サマナー?の日常 (モカチップ)
しおりを挟む

妖精の同居人

 最近(いえ)に変な奴らが勝手に上がり込むようになった。

 

 別に構いはしないが冷蔵庫の中身を食い荒らすのはやめてほしい。貧乏で生活がキツキツの高校生……って訳でもないし倹約家でもない。

 

 だとしても無駄な出費は押さえたい。……その食い荒らされたものが晩御飯になるはずだった為に夜中のコンビニに出向いているわけだが。

 

「さまなー! このしゅーくりーむってのたべたい! かって!」

 

「……俺はサマナーじゃないよ。シュークリームは買うから隠れててね。人目についたら不味いから」

 

 羽根の付いたミニマム少女が視界内をウロチョロしている。……初めは幻覚だと思ったんだけどな。他の人にも見えているらしく病院エンドは回避された。

 

 寧ろ……回避したくなかったんだよなぁ。何が好きでこんな不思議生物を受け入れなきゃいけないんだが。

 

 ……これが変な奴らの一人。名前はピクシーと言うらしい。ピクシーと言えば妖精の代名詞といっていいだろう。

 

 イングランドの民間伝承に登場する妖精。ピクシーの語源、モデルとなったのはシェイクスピアの真夏の夜の夢に出てくる悪戯妖精パックだとされる。

 

 なんで知っているかって? ……こういう伝承が好きで一時期読み漁っていた時期があったから。……趣味は読書と散歩のつまらない高校生なもので。

 

 夜中で良かったよ。客は俺一人だし店員が気づいている様子はない。未だに飛び続けるピクシーを掴み胸ポケットへと放り込む。

 

「んきゅ!?」

 

「言うことはちゃんと聞こうね」

 

「……はーい」

 

 胸ポケットから頭だけだすピクシー。全く……まだピクシーは可愛い方。こうやってスイーツを買い与えれば大人しくしてくれるから。

 

 唯一残っていた鮭弁当とピクシーの所望したシュークリームを手に持ちカウンターへと向かう。

 

「これお願いします」

 

「はいにゃ! 袋はお付けしますかにゃ?」

 

 ……変わった語尾の店員さんだことで。

 

 他にも頭に付いた猫耳とか後ろでゆらゆらと揺れている二股の尻尾とかツッコミたい所が沢山あるけどこの際無視を貫こう。

 

「お願いします」

 

「はーい! お会計━━」

 

 パパっと会計を済ませてコンビニを後にした。……コンビニを出たところでピクシーは鮭弁当とシュークリームの入った袋に入っていく。

 

 どうやら我慢ができなかったらしい。

 家でゆっくり食べればいいものの。

 

「さまなー! あけて! あけて!」

 

「はいはい。落とさないようにね」

 

 ……あと俺はサマナーじゃないよ。

 

 何度言ったか分からない否定にため息を吐きながらシュークリームを抱えて飛び出してきたピクシーからシュークリームを受け取った。

 

 

 

「……あれがサマナー」

 

 ピクシーを連れた少年。……まさかコンビニに悪魔を召喚したまま連れてくるなんて思わなかったにゃ。

 

 ……悪魔相手に優しく少年自身も良質なマグネタイトを保持している。

 

 反応を見る為に猫耳と尻尾をわざと出したけど動じる様子もなく普通に接してくれたにゃ。

 

 あれだけの優良物件は中々いない。……悪魔を道具のように使うサマナーは珍しくないし寧ろそっちの方が多いにゃ。

 

 わたしは野良悪魔。人間に紛れて生活しているけど……ありのままの姿を受け入れてもらいたいと思うのはわがままかにゃ? 

 

「……そういえばCOMPを持ってなかったにゃ」

 

 懐に隠しているようにも見えなかった。……出しっぱなしで家に置いているとか? 

 

「……それはない、にゃ」

 

 だってサマナー。デビルサマナーにとってCOMPは命よりも大切なもの。それがないと悪魔を使役することはできない。

 

 ……最近はスマートフォンに悪魔召喚プログラムをダウンロードできるとか知り合いの悪魔に聞いたからそっちかにゃ? 

 

 どっちでもいいにゃ。

 

「……縁があればちょっとアプローチでもかけてみるかにゃ」

 

 ……と、このまま耳と尻尾を出しっぱだと大変なことになるにゃ。

 

 耳と尻尾を隠して息をつく。

 

 ……お客さんは来そうにないにゃー。

 

「……暇だにゃー」

 

 退勤まであのサマナーを最後に客は一人も来なかったにゃ。……バイトだからいいけど世知辛い世の中だにゃー。

 

 

 

「はぁ……まんぷくまんぷく」

 

「それは良かったよ」

 

 シュークリームを食べ終えたピクシーを横目に自宅のテーブルで買った鮭弁当を突っついている俺━━

 

「わたしもたべる!」  

 

 ……鮭を半分取られてしまった。

 

 まあいいか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ユキダルマと冷蔵庫

 学校から帰ってくると冷蔵庫の周りに冷蔵庫に入れていたであろうものが放り出されていた。

 

 時間が経っているみたいで生物(なまもの)は全部ダメになっていた。……飲み物はまだ大丈夫そうだな。……牛乳はアウトだけど。

 

 帰宅早々のため息と共に冷蔵庫を開ける。

 

「ヒホ!?」

 

 ……またか。

 

 中にはマスコットキャラクターみたいな奴が体育座りをしていた。

 

 ……名前はジャックフロスト。こやつもピクシーと同じイングランドの民間伝承に登場する妖精。民話上で怪物としても登場している。

 

 意味は霜男で事前知識が無ければ霜だらけの男を想像してしまうだろう。モデルは北欧の……なんだっけ? 忘れた。

 

 名前の通り暑さに弱く真夏に近いこの時期。大抵は冷蔵庫に入っている。

 

 ……昨日も入っていた。

 

「……なにしてるの?」

 

「ヒホー!? 仕方ないんだホ! サマナーの部屋が暑いからいけないんだホー!」

 

 怒られると思ったのかピエロみたいな帽子を深く被る。

 

 あー……家にはエアコンなんて高級品無いからなぁ。扇風機でなんとかなるし。

 

 あとサマナーじゃないよ。

 ピクシーもそうだけどなんで君達は俺をサマナーと呼んでいるんだ?

 

 サマナーって召喚士だろ? 俺はピクシーやジャックフロストを召喚した覚えはないよ? 

 

「…はぁ…アイス買ってきてあげるから」

 

「本当だホ!? サマナー! ありがとう!」

 

 ダメになった食材を拾い集める。

 

 ジャックフロストが冷蔵庫から飛び出しくっついてきた。冷たい。

 

「……どういたしまして。何食べたい?」

 

「ソフトクリームホ!」

 

「わたしはちょこみんと!」

 

 ソフトクリームね。……何時から居たんだピクシー。コンビニにチョコミントのアイスって売ってるか? 

 

 ……行けば分かるか。

 

 

 

 相も変わらず客が居ない夜中のコンビニ。立地の問題もあるんだろうけどここまで酷いと店長を不憫に思うにゃ。

 

「……だからアイスが入ってるんだにゃ」

 

 そしてまたサマナーがやってきたにゃ。今日はピクシーを連れてなかった。

 

 買ったものはアイスとチャクラドロップ。……チャクラドロップ? 

 

「そうですね」

 

 と思ったわたしは悪くないにゃ。

 ……そーいえばサマナーだったにゃ。見た目がまんま学生だから忘れちゃう。

 

 学生のデビルサマナーも居るけどこのサマナーはこう……サマナー特有の雰囲気や匂いが無いにゃ。

 

 ……血の匂いすらしないにゃ。

 だからうっかり忘れてしまうことがあるんだにゃ。

 

「君はアイスは好きかにゃ? わたしはアイスを食べるなら冷たいお茶がいいにゃ」

 

 欲を言えば日の当たりが良い縁側でお茶をすすりながら一日を過ごしたいにゃ。

 

「俺はコーヒーですかね」

 

 サマナーはコーヒー派かにゃ。

 

「苦くて熱いのは苦手だにゃ」

 

「ははっ、そうですよね。あ……と、アイスが溶けちゃいますね。仕事の邪魔をしてごめんなさい」

 

 んにゃ? あ、サマナーはアイスを持っていたにゃ。

 

「こっちこそごめんなさい。楽しくてつい時間を忘れてたにゃ」

 

「いえいえ。ではこれで……」

 

「はいにゃー。ありがとうございましたにゃーまたお越しくださいませにゃー」

 

 手を小さく振りコンビニから出ていくサマナーを笑顔で見送り届けたにゃ。

 

 ……にゃ、暇になったにゃ。

 

「アプローチ、はしてみたけど」

 

 これじゃ常連さんと店員さんみたいだにゃ。……みたいじゃなくてそうだにゃ。

 

 そもそも仕事中に会っても積もる話しはできないにゃ。……にゃ? 

 

「なにか落ちてるにゃ……」

 

 入口付近に……薄くて四角いにゃ。

 

「……生徒手帳にゃ」

 

 写真にはサマナーの顔が写っていた。

 この学校……この近くにある高校だにゃ。

 

 ……! これにゃ! 

 

 

 

「ヒーホー!」

 

「んぅ〜! おいしー!」

 

「それは良かったよ」

 

 ……あれ? 生徒手帳……学校に忘れたっけ? ……明日確認してみよう。

 

 それよりも飴を舐め……買う飴を間違えた。何だこの飴……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カボチャとハロウィン

「TRICK or TREATホー!」

 

 玄関を開けるとランタンを持ったカボチャの妖精がドアップで映りこんだ。

 

 ……ちょっと驚いた。そりゃ目の前にカボチャが……コイツはジャックランタン。

 

 ジャックフロストと名前が似ているがイングランドではなくアイルランドおよびスコットランドの妖精? と言えばいいのかな。

 

 ランド仲間だし同じイギリスだから似たようなものだと思う。知らないけど。

 

 名前の由来はランタンを持つ男。同じ名を持つ者同士なのかジャックフロストとは仲良し。

 

 ……そのジャックフロストは冷蔵庫に引きこもっているけど。

 

 まだ暑い……暑い。

 だから勘違いしがちだけど。

 

「ただいまジャックランタン」

 

 もうハロウィンの時期だ。

 温暖化が進んでるのかな。……秋なのにまだまだ暑い。

 

「サマナー! お菓子か悪戯だホー」

 

 サマ……もういいや。

 

「お菓子は持ってないし悪戯も嫌だな」

 

 帰ってきたばかりでお菓子は用意してないし悪戯も何をされるか分からない。

 

「二者択一。時間は待ってくれないんだホー」

 

「難しい言葉を知ってるんだね」

 

 要するに今すぐ選べってことでしょ? 

 ……意地悪だなぁ。

 

「これぐらい当たり前だホー」

 

「そっか。……それじゃ悪戯でお願い」

 

 仕方ない。お菓子を用意できない以上は大人しく悪戯を受けるしかないしね。

 

「悪戯だホー? ……分かったホー!」

 

 嬉しそうにクルクル回るジャックランタン。

 

 ……俺に悪戯がしたかったのかな。

 ジャックランタンは他の子に比べたら大人しい方だからハロウィンをキッカケに弾けているのかもしれない。

 

 そう考えたら可愛いもんだ。

 

「どんな悪戯をされちゃうのかな」

 

「それは……これだホー!!」

 

 ジャックランタンが襲いかかってきた。

 

「うわっ……」

 

 頭に硬い何かを置かれる。ちょっとだけ熱い……もしかしてランタン? 

 

「今日一日サマナーに取り憑いてやるホー」

 

 つまり寝るまで頭の上にジャックランタンが乗っていると。

 

 ……それだけ? 

 あージャックランタンがそれでいいなら。

 

「あはは……お手柔らかにね」

 

「ヒホー!」

 

 

 

 変わらない夜のコンビニ。変わらず客は来ないにゃ。近所に住んでいる老夫婦が5分前に来ただけ。

 

 時々なんでわたしはここで働いているんだろうと考えてしまうにゃ。……この町には悪魔が少なければサマナーも彼以外は居ない。

 

 のんびり暮らしたいわたしにはうってつけの場所にゃ。

 

 それにサマナーの仲魔になれればコソコソする必要もない。ピクシーを見れば分かる。

 

 あれだけ幸せそうな笑顔を見れば尚更にゃ。

 

「あ、いらっしゃいませにゃー」

 

 サマナーが来たにゃ。

 気が緩み耳と尻尾が出るにゃ。

 

 どーせサマナー以外は来ないにゃ。

 

 今日は何を買うんかにゃ〜? 

 ………………にゃ!? 

 

 あ、頭の上に……カ、カボチャが乗ってるにゃ。

 

 ピクシーの次はジャックランタンかにゃ。

 

 ピクシーはまだ分かるけどジャックランタンを頭に置いている人はサマナーが初めてだと思うにゃ。

 

 種族が種族にゃら今頃まるかじりされてるよ。

 

 ……サマナーだし大丈夫か。

 

 あ、来たにゃ来たにゃ。

 

「ヒーホー! 早く食べたいホー」

 

「ダメだよ。まだ買ってないんだから」

 

 んにゃ仲良くお買い物してるにゃ。

 

 まるかじりのまの字すら起こりそうにないにゃ。

 

 やっぱり優しいサマナーだにゃ。

 

 わたしもいつかサマナーの隣で━━

 

「昨日ぶりですね」

 

「そうですね。こんばんはにゃ」

 

「ヒホ? サマナー知り合いホ?」

 

 ジャックランタンがわたしを見る。大丈夫にゃ。上手く隠しているからそう簡単に見破るなんて……あっ。

 

「お前ネコマタかホ?」

 

「に"ゃ!?」

 

 さっき耳と尻尾が出ちゃったの忘れてたにゃ!? 

 ……うにゃ別にバレても困らないにゃ。

 

 そもそもサマナーにはバレてるし……。

 

 サマナーはわたしとジャックランタンを交互に見ると納得した顔で頷いていたにゃ。

 

 ほらバレていたにゃ。

 

 やっぱり優しいサマナーだにゃ。

 これが他のサマナーなら理由付けられて退治されるか交渉から始まる奴隷コースにゃ。

 

 この町には来て本当に良かったにゃ。

 

 にゃふ……早く入学できるといいにゃ〜。

 

 ジャックランタンを頭に乗せコンビニから出ていくサマナーを見送った。

 

 

 

「ジャックランタン……おやすみ」

 

「ヒ……ホー……」

 

 寝てるよね。

 沢山遊ぶと疲れた子供のように寝息を立てていた。

 

 いきなり頭から落ちてきた時は驚いたよ。ランタンがとても熱かった。

 

 ジャックランタンは寝かせるとして。

 

「店員さんネコマタだったんだなぁ」

 

 ……妖精が存在してるんだし妖怪も存在してるよな。

 

 世界は広いとしみじみに思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さなボディガード

「おはようご主人」

 

「……おはよう?」

 

 日曜日。目を覚ますと目の前には猫が顔を覗き込んでいた。

 

 ……ケットシー。アイルランドの伝説に登場する妖精猫と言われる妖精。ケットシーの名前もケットが猫、シーが妖精なんだっけ? 詳しくは分からないし頭も上手く回らない。

 

 欠伸を噛み締める。まだ早い時間。正直まだ眠っていたい。……ケットシーが首を傾げている。

 

 ……そうだ。こうしよう。

 

「……ケットシー」

 

「ご主人? どうしにゃっ!?」

 

 ケットシーの手を取り布団の中へと引きずり込む。じたばたと藻掻くケットシー。

 

 逃がさないようにギュッと抱きしめる。耳やしっぽがもふもふで温かい。これは良い抱き枕になる。

 

 ふわぁ……これはマズイ。柔らかい。

 

「ご主人!? ……っ…! そこは……っ…!」

 

「……無理。寝る」

 

「ご主……んっ……ダメ…にゃ…ぁ…」

 

 だーめ。もう少しだけケットシーと寝る。……抱き心地がやばい。

 

 

「……はぁ…はぁ……」

 

「あー……ご馳走様にゃ」

 

 今日はお休み。休日をお昼寝で過ごしていたら友達がやってきたにゃ。

 

 ……トレードマークの帽子を被らず服をはだけさせた友人が肩で息をしている。

 

 ほんのりと赤く染った頬と薄く潤んだ瞳。

 

 本人曰く撫でられたらしいけど絶対にそれ以上のことをしてるにゃ。

 

 これ例えるなら朝帰りに近いなにかだにゃ。

 

「今日は……一段と…激しかったよ……」

 

 ……友人のご主人は…そのいわゆるケモナーって奴かも知れないにゃ。なんでそんな奴をサマナーに選んだんだにゃ。

 

「早急に雇い主を変える事をオススメするにゃ」

 

「だ、大丈夫さ。……ご主人はとても聡明な御方。ちょっと抜けてるところはあるけどボクにふさわしいサマナーはご主人だけだよ」

 

 そんな顔で言われても説得力の欠片もないにゃ。なーにだらしない顔してるの? 

 

 紛いなりにも高貴な猫の騎士なんでしょ? なのに愛玩動物みたいに扱われていることを不満に思わないの? 

 

 あ、寧ろそれがいいみたいな感じ? 

 ……友人の意外な一面を垣間見たにゃ。

 

「……ケットシーがそれでいいなら言わないにゃ」

 

 にしても━━

 

「サマナー相手に肌を触らせるなんて思わなかったにゃ」

 

 一応騎士……らしいし。

 

「…今回は不意打ちだったというか」

 

「不意打ち?」

 

「ご主人の寝顔を眺め……じゃなくて! 身辺警護をしていたらいきなりだったから……」

 

 思いっきりボロを出したにゃ。

 

 普段の凛とした表情は彼方へ。

 ……これは首ったけにゃ。

 

 俗に言う堕ちたってやつにゃ。

 サマナーもサマナーならケットシーもケットシーかにゃ。

 

 まぁ好みは人それぞれだしあのケットシーがここまで心酔してるのも事実。……とても良いサマナーなんだと思うにゃ。

 

 猫科共通の急所である耳やしっぽを触らせていることがそれを物語っているにゃ。

 

 本気で嫌なら抵抗している。

 わたしなら爪で、ケットシーなら剣で細切れにしているにゃ。

 

 無抵抗ってことは……そういうことにゃ。

 

 ケットシーのサマナーがどんな人か気になるにゃ。……そうにゃ! 

 

「……()()()にゃ」

 

「女子会……?」

 

「今から知り合いの女悪魔を家に集めて女子会にゃ! ケットシーのサマナーについて根掘り葉掘り聞くにゃ!」

 

「ネコマタ!?」

 

 焦るケットシーを他所に電話をかける。

 知り合いの中で唯一サマナー持ちなんだにゃ。……逃がさないよ? 

 

 

「……ふわぁ。よく寝た…?」

 

 あ、れ? これは……帽子? 

 ……と動物の毛? そう言えばずっと気持ちいい何かをもふもふしていた気がする。

 

「……誰の帽子だったかな」

 

 思い出せない。後で誰かに聞いてみよう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お風呂と人魚姫

 浴室の方から歌が聞こえてくる。

 とても澄んでいて綺麗な女性の歌声。

 

 ゆっくりと浴室のドアを開ける。

 湯船には下半身が魚類の少女が入っていた。

 

「〜♪ 〜〜♪」

 

 大きな尾ひれが湯船から飛び出している。

 

「あ……サマナー」

 

 歌を中断する少女。

 ……なんでここに君が居るのさ。

 

 マーメイド。人魚といった方が分かりやすいかな? 神話上の生物で誰もが一度は聞いたことがあるお話人魚姫のモデルでもある。

 

 全世界で各々の言い伝えや伝承があるが全てが同一種という訳ではないらしい。総称して人魚と呼んでいるんだとか。

 

 因みに1番古い伝承はケルトことイギリス。

 

 ジュゴンの見間違いとか言われていたけど実際に目の前にいるんだよね。気持ちよさそうにお風呂に入っている。

 

 ……もし存在がバレたら大変なことになるだろうなぁ。それをいったら他の子達もなんだけど。

 

「なんでもないよ」

 

「そう? あ……そうだ。サマナーも一緒に入る? ……気持ちいいよ」

 

「遠慮しておく。上がったあとは湯冷めしないようにね」

 

「……とても残念」

 

「……背中を流すだけなら」

 

「……本当?」

 

 背中を流すだけだよ。

 他の子達にもしてあげているしマーメイドだけやらないってのも……。

 

「うん」

 

「……お願い」

 

「はいはい」

 

 手を伸ばすマーメイドを抱える。

 服が濡れたけど仕方ない。

 

 抱えたマーメイドをバスチェアに下ろした。

 

 ……何時も思っていることがある。

 どうやって浴室まで来ているんだろ。

 

「……サマナー」

 

「?」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 早く背中を流して晩御飯の準備しないとね。

 

 

「マーメイドにもサマナーができたのかにゃ!?」

 

「……とても優しいサマナー」

 

 あの()()()()()にも!? 

 

 悲報にゃ。違う朗報にゃ。

 いつの間にか友人にサマナーが出来ていたにゃ。

 

 わたしの驚く反応に満更でもない笑みを浮かべるマーメイド。

 

「ケットシーに続いて……」

 

 わたしも早く彼の仲魔に━━

 

「もしかして……」

 

「ケットシーどうしたかにゃ?」

 

「なんでもないよ」

 

「……昨日は背中を流してくれたの」

 

「………………あー」

 

 ケモナーの次は変態かにゃ。

 実は裏でマーメイドの肉を食べて不老不死になろうとか考えてそうだと思った矢先にゃ。

 

 なんで友人のサマナーは訳あり物件ばかりなんだにゃ。

 

 マーメイドがそれでいいのなら何も言わないけど……。

 

「……サマナー」

 

 人見知りが激しいあのマーメイドが頬に手を当て微笑んでいる。

 

 激しすぎて昔交渉してきたサマナーをカチンコチンに凍らせたこともあるぐらいにゃ。

 

 そのマーメイドが心を開いている。

 友人としてこれ以上に嬉しいことはないにゃ。

 

 彼女にも彼女なりの幸せがある。

 その幸せが続けばいいんだにゃ。

 

 でも━━

 まだ来ていない友人も実はサマナーができていて訳あり物件ならトリプルリーチにゃ。

 

 わたしはちゃんとしたサマナーだから大丈夫にゃ。

 

 んにゃそれにしてもサマナーって意外と色んなところにいるんだね。

 

 この町には彼しか居ないし……どこでサマナーを見つけてきてるんだにゃ。

 

 

「ピクシーこの帽子って誰のだ━━」

 

「さまなー! これたべたい!」

 

 ……ビフテキのチラシ。

 最近食べ過ぎじゃないかピクシー。

 

 それよりもこの帽子誰のか教え……分かった分かったから。

 

「はぁ……今夜食べようか」

 

「ほんと!? やったー!」

 

 ……全く。

 

 しかしこの帽子誰のだったっけ? 

 うーん思い出せない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友達にできる方法

「がおー! お菓子くれないと食べちゃうぞー」

 

「……え? あ?」

 

 チャイムがなった。

 寝る一歩手前の姿で玄関を開けば吸血鬼を思わせる姿をした少女が鋭い牙を見せつけながら抱きついてきた。

 

 ……アリスちゃん? 

