

 

 きっとしずかちゃんあたりに話を聞いて、様子を見に来てくれたんだろう。コイツも良いヤツだ。

 ジャイ子と遊んでくれて、ありがとよ出木杉。

 

 

 

「うわぁ! すごく高いわ! こんなに遠くまで見えるっ!」

 

「わわわっ! ぼく落ちちゃうかも!

 でも楽しいよジャイ子! ありがと!」

 

「いえいえ、どういたしましてェ♪」 

 

 これは、戸愚呂80%くらいのジャイ子が、のび太としずかちゃんを両肩に乗せてやり、散歩してる所。

 今のジャイ子は2メートル近くあるし、きっと今まで見たことの無い視点、見た事のない光景を体験してる事だろう。

 

 まぁ80%になったジャイ子の妖気だの生命力吸収だので、周りの草木が枯れたり、辺り一帯の空気がドンヨリしてたりもするが、細けぇことは気にすんな。

 二人がキャッキャと笑う楽しそうな声を聞きながら、俺とジャイ子はのんびりと並んで歩き、たまにお互いの顔を見て微笑み合う。

 

 仲のいい友達、そんで愛する妹。

 俺は頭の後ろで手を組みつつ、幸せだな~って気分に浸ってた。

 

 確かに戸愚呂になっちまったのは突然だったし、ぜったいジャイ子を元に戻してやんなきゃって、そうは思うんだけどさ?

 でも人生ってのは不思議なもんで、今のジャイ子は仲間達は元より、町内でもすんげぇ人気だったりする。

 強面だけど優しくて、力仕事だったり困った時なんかには、快く手助けしてくれる。すげぇ頼りになる。そんなコイツを愛してくれてるんだ。

 なんか町内で、爆発的に幽遊白書が流行ったりしたしな。特に暗黒武術会編のトコは、町中の本屋から消えたぞ。

 

 元々は恥ずかしがり屋で、ちょっと引っ込み思案なトコがあったジャイ子けど、こんな風に沢山の人と関わり、そしてたくさんの愛を受けるってのは、コイツにとって、とても良い事なんじゃねぇかって。

 いきなり別人になっちまった事への、恐怖や不安感は、もう見事なくらいにみんなが吹き飛ばしてくれた。みんなすげぇ良くしてくれるんだ。

 

 まだ先のことは分からないし、とにかく俺も頑張んなきゃなんだが……、でもこの経験ってのは、ジャイ子にとって良い思い出になる気がする。

 いつか思い出して、アハハって笑える、そんな大事な思い出のひとつになりゃーいいよな。

 

 そうしてやんきゃ、いけねぇよな。

 俺は兄貴なんだから。ジャイアン様だからよ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「やったぜジャイ子!! こりゃーとんでもねぇ快挙だ!!」

 

 その日の朝、俺は本屋の開店時間に合わせて家を飛び出し、そんで狂喜乱舞しながら家路を急いでた。

 今日発売だった少女漫画雑誌、【チャオッ!】って本を片手に。

 

「ジャイ子の名前が載ってる! アイツの描いた漫画が、()()()()()()()()()()!!」

 

 前にクリスマス会でお披露目し、のび太達が褒めてくれた漫画“虹のビオレッタ”。

 あれをジャイ子は雑誌社の漫画賞に応募し、その二次選考の結果が書いてあるのが、いま俺が持ってる本だった。

 

 ホントは俺、少女漫画なんて読んだ事ないし、こんな風に本屋で買うってのも、ちょっと恥ずかしい想いがある。俺って男の子だしな。

 でもジャイ子はいま戸愚呂(妹)だし、あまり悪目立ちするのも良くないので、代わりに俺が本屋に行ったワケだ。

 

 俺自身は詳しくないとはいえ、これは愛する妹のこと。

 俺はもう我慢できず、買ったばかりの本を開き、すぐに内容を確認した。

 するとどうだ。漫画賞の結果発表のページに、“虹のビオレッタ”とクリスチーネ剛田のペンネームが、ハッキリ載ってるじゃないか。

 これにはもう、俺が飛び跳ねて喜んじまうのも、無理はないってモンだ。

 

「いけねっ、早くジャイ子に知らせてやんなきゃ!

 これ見たら、アイツ喜ぶぞぉ~!!」

 

 今まで懸命に努力し、ずっと絵の練習をしてきた。

 厳しい意見を言われる事もあったし、それで人知れず泣いてた事も知ってる。俺は兄貴だから。

 でもジャイ子は諦めずに漫画を描き続け、そして今日ついに憧れの雑誌社の賞で、最終選考に残ったんだ。

 

 当然だけど、まだ十歳くらいであるジャイ子が、名前が載ってるヤツラの中で一番若い。

 これはジャイ子がどんだけ努力したかっていう証だし、アイツの才能の証明でもある。もうとんでもなくすげぇ事なんだ。

 

 俺は「うおぉぉ~!」とか言いながら、近年まれに見る全力で走り、家を目指してく。

 これは他ならぬジャイ子、俺の愛する妹の事だ。まるで自分の事のように~って言葉があるが、もうそれどころじゃない。

 こんな嬉しいと思った事、俺いままで一回もねぇもん!! 人生史上最高の気持ちだ!!

 

 ――――俺の妹はすげぇ! ジャイ子は世界一の妹だ!!

 そう町中のヤツに自慢したい。この喜びを伝えたい気分だった。

 

 

 

「――――っ!?!?」

 

 けど、突然俺の身体がグイッと引っ張られ、足が地面から浮く感覚がした。

 走ってる途中だった。もうヤッホーって言いながら、ひたすら家に向かって駆けてた。でもふいに俺の隣に来た黒塗りの車が、俺を掃除機みてぇに吸い込む。

 窓から大人のゴッツイ手がニュッで伸びて来て、有無を言わさず俺を中に引きずり込んだ。

 

「ん゛ーっ!! ん゛ん゛ーっ!! もがぁぁーーっ!!」

 

「確保成功だッ!

 スピードを上げろ! 直ちにこの場を離れるぞ!」

 

「暴れるなこのガキ!

 早く縛り上げろ! 薬で眠らせるんだ!」 

 

 いきなりの事に、頭が追い付かなかない。

 さっきまでの嬉しい気持ちが、ぶち壊される。突然真っ逆さまに落とされる。

 

 町一番のガキ大将で、腕っぷしの強いこのジャイアン様が、誘拐された――――

 その事実を理解する前に、俺は口元にあてられたハンカチによって、スッと意識を失っちまった。

 まるで、地獄に落ちてくみたいに。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ワシの名は“垂金(たるかね)権造(ごんぞう)”。

 ほれ、いま流行りの()()()()()()()()()()()()

 

 あれから何時間か経ち、いま柱に縛り付けられている俺の前に、どっかで見た事あるようなキショいおっさんが姿を現した。

 機嫌良さげに「ほっほっほ」とか言いながら。

 

「前の世界で首チョンパされた後……気が付けばワシは、ここに飛ばされとった。

 大変じゃったぞぉ……なんの地盤もコネも無く、またイチから成り上がるんは。

 どうじゃ、会えて嬉しいじゃろ? サインが欲しいか坊主?」

 

 ハクション大魔王に30年くらい年取らせ、その上で50回くらい顔面殴ったような、醜い顔。

 ブクブクと太り腐った、小学生の俺と同じくらい背の低い身体。

 声優さんってスゲェって思っちまうくらい、あからさまなまでに「悪党です」と言わんばかりの声。

 

 俺はこいつを知ってる。見た事がある。

 あの幽遊白書の漫画やアニメに出てきたヤツ――――垂金権造だ。

 サインはいらねぇけど。

 

「お前さんに来てもらったのは、他ならぬあの戸愚呂の為よ。

 あやつの力を使って、いっちょ金儲けでもしようかと思ってな?

 悪く思うなよぉ坊主。うっひっひ!」

 

 兄貴である俺を人質にとり、アイツにいう事を聞かせる。

 また賭けでも主催すんのか、暗黒武術会に出すのかは知らねぇが、こいつはジャイ子の力を利用しようとしてやがるんだ。

 あんな優しい女の子を、その薄汚ぇ欲望のために。

 

「ふざけんな! そんな事させねぇぞ!

 つーかお前が全部やったんだな!? ジャイ子を元に戻せよっ!!」

 

「はぁ?

 何を言うとるのかは知らんが、とにかくお前さんは、もう此処から出られんよ。

 命が惜しくば、せいぜい大人しくする事じゃなぁ~。

 ワシのペットのエサになりたくは無いじゃろぉ?」

 

 ガーっと怒鳴っても、垂金は涼しい顔。

 どんだけ身をよじって暴れても、背中にある柱はビクともせず、縄も解けない。

 どうやら気絶してるうちに、ドラえもんに借りてた道具も全部取り上げられたみたいで、ホントに成す術がない。

 俺に出来んのは、この気色悪いオッサンを、ただ睨み付ける事だけ。

 なんて情けねぇんだ! 俺はジャイ子の兄ちゃんなのに!

 

「今の時代には、ケータイ電話という物があるんじゃのぅ。なんて便利なんじゃろうかコレ。

 そーれピッポッパっと♪」

 

 歯ぎしりをし、目に悔し涙を浮かべる。

 そんな俺を「うっへっへ♪」と眺めながら、垂金は懐からスマホを取り出し、楽し気に操作しだした。

 

「あー、剛田さんのお宅ですかな? ワシは垂金というモンなんじゃが。

 いま戸愚呂はおるかね? ……あぁお主がそうか。玄田〇章ボイスじゃもんなぁ」

 

 お前の大事な兄貴は預かったぞぃ、返して欲しくば今から言う場所まで――――

 そんな悪党のテンプレみたいなセリフを、垂金が言う。

 なんかそれが堂に入ってるというか、すげぇ手慣れてるというか。やっぱロクなもんじゃねぇな、このオッサン。

 

「ジャイ子ぉ! 来るんじゃねぇッ!!

 これは罠だぁぁーーッ!!」

 

「ほっほっほ♪ いま聞いた通り、坊主は無事じゃ。

 だがもしお主が来なければ、どうなるか分からんぞぉ?

 戸愚呂よ、すぐにワシの屋敷まで来るのじゃ! 5分でじゃーっ!」

 

 そらねぇだろオッサン、無茶苦茶だよ。

 俺がそう批難する間もなく、垂金が「えーい!」と勢いよくスマホをポチッ! 電話を切っちまう。

 相手が戸愚呂だからなのか、それとも勢いで言っちまったのかは知らねぇが、5分はエグイだろオイ。

 

「うーっひっひ! これで準備完了じゃーい! ビッグマネーはワシのものじゃーい!

 さって、ワシはいったん自室に戻り、カントリーマアムでもパクつこうかのう?

 ワシはあれに目が無くて。特にバニラ味のやつg

 

「社長っ……! 大変です垂金社長っ!」

 

「おや? どうしたんじゃモブキャラの部下Aよ。そんな慌ててからに」

 

「屋敷の警備隊が、()()()()()()! 

 あと2秒後に、戸愚呂がここに来ます!!」

 

「2秒ッ?!?!」

 

 1……2……ドカーン!!!!

 そうきっかり2秒後に、俺の愛する戸愚呂(妹)が、天井ぶち破ってこの場に舞い降りた。

 関係ないが、いまコイツの頭には“タケコプター”がある。きっと急いで空を駆けて来たんだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()ってのも、なんかシュールな絵面だった。

 

「ぐぬぬ……! 流石は戸愚呂! ワシが見込んだ通りじゃ!

 まさかもう到達しよるとは! 009も椅子から転げ落ちるぞ!?」

 

「あぁ兄者! 大丈夫なの兄者!? オロオロ!」

 

「おーっとぉ! 動くでないぞぉ!?

 もしそこから一歩でも動けば、お主の大事な兄は、とてもお子さんには見せられんような事態になるぞぉ~う!」

 

 オカマキャラを演じてる時の玄田〇章ボイスを出しつつ、戸愚呂(妹)がくねくね身体をよじってる。とても気持ち悪い。

 きっと動揺しちまってるんだろうが、それでも一瞬にしてここに辿り着くところがスゲェ。半端ねぇよジャイ子の戦闘力。

 

「がーっはっはっは! では改めて、久しぶりじゃなあ戸愚呂よ!

 ワシの顔は憶えて……というかお主って、そんなナリじゃったっけ?

 なんじゃいそのオカッパ頭。なぜに女物のスーツ?」 

 

「そこは今いいだろ! 話を進めろよオッサン!」

 

「お、おう……そうじゃな坊主。

 じゃあ要件といくが――――戸愚呂よ、ワシの手先になれぃ!

 同じ幽白キャラとして、共に小金を稼ごうではないか!

 具体的なプランは無いんじゃけど、とにかく好き放題しようでは無いか!」

 

 原作でも小物だったしなぁコイツ。野心があるんだか無いんだか。

 とにかく垂金は\ババーン!/とジャイ子に告げる。

 まるで天から見下ろしてるみたいな、とても良い笑顔で。

 

「いやよっ……! 誰が貴方の手先になんか!

 イケメンの左京さんならまだしもっ……!」

 

「そんなことを言うても良いのか?

 人質の命が惜しく無いんかの?」

 

「そ……そんなっ!?」

 

 ――――ドゴーン!!!!!! みたいな凄まじい衝撃がくる。

 これは、ジャイ子が思わず足踏みをした音だ。

 きっとコイツ的には、思わずって感じでやった事なんだろうが……でもその場の床が大きく陥没。

 ビキビキー! ってコンクリの床にヒビが入り、まるで大きな蜘蛛の巣みたいになる。

 

「……」

 

「…………」

 

「おねがいっ、兄者を返してちょうだい!

 もし兄者に何かあったら……私っ!」

 

 俺たちが「ぽかーん」と放心する中、ジャイ子はそれにも気付かずにオロオロ。今にも泣きそうな顔。

 仕草だけは乙女なんだが、その天元突破した戦闘力が怖ぇ。

 そんなエゲツナイ強さなのに、何を狼狽える事があるんだろうって、不思議な気持ちになった。

 

「兄者が死ぬのはイヤ……!

 でもいう事を聞けば、きっと私、エッチな事をされるわ。

 同人誌みたいに、鬼畜凌辱プレイをされるんだわ」

 

「いや、それはどうかな~ジャイ子……? たぶん大丈夫なんじゃねぇかな?」

 

「兄者は知らないのよ。

 この世には、兄者には想像もつかないような、色んな趣向があるの。

 NTRとか、催眠アプリとか、メスガキわからせとか。

 垂金のことだから、一体どんな変態プレイを強要されることか……。

 きっと絶倫オークとかを飼ってるに違いないわ」

 

「でもお前、()()()()()()()()()

 俺は詳しくねぇけど、多分やらねーんじゃないか?」

 

 マジで世の中って広いし、腐女子の情熱ってのはもうとんでもねぇから、もしかしたらそんな同人誌も、実在すんのかもしれねぇけど。だが俺は見たくも無い。

 

「分かったわ垂金さん……私を好きにして下さい。

 兄者さえ助かるのなら、私はどうなっても構わない。

 催淫薬でも、感度が三千倍になる薬でも、なんでも使うといいわ……。

 でもぜったい負けたりなんかしないっ!(キリッ!)」

 

「ジャイ子? ()()()()()()()()()()

 いっぺんちゃんと見てみな?」

 

 さぁ来い! と戸愚呂(妹)がモストマスキュラー*1をするが、いつまでたっても垂金は来なかった。冷や汗ダラダラだよコイツ。

 

「と……とにかくワシの言うことを聞けぇぇーっ!

 さもなくば小僧の命はないぞぉーーっ!!」

 

「うわーっ!」

 

「あ、兄者ぁー!!」

 

 えっ、さっき「言うこと聞く」って言ってたじゃん!? 無茶苦茶じゃん!

 状況が理解出来ずに混乱した垂金は、とにかく自分の台本通りに事を進めるべく、強硬手段に出る。

 ヤツが懐からリモコンのような物を取り出し、それをグイッと押し込んだ途端、俺の身体にものすごい電流が流れる。もう目の前が真っ白になっちまうくらいに、強力な電気が。

 

 ジャイ子の悲鳴と、垂金の高笑いが響く中、俺は拷問めいた責めに晒され続ける。

 ようやくヤツがボタンから指を離した頃には、俺の身体から漫画みたいにシューシューと煙が上がってた。

 

「やめて! 兄者をイジメないで!

 やるんなら私にっ!」

 

「するか! いろんな意味で怖いわ! 

 さぁどうするんじゃ戸愚呂!?

 ワシの手先となるか、この小僧を見捨てるか、好きな方を選べぃ!」

 

 視界がグニャーと歪む、ぜんぜん身体に力が入らない。

 俺は縛り付けられたままグッタリと項垂れ、ただ二人の声を聞くばかり。

 なんにも出来ずに。

 

「もしワシに従うのなら、莫大な報酬をやるぞ?

 お主らが一生お目にかかれんような大金を、くれてやろう」

 

 ジャイ子の思考を乱す為なのか、また垂金がボタンを押し込む。

 再び身体に電流が流され、俺の叫び声とジャイ子の悲痛な声が、この場に響く。

 

「よっと。

 あー見た所、あと1回の電流で、この坊主は死ぬじゃろうなぁ。

 ワシの手が滑らぬうちに、よう考えるとええ」

 

「金は良いぞぉ~戸愚呂? この世の全てが思うがままじゃ。

 食いたい物を食い、欲しい物を手に入れ、見た事もないような豪邸に住める。

 お主の両親も、さぞ喜んでくれようて。この上ない親孝行じゃ」

 

「なんならワシの力で、この出来の悪そうな小僧を、好きな学校に入れてやってもええぞ?

 やりたい職につき、何不自由なく暮らす。そんな将来を約束してやる」

 

 ゲヒた顔。気持ち悪い笑い声。

 だがそれを見ても、ジャイ子は動けずにいる。

 この俺が、自分の兄貴が、囚われてるから。

 優しいコイツは、動くことが出来ないんだ。

 

 

「なぁ坊主、お前さんもそうしたいじゃろう?

 若い身空だ、こんな所で虫のように死にたくはあるまい?

 野球選手でも社長でも、なりたい物になればええ。自分の夢を叶えるとええ」

 

「ただ一言、“助けて”と言えば、それが出来るぞ?

 さぁ坊主よ、お前から戸愚呂に頼むのだ。

 垂金さまの言うことを聞けと――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶっちゃけ……ものすげぇ痛かった。

 あの電流は、もう二度と喰らいたくない。考えるだけでちびりそうだ。

 痛いのも、死ぬのも、泣きそうなくらい怖ぇ。

 

 目は霞むし、身体は言うことを聞かねぇ、意識だって遠のきそう。

 もう俺は、恥も外聞も無く許しを乞い、こいつの足を舐めちまいたいって気持ちだよ。

 

「あぁ……良いなぁ野球選手。でっかいスーパーの社長やんのも良いなぁ……。

 なってみてぇなぁ……」

 

 ボソッと、力ない声が洩れた。

 垂金がニヤリと口元を歪め、ジャイ子が息を呑んで佇んでんのが分かる。

 俺ひとりだけ、こんな情けない姿。

 

「でもよぉ垂金? 俺はそんなのよりも、なりてぇ物があんだ。

 絶対に、なんなきゃいけねぇモンがあるんだよ……」

 

「ほう、ええぞ! なるとええ!!

 お前が一言、あやつを説得しさえすれば、それが叶うっ!

 言うてみぃ坊主! 戸愚呂にも聞かせてやれっ! お前の夢はなんじゃ?」 

 

 我が意を得たりって感じで、垂金が満面の笑み。

 俺は気絶しそうなのを堪え、閉じちまいそうになる瞼をなんとか開けて、その顔を見返す。

 

 

「――――ジャイ子の、()()()()

 

 

 きっと今、俺は情けねぇ顔してる。

 負け犬そのものの、何にも出来ねぇ男のツラ。自分自身を皮肉った笑い。

 

「俺は……ジャイ子が自慢できる兄貴になりてぇ。

 可愛くて、優しくて、世界一すげぇ妹だけど……そんなコイツに誇って貰えるような、立派な兄ちゃんになりてぇ」

 

 ポカンとした垂金の顔が、どんどん憤怒の表情に変わってく。

 ブルブル震えながら、電流のボタンに指をかけようとしてんのが見える。

 

「だから……卑怯者にはなれねぇ。

 怖ぇからって、他人を差し出すような。自分の妹を守れないようなヤツにはよ」

 

「馬鹿だし、かあちゃんに怒られてばっかだし、乱暴者だ……。

 だけど俺は、()()()()()()()()()()()()

 ガキ大将が男気なくしたら、終わりじゃねぇかッ! ――――俺はジャイアン様だッ!!!!」

 

 怒りに我を忘れた垂金が、「ならば死ねッ!」と叫び、ボタンを押し込む。

 俺の身体に電気が走り、死がやってくるまでの、0,01秒。

 その瞬きよりも短い時間に……、俺の妹が動いた。

 

 

 

「――――るあぁーーーーッッ!!!!!!!」

 

 

 

 床が割れる。崩落する!

 ジャイ子こと戸愚呂(妹)が振り下ろした拳により、今いる階の床が丸ごと無くなった!

 

「ああああああああ兄者ぁぁーーッッ!!!!

 死ぬな兄者ぁぁぁあああああーーーーッッ!!!!」

 

 俺の身体が落下してく。浮遊感を感じながら、成す術無く。

 だが物凄いゴツイおっさん(妹)が、空中でクイクイッと平泳ぎして移動。すぐさま俺の所に来て、ギュッと抱きしめる。

 

 垂金も、部下達も、俺たち兄妹も、みんな瓦礫と一緒に何十メートルも落ちた。

 でも無事だったのは、俺とジャイ子だけ。

 その強靭な足腰で(ドスーン!〉と着地し、俺を守るように衝撃を和らげてくれたから。

 

「だいじょうぶ兄者!? 怪我は無い? 無事なの!?」

 

「お……おう」

 

 ジャイ子のごっつい腕に抱えられたまま、目をパチクリ。俺は未だ状況が飲み込めない。

 だがチラッと辺りを見回してみると、そこには青空と森が広がってて、ここにはもう瓦礫しか無い事が分かる。

 ああ……ジャイ子の拳は床を破壊するだけじゃなく、一撃で()()()()破壊しちまったのか。たぶん衝撃波とか妖気とか、少年漫画的なモンも発生してたんだろうな。すげぇ。

 

「って……ジャイ子?! お前“戸愚呂100%”になっちゃってんじゃねーか!!

 なんかゴツくて固ぇな~と思ったら!」

 

「あ、うん。

 兄者の気持ちを聞いたら、私とっても嬉しくなっちゃって……。

 思わず私の筋肉が、限界までパンクアップしてたの。えへ♪」

 

 いや「えへ」じゃねぇよ! 一大事だよ!

 なんか世界のルールとか、不思議なパワーとかが作用したお蔭で、ギリギリ死なずに済んでた垂金たちが、いま戸愚呂(妹)100%が放つ妖気とか生命力吸収とかのせいで、呻き声を上げてるよ! 「ぬぅお~!」って死にそうになってるよ!

 

 ついでに俺もやべぇよ! こんな弱った身体じゃ耐えらんねぇよ!

 もう命が風前の灯だよ!

 

 

「あれ……兄者? なんで首がカクッてなってるの? 白目を剥いているの?

 私の顔を見て。お話しようよ兄者。……兄者?」

 

 

 

 

 やがて瓦礫と化したこの場に、再びジャイ子の「るあぁー!」という雄たけびが響く。

 ガックリと意識を無くした俺を抱きしめながら、天を仰いで戸愚呂(妹)が泣く。

 

 まぁ俺は気絶してたし、後でジャイ子に「たくさん泣いちゃった♪ えへ♪」って聞かされたワケなんだけど。

 俺は妹に助けられ、また妹によって命を奪われそうになったワケなんだけど。

 まぁハニカミ笑いするジャイ子が可愛かったから、別にいいや(シスコン感)

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「幽遊白書の戸愚呂ぉ? 何いってんだいこの子は!

 いいかね武? 剛田家の女は、()()()()()()()()

 

 後日、かあちゃんが煎餅をボリボリ食べながら言い放った言葉に、俺はひっくり返った。

 

「ジャイ子くらいの年になると、急激に身体が成長するのさ。筋骨隆々になっちまうんだ。

 あ~、そういやお前たちには、まだ見せた事なかったかねぇ?」

 

 ――――これが母ちゃんのッ! 100%だぁぁぁあああーーーッッ!!!!

 そう言わんばかりに筋肉が膨張し、一瞬にして戸愚呂ばりのマッチョになる母ちゃん。

 俺とジャイ子は目をまん丸にし、ただただ金魚みたく口をパクパクするだけ。

 

「まっ、こんなもんかねっ! これで分かったろう武?

 というか、ちゃんと最初に言ったじゃないか。ジャイ子の変化は()()()()()()()

 やだねぇこの子は、人の話はちゃんと聞くもんだよ?」

 

 そしてすぐ、元の姿に戻る。

 シューってしぼむ風船みたく、かあちゃん100%はいつもの太っちょになった。

 

「女の子には、色々あるんだよ。心と身体が成長するに従ってねぇ。

 そんで“毘沙門天の化身”とされる剛田家の女には、それがもう一個ある――――ってだけの話なのさ。そんな大騒ぎする程のこっちゃない」

 

「幽遊白書だか、何だか知らないけど、そういうんじゃないから。

 ……きっとジャイ子は、その漫画を知ってたばっかりに、勘違いをしちまったんだねぇ。

 これは戸愚呂とかいうのに、なったんじゃなくて、()()()()()()()姿()()()

 

 たまたま、あのクリスマス会の出来事(幽白エロ同人誌事件)があった事で、ジャイ子はこれを神様からの罰だと感じ、姿を変えられてしまったんだと思い込んだ。

 姿は変わっても、ジャイ子という中身に変化が無かった事。そしてドラえもんがどれだけ調べても、原因が全く分からなかった事を考えれば、母ちゃんが言ってる事は本当なんだと思う。

 

 わざわざグラサンをかけ、たまに原作のセリフまで踏襲していたジャイ子を思えば、少し可哀想な気がするが……。

 でもこれは別に、「ジャイ子が戸愚呂になってしまった」というワケじゃなく、ごく普通の現象だった

 のび太達にも散々心配かけちまったけど……、結局は俺たちの取り越し苦労。

 別にジャイ子に何かあったとか、誰かの仕業とかじゃ無かったってワケだ。

 

「安心しな、そのうち慣れてくるよ。

 今アタシがやったように、もっと上手に肉体を制御出来るようになるから。

 心配しなくても、小さくて可愛い元のお前さんに、ちゃんと戻れるさね♪

 なんてったってジャイ子は、アタシの自慢の娘だからね!」

 

「うん! ありがとうおかあさんっ!」

 

 ギューっと親子で抱き合ってるトコ悪いけど、俺たちの家系って()()()()()()()()

 えっ、人間じゃねぇの? さっき毘沙門天がどうとか言ってたけども……。

 教えてくれよ母ちゃん。

 

 

 ま、暫くしたらジャイ子は元の姿に戻れるようになったし、応募した漫画が評価されて、雑誌社の人から声がかかったし。

 そんな幸せそうな妹が見られるだけで、俺は満足さ。

 

 人間だろうが、戸愚呂だろうが、ジャイ子は俺の愛する大事な妹だ――――

 これからも良い兄貴になれるよう、頑張ってかなきゃな。

 

 俺は何気なしにジャイ子のグラサンをかけながら、戸愚呂みたいにニヒルな顔で、フフンと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに兄者も、もうすぐ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 剣や盾に変身するやり方を、お父さんに教えて貰おうね。うふふ♪」

 

「なぁジャイ子、ホントに幽白かんけー無いのか?

 剛田家は妖怪なんじゃねぇのか?」

 

 

 

 そんな事より、俺の妹かわいい(なげやり)

 

 

 

 

 

 

*1
ボディビルで使用される、大胸筋を見せつけるポーズ




◆スペシャルサンクス◆

 源治さま♪




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()()リオカートGP、50ccクラス、キノコカップ(意味深) 



 ――――エキシビション! その3。

 今回のお題はこちら↓


 ◆ ◆ ◆


 お疲れ様です。
 ようやく季節は春を迎え、段々あたたかくなってきた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

 話は変わりますが、最近【人生初のポルチオ開発から1か月! 禁欲の限界! 欲求不満が大爆発! 110回イキまくり全身ガクガク痙攣絶頂するノーカットア〇メ性交】というタイトルの、えっちいDVDを発見いたしました。

 怒涛の勢いで紡がれる、インパクトのあるワードの数々と、素晴らしい言葉の響きに、なにやら胸が高鳴る心地です。
 そこでhasegawa氏には、このタイトルから感じるインスピレーションを元に、ひとつ小説を書いてみて頂きたく思います。


(賽銭泥棒H)






 

 

 

 

 ここマリオサーキットに集った、15万人の大観衆――――

 皆様は今日、間違いなく歴史の目撃者となります!

 

 いま超満員のスタンドには、選手達を応援する横断幕、そしてクッパ王国の国旗などが風にたなびいております。

 この光景を見ていると、なにやら小さい頃の運動会目前に感じた、ハラハラドキドキの気持ちが蘇ってくる心地です。

 

 

 全国3兆5千億人のマリカファンの皆様、こんにちは!

 本日はここマリオサーキット①から、【電マリオカートGP】、50ccクラス、キノコカップ(意味深)、ファーストラウンドの模様を、生中継でお送りいたします。

 

 実況はわたくし、ピカチュウが担当。

 解説席には特別ゲストとして、“音速ハリネズミ”ことソニックさんにお越し頂いております。

 ソニックさん、本日はよろしくお願いします。

 

 ――――よろしくだぜ!

 

 いやー、同じネズミ族という事で、言葉が通じるのが助かります! ピッカ~☆

 さてソニックさん? 本日はいつものレースとは違い、“電マリオカート”という事なのですが……。これは一体どういった物なのでしょう?

 説明をお願い出来ますでしょうか。

 

 ――――電マを仕込んでいるぜ!

 

 電マ……? 電気マッサージ器の事ですか?

 どこのご家庭にもあるような、あのブルブルするヤツを?

 

 ――――そうだぜ! マシンに取り付けてあるぜ!

 

 そうですか。

 ではちょっとした疑問なのですが……、()()()()()()()()()()()()

 一体どういった理由から、わざわざ選手たちが乗る座席部分に、電マを仕込むのでしょう?

 

 ――――気持ちいいぜ!

 

 ほう! 気持ち良く運転が出来ると!(意味深)

 でもソニックさん? これは一見、必要のない装置にも思えますが……。

 こういうのって、家で使う物でしょ? わざわざ運転中のドライバーに使わずとも……。

 

 ――――仕込んでやったぜ!

 

 いやいやソニックさん? そんな元気いっぱいに言われましても。

 彼らのシートに電マを仕込んだ、その意図をですね……?

 

 ――――ざまあみろだぜ!

 

 おーっとぉ! なにやらSEGAのマスコットであるソニック氏の、Nintendoに対する憎しみが見え隠れしておりますっ!

 天使のような悪魔の笑顔! これに触れるのは藪蛇かぁ~!?

 とにもかくにも、今回のレースでは、各選手のマシンの座席には、いわゆる電マが埋め込まれているとの事!

 手元の資料によりますと、どうやらこれはマシンのバッテリーに直接接続されており、通常の86倍の威力があるそうd……って86倍!?!?

 

 ――――すげぇパワーだぜ!

 

 いやそんなビッグバン〇ーターめいた物を、選手たちの座席に?!?!

 なんかもう「壊れちゃ^~う↑」って感じですが、大丈夫なんですかソレ!?

 彼らは運転をするんですよ!?!?

 

 ――――ゴキゲンだぜ!

 

 ここで満面の笑みぃー!!

 ソニック氏、輝かんばかりの眩しい笑顔であります! 楽しそうだぁ~この人!

 さて……、その凄まじい威力の電マが、今選手たちの座席に仕込まれている~、というのは分かったのですが。

 でもソニックさん? これは座席の()()()()()()()()()()()

 選手たちの身体の、どの部分を責めt……いや当たっているのでしょう?

 

 ――――ご想像におまかせするぜ!

 

 言わないッ!?!? そこは言わないんですね! なるほどッ……!!

 我々に言えますのは、この電マは「選手たちの気持ちいい部分(意味深)に当たっている」という事だけであります!

 チッキショー! 大人は卑怯だぁ~! くそったれぇ~!

 

 ――――電気マッサージ器は、“医療器具”だぜ!

 

 そうです! 電マは純然たる医療器具であります! 健康の為に使う道具ですッ!

 これは家電量販店やドンキに行けば、普通に売っている物!

 決していかがわしい物では御座いません! 無いのであります!!

 

 ――――お前の心は、汚れてるんだぜ!

 

 そう! ()()()()()()()()()()()()()ッ!!!!

 この番組は全国ネットで放送されております! 大人から子供までご視聴頂けます!

 ただただ、みんな大好きマリオ達が、電気マッサージ器を使用してるというだけの内容!

 それのどこか悪い!? 運営さんもニッコリであります!

 こうなったらもう、全力で押し通していきましょう!! ヒゥイゴー☆

 

 ――――なんかマリオ達が、プルプルしてるんだぜ!

 

 おやおや!? まだレースも始まっていないのに、()()()()()()()()()()()()()!!

 なにやら全員うつろな目! アホのように口を開けて呆けながら、「あ゛あ゛あ゛……!」と空を仰いでおります! 

 一体どうしたと言うのかぁー!?(思考放棄)

 

 ――――エンジン音なのか、バイブ音なのか、よく分かんないぜ!

 

 先ほどから放送席の方にも、いま選手達が乗るマシンからの〈ブブブブ……!〉という音が聞こえて来ておりますが、これはアイドリングでしょうか? それとも電マが作動しているのでしょうか?

 空気が震えるほどの、凄まじい爆音! 流石は86倍であります! ビッグバーン!

 

 ――――みんなのマシンの下に、水溜りが出来てるぜ!

 

 それはきっと、()()()()()でしょう(意味深)

 もう選手達の足元の路面が、じょばばば~とビショ濡れ! 大洪水であります!

 まったくぅ! マシンの整備くらい、ちゃんとして欲しいものですね! ぷんぷん!

 ……それでは早速、本日のスターティンググリッド*1をご紹介いたしましょう! ピッカ~☆ 

 

 

 

 

 

◆出場選手◆

 

 

・1番グリッド、栄光のポールポジションは【マリオ選手】

 説明不要のスーパースターが、電マのバイブ音を轟かせる連中の、先頭に座ります。

 バランスのとれた性能の機体と、数々の冒険を潜り抜けてきた対応力が、彼の最大の持ち味。

 電マの刺激を力に変えて走れるか。ヒゥイゴー!

 

 

・2番グリッドは、【ルイージ選手】

 誰が呼んだか、通称“永遠の二番手”です。

 あらゆる競技において、勝負を度返ししてまで()()()()()()()()()()()()()という、狂気のプレイスタイルでお馴染み。

 その瞳に宿るのは、人気者である兄への憎しみか。それとも電マの快楽か。

 

 

・3番グリッド、【ピーチ選手】

 スタート時の加速に優れるマシンと、意外とアグレッシブなお転婆ドライビングが持ち味。

 いま犬のように舌を出し、白目でダブルピースをしておりますが、その顔は姫としてどうか?

 嫁入り前の娘が、決意の電撃参戦です。電マだけに。

 ピンクは淫乱。

 

 

・4番グリッド、【ヨッシー選手】

 たとえ乗り捨てされようとも、健気に尽くす忠義者。緑色のドラゴンさんです。

 いつもは乗り物として活躍する彼が、本日はドライバーとしてマシンに乗り込む。

 勝利の「でっていう」の雄たけびを、上げる事は出来るのか。

 電マの刺激のせいで、さっきから無駄にポンポン卵を産んでいるのが、非常に気になる所。

 

 

・5番グリッド、【クッパ選手】

 甲羅にトゲトゲが付いた、亀の王様。

 最高速度では№1のマシンを操るが、やはりご自身も()()()()()()()()

 いつもは怖いクッパ様の、堪え性の有無に、部下達が注目しています。

 願い上げソウロウ。

 

 

・その後は、6番グリッドに【ドンキ―コングJr選手】

 7番グリッドに【ノコノコ選手】

 8番グリッド【キノピオ選手】と続きます。

 予選ではタイムが振るわず、不本意なポジションとなった猿と亀とチンコ頭ですが、今はスタートの時が待ちきぬとばかりに、興奮気味の顔で「あひぃ」とか「らめぇ」とか「ナイスゥ!」とか口走っております。

 各自、気合充分の様子。期待しましょう。

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 はい! 以上の8名により、本日の電マリオカートGP、50ccクラス、キノコカップ(意味深)のラウンド1が争われます!

 各自、スターティンググリッドにお行儀よくキッチリと並び、開始の時を今か今かと待っている!

 間もなくレース開始! 平和な時は終わりを告げ、秩序なき混沌の戦いへと、雪崩れ込んでいくのであります!

 

 ――――始まってもいねぇのに、全員死にそうだぜ! 瞳孔が開いてるぜ!

 

 そうですねソニックさん。既にあの場の全員が、いわゆる“ヘブン状態”。

 放送コードギリギリの、だらしないアヘ顔を全世界に晒しております!

 流石は電マ! 流石は医療器具! よほど気持ち良いのでしょうね!

 その顔面から、あらゆる液体をダラダラと垂れ流し、言葉にならない呻き声を出している!

 重ねてになりますが、当番組は生放送です! 全国ネットで発信しております!

 ちびっ子もお年寄りも、どうぞ安心してご覧ください!

 

 ――――KENZENだぜ!

 

 鉄の騎馬が上げる排気音と、電マのブイィィ~ンというバイブ音が、レースの聖地マリオサーキットの空に響いております!

 快晴となった本日の気温は22度、コースの路面温度は29度となっています。絶好のレース日和!

 

 ――――こんなのじゃなくて、普通に走りたかったな! サーキットの無駄遣いだぜ!

 

 仰る通り! だが今それを口に出すことは許されない!

 どのような意図なのか? これにどんな意義があるのか? 

 むしろもう「一体なんのつもりだ」って感じの当レースですが、この場にいる誰もが優勝の栄冠を狙い、クソ真面目に頑張ってるのです!

 

 ――――やる方もやる方だし、見る方も見る方だぜ!

 

 はい! よくもまぁ、こんなアホばっかり集まったもんだと、わたくし関心しております!

 世界は冷静に狂っている! そりゃあ戦争も無くならないワケだぁ! 人類は愚かであります!

 

 ……さてさて、そうこうしている内に、現場のスタッフからオールクリアのサインが出た模様。

 いよいよ始まります! 人生初のポルチオ開発から1か月! 禁欲の限界! 欲求不満が大爆発! 電マリオカートGP、キノコカップ!(意味深)

 

 グリッドに控える選手達の誰もが、まるで仮面舞踏会に赴く淑女のように、マシンという色とりどりのドレスを身にまとい、それを太陽の光にキラキラと輝かせている!

 電マ付きのカートではありますが、堂々とその雄姿を、満天下のファンに見せつけております!

 

 ――――楽しみだぜ! 胸がワクワクするぜ!

 

 獲物を前にした獣のように、8台のマシンが唸り声を上げる! 

 さぁ緊張の瞬間であります!

 

 このルールで頂点(トップ)を獲るのは、一体誰なのか!? 熱い春の一日が始まる!

 勝つのはマリオか? クッパか? それとも淫乱淑女か?

 チェッカーフラッグを受けられるのは、ただ一人!

 雌雄を決する時がやって参りました!

 今シグナルがぁ~……、赤から青に変わるぅッ! 世紀の一瞬ッ!!

 

 ――――頑張れみんな! かっとばすんだぜー!

 

 ブッ……ブッ……ポーン☆

 さぁスタートしましたッッ!!!! 全車一斉にロケットスタート!!

 ついに始まりました、“電マ”リオカートGP!! レ―ス開始であります!!

 

 ――――おお! すごいスピードだぜ! みんな早いんだぜ!

 

 8台のマシンが疾走! まるでハヤブサのよう!

 夜空を彩る流星群の如く、一瞬にしてスタートグリッドから消えた! 全速で駆け抜けるぅ!

 

 さぁ~、第1コーナーが迫って来たぁ! もう目前だぁ!

 全車アクセル全開! 隊列を組んだまま、一斉にコーナーへ突っ込んでいくぅ!

 

 ――――勝負所だぜ! ここをどう曲がるかで、今後のレース展開が決m……

 

 おーーっとぉ! ()()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 ハンドルを切ることなく、()()()()()()()()()()()()()!!

 一番最初のコーナーで、大クラッシュだぁぁぁあああーーッッ!!!

 

 ――――!?!?!?!?

 

 全員、壁に突っ込むぅ!! マシンの破片を撒き散らしながら、宙を舞っているぅぅーーッ!! 

 凄まじい玉突き事故ッ! こんな壮絶なクラッシュは見た事ありませんッ!!

 レース開始から、わずか2秒!

 一周も出来ないまま、()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 

 ――――とんでもない音がしたぜ! やつら微塵もブレーキ踏んでなかったぜ!

 

 大惨事ぃぃーーッ!!!!

 マリオサーキットの第一コーナー付近が、いま炎と煙に覆われているぅぅーーッ!!

 座席に電マを仕込んだカートでは、曲がる事が出来なかったぁぁーーッ!!

 全ての電マカートが、木っ端みじんのスクラップであります!!

 マリオ大丈夫かぁぁーー!?!? 

 

 ――――流石にちょっと強すぎたな! 86倍はやりすぎたぜ!

 

 運転どころじゃなかったーっ!!??

 我が国のヒーロー達、サーキットに散るぅぅーーッ!! 爆散んんん~~ッッ!!!!

 というか……、これは事故ではなく、()()()()()()()()()()()()!!

 こうなる事は、少し考えれば分かる事でしょッ!?

 なぜ貴方は、彼らを電マカートに乗せたんですか!

 なぜ86倍の威力にしたんですかソニックさん! どうしてなんですッ!?

 

 ――――やっちゃったぜ☆

 

 はにかんだぁぁーーッッ!! ソニック・ザ・ヘッジホッグのはにかみ笑いぃぃぃーーッ!!

 悪気は無かったッ! これは無邪気なイタズラ心の産物ッ!! 罪悪感は皆無ッ!!

 だがそのせいで、8名が命を落とすぅぅぅ~~ッ!!

 マリオサーキットは今、阿鼻叫喚に包まれております!!

 観客席に、悲鳴と慟哭が飛び交うぅぅーーッ!!!!

 

 ――――電マを仕込んだら、面白いかなって思ったんだぜ!

 

 それを法廷でおっしゃいますか!!??

 ぼくらのソニックは、子供の心を忘れない! 素敵なヒーローであります!!

 でも大惨事だぁぁーーッ!!

 

 ――――ぶっちゃけた話、「みんな死んじまえ」って、うっすら思ってたぜ☆

 

 確信犯だったぁぁーーッッ!!!!

 その比類なき悪意を以って、マリオ達を殺していたぁぁぁあああーーッッ!!

 いくらSEGAがえらい事になったからって、Nintendoを恨みすぎでしょう!?!?

 

 ――――セガサターン、シロ!

 

 やかましいんですよ!

 ですが……おやおや!? 炎と煙の中から、何かが飛び出して来るッ!

 マリオだ!! 赤いカラーのマシンが、ヨロヨロと走っているぞぉ!!

 

 ――――あの野郎、生きてやがったぜ! しぶといんだぜ!

 

 全車大破したように思えましたが、無事だったぁ!! よかった生きております!!

 いまマリオがコースに戻る! レース復帰であります!

 

 ――――おいおい、ボコボコだぜあのマシン! あれでよく走ってるな!

 

 見た所、スクラップとはいかないまでも、ほとんど壊れている様子!

 フレームも歪んでますし、いくつかのパーツも失っているようです!

 あの状態では、真っすぐ走ることすら、難しいのではないでしょうか!?

 タイヤもボコボコなのか、上下にガックンガックンしております! これは酔ってしまいそうだぁ!

 

 ――――()()()()()()()()()()()()! ブィィーンって音がしてるぜ!

 

 なんという事でしょう! 車はぶっ壊れても、電マは壊れなかったぁー!!!!

 流石は医療器具! 電マというのは、無駄に丈夫な作りのようです!

 今も律義に作動し、マリオを苛み続けているーッ! ぜんぜん有難くなーい!

 

 ――――すんごい白目だぜ! 口から泡吹いてんじゃねーかアイツ!

 

 よく運転できますね! いったい何が、彼をそうさせるのでしょうか?

 幾度も国を救ってきた矜持、もしくは英雄としての意地なのかーっ!?

 電マを喰らい、朦朧とした意識の中でも、ただひたすらにゴールを目指す!

 なんと誇り高い姿でしょうか! 凡人には到底真似できない所業であります!

 

 ――――でもめっちゃ遅いけどなアレ! カートの走りじゃないぜ!

 

 現在マリオのマシンは、エンジンから白い煙を上げ、プスンプスンと音を立てながら走っております!

 いやもう“走り”と呼べる代物じゃない! その速度は、公園を散歩してるおじいちゃんと、どっこいどっこいであります!

 歩いた方が速ーい!!

 

 ――――まぁアイツ以外は、全員リタイアしたし、関係ないんだぜ!

 

 そうです! 今マリオは、散っていった仲間達の想いを背負い、懸命に走っているのです!

 遅いとかそんなの、もう関係ありません!

 目指すはタイムではなく、完走のみであります!

 さぁ! ようやくマリオが第一コーナーを抜け、直線に入る!

 ここは沢山のコインが落ちている、いわゆるボーナスゾーンであります!

 ただでさえスピード不足の現状! ここは大事! ちゃんと回収することは出来るか~!?

 

 ――――ちなみに、そのコインを取ると、()()()()()()()()()()

 

 何その仕様!?!?

 スピードではなく、電マの威力がUPするんですか!?!?

 なんというシステム! どういうメカニズムなんだぁ~~っ!!

 あ、ちなみにその事を、マリオさんには……。

 

 ――――伝えてないぜ☆

 

 駄目だぁぁぁーー!! 取ってしまったぁぁぁあああーーーッッ!!!!

 今マリオの身体が、まるで雷に打たれたように、〈ビックーン!〉と跳ねるぅ~ッ!!

 電マの威力が上がってしまったぁぁ~~っ!!!!

 

 

 \マンマミーヤ!/

 

 

 ……おおっとぉ!? いま不穏な声が聞こえたぁ!!

 マリオがマンマミーヤ(意味深)と叫んだ途端、()()()()()()()()()()()()()()()!!!!

 まるで仏のように安らかな顔! いったい彼に何があったのかぁぁーーっっ!!

 

 ――――路面がビッチョンコだぜ! めちゃくちゃ濡れてるぜ!

 

 それはオイル漏れです(真顔)

 それ以外の何だと言うのですかいい加減にして下さい!

 さてさて……、なんとか意識を取り戻したマリオが、えっちらおっちらコインゾーンを抜けて行くぅ!

 一人っきりのドライビングではありますが、レースはそろそろ第2コーナーへと差し掛かります!

 

 ――――スピンの心配だけは無いな! あのスピードじゃ、ミスしようが無いぜ!

 

 そうですね! まぁあの速度じゃ、ドリフトとかも出来ませんけども。安全運転の極みであります!

 多分ですが、仮に今トイレに立ったとしても、第2コーナーを抜けるまでに間に合うんじゃないでしょうか? それほどの鈍足であります!

 

 ――――動いてるだけで奇跡! それ以上望むのは酷だぜ!

 

 ふと思ったのですが、我々は今、()()()()()()()()()()()()()()()

 電マで「マンマミーヤ」してるオッサンが、こんなただっ広いサーキットを、一人でトロトロ走ってる光景!

 それを今、全国3兆5千億人のマリカファンが、固唾を呑んで見守っているワケであります!

 いったい何なのでしょうかコレは! どういう状況なのでありましょうかコレは! 

 まさに前代未聞であります!

 

 ――――サライでも歌ったらどうだ? さくらぁ~、ふぶぅー、きのぉ~♪ って。

 

 どこかから怒られそうです!

 あれほどの名曲を、電マで喘いでいるオッサンの為に使うのかぁーっ!?

 なにやらわたくし、涙が滲んで参りました!

 あまりにも健気なマリオの姿に、もう泣きそうであります! 

 

 ――――1メートル進むごとに、「マンマミーヤ!」してるぜ! あれじゃ干乾びちゃうぜ!

 

 ちなみにマリオサーキット①の全長は、5800メートルであります! それを×5周!

 いったい彼は今日、何度「マンマミーヤ!」する事になるのでしょうか!?

 がんばれマリオ! 生きるんだ!

 さくらぁ~、ふぶぅー、きのぉ~♪

 

 ――――関係ないけど、F1には“シャンパンファイト”ってのがあるよな!

 

 はい、ありますねぇ!

 表彰台に立った上位3名が、お互いにシャンパンを掛けて健闘を称え合う、例のヤツですね!

 

 ――――もうマリオ、それしなくても良いな! ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なるほど! 今マリオの足元でジョボジョボいっている液体が、その代わりという事ですね!

 わざわざシャンパンを噴く必要はない! ()()()()()()()()()()()!!

 先程まではオイルかと思っておりましたが、これからあの液体を“シャンパン”と呼ぶ事にいたしましょう!

 わーいピッタリだー♪

 

 ――――放送席! 放送席! 聞こえますか? こちらピチューです。

 

 おやおや、現場リポーターのピチューさん、どうかしましたか?

 

 ――――現在、事故があった第1コーナーでは、必死の消火作業が行われているのですが、朗報ですピカチュウさん! みんな生きてます!

 

 おおっ! 死んではいなかったぁぁーー!!

 凄惨を極める大クラッシュで、あわや全員死亡かと思われましたが、みなさん無事だったのですね! それは喜ばしいです!

 

 ――――ですが、何故かシートベルトが、どーしても外れなくて……、マシンから降ろす事が出来ないんです。

 未だにみんな、壊れたマシンに乗っている~、という状態です。

 

 ほう! シートベルトが!

 なにやら、そこはかとなくソニックさんの悪意を感じますが……、大丈夫なんでしょうか?

 

 ――――それが……マシンはどれも大破してるのに、()()()()()()()()()()()

 いま現場には、ヨッシーさんの「でっていう! でっていう!(意味深)」という悲痛な声が、延々と響いてます。

 

 そうですか! 頑張って下さいピチューさん! 御武運をお祈りいたします! プチッ☆

 さて……事故のあった第1コーナーでは、リタイヤしてしまった選手達による、少し早めのシャンパンファイト(意味深)が行われている様子!

 皆さんには、是非ともたくさん水分補給をしながら、無事に乗り切って頂きたいものです!

 

 ん……? ちょっとお待ち下さい。

 たったいま放送席に、「ヨッシーとかいいからピーチ姫を映せ」という抗議の電話が、怒涛の勢いで来ているという情報が届きました!

 わたくしも男! あの淫乱ピンクのアヘ顔が見たいッ!! ダブルピースが見たいッ!!!! という視聴者の皆様の気持ちは、痛いほど分かります!

 ですがこれは全国ネット! お子様も安心して観られるKENZENな番組であります! どうかご理解ください!

 

 ではこれより、再びあのヒゲのオッサンが、電マで「マンマミーヤ!」している様子を、お伝えしていこうと思います。

 彼も今頑張っていますので、それでなんとかご辛抱いただけますよう、お願い申し上げます。

 当番組は、レース番組であります! ヒゥイゴー☆

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
モータースポーツにおける、レーススタート時の位置。路面に書かれたコの字の枠線のこと






 その後、奇しくもスターのアイテムを取ってしまったマリオが、無敵状態ならぬ“常時マンマミーヤ状態”になったり、「一方そのころロシアでは……」という展開を書こうかな~と思ったのですが……。
 でも無駄に長くなったので、ここらへんで筆を置こうと思います。
(ぶっちゃけ、もう良いかな、と思いました)


 ちなみに白状いたしますと、私はこのようなリクエスト、()()()()()()()()()()()()()()
 賽銭泥棒Hとか、そんな人は存在せず、これはただ書きたかったので書いた――――それだけの物であります。


 ですが、せっかく書いたのですし。
 この作品は、今がんばって連載をしている、私の小説仲間に捧げたい。そう存じます。

 陰ながらにはなりますが、これからも応援しているゾ!
 さぁ、どうぞ受け取って下さい(にじり寄り)






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凛「英霊召喚したら不死身の猫が出てきたわ」 (甲乙さま原案)



 ――――エキシビション! その4。

 今回のお題はこちら↓(一部抜粋)



 ◆ ◆ ◆


 お世話になっております。
 春寒次第にゆるみ一雨ごとに暖かさがまして、そろそろほとぼりも冷めたかなと思う今日この頃、性懲りもなくお題をリクエストさせて頂こうかと思います。

 お題:「Fate/stay night」と「トムとジェリー」のクロスによるコメディ






 

 

 

 

「そんじゃ、僭越だけど、俺が音頭を取るよ。

 みんなグラスを持ってくれるか」

 

 開けられた障子の向こうに、夕暮れ時の茜色の空が見える、衛宮家の居間。

 自らもコーラの入ったグラスを手に取り、皆の顔をぐるっと見渡しながら立つ士郎くんが、声を張って告げる。一同注目。

 

「今日はみんな、集まってくれてサンキューな。

 ホントはこういうの、遠坂がやるべきなんだけどさ……?

 でも見ての通り、もうアイツ出来上がっちゃってるから。家主の俺で勘弁してくれな」

 

 うけけけ! うけけけけ!

 そんな気色悪くも、非常に機嫌良さげな声が、今もこの部屋に延々と響いている。

 彼女は未成年、しかもまだ始まってもいないのに、一人で飲み始めてしまい、いまご覧の有様なのである。

 ちなみに、いまこの場のテーブルに所狭しと並べられている料理は、全て士郎と桜が作った。コイツはなにひとつ手伝いをしなかった。

 お前、優雅たれはどうしたんだよ? ただの飲んだくれじゃないか。……と士郎は思う。

 まぁせっかくだし、今日だけは許してやりたいという気持ちだけども。

 

 

「それじゃ、みんな第五次聖杯戦争、お疲れ様!

 ()()()()()を祝って――――乾杯ッ!!」

 

「「「かんぱぁ~い……」」」

 

 

 一斉に合わされるグラス。カチンという高い音が、そこらじゅうで鳴る。

 けれど……反面この場に集まったサーヴァント&マスター勢は、ぶっちゃけ凄くテンションが低かった。

 士郎くんの美味しいご飯が食えるという事で、とりあえず集まってはくれたものの……、実はこの場の何人かは“ガチ凹み”していたりもするのだ。

 豪華な料理が並ぶ華やかな場所とは裏腹、もうドンヨリした空気だったりする。

 

「うえっへっへ! うえっへっへっへ!!

 来たわっ! 遠坂の時代がッ! ざまぁ見なさいアンタ達ぃぃぃーーー!!www

 あーーっはっはっは☆」

 

 いきなり立ち上がり、〈ドーン!〉とテーブルに足を置く。 

 そんなメッチャお行儀悪い、淑女らしからぬ真似をしながら、遠坂凛がみんなを煽っていく。

 

「なぁ~にを (´・ω・`)ショボーン みたいな顔してんのよぉ! この負け犬どもがぁぁっ!!

 さぁさぁ! 士郎と桜がご飯作ってくれたわよぉ! あたしがお金出したんだからねぇ!

 このミス・パーフェクトこと、サイツヨ超カワ魔術師たる遠坂凛さまと戦ってぇ! 命があった事に感謝しながら、惨めったらしく食いなさいよぉーっ!! このクソ共がぁぁーーっっ!!

 くやしいのぅw くやしいのぅw でもおいしいのぅってwww ぷーくすくす!」

 

 あっはっは! とランサーや慎二の頭をペシペシ叩き、凛が上機嫌に笑う。

 ちなみに彼らの方は、もう無言で「どよーん……」と額に影を落とすばかり。さくらももこキャラのように。

 

「えーっとぉ? 何でしたっけぇ~?

 ここにお集まりの皆様はぁ~、確か伝説と謳われるぅ~、えらいえらい英雄なんでしたかしらぁ~ん?」

 

「「「……」」」

 

「アーサー王にぃ~? クー・フーリンにぃ~? 大英雄ヘラクレスぅ~?

 あとメデューサとぉ、佐々木小次郎とぉ、王女メディアとぉ~? あー人類最古の王ギルガメッシュさんとかも、確かいらっしゃいましたかしらぁ~ん?

 へぇ~、凄いですねー! かっこいいなー♪ あこがれちゃうなー♪」

 

「「「……」」」

 

「――――でもみぃぃぃーーんな! あたしのサーヴァントにやられちゃった!!!(爆笑)

 やられちゃったのねぇ~ん??? あーーっはっはっは☆☆☆(大爆笑)」

 

 ――――殴りてぇ……! 泣くまで踏んづけてやりてぇ……!

 そんな屈辱にギリリと耐えながら、唐揚げだのフライドポテトだのをパクつくサーヴァント達。

 決して凛と、目を合わせないようにしながら。

 いまこの場に、暴君が降臨していた。

 

「えっとね? えっとね? あたし今まで、頑張って来たのぉ~。

 お父さんもお母さんも死んじゃって、それでも頑張って魔術勉強して、いっぱいお金貯めて……!

 それがね? 今日や~っと報われたのぉ……!

 こんな嬉しい事って、ないと思わない? そう思わない士郎???

 あたしエライよね? 褒めてくれるわよね? 士郎ぅ~♪」

 

「おう、よく頑張ったぞ遠坂!

 お前はホントに凄いヤツだ。俺尊敬してるよ」

 

 士郎くんがまるで太陽のような笑みと、菩薩のような慈愛を以って「よしよし」と甘やかす。

 凛は頭を撫でられ、もう「ごろにゃーん♪」って感じ。

 彼女の妹である桜ちゃんも、これにはもう「あはは……」と苦笑するしかない。姉さんが嬉しそうでなによりです、といった風な顔だ。

 

「ほらぁーっ! あんたもこっちきて食べなさいよぉ~っ!

 あたしが8割だけど、あんたのお蔭も2割くらいあるんだからぁ~☆ うえっへっへ!!」

 

「ッ!?」ビクーン!

 

 これまでコソコソとメンバー達の影に隠れていた子が、凛に首根っこを掴まれ、無理やり抱きしめられる。

 いくらジタバタ藻掻こうとも、相手はあの遠坂凛。しかも泥酔Ver.だ。

 有無を言わさず「~♪」とスリスリ頬ずりされ、彼がすごく迷惑そうにしている事が分かった。

 

「なぁ……ぶっちゃけアレぁ、どうかと思うんだよ。

 なんで聖杯戦争に、()()()()()()()()()()()

 

 もうワシャワシャと自分のサーヴァントをこねくり回す彼女を余所に、ちびちびとビールに口をつけるランサーが、ボソッとメンバー達に声をかける。

 

「大概のことは、我慢できるぜ?

 董卓だろうがスターリンだろうが、呼びてぇヤツを召喚すりゃーいいよ。

 でもよ……ありゃ駄目だろオイ。()()()()()()()()()、無しにしよーぜ」

 

「「「…………」」」

 

 彼の問いかけに、一同は無言。

 サーヴァント達は誰も口を開けず、凛の腕の中で嫌そうな顔をしている一匹の猫を、ただただ見つめるばかり。

 

 

 ――――彼の真名は“トーマス・キャット”。

 往年のカトゥーンアニメ【トムとジェリー】に登場する、灰色の毛並みの猫。

 

 此度の戦いにおいて“チェイサー( 追跡者 )”として遠坂凛に召喚され、あれよあれよという間に戦いを勝ち抜いてしまった、ただの動物さんであった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 最初は、ハズレだと思った。

 いつものうっかりをやらかし、一族の悲願であった聖杯戦争を台無しにしてしまった……と凛は嘆いた。

 

 苦労と準備を重ね、確信に近い自信を持ち、満を持して呼び出したハズのサーヴァントは、自らが思い描いていたセイバークラスの英霊ではなく、なんと聞いた事も無いチェイサー( 追跡者 )というクラスの英霊。

 しかも彼は人間ですらなく、どこの家にでも居るような、ペットの猫であったのだ。

 

 始まりの日の夜、満天の星空輝くここ冬木の寒空には、彼女の「うわぁぁぁ!!」という悲痛な絶叫が、辺り一帯に木霊したものだ。結構なレベルの近所迷惑だった。

 

 終わった……私の聖杯戦争終わった……。お父さまに顔向けできない……。

 

 召喚の詠唱を終え、地下室に吹き荒れていた凄まじい爆風が止んで、ポツンと彼(猫)の姿が目の前にあるのを見た時、凛は膝から崩れ落ちる事となった。

 まぁ肝心の彼の方は、「えっ、ここどこっスか? お姉さん誰っスか?」みたいに、のほほんとした雰囲気でいたけれど。

 

 やがで暫しの時が経ち、ようやく深い絶望から少しだけ立ち直った凛は、いま自らが呼び出したサーヴァントに向けて、先ほどの暴風もかくやという凄まじい勢いで質問攻めをおこなった。

 しかしながら……その行為が意味を成す事はない。なぜなら彼はアニモーであり、人の言葉など解するハズもない存在。意思疎通が出来ないのだ。

 

 どーすんのよこれから!? あたし(マスター)一人で英霊共を倒せってゆーの!? どんな無理ゲーよ?!?!

 

 そう首根っこを掴んで振り回したり、毬のようにぽこぽこドリブルしてやったり、「こんにゃろー!」とボカスカ八つ当たりしようとも、このトムという猫には微塵も堪えた様子が無く、ただただ驚いた顔でポカーンとするばかり。

 彼には英霊としての自覚も無く、また何故ここに自分が呼ばれたのかも、よく分かっていないように見えた。

 

 彼女は荒れに荒れ、やがて失意の中ぐったりとシクシク床に倒れ伏したのだが……、ふとトムが何かを見つけたかのように〈ピーン!〉と耳を立て、突然足を竜巻のように回転させながら(アニメ的表現)、地下室の隅の方へビューンと走って行ったのが見えた。

 

 そこに居たのは――――小さな茶色い毛並みのネズミ。

 彼の名前はジェリー。このトムという馬鹿猫の相棒的な存在であるという。

 

 トムはこの小さなネズミさんを見つけた途端、すぐさま傍に駆け寄り、“ギュッと抱きしめた”。

 そしてその子と二人(二匹かもしれないが)、もう「わーん! わーん!」と噴水みたいな涙を流して、しばらく泣き続けていた。

 

 

 ちなみにだが、後日凛は眠っている時に、トムとジェリーが出てくる夢を見た。

 これは自らのサーヴァントと“パス”が繋がり、彼の記憶が自分の方に流れ込んでくるために起こる現象だったのだが……。

 

 その中で凛は、もう既に冷たくなってしまったジェリーを手の平に乗せ、いつまでもいつまでも泣き続けるトムの姿を見た。

 きっと……これは寿命による物だったんだろう。小動物であるジェリーの命はとても短く、猫であるトムとは比べるべくも無いのだ。

 

 弱々しく笑いながら、「今まで楽しかった」と友達への感謝を告げて、天国へ旅立って行ったジェリー。彼の方もグシャグシャになった顔で、その笑顔に応えていた。

 

 にっくき、そして大切な喧嘩友達を失ったトムは、その日からずっと泣いて過ごした。

 一日中、一週間も一か月も、ずっとずっと泣き続けた。

 そして、やがて彼は衰弱し、そのまま死んでしまった。

 まるで大好きなジェリーの後を追うようにして、その生を終えたのだった――――

 

 ようやく夢から覚め、窓から差し込む光を眩しく感じながら目を開けた時、凛の頬には涙が伝った跡があった。

 パスが繋がっている事で、まるで自分の身に起きた出来事のように、心が切り裂かれるような想いを感じたのだった。

 

 

 その後日談ともかくとして、ここ冬木の地で再び友達と再会したトムは、今度は悲しみではなく喜びの涙を流した。その小さな体のどこに、そのような沢山の水分が詰まっていたのかと思ってしまう程に。

 

 でもひとしきり喜びを分かち合い、お互いに「ニッコリ!」と微笑み合った後……彼らは突然ドタバタと追いかけっこをおっぱじめやがったのだ。

 テーブルをひっくり返し、棚にあった物をガッシャーンと落とし、暖炉の煤で真っ黒けになりながら、大暴れを繰り広げた。

 

 また一緒に遊べるね――――

 ああ。今度こそ捕まえてやるぞ――――

 

 そんな二人の想いが見えるような、仲睦まじい姿ではあったのだが……それを自分の屋敷でやられる凛は、もうたまった物ではない。

 散々暴れまわり、そのせいで屋敷の一部が半壊してしまった頃、ようやく遠坂の雷が落ちる。

 

 頭の上におっきなタンコブを拵えながらも、トムとジェリーの二匹は「えへへ♪」と微笑み合ったのだった。

 

 

 

「俺もよ、犬とは戦った事あるよ。

 あの出来事は、忘れちゃならねぇ俺の戒めになってる。

 けどよ……? ネコはねぇだろネコは。

 俺ぁそんなんと戦う為に、ここ呼ばれて来たワケじゃねーんだよ……」

 

「「「…………」」」

 

「あれだ、血沸き肉躍る? そーゆうギリギリのヤツをやりたくて、英霊やってんだよ。

 もうとっくの昔に死んでるってのに、恥を忍んで現世にお邪魔してるワケだよ。

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そーゆうんじゃねぇだろ聖杯戦争は! もっとギスギスドロドロしてるべきなんだよ!」

 

 なんか思ってたのと違ぁぁーーう!!

 槍の英霊クー・フーリンの叫びが、衛宮家の近所に木霊する。

 いま周りに座っている英霊たちも、それに同意するようにじっと佇むばかり。

 

「いざ戦闘開始かとおもえば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の槍をヒョイヒョイ躱しながら、ひたすらピュー! っと逃げ回りやがる!

 戦う気あんのかって話だよ!!」

 

「そんで、ひっしこいてネコ追い回してるトコに、あのネズミ野郎だよ!

 アイツが罠を張りやがるんだ!! 落とし穴だの、足ひっかけるロープだの、上から物が落ちて来るトラップだの……すんごい愉快なヤツをよぉ!」

 

 学校の屋上で遭遇し、いざクー・フーリンとの戦闘が始まった途端に、トムはもう脇目もふらずにワチャワチャと逃げ回った。

 漫画みたいな大粒の涙を流しながら、「たすけてぇー!」と言わんばかりの顔で、恥も外聞もなく、そこら中を駆け回り始めたのだ。英霊なのに。

 

 一応は聖杯戦争という事で、たとえ相手がなんであろうと……って感じでランサーも戦いはした。

 屋上だの校舎だの校庭だのを逃げ回るトムを、赤い槍を持ってひたすら追い回したのだ。

 でもやっと追いついた、ようやく捕まえた~! というタイミングを見計らったかのように、いつもそこでジェリーの邪魔が入る。

 校庭にラインを引く道具の石灰を頭から被り、青い戦装束を真っ白けにされたり、逃がすかーとばかりに飛びついた先で、跳び箱に顔から突っ込んでしまったりと、大変コミカルでファニーなドタバタを演じた。

 

 トムが囮で、ジェリーがオフェンス。

 この二匹の戦い方は、そのように完璧な役割分担がなされていた。

 長年の付き合いによる、抜群のコンビネーション。まさに阿吽の呼吸で、簡単に英霊であるランサーを手玉に取ってしまったのだ。

 いくら彼が頭を捻り、罠を回避したり追い詰めようとしたりしても、それを悉く読まれ、見破られ、もう言葉に出すのも憚られるような“酷い目”に合わされた。

 

 その夜、余りの情けなさと不甲斐なさに、ランサーの心が折れて一時撤退していくまでの間、ずっとだ。

 

「一応、これでも英霊の端くれだ。

 俺の突きも宝具も、当たっちゃーいるんだよ。何度も何度もよぉ……」

 

「でも効かねぇってのは、一体どーゆう事だ!?

 串刺しにしても、胴体を泣き別れにさせても、ペチャンコに叩き潰してもぉ!

 なんでヤツは、()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 いったいどーゆう身体してんだよ!! 舐めてんのかオイッ!!」

 

 ゴムみたいに伸びた――――とクー・フーリンは語る。

 勢いよく突き刺し、槍の穂先がヤツの口の中へ飛び込んだと思ったら、何故が喉がゴムみたいに〈ぐにょーん!〉と伸びた。

 挙句の果てにトムは、あたかも「あービックリした~!」とばかりに額の汗を拭いながら、口からスポッと槍を引き抜きやがったのだと。やれやれって感じで。

 

「私もエクスカリバーを放ち、確かに一刀両断にしたハズだったのですが……。

 でも彼は『ぎゃー!』とか言って二つに分かれた後、自分でグイッとピッタリ身体を引っ付け、そのまま元通りとなってしまったのです……」

 

「私なんて、テンドロビウムみたく絨毯爆撃したのよ?

 大魔術をいくつも並行して放ち、辺り一帯ごと吹き飛ばしたつもりだったのに……。

 でもあの子、まるでドリフのコントみたく真っ黒けになっただけで、瞼を2,3回パチパチした後、すぐ元通りなのよ……」

 

 アニメだ。まさにTVで見るようなコメディショーが、リアルに目の前で行われたのだ。

 いうなれば“不死身のネコ”。いくら英霊たちが刺そうが斬ろうが潰そうが、決してトムを倒し切ることは出来ず、それどころか少し目を離した瞬間(正確に言えば次のシーンには)、彼はまるで何事も無かったかのように〈ピューッ!〉と逃げ出す。

 その堂々巡りであったのだ。

 

「初めてです……()()()使()()()()()鹿()()()()と思ったのは。

 たとえ分子レベルで粉砕したとて、彼が死ぬとは到底思えません……」

 

「いっその事、魔術で亜空間にでも飛ばしてやろうかと思ったんだけどね?

 それでも次の瞬間には、普通に『ふーやれやれ』って帰って来そうで怖いのよ……。

 頑丈な檻に閉じ込めても、なんか粘土みたいに身体を変形させて、簡単に抜け出してたし」

 

「お主らはまだ良い方よ。

 俺などは得物が刀しか無いゆえ、ひたすらこれで斬りつけるのみであったが……。

 だがきゃつときたら、その度に2つ3つと()()()()()()()()

 斬ったら増えるとか、それはどんな悪夢だ? 俺の絶望が分かるか?」

 

 セイバー、キャスター、アサシンがため息を吐く。

 いうなれば“トム被害者の会”の面々である。

 あの時の事は、もう思い出したくも無いといった顔だ。

 

「バーサーカーとやった時……あれやばかったよな?

 あの二匹、暴れるヘラクレスから逃げ回りながら、()()()()()()()()()()()

 もうあからさまに、ヘラクレスの斧剣で俺らを()る気マンマンだったろ……」

 

「はい、アレは逃げましたねぇ……。

 わー! とか言ってトム達がこっちに向かって来た瞬間、シロウ引っ掴んで令呪使わせました」

 

「うん、私も速攻で空間転移したわ。

 まぁ慌てて逃げたから、このでくのぼうを連れてくの忘れてたけど」

 

「ぺちゃんこぞ? 俺の身体が煎餅みたくなりよったわ。

 だがアレは“トムの攻撃”という判定だったのか、何故が斧剣で潰されても、5秒くらいしたら元に戻ったんだがな……俺の身体も」

 

 世界のルールなのか、トム&ジェリーの能力なのかは知らないが……。例え彼らから何かしらの攻撃を受けたとしても、その怪我や傷はすぐ完治した。

 セイバーは上から降って来たドラム缶に圧し潰され、キャスターは落とし穴にはまってタンコブを作り、小次郎などは身体をペラッペラに平たくされたのに、それで消滅するような事は無かったのだ。

 

 すなわち――――彼らとの戦いでは、決して決着は付かない。

 どちらの怪我もすぐに完治し、殺すことも出来ないので、根負けするまで延々と戦い続ける羽目になるのだ。

 

 それこそがトム&ジェリーの宝具、【Do fight happily(仲良くケンカしな)

 彼らと戦う者は、たとえ英霊だろうが殺戮者だろうが、必ずコメディちっくなドタバタに付き合わされる事となるのだ――――

 

「勝負付かなかったな……この聖杯戦争。

 一応はアイツらが勝者、って事になったみてぇだがよ」

 

「脱落者ゼロ……だものね。

 参加者は一人残らず、今もピンピンしてるわ」

 

「俺は聖杯戦争の期間中、一度も流血や怪我を、目にせなんだぞ?

 ただただ我らは、ネコやネズミと遊んでいたのみではないか……」

 

「なにか戦闘が起こる度、どこからかあの二匹が〈ひょこ!〉っと顔を出すのです……。

 そうすると私達の戦いが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 斬撃音や破壊音すらも、なにやらファニーな物へと変化していましたから。

 “ぽよ~ん♪“とか“ポカーン☆”とか……」

 

 もう4人は「どよーん」って顔をしながら、あちらの方で凛にワシャワシャされているトムの方を見る。

 その傍らには、士郎にチーズの欠片を貰って嬉しそうにしている、相方ジェリーの姿もあった。

 

 聖杯戦争は、本来もっと殺伐としていたハズ。

 怨念と欲望渦巻く、魔術師同士の殺し合いの場であり、なんだったらRー18がついてもおかしくない位の残酷さであるハズだ。生き残りを賭けた戦いなのだから。

 

 しかしながら……今回の第五次聖杯戦争は、そこに「トムとジェリーが参加していた」というただそれだけの事で、きっとお子様が見てもキャッキャと楽しんでもらえる位に、とても愉快で楽しい催しになっていたように思う。

 

 彼らの頭に、ふと「やさしい世界」という知らない単語が浮かんだ。

 聖杯によって教えられる、現代の知識だろうか?

 

「――――というか、そもそも“ネコを傷つける”というのが、もう有り得ません。

 あなた方は、少しどうかしているのでは?」

 

「――――雑種の言う通りよ。

 もし可愛い可愛いトム君が怪我をしたら、我が貴様らを罰しておったぞ?」

 

「「「…………」」」

 

 ここで突然、“動物すきすき勢”であるライダーとギルガメッシュが、話に割り込んで来た。

 彼らは「ぷんぷん!」と腰に手を当て、4人を批難するように睨んでいる。

 

「なぜイジメるのです。彼らは動物なのですよ?

 斬るとか、突き刺すとか……そんなのサイコパスの発想でしょうに。

 なぜ争うのではなく、()()()()()()()()()()()

 

「こやつらには、人の心が無いとみえる。

 英雄だの何だのと言っても、所詮はこの程度か……。

 動物を愛せぬ者など、雑種以下の鬼畜ぞ?」

 

「しかも、ネコですよ?

 分かっていますかセイバー? ()()()()()()()()()()?(真顔)

 愛しこそすれ、戦う理由がどこに? どこにあると言うのですか」

 

「愛でよ。ただただ全身全霊を以って愛でよ。

 ネコとはそういう存在――――天使以外の何者でもなかろう。

 我らはネコを飼っておるのではなく、ネコの世話を()()()()()()()()()()

 

「ジェリー君も可愛いではないですか。この上なくキュートじゃないですか。

 ちょっとイタズラをされた位、それが一体何だと言うのですか。

 心底理解に苦しみます」

 

「貴様らみたいなモンは、ただただ感謝しておれば良いのだ。

 良いか? イタズラをされようとも、『()()()()()()()()()()』だぞ?

 げぼかわ超絶もきゅい小動物を、視界に入れる事が出来る……。

 その与えられた幸福を十二分に噛みしめ、農民の如くひれ伏しておれ。

 おい頭が高いぞ雑種共。トムきゅんとジェリーきゅんをなんと心得る。不敬であろうが」

 

「「「…………」」」

 

 二人の目がグルグルしている。正気の目ではない。

 もうネコが可愛すぎて、小動物が愛おしすぎて、頭がおかしくなっているのだ。

 

 この目をしたヤツとは、関わってはいけない――――決して口ごたえをしてはいけない。

 そう直感したサーヴァント4人は、ただただテーブルにある酒だの料理だのに手を付ける。

 決してライダー&ギルの方を見ないようにしながら。

 

「優しい世界、かぁ……。

 まぁ良いけどな。こちとら世界の抑止力として、散々働かされてきたんだ。

 暫くはまぁ、のんびりさせてもらうわ」

 

「私も。

 せっかく宗一郎と出会えたのだし、この幸せを噛みしめる事としましょう」

 

「のどまりて征くも悪ぅない、か。

 仕方あるまい、付き合うとしよう」

 

「私とシロウとの、お互いの想いをぶつけ合ったあの大喧嘩までもを、トム達によってコメディのようにされてしまったのは、少し納得がいきませんが……。

 でも同感です。この世界が許す時まで、我が主の剣として在ろう――――」

 

 

 

 覚悟と強い意思を以って聖杯戦争に臨んだは良いが、ネコとねずみのコンビによって、すっかり毒気が抜かれてしまった英霊たち。

 いま彼らの目の前には、慌ててピューっと逃げ出している士郎&ジェリー、それを「待てこらぁ!」とばかりにドタバタ追いかけている凛&トムの姿がある。

 

 この後の事は、だいたい予想が付く。

 おおかたジェリー達の罠にかかって、トム達がちゃぶ台に脛をぶつけて悶絶するなり、倒れてきたタンスによって紙のようにペチャンコになったりするんだろう。

 まぁそれも、次のシーンになったらば、何事もなかったかのように治るのだが。

 

 

 いったい何を以って判断されたのかは謎だが……この戦いの勝者としてトムとジェリーが聖杯に願ったのは、「ずっと仲良く喧嘩したい」

 優しい世界、聖杯の穢れまでもコメディパワーでうっちゃってしまった二人の願いは、今こうして現実の物となっている。

 ドタバタ、ドタバタという騒がしい音が、夕暮れ時の衛宮家の居間に響いていく。

 

 

「どこ行くのよ士郎ッ! まだ頭を撫でてもらい足りないったらぁ!

 家事なんてどーでもいいでしょうがッ! 捕まえて食っちゃうわよ!?!?」

 

「いい加減、酔いを醒ませ遠坂ッ!

 優雅たれはどーしたんだよぉー!」

 

 

 時に皿をひっくり返し、時にコップの飲み物を頭から被りながら、士郎と凛がグルグルと駆け回る。

 

 それと一緒に、仲良く追いかけっこをするトムとジェリーの姿を、英霊達が微笑ましく見つめた。

 

 

 

 

 

 






◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪




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童貞クンいらっしゃい♡ 白衣の天使ドスケベ久美ちゃんと行くマジックミラー号、with風の谷のナウシカ (甲乙さまご提案)



 ――――エキシビション! その5。

 今回のお題はこちら↓



 ◆ ◆ ◆


 この作品は【クジ引き小説】です。
 テーマや、ジャンルや、原作名などを書いたカードの中から、ランダムで一枚づつ引いて頂き、それによって書く内容を決める~という手法でやってみました。

 今回のお題は【ナウシカ×はじめの一歩で、エロネタがテーマの、アクセルべた踏みなカオス小説】


※キャラ崩壊注意!
 一応は原作を元に書いていますが、()()()()()()()()()()()()()()()()(キッパリ)






 

 

 

 

 ランラン、ランラララ、ランランラー♪

 ラン、ランラララー♪

 

 

『ナウシカ――――ナウシカ』

 

 これは、彼女の最古の記憶。

 まだ幼かった頃に聞いた、在りし日の父の、あたたかな声。

 遠くから私を呼んでいる声。

 

『さぁナウシカよ、おいで――――』

 

 言われるままに、父のトリウマに乗る。*1

 けれど、大好きなお父さんの膝にいるというのに、ナウシカの表情は冴えない。

 それどころか、どんどん心が不安の色に染まっていく。

 

 王族である父が引き連れている、この仰々しい行列。

 自らの母を始めとし、多くの大人達が、ゾロゾロと付き従っているのが見える。

 みんな顔見知りの優しい人達。この谷に住む者達だ。

 

 だがナウシカは、いま行列が進んでいる方向から、彼らがどこへ向かっているのかを察し、そのあどけない表情を硬くする。

 とても、とても嫌な予感がしたから。

 

『いやっ……。私そっちにいきたくない。いきたくないの……』

 

 

 

 ランラン、ランラララ、ランランラー♪

 ラン、ランラララー♪

 

 

 

『きちゃダメぇ~~っ!』

 

 身をよじり、逃げ出す。

 目的地に到着し、足を止めたトリウマの背から、ナウシカが飛び降りる。そのまま勢いよく駆け出していった。

 

 草原を走る。小さな身体を一生懸命に動かし、大人達から逃げる。

 しかし、まだ子供であるナウシカの足では、とても彼らを振り切ることは出来ない。

 大人達がナウシカを追う。ワラワラと群がり、容赦なく追い立てていった。

 

『なんにもいないわっ。なんにもいないったらぁ……!』

 

 やがて森の一角に追い詰められたナウシカは、必死で大人達に言い募った。

 こちらに向けて手をのばす、沢山の大人達から、何かを隠すように。

 身を呈して、その小さな身体で……何かを懸命に守っているかように。

 

『あぁっ!? 出て来ちゃダメっ……!』

 

 そんな彼女を余所に、今この子が背にしている“白い箱らしき物体”から、何人かの男女がゾロゾロと出て来る。

 おっ、何だ何だ? どうしたどうした?

 そうキョトンとした顔の()()()()()が、この場に姿を現したのだ。

 

『ジル様……ペジテ企画の者達です』

 

『“マジックミラー号”。やはりこの地に入り込んでいたか……』

 

 臣下であるミトと、父であるジルが、ウムムと沈痛な面持ちで唸る。

 ついに風の谷にも、()()()()()()()()()()()()()()()。こんなトコでおっぱじめやがって。まっ昼間から……と。

 

『どきなさいナウシカ。邪魔をするんじゃない』

 

『だめっ! なんにもわるいこと、してないっ!』

 

 いや、こいつらAVの撮影してるからね? 無許可だからね? 公然猥褻罪だよ。

 ナウシカは「いやいや!」とブンブン首を振っているが、いったい何故こんなヤツラを庇うのだろう? そんな必要がどこに?

 姫さまのとてつもない聖女っぷりに、谷の者達は舌を巻く。末恐ろしい娘だと。

 とりあえずジル様が、「ワシらとコイツ等は、同じ世界には住めないのだよ(?)」とか言って、引き剥がしたけれど。

 

『――――おねがいっ! ころさないでっ! おねがぁい!』

 

 やがて、ナウシカが泣きながら懇願する中、「オラとっとと歩きやがれ」とばかりに、ペジテ企画の者達を連行。

 先ほどまでしっぽりいっていたと思わしき女優さんと、無駄にムキムキなAV男優、そしてカメラや機材を携えた人達が、「ずーん」としょんぼりした顔でこの場を去って行った。

 

 ランラン、ランラララ、ランランラー♪

 ラン、ランラララー♪

 

『ころさないでぇ! おねがぁい……! えーんえーん!』

 

 いや……、いくら余所の土地で破廉恥行為に耽るクソ野郎共とはいえ、殺したりはしないのだが。

 ちゃんとこの谷の法に則って、然るべき処置をする所存である。多分ちょっとした罰金で済むと思うし。

 

 

 ワケも分からず泣く、悲痛な幼子の声。

 とても恥ずかしい罪で捕まる、情けない大人達。

 そして、「なんだコレ」みたいな冷めた顔をしてる、風の谷の者達――――

 

 この不思議な光景と、よく分からない世界観は、忘れがたき幼少期の思い出として、ナウシカの胸に刻まれたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あー、幕之内さんの事を考えると身体が火照るわー。汗ばむわぁ~」ウッフーン

 

 その日、夜勤明けでテンションがおかしくなっている間柴久美は、何気ない足取りでテクテクと駅のホームを歩いていた。

 

「フェザー級という57㎏そこそこの体重なのに、あんなにマッソーなんてどうかしてるよ。私を誘ってるとしか思えないもん。

 いつになったら幕之内さん、私の若くて瑞々しい肉体を、八の字運動で前後してくれるのかな?

 夜のデンプシーロールをかまして欲しいもんだよ、まったく」

 

 腰のあたりに添えた左腕を、振り子のようにブンブン動かす。

 実の兄よろしくのフリッカージャブを繰り出ししつつ、久美はいつかやってくるであろう二人の初夜に想いを馳せる。まだ見ぬ一歩くんの一歩くん(意味深)を思い描く。

 

 いったい知り合ってから何年経ってると思ってるんだ。

 もう30年以上も“友達以上恋人未満”やってるじゃない。

 とっとと押し倒せというのだ、あの照れ屋さんめ。

 

「幕之内さん骨折したらいいのに。両腕粉砕骨折したらいいのに。

 また入院してくれれば、私が付きっ切りでお世話してあげるのに……。

 もうっ! なんの為に看護学校出たと思ってるの?

 私ナースだよ? エロスの権化なんだよ?」(※個人の印象です)

 

 こちとら街のセックス・シンボルだぞ。泣く子も黙るナースさんだぞ。

 ほんと幕之内さんったら失礼しちゃうよ! ぷんぷん☆

 

 こんど剃毛してやるからな。無意味にチンコの毛ぜんぶ剃ってやるからな、あんにゃろう。

 それで思わずピーンとおっきして「あら幕之内さん、ガゼルパンチしちゃってますよ♪(はぁと)」とか言われちゃえば良いのよ。

 私「まっくのっうち! まっくのっうち!」って手拍子してあげるよ。「がんばれ♥ がんばれ♥」みたく。

 

 倒れても倒れても、何度でも立ち上がるという、幕之内さんのタフネス・ボディ。

 果たしてそれは()()()()()()()()()()()()、私が確かめてあげるよ。

 不屈の闘志とやらを見せてごらんよ。12ラウンドまでね! ウケケケケ!

 

 

 そんなアホな事を考えつつ、久美はホームへやって来た電車に乗り込んだ。

 今は通勤ラッシュの時間帯だが、久美が乗るのは“下り”の電車なので、いつもさして込んではいない。

 だが今日は運悪く、どういうワケだが座席は全て埋まっているようだ。キョロキョロと車内を見渡すも、どこにも座れそうな所が見当たらなかった。

 

 看護師という激務、しかも夜通し働いて来た後なので、とても疲れているのだけれど……。

 久美は「ふぅ」とため息をついてから、仕方なしに吊り革に手をかけ、暫しのあいだ電車に揺られるのだった。

 あいうぉん、とぅーだい、ろすとまいっ♪

 あいうぉん、とぅーだい、ろすとまいっ♪

 

 

 

(はっ……!? 誰かが私のおしりを、サワサワとまさぐっているわっ!)

 

 ふいに、久美は気づく。臀部のあたりに違和感を感じたのだ。

 

(いくらエロが服着て歩いてるような私とて! 花も恥じらう年頃の、ムッツリ淫乱ドスケベナースだからって! まさか頑張って働いた夜勤明けに痴漢に遭うだなんて!

 人が機嫌よく“はじめの一歩OP”を脳内で熱唱してる所に、おしりを触ってくるだなんて!

 これはあまりの仕打ちだよっ! 神も仏もあったもんじゃないよ! Bloody Hell(こんちきしょう)!)

 

 エロければ良いってモンじゃない。この間柴久美、そんな安い女に非ず。

 連載開始以来、30年以上も純潔を貫いてきたこの身体は、決して誰とも知れない者に触らせる為にあるのではない! 他ならぬ幕之内さんの為に取ってあるんだから!

 

 今もサワサワと感じる、くすぐったい感覚。

 触れるか触れないか、「気のせいかな?」と疑ってしまいそうになる位の、絶妙な力加減。

 だがそれは決して偶然ではなく、止むことなく延々と続いていく。

 被害者であるこちらの出方を探るかのような、ギリギリ怒られない範囲、そして何かあれば「つーん」と知らん顔出来る程度の、軽い感触でおしりをタッチされているのが分かる。

 有り体に言って、とても“手慣れた”手つきだ。

 

 卑劣っ! なんて卑怯なのっ!

 か弱い女の子が、恐怖のあまり声を出せないであろう事を見越して、えっちなイタズラするだなんて!

 こちとらマガジンの看板たる作品のヒロイン! いくら30年以上も身体を持て余しているからって、このSBS*2を痴漢の好きにさせるワケにはいかないっ! そんな事は天が許さないっ!

 

(このド腐れがァァーッ! この私を間柴了の妹と知っての狼藉かァァーッ!!

 どんな顔してるのか見てあげるよっ! ホーリーファァァーック!!!!)

 

 ド低能のチンポ野郎ッ! こいつのチンコにチョッピング・ライトを叩き込んでやるわ! 力を貸してお兄ちゃん!

 そうファックファック言いながら勇気を振り絞った久美が、〈キッ!〉と鋭い目で背後を振り向く。

 けれど。

 

(……へっ?)

 

 想像していた物は、そこに無かった。

 いや確かにお尻は触られているし、痴漢さんも目の前にいるのだが……。でも久美が思っていたのとは、だいぶ違ったのだ。

 

 さわさわ、スリスリ。

 今も感じる、くすぐったい感触。絶え間なくおしりを触られているという、確固たる事実。

 だがそれをしているのは、自分とそう変わらない年頃の、“麗しい女性”であった。

 

 

「あの……()()()()()()()()?」

 

 

 つい、訊ねてしまう。

 真顔で。抑揚の無い声で。今こちらのおしりを触っている女の子に対して。

 

 何しとんのじゃコラァ! とは言わなかった。

 だってケツ触ってんのは汚いオッサンじゃなく、綺麗な女の人だったのだから。怒りは湧いてこない。

 ただただ「何故?」とビックリするばかりだ。

 

 なんで貴方、痴漢なんてしてるの? 女の子なのに。

 何を思うよりも、真っ先にそう疑問が湧き、思わず普通に訊いてしまったのだった。

 ――――どういう事ですか? と。

 

 

「えっと、聞いてます?

 なんでまだ続けてるんですか。いっかい話をですね……?」

 

 今も痴漢さんは、こちらの目を真っすぐ見つめ返しながら、おしりをまさぐり続けている。

 肩で揃えた栗色の髪。整った美しい顔立ち。母性を感じさせる豊かなバスト。

 そんな魅力的な女の子が……、あたかもキツネリスに指を噛まれてしまった時のような、慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべている。

 

 

「ほら――――怖くない」サワサワ

 

「何がですか」

 

 

 

 

 この優し気な表情は、レズ特有の笑みなのか。こんな聖女みたいな顔しといて、クレイジーサイコレズか。

 久美は背筋にうすら寒いものを感じつつ、あと一駅分ばかり、おしりを撫でられるのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「私は、風の谷のナウシカ。

 よろしくね久美ちゃん。うふふ♪」

 

 駅に着いた途端、久美は突然グイッと手を引っ張られ、そのままメーヴェで拉致られてしまった。

 こいつを鉄道警察に突き出してやろうと考えていたのだが、それをする間もなく連れ去られてしまい、今二人はどこぞの公園を、並んでテクテク歩いている所である。

 

「久美ちゃんは、とってもキュートはおしりをしてるのね。

 きっと丈夫な赤ちゃんが産めるわ。スポーンといけるわ」

 

「そんな事より、何してるんですか貴方?

 痴漢した挙句、私をどこへ連れてこうと言うんですか」

 

「自分が怖いっ……! 憎しみに駆られて、何をするか分からないッ……!!」

 

「何その迫真の演技。

 そんな事したって駄目です」

 

 島本須美ボイスの無駄遣い。情緒不安定か。

 大人しく刑に服して下さいよクソレズさん、と久美が言うが、彼女にはまったく耳を傾ける様子が無い。

 機嫌良さそうに「♪~」とスキップしていた。とってもおおらかでマイペース。

 

「ちょっと……引っ張らないで下さいよっ! 歩きます! 歩きますからっ!

 どこ行くんですかナウシカさーん!」

 

「久美ちゃんに是非見て貰いたい物があるの。私の秘密の部屋♪」

 

 みんなには内緒なの。怖がるといけないから。

 そうニッコニコしながら、久美の手を引いて歩いていく。

 

 というか、さっき会ったばかりの赤の他人に、いったい何をしてるんだろうこの人は?

 朗らかな人柄だが、この有無を言わせぬ勢いよ。めっちゃグイグイ来るじゃないか。

 まぁ痴漢されはしたものの、久美にもこの人が「悪い人じゃなさそう」というのは分かるし。

 慈愛というか、母性というか、どこか人を安心させるようなオーラを感じるのだ。このナウシカという女の子には。

 なので、なんかよく分からないながらも、なし崩し的にここまで付いて来ちゃった久美なのである。

 

「ほら、着いたわ久美ちゃん。中に入りましょう♪」

 

「?」

 

 やがて二人は目的地に到着。その足を止める。

 いま久美の目の前にあるのは、アンモナイトとかの化石を連想させるような見た目の、巨大な“蟲”のような物体だった。

 

「えっと……これは?」

 

「移動型スタジオ、“風の谷”よ。

 今日はここで撮影をおこなうわ♪」

 

 ちょっとしたキャンピングカー程もある大きさ。まごう事なき王蟲その物のデザイン。

 だがこれは、れっきとした乗り物であり、中の空間にはちゃんと運転席もあれば、撮影用のスタジオも備わっている。

 ちなみにだが、王蟲の殻にあたる外装は、その全面が特殊な細工がされたガラスとなっており、透明だ。

 まるで壁など無いかのように、中から外の様子を窺うことが出来る。

 まぁそれとは逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これぞ、王蟲型AV撮影スタジオ――――その名もマジックミラー号“風の谷”である。

 

「この度、我が風の谷でも、トルメキア公国に対抗すべく、A()V()()()()()()()()()()()()

 さぁ久美ちゃん、今から企画の内容を説明するから、この台本に目を通しt

 

「嫌です」キッパリ

 

 フゥー! 君かわうぃーねーぃ♪

 そう煽てられてノコノコ付いて来たら、AVの撮影現場だったで御座る。

 久美は「お疲れっしたー」とばかりに床から腰を上げるが、ナウシカに「まぁまぁ♪」とグイッと引っぱられ、再びストンと腰を降ろす。

 やだこの人、めっちゃ力強い。強引。

 

「ナウシカさん、何考えてるんですか。

 いくら私が現役エロかわナースだからって、いきなりAV出演とか……」

 

「静かに、動かないで」

 

 苦言を軽く受け流しながら、ナウシカはおもむろに久美の服に手をかける。

 止める間もなく、瞬く間にプチプチとボタンを外してしまい、1秒後には久美の胸元があらわに。

 

「ちょ! ナウシカさん……!? 何を!」

 

「じっとしてて」

 

 すると、チラッと久美のおっぱいを確認したナウシカの表情が、見る見る内に歪んでいく。

 辛そうに目を伏せ、「くっ!」と小さく呟いた後、また同じように手早くボタンをはめ、服を元に戻した。

 

「安心して久美ちゃん。世の中いろんな需要があるわ。

 黒乳首だろうが、デカ乳輪だろうが、そういうのが好きな殿方も……」

 

「ぶっ飛ばしますよ? チョッピング・ライトですよ?」 

 

 せっかくカワイイ顔してるのに、こんな残念おっぱいだなんてっ! なんて事なのっ……!

 そうナウシカは辛そうな顔。久美のフリッカーをひょいひょい避けながらではあるが。

 

「当たらないっ……! 全然つかまらないよっ!

 もっと真面目にボクシング観てればよかったっ!」ビュンビュン

 

「王蟲、森へお帰り。ここはお前の世界じゃないのよ」

 

 ワケの分からん事を言いつつ、パンチを避け続ける。ふてぶてしいまでに、全く当たる気配が無かった。

 というか久美は、一歩や兄の試合をちゃんと見ていなかったせいで、AV出演する羽目となるのか。にわかボクシングでは、ナウシカを止めること能わず。相手はリアルに何人も殺している女なのだ。

 

「さて久美ちゃん、改めて企画内容を説明するわ。

 風の谷初のAVとなる今作は、今の流行りに習って【素人ナンパ物】にしようと思うの」

 

 題して――――【童貞クンいらっしゃい☆ 白衣の天使ドスケベ久美ちゃんと行くマジックミラー号、with風の谷のナウシカ】よ。

 そうナウシカがあっけらかんと告げる。今ぜーはー息を切らしている久美に対して。風の谷の姫はマイペースであった。

 

「このMM号という物からも分かる通り、風の谷の人達は、()()()()()()()()()()

 隙あらば裸になりたい、恥ずかしい私を見て欲しい、お外でエッチしたい。

 そんな願望を誰しもが抱えながら、風と共に生きているのよ♪」

 

「そこに童貞クンをナンパして、筆おろしを行うという要素が加わるの。

 ちょっとしたオネショタだったり、童貞ゆえの早漏だったり、彼女持ちの男性に対するNTRだったり……様々な性癖へのアプローチが可能になっているわ」

 

「本当は“辺境一のAV男優”と名高きユパ様に、お相手役をお願いしようかと思ったけど……。でも出演料の問題とかあってね? 一流所は高いのよ」

 

「なので、せっかくだし今回は、女優である久美ちゃん自身に、街で素人さんをナンパして来てもらおうかなって♪

 お好きな童貞さんを選んでくれて良いわ♪」ニッコリ

 

 うぉぉぉ! 命を燃やせぇぇぇえええーーッ!!!!

 そう言わんばかりに久美のフリッカーが唸りを上げるが、どれだけパンチが激しさを増そうとも、ナウシカの顔面を捉える事は出来ない。

 彼女のあたかも他人事のような、淡々とした言葉を止めることもだ。

 

「嫌ですよそんなのっ! なんで私なんですかっ!

 そんなのナウシカさんがやればいいじゃないっ!」

 

「ん? 私も一緒にやるつもりよ?

 美女二人で童貞クンを相手するの。『どっちが好き?(はぁと)』って感じで。

 初体験がハーレムプレイだなんて、こんな幸せな童貞喪失は無いでしょう?

 きっと素敵な思い出になるわ♪」

 

 ダブルパイズリとか、おちんちん取り合いっこフェラとか、胸アツよね♪

 あ、そういえばAV会社の女性社員が、無理やりAVデビューさせられる~という趣旨の企画も……。

 そうナウシカが腕組みをしてウンウン唸る。ついに全ての体力を使い果たし、床でくたばっている久美を余所に。平然と。

 

「というか……ナウシカさんって、まだティーンでしょう!?

 ぜったい成人してないじゃないですか!

 AVに出るだなんて、許されるワケないですっ!」

 

「あら、私の故郷にそんな法律は無いわ?

 みんな風のように自由に生きてるのよ」キッパリ

 

「AV撮るとか、出演するとかぁ!

 どれだけビッチなんですかナウシカさんっ! そんな清楚な雰囲気なのにっ!」

 

「そうね、()()()()()()()()()()()()()()

 自分でも分からない所があるの――――」

 

 きっと過去の自分が見たら、「こんなの私じゃない!」と言うだろう。声を大にして叫ぶハズだ。

 いくらトルメキアを始めとする列強の脅威が迫っているからといって、ウチの谷がすごく貧乏だからといって、なぜ私はこんな事に? AVなんか撮る羽目になったの?

 

 ちなみにであるが、現時点でナウシカさんは、いわゆる“清らかな身体”である。

 谷が滅ぼされちゃう! お金を稼がなきゃ! という切迫した状況ゆえに、だいぶ精神と言動がおかしくなってはいるが……、でもまだ何の経験もない生娘であるので、そこはご安心頂きたく思う。一応。

 

 本当は、せっかく最近“アスベル”という素敵な男の子と知り合ったのだし、彼にお願いしてハジメテを貰ってもらおうかな~、とも思った。AVとかやる前に。

 けれどあの野郎……今ユパ様と一緒に旅に出てやがるのだ。腐海の謎を解き明かすお手伝いなんぞに行ってやがるのだ。こちらの状況も知らずに。

 

 仕方ないのでナウシカは、このたびAV監督兼、女優さん兼、企画立案をするディレクター兼、撮影や製造や販売もこなすマルチなスタッフとして、業界に足を踏み入れたのだ。

 

 道理とか、筋とか、統合性とか、説得力とか、()()()()()()()()()

 とにかくナウシカはAVで一旗あげる事となり、こうしてはじめの一歩のヒロインである久美ちゃんをも巻き込み、今ナンヤカンヤしているのだ。それが全てなのだ。

 

「久美ちゃんには是が非でも、私のAVに出て貰うわ。

 これも谷の人達の為……。辛いだろうけど、今は耐えて頂戴」

 

「なんでですか! 私なんにも関係ないじゃないですか!

 今日会ったばかりなのに! まだLINEの交換すらしてn

 

「ごめんね、貴方の泣き言を聴いている余裕はないの。一緒にAVに出ましょう(閉廷)」

 

 せめて出演料は弾むわ。トリウマ三頭と、ヤギの乳を樽1つ分あげるから。……お金とかは無いけど。

 そう謎の決意を噛みしめたナウシカが、おもむろに懐から“虫笛”を取り出す。

 紐の付いたそれを、空中でヒュンヒュン勢いよく回し始め、鋭い風切り音と共に、どこか不思議な音色を奏でていく。

 

「いま巷で、“催眠物”っていうのが流行っているでしょう?

 私もこの虫笛で、王蟲のみならず、人をも操ることが出来るの。

 ほら久美ちゃん、貴方はだんだん眠くな~る。眠くな~る」ホワンホワン

 

「っ!?!?!?」

 

 映画本編では、蟲を余所へ誘導するのに使っていたが、今日は久美に催眠をかけるのに使用。

 断続的に響く虫笛の音色と、ナウシカの低くて優しい声が、久美を次第に眠りへと誘い、深層意識へと導いていく。

 

 痴漢や拉致どころか、催眠術でAV出演強要。

 いくら谷の皆の為、そして自らもやるとはいえ、風の谷の姫は腐れ外道に落ちた。

 

「うーん。……ZZZ」

 

 やがで、久美の精神は陥落。完全にナウシカの手中に落ちる。

 今の彼女は、目を瞑って項垂れており、ただ無意識下でナウシカの声に耳を傾けるお人形さんの如くの存在だ。

 

「さて久美ちゃん、よくお聴きなさい。――――()()()()()()()()()

 

「ムニャムニャ……はい私はドスケベです♥」コクリコクリ

 

「貴方は今日、AVに出るのを楽しみにして、このMM号にやって来たの。

 童貞クンのおちんちんを搾りたいなんて思う、度し難いドスケベよ」

 

「えへへ……私おちんちん搾るぅ♥ ドスケベですぅ~♥」

 

「おっぱい小さいし、処女だし、なんか乳首も黒ずんでるけど……。

 でもドスケベなのよ久美ちゃん」

 

「私ナースなのに処女ですぅ~。でもドスケベなんですぅ~♥」ムニャムニャ

 

 地獄だ。もう目も当てられない――――

 ちなみにだが、今日は“大晦日”である。

 一年の最後という大切な日に、いったい何をしとんのかと思わざるをえない。死んでしまいたい気持ちだ。

 

「これから貴方は、街に出ていくの。

 恋愛に関する軽いアンケートだと言って、そこらへんにいる男の人に、声をかけなさい。

 そしていくつか質問をし、もし相手が“童貞クン”だと分かったら、甘い言葉で誘ってMM号(ここ)に連れて来て」

 

「はーい、連れてきますぅ~。

 童貞クンを見つけ出しますぅ~♥」

 

「出演交渉とか、その他の準備とかは、ぜんぶ私がやるわ。

 久美ちゃん好みの、カワイイ男の子を選んできてね。

 二人で足腰立たなくなるまで搾ってやりましょう。

 私のAVが完成したら、アスベルに送り付けてやるわ(闇深)」

 

 とりあえず企画概要、説明完了。または洗脳とも言う。

 

「――――良いこと久美ちゃん? 貴方はクズよッ!

 この世で最も劣った生き物よッ!!」

 

「 Sir! わたしはクジュでありましゅ! Sir! 」

 

「――――パパがシーツに作った汚いシミ、その残りカスが貴方よっ!

 メーヴェの閃光弾ひとつ、大ババ様のおむつ一枚、チコの身一個分の価値も無いっ!」

 

「 Sir! わたしは無価値でありましゅ! Sir! 」

 

「バカな患者共のオカズになるか、PCの前で股をイジる事だけが、お前の存在理由(レゾンデトール)だ!

 しかしっ、見事この企画をやり遂げた時っ! 童貞クンの竿をカラッカラになるまで搾り取ったその時に、貴官は“AV女優”となるっ!

 巨万の富と名声を得て、世界中の人々から賞賛を受け、夜の秘め事の一助となる、そんな素晴らしい存在になれるっ!

 昨日まで処女であった貴方が、超弩級の性体験を持つ、とんでもないアバズレ女へと進化するのだっ!

 どうだぁ! 嬉しいか久美ちゃん!!」

 

「 Sir! 嬉しいでありましゅ! 自分はAV女優になるまぁーす! Sir! 」キャッキャ

 

 海兵隊(マリーン)式で発破をかけ、バーンとMM号のドアを開け放つ。

 さぁミッションスタートだ! 久美ちゃんニ等兵、状況を開始せよ! 突撃っ!

 

 

「行って来なさい久美ちゃん! グッドラック!」ビシッ

 

「わぁぁーー! 待っててね童貞クン☆ いま行くよぉ~♥」ドドドド

 

 

 

 

 そして今、30年余も続いた純潔をドブに捨てるべく、間柴さん家の久美ちゃんが、表へ飛び出していく。

 

 勢いよく、雄々しく、高らかに声を挙げて、

 ヒロインでなく、ナースでなく、AV女優となるべく。獲物(童貞)を探しに行った。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――こんにちは幕之内さんっ! 童貞ですよね?(はぁと)」

 

「えっ」

 

 

 だが、彼女が向かったのは、街では無かった。

 催眠状態にかかり、本能のままその場を駆け出した彼女は、一直線に“釣り船幕之内”がある防波堤近くの釣り場へと赴き、そこでのんびり釣り糸を垂らしている一歩のもとへ。

 

「ホントはアンケートとか、しなきゃいけないんですけど……、もう知ってますから♪

 ささっ! 釣りとかどーでも良いですから、こっち来て下さいっ!

 パン屋での出会いから始まった、この三十年間のモヤモヤに、決着をつけましょ♥」フンス

 

「あれっ……久美さん?

 どうして僕の手を引っ張るんですか? おーい」

 

 突然キャッキャ言いながら、この場に現れた久美。なんかおめめがグルグルしている。

 一歩は彼女に手を引かれるままに、椅子代わりの箱から腰を上げる。ワケも分からぬまま歩く。

 

「幕之内さんって、どんなコスチュームがお好きです?(唐突)

 なんか意外とケバいのとか、エグイのとか、とにかく“エッチなヤツ”が好きな印象ありますケド。

 たとえば水着だったら、ビキニとワンピと競泳水着、どれがグッときますかぁ♥(にじり寄り)」

 

「あのっ、ちょっと意味が分からないですけど……。

 僕は別に、ちゃんと着れさえすれば、好みとかはですね?」

 

 いつものお淑やかな彼女とは違い、めっちゃグイグイ来る。

 今も子犬のように腕にじゃれつき、楽しそうにはしゃぐ。とっても無邪気。

 一歩はアワワと狼狽えつつも、やがてしつこく問い詰められるままに「競泳水着ですかね……?」と答えてしまう。

 どうやら彼は、身体のラインがくっきりと出る感じの、スポーティなタイプが好みのようだ。

 

 

「なるほどぉ、じゃあスク水とかもアリですね!

 ――――その者、青き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし。

 スク水エッチしましょっか~幕之内さん♥」

 

「えっ」

 

 

 ランラン、ランラララ、ランランラー♪

 ラン、ランラララー♪

 

 どこからか、謎のBGMが聞こえる。

 あの言い伝えはまことであった……。ってやかましいわ。

 

 

 

 

 

 その後の話をしよう――――

 

 一歩を連れてマジックミラー号に帰還した久美は、イソイソとスク水を着て、AV撮影の準備に入った。

 抵抗はさせぬ、大人しくしなさいと、ナウシカに後ろから羽交い絞めにされる一歩くん。

 そんな彼のズボンを、久美が嬉々としてグイッと引きずり下ろす。

 さぁ待ちに待った、結ばれる時! タイムハズカムとばかりに。

 

 だがどうした事が。久美は彼の“規格外”とも言うべき立派なムスコサンをひとめ見た途端、その衝撃からか()()()()()()()()()()、ハッと正気に戻ってしまったのだ。

 

 目を覚ましてみたら、すぐ顔の前にある、彼の大根みたいにぶっといヤツ。理解不能なナニカ。

 

 久美ちゃんは顔を真っ赤に染め、「キャー! 幕之内さんのえっち! まいっちんぐ!」の声と共に、一歩の股間へ()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼を失神させることに成功。

 その後、「わー!」と外へ飛び出していった。

 

 残念ながら、これにて今日の撮影は、中止となったのだった。

 

 

「今日は惜しかったね久美ちゃん。せっかく幕之内さんと……。

 あ、次はこのMM号で、【彼女なら彼氏のちんぽ当ててみて!】という企画物をね?」

 

「――――王蟲に喰われろ! アスベルにフラれろばかっ!」

 

 

 

 

 

 関係無いが、映画本編の中盤にある【腐海の湖で王蟲と邂逅するシーン】で、沢山の触手に囲まれているナウシカを見て、ちょっと“エロい想像”をしてしまった者、正直に手を挙げなさい。

 

 貴方の心は汚れている――――でもみんなそうだと思うの(確信)

 

 

 

 

 

 

 

*1
この地域で飼育されている鳥類の動物。とても身体が大きく、人を乗せて走る事が出来るので、馬代わりに利用されている。

*2
スーパー・ビューティフル・セクシー





◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪



 PS  これで勘弁して下さい(血反吐)






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日本の文化をファックしろ! 大作戦! (皆様からのリクエスト原案)



 ――――エキシビション! その6!

 今回のお題はこちら↓



 ◆ ◆ ◆


 引き続き、“クジ引き小説”のパート2です。
 皆さまから募集した原作、テーマ、ジャンルなどが書かれたカードの中から、無作為に一枚づつ選んで頂き、それで小説を書いてみました。

 今回のお題は……【千と千尋×アーマードコアで、飯テロがテーマの、ドシリアスなアクションダークファンタジー物】


 



 

 

 

 

 

ミッションの概要を説明します――――

 

ミッション・オブジェクティブは、GUNMA県の異界に存在する温泉宿、“油屋”の占拠です。

 

 

今回は、細かなミッションプランはありません。貴方に全てお任せします。

あらゆる障害を排除し、目的を達成して下さい。概要は以上です。

 

ユニオンは人々の安全と、世界の安定を望んでおり、その要となるのがこのミッションです。

 

貴方であれば、よいお返事を頂ける事と、信じています。

 

 

 

 


依頼主   : インテリオル・ユニオン

作戦エリア : 群馬県、吾妻郡中之条町(異界)

作戦目標  : 油屋の占拠、敵全撃破

報酬    : 1000000c


 

 

 

・このミッションを受諾しますか?

 

   OK      CANCEL

 

 

 

 

 

 

 

NOW LOADING ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『――――ミッション開始ッ!

 八百万の神々が集う巨大温泉宿、“油屋”を占拠する』モグモグ

 

 全長15メートルを超える人型機動兵器、アーマードコア・ネクスト。

 振動やGによって激しく揺れるコックピットのスピーカーから、当機のオペレーターである“セレン・ヘイズ”の声がする。

 

『まずはVOB*1で、一気に彼我(ひが)の距離をつめる。

 超高速戦だァ……、目を回すなよォ?』ズゾゾゾ…

 

 だが様子がおかしい。なにやら麺をすするような音が、音声に混じっている。

 どうやらセレンさんは、今カップ焼きそばを食いながらオペレーターをこなしているようだ。お腹が減っているのだろうか?

 

 小麦で練った麺を油で揚げ、それを3分ほど湯でふやかして食うという、“焼きそば”という名にあるまじき食べ物。

 総エネルギー量は700kcalを超え、十二分に腹が膨れはするものの、反面これには栄養もクソもあったモンじゃなく、健康の為に必要なタンパク質やビタミンといった重要な栄養素が、致命的なまでに不足している。

 

 それどころか、その30gに迫るという脅威の脂質量が、体内のコレステロール値を劇的に上昇をさせ、狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患のリスクを飛躍的に高めるだろう。

 加えて、その過剰なまでにぶち込まれた脂質は、胃腸への深刻な悪影響をもたらす。

 消化不良を引き起こすばかりか、せっかく摂ったタンパク質の吸収を阻害し、筋肉の成長や回復を妨げてしまうのだ。

 

 それのみならず脂質という物は、胃の中で麺の糖質と結合する事によって、この上なく()()()()()()()()()()()()()()()という、ファッキン・ワンダフルな性質というオマケ付き。

 

 たとえばだが、揚げ物(脂質)とお米(糖質)を、別々の機会に食する事は出来る。口にするとしても同時には食べないよう、工夫する事は可能だろう。

 お米じゃなく、キャベツの千切りなどと一緒に、揚げ物を食せば良い。食物繊維は脂質の排出を助ける効果があるので、とても理にかなっていたりもする。

 

 だがこのカップ焼きそばという物は、あろうことか()()()()()()()()()()()

 ゆえにどう足掻いても絶望。どこにも逃げ場など無い。食えば体脂肪になるのは不可避。

 

 もしこれを食い続ければ、不健康は決して免れないという悪魔めいた代物だ。

 全ダイエッターの天敵とさえ言われたこの“カップ焼きそば”は、史上最も多くの人間を太らせた料理でもある。

 

『そろそろ燃料切れだ、VOBの使用限界が近いぞ。通常戦闘を準備しておけ』カカカッ

 

 だが……カップ焼きそばは“美味しい”。

 この上なくうまいのだ。困ったことに……、

 

 むしろ上記であげた負の要素、「食べてはいけない」という罪悪感こそがスパイスとなり、この食べ物は完成すると言っても過言ではなかろう。

 更にこのアルティメット・コレステロール・クリーチャーとも言うべき“おデブまっしぐら”を、敢えて深夜に食すことにより、真価は発揮されるだろう。

 今セレンさんが、箱にへばりついたキャベツの欠片をかき集めるべく、箸でプラ容器をカカカッとやっているが……その音すらも愛おしい。たいへん食欲をそそる。

 

 お湯を捨てる時の、シンクが〈ボコン!〉となる音……。

 麺をお箸でグリグリし、執拗なまでにかき混ぜている時の期待感……。

 鼻孔をくすぐるオタフクソースの、甘く芳醇な香り……。

 付属のふりかけを、出来る限り高い所から〈ファッサー!〉と散らし、それがフワフワ舞い落ちる光景は、あたかも春風の中で散る桜吹雪を想起させる。

 

 そして! おもむろにぶっかけるマヨネーズの背徳感よ!!

 もう太ってもいい! ダイエットなんざ知るか! そう明日を省みず、己の未来すらも粉砕する勢いで発射されるマヨビームが、焼きそばをギルティ・イエローに染め上げた時の高揚感よ!!

 全てをかなぐり捨ててかっ込む満足感、口いっぱいに頬張る充足感は、何物にも代えがたく! 得も知れぬ幸福に身を震わせること必至である!

 さぁ想像しろ! 深夜0時に食うカップ焼きそばの味をッ! なんと素晴らしいッ!!

 

 かの偉人は言った――――「おいしいから大丈夫だよ」と。

 こんなにも美味しい物が、健康に悪いハズが無い。私の細胞がそう言ってる。

 むしろこれを我慢しちゃう事で、ストレスとかで寿命縮むんじゃないかな?

 人は皆、幸せになる為に生きているのに、カップ焼きそば食わないのは矛盾してない?

 ちゃんとキャベツも入ってるんだし、ヘルシーじゃん♪

 

 そうアホみたいな屁理屈をこねながら、今日もクソデブ我々人類はカップ焼きそばを食べるのだ。

 

 UFOは、悠然と空を舞っている。

 全て(体脂肪)を忘れられる、幸せな人々を抱きながら……。

 

『よし、敵の懐に潜り込んだな。心の準備は出来たか?』ズルズル

 

 ネクスト機が空気の壁をブチ破り、とてつもないジェット音を撒き散らしながら流星の如く飛行。

 引き続きセレンがカップ焼きそばをすする音が聞こえているが、そんな事を気にしている暇は無い。「姐さんまたダイエット失敗っすね!」とか言ってる場合じゃない。

 

 眼下には古風な日本家屋の街並み、そしてすぐ目前には、今回の作戦目標である“油屋”。

 以前なにかで見た、奈良の東大寺にも負けないほど巨大な木造建築物。とても雅で豪華な店構えだ。

 そしてその周囲にも屋根にもワラワラと蠢いている、八百万の神々(人外達)

 かの【スピリット・オブ・マザーウィル】を彷彿とさせる、要塞めいた防衛設備。数えるのも億劫になるくらい多くの対空砲。

 

 これを今から、単独で撃破しなくてはならない。ここを占拠せねばならない。

 人が戦ってる時にとか、咀嚼音のせいで全く締まらないとか、泣き言を言っていられないのだ。

 

『始めるぞ。VOB使用限界、パージするッ!

 見せてみろォ――――お前の可能性を』クチャクチャ

 

 機体の背部から、用済みとなったVOBが切り離される。

 残り火の慣性、そして自らのブーストを吹かす勢いを以って、敵の真っただ中に突っ込んでいく。

 

 日本という国、神々が集う異界、しかもジブリの世界観。

 今ここに、アーマードコア・ネクストが推参。戦いの幕が上がる――――

 

 

 

 

 

 

「 レ ッ ツ 、パ ー リ ィ ィ ィ ー ー ッ ッ !!!!!! 」ヒャッハー

 

『ちょっと待て、()()()()()()!?!?』

 

 

 私のリンクスじゃない……?! 知らんヤツが乗ってる!!

 思わず空容器をポイッと捨て、モニターに向き直った。

 

「ヤツ等のような“腐ったチーズ”には、決して負けない。

 何故なら私は――――アメリカ合衆国大統領だからだ!!」カッ

 

『オイ何だ貴様はッ! 何故そこにいるッ!?』

 

 私のリンクス*2をどこへやった!? そう声を荒げる。

 だが無線機の向こうにいるのは、自らが手塩にかけて育てた愛弟子ではなく、ぜんぜん知らない男。

 しかも“アメリカ大統領”を自称する、ものっすごく自信に満ち溢れたダンディな声。

 

『なッ……!? よくよく見れば、()()()()()()()()()()()()()()()

 いつの間にすり替わった!?』

 

「HAHAHA☆ これは我が国が開発したSpecial Heavy Mobile Armor(  特殊起動重装甲  )

 人呼んで【メタルウルフ】さ、ハスキーなお嬢さん」

 

 セレン・ヘイズ自身が設計し、大切な愛弟子に託した機体、ACストレイド。

 だが今モニターに映っているのは、あの見慣れた水色のボディではなく、なんかよく分からない黒色のロボットだ。

 しかもACより一回りも二回りも小さく、恐らく全長は5mかそこらだろう。明らかにネクストとは違うし、恐らくはノーマルでも無い。

 

 そんな見ず知らずの機体が、いつの間にか愛弟子と入れ替わっており、VOBで神々の温泉街へと出撃していったのだ。

 クーデレながらも弟子を溺愛し、軽くオネショタ気質まで持つセレン・ヘイズ。現在の心境は、いったい如何ばかりか。

 

 そして――――騙して悪いが彼の名は【マイケル・ウィルソン・Jr.】

 この特殊起動重装甲メタルウルフのパイロットであり、第47代アメリカ合衆国大統領だ。

 

 過去には海兵隊に所属する兵士であり、世界各地の紛争に参加。その功績からメダルオブオナーを授与された人物。

 また、過去に家族をテロで失った経験から、テロという物に対して深い憎しみを抱いており、決してこれには屈しないという強い信念を持つ。

 正義を貫く熱いハートと、大統領にまで昇りつめた人望、そして高い知性を合わせ持つナイスガイである。

 

 なのでこの人は、決して“首輪付き”の愛称で親しまれる、セレンのお弟子さんではない。

 何故こんな所にいるんだコイツは。お前プレジデントだろうが。

 

「ちなみに私は、この機体(スーツ)を【ドシリアス】と名付けたんだ。

 良いセンスだと思わないか?」

 

『 思うかァ!!!! 』

 

 ジブリの世界にロボが乱入、しかもパイロットは別人で、アーマードコアではなくメタルウルフが登場。

 そんな理解し難い状況ではあるが、()()()()()()()()()()()

 他ならぬ彼がそう言っているのだから。間違いないのだ。

 

「OH! そこら中を八百万の神々がうようよしているぞ。

 これが魑魅魍魎ってヤツか。()()()()()()()()()()()()()()

 

『 ぜんぶ口で言うなッ! 卑怯だぞ!! 』

 

 書けないんだったら、口で言えば良い――――

 表現出来ないのなら、ハッキリ言葉で示す他ない。「これは〇〇なんです」と言い張れ。

 そう言わんばかりの所業。

 

「ノルマは達成した――――How do you like me now(これが大統領魂だッッ)!!!!

 ここからは好きにやらせて貰おう」*3

 

 彼が何を言っているのかは、皆目見当が付かないが……とにかくマイケル操るメタルウルフ(ドシリアス)が空から舞い降り、ガッシーンと大地に着地。カッコいいポーズを取る。

 

「ではセレン、指示を頼む。

 ブギーマン共をBeat Downするぞ」*4

 

『えっと……私のリンクスは無事か? それだけ先に教えて?』

 

 もうこうなったら、やるしか無いかッ……! 仕事は仕事だッ!

 アイツ今どうしてんだろ、ちゃんと帰ってくるよな? とか思いつつも、セレンは目をモニターを注視。

 新たにドミノピザの箱を手元に置いて、彼と共に戦う覚悟を決めた。

 

『ではこれより、巨大温泉宿“油湯”を占拠するッ。

 依頼主(ユニオン)からのオーダーは無いんだ。全てを破壊して構わんぞォ』モッチャ モッチャ

 

 ピザを食べながらレーダーを確認。もう画面が赤い点で埋まってしまう程の敵反応がある。

 ノーマルや戦車などの兵器は無いものの、まさに無尽蔵と言える敵勢力。

 

『なお今回の作戦名は……【日本の文化をファックしろ大作戦!】だ。

 武運を祈るぞォ、Mr.President( 大統領 )』ングング

 

「ROG that」*5

 

 

 

 メタルウルフがブーストを吹かし、勢いよく駆け出していく。

 対するは、日本中から集った神道由来の神々、YAOYOROZU。

 おそらくは豊穣を司る神なのだろう、大根を模したマスコットのような者。秋田のなまはげをモチーフにしたような者。またどこからどー見ても、でっかいヒヨコにしか見えないような者など、多種多様で大勢の神々が征く手を阻む。

 

「――――Yeahhhhhhhhhhッッ!!!!」ドゴゴゴゴ

 

 だがその神々の誰もが、「やめて! ぼくらの住処をこわさないで!」とばかりの、悲痛な顔をしている。

 メタルウルフ(ドシリアス)が両手で操る、二丁の巨大なガトリングガン。その暴風めいた弾幕に晒されながらも、必死にみんなの憩いの場を守ろうと、健気に頑張っているのだ。

 みんなマスコットっぽくて可愛らしい子達だし、「うえーん!」と泣いてしまってるのだ。とっても可哀想に見える。

 

「Take this!!*6 ビリーヴ・ユア・ジャスティス!!」ドゴゴゴゴ

 

 だが容赦なく叩き込まれる弾丸。これじゃあどっちが悪だか分かりゃしない。

 しかしながら、マイケルが己の正義を疑うことは、決して無い。

 なぜなら彼は、アメリカ大統領だから!

 

 魑魅魍魎で、未開人で、人間ですらない――――そんなヤツラに白人は慈悲などかけない。ゾンビを撃つのと同じだ。

 そもそも、天にいまし我らが神の愛は、人間にのみ向けられているのである。

 獣畜生(と白人以外の存在)は、人間(というか白人)の為にこそ存在する物なので、別に殺しちゃっても構いませんよ~と、ちゃんと主の教えにある。神が太鼓判を押して下さっている。

 ゆえに、なんの良心の呵責もなくkill them all(みなごろし)にすることが出来た。「原始時代に戻してやるぜ! ハッハー!」ってなモンだ。

 

 ……ジブリキャラ? そんなもん知るか!

 こちとら Indianを虐殺し、Japanに原爆落とした民族の末裔やぞ。Kiss my ass!*7

 

 バタバタと倒れ伏す神々。崩れ落ち、砕け散る建物。炎と硝煙に包まれる街。

 そして、そこらじゅうに飛び散る、血! 血! 血ッ!!

 やがてそれは流れ、ひとつの川を成す。

 生物も、建物も、地面も、世界が赤一色に染まっていく。

 ああ、これぞ正にアクションダークファンタジー。フロムの社員さん達もニッコリだ。

 全てを破壊する、暴力ッッ!!

 

 

 

『YAOYOROZU,残り半数――――

 いいぞォ、効いている。そのまま続けるんだ』モッチャ モッチャ

 

 そして物を食いながらオペするセレン・ヘイズ。

 その手にあるのは、ドミノピザの“アメリカン”。

 チーズ・パペロニ・トマトソースが乗った、とても美味しそうなピザである。

 

 今もセレンの手元から〈びよ~~ん!〉とチーズの糸が伸びており、それを「おっとっと」なんて言いながら、慌てて口に運んでいる。

 指に着いたトマトソースを、少しお行儀が悪いけれど、ペロッと舐め取ったりもする。

 あぁ正に至高のひと時。

 

 一見すると、なんたらデラックス~とか、なんたらジャイアント~みたいな、いわゆる豪勢なピザの方が良いように思える。

 なんだったらマヨネーズが乗ったテリヤキピザや、海老や蟹がふんだんに使用されたシーフードも、それはそれは美味しい事だろう。

 

 しかしながら……セレン・ヘイズはいつも“アメリカン”を選ぶ。

 これはアメリカ人がよく食べている感じの、テンプレというか典型的な物。言わば最低限の具とチーズだけが乗った、とてもシンプルなピザだ。

 

 セレンは元トップランカーのリンクスであり、言うまでも無くお金持ち。

 ゆえに豪勢なのを注文する事も出来るし、実際に以前は色んなピザを食べていたものだ。

 けれど、近年の彼女が頼むのは、このシンプル極まりないアメリカン・ピザ。これ一択となっている。

 

 ヘレンは思う――――なんだかんだ言っても、やっぱりコレだと。

 ダイエットの辛さに身を焦がし、心身共に極限状態にある時、いつも頭に浮かんでくるのはこのピザ。

 身体が求めるのは、心が欲するのは、決してゴテゴテした高価なピザなどではなかった。

 したいのは散財じゃない。それじゃあ“自尊心”しか満たされない。そんな物は女子供が食えば良い(※セレンは女性です)

 

 ――――アメリカンのようにシンプルなピザを、Lサイズでひとり食いしたい!

 ――――誰に気兼ねする事無く、思う存分、お腹いっぱい食べたい!

 

 それに尽きる。こんなにも心が満たされる行為が他にあるか?

 これこそが彼女にとって、真の“贅沢”なのである。

 

 しかも、しかもだ。今セレンが食べているのは、ただのアメリカンに非ず。なんと“ダブルチーズ”と呼ばれる増量Ver.だ。

 ちょっと過剰なまでにたくさん乗せられたチーズが、ピザ生地の上でドロッドロにとろけ、零れそうな程の“チーズの海”を作る。

 そこにポツポツと乗せられた赤いパペロニは、海に浮かぶ孤島か。

 

 店員さんが入れてくれた切れ目を探り当て、それに従って一切れづつピザを分離させる。

 どこまでも際限なく伸びていくチーズ、そして生地から滑り落ちそうになるパペロニに苦心しつつ、「あわわわ、あちち」なんて言いながら必死こいて口元に運び、それを頬張る。モチャモチャと咀嚼する。

 

 チーズの乗った生地のしっとり感、そしてミミの部分のフラットで食べ応えのある食感、その違いを楽しむ。

 うすっぺらいパペロニから感じる、僅かだけど確かな肉の旨味に意識を集中するべく、目を瞑って味わう。

 

 とりおり漏れる「う~ん♪」という幸せそうな声。

 口いっぱいに広がるチーズの風味、その美味しさに思わずほっぺを押えつつ、じっくりのんびりとピザを堪能していく。

 

 そして、時折コーラを喉に流し込むことも忘れない。口の中の油を一度リセットし、また新鮮な気持ちでピザを味わう為に。

 この孤独だけと豊かな食卓において、なんと言うかコーラは……とても爽やかな存在だ。

 

 偉い人は言いました。「ピザはイタリア料理だが、そこにコーラを付ければアメリカ料理になる」と。

 それは真理だと思うし、上手いこと言うもんだなァ~と、セレンも関心したものだ。

 

 とにもかくにも、彼女はピザを食べ進める。

 一人ではとても食べきれないようなサイズのピザに、モニターとにらめっこしながらではあるが、猛然と挑んでいく。むしゃむしゃ、もぐもぐ。

 

 なんて美味しいんだろう……。ピザはなんて素晴らしいのだろう!

 熱中症の身体に水が沁み込んでいくように、ピザの脂質が身体中に染み渡る。砂漠のようにカラカラだった心が、“おいしい”で満たされていく……。幸せ♡

 

 よっし、明日からも()()()()()()()()()()

 愛弟子(アイツ)とプールに行くんだ。ビキニ姿を見せつけてやるからな――――

 

 そんな妄想を思い描き、気持ち悪い顔で「ぐへへ……♪」と笑いつつ、セレンは大好きなピザをモチャモチャ。

 気が付けば、あれだけ大きかったLサイズのピザは、もう手元にある一切れ分を残すのみだった。

 ぜったい食べきれないって思っていたのに……なんとかなってしまったらしい。

 

 ちなみにであるが、今日はチートデイでも何でも無い。何かを計算しての事でもない。

 ただドカ食いしてるだけなのだ!

 

 

 

「――――ハッハー! 随分と楽しそうだなマイコォ~ウ!

 私も混ぜてくれないかぁ~い?」

 

「ッ!?!?」

 

 その時、あらかたのYAOYOROZUを殺し終えたマイケルの耳に、とても聞き慣れた声が届く。

 ねっとりし、どこか聴く者をイラッとさせるような、おっさんの声だ!

 

「おっ……お前はっ! リッチャアアアァァァーードゥ!!!!(巻き舌)」

 

「マイコォォォオオオーーウッ!!!!(巻き舌)」

 

 彼こそは、アメリカ合衆国の副大統領、リチャード・ホーク!

 マイケルとは大学時代からの友人であり、戦場でも轡を並べて戦った戦友。そして現在は片腕たる男である。

 しかし、彼の心は大統領たるマイケルへの嫉妬で満ちており、いつも陰湿な嫌がらせばかりするのだ。

 

 ブラックが好きだと言っているのに、コーヒーにクリープを入れてきたり、マイケルが読んでいた本の栞を、こそっと抜きとったりされた。

 これじゃあ、どこまで読んだのか分からないじゃないか! なんて卑劣な! ぜったいに許さないっ!(プリキュア感)

 

「さぁマイコ~ゥ?

 Japanのブギーマン共をジェノサイドするのも良いが……ちょっとあちらを見てみろよ」

 

「んっ? ……あ、あれはっ!?!?」

 

 ヤツがほくそ笑みながら指さした先を見る。

 ついでにさっきまでピザに夢中で、モニターをよく観ていなかったセレンも、慌てて確認。

 

「ミスター・プレジテェェント! I'm sorry、ひげソーリー!」

 

「ジョディ……!? そんな所でWhat's happen?! ジョディィィーーッ!!」

 

 温泉宿“油屋”の屋根にある、巨大なしゃちほこ的な飾り。そこにロープでグルグル巻きにされている、ジョディ・クロフォード女史の姿。

 彼女は大統領補佐官であり、普段はメタルウルフのオペレーターも勤めている、マイケルの相棒的な存在。アメリカン・ビジネスウーマンである。

 そしてよく見れば、彼女のみならず大勢のホワイトハウスの職員たちが、そこに縛り付けられているでは無いか! みんなマイケルの愛すべき友だ!

 

「フハハハ! 実はお前をハブにして、()()()()()()()()()()()()()()()()

 まさかここまで追って来るとはな……」

 

「 リ ッ チ ャ ア ア ア ァ ァ ァ ー ー ド !!!! 」

 

 ビックリしたよ。わざわざメタルウルフに乗ってまで……。

 そうリチャード副大統領は冷や汗。対してマイケルは激高している。

 私だって温泉入りたい! 仲間外れは酷いじゃないか! と。

 

『……おい貴様ァ。

 お前は温泉入りたさに、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただそれだけの為に、手品のように私のリンクスと入れ替わり、ここへ来たのか……?』モシャモシャ

 

「Yeah,sure! 君の言う通りだミス・セレン。

 どうしてもVOBが必要でな」

 

 今度はファミチキに齧り付きながら、セレンが震え声。

 

『なッ……! 何故そこまでするッ!!

 何がお前をそうさせるんだ! 無茶苦茶だろうがッ!!』ゴックン

 

「いや、無茶ではない。

 何故なら私は――――アメリカ合衆国大統領だからだ!!!!」

 

 私だけハブにするのは許されない。だって大統領だもん☆

 そうマイケルは声高に主張。よくわからん謎の説得力があった。惨めだが。

 

「Mrプレジデント! 来ては駄目! これは罠です!

 掘った芋いじくるなーっ!」

 

「ジョディ! ……クソッ、卑怯だぞリチャード! 皆を人質に取るとは!」

 

「ハーッハァ!

 これは最初から、お前をおびき寄せる為の作戦だった……という事にしておいてだな。

 こうなったら死んでもらうぞマイコゥ!! せっかくだし!!

 お~っと、動くなよぅ? コイツ等の命は無いぞぅ~」

 

 温泉行きたさに、ひよこ饅頭食いたさにリチャードの甘言に乗り、大統領を裏切ったジョディ&ホワイトハウスの職員たち。

 だが彼らは今、無防備な状態で油屋の屋根に拘束されており、人質として利用されているのだ。

 リチャードがマイケルを倒すため! 彼を殺して大統領の座を奪うために!

 

「ヤツ等がいる場所には、油屋を木端微塵に出来る量のTNTを仕掛けてある!

 俺が手元にあるスイッチを押せば爆発するぞ! 大人しくするんだマイコゥ!」

 

「Oh fuck! なんてドシリアスな展開なんだ!」

 

『 口で言うんじゃないッ! 内容で示さんかッ! 』サクサク

 

 セレンがフライドポテトを齧る。マックで買って来たヤツを。

 けっこう時間が経っているのだが、さっきちゃんとトースターで温め直したので、カリカリ復活だ。

 油と塩気のコンビネーションが口内に染み渡る。マーヴェラス!

 

「待っていろ皆! すぐ助ける!」

 

「なっ……! 逃げて下さいMrプレジデント! 死んでしまうわっ!

 なぜ私達を助けようとするのですか? 貴方を裏切ったのに!」

 

「ジョディ……私には友人を見捨てることは出来ない。

 何故ならば――――アメリカ合衆国大統領だからだ!!!!」

 

『便利だなァそれ。何でもイケるじゃないかァ』モシャモシャ

 

 ナゲットに付いていたBBQソースをディップしながら、引き続きフライドポテトを齧る。

 ちなみにだが、セレンはナゲットを食べる時は、断然マスタードソース派だ。頑ななまでに、これ一筋で生きて来た。

 でもマックの店員さんに「二つとも付けて下さーい♪」とお願いすれば、BBQもマスタードも両方貰えるという事を最近愛弟子に教えて貰ったので、こうしてポテトの方に活用している次第である。

 

 そう言えばアイツは、サムライマックが好きだったな……私もひと口貰って食べてみたが、あれはとても良いものだ。

 しかしながら、私はビッグマックを裏切らない。ビックマック愛を曲げることは出来んのだ! 許せ私のリンクスッ!

 そう「I'm lovin' it!」と叫びながら、セレンはモニター内の様子を見守る。手を油まみれにしながら。

 

「見ろぉマイコゥ! これが私専用の特殊機動重装甲、“MAリチャードモデル”だぁー!

 胸部にレールガンが搭載されており、超大型ガトリングガンや、KARASAWAっぽいライフルまで装備しているのだ! どうだ強そうだろぉ~う?」

 

「くっ! 勝手に税金を使いやがって! 私は許可した覚えはないぞリチャード!」

 

「知ったことかぁマイコゥ! 今からこいつで息の根を止めてやるぞ! Go to hell!!」

 

「ぐわーーっ!!」

 

「Mrプレジデェェーーント!!??」

 

 ポテトを片付けたセレンが、今度はポテトチップスを手に取った。

 なにやら先ほどのフライドポテトと重複しているような気がするが、関係ない。

 そんな事を気にして、戦場で生きられるものか。それにこれ“のりしお”だし?

 

「ハッハー! 鉛玉の味はどうだぁ~!?

 たらふく食わせてやるぜマイコォォォーーゥ!!」ドガガガガ

 

「うぎゃあーーっ! リッチャーード!!」

 

「Mrプレジデント……?! プレジデェェェエエエーーント!!!??」

 

 そして、バリバリとのりしおチップスを瞬殺したセレンが、満を持してケンタッキー・フライドチキンに移る。

 

「さぁ命乞いをしろ! 俺に大統領の座を譲るのだマイコゥ!

 そうすれば、命だけは助けてやるぞぉ~?」バキュン バキュン

 

「Shut the fuck up asshole!!*8 誰がこの程度で!

 でもうぎゃあーーっっ!!」

 

「おぉ主よ……! 彼を救いたまえっ……!

 このままでは、アメリカの自由が死んでしまうわっ! 合衆国(アンクルサム)の未来がっ!」

 

 ちなみにだが、セレンが一番好きなケンタッキーの部位は“サイ”だ。

 これは鶏の腰にあたる部分であり、量・食べ応え・油の乗り方、どれを取ってもエクセレント!

 これが他の胸肉やササミなんかの部位と同じ値段であるのが、本当に不思議でならないほど美味しく、聞く所によるとケンタッキーでも一番人気であるという。

 

 これ食べたさに、セレンはいつもオリジナルチキンを購入する時は、5ピースで注文する。

 こうしておけば、「せっかくケンタッキー来たのにサイが入ってなかった!」という憂い目に合うことが無く、どの部位も満遍なく食べることが出来るのだ。

 

 まぁオリジナルチキンの栄養素的には、一個あたりのエネルギー量が平均して【218kcal】、そして脂質が12.8gと、マジでとんでもない事になっている。

 なのでこれを5つも食べると、ぜったい確実におデブまっしぐらなのだが……そんな事を気にしてはいられない。こちとら元リンクスなのだ。

 

 オリジナルチキン・サイの美味しさ……ひとたび齧り付いた途端に、〈ジュワッ♪〉と油が弾けるあの感覚を味わう為なら、ちょっとばかり太っちゃう事など、いったい何だと言うのか。

 それ相応の覚悟もなく揚げ物を食おうなどと、ケンタッキーを舐めてるのか。

 

 むしろカロリーなど、()()()()()()()()()()! そんな物に惑わされるなど、愚の骨頂也!

 自らの頭で考える事もせず、己を信じずして、なにが人間か! 人として恥ずかしくないのかお前ら!

 食べたら食べたで、その分走ればいいじゃない。また運動すればいいじゃないか☆

 そんな想いを以って、セレンはケンタッキーフライドチキンを齧る。「♪~」と幸せそうに食べる。

 

 なんで鶏の油って、こんなに美味しいんだろう?

 なんでフライドチキンって、こんなに心が満たされるんだろう?

 いつもセレンはそう思うのだが、どれだけ考えても答えは出ない。

 ただ美味しいから美味しいのだ。哲学するのは人の(さが)ではあるが、結局はそれで良いのかもしれない。

 

 我武者羅に肉に食らい付く。ライオンになった気分だ。

 骨に少し残った部分も、小鳥のように「チュッチュ♪」とついばんで、綺麗に食べる。

 こんなおいしい物、少しでも残してなるものか。それが食べ物に対する礼儀だとばかりに。ただ食いしん坊なだけかもしれないが。

 

 ぶっちゃけ今、手が油でギットギトなのだが……。乙女にあるまじき感じになっているのだが。

 でも指に付いた油さえおいしいのは、一体どーゆう事なのだろう? なぜここまで“おいしい”に満ち溢れているんだろう? ケンタッキーって食べ物は!

 

 指についた油を「ペロッ♪」っと舐めてみれば、またそれによって脳内にドーパミンが分泌され、至上の幸福感に包まれる。まったくモーマンタイ。

 たまに「手が汚れるからケンタッキー行きたくない」などとのたまうマザーファッカーがいるが、女子供はすっこんでろと言いたい(※セレンは女性です)

 

 ジューシーで柔らかな鶏肉、イイ感じに味付けされた衣、そして犯罪的においしい油……。

 これを食べないのは、逆に罪だ。「人間は須らく幸せになるために生まれてきた」という、神の教えに背いている気がする。間違いない。

 

 私はケンタッキーを食べるぞ! ダイエット中だけどな☆

 そうセレンは「ふんす!」と鼻息を荒くする。

 正直、少し体重計に乗るのが怖くもあるのだが……美味しいから大丈夫だよ。きっと。

 ビリーヴ・ユア・ジャスティス! 目指せ夏までに5㎏。

 余談ではあるが、本日のセレンの摂取カロリーは、先ほど1万を超えた。

 

 

 

「くっ……! 残りAPが少ない! このままではっ……!!」*9

 

「アーーッハッハ♪ ではトドメだぁマイコゥ! 死ねぇぇぇえええーーいっ!!!!」

 

「おお神よ! 彼がいったい何をしたと言うのですかっ!」

 

『おっと。そうこうしている内に、食べ終わったなァ。

 オペレーターに戻るとしよう』ホッコリ

 

 満足気にお腹をポン! と叩くセレン。

 彼女がモニターに向き直った時、既に戦闘は佳境へと突入していた。

 えっと……チョコパイはどこへやったかな?

 そう気にせず机の上をゴソゴソしているけれど。

 

「――――そこの者、心配するな!

 捕らえられていた者達は、すべて開放したぞッ!!」

 

 だがその時……。突然見知らぬ“少年の声”が轟く。

 

「これで其方も、憂いが無くなったハズ!

 さぁ立つのだ! ぷれじでんと? とやら!」

 

 ふと空を見上げれば、そこにあったのは()()()()()の姿。

 今、ハクこと“ニギハヤミコハクヌシ”が、龍の姿でこの場に駆けつけたのだ。

 その背に大好きな女の子、千を乗せて!

 

 

「――――かえって下さい! そーゆうのは()()()()()()()()()()!」

 

 

 一瞬、この場の空気が〈カチーン!〉とフリーズ。

 顔を真っ赤にして怒る千が、大統領ご一行様へ、おもいっきり怒鳴った。

 

「そうだッ! 私達は寄り添って生きているだけだ! 何故この地を襲うッ!」

 

「みんな良い神様なのに……、イジメるなんてあんまりですっ!

 ケンカに巻き込むなんて、ひどいですっ!

 それが大人のする事ですかーっ!」

 

「「「…………」」」

 

 ぐうの音も出ない。まったくその通りだから。

 なんで俺達は、こんな見ず知らずの国で、アメリカの未来を賭けて戦ってるのか。

 よくよく考えてみると、それは誰にも分からなかった。ホワイトハウスでやれってなモンだ。

 

「かえって下さい! かえって下さい! もう来ないで下さーいっ!」

 

()ね! アメリカ人め! ここは日ノ本の国だ!」

 

 今、捕らえられていたホワイトハウスの職員たちが、優しい八百万の神々によって助け出され、ゾロゾロと屋根を降りていくのが見える。

 でもその誰もが「帰れ! アメリカ人帰れ!」とプンプンしている様子。かわいく激おこである。

 

「いや、まだ帰ることは出来ない……。

 何故なら私は――――アメリカ合衆国大統領だからだ!!!!」ババーン

 

『それ流石に無理だ。空気を読めプレジデント』モグモグ

 

 せっかく来たのに、温泉にも入らず帰れるか!

 そうマイケルが声を大にして主張。他のみんなは冷めた目をしてる。

 

「はっ……!よく見れば隙だらけ?

 今だぁぁぁあああーーーっっ!!!!」ドゴーン

 

「ぐぅおぉぉーーっ!? マイコォォォオオーーーウ!!!???」

 

 メタルウルフことマイケルの鉄拳が、リチャード機の顔面に刺さる! おもいっきり貫く!

 この急展開に「ぽかーん……」としていた彼は、突然の攻撃に対応出来なかったのだ!

 

「見たか! How do you like me now(これが大統領魂だッッ)!!!!

 お前の負けだリチャード!」

 

『――――それが大統領のする事かッ! ズルいぞッ!!』

 

 いや……でもあいつアメリカ人だしなァ。それならアリなのか?

 そうセレンは、ロッテのガーナミルクチョコレートを齧りながら、思い直す。

 だってあの人ら、マジで「勝てばなんでもOK」みたいなトコあるし。

 そらベトナムに枯葉剤撒くわ。ナパーム落とすわ。

 

「ふっ……ふはははは! まだ終わってなどいないさ、マイコォ~ウ?」

 

 セレンがツッコミを入れた、その一瞬の隙を突き、リチャード副大統領がブーストを吹かす。この場を緊急離脱!

 

「どこへ行くリチャード!

 温泉はどーなる!? みんなで入らないのかっ!」

 

「ふはははは! それはまた別の機会にしよう!

 この場はいったん、退散させてもらうぞぉー!」

 

「あっ! Mrプレジデント! あれはっ……!?」 

 

 無事に救出されたジョディ補佐官が、指さす先……。

 そこには〈ゴゴゴゴ!〉と真っ二つに割れていく油屋。そしてその中から、凄まじい轟音を立てながら空へ飛び出していく()()()()()()()()()()()()()()

 

「まさか、こんな物を用意していたなんて……!

 ここは人様の国、余所の土地なのに!」

 

「そうだなジョディ、私もビックリさ。

 流石はリチャードだ」

 

 大 迷 惑 ☆

 その一言に尽きる。千やハク達も「油屋がこわれたー!?」って大騒ぎしちゃってるし。ちゃんと賠償はするのだろうか。

 

 そして遠くには、巨大なスペースシャトルに乗り込んで去って行く、リチャードの姿が。

 流石は副大統領。スケールがでかい。もうとんでもない事になっている。

 

「なんてこと、あんなの追えませんよ。

 ねぇMrプレジデント。……あれ、プレジデント?」

 

 同意を求めたジョディだが、そこにマイケルは居なかった。

 いつの間にか、この場から姿を消している!

 

「――――うおぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!」ゲッション ゲッション

 

「Mrプレジデェェェエエエーーント!?!?!?」

 

 そして! ガラガラと崩れゆく巨大温泉宿の屋根に、バイソンの如く疾走するメタルウルフの姿が!

 追っている! スペースシャトルを! リチャードを追いかける気だ!

 

「駄目です! いくらなんでも無茶ですよ!」

 

「無茶ではない。何故なら私は、アメリカ合衆国大統領だからだ!!!!」

 

 ――――Y E A H H H H H H H H H H ッッ!!!!(大統領シャウト)

 そう雄たけびを上げたメタルウルフ(ドシリアス)が、ダッシュの勢いのままスペースシャトルに飛びつき、そのままガッシリと取り付く!

 

 大気を震わせるほどのジェット噴射で、空へと昇っていく巨大なスペースシャトル!

 そこに今、あたかも気軽にボルタリングを楽しむかのように、マイケルが張り付いているのだ!

 

 

 

「ジョディ、()()()()()()()()()()()()――――See you soon!」*10

 

「 M r プ レ ジ デ ェ ェ ン ト ッ!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 

 ジブリの世界に、大統領の熱き叫びが木霊する。

 

 彼は行く、新たな戦場へと。

 正義の為、そしてアメリカの自由の為に――――宇宙へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『作戦エリア離脱を確認……()()()()()()()()』ズルズル

 

 モニターを死んだ目で見つめるセレン・ヘイズが、赤いきつねと緑のたぬきを、同時食いしている。

 

 

『いったい何だったんだ、あの野郎は……』ズゾゾゾ

 

 

 ユニオンの依頼、アメリカ大統領、ジブリの世界観、そして私のリンクス……。様々な事に想いを馳せる。

 

 関係無いけれど、緑のたぬきのおダシは、カップ蕎麦系で最強だと思った。

 

 

 

 

 

 

*1
【Vanguard Overd Boost】 機体の背部に装着する、外付け型の大型ブースター。細いスペースロケットが束になったような形状をしており、これを装着したネクスト機の巡行速度は、時速2000㎞にも達する。主にVOBは、守りが強固な敵陣へ強行突入する際に使用される

*2
人型兵器アーマードコアを操るパイロットの通称。神経を繋ぎ、機体とリンクする事からそう呼ばれる

*3
【How do you like me now】 本来は「私のおもてなしは如何でしたか?」だが、これはパーティの締めの言葉で使われる常套句であり、「もうパーティはお終いだ! とっとと帰りやがれ!」みたいな意味となる。そしてゲーム“メタルウルフカオス”の本編において、これはマイケルがガンダムヘビーアームズめいた全弾発射(超必殺技的な物)をする時にシャウトする言葉で、「これが大統領魂だッ!!」と熱く意訳されている。

*4
【Beat Down】 ぶちのめす、の意

*5
了解の意。ちなみに“ROG”はRoger(ラジャー)の略語

*6
これでもくらえ!

*7
くそくらえだ! の意

*8
黙れケツ穴野郎!

*9
【AP】 アーマーポイント

*10
すぐに戻るよ!






◆スペシャルサンクス◆

 リクエストを頂いた全ての皆様♪


・原作

【ARMORED CORE for Answer】
【千と千尋の神隠し】
【メタルウルフカオス】


 PS  ……卑怯? 最高の誉め言葉だ。



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帰ってきたパスタくん。 (天爛 大輪愛さま原案)



――――エキシビション! その7!


※観覧注意! これはコメディじゃないヨ! ご注意を!

 第一話のアドレス↓
 https://syosetu.org/novel/269084/11.html





 

 

 

 

 

☆第一話☆

 

 

 やぁみんな! ぼくパスタくんフレンド☆

 今は亡き親友の墓に、花を供えているところだよ♪

 

 

「――――アイツの意思は、ぼくが継いでみせるッ!」

 

「死に花咲かすは、男の本懐。

 仇はとるよ、見ていてくれ親友…………って熱っつお゛ッ!?!?」

 

「ち゛ょ……! まっ! これ無理!

 やっぱ茹でn……ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 

「こっ……殺してぇ! こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第二話☆

 

 

 こんにちはっ! パスタ下級生だよ☆

 今ね? 憧れの先輩と、校舎裏で会ってるの♪

 

 

「好きです先輩っ! 付き合って下さいっ!」

 

「えっ……先輩の代わりに、ここに飛び込めばいいんですか?

 そうすれば付き合ってくれるんです?」

 

「よ~し、わっかりましたー☆

 じゃあ私、思い切ってぴょーんと飛びk…………って熱ぅぅぅうううッ?!?!」

 

「あぁぁーーッ!! ああああああ!?!? せ、先輩ッ!? せんぱぁぁぁいっ!!」

 

「いやぁぁぁああああああああーーッッ!!!!!

 こ゛! 殺しッ……!  こ゛ろ゛し゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第三話☆

 

 

 ごきげんよう、パスタ悪役令嬢ですわ☆

 今はただっ広く、何も無い草原を、一人歩いてますのよ♪

 

 

「はぁ……。異世界転生をしたは良いけれど、まさかパスタになるだなんて」

 

「仕方ありませんわねぇ~。

 とりあえずはまぁ、この熱湯が煮え滾る鍋にでも入るとしm……アッチ゛ッッ?!?!?!」

 

「ほわあああーー!!?? じっ、死ぬ死ぬじぬじぬッ……?!?!」

 

「だっ……誰か! 誰かぁぁぁああああッッ!?!?!

 こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第四話☆

 

 

 オッス! 熱血パスタ君だぜ☆

 俺の話を聞いてくれっ!

 

 

「ペペロンチーノが食えない……? ふざけんなッッ!

 ――――何が嫌いかより、何が好きかで自分を語れよッ!!!!」ドンッ

 

「じゃあ今から俺が、ペペロンチーノになる! なってやる!!

 だから食ってみろ! 二度とそんなふざけたこと言……ってアッツ?!?!?!」

 

「ぎゃあああああーーッッ!! うわあああああああーーーッッ!!!!

 あっちぃぃぃぃいいいいいーーーーーッッ!!!!」

 

「ゴッ!? ごごご……こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第五話☆

 

 

 ふっ、やれやれだぜ……。パスタ君クールだ。

 くっだらねェな。まったくどいつもコイツも。

 

 

「テメェら、そこで見てろ。……俺がやる」

 

「――――俺が最後に見せるのはッ! 代々受け継いだ、未来に託す、パスタ魂だ!!

 カ ル ボ ナ ー ラ の 魂 だ ッ !!!!」

 

「って……ぐぅああああーーッ?!?!

 アッチュッ……?! これアッチュウウゥ~~イ!!」

 

「お゛っ……おっかちゃん! おっがぢゃーーんッ!!

 こ゛ろ゛し゛て゛け゛ろ゛ぉ゛ぉ゛ ~ ~ ッ ッ !!!!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第六話☆

 

 

 ヒャッホー! パスタくんサポーターだ☆

 いま俺達、とっても気分が良いのさ♪

 

 

「やったぁー! タイ〇ースが優勝したぞぉー!!」

 

「よぉ~し、優勝記念だ!

 今から鍋に飛び込んでやるぞぉ~♪ いったれいったれー♪」

 

「そ~れ! スリー、ツー、ワン☆

 ……ってぎゃあああああ?!?! 熱い熱い熱いッ!!

 こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

☆第七話☆

 

 

 みんな! こーんにーちは~~☆

 パスタのお兄さんだよっ♪

 

 

「じゃあ今日もみんなで、お歌をうたおう!

 さんはいっ! パパッパ、パッパ♪ パスタスタ♪」

 

「それじゃあ歌いながら、お鍋に飛び込んでいくよぉ~!

 さぁみんな、おにいさんに続いてね。元気よくいこう☆

 そーれパパッパ、パッパ♪ パスタスタ♪」

 

「……って、ぎゃあああぁぁぁああ!!??

 あっじぃぃぃいいいいーーーーッッッッ!!!!!」

 

「あれ? お兄さん以外、だれも飛び込んでな……。

 チキショウ殺せよォォッ!! くそがぁぁぁーッ!!!!

 こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ー ー ッ ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第八話☆

 

 

 よぉお前達ッ! 債務者パスタくんだッ……!

 いま俺は多額の借金を抱えて、暗い地の底にいるぞッ……!

 

 

「な、なんて温度なんだこりゃあッ!? 湯気で目の前が見えねぇじゃねーか!?

 圧倒的ッ! 圧倒的熱湯ッ……!!」グニャア~

 

「ひッ……酷いっ! 酷過ぎるッ! こんな話があるかッッ……!!

 これに飛び込めって言うのかッ!? この悪魔めッ!

 いくら俺に借金があるからってッ……!」

 

「貧乏人逆さに振ってッ、その上まだ搾ろうってのかよッ……!

 ヤツらは蛇ッ! 人を陥れ、喰らう蛇ッ……!」

 

「――――だが入れッ! 飛び込むんだッ! でなきゃ誰かの養分ッ……!」

 

「安全勝ちなど目指すなッ! 危険に飛び込め! 炎に身を晒すんだッ!

 それのみがッ、唯一の光明ッ! 蜘蛛の糸ッ……!!

 この地下から抜け出……ってぎゃあああああああああああああッッ!?!?!?」

 

「うぎゃあああぁぁぁッッ!! 遠藤さーん! 遠藤さぁぁああーーん!!??

 こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー ー ー ー ッ ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

☆第九話☆

 

 

 迷える子羊達よ。私はパスタくん神父☆

 さぁ、祈りましょう♪

 

 

「――――皆さん、恐れてはなりませんッ! これは神が与えた試練なのですッ!」

 

「まことの信仰さえあれば! このような熱湯、どうという事もありませんっ!

 ほらごらんなさいっ! 私をっ!

 こうして神に身を委ねることで、私達パスタは救わr……ってぎゃああああ!!??」

 

「ああああ!! あづぅぅぅーーいッ!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「こ゛ろ゛し゛て゛く゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛ー ー ッ !!!!」

 

 

 

 

 

 

☆最終話☆

 

 

 はい着席、パスタくんティーチャーです☆

 授業を始めましょうか♪

 

 

「この教室も……だいぶ空席が目立つようになりましたね。

 もう半分ほどの生徒が、逝ってしまった……」

 

「私達の役目、パスタの運命だという事は、理解しているつもりです。

 ……だが君達は! まだあまりにも若いッ! 幼いッ……!!」

 

「ロクに人生を謳歌していない、君達が。

 青春真っただ中であるハズの君達が、行かねばならんとは……」

 

「あの中へ飛び込み、身命を捧げなければ、ならないとはッ!!

 それほどまでにッ! この国の食糧事情はッ! 切迫していると言うのかッッ!!」

 

「…………いえ、切迫しているのでしょうね。きっと……」

 

「本来ならば、教師としてこのような事は、言うべきでは無いのかもしれない。

 でも……どうか言わせて下さい。我が生徒達よ」

 

 

「 君達ッ!!  死 に た も う こ と 無 か れ ッ ッ !!!! 」

 

 

「これを以って、最後の授業とします。卒業おめでとう」

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 落ちる――――落ちる――――落ちる――――

 

 

 あの子が落ちていく。

 一直線。

 湯の中へ。

 

 可愛かったあの子。大好きなあの子。

 真っ逆さま。

 成す術なく。

 バラバラに。

 

 ……だが時が止まる。

 一瞬。

 ぼくと目が合った!!

 

 

『生まれ変わったら、きっとまた会えるよ――――』

 

 

 

 確かにぼくは、その声を聞いたのさ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いやぁぁぁぁッ!! ゆっ、茹でないでェェェエエエーーッッ!!!!!!」

 

「熱い! 熱い! 熱い! 熱い!

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!」

 

「 こ゛ろ゛し゛て゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛ー ー ッ !!!!!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 天爛 大輪愛さま♪





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\USA!/ アメリカ魂のある小説を書こうプロジェクト \USA!/
エヴァ四号機が幻想入り。 (マスターPさま 原案)




 ――――hasegawa的“アメリカ三部作”。一本目。


※頂いたお題はこちら↓


 【エヴァンゲリオン四号機の幻想入り】でお願いしますw
 劇中でいままでの全エヴァの破壊シーンにすら呼ばれてない不遇エヴァを活躍させちゃってくださいww
 よろしくお願いします☆

(マスターPさま)


※今回のお話は、独自設定の嵐です。理由は作品内にて。
 【新世紀エヴァンゲリオン×東方プロジェクト】二次創作。





 

 

 

 どしーん、どしーん。そう空気と地面が振動する音が聞こえる。

 家具や、ちゃぶ台に置いてある湯呑の中身が、プルプルと小さく揺れているのが分かった。

 

 霊夢はそれを感じた途端、さも渋々といった面倒くさそうな顔で、箪笥(タンス)の引き出しに仕舞ってあるお祓い棒や、いつもせっせと書き溜めている対魔札の束を取り出す。

 博麗の巫女としての正装である、この脇の空いた特徴的な巫女装束は、いつも普段着として使用している。

 身支度は、それだけで事足りた。

 

「……なにこれ、白い巨人?」

 

 さして緊張を感じない、いつも通りと言えるのんびりした顔で、音の震源地へと向かった。

 彼女は特に急ぐでもなく、ふわふわという擬音が聞こえてきそうな緩慢な速度で、まっすぐに現場へと飛んだ。

 普段であれば、異変の元凶を探す為、その道中で見かける者達には、誰彼かまわず喧嘩をふっかける(話を訊く)のだが、今回に限っては必要なかった。

 ただただ、遠くから響いてくる音を頼りに、そっちの方向へ飛べば良かったのだから。

 

 けれど、やがて数分ばかり空を行き、遠くの方に巨大な物影があるのを見つけた時、霊夢はコテンと小首を傾げた。

 

 ――――何あれ、仏像? それにしては大きいし……、なんか歩いてるっぽいわね。

 この地鳴りは、かの物体が起こしている物に相違ない。だがこれはいったい何だ? 幻想郷にこんな物あったっけ?

 

 直感として、……いやもう純然たる現実として、霊夢は「またやっかいな事になりそうだなぁ」と、ひとつため息をついた。

 

 遠目で見る限り、恐らく全長は10メートルを軽く超えているだろう。

 白を基調としたボディで、腹や腕など所々に黒いラインがあり、そして若干の赤が部分的に交じっているのが分かる。パッと見で「なんかカッコいいわね」という印象を持った。

 

 霊夢はこの幻想郷に生まれ、まるで江戸時代の初期くらいで時が止まっているかのような場所で、ずっと暮らして来た。なのでこんな“ロボット”みたいな物は、知らないし見たことも無い。

 極一部の物が、外の世界から流れ込んでくる事があるとはいえ……、ここにはTVも無ければ、漫画や雑誌みたいなのもロクに無いのだから。まったく馴染みが無かった。

 

 この巨人には、なにやら身体中に装甲のような物が、沢山へばりついているようだが……、でも霊夢は“装甲”という言葉すら知らない。

 幻想郷には戦闘機も軍艦も無いので、普段使うことの無い言葉だから。

 ゆえに「なんか固そうねコイツ」という印象だけを持つ。後しいて言えば「太陽光でキラキラしてるな~。綺麗だな~」って程度。

 

 とはいえ、いま実際に眼前にあり、そしてこのワケの分からん物が“異変”であるのなら、対峙せねばなるまい。

 この身は博麗の巫女。幻想郷の管理者。平和維持と異変解決を生業(なりわい)とする、みんなの盾となるべき者なのだから。

 

 相手が何であっても、退くワケにはいかない。

 ……たとえそれが、山と見紛(みまご)う程に大きい、見たこともないロボットだとしても。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ねぇアンタ、言葉は分かる?

 ちょっと止まって欲しいんだけど」

 

 ドシン、ドシンと重い足音を立てて、白い巨人が真っすぐ歩いている。

 その耳元(人間で言う所の、だが)にフワフワと近づいた霊夢は、とりあえずと言った風に、普通に声を掛ける。

 

「ここ人里の近くよ? きっとみんな、地震かと思ってビックリしてるわ。

 走ったりせず、ゆっくり歩いては、くれてるみたいだけど……。

 でもアンタ、そんな大きな身体だしね」

 

 普通なら、有無を言わさず攻撃してたかもしれない。

 はたしてこの巨人に、針や対魔札が効くかどうかは、分からないけれど。とりあえず弾幕を用いた威嚇射撃くらいはするだろう。

 けれど、たとえ霊夢が何気なく近寄ってみても、この白い巨人は歩くだけ。まったくこちらの事を気にせずに、ただまっすぐ進むだけだったのだ。

 特に急いでる風もなく、破壊的な素振りなども、微塵も感じなかった。

 あたかも、ただ散歩してるかのように。

 

 ゆえに、対話を試みる。

 もし幻想郷に害を成す意思がなく、本当にノシノシ歩いてるだけなのだとしたら……。まぁその可能性は低いとは思うのだが、とにかく意思疎通を計るべきだと思った。

 希望的観測かもしれないが、もしかしたら少し会話するだけで、この事態がアッサリ収まるかもしれないし。

 

 極端なことを言えば、自分は幻想郷の平穏さえ守れるなら、あとはどーでも良い。

 この白い巨人が居ようが居まいが、人里に迷惑さえかけないでいてくれるのなら、敵対などする必要は無いのだ。

 だって面倒くさいし? こんな大きな怪物と戦うなどと、こちらの労力も馬鹿にならないし。

 穏便に済むのなら、それに越したことはない。霊夢はのほほんと声を掛けた。

 まぁ内心は、ちょっとだけこの巨人に、興味深々だったりもするが(なんかカッコいいし)

 

「私は霊夢。ここの管理者をやってるわ。

 お散歩中わるいけど、よかったら話でもしてかない?」

 

 ニコッと、ほんのり笑いかけてみる。

 霊夢はどこか感情表現が薄いというか、いつも不愛想な所があるが、この時は柔らかな表情をしているのが見て取れた。

 

 なんかこの巨人、怖い感じがしない――――悪意を感じないわ。

 そんな彼女の“カン”が、そうさせたのかもしれない。

 これまで多くの修羅場を潜り、数多の異変を解決してきた、巫女としてのカンが。

 

『――――やぁキュート・ガール。いや“お嬢さん”と言った方が良いか?

 そういえばここは、日本だったな』

 

 おっきな声ね……。そう霊夢は、片方の眉を訝し気に上げる。

 彼女はこれが()()()()()()()()()()である事を知らない。ただ凄く広がりのある、なんか濁った感じの声だな~とだけ思った。

 

『そう、俺はいま日本に来てる。分かっているとも。

 ここは日本で、そこにある幻想郷っていう場所なんだ――――

 あぁ分かってる。しっかり分かってるぞ』

 

 辺り一帯、山をも揺らす大きな声。

 白い巨人は、なんかとても朗らかに喋りながら、いったんその歩みを止めた。

 

『ちょっと待て、いまエヴァを降りる。トークをしようじゃないか。

 待ってろ、今そっちに行くからな? エヴァを降りるよ。

 ……まぁ待て! そう急かすな! いま降りているからな。

 ほら降りる。降りているぞ。俺はエヴァから降りてる所なんだ。あぁ間違いなく降りている。

 ほぉ~ら――――降りたぞぉ~う!(欧米的スマイル)』

 

 人間でいう“うなじ”のあたりから、プシュケーと蒸気のような物が出て、エントリープラグが飛び出した。

 そこからノソノソと出て来た男が、なんかよく分からない事を一人で喋りながら、ロープをつたって地面へと降り立つ。

 なんか……とてもクドい独り言をいいつつ、緩慢な動作で。

 

 

「さぁ~降りた! 俺は確かにエヴァから降りたんだ。

 やぁレイム、元気してるか?

 俺はNERV(ネルフ)アメリカ支部、()()()()()()()()()()()()()()、エヴァのパイロット。

 デイラン――――マッケイだ(欧米的スマイル)」

 

 

 ニカッと、まるで歯磨き粉のCMのようなスマイル。

 そしてとてもフランクな態度で、彼が挨拶をする。

 

 金髪に近い、ブラウンの髪。それは整髪料によってリーゼントにされている。

 白人特有の肌。青いジーンズにインしている、チェック柄のシャツ。

 霊夢は観たことは無いが、まるで80~90年代に放送された、アメリカの青春ドラマのような出で立ち。典型的な“アメリカの青年”。

 

 彼こそはデイラン・マッケイ――――

 この白い巨人……、エヴァ四号機の専属パイロットである。

 

「ちなみに、()()1()4()()。エヴァは14才の子供にしか乗れないからな。

 ……まぁ待て! 言うな。いわなくても分かってる。

 こんな老け顔で、リーゼントの子供なんかいるワケ無いって、そう思ってるんだろ?

 でも仕方ないじゃないか、14才じゃないと乗れないんだから。

 俺はエヴァのパイロットで、まごう事なき14才だ。

 ああ14だとも。確かに俺は14才で、エヴァのパイロットなんだ」

 

 両手を広げ、随所に身振り手振りを加えた、オーバーな話し方。

 すぐコロコロとかわる、表情の豊かさ。そして霊夢を見つめる温かなブルーの瞳。

 それは間違いなく日本人がする物ではなく、自由の国アメリカで生まれ育った者特有の、とても友好的で朗らかなコミュニケーション。

 ちょっと見ていて「……」ってなっちゃう感じの。

 

 ちなみに、彼自身が言っていた通り、デイランは14才であり、中学(ミドル)に通っている。

 豊かな自然と、近代的な建物が共存する都市、ビバリーヒルズで青春を謳歌する少年なのである。

 今の子達は知らないかもしれないが……、きっと大きなステカセを肩に担いだり、チューインガムをクチャクチャしながらスケボーに乗ったり、友人達とピンボールのハイスコアを競ったりしてたんだろう。

 もう絵に描いたようなアメリカの青年であった。ちょっと老け顔ではあるけど。

 

「そして、私もいるわ。お久しぶりね霊夢」

 

「アリス! アンタこの人と一緒だったの? 何してるのよ!」

 

 続いて、エヴァ四号機の中から、フワフワとアリス・マーガトロイドが降りてくる。

 彼女は霊夢の友人であり、落ち着いた雰囲気の美しい少女だ。

 清楚さを感じさせる青と白のドレスが、とても良く似合っていると思う。

 ちなみに都会派な少女で、愛らしい人形作りをライフワークとする、通称“七色の魔女”。

 

「ええ。実は少しまえに、この人が魔法の森に迷い込んでいるのを見つけてね?

 保護というか……いま一緒に住んでるのよ。

 彼は手先がとても器用だから、人形作りを手伝ってもらっているわ」

 

「ああ住んでいる。アリスの家に住んでるんだ。

 俺はいつもアリスと一緒だ。もう住み慣れたもんさ。あぁ~」

 

「それに、あの大きな人形……エヴァ四号機っていうらしいんだけど。

 これにも興味があるしね。彼に許可をもらい、少しイジらせて貰ってるの」

 

「ああイジっている。アリスのやつ、いつもイジってるんだ。

 エヴァをいじくりまわす事にかけては、アリスは他の追随を許さないぞ?

 こんなにもイジるのかって、俺はいつも心配になる。もうイジりまくってるんだ。

 そんなイジらなくても良いじゃないかって言っても、ちっとも聞きやしない」

 

「この人ね? いわゆる“幻想入り”しちゃった人なんだけど、相談に乗ってあげてくれる?

 デイランったら、いつものほほんとしてて、ちっとも事態を重く見てないの。

 なるようになるさ、ケセラセラって。のんきなモノよ本当」

 

「いやぁ~、そんなことは無い。俺はいつも真面目さ。

 もう真面目すぎて、どうにかなっちまうってくらい、俺は真面目なんだ。

 見てみろ、この真摯な顔を。いつも朝と寝る前は、神様にお祈りを欠かさない。

 そう、俺は真面目な男だ。レイムもそう思うだろう? あぁ~」

 

「アンタちょっと、黙っててくれない……? いまアリスと話してるからさ?」

 

 入って来るな、ややこしくなる――――

 レイムはそう苦言を呈し、デイランは「Oh」と肩を竦める。とてもオーバーに。

 

「やれやれ。自分の事なのに、喋ってはいけないって言うのか。

 まったく、いったいどうなってるんだ幻想郷は。ステイツ(アメリカ)は自由の国なのに」

 

「ごめん。気を悪くしないで?

 私アリスとは友達だから、そっちの方が早いって思ったのよ。

 アンタのこと蔑ろにしたりしないわ。ちゃんと考えるから」

 

「そうか、ならしょうがない。レイムとアリスに任せるとしよう。

 俺はここに来たばかりだから、まだ幻想郷のことを、よく知らないしな。

 知っているのはスケボーと、ピンボールのハイスコアを出すやり方だけ。

 あとレモネードの作り方も知っているぞ? アリスはいつも喜んで飲んでいる。

 あぁ飲んでいるとも。アリスは間違いなく飲んでいる。確かに飲んでるんだ」

 

「ええ。また機会があれば、私にも飲ませてね。

 でも今は、まずアンタのことを考えなくっちゃ。アリスと話をしなきゃね」

 

「そうだな。アリスなら間違いない。

 なんてったってアリスは、俺の事をとても良く理解してるんだ。

 パンケーキの好みや、マッシュポテトの固さ、なんでもだ。

 特にクラフトコーラにかけては、彼女の右に出る者はいない。

 ああ居ない。存在しないとも。アリスの作るクラフトコーラは世界一だ。

 決して存在したりしないんだ。アリスは最高だ。あぁ~」

 

「そろそろひっぱたくわよ? 口を閉じてなさい」

 

 ウザい。朗らかなのにウザい。ちっとも話が進まん――――

 霊夢の少し冷たい感じの声に、デイランはまた「Oh」と肩を竦める。

 良い人だが、きっとお喋り好きなのだろう。

 

「悪かった。少し喋り過ぎたな。機嫌を直せレイム」

 

「ええ。別に怒ってないわ。大丈夫よデイラン」

 

「じゃあ暫くの間、俺はお口を“ミッフィー”にしておこう。

 分かるか? あのバツ印のことだ。

 これは『もう決して喋らないぞ』っていう、俺の誠意と覚悟の表れなんだ。

 理解してくれるか」

 

「ありがと。じゃあ悪いけどアリスと話するから、アンタはちょっとだけ余所n

 

「――――でもひとつ言わせてくれ。

 確かにアリスは世界一だが……ひとつだけ駄目な所があるんだ。

 アイツはいつも、チーズケーキにレーズンを入れる。

 俺はレーズンが大嫌いだ」

 

「……」

 

 また始まった。

 デイランはまるでマシンガンのように、止めどなく喋っていく。

 ポカンとしている霊夢なんか、もう置き去りにして。

 

「なぜレーズンを入れる?

 確かにビタミンは摂れるかもしれないが、ここで摂る必要があるか?

 せっかくのチーズケーキを台無しにしてまで、何故レーズンを入れるんだ。

 ビタミンが欲しければ、俺は迷わずDHCのサプリメントを飲む。

 ああ飲んでいる。飲んでいるとも。俺は毎日サプリメントを飲んでいるんだ。

 もう飲まずにはいられない。俺はアメリカ人だからな。あぁ~」

 

「……ちょっと待ってデイラン? 待って頂戴」

 

「ん、どうしたんだアリス? そんな怖い顔して。

 確かに耳が痛い話だろうが、これはお前の為でもある。いいかよく聞くんだ。

 アメリカは無駄に土地が広いが、チーズケーキに入ったレーズンを好きなヤツなんt

 

「――――私、デイランにチーズケーキ作ってあげた事ない。レーズンを入れたことも無い」

 

 

 

 

 ピキン! と空気が凍る音がした――――

 

 今アリスは、まるで感情の感じられない表情。有り体に言えば“とても怖い顔”で、まっすぐデイランを見つめている。

 霊夢の方はポカンとしているが。

 

「いったい誰と間違えたの……? 教えてデイラン」

 

「いや待て、落ち着け。いいか落ち着くんだ」

 

「落ち着けるワケない……。私チーズケーキ作ってないわ?

 誰に作って貰ったの? 誰と会ってたのよ。ねぇ」

 

「落ち着け。確かに入れてた。

 お前はレーズンを入れたんだ。俺は憶えてるぞ。あぁ確かに憶えてるとも」

 

「そんなワケない。私もレーズン嫌いだから、そもそも家に置いて無いもの。

 隠れて誰かと会ってた……私に黙って。

 そこで作って貰ったんでしょう? どうなのデイラン」

 

「そうじゃない。いいか落ち着くんだ。

 何かの間違いだ。これはきっと妖精の仕業(しわざ)だ。

 お前が作ったチーズケーキに、ヤツらがレーズンを入れやがった。そうに違いないんだ」

 

「馬鹿げてる。チルノもサニー達も、そんな事しないわ。とっても良い子だもの。

 なんで隠すのデイラン……? なんで黙って会うの……?

 私には言えないこと……?」

 

「落ち着け、落ち着くんだ。

 これは不幸な行き違いだ。愛が二人を試してるんだ。

 汝、隣人を愛せよ。愛を疑うことは、お互いを傷つける事だ。

 いいか落ち着くんだ。俺は何も知らない。お前の勘違いだ」

 

 デイランはもうタジタジ。対してアリスの瞳には、青白い怒りの炎が宿る。(霊夢はボケっとしてるが)

 

「ならデイラン――――“コレ”の前で誓える?」

 

 突然、アリスが懐から、バサッと布のような物を取り出す。

 青と白、そして赤を基調とした、なにやら複雑な模様の薄い布だった。

 しかし、それをひとめ見た途端……デイランは「ふぅ」とため息をつき、両の手の平を上に向ける。いわゆる“降参”のポーズ。

 

 

「まさか、()()()()()()()()()()()()……」

 

 

 やれやれと言った風に、デイランはガックリとうなだれる。

 傍で見ていた霊夢は「えっ、そんなんで降参するの?」と、キョトンと目を丸くした。ワケが分からない。

 

「分かった、正直に言おう。

 チーズケーキは、(ゆかり)に作って貰った。……俺の勘違いだった」

 

「……っ!?」

 

「腹を空かせてたのを見かねて、紫が作ってくれた。

 (らん)はレモンパイ、(ちぇん)はホットチョコレートを淹れてくれて、一緒に食べたんだ」

 

「ほらっ! やっぱりじゃないの! 信じられないっ……!」

 

 アリスは顔を赤くしてプリプリ。

 デイランは困った顔で、彼女を諫める。

 霊夢は「なんやねんコイツら」と思った。

 

「毎日いっしょに居たのに……。私といると落ち着くって……。

 お腹なんて空かせてるワケない。だっていつも私、パンケーキ焼いてたわ。

 毎日マッシュポテトをこねて、トーストにバターも塗ってあげた」

 

「あぁそうだ。確かに焼いてもらい、こねて貰い、塗ってもらった。

 だがなアリス……? いいか、よ~く聞くんだ」

 

 突然、デイランがキリッとした顔で、彼女の方を見つめる。

 その深い瞳に吸い込まれるかのように、アリスはハッとした表情で見つめ返す。

 

 

「バターは、塗って貰わなかった――――()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 暫し、時が止まる。

 

「…………ええ、確かにバターは塗ってない。

 ピーナッツの方だったわデイラン」

 

「そうだ、あれは茶色い。そしてほんのり甘い。

 まったく似て非なる物だ」

 

 どーでもええがな――――

 霊夢はそうツッコミたかったが、あまりに二人が真剣に話しているので、入り込めなかった。

 この独特の空気は何だろう? どういう世界観なのだろう? ずっと幻想郷で生きてきた彼女には、いまいち理解が出来ない。一体なんなのコレ?

