黄金色の夏の幻影 (鳥頭堂正太郎)
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「彼女じゃあないよ、まだ… 友達以上、恋人未…満っていうのかな。」

お元気ですか?

いま、郷里から手紙を書いています。

時間は午後5時。

茹だるような暑さもいつの間にかやわらぎ、西日がさすようになって、つくつくぼうしが鳴いています。

 

もう夏も終わりですね。

 

久しぶりだね。

暑い日が続いていますが、体調を崩されたりしていませんか?

 

僕はどうにも暑さに耐えかねて、そうめんだの、冷やし中華だの、かき氷やアイスばかり食べていました。

まるであの頃のように、ちゃんとした食事をしなくちゃダメだよっ。て言う君の声が聞こえてくるようです。

 

思うに、君がいたあの頃の夏は、今みたいにギラギラした殺人的な暑さじゃなくて、キラキラと輝くような夏だったような気がします。

 

覚えていますか?

 

バアちゃんの住む田舎の村へ、君と一緒に行った、あの夏の事を。

あの夏の日はまるで、キラキラと黄金色に輝く夏の蜃気楼のようで、一生忘れられない夢のような日々でした。

いま思えば、そのキラキラとした輝きの源泉こそが君だったに違いありません。

 

今でも思い出します、夢見るようなあの日々の事を。

 

新幹線から地元ローカル線に乗り換えると、窓から見える景色はどこまでも続く畑と田圃ばかりとなり、最初こそ、見たことが無い単線列車に騒いでいた君も、変化の無い景色に飽きてきたのか、ずっと電車に乗りっぱなしだったから、疲れてきたのか、いつの間にかうとうとと居眠りをはじめ、気がついたら、君は僕の肩に頭をのせて、眠ってしまっていたね。

 

今だから言うけど、肩にかかる君の頭の重みや腕に当たる君の肌の感触、そして、なんと言っても、君の寝顔の可愛さに、あの時はドキドキしたもので、最寄駅に着いて、君を起こすのを躊躇した事を今でも覚えています。

 

それでも、なんとか電車を降りて、そこから少し歩いて、港から高速船に乗って、やっとバアちゃんの住む島に着いたね。

高速船の船内で長い黒髪を風になびかせている君の姿はとても綺麗で、見ていてドキドキしたよ。

 

そして、島について、陸に降りた時には、君は目を丸くしていたね。

 

そりゃあそうだよね。

人気の欠片もない、畑と田圃と山林しかない景色に土むき出しの農道だけで、舗装されてない道があるなんて、君にはあ日本に存在するとさえ思っていなかったのでしょう。

 

それでも、真っ青な空にもくもくとした入道雲が浮かび、まるで大雨が降りそそいできたような大音量の蝉時雨が鳴り響く中、僕たちはばあちゃんの住む家まで歩いたね。

 

さして、広くも無い島だから、すぐに着いてしまったけれど、物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回す君はなんだかとても見慣れなくて、可愛かった。

 

ばあちゃんの住んでいるのは古めかしい藁葺き屋根の家で、家の前の畑には、とうもろこしやトマトにナス、きゅうり、スイカ、枝豆なんかが植えられていて、それぞれ、大きく色鮮やかな実をみのらせており、ばあちゃんは畑の中でひざまずいて草むしりをしていた。

 

「ばあちゃん。」

僕がそう呼びかけると、ばあちゃんは手を止めてこっちへ振り向き、

「おお、和くんか、いらっしゃい。」見て、

「えぇと、鮎川…鮎川ひろみさ…ん。」

と答えると、ばあちゃんは、

「鮎川さんかね、遠いところをよく来てくださったね、和の祖母です。はじめまして。」

と言い、君は

「鮎川です。はじめまして。」

と答えた。

すると、ばあちゃんは

「何にもない田舎ですけどら、ゆっくりしていってください。」

と言って、僕の方を向き、ばあちゃんは、

「で、和くん。鮎川さんは彼女なんか?」

と言った。

年寄りは答えにくい事を聞いてくるなぁ。

僕は君の顔をチラリと覗き見ると、君は知らないよとでも言いたげに、ぷいとそっぽを向いた。

僕はかすれた声で、

 

「彼女じゃあないよ、まだ…

友達以上、恋人未…満っていうのかな。」

と言うと。

「恋人じゃないんか!

