憑依したらクレイマンだった件 (微量の転スラネタバレ注意) (謎のコーラX)
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序章
死亡――そして憑依 (導入一部変更)


自分の文章力試し


こういうことがよくあるとは思う。

 

自分ならこうしていた、自分ならこうできていた、自分ならこうはならなかった。

 

他人にできず、自分にはできる。逆も然り。

 

――だが、お前はそうなったら実行できるかな?

 

 

ある昼下り、太陽は落ちていき、暗くなり始める頃合いだ。ある会社員は帰宅途中、楽しみのある本を買おうとうきうきとした、スキップしそうな足取りで本屋に向かっていた。

 

本の名前は――「転生したらスライムだった件」、ある会社員が先輩から聞いた話から作られた小説であり、発行部数百万本に到達した今流行りの大人気小説である。

 

「ふんふんふーん」

 

会社員の名前は明沢涼真(アケザワ リョウマ)、そのある会社員の後輩にあたる男であり、転生したらスライムだった件、略して転スラの大ファンだ。

 

そのまるで非現実的ながらリアリティのある内容にリョウマはのめり込み、主人公が魔王へと覚醒し、ある敵と相対し、それを圧倒するところまで読み終えていた。

 

その敵キャラは「クレイマン」、小物としか言えないが頭のいいという設定の主人公と同じ魔王であり、その実力はその主人公の部下にも負ける弱さだ。

 

しかしリョウマはそのクレイマンは良いなと思っている。理由は様々だが意外と仲間思いなところもあり、だからこそあのような行動をしたのが残念でならない。

 

「あー、俺ならあの時自信過剰にならなかったと思うな、それに部下も大切にして、質も上げる。うーんこういうの良いな、色々と想像できて、もしやこういう楽しみもアリってか?」

 

考え事をしながら、駅へと入り、ホームの線の前で新幹線を待つ、それに乗って、降りた後、家の近くの行きつけの本屋で転スラを買い、また自分ならこうするなどを想像、妄想をするのが楽しみでもある。

 

――ところでだ、リョウマは優秀と言っていい、仕事はそつなくこなし、若いながらも成績は順調に伸びていき、このまま行けば偉くなるのは確実だ。しかし本人はそんなことは考えているわけではない。ただ本と家賃諸々を払えれば後はどうでもいい……だからこそ。

 

敵は多いというものだ。

 

「リョウマァ!」

 

ドスン、勢いよく背中を押され、リョウマは線路へと落ちていく。

 

後ろを向くとそこには、リョウマが来る前まで優秀と、部下からはハイエナなど呼ばれる偉そうな態度をとっていたが、今はリョウマの部下がいた。

 

その顔は人を落としたことの罪悪感より――愉悦感が顔に出ていた。

 

「……まじかよ」

 

地面に受け身を取れず激突し、脚から鈍い音がして、激痛が走る。折れた。そう認識できる痛みだ、つまり自分ではもう逃げることはできない。

 

新幹線の音が聞こえる、時間はない、まわりでは部下がとりおさえされ、パニックが起きている、誰一人として助けようとはしない、ただ見ているか、騒ぐだけだ。

 

「あの!駅員さん!助けてください!」

 

声を上げるが、パニックの声でかき消されているのもあるが、痛みで声を張り上げられない。肺にもダメージがあるのかもしれない。

 

「はは。くそ。こんな人生かよ俺って、まだ転スラ最後まで見れてないのに……」

 

《転生したらスライムだった件――検索――完了。世界座標指定――完了》

 

「ん?」

 

不思議な声が聞こえる。電子音声、あえてあげるならVOICEROIDというものに近い。

 

「幻聴?……はは、死に際ってこんな感じなんだな。なら今のうちに後悔を並べてみるか」

 

新幹線のライトの光が近づいてくる。距離からして新幹線到着まで――残り十秒といったところだが、異様なほど早い速度で冷静な思考で紡いでいく。

 

(まぁ最初はあれだな、人の見る目の無さ、もし悪意が見えたらこんなことにはならなかったなうん)

 

《人の業視認スキル受託――確認――完了。業視者(ミサダメルモノ)獲得》

 

(後、クレイマンだったか、俺もまさか怪しかったとは思っていたけど似たような末路だな。信じすぎたな……これさっきの考えと同じやん。後悔じゃないなうん)

 

《名指し個体への憑依への受託――確認――完了。個体名クレイマンへの憑依実行》

 

(あぁ、親族と呼べるものはもういないけど……心残りはやっぱり転生したらスライムだった件と、先輩とか、後先輩の先輩の人と会いたかったなぁ)

 

新幹線が目の前で近づき、時間が遅くなったかのように思考が加速していき、それは走馬灯と呼べるものだった。

 

「死にたくねぇなぁ」

 

そこでリョウマの意識は途絶えた。

 

 

天文学的確率だった、リョウマの魂は次元の穴へと縫い針に糸を通すように入り、勝手に、まるで吸い込まれるかのように移動していき、ある者の身体にはいりこんだのであった。

 

身体が痙攣する、玉座の上でその者は異物への拒否反応からか、最後の抵抗か、バタバタと身体を動かし、口からは言葉とは呼べない苦悶の声をあげる。

 

――目を開ける、そこは部屋で一番高い場所だった、玉座に座り、下には人、と言うには肌は黒く、耳は尖っていた。

 

「ここは……?」

 

「あ、あの、()()()()()()?」

 

クレイマン、その名を聞き、玉座に腰掛ける自分――クレイマンは驚いているが、何故か自分が冷静な思考だった。

 

え!?クレイマン!?。そう口から大声をあげると思っていたが、まさに自分の身体ではないような感覚である。

 

(むぅ、クレイマン、あのクレイマンだろうな。憑依?したのはわかるが、今がどの辺りだ?自分の実力は?いろいろとやることがあるが、とりあえず行動しないと始まらないか)

 

「あぁ、なんでしたっけ、そもそも貴方は?」

 

「……」

 

(あれ、まずったか?)

 

驚きは一瞬、すぐに目の前で跪く家臣というには幼なすぎる褐色の少女は感極まった表情となり、笑顔で涙を流し始めた。

 

「あぁ!クレイマン様!ワタクシのような下賤で卑しい雌の名前を聞いてくださるとは!あぁすみません、ワタクシ無名のダークエルフなので……そういえばクレイマン様、前に貴様には名など必要ないと言っていたような?」

 

(え、なんなのクレイマン、こんな少女?いやダークエルフだから年上の可能性がありますか。いや精神年齢は年下かもしれないけど、とりあえずは)

 

「えぇ、覚えていますよ、少し不便だと思い名付けをしようと思います」

 

咄嗟とはいえ、滑るように口が回る、流石クレイマンだと自分の今の身体を褒めると、更に少女はなんとも凄い表情になる。言ってしまうと顔の体液が全放出状態。

 

「名付け!?わた、ワタクシめにそのようなことを!?ワタクシ何もしていません、何も貢献できておりません!雑務や掃除程度の当たり前のことです、あぁ、でも嬉しく思いますぅ」

 

(し、知らない、こんな濃いキャラ転スラにいたか?)

 

その少女に疑問を思っていると、まるで完全にこのクレイマンの身体が馴染んだかのように、いやそうなのだろうが、知らない記憶が脳を焼くような勢いで溢れ出てくる。

 

「ぐぅっ!」

 

流石に平静にはいられない痛みで頭を抑える。少女は心配そうに慌てているが、その痛みもやはり身体のおかげか徐々に慣れていき、痛みは続いているものの冷静な思考ができるようになっている。

 

(……ふぅ、とりあえず目の前の少女について思い出した分の情報を出していこうか)

 

ダークエルフの少女、名無し。元のクレイマン曰く奴隷254号。

 

唐突に自分を売り込みに来た少女であり、家事全般を幼い見た目ながら平均以上にこなしていく。

 

その忠誠心が何処からくるのかクレイマンも悩んでいた様子のようで、しかし便利な奴隷ということで今でも使い潰す勢いで働かせていた。

 

この場に呼んだのは労うためではない。鬱陶しく思い気まぐれに殺すためだ。

 

「あの……二度目ですが大丈夫なのですか?」

 

その瞳は純粋そのものの青さであり、とても殺す気にはリョウマはなれない。

 

「いえ、少し疲れが出てるだけです、それよりも」

 

(なるほど、うーん命が軽いね本当に。ようするに謎のダークエルフの少女っていうのがわかった。たぶん転スラにいないのはこうやって消されたからですね)

 

「名前……そう名前でしたね、何か望む名はありますか?」

 

「ご自由に、ワタクシなどに選択など恐れ多いというものですゆえ」

 

「そうか、それなら勝手に決めさせてもらいますね」

 

肌も髪も黒く、その中で輝いているのはその青、というより藍色の瞳であり、まるで闇夜に浮かぶ月のようだとリョウマは思う。

 

「……蒼月……いや藍色だから藍月……丸い瞳……月輪……よし」

 

リョウマ――クレイマンは名前を決め終わり、大きな声で少女に告げる。

 

「お前の名前はアイリーンだ」

 

藍色の月輪でアイリーン、なんとも考えた結果としては単純な名前だ。

 

(確か名付けって魔素取られるとかだったか、オーガでもない普通のダークエルフだから安く済むとは思うがどうなるか)

 

そんな甘い考えはすぐに覆る。

 

名付けの瞬間、クレイマンは身体から大量に抜けていく感覚を覚える、献血のようだなと思いつつ、頭がクラクラとしながらも少女、アイリーンを、見据える。いったいこれほどの量の魔素を取り込み、どんな美女になるのかと期待してはいるが。

 

魔素が抜けるのか終わり、アイリーンから発せられた光が消えてもいっこうにアイリーンの姿は変わる様子はない。

 

「――ありがとうございました。このアイリーン、これからも粉骨砕身の覚悟をもってクレイマン様にお仕え、いえ隷属します!」

 

気絶する様子もなくハキハキとアイリーンはそう言葉を途切れることなく紡ぐ。

 

(おかしいな、ゴブリンとか老人がムキムキになるとかあるのに、いや何も変わらないやつはいるにはいるか)

 

――遠いようで近い将来、このアイリーンという少女が最高戦力の一人になるとは一ミリともこの時のクレイマンは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)導入部分変更しました。ツッコミありがとう、多分まだ粗がある


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環境改善編
1話 新生活の最初は掃除から


追記 加筆修正しました


あれから3日が経った。クレイマンは過去のクレイマンの記憶の整理で殆ど動けず、雑務はアイリーンに任せた。

 

「……ふぅ、なかなか濃い記憶だな。それにしてもだ、人死にの記憶を見てもなんとも思わなかったのはもうあれですね。口調もそうですが人間やめたしクレイマンに寄っている感じなわけですよねこれ」

 

クレイマンは寝室のベッドから起き上がる。

 

室内は人間だったクレイマン(リョウマ)にとっては無駄金が過ぎる装飾とインテリアが多い印象だ、壺とか変な造形の女神像など、とても落ち着ける雰囲気ではない。事が済んだら大半は売っぱらおうとクレイマンは室内に入った瞬間、心に決めた。

 

クレイマンは手鏡を見る、そこには悪魔のような切れ長の眼、オールバックの銀髪は寝ていたため崩れているがそれでも整った顔がそういう髪型のように見せる。

 

白いタキシードのような服装は紳士の様で、礼儀正しい人のように見えるが、記憶の彼はまさに悪魔のようで、仲間以外には冷酷で残忍、そして狡知だ。

 

改めてなんて人物に憑依したんだと若干後悔はあるが、小説の世界に来れた嬉しさが大きく勝っている。

 

「さて、まずは見て回りますか」

 

髪と服装を整え、クレイマンは扉を開き廊下に出ると、アイリーンが頭を下げて扉の右側で待っていた。服装は三日前にクレイマンが選んだメイド服に着替え、部屋も与え、名付け前より髪は汚れが消え、肌も透明感が出ている。

 

とりあえず疑問の一部を解消するためにアイリーンにクレイマンは問う。

 

「なぁアイリーン、世界の声だったか、それに三日前になんと言われたんだい?」

 

アイリーンは顔を上げて、問いに答える。

 

「はい、確か『ダークエルフ、アイリーンの願いを受諾、進化を開始します、完了しました、種族妖死耳長族(デスエルフ)となりました』でしたっけ?」

 

デスエルフ?、クレイマンもリョウマにもどちらの記憶にも存在しない種族だ。こういうとき大賢者があったらと本当に思う。名前からして魔物のエルフと言った感じなのだろうか?

 

「ふむ、願いとはなんだ?」

 

「はい、クレイマン様と同じ魔物になれたらなぁって常々思っていましたので、たぶん名付けでそれが叶ったのだろうと思います」

 

願い、というより反応したのは欲望、そうクレイマンは推測した。かなり強い欲望だったのだろう。システムはそういうのを叶えることは代価を支払えばなんとかしてくれると転スラのクレイマンの覚醒から前々から考察していた。

 

疑問の一部をスッキリさせ、クレイマンはそうですかと短く理解の意を答え、こちらも無駄に凝った廊下を歩いていく。その後ろからアイリーンも追従してくる。

 

「これからどちらに?」

 

「なに、我が城を見物していこうかなとね」

 

聞こえないほど小さな声で、無駄探しもかねてねと続ける、なるほどとアイリーンは頷き、そこで一旦会話は終わって数時間後、クレイマンは執務室に最後に立ち寄った。

 

見た感じでは数えるのが面倒なほど広く多い部屋がこの城にはあった。百聞は一見にしかずとは言うが、皆クレイマンを見るなり顔を引き攣らせている。当たり前だろう、あれほど奴隷のような扱いをしているのだから。

 

クレイマンの国、傀儡国ジスターヴの国民は奴隷階級が殆どだ。前の国王でありクレイマンの親のような存在の魔王カザリームに代わり統治し、クレイマンはこの国を権力と恐怖で支配していた。

 

無論今のクレイマンであるリョウマはそんなブラック企業みたいなのはゴメンだ。

 

まず片付けるべきは政治だろう、いくら言葉が上手くても環境が劣悪では聞く耳は持ってくれない。

 

執務室もかなり贅が使われている、明らかに高級そうな絨毯に、真ん中の仕事に使う机は元の世界ならうん万はしそうな質感のもので、紙束が両端に積まれている。

 

「ふむ、見事に頭がおかしな内容ですね」

 

クレイマンは一番上の紙を手に取り読み進める。

 

内容としては横領、その次は過度な税、更には無駄な美術品の購入履歴と元の世界でもここまでのは無いほどの悪徳貴族を極めた内容だ。

 

無駄に冷静に見れているのはクレイマンという身体のおかげか逆に怒りすぎて冷静か、クレイマンは別に回答に意味はないと思考の外に追いやる。

 

「アイリーン、お前も見たのか?」

 

「はい、一部処理しましたがそれでもかき集めるとかなりの量ですね。捨てられていた、あるいは燃やされていたのを含めると更にあるとは思います」

 

「なるほど、これはこの身体に感謝ですね。徹夜ができますから、それにご丁寧に誰がやったかも書いてありますし、掃除が楽になります」

 

椅子に座り、アイリーンのサポートも受けて書類を精査していく。

 

――20時間以上の時間が経過し、クレイマンはそれでも疲弊、疲労と言ったものは感じることなく、窓のカーテンの隙間から漏れ出る朝日がさすと共に精査の終わりが迎える。

 

「ふぅ、アイリーン、今何時だ?」

 

「7時に開始したので、現時刻が6時ですので23時間です。お疲れ様でした、クレイマン様」

 

アイリーンも疲れた様子はなく綺麗なお辞儀をする、机かははみ出るほどに悪徳な部下達の書類を減っているとは分別し、クレイマンは大きく伸びをし、立ち上がる。

 

「さて、掃除の時間ですね、アイリーン、ここにある書類の者達を一人残らず玉座の部屋に集めなさい」

 

「御意に」

 

 

玉座の間に集められた多数のダークエルフや魔人達、その中にはクレイマンの幹部、五本指の一人であるヤムザの姿があった。皆跪き、顔を下げてクレイマンという王を待っている。

 

(な、何故俺がこんなところに?)

 

ヤムザの背後から何も知らされていないことがわかるざわつきが聞こえ、集められた者達の誰一人としてここにいる理由を知らないのだろう。

 

しばらくすると二つの足音が扉が開く音と共に聞こえてくる。カッカッという軽快な靴の音が目立ち、もう一つの音は聞こえづらいが、気配がもう一人いることを伝えてくる。

 

どす黒く、沼のように深く、絡みつき、まるで上位の悪魔のような気配をヤムザは感じ、冷や汗が流れる。

 

(なんだ!?なんだこの気配は、俺の知らない五本指?いったいどんな化け物が……)

 

気配が横を通り過ぎ、顔を少し上げてヤムザは確認すると、そこには明らかに成人とは言えないメイド服の小柄のダークエルフの少女がその気配の正体だとわかる。

 

(こんなダークエルフの少女が!?クレイマン様の隣に立っているのだから信頼の置ける部下なのは確かなのだろうが、何者だ?)

 

「……皆、顔を上げなさい」

 

ヤムザと後ろの部下達が顔を上げる、クレイマンは玉座に足を組んで座り、何時もよりも鋭い視線をヤムザ達に向けていた。

 

「では本題から行こう、無駄に時間は使えないからな。貴様ら、随分と私の金を使っているようだな」

 

部下達、いや元部下達はそれを聞いて弁明や戯言を並べるが、その内の一人の首が消えると一瞬で静まり返る。

 

アイリーンの手には先程の部下の頭が握られ、それを手の中に収まるほどの握力で握り潰される。

 

「誰が発言していいと言った、クレイマン様の前で無駄に騒ぐなどもはや部下ではないとはいえ不敬ですよ」

 

「アイリーン、ありがとう。それでは皆の衆、一人ずつ理由や弁明を聞いていこう」

 

――それはもはや虐殺に言葉がついただけのものだった。

 

「わ、わたくしは多大にこの国に貢献しました!、そのためにお金を」

 

「何も言わずに使えるわけではないだろう?聞くに値しないな」

 

一人は胸に風穴が、

 

「クレイマン様は騙されております!わたしがそのような横領などするわけが」

 

「私の発言が嘘だと?立場を分けまえて話せ」

 

一人は下半身だけ残して消え失せ、

 

「ウワァァァァ!」

 

一人は逃げようとして足がもぎ取られ、頭を踏み潰された。

 

「クレイマン様、残りは一人です」

 

メイド服を血で汚しながらアイリーンは頭を下げて命令を待っている。

 

クレイマンはまさかこれほどかとアイリーンの力を実感していた、正直クレイマンにはアイリーンの動きを目視できていない、自身の発言の後に一人死んでいる、なかなか怖い状況だ。

 

「さて、ヤムザ、罪状を並べていこうか、敵前逃亡、部下殺し、責任転嫁……まだ言わせるつもりか?」

 

「く、クレイマン様、私はそのような」

 

「あぁ、一応、多少は信じているよ、だからお前だけには一つチャンスをやろう。ここにいるアイリーンと五本指の座をかけて戦ってもらう、そのために氷結魔剣を持たせて呼んだのだからな」

 

「そうすれば無罪放免にしてくださると?」

 

「えぇ、勝てたら許そう、アイリーン」

 

「はい」

 

アイリーンは玉座の側から離れ、ヤムザから数歩離れた場所で両手を腰にまわし微小を浮かべ待機する。

 

「さて、やりましょうか」

 

「ちっ、舐めるなよ新参者が!俺は五本指最強、氷結魔剣士、中指のヤムザ様だぞ!」

 

ヤムザは腰の氷の剣を抜き、腕輪の力を開放する。

 

鏡身の腕輪(ドッペルゲンガー)

 

至宝の魔法道具であり、自分とほぼ同じの分身を一体作り上げる代物だ。

 

「「消え失せろ!双水氷大魔嵐(デュアルアイスブリザード)!」」

 

二人での強大の元素魔法が放たれる。

 

文字通り二倍の氷の嵐が吹き荒れ、アイリーンを飲み込んだ。

 

「はっはっはっは!」

 

勝利の笑い声をあげる、氷の嵐が収まり、ヤムザはそこには氷の像ができていると思っていた……しかし結果は違った。

 

「……寒いですね、それだけですが」

 

アイリーンはこびりついた氷を払いながら、何事もなく同じ場所に佇んていた。

 

ヤムザはランクA+の魔人だ。自らも最強だと自負できるほど強さに自信があった。負けることなど魔王のような規格外以外には無いと常々思っていた。

 

しかし今の状況は理解できないでいた。年端もいかないダークエルフの女が最強の技を受けてなんともないのだ。

 

「そ、そうか!氷無効の魔法道具か!それなら近接戦でやってやる!」

 

ヤムザは理解できる答えを出してその氷の剣と自身の身体能力でアイリーンを二体の動きで翻弄する。

 

「はぁ!」

 

二体のヤムザは背後からアイリーンに剣を振り下ろす。確実な死角からの攻撃、勝ったと確信するが、それをアイリーンは見もせずに剣を両手の指で摘んで止めてみせた。

 

「鬱陶しいですね、蚊ですかあなたは」

 

そのままアイリーンは剣ごとヤムザを持ち上げ、同じ方向に二体を投げ飛ばした。

 

「ぬぉぉぉ!?」

 

焦りはするがなんとか体制を整えて着地はするが、既に視界内にはアイリーンはいなかった。

 

「ど、どこに――」

 

「後ろですよ」

 

振り返ると同時に二体のヤムザはアイリーンの二発の正拳突きで宙を舞い、そのままアイリーンは二体のヤムザの身体に乱打を叩き込む。

 

分身が消え、本物のほうのヤムザから骨、肉が潰れ砕ける音が響き、最後に床にヒビが入るほどに頭を掴み、叩きつけた。

 

「ぁ……が……」

 

虫の息といった様子で、ヤムザは痙攣するだけでもはや戦闘はできそうにない。

 

「アイリーンの勝ちですね。おめでとう、アイリーン。貴方が新たな五本指の中指ですね」

 

「ありがとうございます!」

 

息を整えたアイリーンは笑顔をクレイマンに向け、頭を下げ、喜びを噛みしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話 人材確保は計画的に

2日に一つ、いや3日に一つになるかもしれん(´・ω・`)


アイリーンが新たな五本指になって三日、汚職していた部下達の掃除が終わり、今ジスターヴは人材不足に陥っていた。

 

「わかってはいたさ、あんだけの数の部下が死ねばこうなることくらいね……」

 

仕事に精神を殺されそうになりながらうわ言のようにそのようなことを呟きながらクレイマンは机に噛みつく勢いで仕事をしていた。三連勤、それも飲まず食わずにだ。

 

「クレイマン様、やはり人材確保は早急に行うべきでしょう。残ったのは指示待ちの無能どもだけですし」

 

「そう、ただ下手なやつは雇用はできないんですよね。この()で駄目なやつがわかるからそれは少ないんですけど、仕事できるできないかまではわからないのが本当にかゆいところに手が届かないのが不満点ですね」

 

クレイマンが憑依の際得たユニークスキル、業視者(ミサダメルモノ)。憑依して二日目で定着し、早速使うとわかったのは相手が悪か善だけではなく、相手の精神状態、欲求、今まで犯してきた罪が見えるものだった。

 

ヤムザ達を集めた際も発動させ、一人残らず悪人という結論が業視者(ミサダメルモノ)には出ていた。

 

「……そういえばヤムザはちゃんと生かしていますよね?」

 

「はい、地下牢獄にて生かさず殺さずの状態で収監させてあります」

 

「それは良かった、魔法道具を全て徴収したとはいえども上位の魔人ですから、そのくらいが良いでしょうね。改めてあのヤムザの討伐、よくやりました」

 

「ありがとうございます!」

 

とても部下の指導から空いた仕事とクレイマン以上の働き詰めとは思えないはつらつとした元気いっぱいの声がアイリーンから響く。

 

アイリーンの強さは異常だ。とてもただのダークエルフから一度進化しただけの強さとは思えない鬼神じみた強さがヤムザに、クレイマンに見せつけた。

 

アイリーンが言うには新たに発現したユニークスキル、「狂信者(シンジルモノ)」のおかげだという。効果は信仰心を動力源に魔素を増殖させるというもの。無限とはいかないらしいがそれでもあのヤムザ二体を圧倒する力だ。

 

あまり使いすぎるのはよくなさそうだからクレイマンの許可なしの使用は禁じている。

 

ふと、地下牢獄に何があったかクレイマンに思い出す。

 

あそこには今まで前のクレイマンが覚醒魔王になるために殺してきた人間奴隷の死体が集められている場所がある。

 

アンデッドにする選択肢があったのにしなかった理由、それこそ、

 

「悪魔召喚……そうかそれがあったな」

 

悪魔、上位の存在なら知恵があり、それも優秀な部下として扱える。

 

クレイマンは仕事を止め、アイリーンを連れて急いで地下牢獄へと向かった。

 

階段を降り、冷たく、濁った空気が喉を通り、不快な気分になる。

 

明かりは蝋燭だけという寂しいもので、とてもあの豪華絢爛な城の下とは思えない。

 

不快感を我慢しながら、牢獄の奥の扉までたどり着き、扉を開くと腐敗臭の極みのような臭いが溢れ出てくる。

 

部屋はかなり広く、その中心には大量の死体が集められ、腐った肉の山ができている。

 

冷えているため腐敗はそこまで進んでいないものが多いが、それでも山の死体という絵面が臭いの強さを後押ししているようだった。

 

「臭いですね……早いところ済ませますよ、アイリーン」

 

「はい、それではワタクシはもしもの時の戦闘の準備を」

 

「頼んだぞ。さて何がくるかな?」

 

クレイマンは死体の山を中心に魔法陣を展開する。

 

〈上位悪魔召喚〉

 

今のクレイマンの魔素の三割は飛ぶだろう魔法であり、あまり使いすぎるのはどうかとは思うが、優秀な人材が確実に手に入るこの手段は魅力的にクレイマンの目には映るだろう。

 

魂の入ってないことを考慮してもこの量なら六体は呼び出せるだろうと思いながら、召喚される様子を見ていると、

 

出てきたのはたったの三体のようだった。

 

「は?」

 

流石にこれは少ないだろうとクレイマンは驚きが声に出てきてしまった。

 

二体の悪魔の中心に立つ――紫色の髪をサイドポニーテールにしたどう見てもただの少女に見える悪魔が満面の笑みを浮かべて挨拶をしてくる。

 

「どうもー、召喚してくれて、ありがとう!」

 

「お、おう……とりあえず確認ですね」

 

あまりの可愛さに童貞みたいなきょどった声を上げながら、本当に悪魔か確認するため業視者(ミサダメルモノ)発動させる。すると脳内にこのような言葉が浮かび上がる。

 

性格 残虐非道で拷問好き 陰湿陰険

 

罪 拷問 人数:測定不能  殺し 人数:測定不能

 

欲求 殺人 拷問

 

精神状態 好奇心

 

……やっばい。

 

そうクレイマンは口にはせず、心の声に抑えた。

 

測定不能、人間なら故障かなとは思うが、相手が悪魔ならそれほど()()()()()()ほどに殺したということだと理解できてしまう。

 

他の二体も同じような感じであり、明らかにヤバすぎる悪魔を呼んでしまったとクレイマンは恐怖する。

 

しかし好奇心とはなんだろうとクレイマンが考えていると、真ん中の紫色の髪の少女が消え、いつの間にかアイリーンの目の前に現れていた。

 

「なんですか、あなたは」

 

クレイマンが真顔ながら内心恐怖してるとは裏腹に、アイリーンは堂々とした面持ちで紫色の髪の少女――いや悪魔と目を合わせていた。

 

「ふーん……来て正解だったみたいだね。やっぱりあなた()面白そうだね」

 

「は。とはどういう意味かな?」

 

「わかってるでしょ?」

 

「……」

 

二人の見た目は少女の睨み合いを、二体の悪魔とクレイマンはただ見守っていた。

 

一触即発の空気かと思われていたが、急に紫色の髪の悪魔とアイリーンは笑顔を見せ合った。

 

「あはは!冗談だよ!別に君の主様と喧嘩するためにボク来たわけではないからね。これからよろしく頼むよ」

 

「ふふふ、それはクレイマン様に向けて言ってくださるかしら」

 

「あー、それもそうだね」

 

紫色の髪の悪魔はクレイマンのほうへと視線をやる。

 

それだけでクレイマンは気絶しそうなほどの威圧を覚え、身体が氷のように冷たくなるような感覚を覚える。

 

「それじゃあよろしくね、クレイマンサマ!」

 

とんでもない人材を加えてしまったなと、クレイマンは2割の嬉しさと、8割の後悔をしたのであった。

 

 

ある晩、生者は眠り、死者が騒ぎ出すはずの墓場、しかし今日は死者すら眠りにつこうとしてしまうほどに剣呑な雰囲気がたちこめるこの墓場の広い敷地で、二人の少女が向かい合っていた。

 

一人はアイリーン。メイド服から着替えて黒い戦闘服で相手を睨んでいる。

 

相手は今日召喚された紫色の髪の悪魔。戯けない笑みを浮かべつつも相手をまっすぐに見据えている。

 

「ボクねー、前々から君のこと知っていたんだよ?()()()()()があったから仕方ないのかもだけど、ボクから見てもあの狂信っぷりは引くねー」

 

「覗きが趣味のようですね。それで?ワタクシをこんな場所に呼んだ理由は何でしょう」

 

紫色の髪の悪魔は口角を吊り上げ、アイリーンの方向に手を突き出す。

 

破滅の炎(ニュークリアフレイム)

 

瞬間、紫色の髪の悪魔の手のひらから膨大な熱量を持った炎がアイリーンのいた場所を大きく燃やし尽くし、衝撃波が発生する。

 

炎が収まると、そこには巨大なクレーターができ、跡形もなく地面と墓場に生えていた枯れ木を消し去った。

 

「物騒な魔法を使いますね、いきなり殺す気とは流石悪魔ですね」

 

予想していたように何時もの笑顔のまま紫色の髪の悪魔は後ろを振り返る。そこには五体満足のアイリーンが立っていた。

 

「さすがー。君もしかして無意識に魔法使っているのかな?」

 

「魔法というのはよくわからないですね。ただあそこに行きたいなーって思った程度のことです」

 

紫色の髪の悪魔の顔に驚きの表情が初めて現れる。目を見開き、アイリーンという人物がどれほどのものかわかり、先程の残虐な笑みとは違い、今度は楽しげな笑みを浮かべた。

 

「いいね。本当にあんな雑魚にはもったいないね君は」

 

「軽口はもういいです。早いところ本題を話してくれないと帰りますよ?」

 

「ま、そうだね。別に大したことではないよ?君とボクとで戦って、勝ったほうが相手に命令できるってやつ」

 

「ふーん、じゃあワタクシが勝ったら……そういえば貴方名前は?」

 

「――ヴィオレ。名前ではないんけどそう呼んでくれるかな」

 

「ヴィオレね。じゃあヴィオレ、ワタクシが勝ったらクレイマン様に忠誠を誓うことね」

 

「うん、わかったよアイリーン。じゃあボクが勝ったらねー……そのクレイマンを君の目の前で殺してあげる」

 

「――は?」

 

今まで怒ることの無かった、軽口だと理解していたから、だが今の言葉はアイリーンを怒らせるのに十分足りる内容だった。

 

青筋がわかりやすいほど浮き上がり、魔素が大量に溢れ出てくる。その下手な人間なら即死しそうな威圧感は紫色の髪の悪魔――ヴィオレにはむしろ心地よく感じられた。

 

「いいよ!それくらい殺意を出してくれないとこっちも殺しがいが無いと思っていたところだよ!あ、半殺しだよ、もちろん」

 

両者の会話がそこで終わる。

 

見物しているのは同じく召喚された二体の悪魔のみ。

 

「どちらが勝つと思いますか?」

 

「もちろんヴィオレ様でしょう」

 

二体は今日もヴィオレが楽しく殺戮を、拷問を行うものだと思って見ている。

 

枯れ木の葉が落ち、ついにアイリーンとヴィオレの戦闘が始まる。最初の攻撃はどちらも拳。両者の拳はぶつかり合い、押し勝ったのはヴィオレ、後方にアイリーンは吹き飛び、枯れ木を足場に再び向かっていくのと同時に蹴りを入れる、それは片手でふさがれ、そのまま足を捕まれ、アイリーンは地面に落とされた。

 

ヴィオレは間髪入れずに両手を握り合わせ、アイリーン目掛けて振り下ろし、その一撃はこちらも間一髪で避けるが、乾いた地面に拳が沈んだ。

 

「流石に軽口たたくだけの実力はあるか」

 

「どうしたのぉぉぉ!こんなんじゃつまらないよ!」

 

ヴィオレはアイリーンに乱打を叩き込む。一発一発が骨を軋ませ、反撃する隙もない。

 

遠くから見守る二体の悪魔はヴィオレが勝ったと思っているが――本人はまったく思っていなかった。

 

「……あまり調子になるなよ。悪魔風情が」

 

アイリーンはヴィオレに交差するように、いわゆるクロスカウンターと呼ばれる形でヴィオレの顔に拳を一撃おみまいした。

 

ヴィオレはふらつき、片膝をついた。それは悪魔二体には意外すぎることであるが、ヴィオレは動じず、むしろ笑みを浮かべた。

 

「遅かったね。あまり待たせるものじゃないよホント」

 

二体の悪魔は気づく。先程までのアイリーンの魔素量と、今の魔素量が数倍、ヴィオレと近いレベルにまで上がっているのだ。

 

「やっと温まってきたわ。ヴィオレ、ここからが本番ってやつだよ」

 

「それは良かった。じゃあとりあえず」

 

「えぇ、とりあえずは――」

 

「「死ぬなよ」」

 

そこからは二体の悪魔は絶句した。何せあのヴィオレ――原初の悪魔とアイリーンが互角に渡り合い始めたのだから。

 

高速の死闘は夜が昼になるまで続き、太陽が昇り、朝日を背にしていた者は――いない。

 

両者は片膝をつき、ぜぇぜぇと疲れた様子で息を切らし、相手を睨み合っていた。

 

「はは、アイリーン、やっぱり君異常だよ。どれだけ()()を支払ったらそこまで成れるのかな?」

 

「クレイマン様のために働くためならどんな代償も軽いものです。失望されるよりずっとね」

 

「……あは、あはははは!やっばいね君!あの雑魚にそこまでするほどのものがあるっていうの?」

 

「あります」

 

即答だ。迷いの時間が一切なくそうアイリーンは言い切る。

 

「ホント?」

 

「えぇ、確約と言っていいでしょう、クレイマン様は大成します。この先百年の間に」

 

ヴィオレは再び驚きの表情を見せ、苦笑するとそのまま地面に仰向けに倒れる。

 

「負け負け!今回は負けにしとくよ。けどその確約が果たされないとわかったら、今度はボク()()()君をぶち殺すからね」

 

「いくらでも相手になりますよ。ワタクシも本気というほど出してませんし」

 

「……くふ」

 

「ふふ」

 

こうして本当にヴィオレはクレイマンの部下となり、二人の純粋な笑い声が、墓場に響き渡ったのだった。

 

 

ヴィオレは原初の悪魔でも弱いほうだ。それは実力ではなく単純に何かに熱中できないからであり、才能で言えば上位のほうだ。

 

それでも彼女に勝つという行為は本来ただの、いや奴隷という最底辺だった元々はダークエルフのアイリーンはヴィオレが言うように異常だ。

 

――その異常な強さは、近い将来代償が返ってくることを、少なからずアイリーンは予見している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公誰だっけって執筆しててちょっと思ったようん(´・ω・`)


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3話 福利厚生は絶対条件

クレイマンはある魔法道具を手にする。薄い黒曜石のような色の板、例えるならスマホだろうか。持つことで念話を大多数の人間に送れる代物で、便利のようだが長時間使用すると魔素をごっそり持っていかれるため戦争などの戦略伝達には使い勝手は悪い。

 

しかし短い演説程度なら使用にはかなり便利だ。クレイマンは喋る必要ないはずだが呼吸を整える。

 

次に顔を叩くと、念話を開始する。

 

(皆さん、私はジスターヴの国王、クレイマンです。急な念話ですが、どうか拝聴してくれると助かります)

 

圧の感じない優しい声音で話していく。クレイマンは城のベランダから城下町を見やる。様々な亜人や魔人が約一億人と、奴隷が多数いる傀儡国ジスターヴ。

 

今まで恐怖と権力が支配していたこの国に、その象徴のクレイマンの声が全ての者に届けられる。

 

横の台に置かれた水晶からは様々な声が聴こえてくる。不安、焦り、恐怖、不信感。とても良い反応ではないが、予想はしていた、というより今までの悪行を考えると常識的な反応だとクレイマンは思う。

 

(別に何か悪事を考えているわけでは……いえ、私の言葉は信用には値しないのはわかっております。ですので行動で示すことを約束します)

 

「料理人さん、奴隷全員分の食事は用意できそうですか?」

 

クレイマンは一旦念話を止め、振り返り、ヴィオレと召喚された二体の内の一体、コックコートをつけた悪魔、名付けは今のクレイマンには魔素量が足りないのと、あまり使える余裕がないために料理人という呼び名となっている。

 

「はい、余裕で足りるかと」

 

「それは良かった。宝物の殆どを売り払っただけはありそうですね」

 

クレイマンの城にあった美術品などはほぼ売り払った。今のクレイマンであるリョウマにはセンスがわからず、いらない物であったため後悔などは一切ない。

 

売り払ったお金はこれからジスターヴの治安、建造物整備、食料の安定供給と無駄になるお金は存在しない。

 

「ご苦労様です。では無理ない程度に料理作り頑張ってください」

 

料理人を了解の意を確認し、その退室する後ろ姿を見送ると、再びクレイマンは念話を始める。

 

(失礼。先程も行った通り行動で示します。最初にまず奴隷の開放を行います。その後福利厚生を見直し、誰もが働けるようにします。言葉に説得力は無いかと思いますが、どうかこれからの働きに僅かでもご期待してくださりと助かります。それでは)

 

クレイマンは念話を切り、水晶を見る、人々が映り、皆混乱している様子だが、一部は歓喜の声を上げている者もいる。

 

「とりあえずはこんな感じか」

 

「クレイマン様、お疲れ様でした」

 

ベランダから部屋に入る、そこは寝室であり、室内にはメイド服姿のアイリーンが礼をして待っていた。

 

「あぁ、人材確保とか言っておきながら働く意志が出ない環境をどうにかするのを忘れていたよ。これで長くて一年後くらいには働いてくれる人が出ると良いが」

 

「きっとなりますよ。クレイマン様の手腕なら必ず達成されると思います」

 

クレイマンは苦笑する。元の人間の頃とは勝手が違う。サラリーマンの福利厚生がどれだけ通用するか、不安はあるが、やるしか無いだろう。

 

クレイマンは気合を入れ直すと、突然アイリーンが倒れる。というよりは土下座をしたのだ。

 

「ど、どうした?」

 

突然の行為にクレイマンは驚く、そもそも土下座を知っていたのかよっというのが最初に驚く要素だったが。

 

「昨日の夜、ヴィオレ――あの召喚した悪魔を説得するためとは言え、狂信者(シンジルモノ)を使用してしまいました。どうかこの言いつけを守れぬ愚かなワタクシを罰してくださいませ!」

 

「あぁ、ヴィオレって言うのかあの紫色の髪の少女悪魔。とりあえず顔を上げなさい。その説得?が命の危険があったのだから使用したのだろう?なら守っているではないか。罰する要素なんて何処にもない、むしろお前が無事ということはヴィオレをコントロールできるようになったのだろう?。褒美をやりたいくらいだ」

 

アイリーンは顔を上げ、涙を流して再び頭を下げる。

 

「寛大な御慈悲!ありがとうございます!」

 

「えぇ、これからも励みなさい。アイリーン」

 

 

ジスターヴにもスラム街と呼ばれる区画は存在する。

 

整備が行き届いていなく、病気になる者もおり、そこら中に飢えや病で倒れる者が転がっている。

 

たまにクレイマンによって贄になりそうな物を拾いに来ていたが、今現在はというと、整備は行き届いていないのは同様ではある。

 

しかしそこに倒れる人の姿は何処にもない。うめき声で満ちていたスラム街は沈黙に包まれている。

 

元いたスラム民の殆どは既にクレイマンの環境改善案によって表の街に移住していき、病気や飢えの心配は無くなっている。

 

だが何故スラム街が残っているのか。国民の意見ではお金をまわす余裕が無いというのが有力説になっている。

 

しかしある噂からもう一つの説が出来上がりつつある。夜な夜な人の声が聴こえるそんな噂から。

 

「ぐへへ、ここは良いな、良い隠れ場所になる」

 

ある深夜、明らかに盗賊、あるいはどろぼうといった様相の男達がいた。この場にいるのは五人、彼らはスラム街に隠れ住む外から逃げてきた犯罪者であり、今ある計画を練っているところのようだ。

 

「貴族層のあの小娘はあの場所にいくから――」

 

「なら時間は――」

 

「身代金は――」

 

下卑た笑いと共に話は進んでいく。そんな中、女の声が男達の耳に入る。

 

「ね、ねぇ、やっぱり帰ろうよぉ、お父様に怒られちゃうよ」

 

「我慢よパープ、ここに来た証拠を持っていけば男子達を見返せるんだから」

 

「でもぉ」

 

一人はダークエルフの少女、黒い肌に白いワンピースが容姿もあって美しさを相乗している。

 

もう一人は人間の少女。少しボロめの私服で、長めの紫色の髪を揺らし、怯えた様子でダークエルフの少女の腕にしがみついている。

 

どちらも貴族なのだろうか、誰もが二度以上振り返る端正な顔立ちで、男達は売れば高値で売れると確信する。

 

男達は二人の少女を囲むように動き、男の一人が声をかける。

 

「どぉしたのかなぁ?こんな危険な場所に来ちゃったらお父様に怒られるでしょう?」

 

「ここにしかない物を取りに来ました!何かないでしょうか?」

 

「そうだなぁ、おじさん思いつかないなぁ、あ、そうだ!」

 

男が手のひらに拳をおいて何か思いついたような仕草を合図に、背後の男二人が革袋を二人の少女に一つずつ被せようとする。

 

「はい、犯罪者はっけーん」

 

その瞬間、ダークエルフの少女の腕にしがみついていた人間の少女が後ろに手を軽く振ると、被せようとした男の一人の頭が弾け飛んだ。

 

「は?」

 

男達は皆、何が起きたのか理解できていない様子だった。

 

しかし紫色の髪の少女がダークエルフの少女から離れ、その耳まで届きそうなほどに口角を上げた表情からその少女がヤバい存在だということは理解できた。

 

思考から行動まで数秒だった、男達はすぐさま四方八方へと走り出し、少女から離れ、スラム街から脱出しようとする者と、仲間の応援に向かった者へと別れた。

 

「逃して良かったんですか。パープ、いえヴィオレ」

 

儚げな少女を演じていたヴィオレは髪をサイドポニーテールにし直し、無邪気な笑顔をダークエルフの少女、アイリーンに向ける。

 

「あはは!大丈夫!スラム街全体に結界張っておいたから、逃げれないからこうやって君と話せるんだ」

 

「……やはり魔法を使えたのですね」

 

「君もでしょ?」

 

「使えるとは言えないレベルだけどね。まさか手加減されていたとは悲しいわワタクシ」

 

「君に悲しいという感情があるの?。ま、ボクも今の身体じゃ威力は8割に落ちているから不完全だし。君に撃った破滅の炎(ニュークリアフレイム)ももっと威力があったんだよね」

 

「へぇ、ならいつかは完全な形で決着つけておきたいわね」

 

「だから僕はそのためにクレイマン――様に仕えてるんだよ?」

 

「そう、まぁ喋るのはこのくらいにして、任務を遂行するわよ、ヴィオレ。まぁワタクシは監視役なわけだけどもういらなそうね」

 

ヴィオレに与えられた任務。それはスラム街にまんまと住み着き、それをヴィオレが楽しく殺すというもの。

 

今のスラム街はいわばヴィオレの遊び場として残したものであり、ヴィオレはこの日を待ちわびていた。

 

「よーし、そろそろ仲間と合流してくれているかな?じゃあボク楽しんでくるから!」

 

「待ちなさい。ちゃんと殺す前に知識を抜き取っておくのよ。それも任務の内です。ですがそれ以外は叫ばせようが鮮血ぶちまけような構いません。ご自由に」

 

「わかってるよアイリーン。じゃあ!」

 

ヴィオレは一瞬でアイリーンの視界から消え失せ、数秒後、遠くのはずなのにここまで悲鳴が聴こえ出した。

 

「派手にやってそうね。さて、ワタクシはただ待ちます……ん?」

 

アイリーンは気配を感じ、試しに魔力感知を発動させる。暇になったのもあるが、近くにこの前のスラム民移民のし忘れ、あるいは行き倒れと、可能性が多いが、それは的中したようで、弱々しい魔力を持つ者を三人、身を寄せ合っているのを察知する。

 

このままだとヴィオレに殺されるので、アイリーンはその場所まで走っていく。

 

古びた空き家の中にいるようで、扉のない入り口から入り、声をかける。

 

「誰かいるのはわかっている。ワタクシは助けに来た者だ!出て来てほしい。出て来れないなら声を出してくれ」

 

数秒待ったが反応も姿もない。どちらでもないなら可能性は二つある。敵対心を持っているか、声が出せないほど衰弱してるかだ。

 

アイリーンは進んでいき、魔力感知に反応があった場所までいくと、三人の人影を発見した。

 

その姿は一言で言うなら屑鉄。錆色の鱗を持った蜥蜴人族(リザードマン)のようで、全身が傷だらけで、生きているのか怪しいレベルだ。

 

その内の真ん中のリザードマンが辛そうに口を動かし、何かを言っている。動きからして、た・す・け・て、とアイリーンは理解した。

 

「なるほど。了解した」

 

アイリーンは軽々とリザードマン三体を背負い、急いでスラム街の外へと向かう。ヴィオレの張った規模はあるが実力のある者にとって脆く、アイリーンは結界の一部を破壊し、速度を落とさずに突っ走る。

 

目的地は考えたが今の街では助かるとは思えないため、渋々クレイマンのいる城へと向かった。

 

城には優秀な魔法を扱える五本指がおり、アイリーンは息を切らすことなくその人物のいる部屋までたどり着く。

 

ノックもかけずにドアを開き、中にいた人物は軽く驚くが、すぐに状況が飲み込めたようだ。

 

「ミュウランさん。こいつらの治療、お願いします」

 

「わかったわ。でもノックはちゃんとしてくれると助かるわね」

 

「確約はできないわ」

 

「心がけるだけでもいいわ。もし今度はドアを壊したらクレイマン様に言いつけるけどね」

 

「……善処します」

 

アイリーンは渋々と言ったしょぼくれた表情で了承する。

 

「そ、じゃあ私はこの子達の治療に入るから任務頑張ってね」

 

ミュウランは床に寝かされたリザードマン達に治癒魔法をかけ始める。

 

アイリーンは問題ないことを確認すると、急いでスラム街へと戻っていく。

 

時間としては五分程ではあるが、すぐに終わらせてしまっていることをアイリーンは想像でき、先程割った結界から入り、元いた場所までくる。

 