 

「間違いは誰にでもある。大事なのは、それを繰り返さない事だ。

 さぁ言ってみろアリス、俺と一緒に言おう。“ピーナッツバター”」

 

「ピーナッツバター」

 

「あぁ良いぞ。これで分かっただろうアリス? ただの不幸な行き違いだ。

 八雲の子達とは、ちょっとお茶してただけだ。そんなに怒ることじゃない」

 

「なんで? 怒るわ……! 怒るに決まってるっ……!

 私もう、デイランのこと信じられない……! ばかっ……!!」

 

「おい! ちょっと待てアリス! どこへ行くつもりだ!?」

 

 やがてアリスがふわっと地面から浮き上がり、そのままスィーっと空を飛んでいく。

 プンプンと頬を膨らませ、なんかとてもカワイイ感じで、この場を飛び去って行く。

 

「待つんだアリス! この場から去るな!

 去るな……。なぜこの場から去ってしまうんだ……。

 去ってはいけない。あぁ絶対に去っちゃいけないんだ。この場から」

 

 悲しそうな、どこかやり切れなさそうな顔をして、デイランは凹む。

 だがすぐにパッと顔を上げ、元気よくエヴァに乗り込んでいった。

 

 

「なんて事だ。

 ふっ! アリスも普段は、あぁじゃ無いんだけどな。まったくやれやれだ♪

 よ~し待てアリス。待つんだ。俺は追いかけていくぞぉ~う!」

 

 

 

 

 

 やがて、この場には霊夢ひとり。

 デイランはエヴァ四号機に乗り、〈ゲッション! ゲッション!〉と歩いて行ったので、もう誰もいなくなってしまった。

 

「……なんだったのよアレ。

 痴話ゲンカなら、余所でやりなさいよ……」

 

 幻想郷の管理者たる少女は、そう一人立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『俺のエヴァ四号機は、実験中の事故で、爆発しちまってな?

 だから()()()()()にされた機体なんだ』

 

 後日、今度は何故か魔理沙と一緒に来たデイランは、博麗神社の縁側でお茶を飲みながら、のほほんと語った。

 

『施設ごと吹っ飛んだから、きっと記録もロクに残ってない。

 どんな武装があったとか、どんな見た目や性能だったとかは、あまり外には伝わっていないんじゃないか?

 ようは、このエヴァ四号機も俺も、()()()()()()()()()()()

 

 あのS2機関実験の爆破事故により、デイランは確かに死んだ覚えがあるのだという。

 だが気が付けば、自身はこのエヴァ四号機に乗った状態でここにおり、そこをアリスや紫に見つけてもらい、ここ幻想郷で生活をし始めた。*1

 

『幻想郷に飛ばされたのも、それが理由だったんだろうな。

 だが俺としては、こうして活躍の機会が得られたのを、うれしく思っているんだ。

 せっかく訓練もしたのに、あんな終わり方をするだなんて、無念で堪らなかった。

 俺は絶望の淵に落とされたのさ……。

 今回の事は、きっと神様が、俺と相棒の願いを聞き届けてくれたんだろう。

 毎日二回、欠かさずお祈りをしてたからな。信心深い甲斐もあるってものだ』

 

 そう彼は、静かに「エイメン」と祈り、ネックレスの十字架に口づけをした。

 神道の巫女である霊夢にとっては異教徒となるが、その敬虔で深い信仰は、確かに感じ取ることが出来た。

 

 そして――――更に数日後。

 

 

 

「なんなのよアレ……。

 フランのご機嫌取りのためにと思って、異変起こしてみたら、なんかとんでもないヤツ来ちゃった……」

 

 深紅の屋敷“紅魔館”にて。その主であるレミリア・スカーレットの驚愕が、静かに部屋に響いた。

 

「ちょ、デカくない……? あれ屋敷潰されちゃわない?

 霊夢や魔理沙だったら、こっちの事情も知っているし……、そこそこ懲らしめられるだけで済むって、そう思ってたのに」

 

 だが今、屋敷のテラスから一望出来る光景には……、その真ん中にどでかい巨人の姿。

 白を基調としたデザインの、なんか幻想郷らしからぬロボットが、ドスドスこちらに向けて歩いて来るのだ。

 

「どーすんのよアレ……。美鈴(メイリン)踏み潰されちゃったじゃないの……。

 まぁあの子の事だから、死んだりはしないでしょうけど。……酷くない?

 門番ありがとね美鈴。

 忠義者の貴方には、今度お休みとバカンス旅行をプレゼントするわ……いつもありがと」

 

 

 

 そして、なんやかんやと紅茶片手に眺めている内に、霊夢と魔理沙が屋敷に侵入して来た、という報告を受ける。

 パチュリー、咲夜、メイド妖精たちが迎撃に向かう中……、主たるレミリアはその場に座ったまま、ただただ「ぼけぇ~」っと眼前の光景を見つめる。

 

『さぁフラン、お前もエヴァに乗ってみるか?

 ちょっとシンクロ率に影響が出るかもしれないが、なぁに構うことは無い。

 乗るだけなら問題ないさ』

 

「えっ……いいの? 私もこれに乗れるの!? ホントに!?」

 

『あぁ良いとも。遊び相手を探していたんだろう? じゃあ俺と遊ぼう。

 このエヴァ四号機で、ひとつドライブと、しゃれこもうじゃないか。

 さぁ見てろ、エントリープラグを出すぞ? 少し下がってるんだ。

 いま出している。あぁ出しているとも。確かに出しているぞ』

 

 無邪気な笑みを浮かべるフランが、あの白い巨人(アメリカ製)にフラフラと寄って行き、なんか楽しそうに戯れている。

 やがて彼女は誘われるまま、搭乗者のご厚意によって、機体の中へと乗り込んでいった。

 

「よっと! ほら来い、乗っていいぞフラン?

 おっと、そう急かすな。いまフランが乗り込んでいる。すぐコックピットまで来る。

 プラグの入口に手をかけ、中に乗り込もうとしているんだ。

 ほら乗っているぞ。あぁ~間違いなく乗ってるとも。

 いま乗ってる最中だ。フランがエヴァのコックピットに乗り込んでいるぞぅ。

 よぉ~し――――乗ったぁ~!(欧米的スマイル)」

 

 そして、キャッキャと喜ぶフラン&それを微笑ましく見守るデイランによって、紅魔館の外壁がドゴンドゴン壊されていく。

 屋根が崩れ落ち、正面の巨大時計が外れ、庭の地面がドンドン掘り返される。またたくまに紅魔館が瓦礫に変わっていく。

 

「……えっと、()()()()?」

 

 それがレミリア・スカーレットの最後の言葉となった。

 エヴァ四号機のグーパンが、彼女のいるテラスを破壊したから。まぁ死んだりはしないのだけど。

 

 

『悪者を倒したら、イーストベルのウェストモールに行こう。

 そこに旨いチェリーパイを出す店があるんだ。食いに行こうじゃないかフラン。

 おっと……ここは日本だったか? どうやら俺は勘違いをしていたらしい。

 あぁ分かってる! みなまで言うな。ここは幻想郷だろ?

 俺は幻想郷にいる。あぁ間違いなく居るとも。確かに俺はいるんだ――――』

 

 

 

 

 

 この後、この地で唯一エヴァを知る東風谷早苗が、テンション爆上げして巨大ロボット非想天則で戦いを挑んできたり、強い者が大好きな地底の鬼たちが、デイランとエヴァを見に地上へ百鬼夜行して来たりもするのだが、それはまた機会があれば語ろう。

 

 彼は無邪気なフランと共に、楽しそうに遊ぶ。

 元の世界では恵まれなかった活躍の機会を、心から楽しむ。

 

 いま茶色いリーゼントの髪を揺らしながら、欧米的なイケメンスマイルを見せる、アメリカのビバリーヒルズからやって来た男。エヴァ4号機の専属パイロット。

 

 

 そう。彼の名はもちろん、デイラン――――マッケイだ。

 

 

 

 

 

 

*1
エヴァ四号機は、本編に登場しない“設定のみの機体”。その名前だけが本編で語られている程度。一応スピンオフ作品や外伝などでは、このエヴァ4号機が登場する作品もある。だがどれも設定が定まっておらず、武装も搭乗パイロットもバラバラ。正式と言える程のしっかりした設定は存在しない。






◆スペシャルサンクス◆

 マスターPさま♪


・元ネタ

 海外ドラマ【ビバリーヒルズ青春白書】(のモノマネ)




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もしも間宮邸を訪れたのが日本のTV取材班ではなく、S.T.A.R.S.(しかもガチ装備)だったら。 (団子より布団さま 原案)



 ――――hasegawa的“アメリカ三部作”。二本目。



 頂いたお題はこちら↓(一部抜粋)



 ◆ ◆ ◆


・スィートホーム→ CAPCOMの開発した傑作ホラーRPG(ファミコン)
・バイオハザード→ CAPCOMの開発したホラーアクション(プレステ)

・スィートホーム→ 怪しい洋館に徘徊するゾンビ(オカルト)やクリーチャー(オカルト)
・バイオハザード→ 怪しい洋館に徘徊するゾンビ(ウィルス)やクリーチャー(生物兵器)

・スィートホーム→ 主人公達に襲いかかる数々のデストラップ(ポルターガイスト)
・バイオハザード→ 主人公達に襲いかかる数々のデストラップ(侵入者を防ぐ為の措置)

・スィートホーム→ ボスがデカい(無数の怨霊を取り込んだ間宮夫人)
・バイオハザード→ ボスがデカい(バイオハザード界のアイドルタイラント君)

・スィートホーム→ 最後に崩れ去る洋館(映画準拠+間宮夫人と共に成仏する呪われた洋館)
・バイオハザード→ 最後に崩れ去る洋館(機密保持の為の自爆シークエンス)

 あらやだ!! こんなに共通項がある!! ビックリ!!
 というわけで、リクエストです。


※初代バイオハザード×スゥイートホーム、二次小説。





 

 

 

 呪われた屋敷、間宮邸――――

 

 本日、彼らS.T.A.R.S.*1は、ここを訪れた。

 今は亡き天才画家“間宮一郎”……その貴重なフレスコ画を求めて屋敷に入り、そして消息不明となったクソジャップ日本のTVクルー達の、救出作戦を実行する為に。

 

 今は誰も住んでいないとされる、この異様なまでに巨大で、不気味な洋館……。

 この屋敷に足を踏み入れた者は、何故か次々に消息を絶っており、生きて戻った者は、誰一人として居ないという噂だ。

 それは、先のTVクルー達も決して例外では無く、もう数日もの間、彼らとの連絡が途絶えたままなのだという。

 

 そこで今回、哀れで愚かな日本人共を捜索&救出すべく、とても面倒だけど命令だから仕方ないよな~みたいな気だるい雰囲気を漂わせたS.T.A.R.S.隊員たちが、遠路はるばる日本へと出動する運びとなったのだ。

 

 ――――何故アメリカの特殊部隊である彼らが、日本で起きた事件に関与を?

 ――――日本にもレスキュー隊や自衛隊はあるのに、どこにそんな必要が?

 

 ……確かにそれは誰でも思う事だし、至極当然な疑問であるとは思うが、細かい事を気にしてはいけない。

 どれほど理解不能で、複雑怪奇で、高度に政治的な事情があったにせよ、S.T.A.R.S.に命令が下ったというこの事実は、決して覆らないのだから。

 彼らはもうとっくに出動しているのだし、「考えても無駄」という言葉もある。

 

 今、S.T.A.R.S.の隊員たちを乗せた二機のヘリが、バラバラと爆音を辺りに響かせつつ、敷地内にある広大な庭へと着陸を果たす。

 特に問題もなく、何ひとつ苦労する事もないまま、間宮邸に到着したのだった――――

 

 

 

「アルファより司令部へ、こちらクリス。

 これよりMAMIYA邸へ侵入、捜索を開始する」

 

『了解、侵入を許可する。速やかに状況を開始せよ。

 情報によると、そこはTATARIやらゴーストやらが跋扈する、ホラーハウスであるらしい。

 ふっ! そこがホラーハウスなら、俺の実家のボロ家はどうなる?

 地獄にでも建ってるって言うのか? HAHAHA!

 ……まぁいかにも迷信好きなクソジャップ日本人らしい、馬鹿げた話ではあるが、いちおう警戒は怠るなよ?』

 

了解(ラジャー)

 

 S.T.A.R.S.のアルファチームにおいて、ポイントマン*2を務めるのは、クリス・レッドフィールド。25才の屈強な青年だ。

 元空軍所属の熱血漢であり、民間人の救出という任務に情熱を燃やす彼は、左胸にある無線機で司令部に連絡。

 此処とは別の場所で作戦指揮を執るS.T.A.R.S.のリーダー“アルバート・ウェスカー”に一声入れた後、すぐさまサムライエッジ*3をホルスターから引き抜き、発砲。

 玄関のドアノブを破壊し、ドゴンと蹴りを入れて扉を開け、間宮邸に踏み入った。

 油断なく銃を構えながら、正に特殊部隊そのものの所作で。

 

「Oh? ずいぶん小さな玄関ルームね。こんな大きなお屋敷なのに……。

 うちのリビングと大差ないわよ?」

 

「まぁ、俺の馬小屋みてぇな寝室よりかは、よっぽど広いがね。

 日本は土地が狭いってのに、ようもまぁこんなデカイ屋敷を……。

 いいねぇ金持ちってヤツは。あやかりてぇモンだ」

 

 彼の「GO」のハンドサインに従い、隊員たちもゾロゾロと屋敷に踏み入った。

 いま口を開いたのは、隊のRS*4を務めるジル・バレンタイン。並びにBUM*5であるバリ―だ。

 

 ジルの方は23才の女性で、爆発物処理や科学知識の専門家。そしてデルタフォースの訓練課程を修了しているという、美しい女性でありながらも、とんでもないエリートだったりする。

 

 そしてバリ―は38才のオッサンで、ハゲかかってはいるがダンディな人物。

 火器の知識に明るく、隊内での火器の整備・補充を担当しており、彼が愛用する44マグナムの威力は、圧巻の一言だ。

 

 クリスとこの二人の他、OM*6のジョセフとRSのブラッドもゾロゾロと後に続き、屋敷に足を踏み入れた。

 

 彼らは全員が銃や防弾チョッキなどを装備しており、他にも探索や救助に必要と思われる各種機材を多数持ち込んでいる。

 その様は正に「物量でなんとかするぜ!」という、アメリカ人を地で行くような姿。

 アメリカの資金力と技術力の粋を凝らした最新鋭の装備が、いま間宮邸の玄関にズラッと並んだ。ほんと過剰なまでに。

 

「なぁ、さっき俺が壊しちまったけど……玄関の鍵は閉まってたよな?

 本当に日本のTVクルー達は、ここに入ったのか?」

 

「分からない……でもここ照明がついてるわ。

 確かこの屋敷は、廃墟だったハズ。いま電気が通ってるのは、人が来た証拠よ」

 

「ああ。きっと彼らが、発電機か何かを作動させたんだろう。

 お蔭で俺たちは、楽に仕事が出来そうだな。

 それにこんだけ明るけりゃ、話に聞いてたブギーマン(怖いオバケ)も出てこねぇだろ。

 ションベン漏らしてパンツ変えずに済む」

 

 後方を警戒しているジョセフとブラッドを他所に、クリスたち三人が円を組み、ウムムと眉をしかめる。

 そして「ワーオ」とか「ファック」とか口々に言いながら、それぞれ屋敷内を興味深そうに見渡していく。

 

 そこには数々の調度品(アンティーク)が並んでおり、記念に一つくらい持って帰ったら駄目かな~、みたいな気持ち。

 略奪……いや戦場における()()()()()()は、アメリカ人の伝統であり嗜みだ。

 屋敷の主も亡くなっていると聞くし、バレなきゃどーって事ない! ボーナスボーナス♪

 要救助者の捜索を終えたら、後で司令部にいるウェスカーに訊いてみようと思った。

 

 だが――――そんな楽観ムードを消し飛ばす轟音が、突然彼らの背後から鳴る。

 

 

「――――ッ!?!?」

 

「キャッ!!」

 

「なっ……なんだぁ!?!?!」

 

 

 凄まじい音と共に、屋敷全体が震える。

 クリス達は立っている事で精一杯となり、ただその場で足を踏ん張ることに終始。

 そして必死に状況把握に務めている内に、この地震めいた激しい揺れにより、“天井が崩れる”。

 落下してきた大量の瓦礫と砂が、瞬く間に山のように積み上がる。それは丁度、クリスら三人が立っている場所、そのすぐ目の前だった。

 

『どうしたアルファチーム! 状況を報告しろ!

 何が起こったんだクリス!?』

 

「ネガティブ! 状況不明ッ! 分かりません!!」

 

 まだ揺れが収まらない中、混乱しつつも必死に応答する。

 視界を覆い隠すほどの砂埃と、ついでに周囲からは隊員たちの「ファック! ファック!」という悪態が、絶え間なく聞こえてきた。

 

「司令部、こちらバリ―だ! 天井が崩れやがった!

 何にもしてねぇってのに、突然尋常じゃない量の瓦礫が降って来たんだ!!

 クソッタレ……! 一体どうなってやがるッ!」

 

「ねぇ皆! 出口が塞がれてるわ! ……退路がっ!!」  

 

 ようやく揺れがおさまり、ジルの悲鳴のような声に振り向いてみれば、そこには見上げるほど高く積みあがった、土砂と瓦礫の山。

 たった今通って来た出入口が、完全に覆い隠されていた。

 

「なんて事だ……、これじゃあ屋敷から出られない! ジーザス!」

 

「さっきの揺れも、ありゃ自然のモンじゃねぇぞ?

 いくら地震大国ファッキン・ジャパンとはいえ、有り得ねぇ揺れ方だ」

 

「人為的なトラップ……? でもありえないわ。建築会社のCMじゃあるまいし。

 人を殺したり、天井を崩すだけなら、TNT(爆弾)でも仕掛けた方が手っ取り早い。

 わざわざ屋敷全体を揺らすだなんて、どんな超常的な力を……」

 

 三人は茫然とし、ただただ瓦礫の山を見つめるばかり。

 たった今目にした物、そして経験した出来事が、理解出来ずにいる。

 

 しかし、そんな混乱の最中にいる彼らを、またしても()()()()()()()()が襲う。

 

 

「 ――――屋敷を荒らす愚か者ども! 生きてここから帰すワケにはいかない!! 」

 

 

 突然この場に響いた、女の声。

 それは大きく、とてもしゃがれており、聞くだけで身が震えて来るような、悍ましい響きだ。

 彼らが振り向いた時……そこにあったのは、あたかも天から舞い降りるが如く降りてくる、ある人物の姿。

 

「 腐れメリケン共! 貴様らはこの館で死ぬのだ! 二度と祖国の土を踏む事なく!

  我が恨み、存分に思い知るがいいッ! ぎぶみー、ちょこれーと!! 」

 

 その女は、まるで映画の特殊効果の如く、バリバリと電気のような物を身体に纏わせていた。

 しかも、その恐ろしい姿や形相のみならず、明らかに宙に浮いており、一見しただけで()()()()()と分かる姿。

 

 威圧感、瘴気、辺りに吹き荒れる暴風――――

 そのどれもが、いま目にしている存在がジャパニーズ・ゴーストである事を、雄弁に物語っていた。

 

「い……今のは!?

 あの女はいったい……!」

 

「顔に火傷のようなアザが……。

 焼け爛れ、片目が潰れていたわ……」

 

 そしてすぐ、その女は居なくなる。

 まるで蜃気楼のように、スッと姿を消してしまったのだ。

 自身が人の身では決して敵わない超常的な存在である事を、証明するかのように。

 

 この場に残されたS.T.A.R.S.の面々は、あわあわと狼狽えながら、ただお互いに顔を見合わせるのみ。

 今のなに? アンタ見た? 私の気のせいじゃないよね? ……とばかりに。

 

「驚いたなオイ……、あれは恐らく“間宮夫人”だろう。

 外見も特徴も、クソッタレな事に、資料にあった写真と一致してやがる。

 にわかには信じがたい事だが……間違いねぇ。

 これが“コスプレ”とかいう、日本の度し難いHENTAI文化からくる、ジョークでもない限りな」

 

「この屋敷の主人である間宮一郎の……妻?

 でもバリー? 確か資料には、もう何十年も前に亡くなっていると……」

 

「ジル、ようはソイツが化けて出たって事だ。

 Mrs.MAMIYA(ミセスまみや)がゴーストとなり、この馬鹿みたいにデカい館に、とり憑いた。

 そして日本のTVクルーや、俺たちS.T.A.R.S.に牙を向いたのさ。

 ……Fuck!! 俺たちはゴーストバスターズじゃないぞ!」

 

 そうクリスは怒鳴り散らすも、現実は変わらない。

 いま目にした物と、自分達が置かれている状況は、まごう事なき現実であるのだ。

 特殊部隊S.T.A.R.S.の三人は、その持ち前の冷静さと、類まれなる状況適応能力を以って、パニック状態から立ち直ってみせる。

 すると、なにやら遠くの方……いや出口を塞いでいる瓦礫の()()()()()()、声が聞こえている事に気が付いた。

 

「――――おーい三人とも! 無事かーっ!?」

 

「クリス! ジル! バリー! 生きてたら返事をしろーっ!」

 

「ジョセフ!? ブラッド!? お前たちなのか!」

 

 それは、後方警戒の役目にあたっていた二人の声。

 彼らは地震めいた揺れが起こるやいなや、すぐさま屋敷の外に退避しており、閉じ込められる事も瓦礫に潰される事もなく、元気に声を張り上げていた。

 

「無事よ二人とも! でも出入口が塞がれちゃったの!」

 

「オーライだジル! 心配すんなって、俺に任せとけぇ!

 そんじゃあ三人とも、少し下がってろよ?」

 

 そう言うやいなや、重火器の運搬役であるジョセフが、すぐ傍に停めてあるヘリの方へと走る。

 ゴソゴソと中の荷物を漁り、やがてこの場に戻った彼が担いでいたのは、一丁の()()()()()()()()()であった。

 

 

「 ファイヤー、インザ、ホール!!!! 」

 

 

 ドッゴーーン! という凄まじい爆発音。空気の震え。

 それが全ておさまった時、ジョセフ達の眼前には、大穴を開けた間宮邸の姿。

 出入口を塞いでいた瓦礫の山は、彼が発射したロケットにより、()()()()()()()

 

「――――よっし! 退路確保ッ!(キリッ!)

 いっちょ上がりだぜお前ら! 穴を開けてやった!」

 

「ヒャッハー! 間宮邸をFuckしてやったぜぇぇーーッ!!

 流石は俺達のジョセフだぁーっ!!」 

 

 せっかく間宮夫人が、御大層な登場をして下さったのに、S.T.A.R.S.の面々はあっさり屋敷からの脱出に成功。

 やれやれ! 外の空気は旨いぜ! なんて言いながら、何の努力も感慨もなく、普通に寛いだ。

 アメリカという国の資金力、物量、装備を以ってすれば、この程度は当然なのだ。

 

「ふぅ! 流石に肝を冷やしたな。

 一瞬、ここでサバイバルホラーめいたクエスト(冒険)をする羽目になるかと思ったが……、でもそんな事は無かったぜ!!」

 

「ええクリス、本当に良かったわ。アメリカ万歳よね!」

 

「日本のTVクルーなんかと、一緒にすんなよベイビー?

 なんてったって、俺達はS.T.A.R.S.――――スペシャリストだ。

 特殊部隊を舐めんじゃねぇぞMAMIYA!!」

 

 やろうと思えば、このままヘリで帰ることも出来る。

 呪いの館だか、人を喰らう屋敷だかは知らないが、普通に今すぐ生還出来るのだ! 5人揃って!

 流石はアメリカである! 間宮邸なんか何ともないぜ!

 

「だが……このまま帰還するってのも、ねぇ話だなぁ。

 瓦礫で閉じ込めるなんざ、随分ふざけた真似してくれんじゃねぇかッ! あのクソアマ!!」

 

「バリ―の言う通りだ。

 ケツを蹴り上げられたのに、そのままとあっては、俺達S.T.A.R.S.の面目が立たない」

 

「ええ、久しぶりにテッペン来ちゃった。

 私の∞ロケットランチャーが、火を噴く時が来たようね――――」

 

 三人は額に青筋を立て、ギリリと歯ぎしり。

 ゴーストだか何だか知らないが、黄色人種(イエロー)などに舐められては、白人の名折れ。

 猿共に立場を分からせる意味でも、世界の君主たるアンクルサム(アメリカ)の力を見せつける意味でも、ここでスゴスゴ引き下がるワケにはいかない。

 

 

「――――ジャップのクソゴーストめ! アメリカ人の本気を見せてやるッ!!」

 

「覚悟しろマダム! ()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「アルファチームより、本部へ。

 間宮邸を()()()()()()。トマホークでも構わない」

 

『了解、どちらも行う。

 直ちに空軍へ支援要請を送る』

 

 この一本の無線によって、呪いの館である間宮邸は、空を覆わんばかりの爆撃機編隊に襲来され、徹底的に空爆を施された。

 今作戦で使用された爆弾やミサイルの数は、のべ400発にものぼる。

 たとえ戦艦大和が相手だろうと、ゆうに十数回は撃沈出来る量であった。

 

 加えて、屋敷周辺の森にも大量の爆弾が投下され、辺り一帯はハゲ山となる。

 それは戦車や装甲車などの通行を容易ならしめ、屋敷の周りを何千人もの兵士が取り囲む事となった。

 

 外からは、戦車や自走砲による砲撃が行われ、配備された狙撃兵たちが屋敷の窓を狙い、中にいる者達を援護する。

 

 そんなあらゆる援護の後、突入部隊として屋敷に踏み込む者達の面子は、S.T.A.R.S.を始めとする特殊部隊や、超常現象を専門とする科学者、医療班、工作班など。

 その職種は多岐に渡り、しかも誰もがスペシャリストだった。

 

 特に工作班は、崩れた床の修繕や、部隊が進行する為の足場作り、そして各所に拠点作りをするべく、多くの資材や重機を屋敷に持ち込んだ。

 

 この活躍によって、東京ドーム何個分ですか? という広大な敷地を持つ間宮邸には、総数4桁に迫るほどの膨大な人員が、あたかもノルマンディー上陸作戦の如く、一気に雪崩れ込むことに成功。

 正にアメリカという国そのものが、間宮邸を蹂躙するに等しかった。

 

 

 

「――――クリア! ゴーゴーゴーゥ!」

 

 ドアノブを銃撃→ドアを蹴り破る→中に発煙手榴弾(スモーク)を投げ込む→アサルトを乱射。

 クリスたち突入部隊の面々は、部屋を発見する度に、欠かさずこのクリアリング作業を行い、どんどん屋敷内を制圧していく。

 

 また火炎放射器、対物ライフル、ガトリング砲、∞ロケランなどを所持する隊員たちによって、瞬く間に屋敷内のクリーチャー達も殲滅されていった。

 サーチ・アンド・デストロイ(  見敵必殺  )……姿を現した途端に、容赦なく、根こそぎ、抵抗させる間も無く。

 

 “呪いの人形”を見つければ、一斉にアサルトを掃射。

 銃器の効き目が薄そうな“人魂”が現れれば、CIAより派遣されてきた超常現象の専門家たちが、掃除機みたいな変な機械を用いて、即座に除霊を行う。

 なんか固そうな“動く鎧”が出現したならば、何発もの対物ライフルによる銃撃や、ロケランによる砲撃によって撃破。万事ノープログレム。

 間宮邸が誇るジャパニーズ・ゴースト達は、成す術無くキルゼムオール( 皆殺し )となった。

 

 他にも、屋敷内に梯子や足場を設置するわ、壁に爆弾しかけて穴を空けるわ、イエーイとばかりに調度品を漁るわと、やりたい放題。

 “神をも恐れぬ”ならぬ、スピリチュアルを恐れぬ蛮行を、そこら中で繰り広げた。

 

 屋敷では、突然シャンデリアが落ちてきたり、どこからかナイフが飛んできたりと、様々な罠が仕掛けられており、これには確かにメリケン共も苦労させられた。

 だが……何故かこれはどれも()()()()()()()()()()()()、例えば彼らのHPが1万ほどあるとしたらば、その内の5くらいしか減らない代物だったので、極々軽微な損害しか出なかった。

 

 侵入部隊の中にはジルを始めとして、爆発物除去の専門家も多数いたので、一度傾向さえ掴んでしまえば、どこに罠があるのかはすぐに分かるようになったし、医療班だってしっかり待機している。

 ゆえに、総じて「特に問題は無い」と言えるレベルでしか無いのであった。

 

 

 

「お? この扉って、このフロアに繋がってたのか!

 随分なショートカットじゃないか!」

 

「やったわねクリス! ひゃっほー♪」

 

 ちなみに、彼らは各種“鍵”的なものを入手しなくても、持っている銃でノアノブを破壊する事により、どんな扉も開けてしまう事が出来る。

 ゆえに、例えば最序盤に行くことになる“食堂”には、終盤にならないと辿り着けないないハズの“三つの銅像があるフロア”へと続く、ショートカット用の扉があったりするのだが……、鍵とかそんなの関係無く「えいっ!」と開けてしまえた。

 

 普通、屋敷に入ったばかりでそんな事をしたら、終盤に相応しい強さを持つ敵キャラ達とエンカウントしてしまい、簡単にぶっ殺されてしまいそうなモノだが……。

 しかし案ずること無かれ! クリス達S.T.A.R.S.は特殊部隊のフィジカルエリートであり、その身体能力や肉体の頑強さは、一般人のそれとは比較にならない。

 恐らくは、クソジャップであるかのTVクルー(かずお達)がレベル20なのだとしたら、クリスらメリケンの隊員達は、もう屋敷に入った時点で“レベル99相当”の戦闘力を所持していることであろう。

 

 加えて彼らは各種銃器の他、防弾チョッキなどの装備も持っているのだ。

 もう問題どころか、負ける理由が見当たらない――――

 まさに圧倒的であった。

 

 

 

Mrs.MAMIYA(ミセスまみや)よ……、お前は我々の戦力を過小評価し、アメリカを敵に回した。

 それが貴様の敗因だ」

 

 

「野郎共ぉ! 俺達の特技は何だぁ!?」

 

「「「「――――殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」」

 

「このミッションの目的は!? 俺達の大好きな事は何だぁ!?」

 

「「「「――――殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」」

 

「俺たちは祖国を愛しているか!? 国民を……アメリカを愛しているかぁ!!」

 

「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」*7

 

 

「フレスコの解読ぅ? 鎧に槍を持たせるぅ? 石像に血をぶっかけるだぁ~?

 Fuck! 知ったことか謎解きなど! ぜんぶ力づくで解決してやる!

 アメリカは自由の国だッ!!」

 

 

「くそっ! コイツらまだ生きてやがるぜ! しぶてぇ野郎だ!」(アサルトを乱射しながら)

 

 

『――――屋敷内のゴースト達に告ぐッ!

 我々の戦力は、諸君らのそれを圧倒的に凌駕している! 抵抗は無意味だ!!』(拡声器)

 

 

 

 全部ぶちこわし、全部ないがしろにし、ただひたすら進む――――

 そんな風にクリス達S.T.A.R.S.は、まるでTAS……いやドイツの電撃戦の如き疾風の速さで、間宮邸を攻略して行くのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――こちらアルファチーム、作戦完了!

 これより帰投する!」

 

『うむ、よくやったぞクリス!』

 

 

 突入作戦開始より、約4時間後……。

 汚れや砂埃などで()()()()()()()()()()クリス達が、意気揚々と屋敷から脱出した後、無線で司令部に報告をおこなった。

 

「作戦目標であった、日本のTVクルー達、および中で彷徨っていた“山村”という男も救助しました!

 彼らは混乱していたのか、少しばかり意思の疎通には苦労しましたが……ノープログレムです!」

 

『そうか、もう屋敷には誰も残っていないのだな?』

 

「肯定です。クリーチャーの死体と、瓦礫があるのみ。

 屋敷に迷い込んで死んだ者達の遺体も、全て回収済みです」

 

 ちなみにだが、あの山村という老人の保護には、妙に苦労させられた覚えがある。

 彼は「ドグウガー! クヨウトウガー! ココロノチカラガー!」とワケの分からない事を叫び、S.T.A.R.S.の隊員たちを大いに困惑させたのだ。

 

 こいつはイカれているのか? ドラックでもやってるのか?

 まったく! ジャップはワケの分からないヤツばかりだな! HAHAHA!

 

 そんな風に思いながらも、結局は有無を言わせずYAMAMURAを保護。

 特殊部隊仕込みの捕縛術で取り押さえた後、鎮静剤をプスッと注射して、そのまま後方へと送ったのだった。

 例のクソジャップTVクルー達5人も、同様に保護してある。

 

『ご苦労だったなクリス。ゆっくり休んでくれ。

 そういえば、あの報告にあったMrs.MAMIYA(ミセスまみや)……いやゴーストの親玉はどうした?』

 

「あぁ~! そいつならジルが、()()()()()()()()()()()()()()

 あのタイラントだって一撃なんです。ジャパニーズ・ゴースト如きが耐えられるワケが無い。

 アメリカ人を舐め腐った報いを、受けさせてやりましたよ!」

 

『そうか……、ではMrs.MAMIYA(ミセスまみや)は天国へ旅立ったのだな。よかった……』

 

「はっ?」

 

 なにやら感慨深げなウェスカーの様子に、クリスはキョトンと首を傾げる。

 話によると、どうやら作戦司令部という後方で暇してたらしいウェスカーは、ふと思い立って間宮一郎に関するアレコレを、色々調べてみたのだという。

 すると、どうやらこの間宮邸がホラーハウスと化してしまった経緯には、何とも言えない事情が隠されていたのだという。

 

 念願の我が子が誕生し、幸せの絶頂だった夫妻を襲った、突然の悲劇――――

 夫人が心を病み、だんだんと狂っていく過程――――

 屋敷周辺の村から、次々に子供が攫われていくという怪事件と、その顛末――――

 そして、夫である間宮一郎の苦悩――――

 

 そんな聞くも涙、語るも涙の悲しい出来事が、過去にこの間宮邸で起こった。

 まぁ今は……もう“締め”の空爆とか砲撃によって、敷地内には瓦礫しか残っていないけれど……。屋敷は跡形も無く崩壊したけれど……。とにかくあったらしいのだ。

 

 そんな間宮邸の悲劇の物語をウェスカーより聞き、クリスの胸に一抹の悲しさと、得も知れぬ切なさが込み上げる。

 そうだったのか……と。

 何か戯言をほざく前に、しょっぱなからロケランぶち込んで、有無を言わさずに殺して(成仏させて)しまったが……彼女にもそんな事情があったのかと。

 

 彼は首からぶら下げている十字架を取り出し、そっと口づけをする。

 

 

「戦いは、いつも虚しい……。

 それをMAMIYA邸は、我々に教えてくれた――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスが、まるで映画スターのような雰囲気のある顔で、最後いい感じに締める。

 終わり良ければ総て良し! アメリカは正義! とばかりに締める。

 

 とりあえず、なんやかんやあれど、S.T.A.R.S.にかかれば……いやアメリカ人の手にかかれば、ドラクエめいたRPGも、知恵熱が出そうな難しい謎解きも、全てショートカット出来る事がここに証明された。

 

 

 これはちょっとメタい話にはなるが……もし「詳しい間宮邸の物語について知りたい!」という方がいらっしゃれば、私スゥイートホームを題材にした二次小説を一本書いておりますので、是非そちらの方をご参照下さいませ。

 

 とにかく、此度のS.T.A.R.S.の冒険は、これで終わりだ。次回ヲ オ楽シミニネ!

 

 バイオゥ……ハザァ~ド……!(巻き舌)

 

 

 

 ―完!―

 

 

 

 

*1
アメリカ合衆国、ラクーン市警察所属の特殊作戦部隊。あらゆる分野の専門家、優秀な人材のみで構成されたエリート集団。この部隊名は【Special Tactics And Rescue Service】の略で、読み方は“スターズ”。治安維持や人質救出作戦などを主な任務としている。

*2
最前線で任務を遂行するポジション。

*3
S.T.A.R.S.で制式採用されている拳銃。ベレッタ92FSを元に、隊員それぞれの好みに合わせてカスタムが施されている。

*4
リア・セキュリテイというポジション。ヘリの操縦や警護、後方警戒などを担当する

*5
バックアップマンというポジション。前衛の援護役。

*6
オムニマンというポジション。機器の操作や重火器の整備・運搬などを主に担当。後方での戦略的な行動が必要とされる

*7
【GUNG-HO】 アメリカ海兵隊で使用される、士気を上げるための掛け声。




◆スペシャルサンクス◆

 団子より布団さま♪


・元ネタ、参考
【フルメタルパニック! ふもっふ】


↓hasegawaが書いた、ハルヒ×スゥイートホーム二次小説。
 https://syosetu.org/novel/215067/



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もしも悟飯爺さんが亡くなった後、悟空がブルマと出会うまで人里で育ったら (M Yさま 原案)



 ――――hasegawa的“アメリカ三部作”。三本目。


 ↓今回のお題はこちら。



 ◆ ◆ ◆


 内容は、「もしも悟飯爺さんが亡くなった後悟空がブルマと出会うまで人里で育ったら」という設定です。

 ある日、防衛軍の偵察機がパオズ山付近に飛んだ時に、見た事のない大猿を目撃する。
 後日、調査の為に軍と目撃者の兵士と学者を連れて、山に向かった。
 そこで尻尾の生えた少年と出会った。
 その少年こそ悟空であった。

 悟空は見た事のない彼らを大猿の怪物の仲間と思って攻撃する。
 優勢に進めるが、弱点の尻尾を握られて拘束されてしまう。
 その後事情を聞き、勘違いを知って拘束を解いてもらった。

 そして、悟飯爺さんが死んで一人で生活をしている事を知って、彼を連れて一度下山した。
 悟空は、お風呂や社会常識を知らない事と、また衛生上悪いので、まず服を脱がされてお風呂に入れられる。
 その後、検査を受けて一日が過ぎた後、形見のドラゴンボールと如意棒と僅かな私物を持って、山を下りて施設に入る。

 そして、兵士の知り合いの道場の主人の養子となった。
 その人物は、悟飯爺さんの知り合いで、手紙で悟空の事を知っており、出会い、仲良くなり、お風呂に入ったり勉強したり学校に通ったりして、一般常識を覚えた。

 また食費がかかるので、食べ放題の店や大食い大会に参加して優勝して驚かされる。
 他にも武道をしていたのもあって、格闘大会少年の部で優勝したりして、その業界からも一目置かれていた。

 だが怒られたりして、自分がお仕置きを食らわれたりしたが、それで絆が深まった。
 そして、誕生日を祝われたり悟飯爺さんの命日には、山に帰って供養をした。
 それから一年して、ブルマがやって来てドラゴンボールの事を聞いて、旅に出る事になった。

 というプロットを参考に書いてくれるのをお願い致します。



 ※ドラゴンボール二次創作





 

 

 

「うーん……この辺りのハズなんだけどな~」

 

 手元のレーダーが、ピッピと音を立てて点滅している。

 お昼時、空の真上にある太陽の日差しは、とても強い。

 彼女は眉の所に手を当て、帽子のツバのような形で日光を防ぎながら、キョロキョロと辺りを見回す。

 

「もうちょっと西かな?

 とにかく、絶対この近くだわ。間違いない」

 

 頭をポリポリとかき、ウムムと眉を顰める。

 すぐ傍に停めている車からは、今も低いエンジン音が鳴り続けており、その音だけが、この殺風景な場所に響き渡っていた。

 

 ここは何もない山道。辺りには小高い山々が並ぶのみで、人っ子ひとり居ない寂しい風景。

 何故こんな所に、まだ16才の女の子である自分が、ひとり車を飛ばしてやって来たのかというと……、それはちょっとした好奇心の賜物だった。

 加えて、彼女生来の活発さや、若くして天才と称されるほど優秀な頭脳、あとは「素敵な恋人が欲しいな~」という淡い願いなどが、そうさせた。

 

 いま学校は、ちょうど夏休みの時期だ。

 この30日間の休みを利用して、ちょっとした冒険でもしようかな~と思い立ち、この地へやって来たのだ。

 

 活発さを感じさせる、ポニーテールに結われた水色の髪。

 オレンジ色の縦じまTシャツと、膝よりずっと短い丈のミニスカートは、冒険に相応しい動きやすさと、女の子らしい愛らしさを兼ね備える。

 腰に着けている大きなポシェットも、良く似合っている。

 

 彼女の名は“ブルマ”。

 某大会社の一人娘であり、自他共に認める()()()()()()()というヤツだ。

 

 彼女は辺りの風景と、お手製の“ドラゴンレーダー”なる機械の画面を、暫しのあいだ交互に見比べた後……、「ふんすっ!」と気合を入れ直して、車に乗り込む。

 そして元気よくエンジンを吹かし、再び走り出すのだった。

 

 

 

「わっ!!!!」

 

 だが突然、彼女が大声を上げる。

 この山道は、まるで心電図のように昇り坂と降り坂が連続していて、あまり見通しが効かない場所だった。

 ようやく登り坂が終わったと思い、かっ飛ばそうとアクセルを踏み込んだその途端、いきなり進行方向に子供らしき人影が見えたのだ。

 

「わぁぁぁーーッ!!!!」

 

「っ……!?!?」

 

 脊椎反射で急ブレーキ。

 ブルマの車はドリフトめいた機動で、キキキィーーっと地面を滑る。

 砂埃をたくさん舞い上げ、あわや横転かという所だったが、それでも子供いる場所から20cmというギリギリの距離で、なんとか停止する事が出来た。

 

「……び、ビックリしたぁ~! 心臓止まっちゃうかと……!

 ちょっとアンタぁ! 危ないじゃないのよぉ!」

 

 危ないも何も、これはブルマの前方不注意だ。

 どうせ誰もいないだろうと高を括り、スピードを出し過ぎていたのがそもそもの原因。

 こんな田舎の山道に、車道や歩道などあろう筈も無いし。

 

 だがブルマは、その持ち前の勝気(かちき)さを以って、アンタのせいよ! とばかりに怒鳴る。未だ地面にひっくり返っている子供に対して。

 彼女にとって「女の子(自分)をビックリさせた」というのは、問答無用で相手の非になるらしい。こちとら鼻も恥じらうピチピチギャルなのだ。

 

「このスカポンターン! ちゃんと端っこを歩けって、お母さんに教わらなかっt

 

「――――Stay away from cheese burger!!!!」

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 その時、もの凄く流暢な英語が、ブルマの言葉を遮った。

 

「Stay away from cheese burger! Stay away from cheese burger!」

(チーズバーガーから離れていろ! チーズバーガーから離れるんだ!)

 

「えっ」

 

 窓から身体を乗り出し、拳を振り上げていたブルマは、思わず動きを止める。

 いま車の真ん前にいる“ちんまい少年”が、なんか異国の言葉で、なにやら怒鳴り散らしていたから。

 

「Son of a bitch! Get me fuckin' cheese burger! Fuckin' cheese burger!」

(なんてヤツだ! 私にチーズバーガーを持って来て下さい! くそったれなチーズバーガーを!)

 

 よく見れば、今ブルマの車のボンネットに、おそらくマク〇ナルドのものであろう紙袋が乗っている。

 きっとこれは少年の持ち物で、先ほどの事故によってポーンと投げだしてしまい、車の方へ飛んで行ってしまったのだろう。

 

「I never be forgotten cheese burger! This is America! This is America!」

(私はチーズバーガーを決して忘れません! これぞアメリカです! これぞアメリカです!)

 

 よく分からない怒声、よく分からない出来事、時折聞き取れるチーズバーガーという言葉。

 そんな全てにポカ―ンとしている内に、少年が素早くこちらに近付いて来て、車の下に潜り込んだ。

 

 

「――――I asked you for a cheese burger!! Cheese burger is good!!」

(私はチーズバーガーについて貴方に訊ねました! チーズバーガーは良い物です!)

 

 

 そして気合一閃――――車を投げ飛ばす。

 信じられない事に、ブルマは車ごと10メートルも放り投げられ、ドガンと音を立てて地面に激突した後、ゴロゴロと転がる。

 もちろん、乗っていた車はぶっ壊れ、窓は割れるわタイヤは外れるわのスクラップと化した。

 

「Come get some! I'll beat your ass french frie!」

(かかって来なさい! 私は貴方のケツを叩きます! このポテト女め!)

 

「こっ……こんにゃろーッ!!」

 

 少年は棒のような物を構え、なにやらこちらを威嚇している様子。徹底抗戦の構えだ。

 ブルマはワケが分からないまま、とにかく壊れた車の窓から顔を出し、即座にピストルの引き金を引く。

 これは一応、護身用にと持ち歩いている物であったが、もう躊躇なく少年に向けて発砲した。

 

「Gun? Are you from Texas too?」

(あれっ、拳銃? 貴方もテキサスから来たのですか?)

 

「……は?」

 

 するとどうだ。少年は何気ない仕草で()()()()()()()()()、キョトンとした顔でブルマに向き直ったではないか。

 そもそも最初は自分に非があったのに、もう「ぶっ殺してやる!」とばかりに撃ってしまったブルマ(しかも子供に対して)は、つられてキョトンとしてしまう。

 

 目の前の少年は、既に先ほどまでの構えを解いている。

 そして、なんか嬉しそうな顔をしながら、トテトテこちらに歩いて来た。

 

 

「Hi! I'm “GOKU”. From Texas where a gun and a fist fly about」

(おっすオラ悟空! 銃と拳が飛び交う街、テキサスから来たぞ!)

 

 

 小学校の低学年くらいの身長。ビヨンと前に飛び出たツンツン頭。手にしている如意棒。

 そして赤青白という、()()()()()()()()()()

 

 GOKU(悟空)はしっかりと相手の目を見て、ニコッと微笑みながら、フランクに握手を求めた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「オラの家に来ますか? ブルマは同胞なので、ごちそうします」

 

 そう嬉しそうに言われ、ブルマは彼の家に向かう事となった。

 銃弾も効かないような相手と喧嘩したくは無いし、それは別に構わないのだが、未だに腑に落ちない気持ちでいる。

 子供とはいえ、得も知れない相手だし。

 

「チーズバーガーを食べます。たくさん買うしたので、大丈夫と思います。

 オラとブルマが分けます」

 

 ちなみにだが、このGOKU(悟空)くんは、普通の言葉も話せるようだった。

 ブルマが困っているのを察してか、すぐにこちらの方で話すようになったのだ。

 しかしながら、それはどこか()()()()()()、彼が少し無理をしているのが窺える。

 軽く訊いてみた所、「元々は普通に喋っていたけど、最近はずっとEnglishばかりだったので、少し忘れてしまっている」との事。

 ついでに言えば、彼のEnglishはまだまだ未熟で、細かな文法や使い方など、おかしい部分が多々あるのだそうな。

 ブルマはずっとこの国で育ってきた人なので、帰国子女やバイリンガルの苦労など、知る由も無い。

 

「というか……ずいぶん優しいのねアンタ? なんかイメージと違うわ。

 さっきはあんなに乱暴だったのに。……力も常人離れしてるし」

 

Ladies(レディ)は大事と思います。

 Master(先生)はオラに教えました。優しくすると良いです」

 

 先ほどの大暴れは、「チーズバーガーを盗られる!」と思い込み、ついやってしまったらしい。

 本来の彼は、とても礼儀正しく、親切な子である事が窺えた。

 つい先ほど会ったばかりで、しかも轢かれそうになったというのに、それを気にする事なく食事に招こうというのだから、言わずもがなである。

 

 余談だが、GOKUにとってチーズバーガーとは、自身の好物というのみならず、本当に大切な物なのだそうだ。

 いわく――――Cheese burger is God( チーズバーガーは神だ ).

 これはアメリカ人の魂であり、()()()()()()()()()()()()と言っても過言では無い。……との事。

 ブルマにはよく分からなかったが。

 

 とりあえず、車がオシャカになってしまった事もあり、今ブルマはGOKUと並び、トテトテと山道を歩いている。

 別に歩くのは不得意じゃないし、食事をご馳走してくれると言うのだから不満はないのだけれど、やはり色々と考えてしまう。

 こんな辺境の山に、袋いっぱいのチーズバーガーを抱えた子供がいて、しかもこの子は今、一人で暮らいるのだという。ここの山頂にある家で、親御さんの庇護も無しにだ。

 こうして何気ない雑談をしつつも、それを少し訝しんでしまうのは、仕方のない事だった。

 

Tough(タフ)は、Kung fu( 功夫 )のおかげと思います。

 弱い人は、Texas(テキサス)で生き残れません。

 鉛玉と拳が飛び交うAmerican South( アメリカ南部 )です。死ぬと思います」

 

 さっきからチョイチョイ話に出てくるのだが……この“テキサス”というのは何だろう?

 どこかの地名だというのは察しているのだが、ブルマはそれを一度も聞いた事が無く、ただ首を捻るばかりだ。

 

(なんか変なヤツ……。でもあのパワーは、役に立つかもね)

 

 そう人知れず頷く。

 悟空が機嫌良さげに前を歩いているのを良いことに、ブルマはなにやら悪い顔をしていた。

 これ女の子の一人旅だし、冒険というのは危険が付き物。人手があるに越したことは無いし、コイツならボディガードに持ってこいかもしれない。

 子供だから口で言い含めるのも楽そうだし? これは丁度良いかもしれないわね……、なんて事を考えていた。

 

 

 

「あら、ちいさなお家ね。SON()くんはここに住んでるの?」

 

「はい、待っててほしいと思います。

 ブルマのことをGrandpa(じっちゃん)に言います。報告するをします」

 

 やがて、のほほんと歩いて行く内に、二人はこじんまりした一軒家に到着。

 GOKUはヒャッホーイと家の中に飛び込み、なにやらタンスの方に向かって、手を合わせ始めた。

 

「Hey grandpa! Fuckin' asshole woman came to our house!」

(じっちゃん! くそったれなケツ穴女 めんこい女の子が来たぞ!)

 

 ブルマには分からない言葉だったが、「なんか褒められてるな~」という雰囲気は感じた。

 

 それはともかくとして、家の前で手持ち無沙汰のブルマは、ふと家の中を覗き込んでみる。

 見た所、この家は外見の通り、質素な家具しかない感じの、慎ましい住処であるようだった。

 しかし、GOKUがいま手を合わせているタンスの方を見た時……、彼女は驚愕に目を見開いた。

 

「ああーーっ!! あったわ! ドラゴンボールだぁーーっ!!!!」

 

 思わず出した叫び声が、小さな家中に響く。

 そして突然の声にビックリしている彼にも構わず、ブルマは「きゃー!」とか言いながら、タンスの上に飾ってあるドラゴンボール(四星球(スーシンチュウ))の方へ駆け出した。

 

「レーダーに映ってた通りだわ!

 流石は私が作ったドラゴンレーダー! やっぱ天才ね!」

 

 目を丸くしているGOKUもほったらかしで、キャーキャーと騒ぐ。

 これはじっちゃんの形見です、触ってはいけません。そう窘める彼の言葉に耳を傾けるまでには、暫く時間を要した。

 

「形見ぃ? これを飾りか何かだと思ってるワケぇ?

 しょーがない、君にも教えてあげちゃおっかな~」

 

「?」

 

 そしてブルマは、腰のポシェットから二つのドラゴンボールを取り出し、GOKUに見せてやる。

 それは、彼が持っている物と全く同じ形で、中心に浮かんでいる星の数だけが、違っているようだった。

 

「これはドラゴンボールっていう、とってもすんごい物なの!

 たまたま私ん()の倉で、ひとつ見つけてね?

 そこから文献とかを調べてみたんだけどぉ~」

 

 そうして始まる、ドラゴンボールについての説明。

 長くなるので割愛するが、とにかく「七つ集めればどんな願いも叶う」という概要を、彼に詳しく説明していった。

 

「……という事でぇ! その四星球を譲って欲しいのと、アンタにもドラゴンボール探しを手伝って欲しいな~って、そう思ってるんだけど……。

 でもさっきから聞いてると、なんかSONくんって、複雑な事情がありそうよね」

 

 テーブルに着き、二人でもぐもぐとチーズバーガーを頬張る。ポテトやコーラと一緒に。

 ブルマはありがたくご馳走になりながらも、その間ずーっと喋りっぱなしだ。

 先ほどまではワチャワチャしてたけど、ようやく腰を落ち着ける事が出来たのだし、この際だからGOKUの事を、色々訊いてみる事にした。

 

「SONくんはまだ小さいのに、こんな山奥でひとり暮らしをしてる。

 でもおじいさんとか先生とか、前は誰かと一緒だったのよね?

 しかも君って、なんか“変な言葉”を使ってるし……。

 まだ会ったばかりだし、ちょっと不躾ではあるんだケド……、よかったら私にSONくんの事、教えて貰えないかな?」

 

 好奇心はある、ちょっとした打算も。

 けれど、明らかに普通とは違うGOKUの事情に……。まだこんなにも幼く、そして心優しい子がひとりっきりで居るという事実に、彼女は心を痛めていた。

 自分の家は、大きな会社を経営しているので、それなりに顔が効く。ある程度の社会的な力もある。

 ゆえにもしかしたら、何かこの子の為にしてやれる事が、あるかもしれないと思った。

 

 そんな優しい気持ちが表情に滲んでいたからこそ、GOKUは彼女を信用する事が出来た。

 まぁ彼は子供だし、まだまだ警戒心という物を培えていない年頃ではあるが。それでもブルマの心遣いは、しっかりと感じ取っていた。

 この人は“トモダチ”なんだと――――

 

 

「Roger that bitch!  Listen to my bullshit!」

よかろうアバズレ、俺のたわごとを聞け そんじゃあ話すぞブルマ!)

 

「ごめんSONくん、普通の言葉でお願い。

 私わかんないし」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 今から約2年ほど前のこと。

 パオズ山付近を飛んでいた飛行機が、見たことも無いような“巨大な猿”がドシンドシンと闊歩しているのを、偶然にも発見した。

 

 その飛行機は、この国の防衛軍が所持する、パトロール用の偵察機だった。

 すぐさま無線連絡を受けた防衛軍は、後日その地域の調査を行うべく、大勢の科学者と兵士を派遣した。

 

 結論から言えば、その偵察機が見たという巨大な生物は、いくら調査しても発見できずに終わる。

 しかし、その代わりというワケでは無いが……、この地域に住んでいたと見られる、一人の幼い少年を発見したのだ。

 

 科学者達のみならず、その場にいた兵士達でさえも、驚愕した。

 何故ならば、見つかったその少年の臀部には、明らかに装飾の類では無いことが分かる、血の通った本物の“尻尾”が生えていたのだから。

 

 とにもかくにも、ここはほとんど人が立ち寄ることも無という、秘境といっても差支えないような場所。山の山頂である。

 兵士たちは少年を保護すべく、優しく声を掛けながら近寄っていったのが、当の本人から凄まじい抵抗を受けるという、想定外の目に合ってしまった。

 

 しかも、この少年の身体能力は、正に()()()()()()()()

 猿や獣などと言うような比喩は、この子には生ぬるい。

 目にも止まらぬ速度で縦横無尽に逃げ回り、しかも木をへし折り、岩を砕きながら、もう手が付けられない程に暴れ狂っていたのだ。

 

 当然、多くの者達がやられた。

 この子が本物の獣とは違い、牙や爪といった武器を持っていなかった事が幸いし、重傷者などは出なかったものの……。それでもこの場にいる兵士の大半が、彼の手によってダウンする事となった。

 しかもこの子は興奮状態にあり、どんな言葉をかけて諫めようとも、決してその動きを止めようとはしない。明らかにこちらを“敵”と認識しており、徹底的に交戦すると意思が伺えた。

 

 とても手に追えず、手が付けられず、保護など到底無理だとして、科学者たちが退避の選択を決めようとした、その時……。

 正に獅子奮迅の動きを見せる少年へ、ある一人の兵士が懸命に飛び掛かり、偶然にもその尻尾をギュッと掴む、という出来事が起こった。

 

 決して諦めなかったのは、子供を守りたいという、固い意思ゆえだったのか。

 その子の五体ではなく、たまたま尻尾を掴んでしまったのは、それがどこか掴みやすそうに見えたからなのか。

 とにかくその兵士は、なんとかこの争いを収めるキッカケを作ろうと、必死になって少年の尻尾を掴んだのだ。

 

 しかし、どうした事か。

 結果的にそれが、この戦いを収めるキッカケではなく、少年を無力化する決定打になろうとは。

 何故かはわからない。だが尻尾をぎゅっと握られたその途端、少年は「ふにゃ~」と声が聞こえてきそうな様子で、突然ヘニャヘニャと力が抜け、その場にへたりこんでしまった。

 

 状況は分からなかったが、とにかく少年を抑えつけなければ。

 その兵士は、防衛軍としての役目と意識を以って、咄嗟に身体を動かす。

 そして、そのまま無事に少年を拘束。保護してやる事に成功したのだった。

 

 

 

 後の調査と、本人に対する聞き取りによって、彼が“孫悟空”という名である事が判明した。

 しかも聞く所によれば、彼はあの“孫悟飯”氏……並ぶもの無しと噂される高名な武術家の、身内であるという。

 

 彼は赤ん坊の時、山に捨てられていた所を孫悟飯氏に拾われ、我が子として育てらた。

 畑仕事や釣り、そして功夫の修行をしながら、ずっと二人で幸せに暮らしていたのだが……、つい最近になって、孫悟飯氏が死去。

 それから悟空は、育ての親が残してくれた家や畑を守り、あの山でひとり暮らしていたらしい。

 

 

 彼を保護し、山から帰還した防衛軍部隊は、とりあえず彼にあたたかい食事と寝床を与え、休息を取らせた。

 聞き取りに応じてくれた事からも分かるように、今は彼の誤解もすっかり解けており、こちらの事を悪者……いや“あの大猿の仲間”だとは、もう思っていないようだった。

 もしかしたら、食事を与えた効果により、まるで動物のように「こいつらは良いヤツだ!」と認識してくれたのかもしれない。

 よって、基地に連れられても無暗に暴れたりせず、とても穏やかな良い子でいてくれたのだった。

 

 

 

「オーウ! この子が例のファンキー・モンキー・ベイベーね?

 トテモ良イ目ヲ、シテイル!」

 

 それから少しばかりの日々が流れた頃――――

 悟空は天涯孤独の身として、孤児院で暮らしていたのだが、そこにある一番広い部屋で、友達と一緒にスマブラをやっていた時に、突然ある人物が姿を現した。

 あの防衛軍の兵士たちから、悟空の話を聞きつけて、ここにやって来たのだという。

 

「オッス! オラ悟空! おめぇずいぶん背ぇ高ぇなー!

 オラこんなノッポのヤツ、見たの初めてだぞぉ~」

 

「HAHAHA☆ ワタシも自分より背が高い者は、見た事ありませんネー!

 この背丈と長いリーチこそが、ワタシの武器なのデース!」

 

 恐らく2メートルをゆうに超える身長。

 それを更に高く見せる、丸っこくてソウルフルなアフロヘアー。

 浅黒い肌に、黒いサングラス。

 そして、上はダボダボの長袖シャツを着ているのに、なぜか下は生足全開の短パン姿という、中々に異様な出で立ちの男――――

 

 物怖じしない性格の悟空であるからこそ、普通に話してはいるが……きっと普通の人が見たら「ひえーっ!」と逃げ出しかねない程の、いわゆる“変な外人”である。

 だが彼は、とても朗らかに「HAHAHA☆」と笑いながら、フランクに悟空と接しているように見える。

 いかつい見た目ではあるけれど、すごく優しい人である事を、悟空は感じ取っていた。

 

「ワタシの名は“ハキム”。

 悟空、貴方に会いにきましタ。

 ワタシと共に、Texas(テキサス)へ行きませんカ?」

 

 

 

 この邂逅が、悟空にとって運命の出会いとなった。

 彼は一目で悟空のことを気に入り、その日のうちに悟空を引き取ることを決め、自分の家へ連れ帰ったのだ。

 銃と拳が飛び交う土地、テキサスへと――――

 

「ワタシは拳法家。“アメリカン拳法”の師範代デース。

 悟空もお父上から功夫(クンフー)を学んでいましたネ?

 なら是非アメリカン拳法をやってみませんカ?

 きっと貴方なら、良い拳士になれマース!」

 

 彼はテキサス発祥とされる謎のマーシャルアーツ、“アメリカン拳法”の使い手であった。

 ちなみに高名な武術家である孫悟飯氏とも親交があり、悟空のことも聞き及んでいたという。

 彼は孫悟飯氏の死に心を痛めており、残された悟空のことを不憫に想い、その身を案じていた。多くの者達から尊敬を集める偉大な武術家であり、また素晴らしい人格者であった悟飯氏への恩義に報いるべく、悟空を引き取ることを決めたという経緯も、確かにあった。

 

 けれど、悟空にアメリカン拳法を勧めたのは、純粋に彼の素質を見込んでの事だ。

 この活発で元気な子であれば、きっと立派な拳士になれる。自身の愛するアメリカン拳法を、更なる高みへ押し上げることが出来る――――

 そんな夢と期待を以って、悟空を自身の道場へ迎え入れる事を決めた。

 アメリカン拳法の修行は厳しく、過酷で、その鍛錬法は他者から見れば常軌を逸した物ではあるが……、悟空は新たなる父ハキムと共に、一生懸命うち込んでいくのだった。

 

 

 

「GOKUサン、貴方はもっと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふぁっくぅ? なんだそりゃ? 初めてきく言葉だぞぉー」

 

「ファックとは、この世で類を見ないほど多彩で、汎用性に富み、ありとあらゆる意味を内包する、素晴らしい言葉なのデース!

 アメリカン拳士たるもの、10秒に一回くらい、事ある毎にファックと口走るのが、望ましいデース!」

 

「分かったぞハキム先生! オラもファックファック言うことにすっぞ!

 アメリカン拳士だかんな!」

 

「それに加え、GOKUサンはもっと、()()()()()()()()()()()

 アメリカ人たるもの、もっと他者を見下さねばなりまセーン!」

 

「じんしゅさべつぅ? オラそれも聞いた事ねぇな~。

 どうやれば良いんだハキム先生?」

 

「生まれや肌の色とか、そんなしょーもない事で、()()()()()()()()()()

 馬鹿みたいな理由付けで、とにかく自分を上に置き、ひたすら相手を見下すのデース!

 一見、こんなの相手の強さや価値や人間性とは、なんの関係もない事のように思えますが……、でもこうしてマウントを取る事により、“精神的優位”が得られマス!

 ――――こんなポテト野郎(ドイツ人)に負けるか! 田舎者のイワン(ロシア人)なんて楽勝だぜ!

 こう何の根拠も無く信じることにより、戦う勇気が湧いてきマス! 自尊心が保てマス!」

 

「わかった! オラも人種差別すっぞ!

 このアジア人(グーク)どもめ! 薄汚ぇ黄色人種(イエロー)が!

 自分がアメリカに住んでいるという、ただそれだけの事で、自尊心を満たせるようになっぞ!」

 

 そして武術の他にも、人生において大切なことは、全てこのハキムから学んだ。

 アメリカ人としての考え方や、一般常識、しょーもない自尊心の保ち方など、色々なことを教えて貰った。

 ちなみにこれは、門外不出たる“アメリカン拳法の奥義”である。

 これらを記したジャパニーズちっくな秘伝書(巻物)も、ちゃんと存在していたりするのだ。無駄に。

 

「さぁいきますよGOKUサン! Repeat after me(後に続きなさい)

 ――――Get me fuckin' cheese burger!」

 

「分かったぞ先生!

 げっとみー! ふぁっきん! ちーずばーがー!」

 

「――――Fuck you cheese burger! Fuck you cheese burger!」

 

「ふぁっきゅーちーずばーがー! ふぁっきゅーちーずばーがー!」

 

「――――GURAKORO! TERIYAKI! Filet-O-Fish! Fuckin' cheese burger!」

 

「ごらころ! てりやき! ふぃれおふぃっしゅ! ふぁっきんちーずばーがー!」

 

「――――This is America! This is America! Fuckin' cheese burger!」

 

「でぃすいずあめりか! でぃすいずあめりか! ふぁっきんちーずばーがー!」

 

 突きや蹴りを繰り出しながら、掛け声を叫ぶ。

 これらは全て、アメリカン拳法独自の呼吸法から成る、気を高める為の言葉だ。

 これを叫ぶことによって、アメリカン拳士の攻撃力は数倍にも跳ね上がり、また闘志も湧いてくる。

 悟空がチーズバーガー大好きになったのも、この鍛錬による所が大きい。

 Fuckin' cheese burger!

 

 

 

「GOKUサン、見事デース。

 もうワタシが教えることは、何もありまセーン」

 

「Thank you Master! I'm glad!」

(ありがとな先生! オラうれしいぞ!)

 

 そして、ハキムと共に暮らして暫く経った後……悟空はアメリカン拳法の“免許皆伝”を言い渡されるに至る。

 彼の類まれな実力と、惜しみない努力の結晶だ。

 

「まさかアメリカン拳法の全奥義を、()()()()()()()()()()()()

 子供の吸収力は凄いデース」

 

「American Kenpo is Easy! Not a big deal!」

(アメリカン拳法って簡単なんだな! 意外とてぇした事なかったぞ!)」

 

 

 

 

 

 ………………………………

 ……………………

 …………

 ……

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「それからも、Martial arts(マーシャルアーツ)Food fight(フードファイト)の大会に出る、道場破りをするして、暮らしました」

 

「……」

 

「これからもMaster・Hakimu( ハキム先生 )の教えを守り、アメリカン拳士として、生きてゆきます。

 この力でCommunist( 共産主義者 )共を殺します。星条旗の名の下に。

 おっす、オラGOKU」

 

「……」

 

 ジャンクな食事を終え、話を全て聞き終わったブルマの胸に、なにやら得も知れぬ感情が湧いた。

 なによ、アメリカン拳法って。テキサス州って――――

 この世界にそんな物があるなんて、一度も聞いた事がない。まだまだ世界は広いという事か。

 

Texas(テキサス)では、外で遊べません。子供が一人で外に出たら、()()()()()()()()()

 なので、【子供を一人で外出させてはいけない】という法律があります。破ると親は逮捕です。

 それは困るので、オラはTexas(テキサス)を出ました。外で修行したいです」

 

「そ、そう……。とりあえずSON()くん、私と旅しよっか?

 もしドラゴンボール探しの途中で、共産主義者を見つけたら、やっつけちゃっても良いし……」

 

「ホントですか? 行きたいと思います。

 Communist( 共産主義者 )は殺すします。許さないと思います。

 Texas(テキサス)魂です」

 

 

 

 

 

 

 こうして二人は旅立った。

 これから先、長きに渡る旅……胸ワクワクの摩訶不思議アドベンチャーへと。

 

 

 ウーロンを見れば、「このブタ野郎め!」

 牛魔王と会えば、「この黄色人種(イエロー)め!」

 レッドリボン軍を見つければ、「おめぇら共産主義者(コミュニスト)だな!?」と変な言いがかりを付け、容赦なく殴りかかる。

 ヤムチャにチーズバーガーをぶつけたら死ぬ。

 

 こんな風にGOKU(悟空)は、星条旗の名の下に、アメリカン拳法で戦っていくのだった。 

 Fuckin' cheese burger! This is America!

 

 

 

『どんな願いも、ひとつだけ叶えてやろう。

 さぁ、願いを言え――――』

 

「この世から共産主義を撲滅してお~くれ!」

 

「SONくん?!?!」

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 

 






◆スペシャルサンクス◆

 M Yさま♪


・元ネタ・セリフ参考

 動画【Cheeseburger Josh at Whataburger in Texas】




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◆夢のある小説を書こうプロジェクト◆
マチ「団長、あたし好きな人が出来たから、幻影旅団やめて花嫁修行しようと思う」前編 (幸1511様 原案)




 “夢”とは――――

・将来実現させたいと思っている事柄。
・現実離れした空想や、楽しい考え。
・心の迷い。
・はかないこと。たよりにならないこと。


※この作品は、以前募集した【夢のある小説を書こうプロジェクト】内において、皆様から頂いたアイディアを元に執筆した物です。

 今回のお題はこちら↓


 ◆ ◆ ◆


 私なりに夢とは何だろうと考えた結果、“幸せな家庭を作る”と言うものを思いつきました。
 ですのでお題は、ハンターハンターで……。

 マチ「団長、あたし好きな人が出来たから幻影旅団やめて花嫁修行しようと思う。」

 です。
 マチの好きな人は、誰でもOKです。
(幸1511様)





 

 

 

【幻影旅団、集合――――】

 

 

 そんなクロロの端的な連絡により、幻影旅団の仲間たちは今日、この場に集められた。

 

 普段は何か有事でも無い限り、それぞれ好き勝手に行動し、各地で暴れまわっているのが常なのだが……、何やらクロロから()()()()()()()()を感じ取った団員(クモ)たちは、今日この日ばかりは即座に集結。

 団長であるクロロ自身、そして“ある一人”を除いた11人の団員達は、ひとつも文句を言う事なく、ここ流星街にある廃墟同然のアジトへと、イソイソやって来た。

 いつも粗暴で喧嘩っ早い所はあるものの、意外と仲間思いな者達なのである。

 

「で……今日はどうしたよ団長(クロロ)

 前の仕事が片付いてから、まだそんなに経ってねぇが」

 

「別に文句があるワケじゃねぇが、『しばらく自由にしてて良い』と言ってたしな。

 よぉ、なんかトラブりでもしたか? どっかのクソがちょっかい出して来たのか?

 もしそうならオレが……」

 

 この旅団でも古株であるノブナガ、ウボォーギンが口火を切った。

 実はここに集合してから、もう3分くらいは余裕で経っていたりするのだが、クロロはアンティークとは名ばかりの小汚い椅子に腰かけながら、じっと俯くばかり。

 この場に至っても、まるで何かを思い悩んでいるかのように、ずっと黙り込んでいるのだ。

 

「いえ、そうじゃないのよみんな。

 今の所、どの国の警察も嗅ぎ付けて無いし、どこの組織とも敵対してないわ。

 そこは安心して頂戴」

 

「ほう。なら仕事の話か?

 次なに盗むね? ワタシ浪漫ある獲物、大歓迎よ」

 

「いいねェ……♥ 荒事は大好きさ♣

 ボクとしては、たくさん人を殺せるようなのが……♦」

 

「あー、そっちでも無いんだよフェイ、ヒソカ。

 先の仕事はけっこう大変だったし、中には怪我しちゃったヤツもいるだろう?

 だから今は休養して欲しいって、クロロも言ってるんだ」

 

 傍に控えるパクノダとシャルナークが、代わりに質問を捌いていく。

 もう「グッタリ!」と項垂れているクロロを気遣いつつも、どこかアハハと苦笑気味なのが見て取れる。

 そんな彼らの姿に、フェイタンをはじめとする仲間達は、みんなキョトンとした顔。

 

「けどちょっと……、ある意味で()()()()()が起きちゃってね?

 こんなの全然考えてなかったものだから、流石にクロロも参ってしまってるの」

 

「オレとパクは、団長と一緒に居たんだよ。だから事情は知ってるんだけど……。

 でもこればっかりは、もうどうして良いか……。

 いつもみたく、腕っぷしで何とかなる問題でもないし……」

 

 良き参謀役であり、奇しくも幻影旅団における“チーム金髪”の二人。

 だが彼らも今「うむむ」と眉間に皺を寄せており、クロロに負けないくらい悩んでいるのが分かる。

 別に深刻さを感じさせる様子では無いものの、もう「こまったこまった」と言わんばかりなのである。

 

「どうも要領を得ないな……。いったいどうしたんだクロロ?

 そのしなびた野菜みたいな姿は何だ? お前らしくも無い」

 

「団長ほどの人が困っちゃうような、招集をかけなきゃいけない位の問題……?

 う~ん。ちょっと分かんないです、あたし」

 

「シズク、これクイズ番組じゃないよ。とっとと答え聞いたら良いのさ。

 さっきから何にも喋ってないけど、ボノレノフだって退屈してるよ?」

 

(こくこく)

 

 順番にフィンクス、シズク、コルトピ。(あとボノレノフ)

 彼らも腕を組んで「うーん」と考え込んでしまったので、もうこのアジトには【考える人】が12体ある事になる。いくらなんでも多過ぎである。

 

「皆が集まってるのに、この場に()()()()()()()も気にかかる。

 何か理由があるんだろ? 話してくれクロロ」

 

 そして、確信を突くようなフランクリンの低い声。

 それを受けてクロロが、ようやくその重い腰を上げ、信頼する掛け替えのない仲間達の方へ、しっかりと顔を向けた。

 

 

「端的に言う――――マチに好きな男が出来た。

 花嫁修業したいから団を抜けたいって、そう言われてな……?」

 

 

 

 

 

 

 ――――怒号、狂乱、驚愕。

 そんな言葉が相応しい大声が、昼時の流星街の空に、響き渡った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おい、いったん落ち着こうぜお前ら。街が滅んじまうよ」

 

 10分後。これまで意味もなく念を全開にし、心の赴くまま、所かまわず破壊活動に勤しんでいた面々が、ようやく動きを止める。

 まさに“鶴の一声”。こういう時にすぐ冷静になれる所が、フランクリンがみんなに頼りにされる理由のひとつである。(まぁ彼も散々暴れまわってはいたが)

 

「す……すまねェ! 思わずここいら一帯を、更地に変えちまった!

 別に悪気があったワケじゃねェんだッ!」

 

「いやでも、あまりに衝撃的だったモンでよ? 念が暴走しちまったんだ!

 まるでオレの頭が、それを受け入れるのを拒否してるみてェに……。

 何かで発散させずには居られなかったんだよッ!」

 

「この10分くらいで、何人死んだか? 何人殺しちゃたか?

 ワタシ正直、あんま記憶ないね……」

 

「建物も、瓦礫も、街中の物を吸い込んじゃったよ……。

 はじめてデメちゃんが『もうお腹いっぱい』って……」

 

 ウボォーがらしくもなく謝り、ノブナガは冷や汗をかき、フェイタンが愕然とし、シズクはまだグルグル目を回している。

 それほどまでに彼らの脳は、さっき聞いた事が受け入れ難かったのだろう。

 

 たった今、幻影旅団が総出で「うおぉぉーー!」と暴れまわったのだ。半狂乱の状態で、まったく見境も無く。

 その結果、多くの者達の故郷である、ここ流星街は、ほぼ壊滅状態であった。

 とても酷い事になっているので、被害総額などもう考えたくもない。

 

「すまない皆、オレもつい暴れちまった。

 でも正直、すごくスッキリした……」

 

「冷静になれたんなら、何よりだよ。

 とりあえず話してくれる? 街の連中には、また後で詫びに行くとして……」

 

 ちんまい背丈で一生懸命に背伸びしつつ、コルトピがよしよしとクロロの頭を撫でる。

 普段は頼りになる団長だが、彼はいま冷静じゃないのだ。とりあえず話を聞かなければ。

 

「とにかく、マチが旅団を抜けたいと言い出したんだ。

 理由はさっき言った通り、“好きな男が出来たから”。

 もうオレは、どうして良いものか、分からんくなってな……」

 

「私もその場に居たけど、どうやらマチの意思は固いみたいよ?

 私達への義理事は果たすし、しっかり筋は通すけれど、団は辞めさせて貰いたいって」

 

「アイツは盲目になってるワケでも、意固地になってるワケでも無かったよ。

 もちろん、誰かしらに念で操られてる~という線も無い。しっかり確かめたからね。

 マチは自分の意思で、冷静に判断し、その上で旅団を抜けたいって言ってる」

 

 団長&参謀二人のいう所によると、もう自分達だけでは判断が付かないので、とにかく団員たち全員の意見を訊きたい! と思ったのだそうだ。

 それが本日の招集の理由であり、皆で話し合うべき議題であった。

 

 みんな頭の切れる者達ばかりであり、いわゆる“人間力”がとても高い連中であったが……しかしこと恋愛に関しては、実はまったくのインハイ(打てない所)

 ――――今まで腕力とか暴力とかで、全部なんとかして来ました!

 ぶっちゃけみんな、そんな人達ばかりなので、逆にそんな繊細な問題を対処できるようには、とても出来ていなかった。

 なんやねん恋愛って。それ食えるのか? ってなモンなのである。

 

「ちょ……ちょっと待って貰って良いか?

 なんかすっげぇ、ツッコミ所が多いんだがよ!?」

 

 思わずウボォーが立ち上がり、オロオロしながらクロロ達に詰め寄る。

 普段は「ガハハ!」とばかりに豪気なのに、もう森で迷子になった子供のように狼狽えている。

 仲間が抜けるかもしれないという事態、そしてこの“恋愛”という未知の問題が、そうさせているんだろう。

 

「そりゃあ本当に、マチが言ってたのか?! なんかの間違いじゃねェのか!?

 お前らを疑うワケじゃねェが、オレぁどうしても信じらんねェんだよ!」

 

「そうだ! あのマチが(・・・・・)団を抜けたいなんて、んなこと言うワケがねェ!!

 なんか理由(ワケ)があんに決まってるッ!!」

 

 彼の言葉にノブナガも賛同し、共に立ち上がる。

 なんと言っても、マチは彼らと同様に【幻影旅団の初期メンバー】

 ここ流星街で生まれ、これまで同じ釜の飯を食って来た、掛け替えのない仲間だ。

 そんなマチが、自分から団を抜けたい、俺達と離れたいなどと言っているという。

 そんなのは考えられない、決してありえない事だと、二人は声を荒げる。

 

 ハッキリ言って――――そんな安い“絆”では無い。

 実の兄弟以上の、血よりも濃い絆で、自分達は結ばれている。まごう事なき一心同体なのだ。

 

「お、オレぁてっきり……マチは団長に()()()だとばかり」

 

「しっ! 言うなフランクリン! 禁句だぞ!

 ……まぁオレも同じで、ニヤニヤしながらアイツ等を見守ってた方だけどよ。

 もうマジかよって心境だぜ……」

 

「あたし入団して日が浅いけど、これって()()()()()だと思ってた……。

 いつも健気なマチさんの姿に、キュンキュンしてたのに……もう何も信じらんないよ」

 

 フランクリン&フィンクス&シズクが、ひそひそと小声で囁き合う。

 決して団長(クロロ)に聴こえないようにして。

 

 

「哀れだな、マチ。

 所詮アイツは、()()()()()()()()()()()()()()()――――というワケか」

 

 

 そう思わず口に出しちゃったボノレノフが、即座に団員たちにタコ殴りにされる。まさに絵に描いたような瞬殺である。

 彼は今、ちょうど近くにあった高い木の枝に、ブラーンとぶら下げられている。いわゆる晒し者というヤツだ。

 身体中に巻いた包帯のせいで、なんかミノ虫みたいに見えるから、とても良い感じだ。

 

「あんだろうがよ! 脅迫されたとか、無理やり言わされてるとかぁ!

 別に念なんざ無くても、なんかド汚い手を使われてよぉ!」

 

「そういうんじゃないって……。落ち着きなよノブナガ。

 マチは真剣に言ってたんだ、本気なんだよ。

 だからこそクロロも、困ってるんだ……」

 

 ノブナガを「まぁまぁ」と諫めつつも、シャルの方も困惑気味。

 もし何らかの手段により、マチの意思でない言葉であったのなら、そもそもクロロは自分自身で動いている。そしてとっくに彼女を救い出しているハズだ。

 だがマチが言っているのが、虚言や空事ではなく、本当に彼女自身の意思であるからこそ、こうして皆に意見を募っているのだ。

 いままで苦楽を共にしてきた、家族以上の存在である彼らに。

 

 というか……今まで“こんな事”が起こるなんて想定すらしていなかったので、ぶっちゃけもう、どうして良いのか分からん。

 いったい誰が思おう? 「恋愛を優先したいので、幻影旅団やめます」なんて言い出すヤツが出てくるなんて。そんなの予想が付くものか。

 

 そしてこれが恋愛という、【人として真っ当な理由】であるからこそ、クロロ達は彼女を留める術を持たなかったのである。

 いったいどうして言えよう? 「女の幸せなんかより、盗賊団を優先しろ」などと。

 そりゃいったい、どこの鬼畜だという話だ。そんなこと出来るか。

 

「大体よぉ! なんで惚れた男が出来たからって、団を抜けることになんだ?!

 居りゃー良いじゃねェかよ! 辞める必要なんかねぇ!

 オレたちと盗賊やってて、何の問題があるってんだ!」

 

「――――いや問題あんだろウボォー。

 恋人の傍に、()()()()()()()()()()()()()()、この女いったいどうなってんだって話だよ。裸足で逃げ出すよ」

 

 ウボォーとノブナガのマジ喧嘩が勃発。向こうの方で死闘を繰り広げ始める。もうドゴゴゴみたいな音が、そこら中に響き渡っている。

 だがそれを「いつもの事ですので」とばかりに無視しつつ、団員たちは引き続き話し合いを行う。

 

「まぁ、さっきのウボォーじゃないけど……、ちょっと早急な感じはするよね。

 マチは好きな人が出来たってだけで、まだソイツと付き合ってるワケじゃないんだろ?」

 

「そうねコルトピ。まだ恋をしてる段階ってだけよ。

 けれどマチは……旅団を辞めて、その上『花嫁修業がしたい』とまで言い出したの。

 これはあの子の、“覚悟の表れ”なんじゃないかしら?

 今までの自分を捨てても、その人と居たい――――きっとそう思ったのよ」

 

 パクノダの言葉に、ゴクリと息を呑む。

 真剣な表情、同じ女としての説得力、そしてどこか慈愛を含んだ彼女の表情を見て、団員たちは次の言葉を見つけられずにいる。

 

 マチは本気だ――――本当に好きだと思える人を見つけたんだ。

 なら俺達がすべきは、いったい何なんだ?

 この場の空気が、段々そういう雰囲気にシフトしていくのを、クロロは感じ取る。

 

「団長としては情けない話だが……、こればっかりはオレが舵を取るワケにもいかん。

 至極プライベートな問題でもあるしな。

 オレ達は家族みたいなモンで、同じ団の仲間であるとはいえ、立ち入れない領域という物がある」

 

 やがて、クロロが静かにその場から立ち上がり、しっかりと団員達の顔を見渡す。大切な仲間達の顔を。

 

 

「だから――――お前たちの気持ちを知りたい。

 いま思ってる事や、素直な想いで良いんだ。

 マチや旅団のことを鑑みて、自分はどうしたいのかを、訊かせてくれないか」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 クロロの号令で、挙手による採決が行われた。

 そして数分の時が経ち……大まかに分けて団員たちの意見は、以下のようになった。

 

 

・【応援、協力派】  シズク、ノブナガ、ヒソカ、コルトピ

・【否定、説得派】  フィンクス、フェイタン、ウボォーギン、ボノレノフ

・【譲歩、両立派】  クロロ、パクノダ、シャルナーク、フランクリン

 

 

 

「見事に割れたなぁオイ……」

 

「12人が、キッチリ三等分かぁ……。みんな思う所があるんだね」

 

 同じ派閥に入り、隣同士に並んだノブナガとシズクが、くすりと苦笑し合う。

 ヒソカは意味ありげに「ふふふ……♣」と微笑み、コルトピはじっと静観している事が窺えた。

 

「ありえねェ、あいつが抜けるなんざ。

 悪いが、オレは認められねェよ。たとえぶん殴られようともな」

 

「断固、説得すべき。

 マチの気持ち、あるだろけど、あいつワタシらの家族よ。……取られてたまるか」

 

 フィンクス、フェイタンが頷き合う。そしてウボォーは怒りすら滲ませた表情で、じっとどこかを睨んでいる。……ボノは木にぶら下がったままだけど、「オレ達は戦士なのだ」とはっきり意思を告げた。

 

「別に多数決をするつもりは無いさ。

 ただお前らの気持ちを、訊いておきたかっただけだ。

 この結果を見て、意見を変える必要は無いぞ」

 

「実はマチには、1時間ほど遅く集合時間を伝えてあるの。

 後であの子も来るから、また貴方たちの気持ちを伝えてあげてね」

 

 譲歩派、いわば「恋愛とかは良いので、なんとか団には留まって貰えないっスかね?」と交渉する意向であるクロロ&パクノダが、優しい顔で微笑む。

 温厚なシャル、そして思慮深いフランクリンも、うんうんと頷いている。

 だが……この場でひとりだけ、仲間達の意向に真っ向から食って掛かる者が居た。

 

「――――おいノブナガ! テメェどういうこった!!

 マチが抜けても構わねぇってのか!!」

 

 突然、爆発が起こったかのような大声が、弛緩しかけていた空気をぶち壊す。

 

「なんでそっちに居る!? なんでこんなの認めんだッ!!

 お前ッ……お前そんなヤツだったのか!? マチなんざどうでも良いってのかオイッ!!」

 

 怒り。それどころか目に涙すら滲ませて、ウボォーがノブナガの胸倉を掴む。

 きっと彼は、どこか「裏切られた」ような気持ちで居たんだろう。

 自分と気が合い、喧嘩はしつつもちゃんと通じ合っている、同じ気持ちでいてくれていると思っていたノブナガが、いわゆる“応援派”に居る。

 その事が、どうしても許せなかったんだろう。

 

「――――バカ野郎ッ! テメェの事ばっか考えてんじゃねぇぞウボォー!!」

 

 しかしノブナガも、即座に怒声を返す。

 身体の大きなウボォーに相対しても、一歩も退く事無く、言ってのける。

 

「オレがぁッ……! オレが悔しく無いとでも、思ってやがんのかよッ!!

 テメェこそどうなってんだよウボォーッ! 友達(ダチ)じゃねぇってのかよぉぉーッ!!」

 

「!?!?」

 

「オレらの家族がッ! 自慢の友達(ダチ)がよぉ!!

 今しっかり胸張って、筋通そうとしてんだよッ!!

 ――――だったらオレらがする事は何だ!? ヤツにしてやれる事は何だぁッ!!!!

 んなモン……んなモン『頑張れよ』って送り出してやる事に、決まってんだろうがよ!!

 それ以外ッ、いったい何があるってんだ!! 言ってみろこの野郎ぉぉぉーーッッ!!!!」

 

 が、ガン泣きしてはる――――涙腺が決壊し、だーだー鼻水たらしてはる。

 そのあまりの迫力に、ウボォー達は言葉を無くしてしまった。

 人情に厚く、なにより道理を重んじる、剣客という人種。“任侠”という物。

 

「ちょっと、ノブナガ……?

 貴方いまワン〇ースみたいな顔になってるから。いっかい落ち着こ……?」

 

「お、おぅ。……悪かったよノブ。

 オレが馬鹿だった。だからもう泣き止み……」

 

「――――んだ■■■※※※オイ! テメェ◆◆◆コラボケカスああああーーッッ!!」

 

 良いヤツだとは思ってたけども、まさかここまでとは……。

 幻影旅団の仲間達は、震えあがる。

 きっと実の父親だって、こんなボロボロ泣きはしない。

 みんな改めて「ノブナガすげぇ」と思った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 いったん集まって、先に話し合っていて良かった。こんな光景をヤツに見せずに済んだ。

 クロロが密かに安堵し、自分の判断の正しさを実感した出来事から、数十分後――――

 

「……」

 

 ブスッとした顔、警戒心バリバリの猫のような雰囲気を漂わせたマチが、ようやくこの場に到着した。

 

「何……? アンタら先に集まってたの? アタシ抜きでさ」

 

 もう「おーいおい!」とボロッボロ泣きながら抱き合っているノブナガ&ウボォー。それをヨシヨシと慰めるコルトピ&パクノタ。

 そんな変な光景を、マチが訝し気に一瞥した後、「じとぉ~!」っとクロロを睨む。

 団長である彼が冷や汗を流す所など、みんな初めて見た。というか今日は、今まで知らなかった姿がたくさん見られる日だなぁ~と思う。こんなにもずっと一緒に居たのに。

 

「みんな妙な雰囲気だし、なんかアジトも全壊してるし……。

 まぁ大体のことは察しが付く。話したんでしょクロロ?」

 

「う、うむ」

 

 たじだじ。もうクロロが見る影もない。まるで小鹿みてぇだ。

 普段はあんなにも頼りがいがあるのに、こと恋愛に関してはこうなっちまうのかと、みんなヒソヒソと囁き合う。情けねぇ所もあるんだなぁと。団長の威厳失墜。

 

「じゃ、もうそういう事だから――――アタシは今日で抜けさせてもらうね。

 辞めた人間が、またアンタらと会えるのかどうかは、知らない。

 でも今までの事、感謝してる……。一緒にいられて、楽しかった」

 

 未だ沈黙を続ける団員達の姿に「やれやれ」と嘆息を漏らして、マチは再びリュックサックを担ぎ直す。もう話は済んだとばかりに。

 

「まぁ怪我でもした時は、声をかけて?

 昔の仲間のよしみで、安くしといたげる。……それじゃあ」

 

「ちょ、ちょと待つよ! 待つよろし! マチ!!」

 

 んじゃ! とばかりに右手を上げ、フランクにこの場を去ろうとするマチを、慌ててフェイタンが呼び止める。

 いまこの場は、まるで時が止まっていたかのようだった。皆じっと黙ってマチを見つめていたから。だがそんな空気が一気に壊れ、誰もが慌ててその場から腰を上げる。

 

()()とか、()()とか、ややこしいなぁもう……。

 アンタ普通にしゃべれるんでしょ? 何よ『待つよろし』って。このエセ中国人」

 

「そな事は今よい! ちょと止まるねマチ! ちゃんとこち向くよ!」

 

 もうフェイは、アワアワしながら追いすがっている。きっとこれも情けない姿だ。

 だがそうしている内に、団員達がマチを取り囲み、この場からの逃走阻止に成功。無理やりではあるが、なんとか話をする態勢が整った。フェイタンGJである。

 

「――――う、腕相撲ッ!

 ワタシ倒してから行くよ! 勝負よマチ!」

 

 何を言っとるんだコイツは――――さっきはGJと思ったけれど、どうやらフェイも相当テンパってるみたい。突然ワケの分からんことを言い出した。

 

「おっ、おうそうだ! 倒してから行けよマチ!」

 

「やろうぜ久しぶりに! せっかく集まったんだしよ!?

 このまま解散ってのも、冴えねぇ話だろ!」

 

「久しくやってなかったろ? ほら遊ぼうぜマチ! 頼むよオイ!!」

 

 だがフィンクス、ボノレノフ、ウボォーなどが、何故かそれに乗っかる。

 お前らは本当に脳筋だな――――もう物を考えることも放棄したのか。

 そう思慮深い者達はため息をつくが、かといって他に代案があるワケでも無し。ここはひとつ彼らに任せてみる事とする。

 とにかく、今はマチを帰さない事が先決だ。まずは話をしなくちゃならないんだから。

 

「ささ! こち来るよマチ! テーブル着くね!」

 

「えぇ~、今から? マジでぇ~」

 

 せっかく良い雰囲気でお別れしたのに……。そんなマチの気持ちなどお構い無しに、フェイが一生懸命に語り掛ける。もうアリアリと必死さが伝わってくるようだ。

 

 

「じゃあ、一回やったら許してくれる? もうアタシ、正直こういうのはさ……」

 

「うん! 一回でよいよ! ほら手ぇ握るねマチ! 楽し腕相撲よ!」

 

 こんな必死なフェイ、今まで見たこと無い。ここで帰ちゃうのは、あまりにも彼が可哀想という、無視出来ないタイプの雰囲気。

 それに押されたマチが、しぶしぶながらテーブルに肘を置く。なんとかお願いを聞いて貰えたことに、内心安堵する一同。

 

(なんかよく分からん事なたけど……、とにかくマチ負かすよ!

 だいじょぶ、ワタシギリ、マチより強いね! 前やた時は勝たよ!)

 

 そして、マチに因縁をつけ、思い留まらせる!

 まだ弱いとか、そんなんじゃ駄目だとか、理由は何でも良い。とにかく勝ってマチを説得するキッカケを作ろうと、そこまでは考えた。

 しかし……。

 

「あー、よいしょ」

 

「!?!?!?」

 

 ボカーン! という大きな音が鳴った途端、フェイの身体がゴロゴローっと床を転がっていく。

 マチだ――――彼女の腕力(かいなぢから)によって、フェイは腕相撲に負けるどころか、凄い勢いで吹っ飛ばされた!!

 

「ふぅ、これで満足? それじゃあ皆、元気で……」

 

「ちょ! ちょいちょいちょい!! 待つよろしマチ!(ややこしい)」

 

 壁に激突し、なんかでんぐり返っているフェイが、それでもなんとか呼び止める。

 なんだ今のは!? いったい何が起こった?! そんな疑問が止めどなく頭に浮かぶが、今はもうそれ所じゃない。仲間離脱の危機なのだ。

 

「オイなに帰ろうとしてんだよ! 次はオレだぁー!」

 

「えぇ~。あれって()()()()()なの?

 なんなのよアンタら……遊びたい盛りなワケ?」

 

 飛びつくようにしてテーブルに着き、ボノノレフが「むん!」と腕を構える。その姿にまたマチがため息を付く。

 

「あ、そーれ」

 

「おっごッ!?!?!?!?」

 

 ガッシャーン! みたいな音を立て、瓦礫を沢山撒き散らしながら、ボノレノフが吹っ飛んでいく。

 

「次はオレがやる! 覚悟しろよマチ!」

 

「えっ、フランクリンもやるの?

 アンタは多少マトモだって、そう思ってたのに……」

 

 よいしょーい! ギャー!

 そんな二人分の声が響いた瞬間、フランクリンの身体が地面に埋まった。床のコンクリを粉砕して。

 

「オラ次だ次! 構えろよマチ! さぁ勝負だ!」

 

「フィンクス、アンタなに本気(マジ)になってんの? ちょっと怖いんだけど」

 

 えーい! ホゲェー!

 またしてもそんな二人分の声が響き、フィンの身体がフリスビーみたく水平に飛んでいく。そしてメチャクチャ遠くの方で、破壊音を立てながら着地。

 

「ふははは! よく来たな勇者よ!

 最後は我が相手だ!! かかって来るが良いッ!!」

 

「何その口調? そういう男のノリって、ついて行けないんだけど……」

 

 そして、最後は旅団腕相撲ランキングで堂々の第一位! ウボォーギンが立ちはだかる。

 だが彼もすぐ「ぎゃーす!」とか言いながら、ガメラみたいなまわり方で、宙を舞うハメとなった。

 

「あー、肩いったい! なんでこんな事してんのよアタシら……。

 ちゃんとお別れしなきゃって、そう覚悟決めて来たのに……もうヤダ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 不満げ、そしてどこか悲し気な様子のマチ。……だがそんな彼女に構うことなく、残りの団員たちは一人残らず「アンガー!」と口を開けている。

 なんだコレ、みたいな顔で。

 

「えっと……たしかマチって、団の中じゃ6番目くらいじゃなかった?」

 

「私もそう記憶してるけど……、いったい何があったの? どういう事なのコレ?」

 

 元々マチより下位だったシャルとパクノダは、もう瞼をパチパチしながら、キョトンと見つめ合うばかり。

 

 彼らは天下の少年ジャンプ作品、夢やバトルや冒険を旨とする漫画の登場人物だ。

 普段から友情であったり人情であったりは、とても大切にはしている物の……でも残念なことに、こと“恋愛”に関しては、ほぼほぼノータッチで生きてきた者達である。

 ゆえに悲しいかな、この答えには思い至らない。これはまさしく、ジャンル違いであると言えよう。

 

 彼らは忘れていた。

 “念”という物は、その覚悟や想いの強さによって、力が爆発的に増減するという事を。

 その想いの強さによって、マチの強さが正に天元突破しているなどとは、思いもよらなかったのだ。

 これは――――マチの恋の力だ(・・・・)

 

「あっ! これってもしかして、あのよくあるヤツ?

 餞別がわりにアタシを勝たせて、気分良く送り出してやろうってコト?

 もう皆ったら、そんな気を使わなくても良いのに。……でもアリガト

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

 なんか本人は自覚が無いようだが……、いま見たようにマチの乙女力(おとめぢから)は、ランク1位のウボォーさえも倒し、瓦礫に頭から突っ込ませてしまう程である。

 恋する乙女ってスゴイ。女の子は空だって飛べる。

 とても夢のある話であった。

 

「それじゃ、アタシ行くから。……みんな元気でいてね」

 

「お待ちなさいったら! お願いだからっ!」

 

「そうだよマチさん! ちょっとお話していきましょうよ!」

 

 背を向けてスタスタ歩き出そうとするマチを、同じ女の子であるシズク&パクノダが制する。もう色々と必死だ。

 

「まだ私たちとは勝負してなかったでしょ? 仲間外れは寂しいじゃないの」

 

「あたし達は腕相撲そんなにだけど、でも別のヤツで遊びましょ!

 ほらほら! いつもコイントスとかやってるじゃないですか? しようよマチさん!」

 

「えっ、いや別に良いけど……。あれ喧嘩しちゃった時のヤツでしょ? 今やるの?」

 

 もう次の言葉を待たずして、二人はクモの絵がデザインされたコインを、懐から取り出す。理屈とか道理とかじゃなくて、もう勢いで押し切る作戦だ。

 

「ほら、もし私が勝ったら、マチにはもうちょっとだけ、この場に居て貰うわ。

 すぐ帰るんじゃなく、ご飯くらい一緒に食べたって、バチは当たらないでしょ?」

 

「あたしが勝ったら、メアド交換です!

 マチさんなかなか教えてくれないんだもん! ここでグッと距離を縮めますよ!」

 

「なにその無駄な情熱。

 この際だし、別にどっちも構わないけど……そんなので良いの?」

 

 ピーン! とコインをはじく二人。

 マチはじっとそれを見た後、あっさり「どっちも裏」と即答。

 

「……」

 

「……」

 

「お、アタシの勝ち? それじゃあ悪いけど、もう帰るわね。

 引っ越しの準備とか、セミナーの申し込みとかしなきゃだし」

 

 スタスタと、マチが歩き去って行く足音が響く。〈ヒュ~!〉とつむじ風が吹いた。

 

「マチぃぃーー!! 表か裏かぁぁーーッ!?」

 

「さぁやるよマチ! 裏か表ぇぇーー!?」

 

「うおおお! マチぃぃーーッッ!!」

 

「ちょ……びっくりさせないでよアンタ達。

 そんな大声出すキャラでも無いでしょ?」

 

 シャル、コルトピ、クロロがドドドッと駆け寄りながら、コインをピーン!

 もう有無を言わさず勝負を開始する。彼女の意思は尊重しないようだ。

 

「裏、表、表」

 

 斬ッ! と音が聞こえてきそうな程の瞬殺――――

 全員あっけなく玉砕し、ただただマチが歩き去る後姿を眺める羽目となる。

 なんか〈チーン♪〉という鐘の音が聞こえた気がする。無様だ。

 

「な……なぁマチよ? お前どうして、裏か表か分かるんだ?

 たしか透視能力などは、持っていなかったハズだが……」

 

「ん? そんなの無いわよフランクリン。カンよ(・・・)

 

 あぁ、この子無敵だわ――――コイントスで勝てるワケねぇ。

 幻影旅団の仲間達は、完全敗北を悟る。もうマチを負かすことなど、出来はしないのだと。

 恋する乙女すげぇ、みたく。

 

「マチのカンは、よく当たるからな(震え声)」

 

「クロロ、クロロ、顔面蒼白になてる。ちょと落ち着くよ」

 

 もう終わりなのか!? このまま幻影旅団は空中分解してしまうのか!?

 そんな悲壮感がこの場を支配しつつあった、その時!!

 突然この場に、今まで妙に喋らなかった人物の声! “救世主”の一言が響いた!

 

「――――ねぇマチ♠ 君の好きな人って、()()()()()?」

 

 ヒソカだ!

 今まで「ふふん♪」とニヤケながら、ずっと壁にもたれるばかりだった彼が、唐突にマチに問うた!

 確信を抉る一言、不思議と今まで誰も口にしなかった疑問を、空気も読まずにズバッと言い放ったのだ! ステキ!

 

「はぁ? みんなにならともかく、何でアンタに教えなきゃいけないの? サイアク」

 

「そう言うなよマチ♦ ボクだって団の一員だろ?

 仲間のことを知りたいと思うのは、当然じゃないか♥」

 

「……」

 

 デリカシーのない、軽薄な言葉。……だがこの場においては有難い! これはみんなが知りたかった事だ!

 前代未聞のことであるが、もう旅団の全員が「ヒソカがんばれ! やっちまえ!」みたく応援していた。決してマチには気付かれぬよう、ちっちゃい声で。

 

「けれど……その()()()()()()()()っていうの、分かるよ♣

 そりゃそうだ! そんなの誰だって、言えるワケがないっ……!」

 

「へ?」

 

 間の抜けた表情のマチ。対してヒソカは思わせぶりな笑みだ。なにやらとても機嫌が良さそうに見える。(正直ムカつく顔だ)

 

「好きな人のために、花嫁修業かぁ……♦

 まさか君に、そんな可愛らしい所があったなんてね……♣

 これはボクも、見る目が無かったと言わざるを得ないなぁ。知らなかったよマチ♥」

 

「ねぇ、バカにしてる? それともケンカ売ってんの?

 アタシもう抜けるんだし、“マジギレご法度”のルールなんて、知らないわよ?」

 

「いいよいいよっ! いやはや、健気じゃないかマチっ!!

 顔はともかくとして、正直もうちょっと強いほうが、ボク好みだったりはするけれど……この際だから妥協してあげても良いよ?

 うん、君はとっても素敵さ♥ 本当だよマチ?」

 

 ツンデレなのかと思ってたけど、素直になったんだねぇ♪

 そうヒソカが「うんうん」と頷きながら、まるで太陽のような笑みで、バシッとマチに告げる。

 

「――――ボクなんだろ? 君が好きなのは♥

 いや~、君も意外と面食いというか……♠ モテる男はつら

 

「違うけど? あんたキモイから、()()()()()()()()()?」

 

 触りたくない、殴る価値もない――――

 そう言わんばかりに、マチが背を向けて、スタスタ去って行く。

 まるで虫のような扱いだった。心底汚らわしいと。

 

「おい、ヒソカが膝から崩れ落ちたぞ」

 

「ほっといてあげよ? 彼には今、時間が必要だよ」

 

 ボノレノフとコルトピが、ひそひそ囁き合う。

 こんなにも残酷な仕打ちがあるのか、こんな哀れなヤツ見た事ねぇ――――

 同じ男として同情する。まぁ慰めたりフォロー入れたりはしないが。めんどいし。

 

「あの、マチちゃん……?

 いちおう訊いておくけど、旅団の誰かってワケじゃ無いのよね?

 シャルとか、フィンクスとか、あと団長とかさ?」 

 

「そんなワケないじゃん。なんでアタシが、()()()()()()()()()

 というか何でちゃん付けで呼ぶの? パクノダ今日おかしいよ?」

 

 予期せぬ流れ弾を喰らった男共が、もう〈ガックゥー!〉と崩れ落ちる。

 ひどい。なんにも悪いことしてなかったのに。世界は理不尽であった。

 

「パクノダだって、もしウボォーと付き合えとか言われたら、舌噛みちぎって死ぬでしょ?

 フランクリンやボノレノフなんか、ほぼほぼ化け物だよ?」

 

「そうね……よくよく考えたら無理だわ。ごめんなさいねマチ」

 

「あたしも無理かなぁ……?

 こんな人達と付き合うくらいなら、一生デメちゃんといるかも」

 

「――――もうやめてくれッ!! オレ達がいったい何したって言うんだッ!!」

 

 そう盗賊団の犯罪者共が申しております――――と言わんばかりの光景だが、どうか彼らの気持ちも汲んでやって欲しい。ただ仲間の為に頑張ってるだけなのだ。

 

「もう帰らせてよ。もしくはアタシ達でお茶しにいこうよ。

 三人でトークすればいいじゃない」

 

「うん、じゃあもうそうしましょう。ここ男だらけでムッサイし」

 

「乙女同士、キャッキャウフフしましょっか。

 こういうの必要だよな~って、ずっと思ってたんですよ。この団ムッサイし」

 

「――――見捨てないでくれッ! オレ達も仲間に入れてくれよッ!!

 あとムッサイって言うなよ!!」

 

 傷つくよ! 男のハート粉微塵だよ! 粉塵爆発しちゃうよ!

 スタコラ歩き去ろうとする三人に、野郎共が必死に縋り付く。もう恥も外聞も無かった。お願い行かないで。

 

「おいマチ」

 

 だが、その時……。

 

「その男ってのが、どんなヤツかは知らねェ。でもよ……?」

 

 今まで静観を貫いていた一人の男が、マチを呼び止めたのだ。

 

「お前、()()()()()()()()? その花嫁修業ってヤツをよぉ――――」

 

 ノブナガだった。この袋小路を壊したのは。

 彼はいま、普段の飄々とした態度を捨て、とても真剣な表情でマチを見つめている。

 の、ノブナガ父さん……!

 

「……いきなり何? ムカつくんだけど。

 そんなの頑張れば、出来るに決まって……」

 

「いーや、無理だな。

 言っちゃ悪いが、お前は男所帯の中で育った、イノシシ女だ(・・・・・・)

 そこいらのセミナーやお料理教室に入った所で、周りに溶け込めるとは思えねェ。

 そうだろマチ?」

 

「……っ!?」

 

「確かに、気合だの根性だので、お前に敵うヤツぁいねぇ。……だが違うだろ?

 ああいう場所で必要とされんのは、周りと上手くやれる協調性と、社交性だ。

 お前それあんのか? 上手くやれる気でいんのかよ?

 ――――舐めてんだよお前、“社会”ってヤツを」

 

 たじろぐ。ここに来て初めて、マチが真剣に仲間の話を聞く。

 マチは努力家だ。きっとどんな家事スキルだって、瞬く間に習得してしまう事だろう。

 ……だがそれは「ちゃんとやれれば」の話。ちゃんと続けられればの話だ。

 

 言葉遣いも悪く、喧嘩っ早く、頭に血がのぼりやすい彼女が、まわりにいるごく普通の女性達と上手くやれるのか? ちゃんと先生の言うことを素直に聞けるのか?

 もっと言えば、念なんか知りもしないカタギの人達に、()()()()()()()()()()()()

 ノブナガが言っているのは、そういう事だ――――

 

「お前が他所で下手をこきゃあ、旅団の面子に傷が付く。

 抜けるだのなんだのは関係ねぇぞ? そんなのは形式上の話だろうが。

 ……これまでお前を支えてきたクロロや、仲間達(かぞく)の顔に泥を塗る事。

 そして皆の意見も聞かず、全部てめぇ勝手に行動すんのは、お前にとって“アリ”なのかよ」

 

「……ノブ」

 

 マチが俯く。ノブナガの顔を見れずに。

 気付いたのだ、仲間達のことを(ないがし)ろにしていた事に。これまで自分の気持ちばかりを考え、周りのことを見ていなかった事に。

 

 仲間だ。コイツらはアタシの家族だ――――大切な人達じゃないか

 なんでノブに言おうとしなかったんだろう。ちゃんと話をしなかったんだろう。

 こんなにも真剣な目で語り掛けてくれる人を、なぜ蔑ろにしていたんだろう。

 マチは心から痛感し、悔いた。

 

「ったく……。そんなにオレらが頼りねェってのか。

 喧嘩はしても、今まで一緒にやって来たろ? お互いの背中を任せてた。

 連れねェじゃねえかマチ。相談してくれって……」

 

「うん……ごめんノブ。アタシがズレてた。

 やんなきゃ、やんなきゃって、そればっかりになってた……」

 

 小さく、コクリと頷く。普段は勝気なマチが、素直に謝っている。

 その姿をノブナガはあたたかく見つめ、周りの者達は「大丈夫かしら!? 大丈夫かしら!?」とハラハラ見つめている。中にはウボォーのように漢泣きしてる者もいるが。

 

「ところでよぉ? お前さん……“出汁の取り方”は知ってんのか?」

 

 なにやら照れ臭そうにそっぽを向きながら、唐突にノブナガが訊ねる。

 今この状況においては、どこかおかしな、突飛な言葉に思えた。

 

「えっ……出汁って、昆布とかカツオの事?」

 

「おうよ。あとアゴとかイリコとか、まぁ色々あんだけどよ。

 こういうのを上手く出来ねぇと、何を作っても駄目だぜ?

 奥が深ェんだ、料理ってのは」

 

 にんまりと笑う。さっきまでの厳しい表情はもう無い。

 本人はどう思うか知らないが、もう本当に「ノブナガ父さん……!」って感じだ。地味に旅団内での信頼感が爆上がりしていた。

 

「よぉシズク! お前って掃除得意だよな?

 よく掃除グッズがどうとか、この洗剤が良いとか言ってたろ?」

 

「う、うん。お掃除するの好きだよ?

 場所によってのやり方とか、汚れの落とし方とか、色々知ってるつもり」

 

「なら料理はオレ! 掃除の先生はシズクだ!

 洗濯はクロロが詳しい。アイロンがけはヒソカが気色悪いくれェに上手い。

 裁縫は……必要ねェか。マチが団で一番だもんな。

 あとパクノダに家計簿の付け方、フェイに冠婚葬祭とかのマナーを教えて貰え。

 ……どいつも頼りになるぜ?」

 

「っ!?」

 

 そうニカッと微笑んだ後、「あーやれやれ」とばかりに、ノブナガがこの場を去って行く。

 きっと照れ臭いのを誤魔化したのだろうが、彼の想いはしっかりマチに届いた。

 彼女は今も、息をのんで彼の背中を見つめている。

 

 そして……大役をこなしてくれたノブナガの代わりに、団長であるクロロがこの場を引き継ぐ。

 

 

「マチ、ヤツの言った通りだ。オレ達が力になろう。

 幻影旅団の名にかけて、お前を立派な花嫁にしてやる――――」

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 






 文章量が大きくなるので、今回は二部作の予定です。
 また投稿にはお時間を頂きますが、そんなにお待たせする事は無いと思いますので!



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マチ「団長、あたし好きな人が出来たから、幻影旅団やめて花嫁修行しようと思う」後編。


 続きです。まだの方は前話からどうぞ。






 

 

 

「本日より花嫁修業を開始するわ。では教えなさい」

 

「あたしそんな態度でかい生徒、はじめて見ました」

 

 流星街の郊外にあるマンション、マチの部屋。

 きっと寝る以外では殆ど使用していないのであろう事が、もうアリアリと分かってしまうような殺風景さ。壁は剥き出しのコンクリだし、カワイイ小物どころか家具すらロクにない無機質さ。あとギリ耐えられるかな? ってほどの埃っぽさ。

 

 今日は花嫁修業の一環である“お掃除”の先生として、シズクは初めてこの部屋にお呼ばれしたワケなのだが……。彼女はもうすでに、引き受けたことを後悔し始めている。

 そもそも、彼女がこの部屋で発した第一声が「汚ッ!? くさっ?!」だったことからも、大体のことは察して頂けると思う。言葉とは雄弁な物だ。

 

「とりあえず、好きにやってみなさい。

 アタシそれ見て、実力を判断するから」

 

「それ貴方のセリフ違いますよね? あたし側のヤツですよね?」

 

 家具もロクに無いくせに、この部屋は物に溢れていた。

 ゴミやら、ジュースの空き瓶やら、コンビニ弁当の容器やらで、床が〈ゴチャ―ッ!〉としている。

 お金だけはあるので、この部屋は“無駄に”広い。だからこそなんとか歩ける(足の踏み場がある)ものの、もし仮にこの部屋が普通の8畳間とかだったら、きっと小高い丘のようにゴミが積みあがっている事だろう。

 

 ついでに言うと、部屋のゴミ箱は「もう食べられませんっ……!」と悲痛な叫びが聴こえてこんばかりに、こんもりと盛り上がってしまっている。

 まるで日本昔話に出てくるご飯の器や、デラックスなパフェみたいな様子だ。中に入ってるのはゴミだけど。

 

 この惨状を顎でクイッとし「とりあえずやってみなさい」というのは、一体どんな理不尽なのだろう。どういう神経してるんだろう。シズクは思う。

 

「えっと……マチさんってお掃除は、どの程度やってるんです?」

 

「――――は? ()()()()()()()? なんか文句ある?」

 

「!?!?!?」

 

 驚愕。

 シズクは、いま聞いた言葉を理解する為に、約15秒の時間を費やした。

 このポニテのねーちゃんは、いったい何を言っているのかと。

 

「いつも、部屋が汚くなったな~って時は、()()()()()()()()()()()

 そうすれば、掃除なんてしなくて済むでしょ? アタシの大発明」

 

「エジソンに殴られますよ?

 ノーベル賞の審査委員、『おっふぇ!?』言いますよ?」 

 

「お金あるからねアタシ。だから掃除しなくていいのよ。特権階級よね」

 

「せっかく稼いだ諭吉、『うそーん』言うてますよ?

 そんな事に使うの!? マジで!? って」

 

「なによ、経済まわしてるじゃない。

 アタシがいっぱいお金使うから、引っ越し会社の人とか、ご家族の生活とかが……」

 

「掃除しましょうよマチさん。

 屁理屈こねてても、花嫁にはなれないんです。お掃除しましょ?」

 

 分かったわよ……そんな怒らなくても……。

 そうグチグチ呟きながら、マチは「えーい!」とサイドキックを繰り出し、床のゴミをグイグイ端に追いやっていく。

 

「だいぶ綺麗になったわね。床がスッキリしたわ」

 

「何してるんですか? ちょっと説明もらって良いですか?」

 

 ウェイウェイとばかりに、いったんストップさせる。

 マチはいったん足を止め(手は未使用)、キョトンとした顔でシズクに向き直る。

 

「いや、掃除してるんだけど……。

 こうやってグイグイすれば、とりあえず座る場所が出来る」

 

「それブルトーザーごっこです。掃除じゃありません。重機ですか貴方は」

 

「ちょっと……そんな褒めないでよシズク。

 そりゃアタシも頑張れば、地面えぐり返したり出来るけどさ」

 

「今あたしの脳裏に、『ファック』という単語が浮かびました。

 しかも倍角文字(おっきな字)ですよ? 人生初です」

 

 あたし前世アメリカンだったのかも。

 そんな馬鹿なことを思いながらも、シズクは根気よく語り掛けていく。掃除しましょうよと。

 

「分かったわよシズク……、ん!」

 

「えっ、なんですかこの手? なんでこっちに差し出すんです?」

 

「だから、デメちゃん。

 貸して。掃除するし」

 

「いやですよ。なんで貸すと思うんですか。

 そんなの一瞬で終わっちゃうじゃないですか。ズルですよソレ」

 

「えっ、じゃあ掃除出来なくない?

 この家に掃除道具なんて、()()()()()()()()? なに考えてんのよアンタ」

 

「わーお! ほーりーしっと☆

 あ、これも人生初です。今日はいろんな“初めて”がありますね」

 

 眼鏡の奥は、白目。

 シズクは平坦な声色ながら、どんどん心が死んでいくのを実感する。

 

「じゃあもう、()()()()()()()()()()()

 一回400円あげるから、毎日ここに来てよ」

 

「何がしたいんですかマチさん。そして何で400円ですか。

 週に10億円くらい稼いでる人が」

 

「掃除に費やす時間があれば、アタシ普通に億とか稼げるのよ。

 だからホームヘルパー? っていうのを雇った方が、相対的に良いと思うのよね。

 経済まわせるし」

 

「なんでそんな経済まわすんですか。花嫁なりたいのと違うんですか。

 あと400円について、詳しい説明ください」

 

 ワンコインはもったいないかな~、みたいなのが透けて見えているのだ。

 何億も稼いでるのに、なんでそこケチるんですか。

 シズクは内心、「あたし今日、憤死するかもしんない」と、変な覚悟を決めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「“料理のさしすせそ”、お前も聞いた事くれェはあんだろ?」

 

「ない(キッパリ)」

 

 所変わって、ここはノブナガの家。

 質素だが広い屋敷内にある、沢山の調理器具が飾られた彼自慢の台所に、二人の姿はあった。

 

「なに、クイズ? アタシそういうの得意。やりたいやりたい」

 

「お前何しに来たんだ? ……まぁ良いんだけどよ。

 んじゃあモノは試しだ、順番に言ってみな?」

 

「うん。えっとぉ……、最初はさしすせその“さ”よね?」

 

 愛嬌はある、素直さもある、微笑ましく見えん事もない。

 腕を汲んで「うーん」と考え込んでいる姿は、年頃の娘さんその物だが、しかしノブナガはこの時点で、なんか嫌な予感がしていた。

 

「さは、粉砕(・・)のさ」

 

「よぉ相棒、おめぇ何する気だ?

 肉や魚に恨みでもあんのか? しかも真ん中の字」

 

「しは、そのまんま()

 食材って言っても、ようは死体だもんね」

 

「言っちゃなんねェことを言ったな。

 おめぇの旦那さま、今日メシいらねぇってよ」

 

「すは、()()()()()()()()()

 気配を出さずに()るの」

 

「発想力のバケモンだなお前。それ名詞じゃなくて文章だよ」

 

「せは、()()()()()()()()()()。熊でも猪でも狩ってみせるわ」

 

「殺してばっかだなオイ。

 お前の育ちがモロに出てやがる。ろくなもんじゃねェよ」

 

「そは、()()()()()のそ!(ドヤ顔)

 これで完璧ねノブ!」

 

「おしいわぁ~。さっきの“し”の野郎が泣いてるわぁ~。

 何でしょうゆスルーしちまうんだよ。言ってやれよマチ。可哀想だろ。

 そんなに英語で言いたかったんか?」

 

 

 微妙に最後、料理絡めてたのが腹立つ。

 ノブナガは思った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ねぇクロロ、前から思ってたんだけどさ?」

 

「ん? どうしたんだ」

 

 ごいんごいんごいん! みたいな音が響く中、マチがどこか腑に落ちない顔をしている。

 ここはクロロのアパート、その屋上だ。いま二人は仲良く並び、何気なしに洗濯機の前に立っている。

 

「おろしたてのタオルって、何であんなに()()()()()()()

 アレおかしくないかな?」

 

「さぁ……なんでだろうな。俺にも分からんよ」

 

 洗濯機が止まるまで、手持ち無沙汰の二人は、いつものようにぬるい話をしている。

 特に意義がある物でも無い、兄貴分と妹分の会話だ。

 

「いったいアイツ、()()()()()()()()()()()()()()

 なんでタオルに生まれといて、水を弾こうとするのよ。何が気に喰わないのかな?」

 

「アレか……? どんな新兵でも、ある程度は経験を積まなければ、役に立たんだろ?

 それと一緒なんだろうか……」

 

「あー。新入りって使えないもんね。

 何も知らないくせに、プライドばっかり高くてさ? お話にならないわ。

 いっぺん鼻をへし折る必要あるよね」

 

「何度か実戦に出してみんことには、戦力たりえんな。

 ならタオルで言えば……何度か洗濯機でグルグルされる事により、ようやくタオルとしての自覚と責任感が芽生えてくる、という事か?」

 

「何事も経験ね。タオルにも練度があるのよ。

 洗濯機という名の荒波に揉まれて、成長してくんだわ」

 

 ごいんごいんごいん……!

 二人がぼけーっと佇む中、洗濯機の音だけが静かに響く。とてもシュールな光景であった。

 

「さて、干していくか。もうひと頑張りだ。

 ついでに布団も干すとしよう。今日は気持ちよく寝られるぞ」

 

「ねぇクロロ知ってる? 干した布団の匂いって、ダニの死骸が出してる臭いらしいよ?」

 

「知りたくなかったな。

 世界は残酷に出来てるって事か……」

 

 ちなみにであるが、いつもマチの洗濯物は、クロロがやってくれていた。

 妹分という立場を利用し、家事の殆どを押し付けてたのだった。お兄ちゃんお願いと。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「で、どうなんだよ? 花嫁修行の進捗ってヤツぁよ」

 

 ウボォーがハムの固まりにガブッと噛み付き、モリモリ食べながら訊ねる。

 

「こちは悪ない。冠婚葬祭も、テーブルマナーも、しかり覚えたね」

 

「右に同じ。

 私は家計簿の付け方とか、ご近所付き合いのコツとかを教えたけど、もう完璧よ?

 元々あの子は頭が良くて、物覚えも早いもの」

 

 フェイ、パクノダが笑顔を見せる。サラダとかケーキとかをパクパク食べながら。

 現在、マチとクロロを除く幻影旅団のメンバー達は、ちょっとしたファミレスに集まって会議中。それぞれが現状を報告しているのだ。

 

「けれど、こっちは拙いね……♣

 手先は凄く器用なハズなんだけど、どこか大雑把というか……適当なんだよ♦

 ちょっとした心掛けとか、手間暇を惜しまない気持ちが、マチには欠如してるよ……」

 

 アイロンがけ担当のヒソカは、彼らしからぬ困った表情。

 やる気は感じるし、努力は認めない事もないけど……とため息を漏らす。

 

「俺のシャツ、おしゃかにされちまったよ……。

 協力のつもりで貸したし、別に高いモンでもねェけど。

 でもありゃー、無惨なモンだったぜ」

 

「ぼくのローブも、駄目になっちゃった……。

 マチには美的センスや、女性らしい細やかさが足りないよ。

 そんなもの、こんな土地で生まれ育ったマチに、身につくワケない」

 

「ぶっちゃけ、生きてく事で精一杯……って時代もあったからな。

 そこら辺は仕方ないんじゃないか? 言ってやるのは可哀想というものだ」

 

 順番にフィンクス、コルトピ、フランクリン。

 彼らが練習用に貸してやった服は、どれも焦げてしまっていたり、滅茶苦茶なシワが付いてしまっていたりと、もう散々な出来栄えだった。

 いま嘆息を漏らしているヒソカの苦労が、もうアリアリと分かろうという物。

 

「ちなみにだけど、ファッションの事、そして女の子の身だしなみについては、外部から“ビスケさん”という女性の方を、講師に招いているよ?

 彼女が言うには、『もう全然ダメ。女の子としての自覚ゼロ』だそうだ……。

 盗賊やったり、男所帯で暮らして来た弊害が、モロに表れてるね」

 

「アイツ普段、道着みてェなの着てるしな。

 たまに街に出る時でも、男っぽいジャージとか、ジーパンとかだ。

 着飾ろうとか、おしゃれに気を遣うとか、そういう意識すら無ェよ」

 

 シャルが苦笑しながらパスタを丸め、ボノレノフが「これどうやって食べよう?」みたくウンウン悩む。というか食事の時くらいグローブ外せよ、とみんな思った。

 ついでに言うと、いつも短パンに包帯姿のボノに言われたくない。

 

「いま練習やってる最中なんだけど……クロロが言うには『洗濯は問題ない』そうだ。

 色物は分けて洗うとか、衣類によっての洗剤の種類とか、そういった事だけちゃんと覚えれば、後は洗濯機任せだからね。

 こと“憶える事”に関しては、マチは大丈夫なんだよ」

 

「でも……逆に洗濯物の干し方とか、そういう“丁寧な仕事”というのは、苦手みたい。

 ここら辺は意識の問題が大きいわ。もう全部『手早く適当に~』ってやっちゃうのよ」

 

 チーム金髪の二人の報告に、メンバー達も苦い顔。

 マチは頑張り屋だし、やれば何でも出来る方だけれど、「意識が足りない」

 それが今回の結論であった。マチ花嫁修業、その中間報告だ。

 

「大丈夫なのは家計簿、冠婚葬祭マナー、ヤツお得意の裁縫。

 後はクロロとしてるっていう、洗濯くれェか。

 ……逆に拙いのは掃除、アイロンがけ、身だしなみ。

 スマンが料理に関しては、()()()()()()。ありゃ旦那を殺しかねんぞ」

 

「火事が起こりそうで怖いんだ……♣

 なぜアイロンがけに、念を使おうとするんだい?

 そっちの方が早く終わりそう~って……何?

 ボクならば、マチにアイロン持たせようだなんて、ぜったい思わないよ……」

 

「掃除も()()()()()……。

 あれ部屋ごと建物が崩壊しかねないし、洗剤まぜて毒ガス事件が発生しちゃうかも。

 近隣住民のピンチですよ……」

 

「「「……」」」

 

 そこそこ出来る事はあれど、駄目なヤツはもう絶望的に駄目! 救いようが無い!

 それが現在のマチに対する、皆の評価であった。

 

 総括の言葉を担当したノブナガ、そして軽く死んだ目になっているヒソカとシズクが、お互いを見合ってコクリと頷く。覚悟を決めた顔で。

 

「これからは、この4つを重点的にやった方が良いな。

 多少スパルタでも、ヤツに叩き込むしかねェ。やんぞオイ」

 

「そうしないと、死人が出てしまうからね……♠

 流石にボクも、彼女が()()()()()なんかで殺人を犯すのは、忍びなく思う。

 楽しく無いよそんなの……」

 

「心を鬼にします。もう後輩がどうとか言ってられません。

 これはマチさんと旦那さまの為、幸せな結婚生活の為なんです――――」

 

 メンバー達が「ゴクリ……!」と唾を飲む。三人の真剣さ、そしてマチの現状の拙さを実感したからだ。

 かたや相棒の男。かたや飄々として、いつも本音を見せない男。かたやまだ付き合いが浅いとはいえ、とても好意的にマチへ接していた後輩。

 だが彼らが「心を鬼にする」とまで言うような事態。友人としての優しさを捨て、彼女に嫌われてしまうかもしれない事すらも覚悟している事が、もうハッキリと見て取れたから。

 

「馴れ合いは無しだ。

 もうお前らも、ヘラヘラにやけてんじゃねェ。

 言っとくが……()()()()()()()

 たとえ何があろうが、黙って見てろ。アイツの成長だけを思え」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――マチさん、なんでそんな適当なんですか?

 全然なんにも、これっぽっちも綺麗になって無いです」

 

 ピシャリと、空気が凍り付くような声が、マチの部屋に響く。

 

「部屋のすみっこ、やって無いですよね? ゴミ残ってますもん。

 ちゃんと角や、狭い所をやる時は、専用のノズルに付け替えて下さい。

 何回言わせるんですか?」

 

 彼女に掃除を教えて貰うようになり、もう一週間ほど経つが、こんなに冷たい声を聞いたのは初めて。

 マチは驚いたように目を見開き、思わず胸元でギュッと掃除機を握りしめる。

 

「そもそも、何で先に掃除機かけたんですか?

 タンスの上や、天井の照明。それ掃除したら、床に埃が落ちるでしょ?

 無駄なんですよ今やっても……。掃除は高い所から順にやって、最後に床なんです。

 そのくらい、ちょっと考えたら分かる事ですよ。やる気ないんですか?」

 

 怖い――――そう感じてしまう。

 いまシズクの目は、これっぽっちも笑っていない。親愛の情なんかどこにも無い。

 ただただ、こちらの悪い所、駄目な所を淡々と指摘する。

 感情を感じさせない、とてもキツイ口調で。

 

「見て下さいよ、これ“掃除”って言えます?

 やる前より汚くなってる……。ちゃんと水滴を取らないから、こうなるんですよ。

 ただ適当に窓ふきするだけじゃ、渇いた時に水垢が残るんです。

 ほら、あたしがやった場所と比べてみて下さい。一目瞭然でしょ?」

 

 言葉が出なかった。いま目の前にいる人が、あの優しいシズクだなんて、とても思えなかった。

 アタシ嫌われた……? もうシズクは、アタシなんか見限っちゃったの? コイツは駄目なんだって……。

 そんな良くない事ばかりが、脳裏に止めどなく浮かぶ。

 

「せっかく可愛く縫った雑巾も、これじゃあ宝の持ち腐れですよ。

 あの時は話半分でしたけど、本当にホームヘルパー雇った方が良いんじゃないです?

 ……無駄ですよ、いくら教えても。

 口ではやるやる言っても、マチさん全然出来てないもの」

 

 おもむろに、テレビの上をスッと撫でる。

 シズクは埃で汚れてしまった手のひらを、見せつけるようにマチの眼前に突き出す。

 

「家族の為、毎日頑張って働いてるのに、こんな汚い家に住まされるんです――――

 それマチさんには、理解出来ない事なんですか?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「いつまで時間かかってるんだい?

 ボクも暇じゃないんだけど……遊びに来てるのかい?」

 

 旅団の男達が住む、2LDKのアパート。

 気だるげなヒソカの声が響く。

 

「シャツ1枚やるのに、何十分かけるのかな?

 糊付けも忘れてるし、皺を取るどころか、増えてるじゃないか。

 これ一体、どういうつもりでやったんだい?」

 

 いつもの軽薄さや、飄々とした口調じゃない、とても低い声。

 こんなヒソカの姿、今までマチは見た事がない。

 温かみの無い、悲しい態度。赤の他人にするみたいな。

 

「この道具はね? 皺を取る為にあるんだ。遊ぶ為の物じゃない。

 掛け方は教えただろ? 何で言われた通りにしないの?

 もしかして君、ボクを馬鹿にしてるのか?」

 

「そっ……そんな事っ!?」

 

 思わず声を出す。必死に「そうじゃない」って伝えようと。

 嫌われるのが、見放されるのが怖い。仲間にそう思われるのが怖い。

 こんな事、いままで一度も無かったのに、男の人の冷たい声が、怖いと感じた。

 

「ボクが居ても無駄だね。だってもう教えたもの。これ以上言うべき事は無い。

 そこにシャツが積んである、それ明日までに全部やりなよ。数をこなす事だね」

 

「こ……これを全部やるの?!

 だってこれ、40枚くらい……」

 

「ん、嫌なのかい? だったら皺だらけのまま、連中に返したら良い。

 ボクは君のために、頭を下げて借りて来ただけ。

 フィンクスやコルトピ達がどう思おうが、知った事じゃないよ」

 

 愕然とし、ヒソカの背中を見つめる。

 彼はやれやれと言いながら、もうドアを開けて帰ろうとしている。

 お前になど、もう構ってる暇はないと。

 

「毎日皺だらけで、ヨレヨレの服を着させられる、君の旦那さま。

 ……彼が周りにどう思われるのか、知ってるかい?

 あぁアイツ、ろくにアイロンがけも出来ない女としか、結婚出来ないんだな。

 人を見る目が無い、甲斐性の無いヤツなんだな――――って言われるんだ」

 

 ギロリと、鋭く睨む。

 その途端、マチの身体は凍り付いたように硬直し、呼吸が止まる。

 

「愛する妻の事を、周りから悪く言われたら……君の旦那さまはどんな気持ちだろう?

 皺がみっともないとか、それどころの話じゃないよ。

 ボクなら死にたくなるね」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「大根のかつら剥きと、キャベツの千切り、毎日やってんだろうな?」

 

「う、うん……。言われた通りやってる。

 ちゃんと一日三時間、練習したよ?」

 

 小動物のよう。どこか怯えたような様子で、マチがこくりと頷く。

 だがそれを前にしても、ノブナガの表情は緩まない。ずっと厳しいままだ。

 

「んじゃあ今日は、とんかつ揚げてみろ。

 昨日教えたろ? ウボォーとフランク呼んであっから、今から作ってやれ」

 

「分かった……やってみる」

 

 おっかなびっくり、包丁を動かす。マチの左手には、たくさん絆創膏が巻かれ、心なしか太くなって見える。とても動かしにくそう。

 そして今日も、マチの「痛っつ……!」という小さな声が、何度もこの場に響く。

 

 まだ慣れないキッチンの配置に戸惑いながらも、チョコチョコと動き回る。

 豚肉に小麦粉や卵を付け、パン粉を纏わせる。

 鍋を火にかけている間に、キャベツなどを刻み、味噌汁の様子を確認。

 その動作のどれもが、まだぎこちなくて頼りない物。

 いつもの勝気な彼女が、もう見る影もなく、弱々しく見えた。

 

「お前、油の温度は? ちゃんと確認したのかよ。180℃計ったんか」

 

「あっ、ごめん! そういえばアタシ……」

 

「――――あぁ? ()()()だぁ?

 お前いつから、そんな偉くなった。何様だテメェ」

 

「ごっ、ごめんなさいっ!

 すぐ! すぐ計りますっ……!」

 

 慌てて手を動かし、バタバタと駆け回る。

 途中、サラダ油の容器を倒してしまったり、包丁を床に落としたり、パン粉の袋をひっくり返したり。数多くの失敗が続いた。

 その度にノブナガの冷淡な声が飛び、それに焦って失敗を繰り返すという悪循環。

 何か言われる度にビクッと身体を震わせ、哀れなほど身体を縮こまらせている。こんな様子では、上手くやれるハズもない。

 

「何ボサッとしてんだ! 手が空いたら洗いモンにかかれ! 休んでんじゃねェ!

 ガキが出来たら、何人分も作ることになんだ! ちんたらやってんじゃねェぞ!」

 

 もう調理が終わる頃には、キッチンは散々な状態。マチもヘトヘトになった。

 なのに肝心のとんかつは、ひとつはまだ衣が白っぽくて、もう片方は真っ黒という、とてもじゃないが美味しそうには見えない、そんな出来栄えだ。

 味噌汁の豆腐はグチャグチャだし、味見をするのだって、すっかり忘れていた。

 

「お、おまたせウボォー、フランク……」

 

「……」

 

「……」

 

 散々待たされ、いま目の前に出された物の出来栄えも酷い。

 テーブルに着く二人の表情は固く、その感情は伺い知れない。マチはただただ、不安気な顔で見守る。

 

「おい、何だこりゃ? ちゃんと切れてねェよ。

 キャベツが全部繋がってやがる」

 

「大きさも不揃いで、とても千切りなんて太さじゃねェ。

 食感も悪いし、食いづらく感じるな」

 

 まだメインも食べない内から、二人の指摘が飛ぶ。

 キャベツの千切りは下手くそで、味噌汁は濃すぎて飲めたものでは無い。

 ご飯などは、本当に水を計ったのか疑いたくなる出来栄えで、とてもベチャベチャしていた。

 

 怒声では無い、小さな声だ。普段の二人であれば、それこそ大声で言い放ち、テーブルをひっくり返すくらいの事はする。

 だが今は、真剣な顔のまま淡々と“事実”を告げるだけ。反論など許さない空気。

 それが余計マチの心に、重くのしかかる。

 

「確か豚肉ってのは、よく火を通さないと拙いんじゃねェのか?

 見ろよこれ、まだ真っ赤じゃねェか。腹こわしちまうぞ」

 

「こっちは炭みてェに真っ黒だな。

 それに揚げ過ぎで、もう肉汁が全部無くなってやがる。固いゴムみてェだ」

 

 時折、苦言を呈しつつも、二人は黙々と食事を進める。表情を変えないまま箸を動かす。

 その様を、マチが言葉も無く、辛そうな顔で見ている。

 心底彼らに申し訳なさそうに、いたたまれない気持ちで。

 

 味がどうとかいう言葉すら出てこない。()()()()()()()()()()

 マチは自分の不甲斐なさを痛感し、ただじっと立ち尽くすばかり。それしか出来る事が見つからなかった。

 

「よぉマチ。お前これ、()()()()()()()()()()()()

 

「ガキが生まれたら、そいつも食うんだろ?

 主婦の料理ってのは、テメェ一人が食うわけじゃねェよな?」

 

 やがて、眼前の皿を綺麗に空にした二人が、静かに椅子から立ち上がる。

 まだ生だの、固いだの言っていたが、彼らは全ての料理を完食した。でも決してそれは、マチの料理が美味しかったからでは無い。

 ただただ「出された物は食べる」という礼儀でしかない事が、言わずとも分かった。

 

「おぅ、帰るわノブナガ。また後で酒でも飲もうや」

 

「オレもだ。邪魔したなノブ」

 

「ああ、夜会おうぜ。また後でな」

 

 ドアを開けて去って行く二人を、マチは言葉なく見送る。

 ガチャリと玄関が締まる音だけが、この場に寒々しく響いた。

 

 

「台所の掃除したら、今日は帰れ。

 千切りとかつら剥き、忘れんじゃねェぞ」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「マチ――――調子はどうだ?」

 

 沢山積みあがった瓦礫、見渡す限りのゴミの山。

 それがここ流星街の光景。どこか物悲しく、寂しい景色だ。

 

「そろそろ二週間になるな、お前の花嫁修業。

 洗濯を教え終わってから、随分久しぶりに顔を見た気がする」

 

「クロロ……」

 

 夕暮れの光を受けながら、レンジだの冷蔵庫だので出来たゴミ山の上で、マチが佇んでいる。

 どこを見るでもなく、三角座りで。きっと長い事ここに居たんだろう事が、見て取れた。

 

 クロロが投げ寄こした缶コーヒーを、パシッと受け取る、

 力のない小さな声で「ありがと」と告げてから、ゆっくりとタブを開け、口を付けた。

 

「報告は受けている、……少し苦戦しているか?

 ここで夕日を眺めるなんて、いつ以来の事だろうな。昔を思い出すよ」

 

「……」

 

 隣に座る。血縁ではないが、それに勝る絆で結ばれた兄妹同士。肩を寄せ合って。

 決して美しくなんかない場所だけれど、とても風が心地よくて、穏やかな時。

 前はよくこうして、二人で夕日を眺めた物だった。

 まだ物の分からない時分、無力さと渇望に胸を焦がしながら、みんなで同じ夢を描いていた頃に。

 

「……つらいか?

 そんな風になったお前を、俺は初めて見るよ」

 

 前を向いたまま、静かな声で。

 一緒の景色を見ながら、心に語り掛ける。

 

「辛くなんて……ないよ。

 たしかに疲れてるけど、でも頑張れる。

 毎日が戦いって感じ」

 

「そうか」

 

 クスリと、笑い声が聞こえた。クロロの隣から。

 いま彼女が「あーあ」なんて言いつつ、ゴロンと後ろに寝そべった。

 大の字になって、夕焼け空を見つめる。

 

「ウボォーがね……? フランクリンに『俺を殴れ』って」

 

「……ん?」

 

 ふと向き直る。

 マチが今、なにやら照れ臭そうな顔をしているのが見える。

 

「アタシの料理を食べて、二人で部屋を出て行った後……。

 ウボォーがおもむろに頼み込んで、思いっきり自分を殴らせたのよ。

 そのあとフランクリンも、『俺もだ』って言って、ほっぺを差し出すの。

 ……なんかご近所中に、ドカバキ音が響いててね?」

 

「……」

 

「アタシがたまたまゴミ捨てに行った時……、それ見かけたのよ。

 二人とも、顔が腫れ上がるまで殴り合っててね? アタシそれがおかしくって……」

 

 とても綺麗な茜色の空。そこにあの日見た、むさ苦しい男達の姿が浮かぶ。

 

「アイツらだけじゃない……、ノブも、シズクも、ヒソカだってそうなの。

 みんなアタシよりも、辛そうな顔しちゃってさ?

 こっちにまで、ギリギリ~って歯を食いしばってる音が、聴こえてくるのよ。

 手なんかもう……ギューッて握ってて、ずっとプルプル震えてるの」

 

「フィンもコルトピも、自分の服を駄目にされても、文句ひとつ言わない。

 パクは『作り過ぎちゃったの』とか言って、妙にご飯持ってくるようになったし。

 気ぃ使って様子見に来てるの、バレバレ」

 

「シャルとボノは、本屋や図書館に入り浸って、ずーっと家事についての調べ物してる。

 アンタらが花嫁修業してどうすんのよ……って感じ。

 フェイは『これ滋養強壮によいよ!』とか言って、変な薬いっぱい調合して持ってくる。

 虫の抜け殻とか、ヤモリすり潰したのとかは、正直ちょっと勘弁して欲しいケド……」

 

 よっと! と元気な声を出し、勢いよく起き上がる。

 ジャッ〇ーチェンの映画で見るような、ハンドスプリングという技だ。流石はマチと言えよう。いつも道着を着てるだけある。

 

「あんなの見ちゃったらもう……ケツ割ったり出来ないよね?

 こんなに想われてたのかって、こんなにも良いヤツラだったのかって、アタシ新発見。

 ……自分勝手に抜けようとしたのに、ホント嫌になっちゃう」

 

「ああ、そうだな……熱いヤツラさ。

 流石は幻影旅団だ」

 

 ふふふと笑い合う。夕暮れ時の流星街に、二人の楽し気な声が響く。

 

 

「それはそうと、花嫁になろうという娘が、“ケツ割る”はどうだろうな?

 少々お転婆(てんば)過ぎやしないか?」

 

「あー、ビスケさんに怒られちゃうね……。またおいおい直してくよ。

 あの人だって『なのよさ~!』みたく、変な喋り方だし」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ピッカピカじゃないですかぁ! お風呂が見違えましたよっ!」

 

 まるで\ペッカー!/と輝くような笑顔。

 もう飛び上がらんばかりに嬉しそうな声が、マチのバスルームに響く。

 

「キレイッ! 新居みたいになってるっ!

 水垢だって、ぜんぜん残ってないっ! すごいですっ!!」

 

「あ……、水垢を落とすには、弱酸性の洗剤が良いっていうから、使ってみたの。

 これシャルとボノが教えてくれて……」

 

 もう「やったー!」って万歳しちゃっている。シズクはいま絶好調である。

 それをマチは照れながら、でもどこか困った顔をして見守る。ご近所迷惑が……。

 

「トイレもピカピカですし、キッチンも完璧っ☆

 換気扇だって上手に出来てたし、もう言うこと無しですよコレ!」

 

「使わない歯ブラシとか、いろんな道具使ってね? 頑張ってみたの。

 なんか掃除って……やってる内に楽しくなって来るよね。

 ガンコな汚れ落とすのとか、どんどん綺麗になっていくのとか、すごく気持ちいいかも」

 

「おおおおーーーっ!!」

 

 さっきからテンションは高いが、いま今日一番となるシズクの叫びが木霊した。

 突然ガバッとマチに飛びつき、そのままぎゅーっと抱きしめた。彼女の方はビックリしちゃってるが。

 

「――――そうっ! そうなんですよっ! それがお掃除の魅力なんですっ!

 頑張れば頑張るだけ、綺麗になっていくのが気分爽快なんです!

 そして綺麗なお部屋で、心身ともに健やかに過ごすんですっ! 素敵っ☆」

 

「う、うん……そうね」

 

 もうなすがまま、されるがまま。

 でもこんなにも喜んでくれているシズクの姿に、とても幸せな気持ちになった。

 

「コツはですね? たまに友達を家に招くこと! です!

 自分ひとりだけだったら、やっぱどうしてもお掃除って、怠けちゃいます。

 でもお友達を招く機会があれば、自然と部屋を綺麗に保つようになれますから!

 ご結婚されるまでの間、ぜひぜひ試してみて下さいっ!」

 

「うん、分かった。じゃあシズクも遊びに来てね。

 アタシこれからも、がんばって掃除してくから」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「もうこれ、ボクより早いよね? ボクより上手だ……♦

 衣類によってのやり方も覚えたし、出来栄えも申し分ない!

 悔しいけど、もう敵わないな……♥」

 

「そう? なんか沢山やってる内に、覚えて来たのかも」

 

 並んでグイグイとアイロンがけをしながら、マチとヒソカが楽し気に談笑。

 まぁ二人とも、手だけは千手観音みたいに動いているけれど。

 

「手先が器用なのは知ってたけれど、まさかここまでとはね♠

 基本さえ覚えてしまえば、君はもう無敵なんだな……♣」

 

「ねぇヒソカ。形状記憶シャツって言っても、皺が出来るときは出来るのよね?

 ちょっと根性が足りてなくない? どういう教育を受けて来たんだろ」

 

「あはは♪ やはり限度はあるのさ。

 アレはあくまでも、皺になりにくい~ってだけの物だからね♦

 まぁ良いじゃないか♪ こうして愛情を込めて、アイロンをかけてやれば。

 そっちの方が、きっと旦那様も喜ぶよ♥」

 

 あんなに沢山あったシャツが、あっという間に無くなっていく。

 今マチたちの後ろには、アイロンがけの終わったシャツ達が、ハンガーに掛けられてずらっと並んでいた。壮観である。

 

「細かい部分から先に初めて、後で広い所をかける♠

 ボタンとボタンの間をやる時は、特に丁寧にね?」

 

「うん、覚えてる。

 袖口をやる時は、まず裏側を。左右の端から中央に向かってプレス。

 その後ひっくり返して反対側も~、よね?」

 

 楽しい。こうして無心でアイロンがけをしていくのは、とても楽しかった。

 あんなに皺だらけだった服が、ちょいちょいっとアイロンを当てるだけで、もうピーンとなる。

 スチームって凄いんだなぁ、面白いなぁとか思いながら、どんどんグイグイしていく。

 

「アイロンがけの極意は、左手の使い方さ(・・・・・・・)

 反対の手で縫い目の部分をピンと引っ張ったり、手早く生地を移動させたりね。

 両手を上手に使えるようになれば、君も立派なアイロンマスターさ♦」

 

「アタシこれ好きかも。もうじゃんじゃん持ってこい! って感じ。

 もしパートとかする事になったら、アタシはクリーニング屋さんにしよっかな?」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「マチ、お前さんなら出来る。心配すんな」

 

「うん……ノブ」

 

 ノブナガ邸の台所。緊張した面持ちのマチに対し、彼が力強く頷く。

 

「工程は全部覚えてるだろ? 昨日作ったヤツも、完璧だったじゃねェか。

 ――――リベンジだマチ。連中の度肝を抜いてやれ」

 

「わかった。アタシ頑張って作るね」

 

 今日は試食会。この花嫁修業の総仕上げと言える、協力してくれた仲間達全員を呼んでの、料理のお披露目だ。

 マチは強い光が宿る瞳で頷きを返し、グッと胸元で拳を握る。

 

 恐怖はある。前回のトラウマが脳裏をよぎる。また失敗したらという想像が、どうしても振り払えない。

 けれど、自分は幻影旅団の一員。アイツらの仲間だ。それにノブだって応援してくれてる。

 ――――こんなので、イモ引いてられるか!*1 ぶちかましてやれば良いんだ!

 

 現在、この家の居間には、マチの成果を見るべく集められた仲間達が、言葉なく料理の到着を待っている。

 そちらの様子が気にならない事もない。でも今は、自分のすべき事をやるだけ。

 ノブナガ、そして手を貸してくれた皆の顔に、泥を塗るワケにはいかないんだから。

 

 失投を恐れるのではなく、打者をうち取る喜びに目覚めたピッチャーのように、マチが意気揚々とまな板の前に向かう。

 手早く、そして力強い動きで、腕まくりをして。

 

 

 

 今日マチが作るのは、【とろとろチャーシュー丼】

 飯を食うのが大好きな、お米バンザイな大喰らい共にピッタリな、丼物である。

 

 マチはまず、冷蔵庫から豚バラ肉を取り出す。

 新鮮で、ツヤのある、そして大きくて迫力満点な、ブロック肉だ。

 それをまな板に乗せた後、しっかりと状態を確認。実は肉には【繊維の方向】という物があり、これをしっかりと見極めてから包丁を入れると、出来上がりや食感が断然違ってくる。

 彼女は繊維の方向に対して横、まっすぐ垂直に包丁を入れ、調理に適した大きさへと分割する。

 

 そして、マチはおもむろに、()()()()()()()()を展開する。

 まるでロールケーキのようにブロック肉を丸め、自慢の糸を使い、しっかりブロック肉を縛り上げた。

 

 チャーシューを作る時、こうして肉を糸で巻いておけば、熱を通すことによって縮んでも、形が崩れずに済むのだ。

 そして肉の“赤身”の部分を、こうして巻いた内側に閉じ込めておけば、鍋に入れた時に、煮汁がこの部分に触れない。

 ようは、浸透圧によって肉汁が外に漏れ出す事が無く、ジューシーな仕上がりとなってくれるのである。

 

 シュバババっと音が聞こえてくるような、流石の手際の良さ。

 こと糸の扱いに関して、マチの右に出る者は居ない。

 

 いま彼女の背後では、じっとこちらを見守っているノブの姿があるが……、もう二度と彼を心配させたりしない。不安な気持ちになど、させてなるものか――――

 気負うのではなく、気合を入れて、マチはひたすら手を動かしていく。

 

 

 しっかり縛り終えた豚肉を、鍋に投入して下茹で。これは5分程で済むだろう。

 マチはその間も決して時間を無駄にすること無く、長ネギ、ショウガ、玉ねぎなどの野菜を切っていく。

 

 トトトンと手早く終わらせたら、次はチャーシューのたれ(・・)作り。

 ノブと研究しながら決めたレシピの比率は、4・3・2・1・1。

 お酒、水、みりん、醤油、ザラメなどを、分量通りに計ってお鍋の中へ入れる。

 火にかけて、少し沸騰して来た所を見計らい、先ほど切っておいた野菜たちを入れてやった。

 

 それを見届けた時、ちょうど先ほどから5分が経っていた。

 マチは下茹で中だった豚肉を鍋から取り出し、油を沢山入れたフライパンに乗せて、程よく焼き目を付けていく。

 

 こうして焼き目を付けておく事で、煮込んでも肉汁が外に逃げなくなる。

 ちょっと前まで、なんで焦げ目を付けるのか分からなかったし、「どうせ後で煮込むんだから良いじゃん」とか言って、ノブを困らせていたものだけど……、今マチのはしっかり理屈を覚え、これが大切な手順であることを理解出来ている。

 

 このひと手間によって、とても出来上がりが美味しくなるんだから、やらない理由なんて無い。

 だってこれは、アタシだけが食べるんじゃなく、愛する家族が食べることになる料理なんだから。

 めんどくさがり、適当にすませ、微妙な料理を食べさせるなど、まっぴら御免なんだ。

 やっぱり“いつも全力”が、アタシの性にあってる――――マチは上手に焼き目を付けていきながら、心の中で自分自身に「うん」と頷く。

 

 

 もうこの時点で旨そう。見ているだけで、よだれが出てきそう……。

 そう言わざるを得ないほど、美味しそうな焼き目が付いたチャーシューを、いよいよ煮汁の中へ投入する。

 お願い、美味しくなってね――――そう願いを込めるように、丁寧な所作で入れてあげた。

 

 大切な仲間に食べてもらう、自慢のチャーシュー。

 本当はそれが煮込まれて行くのを、じ~っと傍で見守っていたい気持ちはあるけれど……、でもまだ他にすべき事がある。

 後ろ髪を引かれる思いで、マチはコンロを離れ、再び冷蔵庫の前へ。

 先ほど肉を整形した時、切り取った脂身などの余分な部分は、すべて冷凍庫へ入れておいた。それを満を持して取り出す。

 肉は生だと切りにくいが、こうして凍らせておけばサクッと包丁が通り、とても切りやすくなるのだ。フードプロセッサーなどが無くても、細かい挽肉を作ることが出来る、ノブに教わった裏技だ。

 

 手早くミンチ状にした豚肉を、そのままフライパンで炒め、味噌や紹興酒などで作った調理液を投入する。これはマチが考案した、オリジナルのタレである。

 きっとお肉を存分に引き立てる、味の立役者になってくれるに違いない。

 

 

 まだまだ行くわよ、今日のアタシは全力――――

 マチは豚肉の調理のみならず、ご飯の方にも手を加える。

 米の一粒一粒が立っている、キラキラしたほかほかご飯へ、煮汁で煮込んだ刻みショウガや、大葉とゴマをササッと混ぜ込み、トドメとばかりにひと手間。もう完璧だ。

 

 やがて80分ほどコトコト煮込んだチャーシューが、完成と共に彼女の手によって、綺麗に薄切りにされていく。

 丼にご飯を盛って、薄切りチャーシューをたっぷりと乗せ、そこに先ほど作っておいたタレをかけて、見事なオレンジ色の半熟玉子を添えて完成。

 

 マチとノブが研究に研究を重ねた一品――――【とろとろチャーシュー丼】の出来上りだ。

 

 

 

 

「お……お待たせ、みんな。

 いちおう頑張っては、みたんだけど……」

 

 重い空気。みんな無言で座っている、広い居間。

 マチはお盆を抱えたまま、そう仲間達へと自信なさげな表情を向けるが、それに対する返答は無く、誰もが言葉なくこちらを見ている。

 

「あのね……? これお好みで、唐辛子とかかけても良いかも。

 もし美味しく無かったら、残しちゃっても良いから……。アタシ食べるし……」

 

 ひとりひとりの前に、丼を置いていく。

 これは彼女の役割だと言うように、ノブは決して手を出さす事なく、壁に背を預けてこの光景を見守る。彼の握りしめた拳から、ギュッと小さな音が鳴った。

 

「いただきます」

 

「ほんじゃあ、食うぜ?」

 

「どれどれ、じゃあ早速……」

 

 思い思いに告げてから、仲間達が箸を取る。

 そして、まるで示し合わせたように、全員同時に料理を口に運んだ。

 

「……?」

 

「……!?」

 

「……ッ!?!?」

 

 その途端、なんかドカーンみたいな轟音。

 思わずマチが「きゃ!?」っと声を上げた時……そこにあったのは、どんぶりを抱えながら後ろにひっくり返っている、ウボォーの姿であった。

 

「――――嘘だろオイ!!!! 旨ッッ!?!?」

 

「なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいじゃないの!?」

 

「うおおお! 凄いよマチ!! このチャーシューやばいよ!!!」

 

 爆発したような、歓声。

 さっきまでの静寂が、マチの心を込めて作った料理により、一気に破壊される。

 

「ちょ……マチよ!? お前()()()()()()()、旦那に食わすのかよ!?!?」

 

「太っちまうよッ! 食い過ぎて、体重エラい事になるッ!!

 もしこれ定食屋で出てきたら、店主がぶっ倒れるまで食うぞ!?」

 

 ウボォー、フランクの二人が、驚愕に目玉をひん剥きながら、ガガガガっと米をかっ込む。もう残像で見えなくなるくらいの速度で、絶え間なく箸を動かしている。

 

「なんだこれオイ! なんだこれオイ!」パクパク!

 

「わああああ! わああああ! 美味しいぃーっ!!」パクパク!

 

「本場中国超えちゃた!? これまこと旨いねマチ!」パクパクパク!

 

 まるで花畑にでも来たかのような、満面の笑みが咲く。

 マチは茫然としながらそれを眺め、ノブナガは「ふっ」とニヒルに笑い、静かに目を閉じた。

 

「おいマチ! おかわりだ! じゃんじゃん持ってこいよ!」

 

「えっ。いやもう……無いんだけど。

 そんな食べるとは、思ってなかったし……」

 

「「「!?!?!?」」」

 

 この場の数人が、「ガックゥー!」とばかりに崩れ落ちる。

 またしても、先ほどまでとは裏腹。一瞬にして深い絶望の淵へと叩き落された。

 

「お゛まっ……ちょ、お前っ……」

 

「そ、そりゃねぇだろマチ……。ありえねぇだろオイ……」

 

「こんな美味しいの食べさせといて、そんな殺生な……」

 

「ええっ!? でもこれ、けっこう大盛りにしたよ!?

 そんなお腹空いてたの!? 言ってくれれば……」

 

「まぁ待てみんな。マチは俺達全員の分、13人前も作ってくれたんだぞ?

 これ以上は求めてやるな」

 

 クロロの柔らかな笑みによって、この場が収まる。……まぁ未だに野郎共は「がっくぅー!」と項垂れてはいるが。いやしんぼな者達である。

 

「じゃあまた、おつまみとかで作ったげるね……?

 ノブが言ってたけど、チャーシューってお酒にも合うらしいよ?」

 

「「「うおぉぉぉーーっっ!!!!」」」

 

 大歓声。歓喜の雄たけびがノブナガ邸に響く。まるで(いくさ)の勝ち鬨のようだった。

 

「それじゃあ、デザートのプリンあるから……、持ってくるね?

 これもノブと、たくさん研究したの」

 

「すげぇなオイ!! 至れり尽くせりじゃねぇか!」

 

「ありがとぉマチィーッ! ありがとぉぉーーッッ!!」

 

 やんややんやと見送られながら、マチがテクテクと台所に消えていく。

 その背中にも、みんなが「ヒューヒュー!」と指笛を吹く。なんだコレ。

 

 

 

 

「……」

 

 そして……、今ひとり冷蔵庫の前に立つ、マチ。

 つい先ほど見た光景、みんなのとても嬉しそうな顔が、止めどなく頭に浮かぶ。

 いまアタシの胸が…………熱い。

 

 

「――――よっしッ☆」

 

 

 両手をグーにして、ピョーンと可愛くジャンプ。

 決して人には見せられない姿だけど、今だけは良い。

 まさに飛び上がりたい気持ち! 堪え切れないっ!!

 

「やった……! やったやったやった☆

 アタシやったよアタシ! もう大成功っ……♪」

 

 クネクネと身をよじり、溢れ出す喜びを噛みしめる。「きゃー!」とか言いながらピョンピョン飛び跳ねる。

 今日のことは、ぜったい忘れない……ずっと憶えておこう。そう心に刻みながら。

 

 そして、なにやら台所からドタバタ鳴ってるのを聞きつけたノブナガが、ちらっと様子を見に来たりしたのけれど……。

 彼は「ふっ」と、どこか嬉しそうな顔をした後、静かに踵を返し、その場を立ち去るのだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「えっと、()()()()よ?

 なんか見てて、ほっとけなくなる。ずっと見ていたくなる、みたいな」

 

 今日はクロロ&パクに付き合って貰い、【ご両親にご挨拶に行くときの練習】をおこなっている。

 父親役にクロロ、お母さん役をパクノダに担当してもらい、マチはもうガッチガチに緊張しながら、しどろもどろで受け答えの訓練をした(別にいま緊張せんでも良さそうなものだが)

 

 そして現在は、ちょっとした休憩を入れており、三人でテーブルを囲んでいる所。

 お茶や、おまんじゅう、あとモナカなんかに舌鼓を打ちながら、のほほんと談笑しているのである。

 

「まだ知り合って、間もないんだけどね?

 なんか一緒にいると、ホッとするっていうか……。落ち着くっていうか……。

 ほら、アタシってガサツでしょ? でもあの人、そんなの全然、気にしてないみたいで」

 

 そこでふと話題に出た、「マチの好きな人」についての事。

 彼女はどこか困り顔、でもテレテレとはにかんで、嬉しそうに語る。

 

「念とか、戦いとか、そんなのは知らないと思う……。

 誰かと戦うことより、誰かを()()()()のが好きな人よ。

 元気だし、明るいし、なんかひょうきんな所あるよ?

 でも何より、優しいの……。いっしょに居ると、あったかくなるの」

 

 こんなマチの顔、二人は見たことが無い。

 まさに年頃の娘が、夢や恋を語るときの表情、そのものだった。

 照れ臭そうに、でも少し自信なさげな様子で、不安の色も滲んでいる。

 だがマチはまっすぐ想いを語る。兄貴分であるクロロや、家族である団員達の他で、初めて自分が「好きだ」と思えた人のことを。

 

 

「今度、告白する――――

 自信なんかないけど。上手くいくなんて、これっぽっちも思えないけど。

 でも勇気を出して、言ってみる」

 

「あの人からしたら、迷惑かもしれないけど……。

 でもアタシの気持ち、聞いて欲しいって思う。

 こんな生まれだし、こんな稼業だけど、一生に一度くらい、勇気を出してみたい」

 

「アタシかけっこ遅かったし、いつもクロロやみんなの事が、羨ましかった……。

 でも今は、自分が女の子でよかったって――――そう思ってるの」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして、マチが約1か月にも及ぶ花嫁修業……仲間達に支えられながらおこなった全てを、見事に終えた後。

 

「来てくれて、ありがとう。

 それだけでもう……アタシうれしい」

 

 ここは、流星街の片隅にある、大きな一本松の下。

 この木は通称“伝説の木”と言われており、この下で愛を告げて結ばれた男女は、永遠に離れる事はないという、言い伝えがあった。

 

 夕暮れ時、だが厳しい寒空の中で、ひとり待った。

 手を赤く染め、はーっと息を吹いて暖めながら、マチは今日この日、ずっと何時間も前から、この場に立っていたのだ。

 押しつぶされそうな不安、そして仲間達にもらった勇気を、精一杯抱きしめながら。

 

「というか、ここまで走って来たの?

 君らしいって思うけど、べつに無理しなくて良かったのに……。

 やっぱり、走るの早いね? 男の子だもんね」

 

 ここに駆けつけて来た後、はぁはぁと肩で息をし、ずっと膝に手を当てている。

 そんな彼の一生懸命さ、そして優しい誠実さを、マチは愛しいと思った。

 

「忙しいのに、呼び出してごめんね?

 でもアタシ……どうしても君に、伝えたい事があるの」

 

 今、マチが俯いていた顔を上げ、まっすぐ彼の方を見る。。

 生まれて初めて、この人と居たいと思った、もう抑えきれないくらいに好きな人の顔を。

 

 

「好きです、ドアラくん(・・・・・)

 アタシの恋人になって下さい」

 

「――――団長のせいだッ!!

 アンタがちゃんと構ってやんねェから、こんな事に!!」

 

 

 コソコソと隠れて様子を伺っていた団員たちが、一斉にクロロを批難し出した。

 

「はじめてなの、こんな気持ち。もう抑え込んだり出来ない。

 アタシ、君と居たい……。中日も応援するから」

 

「――――どうすんだよコレ!! 責任とれよ団長ッ!!

 アンタの教育が悪いから、マチがこんな風になってんだろ!!」

 

 もうドタバタと取っ組み合いをしている団員たち。まごう事なき乙女の表情で、素直な気持ちを語るマチ。

 そんな全てを他所に、いま彼らの前にいる中日ドラゴンズのマスコットである“ドアラ”は、なにやら「えっ、本当かい?」みたいな感じで、気持ち悪くワチャワチャ動いている(そういうのがウリのキャラなのだ)

 

「あれってマスコットよね? 人間じゃないわよね?」

 

「マチの好きな人って……アレなの?

 マチは()()()()()()、花嫁修業してたのかい!?」

 

「なんとか言えよ団長!!

 どうすんだよ! この状況をよぉーッ!!」

 

「う……うむ」

 

 皆でクロロの胸倉を掴み、もうガクガク前後に揺さぶる。

 それを他所にドアラくんは、なんか「いぇいいぇい♪」みたいにダブルピースしている。いつものパフォーマンスである。

 

「好きです! ドアラくんっ!

 アタシに300人くらい子供産ませて下さいっ!」

 

「――――お前はキメラアントか! 産めねェよバカ!!」

 

「そもそも人間じゃねェよ! ()()()()()()()()!!」

 

 団員たちの叫びは、マチには届かない。彼女はいま真剣に、一世一代の勝負をしてるんだから。乙女の天王山だ。

 

「おいドアラ……おめェ分かってんな?」

 

「断れ……断るんだ。

 アフターケアとか傷心旅行とか……、そういうのは全部、オレらの方でやっから……!」

 

「お前ドラゴンズの応援で忙しいだろうが……!

 娘さんひとりに、構ってらんねェだろ……!」

 

 祈る、祈る、祈る。

 もうこうなったらドアラを信じるしかない。団員たちは思う。

 人とコアラだよ? って教えてやれ。その純粋でおバカな娘に。

 

「えっ、いいの? アタシと付き合ってくれるの? やったぁ☆」

 

「――――受けてんじゃねェよぉぉぉおおお~~ッ!!!!

 あっさりOKしてんじゃねェよぉ~~ッ!! 有袋類よぉ~~ッ!!」

 

 いま眼前では、ドアラが「うぇーい♪」とばかりに、ぷるぷる肩を揺らしている。

 それに合わせて、マチも一緒に「うぇーい♪」と肩を揺らしており、向かい合って交互にし合うものだから、なんか社交ダンスみたくなっている。とっても仲良しな二人だ。

 

「いや……待つんだ皆。まだ分からんぞ?

 マチはドアラにでは無く、()()()()()に惚れた可能性が……」

 

「――――そういう事をゆーなよッ!!!!

 いねーんだよ中の人とか! 夢を壊すなよ!!」

 

「やぱマチの兄貴分よッ!!

 全部アンタのせいね! 責任取るよろし!!」

 

 そろそろ〈ドゴーン!〉とか〈ガシャーン!〉みたいな破壊音が聴こえて来たが、それにも構わず二人は良い雰囲気。ラブラブの様相である。

 ドアラが「えいやっ!」とバク転して見せれば、それをマチがぱちぱち囃し立てる。ある意味で微笑ましい光景。

 

 

「いこっかドアラくん。ナゴヤ球場でデートね。

 いちばん高木が、塁に出てぇ~♪ にーばん谷木が、おっくりバントぉ~♪」

 

「――――燃えよドラゴンズ歌ってんじゃねぇよ!! それどころじゃねェよ!!」*2

 

 

 なかよく手を繋ぎ、「ルンルン♪」と歩き去る二人を、幻影旅団は身もだえしながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ふぅ、こんなもんかな?」

 

 フリルの付いた白いエプロンを外す。

 今マチの前には、コトコトと音を立てる大きなお鍋がある。

 

「今日は貴方の大好きな、ハンバーグ。

 はやく帰って来てね」

 

 そうニコッと微笑み、マチはいったん台所を出る。

 白くて清潔な壁、機能性を感じさせる大きなキッチンは、彼女のお気に入りだ。

 

 トテトテとスリッパの音を立てながら、リビングへ。

 ここには大きな木製テーブルがあり、二人分にはちょっと広すぎる位。でもいずれ子供も出来るだろうし、それを見越して椅子まで買ってある、

 愛する旦那さまと、大切な子供、そして自分――――家族で囲む幸せな食卓を思い描きながら、マチはテーブルに料理を並べていく。

 サラダボールや、ちょっとした副菜の乗ったお皿が、どんどんテーブルを彩っていく。

 

「後は……何かな? もうやるべき事は、ぜんぶ済んじゃったかも」

 

 お掃除も、お洗濯も、全て昼間のうちに済ませてある。

 教えてくれたシズクやクロロ、そして協力してくれた仲間達の顔を思い浮かべながら、今日も楽しく家事をこなした。

 今でもよく会うけれど、みんな相変わらず元気そうだ。ちょっとヒソカがやんちゃをする事はあれど、今日も幻影旅団は世界中に名を轟かせる程に活躍している。

 

 マチの方はと言えば、今では胸を張って“家を守っている”と言い切れる、立派な主婦である。ご近所さんの間でも、仲の良いおしどり夫婦、可愛いお嫁さんとして、とても評判が良い。

 

 ノブに教えて貰ったお料理も、日々研究や努力を怠ることなく、腕を磨いている。

 涙をこぼしながら玉ねぎを切ることも、我慢強くジャガイモの皮を向くことも、全てはこれを食べてくれる人を思えばこそ。

 マチの愛する、旦那様の為だ。

 

 綺麗に掃除されたリビングは、まるでショールームのようにオシャレで輝いて見える。

 だが確かに人の温かみあり、マチの趣味や旦那様の人柄を表すような家具が、たくさん置かれていた。

 

「あっ、帰って来た!

 今日は20分くらい早いわ。がんばったのね……」

 

 二人の幸せを象徴するような、決して豪華すぎない程度の、立派なマイホーム。

 その主であるマチが、クルクルと舞うように、軽やかにステップを踏みながら家事をこなしている内に、ようやく玄関が開く音がする。

 

 まるでピコンと耳を立てる猫のように、マチはまたパタパタとスリッパを鳴らしながら、廊下を走る。

 本当はあまり行儀よくない事だけれど、もう待ちきれない。早く顔が見たい気持ちが、抑えきれないのだ。

 

 あまりに慌て過ぎて、まだ手にお玉を握ったままだけど……それは然したる問題ではあるまい。

 いまイソイソと靴を脱ぎ、ようやく仕事から帰った安堵感が表情に滲む愛しの旦那様が、マチの目の前にいる。

 

 

「――――貴方っ! おかえりなさいっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マチの花のような笑顔。

 彼の上着を大切に受け取り、あたたかな料理が待つリビングへと、並んで歩いた。

 

 

 

 

 

 

*1
ビビってる様子や、腰が引けている事。極道社会などでよく使われる言葉

*2
中日ドラゴンズの応援歌である






◆スペシャルサンクス◆

 幸1511さま♪
 谷やん氏(チャーシューの作り方)





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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 (砂原さま&大輪愛さま原案)


※観覧注意! これはコメディじゃないヨ!
 とても胸糞なお話だから、苦手な人は()()()()()()()()()()

 ――――アクセス数だの評価だのはいらんッ! ブラウザバックして! ()()()()()()()!!


 では、今回のテーマはこちら↓



◆お題その1◆

 絶望的な状況に追い込まれた後の大逆転にこそ、夢と希望が。愛と勇気が。輝くと思っております。

 さあ、怪人hasegawaさんよ。
 主人公や読者を、恐怖と絶望の淵へ叩き込むのです!!
 大丈夫。最後にハッピーエンドがあるなら、どんな鬱展開にしてもいいんです!!

 hasegawaさんの考える、“とびっきりの絶望"ッ!!
 hasegawaさんの描く安心と信頼の鬱展開は、夢と希望を描くのに転用できると、私は思っております。

 夢と希望を輝かせるために!!
 とびっきりの絶望を!!

(砂原石像 様)



◆お題その2◆

【パリピ戦隊 陽キャナンジャー】とか……。
 この間、クラスメートと雑談してて出てきたアイデアです。

【あらすじ】
 2年3組の担任であり、ムードメーカーの数学教師・針日(はりひ)先生は、なんとパリピ王国からやってきた妖精だった!
 3組屈指のパリピである4人の生徒は、針日先生にノリでスカウトされ、『インキャ帝国』の魔の手から地球を守るため、戦隊に覚醒する!!

※備考※ その他、私が考えてみた設定ですが、参考にしていただくかはhasegawaさんの判断で……。

 “インキャ帝国”とは、過去に滅ぼされたインカ帝国の末裔。
 彼らは、あまりにも陰キャすぎて、敵軍と全く意志疎通をはかろうとせずに隠れてや りすごしていたため、生き延びることができた。
 現代の地球人に、陰キャの素晴らしさを啓蒙するため、侵略してきた。

(天爛 大輪愛 様)



 ◆ ◆ ◆


 私は暗いお話や、絶望的な物語を書くのが苦手です(胃腸に来ちゃいますのでw)
 そして、今までクソ真面目に生きて来た人間でありますので、この“陽キャ”という方々との関わりが無く、あまり彼らのことを存じ上げません。

 よって今回のリクエストは、どちらも私にとっては、非常に難易度が高い物……、と言わざるを得ないんです。これ私に出来るのかな……って。

 けれどふと「この二つのお題を、()()()()()()()()()()()()()()?」と思い付きました☆







 

 

 

 

「――――停戦? 何それ、意味ワカランティ」

 

 パリピレッド、ことタカの言葉に、あーしは首を傾げる。

 何気なくイジっていたスマホを置き、彼の方に向き直る。

 

「ああ、さっき針日(センセー)からLINEがあったんだよ。

 本日を持って、全ての作戦行動を停止し、また指令があるまで待機せよ、……ってね」

 

「はぁ? それマ?!」(本当ですか?)

 

 あーし達のリーダーであり、パリピ戦隊陽キャナンジャーで“レッド”。ついでに言うと生徒会長でもあるタカは、なんか今こまったように苦笑してる。

 あーし達に割り当てられている野営のテント、その入口をイソイソと潜って来ては、開口一番に業務連絡を告げたのだ。

 エンドった――――と。*1

 

「まだインキャデス共、倒してなくね? バイブス(平和)戻ってなくね?」

 

「それなw ジュリの言う通りっしょw

 ここでソクサリは無しっしょw」(帰るのは駄目だろう)

 

 金髪のロン毛をクルクルいじりながら、リョウも同意する。

 コイツは馬鹿みたいにデカイ図体をしておいて、事あるごとに後ろ髪をファサッとしたり、前髪をイジイジしたりする、なんかホストみたいなヤツだ。

 ちなみにあーし達と同じで、陽キャナンジャーの一員。いつも緑色のピッチリ全身タイツに身を包んでる変態だ。別に悪いヤツじゃないケド。

 

「マジありえんてぃ! ハルの仇も取らない内に、おつかれーしょん?

 そんなのマジBMじゃん!」(馬鹿丸出しではないですか)

 

「わかりみw おいタカよ、秒で(すぐに)問いただせし。

 はよ。俺らインキャデス共、MMCだからw」(マジでムカつくし殺しますので)

 

「おいおい……ジュリ、リョウ」

 

 あーしが床を叩くと共に、ブレスレットが金属音を立てる。

 そりゃ日本に帰れるのは「あざまし!*2」だし、あーし元々お嬢様だったりするから、ぶっちゃけ悪のインキャデスなんか「こわたん!*3」だったりするけど、それと此れとは話が別。

 なんてったって先日の戦闘で、ウチのピンク担当であるハルが、ヤツラに怪我を負わされているんだ。

 

 彼女はとってもエモいゆるふわ系で、いつもニコニコ笑みを絶やさない愛されガールなのに、砲撃で吹っ飛ばされて今入院中だよ?

 あの子とズッ友なあーし、ショッキングピーポーマックス!*4

 しかもタカは、あの子のカレピッピ(彼氏)でしょ? アチュラチュ(熱々のラブラブ)だったじゃん。なんでそんな平然としてんの? まじワカランティだし。

 

「聞き分けてくれ。これは俺達の指令たる、針日センセーの指示だろ?

 そういうの蔑ろにしたら、やっぱ駄目だと思うんだよ。

 ……今ここに居なくても、センセーも知恵を絞って、一緒に戦ってくれてる。

 いつも支えてくれてる人じゃないか」

 

「えー。ソレはまぁ、わかりみだけどぉ~。

 あーしガチしょんぼり沈殿丸ぅ~」(とても落ち込んでしまいます)

 

「そっか……タカ超GM。(ごめんなさい)

 マジお前の気持ち考えて無かった。つかいっちゃん辛いのタカだし?

 いつもリーダーやってくれて、マジ感謝の助w」

 

 タカは生徒会長だけじゃなく、サッカー部の部長もやってるし、ものすごくリーダーシップが取れる、頼れるヤツだ。

 あーし達は別に頭悪くないけど、でもいつも無茶ばかりするウチらを諫め、こうやって纏めてくれるのはタカだ。悪いとは思うけど、ぶっちゃけいつも苦労をかけちゃってる。

 

 だからあーし達も、彼の顔を立てる意味でも、ここは従おうって思った。

 ハルのカレピッピである彼がそう言うのなら、現状ではそれが一番良い事なんだろう、とも思うし。今ここに居ないとはいえ、針日(センセー)もウチらの大切な仲間だし。

 

 正直「MJD?」*5ってしんきょーだけど、こればっかりは仕方なく思った。

 これ今日だけの話じゃなくて、こうしてイエローのエモい全身タイツを着て、悪のインキャデス共と戦うようになった日から、あーしはいつも「MJD?」って思い続けている気がする。

 世の中は、変なことや信じられない事で、いっぱいだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『『『『――――パリピ戦隊、陽キャナンジャー!!!!』』』』

 

 そう4人声を合わせ、名乗りを行う瞬間が、あーしは好きだった。

 今あーし達チョー輝いてる! まじバイブス上がる! って思えるし。

 もう「ウェーイ!」って感じ。

 

 それに「ウチらは選ばれた戦士なんだ。特別なんだ」っていう、変な満足感や充実感も感じてたと思う。あーしの承認欲求、マジ充足の助☆

 きっと、クラスでもカーストの最上位に君臨する、ウチら“陽キャ”には合ってたんだと思う。こういう輝いてる系のがさ♪

 

 半年前、突然クラスの担任である針日センセーに「今日から君達は、陽キャナンジャーだ!」とか言われて、スカウトされたんだけど……。その日からあーしの人生は180度変わった。

 

 チューボーの時は暗かったし、小学校に至ってはボソボソとちっちゃい声でしか喋れなかったあーしが、まさか地球の平和を背負って悪のインキャデス共と戦う羽目になるなんて。

 たまたま産まれた家がお金持ちで、ずーっと堅苦しい生活を送って来たあーしは、高校に入った途端に一念発起し、いわゆる“高校デビュー”を果たした。

 めっちゃオシャレとか研究したし、流行りのアイテムも根こそぎ買いあさった。言葉遣いだって頑張って直したよ? きっとその努力のお蔭だよね。わかりみ。

 

 今では立派な陽キャとして、タカ達のズッ友やってるけど……、髪もレモンみたくパツ金にしてるあーしだけど……。

 もしアイツらが昔のあーしを見たら、きっと「パチこくなよ! やめろし!」*6とか言っちゃうんだろうなぁ。「卍ぃ~!?」*7みたく。

 だってバリバリ華道とかピアノとかやってたし。歩き方もモロ日本舞踊だったし。リアルガチで「ごきげんよう」とか言ってた方だったし。もうあの頃には戻りたくないって思う。

 だってあんなエモくない女の子、きっとリョウが見たらソクサリ(即去って行く)でしょ?

 あーしだって、前の自分なんか大嫌い。過去の事を思うと萎えぽよピーナッツだし、マジわかりみ。

 

 まぁなんだかんだあるけど、今のあーしは世界を守るヒロインをしてる。

 毎日のように悪のインキャデス共と戦い、愛と正義とバイブス上げること*8を信条とする、陽キャナンジャーの一員だ。

 

 あーしの必殺技【イエロー・おつかれーしょん☆】を放ったり、ウチらの守護聖獣である【ガンダるライオン】*9というロボに乗って、みんなで一緒に戦う時とか、マジ青春かんじる。あーしの()()()である。

 

 他には児童養護施設や老人ホームとかにボランティアで赴いて、クリパだのハロウィンパーティだのをやる事も、ウチらの大切な活動。

 世界中の人達に笑顔を届け、バイブスを上げる! それがパリピ戦隊陽キャナンジャーなのだ。

 

 マジ世界照らすし。

 超YM*10だし。

 あーし、ちっちゃい子供とか、メッチャ抱きしめる方だし。

 

 いつも「ウェーイ!」とか言っちゃったりして! 言ったりなんかして!