なんじゃあ、もう。

甲斐性がないのう。」

と、ばあちゃんは言った。

「えぇっ、まぁ、その…」

僕が言葉につまると、ばあちゃんは

「まったくもう、そういう所、若い頃のじいさんにそっくりじゃわい。

もっとシャツキリして、ガガッと自分から迫るくらいせんとあかんじゃろ。」

などと言ってきた。

僕が君を覗き見ると、君は僕に背を向けながら、クックッと声を抑えて笑っていたね。

あぁ、もう、台無し。

「ば、ばあちゃん。お話はさ、よく拝聴つかまつりました。

だけどさ、僕と鮎川は遠くから来て疲れてるしさ…」

と僕が言うと、

「おぉ、そうじゃった、そうじゃった。お疲れやが、はよ、上がりぃ、上がりぃ。

鮎川さん、こんな甲斐性無しの孫ですが、よろしくお願いいたします。」

と、言って、ばあちゃんは君に頭を下げた。

 

「いえ、こちらこそ、お世話になってます。」

きみもそう言って頭を下げた。

 

そうして、僕たちはやっと、ばあちゃんの住む家にあしを踏み入れる事ができた。

 



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「ちょっとぉ、いつまで見てるのよ、早く閉めてよ。」

僕たちはばあちゃんの家の縁側に座って、扇風機にあたりながら、かなたに見える海と空をぼんやりと見ていた。

縁側は海に面していて、なにも建物や山などの遮るものがないから、天頂から、水平線近くまで見渡せて、天頂付近のとても濃い色の真っ青な空から、水平線近くの白に近い青色までの美しいグラデーションの青空が一望でき、ところどころにむくむくとした真っ白な入道雲が浮かんでいる。

 

相変わらず、蝉はやかましいくらいにミンミンと鳴いている。

 

氷入りの冷たい麦茶がたっぷり入っていて、汗をかいているやかんと、これまた氷入りの冷たい麦茶が注がれているグラスが二つ乗ったおぼんが、僕と君の間に置かれている。

 

別になんの変哲もない普通の麦茶だよ。

きっと暑い中歩いてきたから喉がかわいてらっしゃったから、おいしく感じられるのだろう。

とばあちゃんは言ったけれど、その麦茶は野かわいてからとはとても思えないほどに素晴らしくおいしくて、僕も君もたて続けに数杯おかわりして、ようやく人心地ついた。

 

「「ねえ」」

お互いがお互いを呼ぶ声が重なった。

「あ、お先にどうぞ」

「いやいや、君からどうぞ」

またしても声が重なる。

 

フッ、アハハハッ

 

どちらからともなく二人とも揃って笑いだし、ひとしきり笑いあい、一息つくと、

「向こうにさ、海が見えるけど、遠いのかな?」

と君は聞いた。

「そうだな。

そんなに遠くも無いよ。歩いて10分も無いんじゃないかな?

遠浅の細かい砂の砂浜で綺麗な海だよ。」

と言うと、君はキラキラした目で僕を見た。

「行きた…い?」

「うん!」

太陽は思ったよりも西に傾いているけれど、沈むまでにはまだまだ時間がある。

 

「じゃあ、待ってて。

海に行くなら、ばあちゃんに伝えとくから。」

 

そう言って、僕は君の前を離れ、ばあちゃんに海に遊びに行ってくる旨を話した。

 

それから、縁側に戻ってみると、君の姿は消えていた。

 

あれぇ?どこ行っちゃったんだろ?

あっ、荷物を客間に起きっぱなしにしてあるから、客間かな?

