ボク、ピーマンが好きなんだよね (灯火011)
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始まりは馬ですか。そうですか。

ピーマンイズワンダフル


 物心ついたときには、馬であった。

 

 確かではないが、私はどうやら前世の記憶があるらしい。とはいっても、頭の遠くの霧の向こうに、二足歩行で生活していた記憶があるぐらいだ。故に、物心はあれど馬であることに変わりはない。

 

 はたと自分の何かに気づいたときには、既に母親から離され、飯を食っていた時だ。

 

「牧草とはカツ丼に比べてなんて味気ないモノか」

 

 そう思ったときに、はて、カツ丼とはどんなものだったのか。首を傾げたときに、どうやら私は2度目の生を受けたらしいと気が付いた。ただ、それまでも、そして今現在も、一切合切馬としての生活に違和感など覚えていないあたり、もう私は完全に馬である、と言って良いだろう。

 

 ブラッシングを受けて、併せ馬を行い、蹄鉄を交換し、馬の装備を付ける。

 

 実にどうってことのない日常である。ただ残念なのは、人間の言葉が一切理解できないのだ。何か音を発しているのまでは判るのだが、どうもその先の言葉としてとらえることが出来ない。ただ、なんとなく『サラブレッド』だの、『中央で』などのニュアンスは判るため、自分はどうやら競走馬、つまり競馬で金を背中に乗せて走る可能性があるという事は判ったのだ。

 

 とはいえ、目下私に出来ることは無い。強いて言うなれば、人間の言う通りにトレーニングを行うことぐらいであろう。また、馬の装備については暴れる同胞もいたが、私は腐っても人間であった。大人しく一発で装備を付けられたことに、人間が驚いていた事は少し面白みを感じたものである。

 

 そのかいもあってか、併せ馬、つまりは先輩の馬との競争も他の馬より人一倍…この場合は馬一倍と言っていいのだろうか?少し脱線したが、量を熟している。合わせて牧草の食う量も増え、私の体はおそらくデカくなっていっているはずだ。鏡が無いからそこらへんは不明であるが。

 

 まあ、ただ、やはり馬に負けるわけにはいかないわけで、基本的には全部併せ馬は競り勝った。危うい場面もあったが、そこはただの馬ではない。気合と根性を四つ足にぶち込んだだけだ。案外何とかなるものである。

 

『若いのにお前速くね?』

 

 馬の言葉も判らないが、なんとなくニュアンスで感じたのはコレである。項垂れつつ小さく嘶いた馬に。

 

『申し訳ねぇ…』

 

 そう気持ちを込めて嘶いたところ。 

 

『いいってことよ』

 

 そう返された気がした時もあったものだ。

 

 ただし、今後この無茶はなるべく行いたくはない。なにせサラブレッドという競走馬はケガが多い。無茶にフルパワーを出してしまってはケガのリスクが多くなる。8割ぐらいの力で、10割以上の速度を出せるように考えながら走らねばならない。

 

 あと、他の馬を見ながら自分のフォームを見ていたところ、どうやら体の柔軟性が私は高いらしい。足元…いや、前足…?前の腕…?ううん、いまいち人間の感覚で言うと難しいところだが…歩くたびに手首足首が地面についてしまいそうになるほどに柔らかい。走っていても同じで、どうやら私の体は足が他の馬よりも大きく動かせるようであった。他の馬よりも大股で進めて速いと自覚をしている。

 

 ただし、その分、脚を地面につける際の衝撃が大きいはずなので、まさにそこを改良していかなければならないであろう。

 

 他の馬にはできない芸当ではあるが、私は残念ながら二度目の人生…馬生?なので、そこは経験を生かさせていただこう。とはいっても簡単なことだ。全力を出せばケガの可能性が大きくなる。なのであれば、その全力を最後に出せばいいのだ。

 

 『スパート』を『フォームの変化』と共に行えばいいのだ。

 

 加えて、足腰…?足腰でいいのか…?まぁ、いいか。4つ足の柔軟と肩の柔軟をできる範囲で行って、しっかりと関節と筋肉のケアも行う。まぁ、普通の馬ではないと思われるが、そうやっていた方が注目もされやすいであろう。

 

 何せ私は競争馬だ。ケガをすれば処分、速くなくても処分。速くて頑丈な馬こそ、長生きをするコツである。

 

 ということで、今日もこつこつと伸びを行ない、脚をわざと大きく振りながら肩の関節と筋肉を解しながら放牧を楽しんでいる。人間がなにやらこちらを見ながら首を傾げているが、いいぞいいぞ、そうやって注目してくれ。

 

 

 さて、それからしばらくと言うもの、私は運動と、そしてヒトを乗せる訓練を熟していた。更に脚には蹄鉄を打たれ、坂を駆けあがる訓練なども行うようになってきていた。

 

 いよいよこうなると、私はサラブレッドなんだなと確証を持つに至った。

 

 ちなみにではあるが、この坂の訓練、道幅が狭くて他の馬との距離が近い。私は元々人の記憶があるためか、どうも馬の後ろに付くのが苦手である。ということで、その苦手の克服のためにもわざとその後ろについてみたり、しかしスピードがいまいち遅い相手には突き放してみたりと色々と工夫を凝らして練習を行っていた。

 

 人間からはやはり首を傾げられているが、まぁ、良くも悪くも注目されているということであろう。

 

 そして、しばらく人を乗せて走っていたせいか、手綱の感覚にも慣れてきたものだ。緩められて「行け」、引っ張られて「まだ抑えろ」、扱かれて「加速しろ」などと言った具合だ。乗り手によって少し癖があるのだが、概ね一緒である。まぁ、いずれ活躍することが出来れば、同じ人に乗られるのであろうから、細かいところは今は気にしないでおくとしよう。

 

 なお、個人的に好きなものはプールである。もちろんリラックスという事もあるが、泳いでいる間は足に負担がかかりにくいのだ。更に、浮力でもって足を思いっきり可動域ぎりぎりまで動かせるため、柔軟運動にもなる。更に、頭まで浸かって息を止めつつ、心肺機能を上げつつスタミナアップという美味しいところまで目論んではいるものの、実際そこまでうまくいっているのかは判らない。

 

 ただ、いつも一緒について回っている人間がやめろと、無理にでも止めようとはしないため、おそらく私のやり方は正解なのだと思われる。継続は力なりとも言うし、全力で、しかし故障しないようにしっかりと練習を積もうと思う。

 

 しかし首は傾げられている。一体何が納得いかないと言うのだろうか。

 

 そして練習の後、体を動かした後は飯と就寝の時間である。馬になってからというもの唯一の楽しみの時間といっても良い。ただ、悲しいかな肉は食えないので、牧草と野菜で腹を満たすわけだ。

 

 おお、これはピーマン。ピーマンじゃないか。よくお分かりで。

 

 何を隠そう、前世である人間の時、それこそ物心ついたときからあの苦みが好きだったのだ。

 

 好きな食べ物は何か、そう言われればいの一番に「ピーマン」と答える程度には私はピーマン好きである。ただし、馬の好物だと言われているニンジンは嫌いである。どうもあの甘味が好きではない。

 

 ということで、今私の相手をしている人間もかなり私の食には苦労したであろうと思う。他の馬が喜んで食べるニンジンを私はひとっつも食べないのだ。

 

 牧草はしっかり食べる。しかも他の馬は食いながら水を飲むために水飲み用のバケツが汚れるが、私はしっかりと口の中の物をなくしてから水を飲む。だから、私の水はとても綺麗である。そして、他の野菜も食べる。行儀のよい馬とでも思われているのかもしれないほどに。

 

 ただし、ニンジンだけは食べない。首を傾げられているが、苦手なものはどうやら死んでも治らないらしい。

 

 ただ、とある日にピーマンを出された時に勢いよく食いついたので、私の飯には必ずピーマンが入る。実際、私は食品全てのトップにピーマンがあると思っているので、これで問題は無い。

 

 緑の青臭く、苦いピーマン。青臭く苦いものほど私の好みである。ピーマン野郎と言われれば本望である。

 

 なお、その後はきっかりと10時間ぐらいの睡眠を取るようにしている。寝る子は育つと言うものだ。

 

 

「…やっぱこいつ変な馬ですよね?」

「言うな。考えるな。ただ、こいつは化け物で、あの馬の子供で、おそらく三冠馬だってことは間違いない」

「そりゃそうですけど…そうは言ってもどうなんですかね、こいつ。寝るかピーマンの事しか考えてないですよ、絶対。」

「考えるな。ケガをさせず、しっかり調教してから鞍上に渡す事だけを考えろ」

「判りましたよ。色々目を瞑ります」

 

 

「やぁ、今日はカツ丼か」

「こんにちは。うん。なんか無性に食べたくなっちゃって。そっちは?」

「ニンジンハンバーグ定食だ」

「うげ、ニンジン?ルドルフさんよく食べられるよねぇ…」

「そういえば君はニンジンが苦手だったな。甘いのがダメだった、か?」

「うん。どちらかというとピーマンみたいな苦くて青臭い野菜が好きなんだよね。特に昔ながらのにが~い奴」



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生に齧りつく馬

ただしパプリカはピーマンではない。


 しゃりしゃりといい音を奏でるピーマン。最近では週に一度、きっつい訓練の日にはバケツ一杯のピーマンを用意してくれているので、体は少し怠いが気分は非常に上々である。

 

 坂を駆けあがる訓練も最初はひと往復だったものが、今では4回も往復し、併せ馬の頻度も上がり、そして最近では周回コースでの訓練も増えてきて、いよいよレース本番に向けての色々が動き出して来たな、などと、ヒトの言葉が理解できないこの目と耳でも判るようになってきている。

 

 最近ではスタートのゲートの訓練もそこに入り込んできたものだから、やることなす事新鮮で飽きがこないというものだ。しかし、あれはなかなか慣れたものではない。そもそも馬は人間よりも耳が良い。ゲートが開くガシャン、という音は、私にとって今までで聞いたことのないような爆音なのだ。

 最初の1週間は全くその音に順応することが出来なかった。遠くで聞いている分には良いが、いざ中に入ってサラウンドで入ってくるこの音はどうにもなれる気がしなかった。

 

 2週間目でようやくその音にも慣れてきたが、今度はタイミングが全く判らなかった。行くか、と思えば開くタイミングが遅く、まだか、と思えば開いている。手綱から伝わる感触もあるにはあるが、目の前のドアが開きかけている時から信号をだされても、いまいち信用しきれない節があるのだ。ここは人間の感性のせいであろう。

 

 しかし、ここを超えなければ競走馬としての生命は無い。なにせゲート訓練、ゲート試験などという言葉が競走馬にはあるぐらいだ。他の、コースを走ることやタイムや他の馬との駆け引きには絶対の自信はあるが、このゲート訓練でこけてしまっては捕らぬ狸の皮算用、ないし絵に描いた餅であろう。

 

 競走馬ルートから外れて処分落ちなど最低である。生に齧りつく勢いで、私はゲート訓練に励んだ。

 

 問題は判り切っている。ゲートの音とタイミングだけなのだ。別にゲートインは苦手なわけじゃあないし、中で待つことも全く苦ではない。しかし、その私が苦しむ「だけ」が出来るからこそ競走馬は競走馬足りえている。

 そう、騎手は騎手でプロであるが、サラブレッドはすべての動作が高水準であるからこそ、サラブレッドの中で選び抜かれた競走馬、プロたりえるのだ。

 

 しかし、私に馬の本能は薄いと言えよう。期待は持てない。

 

 理性は他の馬より馬一倍あるが、実際はそれがゲート訓練の邪魔をしている。

 

 であれば、より人間らしい解決方法を見出そうじゃないか。私はただの馬よりも考えられるのだ。

 

 しっかりとタイミングを数えろ。他の馬の息を感じろ。乗ってる人間の呼吸を感じろ。あとは周りの人間をよく見ろ、せっかく視野が広いんだ。そう、あの人間が手を上げてから…1,2,そう、ここだ。

 

 そうやっていろいろと試行錯誤をして1か月。ようやっと、私は納得のいくスタートを切ることが出来たのである。

 

 

 スタート訓練がうまくいけばこちらの物である。一か月も停滞してしまったが、私は更に走りに磨きをかけて訓練場を走り回っている。やる気は馬一倍あるわけであるし、スタミナの管理も他の馬に比べれば得意、足が痛けりゃ梃でも動かぬ。そうやって日々過ごしているわけだ。

 途中で放牧にも出され、他の馬と共に牧草を食べていたわけであるが、どうも体がうずいてしまって、結局他の馬がのんびりする中で私だけが牧場を走り回っているような様であった。

 

 もちろん、人間は首を傾げるばかりである。

 

 途中でピーマンを持ってこられたものの、どうも走りたくてしようがないわけで、ピーマンを一個貰うたびに放牧地を一周、一個貰って一周、という遊びを無駄に行っていた。他の馬からは。

 

『あいつまーたやっとるわ』

『あの青いの嫌いやねんワシ』

『あの坊主、はえーなぁ』

 

 などとニュアンスが聞こえてきたので、

 

『君らもコレ食うか?』

 

 とピーマンを勧めたら、全力で拒否されてしまった。まぁ、確かに世界一好きな食べ物はピーマンです、と答えるような人が居たらあいつ頭おかしいと思う。それは人間でも馬でも同じことであったらしい。

 

 なお、それから放牧の時はかならずといっていいほどピーマンが用意されている。有難い事だが、しかし、ピーマンは高い野菜のはずだ。なにせあの青い野菜が4つで200円とかする時期もあるぐらいである。

 馬の私が本気でピーマンを食えば軽く30個から40個は行ってしまう。いや、これは人間の時からなので、馬の私がという言い方は可笑しいか。

 

 まぁ、幸いピーマンをこれだけ入荷しても懐が痛まないところに連れてきてもらったというのは幸運であろう。しっかりと競走馬として結果を残し、ピーマンの恩返しをしようと心に決めた。

 

 ただ、一度だけパプリカを持ってきたことがあったが、あれはピーマンではない。パプリカは青臭さこそあれど、甘いのだ。どちらかというとニンジンに近い。

 

 ピーマンは食えなくてもパプリカは食える。そういう人もいるぐらいだ。

 

 なお、その時は一つだけ食ってバケツごと鼻で突き返してしまった。他の馬にやってくれという意思を込めて。人間には首を傾げられたが、私が好きなのはピーマンである。ピーマンであるうちは緑でも赤でも構わないが、パプリカでは決してない。そこは間違わないで頂きたいモノだ。

 

 

 さて、訓練を続けていたらいよいよ、本番の準備とばかりに私に対して試験が行われた。ゲート試験はもとより、何やらコースを走らされて、更に何やらタイムも測られていたらしい。

 馬のこの頭でも、幸い数字はなんとか理解できた。乗ってる人間からの指示もあってそこそこ流したが、50秒きっかり。果たしてこれが合格かどうかは判らなかったが、首を叩かれて頷かれたので、おそらく合格であったのだろう。

 

 なお、その夜はこれまたバケツ2杯分のピーマンが用意されていた。判ってる。

 

 そしてしっかりと寝て起きた翌日。すっきりとした頭で水を飲み、用意されていた牧草とピーマンを食っていると、いつもの人間ともう一人の人間が私の厩舎を見に来ていた。来客など珍しいと思って顔を出してみれば、何やら撫でられてピーマンを差し出される始末。もちろんピーマンは美味しく頂いたが、果たして誰であったのだろうか。…いや、とぼけるのはやめよう。この試験が終わった時期に、肩を叩かれて、声を掛けられれば嫌でも察するというものだ。おそらく、あの人間…彼が私の騎手ということであろうか。恐らく、間違いではないだろう。

 

 これからの運命共同体。私と共に、金を背負う責任重大な彼。

 

 ま、とはいえ私は人間が中に入っている事は周知ではないものの、かなり有利に働くはずだ。ただ、私は中身が人間とは言っても凡の人である。スタミナの温存や走りの切り替え、コース取りはある程度出来るが、スタートのタイミングや位置取りといった状況把握、最終のスパートの合図は彼に任せることになるのだ。楽をさせるつもりは全くない。私ももちろん驕るつもりは無い。どんなレースでも、勝ちに行く。しかしながら実力の8割以上は出さない。長く現役を続ける譲れない一つの決まりだ。

 

 確かにケガをして復活というセンセーショナルな馬もいた。しかし、記憶には残るがオーナーや牧場はやきもきすることであろう。しっかりと、コツコツと勝つ。長生きをして、しっかりと余生を過ごす。それが最終の目標だ。

 

 手段と目標を忘れずに、しかし勝ちに行く。

 

 彼にもしっかりと、その道に付き合ってもらうこととしよう。ひとまずは今日は足腰のために坂を5往復から走りましょう、明日はプールでしっかりとスタミナと筋肉をつけて参りましょう。食うもの食ってしっかり寝て体力と体も作りましょう。もちろん柔軟も忘れない。何一つ、絶対に驕らない。

 

 なお、彼はその後も何度かこちらに来て、調教も私に行っていた。背中に乗られた感じとしては、悪くないものであった。

 

 

 ここのところ寒くなってきた。冬本番だなぁ、などと思いつつ、日々日々鍛錬を続けていたら、早いもので、本番の日になった。

 数日前からバスに乗せられて、気づけば競馬場に入っていた。幸い私は競馬には暗いので、どこだかは判らないので変な気負いもない。たしか中央というニュアンスは感じ取れていたので、主要都市のどこかであることはなんとなく判る気がする。ま、実際は移動中に見えたものに見覚えが無いので、「まぁここ日本ね、日本のどっかだわー」とあきらめがついたわけであるが。

 

 どこの競馬場なのだろうか?東京なのか?いや、それだとちょっと街並みが寂しいか?うーん…。

 

 まぁ、いいか。とりあえずは今日をしっかりと走って、結果を出せばいいのだ。ケガをしない、しかし一着で、そして長生きする。この目標を達成するために、まずは今日を完ぺきにこなして、他の馬との実力差をしっかりと体感してこなくちゃならない。

 

 本番のパドックはなかなか気合が入るもので、なんとなく私に向けられている視線を感じることも出来た。ちなみに私の番号は「2」。電光掲示板をちらりと見てみれば、「2」は「2.6」となっていた。なるほど、結構私は人気馬であるらしい。結構プレッシャーかもしれない。そして…えーと、距離は…1800って書いてあるアレか。ほー…1800か。結構長いかもしれない。とはいっても、今まで走っていたコースの長さが判らないので、結局は出たとこ勝負と言ったところであろうか。

 

 そして、私に乗るのはやはりあの彼である。止まれ、の合図で足を止めてみれば、あの彼が私の背中に乗る。首を叩かれて、よろしくなと言われたような気がしたので、こちらこそと鼻息を荒げる。

 そして再び手綱を引かれて、今度は地下の道へと歩みを進めたわけだが、やはり他の馬も今回が初めてのレースなのであろうか、全く落ち着きがない。

 

『あー暗いのやだなー』

『おっほほほほ、やっぱり乗られるの慣れねー』

『引っ張んじゃねーよ』

 

 だのいろいろニュアンスを感じ取れる。が、残念ながら私は中身は人間である。落ち着いて落ち着いて歩みを進めていると、手綱を少しだけ引っ張られた。ふと気づけば、前の馬との差が結構開いていて、後ろが詰まっていた。やはり緊張はするものだなと、鼻息を一つ出して足を少し大きめに前に出した。手綱が緩んだので、このぐらいでいいという事であろう。

 

 そして地下の道を抜ければ、そこに広がったのはどこまでも続くような芝。冬だからか、色が茶色なのは仕方がない。そして天気は少々悪いが、これはちょっと感動ものだ。練習場よりも広く、そして手入れの行き届いたそれは、脚を踏み入れるのを躊躇するほどである。

 

 思わず私はそこで立ち止まってしまった。そして鼻で大きく一度だけ息を吸う。

 

 息を吐くと同時に、ゆっくりと足を前に進めた。他の馬は少し駆け足で私の横を抜けていくが、私はそんなことはしない。足元をしっかりと確かめつつ、足首の柔軟を確保するために足にしっかりと荷重をかけてストレッチ、そして伸ばしつつ少しジャンプするようなイメージで全身の筋肉をほぐしていく。イメージとしてはラジオ体操のジャンプである。少々背中に乗っている人には悪いが、我慢してほしい。ケガを防止するための個人的な動的ストレッチ、ルーティンワークなので、これはやりたいのだ。ま、手綱を引かれたりしていないので、特に問題はないのであろう。

 

 が、1分ぐらいたった時であろうか、少し手綱を扱かれた。確かこれは「行け」というサインであったはずである。

 …あー、あれか、ウォーミングアップ的な奴をしろってか。確かに動的なストレッチはしたが、体を温めてはいない。じゃあ、軽く流す感じやねと、口の中の棒を噛み、手綱に私から信号を送りつつ少し流すように駆けだすと、手綱が緩んだ。これでいいらしい。軽くコースを一周してくれば、観客席からは結構大きな声援が飛んできた。少し慣れない大きい音であるが、何か自然と心地よく感じていた。

 

 なにせ、馬の私の第一歩である。応援してくれるのであれば、何事にも替えがたいものだ。

 

 お礼はしたいが、する方法もない。であれば、しっかりと一着をとろうじゃあないか。そう思いつつ、私は少しだけ走る速度を上げた。

 

 

 ファンファーレ。レースの始まりを告げる音が流れ、いよいよゲートインである。先に1,3,5,7といった奇数の番号の馬が入り、その後に私が入る。ゲートの中から周りを見てみれば、やはりどうも落ち着きがない。

 

『狭い』

『寂しい』

『まだかー!』

 

 などと色々ニュアンスを感じる。新馬という事もあるし、何より馬そのものがゲートと言う狭い場所が苦手なのであろうか。私としてはエレベーターの中ぐらいな気持ちである。苦でもないが楽しくもない感じである。足踏みをしている馬もいるし、なんとか首筋を撫でられたりして落ち着いている馬もいる。なかなか実にカオスという奴だ。

 

 が、それもつかの間。最後の馬が収まり、人間がはけた。いよいよスタートの瞬間である。

 

 ただ、私は焦らない。少し遅れてもいいと思っている。何せ最初で気が焦ってしまっているのだ。それに、他の馬はイライラしている。わざわざ荒れるスタートに合わせなくても良いだろうと言う考えだが、実際そこは私の上の人間が決めるので任せようと思うわけだ。

 

 旗が振られ、そしてゲートが開く。手綱が扱かれ、自然と足が前に出た。

 

 うーん、実に巧い。凡の私でもこうも上手い事スタートさせられるのだから、正直なかなかの腕の持ち主だと私は思うわけだ。ま、それはそれとして私の位置は後方といっていい場所である。

 併せ馬の訓練の甲斐あって、馬のケツを見ながら走ることも別に苦ではなくなっていた。気持ちとしては制限速度60キロの道路を30キロで走っている車の後ろを延々と走っている感じである。少し苦ではあるが、まぁ、心に余裕を持てばそうでもないといった具合である。

 順番で言えば後ろから3番手ぐらいであろうか。ただ、スタートの際に3番の馬がこちらに少しよろけてきたのもあって、すっと後ろに下がった形である。とはいえ、手綱も引かれていたので、作戦のうちといったところであろうか。

 

 最初のカーブに差し掛かるも、位置はさほど変わらず、ただ、集団を避けているので一番距離の短い内側を攻めて走る。というかここ、左に回っているのね。

 コーナー2つ目も同じ位置で抜けて、逆側のストレートへ。バックストレート…あれ?確かストレッチというのであったっけ?まぁいい、直線を走りつつ、様子を伺うわけだが。

 

『長いなー!』

『まだ全力で走れないのー!?』

『みんな邪魔ー!』

 

 だのニュアンスを感じる。結構好き勝手な感じである。ともあれば、隙というものを見つけやすいわけで、ふと、前を見れば少しだけ馬群に隙間が出来ていた。

 

 これはチャンスとばかりに少しだけ加速し、その隙間に体をねじ込む。手綱は絞られつつも、少し緩んでいる感じであるから、じわりじわりと行けという事であろう。そうやって位置取りをしていると、3つ目のコーナーに差し掛かっていた。順番はいつの間にか前から6番目あたり。1着を狙える位置といってもいいであろう。

 

 よく見ればさらに馬群に隙間が見える。その間に頭をねじ込み、3着の馬達に横並ぶ。

 

 4つ目のカーブに差し掛かった時、ついに手綱が緩められた。と、同時に4つ足に少し力を込めて、フォームを変えないままで加速を開始。先頭を走っていた馬のケツを横目に、体を並べる。

 

 そして、ホームストレッチに入った頃には、見える馬群は視野の後ろである。実に巧い手綱捌きである。走っていて気持ちが良い!そのタイミングで更に手綱が捌かれる。

 

―行け―

 

 気持ちも伝わってくる一発の捌き。答えるように私はギアを上げて、フォームを変える。今までは足を上げないようにしていたものを、肩の上ぐらいまで蹄を蹴り上げ、その反動のまま地面を蹴る。しかし体は水面を撫でるようにしなやかに。大きいストライドで気持ちよく加速して、そして駆け抜けたときには、私の前にも、背後にも馬は居なかったのである。

 

 

『抜けて3馬身のリード!2番手…』

「はー…やっぱりあいつ強いっすね」

「言っただろう、化け物だって。しかも鞍上との折り合いも完璧ときてる」

「無敗のクラシック三冠でも取りますかね?」

「不可能じゃないだろうな。あとはお前の調教次第だよ」

「うへ、プレッシャーですわ。とりあえずピーマン用意しときますかね…」

「ああ、それがいい。あいつにゃ一番の褒美だろう」

 

 

「あ、ルドルフさん。新バ戦、見てくれました?」

「ああ、見たぞ。見事な追い込み、一騎当千の強さだった」

「へへ、ありがとうございます」

「だが、これから迎えるクラシック戦線は厳しい。驕らずにな」

「もちろんですよ。皐月に優駿に菊花。目指すのはルドルフさんの記録ですから!」

「期待しているよ。さて、では、まずはメイクデビューの勝利のお祝いと行こう」

「え、良いんですか?」

「もちろんだとも、私の奢りで、好きなものを食べに行こう」

「じゃあピーマンが良いです!」

「はは…君は全くブレないな」



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冬はその季節じゃない

ピーマンは

露地栽培について

温暖な地域では

4月に植え込みを行い

5月末から収穫が行え

11月頭まで収穫を

楽しむことが出来るらしい


 車に揺られ、競馬場から牧場へと戻ってきた私を待ち構えていたのは、3杯のバケツ一杯に盛られたピーマンであった。おそらく普通の馬や人間であれば罰ゲームであろう。

 

 しかし私にとってはご褒美にほかならない。

 

 ただ、いくらご褒美といっても、バケツ3杯はやりすぎであろうとは思う。何せデビュー戦でこれなのだ。これから別のレースで勝った場合は、バケツでは足りなくなるのは明白じゃないか。などと無駄な思考を続けながら無心で口を動かしている。

 しゃりしゃりと心地よい音、口に広がる青臭さ、舌に広がる苦みと旨味。うん、やっぱりピーマンは最高である。ちなみに最近の私のピーマンの楽しみ方は、生はもちろんだが、牧草を間に挟んで食べると言う、いわばピーマンの肉詰めならぬ、ピーマンの牧草詰め風というものをやっている。

 案外と食感と味の違いを感じられて非常に旨い。ただ、これには新鮮なピーマンと牧草が必要なわけで、おいそれと楽しめないわけであるが。

 

 あと、忘れがちであるが今は寒い。ピーマンというのは夏野菜である。

 

 今のピーマンもすこぶる旨い。おそらくはハウス栽培か何かのピーマンであろう。しかし、やはり露地栽培の夏のピーマンに勝るものは無いと思っている。分厚い皮、これでもかと新鮮な緑、食った瞬間広がる匂い。どれをとってもだ。

 

 故に、夏の時期のレースのご褒美のピーマンには期待を持とうと思う。飽きるほどのピーマンを食らえるよう、それまで体を作り、しっかり鍛錬を積み、乗る人間との呼吸を合わせていこうと思う。今私は、まだまだ未熟なのだ。

 

 それにしても、今日は人間も特にやってこない。普段であればやれブラッシングだの、シャンプーだの、訓練だのとせっせと動いているのだが。まぁ、静かな分には有難いものだ。さて、ある程度ピーマンで腹を膨らましたわけだし、さっと軽く昼寝でもするとしよう。

 

 

 日々坂を駆けあがる訓練を行ううちに、走り方に一つの方向性を見いだせていた。二種類の走り方、つまりはあまり関節を使わずに抑える走り方と、全力で関節を稼働させる走り方は今まで通りではある。

 それに加えて、双方の走り方の中でもさらに細かく足を使い分けるという事に思い至ったわけである。

 というのも、コーナーは歩幅が小さいほうが曲がりやすいし、ストレートは歩幅が大きい方がスピードが乗りやすい。加えてスタートでは最初こそ歩幅を小さくし、徐々に大きくしていった方が足への負担も減る。特に私は、後方から追い抜く戦法で前回勝てたわけなので、スタートの消耗を減らすという意味だと非常に有意義である。

 そして最後の追い込み。これもいくつか種類があり、大きく歩幅を取り加速してスパート、という方法が一般的であろうが、せっかく柔らかく良い関節を私は持っているわけで、であれば滑らかに、動作を無駄なく行って加速するという事もできるのではないかと思い立ったわけだ。

 

 具体的には足ではなく体幹をメインとして筋肉を使うイメージだ。走る、に対する競歩とも言えるかもしれない。見ている人からは胴体が全くぶれずに、しかし、気持ち悪いぐらい加速するイメージである。擬音で言えば『ぬるっ』とである。ダイナミックじゃないのになんか加速した。そんな感じを目指したいものだ。

 

 しかしながら現在の走り方もそれに近い。脚を地面に叩きつけるように加速しても、胴体は比較的ブレていない。しかし、それよりももっと胴体をブレないように、そして地面に足を叩きつけなくても加速できるように体幹を意識して、そして地面を必要以上にえぐらないよう、脚を地面につける時間を短く、一瞬で飛ぶように。と、練習を考えながらこなしていると、よく背中の人間から首を叩かれるようになっていた。よくやった、という感じなのであろうか。言葉が判らぬので、実際の所はよくわからない。

 ただ、タイムは確実に伸びているようで、今まで併せ馬をしていた馬では私にはまったく追いつけなくなっていた。なかなか練習の結果が出ているようで、我ながら安心している。

 

 それにしても寒さがより深くなってきた。叶わぬ願いとは判っているが、のんびりと炬燵にでも入りたいものだ。

 

 

 ある日の朝、またもや車に乗せられて、気づけばまた競馬場の土を踏みしめていた。

 

 多分であるが、私の感覚で一か月も経っていないのにもかかわらず、本番のレースであるらしい。ただ、今回は場所については判る。移動する車の中から見えた風景は、前世の記憶の中に遠く存在する京都のそれであったからだ。

 ともすれば、ここは京都競馬場であろうか。確か、天皇賞や菊花賞が行われる場所だったと記憶しているが、いまいち定かではない。何せそこまで深い競馬ファンではないからである。それに、今回のレースはそういうものじゃないと思う。だって2度目のレースだもの。

 そして、2度目のレースともなれば慣れたもので、現地入りして大人しくコースの確認やらちょっとした練習やらを熟して、気づけば本番当日である。

 

 人間に引き連れられてパドックを回っていれば、今回の私の番号、『6』の横に並ぶ文字『5.4』を見ることが出来た。前回に比べて少し数字が大きいという事は、まぁ、他に有力馬がいるということなのであろうか。それでも、十何倍などとなっていない事から、私はそこそこの人気馬であるらしい。ちなみに距離は2000メートル。結構長い気がするが、前回1800メートルで気持ちよく走れたので、もしかしたら楽に駆けれるのかもしれない。

 

 出来れば今回もレースの勝利を収めて、このまま人気を伸ばしたいものだと思う。

 

 ただ、今回のレースはしっかりと周りを見ようと思う。前回はなんだかんだいって最後気持ちよく走ってしまって、周りとの実力差がはっきり言って判らなかった。

 今回、そこらへんをしっかりと見て、どのぐらいの力で勝てるのかをしっかりシミュレートして次へと生かしたいところだ。乗っている人間さえ許せば、ラストスパートはフォームを変えずに、つまりは全力でないスパートで勝利を収めたいと思っている。

 

 ただ、これは驕りではない。今後のためだ。

 

 もしここで本当に全力を出さなければならないなら、全力を出しても故障しない練習を改めて考えなければならないし、なにより今まで、他馬よりも明らかに、真面目に練習をしていてもコレということは、私自身の能力はそんなに高くないということだ。

 逆に今回全力を出さずに勝てれば、私は比較的才能があり、真面目に練習していた甲斐があったというもの。それが判れば戦略もまた広がってくるというもので、いよいよ『勝利への方程式』みたいなものも考えていけるであろう。

 

 ま、ひとまずは今日の結果次第であることは間違いない。

 

 ストップの合図で足を止めて、パドックの向こうから歩いてくる彼を待つ。今後の色々は君にかかっている。今回もしっかりと私の手綱を握っていてくれよ。

 

 

 今回のレースはどうやら右回りであるらしい。ゲートに入って前方を見てみれば、見事に右にコースがカーブしていた。

 どうもコースの芝生に上がってしまうと、緊張で未だ周りが見えなくなるらしい。いずれ慣れる日が来るといいな、などと思いつつ、最後の馬のゲートインを待つ。

 

 最後の馬がゲートに入ったと同時に、旗が振られて勢いよくゲートが開く。そして、手綱が扱かれて勢いよく足が前に動いた。

 

 やはりこの彼は、手綱さばきがめちゃくちゃ巧い。今回はさすがに2度目のレースということもあって、周りも安定したスタートを見せてくれてたためか、なんと前から4番目か5番目という好位置につけることが出来た。

 7番のゼッケンを付けた馬が加速して先頭につくのを尻目に、私と彼は中段の位置のままで控える。ここらへんは日々の練習の賜物で、我々は手綱無しにでも息ぴったりの動きが出来るまでに進化している。

 コーナーを2つ抜けても、順位はほとんど変わらない。直線に入って少し動きがあり、後方で控えていた馬が前にすっと順位を上げた。と同時に私の進むべきコースが塞がれてしまったわけだが、そこは巧い彼。さっと手綱を操り、私のコースを外へと振ってくれた。目の前には馬は居ない。少し大外のコースにはなるが、いつでもスパート発射体制に入ることが出来る位置だ。

 3つ目のコーナーの前で少し登りがあり、私にとっては特に何も感じないような坂であるが、馬達にとってはそうでもないらしい。

 

『うえー登ってるじゃんー』

『脚がおもーい!』

『我慢…我慢…』

『もうむりー!』

 

 いろいろなニュアンスが聞こえてくるが、ほぼほぼネガティブである。だが、こうなった時こそ私のチャンスの時間だ。周りをよく観察する。馬群は前のレースよりもギュッと小さくなっていて、前後の距離は短い。

 前を見てみれば、皆消耗を嫌って内に内にとコースが寄っている。私はと言えば、彼の手綱さばきもあり、少し外を走っている。後ろの連中も同じように内へ内へとよっているため、私についてくる馬もおそらくは居ない。

 

 行くか?そう思った瞬間、手綱が緩められた。

 

 …君は私と本当に気が合うようだ。それならば行かせてもらおう。フォームは変えずに、しかし力を少しだけ込めて。するするっと3つ目のコーナーを抜ける頃には外から先頭を狙える位置にまで付いた。

 4コーナーに差し掛かった。手綱が更に緩められて、スパートとは言わないが加速しろ、という事であろう。何せこちらは比較的外を回ってしまっている。内側を走る先頭の馬に追いつくには、今から加速しておいて損は無い。更に脚に力を籠める。

 

 そしてコーナーを抜けて直線。ここで初めて、本番のレースで私に一発の鞭が入った。

 

 勿論、馬の皮膚の前には、人間の力で振るった鞭などこれっぽっちも痛くない。むしろ、蚊か何かが止まったか?ぐらいの感覚なものである。しかし、この一発は手綱を捌く以上に意味がこもった一発である。

 

―行け、勝て―

 

 それにこたえるように、私は足に、肩に、体に、力を込めた。ただし、フォームは変えることはしない。なぜならば、それでも徐々に徐々に先頭に立ち始めたからだ。

 

 見かねた彼がもう一度鞭を見せるが、私はフォームを変えない。その代わりに、少しだけ歩幅を広げて見せた。すると彼は鞭を仕舞い、手綱を握り、捌いた。

 そしてその手綱さばきに身を任せているうちに、私は見事、先頭でゴールに駆け込んだのである。

 

 

 

「あいつ連勝しちゃいましたね」

「したな。本当に強いな、あいつ」

「しかも最後見ました?あいつ、スパートかけてなかったですよ」

「ああ、しっかりと見た。加速こそしたが、フォームが変わってなかったな」

「実は言ってなかったんですがね、あいつ、最近訓練で色々試してるんですよ」

「色々?」

「ええ。鞍上の指示もなく、歩幅小さくしてみたり、大きく飛ぶように走ってみたり」

「…それ、本当か?」

「ええ、本当ですよ。鞍上曰く、『指示していないのに色々試すんですよね。扱いにくい馬ですが、こいつ滅茶苦茶賢いです』だそうで」

「自分の意思でフォームを変えている、か」

「ええ」

「セクレタリアトみたいだな」

「あのアメリカの名馬の?でも、ピーマンに目が無いんですよ?」

「あー…」

 

 

「やぁ。今日は冷えるな」

「あ、ルドルフさん!本当ですよ。早く宿舎に帰って炬燵に入りたいです」

「ははは。だがこれから君はウイニングライブがある。帰る事は許されないぞ」

「判ってますよー。やだなぁ、あはは」

「それはともかくとして、2勝目、おめでとう」

「ありがとうございます!ふふ、このまま無敗のクラシック三冠を目指して見せますよ!」

「それは非常に楽しみだ」

「えへへ。あ、でも、ルドルフさんはなんでココに?会いに来てくれるのはうれしいんですけど」

「ああ、それについては、一つ君に聞きたいことがあったんだ」

「ボクに?聞きたいこと?」

「ああ、君、今日はスパートをかけなかっただろう?どうしてかな、と思ってね」

 

「んー…他のヒトには内緒ですよ?実はフォームの改良中なんです。もっと体幹を使って、水面を滑るように加速できないかなって。今日はそのフォームを意識しながら走ってみたんです。だから、前回みたいなフォームを変えてスパート!じゃなくて、シームレスにスパートをかけていたんです」

 

「ほう…私ですら気づかなかったよ。すごい事を考えているな」

「だって、ボクはルドルフさんに追いつきたいんですもん。色々武器を持っておいて損はないと思ったんです」

「そうか。―キミが私の元に追いついてくる時が、実に楽しみだ」

 



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才能と努力

赤いピーマンは、青いピーマンよりも甘く、柔らかい。

しかし、赤いピーマンは熟しているため、日持ちはせずに出荷には向かないらしい。


 シャリシャリとバケツ3杯に盛られたピーマンを食らう。2勝目のご褒美も見事なピーマンである。量が変わらないのは、なぜだろうか。2勝を飾ったのだから、多くなっても良い気がするのだが。

 もしかすると、レースの格であろうか。そう言えば競馬にはグレード分けがあったなぁ。確か有名どころの皐月賞とかダービーはG1競争だったか。優勝賞金が億を超え、まさに競馬の醍醐味といったレースだったはずだ。確かに、私の走った2回のレース、共に歓声は大きかったものの、客席が埋まっていたかと言えばそうではない。

 おそらくそんなに格のあるレースではなかったのであろう。うん。だからこそ前回とピーマンの量が、褒美が同じだったのであろう。ま、今回のレースのように勝利を収めていれば大きなレースにも出れるだろう。そして、その勝利の暁には飽きるほどピーマンを食わせていただきたいものだ。

 

 ま、絵に描いた餅はここら辺までにして、まずは目の前のピーマンをしっかりと楽しもう。

 

 青いピーマン、シャリシャリと青臭さが口の中に広がる。実に旨い。そこにリンゴも添えられて、苦みと甘みを交互に楽しめて、実に飽きがこない。とはいえ、結局私が食べられるのは野菜のみだ。ピーマンをたっぷり使ったチンジャオロース、軽く焼いて塩で食うこともまたいいし、あとは半分に切ったピーマンに焼き鳥を挟んで食うという事が、出来ない。

 

 いけない。よだれが出てきた。とはいえ、かつ丼もそうだが、雑食の人間は本当に素晴らしいと思う。肉、野菜、魚。それに食おうと思えば虫に木の根なんかもイケてしまう。あの食生活は実に恵まれたものだと、馬になって、草食になったからこそ良く判る事もあるものだ。ただまぁ、もう一度別の生き物に生まれ変われるのであれば、せめて人間に近い生き物に生まれ変わりたいと思う。

 

 少ししんみりとしてしまったが、まぁ、とはいえ目の前のピーマンだ。食わねば翌朝には片付けられてしまう。しっかりと味わおう。

 

 では改めまして、命を、いただきます。

 

 

 日々の訓練は相も変わらずで、プールに坂路の往復と変わらぬ日々を送っている。ただ、身体能力は確実に上がっていることが実感出来ていて、例えばであるが、プールの潜水時間は2分程度に伸び、坂の往復も6往復を一息で出来るぐらいには足腰やスタミナ、心肺機能が付いてきている。走り方の切り替えもなかなか上々で、フォームを変えないままで歩幅を変えることには成功した。タイムについてはよくわからないのだが、ただ、併せ馬がより実践向けの逃げたり追いかけたりになってきているので、速度も十分に上がっているのだろうと思う。多分。

 ただ、人間には首を毎回傾げられているのが気がかりで、しかしながら私の練習方法を止められたこともないわけで、試行錯誤の毎日だ。

 

 ということで、今日も今日とて練習の時間だ。人間に引っ張られて牧場内を歩くわけだが、改めてみるとここは設備が良い。大きい周回コースに広い厩舎があり、馬が長く泳げるプールがあれば、傾斜が付いた坂のコースまで完備されている。ちらりと見えたバックヤードには、大きなトラックから搬入される牧草や大量の野菜を見ることも出来たし、厩舎を掃除している人々もいる。

 競馬というものはよく知らないが、おそらくここまで設備がしっかりしているということは、トレーニングを専門で行う牧場なのであろうと予想がつく。だからこそ私は、しっかりと身体能力を上げることが出来ているのだろう。

 

 実に人間様様である。転生したのが競走馬で良かったと心底思う。

 

 もしこれがサバンナの動物にでも転生したのであれば、こんなピーマンを食らって寝て運動して、そして身の回りの手入れは全部人間にしていただく、なんてことは夢のまた夢であったろう。ありがたや、ありがたや。

 

 などと考えていたら、プールの施設の前で人間が止まった。なるほど、本日は水泳か。それならば今日は130秒の潜水を目指して頑張ろうじゃないか。

 

 

 さて、また練習の日々を繰り返していたところ、競馬場へ行く車が私の前にやってきた。この短い期間で3回目。ともなれば慣れたもので、自ら車に乗り込み、大人しくしつつ窓の景色を眺める余裕すらもある。隣には同期の馬も乗っているが、やはり言葉は判らないので少しだけ気まずい。ただ。

 

『今日も走れるぜー!』

 

 と、興奮しているニュアンスは伝わってきた。微笑ましく思いながら移動する車の窓から風景を見ていれば、少し前にやってきた京都の街並みが見えてきた。となれば、今回のレースは京都競馬場であろう。

 

 うーむ、私の雇い主…でいいのか?飼い主?まぁいいか。オーナーとでも言っておこう。オーナーはなかなか短いスパンでレースをさせるようである。ただまぁ、私は疲れてはいないし、それに走法もある程度完成してきたので、実際のレースで通用するのか試すいい機会でもあるだろう。

 そう考えていたところで、車が止まり、ドアが開く。一人で車から降りて、いつも私の手綱を引いてくれる、しかし他の人間と会話している彼の元へと歩き、気づくまでその横で大人しく突っ立っておく。周りの人間がどよめくが、どうだ、馬にしては大人しいだろう。

 

 そして手綱を引かれていったん厩舎へと入り、食事と寝床を用意されて静かに一人にされるわけだ。恐らく、車で運ばれた馬の気持ちを落ち着かせて、疲れを取らせる処置なのだろうが、私にとっては少し暇な時間となる。何せ車で移動するということは別に苦ではないのだ。

 とはいえ訓練も何もないせっかくの暇な時間だ。休憩というよりも、精神統一の時間に使わせてもらおう。精神は肉体を凌駕するとも言うし、心は熱く頭は冷静にとも言うし。実際は明鏡止水のような、落ち着き、そして邪念の一つもない心が強いのであろうが、生憎と私は生に齧りつく煩悩の持ち主である。

 

 ただ、その煩悩を少しでも小さく。レースで勝てるように精神を強く。

 

 イメージは座禅。腰を落とし、目を瞑る。手は合わせられないので割愛させていただくとして、呼吸はゆっくりと。ぼんやりと何も考えず、周りと自分の境界をあいまいにするようなイメージで。

 

 人間が歩く音、車の音、馬の足音、何かのアナウンス。ピーマンの香り、食事の匂い、ヒトの匂い、馬の匂い、わらの匂い。聞こえて、匂ってくるそれらを流しながら、しかしそれらを感じ取りながらも、気を取られないよう。精神を統一させるように…。

 

 集中すれば案外と時間が過ぎるもので、到着したときは日が高く昇っていたのだが、気が付けば私は夕闇の中に居たのである。しかも、新しいピーマンと水まで用意されていた。ありがたや。ありがたや。

 

 

 今回の京都競馬場のレース、私の番号は『8』である。パドックを回りながら、いつものように電光掲示板をちらりと盗み見ると、私の『8』の隣に『1.3』の数字が見える。なるほど。他の馬達の数字をみてみても、私が一番人気であるということらしい。プレッシャーであると同時に、これは嬉しい事だ。人気があるという事は、注目されているという事であるから、私の余生の安心にもつながるわけである。

 なお、今回の距離は前回と同じ2000メートルである。それならば、よっぽどでない限り私のスタミナは切れないと思う。が、見たことのない馬もいるため、油断もまた出来ない状況だ。何せ私がこれだけ練習をしているのだ。他の馬も私と同じ練習をしているかもしれない、ということを念頭に置いて行動せねばなるまい。

 ちなみに今回は番号が9番までしかないことから、9頭のレースであることが判る。となれば、私は大外に近いわけで、タイムが出るコース取りをするまでにどうしても走る距離が長くなってしまう。だからこそ、今回はスタートをミスすることは出来ない。

 

 ま、とはいえそこらへんは私を駆る彼に任そう。彼の手綱はピカイチなのだ。

 

 ということで、パドックで回るうちに、私自身の準備を済まそうじゃないか。脚のストレッチをしっかりとしておくことにする。少し足の踏み込みを強くして、筋肉を伸ばして、関節を動かして、肩回りまで動くように。

 ついでに周りの馬の様子も少し見ておこう。…ふむ、なるほど。明らかに今までの2戦とは違う。皆落ち着いていて、しっかりと足を踏みしめている。

 特に気合が乗っているのは『2』、『4』、『7』の馬だ。

 

『今回も俺が一番だ』

『今回こそ私が一番だ』

『今回はあいつより先にゴールする』

 

 そういう気持ちが伝わってくる。なかなかに痺れるものだ。だが、私を甘く見ないでほしい。こちらだってしっかり練習を行い、鞍上との絆を深めているのだ。並の馬よりは間違いなく実力があると自負している。

 

 止まれの合図で足を止め、彼を待つ。

 

 そして、彼はコチラにやってきて、私の首を一発叩き、背中に跨った。

 

―頼むぞ、相棒―

 

 そう聞こえた気がしたので、私は鼻息を荒げて、その気持ちにこう、答える。

 

―もちろんさ、相棒―

 

「レース前、様子見に行ったんですがね…これ、見てくださいよ。動画なんですが」

「ん?どうし…なんだこれ」

「実際、なんでしょうねこれ。あいつ、寝てるかと思ったんですが、耳動いてるし」

「腰を落として座って寝てる…にしては雰囲気が可笑しいな」

「やっぱりそう思いますよね。しかも、餌を変えても反応しなかったんですよね」

「餌の中にピーマンが入ってなかったとか?」

「いえ、ピーマンたっぷり、ニンジン抜きのスペシャルメニューです」

「それでも反応しなかったのか?」

「ええ。なので、あいつ、今日は調子悪いのかもしれない、と鞍上に伝えたのですが」

「蓋を開けてみれば一番人気で一着か」

「はい。正直、アイツの面倒を見る自信が無くなってきました」

「ま、そう言うなって。お前がしっかりやってるからこその三連勝だ。これからもがんばれよ」

「うへぇ…」

 

 

「今日はチンジャオロースか。相変わらずピーマン好きだな、君は」

「あ、ルドルフさん。えへへ。ピーマン美味しいですから」

「そういえば昨日は生のピーマンを二つに割って、焼いた肉を挟んでいたな」

「うん。生のピーマンが一番好きなんだけど、生のピーマンにひき肉とか、焼き肉とか、鳥のつくねとかを入れて食べるとすごく美味しいんですよ!」

「ほう、それは良い事を聞いたよ。私も明日にでも試してみることにするよ」

「えへへ。本当にお勧めですよ!」

 

「それはそうとして、三連勝おめでとう。特に今回のレースはクラシックへの試金石の意味合いが強い。今回の勝ち方を見るに、いよいよ君も本格始動だな」

 

「はい!幸先のいいスタートが切れたって、自分でも感じています!」

「それは良い事だな。君のこれからに期待しているよ」 



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春に向けて仕込む日々

知り合いに家庭菜園を持つ人や農家さんがいると、大体ピーマンやらナスやらが週一ぐらいで届く現象は日本各地で見られる夏から秋の風物詩です。


 しゃりしゃりと気持ちの良い音が口に含んでいるピーマンから聞こえてくる。何か既視感のある光景ではあるが、そんなことはどうでもいい。レースに勝てばこのようにピーマンを満足いくまで頂ける。最高である。

 しっかりと口の中のピーマンを嚥下し、水を一口含んで飲み干すわけであるが、これがビールだったらと何度思った事であろうか。ピーマンを千切りにし、軽く塩と胡椒で炒めたものを一緒に頂くだけで何杯でも酒が飲めるというものだ。今となっては叶わぬ願いではある。天ぷらも良い。さくっとした中にシャリシャリとした食感が残り、あの風味も損なわない。めんつゆで食べてもいいし、かといって塩が合わないわけでもない。

 

 まぁ、とはいえ世話をしていただいた上に好物のピーマンを頂いているのだ。ぜいたくは言うまい。

 

 そう言えばレース前に行った座禅、あの精神統一の甲斐あってか、レースは出遅れもなく、そして自分のペースをしっかりと守って勝利することが出来た。体の面だけでなく、精神の面で自分を鍛えることの大切さに気付けて、勝利できたという事も含めて実に良いレースだった。ということで、ここ数日は練習終わりに飯を食べてからただ寝るのではなく、座禅で精神を統一させてから休むようにしている。ま、全ては生き残るためである。

 

 ただ、座禅を始めてから人間からは首を傾げられる回数が増えたわけで、痛し痒しといったところであろう。

 

 

 ここの所、レースもなく落ち着いた日々を過ごしている。ただ、寒さはより深みを増してきていることから、より冬本番になっているのだなと肌で感じている。ただ、季節は廻れども、ピーマンは相変わらず美味であり、鍛錬もいつものように行われている。

 

 人間は忙しなく私の世話を焼く。なんてったって私は三連勝中の競走馬。おそらくは注目株であるし、そして私自身も、我ながらノリにノっているわけで、この流れはなるべく手放したくない。

 

 つまりは人間と私、双方の利害の一致を見ているわけで、私の上に乗る彼と坂を駆けのぼり、併せ馬を行い、周回コースを周りに回って絆を日々日々深めている。最近では潜水時間は私の数えが間違っていなければ3分を超えてきた。一度、人間に途中で止められたこともあるが、無視して続けていたら止められることも無くなった。全く、別に潜水なんていうことは珍しい事ではないだろう?プールは泳いで潜ってなんぼである。

 

 坂の訓練では相も変わらずの6往復を日々繰り返している。一度だけ7往復の鍛錬を行ってみたが、完全に体力が尽きた。今のところ、私の限界という奴である。

 

 ただ、まだまだ可能性は諦めていない。いずれは7往復の壁を越えて、目指せ10往復というスタミナと、足腰の筋肉を付けたいところだ。特に私の足腰は柔らかすぎるので、その保護のためにもしなやかな、分厚い筋肉を肩や足首につけていきたい。

 そのためにも、練習前の動的ストレッチと静的ストレッチもまた改良を続けている。まずはジャンプをするように足首を動かしながら可動域を広げて、反動で肩までぐいっと筋肉を伸ばし、そして少しづつ歩幅を広げていき、肩回りの筋肉もほぐしてから各種の練習へ向かう。最初こそ、私の行動を無視して人間が無理に引っ張っていこうとしたが、頑として動かない私をみて諦めたらしい。

 そして練習の後。厩舎に戻ってからは静的なストレッチ。足首に体重を乗せるようにして、イメージは猫の伸びであるが馬なので出来る範囲でぐーっと体と肩と足首を伸ばしている。人間ですらストレッチはケガの予防という大切なしぐさであるので、より強度の高い運動を行なえてしまう馬にとっても大切なしぐさであろうと信じている。

 

 ま、もちろん人間には首を傾げられている。確かに普通の馬はこんなこと…しないか?いや、するかもしれない。いや、やっぱりしないか。同期の馬達や先輩方はいきなり練習に入るし、厩舎ではのんびりとしているだけだ。そりゃあ妙な馬だなぁと首を傾げられても仕方ないか。

 

 

 そういえばふと思ったのだが、私の名前はなんていうのだろう?競走馬だから、絶対に名前があるはずだ。はたして私が人間として生きた世界と同じ世界かは判らないが、知っている馬へ転生しているのであれば少しうれしいと思うのが本音である。

 

 中央競馬で、私の知っている馬と言えば…ナリタブライアンか?それともディープインパクト?コントレイルも捨てがたいし、サクラバクシンオーもまたカッコよい。キタサンブラックであってもいいと思うし、ナリタタイシン、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットあたりでも大満足すぎるわけだ。サッカーボーイでもまたいいしなぁ…。オルフェーヴルやゴールドシップ、メジロマックイーンといった馬であってもまた暴れ甲斐があるなぁと思うものの、彼らの毛色は独特だ。まぁ、私の眼前に映る足元の毛は黒っぽいので、その線は薄いのであろう。

 

 加えて私は今のところ無敗と来ているので、もしかしてシンボリルドルフとかであろうか?いや、それはそれで伝説すぎて恐れ多すぎるであろう。オグリキャップやトウカイテイオーも同様の意味で却下したい。彼らほどのドラマを作れる自信は、私にはないのだ。

 

 うーん、しかし私に人間の文字が読めればいいのだが、これが一切読めない。言葉も全くわからない。唯一数字はなんとか読めるので、距離はこんなもんかーとか私の番号はここかーとかは把握できるものの、他は一切判らないわけだ。 

 ただ、自分の名前の最後に棒が入っていることぐらいは判るので、『テイエムオペラオー』的な感じで名前を伸ばす馬であることは理解している。

 

 もしかして私はエルコンドルパサーあたりだったりするのだろうか?馬体が確か黒かったはずだし。

 

 まぁ妄想する分にはタダである。とは言いながら、私が知る馬は極端で、一部一般のニュースで取り上げられた馬だったり、ちょっと暇な日曜日に流し見していた日曜競馬で見ただけなので、レパートリーは実に少ない。これで競馬に詳しければ、もしかすると自分が何なのか、判ったと思うのだが。

 

 ただ、今がどのぐらいの年代かは判っている。

 

 というのも以前、私がピーマンを食べている所を、『ハンディカム』的なもので撮られていたのだ。しかも、テープを交換していた。更に、誰も携帯電話を持っていない。更に、パドックなどではもっぱら私を『使い捨てカメラ』や『フィルムカメラ』といった代物で撮っていたのだ。私の記憶の中には、スマートフォンと言うものがあるのだが、あれが2010年代に一気に普及したものである。その前のPHSで1990年中後半である。ということは今私が、馬として生きているこの時代は1990年前半、ないし80年代後半あたりということであろうことまで、なんとなく絞れてはいるのだ。

 

 となるとやはりエルコンドルパサーあたりか?うーん…もっと競馬に詳しければなぁと切に思ってしまう。

 

 ただ、判らないなら判らないで、デメリットこそないし、どちらかというとメリットが多いわけだ。

 下手に知っている馬に転生したとなると、勝たなければいけないなどと気負ってしまうわけで、ストレスの元である。逆に私が何者かが判らなければ判らないなりに自由に生きていける、というか生きているわけだ。

 

 これがもしシンボリルドルフだお前は、なんて言われた日にはこんなピーマンなんか食う精神状態ではなかったであろう。どう負けないかを考えて、日々精魂をすり減らしてレースに挑んでいたと思う。

 

 だから、ピーマン食って気ままに寝れている私は、改めて幸運なんだなと思うわけだ。

 

 もちろんレースには勝ちたい、が怪我のリスクは怖い。これでもしディープインパクトだお前は、と言われれば、怪我する覚悟で走るだろう。あのレジェンドになるためには胃を痛めなければなれる気がしない。

 

 ま、いろいろ考えられるのも、余裕がある証拠であろう。私が何者であっても、私は私である。我思う、故に我在りとも言うわけであるし。

 

 名前などはたかだか、生き物を見分けるための記号でしかないのだから。ピーマンが旨い、それだけで十分である。

 

 

 レースもなく安泰だなーと油断をしつつ、練習やらフォームの改良やらに手を抜かずに真摯に打ち込んでいた。すると時間は簡単に過ぎて季節は巡るもので、牧場のあちらこちらにタンポポの花が咲き始める季節となっていた。

 

 そんな暖かくなってきた頃、私は車に揺られて、実に見慣れた景色を車窓から見ることとなる。赤い鉄骨で、無骨に立つ日本の戦後復興のシンボル。

 

 そう、東京タワーだ。

 

 それを横目に見ながらレース場へと車は進んでいく。埋め立てが続く海沿いを尻目にたどり着いた場所。そこは巨大なメインスタンドが鎮座する競馬場であった。

 

 東京の競馬場。であろうか。ただ、道中で一瞬ディズニーランドらしき建物が見えたので、もしかしたら千葉に入っているのかもしれない。千葉の競馬場…?ええと、確か中央競馬の競馬場で関東圏にあるものは、府中競馬場と中山競馬場しかないはずであったから、となればここは中山競馬場であろう。

 

 確か中山競馬場と言えば、クラシック三冠とよばれるうちの一つ、皐月賞が行われる場所のはずである。ただ私は、中山で皐月賞ということは知っているものの、皐月賞がいつごろ行われて、走る馬が何基準で選ばれているか、という事は知らない程度のミーハーである。

 

 とはいえ、既にレース経験も3回、今回は4回目、という中で中山競馬場という場所に連れてこられたわけで、否応もなく気合が入ってしまう。

 

 そして少し休憩したのちに、練習用のコースらしき場所に連れていかれ、併せ馬の様な追いかけ追い越しを行ってまた厩舎へと逆戻り、そして飯を食わされるという忙しない一日を過ごし、翌日。

 

 私はまたパドックで、電光掲示板を眺めながら、人間に手綱を握られながらゆっくりと歩いていた。

 

 

 今回の私の番号は『4』である。その横の数字は『1.2』。前回のレースよりも数字が小さい。かなり期待を持たれているようだ。嬉しい限りである。

 ちなみに距離は2000メートル。スタミナ、スピード共にまず心配はないと自負できる距離である。あとはスタートと彼との息の合いようであるが、そこも心配することはないであろう。彼の事は信頼しているし、今までばっちりと手綱を捌いてくれているので、これからも彼に背中を預けようと思っている。

 

 そして今回の馬達の頭数は10。前回よりも1頭増えているので、少しずつ規模が大きくなっている感じがして、気分も高揚してくるというものだ。

 

 止まれの合図で足を止めれば、いつもの彼が首を一発叩き、私の背に乗る。私も同じように鼻息で答えていざ出陣、といった格好だ。

 

 馬道を抜けてコースへと出てみれば、これがまた見事な芝である。色こそやはり茶色であるものの、京都よりも巨大に見えたコース一面に張られた芝。その見事さに、やはり、見惚れてしまう。とはいえ、いつものルーティーンはやらなければなるまい。

 

 足元をしっかりと確かめつつ、足首の柔軟を確保するために足にしっかりと荷重をかけてストレッチ、そして伸ばしつつ少しジャンプするようなイメージで全身の筋肉をほぐしていく。そしてほぐれたタイミングで歩幅を大きく取り、ウォーミングアップを行って、ゲートへと向かう。

 ここらへんの動きは、慣れてしまえばなんて言うことは無い動きなので、もう彼の指示無くして出来るようになっている。彼も彼で私に信頼を置いてくれているためか、このストレッチ、ウォーミングアップの間は手綱を捌くことは一切しない。

 ただ、ウォーミングアップが終わってゲートイン前に必ず首を2回叩いてくれる。

 

―今日も勝つぞ―

 

 そう言ってくれているようなその感触を、私はひしひしと感じながらゲートインを待つのであった。

 

 

「あいつ、楽勝でしたね」

「ああ、しかも4コーナーまで見事な位置取りで、そこから突き放す強い競馬だった」

「手綱を一発扱いただけの鞍上のやりたいことを、きっちりと読み取ってますよね、あいつ」

「ああ、調教中からずっとだ。全く、手伝って初めてお前が苦労する理由、判ったよ」

「でしょう?手がかからなすぎるし、言う事はやるし、無駄なことはしないし、間違ってたら頑として動かないし。どっちが調教されてんだか判ったもんじゃないっすよ」

「全くだ。俺ですら手を焼くよ、あいつは。ただ、間違いなくダービーの器だろうな」

「…俺もそう思います」

「頑張れよ。俺も手伝うが、メインで世話するのはお前なんだからな」

「判ってますよ。行けるとこまで行ってやりますよ!」

「その意気だ」

 

 

「やあ、今日もピーマンをおいしそうに食べているな」

「あ、こんにちは!ルドルフさん。ふふ、これ、北海道のハウスピーマンらしいんですけど、露地栽培に負けず劣らず、すっごく美味しいですよ!ルドルフさんも一つどうですか?」

「いや、私は遠慮しておくよ。これから会議があるものでね」

「そうですかー、残念です。あ、そういえば、サマードリームカップ出場決定、おめでとうございます!必ず見に行きますね!」

「ありがとう。そうだ。君も、若葉ステークスの勝利おめでとう。どうだった?初の関東圏のレース場の感触は」

「そうですね。京都と中京に比べるとすごく大きく感じました。あ、でも、芝がすごく手入れされていて、走りやすかったですよ!」

「そうか、走りやすかったか」

「はい!きっと、皐月賞も勝って見せますよ!」

「中々の手応えを掴んだようだな。()()()、必ず見に行くよ。悔いのないようにな」

「はい!」

 

 

 



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春は作付けの季節である

ピーマンの肉詰めはシンプルだが、どうしても肉がはがれてしまうという方にお勧めな方法として、ピーマンに片栗粉や小麦粉を塗って肉を入れてみると、加熱後肉がはがれにくく、美味しくピーマンの肉詰めを頂くことが出来ます。

ただ、粉が多いと味が変わるので、なるべく薄めに塗ってみましょう。


 もぐもぐとピーマンを貪って厩舎の中でのんびりとしていると、珍しく今日は彼が私の厩舎の前へと来て、手ずからピーマンを食べさせてくれた。首を叩かれて、更にもう一つピーマンを頂いたわけである。そしてさらに人が増えて、今まで見たことのないおじさんがこちらへとピーマンを差し出していた。

 よくよく見れば、私に乗っている彼がそのおじさんに頭を下げていた事から、おそらくは彼よりも偉い人なのかなぁなどと思う。であれば、無下にも出来まい。差し出されたピーマンをもぐもぐと口に含むと、おじさんは満足そうな笑顔を浮かべて私の鼻先を叩いていた。ま、別に人間に叩かれたぐらいではあんまり痛くは無いので問題は無い。

 

 それにしても、我ながら4戦4勝。なかなかいい仕上がりだと思う。

 

 最近ではフォームも完成に近づいている。歩幅を変えるなんていうのは朝飯前で、地面の良し悪しで蹄を地面に叩き入れる力も変えて足への負荷が軽減できるように工夫も行っている。全力のフォームについても、今もまさに少しずつ改良は進んでいて、歩幅は更に広く、そして叩きつける足への反動は小さくできるように。そもそも叩きつけなければ進めないのか。抉りこむようにすればいいのではないか、などと色々考えながら走っている。それがようやく形になってきたわけだ。

 

 今では全力のフォームで走ったとしても、大体200メートルぐらいは痛みや疲れが出ない。武器としては及第点であろう。これからも改良を続け、体を鍛え続け、かのゴールドシップのように3コーナー前からのロングスパート、なんていう事もやってみたいものだ。

 

 さて、考え事もそこそこに、ピーマンも腹いっぱい食ったことだし、瞑想してからしっかり寝よう。あ、それはそうとして、牧場の桜のつぼみが大きくなってきた。花見などもぜひしたいものだ。

 

 

 前回のレースから一か月と経たないうちに、なんとまた私は車に揺られて船橋の中山競馬場の大地の上に立っていた。なんというか、レースのスパン短くない?ま、とはいえやはり、私としては別に車が嫌いなわけではないし、むしろ観光気分で気分があがるので問題は無い。

 

 そして、一か月という時間ではあるが、季節は確実に歩みを進めている。茶色かった芝は今では青々としているし、まさに芝コース!と言った具合のレース場となっている。しかも周辺部に植えられた桜は満開と言って良い。実に春らしい。

 

 レース場での併せ馬の練習もそこそこ、休憩もそこそこ。5戦目ともなれば慣れたものである。本番に向けてピーマンを口に含んでもっしゃもっしゃしていると、厩舎で見たおじさんがまたしても私の厩舎の前で、私をじいっと見ていた。うーん、どちらのおじさんですかね。そう思っていると、いつも私の世話をしている人間ですらも、おじさんに頭を下げていた。

 

 客観的に見ると、このおじさん、私の上に乗る人間や、世話をする人間ですら頭を下げるような偉い人で、私に会いに来ても問題が無い人物ということになる。…もしかしてこのおじさん、私のオーナー?その可能性が大きいかもしれない。ま、であれば少しすり寄っておこう。甘えておいて損は無い。すると、すり寄った顔を笑顔で撫でていただけた。うーん、触れ合いは少ないが、レース前とはいえ、会いに来てくれるとはじつに良いおじさんである。

 であれば、このオーナーらしき人、そして彼、そしていつも世話をしている人間、かれらのためにも今回のレースもしっかり勝っていこうと思う。

 

 と、簡単に思っていたのだが、今回のレースはどうやらいつもと様子が違う。

 

 レース当日、意気揚々と装備を付けてパドックに出てみれば、明らかにいつもと違う歓声と、大量の観客が私を見ていたのである。流石に驚いて少し足を止めてしまったが、いかんいかんと歩き出しながら平常心を装いつつ、足のストレッチを行う。のばし、のばし、縮め、縮め。手綱を引く人間は少し首を傾げておりますが、私のルーティーンなのですこし我慢してほしい。

 

 さてさて、それはそうとして私の番号は『18』。横の数字は『2.1』で、他の馬の数字は小さくても『3.7』であるから、これまた私は一番人気であるらしい。

 

 というか私の番号が18番。電光掲示板もいままで見たことない馬の数を示している。なるほど、今回は18頭の馬が走る大レースじゃないか。よくよく見てみれば、コースの距離は2000メートル。まぁ、これは大した問題じゃない。

 

 などと掲示板をのんびりと眺めていたが、ふいに見つけた文字に足が止まってしまった。ヒトの言語は読めない聞けないと思っていたが、私はどうやら、数字とアルファベットはある程度読むことが出来るらしい。

 私が見つけたその文字は、『GⅠ』。競馬において最高峰のレースを意味する、グレード1の文字が見えたのである。

 

 まぁ確かに4戦連勝しているわけだが、かといってそんな自分がグレード1レース…。本当か?うーん、もしかすると見間違いかもしれない。えーと…私の『18』の横が『2.1』。2000メートルね、うんうん。一番上のレースの名前らしいところは読めないが…その後ろについてますね、『G1』。

 そんなわけで、驚いて立ち止まってしまったわけだが、すかさず人間が手綱を引いてくれたので、事なきを得た。だがそうか、グレード1レースか。だから18頭もいるわけで、これだけパドックで盛り上がっているわけか。納得納得。

 

 いやまて、ピーマン食べて練習してレースに勝っていたら、グレード1レースを走る事になっただって?なんとも現実感のない話である。

 

 とはいえ、困惑していても仕方がないか。だってもう私はパドックでぐるぐると回っているのだ。あと数分もすれば止まれの合図でレース場に入場せねばならない。18頭いて、2000メートル、グレード1のレースではあるものの、やることは変わらない。無理せず、しかし本気で勝ちに行くのだ。

 

 そうしているうちに、止まれの合図とともに彼がこちらにやってくる。いつものように首を叩き、私の上に乗った彼であるが、更に一度、首を叩かれた。

 

 ―今日はやるぞ―

 

 なるほど、そういう気合を感じられる。

 

 ―もちろんやるぞ―

 

 そう意味を込めて鼻息を返す事も、慣れたものである。

 

 そうして、いざ馬道を抜けてみれば、そこは歓声の嵐であった。

 

 まさに耳をつんざく大喝采。その音に驚いて観客席を見渡してみれば、今までのレースでは見たことのないほどの満席の観客席がそこには在った。そして眼前に広がる緑の芝。周囲には青々とした木々と、薄い桃色の桜が咲き誇る素晴らしい景色を見ることが出来た。

 

 私はいつものように、少し跳ねるような感じで芝の感触を感じ取りつつストレッチ、そして軽く走ってウォーミングアップを行いながらも、今日は果たして何のレースなのかを考えていた。

 

 この観客と馬数で、先ほどのグレード1のレースというのが真実味を帯びてきた。そりゃあ、そんなレースならオーナーらしき人が直々に私に会いに来るわけだし、調教の時以外会わない、普段は厩舎に来ない彼ですら厩舎に来るわけだな、と、納得も出来る。

 ともなれば、このレースは一体何のレースなのであろうか。ただ、私は競馬には暗いので、知っているG1レースの名前といえば、皐月、ダービー、菊花、天皇賞にジャパンカップに有馬記念ぐらいである。確か菊花賞と有馬記念は年末のイメージがあるので、春のこの時期のレースではあるまい。天皇賞こそ春と秋の開催だったはずであるが、確か春はゴールドシップが長い距離を走って勝った記憶があるので、2000メートルのこのレースではないと言える。ともすればダービーと皐月賞になるのだが、正直そんな大レースに私が出れるはずがないと思っている。

 たかだか私は4連勝しているだけの馬なのだ。それに、ダービーは確か桜の季節じゃなかったはず。夏の前のイメージがある。一番近いのは皐月賞なのだろうが、皐月は5月の事だ。桜は5月には良くて葉桜である。…となると思い起こせるレースが一切ない。

 

 とはいえ、2000メートルで桜が咲く季節のG1レースなのだ。名前が判らなくたって、この観客の入りを見れば注目されていることは嫌でも判る。

 

 覚悟は決めねばなるまい。特に今回は大外18番スタートである。ゲートから出るタイミングは遅れたくない。できれば出遅れ無しの、しかし少々後ろ目で様子を見ながら第一カーブを迎えたいものだ。ということで、いつものように彼にそこらへんは任せよう。私が出来るのは、大人しくゲートインを行い、しっかりと手綱の通りに走ることぐらいなのである。

 

 

 スタートはしっかりと成功できるか…?などと不安を持ちながらレースの幕が上がってみれば、結局なんてことは無かった。スタートは見事、彼の手綱のおかげで馬横一線である。他の馬もスタートが巧い。流石グレード1レースである。そして、彼の手綱が緩んでいることから、ほどよく前に行け、ということであろう。ああ、もちろん判っているさ。走るコースを内側に意識しつつ、先行しようとする馬達を先に行かせる。スタート直後は無理はしない。そうやっていると第一コーナーを迎える頃には、私は後ろから5番目ぐらいの位置で抑えつつ走ることが出来た。普段であれば、3つめのカーブまではこの位置で様子見である。

 

 …様子見のはずだったのだが、珍しく今日はここで手綱が緩められた。前に行けということである。

 

 珍しい。初めての展開である。とはいえ、逆らうことはしない。何せレース展開は私よりも彼の方が、よく熟知しているからだ。ということで少し足に力を入れて加速する。内側は他の馬で進路が塞がれてしまっているため、大外から加速をかける。体力はまだ潤沢にある。焦らずじわりじわりと順位を上げていると、手綱が引かれた。ふむ、前方から5番目といったところ。なるほど、いったんここまで上がるだけでいいわけか。そして、様子を見ながら速度を他の馬に合わせつつ、2つ目のカーブを曲がる。コースは他の馬に比べれば外であるが、前に馬はいないので、非常に視界がよく、いつでも加速がかけられる位置である。それに、足元が他の馬の蹄で削られておらず、非常に走りやすい。やはり彼の手綱は巧いな。

 そして直線であるが、ここではさほど動きがなかった。彼は手綱を握ったままだし、私もまだ行こうとは思っていない。実際のところは、彼もこう思っているはずだ。

 

『仕掛けるのであれば3つ目のカーブの入り口』

 

 私の考えはドンピシャであった。ここまでくると、以心伝心と言っていいのかもしれない。まさに3つ目のカーブの入り口。彼の持つ手綱が緩められたのである。それの意味するところは。

 

―行け―

 

 ということに他ならない。他の馬や人間は、おそらくカーブへ意識が向くであろうその瞬間を狙い、歩幅を少し広げて、するっと速度を上げる。前をいく馬達は狙い通り内側に走り込み、前が完全に開いた。私は減速することなくカーブを抜け、4つ目のカーブに突っ込む。そして、カーブを抜けて直線に頭が向いた頃には、先頭を走る馬と横一線になった。

 

 今までであれば、ここから一気に突き放せたはずである。だが、そうは問屋が卸さなかった。やはり皆、この大レースに出るほどの手練れの馬達であることを、私はしっかりと痛感することが出来た。

 じわりじわりと差は開くが、数頭ほどが私の後ろにくっついて、一気には離れないのだ。そう、ダントツ私が速いというわけではないのである。

 更に、なんと左側から一頭つっこんできた。正直、今現在の速度は間違いなく、つっこんできた馬のほうが速い。正直に言う、強い馬だ。速い馬だ。このままいけばゴール手前で抜かれてしまうだろう。

 

『俺のほうが速い!抜かしてやる!』

 

 そういうニュアンスも伝わってくる。…だが甘い。私の上の彼もそれを判っているのだろう。手綱は動かない。そうだ、私はまだ、全力どころか、本気でもないのだ。

 

 つまりこういうことだ。

 

 

『いつから俺が本気で走っていると、錯覚していた?』

 

 

 彼が私の体と重なろうとした瞬間、更に歩幅を広げて加速する。フォームを変えない状態での最高速度まで速度を上げきり、見事、私は誰もいないゴールに飛び込めたのだ。

 

 

「強いな。あいつ。無敗で皐月を取っちまった」

「はい。強いです。しかも…」

「フォームを変えずにスパート、だろう?レース展開もそうだが、走りが一か月前より進化してやがる。なんだよあの気持ちの悪い加速の仕方」

「鞍上も驚いてましたよ。調教中はそんなに変わってなかったのに、本番走り出したら別物だったって」

「恐ろしい馬だな。それだけに、俺たちはあいつをしっかりと見てやらないとな。あれほどの馬を調教中に怪我させた、なんて日には非難の嵐だろうよ」

「判ってますって。それに安心してください。危ない事はあいつ自身が拒否しますからね。まったく。頭が良すぎるんですよ」

「そういえばアイツへの褒美はどうするんだ?今までピーマンをバケツで3杯だったよな?」

「そこは頭を抱えていますよ。大きめのトロ船いっぱいに入れてやろうかとも考えたんですが、多すぎて腐らせてもなぁって思っています」

「ああ、確かにな。あいつがいくらピーマン食うっていっても限度があるだろう」

「何か良い案ないっすかね?」

「いっそのことピーマンの苗木でも房内で育ててみるか?」

「あ、それいいっすね」

 

 

「おう。首尾はどうだ?」

「あ、トレーナー。うん、まぁ、いつも通り。柔軟はしっかりやったし、ウォーミングアップも完璧。あとは出たとこ勝負だと思うよ」

「そうか。で、今日の戦術だが…本当にフォームを変えないのか?」

「うん。他の娘には悪いけど、今日は通過点だもん。ここで全力を出さなくちゃ勝てないような実力じゃあさ、ボクは無敗の三冠なんて無理だと思ってるからね」

「覚悟は出来てるんだな、前にも言ったが、それは厳しい道のりになるぞ?」

 

「あはは、何を今さら言ってるの?ボクはルドルフさんを超えるんだもん。このぐらいの事、呑み込んでみせなきゃね」

 

「そうかそうか。いやぁ、覚悟の決まった奴は怖い怖い。怖いから俺は客席から見ているよ」

「あはは。じゃあまたあとでね。トレーナー」

「ああ、そういえば今日、ルドルフは来れないってさ。全く、可愛がってる後輩がクラシックの初戦に挑むってのに…」

「あー、カイチョーは多分菊花賞までは来ないよ」

「…そうなのか?」

「うん」

 

 

「ルドルフ。本当にいいのか?皐月を見に行かなくて」

「はい」

「彼女がお前に追いつけるのか、それを占う大切な一戦だぞ?」

「良いんです。見ずとも結果は判ります。彼女は強いのです。いずれは私を超えるほどに。だから、このぐらいは鎧袖一触。…いや、私が見るまでもなく、勝ってもらわなければ困るのです」



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『皐月』へ向かう日々

5月は露地栽培のピーマンが世の中に出始める時期である。


 大レースのゴールを駆け抜けた直後、鼻から息を大きく吸って息を整えていたわけであるが、そのさなかで私の上の人間は何度もガッツポーズを繰り返していた。嬉しそうで何よりである。そして、クールダウンをしながらコースを一周し、観客が大勢いる観客席の目の前を通り過ぎようとしたとき、信じられないほどの大歓声が舞い上がった。馬の私から見ても、実に壮観である。

 

 そして私の上の人間が、指を一本天に掲げて見せると、更に歓声が大きくなった。

 

 ほー、『俺が一番だ!』ということか。いやぁ、やはり大レース。勝ってよかったと心底ほっとした。正直、一番人気というプレッシャーを私は感じてはいないと思っていたが、こうも安心するということは、なんだかんだプレッシャーを感じていたという事なのだろう。

 

 そうしているうちにあれよあれよと様々な場所に連れていかれて、目まぐるしく景色が変わる。体重計らしい場所に乗っけられ、オーナーらしきおじさんは笑顔で私を叩いてくるし、世話をする人間も笑顔で私を撫でてくれていた。更には、その後、やたらとおめかしされたのちに、競馬場の芝の上で写真まで撮られる始末であった。

 

 カメラをしっかり見つめて、ポーズを決めたつもりであるが大丈夫だったのだろうか?数度シャッターを切られた記憶があるものの、頷かれたのでおそらくは大丈夫だったはず…である。その際にオーナーらしきおじさんが近くにいたわけで、まぁ、つまりこのおじさん、私のオーナーということで間違いないっぽいということは判ったわけだ。あくまで、ぽいという話であるが。

 

 そして、その夜。レース場の厩舎でピーマンを食っていると、彼がまたしても私の下を訪れたため、しかりとスキンシップを図った。とはいえ顔を出して、撫でられているだけであったが。そうやって、私史上、最高の激動の一日が終わったのである。

 

 

 開けて翌日。車に乗せられて牧場に戻った私の下に、変わったものが届けられた。

 

 それは、鉢植えである。

 

 私の厩舎の外に置かれたそれは、私の記憶が間違っていなければ明らかにピーマンの苗が生えられている鉢植えであった。それに加えて、ピーマンのあの青い果実がバケツに入れられて3杯用意されていたのである。

 

 もちろんピーマンは美味しく頂くわけである。しゃりしゃりとした食感が非常に心地よく、青臭い中に感じる確かな旨味。最高である。

 なお、バケツの隣にはこれまた野菜たっぷりのバケツが置いてあるので、そちらも頂くわけであるが、なんと、そこにはニガウリが入っていた。…うーむ、ピーマンと同じように苦いモノであるから入れたのであろうが、少しピーマンとはベクトルが違う苦味なのだがなぁ…と思いながら、ピーマンとニガウリを交互に食らう。ふむ、これはこれで意外とイケる。ニガウリの苦みで痺れた舌でピーマンを食らうと、より一層ピーマンの旨味を感じることが出来るのだ。

 

 それはそうとしてこの苗だ。もしかして、これ、大レースで勝った褒美なのであろうか?であれば、非常に嬉しい。何せこれからはピーマンの露地栽培の季節である。食うだけでなく、見てピーマンを楽しめるとは最高じゃないか。

 

 そうなのだ、意外とピーマンの花は小さく、可愛らしいものであるし、しかも結構形がはっきりしているので見ていても楽しいものである。さらに、受粉後にピーマンが膨れていく様や、熟していく様をみるということもまた楽しみだ。

 更に、これはあまり人に勧められないが、苗があるという事は、ピーマンをもぐ前に食べる、『もぐ前食い』が出来るのだ。

 

 なんだそれ、という事を思う人もいるだろう。しかし、そう思う前に、ぜひピーマンを育てている人が居ればやってほしいものである。

 

 もぐ前に、木になったままのピーマンにかぶりつくという行為を、だ。

 

 これが不思議なもので、『もぎたて』よりも『もぐ前』で食べたほうが旨いのだ。

 

 そう、つまりだ、この苗がある限り、一番旨いピーマンをいつでも食えるという事である。ただし、ちゃんと肥料をやり、育てれば、という事であるが。

 

 馬である私にはそこらへんは難しい。ぜひ、人間には頑張ってほしいものである。

 

 

 今日も今日とて坂登り。フォームを変えながら坂をすっ飛ばしていると、彼が珍しく手綱を引き絞った。何事かと思って足を止めてみれば、これまた見たことのないおじさんがこちらに手を振ってきていた。私の上の彼が手を振り返していたので、どうやら彼の知り合いらしい。

 2~3言葉を交わしたのちに、なんと、彼が私の上から降り、そのおじさんが私の上に乗ったのだ。

 非常に珍しい事である。というか、いままでこんなことは無かった。私の上に乗った事があるのは、いつも世話をしてくれている人間と、彼ぐらいなものである。ま、とはいえ彼の知り合いなのであろう。問題はきっとない。

 

 すると、私の上のおじさんは早速と手綱を捌いた。つまり、行くぞ、ということであろう。まぁ、拒否する理由も特段無いわけである。判りましたよーと鼻息を荒くしてから足を前に進める。

 

 とはいえ、いつもの彼のようにはいくまい。慣れるまでほどよく8割ぐらいの力で、などと思っていたら、更に手綱を扱かれてしまった。つまり、もっといけ、もっといけ!という事である。…ふむ、そうまで言うのであれば行ってやろうじゃないか。おじさんや、しっかり掴まっていてくれよ!

 

 ということでおじさんとの坂登り一本目はフォームを変えない本気ですっ飛ばした。首を叩かれて、頷かれたものの、まだまだ手綱を扱かれる。

 

 うーん、この上となると、全力のフォームしかないのであるが…まぁ、行けと言うのならばお見せいたしましょう。振り落とされないでくれよ、おじさん。

 

 

 何か負けた気がする。結局おじさんは私の背に乗り続けて、坂登りの訓練を終えてしまった。下手をすると、彼よりも手綱さばきは巧いかもしれないなと感じる場面が多々あった。ま、とはいえ彼と過ごした時間の方が長いわけで、信頼という手綱で私と彼は繋がっているので何も問題はないと信じている。

 

 なお、その後は厩舎に戻り、相も変わらずピーマンを貪っているわけだ。ちなみに大レースの後、3日間はバケツ3杯のピーマンが用意されていた。なるほど、こうきたかと思えるご褒美である。いくら馬の私でも、バケツ9杯のピーマンは一日では食い切れない。それはきっと出す人間側も判っていたのだろう。だからこそ、私が食えるピーマンの量を見て、しっかりご褒美をくれていたのだ。実に最高なご褒美である。

 

 いやしかし、となれば今後また大レースで勝利をおさめ続ければピーマン食い放題ということではないか。いや、今でも実質毎日バケツ1杯は食い放題なのだが、それ以上には用意されていないので、もうちょっとピーマンほしいなーと思っても食うことは出来ない。だが、それが3杯ともなれば実に満足できる量である。よし、気合が入った。頑張ろうではないか。

 ただ、初心忘るべからず。怪我をせず、現役を長く続けて、しっかりと生き続けることは忘れはしない。

 

 そして、明日は確かプールでの鍛錬である。ということで、しっかりと心肺機能を鍛えようと思う。何事もコツコツコツコツ、一歩一歩しっかりと踏みしめることが、目標へと向かう最短ルートなのだ。目標を叶える回り道など絶対にありはしないのだ。

 

 決心をしたところで、ピーマンが無くなった。牧草も食い切った。ピーマン以外の野菜も綺麗に食い切った。ということで、瞑想をしてからぐっすり寝ようと思う。

 

 実際、彼を信じて手綱を任せるという私の精神力も、それを実行できるための私の体力もスピードも日々の鍛錬の賜物であるからして、やはり何事も継続が大切であると痛感しているわけである。

 

 

 牧場の桜が葉桜になり始め、季節がまた一つ進み始めている。春が終わり、夏へ向けての準備が進んでいるのだ。

 

 私自身も同様、夏に向けて体が変わり始めている。

 

 そう。毛が生え変わる時期で、全身が痒いのである。もう痒いのである。ピーマンを食い忘れ…はしないが、本当に痒いのである。厩舎で壁や床に体を擦り付けるぐらいには体が痒いのである。

 ただ、擦り付けても結局、背中とか首の後ろとかは毛が残るわけで、そこは人間にブラッシングをしていただかないとどうにもこうにも成らない。ただ痒いだけなのだ。

 

 ということで、本日はブラシ…というか鉄で出来たのこぎりのようなギザギザしたもので体をかいて頂いている。一見すると鉄なので痛そうに見えるものの、忘れないで頂きたい。私は馬の皮膚の持ち主である。

 ヒトに比べて分厚い皮膚には、この鉄の器具がものすごく気持ちよく感じるのだ。しかも、人間が動かす器具をじっくり見ていると、見事にごっそりと私の毛が抜けるのだ。それはもう、プチプチを一気に潰したぐらいの爽快感ぐらい。人間的な感覚で言うと、高級な全身マッサージを受けている時ぐらいの気持ちよさである。首が勝手に伸びてしまい、口が勝手に動いてしまうぐらいには気持ちが良い。

 

 最高最高。

 

 というか、馬になってからであるが、自分の手で痒い所がかける人間って素晴らしいと実感している。馬ではどう頑張っても無理なので、今、私の目の前で背中を掻いている人間が本当に羨ましいものである。

 

 さて、では気分もすっきりしたところで軽く走りたいわけであるが、今日はいつもと違う場所に手綱を引かれて到着した。そして触診やら採血やら、レントゲンやら諸々の検査を受けた。そう、馬の健康診断的なものに連れていかれたのだ。まぁ、採血については少々チクりとしたが、それ以外は特に何もなく検査は終わり、そのままの足で施設を後にしたため、特に健康に問題はないということであろう。

 

 厩舎に戻った後、健康診断のご褒美とばかりに、ピーマンをバケツで2杯出されたのでもぐもぐと口を動かしているわけであるが、いやしかし、日々変わらぬ日常というのは平和だなぁと、しみじみと感じることが出来ている。練習して飯くって寝て。そして相変わらずピーマンは旨いと来たもんだ。調理したピーマンも食いたいとは思う。めんつゆも合うわけだし、かつおぶしも良い。肉との相性もいいし、カレーに入れてもナイスなアクセントであるし。が、それはそれ、これはこれだ。

 

 そういえば私は前回の大レースで5連勝を記録したわけである。ここまでくると、負けたくないなぁという欲も出て来る。以前はそんなことを考えることはなかったのだが、どうやら暖かくなってきたからか、私自身の気持ちも大きくなっているようだ。

 とはいえ怪我をしても仕方がない。調子に乗らず、しかし全力で、を心がけていこうと思う。

 

 

「お、あいつの反応はどうだ?」

「鉢植えに興味津々でしたよ。成功です」

「そうか、良かったな」

「ええ」

「冴えない顔だな。もしかして、苗を食われたか?」

「いえ、苗は食いはしなかったんですけどね、ちょっと餌でひと悶着ありまして」

「餌?ピーマンか?」

「いえ、ピーマンは問題なく食ってました」

「じゃあ、野菜のほうか」

「ええ。ピーマンが好きだから、ニガウリも行けると思って入れたんですが」

「ああ、確かにピーマンもニガウリも苦いからな、で?」

「ニガウリを食った瞬間動きが止まりましてね。そのまま後ずさりしちまって…」

「野菜を食わなくなっちまった?」

「ええ」

「そりゃお前問題じゃないか」

「あ、いえ、その後ピーマンを食わせたらなぜかニガウリ入り野菜とピーマンを交互に食い始めまして。残さず食っちまったんですよ」

「…なんだそれ」

「俺もそう思いましたよ。ニガウリ、苦手なんだか、好きなんだかよくわからんのです」

 

 

「お疲れ様です。どうでした?あいつは」

「お疲れ。いやぁ。すごく良い馬だったよ。滑るように走るね」

「あなたにそういって頂けると安心します」

「正直、あの馬の屋根を張れるなんて、うらやましい限りだと思うよ。手放さず、しがみつくんだぞ?」

「もちろんですよ。離す気はさらさらありません」

「うん、その意気だ。で、次はダービーか。頑張れよ」

「はい。…つかぬ事をお聞きしますが、実際どうです?貴方が乗ったあの馬と比べて」

「うーん、そうだね。今のところはまだまだ、彼の方が上かな」

「そうですか。うーん、すごい馬だったんですね、彼は」

「うん。ま、ただ、悲観することは無いよ。正直、底の見えなさではこの馬の方が上だと思うからね」

 

 

「やぁ、君は今日も今日とて美味しそうにピーマンを食べているな」

「あ、ルドルフさん。えへへ、ルドルフさんも1つどうですか?」

「ふむ…そうだな、今日はせっかくだから1つ頂こう。…ほう、これは旨いな」

「でしょう!?ピーマンをめんつゆで煮て、鰹節をかけただけなんですけど、ごはんが何杯でもいけちゃいますよ!」

「確かにこれならピーマンが美味しいと言う事も頷ける。その、実は私はピーマンが苦手でね」

「あー、なんとなく感じてました。やっぱり苦味ですか?」

「ああ。ウマ娘としての味覚なのかな。どうしても苦味が苦手でね。いつかは克服せねばとは思っていたんだ。でも、これは旨いと感じるよ」

「え!本当ですか!えっと、それじゃあこれからもこういう、美味しいピーマン料理をちょっとづつ持ってきますよ!苦手なもの、克服しちゃいましょう!」

「はは、ありがとう。よろしく頼むよ。では、私は会議があるのでこれで失礼するよ」

「はい!お気をつけて!」

 

「あぁ、そうだ、忘れていた。皐月、見事だった。ダービーも獲れよ」

 

「ありがとうございます!もちろんです!」

 



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最も運のある馬

様々な料理でピーマンを楽しんだのち、改めて生でピーマンを食うと、素朴で青臭い味に箸が止まらなくなることも多々ございます。

 なお、酒のあてとして、千切り生ピーマンにごま油と塩を和えて食べますと箸が進みます。ピーマンの時期が過ぎようとする十月の頭。去りゆく夏の香りを楽しんでみてはいかがでしょうか。


 私はピーマンは好きであるが、ニガウリは比較的苦手であった。ニガウリ…つまり、ゴーヤーである。二足歩行であった時代、赤くなるまで熟させて甘い中身を食う事はあったものの、あの苦い感じの若いニガウリを食うことはなかなか慣れたものではなかった。ただ、ゴーヤーチャンプルーとしてスパムミートと炒めるとなかなかの美味であったことは覚えている。

 それがどうだろう。馬になってから初めてニガウリを食べた数日前からというもの、案外とそれが旨いという事に気づいてしまった。もちろんピーマンが食い物の中で一番であるが、その旨味と食感を引き立てるニガウリ。これを交互に食べるとなかなかに食感や味覚に変化が出て楽しいのである。

 最初こそ余りの苦さに体が固まってしまったが、今はもうそんなことは無い。ピーマンとゴーヤー入りの野菜を交互に食いつつ、牧草を食べる。

 ちなみに牧草は白米の様な感じがするので、いくら食っても飽きることは無い。馬になってから味覚が変わったのであろうが、いやはや、草食で満足できる体というのも便利なものだなと思うわけである。

 

 ただ、ふと冷静になってみれば、一食でバケツ何杯も野菜を食うわけで、馬というものは多分、乗り物としてのコストパフォーマンスは悪い。牧草であっても猫車一杯ぐらいは食べるわけだし、水だって同様である。

 

 そんなわけで、身の回りの世話をしていただけるこの競走馬という立場に、改めて安堵を感じる訳だ。レースで走れている分には、くいっぱぐれる事は無いのだから。

 

 ということで、残さず野菜を頂こう。最近、苦手であったニンジンも野菜のバケツに交じり始めている。最初こそ戸惑ってしまったが、なんとか少しずつ食べられるようになってきている。馬であったとしても日々、進歩していかなくてはね。

 

 そういえば私の厩舎の前に置いてあるピーマンの鉢植え。人間が丁寧に手入れをしてくれているため、ところどころに小さな花が咲き誇り、一部の花は実へと変わり始めていた。

 こういう植物というのは、見ているだけでも楽しい。特にピーマンの様な野菜は一年草であるかわりに、どんどん新芽が出て天へ天へと背を伸ばしていく。更には所狭しと花が咲くため、緑の幹や葉の中に白い色がまた美しく感じる。

 その花が散ってくると、今度は緑色の小さい実が、いよいよ実り始める。

 

 この一連の流れを毎日のんびり楽しめる。食べるだけじゃなく鑑賞も出来る。いやぁ、実に、素晴らしい鉢植えである。

 

 しかし、ピーマンが実り始めているということは、前のレースからおそらく1か月ぐらいは経っていると思われる。この間、特にレースという事はなくて、のんびりと、しかし、しっかりと鍛錬を積むことが出来た。我ながら肩回りの筋肉は一回り大きくなり、柔軟性も更に向上している。足首の周りの筋肉も肥大化し、関節を守る役目を果たしつつある。…まぁ、実際は指の関節と言えるのだが、感覚としては足首なのでそこらへんは気にしないこととする。

 そして、毛も完全に夏毛に生え変わり、我ながらなかなかつやつやの毛並みを誇るに至っている。とはいえ、日々人間がブラッシングやシャンプーをしてくれているお陰で、これだけの艶を保っている。日々日々、人間に感謝だ。

 

 

 鉢植え、ゴーヤー、ニンジン、毛ときて、もう一つ身の回りの変化が起きている。あの、彼と知り合いのおじさんが、最近よく私に乗りに来るのである。頻度で言えば、例えば坂登りの鍛錬であれば、最初こそ1往復だけ乗っていたのだが、最近では半分はおじさん、半分は彼が乗っているような感じである。

 合わせ馬に関しては、彼が横に控えておじさんが主で乗っているような様である。その際、彼がおじさんと話し合い、少しずつ手綱の引き具合や緩め具合を変えているので、もしかすると彼はいずれ私から降りて、おじさんが私のレースの時に私の上に乗るのかもしれないな、などと思うわけだ。ちなみに、確証などは一切ない。

 こういう時に人間の言葉が判ればいいなとは思うが、とはいえ、おじさんも相当手綱さばきが巧いので、実際の所、呼吸を合わせるという意味では不安は無い。ただ、おじさんのレースの展開やコース取りについてはまだまだ底知れない感じがするので、ま、しっかり時間をかけて、おじさんと息を合わせていければとは思っている。

 

 あと、最近オーナーもまた私の厩舎に顔を出す頻度も増え、今では2~3日に一度は顔を見るような感じである。ピーマンを差し出されて、食べることまでがテンプレートのような感じにすらなっている。今までの傾向からして、こういう風にオーナーが私の前に高頻度で現れるという事は、おそらくまた、大レース。つまりG1レースが近いのであろうか。

 

 ふーむ、桜が散って大体一か月、牧場の木々も青々としているこの時期の大レースか。ということは、今度こそ皐月賞だろうか?それとも、木々が青々として初夏っぽいので、日本ダービーあたりであろうか。

 とはいえ、やはり自分が出るということは考えづらい気もするのだが、私の戦績を冷静に見れば、単純に5連勝馬である。我ながら負け無しだ。

 しかもそのうち、1勝はG1レースである。ともなれば、大きなレースに私が出るというのならば、やはり時期的に見て皐月賞かダービーのどちらかであろうとは思う。

 

 なかなかにプレッシャーを感じてしまうな、と思う自分がいる反面、別に私はしっかりと鍛錬の結果を出すだけである。気楽に行くさ、という自分もいる。

 

 そうだ。結局、次のレースが日本ダービーだろうが皐月賞だろうが、私には判断がつかないのだ。ただ、レースで勝利を収めればピーマンが大量に食えるという事実があるのみである。

 

 鉢植えのピーマンの実が大きくなり、いよいよ食い時か。

 

 そう思うほどに、ピーマンが育ち、ほどよい陽気になってきた頃、ついに、私の前に移動用の車がやってきた。どこかは判らないが、6戦目のレースである。予想通りであれば、おそらくG1レースであり、皐月賞か日本ダービーである。とはいえ、もちろん私がそう勝手に思っているだけなので、肩透かしの可能性もある。

 移動車の車窓の隙間から、どこに向かっているかを注意深く覗いていると、なにやら大きな湖が見えてきた。むむ。高速で移動していて、湖が見えたということは、果たしてここはどこなのであろう。頭を悩ませていると、今度は富士山が遠くに見える。となると、普段、私がいる牧場はどちらかというと関西っぽい感じはするので、あの湖は諏訪湖あたりであろうか?で、右手に富士山が見えたため、今は恐らく、中央自動車道を通って、関東に向かっている感じであろうか。

 ということは、やはり東京の競馬場でのレースということでほぼほぼ間違いないであろう。ただ、そうなると中山競馬場ではなさそうだ。あちらはほぼ海沿いであるが、今私がいるのは明らかに内陸である。

 

 そうして暫く車窓を楽しんでいた私であるが、ついに車は高速道路を降りて一般道へ。そしていよいよ競馬場の土を踏むこととなった。

 

 おお、これはまた大きい競馬場である。客席は2階席ぐらいであるものの、大きく張り出た屋根がなかなか特徴的だ。

 

 そして、私は中央競馬で走っていて、ここは東京で、中山競馬場ではない。という情報を合わせれば、ここがかの有名な東京競馬場である事が判る。ということは、今回、もし大レース、G1だった場合は、日本ダービーの可能性がすこぶる高いという考えに至った。

 まぁ、ただ今日はレース当日というわけではなく、私自身前乗りなわけなので、観客は全くいない静かな観客席である。本当にそうなのかは当日になるまでは判らない。

 

 いつものように厩舎で休憩を行ってから、併せ馬で軽く調子を整える。そうだ、大きいレースといっても、やはり、やる事は特段に変わらない。調子をしっかり整えて、飯を食って、しっかり寝て。レース当日を迎えるだけなのだ。

 

 ま、ただ、鉢植えのピーマンを美味しく頂けるように、どんなレースであろうとも勝ちたいところではあると思う。

 

 

 いよいよやってきたレース当日。今回、私の番号は『20』番。その横の数字は『1.6』である。見事に今回のレースでは一番人気であるようだ。今回の馬の数は20頭もいる。観客は明らかに満員御礼で、パドックですら歓声が大きい。

 そして、問題のレースであるが、距離は2,400メートル。タイトルの横に『GⅠ』の文字がしっかりと確認できた。更に言うと、レースの名前の中に二つ、横棒が入っている。表すのならば『■■■ー■ー(GⅠ)』という感じに私から見える訳だが、こうなるともう確定で良いだろう。

 

 ということで、私は今から『東京優駿、日本ダービー』を走ります!

 

 もしかしたら勘違いの可能性もあるにはあるが、この大歓声に馬の数。間違いではないと信じたい。いや、しかし、これは大出世である。競馬にそこまで詳しくない私ですら知っている、日本競馬の大レースである『日本ダービー』。まさか走る事になるとは思わなかった。

 

 ちらりと他の馬達を見てみると、何頭か気になる馬もいる。客観的に見て、気合が入っているのだ。

 

『今度こそ俺が勝つ』というリベンジを誓う馬。

『速く走りたい!』という勢いのある馬。

『一番私が速い』と自信満々の馬。

 

 馬の番号で言えば11,2,13という感じである。いやはや、流石日本ダービー。他の馬も「勝つ」、だの「先頭で走り抜ける」だのニュアンスをひしひしと感じられて、私自身も気合が入るというものだ。

 足をしっかりと伸ばし、縮めて、伸ばし、縮めて。柔軟をしっかりと行い彼を待つ。私よ、焦る事は無い。なにせ今までしっかりやってきたのだ。日本ダービーとはいえやる事はいつもと一緒だ。彼の手綱に身を任せてしっかりとゴールを先頭で走り抜ける。ただそれだけである。

 

 私に出来る唯一の、しかし絶対の事だ。残念ながらただの馬に負ける義理は無いのだ。日々真面目に練習出来て、体調を自ら整え、彼…いや、騎手との絆をいままで十二分に太く繋ぐことが出来ている私なのだ。何を心配することがあるのだ。

 

 そんなことを考えながらパドックを回っていたら、いよいよストップの合図がかかり、彼がこちらにやってくる。そしてほら、いつものように2回首を叩かれてから、私の背中に彼が乗る。

 

―行こう―

 

 そう言われた気がした。

 

―おう―

 

 私はいつものように、鼻息で答えを返す。そして手綱を人間に引かれて芝のコースに出てみれば、そこにあったのは青々とした広い芝のコースと、前の大レースを大きく上回る大歓声であった。流石に二度目の大歓声であるため、驚いたりはしない。むしろ私の中では、気分が高揚する素晴らしいものに変化していた。

 芝の状態を確認するように軽く足首をほぐし、ジャンプするように全身をほぐし、そしてその勢いのままウォーミングアップを行う。

 

 蹄から伝わる芝の感じはすこぶる良い。これなら、脚への負担も少なそうである。

 

 そう芝の状態を確認しながらコースを走り、スタート地点へと足取りを進める。少し暴れる馬もいたが、それでも順調にゲートインは進む。今回、どうやら私は最後にゲートインを行うらしい。19頭のゲートインをのんびりと眺める。うーん、こうも馬が並ぶとなかなか壮観だな、などとゲートを眺めていたら、手綱を少し引かれてしまった。どうやら私は、無意識に足を止めてしまっていたようだ。これは失礼。

 

 心の中で少し手綱を引く人間に謝りながら、大人しくゲートに入り、開くタイミングを待つ。

 

 …今回は20番という大外である。スタートの失敗は許されない。もちろん、彼の手綱さばきに身を任せれば安心なわけだが、やはりスタートのこの瞬間だけは緊張が高まるというものだ。

 

 人間がゲートからはけた。旗を持っている人間の腕が、動いた。

 

 東京優駿、日本ダービーの始まりである。さぁ、お立合いだ。

 

 

「いやぁ、あいつ、やっちまいましたよ。ダービー馬ですよ!しかも、無敗の二冠馬ですよ!」

「おめでとう。お前の世話の結果だ。よくやったなぁ!」

「ありがとうございます。それにしても今回もまたフォームがそのままで、驚くばかりですわ」

「確かにな。最後まで後方に控えていたから冷や冷やしたが、何、直線を向いたら気持ちのいい加速で突き抜けたよなぁ」

「本当ですよ。内側から来た馬も物ともせずに突き抜けましたからね。いやー。我ながら強い馬ですわ」

「一番人気で一着、無敗の二冠馬。皐月、ダービー共に楽勝。三冠の期待がかかるな」

「ええ。本当です。この調子を維持できるように俺も頑張ります」

「おう。頑張れよ。あと、何かあったら言ってくれ。出来ることは俺もやろう」

「ありがとうございます。…あ、それはそうとして、今日はこんなもんがあるんですが、暑いですし一本どうです?」

「お、ビールか。いいねぇ。頂くとしよう」

 

「「二冠制覇と、これからの三冠に、乾杯」」

 

「そういえばお前、あいつへのダービーの褒美はどうするんだ?」

「頭を悩ませてます。何にしますかねぇ」

「そういえば、一部の馬はこのビールが好きっていう話もあったなぁ」

「ビール、ですか?」

「案外あいつ、ピーマンが、というか苦い食い物が好きだからイケる口なんじゃあないか?」

「あははは、ご冗談を!」

 

 

「ルドルフさん、こんにちは。今お昼ですか?」

「やぁ、君か。見ての通りさ。会議が長引いてしまってね」

「あは、それなら丁度良かったです。あの、ピーマンの料理を作ってきたんですけど」

「ほう?」

「ピーマンの肉詰めです!甘辛くハンバーグソースで味付けしていますので、ごはんに合うと思いますよ!」

「ほう。これは、美味しそうだな。では早速一つ頂こう。…これは、美味しいな!甘辛いソースとピーマンの旨味を感じるよ」

「本当ですか!お口に合ったようで何よりです!」

「ふふ、失礼して、もう一つ頂こう」

「どうぞどうぞ!」

 

「旨い。ああ、そうだ。日本ダービーおめでとう。これであと一つだな」

「はい。あと一つで、ルドルフさんに追いつけます!」

「ふふ、あと一つ、菊花の冠は今までと違って長距離のレースだ。スタミナも、精神力も必要になる。しっかりと頑張れよ」

「もちろんです!」

 

「そういえば、皐月、日本ダービーと走っただろう?誰か気になる娘はいたかい?」

「そうですね…リオナタール、ナイスネイチャ、シガーブレイドの三人は気になってます。彼女たちにも足を掬われないように、夏で一回り大きくなってみせますよ!」

「そうか、その意気だ。頑張れよ」

「はい!」

 

 



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夏、それは実り多き季節

 夏野菜のピーマンですが、案外、スープにしてもおいしいもので、ベーコンとピーマンを適当に切ってコンソメで煮るだけで美味しいおかずになり得ます。
 あと、イカとピーマンを適当に切り、ニンニクスライスを入れて、塩、しょうゆなどで味付けをして炒めた、イカピーマンはご飯のお供に最適です。



 日本ダービー、と思われるレースのゴールの後。彼は天高く腕を突き上げて、指を二本立てていた。前回が一位だぞー!を意味する一本指だったので、そう考えれば今回勝利のVサイン!を意味するものである。そのVサインと同時に、観客席から大音量の歓声が響き渡ったので、私自身もなかなかに気分が高揚したものだ。なお、彼は満面の笑みを浮かべていて、実に微笑ましい事であった。

 その後はやはりGⅠレースらしく、おめかしをされて、オーナーや彼が私と一緒に写る写真撮影が行われてから、レース場の厩舎で一泊。その後、車に揺られて牧場へと戻ってきたわけである。

 

 いやはや、これで私もGⅠレース2勝である。将来の安泰は約束されたようなものだ。

 

 だがしかし、こうなってくると怖いのは練習中やレースでの怪我である。特に脚の怪我は私の様な馬にとっては間違いなく致命傷であるから、本当に気を抜くことは出来ない。ま、今までもストレッチやウォーミングアップを十分行いながら、関節や負荷に気を付けてやってきているので、それを今後も継続すればまず安心だとは思うのだが。

 

 ま、あれやこれやと考える前に、まずは目の前に用意されたピーマンを食べようと思う。今回の量はバケツ3杯で、実に満足できる量だ。さて、グレード1を勝った私は、何日間このバケツ増量ピーマンの日々を楽しむことが出来るのであろうか。前回が3日だったので、今回はせめて1週間は続いて欲しいというものである。自分で言うのもなんであるが、6連勝、無敗のGⅠ馬なのだ。レース直後の今ぐらいは、調子に乗っても良いと我ながら思う。

 

 

 鉢植えの、頂いたときには小さな苗木だったピーマンは、気づけばもう丸々と大きく育った実をつけるほどに育ち切っていた。更に、その実のまた根本あたりに花を咲かせているあたり、まだまだピーマンの季節はこれから、といった具合であろう。

 ある日、目覚めてみると、厩舎の外、少し離れていた場所に置いてあったピーマンの鉢植えが、私の口が届く場所に置かれていた。ふむ、これは、つまり、鉢植えのピーマン、食って良いぞの合図であろうか。それならば失敬とばかりに、葉や茎を傷つけないように、そっと生っているピーマンに齧りついた。

 

 おお、やはり、ピーマンはもぐ前食いが実に旨い。あふれ出る果汁、口の中に広がる青臭さと苦さ。咀嚼すれば広がるピーマンの旨さ。もぎ立てよりも濃く感じることが出来る。これはたまらんとばかりに、もう1つ、もう1つとピーマンをもぐ前食いしていると、何やらいつも私を世話してくれている人間が近づいてきた。鉢植えピーマンを食いすぎたのだろうか?などと思っていると、その手に一つの缶を握っていることに気づいた。

 

 あの麒麟のロゴは間違いなく、奴である。なんだ、ここでヤルのか?

 

 思わず首を上げてそちらを見てしまったわけだが、すると、人間は缶を開けて、タッパーに移し替え、なんとこちらの口元に差し出してくるではないか。…呑めと?