 の背後には初老の男性が二人立っている。

 

「夜遅く申し訳ありません。アリスがどうしても貴方に会いたいといってきかないものでして」

 

「仕方なかろうネビロス。どうやらアリスは君にご執心のようだ。許してやってくれ」

 

「ベリアルはアリスに甘過ぎですよ。彼は()()人の子。無理をさせてはいけません」

 

「……ネビロス……大概だぞ」

 

 この二人の名は赤伯爵と黒男爵。別名ベリアルとネビロス。……妖精や妖怪、しまいには悪魔や天使がいるなら何ら不思議じゃない、と思いたい。

 

 ベリアルは様々な記述がありこのベリアルがどのベリアルに当てはまるのか分からない。

 

 魔導書(グリモワール)では元天使の悪魔で実は文学作品にも取り上げられていたりと色んな伝承がある。

 

 宗教によって神になれば悪魔になるものもいる。ここまでくると専門外だ。

 

 浅い知識では凄いってことぐらいしか理解できなかった。

 

 ネビロスも聞き齧った程度。ヨーロッパの伝承に伝わる悪魔の一人で堕天使とも言われている。魔導書(グリモワール)の一つである新正奥義書が有名だろう。

 

 ごめん有名じゃないかもしれない。

 

 あとは悪魔の中で最も優れた降霊術師(ネクロマンサー)

 とにかく2人ともトップクラスの実力の持ち主。

 

 なんでこんな凄い人達? と交流ができているんだろう。謎で仕方ない。

 

 話してみればいい人? だから困るって訳じゃない。単純に謎なんだよね。

 

「だってお兄ちゃんに会いたかったんだもん! お兄ちゃんも会いたかったよね?」

 

「もちろん。お久しぶりアリスちゃん」

 

「うん! 久しぶりお兄ちゃん!」

 

 そして少女の名はアリス。この子は人間。両親はいないらしくベリアルとネビロスと一緒に暮らしている。

 

 人間と悪魔がってのもあったけどそれを言えば俺だってな。……三人の事情を知っているわけでもないし。

 

 だけど初めて会った時から三人は幸せそうだった。二人はアリスを溺愛しアリスは二人を親の様に慕っている。

 

 それでいいじゃないか。

 

「今日はどうしたのかな?」

 

「トリックオアー」

 

 ……あっ。

 

「ダイ!」

 

「……ハロウィンだったね」

 

 今日がその当日。

 ジャックランタンを筆頭に他のみんなとは前にやっていたから忘れていた。

 

「TRICK OR DIE …………」

 

「死んでくれないとイタズラしちゃう!」

 

「じゃあ悪戯でお願い」

 

 お菓子残っていたから安心していたのに。

 

「……死んでくれないの?」

 

「ごめんね」

 

「うー……」

 

 嘆くアリスを微笑ましそうに眺めている御二方。助けてく…無理ですか。

 

「じゃ、じゃあイタズラ! ……が、がおー!」

 

「うわっ」

 

「……はむはむ」

 

 首筋が少し痛い。

 

「噛んでも美味しくないよ」

 

「ぷはぁ。こうやって噛むと友達になってくれるって赤おじさんと黒おじさんが教えてくれたの!」

 

 差し金はベリアルとネビロスか。

 

「カメラはあるか」

 

「もう撮りました」

 

「仕事が早いな」

 

「当たり前です」

 

 なんだろう。孫娘が好き過ぎて拗らせたおじいさんにしか見えないよ。

 

 人間にも色んな人がいるように悪魔にも色んな悪魔がいるんだろうなぁ。

 

「もう友達だよ」

 

「……え、でも死んでない……」

 

「死んでなくても友達だよ。もう夜遅いからまた遊びにおいで」

 

「……友達。……うん! また明日!」

 

「では失礼致します」

 

「またアリスと遊んでやってくれ」

 

 アリスはベリアルとネビロスの間に入り笑顔で帰っていった。

 

 ……寝よ。

 

 

「……寝たな」

 

「そうですね」

 

「むにゃ……」

 

 ベリアルの背中で眠るアリス。

 

 彼に会うためだけに吸血鬼の衣装を求められた時は驚きましたがまさか私とベリアルが教えた吸血鬼の真似事をするとは。

 

 それだけ彼が好きで仕方ないんでしょうね。少し嫉妬してしまいますが喜ばしいことです。

 

「ネビロスはどう思う?」

 

「なにがですか?」

 

「あの人間のことだ」

 

「そうですね。とても良質なマグネタイトに私たち相手に動じない精神力。……アリスの友達に相応しいでしょう」

 

「デビルサマナーだぞ?」

 

「……仲魔もたくさんいるみたいですが私たちの相手ではございませんよ」

 

「そうだな。もしアリスが本気で望むのであれば……」

 

「……ええ、その時は━━」

 

 

「……おはよ」

 

「おはよー……あ、くびにへんなあざがあるよ?」

 

「痣? ……ああ」

 

「かにさされたの?」

 

「アリスちゃんに噛まれた」

 

「ふぅーん……へ?」

 

「学校の準備しないと」

 

「え? ありす……ちょっとさまなー! どういうことー!?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妖精とワンコ。そして店長

「ゴシュジン! ハラヘッタ!」

 

「今日はビフテキだよ」

 

「ビフテキ? ニクカ!? ウマイノカ!?」

 

「おにくだよ! おっにっくー!」

 

 俺の代わりに周りで飛び回るピクシーが満面の笑みで答えてくれた。

 

「ニク! オレ! タベル!」

 

 口から溢れんばかりの涎を垂らすわんこ。というか獣人か。名前はコボルト。

 

 アイルランド……じゃなくてドイツの民間伝承に登場する妖精。醜い姿をしているといわれているがちょっと厳つい犬の頭を持っているだけで可愛い? かな。

 

 伝承も複数あり日本の座敷童子みたいなお話もあれば坑道や鉱山に生息し鉱石から銀や銅を抜いていたというお話もある。

 

 姿だけなら後者だけど果たして━━

 

 同じくドイツの民間伝承にナハトコボルトという妖精も存在する。……もしナハトコボルトなら悪夢を見ているだろうから違うと思う。

 

 原子番号27金属元素であるコバルトはコボルトからきているとか。

 

「ちゃんとみんなの分あるからね」

 

「ゴシュジン! オレ! テツダウ!」

 

「ありがとう。その前に涎をなんとかしよう」

 

 ティッシュを取り出しコボルトの口元を拭う。

 

「んー手伝いかぁ」

 

 何を手伝ってもらおうか。

 

「さまなー! わたしはりょうりをてつだう!」

 

「つまみ食いするからダーメ」

 

「あぅ」

 

 気づいてるからね。目を離した隙にこっそりと食べてること。

 

「ゴシュジン!」

 

「コボルトもダーメ」

 

「……クゥーン」

 

 コボルトは生肉のまま食べちゃいそうだから。お腹壊したら困るでしょう。

 

 二人にも安全に任せられるお手伝い、か。

 ……あ、そうだ。

 

「それじゃ食後のデザートをコンビニに買いに行ってもらおうかな」

 

「でざーと!? いくいく!!」

 

「デザート?」

 

「あまくておいしいんだよ!」

 

「ウマイノカ!? オレモイク!」

 

 デザートと聞いて目の色を変えるピクシーと美味しいものだと知って涎を垂らすコボルト。

 

 ……ネコマタがいるコンビニなら大丈夫だろう。

 

「はいお財布。なくしちゃだめだよ」

 

 お財布を抱えたピクシーはコボルトの頭上へ腰を下ろした。

 

 コボルトが嫌がる素振りを見せることもない。

 

「はーい! いってきまーす!」

 

「イッテクル!」

 

 似た者同士仲は良い。

 それに精神的に幼いところも似てるから二人だけってちょっと怖いと思うけど━━

 

「何事も経験だよな」

 

 

「ふむ。……本当に暇だ」

 

 閑古鳥が鳴き続けるコンビニ。しかし本当に客がこない! 行く先々の部署でトラブルが起き心身共に疲弊していた。

 

 競合店がいないうってつけの店舗を見つけ異動願いを出し店長になったが……。

 

 ここまで酷いとは思わんだろう!? 

 人件費は本来貰える半分しか貰えない。場所のせいで発注も制限がかかり電子マネーが使えないレジ。

 

 東京なら開店と同時に閉店作業を行わなければいけないレベル。どうなっているんだね!? 

 

 監視カメラには変な生物が映っていたし訳あり物件じゃないか! 

 

「文句を言っても仕方あるまい」

 

 その間に数少ない客も来たようだ。

 誠心誠意対応しようではないか。

 

「こぼるとーこっちこっち!」

 

「ワカッタ」

 

 ンンンッ! 客……なのか? 

 羽根の生えた小さな少女と二足歩行の犬? 

 

 もしかしたら疲れからの幻覚かもしれない。

 

 うむ? 少女の方は監視カメラで見たことが━━

 

「これ! このしゅーくりーむがおいしいんだよ!」

 

「コレカ?」

 

「そうそう! たくさんかっていこう!」

 

「ワカッタ!」

 

 沢山のデザートを抱える犬。

 

 全部買っていくつもりなのか? 数だけなら数十個はくだらない。

 

 ……こんなに買ってくれる客はいつ以来だろうか。

 

「これくださーい!」

 

「コレクレ!」

 

 置かれたデザートをスキャナーで打っていく。

 

「袋は必要かね?」

 

「うん!」

 

「少し待っていてくれたまえ」

 

 袋は……二枚必要か。

 

「お会計はこちらになる」

 

「これでいい?」

 

「ふむ……お釣りだ」

 

「ありがとう!」

 

「アリガトウ!」

 

「またのご利用お待ちしている」

 

 少女と犬は嬉しそうにデザートの入った袋を受け取り帰っていった。

 

「この店も悪くないか」

 

 ……空になった売り場の補充でもしようかね。

 

 

「ただいまー!」

 

「カエッタ!」

 

「あ、おかえ……り……」

 

 あの……その袋に入ったデザートの山は……。

 

「さまなー! たくさんかってきたよー!」

 

「そ、そっか。……お疲れ様。もう少しでできるから冷蔵庫にいれておいで」

 

 ちゃんと買い物はできたみたいだしいっか。

 

「はーい! こぼるといこー!」

 

「ワカッタ!」

 

 ……節約しないとなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポッキーゲーム・誤

「サマナー」

 

「どうしたの?」

 

「今日が何の日か知ってる?」

 

 膝の上で足をばたつかせる少女。

 

 何の日か……? 今日は11月11日。

 記念日が多過ぎて検討がつかない。

 

「んー分からないかな」

 

「サマナーは知らないんだぁ。今日はポッキーの日なんだって」

 

「ポッキーの日?」

 

「うん! ポッキーを並べたら1111に見えるから11月11日はポッキーの日なんだって店員さんに教えてもらったの」

 

 店員さんか。ネコマタかな? 

 今日もお菓子を買いに行っていたからその時にでも教えて貰ったんだろう。

 

「ということでサマナー! ポッキーゲーム……しよ?」

 

 ゴソゴソと懐に手を入れると赤い包装を取り出してみせた。

 

 ポッキーにしたのね。

 

「お菓子で遊んじゃだめだよ」

 

「ええー……一回だけ! 一回だけでいいから! ねっ!」

 

「はぁ……だめったらだめ」

 

 少女の咥えた迫るポッキーを制しため息を吐く。

 

「…………サマナーのケチ!」

 

 咥えたポッキーを食べる。口を鳥みたいに尖らせ頬を膨らませた少女。

 

 名前はモー・ショボー。モンゴルのブリヤード人に伝わる鳥の魔物。意味は悪しき鳥。

 

 見た目こそ人と変わりない。

 ……元は人間だから。

 

 愛を知らずに幼いまま亡くなってしまった少女の魂が変じた姿といわれている。

 

 好物は人間の脳……。美しい少女の姿で近くを通る男の旅人を誘惑する。

 

 旅人が油断し近づいたところで顔を鳥に変え鋭いくちばしで頭蓋骨に穴を開け脳髄(のうずい)(すす)るらしい。

 

 愛を知らずに、か。

 ただ甘えたいだけ……かな? 

 

「……サマナー…」

 

「分かった。一回だけだよ?」

 

「…………うん!」

 

 全く。直ぐに折れば大丈……ちょっ!? 

 

 

「まさか人間にお裾分けをしにいくことがあろうとはな」

 

 それもデビルサマナーにだ。

 壺を両手に感慨(かんがい)深く感じる。

 

 アリスのお気に入りという点を除けば良質なマグネタイトを持つただの人間。

 

 ……()()()()悪魔に一番近しい人の子よ。

 

「天使が目を向けるのも仕方あるまい」

 

 あやつらにとったら救世主(メシア)になりうる存在だろうからな。

 

 アリスの願い我らの想いのため彼を渡しはせん。

 

 手を出そうものなら━━

 

「……ドアが開いている?」

 

 珍しいこともあるもの……ではないな。

 

「まさか……!」

 

 天使か!? 気配はなかったはずだ! 

 彼の仲魔がそう易々とやられるとは思わんが一刻を争う。

 

「出し惜しみは無しだ」

 

 ……物音! 

 

 やはり天使の気配はない。

 

 …………ここか! 

 

「大丈……夫……か……」

 

「ッ…! ベリアル!? …あ、いやこれは……」

 

「んぐっ! ……誰? あ、アリスの」

 

 気配を辿り駆けつければ彼とアリスと近い幼い少女が抱き合い顔を近づけていた。

 

 ……ふむ。

 そういうことだったか。

 

 そう……だな……。

 

「お楽しみのところ失礼した。……今後アリスに近づかないでくれ」

 

「待って! 誤解! 誤解だから!!」

 

「え? それじゃアリスと遊べな」

 

「君は構わん」

 

「ほんと? やった!」

 

「ベリアル!!」

 

 彼の言葉は聞き入れず壺を置き足早と去った。

 

 ……ネビロスはともかくアリスにはどう説明すればいい? ロリータ・コンプレックスという名の精神病……。

 

 説明を求められた時に困るな。……うーむどうしたものか。

 

 

「……ははは。誤解どうやって解こう」

 

 モー・ショボーに不意打ちをくらって大変だったけどタイミング良くベリアルが来てくれて事なきを得た。

 

 同時に大事にも至っているんだよなぁ。

 

「甘い匂いがする〜」

 

 元凶はベリアルが置いていった壺に夢中のようだし。

 

「……なんとかするしかないか」

 

 言い訳無用。誠心誠意話をしよう。

 

「サマナー! これ!」

 

「壺……? あ、こら! 勝手に触らないの!」

 

 なんでベリアルは壺を持ってきたんだろうか。

 

 あと壺の中に入っていたのはたくあんだった。

 とても美味しかったです。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ピクシートリオ

「ただいま」

 

「おかえりー!」

 

「例の彼ピッピ? へぇ……なかなかのイケメンじゃん」

 

「ふーん……この子のサマナーだからどんな奴かと思ったけど普通なのね」

 

「えへへー! とってもいいさまなーなんだよ!」

 

 ……なんか増えてる。

 ピクシーと同じ羽根を生やした少女たち。

 

「……ピクシーのお友達?」

 

「うん! さまなーがみたいって!」

 

「アタシよりも先にサマナー引っかけるなんて思わなかったからさー」

 

「……勘違いしないで。この子の事だから変な人間に騙されてないかと思っただけよ」

 

「本当は心配だったくせにー」

 

「うっさい!」

 

「きゃー! こわーい!」

 

 追いかけっこがはじまる。

 

「……個性的な友達だね」

 

「とってもなかよしなんだよ!」

 

 仲良し、ね。

 容姿からして同じピクシーだよね。

 

 ピクシー全体が幼いってわけじゃないんだな。

 

 ……ちょっとだけ安心した。

 

「大切にするんだよ」

 

「うん!」

 

 元気の良い返事にホッコリする。

 

「待ちなさい!」

 

「はいはいツンデレツンデレ〜」

 

「〜ッッ!!」

 

「あ、ヤバっ……」

 

「さまなー!」

 

「え?」

 

 衝撃に襲われた。

 窓ガラスの割れる音。

 

 ピクシーの叫び声。

 

 一瞬だった。

 

 ……え、えーと? 

 

 

「……ぁ」

 

 やっちゃった。

 カッとなってつい……。

 

 轟音を置きに静まり変える。

 

 また…だ。

 サマナー……人間が立ち上がる。

 

 手がゆっくりと私に向かう。

 

「さまなー!」

 

「……ひっ…? ……」

 

「大丈夫? 怪我してない?」

 

 頭を手が撫でる。くすぐったい。

 

 なんで? ……? 怒らないの……? 叩かないの……? 

 

「その様子だと大丈夫そうだね。……はぁ…よかった」

 

 なんでそんな顔をするの? 

 

「あ……あ、の……」

 

「どうしたの?」

 

「ご……ごめっ…なさ、い」

 

「ごめん。元はアタシのせいだから」

 

「さ、さまなー……」

 

 ……私なんかのために。

 

「じゃあお願いがひとつだけあるんだけど」

 

 お、お願い……許してもらえるならなんだってする。だから二人には━━━

 

「おつかい頼める? 今日カレー作るからルーだけコンビニに買ってきて欲しいんだ」

 

 手を出さな……い…で? 

 

「……お、おつかい?」

 

「おつかい!? さまなー!!」

 

 ちょっと……? おつかいって……。

 

「買っていいけど持てる数だけだよ」

 

「うん! みんないこー!」

 

「え? 訳が分からないんだけど!?」

 

「……ぷっくく! なるほどな〜」

 

「アンタは一人で納得してるんじゃないわよ!」

 

 変な人間。怒らないし……。

 私なんかを心配しくれる。

 

 ━━━━━━━うん。

 

 

「……仲間?」

 

「うん。……仲魔にしてほしいの」

 

 小さな声で呟く。

 聞かれたくなかったのか外に呼び出されたんだ。

 

 ピクシーたちはちょうどデザートを食べているかな。

 

 ……仲間、ね。

 いやー……あのー…。

 

「えーと…いいよ」

 

 ピクシーの友達だし。

 てっきりそういうものなのかと思っていた。

 

「……いいの? 小さいからなにもしてあげられないし弱いし合体素材ぐらいにしかならないよ」

 

 小さいのはピクシーだから当たり前。

 なにかしてもらう必要もない。

 

 弱い? カマイタチみたいなことできるのに弱いはずがない。

 

 ……合体素材ってロボットアニメみたいに変形できるの? 

 

 ピクシーみたいなロボット。少しだけ気になる。

 

「君から聞いてきたのに?」

 

「そ、そうだけど……本当にいいの?」

 

 ぎこちない返事。

 

「もちろん」

 

「……っ…ありがとう」

 

 少しだけ照れた顔。

 

「戻ろうか」

 

「ま、待って……あ、の…」

 

「ん?」

 

「……私は妖精ピクシー。こんごともよろしく」

 

「よろしく……?」

 

 頬に柔らかい感触。

 

「これはお礼……じゃ!」

 

 風のように戻っていった。

 

「…………」

 

「はろはろー」

 

「……君は」

 

「見てたよ〜。仲魔にするなんて正気〜? マグネタイトもったいないよ〜?」

 

 影からひょこっと現れる。

 

「一人も二人も変わらないよ」

 

「……へぇ。じゃあ三人も変わらないよね?」

 

 ……あー。

 

「そうだね」

 

「アタシは妖精ピクシー! こんごともよろしく〜」

 

「あ、うん。よろしく」

 

「あー……本当に仲魔にしちゃうんだぁ」

 

 意外そうな顔。仲間っていっても今まで通りと変わらないと思うんだけど。

 

「明日から大変だと思うけど頑張ってね〜」

 

「賑やかにはなるね」

 

 他にもいろんな子がいるから仲良くしてくれるといいな。

 

「……やっぱり」

 

「うん?」

 

「なんでもなーい。あの子……ツンデレだけど()()()()()()()()()()だからアタシたち共々大切にしてあげてね」

 

「わかった」

 

「さまなーどこにいるのー?」

 

「……アイツもいないじゃない」

 

「呼んでるね〜」

 

「そうだね」

 

「さまなー!!」

 

 はいはい。今行きますよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

煩悩天使エンジェルちゃん

「おはようございます」

 

「……おはよう?」

 

「お着替え持ってきますね」

 

「……あ、ありがとう」

 

 う、うん? 

 

 寝ぼけた眼を擦る。

 

「ふんふーん」

 

 少女の後ろ姿が見える。

 黄色い貫頭衣(かんとうい)。背中から茶色い翼が生えていた。

 

 ……エンジェル。

 変な意味ではなく本当に天使(エンジェル)

 

 神の使いである天使。

 天上位階論(てんじょういかいろん)において下位三隊三位(序列9位)に位置する。

 

 人にもっとも近い天使。人間と神を繋ぐ仲介人としての役割を持つ。また人間一人に天使一人がつき生涯を見守りまたは罰を与えるといわれる。

 

 白い翼ではなく茶色い翼なのかというとエンジェルにも様々な種類がいるからとか。

 

 翼を持たない天使もいる。天使の白い翼は人間の勝手なイメージに過ぎない。

 

 エンジェルは総称であり個体個体に名前はあるとのこと。

 

 拘束具みたいな服を着たり黄金のマスクを被ったエンジェルがいると知った時は驚いたな。

 

 あらゆる方面に喧嘩を売らなければいいけど。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう」

 

「あなただけの天使ですので」

 

「……そ、そっか」

 

「あなたの守護をできることとても嬉しく思います」

 

 俺の守護を(にな)ったらしいんだけどこんなに深く干渉するものなのかな。

 

 見守るというか完全に……。

 困るわけじゃないからいい、かな? 

 

「……エンジェル」

 

「はい。なんでございましょう?」

 

「着替えるから出てもらってもいい?」

 

「?」

 

「エンジェル?」

 

「大丈夫です。胎児の頃からあなたを守護しています。……だから大丈夫です」

 

 胎児の頃からなら大丈夫だね。

 …………なにが大丈夫なのかな? 

 

「そういう訳にはいかないよ。恥ずかしいし」

 

「恥ずかしい……! そ、そのつまり……私のことを意識してるということでしょうか……?」

 

 そうじゃなくて一般的に見られるのは恥ずかしいって意味。

 

 いったい何を想像して顔を赤らめているのさ……。

 

「……エンジェルさん?」

 

「これも守護する者の為。主の教えに逆らう行為……どうかお許しくださいませ」

 

「あのー……エンジェ」

 

 ……なんで押し倒されるの? 

 なにがどうなって俺の為になるの? 

 

 主の教えに逆らうってどういうこと? 

 

 考えてもなにも分からないよ。

 

「私はあなたの守護天使。……そういうことです」

 

「わけがわからないよ」

 

「大丈夫です。私も……その、初めてですから……」

 

 何が初めてなのかな? 

 

「ふわぁ…さまなーおはよー……」

 

「……ちっ…ピクシーさんおはようございます」

 

「えんじぇるおはよー……」

 

 舌打ちが聞こえたんだけど……。

 ピクシーには聞こえてなかったみたいだ。

 

 心の底からよかった。

 

 ……このままだと学校遅刻しちゃうからね。ナイスタイミングだよ。

 

「おはようピクシー」

 

「……私は仕事に行くことにしましょう」

 

 すんなりと降り翼をはばたかせる。

 

「行ってらっしゃい」

 

「行ってきます……あなた」

 

 窓を開けると飛び去っていった。

 

「えんじぇるいってらしゃい……」

 

「……ピクシー」

 

「ふわぁ…なぁに…?」

 

「ありがとう」

 

「にゅ? ……どういたしましてぇ…」

 

「まだ寝ときなさい」

 

「……そうするぅ…はぅ」

 

 布団の上に不時着した。

 直ぐに動きが止まり寝息が聞こえてくる。

 

「おやすみ」

 

 ……着替えますか。

 

 

「先週はこんな感じですね」

 

「なんで天使をやってるんだにゃ?」

 

「右に同じく」

 

「……堕天使」

 

「酷くないですか!?」

 

 正当な評価にゃ。

 天使が守護するはずの人間を襲うとかなにとち狂ったことしてるにゃ。

 

 あくまで見守るだけでしょ? 

 深々と干渉するってどういうこと? 

 

 やってることが完全に通い妻にゃ。

 

「堕天してないのが驚きにゃ」

 

「勘違いしないでください。私はただ彼の劣情を受け止めてあげようと……あわよくば交…その、はい」

 

 ……あ、ダメにゃ。

 友人として贔屓目に見ても天使として終わってるにゃ。

 

 それは天使の役目じゃないにゃ。

 

 こんな天使に守護される人間には同情しかないにゃぁ。

 

 ……無いと思うけど聞いてみるかにゃ。

 

「エンジェルはサマナー見つかったにゃ?」

 

「彼以外に興味はありません」

 

「あ、そうかにゃ」

 

 もういいにゃ。エンジェルはいつも通りってことで。

 

「エンジェルが来たってことは」

 

「……あと一人」

 

「二人にゃ。一人減らしてあげるなにゃ」

 

 にゃぁ。……今更だけどなんでわたしの友達って訳ありばっかなんだにゃ。

 

 最後の二人も……いや一人か、にゃ? 