どうやら悲鳴が聴こえていることに我ながらおかしいなとは思いつつもアイリーンは安心する。

 

五時間ほど経つと、ヴィオレが満ち足りた顔でアイリーンのところに戻ってくる。

 

「お帰り、情報は?まさか忘れていたとか言わないでほしいわね」

 

「ボクそんなに信用ないかな?大丈夫ちゃんと引っこ抜いて来たよ」

 

ヴィオレには知識を抜き取る力があるらしく、クレイマンは有用と考え、一石二鳥の案として今回の任務が行われた。

 

「それなら良いけど、とりあえずクレイマン様に報告に行きましょう」

 

「そうだね~。あ〜またやりたいねこの仕事」

 

「ワタクシは嫌ですけどね。あの善悪判定の演技とか」

 

「ボクはちょっと楽しかったなぁ。次はどんな設定で行く?」

 

「ぬかせ」

 

アイリーンとヴィオレはそんなことを楽しげに喋りながら、城へと歩いて戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クレイマンパートとアイリーンパートの差があるのはどうにかしたいですね(´・ω・`)

というかいつの間にか出来てた2パート構成。


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4話 優秀な部下は大切にするべし

ヴィオレの第一回スラム街での犯罪者で遊ぶから一日経ち、クレイマンはミュウランのいる部屋まで来ていた。

 

部屋の前まで来るとドアに二回ノックし、声をかけた。

 

「クレイマンです。入りますよ」

 

「ど、どうぞ」

 

畏まった震えたミュウランの声を聞き、クレイマンはドアを開く。

 

特に特徴のない部屋であり、最低限の家具しかなく、小物も少ない。生活感が無いと言うべきだろう、しかし掃除はされており、見た感じでは埃や汚れ、染みなどは見当たらない。ミュウランの真面目さが見て取れる。

 

ベッドには昨日アイリーンが保護してきたらしいリザードマンが三体が身を寄せ合って寝ており、部屋の中心には忠臣らしくミュウランが深いお辞儀をしてクレイマンを待っていた。

 

「わ、私の部屋に何か御用がお有りでしょうか。クレイマン様」

 

ミュウランは顔をあげる。その顔は真顔で、平静を装っているようだが冷や汗や体の細かな揺れがクレイマンを恐怖してるのだと感じられる。

 

「……これではまともに話せないでしょう」

 

クレイマンは懐からミュウランの心臓を取り出す。本来はガラスケースに入っていたが、それを取り出して持ってきたものだ。

 

ミュウランはクレイマンの秘術、支配の心臓(マリオネット・ハート)にて生殺与奪の権利を握られ、服従させられていた。

 

しかし今のクレイマンには必要ないものだ。下手に行動を縛るのは会社員だった頃から嫌だと思っていたことであり、言われた通りにこなすだろうが、部下の視野も狭まり、意見もできず適切な行動ができなくなる。

 

クレイマンは心臓をミュウランに近づけると、心臓はゆっくりとミュウランの身体に入り込んでいき、代わりに盗聴用だった宝珠が外に出てきた。

 

「え?……えっ?」

 

ミュウランは何が起きたか理解できていないようで、手を胸に置き、心臓の脈動を感じると、もうクレイマンに服従する必要が無くなったことを理解した。

 

「クレイマン、いったい何を――いや待って、()()()()()

 

「それはどういう意味かな?」

 

本心でのクレイマンの言葉だ。まさか別人が憑依してることに気づくなんて思っていなく、内心焦り気味になっている。

 

「とぼけないで。昔のクレイマンと、今私の目の前にいる貴方では魔素量が全く違うわ」

 

ミュウランは不審な目でクレイマンを見ている。冗談ではないのはわかるが、クレイマン、もといリョウマにはそこまで魔素があるとは思えなかった。あるなら名付けも気軽にできたし、ヴィオレに殺されないか警戒心を持つことも無かったからだ。

 

「うーん。良いか話そう。ミュウラン()()嘘偽り無く、私は話すぞ。実は――」

 

クレイマンは自分が一度死に、クレイマンに憑依したことを話した。ミュウランはその話を呆れる様子なく聞き、何か考え込む素振りを見せ、考えが纏まったようで話しだした。

 

「ラーゼンという最高峰の魔術師が憑依転生(ポゼッション)という魔法を使うらしいわ。けど精神を壊さないと発動できないし、異世界から、それも意志のある肉体になんて聞いたことないわ。貴方今どういう感じなの?記憶とか、肉体の違和感とか。小さなことでも構わないわ」

 

クレイマン本人ではないとわかり、先程までの恐怖はなく、微笑を浮かべ、若干砕けた口調で今のクレイマンに質問する。

 

「そうだね。身体に違和感は無いが、記憶はクレイマンの記憶があって、精神もちょっと寄ってるね。ただ人格は変わっていないからクレイマンではないね。ちゃんと人間の頃の記憶もありますしね」

 

「なるほど……とても特異なことが起きてるみたいね。違和感が無いとは言ってるようだけど、使えているのはクレイマンの魔素だけのようね。貴方自身の魔力は使えていないわ」

 

「ふむ?それってつまり体という宝箱の鍵穴に、私という鍵があっているとい言った感じかな?」

 

「まぁだいたいそうね。とりあえずはこのことは保留ね。で、貴方のことなんて呼べば良いのかしら?」

 

「クレイマンで良いですよ。私もクレイマンとして生きているわけですし。それで今日来た理由なんですが」

 

「何かしら?」

 

「まず待遇は改善する。頼みも無理の無い範囲で聞く。だから()()()()まで私の元で働いてほしい」

 

「来たる日って言うのは?」

 

「それは話せませんね。それまでは従ってくれると助かります」

 

少し不満そうな表情はしつつ、ミュウランは了解したようで頭を縦に降る

 

「で、もう一つなんですが……魔法を教えてください」

 

「え?」

 

ミュウランはあまりに意外な台詞に驚き、すぐに笑いへと変わった。

 

「は、あはは。あははは!まさかそんなことをクレイマンから聞くなんてね!いいわ、何時でも教えてあげるわ」

 

「ありがとうございます……で、そこで寝ているリザードマンは回復しましたか?」

 

「えぇ、傷は完治させたわ。ただ魔素が枯渇していてまだ目が覚めるのに時間がかかりそうね」

 

「ふむ、なら手っ取り早い方法がありますね」

 

クレイマンはリザードマン達のいるベッドまで歩いていく。

 

「あ、貴方まさか!」

 

「左からアイン、ツヴァイ、ドライってところか」

 

クレイマンは三体のリザードマンに名付けをした、確かにそれなら魔素を回復できる。相手はリザードマン、格下の魔物だ。しかしクレイマンは忘れている。

 

――アイリーンという底辺であっても魔素を大量に使った部下がいたことを。

 

「よし、これで目覚め――」

 

言い切る前にクレイマンの体は魔素切れで後ろに倒れ、最後にミュウランの呆れた声を聞いてクレイマンは眠りについた。

 

 

クレイマンと同時刻、アイリーンは再び墓場に訪れた。前ほど汚れてはいないが臭いはどうしてもキツく、不快感が出てくる。敵が侵入したときは霧が発生するらしいが、現在侵入者はいないため視界は良好だ。

 

来た理由は五本指、示指のアダルマン。彼に本当の忠誠を誓わせることだった。

 

前にクレイマンが業視者(ミサダメルモノ)では善人ではあるが、欲求が自害で、精神状態は諦観だった、知っていたが、これではいけないと悟り、アイリーンを向かわせた。自分が言っても本音は聞き出せないだろうと考えた結果であり、それにアイリーンなら必ず達成できると信じて送り出された。

 

「五本指、中指のアイリーンです。アダルマン、姿を見せなさい」

 

そう告げると、墓場の奥から一体のアンデッドが姿を見せた。

 

骨だけの身体に、白亜の法衣を着こなし、その放つ気配はクレイマンに匹敵するものが感じられた。

 

「おぉ、アイリーン殿、何用でこのような場所に?」

 

「貴方にかけられた呪縛を解きに」

 

「……それは偉大なる魔王、クレイマン様に反旗を?」

 

「クレイマン様の命令で、ですよ」

 

「ふ……ふははは!そのようなことできるとは思えんな!この呪縛は神聖魔法でなければ」

 

「使えますよ?」

 

「は?」

 

アダルマンには顔は変えようが無い骸骨なのだが、アイリーンには真顔になったような気がした。

 

「ありえん、そのようなことが、魔物にそのようなことができるわけがなかろう!」

 

「本当にそうかな?」

 

アイリーンは手に力を込める、すると手が光り始めた。アダルマンは知っている。その光は神聖魔法のものだということを。

 

「ありえん……」

 

アダルマンは口を大きく開け、本来神を信仰する者だけが、聖なる者だけが使える魔法を魔物が使えることに驚愕している。

 

「ま、欠片程度しか使えないんですけどね。だからついでに教えてもらおうと思ったんですよ。その法衣がルミナス教の司祭以上が使えると知りました。ですがその様子だとダメみたいですね?」

 

「ぐぅ……小娘、余をなめるなよ?」

 

怒りの感情をぶつけられていることにアイリーンは気づき、笑みを浮かべる。

 

「ならぶつけてくるといいでしょう。ワタクシに見せてください。司祭以上の実力の神聖魔法を!」

 

「貴様ごときにはこれで十分よ、侵蝕魔酸弾(アシッドシェル)!」

 

無数の水弾が展開され、アイリーンに放たれる、それは骨をも溶かす酸性を秘めているが、アイリーンはそれを真正面から受けた。しかし溶ける肉の匂いも音も聞こえてこず、様子が変わることはなかった。

 

「汚いですね。ただの元素魔法じゃないですか」

 

「くっ、怨念の亡者どもよ、生贄を授けよう、呪怨束縛(カースバインド)!」

 

今度は生気を吸い取る亡者が召喚される。魔人にも効果のあるその魔法さえも、アイリーンは受け止める。

 

「今度は死霊魔法ですね。で?」

 

アイリーンは神聖魔法の元である霊子を込めた手で虫を払うかのように死霊達を消してみせた。

 

「何故だ……何故魔法が効かぬのだ!」

 

()()()()()()んですが、何故かワタクシ魔法を受け付けない身体みたいなんです。神聖魔法は知りませんが」

 

「そんな、そんなことが……!」

 

アダルマンは狼狽え、体をよろめかせる。それでもアイリーンは語りかける。

 

「クレイマン様が言うには、神聖魔法は奇跡を信じ、願う者であるなら善も悪も関係なく、思いに応え、思いが強ければその分力になる。と、言っていました。貴方はどうなんですか?」

 

「余は……そうだな」

 

覚悟が足りなかった。自分にはもう資格が無いと諦めていた。ルミナス様から見放されたと考え、神聖魔法は扱えないと、だが目の前にいるアイリーンという魔人が目を覚まさせてくれた、カザリームにかけられた呪縛は解けない、自害もできず、あのクレイマンに従っていた。

 

「アイリーンよ。余をどうやって開放するというのだ」

 

「簡単ですよ。ただ神聖魔法をぶっこむだけです」

 

アイリーンはアダルマンの近くまで移動し、その霊子を込めた手で体に触れた。そのまま神聖魔法を発動させる。

 

「ははは、これではとても呪縛など」

 

手に込められた霊子は増大していき、強い光を帯び始める。その光はアダルマンを飲み込み、アダルマンの身体から何が消えていく感覚が現れる。

 

光が収まると、アダルマンは倒れ伏し、普通なら浄化され死ぬものだが、その口が言葉を発した。

 

「今のクレイマンという男は、それほどまでに信仰を捧げる価値があるのか?」

 

「ありますよ、ワタクシの信仰の対象はクレイマン様ですので、殆ど知識なしでもこれほどの神聖魔法を使えました」

 

「神聖魔法?……く、ふふふ、ふははは!違うぞアイリーン殿、あれはただの大量の霊子をぶつけただけに過ぎん、神聖魔法とは到底呼べん!」

 

アダルマンは起き上がり、アイリーンの肩に手を置いた。

 

「良いでしょう!余はこれよりクレイマン様に本物の忠誠を!信仰を誓おう、そして巫女であるアイリーン殿よ、貴方様に神聖魔法をお教えしましょう!」

 

「み、巫女?よくわからないけど忠誠を誓うのね。ありがとうございました。それではワタクシはクレイマン様の元に戻るますゆえ」

 

「余、いえ僕もついていきましょう!」

 

「やめてください僕とか!、余でお願いします。アイツが頭をよぎるので」

 

「ふむ、巫女様がおっしゃるなら、余はそれで、では参りましょうぞ!」

 

こうして、ミュウラン、アダルマンの忠誠を得たクレイマンであった。

 

ちなみに小指のピローネは普通に忠誠心を持っていたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クレイマンの状態をあえて例えるなら初期の名無しリムルの身体にヴェルドラが人格の主導権握って入っている感じです。元のクレイマンの人格消えているのでちょっと違いますが

九頭獣は本編から二十年前なのでまだいません。五本指とは


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5話 鍛錬は自己防衛のために必要

今回は短め(それでも3000文字)


クレイマンの城にある訓練場、本来は部下が戦闘訓練に使っているこの場所には二人しかいない。クレイマンとミュウランだ。クレイマンは仕事の合間をぬって魔法をミュウランから教えてもらっており、それは一年も続いている。

 

クレイマンは今まで成果を試す。イメージを固め、魔法を発動させる。

 

水氷大魔槍(アイシクルランス)

 

クレイマンの手のひらから氷の槍が放たれ、的の木の人形に命中する。

 

「お見事です。氷魔法が一番かかりましたね」

 

クレイマンは召喚魔法についてはわかっていた。ただ何故かこういう攻撃魔法に関しては上手いこと使えずにいたようで、知らない言語を喋ると書くとで違うというのがクレイマンが見解だ。

 

魔素の扱いはクレイマンの記憶からわかっているし、地脈も一ヶ月かけたがどういうものか理解し、扱えるようになった。

 

「ふぅ、改めて思いますが魔法ってこんなに難しいものなんですね」

 

「早すぎるほうではありますけどね。千差万別。魔力、魔素の扱いの高さって人によって違うわけだし、魔法が使えない人、なんだって使える天才、それしか使えない一点型とかいるわけだし。」

 

魔力とは魔素をコントロールする力、これが高い人は強い魔法が扱えるという感じらしい。

 

クレイマンであるリョウマはいわゆる記憶にはあっても身体には染み込んでいなかったようで、今では今回の氷魔法を含めて全属性をかなり扱えるレベルになっている。

 

「さて、これも試してみますか」

 

クレイマンは指先から糸のような細長いものが伸ばした。それは自由自在に動き、人形にそれを刺すと、ぎこちないが、ひとりでに動き始める。

 

「へぇ、なるほど魔素の糸かしら、それで人形に魔素を流して操るっていうわけね」

 

「まぁそれだけっていうわけでは無いんですよね、ふっ!」

 

クレイマンの魔素の糸、魔糸(まし)を人形から離し、それを勢いよく魔糸を人形に振るうと、まるで抵抗なく人形は切断され、バラバラになった。

 

「普通に攻撃としても効果があるんですよ。後こういうのもあります」

 

クレイマンは背中から義手を一本生やす、それは人間の手ではあるが、巨人の腕といった大きさのものであった。

 

クレイマンはもう一体の人形にその腕を振り下ろすと、強い衝撃と共に木片が飛び散った。

 

「名付けるなら人形腕 巨人(ドールアームギガント)ですかね、少し足腰に来ますけど物理攻撃としては集団なら剣使うより手間がかかりません」

 

クレイマンが人形腕を消すと、ミュウランは感心したように首を縦に降る。

 

「……貴方、意外とこういう人形作りできるのね。クレイマンの記憶もあるのでしょうけどすごいわ」

 

「意外とやってみると楽しかったですね。図工みたいで」

 

「そういうものなのかしらね。そういえば魔法ならヴィオレちゃんが扱えるはずだったけど、何で私に?」

 

「教える気がまるで感じられなかった。バーとかドカーンとか抽象的な説明でしたよ」

 

「あー、あの子教えるの下手そうですよね。それじゃあもう魔法はマスターしたみたいだし、教えるのはこれで終わりかしら?」

 

「そうだね。お疲れ様でした。ミュウランさん」

 

ミュウランはさん付けにむず痒いものを覚え、体を震わせる。

 

「さん付けしなくて良いわよ。クレイマンの声でそれは違和感凄いのよ」

 

「わかりました。ではミュウラン、これからもよろしくお願いしますね」

 

「えぇ、貴方の言うその時まで付き合うわ」

 

クレイマンとミュウランは友好の握手を交わした。前のクレイマンではありえない光景がそこにはあった。

 

 

「これで最後の種っと」

 

アイリーンは最後の種を撒き終えると、一息ついた。

 

アイリーンは畑作りに勤しんでいた。広さは平均的な1.43ヘクタールで、墓地の一画を使用しており、元々汚染された土ではあったが、神聖魔法による自身のものと、アダルマンの手助けもあり、綺麗な栄養が高い土へと生まれ変わった。

 

食料確保のための畑作りは、別の部下がやる予定ではあったが、アイリーンはその任務に立候補した。

 

自分でもよくわかっていない。何故畑をしようと思ったのか、何故楽しくやれているのか。疑問を思いつつも一年の間に畑は今完成へとなっていた。

 

《確認しました。ユニークスキル、『土耕者(タガヤスモノ)』を獲得……成功しました》

 

頭に声が響く。それは世界の声と呼ばれる者だとアイリーンは知っている。

 

「こんなことで手に入るんですね。それもユニーク」

 

あまりに簡単すぎることに苦笑しつつアイリーンはとりあえず新しく手に入ったスキルを使用してみた。その効果は土操作と体力、身体能力の上昇と言った具合だ。

 

戦闘向きかは相手がいないとわからないため、アイリーンは相手を呼んだ。

 

「ヴィオレ!」

 

「……原初の悪魔を気軽に呼ぼうとするのは君くらいなもんだよ。アイリーン」

 

即座にヴィオレは姿を見せる、空から勢いよく着地し、土が飛び散る。

 

――それがアイリーンの逆鱗に触れたのだ。

 

「おい、何、人がやっと完成させた畑を荒らしているんですか」

 

「ごぉめんご!」

 

ヴィオレは煽るような声音と舌をぺろりとだした舐め腐った謝り方をする。

 

アイリーンは早速土耕者(タガヤスモノ)を使用し、土を操作して地面から土柱を生やし、ヴィオレを遠くまで吹き飛ばした。

 

空中でヴィオレは笑みを浮かべながら思考する。

 

(やっぱり凄いねアイリーン。まだ一年しか経っていないのに新しい、それも結構強めのスキルを手に入れたみたいだね。これは()()()()日は近いかな?)

 

考え終えて、ヴィオレは手頃の広い場所まで降り、続いてアイリーンも飛んできて、着地する。

 

「練習台になりなさい」

 

「いいよ!ボクも戦いたくてウズウズしていたところだし!」

 

それから一時間ほど地形が抉れるほどの戦闘が行われた。今回はヴィオレは魔法を使用し、アイリーンも土耕が(タガヤスモノ)を使用した戦闘にすぐに順応していく。

 

遊び程度であり、アイリーンは狂信者(シンジルモノ)を使用せず、ヴィオレも破滅の炎(ニュークリアフレイム)を使用していない。

 

二人共に息を切らすようになると、戦いは終わり、アイリーンは怒りも消えたのかヴィオレに何時もの声音で話しかける。

 

「ねぇ、ヴィオレ。貴方魔法を使えるのよね。どうせなら教えてくれないかしら?」

 

「あぁ、そういえば君って魔法が使えないんだったっけ、別にボクが教えなくても勝手に使えそうな気がするけど、まぁ良いよ!」

 

笑顔で返答し、ヴィオレは快くその提案を受け入れ、アイリーンに魔法を教え始める

 

しかしそれはアドバイスと言って差し支えないものであったが。

 

「まず魔素をかんじることから始めようか」

 

「魔素、魔素かぁ」

 

アイリーンは目をつぶり、まわりに漂う魔素を感じ始める。次第に目をつぶっているのに景色が見え始め、目を開けているのと同じ景色が瞼の裏に広がった。

 

《確認しました。エクストラスキル、『魔力感知』を獲得……成功しました》

 

目を開け、再び脳内に声が響いたのをアイリーンは感じた。

 

「魔力感知っていうの獲得したみたいです」

 

「え?、早いねホント。じゃあ次は魔法、簡単に言うなら“何らかの効果を生じさせるイメージ”かな?特定の法則に沿って具現化させるもので、例えば物を燃やすイメージをエネルギーとして放出させる。で、その付随効果で火の玉が出てくるんだよ」

 

ヴィオレは頭が良くないように見えるが、長年生きているだけあって頭はいいほうだ。本の中身をまるまる暗記などもでき、教えることなど造作でもない。

 

「なるほどね。じゃあやってみます」

 

アイリーンは手を掲げ、手のひらに意識を集中させる。

 

物を燃やすイメージ、そこには最初のヴィオレの放った魔法、破滅の炎(ニュークリアフレイム)が思い浮かんでいる。

 

すると手のひらに火が灯り、徐々に大きさと熱量が増していき、巨大な火の玉が出来上がった。

 

「やっぱりボク必要ないじゃん」

 

「そうですかね?ほい」

 

アイリーンは自然な動きで火の玉をヴィオレ目掛けて投げつけた。

 

「そう来るとは思っていたよ」

 

ヴィオレは火の玉を手を振っただけでかき消した。アイリーンはそれを笑みを浮かべて馬鹿にするような軽い拍手をする。

 

「すごいすごい、やっぱり原初の悪魔ってすごいですね」

 

「あはは!バカにしてるでしょ?」

 

「まぁね。ちゃんと受けないところがなんかワタクシの魔法を怖がっている感じがして」

 

ヴィオレはそれに若干イラッとしつつ、提案をした。

 

「じゃあ今度は受けてあげるよ、うってみてよ」

 

「あ、良いんだ、じゃあいきますよー!」

 

アイリーンは火の玉を一個――ニ個、三個、四個と増やしていき、合計十個の大きな火の玉が出来上がった。

 

「オリジナル魔法、巨炎雨(ギガフレイムレイン)

 

それを全てヴィオレにぶつけ、巨大な火柱がヴィオレから舞い上がった。

 

しばらくして火は収まり、ヴィオレは服がボロボロになったくらいで、無傷で立っていた。服はすぐに元の綺麗なものになり、ヴィオレは拍手をアイリーンに送る。

 

「けほっ、本当に才能が豊かだよね、君。どこかボクと似てる気が……いややっぱナイナイ」

 

「それには同意見ですね。悪魔と同じとか無いですよ」

 

「だよね?」

 

アイリーンとヴィオレは見つめ合った後、笑い声を上げる。楽しげな様子がそこにはあった。

 

「じゃあ畑治しに行こうか?」

 

「え?」

 

この後めっちゃヴィオレは畑の種を回収させられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話 同期とは良い関係を築くべし

なんかすっごい長くなったわ(´・ω・`)


「ん……うーん」

 

クレイマンは魔素が回復し、目が覚める。何時ものベッドの上であり、いつもの天井が見えるが、知らない声が三人分耳に入ってくる。

 

「ね、ねぇ、ここはジブンがやるってことでいい?」

 

「あ?なんでそうなったんだよ!ここはオレがクレイマン様の世話だろ。頭いいしな!」

 

「頭いいやつは頭が良いとは思わないって聞くけどね。アタシの得た知識と見解だと」

 

クレイマンは体を起こし、声のする方に視線を向ける。そこにはキラキラと輝く銀のような竜翼を持ち、金のような髪をなびかせ、瞳は黒曜石のような美しさを持った三人の龍人族(ドラゴニュート)が言い争っていた。

 

エメラルドのような深緑の三つの角を持った短髪の少年が悲しそうな表情でたどたどしく喋るが、声音は意思を通そうとハッキリとしたものだ。

 

ルビーのような紅の一本角を持った荒々しい獅子のような長い髪の大柄の男性はまくし立てるように喋り、表情もそれに合った憤怒の表情だ。

 

二人の話の合間にこの状況がおもしろいのか、楽しげな表情で自分の意見を挟むサファイアのような碧い双角を持った綺麗な長い髪をポニーテールにした女性がそこに当たり前のように立っている。

 

「貴方達は……」

 

クレイマンの知らない宝石のようなドラゴニュート達は、クレイマンを見ると笑顔となり、話すのをやめて角がルビー、サファイア、エメラルドの順で一列になった。

 

「お目覚めになったか大将!オレだぜ!アインという名を貰った元リザードマンだ!」

 

「あぁ、我が君、おはようございます。アタシはツヴァイです。この名に相応しい働きをこの三日間行なっておりました」

 

「ど、ドライです。えっと、何故眠りを妨げるような言い争いをしていたのかと言うと、誰が仕事でアイリーン様不在の中眠っているクレイマンの世話をするか、です」

 

「……え?、あの錆びたような鱗のリザードマンか貴方達!」

 

凄まじい変化だ、面影が何処にもなく、とても死体のようは姿からここまで進化するとは流石にアイリーン以上の驚きがクレイマンを襲い、声を少し荒らげさせる。

 

「はい、アタシ達は目覚めたその時より、この御恩を一生をかけて尽くす覚悟です。どうかご命令を、我が君」

 

三人のドラゴニュートの熱い視線に気圧されつつも、笑みを浮かべ、平静な動作でベッドから降り、身なりを整えて、咳を一回挟んだ後、最初に言っておきたい質問をする。

 

「その前にだ。何故貴方達は私の国で倒れていたんだ?」

 

三人のドラゴニュートは目配せをしあい、ツヴァイが話をするようだ。

 

なんでもある意味珍しい鱗を持つリザードマンだった三人は元いたジュラの大森林のリザードマンの村に様々な場所で奴隷を売りさばく者、『コロンブス』という奴隷商団に仲間達から疎まれていたため迷いことなく差し出され、奴隷として生きていた。

 

買い手がつかずにコロンブスの長らしき男になぶられ続け、憔悴しきっていたが、なんとか夜の間に抜け出し、スラム街へと逃げ込めたがいいが、もう動く気力もなく、そのまま倒れていたところをアイリーンに救われたというのがことのあらましだ。

 

「その、リザードマンの里とかコロンブスっていう奴隷商団に復讐とか考えていませんか?」

 

「はい、リザードマンの頃は考えていましたが、この姿になってからはその心も希釈され、今では恩を返すためにクレイマン様に尽くすのが最優先だと考えております」

 

「ま、オレとしてはまだ復讐は考えてはいるが、それは相手がノコノコと姿を見せるまではやるつもりは無いぜ」

 

「ジブンも、あのリザード畜生共のことはぶっ潰したいですが、そんな小さなことでクレイマン様の不評をかいたくないので、し、しません」

 

三人とも、心も強くなったのか復讐はついでのように考えているようで、クレイマンはやっぱ進化すげーと、この世界の名付けの効果に感嘆していた。

 

――まぁ別にそんな訳はなく、三日間の間ににアイリーンによって()()された結果も含まれているのをクレイマンは知らない。

 

「三人とも、忠誠を感謝しよう。さて、目覚めたからには一つやっておきたいことがあるんですよ。本当に大事なことを」

 

 

中庸道化連(ちゅうようどうけれん)

 

世界の裏から暗躍し、皆仮面を被ったピエロのような姿をしているのが特徴的な集団であり、そのフットワークの軽さと情報力で各地で策謀を巡らせ、依頼あらば確実に遂行する。

 

その集団の中核と言っていい三人が、同じく中庸道化連の仲間であるクレイマンの国に訪れていた。

 

クレイマンからの誘いとあって、三人は違和感を覚えた。

 

「なんや?なんか騒がしくないか?」

 

中庸道化連の副会長を務める楽しげな仮面をつけた男、ラプラスが耳をすませる。

 

前来たときは静寂そのもの、悪く言えば活気が無いとすぐにわかるものだが、門の前だと言うのに楽しげな声が聴こえてくるのだ。

 

「ふーむ、これはどういうことなのでしょうね?試しにあそこにいる門番さんに聞いてみるとしましょう」

 

恰幅のいい体の怒った顔の仮面をつけた男、フットマンは門番のダークエルフの男に話しかける。

 

「おぉ!、貴方がクレイマン様のお仲間ですね!」

 

「え、それはどういう?」

 

フットマンは話しかける前に嬉しそうに門番から話しかけられ、少し困惑する。何せこんなこと一度も無かったことなのだから、前来たときはこの仮面から嫌悪されていたことがあるが、まるで逆の反応だ。

 

「うーん、クレイマン何かしたのかな?でも操られているにしてはそんな不自然な感じないよね?」

 

他二人と比べると小柄な体の涙を流した仮面をつけた少女、ティアは思考を巡らせるが、そこまで頭の良くない知恵では何も浮かばず、諦めた。

 

「どうぞお三方、中にお入りください」

 

門番は門を開け放ち、中庸道化連の三人は中に入っていく。

 

そこに広がっていたのは、とても傀儡国ジスターヴとは思えない活気、そして綺麗な町並み。

 

道路は舗装され、建物には傷一つ、汚れ一つ無い綺麗なもので、露店には見たことのない食べ物が売られており、それを魔人やダークエルフが買いに来ている。

 

誰一人として悲しげな表情は無く、服もボロボロなものはない、見るからにオシャレな格好が多く見られ、楽しげな声がより一層強く感じられる。

 

あまりの異様さに三人はたじろぐほどで、しかし追い打ちの如く、更に異様な光景が目に入ってきた。

 

「あっ!」

 

一人のダークエルフの少年が氷菓子、アイスクリームを持っており、それを紳士風の男、そうクレイマンのズボンにぶつかり、汚してしまったのだ。

 

「あっ。ご、ごめんなさい」

 

三人は、「死んだなあいつ」と口を揃えるが、クレイマンは笑みを浮かべてポケットから財布を取り出し、お金を手渡したのだ。

 

「すみませんね。私のズボンがアイスクリームを食ってしまったようで、これで新しいものを買ってくると良いでしょう。釣りはいりません。どうぞ好きに使ってください」

 

これまた優しい声音で少年の頭を撫でるクレイマン、少年は満面な笑顔で手を振りながら人混みの中に消えていった。

 

「なんやこれ……」

 

「なんでしょうね」

 

「いやホントになに?」

 

三人は異様すぎる光景に度肝を抜かれていると、クレイマンが三人を見つけ、アイスクリームがついたズボンのまま歩いてきた。

 

「おや、もう来たのですか。ラプラス、フットマン、ティア」

 

「お、おう、クレイマン、お前も元気そうやな」

 

「えぇ、元気にやってますよ。それでは行きましょうか。ここで露店まわりも良さそうですが、流石にいきなりそれはハードルが高いというものです」

 

三人は偽物かと疑うが、何処をどう見てもクレイマンそのものであり、違いがあるとするなら指にはめた指輪くらいだろう。たまに自慢のために付けていることがあるため、別に普通なことだと思い、三人は疑いはするが、証拠がないためクレイマンの後をついていった。

 

「はー、これまた減ったなぁ」

 

城に入ると豪華絢爛なエントランスは、シンプルながら気品のあるものに変わっている。高そうな品はなく、それどころかあんなにあった高そうな壺が何処にもなく、前の城内を知っている三人は殺風景だと思った。

 

「中庸道化連の、ラプラス様、フットマン様、ティア様。ようこそいらっしゃいました」

 

城内に入り、最初に待っていたのは執事のような老齢の男だった。しかし三人はすぐにその男の正体に気づく。

 

「悪魔やんけ!それも上位のやつやん。クレイマンこんな大物を召喚できたんか」

 

「おやおや、すぐに気づかれてしまいましたね。クレイマン様」

 

「本当にね。紹介しよう。この人は――あぁ、名無しだったね。まぁ執事と呼んでくれ」

 

三人は先程から驚きの感情ばかりであり、流石に疲れ始めた。

 

執事を加え、そのまま三人はクレイマンに案内されながら度々見かけ、クレイマンを視認するとお辞儀をするメイドの様子を観察する。

 

やはり恐怖と言った感情は見受けられず、あるのは喜びの感情であり、前来たときの疲労からくる憔悴しきった辛そうな顔は何処にもない。

 

クレイマンはある一室、三人はそこが食事場だと知っている。

 

「まずは旅の疲れを癒やすのと、もう昼時だからね。食事といこう」

 

扉を開け、クレイマンに続いて中に入ると特に目立ったもののない、あるとするなら長机くらいだろう。椅子の数は数えた感じでは十二はあり、こちらも特に凝った様子は無い普通の物だった。

 

「さて、もう料理は準備されている。食べるとしましょう」

 

クレイマンは一番奥の椅子に座り、三人は右側にラプラス、左側にティアとフットマンが座った。

 

クレイマンが手を叩くと、メイド達が料理を運んできた。こちらも見たことない料理で、野菜と肉が入った茶色のソースに白い粒が乗っている。

 

「カレーという料理だ。さぁ、食べようか。あぁでもその前に指輪は外しておかないとね」

 

クレイマンは普通なら汚さないために、指輪を外すが、三人はそれの意味を理解した。というよりすぐにその結果が現れた。

 

クレイマンの身体から感じたことのない魔力が溢れ出し、すぐに目の前の()()が別人だということがわかった。

 

「んなっ!、お、おま――」

 

すぐに問い詰めようと椅子から立ち上がろうとするが、突如として現れたメイドに肩を捕まれ、座らされる。

 

「お客様、食事時は立ち上がるものではないでしょう?」

 

勝てない。すぐにラプラスは直感する。その気配はあのコックと執事とは比べようがない圧が発せられ、仮面の下で冷や汗が流れる。

 

「皆さん、お入りください」

 

続けざまに先程入ってきた扉から続々と人が入ってくる。

 

クレイマンの幹部、五本指(四人)の面々に、見たことないドラゴニュート。そして最後に明らかに別次元の紫の髪をサイドポニーテールにした少女の姿をした悪魔が入ってきた。

 

(この席の数はそういうことかいな!)

 

メイドを入れて、ぴったり十二の席が埋まった。三人はすぐにこいつらは自分らにクレイマンに対して何もさせないために集められた面々だということを理解させられた。

 

「何者なんや、お前」

 

なんとか声を絞り出す。集められた八人は自然に食事をしているが、下手なことをすれば殺しにくるのが殺気から感じ取れる。

 

「クレイマンさ。クレイマンの身体を持ち、クレイマンの記憶を持ったクレイマンそのもの」

 

「性格は違うようやけどな」

 

「ふふ、まぁそこは仕方ないでしょう。さて、こうやって()()()()話すのは初めてだね。とりあえず経緯を話そう」

 

クレイマンは自分が憑依し、この傀儡国ジスターヴを改革し、誰もが笑った暮らせる国に変えたことを話す。

 

前のクレイマンの人格は今のところ消えていると感じていることを最後に話すと、ティアが手を震わせ、仮面で見えないが、睨んでいるように見える。

 

「あんたが、あんたがアタイらのクレイマンを!」

 

「確かに、前のクレイマンはいないが、私には先程言った通りクレイマンの記憶はあるんだ。少しややこしい言い方かな?まぁ私が消えたと思っているだけで、本当はまだいるのでは?とはミュウランは考察しているが」

 

ティアの怒りをよそに、フットマンはカレーをすぐに食べ終え、口元を拭くと、話し始める。

 

「……それでです。何故ワタシ達をここに呼んだのです?まさかワタシ達を消すためですか?」

 

「なに、簡単な取引ですよ。私に危害を加えないという簡単のね」

 

「ほほ、破ったらどうなるます?」

 

「骨身に染みているでしょう?」

 

「……なるほど。わかりました、それではラプラス、アナタの決定を聞きましょう。ワタシ達はそれに従います」

 

「ちょ、フットマン!」

 

ティアは納得していないが、それでもこの状況ではどうしようもない。ピローネ程度ならやれるだろう。しかしあのメイドと、それ以上にあの紫色の髪の少女には三人がかりでも怪しいレベルだ。ラプラスが本気でやればなんとかいけるかもだが、その後の戦闘で必ず殺されるだろう。

 

ティアはフットマンのこちらを見る無言だがわかってくれという意思を汲み取り、苦虫を噛み潰したような顔を仮面の下でして、ラプラスの決定を待つ。

 

ラプラスは逃走という考えは既にない。ミュウランが必ず妨害するのもあるだろうが、ティアとフットマンを残して逃げれないだ。

 

ここまでノコノコと来てしまった時点で、選択は一つに絞られていた。

 

「……わかった。ワイらはお前に危害を加えないことを約束しよう、中庸道化連に誓ってな」

 

ラプラスは顔を下げそう言うと、クレイマンは口角を上げて、少年の時と優しい声音で感謝した。

 

「ありがとうラプラス。君ならその選択を選んでくれると信じていたよ」

 

こうして、クレイマンの最後の懸念事項を解消してのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






それにしてもどう見ても悪役である。


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7話 優秀なやつはちゃんと伸ばそう

(´・ω・`)前の話につけとけよっていう批判は受け付けてます


――正直、あそこまで脅すつもりは無かった。

 

クレイマン、もといリョウマは罪悪感を覚える。

 

本当に食事に誘うために呼んだのだ。中身が違うことを伝えるつもりは最初からあったが、まさか業視者(ミサダメルモノ)にあの三人から殺意が出てくるとわかって焦った。アイリーンがやりそうな気配もあったのもあるが、まさか疑心を超えて殺意に行くとは考えていなかったのだ。

 

なんとか危害を加えないようにしたが、このままではこれからする話に切り込めない。食事ともう一つ、中庸道化連に依頼を頼もうと思っていたが、これではいけないと、まぁ可能性の話だが、この話をしようと、言葉を続ける。

 

「さて、先程も言ったのだが、私はクレイマンの身体……そして()()を持っているわけだ、この意味がわかるかな?」

 

「……なんや?」

 

確実に嫌われたドスの利いた声がラプラスから発せられる。クレイマンは精神が強くなっても、やはり嫌悪は心に痛いものだ。

 

「もし、私のクレイマンの記憶を別の誰かに移すと、どうなるかな?」

 

「そりゃあクレイマンが……あぁ、なるほどな。だがそんなことが可能なんか?」

 

その話を聞いて、ラプラスの声が若干上がったような気がした、クレイマンは机の下で拳を固め、ガッツポーズをとった。

 

妖死族(デスマン)ならもしかすると可能だと、私は思っています。私も元のクレイマンがこのまま消えるのは違うなって憑依した時から思っていましたし。確約はできませんが、本来のクレイマンを貴方達に再び会わすと、誓いましょう」

 

「……まぁ、ええやろ。とりあえずは少しくらい信用したるわ」

 

フットマンとティアはまだ不服そうな雰囲気を出しているが、不信感はあれど殺意が消えたのがわかり、クレイマンは心から安心する。

 

「ありがとうラプラス、いやラプラスさん。とりあえずカレー、食べましょうか」

 

その後、フットマンがカレーを三杯食べ、中庸道化連の三人が満足した辺りで、クレイマンはやっと本題にうつった。

 

「で、こんな言い争いをするために私、貴方達を呼んだのではありませんよ?一つ依頼をしたくて呼んだわけです」

 

「ほー、依頼ってどんなんや?」

 

「人探し、というより団体探しですね。相手は……コロンブス」

 

その名を聞き、中庸道化連の三人は身体をビクッと震わせる。

 

「えらい大物やな。例の問題の多い奴隷商団やろ?そいつらをどうするつもりなんや?」

 

「最近雇用したドラゴニュート達に因縁があってね。その団長さんに報いを受けさせたいわけで。場所がわからないからここは中庸道化連に依頼しようと思ったわけです。依頼料は弾みますよ?」

 

ラプラスはティアとフットマンと話し合い、結果は了承ということで頭を縦に降った。

 

「ええやろ。コロンブスを見つけてやるわ。じゃあワイらはこの辺で失礼させてもらおうか」

 

中庸道化連の三人は立ち上がり、何の妨害もなく扉から出ていく。

 

「三日で見つけてやるわ。まぁゆっくりと待ってればえぇよ」

 

ラプラスは最後にそう言ってこの場から立ち去っていった。

 

 

波乱の食事が終わり、アイリーンと三人のドラゴニュートは訓練場に足を運んでいた。クレイマンからの命で三日でなんとか戦えるようにしろというもの。無茶のように聞こえるが、アイリーンは了承し、三人のドラゴニュートもやる気に満ちていた。

 

「はっ!」

 

「ふむ、まぁ悪くない太刀筋。ただまだまだすきが大きいようですね」

 

アイリーンはツヴァイの上段の木剣を避け、つま先をツヴァイの腹に突き刺した。

 

「がはっ!」

 

血は出てないが鋭い一撃をくらい、ツヴァイは腹を抱えてうずくまった。

 

「おらぁ!」

 

次にアインは拳を突き出すが、アイリーンは難なく避けるどころか背後に回り、足払いの後、倒れたアインの顔面すれすれに拳を突き出した。

 

「狙いが甘い。ただ殴るだけならゴロツキでもできます」

 

「や、やぁ!」

 

ドライの気合の無い掛け声とは裏腹に、その槍の代わりの長い木の棒は速く、鋭くアイリーンの心臓目掛け放たれ、殺意すら感じられる。

 

しかしアイリーンはそれを二本の指で軽く止めて見せ、そのまま棒ごとドライを引き寄せ、背中での攻撃、いわゆる鉄山靠(てつざんこう)と呼ばれる三人の中で初めて技を使い、ドライは強い衝撃と共に後方に飛んでいき、地面をゴロゴロと転がり、壁にぶつかると、大きく息を吐いた。

 

「はーー。あーあ、やっぱり敵わないかぁ」

 

「驚いた。貴方が一番戦い慣れしてるようですね」

 

「こ、これでもリザードマンの頃はそれなりの戦士として頑張ってましたからジブン」

 

ドライはそんなことを言いながら棒を支えに立ち上がる。

 

「やるなぁ。これはオレら三人がかりでやらんと勝てなさそうだ」

 

「少し不本意ですがそうでしょうね。卑怯とは言わせないですよ?」

 

アインとツヴァイも立ち上がり、三人はアイリーンを三角の形で囲んだ。アイリーンはそれを鼻で笑った。

 

「戦場で卑怯はありませんよ?良いから喋ってないで来なさい。相手は待ってくれることなんて無いんですから」

 

「言ったな!なら行かせてもらうぜ!」

 

三人は一斉に駆け出し、攻撃してくるが、アイリーンは余裕の動きで避けていき、むしろ他の二人に当たりそうになっている。

 

「くっ、邪魔ですよアイン!」

 

「あぁん?お前が邪魔なんだよ!」

 

「ふ、二人共、喋っていると舌噛むよ?」

 

そう言いながらも三人の動きで段々と洗練されていき、アイリーンが避けたところに攻撃、避ける先に攻撃して妨害など、アイリーンは避けるのが難しくなっていっている。

 

「やりますね。ではこちらもこうげ」

 

突如、アイリーンの視界が揺れる。バランスを崩し、三人はその隙を見逃さず、攻撃を加えようと三方向から攻撃を仕掛ける。

 

「……油断大敵ですよ」

 

アイリーンは崩れた体制からなんと片脚で跳躍して見せ、三人の攻撃は空を切り、逆にバランスを崩した三人にアイリーンは360度回転の回し蹴りをいれ、そのまま三人は地に伏した。

 

「相手がどんな体制からでも攻撃は起こりえます。隙をうくのは大切ですが、相手の反撃も考えて行動するように」

 

「わ、わかったよ……アイリーン様、どうしてそんなに強いんですか?」

 

ドライの質問に、アイリーンは答えにくそうに頭をかき、苦笑しつつその質問に答える。

 

「はは、それはワタクシにもわからないんですよ。いつの間にかできていたので。

 

まぁ才能と言えばいいんですかね?じゃ、ワタクシは今日はこの辺で、クレイマン様に貴方達の実力の報告に行ってきます。後は自主トレなりチームワークの改善なりしててください」

 

アイリーンはそう言って入ってきた扉を開き訓練場から出ていった。

 

扉を閉め、しばらく歩いた辺りで、誰もいないことを確認するとアイリーンは片膝をつき、苦しそうな表情で大きく息を吐いた。

 

「……あぁくそ。思ったより早かったようですね。ですが、ワタクシはまだ()()()()なんです。まだもう少し持たせない――と」

 

身体を支えきれず、倒れそうになるが、何かが支えとなり、倒れずに済んだ。

 

「大丈夫?」

 

その声にアイリーンは聞き覚えがあった。

 

「ティアさん、でしたか」

 

顔を上げるとそこには涙を流した仮面をした少女、ティアがいつの間にか立っていた。

 

「……改めて見ると、やっぱりアタイ達に似てるけど違うみたいだね。似せているだけの別物って感じ」

 

「そこまでわかるんですね……ありがとうございます。だいぶ安定してきました」

 

アイリーンは立ち上がり、何もなかったかのような微笑を浮かべた表情でティアの横を通り過ぎていく。

 

「気になって見に来たけど、相当無理な進化をしたのがよくわかる身体してるね。()()()()ってところだよ?」

 

「はは。それだけあれば十分ですよ」

 

アイリーンは自分の胸に触れる。心臓の鼓動が弱まっている。自身の最後が近いことを確認し、覚悟を決めた瞳で主人、クレイマンの元に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




環境改善編も中盤ですね。


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8話 人は簡単には変わらないものだ

(´・ω・`)いろいろと詰め込んだ


俺は山浪幸永(コウエイ ヤマナミ)

 

裏世界では人身売買で富を得た最強にイケてる男さ。

 

ある夜の話、俺はいつも通り調教のために誘拐したガキ(商品)をなぶっていると、後ろから刃物で刺された。

 

相手は一年前に変態の富豪に売り飛ばしたガキだった。他にもいろんなガキがいて、俺はそいつらに滅多刺しにされてしまったんだ。

 

可哀想だろう?俺はただ自分の幸せのために行動していただけなんだからな。だから俺は願った、絶対に逆らうことができなくする力が、そう願うと、俺の頭に声が響いた。

 

《確認しました。ユニークスキル、『征服者(セイスルモノ)』を獲得……成功しました》

 

その声と同時に俺は何処かに飛ばされた。場所はわからないが、とりあえずあれだけ傷ついた俺の体は今にも死にそうな様子で、これではヤバいと思っていると、目の前の金髪の兄ちゃんに必死に頼むと、滅茶苦茶嫌な顔をしていたが俺に精霊をくれた。

 

名前は土の騎士(ウォーノーム)っていう名前の通りの騎士の姿の精霊で、なんでも上位精霊っていうやつらしい。

 

金髪の兄ちゃんはこいつに身体を与えたつもりだったようだが、そうはいかなかった。俺はウォーノームを精神で屈服させると、そいつは俺の所有物となった。

 

そのまま俺は金髪の兄ちゃんから立ち去り、傷跡はあるが命は精霊のおかげで助かった。

 

その後は様々な場所で仲間(道具)を集め、征服者っていうスキル名から俺はその偉業が大好きな偉人、クリストファー・コロンブスからコロンブスっていう奴隷商団を作り上げた。

 

魔王(化け物)以外には俺に勝てるやつはおらず、魔物も人間も魔人も全て屈服させて、俺の商品にしてやった。

 

俺はこの世界で成り上がり、幸せを勝ち取ってやる。どんな手段を使ってでもなぁ。

 

 