 

 いや、ビールを飲めることは嬉しいわけですが、私、今馬なわけで、果たして馬は酒を飲んでよいのか、という素朴な疑問である。いやしかし、目の前には、炭酸のちょっと良い音を立てているビール、うーむ…ま、勿体無いので、一口、口を付けてみようじゃないか。何事もチャレンジである。それに、ビールの原材料は麦とホップ。ジャンル的には麦もホップも野菜なのできっと、馬の私が呑んでも問題はないはずである。

 

 おそるおそる、黄金色の液体をなめとり、ゴクリと嚥下した。

 

 …これ、アルコール入ってる?酒臭さを感じない代わりに、炭酸の刺激と、ホップと麦の香りをより感じ取れて、これは何かビールと言うよりも「旨い液体」である。なによりも、この喉越し。少し気温が上がってきたこの時期には実に合うものだ。うん、なんだか呑んでも大丈夫そうな予感がする。

 

 であればと。ピーマンの木から緑色のピーマンをもぐ前食いを行い、口の中をピーマンにする。そしてすかさずビールを口に含み、ゴクリとやる。

 

 おお…ピーマンの旨味苦味がビールの爽やかさと相まってこれは進んでしまう。

 

 ピーマン、ビール、ピーマン、ビール、牧草、ビールなどとやっていたら、あっという間にタッパーの中はすっからかんである。それを見た人間は、笑いながらこちらの顔を軽く叩いていた。

 

―旨かったか?―

 

―もちろんですとも―

 

 そんなニュアンスで、私も鼻息を返していた。いや、久しぶりのビール、堪能させていただきました。感謝しかない。ただ、できれば、叶うならば、ピーマンの肉詰めとか、揚げびたしとか、ごま油であえたものとか、ニンニクで炒めたピーマンとイカとかで、一杯やりたいものである。今となっては、叶わぬ夢だ。

 

 

 ビールとピーマンを食らった翌日。特に二日酔いという事もなく、私はのんびりと厩舎で休んでいる。珍しく鍛錬もないようで、とりあえずピーマンの木を眺めている。大きくなった実が十数個、そして白い形の良い花も十数個。飽きることは無さそうだ。

 そして、ふと気づいたのだが、いつもより腹の調子がよい。心当たりと言えば、ビールを飲んだことぐらいなので、ビールが私の腹に何か良い影響でも与えたのであろうかと思う。そういえば、ビール酵母を使った整腸剤なんてものも売られているのを人の時代に見た記憶もあるので、ビールは結構胃腸に良いのかもしれない。まぁ、馬に食わせていけないものを、彼らが持ってくるわけもないので、きっと何か考えがあって私にビールを飲ませたのだろうとは思うわけだ。

 

 さて、しかし、鍛錬もないとなると実に暇である。

 

 瞑想をするにも、少々日が高い。あれは少し日が落ちてきてからやると心が休まるので、今はパスだ。それにせっかくの日中であるから、明るいうちに出来ることをしたい。とはいっても、出来ることは結局、寝るか食うか鉢植えピーマンを眺めるか、あとはストレッチを行ってみるかといった事ぐらいだ。

 

 ということで、ま、ストレッチを行って体の柔軟性を高めていきたいと思う。足首を起点に力を入れて、関節を伸ばし、縮める。前に後ろに体重移動をしながら、じわりじわりと力を籠めつつ、背中回りも引っ込めて、出して。首も上下に動かしつつ、肩回りや尻まわりの筋肉を伸ばしつつ…。

 ぐいーっと自分の体を伸ばしていると、人間がこちらにビデオカメラを向けていることに気がついた。気づいたところで別に気には留めないので、続けてストレッチを反復して行っていき、ようやく体全体がほぐれた所で足を畳んで横になる。朝に敷き替えられた藁もなかなかふかふかで心地が良い。そして人間に目を向ければ、やはり私をビデオで撮っている。なんだ、君も今日は暇なのであろうか。まぁ、撮られて悪い気はしないので、存分に撮影するがいい。

 

 さらさらと厩舎の中を流れる風の音を聞きながら、そういえば最近、ずっと鍛錬ばっかりで、何もしないという日が一日もなかったことに気が付けた。せっかく何もない一日なのだ、今日はこれから一日、何もしない日にしよう。だらーっと、溶けるように過ごしてみようじゃないか。

 

 

 日本ダービーから一カ月程度時間が流れ、いよいよ木々も芝も青々と夏らしさを湛え始め、気温も日中は暑さを感じ取れるようになってきた。季節の流れというのは、早いものである。

 ほかの厩舎の馬達は、車に乗せられてどこかに連れていかれたり、あとは牧場内で少し放牧されていたりとなかなか自由にやっているようで、私は宿舎からのんびりとそれを眺めていた。

 

 私はといえば、放牧というのはどうにも性に合わない。だだっぴろい芝の上でのんびりすればいいのだろうが、これだけの良い芝なのだから何かせねばなーと落ち着かないのである。なので、放牧に出されたところで、鍛錬せねばとずーっと走りこんでしまうのだ。そんな私の姿に人間もいよいよ諦めたのか、厩舎に戻されていつもの鍛錬の日々と相成っている。もちろん、人間がいろいろ気を遣ってくれていて、暑い時間帯は強い運動を避けるか、プールに突っ込んで快適に鍛錬を行なえている。

 そういえば最近、餌に豆が多くなり始めた。小さい豆が食いにくくて仕方がないのだが、同時にピーマンもバケツ2杯が普通になってきているので目を瞑るとする。ただ、豆の味は良いのでこれからも豆は増やしてほしいものだ。

 それにしても豆が多い食事となると、イメージとしてはタンパク質が豊富な食事であろうか。体つくりには最適であろう。ただ、馬の体にはどうなのだろうとは思いつつも、出された食事なのでしっかりと残さず食うこととする。

 

 何せ私より私の体には詳しい人間が、食事のメニューやら運動のメニューを決めているはずなのだ。私の仕事はそれを完全に食い、しっかりと運動量を稼ぎ鍛錬し、レースで見事勝利を得ることである。

 

 6勝無敗。そのうちでグレード1レースを2勝。この戦績は間違いなくこの鍛錬の日々の賜物である。以前にも言ったが、目標への近道は日々の努力のみなのだ。

 

 さて、今日も今日とて鍛錬である。手綱を持たれて向かう先はいつもの坂道。そして私の背にのるのはあのおじさん。さぁ、今日の所は往復7本といこうじゃないか。そして、この夏の間には、目指せ8往復である。

 

 

「もうすっかりこいつを乗りこなせていますね」

「君にお墨付きをもらうと安心するよ。ありがとう。それにしても、改めてすごい馬だね。坂路を7往復してもバテない馬なんて初めてだよ。8往復目に勝手に行こうとしたときにはびっくりしたね」

「はは、こいつは普通の馬の常識が通用しませんからね」

「でも、菊花の後は私で本当に良いのかい?この馬は、まだまだ先に行けると思うよ。この馬の引退まで屋根を張っていた方がいいと個人的には思うのだけど」

「いいんです。こいつには、もう既にいい夢を十分、見させてもらっていますから」

「そうか。そこまで心が決まっているならこれ以上は何も言わないよ。悪かったね」

「いえ。あ、そうだ。次の追い切りの時の話なのですが、もう少しこう…手綱をですね」

「ふむ…こういう感じかい?」

「うーん、そうではなくてもう少し。こう…」 

 

 

「あいつの次走が決まりましたよ」

「もうか?早いな。夏競馬でも走るのか?」

「いえ、驚くなかれ、菊花賞に直行ですよ。阪神も、セントライトも回避です」

「は?正気か?確かにダービーで勝利しているから優先権はあるだろうが」

「ええ。オーナーと鞍上、俺で話し合ったんですが、行けるだろうと」

「…まぁ、そう決まったのなら仕方ないか。しかしなんでそうなったんだ?」

「色々要因はありますけれど、普段の練習風景を見て、ですかね」

「どういうことだ?」

「普段、あいつ登坂で7往復を熟して、プールも3分の潜水を行ってるのは知ってますよね?しかも訓練が終わっても、すぐケロっとして飯を食ってる頑丈さもありますし、なにより、訓練への熱意が毎日伝わって来るんですよね」

「確かに非常識な馬だな、と私もいつも思っている」

「ですよね。ということで、下手にレースを挟んで調整するよりも、更に鍛錬を積ませて、一回り体を大きくした方がいいんじゃないか、という結論に至りまして」

「なるほどな…判らんでもない。まぁ、そういう方針で決定したんだろう?」

「ええ、決定事項ですよ」

「判った。やってみろ」

「はい」

 

「あ、そういえばアイツの妙な動きをビデオで撮ってみたんですが、見ます?」

「お、それは見たいな。どれどれ…足首伸ばして、ケツ伸ばして…なるほどな。動画でしっかりと見直すと、ストレッチのようにも見えるな」

「やっぱりそうですよね。レースとか訓練の前と後にこういう動きをする馬、他に知ってます?」

「知ってるわけがないだろう」

「ですよね」

 

 

「会長、次回の役員会の資料ですが」

「ああ、そこに置いておいてくれ、すぐ確認するよ」

「お願いします」

 

「そうだ、エアグルーヴ。君は家事に明るいんだったか?」

「え?まぁ、ある程度なら、ですが」

「ふむ…一つ、頼みごとがあるのだが」

「会長から?何でしょう。私に出来ることであればご協力致しますが」

「いや、なに、ピーマンのレシピをいくつか教えてほしいと思ってね」

「…ピーマン?ですか」

「ああ、そうなんだ。最近注目している娘がピーマン好きでね。差し入れに何か持って行ってやりたいなと思ったんだが、いまいちピンと来なくてね」

「そういうことですか。それであればお任せください。明日までにいくつかレシピを見繕って、持って参ります」

「ありがとう。期待しているよ。ああ、ただ、そんな急ぎじゃなくていい」

「そうなのですか?」

 

「ああ、彼女、今は夏合宿中でね。しばらく会う予定は無いんだ」



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天高く馬燃ゆる秋

ピーマンとチーズの相性もまたいいわけで、餃子風に皮に包むと酒が止まらなくなります。


※10月4日にワクワクチンンチンワクチンンチン2回目をぶち込んでおりますので、2~3日の間は副反応で更新が鈍くなります。


 

 暑い夏。鍛錬の日々を牧場で過ごした私は、我ながらパワーアップを果たしたと思う。坂路は遂に8往復を超え、潜水時間も4分に迫る勢いだ。パワーもスタミナも夏前とは一味も二味も違う。

 それはこの鉢植えピーマンも同じで、夏の日差しを受けて非常にジューシーで、青臭く、旨味も一味も二味も違うわけだ。

 

 なお、夏の間は週一でビールと豆とピーマンのルーティーンが止まらなかったことをお知らせしておこう。実に旨かった。いやはや、馬になってからも晩酌セットみたいなものを楽しめるとは思わなかった。ただ、アルコールは感じ取れなかったのが少し残念ではある。個人的な好みは恵比須様だ。

 

 それはそうとして、夏はあっという間に過ぎ、今の時期は秋。季節の流れは実に早い。それと同時に、馬達の流れもかなりなものがあった。しばらく一緒に併せ馬をしていた馬は既にどこにもおらず、新しい馬が私の並走相手になっているし、となりの厩舎の馬も入れ替わっている。坂路で一緒だった馬も今ではほとんどこの牧場にはいない。果たして彼らはどこに行ってしまったのであろうか。

 牧場を移動しただけならばいいが、まぁ、そうはいかないのが馬の世界というのもよくわかっている。

 私なんかはレースで無敗であるからして、まず手厚い保証付きで世話されることは確約されていると思うが、全く勝てない馬は、オーナーから手放される可能性も大きいわけだ。流石にサラブレッドを食用にはしないだろうが、それでもレースの世界からは遠のいてしまうだろう。

 ま、どっかの牧場で観光馬として余生を楽しむのもいいかもしれないが、それでも私は今を全力で走り抜けようとは思う。

 

 それにしても秋か。馬となってしまった今ではアレだが、マツタケやさつま芋、カツオやサンマ…実に食べたいものである。あ、ただ、もちろんピーマンも忘れちゃいけない。

 

 この時期のピーマンはやはり生が一番である。だが、やはり肉詰めもいいし、細切りで炒めてもいいし、チンジャオロースもいい。あとは輪切りピーマンに、チーズを下に敷いてフライパンでチーズがカリッカリになるまで炒めてピザ風にするのも良い。餃子の皮にチーズと一緒に入れて焼くのもまた酒のお供になるわけであるし。

 シンプルにナスと揚げてめんつゆ揚げびたしもまた最高であるし、浅漬けの素で大根、昆布あたりと一緒に漬け込むのもまた乙である。

 

 いかん、よだれが出てきた。

 

 ま、料理はやはり叶わぬわけなので、目の前のピーマンの鉢植えを楽しもう。葉を傷つけないように実を食うのも慣れたものである。

 

 

 日々訓練とピーマンの日々を過ごしていた私であるが、秋も深まってきた頃に私の目の前に車がやってきた。つまり、しばらくぶりのレースである。

 確かに数日前からオーナーやら彼やら、おじさんやらがやたらと厩舎に来ていたので、そろそろまたレース、しかもグレード1のレースでもあるんじゃないのか、と思っていたが、見事に当たりである。

 ちなみに今回は、明らかに大きなカメラを持った人もいたので、何かの取材もあったのかもしれない。が、私は普段通りに過ごしていたので、あんまり気にはとめなかった。

 ピーマン食ってる様を写真にやたらと収められた気もするが、まぁ、好きなだけ撮ってくれという気持ちだ。

 

 さて、それはそうとして、今回私が車で連れてこられたのは、久しぶりの『京都競馬場』である。

 

 関東の府中や中山と同じぐらいの規模があるなぁ…と土を踏みしめながら思うわけであるが、私にとっては不要な時間である。まずは厩舎で休憩タイムである。暇な時間なのでピーマンをもっしゃもっしゃと食っていると、隣の厩舎に一頭のお馬さんが入ってきていた。どうやら、あちらさんは相当お疲れのご様子。

 なるほど、普通の馬はこうなるのかーと隣を覗いていたところ、あちらも私に気づいたようで、気だるそうにこちらを見ていた。

 

『お前には負けない』

 

 開口一番、ニュアンスがこんな感じである。よくよく見れば、このお馬さん、日本ダービーで私のすぐ後にゴールしたお馬さんじゃあないか。まぁ、俗にいうライバルである。もちろん負ける気はないので

 

『俺が一番さ』

 

 とニュアンスで返しておくと、なんと不満そうに此方に歩いてくるじゃありませんか。ま、とはいえ私はピーマンタイムであるので、もっしゃもっしゃとピーマンを貪っていたわけなのだが。

 

『…それ旨いの?』

 

 と、興味津々でこちらを見ているお馬さん。いや、どうだろう。ピーマンは牧場の馬達には非常に不評だった。すぐに吐き出されていたし。まぁ、興味があるなら食ってみなさいと、一つ、お馬さんに差し出しておく。するとお馬さんは私から受け取ったピーマンを、もっしゃもっしゃとやり始めた。

 

『…なにこれ苦…苦…苦…』

 

 やはりそうなりますか。あれだったら吐き出してもいいんですよ?とニュアンスで伝えると

 

『いや、待って。…苦…旨…?旨い…?』

 

 気づけばお馬さんは疑問を浮かべながらピーマンを一つ食い切ってしまっていた。そして、こちらに顔を向けて鼻息を荒げている。ええと、もう一ついります? 的な感じでピーマンを一つ差し出してみると、今度は食い気味でピーマンを奪われてしまった。

 

『あ、これ、旨い』

 

 もっしゃもっしゃ。まさにその勢いでお馬さんはピーマンをぺろりと食ってしまった。それならばと、私の厩舎にひっかけてあるバケツのうち一つを彼に差し出してやった。そう、ピーマン一杯なバケツである。彼はそれを受け取り、なんと厩舎の中に引っ込んでしまった。

 ただ、その厩舎の中で『もっしゃもっしゃ』と聞こえるので、大層お気に召したようである。

 

 つまりこれは、ピーマン仲間、ゲットである。いやはや、味の分かる馬というのもやはりいる所には居るのだ。それにしても隣の厩舎に入ったという事は、私と同じレースを走るという事であろうか?ピーマン友として、正々堂々勝負をしたいものである。 

 

 

 迎えたレース当日。パドックに出てみれば、グレード1の予想通り、今までに無いような大歓声で迎え入れられた。私の隣の厩舎にいた馬も、ぐるぐるとパドックを回っていた。やはり同じレースを走るライバルであったらしい。ま、今ではピーマン仲間である。そんな彼は『18』を背負っていた。大外になっていたのか。他の馬のこととはいえ、スタートをうまく切ってほしいものだ。

 

 さて、今回の私の番号は、『2』である。その横の数字は『1.7』だ。2番目の人気の馬は『8』の『3.6』であるから、やはり今回も私が一番人気であるらしい。これはやる気が出るというものである。

 

 距離は…3000メートルって長くない!?前に走った日本ダービーが2400だったからか、余計に長く感じてしまうのは仕方がないとしても、それでも3000メートルか。まぁ、2400を本気で走ってもそれほどバテなかったので、個人的にではあるが、距離的には行けるんじゃないかと思う。

 ただ、最後のスパートが出来るほどの体力が残っているかは我ながら不安ではある。それに、今回は気になっている他の馬もいるわけだし、なかなか一筋縄では行かなそうだ。

 

 いや、それにしても歓声が凄いな。今まで走ったレースの中で、一番人も多いのではないだろうか。本当に、観客席を見ていると実に異様な興奮具合であることが判る。しかも、何か私に向かって声を上げているような人もいる。

 

 それにしても秋のこの時期に3000メートルでグレード1レース。そしてこの盛り上がりと来ている。天皇賞かなぁとも思ったが、私は日本ダービーで勝った馬だし、そして日本ダービーで見た馬が何頭かいる。となれば、このレースは恐らく天皇賞ではなく、あれしかあるまい。

 

 菊花賞である。

 

 競馬に疎い私でも、知っていることがある。それは、皐月賞、ダービー、菊花賞を取った馬が「三冠馬」と呼ばれることだ。と考えた所で、一つ私は重大なことに気が付いてしまった。

 

 さて、では冷静に整理してみよう。私は、春に名前が判らない2000メートルのG1を勝利している。

 そして、夏前には日本ダービーらしい2400メートルのG1を、勝利している。

 更に今、秋のこの時期に、何か判らないがおそらく菊花賞であろう3000メートルのレースを走ろうとしている。更に更に深く思い出してみれば、最初のレース。勝った時に彼が、一本指を立てていた。そして次のダービー。二本指を立てていた。

 …これさ、もしかしなくても、最初のレースって皐月賞じゃない?さらに言うと、彼の立てた指も一着!という意味ではないのではないか?

 つまり、『1着!』の一本ではなくて、『一冠目』の一本指だったんじゃないだろうか。ダービーの二本指も『二冠目!』という意味だったのであろう。だから、観客席から爆発の様な歓声が生まれたんではないだろうか。

 

 そう考えると、この会場の異様な盛り上がりようは納得がいく。つまりこのレースは。

 

 私が皐月、ダービー、菊花賞を、『三冠』を取る最終戦ということではないだろうか?

 

 …そう思うとめちゃくちゃ緊張してきた気がする。しかもよくよく考えれば私、負けてないわけで、『無敗の三冠馬』の誕生を、ここの観客が見に来ているとすれば…牧場や厩舎で写真をとられたり、カメラを回されたりした理由に説明がつくというものである。

 

 え、ということは私、やっぱりシンボリルドルフに転生した感じ?私が知る限り、無敗三冠って、シンボリルドルフかディープインパクトぐらいしかいないぞ!?となると…やっぱり時代的にシンボリルドルフ…!?

 

 うわー…うわー…!?それはものすごいプレッシャーである。そうか、私多分シンボリルドルフあたりに転生したのかー。そりゃあこの体は練習すればするほど速くなって体力もつくわけだ。

 

 まずい、すごい緊張してきた。だって、ここで負けてしまっては日本競馬史が変わってしまう。シンボリルドルフの戦績は実はそんなに知らないのが幸いであるけれど、それでも負けずに三冠を獲った事実というのは変わらないので、ここで負けるわけには絶対にいかない。だって、歴史を変えてしまっては、後に出て来るトウカイテイオーが産まれてこない可能性だってある。あのトウカイテイオーとビワハヤヒデの対決は絶対に歴史から消してはいけないと思う。

 

 ええい、こうなったら今回は全力で行こう。

 

 とはいえ、やることはやっておかなければならない。彼が来るまでに、足首を伸ばして、関節を緩めておく。全力で走るにしても、怪我だけは避けなくてはならないのである。

 

 

 コースに出てからのいつものルーティーン、ストレッチを終えてからウォーミングアップは変えはしない。だが、今回、スタート位置がいつもと違うので少々戸惑っていた。普段であれば観客席の前のストレッチにゲートがあるのだが、今回は逆のバックストレッチにゲートがある。なるほど、3,000メートルだと、距離を稼ぐ意味合いでゲートの位置が違うわけだ。

 となると、カーブの数がいつもと違う事をしっかりと覚えておかなければ。普段最初に回るのを第一、第二、そしてストレッチのあとに曲がるのを第三、第四として…そう考えると、第一、第二カーブは一回しか通らないので良いとしよう。ただ、第三、第四カーブは2回通る事になる。つまり今回は6つのカーブを越えてゴールがあるということである。

 よし、心は燃やし、頭は冷静にいこう。カーブの数を間違ってスパート、なんてカッコ悪いからね。

 

 そうしているうちに、全18馬のゲートインが完了し、旗が振られて、束の間ゲートが開かれた。

 

 今回は私は『2』である。内側の距離の短い所を走るわけで、つまりそこまでスタートは気にしなくて良いのだが、それでも我ながらいいスタートが切れたと思う。しかも隣の『1』が一気に下がっていったので、コースは非常に取りやすい。ただ、我ながら初の内側スタートなので、残念ながらコース取りが全く分からないのだ。私の上の彼にお任せするしかあるまい。

 1つめ、2つ目のカーブを抜けて、私の順位は前から3つ、4つ目という位置でホームストレッチへと入ることが出来た。しかし、今回のレースは今までのどのレースに比べてもゆっくり目である。やはり3000メートルという距離は今までとかなり違うものであるらしい。明らかに皆慎重である。

 そして3つ目のコーナーに差し掛かろうという時に、外から『18番』の馬が私の隣に並んできた。他の馬達も徐々に徐々にポジションを確保していく。なるほど、いよいよ勝負時が近いという事であろう。

 私の上の彼からも、『少し外に行け』と手綱から伝わってきていた。丁度3つ目のカーブに差し掛かり、馬群がばらけたタイミングで、少し加速しつつ体を外に持ち出す。

 4つ目のコーナーを抜けてバックストレッチに入った時には、私の順位は5~6番目という位置である。少し順位を下げたものの、いつもの、前に何もいない大外で待機である。ただ、気になるのは私を見るように『18』と『5』『9』『10』あたりの馬が動きを見せていることだ。マークされていると言っても良いだろう。特に『18』は私に明らかにぴったりマークである。まぁ、いいだろう。付いてこれるなら付いてこい。

 

 バックストレッチが終わりを迎え、5つ目のコーナーに入る。その頃には馬群が明らかに団子になり始めていた。どの馬もここから勝利を狙える位置であろう。だが今回は私はまだ動かない。普段であればここから大外を回り始めるのであるが、まだ距離がある。彼もそう思っているのか、手綱が動かない。

 6つ目のコーナーに入ったところで、手綱が緩められ、扱かれた。

 

―行くぞ―

―おうよ―

 

 今回は最初から本気で行くとしよう。フォームを変えない範囲で、最大の歩幅に切り替える。スピードをトップまでじわりじわりと加速しつつ、大外を回る。

 

 そしてホームストレッチ、最終直線に入る頃には、先頭と横一線…いや、4頭横一線で直線を走っていた。あの『18』が先陣を切って加速している。私はといえば、それを少し後ろで見ているような形だ。いやはや、6つ目のコーナーからは本気で走っていたが、やはりグレード1の菊花賞に出るような馬達である。いったんは並んだ、と思ったが、直線でじわりじわりと差を付けられつつある。彼らをちらりと横目で見てみれば、蹴り足が芝を抉り、息が荒い。彼らはまさに、本気の全力で走っている。

 

『俺の方が速い、俺の方が速いんだよ!今度こそ勝つ!』

『いや、こいつには俺が勝つ!いつまでも後ろに居られるか!』

 

 そういう気持ちも伝わって来る。はは、私はなんて幸せ者か。馬となった今でも、こう、私と肩を並べようとする好敵手がいるのだ。なんと張り合いのある事か。

 

 私の本気をもってしても、差が開くなんて。ああ、強い。君達の方が今、速いだろう。

 

『なら今度は俺に勝たせろ』

『なら今度は俺が一番だ』

 

 良い気合だ。だからこそ!私の、全力を見せる甲斐があるというものだ!

 

『いつから俺が、全力で、走っていると勘違いしていた!』

 

 そう鼻息を荒げて、②のポールを確認する。そう、残り200メートル。私が本気の全力で走れる距離にやってきたのだ。すかさず手綱を噛み、彼に合図を出す。と、同時に彼からも一発鞭が入った。

 

―やるぞ!相棒!―

 

 そう私が彼に伝え。

 

―やれ!相棒!―

 

 彼も私にそう伝えた。

 

 一心同体。寸分狂わず私たちは同時に前を向いた。

 

 足を振り上げる。土を抉るように芝を蹴る。捌かれる手綱を感じながら、一瞬でトップスピードに乗れるように蹴り足のギアを上げて、歩幅をさらに大きくし、そして、芝の上を飛ぶように!坂で鍛えたパワーと、プールで鍛えたスタミナには絶対の自信があるのだ。

 

 さぁ刮目しろ!これが、私の、全力だ!

 

 

『さぁ一番人気トウカイテイオー。第3コーナーを過ぎたあたりでじわじわと上がってまいりました。それをマークするようにレオダーバンとナイスネイチャが追いかける。第4コーナーにかかりましてシャコーグレイド、イブキマイカグラも上がってまいりましたが大外を回ってきたトウカイテイオーが早めに上がってきたイブキマイカグラに並ぶように先頭に並ぶ!直線を向いて先頭は横一線!トウカイテイオー、イブキマイカグラ。レオダーバン、ナイスネイチャ!トウカイテイオー伸びが苦しいか!?ナイスネイチャとレオダーバンが伸びる伸びる追いかけるようにイブキマイカグラも負けじと伸びる、シャコーグレイドも内から来た、さぁレオダーバンかナイスネイチャかイブキマイカグラかそれともシャコーグレイドか!

 

―残り200メートル、レオダーバン!レオダーバンだ!レオダーバン…いや!?ここでトウカイテイオーが外から再び伸びる!先頭を行くレオダーバンに並ぶ…並ばない!?突き抜けた突き抜けた!トウカイテイオー突き抜けた!凄まじい末脚!凄まじい末脚!凄まじい末脚だ!しかしレオダーバンも負けじと追いすがる!ナイスネイチャは厳しい!フジヤマケンザンも粘るがやはり…!

 

 トウカイテイオー!トウカイテイオーが今1着でゴール!シンボリルドルフ以来!無敗の三冠達成!しかも親子達成は日本競馬史上初の快挙だー!!!2着は最後に伸びを見せたレオダーバン!』

 



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天高く ウマ娘 燃える秋

 夏合宿はボクにとっては、ものすごく実りのあるものだったと思う。ピーマンは美味しいし、トレーナーの練習もいつにもまして厳しかったけれど、その分、脚の筋肉と体幹の筋肉は外から見ても判るほど肥大化してる。

 砂のビーチを駆けるときは、隣を走っていたマックイーンから

 

「赤兎馬のように速いですわね」

 

 って言われたぐらいだ。ただ、その後に続けて。

 

「でも、私にはまだまだ、敵いませんわ」

 

 そういってスパートをかけるマックイーンに追いつけなかった。まだまだボクは鍛えなきゃいけないらしい。いずれはマックイーンを追い抜いて、シンボリルドルフさんも追い抜いて、日本一のすごいウマ娘になるんだから!

 

 夜になったらなったで、しっかりとストレッチを行ってから瞑想をして、寝る。最近ではゴールドシップとマックイーン、スぺちゃんもこの瞑想の仲間だ。

 

「ゴールドシップ、よく貴女が瞑想に付き合っていますわね」

「あ?んだよマックイーン。棘のある言い方だなぁ」

「それは普段の行いを思い出してくださいまし!」

「えー?マックイーンのスイーツを食ってる事ぐらいか?」

「それをやめてくださいと申し上げているのです!」

「あの…2人ともうるさいですよ」

「悪い」

「申し訳ありません…それにしても、テイオーは動じませんわね」

 

 このぐらいの喧噪じゃ、ボクの集中力は途切れない。皐月、ダービーで集中して自分の走りを出来たからこそ、勝てたんだ。だから菊花賞でもしっかりと集中して、自分の実力を出し切るんだと決めているから。

 

「マックイーン。私がなんで瞑想に付き合ってるか、だっけか。ま、ゴルシちゃんもこのテイオーにあやかろうって思ってな。お前もだろ?」

「ゴールドシップ。…その通りです。私は秋の天皇賞、そして来年の春の天皇賞を取らなければなりません。しっかりと鍛錬しなくては」

「私もスズカさんに負けていられません」

 

 三者三様で色々いっているけれど、ボクにも共通するその強い気持ちの名前。それは『勝ちたい』という事だ。もちろん、ボクがこの三人と走る機会があっても、ボクが一番で勝ちたい。それはマックイーンも、ゴールドシップも、スぺちゃんだって同じことだと思う。

 

「あ、それはそうとしてテイオー。鉢植えピーマン貰っていいか?」

「あ、テイオーさん。私も…」

「…ゴルシ!?スペちゃん!?それはだめだよ!ボクが丹精込めて育てた奴なんだから!」

「ぷっ…テイオー…!まったく、貴女はどこまでもピーマンですのね」

「うるさいなぁ!このおたんこピーマン!」

「なんですって!?このピーマン馬鹿!」

 

 そうマックイーンと言い合いをしながらも、急いで鉢植えをゴルシから遠くの場所に置き直した。まったく、ゴルシったら油断も隙もないんだから!

 

 

 合宿が終わりを迎える数日前、ボクはトレーナーと夜の海岸を散歩していた。ちなみに、トレーナーの手にはビールの缶が握られている。

 

「まさかここまで来れるとはなぁ…テイオー、ありがとう」

「なにさー改まって。それに、まだありがとうって言われるのは早いからね?」

「はは、そうだった。そうだった。菊花賞がまだ残ってるんだもんな」

「そうだよトレーナー。酔っぱらってなーい?」

 

 じゃれ合いながら歩く海岸は、夏の夜空と、それが反射してキラキラ光る波間が凄くきれいで、ずっと覚えていたいなと思うほどの風景だった。

 

「じゃあ、菊花を取ったら思いっきりおめでとう、ありがとうって言ってやる」

「えー!?やめてよ恥ずかしいなー」

「言わせてくれよ。だって、お前が菊花を取れば、ルドルフ以来の三冠。しかもただの三冠じゃない。無敗の三冠だぞ?俺をそんなトレーナーにしてくれるんなら、恥ずかしいって言われようとも、何度でも言ってやりたい」

「まぁ?そこまで言うなら?ただ、普通に言うんじゃ満足できないからね?全身でその喜びを表してくれなきゃやだよ?」

「もちろんさ」

 

 そう言いながらトレーナーは砂浜に座り込んだ。ボクも自然と砂浜に座り込む。

 

「ああ、そういえば、ダービーの褒美を渡してなかったな」

「え?ピーマン箱一杯でもらったよ?」

「そうじゃねぇよ。あれはチームとしての奴だ。俺からは、ほれ」

 

 トレーナーの手から渡されたもの。それは、カイチョーと同じデザインの勲章だった。

 

「無敗の二冠。それだけでも十分すぎる偉業だからな。ルドルフに許可も貰っているから、勝負服につけるといいさ」

「わ!ありがとうトレーナー!俄然やる気が出たよ!」

 

 そう言って私は勲章を握りしめる。全く、トレーナーったら、味なご褒美を用意してくれちゃって!そうやってトレーナーの顔を見てみれば、ごくりと、手にした缶ビールを丁度一口、美味しそうに飲んでいた。

 

「んー、旨い」

「…そのビールって、そんなに美味しいの?」

「あ?んー…テイオーにはちと早いと思うが、舐めてみるか?」

「え?いいの?」

 

 トレーナーから缶を受け取り、舌でちろりと舐め取った。

 

「うっげぇ!?苦っ!?」

 

 信じられないほど苦かった。しかもなんか変な香りまでする!

 

「あっはははは!ま、いくら速く走っても、まだまだテイオーはお子様ってことだな!」

「何をぅ!?こんな苦いものが美味しく飲める方が信じられないって!」

「苦いのがいいんだよ、こういうのはな」

 

 そういって、またトレーナーはビールを一口飲んだ。うーん…苦いのが良い、大人って、そういうものなのかなぁ?

 

 

 夏合宿が終わっていよいよ秋レース本番。ボクのチームでは、マックイーンの天皇賞がその初戦だったのだけれど、結果は見事一位に入着。マックイーンは見事に天皇賞春秋連覇という偉業を達成することになったんだ。曰く『日々の精神鍛錬の賜物です』だって。かっこつけてるよねー。

 ただ、ノリに乗っているメジロマックイーン、トウカイテイオー。どちらが速いのか。なんて記事も出されるぐらいに、ボクとマックイーンは脂が乗ってきている。

 

 総じて結論は「トウカイテイオーは長距離を走ったことがないので未知数」という結論で終わってしまっている。ひどいと、マックイーンが有利である。という言葉で締めくくられるのだ。

 

 ボクだってなんとなくそれは感じられている。夏合宿でボクも実力はついた。でも、マックイーンだってさらに実力が伸びているんだ。だからしっかり、もっと実力をつけるために鍛錬を積む!

 

 そうやっているうちに、今度はボクの『菊花賞』当日を迎えていた。 

 

 パドックでお披露目が終わった後、リオナタール、ナイスネイチャ、シガーブレイドに話しかけられ、宣戦布告を受けていた。

 

「久しぶりだね。ダービーでは一着を譲ったけど、今度は負けないからね!」

「テイオー。今度こそ勝つから」

「私が一番でゴールするんだから」

 

 そういう彼女たちの体をよく見れば、彼女たちの体もまた、ボクと同じように一回り大きくなっていた。顔つきだって、夏の前に比べると別物だ。だから、自然と笑みが浮かんでしまう。

 

「やあ、元気?久しぶり。ふふ、ボクは君達に負ける気はないよ」

 

 キミ達が夏に大きくなったように、ボクだって大きくなったんだもん。シガーブレイドにナイスネイチャ、それにリオナタール。全力で来なよ。ボクはキミ達が思うほど、甘くは無いからさ。

 

 だってボクはシンボリルドルフさんに並ぶんだから。それに、今日は初めて、ルドルフさんが観客席から見ていてくれる。無様な姿を見せられるわけがないからね。

 

 

「おめでとう、テイオー。見事な勝利。見事な無敗。見事な三冠。まさに帝王の走りだったと、見てて思ったよ」

「ルドルフさん!ありがとうございます!やっと、やっと並べました!」

「ふふ。並ばれるのがこうも嬉しいものだとはね。ああ、テイオー。本当におめでとう」

 

 テイオーとルドルフは固く握手を交わしていた。そして、しばらくそれを噛みしめるようにしていた2人であるが、どちらからと言うわけでもなく、握手を解く。そしてふと、ルドルフが口を開いた。

 

「さて、テイオー。これから君はどうするんだい?過去の私と同じように、ジャパンカップに挑むか?それとも、有馬まで休養をするのかい?」

「ううーん…あんまり考えていませんでした」

「はは、そうか。まぁ、ゆっくりと考えるといいさ」

「あ、でも、少し前から考えていたことがあります」

「ほう?」

「ボク、ピーマンを食べていると幸せなんです」

「知ってる。それがどうかしたのかい?」

「いえ、その」

 

 戸惑うようにルドルフを見つめるトウカイテイオー。しかし、その目には確かな決意が宿り。

 

「―来年の秋。ロンシャンのピーマンを食べてみたいなって」

 

 その言葉を聞いたシンボリルドルフは、文字通り硬直した。だが、その意味を噛みしめると、自然と、腹の底から。

 

「…は、はは、ははは。ははははは!」

「笑わないでよルドルフさん!」

「いや、失敬失敬。そうか、ロンシャンのピーマンか!そうか、ロンシャンの!…ああ、ああ!素晴らしいなそれは!

 …そうそう、知っているとは思うが、あそこのピーマンは皆大きく、苦みも強いと聞くぞ。―それでも君は、ロンシャンのピーマンを食べたいと、そう言うのかい?」

「うん。―ボク、ピーマンが好きなんだよね」

 



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菊花の冠、生え変わりの冬

ピーマンの時期が少しづつ遠ざかりつつありますが、とはいえまだまだ露地ピーマンはスーパーなどに置かれております。

 さて、ということで今回お勧めしたいのは此方。

 ピーマンの肉詰め天ぷら!

 ピーマンの苦みと、天ぷらのさくさく、そしてお肉のジューシーが合わさってごはんが進む一品です!中のお肉は鶏ならさっぱり、豚なら濃厚、牛ならジューシーとなりますので、各々でお好きなお肉をピーマンに詰めると色々楽しめます!

 マイタケなどの茸を一緒に肉に挟むのも、時期ですので、乙です。


 菊花賞のゴールへと、全力でもって先頭を維持したまま飛び込んだ私は、クールダウンをしながら観客席へと意識を向けていた。何せゴールした瞬間爆発とも言える歓声が私を襲ったのだ。正直に言えば、驚いてしまった。そして、私の上の彼は何度も、何度もガッツポーズを繰り返しそして、ガッツポーズと交互に私の首を何度も何度も彼は叩いていた。

 

―よくやった!よくやった!よくやってくれた!―

 

 そんな気持ちが直に伝わって来る。私としても、ありがとうを伝えたいところであったのだが、生憎こちらは全力でレースを走ったわけで、まだまだ息が荒く、整えるまではそうも言っていられない。ただ、彼の喜びようは見てて気持ちが良いものである。

 

 さ、まぁそれはそれとしてだ。まずはこの勝利を喜ぼうじゃないか。勝利の余韻でもって、コースを一周しながらクールダウンを行う。そして、ホームストレッチに戻ってみれば、更に大きな歓声が私と彼を迎えていた。人の言葉は判らないが、おそらくはコールが起こっているような歓声だ。表すのであれば、〇〇〇ー!〇〇〇ー!といった感じ。いやぁ、彼の名前だとは思うのだが、コールを受けると心地よいものだ。

 それに応えるように彼も腕を天にあげて、『三本指』を突き上げた。

 すると、更に観客席が爆発した。彼は更に腕を振り上げ、更にコールが起こる。いやぁ、実に壮観である。そして、この三本指で、やはりかと私は確信した。

 

 『三冠馬』

 

 それを確実に意味しているのだ。つまり、やはり、私は無敗の三冠馬である。十中八九、私の名前はシンボリルドルフであろう。

 いやしかし、そう考えると余計に勝ててよかった。これで歴史は変わらないということである。多分。トウカイテイオーがきっと無事に生まれて、ビワハヤヒデとレースをして、奇跡の復活!と言うあのレースがきっと行われるはずだ。ただ、ルドルフと名前が判ったとはいえ、三冠を獲ったという事以外知らないので、この後のレース、何が待ち構えているのかは全く判らない。

 

 いやー、でもそれはそれとして他の馬も強かった。特にあの『18』番を背負ったピーマンの同志に『5』を背負った覆面の馬。最後の最後は冷や冷やしたものだ。本気の走りでは彼らに追いつけず、ならばと全力を出して引きはがしにかかったのにも関わらず、鬼の末脚とはよく言ったもので、私の全力に一瞬ではあるが負けず劣らずの加速をしてみせた。彼らとはまた、次のレースで出会いたいものである。

 

 どこかのレースで再び相まみえる時があれば、私のもっと大きくなった姿を見せたいと思う。

 

 入念におめかしをされて、豪華な写真撮影が行われて、そしていつもより長い人間たちの挨拶が行われた。今までよりも明らかに豪華な式典であった。改めて彼が私に跨り、改めて三本の指を立てたときのカッコよさと言ったら、素晴らしいモノであった。終始皆笑顔だったことは生涯忘れることはないであろう。

 

 そんな一日を終えて厩舎に戻ってみれば、既にピーマンがバケツ一杯用意されていた。微睡みながらも、もっしゃもっしゃとそれを食っていると、隣に例の18番のピーマン同志が戻ってきた。流石に草臥れているようで、こちらが飯を食っている様を見て。

 

『お前よく食えるなぁ』

 

 とあきれているニュアンスが伝わって来る。仕方ないじゃない。好きなんだもの。食うかい?とピーマンを差し出してみたのだが。

 

『明日貰う』

 

 と、目を瞑って眠りこけてしまった。それであれば、ピーマン同志のために数個残して食うとしよう。明日は牧場へ戻る日なので、朝にはピーマンはそんなに頂けないのだ。

 

 そしてふと、全く別の事を思い出した。私、自分の事をシンボリルドルフかと思っていたのだが、『自分の名前の最後には確実に伸ばし棒が入っている』という事実をすっかり忘れていたのである。三冠の興奮に、すっかり考えが飛んでしまっていた。

 年代的なものを考えるとミスターシービー…という言葉も浮かんだが、確かシービーは無敗ではなかったはずである。が、可能性として、私が頑張りすぎた結果無敗の三冠馬ミスターシービーになった可能性もあるのではないか、と思い至った。いや、そんなことあるのか?というかそれをやっていた場合、これまた競馬の歴史を変えてしまったのでは…?…と、いろいろ悩んでも私が『無敗で三冠の馬』であることに変わりはない。

 うーむ、確証は持てないが、ともかくとして、あの伝説級のお馬さんたちのどれか、になってしまったという可能性が捨てきれないということだ。となるとやはり、我思う故に我有り、とは言うものの、我ながらこうも勝てている自分の名前が気になるわけである。もちろん、人の言葉が理解できるわけではないので今のところは自分の名前を知る事は、難しい。

 

 ま、とはいえ、考えても判らないものは判らないのだ。悩みすぎても仕方がないと割り切ろう。

 

 ひとまずは眼前の、今日の勝利を喜ぼう。三冠馬ともなればレースその後の生活も安泰であるはずなのだ。喜ばしい事である。そして、目の前のピーマンを美味しく頂こう。なに、きっと、そのうちに自分の正体は判るはずだ。

 

 

 牧場に戻ってからの日々は、これまたいつも通りの日々であった。ちなみに、レース場からの別れ際に、『18』のお馬さんにピーマンをあげたときには、彼がピーマンを旨い旨いと喜んで食っていた光景が思い出される。ただ、あちらさんを世話している人間から、首を傾げられたのもまた忘れられない光景である。

 

 さて、ただ、いつも通りとはいっても一つだけ決定的に変わったことがある。

 

 私の上に乗っていた彼が、完全に私から降りたのだ。時々姿を見ることがあっても、私に乗るのはあのおじさんである。やはり、以前からこのおじさんと彼が交互に私に乗っていた理由は、彼が私から降りるという事だったのであろう。ただ、追い切ったり坂を登ったり、その手綱さばきは実に見事なものだと思うと同時に、非常に走りやすさを感じている。

 

 まぁ、顔を知らないわけではない。これからまた、彼と同じぐらい信頼を築けばいいのだ。

 

 首を叩かれ、私は坂路へと足を向ける。ふむ、いいだろう。付き合ってもらおうじゃないか。今日は目標8往復。菊花賞では全力ではなかったとはいえ、『18』のピーマン同志に一度は抜かれてしまったのだ。うかうかなどしていられない。どんどん鍛えて、パワーを付けなければならないと感じている。

 

 それに、菊花賞が終わったら必然的に来るレースがある事を知っている。

 

 それは、馬と馬好き達の祭典。一年の競馬の総決済。暮の中山に名馬が集うあのレース!

 

 その名も『有馬記念』である。

 

 あの『18』も、追いこんできた『5』の馬だって、それに私よりも経験豊富な名馬達だってきっと走るあのレースが、来るのだ。

 

 私の名前が何かなんて事は関係ない。三冠の私は怪我さえしなければ、絶対にあのレースに出ることになるであろう。その時のためにも手は抜けない。全力で、しかし怪我をしないように、しっかりと鍛錬をしていこうと思う。

 

 ただ、その直前に外国産の馬も来るジャパンカップもあったはずなので、なんにしても気が抜けないという奴である。

 

 さて、そんな事を考えていたら、坂路のスタート位置についていた。おじさん…いや、彼の手綱の合図を待つ。あの馬がこちらを過ぎたら、おそらく合図が来るであろう。

 

 3,2,1,…ほら来た!

 

―行くぞ、相棒―

―よろしく!相棒!―

 

 私は鼻息を荒げつつ、勢いよくスタートを切ったのである。

 

 

 三冠を獲った菊花賞からしばらくたったころ。木々の葉は色付きから落葉に変わり、肌で季節の移ろいを感じていた。

 

 私の新しい騎手である彼とも、息の合うスタートやスパートが決められるようになってきていて、我ながら進歩を感じる日々である。のだが。

 

 私にとっては一番いやな時期が来たのである。そう。毛の生え替わりである。冬毛から夏毛に変わった時に比べればいくらかはマシだが、なんにせよ痒い。

 

 ということで、ピーマンを食らいつつも、厩舎内の壁に痒い部分を擦り付けてなんとか痒みを抑えようとするものの、どうしても痒いのである。

 生え変わりに気づいた人間も、日々鉄のギザギザでブラッシングをしてくれている。この時期、本当にあのギザギザは最高の癒しであると断言できる。まさに、日々のお手入れのおかげで、ほっとしてピーマンを食えるというものである。

 

 そういえばピーマンと言えば、あのオーナーらしき人も私に直にピーマンを差し入れに来てくれていた。しかも、箱で一つという大量な量をである。美味しく頂いていたら笑顔を浮かべてくださったので、こちらとしても満足というものだ。その時に首を叩かれて、「よろしくな」と言われた気がしたので、鼻息でしっかりと答えておいた。

 

 それにしても、この落葉の時期に、レース場へと移動する車が来ないという事は、ジャパンカップについては私はまだ走らないという事なのであろうか?まぁ、年末の有馬記念までしっかり鍛錬を積みたいとは思っていたので、有難い事である。

 

 

「三冠、おめでとう。見事な手綱捌きだったよ」

「ありがとうございます。最後に良い手土産が出来ましたよ」

「それは良かった。それにしても、本当に良い馬だね。トウカイテイオーは」

「はい。最後の最後も、しっかりと走ってくれました。悔いはありません」

「そうか。さて、じゃあ、そんな馬をダメにしないよう、今度は私がしっかりと導かないとね」

「よろしくお願いします」

「任されたよ。…さて、ルドルフの子、どこまで伸びるのか、楽しみだ」

 

 

「やりました!やりましたよアイツ!無敗の帝王ですよ!」

「やったなぁ!皇帝以来の快挙だ!しかも無敗だぞ無敗!」

「そうですよ、本当に!やりましたよ!」

「おめでとう、本当におめでとう!さあ、さてと、じゃあ早速祝杯だ。ほれ」

「おお、これはありがとうございます…って、なんです?これ」

「ピーマンの酒だ。あいつの祝杯には最高だろ?」

「そんな酒あるんですね。じゃあ、せっかくなんで頂きますよ」

「おう。じゃあ、あいつの無敗三冠馬を祝して…!」

 

「「乾杯!」」

 

「なるほど、これは…」

「かなりピーマンの味がしますね」

「さて、それはそうとして、今後はどうするんだ?皇帝に肖ってジャパンカップにでも挑むか?」

「いえ、有馬まで休ませるつもりです。なんせ今回はあいつ、本気の全力で走ってましたからね」

「ああー。見事な末脚だったな。一度はダメかと思ったのにさ」

「ええ。鞍上の鞭で加速した瞬間、思わずガッツポーズをしてしまいましたよ」

「ま、有馬まで休ませるってのは順当だろう。で、その後は?」

「んー…悩んではいますが、実は、オーナーと話していて…やってみたいことはありますよ」

「ほう?言ってみろ」

「来年の秋になるとは思うんですがね。あいつに、ロンシャンの、パリのピーマンを食わせてやりたいと。そうオーナーと話しているんです」

「…はははは!そいつはいいな!あいつなら喜んで食うだろう。なんせあいつは、無類のピーマン好きだからな!」

「そう思いますよね!」

 

「そういやお前。調子こいてレオダーバン陣営に何か言ったか?」

「いえ?特に何も。どうされたんですか?」

「いや、それが。『お宅のトウカイテイオーが食べてるピーマン、どうやって調達されてます?』って聞かれてな」

「…へ?」

 

「あ、テイオー。菊花賞おめでとー。いやー、やっぱあんた速いわ」

「ありがとう!へっへー。ボクってばやっぱり強かったでしょ?」

「本当よ。最後、リオナタールと一緒にあんたを抜いたって思ったのにさ。最終兵器をしっかりと隠してたなー?」

「えっへへ。能ある鷹は爪を隠すって言うじゃーん」

「全く、あんたは本当にすごいウマ娘だよ。テイオー」

「あはは。ありがとう!」

 

「で、時にテイオー。その手に持っているタッパーは何ですかね?」

「あ、そうだそうだ!リオナタール知らない?」

「リオナタール?さっきまで一緒に切株の所に居たよ」

「あっりがとう!実はコレ渡す約束しててさ。あ、ネイチャも1つ食べる?」

「え?…ってこれ、ピーマンの肉詰めじゃん!?私はパスでいいかなーアハハ」

「そっかー。美味しいのになぁ」

「それを美味しいっていうのはウマ娘多しって言ってもあんたぐらいだって。でも、なんでピーマンの肉詰めをリオナタールに?」

「んーとね、菊花賞の後、リオナタールにお願いされたんだ。『あんたの食ってるもん私にも食わせろ』って。怖い顔で言うから断り切れなくって」

「あー、なるほどね。…やっぱ私も1つ貰っておくわ、テイオー」

「どうぞどうぞ!テイオー特製ピーマンの肉詰め!美味しいよぉ」

 



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それぞれの冬

さて、最近ピーマンの露地栽培も終わりかぁ、きついなぁと思っていたのですが

なぜかピーマンについて語っていましたら

なぜか近所からピーマンをやたらと差し入れされており、嬉しい悲鳴をあげております。

 ということで、いざピーマンクッキング。へたを最低限取って、ワタはそのまま。
 焼いてめんつゆ素揚げにめんつゆ、生にオリーブとシラス、生にマヨネーズと醤油、生でそのまま、肉詰めにしたり、肉に埋めたり。かと思えばピザもまた良い感じと来て幸せな日々でございます。

 さて、とはいえここ数日は変わり種ともいえるメニューしか食べておりませんので、本日の夕食は「チンジャオロース」などでいかがでしょうか。ごはんが間違いなく進みます。

 あとは忘れてはいけない主食、ナポリタン。あまーいトマトソースにちょっと苦いピーマンが良いアクセントを加えてくれます。


※ワクチンの副反応が終わりました。長い闘いでした。皆様も2日間ぐらいは熱が続くかもしれませんので、ピーマンをしっかり用意しておきましょう。


 ついに鉢植えのピーマンが霜にやられて枯れてしまった。実に冬を感じる日々である。鉢植えのピーマンが霜にやられた当日は、さすがに練習のやる気が無くなってしまって厩舎に閉じこもってしまった。ブラシをかけられたり、ピーマンを差し出されたりしたが、どうにもこうにもやる気が出なかったのである。

 我ながらこの精神の弱さは反省せねばいけないと思う。更に瞑想をしっかりと行おうと心に決意した日であった。

 さて、それはさておき。そんな凹んだ日から数日後、私はいつものように朝ピーマン食を頂いていた。ピーマンを食い、牧草を食い、野菜をまた食べて、水を飲む。三角食いというやつである。ただ最近では、時期的なモノもあってかニガウリが無くなってしまったのが少し口寂しい。で、ここ最近、少しばかり気がかりがあるのだ。

 

 それは、最近私の厩舎にやたらとカメラがやってくるのである。

 

 現に今もマイクとカメラ…ビデオカメラをこちらに向けられているわけである。いや、そうマイクを向けられても何も答えられないんだがなぁと、とりあえず鼻息を荒くはしてみるものの、特に意思の疎通が取れる訳でもない。

 ただ、鼻息を出したり、ピーマンを食っていると、マイクを持っている人間達がやたら笑顔になったり驚いてはいるので、ちょっと面白いなとは思い始めている。

 

 まー、普通に考えれば三冠馬の取材であろう。私の厩舎の前に立って、元上に乗っていた彼、今の彼というと語弊がありそうだが。まぁ、つまり騎手の2人も私の厩舎の前でインタビューを受けていることが最近多い。同じようにオーナーや、いつも世話をしてくれる人間も私の厩舎の前でインタビューを受けている光景がよく見られている。

 もちろんその際のサービスというか立ち振る舞いは忘れない。おそらく新聞かテレビかの取材であろうから、いくら三冠馬であったとしても写真やテレビ映りが悪くてはいけないのだ。見栄えよくしっかり彼らが撮ってくれてこそ、今後の私の生活の安定につながるというものであると信じている。

 

 そういえばその時に、私の全身の姿を、彼らのモニターで見ることが出来た。私自身、全身が黒かと思っていたのだが、客観的に見るとどうやら足の先だけ黒かったらしい。どちらかというと茶色いので、鹿毛、という身体である。

 あとは、額に白いラインが入っていることと、脚も左前足を除いて、白いクツシタの様になっていることが特徴である。

 うーん…私自身の姿、どこかで見たお馬さんではあるのだが…。額の流星も、足先だけ白いクツシタ、というお馬さんもなかなか多い。ただ、確実に一つ判ったことは、私はミスターシービーではないらしいということだ。確かミスターシービーは、額に白いラインがなかったはず…とはいえ、この記憶ももうだいぶ薄れてきているものなので、正しいかどうかは正直判らない。

 

 や、しかし、こう自分の姿を客観的に見ると、なかなかしなやかでいい馬じゃないかと我ながら思う。それに、この鬣のセットも結構お気に入りである。いつも世話をしていただいてる人間に感謝感激だ。

 

 さて、それはそうとして朝飯も終わったのでそろそろ鍛錬に…って、君たちも付いてくるのか取材陣。まぁ、そうであろうね。どんなふうに鍛錬しているのかは気になるであろう所であろう。よいよい。私は無敗の三冠馬。とくと見ていくがいい――。

 などと少し天狗になっても、今は問題は無いと思う。

 

 

 今日も今日とてすっ飛ばして坂路を駆けあがって降りてと繰り返していた所、途中からなんと葦毛のお馬さんが坂路にやってきていた。しかも結構体が大きいお馬さんである。

 大柄で葦毛のお馬さん…何か記憶の片隅に引っかかるものがあるが、とりあえずは走りを見てみようと思いつつ、私自身も坂路走行を続けていたわけなのだが、驚くことにこの葦毛のお馬さん、私よりも結構速い。もちろん私自身、本気でもないし、全力でもないわけであるが、それはあちらさんでも同じであろう。なかなか気合を入れ直させてくれる相手である。

 

 ちなみに、途中で本気を出して葦毛のお馬さんを抜こうとしたのだが、馬体こそ並ぶものの、これがなかなか抜けなかった。やはり、なかなかのやり手である。

 

 それから暫くの間、登坂に行くとあの葦毛の馬が居たので、少し意識して走っていた。つまりは今までよりも足に少し負担がかかるように本気で走って鍛錬を続けていたわけである。そのかいもあってか、今では葦毛のお馬さんと坂路で抜きつ抜かれつの大接戦の鍛錬を組めるようになっている。

 

 ちなみに、途中から

 

『やるな若造』

 

 とニュアンスが伝わってきたので。

 

『お背中をお借りします!』

 

 と元気に答えておいた。苦笑するようなニュアンスが伝わってきたので、まぁ、よしとしよう。できればピーマン同志になってほしいなぁ…とは思ったが、多分菊花賞のあのお馬さんが特殊だったのだろうと思い直した。今までの馬の様に、流石に目の前でピーマンを「ぺっ」とされてしまっては、少し悲しくなるというものである。

 

 そういえばあの『18』番のお馬さん。今頃どうしているだろうか。彼も鍛錬を積んで大きくなっているのだろうか。怪我などしていなければいいなと切に願うものである。

 

 

 今日も今日とて鍛錬と取材である。気持ち取材陣が増えてきたような気もするが、まぁ気のせい…ではないな。明らかに増えている。

 同時にオーナーがこちらに来る頻度も増えてきていて、なるほどこれは次のレースが近いのだな、となんとなくではあるが肌で感じられた。

 

 とはいえ、私のやる事は一緒である。ピーマン食って、鍛錬して、瞑想して、寝る。すべてはここに集約されるのだ。

 

 ただ、取材陣はそんな私を飽きずに撮影しているようで、なかなか根性があるなぁと思う次第である。別に毎日同じことであるから、別に見どころは少ないと思うのだ。さて、それはさておき今日はプール訓練である。潜水は4分で頭打ちとなっているものの、今度はそれをインターバルを空けつつ何度も出来るように訓練中である。というのも、菊花賞で全力を出した結果、予想よりもひどく息を切らしてしまったのだ。まだまだ心肺機能は鍛えて、伸ばしておいて損は無いと思うのである。

 それに肩回りと尻回りの筋肉もよーくほぐして柔らかく使えるようにしておかなければならない。本気と全力の歩幅をもっと広げられて、なおかつ足への衝撃を少なくできるように分厚く、更に柔軟な筋肉を付けなければ今後レースで勝っていくことは難しいであろうと個人的に思っている。

 という事で、何度目かの潜水を終えてインターバルタイムだ。息を整えて、もう一度の潜水に向かって準備をする。ちらりと取材陣を見てみると、手にはストップウォッチを以て何やらカメラに向かって何か言っているようであった。

 

 うーん、わざわざ私を取材しなくても、プールで潜水しているお馬さんなんてそこらへんにいるだろうに。ご苦労な事である。

 

 さて、息も整ったので再度潜水といこう。流石に連続で4分は苦しくなってきたので、目指せ潜水3分ということで。せーの。

 

 

 鍛錬を終えて厩舎に戻り、飯の時間である。相も変わらずピーマンを食っているのであるが、流石に夕方、ほぼ夜であるが、という事もあって、取材陣は帰られたようだ。ようやくひと息つけるというものである。

 もっしゃもっしゃと苦味と青臭さを堪能していると、何やら今日はまた知らない人間が私の厩舎をのぞき込んで来ていた。ただ、隣にはいつも私を世話している人間がいるので、まぁ、お知り合いということなのであろう。

 その知らない人間は、ピーマンを一個私に差し出して来た。まぁ毒が入っているわけでもなさそうなので、手ずからピーマンを頂く。もっしゃもっしゃとしていると、その人間は大層驚いたように、横にいるいつも世話をしてくれている人間に話しかけていた。ま、なんだ。言葉は判らないけれども言ってることは判る。

 

―本当にこの馬ピーマンめっちゃ食ってますね!?―

 

 君はそう言っているのだろう?だって私とピーマン一杯入ったバケツを交互に指差しているわけであるし、一目瞭然もいいところだ。

 まぁ、確かに、ピーマンをやたらと食う馬というのは、私が知る限りは私と菊花賞の『18』しか居ない。他の馬は、隣の厩舎の馬含めて誰も食おうとしないのだ。ピーマンとはこんなに美味しいものなのに。全く、味の判るお馬さんが少なくて残念である。

 

 そう考えながらピーマンを食っている横でも、更にヒートアップする人間達。

 

 うーん、私の厩舎の前でやる分には構わないのだが、隣のお馬さんとか結構音にうるさいタイプだけども大丈夫であろうか。まぁいいか。判ってやっている事だろう。ふと気づけばピーマン、野菜、牧草はぺろりと平らげていた。口の中の物をごくりと呑み込み、水を飲む。うん、今日も良いピーマンだった。満足満足。

 

 さて、飯の後は瞑想である。メンタルは常に鍛え、何があっても平常心を大切にせねばならないと、鉢植えの件で痛感している。さて、では。腰を落として、前足はそのまま。目を閉じて耳もそのまま…。って少々君達うるさいよ、と腰を上げて未だ論議を続ける人間達の下へ行き、鼻で軽く小突いた。

 

 驚いた顔でこちらを見ていた2人の人間であったが、明らかに、『悪い悪い』と首を叩かれ、ピーマンを一つ差し出されてしまった。まぁ、別に怒っていたわけではないので、大人しくピーマンを口に入れてもっしゃもっしゃと味わう。すると、気づけばピーマンを味わっているその間に、人間達はどこかに行ってしまった。

 

 ま、判ってくれたのならばいいだろう。では改めて瞑想をしようじゃないか。

 

 

「いやぁ、相変わらず取材が凄いですね」

「だな。オグリの件で変な取材が行われていないってのが唯一の救いだ」

「ああー、ありましたね。いやな事件でしたよ」

「本当にな。まったく。マスコミが自重を覚えてくれて本当に良かったと思う」

「それにしてもやっぱり人気ですよね。あいつ」

「まぁ、そりゃあ三冠馬だしな。それに取材してみたら常識も通用しないってんで、かなり特集が組まれるらしい」

「あー…改めて考えてみれば、登坂じゃあ信じられない数こなしてますし、プールでは馬が絶対しないって言われていた潜水を毎回やりますし…馬が食わないって言われたピーマンを馬鹿みたいに食うし…」

「しかも取材で俺達やオーナー、鞍上がインタビューしてるときはわざわざ馬房から顔を出して止まっていたからな。マイクとかカメラを認識しているんじゃないかって話もあるぐらいだ」

「いやぁ、相変わらずあいつ、化け物ですよね」

「そんなあいつをしっかり管理出来てるお前も化け物に見えて来たよ」

「ひどくないですか?」

「褒めてるんだよ。全く。すごい奴だよ、あいつもお前も」

 

「あ、そういえば聞いてください。今日来客があったんですよ」

「ほう?」

「それがレオダーバン陣営で。どうやってピーマンやってるのか教えてくれって。無下にも出来ず…」

「あー…確か、テイオーが勝手にレオダーバンにピーマン分けちまってたんだっけ?しかもそれで食ってたとか。聞いたときは本当に驚いたよ」

「ええ。入手ルートは前回教えたんですけどね。餌のやり方がわからないってことで」

「まぁ、別に秘密ってわけでもないし。教えたんだろ?」

「ええ、ただ。馬房の前に案内して、こんな感じでピーマンだけのバケツでやってますよ、って言ったら『信じらんない食うのこれでコイツ!?』って驚いてましたね。直後にバケツ一杯のピーマンを完食しているあいつを見て更に驚いていましたけど」

「そういやそうだな。あいつに慣れてしまっているが、馬は普通、ピーマンだけをバケツで食うわけなかったわ」

「ですよねぇ」

 

「それはそうとして、レオダーバン。メジロを抑えて、日本勢トップでジャパンカップ入着しましたよね。驚きましたよ」

「ああ、レオダーバンとナイスネイチャは、同じ歳という中であればあいつのライバルたりえるだろう。有馬記念、いよいよ役者が揃ってきた感じがするな」

 

 

「テイオーのお手製ピーマンの肉詰め…まったく、美味しいじゃない」

「やぁ、リオナタール。隣、失礼していいかな?」

「え…?誰です…ってシンボリルドルフ会長さん!?え?私の隣!?」

「ああ。駄目、かな?」

「いえいえいえ!とんでもありません!どうぞどうぞ!」

「ありがとう。お、それはピーマンの肉詰めじゃないか。迷惑じゃなければ一つ頂いても?」

「もちろんです!」

「ありがとう。…ほう、美味しいな。実は私は、最近までピーマンがダメでね」

「え?そうなんですか?でも、今おいしそうに食べてらっしゃいましたけど」

「ああ、最近ピーマン好きな娘に懐かれていてね。克服したんだ。最近、三冠を獲った娘さ」

「あー…シンボリルドルフ会長さんのお知り合いでしたか、あの娘」

「ああ。トウカイテイオーは私の最も注目するウマ娘の一人だ。だが、君もその一人なんだ。リオナタール」

「え…!?私が、ですか!?」

「ああ。先に行われたジャパンカップ。見事だったよ。メジロマックイーンを抑えての日本勢トップ入着。君の末脚は本物だ」

「あ、あはは、ありがとうございます。シンボリルドルフ会長さんに褒めていただけるなんて、夢みたいです」

「はは、硬いな。私の事はルドルフでいいよ」

「え?あ、いやいやそんな、私がそんな…」

 

 リオナタールが遠慮がちにそう言うと、シンボリルドルフの顔が見てわかるように沈んでしまった。それを見たリオナタールは慌てて笑顔を見せて口を開いた。

 

「う、えーっと…ルドルフ、さん」

 

 その声にルドルフに笑みが戻る。

 

「ああ。それのほうがよっぽど良い。…さて、これから君は、その三冠ウマ娘テイオーを含めた強豪と、暮の有馬で戦う事になるだろう。厳しい戦いになるとは思うが、全力を以て戦えるよう、祈っているよ」

「は、はい!ありがとうございます!ルドルフさん!」

 



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それぞれの暮

ピーマン。それは最高のモノ。

赤でも緑でも、大きくても小さくても、いびつでも、キレイでも。

ピーマンは、どんな形であれ皆一様に美しく美味しいピーマンなのだと、そう思うのです。





※10月9日~10日は更新無しです(露地ピーマン収穫&家庭菜園手入れのため)


誰も私を見ていないだろう。

誰も私を気にかけていないだろう。

世の中、帝王に名優に獅子に素晴らしい才能の話ばっかりだ。

だけど…ようやく掴んだこのチャンスなんだ。

 

 

 寒空の中で、練習の日々を相も変わらず続けていた私であるが、ついに私の目の前に車がやってきた。そう。レースへの移動車である。数日前から代わる代わるにオーナーや彼や世話をしている人間が私の下に訪れていたので、大きなレースがあることは肌で感じていたが、ついに来たか、という感じである。

 私を乗せた移動車は、迷うことなく中山競馬場へと入り、私はその土をしっかりと踏んでいた。季節は更に移ろい、あの青かった芝が茶色になり、更には移動中に見えた商店街の店頭には正月飾りが売られていて、いよいよ冬が深く、そして年末になったんだなぁと、肌で感じられた。

 

 もっしゃもっしゃ。ということで、私は休憩にあてがわれた暮の中山競馬場の厩舎で、のんびりとピーマンを食らっている。静かな厩舎であるが、私の心は燃えている。

 

 暮の中山のレース。となれば有馬記念しかあり得まい。ついにこの時がやってきたか、という感じである。

 

 右隣の厩舎にはあの菊花のピーマン同志がいる。いやぁ、なんという事であろう。彼も怪我をせずに現役を続けていたのだ。更には有馬記念に同志が来ているということは恐らく、同志もグレード1を取るぐらいに強くなったのであろう。これは、本番では寝首を搔かれないようにしなければと気合が入る。

 

 そして、正面の厩舎にいるのは葦毛のあのお馬さんだ。このお馬さんも有馬記念に出るのであろう。やはり、あのお馬さんは実力馬であったらしい。結局坂路鍛錬であのお馬さんに勝つことは出来なかった。無論、あれから私も進化しているので、負けるつもりは毛頭無い。

 

 左隣を見てみれば、今度は普段は緑と赤の仮面をかぶったお馬さんが飯を食っていた。菊花でピーマン同志と一緒に私を抜いたお馬さんである。このお馬さんも怪我なく、そして実力をしっかりつけてこの場に居るという事であろう。油断できないお馬さんだ。

 なお、先ほどピーマンを一つ差し出してみた所。

『まっず…』

 とのニュアンスを頂きました。ただ、『ペッ』とはされなかったので、少し嬉しい。

 

 しかし私の周りの厩舎を見るだけでも、明らかな実力馬の集まりである。これはいよいよ、有馬記念への期待が高まると言うものだ。実に楽しみである。

 

 ただし、最近では三冠だ、連勝だと浮ついてしまって、初心を忘れていたので改めて思い出して、自分に言い聞かせる。

 

『どんなレースでも、勝ちに行く。しかしながら実力の8割以上は出さない。長く現役を続ける譲れない一つの決まり』

 

 そう、この有馬記念。勝つことが目標ではあるが、怪我をすることは目標ではない。重きは現役続行である。何せ私は、馬としてはきっと若いのである。あの大きな葦毛のお馬さんからも「若造」と呼ばれたわけであるし、彼らの胸を借りるつもりで、長く走り続けられるように体を労り、しかし勝てるようにゴールまでしっかりと走り抜けよう。

 

 そうだ。今日負けたとしても、明日走り続ければ、勝てるようになるかもしれない。

 明日負けたとしても、明後日も走り続ければ、勝てるようになるかもしれないのだ。

 

 

 決意を新たにした翌日。私は装備品をしっかりとつけられて、パドックで相も変わらずグルグルと回っている。

 さて、掲示板をチェックしていこう。私の番号は『17』である。その横の数字は『2.3』である。結構上の人気であるが、今回は一番人気ではない。というのも、今回の一番人気のお馬さんは『1』で『1.9』であるからだ。しかもそのお馬さんは、あの大きな葦毛のお馬さんである。なるほど、大きな葦毛のお馬さんは世間からの評判も高いらしい。これは胸の借り甲斐があるというものだ。坂路で並走したお礼はしっかりと返さなければなるまい。

 そしてピーマン同志は『16』で『4.2』で私に続く三番人気だ。そして、仮面のお馬さんは『5』で『7.8』で更に続く4番人気。なるほど、厩舎で私の周りにいたお馬さんは、全馬優秀なお馬さんであるらしい。

 

『今度も俺が勝つ。坂のあの若造には負けん』

『あいつに今度こそ土を付ける』

『あいつらまとめて抜いてやる。私が今度こそ一番だ』

 

 と、三者三様にニュアンスが伝わってきた。ただ、若造とか、あいつとか、明らかに私の事を意識している事も一緒に伝わって来ている。いやはや…燃えるじゃないか。私だってパワーとスタミナを出来るだけ鍛錬し、鍛え上げたのだ。脚周りの筋肉は一回り大きくなっているし、心肺機能だって上がっている。

 

『先頭は俺だよ』

 

 そう鼻息を荒くすれば、明らかに馬達が殺気立った。おお、やぶへびである。

 

 しかし今回は17頭のレースである。私は大外からのスタートであるので、いつものようにスタートは失敗できない。ただ、彼の手綱さばきであれば心配はないであろう。戦略としては、最初こそ後方に控えて、そして中盤で先頭周辺に、最後に本気でゴールを目指す、という具合だと思う。ここまで来たら小細工は不要であろう。私が一番強い走り方で、彼も私を走らせてくれるはずだ。

 

 ―と今日のレースの事を考えていたら、唐突に背中がぶるりと震え、寒気が走った。

 

 掲示板から目を外して、その寒気の大本を探してみれば、一頭の馬へと無意識に視線が向いた。

 

『勝つ。俺が勝つ。何があろうが勝つ。俺が一番である』

 

 この馬から感じるのは絶対の自信。誰かに勝つ、ではなく、「俺が一番だ」という確信。ゼッケンは『8』をつけている。

 

 掲示板に目を戻してみれば、『8』の横に並ぶ数字は『152.6』である。…人気薄の馬であるが、あの気迫は人気に合ったそれじゃあない。気迫だけで言えば、人気上位の私たちを凌ぐほどだと、間違いなく言える。

 …なるほど、人気なんていうものは本当に、ただの指標の一つに過ぎないものである。あのお馬さん、もしかすると、もしかするかもしれない。年末には魔物が潜む、なんてよく言ったものである。

 

 止まれの合図と共に、私の下に彼が来る。今までの相棒とは違う、明らかに手練れな雰囲気を醸し出す彼が、私の首を3度叩き、そして私の上に跨る。

 

 そして改めて首を2回叩かれた。

 

―頼むぞ―

―任せんしゃい―

 

 鼻息を荒げて、手綱を曳かれていざ芝のコースへと歩みを進める。いつものように、脚を縮めて伸ばし、縮めて伸ばし、肩や尻の筋肉が緩むように、ジャンプするようにストレッチ。そしてその勢いのままで芝を駆けだす。と、同時に、爆発するような歓声が私の耳に入ってきた。

 

 ちらりと観客席を確認してみれば、今までの皐月、ダービー、菊花とはまた違う、所狭しと人間が詰まっている観客席がそこにはあった。

 

 一頭一頭がウォーミングアップで走り出すたびに爆発する歓声、声援とも言っていいだろう。やはり暮の中山、有馬記念。少しの事でも盛り上がりが凄い。

 

 歓声をBGMにコースを周って、スタートへと向かう。

 

 すると最初にゲートインをしたのは、あの大きな葦毛のお馬さんであった。やはり私より年上ということだけあって、非常に落ち着いている。そこから順番にゲートインをしていき、残りは私と『12』のお馬さんだけになったのであるが、何やらゲートイン直前で揉めているようである。

 

『狭いとこ入りたくなーい!』

 

 …ふむ。この伝わって来るニュアンスからするに、私と同年代だと思う。なるほど、若くて元気があるわけだ。ただ、なるべく大人しくしてゲートに入ってくれた方がありがたい。私が手持ち無沙汰になってしまっている。ま、別に少し待つだけだから問題はないのであるが。

 

『引っ張るなー!?』

 

 おおー…騎手が『12』の尻尾を引っ張って、更に周りの人間が押し競まんじゅうでようやくゲートイン完了である。なかなか気性難である感じだな、あのお馬さん。

 

 さて、私は別に気性難でもなんでもないので、すっと17番のスタートのゲートへと収まった。右を見れば、ピーマン同志がいるのでちょっと安心する。

 

 そして、人間が旗を振った。いよいよ、暮の中山、有馬記念のスタートの時間だ。

 

「調教は上手く行ってるか?」

「ええ、坂路にプール。日々進化していってますよ」

「メジロには坂路で負けていたと聞いたが」

「最初のうちは、ですね。最近では抜きつ抜かれつ。いい相手です」

「噂ではレオダーバン陣営、ナイスネイチャ陣営も良い仕上がりと言う話だ」

「ええ、それも聞いていますが…ま、順当に行けばテイオーが勝つと信じてます」

「そうか。ただ、舐めてかかるなよ。人気薄だろうがJRAが認めた、確かな実力を持つ競走馬なんだからな」

「もちろんですよ」

 

「テイオー。有マ記念、楽しみですわね」

「んー…?うーん、ボクはちょっと楽しくないなぁ」

「え?どうしたんですの?普段であれば、マックイーンには負けないよ!とか言ってくるでしょうに」

「いやー…三冠ウマ娘としてのプレッシャーがね。勝てるかなぁって。あはは」

「まぁ。もう私に負けるおつもりですの?やっぱり、ピーマンを食べてるウマ娘はダメですのね」

「…なにおう!?そんなこと言うマックイーンには絶対に負けないからね!?ピーマンは最高なんだよ!?」

「ふふ。それでこそテイオーです。せっかくの私達の初めての対決なんですもの。腑抜けていてもらっては困ります」

「あはは、ありがとう。マックイーン。ちょっと気が楽になったよ」

 

 あははと、マックイーンとテイオーは笑い合う。が、ふとテイオーが笑みを潜めて、鋭い目でマックイーンを見た。

 

「そういえばマックイーン。有マ記念、どんでん返しがあるかもよ」

「どんでん返し、ですの?」

「うん。有マ記念に出る、ボク以外の16人の最近のレースを見ていたんだけどさ。ちょっと気になる娘がいてねー」

「テイオーが気になる…それは誰ですの?」

「ダイサンゲン先輩」

「ダイサンゲン?確かに出走リストの中にはいましたが…。注目すべき点はあまり見られませんでしたよ?」

「うん。ボクもそう思ってたんだけどさ、直近の走りを動画で見たんだけど、末脚、すごいキレてるよ」

「そうですのね。もしかして、テイオーは彼女が勝利を掴むかもしれないと、そう思っているのですか?」

「もしかしたらってね。過去のレース映像を見ても、ダイサンゲン、今が一番ノってるってボクは思うよ」

「そうでしたの。テイオーがそこまで気を付けているのなら、本当なのでしょうね」

「うん。多分ね。それにさ、マックイーン。人気が低いからって舐めちゃいけないよ」

「承知しております。何せ、世間一般からの人気がないというだけであって、有マ記念に出場を許されているのです。

 

 ――URAが認めた、確かな運と実力を持つウマ娘の一人なのですから」

 

 

『全てをかけて皆の度肝を抜いてやろう。嗚呼、夢の…暮の有馬が楽しみだ!』




ユメヲカケルのは、全ての馬、ウマ娘。

速くても、遅くても、大きくても、小さくても。

鹿毛でも黒鹿毛でも青鹿毛でも青毛でも栗毛でも栃栗毛でも芦毛でも白毛でも。

冠を持っていようと持っていまいとも。

馬は、ウマ娘は、どんな姿であれ、どんな走り方であれ、ゴールに向かうその姿は、実に、美しい存在だと思うのです。


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有馬 1991/トゥインクルシリーズ 総決算 有マ記念

 

 第四コーナーを抜けて、前を見る。

 

 もう息は絶え絶えだ。

 

 まれにみるハイペースだ。信じられない。

 

 だけど、そのハイペースの中でもスパートをかけて先頭争いをする化け物が居る。

 

 現役最強、天皇賞春秋制覇のメジロマックイーン。

 

 新世代を背負う帝王、無敗三冠のトウカイテイオー。

 

 帝王を食らう末脚を持つ獅子、リオナタール。

 

 帝王と獅子にも劣らない才能を持つ、ナイスネイチャ。

 

 直線を向いて横一線。全員が前を向き、一番でゴールしようとしている。

 

 特にマックイーンとテイオーはお互いに譲らない。

 

 そして食らいつくリオナタール、ナイスネイチャも、離れない。

 

 ああ、強い。すごく、強い。他のウマ娘は後ろに下がってきている。

 

 私も限界が近い。嗚呼、脚が重い。肺が苦しい。

 

――だが、それがどうしたというのだ

 

 足は動くのだ。

 

 目は前を向けるのだ。

 

 息はまだ吸えるのだ。

 

 

 ―――残り200メートル。

 

 

 いくぞ、私。

 

 そうだ、思い出せ。練習も、今までの経験も、今までのトレセン学園での年月も。

 

 全ては、そう、全ては!

 

 全ては、この有マの、この最終直線のために!

 

 

 有馬記念のスタートは見事なものである。私を含めて、出遅れは誰もなかった。大外でスタートした私は内側にコースを取り、彼の手綱に従って、後ろから5~6番目の位置に付く。と、ふと前を向いてみれば、ゲート入りを渋っていた『12』のお馬さんが飛ばしに飛ばしていた。これは、俗にいう逃げ、更に言えば、大逃げという奴であろう。

 大逃げの馬がいるせいか、初っ端からなかなかペースが速い。ただ、焦ってはいけない。私はどちらかというと、3コーナーからスパートをかけるお馬さんだと自覚しているので、ゴールで先頭を狙える位置を維持しながら付いていくだけである。

 他の人気が高い馬も同じようで、見た顔が私の周りに集まっていた。

 葦毛のお馬さん、同志、仮面のお馬さん。ふと、『8』の文字を探してしまったが、どうやら視界の中には居ないようである。となると、私よりも後方であろうか?

 

 そうそう、今回のレースは2500メートルである。毎度、なんとなくレースを予想して走っているわけではあるが、暮で中山で2500メートルとなれば、日本広しといっても、やはり有馬記念であることは確定したわけだ。

 そして、距離はダービーよりは長いが、菊花よりは短いレースだ。我ながら、スタミナ、スピード共に十分だと自信がある。

 

 なお、スタートは観客席の逆側であり、菊花賞と同じような感じだ。カーブの数をしっかりと把握しつつ間違わないようにしなくてはならない。

 

 最初と2個目のカーブを過ぎて、馬群は少し伸び気味だ。そりゃそうである。あの『12』番がすっ飛ばしているのだ。よくあの速度で逃げ続けられるなと感心する。

 

 正面のストレッチに差し掛かると、大量の歓声が降り注いできた。これは俄然やる気がでるというものである。ただ、他の馬もどうやら同じようで、ストレッチを通り過ぎた頃には、皆一様に気合が入っていた。3つ目のカーブのノリが違うのだ。先頭はより加速し、最速のコースを走る。そのまま4つ目のカーブへと入り、気づけばゲートがあった、観客席とは逆のストレートへと入った。

 と、同時に明らかにペースが更に上がってきた。先頭の『12』を捉えようと馬群が動き、馬群がどんどん詰まっていく。私はと言えば、少々外目を走っているため、いつでも加速が出来る態勢にあった。

 

 5つ目のカーブ手前で、手綱が動いた。ふむ、私の想定よりも少し早いが、大人しく従うとしよう。外を通って少し加速していくと、私に合わせるように『1』『16』『5』が戦列を離れて加速してきた。なるほど、これは彼が振るい落としを仕掛けたのだなと、気づいた。ならばと本気で走り、6つ目の、最後のコーナーに入る頃には、私は先頭を捉えて先頭に立った。このままいけば私が勝利するわけだが、そうは問屋は卸してくれない。

 

 私にぴったりと、3頭の馬がくっついてきていた。

 

 嗚呼、やはり、残ったのはこの3頭かと納得していた。私が本気で歩幅を広げてスパートしているのにもかかわらず、私と彼ら。つまり、葦毛の大きな馬(『1』)同志(『16』)仮面の馬(『5』)は見事に横一線でカーブを曲がっている。そして、横を走る彼ら全員から『俺が一番である』と気迫が伝わって来る。だが、それは私も同じだ。負ける気は毛頭ない。

 

 位置取りとしては、コースの内側にいるのは葦毛のお馬さん。そこから少し距離があって私、その外に同志、更に大外に仮面の馬だ。

 

 最後のコーナーを抜けて直線へと頭が向く。さあ、ここからもう真っ向実力勝負である。私の上の彼も判っているのだろう。手綱捌きで更に前に行け!と気持ちが伝わって来る。だが、私もなんだかんだで本気である。もちろん全力を残してはいるが、まだその時ではないと考えて、私は「前にもっと行け」という彼の手綱には従わなかった。

 

 何せ、さっきコーナーでちらりと、我々の後ろに『8』が見えたのだ。

 

 虎視眈々もいいところ。末脚を未だあのお馬さんは見せていない。明らかに、研いでいる。『8』はいつ来る?まだか?今か?いや、まだか?

 

 そう思っていると、気づけば残り200。すかさずと、彼から鞭が入った。

 

―行くぞ―

 

 という事である。オーケー。『8』の馬はまだ見えないが、スパートをかけるタイミングとしては最高だ。――では、彼に従って行くとしよう。

 

 足を振り上げ、土を抉る。蹴り足を強く、一気にトップスピードへと体を持っていく。分厚くなった足腰の筋肉のおかげで、スピードの切り替えは一瞬で行われる。そのおかげか、葦毛のお馬さんの前に少し出ることが出来た。だが、それと同時に後方から殺気とも言えるプレッシャーがやってくる。

 

 思わずちらりと、プレッシャーを感じた右側を見てしまった。そうやって、葦毛の大きな馬体の、さらに内を見てみれば。

 

『俺が勝つんだよ!俺が!俺が―』

 

 『8』の文字が流星の様に、コースの最内を舐めるように、勢いよく飛び込んできたのである。

 

 

『さあ有()記念も最終直線に入りまして先頭争い!わずかにメジロマックイーンが先頭か!続く三冠馬トウカイテイオー、追いすがる()()()()()()にナイスネイチャ!先頭争いはどうやらこの4頭で決まりそうだ。しかし後ろからは()()()()()()、プレクラスニーも粘っている!さぁ中山の直線は短いぞ!誰が先頭でゴールできるのか!』

 

 

 彼女が来た。ほらみたことか。マックイーンの驚く顔が見える。

 

「なっ!?」

 

 驚くマックイーンの内側を舐めるように、だけど、それは流れ星の様な鮮烈さを持って、ボクの隣へと躍り出た。

 

「誰にも負けない!勝つんだ!」

 

 そう言って彼女は、更に更にと、ボクの前に出ようとした。それは、まさしく彼女の全力で本気の走りだった。

 

 ――全く、ボクはレース前に、何を考えていた?8割の力で、怪我をしないように走る?現役を長く続ける?

 

 ボクはバ鹿か!こんな走りを魅せられて、8割で抑えて!?そんな考え、こんなに必死で走ってる彼女を、バ鹿にする行為だ!

 

 ギアを上げる。歩幅を開き、力を込めて土を蹴る。こうなったら、ボクだって本気の全力で、そうだ!全力で、彼女に挑むことに決めた。

 

 150メートル。全力で駆け抜ける彼女になんとか並んだ。マックイーンとネイチャ、リオナタールは僅かに後方だ。

 

 100メートル。なんとか彼女の前に出る。でも、すぐに追い抜かされる。左からナイスネイチャが再び伸びてきた。

 

 50メートル。完全にボクとダイサンゲン先輩が横並びで先頭争い。彼女が叫んだ。ボクも叫んだ。嗚呼、彼女はなんて強い、ウマ娘なんだ。

 

 

 『やはりメジロマックイーンとトウカイテイオーが先頭を譲らない!()()()()()()は苦しそうか、ナイスネイチャが大外から突っ込んでくる!――いや!?最内からダイサンゲンが伸びを見せる!!メジロマックイーン!トウカイテイオー!ダイサンゲン!ナイスネイチャ!これは接戦だ!最内を突くようにダイサンゲンが更に更に伸びる!負けじとトウカイテイオーも伸びてきた!メジロマックイーンは少々遅れたか!?ナイスネイチャも最後に伸びを見せるが追いつかない!三冠ウマ娘トウカイテイオーか!ダイサンゲンか!トウカイテイオー!ダイサンゲン!トウカイテイオー!ダイサンゲン!有()記念の勝者はどっちだー!?』



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年末年始のピーマン

家庭菜園のピーマンは、それはもう、青臭く、苦く、美味しいものでした。

天ぷらにして、蕎麦ゆでて、冷たいめんつゆぶっかけて冷やしピーマン蕎麦。
あとは刻んで浅漬けの素で美味しく頂きました。

夜は半分に切ったピーマンを氷水で冷やしておりまして
タレの焼き鳥を買ってきておりますので
挟んで食う次第です。

つまり、ピーマンイズワンダフル!


 『8』の馬は強かった。実に強かった。

 

 有馬記念の最終直線。最後の100メートルであのお馬さんと大接戦になったわけである。本当に横一線でゴールを駆け抜けた私とそのお馬さんであったが、結局決着は判定に持ち込まれたようで、私の上の彼も、そしてあの馬に乗っていた騎手も、どちらもガッツポーズをとっていなかったのだ。

 

 ただ、結果として。私は今回、式典などには呼ばれずに、他の『1』や『5』や『16』と一緒に厩舎でのんびりと食事をとっている。私の場合はピーマンをバケツで頂いていることから、どうやら私は負けたらしいことが判った。

 ただ、負けたとはいえピーマン入りのバケツは2個。健闘したね、という感じであろうか。

 

 うーん、しかし初めて負けてしまったなぁ。いつも表彰されているのが最近では当たり前だったので、少し寂しいと思うと同時に、のんびりピーマンを食えるというのもまた乙だなぁと思うわけである。

 

 それに今回、確かに全力を出した、出したのだが。最後伸びきれなかった感がある。原因は恐らく、『8』を気にしすぎたせいで、彼の手綱を意図的に無視したせいであろう。確かに4コーナー抜ける前から反応して加速していれば、今回も勝てたかもしれない。

 うーむ。やはり私自身にレース展開を読む能力は無いらしい。よりいっそう自覚できた事は収穫であろう。より一層彼を信じて走れるよう、彼との鍛錬に打ち込まねばなるまい。

 

 まぁ、とはいえ目の前のピーマンを美味しく頂こう。隣のピーマン同志もバケツ2杯。そういえばピーマン同志はどうやら5着である。掲示板にしっかり残っているあたり、実力は確かであるらしい。そして目の前の厩舎の葦毛のお馬さんは4着。左の厩舎に居る仮面のお馬さんは3着ときている。そして私が2着だ。

 いやはや、実力馬がそろっているなぁ、なんて思っていた昨日の私に伝えたい。

 

 本当の実力者は別にいたんだぞ、って。

 

 

 負けた有馬記念。その翌日に私は牧場へと戻ってきていた。そして戻った矢先、私の上に乗っていた彼から、手ずからピーマンを頂いて、顔を撫でられた。

 

―次こそは勝とうな―

 

 そう言わんばかりの優しい撫で方であり、お顔も笑顔であった。もちろんですともと鼻息を荒げてすり寄れば、満足したような笑みを浮かべてくれた。もっと絆を深めたいものである。他にも、オーナーからもピーマンを頂いたり、また取材陣が来て写真を撮影していったり、鍛錬を行なったりと、なかなかに充実した日々を送っていた。

 ただ、有馬記念の後で年末ということもあり、鍛錬の内容は少し軽めに抑えられている。坂路も4往復程度であるし、潜水は行わないようにと手綱をしっかりと曳かれている。私的には少し物足りないのであるが、人間の数が少ないので致し方ない。年末とだけあって、人間も休みが多いのだろう。

 

 気づけば厩舎には鏡餅と正月飾りが飾られている。なんというか、馬になってからというもの、日々鍛錬鍛錬で年末を楽しむことはしなかったと思う。

 ただ、今はクラシックの三冠を獲ったし、有馬記念も負けたとはいえ僅差で2位。十分に活躍しているからか、私はどうやら気持ちに余裕が出来て来たらしい。

 

 聞き耳を立ててみればクリスマスソングや正月の歌のメロディが聞こえてくる。言葉は判らぬとも、音程ぐらいは判るものだ。

 

 ま、鍛錬そのものが少なく、時間は余っているのだ。のんびりと私も厩舎で年末を過ごすとしよう。幸いにしてピーマンは尽きないのだ。しかし、鏡餅…餅かぁ。ピーマンと餅を組み合わると、案外と旨いことはあまり知られていない。ピーマンの肉詰めの要領で、中に餅を入れて焼くのだ。餅の食感とピーマンの食感で、なかなかうまい料理になるのである。

 ただまぁ、肉詰めと同じで手間がかかるため、餅単体で食う方が多かった。ただ、今この馬となってしまっては、食う事は叶わない。というか、この口で餅を食ったら多分大変な事件になりそうだ。あ、でも、すあまとか、ああいう餅っぽいモノなら食えるかもしれないが、用意はしてくれないであろう。

 

 いやぁ、しかし、あの『8』はやっぱり強かったなぁ。最後、あの葦毛のお馬さんの横から出てきた瞬間、やられた!と思ったほどに。伝わって来るニュアンスも本気であった。なんというか、このレースにすべてをかけて、意地でも勝ってやると言う気持ちを感じたほどである。

 

 私には今の所、そういう気持ちが無いとは言えないが、かといって全力を懸けれるのか、というと今の私ではまず無理だと思う。私もいずれ、そのようなレースを迎える日が来るのであろうか。――まぁ、来年の有馬記念はリベンジのために、そういうレースにはなりそうである。

 

 しかし、全てを懸けて勝ちに行く、最初からそう考えられるレースはあるだろうか。

 

 天皇賞?宝塚記念?それともまた別のレース?思い浮かべてみても、確かに勝ちたいが、全てを懸けるかと言われると、難しい話である。残念ながら私は長く生きたいのであるから、怪我は避けたいのだ。全てを懸けて全力で走るという行為は、怪我のリスクがかなり大きいと思っている。ただ、その生き残る目標を達成するためには、ある程度勝たねばならないので、なかなか一筋縄ではいかないものだ。

 

 いろいろ考えながらも、もっしゃもっしゃとピーマンを摘まむ。うーん、苦みが実に頭をクリアにしてくれる。ピーマンは実に素晴らしい食べ物であると改めて認識することが出来た。

 

 そんなクリアになった頭で、ピーマンをもっしゃもっしゃもっしゃとしていると、ふと、ああ、このレースならすべてを懸けても良いだろうというレースの名前が浮かんできた。多くの名馬が挑み、しかし未だ勝てていない。しかし、日本の競馬が挑み続ける。そんなレースがあるのだ。

 

 その名は『Prix de l'Arc de Triomphe』。日本語で言えば、『凱旋門賞』。パリのロンシャン競馬場で行われるレースである。

 

 あのディープインパクトですら優勝は出来なかった。過去にチャレンジしたエルコンドルパサーも2位。三冠馬オルフェーヴルですら2位。そう。日本最強と言われた馬達がことごとく跳ね返されたレース。それが凱旋門賞なのである。

 もし、このレースに出れるのであれば、それこそ、全力を以て勝負をしたい。そう強く思うのである。

 

 とはいっても、普通は出れるものではないのだが。

 

 凱旋門賞に出るとなれば、海外遠征のお金も必要であるし、海外の芝で活躍できるのか、体調が万全に出来るのか。そういう運も必要になるのである。

 まぁ、体調と移動に関しては、私は中に人が入っているので全く問題ないと言い切れる。飛行機移動でも船でも、きっと楽しめる自信がある。ただ、問題はやはり資金面であろう。私のオーナーが果たしてその決断をしてくれるのであろうか。

 まぁ、いろいろ考えても仕方がない事である。結局凱旋門賞に出れるかなんていうのは、私の力ではどうにもならないわけだ。結局オーナーの声一つなのだ。

 

 ということで、ひとまずは目の前の鍛錬をしっかりと行って、次のレースを勝つ。これを目標に頑張っていこうじゃないか。

 

 そう。せっかく負けたのだ。負けを生かさなければ勿体ないというものである。

 

 これから彼との絆を深めるのも当然であるが、しかし負けた理由をしっかりと見直そう。私の敗因。それは何だったのであろうか。そりゃあ『8』の末脚がものすごかったのは確かである。だが、私の末脚だって、最後競い合えたのだから負けてはいなかったはずだ。

 飛び出すタイミングもあった。これは先の彼との絆をしっかり深めていくしかあるまい。私もしっかりと彼を信じなければならない。これは私の精神的な弱さのせいでもあるから、瞑想でしっかりと精神を鍛え続けよう。

 他は何もなかったか?というとそうではない。末脚が、つまりはトップスピードがあの『8』と同じだったからこそ、競い合ったのだ。

 となると、やはりパワー!とスピード!を上げなければなるまい。とはいえ、現状でも体の出来はなかなかいいものだ。坂路でしっかりと筋肉を増やし、プールで筋肉の柔軟と心肺機能を鍛えている。これ以上鍛錬を厳しくしても果たして効果はあるのだろうか?何かもっと別の原因もあるような…無いような…。さてさて、どうしたものか。

 

 うーん…あとはやはり、『8』のような勝ちたい!という気持ちか?やっぱり。

 

 堂々巡りである。いや、今日は考えることはやめよう。ピーマンを美味しく頂くことに、全力で取り組もうとしよう。

 

 

「初めて負けちまいましたわ…ダイユウサクかぁ、全くのノーマークでした」

「写真判定の末、ハナ差で3センチだったか。いや、油断するなと俺も言ったけど、まさかダイユウサクとはなぁ」

「ええ。来るなら本命でマックイーン、あとはレオダーバンかナイスネイチャかと思ってましたよ」

「あ、でもダイユウサク陣営の調教師は勝利を確信していたらしいな。見たか?あのバリバリに決めたスーツ姿」

「見ました見ました。噂によると夢で手前の馬が勝つ姿を見たらしいですよ」

「はー…そういうのも馬鹿には出来ないもんだな」

「本当です。あ、そうそう、今回あいつには残念賞ってことで、ピーマンをバケツ2杯やってます」

「まぁ、順当か。僅差とは言え負けだが、ただの負けっていうには得たものも大きい」

「メジロマックイーンには先着してますしね。それに、鞍上との折り合いの課題も見えてきました」

「4コーナーで明らかに鞍上の手綱に反応しなかったよな、あいつ」

「ええ。ダイユウサクが内を抜ける直前に鞭を入れられてようやく、でしたからね。これからもやり甲斐がありますよ」

「はは。ま、頑張れよ。しかしだ。あいつの調教内容だったら、この有馬記念だって、もっと圧倒的な勝利を見せて良いはずなんだがな…」

「それは確かに思います。デビューよりも筋肉量増えてますし、スタミナも上がってます。長距離をもっと圧倒的に走れる体に仕上げた、と信じているんですが…」

「…謎だな」

「謎ですね。ま、それもこれから研究していかなきゃいけません」

「…なぁ、一つ提案があるんだが」

「提案?」

「あいつ、間違いなく筋肉が付いているんだろう?」

「ええ。間違いなく。並大抵の馬よりもパワーはありますよ」

「荒唐無稽かもしれないが…ダートで一度で走らせてみる、というのはどうだろう」

 

 ゴールの後、わたくしは項垂れておりました。期待された有マ記念。ふたを開けてみれば、なんとか掲示板には残ったものの4着という有様だったのですから。

 

「やーいやーい。マックイーン!ピーマンをバ鹿にしたからだーい!」

「テイオー、そこらへんにしてあげなって」

「そうだよテイオー。マックイーンだって頑張ったんだから」

「いや、ダイサンゲン先輩、勝った貴女が言うと、その言葉はマックイーンに追い打ちです」

「え?そう?」

 

 結果はダイサンゲンさんとトウカイテイオーが写真判定の末でダイサンゲンさんが勝利。

 

『これはびっくり!ダイサンゲンが有マを獲ったー!三冠ウマ娘テイオー破れたー!』

 

 とアナウンスが流れたときには、全員が驚いたものでした。

 

「それにしても、先輩、やっぱり速かったよー。全く、土をつけてくれちゃってさー!」

「ふふふ。テイオーがいくら三冠ウマ娘っていっても、キャリアは私に味方しているもの。舐めてもらっちゃ困るよ。…でも、私のすべてを出した末脚に迫って来るなんて、やっぱり違うなぁ。だってテイオー、君、全力だったけど、まだ余力、あったよね?」

「ん。んー…。正確にはちょっとスパートが遅くなっちゃって。余力を余らせちゃった感じだよ。いやぁ、ボクの経験の甘さが我ながら出たかなぁって」

「あはは。そっか。――どうだった?私の末脚」

「――すっごい速かった!悔しいけど、負けを認めるよ!先輩!次は負けないよー?」

「ありがとう。…メジロマックイーンもありがとう。全力で来てくれて」

 

 彼女はそう言うと、私に手を差し出してきました。いつまでも項垂れているわけにも参りません。顔を上げて、笑みを作りながらその手を握り返しました。

 

「…当然ですわ。全く、それにテイオーもナイスネイチャさんリオナタールさんも、皆速すぎです。次の…次の天皇賞ではわたくしが必ず一着を取って見せます」

「あはは…。判ったよマックイーン。私も、次の天皇賞、必ず走るから」

 

 彼女は苦笑しながらも、そう言ってくださいました。

 

「おお。マックイーンったら早速の宣戦布告。怖っ。怖いから私は先にライブの準備、行ってくるねー」

「あ、ボクもー!マックイーンはしっかり観客席から応援しててよねー?」

「当たり前です。…それはそうとしてダイサンゲンさん。本当におめでとうございます。抜かれる瞬間に、気迫が伝わってきました。素晴らしい走りでした」

「マックイーンもありがとうね。じゃあ私もライブの準備を…」

「ダイサンゲンさんはまずウイナーズ・サークルでしょう?勝者の責務として、しっかり、そのお姿を観客の目に焼き付けさせてきてくださいまし」



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年始のあれこれ

ピーマンはやはり最高の食べ物です。

niceピーマン!ピーマンイズワンダフル!

ちなみに味噌を塗って焼いた味噌ピー(マン)も案外美味でありました。味噌とピーマンも実に美味しゅうございます。

あとはやはりピーマンのきんぴら。ニンジンと一緒にピーマンを炒め、ゴマかちりめんを和えれば完成です。ニンジンの甘さとピーマンの苦旨さが合わさってこれまた旨いです。


※9~10日は投稿しないといったな。あれは嘘である。パプリカである。


 あけましておめでとうございます。そう言うべき日が来たようである。

 

 鏡餅と神棚の前で、よく見る顔の人間達が大人数で手を合わせて何かお祈りをしているようであった。間違いなく、年初めの儀であろう。

 ちなみに厩舎の、しかし私達馬の口が届かない場所には、盛り塩と日本酒がまかれていた。俗にいうお清めである。なんというか、こういう事を間近で見ると改めて身が引き締まる思いだ。

 なお、本日は人間も馬もお休みメインという感じであり、本日私はブラッシングを受けてから、すぐに厩舎に戻った次第だ。ただ、この正月という日であっても、寝床の掃除や餌の世話を完ぺきに行ってくれる人間には感謝しかない。

 そしてよくよく厩舎の棚なんかを見てみれば、鍛錬の時に付ける私のゼッケンが、かなり変化していた。この牧場に来てからは黒字に白のゼッケンだったのだが、今は文字が金色である。しかも、その隣には★が3つも付いている。おそらくこの3つの★は、クラシック三冠の皐月賞、ダービー、菊花賞の意味であろう。あと、金色になったのも、グレード1を勝ったからと考えるのが普通であろうか。

 いや、こう考えると去年一年はよく頑張ったと我ながら思う。ケガをしないようにと気を付けつつも、しっかりと三冠馬になったのである。これは誇っていいはずだ。有馬記念に負けたと言っても僅差であったわけであるし。

 

 さて、では人間に倣って、私も今年の抱負を。

 

―勝っても負けても怪我なく走り切る!ただし、凱旋門賞に出れるならば、全力で!―

 

 ちょっと変な抱負であるが、正直な気持ちである。さぁて。それでは今年一発目のピーマンを頂こう。正月とだけあって、バケツ3杯分も用意されている。ふふふ。これは涎が止まらないというものだ。

 

 では、いただきます。

 

 

 正月の三が日が過ぎた頃。私の今年初の鍛錬が行われた。何をやるのかなーと思いきや、ダートコースでの併せ馬である。いや、今までが木のチップの坂路や芝のコースでの併せ馬が多かったので、かなり驚いた。

 ダートかぁと思いつつコースに足を進めてみれば、やはり芝やウッドチップとはかなり足元が違う。乾いている砂は足元が凄い沈む。軽く走ってみれば、なかなかこれは足を取られそうになる。というか芝と違って力が逃げる感覚が大きくある。例えるなら、芝の場合は、体育館や陸上競技のトラックやアスファルトなどの硬い床で走っている感じ。走った足に反発力があり、次の一歩へと繋げられるような感じである。

 しかしこのダートコースは、例えるなら海辺の砂浜、神社の砂利と言った具合だ。歩く分にはああ、沈むなーぐらいであるが、いざ走ろうと思うと足が沈んで全然前に進めないだけではなく、大量のスタミナを使ってしまう感じである。

 

 いやはや、年始一発目からダートとは。なかなか刺激的な鍛錬を用意してくれるものだ。

 

 ということで、初日のダートの併せ馬にぶっちぎりで置いていかれてしまった。芝と同じように走ってはなかなかダメなようである。ただ、何本か走るうちにコツはつかめてきた。芝の様にしなやかに飛ぶように、ではなく、足腰の筋肉をしっかり使って地面を蹴るようにしていくと、少しは追いつけたので少しずつ慣らしていければと思う。

 それにしてもこう芝とダートを経験すると良くわかるが、芝が得意なお馬さん、ダートが得意なお馬さんに分かれるというのも納得である。中身が元人の私でもこれだけ困惑するのだ。ただの、と言っては失礼ではあるが、馬では対応は難しいだろう。

 まぁ、何事にも例外はいるのではあるが。アグネスデジタルとか。

 

 厩舎に帰ってからはピーマンを食いつつ、脚の動かし方をイメージトレーニングすることにした。今まで走る事は本能、当たり前のことであったが、こうもダートで足を取られるとは思わなかったからだ。という事で、いつものルーティーンに一つ日課が加わったわけである。ピーマン食って、イメトレして、瞑想して、寝る。

 ただ、イメージトレーニングをしながら足を床にカツカツと当てていたら、人間がすっ飛んできて滅茶苦茶心配された。言葉は判らないが、足腰を触られながら撫でられて、言葉にするならば「どうした、どうした!?」と言った具合である。いや、別にどうでもないですよと鼻息を荒くしたところ、思いっきり首を傾げられてしまった。

 その後はなぜかピーマンをバケツ一杯追加されてしまった。これは、よほど心配させてしまった感じがある。なので明日以降、ちょっとイメージトレーニングはやり方を変えることにしようと思う。

 

 

 今日も今日とて鍛錬である。プール、坂路、ダート、プール、坂路、芝の日々である。そして毎日ピーマン食って、イメージトレーニングをしてから瞑想である。

 

 芝とダートを交互に繰り返しながら追い切りを行っているわけであるが、これが慣れてくるとなかなか面白いもので、ダートで学んだことを芝に生かせ、そして芝でまた気づき、ダートへとまた生かせるといういいループが出来ているのだ。

 例えばダートのつもりで芝を走ってみると、これが足への負担が大きいのである。当然だ、反発する地面に対して、力を入れて蹴り足を使っているのだから。ただ、今までは負荷を減らす方向でフォームを考えていたため、これはこれで新たな発見があった。  

 蹴り足の力の入れ具合によるのだが、加速と速度のてっぺんが一つ伸びた感じがするのだ。特に蹴る瞬間に力を今までより込めると、ぐんぐんと、体が前に進むことは非常に新鮮な体験であった。

 かと思ってダートに戻り、芝のような走り方をしてみると、無駄な力が抜けて案外と速度を維持しやすくなっていた。加速には力が必要なのだが、速度の維持は力まず、蹴る瞬間の力の調整でなんとかなるという事に気づいたのである。おかげで併せ馬は置いていかれることは無くなっている。とは言えだ。2つの地面を走るというのは実に不思議な感じである。

 

 ただ、今の所ダートのスパートの感じがいまいち掴めないでいる。芝の方はダートのおかげで良い感じに力を抜いた、しかし速いスパートが出来ているのだが、ダートの方は力いっぱい砂を蹴っても芝の様にぐんぐんとは体が加速してくれない。砂が後ろに逃げることで、私の力を逃がしてしまうのだ。

 …まてよ、ちょっと考え方を変えよう。力を入れて、関節を大きく使って、つまり一歩一歩の歩幅を大きくしているのが今の私のスパート、全力である。芝ではこれが速いわけだが、ダートではこれが遅いわけだ。つまり、一歩一歩のパワーが砂に食われている、という感じに考えられる。で、あればだ。

 

 歩幅を細かくして歩数を多くすればいいのでは?

 

 今までのスパートではパワーが大きすぎる。であれば、歩幅を広げる、パワーを出すスパートから、パワーはそのままで脚の回転を上げるスパートにすればいいんじゃないか?

 

 ふむ。確か次のダート鍛錬が明後日であったはずだから…イメージトレーニングの時間はあるな。柔らかい関節を生かして、歩幅を広げるのではなく、回転を上げるようなイメージで…難しいが、出来ないわけじゃない。

 前足は振り上げすぎないようにして動きはコンパクトに、しかし筋肉のしなりを利用して後方に思いっきり蹴る。後ろ足は…蹴りすぎないようにして戻りを早くするのだが、蹴らなければ蹴らないで進まないのでどうするか。あ、そうか、背中から腰の筋肉、体幹をうまく使えば蹴り足を大きくせずにパワーを出しながら走れる、のか?

 

 そうそう、今まで意識していなかったが、毎日坂路やプールの鍛錬を繰り返しているおかげか、尻や肩周りのほかにも、我ながら体の各部分の筋肉が分厚くなっているようなのだ。これを利用しない手は無いだろう。とりあえずはイメトレを続けて、あとは現地で試しながらスパートを考えていこうじゃないか。

 

 …まてよ、ダートでこれならば、芝でも体の使い方次第ではもっと速度とかパワーが伸びるかもしれない。今までは足を振り上げて、脚の力で地面を蹴って、なるべく歩幅を広げて加速していたが、あくまでそれは足回りの筋肉を意識していたにすぎない。これがもし、鍛えられた体幹、つまり背中の筋肉や腹回りの筋肉を改めて意識すれば…もしかしてもっと楽に速度が出せるのでは?

 

 これはなかなかの可能性を秘めた話である。本来であれば誰かに相談できればいいが、人間には言葉は通じないし、馬にはあんまり相談できない話である。

 ということで、何はともあれイメージトレーニングだ。今までは肩の柔らかさを生かして本気のスパートを行っていたが…肩の筋肉につながっている背中の動きを意識して、今まで動かないようにしていた背中と腹回りの筋肉を意識して、こんな感じか?いや…これだとあんまり…うーん…前途多難であるが、実にやり甲斐がありそうだ。

 

 

「いや、申し訳ないね。預かってからの初戦でいきなり負けてしまって」

「いえいえ、気にしないでください。こいつも本気で走っていましたし」

「うーん、そうは言っても折り合いがつかない場面が多かった。私の課題だよ」

「あはは、こいつ、妙に頭いいですからね。自分で考えてしまうんですよ」

「君はどうやって折り合いを?」

「うーん、気づいたら、ですね。時間をかけて乗っていくしかないと思います」

「そうか、道は長そうだ」

「それにしても、ダイユウサクと一緒にレコードタイムを出すなんて…ダイユウサクが凄いというか、テイオーもすごいと言うか」

「本当にね。あとでレース映像を見返した時に、あっと驚くダイユウサク、と実況が言っていたが、本当にその通りだったと思うよ」

「ああ、そう言えば、次のレースですが、ダートになりそうですよ」

「えぇ?ダートかい?」

「ええ。調教師側から申し入れがあったようで」

「うーん…まぁ、決まったのなら走らせるだけだけどね」

「噂では、今秋に凱旋門賞を目指していて、重い洋芝の馬場を走れるのか、そういうパワーの確認という話も、聞こえます」

「へぇ…それは、面白い噂だね」

 

 

「あいつは相変わらずピーマン食ってるな」

「まぁ、あいつですからね。ただ、最近また妙な行動をし始めまして…」

「妙な?」

「ええ、あいつ、寝る前になんか1時間ぐらい座るじゃないですか」

「ああ、そうだな。あれだけでもかなり妙だが」

「その前に、なぜか4つ足を動かしてるんですよね…足踏みと言うか」

「なんだそれ」

「判れば苦労はしませんって。最初やられた時にはすっ飛んでいきましたよ。脚でもやっちまったのかって心配になって。でも、なんにも異常はなかったんですよね」

「…なんだそれ?」

「判りません。…っと、それはそうと、例のダートの件ですが」

「お、どうだ?」

「一回は反対されましたけど、天皇賞に影響ない範囲ってことで、グレード3、フェブラリーハンデキャップに出走することになりそうです」

「そうか」

「本気か?って言われましたけどね。ただ、あいつのパワーを一度確かめたいんですよって説得して、ようやく首を縦にふって貰いましたよ」

「前例は無いが…これであいつがダートで走れれば、パワーが有り余っているという証左の一つにはなるだろうな。凡走であれば、あいつが調教の成果を生かせない原因は、また別にあるという事になる」

「パワーじゃなければ走り方なのか、それとも鍛えすぎているのか…ですね」

「ま、幸いにして故障は無さそうだしな。それにクラシックを走っていた頃より追い切りのタイムは伸びている。調教の方向性は間違っていないと思うんだがなぁ…」

 

 

「やぁ。テイオー。有マ記念は残念だったな」

「あ、ルドルフさん!あはは、負けちゃいましたよ」

「ふむ…それにしては悔しくなさそうだが」

「いえ、ものすごく悔しいですよ。でも、悔しがってばかりじゃ次がありませんから」

「そうか。良い心構えだ、テイオー。ッと、それはそうとして、ピーマンの料理を作ってきたんだが、食べるかい?」

「え!?本当ですか!?もちろん頂きます!」

「それはよかった。では、これだ。たんとおあがり」

「おー!…って、これ、ニンジン入ってるじゃないですか!?」

「ふふ。ニンジンとピーマンのきんぴら。ちりめんじゃこ和えだよ」

「うぇー…ニンジンですかぁ…」

「ふふ、まぁ、そんな顔をせずに一口食べてみたまえよ。美味しいぞ?」

「じゃあ、頂きます…。うえー…ニンジンかぁ…。…って、あれ?結構おいしい…」

「だろう?そうだろう?」

「うん、これならボク、ニンジン食べれるよ!あ、ちりめんもおいしー」

「ふふふ、よかったよかった。せっかく食べてもらうなら、苦手を克服してもらおうかと思ってね。ああ、そうだ、テイオー。次のレースは何を走るか決まっているのかい?」

「あは!ありがとうございます。んー次走は…マックイーン、あ、ボクのライバルにメジロマックイーンってウマ娘がいるんですけど」

「知っている。トゥインクル・シリーズ、長距離現役最強と言われるあのメジロマックイーン、だろう?」

「はい。彼女が出る『天皇賞春』を次のレースと思って練習を始めています」

「そうか。彼女が勝てば天皇賞春の史上初の連覇がかかっているレースに、君が出るのか」

「はい!もちろん厳しいレースであることは判ってます。有マ記念でこそボクが先着しましたけど、マックイーン、最近調子あげてますから」

「だろうな。ああ、そうそう。実は今日、一つレースの提案をしに来たんだ」

「ルドルフさんが、ボクに?」

「ああ。天皇賞の前に一度、ダートを走ってみないか、とね」

 



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砂塵の帝王

生シラスを手に入れましたので
ピーマンをみじん切りにして
一緒に食べております。

細かいピーマンの食感と、しらすの旨味が案外とマッチするものです。

あと材料一緒で、ピーマンとシラスの掻き揚げもまた美味です。


『さあ今年のフェブラリーハンデキャップですが、G3、しかもダートレースの観客のそれではありません。やはり注目の三冠馬トウカイテイオーが出走するからでしょうか。有馬記念で惜しくも2着に敗れた後、古馬になってから初めて選んだレースはまさかのダート重賞レース。否が応でも注目の的であります』

『いやぁ、まさかまさかのトウカイテイオーがダートに出走とは思いませんでした。天皇賞への参加も表明しているだけに、どのようなレース運びをするのかが非常に楽しみです』

『調教師曰く、ダートへの適応は十分とのことでしたが、果たして芝の様な伸びを見せることが出来るのか。注目です』

『鞍上が「今日は面白いものを見せられると思います」と言っていたのも気になりますね』

 

 

 さて、年明けからしばらく経った頃。冬の寒さが和らぎ、梅の花が咲き始めて春の陽気が差し込んできた日に、私は車に揺られてレース場へと旅立った。

 ちなみに今回のレース場は、ダービーで走り抜けた府中競馬場である。道中で見えた梅林の満開の梅の花はなかなか良いモノであったなぁ、などと思いながらも、まずは休憩の一夜を迎えて、のんびりとピーマンと野菜を食いながら明日行われるであろうレースの事を考えていた。

 

 おそらく月は2月。梅の花が満開であったから、中旬から末ぐらいであろうと思われる。そのさなかで、東京の府中競馬場で行われるレース…。うーん、全く思い当たらないのでこれまた困っている。

 

 特に三冠馬のような馬が出る有名なレースなどあったであろうか?これがもう少し暖かくて、京都競馬場であれば天皇賞などが思い浮かぶのだが、よりによって府中競馬場である。天皇賞などの前哨戦である可能性も捨てきれないが、前哨戦となると大体は目標のレースと同じ競馬場で行われるものではないであろうか?…いや、もしかすると私の知識が無いだけで、実は府中競馬場でも前哨戦のレースが行われる可能性もあるわけか。

 

 そう考えながら、厩舎から顔を出して周りをよく観察し、見た顔が居ないか確認をしていたのだが、そうは問屋が卸さぬようで、まったく知らない馬ばかりであった。ピーマン同志も、仮面の馬も、あの葦毛の巨体もどこにも居ない。なんというか、知らない馬しかいない、というのも実に寂しいものである。ということで、お近づきの印に隣のお馬さんにピーマンを差し出してみたのだが、ものの見事に『ペッ』と吐き出されてしまった。

 

 全く、ピーマンの味が判るお馬さんがなかなか現れないのは本当に残念な事である。

 

 

『各馬ゲートイン完了。G3、フェブラリーハンデキャップ、今スタートしました。ややばらついたスタートになりましたが、さぁ注目のトウカイテイオーは好スタート。内から好スタートのキョウエイスワットするするっと上がっていきます。おっと?これはどうしたことだ、トウカイテイオーがキョウエイスワットを交わして先頭に立った!?ベンケイ、ビックファイトも続いていくが、トウカイテイオーが後続との差をグングンと広げて既に3馬身。これは掛かってしまったか!』

 

 

 レース当日。いつものように馬具を付けてパドックをぐるぐると周っている。さて、自分の番号チェックと人気チェックの時間である。今回の私の番号は『12』、隣の数字は『10.5』である。そうか、『10.5』か。今回の馬達の中では5~6番目の人気である。

 

 これは、正直に言おう。ショックである。

 

 今までなんだかんだでトップクラスの人気であったので、ここにきてこの人気の低下は凹む。やはり、先の有馬記念の2着が影響しているのだろうか。でも、あれはかなり僅差の2着だったはずなので、そんなに影響はないと高を括っていたのだが…。人間の評価とはなかなか厳しいものである。

 

 とはいえ凹んだことはとりあえず置いておこう。次に確認するのはレースの距離。1600メートル。レースの名前は読めないが、その後ろには『G3』の文字が躍っていた。

 

 距離は全然問題ない。1600メートルであれば、余裕で走り切れる距離である。そしてグレードも3ときているので、結構大きなレースであるらしい。ただ、もちろんG1のレースよりは格が下である。それが証拠に、今までのレースと…あれ?パドックの人出が少ないなーと感じて居たのだが、徐々に徐々に増えて今ではG1レースと同じぐらいの人出になっている。

 

 もしかすると、一番人気の馬は相当有名馬なのかもしれない。何せ去年無敗で三冠を獲った私よりも人気なのだ。…決して嫉妬などはしていない。決して寂しいとは思っていない。

 

 ともあれ一番人気は、と、『1』番で、『5.0』と。はて?思ったよりも数字が小さくない。ということは一頭が大人気、と言うわけでもないらしい。2番人気を探してみれば、『6』で『5.4』であった。なるほど、この2頭が人気なわけだ。

 

 よし、とりあえずこの2頭。『1』と『6』は最終直線で抜こう。嫉妬などはしていないが絶対に抜いてやると心に誓った。最近は鍛錬でダートを走っていたのだ。我ながら、ラストスパートにより磨きが掛かっている自信がある。

 

 絶対にぶっちぎろう、そう心に決めたとき、止まれの合図と共に、私に乗る彼がこちらへと歩いてきたのだが、しかし、いつもと少しだけ風貌が違った。というのも、ゴーグルが少し大型になっているのだ。

 なぜだろうと思いつつも彼を背中に乗せて、いざコースに出てみた時に、そのゴーグルの理由が嫌でも判ったのである。

 

 寒空に佇む芝。どこまでも広がる芝のコースには入らなかったのだ。そう。いつも走っている芝コースではなく、どこまでも茶色の地面が続くダートコースに立たされていたのである。

 

 なるほど、だから彼のゴーグルが対砂用に大型なモノになっていたのだなと。最近ダートの練習をさせられていたのだなと、色々納得した。

 人気が低い理由も良く分かった。そりゃあ、ダートを一回も走ってない馬だもん。三冠馬でもそりゃあ『本当に走るの?』って私でも思う。

 

 何はともあれ、ここまで来たなら腹を決めるしかあるまい。いつものストレッチ…と思ったのだが、砂に足を取られてなんとも上手くストレッチが出来ない。一応、パドックでもストレッチを行っていたので最低限は行っているものの、少々不安である。まぁ、いつもの方法でストレッチが出来ないのならば、ストレッチの方法を変えればいいだけである。

 

 跳ねるようにしていたストレッチを、脚を地面につけてから伸ばすように、尻までぐっぐっと沈めるように。見てくれは悪いが、結構いい感じに関節が解されてきた。

 ということで、ここからはウォーミングアップだ。砂を蹴り上げながら軽く走りつつ、しっかりとパフォーマンスを出せるように体の各部分を温めていく。少し汗をかいたところで、スタートのゲートへと向かった。

 

 そして、G3とはいえ重賞レースであるので、良い馬がそろっているのだろう。ゲートインは比較的スムーズに行われていた。有馬記念の『12』のようにゲートインを嫌がる馬は居ない。

 スタートの直前にふと思う。1600メートルでグレード3のダートのレースって何があったっけな…と。

 

 しかし、私の記憶からついぞレースの名前が何一つ出ないまま、私は彼の指示の下、スタートを切ったのである。

 

 初のダートレースであるが、スタートは上々。ほぼ先頭と同じ位置で飛び出すことが出来た。私は少々外側なので、このまま後ろに下がってスパートを待つのみかと思いながら、彼の指示を待っていた。

 

 だが何と、その彼の最初の指示は、スタート直後から『行け』であった。

 

 え!?と思いつつ、前回の有馬記念の件もあったので、私は歩幅を少し広げて力を足に込める。が、それでも彼は手綱を扱き『もっとだ、もっと前だ』と私に伝えてきていた。

 それはもう、最終直線のスパートのようにである。まだスタート直後なんだがな、と疑問に思いつつも彼の手綱にはしっかりと従い、気づいてみれば馬群の先頭で、本気の走りをしてしまっていた。これではスタミナが持たないと思うんだがなぁと少し足を緩めると、改めて『もっといけ、もっといけ』と手綱が伝えて来る。仕方ない、やってやるかと腹を決め、本気の走りのトップスピードに達した頃には。

 

 後ろのお馬さんはもうどこにも見えなかった。

 

 そして、気づいたのだが、案外私の息も上がってない。カーブを1つ抜け、2つ抜け。まだスタミナは残っている。息もそんなに苦しくない。

 

 そりゃあそうか。あんだけ坂をすっ飛ばして、あんだけ水に潜っているんだ。1600メートルなんて、時間にすれば2分もない。

 4分もの間、泳ぎながら息を止められる私にとって、2分の間だけ本気で走ることは、きっと、間違いなく、去年の有馬記念の最終直線よりは短いものであると、彼に気づかされた。

 

 

『3コーナーと4コーナーの中間を迎えて未だにトウカイテイオー先頭、ペースが衰えません。さぁ他の馬はどうだ、キョウエイスワットが2番手で追いかける。外にはトウカイテイオーと同じくダートが初めてのビックファイトも上がってきています。だがしかしまだトウカイテイオーとの差は6馬身開いたまま4コーナーに差し掛かります。

 これはトウカイテイオースタミナが持つのでしょうか!?鞍上手綱は動いていない!内をついてマンジュデンカブトもやってきているがトウカイテイオーが粘りに粘る!ラシアンゴールド一気に突っ込んできた!ナリタハヤブサが4番手から突っ込んでくる!先頭はこの4頭の争いだ!だがトウカイテイオー粘る!トウカイテイオーまだ粘る!トウカイテイオーかラシアンゴールドか!?トウカイテイオー脚色は衰えない!トウカイテイオーだ!トウカイテイオー先着!!』

 

 

「いやぁ…まさかダートであんな走りをするとは…」 

「俺もびっくりだよ。しかも逃げも逃げだ。『面白いものをお見せできるかもしれません』だっけか?レース前の鞍上のコメント」

「ええ。いやぁ、本当に面白いものを見せてくれましたね」

「よくよく考えれば、坂路を10本近く走っても崩れないスタミナと、プールで4分も息を連続で何度も止めながら泳ぐ強い心肺機能。ま、1600程度ならトップスピードを最初から最後まで維持するのは容易だったのかもしれないな。あいつは今まで差し馬か先行馬と、俺たちが勝手に思い込んでいただけなのかもな」

「はい。レースを見て頭を殴られた感じでしたよ。血統から見れば明らかに逃げではないですし、どうしてもあいつの親のレースの記憶がありましたから」

「しかし、これで証明されたわけだ。ダートを走れるだけのパワーはあると」

「ええ。しかも1600メートルではありましたけど、最初から最後までスピードを上げて走り切るスタミナもあった、ということですしね」

「そう言えばお前はレース直後にあいつを診たんだろ?息の上がり具合とかはどうだった?」

「汗は確かに多く流れていました。けど、息は戻っていましたね。夜になったらピーマンをまた良い音立てながら食ってたのでスタミナはまだ有り余ってると思います」

「本当あいつは規格外も良い所だな」

 

「本当にそう思いますよ。ああ、それで、今回のレースを見てなんですが。天皇賞春は「やらかそう」かと、オーナーと鞍上と話し合ってます」

 

「…ははぁん?容易じゃないと思うが、まぁ、やってやれないことはなさそうか」

 

 

 ある昼の事。メジロマックイーンは雑誌を片手に、トレセン学園のカフェで椅子に座りながら、のんきにピーマンを咥えている一人のウマ娘の下へ歩み寄っていた。

 

「テイオー!貴女、とんでもない事をされましたね!?」

 

 バシン、と雑誌をテーブルに叩きつけながら、マックイーンは大声を出した。それを受けたウマ娘は、咥えているピーマンをもっしゃもっしゃと嚥下し、それからマックイーンへと顔を向けた。

 

「藪から棒にどうしたのさ?マックイーン」

「見ましたわよ、フェブラリーステークス。あ、貴女!砂のG1をいきなりぶっつけで勝つなんて!」

 

 顔をテイオーに近づけながら言葉を続けるマックイーン。その剣幕にテイオーは苦笑いを浮かべていた。

 

「あー…あはは。自分でもちょっとびっくりしちゃってるよー。今でもちょっと落ち着かない感じがするんだ」

「しかも貴女!大逃げではないですか!?いつもの追い込みの脚はどうなさったのですか!?」

「あ、うーん…トレーナーと相談してね?パワーとスタミナは十分あるから、逃げてやってみるかって。本気でも1600なら走れるだろうからって言われて…」

 

 あまりのマックイーンの勢いに言葉を選びつつ、慎重に答えていくテイオー。

 

「そもそもなぜダートを…!?」

 

 だが、このマックイーンの質問にだけは、はっきりと答え始めた。

 

「あ、それはカイチョーの提案。有マ記念でボク負けたでしょ?」

「ええ。…去年の有マ記念はあまりいい思い出はございませんが…」

 

 思わずマックイーンの眉間に皺が寄る。

 

「まぁまぁ。それで、普段の練習量ならまず負けるはずは無いと思うんだがって前置きされて」

「それはまた会長さんから信頼されてますわね」

「えへへ。ま、ただ、それでも負けたのは気持ちの面もあるだろうけど、鍛えた体が使えてないんじゃないか、って話になってさ。一度、体の使い方が全く違うダートを走ってみろって」

「なるほど。それでダートのレースに出たわけですか」

「うん!」

「でも、それならば、あくまで練習にダートを取り入れればよかったのではないですか?天皇賞も近いですのに」

「ん-…それは」

 

 テイオーが答えようとしたその瞬間、メジロマックイーンの背中から、落ち着いた、しかし威厳のある声が落ちてきた。

 

「それはレースで得るものが大きいからだよ。メジロマックイーン。そしておめでとう、テイオー」

 

 声の方向に向いてみれば、そこには生徒会長、シンボリルドルフその人が、笑顔を浮かべながら立っていた。思わずマックイーンとテイオーの耳がピンと伸びる。

 

「会長さん!?」

「あ、ルドルフさん!ありがとうございます!」

「やぁ。ああ、そうだ。テイオー。君のトレーナーに今回のレース勝利のお祝いを預けておいた。取りに行くと良い」

「え!?本当ですか!判りました!今すぐ行ってきます!」

 

 テイオーはルドルフの言葉を受けると、すぐさま駆けだしてしまった。残ったのは、シンボリルドルフとメジロマックイーンだけである。

 

「ふふ。…さて。メジロマックイーン。君はなぜテイオーがダートに出たのか、不思議で不思議で仕方が無さそうだね」

 

 多少気まずさを感じていたマックイーンであるが、どうやら、自分の疑問に答えるためにテイオーを外させたのだという事に、正しく気づいた。ならばと、マックイーンは腹を決め、改めて疑問を投げた。

 

「え、ええ。…天皇賞も控えていると言うのに、どうして芝ではなくダートに、と思ってしまいまして」

「それは、彼女の可能性のためさ」

「可能性?」

「テイオーのライバルの君であるなら、知っているんじゃないのかい?目標はロンシャンだ、と」

 

 マックイーンは目を見開いた。と、同時に、手で口を隠す。

 

「…ええ、存じております。宝塚を最後に海を渡ると」

「知っているとは思うが、私も一度は海外に出ようと挑戦した事がある。まぁ、結局は怪我でご破算だったがね。まぁそれはいい」

 

 思い出話をしているシンボリルドルフは、どこか遠くを見ていた。その表情の意味はメジロマックイーンには判らない。

 

「つまりはだ。私が感じた海外の芝。日本で近いモノが日本のダートレース場だった、という話、ただそれだけなんだ」

 

 そう言ってルドルフは頷く。

 

「なるほど…。しかし、それでもやはり、ダートを体験させるというだけなのならば、練習だけでよろしかったのではないでしょうか」

「足場を体験する、という事ならばそれでもよかった。だが、やはりレースでの駆け引きや、前走で荒れた馬場、天候、気持ちの問題といった、レースでしか体験出来ない事もある。それは君も良くわかっているだろう?メジロマックイーン」

 

 マックイーンは小さく頷いた。

 

「確かにそういう事なのであれば納得です。ですが、会長さんの一言がきっかけで、テイオーはまた一つ強くなりました。全く、ただでさえ有マ記念で負けているというのに、これでは追いつくのも一苦労です」

 

 メジロマックイーンは視線を床に落とし、ため息を吐いた。それを見たシンボリルドルフは、少し口角を引き上げ、悪戯めいた笑みをマックイーンに向けた。

 

「――おや、メジロマックイーンはトウカイテイオーよりも弱いと言うのかい?」

 

 その舐めたような台詞に、マックイーンは思わずルドルフの顔を睨んでしまっていた。が、そのルドルフの笑顔の表情を見るや否や、苦笑を浮かべて言葉を返していた。

 

「もう。会長さん。冗談がきついですよ?でも、確かに私は彼女の後塵を拝しています。――が、ただし、今は、とだけ申しておきます。天皇賞のその日、私がセンターで、彼女がバックダンサーです。楽しみになさっていてくださいまし」

「ああ、もちろん、良いレースを期待しているよ」



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春の青空、芽吹きの春

ピーマンの小説を書いていると

ピーマンが集まってくる現象

これをピーマンの法則と言います。


※なぜか時期が終わりだと言うのにピーマンをすんごい頂いております。(40個程度)
 食わねば。


 ダートレースは実に強敵であった。コースそのものも慣れないもので辛いものがあったが、それとは別に、最後に追い込んできたあの馬。『3』の番号を背負った馬は目を見張る勢いで加速をしながら私を追い越そうとしていた。だが、私だって三冠馬の実力馬なのだ。最後は、私の新たな武器、足の回転を上げてダッシュ!で突き放して勝利を何とか収めた。

 

 そして、ゴールした直後。気づけば、汗こそはかいていたが、息はほとんど上がっていなかった。1600メートルを本気で走り抜けたレースの、つまり体力を消費しているはずのゴールの直後でもあるにも関わらずだ。

 菊花賞の3000メートルの最後のスパートだけで息が切れていた頃に比べれば、更にスタミナと心肺機能は伸びたと言っても良いだろう。

 

 クールダウンも終わりコースを後にする際、掲示板をちらりと横目で見た。『12』。私の番号が一番上に燦然と輝いていた。そして、タイムであろうか。『1:34.4』という数字も見て取れた。これが速いのかどうかは正直判らない。ただまぁ、ダート初挑戦であるわけだし、そんなに速いタイムではないはずだ。

 

 そしてグレード1よりは少々規模が小さい、とはいっては失礼ではあるが、式典に出席をして、いつものように厩舎へと戻っていた。

 

 今日のバケツピーマンは2杯。まぁ及第点であろう。G1ではないわけであるし。とはいえ、ピーマン以上に今日は実りのあるレースであった。

 

 まず、やはり彼の戦術は正しいのだと再認識した。マジ?と疑問に思っても、しっかり手綱を感じて走った方がいいのである。今回だって先に行け!という手綱の信号に合わせた結果、ゴールまで難なく逃げられたのだ。私自身が考えるよりは戦術に間違いはない。断言しても良い。ただ、考える事はやめない。どうやればこれから私自身が速くなれるのか、そのヒントは自ら感じて、そして吸収していかなければならないのだ。

 そして、今回のラストスパート。実戦で使用して確信した。やはり思った通りであるが、ダートの場合は脚の回転を上げたほうが加速が利く。これは私の考えが正しかったようだ。これからもこの方向性でもって、ダートの走り方を鍛えていこうと思う。ただ、おそらくは芝でもこの回転を上げる走法というのは、何かしらに使えそうでもあるので、芝のコースの練習の時は意識していけばもっと速くなれるはずである。

 

 で、何よりも大きな実りは、私の身体能力の再確認が出来たことであろう。

 

 スタミナ、パワー、スピード。私自身が思っていたものよりも、相当高くまとまっている。私自身で8割だ、と思っていた体の動かし方は、クラシック三冠前の感覚のまま止まっていたと思い知らされた。

 

 今回のレースで実感した。実際、有馬記念の時の私は力の5割も使っていなかったと思う。

 

 もっといけ、もっと行けと、もっと行けるはずだと、最初から繰り出された手綱に応えるように加速した結果、私の想定していた8割を超えても、10割を超えても、まだ私の力は余裕があったのである。だからこそ、最終の直線で追いついてきた『3』すらも、加速してブッチギリに出来たのだ。

 

 ただ、今回のレースでは、私の底は私自身でも知る事は出来なかった。1600メートルは、短すぎたのだ。

 …できれば、今日の感覚を忘れないうちに、芝でもダートでも良いので、長距離のレースなどを走りたいなと、強く思う。

 

 

 ダートのレースから数日後。牧場に戻った私は、いつものように坂路をすっ飛ばしていたのだが、最近見ることが出来なかったあの葦毛のお馬さんが坂路に顔を見せていた。何度か並走をしているが、やはりこのお馬さん、速いし強い。

 私が有馬記念でこの葦毛の馬に先着できたのは、明らかに彼の手綱さばきのお陰であろう。ただ、かといって卑屈にはならない。以前はこの葦毛に置いていかれたこともあったが、今ではそう、並走が出来ているのだ。確実に進歩である。

 更に、顔見知りをもう1馬見つけた。仮面を被っていなかったので判らなかったが、有馬と菊花を一緒に走った仮面のお馬さんである。

 

『あれ、お久しぶりじゃんー』

 

 とニュアンスを感じたので。

 

『青い奴食う?』

 

 と挨拶代わりにニュアンスを伝えたのだが。

 

『いらなーい』

 

 とそっぽを向かれてしまった。非常に悲しい。…そういえばピーマン同志だけは未だにこの牧場で見たことがない。どこか別の場所で鍛錬を行っているのだろうか?