 

「違和感があると思ったら()()()がいないのですね」

 

「だにゃー。……あれが夢魔かと言われれば」

 

「エンジェルの方が夢魔だね」

 

「……堕天使」

 

「さっきから当たりが強くないですか?」

 

 正当な評価にゃ。

 

 

「ケットシーの帽子だったんだ」

 

「そーだよー。なんでさまなーがもってるの?」

 

「タベタノカ? ウマカッタ?」

 

「……食べた記憶はないんだけどなぁ」

 

 あとで返してあげないとね。

 その時に聞いてみよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢魔シスターズ

「サマナー! ……サマナーってば!」

 

「ん?」

 

 背中に体重がかかる。

 読書を中断して耳を傾けた。

 

「買い物いーこ!」

 

「……昨日も行かなかった?」

 

「昨日は昨日! 今日は今日でしょ?」

 

 休日ぐらいゆっくりさせてよ。

 

「お、おねえちゃん。……サマナーさん困ってるから」

 

 ……びっくりした。

 音もなく隣に座っているのは心臓に悪い。

 

「えーっ! だってサマナーお休みなのよ? 妹だってだーいすきなサマナーと買い物行きたいでしょ?」

 

「ふぇ!? ……あ、あたしは…その……」

 

「あたしはー?」

 

「……うぅ」

 

「いじめないの。…分かった。今から行こう」

 

「やりぃ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 両者極端な反応を見せてくれる。

 続きは帰ったら読めばいいから気にしないでいいよ。

 

 蝙蝠の羽根と悪魔の尻尾を持った二人の少女。

 名前はリリム。

 

 創造主によって最初に造られた人間アダムの最初の妻であるリリスの娘。

 

 なんだけどアダムとの子供じゃなくて魔王サタンとの間に儲けた悪魔達のことをリリムって呼ぶらしいんだ。

 

 伝承が多過ぎてハッキリとは分からないけどね。

 

 リリス自体妖怪や悪霊に女神など呼ばれ方が多数あるし本人に聞く以外に確かめる術はない。

 

 会えるとは思えないけど。

 ……もしかしたら会えたりするのかな。

 

「どこに行くの?」

 

「デパートっしょ!」

 

「……あたしは本屋さん…行きたいですぅ」

 

 無数に存在するリリムの二人。

 やっぱり性格や趣味嗜好は全く違う。

 

 明るく買い物が好きなリリム。

 物静かで読書を嗜むリリム。

 

 ここまで違うのは長女と末女なのもあるのかな。

 

「ほんっと本好きよね。漫画なら読むけど活字は無〜理〜」

 

「……面白いのに…」

 

 ジャンルにもよるけど面白い作品はたくさんあるよね。

 

 だけどリリムとしては変わってるのかな。

 

「読書ばっかしてる人って根暗なイメージしかないのよねぇ」

 

「……うぅ…」

 

「本屋に行こう。丁度欲しい本があったんだよね」

 

「……サマナーさん…!」

 

 根暗で悪うござんした。

 

「あ! ちょ! ごめんって! 別にサマナーや妹のことを言ったわけじゃないから!」

 

「…………いつも言ってるくせに…」

 

「ちょっとー!?」

 

 妹から言質が取れたよ。

 弄ってるだけなんだろうけど行き過ぎるといじめになるからね。

 

「これを機会に本を読んでみればいいんじゃない?」

 

「……そうだよ。おねえちゃんも読めば……きっと本の良さ……分かると思うから」

 

「うへぇ。……これが民主主義かぁ」

 

 背中から離れ苦い顔で交互に見る。

 

「そもそも昨日デパート行ってるんだから今日は本屋さんね」

 

「はーい。まあ漫画読めばいっか」

 

「…やった……! …サマナーさん…」

 

「どうしたの?」

 

「あの……一緒に読んでもらいたい…本……ありまして…」

 

「いいよ。行った時に教えてくれるかな?」

 

「……はい! …ありがとうございます…!」

 

 ペコペコとお辞儀をする。

 

 時折夢魔じゃなくてただの文学少女なんじゃないかと思うよ。

 

「………サマナー」

 

「なに? …っとと……!」

 

 急に寄りかからないでよ。受け止められなくて倒れると思った。

 

「オススメの漫画教えて。今日買うから」

 

「漫画は詳しくないんだけど」

 

 ライトノベルならまだ……。

 

「……ぅ…サマナーさん!」

 

「う、うん?」

 

「サマナーさんが…あ、読んでる小説……お、教えてください…!」

 

 それはいいんだけどわざわざくっつかなくても……。

 

「ちょっと! アタシが先でしょ!」

 

「…っぅ……おねえちゃんいつもサマナーさんにくっついてるもん……! あ、あたしだって……!」

 

「はいはい。喧嘩するならお出かけは無しってことで」

 

「ぐぅ……分かったわ…」

 

「あぅ……サマナーさんが…い、いうなら…」

 

 姉妹なんだから仲良くしようね。

 

 

「最後の最後でダメなオチじゃなくて良かったにゃ」

 

「は?」

 

「ふぇ?」

 

 二人は訳ありサマナー。

 一人は通常運転にゃ。

 

 わたしのサマナー……じゃないけどサマナーになる彼に限っては何もないと宣言できるにゃ。

 

「夢魔が人間に堕とされるって皮肉れすねぇ」

 

「……あ、あたしが本読んでも……怒らない…し燃やしたり…しません。…一緒に…同じ本…買ったんです。…ふふっ」

 

 皮肉が全然効いてないにゃ。

 

「はいはい! ご馳走様れしてた!」

 

「この天使大丈夫なの? 酒臭いんだけど……」

 

 二人が来るまで大分時間があったからにゃー。

 エンジェルは酩酊マーメイドは潰れたにゃ。

 

 明日仕事だから飲んでないのに隣で飲むわ飲むわ。

 わたしまで飲んだら……ケットシーが下戸だし大丈夫かにゃ? 

 

 はぁ。お隣さんから壁ドンがいつ来ないか冷や冷やしてるにゃ。

 

「飲みすぎじゃないかい?」

 

「いいんれすよ。飲まなきゃやってられないれすもん!」

 

 ……あー最近は仕事で忙しくて守護している彼の顔を見ることができにゃいとか言ってたにゃ。救世主(メシア)候補が見つかったからとかなんとか。

 

 当分は会えないと愚痴ってたにゃ。

 

 ……天使に生まれなかったこと感謝するにゃ。

 

「……うわっ! …マーメイド……?」

 

 なんにゃ? 急にマーメイドが起き上がったにゃ。

 

「……一曲……歌いまーす…」

 

「あ、ヤバっ……みんな今すぐ逃げっ」

 

 

「はぁ……いい湯だった」

 

「……ご主人」

 

「あ、おかえりなさい。丁度良かった帽子忘れ……」

 

「ありがとうご主人」

 

「……お風呂はいる?」

 

「うん。そうしようかな」

 

 ……なんでびしょ濡れなんだろう。

 ケットシーの儚げな表情を前に聞くことはできなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一人ぼっちと独りぼっち

「つまりその…迷子?」

 

 背中に蝶の(はね)を持つ小さき少女。

 

 近所を行ったり来たりしていたところを見つけて声をかけたんだ。

 

「はい。迷ってしまったのです……」

 

 不安なのか少し落ち着きがなく小刻みに震えている。

 

 目印になるものがないからね。

 似たような道ばかりでたまに迷うからよく分かる。

 

「何処に行きたいのかな?」

 

「……えっと。そ、それは……」

 

「それは?」

 

「実は……ないの…」

 

 ない? ……え? 

 

「……迷子なんだよね?」

 

「人生の迷子なのです!」

 

「は、はぁ……」

 

 余裕があるように見えるけど……。

 

「住みやすそうなお家が見つからなくて。えっと……どうすればいいかな?」

 

 それ俺に聞くの? 

 ……どうすればいいんだ…。

 

 住みやすそうなところ、か。

 

「…名前を聞いてもいいかな?」

 

「わたしです? わたしは地霊カハク。よろしくね」

 

「カハクだね。よろしく」

 

 カハク。……花魄のことかな? 

 チャイナ服を着ているから多分そうだね。

 

 中国の民間伝承で語られる樹木の精。

 

 三人以上が首吊りをした木に自殺者達の生前の無念が結合し誕生すると言われている。

 

 その瞳には愁いと苦しみが込められている。…らしいけど違うかもしれない。

 

 樹木の精だけに水がないと生きられない。……干からびて死んでしまうから。

 

 んー水辺が住みやすそう。この辺りに水辺あったかな? 

 

 山はあるけど……あれ? 

 

「……大丈夫?」

 

 さっきよりも酷く震えて……。

 

「あ、え……えっと……さ、寒い…です」

 

「………ああ」

 

 だから震えていたんだ。

 ピクシーは平気だったけど……樹木の精だからかな。

 

「ぁ……うぅ。寒い…」

 

 住処のことは後で考えよう。

 

「はいる? うわっ……」

 

「ふきゅ」

 

 上着のチャックを下ろすと直ぐに顔から突っ込んできた。

 

 ふくくっ…冷たいカラダ。

 

「ふぁ……あったかいのです」

 

 中でモゾモゾ動くとモグラのように頭だけ出した。

 

「それは良かった」

 

「……もしかしてサマナー? 私を見ても驚かないし悪魔の匂いがするのです」

 

 悪魔の匂い……ね。

 サマナーじゃないんだけど。

 

「みんなにはそう呼ばれているよ」

 

「そうなんだ……あのー……」

 

「忘れてた」

 

 スーパーに夕飯の食材買いにいこうとしてたんだった。

 

 カハクを連れても大丈夫…かな。

 

「……?」

 

 ……大丈夫か。

 

「遠出しちゃうけどいいかな?」

 

「あ、はいです…?」

 

「ありがとう」

 

 少し離れてるんだよね。

 駅近にあるから……ゆっくり歩いていこう。

 

 

 変わった人間なのです。

 

 私に声をかけてくれた。

 私の話を聞いてくれた。

 

 人間は怖い。……私は人の憎悪から生まれた存在。だからよく…よく知っている。

 

 悪魔よりもずっとずっと……人間は怖くてつめたい生きものだって。

 

 ……悪魔だって使役する。

 デビルサマナー。……人間は狡猾で残忍の筈。

 

「これはなんなのですか?」

 

「これは人参だね」

 

「にんじん……マンドラゴラの一種?」

 

「似てるけど違うかな」

 

 ……なのです。

 微笑みかけてくれるこの人も……そうなんだ。

 

 なのに……なんで私は逃げなかったんだろう。

 

「……あ、これはなんですか?」

 

「さつまいもだね。焼くと甘くて美味しいんだ」

 

「……甘くて美味しい」

 

「このままだと食べられないから。……焼き芋の方を買おうか」

 

「え、い、いいの……?」

 

「うん。俺も食べたくなっちゃった」

 

「っ……!」

 

 ……あったかいからだ。

 お話するのが楽しくて仕方ないんだ。

 

 体がポカポカする。

 胸の奥がキューって苦しくなる。

 

「カハク?」

 

「あ、わ、…ぇ…だ、大丈夫なのです!」

 

 急に顔が見れなくなっちゃった。……恥ずかしいのです。

 

「そう? ならいいんだ。……んーこれでいいかな」

 

「あ……ぇーと……」

 

「どうしたの?」

 

「ぅ……」

 

 思ったように声が出ない。

 

「落ち着いて。ゆっくりでいいよ」

 

 なのに優しくしてくれる。

 だけど━━

 

 

「ふにぁ……美味しかったのです!」

 

「美味しかったね」

 

 焼き芋と一緒に肉まんを食べることになるなんてね。

 

 ……夕飯が入らないや。

 

 食べなくても作らないといけないから関係ないか。

 

 日が暮れてしまいそうだ。

 

「……ありがとうなのです」

 

 上着から飛び出すカハク。

 

「どういたしまして」

 

 あ、住処を探していたんだよね。

 買い物に連れて行っちゃったから……。

 

「本当に変な人間。あーあ……もっと早くキミに出会えれば私が生まれることなんてなかったのに……」

 

 笑顔を作りながらも瞳は愁いと苦しみで満ちていた。

 

 訂正する。……違わなかった。

 必死だったんだ。

 

「……はい、これ」

 

「…あ、肉まん」

 

「あとで食べてね」

 

 おみやげだったんだけど食べさせたら夕飯食べられないかもしれないしね、うん。

 

「……ありがとう。クスッ…あったかいのです」

 

 肉まんを抱きしめている。

 

「あと。……これ俺の家」

 

 辛うじて見える自宅の屋根を指さす。

 

「何かあったらおいで。みんな良い子たちだから」

 

 ピクシー達もいる。

 

「…ぅ……はい! その時はお邪魔するね……」

 

「うん」

 

「……さよなら」

 

「またね」

 

「っ…!」

 

 行っちゃった。

 ……()()()()、か

 

「………………」

 

 急に寒くなってきた。

 早く帰って暖まろう。

 

 ……そうしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

「ありがとう。はぁ…暖かい」

 

 首に巻きついた毛皮を撫でる。

 

「構いませんが……あまり触ればわれ()のは困るゆえ…臭いとか……困ります…」

 

 手触りが良すぎてつい。

 

「ん? ……そう? 良い匂いだよ」

 

 紙の匂いがする。

 本を読んでる時みたいで落ち着くんだ。

 

「…左様ですか。……それはそれで…困ります…」

 

「……すぅ…」

 

「何をなされている!?」

 

「深呼吸を」

 

「止めなされ!」

 

「ごめんごめん」

 

 心地よくて……。

 

「……仕方ない主です。呼ばれた時はなにかと思いましたがまさかマフラーの代わりとは……」

 

「丁度いい長さだったからさ」

 

 もふもふしてるし。

 

 この子はイヌガミ。推理小説とは関係ないよ? 

 

 四国を中心とした西日本に伝わる憑き神の一種とされる妖怪。強力な呪詛の力を持ち、取り憑いた相手を祟り殺すとされる。

 

 氏神(うじがみ)として(まつ)れば繁栄(はんえい)するといわれ、同時に(にえ)が尽きれば瞬く間に没落(ぼつらく)するといわれる。

 

 他には式神かな。

 陰陽師の安倍晴明が使役していたこと。

 前鬼(ぜんき)後鬼(ごき)と同じぐらい有名だ。

 因みにこの二人(前鬼と後鬼)は夫婦なんだって。

 

 このイヌガミは式神だと思う。

 黒犬の頭に白狐の体……てことは。

 

 ……深く考えるのはやめよう。

 

「冬ですからね。主が病を犯されても困りますゆえやむ無しです」

 

「病なんて大袈裟……でもないか」

 

 急に寒くなったし体調を崩す人は少なくない。

 

 俺みたいに防寒対策してない人とか。

 つい最近までは暑かったから仕方ないといえば仕方ない。

 

 イヌガミがいて本当によかった。

 

「……他にもございますが」

 

「他にも?」

 

「お気になさらず」

 

「わ、分かった」

 

 ちょっと怖い。

 こう見えて他の子と比べると気性が荒いから……あと沢山食べ━━

 

「……主」

 

「イヌガミ?」

 

「お腹が空きました」

 

 あ、あー……そういうことね、うん。

 

「……何が食べたい?」

 

 ……安いところで頼むよ。

 

 

 繁忙期(はんぼうき)なだけあって忙しいレストラン。

 学校に近いって理由でバイトをしているけど少し後悔している。

 

 これじゃ友達と遊べないし折角の高校生活がバイト漬けになっちゃう。

 

 家計のために仕方ないけど……もっといい稼ぎとかないかなぁ。

 

 水は抜きとして。

 

 悪魔召喚プログラムとか……いれてみようかなぁ。

 

 噂だと夢が叶うらしいしバイトしなくて済むならいいかも。

 

 でもまあ……一番はお嫁さんで養って貰うことだよね。

 

 学生だしまだ先なんだけど……。

 ……ワーカーホリックになる前に。

 

「バイト減らさないとなぁ」

 

 あ、またお客さんがきた。

 面倒くさ……入ってくるお客さんを笑顔を作り迎え入れる。

 

「いらっしゃいま……せー…」

 

 初めてのお客さんがきた……先輩。

 

 私服だけど分かる。

 顔を見れば尚更……。

 

 だって有名な先輩だもん。

 

 学校では読書をしているのをよく見かける。プライベートは謎が多くミステリアス。

 

 最近だとスーパーにインコを連れて買い物してたとか友達から教えてもらった。

 

 動物が好きなのかな……? 

 学校に近いから学生はよく来るけどまさか先輩が来るなんて……。

 

 へ、変なとこないよね!? 

 うへぇ……なんか緊張してきた。

 

 だ、大丈夫。半年やってるし……。

 

「あ、えと…おひとりしゃまですか!」

 

 ……噛んだぁ!!!!! 

 思いっきり噛んだ。それはもう修正不可能のレベルで…! 

 

「はい、お一人様です」

 

「いえ、お二人様でお願いします」

 

 失敗を笑顔で反応してくれた……! 

 ウチよりも接客向いてそう。

 

 彼氏のいないウチみたいな女子はコロッと落ちそう……へ? 

 

 先輩の他に誰か喋ったような……。

 ……!? え、ーと……わんちゃん? 

 

「……あの、ペットのご同伴は…」

 

「マフラーです」

 

「はい?」

 

「ちょっと……!」

 

 あの……マフラーは喋らないと思うんだけど。

 

「マフラーです。決して犬ではありません」

 

「えと……でもわんちゃんの…」

 

「そういうマフラーです」

 

 えぇ……。

 

「しゃ、喋ってるし……」

 

「犬は喋りませんよ?」

 

 あ、確かに……! 

 わんちゃんはワンワンって鳴くもんね。

 

 ……ん? 

 

「言葉を喋ってる!? マフラーじゃないよ!?」

 

「だからマフラーです」

 

 え、なんで!? 犬がしゃべべ…ってて! 

 

「あ、あー……帰ります」

 

「主!? ご飯は!!」

 

「俺が作るから」

 

「……ハンバーグを所望します」

 

「はいはい」

 

「20個」

 

「…………お金足りるかな」

 

「主を祟り殺」

 

「作ります」

 

「楽しみにしてます」

 

「……はぁ」

 

 な、なんか喋ってるけど理解できない。

 だ、だだだだって! わんちゃんが……よく見たら頭はわんちゃんだけど体は……え…あ、なにこれ。

 

 夢でも見てるの? 

 

「……大丈夫? 驚かせてごめんね」

 

「ひゃ…!?」

 

 あ、あたたた…頭……先輩…手……。

 

「主ふしだらです」

 

「そこまで言う? ……えと、このことは内緒にしてくれると嬉しいな」

 

 ち、ちちちちかい! 近いですぅ!!! 

 

「……スケコマシ」

 

 ううっ……口が震えて声が上手く出せない。

 

 先輩の真面目な顔を前にコクコクと頷くとしかできなかった。

 

「ほっ……よかった。ありがとう」

 

 安息した様子で離れていく。

 ……吐息がかかるほどに近かった…。

 

 思い出すと顔が熱くなる……。

 

「素でやってるなら業が深いですね」

 

 うん、これに関しては同感……。

 

 もう心臓を生涯分動かしたよ。このまま心臓麻痺になったら先輩を恨む。

 

「あ、あ……ぅ」

 

 まだ声が出ない。

 他にお客さんが来なくてよかった。

 

 こんな顔じゃ案内できないよ……。

 

「お騒がせしました。……流石にコンビニの様にはいかないよね」

 

()()に物売る時点でそのコンビニが異常なんです」

 

「そうなのかなぁ」

 

「そうなんです」

 

「……なんで黙ってなかったの?」

 

「数として含まれないことに不満を感じたからです」

 

「あ、あー……そっか」

 

 出ていく先輩とわんちゃんを黙って見送った。

 

 ……悪魔…その言葉を脳内に刻みつけて。

 

「…………悪魔召喚プログラム」

 

 帰ったら調べよ。

 その前に…………。

 

「休憩入れてもらお……」

 

 ……疲れた。

 

 

「まだ足りません」

 

 あの……もう50個は作ってるよ? 

 

「すごい! まだたべてるよ!」

 

「大食い選手権優勝間違いなしだね〜」

 

 ハンバーグを食べながら観戦しているピクシーたち。

 

「どうなってんのよ。あきらかに体積より食べた量の方が多いわよあのイヌコロ」

 

 と一緒にハンバーグを作ってくれるピクシー。

 

「……あははは…なんでだろうね」

 

 予想はできるけど憶測に過ぎないし。

 一人で作ってたら大変とかのレベルじゃなかった。

 

 料理が作れるピクシーがいて助かったよ。

 

「手伝ってくれてありがとう」

 

「……当たり前でしょ。私はサマナーの仲魔なんだから……」

 

「こうやって悪魔も人間も手篭めにしていくんですね」

 

 人聞きの悪いこと言わないでよ……。

 

「てごめ?」

 

籠絡(ろうらく)のことです」

 

「ろうらくー?」

 

「そんな言葉教えないでくれる!?」

 

「あはは〜博識だね〜」

 

「アンタも止めなさいよ!」

 

「……平和だなぁ」

 

 焼けていくハンバーグを見つめながら小さく息を吐いた。

 ……胸焼けしそう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

「そこの貴方」

 

「はい?」

 

「案内してくれない?」

 

「……はい?」

 

 美女に声をかけられた。……しかも案内を頼まれる始末。

 

 外人さんかな? 独創的な服に身を包み艶のあるブロンドに整った顔立ち。

 

 十人中十人が美女と答えるだろう。

 

「だから案内してくれないかしら」

 

「あの……」

 

「行くわよ」

 

「え?」

 

 腕を掴まれ半ば引きずられる。

 強引過ぎない? まだ案内するなんて一言も言ってないよ? 

 

 そもそもどこに案内すればいいんだ!? 

 

「……んっ、大丈夫そうね」

 

「待ってください。用事が……」

 

「いいから」

 

「えぇ……」

 

 会話はできるのに成立しない! 

 ……仕方ないなぁ。

 

 

 面白いサマナーがいると噂の町に出向くところまでは良かった。

 

 道中が最悪だったわ。……特に東京。

 入れ替わりに話しかけてる男たち。

 

 視線は顔ではなく身体。考えてることが丸わかりの人間。……面倒この上ない。

 

 ……仕方ないといえは仕方ないわ。私の魔力に当てられ魅了状態(チャーム)になっていたんでしょうし。並の対魔力では防ぎようがない。

 

 そのせいでデビルサマナーやメシア教に追われることになったのは頂けなかった。逃げるのが大変だったわ。

 

 破廉恥(ハレンチ)とか不浄の塊やら言葉を吐き捨てながら天使が攻撃してくるのよ? 淫魔か何かと勘違いしてない? 

 

 デビルサマナーに至っては交渉を持ち掛けてくる。……連れの悪魔がウンザリした顔で見ていたわ。 

 

 ……全く天使も人間も正直よね。

 

 全員シバいたからいいけど何かに追われるのはもう懲り懲りよ。

 

 これなら下僕の一人か二人連れてきた方が良かったかも。……まぁ━━

 

「……どうしようかな」

 

 隣に座る彼を見る。

 スマートフォンと呼ばれる近代機器と睨めっこをしていた。

 

 目的のサマナーに出会うことができたし良しとするわ。

 

 ふぅん……顔が少し良いぐらいで平凡的な容姿。どこにでもいそうな人間と大差ない。

 

 それだけなら歯牙にもかけない存在。

 

「……どうしました?」

 

 ……それだけなら、ね。

 

「なんでもないわ」

 

 私の魅了を全く受けない対魔力。

 こっそり魔法もかけたけど効いてる様子はない。

 

 対策をしていたとしてもそんな小細工で私の魅了を防ぐのは不可能。

 

 生まれ持っての体質ね。

 

 次に驚く程質が良い精気。

 ただの人間が1ならこのサマナーは10。

 一人で十人分にもなるわ。

 

 精気は感受性が高い者ほど質が良くなる性質がある。

 

 それだと必ず偏ってしまうもの。

 精気にも種類がある。天使が好む精気、悪魔が好む精気。

 

 高けば高いほど……均等(きんとう)を保つことはできない。天秤は壊れ崩れていく。

 

 けれど━━

 

「どう返信すればいいんだこれ。……案内を頼まれた? っても経緯を説明するのもなぁ……うわっ…!」

 

 再度サマナーを見る。

 安定しているわ。揺れない水面のように……穢れを知らない透明な精気。

 

 あと何を考えているのか分からない。

 腹の探り合いはしたくないわね。

 

 ……見てるだけなら面白いのに。

 

 鳴り出すスマートフォンに慌てふためくサマナーに思わず笑みが零れる。

 

 ……まだまだ子供ね。

 愛おしく思えてくるわ。

 

「……えーと…うーんと……バスの中だから待ってて。後で説明するから、と」

 

「あら彼女?」

 

 からかいのつもりで口に出す。

 

「あ、違いますよ。仲間と買い物をする約束をしてまして」

 

 ……なんと? 

 

「仲魔と?」

 

「はい仲間と」

 

「……そう」

 

 …………なるほど。

 面白い理由が分かったわ。

 

 わざわざ仲魔のことをいう必要は無い。ということは私の正体にも気付いている。

 

 もう探られたあとなのね。

 

 なのに……ねぇ。

 ついてくるなんて……ハッキリ断るか逃げるなりすればいいのに。

 

 それともなに? 私ぐらいなら一人でどうとでもできると思ってるのかしら? 