 あーし超らぶたんじゃね? パリピイエロー最高かよ、って感じ。

 

 だから、たとえ怪我したって、たまに怖い目に合ったってノープロ。耐えられるよ?

 そしてメンディー事も*11、ワカランティな指令も、とりま従うことが出来たんだ。

 あーし超KNG(けなげ)じゃね? マジあーしシンデレラじゃね? とか思いながらね。

 

 

 

「各自、所持している武装を提出せよ。……とのお達しだ」

 

 でも翌朝、野営テントから起き出したあーし達が受けたのは、「持ってる武器を取り上げられる」という仕打ちだった。

 

【銃、剣、変身用アイテム、乗り物のキーに至るまで、全てを提出せよ。

 これらを所持すること(まか)りならぬ】

 

 針日(センセー)から送られて来たLINEの指令に、そう書かれてあった。

 これはあーし達だけの事ではなく、この場に集まっている全ての者達(他のヒーロー達)も同じだった。

 今ウチらは、いつもとは違う“共同作戦”をおこなっていて、他所の人達と一緒に戦っている。超らぶたんな故郷日本を離れ、こんな見ず知らずの外国へとやって来ていたのだ。

 

(マジ)? それMJD(マジで)?」

 

「武装ねぇとマジ一般人w 今のオレら、ただの高校生じゃね?」

 

 今この広場には、次々に自分の武器を地面に置いていく、同じ正義のヒーロー達の姿。

 誰もが腑に落ちない表情をしながらも、指示された場所に手持ちの武装を置いていく。それはすぐに積み上がって、小高い山のようになった。

 

「もう停戦したので、所持する必要ない。……との事だよ」

 

「マジふざけんなし! これ無かったら、ヒーローじゃなくなるじゃんか!

 コレあーし専用の武器だよ!? あーしが貰ったヤツだよ!?

 ある日突然『ヒーローやれ』って言われてさぁ!」

 

「いま襲われたら、マジ一網打尽w

 インキャデスの戦闘員すら倒せんw くやしいのぅw くやしいのぅw」

 

 そう超MM(マジむかつく)と憤るも、タカは何にも悪くない。ただ上からの指示をウチらに伝えただけだ。ここで当たり散らした所で、指令が覆ることも無いし。

 なのであーしはギリギリ歯ぎしりをしながらも、持っていた装備を山の上にポイ。二人もそれに習う。

 

「これどーすんの? ウチらから取り上げて、一体どこ持ってく系?

 これ使えるのって、本人だけなのに……超さげぽよじゃん」

 

「ちゃんと返して貰えんだろなオイw もしパクられたら、オレマジでエンドるぞw」

 

「大丈夫だよ、いったん預けとくだけだって。

 ほら、飛行機乗ったりする時に、武器持ってたらヤバいだろ? そういうのだって」

 

「それなw りょ」(了解です)

 

 いや、ウチらって“正義の味方”じゃん――――

 なのに何で、持ってちゃ駄目なの? あーし信用されてないって事?

 そう思ったけど、口には出さなかった。なんかそれを言うのが、「こわたん」だったのかもしれない。

 

 

 

 そして、またその翌日の朝方。

 あーし達の野営地に、沢山のジープがやってくる音が響いた時、昨日言ってた事が甘かったのを、痛感させられる。

 

「おい、()()()()()()()()()()()? なんで列なして来てんのw」

 

「え、やばくね?」

 

 音に驚き、身支度も整えないままで、テントから出てくるヒーロー達。

 ウチらが目にしたのは、手に近未来的なデザインのライフルを抱えた、インキャデスの戦闘員たち。いつもあーしが剣とかパンチとかでやっつけている、一山いくらの兵士達だった。

 けど……今のウチらに抗う術なんて無い。武装はぜんぶ取り上げられてる。

 

「■■■ッ! ▲▲▲ッ!」

 

「◆◆◆ッ!!」

 

 アイツらが何か喚き散らしてる。こちらをニヤニヤした顔で見渡してるのが分かる。武器を手にしながら。

 こんなの、いつもなら何てこと無いのに……。あーし一人でも、よゆーで蹴散らせるのに。

 でも駄目。今のあーしはパリピイエローじゃなく、ただの()()()()()()でしかナッシング。どうする事も出来ない。

 

「ちょ……何すんのお前!? やめろし!」

 

 突然、ニヤニヤしながら寄って来た兵士に、腕を掴まれる。あーしは必死に振りほどこうと暴れる。でもワケわかんない言葉で「■■■ッ!」と言われ、眉間にライフルの銃口を突き付けられてしまい、マジむかつく(MM)けど抵抗を止めざるを得んくなった。

 あーし無力系女子。マジこれパンピーじゃん。*12

 

「■■■ッ♪ ▲▲▲~ッ♪」

 

 ブレスレットを取られた。()()()だった金のネックレスも、一目ぼれして即買いしたった指輪も。

 ヤツはさも機嫌良さそうに、あーしから盗った()()()を手に、歩き去って行く。まるでこれが当たり前みたいな顔して。

 その後ろ姿を、あーしは見ている事しか出来ない。こうして睨み付けるコトしか。

 

「動くなジュリ。……アイツら怒らせたら、何されるか分からん」

 

「いいじゃん、くれてやれしw

 また日本帰ったら、オレ買ってやるし! エモいの選んでやっしw」

 

MJD(マジで)?! 超おけまる!(OKです) あざまし!」

 

「「「ウェーイ♪」」」ハイタッチ

 

 怒りでどうにかなりそうだったけど、いつもの二人に笑顔を向けられ、正気に戻る。

 タカは彼女持ちだし、リョウは馬鹿なのに懲りずにアピールしてる鳥頭だけど、優しい。

 もうコイツらの顔見ただけで、超AS*13

 あのインキャ兵の汚らわしい手の感触も、今は思い出さずにいられる。

 

 けれど……何故コイツらがここに来たのか?

 なんでウチらに、銃を突き付けてんのか?

 なんでウチら、()()()()()従わされてんのか?

 もう何一つ、理解出来ずにいる。

 

 さっきタカが言った「何をされるか分からん」という言葉は、あーしが()()()()

 そしてあーし達、これからどうなるの? リュウが言ったみたく、ちゃんと日本に帰れるの?

 なんで針日(センセー)は武装解除させたの? ()()()()()()()()

 

 もう今のあーし、分からない事だらけ――――わけワカランティだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 その後、ウチら【第21連隊戦闘団】*14は、一見して民間機や軍用機とは違う“インキャ帝国製の軍艦”に無理やり乗せられた。

 

 列を組み、銃を持ったインキャ兵に指示されるがまま、時に銃底で殴られたりしながら。まるで賢い犬に追い回される豚や羊のように、ゾロゾロと船に乗り込んでいった。

 そして、波を物ともしないような大きな軍艦で、長い長い海路を運ばれて行った。

 

 おっきな船といっても、ウチらに割り当てられた部屋なんて、もうマジ狭い狭い。

 あーしの部屋とは比べ物にならない位にちっちゃな部屋には、モロ天井に届く「これ何段ベッドよ?」みたいな寝床がズラッと並んでて、そこにウチらはコンビニの商品みたく陳列、もとい押し込められてる状況。

 

 足の踏み場が無い、みたいな言葉はよくあるけど……、もう身体を(よじ)る事も、座ることも、トイレに立つ事すらも容易じゃない。

 ペットショップに並んでる動物達だって、これよかはよっぽど人道的な扱いを受けてる。あーしは今、穴すら空いてない箱にギュウギュウ詰めにされた、実験用マウスの心境。

 

 そんなアリエンティな場所に3日ほどリアル缶詰だったから、当然汗や排泄物の臭いが充満してクサい。しかもドアには鍵が掛けられてて、外に綺麗な空気を吸いに出ることも出来なかった。

 この超が付くらいの不衛生、そして毛布や防寒具すら満足にないこの環境で、もう何人もの連中が体調を崩したようだった。

 ウチら曲がりなりにもヒーローなのに、マジ情けなくない? いままで頑張って平和の為に戦ってたじゃん。もう鬼(みじ)め。

 

 リョウがおどけて言う「どこのパーティ連れてく系? ハロウィンまだ先だしw」という言葉が船倉に響く。

 マジ空気読めし、って感じだけど、今のウチらには、このバイブスが必要なんだ。

 

 なんてったって、あーし達は【パリピ戦隊陽キャナンジャー】

 そこいらにいる、強いだけのヒーロー達とは違う。正に世界を陽気に照らす、まじ最&高なヒーロー達なんだから。

 例えどんな状況であっても、とりまノープロって感じ。おけまる!

 

 

 

「なにコレ……!? 寒ッ!!!!」

 

 やがて、ようやく船が止まり、ウチらがまた豚とかみたく、ゾロゾロ外に出された時、あーしの口を突いたのは、その一言だった。

 顎はガクガク震え、刺すような冷気で身体中が痛い。どれだけギュッと自分の身体を抱きしめ、身体を丸めても寒さから逃げられない。

 自分が吐いている白い息によって、もう目の前すら見えない状況。

 

「オイ、これマ? オレらが居たのって南国だったし、今モロ半袖だぜw」

 

「なんだ此処は!? ()()()()()()! 今は9月だぞ!?」

 

 リョウの苦笑する声色、タカの緊迫した声が、船の甲板に響く。

 だって、今ウチらの眼前にあるのは“雪景色”。それも日本で見るような、風情のあるシンシンと降るようなヤツじゃなく、()()()()()

 身体を強く打ち付ける風、そこに雪の(つぶて)が交じってて、まだ外に出て1分と経たないのに、ウチらの体力がソクサリしてく。今まで経験した事のない寒気だ。

 

「痛っつ!? ……マジかよコレ!?」

 

 タカの悲鳴。そして驚愕の目。

 彼の手の平の皮膚が、()()()()()()()()のが見えた。

 赤い肉が露出し、血と何かの体液が、痛々しく滲んでるのが分かる。

 あーしは即座に駆け寄り、服なんざ知るかとばかりにシャツのお腹部分を裂き、手に巻きつけてやる。

 

「張り付きやがったッ……! 柵の手すりを掴んでたら、冷気で!

 皮膚を全部もってかれた!! お前らも気を付けろ!!」

 

「ジュリ! ぜったい金属とか触んなし!

 もし身に着けてたら捨てろし!」

 

「り……りょ!!」

 

 リョウと二人がかりで、手当てをしてやる。

 その間も、男達はあーしの事ばかり心配する。あーしの安全ばかり注意する。

 いつもこうだ。タカなんて自分が怪我してるのに、リョウなんていつものチャラい口調を捨ててまで。

 何かあった時や、仲間がピンチに陥った時、二人は自分のことなんかお構い無しに、あーしとハルの事ばっかになる。最優先で守ってくれようとする。

 いつも、何度コイツらの背中に守られてきた事か。マジ両手の指少なすぎ。これじゃ数えられんくね?

 

「おいコレ着ろし!

 お前Tシャツ破いちまいやがって、この先()()()()()()だろ!」

 

「ジュリ、僕の上着を。元はと言えば僕のせいなんだ。受け取ってくれ」

 

「ちょま! 二人とも脱ぐなし! 半裸やめろし!

 あーし全然おけまる!」

 

 なんかヘソ出しルックになったし、ぶっちゃけ泣きそうなくらい寒くて()()()()だけど、根性で上着を突き返す。三人で「ワーキャー!」とドタバタ。

 パリピグリーンであるリョウは、隊の戦力の要だし、パリピレッドであるタカは、ハルの大事なカレピッピ。あーしのせいで風邪引いたりなんかさせられんし。まじアリエンティだし。

 

 

「おい見ろよ、町だ。

 でもとても港町なんて、良いもんじゃない。

 どれも木造だし、寂れに寂れてる……」

 

「何だよアイツらw インキャデスばっかじゃねーかw

 人ひとり居ねぇって事は、ここって()()()()()()()

 やっべw インキャ帝国に 拉 致 ら れ た www」

 

 

 極寒。

 雪や寒さどころじゃなく、顔の皮膚や眉毛まで凍るような。

 きっといま涙を流せば、それは10秒としない内に凍り付き、ほっぺに氷の筋を作るだろう。

 

 見たことも無い国。

 見たことも無い光景。

 そして、こんなにも仲間達(ひと)が居るのに、孤立無援の状況。

 

 これまで経験した事のない絶望が、あーしの心に押し寄せる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリピをシベリア送りにしてみた

~ パリピ戦隊 陽キャナンジャー ~

 

 

 

 

 

 

(つづくし!)

 

 

 

*1
終わりました、の意味

*2
ありがとう御座います

*3
とても恐ろしいです

*4
予想外の事が起こり、動揺を隠せない様子

*5
マジで?

*6
嘘を付かないで下さい

*7
マジですか?

*8
良い感じにする事

*9
ガンダッシュ、本気走りするライオン、の意

*10
やる気まんまん

*11
めんどくさい事も

*12
一般ピープル、普通の人

*13
すごく安心

*14
ジュリたちが所属する部隊の名前。この世界には彼女たちの他にも、数えきれないほど多くのヒーロー達がおり、今回の大規模な作戦の為に集められた人員によって、いくつかの部隊が組まれている






 文章量が大きくなるので、今回も二部作です。
 もしかしたら……もっと増えるかもしれません。ご注意下さい。




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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 その2

 

 

 

 よく知らない言葉を、“なんとなく”で使っちゃう事って、あるよね?

 みんな言ってるし、よく聞く言葉だから、自分も使おって。

 

 それ言ってたら、とりあえず合わせられるし、とりま笑い取れるし。

 だからよく知らなくても、詳しい事は何にも分かんなくても、あーし達はその言葉を使っちゃう。

 

 マクってる時*1、サブってる時*2、LINEやネット掲示板や、家族や友人との会話の中で。

 何にも考えずにアハハと笑いながら、まるで当たり前みたく、よく知らない言葉を使うの。ジョークみたくして。

 

 例えば戦犯とか、飢餓とか、ジェノサイドとか、……シベリア送りとかを。

 

 知った時、ビビる――――

 今はべつに本なんて読まなくても、わざわざ調べようとかしなくても、ちょっと機会があればニュースサイトとか動画サイトとかで、簡単に情報が手に入るから。

 ふとした瞬間に、自分が今まで使ってた言葉の()()()()()()()()()()()()、ひとり恐れおののいちゃう事が、これまで何度かあった。

 

『戦犯は誰よ? 誰が一番悪いん?』

 

『もうマジ飢餓ってる。腹と背中が南アフリカだわ』

 

『超ジェノサイドw お前ポル・ポト派かよwww』

 

『シベリア送りされんぞw これマジありえんw』

 

 でもこれは、そんな風にマック食べながら言っていい言葉でも、ましてやジョークで使うような言葉でも、無かった。

 それを知らず、さも当たり前みたく使ってた自分に、怖くなった。

 当たり前みたく普通に使ってる()()()()()、怖いと思った。

 

 でもあーしは、いつも笑って誤魔化す。

 なんでもないみたいに、自分は何もやってないみたく。

 「悪くなんてない。こんなの大した事ない」って、軽く受け流すんだ。

 

 そして、もう3分もすれば、綺麗サッパリ忘れてしまう。

 さっき、たしかに胸に刺さったハズの罪悪感を、真実っていう重さを、まるでへっちゃらみたく無かった事にする。

 

 重みや、真面目、ホントのこと――――そんなのは全部()()()()()()()()()

 だってそんな物、ちっとも楽しくなんかないし、良い事なんて無いし、笑えもしない。

 わざわざ好き好んで、辛い物と向き合った所で、バイブス上がんないでしょ?

 

 

 あーし、“目を瞑る”のって得意。

 もしかしたらコレ、いちばん得意かもしんない。ピアノやダンスよりも。

 

 ずっと昔、それこそこーんなちっちゃい頃から、いつも親に言われるままに、お稽古や習いごとをしてきたからね。

 いつも嫌なことや、なんか重たそうな事は、なんにも考えないようにしてるの。

 全部ふふ~んって受け流しちゃえば良い。あの頃それが出来なかったから……あんなにも辛かったんだし。

 

 目を瞑ろう――――楽しいことだけを思おう。

 明るく、楽しく、綺麗な物だけを見よう。自分に気持ち良いことだけを想おう。

 

 愛とか、夢とか、希望とか。恋や自由や友達のことを想おう。

 あーしの周りには、こんなにも素敵な物が、たくさん溢れているんだから。

 好き好んで辛いものを見たり、重い物を受け止めたりする必要なんて、どこにも無いんだから。

 

 だから、目を瞑ろう? 見えなくしてしまおう?

 

 嫌なことは、そうやって無くしちゃえば良いの。

 ぜんぶ全部、考えないようにしちゃえば良いよ。

 

 生きるのって、しんどいよね? ムカついたり辛かったりするよね?

 なのに……何でリアルが辛いのに、わざわざしんどい事をするの? 心に良くない物を見るの?

 

 歩いて行く為には、“喜び”が必要だよ。

 がんばって生きてく為には……、優しさや綺麗なものが絶対いるんだよ。ぜったいに。

 

 パーティをしよう。ウェーイって騒ごう。みんなでKP*3しようよ。

 そうやってる内は、なんにも考えずに済むから。楽しさで心を満たせるから。

 

 何事も、ノリを大切にいこうよ。

 楽しんだモン勝ちって言葉もあるっしょ?

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――止まるなジュリ! 死ぬぞッ!!」

 

 強い声。

 タカの一喝が、白い意識の中で揺蕩(たゆた)うあーしを、呼び戻した。

 

「動け! 歩くんだジュリ! 止まったら駄目だッ!」

 

「……ぽよぃ?」

 

 冷気で凍り付いた瞼を、必死こいて開く。

 身体はもう、寒いとか痛いとかを通り越して、感覚を無くしてる。

 いま自分は立っているのか、歩いてるのか止まってるのか、それすらワカランティ。

 だけど、なんか声がした方向にぐぎぎ……って首を動かしてみたら、あーしの好きピ*4であるタカの顔が見えたので、マジAS*5する。

 

「ジュリ、肩つかまれし。

 オレ中学までアマレスやってたし。超ヨユーだしw」

 

「けど、背負うのは拙い……。常に身体を動かしてないと。

 僕らが分かるかジュリ? ちゃんと見えてるか?」

 

「うん……ワカッティング(承知していますよ)

 ガチ見えてるし。二人ともあざまし」

 

 イカンイカンと、犬みたく顔をフルフル。

 まさか立ったまま、歩きながら眠っちゃうなんて、あーし一生の不覚。マジ末代までの恥だし。

 

「メンディーけど(とても面倒くさいですが)、歩くっきゃないっしょ?

 あーし超おけまる。パリピの看板背負ってるし。まじオリハルコン」

 

「おぉ、やりおるマン(出来る人ですね)

 ジュリ羽ばたいてんなwww(とても良い感じです)」

 

 意味も無く「ぽよーい!」*6と叫び、ドシドシ歩いて行く。何もない雪の平原を。

 あの寂れた港町……というのもマジおこがま! って感じの町を出発(でっぱつ)してから、もう何日くらい経つんだろ?

 ウチらは今、インキャデス兵の指揮の下、こうして目の前1メートルすら定かじゃない吹雪の中を、延々と行進させられ中。

 

 あーしのきょコは*7は、マジ常夏なTシャツ&ボトムスときている。超きびつい。*8

 しかも、歩いても歩いても何も見えてこない、馬鹿みたいに広大な土地。氷点下の寒冷地だ。

 そんな場所を、どこまで続くのかワカランティ、どこに向かってるのかもシランティな状態で、もう数日もの間、延々と歩かされてるのだ。

 

 途中、ちょっとでも列を乱したり、立ち止まったりすれば、容赦なくインキャ兵のグーパンが飛んで来るし。奴らはスタバ行ったり、トイレ行ったりをせん生き物っぽい。マジありえんてぃ!

 なので、ウチらはまるで機械みたく、ただただ歩を進めていくしかナッシン。

 

 もう目を開けてらんないくらい吹雪いてるし、身体が麻痺して動かしづらい。ちょっと油断したら思考もぼやけて来る。体力なんて初日でソクサリ(即去った)だ。まじエンプティ極まる。

 歩かせるんなら、せめて防寒具くれし。トレンチコートよこせし。ってパリジェンヌかよ。

 とりま流石のあーしも、これには萎えぽよピーナッツだ。やばばばば。*9

 

「そーいえばさ、“真夏のイヴ”って曲なかった? マリコの」

 

「歌手の永井真理子か?

 いやマリコ呼びは無しだろう……。妙齢の女性だぞ?」

 

「いーじゃんマリコwww

 オレ年上とか、超リスペクトしてっし。ありよりのありw

 マリコまじ尊い(素敵じゃないですか)」

 

 確かちょい昔の映画主題歌に、そんなタイトルの曲があった。

 この雪景色、つか前さえ見えん吹雪の中に居るんだけど……、ふとあの曲のタイトルが頭に浮かんだの。

 つか何でもいいから話でもしてないと、リアルガチで死んじゃうので、今バリバリに凍ってる顔の皮膚を無理やり動かし、ガクガク震えるアゴをガン無視しながら、なんとか喋ってく。

 いつかふと耳にした、あの優しい曲のことを。

 

 冬を待てないよ、二人でクリスマスをしよう――――もうサヨナラはいらない。

 

 あーし超うろってるけど*10、確かそんな内容だった気がする。

 とても切ないけど、素敵な曲……。胸がキュってするような(エモい)

 

「今こよみ的には、9月の頭っしょ?

 これウチらにピッタリじゃん、って」

 

「氷の大地で、季節外れのクリパ……か。

 そいつはバイブス上がるなぁ」

 

「たかし(確かに)。しかもここ外国だぜ? あげみざわ(とても気分が高揚します)

 パリピのクリパ見せてやろうぜ!w まじインターネットwww」

 

「それインターナショナルじゃね? 違くね?」

 

 

 

 その後、一定の間隔でやってるっぽい“点呼”の時間があり、ウチらは全員インキャ兵にグーパンされた。どうやらウチらの人数が減ってたらしく、逃亡兵が出たことでの連帯責任だった。

 もう口ん中、超切れてるし。あーし乙女なのに、ボッコォ顔面なぐられーしょん。酷くない?

 

 まぁぶっちゃけ……寒さにやられて行き倒れた人もいたし、あーしさっき歩いてる道中で、なんかフラフラと列から離れていくヤツがいるの、気付いてたけどね。

 ちょい止まれし! そっちの道違くね!? みたく声を出す気力なかったから、もう背中見てるしか無かったんだけど……。

 

 まぁ別に、やりたいようにすれば良いし? こんな場所で誰かの言うこと聞くなんて、まっぴらゴメンだろうし。ちゃんと逃げ出せたんなら、それはそれでって思う。

 アンタのお蔭で、あーしグーパンされちゃったけど、それくらい許したげても良いよ?

 パリピイエロー、マジ仏心(ほとけごころ)

 

 まぁ今は身体がアレだけど……ウチらもどっかのタイミングで、上手くやるつもりだし。

 アンタの方も元気でねって感じ。おさらばです同胞! おつかれーしょん☆

 

「馬鹿なヤツだ……、日本に帰れるワケでも無いのに」

 

 けれど……ボソリと。

 列にいたほかピ*11の、吐き捨てるような声。

 

 

「逃げた所で……、こんなただっ広い寒冷地で、一体どうするってんだ?

 雪に飲み込まれて死ぬだけ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「■■■ッ! ▲▲▲ッ!!」

 

 それから(多分)一日くらい経った時、隊列を牽引してたインキャ兵が、停止の指示を出した。

 ウチらはこれまで、行く先々で農場だの畑だのを見つけては、そこから全員で食べ物を拝借しては、吹雪の中えっちらおっちら歩いて来たんだけど……、長かったこの雪の行進も、ようやくエンドった(終わりました)

 

 ちな*12、食べ物といっても小汚いジャガイモとかを、勝手に畑から掘り返して、一個くらい食べただけ。

 煮たり焼いたりもせず、まだ洗ってもいないソレを、土ごとゴリゴリ齧って食べた。

 

 あーし発見したんだけど、寒いとか眠いとかの気持ちがおっきすぎると、もうグーペコとかの他の欲求って、()()()()()()()()()()()()()

 この行進の間、「なんか食べてぃ~。ミスドのフレンチクルーラーほちぃ~」なんて感情、あーし一回も浮かんで来なかったもん。思考の中はただただ「眠たし。落ちそう」って言葉で埋めつくされてた。

 まぁ流石に何か食べないと、この先もたないし、つらたんな身体に鞭うって、無理やり食べてたんだけどさ。

 

 ……でもここマジ氷点下だし、ジャガイモってほぼほぼ水分じゃん? もうデンプンという名の氷を食べてる感じだった。アレまじダイヤモンドだよ?

 よくポンポン壊さなかったなーって、あーし自分の身体を褒めたもん。そしてこのバイブスに感謝。

 

 まぁ同じもの食ってたハズのインキャ兵たちは、なんか全然へーきそうにガリガリいってたけど……アイツら一体どーなってんの?

 なんか根本から身体の作り違うっぽい。冬仕様にチューンされとるのやもしれん。どーゆうピープルなのアンタら。

 

「なんだアレは……洞窟か?」

 

「そのワリには、なんか人の手が入ってるくせぇな。

 いったい何に使うんだかw」

 

 ウチらが辿り着いたのは、木で出来た塀に囲まれた、超小規模な村みたいな場所。

 中にはいくつかの粗末なロッジ*13があって、そのすぐ近くには、大きな洞窟のような物がある。

 入口には、なんか工事現場で見るような“掘るヤツ”が無造作に転がってて、たぶんトロッコの為なんだろうけど、レール的なのが敷いてあるのが見えた。

 

 あーね~*14。とりまインキャデス共は、ウチらに土木作業させる気まんまんみたい……。

 これには超レシーブ*15と言わざるを得ません。ウチら正義のヒーローなんですケド?

 ないわー。ライダースジャケット着といてママチャリ乗ってる人くらい、ないわー。

 

「静粛にィ! 傾注ッ!!」

 

 やがて、広場っぽいトコに並んでるウチらの前に、なんか偉いさん的な雰囲気を漂わせるオジサンが歩いて来た。

 とてもおっきな、威圧感のある声で、ウチらと一緒の言葉を喋る。このひと()()()

 

「ここが、本日より諸君らが入る事となる、収容所であるッ!

 許可なく塀の外に出た者は、容赦なく射殺となる! 肝に銘じておけッ!!」

 

 収容所? 冗談でしょ? こんな枯れ木がそこら中に伸び散らかした、ポツポツと小屋が建ってるだけの村が? ココ、そんな大そうな名前で呼ぶような場所じゃないっしょ?

 

 それに、()()()()()()

 ウチら罪人じゃないよ。平和の為に戦ってたヒーローだよ? がんばってたじゃん。

 何にも悪い事してないのに、なんで収容されんの?

 この一瞬で、いくつもいくつも頭に「?」が浮かぶ。

 

「コイツ……捕虜か?

 僕らより先に捕まり、ここで働かされてるのか……?」

 

「だったら良いが、なんかアイツ、恰幅よさげじゃね?

 こんな場所で、ガチョウみたく丸々と太りやがって……。

 まっ! ()()()()()()()()()、とかじゃなきゃ良いなwww」

 

 この人だけじゃない、今ウチらの周りには、肌ツヤがよくて綺麗な軍服を着た人達が、取り囲むようにしてこちらを監視してる。その手に怖そうなライフル銃を持って。

 しかも、全員が()()()()()。今こっちに銃を向けて、力づくで抑えつけようとしてるのは、ウチらと同じ人達。憎むべき悪のインキャデスなんかじゃない。

 

 頭がクラクラする。出来るんなら「ありえんてぃ!」とか言って、後ろにひっくり返りたい。そのまま気絶しちゃいたかった。

 いま目にしている光景を、受け入れたくない――――

 

「ジュリ、物は考えようだ。相手が人間であるなら……つけ入る隙が出来る」

 

「それなw 今まで言葉も喋れねぇような奴らに、ずっと従わされてたろ?

 なら通訳が来たと思えば良くね? マジありがたくてハゲるwww(感激です)」

 

「う、うん……ワカッティング。

 あーしノープロだよ?」

 

 小さな声で、すきピ(大事な人達)と囁き合う。

 まだあーしの呼吸は収まらないし、頭ん中ぐぁんぐぁん揺れてるケド……、タカやリョウの声を聞いて、ようやく落ち着いてくる。

 

 極寒。氷の大地――――

 すべての命を凍らせ、あらゆる熱を雪と氷で奪い去っていく残酷なトコロ。そして、どこか物悲しい世界。

 そんな場所で、あーしのズッ友たちの言葉は、何よりもあったかく響く。

 

 なんでみんな、こんなにも優しいんだろ? なんでこんな明るく、強くいられるんだろう?

 おんなじパリピ、同じ陽キャナンジャーなのに、あーしは二人に感謝してばかりだ。

 

 この二人が支えてくれてるから、いつも傍にいてくれるから、あーしはおけまる。

 いつだって、羽ばたいていける*16、って思う。マジ最&高。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「さぶいーーっ! ちぬぅーーっ!! もうダメぇーーっ!!」

 

 でも即折れしたあーしの叫びが、収容所の広場に木霊した。

 

「ちゃぶい! ちゃっぷいちゃっぷい!

 ありえんてぃ……、超MMC……(マジむかつくし殺します)、さげぽよ……」

 

 今あーしは、見たこともないようなおっきいノコギリを駆使して、木をゴリゴリやっている所。

 超合金かよ!? おめぇ樹齢何年よ!? みたいな木々を、申し訳ないけど切り倒してる最中だ。つらたん。

 

「こんないっぱい歩いて来たのに、休憩もナッシン?!

 どーなってんの此処の人! あの日の貴方に戻って! ……知らんけども!」

 

 あの恰幅のよいオジサンに「これより班分担して、整備作業開始ッ!」と言われた時は、自分の耳を疑ったほどだ。ショッキングピーポーマックス!

 あーしバイトとかした事ないけど、ぜったいコレ労働基準法とかガン無視してる。人間の尊厳にツバ吐いてる。MJD(マジで)!?!?

 

「うおぉぉ~~っ! パリパリパリパリッ……!!」*17

 

 けれど、ブリキみたくなった身体を、懸命に動かす。渾身の力を込める。……そうしなきゃ寒くて死んじゃうし。

 敷地内にわんさか生え散らかしてる枯れ木を、お化けノコギリでどんどん伐採してく。

 これがいわゆる“整備”ってヤツなんだろうけど……そんなのウチらが来る前にやっとけし! もてなせし! と思わない事もない。

 さっき通りすがりのほかピ(お仲間)が言ってた所によると、この粗末な建物や、オンボロの柵とかも、ぜんぶ捕虜に作らせたらしいし。

 もっと頑張りなよ! 諦めんなよ! って感じだった。

 

「うぃーーしょい! うぃーーしょい!

 こんのぉ~う! 陽キャなめんなし! パリピなめんなし! 全然おけだし!」

 

「おー、ぱねぇなジュリw マジ神ってんなwww」

 

「あぁ、大したもんだ。僕らのイエローは」

 

 ノコで切り倒しては、地面をボコッと掘り返して、切り株を抜く。その繰り返し。

 どれほど動こうが、氷点下過ぎてちっとも身体あったまらない……、けどやるしかなくね?

 

「ちょ……! なにサボッティング?!?!(怠けてはいけません)

 アンタら働けし! 動けし!

 ほらこれ切っといたよっ! ジャンジャン持ってけし! 秒で!(すぐお願いします)」

 

「かしこーw(かしこまりました) さぁて、いっちょやったるマン!

 オレ超フッ軽だし(フットワーク軽いですし)、速攻エンドるぞ?www」

 

「YMだな(やる気まんまんですね)、その調子だジュリ。

 僕らも見習うとするよ」

 

 のほほんとこちらを眺めてた二人を、ガーッと一喝。

 もう寒いし辛いし、あーしは()()なのである。

 今タカとかは、手の平を怪我しちゃってるし、ホントは作業なんてして欲しくないんだけど……、ダラダラしてたらグーパン飛んで来るからね。今はしゃーないの。

 

 あーしがゴリゴリ切りまくった木を、二人が肩に担いで持って行く。

 それは向こうの方で、ウチらの住居となる建物の為に使われる。ようは今、家作りをおこなってるのだ。

 

 元々ここにあった建物なんて、もう粗末すぎて住めた物じゃない。数もぜんぜん足らないしね。

 だからこれ終わんないと、ウチら今日、マジで寝るトコ無いらしいし……。きびつい*18からってサボッティングしたら、エライ事になっちゃうよ。ガチ絶死。

 

「あー、これもしかして、テントの布?

 これ屋根に使うんだぁ~」

 

「そうだ。丸太はともかく、板を準備するのまでは無理だからな。

 今は骨組みだけ作っといて、これを布として被せるんだ」

 

 ウチらの班10人がかり。家はみるみる内に出来上がっていく。

 床とか剥き出しの土だし、そんな広い建物でも無いけど……、でもこうして皆で何かを作り上げるのは、いつだって楽しいし、充実感がある。(身体ボッコボコだけどね)

 

 

「場所なんて関係ない。どこだって良いんだ。

 ――――僕らはパリピ戦隊、陽キャナンジャー。

 今いる場所を、最&高にしてけば良い。ここが僕らのパーティ会場なのさ」

 

「わかりみw リーダーだいしてる♪(大好きですし、愛してます)

 オレが女だったら、絶対ほっとかねぇわコイツw きゅんですwww(ときめきます)」

 

「パない!

 つかハルのカレピッピでしょ!? 盗んなし!」

 

 

 

 

 白一色の吹雪の中、三人で笑い合う。

 どんな場所も、天国にしちゃえば良い――――それがウチらパリピの本領。

 

 気合を入れて、バイブス上げて、いつだって楽しく。

 たとえそれが、どんな状況であっても。

 

 まぁ、とりま三人で「ウェーイ☆」とかやってたら、歩哨の人きてボカスカに殴られたよ。

 これも良い思い出になるといいな。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 次の日から、ウチらの仕事は主に“坑道堀り”になった。

 あの来る時にチラ見したおっきな洞穴は、案の定あーしの仕事場になった。

 

 ――――あかん、身体動かん。おきれんてぃ。

 連日の行進で痛めつけられた身体は、一晩眠ったくらいじゃ回復しない。それどころか、中途半端に休ませたせいで、前よりさらにポンコツになった。

 これまでは麻痺してた痛みや疲れが、ぜんぶ表面化したんだと思う。

 ガクッと、お米の袋を何個も背負ってるみたく、明らかに身体が重たいの。

 

 有り体にいって、ウチらが頑張って作ったお家は、あまり良い物とは言えなかった。

 貧乏な家とかである隙間風どころか、もう四方八方から雪が入り込んできて、布で塞いでる上からも落ちて来る。とうぜん部屋の中は鬼寒い。床だって地面むき出しだ。

 とてもじゃないけど、支給されたうっすい毛布一枚じゃ、大事な自分の体温を守ることなんて、出来はしなかった。

 

 ご飯として出されたのは、雑穀が混ざってる感じの、固い黒パンひと切れ。そして具なんかロクに見当たらない、お湯よりちょっとマシ系のスープを、コーピーカップ一杯分ほど。

 美味しくもないし、こんなんで力でるワケない。このなんにも無い氷の世界では、ビタミンやタンパク質すらも遭難しちゃったみたい。

 

 そんなこんなで、みんなフラッフラな身体のまま、坑道に赴いた。

 例によって、あの軍服着たオジサン達にコツキまわされながら、無理やりキッチリ列で歩かされた。

 

 これまで正義のため、地球のみんなの為にって戦ってたウチらは、今もうオジサン達の気分次第でボコボコ殴られるような存在。

 成す術もなく、ただ無気力にそれを受け入れるだけの存在。

 それを思うと、胸がキュッとなった。

 まだかろうじてあーしの中に残ってる“熱”が、こんな自分達の姿を「哀れだ」と感じさせた。

 

 

 

「なにココ……。

 ねぇ、本当にこんなトコ入るの……?」

 

 列の先頭の人が持つ、たった一個のランタン。

 そのちっちゃくて頼りない光を頼りに、坑道を歩いた。

 

 人の手で作った洞窟は、ちんまいあーしの身体ですら窮屈。何回も岩肌にぶつけ、肩や顔に傷を作りながら進まなきゃいけなかった。

 暗かった。そしてとんでもなく深かった。どこまで続いてるのかを考えたら、不安な気持ちで一杯になっちゃうくらい。不気味だった。

 

 まるでアリの巣みたく、それは切羽(きりば)に枝分かれしてた。

 決して列を乱さないよう、遅れちゃわないように必死で歩いた。

 こんなワケわからん異国に連れて来られ、しかもここは“こわたん”な坑道のドン詰まり。うしろには銃もった軍服オジサンが、怖い目でウチらを監視してる。

 もうここから外に出ることは、簡単じゃない。

 逃げ出すとか、日本に帰るとか、そんなのここでは()()()()()()って、ようやくあーしは思い知ったの。

 

 ……どうやるのソレ? いったい何したら良いの? 誰かおしえてよ。

 こんな動かすだけでギシギシいうほど疲弊した、ロクに防寒具すら着てないような身体で、いったい何が出来るの?

 ここ寒冷地だよ? マイナス何十度の世界だよ? 木も草も土も風も、ぜんぶ凍ってるんだよ?

 たとえ100キロ歩いたって、まわりには何もない所なんだよ?

 

 スマホも貴重品も、ぜんぶ取り上げられた。お金も通信手段も、体力だって無い。

 きっとこの環境じゃ、それずっと回復しないよ! ()()()()()()()()()()()()

 だってごはんも、服も、清潔さも、満足な休息すら無いじゃんか!!

 

 ――――どうやってここから出るの? どうやって逃げたら?

 もうウチら、()()()()()()()()()()()()()()()()()?!?!

 

 

 

 突然あーしの心に“恐怖”が襲い掛かった。

 倒れたい、地面に膝を付きたくなる衝動が、身体中を突き抜けた。

 それを必死に振り払うように、ツルハシを握る。

 この現実と重ね合わせ、それを壊しちゃうつもりで、岩肌に振り下ろす。

 

「■■■ッ!! ▲▲▲▲ッ……!!」

 

 激が飛ぶ。すぐ横の方で、仲間がインキャデス(化け物)に殴られてる音がする。

 それすらも必死で振り払う。無心でツルハシを振るう。ロクに残ってない体力で力一杯。

 見たくないもん――――考えたくないもん。こんなの。

 だから動く。身体を動かす。頭を真っ白にして。

 マメが潰れ、手から血が滲んでる。どんどんあーしのツルハシが、赤く染まってく。

 

 熱い……あついよ……頭がポーっとするよ……。

 

 外はあんなにも寒かったのに、ここはまるでサウナみたい。

 地熱なのか、人間の熱なのか、はたまたあーしが風邪ひいたのかは分かんないけど、ここは酷く熱い。喉がカラカラに渇く。

 平衡感覚を失い、自分が立ってるのかも、何してるのかすらも、分からなくなる。

 

 夢の中みたい。ここは洞窟の中なのに、目の前がぜんぶ真っ白になってる――――

 あーしがもう、あーしじゃ無いみたく、なってるの。

 

 

「おいトコッロだ! 乗せろ乗せろ!」

 

「ほら押せぇーッ! 押せ押せ押せぇーーッ!!」

 

 時折、この場にガラガラとトロッコがやって来る。その度にみんなツルハシを置いて、掘った石をそれに詰め込んでいく。数人がかりで出口まで押し戻す。

 それが、いい緩急になった。

 延々と、まるでずっと続くかのような時間の中、そのガラガラという煩い音が、あーしをこの場に繋ぎとめた。

 それがあるからこそ、定期的に現実に引き戻され、あーしの意識はどこかに飛んで行かずに済む。この世界に踏み止まる事が出来る。

 

 

 

 やがて時が経ち、もうそんな物がある事すらも忘れてた“作業終了時刻”が来た時には、あーしはズタボロになってた。

 服も、髪も、手も顔も、身体中が真っ黒になってて、外で水洗いでもしなきゃ、家の中にも入れない状態。

 

 たった半日の間だったのに、改めてそれを思い出す、生きている事すらを許さない冷気。美しさとは裏腹な、雪の残酷な感触。

 その中で、みんな死んだ目のまんま、崩れ落ちそうになる身体を必死に支えつつ、真水で服と身体を洗った。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「うぅ~。またご飯こんだけスかぁ……。さげぽよ……」

 

 炭鉱掘りは、次の日も、また次の日も続いた。

 

「黒パンとスープばっかじゃんか……。

 ちゃんとしたモノ食べて無いじゃんか……。

 どんだけ貧乏なのインキャ帝国……」

 

 そう愚痴りながら、テーブルに着く。

 ここは一応、曲がりなりにも“食堂”の体裁だけは整った、この所内でいちばん大きな建物である。

 外や自分達の小屋とは違い、ちょっとしたストーブも置いてある場所なので、多少は元気も出てくるんだけど……、出されたご飯は今日もこの有様。しょんぼり沈殿丸なのだ。

 まぁぶっちゃけ、ご飯くれないのって「おめぇに食わせる飯はねぇ!」みたいな事なんだろうけど……。考えたら悲しくなってくるので止める。いま貴重なリラックスタイム。

 

「ジュリ、体調はどうだ? どっかおかしくしてないか?」

 

「ん、ノープロ。タカこそ怪我だいじょび?

 また医務室から包帯ゲトってこよっか?(入手して来て差し上げましょうか?)」

 

 タカはこの地にやって来た時、手の平を大怪我しちゃったので、とても心配。

 一応はここでも作業を分担してて、タカは比較的だけど、怪我の影響が出ないような仕事に回されてるそうなんだけど……。まぁインキャ帝国のやる事だからなぁ。あんま信用はNG。ちゃんと気を配ってないと。

 

 彼は柔らかい笑みで「問題ないさ」と返す。

 そりゃハルもきゅんするわって感じの、まさにイケメンスマイル。

 そんな風に、誰彼かまわずそんな事してるから、いつもOBT*19してるから、ハルがやきもきオロオロしてるワケなんだけど、まぁ今は言うまい。ご飯マズいけどうまい(ライム)

 

「あーいてて!w オレもうマジ粉砕骨折! やばばばば!www

 誰がぬくもり的なヤツをオレに」

 

()()()()()()

 マッチョは外で乾布摩擦しとけし。パチこくなし(嘘はいけませんよ)」

 

「この扱いwww 辛辣www」

 

 ちなみにリョウは、ちょい前にやった身体検査みたいなので“甲”の評価が付き、めっちゃ重労働させられてるハズなんだけど……、いつもこんな感じでいる。元気爆発ガンバルガー。

 同じ人間なのにズルくない? って思うから、コイツにはちょい強めに言うことにしてる。なんかそれすると、みょ~に嬉しそうな顔でニコーッとしよるから、別に改める必要ないと思うし。

 ……Mさんなの君?

 

「いま考えてる。

 どうにか出来ないかって、二人で探ってる所だから……もうちょい辛抱してくれ」

 

「ジュリ、なんかあったら言えし。

 何かしようとする前に、まずはオレらに相談すんだぞ?

 ワカッティングよな、BFF?(ベスト・フレンド・フォーエバー)」

 

「うん……もし何かあったら、秒で言うね?

 あざまし」

 

 

 

 

 翌朝も、その翌朝も、あーしは坑道で働いた。

 真っ暗の中、不安や恐怖を振り切るようにして、ツルハシを握ってた。

 

「ごほっ……! ごほっ! ごほっ!!」

 

 ふと、隣から聞こえた声に、意識を戻す。

 あーしはガチガチに固まってる手を解き、いったん得物を置いてから、声のした方に駆け寄った。

 

「ちょい! だいじょびカナちゃん? ノープロ?」

 

「あ……ジュリちゃん。

 ごめんね、だいじょうぶだよ♪」

 

 蹲ってる背中をさすり、声をかけてやる。

 この子はカナちゃんといって、あーしとは他の戦隊ヒロインやってる、ガーリーな女の子。

 きっとロリータドレスとか似合う、小動物系のカワイイ子である。

 

「立てる? ツルハシ持てる? おっぱい触っていい?」

 

「おっぱいは今ヤだけど……立てるよ?

 心配しないで、ジュリちゃん♪」

 

 おっきいんだよねぇ……。そんなロリータ・フェイスしてるのにさ。

 きっとフィギュアとか作られてると思う。服とかパンツとか脱着できるタイプのヤツ、量産されてると思う。……抱きしめてぇなぁMJD(マジで)

 

 ちな、この子もあーしとおんなじ日に、この収容所に来た。

 雪の行進の時も一緒だったし、ウチらの家でも隣で寝てたりする。おんなじ女の子だしね。

 まぁあの行進の時は、話とかする余裕なかったけど、顔はしっかり憶えてたの。

 メッチャもきゅい子いるし!*20 パない! って。

 

「う゛ぐッ! ごほっ……! ごほっ……!!」

 

「ダメじゃんか! ちょい休めしカナちゃんっ!

 ほら、あーしの影に隠れて? アイツらに見えないように、座れし」 

 

 秒で肩を支え、腰を下ろさせてやる。

 でもカナちゃん、必死に首を「いやいやっ!」って振ってる。こんなにも力の入ってない身体で。

 

「だ……ダメだよ。わたしだけじゃない、みんな頑張ってるのに……。

 じぶんだけ、休んだりなんか……」

 

 どれだけ諫めても、立とうとするのを止めない。ツルハシを手放そうとしない。

 なんで意地を張るの? なんで頑張ろうとかするの? あーしには理解出来ずにいる。

 

 これ戦いじゃないよ。世界とかみんなを守るヤツじゃない。()()()()()()()()()

 言ってたもん、あーし聞いたもん。ここは“流刑地”だって。

 罪を犯した人や、政治犯とかが送られる場所なの。だからウチらの他にも、同じインキャデスの労働者が交じってるんだよ――――

 

 こんなトコで頑張ったって、意地はったって、良い事なんてない。

 違うよカナちゃん……。ここウチらの戦場じゃないよ……。

 

 命を懸けるべき場所じゃない。信念や想いを貫く場所じゃない。

 ウチらはもう()()()()()()()()()()()()()――――こんなトコでこんな事させられてるんだよ。

 

 

「……ありがと、ジュリちゃんはやさしいね♪

 最初みた時は、怖い人なのかと思った……。

 愛とかじゃなく、強さや力ばっかりの人かなって。

 でもね、すぐ違うって分かった――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 翌朝、カナちゃん死んでた。

 ロクに仕事をしないお日様が昇っても、布団から起き上がることが、出来なかった。

 

「…………」

 

 彼女の顔を、見てた。

 やつれて、まっくろで、目元に涙の跡が残ってるカナちゃんの顔を、暫く眺めてた。

 

 昨日、作業が終わった後……、カナちゃんはご飯を食べられなかった。

 もう何日も、食べてなかったんだと思う。きっと身体が受け付けなかったんだろう。

 それを見た周りの連中が、食わないなら寄こせとか言って、デリカシーもなく何人か群がってた。あーし追っ払ってやったけど、カナちゃんはずっと力なく下を向くばかりで、結局パンに手を付けることは無かった。

 

 どんなに粗末で、少ない食事だったとしても、ここでは食べないといけない。

 そうじゃないと、もたない。

 生きることが、出来なくなる。

 

 

 ――――ならん! 一人休めば、他に分担が増えるッ!

 これは、あーしが軍服さんに、カナちゃんの体調不良を伝えに行った時、言われた言葉。

 昨日、ようやくインキャ帝国側から、防寒具の支給があっただろう。それで何とかしろって、意味ワカランティなこと言われた。

 なんで服着てたら、身体悪くても働けると思うのか。

 なんでその高そうな椅子から腰を上げて、一目でもカナちゃんの様子を確認しに行かないのか。

 どれだけ考えても、あーしには分からない。今まで何にも考えてこなかったからかな?

 

 こいつマジ話にならん、明日になったらインキャ兵とっ捕まえて、ボディランゲージでも何でもする。カナちゃんの容態を診てもらう。

 ぜったいそうするって、心に決めてたのに……。カナちゃんの身体は、それまで持たなかった。

 

 カナちゃんに、“明日”なんてものは、無かった――――

 

 

 

『衛生兵に聞き、コイツを別の部屋へと運ぶべし。

 その前には、衣服や下着などを、すべて脱衣させておけ』

 

 カナちゃん死んだよ? そう丁寧語つかって報告したら、すぐにあの軍服さんは、あーしに指示を出した。なんの感情もないような顔で。

 脱衣とは、服を脱がせる事ですよね? 私にカナちゃんの服を、剥ぎ取れという事ですか? ってコイツに聞き返した。

 

『貴重な衣服を着させといて、何とする?

 ()()()()()使()()()()、他の者にまわすのが、有効利用というものだ』

 

 

 

 その後、医務室に行って、衛生兵さんと話した。

 場所を訊き、さっきあーしの手で裸にしたカナちゃんを、担架で“霊安室”に運んだ。

 

 ここは、そんな御大層な名前とはかけ離れた、ただのオンボロ小屋だ。

 壁は穴ボコだらけで、所々に雪が積もってるような場所。こんなトコじゃ何にも使えないから、適当に霊安室にしたんだろうと思う。

 

 もうすでに、何人かの遺体が並んでた。素っ裸にされた、死んだ人達の身体が。

 そのどれもが、ガリガリに痩せこけ、ハッキリ形が分かるくらい肋骨も浮いてて、触ったら折れちゃいそうに見えた。

 各自、その枕元には、見たこと無いくらいに汚くて小さなオニギリが、ポツンとひとつだけ添えられてあった。

 

 カナちゃんをこんなトコに置いといて、何とする?

 そう思ったけど、これはあちら側の都合なのだそうだ。

 今日一日ここに置いといて、明日まとめて埋葬させる予定だ、みたく衛生兵は言ってた。

 もちろん、ソレやるのは、ウチらの仕事だった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 ゴロンて、音が鳴った。

 おっきな石とか、固くて重い物を転がした時みたいな。

 あの場所で、ずっと冷気に晒され続けて、ガチガチに凍ったカナちゃんの遺体を、穴に放り込んだ音。

 それがこの場の空気を揺らし、小さく響いた。

 

 凍ってたのは、カナちゃんの遺体だけじゃない。ここの地面もだ。

 さっきウチらは、ロクにツルハシも通らないほど固い土を、焚火の炎でゆっくり融かしながら、必死で穴を掘った。

 でも、深くは掘れなかった。カナちゃんの身体がギリギリ隠れるくらいの穴しか、掘ってやれなかった。

 

 それほど氷の大地は、固くて冷たくて……。

 まるで、ここではお前らの力など通用しないと、そう言われているような気がした。

 

 遺体を箱から出して、穴へ落とした。

 こんな土地では箱さえ貴重だから、一緒に埋めるなどと、もったいない事は出来ん、と言われた。

 

 

 ――――かわいそうに。裸にされて、そのまま埋められるだなんて。

 ――――――こんな日本から遠く離れた土地で……。なんて不憫な。

 ――――――――無念だったでしょうに。寒かったでしょうに。ごめんなさいカナさん。

 

 

 周りから、仲間達の声がする。

 悔しそうに、泣きそうな声で、カナちゃんに語り掛けてるのが聞こえる。

 

 あーしは、立ちすくんだまま。

 穴に落とされ、虚ろな目でお空を見ているカナちゃんの顔を、ずっと見てた。

 

 思うことはあるし、それは頭の中でグルグル渦巻いてる。たくさん沢山。

 けれど、それを口に出すことが出来ない。

 こんな目に合ったカナちゃんに、()()()()()()()()()()()()()、いったい何を言えば良いのかが、分からずにいた。

 

 

 あーしは、考えるのが苦手。

 今まで何一つ、ちゃんと受け止めては来なかったから。

 

 だから今、言葉が浮かばないのか。

 こんな時、いったい何を思えば良いのかが、分からずにいるのか。

 

 ――――受け止めないから、見ないから、いつも「ふふん」って言って受け流すから。

 だからあーしは、カナちゃんが死んでも、()()()()()()()()()()()

 

 

『安い同情は嫌だ。そんなの吐き気がする』

 自分だけ安全な場所から見下ろし、ただ自己満のために言う憐憫の言葉……。

 そんなのカナちゃんに言えない、友達にそんな事できないって、そう思ったのよ。

 

 けど――――その()()()()()()のおかげで、あーしカナちゃんに、お別れ言って無いじゃんか。

 カッコつけて黙ってただけじゃんか。この()()から逃げただけじゃんか。

 

 

 軍服さんに「早く現場に戻れ」とか言われて、適当に土かぶせてから、お墓を立ち去った。

 あんなにいい子だったのに、仲良くしてくれたのに、この中であーし一人だけ、何もしなかった。

 

 ……ねぇ? 「怖くない、優しい」って、そう言ってくれたじゃんか?

 なのに何であーし、カナちゃんに何も言ってあげなかったの――――

 

 なんなのソレ? どういう事なのソレ?!?!

 

 

 

 ……ねぇ、あーし無理だよ。

 出来ないよ“目を瞑る”とか。

 

 だってさ? こんなのどうやって、()()()()()()()()()()???????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 ………………

 ………………………………

 ………………………………………………………………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あの子……最後の食事もろくに摂れんと、逝ってしもうたんやなぁ……」

 

 そんな小さな声が、向かい側の席から聞こえた。

 

「でもやぁ……、明日は我が身やで?

 わたし等かて、もう何時ああなるんか、わからへんやんか。

 ……ほれ見てみ? もうガリガリやもん……。一体なんやねんなコレ。

 こーんなほっそい身体で、ここで生きてけるかぁ?」

 

 

 

 

 その声を余所に、黒パンを齧る。

 何を思うでもなく。黙々と口を動かす。

 こんな時でも、どんな事あっても……、人間お腹が空いたら、ごはん食べれるんだ。

 

 

 それが出来なくなった子から、死んでいくよ?

 

 此処では暖かさも、想いも、人の命も。

 ぜんぶ氷点下に向かって、消えていく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづくし!)

 

 

 

*1
マクドナルドに居る時

*2
サブウェイに居る時

*3
乾杯の略

*4
好きなピープル、親しい人の事

*5
安心

*6
えーい! と一緒の言葉

*7
今日のコーディネート

*8
厳しい&つらい

*9
やばいの進化系。その度合いによって、“ば”の数が増える

*10
うろ覚えなのですが

*11
ほかのピープル。他人

*12
ちなみにですが

*13
丸太で建てられた小さな家

*14
あーなるほどね~、の略

*15
ウケる、とても面白い

*16
良い感じに出来る、輝いてる、という意味

*17
パリピが力を溜める時の声である。

*18
厳しい&きつい

*19
思わせぶりな態度

*20
動物的な可愛さを表す言葉



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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 その3

 

 

 

「――――退避ィィーッ!! 退避ィィィーーッッ!!!!」

 

 誰かの叫び。とても切羽つまった大きな声が、静寂を壊す。

 あーしは無心という名の微睡(まどろ)みから覚醒。ハッと意識を戻して、慌ててその場から駆け出した。

 手に持ってた掘るヤツ……じゃなかったツルハシなんて、ポーンと放りだして。

 それはみんなが同じだ。ここで作業中だった誰もが、慌てて出口の方へガンダっていく*1

 

「あなた何してるのっ! 急ぎなさいッ!」

 

 目の前の光景が白くなるくらい、全力で走った。

 でもその道すがら、一緒に走ってた内の誰かが、とつぜん足を止めて、叫びながらどっかに駆けていくのが見えた。

 

「行くよっ! ほら掴まって! ……早くッ!!」

 

 そこには、グッタリと倒れてる子が居た。退避の指示が出ても、意識朦朧としてて、立つことも動くこともしてなかった。

 一緒に走ってた子が、いま懸命に声を掛けて、その子を担ごうとしてる。

 女の子だし、身体だってガリガリ。ぜったい他人を助ける余裕なんて無いハズなのに、その子は身を顧みずに助けに行ったの。

 

 その光景が目に入った瞬間、あーしも〈キキィ~!〉って足止めて、そっちに向かった。

 肩を貸してやり、二人で一緒にその子を支えながら、必死こいて出口の方へ走った。

 もう周りには、誰も居ない。みんなとっくに逃げ去ってしまい、ウチら三人だけ。

 それがあーしの心に、焦りと恐怖を生み、なんかよく分かんない程の力を発揮。

 人ひとり支えてるとは思えないくらいの速さで、クソ狭い坑道を駆け抜けてく。

 

「――――い゛っ……!?!?」

 

「――――ん゛ッ……!!!???」

 

 轟音。背後で物凄い爆発音が鳴る。

 鼓膜がビリビリ震え、地震めいた振動を感じ、上から崩れてきた石だの砂だのが、雨みたいに沢山降り注いで来た。

 爆発によって押し出された空気が、ウチらを吹き飛ばす。

 この坑道は()みたくなってるから、逃げ場のない空気が全部一直線に、出口の方へと押し出されたんだろう。扇風機やドライヤーなんて目じゃないくらいの爆風が、いとも簡単に三人の身体を押し倒した。

 

「じ……ジュリちゃん、怪我は……?」

 

「……ノープロ。そっちは?」

 

「うん、私も大丈夫……たぶん」

 

 地面に倒れ、それでも二人でグピちゃん*2をギュッとハグしたまま、顔を見合わせる。やれやれって感じで息を吐いて。

 

 さっき、爆風で視界と意識がシェイクされてる間も、この子がもう「死んでも守る」みたく、一生懸命にグピちゃん庇ってるのが分って、ちょっと胸があったかくなった。

 たとえこんな場所でも、この子は正義の味方なんだな、誰かの為に頑張れる子なんだな……って。

 

 ちな*3、今の爆発は発破(はっぱ)による物。いわゆるダイナマイ。

 ここでは時折、坑道堀りの効率を上げるために、こうして発破を使う。固くて掘れない層に行き当たったら、壁に穴あけて発破を差し込むんだって。

 

 だからその度に、ウチらは必死こいて逃げなくちゃいけない。

 たとえこんな真っ暗な中の、過酷な肉体労働だとしても、ここでは一瞬たりとも気を抜いちゃいけないの。こうして退避の指示が出ることもあれば、突然壁が崩れたり岩が落ちてきたりと、いろんな危険があるし。

 

 そもそもウチらって、ヘルメットみたく上等なモノ、支給されてないしね……。

 ホントはさっきのあーしみたく、ボケっとしてちゃ絶対ダメ。人が掘ってる“坑道”ってトコは。

 

「あー身体いったいッ!

 久々に本気出しちゃったよぉ~。もう一気に目ぇ覚めた……」

 

「あーしも……。まじショッキングピーポーマックス(とても驚きました)」

 

「ご飯も食べてないのに、こんな走らせるなんてさ?

 どーなってんのよホント……」

 

「わかりみ(肯定です)

 今ので二日分の体力ロスト。ごはん増やせし、って感じ」

 

「ねー♪」

 

 ここには無線機も無ければ、学校みたくキンコンカンコンも鳴らない。伝言ゲームみたく伝え合う“退避指示”を聞いて、その場からソクサリ*4するしかない。

 たとえ道中で転んでも、逃げ遅れた人がいても、そんなの関係なく発破は起爆される。少し待って貰えますか? なんて伝える術が無いから。

 

 いま21世紀でしょ? もうちょっとあるでしょうよ。

 なんとか助かった、という安堵感に顔を綻ばせながら、二人で愚痴り合う。

 そんなひと時の戦友との、朗らかな時間。あったかい気持ち。

 

 けれど、談笑しながら持ち場に戻った時、ウチらの笑顔は凍った。

 

 

 

「この子……見たことあるわ。

 昨日、体調悪そうにしてたの」

 

 発破の爆発で、崩れた岩壁。そのたくさんの石や土砂の中に、()()()()()()()()()

 

「お腹をこわしてた。きっと脱水を起こしたんだと思う。

 それでこの子、走れなかったのよ……」

 

 ご飯も食べてないのに、お腹を壊す。

 おかしな話だって思うけど、別に食べすぎだけが腹痛の原因じゃない。体調とか病気もある。

 ただ、そのせいで脱水症状を起こし、体力を奪われてしまった。たとえ退避の指示が聴こえても、もう走ることが出来なかった。

 

「可愛い子だったのにね。

 こんな場所でも、花みたいに見えた……。

 きっとこの子、ファンシーでキュートな必殺技を使うんだろうな~って、勝手に想像してた」

 

 

 

 ただ、お腹を壊したってだけ。

 ほんのちょっぴり、体調を崩したせいで、この子は死んだ――――

 

 別にこの子だけの話じゃない。もうこの坑道で、何人も死んでる。

 さっきウチらが助けなきゃ、あのグピちゃんだって死んでた。

 昨日まで元気で、普通に作業してた子達も、次の瞬間には落石で顔を潰されたり、落盤で生き埋めになって死んだ。

 

 ここは、そういう場所。

 ちょっとでも弱れば、運が無ければ、簡単に命が消えてしまう。

 

 そして、遺体をトロッコに乗せて外に運んだら、また何事も無かったみたく、作業は続く。

 ツルハシや発破を使っては、崩れた石炭を運び出し、木材で岩壁を覆って補強。その繰り返し。

 

 作業は延々と続いた。

 朝から晩まで。明日も明後日も。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ちょ、やめろし。押すなし」

 

「ちゃんと計ってるか? 慎重にな? 頼むぞリョウ……!」

 

「ヨユーw オレまじ飛天御剣流だからw 超ASwww(すごくご安心ください)」

 

 裸電球の頼りない灯りの中、みんなでテーブルの周りに群がる。

 この家にいる10人が、押し合いへし合いしながら、固唾を呑んでリョウの手元をじっと見つめてる。

 

「あーっ! タカそれ大きくない?! ズルくない?!」

 

「いや一緒だって! どれも変わらないからっ! やめろよジュリ!」

 

「おー、餓鬼どもが醜いケンカしとるわ。

 争え……!w もっと争え……!www」

 

 いま目の前にあるのは、一斤の食パン。まぁ例の雑穀混じってる黒パンなんだけどさ。

 今日ウチらは食堂では無く、それぞれ自分達のロッジで、支給された食事を摂る事になってる。

 

 わざわざ定規みたいのを作り、それを食パンの横に置きながら、リョウが包丁で人数分に切り分けていく。

 もう1ミリたりとも誤差は許さん、いやむしろ大きいのはどれだ? とばかりに、目をデメキンみたくギョロギョロしながら見守る。

 食べ物のことなので、みんな真剣そのものだった。

 

 やがてパンを配られた後も、自分のと人のを比べては、あーだこーだ言い合う。

 この時ばかりはもう、仲間だとか戦隊のリーダーだとか、関係ナッシン。

 血を見るのも、技を使うことも辞さない。あーしはお腹が空いてるのだった。

 

 ちな、ここも以前は、横からも上からも雪が入り込んでくるという、悲しいくらいのボロ家だったけど、今は「そこそこ住めんじゃね?」くらいの住居へと、レベルアップを果してる。

 季節は冬になり、この収容所に来てから、もう2カ月以上たつんだけど、その間もちょいちょい屋根や床とかをリフォームしてきたから、今ではギリ“ロッジ”と呼べる物へと進化した。

 

 屋根もしっかりしてるからノープロだし、ボロいけどストーブもある。換気のために必要な窓も、しっかり完備されてるよ。

 みんなで設計し、一生懸命ゴリゴリ木材を削って、組み立てたの。

 

 あげぽよ。羽ばたいてるね♪*5 技術立国ニッポン、ここにあり(エモい)

 

「うん()()()()! でもありよりのあり! おけだし!(意外と大丈夫です)」

 

「それなw 腹に入れば一緒だしwww

 我が血肉となれッ……! さげぽよパンよッ……!!」

 

「バイブスは上がらんが、腹の足しにはなるな。

 食ってる時が、一番ほっとするよ」

 

 きっと150gにも満たないような、きっとパン屋に置いてあったら「ふざけんなし!」って突き返されるような、粗末な食事。

 それでもあーしは、大切に食べる。ちょっとづつ手でちぎりながら、時間をかけて楽しむ。

 ぜんぜん美味しくないのに、あったかい物でもないのに、なんで食べてて涙が出そうになるんだろう? こんなにも心が休まるんだろう?

 こういう時、自分は生き物なんだなって実感する。食べる事がどれだけ大切なのかを、思い知るの。

 

「うう、もうエンドった……。TBS……(テンション、ブチ下がりです)」

 

「そだな、無くなっちったな……」

 

「ああ、寂しいよ」

 

 でも、すぐ終わる。

 一日の最後にある、大切な大切な時間は、いつもあっという間に過ぎてくんだ。

 前は、文句言ってばっかりだった。こんなちんまい粗末な食べ物なんて、いっそ捨ててやろうかって思ってたのに……。こんな物を食べなきゃいけないのかって、惨めさを噛みしめてたのに。

 でも今は、ありがたいとさえ思う。この食事の時間だけが、一日の内で唯一、やさしい気持ちになれる時だから。

 

「ひもじいね……ペコだね。

 もっと食べたい……」

 

「食いてぇなぁ。……腹いっぱい食いてぇ。」

 

「ポッケ入れてぶっ叩いたら、ワンチャンある? 増えんじゃね?」 

 

「やめとけジュリ……平べったくなるぞ。それファンタジーだ」

 

 やがて、食事を終えたみんなが、いそいそと自分の寝床に入ってく。

 ウチら三人はそこそこ喋ってるけど、他の誰もが寂しさや切なさを噛みしめながら、無言で天井を見つめている。

 後はもう、寝るだけなんだって。またすぐ明日が来ちゃうって……その怖さと向かい合う。じっと。

 

「まったくぅ! 早く迎えよこせし! 助けろし!

 いったい何やってんの、ウチらの司令官!?」

 

「司令官というか、担任だけどなw

 針日(はりひ)センセは今、何してんだろうな? アイツ大丈夫なんかなぁ~」

 

「季節も移り、更に気温が下がってる。

 氷の大地、そしてこの吹雪の中……。僕らを探し出すのは、難しいのかもしれない」

 

「多分、もうクリスマスシーズンでしょ? じゃあウチら居ないと、やばたんじゃん!

 誰がクリパすんの? 誰が日本盛り上げんの? バイブス上げんの……」

 

「ハロウィンだって、多分もう過ぎてんよ。

 結局やれんかったな……、オレらのパーティ」

 

「ああ、無念だ。

 思えば作業と家の補修に、かかりっきりだったからな……パリピの名折れだよ」

 

 ホントは、それどころじゃない。ウチらは()()()()()必死だったんだから。

 ハロウィンとか、クリパとか、そんな準備してる余裕なんか無かった。

 現に、今まわりにいる誰もが、少しでも体力を温存して明日に繋げるため、力の無い瞳で寝床で横たわってる。ちょっとでも体温を逃がさないようにと、ミノ虫みたく毛布にくるまって。

 

「したいね……パーティ。

 バーベキューとか、たこパとか、鍋パとか」

 

「オレはケンタ食いてぇかなぁ? でかいバーレルのヤツ。

 あの丸っこいパンや、ポテトとか、コーラと一緒に。

 テーブル埋まるくれぇ、いっぱい並べてよ? みんなで騒ぎながら食うんだ。

 手ぇ油まみれにしてなwww」

 

「ならピザパはどうだ? ジュリはシーフード、リョウはプルコギのやつ好きだったろ?

 あとサラダやパスタなんかは、僕が用意しても良い。たくさん作るよ。

 部屋も飾り付けて、照明もこだわって、音楽も流そう」

 

「いいじゃん。まじバイブス上がる。タカまたケバブも焼いてよ。

 あーしドンキで、おっきいクラッカー買って来るし。とんがった帽子も。

 ノンアルのシャンパンでね? みんなでKP(乾杯)すんの。ウェーイって言って」

 

 裸電球の頼りない光の中に、ホワッと夢が浮かび上がる。

 あーしも、リョウも、タカも……、想いを馳せるように、遠くを見つめる。

 優しい顔。でも寂しそうな顔。

 とても小さな、静かな声で、希望を語り合う。

 

「おっ……俺は餃子が食いてぇ! 餃子パーティってのは無いのか!?」

 

「はいっ! 私ケーキ作るの得意! クッキーも焼けるよ!」

 

「わ、和食でもええのか……?

 ワイの故郷(くに)じゃ、芋煮会ってのがあってよ!?

 あれもっかい食いたいんよ!」

 

「ミスド買わないの!? あれ全種類買って食べようよ! アタシの夢なの!」

 

 突然ガバッと毛布から這い出し、声を上げる子がいた。それを皮切りにして部屋中のみんなが、もうワーワー言いながら、こっちに寄って来る。

 誰もが口々に、自分の食べたい物、やりたい事を言う。

 目なんかもうパッチリ開きがら、興奮気味に。

 

 そして……どこかみんなの表情には、影があるように見えた。

 良いのか? 自分達なんかが、こんなの願っても……。許されるのか?

 そんな不安な気持ちが滲んでるのが、痛いほど分かる――――

 

 

「うん。全部アリだよ? みんなやりおるマン。

 日本に帰ったら、全部やろう。

 あーし絶対、みんなにLINEするから」

 

 

 

 

 笑ってる子、感謝する子、泣いちゃう子もいた。

 みんな故郷や、自分の愛する物を思い浮かべ、佇んでた。

 

 やがて会話は途切れ、いつしかこの場がシンとしてしまう。

 元気だったのは、ほんのひと時。疲労困憊してるみんなには、仕方ない事。

 ちっちゃな、とてもささやかな希望を言い終えた後、みんな黙り込んでしまった。

 それは、あったかかった夢の終わりのようで……、まだ現実に引き戻されるようで、悲しく思えた。

 

「はーじめて、会った、とーきからぁ……。

 違うーモノ、感ーじーてぇたー……」

 

 ん? って感じで、タカとリョウがこちらを向く。

 

「じーぶんのぉ、中の、だーれかがぁ……。

 こーころぉーを、つついーていたぁー……」

 

 ボソッと、本当になにげなく、あーしの口から洩れた。

 ただなんとなく、どこを見るでも無いまま……、歌を口ずさんでみた。

 

 友達には、うまく言えない。このパワーの源を――――

 恋をしてる? ただそれだけじゃ、済まされないような事のような気がしてる――――

 

「……ドリカムか?

 そっか、ジュリ好きだったもんな」

 

「良いじゃんw 古い曲だけど、オレも好きだぜ? マジ上がる。

 うれしい!たのしい!大好き! ……かぁ」

 

 優しい、そして明るい。

 聴いてるだけで元気が溢れて来るような、軽快なメロディー。

 

 これあーし、子供の頃から好きだったの。ちっちゃい頃からずっとドリカム聴いてた。

 きっとパリピって言ったら、流行りのとかハイエナジーとか、あとクラブでかかってるような曲を聴くべきなんだろうけど……、こればっかりはあーしの趣味。

 陽気になったって、暗かった自分を捨てたって、ずっと変わらないあーしの人間性。

 好きだって気持ちは、きっとずっと変わらないんだ。

 

 きっとそうなんだ、めぐりあえたんだ、ずっと探してた人に――――

 目深にしてた、帽子のつばを、ぐっと上げたい気分――――

 

「うん……良いよね。私も好き」

 

「ジュリちゃん、上手ね♪ とっても優しい声……」

 

 やがて、声が重なる。

 誰からともなく、あーしの声に合わせて、歌い出す。

 それは二つになり、三つになり、いつしか全体に。

 力ない、でも優しくて心地よい歌声が、あーし達の部屋に響く。

 

 

 

 

わかってたの 前から こうなることも ずっと

私の言葉 半分 笑って聞いてるけど……

 

証拠だって ちゃんとあるよ? 初めて手を つないでから

その後すぐに 私の右手 スーパーでスペシャルになったもの

 

 

やっぱり そうだ あなただったんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

何でもできる 強いパワーが どんどん湧いてくるよ!

 

 

やっぱり そうだ めぐりあえたんだ

ずっと探してた人に!

 

いつもこんなに シアワセな気持ち 持ち続けていられる

 

 

あなたが そうだ あなただったんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

やっぱり そうだ めぐりあえたんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

大好き!

 

 

 

 

 

 

 

 

 あったかかった。ぽかぽかした。

 この空気の中に居ることを、幸せだと思った。

 

 弱々しい、とても小さな声だけど、声だってしゃがれてるけど。

 でも自分達は、まだ笑える。

 まだこうして、人に笑いかける事が出来る。それを嬉しく思った。

 

 

 凍えながら、心と身体をすり減らす。命が消えていく様を見る。

 それでもまだ、自分は優しい声で歌えるのかを、確かめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある日のこと。

 

「なんだ……? こんな夜に、何のつもりなんだ?」

 

 外は吹雪。窓を覗けば景色なんて見えないくらい、風と氷の礫が吹き荒れている。

 そんな夜に、ウチらのロッジに軍服さんが現れ、おっきな声で外に出るよう指示を出した。

 みんな慌てて防寒具を着込み、耳にカバーの付いた帽子を被った。

 

 家の外に一歩出れば、そこはもう人の生きていける場所じゃない、ってハッキリわかる。

 たった5秒で顔の皮膚が凍り付き、目の前が見えないくらいの吹雪が、急激に体温を奪う。

 立っている事すら、一歩足を踏み出す事ですら、容易な事じゃなかった。

 

「作業が、あるのか……? いったいどこへ連れてくんだ」

 

 何十人もの捕虜たちが、列になり山を登っていく。

 軍服さんや、インキャ兵に怒鳴り散らされながら、膝まで埋まるくらい深い雪の上を、延々と行進してく。

 

 途中、あまりの寒さと冷気に、何度も意識が飛びそうになった。

 歩いてるのに、身体を動かしてるのに、どんどん体温が下がっていくのを感じる。

 ずっと気を張っていないと、すぐ倒れそうになる。バタッと雪の上に倒れて、そのまま眠ってしまえば、一体どれほど気持ちいいだろう? そんな事ばかりが頭をよぎる。

 誘惑に抗い、意識を保とうとするのには、とても大きな労力を要した。

 

「――――■■■ッ! ◆◆◆ッ!!」

 

 吹雪に負けじと出された、インキャ兵の大声。それによって、ようやく行進が止まる。

 この時点で、あーしはもうヘトヘトだった。もう歩かないで済むと、ひとり胸を撫でおろす。

 履いてる靴は、もう雪でグシャグシャ。すでに足の指は感覚を無くしてる。

 手も顔もそう、身体も凍り付いたみたく動かしづらい。何十キロもある重りを背負わされてる気分。すぐ倒れ込んでしまいたかった。

 

「なにこれ……山?」

 

「これ以外、何にもねぇぞ。何すんだここで」

 

 ウチらの眼前に現れたのは、高さ50メートルくらいありそうな山。その岩肌だった。

 まっすぐに壁みたくなってて、きっとロッククライミングをやる人なんかが登りそうな、ゴツゴツの岩で出来ていた。

 きっと素手で触れば、簡単に手を切り裂かれる。とても固い地質に見えた。

 

 横並びになったウチらが、ワケも分からず呆けていると、軍服さんが前に立つ。

 ツルハシ用意、今からこの壁を削岩すべし。削り出した岩はこの台車へと――――

 そうまた大声を張り上げ、指示を出した。

 

「……は? なに言ってんの、この人……」

 

 思わず声が漏れた。

 いま聞いた言葉が、上手く理解出来なかった。

 

 今は夜。お日様の光は無い。そこでライトもカンテラの灯りも無い中、ツルハシを振るえ。

 風を遮るものは無い。あーしを吹雪から守ってくれる遮蔽物は皆無。

 辺りは眼前にある岩壁以外、何も無いただっ広い所。雪と氷の大地なんだから。

 

 でも頭をクラクラさせてるウチらに対し、容赦なく「始め」の号令が出された。

 止まっているワケにはいかず、みんなとにかくツルハシを握りしめ、目の前の岩壁と向かい合う。

 

「これを、掘れって言うの……?

 こんな真っ暗な夜に、吹雪の中で……?」

 

 

 

 石炭の露天掘り――――それがウチらに与えられた、氷の大地での仕事だった。

 坑道掘りがひと段落し、季節が真冬へと移り変わった途端、今度はあのサウナみたく熱い所じゃなく、氷に身を包まれるような極寒の雪山で、石炭を掘るの。

 

 岩肌の固さは、坑道の比じゃない。ここは土どころか、太陽さえ凍り付くような場所。

 いくら力一杯に振り下ろしても、ツルハシが刺さらない。岩が削れない。

 それどころかキーンと固い音とともに弾かれ、手の平どころか、もう身体に痺れが走る。

 もう手の感覚なんかとっくに無くて、ツルハシを握ってる事さえ感じられないのに、痺れだけは遠慮なく襲ってくる。

 その度にツルハシを取り落としては、見張りの軍服さんやインキャ兵に殴られた。

 

 過酷な環境、そして労働の中で、意識を失う者が続出した。でもすぐに暴力をもって叩き起こされて、無理やり作業に戻された。

 何度も何度も、その光景を見た。あーしも何度も気を失い、高く雪が積もる地面に倒れ込んだ。

 それにより、靴どころか服にまで雪が沁み込み、更に体温が奪われた。

 

 ずっと頭がぼーっとしてて、自分が今なにをやってるのか、起きているのか寝ているのかも分からなくなった。

 疲労や寒さによる睡魔が、心地よい誘惑となって、たえず襲い来る。これに従えば死んでしまうだろう。でもそれすらもう、考えることが出来なくなる。

 見張りの者達が振るう暴力だけが、あーしをこの雪と氷の世界に、繋ぎとめてくれた。

 

 

 

 これは本当に、言葉では言い表せないくらい、辛い作業だった。

 何人も死んだ。周りの仲間は、瞬く間に数を減らした。その度に補充要員がやって来て、またすぐ死んでいった。

 

 気温がマイナス40度であれば、作業は控えられた。でもマイナス30度ほどであれば、構わず敢行された。

 たとえ作業時間を終えても、その帰路で力尽きたように倒れ、雪に呑まれていった子もいた。

 

 年が明け、冬の時期が終わっても。

 あーしの仕事はずっと、この露天掘りだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あれ、ぜんぶ食べちゃう?

 お昼の分とか、残しとかないの?」

 

「う、うんっ!」

 

 最近は、仕事の成果によって、食事の量が決まるようになっていた。

 どれだけ自分が仕事をしたのかを、監視してる軍服さん達が評価し、それによって一日一回しかないごはんを、増やしたり減らしたりされる。

 

 あーしのごはんは、マジ据え置きって感じで、いつも150gくらいの黒パン。

 でもいま声を掛けた子は、最近体調を崩しているせいなのか、とても100gにも満たないような、ちんまいパンだった。

 

「ダメだって。もたないよ?

 何回かに分けて食べないと……」

 

「でも我慢出来ないもん!

 お腹へったの! もう食べちゃう!」

 

 あんな少ない量だから、もう3口くらいで終わっちゃう。言ってる間にその子は、全部たいらげてしまった。

 でもそれは、お昼とか夜とかには、もう食べる物が無いという事だ。

 あーしならば、どんなに少ない量でも、たとえ一口分だけだとしても、後のために取っておく。

 でも強くは言えない。その子がそうしたいんだったら、もう好きにさせるしかない。自分が貰った物なんだし、他人に指図されちゃう()()()は無いんだから。

 

 彼女よりも大分マシに見える大きさのパンを、そっと自分のポケットにしまいながら、後悔なのか寂しさなのか分からない表情してる女の子を、暫く見てた。

 

 

 

 ちな、その子は夜の露天掘り中に倒れて、死んだ。

 どれだけ軍服さんにお腹を蹴られても、もう起き上がる事が出来なかった。

 引きずられ、適当に邪魔にならない場所に置かれた後、だんだん雪の中に埋まっていった。

 

 働けば働くほど、多くのごはんが貰える。そうすれば彼女みたく、お腹を空かせて死ぬことも無いと思う。

 実際この制度になってから、妙に張り切って働いてる子達も見かけるようになったし。

 けれどあーしは、どうしてもそんな気になれない。身体にも心にも気力も湧いてこない。

 

 だんだん作業のコツを掴み、過酷さに耐える知恵を身につけ始めたとしても、このいつ終わるともしれない労働の中で、希望を見出すことが出来なかったから。

 がんばろうとか、ごはんの為とか、生きたいとか……そんな大事な気持ちさえも、氷の大地が奪っていく。

 寒さとひもじさが、体力を根こそぎ奪い、底知れぬ絶望感が、心を塗りつぶしていった。

 

 

 たった今、あーしの横で作業してた男が、倒れた。

 きっと体力が尽きて、もう身体を動かすことも、意識を保つことも出来なかったんだろう。

 

 あーしも、そして周りにいる皆も、彼がいま弱っていて、死の底へ転がり落ちようとしている事は、分かってた。

 けれど、彼に手を差し伸べる子は、居なかった。

 

 誰かを助けるとか、何かをしてやるとか。

 そんな余力なんか無い。もう誰一人として、持ってない。

 

 ここは世界の果て。地の果て。

 そんな生易しいものじゃない。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ウチらのロッジも、だいぶ人減ったなって思う。

 最初は10人居たんだけど、もう5人になった。

 

 でも明日補充が来るみたいだから、また10人に戻る。

 

 死んだ子達に、LINEきけなかった。

 もう手遅れだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あーしのごはん、ちょっと減ってきたなぁ。

 最近はやる気が出なくて、なかなか手が動かなかったからね。

 

 もともと小さかったのに、更にちんまくなったパンを、味わって食べた。

 

 別に美味しくないし、すぐにエンドったけど、食事は食事だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 好きな曲だったのに、タイトルが思い出せない。

 あれ何だっけ? よくジャンカラで歌ってたんだけどな? サビのフレーズも出てこない。

 

 でも一番好きなヤツじゃ無いし、別に良いかなって思う。

 

 今やるべきは、この子をはやく埋めてあげるコト。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 タカの体調が悪い。ここのトコロ、ずっと咳ばかり。

 でも作業を休ませて貰えない。こんなトコに薬なんて無い。

 

 でもみんな大差ない。元気な子なんて一人も居ない。

 

 それが何の救いになるのかは、ワカランティ。

 けどタカは一人じゃない。みんなお仲間だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 気が付けば、一日がエンドってた。

 知らない間に、あーし毛布の中だった。

 

 作業したし、ごはんも食べたし、みんなともダベったけど、あんま思い出せない。

 でも辛いことを憶えてなくて良いのは、なんか得した気分。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 身体の感覚が無いから、殴られても痛くナッシン。

 

 何も感じないって事は、心に響かなくなるって事だ。

 

 氷の冷たさは、痛みや感覚だけじゃなく、あーしから心も取ってくのか。

 

 返して。とらないでよ。

 おねがい。痛くても寒くても良いから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 最近、“死”が怖いとは、思わなくなって来た。

 

 今日は五人か、昨日よりマシだな~、って普通に思うようになった。

 

 いつからか、人の死を目にする度に、「大丈夫、大丈夫」と心で唱えるようになった。

 

 ――――こんなの大したことなくね? 重くなんて無い。ヘッチャラへっちゃら。

 そんな風に、自然とまた“目を瞑る”ことが、出来るようになった。

 

 

 何かを想うのも、悲しむのも、もうメンディ*6

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あ、これが“絶望”なんだ、って思った。

 今までよくワカランティだったけど、ようやく気付けた気がする。「あーね」って。

 

 あーし今、なにも感じない。何もかも、どーでも良いと思ってる。

 

 だから誰も、()()()()()()()()()()

 求めて無いから、()()()()()()()

 

 救えない人。

 助けられない人。

 もう終わってしまってる人。

 希望を持ってない人――――

 

 

 自分では何も感じてなくても、きっとその人こそが“絶望”なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ジュリ……、お前ッ!」

 

 朝。

 一晩過ごした医務室から帰り、あーしがロッジの扉を開けた時。

 

「ただま。もうおけって言われたし、ソクサリしてきたよ」(もう良いらしいので、帰宅いたしました)

 

 目を見開いてる。辛そうな顔で毛布にくるまってたタカも、こっちに駆け寄ってきたリョウも。

 

「お前ッ、その手は……!?」

 

「ジュリッ!!」

 

「ん? あーこれTSO(凍傷)っぽいよ。

 切らなきゃ腐るって言われたから、りょって(良いですよって)」

 

 見せたげる為に、右手を突き出す。

 今あーしの手には、いっぱい包帯がグルグルしてる。

 親指以外は、()()()()()()()()()()、なんか変な感じがしてる。

 

「人指し指は、根元から。

 中指は第二関節から先とかだし、これ歪じゃね?

 つか衛生兵さんは、『腕が残っただけ運が良い』って。

 あーしラッキーガールらしいよ? はげるね(感動ですね)」

 

「……ッ!」

 

 ちな、薬指は中ほどから、小指は第一関節からだし、なんか並べてみると、すごい凸凹してる感じ。

 もし小さいマリオとかいたら、あーしの指っていい感じのアスレチックになるかも。

 

「どうせ切るなら、長さ揃えてくれたらいいのに。パッツン前髪みたく。

 もしあーしがサイボーグになったら、こっからロケットとか出せ

 

「――――ジュリッッ!!」

 

 肩を掴まれ、一喝。

 なんかリョウが、今まで見たこと無い感じの、必死な顔してる。どしたん?

 

「痛っ……! ちょ、何すんのリョウ。やめろし。

 あーしYMA(病み上がりなんですよ?)」

 

「しゃべんな! もういいってッ!

 座ろうぜジュリ。ほら、こっち来いって……」

 

 グイグイ押されるまま、ペタンと部屋の中央に。

 あーしは女の子座りしながら、ブーブーと抗議の声を上げる。暴力反対。

 

「ノープロだよ? つかTSO(凍傷)とか普通じゃね?

 あーしの作業班の子達、いっぱい腕とか足とか切ってる。みんな()()()()()()

 それでツルハシ振れなくなって、他の作業んトコまわされんの」

 

「……ッ!」

 

「…………」

 

「多分あーしも、そうなると思われ。

 もうツルハシ握れませんねって、衛生兵さん言ってたよ?

 やば、超神ってる。これで露天掘りエンドったじゃん(卒業できました)

 最&高かも」

 

 うふふって感じで、笑いかけてみる。

 きっと今あーしは、クララみたく可憐な笑みをしてるに違いない。どうよBFF?*7

 

 まぁ正直、捕虜で収容所だからって()()()()()()()()()()()()、ちょっとMM*8だったけど。でも仕方ないと思う。

 つかもう感覚なかったし、脚とかと違ってバツンて秒で(すぐに)切ってくれたし、全然おけだし。

 

 あーしも指が切断されてくトコロを、じぃ~っと見てたんだけど……、なんかもう「おー切っとるわ~。ないわー(あーしの指が)」って感じで、面白かったよ?

 自分の指が無くなっていくトコとか、普通見れないじゃん? ガチレアじゃん?

 だから全然現実感なくて、なんかTV観てるような気分だったよ。「マジかw うけるw」って。

 

 

()()()()()()()、モテないかもだけどさ?

 でもここ収容所じゃん。ノープロくね? たかしっしょ?(確かに、と思うでしょう?)」

 

「別にカレピッピいないし、今きゅんしてないし(恋をしているワケじゃないので)

 トイレとかごはんの時は、メンディーかもだけど(面倒かもしれませんが)」

 

「でも指失くしただけで、あーし軽作業ゲトった(手に入れることが出来ました)

 もう寒い所でツルハシ振ったり、雪で死んだ子たちを、埋めなくてもおけ。

 もうね? あーしの4本の指、おつかれーしょん☆ って感じ。

 あざましって」

 

「ねぇ、これすごくね? あーし羽ばたいてるよね。(とても輝いてますよね)

 あ、でもパリピはもう無理かも。

 ()()()()()()()とか、バイブス上がんないっしょ?」

 

 

 

 

 

 

 という事で、今日からあーしは、“有栖川ジュリ”に戻る。

 実際の話、ここに送られた時点で、針日(はりひ)センセーに()()()()()()()()()、もう正義とかじゃ無くなってたのかも、しれないケド。

 

 けれど……なんか久しぶりに、いい気分。

 ちょっとスッキリした心地かもしれない。

 

 ぶっちゃけあーし、元々内気な子だったしね?

 ただ一念発起して、高校デビューしただけ。

 とりま、何かを変えてみたくて、無理をしていただけ。

 この半年くらいで髪も伸びて、もう金髪(イエロー)でもなくなったしね。

 

 

 だから、()()有栖川ジュリ――――ただの高校一年です。

 

 本とか、花とか、紅茶とかが好きな、ちょっと馬鹿な女の子。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 タカが死んだ時、泣いてあげられなかった。

 あまりにも唐突で、何かを思うことが、出来なかった。

 

 

 朝起きたら、タカは動かなくなってた。

 ここの所、ずっと体調悪そうにしてたし、いま思えば咳の仕方も、あの時のカナちゃんと一緒だった気がする。

 だから彼女と一緒で、私たちが起きた時には、もう既に冷たくなってた。

 

 あれだけずっと、夜の闇に響いてた咳の音は、いつの間にか止まっていたんだ。

 私たちは、それに気付くことが出来ず、ただただ疲労と衰弱からくる深い眠りに、身を任せるだけだった。

 

 リョウが泣いてる所を、初めて見た。

 普段はあんなに陽気なのに、語尾に草がついてるような口調なのに、大声で泣いてた。

 せつない、悲しい声だった。タカに対する親愛の気持ちが、悲しみによって無理やり外に吐き出されてるみたいな、激しい慟哭。

 抱きしめるように、縋り付くみたいに、タカのお腹に顔を埋めていた。

 

 

 私は、それを見ていたハズなのに。

 隣にいて、死んだタカの顔が目の前にあったのに、泣けなかった。

 

 ただ、そっかと言って、()()()()()()()()

 もう話せないんだなとか、ハルが悲しむなとか、今までありがとうとか、そういった言葉ばかりが浮かんだ。

 

 なんか、遠い親戚のお葬式にでも来たみたい――――

 俯瞰で見た今の私を、そんな風に思った。

 

 

 すぐに始業の時間が来て、私たちは出掛けなくちゃいけなかった。

 リョウはその場から動こうとせず、やがてこの場に現れた大勢のインキャ兵達に、力づくで引きずられながら、どこかへ連れていかれた。

 

 また今日も、作業が始まる。私の仕事は水汲み。

 大きな桶を吊った棒を、手ではなく肩に担いで、井戸とロッジの間をいったり来たり。

 

 一日中、何百往復も。

 さして物を考えること無く。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よぉジュリ、調子はどんなモンよwww」

 

 オンボロの木が剥き出し、シーツさえ無い粗末なベッドの上で、リョウが右手を上げた。

 あたかも「よっ!」って感じで。私が部屋に入った途端。

 

「悪くないよ。駄目なのはアンタの方でしょ?」

 

「ちげぇねぇw 脚とか折れてっしなwww」

 

 医務室。そこにある寝台。

 まぁ例の如く、部屋はボロだし医療器具も無いし、薬も人員も衛生観念もないような、酷い所だけど。

 リョウが怪我を負った。そう聞きつけた私は、作業を終えた夜になってから、彼の下へ赴いた。

 裸電球の灯りが、彼の顔を優しく照らしている。薄暗い部屋の中で、リョウの周りだけが、あたたかな空間に見える。

 

「脚だけじゃ無いでしょ?

 どうやったら、ここまで大怪我できるのか、教えて欲しいくらいよ。

 見たこと無いもん、こんな状態の人。何に押し潰されたの?」

 

「だから、“とか”って付けたじゃんwww

 文法的には間違ってなくね?」

 

「アンタ国語なんか出来たっけ? 良い点獲ってんの、見たこと無いんだけど」

 

「勉強できんくても、友達はできんじゃん。

 ならパーティは開けるし、一緒にボーリングも行ける。人生楽しいぜ?www」

 

 片目が潰れている顔は、泥や埃まみれ。いまリョウは、身体中に血が滲んだ包帯を巻いてる。折れてるハズの脚や腕は、ロクに固定すらされていない。ギプスなんて上等な物、ここには無いんだから。

 ただただ、申し訳程度に汚い包帯を巻いて、おしまい。

 それがここで言う、“治療”という行為だ。……まぁその包帯すら、足りてないみたいだけど。

 

「見舞い来てくれたんだなぁ……。マジ超GM(ごめん)

 メシ食ったかジュリ? もう夜だってのに、休まんでノープロか?

 やばばばじゃね?」

 

「うん、ぜんぜんOK。

 私は軽作業だし、ちょっと肩や腰にくるってだけ。もうご飯も食べたし」

 

「……」

 

 ちょっとだけ、沈黙が訪れた。

 外国とかでは、こういうのを「妖精が通る」と言うらしい。

 ふいに沈黙しちゃったり、ざわついてた空気がふいにピタッと静まった時に、「あ、いま妖精が通ったね?」って。

 前に読んだ本にあったんだけど、なんかユニークな言い回しだなって思って、今でも憶えてる。

 

 きっと私は、いまキョトンて感じの顔してる。頭の上に「?」が浮かぶような。

 リョウはこっちの顔をじっと見た後、やがて「ふぅ」と力を抜いたように苦笑し、寝台に深く身体を預けた。

 

「陽キャナンジャー、もうお前だけになっちゃったなぁ。

 この身体じゃあ、どうやったって復帰は無理だ……後は頼んだぜ?」

 

「なに言ってんの? 私やめるって言ったじゃん。

 それにハルがいるし、アンタだってすぐ治るわよ。

 ゴリラみたいな身体しといて、こんな時だけ弱気?

 つかアンタの生命力、クマムシじゃん」

 

「そこ、ゴキとかだったら、分かりやすいんだけどなぁ~。知らねぇ人いんじゃね?

 こういうの、単純明快さが大事だぜ。共有して楽しまねぇとな。

 ジュリにはジョークのセンスは無い……っと。まぁ知ってたけどwww」

 

 悪口を言われ、感情が波立つ。怪我してるのは分かってるけど、一発はたいてやろうかと、一瞬考える。

 

「けどまぁ、お前は良いヤツだよジュリ。

 優しいし、真面目だし。……いつも影では、難しいこと考えてる。

 物事を、()()()()()()()()()()()

 

 はっと、リョウの顔を見た。

 いま言われた事、その理由を、頭で理解する前に。

 

「普通だったら、気にしねぇような疑問も。

 大したことない出来事も、生きるのには必要じゃねえ問題も。

 ジュリは無視できない。ぜんぶマトモにぶちあたって……受け止めようとしちまう」

 

「それって、優しいからだよ。

 適当に済ませたら駄目、ちゃんと考えなくっちゃって。誠実だからなんよ。

 ……お前すぐパンクする癖に、すぐ凹んじまうくせに。

 でもいつも困難や難しい事と、ちゃんと向き合おうとする」

 

「人が好きなんだろうな――――お前は。

 だから大切にしたい、誠実でいたい、無碍(むげ)に出来ん。

 でもお前はキャパねぇから……、いつも()()()()()みたくしちまう。

 抱えきれないなら、離れる。逆に出来るんなら、自分の全部をやる。

 極端なんよお前はw 別にどっちつかずでも、そこそこでも良いのに」

 

 目を瞑り、上を向きながら。

 リョウが言ってくれる。私の深いところを。ずっと心にのしかかってた物を。

 まるで超能力者みたく。まっすぐに――――

 

 

「“適当にやる”ってのは、無碍にする事じゃねぇ。

 オレたち流で言えば、()()()()()()()って事さ」

 

「全部が100じゃなくて良い。力抜いてけよジュリ?

 全力を出すのは、マジで大事な物、一個か二個で良いのさ。

 気楽に、楽しく――――バイブス上げてけ(いい感じにやれ)

 

 

 

 片方の眉を上げて、ニヤっとこっちを見る。

 私……いや()()()の泣き顔を、なんか楽しそうに眺めてる。……超MMC!

 

「やっぱり~、そーうだ。すごいパーワーだ。

 嬉しーい、楽しーい、だぁーいすーき。……ってなw」

 

「……なにそれ。下手くね?

 しかも歌詞まちがってるし……ありえんてぃ……」

 

「言ったろ? 適当に良い感じでってw

 なんとなく、雰囲気で良いのさ。

 まぁこれ、ガチのドリカムファンの前ではやんな? マジギレされっからwww」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 泣いた。憶えている限り、本当に久しぶりに。

 全部どうでも良いって、放りだしたあの頃以来。

 

 やがて、最後の力を使い果たしたように、リョウは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくり目を閉じた。

 

 ついさっきと、今。

 生きてた時と、死んでから――――

 同じ日に、女の子を二度も泣かせるとか、酷くない? 超きびついんだけど!*9

 

 

 あーしは薄暗い医務室の中、リョウのおっきな胸にしがみつき、昔みたく泣いた。

 

 

 

 

 

(つづくし!)

 

 

 

*1
ガンダッシュ、本気走り

*2
グッタリしてるピープルの事だが、そんな言葉は無い。

*3
ちなみにですが

*4
即座に去る

*5
良い感じだね、という意味

*6
面倒臭い

*7
ベスト・フレンド・フォーエバー

*8
マジむかつく

*9
厳しい&キツイ



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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 最終話

 

 

 

 わたし、ともだちが欲しいな。

 いっしょに遊んでくれる、ともだちが欲しい。

 

 

 一人で本を読んでるのも、いいけれど。

 紅茶を飲みながら、ただっ広い部屋でくつろいでるのも、いいけれど……。

 でもやっぱ、遊びたいな。だれかに遊んでもらいたい。

 

 でも無理かな……? わたし地味な子だし、よく暗いって言われるし。

 

 きっとわたしなんかと居ても、楽しくないよね?

 おもしろいコトとか言えないし、TVや雑誌のコトとかも、ちっとも知らないし。

 もしかしたら、わたしがその場に居るだけで、暗い空気になっちゃうかも?

 

 

 でも、いいなぁ。

 わたしもクラスの子達みたいに、おもいっきり騒いでみたい。

 

 マック? に行ったり、カラオケっていう所にも行ってみたい。プリクラというのをやってみたい。

 なんか世の中には、“ぼぉりんぐ”という遊戯もあるそうな♪ 穴の空いた重いボールを、ゴロゴロ転がす遊びらしいよ? おもしろそう。

 

 

 やりたいな。仲間に入りたいな。

 わたしもいっしょに、つれてって欲しいな。

 でもまずは、努力から!

 わたし自身がちゃんと変わらないと、きっとみんな、いっしょに居て楽しくないだろうし。

 

 世の中には、“簡単なこと”が、たくさんある。

 みんなが当たり前にやってて、それを楽しんでる。誰にでも出来るような事が。

 

 けれど、それは大抵の場合……、わたしにはとても難しい。

 いっぱい努力をしても、一生懸命に合わせようとしても、出来ない事だったりする。

 

 でも、やんなくちゃ()()にもなれない。

 たとえ出来なくても、駄目な子だって思われても、頑張らなくちゃいけないって思う。

 

 

 オシャレをしてみよう。クラスの子たちみたいに、キラキラした感じの。

 執事の佐々木さんにおねがいして、ファッション雑誌を取り寄せてもらおう。

 TVとかも部屋に置いて、世の中のことをたくさん勉強するの。ドラマというのも一度観てみたい。

 髪を染めてみるのはどうかな? たしか美容院で出来たハズ。

 おとうさんビックリするかもだけど……、ちゃんとお願いをすれば、きっとだいじょうぶ。

 

 

 そうだ! リョウくんに訊いてみたらどうかな?

 たしかあの人、レスリングの全国大会とか行ってて、わたしと同じ進学先に推薦入学が決まってるらしいし。同郷のよしみ(?)で、色々教えてもらえるかも。

 

 前にテストが近かった時、お願いされて勉強おしえてあげた事、あったけど。

 彼はそのことを憶えてるだろうか? わたしの方は、貴重な“おしゃべり”の機会だったし、ぜったい忘れたりしないんだけどな……。

 

 

 なんかね? ビックリするくらい優しいの――――

 あんなに身体が大きくて、強そうな見た目してるのに、彼はすごく朗らかで、あったかい人。

 きっと今の学校で、わたしが一番楽しかった思い出って……、あの時リョウくんとおしゃべりした事じゃないかな? もうそれ以外、何も思い付かないもん。

 

 リョウくんに教えてもらえば、わたしも陽キャ? になれるかも。

 そしてがんばれば、リョウくんに遊んでもらえるように、かもしれない。

 いつか、ぼぉりんぐに連れていって、貰えるかもしれない。

 

 

 明日、勇気を出して話しかけてみよう――――リョウくんに。

 きっといつものように、彼は沢山の友達に囲まれてるだろうから、機会を伺わないとだけど。

 でもがんばってみるよ。

 

 

 ……あ、お金を差し上げたら、協力して貰えないでしょうか?

 こちら心ばかりにはなりますが……とか言って70万円くらい持ってったら、これ失礼にあたったりするのでしょうか? 同じ値段でも品物とかにした方が、きっと印象も違うよね? 後でカタログ見なきゃ。

 

 おとうさんに無理いって、公立の中学校に通わせて貰ったけど……、いわゆる“庶民文化”というのは、とても難しく思う。複雑怪奇。

 この前いつもの癖で、つい「ありがとう存じます」とか、「可憐でいらっしゃる」とか言っちゃって、周りから爆笑された事あったし。うむむむ。

 

 

 まったく、自分が嫌になっちゃうな……。

 あれで笑わなかったの、リョウくんだけだよホント。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よし、ここにおろせ」

 

 ゴトン、と固い音が鳴り、リョウの遺体が地面に置かれる。

 

「なんだよ、もうここ一杯じゃないか。

 入るのかよコレ」

 

 そして、穴に放り投げられる。すでに沢山の遺体が並んでいる、広い墓穴へ。

 氷同士がぶつかるような、固くて重い音がした。リョウも、ここに並んでる遺体も、みんな石像みたく凍っている。

 

「こんな所に埋めんのかよ……。浮かばれねぇな」

 

「早く土かぶせろって。さっさと終わらせようぜ」

 

 右手が使えず、ただ見守ってるあーしの前で、リョウに土が被せられていく。

 お腹、脚、そして顔が見えなくなり、やがて身体全部が土に埋まっていった。

 収容所の裏山にある、この白樺がたくさん生えた林には、いま沢山の仲間が埋まっている。

 知ってる子も、知らない子も、一緒のロッジで暮らした子達も、みんなここで眠ってる。

 

 指があった時は、あーしも沢山の子たちを埋めてあげたし、今日だって本当はリョウを埋葬してあげたかった。

 でもツルハシやスコップが使えないんじゃ、居ても足手まといになるだけ。

 彼の友人としての付き添い、せめてもの協力として、担架でここへ運ぶのを手伝わせて貰った。

 

 指を切断した時もそうだったけど、だんだん土を被せられていくリョウの姿は、ひどく現実感が無いものだった。

 いま見ている物が、現実に起こっている光景だなんて、とてもそんな風には思えない。あーしは何作かしか観たこと無いけど、まるでTVや映画の中の光景だった。

 

 いまのリョウもそうだし、タカの時もそう。

 心の準備が出来る前に、実感を伴わないまま、いつも埋葬の時間がやってきて、その作業が終わる。彼らとのサヨナラを強引に突き付けられる。

 まるで、音楽を聴いている所なのに、唐突にストップボタンを押されたみたく。

 心がそれに追いつかないまま、全てが終わる。

 

 

「……」

 

 けれど、ひとつだけいつもと違うのは、もうあーしがリョウとのお別れを、しっかり済ませていた事だ。

 嫌だったけど、受け入るなんて出来なかったけど……、でもあーしは確かに「陽キャナンジャを頼んだぜ」という、リョウの意思を聞いた。

 そして、あーしにくれたエールを、今もしっかり憶えてる。

 

 だから……かは知らないけど、なんかいつもとは違う感じ。

 たくさん仲間を埋めてきたのに、今日はちょっと感じ方が違う。

 

 寂しい。痛い。崩れ落ちそう――――

 地面に立っていることすら、もう嫌になる。

 全部投げ出せたら、あーしも一緒にリョウと埋まれたら……、どんなに良いかって思う。

 

 でも、生きなきゃ。

 これからもあーしは、歩かなきゃいけないの。

 肩の力を抜けと、いい感じにやれと、そう言ってくれたリョウの言葉を、実践してみようって思う。

 

 まぁ、無いけどね? 別に生きる意味とか。

 そもそもみんな死んだし、ハルもここには居ないでしょ? じゃあパリピじゃないじゃんあーし。ひとりでパーティなんか出来ないもん。

 

 もし一人でやっても、それただ飾り付けた部屋の中で、ちょっと良いめのごはん食べてるだけの人でしょ? 豪華なぼっち飯じゃんそれ。

 そして、ひとりぼっちの陽キャなんて、ただ一人でニコニコしてる頭のおかしい人だし。

 だからもう陽キャでもないよ。……コレなんなの一体。誰なのよあーし。

 

 けどまぁ……リョウが言ってくれたから。なんとかやってみようと思う。

 胸は痛いけど。しんどいけど。寂しいけど――――

 でも歩ける内は、どこまでだって、歩いてこう。

 この思い出や言葉が、消えちゃわないように。

 

 ホント言うと……、実は友達のひとりでも欲しいな~って、そうは思うんだけどね?

 でもそれも無理っぽい……。みんなココでは、余裕なんてないから。肩を貸し合うのは無理だよ。

 

 

 よくあるよね? 逆境で何かが生まれるとか、絶望の中で輝くとか――――

 

 でもここは、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ………

 ………………

 ………………………………

 

 

 

 あーしが今朝、霊安室にリョウを迎えに行った時、そこにアイちゃんが居た。

 この子は以前、あの坑道堀りの仕事を、一緒の班でやってた子だ。

 発破の退避指示中に逃げ遅れた子を、一緒に抱えてガンダった*1こともあった。

 

『……ッ! ……ッッ!!』

 

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()

 遺体の枕元に跪き、まるで餓鬼のように目を見開きながら、汚いオニギリにかぶり付いてた。

 焦燥感や、必死さの滲む顔で。

 

 あーしが部屋に入ったら、アイちゃんはガバッとこちらに振り向き、後ずさった。

 絶望してるのが分かった。こんな事してる所を見られて。

 彼の友人である、他ならぬあーしに。

 

 茫然とした顔のまま、ポロポロ涙を流し。

 やがて彼女は身を震わせながら、あーしに懇願の眼差しを向けた。

 

『あぁ……ゆるしてジュリちゃん。……ゆるしてっ……」

 

 リョウから、死んだ者から盗む――――

 彼女は正義の味方で、多くの人々に愛されるヒロインだった。

 仲間を助け、平和を守り、正義ために戦った人。

 

『ごめんなさい、ジュリちゃん……私っ……! ……ごめんなさいっ……!』

 

 それがもう、見る影もない。可哀想なくらいに震えてしまっている。

 ゆるして、ゆるして、ゆるして――――

 そう傷ついたCDみたく、何度も繰り返す。

 

 わなわなと、こっちに手を伸ばそうとし、けどそのまま止まっている。

 本当は縋り付き、泣き叫んで許しを乞いたいけれど、でもそれをして良いのかを迷ってる感じ。

 次にあーしが、何をするのか。

 こんな自分を見て、いったい何を言うのか、どうされるのかに、怯えているのが分かった。

 

 

 ――――リョウは怒ったりしないよ? やさしいもん。

 

 

 アイちゃんはポカンと口を開けて、こっち見てた。

 

 

 ――――お腹空かせてる人をいじめたら、きっとあーしが、リョウに怒られる。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 ………………

 ………

 

 

 

 出来ない、って思った。

 この人に甘えたり、()()()()()()()()()

 

 泣きながらあーしのお腹に縋りつく、とても弱々しいアイちゃんを見て、もうここの誰にも、何も求めてはいけないと思った。

 

 そんな可哀想なこと、しちゃダメだよ――――背負わせちゃいけないよ。

 

 支え合うとか、絆とか……。

 ここは、そういうの出来る世界じゃない。

 そんな甘い場所じゃない。

 

 

「リョウ、これでよいちょ丸(OKです)

 ……おつかれーしょん、BFF(ベスト・フレンド・フォーエバー)」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それからも、毎日死人が出た。

 外はまるで、大地からも雪が降ってるみたく、凄まじい吹雪。

 

 聴いた所によると、この冬の【強制労働者の死亡数】は、過去最大を記録したらしい。

 この収容所でも半数が犠牲になり、壮絶を極めた。

 

 みんなお腹が空いてて、もう食べられる物なら、なんでも食べた。

 木の皮、根、雑草とかまで、お腹に入れば何でも良かった。

 収容所の周辺に生えてる草は、根こそぎ無くなった。みんなで綺麗に食べ尽くしたから、もう周りには何も残ってない。

 

 このロッジを建てた10人の内、残ってるのはあーしだけになった。

 そうすると、自然にあーしが主みたくなるワケで……、みんな事ある度に、あーしに相談してくるようになった。

 みんな、怯えてるウサギみたく、か弱い子たちばかり。

 

 ここはどういう所なの?

 ジュリちゃんはいつから居るの?

 いつになったら帰れる?

 

 そんな、あーしにも分からない事まで、たくさん訊かれた。

 

 その度にあーしは「じゃあ占ったげる」と言い、頑張って集めた“いらない紙”とかで作った、お手製のトランプを取り出す。

 これサイコロの賭博と一緒で、あまり大っぴらにやっちゃうと、見つかって取り上げられちゃうから、そんな使わないケド……。

 でもこういう時は、決まって「気休めにでもなればいいや」って感じで、簡単な占いをやったげる事にしてる。

 

 みんな喜んでくれたし、出た占いの結果に一喜一憂。……まぁそんな悪いことは伝えないケド。

 いつも「こうすれば良いよ~」とか、「こんな事があるかもね~」とかで済ませてた。あとまったくの出任せとかも。

 

 これはいつ終わるの?

 仲間はどこに行った?

 自分達は、生きて帰れるのか?

 ……これね? あーしが占ったご質問の、トップ3。

 

 言えるハズなかった、「希望なんて無いよ?」とか。

 ――――これ終わんないし、君のお仲間は死んだし、生きて帰ったり出来ないよ。

 

 ここは捕虜を()()()()()()()()()()()、絶滅収容所っていう物だもん。

 刑期とか恩赦とか無いよ? だって殺すことが目的の施設だもん。労働とか()()()だよ?

 

 この部屋であーしだけは、それを知ってる。

 

 でも口には出来ないから……、あーしはこうして、占いをする。

 良いコトだけ、綺麗な言葉だけを、その子に伝えてやる。

 それしかもう、してあげらんないから。

 

 思えばもう、この占いのしすぎて、毎日ウソばっか付いてる気がする。

 実際みんな死んだし、この家はぜんぜん面子が安定しない。新しい子が来ては死ぬ、来ては死ぬ。

 

 あーしは嘘つき戦隊ホラレンジャー、そのイエローだ。

 

 

 

 そして何か月も過ぎ……、また年が明けて2月になった頃。あーしは体調を崩した。

 朝起きたら、いつもの疲労とは違う身体の重さを感じ、ゴホゴホと咳を繰り返してた。

 

 あーしは施設内での水汲み担当だけど、その作業中に水をひっくり返しながら、その場にぶっ倒れたのだそうだ。

 気が付けば医務室に寝かせられてて、あの時のリョウと同じく、クッション性なんか皆無のボロ寝台に寝かされてた。

 

「ひでぇ熱だ……」「食った物も吐いちまうし」「この前に死んだヤツと似とるが……」

 なんか朦朧とした意識の中、そんな誰かの声を聞いた気がする。

 

 その夜、みんなの夢を観た。

 リョウや、タカや、ここで死んでいった人達が、()()()()()()()()()()()()

 真っ暗な空間の中、地面から沢山の手が生えてきて、それがあーしを地の底へと引っ張りこもうとする。

 リョウを始めとする見覚えのある人達が、「なぜお前だけ生きているんだ」と言いながら、足や胴体を掴み、たくさんまとわりついて来た。

 

 連れていかれるとか、死ぬとか、怖いとか……、そういう感情は湧いてこなかった。

 ただただ、あーしは「悲しかった」

 死んで地獄に落ち、恐ろしい形相でこちらを睨んでるみんなを見て、得も知れぬ悲しみが込み上げた。

 夢の中なのに、喉が枯れちゃうくらい叫んだ。空に手を伸ばしながら、前が見えなくなるくらい泣いた。

 

 なんでみんなが、こんな目に合わなくちゃいけないの。

 なんでこんな姿になってしまったの。

 どれほど考えようとも、あーしには分からなかった。

 沢山の手の感触、ちぎれるくらい身体中を掴まれる痛み、そして地の底に引きずり込まれていく感覚だけが、あーしを支配してた。

 

 

 朝になり、自分の咳の音によって、目が覚めた。

 こんなに低い気温なのに、あーしの身体は汗ダクで、なんか茹ダコみたくなってたと思う。

 後で衛生係に訊いたところ、どうやらあーしは“急性肺炎”と診断されたみたい。

 流石にこれは拙いのか、暫くここで療養させて貰える事になった。

 まぁごはんとかロクに出なかったし、診察とか治療とか、そんな上等なものは望めなかったんだけど。

 

 医者とか見舞いとかは来ないケド、“虫”だけはいっぱい来た。

 というか抑留中は、ずっと南京虫とか(しらみ)とかとの戦いだ。

 夜になってロッジに帰っても、ここではフロリダなんか出来ないし*2、洗濯もロクに出来ないから、ぶっちゃけ身体中が虫だらけ。

 あーしはベッドで動けずにいるからか、きっと狙いやすいんだろう。もう服の縫い目のトコとかにビッシリ付いてたし、服の中にも余裕で入って来た。

 病床では、こいつらをやっつけるのが、唯一の暇つぶし。

 

 南京虫なんて、刺されたらかゆくて堪らないし、病気の菌を施設中に撒き散らす。

 まわりのベッドの人達は、みんな赤痢やチフスにかかっているみたい。

 そしてここの隣の部屋には、結核にかかった人達が、隔離されているらしかった。

 

 

 ぶっちゃけもう、ここにいる間はずっと「あーしこのまま死んじゃうんだな~」とか思ってたんだケド、でも我ながら中々しぶといみたい。

 意識はずっと朦朧としてたけど、よく隣のベッドの主であるマキちゃんとダベってた。

 

 彼女は血統書付きのネコを思わせるような雰囲気で、超SBS*3

 声とかはちょっと冷たい感じなんだけど、とても気遣いの出来る、優しい女の子だった。

 彼女は凍傷にかかり、両の足首を切断されて以降、しばらく前からここに居るらしかった。

 

 やばいw 超上がるw ドチャクソ*4楽しいw

 マキはとても知的な子で、ぶっちゃけあーしとガチで気が合った。

 好きな本の話とか、花言葉の事とか、ピアノや茶道の話題まで、もう悉くついて来てくれた。マジぱない。

 

 マキちゃんの方も、「アンタが私らの部隊だったら良かったのに」とかわっしょい*5してくれて、きゅんです*6

 ――――めぐり合えた! うれしい!たのしい!大好き! はげる!*7

 

 ただまぁ、マキちゃん二日後に死んじゃったけどね。

 衰弱してたし、きっとここのベッドで過ごす内に、周りから病気が感染したのかもしれない。

 すごく綺麗な子だったけど、もう哀れなほど、やつれちゃってたから。

 

 あーしが重い身体を引きずりながら、トイレから病室に戻った時、マキちゃんのベッドの変化に気が付いた。

 沢山の虱や南京虫たちが、もうベッド中に這いまわっていた。沢山の虫達で黒くみえるくらい。

 まるで、沈没する船から逃げ出すネズミのように、虫達は宿主であったマキちゃんの身体から、一斉に離れて行った。

 

 それは、もうマキちゃんは()()()()()()()

 死んで、身体が冷たくなったのを感じた虫達は、次の宿主を探す為に、ゾロゾロと移動しているんだ。

 

 それにより、あーしも他の患者たちも、ようやく「マキちゃんが死んだ」という事に気が付く。

 ここでは、そういう事が何度かあった。

 まわりや、衛生係が判断するのではなく、こうして身体に取り付いていた虫が移動する様によって、簡単に生死の判別が出来た。

 

 どれだけやつれてて、死にそうな顔してても、一言もしゃべってなくても。まだ虫が取り付いてる内は、その人は生きてる。

 逆に眠ってるだけに見えても、どんな安らかな顔してても、身体から虫達がゾロゾロ移動をし始めたら、その人は死んだって事。

 

 どこを見るでも無い、薄く開いた瞳のまま、マキちゃんは息を引き取った。

 悲しそうな、どこか寂しそうな寝顔に見えた。もう起き上がることは無い。

 

 医療施設で死んだ患者は、全て司法解剖へまわされる決まりだそうだ。

 胸やお腹をさばかれ、頭も真っ二つ割られ、その中も調べられる。

 そして、終わったら裏山へ……。あの白樺林の土に埋められるの。

 あーしがいつもやってたみたく。誰もかれも、区別無く。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――希望なんて無いよ? ここは殺すための所だもん。

 

 ふと、いつか心の中でごちた言葉が、思い返された。

 

 

 

 

 

 ならば、何のために生きた?

 何故ここまで歩いて来た??

 

 希望なんて無いのなら、どうせここで死ぬなら。

 何故あーしやマキちゃんは、あんなに毎日戦ってたの? これまで頑張って来たの???

 

 戦隊のタイツ着て、おっきなロボに乗って、必死になって戦った?????

 

 

 ここが最後の場所になるのは……分かってる。

 でも、なら何の為にウチらは生き、ここに辿り着いたんだろう????????

 

 

 どれだけ考えてみても、分からない。分からない。分からないよ。

 いつも頭に浮かぶのは、あの雪が降り積もる地面の感触と、たくさんの木の光景だけ……。

 

 

 

「…………あぁ、そっかぁ」

 

 突然、ストンと胸に落ちた。

 これまで、どうしても出なかった答えが、今ようやく分かった。

 

 あーねー。

 これ別に、夢とか希望とか、誰かの為とかじゃ、無いんだ。

 

 

「ウチらは、()()()()()()()()()()()()、生きてきたのか――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …

 ………

 ………………

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 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――ねぇセンセ、嘘ついたでしょ? なにが『死んだ』よ!」

 

 地底深くに構えられた、【パリピ戦隊 陽キャナンジャー】の基地。

 巨大なモニターや、様々な機械やコンピューター、あとパーティグッズなどが、いま彼女がいる作戦会議室に、所狭しと並んでいる。

 彼女の名は“ハルカ”。戦隊においてピンクを冠する戦士で、仲間達にはハルの愛称で呼ばれている、陽キャナンジャーの一員である。

 

「ジュリ生きてるんでしょう? 会わせて。なんで隠してたの?」

 

 約2年前の作戦にて、陽キャナンジャーは一度、壊滅の憂い目に合った。

 レッド、グリーン、イエローといったメンバーが死に、当時足を負傷して後方へと下げられていたハルカだけが、ひとり残されてしまった。

 

 仲間達の死は、搬送された病室にて、この隊の司令官である針日先生より伝えられた。

 彼らはインキャデスの襲撃により命を落とした――――君はまず身体を治し、また新たなる仲間と戦うのだ。

 そう伝え聞いたハルカは、暫くの間ふさぎ込んでいたが、やがて数か月の療養期間を経て、立派に戦線に復帰。

 針日が新たに見出して来た戦士達、新たなレッド、グリーン、イエローと共に、もう一年以上も戦い続けている。

 

「テレビ観たよ? ニュースでジュリのことが出てた。

 あの子は生きてて、今どこかで療養中なんでしょう?

 私すぐ行くわ。会いに行かなきゃ。場所を教えて」

 

 折り紙の鎖で飾り付けられた室内、そしてピザだのケンタだのを所狭しと並べたテーブルに着き、コーラだのノンアルのシャンパンだのを飲んでいた針日は、「ふう」とひとつため息を付いた後、面倒くさそうにこちらへ振り向いた。

 

「あーもうマジ超SST(最悪最低つまらないです)

 なんでアイツTV出てんの? MJD?(マジですか?) アリエンティだろコレ?

 これもうDNSじゃね?(台無しではありませんか) ないわー」

 

「……」

 

 不愉快な顔。軽薄でイラッとくる口調。

 “名は体を表す”の言葉通り、パリピ的な若者言葉を使ってこそいるが、針日はその顔には明らかな不快感が滲んでいる。

 思い通りにならない、ぜんぜん楽しくねぇという、ジュリへの怒りが。

 

「とりまお前(とりあえず貴方)、作戦行ってら。

 戦隊率いて、ここのインキャ共殲滅して来い。やくめでしょ?」

 

「……っ!? なに言ってるのよ! ジュリの所に行くの! はやく居場所おしえて!」

 

「だーかーらぁ~。今やばばばだっつーの(拙い状況なのですよ)

 TVの取材やら何やらで、今アイツ囲まれちゃってんのよ。

 しかも機密とかの関係で()()()。ネズミ一匹入る隙ナッシン。わかりみ?

 たとえ俺が指令で、お前が同じ隊だったとしても、あっこ入るには許可が要るんよ。

 一日二日で出るようなモンでもねぇし、とりま作戦行ってら。はよ」

 

 面倒臭そうにシッシと右手を動かし、「ソクサリしろし」と告げる。

 ハルカは怒りに拳を振るせながらも、背を向けて出口をくぐった。

 どれだけ憤っていても、戦隊のリーダーとして、今日の作戦をこなさなければならない。世界の平和と、愛する人々の為に。

 この場をソクサリする振り向き様、「帰って来たら、おしえて貰うから」とだけ、言い捨てるように告げて。

 

 

「ったく、なんだっつーんだよ。まじTBSだわ(テンションバリ下がりです)

 なんで生きてんだよ。()()()()()()()()()()()()

 あっこシベリアで、インキャ帝国のど真ん中だぞ? マ?(本当ですか?)

 

 

 二年前、自身の命令によって全ての作戦を中止させ、彼らの身柄の安全を放棄した。

 機密保持、そして敵に利用されぬよう、事前にしっかりと武装放棄をさせ、その上でジュリ達のキャンプ地の座標を敵に流したのも、針日だ。

 

 自身が立案し、総指揮を執っていた、あの大規模討伐作戦。

 そのあまりに拙かった作戦や、数々の失態の責任を取らされる事を恐れた針日は、これに参加した戦士達を全て抹消することにより、事態の隠ぺいを計った。

 

 あのジュリ達がいたキャンプには、後に針日の指示による空爆がおこなわれ、もう跡形も残らなかった。

 その()()()()()()()()()()()()、あの作戦に参加していた者達は、すべて戦死した。憎むべきは悪のインキャ帝国である。

 世間的には、そう後処理と落とし前をつけた、ハズだった。

 

 ちなみに、もしジュリ達がひょこり戻って来たとしても、またすぐ別の戦場へと、送り込むつもりだった。

 あの作戦の概要や、これまで自身が好き勝手してきた事の全てが、外に漏らされては困る。

 

 そして、あの地獄とも呼べる戦地の様子や、そこで自分達が受けた扱いなどを、今の陽キャナンジャー達や、ヒーローを夢見る若者たちに喋られては困る。

 そんな事をすれば士気が下がり、とても部隊の運営など出来なくなる。

 誰も「正義の味方になろう」などとは、()()()()()()()()()

 

 よってジュリの処遇として、決して帰路のない絶死の戦場へと送り込み、(てい)の良い口封じをするつもりでいたのに。

 あの戦いに参加したジュリには、なんとしても【名誉の戦死】を遂げて貰わねばならない。

 平和のために殉じた“英霊”。そういう事にしなければ、いけなかった。

 

 だが今回、ジュリは約2年の歳月を経て、死ぬでも基地に帰るでもなく、負傷した状態で別の部隊に保護されたのだという。

 しかもあの娘は、どういうワケだか、今ちょっとした英雄(ヒーロー)扱い。

 あの地獄から帰った戦乙女として、メディアがこぞってジュリの事を取り上げ、連日のように雑誌やワイドショーを賑わせているのだ。

 これでは針日と言えども、流石に手が出せない。彼女の存在を消し、口封じをするのは至難だろう。

 

「だが、とりま全然おけまる(とりあえず問題は無いでしょう)

 生かしておいても、大した問題にはナランティ。

 アイツはもう、エンドってる(終わっているのですから)」

 

 そう改めてテーブルに向かい直り、針日はケンタのドラム部位だの、クォーターでMサイズのピザだのに、噛り付いていった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 世間は、ジュリの話題で持ち切りだった。

 あらゆる媒体、数多くのメディアがジュリのことを取り上げ、ニュースキャスターやコメンテーターが、彼女の名を口にした。

 

『リメンバー・ジュリ』(彼女を忘れるな)

 

 これは今、日本に住む誰もが口にしている言葉。

 国民や、ヒーロー達、それを夢見ている若者たちは、誰もがジュリの話をし、その心に尊い気持ちや、瞳に怒りの炎を宿した。

 

 ジュリがインキャ帝国の収容所……あの地獄とも呼べる場所で受けた仕打ち、またその環境下で彼女がおこなった行動、慈愛や博愛に溢れた行為や言動は、まさに英雄(ヒーロー)その物だとして、人々に賞賛された。

 ヒーロー達の連合軍ともいうべき大部隊が、あのシベリアにある捕虜収容所を強襲し、そこで保護された生き残りの者達の証言によって、それが明るみに出たのだ。

 また、かの地で彼女が負ってしまったという、凄惨なまでの負傷も、人々の心を打つ材料となった。

 

 ――――許せない、なんて酷い事を、アイツらこそ悪だ。

 誰もがそう憤り、また彼女の為に涙を流す。いまジュリの下には、国民や数多くの著名人達により、莫大なまでの義援金が届けられているという。

 

『彼女を忘れるな。インキャ帝国を倒せ。ヤツラを滅ぼさねばならない――――』

 

 ジュリの名は、“プロパガンダ”の為に、積極的に利用された。

 戦意高揚、政治、運動、殺し、金儲けのために。

 長きに渡るインキャ帝国との戦いにより、しだいに国民たちは疲弊し、国もやせ細っていた。

 そんな中、彼女の存在は、大きな意義を持った。

 政治家やメディアは、ここぞとばかりに飛びついた。

 

 可憐で、不憫で、愛すべき彼女を旗印として戦い、みんなでこの戦いを乗り切ろう。

 彼女のために戦おう。仇を取ろう。今度は私たちが彼女に報いる番だ――――

 

 そんな大義名分が生まれ、広く人々に支持されていった。

 

 

 

 

 

 

「写真や映像を撮るのならともかく、会話は出来ませんよ?

 彼女に意識はありませんから」

 

 ハルカは廊下を歩く道すがら、白衣の男に説明を受けた。

 

「くれぐれも、彼女に触れないで下さいね?

 あと医療機器や、部屋にある物は全て。何かあれば即、面会は強制終了します。

 扉もこちらで開閉しますので、気が済んだら声を掛けて下さい。

 室内には、カメラとスピーカーが設置されてますから」

 

 そう告げられ、病室の中へ通された。

 だがこの部屋……この施設自体が、病院などでは無く“研究所”という趣だった。

 

 清潔な白い壁や、患者たちで賑わうロビーなど、ここには無かった。

 巨大で、飾りっ気のない、まるで要塞のような施設。

 ハルカは今日、満を持してここへとやって来た。散々針日に焦らされ、ようやく許可を取り付けた頃には、もう2か月もの時が経過していた。

 

 だが今、足が震える心地。ジュリはこんな所にいるのかと思うと、得も知れぬ不安が胸に押し寄せた。

 酷い怪我をしたとは聞いているけど、これはあまりにもオカシイ。いくら彼女が平和のために戦う戦士で、その機密保持のために必要だとしても、この仰々しい施設は一体なんなのか? それがまったく分からずにいる。

 

 背後のドアが閉まり、いま目の前には、とても広い空間がある。

 とても一人の女の子のために使う病室とは思えず、その中心にポツンと置いてあるようなベッド、そして周りを取り囲むように置かれた沢山の医療機器が、なにやらすごく浮いているように思えた。

 ここは薄暗く、窓から差し込む月明りが照らすのみ。後は電子音と共に僅かな光を放っている医療機器だけが、ここの光源だ。

 

 ハルカは内心オドオドとしながらも、ゆっくり歩みを進める。

 中心にある、ジュリがいるベッドへ向かって、なぜか無意識に音を立てず歩いた。

 

 

「……ッ!? じ、ジュリ……!」

 

 すぐ目の前に辿り着き、彼女の姿を一目見た途端、ハルカは絶句した。

 いま見ている物が、いったい()()が何なのかが、理解出来なかった。

 

「ジュリ……なの?

 まさか、本当に()()()……?」

 

 今ベッドに横渡る人物には、足が無かった。

 片方だけじゃない。右も左も、その両方が()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけじゃない、両腕もだ。

 肩だけを残し、()()()()()()()()()()()

 

 顔の部分には、まるで死者にするように、白い布が被せられている。顔が全く見えないほど、全体を覆っている。

 それは呼吸によって上下したりはしない。ピクリとも動かない。

 なぜならこの人物の呼吸は、鼻や口で行うのではなく、全て喉元に空けた穴から、パイプを通して生命維持装置によって行われているからだ。

 

「怪我をした……とは聞いた。

 連合軍の強襲で、空爆に巻き込まれたって、聞いた……」

 

 けれど、生きているのなら治る。メディアや世間だって彼女を応援している。

 だからどこか、楽観的に考えていた。また怪我が治ったら、自分と轡を並べて共に戦えるのだと。

 

 だが、それは無理だ。もう二度と叶わない。

 ジュリは共に駆けるための両足も、かっこいい装飾がなされた剣や銃を操るための両腕も、持っていないんだから。

 

 そして、頭部に布が掛けられているのは、()()()()()()()()()()

 空爆によって損傷し、目、耳、鼻、顎などを、すべて欠損しているからだ。

 自分で息をする必要が無く、またこの醜さを、()()()()()()()()()()、この部屋を訪れる者達が見ずに済むようにと、布が掛けられているのだ。

 

 ()()()、という物がある。

 選挙の時や、置物として愛される、あの顔の付いたまるっこいヤツだ。

 そして、こうやって“手足が無い”という状態には、だるまという呼称が用いられる。

 けれど、だるまには確かにある顔すらも、ジュリには無い。すべて爆弾によって吹き飛んでしまったから。

 身体どころか、もう自意識すらないというジュリには、あまり関係の無い話かもしれないが。

 

 

 彼女は連合軍の空爆により、意識不明の重体に陥った。

 可愛かった顔は、全て吹き飛び、頭部に致命的なダメージを負った。

 そして一度も目を覚ます事なく、現在はいわゆる“植物人間”の状態にある。

 

 手足の切断は、爆弾による物では無い。()()()()()()

 全く動かす必要の無くなった手足は、すぐに枯れ木のようにやせ細り、次第に腐って行った。

 ゆえに、これ以上壊死が進行せぬよう、医療班によって根元から切断され、ジュリはその自意識のみならず、四肢まで失ったのだ。

 

 ――――ミノ虫。白いミノ虫だわ。

 

 ハルカは心の中で、そう呟く。

 手足を失い、そしてグルグルに包帯が巻かれている胴体は、彼女が言った通りミノ虫に似ていた。

 顔全体から喉元にまで及ぶ布のせいもあり、()()が人間の身体だとは、とても思えない姿。形状。

 

 もし今、静かにピッピと鳴っている生命維持装置の機械音が無ければ、この人物が……ジュリがまさか生きているだなとと、誰も信じようとはしないだろう。

 もしあの収容所であれば、虱などの虫が引っ越しを始めれば死亡、という判断の仕方が出来るが、ここは曲がりなりにも現代日本の医療施設。

 この静かに、そして定期的に鳴っている機械音だけが、ジュリがいま()()()()()()という信じられない事実を、頼りなくハルカに証明し続けていた。

 ピーン……ピーン……と。

 

 

 

 

「ああ……、ああああ……」

 

 膝を付き、その場に崩れ落ちる。

 ハルカは茫然自失し、立っている事すらも、出来なくなった。

 ただただ力なく口を開け、焦点の合わない瞳で、ジュリのいるベッドを見つめるばかり。

 

「こんな……、こんな事が、ある……?」

 

 ハルカの思考はシェイクされ、まったく定まらなかった。

 涙を流すことも、ジュリの姿をまともに見つめる事も、出来ない。

 ――――これがジュリ? このミノ虫みたいなのが?

 ただただ、その言葉だけが、頭の中でリピートする。

 あの元気だったジュリが、ドジで天然だけど真っすぐだったジュリが……。

 どれだけ考えようとも、いま目の前にいようとも、自分の中のジュリと()()が同じ物だなんて、どうしても結びつかない。

 

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ――――

 今度はこの二文字が、頭にリピートする。

 こんなワケないわ。顔だって無いもの。きっと間違えたのよ。ジュリなワケない――――

 そして今度は、否定の言葉が浮かぶ、

 どうにかして目の前の現実から逃れようと、ハルカの頭がフル回転する。

 けれど、どうしても納得する事は、自分を騙すことは、出来なかった。

 

 暫くの間、ただそうしていた。

 ペタリと女の子座り。その場から動くことが出来なかった。

 

 悲しみとか、憤りとか、涙とか、そういう物は無かった。

 ただただ「受け入れたくない」という感情だけが、ハルカを支配していた。

 けれど。

 

 

 

「……ッ!?!?」

 

 柔らかくて、軽い音。

 ポスッ……! ポスッ……! という小さな音が、突然この場に響く。

 それは定期的に、ある一定のリズムで。

 ハルカが茫然自失から立ち直り、ようやくジュリの方を向くまで、ずっと。

 

「ジュリがっ……!! ジュリが動いてるっ……!! 生きてるのっ……!!」

 

 跳ねるように駆け出し、扉にしがみついた。

 触るなと言われたのに、もう暴れ狂う勢いでドンドン扉を叩き、必死に伝えようとする。狂人のように叫ぶ。

 

 生きている、のは当然だ。これは思わず口走ってしまったに過ぎない。

 だがジュリは今、意識が無いハズ。植物人間と診断されていたハズだった。

 ()()()()()()()!!

 やがて、この場にスピーカーからの音声が届く。

 

『落ち着いて下さい、それは単なる“痙攣”です。

 たとえ意識が無くとも、時折身体の反応として、痙攣を起こすんです。

 自分の意思で動いているワケでは、ありませんので』

 

 すぐにプツリと音がして、通信が途絶えた。

 落ち着け、暴れるな、とだけ告げて、さっさと切られてしまった。

 この場に来て、確認する事もせずに。

 

「……」

 

 ハルカは再び茫然としたまま、暫くその場で佇む。

 だが振り向くと、今もジュリのベッドの方から、ポスンという音がし続けているのが分かった。

 未だ焦点の合わない瞳をしたまま、何を考えるでもなく、またベッドの方へ足を進める。

 

「痙攣……? これが?」

 

 目の前まで、ジュリを見下ろせる位置まで、歩いて来た。

 ハルカは暫くの間、じっとジュリを見つめる。彼女が少しだけ頭を上げては、ポスンと音をたてて、後頭部を枕に打ち付けている。それをずっと続けているのが分かった。

 

 規則正しく、……いや同じリズムではない。()()()()()()()()

 ト、トン、トトン……。ト、トン、トトン……。

 3つか4つくらいの組み合わせで、同じリズムの叩き方を、()()()()()()()()()()

 

「……ッ!! これ、モールス信号だわッ!! ……ジュリ!!!!」

 

 飛びつく。ジュリの横たわるベッド、その淵へ。

 しっかりと、位置音も聞き逃さずに、それを解読する為に。

 

 まだ自分達が高校一年生だった頃、二人はよく訓練と称して、このモールス信号を使った遊びをしていた。

 スマホもあるし、もっと良い通信手段だってあるのに、わざわざモールス信号という物を勉強し合い、二人だけの言葉として、秘密の通信をおこなっていた事があった。

 時間だってかかるし、解読ミスも多発。でもとても楽しかった覚えがある。

 モールス信号遊びという、ちょっと特殊なお喋りの中で、ジュリのお菓子の好みや、決して人には言えないような秘密だって、たくさん聞いたのだ。いっぱい話してくれた!

 

「……だ、……れ、……か。

 誰か? ……人を呼んでるのジュリ!?」

 

 すぐ動く。ハルカは決して医療機器には触れぬよう気を使いながら、顔が引っ付くような距離まで近づき、指でジュリのおでこのあたりを、そっと叩いてみた。

 胴体には全て包帯が巻かれているし、触るワケにはいかない。でもおでこだったら分かりやすいし、なんとかなるかもと、咄嗟に判断した。

 

「い、る、よ。

 い、る、よ。

 ……ジュリ、分かる!?」

 

 二度ほど、モールス信号を打つ。

 トトン、トト、トン。そう同じリズムで繰り返した。

 

「……な、……ま、……え。……は。

 名前ねジュリ! 分かったわ!」

 

 そしてハルカは、自分の名前を伝える。

 いつも彼女が呼んでくれていた、“ハル”の愛称で。

 それを告げた途端……、ジュリの身体が大きくピクンと動いた。明らかな反応を見せたのだ。

 

「ジュリ! 来たよ! 私ハルだよ!! ジュリ……!!」

 

 繰り返し、繰り返し、そして代わりばんこに打ち合う。

 ジュリは枕で、ハルカは指を使って、

 

「何が植物人間よ! 意識あるじゃん!

 ちゃんとジュリ起きてるっ! 私のこと分かるっ!!」

 

 この部屋に来てから、初めて涙が零れた。

 これはうれし涙、たとえモールス信号のような不自由さだって、ジュリと話が出来たことが、もう嬉しくて堪らなかった。

 こんな気持ち、いままで味わった事がない。それほど大きな大きな歓喜が、まるで空まで吹き上がる間欠泉のように、溢れ出した。

 

 でもふいに、ハッと現実に戻る。

 歓喜の渦にのまれていた感情が、まるで水でもかけたかのように、ピタッと静まってしまう。

 ――――起きて、()()()()()? だってジュリはもう、身体が……。

 唐突に、その事実に気付く。今まさに眼前にある、ジュリの姿を見て。

 

 さっき思った、ミノ虫みたいって。

 今ジュリには手足がなく、顔のパーツや顎さえも、全て失っているのだ。

 現代の整形技術や、義足や義手などの事情のことは、よく知らない。

 でも素人目にみたら、今のジュリの状態は、まごうことなく“絶望”だ。

 この子が将来回復し、また元気にお日様の下に出ている姿など、到底想像する事が出来ない。

 

「……あれから2年半。たしかジュリ達が救助されてから……半年ほど?」

 

 いったいこの子は、いつから目を覚ましていたんだろう。

 一体いつ頃、闇の中から目覚め、こうして誰にも知られる事なく、ひとり孤独の中にいたんだろう? 誰に届く事もないモールス信号を、打ち続けていたのだろう?

 それを思った時、ハルカの心を途轍もない恐怖が襲った。

 

「何か……、したい事は?

 ジュリは今、何をしたい? どうしたいの……?」

 

 何故そうしたのかは、分からない。きっと縋るような気持ちで「何かをしてあげたい」と思ったんだろう。

 ハルカは少し長めのモールス信号で、「ジュリはしたい事ある?」と訊ねる。

 

 とにかく、彼女の意思を聞こう。

 よく分かってない自分が判断するんじゃなく、ジュリの気持ちを聞こう。

 そう、ある意味で“逃げ”の感情が、そうさせたのかもしれない。

 

「……っ!」

 

 すぐに、返答が来る。ハルカがした物よりも、とても長いモールス信号が、暫しこの部屋に響いていった。

 

 

 ――――あーしの心臓や臓器とかを、誰かにあげて欲しい。

 ――――――人の役に立ちたい。あーしが出来ることをしたいの。

 

 

 

 

 頭がシェイクされた。

 今度こそ、ハルカは何も考えることが、出来なくなった。

 

「……無理に、決まってるじゃん……。

 アンタ今、有名人だよ?

 正義のヒロインで、“戦いの象徴”なんだよ……?」

 

 人を助けたい。誰かの役に立ちたい。

 それは痛いほどわかる。悲しいくらい理解してる。ジュリはそういう子なんだ。

 

 ヘタレで、天然で、すぐ凹む。

 一度「自分には無理だ」と感じたら、もう構わず物事をブン投げてしまうような、あっさりと関わりを断ってしまうような、極端な子。

 でも【自分に出来ること】であれば、もう全力でやった。

 身も、心も、力も、すべてその人に差し出してしまう程に。一生懸命な子だった。

 

 考えるまでもない、無理だ。

 この子の心臓を切り取り、臓器を奪うことなど。

 世間や、針日が許しても、他ならぬ自分が許せない。

 たとえどんな姿になったって、この子はジュリ。

 私の親友(BFF)じゃないか――――

 

 少しだけ間をおいてから、返答をした。

 無理だよ。出来ないよ。

 何を言えばいいのか分からずに、とても短いモールスになった。

 

 そして、ジュリの返答はすぐ帰って来た。

 ハルカがしたのと同じで、短い物だった。

 

 

 ――――じゃあ、殺して。

 ――――殺して、ころして、ころして。

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 同じリズムの信号が、繰り返されていく。

 

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルカは逃げ出す。

 後ずさりしながら、必死でこの部屋を。

 

 その間もずっと、ジュリのモールスが鳴る。

 殺して、殺してと、何度も繰り返される。

 

 悲鳴のような叫び声を上げ、「開けて」と叫んだ。

 扉はすぐに開き、その途端ハルカは、廊下を駆け出した。

 

 混乱した頭、零れる涙、何も見えない視界。

 そして、止めどなく喉から洩れる、嗚咽と共に。

 

 ジュリにとって、たった一人残った友達は、彼女から逃げていった。

 

 

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 

 そしてあの子が去った後も、病室にはジュリのモールス(こえ)が、鳴り続けた。

 

 ずっと、止むことなく、延々と。

 いつまでも、いつまでも。ひとりっきりの闇の中で。

 

 いつか、想像も付かない程の膨大な時間が、彼女をすり潰し、命が尽きる時まで。

 ジュリは、もう誰にも届かなくなったモールスを、打ち続けていくのだ。

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 

 

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 世界は、今日も平和。

 ヒーローたちは愛と勇気を胸に戦い、子供達へ夢を与えている。

 

 キラキラ、と可愛く。

 強く、そしてカッコ良く。

 

 誰もが彼らに憧れ、また心から「こうなりたい」と願い――――夢を描いた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そして、10年後――――

 

 

「おはwww おまたwww」

 

「遅いよ。何やってたの? このゴリラ人間(ピーポー)」 

 

 動物を模した、かっこいいデザイン。

 4体合わせれば、巨大なロボットにだって変形出来る、正義のマシン。

 その機体の傍に、ふてくされながら腕を組んでプンプン怒っている、ひとりの女の子の姿がある。

 

「うはw 辛辣www

 そんな()()じゃなくてよくね? ちゃんと来たじゃんw」

 

「遅いっつってんの。

 今日大事な日でしょ? 1時間前には来なさいよ」

 

「ちょ、睡眠時間w つかオレ、昨日は緊張して眠れんかったし。

 あーマジつれぇわーw オレ全然寝てねぇわーwww」

 

「何その寝てないアピール。

 ウザイから帰りなさいよアンタ。あーし一人で行くから」

 

 語尾を伸ばす、うっとうしい喋り方。一見軽薄にも見える態度。

 でも彼女は、彼がとてもあったかい人なのを知っている。

 ちょっと辛辣に言ってしまうのは、コイツはいつも嬉しそうな顔をするからだ。

 

「一人で行くとか、なくね?

 オレって、かの“伝説のグリーン”の弟よ?www

 連れてけば、何かの役には立つっしょ」

 

「そうね、まぁ弾避けの壁ぐらいには、なるかもね。

 お姉ちゃんに“心臓”もらったんでしょ? そのお代分は働きなさいよ」

 

「りょw おかげでオレ、いま元気そのものwww

 お前の姉ちゃんのおかげで、マジ生きてるようなモンだよ」

 

 幼少の頃から、ずっと病気を患っていた彼は、数年前に臓器移植によって、完治を果たした。

 今では病人どころか、レスリング部の主将として、全国大会に出場するほどの腕前。

 遠い記憶にある、昔よく自分と遊んでくれたという、優しかった兄と同様に。

 

「結構かかったよな、準備すんの。

 もう1年になるか……、カレンがあっこ行く為に、色々やり始めたの」

 

「仕方ないでしょ?

 周りの国々とか、滑走路になる土地まで解放してかなきゃ、あそこには行けないんだから」

 

 今は亡き、自分の姉が戦ったという、あの氷の大地。

 カレンは今日、そこへ赴く。

 長きに渡るインキャ帝国との戦いに、終止符を打つために。

 

 その為に彼女は、数年前【渓流戦隊ソロキャンパー】のイエローとなり、多くの戦いをおこなってきた。

 ちなみにであるが、この者達は集団でキャンプ地へ行くワリには、それぞれが別のテントを張り、料理も自分の好きなものを各自が調理して食べるという、「いやウチらソロキャンパーなんで」みたいな主張を頑なに譲ろうとしない、おかしな拘りをもった連中である。

 かの戦乙女、“伝説のイエロー”と謳われるジュリの妹は、彼女の背中を追いかけるようにして、戦隊ヒロインとなった。

 

 最後に顔を見たのは、もう10年以上も前。

 カレンは今16だから、最後にあったのは幼稚園の頃になる。

 でもよく遊んでもらったし、とても優しかったのを憶えてる。

 まだ幼かった自分を守る為なら、もう涙を撒き散らしながらノラ犬を追っ払ってくれたり、よく美味しいケーキを作っては、紅茶と一緒に御馳走してくれてた記憶がある。

 

 ちなみにであるが、カレンの「あーし」という一人称は、姉へのリスペクト。

 お淑やかで、とても真面目な人だったのに、なんかある日突然、自分の事をあーしとか言い始めて、当時はとてもビックリした覚えがある。幼心(おさなごころ)に。

 

「まぁなんだかんだで、今日めでたく出発だな。

 他の連中は、もうマシンに乗り込んでるぜ?

 ほないっちょ行きますか! オレいま超YM(やる気まんまん)」

 

「りょ(分かったわ) ……つかアンタの口調、移って来たわね最近。

 まあいいわ、出発しよっか。――――人から聞くお姉ちゃんの話なんて、もうたくさん」

 

 自分の姉なのに、なんで人に教えられなきゃいけないんだ。神格化し、美辞麗句ばっかり並べてからに。

 だから教科書や、資料館や、TVネットにある情報なんかじゃなく、本当のお姉ちゃんの姿が知りたい。

 あーしが一番、お姉ちゃんのことを、知っていなくてはならない。

 ジュリお姉ちゃんに一番憧れてるのは、このあーしなんだから。

 同じ場所に行って、同じモノを感じ、同じ敵と戦う。そうやっていつか、背中に追いつくの。

 

 そんな想いを持って、カレンはいま戦場へと赴く。

 インキャ帝国へ。極寒のシベリアへ。

 全ての戦いに終止符を打つために。

 

 二人は力強く、ギュッと手を繋ぐ。

 

 

「人任せじゃなく、自分でやるし。

 見に行こう、お姉ちゃんが見た景色を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――END――

 

 

 

 

*1
ガンダッシュ、本気走り

*2
風呂に入る、入浴すること

*3
スーパー・ビューティフル・セクシー

*4
メチャメチャ、すごく

*5
気分を盛り上げる事

*6
ときめきました

*7
感動する




◆スペシャルサンクス◆

 砂原石像さま&天爛 大輪愛さま



・参考書籍

 おざわ ゆき著 【凍りの掌】
 ダルトン・トランボ著 【ジョニーは戦場へ行った】

・イメージ曲

 鬼束 ちひろ 【僕等、バラ色の日々】





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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅰ (甲乙さま原案)



 今回のお題はこちら↓
 

 ◆ ◆ ◆


 お世話になっております。
 リクエスト企画についてお題を送信させていただきます。
「無茶ぶり上等」と聞いて無茶ぶりしないのも却って失礼かと思いまして!

 タイトル:AN-BREAD ZERO
 お題:「アンパンマン」を原作とした「エースコンバット・ゼロ」のパロディ
 つまりは、エスコンゼロのラストバトルをアンパンマンvsばいきんまんで再現していただきたく!

(甲乙さまより頂いたメッセージ抜粋)





 

 

 

 20××年11月25日、デラオイシ国境付近の町――――

 

「アイツか? ああ知ってるぞ」

 

 放置された家具や、空爆によって崩れ落ちた壁が床に散らばる、廃墟の一室。

 照明など無く、窓から差し込む光だけが光源となる、昼時なのに少し薄暗い部屋の中で、彼にビデオカメラのレンズが向けられている。

 

「こんなトコに好き好んで来るなんて、よっぽど偏屈なヤツだろうって思ったが……。

 まさかアイツの事を訊かれるとはなぁ~」

 

 薄暗闇に紛れる、黒い身体。

 落ち着いた雰囲気を演出する、柔らかい笑みと、それを形作っている大きな口。

 そして、恐らくは()()()()で片方を失ったのであろう、虫を連想させるような形状の羽が、背中に存在している。

 

「懐かしいなぁ。もう10年にもなるのか。

 アイツと一緒に飛んでた、あの頃から……」

 

 タタタタ、というアサルト(AK)の銃声が、遠くから絶え間なく聞こえている。

 彼は何気なしに窓へと顔を向け、そのままどこか遠くを見つめ始めた。

 意識を過去へと飛ばし、思い出を拾い集めているかのような、静かな表情で。

 

「んー、こりゃあ話せば長くなるぞぉ~」

 

「……まいっか、アンタどうせ暇なんだろ?

 こんなトコで油売ってる、変わり者のジャーナリストなんだし。

 せっかく来たんだ、聴いていくと良いさ」

 

 彼が、軽く抱きしめるようにして持っているアサルトを、今一度握り直した。

 こちらへと向き直り、少し前傾姿勢になったのが分かる。話をする態勢に入ったのだ。

 遠く異国からやって来た、私というインタビュアーに対して。

 

「古い話だ。でも鮮烈に憶えてる」

 

「アンタは戦闘機乗り(ヒーロー)のこと、どのくらい知ってるんだ?

 なんかヒョロヒョロだし、戦いとかには縁が無さそうに見えるけど」

 

 ここに来るまでに、幾人かの方々からお話を伺ってきました。

 皆、貴方と同じく“エース”と呼ばれていた方々です。

 そう私は苦笑を返す。

 

「ふーん、英雄(エース)なぁ~。

 そういや俺さまも、呼ばれてたっけ」

 

「じゃあ……知ってるか?

 エースってゆーのは、三つのタイプに分類出来るんだ」

 

 片方の眉を上げた、どこかひょうきんな表情。

 彼がリラックスし、会話を楽しんでくれている様子が、見て取れる。

 

「ひたすらに、強さを求めるヤツ――――

 信念とかの、矜持(プライド)に生きるヤツ――――

 判断力に優れ、戦況が読めるヤツ――――

 この三つだ」

 

 俺さまは、自分では2番目だと思ってるけど……いや待て、意外と3番もあるか?

 そんな風に、彼が腕を組んでうんうん悩み始めた。それはどことなく、微笑ましい姿に見える。

 彼が年の割には小柄で、身振り手振りで感情を表に出すタイプだからかもしれない。

 歴戦の英雄(エース)だというのに、その様はまるで少年のよう。きっと言われなければ、誰もそうは見えない事だろう。

 

 

「アイツの方はどうかなぁ~?

 自分で言っといてなんだけど、もうあそこまで()()()()()()()()()

 正直なに考えてるのか、俺さまにもよく分かんないトコあったし……」

 

「まっ! とにかく真の英雄(エース)だよ、アイツは」

 

 

 

 彼の名はGerm(ジャーム)

 これは“ばい菌”というニュアンスで、医学用語ではなくカジュアルに使われる言葉だ。

 ひとたび彼が戦場に駆け付ければ、たちまち戦況がこちらへ傾いていく事から、その様を敵軍にとっての病原菌に例えたTACネーム*1なのだという。

 まぁ彼いわく「ジャムおじさんの“Jam”と似てて、あんまり好きじゃなかった」との事だが。

 

 そして彼こそは、私が追っている“ある人物”の、元同僚。

 自称、宿命のライバルにして、相棒だった男――――

 

 

 今から約10年前、まさに世界を巻き込んだ、大きな戦争があった。

 その名を【ベカリ戦争】という。

 

 多くの血が流れ、幾人もの人々が命を散らしていった、この戦い。

 その空に鮮烈なまでの軌跡を描き、ひっそりと歴史から消えた、ひとりの英雄(エース)がいた。

 

 敵味方の双方から畏怖と敬意を抱かれ、その狭間で生きた()()

 私は今、彼を追っている。

 いちジャーナリストとして、その物語が知りたいのだ。

 

 三脚に取り付けられた固定カメラが、廃墟の中でポツンと座る男を映し出す。

 いま若干しゃがれた声で、“片羽のばい菌”と呼ばれた男が、言葉を紡ぎだす。

 

 

「今日と同じだ。

 あれは雪の降る、ちゃっぷい日だった――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 10年前、4月2日。

 コムギィコ共和国内、ヴァレー空軍基地にて。

 

「なぁ~んで俺さまが“2”なんだぁ~!

 どぉ~考えたって、俺さまが1だろうがぁ~!」

 

 先ほどまで居た作戦会議室から、愛機のある格納庫へと向かう道すがら。

 ばいきんまんがプンプン肩を怒らせ、もうそこら中の物にパンチやキックを繰り出しながら(八つ当たりしながら)、それでも早足で走っている。

 

 現在、当基地には緊急事態警報(エマージェンシー)が発令されており、ばいきんまんを始めとする戦闘機乗り(ヒーロー)達には、緊急出撃命令(スクランブル)が出ているのだから。

 色々思うところはあれど、とりあえず急がなければならない。

 

「やい()()()()()()

 とりあえず今回は譲ってやるけどぉ、下手こいたら承知しないぞーう!」

 

 そして、そんな彼と並走する、ひとりの人物がいる。

 彼の名はアンパンマン――――ここヴァレー空軍基地に、ばいきんまんと共に“傭兵”として所属する、戦闘機乗りである。

 

 赤い服に、黄色い靴と手袋、そして背中でパタパタ揺れている茶色いマント、といういつもの出で立ち。

 胸の中心部分にある“勇気のマーク”は、そのまま彼のトレードマークとなっている。

 彼も今、自身の愛機が眠る格納庫へ向けて、どこか緊迫感を感じさせる表情で走っているところだ。

 

「お前がガルム(ワン)! 俺さまがガルム(ツー)だ! コールサインを間違えるなよ!?

 今回は僚機だし、指示には従ってやるが……、もし駄目だったら途中でも交代だっ!

 なんてったって俺さまは、人に命令されるのがぁ、大っ嫌いだからなぁ~!

 あーーっはっはっは!」

 

 傭兵なのに、いったい何を言っとるんだコイツは? 命令によって戦い、それでおまんま食ってる身分なんじゃないのか?

 そう心の中でツッコミを入れたかどうかは、定かではないが……、とりあえず彼は無言で並走。ばいきんまんと肩を並べ、格納庫へと向かって行った――――

 

 

 

『こちら、基地司令部。

 全機あがったようだな』

 

 ヴァレー空軍基地、上空。

 愛機に乗り込み、颯爽と基地から飛び立ったばいきんまんの耳に、無線からの音声が届く。

 

『今一度、作戦を確認しておく。

 現在この基地に、国境を越えたベカリ公国の大規模爆撃機編隊が接近している。

 敵はここを強襲し、コムギィコ共和国全土の覇権に王手(チェック)をかけるつもりだ』

 

『知っての通り、ここヴァレー空軍基地は、我が国の最後の砦だ。

 本作戦の失敗は、そのままベカリによる、コムギィコ政権完全制圧を意味するだろう』

 

『各機、全力で敵編隊を撃破。基地を守り抜け。

 断固として、ここでベカリ公国の侵攻を食い止めるのだ』 

 

 Base Command(基地司令部)からの、熱のこもった声。緊迫感をあおる言葉。

 まぁばいきんまんの方は、あんましちゃんと聴いてなかったけれど。

 散々難しいことを言ってはいたが……ようは「敵の飛行機がいっぱい飛んで来るよ! ぜんぶやっつけてね!」という事に他ならないのだから。一緒いっしょ。

 

「お、降って来たなぁ~。

 風情があって良いじゃないか。なぁSmile(アンパン)よ?」

 

 無線を通して、アンパンマンに語り掛ける。

 特に返事はかえって来なかったけど……、彼は構わずひとりで喋り続ける。

 まぁこれも、いつもの事だ。

 

 今ばいきんまんの眼下には、視界いっぱいに広がる雪景色がある。

 バイキンUFO・Eagle*2に乗り込み、飛び立ってすぐに、この雪に覆われた美しい山脈が現れた。

 雲で白く濁っているとはいえ、広くて胸がすくような空。そしてこの白い山脈の光景の両方が、ばいきんまんのテンションを上げる。怒りに高ぶっていた心を洗う。

 

 それに、今日はやけに冷えると思っていたら、どうやら雪まで降って来たらしく、これも良い感じ。

 まぁ、このような多少の雪など、空戦においては、さしたる影響は無い。やれるハズだ。

 むしろこの綺麗な光景が、戦いに赴く自身の集中力を、どんどん高めていくようで、諸手を上げてバンザイしたい気分である。

 

(まぁ子供の頃は、綺麗な物なんか大っ嫌いだったけど……)

 

 俺さまも年を取ったもんだ。丸くなったもんだ。

 そう彼は、心の中でごちる。彼はバイキン星からやって来た宇宙人(?)なのだから、“綺麗”なんて言葉は似合わないのだった。

 

「かといって、この雪山でベイルアウト*3は悲惨だなぁ~。

 ……おい1番機、せいぜい頑張れ? 墜ちるんじゃないぞ」

 

 まぁアンパンマンは飛べるけどな――――片羽になっちゃった俺さまはともかく。なんで航空機に乗ってんだろコイツ?

 そう鼻歌気分で操縦桿を握り、機体を操る。今日もバイキンUFO・Eagleはご機嫌だ。

 いま隣を飛ぶ“アンパンマン号・Raptor”*4、……いやガルム1の方も調子よく飛んでいるのが見て取れる。これなら何の問題は無いだろうと、ばいきんまんは内心で安堵する。

 

『ガルム1、ガルム2、そのまま現在の方位を維持せよ』

 

「こちらガルム2(ばいきん機)。了解だぞ」

 

『方位315、ベカリ軍爆撃機の接近を確認。

 各機、迎撃態勢を取れ』

 

「ほい、お出ましだな。

 おい司令部のお前っ! す~ぐやっつけて来るから、報酬を用意しとけよぉ?」

 

『君という男は……。豪胆なんだか軽薄なんだか。

 分かっているGerm(ばいきん)。お互いが無事であれば、な』

 

「心配するなぁ~! 俺さまに任せとけぇ~っ!」

 

 遠くに機影が見える。目視で敵機を確認――――その数40機あまり。

 ばいきんまんは改めて操縦桿を握り直し、グイッと力強く前に入れる。

 さぁ、戦闘開始だ。

 

『ガルム隊! 敵爆撃機を全機撃墜せよ!

 基地に到達させるな!』

 

了解ッ(ラジャー)

 んじゃあガルム1! いっちょロックンロール(ひと暴れ)といくかぁ~!」

 

『おいガルム2、お前はガルム1の指示に従え!

 ブリーフィングで伝えただろう! 一機で突出するな!』

 

「うへぇ……」

 

 出鼻をくじかれたばいきんまんは、苦虫を噛み潰したような顔。

 そして渋々ながら、アンパンマンに声を掛ける。カッと強い瞳で、眼前の敵を睨みながら。

 

 

「――――了解っ! 指示は頼んだぞぅSmile(アンパン)! お前が主役(ガルム1)だッ!!」

 

 

 その檄を合図に、散開。

 アンパンマンは右へ、ばいきんまんは左へと、機体を急旋回させる。

 

「はーひふーへほぉ~っと! 今日が初陣だなぁSmile(アンパン)

 どうだ、高ぶってるか? 勇気の鈴は鳴っているかっ!!!!」

 

 ロケットの発射ボタン。それを押してすぐ、眼前の敵が火の玉に変わる。

 機体は砕け散り、大事に抱えていた爆弾に誘爆。更なる炎を上げる。

 

「でもお前にとっちゃ、空は慣れ親しんだ場所だろう!? 家みたいなモンだ!!

 ――――気負うことは無い! やってしまえ! 空でお前に勝てるヤツなんかいないっ!!

 俺さまだって苦労させられたんだからッッ!!!!」

 

 発射、即座にジンク*5

 急上昇し、敵機の真上にダイブ*6

 数機を同時に相手取り、それを瞬く間になぎ倒す。手元のボタンひとつで、襲い来る鉄塊を炎に変える。羽虫のように地に堕とす。

 

 相手パイロット達の技量は知らない。どれだけの想いを持って、ここに来たのかも。

 だがひとつ言えるのは、“年季が違う”。お前たちと俺さまでは、空で生きた年月が違うのだ。このヒヨッコ共がッ!!

 

 そして、相手がアンパンマンであるのなら、それはなおさらの事。

 たとえ万に一つとて、お前らに勝ち目などあろうハズもない。

 ばいきんまんは、強く確信している。

 

「ガルム1、三機撃墜ッ!

 よっし! 良いぞアンパ……じゃなかったSmile(スマイル)

 あー、ややこしいんだよなぁTACネームって……。ついいつものクセで」

 

 ――――別にいいよ? アンパンマンで。

 そう無線機から彼の声が届く。

 だが喋りながらもガルム1(アンパン機)は、次々に敵を撃墜していく。

 ヘッドオン*7し、自分のミサイルだけを確実に当てる。

 バレルロール*8を駆使し、四方八方からのミサイルを躱す。

 どれほどの数で纏わり付こうが、周りを取り囲もうが、決して彼を捉えることは出来ない。

 

 まるでこの“空”という空間で、唯一彼だけが特権を持っているかの如き動き。

 明らかに周りの匹夫どもとは違う、特別な者だけが魅せる(・・・)動き。

 華麗を絵に描いたような、その姿。

 

 当然だ。この空は、彼の物なのだから――――

 ここでは何人(なんぴと)たりとも、彼を倒すことは出来ない。

 彼の正義を、矜持を、犯すことなど出来るハズが無い。

 

 重い爆弾を抱えた爆撃機は元より、護衛で引きつれている数多の戦闘機(エース達)ですら、もう問題にならない。

 

「バカ言え、一応ここの決まりなんだ。

 少なくとも、これに乗ってる時はTACネーム(あだ名)で呼ぶさ。Smile(アンパン)

 問題行動で報酬減らされたら、俺さま困るもの」

 

 ――――お金が欲しいの? ぼくのをあげようか?

 ――――バカタレ、黙って戦え。

 そう雑談をしながらも、二人は息の合った動きで敵機を落としていく。白く染まった雪山に、黒い煙を上げた航空機が、次々と墜落していく。

 アンパンマン号・Raptorが縦横無尽に駆け、バイキンUFO・Eagleがその頭上を守る。

 あれだけ沢山いた爆撃機が、もう見る影も無く数を減らしている。護衛機なんてもう雀の涙だ。

 

「FOX2! フォックストゥー!*9 ……っと。

 いちおう言っておくぞSmile(アンパン)。当たんないだろうけどな。はーひふーへほぉ~っと」

 

『良いぞガルム1、ガルム2。目標あと僅かだ。

 各員、作戦を続行せよ。さっさと片付けて、ホットウイスキーとしゃれこもう』

 

『まぁ金の分は、きっちりやらせてもらうさ。

 だがガルム隊の連中……、ちと張り切り過ぎなんじゃねえか?』

 

『おいおいGerm(ジャーム)Smile(スマイル)、俺らの分も残しておいてくれよ?』

 

 つえぇ。あんな変な戦闘機(?)なのに、強ぇ……。

 周りを飛んでいる傭兵仲間たちは、その活躍に呆れかえっている。なんなんだアイツらと。

 さっきまでの緊張感はどこへやら。あの作戦開始時の悲壮感は、いったい何だったのだろう? きっともう、誰もそれを憶えていないだろう。

 

「ナイッショー! いいぞSmile(アンパン)

 もう撃墜数10を越えたんじゃないか?

 今日一日で撃墜王(エース)だっ!」*10

 

 ばいきんまんの機体は、あんな丸っこいノッペリしたUFOで、アンパンマンにいたっては、自分の顔を模したようなファニーなデザインなのに……。

 でも一度(ひとたび)空を駆ければ、それは決してオモシロマッシーンではなく、まごう事無き“戦闘機(ファイター)”。

 誰もがその動きに驚愕し、また同時に畏怖と尊敬を抱く、その戦いぶり。

 

 ガルム隊――――Smile(アンパン)Germ(ばいきん)

 この空域、この戦場は今、彼ら二人が支配している。

 

『……こちらオット5、IFF*11不調。

 作戦遂行は不可能。作戦空域を離脱する』

 

 そして時折、敵であるベカリ側の無線も、こちらに聞こえてくる。

 彼らは皆、劣勢だの、作戦遂行は困難だのと、慌てふためいてる様子。

 

『敵爆撃機1機が、戦線を離脱中。……怖じ気づいたのか?』

 

「ここまで来といて、とんずらぁ~?

 ベカリの戦闘機乗り(ヒーロー)ってのは、ずいぶん腰抜けなんだなぁ~」

 

 当然だ、奴らは()()()()()()()()()()()()()()

 まさかこのような反撃を受けるとは、ここまで完膚なきまでにやられるとは、思ってもみなかったのだ。

 戯れのつもりで、死にかけのネズミをいたぶりに来たら、そこには二匹の虎が居た。何人でかかろうが、どんな手を使おうが、傷一つ付けられないほどに強力な虎が。

 

「ほいほいっと。()()は大事に抱えたまま、落ちてくれ。

 遠路はるばる、ご苦労さ~ん。風邪ひくなよぉ~」

 

 国境を越えてやってきた爆撃機の編隊が、その任務を果たす事なく墜落していく。まるで後生大事にしているかのように、基地破壊用の爆弾を抱えたままで。

 そしてベイルアウトした搭乗者たちのパラシュートが、次々に雪山へ降下していく。

 

 もう全ての護衛機が落とされ、また友軍を見捨てて逃げ去ったので、あとは()()()。もう生死を賭けた戦闘ではなく、単なる作業になり果てた。

 ヴァレー基地の傭兵たちの、独壇場――――

 

「よぉ、どうだアンパンマン! ()()()()()()()!!

 ……楽しいか? 楽しいだろう?! 楽しきゃ笑えぇぇ~~い♪」

 

 途轍もない轟音が空気を揺らす。バイキンUFO・Eagleの放ったミサイルにより、すり抜け様に敵機が爆散する。

 ばいきんまんの「あーっはっは!」という楽しそうな声が、コムギィコ共和国の空に響く。

 まぁアンパンマンの方は、相変わらず無言で操縦してるようだが、この程度でめげる彼ではない。メンタルは強い方だった。

 

「おーし! 最後の一機だぞっ!

 ――――勝負だアンパンマーン! アレを先に落とした方の勝ちだぁぁ~~っ!!」

 

 さっき報酬がどうとか「TACネームで呼ぶ」とか言ってたのに、もうこの有様。

 だが彼は楽しそうに、心からの笑みを浮かべながら、猛然と敵機に突撃していく。

 

 というか、勝負のダシに使われてる敵パイロットは、もうたまった物ではないだろう。

 この戦場を席巻していた二機が、同時にギューンと自分に向けてヘッドオンしてきたのだから。しかも彼が乗っているのは爆撃機であり、重い爆弾を抱えた機体では戦闘機(ファイター)に敵うワケもない。

 二人は瞬く間に接近して来て、ほぼ同時にミサイルを放ったのだが、それが機体に直撃するよりも随分と前に、彼は座席のレバーをグイッと引いてベイルアウト。

 あとに残された機体だけが、巨大な炎に飲み込まれていった。

 

「あー、同時か……?

 ちっきしょう引き分けかぁ~! くっそぉ、アンパンマンめぇ~!」

 

 ――――いや、君の方か早かったよ。ばいきんまんの勝ちだ。

 そうあっさりと勝負を譲られ、なんかばいきんまんは腑に落ちない気分になる。

 負けたら負けたで、もっと悔しがれ。そのどーでも良さそうな、平坦な声は何なんだ。このつぶあん野郎。

 

 だが、そうふてくされはするものの……、いま彼の胸は、確かに熱く燃えていた。

 久方ぶりの高揚感。そして得も知れぬ喜びが、まるで温泉を掘りあてたみたいに吹き上がる。

 こいつと、空を飛んだから。()()()()()()()()()()()()()()()

 その喜びによって、どうしても顔がニヤニヤしてしまうのを、抑えることが出来ない。

 

(いつ以来だろ? おっきな戦いの時は*12、たまに共闘したり、肩を並べて飛ぶ事もあったが……)

 

 けれど、それは過去の事。

 ほんとうに、もう記憶がかすんで()()()()()()()()()()、遠い昔の話なのだ。

 彼は噛みしめる。またこうやって、アンパンマンと飛べた喜びを。

 あの頃のように、正義の味方と悪者ってシチュエーションじゃないけれど……、確かに今、自分達は“戦った”のだから。

 

「まぁ良い! 今回はそういう事にしといてやる~う! ふーんだ!」

 

 プンプンしてるけど、どことなく嬉しそうに。

 喜びを噛み殺してるみたいに。

 

 

「また機会はあるさ、何度でもな。

 これからも頼むぞ――――相棒(バディ)

 

 

 

 彼がアンパンマンに笑顔を贈る。

 いま無線越しで、顔が見えないのをいい事に。

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そう……、あの雪の日が、新しい始まりだった」

 

 一度は終わった、俺達の物語の――――

 そう薄暗い廃墟の中、固定カメラの前に座る彼が、回想する。

 

「最初の印象? そうだなぁ~。

 ま、流石って感じかな? 俺さまがライバルと認めるだけの事はある」

 

「あいつアンパンラプターに乗るのは、これが初めてだったんだけどな?

 でもしっかり操縦出来てたし、飛び方もすごく上手かった。

 元々アンパンマン号って、空も飛べるマシンなんだよ。陸海空ぜんぶいけるんだ。

 だから多少勝手の違いはあっても、昔取った杵柄ってヤツなんだろう」 

 

 これって、強くてニューゲームだよな! と彼がワケの分からないことを言う。

 

「というかあいつ、航空機が出来るような事は、()()()()()()()()()()()()

 シザース*13だの、スナップアップ*14だのも、息をするより簡単にこなすぞ?」

 

「だから、何をどうやって、どんな風に飛べば良いのかなんて、ぜんぶ身体で知ってる。

 アイツ生まれながらの、()()()()()()()()()

 

 そして彼は、もっとよく分からない事を言った。

 傍で聞いていても、私にはサッパリ理解出来ないことばかり。

 ただの人である私には。*15

 

 更に言えば、この【ベカリ戦争】にも、謎が多い。

 一般市民である我々が知っている事など、ほんの僅かでしかない。

 

 だがこの度、終戦から10年絶った現在、ようやく一部の情報が政府より開示された。

 私はすぐにその資料を入手し、もう目を皿のようにして読み漁ったが……それでは到底満足することが足りず、ついには出所不明な裏情報にも手を出した。

 ジャーナリストの魂に、火が着いたのだ。

 

 私がそこまで掻き立てられたのには、理由がある。

 僅かな情報を頼りに各国を飛び回り、今日もこのような紛争地帯にまで足を運んでいるのは、とても“単なる興味”というだけでは出来ない事だろう。

 

 いま私の身体を、この「なんとしても知りたい」という抗いがたい知的好奇心が、まるで赤い布に突進していく牛のごとく、突き動かしているのだ。

 

 

 隠された真実、忘れられた出来事、歴史から消えていった英雄。

 未だ世界には、これほどまでに戦争の爪痕が残っているというのに、誰も口にする事の無い“物語”。

 

 この戦争は、20××年のベカリ連邦法見直しに、端を発する――――

 

 

 

 

 

 

◆よく分かる! 当時の世界情勢!◆

(読むのめんどくさい人は、スクロールしてネ!)

 

 

 20××年当時。

 財政難に荒れるベカリ公国は、自国の領土であった東方諸邦の独立を許し、多くの国土を切り崩していた。

(いまアンパンマン達がいるコムギィコ共和国は、このときに誕生)

 

 しかし、それでもベカリの財政難は、決して収まる事はなかった。

 一方で、その流れに乗じてどんどん肥大化していく、隣国の巨大国家オイシーヤ連邦の存在。

 

 衰退していく国。すぐ近くにある脅威。そして貧困により失われていく、民族の誇り……。

 そんな泥沼化した経済恐慌の中で、ある極右政党が“強く正当なベカリを取り戻す”をスローガンとし、ベカリ政権を獲得した事が、全ての始まりだった。

 

 約7年後の、3月5日。

 コムギィコ共和国で天然資源が発見されたのをきっかけとし、ついにベカリ共和国は、隣国への電撃的な侵攻作戦を開始。同時に周辺各国へ宣戦布告した。

 無ければ奪え、そうしなければ我々は滅ぶとばかりに、過去には同じ国であったハズのコムギィコに、猛然と攻め入って来たのだ。

 

 【ベカリ戦争】の開戦である――――

 

 準備不足だった各国は、伝統ある強力なベカリ空軍の前に、軒並み敗走する。

 コムギィコ共和国も、わずか数日の内に、山岳地を除くほぼ全域を、占領下に置かれてしまった。

 

 そこで時のコムギィコ政府軍は、“外国人傭兵部隊”を組織することを決定。

 アンパンマン&ばいきんまんを擁するヴァレー空軍基地は、オイシーヤ連邦との連合作戦に、全ての望みを賭けた――――

 

 

 

◆ここまで!◆

 

 

 

 

 

 

 ……まぁいろいろ難しいことを言いはしたが。ようは、

 

『超強い国が、地下資源を目当てに侵略してきたゾ! こっちはもう風前の灯だ!

 くそったれぇ~! なんとかベカリ公国に反撃しなくっちゃ!

 行け! とべ! アンパンマン!』

 

 とだけ憶えておけば、だいたい間違いない(確信)

 

 ここまでは、教科書にも載っている知識。

 今さら話すような事じゃなく、この世界に住む者であれば、誰でも知っているような事だ。

 しかし私は、今回手に入れた数々の資料の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一人の傭兵に関する記述――――そこに(しる)された【(Daemon)】という暗号。

 

 情報としては不明瞭で、不十分なものが多い。

 だが、私はそれにこそ惹かれた。ジャーナリストとして、ミステリアスな魅力を感じた。

 この傭兵を通じて、ベカリ戦争を追いかける事にしよう。私はそう決めて、今日この場に立っている。

 

 その先には、何かがある。

 この戦争の隠された姿か、それともただのおとぎ話か……。

 

 どれほど探ろうとも、ついにその傭兵に会うことは出来なかった。そもそも存在自体が、非常にあやふやなのだ。

 ただ、“彼”と関わりのあった人物数人を、突き止めることは出来た。

 

 いま私の目の前にいる男。

 通称“片羽”は、その中の一人だ――――

 

 

 

「アンパンマンを傭兵にしたのは、俺さまなんだよ。

 ついでに言うと、あのアンパンラプターを作ったのも、俺さまだったりする」

 

 暫しの回想から我に返り、私は再び彼の話に、耳を傾ける。

 

「以前から、()()()()()()()()()傭兵をしてたんだ。

 その当時……いや()()()()()は、ずっと退屈しててな?

 ベカリとかオイシーヤとかを渡り歩いて、ずっと戦闘機に乗ってた」

 

「でも世界情勢がえらい事になって、故郷のコムギィコに戦火が及んだ時……、アンパンマンをヴァレー空軍基地に誘った。

 お前も傭兵をやってみないか? 退屈してるんだろ? って言って」

 

 視線を天井に向けて、彼は当時のことを思い出していく。

 先ほどのテンションとは違う。相棒との初陣を語っていた時とは打って変わり、その瞳に悲しみの色が宿っているように見えた。

 

「昔は……子供のころは、よくアイツと喧嘩をしたよ。

 俺さまたちは宿命のライバルだったから、ことある毎にアンパンマンと戦った。

 カバ男のお菓子を盗ったとか、てんどんまんの中身を食ったとか……、そんなつまらない理由で」

 

「まだこの世界が“夢の国”っていう名前で……、

 今みたく、()()()()()()()()()()()()、まだ世界がひとつだった頃の話だよ」

 

「けれど、いつしか大人になって……次第にそういう事も、無くなっていった。

 見た目はあんまり変わらなくても、俺さま達の精神は成長し続け、それに合わせるみたいに、時代も移り変わっていく」

 

「ポカポカと喧嘩するんじゃなく、別のことで勝負する事はあった。

 パン作りや料理で勝負してみたり、どっちか上手に椅子とか本棚とかを作れるか~とか、そういった事で戦うようになった。

 お互い、もう子供みたく掴み合いをするなんて、そんな年でも無かったんだ。

 でも楽しかったと思う。俺さまはずっと、楽しかったんだ」

 

「けど……そんな幸せな時代も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アイツが天寿を全うして、墓の下にいった時……、そしてカバ男やバタコさんも結婚して、あの国を去っていった時、俺さま達の時代は終わった――――」

 

 彼が握るAKが、カチッと小さな音を立てた。

 無意識に力を込め、何かを耐えているような顔。どこか辛そうな表情に見えた。

 

「あいつは、()()()()()()()

 ジャムおじさんが死んでから、一度も笑ってる所を、見たことが無いよ」

 

「きっと、ジャムおじさんは“特別”だったんだよ。

 まごう事なき天才だった。パン作りに命を懸けた人だもの。

 ヤツは“心”を込めた。

 おいしくなぁれ、おいしくなぁれと願いながら、いつも一生懸命パンを作ってた」

 

「……でもアンパンマンには、()()()()()()()()()

 ジャムおじさんが居なくなってからは、自分で顔のパンを作ってるんだが……、でもヤツみたく命を吹き込むなんて事は、とても出来なかったんだ。

 きっと……家族の死っていう出来事も、影響してたのかもしれない……」

 

「心の込もってない、形だけのアンパン――――孤独な心で焼くパン。

 それが今のアイツの顔だ」

 

「……アンパンマンは、笑わなくなった。

 ずっと無表情のまんま、感情を表に出すことすらも、なくなった。

 もう、空も飛ばなくなってた……」

 

 必要ないのさ、そもそも“ヒーロー”なんて物は。

 国境が出来て、法律が出来て、治安維持はぜんぶ警察がやってる――――

 だから子供の頃みたく、アイツが空を飛ぶ必要なんて無い。パトロールなんてしなくて良い。

 そもそも、いつも悪さをしてた俺さまも、もう悪戯なんてする年じゃ無かったしな……と彼は語る。

 

「当時は、色々ちょっかいを出したよ。

 なに暗い顔してるんだ! なに腑抜けてるんだ! 元気を出せ!