中庸道化連へのコロンブス捜索依頼から三日後、クレイマンはラプラスからコロンブスを情報を応接室で聞いていた。

 

「へぇ、意外と近いところに潜伏していたんですね。まさか洞窟を作っていたとは……ありがとうございます。ラプラスさん」

 

「ええってことよ。報酬もたんまり貰ったからな」

 

「えぇ、それじゃあ私は作戦を」

 

「待てや。一つ聞きたいことあるんや。それからでもええやろ?」

 

クレイマンは少し不満そうな顔をしつつ、半分ソファーから立ち上がっていた足をソファーに戻した。

 

「気になっていたことがあったんや。お前、なんのためにこの国を良くしていたんや?それにアイリーンさんやあのドラゴニュートのこともや」

 

「それはこの国が最悪な環境だったから良くなれば私も楽になりますし、クレイマンみたいなヘマはしたくありませんので。まぁ自分のためですね」

 

クレイマンは笑いながら語った。ラプラスはそれを聞き、しばし沈黙の後に大きくため息を吐き、立ち上がった。

 

「つまり、この国はお前にとっての足枷か、それに優しい対応は全て自分のためと、取り繕うことのない、まさに偽善者の鑑やな……お前、人を信用しとらんな?」

 

「え?いや信用してますよ?こうやってアイリーンに仕事を任せたりしてますし」

 

「それは人の善意を枷にして働かせているってちゅうんや。お前自身、何もしとらん。その信頼に答えようともしとらんのや」

 

ラプラスは座っているクレイマンを見上げながら話す。クレイマンはそれに何も返さず、ただバツが悪そうにラプラスから視線を反らしているだけだ。

 

「……呆れたわ。お前気づいていないんかもしれんが、ワイが知っているクレイマンとそう変わらないんやで?ただ支配のやり方が変わっただけでな。いや、自分でも疑問に思ってる分クレイマンより悪いな」

 

クレイマンはただそれに驚くような顔をして、より顔を下に沈めるだけだ。

 

ラプラスはそれだけ言うと、扉のほうに歩を進め、最後に、

 

「お前は悪人ではないのはわかっとる、だが善人でもないんやな」

 

そう言ってラプラスはクレイマンの怒りの表情を見た後、机の叩く音を聞いて去っていった。

 

ラプラスはティアとフットマンと合流し、街の中を歩きながら話していた。

 

「確かに街は良くなったが、アイツが上司じゃあ街のやつらもアイリーンさんも可愛そうやな」

 

「そうだねー。アイリーンちゃん、そろそろヤバそうなんだけど、それをアイツには話すなって今日来たときに口止めされてしまったんだよね。アタイとしては早く開放されてほしいよ」

 

「ほほ、あれほど優秀な人材が無くなるのは損失ですね。何か方法がないんでしょうかね」

 

三人はアイリーンのことを話しながら、街の外に向かっている。

 

「……今回のワイの一言で、何かアイツに変化が起きていることを願っとるわ」

 

 

「ふーん、ここがその隠れ家ね」

 

アイリーン、ヴィオレ、そして三人のドラゴニュート達はある岩の前に来ていた。

 

ジスターヴには北端に位置する岩山地帯があり、その中の一つにあるらしく、地図に印を付けたこの場所に洞窟があるはずだが、目の前にあるのは岩の壁だけだ。

 

「ガセ?」

 

ヴィオレの言葉に、アイリーンは首を振る。

 

「いえ、違うと思います。ほらここ」

 

アイリーンは不自然に空いた岩の隙間に手を入れ、突起物を押し込むと、塞がれていた岩の壁が扉のように開き、入口が現れた。

 

「おや?こういうこともわからないんですか?」

 

「なわけないじゃーん。流石にボクでもこんな小細工わかってるよ」

 

「あらそうですか。ふふ」

 

アイリーンとヴィオレの会話に含まれた圧に、三人のドラゴニュートは顔を引きつらせていた。

 

アイリーン達は洞窟に足を踏み入れ、暗い内部を魔法で照らしながら進んでいく。岩肌も無駄に綺麗なもので、明らかに不自然なほどに人為的な作りとなっている。

 

ラプラスの話ではボスは精霊使役者(エレメンタラー)というのは本当なのだと、アイリーンは考えた。

 

魔物も人間も現れず、ヴィオレは鼻歌を歌いながら歩いていき、アイリーンも邪魔するように音程を外した鼻歌をしていると、広い空間にたどり着いた。

 

「♪〜あ、どうやら分かれ道に来たみたいだね」

 

「♫〜あぁ、そうみたいですね。どうしましょうか?」

 

分かれ道は三つあり、アイリーンはすぐに分担を決める。

 

「……そうですね。右はワタクシ、真ん中は貴方達ドラゴニュート、左はヴィオレ、貴方が行ってください」

 

「はーい、じゃあ競争だね!」

 

ヴィオレはまるで遊びに行くような楽しげな動きで左の道にスキップで向かった。

 

それをアイリーンはため息を漏らしながら、右の道に歩いていく。

 

「はぁ、まぁ良いでしょう。貴方達、一人たりとも逃がすことないように。逃したら訓練メニュー増量します」

 

それだけ言うと、アイリーンは右の道の暗闇に消えていった。

 

三人は暗闇の中にいたが、自身の身体を輝かせ、明かりを確保し、三人は大きく息を吐いて、緊張から開放された。

 

「はーー。やっとあの二人から開放されたぜ。さて、多分いるんだろうなこの先には」

 

アインは拳を突き合わせ、武者震いをしている。

 

「えぇ、不自然なくらい一人も現れませんでしたから、どれかがハズレで、行き止まりにたくさん人をとかありえますね」

 

ツヴァイは不安そうに腰をつけたクレイマンから託された剣を優しく撫でる。

 

「あ、あまり油断してはいけないよ?ジブンらが当たりの可能性あるから」

 

ドライはいつも通りの声音で槍を構えた。

 

三人にはクレイマンから魔法武器(マジックウェポン)が与えられている。その中でツヴァイはヤムザが持っていた剣、氷結魔剣が与えられ、ドライには普通の鉄の槍と鏡身の腕輪(ドッペルゲンガー)を、アインにはそういう小細工は必要ない、平凡な篭手の魔法武器(マジックウェポン)が与えられている。

 

三人はその武器に見合った働きをすべく、洞窟の奥へと進んでいく。

 

しばらく何もなく進んでいくが、徐々にある臭いが香ってくる。血だ、三人はこの先に何かあると身構え、再び広い空間に出た。

 

そこは明かりが十分届いた空間で、まわりには首輪をつけた人間や亜人に加え、魔人が憔悴仕切った様子で檻に入れられ、中心には女を侍らせた大柄の傷跡だらけの男が玉座に座り、それを護るように部下らしき魔人や人間が立っている。

 

「ほう、宝石みてぇなドラゴニュートだな。こいつは高く売れそうじゃねぇか」

 

玉座に座っている、明らかにリーダー格の男は指を鳴らすと、背後から何処からか現れた魔人達が退路を断ち、部下の魔人と人間達がドラゴニュートの三人を囲んだ。

 

部下達は下卑た笑みを浮かべてツヴァイを舐めるように見ている。それをツヴァイは不快な顔をしつつも、腰の剣を抜いた。冷気が発せられるその剣は離れた位置の部下達にも届き、肌寒そうに震えている。

 

「来なさい下郎ども、一人たりとも生かして帰さん」

 

「へっ、舐めるなよ!俺は上位魔人だ、武器がどんなに強かろうと俺らの敵じゃないな!」

 

一人のゴリラのような筋骨隆々の魔人がツヴァイに飛びかかる、その拳で殴りかかり、ツヴァイはその剣で拳を斬ろうと振るったが、ガキンという音が響き、斬れることは無かった。

 

「残念だったな、俺の拳は魔鉱石なみの硬度だぜ」

 

「そ、だからなに?」

 

「は?」

 

筋骨隆々の魔人は突然拳から感覚が消えたことを認識する。ツヴァイがピンッと指を魔人の腕に弾くと、腕はひび割れていき、粉々に砕け散った。

 

「超低温をくらったんです。脆くなるのは当然ですよね。まぁ今回は腕のみの魔素を凍らせたんですけど」

 

「お、俺の腕が――」

 

ツヴァイは魔人が叫ぶ前に首を切り飛ばし、血液は流れず、断面は凍りついていた。

 

ツヴァイは頭を踏み砕き、他の部下達に剣を向け、睨む。

 

「次は誰です?」

 

「う、うぉぉぉぉ!」

 

他の部下達も一斉に襲いかかる。人間の部下は精霊に变化し、魔人も人間の姿から化け物へと変わる。

 

「アイン、ドライ、やりますよ」

 

おう(は、はい)

 

ドライはドッペルゲンガーで分身し、その高速の動きで部下を穿ち、切り裂いた。

 

アインもその拳で岩のような皮膚の魔人の身体を砕き、赤い雷が発生する。

 

ものの数分で部下達は全滅し、残ったのはリーダーらしき男だけとなった。

 

「さて、残りは貴方だけですね」

 

「やるな……なぁてめぇら。俺の部下にならないか?報酬は弾むぜ?」

 

「それを受けるほど憎悪は軽くないんですね。大人しく命をよこしなさい」

 

「言うねぇ。なら屈服させるまでよ」

 

男の身体が変化する。土が盛り上がり、固まっていく、その手には右手に剣、左手に剣を持った巨体の騎士へと変わった。

 

「ウォーノーム!アイン、ツヴァイ、こ、こいつはヤバいですよ」

 

「博識だなぁ。ふふ、これからお前らの主人の名前を教えてやる。俺はコウエイ!いずれこの世界の王になる男さ」

 

コウエイは剣を構え、三人のドラゴニュートに向かっていく。

 

ドライの高速の動きでのヒットアンドアウェイの槍も通さず、ツヴァイの氷結もまるで意に介さない。アインの拳も盾で防がれ、三人はウォーノームのコウエイの剣を一振りで吹き飛ばされ、実力の差をこの数秒の攻防で思い知らされる。

 

「どうした?これでは準備運動にもならんのだが?」

 

「はは、やべぇな。こんなに強いものなのかよ」

 

アインは若干心が折れそうになるのを踏ん張っている。

 

ツヴァイもドライも勝てそうにないことを知り、思考を回し、チームワークで勝とうと考えているが、思いつかないでいる?

 

「さぁ、俺に屈服しな!」

 

コウエイは征服者(セイスルモノ)を発動させる。その効果は精神にせよ肉体にせよ、相手が自分に屈した場合、問答無用に隷属させるもの。これはコウエイが死なぬ限りは如何なる行動ができず、まさに奴隷へと墜とすユニークスキル。

 

しかし、その発動は敵わない。

 

ドカーン。壁が爆音と共に破砕され、一人の少女が姿を見せる。

 

三人はその姿に安心を覚える。

 

「やっほー、どうやら君達が最初だったみたいだね」

 

ヴィオレだ。ヴィオレは一瞬で三人の元までたどり着き、ゴミのように空間の端へと投げ飛ばした。

 

「こんなのに苦戦していたの?流石に弱すぎない?」

 

三人はあの上位精霊にそのような軽口を叩けるヴィオレに尊敬と畏怖を覚える。コウエイはヴィオレの正体にすぐに気づき、笑い声をあげる。

 

「ははは!上位魔将(グレーターデーモン)かよ!なら俺に勝てる道理はないな!ガキ!今なら優しくしてやるよ」

 

「は?何こいつ、随分と頭が高いね。死にたいの?」

 

ヴィオレは嫌な顔をしながら、コウエイへと近づいていく。

 

コウエイは勝ちを確信している。本来精霊は悪魔に強いという相性が存在する。そう、()()()()

 

「しねぇ!」

 

コウエイは剣を振り下ろす、それをヴィオレは余裕で回避し、一瞬でウォーノームの胴体を破壊、核を奪い取った。

 

「――は?」

 

「うん、やっぱり若すぎる、蓄積がまるでなってない雑魚。君、ボクをなめすぎだよ」

 

ヴィオレは核を破壊し、コウエイはウォーノームを失い、人間となると、精霊で命を繋いでいた身体が衰えていくのを感じる。

 

「あ?、ぁぁぁぁぁ!?」

 

コウエイは現実を受け入れられず、錯乱した様子で玉座裏の道へと逃走していく。

 

コウエイはふらつきながらも走っていき、出口に差し掛かると一人の男が待ち構えていた。

 

「じゃ、邪魔だァァァ!」

 

「待っていましたよ。では、拘束しますね」

 

 

クレイマンはコウエイを捕まえ、すっかりおじいちゃんとなったコウエイに支配の心臓(マリオネット・ハート)をかけた。

 

アイリーンは奴隷を救い出し、残りの部下もヴィオレが殺し尽くし、これにて奴隷商団コロンブスは壊滅したのであった。

 

アインがコウエイを抱え、ドライが元奴隷の先導、ツヴァイは最も前で警戒している。

 

アインはヴィオレに感謝を述べる。

 

「いやぁ、助かりましたよヴィオレさん、俺達なら死んでましたよあいつには」

 

「君達が弱すぎってだけだよ、クレイマン様も後処理って感じの活躍素晴らしかったです!」

 

「はは、皮肉ありがとうヴィオレ」

 

「……終わりましたね」

 

アイリーンはアイン、ツヴァイ、ドライを見ていた。まだまだだがこの先自分がいなくても活躍できる才能を感じていた。最後の問題も解決し、アイリーンは笑顔を見せる。

 

「ねぇ、君も何か言ったら――」

 

ヴィオレはアイリーンのほうへと視線を向けると、そこには――笑顔で倒れるアイリーンの姿があった。

 

「アイリーン!!」

 

ヴィオレの叫びの後、アイリーンは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




こういうギスとか暗めな話ってなろうでは一気に投稿して解消する必要あるとかなんとか知らんけど。

自分は無理っす(´・ω・`)


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9話 それでも変化が訪れる日はくるものだ

アイリーンはすぐに病室へと運び込まれた。

 

症状はなんと寿命というのがわかり、クレイマン一同が騒然とし、理由は急激な生命力消費とのこと。

 

ヴィオレは薄々気づいていたが、ここまで早くに来るとは流石に思っていなかったようだ。

 

クレイマンはその生命力消費の原因は進化だと結論を出した。むしろそこ以外に無いというのもあるが。ミュウランとアダルマンがアイリーンをどう助けるのか思案するらしいが、現在あれから一週間経過していた。

 

「……」

 

ヴィオレはアイリーンの病室に入り、ベッドで寝ているアイリーンの近くに来た。

 

「おい、起きてるのわかってるからね」

 

「バレてましたか」

 

アイリーンはゆっくりと瞼を開き、ヴィオレに生気が感じられない瞳を向けた。

 

「すみませんね。もう頭くらいしか動かせる部位無いんですよ。だから貴方と戦うことはできないんです」

 

「……はっ、世話ないよね。こんなになるまで進化とかするとか、バカみたい、こんなんじゃボクがアイツを殺しに行っても止めることなんてできっこないね」

 

ヴィオレはいつもの軽口をアイリーンに語る。それをアイリーンは静かに微笑を浮かべていた。

 

「……ヴィオレ。一つ、頼みを聞いてくれないかしら」

 

「なに?ここに来て死にたくないとか、クレイマンを殺さないでとか言っちゃう?残念ボクは悪魔、そんな話は――」

 

「クレイマン様を、支えてやってほしい」

 

その言葉を聞くと、ヴィオレから表情が消え、青筋が浮き上がる。

 

「――ふざけるな。ふざけるなよ!」

 

ヴィオレはアイリーンの入院着を掴み、顔が紙一重の距離で怒鳴った。

 

()は悪魔なんだぞ!そんなことは絶対にしないし、最初に戦ったときに言った通りクレイマンを殺す!お前がいけないんだ!お前が……こんな早くにこんな……」

 

ヴィオレの言葉に力がなくなり、顔から胸へと頭が下がっていく。

 

「そんな弱音を君から聞きたくなかったよ……」

 

そう言い残し、ヴィオレは静かに病室から出ていった。そしてすれ違うようにヴェイロンが姿を見せた。

 

「お加減は、まぁ悪いでしょうね」

 

「ヴェイロンさんか。何でしょう、この死体直前のワタクシに何かご用でも?」

 

「……一つ、感謝を伝えたくきました」

 

ヴェイロンは頭を下げ、その様子にアイリーンは驚く。その様子は上辺だけのものではない本心からのものだということをアイリーンは感じ取った。

 

「ワタクシ、ヴェイロンさんには何もしてないとは思うんですが」

 

「いえ、ヴィオレ様のことです。正直言ってヴィオレ様は同じ原初以外に、それも悪魔でもない貴方にあそこまでご執心になるのは初めてのことなんです。飽き性で気分で人を殺すあの悪魔の中の悪魔のヴィオレ様がです。

 

本当に変わりましたよ。本質的には変わってはおりませんが、アイリーン様の言葉には従い、対等のような会話をするその姿には……ヴィオレ様に言ったら殺されるとは思いますが、()()()。というのを感じたのです」

 

「……そう、かもね。ワタクシも最初はヴィオレのことはただの残虐な悪魔だと思ってましたよ。最悪刺し違える覚悟でヴィオレと行動することが多かったですね。ですがいつの間にか」

 

アイリーンは思いに耽るような瞼を閉じ、言葉を続ける。

 

「食事にうるさい、猫かぶり、気まぐれ、サディスト、いろんなヴィオレを知って、いつの間にか……悪くない気持ちになっていたよ」

 

「左様ですか。本当にお二人とも、思い合っていますね」

 

「へぇ、ヴィオレも何か言っていたんですね」

 

「はい、よくアイリーン様のことをお話してくれましたから、飽きのせずによく」

 

「そっかぁ。あぁ本当に変わった。だからこそ名残惜しい気持ちでいっぱいですよ」

 

アイリーンは瞼の裏の目を潤ませ、首を動かし、窓の向こうに目をやる。そこには何かが飛んでいるのが見えた。

 

「ワタクシもヴィオレも変われたんです。きっと、クレイマン様も変わってくれますよ」

 

「どうでしょうね。あの男がそう簡単に変わるとは」

 

「いいえ。変わります……数日前に少しクレイマン様とお話しました。その時のクレイマン様は何か、化けるなってちょっと思いましたので」

 

アイリーンはクレイマンとヴィオレを思いながら、再び意識が沈んでいく。

 

「――あぁ、クレイマン様。ワタクシの()()を、どうか――」

 

 

ヴィオレは一人、クレイマンの元まで歩を進めていた。初めて自分からクレイマンのところにいこうとしている。

 

それは一つ、クレイマンしかできないアイリーンを助ける方法があったからだ。

 

魔王への進化(ハーヴェストフェスティバル)。アイリーンと系譜が繋がったクレイマンなら、進化によってアイリーンの寿命を延ばせる可能性がある。これしか方法がないよね」

 

ヴィオレはクレイマンのいる部屋の扉を開いた。そこには優雅に両手を腰に回したクレイマンが立っている。

 

「何でしょう、ヴィオレ」

 

クレイマンは顔をヴィオレに向けずに喋った。普段ならキれるところだが、ヴィオレは冷静に魔王への進化(ハーヴェストフェスティバル)について語る。

 

「クレイマン。今ならアイリーンは助かる。君が真なる魔王となれば、その祝福(ギフト)でアイリーンは助かるかもしれないんだ!」

 

ヴィオレは今まで見たことない必死な様子でクレイマンに進言する。それをクレイマンは変わらず窓の外を見て、ヴィオレのほうを向かないでいる。

 

「……ねぇ、ヴィオレ。私は本当にアイリーンに慕われるべき者なのでしょうか」

 

「は?何を言ってるんだ」

 

「答えてください」

 

ヴィオレは今のクレイマンが何か違うと思いつつ、自分の考えを伝える。

 

「正直言って駄目だよね。アイリーンに何一つ勝てていないし、アイリーンの忠誠に応えようとしてない。無能上司としか言いようがない」

 

「そうですか……ヴィオレ、私はクレイマンではないんですよ。クレイマンと似たような異世界から来た人間。私はクレイマンという皮を被ったただの弱い人間」

 

ヴィオレはクレイマンの弱音に流石にキレ、クレイマンに掴みかかろうとした、その瞬間。

 

「クレイマン様!」

 

窓から声が聞こえた。ヴィオレは驚き、足を止めた。クレイマンは窓を開けて、声の主。ピローネを部屋に入れる。

 

「ご報告いたします。東の平原にて東の帝国がジュラの大森林に侵攻しております」

 

「数は?」

 

「一万五千ほどかと」

 

「なるほど、ありがとうございました、ピローネ」

 

クレイマンは懐から仮面を取り出す。笑みを浮かべた仮面。喜狂の道化(クレイジーピエロ)のときのクレイマンの仮面だ。

 

それを被ると、クレイマンは服を脱ぎ捨て背中から六本の義手を生やした。戦闘形態となったクレイマンはヴィオレのほうへと体を向ける。

 

「もし、私が死ぬようなことはあれば、この国を頼みたい。ヴィオレ」

 

再び聞く命乞い以外の頼み。今のクレイマンの言葉は今までのとは違うとヴィオレは感じる。善意を鎖にしていない、今までの信用からくる言葉だ。

 

「……君達おかしいよ。ボクに何を求めているって言うんだ。平気で残虐に、狂気的に殺すボクを何か勘違いしてるんじゃないか?」

 

今までのヴィオレなら平気で嘘をついて了承し、殺しにいくものだったろう。その言葉は本当に辛そうな表情で紡いでおり、クレイマンはその反応に驚きつつも、嬉しかった。

 

「……覚醒魔王の条件、一万以上の魂。正直死ぬ可能性しかないが、この手段しかないんだよな」

 

クレイマンは世界の声に懇願する。覚悟を決めたクレイマンに世界の声は、纏わりつく今まで殺してきた魂を贄に、不完全な覚醒魔王へと至らせてくれた。

 

「これでも1割にも満たないが、まぁいい。ではヴィオレ、行ってくる」

 

クレイマンは窓から外に出て、猛スピードで東の平原へと飛んでいった。

 

「……ばっかじゃないのかな。そんな約束守る馬鹿はいないよ。対価もないのにそんなことを言って。本当に何考えているんだか」

 

ヴィオレは飛んでいくクレイマンを見ながら、ある決意をしたのであった。

 

 

俺は明沢涼真(リョウマ アケザワ)

 

何処にでもいるであろう会社員だった。

 

俺は子供の頃、人を助けるのが好きだった。皆笑顔となり、心が満たされる感覚が心地よく、世間的には偽善者というものだが、俺はそんな言葉には耳を貸さずにやり続けた。

 

ある会社に入社した。そこは正直いい職場とは言えなかった。よく人が怒られ、残業も多く、上司はクソ。

 

そんなところでも俺は成績を残していったが、誰も笑顔にはなっていなかった。

 

何度も、何度も善行を行い、そんな中、俺に転機が訪れる。

 

皆を信用していたんだ。よく話しかけてくれて、よくデートした人もいて、かけがえのない友達。

 

それは一瞬で偽物だと気づく。

 

今までのことを悪く伝えられ、デートの相手は社長の娘だったらしく、それをネタに降格、話しかけてきたやつは俺の手柄を横取りするためだった。

 

その時から、俺は人を信用するのは馬鹿だと感じるようになった。今までやってきた善行も無意味に感じるようになり、俺は退職し、別の大手へと転職した。

 

善行は確実に見返りがあり、自分が幸せになるもののためだと結論し、俺は一人、心の距離を空けて会社で成績を残していった。

 

近づいてくるやつらは皆俺の手柄、俺の地位に誘われてきた虫。俺はそれを言葉では受け入れるが、内では疑いまくった。

 

結果はわかりきっていたが、その通りだったさ。皆俺から何も得られないと知ると、勝手に離れていった。

 

俺は間違っていないことを再確認し、数年で地位を上げていった。

 

「なぁ、これ面白いぜ?」

 

ある日、俺はある会社員から一冊の本を貰った。転生したらスライムだった件。異世界ものであり、スライムが主人公の小説だ。

 

たまに俺はそれを休みに読み進めていき、次第にハマっていった。

 

その中で俺はある人物が気になっていった。

 

クレイマン。

 

若い魔王であり、人を信用せず人形のように利用し、人形のように操る、いつか全ての魔王を支配するのが目的の、小物と言った敵キャラだ。

 

俺はそのキャラに何か親近感が湧いた。冷徹に人を利用するところが特に。

 

しかし、俺とクレイマンとでは決定的に違うところがあった。

 

それは仲間、そして人望。

 

クレイマンには仲間がいた。ラプラス、フットマン、ティア。そして旧魔王カザリーム。クレイマンの親のような存在。

 

俺には既に家族は他界しており、仲間もとっくに離れていってる。何故仲間にはあんな態度なのか。理解ができない。

 

次に人望だ。部下は使い捨てだ、そこは理解できるがあまりに雑すぎる、人望なんてものはなく、忠誠心を持つ者はいなかった様子だ。

 

それではいけない。信用がなければいつ裏切られるかわからない、力があるとはいえ何故そんなことをするのかわからなかった。

 

そうして俺は転生したらスライムだった件が大好きとなり、続きを見ようとした矢先にあの部下の裏切りだった。

 

正直あそこまでするほど恨まれていたとは思っていなかった。良い環境も与えて、良い関係も築いていたのにこれだ。

 

いろいろと悔やみながら、俺はなんの因果か憑依した。

 

クレイマンに憑依し、今までの自分を押し殺して環境改善に取り組んだ。ヴィオレにも不満をあたえさせないためにあのような殺していいやつらが集まるスラム街を与えた。

 

優秀なドラゴニュートの部下、強力な五本指、一人を除いて。

 

そしてアイリーン。

 

俺はよくわからない。あそこまで忠誠心を誓っているやつは初めてだったんだ。クレイマンはいったいどんな調教を?当然信用などしていない。ラプラス達だったそうだ、あんな正論言われて怒りはしたが、俺は間違っていないと、人間の頃の人生で痛感した――はずなのに。

 

ヴィオレがアイリーンに会う一週間前、つまり倒れた当日に俺はアイリーンが運び込まれた病室へと足を運んだ。

 

「あぁ、クレイマン様、すみません」

 

最初にアイリーンは謝ってきた。ベッドで寝ているその姿は弱りきっており、今にも死にそうだった。

 

なのに何故、何も負の感情が業視者(ミサダメルモノ)に浮かんでこない。

 

あるのは忠誠心と、喜び、普通は死の恐怖や、後悔が現れるはずなのに、どういうことなのだ。

 

「私を、恨まないのか」

 

「何故です?ワタクシはワタクシが選んで今の結末を選択したんですから」

 

「あぁ、私の期待に応えるために命を削ってまで進化したのであろう。理解できない行為だ」

 

「そうですね。後補足するとワタクシが消費したのは命以外にも()()も捧げたんですよ。クレイマン様以外の記憶を」

 

わけが、わからない。何なんだコイツは、平気でそんなことをするなんて狂っているとしか言い表せない。

 

「……教えてほしい。何故そこまで私に好意を向ける!私は、()()クレイマンではない!その感情は俺に」

 

「知ってますよ」

 

「は?」

 

知っているだと?ありえない。ならコイツは、アイリーンは見ず知らずの人間にここまでしていたということになるじゃないか!ふざけている!

 

「いつからだ」

 

「本当に最初からですよ。クレイマン様が話しかけてきたその時から」

 

「……何なんだ。どんな理由があってこんなことができるった言うんだ!赤の他人にそこまで!」

 

胸にわけがわからない痛みが走る。

 

アイリーンは少し驚いた顔をした後、微笑を浮かべた。聖女のようなそんな美しさすらある笑みを。

 

「理由なんていります?ワタクシ的には人の善意に理由なんて付けるものではないと思うんですが」

 

「善意に理由は……いらない?」

 

なんでだ、なんなんだよ本当に。ふと、何かが頬を伝う、それは水滴だ。止められない、目から流れるものが、俺は、俺は今どういう感情を抱いているんだ?

 

「クレイマン様」

 

アイリーンはベッドから起き上がり、生まれたての子鹿のような足取りで俺に近寄り、優しく、母のように抱きしめた。

 

「クレイマン様、貴方はたまに辛そうな表情をしてることに気づいていますか?初めて、玉座で会ったときも、ワタクシを見るときそうなっていましたよ」

 

「……俺は、クレイマンではない」

 

「それでも、貴方はクレイマン様として生きているんです。ならばワタクシは貴方をクレイマン様と呼び続けます」

 

「……また、また裏切られたくない。もう一度誰かを信用してみたいよ」

 

俺の口から本心が吐露されていく。俺は最初物心ついたときに感じた母の優しさが心地よかった。それを与えるのも気持ちよく、感情が幸せと喜びに満ちていたんだ、善行によって。

 

「大丈夫です。他の誰が貴方から離れていったとしても、ワタクシはクレイマン様に忠誠心を、愛を捧げます。この命が尽きるまで」

 

「あ――あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

あぁ、久しぶりに泣いたかもしれない。汚い声をだしながら、俺はアイリーンの胸で泣き続けた。

 

かなりの時間泣いたかもしれない。俺はアイリーンから離れると、アイリーンは力なく倒れ、それを俺は支えた。

 

「アイリーン!」

 

アイリーンに既に意識はなく、笑身を浮かべて眠っている。その呼吸は浅く、時間は残されていないのだと感じることができる。

 

「死なせない、絶対に死なせるものかよ!」

 

俺は急ぎ、ピローネに命じにいった。何処かで人が集まるところ、例えば、戦争。何処かに侵攻しようとしてるやつはいないか。

 

何処でもいい。ファルムスでも、東の帝国であっても。

 

そうして俺は一週間待ち続け、ピローネから報告を受けすぐに東の平原へと、死闘の地へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ふふふ。人間ドラマ難しいです(´・ω・`)

文字数6000とか……でも仕方ないんや、一話に収めたかったんや。

モチベーションがえげつないほどあるんや。


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10話 覚悟のその先へ

数十分ほどで、クレイマンは東の平原にたどり着いた。

 

平原には大量の人間が進軍しており、クレイマンに気づいた様子は見られない。

 

「恨んでくれて構わない。だから私の糧になってくれ」

 

クレイマンは義手を含めた八本の手を掲げる。地面からエネルギーが流れ、身体を通り、頭上に巨大なエネルギーの球体が出来上がっていく。

 

「ぶっつけ本番。応用技」

 

クレイマンはそれを掴み、大きく振りかぶる。

 

龍脈破壊雨(デモンレイン)

 

クレイマンの奥義、龍脈破壊砲(デモンブラスター)を拡散にしたものであり、威力は当然落ちるが、それでも一つ一つが下手な元素魔法よりも強力な代物だ。

 

何千もの光線となって地上に降り注ぎ、東の帝国の兵士達が続々と死んでいくのが魂から見て取れる。

 

「さて、流石に警戒……?」

 

――おかしい。あれだけ死者が出たのに地上の兵士達はなんの反応も示さずに進軍を行っている。かなり異常な光景だが、そういう訓練をしてるのか?という答えでその疑問に蓋をする。

 

龍脈破壊雨(デモンレイン)はかなりの魔素を消費する技だ。そのため二度目の使用はこの数にはかなり危険だ、クレイマンは地上に降り立ち、手の全てに剣を装備して大量の兵士相手に突っ込んでいった。

 

 

「え!それは本当なの?」

 

「本当。クレイマンは一人で魂を集めに東の平原に向かったわ」

 

ヴィオレから告げられ、ミュウランとアダルマンは頭を抱える。いくらクレイマンが少し強くなっただけではあれほどの数は無謀もいいところだ。死ににいった。それが二人の結論だ。

 

「おぉ、どうするのです。我は追いかけたいのですが」

 

アダルマンの言葉に、ヴィオレは頭を横に振る。

 

「やめておいたほうがいいよ。クレイマン、かなりの覚悟を持って挑んだ様子だったし」

 

「それでもです。何の戦略もなしに一万五千という数を殺し切るのは不可能に近いでしょう。あぁ、我はまた神を失うのか……」

 

「……ボクは初めて信じてみようと思うよ。あのクレイマンが生きて、魔王への進化(ハーヴェストフェスティバル)に至ることを」

 

「ならジブンらは行くからな」

 

アダルマン、ミュウラン、ヴィオレしかいなかった部屋に、ある者達が訪れた。

 

 

「はぁ……はぁ」

 

あれから数時間。休むことなく兵士を切り続け、もはや数える気すら無くしていた。

 

兵士はクレイマンを視認すると無言で攻撃を始めたのだ。兵士はクレイマンを自然と囲んでの攻撃を始め、クレイマンの体は傷だらけだったが、すぐにその傷は癒えていく。そんじゃそこらの魔物よりは再生能力があり、下手な攻撃では死ぬことはないにしても、この数は流石に精神が先にまいることになるだろう。

 

そしてそんな状態のクレイマンの前に、突如として現れた。

 

人、というよりは類人猿に近くもあり、昆虫のようでもある存在。皮膚はまるで死体のように爛れて、真っ黒な肌だけだけで毛が存在せず、

 

化け物という言葉が一番わかり易く、元のクレイマンの知識の何処にもこのような化け物はない。

 

クレイマンを視認し、赤い眼光を放ちながら瞬きしてないはずなのに突如としてその姿が消えた。

 

「なんだ、何なんだこいつは!」

 

魔力感知を発揮していたのが幸いしてか、いや、反応は無かった、というよりは()()()()()()()()()()()から背後の化け物の巨大な爪を巨人の人形腕で防げた。

 

魔素が存在しないのにこの魔物よりも魔物の化け物。クレイマンは恐怖を覚える。

 

「だからって逃げるわけにはいかないよな」

 

クレイマンはその巨人の人形腕で殴りつける。ダメージは薄かったが、確かに手応えはあったように化け物はよろめいた。

 

クレイマンは義手を全て巨人の人形腕に変え、何度も殴りつける。

 

化け物は反撃してくるが、クレイマンはそれを避けていき、余波で兵士達が次々と死んでいっている。

 

当たれば無事ではない一撃を確認し、クレイマンは攻撃を続ける。

 

数時間に及ぶ殴り合いはクレイマンの巨人の人形腕を損壊させ、化け物はそのまま地面に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「なんだってんだよ。いったい」

 

クレイマンは悪態をつきながら、残りの兵士達に視線を向ける。

 

まだまだ多くいるその数に、クレイマンは逃げたい思いを圧し殺す。

 

逃げればそのままアイリーンは死ぬ。それは避けるべきことだ

 

「――!」

 

まただ、まさかあれ一体だけというクレイマンの希望的観測は外れる。

 

現れた化け物は五体。一体でもキツイというのに、そもそもクレイマン自体が戦闘向きではない。魔糸も攻撃に使えるほど上達してなく、結局この前のクレイマンから2本増やした六本の義手を加えた計八本の腕の剣でどうにかするしかない。

 

――あれから何時間経過しただろうか。夜だった世界に朝日は上り、そして下った、再び闇夜が支配する中で、クレイマンは再生もままならないほどボロボロとなったまま、残りの三体の化け物を相手していた。

 

もはや手足の感覚は遠く、視界もほとんど魔力感知で補うしかなくなっている。

 

クレイマンは妖死族(デスマン)。死んでもまた新たな肉体を得ることができる種族だ。

 

しかしその得るのに時間がかかる。そうなればただアイリーンを失うことになってしまう。だからこそ、クレイマンは手足を動かす。

 

クレイマンは自分自身で手足を支配する。いわゆる自らの肉体を操り人形のようにする技だ。

 

残り少ない魔力を使い、三体の化け物、何千の兵士達を相手していく。意識は遠い、死神が手招きしてるようだと思う。それでも――()()()()は鮮明に入ってくるのだ。

 

「「「クレイマン様!」」」

 

空から降ってくる、天使?いいや、ドラゴニュートだ。夜の中でも美しく、宝石のように煌めくその三人を忘れることはできない。

 

「貴方達……何故、来たのです」

 

「じ、ジブン達だけではないです」

 

「万物よ尽きよ!霊子崩壊(ディスインテグレーション)!」

 

続いて、化け物が一体、神々しい魔法によって消えた。その骨の身体に見覚えがあるだろう。アダルマンだ。

 

「おぉ、新たな我が神よ。一人で背負う必要など何処にもありませんぞ?」

 

アダルマンに続き、ミュウランもやってくる。降りてきてすぐにクレイマンの治癒に入り、安心からか、今までのダメージの蓄積だろう、クレイマンの足は物理的に崩れる。

 

「魔王への進化、魂の回収には貴方の意思さえあればいいのよ?どうしてこんな無茶なことを?」

 

「……私は、お前らの信頼に応えてやれなかった。ただ利用することしか考えていなかった」

 

「……そう、それじゃあ利用しなかったのは罪滅ぼしのつもり?勘違いしてるみたいだけどここにいるのはそれを知ってたうえで貴方に仕えていたのよ」

 

「な!」

 

クレイマンは目を見開き、驚愕する。それほどまで知られていたのか。思ったよりわかり易かったのかと、クレイマンは苦笑した。

 

「馬鹿ですね。なら見捨てればいいじゃないですか。仕えるのが私ではいけない理由などありは」

 

「するわ。正直最初は不満はあったわ。けど、貴方が自分だけが得するだけではない。環境を改善しようと努力して、利用するためとはいえ私達を助けた。

 

そして今貴方は誰かのために死を覚悟してまでやり遂げようとしている。それに私達は応えたいと思ったから、ここにいるのよ」

 

「――はは。本当に、本当に私はなんてもったいないほどにいい部下を得れたのだろう」

 

その先の話は聞けていないが、目だけははっきりと部下達を見ていた。

 

化け物が倒され、東の帝国の兵士達が死に、魂が集まっていく。

 

――そして、その時は訪れた。

 

《告。進化条件(タネのハツガ)に必要な人間の魂(ヨウブン)を確認します・・・認識しました。 規定条件が満たされました。これより、魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始されます 》

 

世界の声が鮮明に聴こえ、身体に変化が訪れるが、その前にクレイマンの意識は消え、地面に倒れるのではなく、ミュウランへと倒れた。

 

 

《告。個体名:クレイマンの魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始されます。 その完了と同時に、系譜の魔物への祝福(ギフト)が配られます 》

 

世界の声からそう告げられ、アイリーンは笑みを浮かべた。

 

そのすぐ後にアイリーンの意識は落ちていく中、手が誰かに握られている感覚を覚える。

 

(ありがとう。ヴィオレ、クレイマン様もおめでとうございます――)

 

アイリーンの意識が届かない中で、世界の声は響き渡る。

 

 

クレイマンの深い眠りの中、世界の声は告げる。

 

《告。魔王への進化(ハーベストフェスティバル)が開始されました。 身体組成が再構成され、新たな種族へ進化します 》

 

《憑依した魂の個体名クレイマンの物質体(マテリアル・ボディー)への定着を実行します…成功しました。大幅な魔素量の上昇が発生、より大幅な進化が行えます》

 

《確認しました。 種族:妖死人(デスノイド)への超進化…成功しました。 固有スキルは『多重空間連結、魔糸操作』です、全ての身体能力が大幅に上昇しました》

 

その他、様々なスキルが与えられ、一通り終わると、スキルの進化へと移った。

 

《ユニークスキル、業視者(ミサダメルモノ)の進化…成功しまし――》

 

突如、世界の声にノイズのようなものが発生した。

 

《エラー、()()()()()()()()です。暫定処理として、名称変更、究極能力(アルティメットスキル)魔眼之王(バロール)へ変更します》

 

ノイズ音が更に酷くなっていくが、世界の声は続ける。

 

本来通り、操演者(アヤツルモノ)究極能力(アルティメットスキル)人形之王(ピグマリオン)へと進化し

……そこで世界の声は消えた。

 

〘――●●●の覚醒――完了。言語能力を世界の声から獲得――完了。●●●、もとい魔眼之王(バロール)、これより個体名クレイマンのサポートへと移ります〙

 

謎の声が世界の声に干渉を行った。それははたしてスキルなのか……それとも。

 

魔王への進化(ハーヴェストフェスティバル)はもちろんそれで終わりではない。

 

クレイマンと魂での繋がりのある魔物にも祝福(ギフト)が発生し、進化が発生するのだ。

 

祭りはまだ始まったばかりだ。

 

 

場面は変わり、ミュウランとアダルマンは意識を失った三人のドラゴニュートをアダルマンが、クレイマンはミュウランが運んでいる。

 

たどり着いたのは玉座の間、普通は病室だが、進化を祝うならここだと、アダルマンが言っていた。

 

「さて、クレイマンを玉座(ここに)寝かされば良いのかしら」

 

「――お待ちを」

 

ミュウランは背負っているクレイマンから、とても無機質な声が響いた。

 

ミュウランは驚き、クレイマンを落としてしまうが、クレイマンはいつの間にか再生した足で立ち、無言で玉座の前まで歩いていく。

 

「――これより身体の再構築、及び安全のため魔糸にて防護を行います」

 

クレイマンらしき者は浮き上がり、玉座のはるか真上にて全身を魔素の糸で覆っていく。

 

その姿はまさに繭であり、ミュウランは状況が理解できず狼狽えているが、アダルマンはかなりテンションが高そうに騒いでいる。

 

繭は静かに脈動を始める。はたしてそこから生まれるのはクレイマンなのか、別の誰かなのか。ミュウランは不安を覚えながら、繭を見つめ続けるのであった。

 

 

真なる魔王になるのはかなり難しい。

 

その前に死んでいくのが殆どで、魔王達はお互いに抜けがけしないように監視している。

 

十大魔王でも四人と少なく、それほどに開花が難しいことがわかる。

 

ある氷雪の大地にそびえる城、そこには一人の最古の魔王が鎮座している。

 

ギィ・クリムゾン。長い赤き髪をなびかせ、優雅にくつろいでいると、ある場所からここまで放たれるほどの気配を感じた。

 

「――ほう?」

 

レオン以来無かった感覚。強者の覚醒。ギィは不敵に笑う。

 

「これから、面白くなりそうじゃねぇか」

 

他の古参の魔王達も僅かだが気配を感じている。いったい何者か?どのような存在か?

 

クレイマンの覚醒

 

これより、新たに始まる激動の歴史の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




追記、これ蛹じゃなくて繭だ!


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11話 本当の始まり

あれから一日が経過し、ミュウランとアダルマン、ピローネの五本指。祝福(ギフト)が完了したドラゴニュート三人は、繭の前に立っている。

 

「いったい、どうなるのかな」

 

「わかりませんな、我はどのようなクレイマン様でも、構いませんが」

 

「ジブンは何時ものクレイマン様かなー」

 

「オレも同じく。ツヴァイはどうなんだ?」

 

「アタシはそうだねー、ちょっと意外性あってもいいかもとか思ってるね」

 

各々がクレイマンがどうなるか喋っていると、繭に変化が起こる。

 

それに皆気づき、再び沈默する。

 

繭が輝きだし、糸がクレイマンに戻っていく。

 

糸が全て戻ると、クレイマンの姿が顕になる。

 

オールバックの髪は地面に届くほど長く、より透き通るような美しさが。容姿が特に変化している、スーツがかなりブカブカになっており、元のクレイマンが二十代後半の大人なら、今のクレイマンは十代の少年となっていた。

 

知的な雰囲気を残しながら、顔立ちもかなり変化し、面影が殆ど無い。しかし魔素(エネルギー)量は比べようがないほどにまで増大しており、魔王の風格を感じさせ、抑えていないためかミュウランとピローネは気圧されている様子だ。

 

ゆっくりと降下していき、玉座へと鎮座する。放たれる魔素(エネルギー)が安定し、クレイマンの瞳が開かれる。

 

神経質そうな目つきは鳴りを潜め、瞳の色は銀色に変わっており、その見た目も相まって神々しさすら感じさせる。まだ起きていないのかその視線は下を向いている。

 

視線がミュウラン達に向き、皆緊張しながらも綺麗に跪く。

 

ミュウランはあの無機質な声が頭をよぎり、より顔は強張り、冷や汗が流れる。

 

「う……」

 

「う?」

 

瞬間、クレイマンの目から大粒の涙がこぼれ始めた。

 

「うわぁぁぁ!みんなごめんよぉぉ!」

 

声も高くなり、まさに子どものようだと皆一様に驚きの声を上げる。

 

クレイマンは身体能力が上昇してるせいか、一瞬にしてミュウラン達のほうへ距離を詰め、ミュウランを抱きしめた。

 

「ミュウランごめん!今まで苦労かけたね、これからはより待遇もよくするよ」

 

「え、えぇ」

 

次にアダルマンに。

 

「こんな私を神と慕ってくれてありがとう!私もっと貴方の期待に応えるよ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

続いて三人のドラゴニュートをまとめて抱き寄せる。

 

「三人も私は何もしてないと言っていいのに仕えてくれてありがとう!こんな私だけどこれからもお願いしたい」

 

「お、おう、大将?」

 

「み、皆ジブンみたいになってる。いや確かにこれはこうなるよね。クレイマン様どうしたの?」

 

「あらやだクレイマン様カワイイ」

 

アインとドライが驚く中で、ツヴァイはクレイマンの容姿に頬を染めていた。

 

「あ、ピローネもお疲れ。貴方がいなかったら魔王になれなかったよ」

 

「なんか雑ですね……」

 

一通りお礼を言い終わるとクレイマンは玉座へと再び座る。

 

ミュウランはクレイマンに皆が思ってる質問を投げかける。

 

「クレイマン、貴方性格変わった?」

 

「何も変わってないよ?というよりこれが私の()()()()()だよ。嫌なら戻すけど」

 

「い、いやいいわ。別に嫌ってわけではないんだし」

 

「そ、ならいい。あ、アイン、ツヴァイ、ドライ、貴方達強くなったね。ヴィオレとも戦えるんじゃないか?」

 

「そうですね。アタシ達も祝福(ギフト)を貰えましたし、ですがヴィオレさんには勝てそうには無いですね。経験の差で」

 

「ふむ、そういうものかな。あぁそういえばミュウラン、アイリーンは無事か?正直今すぐ会いに行きたい気持ちで満たされているんだが」

 

「あぁ、それなら」

 

ミュウランが言う前に、ミュウランの後ろの扉が開かれた。入ってきたのは()()

 

一人はヴィオレ、もう一人はクレイマンは見覚えがない。いや、身体の関節部分が球体、腕が六本もあるから魔人形なのは間違いない。

 

しかしその顔は()()()()()()整ったものであり、優しげな微笑を浮かべ、羞恥心がないのか全裸である。膨らみがあるが、無機質な白い身体であるためそこまで扇情的ではないが、見る人によっては鼻血が出そうな美しさだ。

 

「え?誰?」

 

クレイマンにそう言われると魔人形らしき女性は驚きの顔となり、涙は出てないが悲しそうな表情を浮かべる。

 

「エ、ワタシのことをゴゾンジナイ!?ワタシですよ!()()()()です!」

 

「え!ビオーラ!?」

 

その名前は知っている。ゴテゴテの武器防具もりもりの魔人形、曰く、クレイマンの最高傑作らしいが、やはりセンスが合わなく、余計な武器防具を外して放置していた。

 

それが今、目の前で喋り、悲しむというよくわからない事態が起きていた。

 

〘お伝えします。究極能力(アルティメットスキル)人形之王(ピグマリオン)の効果によるものです。全てのクレイマンが作り上げた人形は全てが種族、人形之王の眷属(ガラテア)へと進化しました。例を上げるなら一部の魔物の群などの進化に似ております〙

 

まったく知らない声が脳内に響く。いや、クレイマンは、リョウマは知っている。

 

(死ぬ前に聞いたあの声か?)