 ちなみにではあるが、仮面のお馬さんも実力はかなり上がっている。レースだと私が速かったはずなのだが、私が気持ちよくすっ飛ばしている坂路に、さりげなく付いてくるのだ。これはなかなか、私の周りも実力をつけているようである。油断している暇はないというものだ。

 

 そんなこんなで、日々日々、坂路をすっ飛ばし、プールで潜水し、芝でスパートの練習で歩幅を広げて、ダートでは回転を上げで走り抜ける。そんな日々を過ごしていた中で、お、こいつはやるなぁというお馬さんに出会った。

 

 今日も今日とて坂路10往復、と気持ちよくすっ飛ばしていたのであるが、なんとそんな私に、見たこともない馬が付いてきたのである。ぱっと見た所、私よりも少し若そうな馬である。4往復程度で坂路のコースを離れてしまったが、なかなかすごい馬が出て来たのだな、と感心していた。

 

 そして驚くことに、数日後の坂路にもこのお馬さんはいたのである。

 

 しかも明らかに私を意識している走りだ。私にぴったりとくっついて離れやしない。しかも4往復だったそれが5往復に増えていた。いやはや、これはなかなか期待の星ではないだろうか。

 もしかすると、今年、クラシックを走るお馬さんなのかもしれないな、と思いながらも負けるわけにはいかないので気合を入れて走って走って走りまくった。

 

 そんなこんなで、ダートレースから明けた日々は、馬と、人のお陰で非常に充実した日々を過ごさせて頂いている。葦毛の馬、仮面の馬、そして若い馬。そう、鍛錬とはいえ抜きつ抜かれつであるため、刺激が多いのである。次は俺が先着だ、いや俺が。そういう闘争心も鍛えられて、実にやりがいがある鍛錬の日々であると言えよう。

 

 そして夜になれば、ピーマンと野菜をしっかりと食って、イメトレをして瞑想をして寝る。なんと充実している日々であろうか。

 あ、ただ、ししとうはやめてほしいものだ。この間、ダートレースの褒美なのか、オーナーから箱で頂いたものを食っていたのだが、何個か辛いのが紛れ込んでいたのだ。幸いにしてピーマンも一緒に食っていたので、ピーマンで辛みが中和出来たのでよかったが、ししとうしか無かった場合は辛みのショックで一日ふさぎ込む自信がある。どうも馬の口に辛みは合わないらしい。

 …加熱調理で焼いて塩やめんつゆで食う分には辛みも美味いんだがなぁ。ああー、食いたいッ!でも食えないので仕方がない。

 

 それにしても少しずつではあるが、木々は芽吹きはじめ、青くなり始めている。今年も無事に春を迎えられそうだ。

 

 

「あいつの調子は最近どうだ?」

「絶好調ですよ。ダートの後は特にもう、ぐんぐんと成長していってます。ついに坂路10往復を熟せるようになりましたよ!」

「やっぱり規格外の化け物だな…。無理をさせているわけじゃないんだよな?」

「ええ。むしろ抑えなければ11本目行こうとしますからね。それに馬房に戻ればすぐに飯を食いますよ」

「なら安心だ…っと、そういえば最近入った注目株の話、知ってるか?」

「ああ!もちろんです!なんていったってあいつと何度か並走してますからね」

「ほー。で、並走している感じ、注目株の実力はどうなんだ?」

「驚きですよ。スピードは3歳で既にあいつと同じぐらいです。スタミナこそ劣っていますが、鍛錬次第で伸びると思いますよ」

「なるほど。じゃあ、クラシックレースの今年の本命、っていうのも強ち嘘じゃないか」

「ええ、そう思います」

「ま、どちらにしろあいつと当たるのは早くても有馬記念あたりかな」

「ええ。凱旋門帰りの有馬記念で当たるでしょうね。たらればの話ですけど、もしかすると三冠馬対決!なんていうことになるかもしれません」

「それは夢のある話だな」

「…あ、そうだ。夢のある話って言えば、一つあるんですけど、興味あります?」

「お?なんだなんだ、そんな言い方されたら気になるだろう」

「実はですね、ダートのレースの結果を見て、凱旋門の後に…」

 

 

 

「ねー、ゴルシー」

「あ?んだテイオー。って、この時間に制服たぁ珍しいじゃねーか。練習は?」

「んー…それがさぁ、最近、付きまとわれててねー。ちょっと今日は様子見ー」

「ほーう?やっぱ無敗の三冠ウマ娘、ダートG1覇者は人気だよなー。羨ましいぜ」

「もー、おちゃらけないでよー。こっちは坂路に毎日付いてこられちゃっててちょっと参ってるんだからさー!」

「悪い悪い。で、その無敗の三冠ウマ娘を参らせてるウマ娘は誰なんだー?」

「んーとね、ミホノブルボンっていう娘」

「ミホノブルボンって…確か、今年の三冠ウマ娘候補じゃなかったか?」

「そう、その子なんだよ!というか、あっちのトレーナーも『トウカイテイオーに食らいついていかなければ三冠ウマ娘など程遠い!』とか熱血指導しててさぁ!やりにくいったらありゃしない!」

「あっははは!そりゃあ災難だな!…で、だ。テイオー」

「ゴルシったらもー他人事だと思って…どうしたの?」

 

 ゴールドシップはトウカイテイオーの背中を指差した。と、同時に凛とした声がテイオーの耳に届く。

 

「ここに居ましたか、テイオーさん。さぁ、今日も坂路練習です。ご指導ご鞭撻をお願いします」

 

 声と共に、万力の様な力で肩を掴まれたトウカイテイオー。

 

「げぇ!?ブルボン!?って力強っ!?イッダダダ!引っ張んないでー!自分で行く、行くからぁ!」

「そう私とマスターに伝え、更に姿を消してから既に10分と40秒経過。スケジュール上、これ以上は待てません」

「…テイオー。旅は道連れ世は情け、って言うだろう?」

「ゴルシー!?わっけわかんないよー!?」

 

 そして、ずるずると引きずられていくテイオーを見ながら、ゴールドシップは一人詰将棋を始めるのであった。

 

「お、そう言えば、お前はついていかなくていいのかー?」

 

 パチン、と路盤に駒が置かれる。と、同時に、1つの影がテイオーとミホノブルボンの後を追いかけるように、消えた。

 

「伸るか反るか。ま、お楽しみってところだな」

 

 ゴールドシップの見つめる先。路盤には、『成り金』の駒が置かれていた。

 



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坂路キチ

ピーマンの肉詰め(へたとって肉詰めて焼く)

チンジャオロース

ピーマンの浅漬け

ピーマンのめんつゆ漬け(まな板の上で手でピーマンを潰して、焼いて、めんつゆに漬けておく)


などを作って、恵比須様、麒麟様、朝日様で一杯やっておりましたら飛んでおりました。やべぇ!

皆様も、ピーマンで晩酌などお勧めいたします。


「お世話になります」

「あ、どうも。お世話になります」

「本日から、よろしくお願いいたします」

「…しかし本気ですか?うちのテイオーの坂路に付いてくるっていうのは」

「はい。坂路の鬼。そう呼ばれている馬に少しでも肖りたく」

「…お勧めはしませんよ?こいつ、規格外ですからね」

「承知の上です」

 

 

 今日も今日とて坂路ですっ飛ばしているわけであるが、例の若いお馬さんもずうっと毎日のように引っ付いてきていた。よくもまぁ、飽きもせずについて来るものである。ただ、やはり一日の長ということで、私の方が断然スタミナは多い。

 だからであろう、若いお馬さんはどう頑張っても私の半分で坂路をやめてしまっていた。息も絶え絶えといった感じである。

 

『お前速い』

 

 とニュアンスを受け取ったので。

 

『ピーマンを食っているからね』

 

 と答えておいた。まぁ、しっかり食って寝る。これが一番の秘訣、なのかもしれない。しかしこのお馬さんもピーマンはダメなのであろうなぁ…。本当に、ピーマン同志と旨さを語らいながら一緒にピーマンを食らいたいものである。さて、とはいえ若いお馬さんがいなくなっていても、私の坂路はまだまだ続くわけである。何せ今日はまだ8往復目だ。最低あと2回は行かねば気が済まない。

 ただ、最近では10回を超えて来ると無理やり終了させられるのが少し悩みだ。個人的にはもう2~3本行けるのである。

 そう。お馬さんの体であるとはいえ、やはり鍛錬は出来るだけはした方がいいと思うのだ。ただ、手綱を握られてしまえば従わざるを得ないというものだ。それに、私が気づかないだけでかなり無理な鍛錬をしてしまっているかもしれない。故に、手綱にはしっかりと従っているわけである。

 

 さて、それはそうと、前回のダートレースから1か月ぐらいは経った。季節は完全に春となり、牧場内の桜も満開である。

 

 昨年であれば、もうそろそろ皐月賞が行われた時期である。ということは、あの若いお馬さんも、見込み違いでなければそろそろレースの時期であるということだ。おそらく、私にずーっと付いてきているということは、皐月賞への鍛錬ではないかと勝手に思っている。いやぁ、昨年が既に懐かしい。あの頃は今考えれば、何も考えていなかった。なんかグレード1のレースで走れるわー!ぐらいなお気楽な馬であった。今は真面目なのか?と聞かれると、まぁ今でもお気楽であることは変わっていない。

 

 ただ、三冠馬の責任はあるだろうと感じてはいる。

 

 ゼッケンも変わり、明らかに調教内容も良いモノに変化しているし、オーナーや彼が会いに来たり、取材を受ける頻度が明らかに上がっているのだ。これでレースなんかで凡走をしてみればどんな批判をうけるかたまったもんではない。それに、私が批判を受ければ、あのピーマン同志や仮面のお馬さんなんかも、一緒に評価が下がってしまう可能性だってある。

『あの三冠馬は世代が弱いのだ』

 なーんて書かれた日にはこの世の終わりかとも思ってしまうであろう。幸いにして人間の言葉が判らないのが救いであろうか。ただ、取材の頻度や人の行き来などでなんとなくは察せてしまうだろうなぁ。

 

 ま、とはいえ今からそんなに卑屈になる事はないとも思う。三冠馬であることは変わりないし、ダートのレースも勝てたのだ。…あれ?芝とダートで勝ってる馬って珍しいような気もする。たしか私の知る限りでは、クロフネやタイキシャトル、アグネスデジタルらへんしか思い出せない。まぁそもそも競馬の知識は薄いので、名前を知らないだけという可能性もある。

 

 まぁ、ただ、冷静に思い返してみれば、『無敗の三冠馬でダートまで走って勝った馬』というのは記憶にないので、私自身の正体というのは完全に闇に包まれた気がしないでもない。潔く諦めよう。

 

 さてさて、考えるのはこれまでにしてと。坂路も終わったことであるし、次はプールである。まずは4分の息止めを3セットから始めよう。

 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食らう。自分のことながら、厩舎でのいつもの光景である。最近は我ながら飯の食う量が増えつつあり、バケツ2杯のピーマンがデフォになりつつあるので、食事に少しだけ時間がかかってしまっている。

 ま、とはいえ、急いで食うとあんまり胃腸に良いような気はしない、特に私は馬なので、消化も考えるとしっかり歯ですり潰してから食わねばならないと思うわけである。その方がピーマンの苦さと旨味を感じ取れるので一石二鳥だ。

 

 に、しても毎回思うのだが、ピーマンの加工食品、特に肉詰めが恋しいというものだ。正直二足歩行時代には、あんなもの…といっては失礼だが、食おうと思えば毎日でも食えたものなのに、馬になれば肉を食う事すら難しいという始末である。

 おそらく、獲得した賞金だけで言えば億を超えるであろうし、二足歩行時代の収入を大きく超える。肉ぐらい余裕で食えるお金を稼いでいると言える。ただ…馬である私には全く、一切関係のない…いや、関係はあるな。ピーマンが増えている。まぁ、及第点としておこう。

 

 あと、最近ではニンジンも食えるようになった。案外あの甘味が癖になってきている。甘味、苦み、甘味、苦み、甘味、苦み。このコラボレーションは止められない止まらない。

 

 色々言ったが、もっしゃもっしゃとただひたすらに飯を食う時間というのは実に幸福なものである。そう。飯というものは、多いか少ないか、旨いか不味いかしか本質としては無いものなのだ。『金額』や『質』なんて結局付随品なのである。その点、旨いピーマンを腹いっぱい食えている私は実に、ひたすらに幸運だと思うのだ。

 

 

 鍛錬とピーマンの日々を過ごしていた頃、あの若いお馬さんが車に乗せられている姿を目撃した。ああ、ついに彼もレースかぁと思いつつ、幸運をお祈りしておいた。

 

 私の様に怪我無く、しかし、しっかり走るんだぞ、と。

 

 さて、とりあえず今日も鍛錬である。坂路をすっ飛ばすぞ、と気合を入れていたのであるが、何と今日は4本程度で坂路を切り上げられてしまった。これは事件である。

 なぜであろうか、もしかして私の気づかないところで、私の脚に何か異常が…?と首を傾げつつ、手綱に従って歩いていると、取材陣の方々の目の前に連れていかれていた。カシャカシャとフィルムカメラの切られる音に、なるほど、これのために鍛錬を切り上げたのか、と納得した。

 

 まぁ、去年の三冠馬であるし、それに、なんとなく最近オーナーの顔を出す頻度が増えているので、何かしらのレースが近いんだろうなとそう思っていた。思っていたのだが。

 

 そして、ちらっと見えてしまった記者の手帳。そこに書かれていた文字、アルファベットのような文字を見た瞬間、少し体に衝撃が走ったのである。

 

 見えた文字、それは、『Triomphe』である。私が知る限り、その単語は『Prix de l'Arc de Triomphe』しかないのだ。そう、あの凱旋門賞である。もしかして私が出るのか…!?とも一瞬思ったのだが、冷静になってみれば、そもそも去年の話を書き留めているのかもしれないし、また別の意味かもしれない。それに、今の年代、1990年前半という事を加味すると、チャレンジした馬や陣営というのは居なかったと思う。エルコンドルパサーの2000年ごろまで待たねばなるまい。少しだけ、本当に少しだけ興奮してしまった私が恥ずかしい。

 

 ちらりと他の記者やこちら側の人々が持っているものを盗み見しながら、次のレースは何であろうと予想を立てる。…とはいえ、さっきの様なアルファベットの文字も数字もあまり書かれていない。都合よくはいかないものだ。

 そう思いながら、なるべく写真を撮られやすいようにじっとしていると、ある記者から、こちらの人間に丸まった紙が手渡された。

 

 その紙を人間が広げると、そこに写されていたのは、あの大きな葦毛のお馬さんと、おそらくは私であった。ほー…よくできた、つまりこれはポスターであろうか。

 ポスターをのぞき込むように顔を動かしてみると、人間がそれに気づいて、ポスターをこちらに差し出してくれた。なるほどなるほど、やはりこれは葦毛のお馬さんと、脚の毛の色と鬣のおしゃれ感が間違いなく私である。

 

 レース名は…やはり判らない。ただ、日付は…4.26か。ということは時期的にそろそろであろうか。やはり、オーナーがやってくる頻度はレースに近くなるほど多くなるわけだ。

 で、あと読み取れるものは………。お、4桁の数字が書いてある。多分だけどもこれで距離が判るじゃないか。なになに?3200か。

 4月開催で、距離3200メートル…。3200メートルと言うと、かなり、というか最長クラスのレースである。しかもグレード1というおまけつきであるから…。

 

 あぁ、天皇賞の春だ。今回のレース。多分間違いないであろう。

 

 いやしかし3200メートルか…今までの中で最長である。しかもあの葦毛のお馬さんも出るっぽい。ということは、かなり苦戦を強いられるであろう。あとは予想であるが、あの私を有馬記念で差し切ったお馬さん、ピーマン同志、仮面のお馬さんあたりは集結しそうである。若手のお馬さんはまぁ、来ないであろう。あのお馬さんの若さからして皐月賞であろうし。

 

 ともあれ実力馬が集まる天皇賞になりそうである。となれば、こんなところで撮影などしている時間などは無いのであるが、まぁ、三冠馬としての責任であろう。今日の所は鍛錬は勘弁しておこう。

 

 

「いやー…ミホノブルボン、すごいですわ」

「ほう?そんなにか?」

「ええ。もう5本は余裕で付いてきます。あれは皐月、獲れますね」

「なるほどなぁ、なかなかいい馬だ。ま、あいつにゃ敵わんよ」

「あいつ、今日も10本いってましたしねぇ。坂路。昨日久しぶりに他の馬を観たんですが、あいつのせいで感覚がくるってます。坂路3本が少ない…って思ってしまいました」

「ははは、ま、仕方ないだろう。ああ、そういえば、天皇賞のポスター、見たぞ」

「ああ!ご覧になりました!?いやぁ、手前の馬がポスターになると嬉しいもんですね」

「メジロマックイーンとトウカイテイオーの対決が前面に押し出されているなんてな。本当、出世したなぁ、あいつ」

「ええ。本当に。何か感じるものがあったのか、あいつも嬉しそうでしたよ」

「ん?嬉しそうでしたよ…?」

「ええ。興味津々にポスターを覗いていたもんで、目の前に差し出したら鼻息を荒くしてましてね」

「…あいつってもしかして、ポスターに映る自分の姿が判ってたりしてな」

「まさか。言ってもあいつ、馬ですよ?」

 

 

「ううぅー…ピーマン…食べなきゃダメかなぁ…苦いの苦手…」

「あれぇ?ライスシャワーじゃん。どうしたの?こんなところで」

「ひぇっ!?…あ、タンホイザさん。いえ、その、ピーマン、食べなきゃダメかなって…」

「…はい?なんでピーマン…?テイオーじゃあるまいし」

「その、最近並走をしてもらってる、リオナタールさんがよく食べていて…少しでも近づきたいなって」

「あー…ピーマン連合No2ねぇ…。まぁ、無理はしないでねー?」

 

 



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1992 / トゥインクルシリーズ 天皇賞(春)

ピーマンのめんつゆ和えが最近のブームになっております。

生ピーマンを手で軽く潰して。

ヘタとか種は取らずに油に潜らせ。

ショウガ、かつぶし、めんつゆで作ったタレを絡ませて少し置くだけで

ご飯ビールにめっちゃ合うピーマンの出来上がりです。2~3日冷蔵庫に入れて味を落ち着かせても美味でございます。



露地栽培の時期が終わっても、ピーマンイズワンダフル!!!


 桜が散り始めた季節に、私は車に乗せられて競馬場の土の上に立った。

 

 何度目かの京都競馬場である。

 

 手綱を曳かれて厩舎に行くさなか、あの私と葦毛のお馬さんが写っているポスターを何度も見た。やはり、大注目のレースらしい。

 厩舎でピーマンをもっしゃもっしゃとやっていると、隣の厩舎にもピーマンのバケツが2個、引っかけられた。もしや?と思ってそちらを見てみると、顔を出したのはやはり、ピーマン同志であった。

 

『旨い。旨い。旨い。…あれ。久しぶり』

 

 同志からはそんなニュアンスを感じ取りながら、私ももっしゃもっしゃとピーマンを食らう。同志ももっしゃもっしゃと食らう。うむ。ピーマン仲間がいるというのは実に素晴らしいものである。

 そして周りを見回してみれば、葦毛のお馬さん、有馬のお馬さんなども厩舎に収まっていた。なんという実力馬の祭典であろうか。

 ただ、今回、あの仮面のお馬さんは見ることが出来なかった。うーん、まぁ、居ないというのなら仕方がないであろう。怪我などしてなければいいのだが。

 

 そして翌日、ついにレース本番を迎えるわけであるが、装備をつけてパドックに出てみれば、もうそれは割れんばかりの大喝采であった。掲示板をちらりと見れば『3200』と『G1』という文字が躍っている。

 

 やはりこのレースは天皇賞(春)で間違いないであろう。3200メートルか。菊花賞より200メートル長い。スタミナは持つだろうが、果たして勝ち切れるかどうかは不安が残る。あの葦毛の馬も強いであろう。しばらく会わなかったピーマン同志の体もかなりデカくなって、艶が出ていた。こちらも強敵である。あの有馬の馬だって、目はギラギラと輝いていた。いやはや…とはいえ、私も坂路鍛錬を増やし、水泳鍛錬も強度を強めている。負けてはいないと信じたい。

 

 ま、難しい事を考えるのは止めにしよう。結局私に出来る事は、体を十全に使い、彼に従って、しっかりと芝を駆け抜けるのみである。

 

 

『さあやってきましたメジロマックイーンです。馬体重は495キロ。+4キロです。ご存じ昨年の天皇賞馬。長距離では無類の強さを誇っています』

『今回勝てば史上初の天皇賞春連覇となりますね。馬体の張りも良いので、期待十分です』

『今回はトウカイテイオーとの対決にも注目が集まっています』

『ええ。どちらが勝つのか、非常に楽しみなレースです』

 

―――

 

『さて今回一番人気。大注目の14番、トウカイテイオーです。馬体重は495キロ。+5キロです。前回のフェブラリーハンデの大逃げは見事でした。まさかのダートの重賞を勝っての天皇賞に殴り込みです』

『まさか芝もダートもいける馬だとは思っていませんでした。それに今回は加えて体重増です。トモが分厚くなっています。また仕上げてきましたね』

『噂では坂路訓練を並の倍熟していると聞きますが』

『ええ。よく壊れないものだと感心します』

『おっとここでいつものステップを踏み始めた。どうやら調子も良いようです』

『巷ではテイオーステップなどと呼ばれているようですね。有馬記念は残念でしたが、この天皇賞春ではぜひ勝ってもらいたい一頭です』

 

『次は3番人気、15番レオダーバンです。馬体重は508キロ。+10キロです。昨年のクラシックではトウカイテイオーに迫るものの勝ち星がありませんでした。ジャパンカップではマックイーンに先着こそしましたが、未だにG1未勝利』

『実力は確かなものを持っているのですが、いかんせん相手が強いですね。ただ、今回は距離が菊花賞より伸びた3200メートルです。あの末脚が決まればもしかするかもしれません』

『前走は産経大阪杯。見事に一着を飾っております。今度こそG1のタイトルを獲れるのか注目です』

『関東からの長距離移動でどうかと思いましたが、馬体重が10キロ増えています。更に十分に落ち着いていますので、可能性は十分にあると思いまよ』

 

 

 さてさて、恒例の番号チェックの時間だ。

 

 今回、私の番号は、と…『14』で、その隣の数字が『1.7』である。なるほど、比較的大外になったようだ。ただ、有馬記念で勝てなかった割には一番人気に推して頂いている。頑張らねばなるまい。

 葦毛のお馬さんは『5』で『2.5』で、私に続いての2番人気である。とはいえ、坂路では本当に速い馬だと感じているので、実際人気はあてにならないであろう。

 有馬の馬は『2』で『46』となっている。あんまり人気が無いようだ。しかし、気合のノリは有馬記念と同じように感じている。要注意としておこう。

 同志は『15』で『3.2』となっている。3番人気である。これまた有馬の時と同じでお隣のゲートであるからして、同志と私は相性がいいのであろうか?まぁ、なんとなく寂しくないので良いとしよう。

 他に気になる馬と言えば『3』『7』『8』であるが、葦毛の馬、有馬の馬、同志のノリよりは少し大人しい感じ。注意は必要だがそれほど注目する必要はないかもしれない。

 ただ、油断は出来まい。なにせグレード1、3200メートル。天皇賞(春)を走ろうという実力馬達しかいないのだ。気合を入れ直そう。

 

 止まれの合図で立ち止まり、いつものように首を3回叩いてきた彼を、大人しく背中に乗せる。そして、馬道を抜けてコースに出てみれば、これまたグレード1レースらしく大きな声援で迎えられたのである。

 

 その声援を受けながら、しかしいつものルーティーンを行う。脚を伸ばしながら、軽くジャンプをして足腰の筋肉をほぐし、その脚で軽くコースを走ってウォーミングアップ。なるほど、やはり芝はダートに比べて跳ね返りが強い。今日は歩幅を広げるスパートで問題ないだろう。ま、ただ、もしかするとダートの時の様に逃げるかもしれないので、最初から本気で逃げるのか、最後にスパートをかけるのかは彼の手綱次第ではある。

 

 などと考えていたら、ゲートインが進んでいて、あの葦毛のお馬さんも、ピーマン同志も、有馬の馬もゲートインが完了していた。私も手綱に従って、すっとゲートに収まる。今回は嫌がる馬もいないようだ。

 

 そして、人が全員捌けて、旗が振られた。

 

 ゲートが開く。と、同時に勢いよく脚に力を叩き込んで芝を蹴る。さぁ、彼は今日はどう行くのかなと、手綱の感触を待っているといきなり手綱が扱かれた。

 

―行くぞ!―

 

 そう。最初からの本気逃げ宣言である。前のダートコースのレースと同じように、逃げろという事であろう。

 

 一瞬、3200メートルを逃げて、本気で走り切れるか?という疑問が思い浮かんだ。だが、その疑問を振り払い、脚を振り上げて回転を上げた。そうだ。彼が行けると踏んだのならば、きっと行けるのである。凡走はすまい。ままよ!

 

 同じように先頭をとろうとしていたお馬さん、『12』を大外から交わして前に出る。残念、今日の私は差し馬でも先行馬でも追い込み馬でもないのだ。今日の私は、逃げ、それも、大逃げ馬である!

 

 ―――さあ、付いてきたまえ、歴戦のお馬さん達。追いかけてこないと私が先頭でゴールしてしまうぞ?

 

 ――Hi-yo Silver(ハイヨーシルバー)

 

 

『天皇賞春は波乱の幕開けとなりました。ダートを制したトウカイテイオーがまさかまさかの大逃げであります。

 2位との差は最初のコーナーに差し掛かる段階で既に4馬身ほど、さぁトウカイテイオーが逃げる逃げる。メジロマックイーンは丁度中段寄りで様子見の形。

 続くレオダーバン。ジャパンカップではメジロマックイーンより先着馬であるレオダーバンもまた注目の一頭。そしてその後ろを見てみれば、昨年の有馬記念を制したダイユウサクもいます。

 集団はトウカイテイオーのペースが速いのか縦長、先頭から最後尾までは20馬身ほどであります。

 さぁ一回目のホームストレッチに入りまして、ペースを作るのは未だ先頭トウカイテイオー。4馬身ほど離れてメジロパーマー、更に3馬身ほど離れてボストンキコウシが続きます。

 馬群の中段に見えてきましたのは昨年度天皇賞覇者のメジロマックイーン、1馬身を空けてレオダーバンは各馬を観ながらの競馬となっています。その後ろに続くようにダイユウサクも虎視眈々とチャンスを狙っている。

 先頭トウカイテイオーの1000メートル通過タイムが…61秒台、これは速いぞ!?』

 

 

 嘘でしょう?そう思いました。あのテイオーが、まさかの大逃げを打ったのです。前回のレース、逃げでダートを獲ったとはいえ、いきなり長距離の、この天皇賞で逃げを打つなど誰が考えたでしょう。

 わたくしよりも後ろについて、最後の直線で勝負、そう思っておりました。そうなれば、スタミナ、スピード共にわたくしが有利、と。ですが、こうなってしまうと、ゴールまで展開はわからなくなりました。

 おそらく、今2番手についているパーマーもそうでしょう。彼女は逃げを得意とするウマ娘。きっと面を食らっている事でしょう。私の前後を走るウマ娘達も同じようで、目を見開いています。

 ―――ですが、私のすぐ後ろを行く、彼女達だけは驚いてはおりませんでした。

 

 一人目は、リオナタール。

 

 テイオー、ナイスネイチャ、リオナタール。昨年はこの3人の時代と呼ばれておりました。事実、私もジャパンカップでリオナタールの後塵を拝しております。

 今回、ナイスネイチャさんは足の様子が思わしくないという事で天皇賞は回避されましたが、それでも、テイオーとリオナタールは虎視眈々とトップを狙っているはずです。

 ですが、そんなテイオーの奇抜な作戦を目の当たりにしながらも、リオナタールは一切動じておりません。冷静に、冷静にレースを見ていました。というかむしろ。

 

『トウカイテイオーならこの位はやるだろう』

 

 という、ある意味で絶対の信頼を感じることも出来ました。そして、そんなトウカイテイオーに負けないと言う、自負も。

 

 二人目は、ダイサンゲン。

 

 有マ記念の最終直線を、トップで走り抜けた末脚の持ち主。ただ、周りからはこういわれておりました。

 有マ記念で燃え尽きた、と。しかしどうでしょうか、今の彼女の目。あの有マ記念と同じ目をしておられます。

 

『…トウカイテイオー、マックイーン、リオナタール。競えばいい。競って先に行けばいい。

 ―――私は、最終直線でまとめて切り伏せる』

 

 そう、天皇賞の前のインタビューで答えていた事を思い出します。

 

 …これはもう、うかうかとしては居られませんわね。

 

 天皇賞、春秋制覇こそしましたが、それでも、天皇賞は我がメジロ家の悲願。譲るわけには参りません。

 

 テイオー、リオナタール、ダイサンゲン。――最終直線。この天皇賞の直線で、わたくしのスタミナとスピードに付いてこれるならば、付いてきてみせなさい。

 

 

『向こう正面に入りまして先頭未だにトウカイテイオー。2番手メジロパーマーと続いております。そして4番手に上がってまいりましたメジロマックイーン。ダイサンゲンとリオナタール、カミヤクラシオン、ブレスオウンダンスも良い手応えで上がってきているか。各バ第3コーナーの登りに向かいます。トウカイテイオーのペースはどうだ!?コーナー抜けて…坂を越えてもトウカイテイオーのペースは未だに落ちていない!驚異的なスタミナとパワーだ!』

 

 

 5つ目のコーナーを抜けて6つ目のコーナーへ最速で、そして内側を彼の手綱に合わせて本気で走る。そして自分に言い聞かせる。最速の逃げ馬なのだと。

 

 しかし、この先頭の景色は、なんと心地の良い光景なのだ! 前に誰もいない芝のコース! 実に! 美しい!

 

 そして、6つ目。最後のコーナーを抜けたときに目に飛び込んできたのは、多数の人が押し掛けた観客席と、その目の前で静かに佇むゴールであった。

 手綱が更に扱かれた。ならばと最後の直線、スピードを落とさずに走る。

 

 スタミナはまだ十分にある。しかし、足腰の筋肉は確実に悲鳴をあげつつある。やはり3200メートルを逃げるというのは辛いものなのだ。

 

 200メートルの標識、いつもであれば私がスパートをかける位置に来た。だが私にその余裕は残っていない。

 

 だが、まだだ!歩幅を広くしろ、回転を上げろ。力を入れて、しっかりと蹴り上げろ!最終直線を駆け抜けろ!

 

 先頭でゴールをくぐり抜けられるように!諦めずに!と、そう意気込んだその時である。 

 

 まさに刹那。内側からは葦毛のお馬さんが、外側からはあのピーマン同志が、そして後方からはあの有馬の馬が、土を蹴り上げながら突っ込んできたのだ。

 

 

『最終コーナーを回って先頭はトウカイテイオー!だが!やはり来た来たメジロマックイーン!

 

 既に先頭に立って2馬身3馬身と後続に差をつけているトウカイテイオーだがメジロマックイーンが迫る!おおっとここで大外から、大外からレオダーバン!レオダーバン伸びを見せてメジロマックイーンと並んでトウカイテイオーに迫る!

 

 残り200メートル!トウカイテイオー苦しいか!メジロマックイーンとレオダーバンはどちらも譲らずに伸びる!トウカイテイオー交わされた!トウカイテイオーが交わされた!先頭に立ったのはメジロマックイーンだがレオダーバンもまた外から伸びて来る!後ろからはダイユウサクも伸びを見せているが!

 

 メジロマックイーンと!レオダーバンの一騎打ちだ!!メジロマックイーン!レオダーバン!メジロマックイーン!レオダーバン!内か外か!?わずかにメジロマックイーンか!?

 

 レオダーバンもまた伸びた!?2頭全く並んでのゴールイン!三冠馬トウカイテイオーは僅かに遅れた3着!4着には半馬身差まで追い込んできたダイユウサク!』

 

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」

「げほっ!げほっ!」

「も…むり…げほっ」

 

 先頭を走り抜けたメジロマックイーンとリオナタール、そしてダイサンゲンは、息も絶え絶えに芝に倒れこんだ。3着でゴールにたどり着いたトウカイテイオーはというと、笑顔を浮かべながら、息を整えて2人を見下ろしている。

 

「いやぁ、負けちゃったー。マックイーンもリオナタールも本当に速いよー。ダイサンゲン先輩も、最後の追い込みでひやっとしちゃった」

 

 平然とそう言うテイオーの言葉に、マックイーンとリオナタール、そしてダイサンゲンは顔を上げて口を開いた。

 

「な、なんで貴女はそんなに平然としているのです…!本気をお出しになったのですか…!?」

「本当よ…このスタミナピーマンお化け…!」

「なんでそんな平然と…やっぱ違うなぁ」

「なにぉう!?ピーマンはリオナタールもでしょ!?うーん、息は大丈夫なんだけどね、脚、もう、がっくがくなんだ。ボクも全力を出し切ったんだ。ほら、これ」

 

 テイオーはそう言って足を一歩前に出そうとしていたが、震えるだけで脚が上がっていなかった。それは、テイオーもマックイーンやリオナタール、そしてダイサンゲンと同じように、全力であったという事であろう。

 

「本気だったのですね」

「うん。―――でもね、ボクは悔しいよ。スタミナは残ってるのに脚が先に来ちゃってたんだもん。新たな課題だなぁ」

「3200を最初から本気で逃げればそうなるわよ。あんたのペース可笑しいもん」

「あはは!だっよねー。でも、ボクだって勝つつもりで全力で逃げたんだもん。抜かれたときに思ったよ。マックイーンにリオナタール。やっぱりすごいやって!」

「テイオーに言われると、嬉しいです。ありがとうございます」

「照れくさいよ。でも、ありがとう」

「あー…私は有マのリベンジしっかり返されちゃったなぁ」

 

 あはは、と笑い合う四人である。しかし、未だに掲示板は審議中の文字が浮かぶ。

 

「…にしても、なかなか着順出ないね?」

「本当ですね。確かに接戦でしたが…」

「後ろから見てたらすごい接戦だったよ。三人ともね」

「いや、本当、最後マックイーンに肉薄できたのは、我ながら奇跡だわ…」

 

 そういうリオナタールに、マックイーンは笑みを浮かべて言の葉を伝えた。

 

「奇跡ではありませんよ。貴女の実力です、リオナタール。誇ってくださいまし」

「うう、マックイーンにそう言われるとすごいこそばい」

 

 と、リオナタールが言った瞬間、観客席から大音声の悲鳴のような歓声が上がった。そして。

 

『なんとなんと!写真判定の結果!優勝は!わずか2センチのハナ差で!

 

 リオナタール(レオダーバン)!!!獅子が帝王と名優を抑えて、盾の栄誉を手に入れたー!!!

 

 2着は名優メジロマックイーン!天皇賞春連覇ならずー!』

 



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春の陽気、戦の気配

ピーマンイズワンダフル!

パンに溶けるチーズを乗っけて、その上のスライスピーマンをたっぷり乗せて
ベーコンを散らしてコショウを振り掛けグリルで5分!

チーズピーマントーストの出来上がり!お好みで塩で味を調整だ!
追い生ピーマンをしてもオッケー!

美味しいですよ!


「くっそおおおおー!なんで最後に動かなくなったんだボクの脚いいいいいい!そりゃそうだよねペース配分間違えたボクのせいだよねえええええええええ!!!ちくしょーーーー!」

 

 切株に向かってそう吠えるトウカイテイオー。しかし、その顔はなぜかせいせいとしていた。

 

「あーすっきりした。マックイーンもここで叫んだのかなぁ…」

 

 叫んだテイオーは、近くのベンチ座り、はちみーをすする。すると、一人のウマ娘がテイオーへと声を掛けた。

 

「テイオーさん、天皇賞3着、おめでとうございます」

 

 クラシックの冠の一つ目、皐月の冠を手に入れたミホノブルボンである。ちなみに、3着というのに皮肉などは一切ない。ブルボンは人づきあいが少々苦手なのである。

 

「んー?ってブルボンじゃん!皐月賞おめでとう!」

「ありがとうございます。坂路の鍛錬のお陰です」

 

 そういって2人は握手を行う。

 

「いやいやー、それほどでもあるかなー?あ、天皇賞ありがとう。もうちょっといけるかと思ったんだけどねぇ…。マックイーンとリオナタールが強すぎてさ」

「…ですが、逃げの姿、しっかりと見させていただきました。学びが多かったです」

 

 ブルボンの表情に、テイオーは笑みを浮かべた。

 

「ん、よろしい。ボクの負けをしっかり糧にしてね。適性的に中距離、しかも普段は後ろで控えるウマ娘でも、鍛えれば逃げてここまで行けるんだって、判ったでしょ?」

「はい。その、ありがとうございます」

「ま、それにボク自身も底が見えたし、いい経験だったよ」

 

 せいせいとした表情の正体はこれであった。自身の底が見えたのならば、更に鍛えることが出来るというもの。伸び悩んでいたテイオーは一つの光明を得たのである。

 と、ブルボンが急にテイオーの耳元へと近づき、小さな声で話を始めた。

 

「…そういえば、テイオーさん。お気づきになられてますか?最近、坂路で…」

 

 その言葉にテイオーは頷いた。

 

「うん。気づいてるよ。彼女でしょ?いやぁ、ボクとブルボンについてくるなんてね」

「ええ、未勝利のウマ娘とは思えません」

「確か同期だったよね?どんな娘なの?」

 

 テイオーの言葉にブルボンは少し手を頬に当てて考える。

 

「…かなりの気性難です。しかも、骨折など怪我も多く、運も少々悪かった、と思います。しかし、素質は私よりも素晴らしいかもしれません」

「ふーん?じゃあ、いつか、色んなものに折り合いがつけられたら化けるかな?」

「…幸い、クラシック戦線で当たる事が無いとは思うので、ほっとはしています」

 

 そのブルボンの言葉に、テイオーは口角を上げ更に口元を隠す、楽しくて仕方がない。そんな笑みをテイオーは浮かべた。

 

「そっかそっか。……いやぁ、ブルボンも、ライスも、そして…そのウマ娘、レリックアースも、実にさ、実にいいよね。―――ボク、来年から始まる君たちのシニアが楽しみだよ」

「あの、少々怖いですよ、テイオーさん」

「え!?そ、そう!?ちょっと会長を真似してみたんだけど…カッコよくなかったかぁ。うーん…じゃ、じゃあこんな感じかな?」

「…テイオーさんは今のままでいいと思います。あと、会長さんの真似はやめておいた方がいいと進言します」

 

 

「…」

「マックイーン?」

「……」

「マックイーンさーん?」

「………」

「あの、マックさん?」

「………………黙っていてくれませんか、ゴールドシップ」

「うい」

 

『天皇賞春連覇ならず!』そう銘打たれた雑誌を手に、メジロマックイーンはスイーツ食べ放題のカフェへと繰り出していた。いつも巻き込む側のゴールドシップは、今日は残念ながら巻き込まれている側だ。

 

「なぁ、なぁマックイーン?せっかくスイーツ食べ放題に来たんだから、そんな難しい顔すんなって」

「…」

「あーもー!!辛気臭い!辛気臭いぞマックイーン!1週間ぐらい放置した牛乳ぐらい辛気臭い!」

「どういう意味ですのそれは!」

 

 そう叫んだマックイーンの口に、モンブランが無理やりに詰め込まれた。

 

「むぐっ!?」

「オメーのそういう態度がだよ!ったく、レースで勝てなかったから凹むのはいいけどよー、せっかくスイーツ食べに来たんだろ?今は美味しく食べろってんだ」

「…むぐ…あ、美味しいモンブランですわね」

「だろー?ったく、雑誌は横に置いておけって」

 

 マックイーンはゴールドシップの言葉に、雑誌を仕舞うと改めてスイーツを食べ始めた。モンブラン、ミルフィーユ、パフェ、ショートケーキ、クッキー、マカロン。次から次へと皿に盛っては無くなり、更に盛っては無くなり。更に更に盛っては無くなり。マックイーンはもう、心行くまでスイーツを楽しんでいた。

 

「太るぞーマックイーン」

「…次走は早くても宝塚記念です。今日は、今日だけは心行くまで楽しみます!」

「やけ食いかー、ま、ほどほどにな?」

「やけ食いもしたくもなります。史上初の連覇…!おばあさまにプレゼント出来るかと思っていたのに!自分が情けないのです!あともう一歩、もう一歩強く踏み込んでいれば!」

 

 マックイーンはそう言いながら強く拳を握りしめた。ほほに生クリームが付いているので少々滑稽に見える。見かねたゴールドシップは、そんなマックの頬から生クリームを指で撫で取って口に入れていた。

 

「クリーム、やっぱ甘いわ。ってマックイーン、一歩踏み込むってそれは無理だったろ。お前もリオナタールも全力で走ってぶっ倒れてたじゃないか。なんだ、全力出し切ってなかったんか?」

「そんなわけないでしょう!全力でした!絞り切りましたとも!」

「じゃあしょうがねーじゃん。全力で競い合ったんだろ?」

 

 ゴールドシップはそう言うと、自分のイチゴをフォークに突き刺して、マックイーンの口へと放り込む。

 

「むぐっ…。確かに、全力で競い合えました。テイオーの逃げに必死に追いついて、ダイサンゲンさんに追いつかれないようにコースを取って、最後、リオナタールさんとは末脚の全力の勝負…勝てはしませんでしたが、全力を出した勝負でした」

「その結果がレコード負け、だろ。リオ、マックイーン、テイオー。3人レコードなんて信じられねぇよ。全く、いいじゃねーか。確かなんだっけ?『全力で競えるライバル』が欲しいとか前に言ってたじゃんか、なぁマックイーン?そう思えば、負けこそしたけどもさ、最高なんじゃないか?」

 

 マックイーンはゴールドシップの言葉に、はっとする。そして、自らのショートケーキを一口含んで、笑みを浮かべていた。

 

「確かに、彼女らは全力を出せるライバルです。ふふ、次のレースが今から楽しみです。次こそは、勝ち取ります」

「お、その調子だぜマックイーン。あ、じゃあ、気分良くなったところで、これ一つ貰いっと!」

「ああっ!?それは食べ放題といっても、本日限定10個の貴重なチーズケーキなのですよ!?せっかく後で食べようと確保しておいたのに!ゴールドシップやめなさい!ゴールドシップ!?あああああー!?」

 

 

「天皇賞おめでとうございます!リオナタールさん!」

「あ、ライス。ありがとう。ライスも皐月賞、良い走りだったよー」

 

 ライスシャワーはその言葉に、少しだけ気まずそうに苦笑を浮かべた。

 

「リオナタールさん、その、すいません…皐月賞。最終コーナーから思うように脚が動かなくなっちゃって…」

 

 あはは、とリオナタールは笑って、ライスシャワーの肩を軽く叩いた。

 

「いーのいーの、気にしない気にしない。私なんか怪我で皐月出れなかったんだから。ライスはちゃんと走り抜けて3着に入着したんだもん。凄いよ!」

「あうう。ありがとうございます」

 

 ライスは嬉しそうだ。リオナタールは更に笑みを強くして、言葉を続ける。

 

「ライブちゃんと見たからねー? 可愛く出来てたじゃん。教えた甲斐があったよ!」

「え!?見に来てたんですか!?」

「そりゃあ、可愛い妹分だもん」

「あうう、ありがとうございます」

 

 ふと、笑みを浮かべていたリオナタールの表情が引き締まる。

 

「さてと、ま、ダービーまで時間は無いけど、これからも一層厳しくいくよ?テイオーの弟子であるミホノブルボン、彼女に追いつくんでしょ?」

「…うん。ブルボンさんに追いつきたい。だから、頑張ります!」

「うん、その調子だよ。じゃ、さっそく。軽く坂路6本ぐらいいこーかー?」

「ひぇええ!?」

 

 悲鳴をあげるライスシャワーを横目に、リオナタールは笑顔を浮かべて練習場へと消えていった。一人残されたライスシャワーは、拳を小さく握ると、自分の胸へと当てる。

 

「…今はブルボンさん、でも、リオナタールとテイオーさんにも、絶対、追いつく。ううん、いつか、いつか絶対に追い越してみせる…!あ、でも、ピーマンは…うーん…」

 

 もっしゃもっしゃ。

 

 もっしゃもっしゃ。

 

 私とピーマン同志の咀嚼音が響く厩舎は、実にゆるい空気が流れていた。いやはや、最後の最後、葦毛の馬とピーマン同志に抜かれてしまうとは思わなかった。

 最後なんとか体を重ねてゴールをしたものの、どう見ても3着である。ちなみ4着には有馬のお馬さんが滑り込んでいた。結局どちらが一位だったのであろうか。

 流石に今回は疲れたので、厩舎に戻って眠りこけていたら2頭とも戻ってきていたので、結果を知る事は叶っていない。

 

 それにしても、いやー、みんなかなり強かった。それに3200メートルの距離の壁は実に分厚いものであった。

 

 ただ、最後に彼に首を叩かれ『よく逃げた』といった感じでおほめを頂いた気もしている。それが証拠に本日のレース後のピーマンは3杯だ。勝利時ぐらいの量である。ちなみに同志は4杯目を食っている。というか、私よりも食べていないか?いやはや、すごい食欲である。

 なお、今回の私は脚に結構きてしまっている。まぁ、3200メートルを全力で走ったのだから仕方がないとも言える。坂路鍛錬で10本は走っているから大丈夫だという自負があったのだが、やはり甘かったと言わざるを得まい。

 というのも、坂路鍛錬の片道は感覚で言うと1000メートル。10往復こそしてはいるが、つまり、1キロ走ってちょっと息を挟んで1キロ走って、を続けているわけなのだ。

 3000メートル超えを一息で走る体験は初めてであり、つまりペース配分が無茶だったのだ。しかも普段は最終直線前から追い込んでいくのが私のスタイルだったわけで、慣れないことをしているからこそ、最後の最後に脚に来てしまったのだと思う。というかそう思いたい。というのも、私の、馬としての距離適性。それが長距離ではないと言われてしまっては少し悲しいのだ。

 

 ま、とはいっても坂路をしっかりと熟してプールで潜水することは変わらない。その上で何か足腰の筋肉を鍛え上げる…事はちょっと難しいか。まぁ、とはいえ、鍛錬方法や私の適性などは、私の世話をしている人間や彼が考える事であろうし、私は真面目に鍛錬を行うだけである。今日の所はピーマンを食らう事で勘弁してやろう。

 

 あ、そういえばそろそろ鉢植えのピーマンなど頂けないであろうか。天皇賞(春)が終わったという事は、そろそろ初夏に近づいてくるという事である。鉢植えのピーマンの青臭さと苦さが非常に楽しみなのだ。

 

 

 

「お疲れ様です。作戦通りでしたね」

「いやー…もうちょっと粘ると思ったんだけどね、申し訳ない」

「いやいや、オーナーと調教師のオーダー通りです。私じゃ出来なかったですよ」

「そう言ってもらえると嬉しいね。しかし、ゴール直後でも息がそんなに上がってなかったから、やっぱりスタミナは半端ないね」

「あはは、確か坂路2桁でしたっけ?」

 

「うん。毎日のようにね。逆にそれだけ熟しているのに突出出来ないのが不思議なんだ」

 

「うーん…確かに。先々週でしたっけ?こいつに並走しているミホノブルボンなんか、皐月で滅茶苦茶強かったんですが、それに比べるとぱっとしませんよね」

「荒唐無稽かもしれないけれど、ルドルフは相手を見て力を調整していたと今でも思っているんだ。相手が弱いとみるや、本気を出さなかった」

「ああ、噂は聞いたことがあります。全然本気じゃなかったとか、色々と」

 

「その子供、だろう?もしかすると、今まで一度も本気で走ってないのかもしれないな」

「ええ!?そんな馬鹿な…」

 

 

「作戦通りではあったが、負けたなぁ」

「仕方ないですよ。レオダーバンの勝ち時計が3分18秒ジャストで、天皇賞レコードでしたから」

「テイオーもタイムそのものは18秒5で、昨年のマックイーンを超していたんだがな」

「強かったです。レオダーバンもメジロマックイーンも。追い込んできたダイユウサクも驚きましたよ」

「ま、気を落とすなよ。なにより今回のレースは試金石だ」

 

「判ってます。なによりあいつの底が見えたのは大きな収穫です」

 

「その意気だ。で、次はどうする?宝塚に推されてはいるが」

「宝塚は避けます。その代わりに…これに出ようかと」

「…ほう?ああ、あいつにはぴったりのレースかもな」

 

「そうでしょう?パリに飛ぶ前には最高かと思いまして」

 



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移ろう日々

ピーマンイズワンダフル!

今晩の晩飯は生ピーマンのサラダ!

ごま油と塩で味付けしたシンプルな料理!

シンプル故に旨いのです!


麦酒が実に旨いことこの上なし!


 天皇賞春からしばらく経った頃。空気も春から夏へと移り変わり、木々も青々と生を謳歌している。

 

 ピーマンの苗木も今年は2本ほど頂き、日々代わる代わる齧りついている形である。

 

 いや、しかしやはりハウス栽培より露地栽培、露地栽培より『もぐ前』である。苦味と青臭さ、そして旨さとジューシーさが実にたまらない。

 

 そうそう、最近ではあるが、あの坂路で並走していたお馬さんのゼッケン、色が金色になり、星が2個になっていた。多分、皐月賞とダービーを勝ったということであろう。いやはや、おめでたいものである。

 ということで、私の厩舎の前を通り過ぎた事があったので、おめでとうのピーマンを差し上げたわけなのだが。

 

『何これ…何…え、苦…苦い…?旨い…?』

 

 と、絶妙なニュアンスを伝えてきて、しかも微妙に後ずさりをしてしまっていた。なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいである。ただ『ぺっ』とはされなかったので、ピーマン同志No3に招き入れる事が出来るかもしれない。ま、レースで隣の厩舎にでもなった時には、もっとピーマンをわけてあげようじゃないか。

 

 そして私自身はと言えば、なぜか車に乗せられてレース場へと向かっていた。しかも、移動距離は今までで最長である。

 小さな窓から外を伺っていたわけであるが、富士山を横目に見ながら、東京に入り、そしてそこから更に別の高速道路に移った感じだ。移動車というものは暇なので、とりあえず外をじいーっと見ていたわけであるが、どうやら東京から離れて、更にどこかへ向かうらしい。うーむ…となると、新潟か、はたまた福島かといったとこであろうか。

 夏なので北の方に向かうのは有難いとは思う。多分、涼しいのであろう。

 

 と、思っていたのだが、あれよあれよと車は更に更に進み続け、なんと驚くべきことに、船に乗せられてしまったのだ。

 

 ええー? 遠くないか? という私の疑問はさておき、車を乗せたフェリーは海の上を進んでいく。ただ、私は車と一緒に窓のない倉庫なわけで、海の風景を見られないのは少し残念である。

 

 そしてあれよあれよと海を渡り、たどり着いたのはまた新たな大地であった。うーん…海を渡って?ということは、函館とか札幌であろうか?そして更に車に揺られること暫く。私は全く見たことのない競馬場の土を踏みしめていたのである。

 

 

『さて今回の札幌記念、注目の一番人気トウカイテイオーですが、ここ数戦は勝ちきれない戦いが続いております。有馬記念は2位、天皇賞は3位とあまり調子が出ておりません』

『能力はある馬なのですが、いかんせん相手が強かったと思います。いずれも相手がレコードで勝利していますからね。負けとはいえ、トウカイテイオーもレコード。強い馬が揃ったと、そう思います』

『確かに。ただ、今回の札幌記念を最後にパリへと飛ぶトウカイテイオー。勝利を収めて勢いをつけてほしいものです』

 

 

 競馬場についてから、厩舎でのんびりと休息をとる。いや、流石に今回の大移動はなかなかに草臥れた。まぁ、嫌というわけではないが、なんにしてもずっと立ちっぱなしだったのだ。嫌ではない、嫌ではないのだが、辛いものである。

 憂さ晴らしにストレッチをしながらピーマンをもっしゃもっしゃとしていると、次から次へと他のお馬さん達も厩舎に入っていった。ただ、あまり見知った顔がいない。

 もしかしてこれは、天皇賞の前のようなダートであろうか?

 だとすればまた逃げであろうか。3200メートルより短ければ逃げ切る自信は多分あるが、しかし、そうは言っても不安な面もある。というか、最近ちょっと勝てていないので気持ち的に少しだけ気持ちが悪いのだ。

 

『三冠馬なのに勝てない』

 

 あのG3ダートこそ勝てたが、他のG1、つまり有馬記念と天皇賞は負けてしまっている。これはあんまりよくないよなぁ、と我ながら思うわけだ。

 あの若いお馬さんもどうやら三冠に王手をかけているわけだし、これ以上負けたくはないよなぁと思いつつも、怪我だけはしたくないので後先考えない走りというのもしたくはない。

 

 実に、なかなか自分の気持ちというのは難しいものである。

 

 まぁ、幸いにしてオーナーやいつも世話をしている人間や、彼には見放されてはいない様子であるし、まぁ、ひとまずは、今日のレースを何とか勝ちたいなぁとは思うのだ。

 

 そんなことを思いながら迎えたレース当日。馬具を身に着けてパドックに出てみれば、結構多くの人が私を迎え入れていた。おお、結構大きなレースの予感がする。

 

 掲示板をチェックしてみると、私の番号は『10』で『2.0』であった。相変わらず1番人気に推されているようだ。これは今日はぜひ勝ちたいところである。『11』が『3.6』で2番人気、『7』が『5.2』で三番人気…とはなっているようだが、いまいち気合が乗っていない感じがする。

 私的には『9』『12』あたりの気合のノリが気になるところであるが、『7.3』『10.8』と人気はそこそこである。うーむ、まぁ、人気と実力は今までのレースからして参考にはならないのだから、ひとまずは自分の直感を信じて警戒をしようとは思う。

 

 そしてレースの距離は…2000メートル。レースの後ろの文字は『G3』である。

 

 なるほど、グレードレースだったか。だからこそ人が多いわけだ。…ただ、客観的に見るとグレード1ぐらい人出があるような気もするのである。

 とはいえレース自体の事を考えると、距離から見てスタミナ的には十分である。パワー、スピードも我ながら良い。あとは彼の手綱であるが、2000メートルであれば逃げても後ろからいっても大丈夫だとは思う。

 

 などと考えていたところで、止まれの合図である。脚を止めて、彼を待つ。

 

 いつものように3回首を叩かれてから、彼を背中に乗せる。

 

―さて、やるぞ―

 

 首を一回撫でられると、そういうニュアンスが伝わってきた。

 

―もちろんだ―

 

 鼻息を荒げて、彼に答える。そして、馬道を抜けて、いざ芝のコースへ。もう慣れたものである。そして足を延ばして軽くジャンプ…したのだが、何かいつもと違う。

 

 何が違うのか確認しようと、いつも以上に足踏みをしてみたり、少しジャンプしてみたり、少し走ってみたりと繰り返してしまった。気づけば彼も少し困惑しているようで、首を何度も撫でられていたことに気づいた。これは失敬と、ウォーミングアップがてらコースを一周回り、スタートのゲートへと向かう。

 

 そして、一周ウォーミングアップで走って判ったことが一つある。

 

 この芝コース、ダートとまではいかないが、何かフカフカするのだ。

 

 何というのだろう。普通の芝が木の床であるならば、これは絨毯と言うか、なんというか。かといってダートのように脚を取られるわけでもない。不思議な感覚である。

 

 気合を入れ直す意味を含めて、改めてゲート手前でストレッチを行っていると、なぜか観客席から大きな歓声が上がった。はて、何かあったのであろうか。周りを見回してみるが、特に何も起きていない。

 

 ファンファーレが鳴り、私を含めて馬達はゲートに入る。そして、人間が捌けて、旗が振られた。

 

 同時に、彼の手綱も捌かれる。オーケー、今日はどんな感じで行くんだい?

 

 

『札幌記念、グレード3。今スタートしました。するするっと先頭に躍り出たのはマルセイグレート行きました。キングオブトラック、ナルシスノワール続いていきます。トウカイテイオーは…おおっと!?今回は後方待機の形で最後尾から2番目の位置で競馬を進めています。第一コーナーを通り過ぎまして第二コーナー。先頭争いは落ち着きを見せてマルセイグレート先頭。外側にキングオブトラック、後方にナルシスノワールが続いていきます。トウカイテイオーはいまだ後方』

 

 

 今日のレースはなんと、久しぶりの後方待機であった。しかも、後ろから数えたほうが早いぐらいの、追い込みとでも言う場所だ。

 

 いやはや、逃げを打ち続けていたので、元に戻っただけなのに非常に違和感が強い。

 

 それにしても、変に脚を使わなくていいというのは楽である。スタミナとパワーとスピードが均一に使われている感じがなんとも心地よい。やはり私の位置はここであると、逃げでは決してないなぁと認識した次第だ。ま、もちろん、逃げろと言われれば逃げれるので、いざという時の武器として持っておくことにとする。

 それにしてもこの妙な芝。ウォーミングアップ時には違和感しかなかったが、走り始めてみれば案外と良い感じである。普通の芝ほど硬くないので強く蹴っても足に負担が来ないし、かといって砂の様に力は逃げないので、なんとも力を入れて踏みやすいのだ。これは我ながらなかなか良いスパートが出来そうである。

 

 そう思いながら最初、2番目のカーブを抜けていき、観客席とは逆のストレッチへと入った。いまだ手綱は動かない。しばらくぶりの後方待機だが、やはり、しっくりくるというものだ。先頭の方で何頭か動きはあるが、まぁ、今はまだ動かなくても問題はないであろう。この距離なら、射程圏内だ。

 しかし、今日はいつも仕掛け始める3つ目のカーブでは手綱は動かなかった。まだか?と思いながらも少し体を外に振りながらカーブを周る。

 

 そして4つ目のコーナーに差し掛かったところで、手綱が動いた。

 

―そろそろ行くぞ―

 

 伝わって来る意思に応えて、大外を回るようにしながら力を脚に加えて加速する。ふむ、やはり思った通りだ。この妙な芝、非常に良い。私の脚の力を、綺麗に推進力に変えてくれている気がするのである。

 

 4つ目のコーナーを抜ける頃、後方待機していたということもあるが、前から5番目で最終直線を迎える形になった。少々後ろ目な気もする。距離は残り3~400メートル。まだスパートには早いはずなのだが、彼の手綱は動いたままなので、もっと行って問題ないということであろう。であれば、力を更に加えて、歩幅を広げて、全力ではないが、一歩手前の本気で加速を行う。

 

 そして、その一歩目を踏み出した瞬間である。

 

 今までよりも、グンっと、体が加速したのだ。これには少々びっくりした。おそらくはこの妙な芝の、沈む感じが私に合っているのだろう。力を入れて踏み出すたびにグングンと体は加速して、200の標識を過ぎる頃には、自分では今まで出したことの無いようなスピードに達したのである。

 

 

 

『さあ注目のトウカイテイオーは最終コーナーを抜けて最終直線に入りましたがまだ中段というところ!サンエーサンキューピンクの勝負服が一番前!残り200メートルを切ってサンエーサンキュー先頭!外からニックテイオーもやってきた!最終直線は叩き合いだ!

 おっとここで大外からとんでもないスピードでトウカイテイオーがやってきた!?ニックテイオーを交わしてサンエーサンキューに迫る!サンエーサンキュー、トウカイテイオー!サンエーサンキュー!トウカイテイオー!トウカイテイオーが行った!トウカイテイオーだ!トウカイテイオーだ!

 

 トウカイテイオーが圧倒的な差で今ゴール!

 

 復活だ!三冠馬トウカイテイオー!パリへの旅路が幸多からん事を!!』

 

 

「え”!?2人ともロンシャン行くの!?」

「そだよー。ボクとリオナタールはちょっとパリで走ってくる」

「ええ。って、あれ?ネイチャに言ってなかったっけ?私とテイオー、2人とも有マまでトゥインクルを休む感じだよ」

 

「聞いてないわよ2人共ー!?え!?どうすんのジャパンカップとか!?テイオーとリオがいなかったら日本勢やっばいじゃん!?」

 

「あはは、そこはねぇ?」

「うん。別に心配していないというか」

「なんでそんなに落ち着いてるの!?ねぇ!?」

 

 慌てるナイスネイチャに、顔を見合わせているテイオーとリオナタール。そして2人はネイチャに顔を向けると、さも当然といった感じで言葉を発した。

 

「そりゃ、ネイチャがいるからじゃん」

「そそ。だから私とテイオーはロンシャンで心置きなく戦ってくるよ」

「その通り!ま、ボクはその後アメリカに飛ぶし、リオも休養に入っちゃうからさ。日本の誇りはネイチャに任せた!」

「そうそう!私もテイオーも不在となれば、真打登場!ナイスネイチャだよ!」

 

 2人の言葉に、ナイスネイチャはほほをかいた。まんざらでもない様子である。

 

「う…そう言われると弱いなぁ…」

 

 ナイスネイチャの様子に、満足げに2人は笑顔を浮かべて言葉を続けた。

 

「ということで任せたよ。ネイチャ。ボクは凱旋門を獲る」

「私が凱旋門を獲る」

「ボク!」「私!」

 

 ぐぬぬと顔を見合わせていた2人であるが、ふっと肩の力を抜き、笑いあった。

 

「…んまぁ、そこは置いておいてだ。凱旋門を獲ったっていうのに、ジャパンカップで負けたなーんて、日本のウマ娘としてさ、カッコ悪いじゃない?」

「そーそー。だからネイチャ。一着以外は許さないからね?」

 

 そう言いながらテイオーとリオナタールは足早にネイチャの下を去っていった。去り際に2人からピーマンを投げ渡されたナイスネイチャは、困惑しながらそれを受け取った。

 

「はは、なんで2人共ピーマンを渡してくるのよ。…おなじみ3着、なんて言っている暇は無い、か。こりゃ、気合を入れて頑張りますかねぇ」

 

 ネイチャはピーマンを齧る。苦さに一瞬顔を顰めるが、口を大きく開き、そして、しっかりと食い切った。



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屋台骨

何事も土づくりが大切と申します。


 札幌記念の後、栗東トレーニング・センターでは、慌ただしく調教師や厩務員達が動きを見せていた。あるものは移動の手配や飛行機の確保、はては受け入れ先との打ち合わせなど、時間が迫っているのか、業務は多岐にわたる。

 

 その中にあって、休憩室では、男2人――片方は若く、片方は年が行った――が煙草を燻らせながら今後の事を打ち合わせていた。

 

「さて、札幌記念は想定通りだったな」

「ええ。これで心置きなくパリへ飛べます。ああ、ただ、問題が一つありまして」

「うん?ここに来てか?もしかして帯同馬か?」

「あ、いえ、それについてはレオダーバン陣営と話が付きまして。同日に飛んで、向こうで調教も一緒に受けさせる予定です」

「そりゃよかったな。レオダーバンなら気も合うし良いだろう。となると、もしかして、空輸の件か?」

「いえいえ、シンボリルドルフの失敗を元に、空輸も改良を加えています。あいつも大人しいのでそんなに心配はしていません」

「…じゃあ、それ以上の問題となると、何が問題なんだ?」

 

 煙草を灰皿に置き、腕を組みながら若い人間が口を開く。

 

「調べの結果なんですが、あちらにピーマンが無いらしいんですよ。あってもごく少量だと」

 

 その言葉を聞いた壮年の人間も同じように灰皿に煙草を置いて、天を仰いだ。

 

「…それが一番問題じゃないか。あいつ、ピーマン無かったら絶対走らんぞ」

「ええ、私もそう思います。一応、緑色のピーマンに近いパプリカもあるらしいのですが、現物が日本では手に入りませんで…」

「試すことが難しそうか。現地で食わせてどうか、だな」

「ええ。とはいえ本当に頭が痛い問題です。しかも最近ではレオダーバンもピーマンを食うとのことですからね。軽く見積もりましたが、2頭合わせると一日あたりで5キロ~10キロは欲しいです」

「遠征が8月からだろ?レオダーバンは凱旋門がある10月までだとしても、あいつは凱旋門の後はアメリカで11月まで遠征するんだから…少なく見ても150キロ、多く見れば300キロは安定的に欲しいわけか」

 

 2人は大きくため息を吐いた。

 

「パプリカなら、どんだけでも準備できると、現地の牧場から連絡は頂いているんですけどね」

「…忘れたのか?あいつ、パプリカを一個食ったら突き返したんだぞ?」

「ですよねぇ…。まぁ、最終手段としては日本からの空輸ですね。幸いオーナーもこいつのピーマン好きを知ってはいるので、いい感触で交渉は出来そうですが」

「レオダーバン陣営は?」

「あちらも頭を悩ませていますよ。どうやらレオダーバンもパプリカはダメなようで。『そちらのピーマンを遠征先でも頂けないか』と打診を受けました。『善処しますがこちらも頭を悩ませてます』と回答しておきましたよ」

 

 2人は頭を悩ますのみである。

 

「…まぁ、オーナーに交渉しかあるまい。あとは空輸が出来る量のピーマンであいつらが満足出来ればいいんだが」

「ですよねぇ、ま、仕方がありませんね。なんとかやるしかありません」

 

 煙草を咥え直し、紫煙を燻らし始めた2人。ふと、壮年の人間が煙草を置き、若者に語り始めた。

 

「しかし、あいつが本当に凱旋門に行けるとはなぁ」

「はは、自分も驚きです」

「実はな、俺、あいつの親と凱旋門に行く、かもしれなかったんだ。厩務員の一人としてな。ま、結局、その前に怪我や、身内の喧嘩別れで挑戦すらできなかったがな」

「え!?そうなんですか!?聞いたことないですよそんなこと」

「そりゃあ今初めて話したからな。いや、しかし、そうか。子と凱旋門に向かえるとは、感慨深いよ」

 

 そう言って壮年の人間は煙草を再び口に咥える。

 

「ああ、話は変わりますが、ナイスネイチャ陣営から連絡がありましたよ」

「ほう?」

「なかなか贅沢な要望をしてきましてね」

「と、いうと?」

 

「『ジャパンカップでナイスネイチャを戴冠させるから、その前祝としてトウカイテイオーを先頭で凱旋門に潜らせて来い』だそうで」

 

「そりゃあ贅沢な要望だ。なんて答えたんだ?」

「『朝飯前です。有馬で冠を懸けて戦いましょう』と、答えましたよ」

 

 

 もしゃもっしゃとピーマンの肉詰め定食を食べるトウカイテイオー。そこに近づく影があった。

 

「やぁ、テイオー。札幌記念、おめでとう。いい走りだった」

 

 シンボリルドルフその人である。テイオーは声に気づいて振り向くと、満面の笑みを浮かべていた。

 

「あ、ルドルフさん!?見ててくれたんですか!」

「もちろんだとも。パリへ飛ぶ前の最終戦、注目しない方がおかしいと言うものさ。隣に座っても?」

「もちろんです!どうぞ!」

 

 テイオーは椅子を引いて、ルドルフを招き入れる。促されて座ったルドルフの手には、コーヒーが握られていた。

 

「札幌記念は強いレースだったよ。本当に、安心してパリに送り出せる、というものさ」

「あはは、ありがとうございます!そういえば、ルドルフさんも凱旋門を目指していたんですよね?ご迷惑じゃなければ、アドバイス、頂けたらなぁと思ったんですが」

「ふむ…まぁ、良いだろう。…ただ、アドバイスが出来るほど経験は多くない。私の体験、でいいかな?」

「はい!」

 

 ルドルフはコーヒーをテーブルに置くと、上半身をテイオーの方へと向けた。

 

「さて、テイオー。判っているとは思うが、パリの旅路は辛い。私も凱旋門を目指したことがあるが、結局は最初の一歩で躓いてしまった」

「最初の一歩?」

「ああ。端的に言えば、体調を整えることが出来なかったんだ」

「え!?」

「今思い出しても情けないことさ。トレーナーと意見が対立して、更に現地のスタッフとも折り合いが合わず、体調管理すらままならなかったんだ」

 

 シンボリルドルフはテイオーの肩越しに、昔の光景を思い出しているようであった。

 

「…そしてそんな歯車がかみ合わずに出場したサンルイレイステークス。そこで私は致命的な怪我を負ってしまってね」

「ええ…!?どうしたんですか!?」

「コースが少々特殊でね。基本的には芝のコースだったんだが、途中でダートコースを横切るコースだったんだ。途中まで順調だったんだが、海外のウマ娘がスピードを上げてね、それに合わせてスピードを上げていたら、ダートを横切る瞬間に足を滑らせてしまってね。…それが原因で繋靭帯炎を発症してしまって、トゥインクルの舞台から降りなくてはいけなくなったんだ」

「繋靭帯炎!?…そうだったんですか」

「ああ、今でこそドリームトロフィーリーグを走れるようになっているが、発症当時は歩くのも辛くてね。と、それはいいか」

 

 シンボリルドルフはそう言いながらコーヒーを口に含んだ。対してトウカイテイオーの手は、完全に止まってしまっている。

 

「私の体験から言いたいことは、3つ。コースの質が日本とは違うから十分に注意してほしい事、周囲との関係性をしっかりと築く事、あとは、海外ウマ娘達のばねの強さを甘く見ない事」

「コースの質と関係性、あと、ばねの強さ、ですか?」

 

 テイオーが疑問を口にすると、ルドルフは小さく頷いた。

 

「ああ。まず、コースについてだが、ここについてはトレーナーとも話し合っているとは思う。だからこそ、ダートも出て、札幌も走ったのだろう?」

「はい!あと、現地についたら、本番と同じコースのフォア賞に出てみるつもりです」

「うん、それがいい。しっかりと足を慣らすと良い」

 

 そう言うと、ルドルフは話を区切るようにコーヒーを更に一口口に含み、言葉を続けた。

 

「2つ目だが、周囲との関係性はそのままさ。私は一人で飛び、トレーナーと不仲になり、更に現地スタッフとも喧嘩をしてしまった結果、レースで怪我をしている。幸いにしてテイオーはリオナタールという一緒に旅立つ友人、トレーナーという相棒、トレセン学園というスポンサーを得て、円満に旅立とうとしている。だから、心配はしていないよ」

「あはは、ありがとうございます!」

 

 テイオーは笑顔でそう答えていた。そして、思い出したようにピーマンの肉詰めを一口頬張る。ルドルフはそれを見て、少しだけ笑顔を見せた。

 

「3つ目、海外ウマ娘のばねだが、私がレースで感じた彼女らの加速は、我々日本のウマ娘のそれじゃない。我々日本のウマ娘は基本的にじわりじわりと伸びる。しかし、彼女達海外のウマ娘達は、瞬間的にトップスピードになってしまうんだ。海外のウマ娘もそれほど、と高をくくり、甘く見ていた私は、結局、その瞬発力に付いていくのが精いっぱいだったのさ」

「…海外のウマ娘って、強いんですね」

「ああ。だが、この点も実はあまり心配ないと思っているんだ」

「そう、でしょうか?」

「ああ。テイオー。何度か君は本気のスパートを見せたことがあるだろう?」

「…ええと、菊花賞と有馬記念、でしょうか?」

「そうだ。あの時の君は、その、私が体験した海外のウマ娘達と姿がダブって見えたんだ。――そう。君の足は、既にその武器を持っている」

 

 そう言うと共に、ルドルフの纏う空気が引き締まった。

 

「皇帝シンボリルドルフとして、断言しよう。君が今の実力を十全に発揮できれば、凱旋門も胸を張って潜る事が出来る、と」

 

 思わず背筋が伸びたテイオーは、しかし、しっかりとした声で言葉を返していた。

 

「…ありがとうございます。がんばります!」

「ああ、ぜひ、頑張ってくれ。ああ、あとは個人的に一つ」

 

 ルドルフはため息を一つ吐き、テイオーの肩に手を乗せ、瞳を見つめた。

 

「出来ればでいい。あの時、夢半ばに敗れた、小娘の夢の、その一片でも一緒に持って行ってほしい。そして、――勝ってくれ」

 

 その言葉を聞いたテイオーは、一瞬硬直した。が、すぐに瞳を見つめ返し、肩に乗せられているルドルフの手の上に、自分の手をそっと添えた。

 

「あはは、ルドルフさん。――誰に物を言ってるの?ボク、無敵のテイオー様だよ?一片なんてそんな小さなことは言わないよ。全部、全部持って行く。その小さな女の子の夢も、それ以外のウマ娘の夢も、みんなの夢も。全部持って行って、全部をゴールにぶつけてくるよ」

「…ああ、ああ。頼んだよ。テイオー」

 

 

「あれ?マックイーン。もう学園に来て良かったのー?」

「パーマーじゃありませんの。宝塚記念、おめでとうございます…って、なぜ微妙なお顔を?」

 

「うーん…宝塚記念、勝ったのは嬉しいんだけど、マックイーンもテイオーもネイチャもリオナタールもダイサンゲンも、今年の主役が誰一人としていないんだもん。あーあ、特にテイオーだよ。天皇賞のリベンジ、決めたかったのになぁ」

 

「それは、贅沢な悩みですわね」

「うん。でも一番高い所を目標に目指さないとって思ってるから。…でも、次、テイオーと走れるのがいつになるかわっかんないんだよねぇ」

「確かにそうですわね。凱旋門のあとはBCクラシックでしたか。早くても年末の有マ記念でしょう」

「有マ記念かぁ…。マックイーンはどうするの?」

「怪我の様子次第ですわね。ジャパンカップは回避する予定ですが、有マ記念は出たいとは思っています」

「お。じゃあ、私が出ればメジロ対決だね」

「ええ。そうですね。ですが、今年の有マ記念はきっと濃いメンバーになりますわね。それでも出場なさいますか?」

「もっちろん。今回みたいな宝塚記念じゃない。名実ともに今年一番を決めるグランプリで、大逃げを決めたいじゃん?」

「それはそれは。――私も同じ想いです。テイオーやリオナタール、ダイサンゲンさん、そしてパーマー。皆をねじ伏せての一着。非常に楽しみです」

「わー怖い。じゃ、マックイーンが怪我をしている間に練習しなきゃ!追いつかせないように!」

「あ、パーマー!? …ふふ。今年の年末が今から楽しみです。兎も角脚を治しませんと」

 



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PIMENTO

ぴめんと

ピーマン焼酎。基本的には麦。香りづけにピーマンが使用されている感じです。

ぶっちゃけ飲みやすい。香りが爽やかで実にピーマン。

ピーマン齧りながら飲むと実にまた旨い。

ピーマンイズワンダフルです。


 しゃりしゃりと口に広がる青臭さ。そして青臭さの中に感じる苦味と旨味。噛んでいるうちにふっと感じる野菜としての甘さ。これらが合わさって実にピーマンらしい旨味を醸し出している。

 

 もぐ前食いさながらの新鮮なピーマンである。いやはや、やはり露地栽培のピーマン、特にこう、丁寧に育てられているピーマンは実に旨いというものである。人間達に感謝だ。

 

 さて、グレード3、おそらく北海道のレースを勝利したわけであるが、あの翌日にまたもや長時間の移動を経て、いつもの牧場へと戻ってきていた。ただ、少し気になったのは、いつもの表彰的な所で、グレード3だったのにも関わらず、グレード1と同じぐらいの人がいたことである。私自身は特に気づきはしなかったが、何か注目されることをしたのであろうか。確かに何レースかぶりの勝利ではあったので、それで祝い、ということなのだろうか。

 

 一瞬、私自身の引退レース?とも思ったが、今日も今日とて坂路をすっ飛ばし、プールで潜水をして鍛錬を続けているので、そういうわけでもないらしい。

 

 しかし、こちらの芝のコースを走って判ったのだが、やはりあの北海道の芝の方が走りやすいのだ。こちらの芝は確かに硬い床の様に力を返してくるので、一見スピードが出しやすい。しかし、私の場合、最後に踏ん張る時に反発力のせいか、どうも力が逃げている様な気がするのである。しかも、その反発力が脚に悪い事が判り切っているので、私の中でどうしても無意識的に力を抑えてしまう。あの北海道の柔らかめの芝を走ったからか、余計に理性も合わせて力を抑えてしまう気もしている。

 

 まぁ、とはいえ、坂路や併せ馬の一部コースは木のチップでしっかりと衝撃を吸収してくれるためか、個人的には思いっきり走れるので何も問題はないのである。

 

 あとは最近ではあるが、取材陣やら、あとは他の厩舎の人間らしき人がやたらめったらと私の厩舎を訪れるようになっている。体感としては、クラシック三冠の時の倍以上は間違いなく居る。

 

 坂路をすっ飛ばせば歓声が上がり、潜水をすれば驚きの声が上がり、併せ馬をすればまた歓声が上がり、ピーマンを食うとなぜか笑いが起きる。そのぐらい、私は最近人に囲まれている。気分としてはゴルフのギャラリーを引き連れている感じであろう。いやはや、私がまだ元人間だから良いモノの、これが他の神経質なお馬さんだったら体調崩してるぞ、と思いながらも、個人的に注目されるのは嫌いではない、むしろ気分が良い。何せこれほどの人に注目されるなど、記憶のある限りではこれが初めてなのである。今日ぐらいは天狗になっても良いであろう。

 

 ということで今日は気合を入れて坂路を12本…行こうと思ったのだが、10本目で手綱を思いっきり曳かれて止められてしまった。実に世知辛いものである。

 

 

 あくる日。もっしゃもっしゃとバケツでピーマンを食っていると、なんと、あのピーマン同志が隣の厩舎へとやってきたのである。

 

『あれ。お久』

 

 そう同志からニュアンスを感じ、ちらりと目をやってみれば、あちらさんも出されたピーマンをもっしゃもっしゃと食っていた。

 

『どもども』

 

 私もそう簡単に挨拶をしながら、ピーマンを食らう。

 

『他のやつらコレ食わない。お前判ってる』

『だよな?いや、君も流石だ』 

 

 互いのしゃりしゃりというピーマンを食う音が響く厩舎。実に心地よいものである。しかし、やはり私よりも食う量が間違いなく多い。というか、体も私より大きくなっている様な気がする。ふむ、ピーマンのお陰か?まぁ、そんなわけはないか。ピーマンを食ってるだけで成績が上がって、しかも何か副次効果があるなんて馬鹿げた話はあるわけがない。

 

 飯の後は坂路とプールの鍛錬が私のルーチンワークなわけであるが、なんと、同志も私と同じメニューを繰り返している。というか、こちらに来てから毎日隣にいる。

 

 プールを泳げば後ろから付いてくる。坂路を走れば横にいる。併せ馬ではお互いに抜かせまいと本気で競い、そして同じピーマンを食う。同じ釜の飯、というわけではないが、何か妙な信頼感が産まれつつある感じだ。あちらさんも同じようで、日々、ニュアンスを投げかけてくる。

 

『お前速い。なぜ』

『なんか走り方違う。なぜ』

『疲れないの?』

 

 などなど。特に坂路では、私が10本以上行こうとする様を見て。

 

『おかしい。おかしい。おかしい。おかしい』

 

 と、ものすごい剣幕で気持ちを伝えられた。おかしいとニュアンスを伝えられても、私が産まれてこのかたずっとやっている事なので。

 

『普通』

 

 とニュアンスを答えた所。

 

『おかしい…』

 

 そうニュアンスを伝えて、同志はそっぽを向いてしまった。ううむ、この練習量は同じ馬から見てもおかしいものだったのか。そう初めて自覚したのはこの時である。そう自覚すれば、そこからは早かった。

 

―そういえば、他の馬、坂路は多くても4本ぐらいだったなぁ―

 

 とか

 

―プールで潜ってる馬、見たことないなぁ―

 

 とか

 

―芝とダート、両方で鍛錬している馬、いないなぁ―

 

 とか。同志と走っていると、実に新たな気づきが芽生えた。いやはや、今まで、当たり前と思っていたことだったのだが、なるほど、なかなか私は風変わりな事をしているらしい。ま、風変わりと判ったとしても、変えるつもりはさらさらないのである。

 

 そう、風変わりだといっても、やはり何と言っても、鍛錬こそ正義である。一歩一歩、確実に鍛錬を積むことこそ、最終目的への最短ルートと申しますので。

 

 ということで、今日も同志の疑問の目をスルーしつつ、坂路をすっ飛ばすわけである。まぁ、10往復ぐらいで勘弁してやろう。ああ、ただ、同志も同志で7往復ぐらいまでやっているので、『おかしい』と言っている君も『おかしい』馬なのだぞ?と伝えたいのだが、残念ながらニュアンスでは伝わらないようである。まぁ、確かに、天皇賞の追い込みを見ていれば納得の練習量であると言えよう。

 

 そういえば天皇賞と言えば、あの葦毛のお馬さんを最近坂路で見ていない。大体坂路ですっ飛ばしているはずなのであるが。どうしたのであろうか。ケガなどしてなければいいのであるが。

 

 

 北海道のレースから一カ月ぐらい経った。昼間の太陽はじりじりと芝を焼き、夜の風は実に生温い。

 

 最近、なぜか周囲が慌ただしい。オーナーは連日私の厩舎に来るわ、取材陣も代わる代わる来るわ、同志の世話をしている人間も忙しなく動いてるわ、落ち着きがない。

 

 まぁ、とはいえ、我々ピーマン同盟は日々ピーマンを食って鍛錬することぐらいしか出来ないのである。そんな風にのんびりと構えていたわけであるが、ある日、急に人々の我々に対する扱いが妙に丁寧になったのである。

 

 まず、厩舎が今までの厩舎ではなくなった。同志も同じように移動したが、同志の厩舎とは少々離されてしまっている。そして、練習量も明らかに減ってしまった。つまり、缶詰に近い状態にされているのである。しかも、私が移動する前と後に、入念に清掃もされているようで、いつもの厩舎以上に清潔になっているのだ。更には、今までは要所要所で行われていた血液検査も、ほぼ連日のように行われている。まぁ、別に痛くもかゆくもないのであるが、ただ、遠くから。

 

『なにそれ…痛!?』

 

 と、同志のニュアンスが伝わって来るので、どうやら同志的にはこの生活は辛そうである。

 更に、今までは無かったことなのであるが、私の移動した先を色々と記録している様なのだ。厩舎に入ってメモ、練習場についてメモ、飯を食べてメモ。こういった具合に、私の記録を逐次行っている。うーん、なんというか、神経質なお馬さんであったら嫌であろうなぁ。ま、私としては問題は無い。

 

 ただ、最近またパプリカを食わされた。ニンジンを克服できたからもしれないが、多少、前よりは美味しく頂けるようになっていた事に我ながら驚きを隠せない。ただ、2~3個ならいいが、ピーマンの様にバケツ一杯で、というと話は別である。

 

 何度も言うが、ピーマンとパプリカは別物である。パプリカは甘い。ピーマンは苦青旨いなのだ。チンジャオロースが甘いパプリカで作られていたら誰だって面を食らうと思う。小麦粉は一緒だから薄力粉でパンを作ろう!と言っている様なものなのだ。薄力粉のパンも不味くはないが強力粉ほどのパンではない。話が逸れたが、ようは適材適所であるわけだ。

 

 ちなみに、同志も以前パプリカを食っていたが、1つ食って『ぺっ』としていた。気持ちは判る。

 

 それにしても、この缶詰生活はいつまで続くのであろうか。もうすでに3~4日は経っていると思うのだが、未だに解放される雰囲気がない。というか、そもそも缶詰にされる理由が不明なのだ。怪我をしているわけでもないし、かといって何か問題を起こしたわけでもない。うーむ、実に謎である。

 

 

 謎が解けた。

 

 缶詰生活をして約10日後の事である。

 

 いつもの移動車が厩舎に付けられた。久しぶりに同志と顔を合わせつつも、私と彼は車に乗せられて移動したのである。最初は、これだけ私たちを缶詰にしたわけだから、どれだけのレースなのだろうか?などと気楽に考えていたのであるが、車を降ろされて実に驚いた。

 

 なんせ、目の前にジェット機が鎮座していたからである。

 

『…なにこれ。怖い』

 

 そうニュアンスを伝えて来た同志であるが、私も割とそれどころではなかった。今までの出来事が繋がったからだ。

 

 そう、10日間の缶詰、つまり隔離。毎日のように血液検査に注射。そしてレースの移動車に乗せられてきてみれば、目の前には飛行機。そして私はれっきとした競走馬。これから導き出される答えは一つしかない。

 

 海外遠征、国外でレースを走るんだ、私は!同志も!

 

 でも、はたして私たちはどこの国に行くのであろうか?今の時代、1990年代前半という事を考えると、海外遠征をした馬と言うのは少なかったように感じたのだが…少々不安である。

 

 というか、そもそもだ、海外でもピーマンって食えるのか?

 

 いや、むしろ無いと困るのだ。私は、ピーマンが大好きなのである。

 



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パプリカはピーマンではない

ぴめんと!(挨拶)

本日の料理は、あの森田さんお勧め。材料はこう!

◎ピーマン 4~5個
〇醤油 大さじ1
〇みりん 大さじ1
〇酒 大さじ1
〇和風顆粒だし 小さじ1
〇水 50ml
△かつおぶし お好み

作り方は簡単。ピーマンを6等分にして油で炒めて、焼き目が付いたら調味料をぶち込んで1~2分お好みで煮込むだけでございます。米が止まらんですよ。


 

 ドナドナとはこういう気分であるのであろうか。

 

 おそらく成田空港…である場所で、私は見事に箱に詰められていた。とはいっても顔は出せるので、圧迫感は無い。ただ、同志は非常に窮屈らしく、出たい出たいとニュアンスを伝えてきている。とはいえ、明らかに空輸なわけで、変に開放的に空輸されるよりは箱に入れられた方が安心なわけなので、我慢せねばならないのは明白である。ただまぁ、私は問題ないが、馬である同志には強く生きていただきたいものだ。

 なお、飛行機に搬入…いや、搬入とすると完全に荷物になった気分になるので、搭乗と言っておこう。そう、搭乗するときに、ちらっとピーマンっぽい野菜の箱も数箱見えた。うーむ、向こうでの我々の食料であろうか。というか、こちらから箱で持って行かなければならない、ということは、海外のレース先ではピーマンが無いという事であろうか。少々不安が募る。

 

 特に、私は最悪ピーマンが無くても、まぁ我慢は出来る。欲しいは欲しいが、そもそも最初の頃は無くても良かったのであるからね。ただ、モチベーションは間違いなく下がる。こればっかりはどうにもならない。

 問題は同志だ。彼は私の様な元人間ではないであろう。つまり、馬の本能で生きている馬なのである。となると、好物のピーマンが無いというだけで人の言う事を全く聞かなくなる可能性だってあるし、レースでは凡走どころか走らない可能性だって出て来るのだ。まぁ、とはいえ、調教師などの人間がなんとか手配はしているのだろうが。ただ、もしピーマンの量が足らなかった場合は、私よりもピーマン同志に差し上げてほしいなとは思う。

 

 おっと…そろそろ離陸であろうか、エンジンの音が大きく…いや、これは、大きくどころではない。ものすごく煩い。やはり人間よりも聴覚が良いのか、いやもうものすごく、ものすごく煩い。え、待ってほしい、このうるささの中で何時間も?同志なんかもう悲鳴上げてるぞ?え、ちょ、おおっ!?体が後ろに引っ張られて…。って隣から同志のニュアンスが…!?

 

 『いやだああああああああ』

 

 同志もうるさいぞ!?

 

 

 いやな事件でしたね。と言うには少々長い時間であった。飛行機で移動する事暫く、なかなかの衝撃で着地をした飛行機から降ろされた私を待っていたのは、全くもって見覚えのない異国の地であった。うーん…正直何の国だかの情報が一切ない。

 ただ、空港の形はなかなかに特徴的で、日本の様に直線的な建物ではなく、円形の建物の周りに駐機場がある感じである。なんというか、非常にオシャレである。

 

 ふと、駐機場の飛行機を見たときにAIR…FRANCE…と見ることが出来た。

 

 …え?もしかして、エールフランスか?ということは、エールフランスの飛行機が来ている国ということか?うーむ…絞り切れないな。あ、しかもあの特徴的な機体。コンコルドじゃないか。ええと…コンコルドがまだ現役で飛んでいるという事は、まぁ、やはり、1990年代であることは間違いないとして、確か定期便でとなると結構国が絞られるような気もする。

 ま、とはいえ、飛行機に特別詳しくは無いので、私が出来る事はここまでである。

 しかし生のコンコルドを見るのが馬になってからとは、なかなか数奇な運命である。たしか、あの名前は日本語で言うところの「調和」であったはずだ。うむ、何かの縁であるし、こちらの国でもうまい事、人間達と「調和」をもってレースに挑めればいいなと願掛けをしておこう。

 

 まぁ、それはそうとして同志よ。そろそろ顔を上げないか。大丈夫、大丈夫だ。ピーマンと新たな大地はここにあるぞ。

 

 

 数日間の検疫、まぁ、血液検査に注射、あとは隔離であるが、を過ごした後に、私と同志はこれから暫くを過ごすであろう厩舎にて、体を休めていた。

 私としてはすぐに走り出したいのであるが、しかし同志が完全にグロッキーである。

 

『だっる…』

 

 いつ見てもそんなニュアンスしか返ってこない。ただまぁ、ピーマンはしっかり食っているのでそのうち復活するであろう。

 

 ただ、私と同志がピーマンをがっつり食っている様を見て、おそらく外国人らしき人が、思いっきり驚いていたことと、いつもの世話をしている人間が、恐ろしい剣幕で何かを説明していた事がすごく気になるのである。

 

 なんであろうか。

 

『ウマがピーマン食うわけないだろーHAHAHAHA』

 

 とか言ってて。

 

『ほんとに食ってるよCRAZY…』

 

 的に驚いて。

 

『わかったらさっさと集めて来いよ!』

 

 とめっちゃ怒られて、駆け足で集めにいった、という風にも感じたのであるが、まぁ、そんなことはないか。

 まぁ、幸いにしてピーマンの箱は2箱残って…いや、2箱か。何々…『10kg』という文字は見てとれるから…うーむ、どのぐらいだ?私が食っている量は。バケツ一杯がどのぐらいかは正直不明であるが、ただ、毎日バケツを一杯、そして同志は二杯食っているわけなので、箱2つ、『20キロ』のピーマンだけでは数日しか持たないのでは?そう思って人間を見てみるが、まぁ何も伝わるわけがない。ただ、いつもであればピーマンを差し出して撫でてくれる人間が、ピーマンを差し出さずに撫でて来たので、これはもしかするとピーマンが足りないのかもしれない。

 

 …え?そう考えてしまうと、これは結構ピンチでは?

 

 おそらく同志もレースを走るのであろう。ただ、どうにもピーマンがないせいで走らなかったらと考えると…ううん、まぁ、考えるのはよそう。私は馬である。そんな兵糧の事なんて考えている暇などはないのである。

 

 ああ、もっしゃもっしゃと食うピーマンが実に旨い。心が安らぐというものだ。

 

 

 あれから数日後。私はなぜか同志と共に、森の中を歩かされていた。厩舎を出て、早速鍛錬か? などと考えていたのだが、いったいどういう事なのであろう。いやしかし、なんというか自然一杯の森である。なんというかメルヘンチックというか。日本の森というと、こう、藪! のようなイメージがあるが、こちらは自然を活かし、それでいてしっかりと道がある感じで歩いていて妙に楽しい。

 しいて言えば管理されている森林キャンプ場の様な感じである。未舗装路、しかし先が見えない道、天を見れば木の葉と青空。非常にリフレッシュできる空間だ。

 

『きもちいい』

 

 同志もそんなニュアンスを振りまきながらも、私の後ろを付いてきている。そういえば同志と言えば、昨日の晩であるが、どうやらピーマンの中にパプリカが交ざっていたようで。

 

『これ違う!』

 

 とパプリカを地面に叩きつけて荒れていた。いや、あの時は壁を一枚挟んでいるとはいえ、どうしようかと思ったぐらいの荒れ具合であった。蹄はカチカチ鳴らすし、鼻息は荒いしでそれはもう、まさに暴れ馬という言葉がぴったりなほどであった。

 ただ、その後ピーマンをしっかり頂いてから寝ていたので、まぁ、明日になれば機嫌を直してくれるだろうなと思っていたのだが、その通りになってよかったよかった。

 

 頼むから同志にはパプリカをやらんでくれ。な?

 

 そう意味を込めて、手綱を曳いているいつもの人間に目をやるが、まぁ、伝わらない。願うだけである。

 

 などと考えていたら、目の前が急に開けた。と、同時に、曳かれていた手綱を外されて、首を2回ほど叩かれた。ふむ。つまり、この目の前の開けた…向こうまで続くこの長い直線を走るわけか。なるほど、これはなかなかに面白そうである。

 

 坂路とはまた違うものの、しかし、自然の地形を利用しているのか、微妙にアップダウンが付いているものすごく長い直線である。

 

 気づけば同志も鍛錬の様相で、さっと私の隣に陣取っていた。

 

 いやしかし、この直線コースは明らかに日本の坂路よりも長い。ゴールが全く見えないほどである。足元は…ダートっぽいが、微妙に日本のダートとも違うような感じである。正確に言うと、日本の砂がよく手入れされた砂場と言った感じで、こちらは砂浜などの手入れが余りされていない、天然の砂場といった具合だ。もちろん走りやすそうなのは日本の砂である。

 

 足元に蹄を突き入れて、砂の感触を確認していると、私の上の彼から『行くぞ』と手綱を動かされた。ただ、大きくは動かされていないので、まずは様子見と言ったところであろうか。同志の上の人間も、同じような動きである。

 それならば、軽く走ってみよう。そう思って地面を蹴る。ふむ…やはり少しばかり砂にムラがあるというか…密度が均一ではない感じがする。だが、これはこれで面白い。

 

 レースがいつになるのか。そして、外国のお馬さん相手にどこまでやれるか、全く判らないが、しっかりと鍛錬を積むことにしよう。

 

 

 

「いやぁ…驚いてましたね。彼ら」

「ああ。『本当に馬がめっちゃピーマン食ってやがる!?』だもんな」

「ええ。私に『ピーマンなんてないよ』と言ったのは、馬が食うわけないって思っていたからだなんて…なんというか、呆れます」

「仕方ないだろ。考えてみろ、もしこいつを知らない状態で、外国から馬を受け入れるときに『ピーマンを毎日10キロは欲しいです!』なんて言われてみろ。は?いや、何を言ってるのですかって返すぞ」

「まぁ、確かに」

「でもま、これでピーマンが手に入りそうなんだ。いいじゃないか」

「いや、それがそうでもないらしいんですよね」

「そうなのか?」

「ええ。やはりこちらではパプリカが主らしいんです。よくよく聞いてみれば、こちらでは消化に悪いから皮を剥く、というのが文化らしくて、肉厚のパプリカが好まれると」

「ああ。確かにピーマンの皮を剥こう、と言っても、ピーマンの皮剥いたら食うところ無いよなぁ」

「でしょう。だから『日本で言うピーマン』というものを専門で作っている『ピーマン農家』はやっぱり少ないらしくて、どかんと量は準備できないらしいんです」

「なるほどなぁ。ま、なんとかかき集めてもらうしかない、か…そういえば、こちらではピーマンは何というんだ?」

 

「ポワブロン、ですね。ちなみにパプリカもポワブロンです。つまり日本で言う()()()()()()()()()()()()も、こちらでは()()()()()()()になりまして…」

 

「…なんて厄介な。うーむ、せめて日本からのピーマンの検疫と税関の許可が下りればな」

「飼料用とは言ったんですが、最初の一便以外は断られましたしね。まぁ、ピーマンの一件は税関の人間も一緒にいたので、それがどう出るか、ですね」

 



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1992.9.13-ロンシャン2400

ピーマンのご親戚やねぇと思って食った「甘長とうがらし」。

豚肉と炒めて食べましたら、これがなかなかにピリッとしておりまして

ピーマンとは違う美味しさがありました。ごはんと酒が進みました。

しかし長細いピーマン、もしくはししとうのデカい奴、のような見た目をしながらも、しっかりと唐辛子をしている様に衝撃を受けた次第です。


『さあ、やってまいりました。フランスはパリ、ロンシャン競馬場。グループ3、フォワ賞。6頭立てのこのレース。凱旋門賞の前哨戦であります。日本からはご存じ、昨年の三冠馬トウカイテイオーと、天皇賞春を制したレオダーバンが参戦。特にこの2頭はこのまま凱旋門賞に流れ込む予定ですので、注目のレースであります』

『勝利とは言わずとも好走を見せてほしいですね。特にトウカイテイオーは遠征直前、国内で洋芝が使われている札幌競馬場で行われた、札幌記念で強い競馬を見せてくれました。その走りに期待したいところです』

『さて、そのトウカイテイオーですが、パドックでの様子は非常に落ち着きを見せております。おっと、出ましたテイオーステップ。どうやら今日も調子は良さそうです』

『レオダーバンは少々落ち着かない様子ですが、ただ、馬体の張りは素晴らしいものがあります。もしかするともしかするかもしれません』

 

 

 海外に来てからしばらくした頃。毎日のように、直線コースや芝のだだっぴろいコースなど、様々な場所を走りまくっていた。特に直線コースは日本の坂路よりも長く、かなり楽しめている。それに自然の地形を利用しているためか、アップダウンも多くてこれがなかなかに鍛錬になるのだ。流石に距離が長いので、日本のように10往復!とまでは行かないが、2~3往復は熟せているので満足度は高い。

 芝のコースでは、本当にだだっぴろい草原のような場所に、コーンをいくつか立てて、コースに見立てて走っている様な感じである。こちらも自然の地形を利用し、芝も手入れはされているものの、比較的自然に近いのでなかなかパワーとバランス感覚が必要で、最初のうちは苦労したものである。ただ、既に走り始めてから数日、こちらの地形にも慣れて来たので、気持ちよくすっ飛ばせている。

 同志も同じようで、最初こそ。

 

『走りにくい』

 

 と愚痴のようなニュアンスを飛ばしていたが、今では気持ちよさそうに私の後ろや横を走りまくっている。というか時々置いていかれるので、同志の実力の伸び方がえげつないと感じている。

 

 これはなかなか、負けていられない。

 

 そういえばであるが、日本から持ってきたピーマンはもう全て無くなっている。しかしながら最近、なんとかかんとかピーマンらしき、野菜を食えている。形がピーマンでデカいやつ、小さいシシトウのようなやつ、一応ほぼピーマンのやつなどである。

 

 デカい形ピーマンは、ほぼパプリカっぽいピーマンである。ただ、ほぼパプリカっぽいピーマンというだけあって、苦みと青臭さはピーマンに近い。ただ、同志はいまいちお好みではない様子である。私もあまり好きではない。

 

 小さいシシトウのようなやつは、気持ちピーマンより青臭さと苦味が強い。というかその中に普通に辛い奴もある。これはさすがにと同志と共にバケツをつき返した。

 

 ほぼピーマンは、ほぼピーマンである。同志はどうやらこの味に納得したようで、ほぼピーマンをバケツで2杯、毎日のように食っている。しかし、私はどうにもこれがピーマンだとは納得したくないのだ。青臭さと苦味、旨味共にかなり近いのだが、何かが違う。ううむ…なんであろうか。例えるならばそう。芋で言うところの「紅あずま」と「紅はるか」の違いの様な感じというか。同じサツマイモなんだけどもほくほくとねっとりの違いと言うか。

 

 ということで、昨今ではバケツ2杯を食い続ける同志に対して、私はバケツ半分のほぼピーマンで妥協している形だ。もちろん他の野菜や牧草も食ってはいる。食ってはいるのだが、好物がこれではどうも気合が入らない。

 

 ううむ…日本のピーマンが実に恋しいと思う日が来るとは、思いもしなかった。

 

 あのシンプルにシャリシャリと、青臭くて苦くて、しかし旨いあのピーマン。ああ、日本の厩舎に居た頃には何の苦労もせずに食えていたのに。海外に来ただけでこれではなかなかの仕打ちではないか。

 

 まぁ、しかし、幸いにして体調は良い。ということで、これはもう、私が好きな日本のピーマンがここには一つも無い、ということはもう仕方がないと納得するしかない。切り替えていこう。結局はレースが近いのである。

 

 明日も鍛錬だ。食事もそこそこに、瞑想をして、しっかりと睡眠を取る事にしようじゃないか。

 

 

 ピーマンが恋しい。などと日々考えていた所に、なんと、日本とは形が違うものの車が、私達を迎えに来ていた。つまりこれはレース場へ向かうという事であろう。という事で、私は大人しく車に乗ったわけであるが、やはりいつもと違う形の車ということで、同志は困惑しているようだ。

 

『なにこれ。なんか違う』

 

 まぁ、外国だから仕方がないさとニュアンスで伝えてはみるが、まぁこれが通じない。同じ馬なのにあんまりコミュニケーションが取れないというのも問題である。あ、ただ、ピーマンについては。

 

『…いつものに似てる。こっちがいいかも』

『私はこれダメだ』

『お前わがまま』

 

 などと一発で意思の疎通を行なえているので、やはり同志であると言えよう。いや、それはどうでもいい。未だに乗車拒否をしていたので、仕方ないので端的に。

 

『レース行くよ』

 

 とニュアンスを伝えてみた所、しぶしぶ車に乗ってくれた形である。いやはや、馬とも人とも意思疎通は難しいというのはなかなかに気苦労である。

 

 そして車に揺られること暫く。予想通り、どこかのレース場の土を私は踏んでいた。ただ、やはりどこなのかは全く見当がつかない。というか、海外の競馬場の厩舎やパドックなどはじっくり見たことも、生で見たことすらも無いのだ。コースに出てみればここが何処かは判るかもしれないが、しかし、それだけ特徴的なコースというのもなかなかない。大体は周回コースのトラックである。

 

 まぁ、とはいえ、国外のレースの中で、凱旋門賞は何度も見たわけで、あの特徴的な、蹄鉄のようなコースは一回見ればわかるはずだ。あと凱旋門と同じコースを走るフォワ賞も、である。オルフェとディープには実にいい夢を見させていただいた。

 

 さて、厩舎に入って休憩、というのは日本と変わらずであるが、やはりここは国外の厩舎であるなと実感していた。まぁ、少々汚いのは仕方がないとしよう。清潔さは日本が一番であると実感はしている。

 

 ただ、やはり我々の世話をする、つまり厩務員、と言える人々が割と外国人ばかりである。見てくれからすると、おそらくここはヨーロッパであろうか。顔の彫りが実にイケメンと美女である。あとは近くの厩舎で飯を食っている、おそらくは地元のお馬さん達も、我々と少し違う。ものすごい大人しいのである。なんというか、レース慣れしているというか、どっしりと構えている感じ。隣でほぼピーマンを貪っている同志とはえらい違いである。いやそろそろ食うのやめないか?他の馬と人間にめちゃくちゃ見られているぞ?

 

『…あれ旨いの?』

 

 あれ、お隣さんからのニュアンス。ちらりとそちらを向いてみれば、そこに居たのは、体は黒毛ながら、鼻のあたりから額ぐらいまで白い毛で覆われているお馬さんであった。

 

『旨いよ』

 

 そういって、私のバケツにあったほぼピーマンを一つ渡してみる。すると、そのお馬さんはしゃりしゃりとほぼピーマンを食らっていた。

 

『…これ、旨いの?』

 

 疑問形に変わってしまった。まぁ、お馬さんにとってピーマンは味覚に合わないというのは日本で散々体験している。外国のお馬さんもしかり、ということなのであろう。

 

『私にとって、あいつにとっても旨い』

『変わってる』

 

 そうニュアンスを私に伝えて、そのお馬さんは厩舎に引っ込んでしまった。まぁ、そうだな。『ペッ』とされなかっただけでも儲けとしておこう。そして同志。ピーマンが無くなったからって催促にバケツで音を出すのは止めなさい。他の馬の迷惑になるでしょうが。

 

 

 翌日。私は見慣れぬパドックをぐるぐると回っている。日本のパドックとは全く違う環境に少々戸惑ってはいる。

 

 というのも、人との距離がめちゃくちゃ近いのである。それこそ、私と、観客席の最前列の人間の距離と言えば、触れるぐらいに、である。あとは大きな電光掲示板も無い。更には、パドックの中に木が植えてあり、その木漏れ日が非常に心地よいのである。なんというか、これから走るとは思えないほどの優雅さだ。

 

 そしてよくよく見れば、周囲に『BAR』なんて文字も見える。なんとおしゃれな競馬場であろうか。などとパドックを見ながら足のストレッチを行っていたわけであるが、あっという間に止まれの合図で、彼がこちらに歩み寄ってきていた。日本のパドックを歩く時間よりも相当短い時間である。なるほど、なかなかに外国というモノは手筈が違う。

 

 とはいえ彼はいつもの調子で私に跨り、そして首を三回叩いていた。これは変わらない。

 

―行くぞ―

 

 そう彼が私に伝えて。私は鼻息を荒げ。

 

―おうよ―

 

 そう答えるのみである。

 

 そして、これまた地下、ではなく地上の馬道を通って、そこそこの歓声に迎えられて、おそらくスタンドの間を抜けてコースへと立った。おお、これはまた見事な芝のコースである。

 

 一歩、その芝を踏みしめる。そういえば、昔どこかで、『日本の芝と外国の芝は違う』と聞いたことがあったが、そんなに違和感は無かった。どちらかというと、日本の札幌競馬場に近く、柔らか目の地面であると言えよう。同志も案外と落ち着いてコースへと入っているようだ。さて、とりあえず同志の事はそこそこに、足首を伸ばし、更に腰や肩の関節を動かすように、少しジャンプするように動的ストレッチを行いながら、足元をよくよく確かめる。うーん、札幌競馬場に近いとは言ったが、こちらのほうがより手入れのされていない、自然の状態に近い感じである。つまりは、荒い。なるほど、ここ外国に来てからというもの、自然に近い場所で鍛錬していた理由はこれか、と納得がいった。

 

 軽くウォーミングアップがてらにコースを走る。うん、脚が沈む感じがして、これはなかなかにパワーが必要そうだ。ただ、走る反動は少なそうなので、おそらくはそこそこ本気で走れるであろう。

 

 そして、スタートのゲートへと向かった時である。ある、アルファベットが目に入った。

 

『LONGCHAMP』

 

 思わず立ち止まってしまった。

 

 そうだ。私は日本のレースが好きであったが、それと同じぐらい凱旋門賞を見ている。凱旋門賞、その競馬場はどこかと聞かれれば即答できるぐらいに。

 

 ―――それは、ロンシャン競馬場である。あちらの言葉では、『LONGCHAMP』。

 

 ということはだ、ここはフランス、パリ、ロンシャン競馬場ということなのではないだろうか。もしかして凱旋門賞…!?と、言うにはあまりにも人の出が少ない。

 

 ううむ…これはどうとればいいのだろうか。凱旋門賞の前哨戦か?いや、この1990年代。凱旋門賞に挑んだ馬なんてエルコンドルパサーぐらいだ。となれば、それとも、『LONGCHAMP』という名前の別の国の競馬場なのであろうか。実に謎である。…まぁ、とはいえ、悩んでいても仕方がないか。とりあえずは今のこのレースをしっかりと、しかし怪我なく走り抜けよう。

 

 それにしてもだ。ぜひ久しぶりに、日本のピーマンを食いたいものである。どうも調子が出ないのだ。

 

 

『最終直線に入りまして先頭はスボティカ!続くようにマジックナイトも上がってきた!2頭の叩き合いだ!日本の二頭はまだ中段だ、ここから上がれるのか!?