 

 結構お盛んなのねぇ。でも……殺し合いはごめんよ? 今回は様子見。日本の神に目をつけられたくないもの。

 

「……なにか?」

 

「いいえ……なにも」

 

「そ、そうですか……あの」

 

 ふっふふふ……欲しいわぁ。

 他国故に手が出せないのが歯痒いくらいよ。

 

「なに?」

 

「どこに案内すればいいんですか?」

 

 …………そういえば案内を名目で接触したのよね。そう、ねぇ……。

 

「楽しいところ」

 

 折角だからそのまま案内してもらいましょう。

 

 にしても━━

 この()()という乗り物。

 

 ……落ち着くわぁ。

 

 

「はぁー楽しかったわ」

 

 つ、疲れた。

 

 名も知らない美人のお姉さんのオーダーである楽しいところを案内した。

 

 残念なことに楽しいところが図書館と公園の俺には無理難題に近かったよ。

 

 だから一般的に楽しいと言われてるゲームセンターとか映画館を選んだけど楽しそうにしてたから正解だったみたい。

 

 ……仕方ないとはいえ全部持ちだったのは痛かったな。外人さんだもんね。

 

 滅多に行かないから気分転換になったし良しとしよう。下手しなくても今後行くことはなさそうだし。

 

 ……多分。

 

「そうですね」

 

「……まだ続けるのね。本当面白い子」

 

「え?」

 

「ここに来て良かったわ」

 

 柔らかい笑みで頬を撫でてくる。

 ……一瞬ドキッとしたのは内緒。

 

「それは良かったです」

 

「貴方にも会えたしね」

 

「え?」

 

 俺に会えたから? 

 ……もしかして前に会ったことが。

 

 あれば忘れないよね、うん。

 

「また来るわ。その時は……探り合いは無しで腹を割って話でもしましょ? じゃあね()()()()()()

 

 くるりと振り返り去っていった。

 ……サマナーくん? 

 

 悪魔だったのか。気が付かなかったな。……帰ろう。疲れたしシャワーを浴び━━

 

「あー! サマナー! おっそーい!」

 

 …………あっリリム?

 なんでここに……そういえば待ち合わせ場所って。

 

「……サマナーさん?」

 

 ここだよな。……これは。

 

「お、お待たせ?」

 

「お待たせじゃないわよ! 連絡待って……」

 

「おねえちゃ……?」

 

 詰め寄ってくると急に顔を押し付け匂いを嗅ぎ出した。姉の突然の行動に困惑するも続けて顔を押し付けてくる妹。

 

 え? なに……? 

 

「……()()()()

 

「あ、あー……」

 

「サマナーさん?」

 

 あははは……あはははは。

 

「案内を頼まれて」

 

「……映画のチケット」

 

 ……! あ、しまっ……。

 ポケットからはみ出ていたチケットを抜き取られ見せつけられる。

 

 顔からして姉は怒ってます、はい。

 

「………………………」

 

 妹は笑顔だけど目が笑ってない。

 

「……今からでも……いいかな?」

 

 シャワーは当分お預けだなぁ。




精気=マグネタイト


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

「……隣町で火災事故か」

 

「物騒ね」

 

「……だね」

 

 肩に座りスマホのSNS記事を眺めるピクシー。

 

 現場は学校の近くにある廃病院。

 最近閉院した大きな病院で三日ぐらいでもぬけの殻になったらしい。

 

 死亡者が七人もいた、か。

 しかも通っている学校の後輩たち。

 

 全員が黒焦げで身元の判別も焼き焦げた生徒手帳から分かったとのこと。

 

 近隣住民が悲鳴や爆音を何度も聞いて怖くなり警察に通報した、ね。

 

「全員死んでるんじゃ何が起こったのか知りようがないわ」

 

「火元の特定もまだみたいだしね」

 

 分かることは火元になりうる場所が全て被害者またはその近辺。

 

 そこだけピンポイントに火気が強かった。……まるで()()()()()()みたいだ。

 

 警察は集団自殺じゃないかと疑っているみたいで被害者の関係者から話を聞いてるらしい。

 

 …………なんでこんなに詳しく書いてあるんだろうか。

 

 テレビのニュースでもそこまでは報道してなかった。……()()()()()()()

 

 死亡者は出たと言っていたけど人数までは言ってない……。警察が特定できないことをなんで知っているんだ? 

 

 ……考えても仕方ないか。

 今日は緊急朝礼確定。

 

 いつもみたいにギリギリの登校はできない。……から少し早めに出た。

 

 ……のはいい。いいよ? 

 

「なんでついてきたの?」

 

「は?」

 

「いや……なんでついてき」

 

「当たり前でしょ!! もしあんたに何かあったらどうすんのよ!! ……馬鹿二人は寝ていたし他の仲魔もいなかったから仕方なくよ。……そこは勘違いしないで」

 

 聞いたら怒られた。

 

 事件が何回も起こるわけじゃないし……。

 

「仕方なくなら別にこなくても」

 

「うっさい! 犯人は悪魔よ。ほぼ間違いないわ」

 

「悪魔が……?」

 

 ピクシーが衝撃波を出したように炎を出せる悪魔はいるだろうね。

 

 寧ろ証拠から見ればこっちの方が高い。

 

「それに野良悪魔。野良悪魔は仲魔と違ってマグネタイトを供給するすべが無い。人間を襲うのはなんら不思議じゃないわ。この辺りじゃサマナーは貴方以外いないみたいだし。……被害から推測するなら火炎が得意な上級悪魔でしょうね」

 

「……なるほどね」

 

 色々と分からない言葉が出てきたけど悪魔の仕業。

 これだけは理解した。

 

 うーん火炎、か。

 これだけじゃ特定のしようがない。

 

 火にまつわる神々や悪魔は無数に存在する。太陽神もその類に入るだろうし。

 

「こんな危険な奴が近くに潜んでるかも知れないのよ? 危機感持ちなさいよ……バカ」

 

 怒りながらも表情は……。

 強気な態度だけど怖いよね。

 

 隣町に殺人犯が潜伏してるのと変わらない。

 

 それよりもヤバい、か。

 他人事みたいに考えてたけど改めよう。

 

「ごめん」

 

「……弱いのは分かってる。私一人じゃ瞬殺がいいところ。だけど……サマナーを逃がす時間くらいは作……ぅ…」

 

「そんなことしたら怒るよ?」

 

 過保護になったというかあのピクシーと同じぐらいベッタリになったなぁ。

 

「でも…それぐらいしか……」

 

「そんなことない。一緒に料理作れるしお掃除だって手伝ってくれる。自分を卑下しちゃダメだよ」

 

 真面目過ぎるのかもしれない。

 

「……うん」

 

「逃げる時は一緒にね」

 

「……遅かったら置いていくから」

 

 照れ顔でそっぽを向いた。

 ……大丈夫だよ。逃げ足だけは自信があるんだ。

 

 

「……悪魔、か」

 

 仕事前の数時間を使い現場に足を運んだ。

 

 場所は隣町の廃病院。

 来てみたけど入口に警察官が数人。

 少し離れたところには野次馬たち。

 

 外なのに焦げた臭いが鼻につく。

 病院の原型は留めてるが割れた窓ガラスに焼け跡……中は相当酷いと見る。

 

 ……彼が無事なら別にいいけど。

 

 死者は七名。全員が真っ黒焦げで彼が通っている学校の生徒。

 

 目的は十中八九マグネタイト。

 殺すぐらいだし天使はない。

 

 ……学生なら尚更ね。

 

「どこの誰かは知らないけど」

 

 彼の生徒手帳を強く握る。

 

「やってくれたわね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……大丈夫。まだ無関係だから。

 だけど彼の良質なマグネタイトを前に手を出さない悪魔なんていないわ。

 

 いるとしたらそれは彼の仲魔。

 悪魔に愛情をもって接してくれる。

 

 争いを好まず無益(むえき)な殺生はしない。

 血の匂いがしないのが決定的証拠。

 

 そんな彼に惹かれた悪魔は何人いるのかしら。……わたしを含めてね。

 

 優しいからきっと会話を試みようとするのが目に見えて分かるわ。

 

 現実はそう甘くない。

 七人も殺した悪魔に話し合いが通用するとは思えない。

 

 そもそも会話が成立しない場合もある。

 もう少しで満月だし日によっては暴走状態の可能性も……わたしも気をつけないと。

 

「……面倒ね」

 

 人声と機械音の交差。

 

 気が散って仕方ない。

 情報もこれ以上得られそうにはない。

 

 とにかく彼を無茶させたくない。

 

 やることは一つ。

 彼よりも早く見つけて……その悪魔を殺す。

 

 それだけ……。

 探すにしても情報不足。

 

 一人で探すには時間がかかる。

 

 情報共有しときましょ。

 

 生徒手帳を懐に。

 入れ替わりでスマホを取り出した。

 

 前回人様の家を水浸しにしたお姫様に電話をかけ━━

 

「本当に見たんだよ!」

 

「……?」

 

 子供が警察官に何か話している。

 スマホを下ろして耳を傾けた。

 

「見間違いじゃないかな?」

 

「違うよ! 綺麗な羽根が付いた馬がここから出ていったんだよ!」

 

「そうなんだねー」

 

 警察官は聞く耳を持たない。

 ……子供の戯れ言にしか思ってないようね。

 

「面白そうな話をしてるにゃー」

 

「わっ……」

 

「ちょっとお姉さんに教えてくれないかにゃ?」

 

 馬に羽根。……ペガサス? 

 いやペガサスは翼。

 

 ……()()()()()、か。

 詳しく聞いてみる必要があるわね。

 

 

「……やっと終わったね」

 

「長過ぎなのよ。……事件のことは最初の数分で残りは料理のことばかり……ここの校長大丈夫?」

 

 ポケットの中でヘタレたピクシー。

 無人の図書室の椅子にもたれかかる。

 

 ……授業をサボっちゃったけど今回だけは許して。

 貧血でマトモに動けないんだ。

 

「校長室に食欲の掛け軸をかけるぐらいだからね」

 

「もう暴食に変えなさいよ」

 

「あはは……はぁ」

 

 一時限目を丸々使っての朝礼。……一時限目は無くなり今は二時限目。

 

 腰は痛いし膝の震えが止まらない。

 ……これで授業をやろうと思うクラスメイトには尊敬を覚えるよ。

 

 もう少しで冬休みだからってのあるのかなぁ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

「ふわぁ……さまなー」

 

「どうしたの?」

 

「おなかすいた……」

 

 机に掛かった鞄から顔を出すピクシー。

 小さなあくび。寝ぼけたまなこ。

 

 事件を心配してピクシーたちがローテーションでついてくることになったんだ。

 

 今日はこのピクシー。

 今の今まで鞄の中で寝ていたんだろう。

 

 それもあって朝食べてないからね。

 もう少しで昼休みだから我慢……は難しいか。

 

 ……授業中だから動けない。

 

「……待てる?」

 

「うぅ……」

 

 やっぱり無理かぁ。

 かくいう俺もお腹は空いているんだ。

 

「どうした?」

 

「あ、なんでもないです」

 

 先生に気づかれた。

 ビックリしたピクシーが頭を引っ込ませる。

 

 クラスメイトたちも不思議そうに見ている。

 

 ……ピクシーには悪いけど終わるまで待って━━

 

「……っ…?」

 

 何か飛んできた。

 小さな包み紙が膝の上に落ちる。

 

 ……これは飴かな? 

 飛んできた先に視線を移す。

 

「これあげる」

 

 隣の席の女子生徒が飴を指さしていた。

 

 バレた……? 

 

 と、取り敢えず━━

 

「ありがとう。……ピクシー…」

 

「んぅ? …あ、あめ……! ありがとうさまなー……」

 

 ピクシーに飴を渡す。

 

「……静かに舐めるんだよ?」

 

「うん……!」

 

 嬉しそうに飴を抱え鞄の中に戻っていった。あとは真面目に授業を━━

 

「なに喋ってるんだ?」

 

「すいません」

 

 結局怒られてしまった。

 

 

「んー……これはこれで楽しい」

 

 終わった授業。

 昼休みになり教室からヒトが消えていく。

 

 ヒトの真似事も極めれば娯楽になる。

 それに━━

 

「さっきはありがとう」

 

 彼を傍で見ることができる。

 ……ヒトとして異質な存在である彼を。

 

 わざわざ礼を言いにくる。

 日本人は礼儀正しいというが真実かもしれないね。

 

「どーいたしまして」

 

「えーと……あっ!」

 

「ありがとう! おいしかった!」

 

 彼の胸ポケットから妖精が飛び出しまたも礼を告げる。

 

 予想外のことに慌てている。

 ……それもそうだね。

 

「あら可愛い妖精さん。そんなに美味しかった?」

 

「とってもおいしかった!」

 

「そっか。あれはチャクラドロップっていうの。コンビニで売ってるから今度買って見てね」

 

「うん!」

 

 くるくると宙を回る。

 

 流石に私の正体には気づいていない。

 そもそも気づける存在はいない、か。

 

 いたらいたで面白いんだけどね。

 

「……驚かないんだね」

 

 妖精と会話をする私に驚きを隠せていない。

 

 ヒトは得体の知れないものに怯える。

 悪魔はその代表格。

 

 ヒトを超越する存在。

 妖精もその類に準ずる。

 

 ただ純粋な疑問をぶつけている。

 ……疑うことを知らない人の子だ。

 

「サマナーって知ってる?」

 

「……え?」

 

「さまなー……さまなーなの!?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らった顔。目を見開き私を見つめる顔。

 

「うん、だからキミのことも知ってるよ。ピクシーでしょ?」

 

「うん! ……さまなーいがいのさまなー……はじめてみたー」

 

「じゃあ悪魔を」

 

「……まぁね。時間がもったいないし食堂で話でもしない?」

 

 時計を見たら十分経っていた。

 このまま喋るのもいいけどご飯は食べたいからね。

 

 美味しいものを食べることもまた最高の娯楽なんだ。

 

「あ、そうだね」

 

「さまなー! わたしもたべる!」

 

「はいはい」

 

「仲がいいんだね」

 

 やっぱり面白い。

 悪魔と絆を交わす者。

 

 ヒトと悪魔の共存……彼なら成し遂げられる。

 秩序なき混沌……彼なら生み出せる。

 

「そうかな?」

 

「うん!」

 

「とても素晴らしいよ」

 

 ああ……素晴らしい。

 

「あ…ありがとう。なんか照れるね」

 

「えっと……さまなーさんのなかまは」

 

「……人見知りが激しくてね」

 

 ピクシーの言葉に言葉を詰まらせる。

 ……呼ぶことはできる。……できるけど。

 

「ピクシー……」

 

「……みたかった」

 

「ごめんね」

 

 呼び出したところで面倒なことしか起こさないから。……()()()()()()()()

 

「行こうか…えーと……あのー……」

 

「さまなー?」

 

 私を見て口篭る。

 ……ああ、そういうこと。

 

「クラスメイトだよ? 去年も同じクラスだったのに……」

 

「……ごめんなさい」

 

「さまなー……」

 

 項垂れる彼。呆れるピクシー。

 ……これクラスメイトの名前全員覚えてないんじゃ……。

 

 有り得そうだね。

 

「これ置きにちゃんと覚えてよ?私の名前は()()()。今後ともよろしくね」

 

「ああ、よろしく」

 

「ひかる! よろしくね!」

 

 ……フフッ。

 

 

「サマナー……他にいたんだね」

 

「ひかる! いいひとだったね!」

 

「だね」

 

 ピクシーが飛び出した時は頭が真っ白になったけどそのおかげでサマナーと知り合えた。

 

 ……詳しいことは聞いてない。

 あの火災事故に関して話し合ったぐらいだ。

 

 ヒカルも悪魔だと確信しているとのこと。とても危険な悪魔だから注意をするよう念を押された。

 

 ……流れで連絡先の交換も。

 何かあれば遠慮なく相談してね、と。

 

 相談かぁ。……今は特にないかな。

 ……明日は休みでクリスマス。

 

 クリスマスと聞いてヒカルは苦い顔をしてたっけ。……誘ってみようかな。

 

 積極的とか思われそうだけどサマナー同士、じゃないか。……サマナーじゃないけど折角だし親交を深めていきたい。

 

 ピクシーたちの良い刺激になりそうだし。

 

 よし、そうと決まればこのまま買い物だね。ローストチキンやシチューをメインに━━

 

「さまなー! これ!」

 

「ん? あっ……」

 

 ……クリスマスケーキ。

 

「……さまなー」

 

「作るのと買うのどっちがいい?」

 

「うーん……どっちも!」

 

 ……予想通りの答えだった。

 

「……買おっか」

 

「やった! これがいい!」

 

 はいはい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

「こぼるとー! これとって!」

 

「ワカッタ!」

 

 何時もは無個性な室内が鮮やかに彩っている。

 

 ピクシーとコボルトが楽しそうに飾りを付けをしていたからだ。

 

 今もクリスマスツリーにオーメントを盛り付ける勢いで飾っていた。

 

 クリスマスツリーの緑が別の色に侵食されている。もうクリスマスツリーなのか怪しいレベルだよ。

 

「……あはは」

 

 去年はクリスマスツリーを出していない。そもそもクリスマスツリーを持っていなかった。

 

 ピクシーにせがまれ買ってしまった。

 オーメントもそう。……ケーキのついでに……食材を含めて諸々、ね。

 

 お金が、ね。

 クリスマスプレゼント込みで大変なことになったね。

 

 シチュー眺めて現実逃避。

 

「クリスマスなんてやると思ってなかったな〜」

 

「いいじゃない。楽しんでるみたいだし」

 

 隣で料理を作るピクシー。その隣で料理を眺めているピクシー。

 

「アタシは美味しいものが食べられればそれでおっけ〜ったぅ…!」

 

 唐揚げに這い寄る手。

 ペチンと乾いた音が鳴る。

 

「働かざる者食うべからず。手伝ってきなさいな」

 

「にゃはは……はーい」

 

 叩かれた手を引き戻して空返事と共にクリスマスツリーに向けて飛んでいく。

 

「はぁ……全く」

 

「ピクシーの料理が美味しいから仕方ないよ」

 

 一緒に料理をしていて分かった。お世辞抜きで美味しいんだ。……一体何処で料理を覚えたんだろうと思ったぐらい。

 

 ……小さな体で身の丈以上の調理器具を丁寧に扱っていく。トングで唐揚げを二度揚げしている。

 

 ……火傷しないかな。

 それだけが心配。

 

「……は、はぁ!? 別に料理なんて誰でもできるでしょ……」

 

「じゃあピクシーたちで料理を」

 

「それは無理……って知ってるでしょ? もう!」

 

 うん、知ってる。

 この世のモノとは思えない青いカレーができたからね。食べてお腹を壊した。

 

 ……ルーがスライムみたいだったよ。

 ご飯の上にゼリーを乗せた感じの。

 

 はは……思い出したら震えてきた。

 

「ごめんごめん。……何時も手伝ってくれてありがとう」

 

「…………当然よ。私はサマナーの仲魔なんだから」

 

「そっか」

 

 一旦唐揚げを揚げ終えたピクシーは薄く微笑むと冷蔵庫に肉を取りに行った。

 

 沢山食べる子がいるからまだまだ足りない。一人はピクシーと飾り付け。もう一人は炬燵で丸くなっている。

 

 食べる時に起こしてくださいだとさ。

 

「ヒーホー! ケーキ冷やしたホー」

 

「ありがとう。……ジャックランタンは?」

 

「ヒホ? ……そういえばいないホ」

 

「フロストー!」

 

 遅れて戻ってきた。

 二人には作ったケーキが溶けないように冷やしてもらっていた。

 

 ジャックフロストにケーキを冷やしてもらってジャックランタンには誤って凍らせた時の対応を頼んだんだ。

 

 冷蔵庫に入らなくて。

 買って置いたケーキで限界だった。

 

「ジャックランタンお疲れ様。……なんで濡れてるの?」

 

「フロストがケーキと一緒に凍らせたんだホ!」

 

「ヒホッ!?」

 

 ……ジャックフロスト。

 

「死ぬかと思ったホ!」

 

「ごめんなさいホー!」

 

 逃げるジャックフロストと追いかけるジャックランタン。……ケーキ大丈夫かな。

 

「さまなー! かざりつけおわったよ!」

 

「オワッタ!」

 

「お疲れ様」

 

「ひかるはくるの?」

 

「来ないかな」

 

「……そうなんだ」

 

 コボルトの頭上でガッカリする。

 

 ……ヒカル。

 誘ったんだけど予定があると断られた。

 

 ネコマタやケットシーたちも誘ったけど各々予定があって無理だったんだよね。

 

 ちょっと残念だった。

 エンジェルは仕方ないとして……そりゃキリストの降誕祭(こうたんさい)だもんね。

 

 ……プレゼントはちゃんと渡そう。

 

「ヒカル? ナンダ?」

 

「さまなーなんだよ! さまなーいがいのさまなー!」

 

「サマナーナノカ!」

 

「……ひかるのなかまみたかったなー」

 

 ヒカルの仲間、か。

 気にはなる。……かなり長い間サマナーをやっていたみたいだし。

 

「月曜日に聞けばいいさ。もう少しで終わるからゆっくりしておいで」

 

「はーい! こぼるとー」

 

「アッタマル!」

 

 ……もう仲良しだね。

 あとはローストチキンを作る。

 

「……っていっても」

 

 仕込みは終わっているからオーブンに入れる。これで終わり、か。

 

「疲れた……」

 

 焼けるまで待つだけ。……時間はあるし唐揚げの手伝い……。

 

「…ふぅ…あっ!?」

 

「もーらい! あちっ…!」

 

「……揚げたてなんだから熱いに決まってるでしょ。終わったの?」

 

「ふぇへぇ。……終わったよ〜」

 

「……はぁ」

 

 終わったみたいだ。

 ゆっくり待━━

 

「……」

 

 誰かの視線を感じる。

 室内……じゃないね。これは……。

 

 

「……バレてないよね?」

 

 窓から慌てて顔を離す。

 寒い。……窓の先には眩しい光。

 

 たくさんの悪魔が楽しそうにしている。

 その中でもあの人は笑顔だった。

 

 結局来ちゃった。

 本当はもっと早く行きたかった。

 ……会いたかった。

 

「楽しそう……」

 

 やっぱり心の奥では恐れていた。

 ……全てを忘れて一緒にいたかった。

 

 こんな気持ち知りたくなかった。

 

 後悔しても遅いのです。

 だから……少しでもこの光景を焼き付ける。

 

 少しでも……。

 ……あの人が見えない。

 

 部屋を移動したのかもしれない。

 他の窓に行けばまた見ることができるかな。

 

「……あ……やっぱり」

 

「っ!? え……」

 

 ドアが開いた。中からあの人が出てくる。突然の出来事。

 

 寒くて凍えていた体が一際大きく震えた。……硬直して逃げることができない。口も満足に動かせなかった。

 

「冷たい。……こんな所にいたら風邪ひいちゃうよ」

 

 あの人の手が私を包み込む。

 あったかい。……やっぱりあったかいのです。

 

「…………あの」

 

「どうしたのカハク」

 

 ……名前、覚えてくれていたんだ。

 私はあの人の手を掴む。

 

「一緒にいていいですか……?」

 

「もちろん」

 

 安らぎを覚える白い息。

 

「っっ…!」

 

「とと……心配してたんだよ」

 

 手から零れ落ちる。

 私はあの人に縋り付き身を委ねた。

 

「……ごめんなさい」

 

「何もなくて良かった。カハク……?」

 

 あの人を見上げる。

 ……あ、…私泣いてる…。

 

 火照りを風が醒ましていく。

 

 私を……私を……。

 

「放さないでください……」

 

「……分かった。絶対に放さないよ」

 

 ギュッとしてくれた……。

 良かった……なのです。

 

 

 ……寒っ…早く入ろう。

 早く温まらないと……。

 

「なにをしてるんだ」

 

「……ベリアル? うわっ」

 

「メリークリスマス!」

 

「サマナーメリクリー」

 

 ベリアルの登場。脚にアリスちゃんとモー・ショボーがしがみついた。

 

 可愛らしいサンタさんを模した服装。

 ベリアルは……。

 

「……メリークリスマス」

 

「言いたいことがあるようだな」

 

 だってね? ……リアルサンタさんじゃなかいか。初めは誰かと思ったからね。

 

「アリスに頼まれたものですから張り切ってしまったんですよ」

 

「余計なことをいうな!」

 

 愉悦の表情を浮かべるネビロス。

 ……アリスちゃん大好き過ぎでしょ。

 

「あ…あ、の」

 

 四人も増えたら驚くよね。

 大丈夫。みんな優しいから。

 

「……妖精か。よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします」

 

「は、はい!」

 

 圧のある初老の男性二人にペコペコ頭を下げるカハク。……一人はリアルサンタ。

 

「ピクシー…じゃないの? 私はアリス! よろしくね!」

 

「んー新しい仲魔なんだ。モー・ショボー。よろしくね」

 

「……うん! よろしくなのです!」

 

 仲良くなれそうで安心安心。

 

「あ……あの!」

 

「あ、俺?」

 

「……えっと…私は地霊 カハク。改めて今後ともよろしくなのです!」

 

「うん、よろしくカハク」

 