そう思って、僕は、

「鮎川いる?」

と、声をかけると、客間への障子を開けた。

 

「キャッ」

 

かわいらしい悲鳴が聞こえ、上半身裸で、胸を手で覆い隠した君が僕に背を向けて立っていた。

 

長い黒髪の下の肌は真っ白で柔らかそうで、素晴らしいコントラストを描いていた。

 

「ちょっとぉ、いつまで見てるのよ、早く閉めてよ。」

 

君の怒った声に、僕はふっと我に返った。

どうやら、君の後ろ姿に見惚れていたらしい。

 

「ご、ごめん」

そう言って、障子を閉めた。

 

しばらくして、障子が開き、その隙間から白く細い手がす~っと伸びてきて、僕の鼻先で止まると、勢いよく、僕の鼻にしっぺをくらわせた。

 

痛ッ!

 

思わず、鼻を抑え、目を閉じ、座り込んだ僕がゆっくりと目を開けると、そこには、厳しい表情の君が、手を腰につけて仁王立ちして、言った。

「もう、

エッチ!」







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「裸、期待してたの?」

黒く長い髪をポニーテールに結い上げ、大きめのダボッとしたオレンジ色のTシャツを豊かな二つの膨らみが誇らしげに突き上げ、そこだけ弾けそうに生地が張っている。

豊かなバストとは真逆の引き締まったウエストで、デニム生地のショートパンツをはいていて、そのショートパンツからは白く細く長い足がすぅと伸びている。

 

それはもう造形の神が丹精こめて作り出した美の化身であり、夏の女神か夏の天使とでもいうべき美しさだった。

 

「綺麗だ。

まるで夏の女神か天使みたいだ。」

思わず僕がそう、もらすと、君ははにかんだような、困惑したような表情を浮かべて、

「な、なに言ってるの、ほら、さっさと行くよ。」

と言って、僕の手を取り、引き起こすと、さっさか歩き始めた。

その手は、あたたかく、すべすべしていて心地よく、夏場だというのに、いつまでも握っていたいと思わせるようだった。

 

変わらず、土と石だけの舗装されていない砂利道をあらかじめ用意しておいたビーチサンダルに履き替えて歩いた。

海までは何も遮るものは無いから、歩く度に、砂浜が、海が僕たちを歓迎しているかのように近づいてくる。

 

一歩一歩、僕は君の背中を見ながら、あゆみ進むうちに、気がついたら、砂利道は砂浜に姿を変え、彼方へと続く海にたどり着いていた。

海の香あふれる潮風が吹いてくると、夏の女神は僕の事など忘れてしまったかのように、手を離して、海へ向かって走り出した。

 

引潮なのだろうか、地のはてまで続くような、白く美しい遠浅の砂浜には、誰も足を踏み入れていないのだろう、波状の砂紋がどこも欠ける事なくずっと続いている。

 

透明度の高い透き通った海の波打ち際は、白砂が透けて見えて、白く見えるけれど、波が太陽の光を反射してキラキラと光輝いて見え、そして、沖へ行くほどに青みが増して濃くなって、コバルトブルーの美しい海となっている。

 

「うわぁ、すごい、綺麗」

 

いつの間にか、君は足を止め、美しい海岸の様子に見いっていた。

 

「よしっ!」

君はそう言うと、肩口に手をやって、シャツを少し前側に引っ張り、今度は両手を交差させて、シャツの裾に手をかけ、ぐいっとお腹のあたりまで捲し上げた。

 

「わっ!」

突然の事に、茫然としたまま僕は君を凝視し続けた。

というよりも、もはや君から目を離せなくなっていた。

というのが正解かもしれない。

 

余分な贅肉の欠片もないすべらかなお腹には、かわいらしい小さなオヘソが見えるけれど、豊かな胸の膨らみの下でシャツはまるまっていて、そこから上は見えない。

 

「フフッ」

君は僕をちらりと見て、いたずらっぽく笑った。

直後

 

まるで、ブルンッとでも音がしたかのような勢いで、真っ赤な布に包まれた豊かな二つの膨らみが現れた。

 

そして、するっと、シャツから頭と右腕を抜いてしまい、左手にまとわりついてるだけのシャツもあっさりと引き剥がされてしまった。

 