 おっとここでレオダーバンに鞭が入った!一発、二発!トウカイテイオーは未だ動かない!ここでマジックナイトが先頭に変わりました!残り200メートル!おっと!?外から外から飛んできたレオダーバン!スボティカを躱して残り100メートル!マジックナイトに届くか!届くか!届くかー!?

 

 届いたー!?レオダーバン先頭でゴールイン!フォワ賞を見事に勝利で飾りました!日本調教馬としては史上初!凱旋門賞へ向けて最高の滑り出しだ!

 

 2番手にはマジックナイト!3番手にはスボティカが続きました!日本の三冠馬、トウカイテイオーは残念ながら4番手!』

『レオダーバンはよくやってくれました。調子も上がり気味で凱旋門賞本番にも期待が持てます。対して、トウカイテイオーは少々伸びが悪かったですね。凱旋門賞までには調子を戻してくれていれば良いのですが』

 

 

「やったー!やったーー!勝った!勝ったー!」

「…負けたぁ…」

「もー、そんなに落ち込まないでよー。テイオー。だって、テイオーの本番は凱旋門でしょう?」

「…それでもさぁ。誰にも負けたくないって思うじゃん。というかリオナタール、いつの間にあんな末脚を身につけてたの?」

「えへへ。それは教えられないなー。ふふ、でも油断してたら凱旋門、私が獲っちゃうかもよー?」

「それは絶対に嫌だよ!ボクが凱旋門ウマ娘になるんだから!」

「うんうん。その調子その調子。三冠ウマ娘さんがしょげてたらさ、私も気合入んないもん」

「あはは、ありがと」

「それにしてもテイオー。全然調子出てないじゃない。一体どうしたのよ?」

「…最近さぁ、好きな食べ物が食べられてないんだよ」

「え?」

「似たようなのを試したんだよ。色々。でもやっぱり日本のじゃないと、なんか違うなって」

「まさか」

「…そうだよ。まさかだよ。ピーマンだよ!なんかこっちのって甘かったり辛かったりでなんか違うんだよー!こんちくしょー!!!」



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ピーマンは海を越えて

もう一度言いますが

露地栽培の

ピーマンが楽しめる時期は

5月から11月末までです(最重要)

12月とか、3月とかは露地栽培、無いんですよね。HAHAHAHA


 競馬場の一角で、2人の男が立ち話を行っていた。

 

「お疲れ様です」

「おつかれさま。いやはや、4着でなんとか走りきれたよ」

「本当にご苦労様でした。やはり、こいつの調子は良くなかったですか」

「うん。走り出す前はいつもの調子だったから判らなかったんだけど、走り始めたらね。今日はレースをさせちゃダメだったかもしれない」

「まぁ、直前まで良いように見えたので仕方がないことですよ。本当に、あいつと一緒に無事にこちらに戻ってくれたので安心ですよ」

「ああ、まぁ、そうだね。変に自分から加速しないでくれて、賢い馬で助かったよ」

 

 騎手と調教師はベンチに座り、煙草に火をつけた。

 

「しかし、どうしたんだいテイオーは。レースを走り出したら脚元がボロボロだったじゃないか。練習ではそうでもなかったのに。厩舎で何かあったのかい?」

「あー…まぁ、そうですね。隠しても仕方がないのですが…ピーマンが無いんです。そのせいか、厩舎では調子悪そうにしていたんですよ。ただ、練習に出すとご存じの通り調子は良くなるので、今日は見事にダマされました」

「ピーマンがない、か。確か、テイオーの好物だったよね?」

「ええ。なんとか探し出して、こちらのピーマンも試したんですがどうもだめで、今は日本の、いつも食ってるピーマンを手配しています」

「はは、なるほどね。まぁ、僕自身もこちらにきて一カ月は経つが、未だに胃腸の調子が悪いからねぇ。テイオーの調子が崩れるのもわかるさ。しかも好物が食えないのならなおさらだろう」

「本当にそう思いますよ。対してですよ。今回勝利したレオダーバンはこちらのピーマンが口に合ったようでバリバリ食ってます。その結果がこれです。対極ですよ」

「好物が食えて調子も上がる、か。確かに良い馬体に仕上がっていたと思うよ。でも」

 

 ちらりと騎手は調教師を見る。

 

「わざわざそれを私に話したということは、テイオーが盛り返す算段が付いた、のだろう?」

「ええ。実はですが。―――上手く行けば三日後にはあいつのピーマンが届きます。そこから先は私の腕の見せ所、という奴ですね。幸いあいつは従順ですからね」

「しかし、検疫などが厳しいんじゃなかったのかい?」

「はは、そこは国がバックについてくれましたよ」

「ああ、なるほどね。中央競馬の最大出資者は日本国そのもの、だったね」

「ええ。『我が国の最高の馬がそちらで実力を出せないとはどういう事か』だそうで」

「それはなかなか強気に出たね」

「オグリキャップの競馬ブームが下地にあったのもプラスに働いたと聞いています。世論も動いたらしいですが。なんにせよ、これでトウカイテイオーは万全に凱旋門に挑めます」

 

「そうか。…嗚呼、―それは良かったよ」

 

 

『テイオー、テレビ見てたよー?なーに、あのふがいない走り』

「うるさぃなぁ…判ってるよー。でも、気持ちが入らなくて」

『ピーマンが食べられなくて負けましたー。だっけ?全く、あんだけかっこよく私に「ジャパンカップは勝ってねー」とか言った癖して、いくら何でも情けなくなーい?』

「うぇ…。ぐうの音も出ないよ。ネイチャ」

『と、いうことでぇ。ピーマンが食べられなくて腐っているトウカイピーマンに、私からのサプライズを準備してまーす』

「トウカイピーマン…ボクの事?って、サプライズ?」

『語呂、良いでしょ?ま、それはともかく、そろそろそっちに着くはずなんだけど…』

 

 トントン、と、テイオーが滞在している部屋のドアがノックされた。

 

「あれ、誰だろ?」

『お、来たねー。さ、テイオー。出てみなって。きっと良い事が起きるから』

 

 ガチャリ。テイオーがドアノブを回して、ドアを開けた。

 

「やぁ、テイオー。久しぶりだね」

「おっす、テイオー。なんだしょげてんなー。宝探しでも行くか?」

「お久しぶりです。テイオー。早速ですが、差し入れをお持ちいたしました」

 

「うぇ!?ルドルフさんにゴルシにマックイーン!?なんでここにいるの!?」

 

「そりゃあお前。ナイスネイチャとリオナタールから相談を受けたからに決まってんだろー?ピーマン食えなくてしょげてるって。なんの冗談かと思ったぜ。ということで、暇なウマ娘三人からの差し入れってわけだ。とりあえず私からはこれな?」

 

 ゴールドシップから渡されたもの。それは、テイオーが部屋で育てていたピーマンの鉢植えそのものであった。

 

「うえええ!?あれ!?これ、検疫でボクだめだーって言われて泣く泣く置いてきたやつじゃん!?」

「お?そうなんか?ゴルシ様が「いいでしょう?」って流し目したらオッケーって言われたぞ?」

「なにそれ!?え、でも、あ!ちゃんと生ってる!わー!?ありがとうゴルシ!」

「なーに、気にすんなって」

 

 ゴルシはそう言って鉢植えをテイオーに手渡していた。

 

「では次に。わたくしからはこれです。じいやー?」

 

 マックイーンの言葉に、じいやが大きな台車で箱を運んできていた。

 

「我がメジロ家特製、京ゆたかの露地栽培ものです。日本から空輸で運ばせましたの」

「うええええ!?マックイーン!?え、っていうかこれもボク、検疫でダメだーって」

「あら、そうでしたの?『お願い』をしましたら大丈夫と太鼓判を押して頂けましたけれど」

「ええー…!?」

 

 台車を置いて、さっと立ち去るじいや。そしてマックイーンの顔は誇らしげである。

 

「…さて、最後に私から、なんだが」

「ごくり」

「このマックイーンのピーマンと鉢植えのピーマンを使って、料理を振る舞いたいと思うのだが。食べるかな? テイオー」

 

 そう言って笑みを浮かべるシンボリルドルフ。するとテイオーも笑顔を浮かべて。

 

「はい!はい!もちろん!食べます!絶対に食べます!」

「そうか。それはよかった。ああ、せっかくこれだけのピーマンがあるんだ。リオナタールも呼ぼう。みんなで楽しもうじゃないか」

「はいっ!あ、あとレースで知り合った娘も呼んでいいですか?」

「もちろん」

「やった!…って、そういえば、マックイーンはピーマン苦手じゃなかったっけ。大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です。最近、食わず嫌いをやめましたの」

 

 がやがやと一気にやかましくなるテイオーの部屋。更にそこにトレーナーやリオナタール、そしてフォワ賞で知り合ったスボティカを交えて、楽しい一日を過ごしたテイオーであった。

 

『ね?どう?テイオー。元気出たでしょ?』

「うん。ありがとね、ナイスネイチャ」

『ん。どういたしまして。ま、勝ってね。テイオー』

 

 

 ロンシャン競馬場の何か判らないレースで見事に負けを喫してしまった。というか、外国のお馬さん達の加速力が想像以上であった。一瞬でトップスピードまでギアを上げるあの感じは、日本の競馬にはない独特のものだなと肌で感じることが出来た。

 

 いやしかし、コースを最初から最後まで本気で走ってみて思ったのが、やはり足元が今までよりも柔らかい。今日はそれに加えて、明らかに調子が上がらなかったのも、私の負けの理由の一つであろう。

 

 とはいえ、手綱を介して彼から『行け』と言われれば、この柔らかい芝ということもあるし、試しに全力で行ってもいいか、などと思っていたのだが、今回のレースでは手綱は動くことは無かった。最後の最後までである。

 

 レース後にこそ一応は彼からは首を叩かれて、よくやったなと言われた感じがしたのだが、なんともいえない不完全燃焼感だ。

 

 それに対して、同志はそれはもう気持ちよさそうに先頭を走り抜けていた。うーむ、流石に私についてくるだけの脚がある。しかも、毎日のようにピーマンをバリバリ食っているからか、めちゃくちゃ調子がいいようにも感じる。今日なんかもレース中に。

 

『俺が一番だ!』

 

 と気合がこちらにも伝わってきたほどである。ただ、他のお馬さんはそこまで闘争心がないのか、ニュアンスは何も伝わってこなかったのが一つ気がかりである。

 

 そして、私は特に表彰なども無いので、芝のコースを後にしたわけであるが、厩舎に戻ってみてもあの緑のあんちくしょうはバケツに入っていなかった。

 

 うーん。ほぼピーマンがバケツに入っているのみである。

 

 しゃり、しゃりとほぼピーマンをつまんで、牧草を食い、野菜を少し多めに食べる。幸いにして野菜の味はそこまで変わらないため、違和感はないし、牧草も同じくである。ただ、このほぼピーマンが本当に曲者である。いやはや、日本のピーマンを本当に食べたいものである。

 

『おいしくないの?』

 

 ふと、そんなニュアンスが伝わってきたので、そちらに目をやると、今日、3番目にゴールに入ったお馬さんがこちらをじいーっと見てきていた。昨日、私がこのほぼピーマンを渡したお馬さんでもある。

 

 仕方ないので一つ摘まんで渡すと、しゃりしゃりと音を立てて、あっと言う間に平らげてしまった。

 

『…これおいしいの?』

 

 昨日の焼き直しである。まぁ、今回は正直に答えよう。

 

『これはまずい』

『だよね。これあげる。おいしい』

 

 そういってお馬さんは、こちらにバナナを一つ渡してくれた。なんという優しさであろうか。感謝を述べて、そのバナナをよーく味わい尽くしたのは言うまでもない。

 

 

 レースから数日後、いつもの鍛錬が行われる牧場へと戻ったある日。私の厩舎の前に見慣れた箱が届いていた。

 

 そう。日本のあのピーマンの箱である。

 

 目を覚まして、厩舎の前にあの箱があったわけで、思わず、箱を確認するや否やガタッっと勢いよく立ち上がってしまった。

 

 その音に驚いたのか、いつも私を世話している人間が飛んで走ってきたのであるが、それはともかくとして一つくらいピーマンを頂けないであろうかと、鼻息を荒くしていたわけであるが、人間はひとしきり周囲を確認したのち、首を傾げ、そして箱に手をやり…。

 

 私の鼻を撫でながら、ピーマンを手ずから食わせに来たのである。

 

 これ幸いと、しかし急がず、唇でそれを受け取る。

 

 前歯に挟み、一気に口を閉じた。

 

 

 しゃりっという音と共に広がるこの青臭さ。

 

 かみ砕くうちに感じるこの苦さ。

 

 噛み続けると感じるこの旨さ!

 

 

 間違いない。これはいつもの、本物のピーマンである!

 

 

 二足歩行であったのであれば、間違いなく、恥も外聞もなく、ガッツポーズを取っていた。いやしかし、本当に久しぶりの好物というのは、実に旨いものだ!

 

 そんなテンションが最高潮に達した私であるが、こうなるとやはり、1つでは物足りないのである。同志を真似してバケツを叩き、早速催促を行う。

 

―仕方ねぇなぁ―

 

 そんな顔で人間は、私のバケツいっぱいに、ピーマンを入れて差し出してくれた。

 

 おお!なんと!いつぶりのご対面であろうか!体感的には1年以上たっている様な気がするほどに待ち遠しかった!

 

 緑の、青臭い!しかし旨いあんちくしょう!ピーマン!ピーマンイズワンダフル!さぁ、感動の再会はここまでにしてだ。万感の思いを込めてしっかりと頂くとしよう。では改めて。

 

『いただきます』

 

 

 



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ピーマン前夜

無粋なことは言いませんが

ピーマンの肉詰めの上に

溶ける系のチーズを思いっきりぶちまけて

魚焼きグリルとかオーブンで焼くと

美味しいですよね。


 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食らう。朝にピーマンがある生活がこれほど張りのあるものだとは思わなかった。

 

 ピーマン、野菜、牧草、三角食いは実に食が進む。いやはや、やはり本物のピーマンは最高である。

 

 ちなみに同志にもピーマンが渡されているが。

 

『…あんまり違いがわからないけど両方おいしい』

 

 などというニュアンスが伝わってきた。その味覚が非常に羨ましいと思う。

 

 さて、食に張りが出て来たところで、今日も今日とて直線コースである。同志と併せ馬がてら、脚に力を入れて、地面に蹄を食いこませて、スパートを意識しながらすっとばしているわけであるが、ここ一週間ほどで少しずつであるが、体の調子が戻っていることを実感している。

 

 というか、そもそも体調が悪かったことに、私自身が気づいていなかった。

 

 なまじ私という存在が中にいるからであろうか。『少しだるいなぁ』とは思っていたが、それがどう影響するか、なんて考えていなかったのである。

 

 結局その『少しだるい』状態で走った結果、併せ馬では同志には置いていかれるし、レースでは4着という結果だったのだろうと思う。

 

 それが証拠に、現在はだるさも取れたわけだが、そのおかげか併せ馬で同志にしっかりと付いていけている。というか、私も同志を抜いて、同志も私を抜くというまさに抜きつ抜かれつの状態だ。こちらに来てからすぐの時のように、置いていかれるという事は無くなったのである。

 

 ということで、目下目標は『普通』であるこの体の調子を、絶好調にしなくてはなるまいと決意したわけだ。

 

 ひとまず運動はいつも通りである。加えて、瞑想とストレッチの時間を少し長く取るようにして、体の調子を整える方向で厩舎での過ごし方を変えることとした。効果はまだ出ていないが、同志の事がそんなに気にならなくなったあたり、良い傾向である。そうだ。今までの通り、自分の事に集中していけばいいのである。

 

 思えば、今までは同志に気を遣いすぎたのだ。逆に言えば、それほど自分の事に集中できていなかったのだ。

 

 さぁて、同志よ。今日までは私は、間違いなく君の同伴者程度の存在であった。だが、明日からは、しっかりとライバルとして隣を走ろう。

 

 

 あくる日。芝コースのコーンを避けながら走っていると、どうやら外国の取材陣らしき人々が、こちらに近寄ってきていた。私の上の彼もそれに気づいたようで、手綱を引かれ、脚を止める。

 

 すると、どうやらなかなかのお偉いさんも来ているようで、スーツを着ている体格の良い人々、おそらくはボディガードであろうか?が、周りを固めていた。

 

 取材陣は少し遠目からそれを見ている様な感じである。はて、なんとも不思議な空間である。と、一人、私の目の前に外国人のお兄さんが出て来たので、顔をそちらに近づけてやる。

 

 一瞬、外国人のお兄さんは驚いたようであるが、私の頭を撫でると、なぜかピーマンを差し出して来た。

 

 なぜに?

 

 そう思いながら、私はピーマンをしっかりと頂いた。まぁ、もらえる物なら貰っておこう、の精神である。外国人のお兄さんはものすごい驚いたリアクションをとっていたが、私の上に乗っている彼の言葉で、何かに納得したように頷いていた。一体、何を話したのであろうか。少々気になるところである。

 

 ただ、そのお兄さんはそれで私の下から去ってしまった。なんというか、嵐のようであったなぁとその背を見送ったわけであるが、取材陣はそういうわけでもなく、私の写真や、彼や私を世話している人間などにインタビューをしてみたりと取材を行っているようであった。もちろん、人気取りのサービスは忘れてはいけない。カメラ目線は外さないのである。

 

 できればこの国でも人気者にはなりたいと思うのだ。馬として長生きすると考えるのであれば、日本だけで、という選択肢は勿体ないであろう。

 

 将来、海外でも人気があるお馬さん、などというものになってみたいという、小さな欲である。できれば海外でお披露目会などもやっていただきたい。

 

 まぁ、普通のお馬さんであれば、海外などは移動がしんどいであろうが、私は中身は人間である。移動自体は苦ではない。それにレースを引退した後なら、海外旅行みたいなもんだし、今回は少々失敗してしまったが、現地の食い物も食えるのだ。ま、野菜限定とはなるが、それでも日本に居るよりは大いに余生を楽しめるであろう。

 

 さてさて、妄想はここら辺までにして、そろそろ練習を再開しないかいと、手綱を噛んで彼に伝える。

 

 すると、見事に彼は一言取材陣に伝えると、手綱を扱いてくれた。

 

―行くぞ―

 

 という事である。もちろんですともと鼻息を荒くして、コースの砂を蹴る。

 

 遠くで取材陣たちの歓声が聞こえるような気もするが、無視である。

 

 そうなのである。鍛錬こそレースの勝利の鍵。さあ、いざゆかん!

 

 あ、ただ、プール訓練があんまりないのが気になるところではある。流石に走っている時に息は止められないので、プール鍛錬が出来ていない分、心肺機能が少し衰えているような気もするのだ。

 

 

 もしゃもしゃ。そうピーマンを食っている時に事件は起こった。

 

 『Prix de l'Arc de Triomphe 1992』

 

 と、銘打たれたポスターを、人間達がわざわざ私の厩舎の前に張り出したのである。 

 

 ご存じ、『凱旋門賞』のポスターである。なるほど、なるほど。

 

 というか、我ながら思うのだが、なぜアルファベットと数字は読めるのに、漢字やひらがな、カタカナは判らないのであろうか。不思議である。

 

 まぁ、それは考えても判らないので、それはさておきだ。

 

 1992年、凱旋門賞のポスターである。確か、1990年代、日本競馬からはエルコンドルパサーが99年に凱旋門賞に出ているだけのはずなのだ。

 

 うーむ、まぁ、新しいポスターだとすれば、今年は1992年ということであろう。ええと…92年、92年というと…。

 

 ああ、ライスシャワーとミホノブルボンあたりが活躍した年、であるはずだ。のだが、それ以上の知識があるかと言えば、とくには無い。

 

 ただ、ライスシャワーが凱旋門に出たとは聞かないし、ミホノブルボンは三冠に挑戦して菊花賞でライスシャワーに負け、そのまま怪我で引退したはずである。

 

 …いやはや、怪我とはまた怖いものだ。あれだけ強かったお馬さんでも、怪我で引退だもんなぁ。実に怪我だけはしたくないと願うわけだ。

 

 まぁ、話が逸れたが、今現在が92年だとして、海外遠征したお馬さんというのは聞いたことがない。しかも、ロンシャンを走った2頭の日本のお馬さんである。

 

 おそらく、私が人間として生きた時に、そんなお馬さんが2頭も居れば、そうとう話題になっていて、私の記憶にも残っていると思うのだが…。やはり、私が入ったことで、何かしらのお馬さんの運命を変えてしまったのであろうか。

 

 うーん、とはいえ、そもそも私の名前が判らないのでどうにもなるまい。無敗の三冠で、ダートも走れて、海外遠征もした馬。更に1992年という条件まで入ってしまっては、特定などどだい無理である。 

 

 ま、なにはともあれ、次のレースをしっかりと走るように鍛錬を続けるのみ、なのだが。

 

 いやまてよ、何か前にもこんなことがあったような。確かあれは天皇賞春の前である。レース前に、同じようにポスターを見せられたのだ。

 

 と、なれば。もしかして、次の私のレースは…まさかまさかの。

 

 凱旋門賞(Prix de l'Arc de Triomphe)か!?

 

 うむ…まぁ、間違いないのであろう。だって、わざわざ無名なレースのために、三冠馬と天皇賞馬を海外に出すか?という話である。そんな話は聞いたことがない。それならば国内で走らせた方が間違いは無いはずである。賞金も高いし、わざわざ金をかけて、手間暇かかる海外に馬を、スタッフごと連れて行くなど、まずやらないと思うのだ。

 

 ただ、そんな国内でのレースをすべて蹴って、国外に飛んで、しかもしっかりと鍛錬を積ませているとなれば…それなりの大レースに出るという事までは察することが出来る。

 

 そして、目の前には Prix de l'Arc de Triomphe のポスター。

 

 …うむ。これは、凱旋門賞のつもりで鍛錬を行った方がいいのかもしれない。明日からは一層、気合をいれて頑張ろうと決意した。

 

 

 

「ついに明日ですね。そちらの調子は、どうですか?」

「うん、僕の体調は万全、とはいかないね。やはり年かな」

「何をおっしゃるんですか。まだまだお若いですよ」

「ありがとう。で、テイオーの様子は?」

「万全も万全ですね。張りも今までで最高だと自負できますよ」

「そうか。それは良かった。しかし、ピーマンでここまで変わるとはねぇ」

「まぁ、こいつはものすごく頭がいいですからね。まるで人間のように考え、気持ちの上下も人間のようです」

「人間のよう、か」

「はい。ああ、あと、このポスター、わかります?」

「ん?ああ、凱旋門のポスターがどうかしたのかい?」

「以前、こいつ、天皇賞春のポスターを見たときに、明らかに反応してたんですよ」

「うん?」

「で、見える場所にこの、『凱旋門賞』のポスターを張ったところ、明らかに目の色が変わりましてね」

「…もしかして、ポスターを理解している、と?」

「可能性の話ですが。ですが、だからこそ、1か月弱でここまでの馬体に持ってこれました。ピーマンだけではないんですよ。こいつは」

 

 

 あくる日。私はまた車に揺られて、レース場へと足を運んでいた。

 

 無粋なことは言うまい。今回は間違いようもない。レース場には、既に『Prix de l'Arc de Triomphe』と、銘打たれた看板が鎮座している。

 

 手短に検査を受けて、そのまま厩舎で休む。

 

 と、見た顔が隣の厩舎に入っていた。

 

『お久しぶり』

 

 そうニュアンスを伝えてきたのは、以前、バナナをくれたお馬さんである。

 

『どうも』

 

 そうニュアンスを伝えつつ、何かの縁だと、ピーマンを一つ、差し出した。

 

『…まずいやつ?』

『いや、おいしいやつ』

 

 そうニュアンスをやり取りして、ピーマンをバナナのお馬さんへと受け渡す。

 やはり、『ペッ』とはせずに、しゃりしゃりとピーマンを食ってくれる。

 

『…苦い?旨い…?たしかに前のと違う』

 

 もう一個、馬の前に差し出した。

 

『苦い、旨い。不思議。気に入った。これあげる』

 

 そうニュアンスを伝えてきて、渡されたのは、またしてもバナナであった。うむ。甘い食べ物というのも、実に美味しいものである。

 

 さて、お隣のお馬さんは厩舎に引っ込んでしまった。私も厩舎に引っ込み、ピーマンはそこそこに、瞑想をしっかりと行う。

 

 今回ばかりは私も気合を入れよう。そして、本気…いや、全力で走れるように精神を統一しよう。

 

 ああ、しかし、凱旋門賞を走るのか。柄にもなく緊張してしまう。冗談で『全力を出すなら凱旋門かなー』なんて言うもんじゃなかった。

 

 ピーマンは食えなくなるし、前回のレース、おそらくはフォワ賞であろう、も負けてしまうし。散々だ。

 

 ああ、だが、明日には凱旋門が来るのである。よっぽどでなければ、全力を、出そう。

 

 

『やぁ、テイオー。電話で失礼するよ。明日、ついに、だな』

「はい!いよいよ、です」

『流石にテイオーでも緊張しているようだな』

「あはは…そりゃあ、もちろんです。あ、ピーマン、美味しく頂けています」

『そうか。我々が日本に帰った後でも、メジロ家がしっかりと届けていてくれているようだね』

「はい!それからというもの絶好調で!マックイーンには感謝です!ルドルフさんの教えてくれたメニューもすごくおいしいですよ!」

『それは私としても嬉しいよ。それと、今回応援に行けずに、申し訳ない』

「いえ!全然!ルドルフさんもWDTで忙しいでしょうし。それに―」

 

 テイオーは、自らの胸に輝く「勲章」を握る。

 それは、以前、ルドルフのものを模して作られたものである。

 ルドルフの許可を得て、自らの勝負服につけているそれを、強く。

 

「――心は、預からせて頂いています」

『…ああ、ああ。そうだ、そうだったな。期待して………いや、勝利を、頼む』

「もちろんです。気持ちを全部、ラスト1ハロンにぶつけてきます!」




―次回

1992.10.4

第71回凱旋門賞。


2400メートル先の勝者は、誰だ


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1992.10.4 ロンシャン 2400(重)

 ――音が消えた。


 ここはなんて静かで、素晴らしい景色なんだ。

 この景色は。今、この景色だけは。絶対に誰にも譲らない。


 その日、日本のウマ娘達は、画面を食い入るようにのぞき込んでいた。

 

 それは、皇帝シンボリルドルフ、女帝エアグルーヴなどのウマ娘達も、何も変わらない。

 

 その目の先に映るもの、それは、日本の夢を抱えて海外へと旅立った2人のウマ娘。

 

 一人は、リオナタール。獅子の名を冠する、帝王を超えしウマ娘。帝王超えの天皇賞の盾の誇りを心に秘め、凱旋門に挑むウマ娘である。前走のフォワ賞は、帝王を抑えてのトップ通過。期待が寄せられているウマ娘だ。

 

 もう一人。その名はトウカイテイオー。無敗の三冠を成し遂げた、皇帝を継ぐ帝王。その純白の勝負服に光るのは、シンボリルドルフの勝負服についている勲章そのものだ。日本の誇りを背負い、凱旋門に挑むウマ娘だ。

 

 リオナタールは自信満々に、トウカイテイオーは静かにお披露目を行っている。もう、互いに視線を交わすことは無い。

 

『私が一番だ』

 

 それが、心にあるただ一つの決意。この2人だけではない。この場に居る、すべてウマ娘の願い。

 

 だがそんな中で一人、テイオーに話しかけるウマ娘がいた。

 

「やぁ、テイオー。調子、出たようだね」

「…やぁ、スボティカ。ふふ、この前、ピーマンパーティーに来てくれてありがとね」

「いきなり苦い青い奴を食べさせられるとは思わなかったけど」

「あはは。でも、最後には『あ、おいしいー』とか言ってたじゃん」

「うん。あれ、不思議な食べ物だね。パプリカと違う。でも、美味しい。なんだろうね。君達2人みたいだ」

「私達2人?」

「君と、獅子。私達欧州のウマ娘とは、似て非なるもの。同じウマ娘なのに、その瞳の―」

 

 スボティカはテイオーの目を、しっかりと見つめた。

 

「その瞳の奥に燃える、青い、青い。どこまでも青い、その熱く、どこまでも熱い、炎を持つ極東のウマ娘。…ねぇ、知っているかしら?ピーマンの花言葉は、『海の恵み』なんですって」

「へぇ。そうなんだ」

「――あなたには、私、負けないから」

 

 スボティカはそう言って、踵を返した。

 

 その背を見ながら、テイオーは左手を腰に当て、左足に体重をかけて、右手をだらりと下す。そしてテイオーは静かに、その背に言葉を投げた。

 

「――それはこっちのセリフだよ。

 

 ボクは、絶対無敵のトウカイテイオー様だよ?

 

 ここ一番で、このボクが負ける訳ないじゃん」

 

 

 

『19番、レオダーバン。非常に調子がよさそうです。この凱旋門賞の前哨戦であるフォワ賞では見事な勝利を収めてくれました』

『ええ。期待の本命ですね。しかし気になる事は、本日の芝が重であることです。レオダーバンの今までの勝利は良馬場が多いですから、しっかりと実力を出せるかが心配です』

『確かに。本日は朝から続く雨で足元が非常に悪くなっております。これがどう影響するのでしょうか。良い走りを期待しましょう』

 

『20番は我らが三冠馬トウカイテイオー。本日もテイオーステップを見せてくれています。前走のフォワ賞は残念でしたが、どうやら調子はかなり良さそうです』

『調教師や鞍上も、フォワ賞の時よりずっと仕上がっていると太鼓判を押しています。それに加えて、トウカイテイオーはダートも走れるパワーを持っていますから、この重い馬場は有利に働くことでしょう』

『フェブラリーハンデキャップでのダートでの脚、札幌記念の洋芝での脚は見事なものでした。ぜひ、この凱旋門賞では好走を期待したいものです』

 

『しかし、日本馬は見事に人気が少ないですね。全20頭中、レオダーバンですら9番人気です。トウカイテイオーに至っては15番人気となっております』

『今まで日本の調教馬は出場数も少ないですし、入着馬も出ていません。当然の事かと思います。しかし、なんとかこの2頭には風穴を開けてほしいと、そう、願っています』

『ええ、本当にそう思います。―さて、第71回凱旋門賞。レース開始まであとわずかと迫ってまいりました。日本の夢を背負った2頭は、見事その夢を叶えてくれるのか。否が応でも期待が膨らみます』

 

 

 さて、馬具をしっかりとつけられてパドックに連れていかれた私である。今回の私の番号は『20』。前回のフォア賞と違って、ロンシャン競馬場のパドックには大きめのスクリーンが用意され、私を含めた馬達の映像が流れていた。

 

 流石に大きいレースであるなと実感している。さて、私たちの映像以外に、どんなことが書いてあるのだろうかとよく見てみれば、オッズこそは書いていなかったものの、番号と名前らしきものが見て取れた。

 

 さてさて、ということで、パドックを周りながらいつものようにチェックである。レース名は…『Prix de l'Arc de Triomphe』ああ、やはり、間違いない。凱旋門賞である。

 

 なんというか、実に感慨深い。テレビの向こう側で見ていた憧れのレースに、まさか見る側ではなくて、走る側で出ることとなるとは思いもしなかった。ふむ、まぁ、こうなれば全力で走るしかあるまいよ。

 

 とはいってもレース前のルーティーンは変わらない。脚をしっかりと伸ばして動的なストレッチを行いながら、周囲を確認する。同志は少し首を振っているな。落ち着きがない。

 

 『3』のゼッケンを付けたお馬さんは、私とバナナとピーマンを交換したあのお馬さんだ。ふむ。はたから見ると落ち着いていて非常によく見える。

 

 『16』のお馬さんは初めて見るが、ただ、なかなかに目を引くのは足元の筋肉である。すごいレースをしそうである。

 

 『5』のお馬さんもまた初めて見るが、その目はぎらぎらしていて、大人しい馬達が多いこのパドックでは、ひときわ目立つ存在だ。

 

 さてさて、あとは私の番号である『20』なのであるが…と。なるほど、今回は20頭で走るレースであるらしい。うーむ、また大外か。なんであろうか。私は実に、大外に縁がある。

 

 まぁ、ともかくは、と私の番号を確認した瞬間に、思わず脚を止めて、固まってしまった。今回のレースは凱旋門賞である。つまり、大レースも大レース。そこには、『アルファベット』で書かれた私の名前もあったのだ。

 

―――20 Tokai Teio――――

 

 なるほど。長らく謎であった私の正体を知ることが出来た。ああ、そうか。

 

 トウカイテイオーか。同志は…19 Leo Durban…レオダーバン…。ああ、そうか。なるほど。

 

 私の記憶が正しければ、私も、同志も、史実であれば怪我をしているこの時期に、怪我をせずにこの大舞台である凱旋門賞で走れているのだな。

 

 トウカイテイオーか…奇跡の名馬か。はは、なんというか、私がそれと言われても、なかなか自信がないな。というか、図らずも、私はなんとか綱渡りを成功させていたらしい。

 

 トウカイテイオーは確かに名馬である。

 

 だがその弱点もはっきりしている。それは怪我の多さである。全力で走ったが故に、怪我をすることが多い名馬であるのだ。幸いにして、私が入ったことによって、8割で走り、つまり怪我を抑えられたということなのであろう。

 

 というか、それはそれとして、私の様に人が入っていない同志はなぜ怪我をしていないのであろうか。これは少々謎である。まぁ、様々な可能性があるのであろうが、ともかくとしてここは怪我をしていないトウカイテイオーが凱旋門賞を走っている世界であるという事である。

 

 となるとである。…凱旋門賞とはいえ、全力で走っていいのであろうか。トウカイテイオーの脚では、怪我をしてしまうのではないか?

 

 判らない。しかし、全力で走れば怪我のリスクが大きい。しかしここは凱旋門である。全力を出すにはここしかあるまい。

 

 ―――堂々巡りである。

 

 そうやって怪我と凱旋門の天秤をかけるうちに、ついに止まれの合図が出てしまった。

 

 彼が来る。

 

 ああ、私がトウカイテイオーなら。彼は、君は。あの人なのであろう。

 

 首を3回叩いて…その3回にどんな意味があるのか。この体の主の親を、ルドルフを、私に重ねているのだろうか。

 

 私の背に乗って、首を2回叩く。いつものルーチンワーク。

 

―行こうか―

 

―おうよ―

 

 鼻息を荒げて、私は歩み出す。しかし、未だ、私の気持ちは堂々巡りのままである。 

 

 

『さぁ、各馬続々とゲートイン。9番には一番人気、16番のゼッケンをつけたユーザーフレンドリー、14番には四番人気、3番のゼッケンをつけたスボティカが入ります。実力も人気もある馬達です。19番には先日フォワ賞を勝利したレオダーバン。おなじみ大外には我らが三冠馬、トウカイテイオーが入ります。日本馬は大外からのスタートであります。

 最後の一頭が今ゲートイン完了。職員が退避しまして…今、第71回凱旋門賞、スタートしました。少々ばらけたスタートです。ユーザーフレンドリーがぐーんと伸びまして先頭、レオダーバン、トウカイテイオーはすっと下げて後方からの競馬です。さぁ、2400メートル先のゴールで夢を掴むのは天皇賞でテイオーを超えたレオダーバンか、それとも、親の夢を背負い、そして負け続けても夢を魅せ、走り続けているトウカイテイオーか!それとも、一番人気のユーザーフレンドリーが見事勝利をおさめるのか!長い直線を各馬まとまって進みます!第71回凱旋門賞はまだまだ始まったばかりだ!』

 

 

 スタートは間違いなく息が合って飛び出すことが出来た。ここから2400メートルの旅路である。

 足元は非常に悪いが、砂も走れる私にとっては楽なものである。『16番』が勢いよく先頭に立ち、我々を引っ張って行ってくれている。今はこれでいい。

 

 位置取りは後方から2番目といった具合である。同志レオダーバンは私の2個前でレースを進め、あの『3番』のバナナのお馬さんも中段での待機と言った具合である。

 

 しかし、このスタート直後のコースであるが、非常に横幅が広くて走りやすく、ポジショニングもやりやすい。たしか前のレースの時には柵があったはずなのだが、凱旋門賞の場合は外されるようだ。

 

 私は彼の手綱にしたがい、後ろに控える。馬の集団は団子のまま直線を抜けてコーナーへ。馬の尻を見ながら走るレースと言うのもなかなか久しぶりだ。これだけのお馬さんと走るのは天皇賞春以来である。

 さて、このコースはかなり特徴的である。特に日本と違うのは、このコースは周回コースではないということ。これに気を付けなければならない。3コーナー周って加速、なんて日本の競馬の様な悠長なことは出来ないのである。

 

 イメージは馬の蹄鉄だ。長い直線から始まり、長いカーブを一つクリアし、長い直線をもう一度走り、そしてゴールを迎える。

 

 ということで、この長い長いコーナーを抜けたら、あとは直線を残すのみなのだ。ただ、焦ってはいけない。直線も1キロ近くはあるのだ。コーナーを抜けてよーいドン、という単純なコースでは決してないのだ。

 

 勝利のためには、彼の手綱を信じて、それにしっかり追従せねばなるまい。

 

 スタート直後から視界の右側をふさいでいた木々が消え、一気に視界が開けた。ゴールがある対面のコースが見える。ふむ。まだまだ長いように感じる。だが、2分も経てばあそこに自慢の脚を叩き込んでいるのだ。

 

 長いカーブを、彼の手綱に従いながら外を走りつつ、思う。残念ながら私は最近なかなか勝ち切れてはいない。天皇賞は2着の負け。前年の有馬も最終直線でやられている。無敗の三冠馬の名前が泣くのではないかなどと最近は思い始めている。

 

 しかし、それでもと私の中で囁くのは『お前はもう十分有名になったのだから、無理して勝たずとも生き残れるぞ』という私の理性。

 

 そうだ。そもそも最初、私が大きいレースを全力で走ったのは、『寿命で死ぬ』ことを目標にしていたからなのだ。現実的な話、活躍して、知名度をあげなければ、馬なんて生き物は生き残れる道理はないのである。ただ、私は幸いに、幸運にして、三冠を獲ることが出来た。それが達成されたであろう今。有馬記念も、天皇賞も、『全力で走る意味』は、何一つ無かったと言えよう。

 2着、3着でも賞金はオーナーに入るわけであるし、従順なお馬さんで馬券に絡むという人気のある馬だと、我ながら判っている。自覚はしているのだ。それに、取材陣が来るほど、この凱旋門に出れるほど、つまりここまで有名になったのであれば、『私は怪我をしないように走ればいい』。余生は安泰であろう。

 

 非常に合理的だ。そうだ。合理的なのだ。しかも今日のレース場は足元が非常に悪い。雨で湿っている。脚の蹄に草が絡みつく。誰がどう見ても、『重い馬場』であろう。

 

 本気の全力で走って、どうなるというのだ。凱旋門を獲ってどうなるというのだ。もし全力を出して、大怪我などしてしまっては、日本にすら帰れないんだぞと理性が語り掛ける。

 

 そう、何度も理性が語り掛けてくる。私もそう思うさ。

 

 コーナーを抜ける手前で、彼から手綱を扱かれた。

 

―行け―

 

 ということである。脚に力を入れて、『本気』で走る。――そう。8割程度の、理性で抑え、しかしながら本気という矛盾をはらんだ走り方だ。

 

 G1以外は、そして皐月とダービーはこれでも勝てた。だが、やはり、超一流の馬が闘争本能をむき出しでやって来る『天皇賞』や『有馬記念』は勝てなかった。

 

 だが、それでも私も並大抵の馬ではない。この凱旋門賞という大舞台でも、コーナーを抜ける手前で、前方から4番手にまでポジションを上げる事が出来た。いよいよここから追い込みなのだ。だが。

 

 

 私の『本気』ではここまでであろう。

 

 

 見てみろ。19のゼッケンが輝かしい同志レオダーバンは、もう既にはるか先頭を走っている。このままいけば初の日本の凱旋門優勝馬は彼であろう。

 

 見てみろ。3のゼッケンのバナナのお馬さんは、それを凌ぐ勢いで後方から追いすがっている。同志を追い抜くとしたら彼であろう。

 

 見てみろ。16のゼッケンのお馬さんも、レオダーバンに抜かれても、バナナのお馬さんに追いつかれそうになっていても、驚異的な粘りを見せている。ああ、彼だって優勝候補だ。

 

 

『――――怪我をするから全力で走るんじゃないぞ』

 理性が語り掛けて来る。ああ、そうだな。それが一番だ。

 

『4着でも入着だ。快挙だぞ。よくばるんじゃあないぞ。怪我をしちゃあ何も、無意味だ』

 理性が語り掛けて来る。ああ、そうだな。判っているさ。

 

 

 だが、それと同時に私の本能と、私の意思がこうも言っている。

 

 

 『――――只、大外を突き抜けるのみ』

 

 

 ああそうだ。いつでも仕掛けられるぞ。

 

 ああ、ああ!そうだ。いつでも仕掛けられるのだ。

 

―まだか―

 

 そう決意を秘め、初めて、手綱を噛み、彼に意思を伝えた。

 

 

『最終直線に入りまして残り600! コーナーで躍り出た! トップはレオダーバン! レオダーバンが先頭! まだ伸びる! このまま行ってしまうのか! 二番手は交わされた一番人気ユーザーフレンドリー! 三番手は追い込んできたスボティカ!

 

 四番手には我らが三冠馬トウカイテイオーも来ているが!しかしこの位置ではもう厳しいか!?トウカイテイオーはもう伸びてこないのか!

 

 

 手綱が更に捌かれた。

 

 しかし、まだ鞭は入らない。そうだ、そうであろうよ。まだ600メートルの標識だ。射程には程遠い。

 

 溜めろ。溜めろ。溜めろ。気持ちを溜めろ。フラストレーションを溜めろ。全てを溜めろ。今までの全てを出し切れるように、溜め込め。

 

 500メートル。

 

 同志レオダーバンが更に突き抜ける。しかし、未だ粘る『16』、そして『3』がそれにかぶさる様に私との距離を離していく。

 

 400メートル。

 

 その距離、既に4馬身ほど。離れたなあ。そう呑気に構える。そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。私の脚ならば、全力で地面を蹴れば一瞬であろう。

 

 300メートル。

 

  鞭が3発。

 

 ――行け!行くぞ!行くぞ!!相棒!―

 

 彼も興奮しているようである。ああ、わかる。判るとも。 

 

 ならば行こう。そうだ。そうだ。ここまで来たら理性などかなぐり捨てろ。

 

 手綱を更に深く噛み、腰を落とした。

 

 脚に力を叩き込め!彼を振り落とす勢いで加速しろ!

 

 この芝を抉るつもりで、突き抜けるのだ!

 

 

『レオダーバンにスボティカが迫ってくる!残り200メートル!さぁレオダーバンが日本の夢を叶えるのか!?それともスボティカが先に凱旋門を潜るのか!?ユーザーフレンドリーもまだまだ粘っている!

 

 いよいよ200を切った!届くか日本の夢!レオダーバンがんばれ!

 

 …いや!?大外から、一頭ものすごい勢いで伸びてっ………!?

 

 ――来た!!

 

 ―――来た!!!

 

 ――――来た!!!!

 

 我らがトウカイテイオーが、飛ぶように大外から伸びて来た!

 

 

 ぐんぐんと彼らとの距離が近づいてくる。私が恥も外聞も、理性も投げ捨てて、全力で走れば私の脚は、こうなのだ。もうコーナーは無い。全力の全力、今、まさに10割の力を込めて芝を蹴る。ただ、同時に、今まで感じたことのない、脚の骨の軋みを感じている。

 

 ああ、そうだ。

 

 なぁ、トウカイテイオーよ。私の体の本来の持ち主よ。お前はすごい奴だ。何度も怪我をして、何度も復活をして。だが、お前に私は、いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()たとえ何者であっても、ここまで走り抜けた俺の脚は、俺だけのものなのだから。

 

 そうだろう、トウカイテイオー。

 

 お前は奇跡の名馬だ。誰もが認めている、俺も認めている。だがな。だがな!

 

 今、ここにいる俺は、トウカイテイオーは!俺は、俺なのだ!

 

 

 鍛えた脚は、俺が鍛えた脚は、たとえそれが本来、とてつもなく脆い脚だとしても、それがどうした!俺が鍛え上げたのだ!

 

 確信をもって言い切ろう!俺の脚は、こんなところで怪我をしてしまうような()()()()ではない!

 

 何よりもだ!ただの馬に、サラブレッドに負けるような脚に仕上げてなどいない!

 

 

 ――さぁ、どこかで見ているか帝王よ!俺が、凱旋門を獲ってやる!お前の親が、お前自身も挑めなかった、そんな凱旋門をだ!

 

 

 さぁ、騎手よ!―――いや、無粋なことは言うまい!

 

 ―――()()()()()よ!手綱を捌いてくれ!さぁ鞭を入れてくれ!

 

 そうだ!俺の思い違いで無いのであれば!

 

 お前も! 俺の背で! 夢を掴んでみせろ!

 

 ―――そう思うと同時に、鞭がもう一発、強く俺の背に入った。

 

 そうだ。そうだ!それでいい!お前に従って、きっちりすべてを残りの直線で絞り出してみせよう!更に脚に力を入れた。骨がきしむ。関節が悲鳴を上げる。理性がどこかで悲鳴を上げる。

 

 ―――同時に、これでもかという勢いで手綱が扱かれる。

 

 伝わって来る、『勝ちたい』という気持ち。ああ、それならば、答えよう! キミの気持ちに応えてみせよう! 理性などねじ伏せてやる。本能を呼び覚ましてやる!

 

 なぜならば!俺はトウカイテイオー!

 

 誰もが、誰しもが憧れ、そして俺ですら焦がれた、奇跡の名馬なのだ!

 

 積み重ねてきたものを、今ここですべて解き放つ!力の何割か、なんて言っている暇はない。今、残りの力は全てこの瞬間に出し切るのだ!

 

 嗚呼そうだ!!俺が今まで鍛え抜いた、全ては!

 

 坂路を、プールを!芝を!ダートを!

 

 今まで走ったコースの、その全ては!

 

 そう、今まで経験したレースの全ては!

 

 この芝の!

 

 このパリの!

 

 このロンシャンの!

 

 

 この最終直線、ラスト、1ハロンのために―――――――――!

 

■ 

 

『大外トウカイテイオー!その馬体が3馬身が2馬身!1馬身とスボティカに迫る!

 迫って迫って交わした!交わした!

 トウカイテイオー交わした!いや、スボティカ粘る!並び返した!残り僅か!

 レオダーバン!トウカイテイオー!スボティカ!ユーザーフレンドリー!

 4頭横一線!叩き合いだ

 

 どうだ!

 どうだ!!

 どうだ!!!

 

 ああ…嗚呼…!一頭、完全に抜けた…!

 

 ―テイオーだ!

 

 ―――テイオーだ!

 

 ――――――トウカイテイオーだ!

 

 トウカイテイオーが更に加速したぞ!?まだ実力を隠していたのか!?この重馬場で凄まじい末脚を見せている!

 

 いや、だが、スボティカもまだ伸びる…!?

 

 ああ!!残り僅かっ…!!いけっ!いけっ!いってくれっ…………トウカイテイオー!

 

 

 脚を動かす。

 

 全てを込めて足を蹴りだす。

 

 一歩一歩進むうち、気づけば、音が消えた。

 

 目の前に映るのは、青い芝と青い空。

 

 今まで前にいたリオナタールもあのウマ娘達もいない。

 

 ああ、なんて。

 

 なんて。

 

 

 ――音が消えた。

 

 

 ここはなんて静かで、素晴らしい景色なんだ。

 

 この景色は。今、この景色だけは。絶対に誰にも譲らない。

 

 

 そう思った時だ。前方に、今この瞬間に見えることがないウマ娘が走っていた事に、トウカイテイオーは気づく。

 

 長い、美しい髪を靡かせ、そして自信満々の笑みを浮かべる幻を見たのである。

 

 ――ああ、そうか。トウカイテイオーは納得した。

 

 夢破れた今でも、想いだけは。その想いだけはここに常に『いる』のだ。

 

 『あの時、怪我をしなければ』

 

 『走れてさえいれば』

 

 『絶対に、私が世界で一番、速いんだ!』

 

 その想いは。あの小さな女の子の夢は、今でもターフを走り続けている。

 

 彼女は、いや、『彼女達』の心は未だロンシャンに『居る』。

 

 

 それならば。それならば!

 

 あの女の子の夢も、みんなの想いも、全部、全部まとめて―――! 

 

 

 最後の一歩を、強く、踏みしめた。

 

 

 嗚呼、嗚呼!ねぇ、ルドルフさん、見てるよね?

 

 そう、思いを込めて、指を一本高く掲げた。

 

 ―――届いたよ。 

 

 

行けっ!行けっ!行けっ!

 

 伸びろ!伸びてくれ…ああ!

 

 伸びて、

 

 

 伸びて!

 

 

 伸びて!

 

 

 トウカイテイオーが今!先頭で!凱旋門をくぐり抜けた!!!

 

 やりましたやりました!やってくれました!やってくれました!やってくれました!!!

 

 あの、あの絶対の皇帝と呼ばれたシンボリルドルフですらも見れなかった()()()()を! その()()()()()()()が掴んでみせた!

 

 あぁっ…右手を挙げた!右手を挙げた!右手を挙げた!

 

 そして天を指差している!勝利したのは私だと!天を指差した!

 

 叫んでいる!勝鬨だ!勝鬨だ!夢をついに掴んだ!あの夢の続きが今、今!叶ったー!

 

 見たか!見てくれたか!世界の人々(ホースマン)よ!!

 

 これが!これこそが!日本が誇るトウカイテイオーだ!

 

 最後に見せたあの末脚はまさに『究極無敵のテイオーステップ』だー!!!』

 

 

 

「…すまない、エアグルーヴ、ブライアン。少し、少しだけ一人にさせてくれないか」

 

 そういって、生徒会室の人払いをしたシンボリルドルフ。

 

 目線を少し下げれば、机の上には映像が流れるスマートフォンが置いてある。

 

 彼女の目に映るのは、どこかあの時の自分と被る、天に一本指を掲げたウマ娘。

 

 ピーマンが好きで、人一倍練習が好きで、そして、無敗の三冠を獲り、夢を携えて飛び立っていった、まさに有言実行の猛者となった理想のウマ娘。

 

 皇帝、シンボリルドルフは深く息を吸った。

 

 自らの両の手を胸の位置にまで上げ、手のひらを見た。

 

 …暫く、その姿のままで固まっていたルドルフであるが、不意にその両の手を固く握りしめ。

 

「―――――――――――――――――っ!」

 

 声にならない叫びと共に、両の拳を、天へと勢いよく掲げた。




―さて。では、ピーマンを食らうとしよう。

 私は、ピーマンが大好きなのである。
 ボク、ピーマンが好きなんだよね。

 たらふく食わせたまえよ。


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宴、そして、まだ終われない夢

ピーマンは江戸時代に

『亜米利加』から輸入されてきたものが日本で定着したという説がございます。

他にも欧米から、などなど説がございますが、なにはともあれ、

あの青臭くて苦い物体を初めて口にした先達に感謝を。



今日も今日とて、ピーマンイズワンダフル。


 ゴールを先頭で駆け抜ける直前、私は今まで感じたことのない達成感を感じていた。

 

 充実感、そう言い換えても良いだろう。足腰に漲る力、彼との絆、誰も並ばない先頭の景色。それらが重なって、最高の気分であった。それはまさに、音すらも消え、静寂に包まれる不思議な感覚であった。

 

 最後の一歩を踏みしめた瞬間に、その静寂が消え去り、一気に歓声と馬の足音が聞こえ始めた時は、馬ながら鳥肌が立ったというモノである。

 

 気づけば、彼は私の背で大きく右手を掲げ、大音声で叫んでいた。指を一本天に指差し、これでもかという大きな声で。少々うるさかったのだが、まぁ、今日は特別な日である。許してやろう。

 

 彼の大声を聞きつつ、クールダウンをしながら周りを見渡していると、観客席で声援を送る人がいれば、頭を抱える人も見えた。そりゃそうであろう。この1992年の凱旋門賞。本来であれば日本のお馬さんなんていないはずである。しかも、勝利するなんて余計に有り得ないであろう事が起きたのだから。

 

『競馬後進国の日本の馬に我々の、欧州の馬が負けた』

 

 きっとこう思う人々も居るであろう。事実、欧州から見れば、日本の馬のレベルはきっと低いものだと思う。だが、同時に。

 

『素晴らしい。日本もここまで馬を仕上げてこられるほどになっていたのか』

 

 と感嘆を禁じ得ない人もいると、ぜひ、そうだと私は信じたい。なぜならば。

 

『お前速いな。次は負けない』

 

 あのバナナのお馬さんが、クールダウンをしつつ、私を追い抜きながら、そうやって私にニュアンスを伝えて来たからである。

 

『次も負けないさ』

 

 私もそうニュアンスを返すと、鼻息で返された。外国のお馬さんはなかなか大人しいと思っていたが、その内はやはり燃え滾っているようである。そりゃそうだ。私と同じサラブレッドなのだから。『私が一番である』。その本能は消せはしまいよ。

 

 さて、そんなこんなしているうちに、内のコースを一周回って観客席の前に戻ってきていた。彼の手綱にしたがって脚を止めれば。

 

 大音声の大喝采。まさにその言葉が当てはまるほどの歓声と拍手が私と彼に降ってきていた。そして掲示板を見てみれば、そこには。

 

 20の数字が、てっぺんに輝いていた。

 

 ああ、改めて、勝ったのだなと実感できた。と、同時に、彼は改めて右手を天に伸ばし、指を一本、天に突き出した。

 

 更に大きくなる声援。

 

 それならばと、私も1つ芸を見せることにした。私の脚と、体幹の筋肉を利用したちょっとした芸である。振り落とされるなよ、と願いながら、後ろ足に体重をかけて…。

 

 

 前足で地面を思いっきり蹴り、後ろ足でしっかりと立った。

 

 

 観客席からは、おお、とどよめきが起こる。ちらりと彼を見てみれば、めちゃくちゃ驚いている。だが、右手は天に指を掲げたまま。実にこれは狙い通りである。

 

 私としてはやはり、凱旋門と言えばナポレオンであろうと思うのだ。

 

 

 馬体検査を終えてから始まったのは、やはり表彰式であった。とはいえ、今回主に表彰されるのは、私というよりも、彼や私を世話をしていてくれた人である。

 

 そして驚くことに、ここパリのロンシャン競馬場では、表彰台を馬が曳いてくるのである。結構な迫力に、少し後ずさってしまった。何せその表彰台を曳いている馬は、私の倍はあろうかという馬格なのである。脚も数倍太い。あれだ、農耕馬のでっかいやつと言った感じである。そして、そんな彼らに一瞬目を向けられ。

 

『おめでとさん』

 

 とニュアンスを受けた時には更に驚いてしまった。というか、私がレースに勝利したと理解しているのかと。実に頭がいい馬であると思う。そして表彰台を見てみれば、レースの前に出会ったあの、外国人のお兄さんが居たのである。なるほど、凱旋門賞の表彰式にお出になれるぐらいのお偉いさんであったかと、そんなお偉いさんから手ずから餌を頂いたのかと、驚きの連続である。

 

 ともかくとして表彰式を見ながら横で待機していたわけであるが、あるタイミングで、会場が静寂に包まれた。どうしたものかと耳を立てていると、厳かな、しかし、よく聞いたことのある曲が流れて来たのである。

 

 つまり、これは国歌の斉唱であろう。

 

 流れてきたのはもちろん、日本が誇る国歌、「君が代」である。いくら言葉が判らぬとも、曲ぐらいは判るというもの。ああ、なかなかに誇らしい。そして、国歌が終わると同時に、表彰式はお開きとなったのだが、最後の最後に記念写真が待っていた。

 

 そういえば、こういうものを確か、日本では「口取り式」と言ったか。

 

 ならばしっかりとやらせていただきましょうか。とはいえ、笑ったりはするはずもない。当方、ただの馬ですので。

 

 しかしながら若干人が入ってますので、顔と馬体、あとはゼッケンがしっかりと写るようにポージングは任せてくださいな。と思ったら、カメラマンがジェスチャーで色々伝えてきたのである。

 

 あ、もうちょっと後ろ足を?こう?ああ、前足はこうですね。えー、で、首は前を向いて?なかなか注文が多いカメラマンである。私以外の馬であれば、きっと暴れているであろう。

 あ、はいはい。体はもう少し斜めですね。おっとオーナー。邪魔らしいので少し後ろに…口で肩をたたいて教えて進ぜましょう。ふむ、これでいいんですか?親指を立てるジェスチャーをされたので、問題は無いらしい。

 

 ではしっかりと撮っていただきましょうか。…って君達何をそんなに首を傾げているんですかね。カメラは前ですよ?

 

 

 もっしゃもっしゃ。うむ。今日のピーマンは特別美味しい…などという事はない。いつもの通りに美味しいピーマンである。普段の通りにピーマンが食える生活とは実に素晴らしいものである。

 

 それはさておき。レース場から戻った私と同志であるが、同志はなんと既にここには居ない。昨日ではあるが、車に連れられてどこかに行ってしまった。ただ、こちらの人間と彼方の人間が、やたらと挨拶を交わしていたので、『お疲れ様、また日本で』的な感じであったと思う。つまり、レオダーバン同志は先に日本に帰宅したのであろう。羨ましい限りだ。

 

 私も早い所、日本に帰りたいなぁなどと思いながらピーマンをもっしゃもっしゃしていたわけであるが、案外とその日はすぐに来た。

 

 体感にして同志が日本に旅立ってから数日後の事。あのお偉いさんの外国人のお兄さんや、バナナのお馬さん、そして、「16」のお馬さん…そういえば、レース中に勢いで「彼」と言ってしまったが、どうやら「彼女」であったらしい。気を付けねば…。に見送られながらも、私は車に乗り込んだのである。

 彼らの私を見送っていた顔が実に良い笑顔であった事が、実に好印象であった。そしてたどり着いたのは、あの大きな空港。そして目の前には大きなジャンボジェット機。うむ、これは間違いない。帰国の途についたということである。

 

 来た時と同じように、箱に入れられ、いざ搭乗!

 

 さぁて、ここからは長くても半日の旅路である。のんびりとフランスの空気を思い出し、感傷に浸りながらのんびりとしていようじゃないか。

 …そういえば、今回、凱旋門賞をトウカイテイオーとしての自分が勝ったわけであるが、その場合、本来の勝ち馬はどうなるのであろうか…?まぁ、今さらか。三冠馬トウカイテイオー。これだけでも史実をかなり変えているのだ。実際、私のせいでレオダーバンは菊花を取れなかったはずであるが、凱旋門に連れてこられるほどの人気があり、レースをきっちり入着で終えている実力あるお馬になったわけであるし、私が活躍しても悪いようにはなるまいと信じよう。

 それにだ。レースに勝つのは私の仕事だが、それから先は人間が考える事なのだ。馬である自分があまり気にしても仕方がないのである、という事にしておこう。

 

 しかし、帰ってからもレースは続くのであろうか。時期で言うと、ジャパンカップもあるだろうし、有馬記念もある。来年も走るとなれば、天皇賞、宝塚もあるだろう。おそらく今の私であれば、トウカイテイオーであれば勝ち切れるであろう。ああ、でも、もしかするとダート路線に変更して東京大賞典や帝王賞なども走るかもしれない。まぁ、どちらでもドンと来いというものだ。

 

 こちとら凱旋門を走り切った名馬、トウカイテイオーである。国内のグレード1レースなのであれば、なんでも来ると良い!

 

 そう心を新たに、決意を決めた。

 

 

「獲ったな…」

「ええ…獲りました…」

 

「現実感がないな」

「ええ…全く。しかもこいつ、あんだけ全力で走ったっていうのに、変わりなくピーマン食ってますよ」

「ま…確かに勝った負けたは我々人間が勝手にやっていることだしな。馬にとっては関係ないだろう」

「走ってみたら旨いピーマンが食えてうれしい。という感じですかねぇ」

「その通りだろうな。はは」

 

「そういえば、ナイスネイチャ陣営に連絡しましたらね、『おめでとう。本当にやらかすとは思わなかった、ジャパンカップを楽しみにしてろ』だとか」

「…ははは、本当にやったな」

「ええ…嗚呼、化け物とばかり思ってましたが、こいつは正しく帝王でしたよ」

「皇帝を継いだ帝王か。いやはや、本物になったものだ」

 

「さて、と、次のレースは、アメリカか」

「ええ、ブリーダーズカップクラシックです。ターフの王は獲った。であれば今度は、ダートの王を」

「そういえば、ピーマンは大丈夫なのか?」

「ええ。今度は抜かりなく。ピーマンも、冠も、両方しっかり頂く予定です」

「なんとまぁ。随分と欲張りになったもんだな」

 

 

「そりゃあ私は、帝王の側近ですからね。欲張ってこそというものです」

 

 

「…それはそうと、あいつ、口取りの写真の時、カメラマンのジェスチャー理解してなかったか?」

「…偶然だと思いますよ?」

 

 

『さあ!お集まりいただいた皆様!今宵もやってまいりました!

 

 ウイニングライブのお時間です!

 

 本日の凱旋門賞はご存じスペシャルプログラム!

 

 勝利したウマ娘の国の代表曲を披露していただきます!

 

 まさかまさか!今年の凱旋門賞、誰がこの結果を予想したでしょうか!?

 

 誰が、我々欧州のウマ娘が、このロンシャンで負けると予想できたでしょうか!

 

 まだまだ未発達だと思っていた!そんな極東のウマ娘に負けると予想できたでしょうか!?

 

 私も含めて、失礼ながら誰も予想していなかったことでしょう!

 

 

 ええ、正直に申しましょう!我々は、日本のウマ娘を完全に舐めていた!

 

 

 改めて!我々の想像を超える!素晴らしい走りを見せた、日本からきた勇者たちに、大きな!惜しみのない!最高の拍手と声援を! 

 

 

 …………ありがとう、ありがとうございます!

 

 

 さあ、今日のウイニングライブは繰り返しますが、スペシャルプログラムとなります。

 

 

 その前に少しだけ語らせてください。極東のウマ娘の話を。

 

 ―――彼女らは、デビューから一年後に、あるレースに挑みます。

 

 ウマ娘レース発祥の地であるイギリスでは、2000ギニーステークス、ダービーステークス、セントレジャーステークスとよばれ。

 

 私達にとっての、プール・デッセ・デ・プーラン、リュパン賞、ジョッケクルブ賞、ロワイヤルオーク賞とよばれるクラシックレース。

 

 

 日本では、皐月賞、東京優駿、菊花賞という名前でクラシックレースが行われております。

 

 

 今日のレースで勝利をおさめたトウカイテイオーは、なんとこの三つの賞を勝利したのだとか!惜しくも入着で終わったリオナタールも、トウカイテイオーに迫る実力を発揮したのだとか!そりゃあ、強いはずだ!

 

 …そしてまた、日本でも我々と同じように、様々なライブが行われ、幾多の名曲が生まれております。

 

 さて、今宵、勇者達が披露してくれる曲は、皐月賞、東京優駿、菊花賞での勝利者、つまり、日本で行われるクラシックレースの覇者のみが歌える特別な曲。

 

 まさに、ウマ娘の生の中で、その時デビューしたウマ娘の中で、その時しか歌えない曲!

 

 日本の三冠ウマ娘、トウカイテイオーですらも三度しか歌えないはずであった、まさに日本のウマ娘にとって特別な曲であります!

 

 

 だが、しかし!その時しか歌えないと、その生の中で、三度しか歌えないと誰が決めた!

 

 今宵のセンターは!『凱旋門を潜りし帝王』トウカイテイオー!

 

 脇を固めるのは惜しくも敗れた我らがスボティカと、

 見事な走りを見せてくれた『獅子』リオナタール!

 

 

 さぁ諸君!我々に勝利した日本のウマ娘の!魂の叫びを聞こうじゃないか!

 

 

 では披露していただきましょう!曲名は!

 

 

 

 

 

 

 

 『WINNING THE SOUL!!!!』

 

 

 

 

 

 




ピーマンは亜米利加へ飛ぶ。


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ピーマンとパプリカ

道の駅でめっちゃ緑色の濃いピーマンを見つけまして、買いました。

いやはや、実に苦くて青臭くて最高でした。

麦酒、ピーマン、チーズ、ピーマンと止まりませんでした。

つまり、ピーマンイズワンダフルです。


「じゃ、また有マでね。リオナタール」

「うん。またねテイオー。しっかしあんた滅茶苦茶速かった。あんな末脚、どこに隠してたの?」

「ふっふーん、内緒!最強無敵のテイオー様は、ここ一番では絶対に負けないのだ!」

「えー?去年の有マと今年の天皇賞はあっさり負けたじゃない」

「うっ…それは言わないお約束だよ、リオナタールー」

「あはは!でもね、今度の有。私が勝つから」

「ん。それはこっちのセリフ」

 

「スボティカもありがとうね。まさか、winning the soulを一緒に歌ってもらえるなんて思わなかったよ」

「ん、気にしない。私だってプロ。どんな歌でも歌ってみせるさ」

「滅茶苦茶様になってたもんね。いやー、長い手足が羨ましい」

「そうか。ありがとう。いやしかし、歌詞の意味を知ると熱い歌だ。フランスにはないタイプの曲だったよ。いい経験になったさ。と、それはそうと。今度のジャパンカップ、私とユーザーフレンドリー、出るからよろしく頼むよ」

「え?そうなの?」

「え!?」

「確か、2人は出ないのだったね。直接リベンジ出来ないのが悔しいが、それでも、凱旋門のリベンジに日本の冠はしっかりと頂きに行くよ。君達が居ないレースならば、きっと楽だろうからね」

 

 そう言ってスボティカはウインクをテイオーに投げていた。それを受けたテイオーは、笑いながら口を開いた。

 

「あはは、そこはボク、心配してないから大丈夫。―――ナイスネイチャ。彼女が君たちを迎え撃つから」

「そーそー。私達の最終兵器よ。大きく勝ってこそはいないけど、油断していると、足を掬われるよー?」

「そうか。ナイスネイチャ…覚えておこう。実に、私達も楽しみだよ。ああ、あとテイオー」

「ん?なぁに?」

「今度はアメリカに飛ぶのだろう?――我々に勝ったんだ。ダートだろうが、アメリカのウマ娘に負けることは許されないからな」

「当然。ボクは、最強無敵のテイオー様だよ?芝も砂も、ボクの庭さ」

「それはそれは…。心強い言葉だよ」

 

 

 のんびりと空の旅を楽しんだ訳であるが、どうやら、私が降りた地は日本ではないようである。…なんで?おかしい。凱旋門賞の後は日本に帰るのではなかったのか。ええー…日本に帰れると楽しみにしていたのに。巨大な空港であっけに取られながら運ばれていると、明らかに日の丸ではない国旗が見えたのだ。

 

 明らかに、明らかにあの縞と星のマークは!圧倒的に合衆国!ユナイテッドステーツ!明らかに、ここはアメリカである!

 

 ええー!?アメリカ…!?え?ええ?なんで?どうして?日本は!?ジャパンカップとか有馬記念とかは!?あれー!?

 

 ええと、ちょっと整理しよう。凱旋門って確か10月頭だったと思う。思うのだ。で、一週間もたたないうちにアメリカに飛んできたわけで、という事は、アメリカでのレースが近いという事か? ええー!? アメリカのレース!?

 

 何だ、アメリカのレースって。アメリカのレース…アメリカのレース…?あれ、というか、まずそもそもだ。私の記憶が正しければ、アメリカの競馬って芝というよりはダートがメインではなかったか?確かに、私はダートも走れるが…。ううむ、全くもって何のレースに出るのかは予想が出来ない。

 あ…『Miami』と空港に書いてある。マイアミ…。ここ、フロリダ州のマイアミ!?あの砂浜と青い海が印象的なマイアミ!?わ、それはすごい見てみたい。見てみたいのだが、流石に馬だから海岸は行けないか。確かに周囲をよーくみてみるとヤシっぽい葉っぱの木が植えてあるし、そしてフランスより滅茶苦茶暑い。湿度もなかなか高い。日本の夏みたいである。

 

 いやしかし、マイアミかぁ…。んー…妙に懐かしい感じもするが、既視感という奴であろうか。まぁ、日本にもヤシの木はあるし、気のせいであろう。

 

 そうやって考えが頭の中で右往左往しているうちに、気づけば車に乗せられ、空港からはあっという間におさらばと相成った。さて、私は今度は一体どこに連れていかれるのであろうか?フランスの時の様に、森の中にある訓練場であろうか。それとも、日本の様に整備された牧場で訓練を行うのであろうか。はてさて、お立合いである。

 

 

 車に乗せて連れられて来たのは、まさかのレース場であった。ええ?まさか、アメリカ到着直後にレースか?と思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。というのも、初日はともかくとして、2日目もまだ厩舎の中でのんびり出来ているからである。普通であれば、レース場に来ての2日目、というのは既にレースに出ているスケジュールなのだ。

 

 どういうことだろうと頭を働かせながらも、とりあえずは目の前のピーマン…と、おそらく緑のパプリカを食らう。ピーマンは日本のいつものピーマンである。しかし、この緑色のでかいピーマンは、苦みがなく、少し甘いのでおそらくはパプリカであろう。ただ、フランスのパプリカとは何か違うようで、結構違和感なく食えている。なんというか、食いなれているというか。先ほどの既視感といい、私はどうやらアメリカと相性が良いらしい。

 ということで、ピーマン、パプリカ、野菜、牧草、水と三角食いならぬ五角食いで飯を食らう。

 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食っていると、ふと、隣からも、もっしゃもっしゃと音が聞こえて来た。

 

『旨い。旨い。もっと。旨い』

 

 なかなかのニュアンスを添えて咀嚼するお隣さん。はて?と思ってそちらを覗いてみると、何と、私と同じようにバケツからピーマンらしき何かを食っているお馬さんがいた。そして私と比べても、その体は結構大きい。流石アメリカである。サイズも、食い方もアメリカンなお馬さんである。すると、こちらに気づいたようで、ちらりと横目で見られてから。

 

『…やぁ』

 

 そんなニュアンスを受け取った。

 

『ども。おすそ分け』

 

 挨拶を返しつつ、すかさずこちらからはピーマンを差し上げる。

 

『…こいつとは少し違う、小さい?』

 

 そう疑問をニュアンスに乗せつつ、そのアメリカンなお馬さんは私のピーマンを受け取り、しっかりと食った。

 

『…苦い、味、濃い。悪くない。もっと』

『だろう?ほれ』

 

 そうニュアンスを伝えながらバケツをそのままお馬さんに渡すと、これまた勢いよくバケツからピーマンを食い始めた。

 よし、ピーマン同志3号ゲット。レオダーバン同志2号はどうやらここには居ないようだし、この未開の地でお仲間を作れたのは幸先の良いスタートであると言えよう。…ん?よく見れば、アメリカンのお馬さんの厩舎に名札があるじゃないか。しかもだ、私が読めるアルファベットで書かれている。流石アメリカである。

 

 ええと…なになに。『A.P. Indy』。エー、ピー、インディ?

 

 あれ!?このアメリカンなお馬さん、エーピーインディ!?

 

 エーピーインディと言えば、確か、アメリカの競馬史に残るかなり有名なお馬さんだったと記憶している。しかも、その子もかなりの活躍を見せているお馬さんのはず。しかもだ、確かこのエーピーインディの親は『シアトルスルー』というアメリカのお馬さんである。

 

 そうなのだ。私がこのエーピーインディを記憶していた最大の理由は、親が『シアトルスルー』だからなのである。

 

 何を隠そう、『シアトルスルー』は、アメリカ競馬史における、『初の無敗でのアメリカクラシック三冠を成し遂げた馬』なのだ。

 

 そう。シンボリルドルフと同じように、『初の無敗での日本三冠を成し遂げた馬』と同じように、『その国での初の無敗の三冠馬』なのである。

 

 二足歩行で生活していた頃、競馬に興味があり様々調べたときに、トウカイテイオーの親と、エーピーインディの親は似たような馬なのだなと、そう驚いたことが今でも印象に残っていたのである。ちなみにであるが、日本でも産駒が活躍していて、直系の子であれば「タイキブリザード」がいるし、母父としては、かの有名な「ヒシアケボノ」や「カワカミプリンセス」を輩出していたりする、まさに種馬としても名馬なのである。

 

 ――そして直感だ。ああ、直感だ。根拠など無いとも。しかし、『私は、このエーピーインディと雌雄を決する』。そう、本能が吠えた。

 

 何よりもだ。こいつもピーマンを食っている。しかも日本のピーマンを旨いと言った。だがしかし、お前のそれは私から言わせればパプリカなのだ。パプリカを旨い旨いと食っている奴に負けるほど、私とピーマンは甘くはないのである。

 

 とはいっても、実際、レースをするかは判らない。息まいても仕方があるまい。ただ、こんな所で出会ったのも何かの縁だ。できれば、無敗の三冠馬を親に持つもの同士、雌雄を決してみたいものである。

 

 

「やあ、ブライアン。少々時間をくれないかな」

「なんだ、藪から棒に」

「まぁ、少々ね」

「ま、時間はあるが。どうしたというんだ。ルドルフ」

「なに、併走相手になってほしいと思ってね」

 

「あんたの?…まぁ、願ってもない事だが。あんたからそんなことを言うなんて珍しいじゃないか」

 

「ああ、まぁ、そうだね。少し、本気を出したい相手が出来たものでね。ブライアン、君の『勝利への渇望』という想いと同じ部類の物だと思っていい」

「…ほう?それはまたどういう風の吹き回しだ?」

「最近、凱旋門賞を獲った娘がいるだろう?」

「…ああ、いるな。でも、まだ奴はトゥインクルシリーズだろう?気が早いんじゃないか?」

「いや、いいや。今から準備しておいても損は無いのさ、ブライアン。凱旋門ウマ娘と雌雄を決するその時まで、ああ、そうだ、その時までに、十二分に牙を研いでおかなくては」

 

「…少し前のふぬけたあんたと違って、今のあんたはギラついた良い目をしている。いいだろう、併走相手になってやる」

 

「――ありがとう」

「ああ。だが、奴がこちらに上がってきた暁には、私が先に、冠ごと喰らってやる」

「それは困るなブライアン。彼女は、テイオーは、私が先に見つけたウマ娘なんだ。優先権は私にあると思うんだがね」

 

 ナイスネイチャは一人、部屋で頭を抱えていた。

 

「…あっれー…?今年のジャパンカップの面子、おかしくなーい?」

 

 手元に置かれたメモには、名前と詳細が書かれている。

 

 欧州最強ウマ娘   ユーザーフレンドリー

 凱旋門入着ウマ娘  スボティカ

 豪州ダービーウマ娘 ナチュラリズム

 豪州年度代表ウマ娘 レッツイロープ

 英国ダービーウマ娘 クエストフォーフェイム

 同国ダービーウマ娘 ドクターデヴィアス

 米国アーリントンミリオン勝者 ディアドクター

 

「全員すごいレース走ってるし、最低でもG1勝ってるし、有名なレースでも良いところまで来てるんじゃん…!?うわぁ、うわぁ…!?テイオーでもリオでも良いから戻ってきてぇー…G1未勝利の私じゃ荷が重いってこれ…!」



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土。それは大地の恵み

朝の寒さにやられた―。

そう思っていたピーマンの木。

今朝、何気なしに木を見てみれば、やられていたはずのピーマンが実を結んでいた。


いっそいで暖かい場所に移動させました。まだまだ楽しめる露地ピーマン!



 

 トウカイテイオーがアメリカに着いて暫く、レース場で練習を終えて、トレーナーと別れた後の事である。

 ホテルへ帰ると、見慣れないウマ娘が、トウカイテイオーを待ち構えていた。

 

「やぁ、君がトウカイテイオーか」

「ん?うん。ボクはトウカイテイオー。そっちは?」

「エーピーインディ。今回のブリーダーズカップクラシックでは、みんなから一番人気に推して頂いているんだ」

「へぇ。そうなんだ」

「うん。ああ、噂によると君もピーマンを好きなのだとか。スボティカから話は聞いてるからね。親睦を兼ねてパーティーを用意しているんだけど、どうだい?」

「本当!?もちろん行かせてもらうよ!わぁ、それはものすごい楽しみ!」

「ふふ。ああ、それとだ」

 

 今までの陽気な雰囲気を潜めたウマ娘、エーピーインディは、急にテイオーの首元を掴みながら、顔を突き合わせた。

 

「BCクラシックで勝利だと?我々を舐めるなよ。たかだか芝の凱旋門を先頭で潜り抜けたウマ娘に、このアメリカのダートコースは荷が重い」

 

 エーピーインディはそう言いながら、テイオーを睨んだ。だが、テイオーは全く気にせず、笑う。

 

「あははははは!荷が重い?そんなもの、ボクには関係ないね。ボクは無敵のトウカイテイオー。ボクから言わせれば、走る地面を選んでいるような『ひよっこ』に負ける道理は無いね」

「ククク」

「あはは!」

 

 暫く顔を突き合わせた2人だったが、エーピーインディが手を離したことによって、2人に距離が開いた。そして、満足するようにエーピーインディがテイオーの肩を叩いた。

 

「豪胆!ああ!お前を気に入ったぞ!なぁ、テイオーと呼んでもいいかい?」

「うん。インディと呼んでも?」

「もちろんだとも。なぁ、日本のピーマンも持ち込んでいるんだろう?スボティカから『苦くて旨味が強い』と聞いていてね。ぜひ食べてみたいんだ」

 

 爛爛と目を輝かせて、テイオーの肩を掴むインディ。

 

「うぇー!?スボティカめ、余計なことをっ…。まぁ、ちょっとぐらいならいいよ?でも、ほどほどにしてほしいなぁ」

「ああ、弁えて居るさ。スボティカから『ピーマンのないテイオーは気の抜けた温いコーラ以下の存在だから、勝負する気ならそこを良く気を付けたまえよ』と聞いているからな。勝負は全力を出せるように、しっかりと体調を整えてくれ」

 

 インディの言葉に、目を丸くするテイオー。『気の抜けた温いコーラ』ひどい言いようである。

 

「何言ってんのスボティカ…!?」

「ははは。でも、フォワ賞はひどかったじゃないか。あれはピーマンが無かったからなのだろう?」

「…」

 

 思わず視線を外すテイオーである。それに対して、インディは陽気に笑った。

 

「だんまりか!ははは!すまないね!機嫌を直してくれ。ああ、そうそう。実は今日のパーティー。君に会いたいという人もいてね」

「…ボクに?」

「ああ。一人は私の師、シアトルスルー。『アメリカにおける初の無敗の三冠ウマ娘』さ」

「え…!?無敗の三冠ウマ娘がボクに!?」

 

 テイオーはすこぶる驚いた。それはもう、尻尾が立つぐらいにである。なにせ、日本で言うところのシンボリルドルフが自分を待っていると言うのだ。

 

「おっと、驚くのはまだ早いよ。あと一人。これは君も知っているだろうね。通称『ビッグ・レッド』。そうさ!セクレタリアトも今日のパーティーには来て君を待っているのさ!」

 

 一瞬あっけに取られたテイオーであるが、それを理解した瞬間、思わず叫んでしまっていた。

 

「え、えええぇぇええ!?ちょちょちょっと待って、ボク、そんなすごいウマ娘じゃないよ!?」

「いやいや、日本の無敗の三冠、そして、世界をひっくり返した凱旋門ウマ娘。会ってみたいと思うのは当然さ!さあ、行こう!みんなが君を待っている!」

「えっ、ちょっ、ちょっと!?心の準備が!え、っていうか、みんな!?他にもいるの!?」

「ああ!まぁ、君は名前を知らないだろうウマ娘達さ。そうだな…ボールドルーラー、イージーゴアというウマ娘も来ている」

「いや、まって、知ってる!知ってるよその名前!?」

「ははは!知っているのならば結構!さあ、行こうじゃないか!」

 

 

 もっしゃもっしゃ。そろそろピーマンの肉詰めなど食いたいなぁと思いを馳せている私である。まぁ、残念ながら私は草食動物であるので、叶わぬ願いであることは承知の上で、ではあるが。

 

 さて、アメリカの大地を踏みしめて数日。未だレースが始まる気配はない。ただ、その機運は高まっているようで、最初こそインディと私しかいなかった厩舎に、徐々に馬達や人間の姿が多く見えるようになってきていた。そして、毎度の事ではあるが、ポスターも張り出されていよいよといった具合なのである。

 

 そんな張り出されたポスターの文字を見てみると『1992 Breeders' Cup Gulfstream Park』となっていた。

 

 あー…なるほど。1992年のアメリカ。大レース。そしてエーピーインディ。つながった。エーピーインディがこの1992のブリーダーズカップクラシックで優勝して引退したのだ。

 

 ということでだ、エーピーインディがいる時点でなんとなく察してはいたのだが、今回、私が走るレースはブリーダーズカップであるらしい。アメリカ競馬最大の祭典であり、獲得賞金も世界でトップクラスのレースである。

 まぁ、つまりはだ、G1レースが一日で10本ぐらい行われる祭典なのだ。その規模の大きさといったら、まさに世界一である。日本で例えるならば、暮の中山で、その日行われる11レース全部G1で、ダートから短距離から長距離まで行われる有馬記念みたいなもんである。そんなものが日本にあったらぜひ見たい。

 

 まぁ、つまりはこのブリーダーズカップに出場するために私はアメリカに連れてこられたということであろう。いや、マジか。凱旋門では飽き足らずにブリーダーズカップまで。欲張りとはよく言ったものである。

 

 ま、とはいえ私は走り切るのみであろう。それとだ、凱旋門賞馬となった今、なんとなくその重圧を感じてはいる。特に国外で私が走るとなれば、つまり、私のレースは日本の競馬そのものになってしまうのだ。

 

 ああ、実にこれは負けられんなぁ。

 

 とはいえだ、ブリーダーズカップは一日に何レースも行われる。芝もあればダートもあるし、短距離もあれば長距離もある。どれに出てもまぁ、負ける気はさらさらないのであるが、どれに出るかは少し知っておきたいとは思う。心構えが違うのだ。短距離であれば電撃的に、長距離であればダイナミックに。芝であれば圧倒的速度で、ダートであれば力でねじ伏せる。その心構えをしたいところなのである。

 

 うーむ、さて。未だ鍛錬が行われないので、練習から感じられるそこらへんの情報が無いのである。厩舎で休むのも良いのだが、私としてはそろそろ走りたいわけなのだ。

 

 と、隣の厩舎から「がばり」と音が聞こえて、馬の顔が厩舎の入り口からこちらを見て来た。

 

『あれくれ』

 

 開口一番それかいと突っ込みつつも、ピーマンを1つ差し上げる。器用に唇でそれを受け取ったインディは満足げにニュアンスを伝えて来た。

 

『旨い。旨い』

 

 それはようござんしたねとニュアンスを返して、私もピーマンを食らう。

 …この私の隣のお馬さん、エーピーインディが出るとすれば、間違いなくブリーダーズカップの中でもメインレースであるクラシックであろう。賞金が最も高く、ダートの約2000メートルを駆け抜けるレースである。

 

 おそらくはまぁ、厩舎で隣同士になったということは、私のレースもブリーダーズカップ、その中のクラシックではないだろうか。実際、可能性は高いだろうな。覚悟はしておこうと思う。

 

 

 あくる日、厩舎から出された私は、なんとレース場のコースの上に居た。あれ?レース場?本番?鍛錬はどうしたんだろうか。と疑問に思ったが、どうやらこのアメリカでは、レースを行っていない間にレース場で鍛錬を行うのが当たり前であるらしい。エーピーインディも、他のお馬さん達もそれはそれはもう全力で走り込みを行っている。

 

 しかし、この地面はなかなか初体験の感触である。まぁ、予想通りダートのコースに連れてこられたわけであるが、このダート、日本のダートとは全く違うモノなのだ。

 

 日本でダートと言えば、砂の事である。芝に比べて、雨に濡れればぬかるむし、乾いていたら乾いていたで舞うし、しかし足への負担という意味ではかなり良い地面である。

 対して、アメリカのダートは、砂ではない。明らかに土である。しかも、結構踏み固められた土である。イメージとしては、日本の、そう、日本の砂地の公園みたいな感じであろうか。というかだ、下手をすればこのダート、締固められているせいもあってか、日本の芝よりも固いかもしれない。

 

 思わず何度も蹄で地面を確認してしまったほどだ。表面こそ確かに柔らかい土なのであるが、その下は明らかに硬い土。土間というか、岩とまではいかないがかなり硬い。芝のつもりでストレッチがてら軽く跳ねてみたりしても、結構脚に衝撃が走る。うーむ、これは今までに無いタイプの地面である。

 

 ひとまずは、彼の手綱に従って軽く流してみたり、時には本気で走ってみたりと緩急をつけて走っているわけである。ただ、凱旋門の時の様に思いっきり踏み込むと、少々、筋肉どころか骨に響く痛みが出るので、これは改善の余地があるだろう。となると、一歩一歩のストライドを広げて力で加速というよりは、歩幅を狭めて、脚の回転で加速していった方がいいのではないだろうか。

 

 お、ちょうどいいタイミングで併せ馬。せっかくなので試してみよう。

 

 お、おお!?相手のお馬さんを上手い事、置いてきぼりに出来た。なるほど、回転を上げて加速すると実にこのダートでは良い感じである。ただ、この回転で速度を上げる場合は、ストライドを広げたときの様に一気に加速が出来ないので、彼の勝負勘というものが一層大切になってくるのだ。

 

 さて、色々と課題が見えて来たわけだし、時間は短いがしっかりと鍛錬を積むとしよう。私の方は万全に仕上げよう。だから、戦略は任せたぞ君よ。

 

 そう意味を込めて鼻息を荒くし、首を彼に向けたところ、首を2回、優しく叩かれた。

 

―判っているよ―

 

 確かに、そう聞こえた様な気がしたのは、私の気のせいではないはずだ。

 

 

「お疲れさま。あいつ、よく食べているな」

「お疲れ様です。何とか口に合うピーマンを手に入れられたのでほっとしました。日本のピーマンと合わせてめっちゃ食ってますからね。安心ですよ」

「うーむ。フォワの時は輸送直後だったから輸送に弱かったのかと思ったが…本当にピーマンでやる気が出てそうなのがなぁ…変わった馬だよ」

「ま、腐っても凱旋門馬です。誇り高き我らがテイオーですよ」

 

「それにしてもよくもまぁ都合よくBCクラシックに出場できたな。いくら日本で活躍しているとはいっても、ねじ込むのは難しかっただろうに」

 

「ええ。というのも都合よくイギリスの出場予定だった馬が辞退を申し出たのが功を奏しました」

「なるほど。辞退者が。本当によく、この時期に日本馬が走れる空きが出来たと思ったよ」

「ええ。というのも、その馬は今まで芝でこそ強かったらしいのですが、陣営がこのBCに出場させて箔を付けようとしていたらしくてですね。すぐそこまで来てたのですが、テイオーが凱旋門を勝利した姿を見て、ああ、この馬が出るというのならば辞退したほうが良いと判断したそうで」

「なるほどな。そのおかげというわけか…と言うか、その馬が辞退していなければ、テイオーはブリーダーズカップクラシックを走れなかったということか!?」

「はい。ま、その場合は適当なレースを走って帰国する予定でした」

「本当かよ。オーナーの決断力と、お前の豪胆さがすごい際立つな。…でだ。実際、こっちのレース場で調教を始めたわけだが、感触はどうなんだ?」

「ぼちぼちですね。最初こそ戸惑っていましたが、走り始めればいつもの通りでした。ま、あちらさんから喧嘩を売られるとは思いませんでしたが」

「ほう?」

 

「ジャパニーズの芝の馬がダートを走ってるなんてな!芝と登録間違ったんじゃないのか?と。地元のジョッキーから舐められた言葉をね」

 

「そりゃあまたずいぶんと舐められたもんだ。で、どうしたんだ?」

 

「奴らの倍以上周回を繰り返して、その上で鞍上と話を合わせて、その舐めてきたジョッキーに併せてからぶっちぎってやりました。その上で『今日は非常に残念でした。芝が主戦場のテイオーでも追い抜ける馬しかいなかったという事は、BCクラシックに出る馬と騎手は、今日はこのダートに居ないのですね』としっかり伝えておきましたよ」

「やるなお前。しかし、あまり感心はしないが」

「わかっています。テイオーのしっかりとした足腰とスタミナだから出来た芸当ですよ。それに、実際、舐められててもいけませんからね。実力はある程度見せておかないとと思いましてね。ま、ただこれで、マークは厳しくなったでしょうね」

「だろうな」

「ですがまぁ、それでも勝てると踏んでいます。何せ我々の最高の帝王ですからね」



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1992.10.31/ ガルフストリームパーク 約2000 (砂)

ポテトサラダに、細かくみじん切りにしたピーマンを混ぜると美味しいのです。

麦酒が止まらんです。


「やあ、君がトウカイテイオーか。私が「ビッグ・レッド」セクレタリアトだ。こいつが無敗の三冠ウマ娘シアトルスルー。そちらの、シンボリルドルフと同じ立場さ」

「お初にお目にかかるね。私がシアトルスルーだ。ベルモントパーク学園の生徒会長もやらせてもらっている。シンボリルドルフとはドリームトロフィーの打ち合わせでよく顔を合わせているよ」

 

「は、はじめまして…ボク、トウカイテイオーって、いいます。あ、ええと、二人とも、テレビでお見かけしたことが、あります」

 

 見事に直立不動。そんなトウカイテイオーを見て、2人のレジェンドは大きく口を開けた。

 

「あはははは、これはこれは。緊張しすぎではないかね。君は、我々ですら獲れない凱旋門を見事に潜ってみせたのだ。堂々としてくれ給えよ」

「そうですよ。それにルドルフから、君の事は聞いていた。すごいウマ娘がいるんだとね。あのルドルフが少女の様に弾む声で話していたよ」

 

「え!?ルドルフさんがボクの事を!?」

 

「ああ、そうとも。だから私たちも君の活躍は他人事とは思えなくてね。エーピーインディの事をもちろん一番に応援してはいるが、その次に君を応援しているんだ」

「その通り。インディも素晴らしいウマ娘だ。BCのセンター候補さ。だが、それでも。君がこのアメリカのダートを制することを期待している」

 

「あ、ありがとうございます。精一杯頑張ります!」

 

「ま、ということで前祝だ。こちらにある料理は私、セクレタリアトが腕によりをかけて作ったものだ。存分に食べてくれたまえよ」

「君も我々と同じでピーマンが好きだと聞いている。無論、それ以外の物もあるが…アメリカのピーマン、とくと味わってくれ」

 

「はい!」

 

 そんなテイオー達のやり取りを、遠くから2人のウマ娘が聞き耳を立てていた。

 

「うーん、見事なメンタル。流石凱旋門ウマ娘だ。今までの日本のウマ娘と違ってキモも据わってやがる」

「なぁ、インディ。あれが本当にトウカイテイオー?随分小さいじゃないか。あんなのが凱旋門賞ウマ娘なのか?」

「ん?…あ、ええ。あれが本物ですよ。イージーゴアさん。どうしたんですか?そんな不機嫌そうにして」

 

 不機嫌そう。そう言われたにしては少々、楽しさをも感じるような笑みを浮かべて、イージーゴアはこう、呟いた。

 

「…アイツを思い出しただけ。あの忌々しい、小さな体のアイツをな」

「ああ、なるほど。確か今、日本にトレーナーをやりに行ってるんでしたっけ」

「そうなんだよ。あの野郎、俺に何も言わずに日本になんか行っちまいやがって。俺としちゃあ全く張り合いがない。全く、強者と走れるお前が羨ましいぞ、インディ」

 

 

 もっしゃもっしゃ。毎度の如くピーマンを食らうわけである。しかし、このアメリカンなデカいピーマン。食い慣れてしまえばこっちのもので、この肉厚さが実に良いとさえ思えて来た。

 甘さも気にならなくなってきたので、ついに私の味覚も進化しつつあるということなのであろうか。うむ。良い傾向だ。

 

 酸いも甘いも喰ってこその良い体なのだ。食い物で体は出来る。そうだ、であれば、色々喰ってこそ強い体になるということなのだ。

 あ、『ほぼピーマン』はぜひご遠慮願いたい。パプリカも同様である。

 と、まぁ、そんな感じで朝飯を食っているわけなのだが、今日はこのレース場の雰囲気が昨日までとは全く変わっていた。

 

 明らかにスタッフが忙しなく、右往左往、休みなく働いているのである。しかも、遠くで結構歓声が起こっている感じなのだ。

 しかも、今日は珍しくオーナーや彼も、朝早くに私の厩舎へと顔を出していた。

 

 ということは、まぁ、おそらく、今日が例の『ブリーダーズカップ』の当日という事なのであろうと思う。

 

 いやはや、凱旋門の後、どこに来たのかと思えばまさかのアメリカというのは本当に驚いた。というか、体感で一カ月も経っていないので、よくよく考えればすんごいローテーションである。

 

 ま、ピーマンがあるから深くは考えないようにしよう。というか、ここまで聞こえてくるのだから、ブリーダーズカップの歓声と人気は本当にすごいものである。

 

 ではまぁ、ピーマンを食いながら、ゆっくりと出番を待つとしましょうか。

 

 

『さあ、いよいよ、第9回ブリーダーズカップクラシックの発走時間が近づいて参りました!注目の一頭はやはり我らが凱旋門賞馬トウカイテイオー!

 オーストラリアに旅立ったレオダーバンのレースが来週に控える中で、このトウカイテイオーはどんなレースを見せてくれるのでしょうか!

 

 一番人気はエーピーインディ!父にアメリカ無敗三冠馬シアトルスルー、母父にはセクレタリアトを持つまさにエリート!

 そう、父に無敗の三冠馬シンボリルドルフを持つトウカイテイオーとよく似ている馬であります!

 

 今回のレースは、その無敗の三冠馬の子の対決でもあるのです!

 

 ですが今回、トウカイテイオーは初のアメリカのダート。かなり不利な状況が予想されます。が!凱旋門賞馬としての、そして、日本ではダートも走り勝利したその強烈な末脚に期待いたしましょう!

 

 さあ!発走まで後わずか!いよいよ、本馬場入場です!』

 

 

 予想通りと言わんばかりに、馬具を付けられてパドックに来てみれば、そこに現れたのは見事な大観衆と、そして大きな建物である。なんであろうか、ヨーロピアンな優雅な建物だ。

 そして観客が一段低い場所にいるからか、今までと違って少し違和感がある。何せ、日本もパリも、私は見下ろされる側だったのである。観客を見下ろせるとは、なんというかむず痒い。

 

 ちらりと周囲を見渡してみれば、いたいた。エーピーインディ。なんというか、残念ながら調子は良さそうである。

 

 というか、周りのお馬さん達の馬体も、私より一回りも二回りもデカい。そのデカさのせいで、ただでさえ皆調子が良いように感じてしまうのだ。それに海外のお馬さんの特徴なのであろうか、ニュアンスもあまり伝わってこない。

 うーむ…気になるお馬さん、とも思ったのが、こうも静かでは何も情報が得られない。実際、今までのレースでも私が『良い』と感じた馬が上位に入ってきていたりするので、我ながら結構貴重な時間なのだがなぁ。

 

 ただ、その中でやはりエーピーインディだけは。

 

『やる』

 

 と小さくニュアンスを発していた。流石のお馬さんである。

 

 そしてパドックを見回していると、大きな画面を発見。それならばいつものチェックである。レース名は…これか、1992 Breeders' Cup Classic。うむ、間違いない。明らかにブリーダーズカップクラシックである。

 いやはや、改めて思う、本当にかと。

 こちとら一か月前に芝の王になったばかりである。今度は砂の王者に成れってか。人間達もなかなかの無茶を振って来るものだ。

 

 で、何々。私トウカイテイオーは『11』なのだが…ふむ。5番人気といったところか。まぁ、順当であろう。で、件のエーピーインディは『4』なのだが…ああー、やはり。一番人気である。当然であろうな。史実での勝利馬であるわけだし。いままでの経歴もまさしく砂の王者なのだから。

 …それにしてもこのパドック、妙に居心地が良い。やはり建物がいいのだろうか、それとも、見下ろされる感覚が無いからか?謎である。

 

 などと考えていたら止まれの合図が流れ、彼が私の下へやってきた。三回首を叩き、私に跨り、一発強めに首を叩かれた。

 

――獲るぞ――

 

 そう感じ取れるような気合の入った一発である。

 

――あたぼうよ――

 

 鼻息を鳴らし、そして、彼がしっかり跨ったことを確認してから、パフォーマンスがてらに前足を蹴り、立ち上がる。…よし、パドックの観客から歓声が上がったので、満足である。

 

 そして異変はレース場に入場したときに起きた。なんと、凄まじいブーイングが飛んできたのである。まぁ、確かにだ。明らかに今回のレースのエースはエーピーインディ。そこに挑む日本の、しかも芝の王者。舐めているとしか思われないだろうなぁ。ま、とはいえやる事は変わらない。脚を深く沈ませて、跳ぶ。動的ストレッチをしながら脚を温める。そして彼の手綱に合わせてウォーミングアップでコースを軽く一周。

 

 ふむ。足元は非常に硬い。日本の芝よりも固い。ただ表面の土は芝よりは柔らかい。やはり妙な感触である。

 

 ゲート前までウォーミングアップを行い、すっとゲートに収まる。そして、他の馬のゲートインとスタートを待つわけなのだが、その間もなかなかのブーイングが止まらないのである。並のお馬さんであれば萎えているかもしれない。

 

 だが、こちとら中に人がいるのだ。萎えるなど冗談ではない。

 

 凱旋門賞馬であるこの私にブーイング?いい度胸じゃあないか。―――いいだろう。全力で獲りにいってやる。

 

 

『トウカイテイオーが本馬場に現れました…!?っと、すごいブーイングだ!画面越しでもわかるブーイング!芝の王者に対して厳しい洗礼だ!

 だが、鞍上とトウカイテイオーは涼しい顔でいつものテイオーステップを踏む!芝でもダートでも関係ないと言わんばかりだ!

 

 ウォーミングアップを終えたトウカイテイオー、11番に入ります。いやしかし、ブーイングが止まらない。

 

 おっと…トウカイテイオー、珍しくゲート内で落ち着きがないか。少々前足で地面を抉っている。やはりブーイングが効いてしまっているのか。』

 

『うーん、やはりアメリカはダートが主戦場ですからねぇ。凱旋門馬がダートの王者を決めるブリーダーズカップクラシックに出るなんて、現地のファンからしてみれば舐められている、と感じても仕方が無いでしょう。トウカイテイオー、落ち着きを取り戻せればよいのですが』

 

『確かに。さあ、全14頭。ゲートインが完了しました。第九回ブリーダーズカップクラシック。今、スタートです!各馬揃ってスタート。先頭争いですが、ジョリファとサルトリーソング、ラジアンロードの三頭がどうやらレースを引っ張っていきそうです。エーピーインディは前目に付けて4番手、我らがトウカイテイオーはすっと下げて後方12番手からの競馬であります』

 

『あのブーイングの中、鞍上がうまい事折り合いをつけて逃げでも先行でもない、一番トウカイテイオーが強い位置に付けましたね。期待が高まります』

 

 

 スタートは見事に決めることが出来た。少々、隣のお馬さんがよろけたせいで減速してしまったが、まあ、問題は無い。何せ、彼からの指示も、減速して後ろに付けということだったのだ。

 

 すっと力を緩めて後ろから三番目でホームストレッチを駆け抜ける。エーピーインディはと探してみたが、馬群でよくわからない。ただ、おそらくは前目についているはずだ。おっと、後ろのお馬さんなのだが、スタート直後からものすごい走りにくそうである。大丈夫か?

 前に後ろにと確認しながら、最初のカーブに入る。馬群の先頭のほうが見えた。ああ、いた、4番手にエーピーインディだ。先頭は確か、先の画面で…ええと、ジョリファというお馬さんであったはずだ。後方から見てもなかなかいい走りをしているじゃないか。

 

 いやしかし、これまたレースとなるとこの土は走りにくくなる。他のレースや、前を行く馬のせいでより締め固められているのか、硬い地面なのにもかかわらず、荒れた芝のように凸凹でなかなか走りにくい。そしてそれをいとも簡単に走る彼らはやはりすごい脚の持ち主たちである。正直に尊敬できる存在だ。

 

 そんなことを考えながら、最初のカーブ、そして次のカーブを抜けてホームとは逆のストレッチへと入った。先頭は未だにジョリファであろう。前でそんなに動きは無い。だが、後方の2頭は明らかに馬群から離れていた。そして、今になってニュアンスが伝わってきた。

 

『はしりづらい!』

 

 ああ、であろうな。私ですらそう思うのだ。というか、アメリカのお馬さんでもダートが苦手なお馬さんって…まぁ、そりゃ居るか。芝の競馬がメインである日本ですらも、芝がダメでダートが得意な馬がいるぐらいであるしね。

 

 などと考えていたら、三つ目のカーブがやってきていた。と、同時に、彼から手綱の指示が飛ぶ。右の手綱を引っ張られ、そして緩められる。それだけで理解が出来る。

 

 ―――大外を回しながら加速だ―――

 

 了解と手綱を食み、コーナーの入り口から体を外に滑らせつつ、脚の回転を上げる。今回はパワーではなく、回転で速度を出すのだ。彼もそのつもりであろう。

 と、同時に、『4』のゼッケンのエーピーインディも最内を滑るように加速していく姿が見えた。なるほど、奴と仕掛けは一緒か!

 

 三つ目のカーブを抜けて四つ目のカーブへ。私は大外から追い上げ、前から6番手といった位置。エーピーインディは最内で3番手という位置でコーナーを駆け抜ける。

 

 いやはや、これはどうだ、行けるか?そう疑問を浮かべつつも加速をしながらカーブを回る。そして、カーブを抜ける直前、彼から、鞭と手綱が早めに入った。

 

―――行くぞ相棒!―――

 

 ―――合点承知! ―――

 

 手綱を食み、回転をピークへと持って行く。これでもかと心臓の脈動が上がり、呼吸も荒くなる。だが、所詮30秒程度の全力。であれば、この私に出来ない事は無い!

 

 歩幅を小さく、回転を上げろ! 背中と腹の筋肉をフルに使って蹴りだした足を速く戻せ! そして鍛え上げた脚の筋肉で土を素早く蹴り上げろ!

 

 なんていったって相手はエーピーインディ!並大抵では勝てないのだ!そうやって、今の走り方で出せるトップスピードでホームストレッチに突っ込んだと同時である。

 

 

 最内から爆発するかのように、エーピーインディの馬体が先頭へと躍り出たのだ。

 

 

『さあ第三コーナーを周りましてトウカイテイオー鞍上が動いた。マークを嫌ってか大外へ廻してスパートをかけたか!?

 対して一番人気エーピーインディ、内側を舐めるように前へと上がって行っている!これはトウカイテイオー不利か!?

 

 第三コーナーを抜けて第四コーナー…トウカイテイオー動いた!鞍上の鞭が飛ぶ!大外をすごい勢いで加速してきたトウカイテイオー!あっというまに先頭になら…ばない!?

 最内からエーピーインディが伸びた! 一気に後続との、トウカイテイオーとの距離が開いていく! 一番人気は伊達ではない!

 

 だがトウカイテイオーも粘る!エーピーインディ伸びる!最終直線!砂の王者まではもう少しだ!頑張れトウカイテイオー!』

 

 

 こいつはやっぱり速い!エーピーインディ!!やっぱりお前速いなぁ!!!

 私の全力でも追い抜けないか!ええい!こっちの脚の回転はこれ以上上がらんぞ!

 

 残り200メートルの標識が飛んでいった。と、同時に、手綱を捌いていた彼から更に3発の鞭が入った。

 

 ええい、そうだよな!それしかねぇよな!判ってるじゃないか!

 

 手綱を更に深く食み、腰を落とした。そして、凱旋門のラストスパートの様に、一気に後ろ足を蹴り、しかし滑らないように蹄をしっかり地面に立てる。

 更に、一気に歩幅を広げて自慢の脚のパワーに加え、今まで上げに上げた回転力を乗せて、土を抉った。

 

 正真正銘の私が今出せるトップスピードである。

 

 硬い土に骨がきしみ、関節が悲鳴を上げた。

 

 だが、まだ、まだ私の自慢の脚の筋肉は悲鳴を上げていない!

 

 

 ――――イケる!

 

 

 さあ勝負だエーピーインディ!お前がアメリカダートの王者であることは知っているさ!

 

 だが俺だってなぁ、誇り位あるんだよ!

 

 100メートルの標識が後方にすごい勢いで飛んでいった。残り僅かだ!

 

 ああちくしょう!そうだよ!こちとら凱旋門の、日本の誇りを背負っちまってるんだ!

 

 お前が何者であっても、伝説のエーピーインディであっても!

 

 ここで私が負けたら、日本の競馬はこんなもんだって思われちまう!

 

 なによりもだ、名馬トウカイテイオーがこんなところで負けてられるかよ!!

 

 ええいクソっ!速いな本当に!だが!だけどなぁ!行くぞこん畜生!根性見せろや俺の脚!

 

 

 さぁ!これが、これこそが俺が全力で絞り出した本気の本気の全力だ!――――手綱を、捌けぇえええ!

 

 

『最終コーナーを抜けてトップはエーピーインディ!やはり一番人気、強い!

 

 だがここできたきた大外に振ってトウカイテイオー!残り200メートル!鞭が飛んだ!トウカイテイオーが再び伸び始めた!射程に入ったか!?だがエーピーインディも譲らない!まだ伸びる!

 

 残り100メートル!エーピーインディにトウカイテイオー並んだ!並んだ!並んだ!だがエーピーインディも再び伸びる!譲らない!?

 

 残り僅か!エーピーインディ!トウカイテイオー!エーピーインディ!!トウカイテイオー!!っとお!?トウカイテイオーが加速した!?最後の最後に伸びて!伸びて!伸びて!伸びたああああああああ!

 

 先頭、トウカイテイオーで今ゴールイン!!

 

 なんてこと、なんてことだ!誰がこんなことを予想できたでしょうか!砂のゴールを、先頭で駆け抜けたのは!

 

 ブリーダーズカップクラシック!砂の王者は!

 

 凱旋門を勝利した、芝の王者!トウカイテイオー!

 

 砂の冠を堂々の戴冠!砂と芝!