 そんな風に、いろいろ連れまわしたりもした。

 無理やり外に連れ出して、二人で遊んだりした」

 

「けど……無駄だったよ。

 アイツは一度も笑わなかった。いつも何も言わず、俺さまの後に付いて来るってだけ。

 何年かやったけど……いつしか俺さまは、()()()()()

 

「こいつはもう駄目だ、腑抜けてしまった、もう相手にする価値なんて無い――――

 そうアイツを見限り、国を飛び出した。

 国境を越えて、“新しくなった世界”ってヤツを、見て周るようになった」

 

「傭兵稼業も、それで始めた事だ。

 ……別に俺さまが本気だせば、余裕で小国くらいは滅ぼせるんだけど……。

 でも“戦闘機”で相手してやった。色んなヤツに交じって、いち傭兵として空を飛んだ。

 そうしないと、対等になれない――――退屈を紛らわせないから」

 

「世界征服とか、何かを変えるとか……、そーゆう事にはもう、興味が湧かなかった。

 ――――俺さまの時代は、()()()()()()()()()()

 だから惰性みたく戦闘機に乗って、ただただ退屈を紛らわす為に、戦ってたんだ」

 

 ジュポっと音を立て、ジッポの火を着ける。

 片羽のばい菌と呼ばれた英雄が、いま気だるそうにタバコを吹かし、力なく瞼を閉じている。

 その姿は憂いを含み、見る者に切なさを感じさせる。

 歴戦の英雄(エース)であり、数々の死線を潜って来たハズの戦士が見せる、どこか悲しい感情の吐露だった。

 

「コムギィコが侵攻された時、数十年ぶりに国へ帰った。

 ちょうど空軍が“外国人部隊”を組織しようとしてたからな。

 俺さまはバイキン星の出身だ! と言い張って、部隊に入った。

 傭兵としての実績は挙げてたし、なんの問題もなかった(と思う)」

 

「ジャムおじさんの墓参りをして、ドキンちゃんの方にも花を添えて。

 そしてある日、気まぐれにアイツの家に行ったんだ。

 もうボロボロで、当時のあったかかった面影なんて微塵もない、あのパン工場へ……」

 

「アイツはそこに居た。

 ずっとずっと一人で……パンを焼いてたんだ。

 誰とも会わず、誰とも関わること無く、相変わらずの無表情で」

 

「ついて来い! って引っ張ってやった。

 アイツは文句も言わず、トコトコついて来た」

 

「今度は俺さまという“悪党”じゃなく、敵兵という名の“一般人”との戦いだ。

 あの頃とは違い、正義を背負ってヒーローとして戦うんじゃない。

 ただ国境によって敵味方に別れただけの連中を、政治家が掲げるよく分からん“大義”とやらの為に、殺していくんだ」

 

「それでもアイツは、()()()()()()()()()

 俺さま達は、もう正義の味方でも悪党でも無い。子供でも無い。

 楽しい時間は、とっくに過ぎたんだ。

 もう何もかも、終わってしまっていたから――――」

 

 

 

 

 ――――どうだアンパンマン! 久しぶりの空は!!

 ――――楽しいか? 楽しいだろう?! 楽しきゃ笑えぇぇ~~い♪

 

 ふいに、先ほど聞いた彼の言葉が、思い出された。

 この男は、一体どれほどの想いをもって、その言葉を口にしていたのだろうと。

 

Smile(スマイル)っていうTACネームな? あれ俺さまが付けたんだ。

 胸のニッコリマークのワリには、お前いつもブスッとしてんなぁ! っていう皮肉だよ。

 どうだ、いいセンスだと思わないか? 中々やるもんだろぉ~?」 

 

 ――――笑え、笑ってくれ。あの頃みたいに。

 ――――簡単だ。ほらこうやるんだよ。もう一度お前と……。

 

 彼の表情から、そんな言葉が頭に浮かんて来たのは、果たして私の気のせいなのだろうか?

 陽気だ。とても明るい。……でも彼は、いま自分が()()()()()()()()()()()()()、気が付いているのだろうか?

 私にはもう、知る由もない。

 

「あれから、色んなトコ行ったなぁ~。

 アルロン地方へ、補給路の奪還に行ったり、フトゥーロ運河で戦域攻勢作戦をやったり。

 いつもアイツと二人、並んで飛んだ。

 いろんなモノと戦ったよ」

 

 

 

 彼が言うには、アンパンマンは入隊してすぐに、頭角を表していったという。

 誰よりも多く撃墜し、誰よりも自由に空を飛んだ。その空域を支配した。

 

『こいつら……コムギィコから来やがったのかよ!?』

 

『聴いてねぇぞ! こんな戦闘機乗り(エース)がいるなんて!』

 

『第1守備隊が撃破された!

 全軍、なんとしてもあの二機を叩け!」

 

『支援要請はしたのか!? 繋がるまで続けろ!

 本部からの指示はどうした!?』

 

『状況報告! 施設の損害を確認!

 たったあれだけの戦闘機に、なにをやってる!』

 

『またやられた。このままじゃ、なぶり殺しだぞ……!』

 

 いつも無線から、敵の狼狽した声が聞こえてきた。

 逃げ惑い、恐れおののき、たった二機の戦闘機を茫然と見つめる無力な連中の声が、とても心地よかった。

 

『お前たちは何だ! 戦闘機乗りだろう! 飛ばなければ何の価値のない連中だ!

 勇気のないヤツは置いていく! 悔しければ喰らいつけ! しがみつけ!

 分かったなクソ野郎共!? よし行けッ!!』

 

 片羽は言ってやったという――――勇気()()が、ヤツらの取柄だと。

 

 そもそも、他ならぬ俺たちに対して“勇気”を誇るか? いまアンパン号・Raptorに乗っているのは、いったい誰だと思っているのかと。

 技術や能力はもとより、()()()()()()()、俺たちには及ばない。

 いつも彼は、軽く「はーひふーへほぉ~!」と口ずさみながら、鼻歌交じりで敵を殲滅した。

 すぐ隣を飛ぶ、憎らしいばかりに心強い、相棒の機影を見ながら。

 

「けどまぁ……いくつか死線も潜ったよ。

 なんてったって、俺さま達はいつも二機で組んでたからなぁ~。

 多勢に無勢だろ……って感じることも、まぁたまにはある。

 ヴァレー空軍基地の司令部は、頭がおかしいんだ」

 

 まっ! だからこそ、俺さま達の撃墜数が伸びるんだけどな。

 そうニヤリと、どこか愛嬌のある笑みで、片羽は語る。

 たとえヒヤリとする事があろうと、いま彼が生きているという事が、勝利の証なのだ。

 

 

「いちばんヤバかったのは……やっぱ()()()()()()()()()

 あんたも知ってるんだろ? 何人かに話を聞いたって言ってたし。

 俺さま達の聖地であり、住処であり、また墓場でもある――――あの“円卓”のコト」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『ガルム隊へ、こちらイーグルアイ*16

 作戦開始。【B7R】に侵入し、周辺の状況を探れ』

 

 その日の任務は、ばいきんまん&アンパンマンという、ガルム隊二機のみの参加。

 ベカリの制空権下にある国境空域B7Rへと侵入し、強行偵察を行え、という物だった。

 もし敵勢力とコンタクトした場合は、交戦を許可する――――諸君らの実力が試される時だ。

 ブリーフィングでは、なんかそんな風に言われてた記憶がある。

 

 国境という、ベカリにとって絶対防衛戦略空域。ここには多数の航空部隊が配備されていることだろう。しかもこのB7Rの特性として、強度の磁場による通信混線も起こるという。

 その強力な敵戦力は元より、戦闘すら非常に困難な場所、という事だ。

 

 ちなみに、かの地で発生しているという磁場の原因は、土地に眠る膨大な地下資源にある。

 ベカリ公国によるコムギィコ侵略は、この地下資源を狙った物であり、そしてここB7Rにおいては、古より多くの血が流れて来た歴史がある。

 

「ガルム2了解(ラジャー)。まだ感度良好だな」

 

 眼下に広がる荒野。地平線の先まで何もない、土色の景色。

 ばいきんまんは無線に応答しながらも、注意深く周囲の警戒する。

 

「管制機以外は、俺さま達だけ……。けどその方がやり易いかもな~。

 パッと行って、パッと帰って来れるし」

 

 そう軽口を叩いてはいるが、今朝からばいきんまんの様子がどこかおかしい事を、アンパンマンは感じ取っていた。

 彼はアンパンマンよりも以前から、長年傭兵として戦闘機乗り(エース)をやっている。過去には一時期とはいえ、ベカリ空軍やオイシーヤ空軍にも所属していたというし、当然この空域のことは知っているのだろう。

 

「B7R……俺さま達にはお似合いの場所、お似合いの任務だ。

 バイキンEagleとお前さんのRaptorなら、まぁ問題ないさ」

 

 

 

 B7R――――通称“円卓”。

 それは戦闘機乗りに与えられた舞台であり、また墓場でもある。

 

 絶対防衛戦略空域であるB7Rは、各国のエースが制空権をめぐり熾烈に飛び交う、他とは比べ物にならない死地。

 たとえベイルアウト(緊急脱出)出来たとしても、磁場による通信障害により、救助は極めて困難。しかも川や湖どころか、木の一本すら生えていない土地。

 すなわち、ここでの撃墜は“死”を意味する。退路が存在せぬ潜水艦乗りのように。

 

 ベカリだろうがコムギィコだろうが、条件は皆同じだ。

 生まれた国も、階級も、肌の色も、全てがここでは意味を成さない。上座も下座もない。

 戦闘機乗りにとって、ある種の究極的な平等が与えられる場所。

 そして、自らの矜持を賭けて挑む決死の舞台――――それが“円卓”だった。

 

 

 お似合いの場所? とんでもない。あそこはまごう事なき、()()()()()

 戦う意義や、守るべき矜持や、愛国心――――

 そんな物でもない限り、好き好んで赴くような場所じゃない。こちとら金で雇われてるだけの傭兵なのだ。

 

 ばいきんまんに関して言えば、この傭兵という職業に誇りを持ってはいる。いま自分を生かしてくれている、大切な物なのだと。

 だが他の傭兵連中には、明らかに荷が勝ちすぎる場所。しかもアンパンマンなどは、ただ言われてほいほいついて来ただけの者だったりするし。

 流れに身を任せて傭兵となり、もう2週間ほどは共に空を飛んでいるが……、未だにばいきんまんには、彼が何を考えているのかなど、これっぽっちも分からずにいる。

 

 敵を撃墜しようが、任務を達成しようが、こいつはニコリともしない。

 いつも無言のまま報酬を受け取り、それを使うことも無く、ただあてがわれた宿舎の部屋へと帰るだけ。

 自分はパン(食べ物)だからと、同僚から飲みに誘われても、決して付き合うことをしない。ただ朝起きたらパンを焼き、Raptorいじって任務に行っては、帰って寝る――――それを繰り返す日々。

 そこには熱も感じなければ、意思や意義など微塵もない。……戦いの中で人を殺すことすらも、なんとも思っていないように見えた。

 

 

 ――――どうしたの? なにか心配事?

 ふいに、無線からアンパンマンの声が聞こえた。恐らくは、いつも煩いばいきんばんが黙り込んでいるのを、不自然に思って問いかけたのだろう。

 ばいきんまんはハッと我に返り、ワチャワチャと辺りを見回す。再び警戒態勢に入る。

 

「なんでもないぞぅ!

 それよりどうだアンパンマン、傭兵稼業ってヤツは?

 楽しくやってるかぁ~?」

 

 ガッハッハと意味もなく高笑いし、誤魔化すように問い返す。

  

「良いもんだろ? 空を飛ぶのは!

 俺さまが連れて来てやったんだからなぁ! 感謝しろよ~う!」

 

 ――――別に感謝はないよ。これ忙しいし、とても疲れるもの。

 アンパンマンが、まるでバイトをし始めたヒキコモリみたいな事を言う。実際その通りではあるのだが。

 

 もう少し、のんびりしたいかな? パンを焼いていたいよ。

 なに言ってるんだぁ! お前おひさま好きだろぅ? 外に出てナンボだろーが! 

 そんな風にワーワー言いながら、並んで空を飛ぶ。

 たとえ任務中であろうとも、二人はいつもこんな感じだ。緊張感がない会話であった。

 

「まぁ空のドライブだと思って、気楽にやれぇ~!

 こぉ~んな偵察任務なんかぁ! 俺さまにかかれば、ちょちょいっと終わら……」

 

 だが、突然。

 

『――――レーダーに敵性反応を確認! 警戒せよ!!』

 

 管制機からの、空気を切り裂くような声。

 

『敵影多数! まっすぐこちらへ向かっている! 注意しろ!!』

 

「……」

 

 ばいきんまんが、あんぐりと口を開ける。

 さっきまでの歓談ムードが、一瞬で消し飛んでしまい、まだ状況に心が追いついていない。ポカーンとした顔だ。

 

『……なんだ、IFFの故障か……? 反応は2つだけです……』

 

『……二機だと? ……そんなハズは……』

 

 そして無線から、ノイズまじりに“知らない声”が聞こえる。

 恐らくは、今こちらへ迫っている敵戦闘機の通信が、混線により届いているのだろう。

 

(2つ“だけ”? じゃあヤツらは、()()()()()()()()()()、ってことか?)

 

 これ偵察任務だろ? こっそり行って調べて来い、って事だろう?

 でも情報筒抜けじゃないか!! バレとるがな! 俺さま達が来るの!!

 ばいきんまんはタラ~っと冷や汗を流す。

 

 しかもここは“B7R”。ヤツらの絶対防衛戦略空域、この世で一番ヤバい場所だ。

 きっとハチの巣を突いたみたいに、ワラワラやって来るに決まってる! ……こっちは二機なんだぞ!?

 

『敵部隊接近! ガルム隊、交戦を開始せよ!』

 

「……Damn it!(くそったれぇ~!!)」

 

 何が偵察だ! なにが「気楽にやれ」だ! ゴリゴリのピンチじゃないか!

 そう毒づくも、状況は変わらない。もう目視で確認出来る距離まで、数える気が起きないほどの敵編隊が迫っている! まっすぐこちらに来る!

 

 ――――まったく。君といると、ロクなことが無いね。

 そうボソッと、アンパンマンの嘆息が聞こえた。

 来いと言うから来てみれば、なんだよこの状況はと、呆れているような声色。

 

「文句は後で聞く……。今はあっちを何とかするぞ」

 

 けれど……何故だろう? 勇気が湧いてくるのは。

 いつも通りのぶっきらぼうで、そっけない態度なのに、アンパンマンの声を聞いただけで、なにやら闘志が湧いてくるのだ。

 たったの二機……だが一人では無いッ! ()()()()()()()()()()()!!

 

 ――――どうした、ビビッったのか? やられるんじゃないぞ~う。

 ――――そっちこそ。早く片付けてしまおう。

 そう無線越し、二人が示し合わせたように、コクリと頷き合う。

 

 

「ガルム2より、ガルム1へ――――()()()()()

 

 

 ――――了解(ラジャー)

 そう短い応答が、無線に届いた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『さて、機体の性能テストでもさせて貰うか』

 

 最初、敵無線からそんな声が届いた。

 

『墜とせ。撃墜するんだ』

 

 だがアンパンマンが一機、二機と墜とした時、ヤツらの声色が変わった。

 

『よく狙え。引き付けて撃つんだ』

 

『くそっ! 外したッ! 何やってるんだ!』

 

 三機、四機……次々に敵が墜ちていく。敵部隊がその数を減らしていく。

 

『集中しろ……! 焦るな! 何をやってる!』

 

『相手は二機だぞ! 落ち着いて対処しろ!』

 

 そして、こちらの撃墜数が6を越えた時、明らかな焦りの色が、敵無線から伝わった。

 

「よぉSmile(アンパン)? 気分はどうだ」

 

 ――――最悪。ミサイルアラートがうるさい。

 

「そのワリには、えらく()()()()()フライトじゃないか。

 まるでこの空に、“お前だけの法律”があるみたいだ」

 

 お前だけが躱し、お前だけが当てる。

 お前だけが飛び、お前だけが生きる――――

 この空で唯一、お前だけに許された特権。お前が定めた法。それを弱者達に押し付けるみたいに、地に墜としていく。誰もかれも区別なく、コイツに従わされていく。

 

 格の違いとか、コイツの方が強いとか……そんなレベルじゃない。

 こいつは“特別”だ。ほかのヤツとは、存在としての次元が違う。

 ヤツらは訓練をし、戦闘機に乗ることで、ようやく()()()()()()()()()連中。

 だがこの空は元々、誰の物なのか? それを思い知りながら、元の場所に帰っていくのだ。

 慣れ親しんだ地面に――――お前にはそこが似合いだ。

 

「ほ~ら、後ろを取られたぞー。

 がんばれよ坊主(キッズ)。一生懸命、逃げるんだ。

 でないと……、()()()()()()()()()()()!」

 

 火の玉になる。爆散して落ちていく。

 ミサイルが食いつき、死に追いつかれ、彼の人生が終わった。

 だがもし生きていたのなら、彼は家に帰り、ママにこう伝えるだろう。「空にはとても怖いオバケがいる」と。

 もう二度と、近づいたりしませんと――――

 

 あれだけ周りにいた敵戦闘機が、今はもう片手で数える程。

 ガルム隊の二機により、次々にその数を減らし、この土地に()()()()を増やしていく。鉄屑の残骸が、ヤツらの墓標だ。

 

「行きがけの駄賃だ、とっとけ」

 

 すり抜け様、ばいきんまんの放つミサイルが、また敵機を炎で包む。

 たった二機の強者が、我が物顔で空を進んでいく。最強と謳われた歴史ある空軍の者達を、まさに蹴散らしながら。

 鎧袖一触という言葉が、これほど似合う光景も無いだろう。

 

『周囲に敵影なし。敵編隊の殲滅を確認。

 ガルム隊、このままB7Rへ突入せよ!』

 

「ガルム2了解。……アンパンマン、“円卓”へ向かうぞ」

 

 無線からは無音。だが彼が頷いたような気配を感じた。

 二機は同時に加速。身体にかかる凄まじいGに耐えながら、空に雲を引きつつ前進していく。まさに飛び込んでいくように。

 

『――――警告! エリアB7Rに高速で侵入する機影あり! 警戒せよ』

 

「敵の増援、恐らくは本隊だな。……こっから本番ってトコか」

 

 ようやくかの地に侵入を果たし、そして管制機の連絡が来てすぐ、前方に敵編隊の機影を確認。

 横並びで飛ぶ四機の戦闘機(ファイター)。そのどれもがグリーンの迷彩色で統一されている。

 

『状況把握。相手は二機のみ』

 

『了解。では楽しませてもらうとするか。狩り(ハント)の時間だ』

 

 敵の無線。とても冷淡で、こちらをあざ笑うかのような。

 きっとヤツらの脳裏には、今こちらの二機を()()()()()()()光景が、アリアリと浮かんでいるんだろう。

 崖から落ちそうになっている者を、安全な場所から見下ろすような、愉悦の色が声に滲んている。

 

「グリューン隊? ホーネット*17が来やがったか……。

 これはちょっとばかし……アレかな?」

 

 機体の性能だけじゃない。ヤツらは()()()()と一目で分かる。

 今までの者達とは、もう比べ物にならない。この円卓の番人であり、“狩り”に手慣れたヤツらだ。

 相手は四機で、こちらは二機。単純な戦力差でも倍。

 ヤツらの「楽しませてもらう」という言葉、そしていま愉悦に口元を歪めているのは、当然の事と言えるだろう。

 だが……。

 

『――――ガルム隊へ、撤退は許可できない。迎撃せよ』

 

「だろうな」

 

 落ち着いている。確かに手汗でベチョベチョだし、冷や汗だってかいているけど、それより高揚感が勝っている。しっかりと敵を睨むことが出来る。

 すぐ隣を飛ぶ、相棒の息遣いを感じることが出来る。

 

 ――――もう疲れたの? 少し休んでるかいGerm(ばいきん)

 ――――バカ言え、すっこんでろSmile(アンパン)

 ばいきんまんが、ギュッと操縦桿を握る。

 くっくっくと笑い、ニィヤ~っと嬉しそうな顔で。

 

 

「上等、報酬上乗せだ。

 ガルム2、交戦開始――――目ん玉ひっくり返してやるッ!」

 

 

 ガルム隊の二機が、示し合わせたように左右へ別れる。

 大きく円を描き、敵編隊を挟撃するように、一気に襲い掛かる、

 

『ヤツら、突っ込んできますよ』

 

『ふっ、コムギィコの傭兵風情が。選択を誤ったようだな』

 

 そして、グリューン四機も各自散開。

 自信に満ちた口調、統率力の高さを感じさせる動きで、二機を迎え撃つ。

 だが……。

 

This is the Round Table.(   ここは円卓   )

 Dead men's words hold no meaning(    死人に口なし    )――――」

 

 直撃する。ばいきんまんの放つミサイルが。

 グリューンの一機が黒煙を上げながら、まるで羽虫のように墜落していく。

 それを機に、明らかに敵の飛び方が変わる。

 先ほどまでの余裕は消し飛び、慌てて気合を入れたかのように、小刻みに機体を動かし始めた。

 

「黙って来い。お前らに余裕なんて無いんだ」

 

 身の程を知れ、()()()()()――――そう言わんばかりの一撃。

 そして、すぐさま始まるドッグファイト。早くも一人が脱落し、五機が激しく入り乱れる空戦。命の獲り合い。

 

『グリューン各機、射出装置グリーン。ファックしてやれ』

 

Smile(アンパン)、奴らは蜂だ。

 ブンブン飛び回って、獲物を仕留める。

 ケツの一刺しに気を付けろ?」

 

 一機を追い回せば、それを囮にもう一機が回り込む。

 後ろを取ろうとすれば、即座に他の機体がそれを阻止してくる。

 手練れだ。奴らは手慣れている。まるで脳を共有する一個の生物のように、的確にこちらを追い詰めてくる。

 獰猛だが、理性的。チェスを連想させる理詰めの立ち回り。数の有利を存分に活かしている。

 

FOX2!(気を付けろ) FOX2!!(撃ってきたぞ)

 

「フォッ……フォフォフォ! フォックストゥ……って俺様うるさぁぁーーい!!」 

 

 どんだけロックしてくるんだ! どんだけ上手いんだお前ら! 舌を噛んじゃうよ!

 そう歴戦の傭兵である彼をしても、驚愕せざるを得ない。

 いくら3機がかりとはいえ、これほどアンパンマンに対して打ち込んでくるとは! 追い回すとは!

 一機一機は大した事ない。だがチームでの戦いが上手い! これが“円卓”に住む戦闘機乗り(エース)の狩りか!  

 

『面白いパイロットだな。型にはまらない飛び方だ』

 

『ああ。ここまで楽しませてくれるヤツは、久しぶりだ』

 

『機体のデザインも、なんか変ですし……。あれ本当に戦闘機ですか?』

 

 うるさいっ! 聞こえてるぞグリューン! 文句あるかぁ!

 そう怒鳴りつけたいのだが、今それどころじゃない。ミサイルを振り切るので精一杯だ。

 馬鹿にしやがって! あれ俺さまが作ったんだぞう! カッコいいだろうが!

 

「気を付けろ! ケツを取られるぞ!」

 

 アンパンマンの放ったミサイルが、グリューン機の背面に迫る。

 だが空中に射出されたチャフ*18により、ミサイルが明後日の方向へ逸れる。

 そして攻撃後の隙を見計らい、別の一機がアンパンマン号・Raptorに迫る。彼はなぜ攻撃が逸れたのかが分からず、動揺で次の動きに移れずにいる。

 

「――――バカたれぇぇ~っ! ボサッとしてると死ぬぞぉーッ!」

 

 割り込むようにして、機銃を放つ。

 アンパンマンを狙っていたグリューン機が、慌てて回避行動を取り、Raptorの傍から退避していく。

 しかし、それを黙って見逃すバイキンUFO・Eagleではない。

 

「足元すくわれたマヌケは、お前の方だッ! ――――そぉいっ!!」 

 

 爆散。緑色の機体がバラバラになる。

 必勝を期していたであろうグリューン機は、ばいきんまんのミサイルまでは振り切る事が出来ず、撃墜される羽目となった。

 

「おいガルム1よ! まだまだトーシロだなぁお前ぇ!

 俺さまが全部相手してやろうかぁー? あーーっはっはっは!」

 

 ――――クスッと、小さな笑い声が聞こえた。

 無線を通じて、アンパンマンの笑った声が聞こえた……ような気がしたのだ。

 ばいきんまんは思わず放心してしまうが、即座に「いかんいかん」とブンブン首を振る。さっき二人も間抜けを見たばかりなのに、今度は自分とか洒落にならないと、慌てて気を引き締める。そして即座に残りの二機を捕捉。

 

『こざかしい……! お遊びはここまでだ! 本気でかかれ!』

 

「遅いんだよバカ。もう終わりだぞ?」

 

 二対二。すなわち同等。

 ならばもう、こちらが負ける道理は無い。

 先から言っている――――お前たちとは「存在としての次元が違う」と。

 

「チャフだのフレアだの、うっとーしい程ばら撒きやがって。

 けど……そんだけだな。

 延命や時間稼ぎをするだけじゃ、アイツは墜とせないぞ」

 

 そう言ってる間に、アンパンマンのミサイルが敵機に刺さる。

 フレアを出すことを見越しての、ディレイをかけた連続攻撃。二羽目の燕が貫くようにして敵機を捉えた。

 

『くそっ! なんだこの二機はッ!! やるじゃねぇか!』

 

「強がりも良いけど、ベイルアウトの準備は出来たか?

 ……おいSmile(アンパン)、ラスト一機だぞ?

 どっちが墜とすか勝負だぁぁ~~っ!」

 

 再び左右に別れ、挟撃。

 グリューン隊の最後の一機は、悲鳴が聞こえてくるかのような急上昇をした後、二発のミサイルによって炎に包まれながら、地上へ落ちていった。

 ばいきんまんが飛ぶ後方に、遥か遠くの方でフワフワ浮いている、小さなパラシュートを見つける事が出来た。

 

 

 

「ああ……こりゃ明らかに、お前のが先だぁ~。

 一瞬遅れちゃったんだよなぁ~。

 あーんな必死こいてスナップアップ(急上昇)してくるとは、俺さま思わなかったぞ……」

 

 ばいきんまんが「ガックリ!」と落胆してすぐ、遥か上空を飛ぶ管制機からの通信が入る。

 ベカリの増援、全機撃墜を確認――――任務完了。

 それを聞いた途端、またばいきんまんは力が抜けたように、グッテ~っとシートに沈み込んだ。

 

『たった今、連合軍作戦司令部より、入電が来た。

 ――――連合軍海上部隊は、進軍を開始。貴隊の活躍に感謝する、……だそうだ』

 

「海上部隊ぃ~? なんだそりゃ。

 そんなコト俺さま、一言も聞かされてないぞぉ~?」

 

 このような作戦、ブリーフィングには無かった……と思う。

 恐らくはガルム隊を二機のみでB7R内に突っ込ませ、それを陽動として海上部隊を進軍させる、というのがこのミッションの本願だったのだろう。

 それに気が付き、またばいきんまんが「もうどうにでもしろ」とばかりに、力なく天を仰いだ。

 

「はいはい……なるほどなるほど。

 俺さま達は偵察じゃなく、“捨て駒”だったってワケね~」

 

 もう文句を言う元気も、怒鳴り散らす力も無い。こちとら疲労困憊なのだ。

 先ほどまでは死ぬ思いをしてたし、ようやくそれから解放された安堵感で気が抜けて、もう渇いた笑いしか出なかった。

 これはもう、よっぽど報酬を上乗せして貰わないと、ワリに合わない。

 こちとら金で雇われた傭兵なのだ。労いの言葉より、誠意を見せて頂きたいものだ。今日は高い酒でも飲まないと、やってられるか。

 

 

Yo buddy( よぉ相棒 )――――You still alive( まだ生きてるか )?」

 

 

 

 

 

 

 長年各国を巡って身につけた英語を使い、何気なくそう言ってみる。

 ふーっと脱力し、気の抜けた声で。

 共に死地を潜り抜けた、戦友に対して。

 

 ――――ばいきんまん、……ありがとう。

 

 そして、万感の想いが込められているかのような、短い応答――――

 まさかそんなのが返って来るなんて、夢にも思わなかったものだから……、ばいきんまんは慌ててワチャワチャと姿勢を正し、目をひん剥きながら無線機を二度見してしまった。

 え、なにソレ? どゆこと? ……みたく。

 

 

「うっ……うるさぁ~~い!

 俺さまはお礼を言われるのがぁ! だぁーーいっきらいだぁ~~っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

*1
航空機のパイロットに付けられる、非公式の愛称。あだ名

*2
バイキンUFOの空戦仕様Ver。戦闘機であるF-15C Eagleという機体を基にして(なんとなくイメージして)、ばいきんまんにより開発された。良好な加速・上昇などの飛行性能を有する。中射程空対空ミサイルと爆弾を装備

*3
機体からの緊急脱出。パラシュート降下で地上へと降りる

*4
空戦仕様のアンパンマン号。戦闘機であるF/A-22A Raptorを基にして(なんとなくイメージして)作られた。ステルス性が高く、スーパークルーズ(超音速巡航)が出来、STOL(短距離離着陸)が可能。固定装備としてM61A2機関砲を持つ。ちなみにラプターとは“猛禽類”のこと。

*5
左右へ急旋回し、敵の攻撃やロックを回避する機動戦術。

*6
真下へ向けての急降下。ちなみに、エンジンを全開にしてダイブする事を【パワーダイブ】と言う。

*7
敵機と正面切って向き合った状態。

*8
螺旋状に回転しつつ直進する機動戦術。

*9
戦闘機が赤外線誘導空対空ミサイル(AIM-9、AIM-4等)を発射した場合、搭乗員が友軍へ向けてコールする符丁。ようは「撃って来たぞ! 気を付けろ!」の意味。

*10
エースとは、多くの撃墜機数をあげたパイロットに贈られる称号。基本的に5機以上撃墜した者がこう呼ばれる。中でも撃墜機数上位者は“トップ・エース”と称される

*11
敵味方識別装置

*12
劇場版のこと

*13
左右へ連続してジンクを行うテクニック

*14
急激に角度を変えて急上昇する技術

*15
ちなみに人型ではあるが、彼も“妖精”という種族である。この世界では彼のようなヒューマン型や、アニマル型の妖精が大半を占めている。アンパンマン達のように生身で空を飛べる者は、非常に稀と言える。

*16
管制官を務める人物。【AWACS】と呼ばれる、大型の全周囲レーダーを装備した空中管制機“E-767”に搭乗している。敵の捜索や追尾を行うと共に、友軍機の指揮管制を担当。

*17
F/A-18Cと呼ばれる機体。ホーネットとは“スズメバチ”を意味する。

*18
金属片など、電波を反射する物体を撒布することで、レーダーを妨害する為の物




 何話かに分けての投稿となります。
 今回のものは、軽い“連載”のつもりでやりますゾ♪

 ただ、この続きの投稿には、かなりのお時間を頂いちゃう事になるかと存じます(マジ)
 どうか……! どうかのんびり待っていて下さいっ……! 私がんばって書くからネ!




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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅱ



 続きです。まだの方は前話からどうぞ!





 

 

 

「でな? そいつがベカリのスパイらしきヤツを、基地に連行して来たんだが……。

 それ隣町で、飲み屋のねーちゃんやってる女だったんだよ」

 

 ガヤガヤと煩い店内。

 その音に負けじと、ばいきんまんが大きな声で語る。

 

「それで、よくよく調べてみたらな?

 そいつ女にフラれた腹いせに、その人を『スパイだ!』って言い張ってたんだよ!

 ちょ~っと問い詰めてやったら、もうわんわん泣き出してな!

 この女が悪いんだぁ~! 俺のことブサイクって言いやがった~! うえーんって!

 あーーっはっはっは!」

 

 機嫌良さそうに酒を煽りながら、テーブルをバシバシ叩く。

 こら傑作だ。抱腹絶倒だろう? そう言わんばかりの仕草だが……、残念ながら隣に座っているアンパンマンは、ニコリともしていない。ずっとブスっとしたままである。

 

「いやぁ~! モテない男ってゆーのは哀れだなぁ!

 俺さまくらいになると、黙ってても向こうから寄って来るぞ?

 ……諦めなベイビー、俺さまは戦闘機乗り(エース)。いつ死んでもおかしくない男。

 所詮お前とは、住む世界が違うのだ……とか言ったりなんかして! がっはっは☆」

 

 ――――いや、君ってフェミニストだろう? いつも甲斐甲斐しく、ドキンちゃんのお世話してたじゃないか。まるで家政婦みたいに。

 そうツッコミを入れたいアンパンマンだったが、結局は黙って話を聞くことに終始。酔っ払いをまともに相手しちゃいけないのだ。

 

 彼は今日、ばいきんまんに連れられ、こうして場末の飲み屋へと足を運んでいた。

 自分はパンだから、部屋でゆっくりしていたい、etc……、そんな彼の意思は全て無視されてしまい、無理やり手を引っ張られて連れて来られた。

 

 そして来たら来たで、機嫌良さそうに喋るばいきんまんの馬鹿話に、延々と付き合わされる始末。何一つ楽しい事なんて無い。

 しかもここは、荒くれ共のたまり場的な店であるらしく、もうそこら中から「ゴラァ!」だの「オラァ!」だのという声が、テーブルやガラスが粉砕する音と共に聞こえてくる。

 有り体に言って、ろくなモンじゃなかった。

 

 ばいきんまんが言うには、「たまには酒でも飲んで息抜きしろ!」との事だが……、一体この場所のどこに、リラックス出来る要素があると言うのだろう?

 人間が壁と激突する音や、誰かが酒瓶で頭を殴られる音なんかを聴きつつ、アンパンマンはうむむと考える。

 

「まぁ正直、俺さまに寄って来るのは、()()()()()()()()()()()だけどな……。

 最近は、いつも戦ってくれてありがとう~とか、カッコいいです憧れます~とか、そんなちびっ子達からのファンレターばかり届くのだ……。

 俺さまって元々、悪の代名詞だったハズなのに。どうしてこんな事に……」

 

 ――――そりゃ人気出るよ。空を飛んでる時のばいきんまん、とてもカッコいいもの。

 そう言いかけるも、また言葉を飲み込む。彼を褒めて良かった試しなんて、一度も無いから。どうせ照れ隠しで怒鳴られてしまうのが、関の山である。

 

 ちなみにだが、今ばいきんまんを始めとするエース達の活躍は、もう連日のようにTVや新聞を賑わしている。

 あれだけ風前の灯に見えた戦況を、現在コムギィコ共和国は押し返しつつあるのだ。

 ベカリ公国の侵攻に屈せず、次々に重要拠点を奪還し、国土を取り戻し始めていた。

 

 その大きな要員となっているのが、コムギィコ共和国の“空戦の強さ”。ここヴァレー空軍基地が擁する、腕利きの戦闘機乗り(エース)達の存在だ。

 今やヴァレー基地の傭兵たちは、ちょっとした英雄扱いを受けている。

 そりゃあ見た目がファニーな機体に乗ってるばいきんまん&アンパンマンに、ちびっ子人気が集中してしまうのも、仕方ない事と言えよう。

 まぁ彼からしたら、とても複雑な心境だろうが。

 

「――――どっせいッ!! まぁそんな話はいいのだ。

 おいアンパンマン! おまえ飲んでるのかぁ~?

 さっきからグラスの中身が、1ミリも減ってないじゃないかぁ~!」

 

 どこぞから吹っ飛んで来たらしき男を、気合一閃で殴り飛ばしながら、またばいきんまんがグイッと酒を煽る。

 ちなみにだが、さっきこちらに飛んで来たのは“こてんぱんマン”という名の男。ヴァレー基地の同僚である。

 弱いクセに気が強くて、しかも酒癖が悪いというおまけ付き。きっと誰かに喧嘩を吹っかけ、そして瞬殺されてこちらへぶっ飛んで来たんだろう。

 まぁ彼らは特に気にしなかったが。何事も無かったかの如く、二人は会話を続ける。

 

「そういや、こうしてお前と飲むことって、今まで無かったよなぁ~。

 あの頃はお互い子供だったし、ジャムおじさんも飲む方じゃなかったし……。

 俺さま達が一緒に飲む機会なんて、あるワケないかぁ」

 

 アンパンマンの手元にあるグラス。それを見つめながら、は~っとため息を吐く。

 彼が握っているのは、オレンジジュースに申し訳程度のリキュールを入れた、ファジーネーブルというお酒。それをあたかも無人島にでも居るが如く、ゆっくりと時間をかけてチビチビ飲んでいるようだった。

 特に味の感想を言うでもなく、そして酔っぱらうでもなく、ただただ“付き合い”としてここに居ることが、もうアリアリと見て取れた。

 

「それにお前はいつも、食事してる友人達を、ただ後ろで見守ってるだけ――――

 難儀だなぁ、“食べ物の矜持”ってヤツは。

 いったい何を楽しみに生きてるんだぁお前? 俺さま理解出来ないぞ……」

 

 美味しい物も食わず、旨い酒も飲まない。

 それは生き物としてどうなんだ? と疑問を投げ掛ける。

 いくら「愛と勇気だけが友達」とか言ったって、もうちょいあっても良いだろうと、ばいきんまんは思う。

 

 みんなが当たり前のように享受している、人生の喜び。幸せという物。

 いったいお前は、その内の何割くらいを受け取ったんだ? どれだけの部分を自ら“放棄”してきたんだ?

 みんなを守る役目とか、自分は食べ物だからという大義名分を以って、どれだけコイツは自分を犠牲にしてきたのだろう? 本来当たり前に貰えるハズだった物を、どれだけ捨てて来たというのだろう?

 

 見ろよアンパンマン、自分の姿を。

 お前いま――――()()()()()()()()()()()()

 

 ヒーローを止め、こうして時代が流れた今、お前に残ったのは何だ? 何ひとつ残っちゃいないじゃないか。

 お前は人に与えるばかり、人に尽くすばかりで、自分の為には何一つして来なかった。何も掴んで来なかったし、自らを育んでこなかった。

 

 だから今、()()()()()()()()()()()()

 部屋を出る理由も、何かを得たいという欲望も、誰かと接する意義も。

 お前は何一つ持っちゃいない。何も求めないから、何も得られなかった。

 

 空虚だけが残った。

 過去にあった物が無くなり、そのぶん空いてしまったスペースだけが残った。

 そんな伽藍洞(がらんどう)みたいな寂しい心だけが、お前の全てなんだ。

 これが、あんなに頑張ってたお前の“末路”か。

 死力を尽くし、精一杯戦った正義の味方(ヒーロー)の結果だというのか。

 

 認められるか――――そんな物。

 暫し、グラスの中で波打つ酒の泡を見つめながら、ばいきんまんはごちる。

 なら、コイツと戦った俺さまはどうなる? 敵役(ライバル)の立つ瀬が無いじゃないかと。

 

 一度は、手を放した。こんな腑抜けたお前を認められず、ひとり国を飛び出した。

 けれど、どこに行こうが退屈は埋まらなかったし、帰って来ても状況は変わってなかった。

 移り変わるのは、人と時代ばかり。俺さま達はずっと、あの頃のまんま止まってる。

 二人っきり、氷みたく。俺さま達だけが、取り残されてる。

 もう何十年も前の、楽しかった頃の思い出だけを、後ろばかり見てる。

 だが……。

 

「ほいっ!」

 

 突然、アンパンマンの前にトーン! と置かれるグラス。

 それと同時に、ばいきんまんが茶色い液体で満たされたボトルを、ドーンとテーブルに叩きつけた。

 いきなり響いた大きな音に、彼はキョトンと目を真ん丸にする。

 対してばいきんまんの方は、なにやら「にぃや~!」っと笑みを浮かべている。とても楽し気に。

 

「知ってるぞ? お前()()()()()()()

 食べ物だって飲み物だって、お前は普通にイケるんだ。

 必要ないから、あえて口にしないだけで」

 

 いまアンパンマンの前に置かれたのは、“ラム”の入ったグラス。

 彼が持っているカクテルもどきとは違い、もう飲めば喉が焼け付いてしまう程にアルコール度数の強い、ぶっちゃけ頭のおかしい飲み物であった。

 それを自分のグラスにもトクトク注ぎながら、ばいきんまんが「~♪」と鼻歌を歌う。

 

「――――勝負だアンパンマン。今日は()()()で競うぞ。

 パン作り勝負とか、日曜大工も良いけど、大人には大人のやり方ってゆーのがあるんだ♪」

 

 自分勝手に〈チーン♪〉とグラスを合わせる。

 一方的に行われた乾杯という名の宣戦布告に、またアンパンマンが目を丸し、ポカンと口を開けた。

 

「ん、どうしたのだ? アホみたいに呆けやがって。

 まさかお前ともあろう者が、しっぽ巻いて逃げるのか?

 ぼくお酒なんて飲めまちぇ~ん! ……てかぁ?」

 

 片方の眉だけを上げる、挑発的な顔。

 心底馬鹿にするかのような「くっくっく♪」という笑い声。

 

「まっ! それだったら無理にとは言わないがな~♪

 俺さま、弱い者いじめは趣味じゃないしぃ~?

 けど“悪党”からの勝負も受けられないんじゃ、ヒーローの看板は下ろさなきゃなぁ?」

 

「そーんな()()()()()()、いったい何が守れるってゆーんだぁ?

 その胸にある勇気の(ニッコリ)マークは、事なかれ主義の愛想笑いだったんだな!

 あーーっはっはっは♪」

 

 ニヤニヤ笑いながら、ゆっくりとグラスを傾ける。

 アンパンマンの方を嫌らしく見つめながら、ひとり(ラム)を飲んでみせる。

 あたかも「俺さまは違うけどな」とでも言わんばかりに。

 

「んじゃま! 明日からはその服を脱いで、近所の子供(ガキ)みたく半袖半パンだ!

 そんでベースボール・キャップでも被ってろぉ~い!

 そうやって鼻たらして泣いてりゃ、どこぞの正義の味方が、お前のピンチに駆けつk

 

 ――――ドンッッ!!!! と大きな音が鳴る。

 ビクッと身体を震わせたばいきんまんが正面を見ると……、そこには見開いた目でこちらを睨んでいる、アンパンマンの姿があった。

 一瞬でグイッとラムを飲み干し、グラスをテーブルに叩きつけた姿勢のまま。

 

「……お?」

 

 ばいきんまんは、固まったままタラァ~っと冷や汗。

 対してアンパンマンは、ただじーっと彼を睨み付けたまま、無言を貫いている。

 さっきアルコール度数が60も70もあるような酒を、一息にあおっておきながら、微塵も表情を崩すこと無く。

 

 久しく目にしていなかった、アンパンマンの“怒り”。

 ようやく落ち着きを取り戻して、それを認めた時、ばいきんまんの口元がまた「にぃや~!」っと釣り上がった。

 音でビックリさせられたという、情けなさも手伝ったのかもしれない。

 

「なんだァお前ェ……。その目は。

 もしかして、この俺さまに喧嘩売ってるのかァ?」

 

 ピクピクと頬をひくつかせ、楽し気に……、いや怒りを噛み殺すようにして笑う。

 だがアンパンマンの方は、一貫して無言。その涼し気な表情が、とても癇に障った。

 

「温室育ちの、つぶあん野郎が……。ずいぶん偉くなったもんだなァお前。

 もう誰も、代わりの顔なんか投げてくれないぞ?

 いいのかオイ、アンパンよ。やれんのかァお前ェ……!?」

 

 おでこをグリグリくっつけながら、睨み合う。

 ばいきんまんとアンパンマンが、お互いに決して目を逸らすことなく、ガンを付け合っている。

 関係ないが、とても珍しい光景だった。

 

「――――おいマスター!! ありったけのラム持ってこいッッ!!

 店にあるヤツ全部だぁ~~ッ!!!!」

 

 

 

 そうして始まる、酒場での馬鹿騒ぎ。

 アンパン&ばいきんが、立ったまま交互にラムをあおり、それを取り囲んでいる酔っ払い共が、ヒューヒューと喧しく歓声を上げる。

 

「オイひきこもりパン! お前■▲●コラ※※※!!」

 

「……ッ! ……ッッ!」

 

 もう呂律すら回っていないのに、ひたすらラムを注いでは、次々に飲み干していく。

 身体もフラフラ。足元だっておぼつかない。それでも二人は手を止める事無く、ムキになって勝負を続行する。決して根を上げる事をしない。

 

「さ……さささ三人いるじゃないかお前ぇッ!

 いつの間にぃ、カレーとしょくぱんを呼び寄せやがったんらぁ~!

 前から思ってたけろぉ! 三人がかりは卑怯らろぉー!

 それが正義のする事かぁ~っ! ばかぁ~~!!」

 

 居ない。ただ彼には、アンパンマンが三人に見えているだけである。

 言うまでもなく、お酒の飲みすぎによる前後不覚であった。

 

「何が『ぼくは飲めません』らぁ! お前とんでもない()()じゃないかぁ!

 今日からアルコールパンマンに改名しろぉ~! バカルディパンマンを名乗れぇ~!」*1

 

 そんなの誰も食べない。子供人気がだだ下がりになってしまう。

 関係ないけど、無駄に強そうな名前であった。なにやら新しい風が吹きそうな予感である。バカルディパンマン。

 

「このボケッ! 丸っこい頭しやがってぇ~!(※お互い様)

 そろそろ倒れろよぉ~! こにょ野郎ぉ~~っ!

 ……お前っ、明日も仕事あるんらぞ? 分かってるのかSmile(アンパン)!? 飛ぶんらぞ!?

 ももっ……もうどうするんらよコレぇ~~っ!」

 

 返答の代わりに、知った事かとばかりにラムを飲み干す。

 グイッと口元を拭い、睨み付けながらターンとグラスを置く。

 その姿を見た途端、ばいきんまんが「あ~れぇ~!」とばかりにひっくり返る。もう絵に描いたような大の字。

 

「だ……ダメ。俺さま立てにゃい。

 じ、地面はどっちら……? 俺さま今どーなってるんらぁ~?!

 わー怖い怖い怖い!! わああああ!」

 

 なんか手足をジタバタし、ワケの分からぬまま床で暴れている。目をグルグル回して。

 その情けない負け様と、長きに渡る戦いの決着に、見ていた観客達からはワーワー大きな歓声が上がった。みんな馬鹿ばかりである。

 

 ――――ひっく☆

 

 ずっと無表情だったアンパンマンの、可愛らしい()()()()()の音が、さりげなくこの場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそぉ……負けかぁ~!

 これで631勝847敗、ってとこかぁ~?」

 

 暫しの時が経ち、二人はカウンター席を離れ、落ち着けるテーブル席へ移っていた。

 今ばいきんまんはグデ~っと突っ伏しながらも、ひいふうみいと指を折っている。

 ちなみにこの数字は、彼らが“戦う以外”の事で勝負した時のスコアだ。

 

「スポーツだの、力勝負だのは分かるが、まさか酒まで強いとは……。

 なんだぁ? 小豆や小麦粉には、アルコールの分解作用でもあるのかぁ?

 そんなの俺さま、聞いた事ないよぉ……。ずるいよぉ……」

 

 そして、ばいきんまんの隣に座り、ひたすら背中をさすってやっているのがアンパンマンである。

 彼も心なしか、いつもよりはほんのり顔が赤い。だが調子を崩している素振りも無く、ずっとばいきんまんを介抱してやっていた。とても甲斐甲斐しくて、微笑ましい姿に見える。……さっきまでの様子を見ていなければ、の話だが。

 

「頭脳系は勝てるのだ……。パズルとか、クイズゲームとか。

 手先も俺さまの方が器用だし、作る系の勝負なら、まず負けなかった。

 だがお前は、()()()()()()()()()からなぁ~」

 

「余裕だと思ってても、そこから意外と喰い付かれる。

 それで最後逆転される~みたいのも、結構あったよなぁ?

 このスコアには、俺さまの勝負弱さが表れてる気がするぞ……。

 情けないったらありゃしない……」

 

 たとえば将棋やボードゲームのような、頭脳派であるばいきんまんの土俵で戦ったとしても、アンパンマンは最後の最後まで、決して土俵を割る事はなかった。

 どれだけ劣勢になろうとも、勝負を投げない。いつもギリギリで耐え忍び、そしてたった一度のチャンスを手繰り寄せては、そこから逆転して見せる~という事もしばしば。

 これはばいきんばんが甘いというよりも、彼の“気質”による物なのだろう。どんな状況でも諦める事なく戦うという、まさにヒーローの気質だった。

 

 コイツとの勝負は、いつも燃える――――心の底から楽しみ、全力を以って挑める。

 これはばいきんまんにとって、たとえどんな相手と戦ったとしても味わうことの出来ない、得難い充実感。アンパンマンと戦う時にだけ感じる物だった。

 だからこそ彼は飽きることなく、毎日のようにパン工場に押し掛けては、様々な勝負を挑んでいたのだ。

 まだお互いに子供だった頃は、それがばいきんまんにとっての生き甲斐だった。

 今も鮮明に思い出せる、輝かしい時代の記憶だ――――

 

「でも、今日はもういいや……満足した。

 ひじょーに遺憾ではあるが、今日は勝ちを譲ってやるぅ! ふーんだ!

 ……ま、今度はあれだ、大食いとかで勝負しよう。

 お酒はのんびりに限るって、俺さま学んだよ……」

 

 顔を突っ伏したままで、チーンとグラスを合わせる。

 先ほどのような宣戦布告ではなく、「これで手打ちにしよう」という、仲直りの乾杯。

 顔を伏せているが、きっと今、照れた表情をしているに違いなかった。

 そんな彼らしい不器用な謝罪を、アンパンマンは表情を変えないまま、静かに受け取る。

 

「なーんかスッキリしたなぁ~。

 そりゃあ、気分は最悪だけども……、でもこういうのは、久々だった気がする。

 ……なぁアンパンマンよ? たまには馬鹿やるのも良いもんだろぅ?

 お前ってば、そんなキュートな顔しといて、ネクタイしてる連中より真面目だからなぁ~」

 

 意識がフワフワしてるのが分かる、ふにゃーんと柔らかい声。

 今にも眠ってしまいそうな雰囲気の、感情の吐露。

 先ほどまでとは違う、優しい空気。穏やかな時間。

 

 それを今、二人で共有している事に、アンパンマンはどこか、得も知れぬ感情を覚える。

 とうの昔に凍り付いたハズの心が、じわっと温かくなるのを、感じたのだ。

 けれど……。

 

「――――おうお二人さん! なんでも店のラムを買い占めたんだってぇ!?

 いいねぇ、羽振りが良いヤツはよぉ! 流石は天下のガルム隊だなぁー!!」

 

 そんな二人のテーブルに近寄ってくる影が三つ。

 一見してグデグデに酔っているのが分かる、とても不躾でガラの悪い態度。

 酒瓶を片手に、ニヤニヤと顔を近づけて来る。さっきまでのあたたかな空気を、ぶち壊すように。

 

「こりゃあ是非、俺らもご同伴に預かりてぇもんだ!

 なぁ奢れよGerm(ばいきん)。世界を股にかけて稼いでたんだろ?

 さんざん敵兵ぶっ殺してよぉ!」

 

 酒くさい息を撒き散らしながら、ゲラゲラと笑う。

 彼の名は、おでんパンマン。竹串に刺さったおでんをコッペパンに挟んだような顔で、ヴァレー基地の同僚でもある。

 

「そうだ! 奢れよGerm!

 そんなに金あんだったら、みんなに振舞った方が有意義ってもんだ! 仲間だろ俺達!」

 

「独り占めはよくないぜぇ? 金も()()もよぉ!

 お前らばーっかり手柄を取りやがるから、俺ら懐が寂しいんだ! フ~グフグフグ!」

 

 彼の取り巻きのように隣に並ぶ、グリーンカレーパンマンと、河豚(ふぐ)パンマン。

 こいつらも十二分に酔っている。日々のうっ憤を解消しようと、こちらに絡んで来ているのだ。

 

 きっとこの者達とは、話しても無駄だ。

 酒を嗜むというには、あまりにも行き過ぎた酔い方をしているし、そもそも言って分かるような人種ではない。荒くれの傭兵なんだから。

 

 それを感じ取ったアンパンマンは、懐からよいしょと封筒を取り出す。

 これは、彼が任務の報酬として受け取った、いわゆる給料袋だ。

 特に使うアテもなく、また金銭を使用する習慣すら無いので、財布に入れる事もせず、封すらも開けずに、そのままで持って来ていたのだろう。

 

 これが欲しいのなら、それで収まるのなら。

 そんな風にアンパンマンは、何も思っていないような様子で、金を渡そうとした。

 だが……。

 

「――――ベイビーベイビー! よぉ兄弟(ブラザー)、酒が飲みたいのかぁ?

 それならそうと、早く言えば良いのに」

 

 バシッと手で制す。同時に前に出る。

 アンパンマンを遮るようにして、ばいきんまんが奴らと対峙する。

 さっきまであんなに調子悪そうにしていたのに、もうその面影は無い。

 

「哀れな子羊に、主は与え給う。――――God bless you(祝福あれ)

 

 ボトボト、と大きな水音が鳴る。

 ビール瓶を高く掲げたばいきんまんが、おでんパンマンの頭から酒を被せていく音、だった。

 

「良かったなぁ兄弟、天の恵みってヤツだ。

 ちゃんと寝る前は、お祈りをするんだぞ? Hallelujah(ハレルヤ)ってな*2

 

「……テメェ」

 

 プチッと、何かが切れるような音が聞こえた。

 それはおでんパンマンの血管なのか、この場の緊張の糸が切れる音なのか。

 彼は憤怒の表情を浮かべ、ゆらぁ……とばいきんまんに歩み寄る。そして次の瞬間、まるでジェット機のような勢いで、殴りかかった。

 

「ほいっと♪」

 

「 お゛っぐぇ!?!?!? 」

 

 ドゴォ!!!! という重い音が響いた。

 ばいきんまんが小さくダッキングし、そこから突き上げるようなボディブローを叩き込んだ、打撃音。

 おでんパンマンは「~~ッッ!!」という声にならない呻き声を上げ、ゆっくりゆっくり前に傾いていく。

 

「こいつは持論なんだが……、喧嘩の弱いヤツに、戦闘機乗り(エース)は出来ないと思う。

 空戦だろうが拳だろうが、コツは一緒だぞ? ()()()()()()()()

 

 前かがみでもたれかかってきた身体を、鬱陶しそうに払いのける。おでんパンマンがゴロンと床を転がり、毛虫みたいにウネウネと藻掻く。

 白目を向き、胃液を撒き散らしながら。

 

「ブルース・リー。

 トーマス・ハーンズ。

 ロブ・カーマン。

 エリオ・グレイシー。

 ……選べ。お好みのスタイルで相手してやる。

 俺さまは、勉強家だからな」

 

 ボキボキ拳を鳴らしながら、残った二人の方へ。

 グリーンカレーパンマンも河豚パンマンも、状況が理解出来ないままで、ポカンと口を開けてしまっている。

 

「知らないのか? ならお前らにも分かりやすくいこう。

 ――――これが仮面ライダー1号の、ライダーキックだぁーーッッ!!!!」

 

 次の瞬間、二人が爆発にでも巻き込まれたかのように、吹き飛ぶ。

 テーブルをなぎ倒し、床に酒だのガラス片だのを撒き散らしながら、壁に激突していった。

 もうそのまま、ピクリとも動かない。

 

「何だ!? 喧嘩か!?」

 

「良いじゃねぇかオイ! 俺も混ぜろよGerm(ばいきん)!」

 

「お、俺の酒がっ!? やりやがったなクソ! 弁償しろぉー!!」」

 

「テメェ! このバイキン野郎ぉぉーーッ!!」

 

 その轟音と共に、被害を被った飲んだくれ共が、一斉に立ち上がる。

 まるでスペインの牛追い祭り。ドドドっと音を立てながら、猛然と突進してくる。

 

「そうそう♪ ゴミはゴミらしく、束になって来い。

 ――――こんな時代だ! ムシャクシャしてたんだろお前ら! 発散していけッ!!

 俺さまが相手になってやる~~っ!!」

 

 

 

 そして始まる、大乱闘。

 某スマッシュブラザーズなんか目じゃない位の馬鹿騒ぎが、場末の酒場で繰り広げられる。

 

「量すくねぇんだよ! あの手この手で騙しやがって!」

 

「業界最大手だからって、やって良い事と悪い事があるだろ! このケチンボ!」

 

 のりしおパンマンや宇宙食パンマンの怒りの拳が、中に空洞が多いクリームパンマン、食べやすいサイズにリニューアル()した菓子パンマン、一見ボリューミーに見えて実際はそうでもない具材はみ出し系のバーガーパンマンに突き刺さる。

 彼らは()()()()()()()! 底上げ弁当だの、パッケージ詐欺のジュースだのと、散々騙しやがって!

 もうここぞとばかりに、みんなでポカポカ殴る。ゲシゲシ踏んづける。

 今セブ〇イレブンへの消費者の怒りが、鉄槌として下されたのだ! ブラボー!

 

「ぜったい僕の方がおいしい! 僕の方がおいしいよ!」

 

「そんな事ないよ! 僕の方がイケてるもん! きっと商品化するもん!」

 

 かたや別の場所では、なまこパンマンとアロエパンマンが、壮絶な死闘を繰り広げている。

 なんでこんなパンに生まれた? 僕ら何の為に生まれて来たの?

 そんなパンとして、また食べ物としての矜持をかけて、いっしょうけんめい殴り合っている。不毛な争いだ。

 

「貴公とは、いずれ決着を付けねばと、思っていた所よ……」

 

「良かろう、かかってくるが良い。

 真の強者はどちらなのか、ここでハッキリさせようではないか……」

 

 そのすぐ横で、スターゲイジーパンマン*3と、有名イタリアンシェフ監修熟成トマトとチーズの絶品ピザパンマンが、静かに戦いの構えを取る。

 どちらも凄く美味しそうな子達で、お互いに認め合っている間柄。きっとライバル同士なのだろう。

 彼らはここで雌雄を決するが為、いま全くの同時に床を蹴り、お互いの頬にクロスカウンターを入れた。

 

「駄目ですよ皆さん! ケンカはいけませーん! 落ち着いて下さ~い!」

 

「いやいや! こっち来ないでよ()()()()()()!?!?

 君が爆発したら、ぼくら死んじゃうよ!」

 

 心優しいボムパンマン*4が諫めようとするも、みんな「ぎゃー!」とか言いながら彼から逃げる。

 もしこの子が爆発したら、半径50メートル以内は何も残らないのだ。

 ケンカを止めようとしている子から必死こいて逃げるという、ワケの分からん追いかけっこが発生していた。超死にたくないのだ。

 

「おおケンカだな! なら俺っちの出番だ! いっくぞぉーボケカス共ぉー☆」

 

「駄目だって()()()()()()()! 君さっきまで意識不明だったんだよ!?

 行くなぁー! 今度こそ死ぬぞぉー?!」

 

 頭に包帯をグルグル巻きにしたこてんぱんマンが、松葉杖をビックリするくらい器用に操りながら、「うっほほーい!」とばかりに駆け出そうとし、それをフライパンマンが慌てて止める。どんだけケンカっ早いんだ君は。

 関係ないが……ぜんぜん食べ物じゃない連中も、かなり混ざっているようだった。

 なんか旧ルパンマン(cv山田康雄)と新ルパンマン(cv栗カン)が、隅っこの方で胸倉を掴み合ってたりもするし、“パン”とはいったい何なのであろうか? 哲学的な思考が頭をよぎる。

 

「――――どうだアンパンマン! ハッピーかぁ~!?」

 

 そして、範馬勇次郎ばりのアッパーカットで、ちくわぶパンマンを天井まで吹っ飛ばしながら、ばいきんまんが訊ねる。

 

「あーっはっは! この自殺志願者どもめぇ~っ!

 そんなに死にたいとは驚きだぁ! なぁアンパンマンよッ!」

 

 ムギチョコパンマンのボディに膝を叩き込み、そのまま首根っこを掴んで放り投げる。がっはっはと笑いながら、ジャッキー・チェンもかくやという大立ち回り。

 そんな彼の愉快な姿を、あきれた顔してアンパンマンが見つめる。向かってくる荒くれ達をヒョイヒョイ躱しながら。

 ――――本当に君といると、ロクな事がない。

 

「そう言うなよSmile(アンパン)! これも()()なのだっ!

 むしろそうでない事が、この世の中にあるとでも?

 ほらほらぁ! お前もおもいっきり楽しめぇ~♪ ――――Kill'em all baby!!」

 

 オラァ! という掛け声と共に、栗きんとんパンマンを蹴り飛ばす。

 それは広島風お好み焼きパンマン、からあげグランプリ金賞受賞パンマンにぶち当たり、三人まとめてゴロゴローっと床に転がった。

 

 対してアンパンマンの方は、我関せずと言ったように、ひたすら避けるだけ。ただただ、向かってくる者達をいなし続けるのみ。

 もう「ぇー」みたいな表情で、心から迷惑そうに。

 

「ふっふっふ♪ 通常、人は三割ほどしか、その能力を発揮する事は出来ない。

 しかしバイキン神拳の極意は、残り全ての潜在能力を、発揮する事にあるのだっ!

 さぁかかって来いバカ共ぉ! テメェ等の血は何色d……」

 

 その時! どこぞからぶっ飛ばされて来た()()()()()()()が、ばいきんまんと頭をぶつける。まるで大鐘を鳴らしたような〈ゴーン♪〉という音がした。

 カッコいいセリフの途中だったので、完全に無防備な状態で喰らってしまったばいきんまんは、「はらほろひれ~」とか言いながら、床に崩れ落ちた。

 

「おい! Germ(ばいきん)がやられたぞ!? 泡吹いてやがる!」

 

「あんれまぁ、見事にノックアウトだ。誰か水もって来てー!」

 

「すげぇ音したもんなぁ。完全にノビてんよ……」

 

 「あ~あ」とばかりに、みんなでばいきんまんを覗き込む。

 本日二度目。またしても彼はグルグル目を回し、深い眠りへと落ちていったのだった。

 だが、その時……。

 

「――――!?!?!?」

 

「――――ほげっ!?!?」

 

「――――ぎゃーーッッ!!!!」

 

 吹き飛ぶ――――

 ()()()()()()()()()、クジラの塩にでも吹き上げられたかの如く、天井まで。

 ボゴォォォーーン! みたいな大きな音と共に。

 

「あ……、アレ? Smile(アンパン)?」

 

「えっと、どうしたんだよSmile……? お前なんで怒って……」

 

 そこに立っていたのは、なんかゴゴゴゴ……っと音が聞こえてきそうなオーラを放つ、見たことも無いような()()()()()をするアンパンマン。

 さっきまで好き勝手に暴れていた荒くれ達は、その姿を見た途端〈ピキーン!〉と固まり、ダラダラと額から冷や汗を流す。

 

「ちょ!? 落ち着けってSmile! ちょっと遊んでただけじゃねーか!!」

 

「そ、そうだぞぅ!? 別に俺たちゃ、Germ(ばいきん)をどうこうしようって気は……」

 

 それを言い終わる前に、ぶっ飛ばされた。

 ドゴーンみたいな炸裂音が鳴り、まるで10t爆弾でも落ちて来たかのような爆発が、彼らを蹴散らした。

 

 

「――――逃げろぉぉぉーーッ! Smileがキレたぁぁぁっ!!」

 

「無理無理無理ッ!?!? 助けてぇーっ! こーろーさーれーるぅ~!!」

 

「いやぁー! おかぁーちゃーーん!! うわああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 グッタリしているこてんぱんマンの足を「むんず!」と掴み、そのままジャイアントスイング。

 それに巻き込まれ、次々になぎ倒されていく者達。

 

 突如として吹き荒れた台風……いや酒場に降臨した鬼神(激おこアンパン)により、馬鹿な飲んだくれ共は、残らず殲滅されたのだった――――

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「あー、頭がガンガンするのだ……。吐きそう~」

 

 翌朝、抜けるような青空の下。

 オーライ、オーライと運ばれて行く戦闘機をボケ~っと眺めつつ、ばいきんまんが額を押さえながら、ベンチに腰かけていた。

 

「所々、記憶も飛んでるし……。あれいったい何だったのだ?

 なぁアンパンマンよ、俺さま何を喰らったの?」

 

 そう目線を向けてみるも、すぐ傍らに立つアンパンマンは答えない。

 それどころか、もうプイッ! と顔を逸らされてしまい、一切コミュニケーションを拒否されているのが見て取れた。

 

「あれからコイツ、口きいてくれないし……。

 なんか基地のヤツラも、みょ~にお口チャックしてるし……。

 いったい何があったんだよ昨日。どうしたんだよみんな」

 

 いわく、思い出したくねぇ。

 いわく、口に出すのも恐ろしい。怖い。

 誰に訊いても、みんなそんな風な事を言い、決して教えてはくれなかった。

 いったい自分が気絶した後、あの酒場で何があったというのだろう? 未だツーンしているアンパンマンを見ながら、彼は一人「うーん」と首を傾げた。

 

「ラムのガブ飲みのせいで、二日酔いは酷いし。

 なんか謎のタンコブまで出来てるし。

 俺さまもう踏んだり蹴ったりだよ……。帰りた~い……」

 

 ガクッと項垂れるも、状況は変わらない。

 いくら少しづつ押し返しているとはいえ、未だベカリとの戦争は、厳しい戦況と言わざるを得ない。ここで頑張らないといけないのだ。

 

 ボケ~っとした顔で、ダルそうにペットボトルの水を飲む。グテーっとベンチに腰を静める。

 関係無いけれど、なんでアンパンマンは、ずっと俺さまの傍にピッタリ寄り添ってるんだろう? 一言も喋らず、目線を向けたらプイッと顔を背ける癖に、なんで甲斐甲斐しくタオルとか水とかを持って来てくれるんだろう?

 頭脳派の彼をしても、世の中は分からない事だらけである。

 

「――――よぉGerm(ばいきん)! 調子はどんなもんよ?」

 

 その時、穏やかだった空気をぶち壊す声が響く。

 

「昨日は災難だったなぁオイ! 身体はなんとも無いか?」

 

 ()()()()()()()。昨日こちらに突っかかって来た男だ。

 ぶしつけに、いけしゃあしゃあと近寄って来たのを見て、アンパンマンは静かに一歩踏み出し、彼の前に立ちふさがろうとする。

 だが……。

 

「よぉ兄弟(ブラザー)、見ての通りだ!

 でもそりゃー、()()()()()()()()()()()?」

 

「はっはっは! 違ぇねえ!

 俺もあちこち痛くて仕方ねぇよ。みんな仲良く、ってトコか♪」

 

 本当に何気なく、ばいきんまんが返事をしたのだ。

 気安く、柔らかな笑みさえ浮かべて、おでんパンマンと語らい始めた。

 

「悪かったなGerm……。酔うとああなっちまうのは、俺の悪癖だ。

 グリーンと河豚(ふぐ)は作業中だが、ヤツらも謝ってたよ。……許してくれるか?」

 

「気にするな、あんなのいつもの事だ。

 俺さまは楽しんだし、ここの連中もストレス解消になったろうさ。

 これで手打ちにしよう」

 

 パンッ! と気持ちの良い音を立て、二人が手を合わせる。いわゆるハイタッチだ。

 ちなみに、これは食べる方のパンとは何の関係も無いので、深読みはご遠慮頂きたく思う。

 

「任務から帰ったら、おでんを奢るよ。たまには居酒屋も良いだろ?

 お前さんは、関西風と関東風、どちらが好みだ?」

 

「どっちもイケるのだ。お前のオススメの店で頼む。

 今日もかましてやろうぜ、兄弟――――」

 

 笑顔を交わし、おでんパンマンが去って行く。

 意気揚々と、自らの戦闘機に向かっていくその背中は、とても男らしく見えた。

 まさに戦闘機乗りの姿だ。

 

「言ったろぅアンパンマン? ()()()()()()って。

 コミュニケーションなんだよ」

 

 ポカンとその様を見送っていたアンパンマンに対し、ばいきんまんがニンマリ笑いかける。とても楽し気な雰囲気で。

 

 

「そういうモンだ――――お前も早く慣れろ。

 人生、楽しまなきゃ損だぞぉ~?」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後もアンパンマンら【コムギィコ空軍第6航空師団】は、戦い抜いていった。

 僅かな報酬と充実感、任務後にやる仲間達との一杯、そしてコムギィコ共和国開放のため、毎日のように空を飛び続けた。

 

 フトゥーロ運河に展開するベカリ軍戦力を駆逐すべく、連合軍の総力を上げて行われた大規模な戦闘、戦域攻勢作戦計画4101。

 コムギィコの首都近郊にある都市オーリス奪還のための、空挺師団護衛ミッションなど。

 その全てで、彼らは類まれな戦果を上げた。

 その名が敵軍の間でも噂される程に、コムギィコの傭兵たちは果敢に戦い、見る見るうちに戦線を押し返していったのだ。

 

 そして、当初は絶望的かに見えたベカリ戦争の開始から、僅か数か月後。準備は整った。

 今日この日、ついにアンパンマンら第6航空師団に対し、連合本部より首都奪還任務の遂行が発令される。

 この国の象徴、奪われた誇り――――コムギィコ共和国の首都“ディレクタス”へ向けて、満を持して飛び立ったのである。

 雄々しく、力強く、誰もが万感の想いを抱きながら。

 

 

 

「視界良好……とも言えないか。生憎の曇り空だ」

 

 夕暮れ時の、少し前。

 祖国を奪われた者達の悲しみが滲んでいるかのような、どんよりとした空。

 バイキンUFO・Eagleのコックピット内で、それをぼんやりと眺めながら、彼はこれから始まる戦いに思いを馳せる。

 

 ベカリにとって最重要拠点の一つとなる、ディレクタス。

 恐らくは呆れる程の数の対空砲と、強力な敵部隊が展開している事だろう。

 それを思うと、少しばかり気が重くなる。これから俺さま達が向かうのは、まごう事なき死地なのだと。

 

 きっと自分達にとって、今日は特別な日になる。

 また、この戦いの命運を分ける分水嶺であり、天王山たる戦いだ。

 ゆえに基地の連中は、みんなどこか表情を固くし、肩肘を張っている様子だった。

 けれど、それは()()()()()。自分達には退路なんか無かったし、いつだって戦い抜くしか無いのだから。

 

 死ぬまで。墜ちるまで。力尽きる時まで。

 屈辱と共にベイルアウト(緊急脱出)のレバーを引く、その瞬間まで。

 ゆえに、今さら気負うような事でも無し。

 

Smile(アンパン)、この作戦は成功するぞ。

 戦況は常に、俺さま達の味方だ」

 

 作戦空域到達まで、約30秒。

 何気ない声で、隣を飛ぶ相棒に語り掛ける。

 

「お前の事だから、連中の雰囲気に当てられたりはしないだろうが……まぁ一応な。

 いつも通り、お前らしく飛べばいい。Walk in the park( 朝めし前 )ってな」

 

 だが無言――――無線からの応答は無し。つかまだ怒ってるのかアンパンマン。

 何があろうが、微塵も操縦がブレないお前だから良いけど、そろそろ機嫌を直せよお前。あれから4日も経ってるじゃないかオイ。やりにくいよ俺さま。

 

「おい、もう始まるんだぞ……? 連携とか取らなきゃだろ……?

 なんか喋れよお前、一言だけでもいいから」

 

 大事な作戦だっていうのに、ガルム1(主役)はこの有様。

 機体を左右に揺らして合図してみても、まったく反応してくれないと来たもんだ。

 しかも、ここ最近みょ~に()()()()()()()()()()()()()、なんかばいきんまんを危険から遠ざけているかのような、全部自分ひとりでやっちゃえーみたいな戦い方をしやがるのだコイツは。

 なんの為のチームだアンパンマン。俺さまなど要らないと言うのか。泣くぞオイ。

 

 ――――今日、帰ったら……。

 

 もう諦めようかと思い、さっさと作戦空域に向かうべく操縦桿(スティック)を前に倒そうとした時。

 まるで蚊が鳴くようなボソッとした声が、無線から響く。

 

 

 ――――二人で、祝杯。もう煩い場所はイヤだ……。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

『ガルム隊! 作戦開始だ!

 ベカリ制圧下にある5地区を開放せよ! 幸運を祈る!!』

 

 思わず「ぽかーん……」としちゃってた意識を、イーグルアイ(空中管制機)からの強い声が呼び戻す。

 ばいきんまんは「ハッ!」とした顔でスティックを握り直し、イカンイカンとぶんぶん首を振る。

 

 ――――それとも、またおでんに行くの? ()()()()()()()

 

「お前……一体どうしたんだ? なんでそんな拗ねてるの!?!?」

 

 ギュインと左右に別れ、ガルム1(アンパン)は地上部隊の掃討、ガルム2(ばいきん)は敵航空戦力の排除にかかる。

 

 

「と、とととりあえず交戦開始ぃ~!

 チークタイムだ相棒(バディ)*5――――よろしく膺懲(ようちょう)すべし」*6

 

 

 ――――……了解(ラジャー)

 いつもより少し遅れ、なんかブスッとした応答があった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ベカリの鳥の相手は、俺さまの役目だ」

 

 ハイ・ヨー・ヨーからの一撃、敵機体が爆散。*7

 コムギィコ襲来の報を受け、慌てて空に上がったベカリ空挺部隊は、たった二機の前に次々と数を減らしていく。

 誰も彼も浮足立ち、ワケの分からぬままで、壊滅していった。

 

『装甲車がぶっとばされたぞ! 応戦は出来ないのか?!』

 

『馬鹿野郎! 対空砲で勝負がつくなら、とっくに終わっているよ!

 自分でやってみやがれ!』

 

『航空部隊は何をやってる! さっさと墜としちまえよ!』

 

『対空攻撃を緩めるな! 手を止めると向かってくるぞ!』

 

 悲鳴にも似た無線が飛び交う。もちろんこれは、敵ベルカ部隊の通信だ。

 ガルム隊の二機は、今も悠々と空を舞っている。

 そして苛烈に、容赦なく、敵部隊を殲滅する。

 

『命令は!? 上は何と言ってる!? さっさと指示をよこせ!』

 

『おい、少将殿はどこへ行った……? 誰か見た者はいないか?』

 

『先ほど、ヘリポートの方で見かけたという者が……』

 

 大慌てな様子、大混乱に陥っているらしき声。

 やがてポコポコと敵戦闘機をなぎ倒している内に、なんか偉そうなオッサンの声までが、無線から聞こえてきた。

 

『構わぬ! 早く離陸せよ! この街はもう落ちた!

 一刻も早く、ディレクタスから離れるのだッ!』

 

『おいガルム隊。ベカリのヘリが一機、戦線を離脱していくぞ。

 ……ヤツら逃げ出すつもりか?』

 

「あんれまぁ、これだからお偉いさんってヤツは。

 どこも変わらないな~」

 

 5つに区切られた拠点を、アンパンマンが機銃やミサイルを駆使して、次々に破壊していく。

 対空砲、装甲車、そしてまだ飛び立ってもいない航空機が、悪魔のような手際を以って、すべて鉄屑に変えられていく。

 その様に恐れおののいた敵軍の司令官が、ひとり部下を見捨てて戦線を離脱。さらに現場は大混乱という、まさに抱腹絶倒の状況である。

 まぁ当人たちからしたら、たまったものじゃ無いだろうが。

 

『第3、第4区以外は放棄しろ! すぐ戦線を張り直すぞ! 急げ!』

 

『コムギィコの傭兵……。ヤツらの好き放題にやられてる……。

 ベカリ公国は最強じゃなかったのか!? 話が違うじゃねぇか!!』

 

「夢を見るのは勝手だが、手を止めてくれるなよ?

 頑張るんだぞベカリ公国の諸君。()()()()()

 

 せいぜい神にでも祈りながら、対空機銃でも乱射してれば良い。エイメン(そうあれかし)

 ばいきんまんが、明らかに格下だと分かる敵機の頭上を取りつつ、のほほんと呟く。

 

「キリスト様かぁ……。俺さまが読んだ聖書には、こう書いてあったぞ?

 ――――厄介ごとを持ち込むなバカタレ! ってな」

 

 強襲。真上からエンジン全開でダイブ。ミサイルを叩き込まれた敵機が、煙を上げて落ちていく。

 

Splash(撃墜)! おー偉いぞアミーゴ! よく咄嗟に脱出したなぁ~!

 だがここでのベイルアウトは……正直どうなんだろうな?

 まぁ俺さまには、知ったこっちゃないか! はーひふーへほ~っと♪」

 

 ここは雪山でも無ければ、救助が困難なB7Rでもない。ただの都市である。

 だが……ここにパラシュート降下するという事は、いったい何を意味するのだろう?

 ほんの数時間前ならいざ知らず、今この時、ベルカ軍が壊滅しつつある状況では。

 

 なぜなら――――さっきから聞こえているのだ。()()()()()()()

 ベルカ軍の敗走に伴い、こちらに呼応するように動き出した、多くの()()()()()()()()()の歓声が、絶え間なく無線機に届いているから。

 

 

『――――ベカリ軍が敗走してく! 俺たちもやるぞ!』

 

『ここは俺たちの街だっ! ベカリを追い出せ! 取り戻すんだ!』

 

『さぁ鐘を鳴らせ! もっと鳴らすんだ! 自由と開放の鐘をッ!』

 

 

 暴動……いや()()だ。

 いま地上では、この街に住む全ての国民達が、一斉に家から飛び出し、ベカリの残存部隊に詰め寄っている。次々に施設に押し掛けている。

 ただでさえ混乱していた敵軍は、その大波めいた民衆達に成す術もなく飲み込まれ、もう対空砲を撃つどころでは無くなっていく。完全に軍としての機能が停止した。

 そして夕焼け空に鳴り響く、美しく気高い音色

 

「――――聞こえるかSmile(アンパン)! 市民達が“自由の鐘”を鳴らしている!!

 立ち上がったんだヤツらはッ!! 俺さま達と共に戦っているッ!! 最高の援軍だッ!!」

 

 それを守るように、歩調を合わせるように、アンパンマンが施設を破壊していく。

 声援に乗って、鐘の音に突き動かされ、この街からベカリ軍を一掃していく。

 

『退避だ! 動ける者から退路を開け! 街は連合軍に落ちた!』

 

 その通信が届いた途端、敵兵たちが武器を放り出し、その場から駆け出した。

 慌ててジープに乗り込み、街の外へ逃げ去って行く。

 歓声をあげながら拳を振り上げている、民衆達を背にして。

 

『やったぞ! 俺たちは街を取り戻した!』

 

『コムギィコ万歳! コムギィコ共和国万歳ッ!! 俺たちの国!!!!』

 

 鐘が鳴り響く。民衆達の勝利を祝って。

 何度も何度も、美しい音が木霊する。

 誇りと尊厳を取り戻した街が、首都ディレクタスが、綺麗な茜色に染まっている。

 

 それを眼下に眺め、二機が悠然と空を飛ぶ。

 歓声に応えるように、大きく円を描いて。彼らに手を振りながら。

 

 

Smile(アンパン)! 聞こえるか! 自由を手にする民衆の声が!!

 ――――これが俺さま達の戦いだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、胸が熱くなった。

 胸にある勇気のマークが、ニッコリ微笑んでいる気がした。

 

 隣を飛ぶばいきんまんが、「ひゃっほー!」と両手を振り上げているのが見える。

 機嫌良さげにガッハッハと笑い、こちらに向けて力強くサムズアップ。

 心からの笑顔で、「よくやった」と褒めてくれた。

 それがなによりも、彼を嬉しい気持ちにさせた。

 

 久しく感じていなかった、高揚感。

 嬉しそうに笑う、みんなの顔。

 そして、隣にいるばいきんまんの存在。

 

 幸せだ――――と思った。

 まだ自分に、こんな感情が残っていたのかと、少し驚いてしまった。

 茜色の空と、高らかに鳴り響く鐘は、どこか懐かしい物のように感じた。

 ばいきんまんと二人、あの頃に戻ったかのようで、嬉しさが込み上げて来た。

 

 

 枯れていた。もう無いって思ってた。これまでずっと一人きりでいた。

 ジャムおじさんが死んで、もう全てが終わってしまったのだと、そう思っていたのに。

 

 でもばいきんまんは、再び自分を、お日様の下へ連れてきてくれた。

 どんなにそっけなくしても、どんなにプイッと顔を背けても、一緒に飛んでくれた。こんな自分を守ってくれたのだ。

 

 

 何故だろう? と思う。

 もう駄目になったのに。あの頃のぼくじゃないのに。()()()()()()()()()

 でもなぜ彼は、ぼくの手を引っ張ってくれるのだろう? 一緒にいてくれるのだろう?

 

 それを心底、不思議に思う。

 ぼく自身ですら、自分に価値を見いだせないのに。

 別に美味しくもないパンで出来た、愛想だって良くない、馬鹿なぼくなのに。

 

 なぜ君は――――嬉しい気持ちをくれるんだ。

 何故ぼくの隣で、いっしょに飛んでくれるんだ。支えるみたいにして。

 

 

 君は「ありがとう」が嫌いだから……もう言わない。

 でも君がいてくれるから、ぼくはぼくでいられる。

 君といる時だけは、“強いぼく”でいられるの。

 

 それをどうか……どうか知っておいて欲しい。

 君の宿命のライバル、君のばでぃ(相棒)でいられる――――飛べるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはー! “して”やったぜッ! 今日だけで撃墜数6だぁ~!

 どうだSmile(アンパン)、俺さまも中々やるもんだろぉ~う?」

 

 暫し、想いに耽っていたアンパンマンが、この場に意識を戻す。

 応答があろうが無かろうが、構わず「がっはっは!」と笑い続ける彼に、呆れるような頼もしいような、複雑な心境である。

 

 ――――だね。Germ(ばいきん)たくさん飛行機に囲まれてた。()()()()()()

 

「おい相棒(バディ)、なんだその言い回しは!?

 なんかそこはかとなく、含みを感じるのだが……、俺さまの気のせいか?!」

 

 またアンパンマンが「ぷいっ!」と顔を背けた雰囲気を感じ、彼がワチャワチャとご機嫌取りに入る。

 仕方ないだろう!? 今日は俺さまが、敵航空機担当だったんだから!

 そんなにチークタイムが好きなら、いつもそうすれば? ぷいっ!

 と……なんかそんな風な会話(痴話喧嘩)をしながら、二人ならんで飛ぶ。

 飛行機雲を引きながら、開放された首都ディレクタスの空を。

 

 だが。 

 

 

『――――警告! 警告! 敵増援部隊が接近中!! 警戒しろ!!』

 

 

 あたたかな空気が、一瞬で消し飛ぶ。

 空中管制機からの、緊迫した声によって。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おいおい! ほんとに言ってるのかオッサン!? 今さら?!」

 

『間違いない! 2機の戦闘機(ファイター)が高速で接近中!

 あとオッサンでは無いっ! イーグルアイと呼べGerm!!』

 

 二人は慌てて操縦桿(スティック)を握り直し、レーダーを確認。

 あまりに突然の事だったので、ばいきんまんの背中の汗が、もう一気にひいた。

 

「くそっ! こちらガルム2、Two tallyho(トゥ タリホー)*8

 明らかに、今までのヤツより速い……! 気を付けろSmile(アンパン)!」

 

 時すでに遅し、もう首都は開放した。

 だがここに来て、ようやくこの場に辿り着いた敵増援。

 しかも明らかに、これまで墜とした一山いくらの連中とは違う。手練れだ!

 

「コイツらをやっつけなきゃ、基地に帰してくれなさそうなのだ……。

 ガルム隊の祝勝会は、いったんお預けかぁ~。もう一仕事だなぁ~」

 

 ――――本当に、たくさん寄ってくるね。もうイヤってくらいに。

 

「まっ、俺さまはハンサムだからな!(ドヤ顔)

 ……バカ言ってないで行くぞほら。クール・アズ・キユーク(  冷静沈着  )で頼む」

 

 ――――了解(ラジャー)

 そんないつも通りの淡白さ、そしてこの上なく頼もしい声と同時に、左右に散開する。

 それを迎え撃つは、ベカリ空軍の戦闘機乗り(エース)

 第5航空師団、第23戦闘飛行隊、通称“ゲルブ隊”の二機。

 

『既に、友軍は撤退済み……。まだ間に合うのか……?』

 

 困惑した様子の声。

 敵無線がこちらの耳に届く。

 

『だが、こちらも2機。好都合だ。

 コムギィコの傭兵共。こいつらだけでも――――』

 

 静かな、気迫を感じる声だった。

 戦いの決着はつき、既に周りには自分達しか居ない。それでも決して萎える事無く、果敢に向かってくる闘志。戦闘機乗りの誇り。

 

 すぐさま始まる、4機が入り乱れるドッグファイト。

 自由の鐘が響く、暁の空に、エース達が舞う。

 

「Su-37……ターミネーターか!*9 またやっかいなのが来たなぁ!

 ちなみにあの機体、けっこう高いらしいぞSmile? ベカリは金持ちだ~」

 

 スプリットS*10で上下逆さまになりながらも、のんきな事を言う。

 その態度はともかく、バイキンUFO・Eagleは苛烈に敵機を追従し、まるで紐で固定されたかのように、ケツに食らい付いている。

 

「こんど作ってやろうか? アンパンマン号・Terminator(ターミネーター)

 お前ってけっこー容赦ないし、ピッタリな名前じゃないか! あーっはっは!」

 

 ――――じゃあ最初に君をターミネートする( 終わらせる )。全力アンパンチするから。

 

「……おいおい。正義の味方を張ってたヤツが、怖いこと言うなよ……。

 愛と勇気はどこへやった? 優しくしてくれよヒーロー♪」

 

 ――――知らない。ぼくって“容赦ない”らしいから。殴る時は殴ることにする。

 

「なるほど……口は災いの元ってことかぁ。

 しゃーない、コイツらに()()()()()でもしよう。Bloody Hell(こんちきしょう)

 

 機銃で追い込みをかけ、アンパンマンのキルゾーンへ誘導。

 だが奴らも上手い。一機が危機に陥れば、即座にもう片方がフォローしてくる。

 動きで分かる。こいつらは二機で、数多の修羅場をくぐって来たんだ。

 ふたつでひとつ。(つがい)の鳥のように、二人でこの空を生き抜いてきた。そんな信頼感がひしひしと伝わってくる。

 だがそれは、()()()()()()()

 

チェック(王手)だ――――アンパンマンッッ!!」

 

 彼の激高と共に、アンパンマンがミサイルを発射。それは回避行動中だった敵機の死角から、見事に突き刺さる。

 ガルム2(ばいきん)が追い詰め、ガルム1(アンパン)が仕留める。敵を上回るコンビネーションで、番の一羽を墜として見せた。

 

「……じゃなかったSmile(アンパン)

 あぁ……今さら言い直しても遅いよなぁ~。

 なんか任務から帰る度に、司令部から怒られてる気がするぞ。

 そろそろ俺さま、減俸されちゃうかも……」

 

 長年の付き合い、直せない癖。

 だがこの“絆”こそが、奴らを上回ることが出来た、最大の要因である。

 まぁこの子達の場合、ずっと敵味方に分れて戦っていたのだが。それはそれ、である。

 

『隊長! ……墜とされた!?』

 

 そんな通信が聞こえた途端、猛然と()()()が突っ込んで来た。

 さっきまでの理性的な動きではない。その気迫が伝わってくるかのような、速くて獰猛な動き。

 

「崩れない、か。

 こりゃあ思った以上に、厄介なヤツだぞ」

 

 動揺はしてるだろう。二対一となった不利も感じてるだろう。()()()()()()()()()

 燃えるような意思を以って、操縦桿を握る姿が、もう容易に想像出来てしまう。

 

「決意、……いや覚悟か。

 こういう手合いが、一番怖い。

 昔、散々お前に思い知らされたよ――――相棒(バディ)

 

 必ず守る。ここは通さない。

 そんな強い気持ちの宿った目を、ばいきんまんは何度も見たことがある。

 その昔、まだ自分達が幸せだった頃……もう嫌というほど見てきた。

 

 ――――……ばいきんまん。

 

 ボソリと、名前を呼ばれた。TACネームではなく、いつもの呼び方で。

 無線から聞こえた、アンパンマンの声。

 その静かな声色、その雰囲気だけで、……彼の言いたい事が分かった。

 

 

「いいぞ、()()()()()

 相手してやれよ、“ヒーロー”」

 

 

 コクリと、彼が頷いた気配がした。

 それと同時に、ばいきんまんが離脱。二機から離れた場所へ移動する。

 

 ――――見ててね、ばいきんまん。

 ――――おう、しっかりな。

 そんな短い言葉を交わし、彼から離れたのだ。

 

「気を付けろアンパンマン……ヤツは何があっても退かん。死んでも守るってタイプだ。

 なりふり構わず来る。予想外のことも、平気でやってくるぞ」

 

 彼が何を思っていたのか。ばいきんまんには、なんとなく分かる気がする。

 受け止めたい、あのパイロットの想いを――――きっとそんな風に思ったんだろう。

 

 アンパンマンは、そういうヤツなのだ。今も昔も。

 たとえ正義の味方を止め、もう子供じゃなくなっても。氷みたいに表情が固まってても、こいつは本当に優しいヤツだから。

 ばいきんまんは、それを痛いほど知っている。

 これまで、たくさん見てきた。だから今日も見守る。

 

「強い……。呆れるほどの回避機動だな、ターミネーター。

 まさに、()()()()()()()()()()って感じだ」

 

 たとえ一機だけになっても、敵パイロットは諦めなかった。

 自分の成すべき事を、貫くべき矜持を、しっかり胸に持ってる。

 だからこそ、こんなにも強い……!

 

「ベカリにも、こんなヤツが居るんだな……。

 何パンマンだか知らないが、お前さんは強いよ。……尊敬する」

 

 アンパンマン号・Raptorが後ろを取る。どれだけ敵パイロットが技巧を凝らそうとも、その全てをねじ伏せるみたいに、上を行き続ける。

 高く、速く、強く飛ぶ。全力で相手に応えるが如く。受け止めるように。

 

「けれど……勝てないよ。

 生きる為に飛んでいるような、ぬるい連中じゃ」

 

 後方への発射。

 Raptorに後ろを取られたSu-37が、そのまま前方を向いた状態で、真後ろにミサイルを飛ばした。

 格闘戦用に備えられた、あらかじめ機体後方へと向けてマウントされている、空対空ミサイル。背後という絶対的有利を取った相手の、奇を突く攻撃。

 だが、それすらもアンパンマンは……()()()()()()

 

 

「こちとら――――飛ぶために生きてるんだから」

 

 

 

 

 

 逃げて、逃げて、逃げ続けて。

 それでも喰いつかれ、もうどうする事も出来ずに、墜ちて行く。

 アンパンマンの放つミサイルが、決して抗えぬ物を教え込むかのように、Su-37を捉えた。

 

 

Your mommy waiting for you.(  お袋が待ってるだろう  )

 Now go home you kid(  とっとと帰りな、小僧  )

 

 

 力尽き、弱々しく墜落していく、とても勇敢だった敵機を、ばいきんまんは静かに見下ろす。

 そして、長かった空戦を終え、こちらに帰って来た愛しい相棒を、ニッコリと笑って迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……とまぁ、こんな感じてやったワケだ。

 民衆達の歓声、そしてあの鐘の音が、今も耳に残ってるよ」

 

 ポリポリと頭をかき、どこか照れ臭そうにハニカミながら、“片羽”が語る。

 

「気分が良かった。充実感があったよ。

 俺さまの気のせいじゃなければ……、アイツあの時、()()()()()()()()()

 バイキンEagleのコックピットごしだから、そんなハッキリ見えたワケじゃないケド」

 

 懐かしそうに、大切な宝物を見せる子供のように。

 あの戦いを語る彼の優しい声が、とても印象に残った。

 未だ手にしているアサルト(AK)は、それに似つかわしくない武骨さだったが。

 

「どっかの偉いさんから、ガルム隊宛に酒が届いてた。

 シャトーボロワーズのビンテージ。それアイツと一緒に、馬鹿笑いしながら飲んだよ。

 希少なカペルネだ~とか言ってたけど、一晩で空けてやったよ。

 アイツを酔い潰すにゃ、ちょーっと足りなかったな~」

 

 20××年、5月13日。ついにコムギィコは開放された。

 これを機に、戦いの流れが、大きく変わっていく事となる。

 

 コムギィコはベルカを押し返し、ついに反撃の狼煙を上げたのだ。

 だが、話はそう綺麗にはいかない。この戦争の本質は、むしろ()()()()なのだから。

 

 後に書かれた記事、膨大な数の資料は、それぞれ捉え方が全く異なる。

 誰もが正義として書かれ、また悪として記される。

 誰が被害者で、誰が加害者なのか。一体“平和”とは何か?

 全く持って複雑怪奇だが、戦争にはつきものの話だ。

 

 

「それからもアンパン……いやSmileと一緒に飛んだよ。

 作戦で死んだヤツもいるし、怪我してリタイヤしてったヤツもいる。

 そんな連中の全てを背負って、アイツは飛び続けた。

 もう俺さまに言われるでもなく、責任感を以って戦ってたと思う――――」

 

 

 

 

 

 これより、戦いの舞台はベカリ内部へと移る。

 

 そして“彼”も、この戦争の中心へと、押し上げられていく事となる。

 

 私の興味の対象は、しだいに戦争その物から、彼自身へと移っていった。

 

 先ほどまでとは違い、どこかこちらから目を逸らすようにして、また片羽と呼ばれた男の口から、物語が紡がれていく。

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

*1
【バカルディ】ラムの銘柄

*2
神様サイコウ! みたいな意味

*3
スターゲイジーパイというイギリスの名物料理を、パンにアレンジしたヒーロー

*4
某ボンバーマンで見るような爆弾を、パンでコーティングしたヒーロー。頭部には、まるでアホ毛のように導火線がピョロリと飛び出している

*5
ダンスパーティーなどで、スローテンポの曲がかかり、男女がチークダンスを踊る時間。いわゆる“お楽しみ”の時間

*6
こらしめてやれ、という意味

*7
空中戦闘機動のひとつ。目標機を追う際に一旦自機を上昇させ、高位から一気に降下することで再び速度を得ながら追随する技術。

*8
敵機2機を確認、の意味

*9
後方警戒用アクティブレーダーと、推力偏向ノズルを装備した機体。その非常に高い空戦能力から【ターミネーター】の愛称で呼ばれる

*10
水平飛行中に、180度ロールして背面となり、そのまま下方向への逆宙返りで水平に戻る飛行技術。




◆スペシャルサンクス◆(オリジナルヒーロー協力)


・砂原石像さま♪    (中に空洞が多いクリームパンマンなど)
・爆焔特攻ドワーフさま♪(グリーンカレーパンマンなど)
・ケツアゴさま♪    (有名イタリアンシェフ監修熟成トマト~)
・団子より布団さま♪  (おでんパンマン)
・幸1511さま♪     (スターゲイジーパンマン)
・天爛 大輪愛さま♪   (こてんぱんマン)
・トトカルチョさま♪  (ルパンマン)
・Mr.エメトさま♪    (のりしおパンマン)
・ヒアデスさま♪    (ボムパンマン)
・佐伯 裕一さま♪    (河豚パンマン)
・マスターPさま♪   (宇宙食パンマン)



 沢山のご応募、誠にありがとう御座いました♪
 まだまだ出てきていないヒーロー達もいますが、今後のお話の中でご登場いただく予定です。

 また頑張って書きますので、どうかのんびり待っていて下さいッ……!
 というかこれ、普段とは全然違う作風なので、めっちゃ書くの苦労してr(以下削除)


 hasegawa



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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅲ

 

 

 

「やいアンパンマン、俺さまだぞ」

 

 深夜11時を少し回った頃。

 ヴァレー空軍基地の宿舎にある、アンパンマンの部屋のドアを、辺り一帯に響くくらいの大きな音で、乱暴にノックした。

 こうでもしないと、たまにコイツは居留守を使いやがるから、ばいきんまんはいつもこの方法を取る。

 早く出てこないと、ご近所迷惑になっちゃうぞ! いいのか!? とばかりに。借金の取り立てをするヤーさんの手口である。

 この引きこもりパンとコミュニケーションを取るには、いつも苦労させらているのだった。

 

「さぁ飲むぞ。シングルモルトを持ってきた。*1

 安酒だが、気楽にやるにはいいだろ? 俺さまがハイボールを作ってやろう」

 

 ガチャと音がした途端、素早くドアの隙間に足を差し込む。これでもう閉められないし、逃がさない。

 ばいきんまんはグイッとドアを全開にし、許可も取らずにズケズケと中に押し入った。

 別にコイツは文句を言わない。黙って俺さまに従うのみだ。……それが分かっているからこそ、あえて不躾な態度を取る。

 

 ドシドシ足音を立てて歩き、部屋の中央にドカッと腰を下ろす。

 この部屋に座布団だのクッションだのといった、気の利いた物は無い。絨毯どころか、備え付けの家具ぐらいしか無い、殺風景な場所だ。

 まぁコイツの部屋に、ぬいぐるみとか化粧台とかあったら、かえってビックリするけど。俺さまの部屋だって似たような物だけど。

 そんな事を考えながら、ひとり勝手に床に胡坐をかき、アンパンマンに向けてチョイチョイっと手招き。

 まがりなりにも部屋の主に対して、「さっさと座れ」と命じるように、自身の対面を指さす。

 

「あ゛~! しんどぉ゛~!

 腰は痛いわ、眼精疲労は凄いわ、頭痛はするわ……。

 ほ~んと戦闘機乗りなんて、ロクなもんじゃないな!(キッパリ)」

 

 ――――君は好きでやってるんだろう? 君がぼくにやらせてるんだろう?

 普通なら、そうツッコミを入れる所なのだが、アンパンマンは文句も言わず、トコトコとそちらに歩いて行く。健気である。

 

「お前は平気そうだなぁ、アンパンマン。

 どんな高Gにも耐える、空酔いで吐かない、ブラックアウト*2もしない。

 そこだけは、たまに羨ましくなるぞぅ」

 

 彼の頭部はアンパンなのだし、Gでペチャンコになったりしそうな物だが……、今の所そういう心配も無いようだ。

 任務を終えた後だというのに、アンパンマンはいつも通りの仏頂面。疲労であったり、なにか他の感情であったりが、その表情に浮かんでいる様子は無い。

 

 まさに彼は“空の申し子”なのだろう。

 空と、太陽と、星に祝福された、飛ぶためにこそ生まれて来た存在。

 戦闘機の操縦に四苦八苦しているような他の連中とは、まさに格が違うと言える。

 

 彼の乗る愛機、アンパンマン号・Raptor。

 このRaptorとは猛禽類を指す言葉で、すなわち“空の支配者”を意味している。

 空においての絶対強者である、鷲や鷹。かの者に天敵はおらず、ただ弱者を狩り、全てを殲滅する。空の王者たる存在だ。

 アンパンマン号・Raptorも、それと全く同じで、この機体の元になったFー22ラプターも、この世に比肩するものが無いほど、強力な戦闘機である。

 

 いわく――――【航空支配戦闘機】

 ただの優秀な戦闘機ではなく、その空域を支配しうる程、絶対的な力と性能を持った、この世で唯一無二の機体である。

 ちなみに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その性能に見合うだけの戦場が存在しない事から、生産中止に追い込まれてしまったという、悲しい経緯を持っていたりもする。

 

 ばいきんまんが“それっぽく作った物”とはいえ、そんなエゲツナイ性能を備えた戦闘機を、あのアンパンマンが操っている、という事。

 そりゃーもう、勝てるワケが無い。正直ばいきんまんは、ベカリ側の兵士たちに同情している。いつも心の中で「すまんなぁ~」とか思ってる。

 

 ただ一機で佇む者――――最後に生き残る者。

 それがアンパンマンという戦闘機乗り( エース )なのだ。

 

「でもまぁ、今の俺さまでも、酒を作ることくらいは出来る。

 お前と飲み交わせるくらいの余裕はあるのだ。

 まぁ付き合えよアンパンマン。今日はもう、煩くしたりしないから。

 俺さま……静かに飲みたい気分なんだ」

 

 ハイボールを作るばいきんまんの所作は、手慣れていた。そして適当ではなく、とても洗練されているように見えた。

 まずはグラスいっぱいに氷を入れて、そのままマドラーでかき回す。これは酒を入れる前に、グラス自体を冷やしておく為だ。

 溶けた水分は捨てて、またグラスを氷でいっぱいに満たす。

 次にようやくウイスキーをワンショット*3注ぎ、再びマドラーでゆっくり混ぜる。

 こうして全体をしっかり冷やしておくことが、旨いハイボールを作るコツなのだと、彼は語る。

 炭酸水をグラスに注ぐときは、ゆっくりと、そして氷に当たらないよう気を付けながら注ぐ。

 これは氷が溶けて味が薄まり、炭酸も抜けてしまわないようにする工夫。仕上げに混ぜるのもたった一回だけという、徹底されたやり方だった。

 

「ほい飲め。俺さまが入れた酒を飲めるなんて、そうそう無いぞ?

 それとも、ジュースの方が良いか?

 一応はオレンジとかコーラも、持ってきちゃーいるが……」

 

 ん? って感じで片眉を上げた表情。

 馬鹿にするのではなく、純粋に意思を訊いているのが分かる、優しい顔。

 アンパンマンは黙ってグラスを受け取り、クイッとひとくち飲んで見せる。「これでいい」と彼に示すように。

 

 そして、これほど丁寧に作られた酒は、言うまでもなく美味だった。

 アンパンマンは飲んだ事が無いけれど、きっとこれはプロが作るのとなんら遜色のない、とても良い仕事なのが分かった。

 粗暴で、自分勝手な性格のばいきんまんに、こんな丁寧な心遣いが出来るのかと、アンパンマンは少しだけ驚く。

 

「手間暇を惜しまない、それがコツなのだ。

 酒も、機械も、肉体も、手をかけてやれば、ちゃ~んと応えてくれる。

 ようは、どう引き出してやるかって事さ」

 

 感想を聞くまでもない。そんな風に「くっくっく」と笑いながら、同じく酒を煽る。

 そしてすぐに「ぷは~!」という景気の良い声が、この部屋に響いた。

 

「でもまぁ、前に飲んだシャトーボロワーズには、流石に敵わないな~。

 勝利の美酒ってゆーのもあったし、いま俺さま達は、()()()()()()()()()

 

 楽しく飲み交わす、酒を味わう。……この二人っきりの飲み会は、そんな雰囲気では無かった。

 アンパンマンは無表情で、ばいきんまんは飄々としている。だが二人の纏う空気は、どこか重さを感じさせた。

 任務後の疲れとは別の、気だるさのような物があるのだ。

 

 味わうというより、流し込む。

 浸るのではなく、掻き消す。

 そんな風に飲んでいる。酒の力を借りて、気分を紛らわしているのが、見て取れた。

 

「死んだなぁ……たくさん。

 ここの基地も、めっきり頭数が減った。

 ほんの一週間前まで、馬鹿な野郎共で溢れ返ってたのに……」

 

 やがて、小一時間ほどの静かな時間が流れた時、ばいきんばんがボソリと呟いた。

 何気なく天井を仰ぎながら、つい半日前の出来事に、想いを馳せる。

 

「酷い状況だった。

 正直な話、今こうしてお前と飲めてる事さえ、信じられない気持ちでいるのだ」

 

 

「ぜったいに生き残る、その気持ちでやってた。

 けど……久々に“死”を覚悟したよ。

 ワケの分からんまま、ゼーハー呼吸を乱して、あんな必死に操縦桿を握ったのは、一体いつ以来だろな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい一週間ほど前に行われた【ハードリアン・ライン攻略作戦】 

 これは連合軍、そしてこの基地の傭兵達が総出で行われた、とても大規模な作戦だった。

 

 ハードリアン戦と呼ばれるベカリの防衛線は、遺跡を利用して作られた要塞“グラティサント”を中心に、約700㎞にも及ぶ長大な物だ。

 この遺跡要塞グラティサントには、もう目もくらむような数の対空火器が設置が設置されており、強力な防衛システムとして、彼らの前に立ちふさがった。

 広大な敷地、雄大な山脈、数えきれない程ある遺跡の穴倉。そのどこを見ても、対空火器と敵兵の姿があった。

 

 ここに来る者を、生かして帰さない。

 是が非でも、背後にあるベカリ公国を守る。

 そんな意思がアリアリと感じられる、巨大で強固な防衛システム。

 

 この場に赴くことを命じられた傭兵達にとって、まさに死地……いや地獄と言い換えても良い場所だった。

 

 

 Fire in the hole!(穴倉にミサイルをぶち込め!)

 そんな友軍の血気盛んな声が、絶え間なく無線から聞こえた。

 誰もが決死の思いで操縦桿を握りしめ、空対地攻撃を繰り返していた。

 だが、いくら爆弾を落そうとも、地上にある対空火器を破壊しようとも、一向にその数は減らない。まったく終わりが見えない戦い。

 それどころか、まるで大波が迫って来るかの如き密度で、地上から対空砲火が放たれて来た。

 地上から空に向けて、真逆に雨が降り注いでいるような、不思議な光景に見えた。

 

『ランサー6が撃墜された! ランサー4もだ!』

 

『被弾した! 機体が制御出来ないッ! 落ちちまうッ!!』

 

 錯乱、泣き事、悲鳴、怒号。そんなありとあらゆる傭兵達の声が、遺跡要塞の上空に木霊した。

 

『いくつ破壊すれば良い!? どれだけあるんだこれは!』

 

『敵の迎撃、苛烈! ターゲットをロックする暇すら無い!』

 

『管制機! こっちにも情報を回せ! いま状況はどうなってる!?』

 

『くそっ! 編隊からはぐれた! 連中はまだ飛んでいるのか!?』

 

 無心で操縦桿を握っている間も、戦場の混乱が耳に届く。

 だがそれに反応する余裕は無い。今も絶え間なく対空砲火を受け、嫌と言うほど次々にミサイルが飛んで来ているのだから。

 グローブの中の手汗の不快さ、自分でも分かるほどの荒い呼吸、そして強烈なGと集中によって狭まる視界の中で、思考のほんの片隅でのみ、彼らの無事を祈ってやるのが精一杯。

 ばいきんまんという歴戦の傭兵をしても、他人の事よりも自分の事を考えなければならない、墜とされない事だけに集中せざるを得ない、そんな苛烈さだった。

 

 そして当然の如く、時折“叫び声”が無線から響いた。

 被弾し、成す術無く地上へ墜ちていく者達の声。彼らがその人生において最後に上げる声。断末魔だ。

 それを数えるのは、途中で止めてしまった。

 あまりにも多く、また絶え間なく聞こえてくる“死”のカウントは、とても両手で事足りる数では無かったから。

 ただただ、()()()()()()()()()、そう現状を認識するのみだ。

 

 遥か後方を飛ぶ管制機から、そのつど友軍機の残存数を、80%だの70%と、端的な言い方で伝えられた。

 たとえ雇われの傭兵、死ぬべくして戦う存在だとしても、それはとても冷たく、“命”という物には似つかわしくない言葉に思えた。

 

 すぐ隣を飛ぶ友軍機が、炎に包まれて墜落していく。

 対空砲火によって砕け散ったキャノピー*4の破片が、まるでシャワーのように全身に突き刺さり、血だるまと化した戦友の姿を見た。

 

 戦闘機の装甲は紙のように脆く、たとえ機体のどこに被弾しようとも、バランスを崩して墜落する。

 そしてベイルアウト(緊急脱出)が行えるのは、水平飛行時のみだ。砲火に追い回されている旋回中や、回避運動の中には、安全に座席を射出することは出来ない。

 脱出も叶わぬまま、生存の望みを絶たれ、愛機と運命を共にしていく仲間達の姿を、まざまざと見せつけられた。

 何度も、何度もだ。

 

 昨日まで共に笑っていた連中、一緒に馬鹿笑いをしながら酒を飲んでいた仲間達が、死んでいく。

 あっさりと、あっけなく、さも当然のように。

 まったく実感も、現実感も伴わないまま、ソイツとの全てが唐突に無くなる。

 もう二度と、会うことも話すことも、出来なくなる。

 

 60%……55%……50%。

 そう管制機の通信が入る度に、「やめてくれ」と叫びそうになる。黙れと声を荒げそうになる。

 その衝動を抑え込みながら、操縦桿を握る手に、力を込めた。

 

 こんなモン作りやがって! 俺さま達も嫌われたもんだ!

 思わずそうごちるが、ばいきんまんのジョークに反応する者は、誰一人として居ない。

 この空域の誰にも、そんな余裕はありはしなかったから。

 

 誰もが生きたいと願いながら、無惨に墜ちて行く。

 爆散した機体が上げる炎は、最後の輝きなのか。

 悲しいほどに気の抜けた、ヒュ~というマヌケな落下音が、ソイツの人生の終わりに相応しいというのか。

 そんなにも簡単で、つまらない物だというのか。“命”という物は――――

 

 そんな憤りに歯を食いしばりながら、憎悪を以ってミサイルの発射ボタンを押し、次々に破壊をおこなっていく自分は、いったい敵側の奴らにはどう映っているのだろう?

 人の心がない悪魔のように、死神のように映っているのだろうか?

 そして、殺し殺され、ただひたすらに死を積み重ねる自分達は、いったい人の目にどう映るのだろう?

 

 悪いのは誰だ? 自分たちか? ヤツらか? 

 それとも何もせず、ただのほほんと見ているだけの奴等なのか?

 誰が生きるべきで、誰が死ぬべきだ? そんなつまらない、いま考えても仕方ない事ばかりが、頭をよぎった。

 

 

 思考と葛藤、そして地獄のような状況の中、ただ()()()()()()だけが、唯一輝いて見えた。

 相棒、ライバル、ほっとけないヤツ。彼を表す言葉は、それこそ無数にある。

 ただ、いま自分の前方を力強く飛び、如何なる攻撃にも決して屈することなく戦うアンパンマンの姿が、この場において特別な物に映った。

 

 ただ一人、自由に空を駆ける。

 何者にも縛られず、何者にも負けず、己の意思を通す。

 誰にも墜とすこと叶わない、この空域の支配者。ただ一人絶対の存在。

 

 太陽のように眩しく、果敢で力強いフライト。勇気という言葉を体現するかのような戦いぶり。

 そのどれもが、朦朧とするばいきんまんの意識を支え、心に熱い火を灯した。

 凍えるような恐怖や、何も見えないほどの絶望、自身の臆病さ。その吹き飛ばす力となる。

 

 灯台の灯りのように、進むべき道を照らしてくれる――――

 それがあったからこそ、飛び続ける事が出来たと思う。

 

 憎らしいほどに頼もしい相棒が、常に自分の前にいる。

 だから恐れずに、まっすぐ信じる事が出来たのだ。――――自分達の勝利を。

 

 

 やがて、長い長い時が経ち、極限の集中という自己への潜水をおこなっている内に、いつの間にか戦いは終わっていた。

 最後、何機かの戦闘機(ファイター)が、基地防衛の切り札として向かって来たような気がするが、もう頭がボーっとして、よく憶えていなかった。

 自分でもよく分からない内に戦い、虚ろなままで撃墜していたのか。それともアンパンマンが一人でやっつけてしまったのか、あまり記憶にない。

 恐らくはその程度の、最後の悪あがきのような抵抗でしか無かったのだろう。そう思っておく事にした。

 

 管制機から目標達成と、作戦終了を告げる声が届いた途端、一気に身体の力が抜けた。

 緊張から解き放たれ、出来るならパイロットスーツもヘルメットも脱いで、そのまま大の字で眠ってしまいたかった。

 バイキンUFO・Eagleの自動操縦機能で、このまま基地に帰還させようかとも思ったが、でもそういうワケにもいかない。

 今も無線からは、絶え間なく生存確認の点呼と、戦闘中行方不明者(  MIA  )の確認が行われていたから。無責任に自分だけ眠ってしまう事は、とても許されなかった。

 

 

 いわく、この作戦は“核兵器査察”の実行のため。

 ベカリによる核兵器“V2”の開発計画が明らかになったので、その核査察の足がかりを作るべく、その障害となる要塞を破壊しましょう――――

 とまぁ、そんな意図の下で行われた作戦なのだそうだ。

 

 だがばいきんまんは、その説明には懐疑的。

 ただただ、ベカリ施設を襲撃するための大義名分に過ぎないと、そう感じていた。

 

 コムギィコ共和国の首都は既に開放され、戦況はこちら側に大きく傾いている。

 現在この戦争は、すでに終結に向かいつつある。勝敗など()()()()()()()()()

 ならば……ここから始まるのは、ただの殲滅。そして権益確保のための戦い。

 これまでのように“守るための戦い”では無い。決してコムギィコを取り戻す戦いではない。

 

 ベカリという壊れかけた家に押し入り、まるで強盗の如く家中を荒らし回って、その全てを持ち去るのだ。

 いま自分達がやったのは、その足がかりを作る為の戦い。

 そしてこれから始まるのは、勝者による制裁と、略奪に他ならない。

 

 そんなことの為に、自分の仲間達は()()()()()()()()

 こんなくだらない物の為に、炎に包まれながら、無惨に墜ちていったのか。

 あまりにも連中が浮かばれないと、失笑するしかない。

 

 この戦いは、人間の悪意と欲望こそが作り出した、地獄。

 唾棄すべき、忌まわしい戦いだった。

 

 

 

 

「死んだヤツラの遺品整理をしたり、梱包して送ったり、連絡を入れたり……。

 人数が人数なもんで、俺さま達まで雑務に駆り出された。

 ベイルアウトした奴等の救助だの、減った人数の補充だの、ヴァレー基地はてんやわんやだった」

 

「そこに来て、()()()()()()()

 正直、俺さまはもう、勘弁して欲しかったぞ……。

 どんだけ殺せば気が済むんだ、って思った」

 

 これは、先の作戦が終了してから3日後に行われた、南ベカリ中央部のシェーン平原での戦いを指している。

 ベカリの第二次対空防衛ラインである、この対空陣地を破壊する事により、コムギィコ軍補給部隊の空輸ルートの安全を確保しよう、という趣旨の物だった。

 

 敵地上部隊に攻撃を加え、航空勢力も殲滅し終わり、これで作戦終了かと思った矢先、ばいきんまんは目を見開く羽目となったのだ。

 

「まさか敵さんが、()()()()()()なんてモンを実用化してたとはなぁ……。

 俺さまが作るのならともかく、よくそんな大がかりな物を作ったもんだ。

 あれには流石にたまげた」

 

 最初、何が起きたのか分からなかった。()()()()()()()()()()()

 敵勢力の掃討が完了し、満を持してコムギィコの補給部隊が空域を通過しようとした途端、とつぜん辺りが閃光に包まれ、一瞬何も見えなくなった。

 そして次の瞬間、編隊を組んで飛行していた補給部隊の航空機が、後列の数機だけを残して、全て爆散したのだ。

 

 敵の攻撃だというのは分かった。だがそれがどこから、どうやって行われた物なのかが、全く分からなかった。

 この空域には、周囲何十キロという範囲には、何も見えない。何も存在しない。

 ようは、それほどまでの超遠距離から、こちらを一方的に殲滅することが可能な、レーザー兵器。

 しかも、漫画で出てくるような光線銃の、ピピピッとか細い光ではない。航空機ですら丸呑みにしてしまう程の、巨大な“光の帯”。

 それが弾丸やミサイルなど比較にならない速度で、あたかも剣を横薙ぎにするが如く、こちらに襲い掛かって来たのだ。

 

「ワケの分からないまま墜ちてった。

 これが攻撃なのか、自然災害なのか、はたまた“神の怒り”なのか。

 それすら分からないまま、撃墜された。

 どいつもコイツも、みんな死んでった」

 

「断末魔と、悲鳴と、そして誰々が墜とされたっていう報告が、ずーっと無線から鳴ってた。

 みんな管制機に向けて、『これはいったい何だ!?』って訊いてた。

 敵の攻撃なのか? っていう分かり切った、しょーもない疑問にすら答えて貰えないままで、何人も死んだ」

 

「機銃やミサイルならともかく、あのレーザーに当たってからベイルアウトするなんて、そんなの出来るワケないもんな。

 俺さま達には、いま何をされてるのかすら、よく分かってなかったんだから」

 

 命からがら逃げ出した。

 管制機から送られてくる指示、そして僅かな情報を頼りに、全力でスロットルを吹かした。

 全身が凄まじいGでシートに押し付けられ、目玉がめり込むのを感じた。その圧力で視界がゆがみ、雲の中でもないのに世界が真っ白になった。

 それでも全速で突っ切り、この空域を離脱する他はない。どれだけ身体が悲鳴をあげようとも、ただひたすら機体を前に進めた。

 

 ようやく謎の兵器の射程外、安全な空域まで離脱した時には、友軍機は作戦開始時の半分も残っていなかった。

 あの遺跡要塞グラティサント……地獄の釜の底のような戦場から生き残ったばかりだというのに、それに追い打ちをかけるように、またヴァレー基地の傭兵達は、その数を減らしたのだ。

 驚愕と混乱の中で、巨人の手に潰されるかのように、命を散らしていった。

 

「“エクスキャリバー”って言ったか? あの長距離攻撃兵器は。

 今日の作戦で、お前さんが破壊して見せたワケだが、それが連中の弔いになればいいな。

 ほんのちょこっとでもって……、そう思うよ」

 

 そして本日、この飲み会が行われる半日前に、このコードネーム“エクスキャリバー”と呼ばれる敵兵器の破壊作戦が決行。

 かのバベルの塔の如く、人の業によって作られた巨大兵器は、アンパンマンを含むヴァレー基地の傭兵達によって、見事破壊された。

 これによって、ベカリ公国は最大の切り札を失った。コムギィコ共和国の勝利は、もはや揺らぐ事はないだろう。完全なる成功したと言えよう。

 

 しかし、それが果たして()()()()()()()

 先のシェーン平原で受けた奇襲、そして今回のエクスキャリバー破壊作戦でも、こちらは甚大な被害を被り、その数を大きく減らしたのだから。

 たとえ今後、連合軍がベカリ公国の領土を切り取り、どれほどの利権を手に入れたとしても、ばいきんまん達傭兵には何の関係もない事だ。

 死んでいった者達は、二度と帰っては来ない。

 

 彼らが基地に帰還した時、多くの人々からの賞賛を受けた。

 基地の仲間達から拍手をもって迎えられ、連合軍司令部からお褒めの言葉を賜った。

 仲間のサポートを受けつつ、エクスキャリバーの破壊を成したアンパンマンは、「聖剣を抜いた」と称され、今ちょっとした英雄扱いを受けている程だ。

 

 だが、多くの喜びと戦勝ムードに包まれつつも、ばいきんまんとアンパンマンの間にあるのは、倦怠感。

 そして、意義の見い出せない戦いによって多くの仲間が死んだという、埋める事の出来ない喪失感だった。

 

 彼らはこの一週間ほどで、あまりにも多くの“死”を、見過ぎたのだ。

 

 

 

 

「正直……ちょっと疲れたな。怒涛の日々もいいトコだ。

 あまりにも色んな事がありすぎて、目が回っちゃってる感じだ」

 

「首都を開放した時の、鐘の音……。

 あれを聞いた喜びと、あの充実感から、まだ一か月と経っちゃいないってゆーのに。

 この国の状況、この争いの戦況は、ビックリするほど変わった。

 ……俺さま達の周りも、だいぶ変わっちゃったなぁ」

 

 窓の方、僅かに見える夜空に向けて、ばいきんまんが何気なくグラスを掲げる。

 この酒は、死んでった者達への弔いの酒。まるで彼らと乾杯をするかのように、静かに喉に流し込む。

 

「ん、女々しいか?

 傭兵なんだから、仲間の死は見慣れてるだろうって?

 こんなの日常だろって?」

 

 膝元でグラスを握っているアンパンマンが、じっとこちらの顔を見ている事に気付く。

 色の無い、感情の窺えない瞳。けど何かを知ろうとしている様子が、見て取れた。

 

「ふんっ! 別に連中に同情してるワケじゃないぞぉ?

 なんたって、ヤツラは2ドルの価値しかない脳みそで、2000万ドルの戦闘機を乗り回してたような、イカれた連中だ。

 信念も愛国心も無く、ただ金のために戦ってた、荒くれ者の親不孝どもだ」

 

 苦笑しながら、また酒を煽る。

 ゴクゴクと旨そうに喉をならし、フーッと長い息を吐いた。

 まるで、いま胸に渦巻いている物を、全て外に吐き出すようにして。

 

「ま! 人としてロクなもんじゃない事は、もう間違いないな!

 散々ぶっ殺してきて、その上で死んだんだ。

 そんなの自業自得だし、覚悟も出来てたろぅ」

 

「けど……共に酒を飲んだ“友達”としては、ちょっとだけ悲しんでやらなくもない。

 お前といて楽しかった、馬鹿だけど良いヤツだった――――

 そう思わなくもない、って話なのだ」

 

 トクトクと音を立て、グラスに酒を注ぐ。

 炭酸水で割るのではなく、そのままのウイスキー。とてもアルコールの強い物。

 その様は、どこか自虐的にも見え、また彼らしい逞しさにも見える。不思議な表情だった。

 

「そもそも、俺さまは傭兵。()()()()()

 連中に同情する資格なんて、無いんだよ。

 それをするのは、ミサイル売りながら平和を訴えてる馬鹿共と、おんなじだ」

 

「俺さまには、善だの道徳だのといったモンは、性に合わん。

 そういうのは、()()()()()()()()()()()、ビックリするくらい似てる。

 “正しさ”を振りかざし、とてもイイ顔しながら他人を虐げてるヤツを、もう腐るほど見てきた」

 

「いま俺さまは、どでかいクソの上を歩いてるような……、そんな気分でいるよ。

 自分が()()()()()()()、その内の一匹にしか……見えないのだ」

 

 大義の名の下に、殺す。

 正当性を主張しながら、他所の国を荒らし回る。

 憎悪と欲望のまま、まるで犬のように貪り付き、全てを奪う。

 

 これから始まるのは、そういう戦いだ。

 制裁、賠償、権益……。そんな単語ばかりが飛び交う、人の業によってこそ成される戦いだ。

 これは、アンパンマンがこの基地へやって来た頃とは、もうあまりにも違う。

 誰もが強い心で、真っすぐな想いを以って戦っていた、あの頃とは。

 

 浅ましく、醜い戦いが始まる。

 それを彼は“クソにたかる蠅”と表現したのだろう。

 これまで自分を生かしてくれていた、戦闘機という物。そして何より大切だったエースとしての矜持は、地に落ちていくのだと――――

 

「まぁ、お前に世界がどう映ってるのかは、知らないが……。

 正義の看板を背負ってたんだ。悪党の戯言とでも、思っといてくれ」

 

 クスリと、自嘲しながら告げる。

 こんなつまらない話は止めだと、言外に。

 

 アンパンマンは、それに意見することはない。ただ黙って付き合うのみ。

 言葉なく、じっと彼の方を見続けていた。

 まるで、ぼくにはそれだけで良いとでも、言うかのように。

 

「そういや、クロウ3だったかぁ? 今日援軍に来てたヤツ。

 確か“ごはんパンマン”とか言ってたけど……、随分お前に懐いてたじゃないか~」

 

 ふいに話題が変わる。

 これは今日おこなった【エクスキャリバー破壊作戦】、そこに参加していたクロウ隊というチームにいる、ある一人の飛行機乗りの話だ。

 

 彼はごはんパンマンという子で、コールサインはクロウ3。

 なんかコッペパンに、しこたま米を詰め込んだような顔をしており、きっと炭水化物の重複を許さぬ外人さんが見たらブチギレしそうな感じの、とてもファニーな青年だった。

 

 ちなみに、TACネームは“Riajyu(リア充)”。なんでも彼女持ちであるらしい。

 同じクロウ隊の仲間である塩パンマンや、メソポタミアパンマンに、その幸せっぷりを楽しくからかわれている様子が、作戦中にも分かった。

 その素直な人柄と、ごはんをパンに挟むという得も知れぬ妙な魅力から、きっと愛されキャラであるんだろうな~というのが分かる。

 

「お前のこと、尊敬してるみたいだぞ。

 この作戦に参加する時も、Smile(アンパン)さんとご一緒出来て嬉しいです~って、テンション振り切ってたもんなぁ」

 

「俺さま、アイツ舞い上がり過ぎて、ヘマでもするんじゃないか~って。

 コイツ速攻でベイルアウト(戦線離脱)すんじゃないか~って、そう踏んでたんだが……。

 でも意外と、なんとかなってたな!

 腕とゆーよりも、悪運の強いタイプなのかもしれん。神に愛されてるのかもな」

 

 ちょっと笑ってしまったのが、作戦中にあった彼とごはんパンマンの会話だ。

 なにがそんなに嬉しいのかは知らないが、ずっと「ひゃっはー!」とか言いながら飛んでいたごはんパンマンに、思わず彼が「おいクロウ3。墜ちるんなら、俺さまに見えない所で頼むぞ?」と言ったのだ。

 するとごはんパンマンから、即座に「了解です! 任せといて下さいっ!」と応答があった。

 もう輝かんばかりの笑顔で、元気いっぱいに言っている姿が、無線越しでも想像出来たほどだ。

 

 これにはもう、嫌味を言ったつもりのばいきんまんも、苦笑するしかない。

 まいった、こいつは大物だ……と、白旗を上げざるを得なかった。

 

 それに加え、こんな浮足立った様子でも、ごはんパンマンはしっかり生き残ってみせたし、ちゃんと作戦にも貢献していたようなのだ。とても意外な事に。

 馬鹿っぽいけど、どこか憎めなくて、そして戦闘機乗りとしても光る物を持っている。

 それがばいきんまん達の、彼に対する評価であった。こいつ面白れぇな……と。

 

 また機会があったら、クロウ隊の塩パンマン達に交じって、俺さまもからかってやろう。

 そうばいきんまんは心に決めている。これも愛あるコミュニケーションなのである。

 

「どうだ? こんど飲みにでも連れてってやったら。

 アイツ喜ぶぞ~う?」

 

 コテンと、小首を傾げる。

 無表情だし、無言だけれど、それが彼にとって「なんで?」という意思表示なのが、ばいきんまんには分かった。

 

「いやいや。ヤツにとってお前は、憧れのヒーロー様なんだ。

 そりゃーお近づきになりたいって、そう思うだろぅ?

 ファンサービスしてやれよ、アンパンマン……」

 

 何気なく天井を見つめ、少しだけ「うーん」と考えた後、プルプルと首を横に振る。

 その様を見て、ばいきんまんは「はぁ~!」とため息。

 こいつ本当に、引きこもりになっちまった。どうしようもねぇなコイツと。

 

「まっ! 寡黙なお前さんも嫌いじゃないがな! 俺さま的には!

 多くを語らず、背中で示す。そーゆうのも渋いじゃないか。

 若いヤツらの手本になってやれ。先達としてな~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――どうでもいい。

 

 のほほんとした君の声を聞いた時、ぼくの胸に浮かんだ言葉は、これだった。

 何の感情も湧かない。したいと思わない。そんな“何も無い”感情だった。

 

「ここへ来て、もうそこそこ経つだろう?

 そりゃー俺さまが無理やり連れて来たが……、でもこんだけたくさん飛んで来たんだ。

 お前にも、何か思う所があるんじゃないのか?

 戦う理由とか、飛ぶ意義とかが」

 

 君は機嫌良さそうに、今もお酒を煽っている。

 とてもリラックスした優しい顔で、ぼくを見ている。

 けれど、何も答えられない。言うべき言葉が、見当たらない。

 だって、()()()()()()()()()()()()

 ただ黙って、君の声を聞く。

 

「最初は……俺さま達二人だけだった。

 子供の頃から一緒で、ずっと二人でやってきた」

 

「俺さまが馬鹿をやって、お前が解決する。

 悪と正義。俺さまとお前。それだけがあった。

 ずっと二人で回ってたんだ。グルグル、グルグル、同じ場所を。

 俺さまは、それだけで良かったし、それが楽しかった」

 

「どちらか片方じゃいけない。二人で一つ――――

 それで完成し、それだけで()()する」

 

「俺さま達は、同じ物なんだよ。

 ふたつでひとつ、(つい)の存在なんだ。

 きっと……俺さまは生まれた時から、それを知ってた……」

 

「でも、いつしか世界は、ゴチャゴチャして来た。

 時代は移り変わり、国ってモンが出来て、俺さま達も子供じゃなくなった」

 

「世界がシンプルじゃなくなって、どんどん賑やかになって。

 そしてジャムおじさんが死んだ時、()()()()()()()()()()

 あんなに楽しかった時間は、あっけなく終わった」

 

 きっと、自分でも気が付いていないだろう。

 君がいま、とても悲しそうな顔をしてる事に。

 ぼくには、君の気持が痛いほど分かる。同じ物を見て、同じ時を生きてきたんだから。

 こんな伽藍洞みたいな心でも、まだこんなにもジンジン痛むのかと、驚く位に。

 

「だけど……いま俺さま達は、また一緒に飛んでるだろう?

 あの頃より世界はゴチャゴチャしてて、敵同士ってワケじゃないけども。

 でも一緒の場所で戦ってるんだ」

 

「なぁ、また始まったんだぞアンパンマン? 俺さま達の“物語”が。

 それをお前は、どう思ってる? どんな風に感じてるんだ?」

 

 

 ――――なにも。

 

 けれど、浮かんで来たのは、その言葉だけ。

 

 なんとも思ってはいない。

 周りも、国も、世界も、ぼくにとってはどうでも良い事だ。

 だから君の問いかけにも、答える術が無い。

 

 ゴチャゴチャしてきた。あの頃に比べて、世界がややこしくなってる。

 ……それはそう思う。事実として理解出来るよ。

 でもあまり関係ないと思ってる。どれだけ周りが変化しようが、何がどうという事はないって。

 

 ――――始まってはいない。ぼくはもう()()()()()()()()

 胸の中にある……確かにあったハズの勇気の鈴は、とうの昔に動きを止めたから。

 

 “ぼくらの物語”と、君は言うけれど……、あれはもう終わってしまった物だ。

 二度と戻らないし、同じことは出来ない。また始まったりはしないよ。

 確かに今、ぼくは空を飛び、みんなの敵を倒して、笑顔に囲まれてる。

 けどあの頃とは違うよ。同じようでも、まったく別の物だ。

 

 君の気持ちは嬉しい。

 またぼくを活躍させてやろうって、ここへ連れて来てくれたんでしょう?

 すごく感謝してるし、すごく嬉しかったんだ。

 

 でも……戦う理由? ()()()()()()()

 もうぼくの胸に、“正義”なんて物は無いんだから。

 

 ジャムおじさんが死に、ぼくの心は凍り付いてしまった。みんな居なくなった。

 そんなぼくに残った物は、いったい何だろう?

 

 君だ――――

 世界も、周りも、この戦争も。全部どうでも良いんだ。

 

 あのボロボロのパン工場で、ずっと一人きりパンを焼いていたのは、まだこの世界に、君がいるから。

 ぼくらは相棒で、魂の片割れだから、()()()()()()()()()()()()()()()、そう思ったんだ。

 

 それだけなんだよ、ばいきんまん。

 君と共にある――――その為に、ぼくは生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~? まだよく分からないかぁ~?

 まぁ先は長いんだー。のんびり考えりゃー良いさ」

 

「あの頃みたく、カバ男を助けるため~、ってワケにはいかないだろがな?

 でもせっかくだ、一度考えてみろよ? お前にとっての“戦う理由”ってヤツを。

 自分なりで良いぞ~ぅ」

 

 そんなアンパンマンの沈黙を、考え中と捉えたのか、ばいきんまんは「いーのいーの!」と手を振り、彼のグラスに酒を注ぎ足す。

 難しい話はやめて、気楽に飲もう! そんな気遣いからくる行動だった。

 

 それを受け、アンパンマンがゆっくりとグラスに口を付ける。

 いつも通りの無言、感情の見えない顔のまま。

 相棒が注いでくれた酒を、答えの代わりに飲み干して見せた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 緊急出撃要請(スクランブル)が出たのは、数日後。

 青一色の美しい空が印象的な、気持ちの良い日だった。

 

「あーあ、先に言っとけってゆーんだよなぁ。

 にっちもさっちも行かなくなってから、俺さま達を頼るんだから。……ふぁ~あ」

 

 戦闘機のコックピット。常人であれば、ただ乗っている事すら厳しい環境下で、ばいきんまんは気だるそうに欠伸(あくび)をする。

 先ほどはバタバタと走りながら、パイロットスーツだのヘルメットだのを急いで装着し、有無を言わさず出撃させられる羽目となったものだから、少しご機嫌斜めの様子だ。

 

 今日の任務はあまりにも突然で、本来はOFFだった日。まぁ戦争中だから仕方ない事なのだが、それはそれ、これはこれである。

 いつかやろう、いつかやろうと思っていた部屋の掃除は、どうやら今日も手を付けられそうに無かった。残念な事に。

 

「しかも、今回は“円卓”だろぉ?

 いきなり言われて、はいそうですかと赴く場所じゃないぞ……。

 まったく最悪だ! Fuck it all」*5

 

 しかも、これから向かうのは、かの【B7R】。

 彼ら戦闘機乗り(エース)の聖地であり、また巨大な墓穴でもある、いわくつきの空域だ。

 現在、ベカリ絶対防衛戦略空域であるB7Rでは、連合軍とベカリ空軍が入り乱れての、大規模な空戦が展開されているという。

 

 この“円卓”は、ベカリの強大さの象徴的な物と言える。政治的にも軍事的にも、非常に重要な意味を持つ場所だ。

 しかし、これまで快進撃の勢いそのままに、連合軍は大規模な航空機部隊による、B7R進撃。

 不可侵条約の永久破棄を表明すると同時に、ベカリ公国に致命の一撃を入れるべく、雪崩れ込んだのだ。

 この戦争に終止符を打つ事、またベカリを丸裸にしてズケズケと家に押し入る為の、第一歩だ。

 

 しかしながら、なんか思ったより抵抗が激しかったらしく、今日の昼過ぎに「このままじゃ、やられちゃうよ!」的な泣き言が、突然ヴァレー基地に届いた。

 

 電撃的といえば聞こえは良いが……、ようは不意打ち。奇襲だ。

 一方的な不可侵条約の破棄という、礼儀もクソもないやり方を以って他人の家(ベカリ)に押し入っておきながら、「やっぱ無理そうだから手伝って下さい」とは、一体どういう了見なのだろうか?

 

 これには、ばいきんまんじゃなくても、愚痴の一つも言いたくなるという物だ。

 友軍を助けに行くとか、戦いに心が躍るとか、とてもそんな心境ではない。

 俺さまのOFFを返せってなモンだ。

 

「バイキンUFO・Eagleも、心なしか足が重いような気がする。気が乗らないんだろうなぁ。

 ……あー行きたくないっ! めんどくさぁ~い!!

 お前もそう思わないか、Smile(アンパン)?」

 

 Fuck Fuck言いながら、隣を飛ぶアンパンマン号・Raptorに目を向ける。

 太陽光が反射し、キラキラと輝く美しいボディ。でも戦闘機のワリにはちょっと丸っこくて、どことなくファンシーな印象を抱かせる、彼の愛機である。

 

「たまにゃー言ってやれよ、お前も。

 Kiss my ass!*6 FML!*7 ってさ。

 遠慮する事はないぞ~う?」

 

 遥か200㎞後方とはいえ、イーグルアイ(管制機)だって飛んでいるというのに、無線も繋がっているのに、何が「遠慮する事は無い」のだろうか?

 そんな事してるから、Smileと違って給料上がらないんじゃないのかと、イーグルアイさんは内心で呟く。

 

 ――――そうだね、少し面倒だね。

 

 そして、無線機に応答が入る。

 アンパンマンの無機質で、静かな声。

 まだ子供だった頃に聞いた、温かみのある物とは違うけど、どこか心地よさを感じさせる物。

 

 ばいきんまんは「だろぉ~?」とばかりに、うんうん満足気に頷く。

 なんか腕組みまでバッチリ決めてしまっているが、操縦桿の方は大丈夫なのだろうか。余人には知る由も無い。

 

 

 ――――けれど、そこまでじゃ無い。

 ――――ひとりなら大変だけど、君が一緒だから。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 無言。静寂。絶句。

 ばいきんまんを始めとする、無線を受け取ったヴァレー基地の者達は、フリーズ。

 まるで時が止まったかの如く、ピキーンと固まった。

 

 短い言葉だった。いつも通りの、彼らしい端的な返答。

 だが、その言霊に宿る強い“信頼”の色――――

 

 デレやがったぞ!! いつもあんなに素っ気ないのに!! いったい何があったんだ!!

 いま司令部は、そんな風にガヤガヤ。

 彼らの事情を知る者達は、ひとり残らずアンガーと口を開けて、放心してしまった。

 というか、いま作戦行動中だろうに。良いのかそれで。

 

「ふっ……! ふふふッ!! あーーっはっはっは!!!!」

 

 唐突に無線機から、ばいきんまんの大きな笑い声。

 

「そらそーだ! いつもお前は単独だった!

 カレーパンマンやバタコさんはいても、全てを自分ひとりで解決してきたんだ!

 愛と勇気だけを背負い、どんな敵が相手でもッ!!」

 

 くっくっくと、噛み殺すような笑い。

 心底愉快だと、機嫌良さそうな、ばいきんまん。

 

「でも、()()()()()()

 お前と俺さま、力は倍。なら恐れる道理はないってか?

 まいったよSmile(アンパン)……、お前の言う通りだ。

 ――――こんなのぬるすぎるなぁッ!! お前にとってはッ!!!!」

 

 がーーっはっは! と火山が噴火したような声。

 愉快だ、愉快でたまらない。今までの憂鬱を吹き飛ばす程に、喜びが込み上げて来る!

 あんなにイヤだった戦場が、今は楽しみでならない!

 

「訂正するぞ相棒。Fucking yes(たまんねぇ)って感じだ。

 何事も楽しんで行こうじゃないか。人生はかくあるべし――――」

 

 僕もいますよ皆さんっ! 力の限りサポートします! まかせてくださーい!

 アンタ、力みすぎて墜ちないでよ? 愛しのハニーがいるんでしょ?

 こいつが生き残っている事を、世界の七不思議に加えるべきだな。俺は不思議でならない。

 ……と、同行しているクロウ隊の三人(ごはんパンマン、塩パンマン、メソポタミアパンマン)からの通信が入る。まったく場に似つかわしくない、楽しそうな和気あいあいとした雰囲気だ。

 

「ま、()()()()コイツらもいる。オーディエンスもバッチリときた。

 楽しくなりそうだなぁSmile(アンパン)? 

 いっちょ円卓にピクニックとしゃれこむかぁ! ランチバスケットを持ってな!」

 

 

 ひゃっほー! とばかりに、意味もなくバレルロール*8

 上機嫌となった彼の感情表現だったが、すぐに管制機から「おい! 編隊を乱すな!」と注意されてしまう。

 

 まったく、雇われは肩身が狭くて困る。空気読んでくれよ。

 ばいきんまんは思った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『連合本部より入電!

 我が方の航空戦力は、既に40%を喪失している!』

 

 暫し、目を閉じる。

 静かに息を吐き、集中力を高めていく。

 

『くそっ! 増援はまだか! もうもたないぞ!!』

 

『数が多過ぎるッ! こんなの手に負えないッ!!』

 

 悲鳴、焦り、懇願――――

 そんな様々な無線を、どこか遠くに感じながら、ばいきんまんの精神は深く深く、内側へと。

 瞼を閉じていても感じる、太陽の光。心地よい愛機の振動。身体にかかる重力。

 それがほどよく緊張感を演出する。意識が“戦い”へと切り替わっていく。

 

「ガルム2より、イーグルアイ(AWACS)へ。

 これより作戦領域に侵入するぞ。しっかり見とけ~」

 

 即座に返ってくる、「幸運を祈る」の言葉。

 こちらを勇気づけるような力強い、だが少し心配が交じった、祈るような声だった。

 ばいきんまんは、ニタリと口元を歪めながら、最後にもう一度だけ、すぐ隣へと目を向ける。

 

Smile(アンパン)、てんやわんやの大騒ぎだ。

 世界中の戦闘機が集まってる。まるで博覧会だぞ」

 

「これ何機いるんだぁ?

 ミサイルや戦闘機が、一体いくらすると思ってるんだか……。この馬鹿共めが。

 資本主義の悪夢だな」

 

 このお金を、全て食料支援にあてれば、飢えて死ぬ者など存在しなくなるだろうに。

 そんな、物を知らない子供のように馬鹿な事を、ふと考えてしまう。

 善人でも夢想家でもあるまいしと、すぐ自嘲するが。

 

「だがパッと見……、どいつもこいつも()()()()()

 よぉSmile(アンパン)、先達の務めだ。ひとつ“教育”してやれよ?」

 

 ――――君、それ言ったかっただけでしょう?

 珍しく、アンパンマンから冷静なツッコミが入る。

 どこの漫画で読んだのかは知らないが、その「教育してやろう」が言いたかったんだろう? カッコいいものだから、いつか使おうと思ってたんだろう? みたく。

 

 まぁそれは、まったくの図星であったのだが……ばいきんまんは気にする事なく、ただ眼前の戦場を睨み付けるのみ。メンタルはすごく強いのだった。

 

 いま前方5㎞にあるのは、まるでハチの巣を突いたかの如く飛ぶ、数えきれない程の航空機。

 この空域を、すべて戦闘機が埋め尽くしているんじゃないかと思うほど、もう見てるだけでウンザリする数だ。

 

 

「よし、花火の中へご招待だ。

 ガルム隊、交戦を開始する――――ぜんぶ鉄屑にしてやれ相棒ッッ!!」

 

 

 ――――Roger that(  了解  ).

 いつも通りの機械的な、頼もしい応答。

 それと同時に、二機は左右に旋回、からの急降下。

 喜び勇んで駆け出す少年のように、“円卓”へ突っ込んでいった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 戦場は、混乱を極めていた。

 絶え間なく飛び交う援護要請、友軍のMIA(撃墜)報告、叫び声――――

 

 そんな“戦場の音”をBGMがわりMに、ガルム隊の二機がB7R()を駆ける。

 

「――――ヴァルハラへ行ってこい!」

 

 機銃の奏でる、激しいドラムビート。

 雨のような20ミリ機関砲弾を受けた敵機が、一瞬小刻みに振動し、まるでエメンタール(穴あきチーズ)のように風通しが良くなり、黒煙を吹きながら落下していく。

 

 それを他所に、遥か上空から横をすり抜けるように飛ぶ、バイキンUFO・Eagleの機影。

 コックピットには「YES!」とガッツポーズをするガルム2(ばいきん)の姿。

 

「ベイルアウトはしたか? まぁここB7Rだけどな。*9

 うまく生き延びたら、絵葉書のひとつでも送ってくれ。俺さま待ってるぞ~」

 

 即座に機体を翻し、まるで道すがらのように敵機を捕捉。即座にロックし空対空ミサイル(AAM)を発射。

 

「たとえば、お前がとても良いヤツで、家族友人すべてに愛される、聖人だったとしよう。

 ――――でも死ね」

 

 爆散。数舜前まで空を飛んでいたとは思えないほどバラバラになり、ただの炎の塊と化して、敵機は墜落した。

 

「またひとつ、哀れな豚の人生が、終わりましたとさ。

 ブゥブゥ、ブゥブゥ」

 

 余談ではあるが……、今この独り言を、無線を通して聞いている司令部の者達は、残らず震え上がっている。

 Germ(ばいきん)の様子がおかしい……! まるで悪魔のような「ウケケケ!」という笑い声まで聞こえる! 人とは思えない程の、醜くて汚い声が!

 ……まぁ人では無いのだけれども。ばいきんまんだし。

 

 とにかく、いつもの彼では無い。ものすごーく機嫌が悪い!

 いや……、()()()()()()()()()()? まさかこれが、“本来の彼”なのか!? 

 分からない。判断が付かない。彼はいつも飄々としてて、決して内心を人に明かさないから。いま司令部にいる誰もが冷や汗をかきつつ、ただただ無線に耳を傾けるばかり。

 

「円卓だぁ? そんな上等なモンじゃない。ここは()()()()()

 憎悪だの悲しみだのを、一緒くたに煮込んだ、“魔女の釜”だ」

 

 お前が地獄に墜ちますように、っと。

 そうボソッと呟いてから、操縦桿(スティック)のボタンを押し込んだ。

 即座に左翼からAAMが発射され、猟犬の如く敵機を追尾。食らい付いて諸共に爆散。

 親指の小さな動きひとつ、あたかも軽い気持ちでおこなったような、何気ない行為によって、敵パイロットの命は失われ、炎と共にヴァルハラへと送られたのだ。

 そして、バイキンUFO・Eagleはそしらぬ顔をして、また別の敵機に向かい、優雅に旋回していく。

 

『おい……増援が来てくれたのか? コレどこの隊のヤツだ!?』

 

『識別信号確認……、ガルムだ! 援軍はガルム隊の二機ッ!!』

 

 その途端、多くの驚きと喜びの声が、無線を飛び交った。

 ウオォォォーーみたいな歓声だ!

 

『くそっ! 傭兵風情が! 余計なマネを……!』

 

『やれっ! 奴らを墜として名を上げろ! 願っても無いチャンスだ!』

 

『お前たちに、この“円卓”は飛べない――――』

 

 敵さんの方からも、好き勝手な声が聞こえてくる。

 強い言葉、自らを奮い立たせるような。……だが悲しいかな、どこかその声には、動揺の色が見て取れた。

 なぜなら、先ほどからレーダーに映る友軍機のマークが、見る見る内に()()()()()()()()()

 

「残念だなぁ~、頑張って押し返してたのに。

 ついさっきまでは、お前たち(ベカリ)が優勢だったのに」

 

 あたかも当然の如く、一見なにげない機動で、簡単に敵機の背後を取った。

 それは、歴然とした実力差、そしてばいきんまんの行う、まったく無駄のない空中機動の合理性がそうさせた。

 

「さぁて、そろそろ気付いたかぁ~?

 便器に顔を突っ込んでるのは、()()()()()()

 

 M61A1(バルカン)を発射。秒速1030キロの弾丸が、ケツに喰いつかれている事にすら気付いていない、哀れなパイロットに突き刺さっていく。

 劣化ウランの弾芯は、チタンの構造体を貫通。次々に敵機のボディを横断し、容赦なく破砕する。

 

「祈れ。

 お前達に出来るのは、そんくらいのモンだ。

 なんたって……、俺さまだけならともかく、“アイツ”もいるしなぁ~」

 

 翼も、胴体までも真っ二つにへし折れ、粉々になった敵機を確認後、ばいきんまんは何気なくレーダーに目をやり、アンパンマンの様子を確認する。

 おもしろいのが、彼のまわりにいる敵機のマークが、順番に一定の間隔で、次々に消えていくのだ。

 規則正しく、リズムを刻むように、何気なく掃除してるみたいに。()()()()()()()

 なんかパックマンが淡々とエサ食ってるみたいだと、ばいきんまんは想起した。

 

『注意しろ! そいつがタウブルグの“剣”を抜いたヤツだ!!』

 

『あの……コムギィコの傭兵か!? アイツがここにいるのか!?』

 

 今さら遅い。お前たちは()()()()()()。そう一人嘆息する。

 言ったろう、ここは魔女の釜だと。円卓なんて上等な物じゃない。

 そんなスバラシイ“平等”は、お前たち間にだけある物だ。()()()()()()――――

 

 とびっきりの理不尽。

 これまで培ってきた常識が、音を立てて崩れ去るほど、受け入れ難い絶望。

 それを容赦なく、断固として突き付ける存在。それが“強者”だ。

 ()()()()()ではなく、突然お前の背後に現れ、ワケの分からぬままその命を奪い去る、決して逃れ得ない死神だ。

 

「俺さまも頑張っちゃいるが……、お前にかかっちゃ形無しだなぁSmile(アンパン)

 いや~、スゴイのなんの。圧倒的ってやつだ」

 

 周囲の敵機を排除し、何気なくそちら向かってみれば、そこには“獅子奮迅”を絵に描いたような光景。

 打合せでもしてるんじゃないの? と思わざるを得ないような美しい動きで、簡単に敵機の背後を取る。簡単に敵機にAAMを当てる。まるで時代劇の殺陣みたいに。

 

 ()()()。極限まで洗練された動きは、見る者に美を感じさせる。

 飛行機雲を引きながら、空にループの円を描くその姿は、とても綺麗だ。

 ここが死地、B7Rの空域だという事も忘れ、思わず見入ってしまいそうになる。

 映画を観ているような、現実感のない光景のように映る。願わくば、ヘリのようにこの場に静止し、ずっと見つめていたいと思うほどに。

 

 ――――サボってるの? “労働は尊い”でしょうGerm(ばいきん)

 

 ふいに入った通信に、ハッとこの場に意識を戻した。唐突に夢から覚める。

 ばいきんまんは「イカンイカン」とプルプル首を振り、再び操縦桿を握る手に力を込め、しっかり眼前を見据える。

 

 ――――ぼく忙しいんだ。手伝ってもらえる?

 ――――了解だ相棒。二人がかりといこうか。

 

 必死に動き、懸命に逃げ惑っていたこの場のパイロットたちが、絶望する。

 二人の通信を耳にした途端、慌てて操縦桿を押し倒し、スロットルを全開にして離脱しようとする。上へ下へと、散り散りになって逃げる。

 あたかも、巨大な肉食獣の姿を見た、草食動物の如く。

 

「ん~、どうしたんだぁベカリ空軍の諸君? 悪寒でも感じたか?」

 お前の墓の上を、誰かが歩いたか?」

 

 蜘蛛の子を散らすように逃げる、ベカリの者達。

 仮にも彼らは、戦闘機(ファイター)と名の付いた物に乗っているのに。

 勇敢さを無くしたなら、それは()()()()()()()()()()に、成り下がってしまう。

 そして、そんな腰の抜けた者達に遅れを取る、ガルム隊ではない――――

 

「そんじゃ! 右半分は俺さま、左半分はお前な。

 どっちが早く片付けるか勝負だ~っ!

 さぁ踊らせるぞSmileッ! 俺さまは、生きてるヤツが大嫌いなんだッ!!」

 

 ――――今日の君は、口が悪くて嫌だ。

 ――――おいおい、ノリが悪いぞSmile? バイブス上げていこうぜ~。

 そう言葉を交わし、二機は左右に急旋回。示し合わせたように、全くの同時だ。

 その様は、羊の群れを追い回す牧羊犬。いや狼の(たぐい)か。

 この場でたった二機の強者が、あたふたと右往左往するばかりの獲物へ、猛然と襲い掛かる。

 絶え間なく、断続的に、()()()()()()

 赤色の炎と、真っ黒な煙が、B7Rの空を彩る。

 

 

 

『……くそっ……! ()()()()()!!』

 

 ふいに、敵パイロットの奥歯を噛みしめるような呟きが、耳に届いた。

 目を見開いて操縦桿を握り、気絶しかねない程のGに耐えながら、必死に機体を操っる姿……いや逃げ惑っている姿が幻視された。

 

『アイツだ! コムギィコの傭兵ッ……!

 アイツが全部ひっくり返してやがるッ!!」

 

『ふざけんなよ! 何なんだよアイツは!

 こんなの一体どうしたらッ……!?」

 

『うわぁ! ケツを取られたッ!! 援護してくれぇぇーッ!!

 うわぁぁぁあああッッ!!!!』

 

 阿鼻叫喚。

 つい先ほどまで劣勢だったハズの、コムギィコではない。全てベカリ側からの声だ。

 

 たった二機の、傭兵風情が操る機体。それが止められない。

 彼らのまわりに、どんどん()()が打ちあがる。それは天高く舞い上がるのでは無く、全て爆発した後で地上へ落下して行くという、とても不出来な作品だ。

 

 お互いの存在、お互いの呼吸を背中に感じながら、アンパンマンとばいきんまんがそれぞれの空域で、自由に空を駆ける。

 この場で二人きり。()()()()()()()()()()

 力を持つ者は、思うがままに空を飛ぶ。弱き者達は、それにかき回される不自由さの中で、無念に墜ちて行く他ない。

 

 次々に無線から聞こえてくる、ベカリ側の混乱に満ちたやりとり。

 その声によって、次第に友軍たちが活気付いていく。萎えかけていた心に火が灯り、ガルム隊に続けとばかりに勢いを増していく。

 たかが二機。だが誰かの祈りによって天から遣わされたような、()()()()()

 

 戦況が一変する。天秤は真逆に傾いたのだ。

 もう決して覆せないと分かる、絶望的な角度に。

 

『クソッタレ! 何が“たかが傭兵”だ!! 話が違うじゃないか!!』

 

『あいつはバケモノかよ!?

 冗談じゃない! 誰なんだよアイツ……!』

 

『容赦ない……。

 全てを焼き尽くすつもりなのか……?』

 

『悪魔だ……』

 

 やがて、この空域にいる全ての戦闘機乗り(エース)達が、たった一機に注目し始める。

 ただの傭兵が乗る、どことなくファニーな戦闘機、アンパンマン号・Raptorが空を舞う姿に、目を奪われている。

 息をする事も忘れたかのように、固唾を呑んで茫然と見つめる。

 幻想、神話、夢物語……そんな信じられない物を見るような、呆けた顔をして。

 

『悪魔? ……そんな生易しい物じゃないさ』

 

 ボソリと、また名も知らぬ誰かの呟きが届く。

 

 

『ああいうのはな……“鬼神”って言うんだよ――――』

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ほう……ほうほうほう」

 

 この世界の全てを見下ろすかの如く、遥か上空をひとり飛ぶ、ばいきんまん。

 彼は無線からの音声を耳にした途端、さも興味深そうな様子で、うんうんと頷いた。

 

「デーモン? いまDemon Lord(鬼神)と言ったか? バケモノと言ったか?

 なるほどなるほど……」

 

 噛みしめるように、確かめるように、口に出してみる。

 悪魔、鬼、その王たる存在……Demon Lordの名を。

 

「ぷっ! くっくっく……! ――――あっはっはっはっは!!!!!!!!!!!」

 

 途端、爆笑する。

 目に涙を浮かべて、膝をバシバシ叩きながら。まるで()()()()()()

 

「あーおかしいっ! こぉーんな愉快なジョークは、俺さま初めてかもしれんっ!

 あーーーーーっはっはっはっはっは!!!!!!!」

 

 思わずイーグルアイは、声を掛けようとした。

 どうしたGerm(ばいきん)、何があったと、気遣おうとした。

 だが、次に届いて来た彼の声を聞き、思わず言葉を飲み込んでしまう。

 額に冷や汗すら浮かべ、硬直してしまったのだ。……あまりの“恐ろしさ”に。

 

 

「 あぁそうさ……。よく分かったなぁ坊や達?

  そいつは化け物――――こわ~いオバケだ。

  深くて暗ぁ~い墓穴から、()()()()()()()()ッ!!!! 」

 

 

 ゲゲゲゲ!!!! ゲゲゲゲゲゲゲ!!!!

 不気味で、下品で、この上なく悍ましい“笑い声”。

 何かが乗り移ったとしか思えないような、狂気じみた様子で、ばいきんまんが告げる。

 この場に居る、全ての者達に、警告する――――

 

 

「 コイツも俺さまも、もう“死人”なのさ!

  言葉を話し、歩きはしても、とっくの昔に死んだ存在だッ!! 」

 

「 生者を妬み! 羨みッ! 死者の国からやって来たんだよ! 飛行機に乗ってッ!!

  さぁ――――()()()()()()()()()()()()!! 深い地の底へとッッ!!!!!! 」

 

 

 

 

 

 あんなにも、戦った。

 沢山たくさん、戦った。

 

 傷だらけになり、地に伏しても、何度でも立ち上がり、戦い続けた。

 みんなの笑顔のため、平和のため、愛と正義のため。“守る”ために。

 休むことなく、毎日毎日、空を飛び続けた。

 

 ――――そんなコイツを、“Demon(悪魔)”だと???

 自分達とは違う、()()()()()()()??????

 

 お前たちは、そう呼ぶというのか。

 

 

 忘れ去るのか、こいつが成してきた全てを。

 無かった事にするのか、こいつの尊い想いを。

 お前らは、消してしまうのか。こいつがまごう事なき“ヒーロー”だった事を。

 

 そりゃあ怒るよ……、怒られもする。

 墓から這い出して、ぶん殴りたくもなる。

 

 そんなひどい事をされたら、()()()()()()()()()()()()

 この場の全て、この世界の全部を、焼き尽くしたくもなるさ。

 俺さまならもう……、堪らなくなるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ばいきんまん?

 

「……ッ!?」

 

 この声を聞き、我に返った。

 思考の深淵にいた彼を、アンパンマンの「きょとん?」とした声が、呼び戻す。

 

「おぉすまんすまん。ちょっと考え事してた。

 いや~、あまりにも愉快だったモンでな?

 あやうくバイキンEagleを、墜落させちゃう所だったぞ」

 

 気のせい、かもしれない。無線越しだから。

 けど今アンパンマンが、息を呑んだような気配を感じた。どこかこちらを気遣い、声を掛けようとしたような息遣い。

 大丈夫? ……と。

 

「それより、なぁSmile(アンパン)よ? お前鬼だそうだぞぉ?

 みーんなみーんな、お前のこと怖いんだってさ! あーーっはっはっは♪」

 

 話を変えるように、からかう。

 無理をしてるのがわかる、あからさまな空元気。

 はたしてアンパンマンは、それを感じ取っていただろうか? 今も無言でいる彼からは、伺い知る事は出来ない。

 

「いや~、傑作だった! こんな笑かされたのは、カバ男が生きてた時以来だ!

 もう涙出て来たよ俺さま。来た甲斐があったってモンだ」

 

 すいーっと敵機の上を取り、「ほいっ!」とボタンを押して撃墜。

 自分は平気だ、問題ないと言わんばかりの、飄々とした態度。

 それに対しても、アンパンマンは無言でいる。

 

「そっちは片付いたのか? そーいやすっかり忘れてたけど、勝負はどうなったんだぁ?

 俺さまって今、何機くらい墜としたんだっけか?」

 

 いつの間にか、この辺りにはもう、敵航空機の姿は無くなっていた。

 アンパンマンはもちろんの事、あんなにおかしくなっていた彼も、休まず敵を殲滅していたから。

 

 けど、ばいきんまんは知るまい。きっと憶えていないだろうから。

 あの、狂気じみた高笑いをしていた時、思考の海に沈んでいた時のバイキンUFO・Eagleの機動が、まさにもう一人の“鬼神”めいた物であった事を。

 高度や、Gの耐久限界、己の身すらも顧みない、常軌を逸した危険な飛び方であった事を。

 

 いま隣を寄り添うようにして飛ぶアンパンマンも、それを伝えることは、しなかった。

 

 

 

『――――こちら“ウィザード1”。

 敵の足並みが崩れたぞ。一気に潰せ』

 

 少しばかりの静寂が、二機の間を包んでいた時、唐突に友軍機からの通信が入る。

 

『ガルム隊が活路を開いた。

 もう一息だ、このまま殲滅するぞ』

 

 アンパンマンには、聞き覚えの無い声。コールサインも知らない物。

 だが、長年傭兵をやっていたというばいきんまんの方は、違うようだった。

 

『やあ()()()()()()、聞こえるか?

 相変わらず、狂った男だなお前は。

 さっきの無線、俺までチビりそうになったよ』

 

「お前か……。そんなタマでも無いだろうに。

 というか、TACネームで呼べ。ちゃんと知ってるだろぉ?」

 

 気安い、気の知れた相手にする口調。

 突然通信を入れて来た男“ウィザード1”が、いま空戦の最中だという事も忘れているかのように、ばいきんまんに語り掛けいる。

 

『そろそろ、心は決まったか?

 時は満ちたぞ。もうお互い、つまらん安売りは止めにしよう」

 

「……」

 

 ダンマリ。でもどこか言いよどむような、迷っているような雰囲気を、アンパンマンは感じ取る。

 

「俺さまは、命 令 さ れ る の が 嫌 い だ !

 話してないで、とっととベカリをやっつけろよ。こっちは忙しいんだ」

 

 ふっ、と小さな笑い声の後、二人のやりとりは途切れる。

 聞こえてくるのは、「どうだ! ぼくの飛び方を目に焼き付けろ! ヒーハー!」という、ごはんパンマンの元気な声のみ。

 

 アンパンマンは、訊ねない。なにも声をかけない。

 そして、それは今深いため息をついた、ばいきんまんも同じ。

 二人、並んで飛びながらも、お互いの間に言葉は無かった。

 

『やってやるぞー!

 僕たちは平和のために戦う! だからこそ飛ぶんだっ!

 誰よりも勇敢にーっ!』

 

 この攻勢に上機嫌となっているらしき、ごはんパンマンの明るい声。

 もうアリアリと「絶好調!」なのが伺える、ちょっとイラッとくる感じ。哀れにも中二病を発症してるっぽかった。

 

「まったくぅ……。おいRiajyu(ごはん)! ――――()()()()()()()!!!!」カッ!

 

 突然ばいきんまんが放った大声。

 ごはんパンマンの身体が〈ビクゥ!〉っと跳ねる。あとちょっと()()()

 

「お前がのたまう、その平和の下、今も世界中で何万ガロンもの血が流れてるんだぞ。

 元気なのは良いが、あんまし調子に乗るな! 黙って操縦してろぉ!」

 

 やれやれと言ったように、ばいきんまんが苦言を呈する。

 間が持たないこの場の空気を、無理やり変えるためだったのか。何と無しに反応したのかは分からない。

 だがアンパンマンは、どこかそれを、らしくない言葉だと感じた。

 

『なに覇気の無いこと言ってるんです! 僕らは平和を守る戦士でしょ!?

 みんなが流す血なんか、僕が止めてみせます! 絶対やりますから!』

 

「ばかたれ~い! 理想で空を飛ぶな~っ!

 所詮は戦争だぞ! 血で血は止められないのだーっ!

 そんなことじゃ、す~ぐおっ死ぬぞお前ぇ!」

 

 わーきゃー騒ぐ。無線越しだっていうのに、二人が拳を振り上げてポカポカやってる様が、なんかリアルに想像出来てしまう。

 まさに、仲良く喧嘩してるって感じだ。意外と精神年齢が近いのかもしれなかった。

 

 元気なやかましい声が、先ほどまでの重い空気を弛緩させる。

 だが、ふと感じた小さな疑問と、あの時のばいきんまんの葛藤の理由は、もう手の届かない所へ消えてしまったのを感じる。

 

 ――――っ。

 思わず、声を掛けそうになった。

 動かない表情筋、そして凍り付いてしまった心を無理やり動かし、声を振り絞るようにして、彼に問いかけようとした。必死に手を伸ばそうとしたのだ。

 けれど、その時。

 

 

『ガルム隊へ! 現在複数の機体が、そちらへ接近している!

 様子が妙だ! 警戒せよ!!』

 

 

 突然無線から響いた、大きな声。

 緊迫感の滲むイーグルアイからの警告が、全てを押し流してしまった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『目標を射程内に捕捉』

 

 もう既に戦闘は沈静化しつつあり、コムギィコを始めとする連合軍の十数機が、ここぞとばかりに僅かなベカリ機を追い回している状況。

 そんなB7Rに突如として侵入してきた、美しい“く”の字の編隊を組んで飛ぶ、5機の戦闘機。

 ベカリ公国、第22航空師団、第4戦闘飛行隊、通称“シュネー隊”。

 

 未だ、彼らがアンパンマン達がいる空域に辿り着くまでは、()()()()の距離があった。

 だが隊員の一人が、いま確かに“射程内”と通信を送り、それを受け取った隊長はコックピットの中、人知れず楽し気に口元を歪めた。

 

『では始めるとしよう。

 紳士諸君、楽しい狩りの時間だ。

 シュネー1より各機――――槍を放て』

 

 

 

 

 

 ……

 ………… 

 ……………………

 

 

 

『――――ッ!? 撃って来た!? 

 回避だガルム隊ッ! 回避しろッ!!!!』

 

「あ、アカーン!!」

 

 今の今まで、仲良く手を繋ぐように並んでいたアンパン&ばいきん機が、その通信が入った途端、弾け飛ぶように上下に分かれる。思わず関西弁も出る。

 熱湯の入ったヤカンに触れ、「あっちッ!?」と手を離す時のような、必死さの伺える機動。エースとして培った脊髄反射のみで、咄嗟に操縦桿(スティック)を押し倒した。

 

 そしてすぐ、この場を5本のミサイルが通過して行った。

 まさに間一髪というタイミングで。

 

「オイ! どこの馬鹿だぁーッ!

 長距離ミサイルなんぞ撃ってきやがってぇ! 殺す気かッ!!!!」

 

 そりゃそうだろ、とツッコミたくなるが、ばいきんまんの気持ちも分からなくもない。

 未だ彼らの視界には、敵機影の姿は()()()()

 それほどまでに遠くから、一方的にミサイルを撃って来やがった。しかも5本も!

 こんなのもう、不意打ちもいい所。悪意以外の何物でもなかった。

 

 ――――来たよ、ばいきんまん。30㎞前方に5機。こちらに向かってる。

 

 まるで“槍”のように飛んで来たミサイル。それを回避し終え、綺麗なループを描いてこちらに戻って来たアンパンマンが、未だ「むきぃー!」と怒鳴り散らすばいきんまんと並んだ。

 

「おぉ、流石に目が良いなお前! 猛禽類(ラプター)の面目躍如ってとこか。

 まだレーダーには、何も映って無……いや違う!? ()()()()()()()()?!」

 

 こちらのレーダーに()()()を喰らわせてる電子戦機がいる! あの5機の中に!

 ヤツらは霧に紛れ、長距離から一方的に嬲り殺すつもりだ!

 

『よっしゃー! 援護しますよガルム隊!

 僕がGerm(ばいきん)さんの流す血を、止めてあげまーす☆』

 

「――――うるさいRiajyu(ごはん)! あっちに行け!!

 お前はそこらの敵機(ザコ)を相手してろ! 邪魔だぁ!!」

 

 ガーッ! と怒鳴りつけ、馬鹿な若者を追い払う。ごはんパンマンはちょっと「しゅん……」としながら、トボトボと後方へ下がって行った(ように見えた)

 そしてばいきんまんは、改めてすい~っとアンパンマン号・Raptorと並び、しっかり彼の顔を見つめた。肩をくっつけて相談するように。

 

Smile(アンパン)、このままじゃ一方的にやられる。

 檻の中にいる罪人に、外から石を投げつけるローマ市民みたく。

 ヤツらは何もさせないまま、こちらを嬲るつもりだ」

 

 いま無線機に、恐らく敵機からの物であろう通信が交じった。

 シュネー4よりシュネー1。レーダーに目標を確認した。ヤツらがガルムだ――――と。

 

「幸い、と言っていいのか分からんが……、やっこさんの狙いは、俺さま達なのだ。

 ずいぶん嫌われたモンだと、泣きたくなるが、生き残りたかったら、やるしかない。

 相手をしてやろうぜ、相棒」

 

 せっかく戦況がひっくり返り、友軍たちが喜んでいるんだ。ここで「やっぱり駄目でした」というのは、あまりにも忍びない。

 そうばいきんまんは苦笑し、すぐ隣を飛ぶ相棒に“tallyho(突撃)”のハンドサインを送る。

 やるぞ――――そう覚悟を決めた顔で。

 

「いいかアンパ……じゃなかったSmile、よぉ~く聞け?

 恐らく、あの5機の中に、こっちに目潰しをしてる“電子戦機”がいる。

 一機だけ形の違う、変な飛行機が混じってるハズなのだ」

 

「それをお前が墜とせ。猛禽類のように襲い掛かり、的確に獲物を狩れ。

 残りのヤツらは、()()()()()()()()()

 

 目を見開いたのが分かった。

 いつも無表情で、何事にも動じないコイツが……思わず口を開こうとしたのが見えた。

 駄目だよばいきんまん、()()()、と。

 だが彼は、それを強い言葉で遮る。

 

 

「 やれ!! やるのだッ!!

  ヤツらは手練れだ……! グズグズしてたら死ぬ! たくさん死ぬぞッ!! 」

 

「 ――――お前がやらねばならぬのだッッ!!

  みんなを守ってこその“ヒーロー”だろうッ!! 守ってみせろッッ!!!! 」

 

 

 まるで、幼子を叱るような。勉強しない子を一喝する親のような、大きな怒鳴り声。

 けれど、そこには“熱”がある。

 とても強い気持ちによって紡がれた、熱い言霊。

 

 目をまん丸にしているアンパンマンに対し、先ほどとは打って変わった表情で、ばいきんまんが微笑みかける。

 ニヤッと、いつも通りの気安さ。

 大事な“友達”に向けて。

 

「なぁ、見せてくれよSmile(アンパン)? “猛禽の王”の姿を。

 ……なぁに心配するな。俺さまだってEagle(タカ)だぞぅ~?

 これの元となった機体は、脅威のキルレシオ100対0!!(ババーン)

 今まで一機たりとも撃墜された事のない、素晴らし~い戦闘機なのだ♪」

 

「イーグル・ファイターの誇り、見せてやるさ。

 だからお前は、音速で駆けろ。――――サーチアンド・デストロイ(  見敵必殺  )だ」

 

 フイフイっと、軽く機体を左右に揺らす。相棒に送るサインだ。

 その後、ばいきんまんは猛然とスロットルを吹かす。遥か前方の、敵エース部隊が編隊を組む、まごう事なき死地に向けて、突貫する。

 

「やいクソ共! 俺さまの首が欲しいのか!

 獲れるモンなら獲ってみろっ! 俺さまはここだぁ~!!」

 

 ギャーギャー騒ぎながら、敵の真っただ中に飛び込む。

 シュネー隊は即座に編隊を散らし、大きな円でばいきんまんを取り囲むようにして、一斉にミサイルを放つ。

 

 ――――ッ!!

 アンパンマンが右に旋回し、その空域を大きく回り込む。

 今は考えるより、駆ける時。

 レーダーはジャミングにより無効化されている。頼れるのは、彼が“猛禽類”だと言ってくれた、己の目だけ。

 凄まじいGによって、シートに背中を抑えつけられる。常人なら首の骨が折れるほどの圧力。だが必死に耐えながら、辺りを見回す。

 

 そして、シュネー隊の4機とバイキンEagleが交戦する空域。その少し離れた場所で、ガルム隊に呪いをかけている卑怯者の呪術師の機影を、すぐに発見した。

 

「ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬ~っ! ほげぇーー!!」

 

 無線からは、彼の非常に情けない悲鳴が、絶え間なく聴こえている。

 わざとなのか、本気でやってるのかは分からないが、聴いててとても哀れになるような声。

 まさに三下! ミスター・道化師(ジョーカー)! って感じの姿だ。

 実際ばいきんまんは、もう必死こいてワチャワチャ飛んでいる。

 

「ほんぎゃー! 死ぬぅ~!

 やめてぇー! 殺さないでぇー! 俺さま死んじゃうーっ!」

 

 恐らくなんだけど……これ9割以上は、本気で言ってる。それほど迫真の声だった。

 今も敵長距離ミサイルは、四方八方どころか360度、もう矢次にばいきんまんへと放たれている。

 戦闘機に乗ってるのに、なんかゴキブリみたいなチョコマカした機動で、必死こいて躱す。

 

『なんスかあいつ……。どんな飛び方っスか!?』

 

『変態機動……。あんな動きしてる戦闘機、見た事ないですよ……』

 

『ディズニーのアニメでも、あんな逃げ方してるヤツいないぞ! おもしろッ!』

 

 それを「逆にすげぇ」と、シュネー隊がクスクス笑う声が聞こえた。

 彼らは、あまりにも滑稽な動きで逃げるばいきんまんを、嘲りながら円で囲み、嬲っているのだ。

 そこに本気さは見えない。絶対に墜としてやろうという気概は無い。

 ただただ、遠くから「ほーい!」とばかりに、4機がかりでミサイルを打ち込んでいるように見える。

 

 それは、絶対的優位な立場にある者が、遊びで弱者をいたぶる姿、その物だ。

 いつまでもつかな? もっと滑稽な姿を見せろ。さあ踊れ――――

 そんな声が聞こえてきそうはほど、醜い戦いだった。

 

「お゛がッ……!?!?」

 

 被弾する。シュネーの一機が戯れに近づき、「ほらよ」とばかりに放ったバルカンに。

 いつでもやれる、いつでも殺せるぞ。さあ頑張れよ傭兵野郎。

 そう知らしめる、いじめっ子が頭をパシッとはたくような、悪意に満ちた一撃。

 

 弾丸はバイキンEagleの片翼を、容易く貫通。

 たった一発とはいえ、それは嫌な音を立てて機体を揺らす。ばいきんまんの身体に衝撃が伝わる。

 

 ただでさえ必死に、本来の機体性能を凌駕(?)するくらいの変態機動で、回避運動を行わなければいけない状況なのに。4対1という絶望的な戦力差なのに。

 ここにきて、膝に矢を受けたのと同義の損傷。

 機体のバランスが大きく崩れ、水平を保つ事すらも難しくなる。

 どれだけ必死に操縦桿を握っても、機体はもう言うことを聞いてくれない。

 

「くっそぉ~! 死んでたまるかぁ~! 俺さまは墜ちないぞーっ!!

 こんなかすり傷がなんだっ! 俺さまの作った機体が、やられるもんかぁ~!!」

 

 死が迫る。あらゆる方向から。いくつもいくつも。

 それを一体どうやっているのか、どんな理屈なのかは分からないが、ばいきんまんは躱し続ける。

 

 時に、敵ミサイルを回避すべく、急降下で地面に墜落しかけながら。

 時に、9Gを超える重力に、目の前がブラックアウトしながら、

 それでも、何度も、何度も。懸命に避け続ける。

 

 おぉ良いぞー、頑張れ頑張れー。ブラボー。あっはっは。

 そんな「ヒュー♪」という口笛まじりの歓声。

 シュネー隊の、とても楽し気な声が、今も無線機から聞こえている――――

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その時、シュネー隊の5番機は、同じく笑っていたのだ。

 電子戦機である、EA-6B。それに乗っている敵パイロットは、仲間達が楽しそうに遊ぶ声、そして敵ガルム隊の一機が哀れに嬲られている光景に、心底愉快な心地だった。

 アイツらは良いな、俺も加わりたかったと、そんな残念な気持ちすら抱き、少し離れた上空を、一人のほほんと飛んでいた。

 けれど……。

 

「――――ひぃッ!?!?!?」

 

 そう声を出した時には、既に手遅れだった。

 突然、今の今までニタニタ笑っていた彼の眼前に、戦闘機が現れたのだ。

 愉快な光景を眺めていた、その視界をバッと遮るように、すぐ目の前にアンパンマン号・Raptorが現れる。……いや“舞い降りた”というべきか。

 天誅を下す神のように。罪人に斧を振り下ろす処刑人のように。

 

「がッ……」

 

 Raptorの胴体部から、凄まじい勢いでM61A2(機関砲)が発射される。

 シャワーを浴びせるような、数えきれない程の弾丸が、EA-6Bのコックピットを破砕。

 真正面から。瞬く間に。そこに乗る敵パイロットごと。

 たったの1秒で、そこにあったハズのEA-6Bを爆散させ、まさに鉄屑とミートパテに変えた。

 楽な死に方なんて、させない――――そう言わんばかりのやり方で。

 

「うわー! 助けて~! おかーちゃん!

 ……っとぉ。どうやら終わったみたいだな、Smile(アンパン)

 

 すると、さっきまで「ほんげー!」とか言っていたばいきんまんが、突然〈キリッ!〉とした顔に戻る。

 電子戦機が墜とされた事により、自分達にかけられていた“呪い”は解除。レーダーがいつも通り、元気に敵機体のマークを示し始めた。

 

 それを確認した途端、バイキンUFO・Eagleがギューーンと急加速。アフター・バーナーを全開。

 さっきまでの醜態は何だったのか? という力強い飛行で、シュネー隊の包囲網を離脱。取り囲まれていた危機的状況から、速攻で離脱してみせた。

 もうまんま「うっそぴょーん♪」って感じで。

 

 お、おい……! ちょ……!? おまっ……!?

 そんなシュネー隊のが聞こえる。

 いったい何が起こった!? と驚いているのが分かる。

 

「――――グッド・キルッ!! よくやったぞぉSmile(アンパン)!!!!

 流石はお前っ! 流石は俺さまの作ったRaptor(猛禽類)だっ! 仕事が早いなぁ!」

 

 ガッハッハと笑いながら、サムズアップ。

 未だ遥か遠くにいるが、アンパンマンにはその姿が、しっかり見る事が出来た。

 

 全然平気だと、無事を装うかのような気軽さ。

 だが彼の機体は、今もフラフラと左右に揺れており、もう真っすぐ飛ぶ事すら、ままならないのが分かる。満身創痍だ。

 

 信じ、託し、一身に危険を引き受けてくれた。耐え抜いてくれた。

 強い強い、計り知れないほどの信頼があればこそ、成し得る事。

 こんなのきっと、他の誰も出来ない。ばいきんまんだからこそ、やれた事だった。

 

 

 

 アンパンマンが乗る戦闘機、その元となった機体【F-22ラプター】

 これはまごう事なき、現代最強の戦闘機だ。

 かの機体に敵うものは、この世に存在しない。

 

 だが、何故ばいきんまんは、それをアンパンマンのために作ったのだろう?