 自己紹介は一通り終わった。

 残りは中に入ってからだ。

 

「ちょっと! なに勝手に食べてんのよ!!」

 

「お腹が空きました」

 

「オレモ!」

 

「ドッグフードでも食べてろ!!」

 

「んぅ……ふわふわすりゅ〜」

 

「なんでシャンメリーで酔っ払ってるの! ……飲まないの!」

 

「にゃははー」

 

「飲ませたのアンタか!! ……オーブンから煙が……サマナー!!」

 

「……凄いことになってるホー」

 

「フロスト黙ってるホ」

 

 ……あ、やべっ忘れてた。

 これは……怒られる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

「メリークリスマスにゃ! ……今回は本当に死ぬかと思ったにゃ」

 

「本当です! ……心配…したん、ですよ……」

 

「月齢管理ぐらいしゃんとしなさい」

 

 リリム姉妹に咎められる。

 

 面目ないにゃ。まさか月齢管理しくじるなんて思ってなかったんだにゃ。

 

 あれから三日間眠り続けたらしいにゃ。まだ少し怠いけど特に異常は見当たらないから大丈夫にゃ。

 

 ……例の悪魔探しに支障が出そうにゃ。

 時間をまるまる三日潰した。これに限っては最悪にゃ。

 

「無事ならいいんだ。年に一度のクリスマス。楽しまなきゃ損さ」

 

 優雅にシャンメリーを飲む。

 これが炭酸飲料じゃなければ様になったのににゃー。

 

「……そうね。……ふふっ……飲まないと」

 

「それだけはやめるにゃ」

 

 また家が流される。それだけは勘弁願いたいにゃ。……言ってる側から飲んでるし。

 

 ……潰れる前に取り上げればいいにゃ。

 

「俗物天使はいないの?」

 

「……おねえちゃん」

 

「エンジェルは不参加だよ。忙しいみたいだね」

 

「……本当に天使なのね」

 

 残念ながら天使なんだにゃ。

 

 天使がクリスマスをゆっくり過ごせるとは思えない。今頃働いていることだろうにゃー。

 

 わたしも休まなきゃ普通に仕事だったし。満月に感謝すべきか……それ以上に苦しい思いをした。……絶対に許さないにゃ。

 

 月一で死にかけるのはマジで勘弁にゃ。

 ……知らないうちに誰かを傷つけてしまうこと。それが……一番怖いにゃ。

 

 野良悪魔だからって好き勝手暴れ回る連中だけじゃないんだにゃ。ここのみんなだって元は野良悪魔。

 

 それでもこうやって平和な生活を満喫している。サマナーの仲魔になったことで……にゃ。

 

 実は彼にクリスマスを誘われたにゃ。年甲斐もなく小躍りしてたにゃ。…はぁ…病み上がりなのもあって断ってしまった。

 

 ……ほんの少し、ほんの少しだけ。……嘘、凄い後悔してる。過去に戻って自分を止めたいと思うくらいには後悔してる。

 

 あの時は切羽詰まっててそれどころじゃなかった。……だとしても……はぁ……もうバカ……。

 

 キンキンに冷えたビールを一気飲み。

 久しぶりに飲んだビールは最高だにゃ。

 

「っはぁ……五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡る…」

 

「ネコマタが飲むなんて珍し。……そんなにクリスマスのお誘い断ったの後悔してるの?」

 

 なんで一々聞いてくるにゃ。

 

「してるにゃ。なんならそのタイミングで……はぁ…」

 

「…て、でも……クリスマスに…誘ってくれる、ほどその……好意は…」

 

「あるんじゃない? 正体バレてるんでしょ? 悪魔だと分かっててクリスマス誘ってるなら……ねぇ。仲魔にしたいとか思ってるんじゃないの?」

 

 姉妹でフォローしてくれる。

 それだけでも嬉しいにゃ……。

 

 普通のサマナーなら期待する…にゃ。彼は……特別だから分からないんだにゃ。

 

 損得勘定(そんとくかんじょう)を持ってる様に見えないんだにゃ。裏表(うらおもて)もないにゃ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そうかにゃぁ? …信じてもいいんかにゃぁ?」

 

 だからサマナー持ちの友人の言葉に縋るしかないんだにゃ。

 

「あーはいはい信じなさい」

 

「…………ありがとう。…んっ」

 

 ビールを飲み干す。

 ……まぶたが重くなってくるにゃ。

 

「今回もアタシたちは禁酒かぁ」

 

「えっ…? おねえちゃん……飲まない…の?」

 

 妹の方は結構前から飲んでるにゃ。

 ウイスキーのロック……重いにゃ。

 

「……アタシだけ禁酒かぁ」

 

「シャンメリー飲むかい?」

 

「……飲む」

 

 ケットシーとリリムがいるなら安心にゃ。

 

「〜♪ ……〜♪ 〜♪」

 

 にゃあ。……あ、マーメイドが歌いだしたにゃ。止め……別にいっか。今日は飲んで飲みまくるにゃ! 

 

 

「寝ちゃったね」

 

「まさかベリアルまで寝てしまうとは思ってませんでしたが」

 

「クスッ…本当にね」

 

 ネビロスと微笑む。

 

 ベリアルを中心にみんなが寄り添って眠っている。初めは静かだったカハクも次第に仲良くなりベリアルとお酒を飲んでいた。

 

 興味があったか他の子が飲みたそうにしていたけどシャンメリーで我慢してもらった。

 

 ……うん酒臭い。二人とも飲み過ぎでしょ。

 

「よく寝られるなぁ」

 

「はしゃぎ過ぎた代償でしょうね。……片付けましょうか」

 

「ネビロスも寝ていいんだよ?」

 

 一人でやるしなによりお客様だしね。

 片付けるのは家主の仕事。

 

「ふむ……でしたら少し付き合ってもらえませんか?」

 

「……お酒?」

 

「ええ、ワインが残ってますので。……飲めますよね?」

 

 空のワイングラスをくるくる回す。

 ワイン……かぁ。

 

「……少しだけなら」

 

「嗜む程度です。全くベリアルは……」

 

 ……飲みたかったんだね。

 ベリアルが飲みまくる手前押さえていたんだろうなぁ。

 

 せっかくのお誘い。

 断る理由はない。

 

 もてなすのも家主の仕事だもんね。

 ……本音は少し飲みたかった。

 

「んじゃお言葉に甘えて。……メリークリスマス」

 

「メリークリスマスです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

「仲魔が見たいの?」

 

「うん!」

 

 ピクシーが目をキラキラとさせている。

 ……彼は机に突っ伏していた。

 

 目に隈ができ顔色も悪い。厳しい先生も異変に気づいたのか授業中寝っぱなしの彼を放置していたよ。

 

 ワインの匂いがほのかに香る御身(からだ)

 クリスマスに相当の量を飲んだね。

 

 朝礼の時にはもう寝ていたし学校までよく辿り着けたものだ。

 

 印象が真面目から不真面目に変わった瞬間だった。

 

 しかし仲魔、ねぇ。……どっちがいいのか判断に迷う。んー彼は眠っているし……()()()()()? 

 

「いいよ。の前に……なにがあったの?」

 

 彼に視線を向ける。

 ピクシーは少し困った顔をした。

 

「……おきたらこうなってたの」

 

 うーん。隠れて……かな。或いは……寝静まった後とか。

 

「なにも分からない?」

 

「…わかんない」

 

 付き合いが長いとおもわれるピクシーにも分からない。

 

 ミステリアスで何を考えているのか分からないとかいわれてるから仕方ないのかな。

 

 交流関係もからっきし。

 黙々と読書をして一人で帰る姿をよく見ていた。

 

 あの……()()()()()、とか。

 ……ないよね? 

 

 ちょっと心配だなぁ。

 悪魔と共存できたところで人間と共存できなきゃ意味がないよ。

 

 聞きたくてもまだ眠っている。

 これ……帰り大丈夫なの? 

 

 ……最悪送ればいっか。

 

「そう。……あ、仲魔だっけ?」

 

「うん!」

 

 教室にヒトは…いないね。

 いたら会話してないし当たり前。

 

 ……呼びますか。

 

 

 眩しい。……なんですか? 

 まだ夕方じゃないですか。せめて夜まで寝かせてください。

 

「わぁ! ……このぱじゃまのおねえさんがなかま?」

 

「そうなんだけど。……あのさぁ」

 

「んぇ? ……か、かかか…()()!?」

 

 な、なんで閣下がここに……ここどこですか!? 

 

 妖精と知らない男性もいますし!? 

 

「……かっか…?」

 

「気にしないで。寝ぼけて変なこと言ってるだけだから」

 

「そうなの? ……おねえさんだいじょうぶ…?」

 

 不安げな顔が瞳に写る。

 ……か、かわいい。…じゃありません! 

 

「大丈夫です。んんっ……どういうご要件ですかかっ……()()()()

 

 咳払い。

 あの姿に閣下は禁句でしたね。

 

「彼のピクシーが見たかったんだって」

 

「……じゃましちゃってごめんなさい」

 

 シュンとする。

 うっ……かわいい。

 

「あ、ああー。大丈夫よ。……私はゴモリー。よろしくね」

 

「わたしはぴくしー! よろしくね!」

 

 持って帰り……んんっ。

 

 彼のピクシー。……眠っている男性のことでしょうか。

 

 ……中々のイケメンで美味しそうな生体マグネタイトですね。胸が踊ります。

 

 ピクシーは幼くかわいいです。撫で回したい。……あれ? ここ楽園なのでは? 

 

「……ゴモリー」

 

「んんっ……なんでございますか?」

 

 いけないいけない。ヒカル様の御前(ごぜん)

 失礼のないようにしないといけません。

 

「戻っていいよ」

 

 ……はい? 

 

「どういうこ」

 

 

「あ、きえちゃった」

 

「……はぁ」

 

 予想通りだった。

 ……寝てたんだろうね。

 

 ラクダに乗らずパジャマ姿で現れる。……あれでも()()()()、なんだよね。

 

 ソロモン72柱の序列56番目公爵の悪魔。

 過去、現在、未来。隠された財宝も知り、語る。老若問わず女性の愛をもたらす力を持つ。

 

 破壊力は増し増しだったよ。

 同時に威厳を破壊(ブレイク)していた。

 

 ……どうしてこうなった。

 

「きれいなおねえさんだった!」

 

 純粋無垢の笑顔。

 見てると辛くなる。

 

 ゴモリーを綺麗なお姉さんとか……。

 

 うん、なんていうか。

 私にもこんな気持ちあったんだな。

 

 ……新発見だ。

 

「ゴモリーが聞いたら泣いて喜ぶよ」

 

「そうかな…? …えへへ……」

 

 テレテレとはにかむ。

 ゴモリーと交換(トレード)してくれないかな。

 

 いるだけで癒されるとか最高じゃん。

 ダメ元で聞いてみよ。って━━

 

「まだ寝てるの?」

 

「あ、さまなーおきてー!」

 

 季節が季節。

 茶番を終えた頃にはもう日が沈み月が浮かんでいた。

 

 ピクシーが彼の肩をポコポコと叩く。

 ……起きる気配が全くない。

 

 完全に夢の世界に沈んでいる。

 なんでそんな状態で学校に来たんだろうか。

 

 あ、もしかしてピクシーの為? 

 ……だとしたらやっぱりキミは()()だよ。

 

「送っていくよ」

 

「いいの?」

 

「うん。よいっ…しょ」

 

 無理矢理立たせ背負う。

 ……軽い。ちゃんと食べてるの? 

 

「おお! ひかるちからもち!」

 

「……そう?」

 

「わたしじゃもてないもん!」

 

 それは……ね? 

 ピクシーには軽い彼でも厳しいかな。

 

 ……夢を壊すようなことはいえないね。

 

「何れは持てるようになるよ」

 

「ほんと!」

 

「……うん」

 

「やったー! さまなーとやくそくしたの!」

 

「約束?」

 

「おそらにつれていってあげるって!」

 

 ……健気だ。

 ピクシーの事だから婉曲的(えんきょくてき)に殺す、とか言ってないよね。

 空中散歩のことだよね。

 

 ピクシーが彼を持ち上げる方法を本気で考えてみようっと。

 

「頑張って応援してる」

 

「ありがとう!」

 

「ピクシー道案内お願いね」

 

「うん! こっちだよ! ひかる!」

 

 手を上げ教室から出ていく。

 ……ここから案内するの? 

 

 フフッ可愛いなぁ。

 

 

「……っつ…ぇ…家……?」

 

 ……暗い。

 背中に感じる柔らかさで布団の上だと気づく。

 

 ズキズキと痛む頭を押さえ起き上がった。膝になにか落ちる。

 

「……ピクシー…?」

 

「うぅ……むゅ」

 

「どうやって帰ってきたんだ……?」

 

 分かん…ない。

 思考を纏まらない。

 

 ……ネビロスに飲まされたからなぁ。

 ベリアルより酷かった。

 

 悪魔も酒には弱い。

 ……気をつけよう。

 

 ああ、怠い。

 ……明日には治まる、といい…な。

 

「ん………羽根……?」

 

 しっかり握っている。

 指の間からはみ出した()()()()

 

 ……なんか落ち着く。

 

 エンジェルは……茶色。

 明日ピクシーに聞こう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

「流石に冷える」

 

 冷えた両手に息を吹きかける。

 凄い人混み。流石は()()()()()

 

「そうだね。……私で良かったの?」

 

「うん」

 

「へぇ。ピクシー辺りは連れてくると思ったのに……」

 

 ヒカルと二人きり。

 そういうつもりはないよ。

 

 クリスマスは無理だったから初詣ぐらいは交流を深めようと思って。

 

 ……毎年ここに来るしね。

 去年も一昨年も……その前も。

 

 ピクシーたちも行きたがってた。

 

 お土産で手を打ってもらった。

 ……人形焼と東京バナナ買わないとね。

 

 それでも朝イチ鞄をチェックしたんだ。

 あはは……案の定ピクシーが入ってたよ。

 

 戻ったらまた初詣。

 今度はみんなと、ね。

 

「見つかったら大変だから」

 

「……あーそういうこと。てっきり初詣デートだと思ってたよ」

 

 意地悪な笑みを浮かべる。

 

「そんな風に見える?」

 

「全然。キミに限ってはないと確信できるよ。……でも夢見がちな乙女には刺激が強過ぎるかなー?」

 

 夢見がちな乙女……ね。

 そんな子がいるのなら見てみたいな。

 

「……良かった」

 

「ふふっ……東京大神宮、ねぇ。キミって東京出身なの?」

 

「そうだね。中学までは東京に住んでたんだ」

 

「なるほど。……そういうことかー」

 

 うんうんと納得する。

 ヒカルはどうなんだろう。

 

 ……クラスメイトでサマナーしか分からない。……合間に聞いてみようかな。

 

「参拝しないとね」

 

「んー……そう、だね。……大丈夫でしょ」

 

「?」

 

「あーなんでもないよ。行こっか!」

 

「うん……っ! …えっと……?」

 

「どうしたの?」

 

「 ……あ…えーと…」

 

 ……腕を組まれている。

 どう反応したらいいのか困るなぁ。

 

「ドキドキした?」

 

 ヒカルの顔が目と鼻の先。

 ……綺麗と、言うのかな? 

 

 男性が好きそうな整った顔立ち。

 なのに……なんだろう。この()()()は。

 一瞬、ほんの一瞬……そう()()、と感じた。

 

「……した、かな?」

 

「それはそれは……じゃこのままで」

 

「え? それは……」

 

「参拝にいくよ」

 

 ……連れてきた方が良かったかなぁ。

 

 

 東京出身だったなんてね。

 

 合点がいったよ。……()使()()()()。東京の悪魔共がキミを見逃すはずがないよね。

 

 ずっと守られていたわけ、だ。

 

 ……困ったな。初めはただの天使だと思ったのに……()()使()ときたもんだ。

 

 あの四大天使ではない。…それでもメシアに先を越されていたのは変わりない。

 

 ……仲魔に大天使がいる? 

 

 可能性は無さそうだけど……ピクシー以外は分からない。

 

 ピクシーを三体も仲魔に加えていることは流石に驚いたけど。

 

 神様主義の堅物共がサマナーに付くとも思えないしね。

 

 しかし人間一人に大天使が……ね。

 ここまでくると()()

 

 愛しているともいってもいい。

 ……天使が愛を知る。

 

 堕天の日も近いだろう。

 それはそれで面白い。

 

 大天使が堕天するんだ。

 たった一人の人間のために……。

 

 唯一神……貴様はどう思う? 

 美しいと思わないか? ククッ……! 

 

 その反面キミは……ねぇ。

 丸腰はいただけないよ? 

 

 天使の加護があろうとも限界はあるんだからさ。

 

 ……キミは知らないんだ。

 その愛を……ふふっ……ふふふっ! 

 

 その時は私が守ってあげる。

 ね? ()()()()()()使()()()()

 

「ヒカル」

 

 ……そーいえばここの主祭神はアマテラスとトヨウケビメだったなぁ。

 

 ……バレないように馬鹿なフリ…っと。

 

「ヒカル……ヒカル?」

 

「……どうしたの?」

 

「参拝しないの?」

 

 参拝? ……あ、ああ参拝だね。

 ……参拝の作法って面倒くさいんだね。

 

 キミがいるし真面目にやろうかな? 

 できないフリして教えて貰おうかな? 

 

 あ、願掛けはしないよ。

 ……神サマは大っ嫌いだからさ。

 

 

「……疲れた」

 

「……すぅ…」

 

 夕日がさす窓。

 電車揺られている。

 

 肩にヒカルが寄りかかる。

 

 ……寝顔。

 結局聞きそびれちゃったな。

 

 お土産は買えた。

 怒られる心配もない。

 

 一年ぶりの東京は良かった。

 偶に行くぐらいが丁度いい。

 

 …………はぁ。

 

「大凶」

 

 折りたたまれた御籤(みくじ)を開く。

 

 出会いは突然……か。

 出会いなら大丈夫だよね。

 

 ……何にせよ。

 今年も平和に暮らせますように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

「…………ふわぁ…」

 

 まだ……四時、か。

 冬休みなのに早く起きてしまった。

 

 顔洗ってテレビでも見よう。

 ニュースしかやってなさそうだなぁ。

 

 布団から出━━

 ……足の間に重みを感じる。

 

「……あぁ」

 

 カハクとピクシーたちが眠っていた。

 

 背中にはコボルト。よく見たら足元にジャックフロストとジャックランタン。

 

 どうりで暖かいわけだ。

 あ……イヌガミがいない。

 

 多分散歩かな? 

 

 んー……これじゃ動けないね。

 仕方ないスマホ……は机の上。

 

 ……困ったな。

 起こすのも悪いし寝直そ━━

 

「……っ!」

 

 窓が開く音。

 慌てて目を閉じる。

 

 こんな時間に? ど、泥棒? 

 ……ないか。こんな所に盗み入る物好きはいないだろう。

 

 じゃあ誰が……。

 あ、もしかして━━

 

「……失礼しまーす」

 

 聞き慣れた声が響く。

 

「流石に寝てますよね。顔が見れただけ良しとしましょう」

 

 ……エンジェル。

 足音が近づいてくる。

 

 どうしようか。

 突然だったから狸寝入り。

 

 エンジェルじゃなかったら大変だった。

 ホッと胸を撫で下ろすもどのタイミングで起きればいいか思考を巡らせる。

 

「可愛い寝顔です。……逞しい顔つきになられましたね」

 

 ……逞しいなんて大袈裟な。

 

「申し訳ありません。……クリスマスとお正月一緒に過ごせれば良かったのですが仕事が多くて。はぁ……イライラが止まりません」

 

 ……頬を撫でられる。

 優しい温もりを感じる。

 

 俺も一緒に過ごしたかったよ。

 

 今度は一緒に過ごそうね。

 なんて……目も口も開けない。

 

 ……情けない。

 

「あなたの顔を見たらどうでも良くなりました。見てるだけで幸福を感じます。…ふふっ……ダメですね。このままだと……。…いい夢を見てくださ…いっ!?」

 

 頬から手が離れる。

 ……その手を掴んだ。

 

 咄嗟に掴んでしまった。

 

「……あ、あなた…?」

 

「? …あ、れ? エンジェル……?」

 

 ついさっき起きたように装う。

 寝転がるように浮いていた。

 

 ……ごめんエンジェル。

 

「……お、お…おはようございます。…まだお早いですよ? もう少しお休みになられては…ひゃ…!? …」

 

 布団の中に引き込んだ。

 腕にすっぽりと収まる。

 

「エンジェルも寝よう? …んっ冷たいね」

 

 逃がさないようにギュッと抱きしめた。

 ……恥ずかしいねこれ。

 

「あ、あ、あ…わ、私……仕事、が…」

 

「休むのも立派な仕事だよ。ね?」

 

 働き過ぎは体に毒だからね。

 背中と翼を撫でる。

 

「んっ!? …ふぅ………そうですね。あなたが言うのでしたら……っふ…ぅ…あたたかい」

 

 エンジェルが肩を掴む。

 っ…お!? 

 

 強く引き寄せられた。

 

「……っ…!」

 

「まだ寒いので……いいですよね?」

 

 目下にはエンジェルの顔。

 猫みたいにスリスリと頬擦る。

 

 ……いい匂いがする。

 それよりも、…その……考えないようにしよう。

 

「あ、ああ。もちろん」

 

「ありがとうございます」

 

「……お疲れ様」

 

「……はい…ふふっ」

 

 エンジェル……? あの……その、顔を(うず)めなくても……。

 

 

 不味いですね。

 これが本当の幸せなのでしょう。

 

 あなたに抱きしめられるだけで……こんなにも…んっ…翼がくすぐったい。

 

 ……あなたがいるならどうでもいい。

 あなたが私の存在意義(すべて)…。あなたがいない世界に意味は……ない。

 

「……エンジェル…」

 

「はい、なんでしょう」

 

 ……添い寝。

 ……懐かしいですね。

 まだあなたが幼い頃よく……ふふっ。

 

「今年は一緒にクリスマスしよう」

 

「はい」

 

「お正月もね」

 

「……はい、絶対にやりましょう」

 

 必要とされるだけで生きる糧となるのです。ずっと……転生を繰り返したその先でもずっと……あなたを……あなただけをお守りします。だからずっと……お傍に置いてくださいね。

 

 私だけの救世主(メシア)様。

 

「…ふわぁ……」

 

 可愛い欠伸。

 ふふっ…奥の奥まで見えてますよ。

 

「お休みしましょう。大丈夫です……あなたが起きるまでずっと……」

 

 いい夢……見れました。

 

 

「……さまなーおきないの?」

 

「ん、んー……」

 

 起きたいのは山々なんだけどね。

 

「…んっ……ゆぅ」

 

 エンジェルが寝てるからさ。

 ……ガッチリとホールドされて動けないし。

 

 偶にはいいかなって。

 首締まってるから緩めては欲しいけど。

 

「天使も仲魔にしてるんだね〜。()()に拘らないってことかな〜」

 

「私達を仲魔にしてる時点で今更でしょ」

 

「にゃはは。それもそうだね〜」

 

()()? ……妹属性みたいなの? 

 その手は疎いから全く分からない。

 

 ジャックフロストとジャックランタンはマスコットかな? 

 

 イヌガミとコボルトとはワンコで……ケットシーはネコ。……なんか違う気がする。

 

「この天使さんはサマナーさんの事が大好きなんだね。…………ちょっと歪だけど…愛には変わりないのです」

 

 顔ひきつってるけど大丈夫? 

 

「エンジェルは怖いホー」

 

「……それはフロストが冷蔵庫を占拠するからだホ。巻き添い食らうこっちの身になるホ」

 

 俺の居ぬ間になにがあったんだろうか。

 

「起きるまで待ってるよ」

 

「わかった!」

 

「朝食は私が作るわ。ゆっくりしてなさい。……行くわよ。ほら寝ない!」

 

「に”ゃ!? ……アタシはだめなの〜?」

 

「ングッ!? ナンダ!? テキカ!?」

 

 おはようコボルト。

 

「はぁ……察しなさいよ。ワンコ寝るなら下で寝なさい」

 

 コツかれ額を押さえるピクシーにため気を吐くピクシー。

 

「……? …ワカッタ!」

 

「どっかの妖精と違って聞き分けが良くて助かるわ」

 

「ちぇー」

 

 あはは……これだけ騒いでるのにエンジェルは眠ったまま。

 

 ……仕事ばっかりで疲れてたんだろうなぁ。無理矢理にでも休める時間を作ってあげないとね。

 

「ありがとう」

 

「……ふふっ…あなた……」

 

 エンジェルの寝顔を眺めてると眠たくなってきた。

 ……寝ようかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

 雪降る真昼。

 積もり積もった銀世界。

 

「……これでいいかな」

 

 シャベルを壁に立てかけ息を吐く。

 白い息が飛散する。

 

 通り道ぐらいは除雪しないとね。

 ……冬休みで良かった。

 

 天気予報だと雪はまだまだ降り続ける。

 明日にはまた積もってそうだね。

 

 ……大変だなぁ。

 

「雪だホー!」

 

「ゆきだー! さまなー! ゆきだよ!」

 

「んふゅ……元気なのです」

 

「そうだね」

 

 はしゃぐジャックフロストとピクシーを他所に顔を出すカハク。

 

 寒いなら中で待っていればいいのに。

 わざわざ服の中に入らなくても……。

 

「ユキダルマ作るホー!!」

 

「ゆっきだるまー!」

 

 雪玉を作り転がしていく。楽しそうだ。

 

「……足音? …」

 

「危な…みゅ!?」

 

 うわっぷっ…! 