 

 名実ともに! サラブレッドの帝王誕生だー!』

 

 

「…ははは、はははは!なんだあいつは!なんだ、なんなんだあいつは!」

「どうしたんだセクレタリアト」

「アイツ、アイツ、歩幅、スパートの時に歩幅を、走り方を変えていただろう! ああ、なんてことだ、ああ!?」

「等速ストライドの使い手は確かに珍しいが、それは君もだろう?」

 

 セクレタリアトはダン、と強く地団駄を踏んだ。

 

「違う!私の等速ストライドと、アレは違う!」

 

 シアトルスルーは困惑し、思わず声が漏れた。

 

「は?」

 

 セクレタリアトはそんなシアトルスルーにお構いなしに、言葉を続けていた。

 

「アレは等速ストライドなんて甘いものじゃ決してない!あれは正真正銘の可変ストライドだよ!数種類のストライドを使い分けた私と、ストライドを自在に変化させているあいつじゃモノが違う!ああ、ああ!あれは、あれこそがウマ娘の理想形だよ!なんてこと、なんてことなんだ!」

 

 セクレタリアトはそう言って、地面に蹲ってしまった。どうしたと、心配しながらシアトルスルーは声を掛ける。

 

「…セクレタリアト?」

 

 そう言って肩に触れた瞬間、今度はセクレタリアトは、拳で地面を殴っていた。

 

「なんで私はあいつと同じ時代に産まれなかった!私は!ああ!ああ!ちくしょう!ちくしょう!なんであいつに挑めない!なんであいつと勝負が出来ないんだ!ちくしょう!」

 

 衝動。勝負したい。あいつに勝ちたい。そんな衝動である。だが、そこには時代の壁が大きく立ちはだかる。セクレタリアトは過去の栄光である。だが、目の前の、日本のウマ娘はまさに『今』栄光を勝ち取ったウマ娘。交わる事は本来、決してない存在だ。

 

「…いや、セクレタリアト。勝負は出来る」

 

 だが、シアトルスルーはそれが交わると言った。その言葉に、セクレタリアトは食って掛かる。

 

「ああ!?どうやって、どうやってだ!」

「日本のドリームトロフィーリーグがあるだろう。あそこに奴が上がるまで、待てばいい」

「…ドリームトロフィーか。しかし…なぁ、私にはもう、全盛期の力は…」

「だが、奴と走るにはそうするしかあるまい。可能性はそこにしかあるまい。今の私であれば、ベルモントパーク学園の生徒会長の私、シアトルスルーであればお前をそこにねじ込める」

 

 シアトルスルーはそう言って、セクレタリアトを見た。その目は、静かに、セクレタリアトの言葉を待っていた。

 セクレタリアトはシアトルスルーの目を見て、そして、はっきりとこう告げた。

 

「――――ねじ込め、シアトルスルー」

 

 獰猛な笑みを湛え、セクレタリアトは静かに吠えた。

 

「勘を取り戻す。明日からだ。数人、良い練習相手を用意しろ。―――いいな?」

 

「アイマム。―――ビッグレッドの仰せの通りに」

 

 シアトルスルーは静かに頭を下げた。と、更にセクレタリアトは言葉を続けた。

 

「ああ、あと。日本でトゥインクルを走っているヒシマサルに連絡だ。来年から私のトレーナーになれと」

「…あいつをあなたのトレーナーに?なぜです、ビッグ・レッド」

「あのトウカイテイオーを作り出した日本のトレセンに通っているんだぞ?しかもトウカイテイオーの後輩だぞ?学ぶべきものは多いだろう。それに私はもう衰えている。だからこそ、使えるものは全て使う。当然だ」

「そういうことでしたら。早速、連絡を取りましょう」

 

 

 トレセン学園のカフェ。2人のウマ娘が、BCクラシックをテレビで見ていた。

 

「わー、BCクラシックでテイオーが勝ったかぁ………」

「ふむ。やはりあいつは最強だったか。凱旋門で勝負できたことは誇りに思うよ」

「…そーですねー」

「む、君も同期が勝って嬉しくはないのか?ナイスネイチャ」

「嬉しい、すごく嬉しいんですけどね、スボティカさん。ちょっとプレッシャーが」

「ふむ。そうか。それならばまぁ、気晴らしに並走でもどうだい? テイオーがライバルとして認めている君と走れるのなら実に楽しいのだがね?」

「…いえ、その。レース本番で走る相手と併走はあんまり…」

「おおっと、これは失礼した。確かに君は日本の代表…確か、日本総大将とか言ったか?ではまぁ、あまり探りを入れては仕方がないね。テイオーが認めている君に、ジャパンカップでしっかりと勝てるようにユーザーフレンドリーと練習することにするよ。では、また」

 

 そう言ってナイスネイチャの下から去るスボティカ。その背を見えなくなるまで見ていたナイスネイチャであるが、次の瞬間、肩をがっくりと落としていた。

 

「…おなかいたい」

 

 だが、そう言いながらも、テレビの向こうで、アメリカの大地で、大舞台で、見事勝利をおさめたテイオーの姿をしっかりと見つめ直すナイスネイチャの姿があった。

 

「けど、そうかぁ。芝も砂も、世界のトップはテイオーが獲ったかぁ。すごいよねぇ…」

 

 そして、そのテレビの向こう側のテイオーを睨みながら、小さく、しかし、しっかりとこう、呟いた。

 

「ジャパンカップ。――――『テイオーが出ていれば』なんて絶対に言わせないから。有マ記念で、絶対にあんたと冠をかけて勝負してやるから、ね?」



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勝利の後、夢が続く

生のピーマンを千切りにして、それが隠れるぐらいシラスをぶち込んで
ごま油をぶち込んで、ちょっとショウガを入れれば止まらないピーマンの出来上がりです。


※背中を痛めまして、執筆速度が爆下がり中です。バクシンしながらシップを貼っていますので、一週間ぐらいすれば回復すると信じてピーマンをバクシンしております。


 全力である。まさしく、全力であった。あのブリーダーズカップクラシックで、まさに私の最高速度を、最高のパワーを出し尽くしてなんとか勝てた。

 

 いやはや、エーピーインディはまさしく強者であった。恐らく、凱旋門を勝つ前の私であれば負けていただろう。だが、残念ながら私は芝の王者。凱旋門馬になってしまったのだ。この肩に乗っかっているものは、アメリカで収まるほど軽くはないのである。

 

 クールダウンをしながら私の後ろを同じように走る、そのエーピーインディを見てみる。すると。

 

『…追いつかれた』

 

 そうニュアンスを感じ取る事が出来た。なるほど、やっこさんもなかなかに自信があったようである。勝ったのは私であるが、まぁ、とはいえ、実力も伴った自信であったに違いない。そりゃあ、私が全力の全力を出さなければいけなかったわけである。

 

 それにしても、今回、脚の軋みが前回の凱旋門より大きく感じた。特に骨の軋みというか。やはり、いくら鍛え上げたといっても、根っこの部分はトウカイテイオーであるらしい。柔らかい関節と、私が鍛え上げた強靭な筋肉から生み出される推力に骨が付いてきていないのだと思う。うーむ…凱旋門より前、8割で走っていた事は、本当に正解だったのかもしれない。

 

 などと考えながら走っていた所、爆発したような歓声が私と彼を包み込んだ。どうやらホームストレッチ、観客席の前まで戻ってきていたらしい。

 

 走る前のブーイングなど忘れるほどの、大音量の大歓声。指笛や拍手も溢れんばかりに降り注いでいる。アメリカの、こういう所は大好きである。

 

 そして、私の後ろをついてきたエーピーインディの騎手が、私の上の彼に向かって、親指を立てていた。ああ、なるほど。讃えてくれているのか。彼もそれに気づいたのか、深くお辞儀を返していた。

 

 

 ウマ娘、ヒシマサル。シアトルスルーから連絡を受けた彼女は、早速、ビッグレッドことセクレタリアトへと連絡を取っていた。

 

『よおヒシマサル。暫く』

「セクレタリアトの姐さん(あねさん)。お久しぶりです。いや、シアトルさんから連絡が来たときは何事かと思いましたよ」

『はは、だろうな。で。トレーナーの話は受けてくれるのか?』

「いろいろ考えていたのですが、いまいち決めあぐねていまして。私が姐さんのトレーナーになれっていうのは、なんというか分不相応というか」

 

 がははが豪快に電話口で笑い声が聞こえた。

 

『あっはははは!そんな小さい事を気にするな。お前、テイオーの後輩だろ?テイオーを育て上げたトゥインクルで培った経験を、そのトレーニング方法を私に教えてくれればいい。ああ、あと、私のトレーナーに成れば稼ぎは約束しよう。これでも貯金は余るほどあるんでな』

 

「あははは。まったく、姐さんたら。まぁ…その、ご存じの通り、自分、脚がそんなに調子が良くないんですよね。丁度、降りるにはいい時期だと自分でも感じていましたから、その話、受けますよ」

『おお、そうか!助かる!ああ、もし、お前だけで不安だったらもう何人か連れてきてもいいぞ。まとめて面倒を見てやる』

「…ああ、では一人。実際にテイオーと走った奴がいるんです。年末の有マでラストランの予定なんです。あとは一般ウマ娘になるとか言ってたので、そいつを連れて行ってもいいですか?」

『もちろん。あのテイオーと、実際に走ったのなら余計に歓迎するよ!いやぁ、持つべきものは良い教え子だ。ヒシマサル』

「あはは。でも、私なんかが教える事、あります?私なんかせいぜい、日本のトゥインクルでG3のセンターを獲ったぐらいですよ?」

『何を言ってるんだ。もう私は全盛期を過ぎに過ぎた。それにプロからも離れて久しいのはお前も知っているだろう。実際、今の状態でどこまでお前たちに追いつけるか判ったもんじゃない…っと、まてよ?』

 

 一瞬電話の向こうで考え込むように黙り込んだセクレタリアト。ヒシマサルは静かに、続く言葉を待っていた。

 

『そうだな、確かに、引退して、久しぶりに走ったのが私だけじゃあ、あまりにもアレだろう。…なぁヒシマサル。お前、ハチェットに連絡取れるか?』

 

「ハチェット…?そんなウマ娘、いましたっけ?」

 

 ヒシマサルはそう疑問を口にした。と、同時に、セクレタリアトが間髪入れずに言葉を返していた。

 

『あ?ヒシマサルよぉ、お前日本のウマ娘のくせしてハチェットの事を知らないのか?まあいい。ハチェットを知らないのであれば…ルドルフか、たづな秘書に伝言を頼みたい。ハチェットに『セクレタリアト』から伝言だと。テイオーが上がったら再び走るぞと。そう伝えれば十分だ』

「はぁ。判りました」

『頼んだぞ。トレーナーの件と、伝言はしっかりと伝えてくれ』

「はい。確かに」

『ああ、あと、今年の末、ラストランの有マ記念、後悔のないように頑張れよ。テイオーも走るんだろう?負けるな、とは言わない。でも、諦めるな。じゃあな』

「ありがとうございます。最後まで全力で走り切ってみせますよ」

 

 

 クールダウンを終えた後に私を待っていたのは、毎度のことであるが表彰式であった。歓声は相変わらず収まる事を知らないようで、彼がガッツポーズを取るとそれに合わせて更に歓声が大きくなったことが印象深い。

 そして、写真撮影を終えた私は、毎度の様に厩舎でのんびりと休みを取っていた。

 

 今回のピーマンはバケツ三杯。そこにアメリカのピーマンが1杯。うむ。いい比率である。

 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食い、アメリカのピーマンを少し摘まむ。いいアクセントである。それにしても、我ながら凱旋門とBCクラシック、つまり、世界最高峰の芝と世界最高峰のダートを獲った、ということはもうやる事はないのではないかと思いつつも、いやまてよとも考えが思い至った。

 

 そう、私は確かに世界の芝とダートは獲った。しかし、国内の古馬G1を1つも獲っていないのだ。天皇賞春秋、宝塚記念、ジャパンカップ、有馬記念。流石に障害競走は守備範囲外だとして…守備範囲外だよな?何か、ここの人間達は常識が通じないので非常に怖い所ではあるが、とはいえ、古馬G1を一つくらいは獲りたいと思うのである。

 

 特に、有馬記念。やはり年末の中山の舞台で、一着でゴールを通り過ぎてみたいと思うのだ。

 

 ええと…今、おそらく11月ぐらいだから、もしかすると今年の年末に走る事になるかもしれない。確かオルフェーヴルやディープインパクトも、凱旋門の後で有馬記念を走っているハズであるし、きっと次走はそこだと信じたい。

 

 ま、とはいえ、私はただの馬である。次走は人間達の判断に任せることとして、ひとまずは、毎度の如くではあるが、目の前のピーマンを楽しもうと思う。

 

 この青臭さと苦さが、やはり、堪らないのである。

 

 

「やりました、やりましたね!」

「おお!おお!まさか、まさかだよ!」

「本当に!名実ともにこれで芝とダートの王者です!ああ、冥利に尽きます…!」

「おめでとう。本当におめでとう。いや、俺も、まさかこんな馬にかかわる事が出来るとは思いもしなかったよ」

「あはは。しかし、最後の追い込みはすごかったですよね。今までの訓練が実を結んだと言うか」

「本当にな。今までなぜ、結果が付いてこなかったのかと思っていたが…、急に歯車がかみ合ったように強くなったよ」

「ええ。本当です。ただ、こうなると今度は怪我が怖いですね」

「ああ…名馬は怪我が多いとも言うしな。ま、ただ、こればかりは運もある。俺たちに出来ることは祈るだけさ」

「…そうですね。できれば、最後までしっかり、怪我無く過ごしてほしいものです」

「そういや、次のレースの話はあるのか?以前は有馬記念とか言ってたが、ここまで活躍したのであれば、種牡馬にするという判断もあるんじゃないか?」

「ええ。とはいえ、そのまま有馬記念に行く予定です。ただ、いつまで現役続行させるかはオーナーの判断ですね。ここまで活躍したとなれば、早めに引退させて種牡馬にさせるのが正しい判断だとも思います。ただ…」

「ただ?」

「できるかぎり、こいつの走りを長く、見ていたいと思います」

「そりゃ、俺も同意見だ」

 

 

 ウマ娘、トウカイテイオー。彼女はブリーダーズカップクラシックの最終直線を、エーピーインディと競い合い、そしてついにその頂点に君臨した。

 

 ゴールの後。いつもであれば、『ボクが一番だ!』と大きく見得を切るのだが、今日の彼女は少し違った。

 

 何も言わず、笑みを湛え、左手は腰に、そして、右の手を高く掲げ、人差し指を一本天に突き出したのだ。

 

 同時に、大きく歓声がトウカイテイオーに降り注ぐ。

 

「あーあ…、負けたかぁ」

 

 そう言いながら近づいてくるのは、エーピーインディそのウマ娘だ。秒差は無し、ハナ差でテイオーに負けた彼女は、しかし、すがすがしい笑みを浮かべていた。その彼女を見ながら、テイオーも笑みを浮かべていた。

 

「凱旋門ウマ娘、強かったでしょ?」

「ええ。ええ!信じられないほどに!おめでとう、王者、トウカイテイオー!」

 

 そう言ったエーピーインディの言葉に反応して、更に更に歓声が大きくなる。

 

 その歓声に紛れて、小さく彼女はテイオーに耳打ちをした。

 

「次は負けないからね?トウカイテイオー。今日の所は冠を預けておくから」

「ん。いつでも来なよ。ボクは帝王だからね。何度でも返り討ちにしてみせよう」

 

 いうや否や、お互いに大きく腹を抱えて笑う。そして、笑いが収まると、力強くお互いの手を握り合った。

 

「ああ、そうだ。トウカイテイオー。今晩は君を祝うパーティーをセクレタリアトが準備してくれている。しっかり食って騒ぐからね!」

「え!?あれ!?パーティーってやらなかったっけ!?」

「あれは前祝だろ?今晩が本番だ!ウイニングライブの後、オールだからな!騒ぐぞー!」

「うえええ!?」

「ああ。ちなみにだ。そちらの…メジロ家?というところからピーマンを取り寄せていてな。肉詰め、スープ、天ぷら、パスタ、サラダ。お前の好物を多数取り揃えているからな!」

「え!?それはちょっと楽しみかも…!」

 

 歓声の中、そんな事を話す2人であった。

 

 

 所変わってトレセン学園の生徒会室。ヒシマサルは、シンボリルドルフへの面会を行っていた。

 

「お世話になります。会長さん」

「やあ、ヒシマサル。息災か?」

「はい。今回、ご報告がいくつかありまして。お時間をいただきましてありがとうございます」

「いいさ。で、何かな?」

「はい、実は2つばかり報告がありまして…。一つ目は、有マ記念をラストランとして、今年限りでトゥインクルシリーズを引退します」

 

 シンボリルドルフは一瞬目を閉じ、しかし、すぐにヒシマサルの姿をまっすぐと見た。

 

「なるほど、今年の有マで引退…か」

「はい。脚の調子も良くなく、引き時だと感じましたので」

「そうか…残念だ。そういえば、君のアメリカの親族への相談はしたのかい?」

「はい。納得の上での引退です」

「そうか、そうか…。ちなみに、引退後は?」

「アメリカでトレーナーに誘われてまして。そちらで働こうと思っています」

「なるほどな。しかし、本当に残念だ。君は今まで2着より下に落ちたことは無い。間違いなく実力のあるウマ娘であったのに」

 

「え?会長さん、私の事、ご存じだったのですか?」

「もちろんだとも。シンコウラブリイとのニュージーランドトロフィー。あの熱い競り合いはしっかりと脳裏に焼き付いている」

「えっ!?レースの内容まで…!?ありがとうございます」

「いや、何。実力のあるウマ娘というものは、自然と目についてしまうものさ。…しかし、今年で引退か。確か、次走はジャパンカップだったか?」

「はい。…まぁ、メンバーを見ると気後れしますけどね。日本からはナイスネイチャ先輩やイクノディクタス先輩も出ますし、でも、精一杯頑張ります」

「うん、そうだな。11月のジャパンカップ、そして、年末の有マ記念。有終の美をぜひ飾ってほしいと思う」

「ありがとうございます」

 

 ヒシマサルはそう言って、頭を下げた。そして、頭を上げると、シンボリルドルフは小さく頷く。

 

「で、2つ目の報告とは?」

 

「あ、そうです。『セクレタリアト』から伝言で、『ハチェット』へ、再び走る、と伝言をお願いしたいと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、シンボリルドルフの顔が強張った。

 

「何?…すまない、ヒシマサル。今、何と言った?もう一度頼む」

「え…セクレタリアトからハチェット?というウマ娘に伝言で、再び走る、と。会長か、たづなさんに伝えれば判ると言われたもので…」

「セクレタリアト…あの、ビッグレッドで間違いないか?」

「はい。あのビッグレッドです」

「すまない、確認のために聞くのだが、セクレタリアトと君の関係は?」

「あ、ええと、私のアメリカでの姉貴分です。ああ、もちろん血縁ではないですけれど、今度私がトレーナーとして働く場所でもあります」

 

 シンボリルドルフは目を瞑り、腕を組んだ。

 

「なるほど…なるほど…。………エアグルーヴ。エアグルーヴ!すまないがヒシマサルの相手を頼む。少々席を離れる」

「承知しました、会長。理事長室ですね?」

「ああ、そうだ。たづなさんと理事長の所へだ。至急の用事が出来た」

 

 そう言うと同時に、椅子から立ち上がり、扉の方へと足早に歩いていく。その途中で、更にナリタブライアンへと声を掛けていた。

 

「あとブライアン!至急、新冠へ連絡を取ってくれ。内容は判っているな?」

「新冠?…ああ、あの人か。早来と静内、天間林への連絡はいいのか?」

「あの3人には新冠から伝えてもらうように言ってくれ。それで問題は無いはずだ」

「他は?雫石はいいのか?」

「そちらは話が纏まってからにしておきたい。ああ、あとブライアン、浦河は話が纏まり次第、私の方で連絡しておく。頼むぞ」

「承知した」

「頼んだぞ。では失礼する。」

「エアグルーヴ。私も電話で外す。そいつの事は任せた」

 

 取り残されたのは、状況が理解できていないヒシマサルと、落ち着いているエアグルーヴの2人のみだ。

 

「あの…え?え?」

「災難だなヒシマサル。ああ、それと間違いなく今回の件で理事長から呼び出しもあることだろう。暫くここで待機していろ。ほら、突っ立ってないでまず座れ。コーヒーと茶菓子だ」

「え?あ、はい。ありがとうございます…?」

 



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ピーマンは、海を越えた

しかしてピーマンは旨い。

ピーマンをヘタと種をつけたまま4つに割って、それを素揚げにしまして。

カレーライスの上に乗っけるとこれまた美味になります。いやはや。

ピーマンイズワンダフル!


「おめでとうございます。ついにやりましたね!ターフとダート。名実ともに最強ですよ!」

「ありがとう。いや、すごい馬だと常々思ってこそいたけれどね…。ここまで連れてきてくれるとは夢にも思わなかった」

「あっはは!完全に同意しますよ。ああ、こんなことならまだ乗っていればよかった!」

「ははは。まぁ、君は君の夢を追い求めたんだ。いいじゃないか。でも、ありがとう。君が譲ってくれたおかげで、僕はここまで来れた。本当に感謝するよ」

「何をおっしゃいますか。先の私の発言は冗談として聞いていただいて構いません。ここまでは私ではあいつと一緒に来れなかった。あなただから一緒にここまで来れたんですよ」

 

「…ありがとう。ありがとう。ああ、ああ、ありがとう」

 

「しかし、こうなると次が気になりますね。陣営は何と?」

「有馬記念とは言っているけれど、詳細は帰国後だろうね。何せここまで活躍した馬だ。もう種牡馬として子孫を残す方向にシフトしてもいい頃だと思う」

「確かに。もう良い頃合いではありますよね」

「ああ。ただ、僕はできる限り乗っていたいんだ。正直言うと、僕は夢の続きを見ているんだ。できれば、できる事ならば、いつまでも見ていたい夢の続きさ」

「夢の続き、ですか」

「ああ。ルドルフで見ることが叶わなかった、夢の続き。まさか地続きの地平で見ることができるとは思いもしなかったよ」

「…ああ。なるほど。しかも国内最強どころか世界最強ですから、文句なしですね」

「うん。ま、ただ。国内古馬のG1を勝てていないのが、ひとつ、心残りではあるかな。ただ、そうだね。もしテイオーが種牡馬になるというのならば、僕は―」

 

―――鞭を置いて、この馬の子の世話をしたいかな。その時は君に、ご指導ご鞭撻のほどをお願いしたいと思っているよ

―――ああ、それは。素晴らしい良い夢ですね。私としては、いつでも歓迎しますよ

 

 

 『お前速い。お前気に入った。もっとピーマンくれ』

 

 脈略もないニュアンスを送ってくるのは、隣の厩舎でピーマンを貪るナイスガイ…ナイスホースのエーピーインディ氏である。いや、どうしてこうなっている? 状況としては、レースから数日たっているにも関わらずに、私とエーピーインディはこうやって隣同士の厩舎でのんびりしているのだ。

 

 というか、バケツ3杯のピーマンのうち、1杯はこいつにやらねば暴れるのをどうにかしてほしい。エーピーインディの世話をしている人間よ、そろそろそちらの手でピーマンを用意して頂けないであろうか。私のピーマンが減るのは非常に嫌なのであるが。とはいえ相手はただのお馬さんであるので、まぁ本能に従っているわけであるし、仕方ないかとも諦めている。

 

 ということでピーマンの入ったバケツを1つくれてやる。器用に唇でそれを受け取ったエーピーインディはといえば。

 

『これこれ。旨い。苦い、青臭い。旨い。お前好き』

 

 なんだそりゃ。と鼻息を荒げておく。完全に私への好意はもののついでじゃないかと文句を言いたいが、私は生憎馬畜生である。大人しく、もっしゃもっしゃとピーマンを食らう事しか出来ないのだ。

 

 それにしてもだ、やはりBCクラシックを勝った影響は大きかった。レースから数日たった今でこそこうも落ち着いていられるが、当日、翌日、その翌日。3日間はもう取材の嵐で、流石の私も疲れたのである。お隣のエーピーインディなど、写真を撮るためのストロボに驚いて暴れるわ、不貞腐れるわ、それはもう大変な始末であった。

 

 まぁ、そう考えれば、今こうやって落ちついてピーマンを食らっている彼を見ると、安堵しか感じない。いやはや、実に落ち着いている良い日々である。

 

 ちなみに、彼や、世話をする人間、オーナー、彼らも連日のように私の下に来て、よく首や頭を撫でたり、軽く叩いたりとスキンシップを働いてくれている。お陰様で、変に暇にもならず有難いものである。ただ、できればそろそろ日本に帰国したいなと感じ始めている。

 

 地道な練習こそ最強への近道であるので、こうやってのんびり厩舎で過ごすのもいいのではあるが、プール、坂、芝、ダートのルーチンワークを、鍛錬を再開したいところなのだ。

 

 それに、今回の私の全力で、私自身の耐久力の底が見えた。ならば、骨を守るためにも筋肉を付けようそうしようと思い立ったのだ。特に今回、全力の感覚は完全に掴んだ。であれば、練習もこの全力に近い状態でやっていれば、自ずと私の限界値も上がるのではないかという、非常に安易な考えである。

 

 例えるならば、今までは自重の筋トレ。これからは、器具を利用した筋トレみたいなものである。負荷がかなり違う上に、怪我の可能性も大きい。ただ、見極められればマッチョになれる。そう。つまり見極められればよりパーフェクトなボディを持ったトウカイテイオーが出来上がるのだ。

 

 ラストスパート。あの距離を長く。そしてパワーをより強く。そしてトップスピードをより速く!

 

 いっそのこと3200メートルを逃げ切れるぐらいのパワーとスピード、そしてスタミナを手に入れてみせようじゃあないか。

 

 ま、とはいえここはアメリカである。日本に帰るまで、まぁ、その。惰眠を貪るとしよう。

 

 

『さあ、先週、見事にブリーダーズカップクラシックに勝利したトウカイテイオーに続けるのかレオダーバン!最終コーナーを周って先頭は一番人気のサブゼロ!さあ残り僅か!メルボルンカップの勝者は誰になるのか!我らがレオダーバンは未だ最後方!だが鞍上が外に振った!サブゼロ強い!先頭でぐいぐいと伸びていく!残り200メートル!出た!ここで出た!レオダーバン!フォワ賞で見せた末脚をここでまた見せるのか!ぐぐっと前に出てきて残り100メートル!先頭は未だサブゼロ!こちらも伸びを見せている!レオダーバン!サブゼロ!レオダーバン!!レオダーバンか!?レオダーバン並んだ!並んだ!

 

 並んで、並んで、並んで!2頭横一線でゴールイン!これはどうだ!?』

 

『これはまたレオダーバンは強い競馬をしましたね。しかし体勢はサブゼロ優位に思えますが…。写真判定という事ですが、結果が待ち遠しく感じます』

 

『ええ。さて、映像を確認してみますが…うーん、これはどちらだ。サブゼロが粘って、レオダーバンが追いすがって…うーん、映像でも見てもこれは同時と言っても過言ではないと思いますが…』

 

『それにしても、最後尾からわずか200メートルで駆けあがってきたあの末脚は見事でした。年末の中山で、トウカイテイオーとの最終直線勝負、今から非常に楽しみです』

 

『確かに。トウカイテイオーも凱旋門とクラシックの末脚は見事でしたからね。そういえば国内では、ジャパンカップを走る予定であります、同期と言えるナイスネイチャも差し馬でしたよね』

 

『ええ。ナイスネイチャは飛び出た強さこそ無いものの、必ず入着してくる実力馬でもありますからね。あの馬の末脚も侮ってはいけません』

 

『おおっと、ここでどうやら…結果が出たようです。………一着は、なんとレオダーバン!!二着はタイム差なし、ハナ差でサブゼロ!これは快挙だレオダーバン!!トウカイテイオーに続いて海外G1を制覇した!帝王を下した獅子は、海を渡っても強かった!』

 

 

 エーピーインディとのんびりと惰眠を貪っていたある日。ついに、私の目の前に移動車が鎮座していた。そう、ついに帰国の途につく日が来たのである。いやはや、まさにドトウの日々であった。急に海外に来たと思えば、ピーマン無しでフォワ賞を走らされ、ピーマン食えたと思ったら凱旋門賞を走らされ。いよいよ日本に帰れるかと思ったらぶっつけ本番ダートでエーピーインディと本気の勝負。こう纏めてみると、やはりドトウすぎる日々であった。

 

 さてさて、この車に乗ってしまえば、この怒涛の日々ともおさらばである。そうなのだ。エーピーインディと共に惰眠を貪っていた、この日々とも。

 

『お前、どっかいくの?』

 

 隣の厩舎から心配そうにニュアンスを伝えつつ、顔をこちらに出してくるお馬さん。その名はエーピーインディである。いやはや、一週間程度しか隣に居なかったが、馬が合うようで結構仲良くなってしまったのだ。ちなみに、ピーマンはもう分けていない。こちらの人間がピーマンをやるようになったのだ。

 そう。日本のピーマンは間違いなく亜米利加にも広まった。しかもその第一人者はあのエーピーインディである。これは、おそらく、亜米利加のサラブレッドの餌のメニューに追加されるであろう。ふふふ。これは実に満足である。もっと食えよエーピーインディ。お前がピーマンを広げるのだ!

 

 ということで、エーピーインディ。君を勝手にピーマン同志3号としよう。

 

『ちょっくら遠くへ』

『そうか。元気で』

『君もね。ピーマンをしっかり食えよ』

『うん』

 

 そんなニュアンスを受けながら、私は車へと収まった。うん、案外と義理に厚いお馬さんであった。…しかし、よくよく考えればエーピーインディの引退レースがBCクラシックであったはず。私が勝ったことでどう歴史が変わるのか。少し気になるところである。まぁ、エーピーインディはそれまででも十二分に活躍しているので、おそらくそのまま種牡馬として活躍する事になるとは思うのだが。

 

 ま、深くは考えまい。とはいえ、これでアメリカともおさらばである。綺麗な海岸は見れなかったが、最高峰の綺麗な冠は頂くことが出来た。これ以上を望んでしまっては罰が当たるというモノだ。それに私はトウカイテイオーである。写真集が出るほどに美しいと言われた馬なのだ。去り際でみっともなく、海岸が見たいんだ!と暴れてもかっこが付かない。でもせっかくアメリカに来たのだから見たかったなぁ。

 

 などと考えていたら、車を降ろされて、フランスから降り立った空港へと戻ってきた。そして、目の間に鎮座するのは日本のおなじみの航空会社の飛行機である。箱に詰められて、搭乗してみれば、あとは窓もない空間だ。

 

 さて、日本までは長くても1日。のんびりと、パリとアメリカの思い出でも整理してみるか。ああ、そういえばヨーロッパでも日本のピーマンは伝染したであろうか。凱旋門で一緒に走ったお馬さんも美味そうに食っていたが。うーむ、確認が出来ないのは少し心残りである。

 

 ああ、それにレオダーバン同志である。無事に日本に着いているだろうか。私の様にまた海外のレースで走らされては居ないだろうか?彼は私のように人が入っていないはずなのだ。無茶なローテーションなどされてなければいいが。年末の有馬記念でまた一緒に走れればいいなと感じてはいる。凱旋門では勝ったが、国内G1では負けているのだ。リベンジを決めたい。

 

 さー、ともかくとしてだ。帰ったら坂路を軽く10往復から始めよう。ああ、あと、私の後ろをついてきたお馬さんや、葦毛のあのお馬さんはどうしているだろうか。年末の中山で皆、走れれば面白いと思うのだが。怪我などしてなければいいなぁと切に願うばかりである。

 

 

 トウカイテイオーが日本へと帰国したその日。日本はまさに、お祭り騒ぎそのものであった。

 空港ヘはマスコミが雪崩込み、多数のファンが彼女の帰国を待ち望んでいたのである。

 

 夜。日本に到着したトウカイテイオーは、それらに手を振りながら空港を通り抜け、一言二言マスコミへ向かってコメントを述べると。

 

『会見は後日開きますので、今宵は休ませてください』

 

 そう述べて、迎えのウマ娘と共に、足早に学園へと帰っていった。

 

 そして学園の厩舎の近くで、迎えのウマ娘であるナイスネイチャと、トウカイテイオーは満月の下、2人で並んで歩いていた。

 

「いやもう、まったく。リオとテイオーが私の事を海外でバンバン宣伝してくれるお陰で、お腹が痛いったらありゃしない」

「あはは。だって本当の事だもん。ボクとリオ、ナイスネイチャ。この三人で現役最強なんだ。マックイーンもパーマーももちろん強い。でも、僕たち三人じゃなきゃ」

「そりゃ買い被りすぎ。あんたと私じゃ、ウマ娘としての器が違うのよ。あんたは凱旋門にBCクラシック。リオはフォワ賞にオーストラリアのメルボルンカップで勝っちゃうしさ。全くもう、強すぎだってーの」

 

 そう言ってそっぽを向くナイスネイチャ。しかし、テイオーはそんなナイスネイチャを見つめて、しっかりと言葉を紡いだ。

 

「じゃあさ、ナイスネイチャ。君がジャパンカップで勝ったら、有マ記念で雌雄を決しよう。ボクに勝ったらキミは、最強のウマ娘の称号を、最強の器を得られるよ」

「ふぅん?お熱いお誘いだね、テイオー。何?この満月にやられたの?」

 

 テイオーは深く頷く。そして、満月を。おぼろに包まれた、満月を見上げた。

 

「うん。月が、今日は月がとても綺麗だからね。そう思わないかい?ナイスネイチャ」

 

 ナイスネイチャも月を見る。しかし、天に両の手を伸ばし、月を優しく包み込んだ。

 

「…確かに綺麗ね。素敵だとも思う。でも、月は私の強さに勝てやしないわ。テイオー、その言葉、後悔しないでよね?」

「後悔なんてするもんか。君と、()と、リオ。有()記念の最終直線。全力で競い合えたのなら。その上で勝てたのなら。最高だと思わない?」



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トゥインクルシリーズ:ジャパンカップ

アメリカのジャンボピーマン

欧州のパプリカ

様々ございます。

とはいえ





やはりピーマンは日本の物が好きでございます。


『さあ次は8枠14番ナイスネイチャ。非常に仕上がりは良さそうだ。おっと、パドックの観客席に居るのはトウカイテイオーとリオナタールです!ナイスネイチャを応援しに来ているようだ。これは微笑ましい光景です。

 

 さて、引き続きパドックのお披露目が続きますが、ここで改めてウマ娘の紹介と参りましょう。今回のジャパンカップはまさに海外の強豪集うものとなりました。

 

 凱旋門賞を2着で駆け抜けたスボティカ、欧州最強ウマ娘と名高いユーザーフレンドリー、豪州ダービーウマ娘のナチュラリズム、豪州年度代表ウマ娘のレッツイロープ、英国ダービーウマ娘のクエストフォーフェイムにドクターデヴィアス、そしてアメリカのアーリントンミリオンレースの勝者でありますディアドクターと、まさに超一流が集うレースとなります。

 人気もやはり海外ウマ娘が上位を占めております。一番人気はやはり最強ユーザーフレンドリー。トウカイテイオーに凱旋門で敗れたとはいえ、その力は本物です。続いて2番人気のナチュラリズム。ダービーの後も連勝を続けて非常に調子が良く、実力のあるウマ娘です。3番人気にはレッツイロープ。昨年からG1を4勝するなどまさに実力ウマ娘揃いであります。

 

 対して日本のウマ娘ですが、残念ながら凱旋門・BCクラシックウマ娘トウカイテイオー、豪メルボルンカップウマ娘リオナタールは休養のため出場はありません。この状況下で誰が活躍するのか悩ましいですね』

 

『日本からは、最近成長著しいレリックアース、入着を続ける実力ウマ娘ヒシマサル、目黒記念で勝利を収めたヤマニングローバル、オールカマーで勝ち星を挙げたイクノディクタス、そして先の天皇賞秋で見事センターの座を射止めたレッツゴーターキンも出場こそしていますが、距離が不安です。

 トウカイテイオーの同期、クラシック戦線を競い合ったナイスネイチャですが、掲示板こそ外しませんが勝ちきれないレースが続いております。これまた同期のインペリアルタリスに関してはダート路線からのジャパンカップですから、残念ながら望みは薄いかなと思います』

 

『人気にも表れていますね。人気上位ウマ娘は6番目まで外国のウマ娘で占められております。7番人気でようやくナイスネイチャ、8番人気ヒシマサル、10番人気でようやくレリックアースです。この人気を覆せるのか、非常に注目のレースでもあります』

 

『かのトウカイテイオー、リオナタールは「ナイスネイチャ」が勝つと豪語しておりますが、実際、あの2人のウマ娘が突出しているのは確かなのですが、日本のウマ娘が世界に通用するのかと言うと、まだそのレベルではないと私は思っております』

 

『では、やはり今回順当に海外勢が勝つ可能性が高いと?』

 

『ええ。しかしながら、ぜひ日本のウマ娘が世界に通用するのだと。トウカイテイオーとリオナタールが特別じゃないんだぞと。是非、是非!日本のウマ娘は世界に通用しないという前評判をその脚で覆してほしいものだと、切に願っています』

 

『…なるほど。私もそのように願っております。さあ、前評判の通り、海外のウマ娘がジャパンカップを勝利するのか、それとも、日本のウマ娘の意地を見せる娘が現れるのか。運命のレースの発走時間が近づいて参りました。まもなく本バ場入場です』

 

 

 お披露目のために、控室から通路を通って、パドックへと向かう。

 

 耳の飾りも、勝負服の着付けも、完璧。自慢のツインテールの手入れだって、尻尾の手入れだって完璧だ。

 

 何せ私はこれからG1を走る。しかも、今までと違って日本の代表として走るんだ。

 

―気負わないでください。とは言えませんね。でも、後悔の無いように―

 

 真剣な顔をしたトレーナーからそう言われて、送り出された。後悔の無いように、か。

 

 テイオーの様に、坂路で10往復も走れなかった。

 

 テイオーの様に、プールで潜水を何分も出来なかった。

 

 そう。テイオーはすごい奴だ。あれだけ練習を重ねて、顔色一つ変えやしない。

 

 リオナタールだってそうだ。あの大きいタイヤを引き摺って坂路を走るとか化け物じゃんか。

 

 私は普通に坂路を熟して、プールを普通に熟して、タイヤを普通に引き摺る事しか出来なかった。でも、それでも、限界を超えられるように全力で取り組んだ。

 

 そして何より、今までよりも気持ちを固めたのだ。

 

『さあ次は8枠14番ナイスネイチャ――』

 

 アナウンスを背に受けて、いよいよパドックの舞台へと上がる。光降り注ぐステージに立つと同時に、降り注ぐ大歓声に応えるように、上着を脱ぎ捨てて、いつものようにポーズを取る。すると、見慣れた顔がパドックに居た。

 

「ナイスネイチャ―!頑張ってよー!日本の誇りを見せるんだ!」

「そうだよネイチャー!ボク達が勝ったのに、日本でネイチャが負けちゃったらかっこつかないじゃーん!」

 

 今までの私だったら、ここで何を言ってるのよ、とおちゃらけて、逃げていたと思う。でもね。私はもう覚悟をすっかり決めたのよ。

 

 思い出せ。リオなら、テイオーならこんな時にどうするか。そんなものは、当然。

 

「当然!私を誰だと思ってるのよ、期待を裏切らないナイスネイチャさんだよ?テイオー! リオナタール! それに見に来ている皆! ジャパンカップの冠は私が見事に獲ってみせるから、しっかりとその目に焼き付けなさいよね!」

 

 自信満々の笑みを湛えて、そう答えるだけなのだ。

 

 

『さあ各ウマ娘ウォーミングアップも終わりましていよいよゲートインとなりました。ファンファーレが流れるなか最初にゲートインを行なったのはユーザーフレンドリー。非常に落ち着いております。そのまま奇数番のウマ娘達が続々とゲートインを完了させていく。3番ヴェールタマンド、11番クエストフォーフェイムあたりがゲートイン完了いたしまして、今度は偶数番のゲートインが行われます。10番レッツイロープ、6番レリックアースが収まりました。そして最後、我ら日本のウマ娘、トウカイテイオーとリオナタールが期待を寄せるナイスネイチャがゲートに収まりまして各ウマ娘態勢完了。

 

 トゥインクルシリーズ、グレード1。ジャパンカップ、今、スタートしました!

 

 各ウマ娘良いスタートを切りました。第一コーナーに向かってこれから先頭争いとなりますが、おっと、ここで前に行ったのはレリックアースとインペリアルタリス!後輩のミホノブルボンにその逃げ足を見せると言わんばかりに、レリックアースが果敢にハナを主張しています!ナイスネイチャは後方4番手の位置で様子見といった様子か!集団はそのまま第一コーナーに突っ込みまして先頭はレリックアースがペースを作って、2番手にはインペリアルタリス!3番手にはドクターデヴィアスが付いて第二コーナーを抜けて向こう正面!4番手には早めに仕掛けたかユーザーフレンドリーが付けてきた!』

 

 

 

 我ながらスタートは上手くいったと思う。でも、問題はここからだ。相手は強豪。間違いなく私達以上の実力を持ったウマ娘達だ。ユーザーフレンドリーとスボティカの実力は、トレセン学園で併走したときに嫌と言うほど思い知らされている。あのギアの入り方、筋肉のバネの力強さは敵うモノじゃない。付き合うと間違いなくこっちが潰れてしまう。

 

 テイオーなら、リオナタールなら前目に付けてチャンスを狙ったと思う。でも、私は違う。

 

 私はテイオーの様に自由自在な脚も、リオナタールのように強烈な末脚もない。でも、状況をよく見ることなら出来る。だから今は後方で控えて、自分のペースを乱さずに最後の最後で勝負を仕掛ける。

 

 幸い先頭を行くのはレリックアース。一つ下のウマ娘だ。彼女の事なら頭に入っている。このペースでいけば彼女は4コーナー抜けたすぐぐらいで落ちる。でも、最後まで粘るから5着ぐらいには残るはずだ。その落ちる瞬間に彼女たちは仕掛けると踏んでいる。だが、ここ府中、東京レース場は最後の直線が長い。彼女につられて直線手前からスパートをかけてくれたのなら、私のチャンスが巡ってくる。

 

 食らいついて食らいついて。意地で食らいついて。ラスト1ハロン。有力ウマ娘の体力が尽きかけた所を、私がぶち抜く。

 

 ちらっと後ろを見れば、最後方からヒシマサルが虎視眈々と狙いを定めている。彼女の末脚も恐ろしいとは思う。何せ彼女の末脚も本物だからだ。でも、そうはさせない。

 

 私だって必死に練習してここに立っている。キャリアは一年、私の方が長いんだ。意地と根性で負けるわけにはいかない。

 

 コーナーを2つ抜けて、先頭で動きが激しくなっているようだが私はまだ動かない。先頭で争う分にはどんどんやってくれと思う。そうやって、体力を消耗してくれていればいい。

 

 そう思っていた。そう思っていた。

 

 でも、3コーナーに入った時、私の横にいた外国のウマ娘達が仕掛け始めたのだ。まだレリックアースは粘ってくれている。先頭を見れば、もうレリックアースに向けてユーザーフレンドリーが仕掛けている。

 

 よし、と思った。これで予想以上に体力を消耗してくれると。でも、私の予想とは全く違った。

 

 3コーナーを抜けて、ユーザーフレンドリーの、ナチュラリズムの、ディアドクターの。外国のウマ娘のペースが未だに上がるのだ。そう。彼女たちの体力は、全然消耗などしてなかったのである。後方を一気に引き離す勢いで、加速を始めたのだ!

 

 ええい、くそっ!

 

 4コーナー手前で悪態を吐いて脚に力を入れた。こうなったら意地で食らいついていくしかない。プランなんてもう無しだ! ヒシマサルも同じようで、一気に上がってきた。だけど、負けるもんか!

 

 府中の最終直線に向けて戦略も何もあったもんじゃない!出し尽くしの、実力勝負!持ってよ!私の脚!あともう少しなんだから!

 

 

 

『さあ最終直線に入りましてレリックアースを躱しまして先頭はやはり一番人気のユーザーフレンドリー! 最内を最速で駆けていく! 続いてナチュラリズム、ディアドクターも追い込みをかける! やはりこの3人は強い! 日本勢は躱されたレリックアースが4番手! ナイスネイチャとヒシマサルも続いて追い込んできているが少々伸びが苦しいか!?

 残り300メートルを切って先頭変わらずユーザーフレンドリー!ナチュラリズムにディアドクター!3人の叩き合いだ!やはりトウカイテイオー不在では、この、海外の強豪に勝てるウマ娘は日本には居ないのか!?』

 

 

 無理に先頭に追い付こうと思ったからだろうか。それとも、普段とは違うプレッシャーにやられたのだろうか。

 

 最終直線に入ったのに。せっかく、追いつける位置にいるのに。

 

 脚が、もう限界だ。

 

 息が、もう続かない。

 

 頭が、働かない。

 

 でも、ああもう、イライラしてくる。

 

 

 何よテイオーもリオナタールも、ネイチャなら大丈夫って。

 

 何が最強の器をかけて勝負しよう、よ。

 

 私はそんな器じゃないんだってば。精々頑張って入着。あんたたちとは違うのよ。ねぇ。

 

 

 そう思ったとき、聞きなれた声が聞こえた様な気がして、顔を上げた。

 

 

 ああ、もう、そんな必死な顔で応援しないでよテイオー。大丈夫だって、日本のウマ娘が世界に通用したって、あんたが証明したんじゃん。私が負けたって、なにもさ。

 

 ああ、もう、そんな悲しそうな顔でこっちを見ないでよリオナタール。あんただって、オーストラリアで、世界で日本のウマ娘は通用するんだって、証明してみせたじゃん。私が…。私がさ…。

 

 

 そう、私が…ここで、負け…たって。

 

 

 いや、まて。何を弱気になっているんだ、ナイスネイチャ!

 

 彼女達から託されたんだろう!?ナイスネイチャ!

 

 日本の冠は任せたぞって言われたじゃないか!

 

 さっき私は宣言したじゃないか!ナイスネイチャは期待を裏切らないって!

 

 それに、ここはジャパンカップ!日本のターフだ!

 

 そうだ!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、日本のターフで!東京レース場で!!否!私の土俵で、私よりもいい顔なんてさせてやるものか!!

 

 

 何よりも、すっごいイラつく!あそこで必死な顔で私を応援している奴だって!あの悲しそうな顔で私を応援している奴だって!私より強いのにさ!

 

 

『――ナイスネイチャなら大丈夫!』

 

 

 無責任すぎるでしょうが!あぁぁあああああああああもう!

 

 足が動かない!?呼吸が苦しい!?

 

 あああああもう!ふっざけんな!

 

 私はねぇ!有()記念であいつらと冠をかけて戦うのよ!

 

 動かない脚!?苦しい呼吸!?そんなもん残り僅かでしょうが!!ああ!我慢すればいいんでしょうが!?

 

 ああもう!あたまうごかない!苦しい!辛い!くっそぉおおお!

 

 どこが開いてる!?内はダメだ!あいつがいる!

 

 まんなかは!あいつがいる!ならば!

 

 テイオーの幻影を追え!リオの幻影を追え!あいつらなら、あいつらなら!

 

 そう、だ!大外に振ってぇええ!

 

 あとは、ラスト1ハロンを!!

 

 全力で、脚を、振り抜けええええええええええええ!

 

 

『残り200メートル!先頭はユーザーフレンドリー!これは決まりか!?いや!?来た!来た!ナイスネイチャが大外から伸びて来た!

 

 これは!?届くか!?届くか!?届くか!?先頭に変われるかナイスネイチャ!更に外からはヒシマサルも来ている!

 

 先頭変わってナチュラリズム最内!鋭く追い込んでくるのはディアドクターだ!

 

 しかし、しかし!ナイスネイチャも来ている!トウカイテイオー、リオナタールに続いて世界に通用すると、日本のウマ娘は世界に通用すると証明できるのか!?

 

 ナイスネイチャ!ナチュラリズム!ディアドクター!残り僅か!

 

 内ナチュラリズム!外ディアドクター!

 

 その更に大外を突き抜けて…!

 

 ナイスネイチャ!今!差し切ってゴール!

 

 やった、やったぞナイスネイチャ!

 日本のウマ娘が、今、確かに、世界に通用すると証明してみせた!!!

 

 そして、なんとなんと!これがナイスネイチャ初のG1タイトル戴冠!

 

 トウカイテイオー!リオナタールに続き!ナイスネイチャが()()()()を被ったー!

 

 

 

 

 ナイスネイチャは見事、主役が居ないと言われたジャパンカップを、しかし、まさに主役の様な力強い走りで駆け抜けた。

 

 それは、どこかの欧州と豪州を駆け抜けた獅子の様に。どこかの欧州と、米を駆け抜けた帝王の様に。力強い末脚は、それらのウマ娘と比べても全く遜色の無いものであった。

 

 自然と巻き起こるナイスネイチャコール。ナイスネイチャ、ナイスネイチャとその声は次第に大きくなり、彼女に追い抜かれたウマ娘達ですら、その歓声に交じり、声を上げた。

 

 ならば、今日、一着でゴールした者は、その声援に応えなければならない。

 

 獅子は、声高らかにガッツポーズを決めた。

 帝王は、叫びながら天に拳を突き上げた。

 そして、ナイスネイチャは…。

 

 観客席に向けて、正面に相対した。

 

 両足を、肩幅に広げた。

 

 左手を腰に当てた。

 

 胸を、張った。

 

 そして、口角を上げ、顔を勢いよく上げると同時に。

 

 

 人差し指を真っすぐに立てた右の拳を、地から天へと一気に押し上げた。

 

 

 帝王の様に、叫びはしなかった。

 獅子の様に、声高らかに宣言もしなかった。

 

 だが、無言で一本指を天に突き上げたその姿は、誇らしいものであったと、その場に居合わせたすべての人、ウマ娘が後にそう語るものであったという。



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ピーマンの熱い季節

評価数500件。ありがとうございます。
いやはや、思えば遠くに来たもので、気づけば2回目の有馬記念が近づいております。

これも全て皆様のお気に入り、評価、感想、そして誤字修正のお陰でございます。

重ねて感謝を。ピーマンイズワンダフル。


 

 もっしゃもっしゃ。

 

 うーん、やはり日本の小ぶりのピーマン。採れ立てのピーマンが一番である。帰国してから厩舎前の地面に、数本ピーマンの木が育っていた時には目玉が飛び出たものである。お陰様で毎朝、捥ぎ立てのそれをバケツに入れてくれるので、実に旨い飯を毎日のように食えるわけなのだ。

 

 しかし、帰国後から約一カ月ほど経ったと思われるのであるが、未だに取材陣やらが私の下を訪れている。実際、今でもそうだ。もっしゃもっしゃとピーマンを食べる様を、延々と写真で撮っていらっしゃる。

 いやまぁ、撮られて別にストレスになるわけでも…おっと、手ずからピーマンを頂けると。これは有難い。まぁ、このようにピーマンを頂けたりするわけで、案外とこの状況はお気に入りだ。それに気持ちも判るのだ。

 

 日本競馬には程遠いと思われていたあの凱旋門の扉を開き、届かぬ頂であったブリーダーズカップクラシックの頂点に登り詰めた馬がいるのだ。そりゃあ会いに行きたい。私だって会いに行きたい。好物がピーマンだというのであれば、自ら餌をやりたい。いや、本当にそう思う…あ、また頂ける。ごっつぁんです。

 

 しかしまぁ、我ながらよくやったと思うのだ。凱旋門もクラシックも強敵揃いであった。特にエーピーインディ。セクレタリアト由来のあの走りは忘れられないものである。凱旋門も2着のお馬さんがかなり強かった。あとはなによりあの芝とダートの感触も日本とは違い過ぎた。むしろ外国の、凱旋門の時のように沈む芝が私には合っているなぁと感じてはいる。脚への衝撃が少ないし、パワーが逃げないのですごく好みでもあるのだ。

 

 此方に帰ってきて、日本の芝のコースで私がどう走れるのかを早く確認したいのだが、実のところまだ坂路とプールで軽く鍛錬しかしていない。坂路については木のチップであるため、なんとももどかしくもあるのだ。

 

 とはいえ、出来る事からコツコツと、ということで、坂路については今回の鍛錬から全力を出して5往復程度で終えている。イメージとしては骨がきしむ寸前を見極めて、しっかりと足を振りぬくイメージである。1往復で脚の幅を広げ、2往復目で回転を上げ、3往復目で更に歩幅を広げ、といったように、戦略の幅を広げることも忘れてはいない。ただ、海外の遠征で少々無理をしたせいか、体がまだ本調子ではない感じがするので、しっかりと調子を上げられるように体調管理もしていかなければと思う次第だ。

 

 あ、ちなみに鍛錬終わり、帰りがけに厩舎前に植わっているピーマンから『もぐ前食べ』をしっかりと楽しんでいる。何せもう季節は11月。もう少しでピーマンの美味しい時期は終わってしまうのだ。枯れる前にしっかりと味わわなくてはいけないのだ。

 

 そうそう。ピーマン同志と、あの仮面のお馬さんも久しぶりに姿を見ることが出来た。

 レオダーバン同志には苗木を一本やられてしまったので、「こいつは実を食うんだよ木を食うなよ」と少し怒っておいた。というか、普通のお馬さんの場合は、ピーマンの木ごと食ってしまうのかと驚いたものである。そして何より驚いたのは、彼らのゼッケンに星が増えていた事である。

 レオダーバン同志は、天皇賞の1つのはずだったものが、2つになっていた。ということは、私と同じで、パリの後でどこかで走ったという事なのであろう。いや、なかなか無茶なローテーションを乗り越えてよくぞ元気に再会できたものだと思う。

 で、仮面のお馬さんについては、なんと、一個目の星がくっついていたのだ。今まで星が無かったはずなので、とりあえずはおめでとう!とニュアンスを伝えておいた。

 

 にしても、レオダーバン同志はレオダーバンであるとして、この仮面のお馬さんは果たして誰なのであろう?

 

 年齢はまぁそうだな、私と一緒であろう。ええと…確かブリーダーズカップクラシックが92年とか書いてあったはずなので今年は1992年であるとしよう。…昨年、つまり1991年のクラシックを走ったお仲間である。つまりは同期のお馬さんであることは確定している。体は鹿毛で、それで被り物が赤と緑のストライプ。クリスマスカラーである。あとは尻尾と足元の毛が黒いぐらいである。

 

 うーん…トウカイテイオー世代で仮面を被ったお馬さん、で、仮面の色がクリスマスカラーときている。かなり特徴的なので思い出せそうな気もしないでもないのだが。で、ゼッケンを見ればグレード1の競走で勝利をしたお馬さんである…いや、正直勝ち星などは参考になるまい。なんせ私ことトウカイテイオーが怪我をしないで凱旋門をぶっちぎったのだ。レオダーバン同志も一緒に現役を続けているのだ。となれば、このお馬さんも例に違わないのではないだろうか?

 

 そういえば前、一緒に走ったレースは何時だ?天皇賞…?いやまて、確か…有馬記念じゃなかったか?1着が『8』で、2着が私、3着がこの仮面のお馬さんで、4着があの葦毛のお馬さん…。有馬記念…3着…トウカイテイオーの同期…?あれ?有馬記念の3着…テイオーの同期…。

 

 あ!ナイスネイチャか!?え!?いやまてお前ナイスネイチャ!?

 

 いや、そうか、ナイスネイチャか!そうだよな、あの特徴的なクリスマスカラーの仮面!有馬記念3着!トウカイテイオーの同期!やっぱお前ナイスネイチャだよな!?え!?ちょっとまってゼッケンに星ついてるじゃん!?グレード1勝ったの!?わあ本当おめでとう!

 

 いかんいかん。興奮してしまった。そうか、多分お前はナイスネイチャなんだろうなぁ。そうだよなぁ。だって、キセキの復活トウカイテイオー!でも3着。あの奇跡の復活有馬記念は1993年で、その時で3年連続3着だったはずだ。記憶の通りであれば、昨年の1991年の有馬記念3着がその一回目の3着だったはずなのだ。でも、結局このナイスネイチャというお馬さんは、重賞こそ勝ってはいるのだが、グレード1での勝利だけはついぞ無かったはずなのだ。

 

 だが、目の前に居るナイスネイチャは、明らかにゼッケンが金色ナンバー。そして輝かしい星が一つ。うーん、実におめでたいというモノだ。

 

 …って待てよ?1991年の有馬記念って言えば…思い出せ。トウカイテイオーが怪我をして休んだ有馬記念。何か事件があったような…………。

 

 あ!ダイユウサク!そうだ!あの有馬記念、大本命メジロマックイーンをぶっちぎってレコード勝利したお馬さんがいたのだ!

 ああー、なるほど。思い返せば辻褄が合う。道理であのお馬さんクッソ速かったわけだ。私が有馬記念の最後で競い合ったのは、レコードを出して勝ったダイユウサクだったかぁ、いや、私の名前が判ってから色々思い出して考えると、なかなかの名馬と走っているものである。

 

 ん?いやまてまて、となると、あの葦毛のデカいお馬さんってもしかして。と思い立った時である。

 

やっと、お気づきになられましたの?

 

 そんなニュアンスを感じ取った。慌てて周りを見回してみるが、あの葦毛のお馬さんはどこにも居ない。うーむ。しかし、そうか。そうなると、今年の春の天皇賞のポスター。私と葦毛のお馬さんが大写しだった理由も判ると言うモノだ。

 

 メジロマックイーン。

 

 ()()は君とも競い合えていたのだな。いやはや。なんという光栄な事であろうか。私が馬になってからどうなることやらと思ったが、これほどまでに名馬と競い合えていたとは。実に幸せな日々であると、断言できる。

 

 さてさて。そうなると次のレースが楽しみで仕方がない。次はなんだ?ジャパンカップか?天皇賞か?それとも、休養を挟んでからの暮の中山か?なんにせよ、楽しみである。

 

 

「やあ、呼び出してすまないね。ナイスネイチャ、リオナタール、トウカイテイオー」

 

 ジャパンカップで勝利したナイスネイチャ、そして帰国してからしばらく会見やらで忙しなくスケジュールを熟していたリオナタールとトウカイテイオーは、生徒会室で一堂に会していた。

 

「呼び出した理由は他でもない。めざましい活躍、素晴らしいものだった。ついては、URAから正式に表彰を行いたいと打診を受けてね、いくつか確認をとっておきたくてね」

「私たちが表彰を?」

 

 リオナタールが首を傾げつつも、そうルドルフに疑問を投げかけていた。ルドルフは、笑顔で首を縦に振る。

 

「うむ。リオナタールは日本のウマ娘として、フジノオー以来の重賞制覇。トウカイテイオーは言わずもがな。ナイスネイチャは最高のメンバーのジャパンカップを見事勝利して見せた。そして君達三人は同期だ。素晴らしい事だとね」

「確かに私もリオもテイオーも同期ですが…3人共表彰なんですか?」

 

 今度はナイスネイチャだ。普通の表彰であれば、年度に1人が通例である。が、今回は3人共が受賞である。疑問も当然だ。

 

「ああ!同期でここまで活躍したのは、それこそ先達のテンポイント、トウショウボーイ、グリーングラス以来の快挙だ。本当に素晴らしいと、誇らしいと思っている。私からも、推させて頂いているし、理事長も賛同している」

「ありがとうございます!ルドルフさん!」

 

 テイオーが笑顔でそう言った。ルドルフは笑顔で頷き返す。

 

「さて。では詳しい日程についてだが…暮の中山。有マ記念。その前日。君達の表彰を行いたいと思っている」

「え?」

「前日?」

「後じゃなくてですか?」

 

 三者三葉の言葉で反応を返していた。困ったような笑みを浮かべたルドルフであるが、右手を少し上げて更に説明を続けた。

 

「うむ。まぁ、正直に言ってしまうと、有マ記念の余興のようなものと思ってくれていい。

 

 最強世代の三人が表彰を受け、そして、その翌日に雌雄を決する

 

 …そのようなストーリーをURAの幹部たちは思い描いていてね。――まぁ、もちろん拒否権はある。嫌だと言えば年末の通常の表彰になるが、どうするかな?」

 

 そう言ったシンボリルドルフに、いの一番に答えを返したのはナイスネイチャである。

 

「そうですねー。私は良いですよ」

 

 そして続けざまに、リオナタールも。

 

「うーん…ま、私も良いです。盛り上がりそうですもん」

 

 ルドルフは首を縦に振り、最後の一人へと言葉を投げた。

 

「テイオーはどうかな?」

「もちろんオッケーです!それに、最高じゃないですか。盛り上がりそうじゃないですか!」

 

 トウカイテイオーはそう、楽しそうに答えた。3人共に目を輝かせ、やる気十分といった所だ。

 

「そうか。それならば、そう申し伝えておこう。

 さて、それはそうとして、これからは個人的な話だ。ナイスネイチャ、リオナタール、そしてトウカイテイオー。本当にありがとう。そして、おめでとう。

 君達は日本のウマ娘に、大きな希望の光を与えてくれた」

 

 そう言って、ルドルフは席から立ち上がり、一人一人に目を向ける。

 

「リオナタール、君は固く閉ざされていた海外の門をその末脚で見事にこじ開けてくれた」

 

「テイオー、君は、まだ誰もが無理だと思っていた凱旋門、そしてクラシックと芝とダートの頂に届いてみせた」

 

「そしてナイスネイチャ。君は彼女らの活躍を受けて、日本の冠を意地でももぎ取ろうと燃えに燃えていた外国のウマ娘達を見事迎え撃ってくれた。これ以上に誇らしい事は無い」

 

 笑顔で言い切ったルドルフに、3人は深く頭を下げた。

 

「「「ありがとうございます」」」」

「さて、では伝えることも伝えたので、ひとまずは解散とする。…ああ、そうだ。トウカイテイオーだけは残ってくれ。凱旋門とBCクラシックの話をくわしく聞きたいと思ってね。ナイスネイチャ、リオナタール。ありがとう。そして、本当におめでとう」

 

 会長の言葉に、改めてリオナタールとナイスネイチャは礼を尽くし、そして生徒会室を後にしていった。残ったのは、シンボリルドルフと、トウカイテイオーの2人だけである。

 

 

 シンボリルドルフとトウカイテイオーの2人だけの生徒会室。お互いにソファーに座り、ルドルフが淹れたコーヒーを一口、二口と楽しんだ後である。沈黙を先に破ったのは、シンボリルドルフの方であった。

 

「さて、と。テイオー。君が帰国してから、お互いに都合がつかないせいかゆっくり話す時間もなかったな。確か、こういう風に、ゆっくり話すのもフランスのピーマンの夕食以来か。いやはや。連日、テレビで君を見ていて、実に誇らしかったよ。しかし、凱旋門賞の最終直線。本当に熱かった。私も我を忘れて応援してしまっていた。行け、と。思わず最後、君が一番でターフを駆け抜けた姿を見た時には、涙を流してしまってね。…嘘じゃないぞ?エアグルーヴとナリタブライアンには泣き顔こそ見せていないがね」

 

 微笑みを浮かべながら、そうルドルフはテイオーと楽しそうに話を進めていた。

 

「で、どうだった。凱旋門のターフは。BCのダートは。外国のウマ娘は…そうか。そうか!強かったか。やはり、強かったか!!そうか!強かったか…!ああ、私も叶うならば…ん?どうした。テイオー…そうか。判るか。仕方がない、ああ、わかった。私の本音を言おう」

 

 だが、次第にその声色は強く、低くなる。気づけばルドルフは射貫くような目でテイオーを見ていた。

 

「トウカイテイオー。いつ、私と競い合ってくれる。いつ、私と、その冠を賭けて戦ってくれるんだ。いつ!ドリームトロフィーで走るんだ」

 

 漏れ出たルドルフの本音に、しかし気圧されず、トウカイテイオーは彼女の目を見て、まっすぐに言葉を返す。すると、ルドルフの態度は少しずつ和らいでいった。

 

「…そうか、いくつかトゥインクルシリーズのレースを勝ちたいか。まずは有マか…で、そのあとは春天か。しかし、その後というのは?…はは、はははは!それは、それは確かに!その称号は君にこそ相応しいだろう!承知した!私は、私の牙を磨いて君を、王者を待とう!」

 

 気づけばルドルフは快活に笑っていた。そして、楽しそうに言葉を続けた。

 

「ああ、そうそう。今のうちに伝えておこう。今、君は此方で非常に注目のウマ娘だ。引退した諸先輩方も復帰に向けて鍛錬を再開していてね。ああ、そう驚くことでもないさ。君の足は自由自在。変幻自在の帝王だ。しかも芝の王でもあり、ダートの王でもある。だからこそ、そのウマ娘に、此方に上がってきたその帝王に最初に土を付けるのが誰なのか、いや、私なのだと躍起になっている。そうだな。私もその急先鋒ではあるが…気を付けるべきは他にも多数いる。…誰かって?はは、それは走ってからのお楽しみという奴だ。本当に君に触発されたようでね、テイオー。強いぞ、彼女たちは」

 

 このルドルフの言葉に、気を引き締めたテイオー。それを見たルドルフは、満足そうに頷いた。

 

「うん。気を抜かないようにな。ああ、それと。最後に一つ。これからは私と君はライバルだ。いや、少々見栄を張りすぎた。私が追いかける立場だな。必ず、追いついてみせるからな。テイオー」

 

―――ボクに追いつく?シンボリルドルフさん。ボクを甘く見ない方がいいよ。だって僕は、最強無敵のテイオー様なんだからさ!――――

 

 嗚呼。あの時。私の隣に並び立ったウマ娘は、それだけでは飽き足らずに世界を股にかけて、私を軽々と超えた。超えて行ってくれた。これが、嬉しくないはずがない。

 

「知ってる。さて、それでは久しぶりの再会を祝してゆっくり食事などどうだろうか」

 

―――ピーマンはあるの?―――

 

「もちろんさ。私もピーマンが好きだからね。肉詰め、チンジャオロース、天ぷら。お望みの料理を作ってみせよう」

 

 だが、見ていろトウカイテイオー。私だってウマ娘だ。お前と同じ、一番を目指すウマ娘なのだ。皇帝でもなんでもない、ただの一人のウマ娘として、いつかお前を超えてみせよう。――でも、それは今じゃない。今ではないのだ。

 

 それならばもう少し、トウカイテイオーの走りを見ていたいと、シンボリルドルフは心の中だけでそう呟いた。

 

 

「おつかれ。どうだった、オーナーとの打ち合わせは」

「お疲れ様です。有馬は走らせることで決まりました。ただ、来年以降は未定ですね」

「ふむ。まぁ、有馬は人気もあるし順当といったところだな。しかし、来年となると…天皇賞春か、それとも宝塚か、か?」

「ええ。そのあたりの名前は出ました。何より走る姿を見たいという声も大きいらしく、オーナーも種牡馬入りを迷っているようで」

「なるほどな」

「あとはミホノブルボンとライスシャワーとの対決の声も聞こえてきましたよ」

「ああ、そういえば今年のクラシックも豊作だったよなぁ。2冠馬ミホノブルボン、菊花賞馬ライスシャワー。東と西の対決だ!なんて盛り上がってたよなぁ」

「ええ。加えて、そのライスシャワーを菊花賞前にセントライトで圧勝したレガシーワールドもいますしね。テイオーの世代と同じように豊作です」

 

「しかもなぁ、そいつらが怪我無く、暮の中山に勢ぞろいっていうんだろ?しかもアメリカからはエーピーインディがリベンジで参戦予定。とんでもない事になりそうだな」

 

「ええ。今のところの有馬記念の名簿ですが…。

 

 トウカイテイオー、レオダーバン、ナイスネイチャの5才古馬の強豪が揃っていて、4才のクラシックを走っていた馬だとミホノブルボン、ライスシャワー、レガシーワールド、ヒシマサル、サンエーサンキューあたりの重賞勝利組が勢ぞろい、外国からはリベンジに燃えるエーピーインディが引退レースと銘打って殴り込みですね。あと忘れちゃいけない、グランプリホースのメジロパーマーとダイタクヘリオスの宝塚の逃げコンビももちろん走るわけで、更に怪我の回復の様子によってはメジロマックイーンが参戦するわけですから…

 

 正直、どの馬が勝ってもおかしくないと思います」

 

「なんだか夢みたいに豪華な面子だな」

「夢、ですか。夢の有馬記念…グランプリ…。その杯を懸けて走るわけですから…ドリームトロフィー、とでも私達の間だけで呼びましょうか?」

「そりゃあいいな。―――暮の中山、有馬記念。あなたの夢は、わたしの夢は叶うのか。ってか?」



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集いし英傑、ピーマンを添えて

ついに家のピーマンが霜でやられてショックです。

ショックが大きすぎて仕方ないのでハウス栽培のピーマンを食べます!


 

 パリパリと小気味よい音を立てながら食べれば、ピーマンは実にその旨味を私の舌に伝えてくれる。うむ。やはりピーマンは素晴らしい。

 

 さて、とはいえだ。帰国から結構時間が過ぎて、落葉の時期も過ぎて気づけば年末の空気感である。あの地獄の生え変わりの時期も過ぎて、今では我ながら見事な冬毛のお馬さんである。

 

 ちなみにであるが、国内の芝のコースでの練習も再開されて、いよいよ私の体は本調子である。ただ、やはり国内の芝は固い。いうなれば、はねっ返りが強いのだ。その影響たるや、凱旋門の時の様に、あの深い芝の時の様に力目いっぱい加速しようとすると、7割程度の力で骨がきしんでしまう。これでは練習も何もあったもんじゃない。

 

 仕方ないので、どうにかこうにか骨への負担が減らせないものか、と悩んでいた時に、ふと思い立った。

 

 筋トレして筋肉量を増やせばいいのでは? と。そう。よく考えれば、私は中に人が居るのである。わざわざトレーニング任せにして体を動かすだけではなく、人でいうところの自重トレーニングを取り入れたらいいのではないかとピンと来たのだ。

 

 しかし、かといって腕立てが出来る訳でもない。いやまてよ、そう言えば、足腰の筋肉に負担がかかるポーズを少し前にしていた事を思い出した。

 そう、後ろ足で立ったあのポーズである。あのポーズは、後ろ足にかなりの負荷がかかる。特に足腰周りの筋肉などはプルプルと震える始末なのだ。

 

 そう、あのポーズを取ると、足腰の筋肉がプルプルと震えるのである。

 

 つまり、人でいうところの、プランクみたいな筋トレが出来るはずと思い立ったのが帰国後一カ月ちょっと経った時である。そして、その日から夜の日課に、プランクが追加されたのだ。

 

 最初のうち、前足を上げて、立ったポーズで60秒数える事。そして、前足を付いて、ケツを上げるようにバランスを取る事…こちらは難しいのでまずは10秒を目標として筋トレを開始したわけだが、これがなかなか辛いもので、最初は後ろ足に関しては30秒程度、前足については5秒程度しか持たせることが出来なかったのである。これはなかなか我ながらショックが大きかった。馬として結構速く走れているのにも関わらず、このような筋トレ程度で音を上げるなどなかなか貧弱であるな…と。

 その日からは意地になって筋トレを続けて、そして今に至るわけだ。

 

 流石、馬の体というだけあって、筋肉も付きやすい。今では後ろ足で120秒、前足で30秒程度キープすることが出来るようになっている。気持ち、体幹も鍛えられた感じである。ちなみに筋トレ中、人間からものすごく首を傾げられた。まぁ、なんだ。変なことをしている自覚はあるわけなので、見逃してほしい。

 

 ただ、この筋トレの甲斐があってか、7割程度の力までしか出せなかった芝のスパートが、8割程度までの力を出しても骨がきしむことが無くなっていた。筋肉はやはり素晴らしいものである。そして、筋トレをしてからのピーマンがこれまた旨いのだ。なぜだろうか。筋トレする前のピーマンと比べると、5割増しぐらいの旨味を感じるのである。こう、体が喜んでいるというか。不思議な感じである。

 

 そして、そんなこんなで鍛錬の日々を続けていた頃、ついに私の目の前に、例の運搬車が鎮座することとなる。季節は年末。となれば、もうあのレースしかあるまい。

 

 暮の中山、有馬記念である。ま、もしかしたらダートの可能性もあるが…まぁ、なんにしても日本に帰ってきてからの初レース。見事に勝利を収めたいものだと覚悟を改めた。

 

 暮の中山。有マ記念の前日。そこには、多くの記者と、3人のウマ娘が集っていた。

 

 トウカイテイオー、リオナタール、そしてナイスネイチャ。3人は並んでカメラの前で思い思いにポーズを取る。テイオーは腰に手を当てて、ナイスネイチャは左手を腰に当て、右手をカメラに向けて。リオナタールは自然体といった感じだ。

 

『さて、トウカイテイオーさん、リオナタールさん、ナイスネイチャさんの紹介を、改めてさせていただきましょう』

 

 司会の声が響くと共に、一斉にフラッシュが焚かれ始めた。

 

『まずご紹介するのはナイスネイチャさんです!先のジャパンカップ。今まででも前例のない最強の外国ウマ娘達を抑えて、見事にセンターの座を射止めてくれました!』

 

 ナイスネイチャに一斉にカメラのフラッシュが向いた。ナイスネイチャはといえば、慣れたように笑顔を浮かべ、顔の横に右手の一本指を立てる。

 

『そして次にご紹介しますは、リオナタール!フォワ賞での重賞制覇、そして日本のウマ娘として初のオーストラリアのメルボルンカップ勝利!大偉業と言っても過言ではないでしょう!』

 

 今度はリオナタールにカメラのレンズが一斉に向いた。そのリオナタールといえば、これまた普段のいでたちで、左手で小さく顔の横にピースを作っていた。

 

『最後に紹介いたしますは、今年の主役と言っても過言ではないトウカイテイオー!日本のウマ娘として初の、あの夢の舞台凱旋門を一着で潜り抜け、そしてダートの頂のBCクラシックを見事に駆け上ったあの最終直線!ウマ娘ならずとも、大興奮のレースを見せてくれました!』

 

 最後にそう紹介されたテイオーに、一斉に視線が集まる。テイオーといえば、左手を腰に当てると、右手で一本指を作り、勢いよく掲げて見せた。

 

 テイオーのポーズに、わっと沸く会見会場。そして、その騒ぎが落ち着くころ合いで、司会者が言葉を発した。

 

『さて。ご存じの通りではありますが、今年はこの世代最強の3人に対して、Uma-musume Racing Associationから特別表彰を行います!』

 

 拍手が巻き起こる。

 

『年度代表ウマ娘。今年は特例中の特例です。通常は一人と定められておりますが…3人の偉業に敬意を表し、今年の年度代表ウマ娘は。トウカイテイオー。リオナタール。ナイスネイチャ。この3人が選ばれることとなりました!』

 

 拍手だけではなく、歓声が巻き起こる。賞を受けたトウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャの3人は堂々と笑みを湛え、お辞儀を行っていた。

 

『さて、ではトロフィーの授与となるのですが…。通常であればこのままURA役員からの授与となるのですが、今年は特別ゲストに来ていただきました!』

 

 ここで初めて3人は顔を見合わせた。会見を開くとは聞いていた。表彰を受けるとも聞いていた。だが、この特別ゲストという事は聞いていなかったのである。

 

『生ける伝説!彼女が走っていた当時、獲得可能なGI級レースをすべて勝ち、日本ウマ娘史上初、初めて「五冠ウマ娘」の称号を与えられたウマ娘であり、長らくの間『彼女を超えろ!』とURAは日々邁進していました。「鉈の切れ味」と呼ばれたあの末脚は、未だに人々の脳裏に鮮烈に残っております!

 

 登場いただきましょう!どうぞ!』

 

 そう司会者が締めると同時に、一人のウマ娘が会見場の前へと歩み出た。

 

 鹿毛の髪を揺らし、どこかトウカイテイオーに似た、一房の白い毛を額に湛えて。

 

 その服は、おそらく勝負服であろうか。和装に近い、しかし走る事には邪魔にはならない、そんな優雅な勝負服。

 

 カツン。と蹄鉄を床に打ち付けて、その一人のウマ娘は記者たちへと顔を向けた。

 

『ご紹介に預りました。私の名前はシンザン。本日はこのような目出度い場所にお招きいただき、感謝申し上げます』

 

 一礼。それだけで、空気が引き締まるようだ。

 

『では…早速。まずはナイスネイチャ。君は見事、国外の強豪を避けてみせた。最後の直線、見事だった』

 

 そう言ってシンザンはトロフィーをナイスネイチャに渡す。

 

「ありがとうございます」

 

 緊張している声が、返ってきた。

 

『リオナタール。君は見事、国外へ挑戦し、その末脚でメルボルンカップを見事に獲ってみせた。凱旋門もトウカイテイオーと共に制してみせた。見事だ』

 

 そう言って、シンザンはトロフィーをリオナタールへと渡した。

 

 「ありがとうございます」

 

 自然体な、しかし、誇らしい声が、返ってきた。

 

『トウカイテイオー。君は、素晴らしい。凱旋門賞、BCクラシック。片方だけでも偉業だと言うのに、両方を獲るという大偉業を成し遂げた。凱旋門賞、あの最後の直線。私も見ていた。ああ、君は、私を熱くしてくれた。ありがとう』

 

 そう言って、シンザンはトロフィーをトウカイテイオーへと渡し、そして、耳元でささやいた。

 

『来年には仕上がる。年藤の奴も、赤飯の奴も、三人娘も仕上げにかかっている。我らは、君を待っているからな』

 

 笑顔を見せながらそう囁いたシンザンに、テイオーは一瞬驚く。が、しかし。

 

「ありがとうございます。でも、ボクが最強ですから」

 

 自信満々の、頼もしい声が、返ってきた。

 

 

 予想通り、運搬車に乗せられて東京の中山競馬場に着いた私は、例の如く厩舎で体を休めていた。まぁ、もちろん、もっしゃもっしゃとピーマンを食べる…わけなのだが。

 

『もっしゃもしゃもっしゃもっしゃ』

 

 この音は、暮の中山の厩舎に響く咀嚼音である。私ではない。私以外のお馬さん達だ。

 

 同志レオダーバン、ナイスネイチャ、坂路のお馬さん、小柄な黒いお馬さん、加えて数頭。

 そして、なぜおまえが居るのか?エーピーインディ。いや、最初は見間違いかと思ったけれどもだ。

 

『お久しぶり。草走りにくい。これ旨い。お前好き』

 

 このニュアンスでこいつ、やっぱりエーピーインディだと納得できた。ピーマン食いながら私の事を好きとか言って来る奴は、世界広しと言えどエーピーインディしか知らない。いや、本当、なんで暮の中山にお前が居るんだ?私の知る限り、あのBCクラシックで引退しているはずだろう。なんだ、私に負けたBCクラシックのリベンジでも決めるつもりなのか?お前速いから嫌なんだよなぁ…。

 

 ううむ…そして、現実逃避にちらりと周りを覗いてみれば、ピーマンを食ってない馬の皆さまのバケツにすらも、ピーマンがご用意されている始末。どういうことなのであろうか。あ、メジロマックイーンはピーマンじゃなく果物である。ちょっとホッとした。

 

 いやしかしだ。レオダーバンといいナイスネイチャといい、確かに私がピーマンを勧めたが…こうも暮の中山に集まるもんかね。というか、なんだ。ピーマン食ってる馬は速い!とか人間に勘違いされていそうである。実際有馬記念出場馬の半数がピーマン食ってる実力馬であるなんて、実際、なかなかの事態ではなかろうか?

 

 ま深く考えても仕方ないか。私も彼らに交ざりピーマンを食らうとしよう。とはいえだ。君らもピーマンが好きなんだろうが、何を隠そう、私が一番ピーマン好きなのである。こればっかりは絶対に譲れないのだ。

 

 

 

 

『さぁ、改めまして。本日、有マ記念に出走のウマ娘達をご紹介していきましょう。

 

 一枠一番、3番人気ナイスネイチャ。

 前走ジャパンカップでは海外勢を抑えて見事にセンターの栄誉を手に入れました。

 トウカイテイオー、リオナタールに並びシニア級最強ウマ娘と言われております。

 この有マ記念でも好走を期待したいウマ娘です。

 

 一枠二番、9番人気ヴァイスストーン。前走は福島記念で9着。

 センターこそ少ないウマ娘ですが、重賞レースの常連のウマ娘です。展開によっては勝利の可能性は十分にあります。

 

 二枠三番、18番人気メジロパーマー。

 前回のグランプリ、宝塚記念を逃げ切ったグランプリウマ娘です。

 前走の天皇賞秋では17着と撃沈しましたが、そんなものは関係ないと今回も爆逃げ宣言。逃げ切れるかどうか、注目のウマ娘です。

 

 二枠四番、1番人気リオナタール。

 凱旋門では入着、前走メルボルンカップでは日本のウマ娘として初勝利を上げております。

 天皇賞春ではメジロマックイーン、トウカイテイオーを抑えての見事センターの座を射止めました。

 今、まさに乗っているウマ娘です。自慢の末脚は炸裂するのか。注目のウマ娘です。

 

 三枠五番、4番人気トウカイテイオー。

 ご存じ無敗の三冠ウマ娘。凱旋門賞、BCクラシックを勝利し、堂々の凱旋に選んだのは暮の中山有マ記念です。

 更に、逃げ、先行、差し、追い込みとすべてに対応できる変幻自在の脚の持ち主であります。

 走り出すまではどう動くかが全く予想が出来ない点、未だクラシック以外の国内G1レースでセンターを獲れていない点など懸念が多いせいか、人気は4番と低めです。

 今回、見事実力を発揮し、国内でのシニア級で初のセンターの栄光なるか。

 

 三枠六番、8番人気レリックアース。

 昨年から怪我に悩まされていたウマ娘ですが、今年の夏前から本格化。セントライト記念ではライスシャワーに先着。

 菊花賞は見送り、世代最強を決める舞台と定めたのは暮の中山、有マ記念。前走ジャパンカップでの入着の実績をひっさげて、堂々の出走です。

 

 四枠七番、13番人気レッツゴーターキン。

 先の天皇賞秋では見事に一着。同期メジロマックイーンの不在の中、見事その実力を示すレースとなりました。

 しかし前走ジャパンカップでは残念ながら着外の八着。今回の有マ記念であの輝きを取り戻せるのか。期待のウマ娘です。

 

 四枠八番、11番人気ダイタクヘリオス。

 前走スプリンターズステークスでは4位入着、その前のマイルチャンピオンシップでは見事センターの座を射止めました。

 そして記憶に新しいのは、メジロパーマーとの宝塚の大逃げ大波乱のレース。今回の有マ記念でも大波乱を見せるのか。楽しみです。

 

 五枠九番、15番人気オースミロッチ。

 前走はトパーズステークスにて見事センター。他に京都大賞典など重賞を勝利しています。

 しかし今までの勝ちがすべて京都レース場と極端なウマ娘です。この有マ記念、初の京都レース場以外の勝利をつかめるのでしょうか。

 

 五枠一〇番、12番人気ケーツースイサン。

 同期ブレスオウンダンス、シガーブレイドから打倒トウカイテイオーの想いを託されたウマ娘です。

 お前を超えるんだと意気込んだ会見は気迫あふれるものでした。

 前走ディセンバーステークスでは見事センターの座を射止めておりますが、脚の怪我が再発したこともあり、少々不安な点も。

 無事に走り切って欲しい所です。

 

 六枠十一番、2番人気メジロマックイーン。

 怪我から回復後、初の復帰レースに選んだのは得意距離のグランプリ有マ記念。

 前走は天皇賞春。リオナタールに次ぐ2着でしたが、着差なしのレコードタイムは流石の実力といえるでしょう。

 今までの実績、そして得意距離の2500メートルを踏まえてか、2番人気に推されています。

 

 六枠十二番、14番人気ムービースター。

 前走はマイルCSでの8着と最近は良い結果に恵まれてはおりません。

 ですが、過去にレコードを出して勝利したその実力は本物です。有マ記念で実力が発揮できるのか。期待が持てるウマ娘です。

 

 七枠一三番、16番人気サンエイサンキュー。

 前走は京都のローズステークスでレコードタイムを出しての一着です。

 そして今回、札幌記念の借りは返すぞトウカイテイオーと意気込んで、トレーナー契約を変更して挑む有マ記念です。

 気合の入れようは、出走予定だったエリザベス女王杯を蹴り、この有マ記念にピークを合わせて来たという話も聞き及んでおります。

 その決断は実を結ぶのか。期待が持てます。

 

 七枠一四番、10番人気ヒシマサル。

 前走はジャパンカップ。最高のメンバーと言われた海外ウマ娘入乱れる中で、見事に掲示板入りする実力の持ち主です。

 そして、このレースを最後にアメリカに旅立ちます。驚くことに、なんとあのセクレタリアトのトレーナーとして!最後に錦を飾れるのか!気合十分です。

 

 七枠一五番、17番人気ヤマニングローバル。

 鮮烈なデビュー戦3連勝以来、怪我で調子が出せていませんでしたが、天皇賞秋での3着など。最近は上がり調子です。

 怪我さえなければ、かのアイネスフウジンらとダービーを競い合えたと言われたウマ娘でもあります。今回の有マ記念、その実力を出すことが出来るのか。前走はジャパンカップで12着。

 

 八枠一六番、7番人気ライスシャワー。

 今年のクラシックを盛り上げてくれたウマ娘の一人。その美しい黒鹿毛から、漆黒のステイヤーと呼ばれております。

 前走、菊花賞での見事な追い込みはまさに鬼の末脚と言える素晴らしいものでした。

 そして、菊の冠を引っ提げて殴り込むは史上最高メンバーとも言える有マ記念であります。ミホノブルボンとの対決も期待です

 

 八枠一七番、5番人気ミホノブルボン。

 ライスシャワーと並び、今年のクラシックを盛り上げてくれたウマ娘の一人。

 前走は菊花賞2着。今年、三冠ウマ娘にもっとも近かったウマ娘です。ライスシャワーに菊の冠を取られましたが、その逃げ足は本物です。

 しかし、2500メートルという長距離でリベンジを決められるのか。そしてトウカイテイオーとは新旧ダービーウマ娘対決。注目です。

 

 九枠一八番、大外に付きましたのは、6番人気エーピーインディ。

 今回はURA特例枠としての出場。有マ記念、初の外国ウマ娘の参戦です。前走はブリーダーズカップクラシックの2着。

 そして、今回のこのレースをもって、エーピーインディはアメリカのドリームトロフィーシリーズへと進みます。

 今回初の日本芝のコースですが、本人曰く、クレイと同じだという力強いコメントを頂いております。期待十分です。

 

 さて、どうでしょうか。今回の有マ記念、注目すべき点などはありますか?』

 

 

『正直に言ってしまいますと、今回、注目するところが多く、予想するのは非常に難しいレースとなっております。昨年のダイサンゲンの件もありますので、人気薄のウマ娘が勝利する可能性も十二分にあります。

 特にメジロパーマー。人気が最も薄いのですが、ダイタクヘリオスとの宝塚記念の大逃げコンビ復活という事で、もしかしたらがあるかもしれません。

 加えて今年のダービーウマ娘、ミホノブルボンも逃げに加わる事でしょう。そうなると大逃げトリオとなりまして、相当ハイペースなレースであることが予想されます。

 

 そして更に今年、日本のウマ娘を盛り上げた功労者の三人、トウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャのシニア同期組、それに挑むサンエイサンキューなどのウマ娘もおります。

 更に更に、休養明けのメジロマックイーン、現役アメリカウマ娘界最強のエーピーインディも走るわけです。

 

 レース展開としては、もちろん、ダイタク、ブルボン、パーマーが逃げ、リオナタール、ナイスネイチャあたりは間違いなく最終直線で追い込んでくるはずです。

 エーピーインディ、メジロマックイーン、レリックアースあたりは前目のレースと予想が付きます。

 

 しかし、トウカイテイオーだけは一切予想が付きません。

 

 2500だからスタミナが持つと踏んで大逃げに混ざるのか、それともマックイーンやエーピーインディをマークして前に付くのか、はたまたリオナタールあたりと一緒に後方からのレースをするのか、それとも我関せずとばかりに殿から追い込みをかけるのか…これによっても、レース展開はまた随分と変わってくるはずです。

 

 ただ、間違いなくこう言えます。正直誰がセンターに立っても、文句なしのレースになることでしょう』

 

『まさに、英傑集いし暮の中山と言ったところですね。

 さて、有マ記念、芝2500メートルの頂点に立つのは、一体誰なのでしょうか。出走時間が近づいてきております。いよいよ本バ場入場です』

 

 

「どうでしたか?テイオーは」

「ん?ああ、ルドルフか。いい娘じゃないか。いやはや、少々吹っ掛けてみたんだが、物怖じせずに返されたよ。ボクが最強ですから、だとさ」

「相手が貴方でも、ですか。はは、テイオーらしいですね」

「久しぶりに骨のあるウマ娘だと思ったよ。いやぁ、心底、ドリームトロフィーが楽しみで仕方がない。お前が此方に上がってきた時以来の高揚感だ。お前ももちろん楽しみなのだろう?」

「ええ。もちろんです。ですが、彼女に土を付けるのは、私が最初ですよ?」

「はははは。好きにするがいいさ。――只、私は大外を突き抜けるのみ、さね」




次回。暮の中山、有馬記念。

2500メートル先のゴールを駆け抜けるのは、果たして。


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1992.12.27-15:20 中山競馬場-第9競技/トゥインクルシリーズ総決算 有マ(馬)記念

『あいつが出ていなければ、お前が勝てた』

そんな言葉、絶対に言わせない。言わせてなるものか。

※主人公のブルボンさんの記憶を治しております。


 パドックを周りながら、ほう、と少し感心していた。 

 

 というのも、エーピーインディが居るからか、有馬記念の掲示板の表示が、日本語と英語で交互に表示されていた。これは見たことがない感じである。

 

 ということで、早速、英語のレース名を確認する。Arima Kinen (The Grand Prix)と出ている。なるほど、やはり有馬記念である。まぁ、この観客の数といい、同志や仮面のお馬さん、あとメジロのマックイーンが出ている時点でそれであろう。逆に有馬じゃなかったら何のレースなんだ、となるぐらいの面子である。

 

 ええと、とりあえずエーピーインディが本物かどうか…ええと、18番…A.P. Indy。ふむ。やはりエーピーインディである。いや本当になんで暮の中山に?あとは他のお馬さん達の名前も見てみよう。

 

 1番の仮面のお馬さん。Nice Nature。ナイスネイチャである。オッケー、予想通り。いやはや、本当にG1を獲ったのだなぁ…。

 

 2番は、White Stone。葦毛のお馬さんである。日本語読みだとホワイトストーン。確か重賞連続出場が結構すごいお馬さんだった記憶がある。

 

 3番は…Mejiro Palmer。メジロパーマー。お、メジロパーマーも走っているのか。宝塚記念と有馬記念の逃げ勝利は凄かった記憶がある。

 

 ん!?あれ!?ちょっとまて。メジロパーマー!?いやな予感がする。もしかして…と思い、他のお馬さんの名前を見てみると。

 

 居た!8番!ダイタクヘリオス!

 

 ああ、そうか!1992有馬記念!ダイタクヘリオス!!メジロパーマー!!!このメンツが揃っていたらもうこれは確定であろう。メジロパーマー大逃げ勝利の有馬記念である。2年連続で人気薄の馬が勝ったので非常に印象に残っている。うーむ…ただ、この時、実際トウカイテイオーも走ってはいて、非常に調子が悪かったらしく凡走。ただ、現在の私は調子が非常に良いので、まぁ、その部分は参考にはならないであろう。

 

 あと気になるのは、この1992の有馬記念にあの葦毛のお馬さん、メジロマックイーンは居なかったはずなのだが、11番にしっかりと名前が載っていた。更にである。1992年のクラシック戦線のお馬さんの名前も見ることが出来たのだが…首を傾げてしまった。

 17番。Mihono Bourbon。そう。あのサイボーグと呼ばれた逃げ馬、ミホノブルボンも走っているのである。おかしい。確かブルボンは有馬を走る前に怪我をしてしまったお馬さんのはずである。記憶が正しければ、今は確か復帰を目指して頑張っているハズなのだが…。そう思って17番を付けたお馬さんは一体、誰なのかと確認したところ、なんと、坂路で私の後ろを付いてきていたあのお馬さんであった。まじかー!

 

 速いとは思っていたけれども、そうか、お前はミホノブルボンかぁ。いや、ということは…16番に居た、Rice Shower。ライスシャワーである。ミホノブルボンの三冠を防いだり、メジロマックイーンの天皇賞春の三連覇を防いだりと、どこかヒール的なお馬さんでもある。のだが、そういえば、天皇賞春はメジロマックイーンが連覇出来なかったし、ブルボンの前年、つまり去年は私が三冠を獲っていたりと、案外その風当たりは小さくなっているのかもしれない。

 

 ま、少し話が逸れてしまったが、この1992有馬記念、私の知る有馬記念とはずいぶん様相が様変わりしているようだ。実際、今名前を出した連中だけでも有名なお馬さん達ばかり。

 

 ちょっとレースの妄想をしてみようか。

 

 有馬記念、スタートしたらまちがいなくブルボンとパーマー、ヘリオスが爆逃げである。それを追っかけるようにメジロマックイーンとエーピーインディあたりが行くであろう。ライスシャワーは…誰をマークするのであろうか?史実では私であったが、このメンツであったらメジロマックイーンやエーピーインディかもしれない。更に後ろを見てみれば、間違いなくレオダーバン同志とナイスネイチャもいるであろう。他にもヒシマサルやレガシーワールドなんかの有名なお馬さんもいることであろう。

 

 そして、トウカイテイオー、つまり私はどうする?我ながら、逃げもいける。先行もイケる。差し込みもイケる。追い込みだって問題は無い。予想がつかん。彼に手綱を任せるのみである。

 

 ただ、最終直線。誰が前に来るのかは全く予想がつかない。レオダーバン同志が差し切る可能性もある。マックイーンがレースを支配している可能性もある。インディがぶち抜く可能性もある。ライスシャワーが先頭の可能性だって十二分にある。

 

 正直、この有馬記念は私も見たいぞ。ただ、悲しいかな私は出場する側なのである。ま、ひとまずは後悔の無いように走り切るしかあるまい。

 

 などと考えていたら、止まれの合図が聞こえて来た。大人しく脚を止めて彼を待つ。

 

 

「おはようございます。ついに来ましたね。有馬記念」

「おはよう。ああ。大一番だよ」

「テイオーの調子はどうでした?」

「昨日の追い切りじゃあ最高だったね。今朝も会いに行ったけど、気合十分だったかな」

「そうですか!じゃあ、今日は期待が持てますね!」

「うん。ただ、面子が豪華でなかなか難しいと思っているよ。それに、どう走らせるかをまだ決めかねているんだ」

「と、いうと?」

 

「2500メートルなら間違いなくレコードタイムで逃げ切る事も出来る。前目について最後加速することも出来る。後ろ目について差し切る事も出来る。殿について直線一気も出来る。万能の馬だからこその悩み、といった所だね」

 

「ああ、なるほど。確かにどうやっても走りますもんね」

「ただ、気になるのは馬場状態だね。テイオーが得意としている深い、パワーが必要なそれじゃあないから、いつもの追い込みの位置だと、加速しきれないかもしれないって思っていてね」

「あー…去年の有馬もそんな感じでしたよね」

「うん。ああ、そうだな。君なら、どうする?」

 

「私ですか?うーん…ま、そうですね。どうやっても走る馬なので、信じて走るだけ、といった所です。負けたら負けたで仕方がないかなと」

 

「信じて、か。うん。そうだね。確かにテイオーはそういう馬だ。ありがとう。覚悟が決まったよ」

「あまり良い事言えずに申し訳ありません。じゃあ、私は観客席で見ています。ご武運を!」

「ありがとう。―――さて、テイオー。一緒に、度肝を抜こうじゃないか」

 

 

 今日は彼は静かに私に跨った。なんというか、いつもと雰囲気が違う。はて?と思ったが、その目は馬の私から見ても、ぎらぎらと輝いていた。うん。これは期待十分である。

 

 本馬場に入り、脚のストレッチをしていると、なぜか歓声が沸き起こった。ストレッチを止めると、歓声が止む。そして、ストレッチを行うと歓声が沸き起こる。…ん?もしかして、これは私のストレッチで歓声が沸き起こっているということか?思わず足を止めて観客席を見てしまった。

 

 …ああ!そうか!トウカイテイオーってあれだ、こう、跳ねるように歩く姿が特徴的だった。そうか、我ながらこのストレッチはジャンプしているような形になるわけで、テイオーステップに近いわけなのだ!つまり、これを見れたから、観客は歓声を上げていたわけか。なるほど、合致した。それならばもうちょっとサービスでストレッチをしていこ…っと、手綱を扱かれてしまった。仕方ない、ファンサービスはレース後に行うとしようじゃないか。

 

 今は目の前のレースである。気持ちを切り替えて、ウォーミングアップがてら芝のコースを軽く駆ける。芝の状態は実に良い。つまり、硬い。うーむ。これではラストスパートが苦労しそうである。加速は出来るが骨が軋むことになるわけなのだ。彼もきっと考えてはくれているだろうが、どうしたものか。

 

 ま、とはいっても私に今出来る事は、しっかり筋肉をほぐして、彼の手綱に従えるように気持ちを整えるだけである。

 

 そしてファンファーレを遠くに聞きながら、静かにゲートイン。去年の有馬の様に、ゲートインを嫌がるお馬さんもおらず、スムーズに準備は進む。

 

『―――――!――――――!』

 

 遠くから、アナウンスの様な声が聞こえる。同時に、人間が、旗を振った。

 

 

「各馬ゲートイン完了。…第37回有馬記念。スタートしました。各馬綺麗にスタート。先頭争いはやはり行ったミホノブルボン、メジロパーマー、ダイタクヘリオス。3頭がハナを主張し合いながらコーナーへと向かいます。1番人気レオダーバンは下げて後方2番手、2番人気メジロマックイーン、6番人気エーピーインディは前目に付けて、その後ろにライスシャワーが付けています。注目の各馬、位置取り激しくコーナーを抜けて参ります。凱旋門賞馬トウカイテイオーは最後尾、殿につけての競馬。今日は追い込み態勢か。

 

 正面スタンド前に各馬入りまして、聞こえますでしょうが!大歓声!大歓声であります!拍手と歓声が降り注ぐ!さあ改めて順位を見ていきましょう!

 

 先頭はミホノブルボン! その後ろすぐにメジロパーマーとダイタク! そして5馬身空けてメジロマックイーンと外にエーピーインディが並び、その内レガシーワールド、ライスシャワーが続きます。更に3馬身を空けてナイスネイチャ、レッツゴーターキン、オースミロッチ、フジヤマケンザン、ホワイトストーン、ムービースター、ヤマニングローバルが集団を形成しています。そこから少し開いて錦を飾れるかヒシマサル、サンエイサンキュー、1番人気、そして今回のレースで種牡馬入りを表明しているレオダーバンはここに居た! 外目に振って前を狙っているか!? そして更に4馬身。我関せずと進むのは凱旋門賞馬トウカイテイオー! 殿で堂々の凱旋であります! 先頭から殿まで20馬身以上開いている! さあ、どうなる有馬記念!』

 

 

 これは見事に予想通りの展開と言えよう。ゲートを飛び出て一気に前に出たのはパーマーとブルボン、そしてヘリオスである。そして私はと言えば、彼の手綱に従って最後方、殿からの競馬である。うーむ、この92年の有馬記念、展開を知っている私からすると、出来れば前についておきたかったのだが…とはいえ彼を信じるしかあるまい。

 

 あっという間に先頭との距離が開いて正面スタンド前である。わあ、と大音量の歓声と、大きな拍手が私たちに降りかかった。ちらっと見てみれば、超満員も良い所。ぎゅうぎゅう詰めのスタンドだ。人がごみの様だ!と一度は言ってみたい台詞を頭の中で唱えておく。

 

 それにしてもペースが速い。殿とは言え結構本気で走らなければ置いていかれそうな感じである。少し間を空けて前を走る同志からは。

 

『速い。疲れる』

 

 と簡単なニュアンスが伝わってきた。まぁ、うん。私もそう思う。ただ、このペースに食らいつかないと多分パーマーやブルボンに追いつけないのだ。うーむ、それにしても彼はどう考えているのだろう?もし、最終直線で鞭が入った場合は、先頭をとらえきれないと思うのだが…。

 

 などと考えていたら第一コーナーである。先頭はミホノブルボンとパーマーが競り合っている感じ。あとは順当にメジロマックイーンとインディが前に付けている感じである。ネイチャとレオダーバン同志は私の見える位置に居る。ま、まだ焦る時間ではない…と思いたい。

 

 ふと、コーナーを周っているさなか。手綱が緩んだ。どころか、少し扱かれた。

 

―少しずつ前に行け―

 

 ということである。考える前に少し足に力を入れて、加速を始めた。第二コーナーを抜ける頃には、レオダーバンの尻にぴったりと付いて観客席とは逆側のストレッチへと入る。が、手綱は緩んだまま。

 

―もっと外を行け―

 

 そう言うように、左の手綱を引っ張られ、そして手綱を緩められた。…ほおう?判ってきたぞ。君の考えていることが。なるほど。このメンツに対してそうか。

 

 ならば行こうじゃないか。思うや否や、脚のギアを入れ替えて、歩幅を動かし、全力を出し始める。そう。彼の考えている事。それは。

 

 

 向こう正面からのロングもロング。ロングスパートである。

 

 

 私の考えは合っていたようで、加速し始めた私を止めることもしない。まあ確かに、私のスピードを活かすにはこれしかないかもしれない。最後に一気にトップスピードに持って行くと足に負担がかかる。それならば、じわりじわりとスピードを上げてトップスピードに乗せればいい。

 そういうことだろう?あと1500メートルを、私のスタミナが持つと信じてくれたのであろう?

 私はキミを信じている。そして、私もキミからの信頼も感じている。いい。それでいい。

 そう思いながら、改めて手綱を食んで、首を下げた。そして、ぐっと足に力を込めて、ストライドを広げた。

 

 …やはり手綱は緩いまま。ならば行こう。

 

 ならば、度肝を抜いてやろう。行くぞ、最高のお馬さん達。

 

 この有馬記念、殿から、トウカイテイオーが度肝を抜くぞ!

 

 さあ行くぞ!Hi-yo Silver!!!

 

 

『向こう正面に入りまして先頭は相変わらずミホノブルボン!

 1000メートル通過タイムが57秒台!? ハイペースの大逃げだ! ぴったり付いて大逃げコンビのメジロパーマー、ダイタクヘリオス、その後ろに順位を上げて来たメジロマックイーンとエーピーインディがぴったりとくっついて逃げ集団を形成しているがスタミナが持つのかどうか!?

 少し間をあけてフジヤマケンザン、ホワイトストーン、ライスシャワーはまだこの位置、レガシーワールド、ここにジャパンカップ勝利馬ナイスネイチャ!

 

 おっと!?ここで殿、トウカイテイオーが動いた!外に振ってじわりじわりと上がってきている。まだ向こう正面だトウカイテイオー。これはどうした、掛かってしまったか!?そしてそれを見るようにレオダーバン、ヒシマサルあたりが付いて行って先頭が第三コーナーに差し掛かる!そしてトウカイテイオーだが鞍上が手綱を扱いている。これは…まさかロングスパートか!?』

 

 

 先頭のハイペースの逃げは、オーバーペースも良い所だと思う。リオナタールを見てみれば、もう顔が真っ赤で、汗を流している。

 

 ナイスネイチャも、息が上がっている。ヒシマサルもだ。全員が必死なんだ。

 

 でも、僕は加速をやめない。信じられないと言う顔でリオナタールがこちらを見た。ナイスネイチャも、此方に首を振った。

 

『テイオー、まさか掛かった…!?』

 

 ナイスネイチャがそう囁いた。だけど、そうじゃないんだ。

 

「大外。ボクの脚は最後まで持つよ?」

 

 ボクがそう呟いて加速していくと、何人かの目つきが変わった。必死な顔のリオナタールがボクの背中についた。目つきが厳しくなったナイスネイチャも外に振って追撃態勢。ヒシマサル、サンエイサンキューもだ。

 

 前を見れば、ゴールをめがけて加速し始めた逃げの集団が見える。 

 

 でもね。パーマー、ヘリオス、ブルボン、マックイーン、それにインディ。ボクだって強くなっているんだ。

 

 リオナタール、ナイスネイチャ。君達に負ける訳にもいかない。

 

 サンエイサンキューもボクに土を付けるとか言ってたよね。でも、まだ、まだまだ甘い!

 

 脚に力を込める。ギアをもう一つ上げる。

 

 さ、行くよ。…ま、せっかくならカッコつけていこうか?

 

 

 ――やあやあやあ!

 

 

   遠からんものは音に聞け!

 

   近くば寄って目にも見よ!

 

   我は最強無敵のウマ娘!

 

   東海帝王也!

 

   豪傑どもよ!

 

   最強に比類するウマ娘達よ!

 

   この有馬の最終直線!

 

   いざ尋常に勝負、勝負!―――

 

 

『第三コーナーを周って先頭は変わらずミホノブルボン!

 しかしじわりじわりと伸びて来たマックイーンとエーピーインディが横並び!パーマーも粘るがダイタクヘリオスはペースダウンで後方に下がる!その後ろからライスシャワーも来ている。

 ここで大外にロングスパートをかけて来たトウカイテイオーが姿を見せた!!その後ろにナイスネイチャとレオダーバン!第三コーナー抜けて第四コーナーに入ったところでレッツゴーターキンとサンエイサンキューも位置を上げて来た!各馬動きが激しくなってきている!

 

 さあ第四コーナーを抜けて直線を向いた!

 

 直線向いての先頭はミホノブルボン!しかしすぐ後ろ、最内にメジロマックイーン!続けてメジロパーマー!レオダーバンも外に振って差し切り態勢だ、しかしナイスネイチャが伸びて来た!外に振ったリベンジを決められるかサンエイサンキュー!各馬ゴールに向けて突っ込んでくる!

 

 大外!大外から突っ込んできたトウカイテイオー!内からはメジロマックイーン!メジロパーマー!ブルボンはペースが上がらない!レオダーバンが伸びない!?ナイスネイチャとレガシーワールドが馬群を割って突っ込んでくる!

 

 各馬坂を駆けあがる!

 

 テイオーとマックイーンが並んだ!並んだ!

 

 並んだ!

 

 しかししかし、しかし!

 

 坂で突き放したトウカイテイオー!トウカイテイオー!!トウカイテイオー!今一着で、ゴールイン!

 

 強い!!!凱旋門賞馬はやはり強かった!この英傑揃う有馬記念でも堂々の競馬!大外から飛んできた素晴らしい競馬!堂々たる競馬でした!

 

 大逃げハイペースの競馬、ミホノブルボン、パーマーがよもやという展開でしたがやはり、やはりやはり強かったトウカイテイオー!

 

 そして古馬G1初勝利!見事!帝王の凱旋は暮の中山、有馬記念の最高の舞台!

 

 2着は惜しくもメジロマックイーン!しかし半馬身差の接戦であります。3着は最後の最後に伸びを見せたナイスネイチャ。2年連続有馬記念3着であります!

 

 惜しくも逃げに逃げたメジロパーマーは4着と大健闘!5着争いはミホノブルボンかライスシャワーかはたまたレガシーワールドかと言ったところか!そして、まさかまさか、今回限りで引退の一番人気、レオダーバンは着外!波乱の結果となりました有馬記念!

 

 しかし、しかし!誰も文句を言う者はいないでしょう!各馬、見事な競馬を見せてくれました!

 

 そして…勝ち時計は…なんと!?昨年のダイユウサクの2分30秒6を2秒近く縮めた2分28秒ジャストのレコードタイム!上がり3ハロンが31秒台に迫るかという驚異的なタイム!!これは…なんと!?芝2500メートルのワールドレコードを見事に更新している!!

 

 トウカイテイオー!帝王は、やはり、やはり強かった!』

 

 

 トウカイテイオーは、国内シニア級で初のセンターの栄誉を手に入れた。その正式タイムは2分28秒。上がり3ハロン31.9秒というまさに、規格外。2着のメジロマックイーンも2分28秒1というタイムであり、3着のナイスネイチャですらも2分29秒台のレコードタイム。史上最高の有マ記念は幕を閉じることとなった。

 

 そしてその夜。トウカイテイオー、メジロマックイーン、ナイスネイチャはウイニングライブの舞台に立っていた。降り注ぐ大歓声。色とりどりのライトに、一瞬目を細めるテイオーであったが、指を一本立て、右手を天に掲げた。

 

 何度も見た姿。何度も、見た姿である。しかし、その姿に観客は大歓声で答えた。そして。

 

『ボクがここまで来れたのも、みんなのお陰です。ありがとうございます』

 

 そう手短に言葉を伝えて、いざ曲が流れ始めた。

 

 有マ記念。それは、ただのレースではない。一年の総決算。その意味は、多くの意味を含む。

 

 今年は、トウカイテイオーの凱旋を、メジロマックイーンの復帰を、ナイスネイチャの健闘を祝う有マ記念となった。

 

 そして、同時に、この、競技の世界に希望を持って踏み入れようとしているウマ娘を歓迎し。

 

―すごい、テイオーさんはすごい!―

―マックイーンさんもすごい!―

―私たちも、いつかはここで、きっと走るんだ!―

 

 去るウマ娘達を、送るレースでもある。

 

―私だって走りたかった―

―怪我さえなければ、もっと―

―ああ、ターフも見納めか―

―ありがとう。私の青春―

 

 運。実力。縁。足りなかったウマ娘。そして、満足して去るウマ娘もいる。

 

 有マ記念は、そんな彼らを迎え、送る。歓送のレース。よくよく観客席を見てみれば、中央トレセンの制服ではない、そんなウマ娘の姿もある。付きそうトレーナーの姿もある。

 

『今日お送りする曲は、新曲です。聞いてください!』

 

 知ってか知らずか、トウカイテイオーの元気な声が暮の中山に響き渡る。そして、特徴的なファンファーレを意識したイントロが流れ始め…。

 

 『曲名は、ユメヲカケル!』

 

―キミと夢をかけるよ。何回だって、勝ち進め、勝利のその先へ!―

 

 全てのウマ娘。そして、人々の夢に、幸あらんことを。

 



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Leo Durbanよ、永遠なれ

「お疲れ様です」

「おう。お疲れ。やったなぁ見事な一着!ついにテイオーが古馬G1を獲ったかぁ!」

 

「ええ!やりましたよ!いやあ、鞍上がどう動くか、はらはらしていましたが…蓋を開ければ度肝を抜くようなロングスパート!そしてレコード!鼻が高いってもんです」

 

「おめでとう!本当に!」

「ありがとうございます」

「しかし、それでもメジロ、あとブルボンは強かったなぁ」

「ええ、パーマーとブルボンが大逃げ、マックイーンが最後伸びてあわや、でした。ただ、残念だったのはレオダーバンです。今回で完全に種牡馬入りですからね…」

「ああ。テイオーのライバルが一人減る、か。嬉しいやら悲しいやらだな。引退式は何時からだっけ?」

 

「この後19時からですね。ああ、引退式の口取りの時に、テイオーとナイスネイチャも出せないか?と陣営と運営側から相談がありまして」

「ほう?」

「91~92年。盛り上げてくれたサラブレッドの3頭が揃うのはこれが最後。ということだったので、オーナーと話し合って、此方はOKと返答しておきました」

「ま、テイオーは大人しいし大丈夫だろう。ナイスネイチャ陣営は?」

「おそらくOKかと。ただ、ナイスネイチャはやんちゃな所があるということなので、大人しく写真に写ってくれるかが不安と言ってましたね」

 

「そうか。しかし、91年クラシック組の3強の一角が引退か…世代交代だな」

 

「はい。オーナーとも話してましたが、テイオーもいよいよ。という話も出ています。今回の有馬で種牡馬としても位を上げましたからね。ファンの声、怪我のリスク、色々考えながら今後を考えていきたいと思っています」

 

「それがいい。ま、ひとまずは今日の勝利を喜ぶとするか。とりあえず酒とつまみだ」

 

「…これは、ぴめんと、ですか。いつかのレースを思い出しますね」

「ああ。あとこれはピーマンの浅漬けだ。いいあてになるぞ」

「いいですねぇ。では、いただきます」

「おう」

 

 

 全速力。まさに全力で暮の中山を駆け抜けた。いや、流石に1000メートル超えの全力走は肺に来る。呼吸が阿呆ほど苦しかった。しかし、どうにかこうにかメジロの2人…頭か、と、ブルボンらを交わし、大外をぶち抜いて、なんとかゴールすることが出来た。

 

 これにてようやく、私は古馬として日本国内G1初勝利を掴んだわけである。

 

 いやはや、凱旋門やら、BCクラシックやらも嬉しかったが、やはり暮の有馬記念は特別である。実に誇らしいと感じている私がいる。

 

 流石に怠く、頭を下げてやれやれとクールダウンをしていると、不意に首を彼に叩かれた。ん?と思い顔を上げると、そこには、観客席にあふれんばかりに詰め込まれた人が声援を送ってくれていた。

 

 そして、どうやらコールも起こっているようだ。

 

 ■■■ー!■■■ー!■■■ー!■■■ー!■■■ー!

 

 ああ、理解は出来なくても判る。というか、私がそちら側に居たら叫んでいる。

 

『テイオー!』と。

 

 ああ、間違いない。そして、ちらりと聞こえた怒号。ああ、一体あなたはどの馬のファンであったのだろうか。メジロマックイーンなのか。それとも、レオダーバンだったのか。私が一位になったことによって、アナタの夢は消えてしまったのだろう。

 

 しかし。しかしだ。その気持ちをまとめて背負ってこその有馬記念の一着だ!

 

 ふと、彼が手綱を上に引っ張った。…ははあん?"アレ"をやるのか?と鼻息を荒くして彼に首を向けてみれば、ものっすごいいい笑顔。よろしい、ではしっかりと掴まっていたまえよ。

 

 体を観客席に対して、水平に合わせる。真横が観客に見えるように。

 

 同時に、前足を地面に叩きつけ、上半身を持ち上げる。

 

 そして、後ろ足だけで立ち上がりながら、前足を高く上げて、嘶いた。

 

 ちらりの視界の端で彼を見てみれば、私の背で器用に一本指を立てていた。

 

 

 そう、これは必殺、ナポレオンポーズ!

 

 

 そして私の嘶きは、勝鬨である!

 

 同時に観客席から大音量の歓声が降り注いだ。うん。気持ちが良い。実に誇らしいものである。

 

 

「ああ、終わったかぁ。終わっちゃったかぁ…」

 

 そうやって中山のターフを、観客席に座って眺めながらつぶやくのは、一人のウマ娘であった。頭には一房の流星と、尻尾の先が白いという特徴的な彼女の名前は、「サンエイサンキュー」と言った。

 

 札幌記念で手も足も出なかったテイオーへのリベンジを心に決めて挑んだ有マ記念。結果は着外。追い込みまでは良い位置にいたのだが、最後の最後で伸びることが出来なかった。嘆く。嘆き続ける。

 

「悔しいなぁ。ああ、でも…」

 

 彼女の決意は、硬いものであった。トレーナーに『有マで走れなくなっても良い!すべてをテイオーにぶつけたいんだ!』そう詰め寄った。

 そしてそれならばと、トレーナーから出された条件は、『有マで負けたら引退だ』というもの。サンエイサンキューは、それを承諾していたのである。

 

「引退か。うん、まぁ、引き際だったのかなぁ」

 

 そう言って、頭を下げた。

 

「…もう一度、いや、何度でも、チャレンジしたかったなぁ」

 

 そう言って顔を上げた彼女の目に映ってきたのは、引退式を執り行うリオナタールと、それに付き添うようにターフへと現れた、トウカイテイオーとナイスネイチャであった。

 

「キラキラしてる。ええい、ええい!くそっくそっ!なんで、なんで固まったんだ私の脚!やってきただろう!精一杯やってきただろう!ああ、クソ!くっそぉ!」

 

 そう言って拳を強く握る。次の瞬間、その拳に、温かい手が被さってきた。

 

「落ち着きな、サンエイサンキュー」

「…ヒシマサル?どうしてここに?」

「なあに、じめじめしている奴が居るって聞いてね。それに、私もお前もここで引退するウマ娘だ。ちょっと雑談でも、ってね」

 

 そう言うとヒシマサルは、サンエイサンキューの硬く握りしめられていた拳を、優しく解いた。

 

「あーあ、赤くなってんじゃん。血が出る一歩手前だよ。それほど悔しかったんだね」

「…そりゃあね。テイオーが強い事は判ってた。そのために練習したんだ。でも、いざとなってみたら、限界が来た。ふがいない、自分が悔しい」

 

 そう言って地面を見たサンエイサンキューに、ヒシマサルは言葉を投げる。

 

「そっか。……なぁ、サンエイサンキュー。君、その悔しさをテイオーにぶつけてみたくはないかい?」

 

 その言葉に、サンエイサンキューは顔を上げ、睨んだ。

 

「…テイオーにぶつける?喧嘩でもしに行くって事?」

「ああ、違う違う。なぁ、私が引退後、セクレタリアトのトレーナーに就くことは知っているだろう?」

「知ってる。すごい大出世だよね」

「実はね。私を起用した理由が、日本のレースを走っていたから、なんだ」

「…どういうこと?」

 

 ヒシマサルは自信満々に、こう答えた。

 

「聞いて驚かないでね?来年か、それとも今年か。テイオーがドリームトロフィーリーグに上がった時、セクレタリアトは雌雄を決しに日本に来る。

 だからこそ、君も、セクレタリアトを指導してみないか?君と私が指導したセクレタリアトが、トウカイテイオーをぶち抜いてみせる。

 

 そんな光景、見たくないか?」

 

 その言葉に、サンエイサンキューは目を見開いた。

 

「…本気なの?」

「ああ。それに、札幌、有マでテイオーを間近で見ていた君なら、役者不足にはならないと思うよ。それに、給料は保証されてる。私自身『日本で有能な奴がいたら連れてこい、給料は任せろ』と言われているからね」

 

 にやりと笑うヒシマサル。その姿に、サンエイサンキューは一瞬下を向くが、次の瞬間、強い意志の宿った目で、ヒシマサルを見た。

 

「じゃあ、行く。セクレタリアトのトレーナーになる。それで、トウカイテイオーを負かす。負かしてみせる!」

「よく言った!ふふ、君ならそう言うと思っていたよサンエイサンキュー!」

 

 2人は握手を交わした。そして。

 

「ま、ということで、今日の所は主役はリオナタールだ。彼女はドリームトロフィーに上がって、テイオーを待つそうだからね」

「じゃあ、最強世代を、まとめてセクレタリアトが倒せるように、しっかり指導しなくちゃいけないですね」

「ああ、その通りだ」

 

 2人は、笑みを浮かべた。もうそこには、嘆くウマ娘など一人として、存在しなかった。

 

 

『お疲れ様です。勝利騎手インタビューを始めさせていただきます。とりあえずは、有馬記念。そして古馬としてのG1初勝利、おめでとうございます』

 

「ありがとうございます。いや、ようやく獲る事が出来ました。」

 

『本当におめでとうございます。ではまず、シンボリルドルフとトウカイテイオー、有馬記念親子制覇について一言』

 

「いや、まさか地続きの背中でこれほどまでの夢を見せてくれるとは思いませんでした。凱旋門、BCクラシック、そして有馬記念。正直、いつか夢が覚めるんじゃないかと思っています。素直に嬉しいです」

 

『それにしても、トウカイテイオー。素晴らしい脚を見せてくれました。特に向こう所正面からのロングスパート!もしかして、狙っていたのですか?』

 

「ええ、狙っていました。この馬はご存じの通りスタミナがある。じゃあ、行けるだろうと」

 

『ブルボンの逃げで相当なハイペースでありました。特にレオダーバンはそのペースについて行けず最後、スタミナ切れを起こしていた、とのことですが、テイオーはそうではなかったと』

 

「はい。普段の練習、坂路の回数やプールのスタミナを考えると、逆に今まで勝ち切れていなかったことが不思議だったんです。いやぁ、今回の有馬記念でついに花開いたかなと思いました」

 

『なるほど。やはりトウカイテイオーは強い馬ですね。そういえば、凱旋門からこっち、勝つたびに行うパフォーマンスが、「ナポレオンポーズ」と呼ばれていることに関して、一言お願いします』

 

「いや、その。僕もあんなパフォーマンスをする気はなかったんだけど、馬が勝手にね。それからどうもテイオーの方が、勝利をするとこのポーズをする、と覚えてしまったらしくて。まぁ、怪我をするわけでもないし、オーナーや皆さまからの評判も良いので、まぁ、良いかなとは思っています。ただ、馬がいきなりやるので、こちらとしては勘弁してほしいですね」

 

『そうでしたか。お時間が来てしまいました。本日の勝利ジョッキーのインタビューでした。本当におめでとうございます!』

 

「ありがとうございます」

 

『そしてお知らせです。本日、ラストランを走ったレオダーバンですが、引退式が19時より中山競馬場で行われます。第二のほうでテレビ中継もされますので、ぜひ皆さま、ご覧いただければ幸いです。引退式にはトウカイテイオーとナイスネイチャの2頭も、レオダーバンの見送りとして参加予定となっております』

 

 

 夜。不意に仮面のお馬さん、そして同志と共に中山競馬場の厩舎から、ターフへと連れていかれた私である。なんであろうかと疑問に思っていると、レオダーバンだけ別の部屋へ連れていかれ、私と仮面のお馬さんはなぜか、競馬場のターフで待機させられていた。なんだろうか?そう思いつつもターフの隅々まで確認していると、ゴール地点になぜかステージの様なものが用意されていた事に気づく。ということは表彰式か?

 

 そして同志が、私たちに遅れる事10分程度でターフにやってきたのだが、なぜか豪華なマントの様なものを背中から引っ提げて、そしてよく見れば、手綱なども豪華におめかしをされていた。

 

 はて?と思っていると、更に続けるように、スーツを着た人間達がぞろぞろとターフへと歩み出て来る。

 

 状況を整理しよう。

 

 おめかしされたレオダーバン同志、そして、仮面のお馬さんと私が両側を挟んでいるような形。そして周りを見れば、スーツを着た人々。同志の上にずっと乗っていた騎手も、スーツ姿でそこにいた。どこかで見た光景である。表彰かとも思ったが、しかし、同志は今日は着外であったはず。しかも夜である。普通は表彰などは昼に行われるはずなのであるが。と、思っていると、マントに刺繍がされていることに気が付いた。ライオンの顔、そして、英語で書かれたレオダーバンの名前。あれ、こういう光景、どこかで見た様な…? そう、馬になってからでは無くて、確か二足歩行の時代でテレビで…。

 

 …合点がいった。あのマントは、引退式のものだ。ああ、そうか。同志…君は、ここで引退なのか。

 

 しかし、なぜ私とナイスネイチャもここに居るのだろう?我々も引退か?とも思ったが、そもそも私とナイスネイチャはおめかしなんてされていない。

 そう考えると、おそらくは、同期のお馬さん達として。そして、一緒に活躍していたお馬さんとして、連れてこられた意味合いがあるのだと思う。

 

『レースじゃない、眠い』

 

 仮面のお馬さんのニュアンスが伝わってきた。判る。でも、私の勘違いでなければ、ここはレオダーバン同志の最後の錦だ。

 

『我慢。こいつ、もう会えない』

 

 そうニュアンスを伝えると、仮面のお馬さんは静かに人間に従うようになっていた。

 

『…会えない?そっか』

 

 そして、いよいよ写真撮影となり、予想通り、私とナイスネイチャがレオダーバン同志を挟む形で、ストロボが焚かれた。と、同時に、レオダーバン周りにいた人たちが、彼の体を撫でて、涙を流していた。

 

 ああ、嗚呼。レオダーバン同志。ピーマン同志。もう、多分、今日を最後に二度と会う事はないのであろう。

 

 しかし、楽しかったぞ。お前との競い合いは。坂路で追っかけて来たお前の末脚を忘れはしない。海外に行った際のお前のピーマンの食いっぷり、未だに忘れてなどいない。それに天皇賞もだ。あのマックイーンを差し置いて突き抜けたあの末脚。ああ、ああ!素晴らしい馬だったぞ!

 

 これから別の人生、じゃないな。馬生を生きるピーマン同志に、幸多からん事を!

 

 そう祈って、1つ、嘶きを天に届けた。 



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ピーマンというバタフライエフェクト

ピーマンを千切りにしまして。

桃屋のニンニクを入れまして。

そこに茹でたパスタを入れまして。

塩コショウで味を調える。



シンプルなピーマンパスタの出来上がりです!旨いよ!