 自身の乗るEagleも、確かに素晴らしい戦闘機だ。並ぶ物のない武勇を持つ、全ての戦闘機乗りの憧れではある。

 だが……第五世代機と呼ばれるRaptorと、第四世代機であるEagleでは、その差は歴然。もう比べるのも烏滸がましい程、スペックに差があるのだ。

 

 なぜ“最強”の象徴たるRaptorを、アンパンマンに“譲った”のか?

 そんなに凄い物ならば、なぜ自分で乗る事をせず、彼に託したのか?

 

 考えるまでもない。それがばいきんまんの、()()()()()()

 アイツこそが空の王――――アイツこそ最強。

 そう彼自身が、思っているからに他ならない。

 

 Raptorは、アンパンマンの為にある。アイツにこそ相応しい。

 どれだけ俺さまが知恵を絞ろうと、たとえ何をしようとも、倒す事が出来なかった、たった一人のヤツ。

 そんなお前にこそ、この機体に乗って欲しい。

 そして、誰にも負けないで欲しい――――誰よりも強くあって欲しい。

 

 このアンパンマン号・Raptorは、空の王者。

 ばいきんまんの願いによって作られた、最高の機体なのだ。

 

 

 

 この信頼を、抱えきれないほど大きな友情を……、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クタクタの身体、疲労が滲む顔で、それでもこちらに笑いかけているばいきんまんの想いを、正義の象徴たる存在であった彼が、受け取らぬワケが無い。

 

 深く深く、心に染みわたるように、感じている。

 大事な友達の気持ちを。魂の片割れから受ける、この上ない信頼を。

 

「さて! 後はトムキャット( F-14D )共を、始末するだけだ。

 なぁ~に、俺さま達なら楽勝さ。ヤツらはもう丸裸なのだ」

 

戦闘機乗り(エース)って言ったって、所詮は遠くから戦うことしか出来ない、卑怯者。

 さぁ攻守逆転だ。よろしく膺懲すべし」*10

 

 なぜ君は、ぼくといてくれるの? なぜ支えてくれるの?

 その答えは、まだ分からない。でも今は、まず()()()()がある。

 たった今、強い信頼を称えた瞳で、ぼくの親友が言ってくれた事を、成そう。

 

 

「“鬼神”の名は伊達じゃない、ってトコを見せてやろうぜ。

 ――――さぁ行けッ! 飛べッ! アンパンマンッッ!!!!

 ヤツらにロニー・ジェイムス・ディオ*11ばりのシャウトをさせてやれッ!!」

 

 ――――Roger that.(了解だよ)

 

 

 

 

 猛禽の王が、雲を引いて空を駆けて行く。

 音速の壁を破りながら、一直線に。

 

 ただの獲物でしかない、哀れな戦闘機乗り( エース )たちのもとへ――――

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 君が、なにかを思い悩んでいるのは分かる。

 

 バカなぼくには理解出来ないような、深い葛藤を抱えているのが、分かる。

 

 

 でも、君は思う通りに飛べばいい。

 自分勝手に、好きなように振舞えばいい。君らしくいればいい。

 

 

 君は努力家で、ぜんぜん融通が利かない性格。とても真っすぐな人。

 だから、それはもう……、おもいっきりやる事だろう。

 

 まわり全てを巻き込み、力づくで、高らかにガハハと笑いながら。

 きっといつものように、無茶苦茶をするだろう。

 

 

 でもいい。それでもいい……。

 全力で、身を投げ出すようにして、君の思うようにやってみなよ?

 

 

 

 大丈夫だ。背中は守るから。

 

 ぼくがその苦しみを、ぜんぶ消し去ってあげるから――――

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『なんというパイロットだ……。たった数コンタクトで』

 

 それが、敵から聞こえた最後の無線だった。

 恐らくは、シュネー隊を率いていた隊長の物なのだろう。

 

 驚愕の色に染まっていた。

 自機以外、全ての部下達を墜とされ、この場にたった一人となった絶望。

 いま目にしている物が、とても信じられないという感情。

 そんな全てが滲んでいるかのような、茫然とした声。

 まさに「これは悪夢だ」というように。

 

 

 他にも色々聞いた。

 アンパンマンが戦っている時、ばいきんまんはのほほ~んと、無線から聞こえてくる声に耳を傾けていたのだ。

 

 この空は、我々の物だ! 我々で取り返す! だの。

 ヤツを墜とし、我が隊の名声を上げる! だのと。

 ……まぁ結局、それは全部、叶うことが無かったワケなのだけれど。

 

『コイツ……速い! まったく飛び方が読めん!』

 

『なんて機動だ! 当たらん! また避けやがった!』

 

『焦るな! 落ち着いて飛べ! いつも通りにやれば勝てる!』

 

 最初は4対1という、余裕が感じられた。

 だが交戦が始まった途端、そんな焦燥感ただよう声が、無線に交じり出した。

 そしてすぐ、もう2分としない内に、残ったのは隊長機だけとなり……、そいつも少しだけ粘りはしたものの、やがて黒煙を上げながらB7Rの地に墜ちて行った。

 

 総括をするならば――――()()()()()()()()()()()、といった風な戦いだった。

 まぁ敵部隊の隊長って、なんでもベカリ空軍最高のエースだったらしいのだけれど……、そのスバラシイ雄姿を見ることは、叶わなかったように思う。あの“鬼神”を前にしては。

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

『YEAH! Smile(アンパン)さんが敵機撃墜でーす! ひゃっほー☆』

 

『周囲に敵反応なし!

 ガルム隊、作戦完了だ! よくやったぞ!!』

 

 ごはんパンマンと、空中管制機からの、嬉しそうな声。

 そして無事に生き残った友軍たちの、「よっしゃー!」みたいな大歓声が、無線に届く。

 まぁ中には、「円卓が産んだ鬼か……」という、なにやら恐れおののくような声も交じっていたけれど。

 

「よ……Yo buddy( よぉ相棒 ). You still alive( まだ生きてるか )…?」

 

 フラフラ飛びながら、隣に並ぶ。

 まるで先ほどの酷使に、バイキンEagleが「もうやってられません!」とストライキを起こしているかのような、プスンプスンという音が聞こえてきそうな程に頼りない飛び方をしながら、頑張った相棒へ声を掛けた。

 

 というか「まだ生きてるか?」はお前の方だろう? というツッコミが飛んで来そうな様子ではあるけれど、その顔だけは陽気に、ビシッとサムズアップを決めた。

 

 ――――ばっ……ばいきんまん! えっと……。

 

「お? どうしたぁ相棒? なんかモジモジしてからに。

 お前は今日の撃墜王だろぉ? シャキッとしろよ~」

 

 いつもの彼らしくない、言いよどんでいるような態度、どこか必死な雰囲気。

 それを声に感じ取り、またばいきんまんが「はーひふーへほ~」と陽気におどける。

 しかし……。

 

 

 ――――あっ、あのっ……“ありがとう”。

 

 

 もちろん、嫌なのは知ってる。長い付き合いだもの。

 彼は意地っ張りで、とてもへそ曲がりだから。きっとまた照れ隠しに怒鳴られ、ツーンと顔を背けるに決まっていた。

 

 でも、それでも……言わずにはいられなかった。

 この胸に溢れる、感謝の気持ちを、押えられなかった。

 ぼくを信じてくれて、一生懸命戦ってくれて、ありがとうと――――

 

「……はぁ~っ?! ありがとうだぁ~~っ!?!?

 なーにをふざけたこと言ってるんだぁ! まったくお前はーっ!!」

 

 そして、すぐに彼からの応答が入る。

 ガーッ! と怒鳴り散らしながらも、どこか嬉しそうな、はにかむような笑みで。

 

 

「それは――――俺さまのセリフだ」

 

 

 

 ……ほら、さっさと帰るぞbuddy(相棒)? 勝利のハイボールをいれてやる~っ!

 そう照れ隠しにスロットルを吹かし、ギューンと一人でかっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

*1
ウイスキーの銘柄のひとつ

*2
一時的に視覚や意識を失う現象。急激なGを受け、脳に血が行かなくなる事で起きる。

*3
シングル30ml

*4
操縦席を覆う透明な天蓋

*5
もうどーでもいいや! という意味

*6
ふざけんな! くそくらえだ!

*7
 Fuck my lifeの略。「俺の人生はクソだ!」

*8
錐揉み回転しながら飛ぶ、空中機動のひとつ

*9
この地域に発生している磁場によって、救助は非常に困難。

*10
懲らしめてやれ、という意味

*11
HR/HMバンド【レインボー】の元ボーカリスト。伝説的なロックシンガー






◆スペシャルサンクス◆(オリジナルヒーロー協力)

 甲乙さま♪(ごはんパンマン、塩パンマン、メソポタミアパンマン)



 PS
 あけましておめでとう御座います。三万八千文字!(挨拶)
 そんなこんなで、当作品はゆっくり更新にはなりますが、頑張って書いていきますので!
 本年もよろしく☆

 hasegawa



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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅳ



 短いですが、ちょっとした番外編です。





 

 

 

 ついに“円卓は”陥落した。

 ベカリ公国の力の象徴であり、全ての戦闘機乗り( エース )達にとっての聖域たるB7R。

 まさに一大決戦といえるこの空戦は、連合側の勝利に終わった。

 

 実質的なメイト(詰み)

 もはやベカリには、脅威と言える物は存在しない。

 この戦争の勝敗は、完全に決したのだ。

 

 

 この時期を境に、南ベカリでは厭戦ムードが漂い出している。

 ベカリ発祥の地であり、彼らにとっては聖地といえる北部……。その防衛線に使われ、数多の戦闘が行われた為なのか。

 住民たちが抱える不満は、すでに限界まで達していたのだろう。

 

 南ベカリの各都市は、次々に非武装宣言を行い、なんの抵抗も無いままで、連合軍へと明け渡されていった。無血開城である。

 ベカリ軍の方はと言えば、もう防衛拠点の構築すらも、ままならない状況。

 ただただ連合軍に追いやられるまま、北への撤退を繰り返すばかり。

 

 ベカリ戦争終結の足音は、刻々と近付いていた。

 

 

 そして、B7Rの空戦のみならず、この戦いにおいて大きな役割を果たした“鬼神”の存在。

 その凄まじいまでの活躍、彼という傭兵が紡ぐ物語に、私の胸は躍った。

 時に仕事を忘れ、TVのヒーローに憧れる少年のような心で、資料を読み耽ったほどだ。

 もっと知りたい、もっと見たいという気持ちが、私の指にページをめくらせた。

 

 この興奮を押えられなかったからこそ、私は絶え間なく銃声の響く、このような危険な土地にまで、今日も足を運んだのである。

 ここは内戦の続く、デラオイシ国境付近の町――――

 

 いま目の前にいる“片羽”の男も、未だその手にAKを握ったまま、私のカメラに向かって話をしてくれている。

 懐かしむように、大切な思い出に浸るように、悲喜こもごもの豊かな表情をして。

 

 

 

 ちなみにだが、私はこの人物と会う前にも、幾人かの者達にコンタクトを取り、インタビューを敢行してきた。

 彼らは皆、当時最強を誇っていた、元ベカリ空軍のエース達である。

 

 私は“鬼神”の足跡を追い、導かれるように国境を越え、様々な土地へ赴いていた。

 そして、これまで多くの貴重な証言を、ビデオカメラに収めた。

 

 連合軍やコムギィコにとっては、敵側であった兵士達。

 そんな彼らから見た、戦争という物、“鬼神”という存在――――

 当事者たちの声を、ここに記そうと思う。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

・INTERVIE ♯01

 

 “THE STRATEGIST” 【カロリー1000㌔オーバー菓子パンマン】氏

 

 

 元ベカリ空軍、第10航空師団、第8戦闘飛行隊「グリューン隊」隊長。

 ブt……いやフクロウの目を持つ男。

 各地の戦場で、臨機応変な戦略で功績を上げ、エースにまで成り上がった人物。

 

 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 

 

 ハンバーグステーキうめぇwww バターをラードで揚げたヤツ超うめぇwww

 きっと今日の摂取カロリー、1万越えしてるw 成人男性4日分www

 

 いや~、連れて来てくれて、ありがとう記者さん! 安いファミレスとはいえ、こんな腹いっぱい食えるのは、ほんと久しぶりなんだ!

 ほら見ろよ、俺の膨らんだ腹を。サンタクロースの袋くれぇ、夢が詰まってるだろ?

 でもまぁ、俺たぶん早死にするだろうけどなw 高血圧だの糖尿だのでw

 

 おはw もう飛行機なんて乗れないw

 エースだった頃のスリムな体形、マジでカムバックwww

 

 さって、そんじゃあまたサラダバーにでも……って何? あの“鬼神”の話ぃ?

 ちょっと待てよ、まだあのコーナーには、青々とサラダの森が生い茂ってるじゃねぇか。俺が取りに行くのを待ってやがる。

 それに今日は、あのスープバーを空にする、ひとりで全部飲み尽くすまで絶対帰らねぇぞって、心に決めて来たんだ。

 

 つー事で、あと3時間ほど、のんびり待ってちゃーくれないか?

 そうか……駄目なのか。こりゃ先に話しちまった方が良いな。

 ここのお代はアンタ持ちなんだし。機嫌を損ねて食いっぱぐれたら拙い。

 

 

 んじゃま、あの日の事なんだが……、実は円卓に向かう前から、()()()()()()()()

 未確認機がB7Rに侵入。その迎撃の為、俺たちグリューンが援護に向かったワケなんだが……、なんでも相手は、たった2機だっていうじゃねーか。

 いったい何を手こずってるんだか、ってな。

 

 まぁ、俺たち4機が着く頃には、もう終わってんだろう、と思った。

 こっちには相手の動きが丸見えで、事前に待ち構えてた、っていう状況なんだ。

 ソイツらが多少の腕利きだったとしても、泡吹くのは最初だけだろ? なんてったって、ベカリ空軍ってのは、戦闘のプロ集団なんだ。

 頭数だって、相手の何倍も揃えてたんだから。戦力比なんて考えるのも馬鹿らしい位に。

 状況を確認して帰るだけ、そう高を括ってたのさ。

 

 でも……冗談かと思ったぜ。

 いざ空域に到着してみたら、敵反応が2つとも残ってやがるじゃねーか。

 IFF*1がイカレちまったのかと、真面目に疑ったよ。

 

 確認してみたら、部隊の連中も、同じ反応を示してやがる。

 そこでようやく、「あぁ……こりゃ現実だ」ってな。思い知ったよ。

 

 

 内心はともかくとして、俺は飄々と指示を出した。

 では楽しませて貰うとするか、狩り(ハント)の時間だ――――と。

 どうだ、中々キマってるだろ? 昔はマジでイケメンだったんだよ。いまはブタみてぇに太ってるが。

 

 俺は隊長だし、動揺を表には出せない。

 それに、いつもこんな感じでやるのが、俺たち“荒くれ部隊”の流儀だったから。

 

 こっちは天下のベカリ空軍。相手は傭兵野郎で、たった二機。

 しかもヤツらときたら、俺たち4機を見ても、構わず突っ込んで来やがったんだよ。

 なんか嫌な感じがしてても、ここでイモ引くわけにはいかない。そんなのは戦闘機乗りじゃねぇ。ドッグファイト上等よ。

 

 

 俺は目を凝らし、まず状況を確認した。

 ここの地形、気流、相手の状態、機動、残弾数……。

 

 いけると踏んだ。

 こちらの目に狂いは無かった。それは今でも、確信を持って言える。

 あの状況であれば、誰だってそう判断するさ。

 だが……その予想を超えて、ヤツは飛んだって話だ。

 

 

 モゴモゴモゴ! ごっくん!

 ……いや失礼。冷めちまうと勿体ないんでな。話に戻るか。

 

 こんな事を言うのは何なんだが……、正直な話、少し荒さは感じたんだ。

 いや、“型にハマってない”と言うべきか? 自由な飛び方をするヤツだった。

 ウチの連中も、「面白いパイロットだ」って、喜んでたのを憶えてる。

 まぁ4機中2機を墜とされた時点で、そんなピクニック気分は、見事に消し飛んだがな……。

 

 いくら追い回そうが、数で取り囲もうが、ヤツは躱してみせた。

 チャフに驚いたのか、一度ケツを取れそうになった事もあったんだが……、結局はそのチャンスも、あの“片羽”に潰された。

 アイツの機嫌良さげな高笑いが、こっちの無線にも届いてて、正直ムカッと来たよ。

 イチャついてんじゃねーよお前ら、ここどこだと思ってんだ? B7Rだぞ? ってな。

 

 思えば……あの片羽を最初にやらなかった時点で、俺たちの負けは決まってたのかもな。

 聞く所によると、その後アイツは、もう手が付けられない存在になった、らしいじゃないか? あの空戦が最後のチャンス……だったのかもしれないぜ? 

 

 “円卓の鬼神”の誕生は、半分俺らグリューンのせい、もう半分は片羽だなぁ。

 チキショウめ。もう二、三枚ステーキを頼んでいいか? ライス大盛りで頼むぞ。

 

 

 戦場では、たまにああいうのが現れる――――いわゆる“特異体”ってヤツだ。

 

 つーか……なんか()()()()()に乗ってやがったしな。

 見た目からしてもう、普通とは違うよ。ちょっと丸っこかったし。

 

 なぁ、いったいどこ製なんだアレ?

 こころなしか、Raptorに似てる感じはしたが……。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

・INTERVIE ♯2

 

 “THE FALLEN” 【きなこ揚げパンマン】氏

 

 元ベカリ空軍、第5航空師団、第23戦闘飛行隊“ゲルプ隊”2番機パイロット。

 元兵士とは思えぬような童顔で、どことなく愛嬌のある人物。

 首都ディレクタス開放時、この空域に駆けつけ、ガルム隊と交戦。

 そして、今もそこにいる。

 

 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 

 

 僕の書斎へようこそ。

 どうです、時計塔がよく見えるでしょう? この窓からの景色を眺め、のんびり紅茶を飲むのが、僕の趣味みたいな物です。

 

 今日は来て頂き、ありがとう。

 このディレクタスに住んでるのもあるけれど、昔の事を語れるような友人も、あまり居ないもので。

 ……まぁ僕ら元ベカリ兵は“戦犯”ですしね。おおっぴらに武勇伝を語るワケには、とてもいきません。

 

 自分のことを話すのはもちろんですが、貴方から話が聞けるのも、楽しみにしていた。

 今は僕も、家族を持つ身です。妻と子供がいて、責任という物が出来た。もう兵士じゃない。

 けれど、たまにはこうして過去を懐かしむのも、悪くないです。

 

 とりあえず、きなこと紅茶を用意しましたけれど、記者さんのお好みに合いますか?

 僕はこれを少しずつ舐めながら、紅茶を飲むのが好きなんですけど……、でも同じ趣向の人を、一人たりとも見た事がありません。どうやら僕だけみたいです。

 

 妻も子供も、みんな僕のこと「キチ〇イだ」と罵ります。

 何にでもきなこをかけないで! というのが、我が家で起こる夫婦喧嘩の、一番多い理由となっています。

 

 改心の出来だったという、妻のビーフシチュー。それにきなこを一袋、おもむろにブチ込んでやったら、妻は実家に帰ってしまいました……。

 仲直りをするのに、1週間もかかったんですよ?

 あの時はいろいろ大変でした。家庭崩壊の危機です。子供もいるっていうのに……。

 

 

 さて! もう10年になりますか、あの戦争から。

 

 “彼”と会ったのは、このディレクタスの空の上。

 あの日、もう嫌というほど聞かされたミサイルアラートが、まだ耳に残っています。

 

 その日は、南部での迎撃任務があって、その帰投中でね?

 ようやく終わったかと思えば、突然ディレクタスへ飛べと、指令を受けたんですよ。

 

 まぁあの頃の戦況じゃ、とくに珍しい事ではありません。

 どの部隊も、まったく手が足りていなかった。

 補給も整備もままならない状態で、みんな出撃を繰り返していましたから。

 

 疲労はありました。もうどれだけきなこを舐めようとも、回復しない日もあった。

 ちなみに、僕は愛機のコックピットに、きなこを常備していました。いつでも舐められるように。

 

 Gできなこ飛び散るからやめろ! と隊長に怒られましたが、こればっかりは如何ともし難いです。

 僕きなこ揚げパンマンですし。みんなが水を飲むのと、同じ事じゃないですか。

 そりゃー持ち込むってものです。常に舐めたり、顔にまぶしたりしないと。

 

 いつも僕のターミネーター(Su-35)は、きなこ塗れです。掃除が大変だから止めろと、よく整備兵さんに怒られました。

 たまにドッグファイト中に、きなこが目に入り、空戦もままならない時がありました。

 もしかしたら……きなこを持ち込んでさえいなければ、あの“彼”に撃墜される事も無かったのやもしれません。一緒に飛んでた隊長が死ぬ事もなかったかも……?

 

 でもきなこが無ければ、僕は元気が出ないんだし。

 とても難しい問題ですねぇコレは。

 

 

 とにかく、僕らゲルプ隊の二機は、すぐディレクタスへ飛んだ。

 けれど、時既に遅し。

 友軍の駐留部隊はもう撤退済みで、街には鐘の音が鳴り響いていた。何度も何度も。

 まるで、この街が歓喜の声を上げているかのような、そんな印象を受けました。

 

 とても多くの、街中の人々が、表に出ていました。

 そして民衆の見上げる先には、“彼”の機影があった。

 皆、声を張り上げ、腕を天に突き上げていました。大きく円を描きながら、ディレクタスの空を優雅に飛ぶ、彼の姿を見つめて。

 その様には、歴史書に出てくる偉大な指導者や、神様を前にしてするような、崇拝にも似た感謝の心が、見て取れました。

 この街の誰もが、人生で最高の瞬間を迎えたかのように、とても良い顔をしていた。

 

 いわば僕は、そこに水を差しに来た、お邪魔虫というワケですね。

 ベカリ公国のため、任務のためとはいえ、心苦しさは無かったかと言われれば、否定は出来ません。

 でも僕は、兵士です。やるしか無いですから。

 もう手遅れか? まだ間に合うのか? ……そんな疑念を打ち消すように、機体を飛ばしました。

 

 

 “彼”の印象ですか? そうですね……、ただひたすらに強かった、としか。

 ひとつ言えるのは、明らかに格上の相手だった、という事です。

 機体や技量はもちろんなのですが、何より“存在”としての格の違いというか……、そういう物を感じました。

 いや、思い知らされた、と言うべきでしょうか?

 

 見透かされているような気がした……。

 いくら知恵を絞ろうとも、技巧を凝らそうとも、常に“彼”は一手先を潰しに来るんです。

 交戦中、僕は何度も「次に何をしたら良いのか分からない」という状態に陥りました。

 戦闘機動は、悉く見破られ、僕は手を打ち尽くしたんです。

 

 

 あと、これは“彼”だけの事では無いのですが……。

 ガルム隊は、コンビネーションがとても上手かったのを、憶えています。

 

 僕らゲルプ隊は“(つがい)”と称される程、コンビでの戦闘に長けていました。信頼で結ばれていると自負していましたし、いつも二人で任務をこなしていたから。

 隊長と共にある時、僕はどんな任務でも、どんなパイロットが相手だろうと、怖くはありませんでした。

 

 けれど、()()()()()()

 僕らが磨き上げた連携術よりも、ガルム隊の方が上手だった。これが何よりもショックでした。

 きっと二人の間には、僕には想像もつかない程の、強い信頼があるのではないでしょうか?

 そうでなくては、あのコンビネーションは説明がつかない……。

 僕らゲルプ隊が目指した、一個の生物としての連携術。その理想が、目の前にありました。

 

 たまに混線で、彼らの対話が無線に届いていたのですが、恐らくあの隊の頭脳は、“片羽”の方なのだと思います。

 片羽が合図を出し、声をかけ、鼓舞する。チャンスメイクをする。

 それに“彼”は、見事に応えて見せた。決して裏切る事をしなかった。

 

 確かに“彼”は、類を見ない程に卓越したパイロットですが……、そこには常に“片羽”の力があったんです。

 彼があそこまで自由に飛べるのは、()()()()()()()()()()()()

 片羽の戦闘機動は、ぜんぶ彼を活かす為の物。その為の立ち回り方。

 

 同じ二機で飛ぶ者として、僕にはそれ分かる。

 “彼”は、いったいどれほどの強い信頼を、あの僚機から受けていたのでしょう?

 親兄弟でも、双子でも、とてもああはいかない。……ただただ脱帽する他ありません。

 

 

 あ、そうだ! でもそこまでの連携術を持ちながら、“彼”は単独で僕の相手をしてくれたんですよ!

 彼らの力の前に、隊長が墜とされ、僕が一機だけになってしまった時……、まるで示し合わせたかのように、“片羽”がその場を離れて行きました。

 その場には、僕と“彼”だけになった。……いや、あえてそうしてくれたんです。

 

 一対一になりました。それは当然、僕側に有利に働きます。

 絶望的かに思われた状況に、僅かな光が差し込んだ。

 二機同時にかかられ、成す術無く墜とされるのではなく、存分に力を奮える状況になりました。

 

 なぜ彼らは、あえて有利を捨てたのか? それは今も分かりません。

 相棒を失った事で、怒り狂うように操縦する僕の姿に、何か思う所があったのかも。

 

 でもその時僕は、彼らに対する敬意と共に、この上ない感謝の気持ちが湧きました。

 それが余裕から来る行為で、僕が舐められているから、という可能性もあるのですが……、でも何故でしょう? とてもそんな風には思えなかった。

 彼が操る機体から、「来い」という声が聞こえてくるかのような……、そんな雰囲気を確かに感じたんです。

 

 屈辱は無い。

 僕は“滾る”想いでしたよ。

 操縦席で一人、彼に「ありがとう」と呟きました。

 そして、決して無様な飛び方は、彼には見せられない。だから全力でいきました。

 

 

 まぁさっきも言った通り、僕の戦闘機動は全て見破られ、最終的には成す術無く、墜とされましたけどね。ここディレクタスの地に。

 でもどこか、僕には清々しさがありました。

 手心を加えられた上で、完膚なきまでに負けたっていうのに、おかしな話ですよね?

 

 しかし……あの凄まじいパイロットに、全部受け止めて貰った上で、負けたんです。もうぐうの音も出ませんよ。

 ただただ「凄かったなぁ」っていう憧れだけが、僕の胸にあります。

 あの空戦は、僕の大切な思い出であり――――また誇りでもあるんです。

 あれがあったからこそ、今も胸を張って生きていける。自分が戦闘機乗りであった事に、誇りを持てる。

 

 まぁ僕は敗軍の兵ですし、反省をすべき立場の戦犯ですから、これを誰かに自慢したりは出来ませんけど。

 でも今日だけは、許して頂きたく思います。僕は凄いパイロットと出会ったのだと。

 

 

 それが、僕の“彼”に対する印象でしょうか。

 僕らは敵同士でしたから、人柄なんて知りませんし、純然たる戦いの感想でしかありませんけどね。

 

 一体どんな人物なんでしょう?

 僕に分かるのは、彼がとても()()()()()だって事だけです。

 

 

 後は……そうですねぇ。彼の戦闘機の趣味は、()()()()()()()()()

 あんな変な飛行機は、見た事ありません。何であんなファニーな戦闘機に乗ってたんでしょう?

 どことなく丸みをおびてて、なんか顔が書いてありましたもん。

 

 一つだけ文句を言えるとしたら……、アレだけは正直、やめて欲しかったです。

 あんなのを前にしたら、誰だって闘志が抜けちゃうというか。笑ってしまうというか。

 

 貴方は、そんな変な飛行機に撃墜される者の気持ちを、考えた事ありますか? と問いたい。

 これは、私があの戦いを人には言いづらい、理由のひとつでもあります。

 

 たとえどんなに凄くても、僕はあんなふざけたヤツに負けたのか……、という屈辱がですね?

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

・INTERVIE ♯03

 

 “THE MAN WHO LIVED FOR BATTLE” 【すいとんパンマン】氏

 

 元ベカリ空軍、第22航空師団、第4戦闘飛行隊“シュネー隊”隊長。

 こねた小麦粉を茹でた物を、更に小麦粉で包むという、よく分からんパンの男。

 連合軍のB7R攻略作戦時、援軍としてこの空域に駆けつけ、ガルム隊と交戦。

 

 出世には興味を示さず、ただの戦闘機乗りとしての生き方を、貫いた人物。

 現在は、民間機のインストラクターとして飛んでいる。

 

 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 

 

 すいとんのレシピか? まずは薄力粉と片栗粉を……って違うか。

 分かってるよ、“彼”の事だろう? 私が生涯で出会った中で、最高のパイロットだ。

 

 ちなみに、私の生涯で最高の料理は、もちろんすいとんだ。

 まずは薄力粉と片栗粉を……って何? 別に良い? 戦後かって?

 それは残念だよ記者くん。腹持ちも良いっていうのに……。まぁまた別の機会にしようか。

 

 

 “彼”の印象は、そうだなぁ……()()()()()()

 氷のように冷たく、炎のように苛烈。そして死神のように容赦なく、気が付けば背後にいる、という感じか。

 

 思えば、あの時の私は、ずっと目を見開いていたような気がするよ。

 ()()()()。交戦中は、ずっと驚きっぱなしだった。

 瞬く間に部下が墜とされて行った。手練れであり、我が軍の最精鋭であったハズの部隊が、有り得ないスピードでやられていった。

 機械のような正確さ、信じられないほどの効率。まるで打合せの上で動いてるみたいに、綺麗にこちらを撃墜していくんだ。

 映画じゃあるまいし、やられる為の脚本など、私たちが飲むワケ無いけどね。

 

 思えば……あれは()()だったのかもしれない。

 氷の刃のように鋭くて冷たい、彼の怒りが表れていたのかも。

 

 実を言うと、彼と交戦する直前に、私たちは彼の僚機を嬲るようなマネを、してしまったんだよ。

 リトルスクールの子供が、ひとりを大勢で取り囲んで、遠くから石を投げつけてイジメるような……そんな醜い行為をしてしまった。

 いくら私たちの戦術が、遠距離ミサイルでのアウトレンジ攻撃による物だったとしても、勝つための行いだったとしても……。明らかに部下たちの声には、愉悦の色が滲んでいたよ。

 安全な場所から、一方的に弱者を攻撃する快感を、彼らは感じていた事だろう。

 

 きっと、その行為に対する報復なのだろうね。あの時の“彼”の戦い方は。

 普通ならば、戦いにおいてはクール・アズ・キユーク(  冷静沈着  )が鉄則だ。怒りは思考を鈍らせ、時として仲間の命をも危険に晒すからね。

 しかし……彼は例外だった。怒りをそのまま力に変えていた。

 怒りの感情と暴力的な思考が、矛盾なく自己の中で融合し、凄まじいまでの合理性を産み出した。

 

 もう一秒でも早く、こちらの命を奪おうと、私たちが生きている事が許せないと……、そう言っているかのような姿だったよ。

 恐怖を感じた。私はハッキリと恐れたんだ。

 数十秒後の、自分が撃墜されているシーンが、アリアリと脳裏に浮かんでいた。

 

 そして、その予言は見事的中。

 自身が思い描いた光景をトレースするみたいに、私は地上へと墜ちて行ったんだ。

 

 決して抗えない死の運命と……、いや()()()()()()()()()()()()()

 まぁ彼は死神などではなく、“鬼神”と称されたようだがね。

 

 

 歯が立たなかったよ。力を振るう前に、一方的にやられた。

 まるで巨大な岩が落ちて来たような、有無を言わさない圧倒的な力で、圧し潰されたんだ。

 彼のミサイルに被弾した瞬間、私は咄嗟にベイルアウトのレバーを引き、なんとか機体から脱出した。

 炎に包まれ、バラバラに粉砕した自機と共に降りた先は、“円卓”の足元だ。

 そこは途方もなく広くて、見渡す限り何も無い、荒野だったよ。

 

 茫然としたね。先ほどの戦いで受けたショックと、この地に落ちたという現実、その両方に。

 ここは電波干渉が厳しく、無線も救難信号も、ろくに届かないような場所なんだ。

 もうね? 絵に描いたような“絶望”だよ。こんな所じゃ火も起こせないし、すいとんだって作れない。いくら腹持ちが良いと言っても、食べられないんじゃあね……。

 ただただ私は、ポカーンと呆けるばかりさ。

 

 それと同時に、「ああもう終わりだな」と感じた。

 生きて帰れるのかは別として……、長かったパイロット人生も、ここらが潮時だとね。

 

 

 だが、その時……、頭上で轟音が響いた。

 あいつの機体がいたんだ。

 

 綺麗だった――――太陽の光に照らされ、悠々と飛ぶ姿が、神々しく見えた。

 あいつは天に、私は地に。それはまさに勝者と敗者を表していて、どこか彼が手の届かない、特別な存在のように思えた。

 彼こそが、空に選ばれたパイロット……、真の戦闘機乗りなのだと。

 

 でもね……? 私はその姿に、()()()()()()()()

 堪らないほどの悔しさが、得も知れぬ力を生んで、私は捜索隊を待つこともせず、その場を駆け出したんだ。

 

 なんとかして、基地に帰ろうとした。

 とにかく、早くこの場に戻って、もう一度あいつと戦いたかったんだ。

 

 まぁ結局、丸三日もかかってしまったがね?

 衰弱し、ヘロヘロになって基地に戻った私は、とりあえずすいとん食べてから、ぐーすか眠ったよ。腹持ちも良かった。

 

 

 そんなこんなで、生還を果たしたワケだが、もう私が飛ぶ機会は無かった。

 ……戦争は終わりつつあった。既に大勢は決していたから。

 彼とまた戦うことは、ついに叶わなかったな。

 

 お前は特別じゃない、そんなの認めない、お前だけではない――――

 もしかしたら私は、そうあいつに言いたかったのかも、しれない。

 お前は孤高の存在では……いや()()()()()()()()()、そう知らしめたかったんだ。

 私がいる、お前と肩を並べてやる――――そんなトップエースとしての、意地だったのだろう。

 

 まぁ……いま思えば、最初からあいつの隣の席は、埋まっていたような気がするけどね。

 “彼”には、あの片羽がいる……だから孤独などでは無い。

 この広い空で、一人っきりになる事はないんだ――――

 

 ああ、まったくもって、余計なおせっかいだったよ。

 こりゃあ、馬に蹴られて死んでしまう所だったかな?

 

 

 というかもう……()()()()()()()()()

 あいつが一機撃とす度に、片羽の「ひゃっはー!」とか「いいぞー!」みたいな歓声が、こちらの無線にも届いたんだ。

 嬉しそうに応援していた。満面の笑みで歓声を上げてる姿が、容易に想像出来たよ。

 

 あのね……? ()()()()()()()

 今どきの女の子でも、あんなはしゃぎ方はしないよ。

 聞いててちょっと恥ずかしくなった位だ。コイツどんだけ“彼”が好きなんだよ、って。

 

 二人そろって、なんか()()()()()()()()()()()

 どんだけ仲良しなんだお前ら。ペアルックかと。

 

 もしかしたら、あの恥ずかし気も無い()()()()()()()()、私たちが成す術無くやられた原因だったのかもしれない……。

 もうね、圧倒されてしまったから。空戦中なのを忘れてしまうほどに。

 

 あの日の円卓は、二人のダンス会場と化していた……ように思う。

 観客たちは皆、赤面しながら退場(ついらく)していったのさ。「ご馳走様」ってね。

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「どうだぁ~? 凄いだろ~う?

 アンパンマンっていうのは、凄いヤツなんだ~っ!」

 

 片羽が「ガッハッハ!」と機嫌良さげに笑う。

 あの時のすいとんパンマン氏ではないが、流石に私も、そろそろお腹いっぱいという心地だ。

 

「流石は俺さまのライバルだな! 誰もアイツには敵わなーい!

 もう並みいるエース達を、ちぎっては投げ! ちぎっては投げ!

 あーーっはっはっは! はーひふーへほぉ~う♪」

 

 何故だろう? いま私の胸に「来なきゃよかった」という想いが湧いているのは。

 まさか傭兵の取材に訪れて、惚気話を聞かされるとは、夢にも思わなかった。

 事実は小説よりも奇也。人生とは驚きの連続だ。ちょっとゲンナリしている私である。もう帰ろうかな~とか思う。

 

「任務をこなし、場数を踏むたびに、アイツの強さが際立っていったよ。

 瞬時に状況を見極め、瞬く間に戦況を変える――――空の申し子だ」

 

「強い。ひたすらに強い。

 鬼神なんて呼んじゃうのも、……まぁ分からん事もない。

 ムカッとはくるけど……」

 

「ま、そんなのと並んで飛ぶこっちは、大変だな。

 俺さまだから、何とかなってたようなモンだぞ?

 さぁ褒めろ、ジャーナリストの坊主。遠慮はいらないぞ~う?」

 

 我慢だ、我慢のしどころだ。

 私は必死に、自分に言い聞かせる。せっかく掴んだ取材のチャンスなのだから。堪えなくてはならない。

 実際に、当時の彼は、周辺各国で知らぬ者が居ない程に、有名な傭兵であったらしい。

 その実力はおりがみつきだし、だからこそあの“彼”と並んで飛ぶことが出来たのだから。

 これは決して自信過剰ではなく、純然たる事実であるのだから。とりあえず懸命に愛想笑いを浮かべて、パチパチ拍手を送ってみた。

 それが功を奏し、彼もまた機嫌良さそうに笑う。……言っては悪いが、ちょろい男だと思う。

 

「最初は、俺さま達二人。

 だが気が付けば、いろんなヤツがあいつを見てた。

 まさに、ヒーローを見るような目で……」

 

「出撃のたび、日を追うごとに、見送りの人数が増えてたなぁ~。

 傭兵連中だけじゃないぞ? 整備兵もだ。

 子供達からのファンレターも、たくさん届いてた。

 いつも守ってくれて、ありがとーってな」

 

 ふいに、片羽が目を閉じて、ふーっと息を吐く。

 さっきまでとは違う、静かな顔。しみじみと何かを思いながら、それを自嘲しているかのような。

 

 

「みんな、あいつの姿を、目に焼き付けようとしてた。

 キラキラした目で、憧れを抱いた。

 こいつの行く先を、見届けたいと」

 

「一緒だった。

 本当は、もう少しだけ見ていたかったよ……俺さまも」

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

*1
敵味方識別装置




◆スペシャルサンクス◆(オリジナルヒーロー協力)


・砂原石像さま♪ (カロリー1000㌔オーバー菓子パンマン)
・ケツアゴさま♪ (きなこ揚げパンマン)




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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅴ



 おっぱい万歳!(挨拶)





 

 

 

 ヴァレー空軍基地の片隅には、小さな一軒家のような建物がある。

 朝になり、小鳥たちが元気に鳴き始める時間帯になると、その煙突がモクモクと煙を出し、辺りにパンの焼ける良い匂いを漂わせる。

 

 つい数か月前までは、この基地にそんな軍事施設らしからぬ建物は無かった。

 日も昇らぬような時間帯に動き回るのは、パイロットたちの為に夜通し航空機を弄り回している、勤勉な整備兵くらいのものだったハズ。

 

 もちろんこれは、“彼”がやって来てからの事だ。

 四角形にそのまま屋根を付けたような、いわば在りし日のパン工場を小さくしたような感じの家……。そこで今パンを焼くのは、アンパンマンその人(?)である。

 

 彼をこの基地に連れて来た、その日の内に、ばいきんまんはその自慢の科学力、あとなんやかんやを色々と駆使して、この家を建ててやった。

 傭兵達が住む宿舎とは違う、パンを作る用の設備が備えられた、彼専用の建物だ。

 

 アンパンマンは、毎日決まった時間に起き出し、この“一人用パン工場”とも言うべき場所で、自分の顔用のパンを作っている。

 今日も小麦粉をこねたり伸ばしたり、具の餡子を詰めたり、釜で焼いたり。

 その手つきは、非常に手慣れた物。もう何十年もやっている事だから。

 熟練の職人にも負けない位のスピードで、手際よく作業を進めていった。

 

 ――――……。

 

 けれど、いつもこの行程……“味見”の時だけは、少し憂鬱だった。

 良いのは手際()()。彼の作るパンは、有り体にいえば「記憶に残らない味」だったから。

 

 美味しいとか不味いとか、そういう物は無く、なんの感情も湧かないような味。

 これはただ、餡子が小麦粉の生地に包まれていて、食べればお腹が膨れる……というだけの物でしか無かった。

 記憶の中にある、ジャムおじさんが作った物とは、もう比べるべくも無い出来だ。

 たとえ同じ材料を使おうとも、ジャムおじさんの手順をマネようとも、一緒の物は作れなかった。

 

 そして、未だアンパンマンには、その理由が解らずにいる。

 何が足りないのか、一体どこがいけないのかが、どうしても理解出来なかった。

 

 

 今日もいつものように、大小ふたつのアンパンを焼いた。

 ひとつは自身の顔に使う用で、もうひとつは味見の為に焼いたミニサイズのアンパン。

 アンパンマンは、それをおもむろに一口サイズにちぎり、無言のまま口に放り込んで咀嚼。

 大して物を思うことなく、ただ分り切った結果を確認するだけの、純然たる作業。

 この数十年の間、毎日ひとりっきりで繰り返した、いつもの代り映えしない光景……のハズだった。

 

 ――――……?

 

 けれど、一体どうした事だろう? 自身が作ったパンを食べた途端、彼の表情が少しだけ変わった。

 いつも気だるげに半分だけ開いている瞼が、とつぜんカッと見開かれたのだ。思わずポカンと口を開いたまま。

 

 ――――違う。いつもと味が違う。

 

 ふわっと、優しい口当たりを感じた。次に口の中が喜んでいるかのような、程よい甘さを。

 ()()()()。いつもよりほんの少しだけれど、味が良い。

 

 しばしポカンとした後、確かめる為に今一度パンをちぎり、口に放り込む。

 でも結論は一緒。これは明らかに、今まで作って来た物よりも、出来が良いことが分かる。

 大げさな言い方だけど、彼にとっては、今までで一番おいしく出来たパンだった。

 

 しかし、その理由に心当たりは無い。

 材料も、行程も、釜の温度も、焼き時間も、全てこの数十年やって来た物と同じ。なんら変わる事のない手順で作ったはずのパンなのだ。

 

 ――――なんで変わった? なんで美味しくなった? どこが違ったんだろう?

 

 一瞬、パン作りのコツを掴んだのかとも思ったが、突然そんな都合の良い事が起こるワケもない。何かやり方を変えた覚えも無いんだから。

 思い当たる事も無い。むしろどちらかと言えば、今日は少し散漫な心のままで、作業をしてしまったように思う。

 いつもパンを作る時は、ただただ無心で作業に集中しているのだが、今日は少しだけ雑念が入っていた気がする。

 生地を捏ねる工程の時、ふと()()()()()()()()が頭に浮かんだのだ。

 

 彼がこれを味見したら、いったい何て言うかな? どう思うかな?

 そんな思考が、ふいに頭をよぎった記憶がある。

 まぁそうは言っても、すぐにそんな雑念は振り切り、作業に集中したのだけれど。

 

 まるで固まってしまったかのように、じっと手元のパンを見つめる。

 もう半分ほどになってしまった小さなパンを、真剣な目で観察してみる。

 焼き加減とか、ふくらみ具合とか、中身のアンの配合とか、様々な要素を鑑みる。

 

 けれど……どれだけ考えようとも、理由は分からない。

 ただただアンパンマンは、作業場で立ち尽くすのみだった――――

 

 

 

「……」

 

 そんな彼の姿を、窓の外から見つめる者があった。

 空軍の服を着込んだばいきんまんが、何気なしにポケットに手を突っ込みながら、じっと彼の様子を見守っている。

 

「……ふぅ」

 

 どこか力のない瞳、憂いを含む表情のまま、ひとつため息。

 そして窓から目を逸らし、パン工場の壁にそっと背中を預けた。

 

「気付いてないんだな、お前。

 自分自身の変化に」

 

 胸ポケットからタバコとジッポを取り出し、手慣れた様子で火を着ける。

 ため息の代わりに、今度は白い煙を「ふーっ」と吐き出しながら、登って行くそれを追いかけるようにして、空を見上げる。

 

 思えば、最初の頃は、無茶苦茶をやった物だった。

 わざと彼を怒らせるような事を言い、()()()()()()()()ようなマネもした。

 その無表情なツラをなんとか動かしてやろうと、躍起になっていた。

 

 本当にからっぽの心であれば、何を言われても怒る事すらしないハズ。だがアンパンマンはそうじゃない。まだかろうじて心が残っている事が分かった。

 ならばとばかりに酒の力を借りたり、喧嘩や勝負を吹っかけてみたり、基地の連中との交流を促してみたり。

 

 とにかく、それがどんな感情であれ、“からっぽ”よりはマシだ。

 たとえ嫌われようが、煙たがられようが、“何にも無い”よりはよっぽど上等。

 そんな想いを以って、これまで色々やってきた物だと思う。

 

 まぁ半分以上は、自分の楽しみの為だったし、あまり深い事を考えず、好き勝手にしていたような気もするが……、まぁそれはそれだ。

 別にセラピストじゃないのだし、保護者のように義務があるワケでも無い。あくまで俺さまは俺さまらしく行動し、腐れ縁の“友人”として付き合うのが一番だと、ばいきんまんは思う。

 

 成果なんて知らないし、ぶっちゃけ彼がどうなろうとも、知った事ではない。

 ただ自分は()()()()()()()()()()

 ふたりで一緒にやっていく事だけが、唯一の望みなのだから。

 それ以外、何もありはしない。

 

「だが……どうしたもんかな?

 無理やり引っ張って来て、空を飛ばせたのは良いものの……」

 

 さっきとは別のポケットから携帯灰皿を取り出し、グリグリと火を消す。

 その仕草も、どこか気だるげで、力のないように見える。

 

 

「もうこの世界に、お前の飛ぶ空は無いのかもしれない。

 たとえ心が蘇っても、こんな腐った世界じゃ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベカリの敗走が始まった。

 力の象徴とも言えるB7Rが陥落した事で、急速に瓦解していった。

 

 連合国は終戦に向けて、まるで四肢を一本づつ切り落とすかの如く、徹底的にベカリ公国を叩くことを決議。

 かの国の軍需産業を根絶やしにすべく、つい先日実行された“工業都市ホフヌング”への地上攻撃作戦へは、ここヴァレー基地の傭兵達も、参加を命じられていた。

 

 

 

「ガルム2より全機へ、聞こえるか?」

 

 クロウ隊を加えた5機で編隊を組み、数時間ほどのフライトの後、ばいきんまんの目が前方に広がる光景を捉えた。

 

「炎上中のホフヌングを確認。

 ……もう爆撃は始まってるみたいだ」

 

 無線機から、クロウ達のメンバーが息を呑む声が聞こえた。

 未だ作戦空域より数十キロは先だが、もう既に()()()()()()()()()()様子が確認出来た。

 言うまでもなく、これは夕焼けではない。連合軍により空爆による物だった。

 

『諸君らの任務は、連合軍爆撃機の援護となる。

 地上および空の脅威を、全て排除せよ』

 

 いつもとは違う、空中管制機(AWACS)の感情を押し殺すような、冷淡な声。

 これは命令、成すべきを成せと、言外に告げているかのようだった。

 

 それを聞いた後、ばいきんまん達は機体の速度を上げて、作戦空域に飛んだ。

 五機の戦闘機(ファイター)が音速を超えて辿り着いた頃には、既に眼下の街は炎に包まれており、サイレンと絶え間ない爆発音が響き渡っていた。

 

 最初に頭に浮かんだのは、「なんだコリャ」という言葉。

 ばいきんまんには、いま自分が目にしている光景を、上手く理解することが出来なかった。

 

『司令部より、全爆撃機へ。

 精度よりも破壊率を重視せよ。消し炭に変えてやれ』

 

 味方の……いや連合司令部からの無線が届いた。

 こちらに向けた物では無く、()()()()()()()()()()()()()()()に対する指示であるようだった。

 

 今回ばいきんまん達が担当するのは、主に飛行場や倉庫などがある軍施設のエリア。

 だがすぐ横には、非戦闘員である市民たちが暮らす“工業都市ホフヌング”があり、今その上空を友軍の爆撃機が飛んでいるのが見えた。

 爆弾を腹に抱え、何十機もの数で、この都市を火の海へと変えているのだ。

 

『景気よくいこうぜ! 全部ばらまいちまえ!』

 

『全て焼き払え! 地獄を作り出せ! ベカリ野郎は皆殺しだ!』

 

 工場や施設だけじゃない。ビルや道路のみならず、明らかな民家が密集する地帯にまで、爆弾が降り注いでいく。

 当然、街は逃げ惑う人々の群れで溢れる。だがその頭上からも、連合軍機が爆弾を投下していく。

 一片の慈悲すらなく、むしろ人が沢山いる場所をこそ狙って。

 

「おい、精密爆撃はどうした? ヤツら何のつもりなのだ?」

 

『こんなの……ただ爆弾バラ撒いてるだけですよ! 無差別爆撃じゃないですかっ!』

 

 ばいきんまんは冷や汗を流し、ごはんパンマンが叫ぶ。

 攻撃目標ではなく、何の意義もないハズの建物までが、次々に破壊されていった。

 街のいたる所から炎が上がり、それはやがてひとつの大きな焚火になり、街が炎と黒煙に包まれていく。

 

 担当エリアである軍施設の破壊を行いながらも、ばいきんまん達の目は、街の方に釘付けだった。

 すぐ下からはSAM(地対空ミサイル)や砲撃が、絶え間なく飛んで来ており、とてもあっちに気を払っている余裕など無いのに。でも見ずにはいられなかった。

 

「なんだぁ!? この爆音は! 何があったぁ?!」

 

『こちらクロウ3、むこうの様子が変です!

 火災地区が一気に増えた! 油でも注いだみたいに!』

 

 動揺しながらも必死に操縦桿を握っている内に、遥か前方の街に異変が起こった。

 先ほどまでとは比べ物にならない炎が、突然都市の一部から上がり、それが瞬く間に燃え広がった。

 そして、それは一度きりではなく、二度三度と続いていく。

 

 

「トマホークだッ!!*1 ヤツら、()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 正気の沙汰ではない。

 軍艦だろうが施設だろうが一発で破壊できるような兵器を、連合軍は都市部に放ったのだ。

 戦いとは何の関係の無い、市民たちに対して。

 

 この空域を飛ぶ誰もが、言葉を失った。

 怒りや悲しみではなく、ただただ「何故?」という言葉だけが、頭の中を駆け巡った。

 

 人の憎悪や、悪意や、残虐性。

 あのトマホークミサイルは、それを物語っているかのよう。

 これほど、これほどまで――――

 ばいきんまんは耐え難い吐き気を憶えながら、ただそれを見つめるばかり。

 大きく見開いた瞳に、ゴウゴウと街を焼く、赤い炎が映る。

 

『ホフヌングが落ちる……。

 何が最強の空軍だッ! そんな物がどこにあるッ!』

 

『敗れ続けた代償が、これか……。

 この光景が、我々への罰だと言うのか……』

 

 ベカリ側の通信が届く。混乱と絶望を感じる声。

 街を守れず、心をへし折られ、人々を守れなかった兵士達の慟哭。

 彼らは無力さに打ちひしがれながら、今も赤色に染まった自分達の町を、見つめているのだろう。

 

『構わん! 街を炎で覆え! 撤退しながら火を放つんだ!』

 

『ベカリの地を、好きにさせてなるものか!

 ヤツらに何も残すな! 全て燃やしてしまえッ!』

 

 やがて、それは狂気に変わった。

 ベカリ軍は、()()()()()()()()()()()()

 守るべき自国の街に、攻撃をし始めたのだ。

 ジープや軍用車で撤退をしながらも、そこらじゅうにガソリンを撒き、爆薬を仕掛けた。逃げ惑う民間人達のことなど、まったく意に介すこと無く。

 

 まるで、自らの憎悪や憤りを、炎で表現するかのように。

 連合軍ではなく、()()()()()()()

 時に、助けを求めてジープにしがみつく人々を、アサルトで撃ち殺しながら、彼らは破壊の限りを尽くした。

 

 炎で、たくさん死んだ。

 建物に潰され、瓦礫に埋もれ、たくさん死んだ。

 空爆に、ミサイルに吹き飛ばされ、たくさん死んだ。

 川は死体で埋まった。炎から逃れようと、川に飛び込んだ者達も、たくさん死んだ。

 

『ま、街が……人々が……』

 

 すぐ隣、ほんの何キロか先で広がっている()()に、ごはんパンマンが声を漏らした。

 哀れに震え、おぼつかない口調。その無線から、彼の今の精神状態がアリアリと分かった。

 

 だが、そんな事では死ぬ。

 今も自分達は、空戦の真っ最中。街を防衛すべく飛び交っているベカリの戦闘機と、戦わなければならない。死力を尽くして飛ばなければならない。

 

「受け入れろ小僧(キッズ)――――これが“戦争”だ」

 

『ッ!?!?』

 

 さも当然かのように言い、ばいきんまんが鼻を鳴らす。

 冷淡な声、色の無い感情、動かない表情。

 それはまるで、自分自身に言い聞かせているような、吐き捨て方だった。

 

 しかし、いま混乱の渦中にいる若い戦闘機乗りには、それを察する事は出来ず。

 彼は泣き叫ぶように、ばいきんまんに喰って掛かる。

 

『なに言ってんスか……! これのどこが戦争だッ!!

 放火や無差別爆撃が、俺たちのする事なんですか!!」

 

「戦争は無慈悲だ。

 生きた力と、生きた力のぶつかり合いなんだよ。

 そういう事も、まぁあるだろうさ」

 

『あっ、争いにもルールはあるでしょうに!

 守るべき人の道が! 国際戦時法だってあるっ!』

 

「綺麗事を並べても、これが現実なのだ。

 言ったろぉRiajyu(ごはん)? ()()()()()()()()()()

 

『でも……! でもこんなのが許されるハズがっ!

 そうでしょGerm(ばいきん)さん!? 貴方だってホントは!!』

 

「よぉルーキー? 親切な俺さまが、二度目の忠告だ。

 黙って飛べよクロウ3――――ゴミ溜めに墜ちたくなきゃな」

 

 シット! シット!!

 ごはんパンマンの叫びを最後に、会話が途切れる。

 いま彼が目を潤ませ、歯を食いしばりながら操縦桿を握っている姿が、アリアリと脳裏に浮かんだ。

 

 自分達の任務は、地上軍施設の破壊、および敵航空戦力の排除。

 いま狂ったように街を爆撃している連中が、安心してその仕事を行えるよう、露払いをするのが任務である。

 相手側も同じ戦闘機(ファイター)である以上、気を抜けばこちらがやられてしまう。

 たとえそれが、どのような状況下であれ、錯乱などもってのほかだ。

 

 歯ぎしりをしながら飛んだ。無線から聞こえてくる悲鳴や、機嫌良さそうに空爆をする連中の声を無視して。

 いま目の前にある標的、そして向かってくる敵戦闘機にだけ集中する。

 そうでもしないと、気が狂いそうになる。

 

『こちら第三爆撃中隊だ! いま攻撃を受けている!』

 

『護衛機はどうした!? 何をやってる! ヤツらをなんとかしてくれ!!』

 

 暫くすると、友軍の声が入った。

 もはや勝負は決し、戦いは掃討戦に移りつつあったが、それでも懸命に街を守ろうと、抵抗を続ける勇敢な敵戦闘機の姿があったのだ。

 

『うわぁ! 来たぁー! 助けてくれぇぇええッ!!」

 

『クソッ! 誰だ俺をやりやがったのはッ!! ファック! ファック!!』

 

『おい援護は!? 早くヤツらを墜とせ! なんとかしろよ!』

 

『ガルム隊! 至急援護を頼む! ガルム隊ッ!』 

 

『メイデイ! メイデイ! メイデイ!』*2

 

 今の今まで、ヒャッハーと声を上げながら空爆を楽しんでいた連中は、突然人が変わったように焦り出し、ばいきんまん達を呼び始めた。

 誰もが必死に声を荒げ、英雄と謳われるガルム隊の名を呼ぶ。

 この空域においての絶対強者であったハズの彼らは、いざ自分の番となれば恥も外聞も無く、助けを求め出す。

 いやだ、死にたくない、助けてヒーローと。

 

「……お前っ、Smile(アンパン)……!」

 

 そんなツマラナイ者達の為に、いまアンパンマンが斜め45度の旋回から急下降し、救援に向かう。

 突如として現れた“鬼神”は、ヤツらを追い回していた敵戦闘機を、瞬く間に排除。絶体絶命から救ってみせた。

 

 何を言うでもなく、淡々と飛び、成すべきを成す。

 ここに来ても、たとえどんな惨状が眼下に広がっていようとも、彼はいつも通りだった。

 

 命じられるまま、敵を殲滅する。

 自らの意思ではなく、ただ言われたままに飛び、人を殺す。

 正義の為にあるハズの、比類なき力を、()()()()()()()()

 

 

 その光景に、ばいきんまんは吐き気を催した――――

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「空は、この世界で最後の“自由”。……そう思ってた」

 

 暫し思考に浸っていた意識を、この場に戻す。

 もう何本目かになったタバコを、頭上に広がる空を見つめながら、また携帯灰皿に押し付ける。ろくに吸わないままで。

 

「俺さま達は、空こそが居場所。

 どんな悩みがあっても、どんな状況であっても、空では自由になれる。

 飛んでさえいれば、俺さま達は()()()()()()()()、そう思ってたんだよ」

 

 空が心を洗う。風を切る感覚が、生を実感させる。

 自分達のような者にとって“飛ぶ事”とは、まさに生きる事に他ならない。

 存在証明であり、その為にこそ生きている。

 過去、そして現在に至るまで、空こそが自分達の居場所だった。唯一自由になれる場所で、掛け替えのない大切な物だった。

 

「けど……もうここに、()()()()()()()()

 お前が飛ぶべき空は、どこにも無いのだ……」

 

 罪悪感だった。

 あの時、言われるままに友軍の救援に向かった彼の機影を見て、真っ先に抱いたのは、罪の意識。

 

 お前に、こんな事をさせてしまった。

 こんなくだらない場所に、お前を連れて来てしまった。

 

 後悔した。このヴァレー基地にアンパンマンを呼んだ事を。

 あのまま、そっとしておいてやれば、彼はこんな事をせずに済んだのに。戦闘機などに乗らなければ、その力をクダラナイ事に使われたりしなかったのに。

 あの頃の、ジャムおじさん達が生きていた頃の記憶で、全てを終わらせていれば、お前はずっと綺麗なままで居られたのに。

 

 これは、俺さまのせいだ。

 お前の矜持を、その胸のマークを、汚してしまった――――

 

 正義のヒーローではなく、ただ悪魔のように敵味方から畏怖されるだけの存在。

 意思も持たず、その力をクダラナイ者達に利用されるだけの怪物。

 すでに血と硝煙の匂いが染みついた、悲しい化け物に、俺さまが落とした。

 あんなに輝いていた魂の片割れを、俺さまが汚してしまったんだ。

 

「きっとお前は……なんとも思って無いんだろう。

 明日も、明後日も、言われるままに飛ぶ。命じられたままに殺す。

 たとえそれが、どんな戦いでも……」

 

 けれど、ふと思う。もし()()()()()()()()()()がこれを見たら、何と言うのだろう?

 あの頃のキラキラしていたアイツは、今の悲しい自分の姿を見て、いったい何を思うのだろうと。

 

 最近は、僅かながら感情を表すようになった。

 まだ笑うことは少ないが……でも怒ったり拗ねたりと、自ら意思表示をするようになってきた。これは大きな進歩のハズだ。

 でも、もしアイツが感情を取り戻したとしても……今の世界情勢はコレだ。人間の悪意と憎悪が渦巻く、とても醜い世界を見せつけられる。

 

 ならば、感情などあってどうするというのか? あのまま仏頂面でいた方が、アイツは幸せだったんじゃないのか?

 あの強く綺麗だった目で、こんなクソ溜めみたいな世界を見ずに済む。心を痛めずに済むのではないか?

 

 近頃のばいきんまんは、そんな事ばかり考えている。

 胸の痛みや、後悔の念と共に。

 

「くだらないよ、この世界は。

 お前が救うべき物じゃない。お前が戦う場所じゃないのだ。

 あの頃とは、違うんだよ」

 

 何度そう思っただろう? 何度思い知っただろう?

 そして自分は、これから何度繰り返すのだろう?

 過去の幸せだった記憶や、大切だった人達、そして眩しかったコイツの姿を追い求めて、またため息を吐くのだろうか。

 

 それを思った時、少し人生という物が憂鬱になった。

 有り体に言って、すごくウンザリした気持ち。

 もういいやと、全てを投げたしてしまいたいような気分でいた。

 

 ふとまた窓を覗いてみれば、そこにはパンを焼く彼の姿。

 今日のパンが成功した理由を探し求め、もう一度作ってみるつもりなのだろう。今はこねた生地を、棒を使って平たく伸ばしている所だった。

 こちらの様子など、微塵も気付くことなく、一生懸命に撃ち込んでいるのが見て取れた。

 コイツは昔から真面目なヤツだったと、思わずばいきんまんはクスッと笑う。なにやら微笑ましさを感じた。

 

「もし、世界がこんな風じゃなけりゃ……その努力も実ったろうに。

 お前というヒーローが、飛ぶに値する世界。命を懸けて助けるに足る世界。

 たとえば、俺さま達二人が戦っていた頃の……」

 

 

 

 

 そうだ――――と閃きを感じた。

 

 突然、まるで雲が晴れるように、視界が一気に広がる感覚。

 得も知れぬ暴風が、心にわだかまっていた全てを、吹き飛ばしていくのを感じる――――

 

 

 

 

「ああ……なんで気が付かなかったのだ?

 俺さまともあろう者が、こんな簡単な事に……」

 

 耄碌してた。

 ただ諦め、傍観し、この魂を腐らせていたのだと、気が付く。

 そんなの、許せるワケがない。何よりも宿命のライバルであるコイツに、申し訳が立たない。

 ばいきんまんは顔を上げ、強く空をにらむ。

 

「お前に戦場を用意するのが、俺さまの役目だった。

 イタズラしたり、何かを襲ったりして、正義の味方が活躍する場を作る。

 やり方や理由なんて、なんでも良い。なんでも良かったのだ」

 

「だが今回……、俺さまはそれを、人任せにした。

 自分で種を撒くんじゃなく、誰かが始めた戦いの中に、アイツを放り込んだ。

 それだけだった――――だからいけなかった」

 

 時の流れというのは恐ろしいと、改めて実感する。自分を見失っていた。

 変わってしまったのは彼では無く、むしろ自分の方だったのだ。

 これまで、暇つぶしのような人生を送ってきた。このままで良いなんて思い、ずっと怠惰でいた。

 

 あってはならない事だった。

 悪として生まれた自分が、この魂を腐らせるなどと――――

 

「間違ってた、この基地に連れて来たのは。

 アイツは守られる存在なんかじゃない……“正義の味方”なのに」

 

 楽しくやれたら良い、一緒にいられたら良い、という想いからだった。

 でもそれこそが間違い。ヒーローである彼の存在を否定し、侮辱する行為に他ならない。

 手を貸し、彼を導くなどと、いったい何様のつもりだったのだろう。

 しっかり目を開いた今、その間違いがハッキリと分かる。

 

「アンパンマン……、俺さまは決めたぞ。

 こんなドブ水のぬるま湯は、もうたくさんだ」

 

 歩き出す。まっすぐ前に向かって。

 ばいきんまんはパン工場に背を向け、ドシドシと足音を立てながら、この場を去って行く。

 燃えるような決意の炎を、その瞳に宿して。

 

 埃が被った思い出など、いらない。

 振り返るだけの日々は、もう終わりにしよう。

 

「きっと、お前は責めるだろう。

 バカと、無責任と、俺さまを罵るだろう。

 ……だがアンパンマンよ、決して忘れてくれるな?」

 

 最後に一度だけ振り返る。

 遠く、窓の奥にいる彼の姿を、目に焼き付ける。

 

 

「お前と共に生きたことが、俺さまの誇りだ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ベカリ軍は敗走を繰り返しながらも、未だ抵抗を続けている。

 バルトライヒ山脈を、北ベカリへの最終防衛線と位置付け、連合軍の侵攻を懸命に喰い止めていた。

 

 今回ガルム隊とクロウ隊が送り込まれたのは、ベカリの工業都市“スーデントール”。

 情報によると、その周辺には未だ頑強な抵抗を続ける、ベカリの残存部隊が留まっているという。

 

 今作戦の目的は、連合軍の地上部隊を援護する事。敵航空戦力の排除が、彼らの担当だ。

 スーデントールは兵器産業で栄える都市であるため、たとえ残存部隊といえども、強固な抵抗が予想された。

 

『ねぇRiajyu(ごはん)、今の彼女は何人目の子? その人が初めてなの?』

 

『いえいえ、ハイスクールの時にもいましたよ?

 なんか、あなたが理解出来ない~とか言われて、別れちゃいましたけど……』

 

『そりゃあ、パンにライスを挟むヤツなど、理解の外だろうさ。

 もし俺が親だったら、お前を然るべき施設に連れて行く。

 ヘイドクター、うちの息子が()()()()()()()()()、とな』

 

 クロウ隊のメンバーが和気あいあいと話す声が、無線機から聞こえている。

 現在ヴァレー基地の5機は、作戦空域へ向かっているところ。戦場が近いとはいえ、未だメンバー達は談笑ムードだった。

 

『僕はごはんパンマンなので、いつもやっているんですが……。

 パンとライスって、口の中で()()()()()()()()。ハブとマングースみたく。

 決して手を取り合う事無く、お互い一歩も譲らずに、存在感を主張し合うんです』

 

『……』

 

『……』

 

『うん! 有り体にいって、()()()()()()()()

 あまりオススメしませんね! HAHAHA☆』

 

『Oh……ファッキン・クレイジー・ボーイ。

 なに笑ってんのよアンタ。普通なら病気除隊よ?』

 

『コイツが曲がりなりにも戦闘機乗り( エース )っていうんだから、世も末だ。

 お前の彼女は、ナイチンゲールか? 間違いなく、何かしらの精神疾患を……』

 

 塩パンマン、メソポタミアパンマンの嘆息が響く。対してごはんパンマンは元気に笑い続けている。小さい事は気にしない、とてもポジティブな子であるようだ。

 頼もしいような、残念なような……。みんな複雑な気持ちになった。

 

「けどさぁ? 『マヨかけたら何でも美味い』って言うじゃないか~。

 俺さま的には、何かやりようがありそうなんだがな~」

 

『ほらっ! Germ(ばいきん)さんもこう言ってるじゃないですかっ!

 僕は変じゃないです! 胸はって生きていくっスよ!』

 

『えっ……本気で言ってるのガルム2? どんなフロンティアスピリッツよ?』

 

『せっかくの頭脳を、そんな事に使わずとも……。

 普通にお惣菜を挟もうぞ』

 

「しかし、冷蔵庫に何もない~って事があるだろぉ?

 そーいう時にも、なんとかしてみせるが、腕ってモノなのだ。

 チャーハンも天津飯も、同じ発想で生まれたハズ。ようは工夫だぞ」

 

 米をリゾットにするとか、何かしらの味付けを……。そうばいきんまんがウンウン悩む。

 最近は何か思い悩んでいるのか、少し元気がない感じがしていたが、今のばいきんまんは朗らかに、仲間達と会話しているようだった。

 

 アンパンマンは無言のまま、会話に加わっていないものの、無線を通してその様子を、じっと窺っていた。

 ばいきんまんが元気でいる事は、彼にとっても喜ばしい事。大切な友達であるのだから。

 しかし、いったい何があったのだろう? つい先日まで難しい顔をしていたのに、突然吹っ切れたように機嫌が良くなったのが、少し気になった。

 

 思えば昨日は、ばいきんまんの顔を見ていない。

 いつもなら、鬱陶しいくらいにドアを叩き、無理やり部屋に押し入って、酒を飲み始めるというのに。昨日は話すことも無ければ、部屋に来ることも無かった。

 今日もあまりこちらには声をかけず、妙にクロウ隊とばかり話しているような気がする。別に空元気とは思わないが、その会話さえも、どこかいつもとは様子も違うのだ。

 

 なにより、無線越しだというのに、こっちから目を逸らしてるような雰囲気を、アンパンマンは感じ取っていた。

 白々しく口笛を吹き、何かを隠すような、誤魔化しているかような……。

 ばいきんまんは頭脳派だが、反面とても単純なので、嘘をつくのは上手く無い。

 

 ――――とりあえず、帰投したら一発ぶん殴って話を聞こう。吐かせよう。

 武闘派というか、意外と脳筋な所もあるアンパンマンは、そう心に決めるのだった。

 

「チーズとか入れたら、橋渡し役になるかもしれないぞぉ?

 米とパン、どっちにも相性良いし……っと、そろそろ到着だな!

 さぁ切り替えてくぞお前ら――――チーク・タイムだ」

 

『了解! また今度、相談させて下さいGerm(ばいきん)さん!』

 

『そんじゃ行きましょうか。今日もしっかり稼がせてもらうわ。

 ()()らしくなんて、性に合わないの」

 

『クロウ隊、作戦空域に到達。エンゲージ( 交戦開始 )

 ベカリの若造どもに、年季の違いを見せる。こちとら古代文明だ』

 

 灰色の曇り空を、5機の戦闘機が切り裂くように飛んでいく。

 すでに敵部隊は目の前。数はこちらより遥かに多いが、誰もそれに文句は言わない。

 ガルム&クロウ隊は、皆一様に自身に満ちた顔で、戦場に飛び込んでいく。

 自分達は傭兵、戦いの空こそが居場所だと、その矜持を胸に。

 

 だが……。

 

『あれ? 爆撃機ばかりじゃないっスか?

 あんまし戦闘機(ファイター)が居ないような……』

 

『街の防衛部隊……にしては妙ね。

 コレ、どこかへお出かけ( 空爆 )する時の編成よ?』

 

 空の敵を迎撃するのではなく、重い爆弾を抱えて空爆に行くための機体。対空戦用ではなく、対地攻撃用の航空機が多く目に付くのだ。

 ごはんパンマンと塩パンマンは、頭に疑問符を浮かべつつも、とにかく接敵を試みる。

 相手が何であれ、墜とす他ないと。

 

 しかし、突然AWACS(空中管制機)から入った通信を聞いた時、二人の頭はシェイクされてしまう。

 

 

『作戦本部より緊急入電だ!

 ()()()()()()ベカリ爆撃部隊が、コムギィコへ向けて飛び立った!! 恐らくソイツ等だ!!』

 

 

 いま聞いた言葉が、上手く理解できない。

 クロウ隊の3名は目をまん丸にし、息を呑んで固まった。

 

『ガルムクロウ両隊は、直ちに迎撃せよ! 爆撃機を撃墜するんだ!!』

 

『くっ……クロウ1、了解だ!! クソッ!!』

 

『クロウ2了解……! 迎撃に移行するわ!』

 

『なんてこった! 絶対に阻止しなきゃ!! 了解ですっ!!』

 

 慌てて辺りを見回し、敵爆撃機の数と、位置を確認する。

 先ほども見た通り、こちらより遥かに多い! とてもじゃないが手が回らない!

 

「ハッハッハ……! そっかそっか、そーゆう趣向かぁ。

 いやはや、やるもんだなアイツら」

 

 ふと、ばいきんまんからの声が聞こえた。

 小さく笑う、なにやら楽し気な声が。

 

「いっその事、ぜんぶ吹き飛ばしてしまえば、こんな戦争終わるなぁ。

 ……なぁRiajyu(ごはん)、お前が夢見た“平和”が来るぞぉ?

 争いのない、皆が平等の世界ってヤツだ!」

 

『ちょ……!? こんな時に何言ってんスか!

 ふざけないで下さいよ! 核なんて使わせてたまるかっ!!』

 

 各々がミサイルを放つ。次々に敵機をロックし、矢次に攻撃する。

 一刻も早く、なんとしても墜とすという気迫を込めて。

 ばいきんまんが皮肉屋なのは知っているが、今はそんなのに構っていられなかった。

 

「やれやれ、ジョークも通じないか。

 人生は楽しんでいかなきゃ。笑顔を忘れたら終わりだろうに。

 よぉSmile(アンパン)――――お前はどう思う?」

 

 ここへきて、初めて声をかけられた。

 ばいきんまんが今、ニヤニヤと口元を歪めている姿が、容易に想像できる声色。

 相手の不快感を煽る、いやらしい笑い方。

 

「お前が戦わないと、たくさん死ぬ。この世界を、怨嗟の声が埋め尽くすよ。

 でもお前にとっちゃ、()()()()()()()()()()()

 静かにパンを焼いていられれば、それでハッピーか?」

 

 ほいっとボタンを押し込み、ミサイルを発射。敵機撃墜。すぐさま次へ向けて旋回。

 それをのほほんと繰り返しつつ、アンパンマンに語り掛ける。

 今度は、さもつまらなさそうな、とても低い声で。

 

「どんな敵にも負けず、恐れず、決して志を曲げなかった。

 そんなお前も……、今じゃ立派な“連合の犬”だ。

 ただ言われるがままに飛び、殺すだけ。

 挙句の果てに、周りからは化け物扱いされる、ときた」

 

「なぁ、愛と勇気はどこへやった? その胸のマーク、泣いてやしないか?

 俺さまには、とても惨めに見える……。ニッコリはしてても、悲しそうに見える。

 ソイツが哀れだよ、アンパンマン――――」

 

 前に、わざとこちらを煽るような態度を、された事があった。

 酒を飲み、殴り合いに発展するのも厭わず、無理やりこちらを激高させようとしていた。

 そして、もっと前には「この腑抜けが! もうお前なんて知るか!」と罵られ、見限られた事もある。それから何十年も別れ、ずっと会えなくなった。

 

 けれど、これは違う。今のばいきんまんの言葉は、ずっと秘めていた感情の吐露だ。

 吐き出せば、自分自身にも痛みを伴う、悲痛な独白に近い物だった。

 

 その言葉を最後に、通信が途切れた。

 一方的だった会話は唐突に途切れ、操縦席にエンジンの音だけが響く。

 

 ――――……。

 

 言葉が、出なかった。

 からっぽの心では、彼に応える事は出来なかった。

 いつもの軽口ではなく、真に彼の心が籠っていたからこそ、アンパンマンには言うべき言葉を見つけられなかった。

 

 ただ、黙って聞いていただけ――――友達の言葉に応えられない。

 その事実が、無くしてしまったハズの心を、締め付ける。

 

『管制機、こちらクロウ3!

 敵の数が多い! 核搭載機の識別は出来ないんスか!?』

 

『駄目だクロウ3、時間がない!

 ここで全機、撃墜する他ない!』

 

『おい! ノアの箱舟は準備出来てるんだろうな!?

 まぁメソポタミア文明は、紀元前5000年とかで、旧約聖書よりも前だが!』

 

『バカ! うだうだ言ってないで、早く墜としなさい!

 塩みたく、しょっぱい飛び方でもいいから! とにかく撃ちまくるの!』

 

 仲間達の、悲鳴のような声。

 ばいきんまんが言った通り、そこには全く余裕が無く、混乱さえしている。

 

『警告! 直ちに進路を変更し、基地へ引き返すべし!

 さもなくば撃墜するぞ!』

 

『構うな。作戦の妨げになるものは、全て排除だ』

 

『もはや友軍に非ず。躊躇はしない。任務を遂行するだけだ』

 

 そして、敵の通信らしき物も入って来る。

 理由は分からないが、ハッキリと()()()()()()()()()()事が分かった。

 敵の司令部と、この空域にいる爆撃隊は、仲違いしているのだ。ベカリは一枚岩ではなく、この核攻撃は誰かの独断なのか?

 仲間達は更に混乱。現状は分からない事だらけで、状況は切迫。

 焦燥感だけが際限なく積もっていく。

 

 そんな者達を他所に、この場でたった二機だけが、いつも通りの様子で、次々に敵を撃墜していた。

 ガルム隊だ。彼らだけが何物にも縛られず、自由に空を飛ぶ。

 空の申し子たる者が、たとえどんな状況だろうと、お構い無しに戦場を席巻する。

 

 天上から見下ろし、そこから全てを把握して動かしているかのような、効率の良い動き。

 悪魔のような正確さで放たれたミサイルが、淡々とリズムを刻むように、連続して爆音を響かせる。

 時折そのメロディに、緩急を付けるように、M61A2(バルカン)のパーカッションが鳴った。

 

 クロウ隊やAWACSが慌てふためいている中、見る見るうちに敵機が数を減らしていき、やがて片手で数えるほどになる。

 それを確認した時、ようやく彼らは混乱から立ち直り、喜びと共に希望を見い出す。

 

『いけますよ! この空域内でやれる!

 僕は右端のヤツを墜とします!』

 

『じゃあ俺は左端だ。

 あとは一人一機やれば終わる。クロウ隊、ラストダンスだ!』

 

『焦ってトチらないでよ? ここでズッコケたら、今世紀最大のジョークになる。

 ……もしくは最後かも』

 

 各機、一斉にアフターバーナーを全開。音の壁を破り、マッハ2を超える速度で、敵に突進していく。

 

『えぇーーい!』

 

『オラァッ!!』

 

『それッ!!!!』

 

 ほぼ同時に放たれたミサイルが、それぞれの敵に真後ろから命中。機体を粉々にし、見事に爆散させた。

 

『ひゃっほーい! やった! やったぞー!

 今の見てくれましたかSmile(アンパン)さん!?』

 

『私たち傭兵に、やれない仕事は無いわ!

 どんどんお仕事もって来て頂戴! お金たくさん稼いで、塩釜で鯛を焼くわ!』

 

『見たか、ベカリの若造ども!

 いやー、流石は偉大なるメソポタミア文明。

 土器で作った飛行機でも、意外とやれるものだな!』

 

『えっ』

 

『えっ』

 

『えっ』

 

 なにやらクロウ隊の通信から、よからぬ言葉が聞こえたが、AWACSは気にしない事にした。

 戦闘機乗りというのは、みんな頭がおかしい連中なのだ。いちいち気にしてても仕方ない。ちゃんと飛んでくれるなら、それでいいじゃないかと。

 

『とにかく、全機撃墜を確認!

 ガルム隊クロウ隊、よくやった。作戦完了だ』

 

『あの……、ぜんぶ墜としはしましたが、これで良いんスかね?

 当初は友軍の援護の為、敵航空戦力を排除するって話だったのに』

 

『敵は戦闘機(ファイター)じゃなく、爆撃機(ボマー)が主だったものね。

 スーデントール攻略というより、コムギィコを核から守った感じよ』

 

『まぁ終わりだと言うのなら、是非も無い。

 あとは地上部隊の連中が、上手くやるだろう。

 俺は帰って土器を焼く。お前らも塩分補給するなり、彼女とファックするなりしろ』

 

『ちょ……!? アンタ!?』

 

 なんならメソポタミア式のを教えてやろうか? 最古の性技というヤツを。

 そんな馬鹿なことを言い、ワイワイ盛り上がる仲間達。

 混乱した戦闘を潜り抜け、また和気あいあいとした楽しい時間を、彼らは取り戻したのだ。

 しかし……。

 

「これで終わり。……いや()()()か?

 ま、どっちでも良いさ」

 

 楽し気な無線が響く中、ボソリと呟いたばいきんまんの声を、確かに聞く。

 機体を反転させ、ヴァレー基地へ帰ろうとしていたアンパンマンは、先ほどまで隣にいた彼の機影が、どこにも見当たらない事に気が付いた。

 

「おっ、これが“合図”か。

 よぉSmile(アンパン)、しっかり操縦桿を握った方が良いぞ? 取り乱さずにな」

 

 

 

 

 

 

 

 そうばいきんまんが告げた、次の瞬間――――

 彼の丸い瞳を、()()()()()()()()

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 最初は、白一色。

 突然この場に、太陽が出現したかのように、視界が完全に奪われた。

 

『ッ!?』

 

『きゃっ!!』

 

『ん゛ッ!?!?』

 

 無線機から、クロウ隊の短い悲鳴。

 それが聞こえてすぐ、遥か何十キロ前方から、()()()()()()

 

『うおっ!? なんだッ??!!』

 

『キャアアアアアア!! いやぁぁぁあああああッッ!!!!!!』

 

『うぐっ!! き、機体がッ……!!』

 

 凄まじい空気の震え。

 途端、機体の制御が聞かなくなる。

 視界が激しく揺れ、カクテルのように身体がシェイクされる。

 各自、必死に操縦桿を握り、なんとか水平を保とうと藻掻く。

 だがそんな事、この状況下で出来るワケが無い。

 

 一瞬、衝撃を感じた。

 何かにぶつかったワケでは無い。とつぜん大波に襲われたように、機体が押し流されたのだ。

 

『こちらイーグルアイ(AWACS)、各機状況を報告せよ!

 どうしたんだ!! いったい何があった!?』

 

『くっ、クロウ3! ネガティブ!!

 状況不明! 分かりませんッ!!』

 

『ひかり! 光が爆発したのっ!! 地球が破裂したみたいにッ!!

 その途端、機体が……!』

 

『くそっ! 計器が全部いかれてる! どうなってるんだコレ!?』

 

 先の戦闘とは比べ物にならない程、混乱する一同。

 そして、アレが“衝撃波”だと分かったのは、しばらくして視力が回復し、ようやく辺りを見回せるようになってからだった。

 

『あ……、アレ見てよッ!!!! あの光ってッ!!!!』

 

 腕で目を庇いつつ、必死で周囲を確認してみれば、そこに現れたのは何十キロもあろうかという巨大さの、地上から立ち昇る雲。そして未だ直視できない程に世界を白く染めている光。

 

 ()()()()()()

 

『ウソだ。……だって爆撃機は、全部……』

 

『なぜ核が……?

 あそこはスーデントール。自分達の……ベカリの地だろうが!』

 

『ちょっと! 友軍はどうなったの!?!?

 地上部隊の人達は!!!!』

 

 放心し、ただ見つめる。

 あまりの状況、あまりに現実感のない光景に、理解が追いつかない。

 いや、受け入れることが出来ないのだ。

 

 いま、自分達の目の前で、()()()()()()という現実を。

 巨大な炎と光が、いま正に世界を焼いたのだという事実を。

 

 体感させられた衝撃と光が、これが夢ではない事を、容赦なく突き付ける。

 今も世界を白く染めている光が、彼らの無力さをハッキリ照らし出す。

 全ての思考を奪い去る。

 

 ――――ッ!

 

 アンパンマンは、懸命に操縦桿を握り、必死に機体の安定を保っていた。

 奇しくも、先ほど彼に言われた通りに。光が視界を奪った瞬間、硬直せずに身体を動かす事が出来た。

 

 分からない。何も理解できない。

 何が起こったのかも、いまどういう状況にあるのかも。

 なぜばいきんまんは、()()()()()()()()()? まるでこれが起こる事を、知っていたかのように。

 その疑問だけが、頭の中をグルグル回っている。何故だと心で問い続けている。

 

 そんな状態にある、最中……。

 

 

『ばいきんまん、聞こえるか?

 白馬の王子様じゃなくて悪いが、迎えに来たぜ』 

 

 

 ふいに耳に届いた、聞き覚えのある声。

 バリトンの、気安く友人に語り掛けるような言葉。

 朦朧とした意識の中でも、これが誰の物かを思い出すことが出来た。得も知れぬ不快さと共に。

 

 これは――――ウィザード1の声。

 あの日、円卓でばいきんまんに話しかけていた男だ。

 確か、「もうお互い、つまらん安売りは止めよう」と、彼に誘いをかけるような事を、言っていた記憶がある。

 それがいったい何の事なのかは、分らなかったけれど。

 

「バカタレ。よくこんな光景の中で、そんな言葉が出るもんだ。

 ウィザード……いや“業務用チョコレートパンマン”よ」

 

『でっかいレンガみたいなチョコは、伊達じゃないぜ?

 こちとら、本来は溶かしてお菓子作りとかに使うヤツを、そのままパンで包んでるんだ。

 とても人が食えるようなデカさじゃないね。

 ゆえに、肝っ玉の大きさには、定評があってな?』

 

 呆れた声のばいきんまん。そして心底楽し気に笑う、業務用チョコレートパンマン。

 その無線は届いていても、未だアンパンマンの意識は混濁し、声を出す事が出来ない。

 ただただ聴覚に意識を集中させ、目を見開くばかり。

 

『それに、喜びもするさ。今日はお前の“復活祭”みたいなもんだ。

 この()()()()()()も、お前を祝ってるみたいで、いい感じだろ?』

 

「お前も大概だなホント。……まぁ俺さまも、似たようなモンかぁ。

 さっさと案内するのだ。俺さまの機嫌を損ねない内に」

 

 おいガルム2! 何をしてるんだ!

 それは敵じゃない! 識別番号が効かないのか!?

 ……そんなAWACSの叫びと、クロウ隊の2人の悲鳴が、耳に入ったような気がする。

 だが未だ働かない思考は、それをすぐに記憶から追いやる。理解することが出来ない。

 

 Smile(アンパン)さん! 二人が墜とされた! なんかベイルアウトしてます!

 何だあの機体!? どうしてGerm(ばいきん)さんと!

 ごはんパンマンの叫び。だがそれも、アンパンマンは認識できない。

 ただ力一杯に見開いた目で、だんだん遠ざかっていく彼の機影を、見つめるのみ。

 

 

『なんだと……!?

 警戒しろガルム1、レーダーに敵増援の反応が!! しっかりするんだ!!』

 

『増援ッ?! なんだよこんな時に……! いったい何のつもりなんだっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかっていく意識。

 黒く染まり、消えていく。

 

 そんな中、たとえ無意識でも操縦桿を操り、敵と交戦が出来ていることが、自分でも不思議だった。

 

 まるで濁流にでも呑まれたかのように、世界が揺れる。

 割れそうなほど、頭が痛む。

 

 それでも、必死に追いすがろうと、手を伸ばそうとするけれど……、すぐに敵戦闘機の群れが行く手を阻む。彼を追う事が出来なくなる。

 こんなにグシャグシャの心でも、悔しさと、もどかしさだけは、耐え難いほどに感じた。

 

 ――――どこへ行くの? 君はいったい、何するつもりなの? ぼくを残して……。

 かろうじて残った思考は、それを繰り返し問い続ける。何度も何度も。

 

 果たして、その声が届いたのか、願いが通じたのかは、分からないけれど。

 

 

「アンパンマン、聞こえるか……? 俺さまなのだ」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 それは、アンパンマン号・Raptorの無線ではなく、もっと近くから。

 今の彼は知る由もないが、これはばいきんまんが密かに仕込んでおいた、彼のポーチの中にある、小型無線機からの物だった。

 ばいきんまんお手製の、無駄な科学力と謎の理論を以って作られた、けして他の無線と混線する事の無い、アンパンマンにだけ届く通信。

 この世でたった一人、彼にだけ送る気持ち。

 

「知っての通り、俺さまは人に謝るのが、だーいっきらいなのだ!

 でも今回ばかりは、言わなくちゃいけないな。

 すまんアンパンマン……俺さまは馬鹿だ」

 

 しゃがれた、醜い、でも愛嬌のある声。

 友達の言葉に、耳を傾ける。

 

 ばいきんまんの声を聞いた途端、さっきまでの凍えるような悲しみが、一瞬で消え去ってしまった。まるであったかいお湯の中にいるみたい。

 大切に大切に、けして零してしまわぬよう、受け止める。

 

「実は、ちょーっとやる事が出来てな? 俺さまは行くよ。

 そのRaptorはお前にやる。整備の仕方は、もう知ってるだろぉ?」

 

 ――――うん、覚えてる。ぼく一人で出来るよ。

 静かに目を閉じながら、彼の声を感じる。薄く微笑みながら、心で返事をする。

 

「ホントは、お前も連れていきたいんだが……それじゃあ意味がないんだ。

 これは、俺さま一人でやんなきゃいけない。

 久しぶりに、いっちょ本気出してみるつもりだぞ」

 

 ――――そう。なんだか大変そうだね。大丈夫なの?

 

「はーっはっは! 心配するなぁ~アンパンマン!

 俺さまが凄い事は、よ~く知ってるだろぉ? はーひふーへほ~う!」

 

 口に出さずとも、しっかり通じる。感じることが出来る。

 無線や言葉なんかより、強い物。……魂でつながっているから。

 お互いの心がわかる。

 

 ――――じゃあ、いってらっしゃいGerm(ばいきん)。気を付けて。

 

「おうよっ! 行って来るぞSmile(アンパン)

 ……この呼び方も、これで最後だな? やっぱいつもの呼び方が良いよ」

 

 ――――あ、でも今度会ったら、一発殴るね?

 ――――なんか腹立つし、あの業務用チョコさんの事も、ムカつく。

 

「おい……いつからそんなバイオレンスになった? そんな性格じゃなかったろ。

 お前が暴力系ヒロインやったら、リアルに死人が出るぞ?

 丈夫な俺さまだから、なんとかなってるだけで」

 

 閉じた瞼のスクリーンに、ばいきんまんがいる。

 まるで目の前にいるみたいに、しっかりと思い描くことが出来る。

 彼のことが分かる。

 

 今ばいきんまんが、コクリと頷いた。

 それにアンパンマンも、コクリと頷き返す。

 さぁ、別れの時だ。

 

 

 ――――さようなら、ばいきんまん。この自己中。

 

「さらばだ、アンパンマン。根暗脳筋め」

 

 

 背を向けて、去って行く。ばいきんまんの姿が消えていく。

 もう決して、届かなくなる。

 安らぎが、ぬくもりが離れていく。

 

 悲しみではなく、とても優しい気持ちでいるのに……、なぜ涙が零れるんだ。

 君が好きなのに、応援したいのに……、なぜぼくは、切ないと感じるんだ。

 

 白く滲んでいく、彼の世界。

 日没の夕日のように、ゆっくりゆっくり、遠ざかる。

 そして、もうなにも見えなくなってく。

 

 

「……おっ。そうだそうだ。たまに勝手に食ってたんだが……。

 お前パン作り上手くなったな! その調子だぞ相棒(バディ)

 

 最後に、チラッとこちらを振り返り、ばいきんまんが笑う。

 

 

「無くしてないぞ? 絶対にあるから。

 お前も、自らの魂を探せ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――――20××年6月6日。

 当時学生だった私も、あの日観たニュース映像は、目に焼き付いている。

 ベカリの地で、七つの核が同時に放たれたのだ。

 ベカリ自らの手によって。

 

 連合軍が自国に侵入するのを、許せなかったのか。

 古い強国主義者たちの誇りが、そうさせたのか。

 

 彼らは、示したかったのかもしれない。

 これより北は“ベカリの聖地”だ。踏み入ることは許さないと。

 

 この核による死傷者は、12000人にのぼる。

 全てを巻き込み、世界中に見せつけるような、壮絶な自決。

 

 後に残ったのは、無惨な光景だけ。

 ベカリの人々は、それをどんな目で見たのだろう?

 その空を飛んでいた“彼”は、いったい何を思ったのだろうか?

 

 

 

 あの日、片羽は空中管制機のレーダーからロストし、消息を絶ったという。

 その生死は不明。現場の状況を鑑みても、望みは薄いとされた。

 

 彼は、何も語らなかった。

 ただ無言で帰還し、その後も変わらず過ごした。

 

 まるで何事も無かったかのように、コムギィコの傭兵を続け、飛び続けたのだ。

 

 この空の申し子――――“円卓の鬼神”として。

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

*1
巡航ミサイルの事。弾頭には450㎏爆弾などが装備され、2500㎞後方からでもピンポイントで攻撃する事が出来る兵器

*2
緊急事態により、救援を要請する場合に使う言葉。フランス語の「ヴネ・メデ」(助けに来てくれ)に由来する。雑音による取り違えを防ぐため、使用時には3度繰り返すのがきまり。






 おっぱい万歳!(締めの言葉)




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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅵ

 

 

 

 近頃、コムギィコ共和国では、“ある噂”が立っている。

 正確には、ヴァレー基地周辺の地域、であるのだけれど……。

 

「うえーん! 痛いよう、痛いよう! いっぱい擦りむいちゃったよぉ!」

 

 その日、アルパカ(ひこ)くん(6才)は、家の近くの森へと入っていた。

 虫籠と網を持ち、お気に入りのベースボールキャップを被って、朝早くからカブト虫を捕まえようと、ひとりで頑張っていた。

 おっきなのを捕まえて、友達に自慢しよう。虫相撲のチャンピオンになるんだ。

 そんな希望に胸を膨らませながら、前日にハチミツを仕掛けておいたクヌギの木がある場所で、たくさんの甲虫を捕まえていた。

 

 けれど、ふいに飛んで来た一匹の虫が、アルパカ彦くんの顔にぶつかった事で、思わず木から手を離してしまった。その途端、地面にドスンと落ちたのだ。

 あまり高さが無かったから、それは良かったけれど、地面は平らではなく傾斜があり、しかも石や木の枝なんかが沢山あった。

 

 地面にぶつけたお尻は痛いし、ゴロゴロと斜面を転がったので、身体中に擦り傷を作ってしまう。

 しかも、最近買って貰ったばかりのお気に入りだったシャツが、ドロンコになってしまい、すごく悲しい気持ちになった。

 

「ついてないよう! なんでこんな目に合うんだよう! この森クソッタレだよう!

 なんてファッキンで、ファッキンで、ファッキンな人生だよう!

 今すぐ死にたいよう!」

 

 アルパカ彦くんは、ひとりっきりの森の中、大声で泣く。

 えーんえーんという声が、そこら中に響き渡り、森の動物たちがビックリしちゃうくらいに。

 

 

 しかし、その時アルパカ彦くんの目の前に、空から降り立つ影がひとつ。

 音も無くこの場に飛んで来て、すぐに泣いている彼へと寄り添った。

 

「あれっ……? お兄さんは誰? どこからやって来たの?」

 

 その人は、空軍の緑色の軍服、そして飛行機乗りのシンボルである白いスカーフ姿だった。

 キョトンとした顔のアルパカ彦くんを、柔らかな優しい顔で見つめてから、すぐに腰のポーチから道具を取り出した。

 水で傷口の汚れを洗い、消毒をしてから絆創膏を貼る。テキパキと手早く、けど凄く優しい手つきで、すぐに手当てを終えた。

 

「えっ、これもらって良いの? うわぁ……とってもおいしそうだ!」

 

 その後、おもむろに自分の顔のパンをちぎり、少年に手渡す。

 それはたっぷり餡子が乗った、見ただけでグゥ~っとお腹が鳴ってしまいそうな程、美味しそうなアンパンだ。

 

 アルパカ彦くんはすぐにパクっと噛り付き、うれしそうにもぐもぐ。

 さっきまで泣いていた事なんて、もう忘れてしまったかのように、夢中でアンパンを食べる。

 

 なんだろう? まだ子供であるアルパカ彦くんには、上手くは言えないけれど……。

 それはとても“優しい味”というか、食べれば心が満たされていくような、ほっとする味。

 これを食べる人のことを思い、「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と願いながら作ったかのような、作り手の心が籠ったアンパンだった。

 

 やがて、パンを食べてお腹がいっぱいになったアルパカ彦くんは、元気にお礼を言ってから、自分の家に帰って行った。

 そして、今日あった事と、あのお兄さんにしてもらった事を、お母さんや友達たちに話した。

 

 あとは、あの時もらったアンパンが、素晴らしく美味しくて、食べれば幸せな気持ちになる事。

 あのお兄さんが、すごく優しくてカッコ良くて、まるでヒーローのようだった事。

 その全てを、とても興奮気味に、語ったのだった。

 

 

 ちなみに、これと同じような事が、最近この地域でよく起こっている。

 誰かが泣いていたり、困っていたりすると、すぐに空からヒーローが飛んで来て、最後に美味しいアンパンをくれるのだという噂を、住民たちはよく耳にするようになった。

 

 あの人は空軍の服を着ていたから、きっとヴァレー基地の傭兵さんであろう事は、すぐに分かった。

 加えて、近頃ニュースや新聞などで、よくその人物のことが触れられていたので、皆その正体はすぐに分かった。

 

 あの傭兵さんだ――――

 いつもベカリから僕らを守ってくれてる、あのエースさんだ。

 

 どこかファニーな戦闘機で、僕らの為に戦ってくれるだけでなく、困っている人がいればすぐに駆けつけ、助けてくれるのだ。

 誰よりも強く、立派な人柄。そして柔らかな笑顔。

 

 今コムギィコ共和国では、そんな話題で持ち切りだ。

 僕らのヒーロー、真の英雄だとして、人々はアンパンマンの名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーイ! 調子はどう、ごはんパンマン?」

 

「あっ、お疲れっス塩パンマン先輩!

 パトロール帰りっスか?」

 

 もう夕飯時を向かえようかという、茜色に染まるヴァレー基地の格納庫。

 愛機のFー15と向かい合い、額の汗を拭いながらレンチを握っていた青年に、塩パンマンが微笑みかけた。

 

 彼女*1からポイッと投げ渡された缶コーヒーを、振り向き様に「おっとっと」とキャッチ。

 軽く礼を言った後、ありがたく口を付ける。

 

「そそ、軽く3時間ばかり飛んで来たわ。

 私この前、墜とされちゃったし……、新しい機体のローンも馬鹿にならないのよ。

 貧乏暇なしって感じ」

 

「そうですよね……、戦闘機って何千万ドルもしますし。

 いくら、ある程度は国に負担してもらえるとはいえ、乗り換えはお金かかりますよね」

 

「ま、命があっただけマシってものよ。私もメソパンもね。

 とつぜん現れた所属不明機に墜とされちゃったのは、正直ムカつくけど……。

 でもあんな状況から、生き残れたんだもの。文句なんて言ったらバチが当たるわ」

 

 お金はまた稼げばいい、命あっての物種よ。

 そう彼女(?)に言われると、なにやらこの缶コーヒーが、物凄く貴重なものに思えて来るから不思議だ。今度ランチでもご馳走させて頂こうと、ごはんパンマンは密かに心に決める。

 

「アンタの方はどう? いま“彼”と飛んでるんでしょう?

 人事の上とはいえ、いきなり大出世じゃない!

 それにアンタにとっては、憧れの人と組めたワケだし」

 

「あはは、そっスね! まぁなんとかやれてますよ♪

 Smileさんの足を引っ張ってやしないか~って、戦々恐々ですけど」

 

 あの日、塩パンマンとメソポタミアパンマンは撃墜され、なんとかベイルアウトには成功したものの、暫く入院をする羽目となってしまった。

 そして彼の相棒であったGerm(ばいきん)も、あの混沌とした戦場の中でMIA*2と判断され、姿を消してしまった。

 

 ゆえに、ごはんパンマンと彼がチームになったのは、必然とも言える人事。

 まだ年若い戦闘機乗りにとっては、願っても無い機会であり、これが決まった当初は、思わず飛び上がりたい位に喜んだものだった。

 まぁそのチャンスのキッカケが、ばいきんまんのMIAという、まごう事なき不幸な出来事であったのには、彼をしても閉口せざるを得なかったが。

 

 しかし、生来ポジティブな性格のごはんパンマンだからこそ、こんな悲しい状況下であっても「がんばろう」と、すぐに気持ちを切り替える事が出来たのだ。

 そういう意味では、この人事は正解だったと言える。

 新しいガルム2となったのが、ごはんパンマンであったからこそ、相棒を失ってしまった彼を支える事が出来たのかもしれない。

 

 まぁ……彼とチームを組んで、少しばかり経つのだが、未だに()()()()()()()()という問題に目を瞑れば、ではあるけれど。

 お喋り好きなごはんパンマンが、いくら無線で話しかけようとも、彼が返答をくれた試しは無い。これまで一度たりとも無かった。

 

 一応、面と向かって会っている時には、喋らないまでも()()()()()()()()()

 自身が作っている美味しいアンパンを、毎朝のようにくれたりもして、それが最近の楽しみになっている、ごはんパンマンなのである。

 

 まだ組んで間もないけれど、連携もしっかり取れていると思うし、空戦ではたくさん助けて貰っている。めちゃめちゃ頼りになる。(自分は僚機なので、本当はこっちが助けなきゃいけないんだけれど、それはともかくとして)

 

 あの苛烈な戦いぶりによって、周りからは“鬼神”なんて呼ばれ方をしているそうだが……、でも別に怖いとは思わない。優しい人だというのは、少し接してみれば、すぐに分かる事だ。

 有り体にいって、彼には「とても良くして貰っている」という印象がある。

 別に嫌われてるワケじゃ無い、というのは、ちゃんと理解しているのだ。

 

 Smile(アンパン)さんは極端に無口なだけ。きっと恥ずかしがり屋なんだ――――

 ポジティブなごはんパンマンは、そう捉える事にしていた。

 

「まぁホント言うと……飯に行ったりダベッたり出来る間柄になれたらな~って、思うんスけどね。

 まだまだ、後ろに付いて飛ぶだけで、精一杯って感じッス」

 

「うーん……、まぁ仕方ないトコあるんじゃない?

 平気そうにはしてても、彼は()()()()()()()()()

 きっと思う所はあるでしょうし」

 

「ですです。僕なんかが気を使ったり、無遠慮に踏み込むのも、なんか違う気がしますし。

 今はただ、Smileさんの僚機として、しっかり飛ぶことのみっスよ」

 

「そうね。今はまだ、ズケズケ行くべきじゃ無いわ。時間をかけなさいな。

 それに男同士の会話なんて、どーせロクなもんじゃ無いでしょ?

 酒とか、女とか、風俗とか、しょーもない話ばかりだもの。

 せっかく“鬼神”の僚機になれたんだし、勉強させてもらえばいいわ♪」

 

 苦笑しながら、ポンと肩を叩かれる。

 けれどごはんパンマンは、まだどこか憂いを含んだ表情。

 

「はい……、Smileさんから見たら、僕はペーペーもいいトコだ。

 形だけは相棒(バディ)でも、“対等”じゃない。

 ガルム2になれたからって、調子こいてらんないっスよ。

 僕なんて、きっと彼の()()()()()()()()()。そんな気がしてるんです」

 

「……いやアンタ、そんなコトは……」

 

「いいんスよ先輩。分かってるんス。

 とてもじゃないけど、僕じゃ相談に乗ったり、支えたりとかは、出来ないから。

 いつかSmileさんと、そんな風になりたいけど……まだまだ先は遠いみたいだ。

 だから僕、早く強くなります――――

 頼りがいのあるヤツになってみせますよ! ぜったい!」

 

 

 

 先日、ベカリ北東部の海岸“アンファング”において、ベカリ残党部隊の掃討作戦が実行された。

 この日は、ベカリ暫定政府による降伏文書の調印式があり、()()()()()()()であった。

 

 数か月にも及んだ、ベカリ戦争が終わる。

 世界中の人々が待ち望んだ瞬間が、ついに訪れたのだ。

 

 しかし、それに納得しないベカリ残党部隊は、陸海空すべての戦力をアンファングに集結。調印式の阻止を目論んだ。

 決して負けを受け入れず、終戦を拒む彼らは、強固に抵抗を続けた。

 

 連合軍は、現在の政局を踏まえ、その鎮圧のために傭兵部隊を派遣。

 極秘の単独任務として、アンパンマンらガルム隊に、ベカリ残党部隊の掃討を命じた。

 

 “鬼神”と称される彼の活躍もあり、作戦は無事に成功。残党部隊は壊滅する。

 調印式はつつがなく執り行われ、その様子はTVやラジオにより、世界に向けて放送された。

 ベカリ戦争の終結が、高らかに宣言されたのである。

 

 これは、七つの核が地上を焼いてから……ばいきんまんが彼の下を去ってから、半月がたった日の事だった。

 

 

 あれから多少人数の変動はあったものの、ヴァレー基地の傭兵達は、未だこの外国人部隊に所属し、空を飛び続けている。

 停戦条約が結ばれたとはいえ、未だ国境線の緊張状態は、予断を許さない状況。

 そして、ベカリ残党軍が見せた、あの大規模な終結の意図についての調査は、未だ続けられていた。

 この平和を確固たる物にする為、そして国防の要として、まだコムギィコの傭兵たちには、やるべき事が沢山ある。

 

 新生ガルム隊として、彼の僚機として配属されてから、もうごはんパンマンは、いくつものミッションを共にこなしている。

 先の終戦の日の作戦に加え、それが終わってからも、いま現在に至るまで。

 たとえ国境線の監視任務や、訓練のような物であっても、彼と共に飛べる喜びを噛みしめながら、懸命に操縦桿を握った。

 

 少しでも早く、彼の背中を守れるよう、頼りになる相棒になれるよう、ごはんパンマンは日々努力を積み重ねている。

 いつの日か、真の意味で彼の隣に並ぶこと。それが目標だ。

 

 

 しかし、ポジティブなごはんパンマンをしても、ときおり胸が締め付けられるような気持ちになる事があった。

 

 格納庫で一人、ただじっと愛機を見つめている、彼の姿を見た時……。

 何をするでもなく、静かに夜空を見上げている、彼の姿を見た時……。

 あの微かではあるけれど、柔らかな笑顔が、どこか寂しそうな笑みに思えた時……。

 

 ごはんパンマンは、得も知れぬ憐憫のような感情を抱くのだ。

 あんなにも凄く、誰よりも強い彼を「かわいそう」だなどと、自分などが言って良いはずがないのに。

 

 

 Germ(ばいきん)……いや相棒が居なくなってから、Smileさんは少し変わったと感じている。

 以前よりも精力的にパン作りに打ち込むようになり、それを基地の皆だったり、近隣の街の人々に配ったりしているようだった。

 

 近頃は、彼に関する噂も、よく聞くようになった。

 困った時にはピューっと飛んで来て、僕らを助けてくれるヒーローだとして、この国に住む者達の間で、有名になっているという。

 同じ傭兵として、彼の隣を預かる者として、とても誇らしい気持ちだ。

 

 何より、相も変わらずの無口ではあれど……自分達に()()()()()()()()()()()()

 これは、以前なら有り得なかった事だ。この基地にいる誰もが、彼の笑った所など、これまで一度も見たことが無かったんだから。

 

 陽気でお気楽な自分が、彼と共にいる影響なのだろうと、ヴァレー基地の者達は解釈した。

 よくやった、とっつき安くなったよと、そう仲間達に感謝された事もある。

 しかし……それは決して自分の力などでは無い事を、ごはんパンマンだけは、知っていた。

 

 もし何か理由があるとしたら、それはあのGerm(ばいきん)さんに他ならない。

 彼が心を開き、お互いに分かり合い、誰よりも信頼していたのは、相棒であったあの人だ。

 ほかの誰でも無い。彼を変えることが出来るのは、きっとGerm(ばいきん)さんだけだ――――

 ごはんパンマンは、そう強く確信している。

 

 どうすれば、Germ(ばいきん)さんのように飛べるのか。どうやったら、あの人のようになれるのか……。

 思えば近頃は、そんな事ばかり考えている。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 穏やかに日々は過ぎていった。

 あの戦争が終結し、早数か月の時が経とうとしていた。

 

 ――――。

 

 パタン、と小さな音を立てて、背後の扉が閉まる。

 夜の11時。今日の予定をすべて終えたアンパンマンが、兵舎にある自らの部屋に帰って来た。

 

 ――――。

 

 ベッドまで歩き、何気ない仕草で手荷物を置く。

 その後、窓の方へ向かい、カーテンを開け放つ。

 照明のスイッチが押されていない、暗い部屋。そこに柔らかな月明りが差し込んだ。

 

 ――――。

 

 暫しの間、窓の外を見つめる。

 遠くに見える山々、沢山の民家の灯り、そして頭上に輝く星々。冬の星座。

 その光景を、何をするでもなく眺める。

 映画を観る観客のように、世界になんら関与しない傍観者のように。

 さして、物を思うこともないまま。

 

 ――――ふぅ。

 

 やがて、小さくため息を漏らした後、アンパンマンは部屋の方へ向き直る。

 目に映るのは、簡素な机の上に乱雑に置かれている、表彰状やメダル。

 あと適当に床に積み上げられた、綺麗に包装されたまま開けた様子のない、贈り物の箱の数々。

 

 ベッドの上には、先ほど彼が置いた、大きな花束と紙袋がある。

 これは、今日コムギィコにある小学校を訪れた時に、子供達から贈られた物だった。

 彼への感謝が書かれた寄せ書きや、折り紙で一生懸命作ってくれたお手製の勲章、皆で撮影した集合写真などの、プレゼントが入っている。

 

 この部屋には、ほとんど私物が無く、家具も必要最低限の物だけ。

 だから目に映るのは、そんな誰かからのプレゼントや、これまでの功績を称える品々ばかり。

 

『ボク大きくなったら、アンパンマンみたいなヒーローになる!』

 

 今日、キラキラした瞳で興奮気味に告げられた、子供たちの言葉。

 それがふと、思い返される。

 

『おいしいパンをありがとう! まもってくれてありがとう!』

 

『アンパンマンはすごい! かっこいいよ!』

 

『どうやったら、アンパンマンみたいになれる? つよくなれるの?』

 

 感謝と憧憬。そんなたくさんの笑顔に囲まれた。

 あたたかい光景が、そこにあった。まるで昔に戻ったのように。

 

 けれど……それを思い返すアンパンマンの顔は、“無”だ。

 何の感情も浮かんでいない、無表情だった。

 

 ――――っ。

 

 自分でその事に気が付き、いけないと思ったのか。

 アンパンマンは壁にかけられた鏡の前に立ち、じっと自分の顔を見つめる。

 

 ――――……っ。……っ。

 

 ニコッ、ニコッと、微笑んでみる。

 意識して表情筋を動かし、笑顔を形作る。それを何度も繰り返す。

 これは、()()()()()

 ここ数か月の間、毎日おこなっている事だった。

 

 人と会う時のため。

 心配をかけぬよう。

 安心してもらえるように。

 

 この努力により、彼は以前の鉄仮面ではなく、笑うことが出来るようになった。

 その場の状況や、必要に応じて、表情を動かせる。自らの感情とは関係なしに。

 優しい顔で、ニッコリ微笑むことが出来る――――たくさん練習をしたから。

 

 今では、こうして色のない表情に戻るのは、一人の時だけになった。

 英雄として祭り上げられ、とても忙しくなってしまった今では、自分の部屋にいる時のみだ。

 いつも外では薄い笑みを浮かべており、誰が見ても良い印象を抱く、優しい顔で人々に接している。

 そうする事が、出来ていた。

 

 

 

『無くしてないぞ? 絶対にあるから。

 自らの魂を探せ――――』

 

 

 

 ピクン、とアンパンマンの表情が固まる。

 ここ半年ほどは、何度もこの言葉が、ふとした時に頭に浮かんで来るのだ。

 その度に彼は、こうして硬直してしまう。

 

 朝にパン作りをしている時も、そう。

 ある日、いつものように作業をおこなっている最中に、ふとばいきんまんの事が頭をよぎり、手を止めてしまった事があった。

 

 そう言えば、ばいきんまんの作るお酒は、すごくおいしかったな――――

 飲む人のことを想い、とても丁寧に作られてた気がする――――

 

 その事に気が付いた時……、とつぜん彼の作るパンが、劇的に変化した。

 ばいきんまんがやっていたように、“誰かを想って作る”。……たったそれだけの事で、とても美味しくなったのだ。

 

 今では基地の仲間達の他、近隣の住民たちへも配るようになり、みんなとても喜んでくれている。いつも美味しそうに食べてくれる。

 いま自分の周りには、たくさんの笑顔が咲くようになった。

 みんなに美味しいと言われ、心から喜んでもらえるパンを、作れるようになっていた。

 

 なんの工夫もしてなければ、作り方を変えたワケでもない。

 ()()()()()()()()()()()()という、ただそれだけの事で。

 

 

 

 ――――。

 

 アンパンマンが鏡から離れ、冷蔵庫の方へ向かう。

 氷や炭酸水を取り出し、置いてあったウイスキーのボトルと一緒に、テーブルに運んだ。

 

 ――――……。

 

 暫くした後、月明りだけが差し込むこの部屋に、なにやら不満げに表情を歪める彼の姿があった。

 

 ――――ぜんぜん違う。似ても似つかない。

 

 たった今作ってみたお酒に対して、辛辣な評価を下す。

 以前飲んだ“あのハイボール”に比べたら、一緒にするのはおこがましいくらい、美味しくないと感じた。

 

 別にお酒なんて、飲む方では無かったし、作り方だって見様見真似だ。

 上手に作れないのは、仕方ない事かもしれない。

 

 またアレを飲んでみたい――――そう思い、たまに作ってみるのだが……。

 でもいくら記憶を探ろうとも、あの時作ってもらった味を再現することは、出来なかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ああ……結局ひとりかぁ。

 まだまだ道は長いっスねぇ……」

 

 深夜。酔っ払い共の馬鹿笑いが響く、場末の酒場。

 ごはんパンマンは一人カウンターに座り、ちびちびとビールを飲んでいた。

 

「思い切って、飲みに連れてって下さいよ! と言ってはみたものの……。

 まさか封も切ってない給与袋を渡され、そのまま立ち去られるとは。

 どーすんスか、このお金……。ドンペリの風呂にでも入れってゆーんスか」

 

 未だ会話のない関係に、ついに業を煮やし、アンパンマンに声をかけてはみたのだが……、なんかただ純粋に「この子はお酒が飲みたいんだね」と解釈されたっぽい。

 自身の憧れであるガルム1は、金だけポンと渡してから、ニコニコと去っていったのだった。

 

 そして、今日に限って塩パンマンもメソポタミアパンマンも、なにか予定があったらしく、付き合って貰えなかった。

 いつもは彼女持ちである彼を、黙ってても飲みに連れまわすというのに。タイミングが悪かったのだ。

 

 こんな大金を渡されては、ひとりで使い切るなど出来ようハズも無い。

 なんてったって、彼はヴァレー基地のエース。この国の英雄たる人の給与なのだ。その額は傭兵であるごはんパンマンをしても、目玉が飛び出さんばかりの物だった。

 どんだけ稼いでるんですかSmile(アンパン)さん、マジぱねぇっス、って感じ。

 

「たしか、余った金を返すのって、失礼に当たるんだっけ……?

 任侠映画とかでは、こういうのってもう『とっとけ』って感じだし。

 いくらなんでも“粋”すぎますよ、Smileさん……」

 

「まぁこれは、今度先輩たちと飲む時にでも、有難く使わせて頂きますけれども。

 二人とも、いまお金ない時期だし。きっと喜んでくれるなー。

 でも僕が求めてるのは、貴方との絆的な……ですね?」

 

 ブツブツ呟きながら、ビールと共に柿ピーを頬張る。

 お金はタンマリあるのだし、もっと良い物を頼めば良さそうなものだが、なんか得も知れぬ感情があり、いつものスタイルを貫く事にした。

 ヒーローを志しはすれど、意外と小市民なごはんパンマンなのだった。

 

「――――よぉ()()()! アンタ傭兵なんだろ!?」

 

 突然この場に響いた声。こちらに投げ掛けられた言葉。

 ごはんパンマンは、一瞬それを理解出来なかった。あまりにも唐突だったから。

 

「なぁ、()()()()()()()? 教えてくれよ兄ちゃん。

 敵ぶっ殺して稼いだ金で、酒かっくらってよぉ! いい身分だなぁオイ!」

 

 固まった身体を、無理やり動かす。

 振り向けば、そこに泥酔した様子の中年達が、こちらを見て馬鹿笑いをしている姿。

 

「言えよ、何人だ? 何人殺したよ?」

 

「人殺しも、こんなトコ来るんだなぁ! 普通のヤツみてぇによぉ!」

 

「狂ってやがるぜ、好き好んで人を殺すなんざ。

 俺たちには理解できねぇもんでよぉ、教えてくれや坊主。どんな気分なんだ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら、距離を詰めて来る。

 椅子に座っているごはんパンマンを、三人の男が取り囲む。酒くさい息を撒き散らして。

 これまでも、稀にこういう事はあった。

 普通に暮らし、世界情勢や戦場のことなど知りもしない人々が、兵士である彼を好き勝手に罵るのだ。

 人殺し。お前は俺たちとは違う。この野蛮人めと。

 

 中には、この戦争によって被害を受けた者が、その悲しみと憎悪をぶつけて来る事もあった。

 傭兵とはいえ、この国のために戦ったはずの、彼らに対してだ。

 戦争という物を憎み、ぜんぶ一緒くたにして、さも自分は平和主義者だとばかりに。

 その胸にある勘違いの“正義”を、高らかに掲げて。

 

「ッ!!」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 思考が怒りで埋めつくされ、言葉すら出なくなる。

 だがごはんパンマンは、ただ膝元で拳を握りしめるのみ。

 

 この者達に、言い返すことは出来る。理不尽に抵抗することは簡単だ。

 ただ怒鳴り散らし、この酔っ払い共を叩きのめせば良い。戦闘機のパイロットというのは、選ばれた兵士だ。その肉体の屈強さは、他とは比べ物にならない。

 

 しかし、思う――――それをして()()()()()()()()

 この酔っ払い共……何も知らないような者達に対して、自分達の信念を叩きつける事に、何の意味があろう?

 

 分かりはしないし、理解されようとも思わない。相手は哀れなほどに、程度の低い連中なのだ。

 彼らを殴れば、ただ自分の気が済む、というだけ。

 ただ怒りを発散する為に、この力を使っても良いのか? 平和の為にと鍛えてきたハズの力を、こんなにも下らない事のために使うのか?

 それを、兵士である自分は、許せるのか。

 この誇りを、自ら汚してしまうような事、出来ようハズもない。

 

 

 

 やがて、物言わぬごはんパンマンに業を煮やしたか、それとも無視をされたと感じたのか。

 男達は無理やり彼を立たせ、表の路地裏へと連れ出した。

 

 三人で取り囲み、無抵抗の彼を殴る。

 笑いながら、罵りながら、機嫌良さそうに嬲る。

 それは、丈夫な彼がピクリとも動けなくなるまで、延々と続いた。

 

「おい、こいつヴァレー基地の傭兵だろ? 飛行機乗りだぜ」

 

「なら腕をへし折ってやろうぜ。

 二度と飛行機なんて乗れなくしてやる」

 

「そりゃいい! もう人殺しも出来なくなる!

 世界が平和になるってもんだ!」

 

「おうよ、こいつは今まで、散々殺してきたんだ。

 罪を(あがな)わせてやる」

 

 一人が馬乗りになり、うつ伏せに組み伏せた彼の腕を、まっすぐに伸ばさせる。

 そして、その肘のあたりを目掛け、もう一人が足を振り下ろそうとした、その時……。

 

「――――ぐっべ!?!?」

 

 吹き飛ぶ。

 片足を上げたまま、顔面を殴打された男の身体が、路地裏の壁に激突した。

 とても大きく、重い衝撃音が、路地裏に響く。

 

「お……おい何だアンタら!? 一体どういうつもりだ!!」

 

「関係ねぇだろ! すっこんでろッ! ぶちのめされてぇか!!」

 

 オロオロと戸惑いながらも、威勢の良い怒声を放つ。

 いま、突然この場に現れた、二人の人物へ向けて。

 ごはんパンマンは、何十分も殴打され続けて朦朧とする意識の中、懸命に頭を持ち上げて、その姿を見た。

 

「いや、無関係じゃねぇのさ。

 そいつは身内でよ、イジメてもらっちゃー困るんだわ。

 なぁ……Smile(アンパン)よ」

 

 おでんパンマンと、アンパンマン――――

 いま二人が、その瞳に怒りを宿しながら、男達の方へゆっくり歩いていった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「なんでも、金だけ渡したって言うじゃねーか。

 何してんだ馬鹿、付き合ってやれよって、無理やりコイツを引っ張って来てみりゃー、この有様だ」

 

 やがて、()()()の仕置きを受けた男達が、情けない声を上げながら逃げ去って行った後……。

 おでんパンマンが、ごはんパンマンに軽く手当てを施しながら、やれやれとため息をついた。

 

「災難だったなぁRiajyu(ごはん)。見た所、手は出さなかったんだろ?

 そうでなきゃ、連中が無事でいた事に、説明が付かねぇ。

 あんな酔っ払い共、お前さんなら片手で捻れるってのに……」

 

 まったく、真面目というか、堅物というか……。

 そう呟き、その場から立ち上がる。

 

「兵士の力は、民を守るためにある、ってか?

 分からん事もねぇし、ご立派な考えだとは思うが、次からはもっと上手くやれ。

 それで飛べなくなっちゃ、本末転倒だ」

 

 よぉ、帰るわSmile(アンパン)。あとはお前さんがやんな。

 そうポンと彼の肩を叩き、おでんパンマンが背を向けて去って行く。

 荒くれだが、面倒見がよく、人情に厚い戦闘機乗り――――

 ごはんパンマンは悔し気に目を伏せながらも、そんな彼に感謝する。

 

 

 そして、この薄暗い路地裏は、二人だけになる。

 未だ壁に背を預けて座り込む、腫れ上がった顔のごはんパンマンと、無言でそれを見つめているアンパンマン。

 暫しの間、静寂の時間が流れる。どこかの店から洩れているカラオケの音や、遠くから聞こえる犬の鳴き声だけが、静かに響いていた。

 

「手間をかけさせちゃって、すいません……。

 次からは、こんな事ないようにします」

 

 彼からの視線に耐えかねたのか、ごはんパンマンがグッと歯を食いしばり、俯く。

 

「情けないっス。自分の未熟さを思い知りました。

 戦闘機乗りって言ったって……こんな事すら自分で収めることも出来ない。

 ヒヨッコって言われても、仕方ないっス」

 

「カッコ悪いとこ、見られちゃいましたね。お恥ずかしい限りっス。

 やっぱSmile(アンパン)さんみたいには、いかないや……。

 まだまだ理想には遠いっスね」

 

 そんな事は無いと、言いたかった。

 君は立派だ、カッコ悪くなんて無い――――アンパンマンには今の彼が、とても尊く見える。

 しかし、なぜぼくの口は動かない?

 なぜ石のように固まったまま、言葉を紡ぐことが出来ないのか。言ってやれないのか。

 そのもどかしさが、胸を焦がす。

 

()()()と言われた時、目の前が真っ赤になりました。

 何も考えられなくなって、衝動的にアイツらを殴りそうになった。

 あの時、僕に出来るのは、それを必死で抑え込むことだけでした」

 

「言葉が出なかった。アイツらに言い返す言葉が、思い浮かばなかった……。

 だって、守るだのなんだの言ったって、所詮僕がやってる事は、“殺し”なんだから」

 

「どんな理由があれ、それを否定する事は、しちゃいけない。

 自分が奪ってきた命を、“仕方ない”なんて……。

 そう簡単に考え、軽く扱ってしまっては、いけないような気がする」

 

「理屈で言えば、帳尻は合ってるのかもしれない。

 僕も敵も、等しく命という物を賭けて、戦ったんだ。

 その結果として僕が勝ち、これまで生き残ってきたのなら……。

 それは誰に恥じる事もなく、悔やむ事でもありません」

 

「でも……忘れちゃいけない、と思う。

 命を奪ったっていう、その事だけは、ちゃんと背負わなきゃいけないと思う。

 もしそれを忘れてしまうなら……、僕は兵士じゃなく、畜生に落ちます」

 

「だから、()()()()()()

 そして誇りを以って空を飛ぶ、コムギィコの戦闘機乗り( エース )だ――――

 どちらかじゃなく、その両方なんだって、思うんです」

 

 立ち上がり、ニコッと微笑む。

 顔は大きく腫れ上がり、血だって滲んでいる。だがそれでも「自分は大丈夫だ」と示すように、笑ってみせた。

 

「あの時は、ただ何も考えずに、反論しちゃいましたが……。

 今なら僕、Germ(ばいきん)さんの言っていた事、分かる気がするんです。

 僕みたいな、考え無しの若造に腹を立てるのも、当然ですよ」

 

 これが戦争だ――――理想で空を飛ぶな。

 そう一喝していた彼の姿が、頭に浮かぶ。

 

「口は悪いし、言い方もキツかったけど、あの人は()()()()()

 ちゃんと受け止めて、でも苦しくて、なんとかしたくて……。

 きっと、そんな葛藤があったんじゃないでしょうか?」

 

「同じガルム2って言ったって……、まだまだ背中は遠いや。

 いつも考えるんです。この状況なら、Germさんはどう飛ぶかなーって。

 どうやったら、あの人みたいにやれるのかなーって、手本にさせて貰ってます。

 まぁ……お人柄に関しては、僕とぜんぜん違いますし、手本に出来ませんけれど」

 

 パンパンお尻を叩き、こちらに向き直る。空元気だとしても、しっかり前を向く。

 アンパンマンは、その姿を「眩しい」と感じた。

 とても真っすぐで、いい子だ。未熟さはあれど、もう立派な飛行機乗りだと思う。

 

 だが……それを伝える事が出来ない。口を開くことが出来ない。

 空っぽの、何もない心じゃ、こんなにも眩しい存在に対して、かける言葉など。

 あまりにも――――自分とは違いすぎて。

 

 

「僕、強くなりますよ!

 まだまだ操縦も下手だし、頼りないヤツだとは思うんスけど……。

 でもメチャメチャ頑張って、強くなってみせますから!」

 

「誰にも負けないくらい。迷わずに済むくらい。

 そんで、みんなを守れるくらい――――()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言が、胸に突き刺さった。

 

 ドンという衝撃と共に、巨大な砲弾が自分を木っ端みじんに粉砕するような感覚。

 目の前が真っ暗になるのを、感じた。

 

 

 違う、違う、違う。

 

 ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう。

 

 

 虚ろな意識、自分が自分でなくなるような感覚の中で、その言葉だけが頭を駆け巡る。

 

 そうじゃない。

 ぼくは、君が思うようなモノでは無いんだ。

 違うんだよ……。

 

 

 この子の眩しさが、アンパンマンを照らす。

 何もない空虚さを、伽藍洞の心を、ツマラナイ存在を。

 今、まざまざと、はっきり照らし出す――――

 

 

 助けて。

 助けて。

 助けて。

 

 叫ぶ。アンパンマンの心が悲鳴を上げる。

 真っ暗闇の恐怖が、彼を包む。

 

 打ちのめされ、心の器が壊れる。

 どこまでも続くような、深い穴の中に、落ちていく。

 

 

 

 どうすればいい? どうすればぼくは、まっすぐ立てる?

 

 パンを焼いた。人々に尽くした。ありがとうと言われ、たくさんの笑顔に囲まれた。

 「探せ」と君が言ってくれたから、頑張ってみた。

 君と同じように、ぼくも頑張ろうと思った。

 

 でも違う……これは()()()()のぼくだ。

 ただ外側を装ってるだけ。何も変わってはいない。

 

 ライバル、ともだち、魂の片割れ、相棒……。

 どうすれば、君の隣に立てる? 君に褒めて貰える?

 

 ()()()()()、ぼくになれるの?

 

 

 

 寒い……、寒いよばいきんまん。

 凍えるくらい寒くて、もう動けない。

 

 

 どうして? 何もないのに。

 

 からっぽのハズなのに、痛くてたまらないんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ベカリ軍の上級将校らによる、クーデターが発生したようだ」

 

 その日、ガルム隊を含むヴァレー基地の傭兵達は、作戦会議室に集められていた。

 

「彼らは“国境無き世界”を名乗る組織を立ち上げ、既に先日、メールンを爆撃した。

 ここは知っての通り、かのベカリ戦争で停戦条約が凍結された都市だ」

 

 この基地の指令である“カロリーメイトパンマン”による説明を受ける一同。

 関係ないが、せっかく考えられた栄養バランスが、パンに挟むことによって、崩れてやしないか? 大丈夫なのか?

 そうツッコミたい気持ちはあれど、誰も問う者はいなかった。こんな真面目な雰囲気の中では、仕方ないのかもしれない。

 

「この爆撃には、コードネーム“XBーO”と呼ばれる巨大ガンシップが使用された。

 ヤツらはこんな物まで持ち出し、今後も大規模な反乱をおこなっていくであろう事は、想像に難くないだろう。

 諸君らには、この“XBーO”の追撃作戦を……」

 

 あの戦争から、はや半年あまりが過ぎたが、ここに来てクーデターの発生。

 消えたと思っていた争いの炎が、また再燃しようとしている。

 

 またやっかいな、と呆れた顔をする者もいれば、塩パンマンのように「お仕事ねー!」と張り切る者もいる。

 どこか退屈だった日々との別れに、感慨深そうな顔をする傭兵もいれば、ごはんパンマンのように「平和が壊される」という危機感を持ち、表情を硬くする若者もいた。

 

 だがアンパンマンの心情は、窺えない。彼は静かに目を閉じ、黙って説明を聞くのみ。

 動揺も、憤りも、高揚も、何も無い。

 いつものように、言われた事をやる、やるべき事を成す、という姿勢に見えた。

 

 ただ、早く何かに打ち込んで、何も考えずにいられたら。

 何かしたい、止まっていたくない、退屈な時間がつらい。

 ……そんな彼の心境は、誰にも見て取ることは、出来なかった。

 

 だが、その時。

 

「ん? 待て……! 管制塔より緊急入電だッ!」

 

 弛緩していたこの場の空気が、一気に張り詰める。

 指令の緊迫感に満ちた声によって。

 

 

「――――所属不明機が、当基地に接近中!

 全機、直ちにスクランブルだ! 格納庫へ走れッ!!」

 

 

 

 

 唐突に、彼の苦しみは終わる。

 

 空虚な時は終わりを告げ、有無を言わさず、争いがやってきた――――

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 窓を突き破り、そのまま飛ぶ。

 一刻も早くと時を惜しみ、格納庫へ。アンパンマン号・Raptorのもとへ。

 

 サイレンが鼓膜を震わせる。

 周囲には、いくつもの爆撃音が響き、敷地内のあらゆる施設が崩れていくのが見える。

 炎と、轟音と、血――――

 瓦礫に潰され、爆発で吹き飛び、死んでいく人達。

 さっきまで元気で、今日も朗らかに挨拶をしてくれた同僚達が、変わり果てた姿で地に伏している。永遠に失われた。

 

 風を切り、マントをなびかせて飛ぶ。

 矢のように空を駆け、瞬く間に辿り着く。

 滑空したまま格納庫へ飛び込み、瞬時にキャノピーの開閉ボタンを押し、愛機へ乗り込む。

 ベルトや、酸素マスク、固定具。そんなゴチャゴチャした物が、今は煩わしいくて仕方なかった。

 

『警告! 周囲に強力なECMを確認! 総員、第一種警戒態勢!』

 

『当基地に接近する()()()()()を目視!

 急げ! 総員配置に付け!!』

 

 いくつものスイッチを入れ、エンジンを点火。

 ゆっくりと機体が動き出す振動を身体に感じながら、フットペダルとスティックを操り、格納庫の外へ出る。

 戦闘機はマッハを超える速度で空を飛ぶが、陸で動かすこの瞬間だけは、緩慢だ。

 もどかしさや、焦燥感に耐えながら、滑走路を進み、離陸の為に既定のポジションへ。

 その間も、引っ切り無しに無線は鳴り続け、被害の報告が飛び交っていた。

 

『管制塔! こちらガルム2っス! いま状況はどうなってるんスか!?』

 

『不明機……いや()()()()()()()()が、基地上空に侵入!

 来るぞ! 非戦闘員は退避だ! すぐ退避し……」

 

 次の瞬間、とてつもない轟音が、連続して空気を震わせた。

 いま遥か上空を飛ぶ、まるで山のように大きな航空機から、数え切れぬほどの爆弾が投下され、次々に基地を破壊していく。

 

 その巨大な機影は、ヴァレー基地を容易く日の光から覆い隠し、まるで夜のように暗くする。

 空気どころか、大地をも揺らす凄まじいエンジン音で、悠然と上空を飛び、腹から破壊の種を撒き散らした。

 

『あれは……メールンをやった“XBーO”だ!

 クソッタレがッ! 先手を打って来やがったか……!』

 

『司令部へ! こちらガルム2!

 第二、第三滑走路に直撃弾! これじゃあ離陸できないッ!!』

 

 恐慌状態に陥るヴァレー基地の者達。

 誰もがヒステリックに声を荒げ、叫び、助けを求める。

 その間も、巨大なガンシップとその編隊による攻撃は続く。

 突然の理不尽に晒され、瞬く間に、あまりにも簡単に死んでいく者達。優しかった人達。

 

 その光景を、アンパンマンは操縦席でひとり、何も出来ずに見守るほか無かった。

 ただ握り潰さんばかりの力で、操縦桿に手を添えている事しか出来ない。

 

 ――――この光景は何だ? どうして基地が燃えている? 何故?

 

 現実感が伴わない光景の中、ただ時だけが過ぎていく。

 煩いくらいに聞こえている、けたたましいサイレンの音が、これが決して夢現(ゆめうつつ)ではない事を、ハッキリと彼に突き付ける。

 

Smile(アンパン)、聞こえるか!? 第一滑走路へ機体を移動させろ!

 いま作業員たちが、総出で瓦礫の除去をおこなっている!』

 

『ガルム隊だけで構わん! 彼らを空に上げるんだ!

 消火も救助も後だ! 作業を急げッ!!』

 

『頼んだぞガルム隊! XBーOを墜とせッ!!

 お前たちに全てを託すッ!!』

 

 やれ。お前がやらねばならぬのだ――――

 ふと、いつか聞いた言葉が、思い起こされた。

 強く信じ、全てを託してくれた、大切な友達の言葉だ。

 

 その瞬間、アンパンマンがパッと目を開く。朧げだった視界が戻り、己の内へと埋没していた意識が、一気に開かれる。

 前を見、空を睨むことが出来る。飛べるようになる。

 

 

『――――オールグリーン! ガルム隊、発進せよ!』

 

 

 管制塔からの声。それと同時にアンパンマン号・Raptorが走り出す。

 ジェットエンジンにより瞬く間に加速し、曲線を描いて空へ。

 

 いまアンパンマンが、まっすぐ前だけを見つめ、飛び立って行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『おいSmile(アンパン)、そいつは俺が整備した機体だ。

 見た目はファニーだし、なんか謎技術が満載の戦闘機だが……、そいつをイジくってる時が、俺の一番の幸せなんだ。

 だから……また整備させろ。無事に戻って来いよ』

 

 聞き慣れた声。いつも整備や補給を手伝ってくれている、同僚の男からの無線だった。

 染み入るようにその声を聞き、ふとコックピットの上部に視線をやると……恐らく彼が勝手に取り付けたのであろう、ある“飾り”が目に入った。

 

 これは、前にアンパンマンが小学校の子達に貰った、お手製の勲章。

 カラフルな折り紙で作られたそれは、とても愛らしく、このアンパンマン号にピッタリに思えた。

 たとえ苦しい状況にあっても、これを見ればさぞ心が熱くなり、戦う勇気が湧くことだろう。子供らの声援があれば、きっと生きて帰ることが出来る。

 そんな、あの整備兵の心遣いだったのだろう。

 

 しかし……先ほど飛び交っていた無線の中に、確かに聞いた。

 あのガンシップ部隊の爆撃により、いま基地周辺の街が、()()()()()()()()()、という情報を。

 これを作ってくれた子供達の上に、爆弾が降り注いだのだ。

 争いや思想とは、何の関係もないハズの人々が、戦争の悪意に晒され、標的となった。

 

 今は、考えない。

 操縦桿を握ることのみに集中し、全てを振り切るように飛ぶ。

 

 殺人的なGによって、身体がシートに押し付けられる。

 首を動かす事も、声を出す事も出来ないほどの圧力。

 目玉が奥にめり込み、眼球が歪むのを感じる。視界が白くかすみ、ハッキリしなくなる。

 それでも、スロットルを緩めない。

 一刻も早く、敵部隊に追いつくこと。それだけを思った。

 

Smile(アンパン)さん……、ここ核の爆心地だ。

 生体反応は……無いみたいです』

 

 暫く飛んでいる内、二機はベカリの国境を越え、あの七つの核が放たれたという土地の上空へ差し掛かる。

 眼下には、何も無い荒野。ただ白い雪に覆われた土地だけが広がる。

 

 あの日の出来事が、フラッシュバックする。

 光、原子雲、そして別れの光景が、脳裏をよぎる。

 だが、それに浸っている場合ではない。即座に意識を切り替え、眼前の空を睨む。

 戦いに備えて、集中力を高めていく。

 

『警告! レーダーに所属不明機を捕捉!

 前方約30マイル*3、ヤツらだ!

 ガルム隊、作戦行動に移れ!』

 

『了解、やるしかないっスねSmile(アンパン)さん! かましてやりましょうっ!』

 

 二機が連れ立って飛ぶ。

 いつもの如く、無線からは何の返答も無いが、それでもごはんパンマンの胸は高鳴っていた。

 彼と並んで飛べるこの瞬間を、宝物のように感じながら、決して遅れぬようスロットルレバーを握る。

 

 また彼の戦いが見られる。共に戦うことが出来る――――

 こんな状況下であっても、その耐え難い喜びが、止めどなく溢れ出す。

 約半年ぶりとなる、実戦。訓練や国境線の警備ではなく、命の取り合いが始まろうとしている。

 自らの誇りをかけて行う空戦。戦闘機乗り( エース )の居場所たる空。

 そこに身を置ける喜びを、久方ぶりに思い出しながら、眼前の敵部隊へ突貫していった。

 

 

 

『エスパーダ1より、エスパーダ2へ。

 これより迎撃に向かう。“鬼神”を阻止するぞ』

 

『エスパーダ2、了解。

 行きましょう、貴方に続くわ』

 

 巨大な山脈が、そのまま空に浮かんでいるかのようなガンシップ“XBーO”。

 ようやくそれに追いつき、攻撃を行うべく接近を試みた時……その背後から敵戦闘機が姿を現した。

 

 敵部隊の進行方向とは真逆。

 真っすぐこちら側へ向かってくるのは、ドラケン*4とラファールMの二機だ。*5

 

 迷いなくこちらへ向かってくる姿は、親鳥を守るという不退転の意思の表れ。

 機体越しにでも感じるその闘志に、一瞬ごはんパンマンは呑まれ、身を硬くする。

 しかし、すぐにあの二機が、先ほど基地をやった機体だと気付くと、恐れを怒りで掻き消すように機体を操り、向かってくる敵機とヘッドオンをする態勢を取った。

 

『アイツらだ……! よくも僕達の仲間を! 絶対に許さないッ!!』

 

 ロクに敵を見ることもせず、ただその怒りのみで、立ち向かおうとする。

 それは実に勇敢で、若い彼らしい姿勢ではあるが……、怒りに赤く染まった瞳では、状況を見渡すことは出来ない。

 気持ちだけでは、事を成すことは出来ないのだ。

 

 ――――ガルム2,旋回して側面からだ。()()()()()()()()()()

 

『……っ!?!?』

 

 唐突に聞こえた、アンパンマンの声。

 これまで決して口を開かなかった彼の、初めての指示――――

 その衝撃は、いったい如何ばかりか。

 ごはんパンマンが感じた驚きは、どれ程の物だっただろう。

 

『りょ……りりり了解ッ!

 バッチリ援護しますよ! 任せといて下さいSmile(アンパン)ッ!!』

 

 思わず、呼び捨てにしてしまった。

 僚機として、相棒として認められた! 僕を頼ってくれた!

 あの彼から“ぼくを助けて”だなんて……こんな()()()()()みた事ねぇ!!!!(迫真)

 

 ごはんパンマンの胸に、火山の噴火のような喜びが込み上げる。高揚感で顔が真っ赤に染まる。

 あ……あわわわ! あわわわわ! ともう内心はお祭り騒ぎだ。

 出来る事なら、今すぐ「ひゃっほーい!」とベイルアウトレバーを引き、空に飛び出したい位の気持ち。

 でもそれをしたら戦えないので、ぐっと我慢して操縦桿を横に倒す。

 先ほどまでの進路を捨て、機体を90度傾けて急旋回をおこなった。

 

『こちらAWACS。残念ながら、基地および周辺都市の被害は、甚大だ。

 ここでやらなければネクストは無いぞ。また更なる被害が出ることだろう……』

 

『ガルム隊! 敵護衛機を全て墜とし、XBーOを破壊せよッ!

 このガンシップは、ヤツらの力の象徴たる物だ。

 “国境無き世界”とやらを黙らせるには、それしか無い!』

 

 ――――了解(ラジャー)

 

 

 

 冷たく、短い……だが決意を感じる声。

 その応答と共に、ガルム隊は交戦を開始。

 アンパンマン号・Raptorの胴体から、ミサイルが放たれていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その戦いぶりに、我を忘れて見入る。

 もちろん、彼が強いのは知っていた。この国で最高の戦闘機乗りだという事も。

 

 けれど……、これは完全に想像の遥か上。

 自分が持っていた印象は、まったく的外れな過小評価。

 その凄まじい戦いぶりは、これまで想像していた物とは比べ物にならない程、苛烈な物だった。

 

『よぉエスパーダ隊、さっさとコムギィコの()()を落としちまえ。

 鬼神だか何だか知らないが、たった二機で何が出来る? 目障りな蠅でしかない』

 

 最初は、そんな親鳥(XBーO)からの通信が、こちらへも聞こえていた。

 その声に鼓舞されるように、エスパーダ隊の二機も、果敢に向かって来たと思う。

 

 しかし、たった一度のコンタクト――――

 真正面から交差し、すり抜け様に放ったRaptorのミサイルが、エスパーダ2を爆散させた時……、この空域にいる誰もが凍り付き、言葉を無くしたのが分かった。

 

 数の有利、楽観した空気、XBーOというガンシップの力。

 そんな有りもしなかった“優勢”は一瞬で吹き飛び、誰もが息を呑みながら刮目。この空域を飛ぶたった一機の戦闘機に釘付けになった。

 

『エスパーダ2,状況を報告しろ! エスパーダ2!!』

 

 そんな悲鳴のような声。僚機が墜とされたという事実を受け入れられず、ただひたすらに叫ぶエスパーダ1。

 それを他所に、アンパンマン号・RaptorがスプリットSによる方向転換を悠々と終え、即座に残りの片割れに迫った。

 

『……ッ! な、何なんだお前はッ! いったいどういう……』

 

 困惑しながらも、即座に反応出来たのは、一流の戦闘機乗りたる証か。

 エスパーダ1のドラケンは、すぐに回避行動を取り、かの者から放たれたミサイルを躱して見せた。

 

 親鳥を守る。ここで“鬼神”を阻止する。

 そんな、先ほどまで抱いていた決意など、とうに吹き飛んでいる。

 エスパーダ1は、ただ迫りくる攻撃を回避するだけで精一杯。剥き出しの生存本能のみが、この男を支配していた。

 

『……ひっ!?』

 

 そんな短い、言葉にならない声が、彼の最後の通信となる。

 一瞬、視界の端に捉えたRaptor。クリーム色のふざけた機影が見えたと思った、次の瞬間に、エスパーダ1の機体は粉砕。

 悪魔のような理不尽さで降り注ぐ、RaptorのM61A2(機関砲)により、一瞬でバラバラにされる。

 その残骸は火を噴いて、あたかも先ほど話に出た“小蠅”のごとく、地上へ墜ちて行った。

 

 

 一瞬だった。

 物を思ったり、考えたりする暇すらなく、敵のエース達が撃破される。

 先ほど「援護して」と言われたが、果たしてそれを自分は成したのだろうか? 何かしただろうか? ごはんパンマンは、そんな事をぼんやりと考え、放心するしかなかった。

 

『おい、やられたのか!? エスパーダ隊が2機とも!?!?

 冗談はよせよ! すぐ確認しなおせ!』

 

 敵側の通信。それはとても無意味で、どこか寒々しく聞こえた。

 たった今、自分はエスパーダ隊が()()()()()()()()のを見たのだし、そんな確認作業をしている余裕が、果たしてアイツらにあるのだろうか? と思う。

 

 憎き相手とは言え、混乱している敵の様子を見て、ただただ哀れに感じる。

 さっさと逃げろ。なりふり構わず。……そんなアドバイスでも贈ってやりたい気分だ。

 

『待てガルム1,その航空機は友軍だ! サピン軍機だ!

 交戦を止めよ、いま彼らとコンタクトを取る!』

 

『こちらコムギィコ空軍、第六航空師団。

 サピン機に告ぐ、直ちに攻撃を中止せよ。こちらコムギィコ空軍だ』

 

 先ほどのエスパーダ隊、そして今XBーOを護衛している戦闘機の群れは、全て友軍の物だと判明。

 同じ連合軍として、ベカリ公国を相手に戦ってきた、サピン空軍所属の者達だった。

 それが今、躊躇なくこちらを攻撃をし、行く手を阻もうとしているという有り得ない状況。

 

『駄目か……止むを得んな。

 ガルム隊へ、サピン軍機との交戦を許可する! 必ず生き残れ!』

 

 苦虫を噛み潰すような、AWACSからの声。

 交戦を中止し、AWACSが通信を投げている間も、彼らは構う事無くこちらに攻撃をおこなっていた。

 警告への応答すらなく、取り付く島もない。

 即座にAWACSは、ガルム隊の生存と、XBーOの破壊を優先。交戦許可を出す。

 状況は不透明で、何一つ分からない。だが目の前の戦いに打ち勝つことを選んだ。

 

『了解ですっ! じゃあ遠慮なく!

 さっきの二機ならともかく、こんなヘタッピ達に負けるものか!

 鎧袖一触……でよかったっけ? とにかくそんな感じっスよ!』

 

 許可が出た途端、これまでのフラストレーションを一気に開放するように、ごはんパンマンは猛然と敵機に襲い掛かる。

 攻撃は当たったり外したりしたが、確かに彼もガルム2として奮闘し、この空戦に貢献していった。

 

 けれど、それはかの“鬼神”に比べたら、端数と言えるほどの戦果でしか無い。

 ごはんパンマンが「こなくそ!」と一機を追い回している間に、彼は次々に敵機を撃墜。

 まるで一定のリズムでドラでも叩いているかのように、この空に爆発音を響かせていた。

 

 無駄なく、効率よく、外さず、素早く――――

 そんな人と人との戦いにおいては、余裕があれば心がける程度の物でしか無い、理想。

 だがもし仮に、それが()()()()としたら……できる腕があるとしたら。

 今まさにごはんパンマンが目にしている光景が、現実の物として実現するだろう。

 

 あれ? こんな簡単だっけ?

 ミサイルとか機関砲って、()()()()()()()()()()()()()()

 

 絶えることなく続くスプラッシュ(撃墜)。際限なく増えていくスコア。

 その空戦をポカンと見つめている内、ごはんパンマンの胸に疑問が湧く。

 おかしいな、こんなだっけ? 戦闘機って、こんなこと出来たっけ? 

 

 これほど正確に、早く、苛烈に、動けるものなのか!?

 これが戦闘機乗り( エース )の戦い? ……じゃ、じゃあ僕は何だ?!?!

 

 ごはんパンマンは、なんかお目目がグルグルしてきた。

 彼の操縦が、動きの理屈が、まったく理解出来ないのだ。いわゆる“ヤムチャ状態”というヤツだった。

 強ぇ! 上手ぇ! 速ぇ!

 そういうのは分かるのだけれど、……でもそれはなぜ凄いのかというのは、まったくと言って良いほど分からない。

 まるで大道芸や手品を見ているような感覚。「すごいな~、不思議だな~」ってなモンであった。

 

 

 

『気化爆弾、投下! 命中だ!』

 

 やがて、もう呆けながら操縦桿をグイグイ動かしていた~というRiajyu(ごはん)の意識を、気合の入ったAWACSからの通信が呼び戻す。

 十機以上もいた護衛機を瞬く間に墜とし、ついにXBーOを捉えたアンパンマン号・Raptorが、攻撃を開始したのだ。

 下から降る雨のような対空砲火。それを潜って真上を取ったRaptorが、腹に格納していた気化爆弾を投下。

 XBーOの背で大爆発を起こし、その巨大な炎が機体全体を覆った。

 

『すごい……凄いですSmile(アンパン)さん。

 もう僕、それしか言えない感じになってますが……とにかくパねぇっス“鬼神”!』

 

 思わずヒャッハー! と声を上げた。

 威勢の良い爆発音が響き、その衝撃によって空気が揺れるのを、機体ごしにも感じた。

 ごはんパンマンのテンションは、もう天元突破だ。

 なんか先ほどから何もしていない気がするけれど……そんなのも気にせずに声援を送る。

 Smileさん頑張れ! やっちまえアンパンマンと、嬉しそうに歓声をおくる。

 もう僚機ではなく、TVを観てる少年そのものの姿だ。

 

『Bブロック閉鎖! 総員、消火作業を急げ!

 ダメージコントロールはどうなってる!?』

 

『ガルム1,ヤツの()を叩け!

 XBーOの操縦席を狙い、操舵を奪うんだ!』

 

 敵ガンシップと、AWACS。双方の頭脳の通信が飛び交う。

 だが、同じ頭脳であっても、その優劣は歴然。

 攻める側と、守る側。成し遂げようとしている者と、地へ墜ちようとしている者。

 

『ハハ……! どんなデカブツも、ガルム1に睨まれたら終わりさ!

 やっちゃって下さいSmileさん! 僕しっかり見てます!!』

 

 カッコいい! なんてカッコいいんだ“ヒーロー”は!

 僕の憧れた人は、こんなにも凄い! こんなにも強い! 誰にも負けないっ!

 ごはんパンマンは目を輝かせる。操縦桿から手を放し、もう拍手してしまっている。

 だって、いま自分の思い描いていた理想が……“憧れ”がそこにあるんだから。

 こんな風になりたい――――いつか僕も。

 そう強く決意する事、この光景を目に焼き付けるのに、少年は忙しいんだから。

 

 そして、美しい軌道を描いて機体を翻し、またすぐさまXBーOの上を取ったアンパンマンが、再び気化爆弾を投下。命中――――

 

『よし! これでXBーOは丸裸だ!

 いけガルム1! トドメを刺してしまえッ!!』

 

『ヒャッハー! Smileさぁぁーーん!

 いっけぇぇぇえええーー!!』

 

 想いを託すような、AWACSの激。

 目をキラキラさせている少年の、楽しそうな声援。

 

 それが耳に届くのと同時に、アンパンマンがスイッチを押し込む。

 Raptorの翼から放たれた最後のミサイルが、真っすぐXBーOに向けて、放たれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う理由は無い――――

 

 もうここに、君は居ないから。

 ぼくは未だ、からっぽのままだから。

 

 

 でも……今だけは戦う。

 この戦いだけは、ぜったいに勝とう。

 

 これが最後でも良い。

 ここで終わっても構わないって……思ってた。

 でも、あのガンシップだけは絶対に墜とそうって、そう決めていたんだ。

 

 

 一人で飛ぶのは不安だ。目の前は真っ暗で、何も見えない。

 一体どう飛べば良いのか、ぼくはどうやって飛んでいたのか、ぜんぜん分からなくなってる。

 

 ()()()()()()()()、ぼくはこんなにも無力で、何も出来ないんだね?

 今日はそれを、嫌ってほど思い知ったなぁ……。

 

 

 だからもう、()()()()()()()()()()

 ただただ、強く戦うこと、果敢に飛ぶこと。

 今日はそれだけを思い、戦っていた。

 

 上手くいったのなんか、たまたまだよ。

 生き残ったのなんて……、本当に偶然でしか無かった。

 

 

 ぼくは今日、懸命にでは無く、()()()()()()()()()()()()()

 あの子達のために、死ねるのなら……、それで良いと思ったんだ。

 

 

 

 全部あげる――――

 ごはんパンマンに。これを作ってくれた子供達に。

 

 こんなつまらないぼくでも、君達の役に立てるのなら、ぼくの全部をあげたい。

 

 

 その瞳が、眩しかった。

 憧憬のこもる、キラキラした目が、辛かった。

 ぼくはそうじゃないんだって、叫びたくなった――――

 

 でも、例えぼくは空っぽでも……、君達が描くその“夢”だけは、間違いにしたくない。

 憧れや、こうなりたいという願い。それを無価値な物にするワケにはいかない。

 

 

 綺麗だ。尊い物だ。

 君達の想いは、決して間違いなんかじゃ無い。

 何かを目指し、その為にがんばる――――それはとても素敵なことのハズだ。

 

 

 だから、証明するよ。

 ごはんパンマンに、子供達に、ちゃんと見せてあげる。

 

 君達の前では、ぼくは強くあらなければいけない。

 君達がぼくを信じるのなら、それを本当にしなきゃいけない。

 たとえ、からっぽの心でも、まっすぐ立たなくてはいけない。

 

 

 何のために生まれて、何をして生きるのか――――魂の在処。

 ぼくは確かに、それを知っていたハズ。

 君がいたからこそ、見つける事が出来たんだ。

 

 

 

 “ヒーロー”は、逃げたりなんかしない。

 

 みんなのために戦い、立ち向かうのが、ヒーローだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『XBーOに命中弾! やったぞ! ガルム1がやった!!』

 

 ごはんパンマンの嬉しそうな声が響く。

 それと共に、多くの歓喜の声が、無線から聞こえてきた。

 

 いまアンパンマンの眼下には、操舵を完全に失い、黒煙を上げてゆっくりと落下していく、巨大なガンシップの姿。

 メールンを破壊し、仲間と市民の命を奪ったXBーOは、アンパンマンの手によって撃墜されたのだった。

 

『我々の死は、志の死ではない。……あと……任……たぞ。……ばい……ま』

 

 最後に、恐らくガンシップからの物であろう、途切れ途切れの声が入った。

 だが、いま喜びの中にいる者達は、それを気にする事は無い。

 ただただ、ガルム隊の無事と、アンパンマンの力を称える声が飛び交っていた。

 

 誰もが、この後に起こる出来事……すぐ目の前に迫る脅威に、気付くこと無く。

 

 

 

『ん、なんだろコレ……? 無線で信号が送られて来てます』

 

 ふいに、ごはんパンマンの不思議そうな声が、彼の耳に入る。

 

『解読してみますね、ちょっとお待ちを!

 えっとぉー、なになに~?』

 

 そして、読み上げる。

 棒読みで、そのままを口にしたごはんパンマンだったが……、その後すぐ、驚愕に息を呑む。

 

 

『“Yo buddy.( ヨォ相棒 ) You still alive( マダ生キテルカァ )?”

 ……って! コレって!?!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が止まる。

 ガルム両機の間にある空気が、凍り付くのが分かった。

 

 しかし、少しばかりの沈黙の後、時が動き出した時……。

 

 いま薄く目を開ける彼が感じたのは、からっぽのハズの心に、小さく火が灯っていく感覚。

 そして、無くしたと思っていた“勇気の鈴”が、再びリンリン音を立てはじめた事――――

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

*1
その言葉遣いから、一応は女性だと思っているのだが、でもこの人の名前には“マン”が付いているので、真偽は不明。というか基地の皆も、なんか怖くて問いただせずにいる

*2
戦闘中行方不明。

*3
1マイル = 1.6 キロメートルほど

*4
J35Jは、スウェーデン製の全天候要撃機。世界初となる、ダブルデルタ形式の翼平面形を実用化した機体。ちなみにドラケンとは、スウェーデン語で“竜”を指す言葉。

*5
フランス製の多用途戦闘機。ラファールとは“疾風”という意味のフランス語



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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅶ

 

 

 

『これが最後の出撃だな、Smile(アンパン)

 

 いつもとは違う、しみじみと感じ入るような、静かな声。

 管制塔のオペレーターが、いまヴァレー基地第一滑走路にて待機するアンパンマン機に、通信を送る。

 

『今日でケリが着く。……着けなくては、ならない。

 必ず生還しろ。それ以外は許可しない。』

 

 黒ずんだ灰色の空と、滑走路を点々と照らすライトの灯りが、操縦席のキャノピーごしに見える。

 様々なスイッチや計器に囲まれた、一人っきりの空間の中、無線からの指示に耳を澄ませる。静かに前を見つめながら、時を待つ。

 少しずつ大きくなっていくエンジン音。それとリンクするように、アンパンマンの胸の鼓動が高まっていく。

 

『準備完了だ。離陸に入れ。

 ガルム1,発進せよ――――』

 

 アフターバーナーを点火。ジェット噴射の轟音が辺りに響き渡る。

 アンパンマン号・Raptorの後部から凄まじい炎が吹き出し、機体を前に押し出していく。

 その時速は、瞬く間に三桁を突破。長い長い滑走路を一瞬で駆け抜ける。

 そして()()()とではなく、突き抜けるように放射線を描き、離陸。

 猛禽の王たる戦闘機(ファイター)が、雄々しく空へ舞い上がる。

 

『高度制限を解除。そのままの方位を維持せよ。

 では以降は、AWACS(空中管制機)の指示に従え』

 

『……頼んだぞガルム隊。

 俺たちの英雄(エース)、幸運を祈る』

 

 速度を上げ、どんどん小さくなっていくヴァレー基地。

 やがてその姿が完全に見えなくなった頃、万感の気持ちがこもった祈るような激励が、最後に届く。

 

 今、全ての仲間達の期待を背に、アンパンマン( 鬼神 )が飛び立って行った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 不気味な雨雲と、霞がかった黒い山脈。

 どこまでも続くような陰鬱な景色の中、ひたすら進む。

 

『必ず戻る……生きて帰ってくるぞ! 僕は!』

 

 隣を飛ぶ僚機。ガルム2こと“ごはんパンマン”の呟き。

 それは固い決意を感じさせる声色で、彼がいま集中力を高めながら、気合を漲らせている様子が見て取れた。

 

 いつもの陽気さや、軽口は無い。

 それは至極当然。今から二機が向かうのは、まごう事なき“死地”に他ならぬのだから。

 無口なアンパンマンのみならず、ごはんパンマンまでもが黙り込んでいる。

 二人はお互いの操縦席で、静かに前を睨みながら、機体を前に進める。

 

 

 これから向かうのは、北ベカリのムント渓谷に位置する、“アヴァロンダム”という地底施設。

 ここは現在、ベカリ軍により接収されおり、“国境無き世界”を名乗るクーデター組織の本拠地と化している。

 更にはここで、“V2兵器”なる物が配備されている事が、連合軍の調査によって判明した。

 

 世界の脅威となる、この大量兵器の破壊。

 それが今回ガルム隊に与えられた任務であった。

 

 革命軍の兵士構成は、ベカリのみならず多国籍に及び、強力な軍備と多数の兵器を所持しているものと予想された。

 加えて、ムント渓谷へ向かうためのルートには、その道中にかの“円卓”B7Rが待ち受ける。

 現在アヴァロンへ向かっている連合軍部隊と、一刻も早く合流する為には、強固な防衛戦力が配備されているであろう、この危険極まりない空域を、まっすぐ突っ切って行く必要があった。

 

 

 過去に、戦闘機乗りの聖地と呼ばれ、熾烈な激戦が繰り広げらた場所――――“円卓”。

 ここに赴くというだけでも、若い戦闘機乗りが表情を硬くするのは、無理からぬ事だった。

 

 死ぬかもしれないという気持ちと、必ず生きて帰るという気概。そのふたつが激しくぶつかり合い、コロコロと優勢な側が変わる。

 寄せてはかえす波のように、不安な気持ちに襲われては、それをブンブン首を振りながら打ち消すという、その繰り返し。

 緊張で呼吸は荒くなり、心拍数が高まる。まだ戦ってもいないのに、視界が狭まっていくのを感じる。

 

 幾多の空戦を生き残って来たごはんパンマンをしても、この“円卓”という戦場、そして今日という日は、特別な意味を持っていた。

 

 

 それに対し、アンパンマンの方はどうなのだろう?

 実はごはんパンマンには、未だによく分かっていなかったりする。

 彼が極端に無口だというのもあるが……、その様子がいつもと違うのかどうかは、どうも判断が付かずにいた。

 

 この作戦前に、一度顔を合わせた。

 会議室で会った時、彼はこちらの顔を見た途端に、()()()()()()()()()()

 それも……どこか昨日までとは違う、とても自然な表情で。

 柔らかくて朗らかな、まるで緊張しているこちらを気遣っているかのような、優しい笑みをしていたと思う。

 

 ちなみにだが、今日もいつも通り、パン作りはおこなっていたらしい。

 流石にいつもの時間ではないが、しっかり自分の顔となるパンを焼いた後に、作戦会議室へ来たらしい。朝食にでもしろとばかりに、基地の皆へパンも配っていたし、ごはんパンマンも受け取った。

 

 恐らくは、決戦となる戦い。全ての決着がつくであろう重要な日。

 そこに至っても、彼はいつも通り。なにも変わった様子は無かったのだ。

 

 いや……、前述したように、どこか不自然なまでの()()()はあった。

 確かに、にこやかではあるけれど……、どこか作り物のように感じていた笑顔。それが今日に限っては、まごう事なき本物に思えたのだ。

 

 皆の緊張を、解きほぐそうとしたのかもしれない。

 大丈夫だ、心配するなと、周りに示すための物だったのかもしれない。

 無口ではあれど、心優しい彼ならば、そうする事に何の不自然も無いから。

 

 しかし、ごはんパンマンは、どこか違和感を感じた。

 今日のアンパンマンさんは、どこか違う――――この作戦の事とは別に、何かあったのではないだろうかと。

 

 その理由に、心当たりはある。

 けれど、決してそれを口に出すことは、出来なかった。

 

 あの送り主不明の……だがハッキリと誰からの物かが分かった、無線信号。

 MIAとなったあの人が、生きていたという事実への衝撃。

 そして今回のクーデターに、あの人がどう関わっているのかが、分からなかったからこそ、それを口にする事は出来なかった。

 

 あれを受け取った時も、そして基地に帰ってからも、彼は無言だった。

 思えば、あれから一言も言葉を発することなく、今日この時を向かえたんじゃないかと思う。

 

 いったい彼が何を想っているのか、この後どうするつもりのか。……それは分からない。

 もし仮に、あの人がこのクーデターに関わっていて、敵として相対する事になったならば……その時彼はどうするのだろうという想いが、頭を離れない。

 

 だが彼に問いただす事は、出来ない。

 あたかも、今日の彼の平然とした様子は、それを話すことを拒否しているかのようにも、思えたから。

 取り付く島が無く、踏み込ませない、という雰囲気があったのだ。

 

 そもそも、ただいつもより自然な表情で、穏やかな笑みを見せてくれている、というだけの話なのだ。

 ふさぎ込んでいたり、調子が変だというのならばともかく……、そんな事で「今日の貴方はおかしい」などと、どうしてそんな失礼な指摘が出来よう。

 こちとらルーキーもいいトコで、いつも彼の世話になっている身。頼りない下っ端なのだ。

 

 ゆえに、ごはんパンマンは、ただただ彼を信頼するのみ。

 この戦いに勝ち、きっと世界に平和をもたらしてくれる、みんなを守ってくれると。

 そう信じるのみだった。

 

 

 

 ――――不安? 緊張してるの?

 

『ッ!?!?!?』

 

 唐突な、彼からの無線。

 それに驚いたごはんパンマンは、思わずビクンと3㎝ほどシートから跳ねた。

 ベルトをしているから、すぐ元の姿勢に戻れたけれど。

 

『い……いえいえ! これは武者震いってヤツっスよ!

 すいません、黙り込んじゃって! なんか暗い空気にしちゃってました?』

 

 ――――ううん、平気。

 

 ワチャワチャしながらも、慌てて応答。

 彼はさも自然といった風に、リラックスした声で返事をくれた。

 

 ――――不安になったり、くじけそうな時は、“良い事”だけを思い出すといいよ。

 ――――楽しかった思い出や、自分が好きな物の事を、たくさん考えるんだ。

 

 そう、ごく自然な声の無線が届いた。

 それは、何気ない雑談。気負いのない言葉。優しい心遣いだった。

 けれど……彼はそんな事をする人だったか? ただただ無言で、皆を背中で守るというような、そういう人物ではなかったか?

 すごく有難いし、嬉しいし、今もらったこの言葉は人生の道しるべとして、これからずーっと覚えておこうとは思うのだが……。

 それとは別のところで、やはりどこか違和感を感じた。

 

『す、Smile(アンパン)さんは……いつもそうしてるんスか?

 これが強さの秘密、ってヤツです?』

 

 思わず、といったように問う。

 別に深く考えて言った物ではなく、ただ「会話しなくては」という想いに急かされて出たような言葉。

 

 けれど、応答は来なかった。

 ただ、フフッという小さな笑い声が、かすかに聞こえただけ。

 

 これが気のせいでもなんでも、彼の“笑い声”なんて物を初めて聴いたので、ごはんパンマンは更に驚愕。

 先ほどもあったが、まだ敵と戦ってもいないのに、物凄い混乱の渦に叩き込まれた。

 まぁ暫くしたら元に戻ったし、「Smileさんと会話できたぞ! また一歩前進だ!」という喜びにより、ヘブン状態になってしまったけれど。

 

 

 

『これより、B7Rの空域を通過する。

 ガルム隊、心構えをしておけ』

 

 調子に乗って舞い上がり、応答も来ないのに一人で喋り倒していたごはんパンマンは、ふいに入って来たAWACSからの警告によって、その口を閉じた。

 

『知っての通り、ここは最悪の場所だが、ムント渓谷への最速ルートだ。

 そのままの進路で突っ切れ』

 

『了解っス!』

 

 気合を入れ直し、改めてしっかりと操縦桿を握る。

 眼下には、丸く円を描くように凹んだ大地。まさに“円卓”と言わんばかりの光景が広がっている。

 まぁこれは、かのアーサー王伝説にあるような、大そうな良い物で無いが。

 いつかあの人が称していた“魔女の釜”という言葉が、ふと頭に浮かんだ。

 

 来るか? 始まるのか?

 そんな疑問は、抱くだけ無駄だ。

 なぜなら、戦場という場所において「起きて欲しくない事」や「嫌な予感」というのは、もう悉く実現してしまう物なのだから。

 

 当然来るし、始まるに決まっている。

 ここは他ならぬB7R、戦闘機乗り達の聖地なのだから。

 

『――――警告! レーダに反応あり!

 高速で接近してくる、敵性航空部隊を確認!!』

 

 やれやれ、そんじゃあ行きますかね。

 先ほどのテンションを若干引きずりながら、ごはんパンマンが手に力を込める。

 右手に操縦桿、左手にスロットルレバー。その存在をしっかり確かめた後、眼前の空を睨む。

 

 

『空路を変更している暇は無い!

 ガルム隊、“円卓”の敵勢力を排除せよ! 突破するぞッ!!』

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『ゴルト1より各機へ、状況を開始する――――』

 

 緑の迷彩色の戦闘機が8機。

 隊長のGault(ゴルト)1を先頭に、くの字の編隊で飛んでいく。

 

『前方に目標を確認。ガルムだ。

 彼らが好きな“殺し合い”で、正義を決めよう――――』

 

 その言葉と共に、8機のベールクト*1が上下に広がるように散開。

 巨大な壁を形成し、正面からガルム隊へ迫っていく。

 

『足止めされている場合じゃないぞ!

 速やかに敵機を排除し、この空域を抜けるんだ!』

 

 AWACSからの激に、コクリと頷きだけを返す。

 視線も、意識も、決して眼前から離さず、アンパンマンは集中力を高めていく。

 

『8対2! これを多いと見るか、少ないと見るか……。

 いつもの事を思えば、微妙な所っスね!』

 

 突貫。ガルム隊が臆せず真正面から突っ込んでいく。

 途中、敵部隊から放たれた機関砲を、最小限の動きで軌道をずらし、回避。

 

 そしてアンパンマンは、その中の一機を目標に定め、ヘッドオン。*2

 距離が700を切ろうとした瞬間、迷う事無く操縦桿のボタンを押し込む。

 Raptorの主翼から空対空ミサイル発射、命中――――

 その撃墜を確認する事も無く、即座に斜め90度に旋回。するどく機体を翻す。

 

 一発かよ! しょっぱなから撃墜かよ!?

 そうごはんパンマンは「すげぇ!」と叫びそうになったが、未だ7機に取り囲まれているというエゲツナイ状況なので、なんとか自重してみせた。

 

『“円卓の鬼神”か……。

 願わくば、別の形で会いたかったな』

 

 恐らく隊長機、ゴルト1の物であろう小さな呟きが、こちらに届いた。

 憂いを含む、寂しそうな声。だがそれは、強者の余裕を感じさせる響きを伴っていた。

 

『敵は、かなりの腕前のようだな。

 これが話に聞く“ゴルトの巣”か……見事な包囲戦術だ』

 

 AWACSが、ギリリと歯ぎしりをする。

 戦争が終結しても、未だこれほどのパイロットがベカリにいる。

 そして、彼らはまだ戦い続けているのだ。……“国境無き世界”という名の、クーデター組織を結成して。

 

『くそっ! 円卓になんて、もう意味はないってのに……!』

 

 Raptorの比類なき旋回性能を見せつける、あたかもその場でクルッと身を翻したかのような、小さく円を描く旋回。

 その後、即座に敵を捕捉。同時にAAMを発射――――Splash(撃墜)

 空戦の開始から僅か15秒足らずで、早くも2機がB7Rの大地に向け、黒煙を上げて墜ちていった。

 

 そのアンパンマンの姿に憧れはすれど、ごはんパンマンは憤りを感じざるを得ない。

 こんな事をしている場合じゃない。自分達はすぐムント渓谷へ向かい、V2とかいう大量破壊兵器を粉砕せねばならないのだ。

 懸命に敵機を振り切り、攻撃を躱しながらも、ごはんパンマンは焦りに身を焦がす。

 

『何してんだよッ! いったい何のつもりだアンタらッ!

 戦争は、もうとっくに終わってるんだよッ!!』

 

 叫ぶ。

 ここがB7Rで、己がいま空戦の最中だという事すらも忘れ、怒声を放つ。

 こいつらが分からない。なぜ自分達が戦っているのか分からない。

 なぜこの者達は、せっかく訪れた平和を壊そうとするのか、まったく理解できない。

 そんな若者の憤りが届いたのかは、定かでは無いが……。

 

『今、戦場を知らぬ政治家どもが、テーブルについている。

 自ら血を流すことも、戦う事もしない、下らん連中が――――』

 

『ッ!?』

 

 ゴルト1の声。

 交戦中であるハズの敵が、ごはんパンマンに対して、返答したのだ。

 

『せ……、戦後の話し合いだ! 大事なことじゃないか!

 平和な世界を作るために、どうすればいいのかって、皆で話し合ってるんだよ!』

 

『違う、()()()()()()()()

 犬のように浅ましく、見るに堪えんほど醜い。

 だから、全て終らせる――――』

 

『ッ?!』

 

 息を呑む。

 敵であるハズのヤツの言葉が、狂った戯言でしかないハズのそれが、否定できない。

 ドスンと音をたてて、胸に突き刺さる。

 

 

『王を育てた責任――――それが“理由”だ』

 

 

 

 その一言を最後に、応答が途切れる。

 ごはんパンマンの胸に、得も知れぬ感情が湧き、操縦桿を握る手がワナワナと震える。

 なんだ……コイツらは。いったい何なんだ!?

 その疑問で、頭が埋めつくされる。

 

 ヤツラが命を懸ける理由……決死の覚悟。

 まったく理解は出来ないまでも、確かにそれを言葉の中に感じ取り、青年は何も言うことが出来なくなってしまう。

 まだ年若く、薄っぺらな自分とは違う本物の兵士(・・・・・)の姿が、そこにあるように思えたから。

 怒りが湧く。「クソッ! Fuck!」と悪態をつき、シートを殴りつける。

 そんな事しか出来ない自分が、とても情けなく思えた。

 

 けれど……。

 

『敵機撃墜! いいぞガルム1!!』

 

 そのAWACSの声を聞いた途端、ハッと意識を戻した。

 目を向ければ、今も多数を相手に獅子奮迅の戦いを見せる、憧れの人の姿。

 

 Raptorが空にループを描き、そこから猛禽を思わせる鋭い動きで、上から襲い掛かる。

 何も分からぬまま、成す術なく地に落ちていく敵機。それとは対照的に、太陽の光に照らされながら優雅に空を舞い続ける、アンパンマン。

 

 その美しい光景に、少年はまた目を奪われた。

 息をする事も忘れ、彼の動きに見入ったのだ。

 

『墜とされたか……。穴は自分が埋めます』

 

 ゴルトの隊員が、猛然とRaptorに迫っていく。

 敵を落としたばかり、次の行動に移ろうとするその隙を狙い、上空から機体を翻して急降下。貫くような勢いで突進。

 

『よしっ! ヤツのケツを取っ……!?』

 

 やった! 後ろに着いたぞ!

 そう思い、歓喜が胸に込み上げようとした、その瞬間……、Raptorが()()()()()()

 知っていたとばかりに、あたかも後ろに目があるかの如く、まるでこの空域の全てを把握しているかのように。

 かの機体は弾丸のように螺旋状に回転。進行方向と高度を保ったまま、ごく自然に飛行速度を落とす。

 その結果、たった今その後ろに付いたばかりだったゴルト機は、減速を間に合わせる事が出来ず、追い越してしまう。

 前後であったゴルト機とRaptorの位置が、あっさりと手品のように入れ替わったのだ。

 

『ひっ……!!??』

 

 墜とせる、という喜びを抱いたのもつかの間。

 即座にやってきた絶望と、死ぬという直感に、短く悲鳴を上げる。

 そして、それがそのまま、彼の遺言となった。

 後ろを取り返されたのに気が付き、思わず喉から声が出るのと同時に、Raptorから放たれた機銃が、彼のベールクトをバラバラにしたから。

 

『ほう、これが噂の“鬼神”か……。

 なかなか魅力的なヤツじゃないか』

 

 上手い! すげぇ! と呆けていたごはんパンマンの耳に、先ほども聞いたゴルト1の声が届く。

 余裕あり気に「くっくっく」と笑っているのを感じた途端、ムカッと怒りが再燃。

 何が魅力的だ! お前らなんかが言うな! そう叫ぶ代わりに、アンパンマンの方へ向き直った。

 

『スプラッシュ! いけますよSmile(アンパン)さん!!』

 

 キラキラした瞳で、彼を見つめる。

 今も果敢に、カッコ良く戦う彼を、目に焼き付ける。

 

『また墜とされた!? ……隊長、パターンの修正を! いったいどう飛べば!?』

 

『ゴルト2、そのままで構わん。いつものようにや……』

 

 ゴルト隊員が指示を仰ぎ、隊長機が応答しようとした。

 だがそれは、Raptorの放つAAMにより途切れる。

 たった今、助けを求めていたゴルト機は、もう既に炎に包まれ、爆散していた。

 

『……簡単には、手を読ませてくれんか。

 おもしろい……!』

 

『隊長,指示を下さいッ!

 もうこちらは3機しかいない! ヤツを包囲など出来ません! 指示をッ!!』

 

 ごはんパンマンの脳裏に、いま冷や汗をかいているゴルト1の姿がアリアリと浮かぶ。

 隊長だからって、余裕ぶった態度をかましてても、その内心ではハッキリ感じているハズだ。“恐怖”を!

 ざまぁ見ろ! いい気味だ! そう「ウケケケ!」と笑い声をあげたくなる。

 流石に下品だし、自分はあの人とは違うので、自重したけれど。

 

『いいぞ! やっちゃえSmile(アンパン)さん! ぶっ倒しちゃえーっ!』

 

『敵航空機、残り2!

 ガルム1,あと一息だッ!!』

 

 ごはんパンマンとAWACSの声援が、重なって響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みんな一緒だ。

 

 数を揃え、大勢で取り囲み、優位を作ってから戦う。

 カッコつけて、下卑た笑みを浮かべながら、ぼくの前に立つ。

 

 

 いつもそうだ……、君たちは。

 誇りや、道理や、信念を謳いながら、平然と非道な行いをする。

 都合の良い大義名分(いいわけ)を口にしながら、嬉々として自らの悪性を解き放つ。

 いつまでも飽きる事なく、し続ける。

 

 そして、自分が負けそうになった途端、喚き散らす。

 情けなく、恥も外聞も無く、バカみたいに泣くんだ。

 

 

 そうじゃなかったぞ――――ぼくの友達は。

 いつも心のままに行動し、自分の力のみで、意地を張り通していたぞ。

 

 誰かの唱える理想や、力ある者の命令……。

 そんな物に自分を預けずに、己の全てをかけて打ち込み、意思を貫いた。

 なんど負けたって、決して自分を曲げずに、誇り高く生きていた。

 

 たった一人、一個の存在として、ぼくと向き合っていたぞ。

 

 

 なにが……「別の形で会いたかった」だ。

 ぼくは願い下げだ。

 

 徒党を組み、自分達を上に置き、勝てる確信があったからこそ、来た。

 自分が死ぬつもりは毛頭なく、ただ一方的な殺しを楽しみたくて、ここに来たんだろう?

 

 

 ――――邪魔だ。消えろ()()()()

 

 

 君達なんてきらいだ。

 構ってる暇なんて無い――――ぼくは急いでる。

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

『こ……国境無……せか……が……、全……の境界を、無……』

 

 ノイズまみれの音声が、途切れる。

 いま彼の眼下には、バラバラに砕けながら落下していく、ゴルト隊1番機の姿がある。

 

 それをロクに見もせずに、さっさと機体を翻し、空路を元の方位に戻す。

 そのまま一言も発する事無く、この場を飛び去って行く。

 

 

 ――――Kiss my ass( くそくらえだ ).