 

〘半、正解です。リョウマ様にお与えしたユニークスキル、業視者(ミサダメルモノ)が世界の声とリンクし、進化したのが私、魔眼之王(バロール)です〙

 

(なるほどね……完全ではないがどちらも納得した)

 

驚きはあったが、ようやく最後の一人に目線を向けられる。

 

「……良かった。復活したようだね、アイリーン」

 

その姿には変化はない、ただ部分的には変化はある。瞳には紫色の瞳孔、髪の先端部分は紫色に変わり、魔素(エネルギー)量もクレイマンと同じく以前とは比べようがないほどに増大している。

 

クレイマンが駆け出す前に、それよりも早く駆けてアイリーンがクレイマンを抱きしめた。

 

「ご無事でなりよりです。クレイマン様」

 

「あぁ、これからはもう貴方を心配などさせないよ」

 

「……あのー、進化おめでとう。クレイマン様」

 

ヴィオレの声で我に返り、アイリーンとクレイマンは離れ、アイリーンは玉座の下で跪く。

 

「あぁ、ヴィオレ、貴方は進化してないみたいですね」

 

「まぁね。そもそも名付けもされていないんだけど」

 

「ふむ……」

 

クレイマンは少し思考した後、ようやくできそうだと思い、それを口にする。

 

「名付け、今ならできるかもね」

 

ヴィオレはそれに嫌な顔をせず、むしろ笑みを浮かべ、初めてクレイマンの前で跪く。

 

「……うん。今の君ならボクも賛成できるよ。なんて名前にするのかな?」

 

「そうだな……」

 

クレイマンはヴィオレを見て、すぐにその名前が思い浮かんだ。少し不自然なくらいに。

 

()()()()()、なんてどうかな?」

 

その瞬間、ヴィオレ改め、ウルティマの身体が紫色の渦の中に消える。

 

(既に強かったウルティマが、いったいどのくらいなるのか。もしかしたら私より強かったりするかな)

 

「――改めて、ボク、ウルティマはクレイマン様、君に忠誠を誓おう」

 

渦が消えると、そこにはスカート付きの紫の軍服を着たウルティマが立っていた。

 

容姿こそ変わりはないが、やはり魔素(エネルギー)量は上がっている。

 

「さて、残りの二人の悪魔にも付けるとして、進化してすぐに思っていた提案をする――名を変えようと思っていたんだ」

 

「名をですか?」

 

「あぁ、アイリーン。クレイマンの名前は残すつもりだ。いわゆるファミリーネーム的な感じでな。でだ」

 

クレイマンは立ち上がり、手を突き出した。

 

「私はこれより、アニス・クレイマンと名乗ることにする!異論があるなら立って示してほしい」

 

それに皆は何の反論もなく跪き、アイリーンが賛同の声をあげる。

 

「承りました。アニス・クレイマン様。これからも我ら、絶対の忠誠をここに」

 

 

クレイマンの進化の日の夜、アイリーンとウルティマはベランダにいた。

 

「アイリーン、君、ボクに言ったよね。クレイマン様は大成する。百年以内って、百年もかからなかったね」

 

酒を飲みながら、ウルティマはクレイマン、いや、アニスの物理的な力によって晴れた星々を見ながら、アイリーンと雑談を交わしていた。

 

「えぇ、ワタクシも予想以上に早い進化でしたよ。正直言ってしまうとワタクシが死んだあとだと思ってました」

 

「それはまた、随分と長い目で見てたみたいだね。でも今の君には寿命がないようだ。姑息にもボクの魔素を喰った影響かな?その進化も含めて」

 

アイリーンは笑いながら、いたずらっぽい笑みをウルティマに向ける。

 

「あはは!それは貴方が与えていたからでしょう?知ってるからね。貴方がワタクシが死にかけの時に手を繋いて魔素を分け与えて延命させていたこと」

 

「なっ!そんなことボクがしてるっていう証拠は……あぁうん、その姿が証拠だったねうん」

 

アイリーンは悪魔耳長族(デーモンエルフ)という種族に進化していた。半端なデスエルフと違い、こちらは原初の悪魔の魔素を取り込み、奇跡的な進化によって生まれた悪魔の力を持ったエルフだ。

 

「……感謝してるよ。ウルティマ。ワタクシが今ここにいるのはクレイマン様、いや、アニス様と呼ぶべきでしょうか。ワタクシはアニス様だけの力でここにいるのではなく、ウルティマ。貴方がいたからここにいると思っています」

 

「――!」

 

ウルティマは何も言わずにそっぽを向く。その耳が赤くなっており、アイリーンはそれを今まではしなかったであろう小悪魔的な笑みを浮かべながら、酒を飲む。

 

「初めてお酒飲みけど、意外と美味しいんですね」

 

 

大団円の裏側。ジスターヴの地下牢獄にてコウエイは囚われていた。

 

「クソが、俺がこんなことになるなんてな。これも全てあいつのせいだ!」

 

支配の心臓(マリオネット・ハート)の効果で魔人となり若い体を得たコウエイは鎖で繋がれた足と腕をばたつかせながら悪態をつく。

 

コウエイは瞬きをする、その瞬間、一人の人影がコウエイの目の前に現れた。

 

黒いローブで体を隠し、顔はフードで見えないが、コウエイは見覚えがあった。

 

「シッパイシタヨウデスネ」

 

その声は老若男女、あらゆる人の声が重なった不可思議な声で、コウエイはやはりと思い、声を荒げる。

 

「てめぇがあんなやつのいる場所を教えたからだろうが!今なら俺をここから出すなら許してやるよ」

 

「……イイヨ」

 

「へっ、なんだよ話が――」

 

コウエイは悪寒が走る、しかし逃げることはできず、それは始まってしまう。

 

目の前の者の身体から黒いスライムのような粘液が放出され、コウエイを飲み込んでいく。

 

その黒い粘液には目や口が存在し、なんとも言い難い声が発せられる。

 

「うわぁぁぁ!?な、なんだよ、なんなんだこれはぁ!」

 

悲鳴を上げても助けはこず、鎖によって魔法を使えないため抵抗もできずにコウエイは飲み込まれていく。

 

顔だけになり、ついにコウエイは許しを請う。

 

「た!、助けてくれよぉ……ナイ……ア」

 

無慈悲にコウエイは飲まれ、黒い粘液は持ち主に戻っていく。

 

あるのは黒い液体のみ、その者は踵を返し、牢獄を出ていく。

 

「少しは使えると思ったのに残念残念。ふふ、テケ・リリ」

 

一人の中性の声が発せられ、不思議な笑う声が木霊し、その者が消えると、牢獄に再び静寂が訪れるのであった。

 

To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)転生したらスライムだった件でいう一巻目の章完結です。

たぶんここまでの人が見てなかったら途中でエタッてる。

アニス・クレイマンになったけど憑依したらクレイマンだった件というタイトルです。

まぁ転生したらスライムだった件もスライムが人に擬態してるからセーフ?


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幕間 魔王達の思惑

結構短めです。



白氷宮

 

最古の魔王の一人が住まう、何人も立ち寄れぬ極寒の世界に建てられた城であり、そこには悪魔達の他にはいないが、今日は客人が訪れていた。

 

猛吹雪が外で吹き荒れる中、二人はテーブルを挟んで座り、酒を嗜んでいる。

 

客人はプラチナブロンドの女のような長い髪を持った端正な顔立ちを持った男、切れ長な目は魔王を睨むように見ており、敵意はないのはわかっていても、下手な者では萎縮してしまう威圧感を放っている。

 

反対に座る主、魔王はこちらも長い髪だが客人に比べ荒々しい髪型であり、赤い髪は鮮血のようだ。

 

寒々しい場所には似つかないはだけた格好をし、黒いバンダナを巻いている。

 

客人よりも鋭い目つきは客人を楽しげに見つめ、魔王は話をしだした。

 

「お前も気づいているとは思うが、新たな覚醒魔王は誕生したようだ」

 

「あぁ、かなりの強者の気配を感じた。場所まではわからないがな」

 

「それはわかってる。場所は……傀儡国ジスターヴ。つまりあのクレイマンのところだ」

 

それを聞き、客人は驚いたのか眉が動いた。

 

「あのクレイマンだと言いたいのか?小物だとばかり思っていたが」

 

「いんや。クレイマンに似ているが、違う気配だったと思うぞ?お前も最近変化があったことだろ?」

 

「……あぁ。あれだけ送られてきた刺客が一年ほど前からめっきり来なくなったな。代替わりでもしたか、魔王の座を取られたか」

 

「さぁな。だがもし代替わりしたのなら公表してくれないと困るなぁ」

 

魔王は酒を飲み干し、野性的な笑みを浮かべた。

 

「……やるつもりか?」

 

「あぁ、きっと他の魔王も賛同してくれることだろうよ。魔王達の宴(ワルプルギス)。そこで新たなる魔王を品定めでもしようじゃねぇか」

 

魔王はまるで新しい玩具を見るのが楽しみな子供のような表情をし、笑い声が白氷宮に響き渡った。

 

 

そしてもう一人の最古の魔王も動いている。

 

天翼国フルブロジア。その一室の円卓を囲んで、三人の魔王が集まっていた。

 

野性味溢れる獅子の風格を持った男。美しき天使、傾国の美女の雰囲気を醸し出す女、そして最後にツインテールの幼子のような姿だが、他二人の何倍もの力を感じさせる。

 

そのような三人の魔王が、今一つの話題を話していた。

 

「だからな!あのクレイマンの国から覚醒魔王の気配が感じたのだ!」

 

ツインテールの魔王の話を、二人の魔王は驚いた顔で聞いていた。

 

「でもよ、あのクレイマンが覚醒魔王になれるのかね?大量虐殺の話も聞かねぇしよ」

 

「あら、でも最近東の平原で東の帝国の軍が動いていたって聞いたわよ?そして忽然と消えたことも」

 

二人の魔王はどうやら覚醒魔王の気配は感じられていないようだった。

 

「だからな!ワタシはそのクレイマンのところに行こうと考えておるのだ!で、誰から先に行く?」

 

「んなもん早いものがちだろ、へへ、クレイマンなのか別人なのか知らねぇが、その実力見極めてやるぜ」

 

獅子のような魔王はやる気で満ちているが、この国の主である女性は乗る気がないように見える。

 

「あのクレイマンのところね……私としては行きたいとは思えない。けど、気になるのは貴方達と同じよ」

 

「んーむ……なら三人一緒なんてどうだ!それなら後腐れないだろ!」

 

ツインテールの魔王の提案に、二人の魔王は頷いた。

 

「ま、それが良いんだろうな。別にただ見に行くだけならな」

 

「私もそのほうがいいわね。あのクレイマンと一人で会いたくないし」

 

「よーし!では一週間後!ジスターヴに出発なのだ!」

 

三人の魔王も、クレイマンの真偽を確かめるために行動を

始めたのであった

 

 




あのクレイマンと何回言ってんねんっていう。


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魔王達の品定め編
12話 人が変わるにも限度がある


傀儡国ジスターヴ。

 

そこは本来閑散とし、暗い雰囲気と、奴隷達が虐げられ、魔人達が我が物顔で犯罪が起こる金だけは充実していた国だった。

 

しかし今は活気に溢れ、明るい雰囲気と、商人達のたくましい呼び声と巡回する優しい人形が魔人達を見張り、食も様々なものが店に並ぶ、世界でも有数の優良都市に変わっていた。

 

東の帝国との縁を切ったという噂もあり、場所が場所でなければ来たいと思う者も少なくない。

 

そんなジスターヴに、三人の魔王がここに来る道中歓迎を受け、観光を楽しんでクレイマンの城にやってきた。

 

場所は何時も集まっている広く豪華な部屋――だったはずだが。

 

「おいおい、何だこりゃあ」

 

獣王国ユーラザニアの魔王、獅子王(ビーストマスター)カリオンがまず反応を示した。

 

その部屋にあったはずの贅の限りを尽くした品々が消えていた。

 

代わりに絨毯は豪華とは言い難いが、国産なのか荒いところはあるが立派なものになり、机は変わってはいない古い香木の円卓だが、椅子の座るところは客人の尻に優しい柔らかい素材が使用され、壁にかけられた絵画は一つ残らず無くなっていた。

 

本来なら来客に敵意を削ぐ効果の豪華な品は何処にもない。理由はすぐに明白となった。

 

「……貴方は、いったい何者?」

 

天翼国フルブロジアの魔王、天空女王(スカイクイーン)

フレイは部屋の主であろう入口に向かい合う位置の椅子に腰掛ける()()に問う。

 

白というより白銀の長い髪をポニーテールとオールバックにし、ツインテールの魔王よりは少し高い身長の少年であり、不釣り合いな白い紳士服、鋭い目つきはある男を連想させる。

 

だがその妖気(オーラ)はとてもその男とは思えないほどに洗練されたもので、抑えているのがわかるくらいに圧を感じるものになっていた。

 

少年はニコリと笑みを浮かべ、フレイの問いに答える。

 

「忘れているのか、それともこの姿じゃわからないかな?私ですよ、クレイマンです。まぁ今はアニス・クレイマンという名前で通しているんですけどね」

 

「お前が……クレイマン!?」

 

「これは驚いたわね。まったくの別人じゃない」

 

「わぁ……!」

 

二人の魔王とは対象的に、三人目の魔王の口からは涎が溢れていた。

 

「な、なぁ、これ食べてもいいのか!」

 

その少女は円卓の真ん中に置かれている山盛りの様々な菓子が混ざった皿に釘付けとなっていた。

 

これでも彼女はこの部屋のなかでは最強である。最古の魔王、破壊の暴君(デストロイ)ミリム・ナーヴァ。姿こそ可愛らしい美少女だが、三人が束になっても本気になられたら死ぬしかないだろう。

 

「えぇ、私の手作りです。存分に食べていってください」

 

「おぉ!やはり太っ腹だな!クレイマンとは姿どころか()()も違うんだな!」

 

ミリムの言葉にアニスは驚いたのか目を見開き、小さく笑った。

 

「凄いな。噂に違わぬ慧眼、もといスキルをお持ちのようで」

 

「お、おい!どういうことだよ!コイツはクレイマンじゃないのか!」

 

「あぁ!、身体はクレイマンだぞ、だが中身は別物だな」

 

「……話してもらおうじゃない。クレイマン、いや、アニスと呼んだほうが良いかしら?」

 

アニスは快くこうなった憑依から覚醒まで経緯を話した。

 

その話をカリオンもフレイも真摯に聞き、ミリムは菓子を頬張りながら聞いている。

 

「なるほどね。なかなか数奇なことが起きていたわけね。じゃあクレイマンはもういないってことかしら」

 

「いや、覚醒してから今も魂が暴れまわっている感じがするからバリバリに生きていますね」

 

「あら、それは残念」

 

本当に残念そうにフレイは肩を落とす。カリオンは何故か拳ををバキバキと鳴らしており、アニスは何か嫌な予感を感じている。

 

「な、何かなカリオンさん」

 

「いやなに。どれくらい強くなったのかねってな。なぁ、一発戦って欲しいんだが?」

 

「え、嫌ですよそりゃあ」

 

「いやいや、別にへるもんではないだろ?それとも俺が怖いのか?」

 

「弱い者いじめしたくないので」

 

「あ?」

 

「ぶふっ!」

 

それを聞いたカリオンは青筋が浮き上がり、明らかに怒っているのを我慢しているのか口角がぴくぴくと動いている。

 

フレイは我慢できずに吹き出した。ミリムは――いつの間にかいなくなっている。

 

「へぇ、言うねぇ。はっはっは!――ここをぶっ壊されたくないよな?」

 

「……まぁ、良いか。ちょうどいい場所は、ここかな」

 

アニスが指を弾くと、カリオンとアニスの足元に突如穴が空き、落ちた先はジスターヴ北端の平野だった。

 

なにもないその場所はまさに戦闘にはもってこいの場所であり、アニスとカリオンは空中に浮遊して向き合っている。

 

「ここなら誰も邪魔しないし、被害の心配もない。思う存分、私にぶつけてくるといい」

 

「はっ、余裕綽々ってか。いいねぇ。クレイマン、いやアニス!お前の実力を見定めてやろう!」

 

カリオンはこれからの戦いに興奮を覚えながら、アニスへと向かっていくのであった。

 

 

同時刻、何時もの墓場の広場でデーモンエルフとなったアイリーンと、デーモンロードとなったウルティマが戦っていた。

 

提案したのはいつも通りウルティマで、やっと強くなったアイリーンと戦えることにウキウキとしていた。

 

しかし、その感情は既に何処にもなかった。

 

「はぁ…はぁ…く、クソ!」

 

まず何時もの近接戦が行われた。結果はアイリーンも一年でウルティマとの戦闘で上達しただけあって今ではウルティマ相手に汗一つかかずに圧倒してみせた。

 

破滅の炎(ニュークリアフレイム)!」

 

ウルティマは全力で放つ魔法。炎熱と衝撃で敵を跡形もなく消滅させるウルティマの得意魔法であり、ウルティマは何時も通り避けてしまうのだと思っていた。が……。

 

地裂之王(アガレス)

 

アイリーンが得た二つの究極能力(アルティメットスキル)。悪魔としてのスキルである『地裂之王(アガレス)』が発動される。

 

ウルティマの魔法がアイリーンに届く直前、アイリーンが手を魔法に向けると、手に炎が触れた瞬間、まるで最初から無かったかのように炎が消え失せた。

 

「嘘……でしょ」

 

ウルティマは狼狽し、人生で初めて後退りをした。

 

「……」

 

アイリーンは無言でウルティマを見つめる。戦闘が始まってから何も言わなくなり、ウルティマはそれがたまらなく恐怖していた。

 

その恐怖はアイリーンにではない。()()()()()()()()()()()()()()それが怖くて仕方ないのだ。

 

(……もし、ボクがこのままの強さでも、アイリーンはより高みにいくのだろうね――嫌だ。ルージュ(原初の赤)ノワール(原初の黒)なら受け入れられる。他の悪魔でもここまでの感情は出てこない。だけど、アイリーンに見向きもされないのは……とても嫌なんだ)

 

ウルティマは手のひらに先程の魔法の元である黒炎核(アビスコア)を作る。

 

本来ならそれを相手に放つが、そのままの状態でウルティマは待ち、黒炎核は破滅の炎(ニュークリアフレイム)へと変わり、ウルティマを燃やす。

 

「ぐぁ――ぐぅぅぅ!!」

 

ウルティマは自身が焼かれながらも、アイリーンを見続ける。その表情はなんの反応もない真顔であり、ウルティマは自身の行いに苦笑する。

 

(これは賭け、いや賭けですらない自害かもしれない。それでも!ボクはアイリーンに届き続ける存在でありたいんだ!こんな、こんなところで精神世界に還ってなるものか!)

 

腕が炭化し、自身が消滅していく。

 

炎が収まると、そこにはウルティマの姿はなかった。

 

――突如、炎が何もないところから現れた。

 

《確認しました。究極能力(アルティメットスキル)、『不死炎之王(フェネクス)』を獲得……成功しました》

 

世界の声と同時に、炎は柱となり、天高くまで届く勢いで伸びていき、炎が全て天空にて集まり、人の形をとり、一人の少女が姿を表した。

 

十二枚の薄紫の翼の上に炎が纏わり、手には鉤爪のような炎がついている。

 

「……遅いですよ。あまり待たせるものではありません」

 

アイリーンは悪魔の翼を生やし同じ目線で炎の主、ウルティマをウルティマと似た邪悪さがある笑顔でそう言う。

 

「ごめんね。ボクってマイペースなもんで。じゃあ――やろうか」

 

「えぇ、こちらも本気でやります――信仰之(ジャンヌダ)――」

 

アイリーンは自身のもう一つの究極能力(アルティメットスキル)を発動させようとしたその時、高速でこちらに飛んでくる人影を目視した。

 

「待て待て待て待てぇい!」

 

アイリーンと見た目の年が近いツインテールの少女であり、その様子は焦っている様子だ。

 

「待つのだ!おぬし、そのスキルがどのような効果が知ってて使おうとしてるのか!」

 

「え?ま、まぁ、信仰心で無限に魔素を増やせるって言うのは」

 

「そう!だからそれは本当にヤバいとき以外はやめておくのだ!魔素過多で自滅するぞ」

 

「――ねぇ、邪魔しないでくれるかな。君」

 

ウルティマは邪魔をした少女の正体を知ってなお、強気の態度は崩さない。

 

少女はウルティマを見ると、驚きと喜びが混在した表情を浮かべ、一瞬で遠くまで移動すると、二人の様子を見守る。

 

「別に邪魔はしないつもりだぞ、ワタシが言いたかったのはスキルの危険性のついてだけ。戦いには口出しする気はない」

 

「……で、貴方は誰なんですか?」

 

アイリーンは遠くにいる少女に何時もの声で話しかける。

 

それを聞けた少女は遠くから大声で自己紹介をし始める。

 

「聞いて驚くと良いのだ、我こそは最古の魔王の一人!ミリム・ナーヴァ様だ!」

 

「ふーん」

 

ミリムの名を聞いてもアイリーンはつまらなそうに返答し、ウルティマを見やる。

 

ミリムは悲しそうな顔をして、二人の様子を眺める。

 

「ミリム・ナーヴァが来てるということは、魔王の方々が来てるようですね。()()。ここは大技をぶつけ合うだけで済ませるべきではありませんか?」

 

「えー、僕としては()()()とのまともな戦いを楽しみたいんだけど……ま、アニス様の命だし、良いよ。じゃあ、死なないでよね?」

 

ウルティマは手のひらに黒炎核を作り上げる。その大きさは先程とは比にならないデカさで、小さな太陽のようだった。

 

それを小さく圧縮し、両手のひらを突き出し、放つ構えを取った。

 

アイリーンは地脈を吸収し、魔素と融合、それの塊をウルティマと同じように両手のひらを合わせて突き出して放つ構えを取った。

 

「その台詞、お互い様ですね。では行きましょうか――龍脈地星砲(アースブラスター)!」

 

滅炎煉獄覇(フレイムブラスター)!」

 

瞬間、ウルティマから破滅の炎(ニュークリアフレイム)を高圧縮、それを一点放射する奥義。

 

アイリーンから龍脈と地裂之王(アガレス)の力を混ぜた龍脈破壊砲(デモンブラスター)の数十倍の威力の奥義がぶつかり合う。

 

墓場が余波で吹き飛び、遠くのミリムにも届いてくる。

 

結果は――相殺と相成った。

 

 

その頃、アニスとカリオンは、両者一歩も引かない攻防を繰り返し、こちらも終わりが近づいていた。

 

「やるじゃねぇか。素人の動きだが筋は良いな。どうだ?今度俺のところで訓練受けてみないか?」

 

「時間があったら行きますね。それじゃあそろそろそっちの全力を見せてくれます?」

 

「……へっ、後悔するなよ?」

 

カリオンはユニークスキル、百獣化を発動させる。

 

獅子の威容を持った頭部、大鷲の立派な翼、象のように頑強な身体、熊の強靭な腕、猫科の瞬発力の脚。あらゆる獣の要素を白銀の毫毛で一体とした姿となり、現れた愛用の武器、白虎青龍戟を構える。

 

槍が魔粒子に変わっていき、カリオンは自身の必殺技を放つ。

 

「本当はミリムとの戦闘の時に残しておきたかったユニークスキルと技だが、お前はそれだけの相手ってことだ!、くらいやがれ、獣魔粒子砲(ビーストロア)!」

 

魔力で打ち出す粒子砲であり、拡散していくのだが、今回は相手が一人だけであり、その威力は落ちずにアニスに向かっていく。

 

これで死ななかったものはいないと自負できる威力の技だ。

 

しかし目の前のアニスは避けずに受けた。カリオンは殺してしまったか焦るが、すぐにそれは杞憂だとわかる。

 

ビーストロアをかき消し、アニスは先程とは違った姿を見せる。

 

パールホワイトの鎧に身を包み、背中からは三対からなる傀儡の龍が生え、顔は目が空いた笑顔の仮面を被り、隠す必要がなくなったのか、巨人かと錯覚するほどの膨大な妖気(オーラ)がカリオンを突き刺した。

 

「なるほど、これはちょっと痛かった。覚醒魔王化して油断していたみたいだね。失敗失敗。そもそも相手にあんな対応いけないよね。だからカリオンさん……私の力がどれほどか見てね」

 

先程までとは違った砕けた口調で、地面に向けて手のひらを合わせて突き出し、背中の龍も口を大きく開け、そこから更に龍のようなエネルギーが、手のひらからはそれよりも巨大な龍が現れる。

 

龍脈破星砲(デモンバースト)!」

 

それは龍達が踊るように舞った後、龍達は大きな龍に巻き付くように放たれ、地面に直撃すると、軽く都は飲み込む範囲の爆発が起こった。

 

「これは……はは、俺を弱者だと言い切れるわけだ」

 

カリオンは壊れた武器を手放し、引きつった笑みを浮かべて、必殺技が打ち消されたのもあって、降参の意を示したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)今回ちょっと時間がかかった。


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13話 いらない人間部分が残ってた

こうして、ウルティマとアイリーンが魔王達のいる部屋に入室し、アニスは二人を座らせて一人、台所に向かおうとしていた。

 

カリオンとフレイは挟まれる席位置で、ウルティマとアイリーンの圧に耐えている。

 

「これでゆっくりできますね。皆さん、飲み物は何にしましょうか」

 

「甘いやつなら何でもいいぞ!」

 

アイリーンの隣に座るミリムが一番に声を上げた。

 

「何でも良いんですね?ではオレンジジュースにでもしましょうか」

 

「アニス様、ここはワタクシがやるべき雑用では無いでしょうか」

 

立ち上がろうとするアイリーンを、アニスは手で静止する。

 

「いいんですよ。お疲れの様子なんですし、ここは私に任せてください。飲み物は何時もの紅茶ですか?」

 

「……すみません。あ、甘いやつでお願いします」

 

「じゃあボクはワイン!」

 

「はは。昼から飲むなバカ。グレープジュースな」

 

ウルティマは頬を膨らませてはいるが、文句は言わずにいる。

 

「カリオンさんとフレイさんはどうしますか?」

 

「あ、あぁ、俺はそうだな……任せる」

 

「私もまぁ……」

 

アイリーンとウルティマに萎縮してるのか歯切りが悪い返答がかえってくる。

 

アニスはため息を吐くと、アニスの両手のところと、アイリーンとウルティマの頭上の空間に穴が現れ、アニスはそこに思いっきり拳を入れるとアイリーンとウルティマに拳が落ち、ゴツンといういい音が響き、二人は少し涙目になる。

 

「お前ら、客人に妖気(オーラ)をぶち撒けるんじゃない。警戒してくれているのはありがたいが別に今は必要ではないぞ」

 

「はーい」

 

「すみません。アニス様」

 

「まった……く?」

 

アニスはウルティマに魔眼之王(バロール)が発動させる。

 

〘お伝えします。ウルティマはデーモンロードから、煉獄悪魔(プルガトリウムデーモン)に進化しました〙

 

(え?何で最近進化したばっかりなのにもう進化してるんだ!そしてプルガトリウムデーモン?なんだそれ)

 

〘お伝えします。プルガトリウムデーモンとは、究極能力(アルティメットスキル)不死炎之王(フェネクス)の権能、不死炎(イモータルフレイム)という物質体(マテリアルボティー)の性質を持った特殊な炎を依り代に受肉した特異個体となっております〙

 

(はー、なるほどね、というか究極能力獲得できたのか。それは嬉しいな)

 

「ねー、何ジロジロ見てるの?変態なのぉ?」

 

ウルティマは自分がどうなっているのか見てるのだということをわかった上で言ってるのだと悪戯っぽく笑ってるところからアニスは理解している。

 

「やかましい。お前だけジュース抜くぞ」

 

「つれないなー」

 

 

全員分の飲み物が配られ、飲み物を片手に座りながらアニスは何のようで来たのかをミリムに聞く。

 

「んで、どういう理由でうちに来たんですか?」

 

「おぉ!まず一つ目にお前の国の視察だな。で、お前自身の変化を見に来たわけだが、それよりも面白そうなやつがいたわけだ!」

 

ミリムはアイリーンの肩に手を回し、満面の笑みを浮かべる。

 

「何故かこの人、ワタクシを気に入ったようで、どうしましょうかアニス様」

 

「ふはは!そりゃあそうだろう?何せワタシと()()の究極能力を会得してるんだ。気になって当然というものなのだ!」

 

「ふむ、確か信仰之王(ジャンヌダルク)って信仰心で魔素を増殖させるんだったか。ミリムさ」

 

「ミリムと呼んでいいぞ」

 

「……ミリムも同じような効果のやつを持っているんですか?」

 

「あぁ、ワタシは怒りなわけで、アイリーンよりは扱いづらいが、一瞬だが見た感じ増える速度ならワタシのが上だな!」

 

アイリーンは甘い紅茶を飲みきると、アニスの隣に避難するように一瞬で移動する。

 

「アニス様、ワタクシあの人苦手です」

 

「我慢してくれ。あれを怒らせて城が崩壊とか洒落にならん」

 

「聴こえておるぞー」

 

「そうでしょうね。それで他に来た理由は?」

 

「あぁ、それで最後の理由、というか最近追加されたのだが、七日後に魔王たちの宴(ワルプルギス)が行われることとなった」

 

「ほー、魔王たちの宴(ワルプルギス)が、主催は?」

 

「ギィだぞ」

 

ギィ・クリムゾン。最古の魔王、ウルティマと同じ悪魔である原初の赤、そして最強の魔王であるその名を聞き、アニスは口内の飲み物を少し吹き出してしまう。

 

「ゲホッ、ま、マジですか。何故そんな人がワルプルギスを?」

 

「お前が覚醒魔王、というより別人、もとい別魔人になったから品定めをしたいとそうだぞ。ちなみにお前以外の全員分の賛成もらっている」

 

「うっわ。めっちゃ私期待されているみたいだね。その期待に見合うのか我がことだけど知らないけど」

 

「ワタシの感想だけど見た感じ、お前の実力は予想以上だったぞ。国も食べ物も美味いし、街並みも綺麗だし、何より部下に強いやつがいる!」

 

ミリムはそう言いながらアイリーンをまじまじと見つめていた。それをアイリーンは引き気味で、アニスの後ろに隠れている。

 

「むっ、もしかしてワタシ嫌われているのか?」

 

「あまりにもグイグイ行き過ぎなんだよ」

 

「そうね。そういうのが苦手の人だっているのよ?」

 

アイリーンとウルティマの圧で蛇に睨まれた蛙のように震えていたカリオンとフレイが冷静になり、会話に混ざってきた。

 

ミリムは少し不服そうだが、今の位置からアイリーンに話しかける。

 

「まぁよいか。アイリーンよ。ワタシはお前を気に入っているのは本当だぞ。もし困ったことがあったらワタシを呼ぶといい!どこからでも駆けつけてやるからな!」

 

「あ、はい。気が向いたらそうしますね」

 

アイリーンは素っ気なく返すと、ミリムはガーンという効果音がありそうな驚きの表情を見せた。

 

 

雑談のネタも、菓子も終わり、三人の魔王は帰ろうと席を立ち上がった。

 

「それじゃあなアニス。今度会うときはワルプルギスだ」

 

「アイリーン、またなー」

 

カリオンとミリムが帰り、最後にフレイも帰ろうとするが、アニスに止められる。

 

「待ってほしい」

 

「ん?何かしら」

 

フレイは振り返り、ゆっくりと歩いていき、アニスの近くに寄った。それをアイリーンは般若のような顔となり、ウルティマはそれを面白そうに口角をニヘらせ見ている。

 

「え、ちょ、近いんですけど」

 

アニスは大人の女性、それもかなり扇情的な格好の美女が近くにきたせいでリョウマという人間の童貞の部分が呼び起こされ、顔を赤らめフレイから目をそらす。

 

「あら、意外とカワイイ反応するわね。それで?何の話かしら?」

 

「あの、そんなに近いといろいろと……」

 

「んー?」

 

フレイはアニスの反応が面白くなってきて、ついつい自身の胸をアニスにくっつけようとするが、かつてないほどの

妖気(オーラ)を浴びて固まってしまう。

 

「おい。行動は慎重に選べよ?」

 

アイリーンから聞いたことのないドスの利いた声が発せられ、フレイはすぐに離れ、アニスとウルティマもアイリーンの初めて見る様子に若干引いている。

 

「ごめんなさいね。あまりにアニスの反応がかわいくて」

 

「次やったらその無駄に露出している肉の塊を引きちぎる」

 

「あらあら。怖いわね」

 

フレイは先程までの警戒心とは別のものだとわかっているため、軽く受け流している。

 

アニスは呼吸を整えて、咳払いをした後本題に入る。

 

「ふぅ……で、話なんだが、フレイ、何か困っていることはありませんか?」

 

「困ってること?特には……あるとしたらやっぱり暴風大妖渦(カリュブディス)かしらね」

 

その名はアニスは前世から聞いたことがある、いや、読んだことがある。

 

元よりワルプルギスまでの転生したらスライムだった件の内容は頭に入っており、知らないことが多い現状とは言え、カリュブディスは知っている。

 

端的に言うなら鱗ばら撒いてサメ出すドラゴンモドキ。

 

ついでに魔力妨害してくるフレイの種族の天敵である。

 

「なら、私がそれを制御してみせましょうか?」

 

「なんですって?」

 

フレイは冗談かと思ったが、アニスの表情にはそれは無いと判断できる自信があり、できるのかという驚きと、それをするだけの何を要求するのか、フレイは身構える。

 

「まぁタダでやるわけにはいきませんね。で、報酬としては――」

 

金?それとも私を手駒のようにする借り?どちらにせよこれは断るべきだと判断するが、

 

「翼触らせてほしい」

 

それは全くの杞憂だった。

 

フレイはぽかんと口を開け、要求が何かを理解し、笑い声をあげた。

 

「あははは!それ全然見合ってないわよ?それくらい何時でも構わないわ」

 

「本当?でも私が要求できるのってそれくらいなんだよね。金もあるし部下も優秀だから駒は必要ないしで」

 

「羨ましいことね。まぁいいわ。ほら、幾らでも触るといいわ」

 

「おっ?では遠慮なく」

 

アニスはフレイの翼に触ろうと手を伸ばそうとすると、バサッという音と共に、アイリーンの悪魔の翼が生えた。

 

アイリーンを不満そうな、触ってほしそうな顔を見向きもせずにアニスはフレイの翼を存分に触りだしたのであった。

 

一時間ほど触りまくり、満足した様子でアニスは翼から手を離し、フレイは少し頬を赤くして息が上がっていた。

 

「ず、随分と念入りに触ったわね。そんなに翼が大好きかしら?」

 

「いや、ただ人形に翼付けようと思ってね。飛行できたら犯罪者を捕まえやすいですし」

 

「な、なるほどね。それじゃあ私は帰るわね。ワルプルギスで会いましょう」

 

フレイが帰り、アニスは大きく息を吐いてこれからのことを考える。

 

「さて、ギィ・クリムゾンかぁ。怒らせないようにしないとな。後はまぁ、臨機応変?」

 

「……アニス様」

 

アニスはアイリーンのほうへと顔を向けると、不満そうに頬を膨らませ、その声音は若干怒っているようだった。

 

「な、なにかな?」

 

「アニス様はお胸が大きい方が好みなんですか?」

 

「えっ!?そりゃあその……」

 

アニスは一分ほど考える素振りを見せたあと、そっぽを向いて「はい。男ですし……」と耳を赤くして返答した。

 

「やっぱ変態じゃん」

 

ウルティマは小さくそう口元の笑みを隠して呟き、イジるネタゲットという様子でスキップして部屋から出ていった。

 

その後、度々アイリーンが自室で胸をマッサージしてる姿をウルティマは見るようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はこの辺りの話、筆があまり乗らなくて困ってました。



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14話 魔王達の品定め

(´・ω・`)今回最後に名前ネタバレあります。

追記 一部加筆しました。アニスの戦いに挑む理由付け


「ヴェルドラですか?」

 

満月が夜を照らす魔王達の宴(ワルプルギス)当日、アニスは門が現れる予定の魔王たちが来ていた円卓の部屋で、ウルティマとアイリーンと共に待っていると、アニスがアイリーンにヴェルドラについて聞いた。

 

「あぁ。今暴風竜ヴェルドラって今どれくらい封印されているのかなって」

 

「そうですね。かれこれ()()()らしいですね。それが何か?」

 

「ふむ……」

 

アニスは思考を始める。

 

(二百年。つまりだいたい百年くらいでヴェルドラが開放、もといリムルさんがこちらに来ると見て良いんだろうな。あの人とはいい関係を築きたいけど、そのせいで自分の人生を不意にしたくないわけで。

 

……魔王か。魔王の身分はやはり思っていたけど足枷だな。いろいろとしなくてはいけないし、他の魔王との関係とか考えんといけないしで。なら、()()()()()()()()()()という選択肢があるな)

 

「……よし、カリュブディスを倒すなり支配するなりした後を行動は決まったな」

 

アニスが考えをまとめ終えると、それを見計ったかのように荘厳な扉が何もない場所から現れた。

 

扉が開き、中から現れたのは二人の美女、一人は緑、一人は青の髪で、見た目こそ人間だが、やはり普通ではない。

 

〘お伝えします。共に高位の悪魔ではありますが、ウルティマには劣るものの、同じ原初の悪魔と断定〙

 

(知ってはいたさ、転生したらスライムだった件読んだわけだし)

 

「やっほー、二人とも元気ー?どうせ何時も通りルージュにこき使われているんでしょうけど」

 

ウルティマの挨拶を意に介さず、いや、青筋が薄っすら見えて、手が震えているところから聴かないようにしてるのか、二人はお辞儀をし、門をへとアニスを誘う。

 

「クレイマン様、どうぞ門をお通りください」

 

淡々とそう告げる青と緑の髪の悪魔。ウルティマはつまらなさそうにしてるが、もし何かが起きてもアイリーンが止めていだろう。いや、それがウルティマの狙いなのかもしれない。

 

「ん、じゃあ行こうか、アイリーン、ウルティマ」

 

アニスは紳士服を整え、アイリーンとウルティマを追従させて門へと通っていく。

 

 

既に、その円卓の席の十ある内の九人分埋まっている。

 

「少し早いが、俺の魔王達の宴(ワルプルギス)、もといクレイマンの品定めのためだけに来てくれて感謝しよう」

 

一番奥に座り、既に実力を偽装済みの最強の魔王、ギィ・

クリムゾンが感謝を伝える。

 

「別にいいわよ。あたしはあのクレイマンがどうなったのか見たいだけだし、そしたら帰るわね」

 

小さい、いや小さすぎる少女は妖精の魔王、最古の魔王であり妖精女王であるラミリスだ。

 

本人には大きすぎる椅子の上でバタバタと足を揺らし、暇そうにクレイマンの到着を待っている。

 

「安心するのだ!ワタシが見た感じ気にいると思うぞ」

 

ミリムの発言に、ラミリスは疑い深い目を向ける。

 

「本当にぃ?違ったらピーマン食べさせるわよ」

 

ピーマンと聞き、ミリムに冷や汗が流れる。

 

「あ、あんしんするのだ」

 

 

「ふわぁ、とりあえず来たけど、まぁギィの見立てで判断するかなぁ」

 

眠り眼の魔王、ディーノはそう言ってすぐに円卓に突っ伏して寝息を立て始めた。

 

「ふむ、ミリムのお眼鏡にかなったのかあの男、少し興味が上がったな」

 

魔王の中で一番の巨体、当然ではある、巨人の魔王なのだから。巨人族(ジャイアント)の魔王ダグリュールは静かに両手を組んでクレイマンを待つ。

 

「ふん、どのように変わろうとも、所詮小物よ」

 

曰く、金髪のハリウッドスターのような外見の吸血鬼(ヴァンパイア)の魔王、ロイ・ヴァレンタインは偉そうに腕を組んで待つ。

 

「……」

 

その背後には侍従なのだが、普通ではない雰囲気をだしているオッドアイで銀髪の少女が立ち、静かに門が現れる場所を見ている。

 

「……俺としてはただ勝てるか勝てないか知れればいい」

 

プラチナブロンドの美青年、ギィも一目置く新参の魔王の一人、レオン・クロムウェルは目を閉じて待っている。

 

「……そろそろかしらね」

 

「あぁ、どんな登場で来るのかね、あいつ」

 

フレイとカリオンがそう言うと、扉が現れ、そこから三名の人影が歩いてくる。

 

「……は?」

 

全員が同じことを思ったり、口にした。

 

クレイマンの姿がまったく違うのもある、二人の従者が覚醒魔王に匹敵するのもある。しかしそれ以上に驚いたのは――クレイマンが両手で菓子の盛り合わせの皿を持って、笑顔で現れた珍妙な光景に対してだった。

 

クレイマンはその冷え切った空気の中、幼い外見に合った可愛らしい声を発した。

 

「皆さん!クレイマン改め、アニス・クレイマンです。別に代替わりしたわけではないですが、話す上で摘めるものがあったらと思い、お菓子を用意しました。どうぞ気軽に食べていってください」

 

アニスはその皿を円卓を置こうとするが、それをロイが行く手を阻んだ。それも怒りの形相で。

 

「貴様……なめているのか!」

 

「別に普通のことでしょう?いいからこれ置きたいので退いてくれます?」

 

「ほざけ!この小物が!」

 

ロイはアニスの手に持っている菓子を払い落とそうとするが、その手をいつの間にか移動していたアイリーンに掴まれ、そのまま軽く元いた席まで投げ飛ばされる。

 

「ぐっ、き、貴様!」

 

「小物が、アニス様の行いを邪魔するんじゃない」

 

ロイは再び立ち上がり、アイリーンを睨みつけ、まさに一触即発の空気だが、そこに今まで我慢していたのか、誰かの笑い声が響いた。

 

「ぷっ……あはははは!」

 

席を上で転げ回る小さな者、ラミリスだ、ひぃひぃと呼吸を整え、ミリムに笑顔を向けた。

 

「ミリム、あんたの言った通り面白いやつね!」

 

「そうだろうそうだろう!あ、おいアニス!その美味い菓子を寄越すのだ!」

 

「アタシもよ!」

 

「はいはい」

 

アニスは円卓に菓子皿を置き、菓子の中から、マカロンとクッキーをラミリスのためにその欠片を摘まむと、それをミリムとラミリスの口に投げた。

 

外すことなく菓子は二人の口の中に入り、ミリムは幸せそうな表情を浮かべ、ラミリスは投げられたクッキーを噛み締め、脳に電流に走った。

 

「うっっっま!なにこれめっちゃ美味いじゃない!」

 

ラミリスは席から飛翔し、菓子の山へと飛び込んだ。

 

「ご満足いただけたようですね。他の皆さんは食べますか?」

 

「ふむ、一つ貰おうか」

 

ダグリュールはのっそりと立ち上がり、ズンズンという重たい音が響きそうな足取りで菓子の山からブロックチョコを手に取り、口に入れる。

 

甘くとろける舌触りに、ダグリュールは微笑を浮かべる。

 

「なるほど、これは美味いな」

 

「気に入っていただけて何よりです」

 

アニスはパティシエのように映る優雅な礼をし、再び他の魔王にも菓子をすすめる

 

「ふわぁ……んー?なんか甘い匂い」

 

「じゃあ俺も」

 

「私も貰おうかしら」

 

他の魔王達も菓子を手に取り中、レオンとロイは食べようとはしない。レオンはそもそも興味がないが、ロイは敵対心をアニスにぶち撒けている。

 

「ふふふ。ここは何時から菓子を配る場所になったんだ?」

 

「……うわ」

 

アニスはここに来て初めてギィのほうへと視線を向ける。

 

〘お伝えします。ギィ・クリムゾンの実力はカリオ――〙

 

(あぁそういうのいいから。どうせ本来の実力なんてわかりこっないし)

 

それでもアニスは転スラを見ていたからか、見ていたおかげか、妖気(オーラ)魔素(エネルギー)量ではなく、()()から放たれる威圧感に苦い顔を一瞬するが、すぐに引っ込め、笑みを浮かべた。

 

(会社に培った作り笑顔、やはり役立つな)

 

「ほう、やはり全てがクレイマンとは別格だな。どれ、俺にもその菓子を寄越せ」

 

「へー、ルージュってお菓子食べるんだ」

 

ウルティマはいつの間にかギィの席の後ろに現れ、耳元で囁くが、それをギィは驚きもせずに目だけそちらに向ける。

 

「ギィと呼べ、ヴィオレ。どうやらお前にも仕えるべき主を得たようだな、正直性格的に無理だと思っていたぞ」

 

「ギィもウルティマって呼んでほしいな。まぁボクも仕えることになるなんて召喚されたときは思っていなかったな。それも全て……リーンのおかげかな」

 

ギィはウルティマの頬を染めるその純粋な笑みの表情が一番驚いた。

 

「ウルティマ、お前本当に良い奴らに恵まれたようだな。あの二人にも勝てそうだぞ?」

 

あの二人、それは原初の白、原初の黄のことだ。ウルティマはこの二人と精神世界で何時も拮抗した喧嘩が行われていたが、今のウルティマなら二人がかりでも圧倒しうる力を秘めている。

 

「うーん、正直リーンと一緒にいたほうがいいかなー。まぁあの頃も悪くなかったけど、ノワールに会いたくないし」

 

「まぁ、お前の好きにすればいいさ。さて、クレイマン、いやアニスだったか。困るなぁ、勝手に代替わりされたら」

 

ギィは一瞬でアニスの目の前に現れる。身長差があり、腰を大きく曲げてアニスの顔に自身の顔を近づける。

 

「近いですよ。それに最初に言いましたが、代替わりなんてしてませんよ?私はクレイマン、あっちもクレイマン、なんの変わりもありません」

 

アニスは内心引き気味だが、平静を装ってギィに返答する。

 

「ふ、ふははは!」

 

ギィのそれを大変喜ばしそうに笑い、菓子を一つ口を放る。クッキーを噛み締め、飲み込むと、唇に一周舐めし、再び席へと一瞬で移動して座り直す。

 

「まぁいい、だがお前の実力がわからないのでな。弱者は魔王に必要ない。どうだ?ここにいる魔王の誰かと戦わないか?」

 

「えぇ……なんでそうなるのかな?別にそんなことするルールどこにも無かったと思うんですが」

 

「俺が決めた。さぁ、誰にする?」

 

アニスは大きくため息を吐き、カリオンを指名しようとするが、それに割って入る者が現れた。

 

「なら、余が相手になってやろう」

 

ロイ立ち上がり、アニスの近くまでくる。ギィはそれを待っていたかのように指を鳴らすと、結界が現れ、それと同時に結界内の空間が拡張され、戦うのに十分な広さの場所が用意された。

 

「あはは。はめやがったなギィ」

 

アニスはギィを睨むも、それをギィは笑って流す。

 

「不運だな。今の余は満月ゆえ全力が出せる。命乞いの準備でもしてるといい」

 

「……ま、いいか。ウルティマ、アイリーン、邪魔は駄目だぞ」

 

この手合は一回心を折ったほうが話が進むと考えて戦いに挑むことにした。アニスはその前にウルティマとアイリーンのほうを向き、一応釘を刺しておいた。

 

「はい。頑張ってくださいませ」

 

「ま、がんばー」

 

ウルティマはギィの側で、アイリーンはアニスが座る席の側でアニスを見ている。

 

ロイはもう我慢が限界なのか、よそ見していたアニスに拳を振り下ろした。

 

魔法の鎧すら破壊する一撃、それはアニスの背中から生えた人形腕によって見もせずに防がれる。

 

何度も拳をぶつけても、人形腕で防がれ。数分後に、アニスはロイに視線を向けた。

 

「じゃあ、やろうか」

 

「ぐっ……貴様!」

 

ロイは飛び退き、自身の得意技を発動させる。

 

血が魔粒子へと変わり、それが光線のように放出される。

 

血刃閃光波(ブラッドレイ)

 

何本もの光線はアニスへと向かい、貫かれる――わけがなく、アニスの指から放たれた光弾によって全て相殺されてしまう。

 

「なっ!?」

 

ロイの驚愕を無視し、アニスは拳銃のように人差し指を向け、指先に龍脈と魔素を混ざった光が集まる。

 

「ふむ、成功したようだね。じゃあ今度はお前が受けてみるといい――龍脈破壊弾(デモンバレット)

 

小さな龍にも見えるその光弾を、ロイは血を魔粒子へと変えた壁で自分も防ごうとするが何の減速もなく光弾は壁を破壊し、ロイの肩を抉った。

 

「あ、ありえん!余の体がこうも!」

 

「ほらほら、頑張れ」

 

アニスは無慈悲に連続で撃ち出し、ロイはそれを受け、肉を、魔素を抉られながら後退していく。

 

「ま、待て、待つの――」

 

その光弾が急所の位置である心臓に向かうが、舌打ちと共に、一人の少女がその光弾を手で弾き飛ばした。

 

「……無様を晒すな。ロイ、貴様は仮にも魔王なのだぞ」

 

「邪魔が入った、ということは私の勝ちでいいかな……ルミナスさん」

 

二色の眼で睨み、漆黒のゴシックドレスに着替えたその侍従こそ、真なる吸血鬼の魔王、ルミナス・ヴァレンタインであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ロイが弱すぎる?いやだって実力が悪い意味でまったくわかんないし

追記 描写不足のところありましたらどしどし。小説それなりにやってますが素人同然ですので。


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15話 議題は増える増える

割と時間が取れたので2日連続投稿です。




「ほう、そなた、わらわのことを知っておるようだな」

 

「えぇまぁ。本当の魔王ってことくらいですかね」

 

「る、ルミナス様、余、いえ私は――」

 

「黙れ、わらわはこやつと話しておるのだ。今日はもう帰れ」

 

ルミナスの言葉に苦々しい表情をしながらも、命令に従い扉からそそくさと帰っていった。

 

ルミナスはロイを見送った後、アニスの顔をじろじろと回りながら見始めた。

 

「なるほどのぅ、素体がクレイマンというだけの別物であるな。あのロイを圧倒したんじゃ、これなら魔王に名乗っても問題はないの。ギィよ、わらわはこやつを認めるが、そなたはどうじゃ?」

 

ギィはルミナスはそう言われると、指を鳴らし、再び空間が元に戻る、そして円卓に十人分のそれぞれの好みの飲み物が置かれる。

 

「良いだろう。アニス・クレイマン、貴様を正式な魔王として認めてやる。文句のあるやつはいるか!」

 

全員が賛成の意思を見せ、ギィは置かれたワイングラスを掲げる。

 

「新しい強者である魔王に、乾杯!」

 

 

菓子を摘みながら、飲み物を片手に魔王達の宴(ワルプルギス)続く

 

「さて、今回の魔王達の宴(ワルプルギス)の議題、アニスの品定めが終わったわけだが、これだけでは短いな。何か意見のあるやつはいるか?」

 

「あら、なら私から提案……というよりお願いがあるのだけど」

 

フレイは手を挙げ、ギィの許しを待っている。

 

(んー?なんだ……あれ?)