「いやー。完敗だ完敗。テイオー。君はやっぱり強かった!いや、負けて満足とはこのことだ!はっはははは!」

 

 快活に笑うのは、有マ記念で見事に着外となってしまったエーピーインディそのウマ娘である。腰に手を当てて、そして大口で笑う彼女を見ながら、トウカイテイオーはピーマンを口に運ぶ。

 

「五月蠅いなぁ、もう。ご飯食べてるんだから静かにしてよー。それにここ、トレセンの学食。あんまり大声でしゃべっちゃダメだって」

「ん?ああ、すまないすまない。いやぁ、それにしても君はどうしてあんなに速いんだ?スタミナも、スピードも、パワーも、馬場も距離も変幻自在なのかい?」

 

 そうエーピーインディが言った瞬間、周りのウマ娘が聞き耳を立て始めた。トウカイテイオーの速さの秘密。聞き逃すわけにはいかない。

 

「…変幻自在?そんなわけないでしょ。研究して、研究して、ボクが一番勝てる方法を選んでいるだけだよ」

「そうかい?でも、凱旋門といい、BCクラシックといい、有マ記念といい、今までのデータ以上に君は伸びた。その理由が知りたいね」

 

 もぐ、とチンジャオロースを口に含み、テイオーはゆっくりとそれを味わい、嚥下する。一口、二口。しゃりしゃりといい音が響き、そしてテイオーは箸を置いた。

 

「んー…そうだなぁ。もちろん練習を積んでるっていうのが第一の理由。ボクの練習、付いてこれる娘はまずいないしね」

「ああ、それは思う。私ですら君の練習はクレイジーだと思うさ。なんだい、あの潜水と坂路の数。君はモンスターなのか?」

「失礼な奴だなぁ。キミ、遠慮がないって言われない?」

「あはははは!シアトルとビッグレッドからよく言われている!」

 

 胸を張ってそう言うインディに、あきれ顔でため息を吐くテイオー。そして、周囲が聞き耳を立てているという混沌とした中、一人のウマ娘が2人へ声を掛けた。

 

「テイオーさんの強さは、心の強さであると分析します」

「ん?…おや、君は、このCRAZYなテイオーの練習についていってるサイボーグじゃないか」

「ミホノブルボンです」

「おっとこれは失礼。しかし、心の強さか。メンタルねぇ…難しい所を突いてくる」

「はい。しかし、これ以外にテイオーさんの強さを表す言葉がありません」

 

 初対面であるはずの2人は、なぜか意気投合しているようである。無機質なブルボンに、考え込むように手を顔に当てて眉間に皺を寄せるインディ。そんな2人を怪訝な顔で見ていたテイオーは、思わず口を開いた。

 

「おーい?2人共?当の本人を置いてきぼりにして話を進めるのは止めてくれなーい?それにボク、そんなにメンタル強くないし」

 

 そう言ったテイオーに、2人は首を振る。

 

「いや、お前のメンタルはバケモンだろ? 有マの面子を調べたけど、どこでも走れるお前が、日本のスターが揃うあの面子の有マ記念で『殿を行く』なんて、メンタルが強いから出来る戦略だろう?」

「保証します。テイオーさん。あなたは鋼鉄のメンタルの持ち主です。だからこそ日米仏の三冠を獲れたのです」

 

 2人の言葉に、テイオーは、少し嬉しそうににやりと口角が上がった。

 

「…まぁ、そういう事にしておくよ。っていうかブルボン、どうしたのさ。今日はオフじゃなかったっけ?」

「学食にエーピーインディがいると聞いたので。会いに来ました」

「ん?そうなの?んじゃあ…ボクはちょっと席を外すから、2人で話してて。ボクごはん食べる」

 

 テイオーはそう言って、そそくさと別の席へと食事をもって移動していた。その先で。

 

『あら、テイオー。インディさんと食事では…って、またピーマンですの!?』

『ボクがピーマン以外食べるわけないでしょー?インディはブルボンと話があるって。というか、またスイーツゥ?太るよマックイーン』

『ぐっ…何か文句ありますの!?このピーマン馬鹿!』

『なにおう!?この甘味馬鹿!こっちはマックイーンの体重を心配して言ってるんだい!』

『それを余計なお世話と言うのです!』

 

 と、何かいざこざが起きているようであるが、2人は気にせずに目線を合わせていた。

 

「で、何か用なのか?」

 

 先に沈黙を破ったのは、インディの方である。少し、楽しそうに口角が上がっている。ブルボンはいつもの表情で、口を開いた。

 

「エーピーインディさん、なぜあなたは日本に残っているのでしょうか?ヒシマサル、サンエイサンキューは既に旅立ちました」

「ん?ああ、聞いてないのか?少しこっちの「ひよっこ」を指導してくれと、理事長直々に頼まれてね。帰国は一か月後さ」

「なるほど、そういう事でしたか」

「…なぁ、立ち話も疲れないか?こっちに座れよ」

 

 そう言いながらインディは、隣の椅子を引いて、座るように促していた。ブルボンは頭を下げると、自然な動作でその椅子に座り、そして改めてインディの顔を見た。インディはと言えば、少し肩をすくめ、そして笑顔を作っていた。

 

「ま、期間が短いからそんなに指導は出来ないけどな。ただ、ノウハウはマルゼンスキーとかいうウマ娘に教えているから安心しな」

「マルゼンスキーさん、ですか?」

 

 ブルボンがそう言った瞬間、インディは大きく頷いた。

 

「ああ。何か感じるものがあってな。あいつなら活かしてくれるだろうと、そう直感が働いたんだ。それに、『テイオーの世代だけ』が凄いんじゃ、日本のウマ娘として詰まらんだろう?」

「…確かに。でも、正直、私やライス、次世代のウマ娘を見ても、テイオーさんに比類するウマ娘は、今のところ存在しません」

 

 そう言いながら、ブルボンは視線を下げ、首を横に振った。インディも、小さく頷いた。

 

「うん。そう思うだろう。私もそうだ。だから、私の遺伝子を、アメリカの遺伝子をトレセンに残すのさ。将来、日本のウマ娘に、大きな幸運が舞い込みますように、って願いを掛けてな」

「大きな幸運、ですか」

「ああ。…願わくば、私の後輩と、こっちの日本の後輩がBCクラシックで、凱旋門で、その頂を競うその姿を見てみたいもんさ」

 

 

 寒空を望む、いつもの牧場の、いつもの厩舎。

 

 有馬記念が終わり、年越しまで後わずかといった所であろうか。

 

 私の前の前には、新鮮なピーマンと、おそらくはビールが入ったと思われるバケツが用意された。ま、祝杯代わりという奴であろうか。ビールを一口軽く含み、嚥下してみると、やはり心地よいのど越しと、苦みが口に広がる。そして、つまみがてらにピーマンを食べる。

 しゃりしゃりと青臭さが広がり、その瞬間にビールを含む。うむ。苦味と苦味で実に旨い。

 

 ちなみに、レオダーバン同志は、本当にあの日以来、この牧場にも姿を見せなくなっていた。まぁ、当然であろう。私が居る場所は結局のところ訓練をする場所である。引退した彼は、まぁ、自分の牧場に戻ったのか、それとも、子を残すためにどこかに行ったのか。

 ちらりと厩舎の窓から見える、霜で枯れてしまったピーマンが目に入った。数本あるその枯れたピーマンのうち、一本だけ異様に背が低い。そう、何を隠そうあれが同志が食った跡である。野郎、最後の最後にやらかしやがって。まあ、今となっちゃいい思い出である。

 

 ビールを口に含む。うむ、奴の思い出で、何杯でも行けそうである。

 

 に、してもレオダーバン同志が引退したとなると、いよいよ私の引退も近いのではないだろうか。史実のテイオーも、93年の有馬、つまり来年で引退だったはずだ。私は彼よりもきっと活躍できているはず、なので、もしかすると彼より早く引退する可能性もあるのだ。仮面のお馬さん、ナイスネイチャだってそうだと思う。G1を獲ったというのは、大きい変化であるはずなのだ。

 いや、しかしこう考えるとついに来たか、世代交代の風、と思ってしまう。今年はライスシャワーとミホノブルボンが出て来た。となれば、来年はビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンの時代であるし、再来年は遂に怪物、ナリタブライアンが台頭してくる時代なのだ。

 …ただ、ブルボンが現役を続けていることが驚きである。無敗の二冠馬は、ライスシャワーに負けてそのまま引退したはずなのだ。というか、有馬の逃げであんだけ飛ばせるのは本当にすごいと思う。

 

 と、いうか。というかだ。

 

 そうなると、ビワハヤヒデの騎手はどうなるのであろうか。そうなのだ。本来、93年となると彼はビワハヤヒデの騎手であったはず。私の上に乗っているという事は、もしかすると彼はビワハヤヒデに乗らないのでは?あ、いや、私が引退するなら問題もないのか?うーむ…。

 

 ま、私が悩んでも仕方がないか。ここはいつものように開き直ろう。私こと馬が出来る事は、人間様に従って走る事ぐらいなのだ。うむ。そう。今日はビールとピーマンが旨いということで納得しておこう。

 

 …いやまてまて、引退で一つ問題を思い出してしまったぞ。私は曲がりなりにも凱旋門を勝って、BCクラシックを勝って、そして有馬も勝っている。となればだ、きっと、引く手あまたの種牡馬としての余生が待っているのではないだろうか?…え?致すの?馬と!?

 

 うぅううううん!?そうだよなぁ、致すんだろうなぁ!お馬さんと!

 

 ううむ、ええと、ううむ…。これは難問であろう。いや、うん。まぁ、仕事、として割り切れるか…?いやそう簡単じゃあないぞ。というか、凱旋門の時もそうだったが、雌と雄の見分けがつかないんだぞ私は。それでどうやって致せと。いや、よしんば気持ちが割り切れたとしても、致せるか?どうだ実際…。

 

 いやしかし…多分、致さなかったらなかなか大切にされないだろうなぁ。能力なしとか思われたらなぁ…。ううむ…これは至極急務な問題ではなかろうか。

 

 …………や、もう難しい事を考える事はやめよう。今日はもうビールを飲もう。そうしよう。いやしかし致すのかぁ…。致すの?マジで?本気か?ううむ…。

 

 

 今日も今日とて坂路の鍛錬である。後ろから付いてくるのは、ミホノブルボンである。…のだが、もう一頭、なんかついてくるお馬さんがいる。

 

 葦毛のお馬さんなのだが、あの大きなお馬さん、メジロマックイーンではない。というか、葦毛なのだが、体はほとんど黒いのである。顔が異様に白いお馬さんなのだ。んー、どっかで見た記憶もあるのだが…こう、毎日数百以上の馬の顔を見てるわけで、いまいち判らなくなってきている。競馬場でレースをした馬なら判るんだがなぁ…。

 

 とはいえ、このお馬さん、結構良い脚をしているようで、私とブルボンの坂路にしっかりと付いてくるのだ。スピードだけなら本気の私と並ぶかもしれない。ただ、残念ながらまだスタミナが少ない様子である。3本坂路についてきただけで、息がめちゃくちゃ上がっているようであった。ちなみに、ブルボンと私は毎日8本は熟しているのでまだまだ余裕である。というかブルボン、君、前よりサイボーグみが増してきていないか?なんというか、その脚の筋肉、馬のそれじゃないぐらいバッキバキにみえるんだけども。いや、この脚ならレコードペースで有馬記念の逃げをかませるわと納得できる仕上がりである。

 

 にしても葦毛のお馬…っていうか君、顔デカいな。というか、体が黒っぽくて顔が白いから、余計にデカく見えるだけか。ま、こんなお馬さんは見たことないので、次会った時にもきっと覚えているだろう。それにしても君のスピードは本当にピカイチである。

 

 いつか一緒のレースで走るかもしれないなと、人間が私のために持ってきているピーマンを、1つ彼に差し出してみた。

 

『…何これ』

 

 首を傾げていたが、私が。

 

『旨いよ』

 

 そうニュアンスを伝えると、恐る恐る私からピーマンを受け取り、咀嚼を始めた。

 

『………苦。………ん?んん?』

 

 首を傾げて咀嚼を続ける彼。なんというか、デカい顔が動くんで少し怖い。ま、とりあえずは『ぺっ』とされなかったので、布教完了ということにしておこう。同志の代わりはいくらいても良いのである。

 

 

「お疲れ様です。聞きました?エーピーインディの件」

「お疲れ。ああ、聞いた聞いた。日本に数カ月だけ留まっての種牡馬入り、だろ?いや、びっくりしたよ」

「しかももう既に何頭か申し込んでいるとかで、これ、新たな血統が日本に来ましたね」

「ああ、実績十分な血統が日本に入る事は喜ばしいよ。確か、サンデーサイレンスもアメリカだったか?」

「ええ。確かサンデーの産駒なら、初年度産駒がここにも預かりで来るという話ですよ。現地に確認に行った調教師曰く、均整の取れた良い馬だ、とかで。無事にデビューできそうだという話でした」

「ほう?そりゃあ早く見てみたいもんだな」

「ああ、ただ、その件で問題が一つありまして」

「問題?」

 

「冗談でピーマンを差し出してみたら、いたく気に入ったとかで。向こうの陣営からピーマンの仕入れ先と、食わせ方を教えてくれと連絡があったんですよね」

 

「…またピーマンか。なんだか、レオダーバンを思い出すな」

「ええ。ま、減るもんじゃないので、やり方を含めて教えておきました。たらふく食わせてやってくれって」

「それがいい。に、しても、今年活躍している馬にはピーマン好きが多かったよなぁ」

 

「ええ、うちのテイオー、ナイスネイチャ、レオダーバン、ライスシャワーにミホノブルボン、ヒシマサルにサンエイサンキュー、国外に目を向ければエーピーインディに、スボディカあたりまで」

「なんだか、ピーマン食うと強くなってるみたいだな」

 

「んー、そうでもありませんよ。メジロは食べていませんし、去年の有馬を勝ったダイユウサクも食ってませんからね」

「…そういやそうか。ん?おい、事務所の電話鳴ってないか?」

「あ、本当だ。珍しいですね。こんな時間に。誰でしょう」

 

「もしかして、またピーマンの仕入れ先の相談かも知れないぞ?どっかの馬にテイオーがピーマン食わせたんじゃないか?」

 

「あははは。かもしれませんね。では、少し失礼します」



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1992→1993 それぞれの、決意

93年。それは、ピーマンラバーにとって大きな出来事がございました。

オランダから、奴が正式に日本にやってきたのです。

でかいピーマンもどき、そう。

パプリカの来襲です。


でっかいピーマンだ!と食った矢先に襲う、苦みの無いあの甘味。

そうか…これは…ピーマンではないのだ…。

姿こそピーマンだが…パプリカは…ピーマンでは無いのだ!(1993年)


 有馬記念が終わり、顔のデカいお馬さんとお知り合いになって数日。

 

 年も無事に越したようで、私の厩舎の前には鏡餅が鎮座している。ああ、確か鏡餅の上に載っている柑橘類、「だいだい」とか言ったか。マーマレードの原料だったかなぁと朧げに記憶の遠くに思い出がある。

 

 ただ、この鏡餅。少々締まらないのである。というのも、よりによって鏡餅の隣にピーマンが置いてあるのだ。うーむ…ピーマンと鏡餅の組み合わせ…。しかも正月、そのピーマンと鏡餅に向かって、人間が手を合わせる物だから驚いてしまった。

 

 ピーマンは手を合わせるものではなく、食うモノであろうに。

 

 まあ、確かに、私の成績はピーマンによって維持されていると言ってもいいであろう。日本のピーマンが食えなかったフォワ賞ではえらい目にあったもんである。ま、私も少し感謝を込めて祈っておこう。

 

 それと、最近であるが、お隣の部屋になぜかアメリカのお馬さんであるエーピーインディがよく出入りしているのである。お前、アメリカに帰ったんじゃないんかいと突っ込みを入れたいのだが、通じる訳もなし。今日はお隣でピーマンをもっしゃもっしゃと勢いよく食っていて、なんだか、有馬記念に出たお馬さんとは思えないほどの自由っぷりである。

 

『旨い。あ、お前好き』

 

 食いながら言われても嬉しくないのだが。まぁ、アメリカからエーピーインディはこんな感じが平常運転であるし、彼が隣に居るとは言っても概ね平和である。

 

 それにしても、私の次のレースは何になるのであろうか。有馬が終わったわけで、となるとまた天皇賞か、それともダートなのか。はたまたどっかの地方に行くのだろうか? まぁ、ここ数日は正月の空気というのもあって、鍛錬もほどほどであるからレースは先も先であろうが、気になる事は気になるのである。

 

 …ってまてインディ。お前それは何を食っている。

 

『苦くないやつ』

 

 お前、それ、パプリカじゃんか!?え?あれ!?日本じゃあんまり見ることが無かったパプリカ、なんでお前食ってんの?慌てて厩舎の窓からぐいっと顔を出し、通路を隅々まで確認する。と、いつものピーマンの箱のほかに、見慣れない箱が鎮座していた。

 

 空いている蓋をよくよく見てみれば、日本のピーマンよりも大きいピーマンがごろごろと敷き詰められているじゃあないか。

 

 うー、うーむ。まぁ、私のバケツには入ってない…よな?ええっと…うん、私のバケツには純ピーマンしか入っていない。よしよし。

 

 となると、あれはエーピーインディ用のパプリカといった感じなのであろうか。ふむ、なかなか難儀なお馬さんである。わざわざパプリカをアメリカから取り寄せるとは…。って、私も人の事は言えないか。

 

 あー、そういえばあの大きな葦毛のお馬さん、メジロマックイーンは、ピーマンを食う姿をあんまり見たことがない。いっつも果物ばかりを食っているので、甘党なのだろうか。もしかすると、ピーマンはダメでもパプリカなら食えるのかもしれないなぁ…。うーん、邪道ではあるが、ピーマンがダメだというのならパプリカを食わせて、延長線上でピーマンの道に引き込めないだろうか。

 

 うーん、とはいえ私はパプリカが苦手であるしなぁ。どうやってメジロマックイーンにパプリカを手渡すか。そこら辺の作戦を考えなくてはなるまい。

 

 まぁ、なんだ。名馬とピーマンをもっしゃもっしゃしたいという、個人的な願望だ。それに、トウカイテイオーといえばメジロマックイーン、というところもあるわけなので、2頭が並んでピーマンを食ってる姿とか見せたらファンも喜ぶのでは…?

 

 …って何を考えているんだ私は。正月ボケも極まったようである。

 

『旨い、旨い、旨い。お前好き』

 

 そしてインディ、お前は頼むから、そのままの君でいてくれ。

 

 中央トレセン学園。世界最高峰の設備を持つその学園の芝コース。そこでは、エアグルーヴがストップウォッチをもって、シンボリルドルフのタイム測定を行っていた。

 

「2500のタイムが2分35秒。上がり3ハロン35秒。仕上がってきましたね、会長」

 

 そう言いながらタオルをルドルフに手渡していた。

 

「ありがとう、エアグルーヴ。だが、まだまだだ。これではトウカイテイオーの背には程遠い」

 

 タオルを受け取り、汗を拭きながらも、その表情は硬いものであった。

 

「…確かにトウカイテイオーは速くなりました。しかし、会長の神髄はそこではないはずです。レースを支配するその駆け引きこそが、会長の持ち味のはず」

 

 その言葉に、ルドルフは一瞬笑みを作るも、すぐに表情が戻ってしまう。

 

「私もそうは思っているさ。でも、有マ記念を見ただろう。レースを作っていたのは間違いなくミホノブルボンとメジロマックイーンだった。そして、今までのテイオーであれば間違いなく沈んでいただろう」

 

 そういいながら、ルドルフは天を仰ぐ。そして視線をコースに戻すと、大きく伸びをした。

 

「だが、結果はどうだ。レースの主導権など関係なし。鉈…ああ、鉈の切れ味だ。あれは。あの人と同じ、最終直線を力でねじ伏せてみせたんだ。…だから、私はテイオー以上に、この体を仕上げなければならないと思うのは、間違いかな?」

「いえ。決して」

「それにテイオーはまだまだ進化中だ。嬉しく思うと同時に、怖くもある」

 

 エアグルーヴは、片眉を吊り上げた。

 

「会長が?テイオーが怖い、とお思いなのですか?」

 

 ルドルフはと言えば、その言葉に大きく頷く。

 

「ああ。凱旋門までであれば、私を超えたと喜べた。BCクラシックで、遠くへ行ったなと感じた。有マ記念で私は彼女に、憧れてしまった。ここから先、更に進化していくと思うとな…」

 

 そう言いながら、笑顔をエアグルーヴに向けた。

 

「…エアグルーヴ。もし、私がテイオーに追いつけなくても、笑ってくれるなよ?」

 

 エアグルーヴは肩をすくめる。そして、一呼吸おいて、笑顔を作るとこう言葉を発した。

 

「そんなことは起きません。あなたは、全ウマ娘の夢なのです。最強の皇帝は、最強無敵のウマ娘すらも打倒し得ます」

「…そうか。ありがとう」

 

 

「2500で2分37秒。上がり34秒か。今の芝には適応は出来たようだが全体的にスピードが足らん…まだまだトウカイテイオーには遠いな、シンザン」

 

 ストップウォッチを片手に、一人のウマ娘がそう言葉を紡いだ。ここは小岩井にある私設のトレーニングセンターである。とはいっても、コースが数本と広い芝生が広がる簡単なものだ。

 

「…チッ」

 

 タイムを聞いたウマ娘、シンザンは思わず舌打ちをし、そっぽを向いてしまった。そんな彼女に、ウマ娘、セントライトは苦笑を浮かべながら言葉を選ぶ。 

 

「まあそう落ち込むな。現役を離れてしばらくのウマ娘がこのタイムを出す事がそもそもキセキだろう。全盛期と遜色が無い走り…いや、タイムだけを見ればそれ以上か?しかし、これ以上となると、ゆっくり仕上げんと現役を退いた我々では体が持たんぞ。お前も良くわかっている事だろうに」

 

 シンザンはその言葉に、頭をかく。

 

「判っている。だが、奴と走るまでにそんなに時間が無いのも確かだ。トウカイテイオーに宣戦布告をしたにも関わらず、私がこんな出来では彼女に面目が立たん。なぁ、もっとキツイ鍛錬はないのか?セントライト」

「ん?まぁ、あるにはあるが…お勧めは出来んぞ?お前さんの時代でも消え果てた、本当の意味での根性鍛錬。私が現役の頃に行っていた鍛錬計画ならここにな」

 

 そう言いながら、セントライトは自らの頭を軽く指で叩いた。その姿を見て、シンザンはといえば。

 

「かまわん。それでいこう」

 

 即座にそう答えた。

 

「そうか。…では、まず坂路を10本走れる体を作る。シンザン。話はそこからだ」

「そう来なくてはな。頼むぞ、セントライト」

「頼まれなくても仕上げてみせるさ。ああ、そういえば昨日なんだが、中央から連絡があった。シンボリの小娘からだ。トキノも走るとさ」

 

 シンザンの眉毛が吊り上がる。

 

「…なんだと?トキノさんが?」

 

 戸惑いを含んだシンザンの言葉に、セントライトはと言えば、ひょうひょうと片手を上げて言葉を続けていた。

 

「ああ。ま、脚の後遺症があるから全力ではないとは言っていたが…あのバカの事だ、仕上げて来るだろうよ」

 

 シンザンはその言葉に、思わず腕を組んでしまっていた。

 

「三人娘といい、演歌娘といい。いよいよ役者が揃ってきたか。…なあ、あんたは出ないのか?」

「ん?あぁ、私は出ないよ。そもそも現役を退いて何年経ったと思っている。今から鍛え上げても、そうさな。精々2着か3着が限界だろう」

 

 さらっと、そう形容するしかない。自信がないと言いつつも、センター争いには絡むと、何食わぬ顔でそう言ったのだ。シンザンは、その顔を見て、思わずにやりと口角が上がってしまっていた。

 

「セントライト、それは…十二分だと思うがね?」

「なんだ?私に走って欲しいのか?」

「そりゃあ、そうさ。最初の三冠ウマ娘と走れるのなら、それ以上の誉れは無い」

 

 シンザンはそう言うと、鋭い目をセントライトに向けた。だが、そんなシンザンの視線もなんのその。

 

「はは。言葉だけ有難く受け取っておく。さて、無駄話はここまで。鍛錬だ鍛錬。まずはスクワットから行こう」

 

 パン、と手を叩くと、涼しい顔でセントライトは早速指示を飛ばしていた。やれやれと、肩をすくめたシンザンは彼女の言う通り、大人しく筋トレを始めたのである。

 

 

 中央トレセン学園。の、近くの河川敷では、数人のウマ娘が鍛錬を行っていた。そこには、トウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャの姿もあった。

 

「上がり3ハロン、31秒。ヒュー!やるねぇ、リオナタール」

「4コーナー抜けてよーいドン!なら誰にも負けない自信があるからね。いやー、有マ記念は予想外すぎたよ。何、あのブルボンの逃げ。テイオーさぁ、よくスタミナが持ったよね」

 

 テイオーはふふんっ、と誇らしげに胸を張った。

 

「まー、人一倍坂路とプールの鍛錬をした賜物、って奴だね。ただまぁ、ネイチャが3着に入ったことが何よりもびっくりした」

「ああ、確かにね。ナイスネイチャ、ジャパンカップで勝ってからめきめき強くなってるよねー」

「うん。本当にそう思うよ。去年のボクだったら完全にやられているもん」

 

 あはは、と笑い合う2人。そして、テイオーはリオナタールに飲み物を差し出していた。

 

「そういえばリオナタールのドリームトロフィー初出走は、来年の夏だっけ?」

「あ、飲み物ありがと。うん。夏のサマードリームトロフィー。いやー、シンボリルドルフ会長と競い合えるなんて恐れ多いよ」

 

 嗚呼怖い怖いと両手を上げて肩をすくめるリオナタール。だが、その目は爛爛と輝きを見せていた。

 

「いいなぁ。羨ましい」

「テイオーもこっちに来ればいいのに。テイオーの人気と実力なら、いつでもドリームトロフィーに来れるでしょ?」

「うん、まぁ、実際ね。理事長からそういう話も来ている事は来ているんだ」

「それなら」

 

 それなら一緒に夏に走ろうよ。と言いかけたリオナタールの言葉を遮るように、トウカイテイオーが言葉を続ける。

 

「でも、まだ早いって思うんだ。マックイーンとの勝敗も付いてないし、ブルボン、ライスとの競い合いもまだまだ楽しみたい。それに、せっかくなら『帝王』の称号を獲ってからにしたいなって」

 

 リオナタールは目を見開いた。そして、食って掛かるようにテイオーに言葉を投げる。

 

「帝王の称号?…ああ!って、あんた、まさかまたダート行く気?」

「もちろん!」

「うへー、あんたって相当変わってる。っていうか、芝とダートのG1って、相当欲張りだよ」

「あはは。そりゃあそうだよ。だってボクは最強無敵のテイオー様だもん。貰えるものは全部貰う。それがテイオー様だからね!」

 

 にししと笑うテイオー。釣られて笑う、リオナタール。冬の河川敷、道は分かれたが、未だライバルの二人にはそんなことは関係が無いようである。

 

「ってことは、あんたと当たるのは早くても来年の冬、ウインタードリームトロフィーかぁ」

「うん。多分、そこらへんになると思う。ねぇリオナタール、サマードリームトロフィーでぼっろぼろに負けて冬が出場できないなんてこと、しないでよねー?」

 

 にやりと笑いを湛えながら、そう問いかけるテイオーに、リオナタールは苦い顔をする。

 

「う。いやな事言わないでよテイオー。あー、でも、今回マルゼンスキーさんも出るからハイペースになるのかなぁ…ううん」

 

 首を傾げて悩むそぶりを見せるリオナタール。テイオーは更に笑みを深めた。

 

「ふふふ。じゃ、そのためにスタミナを付けようか!付き合うよ!」

「じゃあ、せっかくならトレセンに戻っていつもの坂路でいいのかしら?」

「うん! ブルボンも呼んでくるから、しっかり走ろう! あ、せっかくだから本数で競おうよ。負けた人はハチミーを奢る事!」

「…ノッた!ドリームトロフィーの実力を見せてやるからね!」

「実力って。キミまだ走ってないじゃーん。ま、誰が相手でもボクは負けないよ!」

 

 そう言ってリオナタールとテイオーは、河川敷を後にする。残されたウマ娘達は、トップを突き進み続ける彼女らに影響されて、練習に更に力が入っているようである。

 

「うーん…無自覚というかなんというか。キラキラは違うねぇ」

「ナイスネイチャ、貴女はあれに交ざらなくていいのですか?」

「ん?うん。私は出来る限り現役を続けるって決めたから。トゥインクルシリーズの行く末を、私の脚が持つ限りは近くで見届けたいって、そう決めたの」

「そうですか。…実は私も同じです。出来るだけレースに出ていたいと、そう思っています」

「そっか。じゃあ、お互い頑張らないとね。イクノ」

「ええ。お互い、頑張りましょう。ネイチャさん」

 

 

「ロングスパートのコツを教えろだぁ?んなもん覚えてどーすんだよマックイーン」

「天皇賞春対策です。来年こそはセンターの栄誉をと、心に決めております。何かありませんか?ゴールドシップ」

「…うーん、コツってもなぁ…。あ!」

「何か思いつきまして?」

 

「お前もとりあえずピーマン食ってみたら?」

「なぜ貴女までそんな事を言い出すんですの!?」



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坂路、プール、ピーマン

有馬記念も終わった1993。

ピーマンは平和に鍛錬を行い、日本に残ったエーピーインディがのんびりと仕事をしているさなか。

後ろから迫る次世代達も、ピーマンを追い越せ追い抜けと、その体を鍛え始めていた。

そう。世は大ピーマン時代。

さあ!ピーマンを食え!さすれば!凱旋の門は、開かれん!


 今日も今日とて坂路鍛錬。いくぞいくぞいくぞー!と気合を入れて走っているわけであるが、今日はなんとあの葦毛の大きなお馬さん、メジロマックイーンとの並走の坂路である。

 

『次は負けん』

 

 会って早々そんなニュアンスを受け取り、これはなかなか次のレースで出会ったら強敵になりそうだなと感じた次第だ。なお、ピーマンを渡したところ見事に「ぺっ」とされた。少し悲しい。

 ただ、メジロマックイーンの足腰の頑丈さとスピードは本物である。何せこの私との坂路鍛錬でめちゃくちゃええ勝負をしてくるのだ。今のところ勝敗は半々といった所。うーむ、強いお馬さんは、鍛錬から強いわけだ。

 

 というか有馬記念、ゴールでなんとか私が先着したが、あれは彼の戦略によるところが大きい。向こう正面からスパートをかけてなければ、このメジロマックイーンを追い越すことは出来なかったであろう。私であれば、4コーナーあたりで仕掛けている。…うむ。やはり私にはレースのセンスは無い。

 

 にしても、そういえばメジロマックイーンの引退理由はなんであったか。確か三回目の天皇賞春の後で、秋の天皇賞の前に故障で引退したはずだから…ええと?確かライスシャワーに抜かれたのが3回目だから…。

 って、メジロマックイーン、怪我で引退するのは今年か!?ええ…こんなに調子良さそうなのに、本気か?まぁ、今は好調でも秋ぐらいにもなればどうなるかは判らんか。

 

 うーむ。ただ、レオダーバンもミホノブルボンも、そして私も怪我をしていないこの92年、93年。メジロマックイーンもできれば怪我をせずに、元気に現役を続けてほしいなぁと、切に願う次第である。

 

 あ、まてよ?ただそれだと後に続くゴールドシップやオルフェーヴルなんかが産まれない可能性もあるんじゃないか?

 う、ううむ。悩ましい。悩ましいが…まぁ、こればっかりは自然の摂理であろうからな。悩んでも仕方がない。なるようになれという奴である。

 

 ま、次のレースで出会うとしたら天皇賞春であろうか。その時にはライスシャワーもいるのであろう。ミホノブルボン…はどうだろうか。距離が長いから出るのか出ないのか。ナイスネイチャ…天皇賞春のイメージがないなぁ…。まぁ、顔を合わせたら判るわけだしな。これもまた悩んでも仕方がない事であろう。

 

 それはともかくとしてだ。目の前の坂路を駆け上がろうじゃないか。ようやく今日は7本目である。

 

『行く?行くよな』

 

 鼻息荒い大きな葦毛のお馬さんもやる気満々である。もちろんだとも。お前と走るのは実に良い鍛錬になるのだ。メジロマックイーン。強い馬は良いと心底思う。

 

 とはいえまぁ、1つ祈らせてくれ。君の行く末に幸運あれ。その道に、幸多からんことを。

 

 今後、もし、史実の通り君が怪我をしても、奇跡的に怪我をしなくとも。私、トウカイテイオーは、キミと同じ時代に生き、同じレースを走れたことを忘れはしないし、なにより誇りに思う。

 

 

 もっしゃもっしゃとピーマンを食い、そして筋トレをしている私であるが、ここ数日どうも観察されているようでなかなか落ち着かない感じがする。んー、私、何かしたであろうか。心当たりがテンで無いのであるが。

 

 それはともかくとして。筋トレの効果もあってか、後ろ足プランクは5分、前足プランクも2分ほど出来るぐらいには体幹が出来上がっている。そのうち、二足歩行で歩けるんじゃないか?と我ながら思うぐらいの仕上がりである。ああ、あと、最近では猫の様に伸びをすると結構体がほぐれることが分かったので、プランクの後は伸びをして体をリラックスさせている。これだけでも結構翌日の疲れが違うのだ。

 

 さてさて……。では、後は瞑想をしっかりするだけである。腰を落として、目を瞑り、心静かに。

 

『疲れた!旨いやつ!旨いやつ!』

 

 …エーピーインディがご帰宅のようである。まあ、とりあえずは精神統一優先である。

 

『…ん?何してんの?お前好き』

 

 なんだその川柳みたいなニュアンスは。目を開けてみれば、エーピーインディがこちらの厩舎の中へ首を突っ込んできていた。

 

「やると速くなる」

『ほんと!?』

 

 そうニュアンスを私に伝えて、彼は自分の厩舎へと引っ込んだようである。それにしてもだ。ここ数日間、何とも言えないゆるーい空気が流れている感じがして仕方がない。

 

『旨っ。好き!』

 

 いやあまぁ、お前のせいかエーピーインディ?しかし君、鍛錬している姿を見ないが…アメリカに帰らなくて大丈夫なのかね?

 

 まあ、ともかく元気そうなのでいいだろう。

 

 

 本日の鍛錬はプールである。改めて感じる事であるが、体力づくりに最適、脚への負担は少ないと来ているので非常に好みである。ま、冬の水が冷たいのはご愛嬌といった所であるが、体が温まってくればそれすらも心地よい。

 

 思い返せば、最初にプールに来た頃には手綱を曳かれ、そして潜水をした時には思いっきり手綱を曳かれて、慌てられたものだ。だが、見てみろ。今じゃ手綱を曳きもしない。というか、手綱を付けられてすらいない。潜水をしていても、上からのぞくだけで慌てもしないのである。うむ。なんというか勝ち取った感が大きい。

 

 いやしかし、周りをみてみるとだ。

 

『冷たい!』

『顔にかかる!いや!』

『疲れる!』

 

 そんなにプールが好きな馬は居ないようである。まぁ、それに、馬からすればきつい鍛錬をさせられているわけであるし、確かに嫌いになる馬もいるにはいるであろう。ま、私は好きなので関係ないのだが。

 

『待て。待て。速い』

『おかしい…おかしい…』

 

 ん?と珍しいニュアンスに後ろを向いてみると、ミホノブルボンとビワハヤヒデが私の後ろをついてきていたようである。ブルボンに至っては顔に水がかかっても全く意にしない感じである。

 

「息止めて潜る。強くなる」

 

 そうニュアンスを伝えて、潜水しながらプールを進む。ざばっと水の上に上がってみれば。

 

『苦しっ!?』

『お前おかしい!』

 

 私の真似をして潜水を始めた2頭のお姿があった。まぁ、無理はなさんな。ほら、手綱を曳いている人間が慌てているぞ?っと、私の世話をしている人間が、あちらに何かを言いに行ったようである。

 …いやまて、そうなると私、完全に放置された状態でプールを泳ぐ訳になるのだが。まあ今さらか。じゃ、次は潜水4分レッツゴーである。

 

 

「あーあははははあ!遅いよブルボン!もう2本いっくよー!」

「テイオーさん!まだまだ!お願いします!」

 

 トレセン学園のプールを水しぶきを上げながら2人のウマ娘が爆速で泳いでいく。周囲のウマ娘は、あっけに取られながらも彼らの気合に当てられているようで、練習に力が入っているようである。

 

「おお!テイオーさんとブルボンさん、いいバクシンですね!よおし!私達もバクシンしなければ!いきますよーライスさん!」

「うええ!?あの、バクシンオーさん。その、私は泳げるだけになればいいかなって…」

「何を言っているのですライスさん! やるならばとことんやらなければなりません! さあ、一緒にバクシンしましょう!」

「うえええ!?」

「だって今度の天皇賞春に、テイオーさんに、マックイーンさんに勝とうというのでしょう!ならば!やることは!出来る事は!全部やらなければなりません!そう、すなわちバクシンです!」

「…う、うん。判った!がんばる!」

「その意気ですライスさん!では、さっそくバクシンです。バクシーン!!!」

「ば…ばくしーん!」

 

 そう言って、ライスシャワーはバクシンオーに手を曳かれてバタ足でプールを泳いでいく。こちらはテイオーとはまた違う、微笑ましい光景である。そして50メートルを泳ぎ切った時に、息を整えているライスシャワーにバクシンオーは言葉を掛けていた。

 

「50メートル、ナイスバクシンです!このままいきましょう!ああ!そういえばライスさん。頂いたピーマンの肉詰めひっじょーに美味しく頂きました!ライスさんは料理もバクシンなのですね!」

「あ、本当に?じゃ、じゃあ今度、また美味しいの、作って来るね」

「お願いします!あ、あとニシノフラワーさんにも差し上げたいのですが、よろしいですかね!」

「え!?う、うん。いいよ?あ、でも、フラワーさんにピーマン食べられるか、聞いてね?」

「あははは!大丈夫です!ライスさんのピーマン料理はおいしいので、問題なくバクシンできます!」

 

 その言葉に、ライスシャワーは嬉しいのか、顔に笑顔を浮かべていた。と、その瞬間。目の前の水面がぐぐっと持ち上がった。

 

「おお!?」

「ひっ!?」

 

 何事かと二人が身構えると、水面から出て来たのは。

 

「ピーマン料理!?ライスぅー!ボクにも食べさせてー!」

 

 ポニーテールヘアーが眩しい、無敗の三冠ウマ娘、凱旋門賞、BCクラシック、そして有マ記念を見事勝ち取ったウマ娘。トウカイテイオーその人であった。

 

「おお!テイオーさん!見事な潜水!バクシンですね!」

「バ…バクシン?うーんと、バクシンは判らないんだけど…ねぇねぇ、ライスのピーマン料理はおいしいんでしょ?」

「はい!ライスさんのピーマン料理はピカイチですよ!ああ!では、今度ライスさんのピーマン料理でパーティをしましょう!」

 

 勝手に進むピーマン話。流石のライスシャワーも困惑を見せる。

 

「ふえ!?え!?バクシンオーさん!?」

 

 だが、そんな事は気にせずに、マイペースに話を進める2人。

 

「あ、いいねぇ!ボクも手伝うよー!」

「ならば問題ないですねテイオーさん!」

「たっのしみだー!」

 

 にこにこのトウカイテイオーである。だが、次の瞬間、一人のウマ娘が彼女の背中に立っていた。

 

「何が楽しみなのですか?テイオーさん。練習を投げ出して何をしているのですか」

 

 先ほどまでテイオーと泳ぎを競っていたミホノブルボンである。少し怒っているように見えるのは仕方がない。

 必死について行こうと泳いでいたら、気づけば目の前に相手が居ないのだ。そりゃあ、誰でも不機嫌になると言うモノである。

 

「げっ、ブルボン!?いやね、ピーマン料理って名前が聞こえてさ?そのね。ついこっちに来ちゃった」

「…ピーマン料理?仕方ないですね。で、そのピーマン料理がどうしたのですか?」

「ライスのピーマン料理がおいしいって聞こえてねー。あ、ブルボンもどう?」

 

 ピーマン料理。それは魔法の言葉であろうか。不機嫌であったブルボンの顔が、明らかに和らいだ。

 

「…ご一緒させてください。ライスさん、よろしいですか?」

「ええっ!?ブルボンさんまで…!?う、うーん…頑張ってみる」

 

 ライスシャワーの言葉に、テイオー、ブルボン、バクシンオーは小さくガッツポーズを作った。

 

「やった!」

「では!私サクラバクシンオーがライスさんと打ち合わせをしまして、追って予定を連絡させていただきましょう!ええ、お任せください!さあライスさん、バクシン、バクシンです!」

「ええええ!?バクシンオーさん!?まだ練習中…ちょっと待ってー!」

 

 今日も騒がしいトレセン学園の日常である。

 

「…ピーマンパーティか。私も行くか」

「なぁに?インディちゃん。ピーマン好きなの?」

「ええ。マルゼンスキーさんは?」

「うーん…あんまり好きじゃあないわねぇ」

 

 

「お疲れ。オーナーと何か話が決まったか?」

「お疲れ様です。いやー、まぁ、引退時期などはまだ。ただ、次走は天皇賞春ということだけは決まりました。ああ、あと。少し聞いただけですけどね、種付け候補がなかなかすごいですよ」

「ほー?まぁ、そりゃあそうだろうなぁ。実績が鬼のようだからな…。今のところはどんな血統が集まりそうなんだ?」

 

「ざっとですが、有名処の血統を辿ればですよ?

 

 血統を辿ればクリフジがいるシュンイチオーカン

 母父シンザンのロングチアーズ

 父がグリーングラスのリワードウイング

 あのテンポイントの父であるコントライトの血統のワカスズラン

 父がシービー、つまりはトウショウボーイの血統であるスイートミトゥーナ

 トキノミノルの母の血統のニッソウヨドヒメ

 ハイセイコーの血統のサクセスウーマン

 

 あとは完全にまだ噂の段階らしいですが、セクレタリアトの血統も準備されているとかいないとか」

 

「ほー…そりゃまた浪漫溢れる血統の馬が集まったことだなぁ。というかあのビッグレッドの血統からもか…すごいな」

「まだまだ増えそうですよ。いや、引く手あまたとはまさにこのことです」

 



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温泉、温泉です!

年末年始忙しい皆さま。ピーマンを食べているでしょうか。

きっと食べているでしょう。

と、いうことで今回ピーマンが温泉に入ります。


温泉いいですよねぇ、温泉。



※年末年始ということもありまして、次話の更新は暫くかかります。


 正月が終わって暫く経った頃。私はなぜか、ミホノブルボンと一緒に車に乗せられて大移動中である。既に牧場を出て5時間以上は経っているだろうか。私は問題ないのであるが、ブルボンはきついんじゃないだろうか。

 

『狭い。ここ嫌い』

 

 ブルボンからのニュアンスはこうである。まぁ、そうだろうね。窓をちらりと覗いてみれば、どうやらここはどこかの休憩施設であるらしい。ふーむ。一体どこに向かっているのであろうか。ただ、途中で富士山は見えたので、おそらくは東に向かっているようである。

 

 しかし、今回のこの大移動。かなり油断していた。何せ、レースが近いのであればオーナーやら彼やらが頻繁に会いに来るはずなのだが、今回はそんなこともなくいきなり車に乗せられてしまったのである。

 

 レース…レースにしてはなんか人間の動きがそんなにキビキビしていない。この雰囲気はそうだな、私が初めて鍛錬が行われる牧場に移動したときや、放牧のために移動したときの雰囲気に似ていると言える。もしかして、放牧地にでも向かっているのであろうか?もしそうだとするのであれば、私は非常に困る。

 いや、別に放牧が嫌と言うわけではない。ただ、暇なのだ。体を休ませればいいじゃないか、と言うのだが、普段からストレッチなどで体をしっかり休ませているので体は楽であるし、気分も鍛錬をしていたほうが楽なのだ。私はやはり、中に人が入っているからなのか暇すぎてもダメになるのである。

 故に、放牧されていても、私は気づけばずーっと走っているので、人間も諦めたのかここ2年ぐらいはレースが無くても鍛錬の牧場で鍛錬を続けていたわけなのだ。

 

 それが急にこんな大移動。一体全体どうしたものかなぁ。

 

 正月明けて…東…関東で大きなレース、と考えると…。うーん。ああ!そう言えば思い出した!去年の今頃、似たような感じで1600メートルのG3の何かのダートレースを走ったじゃないか!ふむ。それならそれで問題はない。ただ、そうなると一緒に移動しているミホノブルボンが気にはなる。同じくG3のダートを走るのであろうか?それとも、何か別のレースを?

 

 ま、考えても馬の私には判らないか。とりあえずは、レースの心積もりで精神を統一させておこう。そうしよう。

 

 

「お疲れ様です。って、あれ?テイオーは?」

「お疲れ様。テイオーはミホノブルボンと一緒に福島のリハビリテーションに行っているよ」

 

「え?福島の?怪我でもしたんですか?」

 

「いやいや。テイオーは何でもないよ。むしろ健康体。

 ただ、ブルボンは確か脚に軽い炎症が起きたとかで休養だね。天皇賞春は絶望的と言って良いだろう。復帰は宝塚を目指しているとか聞いているよ」

「それはまた。ミホノブルボンは残念ですね。しかし、テイオーは何もないのに福島に?」

「それがね、君も知っているとは思うけど、テイオーは放牧に出しても常にトレセンの時の様に走り続けちゃうだろう?だから、頭がいい馬ならもしかして、福島の温泉ならゆっくり休養するんじゃないかって話で、ミホノブルボンに同行して養生させるそうだよ」

「なるほど。あり得なくもない話ですね。あなたはついて行かなくて良かったんですか?」

 

「ん?ああ。僕は別の馬の屋根をお願いされていてね。3月から本格的に屋根を張るから、前段取りで馬と駆け引きさ。テイオーの目標レースとも被らないから、受けたんだ」

 

「おお。流石人気の騎手は違いますね。で、どの屋根を?」

 

「ビワハヤヒデっていう馬だよ。ほら、君も記憶にあるだろう?正月過ぎてテイオーの追い切りについてきたあの若馬だよ」

「…ああ!あの葦毛の速い馬ですか!いい馬に巡り合いますね。しかし、なんていうか、顔だけ白いからか、顔が大きく見えますよね」

「そうかい?馬としてはイケメンだと思うけどね。僕は」

 

 

 車に揺られて、気づけば東京タワーを過ぎて、更に別の路線に入って数時間。高速道路の降り口の名前をチラリと窓から見てみれば、IWAKI-YUMOTOであった。そう。私はなぜか、関東を過ぎて、東北の福島、いわきの地にいるのである。いわきと言えば、「スパリゾートハワイアンズ」であろう。2足歩行時代、何度か行った事がある。あのフラダンスは一見の価値ありだ。それに、いわき、と言えば温泉も良いと聞く。

 

 そう、温泉も良いと聞くのだが、なぜ私とミホノブルボンがこんな場所を車に揺られて走っているのか全く理解が追いつかないのが現状である。

 

 福島のいわきに、去年の有馬記念を勝利した馬が来る…?場所は、ええと、福島であるからつまり福島競馬場でも行くのであろうか?うーん、でも福島競馬場というと、あのツインターボの七夕賞ぐらいしか思いつかない。夏競馬のイメージが強いのだ。しかも、福島競馬場っていわきにあったか…?記憶が曖昧である。

 そうやって頭を捻っていると、車が速度を落として左へを舵を切った。窓からはちらりと「JRA」の文字が見える。そして、暫く山の中とも言える、両脇に木々が生い茂る道路を進んでいくと、開けた所で車が止まる。どうやら目的の場所に着いたらしい。

 

 いつもの人間に、手綱を曳かれて車を出てみれば、そこに広がっていたのは、競馬場どころか、いつもの牧場に比べれば幾分か小さい牧場であった。

 

 周りをよく見渡してみれば、松の木なんかが植わっていて、なかなかいい雰囲気の場所である。体を休めるためか、早速厩舎に連れていかれて、ピーマンやら野菜やらをバケツ一杯に出されるのはいつもの事である。

 しかし、ここは本当に規模が小さい牧場である。厩舎の数もそれほど多くは無いし、鍛錬の施設もかなり少ないと言えよう。厩舎への道中、ダートのトラックと、円形のプールぐらいしか鍛錬の施設を見つけることが出来なかった。

 

 はて…と、いうことは、私は何のためにここに連れてこられたのであろうか?

 

 レース、という線はまず消えている。ここは競馬場ではないからだ。ならば鍛錬か、とも思ったが、その線もないであろう。鍛錬の施設が少なすぎる。それならば放牧か?とも思ったが、ここは山の中である。ぱっと見平地も少ないので、その線もまず無い、と思う。

 

『青臭くて旨い』

 

 そんなニュアンスを感じて顔を上げてみれば、真正面の厩舎でミホノブルボンがピーマンを喰らっていた。まぁ、そうだよな。こう考えていても何が出来る訳でも、解決するわけでもないし。せっかく出された食事である。しっかりと頂くとしよう。

 

 お、このピーマンなかなかの歯ごたえである。ふーむ。冬のピーマンの方が皮が硬いのだな。これは今まで気づかなかったことである。馬になっても新たな発見とはなかなか面白いものだ。

 

 …にしてもだ。少々ここは何か匂う感じがする。馬の糞とかじゃなくて、なんかこう、卵が腐ったような…?硫黄か?

 

 

 謎の施設に到着して、翌朝の事である。この施設の正体が判明した。

 

 驚くなかれ、ここは馬の温泉である。

 

 朝、飯を頂いた後、手綱を曳かれて連れていかれた場所が、まさに風呂としか言えない場所だったのだ。入口入って左側は厩舎の様になっていて、しかし、ホースが見えるあたり、体を洗える場所である。入口入って右側には、縦に並んだ小さなプールのような感じの場所に、硫黄臭漂う、湯気を湛えたお湯が張られているのである。

 しかも、私より前に厩舎を出たミホノブルボンが気持ちよさそうに4つ足を湯に入れているのである。こりゃあ予想外の光景である。

 

 あっけに取られていると、人間がホースを取り出し、私の脚元を洗い始めた。なるほど。これから風呂に入るわけであるし、確かに今まで土の上を歩いていたわけだから、当然の事かと納得する。そして私の脚を洗い終えると、人間は私の手綱を曳き、浴槽の前までやってきていた。

 

 眼前には湯舟。しかも硫黄を湛えたお湯が張られた、間違いなく温泉である。ええと…これはどう入ればいいのであろうか?

 

 ちらりと横目でブルボンを見る。入口の方に顔を向けている。と、いうことは、湯船には後ろ歩きで入る感じであろう。そう考えて湯舟に後ろ足から入っていくと、手綱を曳いていた人間は満足そうに笑みを浮かべていた。なるほど、正解らしい。

 

 そしてゆっくりと後ろ歩きをしながら数歩。私の脚についに、お湯が触れた。

 

 あぁあああー…と、二足歩行時代なら間違いなくため息が出る、そんなお湯を感じながら、浴槽の一番奥まで後ろ歩き。すると、間髪入れずに木の棒で前を塞がれ、背中に温水のシャワーが注がれた。

 

 おぉおおおお……と、思わずため息が出てしまう。うん、ああ。いいぞこれは…。

 

 温かいだけじゃあない。なんというか、強張っていた関節や、筋肉の張りまでが蕩けていく感じ。惜しむらくは下半身ぐらいまでしかお湯が無い事であろうか…ううむ。できれば肩まで浸かりたいのだが…。

 

 ああ、そうか。膝を折ればいいじゃないか。思い立ったが吉日である。早速膝を折って、体を湯に沈める。木の棒が少々邪魔だがまあ仕方がない。うむ。思った通り。実に良い。最高である。

 

 おっと、思わず欠伸も出てしまった。…って、なんだい人間。手綱を引っ張ってからに。何?立て?出ろと?いやなこった。こちとら馬になってまでこう、風呂に入れるとは思っていなかったのである。しかもどちらかというと、私は長風呂派なのだ。せめて1時間ぐらいは入らせて頂こうじゃないか。

 

 

 いわきの夜。田舎らしい静かな空気の中、2人の人影があった。

 

「よかったの?合宿なのにさー。こんないい温泉に、ブルボンとボクを連れてきちゃって。トレーナーお金ないでしょ?」

「ははは。お前のお陰でこの位のホテルじゃびくともしない稼ぎは貰っているさ。それにテイオー。お前、ただ旅行に来てもすぐに練習しちまうだろう?」

「まあね。練習がボクの日常だし」

「だから合宿って形をとって、お前達…いや、カッコつけたな。テイオー、お前が少しでも休めればと思ってな」

 

 少し恥ずかしそうにほほをかくトレーナー。その姿に、テイオーはにやりと表情を変えた。

 

「ふぅーん?ボクに気を遣ってくれたんだ?」

「そりゃな。俺の夢を叶えてくれた。しかも、この日本のウマ娘に関わるもの全ての夢を二つも叶えてくれた。気を遣う?それどころじゃない。感謝しても、いくら感謝しても足りないくらいさ」

「にしし。そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 テイオーは無邪気に笑う。つられてトレーナーも、笑みを浮かべていた。

 ちなみに、ミホノブルボンはこの場には居ない。曰く。

 

 『温泉で疲れを取ります。お二人は、ごゆっくり語らってください』

 

 と、上手いのか下手なのか。トレーナーとテイオーのために気を遣って、今は宿で一人、のんびりと温泉に浸かっているらしい。

 

「なぁ、テイオー」

「なぁに?」

「俺はさ。お前がドリームトロフィーで、ルドルフ達と走りたいという事を、知っている。それはもう、よく知っている」

「うん。カイチョーと走りたい。それがどうしたの?」

「ここから先は独り言として聞いて欲しい」

 

 トレーナーの言葉に、テイオーは小さく頷いた。

 

「ん」

 

 それを見たトレーナーは、言葉を選びつつ、紡いだ。

 

「…俺はさ。お前が、トゥインクルシリーズで走る姿を見続けたいと思っちまったんだ。ああ、もちろん。お前がドリームトロフィーリーグに行くことは、留めはしない。むしろ、喜んで送り出したい」

「…」

「でも、でも。俺は、きらきらと輝く、お前の姿をいつまでもいつまでも見ていたい。いつまでも、走り続けていて欲しい。マックイーンと、ナイスネイチャと、ライスシャワーと、ブルボンと、幾多のウマ娘達と、冠をかけて、いつまでも、いつまでも走っていて欲しい」

 

 一呼吸。そして、トレーナーは言葉を続けた。

 

ドリームトロフィー(虹の向こう側)になんて行かせたくない。ルドルフと、走らせたくはない。そう思ってしまったんだ」

 

 そう言ってトレーナーは、テイオーの目を正面から、まっすぐに見つめた。

 

「……トレーナー。判ってるでしょ? ボク達ウマ娘のピークは短いって。いつかは、いつかはドリームトロフィーで走らなきゃいけなくなるって」

「ああ。よく知っている。よく知っているとも。ああ、そうだ。つまり、俺はさ」

 

 深く息を吸い、トレーナーは顔をテイオーに向けた。

 

「お前の走りに惚れたんだ。ああ、そうだ。だから、お前の走りをいつまでも、どこまででも見ていたい」

 

 トウカイテイオーは、トレーナーの目を見つめ返し、小さく、息を吸った。

 

「ありがとう。トレーナー。でも、ボクは今年の帝王賞でドリームトロフィーに上がる。これだけは譲れない事だから。カイチョーと、それに、いくつもの伝説達とレースをする。それが、今のボクの目標なんだよ」

 

 強い目。いつか、凱旋門を獲ると言ったあの目を向けられたトレーナーは、深く息を吐いて、テイオーから視線を外した。

 

「…そっか。そうだよな。悪かった。悪かったよテイオー」

「ううん。気にしないで。……あーもう!トレーナーったら妙な空気にしちゃってさー!?どうしたのさー。別にさぁ、ドリームトロフィーでもボクの走りを見れるでしょー!?なんでトゥインクルなのー!?」

「そりゃそうなんだけどな。なんでか、そんな気分になっちまったんだよ」

「変なのー!」

 

 トレーナーとテイオーは、2人で夜道を歩く。天に輝く月が、そんな彼らを優しく、しかし、強く照らしていた。

 

 

「おーい…いい加減出てくれー」

 

 トウカイテイオー号が温泉に入ってから1時間。厩務員が手綱を引っ張ろうが、何をしようがびくともしない。ピーマンを目の前につるしても全く見向きもしない。

 というか、むしろ、膝を折って首元までしっかりと湯に浸かってしまった。そして時折大あくびをかましたり、湯の中で猫の様に伸びたりと、やりたい放題である。

 

「おっさんかよお前は」

 

 仕方ねぇなぁと手綱を緩めて、暫くテイオーを眺める。目を細めて気持ちよさそうにしやがって。と内心で思っているが、口には出さない。

 すると、そんな厩務員に一人の係員が言葉を掛けて来た。

 

「お疲れ様です。テイオーはどうです?出せそうですか?」

「お疲れ様です。申し訳ないのですが、全く…」

「まぁ…仕方がないでしょう。好物のピーマンでも動かないのでしょう?ま、幸い今日は後が詰まってませんからね。好きにさせましょう」

「本当に申し訳ございません」

「いえいえ。相手は野生ですからね。こういうこともありますよ。それにしても…」

 

 温泉の係員はテイオーの入っている浴槽を見る。

 

「このテイオーという馬はかなり綺麗好きですね。普通、馬がこういう湯舟とかに入っていたら、10分と経たずにボロ(糞)を出すのに。その素振りすら見せません」

 

 その言葉につられて、厩務員も浴槽の湯を見る。多少、テイオーの汚れで濁ってはいるものの、確かにボロは出ていない。

 

「ああ。こいつはかなり綺麗…というか、潔癖症ですね。餌も三角食いじゃないですが、口の中の物を綺麗にしてから次の餌にいきますし、ボロも馬房の中でここと決めた場所にします。プールの訓練でもまず水中にボロは出しませんね」

「へぇー。それは珍しい、というか、そんな馬初めて聞きましたよ。やっぱり、凱旋門とBCクラシックを獲る馬は一味違うんですね」

 

 感心するように係員がそう言ったと同時に、テイオーは見事な、凱旋門賞馬らしからぬ大きな欠伸をかましていた。なんという、締まらない馬であろうか。

 

「…ははは。そう言って頂けると助かります」

「それに、私もこのトウカイテイオーのファンなのです。ここでゆっくり養生してもらって、天皇賞春を獲って貰わないと」

「はは、まあ、勝負は時の運です。ただまぁ、この温泉でしっかりとリラックスしてくれていますし。ええ、そうですね。期待はしてくれて良いですよ」




次回。天皇賞(春)へ進む、彼(女)らの様子を見てみましょう。


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ピーマンエフェクトは、時代を巡る

①ピーマンを細切りにします。

②桃屋のメンマを混ぜます。

③1から2分、軽くチンします。

④米を準備します。

※お好みでシラスと胡椒をお掛けください。

※味噌汁が欲しい方は、細切りにしたピーマンを味噌汁にしてみてください。作り方は以下になります。

①ダシ汁を沸かし、細切りピーマンを2分程度煮込む。
(顆粒ダシなどでOK)
②火を止めて味噌を解き、沸騰する直前で火を止めて完成。


さあエンジョイピーマンライフ!


 温泉三昧。実にその言葉が似あう日々を、私は送っている。

 

 朝に温泉、昼に軽い運動、夜に飯、そして温泉。馬になってからこんなにのんびり出来たのはいつ振りであろうか。

 

 そうそう、鍛錬の施設なのだが、1つ面白い設備を発見していた。それは、水中歩行の装置である。仕組みは簡単で、水の中にランニングマシンが仕込んである感じなのだが、これがまた足に負担がかからずに運動が出来て実に良いモノなのだ。

 しかも、結構速く走る事も出来るため、私も数度利用させて頂いている。おそらくは浮力もあって、本当に足への負担は少ない。着地が非常に柔らかいのだ。これ幸いとばかりに、しっかりと足の歩幅を広げて運動を行いつつ、フォームを見直したのも良い経験である。

 

 そう、今までのフォームは、色々極端だったのだ。

 

 そもそも負担を少なくするように考えた、手加減が多いフォーム。全力を出すことに注力をしたフォーム。ダート特化にと脚の回転を上げたフォーム。脚の負荷を無視し、スピードとパワーに特化したフォーム。

 私は色々使い分け、なんとかここまで競馬を走り抜けて来た。ただ、全力を出すたびに、正直に言えば脚の寿命というモノを感じる事が多くなっている。骨の軋みが最たるものである。軋む、ということは、無理が掛かっているということであるし、関節や筋肉にもよろしくない事は、考える以前に明白である。

 

 ただ、1つの答えは示されている。前回の有馬記念だ。

 

 私は幸い、鍛錬でバカほどのスタミナを持っている。だからこそ、ロングスパートを行ってスピードに乗せていけばいい。のだが、競馬はそうもいかない。幸い、前回の有馬記念は、大逃げのメジロパーマーに対して、ミホノブルボンがくっついて行った結果、逃げ組がばててしまったからこそ、私とメジロマックイーンが最後競い合えたのだと思っている。

 

 と、いうことは、本当の大逃げの馬がいる場合。あとは、距離が短い場合。更に言えば、進路をふさがれた場合などは、このロングスパートは意味を成さなくなる…わけではないが、効果が落ちるのだ。一気にトップスピードに持って行かなくてはならない時が、絶対に来るのである。

 

 まぁ、と言っても、あと何回走るかは正直判らない。無敗のクラシック三冠を獲り、翌年、凱旋門、BCクラシック、有馬を獲った私は、きっと種牡馬としての期待も大きいであろう。そう考えると、現役はいつまで続けられるのか。本当に、判らないのだ。

 

 あ、ちなみに、本日牝馬と一緒に温泉に入ったが、非常に残念ながら全く魅力を感じなかった。うーん…我ながら種牡馬としては前途多難であることは明白である。どうやって馬とやり合えというのであろうか。いやこれであれば現役を続けた方が個人的には有難いのだが。

 

 話は逸れたが、フォームとして改良した点はと言えばだ。

 有馬記念のロングスパートの時の様な、脚の負担がかからない程度の加速をしつつ最大速度を出せるという、あの歩幅を広げたフォームをより一層洗練させたものを完成させた。脚の振り上げる高さ、力の入れ方。いままでの陸上では出来なかった、水中歩行だから見直せたフォームを頭に叩き込み、体に叩き込んだ。幸いにして、トウカイテイオーとしての柔軟性は今のところは変わり無いようで、非常に助かっている。

 ただ、もちろん、それだけでは競馬は勝てない。地面の種類によっては歩幅が狭い場合が良い事もある。ということで脚の回転を高めるフォームも一から見直しているし、深い芝や足場が悪い場所で使うパワーを出すような蹴り足を使うフォームも、力の入れ方や角度を改めて洗い直している。できれば、この施設を出るときまでには、これらのフォームを、ある程度納得のいくフォームに仕上げていきたいものだ。

 

 ただ、毎度この水中歩行の施設に来ると、人間が首を傾げるのは…まぁ、判る。なんでか毎度違うフォームで馬が走るわけだし、見ている側からは困惑するであろう。だが、少々許してほしい。私にとっては、本当に死活問題なのだからね。

 

 それにしてもここに来てから約1か月以上は経ったであろうか。福島のこの地でも梅が満開である。陽気も実に春めき始めている。そろそろ若馬たちはクラシックの三冠に挑む時期であろうか。ああ、確か今年はあのBNWが活躍する年であるはず。うーん、叶わぬとは判っているが、実に、競馬場に彼らのレースを見に行きたいものである。

 

 

 トレセン学園。そのトレーニングルームでは、メジロマックイーンとゴールドシップが筋トレを行っていた。ゴールドシップはレッグカールマシンでハムストリングス(ふとももの後ろ側)を鍛え、メジロマックイーンの方はといえば、レッグプレスマシンで臀部周りの筋肉を鍛えている。

 

「なぁ、マックイーン」

「なん、です、のっ!」

 

 メジロマックイーンはそう言って、レッグプレスマシンを思いっきり蹴り上げた。セットされている重量を見れば、600キロ程度。男性のトレーニング経験者の平均が200キロ程度の重りであると言われていることから、メジロマックイーンの足腰の筋肉の頑丈さ、そして強さが見て取れる。

 

「天皇賞、勝てそうなんか?」

 

 隣で飄々とレッグカールマシンを振り下ろしているゴールドシップ。しかし、その額には汗が浮かび、こちらも相当な負荷をかけていることが判る。こちらも男性のトレーニング経験者の平均がおおよそ100キロ前後、と言うところに対して、300キロ程度の重さを付けていることから、ゴールドシップの足腰の強さが判る。

 

「勝負は時の運と、申しますからっ!はっきりとは申し上げられません、ねっ!」

「でもよー、テイオーは長距離が苦手だろ?ライスシャワーも強いけど、まだお前には及ばねぇ。順当に行けば勝つんじゃねーの?」

 

 ガシャン!と、マックイーンが勢いよくプレスを蹴り上げた。ゴールドシップは思わず耳がピンと立つ。

 

「順当に。確かにそうでしょう」

「それならよ」

 

 こんなに鍛えなくても…故障しちまうぞ?とゴールドシップが言おうとした瞬間である。

 

「ですが、相手はあのテイオーです。彼女は、前評判をすべて覆して、頂に立った。仏米日の三冠を成し遂げてみせたウマ娘です。そして、ライスさんも一人学園を離れて、鍛えに鍛えております。あの2人は、いえ、それ以外のウマ娘達もきっと、想像を超えてくるでしょう」

 

 マックイーンはそう言って、蹴り上げた脚を戻し、もう一度、勢いよく蹴り上げた。

 

「だから、私も想像をはるかに超えて成長しなければなりません。付き合って貰いますよ。ゴールドシップ」

「………わーった。わーったよマックイーン。変な事言って、悪かった」

「判れば良いのです。さ、今日はあと10回!その後、坂路を走りこみますよ!」

「へいへい。あ、そういや、ピーマン羊羹っつーお菓子があるんだけど…」

「お菓子…!?あ、いいえ…。今、今!食べる訳ないでしょう!私は誇り高きメジロ家、そのマックイーンなのです。天皇賞が終わったら味わわせていただきます。だから、いいですか?絶対に一人で食べるんじゃありませんよ!?ゴールドシップ!」

 

 

「あの、その。練習、付き合ってくれて、ありがとう。レリックアースさん」

「だから何度も言ってるでしょう?さん付けとか要らないって。同期なんだし」

 

 ここはトレセン学園から離れた、とある小さなトレセン跡である。ダートコースと校舎が辛うじて残る場所に、2人のウマ娘が野営をしながら、トレーニングを行っていた。

 

「それにしてもライスはすごいねー。こんな場所で、何日も走り続けられるなんてさ」

「…その、今度の天皇賞春。優勝候補って知ってる?」

「もちろん。筆頭はメジロマックイーンとトウカイテイオーでしょ?いや、すごいよね。本当。こんなすごい面子と走れるライスが羨ましいよ」

「私は、その2人に勝てると思う?」

「……うーん。菊花賞の時みたいに末脚を出せれば、かなぁ?有マみたいな腑抜けた走りじゃあ、勝てないと思う」

 

 ライスシャワーはその言葉を、静かに聞いていた。

 

「でもね、レリックアースさん。私は、テイオーさんに、マックイーンさんに、勝ちたいって、本気でそう思ってるの」

「そっか。でもさ、気を悪くしないでね?3200メートルの天皇賞。正直、経験も、実力もと考えると、どう考えてもあの2人が突出しちゃってるよ。厳しいと思う」

 

 その言葉に、ライスシャワーは強く頷いた。だが、同時に、強い光が目に宿ったように、レリックアースは感じ取っていた。

 

「実力や経験じゃ追いついてないのは判ってる。だから、私は肉体も、精神も追い込むの。追い込んで追い込んで…それでも追い込んで」

 

 鬼気迫るライスの言葉。真剣な表情に、ごくりと、レリックアースは息を呑む。

 

「徹底的に追い込んで、精神力であの2人を凌駕してみせます。そう心に決めて、ここにいるんです」

 

 ライスシャワーの表情、言葉。それらに呑まれたレリックアースは一時、動きを止めてしまった。だが、思い出したように、頭を掻き始めたレリックアースは、笑顔を浮かべつつ言葉を紡ぐ。 

 

「…そっか。そっか!判ったよ。うん。ちょっと私、あんたを甘く見てたわ。ライス」

「うん。知ってた」

「だから、まず、ごめん! そんで、今日からは気持ちを切り替えて、私も私を追い込んで行く。そんでさ、あんたを、勝利に導いてみせるからね!」

 

 そう言って、手を差し出したレリックアース。その手を、無言で、しかし笑顔で握り返したライスシャワー。天皇賞春まで、残す時間は短い。しかし、天皇賞の、京都レース場のゴールを先頭で駆け抜ける準備は整い始めている。

 

「あ。そうだ。ちょっと話は変わるんだけどさあ。なんでか知らないけど、ここに来る前にさ、あのゴールドシップからコレ貰ったんだよね。なんか意味知ってる?」

「これって…歩兵の駒?」

「うん。『お前にぴったりだわ!頑張りな!』って言われてさ。嬉しいんだけど、意味があんまり判らないんだよね」

「うーん…なんだろうね…?」

 

 2人は頭を悩ませている。ただ、2人は知らない。歩兵とは、相手の陣地に入れば金に成れる。そんな駒なのである。怪我をし、クラシックを棒に振ったとも言えるレリックアース。そんな歩兵に、ゴールドシップは何を見たのであろう。

 

―旅は道連れ世は情け。外国の風も、真正面から受けてみりゃ案外気持ちが良いもんよ。な、レリックアース(レガシーワールド)?―

 

 

「お疲れ様です。皐月、惜しかったですね」

「お疲れ様。うん。でも、2着に入線出来たからまぁ、ダービーに向けては、ひとつ及第点かな」

「でも、ナリタタイシンの末脚があそこまで切れるとは正直思いませんでしたよ。直線向いたときはビワハヤヒデで決まりかと思ったんですが」

「あはは。僕もそう思ったけど、勝負は時の運と言うしね」

 

「確か今回のナリタタイシンの勝利で、ナリタタイシン、ウイニングチケット、ビワハヤヒデの3頭が今年の3強とも言われていますよね」

 

「うん。頭文字をとってBNWとかなんとか。去年まで、テイオーの世代で言われていたTNRに続いて人気が出そうなネーミングだよ」

「競馬の人気、このまま続くといいですよね」

「うん。そう思うよ。ま、ただ少し気になる事があるんだ」

「気になる事?」

 

「彼らさ、レース後、寝るよりも早く3頭並んでピーマン食べていただろう?…なんというか、2年前の、君がテイオーの屋根を張っていた頃の、懐かしい記憶を思い出したんだ」

 

「……彼ら、きっと強くなりますね。3頭で凱旋門でも行くかもしれませんよ」



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分岐点

ピーマンとパプリカはやはり違うモノ。

しかし、品種的には一緒なわけです。


 気づけば桜が満開になり、日中の気温も過ごしやすく暖かくなってきた頃。

 

 私は遂に、あの温泉施設からいつもの鍛錬を行う牧場に戻って来ることが出来た。いや、なんというか、我ながら休み過ぎた感じである。温泉、睡眠、食事三昧。いやー、放牧よりよっぽどゆっくりできたというものだ。ただ、残念ながら最後の方は飽きてきていた。やる事がないのである。

 

 ただまぁ、それだけ時間が有り余っていたわけで、ひとまずフォームの改良はひと段落したと言って良いだろう。と、同時に、1つ私は気が付いたことがある。

 

 温泉に入っていた時にであるが、史実でのトウカイテイオーは長距離はそれほど得意じゃなかったはずだと、はたと気づいたのだ。そういえばと私自身も思う。長距離のレース。とはいっても、去年の天皇賞春に限った話ではあるが、案外とスタミナが持たなかった。あれだけ坂路やプールを積み重ねているのにも関わらず、である。

 となると、これはもしかして、元々の私の体のポテンシャルではないのか?という事に気が付いたのだ。

 

 そう。いくら鍛錬をしても、体の才能の方向が違うとある程度以上伸びないのではないか?という事である。例えるのならば、スポーツが好きで努力を欠かしておらずともスポーツ選手になれる人間が一握りであるように。同じ勉学をしながらも、点数が取れないテストがあるように。

 

 私の場合はもしかして、距離がそれなのではないか?と思ったのである。凱旋門やBCクラシックは考えてみれば明らかに中距離であるしね。ただまぁ、私の考えだけなので確たる証拠はない。実際微妙な点としては芝の中山の2500メートル、長距離の部類に入る有馬記念は勝ったわけだし、天皇賞春は負けたとはいえ入着はしているのだ。どちらかというと、我ながら長距離も走れる馬なのだと思う。

 

 だが。

 

『行くぞ若いの!』

 

 目の前の坂路をえらい勢いで登っていく葦毛のお馬さん、メジロマックイーンを見ていると、なかなか自信を無くしそうである。なんてったって、メジロマックイーンは中に人などいないはずなのである。それにも関わらず、私に何度も先着しているのだ。この間の有馬記念こそ勝てたものの、また天皇賞を走った場合は、正直私が勝てるかは判らない。

 更に怖いのは、ここには居ないが、この前の有馬で一緒に走ったライスシャワーだ。史実であれば、今年の天皇賞でこの強いマックイーンをぶち抜いて一着でゴール板を駆け抜けるはずなのである。いやはや、怖い怖い。

 

 怖いので、とりあえずはマックイーンを坂路でぶち抜こう。1000メートル程度ならこちらの方が強いのである。いくぞ!Hi-yo Silver!

 

『おかしい…疲れた…』

 

 む。そこにいるのはおビワさん。…で、合ってるよな?会うたびにあまりに顔が大きいので、私のイメージで勝手にビワハヤヒデと呼んでいるが…。まぁ、君はまだまだ若いのだ。我々についてこれなくても問題は何もない。そう、君はこれからだ、これから。

 

 

「やぁ、テイオー。温泉は良かったかな?」

「あ、ルドルフさん!最高でした!トレーナーに感謝しなきゃです」

「それは結構。―うん、顔もすっきりしているな。さて、それで一つ確認事項があってね」

「確認事項、ですか?」

 

「ああ、君がドリームトロフィーに上がる時期の再確認だよ。これだけトゥインクルの発展に寄与したのだから、君の引退式やドリームトロフィーへ上がるための式典もそれ相応になるものでね。長めの準備期間が必要なんだ」

 

「ええっ!?そんなに大々的に行われるんですか?」

「ああ。URAの役員は全員出席、我々ドリームトロフィーからも、歴代の勝者が出席予定だ。前に表彰に来たシンザンはもとより、クリフジやセントライトあたりのウマ娘もスケジュールを合わせると言われている」

「…それはそれですごいプレッシャーです」

「ははは。まぁ、気にするな、とは言わないけれど、準備は此方でする。君は台本通りに動いてくれればいい。と、話は逸れたが、改めて聞くとしよう。君はいつのレースで引退を?」

 

()()の帝王賞の予定です」

 

「そうか。6月の…ああ、最後はダートで勝つつもりなのか?」

「はい。国内の芝のグランプリは獲りました。ならば、ダートのグランプリもと思って」

「それは結構。うん、テイオーなら心配ないだろう。頑張ってくれよ?」

 

「はい!ありがとうございます。ルドルフさん!」

 

「では、その予定でこちらは話を進めておこう。ああ、もちろん、変更になっても構わない。何よりも君のキャリアが優先だ。それを忘れないでくれ」

 

 

 鍛錬の牧場に戻って暫く、もっしゃもっしゃとピーマンを喰らう厩舎の中、お隣からも勢いよくピーマンを喰らう音が聞こえている。ご存じ、エーピーインディ氏である。温泉から戻ってきてもまだいるとは、君、本当にアメリカに帰らなくていいのかね?

 

『旨い!旨い!旨い!あ、お前好き!』

 

 お前好き、が完全についでのニュアンスだったことは置いておこう。後で覚えていろよ。お前のピーマンをパプリカに換えておいてやる。

 ま、とりあえず本人は好調の様だ。しかし彼は一体、有馬から帰らずこっち、何をしているのであろうか。時々厩舎から出て行って、どっかにいって、暫くすると帰ってくる。鍛錬をしている風でもないし、かといってレースをしている風でもない…。

 

 もしかして君、種牡馬入りしてる?

 

 いや、それはそれで大事件だけどもね。日本の血統、この90年代が終わってくれば、完全にサンデーサイレンスの血統の時代になるのであるが、そこにエーピーインディの血統も入るとなると日本競馬界が色々変わりかねない大事件である。ま、確証は無いが、可能性は高い案件であろう。

 

 それにしても、サンデーサイレンスの血統の集大成であるディープインパクトに対して、もしかするとエーピーインディ、つまりセクレタリアトの血統が日本で活躍する可能性が生まれて来たという事であろうか。うーん、これは実に競馬場の外から見たい案件である。というかテレビを見たい。盛り上がっているであろうネットを見てみたい。きっと競馬好きの間では今頃お祭り騒ぎなのかもしれないなぁ。

 

 あれ? でも、93年あたりってインターネットって普通の一般人が見れるレベルの奴なんだっけ? 窓枠のOSも確かまだまだ最初期のものしか生まれてない時代のような…。ああ、そう考えると、私の二足歩行として生きた時代はまだまだ先であるらしい。スマートフォン、光回線、ディープインパクト、インターネット、ユーチューブ。今の時代では、まだまだ一般には知られていない事なのであるなぁ。むしろサービス自体が生まれていない物すらある。ダイヤルアップ時代のインターネットなんて、スマホがある時代の人間はどれほど覚えていたのだろうか。

 

 冷静に考えれば、私がもし人間として生きていたならば、一儲けできる知識だ。だが残念、当方はお馬さんなのである。ひとまずは目の前のピーマンを喰らうことしか出来ないのである。

 

 ピーマンを食い、草を食い、水を飲み、そして果物を食う。三角食いというか、なんというか。多分お馬さんでもこういう食い方によってきっと胃腸の調子も変わって来るんだろうな、などと勝手に思っている。しっかり歯ですり潰してから呑み込むことも忘れたことはない。

 

 いけないいけない。考えがとっちらかってしまっている。ま、2000年代。少なくともサンデーサイレンス最強という血統の勢力図は、少々変わりそうな感じである。更に、そこに続いている個人的注目株は同志レオダーバンである。確か血統はあのマルゼンスキー系であったはずなのだ。つまり、相手が付けばかなり良い血統になりそうなのである。

 

 史実では確か同志はまともに種牡馬としては活躍しなかったはずである。ただ、この世界では明らかにめっちゃ活躍しているので、きっといい相手に巡り合うであろう。

 

 ん?そういえばよくよく考えると、あのライスシャワーとレオダーバンって血統的にはマルゼンスキーの血なのか。しかも、今年活躍するであろうウイニングチケットも母父がマルゼンスキーであったはず。サラブレッドはご親戚が多いものである。

 ちなみに私トウカイテイオーと、仮面のお馬さんであるナイスネイチャも血統的にはかなり近い。ナイスネイチャの父と、私の母父が同じ馬なのである。まぁ、だからどうした?という話でもあるのだが、完全に余談なのであるから問題はない。

 

 などととりとめもない事を考えながら飯を食っていたら、バケツの中身が空になってしまっていた。ふむ。それならば体幹トレーニングと瞑想をしようじゃないか。後ろ足で立ってっと…。

 

 そして、この坂路とプールのルーティーンの日々も悪くはないが、温泉よがったなぁと改めて思い直していた。いや、温泉の牧場にいたころは暇だ暇だと思っていたが、こう温泉に入れなくなると、やはり湯に浸かるのは最高だったと感じる日々なのである。できればもう一度、あの福島のいわきに行きたいもんだと切に願う。 

 

 

「お疲れ様。テイオーの調子はどうだい?」

「お疲れ様です。オーナー。調子は良いですよ。天皇賞春に向けて、順調と言って良いと思います」

「そうか。ありがとう。ああ、ただ、未だに少し迷っているんだ」

「と、申しますと?」

 

「テイオーを()()()()()()()()()に出すか、それとも、()()()()()()()()()()に出すべきか。それとも両方に出すか」

 

「ふむ」

「天皇賞春。恐らく、メジロマックイーンとの最後の対決になるだろう。勝てば盛り上がる。負けても、まぁ後悔は無いよ。だけどね、帝王賞に行けば、国内外のダートG1制覇という偉業も有りうる。迷っているんだ」

「…私としてはどちらでもいいと思います。この馬は、間違いなく走る馬です」

「テイオーの親よりも、かい?」

「はい。間違いなく。あ、ただ、両方出すというのは止めた方がいいかとは思いますが」

「ああ。それはもちろん。怪我をしてしまっては仕方がないからね。……よし、決めた。天皇賞春で行こう」

「この場でそんな簡単に決めていいんですか?」

 

「ああ。問題ないよ。だって、走る馬なのだろう?」

「はい。間違いなく」

 

「ああ、あと。引退時期なんだけどね」

「はい」

結果はどうあれ、今度の天皇賞春で引退だ。種牡馬入りさせる。これは決定だから、鞍上にも伝えておいて欲しい

「…ついに、ですか」

「ああ。種付けの話は去年からあったんだけど、私も、テイオーの走りを見たくてね。これでもかなり伸ばしに伸ばしたんだけどね。本場フランスからの話も来ちゃってて、もう待てないって事になってしまってね」

「判りました。鞍上には伝えておきます。ああ、でも、ついにですか」

「ああ、ついに、だ。ま、天皇賞春、ラストランだからって無理はさせないように。怪我をしちゃ、どうにもならないからね」

「承知しています」

 

「ちなみに、テイオーの最初の種付け相手は決まっているので?」

「凱旋門で一緒に走ったユーザーフレンドリーがその予定だよ。既に2回予定を組んでいて、1頭目は日本、2頭目はヨーロッパで調教される予定になっている」

 

 

 トレセンの坂路。駆け抜けるトウカイテイオーに、声を掛けるウマ娘が居た。

 

「いよーうテイオー。まーた坂路たぁ、天皇賞に向けて余念がないねぇ」

 

 ゴールドシップである。飲み物を片手に声を掛けたあたり、テイオーに差し入れの様だ。

 

「あ、ゴルシー。ちょうどいいところに。長距離の並走お願いできなーい?」

「お?なんだなんだ?テイオーから私を誘うなんて珍しいじゃん。ほい、スポドリ」

 

 ゴールドシップから差し出されたドリンクを素直に受け取るテイオー。そして、一口口に含み、嚥下すると同時に笑顔を浮かべた。

 

「ありがと。まぁ、帝王賞を残しているけどさ、今回でトゥインクルのターフは最後だし。悔いは残したくないかなって」

 

 ゴールドシップはにやりと笑うと、顎に手を当てながら言葉を発する。

 

「ははぁん。無敵のテイオー様でもナーバスになるんだなぁ!いいぜいいぜ!さ、じゃあ何メートルから走る?3000?4000?それとも5000!?」

「ボクがそんなに走れるわけないでしょ!?天皇賞と同じ3200を2本お願いしたいなって」

「おっけー!じゃ、私が先行でいいよな?どうせお前今度の天皇賞、殿で行くんだろー?」

「うん。お願い。って、ゴルシ、ボクが次の天皇賞で殿で行こうとしてるって、よくわかったね?」

 

 疑問を投げるトウカイテイオー。確かにそうである。トウカイテイオーの脚質は変幻自在。昨年の天皇賞は逃げであるし、かと思えば有マ記念は殿。様々な戦略がある中で、ゴールドシップはぴたりとそれを当てて見せた。首を傾げているトウカイテイオーに、さも当然といった風にゴールドシップは言葉を返していた。

 

「あー?んなもんお前を見てりゃ判るって。ここぞって時は大体後ろからだろ?それに、私だってそうするからな!」

 

 そこまで言って、ゴールドシップは笑顔を見せる。だが―。

 

―ま、それだけじゃあねえんだけどよ。そっか。お前のラストは()()じゃなくて、()()か―

 

 トウカイテイオーには聞こえない、そんな小さな声で妙な事を呟いていた。



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1993.4.25≒トゥインクルシリーズ『天皇賞(春)』

ピーマンは、世界を獲った。

しかし、ピーマンはどんどん美味しいピーマンが開発されるものであります。

いつまでも、いつまでも、同じピーマンを見ているわけにも、いかないのです。


 

「や、テイオー。調子はどう?」

「ぼちぼちかなぁ。ネイチャは?」

「んー、それがさー。ちょっと脚が調子悪くなっちゃって。天皇賞は回避することにしたの」

「え?そうなの!?なーんだ。最後のターフで、またネイチャと走れるかと思ったのにー」

 

「ごめんごめん。ま、でも私もドリームトロフィーには()()()行く予定だからさ。その時にまたやり合おうよ」

 

「しょーがないなぁ、ネイチャは。判ったよ」

「で、どうなの?テイオー、実際、長距離いけそうなの?」

「んー…何とも言えないかなぁ。もちろん負ける気はないけどさ」

「勝負は時の運って奴ですか。確かにマックイーンもライスも強いからねぇ」

 

 

 鍛錬の牧場へ戻って暫く。桜も散り始めた頃、にわかに人間達の動きが慌ただしくなっていた。彼も来るし、オーナーも来るしで、ああ、そうか、レースが近いのだなぁと肌で感じ始めていた。私はと言えば、あの葦毛の大きいお馬さん、顔の大きいお馬さんと一緒に坂路とプールの毎日である。そういえば最近、ブルボンは見ないのが気がかりである。もしかしてまだ温泉に入っていやがるのか?羨ましい。

 

 そうやって日々を過ごしていた所に、あの移動車が私の目の前にやってきていた。オッケー。行こう行こう。

 

 車に揺られて着いた場所は、去年の天皇賞と同じ競馬場であった。そう、京都競馬場である。ま、時期的にも天皇賞春であろうなぁとは感じていたので、それほど驚きはしない。

 

 厩舎に入れられて、のんびりと過ごしていると懐かしい面子が私の前に現れていた。

 

『旨。あれ、お久』

 

 同志である。レオダーバン同志である。まさか再び見えるとは。君、種牡馬だよね?

 

『お久、元気?』

『元気。旨い』

 

 うむ。元気そうで何よりだ。それにピーマンをまた鱈腹食らっているから、同志としても完璧であろう。しかし、本当にまた会えるとはなぁ。なんだろう、レース前に、活躍したお馬さんのお披露目でもするのであろうか?確かトウカイテイオーも引退後にそんなことをしていたような。

 

 なんだろう、ちょっと安心した。

 

 ちらりと周りを見てみれば、メジロマックイーン、ライスシャワーの姿も見えた。メジロマックイーンは果物をボリボリ食っていて、ライスシャワーはピーマンをぼりぼり食っている。……えーと、1つ謎なのはライスシャワーのピーマンである。おかしい。私はライスシャワーにピーマンを勧めていないはずなのだが。

 

 と、レオダーバン同志がライスシャワーを見ながら、ニュアンスを飛ばしていた。

 

『旨いか?』

『旨い』

 

 それに答えるようにそう返したライスシャワー。え、もしかしてライスシャワーにピーマン食わせたのお前なの!?レオダーバン同志!?やるじゃん! 

 

 

『さあ、本日の注目馬は5頭であります。順に紹介して参りましょう。

 

 まずは去年、惜しくもレオダーバンの後塵を拝したメジロマックイーン。一年という時を経て、再度一帖の盾を手にすることが出来るのか。

 

 メジロパーマー。昨年の有馬記念では残念でしたが、それでもミホノブルボンらと逃げたその実力は本物です。昨年の宝塚記念のように、大逃げが決まるかどうか。見ごたえがありそうです。

 

 マチカネタンホイザ。ダイヤモンドステークス、目黒記念と今年に入ってから重賞を2連勝。天皇賞でもその実力を発揮できるのか。

 

 昨年の菊花賞馬であるライスシャワー。有馬記念では残念ながら着外となってしまいましたが、調教師曰く本来はもっと長い距離の競馬が得意とのこと。菊花賞より200メートル伸びたこの天皇賞春で、その実力に期待がかかります。なお、天皇賞春の結果次第では、イギリスのゴールドカップに出場予定です。

 

 そしてそして、今回のレースを最後に種牡馬入りを表明した、皆様ご存じトウカイテイオー。昨年の仏米日三冠の偉業は記憶に新しい所です。実力は申し分なしと言えるでしょう。このレースを勝てば、G1レース通算7勝目。あのシンボリルドルフに並ぶ大偉業を達成することが出来るのか。期待が高まります』

 

『今回の一番人気、メジロマックイーンは毎回強い競馬をしていますが、相手の方が一枚上回る結果が続いていて、なかなか勝利を上げられておりません。しかしそれでも出場レースはすべてレコードタイムというあたり、実力は完全に上位でしょう。

 そして注目のトウカイテイオーですが、正直3200という距離に不安を感じます。ラストランという事で頑張って欲しいのですが、最後の一伸びが出来るのか、そこが勝敗の分かれ目となってくると思います』

 

『人気はメジロマックイーンが一番、僅差で2番人気トウカイテイオー、3番人気にライスシャワー、そして4番にマチカネタンホイザ、5番人気はメジロパーマーとなっております。

 おっと、ここで続報が入りました。一番人気はトウカイテイオーに変わります。やはり引退レース。注目の的です』

 

 

 人間に手綱を曳かれながらパドックを周る。何度目のパドックであろうか。とりあえずはいつものように掲示板を確認する。えーと…私は16番なので、大外といった具合である。

 

 しかし気のせいであろうか、何か私の競馬は大外が多いような。えーっと、あとレースは…3200メートル、G1レースね。となれば間違いなく天皇賞春であろう。

 

 ま、それはそれとして、今日の面子をちらりと見てみれば、3番の番号をつけたあの馬は、ライスシャワーである。記憶違いでなければ、今日のレースをレコードで勝つお馬さんである。あの小さな馬体でよくやりおる。

 

 14番のお馬さんはあの葦毛の馬である。メジロマックイーンだ。最近の坂路では私よりも仕上がっているんじゃないかって思うほどだ。ただ、ピーマンは食わないので、同志と呼ぶことができないのが少々残念である。

 

 おそらく今日はこのライスシャワーとメジロマックイーンが主役級のレースであると思う。さて、私がこれにしっかりついていけるのか。勝負といった所かね。

 

 あとは9番のメジロパーマーがちらりと目に入った。おお、君もいたのか。良い大逃げを今日も見せてくれるんであろうなぁ。あ、あと8番のゼッケン。彼は私の同期のお馬さんじゃないか。名前こそ判らないが、なかなか見るお馬さんである。

 

『…お前どっかで会った?』

 

 そんなニュアンスを感じ取って首を向けてみれば、そこには11番のゼッケンを付けたお馬さんがいた。んー。

 

『初めて。よろしく』

 

 そうニュアンスを返してみれば。

 

『そっか。よろしく』

 

 そうニュアンスが返ってきていた。ふむ。珍しい事である。あ、ただ、額の白い毛が私によく似ているお馬さんだ。もしかしたら、ナイスネイチャのように、私のご親戚なのかもしれないな。―よし、ここで会ったも何かの縁であろう。厩舎に帰ったらピーマンを勧めてみよう。そうしよう。

 

 そう思っていたら、止まれの合図が流れた。同時に、彼がこちらにやってくる。

 

 首を一度だけ叩かれ、今日は珍しく、そのまま首に手を置かれた。

 

 んんん?どうした?そう思って首をひねり、彼の顔を見てみたが、笑顔を浮かべているだけであった。そうしていると、一度軽く首を叩かれ、彼は私の背に乗った。

 

 よし、ではレース場に出よう。さあ、手綱を曳きたまえ。私はトウカイテイオー様なのだ!と、偉ぶっても特に変わりがあるわけでもなし。あ、もちろんストレッチは欠かさない。しっかりと足周りは解さなければ、怪我のリスクが上がるわけだしね。

 

 芝のコースへと出てみれば、毎度の如くの大歓声で迎え入れられた。よしよし、それならば見せて差し上げよう。テイオーステップ!脚を伸ばし、少しジャンプするようにしながらの動的ストレッチ。ついでに芝の状態も確認しておく。うん。良い芝である。ということは、この土は固めである。私にとっては少々不利な足元と言えるであろうが、勝負は時の運と言うし私は全力で駆け抜けるだけである。

 

 ん…?手綱を上に引っ張られた?

 

 首をひねって彼を見る。お、その笑み。オッケーオッケー。今日はゴール後じゃないのね。ならばやって見せよう!

 

 前足を叩きつけ、後ろ足で立つ!そう、必殺ナポレオンポーズ!同時に降り注ぐ大歓声!してやったな!そして、扱かれる手綱である。おっけー。じゃあ勢いよく駆けだしましょうか!

 

 そうやってウォーミングアップを行いながら、観客席を眺める。というのも、今日は珍しく横断幕が多いのだ。残念ながら書かれている文字は読めないものの、盛り上がり方が今日は半端ないのである。今日は何か特別なレースなのであろうか?

 

 考え事をしながらもスタート地点へとたどり着いた。そして、いつものように、すんなりとゲートに入る。巻き起こる大歓声に少しびっくりしたが、かといって私はスタートをミスるわけにはいかない。何せ今日の相手はライスシャワーにメジロマックイーン。長距離では敵無しという2頭なのだ。

 

 人間が旗を振った。よし、行こう。3200メートル先の、ゴールへ!

 

 

 

『さあ、天皇賞春、今スタートしました!昨年はリオナタールがレコードタイムで駆け抜けたこの天皇賞、まずハナを主張したのはやはりこの娘!メジロパーマー!リードを2、3バ身と広げていきます!早めについていったのは、キョウワハゴロモ、ムッシュシェクルが続いていきます。2番手争いです。

 そしてその後方にメジロマックイーン、まだ抑えたまま前の様子を見ているようだ!続いてライスシャワー、アイルトンシンボリ、イクノディクタスも続いて参ります。

 

 そして本日の天皇賞、芝のレースがラストラン。トウカイテイオー。本日は最後方の殿に付けました。さあ、3200メートル先。センターの栄誉を手にするのは、どのウマ娘なのか!』 

 

 

 スタートはいつもの通り完璧である。が、彼の手綱に従って、最後尾に体を付ける。去年とは打って変わって、正統派の競馬といった具合であろう。前にはメジロパーマー、何頭か挟んで先行の位置にマックイーン、ライスシャワーあたりがくっついて行っているのが見える。

 

 私はとりあえず彼に従って、のんびりと馬群にくっ付いていく。うーん、前回の有馬もそうだったが、お馬さんのお尻を見ながら走るというのもなかなか味わい深いものである。

 

 最初のコーナー、そして次のコーナーを抜けると、天皇賞春独特の長いコース故に、一度目の観客席の前を通った。うん。やはりこの瞬間は気持ちが良い。歓声が桜吹雪の様に降り注いでくるのである。あれだ、ゴールドシップがこの歓声を聞いて本気をだしたっていう話も、あながち嘘ではないと言えよう。

 

 んー?なぜであろうか。なぜかいつもよりも視線を感じるような、そうでもないような?

 

 まぁ、気のせいであろう。特段彼の様子も変わった感じではないし。などと考えていたら、その次の3つ目のコーナーへと先頭のメジロパーマーは突っ込んでいった。かなり2位との差をつけているあたり、流石の逃げ馬だと素直に思う。

 

 さて、今日はいつ動く?

 

 この先向こう後面からロングスパート?それともこのまま脚を溜めて一気に?少し手綱を食むと、まだだ、と少し手綱を引かれた。オーケーオーケー。君のお望みのままだ。頼むぞ、相棒。

 

 

『向こう正面入りまして先頭はやはり、やはりメジロパーマーが行きます!すぐに続いてメジロマックイーンにムッシュシェクル!そしてメジロマックイーンをマークするようにライスシャワーが後ろにすっとあがってきた。その後ろ1馬身ほど離れてマチカネタンホイザ、シャコーグレイド、イクノディクタス、と続いていきます。おっと!ここで、ここで動いた最後方トウカイテイオー!外に振って一気に加速を始めた!鞍上手綱が動く!これは去年の有馬の再現だ!ロングスパートです!

 

 最後の競馬は、追い込み、ロングスパートだトウカイテイオー!最後の最後まで魅せてくれます!』

 

 

 メジロマックイーンさんはやっぱり速い。あのメジロパーマーさんの逃げに、ぴったりとくっ付いていっているのに、息が上がっていない。まだ底がある。

 私は?私はどう?自分に問いかける。

 

 脚はまだまだ余裕がある。体力は、少し辛い。

 

 でも、気持ちは負けてはいない。勝ちたい。メジロマックイーンさんに。そして、トウカイテイオーさんに。負けない。負けてなるものか。

 

 第三コーナーに入る。メジロマックイーンさんがスピードを上げた。そして視界の端、後ろからトウカイテイオーさんの姿も見えた。

 

 それなら、ついて行こう。

 ついて行こう。

 ついて行こう。

 ついて行こう。

 

 ついて行って。

 ついて行って。

 ついて行って。

 ついて行って。

 

 誰よりも先に、ゴールするんだ。

 

 

 パーマー。あなたはやはり素晴らしいウマ娘です。この3200をここまで逃げるのですから。

 

 ですが、ですが。

 

 第三コーナー。ここから先のラスト4ハロンは、残念ながら、わたくしの距離。

 

 あのトウカイテイオーにだって、そして、すぐ後ろを走るライスシャワーにだって、譲る事は出来ません。さあ、満を持して足に力を入れましょう。

 

 唯一無二、一帖の盾。

 

 今年は、わたくしが手に入れてみせます。

 

 

 スタミナ、パワー、スピード。ボクの現役史上、最高に仕上げている。

 

 誰にだって負けるつもりは無い。でも、不安な事がある。距離適性だ。

 

 トレーナーにも言われた。ゴルシにも言われた。お前は3000までだって。

 

 でも、だからどうしたっていうんだ。

 

 ボクはそれでも勝ちに行く。

 

 ロングスパート。スタミナとスピードに物を言わせた、ボクの最も強い走りで、マックイーンを、ライスシャワーを抜いて一番でゴールしてみせる。

 

 

 カイチョーと同じ、唯一無二、一帖の盾をボクは手に入れる!

 

 

 さあ、いくよ。みんな。

 

 ついてこれるなら、付いてきてみなよ!

 

 

『第三コーナーに入りまして先頭はメジロパーマー。しかしすぐ後ろにメジロマックイーンとライスシャワーが上がってきている。少し遅れてマチカネタンホイザ。おっと、そして大外からロングスパートで上がってきたトウカイテイオーも突っ込んできて第四コーナーへ!流石のスタミナ!ラストランだトウカイテイオー!

 メジロマックイーンがメジロパーマーを躱した! 続いてライスシャワー、マチカネタンホイザも前に出た!トウカイテイオーは少し遅れているがここで鞭が入る!

 

 さあ各馬最終コーナーを抜けて直線を向いた!』

 

 4コーナーを抜けて最終直線、メジロパーマーを交わしてライスシャワーとメジロマックイーンに体を合わす。残り400メートル程度。

 すると、最後のダメ押しで、束の間彼からの鞭が飛んできた。

 

―行くぞ!―

―合点承知!―

 

 彼に合わせて手綱を食み、頭を下げて完全にトップスピードに体を乗せた。

 

 2頭の体が一気に近づき、並んだ。

 

 よし決まりだ!

 

 そう確信した。彼らの馬体が、少しずつ私の後ろに流れ始める。だが。

 

 そう思ったのもつかの間。私に並んでいたはずの2頭が、ぐっと頭を低く、爆発的に更に更にと加速を始めたのだ。

 

 思わず、私は目を見開いた。おそらく彼も同じだったのであろうか。一瞬、手綱が止まった。が、すぐに鞭を入れられる。だが、それだけだ。そう、私は既に、本気のトップスピード。有馬記念でマックイーンを破り、一着に輝いた時と同じ、私の最速。既にあの走りなのだ。

 

 有り得ない。そう思った。だが同時に、判る。判ってしまう。何度、何度私はこのターフを走っていると思っているのだ。

 

 間違いない。()()()()()()()()()()()()と、そう言い切れる。

 

 だが…! この3200メートル。

 

 この最終直線、ラスト1ハロンは!

 

 そう、この200メートルに限っては!

 

 メジロマックイーン!ライスシャワー!お前たちの方が強い!

 

 嗚呼!くそっ、脚が重い!初めてだこんな事!

 

 こうなったら見届けてやろう!最強のステイヤー!その対決を!この特等席で!

 

 だからこれ以上離されてたまるか!こちとら競馬が大好きなのだ!

 

 がんばれライスシャワー!

 

 まけるなメジロマックイーン!

 

 突き抜けろ!突き抜けろ!嗚呼!クソ!くっそ!ああ!速いなやっぱり!ライスシャワーにメジロマックイーン!

 

 やっぱり、やっぱり、強い馬は、見てて面白いなぁ!

 

 

『3頭並んだ!並んだ!並んだ!残り200メートル!メジロマックイーン!ライスシャワー!トウカイテイオー!やはりこの3頭!メジロパーマーとマチカネタンホイザは少し遅れた!

 最内にメジロマックイーン!流石のコース取り!あとは伸びきれるか! ライスシャワーは真ん中を突き抜ける! これがラストランのトウカイテイオーは大外から伸びを見せる!だが、だが!

 

 抜け出したのはメジロマックイーンとライスシャワー!

 

 最後はメジロマックイーンとライスシャワーだ!春の盾奪還なるかメジロマックイーン!それとも春の盾を手に入れるのかライスシャワー!

 

 メジロマックイーン!ライスシャワー!最後叩き合い!ライスシャワー伸びる!メジロマックイーン粘る!最後もう一度トウカイテイオーも来た!錦を飾れるかトウカイテイオー!

 

 

 しかし!しかし!ライスシャワー!ライスシャワーだ!ライスシャワーだ!

 ライスシャワー! 今一着でゴールイン! メジロマックイーンは二着!

 

 

 最後はやはり前評判の通り!強い馬3頭の叩き合いとなりました!それを制したのは昨年のクラシックを盛り上げたライスシャワー!菊花賞に続き長距離G1を獲りました!名実ともに素晴らしいステイヤーです!

 

 メジロマックイーンは惜しくも2着!トウカイテイオーは最後伸びを欠いて3着!やはり距離適性の差が大きかったか!?』

 

『トウカイテイオーは去年の天皇賞もそうでしたが、やはり長距離では伸びきれませんね。しかし、それでも並の馬ではありませんね。最期の競り合いについてきたのですから、流石と言えるでしょう。いやー、それにしてもですよ。最後の直線で3頭が並んだ時、正直興奮しました』

 

『ええ!私もです!名勝負と言って差し支えのないレース展開でしょう!

 しかし、メジロマックイーンは惜しかったですね。最後、2頭は拮抗していたように見えましたが、最終的にライスシャワーの勝因は何だったのでしょうか』

 

『完全に力で押し込んだ形に見えました。メジロマックイーンのコース取りは完璧でしたし、直線向いたときのポジションも完璧だったと思います。しかし、それを徹底的にマークし、最後末脚で追い抜いた。鞍上も上手いですが、それ以上に馬の能力が光るレースだったと思います』

 

『そういえばライスシャワーの陣営は、この天皇賞春の結果次第では海外に挑戦するという話もしておりましたが…』

 

『ええ。この天皇賞春のモデルとなったレース、イギリスのアスコットゴールドカップという話もありました。距離は4000メートルという日本にはない長距離の競馬なんですが、このライスシャワーならもしかして、と思わせるレースでしたね』

 

『それはまた…!おっと…!?正式タイム…3分16秒5は昨年に引き続きの天皇賞春レコードタイム!これは、昨年のトウカイテイオーの凱旋門賞、レオダーバンのメルボルンカップに引き続き、今年も日本競馬は面白い事になりそうです!』

 

 

 『そして場内ではライスシャワーコールが起こっている!新たなステイヤーの誕生を祝福しているようだ!歓声に手を挙げて応えた!一層大きくなった歓声がこちらにまで聞こえてきます。

 

『昨年の()()()()()()に引き続きのレコード勝利ですからね。あの小さい体で、本当に素晴らしかったと思います』

 

『そして、トウカイテイオーは今回でターフを降ります。ありがとう、トウカイテイオー!ですが、最後、ラストランはダート!6月の帝王賞という情報が入ってまいりました!これは、まさか国内のダートも獲るという事でしょうか!』

 

『そういう事になりますね。

 そうなりますと、現国内最強ダートウマ娘、インペリアルタリスとの対決が待っています。インペリアルタリスは、あのハイセイコーの再来と言われたウマ娘でありながら、怪我に泣かされ、クラシックは出走が叶いませんでした。しかし、ご存じの通りではありますが、ダートで見事復活を見せ、その勝ちっぷりから『将軍』との異名もある素晴らしいウマ娘であります。そしてなにより、トウカイテイオーの同期なんです。

 素質だけで言えば、怪我がなければ、きっと、91、92年はリオナタール、ナイスネイチャ、インペリアルタリス、トウカイテイオーの4強と言われていたかもしれません。

 まさか、その対決がラストレースで見れるとは思いませんでした。6月の帝王賞、私も楽しみに待ちたいと思います』

 

『そしてもし、トウカイテイオーが帝王賞を勝った場合、グレード1レースを8勝ということになります。そう、あのシンボリルドルフを超えるのです!大偉業が達成されるのか、注目のレースでもあります。

 

 おっと、そしてお時間が迫ってまいりました。

 

 では、改めまして。本日の勝者は、見事!レコードタイムで天皇賞春、3200メートルのターフを駆け抜けた、新世代のステイヤー!ライスシャワーでした!

 本日は京都()()()()よりお送りいたしました!また次回、お会いいたしましょう!』 

 

 

『………なお、トウカイテイオーの引退式は、この後19時より、京都()()()メインステージ前で行われる予定です。テレビ放送、ラジオ放送、そして衛星放送でもご覧いただけます。無敗の三冠、そして凱旋門、BCクラシック、有馬記念の計6つのG1レースを制したトウカイテイオー、最後のターフでの姿です。なお、既に引退したレオダーバン、そして、ナイスネイチャもトウカイテイオーの引退式に合わせ、こちらに来るという情報もあります。どうぞ、ぜひ、多くの人にご覧いただければ、見送っていただければと思います』

 

 

 1993年4月25日。勝った負けたを繰り返し、人々を熱狂させた、そんな一頭のサラブレッドがターフを去った。

 

 しかし、その戦績を見直してみれば、デビューから引退まで、掲示板を外したことは一度もない。

 

 クラシック戦線、三冠までは無敗。初黒星の有馬記念。逃げて負けた天皇賞、そして凱旋門対策で走った札幌記念とフェブラリーステークスの重賞は見事勝利。

 

 初の海外はフォワ賞で4着と掲示板は外さなかったものの、期待外れと酷評されることもあった。

 

 だが、世界の頂。凱旋門賞では文句なしの一着。続くBCクラシック、ダートの王も見事勝ち取ってみせ、国内への凱旋である有馬記念を無事に勝利で収める。

 

 そして引退レースでは、新世代ステイヤーのライスシャワー、長距離最強と呼ばれたメジロマックイーンに次ぐ3着で有終の美を飾る。余談であるが、陣営は最後まで、引退レースを93年の『帝王賞』と『天皇賞』との間で揺れていたという話は、有名である。

 もし、帝王賞を走っていたのであれば、間違いなく獲れたと言われているが、当時、帝王賞を走っていたならば、と、想像するファンは多い。

 

 なお、トウカイテイオーが出場を選ばなかった93年の帝王賞。そのレースを見事勝利した『ハシルショウグン』の陣営曰く。

 

 「相手がトウカイテイオーであろうとも、私たちの将軍はきっと先頭でゴールした事でしょう。クラシックでも怪我さえなければきっと、きっと私達の馬のほうが、速かったと信じています」

 

 と、自信あるコメントを残している。

 

 なお、トウカイテイオーの代名詞と言えば、あのレース前に見せるステップ、そして勝利後に見せるナポレオンポーズである。調教師曰く、馬房でも同じような事をしているらしく、少々変な癖を持っている馬でもあったようだ。だが、鞍上との呼吸、人への従順さは並のサラブレッドのそれではなく、練習も他の馬に比べて従順に行っていたらしい。

 

 改めてトウカイテイオーの全戦績を確認してみれば、全16戦のうち勝ち星は12個。うち、重賞勝利は8勝。G1に限って言えば、皐月賞、日本ダービー、菊花賞、凱旋門賞、BCクラシック、有馬記念の6勝。親であるシンボリルドルフのG1レース7勝に、あと一勝と迫る大記録であった。

 

 なお、引退後は種牡馬としての日々が待っている。彼が有力な子孫を残せたのかどうかは、また、別のお話である。

 

 ちなみに、余談であるものの、トウカイテイオーが古馬で達成した、この同年、凱旋門、BCクラシック、有馬記念制覇の大記録。

 これは、後の世では仏、米、日の『世界芝砂秋三冠』と呼ばれ、トウカイテイオー以外でこれを達成するには、トウカイテイオーの血筋、その子孫、再び凱旋門を制する『無敗の王』と呼ばれたサラブレッド。さらに、その産駒の誕生を待たねばならない。

 

 偉業。まさに、成し遂げたトウカイテイオー。その二つ名は『帝王』。

 

 そして、世界の頂に立ったその姿から『奇跡の名馬』とも呼ばれている。

 

 

 

ああ、ああ、なんという幸運か。

 

ああ!ああ!なんという!なんという幸運か!

 

帝王賞に、ダートに!彼女が、彼女が来てくれると言うのか!

 

私の、私の、私のクラシックが、ああ、私の、私の!

 

私の、私のクラシックが、ようやく、ようやく―――――

 

 

 どこかで、一人のウマ娘の叫び声が響く。

 

 それは、果たしてそのウマ娘だけの声だったのか。

 

 想いは、世界を超える。



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遅れてやってきた、私のクラシック戦線

ピーマン。ニンジン。そしてトマト。

様々に、毎年毎年旬を迎える野菜たち。

―ですが、同時に、毎年旬を迎えるはずだった野菜が、何かの問題があって旬を迎えることが出来なかったり、旬を迎えるときに育ち切らなかったりと、問題が多いのもまた、野菜の特徴でもあります。

その中で、生産者や世話をしていた人はこう想うでしょう。

『ああ、順調に生育していればなぁ』と。



 大井トレーニングセンター学園。それが、私の母校。

 

 北海道から出て来た私は、残念ながら中央トレセンには入れなかった。

 

 でも、幸い、同じ東京にある大井のトレセン学園には入る事が出来た。正直に言うと、私がトゥインクルシリーズで走れるかどうかは、賭けだったのかもしれない。 

 ただ、地方トレセンが多数ある中で、トップクラスの大井トレセン学園に入れたことは、私の人生の中で幸運な出来事の一つだったと思う。

 他のトレセンは規模が小さかったり、実力バが居ない上にトレーニングの質も低いと聞いていたからだ。ただ、笠松トレセン学園は、あのオグリさんを出したという事で、第二候補でもあった。

 

 そして必死に練習を重ねに重ねて、迎えた選抜レース。

 

 ダートを一着で駆け抜けた私は、どうにか中央、クラシックの登録権を持つトレーナーに見初められようと、わざと目立とうと思ったのだ。

 

 レースを駆け抜けた後。気取ったように腰に手を当てて、一本指を掲げて見せた。それもまた、幸運につながる一歩だったんだろうと思う。

 

『君…きっと中央で走れる逸材だと思う。俺と一緒に、クラシック三冠を目指してみないか?』

 

 そう声を掛けてくれるトレーナーに出会ったのだ。もちろん、二つ返事でスカウトを受けた。そして、トレーナーの指示のもと鍛錬する事一年。私は見事にその才能を開花するに至る。

 

 

 私のデビューは、順風満帆だった。デビューは大井レース場のオープン。

 

『お前の好きに走れ』

 

 トレーナーからはそう言われ、その通りに走った。地方レース場であったけれど、気持ちよく走って一着を見事にもぎ取った。

 

『ほら、お前はやっぱり素晴らしいだろう?これから頑張ろうな!』

『はい!』

 

 トレーナーと2人で、喜んだあの日が懐かしく思える。

 

 そこから2か月後。今度は白菊特別レースで、見事に一着をもぎ取る事が出来た。しかも、しかもだ!2着とは大差の大勝ち!みんなからも、友達からもすごい、すごいウマ娘だと言われて、すごく誇らしかった!

 

『やっぱりお前はハイセイコー以来の逸材だ!これなら、これなら、中央に殴り込めるぞ!来年のクラシック戦線!間違いなしだ!』

『本当ですか…!?やった…頑張ります!全力で、全力で頑張ります!』

『その意気だインペリアルタリス!さあ、来年のクラシックに向けて本格的に鍛錬を開始するぞ!いいな!』

『はい!もちろんです!ビシバシお願いします!』

 

 そうやって、クラシックを夢に見て、私はいよいよ、本格的に鍛錬を開始した。その途中、自主練で訪れた河川敷で、中央のウマ娘とも出会うことが出来た。

 

「へー、大井トレセンなんだ。キミ。ボクは中央トレセンのトウカイテイオー。よろしくね!」

 

 天真爛漫に笑う、トウカイテイオーその人だった。聞けば、デビューはまだとのこと。ただ、今年デビューという事から、同期だねという話にもなった。

 

「キミはもうデビューしてるのかぁ。しかも2勝!?すごいじゃん!」

「ありがとう。でも、私は地方だし、ダートだもん。テイオーって中央じゃん。そこに居るだけでもすごいって」

「そうかなぁ?あ、そういえばキミはどういうウマ娘になりたいの?ボクは無敗の三冠ウマ娘!」

「…無敗の!?もし達成したら、あのシンボリルドルフさん以来じゃない!?」

「うん!でも、なりたいんだ。無敗の三冠ウマ娘に!ボクもルドルフさんみたいに!かっこいいウマ娘に!で、キミは?」

 

 キラキラ輝くウマ娘。出会ったときから、彼女はそういうウマ娘だった。

 

「うーん…そうだなぁ。私は中央のクラシックに挑みたいと思ってる。それで、私を落とした中央トレセンの人たちをあっと言わせたいなって」

「おお!すごい野望!?でも、来年のクラシックはボクが出るからねー!そう簡単にはいかないよぉ?」

 

 にやにやと、笑う彼女。このころから、自信満々の彼女。今でも、変わらない。でも、このころは私もまだまだ希望に満ち溢れていた。

 

「それでこそ中央トレセンのウマ娘!じゃあ、私はあんたを抜いて、クラシック三冠を手に入れて見せる!」

「おお!?言ったな!―――じゃあ、ボク達は今日からライバルだね!」

「ふふ。そうだね!あ、でも、あんた。まずはデビュー戦でしっかり勝ってよー?最初から負けたらどうしようもないでしょ?」

「あーっはっはっは!誰に物をいってるんだーい!ボクは無敵のテイオー様なのだ!デビュー戦なんてお茶の子さいさいだよ!」

 

 そう言った彼女の笑顔は今は遠い存在だ。彼女はその宣言通りに、デビューを、シクラメンを、若駒を、若葉を、そして、クラシック戦線の冠を無敗で手に入れて、魅せた。

 

 あれ以来、私は彼女とは疎遠になってしまっている。私は、もうあの河川敷には用が無くなってしまったのだ。それは、12月。あのテイオーがデビュー戦を見事に飾った、あの日。

 

 私は、病院のベッドの上でふさぎ込んでいた。

 

 練習中、脚に激痛が走った私は、練習中に転倒。立ち上がれずにそのまま病院に担ぎ込まれたのだ。

 

『大丈夫かインペリアルタリス!もうすぐ病院だからな!』

 

 トレーナーの必死な声が、未だに耳に焼き付いている。そして、下された診断は。

 

『…骨折ですね。全治半年といったところでしょうか。春のレースは諦めてもらうほかありません』

 

 目の前が暗くなった。春のレースを諦める。それはすなわち、『クラシック』を諦める。という事に他ならないからだ。そうやって治療に専念している中で、テレビの向こう側では、トウカイテイオーがどんどんその実力を発揮していく。クラシック戦線は、私を置いて、勝手に時計の針が進んでいく。

 

 思えば、この時から私の時計は止まっている。

 

 

 8月。私の復帰が決まった。

 

 大井レース場の、地方レースの特別レース。芝でも無ければ、2000メートルもない。ダートの1600メートルレース。

 

『お前なら余裕のはず、だ。ただ、怪我明けだから無理はするなよ。調子を見るつもりで、走れ』

 

 トレーナーからの指示はこうだった。でも、私は途中で行けると踏んだ。怪我をしたはずの脚は、十二分に動く。1600メートルの距離は私にとっては短かった。

 

 9月、そして10月。名前もない、そんなレースに出場した。実績を稼ぐためだ。もちろん、もちろんセンターだ。この位、この位のレースじゃあ、私の敵は居ない。

 

 11月。ここで私は、1つの大きなレースに出場することとなった。大井、船橋、浦和、川崎。地方トレセンの中でも、最大手の4つのトレセンが合同で開催している、『南関東三冠レース』の一つである、東京王冠賞に、出場したのだ。

 

 『クラシック三冠は、怪我で残念ながら出れなかった。だが、お前は大井の、地方レースで収まる器じゃない。実力を、中央の連中に魅せてやれ!』

 

 このレースは、数年前、あのオグリさんと競い合った『イナリワン』さんが活躍したレースでもある。だからか、中央からの視察もあるのだと、そうトレーナーは話していた。

 

 ならば。実力を魅せてやろう。そう心に決めて私は2600メートルのダートを走り抜けた。結果は勿論、1位。どうだ、どうだ!そう想いを馳せながら、私はゴールの後、一本指を立てて見せた。

 

 …ただ、だからといって、私はクラシックに出れるわけではない。それは十分によく、理解はしている。

 

 ただ、見てしまった。見てしまった。暮の中山。有マ記念を。あのトウカイテイオーが走った、有マ記念を。一位ダイサンゲンの、あの満足そうな顔を。それを見て上がる大歓声を!