 

『えっ』

 

 ごはんパンマンは思わず声が出た。

 ふいに放たれた言葉だったので、よく聞き取ることが出来なかったのだ。

 

 ――――なんでもないよ、行こうか。

 

『あ、はい! 先を急ぎましょうSmile(アンパン)さん!』

 

 慌てて方向転換し、急いで追う。

 アンパンマン号・Raptorは、アフターバーナーを使わずとも音速を超えて飛ぶことが出来る凄い機体なので、ついていくのは大変なのだ。ボサッとしていられない。

 

 それにしても……ごはんパンマンの脳裏には、先ほど見たアンパンマンの戦いぶりが、今も焼き付いていた。

 確かに、先日も敵戦闘機乗り( エース )と戦っている所を見たし、それはとても凄かったのだが……。

 でも今日の彼の戦いぶりは、()()()()()()――――

 

 “情け容赦ない”、という言葉がこれほどピッタリ来る戦い方も、他に無いんじゃないかと思えるほどに、苛烈な飛び方だった。

 まるで、彼の身の内に巣食う怒りが、そのまま表れたかのような、激しさ。

 反面、その動きは機械のように正確で、どこか冷たさを感じるほど淡々と敵を墜としていったように思う。

 

『……円卓の、鬼神……』

 

 ボソッと、無線に乗らないほど小さな声で、呟く。

 今まで、それは純粋に強さを評する言葉だと捉え、誇らしく感じていた。

 しかし……自分が今日感じたは、()()()()()

 今日のアンパンマンの姿は、比喩などでなく、まさに鬼神そのもの。

 

 この人が墜とされる所、誰かに負ける所など、少しも想像できなかった。

 彼の圧倒的な力が、健気にも立ち向かってくる敵兵たちをどんどん蹴散らしていく。その様を少年のような心で見守っていた。

 

『勉強させて貰いますよ。

 今日のことは、絶対に忘れない』

 

 怖い? 恐れる?

 否。この子はそんなデリケートには出来てない。

 ただただ、カッコいい物に憧れるお年頃。自分もこうなりたいな~と夢を描くのみだ。

 

 

『見届けますよ、Smile(アンパン)さんの軌跡を! 必ずッ!!』

 

 

 この背中を憶えておこう。

 そしていつか、僕も追いつくんだ――――

 

 そんなワクワク感と、滾る想いを胸に、彼を追いかけて行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 今は、一刻の時すらも惜しむ状況。

 予め手配されたタンカープレーンにより、空中補給を受けていたアンパンマンのもとへ、連合軍が入手した“アヴァロンダム”に関する情報が、転送されてきた。

 これによると、ムント渓谷のダム周辺には、あらゆる者の侵入を拒む、現在強力な対空防衛網が配備されているとの事だった。

 

 そこで、ディフェンスとして敵対空砲火を上空で引き付ける、連合軍航空隊……。

 そしてフォワードとして、目標地点まで渓谷を低空侵入する攻撃部隊の、2グループに別れての作戦が発案された。

 

 アンパンマンらガルム隊が担当するのは、後者の攻撃部隊。

 敵基地“アヴァロンダム”に接近しうる唯一のルートであるダムを通り、V2発射制御施設を破壊する任務を請け負う事となった。

 

 いわく、かのV2ミサイルなる兵器には、核弾頭の搭載が推測されるという。

 この1発による被害は、先の7つの戦術核による物を、大きく上回るだろうとの事。

 

 連合軍総動員で行われる今作戦に、失敗は許されない。

 必ずV2発射を食い止めるという気概を以って、アンパンマンを始めとする各国のエース達は、決戦の地アヴァロンダムへ向かうのだった。

 

 

 

 

『こちらガルム2,作戦空域に到達。ムント渓谷に入りました!』

 

 アンパンマンとごはんパンマンの両機は、巨大なダムの壁を飛び越え、すぐさま高度を落として地面すれすれを飛行。

 眼下に流れる川を道しるべとしながら、機体を走らせていく。

 

『ガルム隊、上空からの侵入は無理だ。展開している敵部隊に狙い撃ちされる。

 このまま水面を低空で飛び、敵要塞へ接近せよ』

 

『了解っス!

 なんかやたらとクネクネした空路ですが……でもなんとかしてみます!

 僕とSmile(アンパン)さんならやれますよ!』

 

 この川は、ちょうど戦闘機一機ほどの幅で、すぐ両脇を小高い山脈に挟まれていて、とても狭い場所。

 しかもこの道は、蛇のように曲がりくねっており、まるでFー1サーキットを走らされているような気分だ。

 ひとつ違いがあるとしたら、Fー1であれば例えコースアウトした所で、少しばかりタイムが遅くなるというだけ。

 だが今彼らが飛ぶ場所は、コースから外れてしまえば、山に激突する。

 少しでも操縦を誤り、主翼が岩壁に接触すれば、それだけで戦闘機は損傷し、即墜落となるだろう。

 

 とても狭く、見通しの効かない曲がりくねった道。しかも地表には航空機を迎撃すべく、多くの地対空砲が配備されており、それを避けようと上空にあがれば、待ち構えている敵航空機部隊に狙い撃ちされてしまう、という状況。

 これでは上下左右にまったく余裕が無く、狭い筒の中を飛ばされているのと大差ない。

 針の穴を通すような、繊細な操縦技術を要求されるのみならず、すぐ両脇を囲んでいる山々や、地上および空の敵部隊が、緊張感を煽る。

 

 これはまさに、死のレーシングともいうべき空路。

 ガルム隊をはじめとする攻撃部隊の面々は、誰もがヘルメットの奥に汗を流しながら、懸命に操縦桿を握る。

 

『くそっ、しっかり飛びやがれってんだ! このポンコツがぁ!』

 

『お前ら、ビビるんじゃねぇぞ! こんな渓谷がなんだってんだ!

 ガルムにばっか、良いトコ持ってかれてたまるか!』

 

 背後に続く友軍たちの声が、絶え間なく聞こえてくる。

 誰もがその声色に緊迫感を滲ませ、死の渓谷とも言うべき空路を必死に飛ぶ。

 

『ちきしょう! 壁が迫って……!?!?』

 

 轟く爆発音。

 それと共に、たった今耳にしていた音声が途切れる。ノイズしか聞こえなくなる。

 

『DHCのサプリメントパンマン(亜鉛)がやられた!

 くそったれ! 攻撃部隊、残り8機だぜ!』

 

 なんつーもんをパンに入れとんねん――――

 そうツッコミたいRiajyu(ごはん)であったが、自分も大概な自覚があったので、黙って操縦に集中する。

 

『同じく、DHCサプリメントパンマン(鉄分)も、壁に呑まれやがった!

 Damn it(ちきしょう)! 残り7機だ!』

 

 だから入れんなと――――

 そもそもサプリメントって、一日一粒が目安とちゃうんか。そんな摂ったらアカンがな。

 加えて、どういう風に、パンの味に作用するんだろう? 美味しいんだろうかサプリメント?

 この一瞬で、ごはんパンマンの頭に様々な疑問が浮かんだ。

 

『うっ! 左翼をぶつけちまった!

 すまねぇみんな! 麦茶パンマン、戦線を離脱する! 俺に構わず行けぇ!』

 

 どうやってパンにしたん? 麦茶を凍らせて包んだの? それ大丈夫なん?

 気になる! めっちゃ麦茶パン気になる! ……でも今は、操縦の方に集中せねばならない。そうせねば墜ちてしまう!

 

『踏ん張るんだ! カントリーマアムパンマン!

 ガルム隊がV2をやるまで、耐えるんだ!』

 

『そうね、アルフォートパンマン!

 Smile(アンパン)達なら、きっとやってくれるに違いないわ!』

 

 クッキーを入れるな! 小麦粉in小麦粉すな!!

 そのままで美味しいのに、なんでパンに入れるの?!

 今ごはんパンマンの機体が、あやうつ岩壁に主翼をぶつけそうになった。

 もう友軍が気になって仕方ない。

 

『死ぬなぁぁぁーー! 永谷園の麻婆春雨(はるさめ)パンマァーーン!!

 攻撃部隊、残機5です!』

 

『もやし炒めパンマンが墜ちたぞ! 機体がポッキリ真ん中から折れた!?

 もやしみてぇな強度だなオイ!!』

 

『ブラックサンダーパンマンも死んだッ!!??

 強そうな名前でも、一個30円だもんな! 残機3になりました!!』

 

 次々に岩壁に激突し、散っていく仲間達。ボコーン、ドガーンみたいな音がたくさん鳴った。

 無線から届く墜落報告や、悲痛な断末魔の声を聞きながらも、ガルム隊の二人は必死で渓谷を飛ぶ。仲間達の想いを背負って。

 

 しかし……何故だろう? あまり死んでいった連中に()()()()()()()()

 そら墜ちるわ、弱そうだもんとか思ってしまう自分は、酷いヤツなんだろうか? ごはんパンマンはうんうん悩む。

 

『くそぉ! もうガルム隊の他は、俺こと青じそドレッシングパンマンしか残ってねぇ!

 だが心配すんなってガルム隊♪ しっかり背中は守るぜ!』

 

 駄目そうやなぁアンタ――――速攻墜ちそうやなぁ。

 そんなごはんパンマンの予想は、しっかり5秒後に現実の物となった。

 背後でドゴーンみたいな音が響いた後、聞こえてくるのはノイズのみとなる。

 

『ふっ、待たせたなガルム隊! 援護に来たぞ!

 このエバラ焼肉のたれ、黄金の味パンマンが来たからには、大船に乗ったつもりでいろ!

 肉は入ってねぇけどな!』

 

『さとうきびパンマン参上! 骨ガムパンマンもいるぞ!

 お前にばかり良いカッコはさせないぜ! 助太刀する!』

 

『へへっ♪ ケーキの箱についた生クリームパンマンの事も、お忘れなく!

 さぁ行こうみんな! 最後の戦いへ!』

 

『――――帰って下さいよアンタら!! 二人で行きますからッ!!』

 

 たった今、別部隊から駆けつけて来てくれた人たちを、一喝して追い返す。

 彼らは「しょぼーん」みたいな顔をして、すごすごと元の空域へ引き返して行った。

 

『Fuck! 連合軍はロクなヤツがいないよ!

 というか、よく戦争勝てましたねコレで?!?!』

 

 本当に、アンパンマンがヴァレー基地に来てくれて良かった――――そうでなきゃ絶対に負けてたと思う。

 ごはんパンマンは、しみじみと円卓の鬼神に感謝した。いつもありがとうSmile(アンパン)さん。

 

『やった! ガルム隊が渓谷を抜けたぞ! やりやがったアイツら!』

 

『よしっ! 敵の本拠地はすぐそこだ! 行けぇーガルム隊!』

 

 ヒューヒュー、やんややんやと歓声をおくる仲間達。まぁガルム隊の二人は「やかましいわ」みたいな気持ちだが。

 そして、そうこうしている内に、アンパンマン達は渓谷の迷路を無事に突破。

 狭かった視界が、一気に広くなり、眼前に巨大な軍事施設があるのを確認した。

 あれが敵クーデター組織の本拠地、アヴァロンダムだ――――

 

『全機、上空で敵を引き付けろ!

 V2のことは、ガルム隊に任せる!』

 

『行ってこいSmile(アンパン)! Riajyu(ごはん)

 なぁに、墜ちた連中のことは心配すんな。

 全員ベイルアウトしてたし、()()()()()()()()

 

 生きとんのかいアイツら――――死んだらよかったのに。

 そんな不謹慎なことを思いながらも、ガルム隊が巨大な防壁を飛び越え、ついに軍事要塞アヴァロンダムへと侵入を果たした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『核なんて……あんな光景は二度と見たくないっス。

 絶対に阻止しましょうSmileさん!

 V2だか何だか知らないけど、ぶっ壊してやる!!』

 

 いくつもの対空砲、倉庫、管制塔が並ぶ、軍事要塞アヴァロンダム。

 その上空を飛び、凄まじい砲火を受けながらも、基地を攻撃していくガルム隊の二人。

 

 辺りにはサイレンが鳴り響き、それに爆音と射撃音のパーカッションが彩りを加える。

 戦場が奏でる耳障りな音楽の中で、ひたすら攻撃目標を目指して飛び続ける。

 

ばいきんミサイル( V2 )、リフトオフ準備完了。

 発射カウントダウン、開始します』

 

『――――ばいきんミサイル?!?!』

 

 ずっこけそうになった。

 もしシートベルトしてなかったら、吉本新喜劇みたくなっていただろう。

 ごはんパンマンは、思わず叫んでしまうが……何故かそれに対する応答が、敵オペレータから届いた。

 

『諸君らはV2などと呼称しているようだが、正しくはB2。

 正確に発音したまえ、“ヴィ”ではなく“ビィー”だ。これだからコムギィコ人は……。

 もっと詳しく言うと、あれば“ばいばいきーん”のB2である。間違えないでもらおう』

 

『――――そんなんどーでも良いんスよ!!

 なんすかその変な名前!? 核ミサイルなんでしょ?!?!』

 

 そんなんで殺される人々の気持ち、アンタ一回でも考えた事あんのか!! 人類が浮かばれんわ!!(妖精だけど)

 そうは思うのだが、今は文句を言ってる場合じゃない。一刻も早く“ばいきんミサイル”? の発射を阻止せねばならないのだ。

 ごはんパンマンは歯ぎしりをしながら、辺りにあるAAガン(地対空砲)などを破壊していく。この怒りをぶつけるように。

 

『ガルム隊、発射制御のある施設は、そこのダムの中だ!

 隔壁が閉まる前に侵入し、制御装置を破壊しろ!』

 

 AWACSからの指示。

 いつも頼りになる、聞き慣れた渋いオジサマの声で、なんとか平常心を取り戻す。

 

『調査によれば、ダムの底に3箇所の発射制御装置がある!

 それを全て破壊するんだ! 急げ!』

 

『B2ミサイル発射まで、残り4分――――』

 

 AWACSの声と、敵オペレータの警告が重なる。

 ごはんパンマンは急いで辺りを見回し、施設があるというダムの入口を探すが……。その時。

 

 

『聞け、連合の犬どもよ。

 破壊という名の新たな創造は、正道な力を以って我々が行使する――――』

 

 

 突然、無線に届いた、聞き慣れない声。

 あたかも演説をしているような、高らかな男の言葉が、この場の全ての者達に向けて放たれる。

 

 

『領土、人民、権力……今その全てを開放する。

 “国境無き世界”が創造する、新しき国家。その姿を見るがいい――――』

 

『最早、国籍や国家も意味を成さない。

 その線引きは、いま我々が消し去る――――』

 

『“国境無き世界”が、人類の歴史に、新たな物語を書き連ねる――――』

 

『世界は、変わる――――』

 

 

 なんだ……これは!? なぜこんな無線が!?

 ごはんパンマンの思考は、極度の混乱に陥る。

 

 低く、静かな、人の心に染みわたるような声。

 世界中に向けて勧告……いや自分達の勝利を宣言するかような言葉。

 己の理想に陶酔し、新しく作り出す世界へと思いを馳せ、歓喜に浸る男――――

 

 なんなんだ、“国境無き世界”っていうのは……。

 なんなんだ、こいつらは……!

 あの円卓で戦ったエース達もそう、ガンシップに乗っていた連中もそう、いま演説をしている男もそう。

 こいつらは皆、()()()()()

 冷静に、知的に振舞いながら、静かに狂っている……!

 

 絶望という病に侵され、人であろうとする事を止めた者達。

 希望を信じ、その為に戦うのではなく……狂気と破壊によって世界を変革しようとする者達。

 

 そんな奴等の事、まだ若い彼に理解出来ようハズもない。

 人を愛し、誰よりもまっすぐ生きてきた青年には、このような狂人達の思考、分かるワケがなかった。

 

 

 ――――よく喋るね、()()()()()()

 

 

 ピクリと、身体が跳ねる。

 茫然と、得も知れぬ恐怖に震えていたごはんパンマンの意識が、たった今聞こえた声によって、ハッと戻された。

 

 ――――自信が持てないから、饒舌になる。

 ――――自分でも間違いが分かってるから、たくさん言葉を重ね、押し通そうとする。

 

 ふと見れば、いま自身の遥か前方に、スゥイーっと小さな建物の方へ飛んでいく、アンパンマン機の姿があった。

 それをごはんパンマンは、ただ茫然と見守る。

 

 ――――うん、この辺かな? きっとそうだ。

 

 やがてアンパンマン機が、目的の建物のすぐ前まで到達。

 狙いを定めるように、まっすぐ建物の方に機体を向けた。

 

 

 ――――えい!

 

『うわぁぁぁーッッ!! ぎゃああああああああああああッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 ウィザード1の()()()

 そして容赦なく建物をハチの巣にする、RaptorのM61A2(バルカン)の轟音が響いた。

 ドガガガガ! バッキャー! みたいな感じの。

 

 死んだ――――業務用チョコレートパンマンこと、ウィザード1は死んだ。

 今アンパンマンが、機嫌良さげに演説かましてたバカを、空気も読まず木っ端みじんにした! 完膚なきまでに!

 

 

 

『……あの、えっとぉ……、Smileさん?』

 

 ――――?

 

 暫しの時……というかたっぷり20秒ほどが経過し、ようやく放心状態から立ち直ったごはんパンマンが、彼に声を掛けた。

 

『なんで、その建物を?

 別にそこって、敵の対空砲とか無いし、攻撃対象でも無いのに……』

 

 ――――なんとなく、だよ。

 

『いやいや、なんとなくってアンタ……。

 つか、あの気持ち悪~い人、死にましたよね? 今ハチの巣にしましたよね?

 Smileさんって、なんかあの人に()()()()()()()()()()?』

 

 ――――別に……。

 

 

 

 いわく、昔の人はこう言ったという。“馬に蹴られて死んじまえ”と。

 彼がどう思っていたのかは、知る由も無いが。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『B2ミサイル発射まで、後3分――――』

 

 アナウンスが鳴り響く中、ガルム隊がアヴァロン上空を駆ける。

 的確に、激しく、破壊の炎を撒き散らしながら。

 

『“鬼神”だ! 鬼神が来た!! ……本当に来やがった!!』

 

『落ち着け! ここの障壁は、核攻撃にも耐え得る!

 あんな傭兵に負けるものか! アヴァロンを見くびるなよ!』

 

 巨大な一個の波が襲い来るような、凄まじい対空砲火。

 それを掻い潜り、機銃とミサイルを放つ。命中――――

 

『おい、たかが一機の戦闘機(ファイター)だろ!

 なにをビビってるんだ!? 墜とせよ!!』

 

『砲台に被弾! 破壊されました! 火災発生!!』

 

『損壊した施設は切り離せ!

 ぜったいに回路をショートさせるな! 急げッ!!』

 

 敵の慌てふためく声。

 いま上空を飛ぶ、たった一機の戦闘機によって、これほど巨大な軍事施設が、炎に包まれている。

 誰もが混乱し、右往左往。

 次々に来る被害報告と、際限なく広がっていく破壊、火災。

 それは、既に手が付けられない程に、深刻化。

 もうどこへ行けば良いのか、何をすれば良いのかが分からず、ただただ無線機に怒鳴り散らすのみ。

 

 なんとかしろ、助けてくれと――――

 

 

『オキシジェン、メインバルブ全開。

 B2発射フェーズ2,完了』

 

『ガルム隊! 施設の障壁が閉じつつある!

 急いで侵入しろ! 制御装置を破壊するんだ!!』

 

 敵味方、両オペレーターの声が響くと共に、ガルム隊の二機がダムに飛び込む。

 完全に閉じる寸前だった障壁、それを間一髪ですり抜け、作戦目標であるB2制御施設への侵入を果たした。

 

『アヴァロン……ここが最後の地だ。

 急ぎましょうSmile(アンパン)さん!』

 

『V2発射まで、残り2分――――』

 

 ダムをそのまま利用して作られた施設は、まるで洞窟のような作り。

 アンパンマン達は、壁と壁の間をすり抜けつつ、時にバルカンの雨を降らせながら飛行していく。

 

『……あれだ! あの装置だ!! ……Smileさんッ!!』

 

 ごはんパンマンの叫びと同時に、発射。

 Raptorの放つ空対空ミサイル(AAM)が、巨大な装置に向けて放たれ、命中。破壊。

 

『報告! 侵入した敵により、制御施設に損害!

 モジュールを一部切り離します!』

 

『時間を稼げ! ヤツを撃墜するのが無理なら、せめて発射までの時間を!!』

 

『装置に更なる損害!

 スタビライズ及びジャイロシステム損壊!!』

 

 ひとつ、ふたつと、次々に破壊していく。

 人の作りし洞窟の中を、猛禽は高く、そして自由に飛ぶ。

 何者にも止められず、何物にも縛られず、ただ強く、誇り高く舞う。

 

 見る者に驚愕を、対する物に恐怖を植え付けながら、猛禽の王は全てを破壊する。

 

 歪んだ思想、下らない野望、人という生き物の計り知れない“悪性”。

 その悉くを――――

 

『ラストだ! Smile(アンパン)さんッッ!!!!』

 

 

 アンパンマンがカッと目を見開き、操縦桿のボタンを押し込む。

 最後の一撃。

 まさに鳥が滑空するかのように、RaptorのAAMが飛んでいく。

 それは確認するまでもなく、これで3つ目となる制御装置を破壊。

 

 ミサイルが爆発する凄まじい音の中、猛禽の王がまるで竜のように、天に昇っていく。

 全てを蹴散らし、野望を砕き、いまダムを脱出。

 住処たる空へ帰っていくが如く、高く舞い上がって行った――――

 

 

『V……いやB2制御施設の全破壊を確認ッ!!

 よくやったぞガルム1! 作戦完了だ!!』

 

『すげぇ! 凄いよSmile(アンパン)さん!!

 発射を阻止した! 戦争はもう終わりだッ!! ヒャッハーー!!!!』 

 

 

 

 

 

 

 優雅に円を描き、Raptorが飛んでいく。

 いま眼下にある、多くの黒煙が上がっている施設を見つめ、そして仲間達の嬉しそうな声を聞きながら。

 

 ――――ふぅ。

 

 ひとつ小さなため息をつき、ニコリと柔らかく微笑む。

 険しかった表情が、柔らかい物に代わり、先ほどまでガチガチだった身体から、力が抜ける。

 

 ――――終わった。ぼくの戦いが。

 

 Raptorに乗り、エースとして戦い続けた日々。前を向こうと頑張って来たことの全て。

 今、その終わりを実感し、ゆっくりと瞳を閉じる。

 

 もう無いと思ってた、ヒーローとしての戦い。

 誰かの為、人々を救うための戦い。

 

 それをまだ、やる事が出来た。

 こんなぼくでも、救うことが出来た。

 

 みんなの役に立てた。

 終わったと思っていた人生を、無くしたと思っていた“自分の在り方”を、一度だけでも取り戻すことが出来たのだ。

 

 それを今、嬉しいと感じている。

 あれから随分かかったけれど、今ようやく、まっすぐ立てた気がする。

 

 からっぽだった心に、じんわりと熱が染みわたっていく。

 まだ弱く、小さいけれど……、失っていたハズの心に、確かに火が灯っている――――

 

 もう戦うことが無くとも、いつか人々から忘れさられてしまっても。

 きっとこれからも、生きていける。

 ずっと、この想いを忘れずに、歩いていける。

 

 

 だからもう、だいじょうぶ。

 ぼくはもう大丈夫だよ――――と。

 

 本当なら、そう報告したい()()()()()()()()……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー! これで戦争も終わりますね!

 もうやっとって感じっスよ! よかったーっ!!』

 

 AWACSからの「いったん上空で待機せよ」という指示により、何気なく空に大きな円を描くように飛んでいたアンパンマン。

 その隣に、「お疲れさまっス! ふーやれやれ!」といった感じのごはんパンマンが並んだ。

 

『あ、前にも言いましたけど、僕恋人がいるんですよ。

 先輩方に付けられた、Riajyu(リア充)のTACネームの通り』

 

『なんで、ここはひとつ、帰ったらプロポーズでもしようかと。

 ちょうどいい機会だと思いますし』

 

『実はですね? もう花束も買ってあったりして……へへっ♪

 だから今も、ホントはプロポーズの言葉を考えてて、気が気じゃなかったり。

 こんな空域にいられるかっ! 僕は自分の基地に戻るぞ! って感じですね』

 

Smile(アンパン)さんも、帰ったら今度こそ、飲みに連れてって下さいよ。

 あ、そういや僕、冷蔵庫の中にプリンが入ってたような……。

 ずっと食べよう食べようと思って、楽しみにしてたヤツなんです』

 

『レンタルしてたDVDも、今日が返却期限だったし、プリンの賞味期限も今日までです。

 あ、そうだ! 僕もうすぐ妹が産まれるんですよ! 母さんに電話しなきゃ!

 いやー、帰ったらする事たくさんですねー!

 こりゃ今から帰るのが楽しm

 

 しかし――――突然入った通信により、ごはんパンマンの言葉が途切れる。

 

「おいRiajyu(ごはん)よ? そーいやF-16C*3のベイルアウト用レバーって、どこに付いてるんだぁ?

 俺さまのイーグルとは違う場所なのか~?」

 

『あ、一緒っスよFー15と!

 僕の機体も、この左側にある黄色いレバーをグイッと……って、え?』

 

 その瞬間、ごはんパンマンの機体が爆散する――――

 唐突に、何の音もなく放たれた“レーザー兵器”により、彼が見ている前で粉々になった。

 ……まぁなんか、咄嗟にベイルアウト( 緊急脱出 )は出来てたみたいだが……。

 

「くっくっく……まさかあんーなに、死亡フラグを乱立するとはなぁ~。

 もう逆に、助けてやろうかな? って気になったぞ」

 

「どうだ、ROCKだろぉ? 反逆の精神ってヤツだ。

 ……まぁホント言うと、【元カノが今カノをブチ殺した~】みたいに思われるのが、ちょっと嫌だっただけなのだが……。

 ホント何なんだよ、いったい。アイツらもう病気だと思うぞ?」

 

 ()()が笑う声が、ハッキリ無線から聞こえる。

 いま彼の眼前に、黒い雲を切り裂くように飛ぶ“バイキンUFO・Eagle”が現れた。

 

 

 

So,You find a reason fighting yet(   戦う理由は見つかったか   )――――Buddy( 相棒 )?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎゃーっ! ほげぇ~!」

 

 ――――ッ! ッ!!

 

 突然ではあるが……、現在ばいきんまんの情けない悲鳴が、空に木霊している。

 

「ちょ……! なんでいきなりバルカン!? 有無を言わさずM61A2攻撃?!

 普通ここは、ちょっと話をする流れじゃないのか!? 久しぶりに会ったんだぞ!?」

 

 ――――ッ!! ~ッ!!

 

 ドゴゴゴゴ! ガガガガガ!! という音が延々と鳴る。

 ばいきんまんを一目見た途端、彼は即座にヤツへ突貫し、いきなりバルカンを乱射。

 宥めようとするばいきんまんの言葉も、意に介すことなく、阿修羅のような勢いでひたすら追いかけまわす。殺意に満ち溢れていた。

 

「やっ……やめろぉ~う! バルカンはらめぇーッ!

 ミサイル(AAM)対策はして来たが、バルカンの方はしてないのだぁー!!

 俺さま死んじゃう~っ!!」

 

 ――――ッ!! ~~ッッ!!!!

 

 死ね! 今すぐここで死ね! ……そう言わんばかりのアンパンマン。

 その情け容赦ない攻撃は、どこか“彼氏に裏切られた女の子”を彷彿とさせる。

 よくも私を捨てたわねっ! ぜったい許さないわ! この浮気者っ! ……みたいな声が聞こえてきそうな感じ。

 顔なんかもう、般若みたくなっている。すごくコワイ。

 

 そして……、アンパンマン号・RaptorのM61A2(600発ほど)が全て撃ち尽くされるまで、ひたすら根性で逃げ回ったばいきんまんが、ゼーハー言いながらようやく一息つき、改めて対話を試みる。

 

「あの……俺さま勝手ばかりしてるし、確かに仕方ない部分はあるけど……。

 でもなんでお前、()()()()()()()()

 そりゃないだろ相棒……俺さまビックリだぞ」

 

 ――――フーッ! フーッ!!

 

 肩で息をし、まるで猫のように威嚇する。未だ彼の怒りは治まらぬ様子。

 ベイルアウトのしやすいミサイル攻撃ではなく、機関砲でバラバラ死体にしようとした所に、アンパンマンの憎しみの深さを感じる。

 もしここがマンションの一室で、そばに包丁とかがあったなら、躊躇なくそれ握りしめて突進してきそうな雰囲気だ。

 

 そこまで悪いことしたのかな俺さま? とばいきんまんは首を捻る。

 昔カタギな男であり、朴念仁なこの人には、理由がまったく思い当たらなかった。

 ちなみにだが、今も恐怖で震え上がっている最中だったりする。さっきオシッコ洩れそうになったし。

 

「とりあえず、落ち着くのだアンパンマン。頼むから……。

 お前ランボー2の、スタ〇ーンみたくなってるぞ?

 機関銃は乱射するわ、復讐に身を焦がすわ……。

 いつからアクションスターになった? そんなんじゃなかったろ」

 

 ――――……。

 

 なんか無線越しにも、アンパンマンの「ぶっすぅ~!」とした雰囲気が伝わってきて、またばいきんまんは冷や汗をかく。

 とにかく、いったん仕切り直さなければ。

 せっかく、あれほど待ち望んでいた戦いが始まるというのに。これでは台無しになってしまう。

 ばいきんまんは猫なで声で彼を宥め、なんとか話が出来る状況まで持って行くことに成功。

 二人は無線に耳を澄ませ、ようやくお互いの声をしっかり受け取る姿勢に入った。

 

「そんじゃ、改めていくぞ? 良いな?

 ――――あーっはっはっはー! よく来たなぁアンパンマーーン!!」

 

 ――――……。

 

 白々しい……。アンパンマンは思う

 残念だが、とても白けた雰囲気の中で、二人の最後の戦いは幕を開けた。

 

「ここまで来たことは、褒めてやろう!

 流石はお前だと言わざるを得ない! はーひふーへほ~う!」

 

 ――――…………。

 

 機嫌良さげにガハハと笑っているが、さっきまでの事を考えると、凄く寒々しいと言わざるを得ない。

 なんか思ってたヤツと違うッ! こーいうのじゃ無かったハズなのに! もっと感動的なシーンの予定だったのに!

 そうばいきんまんは、内心焦りまくった。

 しかし……。

 

『――――ガルム1、聞こえるか!

 駄目だ、核ミサイルの再起動を確認した!』

 

 突然のAWACSからの声に、彼は身を硬くする。

 

『直ちに作戦続行! 交戦を開始せよ!

 こちらの状況分析が終わるまで、持ちこたえるんだっ!』

 

 これまでにないほど、緊迫感を孕んだ声。

 先までの弛緩した雰囲気が消し飛び、彼がハッとした顔で、ばいきんまんの方を見る。

 

「よぉアンパンマン、()()()()()()()()()()()。不足はあるか?」

 

 いやらしい笑い声。

 ニタニタと口をゆがめている姿が、容易に想像できる程に。

 

「苦労したぞぉ~? 半年もかかっちゃった。

 核ミサイル作ったり、バカな奴らを扇動したり、計画を練ったり……。

 だがようやく……、場が整った。

 お前というヒーローが、力を振るうのに相応しい舞台が――――」

 

「……ん? なんで喋らないのだ? 何を驚くことがある。

 お前に活躍の場を作るのが、俺さまの役目だったろぉ?

 カバ男をイジメたり、町でイタズラをしたり、流れ者にちょっかいを出したり。

 それと同じじゃないかぁ」

 

「子供だったあの頃とは、()()()()()()()()? 俺さまもあれから成長したし!

 ま、ちょーっと人が死んだり、世界が滅んだりするだけだ。

 別に騒ぐような事じゃない。本質は同じさ」

 

 ゲゲゲゲ! ゲゲゲゲ!

 その笑い声が、だんだん大きくなる。

 即座にアンパンマンはスロットルを吹かし、バイキンEagleに向けて機体を走らせた。

 

「これまでとは違う、もう自分だけ知らんぷりは出来ないぞぉ?

 お前の大事なパン工場、そのしみったれた思い出ごと、全てを消し飛ばしてやる」

 

「北極から南極まで、西の漠土から東の海原まで。

 この丸っこい地球の隅々まで、真っ平らにしてやるさ」

 

「あのアヴァロンにいる、負け犬を拗らせた馬鹿共には、言ってないがな?

 みんな死ぬよ。()()()()()()()

 他ならぬ、俺さまが作ったミサイルなら、それが出来る」

 

「産まれる前の腹子から、今際の(きわ)の老人まで。

 商人も、農民も、兵士も、政治家も、王も、奴隷も、一人も残さないぞぉ?

 丁寧に、几帳面に、徹底的に、一切の差別無く、馬鹿みたいに、心を込めて皆殺しにする」

 

「お前、“からっぽ”とかほざいてたなぁ? 心が無いんだっけぇ?

 じゃあ、その時お前は、()()()()()()()

 楽しみにしておくよ、アンパンマン――――」

 

 Raptorがミサイルを放つ。

 側面から襲い掛かったそれは、バイキンEagleに直撃する寸前に爆散。

 まるで見えない壁でもあるかのように、防がれる。

 何が起こったのか分からないアンパンマンは、あの円卓での戦いの時と同じく、思わず動きを止めてしまう。

 

「そうそう、戦わなきゃなーアンパンマン?

 誰に言われるでも無く、自分の意思でやらなきゃ。

 そうでないと……本気になんてなれないだろぉ?」

 

「傭兵なんてやらせたのは、間違いだったなぁ~。

 こればっかりは、すまん。俺さまが馬鹿だったぞ。

 最初から、こうすれば良かった――――俺さま自身が、お前に立ちはだかるべきだった」

 

 光が迫って来る。

 まるで剣を横薙ぎにするように、黒紫の光が凄まじい速度で、Raptorに襲い掛かる。

 それが、ばいきんまんによって開発されたビームだという事を直感し、ほとんど反射で操縦桿を押し倒す。紙一重で回避。

 

「よぉヒーロー殿、ついでだ。

 もっと本気にさせてやろうかぁ?」

 

「お前に下手くそな折り紙を……いや勲章だったかぁ?

 それ作ったガキ共の町を、空爆させたのは()()()()

 あの馬鹿共に、それっぽい事ふきこんで指示したら、喜んで実行したよ♪」

 

「教えてやろうか? あのガキ共なぁ……。

 助けてアンパンマーン! って言いながら、()()()()()()()()()()

 

 ギリッと、奥歯が音を立てる。

 目の前が真っ赤になる。

 勇気の鈴ではなく、マグマのような悍ましい感情が沸き立つ。

 

 遠い過去では、ヒーローだった。

 この数十年は、世捨て人のように生きていた。

 だから、彼は知らなかったのだ。いま自分の胸にある感情が、“憎しみ”という名である事を。

 

 固まっていた腕を動かし、Raptorの神速を以って上昇。バイキンEagleの上を取る。

 そこから螺旋を描いてダイブ、AAMを発射。直撃。

 しかし、またしても無傷で煙の中から現れたEagleを見て、アンパンマンは絶句する。

 

「腑抜けてたのは、お前じゃない。俺さまの方だよ。

 己の本分を忘れ、魂を腐らせてた。

 自分が何をすべきで、何の為に生きるのかなんて……そんなの生まれた時から、知ってたハズなのに」

 

「どこで失敗した? なにを間違えた? なぜ俺さま達はこんな風に?

 何度も考えた。この数十年、そればかりを思ってた。

 でもそんなの……分かり切ってるのだ」

 

「もう大人だと言って、かしこぶり、妙な知恵を付け……。

 いつしか、()()()()()()()()()()()()()

 

「あの頃のまま、いれば良かった……。

 時代が移ろうが、周りが変わろうが、ジャムおじさんが死のうが、お前がどうであろうが。

 ……俺さまは、好き勝手に振り回せば良かったんだ。

 こんな風に、ヒーローを戦いに引きずり出せば、よかった……」

 

 上を取り返され、強襲される。

 類まれな空間把握能力と、勘としか言いようが無い感覚を以って、それを回避。

 たった0.01秒前にいた場所を、バイキンEagleのビームが走る。

 Raptorの表面が焦げる音と共に、機体が不安定になる。

 

「おっ、降って来たなぁ~。風情があって良いじゃないか。

 あの“始まり日”と同じだ、覚えてるかアンパンマン?」

 

「あれからたくさん飛んだなぁ~。

 Demon( 鬼神 )なんて呼び方を……、化け物扱いされながら、戦ってた」

 

「だが、“不死身のエース”なんてのは、戦場に長くいた奴の過信だ。

 お前のことだよ――――ヒーロー」

 

 全神経を集中し、状況の把握に努める。ヤツの居所を探る。

 スティックとレバーを握る両手は汗に濡れ、ペダルを踏む両足が震える。

 一瞬でも気を抜けば、墜とされる――――

 それだけじゃない、この世界の全てが終わる。ばいきんまんは本気だ。

 

 ぼくと戦うため……戦う舞台を用意するため。

 ただそれだけの理由で、全てを巻き込んだ。全てを賭けた。

 自分も、周りも、未来も。いまこの瞬間の為だけに。

 

 狂気……いやそうじゃない。これは、ばいきんまんの本質。

 この行動こそが、ばいきんまんという存在そのものなんだ。

 自分も言っていた。“どうでもいい”と。心がからっぽになってから、全てのことが無価値になった。

 

 ばいきんまんは、()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 それは子供だった頃から、今にいたるまで、少しも変ってないんだ。

 

 アンパンマンは、ようやくその事に気付く。

 飄々としていて、決して己の本心を覗かせない人だから、いつも高らかに笑って平気そうな顔をしているから、気が付かなかった。

 ばいきんまんという“悪”にとって、どれだけ自分という“ヒーロー”が重要なのかを。

 どれほどの信頼を受け、どれほど大切に想われていたのかを、ここに至るまで知らなかった。

 

 いや……信じてやる事が出来なかったのだ。これほどまでに大きな、“友達”の想いを。

 どれだけばいきんまんが、“魂の片割れ”だと言ってくれた自分に対して、誠実であったことか。

 

 その事実に気が付いた時、突き刺さるような痛みが、アンパンマンの胸に走った。

 

『報告! 第一分析終了!

 敵機から、地上へ送っている信号を確認した!

 恐らくはヤツが、“B2”発射の手綱を握っている!!』

 

「なにを今さら……。白髪はえてる割には、頭使ってないなぁAWACSのオッサン。

 名前からして、バイキン(B2)ミサイルだろぉ?

 そんなモン、俺さまが使うに決まってるじゃないかぁ」

 

 ピッという機械音と共に届いた、AWACSからの声。

 それを耳にしても、立ち直ることが出来ない。

 アンパンマンは未だ、深い絶望の中。

 さきまでの怒りなど既に消し飛び、今は耐え難い後悔の念と、得も知れぬ罪悪感が、彼を苛んでいた。

 

 視界が滲む。前が見えなくなる。

 動かなきゃいけないのに、戦わなくてはならないのに……、身体がまったく言う事をきかなかった。

 ただただ、過去にばいきんまんがしてくれた事、言ってくれた事、その膨大な思い出だけが、走馬灯のように頭を駆け巡る。

 自身がいま戦闘機に乗っている事など、忘れてしまったかのように。

 

「なぁアンパンマン、ここから境目が見えるか? そんなモンが目に見えるか?

 “国境”は、俺さま達に何をくれた?」

 

 届くのは……友達からの声だけ。

 何故かばいきんまんの、聞き慣れたしゃがれ声だけは、こんな状態であってもスウッと心に届く。聞く事が出来た。

 

 

「全てをやり直す――――その為のバイキンミサイルだ。

 俺さまが作った」

 

「まだジャムおじさんが、生きていた頃……。

 国も、国境も無く、なんにも煩わしい物が無かった、あの頃の世界……。

 俺さま達二人、ただ子供のように遊んでいれば良かった“夢の国”に、戻そう」

 

 

 静かな、声だった。

 嘘偽りなく、なんの飾りつけも無い、本心からの物。

 荒くれで、自分勝手なばいきんまんが、決して他人に見せようとしなかった――――心。

 

「ま、しいて言うなら……って感じだけどな?

 俺さまの願いなんて、そんくらいのモンだよ。

 これは、お前と戦うための理由作り。“ついで”でしかない」

 

「どっちでもいいぞアンパンマン?

 嫌なら勝てよ、構わないなら墜ちろ。

 バイキンミサイルが爆発しても、()()()()()()()()()()()()

 どちらにせよ、俺さま達はずっと一緒なんだから。大した違いは無いさ」

 

「だから……これは終わりじゃない。ラストバトルなんかじゃないさ。

 これからも続いてく、ここからまた始まるんだ。

 ……分かるな、相棒?」

 

 三度(みたび)、ばいきんまんがレーザーを発射。

 機体を旋回し、それを辛うじて躱すも、アンパンマンは次の動きに移れない。

 ただただ、“友達”から逃げ回っているだけ。

 

「ずるいか? 俺さまばっかり攻撃するのは。

 一方的に傷つけるのは」

 

「でもなヒーロー? 戦いに慈悲は無い。

 パンに水ぶっかけようが、カバ男を人質に取ろうが、全部アリなんだよ」

 

「勝者と敗者、生きる者と死ぬ者がいる。それが全てだ。

 といっても……お前いつも、アンパンチで10㎞くらいぶっ飛ばすだけだし。

 俺さまも、殺しはやらなかったけどな! ちょーっとらしくなかったかぁ?」

 

 たはは、と声がした。

 苦笑するような、自嘲するような笑い方。

 あたかも、「仕方ないなぁ~」みたいな雰囲気を醸し出している。

 

 ハッキリ言って、いまアンパンマンを墜とせた。隙だらけなのだ。

 しかし……ばいきんまんはレーザーを放つことなく、ただ彼と動きを合わせるように、して、暫しドッグファイトに興じる。

 

 なぜそんな事をするのか。そんな必要がどこに?

 手加減をするような性格じゃない事を知っている彼は、混乱の中で更に目を丸くする。

 

『すまんな、()()()()()()()()()

 タイミングが悪いから、続きは後で言う』

 

 その時、遥か数十キロ前方から、轟音――――

 山を形作るほどの煙と、凄まじい炎の赤を上げて、巨大な白い何かが、空に登っていくのが見えた。

 

『くそっ! B2ミサイルの発射を確認! 間に合わなかったかッ!!』

 

「というワケで……惜しかったなぁ相棒?

 このバイキンミサイルで、全てを“ゼロ”に戻す。

 また二人で始めようじゃないか」

 

 いつもの如く、ガッハッハと高笑い。

 世界の滅亡という、ここに至っても、彼は平然としている。

 何でもない事のように笑い、これから訪れる()()を楽しみにしている。それがハッキリと分かる。

 

 もし“悪”というものの定義が、ただ周りや他人にとって、不都合な行為である……という物だとするならば。

 このバイキンミサイルは、「自分たち二人以外はいらない」という想いは、この上なく極まった至高の“悪”だろう。

 ばいきんまんは、何を思う事なく、子供のような純粋さを以って、()()()()()()

 

 悪として生まれたから。

 こいつは魂の片割れで、なにより大切な“相棒”だから。

 それが出来るのだ。

 

 そのとてつもなく強い意思、その想いの大きさに、ただでさえ無口なアンパンマンは言葉を無くす。

 というか……何故か彼は今、アンパンであるハズの顔を()()()()()()()()()

 いったいどうしたというのだろうか?

 

『聞け! ガルム1!

 そこにいる敵機体の解析が完了した! 弱点がわかったぞ!』

 

 手も足も出ない空戦に耐え続け、ようやく届いたAWACSの声にも、反応を示さない。

 本当に彼は、いったいどうしたというのだろう? いくら無線機がけたたましい音を鳴らそうとも、熟したリンゴのように「ぽっ♡」と顔を赤く染めるばかり。*4

 

 

『おい! 聞いてるのかSmile(アンパン)!?!?

 どうやら敵機体のバイキンUFO・Eagleは、ECM防御システムによって護られt

 

「――――あー、いいのいいの! もうそれ関係ないから!

 じゃあな~AWACSのオッサン。達者でなぁ~」

 

 

 そうばいきんまんが告げた途端――――突然アンパン号・Raptorが()()()()

 まるで内側から弾け飛ぶようにして、バラバラになり、その残骸は黒煙を上げて、力なくアヴァロンの地へ落下していった。

 

「このRaptorは、俺さまが作ったんだぞ?

 なんで用心しないかな~。そのまま乗って来るかな~。

 理解出来ない程の甘さだよ、お前ら」

 

 そして、何故がベイルアウト()()()()()()()アンパンマンが、身体を縛り付けていたシートを外し、自らのマントで空を飛ぶ。

 ワケも分からぬままでバイキンUFO・Eagleのすぐ真ん前に立ち、操縦席にいるばいきんまんをじっと見つめながら、静止している。

 

「あの“7つの戦術核”の日な?

 ミッションに出掛ける前、ちょちょいっと細工をしておいたんだ。

 このスイッチを押せば、自動的にお前をベイルアウトさせ、その後でRaptorが爆発するように」

 

「気が付かなかったな?

 機体の整備や弾薬の補給は出来ても、動力部を弄ることは出来なかったか~。

 ま、無理もない。俺さまくらいの天才じゃなきゃ、仕組みは分からんもんなー!」

 

 本日何度目か分からない、ばいきんまんの高笑い。

 イタズラが成功したぞ! ざまぁみろアンパンマン! といった姿そのものだが……何故がそれに不快さは覚えなかった。

 ただただアンパンマンは、キョトンとした顔で、その姿を見守るのみ。

 今の状況が、まだ飲み込めずに。

 

「という事で……ここでさっきの話に戻るんだが。

 やっぱ一方的とか、ただ相手を消すとかは、俺さま達らしくない」

 

「あのオヤジが言ったように、新しく作ったバイキンEagleには、ECMっぽいのが付いてて、ミサイルとかを無効化できるんだ。

 いちおう弱点としては、エアインテーク(空気取り込み口)がある正面からの攻撃には、対応できない~とかもあるんだが……。

 それでも俺さまが8対2くらいで、有利なのは変わらない」

 

「だから、()()()()()()()()()

 元々これって、弱いヤツラと対等に戦うために、あえて乗ってたトコロあるしな?

 俺さま達は対等、だから必要ない。

 いつも通り戦うぞ、アンパンマン――――」

 

 今、突然〈バコーン!〉と音を立てて、Eagleも爆発。

 だがその中から、とても見覚えのある物……いつもばいきんまんが乗っていた“普通の”バイキンUFOが姿を現す。

 戦闘機でもなんでもない、いつも戦いの時に使っていた、丸っこい機体だ。

 

 それを見た途端、アンパンマンの胸にある“勇気の鈴”が、突然割れんばかりにリンリンと鳴り始める。

 胸がドキドキ高鳴り、身体に力が溢れる。

 あのUFOを一目見た途端、まるでパブロフの犬のように、ずっと忘れていた高揚感と、戦いに挑む心が、ハッキリと蘇ったのだ。

 

「Raptorも吹っ飛んだし、無線も使えなくなったな。

 これで本当の意味で、俺さま達二人だぁー!」

 

 はーひふーへほ~と言った後、イタズラめいた顔でニッヒッヒと笑う。

 本当に……本当に久しぶりに、ばいきんまんと向かい合えた気がする。

 魂の片割れ。……いや“宿命のライバル”として。

 

「そんじゃま、久しぶりにやるかぁ~!

 来いよ相棒――――アンパンチだ。

 真っ向からヘッドオンして来いッッ!!!!!」

 

 歓喜が湧き上がる。

 燃えるような熱が、身体から吹き上がる。

 

 言葉を返すこともなく、飛び出す。

 一直線に、バイキンUFOに向かって。

 我慢できず、もう押える事が出来ずに、風を切って矢のように飛ぶ。

 気付かぬうちに、一筋の涙をポロリと零しながら。

 

 アンパンマンが右手を突き出し、相手を殴るために拳を握っている、というのを除けばだが……。

 その様はまるで、ようやく会えた愛しい恋人の胸に飛び込んでいく、少女のよう。

 

「俺さまとお前は、鏡のようなモンだ。

 向かい合い、ぶつかり合って……初めて本当の自分に気付く。

 お前を通して、俺さまは俺さまを知る……」

 

「まぁ俺さまの方がハンサムだしッ! 性格は正反対だけどなッ!!

 はーひふーへほ~う!!!!」

 

 ――――君、最後までドキンちゃんに振り向いて貰えなかったよね?

 そんな辛辣なツッコミが、拳と共に放たれる。

 

「うっ……うるさぁ~い! それを言うなぁ~っ!!

 お前だって独身の、ひきこもりパンマンじゃないかぁー!!

 いったい俺さま達、いくつだと思ってるんだ!

 怖くて数えるの止めたけど……、とっくに三桁歳だぞ!?」

 

 ――――うん、金さん銀さんだね。君はどっちをやる?

 

「どっちもやんないよ!! 俺さま達兄弟じゃないよ!!

 まぁある意味で、兄弟と呼べなくも無いが……。

 そんじょそこらの血縁には負けんしなぁ! 魂で繋がってるんだッ!!」

 

 ――――ならいい。君がいるからいい。()()()()()()()()()()

 

「やめろそーいうの!!?? なんかザワつくんだよ色々ッ!!!!

 夢の国に、()()()()が生まれたらどうする!

 “女の子の妄想を書きなぐった薄い本”の即売会とかが行われるようになったら、どう責任とるんだぁ!」

 

 バイキンUFOの大きなアームが、次々に拳を繰り出す。

 時に躱し、時にガシッと受け止めながら、縦横無尽に空を駆ける。

 嬉しそうに、楽しそうに笑みを浮かべて、戦う――――

 

「よぉ相棒! 身体は鈍ってないよーだなぁ!

 久しぶりのバトルだってゆーのに、キレッキレじゃないかぁお前!!」

 

 ――――バイキンUFOも、相変わらずだね。

 ――――力も、長いアームも、厄介でしょうがない。

 

「バカタレ! いつもへし折ったり、引きちぎったりしてたろーが!!

 その度に修理しなきゃいけなくて、俺さまのお小遣いがドンドン……。

 お前は良いよなぁ相棒! 元手0円だもんなぁ!」

 

 ――――ぼくだって、いつも顔のパン駄目にされてた。

 ――――食べるならともかく、アレはいけないと思う。

 

 なんで昔は、アンパン食べなかったの? てんどんまんや、かまめしどんの中身は食べてたのに……。

 そう目で追えない程の速度で、バイキンUFOの周りをギュンギュン飛び回りながら、キョトンとした顔で訊いてみる。

 わざわざ水とか、かびるんるんで攻撃しなくても、「ちょうだい」って言ってくれたら良かったのに。普通にあげるのにと。

 

「ライバルの顔なんか、食えるかぁぁぁあああーーッッ!!!!

 顔を見るだけでムカムカしてたのに、腹に入れるなんてありえなぁ~い!!」

 

 ――――むかつく。後でむりやり口に突っ込むから。とりあえず殴る。

 

「お前そろそろ、DVパンマンに改名しろ!

 そら結婚できんわお前! 嫁さん粉微塵になるよ!!」

 

 関係無いが、二人ともB2ミサイルのことを、すっかり忘れているように見える。

 AWACSとの通信が出来れば、「あと4分!」とか言って貰えるのだろうが……もう無線などここには無い。

 二人がワチャワチャと、楽しそうに戦う(いちゃつく)声が、辺りに響くのみだ。

 思う存分、心行くまで、ボカスカに殴り合う――――子供だったあの頃のように。

 

 

 

「うっぐっ!?!?!? く……くっそぉ、このつぶあん頭めぇ~ッ!!!!」

 

 だが、幸せだったこの時間も、二人の戦いも……、終わりが訪れる。

 いまアンパンマンの拳が、二本目のバイキンアームを粉砕。根元からちぎって見せたのだ。

 言うまでもなく、もう何も武器は残っていない。

 あの戦闘機仕様のEagleならともかく、今のバイキンUFOは通常の物。

 まさに、彼と真っ向勝負(ヘッドオン)する為に選んだ、想いがこもった機体なのだ。

 

「よぉ相棒……、俺さまの宿命のライバルよ?」

 

「戦いを忘れ、バカをやることも無くなり、人々に忘れ去られ――――

 そうして全てを失った俺さま達に残った物は、いったい何だ……?」

 

 無事な部分が無い、というほどに破損し、黒い煙があがるバイキンUFO。

 それをじっと見つめながら、アンパンマンは友の言葉に、耳を澄ませる。

 

「善、悪、助け合い、裏切り。

 痛み、ぬくもり、屈辱、喜び、勇気――――」

 

「そんな“戦い”という物のすべてを、お前と共に味わって来たという、()()()

 カビが生え、とうに朽ち果ててしまった、“矜持の残滓(ざんし)”だ」*5

 

 苦しそうに、痛そうに、言葉を紡ぐ。

 ボロボロになったばいきんまんが、それでも彼に心を届けるべく、想いを語る。

 

「俺さまは、“ただ生きる”ことは、望まない……。

 目的もなく、夢もなく、無為に生を食いつぶすだけなら、獣と同じだから」

 

「だから……本当に俺さまが望んでたのは、ただひとつ。

 しかるべき敵と、また胸が震えるような戦いをし、悪の矜持ってヤツを見せつけ……、

 その中で、自分がかつて何者だったかを思い出して、()()()()()()

 

「お前だ――――アンパンマン。お前じゃなきゃ駄目なんだ。

 戦闘機乗り(エース)達でも、国でもない、またお前と戦いたかった」

 

「なんか思ったより、ゆる~い空気になっちゃったケド……。

 とにかく、そのために今回は、全力で無茶をしてみたんだ。

 ……分かってくれるか?」

 

 コクリと、頷きを返す。

 アンパンマンも同じだったから、分かる。

 きっとばいきんまんが居なければ、ジャムおじさんが死んでしまったあの日に、自らパンを焼く事はなかっただろう。

 ばいきんまんと同じく、“死”を選んでいたと思う。

 そして、ばいきんまんと同じように、二人で紡いできた数々の戦いが、今もこの胸に矜持の炎を灯している――――勇気の鈴が鳴っているから。

 

「あの町の空爆とか、ガキ共のことに関しては、俺さまが流した()()()()だ。

 情報は世界を制する、ってな? ちょーっと偽の情報を流してやったに過ぎない。

 安心して良いぞぉ~」

 

「だが……今度のクーデターに関しては、俺さまが首謀者みたいなモンだ。

 鬱屈を溜めてたバカ共をだまくらかし、お前と戦う為だけに……。

 その責任は、しっかり取らなきゃな?」

 

「やれよアンパンマン――――いつもの優しいアンパンチじゃなく。

 俺さまを殺さなきゃ、ミサイルは止まらんぞ?

 この心臓の鼓動と、リンクさせてあるから」

 

 突然、バイキンUFOがうなりを上げて舞い上がる。

 高く、そして大きな円を描き、どんどんそのスピードを上げていく。

 

 それに対し、彼はその場で佇むのみ。

 静かに目を閉じ、精神を集中させ、リンリンと鳴る勇気の鐘の音色を、じっと聞き続ける。

 

「最後のヘッドオンだ、今から全速力でお前に突っ込む。

 止めてみろよ、相棒?」

 

 雲を引き、音速の壁を破りながら、空を疾走。

 大きな円の終点を、アンパンマンが居る位置に定め、ひたすらに速度を上げる。命を燃やすようにして。

 

 いま、リンリンという鈴の音と共に……アンパンマンの身体が()()()()()

 強く、眩しく、激しく光を放ち、真っすぐバイキンマンの方へ向き直った。

 

「 さぁやれ“ヒーロー”!! 悪はここにいるぞッ!!!!

  正義の味方ならば、俺さまを倒してみせろッッ!!!! 」

 

 アァァァン――――

 そう小さく呟くと共に、彼の目がハッキリと開く。

 

 

 

「――――Fire away, coward(  打てよ臆病者  )! C'mooooooooooon( アンパァァァァアアアアン )!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を覆うほどの金色の光が、空で輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

 

 

*1
Su-47という機体。マルチロール型の戦闘機。前進翼にカナード・尾翼を備えるという、特徴的な見た目をしている。愛称であるベールクトとは“イヌワシ”のこと。

*2
両機が真っ向から向き合う形

*3
ごはんパンマンが乗る機体。低価格&高性能がウリで、傑作機であるFー15イーグルの廉価版にあたる。愛称は“ファイティング・ファルコン”

*4
「私こんなに彼に愛されてたのね! きゃー☆」と解釈するのも、個人の自由である

*5
残りカスの事







 次回、最終話。




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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅷ

 

 

 

 バイキンミサイルが、爆発した――――

 

 アンパンマンは、ヤツの息の根を止める事をせず、その結果あのミサイルは、遥か上空の空で四散する事になった。

 

 恐らくは……ちょうど二人の決着が着く頃を見越しての事だろう。

 発射され、きっかり5分が経過した時に、自動的に爆発するようになっていたのだ。

 

 ――――……。

 

 雲で出来た、大きなばいきんまんの顔。ご丁寧な事にダブルピースまでしている、満面の笑みのふざけた顔。それが上空で形作られた。

 キノコ雲ならぬ、ばいきん雲だ。

 

 核爆弾だなんて、ウッソぴょーん! 騙されたなぁお前ら! あーっはっはっは!

 まるで、そう世界中の人々をあざ笑うかのような、悪趣味なパーティグッズ。

 それがあのB2ミサイルの正体だったのだ。

 

 ――――うそつき。

 

 そうボソッとつぶやきながら、アンパンマンは空を見上げる。

 今、世界中に向けてばいきんまんが仕掛けたキリング・ジョーク( 必殺のネタ )

 大がかりでド派手なだけで、“少しばかり大きなクラッカー”となんら違いのないB2の爆発を眺めながら、アヴァロンダムの大地にじっと立ち尽くしていた。

 

「ああ、嘘さ……。

 核なんて悪趣味な物、俺さまが作るものか。

 お前にはバレてたみたいだな……相棒(バディ)

 

 町を空爆したという嘘。子供達を殺したという嘘。そして……自分を殺さないと世界が滅亡するという嘘。

 思えば自分は、たくさんの嘘をついたモンだと思う。ただ一つ、アンパンマンを本気にさせるという、その目的の為に。

 この戦いで、自分を殺させる……死に場所を得るという、ただそれだけの為に。

 

「だが……お前も大胆というか、肝っ玉が太いというか。

 まさかバイキンUFOを破壊するだけで、俺さまを殺さずにおくとは……」

 

「もしあれが本物の核なら、いまごろ世界は滅亡してたんだぞ?

 いくら嘘だと思ってても、普通それに賭けるかぁ? 殺さずにおけるかぁ?

 大概()()()()()()。お前も、俺さまも……」

 

 一方的な勝負を望まない。無意味な殺戮はしない。

 今日のばいきんまんの行動だけを見ても、その嘘を見破るヒントは沢山あったと思う。

 加えて、あのベカリ戦争において散々“戦争の醜さ”という物を見せられ、それを心から嫌悪していたこの人が、自らの手で核など使うワケがないという確信もあった。

 

 ゆえにアンパンマンは、あの時ばいきんまんを打倒するだけに留め、殺すことをしなかった。

 いま二人は大地に降り、ボケッと遠くの空を眺めながら、ただ向かい合って立っている。

 そんな結末を向かえたのだ。

 

 けれど……いくらばいきんまんの性格を理解しているとはいえ、信頼しているとはいえ、先ほどアンパンマンが選んだ選択は、()()()()()()()()()

 世界中の人々の命を、まるでカジノのチップのように賭け、ばいきんまんを殺さずにおいたのだから。

 この世の全てよりも、たった一人の友達を選ぶ――――ばいきんまんの方が大事だと、そう言い放ったに等しい。

 とても、常人に出来ることではなく、選べるものでは無かった。

 

「あーあ、死にぞこなったかぁ~!

 せ~っかく良い感じで終われると思ったのにな~! 残念だぁ~!」

 

「まっ! 負けたしな、仕方ないけど!

 今後の人生を考えると、少しばかり憂鬱だが……我慢する事にするよ」

 

 未だ、二人で遠くの空を見つめながら、ゴロンとその場に座り込む。

 やれやれとため息をつき、グテ~っと両足を伸ばして。

 

「つーか、お前も随分()()()()じゃないか。

 俺さま頑張ったろぉ? こんだけ無茶して、世界中に迷惑をかけたんだ。

 ……ここで俺さまをぶっ殺しとけば、まごう事なき“ヒーロー”になれたのに」

 

「お前と俺さま、正義と悪の物語が、歴史に刻まれてたハズだ。

 俺さま達の生きた証が、後世に残せたよ。

 この先ず~っと忘れられる事のない栄誉だぞ?

 もうお前も、“Demon”だなんて呼ばれずに済んだのに……」

 

 静かに瞳を閉じる。

 先ほどまでの熱は、もう無い。

 ただただ今は、もう終わってしまった戦いへの未練、そして倦怠感だけがある。

 収まるべき所に、収める事が出来なかったという気持ち。願いが果たせなかったという想いが、ばいきんまんを小さく見せている。

 まるで、今から死にゆく者のように、力ない姿だった。

 

 

「君が死ぬことを、ぼくは望まない――――」

 

 

 その唐突な声に、ばいきんまんは驚く。

 

「ぼくたちの物語の結末が、殺し合いだなんて……、そんなのイヤなんだ」

 

 いつ以来だろう。アンパンマンのこんなにもハッキリした声を聞くのは。

 意思の籠った、強い声を聞くのは。

 

「君が用意してくれた、この戦いは、無駄なんかじゃないよ。

 また新しい物語を始める“きっかけ”になる。

 ずっと離れ離れだったけど、ここから二人で、また始められる」

 

 ばいきんまんが、彼の顔を見つめる。

 あの鉄仮面じゃなく、ちゃんと心が表れた表情。

 死んだ目ではなく、生きた瞳。

 

「ぼく、がんばったんだ。

 君と同じように、まっすぐ前を向く為に……。

 この半年間、ひとりでも頑張った」

 

「君が悩んでいた時……、ぼくは何もしてあげられなかった。

 でも今なら、力になれるかもしれない……」

 

「だからもう、一人で背負わないで。

 死ぬことなんて無い。

 殺し合いをする必要なんて、無いんだ」

 

 アンパンマンが、まっすぐに目を見て、

 

 

「ぼくがいる。君の助けになる。

 だから――――ふたりで生きていこう」

 

 

 そう、静かに笑った。

 

 

 

 

「…………ん゛ふっ!? んっふっふ!!」

 

 まるで時が止まったかのような、ほんの少しの静寂。

 

「はっはっは……! いやスマン相棒(バディ)、思わず笑っちゃった」

 

 ばいきんまんが、突然噴き出した。

 小さく、どこか力ない様子で、笑いだしたのだ。

 

「二人で生きていく……かぁ。

 そいつは良いだろうなぁ、楽しそうだなぁ……」

 

「けど、駄目だよアンパンマン……無理だ。

 “正義と悪”は、一緒にはいられないモンなのさ。一緒には歩めない。

 腑抜けじゃなく、ちゃんと自分を取り戻したお前なら……猶更だ」

 

「それにな? もうこの世界に、()()()()()()()()()()()

 お前が飛ぶ空は、もう無いんだよ――――」

 

 寂しそうに、泣きそうな顔で笑う。

 ばいきんまんが、どれだけアンパンマンの事を大切に思っているのかは、もう既に伝わっている。

 けれど、一緒には居られないのだと。もう無理なのだと、力なく言った。

 

「笑ってすまなかったなぁ相棒。悪気はなかった。

 いやなに、コレがあんまりにも似てたもんでな?

 いつか聞いたジョークみたいだ……って」

 

 アンパンマンは、キョトンとした顔。

 対してばいきんまんは、未だ寂しそうに笑っている。

 

 

「とある精神病院に、二人の男がいた――――

 そいつらは()()()()()、もう長いこと、そこに入れられてたんだ」

 

「ある日、二人は連れ立って、脱走する事を決めた。

 もうこんな場所に居たくないって、一念発起したのさ」

 

「夜になり、男達は施設の屋上に登った。

 見れば、狭い隙間のすぐ向こうに、隣の建物がある。

 さらにその向こうには、月明りに照らされた、美しい夜の街。

 自由の世界ってヤツが、そこに広がってた」

 

「すぐさま一人は、ピョインと飛んで、隣の建物へ移る。

 だがもう一人は、なかなか飛べずにいた。

 落ちて死んじゃうのが、怖かったんだ」

 

「そんなマゴマゴしてる姿を見て、最初のヤツは\ピコーン!/と名案をひらめき、嬉しそうに言った」

 

『ねぇ相棒、ぼく懐中電灯を持ってきたんだ。

 今からこの光で、橋を作ってあげるよ。

 その上を歩いて、こっちに渡っておいでよ――――』

 

 ばいきんまんが、手のひらで顔を覆う。

 ポロリと、ひとすじの涙を流して。

 

 

「二人目のヤツは、大激怒だ。

 扇風機みたいに首を横に振り、そいつに怒鳴り返した」

 

『おい相棒ッ! 俺さまがイカれてるとでも、思ってるのか!?

 ――――どうせ渡ってる途中で、スイッチを切るつもりなんだろ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………………………

 …………………………

 ………………

 ………

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 これが、闇に葬られたもう一つの歴史だ。

 “彼”の消息も、その後パッタリ途絶えている。

 

 あの七つの核の影響は、大きかった。

 これを目の当たりにした戦勝国たちは、世界的な軍縮の道を歩んでいった。

 自らへの戒めのように。

 

 クーデターを始めとする、終戦後に起きた出来事は全て隠匿され、人々の記憶から消えた。

 そして彼らも同時に、歴史の闇へと封印されたのだ。

 これも平和の為の、ひとつの形なのかもしれない。

 

 

 こうして、ベカリ戦争という名の物語は、その幕を閉じる。

 

 だが“彼ら自身”の物語は、まだ終わったワケではない――――

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

・INTERVIE ♯01

 

 “THE STRATEGIST” 【カロリー1000㌔オーバー菓子パンマン】氏

 

 

 

 モゴモゴ! ようはな? ごっくん! 戦争ってのは……モゴゴゴゴ!!

 まぁ結局の所、お偉いさん方が机の上でやるもんさ。

 最後に勝ってさえいりゃー、それで問題は無い。

 

 まぁ戦後処理だの保証だの()()()()だのは、色々あるだろうけどな?

 “勝てば官軍”って言葉がある通り、勝ちさえすれば、全て正当化出来るってもんよ。

 

 だが……そんなお国の勝ち負けとは別の所にあるのが、俺ら兵士だ。

 俺らはとにかく、生き残らなきゃ意味がない。

 戦争全体で勝とうが負けようが、自分が死んじまったら元も子もない。

 

 こうして美味い飯を食うことも、ブタみてぇに太ることも出来なくなっちまう。

 命はひとつ。ライフイズビューティフル! ってな。

 

 

 生き残るために必要なのは、瞬時に場を見極める目だ――――

 

 街でも一緒さ。

 こんなドブ屑みてぇな、薄汚いスラム街のルールが、あの広い空にも通用するんだ。

 

 “あいつ”も、この街と同じ匂いがしたよ。

 あんなファニーな機体に乗ってるワリには……。

 

 なんだろな? 鬱屈でも溜ってたのかねぇ?

 あの冷徹さ、容赦の無さは正に、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

・INTERVIE ♯2

 

“THE FALLEN” 【きなこ揚げパンマン】氏

 

 

 あれから僕は、暖かい生活を手にしました。

 結婚も出来たし、子供だっています。

 

 ……たまに夫婦喧嘩とかもしますし、きなこの袋を隠されたりもしますが。

 まるで、ママにゲームを取り上げられる小学生みたいに……。

 

 どうして妻は分かってくれないのでしょうか? この僕にとって、きなこがどれだけ大切かって事を。

 きなこを食うなとか……、そんなの「酸素吸うな」って言われてるのと同じですよ。僕に死ねって言うんですかチキショウ。

 

 まぁでも、概ね幸せだと言える生活です。これは彼のおかげかもしれない。

 あの空戦で墜とされ、ベイルアウトして降りたのが、ちょうどここだったんですよ。

 多くの出会いと、キッカケ、そして新しい人生を歩んでいくための自信を、“彼”から貰った。

 

 けれど……そこには隊長の姿は無かった。

 生き残ったのは、僕一人でした。

 

 

 あっ……! あの音が聞こえますか記者さん?

 “平和の鐘”です。

 この街では毎日、首都開放を祝って、17時になったら鐘を鳴らすんですよ。

 

 でも僕には、弔いの鐘のように聞こえる――――

 

 僕があの時、きなこ舐めながら操縦してさえなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

・INTERVIE ♯03

 

“THE MAN WHO LIVED FOR BATTLE” 【すいとんパンマン】氏

 

 

 

 腹持ちの良いすいとんと違って(?)、戦闘機っていうのは、墜ちたら終わりなんだ。

 ミサイルはもちろんの事、バルカンだって機体のどこに当たろうが、致命傷となる。

 墜落をすれば、戦闘機は木っ端みじんに飛び散って、跡形もなく燃えてしまうんだよ。

 

 そりゃあ怖いさ。どんな戦闘機乗り( エース )だって、死を恐れないヤツなんかいない。

 けれど……あそこでは“生きている証”が得られる。

 空で戦っている時だけ、私たちは生を実感出来るんだろう。

 

 あの戦争が終わり、私は軍を退役した。

 出世だの地位だのに興味がなく、ただただイチ戦闘機乗りとして生きていたおかげかな? 私は戦犯として裁かれること無く、その後の人生を送ることが出来た。

 

 幸運なことに、こうして航空機のインストラクターの職に着き、今も空を飛んでいるよ。

 だけど……時折物足りなさを感じてね?

 寂しいんだ。()()()()()()

 

 

 うん、またアイツと飛びたいもんだな。

 

 報復とか、怒りとか、今度はそんなの関係なしに、純粋にアイツと飛んでみたいよ。

 ま、“馬に蹴られない”程度にね。

 

 

 

 

 

 

 

・INTERVIE ♯04

 

“A WOMAN OF UNDYING FAIFH” 【ブリ照りパンナちゃん】女史

 

 

 エスパーダ隊2番機。

 元サビン空軍第9航空陸戦旅団、第11戦闘飛行隊。

 

 XBーO追撃の折り、その護衛として“彼”と交戦。

 あのクーデター軍で生き残った、数少ない女性。

 

 現在はダンサーとして生計を立てている。 

 

 

 

 そうね……もしあの“鬼”がいなければ、私たちの人生は、今と変わった物になっていたかもね。

 こんな風に、サビン阿波踊(あわおど)り協会の女会長をやる事も、無かったでしょう。

 

 私にはね? 空を飛ぶ事や、あんなワケの分からないアホな中学生が考えました~みたいな思想よりも、大切な物があったの。

 そう、彼よ。

 いつも一緒に飛んでたエスパーダの1番機が、私のカレピッピだった。*1

 

 あの時の任務は、組織の移動手段として要の戦力となるハズだった重巡航管制機、あの宮崎アニメに出て来そうなアホみたいに大きいガンシップの護衛だったわ。

 どんだけナウシカ好きなのよアンタら……。よくこんなモン作ったわね? と思ったわ。

 私らトルメキア軍か! って話よホント。

 

 そして、その行く手を阻むかのように現れたのが、あの“鬼神”だったの――――

 

 もうね……あの時感じた恐怖は、忘れられない。未だに記憶から消えないの。

 私はこれまで、74回出撃して、その全てで()()()()()。無事に帰還した回数はゼロよ。

 いつも1番機の彼に「ごめんねー」って言いながら、成す術無く墜とされていくのが私の日常。

 それでもやっぱ……、めっちゃ怖かったわ、あの時は。

 ベイルアウト慣れしていて良かった~って思ったものね。

 

 そんなクソ雑魚な私だけじゃなく、仲間達も次々となぎ倒され、墜ちていったわ。

 あのクーデターの要であった、護るべき親鳥までも……。

 まぁちょっと「ざまぁみろ男共!」と内心思ったのは、ここだけの秘密!

 アタシきっと、結婚したら旦那様の鉄道模型とか、容赦なく売り払う女なんだと思うわ。

 

 

 あの戦いが終結した後も、私たち二人は生き延びることが出来た。

 組織を抜けて、地上に降り、普通の生活を送るようになったの。

 

 けれど……彼は重傷を負っていた。

 やがてすぐ、私を残して逝ってしまったわ。

 2人で過ごすことが出来た平穏な時は、わずかな物だった。

 まぁ【サビンのドスケベサキュバス】の異名を持つ私だから、思い残すことが無いよう、死ぬほどエッチしたし? それは良かったんだけどね。

 

 思えば……あの情け容赦のない私の性搾取がなければ、彼はもう少しくらい長生き出来たかもしれないわ……。

 正に「()()()()()()!」って感じよね。えっちだけに(大爆笑)

 まぁ彼も、本望だったことでしょう。てへ♪

 

 

 とりあえず、彼が死んだのは、全部あの“鬼神”のせいだ~という事にしておいて……。でも憎しみは無いのよ。

 

 この後悔も、悲しみも、苦痛も、全て彼が残してくれた物――――

 私はその大切な遺品を、守っていく。

 

 ドスケベサキュバスだけに、()()()

 

 

 

 

 

 

 

・INTERVIE ♯05

 

 “THE FLAG OF DIE” 【ごはんパンマン】氏

 

 

 元コムギィコ空軍、外国人傭兵部隊、第6航空師団、第66飛行隊ガルム隊、2番機。

 片羽の後任として“彼”の相棒を務め、どれだけシカトされようともめげずに支えた人物。

 

 現在は俳優として活躍し、数々の映画に出演するアクションスターとなっている。

 妻と6人の子供がいるリア充。

 

 

 

 

 Smile(アンパン)さんスか? そりゃあもう強かったっスよ!

 最強の戦闘機乗りですもん!

 

 アンパンがぁ!! 上取ってぇ!!

 アンパンがぁ!! ハイ・ヨー・ヨー!*2

 ブレイク読んでぇっ!!*3 まだ喰いつくぅぅ!!

 アンパンがぁっ!! 近付いてぇっっ!!

 アンパンがぁっ!! ――――決め(撃墜し)たぁぁぁあああーーッッ!!!!

 

 ……って感じっスよいつも。

 どうです、凄いでしょう記者さん?

 

 というか、まぁ……。

 僕は結局、最後までSmile(アンパン)さんのどこがどう凄いのかってゆーの、()()()()()()()()()()()()()

 

 強ぇ! すげぇ! いっぱい撃墜してる! ってゆーのは分かるんスけど。でもそのテクニックがどうとかは、いまいち理解出来ませんでした。高度すぎて。

 いっつも僕、インスピレーションで飛んでましたからねぇ。

 

 

 でもいいんじゃないっスか? 僕はあの人の前では、ただの“ヒーローに憧れる子供”。

 純粋に「かっけー! すげー!」とか言って応援してる、だたのファンだったんスよ。

 

 支えるとか、絆とか、そーいうのもやってみたかったし、“相棒”になりたかったケド……。

 結局は、その願いも叶わないまま、戦争は終わっちゃいましたし。僕も地上に降りてしまったから。

 

 Smile(アンパン)さんの相棒は、あの人だけなんだと思います。

 エースだの2番機だの言ったって……やっぱ僕は、彼らに憧れるいちファンなんスよ♪

 

 あれから随分経ったし、もう僕もいっちょ前の大人ですが……でも心は今も少年のまんま。憧れは決して色褪せません。

 誰よりも近くでヒーローを見ていられたんだから、これって自慢出来る事ですよね?

 

 しいて言えば……今度会えた時は、飲みにでも連れて行ってもらえたら、それで満足だ。

 今どーしてるんスかねぇ、二人とも……。

 

 

 会いたいなぁ、Smile(アンパン)さんとGerm(ばいきん)さんに。

 きっと今もどこかで、仲良く痴話喧嘩してるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

・INTERVIE ♯06

 

“A BROTHER IN ARMS” 【ばいきんまん】氏

 

 

 元コムギィコ空軍、外国人傭兵部隊、第6航空師団、第66飛行隊ガルム隊、2番機。

 

 “片羽のばいきん”と呼ばれた傭兵。

 そして、彼の相棒であり、宿命のライバル。

 

 

 

 

 ……あのジョークの後な? ()()()()()()()()()()

 

 気絶するまでマウントパンチされた後、無理やり頭を掴んで立たされ、最後は金色に光った状態でのアンパンチだ。100㎞くらいブッ飛んだ。

 あれ俺さまじゃなかったら、ぜったい死んでたと思うぞ?

 

 うん、めちゃくちゃ目が怖かった覚えがある……。

 ()()()()()()()()ってゆーのかな? 深淵の闇みたいにドス黒い瞳で、ひたすらドゴドゴ拳を振り下ろすんだ。

 やめろとか、助けてとか、そんな事すら言えない。……だって口を開こうとしたら、即座に拳が飛んで来るワケだから。

 

 あいつ戦争のとき、“鬼神”とか大そうな言われ方してたケド……、ならあの姿はいったい、何に例えられるんだろな?

 もし誰か見てたんなら、いっかい聞いてみたいモンだよ。今度は何神って言われるんだか。

 

 

 とにかく……俺さまは死ぬハズだった。でも死にぞこなったのだ。

 

 半日くらいしてから、ようやく気絶から目覚めて、アンパンみたいに腫れ上がった顔と、痛む身体を引きずりながら辿り着いた先は……あの核の爆心地だった。

 

 一面の荒野が広がる、何もない場所……。

 それがなんだか、悲しくてしょうがなかったよ。

 

 でも、そこで強く生きる人々がいた。

 俺さまは、ヤツらに助けられたのだ。

 

 

 あれからも俺さまは、戦場にいる。

 この国境近くの街で、AK片手にワチャワチャやってるよ。

 別に助けられた恩返しってワケじゃないが……まぁこれも()()()()()

 ま! たま~に()()()()()()くらいはするケド。

 それが今のライフワークさ。

 

 俺さまはもう、満足する位に大暴れした。

 だから後は、のんびり余生を過ごそうと思ってる。

 負けたし、なんか思ってたのと違う感じだったけど……あの戦いは楽しかった。それでもう充分だよ。

 

 最後にあれをやれて、良かった。

 あの時思い出した悪の矜持も、生きる意味も、今もこの胸にある。ずっと忘れないよ。

 

 だからこれからも、なんとかやっていける――――

 そう思ってるのだ。

 

 

 下らないだの、価値は無いだの……散々言っては来たがな?

 でも今は、「見届けてやろう」と思う。

 俺さま達の次の世代が、いったいどんな風に戦っていくのか、世界を作っていくのか。

 

 そして、この世界の“ヒーロー”と“悪”は、いったいどんな物語を紡ぐのか――――

 精々、ここでAKでも撃ちながら、見せて貰うことにするさ。

 がんばれよ若人たち。俺さまは見てるぞ! ……ってな。

 

 

 まぁ俺さまってバイキン星の出身だし……この星の奴らとは違うから、寿命ってヤツが何年くらいなのか、実はよく分かってなかったりするんだ……。

 あと10年なのか、それとも1千年くらい大丈夫なのか、それは分からん!

 

 でも……今はそう思ってるぞ。

 それで良いと思う。

 

 まっ! あんまりにもつまらなくて、退屈するようだったら、また何か考えるさぁ!

 お前も覚悟しとけよぉ坊主~? また無茶苦茶するかもしれないぞぉ~?

 はーひふーへほ~う!!

 

 

 そういやぁ、今カメラで撮ってるけども、これって“アイツ”も見るのかぁ?

 ……ん、そっかそっかぁ!

 じゃあもし会う事があれば、伝えてくれ♪

 ん゛っ! んん゛っ!! あーあー♪ テステス!

 

 

 

Yo buddy( よぉ相棒 )―――― You still alive( まだ生きてるか )?」

 

「お礼を言うのは大きらいだが……ありがとう戦友」

 

「またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 ………………………

 ………………

 ………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 “円卓の鬼神”。

 

 ベカリ戦争を駆け抜け、畏怖と憧憬の狭間で生きた英雄(ヒーロー)――――

 

 “彼”はたった数か月の間のみ、空に存在していた。

 その後の消息は、定かではない。

 

 

 私は、ついにその人間性(?)にまでは、迫る事が出来なかった。

 

 分かったのは、ほのかに漂うヤンデレ感と、なにやら女の子達が「尊い!」と喜びそうな、ちょっと身震いしてしまうような変な雰囲気のみ。

 その人柄は、不明だ。

 

 

 ただ、“彼”の話をする時……みんな少し嬉しそうな顔をしていた。

 

 それが、答えなのかもしれない――――

 

 

 

 

 ~END~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「……ぷっ! くっくっく!

 あの記者の坊主、とうとう気が付かなかったなぁ~♪

 俺さまが()()()()ってヒントは、散々出て来ただろうに」

 

「おーい、ひきこもりパンマーン! もう出てきても良いぞ~う?

 まったくぅ! なーにが『話したくない』だぁ!

 ちょっとは社交性という物をだなぁ~?」

 

 

 ――――ある事ない事、言い過ぎ。ぼくあんなのじゃない。

 

 

「そっかぁ~? まぁ誇張は入ってたかもなぁ~。

 ……んな事より、パンは焼けたのか相棒(バディ)

 俺さまのシチューと一緒に食おう。また酒も作ってやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
彼氏のこと。

*2
戦闘機動のひとつ。高度を速度に変えて落下する事で、一気に敵機に襲い掛かる。

*3
回避のための旋回




◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪


・原作

【それいけ!アンパンマン】
【ACE COMBAT ZERO ~THE BELKAN WAR~】


・空戦・戦闘機描写参考

【P・T・ギルクリスト著 “空母パイロット”】
【エリア88】
【群青の空】
【USA Military Channel】
【各種WIKIの戦闘機解説ページ】
【エスコンゼロ攻略サイト】


・ネタ元・セリフ回し参考

【BLACK LAGOON】
【DRIFTERS】
【Batman: The Killing Joke】


・キャライメージ曲

 アンパンマン 【Virginity】(レベッカ)
        【二水戦の航跡】(艦隊これくしょんBGM)
        【Magical World】(鬼束ちひろ)

 ばいきんまん 【Hate Crew Deathroll】(Children of Bodom)
        【Red fraction】(MELL)
        【Memory】(Cats the Musical)



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◆禊プロジェクト◆ ~ご命令下さいませご主人様♥~
【ジブリ怪談劇場】となりのトトロ ~子供だけの夜中に訪れる不気味な出会い~ (ケツアゴさま原案)





 先日()()()()()()()()お詫びとして、ご迷惑をおかけした方々が望むものを、何でも書かせて頂きますのコーナー!!
 なんでも仰って下さいませご主人さま♥ 貴方のhasegawaです♥(奴隷契約)

 という事で、今回のお題は【ホラー】であります!
 ビビりの私にとっては、ちょうど良い罰となっておりますナ♪ もう胃腸がボッコボコだZE☆

 それでは、面白い小説になぁ~れ♪ 萌 え 萌 え き ゅ ん ッ !!!!(迫真)


※観覧注意!

 かなり“胸糞”が入ってるので、苦手な方はご注意下さい! 無理して読まずとも良いノダ!






 

 

 

 

 

 “焼夷弾”って知ってるよね? 空襲の時に、飛行機からバラ撒かれるヤツ。

 爆弾みたいに物を壊すんじゃなくて、建物とかに火を着けて、焼き払うための兵器。

 

 わたし達は普通に学校で習うし、耳になじんでるから何とも思わないケド……。

 でもそんな怖い物を、日本の端から端まで、いっぱい落とされてたって言うんだから、凄いよね?*1

 

 昭和20年のある日、空襲があったの。

 例え話なんかじゃなく、本当にお空を埋め尽くすくらい、沢山のB29がやって来て、町をあっという間に火の海に変えちゃった。

 

 空襲をやったアメリカ軍は、通りすがりにポイッと焼夷弾を落としてくんじゃなくて、わざわざ円を書くみたいにして、町をグルッと一周したの。

 炎で取り囲んで、人々が町の外へ逃げられなくするために。

 きっと少しでも多く、たくさん殺したかったんだろうね。そこにいるのは兵隊さんじゃなく、ただの民間人なのにさ。

 

 防空頭巾を被った人々が、空から降ってくる焼夷弾と炎の中を、必死で逃げ惑う。

 子供の手をひいて走るお母さんや、人込みを押しのけて逃げるおじさんや、老人を背負って防空壕に向かう人とか。みんな必死に走った。

 

 でもそんな中、ひとり逃げ遅れちゃった人がいたの。

 辺りには空襲警報が鳴り響き、誰もが悲鳴をあげて逃げ惑ってるのに、その男の人は動くことが出来なかった。

 崩れ落ちてきた家の瓦礫に、腰から下を圧し潰されるみたいに、挟まれちゃったのね。

 

「助けてくれぇぇーーッ!!」

 

 そう男の人は、必死に叫んだ。

 大怪我をして血まみれだったけど、物凄い痛みや、意識が飛んじゃいそうになるのも我慢して、喉が裂けちゃうくらいの大声でね。

 

 近所に住んでる人達が、この場に集まって来てくれた。

 男の人を助けようって、みんなで一生懸命、瓦礫をどかそうとしてくれた。

 小さな町だし、みんな顔見知りだったから、困った時はお互い様だっていう意識が根付いてる。だから当たり前みたいに、助けに来てくれたのよ。

 

 けれど……この瓦礫はすごく重くて、とてもどかす事は出来なかった。

 棒を差し込んでテコを使ったり、何人かで持ち上げようとしたけど、沢山積みあがった瓦礫はビクともしなかった。

 そうしてる間にも、辺りはどんどん炎に包まれてく。周囲の家からはメラメラと火が上がってて、ついに男の人にのしかかってる瓦礫にまで、火が着いちゃったの。

 

 みんな手を傷だらけにして頑張ったけど、やがてこの場に煙が充満し始めた頃、もうどうにもならないって悟った。

 みんないったん瓦礫の傍から離れて、ボソボソと顔を突き合わせて、小声で相談を始めたの。

 

 無理だ、助からない、置いていくしかない。

 いま空は赤く染まってて、いつまた焼夷弾が降ってくるとも知れない。早く逃げなきゃ自分達まで死んじゃう。

 だからもう仕方ないって、辛そうな顔でウンウンと頷き合った。

 

「 おいお前らッ!! 俺を見捨てる気かッッ!!!! 」

 

 でもその時、瓦礫の方から声がしたの。

 

「仲間じゃなかったのかッ!? 信じていたのにッ!! 自分だけ助かればいいのかッ!!」

 

「ならお前らッ……! 今から俺が出す声を、一生忘れるなよッ!!」

 

 男の人の身体が、だんだん火に包まれていく。見えなくなってく。

 それでも恐ろしい顔で、力一杯みんなを睨みながら。

 

 

「――――ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 ん、怪談話じゃないって? 霊とかオバケが出てきてないって?

 あはは、ごめんごめん! わたしそーゆーのって、あんまり知らなくてさ。だから思い出したままに喋っちゃった♪

 

 うん、これ実際にあった事だよ。わたしのお爺ちゃんから聞いた話だもん。

 いま1958年だから、ほんの十年くらい前に、()()()()()()()

 

 というかミチ子のおばあちゃんも、その近所の人たちも、みんな知ってる話かも。だって実際にその場にいて、あの男の人の声を聞いてたんだから。

 今も憶えてるんじゃない? だってその時、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 通学路の途中にさ、畑にもなってなくて、家も立ってない空地があるよね。

 ポツンと石だけが置いてあって、それイレイヒ? ってゆーのらしいんだけど……そこが男の人が焼け死んだ場所なんだってさ。

 

 ここの大人達はみんな、そこには妙に近付かないの。

 まぁわたし達子供は、戦争が終わってから生まれたんだし、そんなの知らなーいって感じで、遊んだりしちゃってるけどね。

 空襲で死んじゃったのは、別にその男の人だけじゃないし。これは沢山あった悲しい出来事の中の、ほんのひとつなんだよ。

 

 まぁわたしは、お爺ちゃんに「ちゃんとお天道様が昇るまでは、そこに近付くな」って言い付けられてるけど。

 その空襲があったのって、日の出からすぐ位の早朝だったらしいから、きっとそう言ってるんじゃないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 その日、サツキはずっと浮かない顔をしていた。

 小学校から帰り、ご飯を食べ、こうして家族三人でお風呂に入っていても……、ふとした瞬間にあの話を思い出してしまい、身体の内側が寒くなる心地だった。

 

 ちょうど今は夏で、ここは何も無いような農村、そして自分達は小学生。

 いくらこういった怪談話が、ごく普通の“遊び”の範疇だとしても、あまり気分の良い物では無い。

 こうして夜も更け、さらに言えば今家の外では、台風を思わせるほどの強い風がビュービューと吹き荒れているのだから、なおさら不気味だった。

 

「おとうさぁーん! 家がこわれちゃうよぉー? ここってボロだもぉーん!」

 

「あはは。引っ越して来たばかりで壊れちゃうのは、すごく困るなぁ」

 

 浴槽に浸かっている妹のメイと、父のタツオが、のんびりした顔で笑い合う。

 いま身体をゴシゴシと洗っているサツキも、時折キョロキョロと視線を動かし、外からの物音を気にしているようだった。

 

「 うひぃっ!!?? 」

 

「 わぁっ!! 」

 

 突然、表からバババババ!! と大きな物音がした。

 強風にあおられ、ボロボロのトタン屋根が剥がれそうな程に揺れ、得も知れぬ不気味な音を鳴らしているのだ。

 その他にも、井戸の傍に置いてあるバケツが、ガランガラーンと転がっていく甲高い音や、誰かが窓を破ろうとしているかのようなガガガガという音、そしてこの家そのものが強風でキィキィ軋んでいる音が聞こえてくる。

 たったひとつっきりの裸電球が頼りなく照らす、薄暗いお風呂場で、三人は思わずギョッと息を呑んだ。

 

 サツキはその心細さを打ち消すかのように、ソソクサと身体の泡を流して浴槽へ。

 暫しの間、家族三人寄り添うみたいにして、一緒に五右衛門風呂の湯に浸かる。

 

 もう最悪だ、と思った。サツキはちょっと泣きそうな気持ちだ。

 今日学校であんな話を聞いたばかりだというのに、まだ住み慣れないおばけ屋敷めいた家で、嵐に見舞われちゃうなんて。

 きっと今日は、怖くて寝付けないに違いない。夜中トイレにも行けないかもしれない。寝る前に水分を摂るのはやめとこう。そうサツキは心の中で誓う。

 

「――――わっはっはっは! わーーっはっはっは!!」

 

 けれど、突然お風呂場に響き渡った、お父さんの大きな笑い声に、子供達はキョトンと目をまん丸にする。

 

「二人とも笑ってごらん? おっかないのなんて、飛んでっちゃうから。

 わっはっはっはっは!!!!」

 

 うっしっし♪ と言わんばかりの顔で、タツオ父さんが大きく胸を張る。

 俺は強いんだぞ、嵐なんて怖くないぞ。そう示すみたいにガハハと笑ってみせた。

 

「め、メイこわくないもんっ! へーきだもんっ!」

 

 私は泣き虫なんかじゃない、強い子なんだ。

 そうメイが子供心に反論するけど、お父さんは気にせず笑い続ける。

 さっきまでの心細さを吹き飛ばす、とても愉快で頼もしい姿に、サツキは自分も「あっはっは!」と加わる。

 迷うことなく、即座に追従してみせた。これが我が家の()()であると言うように。慣れたモノだった。

 

「わっはっは! わーーっはっは!」

 

「メイこわくないもん! こわくないったら!」

 

「うおーーっ! ドンドコドンドコ! あーーっはっはっは!!!!」

 

 意地を張るメイの脇腹を「うりゃー♪」とくすぐり倒したり、ゴリラみたいにかっこよく胸を打ち鳴らしたり、バッシャーンと湯船を大洪水してみたり。

 突然火が着いたように、親子三人がお風呂場で大はしゃぎ。さっきまでとは打って変わって、きゃっきゃと楽し気な声がお風呂場に響く。

 それは奇しくも、サツキの心にあったモヤモヤした気持ちを一瞬で吹き飛ばし、綺麗さっぱり忘れさせてしまった。

 

 怖さや心細さなんて、こうして笑い飛ばしちゃえばいい――――

 人から見たら、バカみたいかもしれないけれど……きっとこれはすごく大事な事だと、サツキは学ぶのだった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 その後、多くの出会いと出来事があった。

 この農村に引っ越して来る前には、まったく予想だにしなかった事が、たくさんサツキを待ち受けていたのだ。

 

 学校の友たちや、カンタおばあちゃんを始めとする人達との、あたたかな交流。

 メイが“トトロ”と呼ぶ、不思議な生き物との出会い。

 庭に植えたどんぐりが、天を突くほどに大きな木となるという、「夢だけど夢じゃなかった」出来事。

 そのどれもが、都会っ子であったサツキには新鮮で、心が躍るような毎日。

 胸を張って楽しいと、自分は幸せだと言い切れる、そんな掛け替えのない日々だったように思う。

 

 

 

『メイのばか! もう知らないっ!!』

 

 けれどそんな折り、ある事件が起こった。

 療養中である母親が体調を崩した事により、予定していた一時退院が取り消しになってしまったのをキッカケとして、サツキとメイの間でほんの些細なケンカが起きてしまったのだ。

 

 勝手にして。ワガママを言うメイなんて知らない。

 そう冷たく突き放したのを最後に、メイは姿を消してしまった。

 まだ4才の子供だというのに、一人っきりでどこかへ行ってしまったのだった。

 

 それに気付いた村人たちは、総出で捜索にあたった。

 男衆を中心にして森へ入ったり、子供の物と思われるサンダルが見つかったという沼の中を漁ったりもした。

 サツキも懸命に走った。額を汗まみれにしながら、それこそ村中を駆け周った。

 だがどれだけ探そうとも、一向にメイは見つからず、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

 恐らくは、七国山にある病院へと向かったんだろう。

 メイはお母さんの身を案じ、ひとりでそこへ向かおうとしたのだろう。

 だがサツキが通りすがりに出会った、七国山の方から来たという人達が言う所によれば、そのような女の子の姿は見なかったという。

 恐らく幼いあの子は、まったく見当違いの方向へ行き、どこかで迷子になっているのだと思われた。

 

 やがて夕暮れとなり、美しいオレンジ色の光が辺りを包んだ。

 けれどサツキの胸にあるのは焦燥感、そして耐え難いほどの()()()だった。

 

 メイのバカ、もう知らない――――そう自分が突き放したから、あの子はどこかへ行ってしまった。

 もう日も暮れる。暗くなったら全てがお終いだ。ここは山々に囲まれた、野生動物が当たり前のように出没する農村なんだから。

 

 その焦りと悲しみは、だんだん“絶望”へと変わっていく。

 それに必死で抗うように、もう藁にも縋るような気持ちで、サツキは一転して踵を返し、あの不思議な生き物がいる森の方角へと走った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……」

 

 それと同時刻。ひとりシュンとした顔で、お地蔵さまの所で佇むメイの姿があった。

 道しるべになるかと思い、ふと見かけた線路を辿って歩いたは良いが、気が付けばまったく見覚えのない場所まで来てしまい、途方に暮れてしまっていた。

 

 ひとりぼっちの心細さ、夕暮れの闇、お姉ちゃんの怒った声……。

 その全てを誤魔化すようにして、ギュッと胸にあるトウモロコシを抱える。お母さんに会うという決意を確かめる。

 けれど、足りない。ぜんぜん不安な気持ちは消えてくれない。

 泣きそうになるのを堪えながら、メイはただその場に座り続ける。お供え物も、お祈りの仕方もしらないけれど、偶然線路の脇に見つけたお地蔵さまに縋るようにして。

 石でも神様でも何でも良いから、誰かの傍にいたかった。ひとりっきりは嫌だという気持ちが、メイをその場に留まらせた。

 

「あっ……そうだ!」

 

 ふいにメイが、しょんぼりと俯いていた顔を、ガバッと上げる。

 あの嵐の夜、三人で一緒にお風呂に入っていた時、「笑えばおっかないのは消える」とお父さんが教えてくれた事を、思い出したのだ。

 

「わっはっはっは!! わーーっはっはっは!!!!」

 

 メイは思いっきり笑う。お腹がぷくっと膨らむくらい息を吸い込み、力いっぱい。

 悲しみを打ち消す為、じわりと涙が滲んでくるのを我慢する為。

 もう何も考えないで、ひたすら笑い続けた。あの時お父さんが言ってくれた通りに。

 

「あーーっはっはっは! あーーーっはっはっは!

 うっ……ぐすっ! あ、あーっはっはっは! あ゛ぁーーーん!!!!」

 

 メイを見つけて。ここだよお姉ちゃん。ここにいるよ。

 ワガママ言ってごめんなさい。もうしません。いい子になるから。

 そうお姉ちゃんに心の中で謝りながら、ヨタヨタと上を向いて歩き、たくさん笑い続けた。

 

 

 ここがどこなのも、分からず。

 涙で前が見えない事も、気にせず。

 自分が何の上に立っているのかも、知らず。

 そして、頑張って笑うのに夢中だったから、なにか大事な音を聞き逃している事にも、気付かずに。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「トトロ! メイが迷子になっちゃったのっ!

 おねがい! メイを探して!」

 

 祈るような気持ちで、トトロの住処へと続く道を、駆け抜けた。

 その願いは通じ、サツキはトトロのもとへと通され、こうして助力を乞うことが出来た。

 

「探したけれど、見つからないの! きっとあの子、今ごろ泣いてるわっ!

 あたしがあんな事いったから! あたしのせいでメイはっ!

 もうどうしたらいいか分からないのっ……!」

 

 自身のお腹の上、顔を覆って泣いている女の子。悲痛な声が住処に響く。

 パシパシと寝ぼけ眼だったトトロは、それに聞き入っているかのように、じっとしていた。けれど暫くしたら、サツキを気遣うようにそっと手を伸ばし、優しくこちらへ引き寄せてやった。

 

 口を大きく広げ、「ニッカーッ!」と太陽のように笑って。

 それは奇しくも、あの時お父さんが言っていた通りの所作。その笑みで、悲しい気持ちを全部吹き飛ばしてやるとばかりに。

 

「うおあぁぁぁ~~~~っっ!!!!」

 

 サツキを優しく抱きしめたまま、トトロがピョイーンと飛び上がる。

 その大きな身体からは、想像出来ないようなジャンプ力で、天井を抜けて高く高く上がっていく。

 そしてすぐ、この町で一番高い木の頂上に、ストッと立って見せた。

 

「あっ……! アレってあの時の!」

 

 トトロが先ほどよりも大きな雄たけびを上げると、すぐ地平線の向こうから、ネコバスが元気よく走ってくるのが見えた。

 その沢山ある足で、山や森を縦横無尽に駆け抜けて、あっという間にサツキ達のいるこの場に来てしまう。

 彼女は乗った事がないけれど、きっと飛行機にだって負けないくらい、凄いと思った。

 

「んにゃごぉ~ぅ!」

 

 サツキのすぐ目の前に乗りつけた(?)ネコバスに、ぐにょーんと人ひとり分くらいの穴が空く。

 本物のバスでいえば、ちょうど入口の扉が開くみたいにして。

 あまりの荒唐無稽な出来事に、彼女は少しの間キョトンとしてしまうが、となりに立つトトロが優しく背中を押してくれた事によって、ハッと意識を戻す。

 

「お願いネコバスさん、メイの所につれてって!」

 

 そう告げて、中へ飛び込む。

 この状況とか、不思議な体験をしてるとか、色々と思う事はあっても、今はこの人達(?)を信じるしかないと、迷いなくネコバスへ乗り込んだ。

 

 その場で見守るトトロが、またこの上ない「ニッコォー!」という笑みを見せてくれる。

 サツキも笑顔で「ありがとう」と返し、とりあえずといったように、お行儀よく車内(?)の椅子に腰を下ろした。

 

 それを確認したネコバスの、ちょうど頭の上にある“行先の表示”が、パタパタと変わっていく。

 トトロが愛らしく手をフリフリして見送る中、やがてちゃんと目的地を示し終えたネコバスは、再び「にゃごぉ~♪」と声を上げる。そして元気に駆け出して行った。

 

 サツキをメイのいる所へ、連れていく為に。

 

 

 

 

 

 

【塚森】

 

 ↓

 

【長沢】

 

 ↓

 

【三ッ塚】

 

 ↓

 

【墓道】

 

 ↓

 

【大社】

 

 ↓

 

【牛沼】

 

 ↓

 ↓

 ↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【地獄】

 

 

 

 

 

 

*1
実際に焼夷弾は、無差別な効果を発生させる非人道的な兵器だとして、1983年に発効された特定通常兵器使用禁止制限条約によって、使用が規制された。







◆スペシャルサンクス◆

 ケツアゴさま♪



・PS 登場人物は全て、幸せになりました(震え声)





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羊たちも目逸らし  (甲乙さまご提案)



 ――――禊企画その2! 下ネタ注意ですッ!!

 今回のお題はこちら↓



 ◆ ◆ ◆



 ~私の活動報告「書くべきテーマが見つからない」という雑記に頂いたコメントより~


 性癖です……己の性癖に耳を傾けるのです……。

 例えば、お胸が大きな女の人が好きだ! とか。
 例えば、巨乳のお姉さまの活躍が見たい! とか。
 例えば、( ゚∀゚)o彡゜おっぱい!おっぱい!とか。

 とにかくそういう「この小説は誰に需要がある? それは私だ!」とばかりに、己の好きなモノつまりは性癖を突き詰めるのです……。自分書きながらハアハアして、読み返してハアハアして、そして公開してハアハアするのです……。
 誰得? 俺得! みんな得!



※映画【羊たちの沈黙】二次小説。





 

 

 

 

『これまで沢山の捜査官が来たが、君のように美しい人は初めてだよ』

 

 FBIアカデミーに在籍する実習生、クラリス・スターリング。

 彼女がボルティモアにある精神病院を訪れた時、所長のチルトンに最初にかけられた言葉が、コレだ。

 彼は珍し気に、嫌悪感を抱かせるいやらしい目付きで、こちらを舐めまわすように見てたように思う。

 

 いくらFBIの冠があるとはいえ、若輩者の女性という事で、明らかに侮られている様子。

 加えてクラリスは、青い瞳と高い鼻が印象的な、黒髪の美しい女性なのだ。

 少なくとも、チルトンがまるでイタリア人男性の如く、軽薄な口調で「良かったらこの後食事でも?」と誘った位には。

 まぁ歳の離れた中年男性の軽口など、意に介すクラリスでは無いけれど。

 お偉いさんのあしらい方など、手慣れたモノだった。

 

『学があるのは喜ばしい。

 才女であるのなら、“ルール”も一度で覚えられるだろう?』

 

 彼に案内されて、所内の廊下を歩きながら、規則について説明を受けた。

 今日の目的である“とある人物”が、現在収監されているという場所……。そこでの立ち振る舞い方や、心構えについてだ。

 

 

・囚人との面会時は、仕切りのガラスに手を触れてはならない。

・常に囚人とは距離を保ち、決して近付いてはならない。

・書類などを渡す時は、必ず檻にある食事の差し入れ口から。

・渡して良いのは、柔らかい紙のみ。ペンやえんぴつに加え、ホチキスやクリップなどの金属類は、絶対にNG。

・たとえどのような物であろうと、囚人からは何も受け取ってはならない。

 

 etc.

 

 

 それは門外漢であるクラリスにとって、過剰なまでの警戒に思える。非常に厳しい物だ。

 だが彼らがそれほどまでするのには、ちゃんと理由がある。

 

 彼女に此度の任務を言い渡した、クロフォード主任捜査官いわく――――『極めて危険な男。一見正常に見えても、まごう事なき異常者』

 加えて『任務以外の個人的な話は、一切するな。ヤツをまともな人間だとは思わない事だ』とも添えられていた。

 

 先ほど案内を受けたチルトン所長でさえも――――『ヤツは怪物だ』と評した。

 特異な研究対象として、自分達も観察してはいるが、彼は知能が高すぎて、標準的なテストが全く通用しないのだという。

 ならびに我々のことを毛嫌いし、見下しているフシがあるので、研究や聞き取りにも極めて非協力的との事。

 

 

 実際、これからクラリスが面会する人物は、過去にここで事件を起こしているらしい。

 以前、胸の痛みを訴えたので医務室へと運んだ時、心電図を取ろうとしたナースが拘束を解いた途端、突然その顔に()()()()()

 医師達の懸命な治療により、その女性は千切れた顎を縫い合わせてもらった。見るに堪えない凄惨な状態だったが、なんとか片方の目だけは助ける事が出来たそうな。

 

 彼は事件当時、噛みちぎった彼女の舌を食ったそうだが、特に興奮も錯乱もしていない状態だったという。

 ヤツの脈拍は、決して85以上いかない。たとえどのような行為であっても、全く平常心を失うこと無く、平然とした様子で行うのだ。

 

 

 元は著名な精神科医であり、猟奇殺人犯――――

 彼の名は【ハンニバル・レクター】

 

 

 殺した人間の臓器を食うというその異常性から、人食いハンニバルの名で恐れられる男。

 そして今日、クラリスが“とある殺人事件”解明の為に、こうして助言を仰ぎに来た人物であった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「――――ふむ。君はなかなか利口だな、スターリング捜査官」

 

 見渡す限りレンガ作りの廊下を抜けて、クラリスが辿り着いた先に、レクターがいた。

 まるで彼女が来るのを待っていたかのように、檻の中で直立不動の姿勢。

 どこか威圧感を感じさせる無機質な表情ながら、柔らかい声で開口一番に「おはよう」と迎えてくれた。

 

「さぁ、お座り。いつまでも立ち話はなんだろう?」

 

 すでにクラリスは自分の所属と氏名を告げ、ほんの数分ばかり、彼と会話していた。

 そして驚くべき事に、どうやらレクター博士は、彼女に興味を示しているのが見て取れるのだ。

 

 彼女はまだ年若い実習生であり、恐らくこのような場所に来るのも、自分のような異常者と接するのも初めてだろうに。それでも友好的な姿勢と、捜査官としての毅然とした態度を崩さずにいる。

 丁寧な口調のレクターが、ときおり意図的に口走る、少し下品で挑発的な言葉に対しても、しっかり彼女なりに受け答えをしている。こちらに誠実さと正直さを示し続けている。

 

 きっと、それを「好ましい」と感じたのだろう。レクター博士は上機嫌に見えた。

 この施設にいる有象無象共とは違い、いま目の前にいる彼女を“会話をするに値する相手”として認めたのだ。

 

 クラリスは安堵の気持ちを抱きながら、勧められるままに一歩後ずさり、廊下に用意されている椅子に腰かけた。分厚いガラス越しではあるが、レクター博士と向かい合う姿勢となる。

 彼は常人には理解の及ばない異常者であり、また非常に気難しい人物とも聞いていたので、下手をすれば門前払いもあるだろうと覚悟していた。

 ゆえに、こうして会話が出来る状況にもっていけた事は、彼女にとって大きな“成功”と言える。

 

 少しこちらの容姿を一瞥し、通気口からほのかに流れて来る匂いを嗅ぎ取っただけで、こちらの出生や人柄、これまでの人生で胸に抱えてきた気持ち、さらには軽くふった香水の銘柄まで当ててみせるという、レクター博士の脅威のプロファイリング能力には、心底恐れおののいたが……。それでも今は喜びの方が大きい。

 この得も知れぬカリスマ性を纏う人物に、曲がりなりにも認められたという事だし、その凄まじい洞察力だって、きっと事件解明に大いに役立つことだろう。

 

 まだ研修生の身分ではあるが、子供の使いではない。

 自分が任され、ここへ来たことは、決して間違いでは無かった。

 そうクラリスは確信する。

 

「君は若いが、よくやっているよ。

 礼儀正しいし、こちらの挑発や試すような言葉にも、嫌がらず応じてくれた。

 だからこそ、君に協力してやりたい気持ちになった」

 

 元精神科医、という経歴がそうさせるのだろうか?

 レクターは時に失礼な事を、そして時にちぐはぐな受け答えをする。会話のキャッチボールではなく、自分の言いたい事を一方的に突き付けるような物言いもだ。

 それはきっと、彼なりにクラリスを見定める為なのだろう。相手の反応を楽しみつつも、その天才的な頭脳を以って、瞬く間に丸裸にしてしまう。

 その人も考えも、人柄も、腹に抱えている思惑すらもだ。

 

 きっとこのような会話、ストレスも大きかっただろうに。それでも自分の任務を果たそうと、辛抱強く耐えていたクラリスへの()()()()なのだろう。

 年長者が抱く、目下の者への余裕が感じられる。

 

「だが……、このくだらん書類は、是非とも引っ込めて欲しいねぇ。

 こんな単純な質問で、私を分析できると思っているのかね? 浅はかな……」

 

 しかし、クラリスが用意してきた書類をナナメ読みした途端、レクターは一転。不快感を示す。

 見せてみろ、その方が手っ取り早いとばかりに、彼に促されるままに渡してしまったのだが、どうやら悪手だったようだ。

 

 この書類は「レクターとの面会で何を訊ねるか。どの件について意見を求めるか」という、クロフォード主任からの指示が記載されている物だったのだが……、意見を仰ぐどころか酷く落胆させただけ。

 天才たる彼にとって、それは()()()()()()でしか無かった。応じる価値が見い出せない程に。

 

「残念だが、答えたくない。

 もう帰ったらどうかね? ここに居ても、何も得る物は無いぞ。

 君にも、私にもだ」

 

「そ……そんなっ!?」

 

 クラリスは慌てて腰を上げ、縋り付くように言い募る。

 いまカンザスシティで起きている連続猟奇殺人を解決する為には、なんとしてもこの男の助力が必要だ。

 蛇の道は蛇。同じ猟奇殺人犯である彼のアドバイスは、行き詰まっていたこの事件の解明に、きっと光明をもたらすだろう。譲るワケにはいかない。

 

 高いバッグの割には、靴がダサイんだよ! なんだその安物は! どうせバージニアでの怠惰な青春に嫌気が差して、一念発起して地元を飛び出したんだろう!? 逃げ出すためにMBIに入ったんだろうが! この尻軽のアバズレ女め!

 そんなレクター博士の辛辣(でもメッチャ当たってる。ビックリ)なプロファイリングという名の罵詈雑言に歯を食いしばりつつも、クラリスは必死に懇願。

 

 ここで帰るワケにはいかない。遺族や被害者を救う為にも。若いけど私はMBIなんだ。

 だからどうか、知恵を貸して下さいと。そう頼み込む。

 

「諦めの悪い子だ。……だが君のような娘さんに、そのような顔をさせる趣味は無い。

 気は進まないが、協力しようじゃないか」

 

「ほっ、本当に!?!?」

 

 クラリスはハッと息を呑み、目を輝かせて顔を上げる。

 もう色々言われ過ぎて、お腹がキリキリ痛いけれど、私のストマックもこれで報われると。

 

「――――だが条件がある。()()()()()()。君も情報を教えろ」

 

 突然の提案に、クラリスはキョトン。

 対してレクター博士の目は、まさに真剣そのもの。

 

「個人情報でいい。他の誰でも無く、君自身のな。

 何かを得たいのなら差し出せ。代償の法則だ。

 さぁ、YESかNOか?」

 

「……っ!」

 

 こんな小娘の個人情報などに、一体なんの価値が?

 クラリスは首を傾げるが、目の前の男が放つ得も知れぬ威圧感に、これが冗談の類ではない事を悟る。

 

「どうするクラリス? 迷っている時間があるのか?

 今この時も、犯人は次の獲物を探し、闇夜を彷徨っているぞ」

 

「……ええ、分かったわ」

 

 それで協力を取り付けられるのなら、任務を果たせるのなら、願っても無いことだ。

 たとえ眼前の男の思惑が読めずとも、得も知れぬ不気味さを持つ猟奇殺人犯だとしても、構う物か。

 彼の言う通り、迷っている時間は無いし、代償を差し出せと言うのならそうしよう。

 クラリスはしっかりと前を向き、そしてコクリと頷いて見せた。「さぁ何でもどうぞ」と。

 

 

「では遠慮なく。――――子供の頃の()()の思い出は?」

 

 

 レクターが“決して逃がさぬ”という意思を込め、ハッキリした口調で問う。

 彼女の心に土足で踏み込み、トラウマを切開するために――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹物のAVを借りたら、()()()()()()()()()()()()()()()? まぁブチギレですよ~」

 

「は?」

 

 しかし返ってきた言葉は、なんか思ってたのと違った。

 

「バカ野郎この野郎オメー!

 私の妹は、ヘソピアスなんかしねーんだよ! 馬鹿にしてんのかこんにゃろー!」

 

「クラリス?」

 

 彼女が真顔で、よく分からない事を言う。

 さっきまで健気なほどに、毅然とした態度を貫いていたのに、もうその面影はない。別人みたいな様子だ。

 

「あとね? 純粋に“顔”だけで選んだら、それニューハーフ物だった事があってね?

 なんか図太いのよぉ~声が。びっくりするくらい、喘ぎ声が低いのよぉー」

 

「……っ!?」

 

「再生したら、ダイジェスト映像が流れて、その後インタビューがあったんだけどぉ……。

 それの第一声がね? 『いやぁ~、ちんこ取りたいっすよ~』って。

 モロッコあたりで手術したーい、お金ほしーっていう、オカマちゃんの切実な声だったのね?

 私それ見た瞬間、夜中なのにドォラァァァーーッ!! って叫びながら停止ボタン押したわ。

 その日はもう――――悔しくて眠れなかった」

 

 ポケーっと呆け、明後日の方に視線を彷徨わせながら、過去の失敗談(?)を語るクラリス。

 正気ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()、ほわほわした口調でよく分からない事を喋っている。

 

 これは確かにホラー映画ではあるが、別にエクソシストでも呪怨でもない。サスペンスホラーのハズだ。

 いったいクラリスは、どうしてしまったのだろう? さっきまでのストレスで、頭が変になってしまったか? レクター博士は、らしくもなく目をまん丸にしながらも、その優秀な頭脳をもって一生懸命に分析する。だが答えは出ない。

 

「……そのDVDは、どうした?」

 

「ああ、ちゃんと返却したわ。

 レンタル期限も守ったし、円盤を叩き割ったりもしなかった。えらいでしょ?」

 

 とりあえず、質問を投げ掛けてみる。

 分析には情報が必要。自分は元精神科医なんだとばかりに。

 

「ちなみにそれ、両方とも同じ日に借りたんだけどね?

 一度やってみたかったの。()()()()()1()0()()A()V()()()()()、店員がどんな顔するのか見てやろうと思って。その内の二本よ」

 

「10本!? 全部一日で観たのか!? 検品の業者か君はッ!!」

 

「その日はAVの他に、映画もふたつ借りたわ。

 よくあるでしょ? AV借りるのが恥ずかしい~っていう軟弱者が、普通の映画とかで挟んでレジまで持ってくヤツ。あれをやりたかったの。

 私は出前の蕎麦のように高く積み上がったAVの束を、【菊次郎の夏】と【キッズリターン】でサンドイッチしたわ」

 

「上と下だけ北野映画ッ!? 意味ないだろうソレ!?」

 

 あぁクラリス! さぞ持ちにくかったろうに!

 レクター博士もおかしくなったのか、ちょっとズレた事を言った。

 君のような娘さんが、まさか10本もAVを抱えてくるとは! しかも当日返却で!!

 年配の彼にとって、その衝撃は如何ばかりか。

 

「ちなみにだが……その時レジの店員は、どんな顔をしていた?」

 

「うん、()()()()()()()()()()()()()

 終始事務的な対応で、なんか『ありがとう御座いました』も言ってくれなかった気がする。

 残念♪ きっと変な客だと思われたのね♪」

 

「 変な客だからな!! まごう事なくッ!! 仕方ないよクラリスッ!!!! 」

 

「あの日は10本も借りなきゃだから、“ひとつの棚から一本”みたく、適当に選んじゃったの。

 だからあんな悲劇が起きたのね……。今は反省してるわレクター博士」

 

「反省すべきは、他にあるだろうッ!!!!

 なぜそんなヤンチャをする!? 自ら好き好んで!」

 

「あー、私ってヴァージニア州の田舎娘でしょ? 娯楽が無かったのよ。

 だからよく、『精神修行だ!』とかワケの分からないこと言って、色んなチャレンジをしたわ」

 

「さっき言った事を、根に持ってるのか!?

 すまなかったクラリスッ!! 謝るからッ!!」

 

「親が止めるのも聞かずに、突然なんの脈絡もなく、スキンヘッドにしてみたり。

 怪しい商店街にある、ディルドとかアナルバイブが置いてあるアダルトグッズ店に一人で突貫して、『ここは君が来る店じゃないよ』とリアルに店長のおじさんに説教されてみたり。

 自転車に乗りながら、デスボで『む゛ろ゛ま゛ち゛は゛く゛ふ゛!』ってひたすら連呼してたら、それを近所のババアに見られてちゃって、恥ずかしい思いをしたり。

 おーいえー♪ とか言ってプチプチちく毛を抜いて遊んでたら、いつの間にか5cmを超える長いちく毛が生えるようになっちゃって、とても人には見せられない有様に……」

 

「――――君に何があったんだ!?!?

 相談してくれクラリス! 私は精神科医だッ!!」 

 

 イカれている。別にモノホンの精神異常者ではないけれど、この子はイカれている。

 なんでそんな風になった? 小さい頃に何かあったのか? レクターはうんうん分析。

 

 それになんか、「子供の頃の最悪の思い出を」という自分の質問から、著しくかけ離れているような気がする。

 でもなんか()()()()()、レクターは気にせず話を続ける事にした。大変興味深い。

 面白いっていうのは、何物にも勝る大切なことだと思う(サイコパス感)

 

「先ほどAVについての話があったが、君はどのような性癖だ?

 映像でも書籍でも良い。手に取るのはどういった物だね?」

 

「――――ナースコスプレねっ!(輝くような笑顔)

 なにか良さげな女優さんを見つけたら、とりあえず『ナース服着てるヤツないかな~』って探すわ!」

 

「色とデザインは? 本職の方が着るリアルな物から、コスプレ用のエロい物まであるぞ」

 

「――――ピンクね! ピンクは正義の色よっ!(迫真)

 本格的なヤツもいいけど、やっぱ胸元あいてるエロいのが好きだわ!」

 

「どのようなシチュだ?

 君の思い描く、理想的なナースとのシチュエーションとは?」

 

「――――両腕骨折しろッ!!!!(カッ!)

 ご飯も、トイレも、お風呂も、何もかもナースさんにやって貰うのっ!

 だって腕が折れてるし、自分では何も出来ないんだものっ!

 そんで毎夜毎夜、代わる代わる私の病室を訪れろッ!! ()()()()()()()()!!」

 

「ならばどのように看護されたい? どんな事を言われたいんだ? 教えてくれクラリス」

 

「あらあらっ♪ 大丈夫ですよ、勃っちゃっても♡

 剃毛の時におっきしちゃう患者さんって、結構いらっしゃるの。だから慣れてます♪

 さぁーじっとしてて下さいね~♡」

 

「骨折なのに剃毛(絶句)

 他には? まさか君ともあろう者が、それだけで終わるハズあるまい」

 

「まぁ♪ 剃毛は終わったけど……、こんなに大きくしてたら、ズボン穿けませんね♡

 両腕とも折れてるし、ここ最近はずーっと“我慢”してたんでしょう?

 うふふ、仕方ないなぁ♪ ()()()()()()()()()()()()()()()♡(意味深)」

 

「ずばり、好きなAV女優は?」

 

「仁〇百華! 清〇すず! 前〇優希!

 あとギャル系だけど、乙ア〇スが好きね! この子は性の申し子よ!」

 

「さらに、好きなエロ漫画作家は?」

 

「春輝先生と、みちきんぐ先生!(キッパリ)

 同人系で言えば、艦これ物を書いていらっしゃるサークル【虹元少女】が好きね! 時雨がとっても可愛いの!」

 

 ――――楽しい! 楽しくなってきた!

 レクター博士は、近年まれに見るほどテンション上がってきた。

 クラリスは女性じゃないか~とか、彼女は何かに憑りつかれたのか~とか、そんな事はどうでもよろしい。

 とりあえず、色々訊いてみようっ! いま私がするべき事はそれだ!!

 もう分析とかどーでも良くなったレクター博士は、イソイソと次の質問を用意。彼女に投げかける。

 

「ナースのためなら、両腕をへし折ることも厭わんという、君の情熱は分かった。

 素晴らしいぞクラリス。君が輝いて見える。

 他にはどんな物が好みなんだ? 思い付くままに羅列してみろ」

 

「くのいち! 巨乳! メガネ! ショートカット! 緑髪!!(ハツラツとした声)」

 

「おっと、いったん待ちたまえよ。

 いま“緑髪”という言葉があったが、これについて詳しく」

 

「緑髪! 緑髪のキャラが好きなのっ!!

 なんだかよく分からないけど、()()()()()()()()()!!」

 

「ほほう。だが世間一般的に、緑髪キャラは“サブヒロイン”のイメージがあるだろうに。

 メインヒロインとなるのは、いつもピンクや茶髪の子ばかりだ。

 どうして君は、あえて緑髪を推すのだろうね?」

 

「緑は目に優しいでしょ? 心が落ち着くでしょ?

 だから緑髪の女の子って、なんか優しそうに見えるよっ!!(にじりより)

 派手じゃなくていいの! 人気も華もなくていい! 地味な子でいい!

 なにより私は、思いやりのある優しい子が好きっ!

 GA〇TZで言えば、岸本さんじゃなくて、たえちゃんみたいな子ね♪」

 

「おや? 先ほどの発言と矛盾するなぁ。おかしいぞクラリス?

 確か君は、好きな属性のひとつに“巨乳”を挙げていたハズ。

 GA〇TZにおける岸本さんは、巨乳の代表格だと思うがね」

 

「もちろん好きだわ! あの黒いボディスーツはグッと来るもの!

 ピッタリ身体に張り付く服で、あの凶悪なまでのおっぱいによる素晴らしいボディライン! あれは正に至高と言えるわ! とってもエロいわねっ!

 でも私は、優しくて健気なたえちゃん派!

 あんな彼女欲しい! 部屋で二人、のんびりまどろんでみたいのぉぉぉーーっ!!」

 

 どうやらお胸に関しては、「巨乳もいいけどちっぱいもね」という感じらしい。

 おっぱいに貴賎なし――――みんな違ってみんな良い。それを地で行くスタイルのようだ。

 

「次の議題だ、メガネについて聞こうか。

 たえちゃんなどの清楚系女の子と、非常に相性が良いアイテムだよ。分かる気がする」

 

「メガネをかけてるという、それだけの事で、女性が三倍界王拳くらい可愛く見える!(不退転)

 昔の彼女に『メガネかけておくれ』って小一時間お願いしてみたら、それが原因で喧嘩になった事あるわよ? きっと私が必死すぎて、気持ち悪かったんだと思うわ!」

 

「メガネは野暮ったいと感じ、恋をした途端にコンタクトを検討する子もいるというが……それについて意見は?」

 

「良いと思うわ! でも是非“ギャップ”を意識して欲しいわね!

 普段はメガネだけど、貴方の前では素顔――――

 そういうのも、とっても素敵だと思うよ♪

 でも出来たらずっとメガネかけといて欲しい!(ぶち壊し)」

 

「グラサンでは駄目か? あくまで普通のメガネなのかね?」

 

「屋内なのにグラサンかけてるヤツの顔面に、大道塾仕込みの膝蹴りを叩き込みたいって、いつも思ってるわ!」*1

 

 えっ、わたし催眠術かけた? そんなの出来たっけ?

 レクター博士は、思わず己を顧みるけれど、そんな記憶は無かった。

 理由は分からないが、今クラリスは軽い“トリップ状態”にあり、訊かれた事には何でも答えてしまう~というような状態にあると推察された。

 まぁ口走ってるのは、誰の趣味趣向とも分からん、変な事ばかりだが(重要)

 

「では満を持して、“くのいち”について訊いてみたい。

 これは先のナース服と並び、コスチュームについての趣向となる。

 どのようなシチュで使うのが好ましい?」

 

「くっ……! この私としたことが、敵に捕まってしまうなんてっ!

 ふん! どうとでもするが良いわ。だが私も甲賀の忍びたる女。

 絶対貴様らに屈したりはせぬぞ!(クネクネ)」

 

「なるほど、分かりやすいな君は。

 縄で縛られ、敵に辱められる~というシチュか。パントマイムをどうもありがとう。

 だが近年流行りの“姫騎士”ではいけないのか? 類似性があるように思うが」

 

「――――くのいちエロいです!!!!(目ぇキラッキラ)

 衣装もさる事ながら、もうその存在自体がエロい! こんなのエッチの固まりでしょう!?!?」

 

「ふむ、温故知新だね。

 古今東西、ありとあらゆる媒体で、くのいちはその誇りを汚され、痴態を晒して来たのだ。

 快楽に屈し、敵方に寝返ってしまうというのも、個人的に胸熱だと思う。切なさは最上のスパイスだ」

 

 うんうん満足気に頷き、レクター博士が同意。

 きっとこのオッサンも、良からぬ本を沢山読んできたのだろう。幼少期に剣術を習っていた事もあり、実は妙に日本贔屓な所あるし。

 

「容姿や服については分かった。ではお次は“プレイ”について語ろうじゃないか。

 君はどのような行為に魅かれる? 何をされたり、したりするのが好きだ?」

 

「――――オネショタ! ハーレムプレイ! “必ずイかせる”という強い意思のこもった容赦ないフェラチオ! 膝枕からの搾乳手こき! スカートたくし上げ! 『いまイッてるからぁ!』状態での鬼のようなピストン!!」

 

「ウェイウェイ。落ち着きたまえクラリス。怒涛の勢いじゃないか。ひく」

 

 クラリスのパッションが迸り、息もつかせぬ早口。

 ひとつひとつ処理していくべく、レクター博士は「まぁまぁ」と優しく諫めた。せっかくどれも面白そうなテーマだし。

 

「まず気になるのが、“ハードなおしゃぶり”、および“絶頂後の追撃ピストン”か。

 男女双方による、サディスティックな行為だが……君は激しいのが好きなのかね?」

 

「普段は優しい人だけど、ベッドの上では鬼畜が至高ッ!!!!(辺りに木霊する程の声)

 もう成すがまま、好きにされてしまえ! 白目を向いて快楽に溺れろッ!

 好きな言葉は『許してぇ~っ!』です! ふんすっ!」

 

「SでありMでもあると。君の意外な一面を知ることが出来たな。()()()()()()()

 だがオネショタに加え、搾乳手こきがある所を見ると、決してハード志向ばかりとは言えない。君には甘えたい願望もあるのかね?」

 

「ううん? これもさっきの延長!

 オネショタで()()()()()()()()()()()のが好き!

 男の子とお姉さん、どっちが攻めでも受けでも良いの!

 どちらも非常に乙な物だと思うわ!(満面の笑み)」

 

「度し難いなクラリス。

 こんなの全然たいした事ねーよ! と未知の快楽に抗う、生意気盛りで精通前の悪ガキ……。

 私はお姉さんだからと威厳を保つべく、感じているのを必死に我慢する乙女……。

 どちらも輝かんばかりに眩しく、また尊いという事か。

 ときにクラリス? “快楽に溺れる”という点で思い出したんだが、君はNTR物をどう思う?」

 

「なんとも思わないわ!(キッパリ)

 その作品がエロかったら、別に何でも良いと思ってる!

 ふにゃチン彼氏を見限って、つよつよちんぽの快楽に目覚めちゃうという“切なさ”も、エロのスパイスと言えるわ!」

 

「理解した。君は情という物が無い()()()()()()

 エロかったらいいとか、ベッドの上では何してもいいとか……。

 そんな事では、たえちゃんに愛想をつかされてしまうぞ? 思いやりを持ちたまえ」

 

「でも私、SMとかはノーセンキューよ?

 暴力とか、可哀想なのは、心が痛くなって萎えちゃうわ! ラブラブえっちが最高!」

 

「どないやねん、と言わせて貰おう。

 とりあえず、あくまで“性技の範疇”としての激しさ、という事だね?

 道具で痛めつけたり、縛ったりするのは嫌と」

 

「――――でも電マとかローターは大好きよ!

 どのくらい耐えられるモンなのか、ぜひ試してやりたいわね!(ニコッ☆)」

 

「たえちゃんが不憫でならないよ。

 ベッドヤクザも結構だが、愛情を忘れないようにね。

 さてさて、途中にあった“たくし上げ”についてだが……これだけ少し趣きが違うように思うな。聞かせてくれクラリス」

 

「パ ン ツ が 大 好 き で す !!!!

 一糸まとわぬ素っ裸より、むしろ下着姿の方がソソリますですハイ!」

 

「ほほう。コスプレの次は下着と来たか。

 君は何かしら着ている方が好き、という事だね。

 ではパンツについての拘りは?」

 

「し ま パ ン が 良 い と 思 い ま す !!!!

 でもリアルでは中々お目にかかれないから、贅沢は言いません!

 パンツに貴賤なしであります!」

 

「エロ下着はどうだ? Tバックであったり、フロントチャック付きであったり」

 

「同じくリアルでは見た事ないっ!

 でも何かしらの媒体で見る分には、良いと思います!」

 

「もしや君は、行為の時には電気を消すタイプかね?

 世の中には“女性器恐怖症”なる物もあるが……」

 

「そーゆうのは無いです! ただただ『パンツって可愛いよね☆』という話であります! サー!」

 

「なるほど。【1.パンツ】と【2.ぱんつ】と【3.ぱんちゅ】では、どれが一番キュンだ?」

 

「――――2番の“ぱんつ”で願い上げ候ッ!!!!(どアップ)

 あえて平仮名を使用する事により、柔らかさと愛らしさの表現に成功しておりますれば!

 GUNG-HO! GUNG-HO! GUNG-HO!」

 

「ではたくし上げそのものについて訊ねる。

 これはどういった所に魅力を感じるのかね?」

 

「“羞恥”でありますッ!! これぞ最高のスパイスであります!!(ガラスに顔を引っ付けて)」

 

「女の子自らスカートをたくし上げ、モジモジと恥じらっている所に、グッと来る?」

 

「ざっつらいとでありますっ!!

 ついでに赤面しつつ、『もう我慢できませぇん……』とか言ってくれると、パーフェクトジオング出撃でありますっ!!」

 

「ちっちゃな“ぇ”を付けている所に、業の深さを感じるな。

 言っては悪いが、エロ本の読みすぎでは無いかね……。

 ちなみにM字開脚やY字バランスといった物については、どう思うクラリス?」

 

「素晴らしいと思いますッ!! 掛け値なしに!!

 しかしながら、やはりたくし上げこそが至高と、自分は考えます!

 羞恥心に加え、チラリズムという属性攻撃力も合わさって、最強に見えるのですサー!」

 

「もしメガネをかけた、緑髪でショートカットの心優しい爆乳くのいちが、ナース姿に扮して恥ずかしそうにスカートをたくし上げ、君に縞パンを見せてくれたとしたら……どうする?」

 

「――――そ の 場 で 両 腕 を 骨 折 し ま す ッ !!!!(即答)

 私が『もう無理! 出ないからぁ!』と言うまで、火が出るくらい容赦ない搾乳手こきをお願いしますっ! ハレルヤ!!」

 

 

 

 ありがとうクラリス、ありがとう――――

 たった5分ほどの会話だったが、レクター博士は満足。

 数年ぶりの女性との語らいというのもあるが、彼の研究欲や知的好奇心(?)は大いに満たされたのだ。

 こうして自分と向き合ってくれた彼女へと、心からの礼を告げた。

 

 きっと正気に返ったら、この子はビルから飛び降りることだろう。

 いくらトリップ状態にあったとはいえ、あまりに正直に話し過ぎたのだから、もう生きているのも嫌なくらい恥ずかしいハズだ。

 これも彼女の大好きな“羞恥”になるといいのだが……。まぁベッドヤクザ主義者への鉄槌が下されたとでも思って欲しい。彼女には良い薬となるかもしれないし。

 

 

 ――――そして唐突ではあるが、()()()()()()()(やけくそ)

 

 ニッコニコしたレクター博士による、全面的な協力とアドバイスによって、かの猟奇殺人犯【バッファロー・ビル】は、この面接より数時間後には逮捕された。

 本気になったレクター&FBI捜査官の面目躍如とばかりに、もう電撃的な速さで取っ掴まえたのだった。めでたしめでたし(完)

 

 

 

 

 

 

 

「関係ないが、君はサイモンとガーファンクルならば、どちらの方が好きかね?」

 

「あ、見分けつきません。

 曲もスカボローフェアと、冬の散歩道と、サウンドオブサイレンスしか知らないわ」

 

 

 ふむ、エロいこと以外は、()()()()()()()

 先ほどまでとは違う、クラリスの無感情な声に、ちょっとビックリしちゃうレクター博士であった。

 

 

 

 

 

*1
【大道塾】 フルコンタクト制空手道の団体。投げや関節技まで許容される過激さが特徴。








◆スペシャルサンクス◆

 甲乙さま♪



 PS、約束は果たしましたよご主人さま♡ 死にたい!(本音)




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もしもホラー映画の恐怖シーンの犠牲者を、全てディアボロが請け負ったら  (団子より布団さま原案)



 ――――禊企画! その3!

 今回のお題はこちら↓(頂いたメッセージより抜粋)


 ◆ ◆ ◆


 以前スウィートホーム×バイオハザードをテーマにしてくださいというリクエストに応えてもらい、あの抱腹絶倒ものの作品を書いていただきました。
ですが実は、あの後少し「これは良くなかったな」と後悔していたリクエストでもありました。

 理由としては、やっぱりホラーの犠牲者側が過剰な攻撃力(銃火器)を持ってしまっては、ホラーがホラーたり得なくなってしまうからです。
 やはりホラーものは、無力(対抗手段が限られている)な犠牲者達が狩猟者(ハンター)側に如何に恐怖を煽られながら被害を被るかが、醍醐味になってきます。

 …が私自身はホラー映画は好きだけど、あんまり怖いのはちょっと…という訳のわからない人間です。
 そこで私は考えました…。「どうすれば犠牲者にも被害がでて、且つあまり恐怖を感じない(この時点でホラーじゃないことに気付かないアホ)ことができるのか?」と。

そんなある日、ある漫画を読んでいて「ある人物」を発見し、「こ、これだ!!」と天啓を受けました。



 ※ジョジョの奇妙な冒険(第五部)×多重クロス





 

 

 

 

 

『オ、オレは何回死ぬんだ!? 次はどっ……どこから……?

 い……いつ“襲って”くるんだ!?』

 

 あのジョルノ・ジョバーナとの決闘から、いったいどれほどの時が流れたのだろう?

 

『――――オレのそばに寄るなああーーーーーッ』

 

 文字にすれば「ひぃぃぃーー!?」みたく、まるでガラスの仮面の登場人物のような顔で、恐怖におののいた。

 武器も持っていない、しかもまだ幼い無垢な女の子に対して、必死に命乞いをしたことを憶えている。

 イタリアの闇組織を牛耳るギャング組織“パッショーネ”、そのボスであるディアボロともあろう者がだ。もう見る影も無い。

 

 当然だが、別にあの女の子が怖かったワケじゃない。

 この後、確実に自らに迫ってくるであろう“死”を予感し、それを恐れた。

 あの最後の時、ジョルノに叩き込まれた“ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム”。そのスタンド能力によって、今ディアボロは【終わりのない終わり】の中にいるのだ。

 

 

・たとえば、自らが街にばら撒いたとも言える“麻薬”、それに()()()()()()状態の頭のおかしい男に、腹を刺されて死ぬ。

 

・ハッキリ意識があるにもかかわらず、その状態で医師に司法解剖をされ、身体を切り裂かれる耐え難い苦痛を受け続ける。

 

・ふいに「ワン!」と犬に吠えられ、それに驚いて転んでしまった所を、車に跳ねられる。

 

 etc.

 

 

 そんな【つまらなくあっけない死】を、ディアボロはもうずっと繰り返している。気の遠くなるほど長い時を。

 

 現実感のない幻影めいた世界の中で、次々と襲い来る、決して逃れ得ない理不尽な“死”。

 例えるなら、動画サイトなんかにある、映画のショッキングなシーンだけを繋ぎ合わせた映像集。それを自らの身で体験しているような物だ。

 

 しかもこれには“終わり”という物がない。死んだら即座に次のシーンに飛ばされ、そこでまた唐突な事故に合って死ぬ。死に続ける。

 たとえ何千年の時が経とうが、決して開放される事はない。仏教における“無間地獄”のように。

 正にディアボロは、この上なく無惨な()()()()()()の中にいるのだ――――

 

 

 

「クソがァーッ! もう“サメ”は沢山だァ!!

 なんべんサメに喰われるんだァー! オレはァァァーーッッ!!」

 

 ……だがエライもんで、こんだけ何千何万と死に続けていると、()()()()()()()()()()()

 現在ディアボロは、この状況をある程度は客観視出来るというか……、それなりに“死”をエンジョイ出来るまでに成長していた(?)

 

「おッ、お前ェェェーーッ! さっきもオレを喰ったろうがッ! 見覚えあるぞォ!?

 どんだけ大食いなんだァー! 貴様ァァァーーッ!!!!」

 

 なんかサメなのに()()()()()()()()()という、変わった生き物にカプッとやられながら、ディアボロさんは必死に抗議する。

 もう下半身を丸ごといかれているのだが、でもこういうのは慣れた物なので、気にせず怒鳴り散らしているようだ。

 

 ちなみにこのサメさんは“シャークトパス”という名前の、いわゆる生物兵器である。

 とある研究者がホオジロザメと蛸の遺伝子を掛け合わせてみたら、なんか強いの出来た! って感じの生物であり、もう3回くらいディアボロを食べに来ていた。

 その特徴的な姿、めっちゃ見覚えあるもん。めっちゃタコ足生えてるもんこの子。インパクトすごいもん。

 

「バナナボートに乗ってたら、そこをガブッといかれたりィ!

 ビキニを着て、トロピカルジュースを飲みながらビーチで寛いでたら、突然襲って来たりィ!

 お前はどんだけオレが好きなのだッ!? 何故オレばかり狙うッ?!?!」

 

 普通こーゆうのは、ピチピチギャルを襲うものだろう。こんな中年男ではなく、バインバインのお姉さんを喰うのが相場のハズだ。

 サメ映画における、いわゆる“サメのえさ”といわれる役どころは、おっぱいの大きいボンキュッボンな女性であるべきだ。それを観に来てるんだぞ観客は。

 

 ちなみに今、ディアボロは「ひゃっほーい!」とばかりに崖からバンジージャンプをし、わっはっはとゴムでびよんびよんしていたら、そこを海面から飛び出してきたシャークトパスに「ぱくっ!」といかれるという、大変ユニークな殺され方をしている。

 

 こんな無間地獄めいた生活においては、娯楽や楽しい事なんて滅多にないものだから、突然振って湧いたように体験する事となったバンジージャンプに、もう内心MAXテンションだったというのに……! ニッコニコしながら飛び降りたというのに! そこに来てこの仕打ちはひどい。

 

「なんだ!? “サメぱくタイム”なのかッ!?

 もう7回くらい連続でサメに喰われているのだがッ……!? 今そーいう時間帯か!?」

 

 思い返してみると、これには“流れ”があるような気がする。

 なんか妙に落下死が連続したり、刺される死に方のヤツが続いたり、今回のようにサメに喰われる死に方が何回も重なったりと、その時々によって同じ死に方が頻発する時間帯があるように感じるのだ。

 

 恐らくだが、現在は【ハイパー☆さめさめ☆タイム】に突入しているんだろう。

 さっき頭が3つもある“トリプルヘッドジョーズ”とも言うべき生物に喰われたし、身体が金属で出来ている“メカ・シャーク”ちっくなヤツに体当たりされたし、そこに来てこのシャークトパス襲来だから。

 

 なんかジョルノのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムには、変な茶目っ気があるのかもしれない。

 あれか、「せっかくですし、色々な死に方をお楽しみ下さい♪」みたいな事か。意外とエンターティナー気質なのかアイツは。お客を退屈させたくない~みたいな。

 そんな無駄な気遣いは、非常にノーセンキューだった。

 

「くっそォ! 空からサメが降って来やがったぞッ!!

 今回は市街地だから大丈夫かと思ったのに、()()()()()()()()()()()()()()()! これが噂に聞く“シャークネード”というヤツなのかッ!!

 どうせダラダラとパート5くらい続けて、グデグデな展開になるんだろうがッ! このB級サメ映画めェェェーーッ!!」

 

 シャークトパスにもぐもぐされたと思ったら、即座に今度はシャークネード襲来。

 今ディアボロの頭上には、空を覆い尽くさんばかりの無数のサメ達が、雨のように地上へ降り注いで来るという地獄のような光景が広がっている。

 まぁワケの分からん非現実的な出来事だが、ニューヨークでは()()()()()なので、気にしてはいけない。

 近年のサメは凄まじい進化を遂げているので、たとえ屋内だろうが宇宙空間だろうが、どこに居ようとも襲い掛かってくるのだ! サメすごい☆

 

 

「ち、チェーンソーはどこだ……!? アレがないとサメは倒せないんだッ……!!

 どこかでチェーンソーを調達しないと……ってギャアアアアァァァーーッッ!!??」

 

 

 辺りをキョロキョロしている所を、空から降って来たコバンザメっぽいヤツに、カプッとやられて死亡。

 頭部を半分くらい失ったディアボロの身体が、すぐにスゥーっと霧のように消失し、また次の“死に場所”へと送られて行く。

 

 きっと次は、メガロドンあたりにパクッといかれるんだろう。いや意外とゴースト・シャークや悪魔サメという線もあるか……? 

 ダブルやトリプルはもう見たので、あとはファイブヘッドジョーズに喰われたら、多頭サメシリーズをコンプリートだな! わっはっは♪

 

 そんな風にディアボロは、次に何が来るかをウンウンと予想しつつ、結構余裕ある感じで“終わりのない終わり”をエンジョイするのだった。

 

 慣れってホントすげぃ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

・酔っぱらった状態で、自動販売機のジュースを盗もうと試みて、機械の上に乗ってみるもバランスを崩してしまい、倒れて来た自販機に圧し潰されて死ぬディアボロ。

 

・搭乗直前で閉まったエレベーターに腹を立て、ドアに何度も体当たりを敢行していたら、そのままドアを破壊して転落死したディアボロ。

 

・SNSのプロフィール画像撮影のため、滑走路で自撮りをしていたら、着陸しようとした航空機に翼で頭を強打されて死亡したディアボロ。

 

・窓ガラスの頑丈さを説明するために体当たりをしてみた結果、窓は大丈夫だったが“窓枠”が外れてしまい、10階建てのビルからヒュ~っと落下するディアボロ。

 

 

 そんな【ダーウィン賞シリーズ】とも言うべき、情けなくておバカな死に方を、一通りやらされたった後……。

 

「分かるッ……分かるぞ! この後オレは死ぬッ! 間違いなくゥーッ!」

 

 現在ディアボロは、薄暗いテントの中にいる。

 ここはキャンプ場の一角に設置された、ありふれた2人用テントの内部であり、しかもなんか金髪のグラマラスな女性まで、隣に座っているようなのだ。しかも半裸の状態で。

 

「うふふ☆ それじゃあ楽しみましょうダーリン♪ さぁ来て♡」

 

「――――駄目だぁッ! ()()()()()()()()()()!!

 この直後、化け物に襲われて死ぬというのが、ホラー映画のお約束だろうがァーッ!!」

 

 イソイソと胸をはだけながら、嬉しそうにこちらへすり寄ってくる、半裸の女性。

 それは世の男性諸君からしたら、まさに「ごっつぁんです!」ってなシチュエーションなのだが、対してディアボロは震え上がっている。

 寄るな! 来るな! と額に冷や汗を浮かべながら、なんとか後ろに下がろうと必死。まぁこのテント内では逃げられないだろうが。

 

 やがて金髪の美女が「さぁ捕まえたわダーリン♪」とばかりに、ディアボロの首にキュッと手を回し、そのまま身体を預ける。たわわに膨らんだバストが、ディアボロの胸板に押し付けられ、〈もにゅ〉っと変形。

 彼は今「うぎゃー!」と叫び声を上げているのだが、そんなの全然お構い無しにキスを迫って来る。

 

「ほら見ろぉ! 案の定ではないかッッ!!

 今バリバリと音を立てて、鉈がテントを切り裂き、()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 お前のせいだぞォ! 女ァァァーーッッ!!」

 

 通称“風紀委員”。

 リア充は許さぬとばかりに、ホッケーマスクを被った大男が、鉈を携えて登場。

 公共の場で破廉恥な行為にふける不届き者(金髪の女性)は、「キャー!」と声を上げる間もなく、即座にズバーンと切り裂かれてしまった。容赦無しである。

 

「ま、待てェ! ホッケーマスクの男よ! よぉく考えろッ……!

 オレはまだ、エロいことをしてない! キスも未遂で終わっているだろッ!

 話せば分かるゥゥゥーーッッ!!!!」

 

 両手を前に出しながら、ズリズリと後ずさるものの、重ねて言うがここはテントの中。逃げ場はないのだ。

 返り血で赤く染まったジェイソンさんが、「ぬぼぉ~!」って感じで、ゆっくり近付いて来る。

 

「おッ……俺も同じだぁッ! 貴様とォ!

 こう見えて風紀は大切にする方だし、女も一回しか抱いた事ない! ()()()()()()()()()

 このような場所でエロい事をするのは、公序良俗に反する行為だと思うし、お前の考えには大いに賛同していギァァァアアアーーッッ!!!!」

 

 鉈が振り下ろされ、ディアボロの頭蓋が見事にパッカーン! 真っ二つとなる。

 せっかく“セカンド童貞”の告白までしたというのに。この世界は無慈悲であった。

 

 

 

「や……、やめろォ! オレは一緒にシャワーなんぞ浴びたくなぁいッ!

 入ってくるんじゃない! 女ァ! 押し掛けてくるなァーーッ!!

 どうせエロい事する気だろう!? ホラー映画みたいに! ホラー映画みたいにぃぃーッ!!」

 

 そして、即座に次の世界へ飛ばされたディアボロが、湯気がモクモクしているシャワー室で絶叫。

 背後の扉がガチャッと開き、そこから「うっふーん♪」って感じの女性が姿を現した途端、シャンプーまみれの髪を振り乱す。必死に逃れようとする。

 

 だが案の定、盛ったネコのように発情している女性に抱き着かれ、そこを窓から侵入してきたジェイソンさんにブッコロされる~という、ホラー映画でよく見る光景を際限する羽目となった。

 

 

 ちなみにだが、かの【13日の金曜日】は、全13作を超える大人気シリーズなので、恐らくディアボロは、あと10回くらいは彼に殺されることが予想される。

 映画に登場した全ての人物の死に様。それをキッチリ再現するまでは、決して終わらないんだろう。

 

 ――――エロス許すまじ! セックスだめ絶対!

 アメリカの風紀を守る為、ジェイソンは今日も戦うのだ! この世から全てのリア充どもを撲滅するその日まで!

 

 がんばれジェイソン!

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……はっ!?!? ここは今までと、少し趣きが違うぞッ!?」

 

・愛する恋人の目の前で、胸板に“七つの傷”を刻まれて死ぬ。

・ライバルの拳で倒れることを拒否し、「サラダバー!」と自ら身投げして死ぬ。

・ピラミッドめいた建築物を、巨大な石を持ち上げた状態で登らされ、ようやく頂上に辿り着いた途端、聖帝様が投げた槍に貫かれて死ぬ。

 

 そんなどっかの漫画で見たような死に方を、一通りこなした後……、ディアボロが次に飛ばされたのは、どこかのありふれた市街地であった。

 恐らくは今、台風でも来ているのだろう。辺りには風が吹き荒れており、強い雨が身体を打つのを感じる。

 

 きっとこれは、アメリカかどこかの街並み。どことなく西洋の雰囲気がある。

 この事から察するに、少なくとも世紀末救世主伝説からは、抜け出せたようなのだが……。

 

「これは何だッ……!?

 なぜ俺は、黄色いレインコートなんぞ、着せられているんだッ……!?」

 

 いま雨が降っている。それは分かる。

 だがディアボロには、こんなレインコートを着た覚えなんか無い。

 自分はあのジョルノ・ジョバーナと戦った時の状態……ずっと着の身着のままでいたのだから。そもそも所持していないハズだ。

 

 こいつはどういう事だ? 今度はどういった趣向だ?

 そうディアボロが辺りをキョロキョロしてみると、これは台風のせいなのか、まるで濁流のように勢いよく水が流れる排水溝が、ふと視界に入った。

 

「んッ!? あれは“船”か……?

 子供が画用紙で作ったような小さい船が、勢いよく流れる排水溝の川に、浮かんでいるではないかッ……!!」

 

 プカプカとではなく、スイーーッ! って感じ。

 ミニ四駆を彷彿とさせる結構な速さで、白い折り紙の船が流されて行く。まるでレーシングコースのように伸びた排水溝を、道なりにどんどん進んでいるのが見える。

 ぶっちゃけ、ちょっとカッコいい。童心を思い出してワクワクしてしまうディアボロである。

 

「あッ! いかん! 行ってしまうッ……!!

 待てぇー♪ ふねふねぇー♪ 捕まえてやるぞォォ~~ッ☆」

 

 心の中で勝手に“ディアボロ号”と名付けたそれを、追いかけてみる。

 どうやらレインコートに加えて、長靴も履いているようなので、雨なんてヘッチャラだ!

 ディアボロはバチャバチャ水しぶきを上げながら、「わーい!」と台風の中を走る。正しくアホな子供のように、暫しこの現状を忘れて楽しむ。

 もう時間にすれば何年も死に続けているワケだし、だいぶ慣れて来たというのもあり、「人生楽しめる時に楽しまないと損だ!」とばかりに、ここは童心に帰るべきだと判断。即座に幼児返りをして見せた。

 

「あはは! うふふ! ふははははァーーッ♪♪♪

 征けェェい! オレのディアボロ号ォォーッ☆

 大海原を駆け、地平線の彼方まで進……ってああッ?! オレの船がァァァアアアッ!!??」

 

 その時! 元気よく進んでいたハズの船が、唐突に飲み込まれる!

 まるで渦潮に沈んでいくかのように、突然あらわれた下水道へと続く穴の中に、吸い込まれて行ったのだ! ディアボロ号がロスト!

 

「なんッ!!? だとォ~~ッ!! そんな馬鹿なことがッ……?! こんなーッ!!??

 ディアボロ号がッ! 帝王たるオレの所有物がッ! よもや沈んでしまうなどとッ……!!

 嘘だと言ってくれェェ~~ッ!! 船よぉぉオオオーーッッ!!??」

 

 “贈り物”だと思った。

 これは今まで頑張ってきた自分に対する、情け深い神からのプレゼントだと――――

 だが束の間の楽しい時間は終わり、ディアボロは深い絶望へと落とされる。

 さっきまで「ひゃっほー♪」という気分だったのに、今はこのお天気の如く、涙を流す羽目となる。俺の大切なおもちゃが。

 

「くおのッ……ド腐れがぁぁぁあああッ!! オレは諦めェェェーーんッ!!

 このディアボロは、いつだって危機を乗り越えてきた“帝王”なのだァーッ!

 戻ってってこい、我が愛機よッ! マイフレェェェンド!!!!

 必ずッ……必ず救い出してやるゥゥッ!! このディアボロがなァァァーーッッ!!」

 

 おーいおい! とむせび泣きながら駆け寄る。

 ギャングに親でも殺されたかのような悲痛さで、たった今マイフレンドフォーエバー(船)が消えていった場所に縋り付く。もう35のオッサンだというのに、恥も外聞も無く。

 きっと心が疲れているのだろう。ぬくもりを手放したくない。

 

「――――はぁい、ジョージィ♪」ヒョコッ!

 

「 ぬうッ!?!?!? 」

 

 だがその時! とつぜん排水溝の穴から、謎の男の姿が!!

 なんでこんな所にいるのかは知らないが、ディアボロが排水溝を覗き込んだ途端、中から“ピエロ”のような化粧を施したオッサンが、ひょこり出て来たではないか!

 

「なッ……なんだァ貴様はーッ!! 凄くビックリしただろうがッ!!

 こ、このディアボロに対してェ……! ド低能のチンポ野郎がァァァーーッ!!」

 

「オーウ、ジョージィ。随分ごあいさつだなぁ~。

 せっかくこうして会えたっていうのにぃ。私は悲しいぞぅ」

 

「誰だジョージって!? 人違いだッッ!!

 このディアボロは、世界に選ばれた帝王ッ! そんなありふれた名前ではなァァァい!!」

 

「まぁ落ち着けよ。そんなに怒ってたら、血管が切れてしまうぞぉ?

 ほら、良い物をやろう。私が作ったフワフワの風船だ。

 欲しくないかぁジョージィ?」

 

「だからァァーーッ!! くおのッ……!! クソァァァ!!!!」

 

 プリプリと怒るディアボロを、「まあまあ」と諫めるピエロの男。

 彼の名は“ペニーワイズ”。スティーブンキングの映画に登場する悪役である。

 甘い言葉や幻覚を駆使して、次々と子供を殺すオバケみたいな存在なのだが、ディアボロには知る由も無い。

 

「そもそもの話ッ! このディアボロッ! 幼少の頃より『知らない人から物を貰ってはいけません』と教わっているッ! 養父は敬虔な神父だったのだッ!!

 風船などに、目が眩むものかァッ!! 貴様の思い通りにはならんぞォォォ~~ッッ!!!!」

 

「Oh! 君のパパは利口らしい。立派な御仁じゃないかぁ」

 

「だがッ! それはそれとしてッ! 風船は頂いておこうッ!!(キリッ)

 今は娯楽に飢えているのでな? さぁ寄こすが良い」

 

「……そ、そうか」

 

 フワッと飛んで来た風船を、慌ててキャッチ。ディアボロは「ほくほく♪」とご満悦。

 ふん! 黄色などという下品な色は趣味じゃないが、貰っておいてやろうッ! ありがたく思うがいいッ!! ……そんなツンデレめいたセリフを言いながらも、「わーい」と風船に夢中だ。無邪気なことである。

 

「では、ありがとう! と貴様が言え。

 帝王たるオレに、風船をプレゼントする栄誉を与えられた事を、誇りにするが良いッ!

 ではな、道化師よッ! フハハハーーッ☆」

 

「ちょッ!? 待てよジョージィ!!!!

 コレを置いて行くのか!? 大切な物だろう?」

 

「ぬッ! そいつはオレのッ!?」

 

 ご機嫌な様子で「じゃ!」と踵をかえすディアボロを、慌ててペニーワイズが呼び止める。その手にあるのは、先ほどロストした折り紙の船。

 

「でかしたぞ貴様ァ! 拾ってくれたんだなァァーーッ!!

 その高貴でファニーな船は、このディアボロにこそ相応しいッ!!

 海を支配するのはッ、このディアボロだァアアアアアーッ!!」

 

「そうかぁ、いきなり落ちて来たから驚いたが、拾っておいて良かったよ。

 これからは気をつけるんだぞジョージィ?

 ぶっちゃけ、台風の日に外で遊ぶのは、すごく危険な事なんだからなぁ?」

 

 普通、ここは“殺す所”だ。

 大切な船を受け取ろうと、こちらに伸ばされた手を捕まえ、そのまま穴に引っ張り込むなり噛み付くなりして、ディアボロを惨殺するシーンのハズだった。

 だがペニーワイズは、なんと()()()()()()()()。なにもする事無く、親切に手渡したのだ。

 たった今、密かに生命の危機を脱していた事にも気付かず、ディアボロは船が返ってきた事に大喜びしている。

 その嬉しそうな顔を見て、あろう事がペニーワイズもニコニコしているのだ。

 

「私も以前は、“殺人ピエロ”なんて呼ばれ方をしていたけどな?

 でも現在までに、有志による数多くのMADが作られ、ジョージィとの心温まる交流を重ねる事によって、改心したのさ♪

 今ではほら、こんなにも丸くなってしまった。もうただの()()()()()()()()()()だな」

 

「?」

 

「雨が降ってるから、気をつけて帰るんだぞジョージィ……いやディアボロか?

 会えて嬉しかった。風船を貰ってくれてありがとう。

 喜んでくれて、ありがとう♪」

 

 まるで本当のピエロのように、ペニーワイズは「にっこり」とあたたかな笑みを浮かべる。とても優しい顔をしている――――

 そして彼は、フリフリと手を振ってから、再びヒョコッと顔を引っ込め、穴の中に戻って行った。

 

「こいつはプレゼントさぁ! たまには“休憩”もいいだろぉ?

 怖いシーンばっかりじゃ、観客も慣れちまうし、こういうホットなのも入れとかないとな♪ 大切な緩急ってヤツだっ!」

 

「おいッ! どこへ行く道化師ッ!!? まだオレはッ……おッ! お前とォ!!」

 

「頑張れよディアボロ、挫けるなよ?

 なぁに♪ 私も昔は散々ぶっ殺され、悪夢の中をのたうち回ったものさぁ!

 でも終わってみれば、きっと良い思い出になる――――君に幸運を♪」

 

「いッ……行くなッ! 消えるんじゃない道化師ッ!! このオレの前からッ!!

 行かないでくれェェェエエーーッッ!! マイフレェェェエエエンド!!!!」

 

 

 

 

 やがて声が途切れ、ペニーワイズの気配が消失する。

 ディアボロはその場に蹲り、ただただその場で嗚咽を漏らすばかり。

 

 たった今出来た大切な友達を呼びながら、涙を流し続ける。

 せっかく返してもらった折り紙の船さえも、放りだしたままで。

 

 

 その後、やっぱり台風の日に外へ出たら駄目だったのか、突然上から降って来た【スーパー玉出】の看板に圧し潰され、結局ディアボロは死亡してしまったのだが……。

 でもペニーワイズに貰った思い出と、彼からの心の籠ったエールは、しっかり心に刻まれている。

 

 こんな“永遠の死”という、光の見えない世界の中で、たったひとつ煌めくお星さまのような体験。自分と同じ“悪党”でありながらも、優しかった人の記憶。

 たとえこの先、体感で何百年の時が経とうとも、きっと色あせる事はないだろう。

 

 

 ゼロだと思ってた。でも“真っ暗”じゃないんだ。

 たとえか細く、たったひとつだとしても、光はあるんだ。見つける事が出来た――――

 

 なら自分は、進んでいけるような気がする。

 これからも、やっていけるような気がする。この時の果てまで。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふう……まさか貞子&伽椰子&トイレの花子さんによる、スリープラトン攻撃を喰らおうとはな」

 

 あれからも長い長い時が経ち、ディアボロはこうして“死”を繰り返している。

 今はちょこっとだけ、先ほど味わった世界での出来事について、回想に浸っている所である。

 

「飛ばされた先が、いわゆる“呪いの家”で……、気が付けばオレの目の前には、“呪いのビデオ”が再生中のTVがあり……、そして慌てて逃げ込んだトイレに、まさか“花子さん”がいるとは……。

 このディアボロの目をもってしても、見抜けなかったぞッ」

 

 豪華共演。きっと映画の登場人物だって体験できない程の、夢のオールスターであった。

 ひとりでも主役級だというのに、そんなオバケ達に三人がかりでぶっ殺されたのは、きっと自慢出来る事なんじゃないだろうか? 人知れずディアボロは「ふふん♪」と鼻を鳴らす。

 よっし、俺の“戦歴”に、また輝かしい勲章が刻まれたぞ! そんな風に喜んでいるのが見て取れる。

 この男、本当に結構余裕であった。流石は元ギャングの親分。タフガイ。

 

「さて、此度の催しは何だ? 何が来る?

 キノコ男が出るか、尻怪獣アスラが暴れるのか、はたまたシベリア超特急に乗る事となるか。

 キラーコンドームにちんこ喰い千切られるのだけは、勘弁願いたいが」

 

 関係ないが、こいつは普段、どんな映画を観ているのだろう?

 それ全部、Z級映画と呼ばれる「お察し下さい」な作品ばかりだ。かなり尖ったチョイスである。

 

 それはともかくとして、ディアボロは例によって、キョロキョロ辺りを見回してみる。どうやら辺りに人の気配は無いようだ。

 ここは屋内……いやどこかの施設っぽい感じの部屋。ヒーロー戦隊番組の指令室にあるようなモニターや、よく分からない機械や、謎の計器などがある。そこはかとなく近未来的な雰囲気があるような気がする。

 加えて、これは気のせいかもしれないが……僅かに“振動”を感じるのだ。

 あたかも今、この部屋自体が動いており、ゴゴゴっと移動しているかのような……?

 

『――――ディアボロ君! ディアボロ君! 聞こえるかね!?』

 

「ッ!!??」

 

 突然、室内にあるモニターに、映像が映る。

 そこにあったのは、とても大きな鼻が特徴的な、ハゲたおっさんの姿。

 白衣も着ているようだし、その風貌から鑑みるに、どうやらその人物は“科学者”であるようだった。

 

『知っての通り、その宇宙船は現在、()()()()()()()()()

 地球の運命は君に賭かっているぞ!』

 

「な゛ッ!? なんだとォォォオオオーーーッッ!!!???」

 

 それでは、武運を祈るッ! プチッ!

 その言葉を最後に通信を切る、どこぞの博士風の男。

 ひとり船内に取り残されたディアボロは、あまりの超展開に茫然。口をパクパクしている。

 

「そ……そうかッ! 今オレが乗っているのは、正に“運命の船”というワケだなッ!?

 唐突に起こった、太陽の急激な温度上昇によって、現在ぼくらの地球は存亡の危機に立たされておりッ! それを救うべく、このディアボロが宇宙へと飛び立った!

 核爆発を抑える効果がある物質、それを内蔵したロケットを太陽へと打ち込み、地球温暖化を食い止めて、見事世界を救ってみせろと言っているのだ!

 このディアボロに対してェェ!! 納得ゥゥゥウウウ~~ッ!!!!!」

 

 前から思っていたのだが、この男のセリフは()()()()()()

 まるで読者の為に、現状を一から十まで分かりやすく説明する口調を、常に心掛けているかのように。

 まぁこれは、ジョジョの登場人物すべてに言える事だが。

 

「そう言ってる間にも、太陽に接近ッ! 距離1万メートルだッッ!

 やってやるッ……やってやるぞォォォ! この便器に吐き出されたタンカスがァァ!!

 地球を救うのはッ、(キング)たるこのオレッ!!

 核爆発抑制ロケットォォッ、発射ァァァアアアーーーーッッ!!!!」

 

 あそーれ、ポチッとな♪

 そう言わんばかりの笑顔で、ディアボロが発射ボタンを押し込む。

 なんのためらいもなく、気軽に。

 

「――――いかん! まっ……まずいッ!!!!

 どうやらロケットの照準が僅かに狂っており、途中にある隕石と接触してしまったようだッ!! 進路がずれてしまっているではないかッ!!??

 こ……このままでは、太陽から逸れてしまうッ! 地球を救う事が出来なァァい!!

 なん!!? だとォ~~~~ッ!!??」

 

 モニターを確認しているディアボロの表情が、驚愕に染まる。

 だが彼は、即座にその場から駆け出し、恐らくは宇宙船のハッチに続いていると思われる梯子を猛然と昇り始めた!

 

「こんな事で……!? オ……オレはッ!! ディアボロだぞッ!!

 ――――くおのッ!! 太陽のガキィがァァァ!!!!

 地球はやらせん! やらせんぞォォォ!! 世界の“帝王”としてェェェーッ!!!!」

 

 宇宙船の外へ飛び出す! 今ディアボロの脚部には、まるで鉄腕アトムそっくりのジェットが内臓されており、その推進力を以ってグングン宇宙空間を進んでいく!

 そして! 即座にロケットへと追いつき、その背にまたがってみせたではないか! あなやっ!

 

「くッ……! ロケットの進路を変える為には、このままオレごと太陽にツッコむしか無いようだッ! 世界を救うためには、致し方ないッッ!!!!

 仕方ない事なのだァァァアアアッ!! ウオォォォォオオオオ~~ッッ!!!!」

 

 ロケットと共に進むディアボロの眼前に、どんどん太陽が迫ってくる。

 その表面は赤く燃え盛っており、凄まじい高熱によって、彼の身体がどんどんボロボロになっていく……。

 

「さらばだイタリア……! さらばパッショーネの者達……! さらば我が娘トリッシュ!!

 ……お別れだゴミクソ共ッ! このディアボロは、ロケットと運命を共にするッ!! 太陽を元に戻してみせるぞォォッ!!

 そうッ! 人は皆ァ、運命に選ばれた兵士ィィ……! 世界はこのオレを、救世主として選んでくれたのだァァァーーッッ!!!!」

 

 

 衝突の瞬間、最後の時……ふと何気なく背後を振り返る。

 そこにあったのは、ディアボロが住んでいた星。

 青く輝く、ぼくらの地球だった。

 

 

「あぁッ……! 綺麗ッ! 綺麗だなァァッ……!!!!

 このディアボロ……! 今までの人生でェ、ここまで心を震わされた事はないッ……!!

 栄えろ地球ッ!! そして生きろトリッシュッ! オレの意思を継げェッ!!!!

 ――――天皇陛下ァッ! ばんざァァァアアアーーいッッ!!!!!(ノリノリ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 彼は気付いているだろうか? これは決して【つまらなくあっけない死】ではなく、誇りに満ちた死である事を。

 

 そして彼は、分かっているだろうか? これは全然【ホラー映画関係ねぇ】という事を。アトムの最終回だからねコレ?

 

 

 とにもかくにも、ディアボロは死んだ。

 見事に世界を救い、太陽の中に散った。

 けれど彼が最後に見せた表情は、満足気。これまでとは違う、とても意義のある死だった。

 

 

 ぶっちゃけた話、これ【終わりのない終わり】とか言われている物ではあるけれど……、でもあくまでゴールド・エクスペリエンス・レクイエムによる“スタンド能力”なのだから、決して仏教にあるような無間地獄では無いはずだ。

 

 いつかジョルノ・ジョバーナが死に、そのスタンドが消滅しさえすれば、もしかするとワンチャンあるかもしれない。

 スタンドが消えさえすれば、その能力も消失するというのが、基本的な決まり事であるのだし。ポルナレフVer.のレクイエムの能力だって、それで消えたんだし。

 

 まぁ若い彼に寿命とかで死なれたら、これから開放されたその瞬間に、自分も寿命が尽きて死ぬかもしれないけれど……。でもジョルノはギャングの親分になったワケだし、暗殺とかで死ぬ可能性だってある。

 確かに僅かながらの希望ではあるが、決して捨てた物では無い“光”が、ディアボロにはあるのだ。

 

 もしかすると、かの“蜘蛛の糸”みたく、いつかひょっこり抜け出せるかもしれないし。

 とりあえず、今回みたいにカッコいい死に方が出来る(事がある)というのも分かったので、死にはしたけれどディアボロは満足気。

 こうやって地道に“徳”を貯めていけば、いつか救われるかもしんないじゃんと♪

 

 

 

「やッ……やめろォ! 【ミザリー】とか【ハンニバル】とかの、精神的にくるタイプのホラーはやめろォォォーーッ!!!!(迫真)

 オレはそういうサイコなヤツが、一番苦手なんだァァァッ!!

 ウオォォォ! キング・クリムゾンッ! キング・クリムゾォォォオオオン!!」

 

 

 

 

 言うまでも無いが、スタンド能力は全て不発でした(無慈悲)

 

 そうテンション高めに騒ぎつつ、ディアボロはこの世界で死に続けてく――――エンジョイ!

 

 

 

 







◆スペシャルサンクス◆

 団子より布団さま♪



【元ネタ】

・シャークトパスシリーズ
・シャークネードシリーズ
・13日の金曜日シリーズ
・IT
・ダーウィン賞(情けない死に方をした人に贈られる、アメリカのブラックユーモアな賞)
・北斗の拳
・鉄腕アトム


【今回勉強のために視聴したホラー映画】

・DOLLs
・ザ・チャイルド
・ブレアウィッチ プロジェクト
・ザ・リング(ハリウッド版)
・恐怖!キノコ男
・キラーコンドーム
・呪怨
・貞子vs伽椰子
・トイレの花子さん

 etc.



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その1 (幸1511さま原案)



 ――――禊企画! その4!


 ※Fate/stay night二次創作。




 

 

 

 

 PM4時20分、マウント深山商店街――――

 

 

「よぉ、久しいなァお前ら! ご無沙汰ァ!」

 

 ポケットに手を入れ、チンピラみたいな歩き方のクーフーリンが、姿を現した。

 何がおかしいのかケラケラ笑いつつ、既に集合場所(大通りにある駐車場)へ集まっている面子の顔を、のんびりと見渡す。

 

「遅いぞランサー、10分前には到着したまえ。常識だろう」

 

「私なんて、家事をほっぽり出してまで来てるのよ?

 どれだけ小姑(一成君)にネチネチ言われたことか」

 

「まーまー! 固いこと言うなって!

 今日は無礼講ってヤツだろ? 楽にいこうや」

 

 エミヤ&メディアが苦言を呈するも、彼はどこ吹く風。集合時間を少し過ぎての到着だったが、まったく悪びれる様子無し。

 

「なんでも、『腹が破れるくれェ食って良い』って聞いたぜ? 酒もあんだってなァ!

 いきなり招集かけられた時は、何事かと身構えちまったが、ようは宴会だろコレ!」

 

「いわゆる“お疲れ様会”なのでしょうか?

 それにしては、少し時が経ち過ぎている気が……」

 

「聖杯戦争が終わり、早ひと月。

 今更かような労い、あの者共がしようハズも無し。

 きゃつらは飽きもせず、三百年殺し合っている輩ぞ?」

 

「■■■……」(同感だな。嫌な予感しかせん)

 

 メデューサ、小次郎、ヘラクレス。

 彼らも言われるがままに、ここへ集まり、そして難しい顔で眉を歪めている。

 

 今日この場にいる第五次のサーヴァント達6人は、それぞれ己のマスターから「この日にこの場所へ向かえ」と言い付けられ、イソイソと集まって来た者達だ。(小次郎に関しては、キャスターからの又聞き&許可を貰ってだが)

 詳しい事は分からない。どうやらマスター達も、詳細な内容までは知らなかったから。

 しかしながら、ランサーが言った通り、“皆で集まって食事をする”。

 その一点だけは、ザヴァたち全員の共通認識であり、どうやら間違い無いようだ。

 

「ま、何かしらはしてくんだろうがよォ、どーせくだらねェ事に決まってる。 

 連中の思惑なんぞ意に介さず、たらふく食って飲みゃー良いんだよ。だろ?」

 

「ふむ……」

 

「「「……」」」

 

 この場でただ一人、あっけらかんとした顔のランサー。

 対してアーチャーたち他の面子は、未だウムムと唸るばかり。

 

英雄(お前ら)ともあろうモンが、何をイモ引いてやがんだ?

 辛気臭ぇツラしてんじゃねェよ、らしくもねェ。

 こんだけ雁首揃えてんだ。なんとかならァな」

 

 たとえ一国の軍事力全てが相手だろうが、核や化学兵器の脅威に晒されようが、問題ない。

 自分たちは“英霊”。こちらを殺せるのは、同じサーヴァントだけ。

 ゆえに、たとえ何が来ようとも、恐れるに足らず。少なくとも“命”を取られる事は無い。

 それは物理的な事実であり、この世で唯一とも言える“絶対”だ。

 

「少し楽観的なように感じるが……まぁ君の言う通りか」

 

「おうよ! いざとなったら、赤原猟犬(フルティング)でも干将・莫耶でも、かましゃー良いんだよ。

 最悪、食うだけ食って、()()()()()()()()。戦上手がお前さんの売りだろ?」

 

 あん時は辟易したモンだが、今は心強ぇ。お前がこっち側で良かったぜ!

 そんな歯に物を着せない、真っすぐな信頼を受けてか、アーチャーは思わず「こほん!」と咳払い。

 昨日は敵だったけど、今日は仲間だ! ひゃっほう☆ ……そんなランサー特有の切り替えというか、サッパリとした気の良い笑顔に、もう苦言や皮肉など言えなくなってしまった。

 

「とりあえずは、行きましょっか?

 あまりここで、長々と話し込むのも……ね」

 

「はい。私たちは今、()()()()()()

 正直、人の目が辛いです……」

 

「私は和装ゆえ、気にならぬが、この大きな御仁には拙かろうて」

 

「■■■……」(感謝する……)

 

 キャスター&ライダー&アサシンが、不憫な子を見るような目で、バーサーカーの方を向く。

 古代ローマの剣闘士もかくやという、もう半裸といっても差支えない恰好でいる彼を、早く人目から隠してやらなければ。下手すりゃ捕まってしまうし。

 

 ちなみにだが、サヴァ達がいま“現代の服”でないのは、「英霊としての装束で来い」という指示があった為だ。

 各々のマスター達も困惑気味だったが、とりあえず監督役(言峰)にそう言われたので、ここは従っておきましょうとの事。

 

 なにやら妙な“ドレスコード”ではあるけれど……、その代わりと言ってはなんだが、飲食代や参加費は一切不要らしい。なので甘んじて受け入れる事とした。

 今みんなの姿は、まごう事無く第五次聖杯戦争、当時のまま。もう今すぐにでも、ヒュンヒュンそこいらを駆け周りそうな感じ。

 総じてみんな物騒というか、時代錯誤な恰好である。

 

「つーか、なんでセイバーだけいねェんだ?

 今日アイツは不参加なのか?」

 

「いや、凛が言う所によると……彼女は直接店に向かうらしい。

 なんと言っても、今日の“主賓”だからね」

 

「あー、準備とかあるのかもね。ドレスでも着るつもりかしら。

 ねぇ、貴方はなにか聞いてる?」

 

「いえ、私はサクラに“別行動”としか。

 同居人とはいえ、あまりセイバーとは、話す事をしませんから」

 

「以前は宿敵同士、加えてお主らは女子(おなご)よ。

 あれか? 口を開けば罵り合い、といった具合か。姦しい事よな」

 

「■■■……」(あまりあの子ら(マスター達)を困らせるなよ? 程々にな)

 

 暫し雑談に興じていた6人は、「やれやれ」といった気だるげな様子で、ようやくその場から動き出す。

 大通りを歩く通行人たちが、こぞって「ひいッ!?」と道を空ける中を堂々と歩きつつ、目的の店へと向かう。

 

 何百何千という時を越えて(つど)った、英霊達のちょっとした行進。

 有り体に言って、イカツかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「おっ! ちーっすセイバー、今日はよろしくなァ~」

 

 そして、到着しました本日の会場。

 その名も【紅洲宴歳館・泰山】

 ここマウント深山商店街で、唯一となる中華料理屋である。

 

「■■■■……!」(香辛料の香りだ。食欲をそそる!)

 

「ほほう、雅な店構えよな。

 大陸(中華)の者達にとり、赤は高貴な色と聞くが」

 

「へぇ、中はこんな感じなのね~。

 私はいつも、お買い物の時に通りかかるけど、入った事は無かったのよ」

 

「私もです。あまり外食をしませんから。

 サクラはとても料理上手なのです」エッヘン

 

「凛もそうさ。加えて彼女は守銭奴でな。

 ……まぁそれはそれとして、私はあまり気が進まんのだ。確かこの店は……」

 

 ガラガラっと扉を開けて入店。

 すぐさま興味深そうに、キョロキョロと辺りを見渡すサーヴァント達。

 まぁ若干一名、なにやら額から汗をかいている者もいるが。

 一体どうしたと言うのだろう? 彼の墓の上を、誰かが歩きでもしたか?

 

「おー、もう席に着いてんのかセイバー、随分早ぇじゃねーか。

 お前さんの事だ、先に料理をつまみでもs

 

「――――遅い」

 

 ピシャリ、空気を切り裂くような言葉。

 行儀よく椅子に座りながらも、たった今やって来た者達を、キッと睨み付けている。

 

「この宴は、4時半開始の筈――――

 すでに時計の針は、それを過ぎているように見えますが?」

 

「おっ……」

 

「「「……」」」

 

 カッと目を見開き、壁時計を指さす。ただいま時刻は4時40分也。

 有無を言わさない雰囲気。かつては王であった彼女の纏う、絶対的なカリスマ。

 先ほどまでの弛緩した空気など、既に無い。6人のサーヴァント達はポカンと呆ける。

 その後、ハッと目を覚ましたように、慌てて彼女にちゃんと向き直った。

 

「いや……済まなかったよセイバー。準備に手間取ってしまった」

 

「ゴメン、待たせちゃったわね。機嫌を治して頂戴」

 

「申し訳ありません……。こちらの落ち度です」

 

「つか、俺がやらかしちまったんだよ。悪ぃなセイバー?」

 

「■■■……」(許せよ……)

 

「あいすまぬ」

 

 ペコペコ、ペコペコ。サーヴァントたち平謝りの図。

 みんな歴戦の英雄だし、とてもプライドの高い人達なのだが、この時ばかりは必死こいて謝る。

 だってセイバーの様子がオカシイんだもん。なんかいつもの彼女と違うんだもん。

 正直、めっちゃ怖いのだ。今のアルトリアさんは。

 特に目がエグイ。本当に獅子とか竜みたい。

 

「――――いつもこうなのですか?

 貴公らは(いくさ)の時も、このような感じで、戦っていたのか。

 大切な(たみ)や祖国を背にしても、ヘラヘラ笑って敵と対峙するのか」

 

「「「えっ!?」」」

 

 だが、追撃。

 アルトリアさん、ぜんぜん許してくれなかった。

 更に彼らを問い詰め、容赦なく追い詰めていく。

 

「いやいやッ! そりゃあ予定通りにいかねェのは、戦の常だけどよォ?

 だがそんなつもりはッ……!」

 

「ほら、電車が時間通りに来るのは、日本くらいのモンだって言うじゃない?

 別に私達、貴方を軽んじてたワケじゃ……」

 

「せ、セイバー?! 一体どうしたと言うのですか……?!

 こんなに怒っている貴方を、私は見たことがありませんっ!

 心優しく、清廉な貴方が、何故このような……」

 

「何か理由(ワケ)があるのかね!?