「あっ、水着」

 

思わず漏れた僕のその言葉に、君は

「なによ、当たり前でしょ、海に行くんだから。

それとも、裸、期待してたの?」

といたずらっぽく笑って言った。

 

答えられない僕を尻目に、君はシャツをかるくたたんで、ぽいっと砂地に落とし、続いて、ショートパンツに手をかけた。

 

ホックとジッパーを外し、するするとショートパンツを脱いでいく。

 

すると、胸の水着と同色の真っ赤な水着が現れた。

そして、右足、左足の順にショートパンツから足を抜くと、ショートパンツを二つ折にして、シャツの上に放った。

 

今、僕の目の前には、真っ赤なビキニだけをまとった美しい夏の女神が立っていた。



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「もう、びしょびしょじゃん! よくもやったな!」

「キャ~!」

夏の女神は海に向かって駆け出した。

砂紋に君の足跡が残っていく。

バシャン

「キャッ、冷たい!

でも気持ちいい!」

波が君の身体にあたったらしい。

君は楽しそうに波と戯れている。

「ねぇ、来ないのォ?」

君はそう言って、僕を呼んだ。

「あぁ、いや、海パン履き忘れてきちゃって。」

そうだ。あの騒ぎで僕は海に行く用意が出来てないまま、ここまで来てしまったのだ。

「えぇ、海に行くのに何やってんのよォ!」

という君に、

「いやまぁ、そんな時間無かったし…とりあえず、足だけでも入るよ。」

と僕は言って、すね辺りまで海水に入る。

冷たい、でも、気持ちいい。

そのまま立っていると、足元の地面が波に引っ張られて行き、立っているのか、浮いているのかわからなくなる。

 

これはこれで楽しいかな?とか思っていると、波と戯れていた君が、僕のそばまでやってきて、

「もう、何やってるの?」

と言った。

「や~、海パン無いし。

でも、これはこれで楽しいよ。」

と答えると、君はいたずらっぽい笑みを浮かべると、

「えいっ!」

と言って、バシャリと海水を掻き、こっちに飛ばした。

「あっ!」

バチャン

避けきれずに、服に海水がかかる。

「あぁ、濡れちゃったじゃん!」

僕の抗議にも、君は知らん顔で、

「もう、海に来たのに、服が濡れるのを躊躇って、そんな事してるからです。」

と言うと、

「えいっ!えいっ!」

とバシャバシャと波音立てて、海水をこっちに飛ばしてくる。

あぁもう、びしょびしょ。

 

「もう、びしょびしょじゃん!

よくもやったな!」

と言うと、僕はきみにやられたように、バシャバシャと君に向かって海をかき揚げて、海水を浴びせる。

 

「キャー」

と悲鳴とも歓声ともつかない声があがり、君もまたバシャバシャと波だてて反撃してきた。

波と波がぶつかって、飛沫が飛んで、キラキラと輝く。

二人は

「アハハッ」

と笑いしながら、

お互いに幾度も幾度も波をかきたて、お互いに海水を飛ばしあっているうちに、

男の力に勝てなかったからか、いつしか君は僕のたてる波から逃れるように海の中を走り始めた。

「まて~」

バシャバシャと波蹴たてながら、僕は楽しそうに笑顔を浮かべながら逃げる君を追いかけた。

 

追いかけっこをしているうちに、気がつけば、すねくらいまでだった海の深さが

いつのまにか、お腹のあたりまでになってきていた。

 

君はニコッと笑うと、ピュッと飛んで、海中に飛び込み消えた。

 

僕はベッチョリと濡れて肌に張り付くシャツを脱ぎ捨て上半身裸になると、僕も海に飛び込み、君を追った。

 

夏の女神はマーメイドになった。

透明な海水は軽やかに泳ぐ君の姿を青いスクリーンの向こうに写し出す。

追いつこうと君に向かって伸ばす僕の手を、君はするりするりと身体をひねるように泳いでかわして行った。

 

追いつきそうで追いつけない。



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