 顔面に白い塊が直撃する。

 

 冷たっ…雪玉、だよね? 

 

「ワンヒット」

 

「お兄ちゃん大丈夫…?」

 

「…びっくりしたよ」

 

 二人だったんだね。

 大丈夫なんだけど……。

 

「……うぅっ…寒い……」

 

 カハクは大丈夫じゃないみたいだ。

 

「あ……ごめん」

 

「た、だだ…だ大丈夫なのででです…くしゅん…」

 

 控えめなくしゃみ。

 モー・ショボーも申し訳なさそうにする。

 

「……戻る?」

 

 このまま風邪をひいたら困っちゃうしね。

 

「……大丈夫なのです」

 

 中に引っ込んだ。

 大丈夫ならいいか…うぷっ!? 

 

「ツーヒット」

 

「モー・ショボー! ダメだよ!」

 

 ……わかったわかった。

 付き合ってあげようじゃないか。

 

 しゃがみ雪玉を作る。

 

 狙いはモー・ショボー。大人げないかもしれないけどやられっぱなしは……ね。

 

「一発は一発だよ……ねっ!」

 

 投げた雪玉は綺麗な一直線を描き飛んでいく。

 

「アリスガード」

 

「え? ……きゃっ…うぅ…冷たい……」

 

「アリスちゃん!?」

 

 アリスちゃんの顔に当たった。

 人の心を持ってないの!? 

 

「サマナーがアリスに雪玉ぶつけたー」

 

「……酷いよぉ」

 

 アリスちゃんを盾にするからじゃ……もう! 

 

 座り込むアリスちゃんに駆け寄る。

 

「ご、ごめん! 大丈……うぷっ!?」

 

 目の前が真っ白になった。

 雪を払う。

 

「スリーヒット!」

 

「えへへ……ごめんねお兄ちゃん」

 

 ハイタッチをする二人。

 ……騙されたかぁ。

 

 よし! ……なら話は早い。

 

「手加減しないからね」

 

 せめてモー・ショボーに一撃入れたい。

 アリスちゃんは……程よくね。

 

「じゃあサマナーが負けたら罰ゲームね」

 

「……え?」

 

 それは聞いてないよ? 

 

「罰ゲーム?じゃあお兄ちゃんが負けたら……()()()()()()?」

 

 重過ぎないかな? 

 

「だってよ?」

 

 罰ゲームで死んだら命がいくつあっても足りないよ。……はぁ…。

 

「……その時は、ね」

 

「ほんと!? やった!」

 

 嬉しそうに跳ねる。滑るから危ないよ。

 

「あーあ。……知ーらないっ」

 

 命懸けの雪合戦(デスゲーム)。……勝たないと明日がない。勝てばいいんだ勝てば……。

 

「はじめよっか」

 

「うん!」

 

「……サマナーの方にし」

 

「モー・ショボーはアリスちゃんと一緒ね」

 

「えぇ」

 

 じゃないと当てられないからさ。

 

「頑張ろうね!」

 

「……うん」

 

 二人相手でも……大丈夫だよね? 

 ううん頑張ろう。じゃないと死んじゃうからね。

 

 ……なにか忘れている気がする。

 

 

「なんでこんなことになってるの」

 

「どうしたのー?」

 

 どうしたもこうしたもない。

()()()()()()()()()()()()()()()()ことはこの際気にしないことにするわ。

 

 だけど……。

 

「……大変そう」

 

 休んでいる間になにがあったのよ。

 ……客が()()()()()()()()()()

 

「なんでいるの……」

 

 マーメイドが商品を眺めている。

 

「……悪魔も買い物できるから。ネコマタが店員なら……安心」

 

 そうですかー。

 ……お金持ってるの? 

 

 見知った悪魔もいれば知らない悪魔もいる。皆が楽しそうに商品を見ている。

 

 その中にしれっと店長も混ざってるけど……。

 

「自信を持ってオススメしよう」

 

「助かるぜ店長さん!」

 

 当たり前のように悪魔を接客してる。……オニの集団。……()()()()()

 

 オニに囲まれたら流石のわたしもビビる。なんで平気なのよ……。

 

「当然のことをしたまでだ」

 

「当然のこと……か。まさかオレ達が買い物できるなんてな」

 

「客を選ぶ趣味はないのだよ。……暴れなければ好きにしてくれたまえ」

 

「ガッハッハッ! 分かってるさ!」

 

「欲しいものはこれで大丈夫かね?」

 

「おうよ!」

 

「レジに案内しよう」

 

「行くぞお前たち」

 

 オニの集団を引き連れレジに向かう。……体型や髭も相まって様になってるわ。

 

 わたしが知らなかっただけで実は店長も()()()()? 

 ……なわけないわよね。

 

「すいませーん」

 

「あ、どうしました?」

 

 お客さんに呼ばれた。

 そのお客さんも悪魔なんだけど……。

 

 わたしも悪魔だし気にしたら負けよね。

 ……本当になにがあったのよ。

 

 

「はぁ…はぁ……勝っ……た…」

 

 座り込む。……お尻が冷たいけど動けない。

 

 容赦ないんだよ。交互に投げてくるから投げる暇がなかった。石を仕込んだりしない辺りは良心的だと思っておく。

 

「……負けちゃった」

 

「私にばっか投げ過ぎ……わぷっ…」

 

 雪に顔を突っ込むモー・ショボー。

 

 ……アリスちゃんに罪はないからね。

 これで明日を生きることができる。

 

「さまなー! みてみて! ゆきだるま!」

 

「オイラも作ったホー!」

 

「ゆきだるま……」

 

 ゆきだるまが並んでいた。

 小さいのがピクシーかな。落ちているものを器用に使って顔や手を作っている。

 

「凄いね。見てよカハク……カハク?」

 

 返事がない。……あ!! 

 胸倉を掴み広げる。

 

「きゅぅ」

 

「カハク!?」

 

 目をクルクルと回していた。

 

 雪合戦で動いたから……。

 寒っ…まだ雪が降ってる。

 

 除雪した道は白くなっていた。

 ……家に入ろう。炬燵に入って……。

 

「サマナー! おしるこできたわよ!」

 

 みんなでおしるこを食べようかな。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

「大丈夫? 顔色悪いわよ」

 

「……寝不足かな」

 

 怠い。……ちゃんと寝たはずなのに体が鉛のように重い。

 

「ちょっと来て」

 

 不安げなピクシーに袖を掴まれる。

 

「大丈夫」

 

「いいから!」

 

 引っ張られるまま鏡の前に立った。

 

 うっ…生気のない顔。

 こんなに酷いとは思わなかったよ。

 

 驚いた顔が鏡に写る。

 

「病院に行きなさい」

 

「いやでも……」

 

「行け!」

 

「……はい」

 

「さまなーぐわいわるいの?」

 

「なになに〜? 変な物でも食べた〜?」

 

 テレビを見ていたピクシーたちが飛んでくる。

 

「寝不足だね。今から寝れば」

 

「行け」

 

「……分かりました」

 

 怖い。

 

 

「……雪降ってるのに外で遊ぶからよ」

 

「わたしはへいきだったよ!」

 

「悪魔と人間を一緒にしないの」

 

 サマナーを見送るアタシたち。

 

 今日の天気も雪のち雪。

 病院に行くよりも家で大人しくする方がいいと思うけどね〜。

 

 恋は盲目。灯台もと暗しだね。

 

 サマナーもサマナーで仲魔たちと雪遊びなんてするから。

 ほんと変なサマナー。

 

 気持ち悪いぐらい何もない。

 裏が見えない。……隠しているわけでもないのに霧のように掴めない。

 

 デビルサマナーとして活動しているようにも見えない。毎日、今日も昨日も……きっと明日も繰り返し。

 

 ただの人間と同じ生活をしているだけ。

 なのに仲魔は多いし悪魔に関しても詳しい。

 

「どうしたのよ? 考え込んで」

 

「んーちょっとサマナーの事が気になって」

 

「さまなー?」

 

「……まさか…」

 

「大丈夫大丈夫〜。好きとかじゃないから〜」

 

「そ、そう……って! 別に好きって訳じゃ……!」

 

「わたしはさまなーのことだいすきだよ!」

 

 にゃはは〜ホッとしてる〜。

 取られるとでも思ったのかな? 

 

 ……あの手の人間は()()()()()()()()()()()()から……ねぇ〜。

 

マグネタイトも相まって別の意味でも惹きつけそうだけど〜。

 

「サマナーになった理由とか実力とか気になるんだよね〜」

 

「……別にいいじゃない。サマナーだからって戦わないといけない理由はないわ」

 

「へいわがいちばん!」

 

 詮索はしたくない、と。

 

「そうなんだけどね〜」

 

 二人のいうことは分かるんだけどさ。

 知的好奇心ってのかな? 

 

 アタシのサマナーでもあるから……気になるんだよね〜。

 ……気持ちは分かるんだけどさ。

 

 基本妖精は争いを好まない。

 

 ほかの悪魔に比べれば弱いしやってもせいぜいちょーっと過激なイタズラぐらい。

 

 ピンキリだから争いを好む妖精はいるにはいるしなんとも言えないけどね〜。

 

 血気盛んなピクシーもいる訳で……殺戮殺戮(さつりくさつりく)〜♪ とかいいながら笑顔でジオハメとか、ね〜? 

 

 ……アタシはそんなことしないよ? 

 ジオ系の魔法は覚えてるけど、ね? 

 

「気になるなら聞いてみればいいじゃない。別に止めはしないわよ」

 

「うんうん! さまなーはなんでもこたえてくれるよ!」

 

 意外な反応。

 てっきり止められるとばかり思っていた。

 

「……へぇ…例えば〜?」

 

「すきなおかしははちみつだって!」

 

 蜂蜜はお菓子じゃないんじゃないの? 

 

「ハニースイーツのことね。……今度作ってみよ」

 

 胃袋から掴んでいくのかな〜? 

 

「あとは! あとは! わたしのことすきー? ってきいたらだいすきっていってくれた!」

 

「……っ…よ、良かったわね」

 

 おやおや青春だ〜。

 その好きがLIKE(ライク)じゃなくてLOVE(ラブ)だったらの場合なんだけどね〜。

 

 ……しょうがないにゃ〜。

 

「なるほどね〜。ピクシーさんも聞いてみようかね〜」

 

 お膳立てをしてあげましょ〜。

 

「…………あんたが聞くなら……私も聞くわ。……別に気になるとかじゃなくて純粋な疑問よ疑問。サマナーと仲魔の関係なんだから良好なのがいいでしょ?」

 

 はいはいツンデレツンデレ〜。

 

「わたしはだいすきだよ!」

 

「ありがとう。私も大好きよ」

 

 ……二人を見てたらどうでも良くなってきた。

 

 せめてどんなC()O()M()P()を使っているかぐらいは聞きたい。

 ……二人きりの時にこっそりと……ね〜。

 

 

「ただいま」

 

「おかえりー! さまなーさまなー!」

 

「どうしたの?」

 

「わたしのことすきー?」

 

 いきなりだね。

 前にも聞かれたような気がするけど。

 

 あ、後ろに二人のピクシー。

 ……なるほど、ね。

 

「もちろん。大好きだよ」

 

「えへへっ! わたしもさまなーだいすき!」

 

 くっついてきた。

 力いっぱい抱きついている。

 

「ありがとう」

 

 人差し指で頭を撫でた。

 ふにゃふにゃと頬を緩ませる

 無邪気だなぁ。

 

「いいな……ちょ、ちょっと!? まだ心の準備が……」

 

「ラブラブだね〜。サマナーはアタシたちのことは好きかな〜?」

 

「いきなり過ぎ!」

 

 あはは……。

 

「大好きだよ〜」

 

「にゃはは〜だよね〜アタシも大好きだよ〜」

 

 マイペースだ。

 連れてこられたピクシーは……。

 

「……私は……嫌いじゃない…わ。そ、それよりも! どうだったの?」

 

 ……嫌いじゃないか。

 嫌われてないだけマシだね。

 

「ただの風邪だよ。心配かけてごめんね」

 

「……そう。薬飲んで寝なさい」

 

「え? ……いや、読書を」

 

 帰ってきたばかりだし少しくらい━━

 

「寝ろ」

 

「……はい」

 

「いっしょにねる!」

 

「アタシも寝よっかな〜」

 

「サマナーの邪魔をしない! 撤収撤収!」

 

 二人を連れて戻って行った。

 ……お母さんみたいだよ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

「……ふわぁ…」

 

「大きいあくびなので……ふにぁ…」

 

 釣られてあくびをするカハク。

 

 窓から夕日が差し込む教室。

 

 帰る準備をしてる間に欠伸を何回挟んだことだろう。振り子のよう前後に揺れる頭を止められなかった。

 

 風邪は治ったけど少し怠い。

 薬も飲んでいるから眠気が辛い。

 

 とてもじゃないけど勉強をする気は起きなかった。……できなかったの間違いかな。

 

 船を漕ぐたびにカハクとヒカルに起こされる。ついさっきまで起こされ続けた。

 

「無理しないで休めば良かったのに」

 

 ヒカルの呆れ顔が映る。

 

 無理はしてないよ。

 これぐらいで休むのも……。

 

 冬休み明けだったし。

 

「私も言ったの。なのに大丈夫って……」

 

「ふーん。あのピクシーたちが止めると思うんだけどなー」

 

 目を細める。

 

「あ、あー……」

 

 それは……。

 

「止められたんだ」

 

「……うん」

 

 だからって簡単に休むわけには━━

 

「授業受けられる状態じゃないのに来る意味あると思う?」

 

「無いのです」

 

「……おっしゃる通りです」

 

 二人のジト目が刺さる。

 ……最近は怒られてばっかりだ。

 

「あの子たちを不安にさせたらいけないよ。悪魔にも心はあるんだから、ね? ……あ、面倒ご…用事があるんだった。早く帰るんだよ? じゃあねー」

 

「またなのです!」

 

 控えめに手を振る。

 

「あ、うん。……ふわぁ…」

 

 力なく手を上げ見送った。

 

「大丈夫です?」

 

「大丈夫。……帰ろっか」

 

「……そっちは窓なのです」

 

「あ、れ? ……ほんとだ」

 

 通りでドアが狭いと思ったよ。

 

「本当に大丈夫なのです?」

 

 あは、あはは……だ、大丈夫。

 ……多分。

 

 

 大丈夫かな……。

 不安が募る。

 

 揺れるカバンの中。

 小さな隙間からサマナーの覗き込んだ。

 

 外は夜で人が少ない。

 不安定な足取りで人気(ひとけ)のない路地裏を歩いている。

 

 顔色がさっきよりも悪くなってる気がするのです。

 

 心配だけど……まだ人間が怖いから……。

 サマナー以外の人間は怖い。……ヒカルさんは平気。

 

 ふわっとした感じで落ち着くのです。

 ……なんでだろう? 

 

 サマナーと同じなのかもしれない。

 悪魔にも心がある。そう言ってくれた。

 

 ……そうなのです。

 

 好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。

 喜ぶ。怒る。悲しむ。楽しむ。

 

 ……脆く儚い心。

 

「んむっ!?」

 

 激しく揺れる。

 サ、サマナーさ━━

 

「にきゅ!?」

 

「きゃッ…ごめんなさ……だ、大丈夫!?」

 

 強い衝撃と共にカバンから放り出された。

 

 女性の驚いた声。

 

 ……ぶつかったんだ。

 サマナーの声は聞こえない。

 

「サマナー……?」

 

「妖精? ……わっ! 凄い熱……!」

 

 女性が額に触れる。

 熱……サマナー……動かない……? 

 

「サマナー……サマナー!!」

 

 脇目も振らず駆け出した。

 返事がない。小さい息遣いだけが……。

 

 いや、だ。

 やだやだやだやだ……! 

 

「サマナー! サマナー!!」

 

 頬を抓る、頬を叩く。

 ……動かない。動かない……よ…。

 

「落ち着いて」

 

「うるさいのです!」

 

 元はと言えばあなたが……! 

 

「大丈夫だから……ね?」

 

「……っっ…」

 

「慌ててもしょうがないわ。先ずは彼の休ませないと」

 

 このオンナに言われるのは癪ですが仕方ないのです。

 

 小さいカラダじゃ……。

 

「私を見ても平気なのですね」

 

「へ? ……う、うん」

 

 ……それもそうです。

 このオンナも()()、なのですから。

 

()()があれば。……一個ぐらい持ってくれば良かったかも」

 

「林檎で何ができるのですか」

 

 ふざけたこといってないで急ぐのです。

 

「……そ、そうね。よい…しょっ…」

 

「ついてくるのです」

 

「あ、待って……!」

 

 サマナーは大丈夫、大丈夫なのです。

 ……起きたらみっちり怒られるのです。

 

 

「……ん、んんっ…」

 

 女性とぶつかって……そのまま……。

 体が熱い……風邪が振り返しちゃったんだ。

 

「さまなー!」

 

 あっピク……なんで泣いて…。

 

「ピクシー」

 

「ぐすっ……よかったぁ」

 

 頬にひっつきしくしく泣く。

 

「……ごめんね」

 

「本当よ」

 

 目が赤い……。

 

「まーまー無事だったしいいじゃん」

 

 みんな……あれ、カハクは……。

 

「女神に感謝しなさいよ」

 

「……()()…?」

 

 ぶつかった女性のことかな。

 ここまで連れてきてくれたんだ。

 

「お礼言わないと……どこに」

 

「なんか人を探してるみたいで帰ってったよ〜」

 

 人探し……? 

 

「ええ、この近くに探している人が居るらしいわ。カハクはその女神を送りにいった。……覚悟しときなさい。凄く怒ってたし…泣いてたわよ」

 

 ………………。

 

「そういって一番━━ごめん。だから握った拳を降ろして、ね?」

 

 ……そっか。

 

「はぁ……完治するまで外出禁止。学校も休むこと」

 

「うん、わかった」

 

「もう。……おかゆ作るけど梅とたまごどっちがいい?」

 

「…梅」

 

「ん。……二人はサマナー見てて」

 

「りょーかい」

 

「…ひっく。う、うん…」

 

 悪魔にも心はある、か。

 ……分かっていたつもりだけど…。

 ダメだなぁ……。

 

 ……()()

 今度会ったらちゃんとお礼を……。

 

 風邪、治さないとね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

「……あ、あー」

 

 透き通った声。

 うん、風邪は治ったみたいだ。

 

 ……熱はとっくに引いてたし学校に行く分には問題なかった。

 

 風邪が完治するまでは家から出ないでと言われやむ得ないといった形で長期間休んでしまったんだ。

 

 明日からやっと学校に行けるよ。

 長かった。……自習はしていたけど勉強追いつけるかなぁ。

 

「冬が終わるホー……」

 

「もう終わってるホ」

 

「ヒーホー……」

 

 嘆くジャックフロスト。

 炬燵に入っているし矛盾している気が……。

 

 ピクシーたちは外出している。

 どこで何をしてるか分からないけど大丈夫だと思う。

 

「まだ寒いけどね。体調はどーう?」

 

「お邪魔します。……サマナーさん……大丈夫、ですか?」

 

 玄関へと続く出入口からひょこっと二つの顔が現れた。

 リリムたち……びっくりしたのは内緒にしとこ。

 

「サマナーのお見合いかホー?」

 

 ……わざと、じゃないんだよね? 

 

「このタイミング……関係なくお見合いなんてしたらピクシーたちにシバかれるっしょ」

 

「ふぇ…!? ……お、お見合いがあるんですか……!?」

 

 呆れ顔と戸惑い顔が映る。

 お見合いとかただの一般家庭にある訳ないでしょうに。

 

 純粋なんだからからかっちゃダメだよ。

 あー……素で間違えてる可能性が高いか。

 

()()()()だホ」

 

「あー……この様子じゃ分かってないみたいだしタチが悪いわ」

 

「ヒホー?」

 

 ジト目を注がれるもジャックフロストは惚けながら首を傾げていた。

 

 意図的じゃないことが確定した瞬間だった。

 

「お見舞いに来てくれてありがとう。もう完治したから大丈夫だよ」

 

「本当よー。無理して倒れたら世話ないわ」

 

 ごもっともです。

 

「お、お見合いじゃ……な、ないんですね……?」

 

 うわっ……とと。

 

 服を握ってすがりつく。

 潤んだ瞳がじっと見つめてくる。

 

「ないよ。ジャックフロストがお見舞いとお見合いを間違えただけだからね」

 

「……よ、良かったです。……恋人がで…できたら……一緒に…本……」

 

「サマナーに彼女できたら買い物もできなくなるのよねー。……ってことで彼女作っちゃだーめ!」

 

 あはは……。

 冗談で言ってるのは分かるよ。

 

 だけど━━

 

「……お、お…お願いします…」

 

 妹の方は割と本気にしてるからそういうことは言わないで。

 

「フロストは後でサマナーに土下座するホ」

 

「ヒホー!? 別におかしなこと言ってないホー!?」

 

 言ってるんだよね。

 間違えただけなんだけどさ。

 

「焼き土下座するホ」

 

「グレードアップしたホー!?」

 

 溶けちゃうよ。

 

「完治祝いで買い物……は行けないのよね。ピクシーたちはどこ行ったのよ」

 

「知らないよ。もう少ししたら帰ってくると思うけど」

 

 ひみつー! って言われたから何も分からないんだ。

 

「ふーん。……あっ! …そゆこと。今日は帰るわ」

 

「おねえちゃん…? ……じゃ、じゃあ…あたしはサマナーさんと……」

 

「帰るわよ」

 

「わわっ! おねえちゃん!?」

 

 立ち上がると首根っこを掴み引きずっていく。

 

 首絞まらない……? 

 

 ……帰るなら仕方ないね。

 玄関まで見送ろう。

 

「おっ邪魔ー! ……楽しみにしといてね! サマナー!」

 

「あぅ……お邪魔しました…」

 

「う、うん? ……楽しみにしてるね?」

 

 ちょっと同情しつつも内心はホッとした。

 

「……なにを楽しみにすればいいんだろ」

 

 何かあったっけ? 

 

「ヒホー!? 溶ける! 溶けるホー!」

 

「一度溶けて生まれ変わるホー。それがサマナーのためホー」

 

「サマナー! 助けてホー!」

 

 ……な、なんか大変なことになってる。

 

「ジャックランタン。俺は大丈夫だから」

 

「凍らされた分は……溶かしてやるホ!」

 

「ヒホー!?」

 

 日頃の積もった恨みが爆発したんだね。

 ……優しくしてあげよう。

 

 あ、火の玉は不味━━

 

 

「お、おねえちゃん……」

 

「どうしたの?」

 

「な、なんで……帰っちゃうの」

 

 不満げな顔。

 ……気づいてないのね。

 

「遅れを取らないためよ」

 

「……ふぇ?」

 

 全くダメな妹ね! 

 ……アタシもすっかり忘れてたんだけど。

 

()()()()()()

 

「……あっ!」

 

「もう直ぐよ?」

 

 うーんどんなのがいいんだろ。

 サマナーのことだしどんなものでも喜んでくれる。

 

 だからって手抜きはしない。

 たーっぷり愛情を込めて作るんだから! 

 

 クリスマスプレゼントのお返しも兼ねてとびっきりのチョコレートを……うん。

 

「あ、わ……つ、作らないと…!」

 

「材料買って帰るわよ」

 

 なにがいいかしら。

 

 悪魔をかけてブラウニー! 

 自分で言うのもアレだけど寒いわ。

 

 ん、失敗は許されないし簡単な型チョコとか……。

 ブッシュドノエルやザッハトルテみたいな手の込んだのもあり? 

 あーでもケーキとタルトも捨て難い。

 

 ……妹は何を作━━

 

「う、うん! ……ドラム缶…どこに売ってるかな…」

 

 る? ん? ……うん? 

 チョコを……作るのよね? 