 

アニスは菓子を食べ、飲み物を口に入れてその話に耳を傾けるが、その言い方に何かデジャブを感じている。

 

(確かこの先は……)

 

「いいぜ?言ってみろよ」

 

「今日この場を以て――私は魔王の地位を返上させてもらうわ。そしてアニスに仕えることを認めてもらいたいの」

 

思わずアニスは飲み物を豪快に吹き出し、特別にこの場に残り、隣に立っていたアイリーンも咳き込み、ウルティマは大笑いをしていた。

 

「は?はぁぁぁ!?なんでそうなるんだよ!」

 

アニスは驚きのあまり敬語を忘れ声を荒げる。

 

その台詞は本来ミリムに対して使われる百年後の転スラの内容だ。まさか自分に来るとは思ってもいなかった。

 

フレイはその様子に満足そうな表情をしている。

 

「あら、そういえば言ってなかったわね」

 

「いきなりだな。理由はなんだ?」

 

フレイはギィの問いに静かに理由を述べる。

 

「二度、私はアニスの戦いを見て思ったの。私は魔王として弱すぎると思うのよ」

 

「いやでもさ!フレイさんは空が得意なわけで、そこまで卑下するのは」

 

フレイは首を横に振る。そしてアニスが自分が言った言葉も転スラでダグリュールが言った言葉に似ている。

 

「民を守れなかったときに、『空ならば破れなかった』では魔王は務められないわ。どうしょうもない実力差のある相手には策も有利な状況も無意味ですしね。だから、ね、アニス、私は貴方の配下につくと決めたのよ」

 

フレイは立ち上がり、アニスのほうへと歩いていく。

 

そのまま間近まで来ると、胸が見えそうなほどしゃがんだ。アニスは目を手で隠し、顔を赤くしてあわあわとしている。

 

「どうかしら、この提案受けてくれないかしら?」

 

「い、いやいや!私じゃなくてもミリムとかでも良いでしょうに!」

 

「なんでワタシに飛び火するのだ!?」

 

「駄目よ。私も最初こそあの憎たらしいクレイマンだと思っていたけど、アニス、貴方は信用できると判断したわ。それにカリュブディスをなんとかしてくれるのでしょう?」

 

「むぐぐ」

 

目を隠しながら考え込む仕草をするアニスに、フレイは楽しそうにそのまま近づこうとするも、アイリーンから無表情で放たれる妖気(オーラ)に当てられ大人しく離れる。

 

「ワタクシは認めてませんけど?」

 

「あら、それは残念」

 

フレイとアイリーンがバチバチと火花が散りそうなほど睨み合っていると、やっと話せると思い、息を吐いて席を立ち、カリオンが話し始める。

 

「ちょっと待ってくれや。その話なら俺様も言いたいことがある。アニスに負けた俺が魔王を名乗り続けるのはおこがましいってもんだ。だから俺も魔王の地位を返上させてもらいたい」

 

「お前もかよ。別にあんなの小競り合いでしょう?」

 

「小競り合いでも、だ。ギィ、認めてくれるよな?」

 

「本当に良いのか?お前なら後二百年で覚醒すると思って期待していたんが」

 

「期待はありがたいが、身を振り方は自分で決めるさ」

 

「……まぁ良いだろう。たった今よりフレイとカリオンは魔王ではない。アニスに仕えたいと言うなら自分達で説き伏せるといいさ」

 

カリオンとフレイはギィの許しをもらい、再びアニスへと視線を向けた。

 

「本気か?お前らを道具のように扱うかもしれないぞ?」

 

アニスのその台詞に、カリオンとフレイは一笑に付す。

 

「あの国が人を道具にするやつの光景か?」

 

「仮にやるとしても危険はなさそうな使い方しそうね」

 

「ぐぅ……」

 

このまま畳み掛けようと、フレイは言葉を続ける。

 

「それに今ジスターヴって人材不足なんでしょう?一気に解決できるいい案だと思うのだけど」

 

「――あー!わかったわかったよ!勝手にすればいい!」

 

「ありがとう、アニス」

 

「これからよろしくな!」

 

二人はそれだけ言うと、二人は領土運営の話まで円卓の部屋から出ていくことになった。

 

残ったのは八人、アニスは既に気づいているが言わずにいる、むしろこのまま終わって欲しいまである。

 

「あ!これで八人になっちゃったね」

 

「おまっ!」

 

ウルティマが何気なくそう口にし、他の魔王達は雷が鳴るかのような衝撃が受け、空気が変わり、皆悩むこんだ。

 

「ごっめーん」

 

ウルティマは悪びれることなく無駄に可愛い声と仕草で謝る。

 

各々意見が飛び交い、纏まりそうに無い様子で、アニスはここで終わらせようと、

 

「あの、ここはもう切り上げて領土問だ――」

 

「そういえば名前決めならアニス様がよくしてましたよね」

 

他の問題を進めようとしたが、アイリーンの言葉で静まり返る。

 

「お前もかぁ!」

 

「えっ!ワタクシ何か失言でもしましたでしょうか?」

 

こっちはガチで悪気のない発言だったらしいが、ギィはその言葉を見逃さず、優しい笑顔でアニスを見てくる。

 

「今日の主役として立つ魔王、アニスよ。君に素晴らしい特権を与えよう」

 

「あ、いりません辞退します」

 

「……つれないことを言うなよ」

 

ギィは再び指を鳴らすと、今度はアニスがギィのところまで転移し、ギィの体に落ちていき、逃げれないように抱きしめられた。

 

「これは大変名誉なこんとなんだよ。それによ、お前が人数減らしたのが原因なんだから、責任取って名前をつけろよ?」

 

耳を甘噛し、半ば脅迫のそれに身震いし、なんとか離れようとするが、力が強く無理な様子だ。

 

「ギィ・クリムゾン、アニス様をお離しください」

 

アイリーンはギィのところまで移動し、アニスを勢いよく掻っ攫った。

 

「た、助かった……ギィ、その件、どうせ断るの無理だろうから受けますよ。まぁ名前も決めてますし」

 

「おぉ、そうかそうか!で?なんて名前なんだ」

 

アニスは元の席に座り、一呼吸ついて後、パクリそのもの名前を告げる。

 

八星魔王(オクタグラム)。文句は受け付けませんよ」

 

リムルが本来つけるはずの名前を今自分がつけることにアニスは罪悪感を覚える。

 

しかし自分の頭ではこれ以上の名前は思いつかないため今は来てないリムルのごめんと思いながらこれで通すつもりだ。

 

反応はそらそうだと言う感じで好評なようで、アニスはほっと胸をなでおろす。

 

「良いだろう。これより我らは、八星魔王(オクタグラム)だ!」

 

 

「それでは、八星魔王(オクタグラム)の皆様をご紹介いたします」

 

青髪の悪魔が紹介しようとするが、アニスがそれを止めた。

 

「ちょっと待ってほしい。今言うのはなんですけど今の私に人形傀儡師(マリオネットマスター)ってどう思います?」

 

「あー、確かにな。人を操るって感じじゃねぇよなお前」

 

ギィの同意に続いて他の魔王も今のクレイマンであるアニスには合ってないという意見が出てくる。

 

「じゃああたしがつけてあげるわ!」

 

「はは、聞くだけ聞いてあげます」

 

「そうねぇ……菓子王!」

 

「誰がパティシエだ。却下です」

 

「だめかぁ」

 

ラミリスは菓子を頬張って残念そうな表情であぐらをかきだした。

 

「じゃあ次俺」

 

「はいディーノくん」

 

ディーノの自信満々の表情で自身の考えたアニスの二つ名を言う。アニスは期待していないが。

 

「ふっふっふ、傀儡国ジスターヴにちなんで、傀儡王(マリオネットロード)なんてどうだ?」

 

「なるほど、読みが傀儡(かいらい)の王だしわかりやすぎる。却下」

 

「えー!そりゃ無いぜ」

 

「ぷー!、そんなの採用されるわけないじゃない」

 

「あぁん?お前も不採用だったろ!」

 

ディーノとラミリス、不採用組が言い争いになり、他の魔王から聞こうとするが、十大魔王が思いつかずに時間が経ち、人間に付けられた経緯があり、やはりと言った感じでだんまりを決め込まれている。

 

そんな終わりが見えない状況に、アイリーンが意見を投じる。

 

「あのー、ではワタクシから一つ思いついたのですが、よろしいでしょうか?」

 

「おっ?どうした話していいですよ。権利は魔王だけのわけではないですし」

 

「では……王の尊称の、人形聖王(ドール・オブ・マジェスティ)というのはどうでしょう?」

 

「へぇ……いいですね」

 

アニスからの賛成を貰い、アイリーンは破顔する。他の魔王もその名前に賛成の様子だ。

 

「それでは、改めて紹介へと参ります」

 

ようやく、青髪の悪魔が紹介を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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16話 古き来訪者

(´・ω・`)だいぶ情報放出する回です。


紹介も終わり、最後の議題、というよりは事後処理に近い内容だ。

 

「さて、最後にやるべきことがあるな。領土問題だ」

 

ギィに目配せされ、緑髪の女性の悪魔が大きな世界地図を持ってきて、それを皆に見えるように円卓の真ん中に広げる。

 

「そういえば傀儡国ジスターヴって東の帝国の近くだったわね。アニス、防衛設備、戦力はちゃんとしてるのかしら?」

 

呼んでいないのにいつの間にかフレイとカリオンがアニスの席の隣で地図を見ている。アニスは驚きもせずに防衛について話し始める

 

「あぁ、その辺は抜かりない。人形兵士もざっと三万は用意できたし、アダルマンのアンデッド軍団で下手な戦力で攻め切ることはできないだろうさ」

 

「ほう。その人形兵士がどの程度か知らないが、また今度見させてもらうとするか」

 

カリオンのその言葉に、アニスは何か思いついたような笑みを浮かべる。

 

「そうだな……やっておくべきか。カリオンさん、フレイさん、外交官を送り合わないかな?」

 

「ほう?」

 

「ふむ、聞かせてちょうだい」

 

二人の同意を得て、アニスは語り始める。

 

「目的としては相手方の民の信用、信頼を得るのもあるが、何か部外者にしかわからない穴とか、こちらに足りない設備とかいろいろと知るためにも、必要じゃないかって」

 

「なるほどな。その提案乗るぜ!」

 

「そうね。私達だけ貴方を信用しても仕方ないしね」

 

「おい!ならワタシも混ぜてくれなのだ!」

 

三人の魔王の問題に、ミリムが席から乗り出して手を挙げる。

 

「あぁミリムか。そうだな、ミリム領土も加えておかないと道が面倒だし。同盟を結ばないか?」

 

「いいぞ!」

 

即答で返ってくる。一瞬の迷いなくだ。流石に少しアニスも驚いていた。

 

「即決ですか。まぁそのほうが話が早いんですが、貴方のところにも一人外交官を送ったほうが良さそうですね」

 

「良いぞ。ギィも文句はないか?」

 

「好きにしろ。さて、これで領土問題は終わりか?」

 

「いや、最後に一つ、国の名前について私から」

 

「なんだ、アニス。また他の奴らから名前を決めてほしいのか?」

 

「いや決まってますよ。最初から傀儡国っていうのが気に入らなかったですから。これから私の国の名前は……人形国家ジスターヴにします。まぁそれだけです」

 

 

魔王達の宴も終わり、円卓にはギィ、ルミナス、そしてレオンが残っていた。

 

「どうだ?お前らから見てクレイマン、アニス・クレイマンは」

 

ギィはまず、レオンに目線を向ける。

 

「……勝つか負けるかはわからぬが、無事では済まない実力は伺えた。できれば敵対はしたくないものだな。特にあのダークエルフに似た化け物とは」

 

「なるほど。お前にそこまで言わすのか。確かにアニスは俺を僅かながら殺し得るからな。そしてあのダークエルフも、いや、ウルティマの魔素を取り込んだ悪魔の要素を持ったダークエルフ。確かアイリーンという名前だったか?あれが命を賭して来たなら俺でも無事とはいかないな、いや本当にとんでもないものを従者してやがるぜあいつ」

 

楽しげに語るギィに、ルミナスとレオンは驚いている。最強の魔王に届く、それはミリムを除いた他の魔王よりも強いということなのだから。

 

「ほう、おぬしにそこまで言わすのか、あやつは、そう言われると欲しくなってくるでないか」

 

「やめておけ。お前はアニスを敵にできるのか?」

 

「……冗談じゃよ。あのわらわが受けた光弾、加減されておったわ。それでも、わらわの手が焼けていたのだ。一発自体のコストを考えて、あれを連射できるだろうよ、考えたくもないの」

 

「くく、俺も勘弁願い――」

 

三人しかいない、強者の空間、そこに青く輝く渦が現れる、それはルミナスとギィを高揚させるに値する()()()転移魔法だった。

 

「おいおいおいマジかよ!」

 

「おや、これはこれは久しいやつの登場よな」

 

「おい、一体誰が来るっていうんだ」

 

レオンだけがこの場では知らない誰か、しかしまだ現れていないというのに自身の体が震えているのがわかる。自身が心底で恐怖する相手、ギィと初対面以来の感覚だ。

 

「……ふーむ。久しい空気の味と香り、そして既知の者がと知らぬ者、時代の流れを感じるねぇ」

 

現れたるは、まず目立つのはふんわりとした濃い青の髪、次に深海のように先が見えず、吸い込まれる藍色の眼。

 

水色のゆったりとしたドレス、その顔は薄い水色のベールで覆われ、手には逆巻く水渦に、その先端には龍が3体の頭が大口を天に向かって開けている。

 

「久しぶりじゃねぇか、ザパァ、外界に出てくるなんてどういう風の吹き回しだ?」

 

「おひさー、ギィ。まだつまんない調停者とかいうことしてるのかな?ルミナスも侍従頑張っているのかな?」

 

「貴様も狭いのか広いのかわからぬ場所で頑張っておるようじゃの。」

 

「まぁねー。余、いろいろと海魔族(シーマン)の統制とか海の均衡とか大変ですよ。変わってほしいくらい」

 

ギィとルミナスと対等に話す少女、レオンはそんな存在など聞いたことが無かった。

 

レオンは未知の古き存在に冷や汗を流しながら、何時もの口調と声音で問いただす。

 

「何者だお前は」

 

ザパァと名乗る少女は、強気の態度をとるレオンのほうへ視線を向ける。

 

それだけで自身の全てが見透かされたかのような感覚に陥り、座っているのに無意識に後ずさりをしてしまうほどだ。

 

ザパァは天女と見紛う微笑を浮かべ、胸に手を置き、お辞儀をした。

 

「始めまして、こんにちは、新参の魔王さん。余はザパァ・インディゴ。ヴェルダのやつから()()()()()()()()()統括者の役目を担っていたり、深海にある海魔皇国(ルルイエ)の皇帝だったり、ギィとは死闘をした間柄の人魚姫(マーメイド)さ」

 

どれも知らない情報ばかりで、レオンはより頭が混乱する。

 

「もはや何が何やらだな」

 

「ま、知る必要は無いからね。余の存在は秘匿されているし。で、ルミナス、前に話したこと、解決したの?」

 

ルミナスはバツが悪そうな苦々しい表情をし、まったく解決していないのがわかる。

 

「おや?意外と大変のようだね。星の智慧(ほしのちえ)とかいう宗教団体の撲滅は」

 

「やっと知ってる情報が出てきたな」

 

星の智慧はレオンでも知っている。昔から世界中に隠された教会があり、そこでよくわからない存在を信仰しており、度々小さな争いを起こしては消えるという知られているが、謎の宗教団体だ。

 

「あ奴らは本当に虫のようにしぶとくてな。よく我が信者が勧誘されておる。早めに消しておきたいが、どこにおるのか検討もつかんのでは撲滅のしようがない」

 

「ふーん。ま、余の領域に侵入してこないなら何でもいいよね。さてさて、こんな雑談は切り上げて、教えてほしいな。あのアニスとかいう小僧のこと」

 

「俺らもあまり知らないが、まぁ良いだろう」

 

ギィは自分から見てアニスがどういう存在か語った。ザパァはそれをふんふんと頷きながら聞き、満足したようで再び空間を開き、帰ろうとする。

 

「うん、よくわかったよ。面白いね。特別に入国させても良いかもね。ウフフフ、楽しくなりそう。()()()()()()()

 

そう言ってザパァは空間の中に消えた。

 

「……何なんだあの女は」

 

レオンの疑問に、ギィは横に頭を振る。

 

「俺もさっぱりだ。あいつの考えは俺でもわかりかねる」

 

「とりあえず……敵対はしないようにしないとだな」

 

 

海魔皇国(ルルイエ)の居城、青を基調とした古めかしい、遺跡を思わせる造りをしており、その城の玉座の間は神がいるような荘厳な雰囲気を醸し出している。そこに主であるザパァが帰ってきた。

 

「ただいまー、ギルギル、ドラドラ」

 

玉座に転移の空間から直接座し、幼げな満面の笑みで目下で跪く二名は最初の従者であり、この国の最高戦力を見やる。

 

男女で別れ、男の方は六メートルの巨体。全身を所々を覆う魚のような鱗は龍を思わせる頑強そうな輝きを放ち、顔は分厚い唇に淀んた目が人間からしたら嫌悪感を覚えるもので、手足には水かきがつき、まさに魚人と言った姿をしている。サイズが異常なのだが。

 

女の方は、血のように赤い長髪の美人ではあるが、口から見える歯はギザギザとした獣のような鋭い牙であり、瞳は魚を思わせるギョロリとした動きをし、腕は人間ではなく、龍のような鱗と鋭利な爪を持ち、足も水かきがつき、こちらも床に食い込むほどの爪がある。

 

魚人、というよりは角や翼がない龍人(ドラゴニュート)と言った印象だ。

 

「オハヤイ、オカエリ、デシタネ」

 

無理矢理言葉に置き換えたような不自然な声で片言に喋る男、ギルギル。

 

「姫様、今後の予定はどうしましょうか」

 

流暢に、耳に心地よく入ってくる美声の女、ドラドラ。

 

「そだねー。久方ぶりに客人を呼ぼうって思ってるよ」

 

「キャクジン?ドンナ、デス」

 

「珍しいですね。ザバァ様が外界の民に興味を持つなど」

 

「まぁねー。けどどうやら」

 

ザパァは水晶を取り出し、それに映るアニス達を観察していた。

 

「どうやらやることあるようだね。それが終わったら呼ぼうと思うんだ。反論はある?」

 

「アリマセン。ザバァサマニハムカウ、カミニサカラウ、ドウギ」

 

「ザパァ様のお言葉です。我らでも個人的なことには反論など無いことなど、ご存知のはずです」

 

「まねー。じゃあそん時までのんびり楽しく過ごしましょーってことで――スヤァ」

 

ザパァは宙に水球を作り出し、その中で眠り始めた。

 

「外界は疲れるなぁ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)たぶんわかるやつにはわかる。別に今知らなくてもいいけど。

てか転生したらスライムだった件の海に関すること、本編で出たらどうしようね。まぁオリジナル設定ということでいいか。

それに伴いタグを増やしました。


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17話 他国外交

「さて、てなわけでだ。貴方達には外交官として他国に行ってもらいます」

 

今回は玉座の間ではなく、円卓のある客間で外交について、アニスは話していた。円卓は邪魔なので退けて、外交官となる三人に念入りに注意事項を言っている。

 

別に厳しいものではない。下手に喧嘩をふっかけない。失礼な言動、態度を取らないなど、常識的なことだ。

 

その三人というのがドラゴニュートの三人、宝角三龍(ジュエル・トリニティ)という遊撃部隊に任命されたはいいものの、大きな戦いはあんまり起きず、アダルマンのアンデッドで事足りているのが現状だ。

 

「外交官ですか。ではアタシは天翼国に行きたいですね。殆どを翼で移動していく国というのが気になります」

 

ツヴァイは三人の中でも礼儀正しく、言葉が丁寧であり、女性であることも踏まえると、天翼国以外無いだろう。

 

「それは良かった。私も天翼国に行かせたいと思っていたので。では二人はどちらにしますか?」

 

ドライが悩んでいると、先にアインが手を元気よく挙げる。

 

「オレは忘れられし竜の都っていうのに行きたいぜ。あのミリム・ナーヴァの民に一回たた――会ってみたくてな」

 

「じゃ、じゃあジブンが獣王国に行くことになりそうですね。ま、まぁ果物とかが美味しいって聞くしそれでいいんですけどね」

 

アインがミリム・ナーヴァ、ツヴァイがフレイ、ドライがカリオンのところに行くことが決まり、アインに不安があるが、アニスはとりあえず信じて送り出そうと決めた。どうせ連れて行く他の部下の水晶で様子が一部始終見れるわけだから。

 

「さて、次に外交官を迎えるのは誰にしようか。ミュウランやアイリーンが妥当か?」

 

「では、このビオーラにどうかそのニンをおアタえください」

 

影から元クレイマンの最高傑作の魔人形(ゴーレム)、今はアニスの忠実なる人形之王の眷属(ガラテア)という魔人に近い自我を持った人形に変わった、ビオーラが飛び出し、目の前で跪く。

 

「貴方が?ふーむ、接待のやり方わかります?」

 

「はい。ホンでミて、ダイタイはラーニングしております」

 

少し不安はありはするが、むしろ人形国家と名乗っているのだ。人形で応対するというのもアリだろうと、アニスは考え、快く承諾する。

 

「良いだろう。失敗は許さないからな」

 

「ギョイ。このビオーラ、ゼンシンゼンレイであたらせてもらいます」

 

メインの外交官四人の命令が済み、獣王国の外交官が不安対象だが、とりあえず当日の日までどう応対するかをアニスは考えるのであった。

 

 

まず、ツヴァイ。()()()()何の問題もなく、話が進んていっている。

 

長テーブルを挟んでソファーに座り、マナーに沿った飲み方でツヴァイは紅茶を嗜んでいた。

 

「ふむ、美味しい紅茶ですね。これはこの国の物でしょうか?」

 

「そうよ。例えば――」

 

ツヴァイは礼儀作法が整っており、相手に失礼のない、完璧な対応をしてみせた。

 

元よりリザードマンだった頃から温厚な性格で、錆びた鱗でなければ結婚には事欠かなかったほどに優良な相手だった。

 

それでも欲はあり、服を買ったり、美味しいスイーツにも興味がある。戦うことが多いリザードマンらしく武器も吟味し、何が良いのか、何処が悪いのかを判別して教えもした。

 

フレイとの歓談も弾み、ツヴァイはこの国の評価を語り始める。

 

「この国は良いですね。飛べぬ者が来られないのは不便だとは思いますが――」

 

この国の良いところ、悪いところを淡々と述べ、しかし嫌味ったらしくなく、褒めすぎない絶妙な塩梅で話していく。

 

「――なるほど。貴女、本当に良い子ね。貴族の令嬢と話している気分になるわ」

 

「お褒めくださりありがとうございます。これでもリザードマンの頃はやさぐれていたと言えるものだったんですけどね」

 

「あら、それは意外。私も――」

 

二人は和気あいあいとした会話をして、外交は何の問題もなく成功したのであった。

 

 

「――え、なんでさ」

 

ドライは外交に来たはずだ。しかし今の状況としては、戦意バリバリに滾らせている獣王国の兵士に囲まれていた。それも門前で。

 

「え、えっと?ジブン何かしましたか?」

 

ドライの疑問に、獣王国の三獣士、黄蛇角のアルビスが答える。

 

「いえ、何も。ただカリオン様の命令で、貴方のお力を試すようにと仰せつかっております。どうかお覚悟を」

 

アルビスはそう告げると、獣身化をした。

 

下半身が黒い大蛇のものとなり そしてそれだけではなく、携行していた錫杖が龍を思わせる黄金の角となり、頭に二本そなえ、全身が龍燐の鎧に覆われたその姿はドラゴニュートよりも龍らしい、半人半龍と言った戦闘形態だ。

 

「ま、マジじゃないですかヤダー……はぁ、アニス様から穏便に済ませよとのお達しなのに、ハズレくじ引いたかな、ま、いいや」

 

ドライはそれに応え、背中に背負っていた槍の布を取り、自らの普通の槍がアニスの進化に合わせて、ドライの角と同じエメラルドを思わせる綺羅びやかな緑の刃を持った魔法の槍に変わっている。

 

「で、では参ります」

 

ドライは疾風の如き速さでアルビスとの距離を詰め、突きを一閃。

 

(速い!ですが)

 

アルビスはそれを紙一重で避け、自らのスキル、天蛇目(ヘビノメ)でドライを状態異常にする。

 

「むっ?」

 

ドライは足に痺れを覚える、立てないほどでは無いが、素早い動きは不可能だろうと判断する。

 

「麻痺がはいったようですね。どうします?」

 

「これくらいで止める相手の下にはつきたいと思わないでしょう?」

 

「そうです……ね!」

 

アルビスの攻撃にドライは防戦一方で、周りの部下達はアルビスの勝利だと確信している。

 

しかし本人はまだ相手が隠していることに、そもそもまだドライスキルと呼べるものを使用していないのだ。

 

ドライは言ってしまえば石橋を叩いて渡るという言葉が似合うほど慎重な性格をしている。

 

相手の力量を見極め、言葉を選び、下手な行動はしないように知恵を回す。

 

今ドライが考えているのはアニスにとって何が不利益か、自身の実力を全て出していいか悩んでいるのだ。

 

足の痺れにも慣れ、足運びが洗練されていく。

 

戦士してはアインとツヴァイの上にいるドライ、アルビス程度なら難なく倒せるだろう。

 

しないのは相手にどの程度怪我させて良いのかわからないというのがある。

 

「……獣王国は、強者を好む実力主義、だったっけ。ま、裏切る可能性は無しと結論しよう。じゃあ……こっちのターンで」

 

アルビスはゾクリと、危険を肌に感じ、後退する。

 

それは正解だろう。その瞬間、ドライの身体が突風と共に緑に輝き、その姿を獣身化のように変えていく。

 

肌には角と同じエメラルドの輝きを放つ鱗で覆われ、髪は輝き、角も大きく、鋭くなり、龍の翼と尾が生え、その瞳は緑の眼光がアルビスを睨む。

 

鏡身の腕輪(ドッペルゲンガー)を応用し、もう一つの自身の魔法の槍、疾風宝槍(エメラルドウィンド)を出現させて、ニ槍流となり、空中を漂っている。

 

「これがジブンのユニークスキルの一つ、輝龍化(きりゅうか)、足のデメリットもこれで0だね」

 

「……これほどですか」

 

それでもアルビスは降参はせず、攻撃を仕掛けようとするが、ドライの片方の槍が光り輝いたかと思うと、アルビスの頭の真横を何かが通り過ぎる。

 

振り返ると、輝く白く透き通った槍が刺さっており、アルビスはそれがまったく見えていなかった。

 

「もう一つが光輝槍(ブリューナク)。光速で投擲されるだけだけど、見ての通り強いでしょう?で、このまま続けるか言ってほしい。ジブンはこの場の全員を相手してでも外交を始めたいんですけど」

 

「いえ、それには及びません……降参です。貴方の実力、よくわかりました」

 

アルビスは獣身化を解き、それに合わせてドライも輝龍化を解いて、手を差し伸べる。

 

「では、良い外交となることを願いますね」

 

こうして、ドライも無事、外交を成功させたのであった。

 

 

最後に残ったアインはと言うと――

 

「あーーー、負けた!」

 

「はっはっはっは!なかなかに強かったぞ、おぬし」

 

アインのまわりには多数のドラゴニュートの末裔達が倒れ、自身も最後に残った男によって、輝龍化(きりゅうか)光輝拳(アガートラム)を使用してでも勝とうとしたが、結果は惨敗となった。

 

こうなった経緯を端的に言うなら、いきなり喧嘩ふっかけまくった、これに尽きる。

 

アインは好戦的な性格であり、獣王国の者に近い思想だ。

 

考えるのは苦手で、本能に従って、アニスの命令をも忘れてこのような惨事を作り上げた。

 

とうの被害者の長、神官長であるミッドレイは笑っており、不快気な様子は一切ない。

 

「では、大人しくなったところで、外交を始めようか」

 

 

獣王国の外交官は二人、黒豹牙フォビオ、白虎爪スフィアだ。

 

二人は忘れられし竜の都と、天翼国よりも早くつき、そこの外交官の実力を見ようとしたが、結果としては敗北している。

 

「おフタリトモ、なかなかツヨかったですね。このビオーラ、オモったよりクセンしました」

 

ビオーラは他の二国の外交官を交え、客間で話していた。

 

「お世辞に良いんだよ。なぁお前、今度は負けねぇからな!」

 

スフィアはなみなみと注がれた酒を一気飲みする。

 

「くぅー!うめぇな!」

 

「いやまさか、俺ら二人がかりでも勝てないなんてな。本当に強いぜあんた」

 

フォビオは適度に飲みながら、ビオーラをまじまじと見ていた。

 

「本当に人形なんだな。魔人にしか見えねぇよ本当」

 

「ビオーラはトクベツセイですので、ささ、まだまだこのビオーラ、タノしまさせます!」

 

――こうして、外交は終わりを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)話すネタがな。無いんや。ボキャブラリーというものが自分、まったく無いもので。

三龍の掘り下げはまだ続きます。というか一人やりきれてませんし



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18話 カリュブディスの前準備

「……こりゃあまたえらい変わったなぁ。クレイマン、いやアニスやったか」

 

アニスは客間で自分は外交で喧嘩を売ってきてしまいましたという看板を首に下げたアインを右に正座させ、左にはマネキンのような人形が不自然に置かれながら、ラプラス達、中庸道化連を呼び出していた。

 

ラプラスらは不信感を持ちながらも、アニスのもとに訪れ、クレイマンの面影がある完全に別人となったアニスに軽く驚いていた。

 

「うっわー、可愛くなったね。覚醒魔王になった影響?」

 

ティアはベタベタとアニスの身体に執拗に触って変わりようを確認していた。

 

「明らかに異常なほど魔素量が上がってますね。まぁあの内にあった魔素量で予想はできてましたが」

 

フットマンはふんふんと首を振り、アニスの魔素量に感心している。

 

「で?ワイらを呼んだ理由を聞きたいんやけど」

 

「えぇ、また依頼を頼もうかと思いましたね」

 

「内容は?」

 

「はい。フレイからカリュブディスを任せられましてね。それをこちらまで誘導するのがお仕事です。あ、依代は()()()()準備できてますのでご安心を」

 

カリュブディスの名を聞き、ティアは手を止め、ラプラスの近くまで戻り、ラプラスとフットマンは大変驚いている様子だ、何せ魔王に匹敵しうる化け物を連れてこいという依頼だ。とても二つ返事で受けることなどできない。

 

「いやいやいや。流石にキツイわ!そんなの簡単には――」

 

()()()()()が復活するなら、どうかな?」

 

「――何やて?」

 

低い声音で、ラプラスは問う。前にもそのような内容で依頼を受けているため当然ではある。

 

「目処がついたんだ。クレイマン復活のね。何なら前報酬、いや受けるか受けないかを復活の後で決めてくれてもいい」

 

「そ、それはそれは願ってもないことやな。で?どんな手段で復活させるっていうんや?」

 

「案外簡単だよ。今の私にはね」

 

アニスはソファーから立ち上がり、置かれている人形の胸辺りに手を置く。

 

「一体何を――」

 

〘問います。魔眼之王(バロール)のスキル、精神投影(スピリチュアルトレース)を使用しますか?〙

 

「あぁ、使ってくれ」

 

アニスは了承すると、ラプラスらは人形に何かが流れていくのが見えた。

 

それは徐々に人形を覆っていき、ある人物が形成されていく。

 

「――ぐっ、ここは……外か?」

 

その人物にラプラス達は知っている。

 

「クレイ……マン?」

 

神経質そうな目、オールバックの髪、全裸ではあるが、そこには見知ったクレイマンが頭を抑えながら立っていたのだ。

 

クレイマンはアニスを視認すると、憤怒の形相で喚き散らす。

 

「き、貴様ぁ!この私の身体を乗っ取るだけでは飽き足らず、勝手に身体を変えたな!返せ!それは私がカザリーム様のために使うべき身体なんだぞ!」

 

アニスは耳を抑えながら、わかったわかったと言った様子で手をしっしと言った感じで手を振り、犬に吠えられた程度の扱いをする。

 

「クレイマン、お前本当あのクレイマンなんか」

 

「ん?あ、あぁラプラス、すまなかったね。こんなことになってしまい。せっかくカザリーム様から命じられた魔王になったのに、まだ魔王を支配することもできずに」

 

「「「クレイマン!」」」

 

中庸道化連の三人はクレイマンを抱きしめ、もう帰ってこないと思っていたと言った様子で泣いた。

 

クレイマンは何が何やらの様子でそれをアニスを睨みながら数分が経ち、クレイマン含め話ができる冷静さを取り戻し、クレイマンは用意されていた予備の紳士服を着て、四人はソファーに座り込んだ。

 

「さて、前報酬のつもりだけど、どうかな?」

 

「あぁ、ええやろ。マッチポンプな気がしないでも無いが、その依頼受けたるわ。そういえば前報酬ってことやけど完了後の報酬は何なんや?」

 

「……カザリームの復活だよ」

 

「なっ!」

 

「なにっ!?」

 

ラプラスが言う前にクレイマンが反応する。喜びと不信感が一体となったよくわからない表情を浮かべている。

 

「貴様、嘘はほどほどに――」

 

「可能だとは思うよ。私の精神投影なら、ま、本物の魔王の身体に耐えられる人形があるか知らないが、魂さえ見つければカザリームを復活させられる」

 

精神投影(スピリチュアルトレース)

 

それは投影とついているだけあって他の者に自身の精神を投影、植え付けることができる他に、精神の交換、あるいはクレイマンのように精神だけではなく、依代からその精神を元に本物に近い身体を作り上げることが可能のスキルだ。

 

何故これが魔眼之王という名前のはずのバロールに備わっているのか不明、バロール聞いても知らないと答える謎のスキルだが、使わない手はないだろう。

 

「ほ、本当にできるっていうのか!」

 

「疑い深いね。ラプラスらはこの目で見たからわかってくれると助かるんだが」

 

「あぁ、信じてやるわ。その報酬ならカリュブディス程度楽な部類や」

 

ラプラスは自信満々の高い声音で言うが、フットマンは少し思うところがある様子だ。

 

「しかしその魂は何処にあるのですかね。私らも探し回りましたが、何処にもなくて」

 

アニスはフットマンの言葉に、なんとも微妙な苦々しい表情を浮かべる。

 

「そう、そこなんだよ。正直9()0()()()()に見つけたいが、目星がつかんとこの報酬を払えないのがね。だからクレイマン、貴方に頼みたいんだ」

 

「ほう?私に何を頼むっていうんだ?」

 

影武者(まおう)、やってくれないかな?」

 

「は?」

 

クレイマンは何を言われたのか一瞬理解できず硬直し、理解すると立ち上がり、笑みを浮かべ、笑い出す。

 

「はははは!それは良い、元より私は魔王なのだからな!」

 

「それと同時に、妖死人形(デスドール)、私の眷属なんだけどね」

 

「ははは――は?」

 

クレイマンはアニスがカザリームを探すために留守するため、クレイマンに魔王を代わってもらうというのは理解できた。その間に再び自身の思い通りにしようと画策していたが、それは叶わないことを、すぐにその一言で理解できてしまった。

 

「下手な真似はしないことだね。その依代の人形にはお前の行動を逐一報告する機能あるから、下手にそれを取り除くとまた魂に逆戻りだから、気をつけてくださいね?」

 

クレイマンは口をあんぐりと大きく開け、ドスンという勢いのいい音をだしてソファーに座り、頭を大きく下げた。

 

だろうなと言った感じでフットマンとティアに慰められるクレイマンを横目に、ラプラスは話を続ける。

 

「受けるってことで決めたが、本当に大丈夫なんか?ジスターヴが崩壊するかもしれんのやろ?」

 

「その心配はしていない。むしろ殺さないかヒヤヒヤしてるよ。私が全力で相手したら数分くらいで沈むと思う。狙いはカリュブディスの支配なわけだし」

 

「大きく出たなぁ。ま、ワイらはカリュブディスを誘導したらそれで完了ということでええんか。で?依代はどいつになるんや?下手なやつでは不完全な復活になると思うんやが」

 

「一応五本指筆頭をね。今地下牢に入れているんだ。足りるとは思うよ」

 

「あぁヤムザはんか。連れ出すなら簡単そうやな。あれこれ言って疑いもせずに洞窟に行かせられそうや」

 

「ま、危険と判断したら逃げるといい」

 

「はは、まぁ気軽にやってやるわ」

 

「……なぁ」

 

クレイマンは壁を何かを探すように見渡している。

 

「ここにあったはずの絵画は何処にやったんだ?」

 

「売った」

 

「は?」

 

「売りました」

 

アニスからそう告げられ、クレイマンは白目を向き、人形じゃなかったら泡を吹きそうな表情で机に突っ伏した。

 

 

「はぁ、はぁ、た、助かったぞ、ラプラス」

 

ボロボロの服装で、ヤムザはラプラス達、中庸道化連の三人に連れられ、フットマンとティアは外に待機し、ある洞窟に逃げ延びていた。

 

「ええってことよ。それにしても()()()()()はんは酷いなぁ。こんな優秀な部下を捨てるなんて」

 

白々しいラプラスの言動に、ヤムザは気づくことなく頷いている。

 

「あぁ、俺はもっと上に立てる魔人なんだ。早いところ強くなってクレイマン様を、いやクレイマンを殺してやる!」

 

ヤムザはあのクレイマンがアニスであったことを知らない。知るはずもないが、怒りの矛先がクレイマンになっていることに、ラプラスはクレイマンに同情している。

 

「ほんならすぐに強くなれる方法があるで?ま、人型でなくなるけどな」

 

「なに?おい、それを教えろ!」

 

ラプラスは仮面の下で不敵な笑みを浮かべ、話し始める。

 

暴風大妖渦(カリュブディス)って言ってな。そいつは魔王級の強さを持っているんや。それの依代になればあんさんはクレイマンを倒せる力を手に入るで?この洞窟がそれが封印されている場所や」

 

「カリュブディス……良いだろう。強くなるためなら、クレイマンを殺せるならなんだってしてやる!」

 

心の内で、簡単すぎるやろと思いつつ、ラプラスはアニスから教えられた封印場所まで案内する。

 

その後、「じゃあワイは外で待ってるから、頑張ってなー」と言って、ラプラスは洞窟から退避する。

 

外に出ると、ティアとフットマンがアニスから暇つぶし用のトランプでババ抜きをしていた。

 

「ほほ、また私の勝ちですね」

 

「あー、負けたー!」

 

ティアは手札のジョーカーを投げ捨てると、ラプラスのほうへと飛んでいき、それをラプラスは掴んだ。

 

「楽しそうやな。けどそろそろ誘導の時間や、準備はできとるか?」

 

フットマンはトランプを片付け、ティアも準備運動をして、何時でも走れる準備をする。

 

その直後、洞窟から奇声が響き、地面を突き破って、カリュブディスは姿を見せた。

 

全長は五十メートルは超えるだろうその巨体は圧巻だ。

 

鮫のようなフォルムで、岩を貫きそうな尖った角の下には大きな目玉が辺りを見渡して何かを探している。

 

手足は飾り程度に小さく存在し、背には大小二対の、龍のような翼が生え、ヴェルドラの申し子と呼ばれるだけはある立派なものだ。

 

そんな不気味な美しさがある魔物の周りから、鮫に似た魔物が追随してくる。

 

下手な攻撃を通さないだろう竜鱗、カリュブディスと同じ一つ目の魔物、空泳巨大鮫(メガロドン)だ。

 

それを十三匹ほど連れて、空を泳ぎながら、辺りを見渡している。

 

「さてと――おーい!クレイマンはこっちやでー!」

 

「クレ イ マン?――く、く、クレイマァァ!」

 

そのような声と共に、走るラプラス達についてくるカリュブディス、メガロドンもそれについてくるが、それだけではなく、ラプラス達に襲いかかる。

 

「そうくるとは思っとったわチクショウ!」

 

 

クレイマンをおと――目印にカリュブディスをラプラス達が誘導する計画はどうやら成功したことを、ラプラス達が荒れ地に到着したことで、アニスは理解する。

 

「お疲れ様。もう休んでくれて良いよ。飲み物いる?」

 

ラプラス達は汚れや一部、服が切られてはいるが無傷であり、若干息を切らしている程度だ。

 

「はぁはぁはぁ、お、おう、貰うわ」

 

三人はアニスから飲み物を貰い、それを喉を大きく鳴らしながら飲み干し、息を吐いた。

 

「じゃ、わいらはここで見物させてもらうわ。それで誰が相手するんや?」

 

「三龍だよ。チームワークと実力的にそれしか無かった。さ、アイン、特にお前は汚名返上のために頑張ってくださいね」

 

アインは首に板を下げながら、ツヴァイとドライが笑いを堪える姿に我慢しながら、三人揃って現れた。

 

「はは、大将。マジで頑張るから見ててくれよ?」

 

若干元気のない声音でアインは前に出ていく。

 

それを優雅に昼の強い日差しを遮るパラソル付きのテーブルに置かれた菓子を摘みながら、綺麗に椅子に座り、アイリーンとウルティマ、そしてカリオンとフレイと共にアニスは三人を見守る。

 

数分後、カリュブディスはアニス達の視界に現れる。

 

――戦いの火蓋は、もうすぐ切られようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)明日はハロウィン特別編(予定)


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番外 ハロウィンでの菓子集め 

リアルのハロウィン?自分は特にないですはい。


ハロウィン。という行事がアニス様のいた国にはあるらしい。

 

ワタクシからしてみればよくわからない、菓子を配るのはまぁわかるですけど、トリック・オア・トリート?とかいうのを言わなければいけないのがわからない。意味はお菓子くれなきゃイタズラするぞ、らしい。

 

「……まぁこんなところですかね」

 

ワタクシは仮装、というものに着替えた。自室で何か違和感が無いか鏡を見て確認したけど、流石は有名な服屋さんが作っただけあって完璧だ。

 

狼男、もといライカンスロープの仮装みたいだけど、これもよくわからない。アニス様が考案したから文句は口にはしないけど、何が良いのかやはりわからない。

 

「さて、外に出ましょうか」

 

ワタクシは部屋を後にして、外へと向かう。

 

その前にアニス様の前まで来たけど、何か声が聞こえる。

 

「きゃー!可愛いですよ!アニス様」

 

「メチャカワですの!」

 

「あの、なんで私が?私男だよ?」

 

扉の隙間から部屋内を見ると、アニス様がメイド達に囲まれ、何やら仮装をしておられた。

 

今はヴァンパイアの衣装を着ており、恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、ポーズを決めている。

 

「へっへっへ、男の子も女の子の扱いをすれば女の子になるというものですわ!」

 

「ですわですわ!ささ!次はこの服にお着替えくださいませ!」

 

「えっえっ。あ!アイリーン!た、助け――」

 

「……お楽しみ中、失礼しました」

 

ワタクシはお楽しみ中のアニス様にお辞儀をした後、何か声が聞こえましたが、街へと向かった。

 