 

 

 嗚呼。中央と、地方。その差を、私は見せつけられてしまった。

 

 

 有マ記念の2日後。一年を締めくくるレースとして、私は東京大賞典を走った。だが、脳裏に浮かぶのは、あの有マ記念の声援。ウマ娘の走り。

 

 余計な事を考えていた私は、その日、初めて、掲示板を外したのだ。

 

 

 翌年。シニア級に上がった私の脳裏にこびり付いていたのは、あの有マ記念の記憶ばかりだった。東京大賞典でも味わえない、中央の盛り上がり。何よりもクラシックで走ったウマ娘、シニア級に上がったウマ娘がぶつかり合う真剣勝負。

 

 あれは、地方のダートでは味わえない。そう感じてしまっていた私は、ここから数回、我ながら不甲斐ないレースをしてしまっていた。

 

 3月。始動のレースの金盃はなんとか入着の3位。

 

『いいぞ。ここから上げていこう!』

 

 トレーナーはそう励ましてくれた。

 

 4月。あのトウカイテイオーが凱旋門を目指すと、テレビで見た。ああ、すごいなぁと、心から感心していた。トウカイテイオーの隣には、クラシックで活躍した名ウマ娘のリオナタールもいる。

 

「…私もクラシックで走れていれば、もしかすれば、あそこに…」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉は、空に消えた。

 

 6月。信じられない情報を、トレーナーは私の元に持ってきていた。

 

『2月のフェブラリーステークスなんだけどさ。見てみろ。トウカイテイオーがダートを勝ったんだってさ!お前も同期として負けていられないだろう!』

 

 トウカイテイオーが、ダートG1を、勝った…?疑った。意図してトウカイテイオーの情報を、なるべく入れないようにしていた私にとっては、晴天の霹靂であった。

 

 同時に、気合を入れられた気がした。

 

 ああ、そうだ。トウカイテイオー。私はキミの、君のライバルなんだ。

 

 負けていられない。これ以上、負けていられるものか。そう気合を入れた大井記念。見事センターに返り咲いて見せた。そして、勝利した晩に、私はトレーナーへ一つの相談を持ち掛けた。

 

「トレーナー。私を、中央で走らせてくれないか」

 

 

 満を持して。まさに、体調を整え、鍛錬を行って出場した中山レース場のオールカマー。

 

 ああ、ここが、このターフが中山レース場か。皐月の、あのクラシックの。そう感慨に浸っていると一人のウマ娘から声を掛けられた。

 

「貴女がダートの将軍、インペリアルタリスですか?」

「あ、はい。でも、将軍って…?貴女は?」

 

 聞きなれない言葉に、私は戸惑いを覚えてしまった。

 

「ああ、いきなり申し訳ありません。私はイクノディクタスと申します。中央では貴女はそう呼ばれているのです。ダートでデビューから6連勝。素晴らしいウマ娘だと」

「中央の方にそう認識してもらえているなら、有難い限りです」

「いえ。ただ、芝とダートは違います。お気を付けて」

 

 イクノディクタスはそう言って、踵を返してしまった。初めて芝を走る私に、気を遣ってくれたのであろうか。ちらりと観客席を見てみれば、昨年から今年、URAを盛り上げたウマ娘の一人である、ナイスネイチャの姿を見ることが出来た。

 

 ―ああ、そうか。クラシック組か。恥ずかしい事だが、この時期、無意識で私はウマ娘達を、そういう目で見るようになってしまっていた。

 

 オールカマーの結果は言うまでもないであろう。そんな卑屈な想いで、勝てるほど中央は甘くないと思い知らされた。

 

 ただ、そのリベンジの機会はすぐに訪れる。グランドチャンピオンを挟んで、なんと、あのジャパンカップに出場できることになったのだ。

 

 面子も超一流。そんな中、東京レース場で走れる。ダービーの行われる東京レース場で!いよいよ、実力を魅せることが出来る!喜びに気合を入れて、鍛錬に打ち込んだ。

 

 

 …だけど、結果は14着。着外の結果に、私は一つの結論を得ていた。

 

 

 大空を向いて、ため息を1つ。視線を戻せば、腰に手を当て、一本指を天に掲げる、今日の勝者の姿があった。

 

 ジャパンカップを走り終えた時。ああ、そうか。私は芝の才能は無かった。ああ、クラシック、芝は、私の舞台では、なかった。そう気づかされた。

 

 クラシック戦線。私の中で、区切りがついた筈であった。

 

 

 だけど、どうしてだろう。

 

 

 ダートを走るたび、レース場の芝の青さが、レース場の芝の香りが、心を突いてくる。

 

 ジャパンカップのあとで走った、東京大賞典でもそうだった。東京シティ盃でもそうだった。ダートを走るたびに、芝が心を突いてくる。

 

 だけど、私だって意地がある。ダートを走っていた意地がある。

 

 川崎レース場で行われた川崎記念。どうにかこうにか、一着で走り抜けることが出来た。 

 

 

 嗚呼。どうしてなのだろう。嗚呼、どうして。これほどまでに芝が気になるのだ。どうして、これほどまでに心を突いてくるのだ。

 

 

『まぁ、そう気を落とすな。お前はクラシックに憧れていたんだ。俺も良く知っている。自分の気持ちを、しっかり見つめ直してみてくれ』

 

 トレーナーからはそうアドバイスを貰っていた。自分の気持ちか。確かに、今も憧れはある。だが、もう区切りはついた筈だ。あのジャパンカップで。

 

 そう思い悩む矢先の事。トウカイテイオーが、ターフでのトゥインクルシリーズを終えた。が、それと同時に、ラストランを、帝王賞で行うと発表された。

 

 帝王賞。それは、私が次に走る予定にしていた、ダート界の大レース。昨年はふがいない結果に終わった帝王賞、今年こそは獲るぞと、気合を入れていた。そこに、あの帝王が、来る。

 

 

 そしてその刹那、私の中に、ある感情が沸き上がった。

 

 

クラシック戦線が、私のクラシックが、ようやく、来る

 

 

 気づけば、私は隣にトレーナーが居ることも忘れて、大声で叫んでいた。  

 



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去り時、水を濁さず

 天皇賞春。私は、負けはしたものの満足感を得ながら厩舎でのんびりとピーマンを喰らっていた。

 

 そりゃあ、負けて悔しい。しかし、それ以上に93年のライスシャワーとマックイーンの勝負を特等席で見れた事が大きい。正直、これは末代まで自慢が出来るレベルじゃあないかと思う。いやあ、しかし、この私が最後追いついていけないとは思わなかった。鍛錬の内容だけを見ればきっと、彼らよりも私はキツイ鍛錬を行っている。

 

 しかし、やはり距離適性というものがあるのもまた事実。3200メートルの旅路は、私にとっては長すぎたと今回のレースで確信した。うむ。まぁ、負けて納得という奴だ。

 

 さて、それはそうと、もっしゃもっしゃとピーマンを喰らっていたわけなのであるが、今日は珍しく夜に外に連れ出されていた。しかも、やたらめったら関係者が居る。

 

 オーナー、相棒、いつもの世話をしてくれている人間、そのほかにも、見知った顔が多く居る。更に、視線の先には綺麗な馬具と、Tokai Teio と書かれたでっかい横断幕の様なものが用意されていた。んん? と頭にはてなマークを浮かべていると、その横断幕を持った人間が私に近づき、いつもであれば鞍を付ける私の背中に、それを被せたのだ。

 

『Tokai Teio』

 

 よくその幕を見てみれば、こんな文言も書いてあった。

 

『The strongest thoroughbred 1993.4.25 Tenno Sho (Spring)』

 

 ああ、と。紅白の色の入った馬具を付けられながら、人々の顔を見る。そうか、君達は、私をそんな風に思っていてくれたのか。

 

 そして、これはもう私でもピンと来た。ああ、これはきっと、私の引退式に向けての、おめかし、なのだろう。

 

 それならば、それならば。しっかりとおめかしをしてくれたまえよ。私はトウカイテイオー。我ながら、最もカッコいいサラブレッドなのだからね。

 

 

 まぁ、引退というのは判った。うすうす感じていたからそこは良しとしよう。

 

 無論、おめかしをされるのも十二分に理解をしよう。

 

 しかし、1つだけ譲れないものがある。

 

 鞍だ。引退式の後、鞍を付けてほしいのだ。そう願いを込めて、視界の端にあった鞍を口で思いっきり食んで、持った。

 

 すると、人間が数人がかりで鞍を私から奪おうとやってくる。だが、私も意地でそれを口から離さない。そう、綱引きである。しかし、舐めてもらっちゃあいけない。こちとら馬畜生だ。人間にパワーで負けるわけがないのだ。

 

 そうやって鞍の取り合いをする事十数分。見るに見かねた彼が、私から鞍を獲ろうとする人間に声を掛けて、この綱引きは終わりを迎えることが出来た。うむ、判っているじゃないか相棒。

 

 私はトウカイテイオーだ。トウカイテイオーの代名詞と言えば、もちろんあのステップである。もちろん、引退式で披露はさせていただく。

 

 ただ、同時に私は、トウカイテイオーでは、無い。ならば、私の代名詞のあのポーズも、ぜひやりたいのである。

 

 ちらりと彼を見る。―良い笑顔だ。しかし大丈夫か?君、スーツだけども。ま、そこは大丈夫か。彼は腐っても騎手であり、私の相棒なのである。

 

『さあ、トウカイテイオーがターフに現れました!大歓声が巻き起こりました!京都競馬場!そして続くようにレオダーバン!ナイスネイチャもターフへと現れます。

 

 この3頭。91年クラシックから、ここまで競馬会を引っ張ってきた3頭!レオダーバンの引退式で揃う事は無いかと思っていましたが、またこの3頭の並びが見れるとは感動ものです!

 

 写真撮影が行われます。おっと、ここでトウカイテイオーとレオダーバン、ナイスネイチャの3頭が何やら近づいて、頭を合わせている。何かを話しているのでしょうか。お互いにお疲れさまとでも言っているのでしょうか。周囲の人々はやれやれと首を振っている。

 

 おっと、どうやら話し合いが終わったようです。っと、おっと、トウカイテイオーが自ら中央に、左側にナイスネイチャが、右側にレオダーバンが並んだ!』

 

『3頭で写真の位置取りでも話していたのでしょうかね?いや、頭が良い馬だとは聞いていますが、前例のない事ですよ』

 

『そして、ああ、皆良い笑顔で写真を撮影しております。いやはや、やはり規格外の馬といった所でしょうか。

 

 ああ、そして、そしてトウカイテイオーが鞍を付けた!そして、ああ!スーツ姿の騎手がトウカイテイオーに跨った!!そして、そして!

 

 ああ!ナポレオンポーズ!有終の美!ナポレオンポーズ!最後に見せてくれた!素晴らしい、素晴らしい引退式となりました!

 

 騎手も、厩務員も、オーナーも皆笑顔です!観客席から大音声の歓声が降り注ぎます!』

 

 

 式典が終わった。そして、満足のいく私のナポレオンのポーズを見せた後、私は人間に手綱を曳かれながら、レース場を後にしようとしていた。

 

 となれば、つまりはこれがこの芝の踏み収めということである。じゃあ、最後に礼を尽くして終わりましょう。

 

 曳かれる手綱を食み、ちょっと待てと人間に伝える。そして、コースを抜けたところで体を反転させて、京都競馬場の芝とダートが見えるコースへと、体を向けた。

 そして、足元を確認する。うん、丁度良い。音が鳴りそうな地面だ。

 

 何事か、と彼らが私を見る。同時に、観客席もどよめきを発し始めた。

 

 しかし私は関せずに、目を瞑る。

 

 コースに向けて、首を一回深く曲げる。続けてもう一度、深くお辞儀を行う。

 

 そして、右脚、左脚と、一度ずつ、脚を打ち付けた。

 

 

 イメージは、神社への参拝。

 

 

 私にとっては、このコース自体が神様そのものと言えよう。私の未来は、全て、この芝とダートのレース場がある競馬場で掴み取ったもの。感謝しても、感謝しきれないものである。

 

 そして最後に、深く一礼。同時に、1つの願いを託す。

 

『願わくば。数多のサラブレッドが、昨日よりも、今日よりも、明日。幸運な朝を迎えることが、出来ますように』

 

 …さて、やる事もやったし、行くとしましょうか。

 

 ふと気づけば、観客席からはどよめきが消え、拍手が私達に降り注いでいた。

 

 降りそそいできた拍手をしっかりと受け止め、体を反転させて、去り口を正面に見る。

 

 ―ありがとう。今度はそういう意味を込めて、観客席に一礼。そして、一歩一歩、蹄の音を鳴らしながら、馬道へと歩みを進めた。

 

 ああ、そうそう。一つ忘れていた。こういう、去り際に時に言ってみたかった台詞があるのだ。

 

 ありがとう、観客の皆。ありがとう、競馬場。ありがとう、サラブレッド達。

 

 

 ―――トウカイテイオーは、クールに去るぜ。

 

 

「今まで、本当にありがとう。テイオーがここまで走れたのも、貴方方の調教のお陰です」

「いえいえ、とんでもありません。こちらからしてみれば、手がかからなすぎる馬でした。素晴らしい馬を預けてくれた。こちらも感謝しきれませんよ」

 

「この後テイオーは北海道で種牡馬に?」

「あー。それがね、ちょっと事情が事情だけに、今年いっぱいは北海道にはいかないんだ」

 

「あれ、そうなんですか」

「うん。見世物として、といっちゃ言葉は悪いけど、種牡馬として種付けをしながら、東京の競馬場やらを周る予定だよ。競馬会からも、振興のために考えてもらえませんか?って打診が来ててね。ひとまず再来週から宇都宮の育成牧場で管理されて、初の種付けが行われる予定だよ」

「宇都宮ですか?」

「うん。どうやら数年後に本格的に競走馬研究所が来るらしくてね。その前段取りとしてそういう繁殖とかの準備が進んでいたらしいんだ。じゃあ、丁度いい拠点だねって」

「なるほど。そうなんですね」

「それにほら、テイオーは放牧しても走っちゃう馬だ。一年かけて、走らないという状態に慣れさせないといけないからね。実際、北海道の方からは『うちじゃ走らせられませんからねぇ・・・』と相談を受けていたから、丁度いい申し出だったよ」

「はー…!それは凄い特例ですね。やはり、テイオーは特別な馬ですねぇ」

 

「ああ、もちろん。種付けシーズンが終わって、関西方面の競馬場を巡る時はここにも寄るから、その時はまた頼むよ」

「もちろんです。テイオーの世話が出来るのなら、いつでも歓迎ですよ」

 

 

 引退式から一週間ぐらい経った頃、私は車に揺られて、鍛錬の牧場を後にしていた。

 

 車に乗る時、今まで世話をしていてくれた人間は少し涙を流していた。正直もらい泣きをしそうであった。なんだかんだ言って、数年を過ごしたこの牧場は、私にとって非常に思い入れのある場所である。なにより、ここで鍛え上げたからこそ私はしっかりと成績を残せたのである。

 

 ありがとう。そう意味を込めて、人間の頭にほほを擦り付けておいた。きっと、気持ちは伝わった事であろう。

 

 さて、それはそうとして、私はどこに向かっているのであろうか。先ほど富士山は越えたので、多分関東方面だと思うのだが。ま、普通に考えれば、種牡馬になるわけで、行先は北海道であろうか。うーむ、しかし、そうなると明日からは鍛錬が無い日々が続くわけか。

 それはそれで落ち着かない感じである。いままでずっとルーティーンにしていた鍛錬が無い。つまりそれは、暇になるということである。暇になった場合、二足歩行であれば動画を見たり、本を読んだりが出来るのだが、生憎私は馬畜生。本も読めなければ動画を見れるわけでもない。どうしたものか。

 

 いや待てよ?動画とかテレビ…ああ、今は動画サービスはないから、テレビぐらいは見れるんじゃないか?

 

 勿論、厩舎にそんなものはないであろう。しかしだ。人間が住んでいるであろう、宿舎とかにはあるんではないか?テレビが。雑誌が。新聞が。

 で、おそらく、放牧される場所の扉なんかは、人であれば簡単に外せるようなものが…付いていると信じている。ま、実際、厩舎の扉なんかもそれだしね。ヘタすりゃロープ一本である。

 

 隙を見て抜け出して、テレビを見るのも、ありなのでは…?

 

 いやまぁ、あんまり派手にやるといけないので、タイミングや頻度は牧場についてから考えるとしてだ。暇すぎた場合はその方向性で行こう。うん。そうしよう。それに、どっかで新聞を読むサラブレッドなんていう記事も見た記憶があるので、そういう馬に成れるように少しずつ、私の脱走に人間側を慣れさせていけばいい。

 

 ああ、あと柵越えジャンプなんかもやってみたいところである。たしか馬の世界には馬術競技なんかもあったはずであるから、それの真似でどこまで跳べるかもやってみる価値はあると思うのだ。

 

 何せこれからは種付けと暇な日々である。余生の過ごし方というものを、真剣に考えなければきっと暇すぎるのだ。

 

「2500が2分50秒、上がり3ハロン…ああ、まだまだですね」

 

 そうポツリと呟いたウマ娘がいる。ここは北海道早来町にある小さな訓練場だ。

 自身の走行タイムを表示しているストップウォッチを確認しながら、天を仰いでいた。ふと、彼女は近寄る足音に気づき、そちらを向いた。

 

「久しぶり」

 

 すると、そこには知り合いであろうもう一人のウマ娘が、声を掛けながら近づいてきていた。

 

「お久しぶりですね。トゥインクル以来ですか」

「うん。…本当に、走ってるんだ」

「ああ。だって、あのトウカイテイオーがドリームトロフィーに来るんでしょう?君も走る。アイツも走る。じゃあ、私も走らないといけません」

 

「…でも、さ。君の足はもう」

「言わないでください。その先は。言わないでくれませんか」

「その口ぶり。君も判っているんだよね?―――言わないでくれといっても言ってやる。君の足はもう走れるそれじゃあない」

 

「ああ、十分、いや、十二分に判っています」

「じゃあ、なんで君は名乗りを上げた?まともに走れない足で、どうやって、レースを走るんだい?」

 

「…私の時計は京都レース場で止まっているの。あの1月22日から、私の時計は止まっているんです」

 

「それは…。でも、だからといって、なんで今回のレースを走るんだ。君は、いや、私たちは十分に航跡を残したじゃないか。君はもう走らなくても、いいんだ」

「それは私がよく判っています。でも、でもね?あのトウカイテイオーは、誰もが無理と思った事を、だれもが限界だと思っていたことを、その脚で超えられることを証明してみせた。見せてくれた。ならさ。先達の私が、私達が、限界をこえて行けるって、そう希望をくれたトウカイテイオーに、私は何を返せるかってずーっと考えていたんです」

 

 そう言ったウマ娘は、覚悟を決めた顔で、言葉を続けた。

 

「だから私は、レースを走る事によって彼女に恩を返したいと思います。――ああ、そうです。私はもう走る事が出来ないと言われたウマ娘です。でも、無理でも、限界でも、それを超えてみせたいと思っています。そして、諦めているウマ娘にこの希望を、この想いを繋いで行きたいんです」

 

―駄目だと言われても、諦めずに前を向いていれば、きっと願いは叶うって―

 

「…それが君の想い、か。そうか。…そこまで覚悟をしているのなら、もう止めないよ。ああ、でも」

 

 にやりと、ウマ娘は笑う。

 

「無様な走りは見せないでよ?―――あの有マ記念の借り、私も返したいんだから」

「誰に物をいっているのですか?今じゃ面影なんかないけれど、私は『流星の令嬢』と呼ばれたこともあるんですよ?」

「ああ、そうだった!………じゃあ、またね。ウインタードリームの芝2500メートル。今度は、うん。―今度は!私が勝つから!」

「あはは! うん。また今度、中山レース場で会いましょう。今度も、私が貴女達に勝ってみせます」

 

 

「や、久しぶり。そっちの調子はどう?」

『お久しぶりです。ぼちぼちですね。テンポイントの様子はどうでした?』

「んー。全然ダメ。2500の上がり3ハロン、デビュー前のウマ娘と比べてもぜんっぜん遅くてね」

 

『では、ウインタードリームは、彼女は出ないと?」

 

「それがさぁ。聞いてよ! 『中山レース場で会いましょう。今度も、私が貴女達に勝ってみせます』 だってさ!」

 

『それはそれは…。では、私達も一層気合を入れて鍛錬に励まなくてはいけませんね』

「うん!じゃあ、あとは本番で。またね、グリーングラス!」

 

 そう言って、ウマ娘は電話を切った。そして束の間。笑顔を浮かべると、両腕を天に掲げた。

 

「ふふ。一夜限りの夢だ!TTG対決!!復活だ!」

「へぇー?テンポイント先輩、ドリームで復活するんですか?」

「うん。今度のウインター限定だけどね。私も一層頑張らなくちゃ。だからしっかりと並走に付き合って貰うからね?シービー?」

「もちろんいいですよー。トウショウボーイ先輩と走るの、楽しいですからね」

 



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―そしてボクは、忘れ物を届けに行く

 

 彼女が怪我をした。ボクがそれを知ったのは、ボクのメイクデビューレースの数日前の事だった。

 ボクより先にデビュー戦を飾り、2連勝をしていたウマ娘。きっと、クラシックで戦おうと、そう約束をした彼女が怪我をしてしまった。

 しかも、どうやら怪我の度合いは重いらしく、クラシックは絶望的という話だった。

 

 呆然と、ボクは学食で食券を買い、そして食事を受け取った。机に座ってそれを食べようとしたとき、ボクに声を掛けて来たウマ娘がいた。

 

「やぁ、今日はカツ丼か」

 

 はっとした。視線を落としてみれば、ボクが食べていたのはカツ丼だった。初めてだ。ボクがピーマン以外の料理を注文するなんて。

 

 声を掛けて来てくれたルドルフさんにばれない様に、笑顔を浮かべる。

 

「こんにちは。―うん。なんか無性に食べたくなっちゃって。そっちは?」

 

 ごまかしながら、そう言った。一瞬、ルドルフさんは鋭い目を此方に向けた。ああ、多分、感づかれた。

 

「ニンジンハンバーグ定食だ」

「うげ、ニンジン?ルドルフさんよく食べられるよねぇ…」

「そういえば君はニンジンが苦手だったな。甘いのがダメだった、か?」

 

 そう言うルドルフさんの視線の先にあるのは、ボクのカツ丼。

 甘い出し汁でしっかりと煮込まれ、その汁が溢れんばかりにたっぷり掛けられた、トレセン学園特製のカツ丼だ。

 

「うん。どちらかというとピーマンみたいな苦くて青臭い野菜が好きなんだよね。特に昔ながらのにが~い奴」

 

 ボクは苦笑して、カツ丼を一口、口に入れた。ああ、…顔を顰めるほどに、不味かった。

 

「…なぁ、テイオー、何かあったのか?君がピーマン以外の料理を食べるなんて、珍しいじゃないか」

 

 ルドルフさんは心配そうに此方を気にしてくれていた。

 

「…判っちゃいます?」

「判るさ。差し支えなければ、話してみなさい」

 

 そう言ってくれたルドルフさんに、ボクの友達、インペリアルタリスの話を伝えた。河川敷で会った大井トレセンのウマ娘で、並走トレーニングも強かった。でも、怪我をしてクラシックに来れないんだと。

 

「…なるほど、なるほど…大井トレセンの、インペリアルタリスか」

「ルドルフさんは知ってました?」

「ん?ああ。2戦目で大差勝ちをしたウマ娘だな。専属トレーナーからは、ハイセイコー以来の逸材という話も聞いているよ。そうか、彼女が大怪我を。…残念だな」

「はい。本当に、残念です。あーあ。彼女とならいい勝負が出来ると思ったんだけどなぁ」

「怪我は仕方がないさ。私も、そうやって走れなくなったウマ娘を何人も見てきている。だが、私たちに出来る事なんて、何一つとしてない」

 

 そう冷ややかな口調で言ったルドルフさんに、私は自然と言葉が漏れていた。

 

「厳しいね、ルドルフさん」

「ああ。だが、それがこのレースの世界でもある」

 

 そう一言。ただ、すぐに笑顔を浮かべて、続けてこうも言ってくれた。

 

「ただ同時に、私たちの走りで、希望を魅せることも出来る」

「ボクの走りで、希望を?」

「ああ。インペリアルタリス。彼女の願いが、クラシックの三冠であるのならば。クラシックの三冠を、キミと競い合いたいというのであれば」

 

「君が無敗の三冠ウマ娘になって、彼女を待ってやればいい」

 

「…もし、彼女が戻ってこなかったら?」

「そればかりは時の運さ。まぁ、それでも。君が活躍する姿を見れば、きっと戻って来るだろう。相手を信じるんだ。テイオー」

 

 

 それから暫く経って、ボクが無敗の三冠を獲って挑んだ初の有マ記念。ダイサンゲン先輩に負けたあの後、ボクはルドルフさんから提案を受けていた。

 

「だろうな。ああ、そうそう。実は今日、一つレースの提案をしに来たんだ」

「ルドルフさんが、ボクに?」

「ああ。天皇賞の前に一度、ダートを走ってみないか、とね」

 

 ボクは耳を疑った。ボクは今までずっと芝専門のウマ娘だし、そもそも目標にしている凱旋門も芝のはずだ。

 

「ダート、ですか?」

 

 オウム返しのように言葉を返すと、ルドルフさんは笑顔を浮かべながら説明をしてくれた。

 

「ああ。理由は2つ。まず、君は凱旋門に挑むわけだろう?凱旋門の芝は深いと聞く。日本の芝とは全く性質が違うんだ。どちらかというと、日本のダートに近いんだ。だから、まず、ダートでキミの適性を見て欲しい」

「なるほど。でも、ルドルフさん。それだと別に練習だけでもいいんじゃないですか?」

 

 そう、馬場の違いだけならば、別にレースに出る必要は無い。ダートの練習を増やして、パワーを上げればいい。そう思ったボクは、次の言葉で、ルドルフさんの真意を理解することとなった。

 

「そこは2つ目の理由だ。―インペリアルタリスの事は、君は、あの怪我以降何か聞いているか?」

 

 彼女とはもう疎遠になって1年以上が経つ。彼女は、あの河川敷には二度と現れなかったのだ。だからてっきり、引退したものかと思っていた。だけど。

 

「…いいえ。何も」

「彼女、大井のダートで復帰を遂げていたよ。去年は復帰後4連勝。今年もダートの路線で行くらしい」

 

 彼女が現役を続けている!思わず、声を上げてしまった。

 

「え!?本当ですか!?」

「ああ。それで提案だ。テイオー。君が彼女と走る気があるのならば、そのためにも、ダートのG1を走っておかないか?」

「判りました。ぜひ、走りましょう。凱旋門のためにも。彼女のためにも」

 

 

 パチン、と路盤に駒が置かれる。と、同時に、1つの影がテイオーとミホノブルボンの後を追いかけるように、消えた。

 

 

 

「伸るか反るか。ま、お楽しみってところだな」

 

 

 

 ゴールドシップの見つめる先。路盤には、『成り金』の駒が置かれていた。

 

 ―そして、その隣。成金に攻め込まれた側には、金将が置かれている。

 

「お前は成れないんだよなぁ。でも、ま」

 

 その金将で、成金の駒を打ちとり、にやりと、ゴールドシップは笑ってみせた。

 

「成れない駒っつーのは元々強いわけよ。このゴルシちゃんと同じようにな。芝は芝、ダートはダート。左回りは左回り。右回りは、右回りってな。どっちにでも成れる駒っつーのは基本的に弱いんだ。

 どっかのテイオーみてーに強いくせに表裏クルクルできる駒っつーのは、本当にレアもレアなわけ、さ。それにだ」

 

 パチン、と駒を移動させる。

 

「どうせ金将は一コマしか進めねぇ。しかも、斜め後ろには行けねぇ。どうあがいたって、現状維持で横に進むか、なんとか前に進むか、それともまっすぐ後退するかを選ぶしかねぇ。それにだ。たとえ前進を選んだとしても、1コマしか動けないんじゃあ、先を行く駒には追いつけないのさ。じゃあどうするかって?そりゃあ、お前」

 

 地道に進むか、それとも、相手が懐に飛び込んで来る幸運を待つか。

 

 それともそれとも。相手を、懐に呼び込む術を考えるか。

 

 好きなのを選んだら、いいんじゃねぇか?

 

 

 パン、と手を叩くと、涼しい顔でセントライトは早速指示を飛ばしていた。やれやれと、肩をすくめたシンザンは彼女の言う通り、大人しく筋トレを始めたのである。

 

「ああ、シンザン。筋トレを始めたばかりで悪いんだが。トウカイテイオーの同世代でハイセイコー以来の逸材とか言われた娘っこが居たらしいな」

 

「ん?ああ。ルドルフが言っていたなそんなこと」

 

「本当か?シンザン、今夜でいいんだが、ルドルフに詳しく聞いてくれないか?」

 

「今夜?いきなりだな。急にどうしたんだ?」

 

「現役を続けているなら一度見には行ってみたいなと思っていてな。ただ、逸材と言われている割に名前を知らないからどうしたもんかとね」

 

「ああ。そういう事か。確か、地方のダート専門で走っているウマ娘とだけは聞いている。なんでも『将軍』というあだ名も付いているんだとか」

 

「ほう。将軍か。そりゃあいい二つ名だ。『帝王VS将軍』とか銘打ったレース、組まれんかね?」

 

「はは。流石のトウカイテイオーでも地方にまでは出張らないだろうよ。ま、いい。ひとまずはルドルフに連絡を取ってみるさ」

 

「ああ、頼む」

 

 

「では、その予定でこちらは話を進めておこう。ああ、もちろん、変更になっても構わない。何よりも君のキャリアが優先だ。それを忘れないでくれ」

 

「はい!」

 

「…しかし、本当に良かったのか?君ならきっと宝塚記念にも出れたはずだ。何より、私が獲れなかった宝塚を獲っての引退となれば、また話題になるはずだぞ」

 

「あはは。カイチョーも判っている癖に」

 

「すまない、テイオー。少々意地悪だったね。キミのラストラン。しっかりと走ってきてくれ」

 

「ありがとうございます。…ボクは、彼女に、彼女の忘れ物を届けに行くだけです。ルドルフさんの想いを、凱旋門賞のゴールに届けたように」

 

「ああ。判っている。応援しているよ。トウカイテイオー」

 

 

 



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帝王賞―『クラシック』最終戦 砂 2000M

書初めです。

ピーマンはお休み。


ああ、ああ、なんという幸運か。

 

ああ!ああ!なんという!なんという幸運か!

 

 

あれだけ!

 

あれだけ!

 

あれだけ私が!

 

 

ああ!あれだけ私が願い!願い乞うた夢の舞台!

 

怪我がなければ!

 

そうだ、怪我さえなければ…!

 

何度後悔した事か!

 

何度、何度東京の海に叫んだことか!

 

ああ!何度、何度枕を涙で濡らしたことか!

 

 

憧れだ。嗚呼そうだ。まだ、私は憧れている。焦がれに、焦がれている。ダートで活躍している、今でも夢に見る。

 

 

あの、あの夢の、夢の、夢の、夢の!

 

そうだ、私にとって夢のクラシックを!あのクラシックを!

 

皐月を、ダービーを、菊花賞を!

 

無敗で駆け抜けた、最強のウマ娘が目の前に現れてくれた!

 

 

落ち着け?ふざけるな!落ち着いて、これが落ち着いていられるか!

 

トレーナー!ああ!トレーナー!

 

今日からメニューを、もっと強いメニューにしてくれ!

 

ああ、ああ!あああぁあああ!ついに、ついに!

 

 

クラシック!私の、クラシックが!来る!やってくるんだ!

 

 

 4月の天皇賞を見た後、私は練習に打ち込んだ。

 

 今までも十二分に練習に打ち込んでいたが、それに加えて坂路、プールの練習を増やし、より一層下半身の強化とスタミナの増強に努めた。

 

 頭にあるのは、あのテイオーの走りだ。きっと良い感じでくる娘はいる。でも、今の私のライバルにはならない。

 

 逃げ、先行、差し、追い込み。全部が出来るテイオーの走り。対策の立てようがない。しいて言えば長距離が苦手なようだけど、残念ながら帝王賞はダートの2000メートル。彼女にとっては、得意中の得意な距離だ。

 

 逃げてもきっとレコードで逃げる。先行でも、差しでも4コーナーで先頭に立っている事だろう。追い込みは向こう正面から追い込んでやはり4コーナー抜ければ先頭。どうシミュレーションしても、帝王賞を走るウマ娘の中で、彼女が一番強い。

 

 ただ。前のダートG1であるフェブラリーステークスは大逃げで勝った。大逃げで来る可能性もある。けれど、その後のレースは天皇賞までは殿ぐらいから攻め込むレース展開が多い。…全く参考にならないな。と頭を切り替える。

 

 ともかくも私もテイオー以上の練習を積まなければならない。それはトレーナーも判っている。メニューが明らかに別物になっている。

 

 ああ、苦しい練習だ。脚も痛くなる。坂路では骨が軋んだ。練習が終われば、全身が筋肉痛でベッドに沈む毎日。でも、くじける訳にはいかない。

 

 クラシックは、待ってはくれないのだ。

 

 

 あくる日。私は大井トレセンの喫茶店へと呼び出されていた。練習の時間が惜しい、と思いつつも足を運ぶほか無かった。

 

「やあ、初めてお目にかかるね。インペリアルタリス。私は中央のシンボリルドルフという」

「わざわざご足労ありがとうございます。改めまして私はインペリアルタリスと申します」

 

 あの、中央の伝説であるシンボリルドルフからのご指名である。名目は、ダートで活躍するウマ娘への激励ということだった。

 

「川崎記念、大井記念。特に大井記念は、怪我からの復帰後2年連続のセンター。君は素晴らしい活躍をしてくれている」

「ありがとうございます。自分のベストを尽くしただけです」

 

 彼女との対談は少々硬い雰囲気で進んでいた。―彼女の名前が出るまでは。

 

「さて…ではインペリアルタリス。話は変わるが、君、トウカイテイオーの事は知っているな?」

「はい。今度の帝王賞をラストランに選んだとか。負ける気は、ありませんよ?」

「ああ。そうじゃあない。そうじゃあないんだ。インペリアルタリス」

 

 そうじゃない?じゃあ、なんだと首を傾げてみせた。

 

「トウカイテイオーの事は、君は、河川敷の約束は、覚えているのかい?」

 

 その言葉に思わず固まった。ああ、トウカイテイオーとの河川敷の約束?そんなもの、そんなもの。

 

 今まで、一度として、忘れたことなど、無い!あるわけが、無い!

 

 私と、テイオーは、ライバルなのだ。クラシックを分け合う、ライバルなのだ。

 

 なぜ貴女がそれを知っていると、叫びそうになる気持ちを抑え、私はこう答えた。

 

「…忘れるはずがありません。あれは、あれは私の原点です。()()()()()()()()()()今でも、そう思っています」

「そうか。実は、君の事はトウカイテイオーから相談を受けていてね。あれは、君達がデビューした年の12月の事だった。彼女が普段食べない物を食べていたから今でもよく覚えているよ」

 

 はは、とシンボリルドルフは笑っていた。同時に、私は。

 

「…ああ、諦めた私を、彼女は待っていてくれたのですね」

 

 そう、ぽつりと言葉が口から洩れてしまっていた。

 

「その通りだ。インペリアルタリス。ああ、そうそう。今回、呼び出したのは激励というのもあるが、それ以上にこの言葉を君に伝えたくてね」

 

 シンボリルドルフは姿勢を正し、此方を見た。

 

「私もレースの世界に忘れ物をした口だ。君と同じでね。テイオーが走るまでは私もこう思っていた『怪我がなければ』『運が良ければ』『走れてさえいれば』とね。だが、彼女はそんな忘れ物を届けてくれた。ああ、トウカイテイオーは、私の夢を、想いを背負って凱旋門を潜ってみせたんだ」

 

 え、と驚く。シンボリルドルフともあろう人が、忘れ物をした?と。それと同時に、凱旋門という言葉を聞いて納得もしていた。

 

「そんな彼女がだ。私がアドバイスで『引退レースは宝塚記念』がいいんじゃないかと言ったら、何といったと思う?」

「…想像もつきません」

「『ボクは、彼女に、彼女の忘れ物を届けに行くだけです』と言って、帝王賞に出ると、意見を曲げなかったんだ。ああそうだ、インペリアルタリス。トウカイテイオーは決して約束を違えない。

 君とライバルになると言ったのならば、トウカイテイオーは心の底から君のライバルなのだ」

 

 シンボリルドルフはそう言って、深く、頷いた。  

 

「だからインペリアルタリス。君は、あの世界最強に心置きなく挑むんだ。君のライバルに、全力で当たってこい」

「…はい。はい!全力で、全力で私はトウカイテイオーを、テイオーを追い抜いてみせます!」

「その意気だ。頑張れよ。インペリアルタリス。では、そろそろ失礼しよう。貴重な時間を割いてくれて感謝するよ」

「いいえ。こちらこそ!」

 

 そう言って、シンボリルドルフは私の前から消えていった。ああ、そうか、あのトウカイテイオーが。私を気にかけてくれていたというのか。ずっと。なら、より一層応えなくては。

 私は速足で、トレーナーの元へと向かった。

 

 

 そして迎えた帝王賞当日。帝王賞というレースは、日が暮れた夜に行われる。天には星が瞬き、絶好のレース日和だ。

 私は2番人気でパドックでのお披露目を迎える。沸き上がる将軍コール。右手を高く上げて、勝利への意気込みを観客に伝えていた。

 

 だが、パドックから降りた後。あのウマ娘の姿を見た瞬間に、心の奥底から熱いものがこみ上げてしまった。

 

 …嗚呼、嗚呼!ああ、くそっ、目の奥が、熱くなる。視界が歪む。だが、まだだ、まだ、まだ彼女にこんな不甲斐ない姿を見せることなど出来るわけがない。

 

 私は、そう、私はインペリアルタリス。あのハイセイコーさん以来の逸材と呼ばれ、クラシック戦線は間違いないと、トレーナーに言われたほどのウマ娘なんだ。でも、結局は怪我で私のクラシックの夢は潰えた。でも、私は、私は何も変わっちゃいない。

 

 

 さあ、不敵に笑え。

 

 最強を、帝王を大胆不敵に迎え入れろ。

 

 

「やあ、トウカイテイオー。帝王賞の称号を手に入れて引退するらしいね」

 

 久しぶり、なんて無粋な言葉は言わない。彼女は帝王、私は将軍。それだけで十分だ。

 

「うん。それにさ。ボク、1つ心残りがあったからね」

「…心残り?」

「ハイセイコー以来の逸材。クラシック戦線は間違いない。―ボクの同期でそんな事を言われていたウマ娘がいるんだよ。ま、運悪く彼女、怪我しちゃって、結局ボクと走る事はなかったんだけどさ」

 

 いたずらっぽく笑うテイオー。どう答えて良いか判らなかった私は、言葉を詰まらせてしまっていた。

 

「…それは」

「だからさ。インペリアルタリス。今日は、決着を付けよう。河川敷の約束、忘れてないからね?」

 

 トウカイテイオー。彼女はそう言って、まっすぐにインペリアルタリスを見つめていた。そうだ。忘れてはならない。彼女は皇帝の夢すらも凱旋門に叩き込んでみせた英傑である。

 これから走るウマ娘の夢に、気が付かないわけがない。帝王は、そう。華麗に、鮮烈に、民の願いを叶えるからこそ、帝王足りえる器なのだ。

 

「はは、はははは!あはははははは!」

 

 その目を見たインペリアルタリスは笑う。

 

「決着、決着を!私と、あんたが、決着を!?ああ、ああ!ははははは!」

 

 腹の底から、笑う。今までの後悔―、そう、悔しさ、やるせなさ、全てを吐き出すように、笑う。そして―。

 

「いいだろう。トウカイテイオー。決着を付けよう。あんたはターフで世界一になった。ダートでも頂に立ってみせた。―――でも忘れるな。ここは国内ダート、グレード1。あんた如きじゃあ、このダートは荷が重い」

 

 インペリアルタリスは不敵に笑い、そう言い切った。トウカイテイオーはと言えば、やはり、顔に笑みを湛えている。

 

 が、何を思ったか。トウカイテイオーは頭に手をやると、髪留めを解き、自慢の長い髪をすべて降ろしていた。

 

 そして一切合切の感情を捨て、インペリアルタリスを真正面に見た。

 インペリアルタリスはそんなトウカイテイオーを見て、似ている、と感じていた。

 そう。絶対の皇帝と言われた、あの――――。

 

「何を言っている。ダートだろうが、ターフだろうが、国外だろうが、国内だろうが。私は走る場所を選ばない。『あんた如きじゃあ、このダートは荷が重い?』―――舐められたものだな。忘れているのは君の方だ。私はクラシックを制し、世界を制した最強無敵のウマ娘。

 私の名前は、トウカイテイオーだ。甘く見てくれるなよ」

 

 ―絶対の帝王。髪を降ろした彼女は、まさに、威風を纏っていた。

 

「それならば、トウカイテイオー。世界最強にダートで初めて土を付けるのは、私、インペリアルタリスだ」

 

 ……嗚呼、ありがとう、トウカイテイオー。君は、私に全力で来てくれるのであろう。

 なんという幸運か。ああ、なんという幸運か!

 ならば、全力を、全力を見せる。挑め、挑むんだ。帝王に。クラシック三冠に。

 気合十分にスタート地点へと向かいながら、ああ、でもと。

 

 2000(皐月)か。2400(日本ダービー)じゃないことが少し残念だな。

 

 そんなことを思った自分にクスリと笑いが零れてしまった。

 

 私はインペリアルタリス。きっと、トウカイテイオーと比類できたウマ娘。

 怪我に、泣いた。なんで私がって。でも、私の同期には、レース場で走る光り輝く3人のウマ娘がいた。

 

 遠くに行ってしまったと、そう私が勘違いしていたトウカイテイオー。いつも、大胆不敵に笑う姿が印象的だった。

 リオナタール。負けても負けても、いつかあいつを負かすと鋭い目をしていた娘は、ついに夢を叶えそのテイオーに土を付けた。

 そんな2人をいつも後ろから見ていた、でも、胸に秘める想いは一番熱かったナイスネイチャ。託された想いは、私の目の前で成就した。

 

 あの娘達に負けてたまるかと、死ぬ気でリハビリを繰り返し、繰り返し、必死に走りぬいて。走りぬいていたら、いつの間にか、私の二つ名は『ダートの将軍』。奇しくも、光り輝くウマ娘と似たような二つ名だった。

 

 そして、今、あの3人の中でも、一番光り輝くウマ娘がここに居る。ならば、このレースは私にとってのクラシック。私にとっては夢の、ああ、夢の大舞台。

 カチリ、とどこかで音がする。ようやく、私の時計は動き出した。

 

 さあ、ゲートに入ろう。

 

 さあ、スタートを待とう。

 

 視線を下げて、蹄鉄を確認する。ちらりと、コース脇の芝が見えた―――ああ、芝はこれほどまでに青かったのか。

 

 視線を上げて、前を見た。嗚呼、レース場は、これほどまでに輝いていたのか。

 

 空を見上げた。夜空が綺麗だ。大きく息を吸った。芝の、ダートの、良い香りが鼻腔を満たす。

 

 

 夢の扉が、今、開く。

 

 

『さあ! お待ちかね帝王賞の発走がもう間もなくに迫ってまいりました! 一番人気はやはりこのウマ娘。帝王! 奇跡の名ウマ娘! トウカイテイオー!

 今回の帝王賞を勝てば、国内ダートG12勝目!国内外ダート3勝、芝5勝というG1レース8勝という大偉業!あのシンボリルドルフを超えることが出来るのか!

 

 そして2番人気!こちらも説明不要でしょう!今年に入ってからダートG1を既に2勝!ノリに乗っているダートの将軍!インペリアルタリス!

 まさかまさか、トウカイテイオーの引退レースの最大のライバルは同期という偶然!そして今、国内のダートでは敵無しと言えるでしょう!

 

 さあ、そして大外にトウカイテイオーが収まりまして、各ウマ娘態勢完了!

 

 トウィンクルシリーズ!上半期のダートレースを締めくくる大一番!そしてトウカイテイオーのラストラン!

 

 農林水産大臣賞典 帝王賞!! 今、スタートしました!』

 

 

 私は目を疑った。スタート直後、あのトウカイテイオーがハナを獲ったのだ。最後の最後で見せる走りが、ダートでの大逃げ。やはりトウカイテイオーは普通のウマ娘じゃない。

 そう感じた刹那。彼女が、間違いなく私を見た。そして、にやりと笑ってみせた。

 

―さあ、やり合おう―

 

 そう、感じ取れた。ああ、ああ、いいとも。いいとも!負けじと私も、自信満々に笑ってみせた。

 

―さっさと先に行けばいい、私が差し切る―

―やれるもんならやってみなよ!―

 

 お互いに視線が外れた。同時に、トウカイテイオーは更にスピードを上げた。彼女のスタミナとスピード、そしてパワーに物を言わせた逃げ。

 だけど舐めてもらっても困る。こちらも、帝王賞に合わせて鍛えに鍛え上げたのだ。

 

 ラスト4ハロン。そこまで我慢。最後の最後で、トウカイテイオーを躱し切る。

 

 だからしっかりと前を見ろ。だからしっかりと、テイオーを見失うな。

 

 

『さあスタートは綺麗に揃いました。そしてハナを主張していったのは、まさかまさかのトウカイテイオー!ラストランは逃げを選びました!2000メートルなら自分の距離!自信がありそうですトウカイテイオー!

 

 対してインペリアルタリスは前目に付けてそのまま第一コーナーへ!しかしトウカイテイオーは更に更にリードを広げて後続とは既に5バ身以上!ハイペースだ!これはこのまま行ってしまうのかトウカイテイオー!』

 

 

 第2コーナーまでは私の想う通りのレース展開。テイオーが少し予想外の動きだったけれど、でも、それでもまだ大丈夫。

 いくらトウカイテイオーといっても、こんなハイペースで逃げてしまえば最後は落ちて来るはず。

 

 …いや、まて。

 

 トウカイテイオーが帝王賞の、ダート2000メートルで落ちる?

 無い。それは、間違っても、無い。見ろ、トウカイテイオーを。2着とは既に10バ身。でも、更に更に加速していく。

 

 直線に入った。けれど、全くペースを落とす様子なんてない。

 

 見ろ、見てみろ。第3コーナー手前でも、まだまだ落ちてこない。

 ふと、彼女が後ろを向いた。 間違いなく、私と目が合った。

 

―付いて来れる?―

 

 大胆不敵に笑っていた。彼女は、大胆不敵に、いつものように笑っていた。

 

 そして、彼女は前を向き、同時に、()()()()()()()()

 

 ああ、この光景は、何度も見ている。何度も、何度も見ている。

 彼女のクラシック戦線。その王道の勝ち方。

 皐月も、ダービーも、菊花賞も、バ群を嫌って、コースの大外から…!

 

 同時に、彼女の足元が爆ぜた。一気に加速していくトウカイテイオー。同時に、私にだけ伝わって来る感情があった。

 

―さぁ刮目しろ!これが、ボクの、全力だ!―

 

 ああ、なるほど。私はその感情を正確に理解することが出来た。

 きっと彼女は、クラシックを届けに来たのだ。私に、クラシックという忘れ物を届けに来たのだ!本当に、届けに、来てくれたのだ!

 

 ああ、ああ!そうか!ここからが本気ということか、トウカイテイオー!

 

 私も同時に足に力を入れる。周りのウマ娘達の驚く気配が伝わって来る。でも、そんなのは関係ない。

 

 勝負だトウカイテイオー!あんたの冠は、私がもらい受ける! 

 

 

 『先頭で第三コーナーに突っ込んできたのはトウカイテイオー!大逃げ、大逃げであります!これはもう決まりか!?

 おっと!?ここで体を大外に振った!速度を上げてスパート!これはクラシック時代の戦術の再現か!魅せてくれますトウカイテイオー!

 

 他のウマ娘もスパートを掛けるが、追いつくウマ娘は今のところ居ない!トウカイテイオーが第四コーナー、その大外を抜けてトップでやってくる!後ろからは何も来ない!

 

 やはり世界最強!ラストラン!誰も追いつけない!最後の最後は、逃げて差す!圧巻のレース展開だ!

 

 後ろからは…いや!?猛烈な勢いで追い込んでくるウマ娘が一人!最内!ラチを削る様に攻め込んできたのはインペリアルタリス!ダートの将軍が満を持してやってきた!

 

 最強の帝王へ襲い掛かる!

 

 残り200メートル!しかしその差は5バ身以上!間に合うか!それとも逃げ切るか!』

 

 

 タリス。俺は、君が苦しんでいるのを良く知っている。ああ、クラシック戦線に向けて、あれだけ輝いていた彼女が、ダートで将軍と言われるまで強くなった彼女が。

 大井のダート、最終コーナーを回る時、必ず苦しそうな顔をしていることを、よく知っている。

 

 …でも、どうだ。今日の彼女は。

 

 怪我をする前。俺と一緒に勝ち取ってみせた、あのデビュー戦から2勝を挙げた、クラシックを目指していたあの時の輝きそのままじゃないか。

 俺は、彼女をずっと、引き上げてこれなかった。ああ、トウカイテイオー。ありがとう。彼女をここまで引き上げてくれて。

 

 前を走るトウカイテイオーは、自信満々の表情だ。テイオーとタリスの差は、4コーナー前で10バ身以上。

 

 でも、大丈夫。

 

 輝きを取り戻した彼女なら、この距離は射程内だ。俺が惚れた。あのクラシックに通用する走りなら…!

 

『―――行け!インペリアルタリス!!最強に!帝王に!お前の全てをぶつけて来い!』

 

 万雷の想いを込めて、俺は、叫びを上げた。

 

 

 速い!速い!やっぱり帝王は速い!一緒に走ってあの異常さが身に染みる!なんだあの変幻自在な脚は!あのスピードは!あのパワーは!なんであそこから伸びる!スピードが持つ!?

 

 でも、でも。落ち着け私。驚くのはここまでだ。

 

 第四コーナーを抜ける。ハイペースで逃げるテイオーに、他のウマ娘達はもうスタミナがない。みんな必死だ。だが、私はダートの将軍、インペリアルタリス。ただでは沈むわけがない。

 

 

 もっと脚に力を込めろ。後先なんて、考えるな。

 

 世界最強が、胸を貸してくれるというのだ。

 

 私の、夢が(クラシック三冠)。ああ、目の前に居るんだ!

 

 届く。手を伸ばせば、届く距離に!

 

 

 積み重ねてきたものを、今ここですべて解き放つ!力の何割か、なんて言っている暇はない。今、残りの力は全てこの瞬間に出し切るのだ!

 

 

―怪我をした。クラシック戦線は難しいだろう― 

 

 嗚呼そうだ!!私が今まで鍛え抜いた、全ては!

 

―怪我がなければ、三冠ウマ娘だったねと、そう慰められた― 

 

 トレセンで走った、全ての時間は!

 

―路線変更。今、ターフに戻っても道はない。ターフを諦めて、ダートへ活路を見いだせた― 

 

 今まで走ったコースの、その全ては!

 

―そして、気づけば目の前に、憧れが居る。ならば、ならば…!― 

 

 トレーナーの姿が見えた。刹那、声が聞こえた。

 

『―――行け!インペリアルタリス!!最強に!帝王に!お前の全てをぶつけて来い!』

 

 背中を押された。力が、足腰に漲る。

 景色が変わる。あの河川敷。無念を込めたダートの数々。夢が破れた芝の中山。そして、今、私の目の前にあるクラシック。

 

 ………ああそうだ!今まで経験したレースの全ては! 

 

 今まで、苦しんだ経験、それは、その全てはきっと―!

 

 このダートの!

 

 この大井の!

 

 この最終直線、ラスト、1ハロンのためにあったんだ!

 

 

 ああ、じゃあ、じゃあ!トウカイテイオー!あんたより、私の方が勝ちたいって思いは、強い!テイオー!トウカイテイオー!もう少し、もう少しで手が届く!

 

 ………嗚呼!嗚呼!走るのって、こんなに、楽しかったんだ!

 

 行くよテイオー!河川敷の約束は、あんたのライバルは!クラシックに手が届くウマ娘なんだから!

 

 

『残り僅か! 最内を追い上げて来たインペリアルタリスがトウカイテイオーについに並んだ! ついに並んだ! 同期対決を制するのかインペリアルタリス! 8つ目の冠を手に入れるのかトウカイテイオー!

 

 将軍と帝王!どちらも譲らない!譲るもんかと競い合う!

 

 内インペリアルタリス!

 外トウカイテイオー!

 

 どちらも一歩も譲らない!後続は全く追いつかない!完全に2人の世界だ!

 

 インペリアルタリス!トウカイテイオー!インペリアルタリス!トウカイテイオー!

 

 だが、だが!ここで、ここで前に出たのはトウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー!トウカイテイオー!ラストランだトウカイテイオー!やはり、やはり!

 

 頭一つ抜け出して!

 

 

 トウカイテイオー!今、先頭でゴールイン!

 

 

 やはりやはり!帝王だ!帝王はダートでも強かった!

 

 トウカイテイオーラストラン!最後は、見事、帝王の称号を手に入れた!国内ダートG1を制覇してみせました!

 

 そして史上初!G1レース、8勝目!あのシンボリルドルフ超えを果たし!有終の美を飾りました、トウカイテイオー!!!

 

 惜しかったのは2着インペリアルタリス!

 

 ああ、しかし、しかし、2人が手を繋いで、一緒に手を挙げた! 健闘をたたえ合っているのか! 素晴らしい光景です!

 

 大井の夜空に歓声が響き渡ります!テイオーコールが起きる!しかし、その中に『ショウグン』コールも混ざっている!

 

 見事なレース、見事なレースを見せてくれました!2人に、そしてすべてのウマ娘に、改めて感謝を!』

 

 

『やっぱりトウカイテイオーは強いウマ娘でしたねぇ。これでトゥインクルシリーズを引退するのが非常に勿体ないと思わせる走りでした。

 ああ、しかし、今日のレースを見て確信しました。インペリアルタリスはやはり、トウカイテイオーに迫る逸材だったのだと。ああ、出来る事ならば、叶わぬ想いではありますが。

 彼女がクラシック戦線で活躍する姿を是非、是非この目で、この目で、見たかったものです』

 

 

「負けた負けた!あんた、やっぱり速いよ!」

 

 クビ差。最後に追い込んだ私に対して、最後に伸びを見せてそれを躱してみせたテイオー。その実力差は、私から見ても明らかなものであった。

 

「キミも速かったよ、インペリアルタリス。…たらればの話は嫌いなんだけどさ、もし、君が怪我をせずに、万全の態勢でクラシックに出ていたら…」

 

 トウカイテイオーは、まっすぐに私を見た。見てくれた。そして、その顔はあの時河原で、私と練習を重ねていたあの時の様に、にやりと笑っていた。

 

「ボクの三冠は危なかったかも、ね」

 

 そう言ってトウカイテイオーは踵を返して、控室へと戻って行った。おそらくはライブの準備であろう。ダートを走ったあとの勝負服は、それはもう砂で汚れに汚れている。ターフでは絶対に有り得ない姿だ。

 

「…なーに言っちゃってんの?全く。今日は偶然、私の調子が良かっただけだよ。たとえ私が出ていても、三冠ウマ娘はあんただった。でも、ま」

 

 そんな美しい、最強の背中を見送りながら、私は自然と口からぽろりと言葉が出ていた。

 

「ありがとう。トウカイテイオー」

 

 ―――私のクラシック戦線。

 

 長い、長い、長い。

 

 そう、長すぎた私のクラシック戦線は、ようやく、今確かに、終わりを迎えた気がしたのだ。

 

 ちらりと、ダートコースの隣に植えてある芝を見た。だが、もう芝の青さも、芝の匂いも気にならない。

 

 星空が瞬く、天を見上げた。嗚呼、なんて、なんて空は、()()()()()()()()()()

 

 息を吐きながら、足元を見た。ダートはいつもの土色だ。そのまま、勝負服を見下ろした。砂まみれ。土臭い。ひどい有様だ。

 

 ―――全く、ひどい終わりを迎えたものだと本当に思う。

 

空は青い!テイオーは強い!天晴だ!トウカイテイオー!

 

 あんたが一番だ!

 

 帝王の称号(クラシック三冠)はあんたに、くれてやるっ!

 

 顔を上げ、あの背中に届くように、そう、大音声で叫びをあげた。

 

「お疲れ様。惜しかったな。どうだった、トウカイテイオーは」

 

 トレーナーだ。顔を見てみれば、良い笑顔をしている。

 

「それを私に聞く?」

「…いや、聞くまでもないか。強かったなぁ、テイオーは」

「本当に。ああ、手は届かなかったなぁ」

 

 そう。届かなかった。結局は、クラシックには届かなかった。

 でも、負けたお陰様で私には新たな夢が出来たのだ。それは、あの背中を追い抜く事。

 

「ねぇ、トレーナー。私の走り、世界に通用するかな?」

「世界?」

「うん。だって、ようやく私は()()()()()()()()()()たんだ。次の目標は、世界しかないでしょ?」

「タリス、お前………!」

 

 そう言って、トレーナーは言葉を詰まらせてしまった。ああ、そういえばこの人にも、私はかなり苦労を掛けたと思う。

 ああ、知っている。知っているとも。

 

 怪我をした後、芝を見つめる私を見て、いつも苦い顔をしていたトレーナーを。

 私が負けるたび、血を出すほどに強く握りしめた拳を。

 毎晩毎晩、遅くまで私のために、練習メニューを、走るレースを考えてくれていたこのまっすぐな瞳を。

 ダメになりそうになった私を、真摯に支え続けてくれたこの、大きな背中を。

 

 私はよく、知っている。

 

「……ああ、ああ!タリス、インペリアルタリス!お前なら、きっとお前なら世界に通用する。俺が保証する。するとも!ああ、きっと、きっと!…きっと…ああ、ああ!」

 

 トレーナーは顔を伏せ、肩を震わせていた。その顔から滴り落ちた水滴がダートを濡らしていた。ああ、やはり、私はこの人に付いてきて良かった。私は、何も間違ってはいなかった。

 

「全く、なぁに泣いてるの?トレーナー。そんな暇は無いよ。これから私は、『ダート』で世界に羽ばたくんだからさ」

 

 もう、後ろは振り返るまい。振り返る必要すらない。私のクラシックは、もう、私の胸の中に、確かに刻まれたのだから。

 まずは手始めにアメリカに渡ろう。そして今年の年末は、BCクラシックを制覇してやろう。そして、来年は、あいつが出来なかった、BCクラシック連覇を成し遂げて見せよう。

 あいつが出ているはずの、ドリームトロフィーリーグが霞むぐらいの活躍をしてみせよう。

 

 ………出来ない?不可能?あっはっは!甘く見ないで欲しい。

 

 なんてったって、私はトウカイテイオーのライバルだ。

 

 そして、なにより私は、ダートを走る将軍(ハシルショウグン)なのだ。帝王如き、その背中は見事、私が追い抜いてみせようじゃあないか。

 

 

「おお、演歌娘。お前も来てたのか」

「セントライトさん。演歌娘は止めてくださいって毎回言ってるじゃないですか」

「すまないすまない。癖でね。いやはや、お前の、ハイセイコーの後を継ぐ逸材。しっかりと魅せて貰ったぞ」

 

 ハイセイコーは頷く。そして、テイオーと共に手を挙げていたインペリアルタリスを見て、ため息を吐いた。

 

「彼女、惜しかったです。ええ。すごく。すごく。もう少しで手が届いたのに」

 

 セントライトはため息を吐いたハイセイコーを見て、小さく頷いた。

 

「そう言えばお前も三冠には届かなかったクチか。ああ、こう見てみれば、似た者同士か」

「ええ。ですが。見てください。負けたはずなのに彼女、いい顔をしていますよ」

 

 その言葉に、セントライトはターフを見る。そこに居たウマ娘は、負けたウマ娘とは思えないほどの、清々しい笑みを浮かべていた。

 

「…ああ。いい顔だ。人気絶頂期。無敗だったお前が、日本ダービーで初めて黒星を付けられた時の表情とよく似ているな。懐かしい」

 

 今度は、ハイセイコーが深く頷いた。 

 

「彼女はきっと、ここから更に伸びますね」

 

 そして、ハイセイコーの言葉に、今度はセントライトが深く笑みを湛えた。

 

「ああ。いいねぇ。大井の星はこれからもトゥインクルを駆け巡るか。良い、良い。これで良い。夢を背負ってこそのウマ娘だ」

 

 うん、うん、と頷くセントライト。と、ふとハイセイコーがセントライトを見た。

 

「…そういえば風の噂で聞いたんですが、セントライトさんは今年の冬は走らないんですか?

 私、貴女と一緒に走りたいんですけど(三冠を獲りたいんですけど)

 

 そう言ったウマ娘は、現役当時と変わらない、強い輝きを放つギラギラと輝く目を持っていた。そして一瞬、その瞳に気圧されたのか体を引き、そして溜息を吐いたセントライトは、頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。

 

「あー。そうだな。今のままじゃ精々2着が限界だろう(今のままでもお前には負けんよ)

 でもま、冬までには仕上げてみせる(帝王には私が勝ってみせる)、さ」

 

 そうやって2人のウマ娘は握手を交わしていた。決して交わる事のなかった景色が、どうやら、すぐそこまでやってきている。

 

「そう言えば演歌娘。今日のライブの曲はなんだ?」

「演歌娘は止めてください。というかそのぐらい自分で調べてきてくださいよ」

「いやはや、歳を重ねると調べることが億劫でね」

「はぁ。まったくもう。今日の曲は『Special Record!』ですよ。本当は宝塚の曲なんですが、トウカイテイオーが走るという事で特別に変更になったんです。これ、歌詞カードです」

 

「なるほどなぁ。なになに…『叶えたい未来へ走り出そう、夢は続いてく』か。ああ、確かにトウカイテイオーという夢はこれからも続いて行くのだろう。だが、インペリアルタリスの夢も続いていく、か。――良い。良い。これで、良い」

 

 

 

 ありがとうございました!お送りした曲は、Special Record!でした!

 

 さて、実は今日はもう一曲あるんです!今日はボクのラストラン!URAがボクのために特別な曲を用意してくれました!

 

 もう一曲、行くよー!ボクと言えばこの曲しかないでしょー!?

 

 曲名は!『Winning The soul』!

 

 それでみんなー!今日はこの2人にも来てもらいました!リオナタールと、ナイスネイチャー!

 

 ひっさしぶりー!ステージー!リオナタールでーす!

 ナイスネイチャでーす!今日はテイオーの引退ライブってことで来ちゃいましたー!

 

 この3人で歌って行こうと思いまーす!

 

『『『うおおおおーーー!』』』

 

 あ、でもね!今日ボクと最後の最後まで競い合ってくれたインペリアルタリス!彼女にも一緒に歌ってもらおうと思うんだけど、観客のみんなー!いいかなー!

 

『おおおー!歌ってー!』

『ショウグン!歌って―!』

 

 ありがとー!じゃあ、マイクもう一本もってきてー!今日は()()()()()()で歌うからー!

 

「え!?って、あんた。私はクラシックの曲なんて…」

 

 何も聞いていなかった私は、そうやって断ろうとした。だけど、私の顔を見て、彼女はにやりと笑顔を浮かべた。

 

「何いってるの?キミ、()()()()()()?」

 

 もちろん。だって、私はクラシックを目指していたんだ。クラシックを目指していて、あの曲が歌えない、踊れないなんてモグリもいいところ!…ああ、くそっ。くそっ。くそっ!トウカイテイオー!味な事をしてくれる!

 

 ああ、本当にテイオー。あんた、あんたは夢を届けてくれるウマ娘だ!

 

 左右にあのリオナタールとナイスネイチャが付いた。

 

 センターに立つ私とテイオーの前に、2本のマイクが置かれた。

 

 そしてギターの音が流れ始めた。

 

「君は普通に踊って。ボク達、しっかりとキミに合わせるから」

 

 …息を吸う。

 

 同時に、ギターの音がイントロへと変化していく。

 

 それに合わせて、一本指を天に掲げ上げた。

 

 ―――ここから先は記憶が曖昧だ。あの一夜の輝きは、夢か現か。私にとっては判らないものである。

 

 ただ、手元にしっかりと残っているこの写真。トウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャ、インペリアルタリス。勝負服の私達の後ろには、帝王賞の幕がある。この写真を見ると、あれが現実の出来事だったんだなと理解することが出来る。

 

「インペリアルタリス。そろそろ時間だ。大丈夫か?」

 

 写真から視線を外してみれば、そこにいたのはトレーナーである。

 

「あ、うん。大丈夫。そっか、時間かぁ」

 

 写真を仕舞う。そして、ほほを叩いて気合を入れ直した。これから先は夢か現か、なんて言ってられない。正真正銘の真剣勝負。

 

「じゃあ、行きますか。トレーナー」

「ああ。行こう、インペリアルタリス」

 

 控室を出る。トレーナーと共に歩くバ道。そして、聞こえてくるアナウンス。

 

『昨年のトウカイテイオーに続き、このBCクラシックに2年連続で日本のウマ娘が出場だ!今日、このレース場の一番人気、ダートのショウグン!インペリアルタリスのお披露目だ!!!』

 

 さあ、トウカイテイオー。あんたの偉業は私が塗り替えてみせよう。

 

 なにより、ダート屋はダート屋の意地がある。たかだか世界最強のウマ娘に記録を持ってかれっぱなしじゃあ、気が済むわけがない!

 

 

「な?だから言っただろ。成れない駒は、強ぇんだって」



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一時の休息。

目玉焼きに、千切りにしたピーマンを添えるとシンプルに旨いのです。

そして、千切りのピーマンを味噌汁に入れても旨いのです。


 

「お疲れ様でした。いやはや、決まってましたよ、ナポレオンポーズ」

「あはは、ありがとう。いやー、どうなるかと思ったけれど、皆に満足してもらえたみたいでよかったよ」

「バックヤードで引退式の準備していたら、テイオーが鞍を咥えたままで離さなかったんですって?いやー、それを聞いたときは嘘だろう?と思いましたけれどね。ただ、あの姿を見ると本当だったんだなぁって思います」

「うん。本当さ。しかも鞍を咥えて僕を見ていたからね。ああ、テイオーはきっとこれが最後のターフだと理解していたんだろうってオーナーとも話したよ」

 

「それに見ましたか?テイオー。去り際にお辞儀していきましたよね」

「うん。びっくりしたよ。というか、思い返してみれば頭のいい馬だ。きっと、僕らがレース後に観客席に挨拶をする姿とかを覚えていたのかもね」

「それにその観客にお辞儀する前、ターフの去り際のあれ、明らかに2礼2拍手1礼でしたよね。あんなものいつの間に覚えたんでしょう?」

「そうだね。多分、年始に厩舎で松の内を祝うだろう?あの時にじっと見られていたと言う厩務員の話もあるから、その時かなぁとは思うんだけど。いやはや。本当に規格外というかなんというか、改めてすごい馬だったよ。あー、でも」

 

「でも?」

「素直で、すごい能力を秘めている馬だったけれど、自ら進んで行こうっていう事は無かったなぁって。こっちが仕掛け時を指示するまではじいっと抑えているというか」

「あー。それは確かに。クラシック三冠の時も、私のタイミングで行きましたからね」

「なんというかさ、感慨深いよ。ルドルフに競馬を教えられた僕が、その子に競馬を教えることが出来た、なんてね」

 

「あー。この後時間あります?せっかくならテイオーの話をつまみにコレいきません?」

「この後かい?」

「あいつの好物を食いながら、で、どうです、一杯」

 

「…いいね。ああ、いい店を知っているんだ。焼き鳥屋なんだけれどさ、そこのつくねを生のピーマンと一緒に食べると美味しくてね」

「へぇー!それは楽しみです。ああ、そういえば今夜あたり、あいつも祝杯でも挙げてるんですかねぇ」

 

「ビールのことかい?ああ、もしかしたら、僕達よりも早くピーマンで一杯やっているかもね」

 

 

 帝王賞から数日後。河川敷のバーベキュー場で、何人かのウマ娘がわいわいと調理を楽しんでいた。

 

「ライスー。ピーマンの細切りこのぐらいで大丈夫ー?」

「あ、はい!じゃあ、それを明太子バターで和えてください。で、それが終わったらピーマンをヘタごと半分にカットお願いできますか?」

「お安い御用!半分ってことは肉詰めかフライー?」

「ええと、もちろんそれも作りますけど、じっくり焼いて出汁で煮て、かつお節をかけて食べようかなって」

「いいねー!」

「ライスさんライスさん!こちらの炊き込み用のピーマンはこの位の細切れでダイジョーブでしょうか!」

「ええっと…うん。大丈夫!あとはお出汁と一緒に炊くだけだね」

「わっかりましたライスさん!」

「あ、ライスー。揚げびたしのタレってこんな感じかなぁ?」

「えっと…あとショウガをもうひと欠片お願いします。あとはリオナタールさんの好みで大丈夫です」

「ん、わかったよー」

 

 シンプルに細切りにして塩炒めから、生のサラダ、肉詰め、フライもある。そして、煮びたしやピーマンの炊き込みご飯。

 味噌汁にまでピーマンを入れているという合作の完全なるピーマンフルコースである。

 

「テイオー。炭火起きたぜー」

「いいタイミングだよゴルシ!ピーマンそのまま焼いちゃってくれるー?」

「へぇ、丸のまんまでいいのか?」

「うん!じっくり遠火で焼いて、表面焦げるぐらいにして食べると美味しいんだぁ」

 

 テイオーが満面の笑みでそうゴールドシップと会話をしていると、後ろに一人のウマ娘がやってきていた。

 

「おー、やってるねテイオー。さて、早速一つもーらいっと」

「ネイチャ!?ちょっとちょっと!?まだそれ調理前なんだけどぉ!?」

 

 しゃりしゃりと生のピーマンを喰らいながら、ナイスネイチャは薄く笑みを浮かべる。

 

「気にしない気にしない。それに食べきれないぐらいの数もあるでしょ?」

「そりゃそうだけどさぁ」

「ははは!まあ私も手伝うからさ。あ、あとこれ差し入れね」

「お?ありがとー。わ!烏賊じゃん!わかってるねー!」

「ふふん。烏賊ピーマンはナイスネイチャさんの好物なのだ。ライスー。ちょっと包丁借りるよー」

 

 わちゃわちゃと進む食事の準備。そうして、徐々に徐々に料理が出来始めた時に、テイオーが一つの事に気づく。

 

「あれ、そう言えばインディは?」

「…あれ!?本当だ、居ないですね」

「インディさんなら先ほど外されましたよ。ちょっと趣味をやってくるとか」

 

 メジロマックイーンはそう言って、少し離れた物陰を指さしていた。

 

「ありがとーマックイーン!ちょっと行って来る!」

「お気をつけて」

 

 なお、今回メジロマックイーンは『ピーマン羊羹』に釣られるがままにここに居る。他の皆が調理をする中、一人、甘味を片手に優雅にティータイムである。

 

「…なあマックイーン?少しはこっちの料理食わねーか?羊羹だけじゃ寂しいだろ」

「まぁ、せっかくですし、…そうですね。頂くことにします。ライスさん。私に、何か手伝えることはございますか?」

「あ!マックイーンさんも食べてくれるんですか!えっと、それじゃあ、こっちのピーマンを洗って、この金山寺味噌をお皿に出してもらってもいいですか?」

「ええ、そのぐらいでしたらお安い御用です」

 

■ 

 

「おお、テイオー。飯、出来たのかい?」

 

 近寄ってきたテイオーの姿を見て、インディはそう言葉を紡いだ。その口には、トレセン学園では見慣れないものが咥えられている。

 

「んー、あとご飯が炊きあがればって感じ。ってインディ。それ、パイプ?」

 

 インディが咥えていたもの。それは、コーンパイプと呼ばれる喫煙具だ。既に火がつけられているようで、紫煙が漂っている。

 

「ん?ああ。セクレタリアトから贈られてね。『お前はもう走るだけがすべてじゃない。ドリームトロフィーで走るのなら趣味の一つくらいもっておけ』ってね」

「へー。タバコかぁ…っていうか、タバコにしてはちょっと変わった匂いだね」

「はは。バニラのフレーバーの煙草さ。いいだろう?」

「でもさあ、タバコって体に悪いんじゃない?」

 

 テイオーは訝し気にそのパイプを見る。が、インディは火を消す素振りすら見せず、煙を燻らせるだけだ。

 

「体に悪いものをやっちゃいけないか?そんな人生詰まらん詰まらん。毒も楽しんでこそ人生ってもんだよ」

 

 そう言ったインディのパイプからは、バニラの良い香りが漂い始めていた。

 

「ふうーん?趣味かあ。ボクも始めてみようかなぁ?」

「やめとけやめとけ。これは私の趣味だ。それにタバコは体に悪いのも事実。お前の趣味はまた別で見つけりゃあいい。というか、お前はピーマンが趣味じゃないのか?」

 

 インディはそう言いながら、再びパイプを咥える。そして、ゆっくりと煙を燻らせ始めた。テイオーはそんなインディを見ながら、くすりと笑う。

 

「ピーマンはボクの呼吸みたいなもんだよ」

「あー…それじゃあ趣味にはならないな。ま、ドリームでテイオーは長く走るんだろうし、のんびりと見つけていけばいいさ」

「えー?ボクそんなに長く走る気はないんだけどなぁ」

 

 そう言ってテイオーは首を傾げていた。だが、インディは面白そうに、パイプを咥えているままに、にやりと口角を上げる。

 

「はは、夢を背負って走るのがウマ娘という言葉があるだろう?お前がそう思っていても、お前はいつまでも走り続けるさ」

 

 そう言いながらインディはパイプを口から離し、テイオーを正面に見据える。

 

「なんせお前は日本の夢を初めて叶えたウマ娘だ。奇跡のウマ娘だ。いつまでも、お前の両肩には人々の夢が乗っかっているのさ」

「そっかー。ま、みんなが推してくれるのならボクは、どんな所だって走り続けるけどね」 

 

 

「セクレタリアト!朗報!朗報だ!」

「なんだいシアトルスルー、藪から棒に」

 

「ついにテイオーがドリームに上がるぞ!」

 

「…おお!ついにか!」

「ああ、そして、お前の日本行きも決まった。今年の冬だ。距離は芝の2500メートル。中山競馬場で、決戦だ」

 

「いいねぇ…いいねぇ!ついにこの時が来たか!」

「そうだ。ああ、無論、私も同行する。あとはヒシマサルとサンエイサンキューもな。ああ、あと、日本行なんだが、もう一人追加だ」

「追加?誰だ?」

 

「イージーゴアもねじ込めと言ってきてね。どっかの小柄なウマ娘に挨拶をしたいらしい」

「…ははは!あいつも難儀だな。まあいい。まとめてねじ伏せてやろうじゃないか」

 

 

 葦毛の馬が一頭。今日も今日とて、二足歩行の何かを乗せて、坂道を登る。

 

 その馬の名前はメジロマックイーン。長距離最強と言われるステイヤーだ。

 

 ちらりと、メジロマックイーンはまさに今駆け上ってきた坂路の坂を振り返っていた。いつも若いのに追いつかれていたが、もうそんなことも無い。

 

 メジロマックイーンは頭がいい馬だ。今までもこんなことが何度もあった。だから、なんとなくもう、あの若いのとは会えないんだと判っている。

 

『…若いの』

 

 そうニュアンスを飛ばしても、もう、ぎらぎらと目を輝かせて追いかけて来る、あの馬はもういない。しかし。時代は巡り、そしてまた次の芽が生まれるのもまた事実。それは、この馬もよく判っている。

 

『おかしい!おかしい!』

 

 そんなニュアンスに後ろを見てみれば、自身と同じような毛色をした馬がくっついてきていた。ああ、そう言えば、こいつも居たなと少し嬉しくなる。

 

『…行くぞ!若いの!』

『またいくの!?おかしい!』

 

 それならば、今度はこいつと競い合おう。ああ、若いのよ。きっと、元気でやれよ。

 

 そうだ。あの若いのがとうとう持ってくるのをやめなかったあの苦くて青臭いやつ。せっかくだ。もう一度喰ってみるか。

 

 そう考えたかどうかは不明だが、その日の晩のこと。今まで一切食う事の無かった、そんなピーマンを喰らう葦毛のデカい馬がいたとか、いないとか。

 

―…苦。青臭。でも、旨…?―

 

 

「そういえばセントライトさん。冬のドリームトロフィーのライブ曲知ってますか?」

「ん?例年通りの『Special Record!』だろう?」

 

「…違います。そんな事だろうと思ってました。これ、歌詞カードと振付指示です。シンザンさんにも渡しておいてくださいね」

 

「おお、そうだったのか。助か…る…?って、なんだいこの曲は」

「新曲らしいですよ。しっかり覚えてくださいね?音源は後で送ります」

 

「…ううむ。歌い出しはまだいいが…なんだい?この曲は。えーっと…なるほど、最初はセンターに合わせて登場、で頭に手をやって…ウサギ?」

 

「ちょっと私達にとっては可愛すぎ、という感じですが、最近の流行りを取り入れた振り付けと歌詞らしいですよ」

「なるほどなぁ…時代は流れるもんだなぁ。うっへぇ。投げキッスもあるのかよ」

 



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暴走し始めたピーマン

ピーマンを細かくみじん切り!

ウインナーも細かくみじん切り!

ニンニクもみじん切り!

バターをフライパンに溶かして!

ニンニクのみじん切りを入れてバターに香りを移したら!

ピーマンとウインナーのみじん切りを加えて炒めて!

卵をそのフライパンで解いて!

最期にご飯を入れてなじませれば!


ピーマンバターライスの出来上がりです。


 鍛錬の牧場から、おそらく、種牡馬用の牧場に連れてこられてから早一週間。私は非常に暇を持て余していた。

 

 まぁ、当然と言えば当然であろうか。今まで坂路を登ってプール入って坂路登ってプールに入ってレースに出て、と忙しない毎日であったのだ。それがこんな急に、惰眠を貪れと言われても時間の潰し方が全く判らないのである。そう、恐れていた暇すぎる状況に陥っていたのだ。

 

 早速種付けか!と身構えていた私の気持ちを返して欲しい。

 

 ただ、かといってすぐに脱出してテレビや新聞を探して見る訳にもいかないので、ここ一週間は静かに人間のいう事を聞いていた。示されたルーティーンはといえば、朝起きて、飯食って、背中に人乗せてダートと芝をちょっと走って、午後になったらあとは放牧といった具合である。実に、実にのんびりできるのだが、しかし暇である。

 

 そうやってやる事が無くなって来ると、普段気にならなかったことが気になって来るもので、例えば身だしなみ。やはり、鏡は一日に一度は見たい。まぁ、最悪、体については一日一度はブラッシングを受けているのでまだいいとしよう。しかし!

 

 歯磨きが成されていないのである。

 

 そう。歯磨きである。馬で歯磨き?聞いたことがない。無論そういう意見もあるだろう。だが私は中に人がいるのである。朝晩の歯磨きはぜひしていただきたい所。

 

 とうことで本日、私は行動しようと思ったのだ。時間としては昼過ぎである。さてさて。ちょっと失礼いたしますね。私の厩舎の扉は、高さが通常の扉の半分程度の木の扉で、鍵は無く閂で止められている簡単なものである。しかし、ただの馬畜生であれば出ることは叶うまい。しかし私は中に人が居るのだ。閂の仕組みなんてお茶の子さいさいである。

 

 室内からちょっと顔を出しまして、扉の外に嵌っている閂を食んで横にずらせばっと。

 

 オープン、the、ドア。

 

 さて、右見て 左見て。扉と閂を戻して。

 

 さーって洗面所はどこだ。この昼間の時間帯ならばきっと誰かが昼食を取り、歯磨きを行っているはずである。きっと、ああ、きっと。

 

 問題はどうやって歯磨きの意思を伝えるかであるが、その歯磨きをしている人の前で、目の前で口を開けて待っていればきっと可能性もあろう。

 

 さーって身だしなみ身だしなみ。だーれかおらんかー。トウカイテイオー様のお通りだぞー。

 

 

「所長所長所長所長!!!大変!大変です!テイオーが馬房から脱走して職員用の洗面所に来てますー!」

「はぁ!?ええ!?なんでだ!?扉に閂はしていたのか!?」

「は、はい!間違いなく!何度も確認しております!事実テイオーの厩舎は今も閂がされたままです!」

「ええ!?誰かが逃がしたか!?」

「いえ!職員は全員昼食でした!これも確認が取れております!」

 

「まさか、自分で逃げた…!?」

 

「いや、それにしては扉が綺麗すぎます!閂までされているんですよ!」

「ううん…あ、それはそうとして、馬房に戻せたのか!?」

 

「いえ、それが…その」

「どうした?」

「口を開けたまま頑として動かずでして…しかも、その態勢で此方をじっと見てきまして…」

「…口を開けたまま?んんん!?まぁ、いい!とりあえずテイオーの馬体は何ともないんだな!?

「はい!それは間違いありません!健康体です!」

「よしわかった。では今から私もそちらに向かう!」

 

 

 どうもどうもこれはこれはお偉いさん。どうも私トウカイテイオーと申します。どうされましたそんなに慌てなさって。ははは、大丈夫ですとも、そんなに慌てても私めは逃げませぬ。そう、ただ、ただ歯磨きをしていただければよいのですがね?

 

 ちらりとアイコンタクトで、歯ブラシとお偉いさんの顔を交互に見る。判ってくれるかなぁ。

 

 すると、お偉いさんは訝しげな顔をしながら、その歯ブラシを手に取って見せた。そうそれよ。と首を縦に振って、更に口を開ける。

 

 同時に、私の口の中に歯ブラシが当てがわれた。ああ、そう。そうそう。そんな感じです。あー!久しぶりの歯磨き!いいですねぇ。すごく、いいです!あ、ちょっとお待ちを、そこだけじゃなくて歯肉と歯の付け根あたりもぜひぜひ。ああ、そうですそうです。うーん…満足!

 

 ちらりと水道を見れば、昔ながらの蛇口をひねるタイプで、先端が回って上下に水が出るタイプの物であった。よし、と鼻で水道の蛇口を上に向けてっと。蛇口を鼻で左に回してと。

 

 おー、水が出た出た。うん。良い感じに口も濯げたことだし、馬房に戻るとしましょうか。

 

 

 呆然。まさにそう言った風に、テイオーを見送る人々。それはそうだ。歯磨きを要求し、しかも大人しくそれを受け、自ら口を濯ぐ馬など聞いたことも見たことも無いのだから。だが、その去り行く背中を見ながらも、助手がようやく言葉を発していた。

 

「…歯磨きがしたかったんですね」

「…本当にな…いや、そうじゃない! テイオーを追いかけるぞ! 馬が一人で扉を開けられるとは考えられん!」

「は、はい!」

「ひとまず他の皆は業務に戻ってくれ。あとは此方で対処しておくから」

 

 再起動した所長と助手はそう言いながら、テイオーの後ろを追っていく。誰か手引きをした職員がいるはずだと。もしかしたら部外者が何かをしたのじゃないかという可能性も含め、その背を追いかけた。だが、どうだ。

 

 テイオーは道が交差するところや階段の降り口などで一時停止、見事に安全確認を行いながら、誰の手も借りずに自らの馬房へと一直線に向かって歩いていく。

 

「こうみると本当に頭がいいですねー。階段とか、廊下の交差点とか、人が来るところでは必ず一時停止してますよ」

「そりゃあなぁ、あのテイオーは引退レースで2礼2拍手1礼をやってのけた馬だもんな。関係者の話では、松の内を真似したんじゃないかーなんて言われているけれど、あの場所で出すという判断が出来るっていう馬なのが、常軌を逸しているよ」

「そういえば一部では『神馬』とかあだ名が付けられていましたよね」

「…渾名だけじゃないさ。実際は、色々な所から引き取りの話も来ている。御用馬、神馬、乗馬、展示、もう一度走らせると地方も名乗りを上げたりもしているさ」

「っはぁー!?そう聞くとやっぱりすごい馬ですね」

「ま、オーナーは血を断ち切らせないためにと、それをすべて断って種牡馬にしたんだがな」

「じゃあ、私達はより一層、テイオーの世話をしっかり見なければいけませんね」

「本当だよ」

 

 そうやってテイオーの後ろをついていくこと数分。ついに、テイオーの馬房へとたどり着いた。たどり着いてしまった。この間、不審者や職員は誰も居ない。そう、人の手が介在しない状態で、トウカイテイオーは自らの馬房へと戻ってきたのである。

 

「しかし…大切に調教と種付けをせねばという矢先にこの脱走劇。いやはや、幸先が思いやられる」

「本当ですねぇ…っと、テイオーが自分の馬房の前に来ましたよ」

「お、さー、誰が手伝ってるんだ?犯人を見つけたらただじゃ置かない…ぞ…?」

 

 そうやって身構えた所長と助手の前で、テイオーは自然な動作で閂を開け、扉を開いた。

 

「…自分で閂外しましたね」

「…外したなぁ」

「扉自分で開けて入りましたね」

「入ったなぁ」

「しかも、扉の中から閂閉めましたよ」

「閉めたなぁ。って、あー…ちょっとこれはオーナーに相談だ」

 

 所長は頭に手を当てた。そう。これはもう、自分の考えの範疇ではないと判断したのだ。

 

「オーナーですか?」

「ああ、扉を改修するにも金が要るし。頭がとんでもなく良いというのは判ったからな。それに、別に危害を加えたわけでもないし、しかも目的達成したら自ら戻るわけだしなぁ。方針を話し合わなきゃならん。がっちがちに扉を固めて脱走しないようにするのか、それとも自由にさせるのか、もっと広い、自由に行動できる馬房にするのか。今後の調教をどうするかとか様々にね」

「ああ…なるほど、お疲れ様です」

 

 自らの仕事部屋に戻りながら、頭を抱える所長である。助手も思わず腕を組んでしまっていた。

 

「とんでもない馬を受け入れちまったもんだ。一年か。これは、長く感じるだろうなぁ」

 

 そう、所長はため息をついた。

 

「あ、所長。とりあえず、この後はどうします?普段であれば放牧させるところなんですが…」

 

 助手の言葉に、所長は眉間に皺を寄せる。だが、諦めた様な笑みを浮かべてこう呟いた。

 

「…まぁ、放牧させるしかあるまい。変に閉じ込めてまた脱走されても、困る」

 

 

 はーい、放牧中の若馬の皆さまー!注目ー!

 

 こちらにあるのは食べると速くなる食べ物でーす!

 

 ささ、遠慮せずに食うのだ!食えば私のように速くなるぞー!…うーむ、やはり食いつきが悪い。ピーマンは良いモノなんだがなぁ。やはり苦味と青臭さが馬的に一般的ではない…?いやいや、レオダーバン同志やナイスネイチャ、ライスシャワーなども食っていたからイケるはずであるが。

 

 ちょっとショックを受けながらピーマンのバケツを咥えて立ち尽くす事数分。

 

『おいしい?』

 

 そうニュアンスを伝えてきたお馬さんが一頭。ならばと。

 

『おいしい』

『もらう』

 

 それならばどうぞと、バケツを地面に置いた。すると、恐る恐ると言った具合で一つ、ピーマンを咥えて咀嚼を始めていた。

 

『…苦…旨…?もう一個』

 

 おや、これはなかなか良い印象だ。君は…ええと、女子だね?ほうほうほう、もう一個と言った割に、これはなかなか筋が良い食いっぷり。うむ。私の浪漫(ロマン)が判る良い馬じゃないか。さあさあ、ピーマンを鱈腹食って、大河(リバー)の様に大きくなりたまえ!

 

 

 ピーマンのバーベキュー大会。喰らいに喰らったピーマンは既に箱3つを超え、流石のウマ娘と言えど、数人脱落者が出ていた。無論、テイオーはまだ喰らい続けている。

 

「うえっぷ…食い過ぎたー…流石のゴルシちゃんでもこれ以上食えねーぞぉ…」

「食べすぎですよゴールドシップ。まったく」

 

 そう言って、テイオー達から離れて休憩をとっているのはメジロマックイーンとゴールドシップのいつものコンビだ。2人共、腰を下ろし、なおかつ腹を膨らませて満足そうな表情である。

 

「そうは言ってもマックちゃーん。お前、その膨れたお腹で言えた事じゃないだろーがよぉ?どうしたどうしたー?ピーマンは食わない、じゃなかったんかぁ?」

「うっ…仕方ないじゃありませんか。料理がおいしいのですから。それに、お野菜ですからね。食べても太りにくい。これは私にとってすごく有難い事です」

「そいつぁ良かったぜ。いやはや、誘った甲斐があるってもんよ。…で、そちらで涎を垂らしているウマ娘ちゃーん。ピーマン食うかー?」

 

 ゴールドシップがそう言うと、少し遠巻きでテイオーのバーベキューを眺めていた一人のウマ娘が、びくりと体を震わせる。

 

「…はっ!?あ、いいえ!?これから練習しなければなりませんから!?」

 

 慌てた様子で走り去ろうとするウマ娘に、待ったをかけたのは意外な事に、マックイーンであった。

 

「あら?少々お待ちくださいな。そのジャージ…見たことがないですね。わたくしは中央トレセン所属のメジロマックイーンと申します。あなたのお名前は?」

 

 びくっと体を震わせて、マックイーンを見るウマ娘。同時に、ウマ娘は慌てたように大声を出していた。

 

「メジロマックイーンさん!?本物!?あわわわわ!?」

 

 ウマ娘からすれば、G1レースを走れるというだけでも雲の上の存在。そんな存在が声を掛けてきてくれた。心の中は嬉しさやら恥ずかしさやらで一杯であろう。が、そんな彼女の心中を察してか、ゴールドシップがさっと立ち上がり、自らの皿に残っていたピーマンの肉詰めを口に放り込んでいた。

 

「落ち着けって、ほい、ピーマンの肉詰め」

「あむっ!?…あ、美味しい…」

「だろー?テイオーとライスの料理は滅茶苦茶旨いんだ。まだまだ余ってるからせっかくだから喰って行けって、な?」

 

 そう言って笑顔を向けるゴールドシップ。実際、ウマ娘はお腹が空いていたのであろう。ピーマンの肉詰めをおいしそうに咀嚼し、嚥下する。そして、おずおずと言葉を紡いだ。

 

「…あ、じゃあ、せっかくなので…あ、申し遅れました!私、宇都宮トレセン所属のロマンリバーと申しましゅ…す!」

 

 噛んだ。その姿にゴールドシップとマックイーンは少し微笑みを零すと、言葉を続けた。

 

「おうおう。喰ってけ食ってけ。宇都宮トレセンかー。随分と遠くから練習に来てるんじゃないの?」

「あ、はい!トレーナーさんから中央で走れるかもって言われまして!下見もかねて、です!」

「ほほーう!?そりゃあ良い。じゃあ私のライバルかもなぁ!あ、私はゴールドシップな!」

 

 2度目の衝撃。ゴールドシップ。まだデビューなどはしてはいないが、その美貌からメディアに出ることも多いウマ娘だ。そう、つまり有名人である。

 

「え!?ゴールドシップさん!?本物ぉ!?ええ!?えええ!?嘘っ!?ああう」

 

 混乱の極みと言った具合にわたわたと腕を動かし、視線を泳がせるロマンリバー。が、そこは流石のメジロマックイーン。微笑みを浮かべて、肩に手を置いた。

 

「落ち着いてくださいな。ロマンリバーさん。そんな獲って食べるというわけではございませんから。ささ、どうぞ此方へ。テイオー!こちらの方をお誘いしてもよろしいですかー?」

 

 そうして、未だバーベキューが行われているテイオーの元へとロマンリバーを連れていく。トウカイテイオーは今まさにピーマンの直火焼きを食べようとしていた所で、少しだけ不機嫌な顔をマックイーンに向けた。

 

「んー?って、誰その娘」

 

 首を傾げたテイオーに、マックイーンは笑顔でロマンリバーの紹介を行った。

 

「宇都宮トレセンから此方に来られているロマンリバーと申される方です。私達を見ながら涎を垂らしていましたので、お誘い申し上げたのです」

 

 その言葉にテイオーは、ロマンリバーの近くまで寄って、その顔を覗き込んだ。そして、天真爛漫な笑顔を浮かべると、近くにあった皿と箸を手渡した。

 

「へー?ま、ピーマン好きならぜんっぜんいいよー!人数が多いほど楽しいからね!よろしくねー!ロマンリバー!」

「あ、は、はい!よろしくお願いします!って…ああああああ!?もしかし、もしかしてトウカイテイオーさんではああああ!?」

 

 思わず大声を上げる。そう、名前を聞かずとも、姿を見れば判るのだ。中距離で敵無し、外国も、芝も、砂も全てを制した生ける伝説。そんなウマ娘がいきなり現れたのである。

 

「ん。その通り!ボクは最強無敵のウマ娘のトウカイテイオー様だよー!あ、んでこっちがナイスネイチャ、あとあっちで洗い物をしているのがライスシャワーにバクシンオーとリオナタール。で、ちょっと向こうでボーっとしているのがミホノブルボン」

 

 テイオーの言葉に、視線を向けてみれば、これまたG1で活躍するウマ娘達ばかり。

 

「ひうっ」

 

 カエルが潰れた様な声。まさにそんな悲鳴を上げて、ロマンリバーは硬直してしまっていた。

 

「あー…まぁ、テイオーとかを見てさー、緊張するなっていうのは無理だと思うけどねぇ。ま、とりあえず食べなー?」

 

 そう言ってナイスネイチャは、自らの皿に載っかっていたピーマンのフライを、ロマンリバーの口に放り投げた。

 

「むぐぅ!?…あ、このフライもおいしいですぅ…」

「よかったよかった」

 

 ナイスネイチャはそう言いながら、笑顔でロマンリバーへと語り掛けていた。ゆるーいナイスネイチャの雰囲気と、ピーマンのフライの美味しさで気が緩んだのか、ロマンリバーはへにゃりと笑顔を浮かべた。そして、ぽつりぽつりと雑談を交わすうちに、ロマンリバーもようやく気が落ち着いてきたようだ。

 

「それにしても宇都宮ねぇ。遠いところからよく来たねぇ」

「あ、はい!その、身の上の話になっちゃうんですが、ブライアンズロマンという姉がいまして…。その姉が今宇都宮レース場で活躍しているんです」

 

 ロマンリバーはナイスネイチャの雰囲気に饒舌になっているようだ。周りのテイオーや、マックイーン、ゴールドシップらは静かにその話を聞いていた。

 

「ほうほう?」

「それで、姉から『お前は私より走る。間違いない。中央でティアラ三冠を目指せ!』って言われまして…それがキッカケなんですが」

「なるほどねぇ。お姉さんの想いを背負ってきてるのかぁ」

「あ、いえ、そんな大層なもんじゃないですよ!でも、地方の私達からすれば憧れですから!中央って!」

 

 もぐもぐとピーマンの肉詰めや、炊き込みご飯を食べながら身振り手振りで話を続けるロマンリバー。ふと、ナイスネイチャがにんまりと笑みを作る。

 

「ふっふふ。じゃあ、いい機会だねぇ。ねーロマンリバー。ちょっと一緒に練習しない?」

「えっ!?あ、でも、皆さんバーベキューをしていらっしゃいますし…そんな」

 

 そうやってロマンリバーが遠慮しようとした瞬間。その背中から近づく、少し大きなウマ娘の影がロマンリバーにかかっていた。

 

「いやー食った食った。…って、見慣れない顔がいるな。っつーか、ネイチャ、なんで準備運動をしているんだ?」

「いやぁ、この娘、ロマンリバーっていう娘なんだけど、地方から中央の下見に来たらしいのよ。せっかくだから中央の風、体験させてあげたいじゃん?」

「ほー?そりゃあいい。じゃ、私も走るかね」

「えー?インディ今日は蹄鉄もって来てないじゃーん」

 

 今まで沈黙を守っていたテイオーが、呆れた様な顔でそう呟いた。が、インディはそんな言葉を快活に笑い飛ばした。

 

「はははは。甘く見るなよテイオー。アメリカじゃあこんなことは日常茶飯事さ」

「…インディ?って、もしかしてエーピーインディさんですか!?」

「お、私の事も知ってくれているか。嬉しいねぇ。じゃあ、軽くここから橋の袂まで、3本ぐらいでいいか?」

 

 驚くロマンリバーに、インディはにやにやと笑いならがも併走の準備を進め始めていた。脚を伸ばし、上半身を伸ばし、首を左右に振る。ナイスネイチャも同じだ。

 そんな2人を見たロマンリバーは、覚悟を決めた。

 

「…はい。はい!ぜひよろしくお願いします!」

「元気が良い!さ、じゃー行くとするか。テイオー、合図頼むわ」

「よーし、じゃあネイチャさんも頑張りますかねー」

 

 そう言って横一線に並ぶロマンリバー、そして、エーピーインディとナイスネイチャの3人。特にロマンリバーはこんな有名なウマ娘と走れるなんて思っても居なかったのだろう。満面の笑みを浮かべながらぐっと頭を低くし、その合図を待っていた。

 

「オッケー!じゃ、行くよー。位置についてー!よーい、ドン!」

 

 そして、その後ろで見守るウマ娘達のやる気も刺激されたようで。

 

「おおー?いいスタート!頑張れロマンリバー!ぶっちぎれー!」

「ふふ、良い笑顔をされていますね。さ、私達も交ざりましょうか」

「お、やる気だなマックイーン。いいぜいいぜ。じゃあ、軽く準備運動すっかー」

「ええ、そう致しましょう」

 

 そう言って準備運動を始めようと、体をぐっと伸ばすメジロマックイーン。だが、ゴールドシップは特に何もせず、そして走り去る3人の背中を暫く眺め。

 

「ま、()()()大丈夫だろ」

 

 誰にも聞かれない声で、そう、ぽつりと呟いた。

 

「何か言いまして?」

「いんや?さーって、ストレッチしよーぜ、マックイーン」

 

 トレセン学園の生徒会室で、ルドルフとエアグルーヴは次から次へと書類を片付けていた。が、ふと、エアグルーヴの手が止まった。

 

「…ん?」

「どうした?エアグルーヴ」

 

 いつもならさっさと書類を片付けるエアグルーヴ。そんな彼女が動きを止め、更に声を上げたことで、ルドルフもそちらへと視線を向けていた。

 

「あ、いえ、こちらの転入生の出身ですが、見てください。宇都宮からです。昨今では珍しいなと思いまして」

「ほう?宇都宮トレセンからか。確かに珍しい。確か今、宇都宮トレセンでは注目株がいたはずだから、その娘かな?」

「そうなんですか?」

「ああ。確か名前は…ブライアンズロマン、だったかな。ただ彼女、脚に不安があるとかで地方を選んだ娘のはずだったんだが」

「では、実力は中央レベル、と?」

「ん?ああ、怪我を気にせずに一発の速さを競うのなら、ナリタブライアンと良い勝負ができるかもしれないな」

 

 ルドルフはそう言いながら、書類をエアグルーヴから受け取っていた。

 

「ほう、これは…なるほどなるほど。件のブライアンズロマンでは無かったか。でもこれはなかなか、地方では実力のあるウマ娘だな。しかも順当にトレーニングが進めば、デビューは君と同時期ときているようだぞ。エアグルーヴ」

 

 そう言いながら、笑顔を浮かべてルドルフは書類をエアグルーヴに返す。それを受け取ったエアグルーヴは、少し口角を上げながらその書類をまじまじと見直していた。

 

「私と同じティアラ路線…。ああ、これは強敵が来たかもしれませんね。宇都宮のロマンリバー。覚えておくことにします」



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ピーマン・イズ・ピンチ

ピーマンレシピは永遠なり。

とはいえですが、ピーマンを半分に切って、氷水に1日つけておきまして

パリッパリになったピーマンを食う、原点回帰の逸品もまた捨てがたし。


※マイルドですが交配の表現がございます。ご注意ください


 

「んなあああああああああああああ!」

「ッシャオアアアアアアアア!」

「はああああああああ!」

 

 河川敷に響く3つの叫び声。上から順にロマンリバー、ゴールドシップ、メジロマックイーンである。バーベキュー大会が、いつのまにか、地方からきたロマンリバーをしごく会になってから既に1時間以上が経っていた。

 

「いやー…タフだなアイツ。もう10本目ぐらいじゃないか?」

 

 呆れたようにインディが競い合いを見ながら、そう呟いていた。

 

「いやぁー…本当、宇都宮トレセンだからって舐めてたわ」

 

 隣に座るナイスネイチャも、額に汗を浮かべているあたり、結構いい競い合いをしているようである。

 

「なぁテイオー。スタミナだけで言えばお前に匹敵すんじゃないか?」

「んー?多分クラシックの時のボクよりはスタミナあるかもねー」

 

 インディの言葉に、テイオーはピーマンを頬張りながら答える。どうやら、テイオーは今回、走る気は無いらしい。

 

「それにしても最初はあんなにガッチガチだったのに、走り出したら別人だなぁ。なるほど、あれは確かに中央向きかもねー」

 

 その隣でリオナタールがピーマンをこれまた頬張りながら、そう頷いていた。テイオーも同じように頷く。

 

「体はタフ、メンタルも十分だし、伸びる娘だよねー。ま、ボクには及ばないけど」

「まぁ、デビュー前の娘と凱旋門ウマ娘じゃあ違うわな。…ていうか、ブルボンがずーっとボケーっとしているけど大丈夫かあれ?」

「多分お腹いっぱいなだけ。そのうち再起動すると思うよ」

 

 そうテイオー達が話している間に、走っていた3人は息を整えながら戻ってきていた。

 

「いんやー!お前タフだなぁ!このゴルシ様に付いてくるなんてよ!」

「本当にそう思います。宇都宮の期待の星ですわね」

「はぁー!はぁー!…っはぁー!ありがとうございますう!」

 

 おびただしい汗を流しながらも、ロマンリバーは満面の笑みを浮かべていた。と、ふと、ロマンリバーの視線がピーマンを食べているテイオーに向かう。そして、同時に大声を発した。

 

「テイオーさん!私と走ってください!」

 

 びくっと体を震わせるテイオー。

 

「…うぇえ!?って、大丈夫なの!?すんごい汗かいてるけど!?」

「大丈夫です!!せっかく、せっかくテイオーさんと走れるチャンスですもん!棒に振るわけにはいきませんから!」

 

 そう言ったロマンリバーだが、はたからみれば疲労困憊もいいところ。顔は真っ赤で、脚がガクガクと震えている。

 

「う、ううん?でも、その汗、脚も震えているし流石に限界じゃ…」

「大丈夫ですぅ!お願いします!」

 

 90度。見事なお辞儀をして、そう言い切るロマンリバーに、今度はテイオーがおどおどするばかりだ。

 

「走ってやれよテイオー。ここで会ったも何かの縁、っていうだろー」

 

 ここで救いの手を差し伸べたのはゴールドシップである。苦笑しながらも、ロマンリバーの肩を持った。

 

「まぁ、ゴルシがそう言うのなら…。でも、手加減は出来ないよー?」

「はい!ぜひぃ…ぜひ本気でお願いします!」

「しょーがないなぁ…」

 

 そうってテイオーはピーマンと皿と箸を置き、準備運動を始めていた。と、同時に隣でピーマンを食べていたリオナタールも皿と箸を置いた。

 

「じゃ、せっかくだから私もやるよー」

「…本当ですかリオナタールさん!よろしくお願いします!」

「う、うん!でも、無理しない…無理してないよね?」

 

 心配そうに声を掛けたリオナタール。無理もない。ロマンリバーの息はあがったままで戻らず、脚もガクガクしているのだ。だが。

 

「無理でも!根性で付いて行きます!!」

 

 そう言い切ったロマンリバーの目は、まだギラギラと輝いていた。

 

 

 遂に来てしまった。

 

 歯磨きが日々の日課となって数日。私は、とある施設の前に連れてこられていた。扉の中を見てみれば、一頭のお馬さんと、それを囲う人々が見える。

 

 そう。これを見て察せてしまった。これが、俗意に言う…子孫を残すアレである。気合を入れて建物に踏み込んでみると。

 

『あれ。お久しぶり』

 

 そうニュアンスを伝えて来たのは、私が凱旋門賞で雄と間違えたあの牝馬であった。そしてどこがとは言わないが…うん。もう見るからに発情期ってやつだね!

 

『来る?来る?』

 

 なんか相手は覚悟が決まっている感じ。ウェルカム感が否が応でもビンビンに伝わって来る。いやー、しかし、全くマイ・サンは反応してくれない。いや、その、本番になればきっと、フェロモンとかなんかで、体が勝手に反応するんかなぁ…とか希望を持っていたのだが、やはり駄目であったか。

 

 むむむ…遠い記憶のグラビアのアイドルなどを思い浮かべてもみているが、やはり、マイ・サンはやる気がないようだ。うーん、うーんと頭を捻っていると、彼女が此方に近づき、体を寄せてくれていた。

 

『…大丈夫?』

 

 お気遣いありがとうございます。いや、しかし。凱旋門で競い合った馬が私の初種付け相手かぁ…。ということはもしや、海を越えてやってきてくださっている?やっぱり私、結構期待されているなぁ…。んー…しかし、馬のお達しってどうやればええんじゃろ?昔見た動画だと確か雄馬が牝馬にのしかかって致していたはずなのである。

 

 いや、うん。まあぶっちゃけやり方は判っている。しかも、据え膳というのも判っている。据え膳食わぬは男の恥と言う言葉も知っているが…ンンンー!駄目だ!全く体が反応しねぇ!

 

 イヤー!マイッタナコレハー!

 

 救いを求めて周りを囲う人々を見る。が、私に見られた人々は一様に首を傾げるだけである。まぁ、そうだよなぁ。馬にアドバイスできるわけでもないし。そもそも雄馬が牝馬を前にこんなに戸惑っている姿っていうのも見ないだろうしなぁ…。

 

 …えーっと。大変申し訳ないんだけれども、なんかないか。何かないのか。

 

『どうしたの?』

 

 いや本当にお待たせして申し訳ありません。本当。ぐぬぬぬぬ。立ち上がれ、立ち上がってくれ、マイ・サン!

 

 あ!そういえば二足歩行時代に見た動画で、どうしても種付けを行わない馬に対して興奮剤みたいなものを打つとかって見た様な気が!そういうお薬でもいいんで何かないですか!?っていうか普通のお馬さん、どうやってやる気になっているんですかね!?教えてレオダーバン同志!って奴はここには居ねぇ!同志ー!同志ー!いっそのことインディでもいいぞー!お前好きってニュアンスが滅茶苦茶恋しいわ!

 

「…?」

「…!?」

 

 あ、うん。人間達が困惑しているのが良く判る。ええ、判っています。据え膳というのは判っておりますとも。彼女、脚になんかタオル巻いていますし、尻尾もまとめられていますね。私の致す邪魔にならない準備がされているのも十二分にわかりますとも!あー糞っ!歯磨きー!とか言っていた数日前の私をぶん殴りたい!

 

 いやしかし、ねぇ?お仕事というのも重々承知しておりますとも。ええ、お仕事、お仕事なんですよこれ。レースが終わった活躍馬ですから私。そりゃあ子孫を残すことが仕事と良く判っていますとも!ええ!

 

『…?来る?』

 

 そんな目で見ないでください。レディ。ぐぬぬぬぬ。くっそ、頼むぞマイ・サン…!

 

 思い浮かべるのだ。そう。成人向けのアレとか…アイドルとか…最悪二次元でも…ぐぬぬぬぬ。ッアー!ダメダー!タスケテー!

 

 どうにかならんかと、ぐるんぐるんとその場で回転していると、周囲の人間がため息をはき始めていた。いや、まぁ、レースで走ると強くて、それでいて勝手に脱走する馬がこんなヘタレだったらそんな感じになりますよねー!わかる、わかります!でもどうにもならんのです!なんかない!?なんかないのか本当に!?

 

 ハッ!人間さん!その手にしているお注射は!?もしや!?もしや!!

 

 もうままよ!早う打ってくれ!興奮剤でもなんでもいいからカモーン!お尻差し出しますんでカモーン!カモーン!カモーン!さっさとカモーン!これ以上レディを待たせてたまるかってんだ!

 

 そう、そうだ!カモーン!ッシャアアアア!チクッっとキタアアアアアアアア!

 

 

「コヒュー…コヒュー…」

 

 大の字でぶっ倒れているのは、ロマンリバーそのウマ娘である。流石にG1ウマ娘と並走を何度も繰り返したからか息も絶え絶えで、その目の焦点すらも定まっていない。それを見下ろすように、汗を額に浮かべているテイオーとリオナタールも息を整えながら、ピーマンを再び食べ始めていた。

 

「んー、運動したあとのピーマン美味しいー!」

「運動してピーマンを食える。最高だねテイオー」

 

 もぐもぐと肉詰め、炭火焼を腹に叩き込んでいく2人。その2人を横目に、ロマンリバーが言葉を発した。

 

「こんなに、走ったのに、すぐごはん食べれるのって、すごい…ですね…」

 

 苦笑しながら、テイオーとリオナタールも彼女に声を掛ける。

 

「…キミ本当にすっごい根性だねー。ボクに付いてくるなんてさぁ」

「私の末脚にも付いてきたよ、この娘。いやー、もしかしたら将来はオグリさんみたくなるかもね?」

「あー、リオナタールもそう思う?でも、こうなると怪我が心配かなぁ。きっと、これって決まっていくと視野が狭くなる娘っぽいし…」

「確かに。って、そういえばこの娘のトレーナーは一緒に来てないのかな?」

 

 そうリオナタールが呟くと同時に、ゴールドシップがいち早く何かに気づいたようで、耳をピンと立てた。

 

『おおおーい!ロマンリバー!どこいったあー!』

 

 顔を声のする方向に向けてみれば、どうやら、叫びながら、人を探している一人の男性がテイオー達の元へと近づいてきていた。叫んでいる内容からして、この倒れ伏しているロマンリバーを探しているようである。

 

「ン?あのおっちゃん誰だ?」

「さぁ?でも、ロマンリバーの名前を叫んでおられましたね」

 

 マックイーンもその声に気が付いたようで、それにつられてテイオー達も耳をそちらに向ける。そして、テイオーは体をそちらに向けて、笑顔を浮かべていた。

 

「もしかすると、ロマンリバーさんのトレーナーさんかもね?ボクちょっと声かけてくるよー」

「あ、じゃあ私も一緒に行って来る」

 

 そう言ってテイオーとリオナタールは早速駆けだしていた。そして、その男性の前に到着すると、また男性の叫び声が一つウマ娘達の耳に届いた。

 

『トウカイテイオーにリオナタール!?ぉおおおお!名ウマ娘に会えたあああ!!!?』

『落ち着いて落ち着いて。キミが探してるロマンリバーならこっちにいるよー』

『ああ!本当ですか!いや、良かった!』

『やっぱりおじさん、ロマンリバーのトレーナーさん?』

『あ、はい!宇都宮トレセンでリバーのトレーナーをしております!』

 

 倒れ伏すロマンリバーの耳にも、遠くでわいわいと話す声が聞こえていたのか、ピンと耳が立った。どうやら、ロマンリバーのトレーナーその人であったようだ。テイオー、リオナタール、トレーナーの三人は、談笑しながらロマンリバーの元へと歩みを進め始めていた。

 

 そして、それを遠目に見ながらも、ナイスネイチャは倒れているロマンリバーの元へ近寄り、耳元でこうささやいていた。 

 

「トレーナーさんがきたみたいだよー。…ね、ロマンリバー、どうだった?中央の風は」

 

 すると、息も絶え絶えながらも、ロマンリバーははっきりとこう、答えた。

 

「中央の、風。さいこう…でしたぁ…!」

「ふふふ。じゃあ、将来はネイチャさんと競い合うかもね。私、ながーくトゥインクルで現役を続ける予定だからさ。頑張りなよー?」

 

 ナイスネイチャはそう言いながらも、にっこりと笑みを浮かべていた。そして、ロマンリバーの返答といえば。

 

「はいぃ…一緒に…走りますぅ…。ぜったいに…()()()()()…」

 

 ふにゃりと笑ったロマンリバー。しかし、その言葉には強い、光るものが確かに宿っていた。

 

「なるほど、ガッツもありますのね」

「本当だな。いんやぁ、我ながら良い拾いもんをしたもんだぜ」

 

 

 いやはや、種付けは戦争でしたね。

 

『よかったよ』

 

 お待たせした彼女に種付けした後、そうニュアンスを受け取った私は一安心して厩舎で横になっていた。いやー…あの注射が無かったらまさに種無し認定されるところだったぜ…。

 

 ま、なんとかかんとかあの注射のお陰でマイ・サンも元気になったんで、無事に仕事が出来たわけである。

 

 しかし、一度種付けするとかなり体の体力が持って行かれる感じ。今、私は賢者タイムである。…いやしかし、そうかー。私、馬でありますが遂に馬と致したかぁ。

 

 …なんだろう。壁を一つ越えた感じはあるわなぁ。

 

 それに、今回の種付けでマイ・サンを元気にするコツも掴んだ感じがする。まぁ、なんだかんだ言って穴があれば入りたいのだ。雄の本能とは末恐ろしいものである。しかしながらこれをこれから、事によっちゃあ10年以上も続けるわけか。何だろうなぁ…。馬と致すかぁ…まぁ、仕事として割り切るしかあるまい。

 

 さて、さて。とりあえずは瞑想をしましょう。そうしましょう。体幹を鍛えて瞑想をしましょう。そうしましょう。あ、人間さんこちらを覗いてどうされました。もしかしてうんうん悩んでいた脳内の色々が声として漏れ出しておりましたか?

 

 …今はそっとしておいてくれません?ね?ね?



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慌ただしくなる毎日、続く夢

料理する時間が無いのでピーマンに塩つけて食べてます。

でも、こういう雑な食い方でもピーマンは受け入れてくれるのよ。

つまりピーマンイズワンダフル!


『よかった』

 

 それは、ようござんした。頭を下げて、牝馬を残して種付けの施設を後にする。

 

 初の種付けから既に一週間。毎日代わる代わる牝馬が来ては、私を待ち構えていた。

 

 いやもう、それはもう、全員見事にやる気満々でございまして、いやはや、乾く暇がないというのはまさにこのこと。

 

 毎度毎度、どっせい!と、気合を入れながらなんとか子種を仕込んでおります。

 

 

 …ぬあああああああああああ疲れたもおおおおおおおおおおん!

 

 

 何だよ毎日って。毎日毎日すんごい高い壁を、高い山を!エベレストを越えている気分だわ!なんだもう!エブリディってハーレムか!?望まぬハーレムは地獄だぞこれ!

 くっそ!ええい、人間よ!とりあえず洗面所行くぞ洗面所!歯ぐらい磨いてくれや!な?そんな目で見るなよ判ってるよ毎度毎度不機嫌になるなってことぐらいはさぁ!

 

 しかし、しかし慣れん。いや、マイ・サンは無事に元気ではあるし、無事に立ち上がってはくれてはいるんだ。

 

 だが、だが、なんだこの圧倒的罪悪感!この罪悪感は一生消すことが出来ない予感がひしひしとするぞ!そりゃあまぁ、私、中身人間だしな!私は馬…私は馬…私は馬…と言い聞かせて納得できるわけないだろう!?体は明らかに馬だけどさぁ!

 

 はい!愚痴終わり!サー切り替え切り替え!

 

 と、まぁ毎度の愚痴タイムは終わりである。とりあえず、毎度毎度こうやって吐き出せばまぁ、なんとかなるぐらいにはメンタルは安定させることが出来てきている。だってね?考えてみてくださいよ。これ、仕事ですから。私、馬になってもサラリーマンです。

 

 お馬さんの中には、種付けがストレスやら、種付けのせいで荒れたやら、そういう噂の立った名馬もいることは知っておりますとも。どっかの特別週さんとかそうらしいじゃない?でも、私はメンタルを自己管理できるナイスホースでありたいわけである。

 

 そして何より、仕事を全うするから対価を頂ける。これは、集団生活という中での鉄則なのだ。これからながーく、健康に、すこやかに生きていくためには、仕事をせにゃいかんのだ。しかも、よくよく考えてみれば、この種付けという仕事は、自分にしか出来ない仕事というのもポイントが高いのである。

 

 嫌だ嫌だと駄々を捏ねることも出来よう。だが、残念。私は外見こそ馬畜生であるが、中身は人間だ。仕事はしっかりと仕事として成し遂げてみせよう。

 

 …あー、まぁ、ただね。難易度でいうと凱旋門のゴールの方が簡単だったなぁ。結局全力で走ればいいわけだしさぁ。っと、そう言えば今日は、種付けのあと放牧ではない?いつもと違う建物に連れてこられてきておりますね。

 

 んんー?ここはどこなんでしょう。というか、何そのランニングマシン。乗れと?