 

「ネットで頼めば?」

 

「そ、そうしてみる! ……あとは…大量のチョコレート…」

 

 ……察した。

 その発想はなかったわ。

 

 ご愁傷様サマナー。

 

 

「っ!?」

 

「どうしたホ?」

 

「あ、いや……ちょっと悪寒がしただけ」

 

 風邪じゃないよね。

 ……勘弁してよ。

 

「ヒホー……サマナーごめんホー」

 

 少し溶けかけたジャックフロストが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「いいよいいよ。怒ってないし」

 

「ありがとうホー」

 

 わざとじゃないって分かってるしさ。

 

「はぁ…サマナーは甘いホー」

 

「そんなつもりはないんだけどね」

 

 甘い、か。

 ……なんか食べたくなってきた。

 

 何かあったっけ? 

 できれば甘いもの、とか。

 

 ……あ、()()()()()()がある。

 誰か買ったのかな?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バレンタイン・ディス

 欠伸を噛み締め教室へ。

 

 休み明け二回目の学校は甘ったるい空気に包まれていた。

 

 微かに香る甘美(かんび)な匂い。

 ……チョコレートだ。

 

 チョコレート……チョコレート。

 

()()()()()()、か」

 

 ……そっか。

 そういうことか。

 

 ピクシーたちが怒ってた理由……。

 食べちゃった、チョコ。

 

 バレンタインの材料だったんだ。

 ……悪いことしちゃったな。

 

「おはよー。忘れてた?」

 

「おはよう。忘れてたよ」

 

 ハロウィンやクリスマスと違って縁がないし。

 

 ヒカルは呆れを通り越してかわいそうなものを見る目をしていた。

 

「ピクシーたちが不憫でならない」

 

 ため息が頬を撫でる。

 

「……そうだね」

 

 なんでピクシーたちの話を知って……。

 

「なにかしたの?」

 

「材料のチョコを食べちゃって」

 

「……なにしてるの?」

 

「甘いものが食べたくなって……あったから」

 

 ジャックフロストと一緒に食べました。

 ジャックランタンが断ったのはそういうことだったんだね。

 

 教えて欲しかったなぁ。

 大丈夫かな……ジャックフロスト。

 

「買いに行きなさい」

 

 その通りです。

 

「気をつけます……」

 

「はぁ…。んー学校だし先渡しは仕方ない、か。はいこれ」

 

「……え?」

 

 ラッピングされた箱を渡される。

 

「チョコ」

 

「……いいの?」

 

「嫌なら渡すと思う?」

 

 …………。

 

「あ、ありがとう」

 

 大切に食べよう。

 

「キミは嫌という程に貰うんだろうけど」

 

「……え?」

 

「だって人気だし」

 

「いや、えっと。学校で貰ったのは初めてだよ」

 

 人気? ヒカルは分かるけど俺が? 

 

「へ? 冗談でしょ? クラスの女子にだって沢山貰え……え? 本気(マジ)?」

 

 同意を求めるように周りを見る。

 ……クラスの皆は驚いていた。

 

 だよ、ね。

 俺も驚いた。

 

 母さんにしか貰ったことは……あーバレンタインになると必ず部屋の机にチョコレートが置かれていた。

 

 父さんかと思ったけど手作りだったし何より去年もあった。

 

 誰がくれたか分からない。

 ……ちゃんとお返ししたいな。

 

 数年分のお返しを込めて。

 

「……じゃあ私が初チョコかー。それはそれは…ねぇ。お返し期待してるね」

 

「うん、分かった。期待してて」

 

「期待してる。あー忘れてた。これも貰っといて」

 

 ……高級そうな箱を渡される。

 

「……もう一個?」

 

「これは私の仲魔から。……なんかキミのことが気に入ったみたいでさ。お近づきの印に渡してくれって」

 

 ヒカルの仲間と顔を合わせた覚えはないんだけどなぁ。

 どこかで見かけたとか? 

 

「ありがとう。お礼を言っておいてくれるかな?」

 

「おっけー。泣いて喜ぶよ」

 

「そんな大袈裟な」

 

 どんなものを渡せばいいのか。

 

 悪魔……だもんね。

 生贄、とか。

 

 流石に用意できないや。

 

「あ、あの……!」

 

「え? あ、うん」

 

 クラスの女子生徒で名前は━━

 

「これあげる!」

 

 ラッピングされた袋を貰った。

 

「あ、ありがとう」

 

 ……え? 

 

 

「人間って面白いなぁ」

 

 私を皮切りにチョコを貰う彼を見る。

 

「キミの仲魔がどう反応するか。……楽しみだよ」

 

 ピクシーたちはチョコ作りを教えて欲しいと頼み込んできたぐらい。

 

 人生で初めてなんじゃないかな。

 チョコレートを作るなんて。

 

 俗世に染った証拠かな。

 

 ゴモリーも交ざり平和で楽しい時間だったことには違いない。

 もう一人の仲魔……というか()()には味見を手伝ってもらってさ。

 

 だって、ねぇ。

 一人のピクシーを除いて初めは壊滅的だったからねぇ。

 

 混沌(カオス)も生温い。

 冒涜的なナニカだった。

 

 仮にも魔界の宰相(さいしょう)を務める魔王が泡吹いて前のめりに倒れるぐらいの……さ。

 

 流石の私も口にする事ができなかった。

 耐性を持ってても貫通しそうだったし。

 

 今も寝込んでることだろう。

 ゴモリーが見てるし大丈夫かな。

 

 しかし初チョコ、か。

 大天使からは貰ってないのかな? 

 

 あれだけ愛してるのに渡さないはずがない。

 作れなくても買って渡すことはできる。

 

 ……あーそっか。知らないんだ。

 誰に貰ったか分からない。

 

「フフッ」

 

 天使がチョコを贈る、ね。

 

 メシアは勧誘目的でチョコを配ったりしてそうだけど……。

 

「どーでもいっか」

 

 まだ貰ってるし。

 ホームルームが始まる前なのに大丈夫? 

 

 ……相変わらずの人気。

 それこそ意味がある。

 

 人と悪魔。

 両方に慕われてこその架け橋なんだから。

 

 

「……あ、あはは」

 

 どうしよう。

 まさかチョコレートを貰うとは思ってなかった。

 

 ほんの少しは期待していた。

 ……嬉しいな。

 

「ただいま」

 

「さまなー! おかえりー! ……わぁ! たくさんのちょこれーと!!」

 

「にゃははー。人気者は辛いね〜。糖分過剰摂取で倒れないでよ〜?」

 

「貰い過ぎでしょ。……ちゃんと食べなさいよ?」

 

「分かってるよ」

 

 三人の手には━━

 

「さまなー! わたしたちから! はっぴーばれんたいん!」

 

「ありがとう。ハッピーバレンタイン」




個人的には各々のバレンタインを書きたいとは思いますが難しそうなので諦めました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カハクといっしょ

 珍しく寒さを感じない。

 控えめな太陽が温かい。

 

「眠くなるのです」

 

 膝の上で寝そべるカハク。

 気持ちよさそうに目を細めていた。

 

「そうだね」

 

 縁側から景色を眺める。

 物珍しさはないけど飽きない━━

 

「……花?」

 

()()()()()()が咲いていた。

 見たことがない花。

 

 ……不自然に揺れている。

 

「ふわぁ……どうしたのです?」

 

「珍しい花を見つけてね」

 

「珍しい花……?」

 

 手を口に当て欠伸をするカハク。

 起き上がると赤い花を見た。

 

「ね?」

 

「花じゃないのです」

 

「……え?」

 

「あれは()()()()()()なのです」

 

「マンドラゴラ……?」

 

 て、ことは……。

 

「バレちゃった」

 

「うわっ」

 

 赤い花が大きくなった? 

 と言うよりは頭に赤い花を付けた人型の植物? が地面から飛び出してきた。

 

 ……マンドラゴラ。別名マンドレイク。

 土から引っこ抜いてしまうと凄まじい悲鳴を上げ、聞いてしまった人は発狂して死んでしまう。

 

 古くから薬草として用いられている。そのまま食べると性的に興奮してしまう、とか言うのも聞いたことがある。

 

 他にもあるんだけど性的なものが多いんだよ、ね。

 

 ……悲鳴は聞こえなかった。……う、うーん。

 自分から出てきた場合は大丈夫なんだ。 

 

「やっぱりなのです」

 

「マグネタイトが濃くてつい居座っちゃった」

 

 マグネタイト、ね。

 ……え、この辺りに鉱脈があるの? 

 

「そ、そうなんだね」

 

「仕方ないのです」

 

 ため息が聞こえる。

 し、仕方ないんだ。

 

「あとマンドラゴラじゃなくてマンドレイクってよんで」

 

 マンドラゴラって呼ばれるは好きじゃないんだね。……初めて知ったよ。

 

「うん、分かったよマンドレイク」

 

「よろしく! もしかしてサマナー?」

 

 軽い足取りで隣に座る。

 

「あ、えーと」

 

「サマナーなのです」

 

 返答に困っているとカハクが代弁してくれた。……もう否定するのも、ね。

 

「やっぱり。ねぇ」

 

「うん?」

 

「ここにいてもいい?」

 

 ここって……庭のことだよね。

 

「いいよ」

 

「ありがとう。断られると思ってた」

 

 何かあるわけじゃないし。

 

「どういたしまして」

 

「お礼に仲魔になってあげる」

 

 え? あ……あー仲間…? 

 カハクが何か言いたげに見ている。

 

「うん、ありがとう」

 

「あたしは妖魔 マンドレイク。こんごともよろしく」

 

「よろし、く……?」

 

 チュッ、と軽い音。

 

「なっ……!?」

 

「んー良い味。なにかあったら呼んでねー」

 

 立ち上がる笑顔のマンドレイク。

 根のような手をフリフリ揺らし出てきた穴に花だけ残して埋まった。……綺麗な赤い花のできあがり。

 

「あはは……」

 

 嬉しい、のかな。

 それよりも困惑、かな。

 

 ……なんだろう、ね。

 

 うん? あ、カ…カハク? 

 わなわなと体を震わせていた。

 

 顔は俯いてて見えない。

 でもこれだけは分かった。

 

 ……怒ってる。

 

「ど、どうしたの?」

 

「…………のです」

 

「カハク?」

 

「あの雑草を燃やしてくるのです」

 

「カハク!?」

 

 マンドレイクは雑草じゃ……。

 

 お、落ち着いて……! 

 ちょっと!? 火の玉は不味いから! 

 

 ……あっ。

 

 

「たっだいまー!」

 

「ただいま」

 

「さまなー? いないのー?」

 

「お、おかえり」

 

「あ! さま……だ、だいじょうぶ!?」

 

「服が焦げてるけど何があったのよ」

 

「い、色々……かな」

 

「ほ、ほんとうにだいじょうぶ!?」

 

「うん、大丈夫だよ。…いてて」

 

「いたいの!?」

 

「落ち着きなさい。全く……手当してあげるわ」

 

「……ありがとう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話

「ハーベスト!」

 

 玄関を開ければあどけない少女が興奮気味で前のめりに立っていた。

 

 びっくりして声もでない。

 

 ハ、ハーベスト……? 

 

 農作物、のことだよね。

 ……野菜は好きだけどなんで━━

 

 朝早くからどちら様? 

 

「刈り取るには十分過ぎる実りですの! ……まだまだ強く太く育つ考えたら待つのも……もし腐らせたら━━」

 

 ダメだ。

 全然意味が分からない。

 

 言動は怪しいけど宗教勧誘では無さそうだし大丈夫かな。

 

 ……じゃない! 

 

「ごめん! 急いでるから!」

 

 今日は定期テスト。

 流石に遅刻は笑えない。

 

 悪いけど時間がないんだ。

 少女の横を通り抜けて駆け出す。

 

 あ、鞄の中でピクシーが寝てるの忘れてた。……ごめん! 

 

「あ……! 欲に負けて収穫にきたのが仇になりましたわ」

 

「さまなー! おべんとうわすれてるよー!」

 

「遅かったか。……もう、夜ふかしするからよ」

 

「あら? 妖精? と……お弁当。……そうですわ!」

 

 

「はぁ…はぁ……ぜぇ……おは、よ…」

 

 息絶え絶えの彼が教室に入ってきた。

 

「おはよう。ギリギリだね」

 

「……寝坊しちゃって、ね。…はぁ…」

 

 深呼吸で息を整えながら椅子に座り机に突っ伏す。

 

 寝坊なんて珍しい。

 何時も余裕を持ってくるのに。

 

「へぇ……夜更かしねぇ」

 

 そういうことだったり? 

 ……なわけないか。どうせ読書が止められなくなった……ってオチが見える。

 

「ただの読書だよ」

 

 含みを込めれば予想通りの解答。

 

「えっちな?」

 

「違う」

 

「本当ー?」

 

「違うって」

 

 頭を上げシンドそうな顔を向けられる。

 

「面白くないの」

 

「…………」

 

 思春期の男の子なんだから欲に忠実じゃないと溜まっちゃうよ? 

 

 とと、これ以上は怒られそうだからやめとこーっと。顔にシワを寄せた彼から目を逸らす。

 

 目的は観察と交流。

 そこそこはいい関係は築けている。

 

 ゴモリーが割と本気で気に入ってるし彼の仲魔になれと命令すれば喜んでなるだろうね。

 

 一方的に寝顔を拝んだだけで一度も顔を合わせたこともない……もしかして一目惚れ? 

 

 ……有り得そう。

 マグネタイトも相俟って。

 

 なるべく接触は避けさせよう。

 

「……あっ!」

 

 彼が鞄を開ける。

 何か忘れ物でもした? 

 

 その時は見せてあげれば━━

 

「おはよう。今からテストを初める」

 

 ……あー今日は定期テストだった。

 じゃあ無理だね。ノートは真っ白だし見せられたものじゃない。

 

 私には必要ない代物だし。

 知恵を比べて何が楽しいんだろうか。

 

 ……昔から変わらない。

 

 わざと全問間違える? 

 全問正解して驚かせる? 

 

 白紙で出して職員室に呼び出されるってのもありだよね。

 

 いや……保護者を呼び出されても困る。

 ……()()をお父さんとか呼びたくない。

 

 うん、程々に解こう。

 

 

「……終わった」

 

 思いっきり息を吐く。

 

 正確にはお昼休みでまだテストはあるんだけど……。やっとゆっくりできる。

 

「お昼〜?」

 

 鞄から顔を覗かせるピクシー。

 

「うん、作ってくれたお弁当を食べて次のテストに備えないとね」

 

 平均点取れればいいんだけど。

 

「お弁当〜? ……入ってなかったと思うけど〜」

 

「え?」

 

 引っ込んだ、と思ったら直ぐにピクシーの顔が飛び出す。

 

「やっぱり入ってないね〜」

 

 ………忘れてきた? 

 確かピクシーが作ってくれたお弁当を━━

 

 鞄を開けて確認する。

 ……入ってない。

 

「……ん? どうしたの」

 

 パックの牛乳を片手にヒカルがやってくる。もう片手にはあんぱんが握られていた。……刑事みたいだね。

 

「お弁当を忘れちゃってさ」

 

「……半分食べる?」

 

「いいの?」

 

 流石にあんぱん半分じゃ身体持たないと思うけど。

 

「いいよ。ピクシーも食べるでしょ?」

 

「食べようかな〜」

 

 ……申し訳ない。

 

「はい、半分こ」

 

 ヒカルから半分に分けられたあんぱんを受け取る。とピクシーがヒョイとかっさらっていき鞄の中へと消えていった。

 

 ……少しでいいから残しといてよ。

 

「ありがとう。今度お礼にお弁当作ってくるよ」

 

「ほんと? キミの弁当美味しいから是非ともお願いし……なにかあった?」

 

「……そうみたいだね」

 

 窓際の生徒が騒がしい。ヒカルも気になったみたいで牛乳を飲みながら━━

 

「ん? ……ブーッ!?」

 

 外を見ると勢いよく牛乳を吹き出した。

 ……ええっ!? 

 いきなりの事で生徒達の騒ぎも一層強くなる。

 

「ヒカル!?」

 

 慌ててヒカルに駆け寄る。

 

「ゲホッゲホッ……だ、大丈夫」

 

 大丈夫に見えないよ。

 

 次いでに窓から外を見る。……グラウンドには先生が数人。あとは…あれ? あの子は……。

 

 家の前に立ってた少女……? 

 

 

 驚きの余り吹き出すなんて……。

 今回は仕方ない。

 

 だってギリシャの神がグラウンドで先生たちに囲まれているんだよ!? 

 

 様子を見るに追い返されると思うけど。……あのさぁ…。

 

 十中八九彼だろう。

 にしても少々強引過ぎる。

 

 あんなに神性をひけらかすとか日本の神に喧嘩を売るつもりなの? 

 

 悪魔の私が言うのもなんだけど……自由過ぎない? 

 

 ここまで酷いと流石にご退場願いたいところ。

 

 ゴモリーを彼につける案。

 ……実現することになりそうだよ。

 

「ヒカル」

 

「んんっ。どうしたの?」

 

「昼休み終わるよ」

 

「……みたいだね」

 

「だ、大丈夫?」

 

 大丈夫じゃないですー。

 色々なことが起こりすぎてキレそうですー。

 

「まーね。最後のテストだしパパっと終わらせよう」

 

「そうだね。……いい点取れるといいんだけどさ」

 

 ほんっと呑気だねぇ。

 人の気も知らないで。

 

 知られてもどうにもならないけど。

 

 念の為に帰りは送って行こう。

 あの神が張ってるとも限らないからね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話

 隣町の商店街。その通りにある電気屋の前で足を止める。

 

「物騒だ」

 

 屋外ケースに飾られている無数のテレビが事件を報道していた。

 

 都内で通り魔事件があったらしく()()()()()()()()()()()()()()らしい。

 

 しかも事件現場は地元だった。

 もしかしたら……と考えたら背筋が凍る。

 

 犯人は精神を異常をきたしていて……

 

『悪魔に殺される!!』

 

『お前も悪魔なんだろ!?』

 

 と意味不明なことを言ってたんだとか。

 司会や専門家が面白可笑しく話しているけど笑えないよ。

 

 悪魔を知っているから。

 みんなに限ってはないと信じている。確信してる、けどね。

 

 みんないい子たちだから。

 

「ね、ピク……」

 

 いつも隣に飛んでいる妖精に声をかけようと顔を横に向ける。がいない。

 

 一人だったのを忘れていた。

 自分からお願いしといてなにやってるんだろ。

 

 定期考査も終わり春休み。

 俺自身は度々家にやってくるハーベストな少女を除けば何も起きていない。

 

 一人で隣町を歩き回れるぐらいに平和だ。田舎だからってのもありそうだね。

 

 反面都内は報道されていた通り魔を含んだ犯罪が少しずつ増えている。

 

 目的もなく歩いているからどうしようか。散歩……みたいなものだけどやっぱり一人は寂しかった。

 

 こうなるならやっぱり誰か連れてこれば良かったなぁ。ピクシーに悪いことをしちゃったよ。

 

「後悔しても遅い、か」

 

 お腹空いたし近くの━━

 

 ……帰ったら食べよう。

 

「あ、あの……」

 

 商店街に居るにしては似つかわしい服装の少女がオロオロと右往左往していた。見た目通りなら14、5歳くらいかな。

 

 綺麗な銀髪を靡かせ道行く人に助けを求めようと声をかけるが素通りしていく通行人。

 

 冷たい人間とは言わない。

 余りにもちぐはぐで不釣り合いだから……裏があるんじゃないかと思えてしまう。

 

 ……声をかける以外の選択肢はないんだけど、さ。助けるのに理由はいらないからね。それに聞いてからでも遅くない。

 

「大丈夫?」

 

「っ……あ、あの、ええと……」

 

 声をかけられると思わなかったのか慌てた様子ながらも安息する銀髪の少女。

 

「落ち着いて」

 

「は、はい……」

 

 少女は一呼吸置くとゆっくり口を開いた。

 

「護衛の者とはぐれてしまいまして」

 

 あー……護衛、か。

 て、ことはお嬢様……ね。

 

 分かっていたことだし驚くこともない。

 

「スマホは持ってないかな?」

 

 連絡して来てもらったほうが…。

 この歳なら持っていると思う。

 

「……す、すまほ……でございますか?」

 

「これなんだけど」

 

 首を傾げる少女にスマホを見せる。

 恐る恐ると言った形で両手を伸ばす少女にスマホを渡した。

 

「……これがすまほなのですね」

 

 しっかりと手に持ち不思議そうに眺めている。

 

 電源を入れる様子もない。

 まさかスマホを知らないのか? ……箱入り、にしても……うーん。

 

 ……着信? 

 

「わひゃ!? あ、あの! な、鳴っております!!」

 

 鳴り続けるスマホをどうしたらいいのか分からずオロオロしている。

 

 不意に可愛いと思ったのは内緒。

 

「あ、うん」

 

 銀髪の少女からスマホを受け取る。

 相手は……ヒカル? 

 

「もしもしどうしたの?」

 

『家にピクシーがやってきてさ。キミが一人で隣町に行ったって聞いたから電話したんだけど……大丈夫? あ、ピクシーに代わるね』

 

 ヒカルの家まで行ったんだ。

 悪魔(なかま)ぐるみで仲良くしているからこそだね。

 

 最近になってヒカルの仲間を紹介してもらったけど良い悪魔たちだったよ。

 

 名前を聞いた時は柄にもなく取り乱したけどね。だって()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()

 ベリアルとネビロスにも引けを取らないぐらい凄い悪魔。

 

 そんな悪魔を仲間しているヒカルは……これが本物のサマナー、なのかな。

 

「大丈夫。あ、それと━━」

 

『さまなー! だいじょうぶ!? ぐわいわるくない!?』

 

 マシンガンのように言葉が飛んできた。

 し、心配し過ぎじゃないかな……? 

 

 そんな貧弱に見える……? 

 

「大丈夫だよ。もう少ししたら帰ってくるから」

 

『うん! ……あ! ぽっぽのところでまってようか?』

 

 ぽっぽ……? ああ、電車のことか。

 駅まで迎えに来てくれるってことね。

 

 ……そうだね。

 

「お願いしようかな」

 

『うん! ひかるといっしょにまってる!』

 

 え? ヒカルも? ……その方が安心、かな。

 

「分かった。帰る時に電話するね」

 

『うん! まってるね!』

 

「あ、ヒカルに代わっ━━」

 

 ……切れた? 

 …………かけ直すのもなんだしね。

 

 スマホを下ろす。

 

 銀髪の少女は電話中ずっと隣で待っていたのかジーッとスマホを見つめていた。

 

「すまほから声が聞こえていましたが……」

 

「遠くにいる人とお話することができるんだ」

 

「なんと!? 凄いカラクリでございますね」

 

 カ、カラクリ……。

 古風な言葉を使うんだね。

 

「護衛の人も知ってるだろうかと聞いてみて」

 

「はい!」

 

 説明するのは時間がかかるし先ずはこの子の護衛を探さないと━━

 

「お嬢様!」

 

「え?」

 

 視界がブレる。凄い力で身体が引っ張られ地面に叩きつけられた。

 

「隊長様っ!? ……待ってください!!」

 

 何が……起きたんだ? 

 とりあえず地面に組み伏せられ黒いスーツを着込んだ女性達に囲まれているのは分かった。

 

 一瞬の内に、だ。

 何も分からないまま……背中と後頭部に冷たくて硬い何かを押し付けられている。……はは、参ったね。

 

「お嬢様。この者から悪魔の臭いがします。……同時に天使の匂いもです」

 

 悪魔は……分かるとして、天使は……エンジェルのことだよね。

 

「この方は(わたくし)を救って下さりました。……唯一(わたくし)に手を差し伸べてくれたのです。離してください」

 

「しかし」

 

「離しなさい」

 

「……分かりました。申し訳こざいません。お嬢様の恩人とは知らずこの様なご無礼を……」

 

「あ、いえ……大丈夫、です」

 

 解放され隊長様と呼ばれた女性に起こされる。

 ……そ、それよりも……なんで悪魔のことを。

 

 ううん、分かりきっていること。

 この人たちも━━

 

「護衛が大変失礼致しました」

 

「大丈夫だよ。良かったね」

 

「とても慈悲深いお方なのですね。貴方との出会い。()に感謝致しますわ。あっ……忘れていました。(わたくし)の名前は()()と申します。以後お見知り置きを」

 

「あ、俺は━━」

 

「大丈夫です。()()()()()()()()()

 

 ニコッと微笑みを向けられる。

 

「……え?」

 

 名前は教えて……電話、か? 