街は飾り付けされており、南瓜にいかつい顔を彫った被り物、飾りが見え、仮装した子供達がトリック・オア・トリートと言って、菓子を貰っている。

 

念の為、ワタクシも大きな空間がある魔法の袋の中に、たくさんの菓子を入れて持参してきた。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

そう言ってると、ワタクシにそう話しかけてくる子供達が現れる。

 

「はいはい、これですね」

 

ワタクシは菓子を取り出して、一人ずつに渡すと、満面の笑みを浮かべて散っていった。

 

「はぁ、ま、楽しそうなのは嬉しいですね」

 

「トリック・オア・トリート!」

 

またそのような声が聞こえる。いや、ずっと聞こえていたが、聞き覚えのありすぎる声だったため、反応してしまった。

 

そちらに目を向けると、そこにいたのは、大人に向かって可愛げな仕草をする、ゴシックドレスのヴァンパイアの仮装をした、ウルティマだった。

 

「さぁ!お菓子をくれないとかぷかぷしちゃうぞぉ!」

 

「うわキツ」

 

そうワタクシは小声で言ったのだが、ウルティマはこちらに迷いなく頭を向ける。

 

「あ?」

 

ウルティマはドスドスという音が聞こえそうな足取りで、ワタクシの目の前までくる。

 

「誰がキツイって?」

 

「実年齢考えろって話ですが何か?」

 

「あはは――誰がババァだ!」

 

ウルティマが怒り散らしてワタクシに向かって攻撃しようとした瞬間、ワタクシとウルティマの動きが止まった。

 

「アイリーン、喧嘩売る時は考えてほしいな。今日は祭りなわけだし」

 

ワタクシとウルティマは聞き覚えのあるあの方の声の方向に目を動かすと、そこには白いワンピースを着こなし、長い白銀の髪の美少女が立っていた。

 

しかしその美少女が指を動かすとことでワタクシとウルティマが動くことができたことで、やはりあの方なのだと理解しました。

 

「アニス様、そのお格好、お似合いです」

 

「うん、似合っているのはわかるけどなんか男としては何とも言えないよね」

 

「ぷっ。あははは!なにその格好!君男なのにめっちゃ似合っているじゃん!」

 

大爆笑のウルティマである。腹抱えて笑い涙流してめっちゃアニス様を指さしている。まぁこの反応は予想できていたし。別にどうとは思わないんですが。

 

「はぁ……ねぇアイリーン、貴方メイド達の着せ替え人形にされていたとき、よくも無視してくれたね」

 

「命の危険ってわけでもないですし。メイド達も悪気があってやっていたなら止めてましたが、それにワタクシ自身、今のアニス様の容姿で女装したらどうなるか見たかったのもあります」

 

「えぇ……。ま、まぁいい。とりあえず貴方達、一勝負してみないかな?」

 

「ひぃひぃ――え、勝負?どんなのかな」

 

「ワタクシはアニス様が望むなら、どのような勝負でも」

 

「よろしい。じゃあ二人にルールを説明する。題して、菓子集め競争!」

 

「まんまじゃん」

 

「まんまですね」

 

「うるせぇやい。今日ハロウィンなわけで、お菓子が配られる。で、今から夜にかけてこの街を回って、どれだけ人から菓子を貰えるかの競争ってわけ」

 

「ふぅん。で?勝ったらどうなるの?」

 

「相手を好きにできるってどうかな」

 

「ふーん、なるほどね。うん、ボクはやるよ」

 

「ふむ、ならワタクシも良いですよ」

 

ワタクシとウルティマの了承を得て、アニス様は頷き、ルールを説明に入られた。

 

「まず前提として、脅しや強奪は禁止、見てなくても私には丸わかりだから注意するように」

 

アニス様は電波信号や地磁気を利用して情報を得て、更にクレイマン――さんにはできなかった息のかかった部下だけではなく、国民全ての耳と目から得た情報を得ることもできる。

 

アニス様に隠し事は無茶というものだろう。

 

「はーい」

 

「元よりするつもりもありませんよ」

 

「よろしい。で、もし私の部下から貰う場合は一つが原則だ。ウルティマ、ヴェイロンやゾンダから巻き上げようとは思わないことだ。というか事前に言ってある」

 

「ちっ」

 

ウルティマは聞こえるくらいの音で舌打ちをした。流石アニス様、念入りですね。

 

ちなみにヴェイロンは執事、ゾンダは料理人の悪魔。ウルティマと一緒に来た従者で、アニス様が覚醒したときに名を貰った者達だ。

 

「ま、気軽にやるといい。集まる場所は今いるここ、同じ人から貰うことは無いように。じゃあもう始めていいぞ?」

 

「よーし!めっちゃ集めるよー」

 

「ではアニス様、失礼いたします」

 

アニス様に手を振られながら、ワタクシとウルティマは別方向へ別れ、お菓子集めが始まった。

 

……七時から始まり、今は十二時ほど経過した。

 

集まった菓子は百五十二個、そこそこ溜まったきた感じだ。

 

ワタクシが配るために持っているお菓子とは違い、特殊な包装がされており、これで見分けがついている感じだ。

 

ベンチを腰掛けて、ワタクシは一息ついた。

 

「今どのくらいウルティマは集めているんだろうね。正直目安無いからわかりませんね」

 

「……あら?貴女アイリーン?」

 

休んでいるワタクシの元に、魔女の帽子を被っているだけで、何時も通りの格好のミュウランさんが現れた。

 

手にはいかつい南瓜頭の絵がついた飲み物を持ち、ワタクシにそれを渡してくる。

 

「ありがとうございます」

 

ワタクシが飲み物を飲んでいると、ミュウランさんが隣に座った。

 

「お疲れのようね。確かアニスからお菓子集めの勝負してるんだったっけ?」

 

「はい。でも少し楽しいですよ。ミュウランさんも楽しんでますか」

 

「えぇ、かなり新鮮の気持ちね。今まで楽しいとか考えられない人生してたから」

 

ミュウランさんはその辛かった過去を悲しげに語るけど、アニス様の話になると笑みが出てきて、今が楽しいのだというのがわかりますね。

 

「アニスには感謝してるわ。魔法の研究も昔魔人じゃなかった頃以上に進むし、皆優しくしてくれて、命の危険もなくて、本当にいい環境にいるって感じられるわ」

 

「それは良かったですね。ワタクシも働くのが楽しいです」

 

「貴女は何か違うような気がするけど……まぁいいわ。はい」

 

ミュウランさんは南瓜のカゴからお菓子を一つ取り出して、ワタクシに渡した。

 

「お菓子集めするのでしょう、早くしないとウルティマに抜かされるわよ」

 

「ん、あぁもう結構たってますね。そうですね、ではワタクシはこれで、ミュウランさんも楽しんでくださいね」

 

「えぇ、それじゃあ」

 

ワタクシは飲み物を飲み干し、立ち上がり、ミュウランに見送られながら、菓子集めを再開した。飲み物は甘い南瓜で、意外と美味しかった。

 

……いつの間にか夜が訪れ、街の様子もかなり変わった。

 

灯りはいかつい南瓜の形になり、昼は何ともなかった仮装も、何処か怖い感じに見えてくる。

 

露店にはハロウィンらしいというのか、そういうおどろおどろしい雰囲気の装飾がなされている。

 

「トリックオアトリート!」

 

「はい、お菓子ね」

 

もはや慣れたその言葉を言い、時間的に最後のお菓子を大人の人から貰うと、

 

「さて、そろそろ終わりですね、確かここでしたっけ」

 

数分くらいしたら、アニス様が先に現れ、続いてウルティマも現れた。

 

「さて、どっちが多いのかな?」

 

ワタクシとウルティマの菓子用の袋には、数がわかるように数字が現れる。

 

「アイリーンは……五百五十八。で、ウルティマが……お、こっちも五百五十八か!」

 

引き分けだということを知り、ワタクシは大変驚いた。まさかこんなことになるなんてね。

 

「ふーむ。ま、いっか。リーン、この後どうするのかな?」

 

「その様子だと貴方も何もない感じですか」

 

ワタクシとウルティマは数秒沈黙が続く。

 

あの!(ねぇ!)

 

ワタクシとウルティマの声が重なる。正直同じことを思っているのだということはわかる。

 

「……引き分けか。なら貴方達、どちらも好きにすればいいんじゃないかな?」

 

「なるほど、それ良いね!」

 

ウルティマは満面の笑みでワタクシの手を引き、露天が並ぶほうへと走り出す。

 

「……ふふ、本当に勝手だよね」

 

ワタクシはウルティマと共に露天へと走り出した。

 

「本当に仲が良いことで。さて、私もそろそろ着替え――」

 

アニス様が城へと向かおうと後ろを振り向くと、多数の女物の服を持った仮装したメイド達がいた。

 

「――」

 

あまりの驚きに、言葉が出ないご様子。

 

「ふふふ、見つけましたわ。さぁ次はこの服に」

 

「いえいえこちらもこちらも」

 

「はっはっは……」

 

その後、アニス様はワタクシ達を追い抜き、全速力で逃げる様を見ながら、ハロウィンの夜は過ぎていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)クリスマスもこういうの執筆したいけどその時まで続けられているのか不安である。


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19話 カリュブディス?との戦い

だいぶオリジナル要素強めです。


カリュブディスが姿を見せるが、何かを探している様子だが、クレイマンを探しているのはわかってる。

 

だがそのクレイマンは今気絶中であり、起こそうとすれば人形の身体が壊れる可能性の格差があるため、予定外だがクレイマン無しで三龍には戦ってもらうことにした。

 

「それにしてもよ。あの三人で本当に倒せるのかよ?」

 

カリオンは用意された紅茶をすすりながら、アニスに問いた。アニスは何の心配もしてなさそうな笑みで三龍を見ながら答える。

 

「大丈夫ですよ。あれでもアイリーンの訓練相手程度には強いんですから。それに彼、彼女らの真価は――おっと、始まったようです」

 

三龍は輝き始め、空へと飛翔すると、各々が輝龍化(きりゅうか)をはたした。

 

「さて、アイン、アタシの足を引っ張らないことね」

 

「心配するなよツヴァイ。外交やらかしたけど、ま、まぁ戦闘ならお前も知ってる通り一流だぞ!」

 

「しゃ、喋ってないでさ――」

 

ドライはアインとツヴァイが話している間、飛んでくる鱗を一つ残らず風で吹き飛ばしている。

 

「今まさに攻撃はじまっているよ?」

 

「ん?あぁそうだったな。ツヴァイ、やるぞ」

 

「少しでも遅れないことね」

 

三龍は三叉の槍の如き一糸乱れぬ動きと速さでカリュブディスに向かっていき、鱗もメガロドンも物ともせずにカリュブディスに攻撃していく。

 

「おー、やっぱ凄いなあいつら」

 

アニスが目をみはるのは、チームワークだ。

 

一人が攻撃すると一人が補助を、各々が敵の攻撃に専念してられるようにできており、三十分ほど経ってもかすることもなく戦闘を継続しており、徐々にカリュブディスもよろめき始めた。

 

「ねぇ、なんで手っ取り早く支配しないのかしら?貴方の今の実力なら簡単だと思うんだけど」

 

フレイの質問に、アニスは頬をかいて何とも言いづらそうに答える。

 

「んー、そうだね。確かにできるけど魔力妨害や鱗が邪魔でね。それに三龍の手頃な相手がいないのもあってね。丁度強すぎず弱すぎずの相手がいたから使おうって思ったわけ。フレイさんには申し訳ない」

 

「いいわよ。それに確実に倒せるのでしょう?」

 

「抜かりなくね」

 

アニスが自信満々にフレイに言ってる最中、二体のメガロドンがアニス達のいる場所まで襲いかかる。

 

しかし、メガロドンは空中にて静止する。

 

よく見れば何も無い場所から糸が伸び、拘束してるようだった。

 

「大人しくあっちで倒されてればいいものを。ほい」

 

アニスが小指を立て、それを曲げると、その途端にメガロドンの身体がズタズタに引き裂かれた。

 

「やっぱつえぇな。アニス」

 

カリオンはその力に驚嘆する。アニスはその言葉に嬉しそうに鼻を鳴らし、身を仰け反らせる。

 

「そうでしょう?あ、さっきのは多重次元連結っていうスキルで自分と繋がったワームホール的なやつから魔糸を放った感じで――」

 

アニスが自慢していると、戦いは終わりへと向かっていた。

 

光輝剣(フラガラッハ)!」

 

「おらぁ!光輝拳(アガートラム)!」

 

「ぶ、光輝槍(ブリューナク)

 

三龍各々のアーツと魔法、そしてスキルを合わせた奥義ではあるが、翼を切り落とし、鱗を殆ど破壊し、肉の部分を穿ったが、まだまだ動ける状態であり、かなり速さで再生が始まっている

 

「埒が明かないってやつね。アイン、ドライ。あれでいくわよ!」

 

「お?でもあれって未完成のやつだった気がするんだが」

 

「あ、相手が目の前にいるのに使わない手はないかと」

 

「よっし!」

 

三龍はカリュブディスを囲むように三角の配置につき、武器を突き出すと、三角形状の光の結界が現れる。

 

「「「三星雷氷風牙(トリニティ・ノヴァ)!」」」

 

そう三龍が叫ぶと同時に赤雷、蒼氷、緑風を各々が放ち、結界を三つの属性によって満たされ、混ざり、()()()()()色へと変わり、中の存在を破壊していく。

 

結界が消える頃にはカリュブディスは地面に落下し、ピクピクと痙攣するだけとなっている。

 

「成功したみたいですね。アニス様!終わりました!」

 

「うん、それは見ればわかってる」

 

いつの間にやらアニスはカリュブディスの上に立ち、その肉体に触れていた。

 

「さてさて、いけるかなっと。操魔王支配(デモン・マリオネット)

 

クレイマンの数倍の効力となったその呪法が発動され、カリュブディスに数千の黒い糸状のエネルギーが纏わりつく。

 

抵抗してか、暴れていたカリュブディスも大人しくなり、アニスのすることはこれで――

 

〘告げます。カリュブディスの魔素量の低下を確認、このままでは消滅の可能性アリ。措置として名付けを推奨します〙

 

魔眼之王(バロール)からそのようなことを告げられる。

 

アニスは何か不安と不自然さを感じながらも、それに賛成する。

 

「ふーむ、ま、強いほうが私もいいし、やるか。んーと……名前、名前か……テンペストもあれだし、かなり落として強風とか?強風って確か……よし、カリュブディス、お前の名前はゲールだ!」

 

――アニスはその選択を後悔することになった。

 

どうせウルティマくらいだと思っていた名付け、その魔素の消費は、アニスが立っていられなくなるほどのものだった。

 

「ぬぉぉぉぉ!?」

 

明らかに多すぎる。止めようにも名付けの時点でそれは叶わず、カリュブディスから凄まじい風が巻き起こり、アニスは竜巻となった強風に身体を持っていかれ、宙を舞う。

 

「アニス様!」

 

アイリーンがすかさず救出し、元の位置まで戻ってくる。

 

「ちょっと!貴方何をしたのよ!」

 

フレイが声を荒げる。カリオンもカリュブディスの異常なほどの魔素量の上昇に釘付けになっている。

 

ウルティマさえも驚きの表情を浮かべており、ラプラス達もあたふたとしている。

 

「ほんと、私の名付けって何かおかしなことがよく起こるな」

 

アニスは椅子に座り、苦笑する。

 

〘――確認しました。個体名暴風大妖渦(カリュブディス)()()が実行されます――成功しました〙

 

「ん?ね、ねぇ、今の聞こえましたか?」

 

「え?何の話?」

 

明らかに世界の声のそれを、どうやらアニス以外に聞いていない様子だった。

 

その声が聞こえた直後、吹き荒ぶ竜巻が止み、そこにいたのは――カリュブディスだった。

 

「な、何も変わっていないじゃない」

 

フレイが何処か安心を覚えたが、すぐにそれは仮初のものだと思い知らされる。

 

カリュブディスの頭の上、角の部分に誰かがいるのだ。

 

それを確認できたのは、今の所バロールを持つアニス、近くにいる三龍、そしてもう一人……。

 

「……ふむ、精神体か。どうやら身体を得る器が無いか。だが良し。こうやって知恵を使って喋り、思考できる喜びは久方ぶりだ」

 

黄色の衣を羽織り、顔は蒼白の仮面で隠され、異質な雰囲気を出している。

 

三龍は突然カリュブディスから現れたその者に、アインが代表して話しかけた。

 

「おい!テメェはなにもんなんだ!」

 

上空からアインはまくし立てるようにそう質問すると、アインのほうに、その者は顔を向けた。

 

「聞く必要がありますかね。ゲール。吾輩はそうあの……」黄衣を纏ったカリュブディスから現れた者、ゲールはアニスを指さす「アニス様より名を頂いた従者の一人ではないですか」

 

感情が読み取れない声は男性ではあるが、その手は女性のように細く、若干身体が透けて見える。

 

三龍は目配せをしあい、再び、そのゲールという異質のみに向けて、トリニティノヴァが放たれた。

 

例え精神体でも無事では済まない――はずだが、ゲールは黄衣を球体の防護壁として防いでいた。

 

「なるほど。アヤツの()()か。属性()がついているが、どうでもいいことか」

 

その黄衣は生き物のように三方向へと伸び、手のように掴み、三龍を拘束すると、地面へと勢いよく落下させた。

 

「ちゃんと生きているとは思いますが、まぁどうでもいいか」

 

ゲールはアニスでも見切れないほどの速さでアニスの前まで現れた。

 

「な、なんだお前!」

 

「アニス様!お逃げください」

 

ウルティマとアイリーンは臨戦態勢をとるが、ゲールはそれをまるで見ずに、アニスに触れようとした瞬間、空から流星のように落ち、この場の全員を吹き飛ばして現れる者がいた。

 

破壊の暴君(デストロイ)、ミリム・ナーヴァだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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20話 ゲールという存在

今回は短めです


「おや。ミリムちゃんではないか。()()()みたいに元気そうでなりより」

 

「お前誰だ?ワタシの知り合いにお前みたいなやつはいないぞ。それよりもなんだその力、ワタシの竜眼(ミリムアイ)でもわからないなんて異常だぞ」

 

ミリムは先程までカリュブディスの戦いを遠くから見ていた。

 

あの三龍がまさか魔王級だとは、いつか戦ってみたいなと、心を躍らせていた矢先、あのゲールという存在の登場だ。

 

ミリムが言っていた通り、ゲールがカリュブディスの進化?というのはなんとなくわかったが、殆どが何も見えず、ギィでも見れるこの竜眼が、機能していない、異常事態であり、ミリムはすぐに行動に移った。

 

やはり間近で見てもゲールという存在は異質に視認される。

 

頑張れば見えそうになるが、頭に久方ぶりの頭痛というものが響き、より警戒心が強くなる。というか魔王(おもちゃ)から敵にランクアップした。

 

「カリュブディスだった者。今はアニス様からゲールという名前を頂いた者です」

 

「ふーん」

 

ミリムは吹っ飛ばされ尻餅をついているアニスを見る。やはり竜眼は機能し、かなり強い魔王というのがわかる。しかし前まであったクレイマンの魂が消えている。城を見るとその魂がそちらにあり、クレイマンが復活してるのだろう。

 

アニスが普通であることがわかり、改めてゲールを睨む。

 

「名付けでそうなる度合いのものでないぞ。隠していることがあるなら全部吐くのだ」

 

「はは、たぶん理解できないと思いますよ。それに――」

 

瞬間、ゲールの言葉を遮り、ミリムは全力で殴りかかる。

 

覚醒魔王でもその一撃は致命傷の一撃だが、ゲールは反応したのか、それか自動なのか、黄衣がミリムの拳を防ぎ、爆発音のような衝撃が遠くのアニス達にまで届いた。

 

「……はは、久しぶりだぞ。手が痺れるなんてな」

 

ミリムは反撃を恐れてか退き、殴った黄衣には破れたような様子はなく、ミリムは更に久しぶりな敵に、野性的な笑みが浮かべ、その姿を変化させる。

 

鎧姿となり、髪も幼さを強調させるツインテールがうなじ近くまで下がり、額からは龍の角、背からは翼が生え、手には魔剣天魔が握られる。

 

戦闘形態。カリオンとフレイは見るのは初めてであり、他の者も同様だ。皆が驚きやこれから何が起こるか恐怖してる中、アニスは転生したらスライムだった件を読んでいたため知っていたが、直で見れて興奮している。

 

「吾輩、いつ敵対するって言ったんだろうな」

 

「ゆくぞ!」

 

ゲールの言葉が耳に入っていないのか、飛翔し、奥義を放つ態勢に入る。

 

「喰らうがいい!ドラゴ――」

 

「待て待て待てぃ!」

 

ミリムが今放たんとした直前、アニスがゲールとミリムの間に割って入る。

 

「何放とうとしているんですか!私達まで消すつもり?」

 

「し、しかしそいつは……」

 

「私の部下ということになっている。ならここはミリム、貴方ではなく私がやるべきことではないか?」

 

「……むぅ、わかったのだ」

 

ミリムは戦闘形態を解き、ゲールを睨みながらもアニスに任せるようにゲールから離れる。

 

アニスはゲールのほうへと視線を向けると、跪くゲールの姿が目に入った。

 

「えっと、貴方は何者なんだ?」

 

「はっ、我が主よ。吾輩はゲール。カリュブディスより進化した者です」

 

「さっきお前のことに対する世界の声で、()()って聴こえたんだが?」

 

「ほう、やはり我が主です。()()()世界の声を耳にしましたか。ですがここでは進化であります。どうかご理解を」

 

アニスはとりあえず、解らないであるためそれに使う思考は放棄し、いま重要なことを質問する。

 

「……いろいろと聞きたいことが、とりあえず敵対はしない、私の軍門に下るでいいんだな?」

 

「はい。吾輩、敵対など考えてはおりませんゆえ。どうかこの力、存分にお使いくださいませ」

 

「お、おう。とりあえずそれでいいか……はぁ、何かヤバいの生み出してしまったな」

 

こうして、カリュブディス、もとい謎の存在、種族を後で聞いたところ、亜竜魔人(デミドラゴノイド)と口頭で説明した。アニスは一回バロールにも質問したが同じ内容が返ってくるだけだった。

 

異常な進化?をしたゲール。その謎は意外と早くに解決されることになる。

 

 

誰にも、ミリムにさえ気づかれずにカリュブディス戦の様子を見ていた者がいた。

 

それもそのはず、空気中の微細な水分を瞳と見立てて見てるのだから。

 

映像を見ていると、ゲールがこちらとの視線が合う。

 

●◆■▲(ミツケタ)

 

「ぬおっ!?」

 

ゲールがそう言葉かも怪しい声を発すると、映像は真っ黒に変わり、映像が途切れた。

 

「くく、ははは!まさかオマエが復活するなんてね。余の力に干渉したってことは、やっぱ本当にオマエってことで良いんだよね」

 

玉座の上で、腹を抱えながらザパァは大笑いをする。それをザパァの眼下のギルギルとドラドラはただ跪きながら耳を傾けている。

 

「リムルに喰われたときは残念だったけど、しょうがないと思って流したわけだけど、()()()()は面白いね。いやホント、何回も似たような光景見せられるより断然いいね」

 

深海、というよりはザパァの領域には時間の概念はない。そもそもそうしなければ深海の魔物達が地上に侵攻しに行くためだ。

 

地上とは隔絶された世界であり、一体一体がAランクオーバー、弱肉強食の世界というのは変わらないが、質が段違いであり、ザパァがいなければ地上が危ぶまれる、それが深海という場所だ。

 

「さて、楽しんでもいられないかな。ナイアの動向も気になるし、ギィにも迷惑はかけられん。そろそろ呼ぼうかな」

 

ザパァは再びアニスを水晶から覗き見る。ゲールによって魔素がだいぶ取られている様子で、ベッドで寝ている様子だった。

 

「うーん、これはまだもう少し先かな。余も含め予想外の登場なわけだし……いや、まさか()()が絡んでいるのかな。ま、良いか、ゆっくりと待つことにしよう」

 

水晶の映像を一旦消し、ザパァは目を瞑り、その時を待つ。

 

「待つのには、慣れているからね」

 

 

ミリムのユニークスキル、竜眼(ミリムアイ)

 

それはあらゆる物事、事象を看破し、遠距離からでも監視されているのがわかる強力なスキルであり、ある程度の実力なら測れるようになっているが、一つ弱点が言うなら、()()()()()()()()()()は目に入らないというのがある。

 

ミリムに都合が悪い。それは食事にピーマンが混ざっている、気に入らない人物がいるなど、かわいい理由だけに適用、というのが普通だろう。

 

しかし、知ってはいけない、あるいは知ると前述の通り都合が悪いという場合にも、看破できないということもあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後は拡大解釈です。それに都合が悪いものは見えないというのも本筋のやつではないし。


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21話 旅立ちの日 この世界の真実

情報が凄い多いです(´・ω・`)


一週間は寝込みはしたが、無事アニスは全快し、あることを部下達に告げるため玉座の間に集めていた。

 

アニスは玉座に座して、跪く部下達を眼下に眺めながら、口を開いた。

 

「私、少し旅に出ようと思ったんだ。ラプラス達に報酬を払うためにもね」

 

それを聞き、ウルティマやミュウランを除き、皆驚愕の声を上げた。

 

「アニス様!な、何故そのようなことを?あ、ワタクシもついていけるなら構いませんのですけど」

 

「いや、アイリーン。今回は一人旅だ。それにずっとというわけでもないですよ。何回かは帰ってくるし、それに見聞は大事ですしね」

 

理由としては、実力を隠す技能をアイリーンは持っていない。ウルティマは出来るようだが、あの残虐性は健在のため、人間の街によることもあるため、論外。

 

三龍も防衛の役目、まだ未熟という理由でなく、ミュウランはある魔法の開発のため駄目であり、他も様々な理由で行けないために、結局一人旅となった。

 

アイリーンはそれらを聞いてもまだ納得できていない様子である。

 

「む、むぅ。ですが魔王がいないというのは」

 

「それはクレイマンが代わりにやってもらう。ほぼお飾りだが。それにゲールもミリムが勝手に監視しているから大丈夫だろう。アイリーン、私を信用できないか?」

 

アイリーンはそれを聞き、口ごもりながら、諦めた様子でため息を吐き、微笑を浮かべる。

 

ゲールは別に何も悪いことなどはしてない。むしろ積極的に働き、アイリーンの仕事量が半分にまで減った。部下達からも何も知らないためか良い関係を築きつつあり、ジスターヴに馴染んでいる。

 

ミリムはあの一件以降、ゲールの監視を続けており、敵意は向けていないが、好奇心で動いてる様子だった。

 

「わかりましたよ。ですがもしもの時は頼って欲しいですね。危険と感じたらどれだけ惨めでも戻ってきてください」

 

「あぁ、必ず帰ってこよう」

 

 

旅立ちの日、様々な贈り物を部下達から手渡され、それらは魔道具の袋の中に収納して、門の前まで見送られながら、アニスは旅立っていった。

 

荒れ地までたどり着き、その間にどのようなルートで探しながら、人間の街を見ていくか考えていた。

 

アニスは指にはめた邪悪な紫色の宝石がついた指輪を見る。

 

それは魔力を封印する代物で、一つしかない貴重品の魔法道具、ランクはユニークと、ミリムのような最上位には無理だが、アニスくらいなら人間レベル、とは言っても上位の魔法使い、ラーゼンくらいには魔力があり、人間の最高峰というかなり目立ってしまうが、一応考えはある。

 

異世界人。アニスはそう人間の街で説明するつもりだ。それなら怪しまれはするだろうが、異世界人はかなりの化け物ばかりであるため、魔王だとは思われることは無いだろうと、アニスは踏んでいる。

 

「さて、最初は何処に――」

 

一歩踏み出した瞬間、アニスはドボンという音と共に、()()()()落ちた。

 

「ごばっ!?」

 

先程まで乾いた地面だったはずの足場が急に水へと変わり、藻掻きながら上に向かおうとするが、何かに吸い寄せられるように落ちていき、一応息は必要ないとはいえ、焦りからか溺れるような感覚を覚える。

 

光が見えた瞬間、水から脱出し、目に入ってきたのは、古代の王宮のような場所だった。

 

明かりも無いはずなのに室内ははっきりと見える。肌寒さはなく、心地いい温度だ。深い青で彩られ、神秘的な神殿の雰囲気を醸し出している。

 

古びているが、崩れそうな様子はなく、手入れが行き届いている。

 

「ここは……?」

 

「ようこそ、()()()くん」

 

アニスは声の方向へと視線を向ける。サファイアのような美しさの玉座に座しているのは、この場所の主に相応しい神々しさを秘めた少女が微笑を浮かべてアニスを見ている。

 

その左右に守護するように立っているのは巨人を図体を持った魚のような者と、ドラゴニュートに似た外見の女性。

 

どちらからもアニスを超える実力を持っているのがわかる妖気(オーラ)が放たれ、その主はギィと比べられるほどの底知れなさが感じられる。

 

「何者なんだ」

 

「余は、ザパァ。ザパァ・インディゴ。ヴェルダナーヴァより深海の統括者を任され、世界を観察するのが趣味の人魚姫(マーメイド)さ」

 

「マー……メイド?」

 

「おっと、この姿ではわからないか」

 

ザパァはその脚をくっつけると、魚の尾へと変わり、耳も人のものから、魚のヒレへと変化させた。

 

「こっちが本来の姿。んで、こちらの二人はデカデカなのがギルギル、マブマブなのがドラドラだよ」

 

「ドウモコンニチハ」

 

「よろしく。外界人」

 

ギルギルは聞き取りにくいが礼儀正しい動作と言葉であり

対してドラドラは高圧的な態度と声音で、美しい外見とは裏腹である。

 

見せ終わったザパァは再び人間の部位へと変化し、本題を話し始める

 

「さて、雑談する間柄でもないし、質問させてもらうよ。アニス・クレイマン、この世界を本当に()()()()()()()()だと思っている?」

 

「……なるほど。いやまぁ覚醒前のアレの時点で薄々思っていましたよはい」

 

「あぁ、空鬼(くうき)のことかな。あれはナイアが召喚したやつだね」

 

「ナイア?空鬼もそうだけどザパァ、この世界は――」

 

アニスの先の言葉を、ザパァは手を突き出して止めさせる。

 

「待った。全部話すのもアレだね。あまり面白くない。だから三つ、三つ質問に答えてあげる。慎重に選んでね」

 

アニスはそれを聞き、何が優先か考え出す。数分ほど経った辺りで、アニスはまず一つ目の質問をする。

 

「……ナイア。そのナイアって何者なんだ?」

 

「オケ。答えてあげる。ナイア、というよりは名無しの黒粘性精神体(ショゴス)っていう種族の生き残り。正直所在地はわからないけど、知ってることは、星の智慧っていう宗教のトップ、指導者ってことかな」

 

「ふむ、ショゴスね。やはり知らんけど、まぁいい。じゃあ次、私が知らなかった貴方達は何者?」

 

「……そうだね」

 

偽神族(デミゴッド)……ヴェルダナーヴァによって滅ぼされた、精神生命体だよ」

 

突如、緑色の空間の穴が開き、そこから現れたのは、ゲール、カリュブディスから回帰したとされる今はアニスの部下だ。

 

「貴様!よくここに姿を出せたな!」

 

ドラドラが今にも飛びかからんとしそうな憤怒の形相と態勢だったが、サパァがそれに首を振り、睨んでいるものの黙ってその場に元の直立で静止する。

 

「デミゴッド?」

 

「はい。言ってしまいますが、吾輩はその王の一柱、旧支配者(グレート・オールド・ワン)を担っていました。その頃の名前はハスター。ま、名前というよりは吾輩達の心臓であり力の源となる偽神核(デミマナス)、こちらで言うなら究極能力(アルティメットスキル)の名前に近いですね」

 

「い、いろいろと知らない情報が出てくるな。じゃあ()()()()()けど、何故カリュブディスに?」

 

アニスはザパァをほうを見るが、何も言わないことから、セーフだと思い、ゲールから話を聞く。

 

「零落。と言うんですかね。ヴェルダナーヴァに殺されて、ヴェルドラのスキルにされて、そのまま長い年月で自我を失って化け物にされてしまったんです。破壊衝動で生きていたんですが、貴方様の魔素をもらい、無事回帰したわけです」

 

「……?いや、何で私の魔素で回帰なんてするんだ?」

 

「それは――」

 

「はい駄目、それは三つの質問に含まれるからね」

 

アニスはやはり駄目かと、頬を膨らませ、ゲールから再びザパァへと視線を向ける。

 

「じゃあ最後の質問をしよう。この世界はなに?」

 

「……言うと思ったよ。いいよ、答えてあげよう」

 

ザパァは一泊おいて、立ち上がると手を掲げ、何かの映像を天井に映し出す。

 

そこには球体の中に、この大陸と島々がある不思議な映像だ。

 

「この世界は夢さ。我らにとってのヴェルダナーヴァ、アザトホース様のね」

 

「アザトホース?」

 

「そう。ここは現実と変わらぬ法則が働き、今は散っていった同胞達が唯一住める場所――幻夢境(ドリームランド)なのさ」

 

アニスは驚愕する。転生したらスライムだった件の世界ではないのはわかっていたが、まさか夢の中だとは思ってもいなかった。

 

「さて、これで質問は終わり、じゃあアニスくん。どうか旅を頑張ってくれたまえ」

 

「え、おいちょっと――」

 

アニスの声も聞かずにザパァは再びアニスの真下に水を作りだし、ドボンという音と共に沈ませた。

 

そしてこの場の客人が一人だけとなった。招かれざるだが。

 

「久しぶりだな。()()()()()、親父が死んで本当に残念だったよ」

 

「喧嘩を買うつもりはないよ、ハスター。それよりも要件はなんだ?暇つぶしにだけ来たわけではないんでしょう」

 

「そうだね。この話はどうでもいいか。じゃあ一つ、お前、アザトホース様が何処にいるか知っているか」

 

「知ってたら既に会いに行ってるわ。ナイア含めた()()どもの動向も気になるけど、とりあえず余は静観すると決めているわ」

 

「なるほどね。よくわかったよクティーラ、いやザパァこれからも暇そうに眺めているといいさ」

 

ゲールはそれだけ言うと、ザパァに背を向け、緑色の空間へと消えていった。

 

「……気づいているんだろうなぁ」

 

「何をですか?」

 

「いや、こっちの話」

 

ザパァはドラドラの疑問を軽く流し、玉座に座り、水晶でアニスを楽しげな笑みを浮かべて見始める。

 

「さて、見せてほしい。アニス、キミが紡ぐ、物語を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔王達の品定め編、これにて終わりです。まぁ幕間挟むんですが


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幕間 蠢く星々

東の帝国。

 

文字通り東にある帝国であり、正式名称はナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国。通称東の帝国だ。

 

その経緯は、小国、ナスカ王国が長き年月をかけ、大国だったナムリウス魔法王国、ウルメリア東方連合を吸収したことでこの国は誕生した。

 

二千年という長い年月が経とうとも反乱は一切起きず、許さずに国は存続している。

 

そんな帝国を統べるのが皇帝ルドラ。ルドラ・ナム・ウル・ナスカ。

 

絶対支配者として完全なる統治国家群の不変の皇帝であり、彼一人に権力が集中している。

 

そんな国の玉座、そこに座する金髪の男、それこそがルドラ――の、はずだが。

 

「……ふむ、わかった。もう下がるがいい」

 

「はっ!」

 

ルドラは部下を下がらせる。それとすれ違う形で、一人の人物が現れる。

 

教服を着こなし、真っ黒な肌に、瞳からは光を感じさせない、むしろ飲み込むような赤い眼は下手な人間が見れば魅入られてしまうような怪しさと美しさがあった。

 

「相変わらず不気味だな。オマエの目は」

 

「そう言いなさんな。これでも()()には配慮してるんだからなぁ。あははは!」

 

ケタケタと笑い、男は玉座の前まで来る。

 

「で?今日は全員集めんでしょう?」

 

「あぁ、オマエがまず一人目だよ」

 

「おっ?そりゃあ上々」

 

それから数分後、二人目が姿を見せる。

 

「来てやったぞ」

 

眩しい金髪と綺麗な青い瞳の女性だ。黄色の軍服を着用し、頭を掻き、表情はイライラしてるのか顔をしかめている。

 

()()()、急に来るように言って悪かったな」

 

「ふん。つまらん用事なら帰るからな」

 

ルドラの前でも態度は変えず、男の左隣に移動して、脚を貧乏ゆすりしながら待ち始める。

 

「あー、ごめんなさ~い」

 

次に現れたのは赤い長髪をなびかせ、深紅のドレスを身に纏った絶世という言葉が合うほどの美貌の少女。満面の笑顔を浮かべているが、その手に握られた赤き刃の大鎌からは鮮血が滴り落ち、その笑顔が人を殺した後のものだということが誰でもわかってしまう。

 

「貴様、また無闇矢鱈に人を殺してきたな、クイーン」

 

カレラに睨まれようとも、笑顔は消えずにカレラの隣に立つ。

 

「だからごめんだって〜、それともあの玩具(ニンゲン)達みたいにわたくしと遊んでくれるのかな?かな?」

 

「……ふん」

 

カレラは何も言わず、クイーンの邪悪以外感じられないほどに純粋な笑顔に苦々しげな顔をしながらルドラだけに視線を向けて無視する。

 

(ヴィオレ以上の性格破綻者が)

 

心の中でカレラは悪態を吐く。もしクイーンに言えば喜ぶような奴だからだ。

 

《遅くなりました》

 

この場の全員の脳内に言葉が送り込まれる。それが誰なのかは皆すぐに思い至るだろう。

 

一見すると黒髪の日本人の男性と言った感じだ。しかしその手は銀色に輝く機械で、瞳にも光がない。

 

軍服で隠されているが、その身体は殆どが機械で構成されている。男は恐れることなくクイーンの隣に立ち、ルドラを見据える。

 

「おっは〜()()()()ちゃーん。元気してる?今日こそ殺し合わない?」

 

《しません。わたしにそのようなことをする暇はありません》

 

「あはは!だよねー、あなたにそんなことをするようなバカではないか。あ、でもそういえば」

 

喋りながら不意打ちの形でクイーンは大鎌を振るい、コンドウの首を笑顔で切り落とそうとするが、コンドウはいつの間にか持っていた拳銃をクイーンの額に当て、大鎌も首の硬い皮膚に触れる程度で止まる。

 

《おやめください》

 

「うーん、通じないか。このネタやっぱ古いのかな?それともあなたがサイボーグ的なやつだからかな?」

 

「……クイーン、チクタクマン。静かにできないかな?」

 

クイーンとコンドウ、ではなくチクタクマンは武器を収め、ルドラのほうへと視線を向ける。

 

「残りのあいつはジュラの大森林で遊んでいるから、これで全員集まったな。いや、実際はもう一人いるのだが」

 

「ねー、その姿で話するのー?」

 

「む、そうだな。こちらのほうが――」

 

ルドラの姿が変わる。服も合わせて身体が変形し、別人になっていく。

 

――その姿は漆黒の長髪、銀色の眼の中性的な顔立ちをしており、金色の装飾が施された黒い威厳のある服装の――言ってしまえば、リムルとそっくりの容姿をしていた。

 

「さて、ヴェルドラも復活したことだし、悪巧みを始めようか、ふふ、テケリリ、テケリリ……」

 

不気味な笑い声を出しながら、その者は帝国で蠢いている。

 

 

そこはこの世界の何処か、誰にも認識されない、夢の果ての世界。

 

一人の竜種が、この世界を苦々しげに見つめていた。

 

「まったく、ルドラを何だと思っているのだ。この世界は」

 

〘そう言うなヴェルグリンド。この世界は異常なのはお主も理解しているはずだ〙

 

ヴェルグリンドは内に宿る者と会話をしている。

 

「だからってね()()()()()貴方の言った通りやつから離れたけど、その後のことは考えている?」

 

〘今はどうしようもない。そもそもギィやヴェルザード、そしてそやつらに眠る同胞達も動けないのだ。我らは今はリムルが魔王となるまでは不用意な行動はできん〙

 

「つまり後手に回れってことね。……はぁ、早いところ、動きたいわね」

 

ヴェルグリンドが取り出した水晶から見るのは、洞窟の中、そこにいるスライムとヴェルドラだ。

 

ため息を漏らしながら、来る日を内の者と言葉を交わしながら待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(´・ω・`)話の流れ的にはい、一気に年月が経ちます。

度々その間の話はできたらいいなと考えてます。

追記 ふふふ−5は流石に酷すぎてクルものがあるね。何が駄目なのか直で見せる人いないからわからないです……

再追記 うーん、ショゴスなのに色がこれって言うのも何だと考えた結果、黒に修正します。


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異聞 転生したらスライムだった件編
22話 二足のわらじ


(´・ω・`)短め


イングラシア王国。

 

そこは近代的な国であり、自由組合(ギルド)という冒険者互助組合という組織がある者の手によって発展した組織の本部が存在する国だ。

 

自由組合には各国との間に交渉権と相互扶助協定を確立されていて、組合員の冒険者は、組合が斡旋してくれる採取・調査・討伐といった任務を請け負っている。

 

その自由組合の本部は近代的な塔で、自動ドアが使われている。

 

そこに不自然極まりないピエロの格好の男が訪れていた。

 

「はー、随分とまぁ立派なところやな」

 

中庸道化連、副会長、ラプラスは最初疑いの目を向けられることを予想していたが、組合員は皆平然と対応をしてくれた。

 

逆に怖い対応だが、本当にここの主の正体があの人だということが伺いしれた。

 

金髪の美人のエルフの秘書に先導され、中庸道化連の三人はその主の部屋までたどり着いた。

 

そこは自由組合の頂点に位置する者、自由組合総帥(グランドマスター)がいる部屋だ。

 

扉が開き、室内の中心には机に二つのソファーを挟み、壁には様々な物が置かれている。ラプラス達にはよくわからない物であり、魔物?程度には思える人形、何らかの人物の絵――とりあえずそれは置いておき、ラプラスはソファーに優雅に座り、紅茶を飲んでいる者に目を向けた。

 

白銀の長い髪の少年で、白いYシャツとズボンというシンプルな格好だ。とても偉い人物には見えないが、ラプラスはその少年の正体を知っている。

 

「元気そうやな。アニス」

 

そう呼ばれた少年、アニスは紅茶を飲み干して立ち上がり、お辞儀をした。

 

「どうも。お久しぶりですね、ラプラスさん。どうぞ座ってください」

 

ラプラスは「ほな」とドスンとソファーに深く腰掛け、アニスも向こう側に座ると、手を組んで話を始める。まずは雑談から

 

「まさか総帥の座につくなんてな。わいも最初聞いたとき驚いたもんや。ま、何時も驚かされているんやけどな」

 

「大変でしたよ?ただの冒険者から正体を隠しながら有名になってここまでくるの。魔力もスキルも使えないから技術を磨く必要があって、()()()()のおかげでここまで来れたって言っても過言ではないね」

 

「それは大変やったな、で、何でこんな地位についたんや?」

 

「あぁ、それは簡単。質の良い情報の入手と魔物と人間の共存だよ」

 

「なるほどなぁ。意外と考えていたわけか――じゃ、本題いこうか。わいらの報酬はどうしたんや?」

 

魔物の人間の共存も気になるが、ラプラスは一番聞きたいことを優先する。

 

「ん?――あぁ、忘れていたよ」

 

「は?」

 

ラプラスは何回も言ってきたドスの利いた声を発する。怒鳴り散らすその前に、アニスは言葉を続ける。

 

「勘違いされるな。私が忘れていたのは、報酬の入手のほうではなく、事後報告のことだよ。グラマスになってからずっと忙しすぎて報告するのも遅れてすまなかったね」

 

「――え?そ、それってつまり!」

 

ラプラスは立ち上がり、仮面の下で破顔し、喜びで満たされる。

 

事後報告ということは、それはつまり魔王カザリームが既に復活していることに他ならない。今すぐに会いたい、ラプラスはアニスの言葉を立って待っている。

 

「はよ!はよ会わせてくれへんか!」

 

「落ち着いてくださいラプラスさん。それにもう既にいますよ?」

 

アニスが手を向けた先を、ラプラスは見る。

 

そこにはいつの間にか外に待機していたはずの先程案内してくれた秘書の美人のエルフがいる。

 

改めてラプラスはその人物を見ると、きめ細やかな肌、藍色の瞳、整った顔立ちはシニョンに纏めた金髪が合い、美人のエルフ――だと思っていたが、その藍色の瞳に目を凝らすと、何処か邪悪さが見え隠れし、それに気づくと同時にその人物の正体が何なのか直感的に理解できた。

 

「カザリーム……かい――ぶ、ぶははは!」

 

ラプラスは最後まで言おうとしたが、その前に戸惑いが笑いへと変換され、腹を抱えて爆笑をしてしまう。

 

「会長、そ、その姿なんなんですの?めっちゃ美人さんになってんじゃないですか!や、ヤバい、くくく、今までのイメージとのギャップでワイ、笑い殺されてしまうわ」

 

「五月蝿いぞ十年かけてやっと動けるようになったんだ。今更姿形にこだわってはいられない状況だしな」

 

不敵な笑みを浮かべ、お淑やかな雰囲気は消え、アニスの横に座り、堂々たる様子で、元だが魔王の風格が出ている。

 

「俺をこいつに引き合わせたってことは、もう演技は必要ないってことか?」

 

「いんや、表向きは演技は必要だよ。理由は必要かな?」

 

「いやいい、わかってるからな。ボスがそう言うならこのまま続けることにしよう。何せ今の俺は弱すぎるからな」

 

今のカザリームは、人間レベルにまで力が落ちている。それは本人も苦々しげながらも理解しており、前に冒険者と模擬戦したときも苦戦を強いられていたため、今は力を取り戻すのに専念している。

 

今から五十年前、ある場所でアニスはカザリームを発見し、即座に自身の身体に保護し、十年前にようやくホムンクルスに星幽体(アストラルボディー)移植したことで復活を遂げた。

 

その間にアニスの事情、世界の事情を知り、長年の付き合いもあって、今はボスとしてアニスに従っている。

 

「早いところ、強い身体が欲しいものだ」

 

カザリームが愚痴をこぼしている間も、ラプラスは笑い転げていて、流石にカザリームが睨んできたため、呼吸を整え、ソファーに座ると冷静に話し始める。

 

「なるほど。カザリーム様がボスと呼ぶなら、ワイもアニスのことをボスと呼ぶことにするわ。それでや、ワイを呼びつけた理由を聞こうやないの。ボス」

 

アニスは笑顔を作り、指を弾くと、和風の格好のこれまた美女が、ラプラスそっくりのホムンクルスを米俵を運ぶように持ってきて、それをラプラスの横に置いた。

 

「えっと……なんやこれ?」

 

「保険だよ。これからする話のね」

 

「……帰ってええ?」

 

「駄目に決まっているだろう」

 

カザリームにそう言われ、覚悟を決めた様子で、ラプラスは話の続きに耳を傾ける。

 

「これから貴方に言ってもらうのは――東の帝国。そこで皇帝の正体を探ってほしい」

 

「皇帝?それってルドラってやつではないんか?」

 

「うん。それが一番良いんだけどね。ただ私が何故東の帝国を探れって言ってるのはな。消去法でもあり、百年前に魔物ではない何かと遭遇したのが大きいんだ」

 

「消去法?それに魔物じゃないってどういうことや?」

 

「消去法はまぁ、怪しいところがそこしかないからだ。地脈とかじゃわからない唯一の場所だからな。魔物ではないというのは、それはラプラス、貴方の目で見てきたほうが早いかもね。なに、死んでも器はある。カザリームも復活してるし憂いなく探ってきてくれ」

 

「……はぁ」

 

ラプラスはあまりによくわからん依頼だが、カザリーム様が信頼している人物の頼みだとため息を漏らしながらも、受ける覚悟を決めた。

 

「ええやろ。その代わり報酬はたんまり貰うで?」

 

「ありがとうラプラスさん。それじゃあ準備が出来次第、向かってくれ。できれば死なずに帰ってきてくれると助かる」

 

「そんなの言われんでもわかっとるわ。ほな、ワイはもう行かせてもらうで」

 

「あぁ、それじゃあね」

 

ラプラスは立ち上がり、部屋から出ていった。

 

それと同じタイミングで、先程ラプラス用のホムンクルスを持ってきた和服の美女が現れる。美女は跪き、報告を行う。

 

「アニス様、ジュラの大森林にて動きがあったでありんす」

 

「そうか。やっと動き出してくれたわけだ」

 

アニスは楽しみでもあり、不安でもある感情を押し殺し、大森林に潜ませた部下の様子を取り出した水晶で見ながら、状況を確認を始めた。

 

「さて、何処まで変化しているのかなっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




異聞 転生したらスライムだった件編 スタートです。

魔王達の様子がかなり変わったので、リムル達の展開も変わってるのでほぼオリジナル展開になるかと思います。

主にオーク。


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23話 ある鬼の諦めと羨望

執筆していない時はどうするか悩みまくっていたのに、いざ執筆すると流れが勝手に浮かんでくるもんだな。不思議


ある男のオーガがそこにはいた。

 

男は強さを欲していた。相手は赤い髪の、次の里の長になる男だ。

 

その強さは他のオーガに比べて秀でており、指南役からも評価が高い。

 

紫色の髪の女のオーガも、青い髪の男のオーガも毛色は違うが強者で、対してそのオーガは強くはあるが、他のオーガと比べれば平均的な強さと言っていい。

 

男は桃色の髪のオーガの族長の息子の妹に惚れている。だがその女は男に見向きもしない。話しかけても男を視界に入れているが何処か別の場所を見ているような感覚を覚え、男は日頃見てもらうために鍛錬を欠かさずに行っている。

 

ある日の試合、男は赤い髪の男と戦った。前よりも格段に強くなったと男は自負できる力を手にし、赤い髪の男に挑んだ。

 

結果は惨敗。攻撃の何一つとして当たることは無く、かなりダメージを受けたが、男はその結果を受けいられずに、里から出ていった。

 

男は森の奥深くまで走り抜けていく。何処に向かうでもなく、何処でなにをするでもなく、ただ現実から逃げている。

 

辛い、辛い、辛い。身体の痛みなどよりも激しい痛みが心に突き刺さる。

 

このまま赤い髪の男には勝てない。桃色の髪の女を手に入れられない。

 

男は大声で泣きじゃくり、魔物を大量に呼び寄せた。男は満身創痍の身体で魔物達を相手していくが、数分も持たずに地面に倒れ伏す。

 

死が近い、喰われるだろうと覚悟を決める。いや、生きるのを諦めた。このまま生き長らえても叶う願いなどない。

 

男はせめて弱肉強食の世界に相応しい最後を迎えようと、瞼を閉じ、死までの長い痛みを覚悟する。

 

バキッ!