 もしそうならば言ってくれ! 賠償をしよう!」

 

 もう絵に描いたような「ぶっすぅ~!」とした顔。激おこセイバーさん。

 まるで初孫の機嫌を取るおじいちゃんの如く、サヴァ達は皆オロオロしながら、必死に言い募る。

 けれど……。

 

 

「そんなだから、()()()()()()()。聖杯戦争に――――」

 

 

 ピキリと、致命的な亀裂が、この場に走った。

 

「真面目にやらないから、頑張らないから、勝てないのです。

 どういう事ですか貴公ら? なぜ負けたのに、ヘラヘラ笑っていられるのです」

 

 バン!!!! と強くテーブルを叩く音。

 それに反し、静まり返る中華料理屋・泰山。

 

「ランサーが死んだ! このひとでなし! ……じゃないですよ。

 そんなネタをする位なら、もっと真面目にやれと言いたい。

 何がコメディですか。ほのぼのですか。我々サヴァの本分は“戦い”でしょうに。

 後ちょっとしたエロシーンと(ぼそっ)」

 

 この場の誰にも聞こえないような小声で、ごにょごにょと何か呟いた後、すぐに気を取り直した彼女は、ピシッとライダーに指を突き付ける。

 

「分かっていますかライダー? たとえどのような分岐を経たとしても、貴方が聖杯を手に入れる未来など、全く存在しなかったのですよ?

 シロウに協力をし、サクラの()()()()のように生きながらえる未来が、ひとつあるだけです」

 

「っ!?」

 

「ランサーもそう、アサシンもそうです。

 待っているのは、哀れで無惨な未来のみ。

 散々他人にこき使われた挙句、ポイッと切り捨てられるだけの人生だ」

 

「っ!?!?」

 

「ッッ!?!?」

 

「バーサーカーはワンチャンあるかもですが、それでもかの英雄王を打倒するのは至難。

 貴方はその為の努力を、ちゃんとしましたか?

 狂化とか、喋れないとか泣き言を言う前に、一度でもマスター(イリヤ)を説得したか?

 地面に文字を書くなり、ボディランゲージするなり、いくらでも意思疎通の方法はある! ちょっと賢いゴリラにでも出来る事だぞ!!

 子供をただ見守るのではなく、“導く”のが大人の役目だろうに……。

 シロウと和解しろ、シロウと組め。それが最善だと。

 なぜ真の意味で、あの子の“幸せ”を想わなかった? 貴方ほどの大英雄が!!」

 

「■■■ッ……!?」

 

「キャスターに関して言えば、確かに勝利する未来はある……。

 だがそれは、なんか()()()()()()()

 所詮は作者がササッと書いたような、シロウのBAD ENDのひとつに過ぎない。

 あんな物、ちょ~っと周りがその気になれば簡単に崩れ去る、砂上の楼閣の如き栄光だ。

 ……これまで散々人をだまくらかし、悪事の限りを尽くしたでしょう?

 最弱のサヴァなのに沢山の恨みと、聖杯を所持するという妬みを買ったでしょう?

 断言しよう、貴公は狙われる――――間違いなく死ぬだろう。因果応報だ」

 

「っっ!?!?!?」

 

 5人は愕然とする。ぐうの音も出ない程。

 痛烈に、メタを駆使してまで、こいつらの性根を叩き直す。

 

「見なさい、彼を。

 主役やヒロイン以外で“良い感じ”になれたのは、アーチャーくらいのものです。

 彼は努力をしました……。血の滲むような想いをし、たくさん苦労して来ました……。

 だからこそ、なんか()()()()()()()良い感じの未来を掴めたのだ」

 

「……っ!?」

 

「利用され、裏切られ、歯磨き粉のチューブみたいに搾り倒され、ボロ雑巾の如く魂まで擦り切れた挙句ようやく手に入れた、『なんか一応は救われたっぽいな~』という未来!

 でも何も無いよりはマシでしょう?

 ここまでやって! ようやく手に入ったのが()()! これですよ皆さんッ!!(迫真)」

 

「……っっ!!!???」

 

 なんか湾曲的にボロクソ言われてる臭いアーチャー。

 それを余所に、いま満を持してセイバーが、椅子から立ち上がる! 拳を握りしめて!

 

「ゆえに負け犬共よ、今一度問おう――――貴公らは努力をしているかっ!?

 成り行きや適当ではなく、これまで死ぬ気でやってきたという、その自負はあるのかっ!?」

 

「「「……っっ!!!!!!」」」

 

 ホロウだの、たいころだの、カニファンだの……。

 そんな仮初のドタバタコメディで満足か! 貴公らは“戦士”だろうッ!!

 今セイバー先輩は、そう皆に怒っているのだ! ()()()()()()()()

 

 

「では始めましょう! 我々の、我々による、我々だけの戦いをッ!

 ――――只今よりぃ! 聖杯戦争の負け犬共と行う、泰山の人気メニュートップ10を全て当てるまで帰れま10(英霊の座に)

 開催しまぁぁぁあああーーすっ!!」

 

 

 輝くような笑み、満面のドヤ顔。

 セイバーがグゥアーっと右手を振り上げ、冬木に轟かんばかりの大声で、高らかに告げた。

 

「うーい、お疲れ~い」スタスタ

 

「次回は居酒屋にでも行こう。またな」スタスタ

 

「顔が見れて良かったわ♪ それじゃあねみんな」スタスタ

 

「――――待って下さいっ!! 思ってたのと違うっ!!??」

 

 6人のサヴァ達が、ゾロゾロと店を出ていく。全員一斉に。

 それをセイバーが押し留めたり、手を引っ張ったり、昭和の夫婦ドラマのように腰にしがみついたりして止める。めっちゃ忙しい様子だ。

 

「なぜ帰るのですかっ! 私あんなに熱弁したのに! なぜ帰るのです!」プンプン

 

「それはそうですよセイバー。

 私忙しいです。読書したいです」

 

「動かぬ草木を眺めておる方が、まだ幾分かマシよ。付き合うてられん」

 

「■■■……!」(お前はどうかしている、頭を冷やせ)

 

 しがみついてくるセイバーを、うっとうしそうに振り払いながら、スタスタと一直線に出口へ向かう一同。

 その様は無慈悲。「あー無駄な時間だったー」って感じがアリアリと出ていた。

 

「というか、無理ですよ!

 泰山の人気メニューTOP10を当てるまで、貴方がたは帰れないのですっ!

 そう私が、()()()()()()()()()()

 

「「「 !?!?!?!? 」」」

 

 たった今サラッと放たれた、セイバーの衝撃発言。

 それに一同は思わず振り向き、ピキーンと身を固くした。

 

「此度の第五次、私が優勝したではないですか?

 この世全ての悪( アンリマユ )とか、なんやかんやはあっても、無事に冬木の聖杯を手にしたワケです。

 でも私、ブリテンの救済など、既にどうでも良くなってたので……かける願いなど無かった」

 

「「「……」」」

 

 暫し、黙って聴く。じっと次の言葉を待つ。

 まぁサヴァ達にとっては、さして聴きたい事でもなかったりするのだが。一応は確認として。

 

「ゆえに、とりあえず第五次の皆と、()()()()()()()()()()()()事にしました。

 この“帰れま10”をやりたいと、聖杯に願ってみたのです」テレテレ

 

「――――おめぇバカだろ!? アホトリア・ペンバカゴンか!!!!」 

 

 ペンペン、バカゴン、バカゴンゴン♪

 と、なんかバカボンみたいな響き。だが一同はそれどころでは無い。

 

 いま「えへへ♪」って感じで、愛らしく微笑んでるセイバーを見て、思う。

 ――――よくそれで聖杯戦争勝てたな!? 坊主(士郎)えれぇ頑張ったなオイ?!?!

 つか俺ら、こんなアホなサーヴァントに負けたんか!! マジでか?!

 

「きっと、王様としての役目に、疲れ果てていたのですね……。

 誰にも理解されず、愛されず、さぞ孤独だったでしょうに」ホロリ

 

「同情するのは良いが、我々ものっぴきならん状況だぞ?

 地母神の慈愛の前に、現実を見たまえ」

 

 普段は仲悪くても、今は涙がちょちょぎれているライダーさん。根はとても優しい人だ。

 しかしながら、彼の言う通り、今は自分の心配をすべきである。

 

 先ほどサラッと告げられたが、セイバーは確かに「TOP10を当てるまで帰れない」と言った。

 しかも家にではなく、“座”に帰れないと。

 ぶっちゃけ「戦いは終わったのに、なんで自分たち消えてないの? まだ現界してんの?」って疑問が、実はこの一か月の間、ずーっと皆の心にあったのだが……その理由がようやく分かった。

 

 こいつだ、アホトリアの仕業だ。

 みんなとご飯食べたいからって、消滅した俺らを無理やり現世に繋ぎ止めてたんだ。

 聖杯に願ってまで――――

 

「この帰れま10が終わっても、“座”に帰るかどうかは、各自の判断にお任せします。

 みんなしっかり受肉させましたので、どうぞお好きなようにして頂きたい。

 ですが……()()()()()()帰れません。

 申し訳ないが、ここの人気メニューTOP10を当て終えるまで、一歩も出られないのです」

 

 私的には、このマウント深山商店街にある全ての店で、帰れま10をやりたいと思っている。いずれ皆で制覇してみたいものです。

 そんなたわけた事を、平然と言い放つセイバー。遊びたい盛りかお前は。

 

「だが、まずは今日の戦いを越えよう。

 この一戦に、己の矜持をかけ、挑むのだ。

 よろしいですね皆さん?」

 

「「「……」」」

 

 正直、人によっては「有難い」と感じている者も、居たかもしれない。

 キャスターのように、宗一郎様と暮らしたいとか、ライダーのように桜を見守ってやりたいとか、そう現世に未練がある者達もいるから。

 敗れてもなお、この世界に繋ぎ止めてくれたセイバーに、感謝の気持ちを抱かないでも無かった。

 たとえ「ご飯食べたい」という、食い気による物であっても。

 

 ――――しかしながら、この娘は()()()()()()

 それが聖杯使ってまでやる事か。必死こいて戦った者達や、三百年も聖杯追い続けてきた連中が報われない。

 

 そんな風に思ってしまうのも、仕方ない。

 現に今、この場の全員が白目を剥いている。

 俺たちはいったい何なんだ。たらふく中華を食べるために、“英雄”となったワケじゃないぞと。

 もっとやりようは無かったのかセイバー。

 

「ちなみにですが、恐らくは気になっている者もいると思うので、言っておきます。

 あのチンカs……いえ“英雄王ギルガメッシュ”についてですが」

 

 皆の雰囲気が変わる。茫然と呆けていた顔が、ハッと真面目な表情に。

 彼も第五次に参加した英霊だ。正確には「乱入して来た」という形なのだが、立派に聖杯を争ったライバルである。

 アイツいないけど、一体どうなってるんだろう? 金持ちだし運営側に周ってるのかな? 一人だけ逃げやがって。

 なんとなしに、そう思っていたのだが……。

 

「こちらをご覧ください」

 

「「「 ッッ!?!?!? 」」」

 

 テーブルクロスをバッと引っ張り、勢いよく払いのけた時……そこにあったのは彼の姿。

 なんか()()()()()()()()()()()()()()、机の下で倒れているのが見えた。

 

「この三日ほどをかけ、私はコイツと共に、泰山にある全てのメニューを食した。

 戦において、事前調査は必須。どの料理が美味しいのかを、調べ尽くしたのです。

 いわゆる“ロケテスト”も兼ねて」

 

「「「……」」」

 

「その結果、英雄王は()()()()()()()

 正直いけ好かない人物ではありますが、彼の尊い犠牲を無駄にしない為にも、我々は戦わねばならんのだ」

 

 よく見れば、彼の唇は今、タラコのように酷く腫れ上がっており、顔なんてもうブルーハワイのかき氷みたいな色。

 まだギルが生きている(現界している)のが、信じられないくらいの様子。

 というか、今すぐ救急車を呼んでやらないと、拙い気がするのだが……。これ間違いなく“重体”だし。

 

「――――勝ちましょう皆さん。

 私は此度の戦い、パーフェクトを狙っている。

 一度も間違えることなく、TOP10を全て当てる気でいます。

 どうか皆も、そのつもりで」

 

 気迫、熱意、覚悟。

 そんな色んな物が、セイバーの顔からハッキリ見て取れる。

 道楽や悪ふざけではなく、彼女は本気で挑んでいる。

 全力で、なんとしてもパーフェクトを取るつもりでいる。

 いま無惨に床に転がされている犠牲(ギル)を見れば、それは一目瞭然だ。

 

 セイバーいわく、「もしパーフェクトを取れば、褒賞として“聖杯の権利一回分”が、全員に贈呈されます」との事。

 本家の番組では100万円だが、こちらの賞品はそれより上。まさに破格と言えよう。

 まぁぶっちゃけ、第五次の面子には「聖杯とかどうでもいい」と言っちゃうような連中が多いのだが……、それでもあったら嬉しいし、きっと己のマスターも喜んでくれる。

 何より、ついに叶わなかった“勝利”を、今度こそ手に入れたい。

 

 戦闘ではなく食事、しかも全員(チーム)で協力するという変則的な形だし、バカみたいな催しだけど、これはまごう事無く“聖杯戦争”。

 かの栄光の盃を手に入れる為の、闘争に他ならない――――

 

「今更かもだけど……帰れま10って()()よね?」

 

「TVで観たことがあります。

 はる〇愛が“地獄”と称していた、あの過酷な企画……」

 

 キャスターとライダーが、顔を見合わせて冷や汗。

 

「試されるのは、推理力と胃袋。

 だがなにより、ここ【紅洲宴歳館・泰山】でやるというのがな……」

 

 そうアーチャーが、ゴクリと固唾をのむ。

 6人の中で唯一、この店を知っているらしき彼は、誰よりも事の重大さを理解していた。

 

 

「諸君、覚悟したまえ。生半可な力では、生き残れんぞ。

 英霊などという、そんな思い上がりは捨てろ――――

 この(ギル)のようになりたくなくば、気を引き締める事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 退路は無い。このタイトルが示している。

 ならば自分達は、前に進む他ない。

 中華特有の回転テーブルが備わった席に着き、限界まで知力と胃袋を駆使するのみ。

 

 セイバーが笑う。挑戦的な顔でニヤリと口元を歪める。

 覚悟を決めた戦友達を見て、なにやら満足気な様子。

 

 戦え――――それのみが己を示す、だたひとつの方法。

 貴公らは英雄。平穏の中では生きられぬ、度し難き存在なのだ。

 

 

 7騎のサーヴァントが、倒れ伏すギルをゲシゲシ踏み付けながら、それぞれの席に向かって行く。

 一体なんの恨みがあるのか、それとも結構どーでも良かったのか、余人には知る由も無い。

 

 

 そして今、満を持して、第五次の勝者アルトリア・ペンドラゴンPresents、【泰山の人気ランキングトップ10を当てるまで帰れま10】が始まる。

 

 

 

 

 

 

(続くのです!)

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その2

 

 

 

 

 今回サーヴァント達がやって来たのは、マウント深山にある中華料理屋【紅洲宴歳館・泰山】

 

 商店街の中にあるにも関わらず、地元に住む者達は、誰一人として入ろうとしない。

 そんな“魔境”として、(一部のマニア達に)有名なこのお店。

 看板メニューの麻婆豆腐を始めとし、中国4000年の粋を(無駄に)凝らした、様々な()()()()が存在するぞ!

 

 

 定番の天津飯、蟹あんかけ炒飯、変わり種の石焼き麻婆チャーハンなどの“ご飯物”。

 

 もはや日本人の国民食ともいえるラーメンに加え、麻婆麺、かた焼きそばといった“麺類”。

 

 みんな大好き餃子や、ド迫力の大粒シュウマイ、お行儀よく並んだカリッカリの春巻きなどでお馴染みの“天心”

 

 エビマヨ、伊勢海老の天ぷら、贅沢に丸ごと使用されたフカヒレの姿煮などの“海鮮料理”。

 

 噛めばジュワっと弾けるジューシーな唐揚げや、食感が心地よいカシューナッツ炒めとった、各種“鶏肉料理”

 

 もちろん豚肉、牛肉、卵、豆腐料理などなど、他にも豊富な一品料理のラインナップが存在。

 

 また中華スイーツの代表格である、ゴマ団子や杏仁豆腐といった“デザート類”も、みんなが笑顔で囲む食卓に、彩り豊かな花を添えてくれる事だろう。

 

 

 そろそろ夕方になるかという、このかき入れ時に、何故か窓のカーテンがピチッと締め切られている、一風変わったこの店。

 本日の企画のために、貸し切りにしているからだと思いきや、別にコレはいつもの事なのだという。

 

 その“紅赤朱”を彷彿とさせる、イカレた外観のみならず、内装に至るまで全て赤一色に統一されている事により、異様な雰囲気と緊張感を醸し出すことに成功。

 加えて店内では、息をするだけで「おっぐぇ!?」とえづきそうになるばかりか、気管支の弱い者ならば呼吸すらままならない程の、むしろ目がヒリヒリして開けていられないくらい強烈なスパイスの香りが、あたかも固有結界めいた凄まじい濃度で、充満してたりするぞ!

 

 店のカウンター席に座る誰もが、いったい何を作ってるんだ……、これから俺は何を食わされるんだ……、と不安気な表情で料理を待つ姿が、この場においてはごく日常の光景。

 そんな「軽い気持ちで訪れた一見さんが、悉く悲鳴を上げて逃げ帰る。もしくは救急車を呼ぶ」と評判の(?)、とっても素敵な町の中華屋さん☆

 

 本日はここ【紅洲宴歳館・泰山】の人気メニューTOP10を、第五次のサーヴァント達に全て当ててもらっちゃおう♪ という企画なのだっ!

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺麗

 

 

 

 

 

「ではご紹介しましょう。店長の“(バツ)さん”です」

 

 セイバーに促され、少女と思わしき人物が現れる。

 サヴァ達のやる気のない拍手が、パチパチとこの場に響く。とっても嫌そうな顔。

 

「こちらの魃さんは、マウント深山で“ちびっこ店長”と親しまれている、謎多き中国人だ。

 魃さん、本日はよろしくお願いします。

 今この時より、我らの胃袋は、貴方と共にある」

 

「OKアル! 存分に腕を振るわせてもらうネー」

 

 この魃さん、外見はロリっ子その物だが、まごう事なき成人女性。

 バイトでもウエイトレスでもなく、彼女自身が中華料理店を経営している事からも、それは明らかだ。

 しかしながら、非常にちんまい背丈と、cv田村ゆ〇りを彷彿とさせる鈴のような声。

 この子が「アチョー!」言いながら中華鍋を振り回している所など、とてもじゃないが想像出来ない。

 

「セイバーちゃんは三日前からいるケド、他の子達は初めてネ?

 你来了(いらっしゃい)! 紅洲宴歳館・泰山にヨウコソ!

 中華四千年の神髄を見るヨイ! 楽しんでいけアル!」

 

「その自信が無いよ。ヤツ(ギル)の惨状を見ているんだ」

 

 こいつかギルガメッシュを、ノックアウトした女……。

 人の身で英霊を打倒するという、途轍もない偉業を成した人物。

 6人のサヴァ達は、まるで化け物でも見るかような……もしくはサイコバスでも観察するような目で、彼女を見つめている。

 かの英雄王を倒すには、力や宝具ではなく、ただこの店に連れて来るだけで良かったのか。とんだコロンブスの卵だ。

 

「つーか、セイバーも食ってたんだろ?

 ロケテとか言って、三日ぶっ続けでよォ」

 

「そうよっ! よく無事だったわね貴方!?

 アイツは打ち上げられた魚みたいになってるのに! ピクピクしてるのよ!?」

 

 チラッと床で沈黙している英雄王を一瞥した後、セイバーの方へ向き直る一同。

 

「心配無用、私には全て遠き理想郷(アヴァロン)という治癒宝具がある。

 シロウがマスターである限り、私はモーマンタイ(震え声)」

 

「知っていますかセイバー?

 身体の傷は治せても、心の傷(トラウマ)は消せない」

 

 よく見れば、セイバーの手がガクガク震えているのが分かる。

 まるで彼女の身体が、「もう食べたくない! お箸なんて持ちたくないの!」と拒否しているかのよう。

 恐らく、あの三日間の事前調査とやらで、多大な精神ダメージを負ったのだろう。

 

 なにがお前をそうさせるんだ。そこまでしてみんなと遊びたいのか――――

 王様の責務に追われるばかりだった生前、その反動だった。

 ちなみに、今カメラマンを担ってくれている士郎も、心配そうに彼女を見守っている。

 

「坊やも苦労人ねぇ……。あまり心配をかけなさんなセイバー」

 

「坊主は聖杯戦争の折、血反吐をはきながら頑張っておったというに。

 その褒賞を、“帰れま10”の為に使われてしもうたのか」

 

「■■■……」(不憫だ。報われん……)

 

 随分とバカなサーヴァントを引いたものだ。でもそこが愛おしいのだろうか? どんだけ善人なんだお前は。お父さんか。

 サヴァ達の胸に、様々な想いが去来する。あと「俺はマスターに苦労をかけまい」という、反面教師的な誓いも。

 

「あー、君たち6人は一見さんアルから、一応言っとくけどぉ~」

 

 ふいに声がかかる。一同は改めて魃さんの方を向くが……。

 

 

「――――お残しは、許さんアルよ」

 

 

 ゴッッッ!!!!!!!! と音がせんばかりの闘気。威圧感――――

 小柄な少女である筈の魃さんから、炎めいた巨大なオーラが吹き上がるのを幻視した。

 

「アタシの国では、出された料理を“少しだけ残す”のが礼儀ヨ。

 貴方は沢山もてなしてくれました、もうお腹一杯です、という感謝を示すためにネ。

 だけど、()()()()()。中華チガウ♪

 まさか英雄様ともあろうモンが、食べ物を粗末にするなんて無作法……せんアルな?」

 

 そんな不心得者は、煮込んで食っちまうゾ☆ 唐辛子でナ♪

 魃店長が「あっはっは!」とカラカラ笑いながら、背を向けてこの場を去っていく。

 

 7騎のサヴァ達が、暫し唖然とする静寂の中、やがて調理場の方からシャキン! シャキン! と包丁を研ぐ音が聞こえてきた。

 

 コワイ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、一皿目】 アルトリア・ペンドラゴン (セイバー) 

 

 

 

「それでは始めていきましょう! 帰れま10 in 泰山! スタートですーっ!!」

 

 わー! と歓声。

 みんな「とりあえず声出しとけ!」とヤケクソで叫ぶ。何かを振り払うかの如く。

 

「厳正なる協議の結果、トップバッターはこの私、セイバーに決まりました。

 2番手にアーチャー、3番手ランサー、4番手ライダー、5番手キャスター、6番手アサシン、7番手バーサーカーの順となります」

 

「嘘こけ、ぜってェ適当に決めたろ? 見た事あんぞこの並び」

 

「何故かは知らないけれど、この順番って()()()()()()()

 

「ですです。これ以外考えられません」

 

「■■■……」(実家のような安心感)

 

 見れば全員が「うんうん」と頷いている。

 座っている席すらも、この並びに順じており、収まる所に収まった感がある。不思議だ。

 

「ではこれより、私がTOP10を予想していきますが、皆にも意見を募りたく思う。

 自分の手番以外にも、忌憚のない意見を、積極的にだ。

 これは我ら全員で挑む、“チーム戦”なのだから。協力し合っていきましょう」

 

「委細承知。承ったぞセイバー」

 

「ねぇねぇ、なんかワクワクしてこない? 私こういうの新鮮かも。ふふっ♪」

 

「ランサーの言葉ではないが、昨日の敵は今日の友……か。

 まぁ力を尽くすとするさ」

 

 各自、さっそく手元にあるメニュー表を開きながら、思考を巡らせていく。

 アーチャー&キャスターといった“料理が出来る勢”の意見は参考になるだろうし、この町で働いているランサーやライダーも、きっと貴重な意見を出してくれるハズ。

 

 残念ながら、この場には中華料理に親しみのある“中国のサーヴァント”は居ないものの、意外と生前は王子だの神だのといった、位の高い人達が多かったりする。

 ようは舌の肥えた連中、違いの分かる人達なのだ。

 彼らの持つ知識や感性に、大いに期待しようではないか。

 

 そして前述の通り、最初の回答者はセイバー。「好きなアニメは、デリシャスパーティ♡プリキュアです!」と豪語し、毎週ニチアサには、ご飯を食べながらテレビに齧りついている彼女だ。

 その食への拘りや愛情は、他の追随を許さない。ごはんは笑顔なのだ!

 

「そういえば、セイバーはここの料理を、一通り食べたんですよね?

 何が一番美味しかったですか? 参考までに教えて欲しいです」

 

 おお、そりゃ重要だな。ガヤガヤ。

 みんな一旦メニュー表から顔を上げ、興味津々でセイバーの方を向く。

 しかし。

 

「“水”……ですかね」

 

「オイ」

 

 なにやら遠い目をした彼女が、消えそうなほど小さな声で回答。

 

「いえ、聞いて頂きたい。私はこれまで知らなかったのです。

 お水がこんなにも美味しいだなんて……。有難いだなんて……」

 

「やめよ馬鹿者。正気に戻らぬか」

 

「ちゃんと言ってよセイバー。……嘘でも良いから」

 

「明日が見えないのだが」

 

 どれだけ頭を捻ろうとも、セイバーの脳裏に浮かぶのはひとつ。水という一文字だけ。

 彼女がこの三日で味わった苦しみ……その一端を垣間見た一同。そして今日は我が身だ。

 

「この店で一番高い料理は、この何千円もする豪勢なオードブルだ。

 しかし、それと同じ値段であったとしても、私は水を頼むだろう。

 ――――だって! 赤くないから!

 この店で唯一、()()()()()()()()!! 辛くないのですよ皆さん!?!?」

 

「テメェとんでもねぇ事してくれたな?

 んなトコに連れて来やがったのか」

 

「私達をどうする気ですか」

 

「■■■……!」(ファック……!)

 

 何故この店を選んだ? 何故わざわざここで?

 そんな疑問を抱くも、後の祭り。彼らはもう戻れないのだから。帰れま10。

 

「なら、比較的マシな物はないの?

 あんまり辛くないのを選びましょうよ♪」

 

「うむ。女狐のいう通りぞ。

 どれならば、我らにも食えそうだ?」

 

 キャスター陣営の二人が、気を取り直して提案。

 絶望に染まった空気を変えるべく、元気を振り絞ってはみたが……。

 

「――――甘い。それは悪手ですよ二人共?」

 

 ピシャリと、セイバーが制する。

 

「泥沼にハマり、ズルズルと戦いを長引かせてしまう、典型的な例だ。

 そういうのを“負け犬の思考”と呼ぶのです」

 

 カリスマ:Bを誇るサーヴァントの、威厳ある態度。説得力。

 確かに多少は生きながらえよう。だが守りに入れば、勝つ事は出来んのだと。

 

「考えてもみなさい。こんな頭のおかしい店を訪れるのは、()()()()()()()

 ならば……我々はあえて攻めるべきだ。

 マシな料理ではなく、自分にとって“一番食べたくない物”。

 それを選ぶくらいの覚悟なくば、とてもここのTOP10など……」

 

「おめぇ何してくれてんだマジで(真顔)」

 

「怒りますよセイバー? ベルレフォ~~ンですよ?」

 

「■■■……」(射殺す百頭)

 

 みんながスッと席から立ち上がるが、セイバーは「つーん!」と素知らぬ顔。我関せずでメニューを眺め続ける。

 王は人の気持ちが分からない。そんなだから国滅ぶんだよお前。

 

「いや……セイバーの言う事も、一理あるやもしれん。

 いま考えるべきは、リスクマネージメント。

 どう傷を最小限に抑えるか? が重要となる。この場に至ってしまった以上は……」

 

 だが彼女の他に、もう一人。

 沈痛な面持ちでメニュー表とにらめっこをする、アーチャーの姿が。

 

「最短、最速で、TOP10を当てる他あるまい。

 そろそろ腹を括りたまえ。

 美味しい物が食べたいなどという、()()()()()()()()()()()

 

「幸せって何? 教えて宗一郎」

 

 恐らくADの役目なのだろう。少し離れた場所にいる葛木先生が、「がんばれ」と書いたカンペを、こちらに掲げているのが見えた。

 

 こんなにも仲間がいるのに、孤立無援のような心境。

 まるで自分達だけ、無人島にでも放り込まれてしまったような、迷子の幼子のような、耐え難い心細さを感じる。

 今この場において、自分達は無力。まごう事なき“弱者”だというのを実感。

 メニューにある料理の写真を見ているだけで、身体がブルブル震える有様なのだから。

 

 不安、恐れ、諦観に沈む一同。

 そんな中、唐突にセイバーの張りのある声が、この場の空気を打ち破る。

 

 

「――――麻婆豆腐です」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 ハッキリ、キッパリ、聞き間違えようの無い程に。

 彼女のとても清廉な声が、ここ泰山の客席に響いた。

 

「店主、この()()()()()()()をひとつ」

 

「 正気かテメェ!? 死ぬぞォォーーッ?!?! 」

 

 きっと、この料理のことを知っていたのだろう。

 何故ならランサーは、かの神父(変態)のサーヴァントなのだから。実際に口にはせずとも、その評判を聞き及んでいたに違いない。

 彼が今、テーブルを叩きながら思わず立ち上がった事からも、その()()()が分かった。

 そして関係ないけど、なんか料理名がおかしかった気がする。

 

「ハーイ! まいどアル~☆

 ――――アタシの鍋が、真っ赤に染まるゥ! 客を殺せと、轟き叫ぶゥ!!」

 

「 言わんこっちゃねェ!! この店は駄目だッッ!!!! 」

 

 阿鼻叫喚。女性のキャスター&ライダーは元より、野郎共までが「ぎゃー!」と悲鳴を挙げている。地獄のような光景。

 

「なんでっ!? 相談するって言ったじゃないの! みんなでっ!」

 

「なぜ有無を言わさずやった!? 心の準備という物がだね?!」

 

「ひどいっ! あんまりです! この人でなしー!」

 

「フハハハ。私はブリテンの王、人ではないのですよ」

 

 皆にワーキャー取り囲まれ、ライダーにガックンガックン肩を揺すられるも、セイバーは涼しい顔。高笑いをするばかりだ。

 こいつは悪魔だ! 俺たちを地獄へ誘う鬼だっ!

 

 きっと、聖杯戦争で勝てなかったから……。あの時もっと頑張って、コイツを止める事が出来なかったから、今こんな目に合ってるんだ。

 頑張らなかった報い、ちゃんと真剣に戦わなかった罰を、今サーヴァント達は受けているのだろう。

 まぁ、ただセイバーがおバカなだけかもしれないが……、でも極論“自分が勝っていれば”、こんな事にならずに済んだのは間違いないのだから。

 この非情なる世界において、敗者は悪なのだ!

 

「戦うと決めた。それが私の誇り」キリッ

 

「一人で戦えバカ! 巻き込むんじゃねェ!」

 

「この瞬間(とき)が全て。それで良いでしょう?」キリッ

 

「その今がエライ事になってんのよ! どーしてくれるのよぉーっ!!」

 

 悪びれない! 退かない! まったく謝らない!!

 こんなヤツがブリテン治めてたのかと思うと、もう戦慄する他ない。

 そらランスロットも裏切るわ。モードレッドもブチ切れるわ。

 

「――――狼狽えるなぁ! 負け犬共ぉぉーーっ!!」

 

「「「 ぎゃああああああ!?!? 」」」

 

 セイバーの風王鉄槌(ストライク・エア)が、一同を吹き飛ばす!

 かの聖剣から放たれた爆風によって、サヴァ達はペガサス流星拳を喰らったザコ聖闘士みたく宙に舞い上がり、ベチャッと落ちた。

 

 というか、とんでもない威力であった。流石は第五次の勝利サーヴァント。

 毎日シロウとエッチしてますからね♡ とセイバー談。

 

「案ずるなかれ。確かに貴公らにも、一口づつは食べてもらうが……。

 でも残り全ての麻婆を、私が引き受けよう。

 この帰れま10においては、【注文した者が一番多く食べる】という作法があるのです。

 戦場(いくさば)の習いですね」

 

「それより、なにゆえ剣を抜きおった……? 得心しかねる」

 

 みんな暗黙の了解で、どんなに怒ってても徒手空拳でいたのに……。

 この娘はイカレている、どうかしてるぜ! そう身震いするサーヴァント達だ。

 

「貴公らは初陣。無理はさせん。

 だが、このレンゲひとくち分の麻婆を、泰山の“洗礼”とせよ。

 荒療治やもしれませんが、まずは敵を知る事。それが第一歩だ」

 

「せ……セイバー」

 

 一瞬、ヤケになって俺たちを殺そうとしたのか? と思ったが……どうやら彼女にも考えがあっての事らしい。

 サヴァ達はいったんその怒りをおさめ、彼女の言葉に聞き入る。

 

「断言しよう。この爆裂ゴッド麻婆こそ、泰山にて最強――――

 一番辛い料理を担うのが、主催者たる私の役目だと思っていた。

 せめてもの罪滅ぼしと思って頂けたら、嬉しい」

 

 まぁそうは言っても、これは量的に言えば、小者です。

 他にも食べるのがツラい料理や、別種のキツさがある物は、数多く存在しますが……。

 そうセイバーがフフッと苦笑。軽くコテンと首をかしげる仕草が、愛らしかった。

 

 それを見て、サーヴァント達の表情が変わる。

 次第に彼らの心境が変化し、戦う覚悟が決まっていく様子が、見て取れた。

 

「いいぜ……やってやらァ。どーせ食わなきゃ帰れねェんだろうが」

 

「■■■……」(同意だ。凶戦士の生き様を見せよう)

 

「無様を晒しましたが、食べる事で挽回しましょう。

 私も英霊の端くれ。……見ていなさいセイバー」

 

 ぶっちゃけ、こんな事する羽目になったのは、セイバーのせいなのだが……。「遊びたい」というその一念を以って、無理やり自分達を巻き込んだのだから、罪滅ぼしも何もあったモンじゃないけれど……。

 

 だがこの者達は“英雄”。ここは戦士が集う場である。

 まがりなりにも、彼女が示した心意気……。それを見ておきながら「否」と抜かす腰抜けなど、この場にいよう筈も無し。

 

 特にライダーに至っては、「彼女に舐められるワケにはいかない」という想いもあるのだろう。

 宿敵であり、同居人であり、戦友(ともだち)――――

 彼女を失望させたくない。対等である為には、自らも戦わなければならない!

 そうライダーの心に、勇気の火が灯っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はいヨー。爆裂ゴッド麻婆、おまちどうアル~♪」

 

「「「――――赤いッ!! そして目が痛いッッ!!!!」」」

 

 

 

 だが運ばれて来た料理を見た途端、ボッキィィィィ! と心が折れる音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

(続くぜェ!)

 

 

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その3

 

 

 

 

「――――何なのだこれは! どうすれば良いのだ!!」

 

 

 某レッドドラゴンさんではない。これはアーチャーの声である。

 彼が大粒の汗を流しながら、たった今この場に運ばれて来た“ナニカ”を凝視。アリエナイ物を見る目で。

 

「キャアアア!! 目がぁー! 目がぁぁーーっ!!」

 

「わぁぁぁあああ!!」

 

 一番近くにいたキャスターが「ぎゃー!」と目元を押さえ、エビみたいに仰け反る。

 その隣だったライダーは、思わずこの場から駆け出し、「ここから出して下さい!」と出入口の戸を叩く。

 だがどれだけバンバンしようとも、それはビクともせず。なにか得も知れぬ力によって、鋼鉄のような硬度になっている模様。

 即ち、どこにも逃げ場は無いという事だ。

 

 痛い! 目が! 鼻が! 粘膜という粘膜が!!

 ハッキリ視覚として捉えられるほど、濃密な“赤い瘴気”。

 それが今、眼前の石鍋から、凄まじい勢いでモワァー! っと吹き上がっている。

 

 全員、痛みで目に涙が滲み、鼻は絶え間なくグジグジ。喉なんて針で突かれているみたいにヒリヒリ。

 それどころか……呼吸すらままならない! とても息など吸えない! 何の兵器だコレは!?

 

「おー、凄いはしゃぎようネ! トイザ〇スにでも来たみたいヨ。

 喜んでもらえて、アタシも嬉しいアル☆」

 

「てめぇ()()()()()してんじゃねーよ! ずりぃよ!!」

 

 魃さんが「シュコー! シュコー!」言いながら、カラカラと笑う。

 この場でただ一人、完全防備。これ君が作ったヤツなのに。

 

「こんなモンが食いたいなんて、イカレた連中ネw

 頭おかしいのと違うカ?www」

 

「――――止めないで下さいサクラっ! ヤツを殺さなければっ!!!!」

 

 主兵装である大きな釘で、自らの首をぶっ刺そうとするライダー。

 きっとペガサスを召喚して、ベルレフォーンかまそうと思ったのだろうが、そこを桜に羽交い絞めにされる。「落ち着け」と。

 いつもはお淑やかな地母神さんが、「ムキー!」と怒り狂う。その様は、ちょっと可愛く見えない事もなかった。

 

 やがてそうこうしている内、ご機嫌な様子の魃さんが「てってけてー♪」と調理場に下がって行った。

 この場に残されたのは、7人の英霊。そして得も知れぬ“赤いナニカ”が入った石鍋のみとなる。

 気のせいか、なにやらこの場の空気の色さえも、赤黒くなってる気がする。戦火で赤く染まった空みたいだ。この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)――――

 

 

 

「はい、というワケでございまして(司会進行)」

 

「待てぃ」

 

 真顔のバーサーカーが、思わず普通の言葉で喋る。

 キャラを投げ捨て、設定をかなぐり捨ててまで、セイバーを制した。

 

「何か思う所はないのか。我々に言う事は?」(■■■、■■?)

 

「旦那、逆になってんよ。逆」

 

 かの大英雄が、我を失っている。ひどく混乱している様子。

 いわば、それほどの状況であった。

 

 いま彼らの目の前にあるのは、マグマのようにグツグツ煮え滾る、爆裂ゴッド麻婆なる物。

 極限まで熱せられた石鍋、そして()()()も相まって、地獄の如き温度である。

 もう「食わせる気があるのか?」と疑問を抱かざるを得ないような、ひどい有様。

 これを一口でも食せば、口内を火傷する程度では済まない事は、容易に見て取れる。

 加えてこの熱は、きっと耐え難い“痛覚”となって、ただでさえ辛い麻婆を存分に引き立てるだろう。

 

 しかも、しかもだ。これ明らかに()()()()()()()()

 とても600円かそこらとは思えない、いわゆる“愛情盛り”だったりもする。

 

 これが紅洲宴歳館・泰山の心意気。

 この魃、容赦はせんアル――――腹いっぱい食えヨ!

 そんな声が聞こえてきそう(ぜんぜん嬉しくない)

 

「大丈夫、私に任せろ。

 これを注文した者として、責任をもって平らげて見せよう。

 わー美味しそうダナー(震え声)」

 

「お主は命がいらぬと申すか」

 

「何が貴方をそうさせるの? 白目を剥いてまで」

 

 騎士の誇り、王の矜持。

 そんなモンがあるのかは知らないけれど、とにかくセイバーが覚悟を決め、料理と対峙。

 

 いま中華特有の回転テーブルに置かれているのは、前述の通り【爆裂ゴッド麻婆】

 泰山の代名詞とも言える麻婆豆腐、そして実際に食した経験をもつセイバーをしても“最強”と称する一品である(悪い意味でだが)

 

 一見すれば、それは赤ワインが入ったビーフシチューを思わせるような色合い。

 だがその主成分は、主に唐辛子や山椒などのスパイス類であり、たとえ似たような見た目であっても、その趣きは大きく異なる。

 今も石鍋の熱によって、地獄みたいにボコボコいってるし、すごく毒々しく見える。

 

 味付けに使用するどころか、もう原型のまま「えーい!」とブチ込まれた、大量の唐辛子。

 今もこの場に瘴気を放ち続けている、容器から溢れんばかりに煮え立つ、赤黒い(あん)

 この具材の中で、唯一純白を誇っていたハズの豆腐は、「くーれないッ! に染ぉーまったッ! こーのおーれーをぅ♪」とばかりに、すでに哀れ堕天使の如く、血と同じ色に変貌している。

 

 これは正に、音にきく“紅赤朱”――――その具現である。

 いま士郎がグルメ番組よろしく、頑張ってこのクソッタレな料理を「じぃ~」っとブツ撮りしてくれているのだが、恐らくどんな角度から撮ろうとも、これを美味しそうになんて見せられないだろう。無駄な努力である。

 

 そんな(ある意味で)天下一品とも言える、中華料理店・泰山が誇る外道マーb……いや爆裂ゴッドなんたら。

 セイバーが取り分け用の匙を入れ、サッサと自分の皿へよそっていく。

 

「最初は私から行きます。

 注文をした者が、食レポを担当する。これも帰れま10の習いだ」

 

 後に貴公らも、一口分とはいえ食べる事となる。

 私の姿を見て、心の準備をしておくと良いでしょう。

 右手にレンゲ、左手にお皿を持ったまま、彼女はグルッと周りを見渡し、戦友たちの顔を確認する。

 

「では、頂きます」

 

 こんな事を思うのはなんだけど……、綺麗だった。

 彼女の所作、その丁寧な手つきに、食に対する誠実さが現れている。思わず誰もが見入ってしまった程に、美しい姿だった。

 

 彼女が持つ、食に対する愛情は、これほどまでに深く、尊い。

 その瞳は、真っすぐ眼前の料理へと向けられている。微塵もブレること無く。

 

 パクリと、いま彼女が麻婆豆腐を一口。

 静かに、そして厳かな表情で、暫し目を瞑って咀嚼する。

 食べ物を頂くこと……、いや“命”という物に、敬意を払うように。

 食材を生み出してくれた人達、これを作ってくれた者に、感謝しながら。

 

 

「――――ひ゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛! か゛ら゛い゛ぃ゛ぃ゛~~っ!!」

 

 

 だがそんなモン、2()()()()()()()()()

 じわじわと、ではなく〈ギューン!〉と辛さが襲い来た途端、彼女は仰け反って天を仰ぎ、恥も外聞もなく叫んだ。

 

「あ゛ーっ! あ゛ーっ!!

 シロウ! シロォーーウ! うえぇぇぇ~~ん!!(ガン泣き)」

 

 立ち上がり、即座に士郎の胸にダイブ。

 そのまま「うわーん!」と縋り付く。大声で泣く。

 

「味の対界宝具や~っ! エヌマエリシュや~っ!

 痛いでふシロウ! お口がヒリヒリしまふっ!

 あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ !!(絶叫)」

 

「……」

 

「……」

 

「「「…………」」」

 

 えーんえーん! ぐすっ! ひっくひっく!

 止めどなく続く、アルトリアさんの泣き声。まるで子供のようだ。

 それをドン引きしながら見守るサーヴァント達。目からハイライトが消えている。

 

「エッチしましょう! エッチしてくれたら治りますのでっ!

 ささっ、奥に行きましょうシロウ♡ えへへ♪」

 

「――――そこを動くなテメェ。行かせねェよ?(真顔)」

 

 6人がかりで「むんず!」と肩を掴み、グイッと座らせる。

 なすがままストンと席に着いたセイバーを、無言で見つめ続ける一同。目が怖かった。

 

「食えよセイバー、まだ残ってんだろうが」

 

「たんとおあがりなさい。見ててあげますから」

 

「早くしたまえ、後がつかえている」

 

「鼻からねじ込んであげましょうか。食べやすいかもよ?」

 

「この扱いである」

 

 食事中にエッチしてはいけません! 真面目にやりなさい! そう言わんばかりの威圧感。

 セイバーの【カリスマ:B】が地に落ちた瞬間だった。Eマイナスくらいになってる。

 

 その後、シロウによしよしと撫でてもらいながら、なんとか自分の取り分をモゴゴッと食べ進める。

 その間も「うぎゃー!」とか「エクスカリバー!」とか、散々喚いていたのだが、みんな素知らぬ顔であった。はよ食えバカってなモンだ。

 

「というか、どんだけ甘やかしてたのよ坊や。マロングラッセ並じゃないの……」

 

「坊主と会えて良かったなぁオイ。こいつアホだもんよ」

 

「もし出会わなければ、どうなっていた事やら。

 セイバーはシロウに感謝すべきです」

 

「■■■」(大事にしろよ……本当に)

 

 未熟なマスターだと思っていたけれど、もしかしたらこの士郎こそが、第五次で一番の功労者なのかもしれない。

 彼が一生懸命、捨て身で頑張ったからこそ、優勝も出来たし、今のセイバーがあるのだ。

 もし聖杯戦争に“がんばったで賞”があるとしたら、それは間違いなく士郎に贈られるだろう。

 

 今もセイバーを「子犬の飼い主か!」ってくらい、ドロドロに甘やかしてはいるが……、彼のこれまでの努力と苦労を想い、少し評価を改める一同だった。

 よくあのサヴァで勝てたわね、エライわこの子と。

 

「ふぅ……。とりあえずは、こんなものでしょう」

 

 暫くして、コトッとレンゲをテーブルに置く音がした。

 ガヤガヤと雑談に興じていたサヴァ達が、手番であるセイバーの方へ、改めて向き直る。

 

「ご馳走様でした。

 辛みのある食べ物など、あまり馴染みがなかったが、意外と良いものですね」キリッ

 

「セイバー、セイバー、顔面()()になってる」

 

 血圧が上がり赤になるならまだしも、それを軽く通り越しての紫!

 こんなのもう、死者がする顔だ!(ドン引き)

 

「あのぅ、キリッはともかくとして……大丈夫なのですかセイバー?」

 

「どこを見ておる!? お主()()()()ではないかッ! 焦点が定まっておらぬッ!」

 

「ちょ……ちょっと横になるかね?! いったん休みたまえよ!」

 

「言ったハズだ、私には治癒宝具(アヴァロン)があると。

 これしきで倒れていたら、円卓の者達に示しが付きません(タラコのような口)」

 

 あぁランスロット、ここに居たのですね……。さぁモードレッド、共に食事を……。

 そうなんか妙なことを口走り始めた彼女を、総出で取り囲んで介抱。

 脈を計ったり、口をゆすいだり、氷嚢を当てたりして労ってやる。

 というか……()()()()()()()()()こんな事になるのか!? 必死こいて看護をしながらも、サヴァ達は内心震え上がる。

 

「なぁランサーよ、君は先ほど『命までは獲られない』と言ったな?」

 

「……」

 

「ならば、この惨状は何かね?

 毒も化学兵器も効かない我々……だが唯一の“特効”が、この激辛やもしれんぞ」

 

 ふらっと一人この場を離れたアーチャーが、自分の席に戻る。

 そして、おもむろにレンゲを手に取った彼は、何気ない仕草で「ぱくっ!」と麻婆を食べた。

 

 

「――――カ プ サ イ シ ン ッ !!!!」ブフゥ!

 

「!?!?」

 

「「「 !?!?!?!?!? 」」」

 

 

 ガバッと真上を向いて、絶叫。

 そのままバターン! と後ろにひっくり返る。白目を剥いたままで。

 

「やべェ! 一撃だ! ひとくちでコイツを折りやがったッ!!」

 

「忍耐の人ですよ!? 守りと精神力において、アーチャーに勝る人なんて……!」

 

「なによこの麻婆! ホントにマグマでも入ってるわけ!? ウソでしょ?!」

 

「リン! 彼が倒れました! メディィィックッ!!」

 

 セイバーの呼びかけに応じ、向こうの方から「グゥアー!」っと走ってきた遠坂が、即座に魔術を展開。

 ぐぬぬっ……! と額に汗しながらも、全力で魔力を流し込むことで、いま消滅しかけているアーチャーの身体を、なんとか現世に繋ぎ止める。

 

「彼は料理人……美食家でした。

 ゆえに、味覚と精神が耐えられなかったのでしょう。

 このような物が、()()()()()()()()()()」ホロリ

 

「「「死ぬなぁーッ! アーチャーーッッ!!」」」

 

 セイバーがうんちくを垂れるが、みんなそれどころじゃない。

 いま生死の淵にいる彼を助けようと、いろいろ必死だ。

 

 

「大丈夫だよ、遠坂。

 俺もこれから、頑張ってくから」キラキラ

 

「拙いッ! 双剣使いの顔が、いつかの少年の如く!!」

 

「すんごい爽やかな顔! 今にも消え去りそうっ!!」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その後のことは、語るまでもあるまい。

 ただただ、皆がひと口づつ、この麻婆を食べただけの事。

 

 クーフーリンが泡を吹いて倒れ、メデューサが歌舞伎みたいに髪を振り乱して錯乱。

 メディアは魔術による味覚遮断を試みたものの、その甲斐虚しく撃沈。

 小次郎は「ふふっ」とニヒルな笑みを浮かべたまま硬直し、そのまま10分ほど動かなくなった。

 そしてヘラクレスの宝具である“十二の試練(ゴッドハンド)”が、見事にひとつ消し飛びましたよ~、というだけの話だ。

 

「皆、大義でした。

 このアルトリア・ペンドラゴンが、しかと見届けたぞ」ホクホク

 

「今すぐ第六次やらない? この子を消し炭にしたいの」

 

 各々が、スタッフとしてこの場に控えていたマスターに治癒してもらい、なんとか事なきを得た。

 まぁみんな、目に精気が無いというか、すごくグッタリしているけれど。

 精も魂も尽き果てた……みたいな顔で、「じとぉ~!」っとセイバーを睨む。

 

 というかアレは、もう辛いとか痛いとか、そういう次元じゃなかった。

 人間、本当に駄目な物を口にしたら、“絶句して硬直する”。

 レンゲを動かすとか、何かを考えるとか、もうそういった事も出来ず、意識が真っ白になるのだ。突然雷に打たれたみたいに。心臓をドゴンと殴られたように。

 

 苦しむとか、悶絶するとか、それが出来ている内は()()()

 この泰山の爆裂ゴッド麻婆なる料理は、それを軽くピョインと凌駕する。

 味覚や嗅覚などの五感――――そのすべてが全力で『逃げろ』と告げるのだから。

 有り体に言って、普通に“生命の危機”というヤツを感じた。

 

「年賀状出さねェからな、おめぇ」

 

「今度BBQをしようか。我々6()()で」

 

「もうセイバーとは遊んであげません。

 固い蓋とかあっても、開けてあげませんから」プイッ

 

「私を孤独という名の檻に入れる気か。

 昔を思い出します」

 

 ならば、こちらから新年のあいさつに出向こう。

 独自に開催地を調べ上げ、すぐ隣で肉を焼こう。

 ビンを開けてくれるまで、お腹をクークーいわせながら、無言でプレッシャーをかけよう。

 そう「地獄の果てまで追いかけます」宣言をするセイバー。私から逃げられると思うなと、自信満々で告げる。さそり座の女か。

 

「これで我々は、めでたく“同じ釜の飯を食った仲”となった。

 私と貴公らゎ……ズッ友だょ……!!」

 

「本当に殺すぞ?(威圧感)」

 

「見よ、もう御仁が“■■■”を使うのを、放棄しおった」

 

「それだけの事をしたのよ? 分かってるの?」

 

 メンバー達の苦言も意に介さず、ひとりホクホク顔。

 こいつの精神はどうなってる。いったい何があったんだブリテンで。そう驚愕せざるを得ない。

 

「怒るのも良いだろう、その憤りは当然だ。……でも気付いていますか?

 貴公らは、この帰れま10における()()()()()()()()]

 

 ふいに、セイバーがニヤリ。とても誇らしげな笑み。

 それを見た途端、一同はハッとして彼女の声に聞き入る。

 

「少しだけ耐えられるという事は、永遠に耐えられるという事――――

 これは空手道の精神を表す言葉らしいが、貴公らはどうだ?

 ……既に頭の中に、“勝てるイメージ”が浮かんでいるのでは無いですか?」

 

 木っ端とは言いません、だが後は全て格下。

 貴公ら英雄が、これまで成してきた偉業に比べれば、恐れるに足るまい。

 すでに御身は新兵ではなく、ひとつ戦いを越えたまごう事なき戦士だ。

 

 そうセイバーが、強い信頼を込めた瞳で、戦友たちの顔を見る。

 山頂は遥か遠く……だが我らは確かに、一歩を踏み出したのだ! 確実な一歩をと!

 

「無事完食しました! それでは結果発表に参りましょうっ!

 この爆裂ゴッド麻婆……何位ですかぁー↑」 

 

 高らかに響く声。

 司会進行役のセイバーが、別室でモニターしている綺礼に向けて、元気よく訊ねる。

 果たして! 泰山の人気ランキングTOP10に、爆裂ゴッド麻婆は入っているのかぁー?!

 

 セイバー達が原点の番組よろしく、手を祈りの形にして目を瞑る中で、ドラムロール音が響く。

 デケデケデケデケ……!

 

 

 

 

『第ッ! ――――――()()位ィィ!!!!!』

 

 

 

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 爆裂ゴッド麻婆は、この日のために考案した“新メニュー”アル!

 

 ウチのお品書きには、以前から麻婆豆腐があるケド、この爆裂ゴッド麻婆は()()()()()

 いわばパワーUPバージョンだネー!

 

 開発するにあたり試食をさせた言峰と、三日前からいたセイバーちゃん以外、まだ誰も食ったこと無かたヨ♪

 だから、泰山の全メニュー73品の中で、ぶっちぎりの最下位!

 実質的な圏外と言えるネ☆

 

 

・解説のワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「「「…………」」」

 

 

 静寂。静まり返る泰山の客席。

 あんなに頑張って、死ぬ思いまでしたのに、あの料理はTOP10に無かった。まったくの無駄骨。

 それどころか、「あーーっはっは! 騙されたアルなぁ! バッカでー♪」みたいな魃さんの声が、今も調理場の方から聞こえている始末。

 

 越えた? 第一歩? 勝てるイメージ?

 そんな物ありはしなかったのだ!

 

「……えーっ、コホン」

 

 そして、とりあえずこの沈黙を打破すべく、当事者であるセイバーが咳払いをひとつ。

 

 

「この素晴らしい麻婆豆腐を、第五次の皆で食べられた事、私は嬉しく思う。

 それは決して――――間違いなんかじゃないんだからっ!」キリッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度こそ叩かれました。

 

 

 

 

 

 

(続くのかね!)

 

 

 

 

 




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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その4

 

 

 

 

「――――やめろ! 止めないかッ!!」

 

 

 皿や、おしぼり、レンゲなどがビュンビュン飛び交う中、アーチャーは必死に皆を宥める。

 

「暴力はやめろ! 暴力は違うだろう! 止めたまえッ!!」

 

 今も「ひぃ~!」と頭を抱えて蹲るセイバー。そんな彼女の盾となり、両手を広げて立ちふさがる。顔にガンガン物が当たっている。

 

「どけこの野郎ォ! おめぇもやっちまうぞオイ!!」

 

「殺さずにはおけぬッ……! 後生ぞ双剣使い! 後生ぞッ!!」

 

「泣いてる子もいるのよ!? ほら見てよアーチャー!」

 

 目を向ければ、そこには「うわーっ!」と発狂しながらセイバーに掴みかかる、地母神さんの姿。

 普段のSBS*1はどこへやら。もう大泣きしながらポカポカ叩く。ぐるぐるパンチを繰り出す。

 

「■■■■~ッ!!」(お前は俺の怒りを解き放った! 許 さ ん ッ!!!!)

 

「何が『間違いなんかじゃない』だ! 坊主に謝れゴラァ!!」

 

「わあああ! わあああーっ!(言語消失)」

 

「止まれ! 落ち着かんか! 皆いったん座ろうッ……!!」

 

 やがて、みんなブーブー言いながらも、渋々席に戻った。

 血の気の多い連中ではあるけど、これでも大人。お店で暴れてはいけませんという、最低限の良識は弁えてる。頑張って己を押し殺す。

 

 ようやく場が治まったのを感じてか、セイバーもトボトボと追従。

 なんか「しょぼーん」って感じで、とても小さくなっている。

 

 

「法に守られおって。未成年犯罪者かお主」

 

「それでも英霊ですか! 私とビンタ合戦しなさいっ! ぬるぬるオイル相撲をなさいっ!」

 

「やめたまえよ。

 いつもの君に戻ってくれライダー。頼むから……」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、二皿目】 英霊エミヤ (アーチャー)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 さぁ続いての回答者は、頼れる霊長の抑止力( アラヤ )、弓の英霊アーチャー!

 技巧派であり、戦上手な彼だが、その戦闘理論は泰山でも通用するのかぁ~!?

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

「かたじけないですアーチャー。本当に助かった……。

 時に貴公、私の下に仕えてみる気はないか?」

 

「微塵も懲りておらんようだな。Holy fuck」*2

 

 喉元過ぎれば、熱さ忘れる! セイバーは既にあっけらかんとしていた。

 

「わたし英国(ブリテン)人じゃないですか?

 以前から貴方のEnglishには、親近感を覚えていたのだ。

 アイアーム……! ザボーン、オブマイ、ソゥ~~ド(巻き舌)」

 

「良いわよねアレ。中二病っぽくて好きよ?」

 

「■■■■」(頑張ってる感あるな、微笑ましいぞ日本人)

 

「つか煽ってんじゃねーか。言ってやるなよセイバー」

 

「////」

 

 恥ずかしさに耐えかね、アーチャーが「プイッ!」っと顔を背ける。

 一同はすんごいニヤニヤ。先ほどとは一転し、なにやら和やかな雰囲気。

 

「英語で注文しましょうよ。“いんぐりっしゅ注文”です」

 

「へー。それが貴方の必殺技?

 帰れま10ではお馴染みよね。ゲンが担げるかも♪」

 

「パイナポ~ゥ☆ パイナポゥですアーチャー! 今こそ酢豚だ!」キャッキャ

 

「ほれ、トレース・オンとか申せ。

 若鶏のカシューナッツ炒めをトレース・オンせぬか」

 

「引きこもるぞ貴様ら?」

 

 私とて、何を言っても傷つかないワケではないんだぞ……。

 そう苦労人(アーチャー)が皆を窘めた後、真剣な顔で「うむむ」とメニュー表を睨む。

 

「どれを狙いますかアーチャー? 今どのページを?」

 

「何となくだけど、貴方って中華好きそうよね。

 やっぱ餃子とかの点心?」

 

「いや、ご飯物だよ。まずは押さえておきたいと思ってね」

 

 ライダー&キャスターが興味深そうに見守る中……。

 

 

「――――どうだろう、一度“炒飯”を頼んでみないか?

 中華の基本にして、誰もが愛する料理だ」

 

 

 チラッとメニュー表から顔を上げ、みんなの顔を見渡す。

 彼の目は“窺う”というより、自信ありげに同意を求めているかに見えた。

 

「おぉん? 麻婆じゃなくて良いんかよ?

 まだ正解してねェんだし、安牌いった方がよォ……」

 

「確かに、ここの名物だからね。

 だがそれは、君たちの手番に譲ろう。

 ……パーフェクトも消えた事だしな」ジィ~

 

(ぷいっ!)

 

 そういえば、もう既に不正解を出している。一発目にして。

 ゆえにもう、賞品だった“聖杯一回分”は貰えないのだ。

 非常に残念な事だが、今がんばって目を逸らしている、アホの子のせいで……。

 

 だから、もう焦っても仕方ない。

 相談をし、時にフォアザチームの精神で行動し、みんなでTOP10を当てていくべきだ。

 

「正直、同じご飯物であれば、天津飯にも心を惹かれるがね?

 某巨大中華チェーンでは、恐らくこれこそが看板。

 餃子のお共に、天津飯を頼む者も多かろう」

 

「おう、俺ァそのクチだな。

 あの店のヤツは、玉子がふわトロで旨ぇんだ」

 

「だがチェーン店ではなく、こういった個人の店に入る時、やはり“基準”となる料理があるよ。

 これが美味しいかどうかで、その店のレベルが分かる……といった物がね」

 

「ふむ、それが炒飯というワケか。

 良い着眼点やもしれません」

 

 焼肉屋ならキムチが、寿司屋ならば玉子がそれに該当する。

 そして今日の場合、やはり最初は炒飯をいくべきだろう。私ならそうするよ。

 いくら変態共ご用達の泰山とはいえ、ここも中華には違いないのだから――――との事。

 

「なれど、如何なる品を?

 見た所、この店には多種多様な炒飯があるようだが」

 

「そこがな……悩みどころなんだ」

 

 泰山のメニューには、炒飯だけで10にせまる種類が存在する。

 海老炒飯や、蟹炒飯、レタス炒飯など、豊富なラインナップ。

 

「■■■……」(こういった場合、やはりベーシックな物が強いだろう。しかし……)

 

「あぁ、彼の言う通りさ。

 私の思考にも、少し“石焼き麻婆炒飯”がチラついてね」

 

「「「 !?!? 」」」

 

 アーチャーが「どうしたものか」と葛藤。周りのみんなも同様だ。

 

「確かに、変わり種だよ。

 しかしここは泰山。店には店の“特色”という物があってな。

 この店に来た客は、普通の炒飯ではなく、一緒に麻婆を食べられるコチラを選ぶやもしれんと……」

 

 なんたって、ここの麻婆は()()()()()()()

 噂のすごい麻婆を食べてみたい! でも少し勇気が出ない……。そういった者達も数多くいる事だろう。

 ならば、多少なりとも辛さを緩和してくれる“お米”と一緒に、この店の麻婆を食べるんじゃないだろうか。

 こういった需要により、麻婆炒飯が選ばれるのでは? 意外と人気があったりするのでは?

 そう彼は悩んでいるのだった。

 

「というか……手慣れていますねアーチャー?

 なんだか頼もしいです♪」

 

「ん、そうかね?」

 

 ライダーさんが、キラキラしたおめめ。

 彼は不思議そうに首を傾げてるけど。

 

「■■■」(うむ、威風堂々としている)

 

「よき面構えよ。(つわもの)のソレよな」

 

「適当じゃなくて、ちゃんと考えてる感じがするわ。流石弓兵よね」

 

「なっ、俺が言った通りだろォ? こいつヒョロいけど、イケてんだって!」

 

「今日から“赤き円卓(中華テーブル)の騎士”を名乗るが良い。

 アーチャーよ、貴公の剣を預かろう」

 

「いや……それは遠慮したいのだがセイバー」

 

 やんややんや。みんな「うんうん」と頷き、アーチャーの武勇を称える。

 さっきまでは絶望のどん底だったけど、彼の存在が心強いのだろう。まさに地獄に仏だ。

 

「どこかのおバカさんも、見習って欲しいですね……」ボソッ

 

「爪の垢でも食べたら良いのよ。おはぎみたいにして……」ボソッ

 

「 !?!?!? 」

 

 ほののんとニコニコしてたセイバーが、「ガーン!」みたいな顔になる。

 関係ないが、煎じて飲ますのではなく、丸めて大量に食わせるって所が、セイバーの駄目さ加減を表してるような気が。

 

「おめぇセンター行けよ。カメラの真ん前座れや」

 

「ですです! みんなをまとめて下さい! 貴方が良いと思いますっ!」

 

「私達って協調性ないし、血の気多いしね♪

 貴方なら、司会に適任じゃないかしら?」

 

「どかぬかセイバー。そこな席を空けよ」

 

「■■■■」(何をふんぞり返っている? これはヤツの椅子だ)

 

「……」

 

 セイバーが子犬みたいにウルウルした目で、ヨロヨロと力なく席を立つ。それをアーチャーが必死に押し留めた。

 君はそこに居て良いんだ、メインヒロインじゃないか。しっかりしたまえと。

 その姿を見て、「おー器広いなー! 流石はリーダーだねー!」とまた関心する一同。

 なんか奇しくもアーチャー株が爆上がり。もうセイバーなど見る影も無かった。

 

「ならば、構わんかね? 少しばかり危ない橋かもしれんが……」

 

「おう! いったれいったれ! 遠慮するこたねェぞ!」

 

「もし外れたとしても、今後の指針になりますから。安心して欲しいです♪」

 

「貴方に着いていくわアーチャー。自信もって行きましょう!」

 

 仲間たちの声援、あたたかい空気。

 そんな上ない心強さを胸に、意を決したアーチャーが、雄々しく立ち上がる。

 

 

「――――店主よッ! 石焼き麻婆炒飯を、トレース・オン!!!!」カッ

 

「ホントにやりやおったわ」

 

「意外とノリ良いのね」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 帰れま10in泰山、アーチャーが選んだ二皿目は、石焼き麻婆炒飯!

 みんな大好き炒飯の上に、泰山の名物である麻婆豆腐がタップリとかかっているぞぅ♪

 しかも前回の料理と同じく、アツアツの石鍋で提供されており、美味しさ倍プッシュ!

 麻婆の辛さのみならず、是非とも“おこげ”の部分を楽しんで頂きたい、素敵な一品だ☆

 

 3つの心がひとつになれば、ひとつのお皿は100万パワー!

 それが泰山渾身のメニュー、石焼き麻婆炒飯なのだっっ!!

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

「ハイヨー。石焼きおまちどうアル~。……ペッ!!」

 

 皆が待つ客席に、灼熱を思わせる凄まじい湯気を放つ料理が運ばれて来る。

 

「ねぇ……今あの女、()()()()()()()?」

 

「いや、私にはよく……。見間違いだと思いたいな」

 

「ここなるは、己の店であろう? 何故きゃつは床に……」

 

 料理を運び終わったら、とっとと「スッタカター♪」と去って行った魃さん。

 ヤツはいったい何なんだ? どういう人物だ、イカれてるじゃないか……。皆そう恐れおののく。

 

「兎にも角にも、来たな。

 コイツが例のヤツかよ……」

 

「はい。私達の命運を握る、二皿目です……」

 

 椅子から腰を上げ、みんなで石鍋を覗き込む。

 そこには、かつては米だったであろう“ナニカ”が、同じく赤黒い“ナニカ”に凌辱されているらしき光景があった。

 白とか黄色とか、彩りの緑など、一切存在しない。もう清々しいまでの(くれない)であった。

 

「みんな大好きチャーハン(震え声)」

 

「悪かったよライダー。

 そんな物は、どこにも無かったんだな……」

 

 ひとつ分かったのは、このチャーハンは()()()()()という事。

 けして麻婆によって染められたワケじゃなく、炒飯としてこの世に生を受けた時点で、こいつは赤だったのだ。

 

 先ほど彼は言った――――ご飯によって辛さが緩和されると。

 だが、そんな甘ったれた考えは、ここ泰山では通用しない。そもそも()()()()()()()

 

 各自、ハンカチや布を口元に当てながら(瘴気対策)、暫しの間この料理を凝視する。

 悪意の固まりじゃねーか。救いがねェ……。

 そうボソッと呟いたランサーの声が、静寂に吸い込まれて消えた。

 

「だが、こうしていても始まらんな。

 皆、そろそろいくとしようか」

 

「アーチャー……!」

 

 男気。彼が率先して石焼き麻婆炒飯を取り分け、しかもその7割にあたる量を、己の取り皿へ入れる。

 

「馬鹿なッ……! 通例では、多くても半分ほどの筈ですっ!」

 

「そんな無理しなくて良いのよっ! 一人で頑張ろうだなんてっ……!」

 

「■■■■ッ!」(お前という男はッ……!)

 

 セイバーも言っていた通り、「注文した物が一番多く食べる」というのが、この帰れま10の作法。だがこれは明らかに行き過ぎている。

 皆が驚愕の声を漏らす中……アーチャーはそれも気に留めていないかのように、モリモリと自分の皿へ盛っていく。

 

 その雄々しい背中は、自らを呈して仲間を守っているかのように見えた。

 なんというか……とても彼らしい生き様。

 この人がやってきた事、歩んで来た人生が見て取れるような、悲しくも力強い姿だった。

 

「礼に習い、私からいこう。

 暫しの間、見守っていてくれるか?」

 

「……アーチャー」

 

「おめぇ……! 本当にッ……!」

 

 静かな目で、みんなの顔を見渡した。

 その後、戦友である彼らでしか気付けないくらいだが……、彼が薄く笑った。

 

 笑って……くれたのだ。

 あたかも、「心配するな」と言っているかのように。万の想いを込めて。

 

「時に諸君、麻婆とは“あばた顔”のおかみさん、という意味なのは知っているかね?」*3

 

「ほう、中華の言葉には明るくないが、そうだったのですね」

 

「あぁ。この料理を最初に考案した人物、劉さんの容姿の事なんだ。

 麻婆豆腐には、“婆”という字が入っているだろう?」

 

「なるほど、女人が考案した料理か。お主は博識よなアーチャー」

 

 みんな「ふむふむ」と頷く。流石は我らの軍師殿だと感心。

 戦上手に加え、料理上手なだけある。豊富な知識と経験を持ち合わせているのだろう。

 

「清の時代1874年頃、成都の北郊外の万福橋で、陳興盛飯舗を営む陳森富の妻の劉氏が、材料の乏しい中、有り合わせの材料で来客向けに作ったのが、この麻婆豆腐の始まりとされる。

 陳劉さんの顔には、あばたがあった為に、“陳麻婆”と呼ばれていてね? それで彼女が作る名物の豆腐料理も、陳麻婆豆腐などと呼ばr

 

「いつ料理いくんですか?」

 

「早く食えよテメェ。冷めちまうよ」

 

 麻婆炒飯の乗ったレンゲを持ちつつ、長々とうんちく。*4

 どれだけ隠そうとも、彼の内心の葛藤が表れていた。

 

「では、頂こう」

 

 そして気を取り直し、今アーチャーが、とても丁寧な所作で行儀よく、麻婆炒飯をひとくち。

 

 

 

 

「――――辛ッ!! そして()()()()()()()()!!!!!」

 

「!!??」

 

「「「 !?!?!?!? 」」」

 

 

 錬鉄の英霊の叫びが、店を通り越して冬木の空に響いた。

 

「オイ! これマズいぜオイッ!」

 

「本当れふ! ぜんぜん美味しくないでふ! まじゅい!!(迫真)」

 

「なによこの炒飯! 腐ったお米でも使ったの……!? しかも辛い辛い辛ぁ~いっ!!」

 

 彼のリアクションを見て、思わず自らも「ぱくっ!」と食べてみる一同。

 だがそれは真実だった。どれだけ口内に意識を集中させようが、微塵も“おいしい”を見つける事が出来ない! どこにも無い!!

 

「わーっ! マズいよ辛いよ痛いよーう! シロォォーーウ!!」ビエーン

 

「なんぞ……? なんぞ……!?!?

 何故かようなもん作りおった!? なにゆえ!?!?!?」

 

「■■■■」(農家ブチ切れるわ! 何をしとるんだこの店!!!)

 

 

 

 阿鼻叫喚の客席。サーヴァントがドゴンドゴン壁や床を殴る。頭を打ち付ける。

 

 辛いだけでなく、マズいのツープラトン――――

 こんなのハジメテ! とばかりに彼らは暴れまわる。

 

 油断してた。ここはプロの料理人の店だと。

 辛かろうが、無茶をしようが、でも最低限“おいしい”だけは守っているものだと、どこかで信じていた。

 

 でもこの麻婆炒飯は、それを()()()()()()()()()マズかった。

 

 常識が……これまで信じていた物が、まるでジェンガのようにガッシャーン! といく音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 この石焼き麻婆炒飯は、先月くらいから導入してみた、新し目のやつアル♪

 あんまりにも客共が「炒飯食いてぇ~」ってゆーもんだから、お望み通り作てやたヨ☆

 

 元々ウチの店では、ご飯物とか出してなかたネー。

 麻婆を始めとする“辛さ”の料理一本で勝負してたから、余計なメニュー置きたくなかたヨ!

 

 ――――そもそもアタシ、炒飯の作り方とか()()()()()!!

 

 国でも習ってナイ! というかゼンゼン興味なかたし、教わらんかたヨ!

 だから炒飯系の料理は、全部テキトーに作てるから、注意してネ♪

 

 せかくの辛さを、メシで誤魔化そうなんてするヤツ、()()()()()()()()()()()()()!!

 おととい来やがれィ! このジャップ共が! ペッ☆

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――65位ィィ!!!!!』

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「「「…………」」」

 

 

 言峰神父のハイテンションな声が、虚しく店内に響く。

 結果なんて聞くまでも無かった。こんなマズいもんが、TOP10にあるワケないんだから……。

 もう誰も祈りすらせず、みんな「グッタリ!」としていた。

 

「とんでもない……とんでもない物を食べさせてくれましたね……アーチャー」

 

「ありえないわよコレ。腹立ってきたわ……」

 

 隣同士に座る女性サヴァ二人が、涙目でじとぉ~っとアーチャーを睨む。

 

「誰ぞ? こやつを“軍師”などと言うたんは」

 

「■■■■」(口ばかり達者だな。ひとつもステータスにAが無いクセに)

 

「筋力Dってなんだオイ。このヒョロガリ低ステ野郎。

 トレース・オン(笑)」

 

「……」

 

 

 もし外れたとしても、今後の指針になりますから。安心して欲しいです――――

 確かにそんな言葉を聞いたような気がしたが、アーチャーの思い違いなのかもしれない。

 寡黙、そして苦しみを己の中で閉じこめ、全部我慢してしまうタイプの彼は、ただただ黙って皆の叱咤を受ける。

 

 辛いのは覚悟してた。でも“マズい”物を食わされる謂れは無いっ!(プンプン!)

 みんなそう言わんばかりに、ネチネチと責める。しかも65位とかだしコレ。

 

 

「アーチャー、……ようこそ」

 

「あぁ、君の気持が分かったよセイバー。支え合っていこうな……」

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみにだが、英霊エミヤの幸運値は“E”。

 

 彼の軒並み低いステの中でも、一番駄目なヤツであった。

 

 

 

 

 

(続くんですね!)

 

 

 

 

 

 

*1
スーパー・ビューティフル・セクシー

*2
なんてこった!

*3
【あばた】 天然痘による瘢痕

*4
上記の文章はWIKIより引用させて頂きました



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その5

 

 

 

 

 

「つーかよ? だんだんイラついて来たぜ俺ァ」

 

 ボソッと、静寂の中で妙に響いた声。

 

「消耗戦は、不得手じゃねェ。昔嫌って程やらされたしな。

 けどよォ……それが好きかと言われりゃ、話は違ってくる」

 

 なんだよこの状況は。殴られっぱなしじゃねーか俺ら……。

 そうクーフーリンが、苛立たし気に眉間に皺を寄せる。

 

「おら! いつまでも凹んでんじゃねェよ。

 俺らも散々言ったしよォ? もう(みそぎ)は済んでんだろ」

 

 今も「チーン♪」と聞こえそうな様子で、白目を向いているセイバー&アーチャー。

 ちびまる子ちゃんみたいにドヨーン! と影が落ちている。すんごい陰気な雰囲気。

 

「やぁランサー。こんど私達、土でも食べてみようかと思ってね」

 

「コノ世カラ、消エ去リタイデス」

 

「良いから顔上げてくれや……。三騎士の名が泣いてんよ」

 

 今は椅子に座ってるけど、ほっといたら隅っこで三角座りでもしそうだ。床に“の”の字を書いて。

 

「正直、言い過ぎたと思います。ごめんなさい二人共……」

 

「ほら、元気出していきましょ? まだ先は長いんだから♪」

 

「いつもの主らはどこへ行きおった?

 先の戦では、あれほど獅子奮迅だったというに」

 

「■■■■」(外しはしたが、お前達の頑張りは見ていたぞ。団結していこう)

 

「そーだよ。敵は身内に非ずだ。

 あのイカれた中華娘だろ」

 

 仲間たちがコクコクと肯定。

 ランサーがアーチャーの肩をポンと叩き、ライダーが「大丈夫ですよ」とセイバーの手を握ってやる。

 やがて意気消沈していた二人も立ち直り、次第に柔らかな表情を見せ始めた。

 

 よくよく考えずとも、此度の戦いはチーム戦。仲間割れやギスギスなど論外だ。

 いま自分達は、まごう事なく危機に瀕しているのだから、協力してこれに挑まなければ。

 憎むべき&打倒すべきは、今日の料理人である魃さん。あのドSのチャイニーズ・サイコなのだ。

 

「おっし、聴けテメェら。

 いま俺の脳裏に、ひとつ痛烈に浮かんでる“イメージ”がある。

 こりゃあ今どこぞで、確実に起きてる光景だろうぜ」

 

 別にキャスターみてェに、遠見の魔術を使ったワケじゃねェ。予想の範疇に過ぎない事かもしれん。でも俺には分かんだ。

 そうギロリと鋭い目で、みんなの顔を見渡す。額に青筋を浮かべて。

 

「俺らの様子を、ゲラゲラと笑いながら観てる、()()()()()()()()()()

 

 ――――ピキリ! と空気が凍る。

 この場の全員が、思わず目を見開き、そしてランサーとまったく同じ顔に。

 まるで殺し屋の目、憤怒に満ちた表情。

 

「手ェ叩いてよぉ、エビみてェに反りかえって、爆笑。

 テメェそんな(ツラ)できたんか? ってくれぇ、満面の笑みをしてやがるに違いねェ」

 

「……」

 

「……」

 

 言峰は本日のナレーション担当であり、いま別室でこちらをモニターしているハズ。

 ランサーはあたかも見て来たかのように、その様子をつぶさに語ってみせる。

 そして……これは決して見当違いな予想では無かった。もうまんまだったから。

 

 人の不幸が、三度の飯より好き――――

 神と、愉悦と、麻婆豆腐で出来ているのだ、あのクソッタレな神父は。

 

「さぞ面白ェだろうさ、俺ら悶絶してる姿ってのは。

 藻掻けば藻掻く程、苦しめば苦しむ程、ヤツは楽し気に笑うんだ。

 安全な場所で、高っけェワイン片手によォ」

 

 そんなの許せるか? コケにされてんだぞ? 英霊ともあろうモンが。

 彼がそう口にした途端、なにやらこの場にギリギリ……と歯を食いしばる音が、いくつもいくつも響く。

 シーンとしていたこの空間に、目をひん剥いた英霊達の“怒り”が、どんどん充満していく。

 

 

「舐められっぱなしじゃ、いらんねェ。

 ヤツ等をビビらせる。我が槍にかけて――――」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、三皿目】 クーフーリン (ランサー)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 続いての回答者は、生き残る能力にかけては第五次サヴァで随一! 槍の英霊ランサー!

 クランの猛犬の嗅覚は、見事TOP10を嗅ぎ分けられるのかぁ~!

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

「おっし! とりあえず酒いくかオイ? ビールとかよ」

 

「えっ」

 

「唐辛子とかぶち込まれてるかもしんねェが、酒は酒だろ。

 飲まずにやってられっかよクソが。俺を誰だと思ってやがんだ」

 

 さっきまでのシリアスから一転。ランサーのお気楽な声に、キャスターが目を丸くする。

 

「個人的には、チューハイとかで構わねェんだけどな。

 俺の国じゃ果実酒が主でな? 安酒だが、飲み慣れたヤツが落ち着くね!

 まぁ中華屋だし、ここには無いみてェだがよ」

 

「ちょっと貴方! マジメにやってるの?!

 ここにきてお酒って……」

 

 老酒とか紹興酒もあるらしいぞ。気が利いてんなァ!

 そうランサーが「じぃ~!」っとドリンクのページを凝視。メディアの苦言など意に介さずに。

 

「あんだよ、今も言峰の野郎は、ガブガブいってんだぞ?

 俺らも飲まねェでどーするよオイ」

 

「「「……」」」

 

「あーん、五加皮酒ぅ~? 桂花陳酒だぁ~?

 こいつァどんなだよ。興味あんな!」

 

 ――――拙い! 嫌な予感するッ! コイツに任せてはいけないような気がする!

 みんなの心配気な表情なんて、どこ吹く風。ランサーはひとり「♪~」と酒を吟味。凄く機嫌良さそう。

 

「おーっし! いっちょ()()()()()()()()()()()

 ちまちまやってらんねェよな!」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 その予感は、速攻で的中。

 ランサーを除く6人がガタッ! と椅子から立ち上がる。

 

「なに言ってるんですか貴方は! いったい何考えてっ……!」

 

「おぉ? それが普通だろうが。

 数を注文し、皆でシェアすんのが、中華料理ってヤツだ。

 その為の回転テーブルだっつーの」

 

「でもっ……一気に五品だなんてっ! 一人ひとつづつのハズでしょう!?」

 

「んなこたねェさ。あのハマグチェの大将も、たまに複数注文してんぞ?

 確か“二枚抜き”とか言ったか。ヤツの得意技だ」

 

 そう、確固たる“前例”があるのだ。原典の番組の方でガッツリと。

 ならばランサーのこの行為も、特に問題ないと言える……のか?

 いま彼の隣に立ち、必死に諫めているライダーを始めとして、みんな顔面蒼白だ。

 いつも飄々としているアサシンや、多少の事では動じないバーサーカーですら、おめめをひん剥いて冷や汗。

 

「とりあえず酒だろ? そんでツマミになりそうなモンを、片っ端から頼もうぜ。

 こんな会でも、タダ飯には違いねェ。食わなきゃ損ってモンだ」

 

「おまっ……!」

 

「えっとぉ~、悶絶ファイヤー焼売にぃ、粘膜崩壊カラアゲにぃ、ターミネート( 終わらせる )春巻きだぁ?

 おぉっ! ピリ辛☆餃子(笑)だってよ! コレいっとくかオイ!」ケラケラ

 

「まてまて待てッ! 落ち着きたまえよ君ッ!」

 

「ステイですランサー! ステイ!!」

 

 群がる。ランサーの周りに。

 今にも「おーい女将ぃ~」とばかりに魃さんを呼びつけようとしている彼を、総出で押し留める。

 関係無いが、なんか料理名もおかしかった気が。

 

「取り上げてっ! 誰かメニュー表をっ!」

 

「大人しくせぃ! 暴れまいぞランサー!」

 

「■■■ッ! ■■■!!」(うお速っ! 気持ち悪いくらい速いっ!)

 

「バーカ! 捕まるかよノロマ! こちとらコレで飯食ってんだ!!」

 

 掴みかかろうとする仲間たちを躱し、ランサーが店中を駆ける。

 縦横無尽に、ドリブルをするサッカー選手みたく。時に天井や壁を蹴りながら、槍を棒高跳びの選手みたいに駆使しながら、ヒュンヒュン動き回る。

 なんという俊敏性ッ! 流石は槍の英霊! ……タチ悪っ!!

 

「降りて来なさい! それでも貴公は英雄か!」

 

「何がクランの猛犬よっ! ただのバカ犬じゃないの!」

 

「いや、あんなの猿ですよ! なに天井にぶら下がってるんですかっ!」

 

「どーしたどーしたクソ共! 早くしねェと注文しちまうぞォ?

 おっ、なんか“この世全ての悪( オードブル )”とかいうのがあんなぁ~♪

 おーい中華の嬢ちゃーん!」

 

「「「 いやぁぁーーーっ!!!! 」」」

 

 ――――やめろっ! それだけはッ!!(迫真)

 この場の誰もが絶叫。オロオロ狼狽えながら懇願する。

 というのも、かの“この世全ての悪( オードブル )”は、先ほど仲間たちもメニュー表で確認しており、その上で「絶対に頼むまい」と心に決めていた品だったのだ。

 宴会や大人数を前提とした、そのボリューム! 肉団子だろうが八宝菜だろうが、全てが赤一色に染まった悍ましい見た目よ!

 もう直視するのも嫌だった為、チラッとしか見てはいないのだが……、正にアンリマユの名を冠するに相応しい、あたかも仏教における八大地獄が一皿になったような品だった。

 

「拙いっ……! それだけはいけない!

 アルトリア・ペンドラゴン調べ、“二度と食べたくない料理”、第一位ですっ!」

 

「■■■ッ!」(ゴッドハンドが全て消し飛んでしまう! やめるんだランサー!)

 

「サクラッ! 宝具の使用許可を! 眼帯を外させて下さぁーい!」

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう!? このままでは全滅するぞ!」

 

「届かぬっ! 物干し竿ぜんぜん届かぬ! おのれぇーッ!」ブンブン

 

「うるせェー! 今の手番は俺! 権利は俺にあんだよ!

 あー気分いいぜオイ☆」 

 

 関係無いけど、物凄く良い笑顔だっ!!

 これまで散々こき使われ、不遇な戦いを強いられて来た鬱憤を、ここで晴らすが如く!

 いま輝いてる! ランサーめっちゃ輝いてる!! とっても楽しそう☆

 

「■■■!」(おおランサー! ランサーよ! 人の皮を被った鬼めっ!)

 

「何が君をそうさせるのかね! 話し合おう! 我々には交渉に応じる用意があるッ!」

 

「なにヤケになってんのよ! アンタなんて嫌いよバカ! バカァー!!(語呂力消失)」

 

「死ぬなら一人で死んでくださいっ!

 道連れなんて酷いです! このひとでなしー!」ビエーン

 

「がっはっは!

 さぁ泣け! 命乞いをしろッ! 俺を呼んだ冬木の聖杯を恨むこったなァ!

 我が名はクー・フーリン! 地獄に行っても忘れんじゃねェぞウケケケ!(ノリノリ)」

 

 もう駄目だぁ……! オシマイだぁ……!

 そんな声が聞こえてきそうな光景。この絶望感よ。

 過去には一騎当千と称されたであろう英霊達が、いま雁首を揃えて「助けて下さい!」と懇願。

 ははーっ! と農民のように、恥も外聞も無く許しを乞う。勘弁して下せぇお侍様!

 言っちゃ悪いが、とっても情けない光景。もう生前の武功など面影すらなかった。

 

 またシロウと街を歩きたかった……!

 宗一郎と幸せに暮らしたかった……!

 話に聞くグラコロというのを食べてみたかった……!(しょうもない人生)

 そんな怨嗟の声が渦巻き、「おーいおい!」とサヴァ達が泣く。地獄であった。

 

 

「あー笑った笑った! っと。

 んじゃあ、おふざけはこの辺にしとくかね」

 

 

 だが……ふいにクーフーリンが。

 

「わりぃわりぃ! あんまりにも良いリアクションするもんだからよォ?

 ちと興が乗っちまった。許せや」

 

 フワッと、手元にあるメニュー表を投げる。

 それは先ほど「取り上げて!」と騒いでいたキャスターのもとへ。

 有り体に言って、これは彼が()()()()()、その意思表示であった。

 

「ま、普段さんざん弄られてっからよォ? 軽い意趣返しだと思ってくれや。

 それ以上の意図はねェし、別にヤケ起こす気もねェよ」

 

 たまにはこーいうのも良いだろ?

 そう言って「いよっと!」と床に降り立つ。

 ポカーンとした仲間たちを余所に、さも当たり前のように、何気なく。

 逃げ回っていた先ほどとは一転。柔らかな表情ながら、真剣な面持ちで、堂々と皆と向かい合って見せた。

 

「だがよォ、さっきのセイバーの言葉じゃねェが……。

 お前らちぃとばかり、()()()()()()()()()()()

 なんだオイ、そのなっさけねェツラはよォ」

 

 一同はハッとする。

 いま彼がしている、諭すような言葉に。

 決して侮蔑や叱咤ではなく、どこか“友を鼓舞する”ような、その声色に。

 

「言ったろ? ヤツらをビビらせる、舐められっぱなしじゃいられねェと。

 だからよォ……俺ぁもう『思いっきり楽しんでやろう』って、そう決めてんだ」

 

「こちとらタダ飯が食える、お前らと飲めると聞いたから、わざわざ来てやったんだ。

 なんかゴチャゴチャしちまってるが、俺は当初の目的を曲げるつもりはねェぞ?

 意地でもお前らと飲んで、たらふく食ってやる」

 

「よぉライダー、オメェも言ってたろうが。やろうや“お疲れ様会”。

 連中の思惑なんざ関係ねェ。我が道を往くのが英雄よ。

 俺らサーヴァントの打ち上げ、ここでかまそうぜ」

 

「俺がやりてぇのなんざ、その程度の事さ。

 飲んで騒ぐ。心行くまで。お前らとだ――――

 いっちょ第五次の思い出話でも、花咲かそうじゃねーか」

 

 さっきまでのおちゃらけなど、もうどこにも無い。

 強い意思と、英霊としての矜持が籠った、とても真っすぐな言葉。

 悪びれないカラカラという笑い声が、そのあったかい笑みが、とても彼らしくて様になっている。

 ゆえに……もう怒る気にもなれない。

 

「――――賛成だ。貴公の提案を受けよう」

 

 突然、セイバーが口を開いた。

 どこか弛緩していた空気が、このキッパリとしたひと声により、引き締まる。

 

「ドタバタも一興だが、友と酒を交わす喜びは、何物にも代えがたい」

 

「おっ、分かってんじゃねーかセイバー。流石は円卓の騎士ってか?」

 

「だがランサーよ、先ほどの“ひよっている”だけは、撤回させるぞ?

 こと食に関して、後塵を拝するワケにはいきません。目にもの見せましょう」

 

「へっ! やってみろや、アーサー王さんよ」

 

 二人が連れ立って、テーブルの方へ。

 物言わずとも、まるで通じ合っているかのように、静かに席に着いた。

 この場の者達を置き去りに、さっさと自分達だけで。

 

「義を見てせざるは勇なき也……か」

 

 たった二人、スッキリとした顔で座っているランサー&セイバー。

 その姿を暫し見つめた後……、一度だけ目を伏して「ふっ」と笑ったアーチャーが、スタスタと彼らに続く。

 

「ここまで言われて動けぬようでは、玉無しの誹りは免れん。

 筋力Dの低ステ弓兵にも、譲れん物はあるのさ」

 

「根に持つねェ、お前さんもw

 まぁ座れやアーチャー。酌くらいしてやるよ」

 

「歓迎しよう、共に戦おう友よ」

 

 まだお酒は来ていないので、乾杯は出来ないけれど、その代わり三人でコツンと拳を合わせる。「やってやろうぜ」って感じで。

 絶望感に覆われ、あれだけジメジメしていたハズの空気が、あの中華テーブルの一角だけ澄み渡っている。空から太陽が差し込んだみたいに。

 

 その光景を見て、なにやらワナワナと震えているのは、もちろん残された4人だ。

 誰もが歴史に名を残す英霊。まごう事なき戦士である。

 

「なに三騎士でイチャついてんのよ……。馬鹿にしてっ……!」

 

「なんですか、あの清々しい顔……。ムカつきます……。

 反英雄だからって、いつもいつも陰キャ扱い! そんなの願い下げなんですっ!」

 

「侮るな! 激辛なにする物ぞ!

 お主らは佐々木小次郎を知らぬのかッ!」

 

「■■■」(いやお前農民だろ。……まぁ良い、俺達も付き合うぞランサー)

 

 ある者はプンプンと肩を怒らせ、またある者はドシドシと勇ましく音を立てながら。

 いま再び、泰山の中華テーブル席に、第五次のサーヴァント七騎が集結した。

 

「やってやるわよ! 何でも来なさいな!

 ほら頼みなさいよランサー! あの“この世全ての悪( オードブル )”とかいうヤツ!」

 

「応ッ! 中華などに屈するか! 大和魂を見せてくれるッ!」

 

「ぜったい完食しますから!

 日陰者にも意地があるんです! 死なば諸共ですーっ!」ムキーッ

 

「お~、なんか吹っ切れたなオイw いい面してんじゃねーかw」

 

 さっきメニュー表を手放したが、もうそれを見る必要はなさそうだ。

 んじゃ、遠慮なく。そうニヤニヤ機嫌良さそうな顔で、彼が魃さんを呼びつける。

 

 

「よぉ嬢ちゃん! とりあえず生中7つだ!

 ほんで、この世全ての悪( オードブル )――――貰い受けるッ!!」キリッ

 

「出たぁー。ランサーのゲイボルグ注文だー(棒読み)」

 

「え、こういうのやらなきゃ駄目です? 全員?」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 帰れま10in泰山、ランサーが選んだ三皿目は【この世全ての悪( オードブル )

 

 7つのゾーンに区切られた大皿に、それぞれエビチリ?、牛肉のオイスター炒めっぽい物?、味付け唐揚げ(意味深)、蒸し鶏らしき物体、敢えて言うなら春巻きに似たナニカ、焼き豚という名の赤い悪魔とも言うべき悍ましい肉塊、そしていわゆる“酢豚”という料理と無視できないレベルの類似性が認められるものの恐らくそれとは別物であろう事が容易に見て取れるような謎の豚肉料理などなど……。

 そんなバライティ豊かな品々が、ひとつの皿に勢ぞろいっ!

 

 まさに“中華のお子様ランチ”と呼ぶに相応しい、みんなが大好きな物をこれでもかと詰め込んだ、夢いっぱいのカーニバル・ファンタズム☆

 それが泰山が誇る至高の盛り合わせ、この世全ての悪( オードブル )なのだっ!

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

 

「ハイヨー! アンリマユおまちどうアル~♪

 うんしょ、うんしょ」

 

 ――――でかっ!?!?

 それがサーヴァント達の抱いた第一印象。

 

 身体の小さな魃さんが、まるでアフリカあたりの水瓶を頭の上に乗せて運ぶ人みたいにして、オードブルを運んで来る。

 その大皿の直径は、明らかに魃さんの身長より大きい。いくら脳天で支えているとはいえ、よくそんなの持って来られたなと関心するサイズだ。

 

 メニュー表を見る限り、コレは全7品の料理から構成されているようなのだが……そのひとつひとつが山のようにコンモリ盛り上がっている。

 沢山の料理をちょっとづつではなく、全部が“大盛り”なのだ。

 恐らくトンデモナイ重量となっているだろうに、魃さんはカラカラと機嫌良さそうに笑いながら、「よいしょーい!」と大皿をテーブルに置いて見せた。

 

「いや~嬉しいアル! まさかこれ注文する()()()()()()()()()

 あの言峰やカレンでも、頼まんかたのに。お前ら命いらんアルか?」

 

「「「……」」」

 

「死んで二階級特進カ? なんか嫌な事あたカ? ()()()()()()()()()

 ま! アタシ腕によりをかけて作たから、堪能するヨイ! これが中華の神髄ヨー☆」

 

 そして、貴様らの最後の晩餐アル――――

 料理場に下がっていく去り際、そんな彼女の声が聞こえたような気がした。

 

 

「……何ですかこれは? ヒマラヤ山脈ですか?」

 

「8000メートル峰の山々が、ズラリと並んでるように見えるのだけれど」

 

「無駄に壮観だな。

 まぁ雪山ではなく、ぜんぶ火山みたいな色だが」

 

 赤いエベレスト、唐辛子で出来たK2、山椒のアンナプルナ、デスソースのマカルーetc.

 そんなニルマル・プルジャでも裸足で逃げ出すような、絶対に挑みたくない感じの山々が、いま眼前にドーン! と鎮座している。

 

「ぶっちゃけコレ、()()()()()()()()()

 

「ええ。先ほど魃さんも、“誰も頼まない”的な事を……」

 

「これより我らが歩むは、まさに修羅道というワケか。是非も無き事よ」

 

「■■■」(というかネタバレじゃないか? いいのかアレは)

 

 こんなモンがTOP10にあるワケが無い。

 分かっていた事とはいえ、改めて実物の料理を目にしてみると、嘆息が漏れそうな心地。

 なんかもう、「俺達は何やってんだろう」みたいな気持ちも、湧いてこない事もなかった。

 しかし、事前に運ばれていたビールジョッキを手に取り、一斉に「乾杯!」と叫んだ時、既に皆の心は決まっていたのだ。

 

 この会を楽しむ。俺らの打ち上げをやる――――

 たとえどんな事があろうと、意地でも飲んで騒いでやるんだと。

 

 ちなみにだが、既にサーヴァント達は生中を一息に飲み干しており、もう何度目かのおかわりをしている。メインである料理が届く前に、だいぶ酒が入っていた。

 そんな状態ではあっても、各自が取り皿を手に、どの料理をいこうかとウンウン吟味する。

 

「いけるな貴様? まぁ、空気で構わんがな」

 

「どっかで聞いたセリフねぇ、それ。

 ならば自分で死を実践してみせろ! って誰がブラスメイデン( 娼婦 )よ馬鹿」

 

 ほろ酔い状態のアーチャーが、キャスターにウザ絡みを敢行。

 中華料理・泰山……大げさな伝説も今日で終わりだ。……とばかりに。

 

「ほう、蒸し鶏かねキャスター。

 だが心しておけッ……! 貴様らの惰弱な発想が、人類を壊死させるのだとッ!」カッ

 

「人類など、どこにもいないさ……ってそーいうの止めなさいよアーチャー。

 水没させるわよ?」

 

 周りの面子がキョトンとする中、二人はワケの分からない事を言い合う。

 ――――元より貴様らの始めた事だろうがッ!!!!

 そうどこからか現れた大河が叫んだが、即座に士郎くんにズルズルと引きずられ、退場して行った。いったい何だったのだろう?

 

「うっし、準備出来たな?

 そろそろおっぱじめるとすっか」

 

 やがて吟味を終えたサヴァ達が、自分の好きな物を取り終えた。

 今みんなの皿には、色とりどりの……と言いたい所だが悲しいくらい赤一色の料理たちが、盛り付けもクソもあったモンじゃない感じでコンモリと盛られている。

 ひとり頭の取り分が、ちょっとした大盛り店の定食くらいある事には、もう閉口するしか無かった。

 

「例によって俺から行くが……その前にひとつ提案だ。

 よぉ英雄共、いっぺんコレ()()()()()()()()()()?」

 

 は? という顔をする一同を前に、ランサーがニヤッと口角を上げる。

 

「表情を変えず、“普通”に食うんだよ。

 ちょっとでも面をゆがめたり、辛いだの何だの言ったヤツは、その場で罰ゲーム。

 ……ってのはどうだ?」

 

「おぉ、なんか楽しそうです♪」

 

「■■■」(よかろう、のったぞランサー)

 

 オドオドしながらではなく、ガハハと笑いながら。

 辛い事に耐えるのではなく、ゲームのように楽しみながら。

 こういった心構えはとても大切だと、メンバー達は賛同。速攻で可決。

 生前はツライ戦いばかりを強いられ、その上で何度も生き残ってきたというクーフーリン。そんな彼らしい、しなやかな強さから来るアイディアだと思った。

 それに、やはり飲み会をやるのなら、こういったゲームは欠かせない。

 みんな「どんと来い!」って感じで、ワクワクしている様子。

 

「んじゃあ食うが、せっかくだから喋りながら食ってみっか。適当によォ」

 

 手元のお皿を見る事もなく、ランサーが皆の方を向きながら、料理を口に運ぶ。

 

「知っての通り、俺の名はクー・フーリンだ。

 此度の生ではランサーのクラスを冠し、ここ冬木に現界し※▲□★〇◆――――」

 

「あ、ダメみたいですね(察し)」

 

「綺麗~に崩れ落ちたな。狙撃でもされたかのように」

 

 機嫌良くおしゃべりをしつつ、パクッと春巻きを口に入れた途端、机に突っ伏した。

 何の前触れもなく、突然電池が切れたみたいに、ガックー!

 

「おい、喋らぬかクーフーリン。

 冬木に現界して、何ぞ?」

 

「白目剥いてるわよコイツ。

 意識飛んでるじゃないの」

 

「■■■」(いくら敏捷性Aでも、即落ち過ぎるだろ)

 

 真顔とは何だったのか。あの自信はなんだったのか。

 いま彼はグッタリ倒れ伏しており、ピクリとも動いていない。瞬殺であった。

 

 恐るべきは、この世全ての悪( オードブル )

 ……だがその恐怖が心を支配する前に、何か余計なことを考えてしまう前に、ライダーが動いた。

 

「では時計回りという事で、私が続きますね?

 こんにちは。私はメデューサといいます」

 

 例によって手元を見ること無く、まっすぐ前を向きながら料理をパクッ。

 

「姉が二人いるのですが、これがビックリするくらいに、愛らしい人達で。

 普段は辛辣なのですが、たまに優しい時もあるから、どうしても嫌いになれz」ゴフゥ

 

「吹きましたね、真顔のままで」

 

「そして糸が切れるように死んだな。

 無駄に流れるような動作だ」

 

 ライダーが沈黙。まったく動かなくなる。

 チーン♪ と音か聞こえてきそうな様子で、同じく机に突っ伏した。

 きっと、辛いとか痛いとか思う前に、意識を刈り取られたのだろう。

 

「きっとライダーは、【駄目男に引っかかるタイプ】ですよね?

 確かに殴られるけど、良い所もあるの。この人には私がいてあげなきゃ~、と言ってのけるような」

 

「いわゆる“共依存”というヤツね。

 まぁ本人が幸せなら、それで良いんじゃないかしら。

 次は私がいくわね~」

 

 長い髪をワッサ~とテーブルに広げている彼女を「あーあ」と見つめながら、今度はキャスターが皿を手に取った。

 品の良い笑みを浮かべながら、上品にお箸を操る。

 

「私はメディア。葛木さん家の若奥様よ♪

 この前バターを切らしちゃってね? 似たようなモンでしょと思って、マーガリンで卵を焼いたのよ。オムレツを作ってやったの。

 そしたらなんか、それを食べた宗一郎が、今まで聞いたこと無い声で『おっふぇ!?』って言ってから、暫く一人っきりで部屋に籠r――――」ガッシャーン

 

「キャスターも駄目だったか」

 

「おもいっきりテーブルに頭を……。即座に崩れ落ちよった」

 

「■■■」(これは天罰だと思いたい)

 

 メシマズ嫁に天誅が下された。そうウンウンと頷く一同。誰もメディアに同情しなかった。

 

「佐々木小次郎、アサシンのサーヴァントだ。

 近頃、あまりにも山門の見張りが暇でな? 無駄に円周率を4千桁くらい暗記s」ボフゥ!

 

「■■■■……」(ヘラクレスだ。イリヤに狂化をかけられた状態で、ワンピの二次小説を書くのがライフワークになっているぞ。ハメの感想欄で「貴方は頭がおかしい」と言われたりもするが、仕方ないじゃないか俺はバーサーk――――ゴハァ!!??)

 

「我が名はアルトリア・ペンドラゴン。ブリテンの王だ。

 この前、マリオカートで抜かれそうになった時、思わずシロウの脇腹に、渾身の足刀蹴りを叩き込んでしまいました。

 危うくごはん抜きの刑に処される所でしたが、後でお風呂に背中を流しに行って、見事お咎め無しを勝ち取っt」オフゥ!

 

「クラスはアーチャー、真名はエミヤだ。

 中山き〇に君のYOUTUBEを見るのが、最近の日課になっているよ。

 おい俺の筋肉! やるのかいやらないのかい! どっちなんだい! やぁ~~るッ!(キリッ)

 とか言いながら70㎏背負ってブルガリアンスクワットをs」ブホォッ!

 

 結論から言えば、全員アウト。

 誰もが料理をひと口食べた途端、即座に噴飯して気絶。この世全ての悪( オードブル )の前に屈した。

 

「んだよ、全然ダメじゃねーか俺らw」ケラケラ

 

「この場合はどうなるんです? 全員罰ゲームですか?」

 

「おうよ、順番にやるしかねェだろ。

 料理はまだ、たんまり残ってんだ。これ摘まみながらいこうや」

 

 やがて、なんとか持ち直した一同が、罰ゲームの執行に入る。

 まさか全員瞬殺とは思わなかったが、一度決めた以上はやらなくてはならない。ルールはしっかり守ってこそ、意味があるのだ。

 関係無いが、普通にムクッと起き上がってみせる頑丈さが、サーヴァントたる所以なのかもしれない。またはコメディ補正とも言う。

 

「そんじゃアンタ、“自分のマスターの嫌いな所”を、ひとつ言いなさいな」

 

「ああん? そんなんで良いのかよオイ。100個くれェ言えんぞ?」

 

「「「おー、やれやれー♪」」」

 

 キャスターの何気ない提案に、みんな前のめりで囃し立てる。いったれいったれと。

 

「まずは……まぁ人間の屑だわなwww

 というか、そもそも()()()()()()()

 誰か教えてくれや、言峰やカレンの良いトコをよ」

 

「「「あっはっは!!(爆笑)」」」

 

 馬鹿舌だし、サイコだし、性格クッソ悪いし。

 そりゃあんなドSの娘生まれるわ、救いようがねェよあの親子。そうランサーがカラカラ笑う。

 前の主人であるバゼットについては、彼いわく「女として終わってる」のだそうだ。

 食生活の適当さのみならず、戦闘以外のありとあらゆる事に対して無頓着。コミュニケーション能力も皆無ときたもんだ。あれじゃあ嫁の貰い手がねェわなぁ、との事。

 まぁそれでも、ランサー的には随分と気に入っていたらしく、友であったり背中を任せる分には最高で、妙に人間的な魅力のある“いい女”だと評していたのが、とても印象的であった。

 

「次はテメェだライダー。

 あの間桐の嬢ちゃんの“恥ずかしい秘密”を、ひとつ言いやがれ」

 

「えっ、サクラのですか?!」

 

 コイツが桜至上主義なのは、みんな知っているので、少し変化球。

 愛するマスターの秘密をぶっちゃけやがれ、そうやんややんやと盛り上がる。

 

「そんなっ……! いくら罰ゲームとはいえ、サクラのだなんてっ!

 ……あ、でもこの前、彼女がシロウの分のクリームシチューに、こっそり“謎の体液”を混入しているのを見ました!」カッ

 

「おー、やってんなぁあの嬢ちゃん!w 業が深いねェ!!w」

 

 ゲラゲラゲラ! とみんなの笑い声が響く。

 どの体液なんだね! 言いたまえよ! イヤねぇそんなの決まってるじゃない♪ ヤボなこと言わせないで下さいよ☆ そう大盛り上がりだ。

 まぁ中には若干一名ほど「シロウのだけですよね!? 私のは大丈夫ですよね!?」と慌てている様子の騎士王もいるが。ご愛敬である。

 みんな程よく酒も入っているし、少しタガが外れているのだろう。テンション上がってきた様子。

 

「じゃあ私の番ね~。

 この前、宗一郎に『コスプレをするとしたら何が良いですか?』って訊いてみたのよ。

 そしたらあの人、少し頬を赤らめながら、『()()()()()()()()()()』って!w」

 

「――――マニアック! マニアックですね宗一郎さんっ!」

 

「未亡人プレイ! 分かるぞ宗一郎殿! 天晴ッ!」

 

 きっと、勇気を出して言ってみたんだろうなぁ~。

 寡黙な人だけど、あの人メディア大好きだからネ~。良かったね葛木先生っ!

 そう微笑ましい気持ちになる一同。

 

「なぁ、もちろん着たんだよな?

 彼のカワイイお願いを、聞き届けてやったのだろう?」

 

「あったり前じゃないの! 着ないでどーするのよっ! わたし五分後には喪服着てたわ!

 でも……また5分後には()()()()()()()()()(大爆笑)」

 

「――――惚気てんじゃねェぞ!w ふざけんなよテメェ!!w」  

 

「何が罰ゲームですか! こんなのお金貰わないと聞いてられませんよ!w」

 

 いや~、まいったわねぇー☆

 そう近年稀に見るほど「絶好調!」のメディア。

 どんだけレンゲとかおしぼりとか投げられようが、まったく怯む様子もなく惚気続ける。

 皆さーん! 葛木メディアで御座いまーす♪ 新妻でぇーす♪ とばかりに。

 

「では引き続き、彼女のサーヴァントであるアサシン、いってみようか」

 

「うむ、任せよ双剣使い」

 

「っ!?!?」

 

 そんな上機嫌な彼女の顔が、小次郎がスッと立ち上がった途端、ピキーンと凍り付く。

 

「私は常に山門に居ろう? だが煩ぅてかなわん。こちらまで声が届きおるのだ。

 丑三つ時になっても、飽きもせず“何やらやっているらしき声”が聞こえてな?

 アヘェ~だの、ブヒィ~だの、()()()()()()()()()()()()()

 

「――――イヤァァァアアアーーッッ!!!!」

 

 表にいる小次郎に聞こえる。それ即ち「辺り一帯に響いている」という事。

 当然、寺の者達にも丸聞こえだろうし、近隣の皆さまの耳にも届いているかもしれない。

 しかもなんだ「ブヒィ~」って。どんな声出してんだメディア。

 

「真正のドM(小声)」

 

「不憫だった人生が、性癖にも影響して……」

 

「変な薬とか作ってそうですね。

 絶倫になるヤツとか、感度3000倍とか……」

 

「夜のルールブレイカー(意味深)」

 

「やめてよ! 作んないわよそんなの!

 全部デタラメだってばぁー!」

 

「■■■」(あ、その性癖のせいで、離婚したんだったか?)

 

「――――してない! 離婚してない! 指輪もしてるっ!」

 

「ほう、ではいつ離婚するのかね?」

 

「――――しない! 離婚しない! 添い遂げる!(必死)」

 

 さっきまでの陽気はどこへやら。一転して「うわぁ……」とドン引きしている一同。

 メディアは一生懸命に弁解するが、なしのつぶてだ。

 

「■■■」(次は俺か。だが困ったな……)

 

 彼女が「ムキィー!」とワチャワチャやっている間に、罰ゲームの手番はバーサーカーに移る。

 彼の主と言えばイリヤだが、なにやらうーんと考え込んでいる様子だ。

 

「■■■■」(我が主の恥ずかしい秘密など、あまり思い付かんな……。年頃の女の子相応の“愛らしい秘密”ならば、いくつかあるのだが)

 

「ふむ、イリアは純真ですから。

 分かる気がするぞバーサーカーよ」

 

 正直ちょっとサイコ入ってたり、無邪気に人をターミネートしたりもするけど……、それは人慣れしていないせいだったり、生まれや環境のせいだったり、純粋さゆえの部分も大きい。

 あの子はとても良い子で、人を気遣う心や、思いやりも充分に持ち合わせている事は、この場の全員が知っているのだ。

 

「■■■■」(そうさなぁ。イリヤは先日、ついにアハト翁を打倒し、ヤツを東京湾の魚の餌にしてやった……という風な話なら)

 

「それ秘密じゃないわ、()()よ」

 

 アハト爺の身体を粉砕機にかけ、漁船から海に撒いて証拠隠滅したよ☆ これで安心だよねシロウ!

 そんな女の子の秘密は、聞きたくなかった。

 

「では、私の番か……。

 シロウの良くない所と、恥ずかしい話、どちらが良いですか?」

 

「どちらでも構わねェが、この際だし、ぶっちゃけちまったらどうよ?

 あるならどっちも言えよw」

 

 どこか沈痛な面持ち。覚悟を決めた顔のセイバー。

 景気付けに「えいやっ!」っとばかりに、酢豚だの焼き豚だのをモゴゴッとかっ込む。

 

「ではまず、良くないと思う所をあげよう。

 これは決して悪い部分というワケではなく、まだ“未熟”なのだと解釈して頂きたい」

 

 おごごごっ……! と数回ほど身震いした後(きっと辛さや刺激に耐えているのだろう)、セイバーは行儀よくナプキンで口元を拭い、語り始める。

 

「私はシロウの剣術指南役を承っている。

 日々鍛え、教え、導き、共に汗を流しているのです」

 

「おお、坊主がんばってんなオイ。

 いくら得物が竹刀でも、お前を相手にするってのは、並大抵の事じゃねェ」

 

「はい、私もそう思う。

 ですが、まだまだ良し悪しの見極めが養えていないというか……。

 有り体に言って“見る目”が無いのではと」

 

「ん?」

 

 どことなく不満げな、ぶすっとした顔。

 そしてどこか的を得ない言い方。

 

「見えるのですよ。時折シロウの剣筋に、()()()()()()()()()()()()()

 

 あっ(察し)

 この場の何人かが、そっと彼女から目を逸らしたのが分かった。

 

「アーチャーは、分からない事も無い。

 ある意味、シロウの理想たる存在ですし、アーチャーを参考にすることに異論は無い。

 けれど……()()()()()()()()()

 なぜシロウの剣筋や足運びに、貴方の面影が?」

 

「……」

 

「私ですよね? シロウの剣術指南役。私の教え子のハズだ。

 貴公は、サクラのサーヴァントだろう? 余所の子ですよね?

 ライダーよ、一体いつの間に、シロウと道場で会っていた?」

 

「……」

 

 修羅場の雰囲気がするっ! 昼ドラの匂いがする!

 この泥棒猫――――そう言わんばかりに睨むセイバーと、無言で目を逸らすライダー。

 なんか空気がピリピリしてる気がする。

 

「とはいえ、誰しも目移りする事はある。

 特に若い内は、様々な物に目が行きがちだ。

 シロウはとても頑張り屋さんですが、まだまだ未熟ですから」

 

 ふぅ、とセイバーがひとつため息。

 

「少しでも強くなりたい、その為にはどうすべきか……。

 そう考え、模索していくのは、とても大切な事だ。

 その一生懸命さの結果として、特徴的で、異質で、()()()()()()()()()()()()()()、貴方のけったいな体術に目を奪われてしまうのも、仕方ない事だ」

 

「っ!?」

 

「非常に残念だが、情けなくはあるが、ただただ()()()()()貴公に指南を乞うてしまったのだ。

 たとえ我が剣こそが王道で、一番だと理解してはいても、時には魔が差す事もあるだろう。

 きっと『少しセイバーを驚かせてやりたい』という可愛いイタズラ心が湧き、ついつい貴方に声を掛けてしまったのでしょうね……。

 他ならぬ私の為、嫌々()()の体捌きを学んだのだ。この私の為に(二度目)

 あぁなんと愛おしき我がマスターよ! 大丈夫、私は分かっていますよシロウ♪」

 

「っ!!??」

 

「という事でライダー、貴方に感謝を――――

 ですが、もう結構ですよ♪ お手数をお掛けしましたね♪」

 

 今後は私が、責任を以ってシロウを指南する。

 ゆえに、貴公はお役御免だ。今までありがとう御座いました。

 そうセイバーがニコッ☆ と微笑み、キッパリと告げた。

 貴様はサクラと乳繰り合っていれば良いのだ。二度とシロウに近付くな、このクレイジーサイコレズめと(本音)

 

 関係ないけど、寒い! この場の空気が! 凍てつくような極寒だッ!!

 アーチャーもキャスターもバーサーカーも、普段は飄々としているアサシンでさえ!

 みんなガクガクと震えながら、南極にいるペンギンのように身を寄せ合っている。恐らく無意識下の事だろうが、この凄まじい冷気に耐えかねているかのように。

 たった一人……、いま額に青筋を浮かべているライダーを除いて、ではあるが。

 

 

「――――おうワレ、よぅ言うたのぅ。この乳無しがコラ」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 突然この場に響く、低くてコワイ声、

 ここ冬木では聞く事の無かった、なんかガラの悪い口調。

 

「……失礼、近頃“任侠物”の小説を読んでいるもので。

 ナニワの言葉使いが出てしまいましたね」

 

 メガネをクイッとやるインテリヤクザみたいに、目元の眼帯を直す。

 セイバーを始めとし、皆が「!?」と凍り付く中で、ただ一人ライダーだけは冷静だ。その蒼い炎の如く燃え盛る内心はともかく。

 

「まぁ本の一冊も読まない貴方には、知る由もない事ですが。

 さて、何でしたか……指南?

 あぁすいませんセイバー。あまりにも貴方のマスターが、()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

「せっかく才能があるのに。あれだけ懸命に鍛えているのに。

 でも毎日毎日、()()()()()()()()()をやらされ、その芽を潰されていた。

 同じ日本人であるアサシンの剣ならいざ知らず……古臭いブリテンの剣術を(笑)

 私はそれが不憫で不憫で……、助け船を出さずにはいられなかったのです。ついね?」

 

 コテンと小首を傾げ、悪びれない顔。大人の女性の余裕を感じさせる表情。

 しかもさりげなく腕組みをし、その豊かな胸を強調している。眼前の小娘に見せつけるようにして。

 

「困っている誰かに手を差し伸べるのは、人の情という物です。

 許して下さいねセイバー。どうやら心ならずも、()()()()()()()()()()()()()

 いやー、そんなつもり無かったんですけどー。ホントにホントにー(棒読み)」

 

「ありがとうライダー! すげぇ勉強になったよっ!

 やっぱライダーは強いな~! 動きに華があるっていうかさ? 思わず見惚れちまった!

 ……そう無邪気に笑ってくれるのが、堪らなく嬉しくてね?

 あ、ごめんなさい。そんなシロウの楽しそうな顔、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いつも『痛くなければ覚えませぬ』とばかりに、一方的に打ち据えるばかり。これではシロウが伸び悩んでしまうのも、無理はありません。

 そりゃあ子犬みたいに可愛い顔しながら、私の方にすり寄って来ちゃいますよ。

 しかもブリテン流ってw 1000年以上前の剣術ってw

 日本人が両刃の大剣握ってる所、一回でも見た事あるんですかw 貴方w」

 

「ねぇどんな気持ち? セイバーどんな気持ちです?

 己の不徳でマスター取られちゃうのって、さぞ情けないでしょうねー。

 こうして誰かに、八つ当たりしたくもなるという物です♪」

 

「というか……おぅ貧乳、血ぃ吸うたろかぃ。シロウの血ぃ吸うたろかぃ。

 いつでも寝取ったるぞボケが(真顔)」

 

 ――――誰だ! こいつに酒を飲ませたのはッ!!!!

 眠れる獅子を起こしてしまった! もう目ぇ座っとるがな!

 そう引き続き、ガックガク震える一同。まぁ昼ドラ的なのが大好きなランサーだけ、なんかテンション上がっているようだが。

 

「駄目だっ! こうなったらもう、肉体で語るしかありませんっ……!

 やりますよセイバー!」

 

「我らは言い過ぎてしまった……もう後には退けんっ!

 戦いましょうライダー! ぬるぬるオイル相撲で!」カッ

 

「おーい坊主ぅー。サラダ油もってこーい。

 あと庭で使うプールみてぇなヤツー」

 

 急遽スタッフ(士郎達)によって、ぬるぬるオイル相撲の為のリングが用意され、その中でセイバー&ライダーがワーキャー言い合う。

 お互い油でドロッドロになりながら、ツルツルとくんずほぐれつ。どったんばったん。

 酒の力とは恐ろしい物で、ついつい一線を越えた口喧嘩をしてしまった二人は、また同居人としてこれからも仲良く暮らしていく為に、ここで全力を以って戦い、遺恨を無くす事にした。

 

 関係ないが、普段衛宮家で喧嘩しそうになった時も、二人はよくこうやって、士郎や桜立ち合いの下、ぬるぬるオイル相撲をおこなっている。

 道場も竹刀もあるんだし、そこで戦えば良さそうな物だけど、何故かいつもこっちで勝負するのであった。仲良きことは美しき哉。

 

 

 

「えっと、次は私の番なのだが……、コレいるかね?

 既にオチてしまっている気がするのだが」

 

 そんな二人を余所に、アーチャーは額に汗を浮かべる。

 みんなもセイバー達のぬるぬるオイル相撲を横目で眺めつつ、我関せずと言ったようにオードブルをパクつく。辛い辛い言いながら。

 

 まぁとりあえず言っとけよ。オチとか気にせんでもいーからよ。

 そうランサーに気遣われ、どこか腑に落ちない気持ちで【マスターの恥ずかしい秘密】を暴露するアーチャー。

 

「凛は毎年、桜君の誕生日に合わせて、貯金をおこなっていてね?

 お昼をコッペパンひとつで済ませたり、具無しのかけ蕎麦を食べたりし、そうして浮かせた小銭を少しづつブタの貯金箱に貯めて、妹の誕生日プレゼントを買うのだ」

 

 オイ普通に良い話じゃねーか。止めろよお前こんなタイミングで。

 そう「空気読めよ」と皆に怒られるわ、赤面した凛にグーパンされるわで、ロクなもんじゃないアーチャーであった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 【この世全ての悪( オードブル )】は、アタシが好きなモンをしこたま詰め込んだ、まさに泰山の魂とも言うべき一皿アル!

 まぁウチの店で宴会やろうなんて馬鹿は居ないし、これ出前で注文された事も、一回たりとも無いけどネー♪

 

 ぶちゃけた話――――これ頼んだヤツは立て帰れない。

 というかもう()()()()()()()くらいの気持ちで、気合入れて考えたカラ! その殺気がメニュー表にも出ちゃてたのかも分からんネ!

 もしMA〇鈴木とか、もえ〇ずがウチの店来たら、これで血の海に沈めてやろう思てたのに。全然来やがらねぇヨ。残念アル……。

 

 アタシ的にはコレ、「己が無力さ、思い知るヨイ!!」とか思て作たアル。

 ……でもなんか、()()()()()()()()()()()()

 

 それはそれで……ちょと嬉しかたカモ? 中々やりおるワ。

 

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――72位ィィ!!!!!』

 

 

 

 

 

 暫しの時が経ち、グッテーとテーブルに伏したサヴァ達に、結果が告げられた。

 けれど、そんなのもう、誰も聞いちゃいない。どーでも良い事であった。

 

「ダメ……気持ち悪い……吐きそう」

 

「胃が焼けるように痛みよる……。こりゃ穴でも空いとるのではないか?」

 

「私は頭痛が酷い……。

 これはアルコールのせいか、はたまた劇物のせいなのか……もうよく分かりません」

 

 死屍累々。満身創痍。

 かのクソッタレなオードブルは、英霊達によって既に殲滅されており、今まさにこの場は「兵どもが夢の跡」といった様子。

 辛さで破壊された口内、ヒリヒリと痛む喉、無駄に膨れたお腹、アルコールで働かない思考。しかも見事に不正解という、踏んだり蹴ったりな状況。

 まだ三皿目だというのに、もう明日が見えない。

 

 

「へへっ……ざまぁ見やがれってんだ。()()()()()()()

 

 

 けれど、力なく椅子に身体を預け、天井を仰ぎつつも、ランサーはどこか満足気な顔。

 

「あぁ。君の言う通りだランサー。達成感があるな……」

 

「■■■……」(どうだ、()()()()()()()()()()。見たか匹夫共め……)

 

 そしてそれは、この場の者達も同じ。

 力を合わせ、あの赤いヒマラヤ山脈を食べきった。乗り越えたと――――

 この経験が、奇しくもよく分からん自信と、無駄な連帯感を生み出していた。

 しかもセイバー&ライダーに至っては、それに加えてぬるぬるオイル相撲までしたのだから、もうマブダチだ。しっかり仲直りをし、バッチリ仲良くなれた。

 

 

「ア〇ヒスーパードライにまで、デスソースぶち込んであんのは、正直腹立つが……。

 でも酒あると、やっぱ違うよな?」

 

「ええ、気分が上がる。

 お酒の力でも何でも借りて、やり切るしかないわ……」

 

「うむ、征こうぞ最後まで。

 この勢いを以って、TOP10を全て当てるのだ」

 

 

 

 

 

 

 重ねてになるけど、まだ三皿目。

 なのに全員ビールの飲み過ぎで、()()()()()()()()()()()()()()、もう物を考えるのもおぼつかない。

 TOP10を推理するどころか、「シロウ~♪」とか「しゃくら~♪」とかムニャムニャとうわごとを言い始める始末。

 

 だが……なんか気分は良い。

 正直先の事なんて、これっぽっちも分からないけれど……、でも今は少し“楽しい”。

 これが始まった時なんて、みんな絶望してたのに。でもフワフワといい気持ちでいる。

 

 だったらもう、それでいいんじゃないかな? そんな風に思う。

 

 

 まぁコレ“帰れない”ってだけで、別に時間制限があるワケじゃないし。

 ここはひとつ、のんびり腰を据えてやろう。

 みんなで仲良く、酒でも飲みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

(続くわよっ!)

 

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その6

 

 

 

「セイバーさんセイバーさん、こんにちは♪」

 

 ふいに、ライダーの愛らしい声が聞こえた。

 普段の彼女らしからぬ、ちょっと高めで演技かかった感じの。

 

「今日も良いお日柄ですね♪ ご機嫌いかがですか?」ウフフ

 

 いま彼女は、じゃんけんにおける“チョキ”の形にした右手を、テクテクと人間のようにテーブルの上で歩かせている。

 ようは人形劇をやっているような感じで、機嫌よくセイバーへ話しかけたのだ。

 

「はいライダーさん♪ I’m Pretty good( 私は元気ですよ )」テクテク

 

 即座に追従。

 セイバーも同じ手の形を作り、彼女の手と向かい合わせた。

 あたかも友人同士が、道でバッタリ会ったようなシチュエーション。それを演出している。

 

「ほらセイバーさん、あちらに蝶々がいますよ? とっても綺麗ですね♪」

 

「なんと愛らしいのでしょう。こちらへ寄ってくるではありませんか。

 きっとあの子、『ライダーさん遊びましょ』と言っているのですよ♪ うふふ♪」

 

「……」

 

「「「……」」」

 

 唐突に始まったお人形さん遊び(モドキ)を、サーヴァント達が見守る。

 いや、無言で見つめている、といった方が正しいかもしれない。いわゆる“絶句”というヤツだ。

 

「今日はペガサスに乗って、ピクニックに行くのです♪

 セイバーさんも一緒にいかがですか?」

 

「素敵、ぜひご一緒したいですライダーさん♪

 ランチバスケットを持って出掛けましょう♪」

 

「誰だよ、()()()()()()()()()()()()

 

「君だろうランサー。どうするのだこの状況」

 

 あはは♪ うふふ♪

 二人の童女のように可愛らしい声が、静まり返ったこの場に響く。

 ライダーもセイバーもアルコールで顔を赤くしており、大分テンションがおかしくなっている様子。キャッキャとはしゃいでおり、とっても機嫌良さそうだ。

 

「聞く所によると、よく暇な時とかに、こーやって二人で遊んでるのだそうよ?」

 

「坊主達が学校に行っとる間、いつもこのような事をしておったのか」

 

「■■■」(知ってるか皆? 実はこの子達、メデューサとキングアーサーなんだ)

 

 幼児返り。ポセイドンやヴェティヴェールには見せられない姿だ。百年の恋も冷める。

 ちなみにライダー&セイバーは、この前ガチで士郎に「シルバ〇アファミリーを買ってくれ」と直訴し、見事クリスマスプレゼントを勝ち取ったという逸話を持つ。

 ものすごく恥ずかしかったけれど、いくつになっても心は女の子。モジモジと勇気を出してお願いしたのだ。

 

 いつも二人は、たくさんお風呂掃除やお買い物などのお手伝いをしているので、彼もニッコリ笑顔で聞き入れてくれた。

 あのクリスマスの夜、サンタのコスチュームと白い髭を身に付けたシロウは、とても素敵だった覚えがある。ポカポカと心があったかくなる大切な思い出だ。

 

 まぁそれはともかくとして、次の回答者はライダーなのだけど……、はたしてこんな調子で大丈夫なんだろうか? 大きな不安が残る。

 

 

「――――許さんぞ人間どもッ! 皆殺しだッ!

 この世にひり出されてきた事を、後悔させてやるッ!!」

 

「負けんっ……! 必ず貴公を倒し、島根県を救ってみせるぞ!

 G.I.ダーイ! G.I.ダーイ!」*1

 

 

 気が付けば、彼女らお人形さんごっこ(モドキ)が、なにやらおかしな事に。

 さっきまでピクニックに行っていたハズなのだが、少し目を離した隙に超展開。

 とにかく仲間達は、二人にクピクピとお水を飲ませ、介抱してやるのだった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、四皿目】 メデューサ(ライダー)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 さてお次の回答者は、第五次のセクシー&メガネっ子担当! 魔眼の英霊メデューサ!

 闇に溶ける美しき黒蛇は、TOP10を征することが出来るかぁ~!?

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

「お手数をおかけしました。私の手番ですね」ヒック

 

 眼帯の奥、なんかトローン☆ とした目付きのライダーが、ぽわぽわした声を出しつつ、椅子に座り直す。

 

「まかせて下さい。こんなもの、第一回人気投票で4位の私にかかれば……」ウムム

 

「ライダー、逆になっとる。メニュー表が上下逆さまぞ?」

 

 キリッ! っとした顔でメニュー表を睨むも、ぜんぜん焦点が定まっていない。

 なんとか正気には戻ってるくさいが、まだ前後不覚の状態であるようだ。

 

「それにしても、なぜ人は傷付け合うのでしょうか?

 争いなんて、虚しいだけなのに。何も産み出さないのに……」ホロリ

 

「おい駄目な方に入ってんぞ」

 

「酔うとネガティブになるタイプか。まさかの泣き上戸とは」

 

 メニューだ、メニューを見るんだライダー。

 そう指摘するも、彼女の頭はグラグラ揺れている様子。

 平和な世の中を、みんなが笑って暮らせる世界を……! ぐすんっ。

 なんだか知らないが、飲んでいる内に悲しくなって来た模様。今ポロポロ涙を零している。

 

 どうやら彼女は、お酒を飲むと、ツライ思い出や悲しい出来事ばかりを思い出してしまうらしい。今も意味もなく「すいませんすいません」と周りに謝ったりもしてる。

 やがて彼女はグジグジしつつも、「がんばれ私、くじけるな私♪」と自分に言い聞かせ、長考に沈んでいた顔をメニュー表から上げた。

 

「ではチョコフォンデュを食べましょう。

 みんなで仲良く、チョコに舌鼓を打とうではないですか。

 私がクルクルする係をやりますね」ワクワク

 

「一回ビンタしとく? いっちゃってよバーサーカー」

 

「■■■」(駄目だコリャ。この回は捨てよう)

 

 ゲームセット――――

 仲間たちはもうTOP10どころではない事と悟り、彼女の介抱に終始。

 あー、また無駄な一品を食わなきゃ駄目なんだな~と覚悟をし、瞳からハイライトを消した。

 

 特にランサーにいたっては、酒を飲ませてしまった責任を強く感じているようで、おしぼりを額に当ててやったり水を飲ませてやったりと、非常に甲斐甲斐しい。

 アーチャーの執事よろしくの介抱も、テキパキと手際が良かった。

 なんか今のライダーは、美男子二人に囲まれるモテモテのお姫様みたい。もう乳幼児かってくらい甘やかされてる。

 

「オラしっかりしろよお前……、元とはいえ地母神だろうが」

 

「そうだぞライダー? 君らしくもない。

 第五次で見せた雄姿はどこへいったのだ」

 

「う~あ~」

 

 ふわふわ、ゆらゆら。ほろよいライダーの身体が前後に揺れる。

 だが突然、ついさっきまで機嫌良く身を委ねていた彼女が、また拗ねたように「じとぉ~っ!」と目をすわらせる。

 

「雄姿? 何の事でしょう。

 私は先の戦いで、葛木先生に()()()()()()()()()()()()()()()」ヒック

 

「「「あっ」」」

 

 シーンと場が静まり返った。

 

「ゴキゴキィ! って頸椎を折られたんです。

 私ことライダーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一体どこに雄姿が?」

 

「……」

 

「「「……」」」

 

「アーチャーも言ってましたよね? 所詮は英霊の器ではないって。

 私の悪口を……」グスン

 

 えぐえぐ、ひっくひっく。

 ライダーのすすり泣く声。ポロポロと涙が零れ、テーブルに水溜りを作る。

 

「エクスカリバー初の犠牲者になったり、かと思えば宝具でも何でもない普通の斬撃で、あっさり倒されてみたり……。

 思えばロクな思い出が無いのです。なんにも楽しいこと無かったです」ホロリ

 

「いやでも……ヘブンズフィール編では大活躍だったじゃない?

 ラストの闇落ちセイバーとの決闘は、誰もが胸を熱くs

 

「でもあれ、シロウがトドメ刺しましたよね? 彼の手柄ですよね?

 私なんて日陰者です。いらない子なんです……。

 疲労困憊した私をほっぽって、シロウは一人先に進んだではないですか」

 

「お、おい……。あれは仕方なかろう?

 桜君の事もあったし、聖杯を破壊せねばならんという事情もあった。

 小僧を庇うつもりはないが、あの場の状況においては……」

 

「でもですね? 私だって乙女です。おっきくても女の子なんです。

 気にせず行けと、口では言いつつも、本当はだっこして欲しかったのに……。

 なぜ『よくがんばったな、えらいぞ』と、頭をナデナデしてくれないのですか……」

 

「な、なれどお主は、人気投票4位だろう?!

 それだけお主の活躍と魅力は、皆にも伝わっておるというk

 

「そんな事ないです、おっぱいです。

 みんな私の()()()()()()()()()()。どーせエロければ何でも良いのですよ」キッパリ

 

 偽臣の書を笠に着て、シンジにもえっちな事されてたっぽいですし……。

 なんですか『役に立ったのは身体だけだ』って。酷いじゃないですか……。あんまりじゃないですか……。

 そうグスンと涙を流すライダー。もうかける言葉も見つからない。

 

「ライダーよ、その気持ちは分かりますよ?

 何を隠そう、私も葛木先生にドゴーンとブン投げられ、そのまま失神した身。

 人間に打ち負かされたサーヴァントは、貴公だけでは無いぞ!」キリッ

 

「えっと、その節は本当に、ウチの旦那様が……。

 まさかあんなに強いだなんて、思ってなくてね?

 見てた私もドン引きしたもの。『そ、宗一郎?!』って」

 

「後にしろ二人共。収拾が付かんぞ」

 

 んなこと言ったら、俺だって自害させられてよォ!?(クーフーリン)

 私ずっと山門ぞ!? しかも真アサシンに腹を食い破られる始末!(小次郎)

 俺なんて理性を奪われてるんだぞ!? なんだよ凶戦士って!(ヘラクレス)

 そして、いつの間にやら始まる第五次サヴァの不幸自慢大会。この場をとてもネガティブな雰囲気が包む。

 

「なんにも良いこと無いですっ! 不幸なんですっ!

 甘い汁が吸えないのなら、せめてチョコフォンデュ食べるしか無いじゃないですか!」ムキャー

 

「そうだ! チョコ持って来いこの野郎ッ! ありったけ出しやがれッ!」

 

「何が聖杯ぞ! 英霊をなんと心得る!

 I Wanna Be Free( 我に自由を )! I Wanna Be Free( 我に自由を )!」

 

「■■■!」(我ら第五次サーヴァント組合は、今ここに正当なる権利を以って、チョコフォンデュを要求する! もっと甘やかせコラー!)

 

「ほら見ろ、えらい事になってしまったじゃないか。どうしてくれるんだね……」

 

 ブーブーと喚き声。ライダーもランサーもアサシンもバーサーカーも、みんな拳を振り上げて声を荒げる。

 たまには労わってくれ、優しくしてくれと、その勢いは留まる事を知らぬ。

 

 

「いっその事、仲間に入っちゃう?

 不幸自慢だったら、私もちょっとした物よ♪」

 

「僭越ながら、私も。

 みんな不幸属性ですね」フンス

 

「やめたまえよ君達」

 

 

 英雄に憧れる若者もいる。夢を壊さないで欲しかった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 これ終わったらチョコフォンデュやろうな。俺約束するよライダー。

 そんな士郎くんのはからいにより、みんなが一応の納得を見せ、ようやく場が平穏を取り戻した後……。

 

「シロウが言うのなら、仕方ありませんね。帰れま10を再開しましょう」ホクホク

 

「坊主に言われちゃあ、この喧嘩もお終ぇよ!」キリッ

 

「何この説得力。坊やへの信頼感」

 

 うむ、あの童っぱが申すのなら、やぶさかでなし(小次郎)

 彼の顔を立てぬワケにはいかんな(バーサーカー)

 そうちょっと士郎にお願いされただけで、ケロッと機嫌を治す一同。彼の普段の善行や、類まれな人徳がよく分かる光景。

 

「前から思っていたが……、貴公はシロウ好き過ぎではないですか?

 賢いドーベルマン並の忠義を感じるのだが」ジィー

 

「ソンナコトナイデスヨー(目逸らし)

 さてさて、どれを注文しましょうか。困りましたネー」

 

 やはり海鮮料理でしょうか? 野菜系も捨てがたいですネーとか言いつつ、サッとメニュー表で顔を隠すライダー。

 おい私のマスターだぞ。分かっているか? 懐き過ぎだろう。

 そうセイバーに苦言を呈されるも、「♪~」と口笛を吹くばかり。ちゃんと音鳴ってないタイプのヤツを。

 

「実は先ほどのオードブルを食べた時、思ったのです。

 ここ泰山の“海老”は、素晴らしく新鮮でプリップリだと。とても良い物を使っています」

 

 あの中華盛り合わせの中には、エビチリなる物も入っており、それが痛くライダーの心を打った。

 確かにあれはビックリするくらい辛かったし、味覚が破壊されるどころか頭痛まで引き起こす事態にはなったが……。

 しかしあの時に感じたプリップリの食感と、食材そのものの良質さ。

 これはシーフード好きの彼女をしても「見事!」と言わざるを得ないほどの物だった。まぁあくまで“食材は”だが……。

 

 

「そこで私は、“エビマヨ”を頼んでみようかと。

 ここの海老ならば、きっと素晴らしい一品であるハズです」ヒック

 

 

 ほろよい気分が抜けないライダーが、未だ頭をフラフラしながら告げた。

 

「え、エビマヨだと……? このタイミングでか!?」

 

「ちょっと貴方、正気? そんなの頼んだって……」

 

 しかし、困惑。

 彼女の言葉を聞いたサヴァ達の顔は、皆一様に冴えない。

 

「いや、俺もエビマヨは嫌いじゃねェ方だが……。でもどうなんだろうな?」

 

「■■■」(セイバーはどう思う? お前はここの料理を、一通り試したのだろう?)

 

「ふむ」

 

 話をふられるも、難しい表情のセイバー。

 考えをまとめつつ、また言葉を選ぶように、慎重に語る。

 

「私の印象として、ここのエビマヨは『とても美味しかった』という覚えがある。

 すごく辛いですし、エビマヨとは思えない程、真っ赤っ赤ではありますが……」

 

 辛い。ここ泰山の例に漏れず、物凄く辛い。

 だがマヨネーズというは偉いもので、セイバーいわく「充分に料理として成立している」

 ライダーも言っていた海老の新鮮さと、なんでも美味しくしちゃうマヨのパワーが相まって、それはもう見事な一品に仕上がっているという。

 

「ですが、正直私には、判断が付きかねるのです。

 確かに美味ではあるのだが、ここ泰山に来るような者達が、果たしてエビマヨを注文するだろうか……と」

 

 他の店ならいざ知らず、ここは泰山。

 麻婆豆腐を名物とし、激辛料理で県内外に名を馳せる店なのだ(良くも悪くも)

 

「ここを訪れるような(つわもの)共ならば、エビマヨなどには目もくれず、もそっと辛い物を頼みよるのではないか……という事よな?」

 

「その通りだアサシン。彼らは決して、普通に食事を摂りに来るワケではない。

 ある種のマゾヒズムを以って、泰山の扉を叩くのです」

 

「比較的だけど食べやすくて、しかも美味しいと言える料理……。

 そんなのを注文しようものなら、まわりの激辛仲間から“根性無し”とか思われちゃうかも?」

 

「彼らにとって、辛い物を食べられるというのは、一種のステータスだよ。

 どれだけ辛いのをいけるか、果敢に攻めるかで、己の力を示すのだ」

 

「■■■」(いったいお前らは、何と戦っているんだ? という話だがな)

 

「張り合いてェんなら、身体でも鍛えろっつーの。

 なんだよ“辛い物が食える”って……。それがどうしたってんだ?」

 

 今まさに渦中にいるサヴァ達からすれば、「普通に美味しい物食べようよ」って感じ。なぜ好き好んで辛い物なんて食べるのかと。

 しかしながら、辛い物好きな人達を否定する所ではなく、食の楽しみ方は色々。

 そしてなにより、泰山は“そういう戦場”であるのだ。己の激辛好きとしての矜持を示しに来た者達が、わざわざエビマヨを頼むとは、考えづらかった。

 

「なぁライダー? 同じ海老でも、チリソース煮や、オイスター炒めなどもあるだろう。

 そっちを検討してみてはどうかね?」

 

「ヤです。エビマヨがいーです」ヒック

 

「でもね、今はTOP10を当てなきゃでしょ? 少しでも可能性がある物を……」

 

「大丈夫です。入ってます。

 だってマヨですもの」ポケー

 

 エビマヨおいしいです。食べたいです。そうライダーは頑なに譲らない。

 酔いのせいもあってか、少し意固地になっているように見える。そしてマヨに対する謎の信頼よ。

 

「■■■■」(お前は今、正常な判断力を失っているんだ。酒の飲み過ぎだぞ)

 

「そうさな、では我らで回答を代行し、こやつには休んでもらうか?」

 

「おう、ちょっと寝てろやライダー。俺らでいい感じにやっt

 

「――――なんですかソレ! わたし仲間外れですか!?」カッ

 

 突然ライダーが「ぐぅあーっ!」と顔を上げ、椅子から立ち上がる。

 さっきまでのホワホワした雰囲気から、豹変。

 

「酷いじゃないですかっ! 私の番なのにっ!

 酔っぱらってるからって、わたし回答しちゃいけないんですかっ!?

 なんで仲間外れです!?」ムキーッ

 

「えっ。……いやその、ライダー?」

 

「エビマヨいーじゃないですか! なんで駄目なんですかっ! 美味しいじゃないですかっ!

 わたし酔っぱらってるからって、エビマヨ食べられない!!

 わたし酔っぱらってるからって、エビマヨ食べられない!!(二度目)」

 

 ビエーーン! と大声で泣く。

 ダムが決壊したように、突然なんの脈絡もなく癇癪を起こし始めた。

 これは酒の力なのか、日頃の鬱憤なのか。情緒不安定だ。

 

「チョコフォンデュも駄目、エビマヨも駄目っ!

 なら何を頼めって言うんですかぁ! なんでイジワルするんですかーっ!」

 

「……」

 

「「「……」」」

 

「きっと私のこと嫌いなんですっ! 背がおっきいからって、イジメるんですっ!

 聖杯戦争の時だけじゃなく、ここでも私につらく当たる!

 わーん! みんな酷いですーっ! サクラー! サクラー!!」ビエーン

 

 向こうの方から桜が走って来て、よしよしとライダーを甘やかす。

 ちょっと! うちの子をイジメないで下さい! 泣いてるじゃないですかっ! とモンペみたいな事も言われる。理不尽。

 

 誰だよ酒飲ませたんは(白目)

 君だ。責任取りたまえよ(震え声)

 そうランサー&アーチャーの、本日二度目のやり取り。他の者達は沈黙を貫いている。

 

 正直、可愛くない事も無い。いつも報われない彼女が、こうして自分を曝け出している姿を、微笑ましく思わない事も無かった。

 でもこれどーすりゃ良いんだと。誰か助けてくれって心境だ。

 

 

「えへへ♪ さくらぁ。さくらぁ……ZZZ」

 

「あら、寝ちゃったわよこの子? 泣き疲れたのかしら」

 

「――――今だ、麻婆いけ麻婆。あのノーマルのやつ」

 

「早く! ライダーが起きない内にっ!(必死)」

 

 

 この機を逃すなとばかりに、すかさず注文。

 愛するマスターの胸に抱かれながら、ライダーは幼子のように眠るのだった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 この泰山特製【麻婆豆腐】は、ウチの看板メニューアル!

 お察しの通り、一番人気ヨ! 当然TOP10にも入てるネ♪

 

 味とか見た目とかの様子は、原作Fateの方を見てもらうとして(メタ)

 かんけー無いけど、アタシ一番強い物には、あえて“シンプルな名前”を付けるのが好きアル!

 

 ターミネート春巻きとか、悶絶ファイヤー唐揚げとかじゃなく、ド直球で【麻婆豆腐】

 必殺技でも何でもそだけど、こうする事によて、説得力が増すアル!

 これ基本アルから、オボエトイテネ☆

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「さて……ライダーがスヤスヤと眠っている間、私達は()()()()()()()()()()

 

 屍累々。まさにそう形容するのが相応しい。

 とりあえず、あの後注文を終えたサーヴァント達は、運ばれて来た麻婆豆腐をひーこら言いながら食べたのだった。

 みんな顔が真っ青になっているし、口なんかもうタラコみたいだ。

 

「それではこの麻婆豆腐、何位ですかぁー↑

 ……とは聞くまでもありませんので、これは後にしましょう」

 

「あぁ。今はこの子の処遇をどうするかを、話し合わねばならんしな」

 

 みんなが必死こいて食べていた時、ライダーは一人クゥクゥと寝息を立てていた。こちらの気も知らないで、安らかにお昼寝してやがったのだ。

 いくら「休んでいろ」とこちらが言ったからとて、このイラッ☆ っとくる感情までは如何ともし難い。

 腹立つもんは腹立つ。先ほどの酒乱もあった事だし。

 

「実を言うとね? ほんのちょっとだけ残してあるのよ、麻婆豆腐」

 

「おー良いじゃねーか。それコイツの口に()()()()()()()()()

 

 バーサーカーが皆を代表し、お皿を手に彼女のもとへ向かう。

 スピー♪ とカワイイ寝息が聞こえる中、そ~っと優しくレンゲを運び、ライダーの口へ……。

 

 

「――――ほんぎょ!!??」ブブゥ

 

「www」

 

「「「wwwwww」」」

 

 

 えっ、何ですか?! 敵襲ですか!?!?

 そう口元を押えてキョロキョロ。周りのみんなは爆笑だ。

 口痛いんですけど! すごく痛いんですけど! そうライダーが喚くが、皆は朗らかに微笑むばかり。酷い。

 

「よぉライダー、おはようさん」

 

「酔いは醒めたか? 君が寝ている間に、一皿かたずけておいたぞ」

 

「えっ……あ、そうなのですか?

 本当に申し訳ないです。お力になれず……」

 

 さっきまでの酔っ払いじゃなく、これはいつものライダー。少し休ませてもらった事で、もうすっかり元に戻ったようだ。

 そして先ほどまでの記憶が抜け落ちているらしく、「勝手に眠ってしまい、ごめんなさい……」と落ち込んでいる様子。シュンとしてしまっている。

 いま自らの身に何が起こったのかは、理解していないようだ。

 

「いえいえ、良いのよライダー♪

 貴方が起きてから、みんなで結果発表を聞こうと思って。

 あとレンゲひと口分だけど、料理を残してあるのよ♪」

 

「おぉ、それはありがたいです。

 ならそれを私が食べて、完食を達成させましょう」

 

 私をハブにすることなく、待っていてくれたんですね。こうして私の分を残しておいてくれた……。

 みんな優しいです♪ 私達は仲間です♪ そうニッコニコしながら、レンゲの乗った小皿を受け取るライダーさん。とっても純粋な子だった。

 

 ちなみに、先ほどのライダーの醜態のことは、誰も口にしなかった。

 知らぬが華という言葉もあるし、ちょっとイタズラもしちゃった事だし。イジらずそっとしといてあげようと思う。

 

「んじゃあ、一息にいっちまってくれや。俺ら見てっからよ~」

 

「がんばって下さいライダー。そのひと口分で終わりですので。ご武運を」

 

「任せて下さい、見事なし遂げて見せましょう。

 ――――ぜったい麻婆なんかに負けたりしないっ! というヤツです」キリッ

 

「「「おー、いけいけー!」」」

 

 

 

 

 

 

 ~10秒後~

 

 

 

 

 

「……麻婆には勝てませんでした」グッタリ

 

「即オチ2コマじゃねーかw 流石だなオイwww」

 

「見事な間w お手本のような流れwww」

 

「すごい! もう一回やって下さいライダー! もう一回っ!」キャッキャ

 

「構いませんよセイバー♪ ――――んほぉ~! これかりゃいの~ぅ!(即オチ)」

 

「「「wwwww」」」

 

 

 

 

 関係ないけど、綺麗な人が悶絶してるのっていいなぁ。とってもエロいなぁと思う。

 

 とりあえず何だかんだあったが、仲間たちは無事にエビマヨ注文を回避し、泰山の第一位を当てたのだった。

 

 残るは、後たった9つだ(絶望)

 

 

 

 

 

 

 

(続きおるぞっ!)

 

 

 

 

 

*1
くたばれアメリカ兵め! の意



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その7

 

 

 

「んじゃあよォ、お前ら目玉焼きには、何かけて食う?」

 

 

 テープチェンジを兼ねた暫しの休憩時間、雑談タイム中。ふとこんな話題が出た。

 この時代の食べ物って、ちょっと美味し過ぎない? チョーやばくない?

 神話に登場するような人物や、何百年も前に生きた英雄たちにとって、この現代の世というのは、正に理想郷(アヴァロン)だ。

 

 見る物、口にする物の全てが、驚きと喜びに満ちており、そればかりか飢えることも争うこともせず、皆が安心してお腹いっぱい食べられる世の中。

 栄養があり、見た目も華やか、そして安心して食べられる美味しい料理。星の数の如く、数え切れないほど多種多様な食べ物たち。

 そんなのは、一部の王族や特権階級の者達くらいしか食べられないのが、この世の常であったというのに。

 

 こんなの感動する他ない。なんと素晴らしい世の中だろうかと。

 セイバーじゃなくったって、食べるの大好きになるに決まってるのだ。

 まぁ残念ながら、彼らはいま泰山という魔窟にいて、食の修羅道ともいうべき試練に挑んでいるわけなのだが……。それはともかくとして。

 

「俺はやっぱ、目玉焼きには醤油だねェ! これ一択だぜ!」

 

 そして、当然のことながら“好み”という物が生まれる。

 この豊かな時代に生き、様々な食を体験していく内、次第にサーヴァント達にも好物が出来たり、また自分にとっての拘りを見つけていく。

 それがランサーにとって、「目玉焼きには醤油」なのだろう。

 

「ほほう、お主も和の心を解するか。嬉しいぞ槍使いよ」

 

「正直、少し意外だがね。

 君ならば、卵を焼くような手間はかけず、そのままツルッと飲んでしまいそうな物だが」

 

「もちろん生前はそうしたぜ?

 だがここは戦場でなく、せっかく美味ェ食い方がある。やらない理由はねェさ」

 

 今じゃ、昔食ってたモンが、味気なく感じちまう位だ。……でお前らはどうよ?

 そう改めてランサーが問いかける。

 自分は色々な発見をしてきたけれど、こいつらの方はどうだろう? そんな興味の色が見て取れた。

 

「私は塩胡椒かな。いつもシンプルな味付けで食べているよ」

 

「■■■」(俺もだ。そのままの味を楽しみたいクチでな)

 

「私などは、何もかけずに食すぞ?

 そも、生前は農民であった故な。卵を食えるだけ僥倖というものよ」

 

 アーチャーを始めとし、野郎三人はシンプル派であるようだ。

 アサシン小次郎に至っては、「重税にあえぎ、冬を越せるか越せないかという最中、調味料などという贅沢……」となんか変なスイッチが入っている。

 

「ケチャップです」キリッ

 

「マヨです」カッ

 

 衛宮家のお子様舌ふたりも、自信満々で即答。

 セイバーは、初めてケチャップに出会った時の感動を、大学教授もかくやという勢いで弁舌しているし、ライダーにも何やら譲れない拘りがある様子。

 

 そういえば私、絶対エビマヨを注文しようと思っていたのですが……。なぜ麻婆だったのでしょうか?

 酔いから醒めはしたものの、先ほどまでの記憶がとんでいる彼女は、ひとりキョトンとした顔。可愛く小首を傾げる。

 だがみんなプイッと顔を背け、黙ってスルーだ。

 

「目玉焼きねぇ……。私あれ、上手に出来ないのよね~」

 

 そんな中、片方の眉を上げて困り顔をする、キャスターの姿。

 

「半熟にするのとか、加減がよく分からないし。

 それに、いつもフライパンにたまごが引っ付いてね? グチャッてなっちゃうのよ」

 

 たまごを割る時に、黄身が潰れちゃって、結局スクランブルエッグになる時も多いし。

 そう愚痴をこぼし、お酒をひと口。

 どうやら家事初心者であるキャスターは、あまり目玉焼きが得意では無いようだ。

 

「いや、そこまで難しい事ではないのだが……。

 しっかり油をひき、弱火でじっくりと焼いて、ちゃんと時間を計ればだね?」

 

「でも面倒じゃない? 繊細すぎるのよ卵って。根性が足りてないわ。

 もっとグワー! って適当に作れる料理は、ないものかしらね?」

 

「キャスター、丁寧さは料理に不可欠です。

 サクラも新しい料理に挑戦する時は、しっかりと下調べを行い、レシピ通りに作っていますよ?」

 

「え、それつまんなくない?

 たとえ美味しく出来ても、自分の腕じゃなくて、()()()()()()になっちゃうでしょ?

 自分のセンスで作った方が、絶対おもしろいし、上手くいくような気がするもの♪

 クックパッドとかでレシピ調べるのも、ちょっと悔しいし……」

 

 こちとら神代の魔術師。偉いんだぞぅ!

 数々の霊薬や、神秘の魔術具を作って来た私が、たかが料理の作り方を調べるだなんて……。

 しかもネット上にあるレシピなんて、所詮そこいらの凡人が考えた物でしょう?

 それに教えを乞うのは、私のプライドが許さない。なんか負けた気になるじゃないの。

 

 そうキャスターがワケの分からない事を言う。涼しい顔でジョッキに口を付ける。

 見ている者達はポカーン。アーチャーなどはもう唖然だ。

 某ミ〇コ・ク〇コップ氏よろしくの、「お前は何を言っているんだ?」って顔。

 

 

「ちなみに私、目玉焼きには()()()()()()()をぶっかけるわよ♪」

 

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 ふいに、皆が一斉に宗一郎氏の方を見た。

 鬼気迫る表情、思わずといったように。まったくの同時で。

 

 ADとしてこの場に控え、カンペを手にこちらを見守っている宗一郎氏は、今も何を言うでもなく無表情。その心情を窺う事は出来ない。

 

「初めてカルピスを飲んだ時は、本当にビックリしたわ!

 私は王女なのだけど、こんなにも美味しい物が、この世にあるなんてーって♪」

 

「あれから私は、もうありとあらゆるものに、カルピスかけるようになったの!

 別に薄めても良いのだけど、濃い方が美味しいに決まってるんだし。原液そのままね♪」

 

「コロッケにもかけるし、サンマにもかけるし、お豆腐にかけたりもするわ♪

 お味噌汁とか、ごはん炊く時に入れても美味しいわよね~っ!」

 

「葛木さん家では、お醤油やお酢よりも、カルピスの消費量が多いの♪

 創味シャンタンなんて目じゃないわっ! まさに万能調味料ね☆」

 

 あの頃の私……見ていますか? 未来の貴方です。

 若くして心を壊され、故郷を追われ、胸が引き裂かれそうな悲しみに耐えながらも、必死に頑張って来たのに……つらかったね。

 

 でも、もう泣くのはおよしなさいな。

 少し時間はかかるけれど……いつか英霊として冬木にやって来た時、貴方に素晴らしい出会いが待っています。

 貴方を心から幸せにしてくれる、素敵な物と出会うことが出来るから――――どうか挫けないで。

 

 そう唐突に、過去の自分への“ビデオレター”を撮り始めるキャスター。

 優しい顔、キラキラとしたおめめで、「カルピスすんごいわよ~♪」と熱弁。

 

 

「あの……そこは普通、葛木先生でしょう?

 あれだけ『奇跡の出会いだーっ!』って惚気ておいて……」

 

「■■■」(というか葛木氏は、いつもカルピス味の手料理を食わされているのか)

 

「そら仏頂面になるわな。

 表情筋も心も、死んじまうワケだよ」

 

 

 次の手番は、メシマズ嫁。

 なんかそこはかとなく嫌な予感がする、サーヴァント達だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、五皿目】 王女メディア(キャスター)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 続いての回答者は、第五次の昼ドラ担当(?)、コルキスの魔女ことメディア!

 知力と策謀に長け、歴史上でも五指に入るという魔術師は、帰れま10を思うがままに操れるのか~!?

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

「それじゃ、あの女(中華娘)にちょちょいっと催眠魔術かけて、T()O()P()1()0()()()()()()()()()()

 

「待てぃ」

 

 何食わぬ顔でチート発言。

 流石はキャスター。ルールの網をくぐった反則はお手の物だ。まぁ抵触してても躊躇なくやるけど。

 

「なによ、正解すればいいんでしょ?

 ならカンニングした方が早いじゃないの。なに考えてるのよ貴方」プンプン

 

「お前が何を考えてるんだ。

 真面目にやらんかキャスター」

 

「真面目? もう始まりからしてコレ、()()()()()()()()()

 なら、まともにやらなきゃいけない道理が、一体どこにあって?

 運営は悪乗り。私達は無理やり演者をさせられてる。

 なのに、こちらにだけ真面目さを強いるだなんて、そんなの通るワケがないわ」キッパリ

 

「――――正論パンチをやめろッ! 私もどうかと思わない事もないがッ!」

 

 皆で頑張ろうと言ったではないか! それを反故にするのかね?!

 あら、良識を持ち出すの? 悪いことをしている人ほど、それを棚に上げて屁理屈をこねるのよねぇ♪ 貴方どこの特定アジアの人?(笑)

 

 そうワーワーと口論。一方は必死に、もう一方は「ふっふーん♪」と涼しい顔だが。

 関係ないけれど、こと“口喧嘩”において、この女に勝てる気はしなかった。

 アーチャーもかなりの皮肉屋だが、根がとても善人なので。

 それに【嫌われるのを覚悟して開き直っちゃった人】というのは、もう本当に手が付けれない。こんなのモンスターと一緒なのだ。

 

「ふーんだ! これが私の真面目ですぅ~!

 魔術師が魔術を使って、何が悪いのかしらぁ~ん?

 ご説明頂けますことぉ~? 魔術師崩れの弓兵さぁーんwww」

 

「くっ……! 叩きたい! すごく叩きたいッ!

 こいつが女じゃなければ、パチンとしてやるものをッ!」

 

「禁止事項があるのなら、事前に知らせておくべきじゃないのかしらーん?

 何にも言われなかったし、原典の番組の方にも、そんなルールありまっせ~んwww

 否定をする前に、ちゃんと根拠を示しなさーい! それが筋ってものでしょー!

 何そのスッカスカの一般論!? そして感情論で物を言うのは馬鹿のする事よ! おほほのほー♪」

 

「すごい……! 私は反英雄の側ですが、それでもムカつきますっ!

 なんでしょう、あの腹の立つ顔! とても堂に入っていますっ!」

 

「流石は女狐! 手の付けようが無いッ!

 こんなのに傀儡にされておる私、げに不憫也!」

 

「■■■ッ!」(今日からこいつを“インテリクズ女”と呼ぼう! お前なんて大嫌いだ!!)

 

 孤軍奮闘、……といって良い物か分からないのだが、キャスターの弁舌が猛威を振るう。

 相手はインテリジェンスで飯食ってる人、加えて性格最悪の魔女だ。

 かつては純粋であったハズのメディアさんも、こうして敵対してくる者には容赦が無い。とても辛辣だ。

 たとえ何人がかりで挑もうが、彼女を論破する事は出来ないだろう。地味に企画崩壊の危機だった。

 しかし、2分後……。

 

「うーん。まぁ坊やが言うのなら、仕方ないわね♪」アッサリ

 

「仕向けておいてなんだが、シロウの説得力よ」

 

 ちょーっと士郎くんに「頼むよキャスター」とお願いされただけで、あっさり引き下がってくれた! これには彼に助力を仰いだセイバーもビックリ☆

 ちなみにだが、聖杯戦争時には色々とあったものの、現在キャスターと士郎の関係は、非常に良好である。

 掃除や洗濯などの家事を教えて貰ったり、また葛木先生の義弟である一成くんとの仲を取り持って貰ったりと、すごくお世話になっているのだった。彼の顔を立てざるを得ない。

 

 どーでもいいが、なんか【北風と太陽】みたい。

 グワーっと噛み付いて来る相手には反発するが、ちゃんと礼節を以ってお願いをする人には、普通に対応してあげるメディアなのだった。魔女とは斯様な物か。

 

「さって……めんどくさいけれど、何を頼むか決めなきゃねぇ。

 催眠かける気マンマンだったから、()()()()()()()()()()()()

 

「オイ意外と馬鹿だぞ。第五次のキャスターは」

 

「彼女は頼りにならんかもしれんな……」

 

 我関せず、至極マイペースでメニュー表を眺める。

 えっとぉ~、どうしたらいいのかしらぁ~? そんな風に1から考えているのが、ハッキリと見て取れた。

 もうこの企画が始まってから2時間以上が経過しているのだが、今更のように考え始めたのだ、この女は。

 本当の意味でメディアは、ただのほほんと酒飲んで飯食ってただけだったらしい。

 

「そもそも私、中華なんてロクに食べたこと無いのよ……。

 お寺住まいの身だから、あまり外食はしないし、自分で作りもしないわ。

 データが手元にあるのならいざ知らず、頭脳の活かしようが無いじゃないの。

 こんなのどーしろって言うのよクソが。みんな死ね死ね死ね死ね――――」ブツブツ

 

「いかんッ! 駄目な方に入りおったぞ!」

 

「なにやらドス黒いオーラが! 根暗出てます出てますっ!」

 

 キャスターの身体から、オルタ的な黒いモヤモヤが発生。

 なんで私こんな目にあってるの? なんにも悪いことしてないのに……。そうこの世の全てを見境なく呪い始めた。

 メディアは魔術師ではあるが、もし魔法少女まど〇マギカのように“ソウルジェム”を持っていたのなら、それピータンみたく真っ黒になってると思う。

 

「もういいっ! 適当に頼むわよっ!

 お嬢ちゃん、()()()()()()持ってきなさい! スラマッパギ大盛りで!」

 

「――――そんな料理はねェよ! 現実から逃げんなッ!」

 

 ちなみにスラマッパギとは、インドネシア語で『おはようございます』の意。

 もう名詞ですらない。

 

 

「あいよ~、酢羅麻津羽魏(スラマッパギ)おまちどうアル~。熱いからキヲツケテネ☆」

 

「――――あったよチキショウめ!!

 もう分かんねェよ俺ァ! 世界がッ!」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

(拙いわね、本当に分からない。どれを注文すれば……)

 

 あれから5分後。未だにメニュー表とにらめっこし、難しそうに眉を歪めるキャスターの姿がある。

 ちなみにさっきのスラマッパギは、魃さんの小粋なジョークだったのだろう。普通におしぼりを持って来ただけであった。

 

(あまり時間をかけるのもなんだし、スパッと決めなきゃなんだけど。

 でも中華は馴染みが無さ過ぎて、いったい何を頼めばいいのか……)

 

 もしかしたら、変なものを選んで笑われてしまうかもしれない。下手をすれば怒られたり、常識知らずだと呆れられてしまうかも?

 まがりなりにも彼女は王族だ。とてもプライドが高く、しかもちょっとした事を物凄く気にしちゃうタイプ。そんなキャスターは、未だに解答を出せずにいるのだった。

 

 そうしている内に、結構時間が経ってしまい、だんだんこの場の空気が気だるげな物になっていくのを感じる。「早くしろよテメェ」みたいな。

 それも彼女の心に焦燥感を生み、負の連鎖となって思考を鈍らせる。アセアセとメニュー表をめくるが、どうやっても決めることが出来ない。

 

(なんて事……まさか頭脳系の勝負で遅れを取るだなんて。

 インテリジェンスで負けるのは、私の全てを否定されるのと同じよっ!

 だって、()()()()()()()()だと思われるって事でしょう?! そうでしょう!?)

 

「おーいキャスター、あんま気負うんじゃねェぞ~」

 

「楽にいきましょー。私達がついてまーす♪」

 

 ランサー&ライダーが気遣うが、彼女はもうそれどころではない。己の思考に埋没するのみだ。

 

「■■■!」(中華テーブルおもしれー! まわすの超楽しー♪)

 

「ちょんまげってダッセェよなぁー☆

 これまで決して口にはせなんだが、あれ気が狂うとると存ず」

 

「シロウのちんちん引っ張って遊びたい。どれだけ伸びるのか確かめたい」

 

 ――――見なさいッ! こいつらに負けるワケにはいかないのよっ!

 まだそこいらのセキセイインコの方が、頭使って生きてるわよ! 頑張ってるわよ!

 そう「ムキャー!」と頭を掻きむしり、キャスターはメニュー表を凝視。少しでも情報を集めようと躍起に。もう何の余裕も無かった。

 

(……はっ!?)

 

 しかし、その時キャスターは、前方からの視線を感じ取る。

 

(そ、宗一郎ッ!?)

 

 そこに会ったのは、その場で物言わずこちらを見つめている、愛する夫の姿。

 だが必死さの滲んだ、熱のある視線で、じ~っとキャスターを見ているようなのだ。

 まるで、彼女に何かを伝えようとするかのように。

 

(えっ。あれは……口を?)

 

 パクパク、パクパク。彼が口を動かしている。

 ADゆえに声は出さない。だがそうする事により、キャスターと意思疎通を計っているのが窺えた。

 

(よ・し・ぎ……。よしぎ?)

 

 同じ口の形。それを何度も繰り返す。

 キャスターは言われるまま(?)、夫が口を動かしている通りに、思わず声に出した。

 

 

「よ……()()(白目)」

 

「キャスター?」

 

 

 仲間達がポカーン。彼女もポカーン。

 いま遠く眼前で、宗一郎さんが「グッ!」と親指を立てているのが見えた。

 

「……吉牛を注文するわ。アタマ盛りの汁切りでお願い……」

 

「なに言ってんだお前?」 

 

 平静を装い、何食わぬ顔で告げる。

 内心はすごく動揺しているのだろうが、それをおくびにも出さずに。

 

「あらごめんなさい、なか卯の方が良かったかしら?

 それじゃあせっかくだし、(ぎょく)とお味噌汁もつけて頂ける?

 なか卯は他の店とは違い、すき焼き風の“和風牛丼”というのg

 

「 どうしたのだキャスター!? 意味が分からんぞ?! 」 

 

 ぶっちゃけ、いま自分がおかしな事を言ってるのは、重々承知してる。

 しかし、()()()()()()()()()()

 その意思のみが、今キャスターを突き動かしているのだ!

 

(はっ……!? 宗一郎、またですか?!)

 

 ふと目を向ければ、再び口をパクパクしている、愛すべき人の姿が。

 いつも寡黙だし、放任主義。「お前の好きにするといい」が口癖のような人。

 けれど、いま彼がメディアに協力している。愛する妻の為、一生懸命、なんとか力になろうと頑張っているのだ!

 メディアにはそれがヒシヒシと分かる! あぁなんと尊いのだろう! 宗一郎ッ!!

 

(ど・ん・き。……どんきですね宗一郎?! 承知しましたわ!)

 

 なら、迷わない。考えるまでも無い。

 メディアは宗一郎が言った言葉を、そのまま口に出す。

 

「じゃあ()()()()()()()()をお願い出来るかしら?

 パイナップルが乗ったヤツを、200gで」

 

「――――しっかりしろキャスター!! 何があったのですか?!?!」

 

 ここ中華屋だろうが! そんなモンねーよ!!

 そう一同総出で突っ込みを入れるが、キャスターは「プイッ!」と目を逸らすばかり。全く悪びれていない様子。

 

 だって仕方ないじゃない、宗一郎が言ってくれたんだもの。不器用な彼が必死に頑張ってくれてる。なら私に選択肢などあって? 吉牛だろうがドンキだろうが、迷わず言ってみせるわ!

 たとえ宗一郎が、未だに()()()()()()()()()()()っぽくても! ……きっと中華とか関係なく、自分の好物を言っちゃってるのね♪ なんと愛らしい人なんでしょう(血の涙)

 

 そう冷や汗を流しつつも、キャスターは己を貫く。

 場の空気とかTOP10とか、そんな物は知らん! もうどーなっても知らん!

 

「うるさいわねっ! はやくドンキもって来てよ! はり倒すわよっ!」

 

「なんでキレてるんですか?! 意味が分かりませんキャスター!」

 

「よ~く考えたら……牛丼もドンキも、結婚前に宗一郎が連れて行ってくれた店じゃないの!

 さっさと持って来なさいな! 思い出の味なのよぉぉーーっ!!」

 

「知るかァ! 目ぇ覚ませよお前ッ! 落ち着けって!」

 

「離婚したらどーすんの!? ねぇどーするのよ!?!?

 ただでさえ、聖杯戦争勝てなかったのにぃ! 不義理をするワケにはいかないのぉ!

 これで愛想つかされたり、夫婦仲が冷え切ったら、アンタ責任取れるの?!

 ――――私には彼しかいないのよっ! から牛とハンバーグプレートいっちょう!(迫真)」

 

「 やかましいのだよ! 中華を頼みたまえッ!! 」

 

 天井を見上げ、スヌーピーみたく「わー!」っと泣く。

 メディアは色々と必死だ。昭和の夫婦ドラマのように「捨てないでぇ~!」って感じ。

 

 有り体に言って、もう企画どころじゃない。

 メディアは烈火の如く喚き散らし、牛丼もってこいハンバーグを出せと、ひたすらに要求。

 もうメンバー達は「どよ~ん……」と額に影を落としている。お家に帰りたい気持ちだ。

 

 

「あっ! “杏仁豆腐”!!

 前に宗一郎、お土産に買って来てくれたでしょう?

 あれ私とっても好きでした! 杏仁豆腐いかがですか宗一郎っ!?」

 

(グッ!)b

 

「あーもう相談しちまってるよ。無茶苦茶だよ」

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 この杏仁豆腐は、泰山でも人気メニューのひとつヨ!

 死ぬ気で麻婆たいらげた後、シメで頼む人が多いアル♪

 

 ウンチクになるケド、“杏仁”てゆーのは、本来薬膳でネ?

 喘息の治療に効果的とされてるヨ♪

 

 主にお菓子用に使われる“甜杏仁”と、薬膳用に使われるにんがぁ~い“苦杏仁”、その二種類があるケド……。うちで使用してるのはもちろん 苦 杏 仁 !!

 

 とーぜんながら、()()()()()()()()()()

 苦みと辛さの二大巨頭、夢のコラボレーション♪

 

 これは、「最後くらいは甘いもの食べたい」などとのたまうクソッタレ共を、地獄に叩き落すためn……じゃなかた、みんなの健康を考えて作た中華スイーツ☆(だが甘いとは言ってない)

 

 泰山の半分は、優しさで出来てるネ! 身体を大事にしろヨ♡ 

 

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――9位ィィ!!!!!』

 

 

 

 

 あれから15分後。「おぐぇっ!」とか「ほんぎゃー!」とか言いながら、必死こいて杏仁豆腐を平らげたメンバー達。

 

「よもや……入っておるのか? ()()()()()()?」

 

 驚愕、そして絶句。 

 ぶっちゃけこれは、望外の結果だった。

 だってキャスターがアワアワしながら咄嗟に注文した一品だったし、食べてみたけど「なんにも美味しくない」という出来栄えだったから。

 

「もしかすると、この店の特性なのか……?

 激辛料理に耐え切った者達が、自分へのご褒美として注文する、といったような」

 

「まぁ“甘い”なんて、()()()()()()()()()()()()

 脳天突き抜けるくらい苦いわ、胃に穴が空くほど辛いわ……。

 これを頼んだ客達は、さぞ無念だった事でしょう」

 

「■■■」(怨嗟が渦巻くな。人間でもオルタ化するかもしれん)

 

 海で遭難し、三日三晩必死に泳いで辿り着いた先が、人っ子ひとりいない無人島だった……みたいな気持ちだろう。“どう足掻いても絶望”というヤツだ。

 

 ちなみにだが、本家の番組において、これがTOP10にランクインするのは“非常に稀”なのだという。ラーメンや炒飯などの一品料理が上位を独占してしまい、杏仁豆腐を始めとする中華スイーツ勢は、どうしてもランキングが低くなるのだそうだ。

 

 そこに来ての、この結果。

 適当に言ったのに、あんなにマズかったのに、なんにも甘くなかったのに……。

 でも第五次サーヴァント達は、見事に泰山の第九位を、当てることが出来たのだった。

 

 

「まぁ私は、離婚にさえならなければ、それで良いけどね……」グッタリ

 

「必死よなぁお主」

 

「ちょっと引いたぞ俺ァ」

 

「後が無いですからね、アラサーの女というのは」

 

 

 

 

 

 今も皆の眼前には、「がんばれ」と書いたカンペを無表情で掲げている、宗一郎さんの姿。

 寡黙だけど愛妻家な彼に向けて、キャスターは「ぐっ!」と親指を立てて見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■(つづくぞ)ッ!!)

 

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その8

 

 

 

 

 小次郎は思う。こやつらには雅さの欠片も無い――――と。

 

 

「んあーっ! これしゅっごいのぉーーう!!(≧Д≦)」

 

「あはは! おもしろいですライダー! エロいですっ!」キャッキャ

 

 まがりなりにも、覇を競い合った戦友。己の矜持をかけて仕合った英霊達。

 だが、今のこやつらは何ぞ? なんたる様かと。

 

「聞く所によると、正露丸を鼻につっこんだら、辛さを感じなくなるそうよ?」

 

「なッ!? それは本当かねキャスター! どういう理屈なんだ!?」

 

「あれかァ? 鼻がスーっとし過ぎて、もう辛さどころじゃ無くなる、みてェな」

 

 先の聖杯戦争での戦は、彼の誇りであった。

 今も瞼を閉じれば浮かんで来る、あの闇夜の光景。張り詰めた空気。高揚感。

 決着の瞬間、刃を身に受けた焼けるような痛みですらも、己にとっては大切な思い出。その全てが愛おしい。

 生前はついぞ叶わなかった強者との立ち合い。たったひとつ胸に抱き続けた望み……。それを叶え、心行くまで堪能することが出来たのだから。非常に満足していた。

 

「■■■」(では俺が試そう。フゴフゴ、フゴフゴ)

 

「おぉ、一気に5つも入れるのですか? なんという思い切りの良さ」

 

「流石はバーサーカーだ。大英雄は伊達では無いな」

 

「すんごい鼻広がってます。ゴリラみたいです」

 

 しかし、しかしだ。

 その大切な思い出も、今のこやつらを見ていると、すべて幻だったのではないかと思える。

 あんなに真面目だったのに、カッコ良かったのに……。もうそんな面影はどこにも無い。

 

「■■■ッ!」(いけるっ! 意外といけるぞフゴフゴ!)

 

「めっちゃ食べてる! モリモリいってるじゃないのっ!?」

 

「瞬く間に料理がッ! 圧倒的ッ……! 圧倒的爆食ッ……!」

 

「鼻はとんでもねェ事になってるけどなw 締まらねーよ旦那www」 

 

 やめれ、思い出を壊すな。お主らと戦ったことを誇りとする私の立場が無いではないか。

 そう小次郎は眉間に皺を寄せる。

 

「ライダー、我らも続こう。共に杏仁豆腐をへんへふふふほは(殲滅するのだ)」

 

「了解ですセイバー。これさえあれば、ほほへふほほははい(恐れるものは無い)」

 

「――――よさぬか莫迦(ばか)者! 女子(おなご)だろう!!」

 

 一喝。せっせと正露丸を鼻に詰め始めたセイバー&ライダーを止める。

 二人共「えっ」って顔でこちらに振り向く。鼻の穴パンパンにしたまま。

 

「ん? ほーひはハハヒンほ(どうしたアサシンよ) へふふはひは~(エクスカリバー)」

 

「はひははひはひはは(何かありましたか?) へふへふぉ~ん(ベルレフォーン)」

 

「あい判った。わざとやっとるなお主ら?」

 

 

 

 こんなヤツらと死力を尽くして戦い、そして負けたのかと思うと、もう時雨てしまいそうだ。*1

 あれか、私を悔しがらせる為にやっておるのか。そうなのか英霊共。非正規のサヴァだと思って馬鹿にしやがってチクショウ。

 

 小次郎は思う――――こやつらに負けるワケにはいかぬと。

 まぁさっきまでは自分も、散々アホな事やってたような気がするけれど……それはそれ、コレはコレなのだ。

 

 次の手番、是が非でもTOP10を当て、こやつらに見せつけねば。

 我が矜持を。生き様を。武人かくあるべしという所作を。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第1巡、六皿目】 佐々木 小次郎(アサシン)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 二連勝で迎えた6番目の回答者は、江戸時代からやって来た月下の剣士、アサシン!

 魔人と称されし護り手は、泰山の悪意を退けられるかぁ~っ!?

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

 時を現在に戻し、キャスターの手番が終了した直後……。

 

「ふぎはへへーか」

 

「ひはいひへひふほ、ハハヒン」

 

「へーへーひはひははい♪」

 

「うむ、解せぬ」

 

 翻訳をすれば「次はテメーか」「期待しているよアサシン」「せいぜい気張りなさい」

 だが全員、鼻に正露丸を詰め込んでいるので、フガフガとしか聞こえなかった。

 

「よいしょっと……。

 とりあえず貴方の番だけれど、どーせ当たりっこ無いのだし、巻きでいきましょ。

 さっさと済ませなさいな」

 

「は?」

 

 スポーン! と正露丸を射出つつ、キャスターはなにやら不可解なことを言う。

 

「あら分からない?