 ……いや、ヒカルもピクシーも俺の名前を呼んで━━

 

 深く考えないようにしよう。

 その方が、いい。

 

「またご縁がありますよう()に願わなくてはいけませんね。ありがとうございました。……貴方に神の御加護があらんことを……」

 

 深々と頭を下げると去っていった。

 銀髪の少女……ルイの後に続き女性達も周りを警戒しながら去っていった。

 

 神の御加護、ね。

 

 な、なんだか……どっと疲れたなぁ。

 

 はぁ早く帰ろう。

 その前に━━

 

「電話電話…っと」

 

 

「まだかなー……あ、さまなー!!」

 

「ピクシーお迎えありがとう」

 

「どういたしまして! ひかるもきてるよー!」

 

 ピクシーが一目散に飛び出していく。改札を飛び越え彼に抱きついた。

 

 彼はピクシーを受け止めると改札を抜け私の前で止まった。

 

「ありがとう。ピクシー迷惑かけなかった?」

 

「全然。寧ろゴモリーがピクシーに迷惑かけてないか心配だよ」

 

「わたしはだいじょうぶ! おねえさんやさしいもん!」

 

 ずっとべったりだったんだよね。

 ピクシーも嫌がらず嬉しそうにするから尚更、ね。

 

 しかし……さぁ。

 

 あの、さぁ。

 本当にキミはさぁ。

 

 はぁ……聞けば分かるかな。

 

「単刀直入に聞くよ」

 

「あ、うん」

 

「……天使と会った?」

 

 それも()()使()、とさ。

 キミを溺愛する大天使とは別物。

 

「て、天使と……? いや、会ってないよ。あ、でも…」

 

「でも…?」

 

「変わったお嬢様とその護衛には会ったよ」

 

 変わったお嬢様と護衛、ね。

 ……ふーん。

 

 なるほど、ね。

 はぁ……うん、もうね。

 

()()()()()()()()()()()

 

 危険なのはもちろん私の目的に支障が出ちゃうから。

 

「分かった」

 

「分かった?」

 

「後でキミの家にゴモリー送るから」

 

「……は?」

 

「おねえさんくるの!?」

 

 惚ける彼。嬉しそうに声を上げるピクシー。あー見えて家事全般できるし夜のお供……はキミには必要ないよねぇ? 

 

 怒られるから言わないけど。 

 

「そうだよ。そゆことでゴモリーのこと可愛がってあげてね? それじゃ帰ろ帰ろ」

 

「え、ああ? …う、うん」

 

「かえろー!」

 

 ……ギリシャに続いて天使、ねぇ。

 全く……キミといると面白いことばかり起こるよ。

 

 それがいいんだけど。

 だって━━

 

 悪魔だから、ね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

IFその1

ふと書きたくなっただけで続かないです。
もしも引っ越したらみたいな感じですねー。

これはこれで書いてみたくなったりしそうだけどその間に外伝と後輩進めないとなぁ。


「ここだね」

 

 スマホのマップを確認する。

 住所は……うん、あってるみたいだ。

 

「ここなの?」

 

 ピクシーが目的地である一軒家をまじまじと見ている。ボロい……と言うよりは古めかしい味のある木造建築。

 

 場所が場所だから仕方ないのかもしれない。急の引越しだし……一年限定、の。

 

()()()という田舎町。

 まだあっちの方が都会をしていた。

 

 ここまで都心から電車でかなり乗り継いだし、車でも数時間はかかるんだ。

 

 ……うん、五十歩百歩だ。

 いい勝負をしているよ。

 

 一足先に俺とピクシー。

 遅れて他のみんなが来る。

 

 ヒカルは残念そうにしていたけどその後不敵な笑みを浮かべていたからなんか怖いなぁ。

 

「稲羽市、ねぇ。……OK分かった」

 

 何が分かったのか聞いてない。

 聞かない方がいいと思ったから。

 

 ……あ、近くには商店街があるみたい。時間があったら散策してみようかな。

 

 でもピクシー、は。……前の様にはいかないだろうし少し不安だ。

 

 一番不味いのはコボルト…かな。

 素直でいい子なんだけど見た目が、ね。

 

「さまなー! はいろー!」

 

 ……気にしても仕方ないか。

 

「うん」

 

 袖を引っ張るピクシーと共に中に入った。

 

 

「……妖精さん?」

 

「どうしたんだ?」

 

「う、ううん。なんでもない」

 

「そうか」

 

 ……見間違いかな。

 

 

「んーこれでいいかな」

 

 少しホコリ被っていたけど老朽はない。

 うっかり床板を踏み抜くこともなさそうだ。

 

 荷物と一緒に持ってきた雑巾を絞る。

 抜けた水は灰色に濁っていた。

 

 引っ越しとはいえ前の家はそのまま。

 一年後には戻るしね。

 

 だとしても定期的に自宅の掃除をしに行かないと。

 ……頑張ったご褒美として折角だし今日は外食でも━━

 

「さまなー! おさんぽしたい!」

 

 綿棒を持ったピクシー。

 そうだね。そのままご飯も食べよう。

 

 荷解きやみんなのこともあって一週間は学校に行けない。……学校に行けばゆっくりできないだろう。

 

 来年は大学……行くのかなぁ。

 まだ決めてないけど……。

 

 考えても疲れるだけだ。

 

 せめて休みの間は楽しもう。

 ちゃんと時間を作るんだ。

 

 そして思い出を作る。

 色褪せないほど素敵な思い出をみんなと作るんだ。

 

 後悔だけはしないように、ね。

 

「そうしようか」

 

「うん!」

 

「ご飯も外で食べようね」

 

「おそとで!? うん! おにくたべたい!」

 

 嬉しそうに両手を振る。

 綿棒から小さなホコリが舞っていく。

 

 もうピクシーは……。

 

 しかしお肉、ね。……道中に中華料理店があった気がする。

 

 そこなら肉料理もありそうだ。

 

「分かった。最初は商店街を回ってみようか」

 

「うん!」

 

 嬉しいのは分かったよ。

 ……綿棒は置いていこうね。

 

 掃除に使ったから汚いし。

 持っていくの? ……新しいのあげるからそれは捨てよう? 

 

 嫌だ? ……ジュネスもあるから買い物もしようと思ったんだけどなー。

 

 ……うん、いい子だピクシー。

 あ、結局綿棒は持っていくんだね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話

遅くなり申し訳ございません。
主に別作品のこともあり。
いい加減ちょっと色々と進展させて行かないと行けないんですが誰から始めればいいのか迷っている次第です。

あとメガテン1からメガテン3までフルで終わらせ今はメガテン4のNルートが終わり2週目カオスに……じゃないと確か合体解禁されない罠があるんですよねぇ。

あれは罠すぎる(初見カオスルート勢)




 ここに来るのも久しぶりだ。

 都内のデパート。

 

 前まではこの近くに住んでいて……。

 

 前と言っても二、三年前までは住んでいたんだ。久しぶりに見る懐かしき景色は全然変わってなかった。

 

 いや、変わる方がおかしいか。

 電車で数時間。……電車の振動が心地よくて寝てしまったぐらい。

 

「エヴリデイ・ヤングライフ・ジュ・ネ・ス!」

 

「ふふっ」

 

 デパートのテーマソングを歌うアリス。

 アリスちゃんを見て微笑むゴモリーさん。

 

 今日はこの三人で来ているんだ。

 うん、なんでこの三人で来ているんだろうか。

 

 と三時間前の出来事を思い返してみる。

 

「ジュネスに行きたいの!」

 

「……という訳なんです」

 

 アリスちゃんとネビロスが家にやってきたところから始まる。

 

 来て早々だよ、来て早々。

 みんな……一人を除いて出かけている。

 

「どうしましたご主人様」

 

 何故かメイド姿のゴモリーさん。

 うん、ヒカル……後で覚えといてよ。

 

「……ご愁傷さまです」

 

 俺に哀れみの視線を向けるネビロス。

 

「メイドさんだ!」

 

 ゴモリーさんを見てはしゃぐアリスちゃん。

 

「んっ!」

 

 アリスちゃんを見て悶えているゴモリーさん。

 もうめちゃくちゃだよ。

 

 本当にゴモリーさんが家にやってくるとは思わなかったんだ。

 

 メイド服でだよ! 

 悪魔の公爵がだよ!? 

 

 しまいにはご主人様と呼ぶし、さ。

 理由を聞いたらヒカルの差し金だった。

 

 ……なんたかんだ助かっているからいいんだけどね。

 

 家事もできるしピクシーに負担をかけてたから交代制で料理を作ったり忙しい時は買い物を頼んだりもできる。

 

 だけど夜のお世話とやらはご丁寧にお断りさせていただいてるけど、ね。

 

「ゴホンッ。それでアリスをジュネスまで連れて行って欲しいんです」

 

 咳払いをして話を戻すネビロス。

 ゴールデンウィークだしアリスちゃんをジュネスに連れていくのは構わないんだけど……。

 

「ネビロスとベリアルで連れて行けば」

 

「お兄ちゃんと行きたいの!」

 

「……と言われましたので」

 

「な、なるほどね。…ベリアルは」

 

「知り合いに会ってくると言って出かけました。最近は外出が多いんですよ。ベリアルとは古い仲ですが……知らないことも多いですしね」

 

 ……ベリアルとネビロスに共通するものは無い。堕天使という種族……が、あるけどベリアルは魔王とも呼ばれている。あとネビロスの由来を辿るとメソポタミアと関連性のないものもある。

 

 色んな伝承があるからこそ真実は本人のみぞ知る。……まぁ2人ともアリスちゃんが大好きなおじいちゃん、と思っておけばいい。

 

「……お兄ちゃん…?」

 

 不安そうなアリスちゃんの上目遣いで我に返る。

 

「あ、あ…うん。ジュネスだね? 一緒に行こう」

 

「うん! ありがとう! お兄ちゃん!」

 

 アリスちゃんの笑顔にほっこりする。

 

 ふぅ……慣れてきたけどやっぱり神話や伝承に生きるみんなを目の当たりにすると緊張するね。

 

 本音を言えば自語りして欲しいくらい。きっと……いいや、絶対に俺……人間には経験できないことを━━

 

 とと……一度考えるのはやめよう。

 今考えるのとはアリスちゃんとジュネスに行くことだけ。

 

 帰ってきたみんなに心配かけないように置き手紙をしておかないとね。……ゴモリーさんに言ってもらえばいいかな。

 

「……ゴモリーさん?」

 

「はい?」

 

 あの、なんで……ええと、エコバック? を持ってるんですか? 

 

 まるで同行するみたいになってるけど。

 

「頼みましたよ。……ゴモリー」

 

 え? そっちなの? 

 

「言われなくても」

 

 ……と、言うわけで。

 

「三人で来ているんだよね」

 

「ご主人様?」

 

「なんでもないよ」

 

 ゴモリーさんが来て結構経つのかな。

 卒業式、入学式と特にアクシデントはなく平和そのものだった。

 

 ……ハーベストな少女が二日に一回来るぐらいで本当に何もない。

 

 例の火災事故も音沙汰なくみんなの記憶から消えている。……学校もいつも通り。

 

 ヒカルの言ってた天使? とも会ってないし。……もう三年生だから大学か就職か決めないといけないんだよね。

 

 ………あれ? アリス…ちゃん、は? 

 

 周りを見渡す。

 だけどアリスちゃんは居なかった。

 

「……アリスちゃんは?」

 

「え? ……居ないですね」

 

 ゴモリーさんに聞いたけど知らないみたいだ。

 

 うん、これは━━

 

「不味い! 探さなきゃ!」

 

「ご主人様!?」

 

 ネビロスに任されてるのに目を離してましたは怒られる。……ベリアルにも怒られる。

 

 最悪殺される……!! 

 

 慌ててジュネスへと駆け出した。

 

 

「わぁ……!」

 

 たくさんのひとがいる。

 大人から子供まで……たくさんのひと。

 

 赤おじさんと黒おじさんはひとがたくさんいるところ好きじゃないから目に見えるもの全てがしんせんに見える。

 

 ちょっとお耳が痛いけど……それでも━━

 

「……あ、お兄ちゃん? …メイドさん…?」

 

 はっと後ろをふりむいた。

 そこにはお兄ちゃんとメイドさんはいなかった。

 

「……え、……えぇ…」

 

 ……どうしよう。

 お兄ちゃんとのおでかけが嬉しくて……気がついたらひとりぼっち。

 

 あ、さ……探さないと……! 

 まいごは……もう、いやだから━━

 

「……お兄ちゃ……あわっ!」

 

「っ…!」

 

 だれかにぶつかっちゃった。

 おしりが少しいたい。

 

 ぶつかった人の足が見える。

 ゆっくり顔を上げると黒いお洋服を着たキレイなお姉さんが立っていた。

 

「大丈夫ですか」

 

 しゃがむと手をさしのべてくれる。

 

「あ、うん!」

 

 手をつかんで立ち上がる。

 

「それは良かったです」

 

 ニコッと笑うとお姉さんも一緒に笑ってくれた。

 

 優しいお姉さん。

 ……お兄ちゃんと似てる、かも。

 

 あ、お兄ちゃんを見つけないと! 

 

「ありがとうお姉さん!」

 

 パッとかけ出そうとして━━

 

「待ってください。……一人なんですか?」

 

 お姉さんに止められる。

 

「ううん! お兄ちゃんとメイドさんがいるの!」

 

「…………お兄ちゃん、ですか」

 

「うん! とっても優しくて大好きなお兄ちゃん!」

 

 アリスのお願いを聞いてくれて……死んでくれないけどそれでも……大切なお兄ちゃん。

 

()()()()のことが本当に大好きなんですね」

 

「うん!」

 

「ふふっ良ければ一緒に探しますよ」

 

「本当?」

 

「はい。用事はもう終わりました、し。一人じゃ危ないですからね。お名前はなんて言うんですか?」

 

「アリス!」

 

「アリスちゃんですね。よろしくお願いします」

 

 やっぱり優しいお姉さん。

 

 嬉しくなってお姉さんの手をギュッと握る。

 

「あっ」

 

 とても冷たくてひんやりしていた。

 

「迷子にならないよーに! お姉さん行こう!」

 

「……はい」

 

 でも、どうしてお姉さんは━━

 

 こんなにかなしい顔をしているんだろう。

 

 

「ゴモリーさん! アリスちゃん見つかった!?」

 

 スマホを片手に店内を駆け回る。

 二人で一緒に探すより手分けした方が効率が良いと考えゴモリーさんスマホで連絡をしつつ探している。

 

 ……こうなるなら調子に乗って都内まで行かなきゃ良かった。

 

 一応近くにもジュネスはあったんだ。

 ここに比べて小規模だし退屈するだろうと思って急遽変更し都内まで足を運んだ。

 

 それが仇となるとは思わないよ。

 

 ゴールデンウィークなだけあり人の波が凄い。この中からアリスちゃんを探すのは正直厳しい。

 

 幸いなことに金髪の少女。

 アリスちゃんみたいな子がポンポンと居るわけじゃない。

 

『それらしい子は見てないですね。ご主人様はどうですか?』

 

「……見てない、ね。フードコートの方に行ってみるよ」

 

『かしこまりました。私はおもちゃ売り場の方に向かいます』

 

 通話が切れる。

 同時に立ち止まり息を整えた。

 

 大丈夫、大丈夫だ。

 きっとどこかで楽しく━━

 

「アリスちゃん!」

 

「…………」

 

 ……と……()()()()()()()

 女性の背中には無邪気な寝顔を晒したアリスちゃん。

 

 ん、線香の匂い……。

 

 綺麗な女性。

 年齢は少し上くらいかな。

 

「貴方がアリスちゃんのお兄ちゃんですか?」

 

「あ、は…はい」

 

 声がどもる。

 知り合いにはいないタイプで少し焦る。

 

「それは良かったです」

 

 背を向ける女性。

 ……あ、そういうこと。

 

 アリスちゃんを起こさないようにそっと抱き上げた。

 

「……んぅ…すぅ…」

 

「…良かった」

 

 アリスちゃんの寝顔を見てほっと息を吐き出す。

 

 何もなくて良かった。

 ネビロスとベリアルが怖いのもあるけど……なによりアリスちゃんに何かあったらと思ったら不安で仕方なかった。

 

 ……妹みたいなものだからさ。

 

 ひとりっ子ってのもあるけど……ここまで慕ってくれ嬉しくないなんてありえない。

 

「本当にありがとうございます! あの、良ければお名前をお聞きしても……あとお礼も……」

 

 喪服ってことは……そういうこと。

 ……大変な時に……優しい人なんだ。

 

「ああ! 良いんですよ! 偶ですし……アリスちゃん。大切にしてあげてくださいね」

 

「……あっ」

 

「……兄さん」

 

 大袈裟に身振り手振りすると逃げるように去っていった。……追いかけようにもアリスちゃんを抱えているから走ることができない。

 

 去り際に何か言っていたみたいだけど聞こえなかった。

 

 ……今度また会えたら…その時はしっかりとお礼をしないと、ね。

 

「ゴモリーさんに電話しないと……あー」

 

 両手がアリスちゃんで塞がっている。

 ……どうやって電話しよう。

 

「ご主人様!」

 

 ……電話しないで済みそうだね。

 これにて意図しないアリスちゃんとのかくれんぼは幕を閉じた。

 

 結局ゴモリーさんがネビロスに報告していたみたいで帰った時アリスちゃんと並んでお説教をされたのは言うまでもない。

 

 追加でピクシー達にも怒られた。

 あは、あはは……あのシャワーを…あ、はい。

 

 黙ります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カハクといっしょ2

「……雨なのです」

 

「うん、雨だねぇ」

 

「んぅ〜気持ちいい〜」

 

 縁側に座り雨音を聞きながら庭を眺める。庭では嬉しそうに雨のシャワーをマンドレイクが浴びていた。

 

 悪魔といっても植物だし水は好きなんだね。

 梅雨の季節でずっと雨が降りっぱなし。……洗濯物を干す時間もない。

 

 梅雨明けまでは乾燥機で乾かして部屋干しかな。

 

 …………あー、う、うん。

 俺の記憶違いじゃ無ければまた見知らぬ花が咲いていた。

 

「ふぅ……天のめぐみね」

 

 いや……これは、花なの……か? 

 あーうん……。

 

 ……マンドレイクみたいな植物というよりは女性の身体に近い。大事な所は蔦や葉でしっかりと隠されている。

 

 女性に近い植物、ね。

 

「ねぇカハク」

 

「なんですか?」

 

「……えーと、マンドレイクの隣にいる」

 

「あれは食人植物なのです。だから絶対に近づいちゃだめなのですよ」

 

 食人植物は酷すぎないかな? 

 ま、まぁ雨だし外に出るつもりはないんだけどさ。

 

 多分彼女の正体は━━

 

「サマナーも一緒に浴びない? 気持ちいいよー」

 

 手招きをするマンドレイク。

 

「あはは……流石に断らせて貰うよ」

 

「あーん残念〜」

 

 全然残念がってるようには見えない。

 それよりも━━

 

「サマナーは人間なのです。草木と一緒にするななのです」

 

 これはカハクをからかう為の布石……。

 

「カハクちゃんこわーい」

 

「おっとと……!」

 

 冷たっ! 

 マンドレイクが抱きついてきた。

 

 うへぇ……服が濡れていく。

 所々が肌に張り付いて気持ち悪い。

 

「サマナーから離れろです!!」

 

 襟を掴まれ引っ張られる。

 

 ……カハク。

 あの一件からカハクはマンドレイクを毛嫌いしている。

 

 マンドレイクは気にせず絡みに行ってるみたいだけど……大事にはなってないし見ていて和む。

 

 なんて言ったらカハクから火の玉を飛ばされそうだから口には出さないけど。

 

 ……あの、カハク。

 少し息が苦しいかな……? 

 

 

 新鮮なマグネタイトに激しく心地のいい雨。マンドレイクに誘われて半信半疑で来てみたけどここまでの優良物件はもう見つけることはできないわ。

 

 それに……サマナーも中々のイケメンだし! 

 

「……雨じゃなかったら燃やしてたのに」

 

「なんだかんだいっつもサマナーに被弾してるよねー」

 

「っっ〜!! やっぱり燃やしてやるのです!」

 

「あはは……待ってそれは冗談じゃ済まな」

 

 ……なんだか忙しそうだし自己紹介は次の機会にしましょう。

 

 その時は━━

 

「お礼をしないとね」

 

「ほらまたサマナーに当てたー!」

 

「っぅ!! サマナーしっかり避けるのです!!」

 

「んな無茶なことを言われ……ぶへっ」

 

 雨の中駆け回る一人の人間と二人の悪魔。

 

 ……ふふっ。

 

 

「なんで濡れてるのよ。……カハクも」

 

「あ、あー……ちょっと雨を眺めてたら走り回りたくなってさ」

 

「私もなのです」

 

「は……お風呂沸かしてあるから入りなさい」

 

「はい」

 

「はいなのです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話

久々に書きました。
やっぱりこの3人(1人は未登場)が1番好き。


「……ご主人」

 

 ご主人の部屋に入るとご主人が綺麗な仰向けで眠りについていた。

 

 ご主人の股の間に眠るカハクとピクシーたち。背中で丸くなっているコボルト。足を枕に眠りにつくジャックたち。

 

 今日は誰も居なかった。

 

 珍しいなと思いつつご主人の顔を覗き込んだ。

 

 ちょっとだけ良い顔立ち。良質な生体マグネタイトを宿していることを除けば何処にでもいるたった一人の人間。

 

 ボクはそんなサマナーの仲魔になった。

 

 サマナーはボクが知る中で聡明でとても慈悲深く素晴らしいお方だ。

 

 ボクはご主人様になってくれるサマナー探し色々な世界を旅していた。

 

 ボクは()()。……悪魔だ。

 マグネタイトがないと生きていけない。

 

 マグネタイトは人間の精気。

 喜び、怒り、悲しみ、恐怖といった感情によって生まれるエネルギー。

 

 悪魔にとっての生命線。命も源。

 

 マグネタイトが底を尽きた死にかけていた時、ご主人と出会ったんだ。

 

 動かないボクを抱きかかえて駆け出したご主人の顔はとても凛々しかった。

 

 今でも覚えている。

 

 全身に行き渡る神々しいマグネタイトを。ご主人が触れただけで押し込まれるように体からマグネタイト溢れ出したことを。

 

 とても暖かくて心地よい快感を……。

 

『絶対に助けるからね』

 

 あの言葉が忘れられない。

 

「……ご主人」

 

 ああ……とても愛おしいボクのサマナー。

 

 貴方のためならなんだってできる。

 例え悪に染まろうとも……ボクは、ボクだけは貴方に寄り添い続ける。

 

 なんて、ね。

 ご主人に限ってはありえない。

 

「……ご主人」

 

 頬に触れる。

 触れただけで心地よいマグネタイトが全身に入り込んでくる。

 

 ああ……ご主人。

 

 ……ご主人の手。

 

 手に取り頬に当てる。

 温かい。

 

 ………………誰もいない。

 

 居ないんだ。……なら、少しくらい。

 

「……いいよね」

 

 ご主人に顔を近づけ━━

 

「あー!」

 

「っ!?」

 

 いつの間に!? 

 気配はなかった……! 

 

 バッとご主人から離れる。

 

「猫さんだ!」

 

「……っ」

 

 剣を抜き構える…。

 

 ヤバい……この少女はヤバい! 

 

 悪魔……じゃない、けど。

 この魔力と死の匂い……。

 

 なんなんだこの少女は……。

 ()()……とは違う。

 

 造魔なんかとは比にならない。

 気を抜くと殺られる。

 

 なら……殺られる前に……殺る。

 剣を構える。

 

 首に一発。外したら殺される。

 ……ザンダイ━━

 

「ケットシー?」

 

「っにゃ!?」

 

「わっ!」

 

 しまった! 驚いて魔法が━━

 剣から放った衝撃は少女の真横を通り過ぎる。

 

「アリス? ここにいたのべはっ!?」

 

 そして少女を探しに来たであろう老人の顔にヒットした。

 

 ……あー…あー……少女よりもヤバい。

 ごめんご主人……本当にごめん! 

 

 怖くなったボクは呆然とするご主人と少女を置いてこの場から逃げ出した。

 

 

「赤おじさん大丈夫?」

 

「大丈夫だ……無効じゃなければ首が吹き飛んでた」

 

「むこう?」

 

「なんでもない」

 

 何が起きたか分からない。

 目を覚ましたらケットシーとアリスちゃんがいて……なんかベリアルが吹っ飛んだ。

 

 気がついたらケットシーはいなくなってたよ。

 

 ベリアルの頭をヨシヨシと撫でるアリスちゃん。

 

 恥ずかしそうにするベリアルはほっこりするんだけど……。

 

「……あの()()は貴様の仲魔だろう」

 

「え、あ……うん、仲間だけど」

 

「アリス。黒おじさんが待ってるぞ」

 

「あ! うん! わかった! またね! お兄ちゃん!」

 

 手を振りパタパタと階段を降りていく。

 

 あーこれは……。

 

「……少し話をしようじゃないか」

 

 お説教されるやつだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。