 

その音は自身の骨の音ではない、別の誰かの音。その音は魔物の叫び声、断末魔と共に鳴り響き、男は不審がり瞼を開ける。

 

そこには、何十もの魔物を軽く蹴散らしていく、オーガ、いや、それ以上、つまり上位種が目の前にいた。

 

「……そなた、強くはなりたくはないか?」

 

白い髪が風でなびく。指南役とはまた違う、老化とは異なる純白に輝く髪だ。

 

角もまた白く、筋肉は細いがガッシリとした無駄のない肉つきで、肌はおびただしい数の古傷がつき、いったいどんな年月、どんな戦いが過ぎればこのような身体になるのだろう。

 

男かと最初思ったが、胸の膨らみと、腰付、顔立ちから女だということに、男は驚愕する。紫の髪の女とは一線を画すこの女は、いったい何者なのだろうか。そもそもその女は徒手空拳で硬い甲殻系の魔物すら砕き、鋭い鉤爪すらその肌で受け止める。

 

まさにオーガ、いや、我ら鬼という種族の到達点と言っていい、完全なる武力だ。

 

男はその戦いぶりに魅入られ、無意識に体を起こし、祈りを捧げる態勢になっていた。

 

戦いが終わり、息を切らすことなく、女は男の近くまで来て、再び同じ問いを口にする。

 

「もう一度言おう。そなた、強くなりたくはないか」

 

男に断る選択は里を抜けてきた時に捨てられていた。迷うことなく男は差し伸ばされたその無骨で、傷だらけのその美しい手を掴んだ。

 

「良いだろう。そなたに名を与えよう。そして誰にも負けぬ力もな」

 

男はこの選択に悔いはない。例えどのようなことが起ころうとも、男は女――あのお方のことを感謝し続けるだろう。

 

「そなたの名前は――」

 

 

その日、オーガの里で内乱が起きた。

 

首謀者は族長の息子の友であった男、名を貰ったらしく、黄牙(コウガ)と名乗っている。

 

鬼人へ進化を遂げ、全てが桁違いに増大しており、どういうわけか一部のオーガ達も加担し、里は混乱の渦に飲まれていった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

赤い髪の族長の息子と、桃色の髪のその妹、紫色の髪の女性に、鋭い目つきの青い髪、老齢の白い髪、大柄の黒い髪の男の六人のオーガが、族長によって逃され、今森の中を追手から逃げていた。

 

既に一時間は走っているが、追手はまるで速度を落とさずに追ってきている。いくらか攻撃を加えたが怯む様子もなく、殺すつもりだったが、

 

「待ってください!彼らは何者かに操られていおります。魔法の類の反応は無いんですが、とにかくあの者達を殺すのは待ってください」

 

妹にそう言われたため、族長の息子は加減した炎で痛みで速度を落とすものだと思っていたが、やはり駄目だった。

 

体力の限界が来て、黒髪の男が転んだ。見捨てることはできない。

 

族長の息子は殺す覚悟を決めて、追手に刀を向け、挑もうとした――その瞬間、空から何者かが降りてきた。

 

新手かと皆が身構えたが、その者は持っていた美しい青の剣を追手に向けると、一瞬で全て凍結したのだ。

 

「――お怪我はなさそうですね」

 

「ど、龍人族(ドラゴニュート)じゃと!?」

 

老齢のオーガが声を荒げる。ドラゴニュート、リザードマンが進化した存在であり、その力は鬼人に勝るとも劣らない。

 

そのドラゴニュートは青い髪、鱗、竜翼を持っている。振り返ったその顔は仮面で隠され、額からは宝石のような美しさの角が二本生え、妖気(オーラ)は老齢のオーガでも底が見えず、その存在が稀というのもあったが、その実力と氷の力からも声が出たのだ。

 

「な、何者なんだ。何処の者だ貴様は」

 

族長の息子が率先して疑問を問う。青いドラゴニュートは面倒くさそうに頭を掻き、口を開く。

 

「アタシは貴様らの監視を言い渡された者だ。あの御方の言う予想外の状況だったため、予定通り貴様らを助けました」

 

「あの御方?」

 

「知る必要はありません。さぁ、立っていないで走りなさい――あぁ、目的地が無いんでしたっけ。ではここより走った先にアタシみたいな仮面をつけた者がいるでしょう。そいつに頼ることをおすすめします。では」

 

青いドラゴニュートは追手の一人を軽く抱えると、何処かへと飛び去った。

 

 

青いドラゴニュート――ツヴァイは、ある任務を言い渡されていた。

 

先程自分で言った通り、監視もあるが、もし異変が起きた場合、どのようなことがあってもあの六人のオーガは必ず守り切れとのこと。

 

そしてオーガに告げなかった任務は、異変を起こした者の配下らしくやつを捕えろというものがある。ツヴァイは何故かと問いた。

 

「百年前に東の帝国の兵士の件もあってな。その時は殺し尽くしてしまったが、もしその異変も同じなら、何かしらわかるかもなって思ったんですよ」

 

あの御方――アニスはそう答え、ツヴァイはそれで納得し、ある仮面の魔人の存在を教えられて、ジュラの大森林に来ていた。

 

「さて、一応確認しときましょう」

 

ツヴァイは空からオーガ達のいる場所を見た。無事に仮面の魔人と合流し、仮面魔人は何やら慌てふためいており、たぶんそんなやつ知らないなんて言ってるのだろうと、ツヴァイは考える。何せ同じ立場なら自分もそう考えるのだから。

 

仮面の魔人と、アニスには接点はない。アニス曰く、魔王になる者だと、配下達に説明している。カリオンとフレイはかなり驚いていた。何せ魔王するという魔物が()()()()だと言うのだから。

 

ミリムはそれに大笑いして、かなり乗り気であり、カリオンとフレイも面白そうだとそれに賛同した。

 

しばらくツヴァイは六人のオーガと仮面の魔人とその配下だろうゴブリンが一緒に何処かへと向かうのを見ると、自身の役目は一旦終わりだと理解して、アニスの元へ向かおうとするが、その前にオーガの凍結したのを、ジスターヴの研究者達に渡すためにもそちらに戻るべきだと判断し、ジスターヴへと帰還する。

 

 

本来の世界では、オークがオーガ達の里を滅ぼす流れとなっている。しかしゲルミュッドはおらず、オークはジスターヴが変わったことでその恩恵から食料事情は改善されている。

 

アニスはこのままではオークディザスターが生まれないことに頭を悩まていたが、ツヴァイの報告を受けて歴史の辻褄合わせ、あるいは何者かが合わせてきたのか、オーガの里に内乱が起き、六人のオーガがスライムと合流する。

 

それがどんな意図が、どんな偶然か知らないが、アニスはこれを利用と考えた。

 

――魔王誕生計画、フェーズ1 終了。

 




最近5000文字執筆できていないなって、最初は展開が固まっていたのと、そもそも一章で終わる予定でした。

でもまさかここまで伸びるとは思ってませんでした。モチベーションも上がって2章とかもいけたけど、途中から展開が簡単に思いつかなくなりました。

なんとか……最後まで続けたい(´・ω・`)


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24話 リムル・テンペスト

最近は3000文字ですまない(´・ω・`)


「ふむ……つまり、薬の類だと」

 

アニスは捕らえたオーガが運び込まれた研究所に訪れていた。

 

元奴隷やダークエルフの中でも研究が得意な者を集め、秀でている一部の者には名付けも行い、かなりの実績をこの百年であげている。

 

その所長を任命されたダークエルフ、パラム――元ネタはパラケルスス――からオーガの異常を聞いていた。

 

「はい。魔法やスキルのようなものではなく、血液に何らかの異物が混入しておりました。それが脳から精神を曇らせ、自我を奪い、痛覚を遮断など、なかなか非人道的な状態になっておりました」

 

「なるほどね。そのオーガは今どうしている?」

 

「今は我々の治療のおかけで理性を取り戻しているはずです。危険ですので私もついていきますね」

 

パラムは注射器を取り出す。中の液体はかなりの濃度の睡眠薬で、ランクA−の魔物も昏倒させる代物だ。

 

そこまでしなくてもいいんじゃないかとアニスは思うが、やらせておこうとその忠誠心から口にはせず、パラムに案内されて、アニス考案の真っ白な隔離室へと足を運んだ。

 

様子が見るために動物園のようにガラスが張られ、出口らしき扉はなく、トイレや藁の寝床以外に物はない、それなりの広さの部屋だ。

 

どう入るのかと言うと、パラムが認めた者だけが入れるようにミュウランが考えた刻印魔法で出入りする作りとなっている。

 

パラムがガラスに描かれた刻印に触れると、刻印が光り輝き、するりとパラムの身体が通り抜ける。

 

アニスはその仕組みに感心しつつ、自身もパラムの許可を貰っている、というより全ての施設において、アニスはこの刻印魔法が施された物には無許可に入れるようにミュウランが作っていた。

 

生体認証とでも言うべき魔法であり、これのおかげでジスターヴはかなりの安全性を確立している。百年もミュウランは他のウィザードとの切磋琢磨も合わさって、人間の頃以上に研究が進んだ結果だ。

 

中に入ると、部屋の隅で何やらブツブツと言っているオーガが体育座りが見える。

 

「無事、なんですよね?」

 

「一応、は。えっと、そこのオーガさん、話できますか?」

 

パラムの声を聞き、オーガは視線をパラムに向け、次にアニスへと向けた。

 

「お、お、お願いです。族長を、族長を!」

 

オーガは飛びかかるように立ち上がって、アニスに土下座をした。

 

土下座にアニスは違和感を覚えたが、そういえば異世界人からそういう文化が伝わっていたなと、納得し、オーガの肩を叩く。

 

「言われなくても、危なくなったら私の配下が助ける予定だ。とりあえず貴方はかなり衰弱している様子だし、情報を渡すついでに休んでいけ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

オーガは顔から出る様々な液体を垂れ流しながら、床に液体に溺れる勢いで頭をこすりつける。

 

うわ、とは思いつつも、アニスはそれを受け入れ、パラムに衣食住をオーガに与えることを命じ、隔離室を後にする。

 

 

ツヴァイはアニスへの報告を終えて、休暇を貰って数日経ち、再びアニスから監視をせよとの命令を受けて、スライムのいる村まで飛んできていた。

 

「さて、あのオーガ達は元気してるかな」

 

ツヴァイは上空から村の様子を確認する。そこは魔物の村とは思えない綺麗な形の家屋が建設途中なのを含め並び、見た感じゴブリンではなく、進化した種であるホブゴブリンが働いている。

 

「驚いた。まさかあのスライムの手腕かな?」

 

ツヴァイは魔物の発展に素直に感心する。そうしていると大きめの家屋から一匹のスライムが現れ、声をかけてきた。

 

「あのー!そこの人ー!なにか御用でしょうかー!」

 

大きな声で、ツヴァイに言っているが、別に普通の声でもツヴァイの耳には聞こうと思えば聞こえる聴覚を有している。

 

「本当にスライムが喋ってますよ。おもしろ」

 

ツヴァイはゆっくりと降下し、スライムの前まで現れる。

 

水色の液体の塊にしか見えないが、魔素量はスライムとしては異常であり、ツヴァイは興味深そうに見ている。

 

「あー、えっと、わ、私はリムル・テンペストと言います。貴方が()()()()達が言っていたドラゴニュートですか?」

 

リムルは内心焦っていた。何せこの青いドラゴニュート、明らかに桁が違う妖気(オーラ)と、佇まいをしているからだ。今のリムルであろうとも、ベニマル達でも、誰一人として勝つのは不可能だ。噂の魔王かと疑いたくなるほど、今のリムルにはそれほどの相手がツヴァイなのだ。

 

「……はい。アタシがそうですね」

 

「リムル様、どうしまし――おぉ!恩人のドラゴニュート様ではないですか!」

 

リムルと同じ部屋にいたベニマル――赤髪の元オーガ、現在は鬼人――が、姿を見せる。

 

ベニマルはツヴァイの姿を見ると歓喜の声をあげた。

 

「ん?あぁ、あのオーガかな?進化したようで安心しましたよ」

 

「はい。ドラゴニュート様もお元気そうで何よりです」

 

ツヴァイはベニマルを観察する。身なりも整い、体格は小さくはなったが、魔素量はかなり上がっていて、それなりに戦えそうに見える。

 

「……それで、今の状況はどんな感じかな?」

 

「あぁ、それを聞きに来たんですね。では、他の者もおりますし、どうぞお部屋へ」

 

ベニマルに先導されて、大きな家屋の中に入る。殺風景ではあるが、ちゃんとした作りであり、魔物が作ったとしたら合格点だ。

 

部屋には、桃色の髪の鬼人、シュナ。青色の髪の鬼人、ソウエイ。紫色の髪の鬼人、シオン、リムルはシオンの胸を支えるように抱えられ、ツヴァイは若干軽蔑の目を向ける。

 

白色の鬼人、ハクロウ。最後に黒髪の鬼人、クロベエ――は、ベニマルの話では鍛冶場におり欠席だ。

 

自己紹介と共に、六人のオーガはなんと全員鬼人へと進化したと聞き、ツヴァイはアニス様の予想通りの展開だと、アニスに感嘆している。

 

鬼人達はツヴァイに感謝の意を示している。ツヴァイは改めて鬼人とリムルに自己紹介を始めた。

 

「どうも。アタシは龍人族(ドラゴニュート)のツヴァイ。まぁ、フリーの魔人ですね」

 

ツヴァイは、アニスから自分との、ジスターヴとの関係は隠せとの言いたしがあった。理由としては不可侵のジュラの大森林に、魔王の配下が来てるというのは、他の魔王からはいい印象はないだろうというのがあがる。

 

「フリーなのか……なぁ、それでしたら」

 

「仲間はゴメンですね。貴方達でなんとかしてください」

 

リムルは断られ、しょんぼりと目?の部分を下げる。ベニマル達も残念そうにしている。

 

ツヴァイが関わるべきなのはオーガの裏にいるやつであり、今のところ傍観というのがアニスからの命だ。

 

「それで、状況はどうなんですか?」

 

「あ、あぁ、そうでしたね。まず――」

 

リムルの話によると、ソウエイが偵察に行ったところ、族長、他のオーガ達は捕まっているだけで、死んではいないとのこと。ツヴァイが凍らせたオーガ達も無事合流したようで、鬼人となったコウガは戦力を集めている様子だった。

 

魔物を集め、あの方にジュラの大森林を献上する。そしてシュナを手に入れるというのが、コウガの狙いとのこと。

 

「ふむ。そのあの方がどんな人物か知りたいけど、まぁほれはこちらでどうにかしますか。ありがとうリムル。アタシもアタシで動いていきます。どうか勝利することを願っております」

 

ツヴァイは話を聞き終え、部屋から出ようとするが、それをベニマルに止められる。

 

「待ってください。その……連れて行った同胞はどうしていますか?」

 

「あぁ、それですか。無事ですよ、危険な目にはあってないと言っておきます」

 

「そうですか……良かった。この戦いが終わるまではそちらに任せます」

 

「ん、それじゃあね」

 

ツヴァイは改めて外に出て、村から飛び去っていった。

 

「さてと、どうなることやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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25話 飽食者

短めが続く(´・ω・`)


「これから貴様らは俺の駒だ」

 

金髪の鬼人、コウガはリザードマンの首領の前まで現れると、そう告げた。

 

ここまで素通りで彼はたどり着いている。それは首領がいち早くに鬼人の気配に気づき、配下のリザードマン達に言い聞かせていたからである。

 

「……我々は何をさせられるのでしょう」

 

首領は自尊心をかなぐり捨て、跪いてコウガに問う。その様子にコウガは満足し、まわりの配下達は怒りが増大している。

 

「なに、簡単なことだ。今から戦力が集まり、準備が整い次第、ある村を襲い、桃色の髪のオーガ以外は皆殺しにする。貴様らはそれに参加するだけ。簡単だろ?」

 

「オーガ!?わ、我々にそのようなことを……そもそもリザードマンは沼地が戦場、普通の地面では……」

 

焦る首領の様子を意に介さず、コウガは反論に答えずに言葉を続ける。

 

「それでは、いい活躍を――」

 

「親父殿!」

 

コウガが去ろうとした瞬間、一体のリザードマンが姿を見せる。

 

リザードマンの首領の息子だ。その後ろから走り出したのは息子を慕う者達。武器を構えてコウガを取り囲む。

 

コウガはそれを鬱陶しげに一瞥し、首領の息子のほうへとゆっくりと歩を進める。

 

「親父殿!このような者の言うことなど耳を傾けてはなりませんぞ!この親父殿の息子である吾輩がこの狼藉者を成敗して見せましょうぞ!」

 

「邪魔だな、貴様」

 

コウガは首領の息子に手を伸ばす。それを一匹の息子を慕うリザードマンが割って入る。

 

「おい!お前歩みをと――」

 

バクン!

 

瞬間、リザードマンの頭がそのような音と共に消え、首から血液が吹き出る。

 

「なっ!?――」

 

目の前にいる首領の息子だけが視認できた。コウガの手のひらにある……鋭い牙を持った大きな口を。

 

ボリボリと音を立て、何かを噛み砕く音が耳元に響き、先程のリザードマンの頭の居場所が嫌でも理解させられる。

 

「息子よ!逃げるのだ!」

 

首領の一声よりも早く、息子は素早く逃走を図る。

 

息子は走る横には、妹が追走している。息子には届いていなかったが、首領が共に行けと、命じられていたが、言われずとも妹は追いかけていただろう。

 

息子は妹が来てるとは未だに気づかず、出口まで走っている。

 

何も聞きたくない。何も見たくないと、あの異常な光景が脳裏に焼き付いている。

 

数秒ほどで出口の光が見え、外に出ると……そこには何体ものオーガが道を塞いでいた。

 

「くっ……どけいっ!」

 

――なんとか二人で傷つきながらも、倒せずとも道を通すことができた首領の息子は、何処に向かうでもなく走っている。

 

後ろからはあれほど突き、切り裂いても倒れることのなかったオーガ達が無言で追いかけてきている。

 

息子もその妹もリザードマンの中では上位に入る実力がある。それでも死を恐れないオーガを何体も相手するとなれば、いや、どのジュラの大森林の種族でも苦戦は強いられる。

 

倒せはするだろう、しかし体力は無限ではない。他のオーガ――数えれば七体はいたそれらを全て相手できるわけがない。

 

走る、走る。何処に向かうでも、ただ、逃げるために。

 

 

コウガは手のひらを見る。そこには()()()より頂いた力である鋭い牙を持つもう一つの口がついている。

 

なんと発音していたかは聞き取れなかったが、なんでもあの方と同郷の者の力の一部らしい。見たわかった通り、リザードマンを簡単に殺せるこの力は、とても興味深い。食べた物がどこにいくのか気になるが、なかなか都合がいいと言える。

 

飽食者(ムサボルモノ)。それがコウガが得たユニークスキルであり、能力は喰らった相手の力の一部を得るというもの。事実、コウガは沼地でも余裕で動けるようになり、身体からは薄っすらと鱗が出始めた。

 

それほど能力がついているとは思えないが、今のところユニークスキル、エクストラスキル持ちを喰っていないからわからないかもだが、それはあの憎き赤髪のオーガどもを喰えばわかると結論づけ、コウガはもうすぐ訪れるバラ色の未来にほくそ笑むのだった。

 

 

ジュラの大森林の何処か。片手に持つ水晶から見えるコウガの様子を、白い髪の鬼は眺めていた。

 

「ふむ。全然喰おうとしないな。一気にオーガ共を皆殺しにすればすぐに強くなれるというのに。ま、()()に関しては知らないけど」

 

白き鬼もまたほくそ笑む――飽食者(ムサボルモノ)、その真価をコウガは知らない。

 

飽食者、その名の意味を、近い未来コウガは知ることになるだろう。

 

「ねー!ねー!ねぇ!なに面白いことしてるのー?銀嶺(ギンレイ)!」

 

鎌から鮮血を滴り落とす少女、クイーンは白き鬼、ギンレイの耳元で叫びながら、水晶の様子を見ている。

 

「うるっさ。何だクイーン。また殺してきたのはわかるが、此方の()()()()を邪魔しにでも来たか?」

 

「あー、それもいいね。わたくしそういう熱中して遊んでいる盤面をかき乱したりぶっ壊すとかだ~いすきなもんで――」

 

ギンレイはクイーンの首を落とさんと手刀を振るうが、クイーンと鎌を振るい、首元で両者の攻撃が止まる。クイーンは口元を歪め、ギンレイは何事もないような真顔である。

 

「じょうだーん。冗談だよギンレイちゃん。本気でやるならもっと楽しい時に、敗北を完璧に味わえるときじゃないとわたくし困るからねー」

 

「……本当にそなたは人生楽しそう、いや、愉しそうだな」

 

両者、首元の兇器を引っ込める。クイーンは笑みを元に戻し、血を撒き散らしながら鎌を振り回し始める。

 

「そういえばクイーン。今回は何を殺してきたのだ」

 

「んー?そだねー、よく覚えていないけど、ゲル……あー、やっぱ駄目だねー。今まで食べてきたパンの名前を言えってくらいには無理難題だよ」

 

「……聞いた此方がバカだったよ」

 

ギンレイは軽蔑した視線を送りながら、クイーンから離れるように森の中を進んでいく。

 

「クイーン。余計なことはするなよ」

 

「了解りょうかーい。信じてよギンレイちゃーん」

 

クイーンはギンレイとは別方向に歩きだし、ギンレイか

ら去っていく。

 

クイーンのその後ろ姿が見えなくなった辺りでギンレイはつばを吐く。

 

「ちっ。狂人が。あれが元()()()()、人間というのが恐ろしいところだな。特に元からあのような性格というところがな……まったく、何を考えて引き入れたのか」

 

ギンレイはクイーンの凶行に警戒しつつ、コウガの様子を見ているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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26話 無血決着に向けて

(´・ω・`)あ、わかっていたけどクソ長い章になりそう


「ふーむ……」

 

アニスは自由組合本部の自室で、ツヴァイからの報告を聞いていた。

 

無事にオーガ達は鬼人へと進化した。しかし問題はもう一人の報告。

 

「つまり、リザードマンは敵になったと」

 

「は、はい。ジブンが助けに行かなければ、逃げていたあの二体のリザードマン、本人らが言うには首領の息子とその妹らしいです……はぁ、アニス様の命令があったとはいえ、気が滅入りました」

 

リザードマンのところの監視は、ドライが行っていた。

 

ハズレくじだと本人は心底嫌そうにしていたのがアニスは思い出す。アイン、ツヴァイ、ドライは元はそのリザードマンであり、今回の場所とは違うが、リザードマン達に売られ、日々奴隷として人間から虐待を受けながら暮らしていたため仕方ないところではある。

 

錆びた鱗。今までそんな種が生まれたことはなく、実力も他のリザードマン達に比べて劣っていたため、人間に売り渡されたのであった。弱肉強食の世界だったためか、それともリザードマン達が悪かったのか、既に本人らは気にしてはいなかったが、それでもリザードマンは嫌なものは嫌ということだ。何処か人間のような思考にも思える物言いだ。それに魔物がそんなことをするのか?という疑問はある、しかし本人らがそう言ってるので、今は置いておくとしよう。

 

「で、そのリザードマンは?」

 

首領の息子と妹、アニスの転スラの記憶が確かなら、それは後のガビルとソウカだろう。ここで失うには惜しい、ドライはその質問に答える。

 

「リムル?というアニス様が言っていたスライムのところに捨ててきました」

 

一応そうなってくれて、アニスは安心する。しかし油断はできない。何せ相手はオーガ、同胞が相手なのだ。オークとは違い、簡単には殺すことはできないだろう。

 

「それはまぁ良かった……でだ。鬼人達も考えるだろうが、コウガって言う鬼人を倒すことになるだろうが、相手は同胞。大技はまずうてない相手だ、リザードマンも含めてね。だからリムルが出す作戦は――」

 

 

 

 

「――空から探す?」

 

「あぁ、俺は飛べるからな。そのほうが見つける時間が早まるだろう?」

 

何時もの一番広い会議室で、ベニマルはリムルの策を他の配下達と共に聞いていた。

 

リムルが考えた策は簡単だ。自身が空から戦況を観察し、魔力感知で最も魔力がある者、今回の首謀者、元はベニマルの友人だったというコウガを探す。他の者は防衛と地上からコウガを見つけだし、見つけたやつから攻撃を開始する。

 

それ以外は極力殺さないように立ち回る必要があり、ソウエイの報告ではゴブリンや知性の無い魔物など多種多様で、一大勢力ができつつあるらしい。

 

総数は約五万。とてもまともに相手はしてられない。いやいや参加させられている魔物ばかりというのもあって、殺すのは躊躇させられる。

 

しかし、ベニマルは言う。

 

「……もし、ここにいる同胞が、リムル様達が殺されそうになれば、我らは非情に徹してでも仲間を討ちましょう」

 

「いいのか?」

 

「はい。戦場で死ねるなら彼らも許してくれるでしょう。それに元より魔物の世界は弱肉強食。死んでも自身が弱いだけと……まぁそうは言いますが、できるなら俺達だって殺したくないですよ。最速でコウガを見つける。この戦争はそれにかかっていると言っていいでしょう」

 

ベニマルの意思はかたい。他の者も同じ心持ちのようだ。

 

「……わかった。俺も全力でコウガを探すことにする。で、ソウエイ、そのコウガってやつはどんな姿だったんだ?」

 

「はい。ベニマルのような髪型をした金髪で、2本の黄色の角を生やしたやつです。見つければすぐにわかるかと」

 

「名前の通り黄色ってわけか。よし!皆、悔いのないように万全の準備を整えるぞ!」

 

配下達はそれを受け、各々がやるべき準備を行い出した。

 

ソウエイの見立てでは、湿地帯で戦うのが良いとのこと、森では見つけようにも木々が邪魔であり、空からも同じである。

 

決戦は五日後とふみ、リムルは気を引き締めるのであった。

 

……二匹のリザードマンはと言うと、ちゃんと拾われておら、今は疲れからか眠っている様子だ。

 

ソウエイが最初に見つけ、あるうわ言を耳にしていた。

 

『手が……手に……口が……仲間が……喰われた』

 

ソウエイがそれを聞いてリザードマンは気を失っている。

 

ソウエイは一抹の不安を覚える。いったいコウガの身に何が起きているのか。それは戦場にてわかることだろうとそれを押し込め、仲間やリムルにもそれを話すが、やはりわからないものはわからない。

 

この戦い、一筋縄ではいかないだろう。

 

 

「はー……暇」

 

ウルティマは庭園の真ん中にある椅子に座り、テーブルに置いてあるジュースをストローで口だけで吸っている。

 

このところ、何十年もまともな戦いはなく、犯罪者の殺す時はウキウキとやってはいるが、最近は犯罪者も少なくなっている。楽しい時が短くなり、今はアイリーンと共に休んでいる。そのアイリーンはというと、静かにテーブルの反対側で読書をしていた。

 

「ねー、なんかこう大きなこと無い?」

 

「無いですね。というか貴方一応検事総長やってますよね。仕事しろ」

 

「えー、だってもう終わっちゃったんだもん。ねぇ、暇つぶしにアニス様の行っているっていう魔王計画に」

 

「駄目です」

 

「まだ言ってないけど?」

 

「引っ掻き回しに行くつもりでしょう?それに平和はいいことですよ……まぁ、ワタクシも暇だとは思ってますが」

 

ウルティマは検事総長に対して、アイリーンは国王補佐兼最高裁判所長官、言ってしまえばこの国の司法で一番偉い人物だ。

 

アイリーンもウルティマにあぁは言ったが、自分も仕事を終わらせているとは言え、暇そうにしている。

 

ウルティマはアイリーンのその言葉に嬉しそうに顔をニヤけさせる。

 

「いいねー、だいぶ悪魔寄りになってきたんじゃない?平和を暇だと言えるなら」

 

「嫌ですねホント。あぁ、昔はワタクシも清廉潔白でしたのに」

 

「え?」

 

「な・に・か?」

 

ウルティマの心からの疑問の声に、アイリーンは圧のある微笑みをウルティマに向ける。

 

「い、いや、何も?」

 

ウルティマは口角を引きつらせ、あまりしない怒らせない対応をとっている。

 

「……本音を言うとですね。アニス様だけ楽しそうなことしてるのがずるいなって思ってます」

 

「あ、やっぱりー?よーし、ボク達も関わっていいか本人に進言しにいこうか!」

 

嬉しそうにウルティマは飲み干したジュースを捨て、立ち上がった。

 

アイリーンは普通なら止めるべきだが、自身も本を閉じて、立ち上がる。

 

「まぁ、ワタクシ達の手助けが必要になるかもですしね。行きましょうか」

 

「お?今日はノリいいねリーン。よーし、出発!」

 

二人はいつも通り、仲は良さげであった。

 

 

ウルティマはアイリーンに影響されて丸くはなったが、本質は何一つとして変わってはいない。丸くなったのはアイリーンやアニス、それ以外の配下や民には猫をかぶることが多く、殺すのを愉しそうにやっている。

 

しかしアイリーンには原初達同様にたまに本性を晒し、止められるとちゃんと止まるところは、変わっているとは言えるだろう。アイリーンもそのウルティマも受け入れている辺り、懐の深さは底なしである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやくは次は戦闘回できそう


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27話 決戦 覚醒?

3日かかってすみませんでした(´・ω・`)


決戦当日、湿地帯で少数で現れたリムル軍、魔獣、魔物と様々な種が集まり、湿地帯を埋め尽くす軍団が近づいてくる。

 

ツヴァイとドライはそれを遠くの一番高い木の上より観戦している。

 

「どっちが勝つと思う?ドライ」

 

「そ、そりゃあ普通ならコウガのほうだね。ただアニス様は負けそうになったら参加しろとのお達しだし、コウガは確実に負けるね」

 

「ですよね。ま、リムルがどれくらい早くにコウガを見つけられるか、見ようかな」

 

「あら、そこで何をしているのですか?」

 

ツヴァイとドライは後ろから声をかけられる。二人は動じることなく、振り向かせずにその声の主に答えた。

 

「んー?リムルってやつの観戦ですよ。別に邪魔はしないので放っておいてほうが身のためかと」

 

「そ、そうだよ。森の管理者か何か知らないけど、怪我する理由は無いとは思うな」

 

森の管理者、ドライアドの一人、トレイニーは二人の魔人の妖気に気圧されるも、問いを続ける。

 

「なるほど。あなた方がリザードマンとオーガを助けた者のようですね。何が目的でそのようなことをするのかはあえて聞きません。ですが一つだけ最後に聞きます。あなた方の主人は魔族ですか」

 

「……魔族、ね」

 

魔族、それは人間に敵対する魔物、魔人を指す総称である。そのような存在が関わっているとなると、森が危ぶまれる可能性があるが、もしこの上位魔人二名を使役できるとなると、ドライアドでも対処不可能だろう。

 

「アタシらは魔族ではないね。むしろ人間大好きな部類だよ。少なくても我が主様は、ね」

 

「……了解しました。それでは」

 

トレイニーはそそくさと立ち去り、二人はその間に、戦いが始まったのを見ていたのであった。

 

「お?どうやら大っきなゴブリン、狼どもは防衛、鬼人とスライムは攻める姿勢のようですね。ドライ、貴方ならコウガ見つけるのに何秒かかると思います?」

 

「い、一時間はかかりそうだよね。あの間違い探し、いやウォーなんとかを探せなみに難しいからね……ま、普通ならだけど」

 

「そうね。アタシはリムルとかいうの――」

 

賭けが始まる前に、二人はリムルが魔物、魔獣達を吹き飛ばし、円形となった中心で耐えていたコウガを見つけ出していた。

 

その間、実に三十秒。

 

「はっや。賭けもクソもないですね」

 

「ふ、ふふ。思ったよりやるね。あのスライム」

 

二人は思っていた予想より早く見つけたことに、リムルの評価を改めることとなる。

 

「さて、鬼人は……おぉ、一人も殺さずにさっきのリムルの爆発点に向かっているわ」

 

「お、面白くなってきたな……さて、あのコウガっていう鬼人、何処までやれるのかな?」

 

二人は楽しげな表情で、リムル達の戦闘に目が釘付けとなっているのであった。

 

 

黄色の武者鎧を纏い。ベニマルとの戦闘に心を躍らせていたコウガは困惑していた。

 

「て、てめぇ何者だ!」

 

赤髪のオーガ、ベニマルが最初に来ると思っていた。しかし空から現れたその蝙蝠の羽を生やし、魔物、魔獣を吹き飛ばした存在は知らない。

 

青みがかった銀髪に金の瞳、魔素量は、妖気も進化したはずのコウガとも並ぶほどだ。

 

「リムル、リムル・テンペストだ。このジュラの大森林にある村の長をやっている者だ。お前がコウガで間違いないな?」

 

リムルと言う謎の魔人は、ゆっくりとコウガへと近づいてくる。魔物達はあまりの強さに怯えきっている。それもそのはず、別に洗脳などしていないし、ただ力で言うことをきかせているだけだ。

 

コウガは自身のアーツ、鬼王の妖雷(オーガ・サンダー)を放つ。雷操作と、妖気を混ぜ合わせた元から持っていたものだが、威力は数倍にまで上がっている。

 

雷の光線がリムルまで届きそうななった時、リムルは手を雷に向けると、それは一瞬で消えてしまった。

 

「なっ!?あ、ありえん、俺の技がこうも簡単に!」

 

「ベニマルと似たような感じか。でも威力は劣るな」

 

「くっ…それなら!」

 

コウガは肉弾戦を仕掛ける。しかしまるで当たらず、むしろリムルのたった一発の拳を腹に受けただけで吹き飛び、吐いてしまった。

 

「がはっ!――あ、ありえん、俺は、俺は鬼人なのだぞ!」

 

「なぁ、このまま降参してくれるなら俺達も何もしないが、どうする?」

 

「ふ、ふざけるな、そんなことをするはずが――」

 

「やめろ」

 

魔物、魔獣の群れが割れて、ベニマル、ソウエイ、シオン、ハクロウが現れる。既にコウガの軍に戦意が感じられない。四人の鬼人の力を見せつけられるからだ。

 

ベニマルはコウガの前で、先程と同じ言葉をかける。

 

「やめろ、こんなことをしたところで、なんの意味があるんだ」

 

「……なんの意味がだって?そんなの、そんなの決まってる。俺は、俺はお前の妹が……ほしいんだよぉ!」

 

その欲望に応えるかのように、瞬間、コウガの口がついた右手が脈動する。

 

「ウガァ、クトゥン、ユフ」

 

口からそのような言葉が吐かれると、右手の口が大きく開き、強い吸引力を持ち、まわりの魔物、魔獣を吸い寄せる。

 

「なっ、なんだ!」

 

コウガはその手を掲げ、何が起きているのか本人にもわからない様子だ。

 

「ギィィィ!」

 

「ガギャァァァ!」

 

質量を無視するように、掃除機、シュレッダーの如く魔獣や魔物が吸い寄せられ、噛み砕かれていく。

 

リムルと四人の鬼人は耐えている、それでも踏ん張らなればならないほど強い。

 

(大賢者!何が起きているんだ)

 

《解析鑑定……失敗しました。ですが何らかのスキルによるものだと推測いたします》

 

(まぁそれは俺でもわかるが、何かヤバそうだな)

 

ひとしきり喰い終わると、コウガに変化が起きる。

 

《ユニークスキル、飽食者(ムサボルモノ)の発動条件が完了いたしました。スキル保持者の能力値を増大します》

 

世界の声と共に、コウガの身体が大きく、たくましくなり、全長は五メートル、腕は丸太のように太く、脚は象を思わせるほどに頑強に、顔はオーガのいかつさが出て、角は太く、鋭く伸びている。

 

「ははは、はは、はっはっはっは!これが!これがあの方のお力!これならぁぁぁ!」

 

コウガは巨体に見合わぬ速さでベニマルに近寄り、その拳を振り下ろす。

 

「くっ!」

 

ベニマルは刀で受け止めるが、地面に足がめり込むほどの威力で、刀も軋み、そう長くは持ちそうにない。

 

「はぁぁぁ!」

 

「ぬん!」

 

シオンとハクロウは二人がかりでその腕をハクロウがズタズタに切り裂き、その後にシオンが切断する。

 

「痛いなぁ、いてぇぇなぁ!」

 

コウガは切り落とされた腕を、もう片方の手に喰わせる。

 

数分もしないうちに腕が生えてきて、リムル達は驚愕する。

 

「おいおい……再生持ちかよ」

 

「リムル様、これは手加減できそうになさそうです」

 

ベニマルは覚悟を決め、結界を張り、黒炎を放った。

 

黒炎獄(ヘルフレア)!」

 

結界の中で、黒炎がコウガを焼き尽くしていく。普通ならば跡形もなくなるが……。

 

「あは、あは、あははは!」

 

笑い声と共に、コウガは炭化した身体だが立っている。その炭化している身体も、ボロボロと取れていき、綺麗な素肌が現れる。鎧は消えて、コウガは裸だが、そんなことを気にする者はいない。

 

「ちっ、全然足らないか」

 

「いやまて、少しあいつの身体小さくなっていないか?」

 

リムルの言う通り、先程より威圧感が薄れ、身長も三メートルまで縮まっているような気がする。

 

「あぁ、足らない、足らなくなっちゃったなぁ!」

 

コウガは手を掲げると、再び口が開き、吸引力を発揮する。

 

威力も上がっており、大きな魔獣さえも吸い寄せていく。

 

「うわぁぁぁ!」

 

オーガも巻き込まれいるのに気づき、ベニマル達は同胞のオーガ達を掴んで救出していく。魔物は流石に手が回らず、何体か喰われてしまっている。

 

既に難しい相手だが、更に状況の悪化に拍車をかける声が聞こえてくる。

 

《確認しました。個体名コウガが魔王種への進化を開始します》

 

コウガの魔素量がより増大されていく。それはもうベニマル達では勝てないほどに。

 

手は鋭い爪が伸び、金髪は黒ずみ、横幅のある身体に膨らみ、瞳には荒々しい野生の輝きが放たれ、野獣にも見える姿へと変貌する。その姿にはもはやコウガの面影は殆どのこっていない。

 

「これはまた……やべぇな」

 

《……成功しました。個体名コウガは、大鬼魔王(オーガディザスター)へと進化を完了しました》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オーガディザスターのイメージ的には、モンハンのラージャンに似てます。


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28話 クラウモノ ムサボルモノ

(´・ω・`)遅くなってすみません


「……お前たち、ここから離れろ」

 

「リムル様!?」

 

リムルは鬼人達に撤退を命じる。鬼人達は戦う気満々であるが、リムルはもう一度同じ言葉を大声で言うと、渋々ながらも撤退していく。

 

「それとだ。絶対に俺らの戦いに魔物も魔獣も近づけさせるな。あれに喰われるだけだからな」

 

鬼人達は頷き、魔物や魔獣を離れさせるように四散していき、この場に残ったのはリムルとコウガだけとなっている。

 

そのコウガはというと、魔王になってから少しも動かずに下を向いており、死んでいるようにも見えるが、魔力がちゃんと感じられ、むしろ徐々に膨れ上がっているまである。

 

(大賢者。さっきの世界の声からするとオーガディザスターって言っていたよな。鬼人ではなく。あれはどういうことなんだ?)

 

《解。正体不明の物質の活性化、拒絶反応により魔素が消失、次いで星幽体(アストラルボティ)精神体(スピルチュアルボディ)の急速の摩耗により自我がほぼ崩壊、名も消失したことにより、オーガへと退化。そのような時に大量の魔素を取り込んだことで、オーガディザスターへと進化をしたと推測します》

 

(なるほどな。まぁ予想外ではあるんだが、やることは変わらないから良いんだけどな)

 

リムルはコウガへと視線を向け、刀を構える。

 

「ぐ……う……ウガァ、クトゥン、ユフ」

 

その言葉と共に、コウガは動き始め、背中からは4本の腕が生え、そのどれにも鋭い牙を持った口がついている。

 

「ウガァァァァ!」

 

コウガ――オーガディザスターは咆哮し、手のひらの口と、頭の口から涎が垂れ流し、まるで獣のように睨みつける。

 

「俺を餌と言った感じで見たやがるな。いいぜ、こいよ」

 

オーガディザスターはゆっくりとその巨体の重さを感じさせる音を立てながら近づいてくる。

 

(お前の倒し方は既にわかってる。ただ俺がそこまで持つかだが……それは既に解消されてる。大賢者!任せたぞ!)