 なら、いま注文しようと思ってる料理を、頭に思い浮かべてみなさいな」

 

「……」

 

 釈然としないながらも、アサシンは目を瞑り、言われた通りにしてみる。

 

「貴方が思い浮かべたのは、()()()()()ね? これがメンタリズムです」

 

「ふざけまいぞ阿呆ぅ」

 

 ほーらご覧なさい♪ と得意げに笑おうとしたが、どうやらアサシンの答えは違ったようだ。

 あれ? おかしいわね……とキャスターは本気で困惑している様子。マジかこいつ。

 

「あわとひえはともかくとして……実は私も一抹の不安があるのです。

 この企画、アサシンには少しばかり、荷が勝ち過ぎるのではないかと……」

 

 かと思えば、今度はライダーが不安気な顔。

 冗談を言ったり、貶しているのではなく、どこか彼に同情しているような雰囲気がある。

 

「貴方が生きた時代では、“肉食”はご法度だったハズ。

 殺生を良しとしない仏教の影響で、肉を食べる事が禁じられていた、と聞いています」

 

 そう。アサシンこと佐々木小次郎は、江戸時代を生きた人である。

 某るろうに剣心でもお馴染みだが、日本人が文明開化の象徴として“牛鍋”などを食するようになるには、明治維新を待たなくてはならないのだ。

 

 馴染みの無い中華料理、そればかりか肉すらもロクに食べた事がない。

 そんな彼に、泰山のTOP10を当てろと言うのは、あまりにも酷のように思いますと、ライダーは語る。

 

「ほう、よく存じておるな。聖杯からの知識に、かような物があったか?」

 

「いえ、よく本を読みますので。たまたま知っていたのです。

 それで、大丈夫そうですかアサシン? もし難しいようなら、私達も知恵を……」

 

「案ずるな。確かに日ノ本の生まれゆえ、中華は食さなんだがな。

 されど肉自体は、()()()()()()()()()()

 

「「「 !?!? 」」」

 

「お主の申す通り、殺生はご法度。肉食もまた然りよ。

 だが()()は別ぞ? 作物を荒らす不心得者には、天誅も下ろうというもの」

 

 たとえばイノシシ肉。これは江戸時代にも、普通に食されていたという。

 もっとも禁じられている手前、大っぴらに食べるワケにもいかないので、人々は“山くじら”という隠語で呼んでいたようだが。

 

 商人はみんな「猪ぃ? 滅相も無ぇでさぁ。これは山で獲れた鯨なんですわゲヘヘ♪」と言って提供し、そしてお客さん側も「わしが今から食うのは、肉じゃなく魚じゃ。だから問題ないわい」と言って頬張る。

 ようは、そういった“方便”を使い、人々は肉に舌鼓を打っていた~というワケだ。

 

 徳川の世でも、既に養鶏は行われていたし、鶏は獣ではないので食べてもOK。そればかりか鶴や白鳥なども食べていたという。

 また兎を数える時に“一羽二羽”と言うのは、「これは鳥だから……(震え声)」という方便を使っていた名残なのだそうな。

 

 ちなみにだが、それのみならず()()()()()、江戸時代にはバッチリは食べていたという記録がある。

 たとえば長崎の出島では、オランダ人が数多く住んでいたので、もちろん食事も洋食だ。食用として牛や豚の飼育も行われていたらしい。

 

 そして時の将軍様や、藩の偉い人達は、“反本丸”とよばれる牛肉の味噌漬け的な料理を、「これは薬だから(以下略)」と言い張って、モリモリ食べていらっしゃったのだ。

 まさに「牛肉うめー!」って感じで。大人気だったらしいぞ!

 

「ゆえに、私とて肉を食した事はある。美味だとも感じるでな」

 

「そうだったのですか。勉強になりました。

 いらぬ心配をしてしまいましたね」

 

「構わぬさライダー。

 さてさて。この中で馴染みがあるのは……鶏くらいの物か?

 そこらの品を選ぶとしようぞ」

 

 ここ冬木に来て、数か月ほど。アサシンもそれなりに現代の料理を口にしている。

 なんだったら士郎がよく差し入れを持って来てくれるので、山門で動けない身でありながら、けっこう色々な物を食べた事があったりする。

 

 煮物やおにぎりなどの和食のみならず、カレーやシチューといった洋食もだ。

 ちなみにアサシンの最近のお気に入りは、キュウリや玉子が沢山入った士郎お手製のサンドイッチである。

 

 この前なんとなしに「マスターを交換せぬか?」とセイバーに提案してみたのだが、彼女は「イヤです」と即答。取り付く島もなく断られてしまった。

 同じ剣士、同じサーヴァントであるというのに、いったいどこで差が付いたのだろう?

 生まれたての子犬くらい大切にして貰っているセイバーと、山門から一歩も出ることが出来ぬ我が身。これを思うときアサシンは、この世の不公平さと無常を感じざるを得なかった。主人ガチャ大ハズレだ。

 

 とにもかくにも、注文する品を決めるべく、メニュー表とにらめっこするアサシン。

 背筋をまっすぐ伸ばし、品性を感じさせる所作で、静かに椅子に座っている。

 自分の手番だからとて、焦る事も慌てる事もなく、落ち着いた表情。

 

 これはまさしく強者の面構えだ。

 負ける事など微塵も考えぬ、そして見ている者をしても負ける姿が想像出来ないような、自信と余裕のある姿。

 さっきまで「んほぉ~!」とか言ったり、正露丸を鼻に詰めていた連中とは、ホント雲泥の差である。

 

「ときにお主ら、先ほど“必殺技注文”なる儀をしておったな?」

 

「あぁ、トレースオン(キリッ)とか貰い受ける(キリッ)の事ね~」

 

 アーチャー&ランサーの両名が、「///」と顔を背ける。

 あの時はテンションでいったけど、今はけっこう恥ずかしかった。

 

 

「なれば私は、秘剣燕返しを披露(つかまつ)ろう。

 ()()()()()()()()()()、というのは如何か?」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 帰れま10in泰山、6番手のアサシンが実行したのは、脅威の三皿同時注文!

 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を起こすという彼の秘剣・燕返し。それを彷彿とさせる、佐々木小次郎にのみ許された技!

 

 たくさんの刻みネギが乗せられ、甘辛タレがたっぷりとかかった“油淋鶏”。

 パプリカやたまねぎに加え、ナッツの食感が嬉しい“若鶏のカシューナッツ炒め”。

 そして「これぞ泰山!」と言うべき、とんでもなく毒々しい食欲をそそる赤いソースの“若鶏の唐揚げチリソース風”。

 

 なにやらテーブルの周辺に、呼吸をするのさえ困難なほどの瘴気が漂っているが、この“鶏料理ローラー作戦”とも言うべき大胆な所業は、功を奏するのかぁ~っ!?

 

 

・ナレーション: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

「目がヒリヒリしまふ(震え声)」

 

「鼻がツーンとするな(絶望)」

 

 ライダーの語尾がおかしくなり、アーチャーは諦観の表情。

 これから我らは死地に赴く、命捨てがまるは今ぞ、とばかりの悲壮な雰囲気。仲間達の目が死んでいる。

 

(だが……この()()はどうだ?

 なんでコイツぁ、こんな堂々としてやがんだ……)

 

 ふとランサーがチラ見した先には、静かな面持ちで座る小次郎の姿。

 その表情には一点の曇り無く、後悔や絶望すらも感じていないように思える。

 

(ぶっちゃけ、そろそろ俺らの腹も膨れてきた頃合い。

 三品同時ってのは、けっこうクルもんがある。

 それをおしての“燕返し”。ヤツには勝算があるってのか……?)

 

 ランサーには分からない。それはこの場の皆がそうだろう。

 例の麻婆という安牌を切ってしまった今、彼らはもう手探りで正解を探っていく他なく、何が正しいのかなんて全く分からない状況だ。

 

 麺類、肉類、野菜類、点心etc……。ここには多種多様な料理があれど、一体どれを狙えばよいのやら。

 辛そうな物を選べば良いのかと思いきや、先ほどの杏仁豆腐の例もあり、一概には言えない事は既に証明されている。あーだこーだと思考が堂々巡りする。

 ゆえに今回アサシンが選んだ“鶏料理”というものの是非を、彼らが判断出来よう筈も無かった。

 

 だがここに来ての、アサシンの所業。威風堂々の佇まいよ。

 これから訪れるであろう未来、そして結果を、少しも疑っていないように見える。

 この曇りなき眼、迷いの無さは、彼が持つスキル【明鏡止水】の賜物なのか。

 

 有り体に言って――――頼もしい。

 こいつが味方であることが、誇らしく思える程に。

 ランサーの胸に、確信めいた期待感が込み上げる。コイツなら大丈夫なんじゃねェかと。

 

「いやはや、嬉しいぞ。

 生前は農民であったゆえ、鶏料理などという贅沢、滅多に出来んかったでな。

 壮観な光景よ」

 

 楽しんでいる、今この状況を。まるで企画の事など忘れているかのように。

 それは、なんて心強い姿だろう。なんと自由な心だろう。

 誰もが絶望に打ちひしがれる中、どんな苦境も竹のように受け流すしなやかさ。激流の如き激しさを宿しながら、水のような清流さを併せ持っている。

 これが佐々木小次郎という男か!

 

「鍛錬がてら野鳥を斬り、それを食ってはおったがな?

 本職の料理人が作る鶏料理は、また格別よ。堪能させて貰うとしよう」

 

 薄く笑みすら浮かべ、アサシンが料理を取り分けていく。

 ゆっくりと、丁寧な手つき。その優雅で美しい所作に、皆は思わず目を奪われる。

 

「では、馳走になる」

 

 すらっと綺麗な指で操られた箸が、若鶏の唐揚げをつかむ。

 友が茫然とただ見守る中、小次郎は何食わぬ顔で、それを口にして見せた――――

 

 

「……かりゃ~い」ボソッ

 

「「「えっ」」」

 

 

 なんか今、()()()()()が聞こえた。

 そんな気がするのだが、あまりにもこの場の雰囲気と似つかわしく無かったので、みんな気のせいだと思う事にした。

 

「いや失礼、ちと面を喰らってしもうたわ。

 されど……安心せぃ皆の者。()()()()()()()

 

「「「!!??」」」

 

 にやり、ニヒルに笑う。

 それを見た途端、仲間達は先を競うように料理をパクッ☆ 唐揚げだの油淋鶏だのを口にする。

 

「きっ、強烈だなッ……! 口内が焼けるようだッ!!」

 

「でもっ……美味しいですっ!

 ジューシーですし、油も素材も素晴らしい!」

 

「表面の衣は、もう地獄みたいな辛さなんだけど……、()()()()()()()()()()()()

 がんばって噛み続ければ、鶏肉が辛さをマイルドにしてくれるわ!

 今までの事を考えれば、むしろ美味しいかも!?!?」

 

 これらはカリッカリの揚げ立てなので、その熱も相まって、口にした途端すさまじい辛さが襲い来る。油の熱で口内を火傷し、そこに唐辛子やチリソースを擦り込まれるので、とんでもなく痛かったりもする。

 

 ――――けれど、鶏肉すげぇ!! 辛いのと凄く合う!!

 もうお口の中は、間違いなくパンドラの箱みたくなってるんだけど(絶望ちっくな意味で)、でも希望という名の“おいしい”が、ちゃんと存在しているのだ! この上なく高いレベルで!!

 

「辛ェ! 口ん中が痛ェ!! けどアリだなこりゃ!」

 

「■■■ッ!」(頑張った先に、幸せがある! ちゃんと努力が報われるっ!)

 

 ちなみにだが、全員お箸を持つ手が震えている。あまりの辛さに身体が拒否反応を起こし、心身共にどっかおかしくしているのだろう。

 だけど、美味しいってすごいっ! 鶏肉ってすごい☆

 僅かだとしても、ちゃんと“救い”さえあるのなら、英雄と呼ばれた彼らが手を止めよう筈も無い。ひたすら勝利を目指し、最後まで駆け抜けるのみ。

 

「なんと……! ペロリといったか! 凄いじゃないか君達!」

 

「一皿につき1個づつとはいえ、瞬殺でしたね……」

 

「ええ。美味しい物ってゆーのは、油で出来てるのね。実感したわ」

 

 鶏肉パワーの効果で、三皿あったにも関わらず瞬殺。これまでにない勢いでパクパクと食べきってしまった。

 思えば麻婆豆腐だの、爆裂ゴッド麻婆だの、石焼き麻婆炒飯だのといった、非常に困難な料理ばかり注文していたが、ここに来ての快進撃。

 そしてこの死地において、ハッキリと“勝利”したという実感が、皆を高揚させる。

 消耗戦の苦しみや、先が見えない不安の中、あたかも極寒の地で起こすあったかい焚火のような熱。

 真っ暗だった心に、勇気が灯っていく。俺達はやれると。

 

「良い時間でした。これで我が軍は、まだまだ戦える」

 

「士気が上がったな。

 舌や喉にゃダメージあったが、なんか気分良いぜ」

 

「この調子でいけば、きっと達成出来るわ♪

 私達の力を信じましょうっ!」

 

「■■■」(激辛料理など、恐れるに足らん。俺達は戦士だ!)

 

 おー! と拳を突き上げ、改めて闘志を燃やす一同。

 その光景を見て、人知れず小次郎がフッと嬉しそうに笑う。

 分かってきたではないか――――と。

 

 やはり英雄たるもの、こうでなくてはいけない。

 一人で剣を振るうばかりだった生前、あれほど恋焦がれていた強者は、ようやく本来の雄々しい姿を取り戻し、また眩い輝きを放ち始めた。

 小次郎はそれを満足気に見つめる。いつもは飄々とした彼ではあるが、とても嬉しそうな顔だった。

 

「三皿と聞いた時は、どうなる事かと思いましたが……とても良い選択だったと思います。

 私の心配など、本当に杞憂でした。お見事ですアサシン」

 

「なぁに、己の食いたい物を頼んだまでのこと。

 迷いは戦の後に置く――――其れが武人という物よ」

 

 情報が無く、決断し難い時には、まず動く。

 直感でも何でも良い。うだうだと悩み、立ち止まるのではなく、己を信じて前に進む。

 その姿勢、その心構えこそが重要なのだと小次郎は語る。

 彼の優しい声、そしてまっすぐな瞳が、とても印象的であった。

 

「それでは、満を持して結果発表ですっ☆

 油淋鶏と、若鶏のカシューナッツ炒め、そして唐揚げのチリソース風……何位ですかぁー↑」

 

 デケデケデケデケ(ドラムロール音)

 赤い円卓(中華テーブル)に着く一同が、手を祈りの形にして目を閉じる。

 来い! 来い!! 来いッ!! そう小さな声で何度も呟く中……。

 

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――45位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――46位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――47位ィィ!!!!!』

 

 

 

 言峰さんの「愉悦っ!」って感じの声が、スピーカーから3回も響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 この鶏料理三品は、()()()()()()()()()

 アタシ全然本気出してないカラ、そのつもりでネ♪

 

 泰山にある鶏系の料理は、基本的に“あんま辛くしてない”アル。

 使てる唐辛子とかスパイスの量、他のヤツと比べたら5分の1以下! もと少ないカモしれんネ?

 

 ナゼあえてこんな事しとるかゆーと……コレちょとした四川風ジョーク☆

 言われちゃうヨ~? ウチの店で鶏料理なんて注文しようもんなラ。

 

 ――――そう! 【チキン野郎】とナ! ぷーくすくす♪

 

 

 ま! お前らみたいなヒヨッコは、カラアゲでも頼んどけてコト♡

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

「怒ってねェ。別にいーんだよ俺ァ。誰しも失敗はあらぁな」

 

 旨かったし、気合も入ったしな、とランサー。

 

「だがよォ、それはそれとして……ちょっと言いたい事があんだよ」

 

 無駄に三皿も食わされた挙句、TOP10を外したばかりか、軟弱者(チキン)呼ばわりされる。

 気にしてねェとは言いつつも、槍の英霊クーフーリンの額にビキビキっと青筋。

 その鋭い眼光は、この事態を引き起こしたアサシンに向いている。

 

 

「前から思ってたけどよ……? なんでお前、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 可哀想だろ。燕がいったい何したってんだ? 風流な鳥じゃねーかよ。

 そもそもの話、仏教じゃ殺生を禁じてんだろ? さっき言ってたじゃねーかオイ。

 そう「じとぉ~!」とした目でネチネチ。

 

「なにが剣の修行だ。イタズラに生き物殺しやがって……。

 てめぇ鳥さんの気持ち考えたことあんのか?」

 

「そうよ、なんで燕なのよ。据え物斬りでいーじゃないの」

 

「そんな事をしないと、強くなれないんですか?

 セイバーはどう思います?」

 

「私は剣士だが、一度もやった事が無い。

 考えた事すら無かったです」

 

「ほら見ろ、燕を斬る必要など無いではないか。

 それは剣士ではなく、()()()()()()()()()

 小動物を殺め、悦に浸るなどと……見下げ果てたヤツだな君は」

 

「■■■」(友達が居ないからって、()()()()()()()()。悔い改めろアサシン)

 

 動物虐待だ! 謝罪しろ!

 そうどこぞのオカシナ団体のようにブーイング。彼を責め立てる。

 

「……」

 

 今じわっと、アサシンの目に涙が滲んだ。

 無言でいるし、表情はそのまま。だが思わず涙が出ちゃう……。悔しくて悔しくて。

 

 燕を斬ったことは謝る。でも「友達が居ない」は酷いだろう?

 そりゃあ生前は、一度も誰かと立ち合ったこと無かった。孤独だった。でもそんな風に言わなくたって良いじゃないか。

 一人っきりで頑張ったのに、誰の手も借りず必死に剣を振ったのに。この仕打ち。この仕打ちよ。

 

 

 

「――――村さ帰ぇりでぇぇ~~っっ!!!!」

 

「「「 !!!??? 」」」

 

 

 

 突然、この場に響くアサシンの声。……いや“東北弁”。

 

「もうおらサーヴァントやんだ! 門番やんだ!!」

 

「ど……どうしたのですアサシン!? 何故とつぜん口調が?!」

 

 訛ってる! ものっすごい訛ってる!

 あの雅な伊達男はどこへやら。今ここにいるのは、ガン泣きする“農民”だ。

 

「英雄なんかさは、オラのきもぢ分がんね゛!

 オラが非正規のサヴァだがらっで、あんまりでねが!!」

 

「ちょっと待ってくれ! いったん落ち着こうアサシン! 落ち着くのだ!」

 

「も゛ーオラ着物てぐね! 刀とかいずぐでしかだね!」*2

 

「だっ、誰か通訳を! 聖杯の知識には、こんな言葉無いですよ!?」

 

「おらクワ握るだ! 畑さ耕して暮らすど!」

 

「いや耕さないでよ! 刀握りなさいな!」

 

 烈火の如く叫ぶ。これまでの鬱憤が火山の噴火のように溢れ出し、もう止まらなくなっている。

 

「オラがカッペだと思っで、馬鹿にしてんべ!?」

 

「カッペってなんですか!? 知らない言葉ですシロウ!」

 

「英霊のくせに、宝具さひどづ持ってねっで!

 ありゃ佐々木()()()()のニセモンだわさ~っで! 影で言ってんだべ!?」

 

「いや言ってねェよ!? なに卑屈になってんだオイ! しっかりしろ!」 

 

「――――あんだぁ燕返しっでぇ! んなモン()()()()()()()()()()!!

 セイバーさに二回使っで、二回どもヒョイっと躱されたべや!!(迫真)

 そもそもの(はなす)、おら誰がと仕合ったごと、いっぺんも無がっだってば!

 誰がに試しもしねで、なんにが不可避の必殺剣だっづの! おだづでね!」*3

 

「■■■ッ!」(刀を折ろうとするな! やめろ! それ大事なヤツだろ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、この後みんなで宥めすかし、機嫌を治してもらった。

 

 

「……んだがや? オラの燕返す↑、いけてっかや?」

 

「「「イケてるイケてるぅー!(必死)」」」

 

 

 この魔人と称されし侍には、みんな一度は退けられているし、宝具なんて無くてもすごいヤツなのだ。

 自信持ってくれ、悪かったってオイ……。そうペコペコ謝る。

 

 

 まぁ正直、小次郎が何を言っているのか、()()()()()()()()()()()()

 それどういう意味の言葉ですか? だなんて、とてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃなかったし。

 

 

 農民に本気でキレられる――――そんな貴重な経験をした英霊達であった。

 

 

 

 

 

 

(続きカリバー!)

 

 

 

 

 

*1
侍言葉で、さめざめと泣くこと

*2
【いずくて】 違和感がある、しっくり来ない、の意

*3
ふざけるな、の意







◆方言の参考にさせて頂いた作品。(アイマスSS)

【美希「ハニーがホームシックなの」】




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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その9

 

 

 

「サクラです」

 

「いや、凛だろう」

 

 先の注文を食べ終えた後の、ちょっとした雑談タイム。

 美しき蛇と錬鉄の英霊が、睨み合う。

 隣の席同士、バチバチと火花を散らしながら、双方同じ言葉を繰り返す。

 サクラだ、いや凛だ、と。

 

「何を言っているのですかアーチャー? サクラでしょうに。

 あまり妙なことを言われましても」

 

「君こそ何を言っているのかね。

 酒のせいで、どうかしてしまったか? 凛に決まっている」

 

「「「……」」」

 

 ゴゴゴ……っと二人の身体から、黒いオーラが。

 それは決して、見ていて気分の良い物じゃなく、生物的な本能が警笛を鳴らす類の物。

 いわゆる“殺意”を込めて、鋭い眼光を交わす。

 その光景を見守る仲間達5人は、みんな一様に無言。額に汗を浮かべている。

 

「 サ ク ラ の オ ム ラ イ ス が 、い ち ば ん 美 味 し い ん で す っ ! 」

 

「 凛 の 作 る 炒 飯 は 至 高 だ ッ ! 」

 

 ――――なにその喧嘩。しょーもな!

 んな事で殺気を剥き出しにせんでも。大人げない大人げない。

 そうサヴァ達は「どよーん……」とした顔。

 それを余所に、ライダー&アーチャーはどんどんヒートアップ。

 

「どちらがカワイイか……。どちらが良いマスターか……。

 これに議論の余地はありません。()()()()()()()()()()

 

「うむ、同感だ。君の言う通りだよライダー」

 

「しかしっ! こと“料理”に関しては、サクラに分があるハズ!

 貴方はあの夢と幸せが具現化したかような、超絶ふわとろオムライスの美味しさを知らないのですか!?」

 

「ふっ。玉子ならこちらにも入っているさ。

 君こそ、凛の五目炒飯が織り成す、素晴らしい味のハーモニーが分からんのか?

 焼き豚、ネギ、ザーサイ、カニカマに加え、君の大好きな海老も入っているんだぞ?」

 

「違うっ! オムライスの方がおいしいです!

 まぁリンも、すごく可愛いですが。非の打ち所がない程に、素晴らしい女の子ですが」

 

「愚かな。五目炒飯が上だ。

 まぁ桜君も、この上なく愛らしいがね?

 とても良い子だし、健気で頑張り屋さんだ。愛しさが込み上げて来るよ」

 

 もうやめて。本人の前で――――

 ADとしてこの場に控えている凛&桜は、もうどうして良いのやら分からず、林檎みたいに赤らめた顔を「クッ!」と逸らすばかり。とても恥ずかしい。

 

「あのオムライスは、兄妹愛の結晶なのですっ!

 普段は素っ気ないシンジが、独自にレシピを研究し、根気よく練習に付き合った!

 料理が上手くなりたいという、幼き日のサクラのためにっ!

 そうして、初めてサクラが上手に作れた料理が、このオムライス!

 今でもシンジの誕生日には、毎年これが食卓に並びます!

 あの捻くれ者のシンジが、サクラのオムライスを食べている時だけは、昔のような優しい笑みを浮かべるんですっ!」

 

「大切な思い出の味……というワケか。しかし凛とて負けてはいないぞ?

 この五目炒飯は、彼女の父である“遠坂時臣氏”の直伝だ。

 不器用ながらも家族サービスをしようと、たまに台所に立っていたという時臣氏が、いつも作ってくれたのがこの料理だ。

 火が通り過ぎていたり、パラパラとはいかなかったりと、決して良い出来栄えでは無かったそうだが……、それでも凛と桜君は喜んで食べた。いつも沢山おかわりをした。

 後に凛は、当時の記憶を頼りに、その味を忠実に再現。

 更に絶え間なく練習を積み、昇華させたそのクォリティは、もう言わずもがなというヤツさ。

 この五目炒飯は、いわば父と子の絆――――世界で一番おいしい炒飯だよ」

 

 ぐぬぬ……! と睨み合う。両者一歩も譲らず。

 彼らのマスターに対する……いや遠坂姉妹に対するクソデカ親愛が垣間見える。喧嘩の名を借りた“惚気”のようにも見える。

 あの子らを幸せにしたらなアカン! この命にかえても!!

 そんな想いをヒシヒシと感じた。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着こう。

 ここは間を取って、『ファミチキが一番うめぇw』という事で」

 

「――――殺しますよセイバー?」

 

 空気を読まないのほほんとした声に、二人は青筋を立てた。

 

「いつもシロウのごはんを食べている私、高みの見物! 勝ち組!

 ふはは。格下の者達の喧嘩は、いつ見ても滑稽だ。

 争え……! もっと争え……!」

 

「そんなだから『王は人の気持ちが分からない』とか言われるんだ君は」

 

「そりゃモードレッドもキレますよ。ブリテン滅びますよ」

 

 ふとみんなの頭に「こいつは本当にセイバーなのか?」という疑問が浮かぶ。

 あまりにもイメージと違い過ぎるのだ。聖杯戦争時の凛々しさや高潔さは、一体どこへ?

 つかこんなヤツに俺達は負けたんだなと、今更ながら悔しくなってきた。

 

「オラぁ()()()()()とかよく分がんねぇけんど、仲良くしてけろ?」

 

「鈍ってる鈍ってる。そろそろ元に戻って頂戴……」

 

 今度お休みをあげる。温泉にでも行って、のんびりして来ると良いわ。

 そうめずらしく労うキャスターと、未だ立ち直れていない様子のアサシン。

 彼女らの姿に、なんか気が抜けてしまった一同は、とりあえず喧嘩腰だった態度を改め、ふぅと一息つく事に。

 

「サクラの話ならば、まだいくらでも出来ますが、今日はこの辺にしておきましょうか。

 ではバーサーカーの方はどうです? なにかイリヤの話があれば」

 

「おっ、あの気の強ぇお嬢ちゃんか!

 いいねェ、聴かせてくれよ旦那」

 

「■■■?」(俺の主か? そうさなぁ)

 

 皆が「いーかげんにしろ」と止めるまで続いた、セイバーによる士郎ちゅきちゅき話、同じくキャスターの夫自慢、そして先の騎&矢による遠坂姉妹LOVE話。

 それに引き続き、今度はバーサーカーに、この話題のバトンが渡ったようだ。

 

 クラスが凶戦士とはいえ、サーヴァントの鑑とも言うべき忠義者。

 ここ日本でも広く知られる、強さの代名詞的な存在。

 英雄と言えば、誰もが真っ先に思い浮かべるほどの人物。それが大英雄ヘラクレスだ。

 そんな彼のマスターたる少女は、いったいどんな子なのだろう?

 英霊達は興味深々といった様子で、ワクワクとバーサーカーの方に向き直る。

 

「■■■■」(この度アハト翁の打倒を果たし、名実共にアインツベルンのトップに立ったイリヤなのだが……、最近S〇Kというゲーム会社を()()()()()()()()? 長らく途絶えていたKOFシリーズを、復活させることに成功したぞ)

 

「「「 すげぇぇぇーー!!!! 」」」

 

 破産したり、パチスロ作ったり、中国企業に買収されたり。

 そんなずっと不憫だったS〇Kに、イリヤが救いの手を差し伸べたのだという。しかも個人で!

 これにより、めでたくKOFシリーズは復活。なんでも20年ほど音沙汰がなかった餓狼MOWすらも、今年中に続編が出るのだとか。非常に楽しみである!

 

「■■■■」(S〇Kの者達は『ドイツ人のキャラを出しましょうか?』と、イリヤに提案したらしい。自分達のボスがドイツ国籍なのだし、そこに気を遣うのは当然の事なのだろう。……しかしながらイリヤは『余計なことは考えなくて良いわ。自分達が面白いと思う物を作りなさい』と言い、それを突っぱねたんだ)

 

「「「 かっこよッ!!?? 」」」

 

 素敵ッ! イリヤさん器でかッ! チョー男前!!

 S〇Kのクリエイター達が自由に、なんのしがらみも無く、思う存分ゲーム作りに専念出来るようにした。十二分に力を発揮出来る環境を、彼女がプレゼントしたのだ。

 それはどれほどのゲーム愛、そしてどんな強大な力と情熱があれば、成せる事なのだろう? もうサヴァ達には想像すら付かない。

 

 とにもかくにも、ここに真の意味でS〇Kは復活を果たし、また面白いゲームをみんなのもとへお届け出来るようになったのだ。

 これには士郎、大河、クラスメイトの後藤くんを始めとする、冬木中の格闘ゲームファン達も大歓喜。

 またKOFが出来る! もう諦めかけていた餓狼の続きが見られる! そう「わっしょい! わっしょい!」とイリヤを胴上げし、彼女の素晴らしい功績を讃えたそうな。

 

 もうやってる事が()()()()()()()()。金持ちの道楽でそこまでするのか。

 でもバーサーカーは、誇りに思う。

 アインツベルンの新当主となったイリヤは、そのゲーム愛という心意気ひとつを持ち、今日も世界中の才気あるクリエイター達の“翼”となり、手を差し伸べ続けている。

 

 

「■■■■」(まぁイリヤは、ゲームで負けて()()()()()()()()()()()()。いくつかのゲーセンを出禁になっているぞ)

 

「台無しだよ、旦那」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

【第1巡、九皿目】 ヘラクレス(バーサーカー)

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 1巡目ラストの回答者は、筋肉モリモリで理性の飛んだ半裸の人、ヘラクレス!

 主神ゼウスの子であり、十二の難業を成したギリシャの大英雄は、帰れま10という試練をも乗り越えるのかぁ~!?

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

 

「■■■」(ではいっても構わんか? ()()()()()()()

 

「「「えっ」」」

 

 止まる。いま耳にした言葉に、一同は思わず彼の方を見た。

 

「■■■」(もう15分も箸を動かしていない。俺はグーペコなんだ。早く何か頼もう)

 

「ちょっと待って、正気なの貴方?!」

 

 前述の通り、いま9皿目を決める所。

 これまで自分達は、7騎がかりとはいえ多くの料理を食しており、しかもその内のひとつはオードブル。あのヒマラヤ山脈と見紛うほどに巨大な品を、必死こいて完食したばかりである。

 だが彼はあっけらかんとした顔で「はらへった」とのたまう。

 

「あのっ……まだお腹に余裕があるんですか?

 私などは既に、かなりキテいるのですが……」

 

「■■■」(そうなのか? ではお前は暫し休んでおくと良い。俺が肩代わりしよう)

 

 フォアザチームの精神だ、任せておけライダー。

 そうあたたかな声で告げる。

 とても心強いし、彼らしいとも思うのだけれど……しかしながらその様子は異常。

 いやアンタ、あれだけ食っておいて!!

 

「■■■」(ちなみに俺の身長は253㎝、体重が311㎏ほどあるんだが……)

 

 バーサーカーは何食わぬ顔で、仲間達の顔を見渡す。

 

「■■■」(あの子(イリヤ)に一度やってみろと言われ、計算してみた事があってな。俺の一日あたりの消費カロリーは【10302kcal】らしいぞ? おにぎりひとつで170kcalだから、()()()6()0()()食べなければならない計算だな)

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 

 ◆彼が一日に摂るべき栄養素◆

 

・タンパク質 【870g】  ※卵124個、牛肉5.1㎏分

・脂質    【311g】  ※マヨネーズ大さじ34杯分

・炭水化物  【1004g】  ※カップ麺22個、うまい棒251本分

 

 

 

 何このPFCバランス――――こんなの初めて!!

 お前はどこのフードファイターだ、こんなのダイエッターが見たら憤死するわ。

 そう言わんばかりの数字ではあるが、彼はこの量を一日で食べなくてはならないのだ。その苦労は推して知るべし。

 

 バーサーカーいわく、「これは生きていく上で、必要最低限の量だ。俺達は戦士だから、鍛錬もすれば戦いもするだろう? 実際にはこの4割増しの量になる。そうせねば()()()()()()()」との事。

 

 なんでも唐辛子などに含まれる“カプサイシン”という成分には、脂質の排出を助ける働きや、脂肪燃焼効果があるらしいぞ? でもそんなの俺にはノーセンキューだ! いつもより多めに食わなきゃいけないじゃないか!(プンプン)

 ……そう彼は「■■■ーッ!!」と憤慨しているが、みんな「あんがー」と呆ける他ない。

 有り体に言えば、バーサーカーは“牛丼の並”を20杯くらい食べちゃう人、という事である。住む世界が違う。

 

「■■■」(では必殺技注文をやるか? 俺の“射殺す百頭”にあやかり、ありったけのメニューを頼んでみるか。店の冷蔵庫を空にしてやるぞ)

 

「「「いやいやいや」」」

 

 みんな一斉にプルプル首を振る。バーサーカーはひとり「キョトン?」としているが。

 

「■■■」(どうした皆。たくさん食わねば大きくなれないぞ?)

 

「もう背は伸びんのだよ。

 君のようになりたいとは、思っていないんだ」

 

 オードブルの時みたいなのは、もうこりごりである。

 一同は「思いとどまれ」と、必死に彼を説得。

 

「■■■! ■■■!」(ほらクーフーリン、ラーメンいくかラーメン! メディアはフカヒレ好きか? 小次郎ゴマ団子食うだろ? さぁ遠慮するなお前達! 若いんだから!)

 

「親戚のおっさんじゃないですか。しんどいしんどい」

 

 若者と飯を食うのが嬉しくて仕方ない、世話を焼きたくて仕方ない。そんなおっさん特有のテンションでウザい絡み方をしてくる。たまったモンじゃなかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 おっちゃーん、あたいコレ食べてほしいー!

 よーし任せとけ! おじさんどんどん食べちゃうぞ~! 見とけよ見とけよ~!

 

 そんな風にメンバー達からリクエストを受け、それ全部ひとりでモリモリ食ってやろうかと思ったバーサーカーなのだが……。企画の趣旨がズレてしまうという懸念もあり、あえなく断念する事に。

 

「■■■?」(本当に良いのか? 十皿でも二十皿でも構わないんだぞ)

 

「いや……気持ちは有り難いけれど、それではすぐに終わってしまうわ。

 まだ一巡目なんだし、のんびりいかない?」

 

「■■■……」(そうか、いい所を見せるチャンスかと思ったんだが……しょぼーん)

 

「おっきい人がシュンとしてるのって、なんかカワイイですね」

 

「ああ、ほんわかするよ」

 

 パンダやトトロに通ずる所があるかもしれない。

 意外と愛嬌満点なバーサーカーだった。

 

 それにしても、ここにきて頼りがいのある人物が出てきたものだ。

 彼の胃袋は宇宙。その規格外な巨躯を持つバーサーカーは、大食い大会で優勝できちゃうレベルの健啖家であったのだ。

 

 もしこの先、仮にメンバーの誰かに限界が来てしまったとしても、バーサーカーがいればなんとかなる。たとえどれほどの量だったとしても、ペロリと平らげてしまえる。

 先ほどあったライダーへの労わりを見ても分かる通り、彼ならば快くみんなの手助けをしてくれる事だろう。この上ない安心感があった。

 

 まぁ大丈夫なのは、あくまでも“量”だけ。

 ここ泰山で出される料理の辛さは、またそれとは別問題であるのだが。

 

「■■■」(さて、それじゃあ注文を決めようと思うが……ときにセイバーよ?)

 

 次の食事に備え、黙想をして気を静めている彼女に対し、バーサーカーが視線を投げる。

 

「■■■」(ここで一番手ごわいのは、お前が最初に頼んだ品。それに相違ないな?)

 

「はい。かの品は泰山にて最強、間違いありません」

 

「■■■」(ならば、()()()()()()()? 俺が引き受けよう)

 

 いや、あの爆裂なんたらを除いた【辛さのTOP5】を訊きたい。

 その四品を片付けよう――――

 

 大型の肉食獣にも似た「グルル……!」という低い唸り声。

 だが静かに、決意の籠った強い瞳で、そう彼女に告げた。

 

「なっ……何を申すか御仁!」

 

「そうだ! いくら貴方といえども、上位四品は……!」

 

「■■■」(なぁに、俺はすこぶる燃費が悪くてな? 一品では足りんというだけの話だ)

 

 それに……皆の雄姿は見ていたぞ。

 初手で最強に挑んだセイバー、皆を背中で守るように戦ったアーチャー、この死地においても男を魅せたランサー。そして誰もが己を貫いていた。

 ならば、お前達ばかりに良い恰好をさせておくワケにもいくまい?

 同じ英霊として、俺もやらねばな――――

 そう凶戦士らしからぬ得意げな顔で、ニタリと笑う。

 

「■■■」(忘れたかセイバー、我が宝具“ゴッドハンド”を。流石にお前の治癒宝具とまではいかんが……屈強さには自信がある。主神ゼウスのお墨付きだぞ?)

 

 そう真っすぐ彼に言われてしまえば、もはや返す言葉など無い。

 少しの間、じっと押し黙っていたセイバーだったが、やがて俯いていた顔を上げ、バーサーカーを真っすぐ見つめ返した。

 

「ピリカラ(笑)餃子――――

 滅殺☆酸辣湯麺(スーラータンメン)――――

 ネオ四川風・みかんシャーベット――――」

 

「どれも強敵、一騎当千の武将だ。

 しかしながら、これらは所詮5~3番目にすぎません。

 問題は、次なのです……」

 

 なにやら謎のスイーツが混じっていたような気がするのだが……、でもあまりにセイバーが真面目な顔をするものだから、誰も口を挟めなかった。

 まぁそれはともかくとして、彼女の美しい桜色の唇が、再び動き出す。

 

 

「――――泰山式・麻婆やきそば( ペヤング )

 これは泰山における、無冠の帝王ともいうべき物だ」

 

 

 出たよ、悪ふざけ。

 第五次のサヴァ達が、シグルイよろしくのきれ~な白目を決める。

 

「正直……これと爆裂ゴッド麻婆は、()()()()()()

 張飛・関羽を彷彿とさせるその力は、他の追随を許しません」

 

 泰山で最高の辛さを誇る上位5品。これはあたかも“蜀の五虎大将軍”。

 関羽・張飛・馬超・黄忠・趙雲が揃い踏みだ。

 中でも、この麻婆やきそば( ペヤング )と爆裂ゴッド麻婆は、頭ひとつ以上も飛び抜けているという。

 

「関係無いのだけど……ならあの女(魃さん)が劉備玄徳になるの?

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「人徳なんざありゃしねェ。あいつは狂ってるよ」

 

 そんな蜀は嫌だ。

 マーボー食わせてくる劉備玄徳とか、誰が慕うっていうんだ。

 でもあれだろうか? 泰山を“蜀”とするなら、どこぞのカレー屋さんが“魏”だったり、トムヤンクンのあるタイ料理屋さんが“呉”だったりするんだろうか。激辛三国志、開幕。

 

 そう皆が想像の翼をファッサー! と広げそうになった所で、セイバーが「こほん!」と咳払い。弛緩した空気を元に戻した。閑話休題。

 

「以上が、泰山における残りの上位4品です。

 これらを片付けることが出来れば、後の戦いがグッと楽になることは、間違いないでしょう」

 

 しかし……とセイバーが言葉を続ける。どこか煮え切らぬ、言いよどんでいるような小さな声。

 

「貴方ほどの大英雄に、このような言葉をかけるのは、侮辱にあたるのやもしれん。

 だが敢えて言わせて頂こう。――――無茶ですバーサーカー」

 

「これらを完食する為には、私とて多大な犠牲を払わざるを得なかった。

 人類最高と称される治癒宝具を所持する、このアルトリア・ペンドラゴンがだ」

 

「何度も箸を置き、失神して倒れ、時間を取り、挫けそうになる心を『いい子いい子』とシロウに慰めてもらいながら、竜ではなく亀のように少しづつ、無様に進んだ……。

 そこに騎士の誇りなど無い。人としての尊厳すら、もはや有りはしない。

 かような物、あの絶望(からさ)の前では、容易くすり潰されてしまうのだから」

 

「そして、かの英雄王を地に墜としたのが、他ならぬ麻婆やきそば(ペヤング)です。

 あれから五~六時間ほど経ちますが……未だにヤツは目を覚まさない。ピクリとも動かん。

 聖杯の泥ですら侵すこと能わぬ、桁違いの自尊心。()()()()()()()()()()()

 

 すぅ……と彼女が静かに息を吸う。

 キッバリ、聞き間違いようの無いほどハッキリした声で、彼に告げるために。

 

 

「――――貴公が思っている程、この戦場(泰山)は甘くない。

 うぬぼれるな、ヘラクレスよ」

 

 

 せっかく拾った命だ、ここで捨てる事もあるまい――――そう言い放った。

 生前の彼女を思わせる、王としての毅然とした態度。非情なまでに冷たい言葉。

 

 えっ……中華料理屋さんで、命?(震え声)

 そんな皆の呟きが聞こえたような気がしたが、セイバーはガン無視した。

 

「■■■……」(ふっ。はははは……)

 

 だがふいに、黙って耳を傾けていた筈の彼が。

 

「■■■」(お前も人が悪い……。それは煽っているのか? それとも()()()()()()()()()()

 

 さも楽し気に、笑う。

 

「■■■」(そう言われて、はいそうですかと引き下がるようなら、俺はここにおらん。今この場にいる誰もが、過去に同じようなことを人から言われ、それを越えてきた筈だ)

 

「■■■」(ゆえに英霊、だからこその英雄――――違うか?)

 

 善意、心配、優しさ、侮り、嘲り。……様々な理由があるだろう。

 だが人々は、いつも彼にこう言う。「やめておけ」と。

 己の知る常識や、想像や、見える範囲の物を鑑みて、彼の前に立ちはだかる。当たり前のように止める。

 

 悪い事は言わない。

 無理はするな。

 お前のためを思って言ってるんだ。

 

 その不安気な顔や、怒りの滲んだ声、もしくはこちらを小馬鹿にしたうすら笑いを振り切り、いったい何度旅立った事だろう?

 山に、丘に、森に、海に、孤島に、何度ひとりで乗り込んでいった事だろう?

 

 数えきれない。憶えていない。

 だってそれが、自分にとっての日常。ごく当たり前の光景だったから。

 

 

「■■■」(セイバー、俺には『がんばれ』と言っているようにしか聞こえんよ。悔しかったらやってみろ、越えてみせろと)

 

「■■■■」(俺の冒険の始まりは、いつも誰かの『お前には無理だ』という言葉だったよ。こんなにも人をやる気にさせる物が、他にあるか?)

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 帰れま10in泰山、7番手のバーサーカーが注文したのは、先のクソッタレな麻婆を除く、ここの辛さ上位4品! 

 

 彼の保有スキル“射殺す百頭(ナインライブス)”は、一息のもとに敵を殲滅する必殺剣だが、その使い手に相応しい複数同時注文!

 

 人の悪意という物を体現したような赤。6つの深紅の魔弾。【ピリカラ(笑)餃子】

 ひと目で脳が「逃げろ」と告げる、チャイニーズ・アトミックボム。【滅殺☆酸辣湯麺(スーラータンメン)

 その味、予想不可能! 愛媛の愛を噛みしめろ(?) 【ネオ四川風・みかんシャーベット】

 

 そして泰山辛さ番付――――堂々の№2。

 真の辛さというものを、ま○か食品に知らしめたい! 【泰山式・麻婆やきそば( ペヤング )

 

 

 映画ドラゴンボールZにて、メタルクウラの大群が現れた時くらいの絶望感が漂っているが、果たして彼はこの“13番目の試練”を、生き残ることが出来るのかぁ~っ!?

 

 

・ナレーション: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――■■■■ッ!!」(我に七難八苦を与え給えッ!!!!)

 

 その雄たけびと共に、彼の戦いの幕が上がった。

 

「■■■ッ!! ■■■■■~~ッッ!!!!」モゴゴゴ! モゴゴゴゴゴ!

 

 動く。

 箸が、腕が、皿が、中華テーブルが。

 ひと時たりとも止まる事無く、バーサーカーが勢いよく料理をかっ込んでいく。

 その様は、敵陣に突貫する兵士か。それとも城門をぶち破る攻城兵器か。

 

「はっ……速ェ!! なんだこりゃ?!」

 

「バーサーカー! 貴公はッ……!?」

 

 ガガガ! ズズズ! モモモモモ!

 絶え間なく響く咀嚼音。麺をすする音、食器が打ち鳴らされる音。

 そこら中に飛び散る、料理の汁、欠片、額の汗。それはあたかも剣撃の際に散る火花の如し。

 有り体に言って、“悟空の食事シーン”を彷彿とさせる凄まじい光景。

 

「■■■!!」(えいしゃーい!)

 

「「「 !?!? 」」」

 

 ひと口! 6つ一気にピリカラ(笑)餃子を!?

 お箸でグッと掴んだかと思えば、即座に口にねじ込み、瞬殺!!

 信じられない光景が今、サーヴァント達の前で繰り広げられている。

 

「■■■!!」(はいだらぁーーッ!!)

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 かの滅殺☆酸辣湯麺を瞬く間に啜り終え、返す刀で餃子を仕留めたバーサーカーが、「■■■(うぎゃ)~ッ!!」って感じで天を仰ぐ。その突き上げるような辛さに顔は上を向き、海老か何かのように大きく仰け反る。

 

 当然だ! 彼がいま食したのは、他ならぬ泰山のトップランカ―!

 常人であれば一口で昏倒、その後ピーポーピーポーと病院に搬送されるのは不可避な代物。

 それをあろうことか、“一気食い”しているのだから! 口の中いっぱいに頬張ったのだから!

 

 同じ塩であっても、指に付いたのをペロッと舐めるのと、大さじ1杯分をザザーッと食べるのとでは、大きく感じ方が違う。比べるのもおこがましい位に、後者の方がダメージがデカいことだろう。

 それとまったく同じ現象が、今バーサーカーの口内で起きている事は、想像に難くない。少しづつチビチビ食べるのならともかく、一度に6つの激辛餃子を食べてしまったのだから。

 

 しかし! バーサーカーは仰け反った身体を戻すのと同時に、その勢いを以ってネオ四川風・みかんシャーベットをパクッ☆

 スプーンすら使用せずに、器を頭上で傾けて「あーん!」と食べてしまった!

 

 その間――――わずか7秒。

 挑戦開始から、たったの数秒ほどで、彼は泰山の上位ランカ―である3品を、ペロリと片付けたのだ!

 

「■■■■ーーッッ!!!!!!」(ん゛ーーッッ!?)

 

 当然、そのダメージは計り知れない。

 宝具で換算するなら【A++】クラスに該当するであろう激辛料理、その三立てである。

 だが、折れない。倒れない。

 バーサーカーは健在! 今もしっかりと意識を保ち、箸を持ち続けている!

 

「歯牙にもかけん、というのか……。

 我々があれだけ苦戦した激辛料理、そのトップランカーだぞ!?」

 

「いえ、平気なハズが……。

 だって彼の身体は、あんなに……!」

 

 バーサーカーの髪が〈ボンッ!〉と爆発したみたいに逆立ち、身体中に血管が浮き出る。顔なんて焼けた鉄のように赤く染まっているのだ。

 効いている! 決して大丈夫なワケでは無い!

 だが彼はその屈強さ、そして不屈の精神力により、持ちこたえているのだ!

 

 ――――少しだけ耐えられるという事は、永遠に耐えられるという事。

 これは前にセイバーが口にした、空手道の心を表す言葉だが……まさに今のバーサーカーがソレだ。

 

 意識を刈り取られなければ、少しでも指が動くのならば、まだ戦える。

 たとえ頭の中が“辛い”という2文字で埋め尽くされ、悲痛な声で「■■■ーッ(ほげぇーッ)!!」と叫んでいたとしても、食べることが出来る。

 ずっと! いつまでも! 永遠にだ! 決して止まること無く!!!!

 

 その破竹の勢い、戦いっぷりに、サーヴァント達は目を見開く。

 いま自分達が見ている物が、信じられないといった様子で。

 

「■■■……!」(ふっ、すこし恰好をつけ過ぎたか……)

 

 ブシュウ! という破裂音。

 北斗神拳の使い手に秘孔でも突かれたかのように、額の血管が破け、間欠泉のように血が噴き出す。

 

 出血! 中華料理屋で流血ッ!

 力み過ぎたのか、辛さに耐えかねたのかは不明だが、ついに彼の身体が悲鳴をあげた!

 口内を火傷するのならいざ知らず、まさかのガチ負傷ッッ!

 普段は白目であるハズの瞳を、真っ赤に血走らせて、バーサーカーがぜーはー肩で息をする。満身創痍だ!

 

「いけないっ! もうやめてバーサーカー!」

 

「死ぬぞ御仁! 無謀だ!」

 

「■■■。■■■■♪」(なぁに、まだまだこれからさ。ミ・ミ・ミラクル、アインツベルン♪)

 

 メディアと小次郎の悲痛な声に、ニタリと笑みで応える。

 顔は流血で赤く染み、身体はガクガクと震えていようとも、その表情はいつもの彼。

 頼りになるみんなの大英雄。バーサーカーヘラクレスだ!

 

「■■■」(さて……ここからが本番か)

 

 彼が空いた三つの皿を重ね、端に置く。

 そしておもむろに最後の一品、【泰山式・麻婆やきそば( ペヤング )】を手元に置いた。

 

「くっ……! なんと!?」

 

「こ、これは……!」

 

 ペヤングという事で、ご丁寧にプラ容器に入ったそれは、一見すれば中華飯店らしからぬチープな印象を受ける。

 だがそこから立ち昇る、大魔王ゾーマを彷彿とさせるオーラよ! 赤紫の瘴気よ!

 並の者であれば、その湯気に触れただけで、戸愚呂弟と相対したザコ妖怪のように身体を溶かされてしまうであろう(?)

 

 もう食べずとも分かる……桁違いだ!

 これまで皆で挑んで来た品々とは、まさに別格の存在! レベチ!

 けれど、

 

 

「■■■」(いざ――――南無三)

 

 

 

 彼は微塵の躊躇なく、ズゾゾと啜って見せた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『ん……ちょっとさむいね』

 

 雪と同じ髪色の少女が、手にはーっと息を吹きかけながら、隣に並ぶ。

 それはこちらの腰の高さにも満たないような、小さな女の子。

 己の全てを賭して守るべき、大切な我が主。

 

『わたし、さむいのはニガテだなぁ。

 あったかいのがいい……。つめたいのはイヤだよ……』

 

 白一色に染まった森。

 全てが凍りつき、身を切り裂くような寒さの中、お互いの呼吸の音だけが、静かに響いていた。

 

『でも、へーきだよ? バーサーカーがいるもん。

 さむくても、いたくても、がんばれる。

 ずっといっしょにいてね、バーサーカー――――』

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「………………■■■ッ!?」(……ハッ!?)

 

 今、()()()()()()

 なんか走馬灯のように、過去の思い出が頭に浮かんできた。

 そして謎の〈ドゴン!〉という爆発音が体内で鳴り、己の宝具である十二の試練(ゴッド・ハンド)が、ひとつ消し飛んだのが分かる――――

 

「■■■■ーーッッ!!」(ほぎゃーッ!!)

 

 火を吐く! 口から!

 彼の口膣内を焼く灼熱が、炎となって〈シュゴォーーッ!!〉と天井まで吹き上がる!

 魔術でも物理法則でもなく、コメディの世界観が可能とした、古典的漫画表現!

 

 それによって火災報知器が作動するわ、スプリンクラーで辺りが水浸しになるわの、大惨事。

 一度死から蘇生したハズなのに(?)、それでも消えずに容赦なく襲い掛かって来る辛さ! 燃えるような耐え難い痛み!

 

「■■■ッ!!」(でもえーーい☆)

 

「「「 バーサーカー!?!? 」」」

 

 しかし! 再び彼が箸を取る! ペヤングを口に運ぶ!

 その途端、またしても体内で〈ドゴン!〉と音が鳴り、本日3つ目となるゴッドハンド消失。一瞬で消し飛んだ!

 

「■■■ッ!!」(ぼけじゃーーい!)モゴゴゴ

 

「 やめろ旦那! 消滅しちまうぞッ!! 」

 

 だが再び復活! 三度(みたび)ペヤングを食べる!

 ダ○ソンの掃除機を思わせる吸引力で、勢いよく麺を啜る! チュルンといく!

 当然ながら、また消し飛ぶ彼のゴッドハンド。

 ペヤングを食べ始めてから、たった10秒かそこらで、計4つを失った事となる。

 

 その姿に、思わずサーヴァント達が席を立つ。彼の周りに駆け寄る。

 いま猛然と5口目を食べようとしていたバーサーカーの腕に、数人がかりでしがみつく。

 

「 止まれ! やめないか! 何が君をそうさせるんだッ!? 」

 

「 もう洒落になりませんっ! 本当に死んでしまうっ! 」

 

「■■■ーッッ!!!!」(おっしゃー!!)モゴゴゴゴ

 

 だが止まらない。食べ続ける。

 バーサーカーの凄まじい腕力は、たとえ同じサーヴァントでも、止められる物では無い。彼の筋力は天元突破しているのだから。

 

 腕・足・首・腰といった、そこらじゅうにしがみ付く仲間達を、全く意に介すことなく、猛然と箸を動かす。

 5,6,7と矢次にゴッドハンドが消し飛んでいく。だが決して動きを止めない。ハムスターみたいにほっぺを膨らませ、モグモグ咀嚼する。

 その姿、まさに鬼神の如し。いや“狂戦士”そのもの。

 根性があるとか、我慢強いとか、もうそんなレベルではない! これは狂気の沙汰だ!!

 

「■■■ッ!!」(ぬうッ……!?!?)

 

 だが、バーサーカーが手を止める。

 次の瞬間、彼の口元から〈たら~っ!〉と一筋の血が。

 恐らくは、噛んでしまったのだろう。ひたすらペヤングを食べ進める内に、勢い余って唇を噛み切ったのだ。

 

 見れば彼の唇は、お歳暮とかでしかお目にかかれない高級明太子の如く、立派に膨れ上がっているのが分かる。

 これは先ほど食べた【滅殺☆酸辣湯麺】のせいもあるのだろうが、ペヤングなどの麺類のダメージというのは“唇”にこそ来るのである。

 

 カレーやスープなどと違って、麺はズズズっと啜ることによって食する料理。

 それによって辛み成分が、唇の粘膜を激しく攻撃し、むしろ舌や喉よりも痛む。

 バーナーで焼かれているみたいに痛いし、タラコみたいに腫れ上がってしまう。

 

 それでもバーサーカーは食べ進める。一度グイッと口元の血を拭ってから、再び箸でペヤングを持ち上げる。

 その気迫、死をも厭わぬ凄まじい闘志に、もう仲間達は呆ける他ない。茫然と立ちすくむ他なかった。

 

「……おかしい、こんなハズは……」

 

 しかし、ふいにセイバーが呟く。

 今ちょうど8つ目の命を失った彼を前にし、額に大粒の汗。

 

「すまない友よ! 失礼しますッ!!」

 

 電光石火の動きで、瞬く間にバーサーカーのもとへ駆け寄り、ペヤングに手を伸ばす。

 そしてプラ容器にへばり付いていたキャベツの欠片を、スプーンでひとすくい。パクッと口に入れた。

 

「ほんごぁ!?!?(悶絶)

 ……ち、違う! これは私の知っている泰山式ペヤング()()()()()()()!!」

 

 セイバーの叫び声。

 そして燃料の切れた機関車の如く、ついに〈ズズーン……!〉と動きを止めるバーサーカー。

 

 

「別物です! ここまで酷くは無かった!

 このペヤングは――――以前より遥かにパワーアップしているッッ!!!!」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 泰山式・麻婆やきそば( ペヤング )は、ちょとした遊びで作たアル!

 

 巷で話題のペヤングに対抗してみたんだケド、思いのほかお客さんに好評でネ? 今ではうちの看板メニューのひとつヨ♪

 

 けど本家のヤツと同じく、これ定期的に()()()()()()()()()()

 今日新しいのが完成したから、ちょーど良いので出してやたヨ。

 そこのデカイおじさんが、記念すべき犠牲者第一号! てコトになるカナ♪

 

 

 名付けて、【泰山式ペヤング・Final】

 前の“三倍”の辛さになてル☆ まーちょとした“愛情盛り”てやつヨ♡

 

 

 おやおやぁ、箸が止まてるアルな~?

 なんかウチの店に対して、ずいぶん舐めた口きいてたみたいだケド……もう気は済んダ?

 

 ――――遊びは終わりカ? ミスター・イレギュラー( 大英雄 )

 

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「■■ッ……■■■ッ!!」(ぐっ……ぐぬぉぉぉッ!!)

 

 彼の身体からシュウシュウと煙。

 いま計9度目の蘇生を終えたバーサーカーが白目を剥き、震える手で箸を握っている。

 

「■■■……」(ファ、ファーティマ……)

 

 その眼前には、未だ半分ほどの中身を残したプラ容器……。

 泰山式ペヤング・Finalが、ふてぶてしいまでに\ババーン!!/と鎮座。

 

「■■■■■ッ !!!!」(うおおおぉぉッ!!!! )

 

 だが、不屈! 不退転!!

 空気どころか、建物すらも揺らす大きな雄たけびと共に、ペヤングをかっ込む!

 

 

 ――――バーサーカーは、つよいね。

 ――――――まるでお父さんみたい。だいすきだよバーサーカー。

 

 

 ピキリ! と頭の中で、何かがひび割れる音。

 今、()()()()()()

 そのあまりの精神負荷(辛さ)により、なにかとても大切な思い出が、脳から消し飛んでしまったのを感じた。

 

 

 ――――わたしには、おにいちゃんがいるんだって。“シロウ”っていうなまえの。

 ――――――どんな子かな? あってみたいなぁ。そしたらもう、ひとりじゃなくなるもん。

 

 

 ガラスが割れたような破砕音。それと共に消滅。

 また思い出が消えた。もう決して思い出せなくなる。

 あんなに大切な物だったのに、失ってしまった!

 

 

 ――――ははっ、いい気味だわ♪ 大人の女なんかに、もう価値はないのよ!

 ――――日本人はみんなロリコンなのよ! くらえぇぇ! 年増ぁぁぁーー!!!

 

 

 なんかどうでもいい思い出まで、混じっていたような気がするが……とりあえずそれも消し飛ぶ。

 なにを置いても、絶対、必ず守ると誓った少女との記憶が、どんどん失われていく。

 ゴッドハンド……残り2。

 彼の身体がガクガクガクー! っと激しく震え、口からブクブク泡も噴いている。

 

「も、もう限界よっ! これ以上はっ……!」

 

「くっ……! 許せバーサーカー! レフリーストップだッ!!」

 

 キャスターの震え声、悲痛な叫び。

 それを耳にした途端、アーチャーが体内で術式を展開。【天の鎖(エルキドゥ)】を投影する。

 

「■■■■ッ!!!!」(ふんぬぁーーッ!!)バッキーン!

 

「「「 なんとぉーー!?!?!? 」」」

 

 しかし! ()()()()()()()()()!!

 いくら贋作とはいえ、あのギルガメッシュの切り札たる拘束宝具を、バーサーカーはあたかもガムテープか何かのように、力づくで粉砕ッ!!

 そして間を置かず、またペヤングをズルズルズル!! 速攻で11個目の命が消し飛ぶ! もう残りひとつしかない!!

 

「駄目だ! 我を失ってやがるッ!」

 

「私のブレイカー・ゴルゴーン( 石化の魔眼 )も効きません! 止められないっ!」

 

「緊急事態ですイリヤ! ()()()使()()()()()

 食べるのを止めさせるのですッ!!」

 

 仲間達の叫び声、そしてこの場の責任者たるセイバーの一喝。

 いまADとしてこの場に控えているイリヤに対し、強い声で告げる。

 

「何をしているのですか! 早く!! 彼が消滅してしまうッ!!」

 

 だが、不動――――

 イリヤは動かない。ただじっとバーサーカーを見つめるばかり。

 いや、()()()()()()()()

 

「裏方でわるいけど……今だけしゃべらせてもらうわ。

 ごめんしてね、おにいちゃん」

 

 一度だけ士郎の方を見て、ニコリと微笑んだ。

 そして彼女はカッと見開いた瞳で、司会進行役であるセイバーの方へ向き直る。

 

「令呪? バカなこといわないでよ。

 いったい誰だとおもってるの? わたしのサーヴァントを」

 

 ふと気付けば、彼が握るプラ容器の中身が、ほとんど無くなっていた。

 残すは、箱にへばり付いた大量のキャベツを残すのみ。

 

「まけない……。こんなマーボーなんかに。

 バーサーカーは! 世 界 で い ち ば ん 強 い ん だ か ら っ !!!!」

 

 ――――突撃(ロース)! 狂いなさいバーサーカー!!

 イリヤの身体が赤く輝きを放ち、身体中に魔術回路の文様が浮かび上がる。

 それと同時に、バーサーカーが五大陸に轟くほどの雄たけびを上げ、猛然と手を動かす! プラ容器をお箸でカカッとやり、残ったキャベツをかき集め始める!

 

 この身は大英雄ヘラクレス。アインツベルンのサーヴァント。

 そして、雪の少女の護り手。彼女の想いをまもる守護者也。

 ゆえに、倒れない――――この子の前では不屈であらねばならないッ!!

 

「いって! いくところまでいくのよっ! わたしが見てるわバーサーカー!!」

 

 イリヤとヘラクレス、主従二人の声がシンクロする――――

 

 

「 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ッ ! ■■■■■■■■■ーーッッ!!!!!! 」

「 お゛お゛雄 雄 雄 オ オ ォ ッ ! いっけぇぇぇえええ~~っっ!!!!!! 」

 

 

 

 プラ容器を口元に引き寄せ、思いっきりかっ込む!!

 ガガガガ! もぐもぐもぐ! ごっくん!

 

 そんな元気のいい咀嚼音の後、彼はカラーンとお箸を置き、「■■■■(ごっつぁん)!!」と言ってのけたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「すごい……すごいですバーサーカー! 素敵ですっ!」

 

「ひゃっはー! さすが俺達のヘラクレスだぁーッ!!」

 

「「「 ヘッラクッレス! ヘッラクッレス! ヘッラクッレス! 」」」

 

 

 彼らは空になったペヤングのプラ容器を、「ポカーン」って感じで茫然と見つめた後、次の瞬間に歓喜が爆発。

 ホームランを打った野球選手にするみたいに、「わーい!」とバーサーカーを取り囲み、ギューっと嬉しそうに抱き着く。

 

 バーサーカーは、世界で一番強いと。

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――6位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――18位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――30位ィィ!!!!!』

 

『そして、第ッ! ――――――()()()()!!!!!』

 

 

 

 

 セイバー達がいる客席の方から、ナレーションである言峰の元気な声が聞こえた。

 連続して告げられる結果発表。しかもその四品の内、なんと二品がTOP10入りしているという、素晴らしい成果だ。

 

 でもそれを余所に、いま調理場で「スパーッ!」とタバコの形をしたチョコレートを吹か(す真似を)しながら、ここの店長である少女“魃さん”が、どこか不機嫌そうな表情。

 

「アレを食いやがた……カ。

 どうしてどうして、なかなかやりおるマン」

 

 壁を挟んだ向こう側から、バーサーカー&イリヤの「ヒィーーハァーーッ☆☆☆」という雄たけび。

 それに魃さんは、さもやる気のない仕草で、とりあえず~といったようにパチパチ拍手を贈る。

 

 ぶっちゃけ、ヤツ等を殺す気で作った――――

 みんなでベソかいて「勘弁して下さい!」と、アタシに謝りに来るだろうと。この帰れま10という企画をリタイアする物だとばかり。

 あの泰山式ペヤング・Finalを完食出来るのは、冬木じゃ言峰くらいのモンだって、そう思っていたのに……。見事に予想を裏切られた感じである。

 

 

「まぁヨイ。あの麻婆ペヤングは、泰山四天王の中で()()

 せいぜい今のうちに、勝利の美酒に酔うておくが良いアル――――」

 

 

 

 

 

 こーいう地域密着型の個人店には、必ずといって良いほどある“裏メニュー”。

 一見さんではなく、ある程度の常連さんだけが知る、隠れた名物料理が存在するものなのだ。

 

 たばこの形したチョコをポリポリと食べ終えた魃さんが、「よっこいせ」と椅子から腰を上げる。

 そして自分の身長よりデカいんじゃないかってくらいの中華包丁を、おもむろにシャキンシャキンと研ぎ始めた。

 

 ウケケケケ! と楽し気に笑いながら。

 

 

 

 

 

 

(続きボルグ!)

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その10

 

 

 

 

「さて、これまでの流れを、一度おさらいしておきましょう」

 

 司会進行役のセイバーが、「よいしょ」とフリップを取り出し、カメラの方へ向ける。

 

「七騎のサーヴァントが一巡し、現在の正解数は“4”。

 泰山の人気ランキングTOP10は、残すところ後6品となります」

 

 

 

 

・第1位  麻婆豆腐 (ライダー)

 

・第2位  泰山式・麻婆やきそば( ペヤング ) (バーサーカー)

 

・第6位  ピリカラ(笑)餃子 (バーサーカー)

 

・第9位  杏仁豆腐 (キャスター)

 

……………………ランク外……………………

 

・18位 滅殺☆酸辣湯麺(スーラータンメン)

・30位 ネオ四川風・みかんシャーベット

・45位 油淋鶏

・46位 唐揚げのチリソース風

・47位 若鶏のカシューナッツ炒め

・65位 石焼き麻婆炒飯

・72位 この世全ての悪( オードブル )

・73位 爆裂ゴッド麻婆

 

【計12品】

 

 

 

 

「ふむ、7騎中3騎が当てたか」

 

「だが12品も食って、当たったのは4だろ?

 正解率で言やぁ、33%くれェだかんなぁ」

 

「たしか原典の番組では、序盤にこそ多く当てていた筈です。

 その時々にもよりますが、5連勝くらいは普通にしていたような……」

 

 弓・槍・騎の三名が「うむむ」と唸る。

 誰もが腕組みをし、難しい顔で眉を歪めている。

 

「最初の方って、当てやすいのよね。

 ファミレスで言う所の“フライドポテト”や“ハンバーグ”みたいな安牌を、とりあえず押えていけば良いのだし」

 

「そこにきて我らは、初っ端から三連続で外しておる。決して順風満帆とは言えぬよ」

 

「■■■」(安牌と言えるのは、麻婆麻婆くらいのものだった。それも既に使ってしまったからな)

 

 いま考えると、あの石焼き麻婆炒飯が駄目だった時点で、もう絶望に叩き落されていたように思う。

 ここには安牌といえるような料理が、ほとんど存在しない。激辛料理を旨とする泰山は、一般的な店とは根本的に性質が異なるので、中華の定番料理をおさえる~といったセオリーが通用しないのだ。

 

 しかも、とにかく辛そうな物をいけば良いのかと思いきや、第9位に杏仁豆腐がランクインしたという例もあり、この店独特の特色がある事が窺える。

 

 加えて、毎回のように見せられる魃さんのワイプ映像によると、なにやら泰山の品々には、それぞれにテーマというか……彼女の妙な拘りめいた物が見受けられるのだ。

 それはしょーもないジョークだったり、嫌がらせだったり、純然たる悪意だったり。

 時にはこちらをあざ笑うかのように、「バッカでー♪」と思考の裏をかいて来たりもするので、本当に質が悪い。

 

 まるで、灯台の灯りもなく夜の海を往くような心細さ。

 道しるべと言える物が存在しないまま、あと6つも正解しなくてはならない。

 それに自分達は、既に14品もの料理を腹に収めているし、きっと今後もたくさん無駄な料理を食べさせられるであろう事は、想像に難くなかった。

 

「■■■」(今更だが、()()()()()()()()()()()()()()

 

「改めて見ると、ビックリよな。

 激辛に四苦八苦しておる我らを、煽っておるようにしか見えぬ」

 

「そして結果的にだけど、三騎士は全員不正解っと。

 確か貴方達って、()()と謳われていたように思うのだけど……、なにか言うことは?」

 

(((ぷいっ!)))

 

 なにが「誉れ高き三騎士」だ。こっち向けよこの野郎。

 そんな皆の視線から、頑張って顔を背ける剣・弓・槍の三人だった。

 

「確かに現状は厳しいですが……、でも悲観する事もないと思います。

 とくに時間制限があるワケでもなく、それぞれのマスターもこの場に控えている。

 それに、頼りになるバーサーカーがいてくれますから。安心して挑めます」

 

 地母神の慈しみを思わせる、ライダーの柔らかい微笑み。

 それを見て、一同もコクリと頷く。まだまだこれからだと気合を入れ直す。

 確かに順調とは言い難いが、言ってもまだ一巡目。序盤である。

 未だこの店の傾向も掴み切れず、まさに五里霧中といった感じではあるが、焦ることは無い。

 頑張って食べ続けていれば、いつかは終わるのだし、ここから連勝を重ねていく事だって、決して不可能では無い筈だ。Take it easy(気楽にいこうぜ)である。

 

「それに、私はまだ“エビマヨ”を頼んでいませんし。

 きっとTOP10に入っていますから、実質あと5つです♪」

 

 ――――えっ、まだそれ言ってるの?

 思わずみんな、ライダーの方を見る。

 

「俺ぁてっきり、酔っぱらって言ってんのかと……。マジかよお前」

 

「お、お主は本当に、海鮮を好いておるのだな。

 いや……マヨネーズの方か」

 

「?」

 

 ライダーがコテンと首を傾げる。

 その姿はとても可愛くはあったが、でも今の皆からしたら、もう迷惑な話でしか無い。

 

「あとですね? “冷やし中華”も美味しいと思うのですよ。

 キュウリやトマトがたくさん乗っていて、彩りも華やかですっ。

 あ、マヨネーズもかかってますよ♪」

 

「どんだけマヨ推すのよ貴方!?(驚愕)」  

 

 うふふ♪ とライダーさんが嬉しそうに笑う。その無邪気で花のような微笑みが眩しい。

 だがみんな、頭を抱えてしまっている。もう「どうしよっかなこの子……」ってなモンだ。

 ここは泰山で、激辛のお店だというに。彼女は一貫して美味しそうな物、そして自分が食べたいと思える物を、素直にチョイスしているようだ。

 エロい恰好してるし、クールビューティかと思っていたのに、意外と子供のようにピュアであった。

 

「アレか……君は白飯に、マヨをぶりぶりしちゃう方かね?

 そしてロクにおかずを食べず、お母さんを困らせてしまうという……」

 

「■■■」(なんにでもマヨかける人いるよな。たまに『マジでか!?』ってなる時あるぞ)

 

「それどころか、直にマヨをチューチューする輩もいるそうだけど……貴方もそのクチなの?」

 

「えっ、そんなお行儀の悪い事したらダメです。

 サクラに怒られますよ?」キョトン

 

 こいつはライダーじゃなく、“マヨラー”のサーヴァントなのかもしれん。

 なんか騎乗兵のワリには、いつも変な釘で戦ってるよな~と、前から思ってたんだ俺は。

 そんな妙な疑念を抱く一同だった。「冬木の聖杯はクレイジーだぜ!」と。

 

 まぁそれはともかくとして……、現状の確認を終えた七騎は、また気持ちを新たにし、改めて手元のメニュー表と向き合う。

 むむむと眉間に皺をよせ、穴の開くくらい凝視。それぞれが次の注文や、情報の整理、今後の方針などに頭を悩ませていく。

 

 しかし、そんな中……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――ケ イ ネ ス 様 の ア ホ ォ ー ー ッ !!!!』

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 突然遠くから響いた大声に、みんな「びくぅ!」と飛び上がる。

 

「――――ぎゃああああああああああ!!!!」ガッシャーン!

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 続けざまに、誰かが店に飛び込んでくる音。

 窓ガラスを突き破り、弾丸のような速度で椅子だの机だのをなぎ倒す。その後ゴロゴロと床を転がり、壁に激突した。

 

「なぜ貴方さまはッ! 我が忠節を分かって下さらないのかぁぁぁあああーーッ!!!!」

 

 更に〈カランコローン♪〉と入店して来たのは、かの赤枝の騎士ことディルムッド・オディナ。

 無茶苦茶な事を言いながら「ムキャー!」と怒り狂う彼が、「うおおおおー!」と雄たけびを上げて突進して来る。

 つい先ほど、背負い投げをかまし、ここまでぶっ飛ばした己の主(ケイネス)の方へ。

 

「主よッ! 分かって下さらないのなら、()()()()()()()()()()!?

 貴方を殺して、俺も死にますッ! お供しますケイネス様ーッ!!」

 

 ……うっそだろオイ(震え声)

 そう ( ゚д゚)ポカーン とする第五次サーヴァント達。

 今も「うわー!」と泣き叫び、己の主の胸倉を掴んでガクガクしているディルムッドを見つめる。メニュー表を持ったままカチーンと硬直。

 

「――――じ ゃ か ぁ ー し い わ ボ ケ ェ ェ ー ー ッ !!!!」ゴツーン!

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 そして! 突然カッと目を開いたケイネス・エルメロイ氏が、渾身の()()()をディルムッドに叩き込む!

 噴き出す鼻血、割れる額、バタンと倒れ込む身体。

 空気さえも揺らす、耳を疑うようなとんでもなく鈍い音が、ガラス片だの椅子だのが散乱した泰山に響く!

 

「貴様の忠義なんぞッ、知るっっっかあああぁぁぁ!!

 イ ケ メ ン は 死 ね ぇ ぇ ぇ え え え ー ー ッ !!!!」

 

 ごっすん☆ ごっすん☆ ごっすん☆ ごっすん☆

 かの有名な東方アレンジ曲の如く、ケイネスの頭突きが何度も何度も炸裂。血だの汗だのが激しく辺りに飛び散る。

 

「しっ……死にませぬッ! イケメンは死にませぬケイネス様!

 これぞ、世界の(ことわり)に御座いますッ!」

 

「黙れぇーッ!! 何がイケメンだ馬鹿者ォーーッッ!!

 前髪のピョロリで誤魔化しておるが、貴様デコ助ではないかぁぁぁああーーッ!!」

 

「なっ!? それはお互い様ではありませぬかッ!

 我ら“デコ助主従”に御座いますケイネス様ッ!」

 

「なんじゃあ!? だからお前やったんかぁーッ!!

 確かに、自分と性質が近い英霊が呼ばれる~ってゆーけどォ!

 私が最近、前髪の後退をすんごい気にしてるから、同じような悩みを抱えてたディルムッド・オディナが召喚されて来たんかァァーー!!」

 

「ザ ッ ツ ラ イ ト に 御 座 い ま す 我 が 主 !!(迫真)

 お互い若ハゲだし、きっとこの人となら上手くやれる! 分かり合えるッ!

 そう思い、俺は御身のもとへ馳せ参じました!!」キリッ

 

「ハゲてへんわッ! まだハゲてへんわッ!! 来んなボケェェーー!!!!

 しょせん貴様など、cv緑川光のお蔭で、イケメン扱いされているだけであろうがッ!!

 ホクロとか関係ないわ! 緑川光が声やってたら、みんなイケメンなんじゃー!!(暴論)」

 

 お互いの胸倉を掴み、ガンガン殴り合う。

 一方は歪んだ忠節を、もう一方は嫉妬と罵詈雑言を口にし、拳と共に思いの丈をぶつける。

 

「やめて二人ともっ! ()()()()()()()()()()!!」

 

「――――ちゃうわぁボケェェェーー!!!!」

 

「――――死ねボケェェェーー!!!!」

 

 そこに颯爽とソラウ女史が登場。

 だが二人共、即座に切って捨てた。歯牙にもかけずに。

 

 

「呼ばんかったら良かった! 召喚せんかったら良かった!」ボカスカ

 

「逃がしませんぞケイネス様! 一生ついていきます!」ドカバキ

 

「ああっ……! 美男子二人が、私を取り合っているわ!

 なんて罪深い女なのかしら♪」クネクネ

 

 

 非モテ魔術師と、拗らせた忠義者と、勘違い女――――

 突然ドタバタやり始めたお三方を、サーヴァント達は暫しの間、ただただ見守った。

 地獄だ。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

【ゲスト回、13皿目】 ケイネス陣営のみなさん

 

 

 

 デデンデデン! バババババン、バンバン! ジャジャジャン☆ ピーッ♪(BGM)

 

 1巡目を終えた所に現れたのは、かの第四次聖杯戦争で活躍したお三方、ケイネス陣営!

 神童ケイネス・エルメロイ・アーチボルト氏。

 二本の槍を自在に操る英霊、輝く貌のディルムッド。

 魔力供給の担当であり、ご令嬢な魔術師、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリさん。

 

 かの毛利元就が説いたとされる“三本の矢”の逸話のように、力を合わせてTOP10を当てられるのかぁ~!

 

 

・ナレーター: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 

 

 

「コホン! ……いや失礼をしたな諸君。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが、ここに推参つかまつる」

 

「帰ってもらえんかね?(真顔)」

 

 あれから10分ばかりの時が経ち、なんとか「キリッ!」と取り繕おうしたケイネスだが、普通に拒否される。

 

「お願いします、のんびりやりたいのです」

 

「私達は静かに暮らしたいのです。おねがいします」

 

「いや……セイバーにライダーよ、そんな深々と頭を下げずとも」

 

 今日はお前達に会えるのを楽しみにして来たんだぞ? つれない事を言うな。寂しいじゃないか。

 そうディルムッドに「ニコッ☆」と窘められるが、二人は未だにぶす~っとした顔。

 先ほどのドタバタの事もあり、未だケイネス達を信用しきれない様子。

 

 確かに同じサーヴァントとして、こうしてディルと会えたのは嬉しいのだけど……、でも昼ドラめいた騒動は御免だ。

 せっかくみんなでごはん食べてるんだし、そーいうのは余所でやってくれと、ごきげんナナメである。

 この人達がガッシャーン! と飛び込んで来たせいで、いま店中えらい事になってるし。台風でも来たかのような有様なのだ。

 

「ゴタゴタ言ってないで、中華もってきなさいよ下民共。こちとら上級国民よ?(威圧感)」

 

「オイこの女サイコパスだぞ。とんでもねェやつ来たな」

 

 そして、この場でたった一人、我関せずで椅子にふんぞり返っているソラウさん。

 ここには無いけれど、葉巻でも咥えてそうな雰囲気。マフィアの親分みたい。

 

「う~んと……そーねぇ。

 アンタと、アンタと、アンタ! ちょっとこっち来なさ~い」

 

「「「 ? 」」」

 

 順番にセイバー、アーチャー、アサシンが呼びつけられ、とりあえずは言われるままにテテテっと寄って行く。

 

「アンタ達、顔だけは良いみたいだから、()()()()()()()()()()()()()()()

 肩もんだり、お酌したり、うちわで扇いだりしなさい(札束を床に投げながら)」

 

「はっはっは、ソラウは自由奔放(アバズレ)だなぁ。

 では諸君、彼女が言った通りにしたまえ」

 

 サーヴァント風情には、身に余る光栄だろう?

 そうにこやかに笑うケイネスと、だるそうに椅子に腰かけるソラウ。

 

「あ、申し訳ありませんお二人とも。少し待っていて下さいね?」

 

「――――おいホクロ野郎、テメェどーいうこった?」ゲシゲシ

 

「――――なんとか申せお主。黙っておっては分からぬ」ゲシゲシ

 

 ソソクサと店の隅っこに連れて行かれたディルムッドが、第五次のサヴァ達に取り囲まれる。カツアゲされてる中学生みたく。

 

「ちょっとぉー、早くしてくれな~い?

 あたし喉乾いちゃったー! なんか持って来てよぉー!」

 

「なにをモタモタしている。アホのソラウがこう言ってるぞ?

 まったく使えないな、下賤の輩というのは」

 

「■■■」(お前よくアイツらに仕えてるな。でも殺すぞ?)ゲシゲシ

 

「後であの人達、蟲蔵にぶち込みますから。ゾウケンも喜びます」ゲシゲシ

 

「なぜ連れて来た? 人間の屑ではないか、君のマスターは」ゲシゲシ

 

 七騎がかりで脛を蹴られるディルムッド。そしてのほほんと声をあげているソラウ&ケイネス。

 主従の対比が物凄い事になっている。

 

「屑だと……? 何を言っている、()()()()()()()()()()()

 とても仕え甲斐があって、俺は満足だ」キッパリ

 

「貴公も狂っていたのか……。無念だ好敵手(とも)よ」

 

 そっけない所とか、女の尻に敷かれてる情けなさとか、容赦なく騎士の矜持に唾を吐かれてる感じが、たまらんのだ!(迫真)

 そうディルがフンスフンスと熱っぽく語る。

 この出会いは運命だ。ケイネス様にお仕えすることが出来て、俺は幸せ者だなと、真顔で言ってのけた。

 

「実はな? 俺のマスターを自慢したくて、ここへやってきた所もあるんだ。

 どうだ、羨ましいかセイバー?

 でもやらんぞ。ケイネス様は俺だけの物だ」キッパリ

 

「すいません、涙がちょちょ切れそうです」

 

「■■■」(ヤツはもう駄目だ、そっとしておこう)

 

 自分が今ツライって事が、分からない。

 不幸なんだって事が、理解出来ない。

 こんなの月姫の琥珀さんと一緒じゃないか。しかも彼には遠野志貴くんのように、心を救い上げてくれる人すら居ないのだ。

 

 ディルがエへへと笑う。少年のように照れ臭そうに――――

 コイツに真実を教えることに、いったい何の意味があるのだろうか?

 ここで世間一般の常識や、正しさを振りかざしても、仕方ないのではなかろうか?

 なぜなら、彼はいま()()()()()。心から満たされているんだから。

 

 じゃあもう、それでいーんじゃないかって……。

 たとえウソでも幻でも、ディル自身が満足してるのなら、もうほっといてあげるのが世の情けってモンかもしれない。

 

 士郎くんという素晴らしい少年や、愛しの葛木先生、そして凛、桜、イリヤといった素敵なマスターを持つ第五次の者達は、もう何も言えなくなってしまう。

 まぁ言峰という、ある意味()()()()()な主を持つランサーが、いま何を思っているのかは知る由もない。

 槍の英霊ってゆーのは、不憫なヤツばっかりだ。どうしてなのだろうか。

 

「ケイネス様ッ! 俺がこの者達に代わり、酒をお注ぎします!」

 

「うむ。では腐れ低能ボクロ(ディルムッド)よ、こちらへ来い」

 

 そしてディルムッドが主の下へ。

 ニッコニコしながら、子犬のように嬉しそ~に駆け寄っていく。

 

 

「あら、ディルムッド様がやって下さるのですか?! まぁどうしましょ♪」

 

「お前じゃねーよッ! 箱入りクソ女がぁぁぁーーッ!!

 ケイネス様から離れろ! 離婚しろ! 死ねッ!!!!(辛辣)」

 

 

 なにこの関係性――――こわい。

 あれから何年経ったのかは知らないが、だいぶ三角関係を拗らせた様子のケイネス陣営であった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ここいらで、少し三人の関係性を、整理してみたく思う。

 どうやら第四次の戦いでセイバーが感じていた物とは、随分と変化しているようだから。

 

 

 まずは、この陣営のリーダーであるケイネス・エルメロイ・アーチボルト。

 彼は有り体に言って、もう色々と()()()()()()()()()()()()()()

 

 当時は婚約者であり、現在はめでたく妻となった筈のソラウに対して、もう耳を疑うような酷い呼び方をしていたり、遠慮なく「ボケェー!」と言ったりしている。

 こっちを向いてくれないソラウへの鬱憤が貯まり過ぎて、それがメルトダウンしちゃったっぽい。

 まぁ今も好きは好きなのだろうし、妻として大切にはするけれど、言いたい事はハッキリ言うぞ! それが今のスタンスであるらしかった。

 

 そして、前からいけ好かなかったディルに関しても、その鬱憤を胸の内に仕舞っておく事を止め、遠慮なくぶちまけているようだ。

 あの聖杯戦争も、敗北という形で幕を閉じたのだし、もうこんなヤツに気を遣うことも、手を借りる必要もないとばかりに。

 

 だが傍目から見ていると……なのだが。

 ボカスカと主従で殴り合っているその姿は、()()()()()()()()()()()

 思い通りいかない事にイライラし、自らのサーヴァントに不満を募らせ、いつも額に青筋を浮かべていたあの頃とは、まさに雲泥の差だ。

 

 かのトムとジェリーで有名な言葉に、「Do fight happily(仲良く喧嘩しな!)」という物があるのだが、ケイネスとディルの付き合い方は、限りなくそれに近いように思える。

 あれからなんだかんだあれど、ケイネスはケイネスなりに、己のサーヴァントとの付き合い方を確立したのかもしれない。

 

 

 では次にディルムッドに関してだが、彼の方も()()()()()()()()()って感じ。

 

 前は“騎士の在り方”というものを重んじ、たとえ何があっても黙って忠義を尽くすばかりであったが……。

 対して今はもう「うわー!」とばかりに、己の好意や願望を、遠慮する事なくケイネスにぶつけているようだ。

 

 以前の彼は、ある意味“自分の理想”ばかりを見ていたように思う。

 それを叶える事だけを考え、ちゃんと目の前にいる人に、目を向けていなかったのだ。

 

 ゆえに当然ながら、己の主であるケイネスとの関係性は、決して良い物とはならなかったのだろう。

 サーヴァントだから、マスターだから。騎士だから、主だから――――

 そんなふうに頑なで、ただただ真面目であるだけのディルムッドでは、ケイネスと理解し合えるハズもない。

 

 上手くいかず、軽んじられ、騎士の在り方すらも侮辱され、ディルはいつもウジウジしちゃってた印象があるが……、でも現在はそれなりに()()()()()()()

 

 先ほどの喧嘩のように、おもいっきりポカポカ殴り合った後、いつもケイネスは「ふんっ!」と口では言いつつも、ちゃんとディルが負ってしまった擦り傷を治してくれたり、ポイッとアクエリを投げてよこしたりと、さり気なく労ってくれる。

 ようは、()()()()()()()()()。喧嘩をした後の彼は。

 

 ケイネスが何を思ってやっているのかは、定かではない。

 ツンデレなのか、上司としての管理術なのか、はたまた殴り合ってスッキリした事へのお礼なのか。ディルには知る由も無かった。

 けれど、たとえそれが何であろうとも、ディルは嬉しい。今すごく幸せなのだ。

 

 お互いにモヤモヤしていたあの頃よりも、殴り合いの喧嘩をしている今の方が、ずっとケイネスを近く感じる。

 “我が主”ではなく、“ケイネス”という人間そのものと接しているという、その実感があるだ。

 なんたって、これも立派なコミュニケーション。前はそれすら無かったワケだから。

 

 それに、ケイネスよりかけられる辛辣な言葉や、彼の魔術師的な傲慢さにも、今ではだいぶ慣れてきた感じ。

 長く付き合っていく内に、彼の人間性に対する理解が深まっていったのだろう。

 

 なぜ騎士の忠節を理解してくれないのか~と、時折そう憤ることはあれど、彼だって魔術師の在り方という物を理解しようとしなかったのだから、これは“お互い様”。

 今なら過去の自分の間違いが分かる。俺は身勝手だったのかもしれんと、そう反省しているディルムッドなのだ。

 

 むしろ最近は、ケイネスからぞんざいな扱いをされるのが、()()()()()()()()()()()

 酷いことを言われるほど、想いが届かなければ届かぬほど、「これはやり甲斐がある!」と謎の闘志を燃やしたりもする。

 

 いつかケイネス様と、最高の主従になるぞーっ!(フンス)

 ……そう決意を固める、明後日の方向に前向きな、赤枝の騎士なのだった。

 

 

 そして最後、ソラウ女史についてであるが、()()()()()()()()()()()

 箱入り娘というか、ぶっちゃけ世間知らずなので、どこか周りと感覚がズレているのだ。

 

 いくらケイネス&ディルムッドに「ボケェェェ!!」と言われようが、そんなの全く気にせずに、気持ち悪い顔でニコニコしている。

 妄想や、願望や、夢。そんな“自分の世界に生きている”といった感じ。

 もっと言うと、()()()()()()()()()()()()、とても可哀想な人だった。

 

 これもひとえに、ずーっとお城みたいな屋敷の中()()で暮らし、親に魔術の鍛錬ばっかりやらされていた、その弊害であるのだろう。

 

 勘違いされがちだが、彼女は夫たるケイネスの事を、()()()()()()()()()

 それどころか、たとえ親に決められた結婚だとしても、ケイネスの妻となる事に不満はなく、むしろ凄い魔術師である彼を、内心では好意的にとらえている程だ。

 

 ソラウは彼に対し、いつもそっけないように見えるが……、これはあくまで“令嬢”としての態度。親にそうあれかしと仕込まれたゆえである。

 わがままや、傲慢さ、高飛車な態度。これらは全てソラウ本来の性質ではなく、令嬢として高貴さを持たせる為だったり、女としての価値を高める為に、後天的に付加された性格だ。

 

 たとえケイネスに対して「つーん!」とした態度を取ってはいても、これは“そういう物”的な立ち振る舞いに過ぎず、彼女本来の性格としては、むしろちょっと内気なくらい。

 夢や希望に想いを馳せる、純粋な女の子。それがソラウさんなのである。

 

 それに加えて、第四次の時にディルムッドという超絶イケメンと出会い、今まで感じた事のなかった恋慕に胸を焦がしたからこそ、少し夫のことを蔑ろにしちゃってた~というワケだ。

 恋する暴走特急といえば、多少は聞こえも良くなるだろうか?

 

 いつもは髪をイカついオールバックにしてるから、誰も気付かないのだが……、実はお風呂の後とかに髪を下ろしているケイネスって、とってもカッコ良い。

 すごく端正な顔をしているのが分かるし、声だって素敵。なにより心から自分を想ってくれている人。

 ソラウ的には、十二分に“アリ”と言える男性だ。

 彼女は夫であるケイネスの事を、実は()()()()()()だったりする。

 

 まぁそんな夫とサーヴァント……いわば“イケメン”の二人が、最近は仲良くドタバタやっているワケである。

 それを見て、いつもソラウの胸は、キュンキュンしぱなっしであった。

 

 ――――いいじゃな~い。なんか()()()みたいで、テンション上がるわー♪

 ツンデレの主と、健気な従者とか、とってもナイスな組み合わせよ(鼻血)

 

 そう彼女が想像の翼をファッサー! とさせちゃった事は、想像に難くないだろう。

 彼らが男同士、毎日とっくみ合いの喧嘩をしているのも、ソラウ的には「眼福ッ!!」って感じ。

 むしろベッドの上でやってくれないかしら? あたしの事は気にしなくていーのよ? ってなモンである。

 

 あれから自分の世界に生き、何を言っても全く話が通じない(おかしくなってしまった)ソラウに対して、ケイネス&ディルの両名も、今では歯に物を着せない物言いをするようになった。

 コイツはダメだ、もう気を使っても仕方ない。これからは楽に付き合っていこう、みたいな。

 

 ゆえに、時にはアホだのクソ女だのといった、けっこう酷い言い方……もといツッコミを入れていたりするのだが……。

 まぁ例によってソラウは、乙女の妄想にキュンキュンする事で忙しいので、それを全く気にしていないのだった。

 いくら彼らが「BLとちゃうわ!」と反論しようとも、全く聞く耳を持たない困ったちゃん。それが今のソラウ嬢である。

 

 

 ……以上が、なんだかんだあって劇的に変化した、お三方の近況である。

 これまで挙げてきた全ての要素が重なり、現在ケイネス陣営の人間関係は“とっても良好”と言っても差し支えない(白目)

 

 はっちゃけたケイネス、拗らせたディルムッド、夢見るソラウ――――

 いわば()()が三名、「酷いレベルでバランスが取れている」という状態だ。

 

 なかよし!(ヤケクソ)

 

 

 

 

 

「あ、店員さん。“やおい定食”をひとつお願いするわ」

 

「――――あるかぁボケェェェーーッッ!!!!」

 

「――――死ねボケェェェーーッッ!!!!」

 

 プリップリのやつ持って来なさいよ、早くしてよ。

 そう麻薬中毒者みたいに虚ろな目のソラウに、ツッコミを入れるケイネス&ディル。

 

「ちなみに“プリップリ”というのは、男の子のおしりをイメージしているわ。

 たしか中華には、桃饅頭というのがあった筈。

 それ頼めば、あたし幸せになれる気がする。半日はエロ妄想が出来r

 

「帰って下さらない?(真顔)」

 

 キャスターが素の声で懇願するが、例によってソラウはそしらぬ顔。

 

「おほんっ! では我々も注文していこうと思う。

 誉れ高き時計塔の魔術師に、手を貸してもらえるのだ。光栄に思うがいい亡霊共」

 

「本当に居座る気なんですね。もうどうにでもして(レイプ目)」

 

「■■■」(誰が呼んだんだコイツ等……。あんまりだろう)

 

 ライダー達の諦観の表情を気にする事無く、ケイネス陣営の三人が、機嫌良さそうにメニュー表を開く。

 こんな小汚い店に、わざわざ来てやったのだ。感謝してもらいたいものだな! プンプン!

 そう時折「イラッ☆」とする声が聞こえてくるが、仲間達はもう貝のように口を閉ざし、ただただ嵐が過ぎ去るのを待つばかり。早く終わってくれと願いながら。

 

「時にディルムッドよ。一応訊ねておくが、貴様は何が良いと思う?」

 

「はっ! 俺はこの“青椒肉絲(チンジャオロース)”という物に、心を惹かれますっ!」

 

「ほっほーう、如何にも貴様らしい、凡愚の考えだ。

 おおかた『パプリカやピーマンの彩りが綺麗だな~』とか思い、食いたくなったのであろう?

 よかろう頼もうじゃないか(即決)」

 

 ――――優しッ!?

 なんだかんだ言いつつも、従者の顔を立ててるじゃん!

 そう思うサーヴァント達だったが、ここで口を挟むとややこしい事になりそうなので、静観を貫く。

 

「ではソラウよ。先ほど君は桃饅頭のことを言っていたが、それが良いのかな?」

 

「いえ、あたし上流階級だし、やっぱ“あわびのうま煮”を食ってやろうかなって。

 これ()()煮ってゆーくらいだし、うまいのよね?」

 

「あっはっは! 馬鹿の発想だッ!!

 笑い過ぎて涙が出てきたよソラウ!

 よしそれも頼もう(即断)」

 

 ――――いい人なんじゃないの!? ケイネス優しくない!?

 内心「なんだコイツ!?」と思いつつも、引き続きお口チャックマン。

 みんな頑張って耐える。

 

「では一人一皿という事で、私は“八宝菜”にしようかな?

 これは沢山の野菜や肉を、とろみのあるタレで炒めた物だ。うずらの卵も入っているんだぞ。

 どうかねディルムッド、ソラウ」

 

「えぇ……()()()()()()()()()()ケイネス様?」

 

「貧乏臭いったらありゃしないわ。なによウズラって」

 

 ――――報われねェ! ケイネス頑張ってるのにっ!!

 もう叫びそうになる一同だが、必死で歯を食いしばる。

 

「もし、店長のお嬢さん?

 青椒肉絲と、あわびのうま煮と、八宝菜の三品を頂こうか。

 あとソラウの土産用に、桃饅頭を包んでくれたまえ。

 こやつは遠慮して言わなかったが、ディルムッドは焼売も好物なので、それも一緒に頼むよ」

 

 ――――気が利く! 行き届いてるッ! そして鋼のメンタル!!

 なにこの世界観。「お前らどーなっとんねん」と叫びたくなるサーヴァント達であった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 関係無いけれど、こいつら普通に飯を食うテンションで、ここへやって来たらしい。

 

「 なんだこの赤黒い料理はッ!? 鼻がヒリヒリする!! 」

 

「 お下がりくださいケイネス様! ここは俺がッ!! 」

 

「 いやぁぁぁッ!! 目がッ、目がぁぁぁあああ~~ッッ!! 」

 

 駄目だコリャ(白目)

 もう今日何度目か分からないため息をつき、サーヴァント達が下を向く。

 

「こっ……これは私の知っている八宝菜ではなぁ~い!!

 誰の差し金だッ?! このケイネス・エルメロイ・アーチボルトの命を狙う、何者かがいる!?」

 

「ご安心を! たとえ何が来ようとも、お守り致します!

 赤枝の騎士の名にかけてッ!!」

 

「……(無呼吸)」

 

 大惨事。ケイネス陣営がパニックに陥っている。

 ケイネスが「くっそぉー!」と髪をかき乱し、ディルが槍を構えてキョロキョロ辺りを見渡し、ソラウさんは口から涎を垂らして机に突っ伏している。

 ここにいる誰もが通った道ではあるのだが、もう見てらんない。

 

 というか……やっぱ魃さん容赦ねぇな。

 お土産用に包んでくれた桃饅頭や焼売さえも赤黒かった所を見ると、一切の手心を加えること無く、全力で作りやがったらしい。

 たとえゲストだろうが、一見さんだろうが、外国人だろうが、あの人は皆殺しにつもりで中華鍋を振っているんだろう。

 いったい何が彼女をそうさせるのだろうか? ちょっと気になったけれど、今はそれどころじゃない。

 

「なんという悍ましさ……。

 話に聞く聖杯とやらも、きっとここまでではあるまい」

 

 ディルムッドが背中で主を守りつつ、ズラリと並んだ三品と対峙。

 

「だが恐れるものか! 見ていて下さいケイネス様!

 俺がこの料理を、全て食べきってご覧に入れますッ!!」

 

「きっ……貴様! ディルムッド?!」

 

 覚悟を決めた顔で、ディルが席に着く。その姿にケイネスは目を見開いている。

 彼には理解出来ないのだ、騎士の在り様という物が。

 貴方を守る、貴方の為に戦うという、ディルムッドの何よりも大切な矜持(こころ)が。

 

「ただ、その前にひとつだけ、お願いしたき事が御座います……我が主よ」

 

 邪悪な中華料理と対峙するディルムッドが、ふと彼の方を向く。

 

「もし、これを全て完食した暁には……、今度こそ認めて頂きたいのです。

 我が忠節と、騎士の誇りを――――」

 

 一瞬、この場が静まり返る。

 彼の決意の籠った声に。その眩しいまでの男気に。

 きっとソラウが起きていたら、またワーキャー騒いでいた事だろう。それくらい赤枝の騎士はカッコ良く、雄々しかった。

 

「これ以上の言葉は無粋。

 しかと示しますゆえ、どうか」

 

 いま彼が、両手にそれぞれお箸を握る。

 その様はまさに、戦場を駆ける二槍使いその物。

 眼前の料理を残らず殲滅せんとする、ディルムッド・オディナの本気! 誇り高き戦士の姿!

 

 

「――――フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ、推して参るッ!

 ご照覧あれケイネス様! イ ケ メ ン は 死 な な い ッ ☆」ニカッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~1分後~

 

 

 

 

「……」チーン

 

「あ、ダメみたいですね(察し)」

 

 セイバーの悲しい声が、静寂に吸い込まれて消えた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 八宝菜も、青椒肉絲も、あわびのうま煮も、唐辛子とかの各種スパイスによて、魔改造された一品アル!

 当然、泰山の例に漏れず、物凄く辛いネ☆

 本来そーゆう料理じゃないような気がするケド、細かいことはいーんだヨ! あっはっは♪

 

 いつも思うけど、外人共がウチの料理で悶絶してるのを見るのは、とても気分イーアル!

 えらそーに人種差別してても、しょせん四川風中華の前じゃ無力ネ♪

 おーこら! アジア人なめんなヨ! たらふく食てけ白人共☆

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――35位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――26位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――60位ィィ!!!!!』

 

 

 

 

 

 そんな言峰のナレーションも、耳を傾けること無く……。

 

「不愉快だッ! 二度と来るかこんな店ぇーッ!!」

 

「お待ち下さいませケイネス様ッ!? お待ちをーーッ!!」

 

 ケイネスが〈バーン!〉とテーブルを叩き、店を立ち去って行く。

 気絶したソラウ嬢を背負い、アワアワと狼狽えるディルムッドも後を追う。

 

「クッソ……! 日本にはロクな思い出が無い! どーなっているんだこの国は!

 おいディルムッドよ、フィッシュ&チップスを食いに行くぞ! 口直しに付き合え!!」

 

「はっ……! はい仰せのままにッ! どこまでも付いていきますケイネス様ッ!!」

 

 ケイネスが「プンプン!」と肩を怒らせて歩き、それにディルが甲斐甲斐しく付き従う。

 なにやら、とても嬉しそうな顔。元気な犬みたいに喜んで。

 

 

「一体なんだったのかね、あの者達は……」

 

「分かりませんアーチャー。

 でもどうか、()()()()()()()()()()という事だけは、理解して欲しい……」

 

 

 

 

 

 そして、取り残された第五次のメンバー達。

 嵐のような時間が過ぎ去った後も、彼らは暫くの間、その場で呆け続ける。

 

 余談だが、ケイネスらが残しちゃった料理は、後でセイバー達がおいしく頂きました(血涙)

 

 

 

 

 

 

(アンリミテッド・つづき・ワークス!)

 

 

 

 

 



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ その11

 

 

 

 

 唐突だが、ここからはダイジェストでお送りしよう。

 

 

 

『第ッ! ――――――31位ィィ!!!!!』

 

 

「■■■ッ!」(アカンかったんや! やっぱりご飯物はアカンかったんや!)

 

「炒飯だけじゃなく、天津飯もロクに作れないってゆーの!?」

 

「あの子はどうやって調理師免許を取ったんだね?!」

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――59位ィィ!!!!!』

 

 

「よもや、ピータンまでもが激辛仕様とはな。恐れいった……」

 

「わざわざ注射器でデスソース注入するとか、謎の執念を感じますね……」

 

「何を食わされているのか、もうよく分からなかったよ、私は」

 

「ただただ辛かったデス」

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――33位ィィ!!!!!』

 

 

「私、玉子って“やさしい味”のイメージがあったのです。……この店に来るまでは」

 

「■■■」(見事にぶち壊されたな。これは悪意の塊だ)

 

「ブロークン・ファンタズム(遠い目)」

 

「作るヤツよっちゃあ、カニ玉もこんな風になんだな。あんかけ赤ェ赤ェ」

 

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――20位ィィ!!!!!』

 

 

「■■■!?」(何故これを頼んだライダー!? 根拠はッ?!)

 

「お、美味しいかと思って……(震え声)」

 

「野菜炒めと言えど、“カレー味”よ!?

 そんなのホーリーシット*1に決まってるじゃないの! 何考えてるのっ!」

 

「見えている地雷……を踏んだ感じかな?

 しかも順位が中途半端、と」

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――40位ィィ!!!!!』

 

 

「もしかしたら魃さんは、日本語を()()()()()()()()()()()()?」

 

「豚肉と白菜のピリ辛スープか……。

 確かに“ピリ辛”の範疇ではねェわな」

 

「豚さんが可哀想になった。

 まさか己が、こんなエゲツナイ味付けをされるだなどと、思っておらんかったろうに」

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――48位ィィ!!!!!』

 

 

「白菜のクリーム煮(白目)」

 

「あのぅ……これのどこがクリーム煮ですか?

 まったく分からないのですが……」

 

「■■■」(食いはしたが、クリームの“ク”の字も見当たらなかったぞ)

 

「これ苦理胃無(クリーム)の間違いなんじゃねーか?

 食うの無理だし、胃が苦しいみてェな」

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――12位ィィ!!!!!』

 

 

「せっかく回復した十二の試練(ゴッドハンド)が、またギューン! と減ってしまいました……」

 

「サイドメニューかと思いきや、まさか焼豚が()()()()()来るとは……ご愁傷様だ」

 

「 」チーン

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――37位ィィ!!!!!』

 

 

「たまには当てろよテメェ! なんの為の下調べだオイッ!」

 

「このおバカ! それでよく戦に勝てたわね!? なにが騎士王よっ!」

 

「貴公も、ベティヴィエールと同じことを言うのですね――――」

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 先のゲスト回から数えて、悪夢の“11連敗”。

 

 ファッキン天津飯や、地獄レバニラ炒めを始めとする、ありとあらゆるジャンルの品々を試してはいるのだが、未だにこの店の傾向は掴めず。光明らしき物も見当たらない。

 

 セイバー達は、ただただ無為な時間と、空いたお皿ばかりを積み重ねていた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第3巡、二十四皿目】 英霊エミヤ(アーチャー)

 

 

 

 

「やぁやぁ英霊のしょくん! 你好☆」

 

 先の見えない戦い、既に限界まで膨れているお腹。

 流石にサヴァ達の顔にも疲労の色が浮かび、厳しい現実の前に意気消沈。

 だが唐突に、とても機嫌良さげな少女の声が、彼らの耳に入ってくる。「かんらからから☆」って感じの。

 

「オイ、よくツラ出せたなお前……」ワナワナ

 

「君は命がいらんのかね?

 今すぐ下がった方が良い。私がこの者達を、食い止めておくから……」

 

 ほわっとキャスターの身体から、青白い光が放たれる。魔術回路を起動させたのだろう。

 それのみならず、ライダーはさりげなく眼帯を外し、アサシンはチャキンと刀に手をかけ、バーサーカーの手の中でコップが粉砕。

 

 当然だ。これまでサヴァ達は、ひとつ料理を口にする度に「Who the fuck did this(どこの糞がこれをしやがった)?」とばかりの顔で、額にピキピキと青筋を浮かせていたのだから。

 

 こんな空気最悪の場所に、わざわざ元凶自らが赴いて来るなど、正気の沙汰ではない。

 英霊並に豪胆なのか、空気を読む能力が欠如しているのか、それとも真正のチャイニーズ・サイコパスなのか……。

 

 とにもかくにも、魃さんは今も、のほほんとした顔。

 このゴゴゴ……と空気が震える殺伐とした雰囲気など、まったく気にしていないご様子。

 

「で、何の御用かしら?

 まだ注文は決まってないのだけど」

 

「心配せずとも、すぐ次を頼む。

 うぬは鍋でも磨いておれば良かろう」

 

「まーまー、そう言うナ! 君とアタシの仲じゃないカ♪

 泰山の料理を食べたヤツは、みな友達ヨ☆」

 

 どの口で言うんだ。そう英霊達がまた額をピキピキ。

 だが彼女は、心底愉快そうに……。

 

「実はアンタらに、渡したい物があてネ?

 ジュース買いに行くがてら、持て来てやたアル」

 

 すっと、黒いシートのような物を、代表者のセイバーに手渡した。

 

「オメデト! 一般ピープル卒業アル!

 ちょと甘めの判定かもだケド、こんだけアタシの料理を食べたんダ。

 今この時を以て、貴様らを“常連”認定してやるゾ☆」

 

 それは、ツルツルの防水加工がなされたシート。

 これまで手元に置いてきた物とは違う、どこかおどろおどろしいデザインをした、泰山のメニュー表。

 初来店だろうが、素人(?)であろうが、だれもが注文できる通常の品ではなく、それとは“別枠”とも言うべき目新しい料理名が並ぶ、いわば“裏メニュー”が記載された表であった。

 

「貴様らは資格を手に入れタ――――

 裏メニューを頼む()()()()()()☆」

 

 魃さんの\ババーン!/って感じの声。満面のドヤ顔。

 さぁ、喜ぶヨイ! 庭駆け回レ! そんな風にみんなの反応を期待しまくっているのが窺える。フリスビーとってきた犬みたいに。

 

 対して、サヴァ達は無言。

 みんな一様に、黒いメニュー表を真顔で見つめている。

 なんのリアクションも取らずに。

 

「ひとつ……訊いてもいいかな魃さん」

 

「ん、なになに赤い人? どーかしたカ?

 アタシいま彼氏いないケド、あんた立候補スル?」

 

 いや、そうではなくてだな……、とアーチャーが素の声で仕切り直す。

 

「この黒いメニュー表にあるのは、いわば“裏メニュー”なんだね? 

 君が認めた者だけが注文できる、特別な品々だと」

 

「そーヨ! これはアタシの“親愛の証”と言ても、過言じゃないネ☆

 そんじゃ、いつウチに越してくル? 親御さんにもご挨拶しとかないト。

 あ、明日の朝になったら、速攻で婚姻届け出し行くカ? 善は急げヨ♡」

 

 家事も料理も折半してやろーネ! アタシ炒飯とか作れないし、それアンタに任せるアル!

 ちょーどよかたよマイダーリン♪ 末永くよろしくネ♡

 そう魃さんが、いやんいやんと身をくねらせる。「イケメンGETだゼ!」とすごく嬉しそう。

 

「ちなみにだが、このメニュー表を貰える“君が認めた者”とは、何人くらい居るんだね?」

 

「おん? そんなの片手で数えられるくらいヨ。

 ここ冬木じゃ、言峰とカレンしかおらんアル。

 どいつもこいつも、ナンジャクで困るネー」

 

 キョトンとした顔の魃さん。対してアーチャーは、何かを悟ったような表情。

 

「理解した。ではこのメニュー表は、()()()()()()()()()()

 裏メニューなどを頼んでも、TOP10には()()()()()()()()()()()

 

「 !?!?!? 」

 

 もうお手本のような「ガーン!」という顔。魃さんが仰け反って驚愕。

 

「なぁ嬢ちゃん、なんで俺らがコレ頼むと思うんだよ? そりゃねーだろオイ」

 

「いえ、ご厚意はありがたいのですが。私はあまり辛い物は……」

 

「腹もほどよく膨れとる故な? これ以上、無駄な品を食す余裕は……」

 

「■■■」(お前の親愛、一体どうなってるんだ。スコヴィル値*2で好意を表してるのか?)

 

「サイコパスの特徴として【他者の痛みを理解できない】、【自分に都合よく物事を解釈する】というのがあるそうよ?

 例えば殺人を犯そうとも、きっとそいつは『救ってくれてありがとう』と、こちらに感謝しているハズだ~って、そう思っちゃうんだって」

 

 あと“異常なまでの攻撃性”とかもあったかしらね。

 そうキャスターが呟き、一同は「うんうん」と首を縦に振る。何かに納得したかように。

 

 やがてセイバーがこの場を代表し、おずおずと魃さんのもとへ。

 申し訳ないですが、これはお返しする。いったん帰って貰って良いですか――――と告げた。

 

「ちっ、チキショー! おぼえてやがれ英霊共っ!

 グレてやるアル~~っ!!」

 

 うわーん! と大粒の涙を撒き散らしながら、魃さんが調理場へ退散。

 その悲しい後ろ姿を、みんなボケーっと見守った。「なんやねんアイツ」と。

 

「グレるって、何だ?

 もう立派に、()()()()()()()()気がすんだが」

 

「自分が“まとも”だって、まだ信じてるのね。

 救いようが無いわ……」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 この後も、普通に料理は作ってくれるんだってさ。

 魃さん、「これで適当にやったりしたラ、なんか負けたような気がスル」って。

 

 そうADの士郎くんに伝えられ、みんな一安心。

 まぁ何が安心なのかはよく分からないのだが、とりあえず再びメニューに向き直り、次の注文を考え始める。やれやれって感じで。

 

「ねぇ、あの裏メニュー表の中に、【プロトタイプMB】という文字があったのだけど……」

 

「恐らくは、麻婆(MB)なのだろうね。

 人間の限界を遥かに超える口内負荷と、致命的な環境汚染を引き起こす、悪魔のMB。

 ……といった風な感じか?」

 

「ぜったい食べたくないです、そんなの」

 

 きっと、とても人が食べるような代物じゃない。その確信がある。

 今みんなの脳裏に「言葉は不要か……(cv言峰綺礼)」という謎の言葉が浮かんだが、これはいったい何なのだろう? サヴァ達には知る由もなかった。

 

「しからば、どうするのだ双剣使いよ?

 次はお主の手番のようだが」

 

「ふむ、それがな……」

 

 もうすっかり手に馴染んだ、泰山のメニュー表(ノーマルVer)

 それをうむむと睨みながら、アーチャーは葛藤している様子。

 

「正直、少し迷っているんだ。

 やってみたい事が、ふたつあるのだが……そのどちらでいこうかな、と」

 

 セイバーが作成していた、これまでの注文を全て記録したフリップ。

 それを指さしながら、彼は皆の顔を見渡す。

 

「まず一つ目は、ここいらで“ラーメン”を注文してみる案だ。

 泰山には数多くのラーメンがあるが、これまであまり注文していなかっただろう?」

 

 たまたま機会が無かったのか、それともあの滅殺☆酸辣湯麺(スーラータンメン)があまりにも赤黒かったので、それがトラウマになっているのか、みんな妙にラーメン系を避けていたように思う。

 だが日本の中華飯店において、やはりラーメンというのは鉄板だ。

 どこの店にも必ずあるし、誰もが一度は頼んでみる品である筈。

 

「醤油、味噌、塩、チャーシュー麺、もやしラーメンetc.

 どれも有名所だし、ランクインしている可能性は、充分にある。

 ここら辺を重点的に攻めてみるのも、悪くないと思ってね」

 

 サーヴァント達は「ふむふむ」と頷く。

 みんなラーメンは好きだし、実はけっこう気になっていたりもしたから。

 まがりなりにも中華屋さんに来たのに、ラーメンを食べておかないのは、おかしい気もするし。

 老舗の喫茶店に入ったというのに、コーラやクリームソーダばかりを頼むようなものだ。コーヒー飲めこの野郎! って話である。

 

「そして、もうひとつの案としては、これは茨の道になるやもしれんのだが……。

 とにかく“麻婆”と名の付く料理を、片っ端から注文してみてはどうか、と」

 

「「「 !?!? 」」」

 

 空気が張り詰めるのが分かった。

 みんな身を固くし、じっとアーチャーの方を見ている。

 

「なんだかんだ言っても、泰山といえば“麻婆”だよ。

 先の石焼き麻婆炒飯は、ここではご法度となるご飯系だから、例外だとしても……。

 しかしながら、やはり麻婆というブランドは、泰山において特別な意味を持つだろう」

 

「実際に私は、この店にやって来た時、まず最初に『何品くらい麻婆系の品があるのか』と、ひと通りメニュー表を探したからね。

 麻婆麺、麻婆茄子、麻婆春雨、麻婆定食etc……未だ多くの品が存在している。

 素人考えで恐縮だが、やはりこれらの料理には、みんな特に目を惹かれると思うんだ」

 

「まぁ言うまでもなく、この店の麻婆は()()()()()()

 ゆえに正直、私もあまり気乗りはせんのだが……。

 現在の行き詰った状況を打破したいのならば、この“麻婆ローラー作戦”ともいうべき物を、あえて実行してみるのも手かもしれんぞ?」

 

 流石に全部いっぺんに頼もうなどとは思わんが、順番に一皿づつ注文していかないか?

 そう麻婆という恐怖の前に葛藤しつつも、アーチャーは提案。みんなの意見を仰ぐ。

 

 前述の通り、ただいま11連敗中――――まったく光が見えない状況だ。

 この期に及んでは、致し方なし。そろそろ腹を括るしかないか……。みんなの表情にも覚悟の色が宿る。

 

「それも良いのですが、()()()()()()()()()()

 まだ注文出来ていませんが」

 

「――――まだ言ってんのかよライダー!? いい加減にしろってッ!!」

 

 そんな皆の決意を余所に、ライダーがのほほんとした声で発言。「エビマヨ食べたいです」と。

 

「だって……みんな『駄目だ』って言うんですもの。

 さっきもエビマヨ頼もうとしたのに、止められてしまいました……。

 ここら辺でそろそろ、と思うのですが……」

 

「■■■」(そりゃあ止めるさ。無いよエビマヨは)

 

「何故にお主は、マヨに固執する?

 泰山は唐辛子の店ぞ。分かっておるか?」

 

 実は、あの第一巡目の手番以降、ライダーは事ある毎に「エビマヨエビマヨ」言っていた。

 どれだけ皆に言われようとも、頑なに意見を曲げようとしない。

 ぜったい美味しいハズだ、入っているハズだと、逆にみんなを説得する始末。

 いったい何が彼女をそうさせるのだろう? それは誰にも分からない。

 

「でも、代わりに注文した野菜炒め(カレー味)も、結局ランクインしてませんでしたし……。

 きっと泰山には、私達には推し量ることの出来ない、何かがあるのですよ。

 だから、ここはもう思い切って、エビマヨや冷やし中華を頼んでみては……」

 

「ああもうっ! テメェってヤツは! 本当によォッ!」

 

「その純粋さは、どうか大切にして欲しい。……でも今はこらえて貰えんかね?」

 

 正直、みんな呆れ顔。

 なにを言ってるんだこいつはと、怒りすら滲ませている者もいる。

 TOP10を全て当てなきゃいけないのに、まだ4つしか正解しておらず、しかもこの企画を開始してから、既に6時間も経過しているのだ。

 そう苛立ってしまうのも、無理はない事かもしれない。

 

「ライダー……」

 

 セイバーがどこか悲し気な表情で、じっとライダーの方を見つめる。

 ただ食べたい物を、素直に言っているだけ。なんにも悪い事してないハズなのに、みんなに怒られている。

 そんな彼女の姿に、思う所があるのだろう。

 

「と、とにかく今は、私の手番だからね。

 この話は、また後で構わないか? 決して君を無碍にはせんから」

 

「……はい、分かりましたアーチャー」

 

 優しく窘められるも、彼女は「しゅん……」とした顔。

 何故みんな分かってくれないんだろう、信じてくれないのだろう。そう悲しんでいるのが見て取れた。

 

 思わずセイバーが駆け寄り、ギュッと彼女の手を握る。

 なにも言う事が出来ず、なんと言って良いのかも分からないままで、じっとライダーを見つめる。

 すると彼女は「大丈夫ですよ♪」と伝えるかのように、ニコッと微笑んでくれた。

 それは薄い笑みで、いつもとは違う力のない物ではあったが、なんとか友達(セイバー)に感謝の気持ちを示した。

 

「それじゃ、ラーメンか麻婆かの二択ね。どっちにするの?」

 

「俺ぁ……どうだろなァ?

 どっちもアリそうな気がするし、ムズイよ」

 

「■■■」(両方とも、理があるように思う。やってみる価値はあるだろう)

 

「もうスパッと決めて構わぬぞ? お主の直感を信じてみてはどうだ。

 なぁに、既に11連敗もしておるのだ。この期に及んで、文句などつけぬよ」

 

「ふむ……」

 

 果たして、どちらが良いのだろうか。

 そう顎に手を当て、暫しのあいだ悩んでいたアーチャーが、ようやく顔を上げる。

 

 

「ならば、一度“ラーメン系”を頼もうか。

 醤油という一番オーソドックスな物で、是非を探ってみるよ」

 

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「――――クライ! フォーザ! ムゥゥゥーーーーンッッ!!!!!!」

 

 

 ビクゥ!? とアーチャーが身を起こす。

 いきなり耳に飛び込んできた大声に、思わず意識が覚醒。

 

「地 獄 へ ヨ ウ コ ソ !

 二択を間違えて即死した君にお送りする、出張版タイガー道場よ☆

 ショーーーック!! 嘘でかーたーめた~♪」*3

 

「久しぶりねシロウ!

 生前だけじゃなく、英霊になってもここに来るなんて、そんなに私に会いたかったの?

 筋金入りの死に急ぎ野郎だね! ヒーハー!」

 

 なんか剣道着を来たお姉さんと、ブルマ姿のロリっ子がワーキャー言っているが、アーチャーは茫然とする他ない。

 あまりに突然の出来事に、頭が真っ白だった。

 

「ひたすら画面をスクロールしてりゃあ、ハッピーエンドに辿り着けるとでも?

 そんな甘ったれた考えは捨てろッ! 人生は戦いなのよっ!」

 

「うんっ! 中華料理を食べただけで、あの世行きになる事だってあるんだからーっ!

 いくら英霊だからって、油断しちゃダメだよシロウ?

 じーごくーの、ナイフがー♪ 君を狙っているぅ~♪」*4

 

 アーチャーを前にし、楽しそうにはしゃぐ二人。

 彼女らが何を言っているのかは、皆目見当が付かないが……でもなんか()()()()()()()()感じがする。

 特に、背の高い方の女性が持っている、虎のストラップが付いた竹刀とか。

 

 ――――あの、ひとつ訊いても構わんかね? 君達はいったい……。

 そう彼女らに言おうと思ったアーチャーだが、なぜか微塵も口を動かすことが出来ず、それどころか身じろぎする事すら出来ない。

 まるで、金縛りにあっているような、夢の中にいるような感覚。

 

「ん、何かな弓の英霊くん? その呆れ顔は。

 そ ん な 腐 っ た 目 で 人 間 を 見 る の は や め ろ ッ !!(カッ)

 もっと深くッ……深く愛してやれぇぇーーッ!! 人間を舐めるなァァーーッッ!!」

 

「あはは! 師匠ったらジョウチョフアンテーイ☆

 べつに気にしなくていーよシロウ♪ 瓦せんべい食べる? 龍角散のど飴もあるよ?」ニッコリ

 

 長渕剛みたく〈ドゴーン!〉と壁を蹴り飛ばしながら、剣道着の女性が暴れまわっている。

 そして「いつもの事だわ」とばかりに、それをまったく気にしていない様子のちびっ子が、アーチャーの口によいしょと喉飴をねじ込む。なんか物凄くマズい。

 

 とりあえず、なんだろうこの状況は?

 確か自分は、泰山の客席で醤油ラーメンを食べていた筈。

 みんなの声援を受けながら注文し、それをズズッと啜った所までは憶えているが……そこからの記憶が途絶えてしまっている。

 ここが何なのか、自分はどうしてこんな剣道場みたいな場所にいるのか。アーチャーには全く身に覚えが無かった。

 

「さてさて、訊く所によると貴官は、醤油ラーメンを食べて即死という、大変めずらしい死に方をしたらしいな?

 せこせこ身体を鍛え、死に物狂いで投影魔術を磨いても、辛いものには勝てなかったと。

 アンタの二十年ちょいの人生、()()()()()()()!!」

 

「なにがアイアーム、ザボーン、オブマイ、ソゥ~~ドよぉー!

 アラヤの抑止力さんは、ずいぶんザコ舌なのねっ。おにいちゃんダッサー☆」

 

「ということで、こちらに醤油ラーメンを用意しました(キリッ)

 今から私が、見事これを食べきり、姉貴分の威厳を示してあげるわっ!

 勝手にサーヴァント縛りで、帰れま10なんぞやりおってからに!

 Fateのメインヒロインがいったい誰なのか、そろそろ示しとかなきゃって思ってたのよ♪」

 

 謎の力によって、この場に泰山の醤油ラーメンが召喚される。

 だがそれは、決して皆が知っているようなブツでは無く、醤油ラーメンとは名ばかりの赤黒い邪悪な見た目をしていた。

 確かに醤油も入っているんだろうが、きっとその何十倍もの比率で、デスソースやらキャロライナ・リーパー*5やらが入っているのだろう。

 

「見さらせぇぇーーッ!!

 私は大河! 油風呂の藤村大河じゃーーい!

 それでは、いっただっきまーーす☆」

 

 大河がニッコニコしながら、どんぶりを手に持ち、お箸で持ち上げた麺をフーフー。

 そして躊躇うことなく、〈ちゅるるん♪〉と啜って見せた。

 

 

「――――毒 眼 鉄 ッ ッ !!!!」ブフゥ

 

「ししょーーお!?!?」

 

 

 そのままバターンとひっくり返り、ラーメン撒き散らしながら昏倒。

 辛いとか痛いとか言う前に、速攻で意識を持っていかれた。

 

「そ……そんな!? なか卯の牛丼に七味をかける師匠がっ!

 ボンカレーの中辛だって食べられるのに、まさか敗れるなんてっ!

 えいせいへーーい! えいせいへぇぇーーーい!!」

 

 ブルマの悲痛な声が辺りに木霊する中、大河は泡を吹いて倒れ伏している。

 その姿はどこか、【サイバイマンにやられたヤムチャ】を彷彿とさせた。もうピクリともしていない。

 

「えっとぉ……そういうワケでございましてぇ(司会進行)

 とりあえず、今回のシロウの敗因は、『ヒヨッちゃった事』だよ?

 確かにラーメンにも心を惹かれるだろうけど、ここは思い切っていくところ!

 せっかく泰山にいるんだから、そろそろ“麻婆”ってヤツと、決着をつけなきゃね☆」

 

 アホのように呆け、その場に立ちすくむアーチャーに対し、イリy……いや弟子1号が何事もなかったかように告げる。

 

 

「ではでは、今回のタイガー道場は以上ですっ!

 ちゃんとセーブはしてるよね、おにいちゃん?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」ババーン

 

 

 大河が血文字で書いた「まったねー☆」というダイイングメッセージと、元気にブンブン手を振るブルマに見送られつつ、アーチャーの意識がこの世界から遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『第ッ! ――――――4位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――3位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――5位ィィ!!!!!』

 

『第ッ! ――――――10位ィィ!!!!!』

 

 

 

 彼があのふざけた【ファッキン・ファンタズム】より帰還して、暫くした後……。

 言峰のハツラツとした声のナレーションが、矢次にこの場に響いた。

 

「すげェ! ドンピシャじゃねぇかお前!!」

 

「■■■!」(4連勝ッ! まさに破竹の勢い!)

 

「やっぱり麻婆だったのね!

 小難しいこと考えず、最初からこれを注文しとけば良かったのよっ!」 

 

「見事也、双剣使い! 天晴ぞっ!!」

 

 みんなの喜びの声、そして四つの料理の空き皿。

 それを前にし、アーチャーはなんとも言えない表情をしていた。

 

 あれから、彼女らの提案通り、アーチャーは醤油ラーメンを止めて、麻婆麺を注文。

 そして仲間達も次々に追従し、麻婆茄子、麻婆春雨、麻婆定食といった、ここ泰山にある全ての麻婆系料理をコンプリート。

 その結果、5番手のキャスターの手番には、怒涛の4連勝を達成。

 一体これまでの苦労は何だったのかと思っちゃうほど、あっさり正解出来たのである。

 

 思えば一番最初の、爆裂ゴッド麻婆での非常に手痛い失敗や、あの石焼き麻婆炒飯なる物がくっそマズかった事で、麻婆系に対する忌避感が出ていたのかもしれない。

 いつもその文字は目に入っていたし、きっと人気なんだろうな~とは思いつつも、どこか注文するのは気が進まずに、ここまでズルズルと避けて通っていた。

 

 しかしながら、何を頼もうかと思考の中に沈んでいたアーチャーが、突然「ハッ!?」と顔を上げたかと思えば、これまでとは打って変わって、迷うことなく麻婆麺にすると宣言。

 ハッキリした声で、魃さんへ注文して見せたのだのだった。

 

 その男らしさ……いや()()()()()()()()()()()

 仲間達は少し戸惑ったものの、その有無を言わせぬ勢いに押されるように、黙して彼の意思を受け入れた。

 

 その結果が、今のこの状況。

 もう泰山の客席は、あたかもディズニーのパレードのような様相だ。

 これまで散々味わって来た苦渋がカタルシスとなり、みんな万馬券でも当てたかのような喜びようである。ヒィィィーーハァァーーー!!!!

 

「いや、確かに嬉しいよ。助けて貰った。

 だが私は、どこか腑に落ちない気持ちでいてね……」

 

「アーチャー?」

 

 ライダーが、キョトンと不思議そうに彼の方を見る。

 エビマヨを頼みたいという気持ちを抑えて、お利口に麻婆春雨を注文し、この4連勝に大きく貢献した彼女だったが……。

 その立役者である筈のアーチャーは、なんかとても難しそうな顔で「うむむ……」と腕組みをしているから。

 

「あれは一体、何だったのだ?

 なにやら、どこか懐かしいような気が……」

 

 この世界とは違う、別時空の存在――――

 いち英霊である自分には分からない、なにか大いなる者の意思によって、あのタイガー道場とかいう場所は運営されているのだろう。

 迷える子羊を助け、ユーザーフレンドリーを大切にしながら。

 

 

「とりあえず、『直前の選択肢からやり直せ』は無いだろう……。

 見てはいけない物を、垣間見た気分だ」

 

「?」

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、あと2つ。

 いよいよ英霊達の帰れま10も、佳境に差し掛かるのだった。

 

 

 

 

(つづきフォォーーン!)

 

 

 

 

 

*1
【holy shit】 直訳すれば“聖なる糞”。なんてこった! まじかよクソが! みたいな意味で使われるスラング

*2
辛さを表す単位のような物。タバスコのスコヴィル値は約2千5百、鷹の爪で4万ほど。

*3
アニメ“X-MEN”のOPである

*4
アニメ【悪魔くん】のOPである

*5
唐辛子の品種のひとつ。ハバネロの10倍の辛さと言われており、スコヴィル値は脅威の300万SHU。口に入れた瞬間、気絶してしまう者もいて、もし目に入れば失明する恐れがあるほど。そのあまりの危険性により、調理の際には防護服を着用するそうな



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Fateで帰れま10。~In 紅洲宴歳館・泰山~ 最終話

 

 

 

 

 

「なぁ、お前ズルくね?」

 

 AM2時――――

 帰れま10 in 泰山の開始から、8時間が経過。

 

「……何かね皆? なぜ私の方を見るんだ」

 

 現在この場には、なにやら挙動不審な様子のアーチャー、そして彼を「じぃ~!」っと睨んでいる仲間達の姿がある。

 いかなる時も動じず、冷静沈着が売りの弓兵。……だが彼は今、なにやらこの上ない居心地の悪さを感じており、みんなと目線を合わせないよう、「プイッ!」と必死に顔を背けている。

 

「ど、どうしたんだね君達?! そのように押し黙って……!

 私に言いたい事でもあr

 

「――――その“白いヤツ”は何?」

 

 スパッ! と一刀両断。

 あたふたと狼狽えていたアーチャーが、たった一言でフリーズ。

 

「それだそれ! テメェの手元にあるヤツ!

 何が入ってんだ、そのコップ! 吐けオラッ!」

 

「見た所……牛乳? いえヨーグルトでしょうか」

 

「なにやら、とても甘そうな飲み物ですねぇ。

 ここ泰山にある物は、水以外はすべて辛く、赤い色だったと記憶しているが」

 

「たしか乳製品には、辛さを緩和させたり、胃の粘膜を保護する働きがあるんだったかしら?」

 

「ほう、面妖な。

 ではなぜ斯様な物を、お主が持っておる?」

 

「■■■」(自分だけそんな物を飲んで、恥ずかしくないのかお前)

 

 ちなみにだが、飲んではいない。アーチャーは手元に置いているだけである。

 だがこの戦場ともいうべき修羅の場において、彼だけがヨーグルトという“救済”を持っているという状況だ。

 

 それはあたかも、隙間風がピューピュー吹き込むオンボロ長屋ばかりのドヤ街で、そのド真ん中に何十億という豪邸を建てるが如き所業。

 そんなの妬みを買うに決まってるし、「馬鹿にしてんのかオイ」と憎まれもするだろう。

 身代金目当てで家族は誘拐されるだろうし、強盗も入りまくりである。放火だってされちゃうかもしれない。

 

「ち、違うんだ! 私が頼んだ物ではないッ!

 しかし、その……魃さんがだね?」

 

「あぁ、彼女ですか。

 そういえばあの子、料理をここへ運んで来る度に、ちょいちょい貴方の方へ行ってましたね」

 

「何してんのかと思えば、こんなもん貰ってやがったのかテメェ」

 

「贔屓でしょ、これ。

 なんでアーチャーだけなのよ」

 

「■■■」(納得いかないのだが)

 

 あの“裏メニュー”の一件以降、魃さんは事ある毎にアーチャーのもとへ寄って行き、そして何にも言わずに、スッとこれを差し出していた。

 恐らくは、彼の胃や体調を気遣っての事だろう。先の桃饅頭のように頬をポッと赤らめ、モジモジと恥ずかしそうにしながら、ヨーグルト飲料の入ったコップをくれるのだ。

 

 その様は、とてもいじらしく、年相応の娘さんにしか見えない。

 まるで狂気のマッドサイエンティストみたいだった雰囲気は、恋する乙女に相応しい可憐な物へと変化。もうチャイニーズサイコの面影は、どこにも無い。

 

 賭けても良いが、普段の彼女であれば、絶対こんな真似はしないだろう。

 嬉々として客を地獄へ突き落とし、そのうえ蜘蛛の糸をハサミでチョキンし、「ぎゃー!」と落下していく者を見下ろしながら腹を抱えてゲラゲラ笑うのが、三度の飯より好きという人物だから。

 

 けれど……今日初めてアーチャーという素敵な男の人と出会い、彼が見せたメンバー達への気遣いであったり、果敢に激辛料理に挑んでいく姿、そして紳士的で優しい人柄に触れた。

 

 そうしている内に、まるで沈没船に纏わりつく強固なコケくらいの頑固さで狂気に囚われていたその心は、“恋”という感情によって春の陽気のようにあたたかく照らされ、夏場に飲むキンキンに冷えたコカ・コーラのように爽やかな物へと変化したのだろう。

 

 さっきは勢いで「アタシと恋人になル?」とか言っちゃったけど……後で一人になって思い直してみたら、もう猛烈に恥ずかしくなってしまった。

 あれ以降、魃さんは何度も客席に料理を運び、姿を見せてはいるけれど、でもとてもじゃないがアーチャーの顔を直視出来ずにいる。

 照れとか、胸のドキドキとかで真っ赤になっている顔を、彼に見られるのが恥ずかしい! というのもあった。

 

 そんな彼女の、精一杯の好意の表し方が、きっとこのヨーグルト飲料だったのだろう。

 ここ泰山で出される、灼熱を思わせるアツアツの料理とは違い、これはほどよく冷やされており、とても清涼感のある飲み物。

 彼女の心遣いや、「がんばってネ☆」という想いが込められているかのようだった。

 

 けれど前述の通り……問題はこのヨーグルト飲料を“アーチャーだけに渡す”という事。

 これにより、彼はいま針の(むしろ)の心地。

 仲間達の冷たい視線に晒されているワケである。

 

「まさか、あのチャイニーズ・サイコを落としやがるとはよ。

 とんでもねェな、うちの弓兵は」

 

「敵を射貫くのならいざ知らず、女子(おなご)のハートを射止めおったか。

 お主の宝具はキューピットの弓か?」

 

「女の子たぶらかして、飲み物を貢がせるだなんて……。

 軍師かと思ってたのに、貴方ホストだったの?」

 

「待ってくれ! 君達を差し置いて、自分だけ助かるつもりは無いッ!

 だが彼女、いつもこれをテーブルに置いた途端、すぐにテテテッと立ち去ってしまうんだ……」

 

「声をかける間もなく、ですか。

 照れ屋さんですね」キュン

 

「いじらしいっ……! 魃さんにこんな一面があったとはっ!」キュン キュン

 

「■■■」(まぁ彼女のご厚意だしな。受け取っておけ)

 

 

 

 ということで、アーチャーがヨーグルトを、グビグビと片付けていく。

 一人だけ辛さから助かるという、そういった“ズル”にはならぬよう、何も料理を注文していない今のうちに、ぜんぶ飲んでしまう事に。

 

 ちなみに先の4連勝から、もう2時間ほどが経過しており、そこからの注文には全てヨーグルトが付いてきたので、今アーチャーの手元は、沢山のコップでいっぱい。

 

 この過酷な企画で、限界まで膨れていた彼のお腹が、魃さんの可愛らしい恋心によって、更にタプタプになった。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

【第4巡目、三十三皿目】 メデューサ(ライダー)

 

 

 

 

「■■■」(拙いな……。よくない流れだ)

 

 それから更に1時間ばかり経ち、現在AM3時。

 冬木の町はとうに眠りにつき、自分達の息遣いの音だけが、静かに響いている。

 

()()()、だなんて……。

 あの快進撃が嘘のようね」

 

「ああ、帳消しにされたな。……やっぱ甘くねェわ」

 

 先の“麻婆ローラー作戦”以降、彼らは一度もTOP10を当てられずにいた。

 小次郎・ヘラクレス・アルトリア・エミヤ・青タイツ。

 その誰もが知恵を絞り、自分なりの理と自信を以って挑んだが、その甲斐虚しく玉砕。

 第14位、16位と、惜しい所まではいきつつも、結局のこり2つという数を減らすことは出来なかった。

 

「この店にある“麻婆系”は、全て注文し終えたからな。

 もう縋ることが出来るものは、何も無い」

 

「よもやラーメン系すらも、全くランクインしておらぬとは。

 ほんに泰山は、中華のセオリーが通用せぬ店よな。これは参った」

 

「正直、手詰まりです……。霧の中を歩いている気分だ。

 私の推理など、もはや目を瞑ってメニュー表を指さすのと、なんら変わり無いでしょう」

 

 後たった2つ。だが全く当たる気がせず、先が見えない。

 閉塞感が漂う。数々の試練を越えてきた英霊たる彼らが、いま無力感に打ちひしがれている。

 それほどの難易度、それほどのツラさ。これが“帰れま10”。

 手番は4巡目となり、食した品数は既に32を数える。

 この企画の厳しさを、サーヴァント達はまざまざと思い知らされた。

 

「■■■」(なんだかんだで、既に泰山にある品の()()を食った事になるな。ここまで当たらぬ物だとは、思いもしなかった)

 

 ――――なんなら残り31品、全て食い尽くしてみるか? 俺が引き受けても良い。

 そう覚悟が宿る瞳で、彼が仲間達を見渡す。いざとなったら、任せておけと。

 

 その頼もしい姿、この上ない心強さに、絶望に沈んでいた仲間達の表情が、少しだけ明るくなる。

 結局のところ、やるしかない。やれる所まで。

 たとえ何があろうが、出来ようが出来まいが、自分達は前に進むしか無いのだ。

 いつか力尽きて倒れるか、ゴールテープを切るか。そのどちらかをするまで。

 

 結果など関係無い。もはやどうでも良い事。

 ただただ、戦う。

 それのみが、いま己のすべき事であり、いつもそうしてきた自分達の生き方なのだから。

 

 

 

「皆さん――――聞いて下さい」

 

 そんな中、ふと、

 

「顔を上げて欲しいです。落ち込むことなんて無いんです」

 

 心の清廉さを感じさせる、彼女の美しい声が、皆を思考の底から引き上げる。

 

 

「私は、ずっと思っている。確信があります。

 この袋小路を打破するには、()()()()()()()()()()()()」キリッ

 

 

 おーい……(呆れ)

 ランサーの「まただよコイツ」という小さな呟きが、深夜の静寂の中でハッキリと響く。

 

「これまで、みんなでラーメン系を頼んできましたが、やはりこれがひとつもランクインしていないのは、おかしいですっ!

 中華屋さんである以上、必ず入っているハズです!

 なので、冷やし中華を注文しましょう! 今がその時なんですっ!」

 

「……」

 

「……」

 

「「「…………」」」

 

「えっ、なんでこんな空気になるんですかっ?!?!」ガーン

 

 疲労感か、はたまた「もう勘弁してよ……」という倦怠感なのか、みんな無言で彼女を見るばかり。

 誰もライダーの言葉に賛同せず、表情すら変える事もなかった。

 

「お前アレだろ? もう()()()()()()()ソレ言ってんだろ?」

 

「ち、違いますっ! 私は真面目に言っているのですっ!」

 

「■■■■」(わざとなのかと思っていたが……それ素でやっているなら、相当の物だぞ?)

 

「てっきり、ボケて空気を和ませようとしておるものと……よもや天然か?」

 

「ちーがーいーまーすぅ~~っ!!

 本当に思ってるんですっ! 冷やし中華なんですぅ!」

 

 ライダーが「ムキャー!」と怒る。

 机を〈バーン!〉とやり、席から立ち上がってしまっている。必死だ。

 

「ほら! これ! 写真を見て下さい!

 ここの冷やし中華は、とても彩り華やかですっ!

 ワーおいしそうだなー♪ Just do it(さぁやろうぜ)☆」

 

 そうメニュー表片手に熱弁。選挙カーに乗ってるかのような演説ぶり。

 いま我々に求められているのは、冷やし中華に相違ありません! 冷やし中華なのであります! そう頑張って説得。

 まぁ案の定、みんなは冷めた目をしているけれど。冷やし中華だけに。

 

「――――でもこれ夏季限定のヤツでしょ? 期間が限られてるじゃないの」

 

 そんな中、彼女の熱っぽい声とは裏腹の、とてもクールな声。

 

「TOP10を当てるなら、通常の品でしょ。

 他のにした方が良いわ」

 

 ツンと、ライダーの方を見もせずに。

 キャスターが鋭く言い放つ。さも「くだらない」といった風な口調で。

 

「どれいくの? 早くしましょうよ。

 思い付かないのなら、皆に決めて貰いなさいな」

 

 うっ……とライダーが言葉に詰まる。そのまま黙り込んでしまう。

 先ほどまでのように、怒られたり呆れられたりするではなく、切って捨てるような言葉。

 ライダーの考えや、彼女自身を尊重する気が微塵も無い、ただただ端的で事務的な言い方。

 

 その鋭利さと、まったく熱の無い声色に、ライダーは言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 もぐもぐ、ズズズと、皆が食事している。

 寡黙に、ただひたすら、自分の取り分を片付ける事に集中。

 その淡々とした姿。皆でご飯を食べているというのに、まったく楽し気な雰囲気が感じられない、作業のような行為。

 

「……」

 

 ライダーが悲し気な瞳で、じっとみんなの方を見ている。

 なにか言いたそうだが、口を開くことなく、ただただ仲間達の顔を。

 

 

『第ッ! ――――――22位ィィ!!!!!』

 

「もぉぉぉ-ーーっっ!!」

 

 

 あの時、黙りこくってしまったライダーに代わりに、皆で意見を出し合って決めた“チャーシュー麺”は、案の定ハズレ。

 これまで注文したどのラーメンよりも順位が低く、しかもこれを以ってラーメン系は全て注文し終わるという、考えうる限りで最悪の結末。

 

 それどころか、以降の注文も連続してハズレ。誰がどのジャンルの何を注文しようが、結果は同じだった。

 際限なく、成す術もなく、6、7,8と負けを重ねていったのだ。

 

 このあまりに酷い状況に、思わずライダーが「ムキャーッ!」と声をあげた。

 ぷんぷん! と音か聞こえてきそうなほど、子供みたいに頬を膨らませて。

 いわゆる“激おこ”ってヤツだ。

 

「 マヨですっ! マヨですYO!! 」

 

 自分の手番だったのに、自らの意見が通らない。許して貰えない。

 そんな事がもう4回も続き、いい加減ライダーの堪忍袋の緒も切れた。

 もう〈ブッチィ~~ン!!〉ってなモンた。

 

 しかも、ライダーの意見を却下してまで注文したチャーシュー麺が外れてしまってから、みんな妙に彼女と目を合わさなくなったし。

 こっちを見てくれなくないどころか、声すらかけてくれなくなったし。

 謝れとは言わないまでも、なんか一言くらいあっても良いだろうに。

 

 ちゃんとこちらの目を見て、時折「大丈夫ですか……?」と気遣ってくれたのは、同居人であるセイバーくらいのもの。彼女以外はみんな冷たかったのだ。

 

 いくらライダーが「じとぉ~っ!」とかわいい顔で睨み付け、無言の抗議をしようとも、全然反応してくれないし。ガン無視だったし。

 我関せずでやり過ごそうとする、事なかれ主義者共め。あんなにさっきまで仲良しだったのに。

 特にキャスターなどは、もう当然のごとく「つーん」って感じのすまし顔で、ずっとメニュー表を眺めているし。どういう事ですか一体。

 

「 みんなイジワルですっ! そんなんじゃなかったですっ!

  私の声を聞いて下さいっ! 耳を傾けて下さいっ! 」  

 

 ここです! ここにいますっ!

 どうも、メデューサです! 反英雄のメデューサでございます! よろしくおねがいします!

 そう本当に選挙カーみたいなテンション。「冷やし中華いきましょう!」と主張。

 みんなライダーの得も知れぬ勢いに押され、ポカーンと口を開けてしまった。

 だが……。

 

「――――ねぇ、()()()()()()()()()()()()?」

 

 空気と共に、彼女すらも切り裂くような、キャスターの鋭い声。

 

「――――ワガママを言い、皆の意見を無視してまで注文するのよ?

 貴方、責任取れるの?」

 

 好き勝手な事ばかり。いい加減にして欲しいものね。

 そうキャスターがフンと小さく鼻を鳴らず。

 先ほどよりもハッキリとした態度で、「くだらない」と示す。

 

「あのね? 早く帰りたいのよ。

 もう8時間もやっているのだし、みんな疲れてるの。

 足を引っ張らないで頂戴」

 

 迷惑よ、貴方――――

 そう聞き間違いようの無いほどハッキリとした声が、ナイフのようにライダーの胸に刺さった。

 

「まったく、皆が甘やかすからいけないのよ。

 あまり面倒な事をさせないで貰える? もうウンザリだわ」

 

 そして、再びツンと顔を背け、メニュー表に向き直る。

 その姿は言外に、「もう話はおしまい」と告げていた。

 しかし……。

 

「きっ……キャスターだって、さっき外したじゃないですかぁ!

 私はアレ、ぜったい無いと思ってたのにぃーっ!」ムキー!

 

「 っ!? 」

 

 それで止まるライダーでは無かった。

 先ほどまでとは違う。彼女は今“おこ”なのである。

 

「なんですかぁ! “生野菜の盛り合わせ”ってぇ!

 そんなの食べてるから、ヒョロガリなんですよぉ! クタバレ!(直球)」

 

「 っ!?!?!? 」

 

 止まらない。ベルレフォーンくらい止まらない。

 もう目に涙を浮かべ、「わーっ!」と大きく口を開けて、ライダーは叫ぶ。

 

 その子供みたいな癇癪の前に、暫し呆気に取られていたキャスターの顔が、次第にジワジワと赤く染まっていき、やがて火山のように噴火。

 

 

「――――なによっ! そんなにマヨ系食べたいなら、また一人で来ればいいでしょ!?

 巻き込まないでよっ!!」キー!

 

「――――そっちこそ! お野菜なんて、どこでも食べられるじゃないですかーっ!

 サラダとか白菜のクリーム煮とかぁ! ババ臭い物ばかり頼まないで下さいっ!!」ムキャー!

 

「■■■」(あの……いま()()()()なんだけども)

 

「彼はこの空気の中で、注文せねばならんのだぞ! 可哀想だとは思わんのかね!」

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 その後、バーサーカーが気力を振り絞って“牛肉とニンニクの芽炒め”を注文するも、あえなくハズレ。

 皆、もう今日何度目か分からない、ため息をつく。

 そして膨れたお腹をサスサスと気にしながら、ガックリ意気消沈。

 

 そんな中、ふと横を向いたセイバーは、今ライダーがシクシクと涙を零している事に気付く。

 

「だって……みんな信じてくれないんですもの」クスン

 

 キャスターと喧嘩しちゃうわ、マヨ系は食べられないわで、もうライダーの心はグシャグシャだ。

 スンスンと鼻を鳴らし、ひっくひっくと泣く。

 有名な英霊である彼女が、まるで子供のような姿だった。

 

「ねぇ。さっきからこの子、肘でゲシゲシしてくるのだけれど……」

 

「■■■」(俺もずーっと無言で睨まれてる……)

 

 エグエグしながら、隣の席にいるキャスターの脇腹をこつく。

 そして、こちらを無視して注文を決めたバーサーカーに、ジト目。

 

 

「ほら見て下さいっ! まだ一つも海鮮系がランクインしてないんですよ!?

 そんなの納得いかないですっ!」

 

「なれど、エビマヨを頼む位ならば、ワンチャン“半チャーハン”いかぬか?」

 

「ヤですぅー!  エ ビ マ ヨ が い い で す ぅ ~ ~ っ !!」ウエーン!

 

「こいつの旦那になるヤツぁ、苦労すんだろな……」

 

「■■■」(同意だ)

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

【第5巡、三十七皿目】 アルトリア・ペンドラゴン (セイバー) 

 

 

 

 

 

「つーん」プイッ

 

「つーん」プイッ

 

 隣の席ながら、お互いに背を向けて座る二人。

 ライダーとキャスター、ただいまガチ喧嘩中。

 

「大女」ボソッ

 

「前向き根暗」ボソッ

 

「止めたまえよ君達……人様の店だぞ」

 

「■■■」(空気の悪いこと悪いこと)

 

 お互いに思う所があり、一歩も歩み寄る気配が無い。

 これちゃんと修復出来るのかな? 今後に影響出ちゃわないかな? と心配になるサヴァ達である。

 

 後で士郎くんに言って、またサラダ油を持って来させよう。ヌルヌルオイル相撲の二回戦だ。

 そんな風に、みんなが仲直りの算段を頭の中でしていた時……。

 

「さて、私の手番ですね。気合を入れ直さなければ」

 

 まるで、この雰囲気がなんでもないかのように。

 いつも剣道場で見せる、凛とした空気を漂わせたセイバーが、瞑想のために閉じていた瞼を開く。

 これまでに無い……というか今まで見せたことの無い“真剣な表情”で、皆の顔を見渡した。

 

 そういえば、彼女は今日の企画、一度も当てていなかったように思う。

 先の麻婆ローラー作戦は、アーチャーの手番から始まった物だったし、その後にした注文でも、普通に外していたから。

 

 そんなセイバーが今、この泥沼の9連敗という厳しい状況下で、再びスポットライトを浴びる。

 これまで司会進行の役目ゆえか、己の手番の時以外は、妙に口数が少ない彼女ではあったが、その存在感には微塵も陰りは無く。

 最強のサーヴァントとしてのカリスマ、そして王たる威厳を讃えた瞳で、仲間達を真っすぐ見つめている。

 

「脂っこい物を食べましたし、少し口をサッパリさせたいですね。

 ライダーよ、()()()()()()()()()()

 

「 !?!? 」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 おおッッ!! とこの場が湧き上がる。

 まったく予想していなかった彼女の言葉に、一同は驚愕。目を丸くする。

 

「マジかよ……。

 いくらお前、同居人だからってよ……」

 

「何を言うランサー、私が食べたいと思ったまで。

 他に理由などあろう筈もない」

 

 ――――私の意思、私の“責任”を以って頼もう。ゆえに、任せて頂いて構いません。

 そう「自分で全部食べる」と宣言。

 迷いのない瞳で、彼に言ってのけた。

 

「私は二度目になるが、ここの冷やし中華は“最高”です。

 例によって物凄く辛いが、こちらもマヨネーズが良い感じに緩和している。

 むしろ、また食べたいと思っていた程だ」

 

「それに、冷やし中華を片付ければ、今度こそラーメン系の品をコンプリート出来ます。

 これを以って、ラーメン系の是非というモヤモヤに、終止符を打っておくのも良いでしょう」

 

 夏季限定ということもあり、冷やし中華は皆の中で除外されていた。

 これを頼まずとも、ラーメンは終了したと見て良いだろうと、勝手に判断していたのだ。

 

 だがやはり、やるなら徹底的にやろう。何の憂いなく、前に進む為に。

 そうセイバーは提案し、己自身で実行してみせるつもり。

 たった一人、誰にも迷惑をかけずにだ。

 

 そんな彼女の誇り高い姿は、ライダーの目にはどう映っているのだろう? いま何を思っているのだろうか?

 ふと気になったランサーが、おずおずとそちらに顔を向ける。

 

「なぁライダー。

 これもし当たったら、お前……どうするよ?」

 

 だが、平然。

 そこにあったのは、いつもと変わらぬライダーの姿。

 眼帯のせいで表情が窺いづらく、どこか不機嫌そうにすら見えてしまう、クールな彼女だった。

 

「えっ、()()()()()()()()?」

 

「「「 するのっ!?!?!? 」」」

 

 けど内心は違った。もうお祭り騒ぎだ。

 分かりにくい表情をしていても、メチャメチャ喜んでいるご様子。

 

「ギュッってして、抱っこして、チューするんです。

 3年くらい離さないかもしれません」

 

「「「 マジでっ!?!? 」」」

 

 どんだけ嬉しいねん、どんだけセイバー好きやねん。

 サヴァ達は恐れおののく。

 

「よ、よおセイバー。アイツああ言ってっけども……」

 

()()()()()()()()

 

「「「 望むのッ!?!?!? 」」」

 

 ふんす! と息を荒げ、セイバーはキリッとした顔。

 必ず貴方を救ってみせる、待たせて済まなかったと、なんか白馬の王子様みたい。

 

 

「そういえば、私はまだやっていませんでしたね。

 魃店長! 泰山特製・冷やし中華を――――えええエクスカリバァァーーッ!!(だみ声)」

 

「素敵ですセイバー! ダイテ!」キャッキャ

 

「なんだこれオイ……」

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

 そして、10分後――――

 

 

「貴方はああ言ってくれましたが……やはり私も食べます。

 半分こしましょうかセイバー」

 

「分かった、共に食べよう友よ」

 

 向かい合い、ギュッと手を握り合う二人。

 彼女らのまわりの空間だけ、なんかキラキラしてる。少女漫画みたくお花とか幻視しちゃう。

 

 やがて魃さんの手により、この場に冷やし中華が運ばれて来た。

 セイバーとライダーが「うふふ♪」と微笑み合いながら、二人でいっしょに料理を取り分けていく。それはとても楽しそうで、すごく幸せな光景に思えた。

 

「ふむ……やられたな。

 どうやら機を逸してしまったらしい」

 

 アーチャーは少し苦笑しながら、その場であたたかく見守る。

 おせっかいをやいたり、空気を読んでフォローを入れるのは、貧乏くじめいた自分の役割かと思っていたが……今回ばかりはセイバーに手柄を取られてしまったようだ。

 

「別に手伝っても構わんのだが……それは無粋という物か。

 百合の間に挟まるヤツは、()()()()()()()()()()()

 

「なに言ってるの貴方?」

 

 胸をピョンピョンさせながら、黙ってただ見守る。それが“作法”だとアーチャーは語る。

 錬鉄の英霊は、弁えている方であった。

 

「おいひいでふ、おいひいでふ」モキュモキュ

 

「きゅうりシャキシャキです。たまごフワフワです」モキュモキュ

 

 泰山の料理だというのに、なんと二人とも笑顔で食べている。

 これは友情のパワーなのか、マヨの恩恵か、それとも“百合補正”なのか。

 

 とにもかくにも、セイバー&ライダーはペロリの冷やし中華を完食。

 同時にお箸を置き、ニコッと笑顔を交わした後、パンッと軽くハイタッチ。

 やったぜ私達と喜びを分かち合う。

 

 

「ごちそうさまでした。辛いけど美味しかったです!」

 

「ですっ!」

 

「それではいってみましょうっ!

 泰山特製・冷やし中華、何位ですかぁー↑」

 

「かぁー↑」

 

 

 手を繋ぎ、二人で元気に司会進行。

 もう誰も入ることの出来ない、彼女達だけの世界を形成。

 

 そんなゆりゆりした空間に、どぅるるるるるる……! というドラムロール音が鳴り、次第に緊張感が張り詰めていく。

 セイバーとライダー、そしてこの場にいる誰もが両手を額の前で重ね、キリストだの主だのブッダだのに、見境なく祈る。

 頼む、頼む、頼む……! 来い来い来い! お願いっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――()()()()!!!!!』

 

 

「「「 う お お お お ぉ ぉ ぉ ぉ お ッ ッ !!!! 」」」

 

 

 

 そして、今日一番の大歓声が、深夜の泰山に木霊した。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 泰山特製・冷やし中華は、ウチの人気メニューのひとつアル!

 夏場はみんな、こればっかり頼みやがるナ♪ ラーメン屋もかくやというイキオイ☆

 

 まぁコレ……()()()()()()()()()()()

 

 ――――いつから冷やし中華が、夏季限定だと錯覚していタ?

 先入観で物を見ていると、死ぬゾ!

 

 これに関しては、ただただ“美味しい”ってゆーのが、人気の秘密ないカ?

 以前ラーメン系のTV番組で紹介されたモンだから、激辛どうこうじゃなく純粋に「冷やし中華が食べたい!」て人が、店に来てくれたりするのナ♪

 

 確かに唐辛子は使かてるケド、アタシが冷やし中華好きだてゆーのもあテ、メチャ気合入れて開発したからネ! 麺もマヨもぜんぶ自家製アル!

 自分でゆーのもなんだケド、クオリティ高いと思うヨォ~?

 

 だてこれ、辛いのだいきらいなアタシが食べても美味s…………げふんげふん!

 とにかくぅ! 泰山自慢の一品アル♪ みんな食いに来いヨー☆

 

 ……後でここ編集しといてね士郎クン? お願いナ?

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「 ラ イ ダ ァ ァ ァ ア ア ア ー ー ッ ッ !!!!」

 

「 セ イ バ ァ ァ ァ ア ア ア ー ー ッ ッ !!!!」

 

 騎士王さまがドドドドっと駆け寄り、そのままピョーンとライダーに飛びつく。

 コアラみたいにガッチリしがみ付いた。

 

「やりましたねセイバー! 貴方は真の英雄ですっ!

 あぁ……ありがとう御座いますセイバー!  だいすきですっっ!!」

 

「おぉライダーよ! 我が宿敵(トモダチ)

 貴公のぬくもりが、我が理想郷だ! もうその手を離さん!!」

 

 ぎゅーーーっっ☆☆☆ と聞こえてきそうな程の抱擁。

 花が幻視されるどころか、ハートマークが乱舞している。

 

「おいおい……()()()()()()()()()()()()()()()()

 いいのかコレ」

 

「うむ、子犬くらい熱烈だな。

 それほど嬉しかったという事さ」

 

「粘膜接触と言えど、キス程度でアカBANはされぬだろうて。

 私は一向に構わぬ」キリッ

 

 某ジャンプ漫画みたく〈ズキューーン!〉ではなく、チュッチュと小鳥がついばむみたいな、慈しむキス。

 なんか可愛さと微笑ましさが先に来て、ぜんぜんエロくないのが不思議。

 二人とも純粋な子達なので、きっとそれが良かったのだろう。なかよし!(閉廷)

 

 

「あ、そう言えばキャスター。

 貴方さっき、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ!?」

 

 ふいにライダーが、騎士王さまをお姫様だっこしたまま振り向き、額に冷や汗を浮かべるキャスターへと向き直る。

 

「いい事がありましたし、もう気にしていません。

 けれど……出来たら貴方から、一言あればと思うのですが」

 

「……っ」

 

 じとぉ~っとした目。声に怒気や嘲りは感じられないが、代わりに得も知れぬ真剣さがある。

 一応、ケジメ。こういうの、タイセツ。

 ライダーはじーっと彼女の方を見つめ、返答を待つが……。

 

 

「あーら、私なにか言ったかしら~~ん? キャハ☆」

 

「 ッ!? 」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

 

 野郎っ、しらばっくれやがった!!

 しかもアイドルみたいなぶりっぶりの声出しやがって! うわキツっ!(直球)

 

「ちょ、ズルいですキャスター! さっきあんなにもっ……!」

 

「えー、私もこれ推してたけどぉ~? ちゃんと伝わらなかったぁ~?

 なにぶん、冬木に来たばかりなものでぇ~。日本語はまだ不得手ですのぉ~。

 あーゴメンネゴメンネー(軽)」

 

「わっるい女だなぁ、オイ」

 

「■■■」(そらコルキスの魔女とか言われるわお前)

 

「というか、大丈夫なのかね?

 これ旦那さんも見ているのだが……」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「さて、これにてハッピーエンド……、といきたい所ではありますが」

 

 歓喜の渦にのまれ、皆が束の間の“ゆるゆり”を堪能した後。

 

「如何にも。まだ“めでたしめでたし”とはいかぬ。

 全て当てねば帰れま10……とな」

 

 

 

 

★泰山の人気メニューTOP10★

 

 

・第1位  麻婆豆腐   (騎)

・第2位  麻婆ペヤング (狂)

・第3位  麻婆茄子   (槍)

・第4位  麻婆麺    (弓)

・第5位  麻婆春雨   (騎)

・第6位  ピリカラ餃子 (狂)

・第7位  ???

・第8位  冷やし中華  (剣)

・第9位  杏仁豆腐   (魔)

・第10位 麻婆定食   (魔)

 

 

 

 

 皆が改めてランキング表を見る。

 残るはひとつ。“第7位”。

 ラッキーセブンといえば聞こえは良いが、これはセイバー達が30皿以上食べても当てられなかった、難攻不落の城塞なのだ。

 

 正直言って、もうすっからかんだ。

 知恵も気力も、閃きもアイディアも。この9時間ほどで、とうに搾り尽くしている。

 その反面、みんなお腹だけはパンパンに膨れているけれど。

 

 これほど沢山の量を食べ、一般成人男性の何日分というkcalを摂った筈なのに、いま自分達は絵に描いたような“グッデグデ”。それがどこか不条理に思える。

 

 ここにいる大半の者達が、既にありとあらゆる「これ以上は無理だ」というサインを、自らの身体から受け取っていた。

 なんてったって、ここは頭オカシイ事で県内外に名を馳せる激辛料理の店、“泰山”なのだから。

 

 唇から口内、喉、食堂、胃腸、その全部が痛い。

 ついでに言えば頭痛や吐き気もするし、もう9時間くらいブルブル手が震えっぱなしだ。

 冗談抜きで「よく意識たもってるな私……」って感じである。サーヴァント万歳。

 

「それで、どうしますかアーチャー? 次は貴公の手番だ。

 この勢いを以って、()()()()の品も、いってしまうか?」

 

 凛とした声、セイバーの問いかけ。

 ちょっとだけしおらしくなったキャスターから「ごめんなさいね……」と謝罪を受け、お互いにペコペコ頭を下げ合っていた二人が、ハッとこちらを向く。

 

「万策尽き果て、矢も折れた今、もう偉そうな事は言えんよ。

 この場で唯一、生きた目をしているのが彼女(ライダー)だ。それに賭けてみるか?」

 

 彼女の表情が \ぺっかー/ と輝く。

 分かってくれた! 分かり合えた! 我が世の春キマシタ! そう尻尾をブンブンする犬みたく喜んでる。「ほわわ~ん♪」と幸せそうな顔。

 

「だがよぉ……いくら自信あるからって、あんまグイグイくるヤツは()()()()()()()

 

「ッ!?!?」ガーン

 

 でも叩き落された。絶望という奈落に。

 槍の英霊が放つ“刺し穿つ棘”が、ライダーを直撃。

 

「気の強ェ女は好きだぜ? ……だがコイツのは違ェ感じがすんだよ。

 当てたのはスゲェけど、ぶっちゃけ俺ァ、()()()()()()()()()()()

 

 ようは、何回言うんだコイツ――――という事である。

 第一巡から今に至るまで、ひたすらライダーの“マヨ推し”を聞かされたし。

 

 確かに、彼女の意見を却下し続けたこちら側にも、非はあろう。

 だがライダーはなまじ良い子であるため、協調性があるというよりも主体性が無く、自分の意見を出したり引っ込めたり。

 そしていつまでもウジウジし、根に持ち、それをズルズルと引きずるタイプだ。

 

 そんなのと一緒にいたら、やっぱ空気悪くなっちゃうし、やるならやるで先ほどのセイバーみたく、ちゃんとした説得力と意思を示した上で、スパーンと注文して欲しいものだ。

 人の意見に流されておきながら、いざ外したとなれば「ほれ見たことか!」とワーワー騒ぎ立てる。やっぱりそういうのは良くないと思うんだ(正論)

 

 しかも、本気とも冗談とも取れないテンションで「エビマヨエビマヨ」言うものだから、これはボケなのか真面目に言っているのかが非常に分かりづらかった。

 正直ライダーが発言する度に、みんな「もういいよ」って感じの顔してたし。

 

 またしょーもないボケ言ってるなぁ……。寒いんだよお前。おもしろくねぇっつの。

 サヴァ達は決して言わなかったけれど、これまでずーっとそんな気持ちでいたのだ。

 なにこの謎のエビマヨ推しと。

 

「――――ええ、私もそう思うわ」キリッ

 

「 キャスター!?!? 」

 

 そして、ここに来てキャスターの裏切り。

 さっきあんなにペコペコしあったのに、もう手の平クル~してきた。

 第五次のキャスター、マジとんでもねぇな! そう皆は驚愕。

 

「そもそもコレ、セイバーの手柄だし?

 彼女の勇気ある英雄的行動があったからこそ、第8位を当てることが出来たのよ。

 あまりドヤ顔しないで頂けますこと? お里が知れましてよ(目逸らし)」

 

「 私を見て下さいキャスター! あの友情は幻だったのですか!? 」

 

 肩をガックンガックンされるも、キャスターは「おほほ☆」と笑うばかり。まったく悪びれていない。

 

 

「こんな子供っぽい娘に付いていくのは、私のプライドが許さない。

 この子を蹴落とす為なら、鬼にも邪にもなるわ」キッパリ

 

「嘘だと言って下さい!

 根暗女同盟を結成すると、約束したじゃないですかっ!!」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

【第5巡、四十皿目】 メデューサ(ライダー)

 

 

 

 

「予想は付いちゃいたが……、案の定こうなっちまったか」

 

「あぁ、決着の時だ(白目)」

 

 あれから順当にアーチャー&ランサーが外し、手番が彼女に周った。

 今ライダーが、〈ゴゴゴゴ……!〉と瞳に闘志を宿しているのが分かる。超めんどくさい。

 

「ライダー、ここで見ています。ご武運を」

 

「任せて下さいセイバー。貴方が信じてくれる限り、私は倒れない」

 

 引き続き、ゆりゆりする二人。

 ギュッと手を取って見つめ合い、またチュッチュしそうな勢い。

 彼女らのまわりにだけ、いっぱいバラの花が見える。

 

「おほほのほー☆

 エビマヨ頼むのはいいけれど、もし外したらどーしてくれるの~~ん???」

 

 この女……だいぶハジケてきたな。

 反英雄たる彼女の悪性に、仲間達はドン引きだ。

 

「どうなのかしらーん? 騎乗兵の英霊さーん♪

 ここでハッキリ言って貰いたいものねー!」ウケケケ!

 

 悪魔みたいに笑う。アンリマユはここにも居たらしい。

 これまで味わって来た苦渋とか、身体的なツラさとか、あと報われない生前の恨みつらみとかも、全部ひっくるめて解き放つ。

 ライダー全然関係ないのに「責任とってよ」と。

 

 だが、なにやら静かな表情をしたライダーが、覚悟の滲んた目で、彼女に向き直る。

 怖いのに必死に耐えているかのように、グッと手を握って震えているようにも見える。

 

 

「つ、()()()()()()ですよ……?(震え声)」

 

 

 一瞬、時がフリーズ。

 外国風の言い回しをすれば「あ、いま妖精が通ったね?」って感じ。

 

「怖いけど……我慢しますっ。

 私のこと、つねっても良いです。グイッってやって下さい……」

 

 ぎゅーっと目を瞑り、ぷるぷる身体を震わせる。

 その哀れなほどの怯えようから、ライダーが()()()()()()()()のが分かった。

 子供か。

 

「では司会進行役として、私が“立会人”を務めましょう。

 キャスターよ、彼女はこう言っているが……。

 もし見事に当てた場合、貴方はどうするのですか?」

 

 厳粛に、ハッキリした声で問う。

 カリスマ:Bを誇るサーヴァントが纏う、有無を言わせぬ空気。

 思わずキャスターは息を呑み、彼女と同じくプルプル身を震わせ始める。

 

 

「つ、つねって良いわよ……?(冷や汗)」

 

 

 なんだこれ――――

 みたいな事ではあるが、なんとキャスターも()()()()()()()()()()()

 私つねられちゃう! コワイ! なんて事なの!

 そう本気で思っているっぽいのだ。めっちゃ足震えてるし。

 

「すまぬ、さして見とぅないのだが……」

 

「なにを見せられるんだ我々は。面白いのかソレ」

 

 そうは思うも、時計の針は進み、やがてライダーが元気な声で「魃さーん!」と呼ぶ。

 

 

「では注文しますっ!

 この【君をぶち殺すエビマヨ】というのを――――頼みまフォォォ~~~ン!!!!(赤面)」

 

「どっちだオイ。分かんねェよ」

 

「■■■」(そんな頑張らずとも)

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 帰れま10in泰山、ライダーの記念すべき四十品目は、彼女の念願であった【君をブチ殺すエビマヨ】

 マヨの純白のヴェールではなく、マグマのような赤黒いソースを纏った海老が、所狭しと皿にひしめいているぞ!

 

 新鮮な海老と、何故か大量にぶち込まれている各種スパイス、そして自家製マヨネーズのハーモニー!

 泰山の隠れた拘りである、厳選した素材を使用した、ここでしか食べられない珠玉の一品!

 

 果たしてライダーは、みんなに反対され続けたエビマヨで、キャスターとの勝負に勝つことが出来るのかぁ~!?

 

 

・ナレーション: 言峰フルテンション綺礼

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

 

「おっ――――お い し い で す っ !!」テッテレー

 

 代表者のライダーが、パクッとひとくち食べた途端、勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「ものすごく美味しいっ! 信じられないくらいっ!

 私の目に狂いはありませんでしたっ!

 ヒィィーーハァァーーッ!!!!(赤面)」

 

「照れるんだったら、やんなよ」

 

「唐辛子もかくやという程、赤面しとるな」

 

「■■■」(それ正解した時にするヤツだからな?)

 

 仲間達からツッコまれるも、ライダーは輝かんばかりの笑み。

 自分にとっての改心の一品を引き、「悔い無しっ!」と言わんばかりの姿。

 引っ込み思案も、恥ずかしがり屋もかなぐり捨て、某小杉さんみたく雄たけびを上げた。

 

「よかったですライダー。幸せそうな貴方を見られて、私は嬉しい」

 

「結果はともかく、ここに来て君の“一番”を引いたのだな。

 おめでとうと言わせて貰おう」

 

 剣と弓の両名にあたたかく祝福され、ライダーがテレテレ。

 まぁキャスターだけはぶすっとした顔でいるが、余計なことは言わずにじっと静観している。

 

「ひとつ取っても構わぬか?

 それほど美味いのなら、無理をおしても食う価値があろう」

 

「俺もだ、手伝うぜ。

 早く結果も知りてェしな」

 

「み……皆さん」

 

 気が付けば、皆が中華テーブルをクルクル。順番にエビマヨをよそっていた。

 てっきり一人で食べなきゃいけない物と思い込んでいた彼女は、暫し放心。ポカーンと仲間達を見つめる。

 

「先ほどは手を出さなかったが、今回は別だよ。

 君一人では行かせん、第五次の仲間じゃないか」

 

「■■■」(然り、共にやろうライダー。一蓮托生だ)

 

 みんなが和気あいあいと、笑顔で「うめぇうめぇ」と言い合う。

 彼女が信じ続けたエビマヨを、嬉しそうに頬張っている。

 その姿、この笑顔こそ、きっとライダーが一番欲しかったものだ。

 

 外しても良い、駄目でも良い。

 仲間と一緒なら、失敗の悔しさだって分かち合える。喜びは倍になる。

 

 ライダーは、知らぬ内に自分の目から、涙が零れていることに気付く。

 あれっ……? とグジグジおめめを拭う彼女の手を、隣で寄り添うセイバーが、優しく握った。

 

「……仕方ないわね。片棒を担いであげるわ」

 

 そして、ついに静観していたキャスターが動く。

 メンドクサそうな顔をしつつも、自分の方へ中華テーブルをまわし、ちょちょいっとエビマヨを取り皿に入れる。

 

「勘違いしないでね? 後で文句を言われるのが嫌なだけよ。

 けれど……私も背負ってあげる。

 勝つのも負けるのも、みんな一緒が良いわ」

 

 安心なさい。当てようが外そうが、もう文句は言わない。

 この帰れま10、最後までやりとげましょうライダー。

 そうバツが悪いそうに苦笑。だがとても優しい顔で、キャスターが言ってくれた。

 

「根暗女同盟……どうしますか?」

 

「ええ、良いわよ。

 こんど喫茶店にでも行って、二人で悪だくみしましょっか♪」

 

 そう茶目っ気のある顔で微笑み、仲直りの印としてエビマヨをパクッ!

 辛い辛い言いながらも、ちゃんと食べてみせた――――

 

 

 

 

「さて、完食いたしました。

 現在TOP10は、残りひとつですので、これを当てれば当企画【帰れま10in泰山】は終了となります」

 

 沢山の笑顔に囲まれる中、セイバーがコトッとお箸を置き、神妙な顔でカメラの方を向く。

 

「しかしっ! もし外せばっ! …………つ ね ら れ ま す っ !!!!(迫真)」

 

「雰囲気を出さなくて良い。早くしたまえよ」

 

 わなわなと身を震わせ「コワイですねー、恐ろしいですねー」とばかりに告げるが、みんな白けた顔。しょーもな。

 

 

「それでは参りましょう!

 ライダー魂の注文、【君をぶち殺すエビマヨ】――――何位ですかぁー↑」

 

 

 みんなの脳裏に、これまでの事が走馬灯のように浮かぶ。

 つらかった事、マズかった事、そして辛かった事(ろくなモンがねぇ)

 でも確かにあった幸せ。みんなで喜びを分かち合ってきたという思い出が、強く心を揺さぶる。

 

 ドルルルルル……というドラムロール音が鼓動を早め、緊張がこの場を支配する。

 仲間達は固唾をのみ、覚悟を決めた戦士の表情で、静かに耳を澄ませる。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『第ッ! ――――――()()()()!!!!!』

 

 

 この帰れま10における、最後のナレーションを聞いた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 アタシの作るマヨネーズ美味すぎワロタ――――

 

 これが第7位にランクインしてるのは、つまりそーいう事アル。

 正直、アタシより上手にマヨネーズ作れるヤツ、生まれてこのかた見たこと無いヨ。

 こちとら中華の人なのに……、神様はアタシに無駄な才能をくれたネ☆

 

 これ【君をぶち殺す~】みたいな仰々しい名前付けてるケド……、一種のカムフラージュに近いカナ?

 セイバーちゃんも言てたアルが、この料理に関しては、たとえ辛くてもバッチリ美味しくしてるアル。

 前に言てた「比較的食べやすい」てゆーのも、あながち間違いじゃないゾ♪

 

 辛く出来るヨ……?

 口に入れた瞬間死ぬくらい、貴様を黄泉平坂に叩き落すくらい、も~と辛く出来るアル。

 

 でもアタシ、マヨだけは――――マヨだけは()()()()()()()()(沈痛の面持ち)

 

 どーしても、無茶できんかたヨ……。

 アタシのマヨに対する愛情、そしてこの非情になり切れない甘さが、ランクインの秘密アル……。

 

 アタシって、キュー○ーの人にしつこく「入社してくれ」って言われちゃうくらい、恐らく世界で一番美味しいマヨネーズ作るカラ、このエビマヨだけ食いに来るお客さんも、いっぱい居るヨ♪

 

 もちろん、子供さんがいる家族連れが来た時は、唐辛子とかは抜いて作たげるゾ☆

 

 

 

・ワイプ: 謎の中華少女、魃さん

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「「「 ――――う お ぉ ぉ ぉ お お お お お ッ ッ!!!!!! 」」」

 

 本日一番を更新するほどの、皆の歓喜の雄たけび。

 やったー! と元気に万歳するライダーを、セイバーがギューッと抱きしめる。

 

「うっそだろオイ。

 地母神……いや“女神”じゃねーか」

 

「■■■」(ふたつとも当てたぞ、信じられん……)

 

 神! 救いの女神!

 この殺伐とした帰れま10(せんじょう)に舞い降りた、奇跡のサーヴァント!!

 

「いや、心底恐れ入った……感服だ」

 

「コ○ン君でも、こうはいかんぞ?

 推理うんぬんではなく、純粋さの勝利か……」

 

 驚愕。ただただ恐れおののく。

 男達は茫然とした顔で、「ヒィーハァー!」言っている彼女を見守る。

 自分達の不甲斐なさ、信じてやらなかった後悔……確かにそういうのはある。

 でも今は喜ぼう! 子供のようにはしゃいでいる、あの子を祝福しよう!

 

 あの子に幸あれ! 英霊に誉あれ! サーヴァントに栄光あれ!

 帰れま10 in泰山、完ッ!!!!

 

 

 

「はい、ということで御座いまして(司会進行)

 見事ライダーが当ててくれましたので、締めに参りましょう!」

 

 喜びの空気に満ち溢れる泰山の客席に、清々しい顔をするセイバーの声。

 思えば色々あったけれど、彼女もたくさん頑張ってくれたと、皆は心の中で感謝する。楽しかった思い出を胸に。

 

「それではライダー! 今日のラストです!

 ――――つ ね っ て 下 さ い っ!!!!(いい笑顔)」

 

「っ!?!?」

 

 ガーン! と仰け反るキャスター。この場の雰囲気との対比が凄い。

 

「ほ……ホントにやるのソレ!? あんなに幸せな空気だったのにっ!」

 

Exactly(その通り). さぁライダー、出陣です。

 コルキスの魔女に鉄槌を下すのだ」

 

「はい、セイバー」ヌラァ…

 

 怪力:Bのスキルを持つ大女が、ズンズン歩みを進める。

 キャスターはオロオロと狼狽え、思わず身をすくめたが、時はけして戻らず、現実は動かない。

 ようは「吐いたツバは飲めない」というヤツだ。

 

「ちょ! 嘘よねライダー!?

 やったりしないわよね!? 一緒に喫茶店いくんでしょ?!」

 

「そうですね、ベルレフォーンと書いて『これが私の怒りだ』と読みます。ご堪能ください」

 

 ぜんぜん話がかみ合わない中で、向かい合う。

 悠然と仁王立ちするライダー(バケモノ)と、可哀想なくらい泣いちゃってるキャスター(クズ女)

 今、彼女が力強く腰を落とし、パンチを繰り出す時の花山薫みたいなポーズに。

 

 

「――――でもできませんっ! 出来ようハズもないっ!」

 

「えっ」トゥンク…

 

 

 突然、ライダーが彼女を抱きしめる。

 殴るのかと思いきや、その勢いを以ってキャスターに飛び着き、そのまま「~♡」とハグした。

 

「トモダチです! なかよしなんです!

 今日は私、とっても楽しかったですっ!」ギューッ!

 

「え……ええライダー! 私もよっ! とても楽しかったわっ!」ギューッ!

 

「……」

 

「「「…………」」」

 

 なんだコレ――――みたいな顔の一同。

 そしてメリーゴーランドみたく周って「キャッキャ☆」している二人。

 あまりの唐突な展開に、みんな理解が追い付かなかった。「え、つねるんじゃないの?」と。

 

 

「次回はバゼットいきつけの牛丼屋で、帰れま10をお送りします。さよーならぁー!」ノシ

 

「待てぃセイバー。これでは終われん終われん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぁみんな思う事はあれど……、言うのは無粋という物だ。

 

 ここは黙ってカメラに手を振ろう。笑顔でお別れしようじゃないか。

 

 

 百合だし(尊い)

 

 

 

 

 

 

 ~おしまい~

 

 

 

 

 



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