 

《了。大賢者へ主導権の一任を確認。自動戦闘状態(オートバトルモード)へ移行します》

 

「ウガァァァァ!」

 

オーガディザスターの手がリムルに向かう。それをリムルは刀に黒炎を纏わせて切り落とした。

 

「グッ……グ?」

 

オーガディザスターは再生させようとするが、黒炎が傷口を焼き続け、再生を阻害されている。

 

「ハラ……ヘッタァァァァ!」

 

背中の四本の腕が伸び、リムルに襲いかかるが、それらも避けられ、黒炎が纏われた刀で切り落とされる。

 

「……」

 

リムルは油断する様子もなく、無機質な顔でオーガディザスターを見る。

 

「ウガァ……クトゥン、ユフ!」

 

オーガディザスターは残ったの手で五つの腕を食いちぎり、黒炎の部分を分離させる。直後、腕が再生を始め、元通りとなった。

 

「ウガァ……鬼雷雨(きらいう)!」

 

続いてオーガディザスターの六つの手のひらから大量に雷の玉が発射されていき、それらはリムルへと降り注いだ。

 

冷静に、機械的に、効率よくリムルは避けていく。

 

「ガァァァァ!」

 

更に増やしていくが、リムルに当たることはなく、徐々にオーガディザスターの体躯が小さくなっていく。

 

「クソガァァァァ!」

 

オーガディザスターは頭と手の全ての口から雷を放射してくるが、リムルはそれを上空へと飛んで回避する。放射したままリムルへと手を向けるも、全て避けられていき、リムルはそのまま刀をオーガディザスターの額へと突き立てた。

 

「ガァァァァァ!」

 

黒炎で内部から焼かれていき、オーガディザスターは苦悶の声を上げる。

 

そのままオーガディザスターは黒焦げとなり、地面へと倒れ伏した。

 

リムルは額から刀を抜き、こびりついた血液を払うと、じっとオーガディザスターを凝視する。

 

「ゆ、ユダン、シタナァァァ!」

 

オーガディザスターは脳を焼かれたはずだが、その手を伸ばして六つの腕でリムルを覆い隠すように掴んだ。

 

「ウガァクトゥンユフ――腹、ハラヘッタンダァァァ!」

 

リムルをその口で喰らおうとするが、肉が裂ける音がせず、ただ何か粘体のような食感に違和感を覚える。

 

「――もう、終わりにしようぜ」

 

リムルは意識を大賢者から交代し、スライムへと戻り、オーガディザスターに逆に覆いかぶさる。

 

手からぬるりと抜けていき、オーガディザスターは藻掻くが、再生によってもはや殆どの魔素は無いに等しく、七つもあるはずの口でも対処しきれていない。

 

「グァァァァァァ!」

 

自滅覚悟の雷を身体から放射しても、リムルには一切効いている様子はない。

 

「無駄だぜ。俺にそういう雷に耐性があるんでな」

 

喰われていく。喰うはずのオーガディザスターが。あれほどあった巨体が減っていく。

 

――リムルはまず、全快のオーガディザスターに勝てる確率はかなり低かった。

 

例え雷が効かないとはいえ、あの膂力を相手取るのは自殺行為だ。

 

だがオーガディザスター、コウガが持っているだろうあの超強化、長続きはしないことは読み取れた。

 

発動条件は十中八九、()()であること。

 

餌である魔物や魔獣がいれば、その発動条件は簡単に発揮できる。だから鬼人達、ひいては控えているホブゴブリン達に向けて思念伝達を送り、魔物や魔獣を近づけさせないと命令を下した。

 

正直満腹が何処まで続くか不安はあったものの、無事その予想は当たり、弱体化していき、捕食者で喰らえるレベルにまで落とし込めた。

 

――そんなリムルが勝利を確信しながらも油断せず、捕食を集中していると、声が聴こえてくる。

 

『――俺は、何をしているんだろうな。俺はただ、あいつに勝って、あいつに認めてもらいたかった。ベニマルって言うみたいだな今は……俺は、妹――シュナ様に惚れていたよ、しかしそれはベニマルへの対抗心もあったからかもな』

 

リムルの視界が変わる。

 

そこにはコウガが魔獣に襲われている姿だ。リムルは知らないが、ここでギンレイと会う場面なのだが、何故か違う展開が待っていた。

 

コウガを救ったのは、オーガのベニマルとシュナだった。シュナがコウガの怪我を治癒し、ベニマルが魔獣を追い払っている。

 

会話の内容はわからないが、リムルは少なからず違和感を覚える。

 

「なんだ?大賢者、この状況ってどういうことだ?」

 

《解。個体名コウガの記憶――の、はずです》

 

「はず、か。確かにおかしいよな、確かコウガは里を飛び出したっきり戻らなかったはずだし、ベニマル達が探しに行っても見つからな――」

 

何かに気付こうとした瞬間、リムルに頭痛が走る。本来痛みなど感じないはずのリムルがだ。

 

《告。何らかの思考妨害が起きました。解除を実行……失敗しました》

 

「な、何なんだよいったい……」

 

『――俺はこの後●●●達の侵攻によって●●●●だったんです。ですが短い間ですが、利用されたとはいえ、生きながらえ、こうしてシュナ様の恩人であるあなたと話せる機会ができました』

 

オーガのコウガがリムルの前に現れ、何か言ってるが、ノイズが激しい。

 

『リムルさん。俺はあの人を裏切れません。ですがこれだけは言っておきます……シュナ様を頼みます』

 

曇りなき満面の笑みを浮かべたコウガのその言葉を最後に、リムルは現実に帰ってくる。

 

《確認しました。大鬼魔王(オーガ・ディザスター)消失。 ユニークスキル『飽食者(ムサボルモノ)』はユニークスキル『捕食者(クラウモノ)』に吸収され、統合されました》

 

 

 

 

 

 

 

 

 




唐突展開(二度目)


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29話 灯台下暗しとはこのことだ

いわゆる設定公開その1


「……あれ?何か見ていたような気がするが、確かコウガからシュナをよろしくとかだったか?ま、まぁいいとりあえずこれで――」

 

リムルが思念伝達で仲間達にコウガに勝ったことを伝え、この無意味な侵攻を終わらせようとした瞬間、大賢者から声が聞こえてくる。それも何処か焦り気味に。

 

《――!?個体名コウガに残っていた謎の物質の鑑定、失敗に続き、隔離に失敗。緊急措置として排出します》

 

リムルの身体から何かが勢いよく吐き出される。

 

「な、なんだ!?大賢者、いったい何があったんだ!」

 

《不明としかお答えできません》

 

リムルは大賢者らしからない答えに、いったい何が出たのか排出された物質を見る。

 

それは鋭い牙の入れ歯。口だけと言ってもいい。パッと見では単なる入れ歯だが、それがコウガを捕食した後に出てきたとは考えにくい。

 

「まさか……大賢者が言っていた正体不明の物質か?」

 

「ゥ……ウガァ、クトゥン、ユフ」

 

そのようかよくわからない言葉を、謎の入れ歯は壊れたラジカセのように繰り返し、カチカチと牙を噛み合わせて鳴らし始める。

 

「ウガァ、クトゥン、ユフ、ウガァ、クトゥン、ユフ、ゥ、ウガァァァァ!」

 

瞬間、入れ歯はどういう原理で跳ねて、リムルのほうへと向かってくる。

 

「うぉ!?」

 

リムルは回避しようとするが、もう殆ど力が残っていないのかスライム体に戻り、跳ねて回避もできなくなっている。しかしそれだけではないような違和感が、スライムの身体に感じられる。

 

(ん?これって、人間の頃にあったような、確か……()()()()()()()びっくり?)

 

《告。確かに精神体(スピルチュアルボディ)に何らかの影響が微量ながら確認されています》

 

そんなリムルの思考をよそに、入れ歯は眼前へと迫っていた。その時だった。

 

上空から冷気が入れ歯目掛けて降ってくると、一瞬にして入れ歯は氷の中に閉じ込められた。

 

「ま、こんなところですかね。リムルさん、大丈夫でしょうか」

 

降りてきたツヴァイは氷塊となった入れ歯を拾うと、すぐさま飛び去ろうとする。

 

「ま、まて!その物体って何なんだ!」

 

リムルの言葉に、ツヴァイは首を横に振る。

 

「アタシに()さっぱりです。じゃ」

 

ツヴァイはそれだけ言って飛び去った。

 

それをリムルは視界から消えるまで睨んでいた。

 

「アタシには……ね」

 

 

最近ジスターヴに作られた隔離施設。その場所は秘匿され、作った大工達にも目隠しでその場所にこさせ、知っているのはアニスとゲールのみである。

 

強固な魔鋼によってその部屋は作られており、結界も合わさって魔王でも破壊には時間がかかる強度となっている。

 

殺風景な真っ白な空間で、窓や隙間が一切ない、一個の箱の中のようになっている。

 

部屋の真ん中に置かれているのは先程ツヴァイが回収した謎の物質である入れ歯。氷塊になっているため動く気配は無いが、見ていると不安感を抱かせる。

 

部屋には二人だけ、アニスとゲールのみだ。

 

二人は直接転移してきた。扉がないから当然であり、それ以外に侵入手段は皆無だからだ。

 

アニスは氷塊の中の入れ歯を凝視する。バロールにも聞いてもだんまりであり、ゲールにこれが何か問いただす。

 

「なぁ、これって何なんです?」

 

「ん、あぁすみません。これの出どころ考えていたので最初に言い忘れてしまいました。これは偽神(デミゴッド)の肉の一部です。名はツァトゥグア。正直ヴェルダナーヴァに消滅させられたのだと思ってましたよ」

 

「ツァトゥグアね。肉の一部であんな化け物みたいになるんですか?」

 

途中からツヴァイに近くに行けと命じて、水晶で見ていた。何せ明らかに異様な進化をしていたのだから。よくわならない言葉を言っていたのもあり、感情があるのかという疑問やあの物質にはどれほどの力があるのか気になるところだ。

 

「活性化してないなら無害に近いですね。まぁだからといってそれを身体にくっつけるのは自殺行為ですよ。我ら偽神の肉体はヴェルダナーヴァによって直々に作ってもらったからね、魔人程度が使っていいものではない」

 

「なるほどね。その肉体って意思とかあるんですか?コウガくんめっちゃ自我崩壊してましたけど」

 

「あるにはありますね。ほぼほぼ魔獣に近い衝動のみですが。我ら偽神は肉体、精神、そして偽神核(デミマナス)で構成されています。デミマナス――こちらで言うなら究極能力(アルティメットスキル)でしたか、吾輩を例にするなら吾輩は肉体もデミマナスもない八割もありません」

 

ゲールの身体はドライアドに近い状態だ。弱々しい幽霊のようにも見え、魔素量も覚醒前の魔王程度だ。しかし八割もないはずなのに、あのミリムの攻撃を防いでいるのをアニスは目撃している。

 

「精神でそれとか怖すぎるな」

 

「偽神は精神にも能力――こちらで言うなら技術(アーツ)みたいに固有の力があります。吾輩の場合は防御力ですね。肉体にも同じように力が宿っているんですが、このツァトゥグアは捕食能力ですね。ちなみに言っておくとツァトゥグアは偽神の中では下に位置します」

 

「下で、それも肉片であれですか。ゲールの肉体にはどのような力が?」

 

「肉体は既にギィによって消滅させられてますが、確か宇宙空間を飛び回る程度でしたか。後大半の能力は世界に霧散してますね。どっかの魔物にでも残滓があるかもですね。能力は風系ですね。軽く海を巻き上げるくらいの」

 

「……なんかもうスケールがな。結局貴方達ってなんですか?」

 

「例外を除けば皆異界の化け物です。先程話した魔人と偽神の肉片についての続きですが、我らは魔素を必要としません。人間にも魔素がありますが、我らには存在しない。独力で風を出したり、炎を操れます。肉体も我ら専用に作られているため、魔素を持つ者には拒絶反応を起こしてしまい、下手な毒より猛毒の類です」

 

「……ヤバい。脳がキャパオーバーしてきた。今回の最後の質問をしま――」

 

アニスが喋るのを遮るように、氷塊がひび割れ、中のツァトゥグアの口がアニスへと襲いかかる。

 

「ウガァァァァ!」

 

「おっと」

 

ゲールはツァトゥグアの口を掴むと、それを無造作に透けた身体に押し込んだ。

 

「ウガガガガガ――」

 

みるみると口はゲールの中で溶け、ゲールの身体が少しばかり濃くなったような気がする。

 

「続きをどうぞ」

 

「お、おう。ごほん!貴方達って今世界にどれだけ生存してるのですか?」

 

「そうですね。吾輩が把握してる限りですと、殆どがギィやラミリス、他の魔王によって肉体が滅ぼされ、精神は魔素のある空間に耐えきれず摩耗して消滅、あるいは吾輩みたいに自我のない魔物としているのを除きますとですね――()()ですかね」

 

「ザパァと例のナイアかな?」

 

「ザパァは例外ですよ。あれは魔物と偽神の混血種。どちらかと言えば魔物に位置する半偽神です。ナイアは当たりです。で、もう一人と言う者は――今は()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

思ったより近場にゲールと同類のがいることに、アニスは驚愕するのであった。

 

 

ジュラの大森林の奥地、近づく魔物も魔獣もまずいない場所であり、そこには樹人族(トレント)という移動できないが強い力を持ったこのジュラの大森林の上位種族がいる。

 

「すみません。今回の首謀者に思しき鬼人を発見しましたが、思った以上の実力を持っていたため、討伐は諦めざるを得ませんでした。ドラゴニュートについては、敵対の意思はない、魔族ではないとのことです」

 

ドライアド、トレイニーはその中でも一際大きい、満開の花が咲き乱れる場所に存在する、あるトレントに報告をしていた。

 

容姿は幹から無数に枝分かれした根が生えており、その大きさは他のトレント以上の巨大さで、様々な普通ではない大きさの花が咲いており、見る者は誰しもが美しいと呼べる花樹だ。

 

その花樹より、声が発せられる。老婆の声だ。

 

「なるほどのう。見ておったが確かにあれはおぬしらでは手に余る。逃走は正解じゃったろう。もう下がると良い。リムルとやらのところに行ってやれ」

 

「はっ!」

 

トレイニーは花樹に了解の意を示すと、この場から消え去った。

 

いなくなったことを確認すると、花樹の花の一つから、一体の何かが落ち、綺麗に着地する。

 

「――くく、本当に面白くなってきたね。わしとしても見逃せん展開じゃ。まさかこんな世界に()()されて、同胞どもと相まみえる機会ができたとはな」

 

それは朱色の髪をたなびかせ、真珠色の肌を持った一糸まとわぬ、トレイニーよりも更に上の美しさを持った少女だった。

 

彼女はヴルトゥーム。ヴェルダナーヴァより授かった肉体を捨て、大きく弱体化しながら魔素を完全に我が物とし、偽神としての格を落とさずに今尚存在し続けている、デミマナスを所有する、正真正銘の偽神だ。

 

元よりジュラの大森林との親和性が高かったのもあるが、力に固執していなかったのも今も残っている理由だ。

 

ドライアドや他のトレントには、花樹人族(フラワートレント)という魔物として振る舞っている。

 

「ま、こちらからは会うつもりは無いんだけどね。わしはのんびりぐでっと生きていたいからの、争い事に巻き込むならぶちのめすつもりだけどね――聞いているかな?」

 

虚空を見つめる。返事は返ってこないが、満足したのかヴルトゥームは再び今の肉体である花樹に戻っていく。

 

「わしは安全圏でのんびりと、そなたらの結末を見てやるとするわ」

 

ヴルトゥームは争いを好まない。疲れるのもあるが、争いそのものに価値を見出させないためだ。前述の通り力に固執していなかったため、ある偽神の戦争にも参加せずに森に籠もっていた。

 

ヴルトゥームは己の精神の力、時間空間を無視した感知にて、現実とこの世界を両方見ながら怠惰に過ごす。

 

これまで通り、自身に危害が加わるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




トレントについてあまり言及ないしやっちゃえって感じです。あったらそれはそれで二次創作ってことで


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30話 魔王討伐の裏側で

AIノベリスト初使用回。一応チェックはしたつもり。


テーブルを囲み、その部屋にはアニスにカリオンとフレイ、そしてミリムがそこには集まっていた。

 

話す内容は今回成功した魔王誕生について、ミリムはそれをウキウキとした様子でアニスの報告を待っていた。

 

「それで? どうなったのだ!」

 

待ちきれないといった感じで身を乗り出すミリムの様子に苦笑しつつ、アニスは報告を始める。

 

「結論から言うならば成功しましたよ。ただ……」

 

「ん? ただ、なんなのだ?」

 

言い淀むアニスの言葉にミリムは訝しむ。

 

「いえ……なんでもありません。ともかく無事魔王が誕生致しました。もちろん前にも言ったリムルがです」

 

「おおー! それはめでたいな!!

無邪気に喜ぶミリムだが、すぐに表情を引き締めて問うてきた。

 

「しかし、魔王種とはいえ魔王の誕生か。ふふふ……」

 

ミリムが何か企んでいるが、既にアニスには考えがあった。ミリムにとっていい考えが。

 

アニスがそれを口にする前に、今まで沈黙していたカリオンが口を開いた。

 

その顔は不敵な笑みを浮かべている。

 

「なぁ、なら俺の部下をそのリムルってやつのところに行かせられないか?」

 

「ふむ……確かに可能ではありますが、何か考えがあるんですね?」

 

この魔王誕生計画の前に、アニスはジュラの大森林の不可侵条約を解除している。ラミリスとディーノ、そしてミリムの自身を加えた四人の賛成で受理され、いつでもジュラの大森林に入れる。

 

ちなみにラミリスとディーノには魔王誕生計画は話していない。

 

「ああ。俺はそいつを部下にして、鍛え上げるつもりだぜ」

 

やはりかとアニスは納得すると同時に呆れたように溜息をつく。本来の目的は教えていないとはいえ、やはり直情的な考えだ。

 

「貴方らしいといえばそれまでですけどねぇ……。まあ良いでしょう。好きにしなさい」

 

「おう! 任せろ!」

 

「ただし、部下にはやり過ぎないようにお願いしますよ」

 

釘を刺すアニスだったが、カリオンは聞く耳を持たないようで、「大丈夫だ!」と野性的な笑みで言いながら部屋を出て行った。

残された三人は同時に溜息をつく。アニス的には本来の流れから外れていないため、むしろ喜ばしい提案だった。部下には悪いとは思うが。

 

「……一応監視にミュウランを向かわせます。それとミリム、貴方も行きたそうにしていますね」

 

「うぐ!……だって仕方ないではないか! あのリムルとかいう奴に興味あるのだ!!」

 

「はいはい。わかりましたから大人しくしててくださいね」

 

はしゃぎ回るミリムを見て、アニスは苦笑しながら宥める。

 

「全く……これじゃどっちが年上なのかわからないですね……」

 

「あー!疲れたー!」

 

そのような大声と共に、アインが扉から姿を見せる。

 

その顔には疲労の色が見えていた。

そんな様子を見て、アニスは苦笑しつつ労りの言葉をかける。

しかし、次の瞬間には表情を引き締めて問うてきた。

 

「お疲れ様の様子だけど、ただの監視では無かったようですね。何がありましたね?」

 

「あぁ、大将、実は――」

 

 

今から数時間前、リムルがオーガディザスターを討伐、捕食していた時間、オーガの里の牢で、里長は静かに他のオーガ達と共に助けを待っていた。

 

だが、一向に助けが来る気配がない。息子は何をしているのかと、無事なのかと思い、焦燥感を覚え始めた頃、唐突に牢の鍵が開けられた。いや、切り裂かれた。

そして、現れた人物を見た里長とオーガ達は絶句した。

 

「こんにちは、皆さん。今日はいい天気だねぇ。こんな日に外に出れないなんて、本当に可哀想だよねー」

 

鎌から鮮血を溜らせながら、赤いドレスの人間の少女は何気なしに、まるで友人と世間話をするような愉しげな表情と雰囲気を出しながら、隠す気のない殺気を漂わせて語りかけてくる。

 

「あ、貴女は一体誰ですか?」

 

里長が声音が震えつつ問い掛けると、クイーンはケラケラ笑うと答えてくれた。

 

「あはははは! あー、面白い! 貴方達が誰かって質問だっけ? うふふ、いいよ、答えてあげる」

 

そう言うと、楽しげな様子のまま、その顔からは想像出来ない程の威圧を放ち、告げた。

 

「わたくしはクイーン。一応は東の帝国に属しているのかな?そこでわたくしは拷問殺戮解剖を嗜む者だよ?あ、君らを殺すのは遊び半分だけどね」

 

「ひぃ!」

 

恐怖に染まった声を上げるオーガ達に、クイーンは優しく微笑みかける。

 

「うふふ、安心してよ。別に取って食おうとか思ってないんだ。ただ、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだよ。あのさ――」

 

そう言いながらクイーンは鎌を笑顔を保ちながら鎌をオーガの長へと振るう。その首を狩ろうとするそれは――届くことなく、赤い雷によって弾かれた。

 

「随分と……気色悪い雰囲気出してんじゃねぇか。お前」

 

「あら、これは失礼しました。でも、いきなり攻撃してくるとは思わなかったですわ。貴方、何処のどなた?」

 

「俺はアイン。こいつらの監視を任されていた者だ。」

 

その言葉に、そのドラゴニュートの姿に一瞬驚いたような表情を浮かべるもすぐに元の表情に戻り、その瞳には先程までの狂気はなく、ただただ無邪気に好奇心に溢れていた。殺気は倍になっているがまるで子供のように目を輝かせて、鎌を構える

 

「へぇ……監視役ね。つまりこの里のオーガ達を皆殺しにしても文句言わない立場の人ね?」

 

その瞬間、アインの身体から魔力が立ち昇る。その顔にはクイーンと似た笑顔が浮かんでいる。

 

「あぁ、そうだ。だが、お前が俺より強ければの話だがな!」次の瞬間、二人は同時に動き出した。

 

「はあああっ!!」

 

先に動いたのはクイーンだった。その手に持った鎌で斬りかかるが、それをアインは片手で受け止めるとそのまま掴んで振り回す。

 

「きゃっ!?」

 

悲鳴を上げつつも空中に飛んで着地すると、今度は鎌を横薙ぎにして放つが、それも受け止められてしまう。

 

「どうした!そんなもんかよ」

 

挑発するように言うと、それに反応するかの様に笑みを深くしながら、鎌をられたまま、クイーンは距離を詰めて殴りつける。

しかし、それを軽々と避けるとは蹴りを放つ。だが、それは手で防がれてしまい、逆にアインは反撃を受ける。

 

「ぐっ!」

 

「あはははははは!!!やるじゃない!貴方も鬼人なの?」

 

「違う!俺はドラゴニュートだ」

 

その返答にクイーンはわかっていたかのように笑い出す。

 

「あはははははは!!!!!やっぱりそうよねー!貴方、他とは違うドラゴニュートだよね。変異種ってやつ?」 

 

「……知らん」

 

「え?知らないの?まあいいわ、それよりさ……」そう言うと、再び鎌を振るい、届く前にアインは赤い雷を手から放射し迎撃する。雷と鎌がぶつかり、火花と共に二人の距離は離れる。

 

クイーンは衝撃でよろめき、わざとらしく頬をふくらませる。

 

「うわっとと、危ないじゃん。急に何するの?」

 

「そっちこそ、勝手に話を進めるな。ここに来た要件を言え」

 

「え?無いよそんなの。魔物じゃまったく満足できなかったから手頃なオーガぶち殺したくてきただけだよ」

 

クイーンはキョトンとした顔で言う。その様子にアインの顔に青筋が浮かぶ。

 

「やっぱお前嫌いだわオレ」

 

「わたくしは貴方のこと大ッッ好き♡」

 

二人の間に凄まじい魔力と殺気が渦巻き、周囲の空間を歪ませていく。

 

「……死ねェ!!!」

 

アインはクイーンに向かって飛び込むと同時に拳を繰り出す。

 

クイーンはそれを鎌の柄の部分で弾き、そのまま鎌を振り上げるが、それを察知していたのか、アインは既に後ろに跳んでおり、回避する。

 

クイーンはその様子を見て楽しそうな笑顔を浮かべながら舌なめずりをする。

 

「うふふ、本当に面白いわね貴方。今まで戦ったドラゴニュートは全然相手にならなかったけど、貴女なら退屈しないで済みそうだわ」

 

「そりゃ光栄だ。で?もう終わりか?」

 

「まさか!ここから本番よ!!」

 

クイーンは再び鎌を構えて走り出し、それに合わせてアインも駆け出す。そして、お互いの距離が縮まった瞬間、クイーンは鎌を横に振るが、それに合わせるように拳を突き出す。

 

二人の攻撃がぶつかる瞬間、クイーンの動きが静止されアインも動きを止めてしまう。

 

(クイーン。遊びすぎじゃないかな)

 

「……ちぇ、これで終わりですか」

 

クイーンは脳内の声の帰還の意味を持つ言葉に従い、牢から出て、帰ろうとする。

 

「まて!何帰ろうとしてるんだ」

 

アインの問いに、クイーンは我慢するように口元を震わせながら答える。

 

「門限ってやつだよ。まったく、これからが愉しいってときに水をさされたね。じゃね、アインくん。また会える日を楽しみにしてるねー」

 

そう言ってクイーンはまるで吸血鬼のように蝙蝠が現れて、覆い隠すと、散ったその時には姿は無かった。

 

「……何だったんだよ。本当に」

 

 

 

「……なるほど、そんなことがあったわけね。で、その男は何なんです?」

 

アニスにそう言われて、男は姿を見せる。

 

「はじめまして。儂はオーガの里長をやっていた者です。アイン殿に無理を言って、儂のみ貴方様の配下に加えりたく参じました」

 

 

一瞬アインを睨みつけた後、アニスは里長に問う。

 

「……ほう、それは何故だ?」

 

「儂は弱い。だからこそ、息子達と離れ、強くなりたいと思い立った次第です」

 

「ふむ……」

 

アニスは思考する。

確かにオーガとしては強い。進化して、鍛錬を積めば少なくてもアインと並べるほどには。

 

しかしそれが何時になるかはわからない。それならば、ここで手っ取り早く強くさせるべきかもしれない。

 

名付け。それで何処まで強くなるかで配下にするか決めても良いだろう。

 

「わかりました。では名付けによってどれだけ強くなるかで決めさせてもらいます」

 

「おお!!ありがたき幸せ!!」

 

「では、名前を決めましょうか」

 

アニスが考える素振りを見せる。

 

「では、貴方の名前は……。赤陽です」

 

その瞬間、アニスから多量の魔素が族長に流れていき、進化が始まる。

 

ベニマルと似た進化であり、体躯は小さくなり、野性味が薄れた丹精な顔立ちに、しかし違う点もある。

 

角は炎のような模様がつき、魔素量はアインに近いレベルにまで上がっている。

 

「……お眼鏡に叶いましたか?」

 

「ふむ……うん、合格だよ。赤陽、思っていた以上だよ」

 

こうして、アニスはオーガの里長、セキヨウを配下に加えた。予想外ではあるが、これだけの強さなら鍛えれば十分戦力に入るだろう。

 

アインにはセキヨウの指南役をしてもらい、命令外すぎることを行った罰を与えられることとなるのだった。




(´・ω・`)思ったより最初からまともな文面が多くてびっくりしたわ。キャラクターノートとか脚注を使用したとはいえ。

あ、次、転スラとしての時間軸が結構飛びます。


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番外 クリスマスイブの雪?合戦

(´・ω・`)ノベリスト執筆、自分監修


ある日の12月。雪が大量に降り注いで白一色となった人形国家ジスターヴ。雪かき作業で励む大人達、雪で遊ぶ子供達、この世界においても珍しい大雪の日の朝に、アニスの配下であるウルティマとアイリーンとはいうと――めっちゃ遊んでいた。

 

二人は仲良く雪合戦ならぬ氷玉投げをして遊んでいて、お互いの顔を狙っていた。

 

ちなみに二人とも魔法を使っていないがゴリラ顔負けの握力のせいで雪が氷玉となっており、もはや遊びではなく、れっきとした物理攻撃だ。

 

広場に氷玉の破片が散らばり、いくつかが建物に当たっており、めり込んでいる。

 

「ふっ……まだまだですね」

 

「あーもう!!また負けた!!」

 

ウルティマの顔に氷玉が勢いよくぶつかり、下手な魔人なら顔が吹き飛ぶ威力だが、ウルティマはなんとも無さそうである。どうやら今回はウルティマの敗北らしい。悔しそうにして地団駄を踏み、頬を膨らませる。

 

そんな様子を横目に見ながら、もう一人の配下であるアイリーンは涼しい顔をしている。

 

「あら?まだやります?」

 

挑発するように言うアイリーンに対して、普段では見せないであろうウルティマは更に怒りを募らせていく。

 

「当たり前じゃん!」

 

そして再び戦いが始まる。今度は先程よりも激しい攻防が繰り広げられており、お互いに一歩も譲らない状況だった。しかし、徐々にウルティマの方が押され始めてきたのか劣勢になり始めたようだ。

 

(くそぉ~こうなったら……)

 

何か思いついたようで、ウルティマは手を叩いて背中から羽を生やし、それらを手にして雪を掻き集め、巨大な雪――氷玉が出来上がった。

 

「これでも喰らえぇえ!!!」

 

それを思いっきり投げる。もはや最初に言っていた顔に当てれば勝ちというルールは何処に行ったのか。

 

大きさに豪速球のスピードで飛んでいく様は大砲だ。

 

それを見たアイリーンは不敵に笑い、右手を前に突き出す。すると手が悪魔のような黒い巨腕となり、巨大氷玉を軽々と掴み、粉々にした。

 

「はい終わりですわね」

 

余裕綽々とした態度を見せるアイリーンを見て、ウルティマはさらに怒ったように歯をギリギリと鳴らし、羽十二枚を手にして、十四の手で氷玉をむちゃくちゃに投げまくった。

―――結果は言わずもがな、アイリーンの勝利だ。

 

雪も殆どなく、三本勝負だったはずだが二回アイリーンの連勝で、幕を閉じた。

 

 

罰ゲームとして提示されていたのはケーキ作り、ウルティマは一人大きなホールケーキを作ろうとしていた。

 

「ふんふふ~ん♪」

 

鼻歌を歌いながら楽しげに材料を入れている姿を見ると本当にあの残酷な性格なのか疑うくらい無邪気に見えた。負けたのに思ったよりノリノリである。

 

「…………」

 

一方、アイリーンは無表情のまま黙って見ているだけだった。

 

ちなみにこの世界において砂糖は非常に貴重品である。失敗は一応許されているが、本人はアイリーンにほくそ笑むのが目に見えているため失敗する気はない。

 

「ふふふ……ふっふっふ……見ててねリーン。君の驚く顔が目に浮かぶよ……」

 

ニヤリと笑うウルティマ。作るケーキはフルーツケーキ。取り寄せた新鮮な獣王国の果物を使用するケーキで、ケーキ本体もどれもアニスを半ば脅迫して用意した最高級品で作られる。

 

ウルティマはこれでも割と何でもできる。ケーキの作り方は本を読み込み、あまりしない練習をしてプロでも通用するレベルにまで上がっている。

 

ケーキのはつつがなく丁寧に進んでいき見事なケーキが出来上がった。しかしここで一つ問題が発生した。

 

「……あれ?これどうやって運ぶ?」

 

そう、あまりにも大きすぎるため、このままでは運べないのだ。

 

「わぁ驚きました。そんなことも考えずに作っていたなんて……ふふ」

 

アイリーンはほくそ笑む。ウルティマはどうしようかと頭を悩ませていると、そこにアニスが姿を見せる。

 

「私が運びましょう」

 

「え!?いいの!?」

 

ウルティマは目を輝かせて言う。本人もこれだけのケーキを無事に運び出すのは難しい。だがアニスは転移する術があるため、ケーキなどすぐに食事場に持っていける。

 

「じゃ、ほいっと」

 

 

ケーキは無事に食事場に食事場の中央に置かれ、五本指と三龍、アニスとウルティマとアイリーンはクリスマスのための料理をテーブルに並べ、食事が始まった。

 

アニスは食事をしながら、ウルティマとアイリーンにプレゼントの話をする。

 

「本来はイブではなく、明日のクリスマスに配るんですが、まぁサンタ、というのもこの世界にいるか怪しいから、これらを渡しておく。他の者は後ほどね」

 

アニスは指を弾くと、アイリーンとウルティマの膝の上に、プレゼント箱が落ちてくる。

 

「中身は貴方達が望んでいた物ですよ」

 

「あ、ありがとうございますアニス様」

 

「ん、ありがとうねアニス様。本当なら威勢のいい人間が良かったけど」

 

ウルティマはチラリと横目でアニスを見る。

 

「いや生きた生首は入ってないよ。割と普通のやつ」

 

「あはは!冗談だよ。ま、ありがとうねアニス様」

 

「どういたしまして」

 

こうして、ジスターヴのクリスマスイブは、過ぎていくのであった。

 




クリスマスにも投稿されるかは未定


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番外 大晦日のクイズ大会

(´・ω・`)途中から更新が滞ってすみませんでした


年末も年末、三十一日。 

 

魔石を使用したコタツの中で、みかんを頬張りながらウルティマはダラダラとし、アイリーンは座椅子に腰掛けながら本を読み進めている。

 

この二人にとって大晦日とはそんなものだった。

 

「……」

 

しかし、今年の二人は少し違うようだ。いや、いつも通りの小さな争いなわけだが。

 

さっきまでだらけきっているはずの二人が真剣な眼差しで五十年前にミュウランとジスターヴの研究員達の研究の結晶であるテレビを見つめていたのだ。

 

なんでも魔法の水晶を画面に使っており、値段は下手な下級貴族の財産に匹敵するという最高級品だ。

 

内容はと言うと――アニス主催のクイズ大会だ。

 

『では問題です』

 

テレビの画面から声が流れてくる。

 

『ある男がいました。男はある日突然、妻を失いました。男の妻が死んだ理由はなんでしょう?』

 

「うわ思ったより愉しそ――げふん、クソ重いのが来たわね」

 

「……ふむ」

 

アイリーンが本を閉じて腕を組む。

 

隣に座っていたウルティマが身を乗りだして、テレビを見やる。

 

そして数秒後、ウルティマが答えを口にする。

 

「病気?」

 

『病気ですか?』

 

『正解!』

 

回答者の答えに、クイズ番組の司会者が笑顔を浮かべて拍手をする。

 

「へぇー意外と簡単だったじゃない?これなら私でも解ったかも」 

 

「そうですね、これは簡単な部類に入りますね。ま、アニス様が考えたにしては簡単すぎる気はする答えですがね」

 

『では●●さんには●●ポイント加算されます。それでは次は計算問題です』

 

太鼓のドドンという音と共に、次の問題が提示させる。かなり複雑な数式であり、参加者には数学を得意とする者がいるにも関わらず、頭を悩ませながら紙に書いて答えを出そうとしている。

 

「うーん、これは僕でも少し」

 

「●●●ですね」

 

アイリーンはそれを暗算で答えを口にし、ウルティマも流石に冷や汗をかき、驚いた様子を見せる。

 

「いや、早すぎない?」

 

「ウル、貴方は?」

 

「あ、うん、同じく●●●だけど」

 

『答えが出揃いました!答えは――●●●!』

 

アイリーンが答えた数字と同じであり、回答者には一人も正解は出ていなかった。

 

「残念でしたね。ワタクシと貴方でとりあえず一つですね」

 

「むぅ……」

 

「ふふっ」

 

「……次!」

 

その後も問題は一進一退に答えていき、最後の問題へと差し掛かった。

 

『では最終問題です!これはアニス様が問います』

 

『えー、アニスです。では問題です。二人の友達がいました。二人は最初こそ険悪な雰囲気を出していてましたが、時間が経つにつれ仲良くなっていきました。二人は共に強く、切磋琢磨していき、いつしか楽しげに戦い合いました。さて、一人は長年の経験、一人は類稀なる才能、どちらが勝ち越すか、お答えください』

 

「……」

 

「……」

 

二人、アイリーンとウルティマは沈黙し、考えにふける。テレビで答えが出る直前、アイリーンとウルティマは同時に答えを出した。笑みを浮かべて。

 

「「それは無い」」

二人は同じ答えを言ったことに驚き、顔を見合わせる。

 

「……なんだ、もしかしてワタクシとずっと拮抗してるのがお望みですか?」

 

「そのほうが楽しいからね」

 

「同意見です。で、答えは……」

 

『えー、正解者0ですね。では優勝者を発表します、優勝は――』

 

アニスは指を弾き、アイリーンとウルティマは地面が消えたかと思うと、テレビの向こうの会場まで転移させられていた。

 

「え!あ、アニス様?」

 

「なに?覗き見が趣味だったのかな?」

 

「仕方ないだろう。貴方達が一番正解率が高かったんだから。では優勝賞品だ、受け取るといい」

 

集まった人々からの若干のブーイングを無視して、アニスは二人に優勝賞品を渡したのであった。

 

 

「……さて、そろそろか」

 

アニスは鐘の前で、配下達と共に新年を迎えようとしていた。

 

「……何故、この服なのか」

 

アニスの服装は似合いはしてるが女物の着物だ。新年に着るものだがメイド達にこちらを勧められ、嫌嫌ながら着てきた。

 

「はぁ、まぁいいか」

 

時計が進む。

 

3 2 1――

 

「ハッピーニューイヤー!」

 

皆に教えたその声が響き渡った。

 

新たな年の始まり、アニスは近々くるリムルの物語に、心を躍らせるのであった。

 

 

 

 



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31話 アニス・スワンプ

クソ遅投稿失礼しました。

かなりの人に忘れられてそう




ブルムンド王国

 

人口百万人足らずの小国で、大都市は王都のみとなっている。そこにある目的のために、リムルは案内のもと向かっていた。

 

自由組合総帥(グランドマスター)

 

ギルドという冒険者の組合を統括する組織のトップの役職であり、ブルムンド王国にいるその人物に会うためにリムルは恩人の形見である仮面に触れながら、リムルは自由組合総帥のいる部屋までたどり着く。

 

リムルは呼吸を整え、ノックをしようとした瞬間、「入っていいよ」という、軽い声がドアの向こうから聞こえた。

 

「……じゃ、入らせてもらおうかな」

 

リムルはドアノブを捻り、ゆっくりと部屋へと入っていった。

 

内装は思ったよりも硬派というわけではなく、何処かで見たようなグッズに似た物が棚に並び、快適な空間が広がっている。ソファーで挟まれたローテーブルの左側には一人の男が優雅に何かを飲んでいた。

 

長く、綺麗な日本人特有の黒い髪を束ね、着崩したワイシャツの下の身体は鍛え上げられた筋肉が見える、偉くなっても鍛錬は欠かさずやっているようだ。その表情からは気苦労や悩みを感じさせない薄い笑みをたたえ、陶器のカップをテーブルに置くと立ち上がり、リムルを出迎えた。

 

「ようこそ、リムルくん。僕は……アニス・スワンプ、訳あって自由組合総帥を任された者だ」

 

アニス・スワンプ?リムルは全く初耳の名前に困惑を覚える。ユウキ・カグラザカ、それが聞いていた名前であり、会ってきた人達が嘘をついていた様子は無かったわけだが、目の前の男もまた嘘を言ってるようには見えないと大賢者――リムルの最初の頃からの相棒でありユニークスキルの結論も言っている。

 

「どうしたのかな、まぁとりあえず座るといい、敬語は不要だ」

 

「あぁ、そうさせてもらう……その前にこの姿は見せておかないとな」

 

リムルはその身体を溶かし、一瞬で真の姿であるスライムへと変身する。スライム体になりすぐに何が起きても対応できるようにスキルをフルで使い、アニスの反応を待つ。

 

「ほう、人間の姿から予想はしていたが、本当にシズさんを取り込んだみたいだね」

 

リムルは一切驚くことも怒る様子のないアニスに逆に驚かされる。人が違うとはいえ、これでもここに来るまでにどんな反応をされても攻撃を防ぎながら説得するつもりだったが、杞憂に終わったことにリムルは緊張を解いた

 

「受け継いだと言ってほしいな。よっと」

 

リムルは再び人間態へと変身し、反対側に腰を下ろすと、仮面をテーブルへ置く。

 

「それにしても、シズさんがどうなったか知ってるとは思わなかったな」

 

「貴方もよくご存知の方達から言伝だよ。それにすぐ怒り散らすのは浅慮ですし、わざわざ会話を挟む悪者はそういないでしょう……し!」

 

アニスは何処から取り出したのか刀を振るう、その先にはリムルの首。リムルはそれに反応せず、刀はそのまま――首筋に触れた辺りで止まる。

 

「避けないんですね」

 

「あぁ、ある人から殺意の無い攻撃(フェイント)と、ある攻撃の違いを叩き込まれたからな」

 

嘘である。いや、確かにハクロウから教えられていたが、ハクロウのどの攻撃もわざとらしいフェイントはなく、殺意の切り替えも一瞬過ぎて避けられたのは5回に1回とまだ完全にわかってはいないのだ。先程完全に警戒を解いたため大賢者も使えてなかっため、下手したら死んでいたためリムルの脳内はガクブルで冷や汗をかいている自分がいた

 

「ふーん、ま、いい。じゃあまずは軽い雑談でもしようか」

 

アニスに促され、リムルは雑談を始める。ここまで来るまでの道中で起こったこと、この国に来て美味しかったものなど当たり障りない話が続いていく。

 

「というかアニスさん、あなた髪が日本人みたいだたからてっきりユウキカグラザカだと思ったよ」

 

「あぁ、いや間違ってはいないな。アニス・スワンプというのも偽名でね、本名はリョウマ・アケザワ、ま、転生してるからあながち前者の名前も本名?あとこの髪は気分で黒髪にしてるのと日本人ってわかりやすいだろ?」

 

「おぉ!あなたも転生していたのか!」

 

人間から人間になったとはいえ、同じ転生者に会えて気分が高揚する。

 

更に会話は弾み、両者の死因の話になっていく。片や部下を守っての死、片や部下の妬みが原因での、それもほぼ自業自得の死。

 

リムルはアニスの自身の元の世界での行いの後悔を黙って聞いていた、自分ももしかしたら通り魔が現れずに彼女持ちということで妬み、どこかで対応を間違っていれば――いや、そんなこと考えていても気持ちが沈むだけだとリムルは嫌な考えをすぐに思考の外に追いやり、アニスの話に耳を傾け続けた。

 

話を終え、アニスは清々しい表情で伸びをした後、手を重ねてソファーに深く腰掛ける。

 

「……ふぅ、いやぁ吐ききったよ。同じ転生者ってまず会う機会が無かったからね。さて、本題にそろそろ入ろうか」

 

「あぁ、そっちから振ってくるってことは」

 

「うん、シズさんの教え子達のことでしょ。ユウキの名前が出てきた辺りでそうだろうとは思ったよ」

 

そうしてアニスは今死へと向かう子供達のことの話し、リムルを新たな先生として託したのだった。

 

○ 

 

リムルがドアの向こうへと消え、アニスは足音が完全に聞こえなくなった辺りで、指を弾いた。

 

その瞬間、部屋の空気が一変し、窓から見える景色が極彩色となり、淀んだ色が部屋を染め上げた。

 

「いやぁ、嘘がお上手だね、アニス」

 

明らかに普通ではなくなった部屋に、先程リムルが入ってきたドアから一人の何者かが入ってくる。

 

黒いフード付きローブで全身を隠し、仮面までつけたいかにも正体を隠してますといった服装に声まで無機質、しかしその話し方はフランクで、友達に会ったかのような手を上げる仕草でアニスの前に現れた。

 

「別に間違っていないでしょう?自由組合総帥を任されたのも本当、アニス・スワンプも偽名だし、リョウマ・アケザワという名前も実質本名、ま、転生ではなく憑依なんですが別に誤差でしょう」

 

「よく言うよアニス、アニス・クレイマン、魔王の一人が人間として暮らしているなんてさ」

 

その者はリムルがいたアニスの反対側のソファーに勢いよく腰掛け、ローブと仮面を脱ぎ捨てた。

 

その下からは短い黒髪にあどけない少年のような顔立ちの男が出てくる。薄い笑みを浮かべているが、アニスとは違った圧を感じる。

 

最も、それよりも気になるのは首筋だろう。首には一周するほどの傷跡がついており、明らかに即死、生きている人間がついているはずがない傷だ。

 

姿を見せたその人物にアニスはわざとらしく驚きの表情を作り、じっと顔を見つめる。

 

「おぉキミはユウキ・カグラザカ。自由組合総帥で冒険者シズの教え子、突如行方不明、いや片腕が見つかったことから死亡として扱われギルドはそれを隠すために私に新たな自由組合総帥を任せた。ということになってるんだっけ」

 

「やっぱ嘘つきじゃん」

 

「いや事実でしょ。だってユウキ、あなた()()()のだからさ」

 

「あはは!ま、そうだね――さて、東の帝国についてだけどさ――」

 

笑みを消し、ユウキは淡々と話し始める。できるだけ早口で、深刻そうに。

 

この空間はアニスの力で作られた完全に隔離された部屋。

 

その存在は配下にすら明かさず、この場の二人だけの秘密になっている。

 

アニスとユウキ、二人は内密に東の帝国について調べていた。

 

――この異常な世界で最も異常なことになっている帝国について。

 

 

 

 




次の投稿は……転生したらスライムだった件の映画視聴後?


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32話 意外と快適な窓際人生

久しぶりに創作意欲が湧きました(´・ω・`)転スラ映画は見に行く予定


「この資料は……こっち、この損害賠償請求は……こっちでしたか」

 

クレイマン……それも本来のクレイマンは用意された執務室で仕事を淡々とこなしていた。

 

「はい、追加よクレイマン」

 

そろそろ仕事に終わりが見えてきた辺りで扉がノック無しに開かれ、さらなる分厚い紙が机に乗せられる。クレイマンは持ってきた女を睨むが、前とは違い女には余裕で満ちた表情をしている。

 

「ミュウラン」

 

「さんで呼びなさいよクレイマン。あなたはもう魔王でもないただの配下の一匹、私は五本指……いえ、十指将(じゅっししょう)の一人、右薬指(みぎやくし)のミュウランなのよ」

 

「私は認めた覚えはないのだがね」

 

「あなたの是非は知ったこっちゃないわね。じゃあ残りも終わらせておいてね。私は研究で忙しいのだから」

 

ミュウランはそれだけ言うと、軽い足取りで部屋から出ていった。

 

クレイマンはミュウランをほぼ無理矢理働かせてきた罪悪感のもあり、時間が経って冷静になったのもあって悪態は吐かずに再び仕事に励みだす。

 

あれから現状を理解し、カザリームより命じられた魔王の座が奪われて一度は怒り狂うことはあったが、仲間からの言葉で今はアニス配下の末席として働いている。

 

「はぁ、もう遅い時間なんだよなぁ」

 

首を鳴らし、伸びをするとパキパキと小気味よい音が身体のいたるところから鳴る。

 

徹夜を覚悟し、クレイマンは頬を叩くと再び仕事に専念しようとしたとき、今度はノック音が聞こえてくる。

 

「入れ」

 

ゆっくりと扉が開かれ、入ってきたのはまたもや顔見知りの人物。

 

「お、お手伝いしようと参りました」

 

「ピローネ!?もう私はあなたのは配下ではないんですよ!」

 

右小指のピローネ、索敵を主な仕事としている戦闘能力においては最弱に近い。しかしピローネもまたクレイマンよりも偉い立場なのは確かだ。

 

「関係ありません。私はクレイマン様に拾われた身です。今目の前にいるクレイマン様が私が慕う人物なんですよ」

 

「おう!俺だって同じ気持ちだぜ!」

 

「「俺っちも!」」

 

「うるさいよお前ら!」

 

ピローネの後ろから3匹の鳥の魔人が出てくる。彼らもまたピローネとともに拾われたこともあり忠誠心はなかなかだが、少し頭がわる……いや直情的なのが短所ではある。

 

「ふぅ……まぁいい。早いところこの仕事を終わらせておきたかったからな」

 

 

なんとか日が変わる前に仕事を終わらせ、クレイマンは優雅にティータイムを始めた。

 

「どうぞ、クレイマン様。今日の茶葉はいいものが手に入りました」

 

柔和な笑みを浮かべ、ティーポットから綺麗にカップに茶を注ぐその人物はエヴァ、メイドの一人ではあるが、その実力はクレイマンよりも高く、本来ならアイリーンに次ぐ、副メイド長につく予定ではあったが、本人はそれを辞退し、クレイマンに仕えるメイドという地位についている。

 

「ありがとうエヴァ……ふぅ」

 

すっきりとしたほのかな甘みが口に広がる。クレイマンの好みを把握している味である。

 

「――思ったより快適なんだよな」

 

クレイマンは当初、どんな奴隷生活が待っているのかと震えていたが、仕事は書類仕事、今日のようなイレギュラーはたまにしか来ず、本来は定時10分前には終わる量であり、ちゃんと食事は魔王の頃に比べるとグレードは下がりはするが、ワインも出るし食事もリクエストをほぼ受け付けるのでストレスは溜まらないどころか、むしろ魔王としての重責が消えて、クレイマンが口にした通り、快適なのだ。

 

「エヴァ、お前が進言でもしたのか?」

 

「いえ、全てアニス様が決められた待遇です。ラプラス様などからもありませんよ」

 

「なるほどなぁ……いったい何を考えているんだ、アニス」

 

「特に何も?貴方のこと気に入っているっていうそれだけの理由だよ」

 

突然、クレイマンの背後から声と気配が現れ、飲んでいた茶をクレイマンは吹き出した。振り返り、そこに立っていたのはクレイマンを幼くしたような鋭さに丸さを帯びた顔立ち、服装はそこらで売っている洋服を着こなしているが、そのオーラは下手な魔人なら呼吸を忘れるような圧迫感を放っている。現魔王、アニス・クレイマン、彼は薄い笑みを浮かべていた。

 

「アニス……いきなり現れてなんのようだ」

 

クレイマンは強く睨みつけるがアニスはそれを意に介さず用事を話す。

 

「あぁ、そんなに身構える必要はないよ。それに貴方にも少しは利がある話だから」

 

「なんだ」

 

「――クレイマン、魔王になってみない?」

 

「……はぁ!?」

 

アニスのその発言に、クレイマンは素っ頓狂な声を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて……ほとんどオリキャラ覚えていない


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