 

 

 宇都宮育成牧場。あと数年で競走馬研究所に名を変えるその場所で、2人の男性がテーブルを挟み、お互いに軽く会釈を行っていた。

 

「お世話になっております。申し訳ありません。私のテイオーがかなりご迷惑をおかけしているようで」

 

 一人はトウカイテイオーのオーナーである。持ち馬が脱走劇をしてみせたり、種付けの時に少し暴れてみせたりと、最近は心労も少し多いのか、少々疲れた笑みを浮かべていた。

 

「お世話になっております。いえいえ。最初は驚きましたが、慣れてしまえばどうってことないですよ。むしろ、研究者冥利に尽きるというものです。なんですかあのテイオーという馬は。知能指数は正直言って、我々と同じと言えるぐらいですよ!」

 

 もう一人は所長その人である。ただ、オーナーとは打って変わって目はギラギラと輝き、生命力が漲っていた。そして、所長の言葉にオーナーは首を傾げつつ、口を開いた。

 

「それほど、ですか?」

「ええ。ご覧いただいた通り、簡単なロックの扉は開ける、道、そして道順というものを理解し、人が来るかもしれないという予想も立てて自分で止まる。放牧に出せば他の若馬の走り方の指導すらする。いや、『神馬』とはよく言ったものです!」

「そういって頂けますと有難く思います」

「それに、神棚に向かっての毎日のお勤め!いやあー、毎日驚かされてばかりです」

 

 そう言って所長は笑みを浮かべていた。しかし、オーナーの方はというと、少々戸惑っているようだ。

 

「ああ…はい。というか、テイオーがあんなことをしていたなんて初めて知りましたよ。JRAのトレセンでは大人しい馬だったので全く予想が出来ませんでした。

 …と、そう言えば本日のご用件は…?扉の件などは前回の話し合いで解決したかと記憶しているのですが」

「ああ、そうです、そうでした。実は本日お呼びしたのはその件とはまた別の事が判明いたしましてね。正直、驚きましたのでご報告をと」

「…これ以上に驚くことですか?」

 

 オーナーはそう言いつつ、ため息を吐いた。今度は一体何をしたのであろうか、と。しかし、その割には所長の声は明るいままだ。

 

「ええ。トウカイテイオーについてですが、今、我が宇都宮育成牧場で種付け、管理をさせていただいておるのはご存じの通り。ただ、驚くべき発見があったのが、ダート、芝コースでの運動の時なんですよ」

「運動の時?」

「ええ。何枚か写真をご用意致しました。ご覧いただければ一目瞭然です」

 

 そう言って所長は、オーナーの手元にファイルを置いた。オーナーは、疑問に思いながらもそのファイルを開く。どうやら、トウカイテイオーの走っている時の写真の様だ。

 

「…これは?」

「ダート、芝、そのスタート直後、中盤、終盤の追い込みを、ここ数日分まとめたものになります。お気づきに、なられますか?」

 

 その言葉に、オーナーはしげしげとファイルの中の写真を見比べる。一枚はダート、その次もダート、そしてその次は芝、はて?と疑問の色を浮かべていたオーナーであるが、数枚の写真を見比べるうちに、疾走中のサラブレッドでは有り得ない、しかし、テイオーの疾走中に起きている体の変化を、確かに見つけていた。

 

「…ええ。ええ!これは、素人目でも判ります。テイオーは、状況によって歩幅が違うのですね?」

「その通り。しかも、同条件ですら、歩幅が変わっていることがあるのです」

 

 そして、所長はオーナーの目を見ながら、静かに語り始める。

 

「普通、馬というのは馬の馬格、骨格などによって歩幅、歩調が決まっております。それによって短距離、マイル、中距離、長距離向きと色々特色があるのが、サラブレッドです」

 

 所長はそう言いながら、テイオーの写真を指さした。

 

「しかし、ご覧の通り。このトウカイテイオーというサラブレッドは、足場の状況、種類、展開によって歩幅、歩調を変えられる馬ということが、ここ数日の観察で判ったのです」

「…伝説のアメリカの馬、セクレタリアトを思い出しますね。確か、セクレタリアトは2種類を使い分けていたとか」

「その通り。アメリカ最強馬と名高い、セクレタリアトで、2種類の歩幅を使い分けていた、というのが事実なのです」

 

 所長はそう言って、オーナーの目を見た。オーナーも、それに応えるように、その目を見返す。

 

「しかし、トウカイテイオーというこのサラブレッドは、2種類の使い分け、なんて甘いもんじゃありません。ここにある写真だけでも、10種類以上を使い分けています。これがどれほど異常か、どれほど可能性が秘められているか、オーナー様ならお判りでしょう」

「…はい」

「そこで、オーナー様に一つご提案があるのです。種付けの時間以外で、負担にならない範囲で、トウカイテイオーというサラブレッドの体を調べさせていただきたいのです」

 

 ああ、なるほどと、オーナーは納得がいった。確かに、これほどの事なのであれば、呼び出しを受けるのも当然であると。そして、その答えは決まっている。

 

「それはもちろん、構いません。正直、こんな可能性を魅せられて、ただ指をくわえているわけにも行きませんからね」

 

 オーナーはここで初めて笑みを浮かべていた。と同時に、所長は深々と頭を下げていた。

 

「ご理解、感謝致します。では、まず初めに、ランニングマシーンでどの程度の歩幅の調整が利くのか。そして、どうやら走り方も変わっている様なので、それも調べて参りたいと思います」

「お願いします…というか、走り方も変わっているのですか?」

「ええ。ああ、判りやすいのは、ダートと芝のスパートの写真です。見てください。ダートの時は蹄を立てているのに、芝の時は蹄を少し寝かせているのです。他にも脚の角度や、体幹の筋肉の使い方もどうやら違うようなのです。これはもしかすると、サラブレッドの革新に繋がる事案かもしれませんよ」

 

 

 目覚めてからブラッシングを受けて、厩舎でのんびりとピーマンを喰らっていたわけなのだが、そういえばここは北海道ではないよなと、ふと思った。てっきり種牡馬用の牧場だから北海道かと勘違いしていたのだが、どうも牧場の周りに建物が多い。それに、東京タワーを窓の外にみつけてから、数時間で降ろされていたわけであるし、ここはじゃあどこだ、という事になる。

 

 だがしかし、洗面所に行く道中や、放牧の合間で見える看板などには『JRA』のロゴがあるので、まぁ、競馬会の施設であることは間違いないらしい。

 

 が、そうなると少しおかしいのだ。

 

 確かそう。JRAはあくまで、競走馬のための協会なのだ。馬券の運営やらレース場の運営、ひいては調教関係やジョッキーなども所属している協会なのである。

 

 逆に言えばだ。ここには『種牡馬』『引退馬』などは所属しないのが普通なのだ。

 

 だからこそ、レース生活を終えた馬達は、JRAの調教用の牧場を去って、その引き取り先によって種牡馬用の牧場や、観光用の牧場などなどに移動するわけなのである。

 

 だがどうだココは。明らかにJRAの施設である。そして、若馬が多い。むしろ、私以外の種牡馬を見たことがない。…ということはココ、一体どこだ?んー?鍛錬用の牧場…ではないな。いくらなんでも練習コースの規模が小さい。ヒントは多分若馬が多いという点である。うーん?

 

 というかそもそも、高速道路の降り口の看板を見ていれば良かったのだ。『おー、北海道についたのかー、近いな―』なんて決めてかかっていたからここがどこだか判らん羽目になっているのである。

 

 まぁ、とはいえ考えても判らんもんは仕方がない!いったん忘れよう!いつもの楽観思考で行こうじゃないか。それに食う寝るには困っていないし、子孫もばっちり残せている。生物としてはかなり大成功なわけである。それに、その内また何か今の場所のヒントたるものが出て来るだろう。何せ私は勝手に出歩けるのだ。にょきっと人々の厩舎に行ってテレビを見る日もきっと近いのである。

 

 …おっと、遠目に見えるのは新たな牝馬。しかも、若馬じゃない。私と同じぐらいの牝馬である。ということは、今日の仕事のお相手という事であろう。案外と、慣れたものだ。そう考えると同時に、人間が私の厩舎のドアを開けた。

 

 オッケー、では行きましょうか。体を震わせて床材を体から払っておく。身だしなみよーし。体調よ―し。そして、行くぞ我が相棒。さっと済ませてクールに去ろう。雄たるもの、紳士であれ。優雅であれ。そして、確実であれ。

 

 あ、その前にっと。

 

 厩舎から種付け施設に向かう道中の神棚の前で、天の神様にしっかりお祈りをするとしよう。

 

 しっかりと体を神棚の正面に向けてと。首を傾げるんじゃあない人間様よ。いい加減、馬が神頼みする姿にも、慣れただろ?というか君も一緒に祈りたまえよ。

 

 そう鼻息を荒くしつつ、しっかりと礼を二回、脚で拍手二回、そして、深く礼を一回。

 

『昨日よりも、今日よりも、明日、全ての馬が希望に満ちた朝を迎えられますように』

 

 よーし。ではいざ行かん。我が戦場へ!

 

 

 とある訓練場の、とあるダンススタジオ。そこでは、伝説のウマ娘2人がうんうんと声を上げながら、新曲の練習を行っていた。

 

「一分間の拍数が170か。相当早いな。この曲」

「だろう。しかもセンターになるとほとんど早口で、歌うと言うよりも語りに近い。口、回るか?」

「うーむ。まぁ、やろうと思えば。しかし、我々が歌って踊る事に需要はあるのかね、この曲?」

「…まぁ、当時のファンにはたまらんのじゃないか?」

「そんなものか。…しかし、よく走る気になったな。セントライト」

 

 シンザンの言葉に、苦笑を浮かべてセントライトは口を開く。

 

「ん?ああ。演歌娘から三冠をせがまれてね。仕方なくさ」

「その割には楽しそうな笑顔だな」

 

 シンザンの言いように、むっと顔を顰めるセントライト。だが、お返しとばかりにふっと笑いながら、言葉を投げる。

 

「…まあいいじゃないか。お前だって鍛錬しながら笑顔を浮かべていたじゃないか。それと同じだよ。シンザン」

「まぁな。いつでも強者に挑むのは楽しいものさ。に、しても、やはりトウカイテイオーの能力は異常だな。全く追いつける想像がつかん」

「正直、私もだ。まだルドルフを追い抜く方が現実的だろう」

「はは。ルドルフも言っていたよ。テイオーに追いつける気がしない、とね。ただ、同時に、諦めはしないとも言っていた」

 

「そりゃあそうだろう。負ける気で走る奴はいないさ」

 

「はは。じゃあ、勝った時のためにライブの練習でも続けるとしよう」

「うむ。…うーむ。なるほど、脚をこうやって…手をこうか」

「それだと角度が違うんじゃないか?手と脚をこう…ついでに尻尾で表情を付けた方が可愛いに振れる」

「おお。確かにな。AメロBメロは可愛さ全振りで行くとしようか。で、サビ前のこの掛け声は全員で停止か。なるほど、メリハリも大切なわけか」

「確かにな。その後、サビの歌い出し直後、センターと2,3着が一気に観客席に向かって走り出すから余計にこの止めが大切だろう。というか、サビはセンター3人はカッコいい系、他は可愛い系というダンスか」

「うーん。2着3着の走った後のハイタッチのタイミングも難しいな。観客席に向かうまでのBGMをしっかり聞いておかないとタイミングずれるぞコレは。というか、ハイタッチの場所まで指定されているのか。エグくないか?このダンス」

「というかこの配置もなかなかエグいな。ほぼステージのぎりっぎり端じゃないか。しかもセンターらが走り出すタイミングと同じぐらいでバックも走り出すと…足を滑らせたら観客席にダイブしてしまうかもしれないな」

「ま、それはそれで喜ばれそうだがね」

 

 振り付け表、歌詞カード、そしてプレのダンス映像を見ながらそうやって新曲の分析、そして練習を行う2人である。伝説の名ウマ娘、と言われているシンザンとセントライトであるが、その裏には確かな、そして人一倍の努力が隠されていることを忘れてはならない。

 

「ああ、シンザン。本格的に練習する前にだ。少し三女神に祈っておかないか?」

「良いぞ。セントライト。せっかくだ。曲の成功と、ドリームトロフィーの成功を祈っておこう」

 

 そう言いながら、シンザンとセントライトは訓練場の小さな神棚に向けて歩みを進め、その下に到着すると、自然な動作で2礼。そして2回、大きく音を立ててかしわ手を打つ。

 

 そして、深く。深く深く一礼を行っていた。

 

『今日よりも明日、全てのウマ娘が良い朝を迎えられますように』

『全てのウマ娘が、未来永劫、良い笑顔を浮かべられますように』

 



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夢の道を行く者、茨の道を行った者

 

 千葉県成田。飛行機が頭の上を飛び交うさなか、2人のウマ娘がストップウォッチを見ながら話し合っていた。

 

「2500を2分35秒。まだまだ届きませんね」

「うん。まあ、順当だろうね。ただ、現役の時よりもタイムは出ている。あとは基礎練習で力をつけるしかないだろうね」

 

 そう言って一人の栗毛のウマ娘は、うんと伸びをする。

 

「トウカイテイオーの直近の2500走破タイムは2分30秒を切ると聞きますが、諦めはしないのですね」

 

 呆れたように、もう一人のウマ娘はため息を吐いた。漆黒の髪が、それに合わせて揺れている。

 

「うん。私は私の世代の代表として走る。今じゃ、我がライバルのトシシロもハヤタケも、ヒロサクラも完全にレースからは身を引いてしまった。だけど、きっと、私が走る姿を画面の向こうから見守ってくれている。彼らに無様な姿は見せられないからね」

「ライバル、ですか」

 

 漆黒のウマ娘は、そう言って栗毛のウマ娘を見つめていた。

 

「ああ。だが結局、私が現役の時は影も踏ませなかった。私は、世代で絶対的な強さを誇っていた。そんなウマ娘が、若いやつに簡単に負ける。ライバルにそんな姿は見せられないのさ」

 

 そう言って、栗毛のウマ娘は大空を仰いだ。ふっとため息を吐き、肩を竦める。

 

「ま、この衰えた脚でどこまでいけるか。正直挑戦でもあるがね」

「…あなたと時代は違いますが、私もその気持ちは判ります。だからこそ、私は彼女に恥じないトレーナーになりたいのです」

 

 どうやら漆黒のウマ娘はトレーナー志望らしい。となれば、栗毛のウマ娘を、漆黒のウマ娘が指導していたのであろうか。

 

「トレーナーか。そういえば君の弟子。そろそろ走るんだろう?名前はなんて言ったかな?応援させて頂こうと思うんだけど」

 

 漆黒のウマ娘は、こめかみに右手の人差し指を当て、目を瞑る。そして、目を開けると同時に、口も開いていた。

 

「フジキセキ。夏の新潟レース場がデビュー戦です」

「フジキセキ。か。良い響きだ。そうかそうか。まぁ、君の弟子ならばまず勝利は間違いないだろう。ああ、ただ、病気には気を付けてね」

「病気ですか?」

 

 栗毛のウマ娘は咳ばらいをしながら、漆黒のウマ娘を見る。

 

「うん。私は病気でレースを去った身だからね。怪我も怖いが、病気もそのきっかけになる」

「わかりました。よく、言い聞かせておきます」

「ああ、あと。最近、ピーマンを食べると怪我や病気をしないという噂を聞いてね。一度、そのフジキセキに勧めてみてはどうかな」

「…ピーマン?」

「うん。あのトウカイテイオー、リオナタール、ナイスネイチャの三強はピーマンを食べていた。新たな強者達のライスシャワー、ミホノブルボンもピーマンを食べている。今年の注目株の三人、ナリタ、ウイニング、ビワも食べている。これは、きっと偶然ではないだろうね」

 

 はは、と冗談めいた感じで栗毛のウマ娘はそう言った。が、その目は笑ってはいなかった。

 

「判りました。あなたほどのウマ娘が言うのであれば」

「うん。それがいい」

 

 

 日々種付けとランニングマシーンの日々のトウカイテイオー様です。この種牡馬用の牧場に来てから既に1か月以上。私が脱走する姿に皆が慣れて来たのか、普通に施設の中を闊歩していても挨拶をされる感じになってきております。

 

 ひとまずは私の計画通りである。ふふふ。新聞やテレビが近づいてきているぜ。

 

 ま、脱走と言っても歯磨きしたり、放牧時間になったら勝手に放牧場に出たり、神棚に挨拶するために早朝に厩舎を出たりするだけであるし、しかも勝手に厩舎に戻るのでまぁ、こいつは脱走しても安心できると思われているんだと信じたいところである。冷静に考えればそれでいいのか人間?という気もしないでもないが。

 

 そういえば、あの放牧でピーマンをいの一番に食いにきたあの牝馬さんはどこにおるんだろうか。せっかくならば名前ぐらいは見ておきたいところ。

 

 んならばちょっと扉をあけまして、閂戻しまして、少し他の厩舎の探索に向かおうじゃないの。あ、どうも厩務員殿。どこ行くのかって?まぁ、散歩です散歩。あー、一緒についてきます?

 

 ということで、厩務員の歩幅に合わせて厩舎を練り歩く私であります。無論、差し入れのピーマンは口に咥えておりますので安心なさってくださいませ。って誰に何を言っているんだ私は。

 

 えーっと、ここには…いないな。彼女よりももうちょっと若い馬達だ。さてさて、じゃあここか?んー?こっちは年代は一緒だけれど牡馬ばっかりしかおらんね。というか、誰もピーマンに見向きもしねぇ。なんだよ、美味しいのに。

 

 さってさって…お、いたいた!へーい彼女。差し入れよー。

 

『…!?あれ、なんでいる!?』

『あげる』

 

 そうニュアンスを伝えてピーマン入りのバケツを差し出してみたのだが。

 

『…!もらう!好き!』

 

 そりゃあようござんした。うーん、なんだろう。姪とか孫とかにお菓子を渡してめっちゃ喜ばれている感じといいますか。微笑ましく感じる。

 

 さてさて…で、お名前はー。うん、カタカナだね!以前の私だったら読めない!と言う所なのだが、過去の有馬記念で一度、ローマ字とカタカナを見比べているのだ。ある程度なら読めるようになっているのである。

 

 えーっと…最後の棒は伸ばし棒だよな。で、この…四角は『ro』だろう。かっくかくしているのは『ma』か、で、この点とナイキのマークみたいなやつが『n』やね、で…外に開くように二本の線が走っているのは『ha』か…あ、でも右上に二個点々があるからして『ba』…。

 romanriba-。ロマンリバー!よし、多分合っているはずだ!

 

 なるほど君はロマンリバーと言うのか…って、ロマンリバー?あれ?どっかで…。

 

 んー?確かそう、あれはニュースかなんかで…中央じゃなくて、そう。地方競馬、地方競馬のニュースで…。

 

 …あ!交通事故!

 

 思い出した。私が生きていた世界。そこではもう無くなっている宇都宮競馬場で、2年連続で交通事故死した馬がいたのだ。たしか、そのうちのどっちかの馬の名前がロマンリバーだったはずである。

 

 ちなみにであるが、交通事故?馬が?競走馬が?そう思うのだが、それは宇都宮競馬場の特殊な環境に起因する。

 

 宇都宮競馬場というのが、厩舎と、レース場が物理的に離れている上に、厩舎が街中に点在していたのだ。

 

 つまりだ。競走馬は宇都宮競馬でレースを行う場合、一般道を歩いて、住宅地を歩いてレース場に行かなくてはならないのである。それを知った時はマジ?そんな場所ある?と思ったものだ。しかし、実際に宇都宮に行ってみると、レース前の朝などは、本当に、歩道も無いような住宅地の道路、しかも、結構車どおりがある道を馬と厩務員が歩いている姿が日常であったのである。

 

 そして、やはりそんな車が通る道路を通っていれば、事故も起きる。その最悪なものがサラブレッドの死亡事故だ。そのうちの一頭が確かロマンリバーということである。

 

 むむ!?ということは、ここは宇都宮…!?栃木県!?宇都宮に種牡馬用の牧場なんてあったっけ!?まぁ、そこはいいか!今はそこは大切な所じゃない。

 

 こういう、将来命を落としてしまうことが判っているお馬さんと出会ってしまったか。うーむ。あと数年も経てばこのお馬さんは交通事故で亡くなってしまうというのか? このピーマンを美味しく食べるナイスホースが!?

 

 それは断じて受け入れがたし!よし、ならば。宇都宮競馬、地方競馬に居ると事故で死んでしまうのならば!東京や京都の中央競馬で走れるぐらい滅茶苦茶強くしてしまえばええのだ!よし、よし!

 

 …となると、もう一頭のお馬さんも救いたいなぁとなるのだが。名前、なんだっけなあ。それに、確か両方の馬とも現役中にトラックが突っ込んできたとか、放馬して車と激突しただとか、どうにもならない理由だったはず。ま!会ったら思い出すだろう。何より、私は神様ではない。手の届く範囲しか救えないのもまた事実である。

 

 よし、ではロマンリバーよ。まずは中央で走れるようにその体、鍛え上げて進ぜよう。何、心配はいらない。

 

 こちとら繊細なトウカイテイオーの体を、凱旋門を、BCクラシックを獲るほどに頑丈に仕上げてみせたのだ。さあ、では。悲惨な未来を、少しでも良い未来に変えるために頑張ると致しましょうか。

 

『?』

 

 まぁ、気合を伝えられてもクエスチョンマークが浮かぶだけだよな。ま、大丈夫だよ。明日の放牧から手始めに私についてきんしゃい。ダートコースを走りまくってまずはスタミナとパワーをつけまっしょー。ついでに、もし放馬なんかされてしまって一人で道路に出ても大丈夫なように、交通ルールも教えこんじゃるぜ。

 

 トレセン学園のカフェテラス。そこでは、2人のウマ娘が紅茶とコーヒーを嗜んでいた。

 

「なー、テイオー」

「なーに、ゴルシ?」

 

 トウカイテイオーと、ゴールドシップという珍しい組み合わせである。コーヒーを飲んでいるのはテイオー、紅茶を楽しんでいるのはゴールドシップである。そのさなか、ゴールドシップがにやにやと笑みを浮かべながら、こうテイオーに質問を投げていた。

 

「もしさぁ、お前が他の世界で、違う生物として生きていたとしたらよー。やっぱり、走るのが好きだったと思う?」

 

 首を傾げるトウカイテイオー。その顔にも、クエスチョンマークがありありと見て取れた。

 

「なぁにそれ?わっけわかんない質問だなぁ」

 

 そういってテイオーはコーヒーを煽る。笑みを深めたゴールドシップは、どこからかスケッチブックを取り出して、ささっと一枚の絵を描いた。

 

「まあいいからさ。例えば…こんな感じ?」

 

 ゴールドシップが差し出したスケッチブック。そこには、4つ足で立つ、筋骨隆々な四つ足の牛の様な、キリンのような生物が描かれていた。

 

「うわ、ナニコレ?牛?」

 

 テイオーはそう言って、顔を顰める。

 

「いーや。私の考えた動物さ!耳と尻尾はアタシらウマ娘をモチーフにしててな。そうだな、つまり、ウマ娘としての私達が動物だったら、と思って描いたわけよ」

「へー。でも、確かに走るの速そうだよねぇ。脚の筋肉とかすごいもん。で、ゴルシ。この動物の名前は?」

 

 ゴールドシップはスケッチブックを一度手元に戻し、1つ、文字を足してもう一度テイオーに差し出していた。

 

「『馬』。アタシらのウマ、という漢字は下の点が2個だろ?それを4つ足にしたのさ」

「へー…んー。そうだなぁ。これがボクだったとしてって考えるの?」

「おう!で、どうだ?」

 

 ニコニコのゴールドシップ。テイオーはと言えば、顎に左手を当てて、首を傾げながらこう答えていた。

 

「…そうだなぁ。うん。多分だけど、ボクはどこの世界でも、やっぱり走るのが楽しくて仕方がなくてしょうがないと思う」

 

 そう言ってテイオーは一つ頷いた。

 

「おー、それはまたどうして?」

「どうしてだろ。理由はボクにもわかんない。けど…この『馬』も、ボク達と一緒で走るために産まれてきてるんでしょ?」

「あー、うん。多分そうだ」

「なーに多分って。ゴルシが考えたんでしょー?」

 

 テイオーはそう言いながら、呆れたような顔をゴールドシップに向けていた。

 

「おう。このゴルシちゃんが必死に考えたわけよ。そっか、お前もきっと走るのが好きだったんだなぁ」

「変なゴルシ。あ、でも。ちょっと貸して」

 

 そう言ってトウカイテイオーは、スケッチブックをゴールドシップから受け取ると、笑顔をうかべつつ、1つ、絵を描き加えていた。

 

「ボクはこうした方が好きだなぁ」

 

 スケッチブックに足した絵は、バケツ一杯に入った、青臭く、苦い。そんな、ピーマンが入ったバケツであった。それを丁度口のあたりに描いているからか、ピーマンの入ったバケツを咥えた馬の絵のようにも見える。

 

「ぶはは!お前ってやつぁ、本当にピーマンが好きだねぇ。テイオー」

 

 それを見たゴールドシップは、思わず吹き出してしまっていた。

 

 

 なあ、アタシに乗ってる誰かさん。『あんた』さ。見たい未来が多すぎるんじゃねーか?あんたの言う通りにしてたら、本当にテイオーが三冠とっちまうし、レオダーバンが活躍するだ、ナイスネイチャがG1を獲るだ、サンエイサンキューはセクレタリアトのトレーナーになっちまうし、ハシルショウグンはダートで最強になるし、ロマンリバーっつう可能性の塊とも出会う事が出来ちまった。

 

 ったくよぉ、お前を連れまわすこっちの身にもなってみろってんだ。最近じゃマンハッタンカフェっつーヤベーウマ娘に目を付けられちまってめんどくせーったらありゃしねぇ。

 

「お友達の、お友達…!?え?似てるけど、違う?」

 

 なーんて言われてんだぜ?なぁ、おい。聞いてんのか?ウマなのに狸寝入りかテメェ。お?

 

 …ま、いいぜ。ここまで来たら最期まで付き合ってやらぁ。なんせ私は黄金の船だ。理想を背負ってこそのウマ娘だってことぐらい、私が一番、一番よく知っているさ。あんただってそうだったんだろ?

 

 さあ、じゃあ、そろそろ次の港へ出向するぜ?振り落とされねぇように、しっかりと掴まりな。

 

 ここからは正真正銘、ゴルシちゃんでも知らねぇ大海原だ。いくら、『あんた』だって考えられなかっただろ?セントライト、シンザン、ハイセイコー、ルドルフ、セクレタリアト。あっちの伝説と、こっちの伝説。決して交わらねぇ線が、決して重ならない点が、ウマ娘トウカイテイオーを中心にして集まって、雌雄を決しちまおうってんだ。

 

 もちろん、結末が見たくねぇなら、ここで降りるのも一興さ。黄金の船旅は、途中下車も出来る船旅だ。文句は言わねぇ。止めもしねぇ。

 

 ただ、ああ、そうだな。『あんた』の望む未来は、まだ先だ。安心しな。そのうち会わせてやるよ。本物に。どうやってって…そりゃあ、()()()()()()()()()()()()()さ。意味がわかんねぇって?はははは。あんたでも知らないか。じゃあ、とても驚くだろうな。

 

 あ?なんだ?それはともかく今日も神棚に祈ってくれってか?…まあいいか。ゴルシちゃんは神頼みするってタイプじゃねーんだけど、『あんた』の頼みならやぶさかでもねぇ。

 

 確かあんたの世界では三女神では無くて、八百万の神に祈るんだろ?いいぜいいぜ。

 

 深く、深く2礼。

 かしわ手を、8()()

 そして、深く一礼。

 

 『全てのウマ娘と、サラブレッドの未来が。明るく、確かなものでありますように』

 

 これでいいだろ?あ?ゴルシちゃんは何か祈らねぇのかって?

 

 バ鹿いうなよ。あたしはあたしの脚で突き進むって決めてんだ。

 

 その大切さは『あんた』が一番良く知ってんだろ。―Tokai Teioさんよ。



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ピーマン・イズ・ワンダフル

お気に入り9000人、評価600越え、ありがとうございます。

皆様の人生にピーマンが光り輝きますように!


※炭火でじっくりピーマンを焼きましょう。
 そこに、生醤油をかけるのです。

 焼きおにぎりならぬ、炭火焼きピーマン。感想で頂いたレシピですが、めっちゃ美味しいのです。最近はやりのキャンプなどでぜひお試しいただければ幸いでございます。


 トレセン学園。そこでは、G1級のウマ娘からデビュー前のウマ娘までが多数在籍し、日々切磋琢磨、お互いにお互いを高めている場所である。

 

「はああああああああ!」

「やあああああああああ!」

 

 そのメインの練習場では、2人のウマ娘の練習を多くの人々が見守っていた。

 

 一人はトウカイテイオー。世界を股にかけて活躍し、この冬からウインタードリームトロフィーで走る名ウマ娘だ。

 そして、もう一人はメジロマックイーン。天皇賞春秋制覇を成し遂げ、その後もほぼ2着3着に、しかもレコードタイムで並ぶ強者である。

 

 既にその練習も10本目。トレセン学園のターフを駆け抜ける彼女らに、トレーナーもウマ娘も見惚れるままである。

 

 先に仕掛けたのはトウカイテイオー。いざメジロマックイーンを引き離そうと足元が爆ぜ、姿勢が一気に前傾に、そして自慢の柔らかい関節を活かして一気に歩幅を広げた。

 負けじと反応したメジロマックイーンはと言えば、これまた姿勢を一気に前傾に、ただ、テイオーほど関節が柔らかくない彼女は歩幅を変えずに、歩数を稼ぐスタンスだ。

 

 お互いに一歩も譲らない。そして最終直線、一気に伸びを見せたトウカイテイオーがメジロマックイーンを下していた。

 

「ったあああああ!やっと勝ったあああああ!」

「あああああ!もう少しでしたのにー!」

 

 両者とも笑顔を浮かべて、ターフに大の字になる。すると、そこに飲み物をもって近づく影が一つ。

 

「お疲れ様だ、テイオー、マック。ほら、水分補給」

「ありがとう!トレーナー!」

「ありがとうございます。トレーナー」

 

 トレーナーから飲み物を受け取った2人は、それを勢いよく飲み干していた。

 

「っと、さーってと。これで賭けはボクの勝ちだねー」

「…ううう、せっかくのスイーツがぁ」

「なんだお前ら。またくだらない勝負でもやってたのか?」

 

 トレーナーがあきれ顔でそう言うと、メジロマックイーンは耳を伏せ、トレーナーを睨みつけていた。

 

「くだらない、とは失礼な!10回走って10回わたくしが勝てば!テイオーから羊羹を頂く予定だったのですよ!?」

「ですよと言われても。やっぱりくだらないじゃないか」

「わたくしにとっては重大な案件だったのです!」

 

「あははは!まぁ、マックイーン。それでもキミはボクに9回も勝ったんだし。今日の放課後、スイーツを奢ってあげるから、落ち着いて落ち着いて」

 

「スイーツ! 本当ですの!?」

「うん!それにドリームに向けていい練習にもなったしね!」

 

 そう言ってテイオーは快活に笑っていた。

 

「ドリームですか。ま、仕上がりは問題ないようですわね」

「うん。もっちろん。あと半年の間、もっともっと仕上げる予定だよ」

「ほーう。気合が入っているなテイオー。じゃ、ついでだ。2人に新しいメニューも渡しておくぞ」

「わ!ありがとうトレーナー!…ってこれ、基礎練習じゃん。いつもやってるよー?」

「よく見てみろ」

 

 ぶーたれるテイオーに、トレーナーはそう一言釘を刺す。まじまじとトレーニングメニューを見直したテイオーは、あっと何かに気づいたように声を漏らしていた。

 

「体幹が多くなってる?」

「そうだ。これからお前は以前ほど本番のレースで走ることが出来ない。となると、どうしても衰える部分も多くなるだろう。そんな時に頼りになるのはやっぱり体幹さ。バランスをとるにも、痛めにくい体になるためにも、より一層ここを強化していくぞ。ドリーム入りが近いマックイーンもな」

「かしこまりました」

「判ったよ、トレーナー!」

 

 

「彼方は順調か。トレーナー、上りタイムはどうだろうか」

「34秒。ただ、2500のタイムは2分31秒まで縮められている。冬までにはテイオーを超せるだろう」

「そうですか。…ただ、テイオーはきっと予想を超えてくると思います。目標タイムは2分28秒台としたいのですが」

 

 対して、トレセンのまた別コースでは、シンボリルドルフとそのトレーナーがストップウォッチと睨めっこをしながら、今後の方針を話し合っていた。

 

「…そう言うと思って作ってあるわ。強化メニューよ。体幹とトモを鍛えぬきながら、故障しないギリギリのラインを攻めているわ。だから約束して頂戴。少しでも違和感、痛みがあったら報告する事」

「承知しました」

「それと、痛みがない、違和感がない、もっと行けるという時も報告をしっかりと頼むわ。隠さないでね? 毎日、少しずつ調整するから。頼んだわよ。ルドルフ」

 

 トレーナーはそう言いながら、笑顔を浮かべていた。

 

「勿論です。ああ、冬が待ち遠しい」

「貴女はまず夏でしょう?リオナタールも仕上がっているという話も聞いているわよ?」

「ええ、聞き及んでいます。しかし、油断はしていませんよ。ここでリオナタールには勝てないウマ娘であれば、冬でテイオーに勝つなど夢のまた夢ですから」

 

 そう言ったルドルフの顔は、清々しい笑みが浮かんでいた。

 

「良い気合ね。…では、もう一本坂路追加よ。その後はストレッチ!しっかりこなせ!皇帝!」

「無論!はああああああ!」

 

 そして、ルドルフの練習を見る影が2つ。

 

「おー、やってるやってる。ルドルフも本気だねー」

「本当本当!いやー!久しぶりに学園に挨拶に来た甲斐があったよ。良いものが見れた見れた」

 

 そうやって高みの見物を決めこむのは、三冠ウマ娘のミスターシービー、そして、伝説の一人、トウショウボーイである。

 

「トウショウボーイ先輩はこの後どうするんですか?」

「ん?地元に戻って練習を再開しようかなー。あんな熱い走りを魅せられたらうずうずが止まらなくってさ。シービーは?またこっちで練習するー?」

 

 笑顔を浮かべているトウショウボーイ。それを見ながらも、ミスターシービーは飄々とこう答えていた。

 

「私はルドルフの練習に付き合おうかなー。あんだけ熱いルドルフ、見るの久しぶりだからさ」

「ん、判ったよ。じゃあ、ここでひとまずはお別れだね」

「はい」

「じゃあ、また。本番で」

「はい。また本番で会いましょう。熱いレース、期待してますから。諸先輩方にもよろしくお伝えください」

 

 シービーは真剣な眼差しで、トウショウボーイを見た。

 

「ん、判った判った。じゃ、シービー。まったねー」

 

 そう言って、踵を返してトレセン学園を後にするトウショウボーイ。それを見送ったシービーは、ギラギラと目を輝かせて、ルドルフを視界に捉えた。

 

「さって、じゃあ私も頑張りますか。トウカイテイオー。待っててね。末脚なら君に負けない自信があるからさ」

 

 

「ハアアアアアアアアアアアア!」

「ッハッハアアアアアアア!遅いぞイージーゴアー!」

「コナクソォガアアアア!」

「甘い、甘い!まだまだ甘いぞはっはああああああ!」

 

 亜米利加のとあるトレーニング施設で、叫びを上げながら競い合うウマ娘が2人。伝説のセクレタリアトと、イージーゴアその人である。イージーゴアの渾身のスパートを、軽くいなしたセクレタリアトは、その勢いのまま用意されていたゴールラインを勢いよく駆け抜けた。

 

「はい、ゴール!」

「っしゃああ!まだまだ若い奴には負けんぞ!」

「クッソ!冗談だろお前!ビッグレッド!お前!引退してしばらく経つだろうが!なんでこんなに速いんだよ!」

「ハッ!私が速い!?お前が遅いだけだろうが!」

 

 顔を突き合わせ、一触即発の雰囲気を醸し出す2人。だが、そこに手を叩きながら一人のウマ娘が割り込んだ。

 

「まぁまぁ。そこまでそこまで。えーと、2500メートルのタイム…うっへぇ!?セクレタリアトが2分28秒!?バケモン!?」

「よせやいよせやい。そんなに褒めちゃ照れるぜヒシマサル」

 

 割り込んだウマ娘、その名はヒシマサル。アメリカに渡った彼女は、そのままセクレタリアトのトレーナーとして彼女の脚を磨き上げていた。そして、その隣には。

 

「でもイージーゴアさんも半端ないですよ。2分31秒。日本のウマ娘のトップクラスに匹敵しますよこのタイム!」

 

 サンエイサンキューがヒシマサルと同じように、ストップウォッチをもってイージーゴアにそう話しかけていた。

 

「…嬉しいんだが、嬉しくねぇな。ま、ありがとな、サンエイサンキュー」

 

 照れるイージーゴア。そんな彼女を見て、セクレタリアトはにやりと笑う。

 

「お前も仕上がってきたなぁ!さーって、じゃあイージーゴア。軽くクールダウンに行くか。今日はここまでだ」

「了解だセクレタリアト。全く、現役の時以上に、これは良い鍛錬だよ」

「ははは!そりゃあ良かった」

 

 そう言って、コースを再び走り出す2人。その背中を見て、ヒシマサルとサンエイサンキューはため息を吐いていた。

 

「…すごいね、アメリカの伝説達」

「うん。本当にすごい。そういえば最新のテイオーのタイム、知ってる?」

「2500で2分30秒だっけ。それをセクレタリアトは軽く超えてみせた。すごいウマ娘だなぁ…」

「でもさ、テイオーもとんでもないウマ娘だよ。誰だって無理だって思った事を成し遂げたんだもん。私達、あの有マで見たじゃない」

「…うん。きっと、テイオーさんなら。トウカイテイオーならこのセクレタリアトを超えるかもしれない。熱いレースを見れるかもしれない」

 

 ああ、と2人は納得した。セクレタリアトほどのウマ娘が、トウカイテイオーの情報を知らないはずは無い。しかし、彼女は一切練習の手は抜かない。それは、きっと。

 

―トウカイテイオーならこのセクレタリアトの予想を超えてくれるだろう。いや、それどころか、私に並び立つウマ娘なのかもしれない。いや、いや、それどころか!私が追いかける目標なのかもしれない…!ああ!追いかけるというのは、これほどまでに!―

 

 にやりと、セクレタリアトは口角を上げていた。

 

 

 

「たづな!ドリームトロフィーの件は順調か!?」

「はい、理事長。つつがなく進んでいます」

 

「違う、そうではない!」

 

「…ああ!はい。そちらも問題なく進んでいます」

「そうかそうか!それなら問題あるまい!しかし、伝説が集まる中山レース場か!警備計画は抜かりなく行わねばな!」

「はい。そちらはURAの方とも詳細を詰めております。警備ウマ娘も今までの2倍以上を確保する予定です。あとは、いつメンバーを発表するか、なのですが…夏のドリームトロフィーが終了後に発表しようとURAから打診があったのですが、如何いたしましょうか?」

 

「承知した!それで問題なかろう!既に18人、フルゲートの人数は揃っている!混乱を避けるためにも早めの発表がいいと私も思う!」

 

「では、そのままで話を進めさせていただきますね」

「うむ!頼んだぞ!たづな!」

 

 

 さーて、今日も種付け終了!いやはや、実に慣れたものだ。うむ。というか、こう見ると本当にお馬さんと言うのは一頭一頭特徴が違う。

 

 同じ黒い毛かと思ったら、毛並みや体の形が違うし、微妙に色も違う。伝わって来るニュアンスも、かなり違う。

 

 ある馬が『良かったよ』ならば、ある馬は『最高うう!』だの、ある馬は『うえー』と千差万別だ。…流石にうえーとニュアンスを伝えられた時は凹んだが。

 

 ま、それは置いておこう!種付けが終われば、楽しい楽しい放牧である。ということで、さあロマンリバー!私について来なさいな!

 

『まって!まって!おかしい!』

 

 はっはっは、何が可笑しいものか!というか、そう言いつつ君もよく喰らいついてくるじゃないか!

 

『もう一周!』

『んなあああああ!』

 

 叫ぶニュアンスが伝わって来る。けれど、彼女はその脚を緩めはしない。いいぞ、その根性!キミはきっと中央競馬で良いレースをしそうだ!このトウカイテイオーが保証しようじゃあないか!

 

 せっかくなので走り方も目の前で変えてみよう。今はストライドを開いているが、これを狭くして、脚の回転を上げる!さあ、真似できるかなロマンリバー!

 

『なにそれ!なにそれ!』

『走ってる途中に変えると速くなる!』

『わかった!』

 

 そうニュアンスを伝えて来たロマンリバー。横目で見てみれば、そのストライドが狭まり、私の様に歩数を稼ぐ走り方にチャレンジしているようだった。 

 

 ふふふ。よしよし、仕込みは順調だ。というか、スポンジのように君は吸収していくなぁ。教える私としてもどんどん楽しくなってきた。さあて、今度は何を仕込もうか。実際、このロマンリバーがいつまでここに居るのかは判らない。でも、出来うる限りの教えは叩き込んでおきたい。

 

 というか、これ、本当に暮の中山でもいい勝負の出来るお馬さんに仕上がるのじゃないだろうか?ふふふ。夏を越えて、秋を越えて。そして史実を超えて。君が中山で走るその姿、楽しみにしているぞ!

 

 

 トウカイテイオーがロマンリバーにつきっきりで走り方を教えるようになってから数か月。

 

 栗東トレセンの電話が、鳴った。

 

『お世話になっております。お電話で申し訳ありません。私、ロマンリバーのオーナーをやらせて頂いております――と申します』

「これはこれはご丁寧に。私、調教師の――と申します。ええと、ご用件は、そちらのサラブレッドを栗東で預かって欲しいということでしたが…」

 

『はい!はい!そうなんです!ぜひ、ぜひそちらで走らせて頂けないかと!』

 

「落ち着いてください。栗東トレセンでは調教師も多く在籍しておりますが、なぜ私に?」

 

『それは、あのトウカイテイオーを育て上げた方だからです』

「はあ。ですが、だからといって、わざわざご連絡を頂くほどでは…」

『いえ、いえ!ご存じないのですか!?』

 

「はい?」

『そちらが育て上げたトウカイテイオー!そのトウカイテイオーが、私のロマンリバーに色々教えているのですよ!お陰様でタイムは伸びるわ、馬格は大きくなるわ、走り方をダートと芝で替えて走れるようになるわ、すごい馬ですよ!トウカイテイオー!』

 

「…詳しく、伺っても?」

『ええ!もちろん!もちろんですとも!なんなら走っている姿を収めたビデオテープをお送りしますよ!』

「判りました。いや、いいえ。私がそちらに向かわせて頂いてもよろしいでしょうか?一度、あなたの馬を見せていただきたい」

『もちろんです!いつでもお待ちしております!』

 

 ガチャリと受話器を置いた、調教師。その背中に、男が声を掛けてきていた。

 

「お?なんの電話だったんだ?」

「…いえ、あの、申し訳ないのですが、明日、宇都宮に行ってきます」

「宇都宮?いきなりなんだ?もしかして、テイオーに何かあったのか?」

 

 疑問を投げる男性。調教師の男性は、にやりと笑顔を浮かべて、こう答えた。

 

「それが、テイオーが別の馬に走り方を教えているらしいんです。しかもすでに、トウカイテイオーの走り方を真似し始めているのだとか」

「…ほう?」

「その馬を、ここで調教できないか、とオーナーからの連絡です」

 

 その言葉に、男の表情が変わった。

 

「明日、なんてことを言ってないで今すぐ、大至急、行ってこい。こちらは何とかしておく。必要なら明日だけでなく、数日間様子を見てもいい。見極めて来いよ」

「もちろんです。では、行ってきます」

 

 そして、調教師を送り出した男は、ある男に一本の電話を入れた。

 

「…あ、お世話になっております。お久しぶりです。実は屋根をお願いしたい馬が出来そうなのです。予定は相当先ですが…」

 

 

 ―後に関係者は語る。

 

 あの日が、間違いなくターニングポイントであったと。

 

「僕とこの馬を引き合わせてくれたトウカイテイオーには、感謝しかありません。次、ですか?そうですね。暮の中山。期待していただいて良いと思います」

 

 1996.10.20-秋華賞 勝利者インタビューにて



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暴走機関車ピーマン/やられるピーマン

1月。この時期に土を作っておくのです。

ピーマンの植え付けが、非常に楽になりまするよ。


 ロマンリバーの出会いから数か月たち、いつものようにロマンリバーと鍛錬を行っていた日の事。良く見た顔の人間が、私達の練習風景を見つめていた。

 

 そう、私の鍛錬を行ってくれていた人間である。ほうほう。宇都宮に何の御用で、と近づいてみたのだが、すかさずピーマンを差し出された。うん、懐かしいねこの感じ。そういえばエーピーインディ氏は元気であろうか?『お前好き!』というニュアンス、聞いていた当時は鬱陶しいと少し思っていたが、聞けないとまた寂しく、懐かしく感じるものである。

 

 ま、それで、なんとなく察せましたよ。だって、あなたの視線が私ではなく、ロマンリバーにくぎ付けですもの。

 

 うん。まぁ、ロマンリバーと鍛錬する事既に数か月。種付けの時期も終わり、季節は夏から秋へと移行しつつあるこの日々。私の技術は、間違いなくロマンリバーに継承されたと言ってもいいだろう。フレキシブルに変化する歩幅、馬場によって変わる蹄の立て方やパワーの出し方、いざとなった時の最終加速のやり方。彼女は、見事に私の、数年間における鍛錬の成果を見事コピーしてみせた。

 

 彼女は、誠に逸材と言えるであろう。それは、君から見ても明らかなのだろう?

 

 さあさあ、彼女を君の厩舎に連れて行きたまえ。あの訓練用の牧場で、彼女を鍛錬したまえ。多分、おそらく。滅茶苦茶化けるぞ。

 

 そう意味を込めて、軽く嘶いておいた。

 

 そして、数日後。彼らが彼女を、車に乗せていた。『JRA』のロゴが入った、あの移動車に。

 

『お別れ?』

 

 放牧地からそれをみていた私に、彼女からそういうニュアンスが伝わってきた。

 

『お別れ。でも、君が一番で居る限り、また逢える』

『わかった。()()()

 

 彼女はそうニュアンスを私に伝えながら、移動車の中に消えていった。うん。なんというか覚悟がめっちゃ決まっている感じ。いやー、実に誰かに伝えたい。ロマンリバー。あれは逸材であるぞと。そして、きっと、彼女の年代は面白い時代になるぞ、と。

 

 

「お疲れ様です。ビワハヤヒデ、菊花賞見事でした」

「ああ、ありがとう。いや、やっと勝てたよ。三強と呼ばれているけど、勝ち星が無かったから正直ほっとしたかな」

「あはは。そりゃあ良かったです。あ、そう言えば聞きました?面白い馬が栗東に来たとか」

 

「ああ、聞いたよ。宇都宮の地方で走る予定だった馬を、移籍させてまで来たんだってね」

 

「そうなんですよ。いやー。しかも知ってます?あのテイオーが、技術を教え込んだっていう噂ですよ?」

「…技術を?どういう事だい?」

「ああ、まあ、走り方や群れの過ごし方をリーダーから教わる、というのは馬とか動物はありますよね」

「うん」

「あれの延長線上らしいですよ。テイオーの走り方を後ろから付いて行って、ほとんど真似してしまったんだとか」

「それは、面白い話だね」

「そう言えば、テイオーつながりってことで、あなたに屋根の話は無かったんですか?」

 

「あったよ。でも、そんな話知らなかったし、それに実は先約があって断ってしまったんだ。いやー、失敗した。その話を知っていれば間違いなく承諾したんだけどなぁ」

 

「あらぁ。それは残念です。…ちなみに、屋根を承諾した馬って言うのは?」

「ん?ああ、エアグルーヴっていう名前の牝馬だよ。牧場主が『雄だったら間違いなくダービー馬だ』と自信を持っていたからね」

 

 

 ロマンリバーが居なくなってまたしばらく。種付けのシーズンも完全にオフとなり、この牧場には実にゆるーい空気が流れている。

 

 しかしだ、種付けのシーズンオフになるとかなり暇になるもので、日々日々朝飯を食い、歯を磨いて、神棚にお勤めをして、放牧をされて、飯を食って、という味気ないルーティーンを送っていた。今だって絶賛だらけ中である。厩舎の藁が気持ち良いのである。

 

 そう言えば同志なんかは元気であろうかなぁ。うーん。人間の様にテレビや新聞で情報がすぐに手に入れられないのはなんとももどかしい。

 

 ま、横になるのも飽きたので、立ち上がるとしましょうか。どっこいせっと。

 

 ついでにピーマンを2~3個口に放り込む。うん。良い苦さである…。うーん…とはいえ、実に暇である。最近、脱走してテレビでも見ようかと思ったりもしたのだが、実際にテレビを見てみると文字が読めない。漢字とかナンセンスということが判明したので、暇つぶしは諦めた次第だ。新聞も同様である。なんだろうか。この英語とローマ字しか読めないと言う特異体質は。

 

 あ、そういえばだ。英語でひとつ思い出した。ロマンリバーって、実際、どういう字を書くのであろうか?

 

 例えば私トウカイテイオーならば、Tokai Teioである。見事にローマ字読みなのだ。英語風に言えば、East sea emperorとでも言うのであろうか。それともEMPEROR of the East seaか?うーん…まあ、そもそも英語も実際得意か?と言われると得意でもないので非常に微妙なんだよなぁ、この認知能力。

 話は逸れたがロマンリバーだ。ローマ字であれば…ROMANRIBAか?いやー、これは無いか。いや、地方馬だから有り得そうっちゃ有り得そうな所が怖い。が、音の響きから言うと、Roman riverあたりだろうか?んー、でも、これだとローマの川ってな意味になっちゃいそうでなんかこれも違う。

 

 意味を考えるとRomantic riverとかが妥当だろうかなぁ?でも、これだとロマンティックリバーという読み方に…うーん?

 

「…!?」

 

 おや、人間さんじゃあないですか。どうされました、そんな大きな悲鳴を上げて…。んん?なぜにこちらの足元を指さしておられるので?

 

 と、自分の足元を見てみて理解できた。あ。こりゃいかん。こーれはいけないぞ。

 

 蹄鉄で思いっきり、コンクリで出来た厩舎の床に『ROMANRIBA』やら、『Romantic river』って無意識で書いてしまってたわ。いやー、なんだ。無意識って怖いねー。

 

 じゃねぇ!あー!人間、人間?君、これは気のせいって奴だ。

 

 はははは!嫌だなぁ!馬がそんな文字なんて書けるわけないじゃあありませんか!はっはっはっは…。と、心の中で唱えながら、コンクリに刻まれた文字を蹄鉄でこそぎ取る。

 

「……!!!!………!!!!」

 

 私の行動を見てた人間が、更に大きな叫び声を上げ、そして喚きながらどこかに走り出してしまっていた。うーんと。そうだな。

 

 これは、暫く忙しそうな日が続きそうである。ま、暇よりは、いいということにしておこう。

 

 

「所長おぉおおおおおおおお!テイオーがテイオーがああぉああああ!」

「ん?なんだ?テレビでも見に来たか?それとも歯磨きか?ああ、もしかしてロマンリバーのほかで馬の調教でも始めたか?」

 

「文字を!文字をぉおおぉおおおお!?」

 

「…え?」

 

 

『今年も見事な盛り上がりを見せたサマードリームトロフィーリーグ!勝者はもちろんこの人!皇帝!シンボリルドルフさんです!今年は期待のルーキー、リオナタールが勝つかと思われましたが、その前評判を覆して見事なレース展開で勝利を収めました!今のお気持ちを一言お願いします!』

『まずは、応援ありがとうございます。温かい声援のお陰で、私はまたこのドリームトロフィーを勝つことが出来ました。非常に嬉しく思います』

 

 画面から流れる映像と音声を、トウカイテイオーとマヤノトップガンの2人が、寮の自室で眺めていた。

 

「すっごいなぁ。マヤもいつかあの舞台に立てるかなぁ」

 

 そう言うマヤノトップガンに、テイオーは笑顔でこう答えていた。

 

「立てる立てる。だってマヤノってすごい素質持ってるもん。正直ボクよりも上だと思うよー」

「本当!?」

「本当本当」

 

 他愛もない話をしながら、2人の夜は更けていく。と、マヤノトップガンが慌てて口を開いていた。

 

「あ、テイオーちゃん!そろそろ冬のドリームトロフィーのメンバーが発表されるって!テイオーちゃんも入ってるんでしょー?」

「うん。あとは会長とリオナタールも入ってて、あのシンザンさんも一緒に走るっていってたかなぁ」

「え!?すごいじゃん!わー!羨ましい!」

 

 ぱあっと明るい笑顔を見せるマヤノトップガン。対して、トウカイテイオーはと言えば。

 

「あはは。ありがとう。でもねー。シンザンさんと走るとなるとプレッシャーがさぁ…」

 

 苦笑を浮かべていた。しかも気持ち声が暗い。

 

「あー…だって伝説だもんねー。会長さんが活躍する前って、シンザンさんを超えろ!っていうスローガンがあったんだよね?」

「そうそう。ううーん…あー…ちょっとお腹痛くなってきたなぁ。あー、他は誰が走るんだろう…心配だなぁ」

「あっ!メンバーの発表だって!静かに静かに!」

 

 マヤノトップガンの言葉に、トウカイテイオーも思わず口を閉じた。そして。

 

『さて、それでは今年の冬のウインタードリームトロフィーのメンバーの発表です!

 

 今回のウインタードリームトロフィーも18人のフルゲートを予定しております!

 

 正式な枠ウマ番はまた後日、くじ引きで決定いたしますので、順不同で発表いたします。

 

 

 まず、今回のセンター。知る人ぞ知る名ウマ娘!

 『皇帝』シンボリルドルフ!

 

 そして、そんな皇帝をあと一歩まで追い詰めた末脚の持ち主!

 『獅子』リオナタール!

 

 見事な大逃げを魅せ、会場を盛り上げてくれた

 『スーパーカー!』マルゼンスキー!

 

 今回のSDT!皇帝に敗れるも、未だその末脚と人気は健在!

 『芦毛の怪物』オグリキャップ!

 

 華麗な末脚は未だに見る人を魅了するターフを舞うスーパースター!

 『鬼の末脚』ミスターシービー!

 

 そしてそして、ここからが今回のドリームトロフィーのひと味違うメンバーのご紹介!

 

 『TTG』、あの伝説のトゥインクルシリーズの三強がこのドリームトロフィーで復活!

 

 『緑の刺客』グリーングラス!

 『流星の令嬢』テンポイント!

 『天バ』トウショウボーイ!

 

 トゥインクルシリーズを、一躍国民のスポーツにまで引き上げた伝説のウマ娘!

 『地方レース場の怪物』と呼ばれ中央に鳴り物入りで殴り込み!

 そして、『国民のアイドルウマ娘』と言われるまでの人気を誇ったウマ娘!

 『アイドル』ハイセイコー!

 

 トゥインクルシリーズに燦然と輝く10戦10勝!レコード優勝7回という快挙!

 東京優駿を最後に姿を消した彼女が、ウインタードリームトロフィーに戻ってまいります!

 『幻のウマ娘』トキノミノル!

 

 シンボリルドルフがその記録を超えるまで、全てのウマ娘は彼女を超えるためにその脚でターフを駆けた!

 しかし、しかし誰しもが未だに追い続け、誰しもが憧れる名ウマ娘!燦然と輝く王冠は、彼女のためにあると言っても過言では無いでしょう!

 『神ウマ娘』『鉈の切れ味』シンザン!

 

 そしてそのシンザンより前、日本史上初の三冠ウマ娘となったウマ娘がおりました!

 あえて、彼女はこう呼ばせていただきましょう! 

 『クラシック三冠ウマ娘』セントライト!

 

 生涯成績11戦11勝は、未だ超えた者がいない大記録。

 東京優駿、オークス、菊花賞。変則三冠を成し遂げ、11勝のうち7勝は10バ身以上の差をつけての圧勝!あの大きく出遅れ、そして巻き返し勝利した東京優駿は未だに語り草!

 『日本最強ウマ娘』クリフジ!

 

 そしてここからは海外ドリームリーグからの参戦であります!

 

 世界最強のウマ娘は誰だ。そう問われれば、人はこう言うでしょう。

 芝、ダート。その脚に走れぬ場所は無し!

 名実ともに最強!ダート2400メートル2分24秒、2着との差、31バ身!この記録は、未だ誰にも抜かれておりません!

 『ビッグレッド』セクレタリアト!

 

 そのセクレタリアトの再来。そう呼ばれたウマ娘も参戦です。

 強烈な追い込みを魅せるこの末脚は、間違いない強者の証!

 ライバルと競い合い、アメリカのレース界隈を盛り上げた名ウマ娘!

 『優駿』イージーゴア!

 

 そしてそして、ここから残り3人は、昨年活躍を見せた、あのウマ娘達の登場だ!

 

 凱旋門。全てのウマ娘が目指すあの門。目の前で閉じられた門を今、再び!

 トウカイテイオーとあのセンターを競い合った優駿の登場です!

 リベンジを胸に誓う、『雪辱者』スボティカ!

 

 そして、ダート最強!セクレタリアトを師にもつこのウマ娘も参戦!

 こちらもとBCクラシックの借りを返すと!トウカイテイオーにリベンジを誓うウマ娘!

 『挑戦者』エーピーインディ!

 

 そして皆さまお待ちかね!昨年、ついにあの扉を開けた日本の勇者!

 あの頂に立ってみせた、日本の希望!

 暮の中山、有マ記念。凱旋を見事に果たした名ウマ娘!

 『帝王』トウカイテイオー!

 

 以上18名!ウインタードリームトロフィー!今季冬!正式メンバーとなります!

 正式な枠番決定の抽選会、及び、会見はまた後日行いますので、そちらも乞うご期待!』

 

 テレビから流れて来る情報に、トウカイテイオーは固まってしまっていた。そして、ようやく絞り出すように、口から音を出す。

 

「えっ?」

「うわー!すっごい!伝説級のウマ娘達ばっかりだ!テイオーちゃん!すごい、すごい人たちと一緒に走るんだね!」

 

 無邪気にはしゃぐマヤノトップガン。だが、そのまっすぐな言葉が、何も知らなかったテイオーに見事に突き刺さっていた。

 

「えっ、えっ?」

 

 テイオーの頭の中で、シンザンの言葉が蘇る。

 

『我らは、君を待っているからな』

 

 我らって、本当に、我らって、伝説級のウマ娘しかいない、じゃん!?と、頭の中で大声を上げたトウカイテイオーは。

 

「ひうっ」

「テイオーちゃん!?大丈夫!?」

 

 カエルが潰れるような声。まさにそんな悲鳴を上げて、床に倒れ伏してしまっていた。

 



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トウカイテイオーに纏わる閑話

 トウカイテイオーは学園内を疾走する。見事な足運び、コーナーは減速せずに突っ込み、人が居たらさっと華麗なステップで避ける。誰が見ても見惚れる走り方である。

 

『うひょおおおお!テイオーさんの走り、やっぱり美しいいいいい!』

 

 と、どこかで叫びが聞こえた気もするが、トウカイテイオーはそれを気にせずに学園の外れ、掘っ立て小屋の近くまで一気に駆け抜けていた。

 そしてその建物に飛び込むや否や、一気に口を開いていた。

 

「インディ!インディ!インディ!見た!?テレビ見た!?見たよねぇ!?ボク達とんでもない人と走るよね!?これ夢!?夢なの!?」

 

 掘っ立て小屋。ここはトレセン学園唯一の喫煙所である。テイオーが叫んだ先には、パイプを咥えたエーピーインディその人がぼけーっと煙を燻らせていた。

 

「落ち着け落ち着け。夢じゃない。とんでもない奴らと走るんだよ。私達はな」

 

 インディはパイプを燻らせながら、緩慢に首をテイオーに向けた。

 

「インディ?随分、落ち着いてるよね?なんか前から知ってたみたい」

「あ?ああ。知ってたぞ。セクレタリアトから聞いてたからな」

「うぇえ!?本当に!?」

 

 インディはいったんパイプを口から離し、苦笑を浮かべる。

 

「ああ、なんだテイオー。お前本当に誰からも聞いてなかったのか?」

「…うん。シンザンさんから、一緒に走るって聞いたぐらい」

 

 落ち込むテイオー。それを見たインディは、小さく肩を揺らす。

 

「…はははは、やられたなお前。ご愁傷様だな。で、なんだ?驚いたから走るのやめるとでも?」

 

 インディの言葉に、テイオーの表情は一瞬で引き締まった。

 

「そんなわけないでしょ。俄然、燃えて来るよ。どの伝説よりも先にゴールを駆け抜けてみせるよ」

 

 インディはにやりと笑った。その目に映るのは、自らの目の前で、BCクラシックのダートをトップで駆け抜けたあのウマ娘そのものであったからだ。

 

「ほー、そりゃいい宣戦布告だ。セクレタリアトにも伝えておこう。ああ、もちろん。私も負ける気はないからな?」

「どうぞお好きに。本気でレースをしたいしね!」

 

 

『hello』

 

konnitiwa

 

『nani tabe tai』

 

 PIMENTO pi-man NO PAPRIKA!

 

 がりがりと蹄鉄でコンクリートに文字を書きながら彼らと対話を行う。

 

 さて、私が無意識に文字を書いてしまってから数週間。私の元には、数人どころか、数十人の人々が代わる代わるやってきていた。

 

 まぁ、そりゃあねぇ。文字書いちゃったもんねぇ。

 

 最初、ごまかせるかと思ったんだ。が、厩舎の中で私は結構無意識で文字を書いてしまっていたらしく、Tokai Teioやら、Leo Durbanだの書いていたものを見つけられてしまったらしい。こうなってしまうと、もうごまかしも効かずににあれよあれよと、文字で対話をせざるを得なくなってしまったのである。

 

 ちなみに、最初の対話はこうであった。

 

『―― ―――?』

 

 そんなひらがなっぽい文字を出されても読めん。

 

yomenai ro-maji or English.

 

 そう私が文字で返した時、その場にいた全員が悲鳴を上げ、中には卒倒した人間が居たことをここに付け加えておこう。

 

 その後、なんでお前読めるんや、とか、他の馬も読み書きできるんか!?とか、人の言葉聞こえるのか!?とか色々聞かれたが、まぁ、そこそこ本当の事を、しかし自らの出生に関しては誤魔化しておいた。実際、中に人が居るとは言えないしね。馬の神秘の一つとさせていただこう。

 

 なお、その際。

 

『omae ga moji wo wakaru koto ha himitu。moji kaku no ha koko dake』(お前、騒ぎになるから文字を書けるということはここだけの秘密な?わかってんか?)

 

と釘を滅茶苦茶刺されたので、もちろんですともと首を縦に振った。今後はしっかりと気を付けようと思う。

 

 ということで、私が文字を理解していると知っているのはここの職員と、大体研究者っぽいお偉いさん、あとはオーナーと調教牧場の人々や相棒やら、私の関係者だけである。ちなみにオーナーと相棒たちは時々こっちに顔を出してくれていて、ちょっとした会話を楽しんでいたりもする。

 

『orede yokatta noka?』

 

 相棒2人からは、神妙な顔をしてこんな疑問も投げられた。つまりだ。

 

『お前の騎手は、俺で良かったのか?』

 

 ということであろう。まぁ、確かに文字を書ける馬が、実際人に乗られてどうなんだ?という疑問もあるであろう。

 

 だが、今さら。はははは!何を言っているのか。

 

kimi tati dakara watasiwa kateta arigatou

 

 正直な気持ちである。そう伝えた所、2人とも見事に涙を流し、しかし、笑顔になってくれていた。ははは、やめろやめろ。こっぱずかしい。

 

 そして、この文字の交流を行い始めた頃と同時期、私は妙な夢を見るようになっていた。

 

 なんというか、言葉で説明するのが難しいのだが、馬が人間のような姿で生活している世界の夢を見るようになったのだ。ただ、不思議な事に、私の夢の癖に自由に動くことが出来ないのである。その馬が人間の姿になった一人、長身でなかなか良いスタイルの白髪の馬娘の傍を離れられなかったのだ。

 

 ちなみに、その夢の中では、その馬が人間のような姿をしているのが当たり前で『馬娘』と呼ばれているようであった。

 

 ただ、どうやら私の夢のくせして、私の姿は誰にも見えていないらしい。例外は白髪の馬娘で、私の姿が見えるだけでもなく、私の言葉も理解出来ていた。だから、私が白髪の馬娘に対して、あれが見たい、これが見たいというと、夢の風景が変わるのだ。なかなか面白い夢だと思う。

 

 だからであろうか、私は『トウカイテイオー』に会わせてくれとお願いをしてみたのである。馬が人間のような姿、つまり、私が擬人化したらどうなるのかと思ったのだ。

 

―いいぜ―

 

 そういうニュアンスを受け取り、場面が変わると、目の前に小柄な、ポニーテールが眩しい一人の女の子っぽい馬娘がいた。ふむ。これが『トウカイテイオー』ということなのか。なかなか可愛いじゃないか。そういえばお前の名前は?と聞くと。

 

―ゴールドシップ様だぜ?相乗りの誰かさんよ―

 

 と簡単に名前を教えてくれた。というか君、ゴールドシップなんか。確かに葦毛っていう意味だと髪が白いのも納得である。ちなみにこのゴールドシップという馬娘、かなり破天荒であり、これまた驚いたがメジロマックイーンに滅茶苦茶ちょっかいを出したり、様々な人々に悪戯をしたりとかなり自由な娘さんであった。

 

 ちなみにその後も何度か夢を見ることがあり、どうやらこの馬娘のトウカイテイオーは、私の来た道をなぞっているように勝利を重ねているようであった。ただ、面白かったのは、夢の中で、私の走ったレースと彼女のレースが多少変わっていたのである。

 

 特にダート競争。私の走ったダートはG2であったのだが、彼女が走ったのはG1のフェブラリーステークス。一流のダート馬を尻目に、彼女は見事に一着を獲ってみせたりと、なかなか面白い夢である。

 

 そして、私はと言えば、時折ゴールドシップを見ながらもそんな彼女の姿に見とれてしまっていた。

 

 うん、なんというんだろうか。あの美しい立ち姿に、堂々とした笑み。そして勝利した後の大胆不敵な勝利のポーズ。一本指を立てた彼女は、本当に光り輝いていた。

 

 私とは違う、私と同じ名前を持つトウカイテイオー。そして、それは一つの可能性を私に与えてくれていた。ああ、そうだ。そうだな。これは私の夢なのだ。夢なのならば。

 

―なあ、ゴールドシップさんや―

 

『あ?なんだ?次もどっか連れて行けって言うのか?』

 

―違う違う、あのトウカイテイオーは凄いなって思っただけだよ―

 

『はっはっは、でも、あんたの戦績をなぞってるんだろ?』

 

―ああ。でも、多分あのトウカイテイオーは、それだけじゃない―

 

『…それだけじゃ、ない?』

 

―あのトウカイテイオーは、きっと、あのトウカイテイオーの中にあるものは、『奇跡の名馬』トウカイテイオーその魂なんだと思う―

 

『なんだそりゃ。お前のことだろ?』

 

―ははは。実はね。私であり、私でないトウカイテイオーがいるんだよ―

 

『なんだそりゃ』

 

―まあ聞いてくれ。そうだな。あれは、私が馬として生き始める前の話だ―

 

 私はゴールドシップに、馬として生きたこの数年よりも前、二足歩行時代に見た『トウカイテイオー』の話を事細かにしていた。

 

 2冠で敗れたクラシック、ライバル対戦ともてはやされた天皇賞、そして骨折。復活のジャパンカップ、そして、奇跡の復活有馬記念。

 

『…ほおー。凱旋門を獲ったお前もスゲーけどさ、その、『トウカイテイオー』もすげー馬だったんだな』

 

―そうなんだ。どうも目の前のトウカイテイオーは、その『トウカイテイオー』の魂を持っている気がしてね。なんだか私と違うなぁと―

 

『うーん。ま、成れない駒っつー意味じゃ同じだけどなぁ。王か玉かの違いぐれーで』

 

―意味が解らん―

 

『はっはっは。ま、両方とも強えってことだ。…そうか、両方とも強いってか?』

 

―どうした?―

 

『なぁ、お前とその『トウカイテイオー』どっちが強いんだろうな?』

 

 難しい事を言って来る私の夢であるなぁと思っていたりもするが、まぁ、そこは判らんと答えておいた。

 

 そうやって私の夢は、少しずつ私に近づいてきている。あのトウカイテイオーがどうやって私に追いつくのか、それとも、私を追い抜くのか、非常に楽しみだ。

 

 とまぁ、話は逸れたが、ひとまず私と彼らの文字による対話は比較的温和に行われている。いやー、正直、解体されるんじゃね?とか解剖されるんじゃね?と一瞬思ってしまったのが、どうやらそういう雰囲気は無いようである。とりあえずは、そうだな。

 

『nanika aru ka?』

 

 何かあるか?んまぁ。あるっちゃ有るんだよ。実はね。

 

O N SE N GO!

 

 あの福島の温泉。もう一度、行ってみたいなぁと思うのだ。

 

 

 トレセン学園、生徒会室。そこにはルドルフと、珍しい一人のウマ娘が対峙していた。

 

「やあ、ゴールドシップ。どうしたんだい?珍しいじゃないか。君が、折り入って話があるというのは」

 

 ソファーに腰かけていたルドルフは、目の前のウマ娘、ゴールドシップを笑顔で迎えていた。

 

「お世話になっております。シンボリルドルフ生徒会長様」

 

 対してゴールドシップは、いつもの破天荒さが鳴りを秘め、背筋が伸び、そして言葉遣いですらも別人のようであった。

 

「一つお伺いしたいことがあるのです」

「なんでも聞いてくれたまえ」

 

 そしてゴールドシップは顔をルドルフに向け、こう、言葉を投げた。

 

「三時の怪という怪談話、ご存じでしょうか?」

 

 ルドルフは一瞬目を瞑る。そして、少しだけため息を吐きながらこう言葉を返していた。

 

「ああ、知っている。トレセン学園に伝わる眉唾物の噂、だな」

「…あれは、眉唾物なのでしょうか?」

 

 ゴールドシップの言葉に、ぬるりと、ルドルフの視線が動く。

 

「知りたければ、午前三時。ターフに出てみると良い。寮長、学園長には私が話を通しておこう」

「ありがとうございます」

「しかし、見たもの、聞いたものについては墓場にまで持って行け」

「承知しております」

 

 そう言って、ゴールドシップは生徒会室を後にする。そして、その口元には少し笑みが浮かんでいた。

 

「さあて。さあて。このゴールドシップが見届けよう。見届けてみせよう。

 

 トウカイテイオーは、どっちが強いんだろうな」



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総決算 有馬記念―集う者

「テイオー!見ましたわよ!貴女、伝説のウマ娘達と走るのですわね!?」

「そうなんだよマックイーン。いやー…大変なことになっちゃったなーって」

 

 冬が迫るトレセン学園。その食堂で、テイオーとマックイーンは2人で夕食を食べていた。だが、どうやらトウカイテイオーはドリームトロフィーが気になるようで、食があまり進んでいないようであった。

 

「そのご様子ですと…負ける気はありませんのね?」

「うん。負けるつもりはないんだけど、うーん…やっぱり相手が相手だから、ちょっと弱気になるなぁって。あはは…」

 

 テイオーはそう言って、ため息を吐いた。天真爛漫な笑顔を浮かべるテイオーですらも、流石にプレッシャーを感じているらしかった。

 

「テイオーらしくないですわね。…では、このわたくしメジロマックイーンが一肌脱いで差し上げましょう」

 

 そんなテイオーをみて、マックイーンはテイオーの顔を正面に据え、その目を見つめた。

 

「次の有マ記念。そうです。貴女が走るドリームトロフィーの前日のレース。私が見事にセンターの座を射止めてみせます。グランプリ春秋制覇の偉業をもって、あなたへのエールとさせていただきます」

 

 テイオーは少しだけ、目を見開いた。だが、ふと、メジロマックイーンの脚を見る。

 

「…それは凄いけど。出来るのマックイーン。確か、脚に怪我が見つかったとか聞いてるよ?」

「甘く見ないでください。私はメジロ家のウマ娘、この位の怪我は乗り越えてみせます。それに」

 

 マックイーンは一呼吸おき、こう、続ける。

 

「私は貴女と違って、怪我を繰り返しています。でも、でもですね?貴女には希望を魅せられ続け、励まされ続けておりました。貴女のお陰で、私は今も走れているのです。それならば、貴女が不安になっているというのならば、今度は私が貴女に希望を魅せて差し上げたいのです」

 

 そういってマックイーンは、満面の笑みをテイオーに向けていた。その言葉に、テイオーも小さく笑みを浮かべていた。

 

「そっか。うん、判ったよ、マックイーン!有マ記念、楽しみにしているからね?」

「当然です。テイオー。あなたのドリームトロフィー。私も楽しみにしておりますわ」

 

 

『さあ、ドリームトロフィーを明日に控え、トゥインクルシリーズを締めくくる有マ記念の出走時間が近づいて参りました。

 

 やはり注目は菊花賞をレコードタイムで走り抜けたビワハヤヒデ!文句なしの一番人気です!

 

 二番人気につけたのはレリックアース!前走のジャパンカップ、並み居る強豪を切って捨てた末脚炸裂なるか!

 

 三番人気はダービーウマ娘のウイニングチケット!前走のジャパンカップでは3着でしたが、この中山で勝利の栄光を掴めるか!

 

 四番人気に入りましたのは、メジロマックイーン!宝塚記念、天皇賞秋を見事に勝利で収めた強豪!しかし、脚部不安が伝えられる中での出走となりました。ただ、仕上がりは非常によさそうであります!』

 

 

 トレセン学園の生徒会室では、一人の客人を迎え入れていた。

 

「久しいなルドルフ、息災か?」

「はい。お久しぶりです。シンザンさん。そちらもお変わりなく」

 

 そう言って、2人はソファーに腰かける。と、同時に、エアグルーヴがコーヒーを差し出していた。

 

「これは有難い。さて、早速だが、私は仕上げて来たぞ。他の奴らもな。お前はどうだ」

 

 ルドルフはと言えば、コーヒーを口に含んで笑顔を見せる。そして、こう言い切った。

 

「当然、私も仕上げております。負けるつもりは一切ありませんよ」

「ははは!そりゃあ当然。私もだ。ああ、そうそう。一つお前に伝えておこう」

 

 そういってシンザンもコーヒーを煽る。そして、ちらりとルドルフを見た。

 

「なんでしょうか」

「我々は、今までの走り方は出来ない」

「…それは」

 

 ルドルフが何かを言いかけたが、それを遮るように、シンザンは右手の掌でルドルフを制していた。

 

「当然だろう。我々は、全盛期は過ぎた。当然の様にトップスピードは落ち、地面を蹴る力も全盛期から見てみれば貧弱と言わざるを得まい」

 

 カチャリと音を立てて、シンザンはコーヒーカップを置く。そして、右の掌を握りこみ、拳を作った。

 

「だが、それがどうした。それがどうしたと言うのだ。ああそうだ。それがどうした。私は負けん。負けんのだ」

 

 気迫。それが伝わる言葉であった。それが証拠に、同じ部屋の中にいるエアグルーヴ、そしてナリタブライアンの尻尾が逆立っている。だが、ルドルフは違った。

 

「当然でしょう。あなたは伝説だ。たかだか全盛期を過ぎたぐらいで、あなたの強さは揺るがない。だが」

 

 そう、冷静に、シンザンを見ながら言葉を投げた。

 

「貴女に勝つのは、私だ」

 

 シンザンは小さく笑みを浮かべ、そして小さく、笑いを口から吐いた。

 

「ほう。私に勝つのはテイオーではなく、お前だと言うのか?ルドルフよ」

「当然のこと。トウカイテイオーすら下して、貴女に土を付けてみせましょう」

 

 にやりと笑うシンボリルドルフ。しばらくそんなルドルフを見ていたシンザンであったが、何を思ったか、急に大声で笑い始めていた。

 

「くくく、くははは! あーっはっはっはっはっは! いい! やはりいい! ここは、レースの風は実に良い! ああ、最後の憂いが消し飛んだ!」

「憂い、ですか」

 

 ルドルフは疑問を口にした。先ほどまで負けないと言っていたシンザンの、どこに憂いがあったというのだろうか?

 

「ああ、そうだ。どこかにあった。『私が今さら走ってよいのか』『私がお前たちに敵うのか』『私の走りを待っている人がいるのか』そんな憂いだ」

 

 なるほどと、ルドルフは納得した。確かにそうかもしれない。今さら走らないでくれ、夢は夢のままでいてくれ、そういう声を、ルドルフ自身も受けたことがあったからだ。

 

「そうだよなぁルドルフよ。どれだけ背を押されても、どれだけ応援されても、何を言われても。最後、我々は、我々のために走るのだ! ああ。そうだな」

 

 だが、ルドルフはそれでも走り続けた。皇帝と呼ばれた彼女が走り続けた理由。それは、何のためであったのか。

 

「改めて宣言をさせていただこう。皇帝、シンボリルドルフ!」

 

 それが判ったのであろう。シンザンは笑みを浮かべ、改めてルドルフにこう、はっきりと言葉を投げた。

 

「このシンザン。いくら衰えようとも誰にも先頭は譲らん。刮目して、私の勝利を拝むがいい!」

「言いましたね。ならばその驕り高ぶった鼻っ面、私が見事に叩き折ってみせましょう」

 

 

『さあ、各バゲートインが進みます。一番人気ビワハヤヒデは8枠13番、レリックアースは6枠9番に収まりました。ウイニングチケットは7枠11番、そしてメジロマックイーンが3枠4番に収まります。

 

 そして最後の一人が収まりました。

 

 トゥインクルシリーズ、総決算。有マ記念!今スタートです!

 

 さあ注目のビワハヤヒデは先頭集団に取り付く形、メジロパーマー、レリックアース、ヴァイスストーンの3人が先頭集団を形成してペースを作っていきます。

 

 そしてホームストレッチに入ってまいりました!14人を大歓声が迎える中、先頭はメジロパーマー!続く、ヴァイスストーン、レリックアース、そしてビワハヤヒデが4番手であります!!後方でありますがライスシャワーもいる!メジロマックイーンとウイニングチケットは中段に控えている!外目を通ってはナイスネイチャ!

 

 各々が一番力の出せる位置について先頭がコーナーに入ってまいります!』

 

 

 都内。某所。そこには、3人のウマ娘が集っていた。

 

「三人がまた揃うなんて、夢みたいだ」

「ええ。本当に」

「うん。本当に」

 

 トウショウボーイ、テンポイント、そしてグリーングラス。TTGと呼ばれる、名ウマ娘達である。普段はばらばらに余生を過ごしている彼らであるが、ドリームトロフィーのために、東京に上がってきたらしい。

 

「でも、本当に大丈夫なのですか?テンポイント。あなたの脚、本当に走れるものとは思えません」

 

 そう言ったのはグリーングラスである。だが、言われた方のテンポイントは面白くはないようで。

 

「大丈夫だから、ここに立っています。グリーングラス。大丈夫ですよ。貴女はまた、私に追いつけないままゴールを切るだけですから」

 

 眉間に皺を寄せながら、言葉に棘を乗せてグリーングラスにそう返していた。その言葉を受けたグリーングラスはといえば、眉間に青筋を立てていた。

 

「…言いましたね?テンポイント。いいでしょう、ええ、いいでしょう。全力で相手をして差し上げます」

 

 一触即発の雰囲気である。が、そこにトウショウボーイが、笑顔を浮かべながら割って入った。

 

「まぁまぁ二人共、せっかく久しぶりに会ったんだしさ。この後食事にでも行こうよ」

「賛成」

「それは賛成です。いいお店、知っているのですか?」

 

 先ほどのつんけんとした雰囲気が一転、のほほんとした雰囲気に変わる。どうやら、先ほどの言い合いは、彼女たちにとってはいつもの事であるらしい。そして、そんな3人に、一人のウマ娘が近づいて来ていた。

 

「ん、あー。それはね」

「私が案内することになっています。さ、行きましょう?」

 

 伝説のアイドル、ハイセイコーその人である。いきなりの登場に、テンポイントとグリーングラスは面を喰らったようであった。 

 

「「ハイセイコーさん!?」」

「どうされました。そんな、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。積もる話があるのでしょう?早く行きましょう。それに、私としても貴女達と話したかったのです」

 

 そう言って歩みを進めるハイセイコー。3人は、その背中を慌てて追った。

 

「でも、ハイセイコーさんが、私達と話したいっていうのは?」

 

 グリーングラスがそう問うと、ハイセイコーは笑顔を彼らに向けていた。

 

「ええ。何せ私が去った後のトゥインクルシリーズの人気を、貴女達が不動のものにしてくれたのですから。感謝を伝えたいと常々思っていたのです」

「…それは私達もです。ハイセイコーさんが活躍してくれたから、3人が頑張れました。こちらこそ、ありがとうございます!」

 

 3人はそう言って、ハイセイコーへとお辞儀をする。ハイセイコーはというと、苦笑をして、彼らを見つめるだけだ。

 

「…ま、立ち話もなんですし、早速お店に入っちゃいましょうか」

「はい!あ、ハイセイコーさん、今日はどんなお店に連れて行ってくれるんですか?」

「ふふ。私が現役時代に通っていたお店です。北海道の海産物と、ピーマン料理が自慢の美味しいお店ですよ」

 

 

『さあ第三コーナーを抜けてホームストレート!先頭はビワハヤヒデ!ビワハヤヒデ先頭!やはり強い!菊花賞の勢いのまま有馬記念も勝利で飾るのか!

 

 いや!ここで最内を周って伸びて来たのはメジロマックイーン!メジロマックイーン!これは強い2頭の叩き合いだ!後ろからナイスネイチャも届こうとしているが残り200メートル!ビワハヤヒデかメジロマックイーンか!

 

 ビワハヤヒデが粘る!!しかし!しかし!メジロマックイーン!宝塚記念の勢いのまま有馬を制するのか!?

 

 メジロマックイーンが来た!メジロマックイーンが来た!メジロマックイーンが来た!トウカイテイオーと競い合った意地を見せるのかメジロマックイーン!メジロマックイーンだ!メジロマックイーン!ついに!ついに!

 

 メジロマックイーンが有馬記念を制覇!ついに最強の座を手に入れたメジロマックイーン! 

 

 あの90年、伝説のオグリキャップを思い出す見事な勝利を収めました!メジロマックイーン!そして見事!宝塚記念に続き有馬記念を勝利!グランプリ春秋連覇を成し遂げました!!

 

 伝説のトウカイテイオーが引退して初めて迎えたこの有馬記念!誰が最強に名を連ねるのかと、本命不在と言われた中!それを見事にもぎ取ったのは!頂点に立ったのは!メジロマックイーン!そして7歳での有馬記念制覇はスピードシンボリに続く2例目!!強い、強いぞメジロマックイーン!』

 

『いやぁ、トウカイテイオーが引退してから果たして誰が頂点に立つのか、非常に気になっておりましたが、ここでメジロマックイーンとは予想外でした。いや、やはり強い馬は強いですね』

 

『ええ、本当にそう思います。しかし、2着のビワハヤヒデも3歳ながら見事入着、ライスシャワーも少し離されましたがナイスネイチャ続く形。確実に次世代の波は来ているように感じますね。おおっと!?ここでメジロマックイーンが立ち上がった!?これはナポレオンポーズだ!あのトウカイテイオーのナポレオンポーズだ!鞍上も天に指を掲げた!なんと素晴らしい光景でしょうか!』

 

 

 そして控えたドリームトロフィーを目の前に、2人のウマ娘が日本の中山レース場で再会を果たしていた。

 

「…よう、久しぶり」

「お久しぶりですね。イージーゴアさん」

「…なんだその気持ち悪い話し方!サンデーサイレンス。お前、日本に来てから相当変わったな?」

「貴女こそ。イージーゴア。そんなぶっきらぼうな話し方、貴女に似合っていませんよ?」

 

「くくく、ははははは!」

「ああっははははは!」

 

 二人は人知れず笑い合う。すると、今まで姿勢が悪かったイージーゴアは背筋を伸ばし、逆にサンデーサイレンスは相手を試すように腰に手を当てた。

 

「お元気そうでなによりです。サンデーサイレンス」

「あはははは!お前もな!イージーゴア!なんだ、寂しくて追っかけて来たのか?」

「ええ。寂しくて寂しくて。疼くんです。体が、貴女を追い抜けと」

 

 まるで入れ替わったような口調で話す2人。だが、2人はそれを不思議とも思っていない。そう、本来は、これが素なのだ。

 

「ははは、だが残念。俺はもう走らない!俺は、俺の走りを下の世代に伝えていく。そう決めたのさ」

 

 サンデーサイレンスの言葉に、イージーゴアはため息を吐いた。

 

「そうだろうと思いました。全く、一言くれればよかったものを」

「一言いったらお前が付いてくるだろうが。―いいか、イージーゴア。勝負だ」

 

 そういってサンデーサイレンスは、イージーゴアの顔を指さした。

 

「勝負?」

 

 疑問を浮かべるイージーゴア。それを見て、サンデーサイレンスは更に笑みを浮かべていた。

 

「テメーの弟子と俺の弟子。どっちが速いかな。テメーはアメリカで育て上げる。私は日本で育て上げる。そしていずれ、いずれその弟子が戦い、勝利する姿で酒を飲む!な?楽しそうだろう?」

「それはいい提案です。受けて立ちましょう」

 

 そういって、イージーゴアとサンデーサイレンスは強く、強く握手を交わしていた。

 

「ああ、それはそうとして。テメー。

 ―ドリームトロフィー。あなたは私の知る限りで最高のウマ娘なのです。負けることは、許しませんよ?」

 

「当然です。あなたのライバルは、強いのですから。

 ―しっかり観客席から応援しやがれ。このアヒル野郎」

 

 

 メジロマックイーンは、有マ記念を見事に先頭で駆け抜けた。本命不在と言われた中、あのトウカイテイオーを超えるように。

 

 そして、今までのメジロマックイーンでは有り得なかった行動を起こしていた。

 

 普段であれば、レースで勝利した後に、お淑やかに、しかし力強く『当然だ』と言わんばかりに観客を見るマックイーンなのだが。

 

 ウイニングサークル。そこで、彼女は満面の笑みを浮かべると、腰に手を当てて、天に指を掲げてみせたのだ。それはまるで、トウカイテイオーの現身そのままであった。

 

「わたくしは成し遂げました。あとは貴方です。トウカイテイオー」



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温泉―嵐の前のなんとやら

 

 目の前には、硫黄の香りが漂う温泉が湛えられている。すぐに入りたい気持ちを抑えまして、だが、慌てない。まずは脚を洗って頂いてからである。

 

 そして以前の様に、後ろ歩きで湯船に入る。おあぉおあああ…やっぱりいいぞーこれは。と、思った瞬間、すかさずに私の横にバケツが置かれていた。もっしゃもっしゃとピーマンを喰らう。付け合わせはこれまた青臭いゴーヤーである。

 

 さて、私が文字で温泉いきたいのー! と駄々を捏ねてからわずか一週間後。私は福島のいわきで温泉に浸かることが出来ている。いやぁ、迅速な行動に感謝感激だ。

 ちなみに、私の面倒を主に見てくれているのは、鍛錬の牧場で私をずーっと見てくれていたあの人間である。いや、もしかして、私のために出張ってくれたということか。本当に感謝しかない。

 

 …まぁ、邪推すればだ。文字が書ける馬からの要求って考えると妥当か?もし、文字を書く馬の相手が、人間の時の私だったら『おい今すぐ車手配して相手方に連絡しろ!不機嫌にさせるな!ああ!?馬をだよ!』ってテンパリそう。まぁ、実際、ONSEN GOって書いてから、対話していた職員がすっとんでいったので、あながち間違いではない予感がする。しかもピーマンまで用意されているし。

 

 というか、温泉は入れるのは嬉しいんですが、見守りが10人以上おるってのもやりすぎてはないだろうか?うん、ちょっと気が落ち着かないよね。ま、温泉は入れてピーマン食べれるからいいけどもな!

 

 あー、ただ、この湯舟だとぶっちゃけ狭いんだよなぁ。結局、馬の幅ぐらいしかないから脚を伸ばせんのよね。あれだ、鍛錬の時のプールみたいな。深さはあそこまでなくてもいいんだけど、でかい湯舟が非常に欲しい。…んー、伝えれば多分マジで作る方向で動き出しちゃいそうなのが怖いんで、今は心のうちに秘めておこう。何せ、温泉に入ってピーマン食えるだけでも幸せなのだ。

 

 …あ、そう言えばだぞ。私普通に生のピーマン食ってるけれどもさ。もしかしてこれ、料理とかも実は頼めるのでは?いや、頼めるか?あ、頼めるなコレ!

 

 自らのひらめきに、反射的にザバアっと音を立てて湯舟を飛び出た。が、ふと思い出す。

 

『宇都宮以外では文字を書くなよ?』

 

 そういえばそうであった。ううむ。ピーマン料理は牧場に戻ってからにしよう。そうしよう。ああ、人間様方、驚かせまして申し訳ない。大人しく体を湯舟に戻して、改めて温泉に浸かる。

 

 アー、いい湯だ。実にいい湯だ。ピーマンも旨いし、ゴーヤも旨い。それに、あとは、風呂上りにビールも待っている。さすがにキンキンに冷えてはいないけどね。

 

 思わず欠伸が出てしまった。いやー、普段こんな風呂なんて入れませんからね。ええ、本当に有難い事ですわ。

 

 と、のんびりしていると、一頭のお客さん…じゃねえ、一頭の馬が温泉に入ってきていた。まぁ、当然である。私の貸し切りでは無いからね。

 

 入ってきたお馬さんの馬体を見てみれば、栗毛でなかなか馬体の良いお馬さんである。しかも明らかに私よりも若い。

 

『なにこれ』

 

 彼はそう言って、温泉に入る事を戸惑っているようであった。うん、まぁ、そうだろうねぇ。よし、少々助け舟を出しておこう。

 

『気持ちいい』

 

 私が彼にそうニュアンスを伝えると、彼は恐る恐る温泉へと体を沈めていった。

 

『あったかい。いい』

 

 そうだろうそうだろう。温泉とはかくも素晴らしいものなのだ。あ、ピーマンとゴーヤ、食べないかい?

 

『…なにこれ?青臭い?』

 

 まぁまぁ、温泉に浸かって食うとこれ旨いんだぜ?そうニュアンスを伝えると、彼はピーマンを恐る恐る口に運んでいた。

 

『苦っ!?苦…苦…?』

 

 さぁさぁ、どうだい、初のピーマンのお味は。

 

『苦…旨?青臭い…?もう一個いい?』

 

 おや、なかなか礼儀正しいお馬さんだ事。同志ですら勝手に2個目を食べたと言うのに。

 

『どうぞ』

『ありがとう』

 

 そう言って彼は、2個、3個とピーマンを食い勧める。うん、新たなピーマン野郎の出来上がりである。いいぞいいぞ。宇都宮ではロマンリバー以外にピーマン食う馬がいないので実に寂しかったのだ。うん、やはり。牧場から出てみる物である。

 

 に、しても彼の名前は何というのであろうか?うーん、面子とかには書いてないしなぁ。まぁ、あとでちょっくら脱走して名前を見るとしましょうか。もしかしたら、私の知っている馬かもしれないからね。

 

 まぁひとまずは温泉を楽しみましょう、そうしましょう。

 

 

「お疲れ様です。いやー、トウカイテイオーは見事に寛いでいますね」

「あはは、いやぁ。えーとですね。…最近宇都宮で調子が悪かったから、オーナーの許可の下連れてきてみたのですが、予想外に寛いでしまっていて。なんといいますか」

「そりゃあ凄い。というか、よく受け入れしてくれましたね。テイオーはもう種牡馬でしょう?」

 

「ええ、ですが、あれだけ功績を遺してくれたからか、JRAも無下にはできないようで」

「あー、なるほど、確かに」

 

「そういえばそちらは?あの馬、まだ若馬に見えるのですが」

「あ、ええ。怪我などはしていないのですけれどね。どうも勝ちきれないので、一度休養をさせてみようかと。で、その中でトウカイテイオーが温泉好きだったという話を耳に挟みまして。肖ってみようと思ったのですが…。まさか同じ日に温泉に入れるとは思ってもみませんでしたよ」

「おお、それはよかった。で、あの馬の名前は?」

 

「オフサイドトラップという馬です。世代注目馬にも挙げられているんですけどね、なかなかうまくいきませんで」

「なるほど。まぁ、この温泉がいい機会になることを祈っておりますよ」

「お言葉、ありがとうございます…って、トウカイテイオーがトラップに何か食べさせていませんか?」

 

「あー…あれはテイオーのピーマンですね」

「ピーマン?」

「ええ。あ、ご存じありませんか?」

「はい、トウカイテイオーはピーマンが好物なのですか?」

 

「ええ。しかも、自分が気に入った馬にピーマンを分け与えるんですよ。それに、分け与えられた馬は悉くが成功しています。同年代のレオダーバン、ナイスネイチャは元より、ミホノブルボン、ビワハヤヒデ、メジロマックイーンもテイオーにピーマンを分け与えられた馬達なんですよね」

 

「それはそれは、いい話が聞けました。俄然やる気が出ると言うものです」

 

 

 トレセン学園の共同風呂。そこには、2人のウマ娘が肩まで湯船に浸かって、疲れを癒していた。

 

「いやぁ、やっぱりお風呂はいいねぇ…」

「ですわねー…。レースの疲れがすべて洗い流されるようですわ」

 

 のほほんとしているのは、今日のレースの有マ記念で見事センターを収めたメジロマックイーンと、明日、ドリームトロフィーを走るトウカイテイオーその人だ。

 

「それにしてもマックイーン、キミ、すごかったよ。最後ビワハヤヒデの必勝パターンかと思ったのにさ」

「当たり前です。伊達であの場に立つ者など誰一人としておりません。それに、ビワハヤヒデさんは、完璧な戦略と完璧な練習で実力を発揮するタイプ。対して私は、脚が不調、それゆえに練習も不十分と言えたでしょう。完璧には程遠い仕上がりであの場に立ちました。立つことが、出来たのです。それは即ち―」

 

 そこまでいったマックイーンは、テイオーを見て、自信満々にやりと笑った。

 

「完璧から程遠いからこそ、このメジロマックイーンは完璧以上の仕上がりを、皆様に見せられたのです」

 

 そんな笑顔に見惚れたのか、テイオーは息を飲んだ。そして、へにゃりとテイオーは笑うと、しみじみとこう呟いた。

 

「…やっぱりかっこいいね、マックイーンは」

「何を言っているのですか。貴女こそカッコいい、素晴らしいウマ娘ですよ」

 

 2人はそう言って笑い合っていた。と、ふと、そんな2人を、物陰から見守るウマ娘が2人。

 

「…尊っ!圧倒的に尊いっ!貴女もそう思いませんか!?」

「うん。そう思います。思いますが…あの、なぜ私も隠れる羽目に?」

「そりゃあそうでしょう!あんな、あんな素晴らしい空間に他のウマ娘が挟まっちゃあいけなんです!そうは思いませんか!?」

「…でも、ここトレセンのお風呂ですよ?」

「関係ありません!ああ!ああ!?あああ!?!?!?そう言えば貴女も滅茶苦茶かわいいウマ娘!あああぁあああこれは失礼おぉおおお!?」

「落ち着いて!?」

 

 わちゃわちゃと、物陰で騒ぐ2人を尻目に、浴場にまた一人のウマ娘がやってきていた。

 

「…なんだあいつら。こそこそと隠れて…おーいテイオー!そろそろ上がれー!明日のドリームの最終打ち合わせをやるってよー!」

「ん!?あ、インディ!判ったー!すぐ行くよー!…じゃ、また後で。マックイーン」

「はい。わたくしはもう少しゆっくりしていきますね」

 

 

 暮の中山、それを走り終えた騎手の2人は、中山競馬場の調整ルームで湯船に浸かっていた。

 

「いやぁ、お疲れ様。本当に。メジロマックイーン、強かったよ」

「ありがとうございます。貴方にそういって頂けるとは思いませんでした」

 

 2人はそう言いながらも、雑談を続けていた。

 

「あはは、いやーしかし、完全に勝った!と思ったんだけどね。いやはや、メジロマックイーンの底力と、君の騎乗の上手さには脱帽ものだよ。流石天才」

「おだてないでください。貴方こそ、名実ともにレジェンドじゃあないですか」

 

 そう言って、2人はお互いに噴き出していた。

 

「しかし、メジロマックイーンはよくあのポーズが出来たね。仕込んでいたのかい?」

「いえ、全く。ただ、ゴール板を駆け抜けた後、メジロマックイーンがこちらを見て、首を上に上げたんですよ」

「ほほう?」

「それで貴方とテイオーを思い出したんです。そう言えばと」

「なるほどねぇ。でも、見事なポーズだったよ。葦毛と相まって、白馬の王子様みたいだったよ?」

 

「やめてくださいよ、恥ずかしい」

「はははは!」

 

 ひとしきり笑った2人は、また静かに言葉を交わし始める。

 

「あ、そう言えば話は変わるんだけどさ、君、ロマンリバーの屋根を張るらしいね」

「ええ。よくご存じですね?デビューは再来年あたりなんですが」

「ちょっと縁があってね。そっか、良いなぁ」

 

「そんなに良い馬なんですか?確かにオグリキャップの前例がありますが、元々は地方馬でしょう」

 

「あれ、あの話、知らないのかい?」

「え?」

「ああ、うん。知らないんだね。じゃあ教えておこうか」

 

「ロマンリバーはトウカイテイオーの技術を覚えちゃってる馬なんだ」

「…は!?」

 

「驚くのも無理はないか。いや、まぁ、僕も人伝で聞いたんだけどさ…」

 

 そう言って、男たちの話は続く。どうやら、2人共に、まだまだ屋根は張り続けることになるらしい。これが今後の競馬業界をどう変えたのか。それはまた、別のお話である。

 

 

 そんな温泉のやり取りから時は巡り、数年後。

 

 場面は、東京レース場に移る。

 

『さあ、東京第11レース。11月1日日曜日!やってまいりました!

 1枠1番。注目は『2番人気』サイレンススズカ!あの毎日王冠で見せた逃げ足は発揮されるのでしょうか!

 

 そして本日の主役はやはりこのウマ娘にほかならないでしょう!

 クラシックはナリタブライアンに破れ、しかし、しかしと諦めずに地を這い続けた数年間!

 そしてついに花は開いた!!トウカイテイオーの凱旋門制覇から数年。再び閉じてしまったあの門を見事、その逃げ足で叩き壊した現役最強ウマ娘!

 一時は脚の怪我に苦しめられ、引退を考えたほどと言います!

 それでも、諦めずに挑み続け、ピークが過ぎたとまで言われ!しかし!その全てを振り切り、栄光を掴み取ったその姿は、まさに、まさに『奇跡の名ウマ娘』と言えるでしょう!

 帰国後、凱旋に選んだレースは、まさかまさか!トウカイテイオーが制覇出来なかった、この「天皇賞(秋)!」。一帖の盾を求めて走るのであります!

 

 文句なしの一番人気ウマ娘!5枠6番!その名も―――――!!!』

 

 ―――私、ピーマンが好きなのよ。特に苦い、青臭い奴がね。

 あら、奇遇ね。私もよ。―あなたがどんなに強くったって、先頭の景色は譲らないんだから。

 

『さあ、名実ともに最強の逃げウマ娘対決です!各ウマ娘ゲートインが完了しまして…今、天皇賞秋!スタートしました!2000メートル先で栄光を手にするのは、どのウマ娘なのか!』

 

 正々堂々、真剣勝負。お前よりも、あなたよりも、―――私が速いんだから。



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中山 芝(良) 2500-夢の杯

 暮の中山。2500。有マ記念が行われた翌日。ついに、夢の大レースが開かれようとしていた。

 

 舞台は有マ記念と同じ。暮の中山レース場。芝、2500メートル。

 

 レース名は『Winter Dream Trophy』。誰が言ったか、夢の舞台である。

 

 トゥインクルシリーズがアマチュアのレースだとすれば、こちらはプロのレースに位置付けられ、完全なる興行として行われるレースである。だが、今年の冬の夢は、今までと明らかに格が違った。今までであれば、トゥインクルシリーズで活躍したウマ娘が、人気投票で選ばれ、往年の活躍者が出そろうレースなのだ。

 

 だが、今年は異例も異例。人気投票こそされたが、そのメンバーはURAの推薦で選ばれたと言う。

 

『さあ、いよいよウインタードリームトロフィーのパドック入りが行われます!順々に紹介をしてまいりましょう!

 

 1枠1番 『スーパーカー』マルゼンスキー!今回のドリームトロフィーは非常に気合が入っております。インタビューで彼女は『これだけの名ウマ娘と走れるなんて、最高ね』との言葉が聞けましたが、言葉とは裏腹にその目はギラギラと輝いておりました。もしかすると、彼女にとってのクラシックがようやくやってきたのかもしれません!

 

 1枠2番 『鉈の切れ味』シンザン!ドリームトロフィー直前の追い切りでは、シンボリルドルフと並ぶ末脚を見せてくれていました!今のウマ娘では見ることがあまりないこの和風の勝負服!やはり、非常に美しく、力強いウマ娘です!好走を期待します!

 

 2枠3番 『流星の令嬢』テンポイント!前髪の流星と美しい姿!令嬢の名は伊達ではない!しかし、彼女は一度、走れないと言われたウマ娘であります。だが、それがどうしたと言わんばかりに、昨日の追い切りではあのグリーングラス、トウショウボーイと共に見事に坂路を駆け上がっておりました!あの美しい走りを、我々は再び見ることが出来るのか!?

 

 2枠4番 『ビッグレッド』セクレタリアト!説明不要の強さを誇るまさにキングオブウマ娘!!だがしかし!侮るなかれ!『このレースのためにすべてをつぎ込んできた』と言い切ったその視線の先にあったのはたった一人のウマ娘!最強を打倒するために、最強が磨いたその末脚が炸裂するのか!

 

 3枠5番 『幻のウマ娘』トキノミノル! 今回のドリームトロフィー。トウカイテイオーが出ると聞いていの一番に出走を決めたウマ娘です! 『負けるつもりはありませんよ』と笑顔で言い切ったその覚悟はいかほどの物なのか! なお、既にレースの世界からは身を引き、別の業界で働いているという事で、今回はメンコを被っての参戦となりますが、またあの走りが見れるのであれば眇眇たる事でしょう!

 

 3枠6番 『緑の刺客』グリーングラス! テンポイント、トウショウボーイと競い合った優駿の登場です! 3人の中で最も長く、その世代を支えた名ウマ娘と言っても過言ではないでしょう。かつてのライバルである2人が有終の美を飾れなかったラストランを、見事勝ち取ってみせたあの有マ記念は感涙物でありました。そして、このレースではその2人に宣戦布告をしての参加です!

 

 4枠7番 『アイドル』ハイセイコー!社会現象を起こした名ウマ娘がここで登場!おおっと!ひときわ大きい声援が巻き起こった!やはり人気は健在だ!地方レースから中央のクラシックを制してみせたそのシンデレラストーリーに、誰もが熱くなり、誰もが希望を持ったものです!どんな走りを見せてくれるのでしょうか!

 

 4枠8番 『芦毛の怪物』オグリキャップ!そしてハイセイコーの後、再び社会現象を起こした名ウマ娘!スーパークリーク、イナリワンと並んだ永世最強世代は今も心に刻まれております!なお、彼女の大食漢ぶりは未だに健在。レース前にもカツ丼を5杯食べたとか!?しかし、そのギラついた目は本物の証か!

 

 5枠9番 『鬼の末脚』ミスターシービー!天衣無縫、常識破り!そう言われた追い込み戦法は誰しもが熱くなった彼女の末脚は未だに、未だに我々の心をつかんで離さない!そして見てください!この美しい姿を!こちらも大きな歓声が巻き起こっております!

 

 5枠10番 『皇帝』シンボリルドルフ!ここにいる皆様にはもう説明不要の名ウマ娘でしょう!日本史上初!無敗の三冠ウマ娘!伝説を目の前に、この皇帝はどのような走りをみせてくれるのでしょうか!

 

 6枠11番 『獅子』リオナタール!帝王と競い合ったその末脚が再び!オーストラリアの大地を駆けた名ウマ娘がこの冬のドリームトロフィーにも出走!クラシックはトウカイテイオーに後塵を拝するものの、その後は見事にトゥインクルシリーズを駆け抜けてみせました!さあ!今宵この末脚が炸裂するのでしょうか!

 

 6枠12番 『雪辱者』スボティカ!海外からの殴り込み!皆さまご存じ凱旋門を帝王と競い合った名ウマ娘!引退し、トレーナーとしての道を歩むかと思いきや、この時のためにと磨き上げたその自慢の脚を以ってこの日本に上陸!走りが非常に楽しみであります!

 

 7枠13番 『天バ』トウショウボーイ!テンポイントと競い合った有マ記念。あの最終直線の激闘は未だにこの、この中山のターフに刻まれている!またあのデッドヒートが見れるのか!怪物は、怪物の姿を取り戻せるのか!否が応でも期待が膨らみます!

 

 7枠14番 『挑戦者』エーピーインディ!あのセクレタリアトの愛弟子!アメリカダート最強のウマ娘がここに参戦!以前はトウカイテイオーを自らの土俵で待つ王者であった。だが、今度は私があいつの土俵に上がって見事に抜いてみせようと、挑戦者として磨き上げたこの見事な体!デッドヒートを期待します! 

 

 8枠15番 『日本最強ウマ娘』クリフジ!『私は老いたウマ娘さ。どこまでやれるかね』と会見ではおっしゃられておりましたが、なんのなんの。一昨日の追い切りでは、共に走っていたメジロマックイーンを置き去りにする末脚を見せてくれていました!やはり、強いウマ娘はどこまでいっても強いのか!?

 

 8枠16番 『クラシック三冠ウマ娘』セントライト!日本史上初の三冠ウマ娘。当時はまだまだトゥインクルシリーズの人気が無い時代でありました。だが、それでも燦然と輝くその冠は、我々の心を熱くしてくれます!さあ、この伝説はどこまで駆け上がるのか!乞うご期待!

 

 9枠17番 『優駿』イージーゴア!アメリカで活躍していたウマ娘。サンデーサイレンスと競い合ったレースは、全てが熱いものでした。今回はそのライバルと勝利を約束しているとのことです!さあ、この日本の中山で、この優駿は見事センターの栄誉を手にすることが出来るのか!

 

 9枠18番 『帝王』トウカイテイオー!大外!ここで大外にくるのかトウカイテイオー!彼女についても説明は不要でしょう!さあ、彼女は今日、スタートしてからどこを走るのでしょうか!?最後、彼女はどういう戦略を取るのでしょうか!?芝もダートも私の庭だ!脚質なんて関係ない!至高のウマ娘!トウカイテイオーが大外18番でウインタードリームトロフィーに初出場!彼女の最高のレースが見れるのか!

 

 以上、パドックからお伝えしました!一人一人が伝説!誰が勝っても、誰が負けても角が立つ!全員勝て!そう私も思います!だが、だが!勝者はただ一人!

 

 皆さまに至りましては、全力で走る彼女たちに、盛大な、最も盛大な拍手と喝采をお願いしたいと思っております!』

 

 

 パドックでのお披露目の後、ウマ娘達はトレーナーらと最終の打ち合わせを行っていた。

 

 あのシンザンですらも、往年のトレーナーの元へ向かい、ああでもない、こうでもないと論議をかわしている。

 

 無論トウカイテイオーも同様だ。だが、トレーナーはと言えば。

 

「お前の好きに走ってこい。トウカイテイオー」

 

 そう言って、笑顔でテイオーをターフへと送り出していた。そして、テイオーがバ道に入った時である。

 

「ああ、少し失礼します。貴方がトウカイテイオーさんですね」

 

 そう言って、一人のウマ娘から声を掛けられていた。

 

「はい!」

「私、トキノミノルと申します。以後、お見知りおきを」

 

 華麗ともとれる、美しいお辞儀をみせたトキノミノルに、テイオーは思わず背筋が伸びた。

 

「…は、はい!あ、あの!映画!映画見せていただきました!すっごい、すっごい感動しました!」

「あらあら。ありがとうございます。ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「は、はいいぃ」

 

 面子の向こうからでも、笑顔になっていることが判る。だが、とはいえ伝説の名ウマ娘。テイオーは、緊張のせいか何も言えなくなっていた。

 

「おいおい。トキノ。お前、後輩をビビらせてるんじゃあないよ」

「あら、お久しぶりです。クリフジさん。お変わり無い様で」

「そりゃあこっちのセリフだ。…というか、お前の姿も全然変わらないな。アサマなんかもう婆だぞ?なんかやってんのかお前」

「なぁんにもやっていませんよ。ただ、若いウマ娘と交流の機会が多いだけですよ。それを言い始めたら貴女も相当でしょう?」

「…まぁな。おっといけねぇ。トウカイテイオーが完全に固まっちまってる。おーい、大丈夫か?」

 

 そういって、クリフジはテイオーの頭を軽く撫でていた。

 

「くりふじゅ・・・クリフジさん!?」

 

 驚いたのか、テイオーは後ろに飛びのいていた。それを見て、クリフジとトキノミノルは笑みを浮かべていた。

 

「おう。なあに、緊張するなよ。オレはただの老いたウマ娘さ。ちなみにトキノも同年代だぜ?」

「え!?ええ!そんな風には見えないんですが…」

 

 そう言いながらテイオーはクリフジとトキノミノルを見る。だが、どう見ても老いたウマ娘とは思えない若さを湛えていた。特にトキノミノルは、緑色の勝負服から覗く肌がほとんどテイオーらと変わらない、若々しさを湛えている。

 

「嬉しい事を言ってくれますね。テイオーさん。ああ、そうそう1つ、伝えたいことがあったんです」

「お、奇遇だね、オレからも1つテイオーに伝えたいことがあったんだ」

 

 そう言って2人はテイオーに体を向ける。

 

「お二人が、ボクに!?」

 

 テイオーはそう言いながらも、2人に体を向けて姿勢を正していた。

 

「ええ。まず、私達は老いてます。姿はともかく、体はもう、ここにいる誰よりも弱いでしょう」

「ああ、その通り。その上でだ。トウカイテイオー」

 

 クリフジは一呼吸置くと、口角を上げてこう、言葉を投げた。

 

「遠慮をしてくれるなよ。気を遣うなよ。我々は、君を超えるためにここに立っている」

「あら、先に言われちゃいましたか。そう、そこなのです。私達に気を遣って、とか考えていたら、そんなものは必要ないとお伝えしたくて」

 

 2人共に笑みを湛えていた。だが、その目は笑っていなかった。本気で来てくれと、そう、気持ちが伝わって来るような目である。

 テイオーはその言葉を受けて、少しだけ目を瞑った。が、次の瞬間。

 

「…大丈夫です。そんなことは、最初から考えていませんから」

 

 瞳を開き、クリフジとトキノミノルをしっかりと見据えて、はっきりとそう言い切ったのである。

 

「あら」

「ほう」

「ボクは、誰よりも先頭でゴール板を駆け抜けたくて、ここにいます。貴女達も、シンボリルドルフさんも、シンザンさんも、セクレタリアトさんも、全員、全員。ボクが超えてみせます!」

 

 テイオーは、天真爛漫の笑みを浮かべた。その姿に、クリフジとトキノミノルは優しい笑みを浮かべていた。

 

「…そうでしたか。これは失礼しました」

「はっはっは。いいウマ娘だなお前は!悪かった。野暮なことを聞いて。ならば、あとはターフでやり合おう」

 

 そう言って2人は、右手をトウカイテイオーへと差し出していた。

 

「はい!よろしくお願いいたします!」

 

 トウカイテイオーはそう言うと、笑顔で、しかし力強くその手を握っていた。

 

 そして、その後ろの物陰では。

 

「…ルドルフよ。トウカイテイオーは良いウマ娘だな。真っすぐだ」

「そうでしょう。私の自慢の後輩ですから」

 

 首を縦に振り、うん、と満足そうに頷くシンボリルドルフと、シンザンがその光景を見守っていた。

 

 

『さあいよいよ、いよいよウインタードリームトロフィーの出走の時間が迫ってまいりました!

 

 各ウマ娘がゲートに収まってまいりました!サマードリームトロフィーの勝者、シンボリルドルフが5枠10番に収まりました!

 

 続いてハイセイコー、セクレタリアトらが観客席に手を振りながらゲートイン!歓声がこちらまで聞こえてきております!

 

 おっと、トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラスの3人は円陣を組んだ!そして、拳を合わせた!更に歓声が巻き起こるドリームトロフィー!

 

 そしてクリフジ、セントライト、トキノミノルも拳を突き合わせて、その拳を天に掲げる!歓声が止まらない!

 

 残ったのはリオナタール!エーピーインディ!スボティカ!トウカイテイオーの4名!何かを話しているのか、こちらからは判らないが、どうやら笑顔を浮かべているようだ。

 

 エーピーインディがテイオーと肩を組んだ、そして軽く頭に手を乗せたぞ!?おっと、テイオーがその手を払う!スボティカはそれを見ながら、エーピーインディは笑いながらゲートイン!そして最後!リオナタールとトウカイテイオーが拳を合わせ、別れた!リオナタールがゲートに収まった!

 

 そしてそしてトウカイテイオー!腰に手を当てて天を仰いだ。おっと!そして、観客席に向けて親指を立てたぞ!観客席の盛り上がりも最高潮だ!

 

 さあ!さあ!いよいよ!いよいよ、夢の大レースが始まります!

 

 暮の中山レース場!天候はご覧の通り快晴!バ場状態は良!

 

 距離は芝の2500!トゥインクルシリーズ有マ記念と全くの同条件!

 

 この時代を超えた伝説達の中で、一番でゴールするのは一体どのウマ娘なのか!

 

 最後!大外枠にトウカイテイオーが収まりました!

 

 ウインタードリームトロフィー。今、スタートです!』

 

 観客席では、2人のトレーナーがスタートを見守っていた。

 

「始まっちまったなぁ」

「始まったわね」

 

 しみじみと呟く2人。

 

「あなたのテイオー。仕上がりは良さそうね」

「そりゃあな。何せ俺の考えた結果以上の結果を出し続けたウマ娘だからな。今回も最高の体調だとは思う」

 

 そう言って走り始めたウマ娘達を、じいっと見つめるトレーナー達。だが。

 

「…あなた、何か不安なの?」

 

 片方のトレーナーが、そう、もう一人のトレーナーへと疑問を投げかけた。

 

「いや、不安はないさ。間違いなくテイオーが勝つ、そう思う」

 

 そう言って、彼は小さく笑みを浮かべる。

 

「でも、パドックで色々話している内にさ、こうも思ったんだ。俺の教えられることはこれが最後だなと」

 

 そう言ったトレーナーの顔は、どこか憂いを浮かべていた。

 

「へぇ…じゃあ、そんなトレーナーは、トウカイテイオーに最後、何を伝えたの?」

 

 もう一人のトレーナーが、そう、疑問を投げかけた。

 

「ああ、そりゃあ。『お前の好きに走れ』という小さな、でも、俺の心からの想いさ」

 

 

『18人、綺麗なスタートを切りました!まずはやはり行ったマルゼンスキー!期待に応えてグーンとハナを主張していきます!そして続いたのはハイセイコー、グリーングラス、テンポイント!

 シンボリルドルフとシンザンはその後方に控える形だ。すぐ後ろにはオグリキャップとトウショウボーイが続いていくがおっと!?ここでセクレタリアトとエーピーインディ、スボディカ、イージーゴアは早々と後方で集団を形成!更にその後方にはクリフジ、トキノミノル、セントライトと続いていく!そして鬼の末脚ミスターシービーとリオナタールが控えている!

 

 そして殿にはトウカイテイオー!今回は追い込みを選びましたトウカイテイオー!

 

 マルゼンスキーが17人を引き連れて一回目のホームストレッチに入ります!大歓声がウマ娘達を迎え入れます!すごい、すごい歓声だ!実況席にまで歓声が響き渡ります!

 

 さあそしてマルゼンスキー先頭のまま第一コーナー、第二コーナーを見事にクリアしていく優駿達!向こう正面に入りまして改めて順位を確認してまいりましょう。

 

 先頭はマルゼンスキー、続くようにハイセイコー、外グリーングラス、そのすぐ後方にテンポイント!1バ身離れてシンボリルドルフとシンザンが並んでそのすぐ後ろにオグリキャップとトウショウボーイが続きます。更に2バ身を空けてここにセクレタリアト、エーピーインディが続きまして後方内側にスボティカ、外目にイージーゴア。そして更に3バ身離れてトキノミノル、セントライト、クリフジ、差を詰めて来たミスターシービーとリオナタールもここにいた!

 そしてトウカイテイオーはそこからさらに2バ身!

 

 往年の名ウマ娘の中には、戦略を変えたウマ娘もいる様子ですが、概ね予定通りの形と言って良いでしょう!

 

 さあ、第三コーナーに先頭マルゼンスキーが差し掛かる!おっと、ここで動いたのはシンボリルドルフだ!シンザンをかわして前にでた!』

 

 

 やっぱり、伝説達はすごいなぁと思いながら、ボクは殿を行く。

 

 みんな、真剣だ。現役を退いてから時間もたっているのに、ボクと全然変わらない力強さだ。

 

 先頭を行くマルゼンスキーさん。逃げ足は、健在だ。

 シンザンさん。伝説のウマ娘。和服の勝負服が風になびいている。

 ハイセイコーさんだってそう。セクレタリアトさんだって、イージーゴアさんだってそう。

 セントライトさんだって、トウショウボーイさんだって、テンポイントさんだって、グリーングラスさんだって。

 オグリキャップさんは淡々とした顔で走っている。ただ、その脚の力強さは現役の時とおんなじだ。

 

 あの、伝説のクリフジさんや、セントライトさん、トキノミノルさんだって。

 

 会長はいつものように自信満々の笑みを湛えている。

 

 リオナタールだってそうだ。

 

 スボティカとインディはちょっと顔が硬い。でも、それはボクもきっと一緒だ。

 

『行け!シンザン!お前が、お前が一番強いんだ!』

『行ってくれシンザン!私の中の貴女は、貴女はいつでも最強なんだから!』

『皇帝!行けー!』

 

 観客席から、大声が聞こえる。

 

『オグリ!オグリ!いけー!最高の走りを魅せてくれー!』

『ハイセイコー!やっぱりお前が最高だー!行けー!』

『マルゼンスキー!いけー!お前は誰にも負けないぐらい速いんだ!』

『皇帝ー!皇帝ー!お前が最高なんだ!いけー!』

『グリーングラス!抜けー!』

『テンポイント!ぶち抜けー!』

『トウショウボーイ!よく戻ってきてくれた!頑張れ!頑張れー!』

『トキノミノル!トキノミノル!ああ!ああ!本当に走ってる!頑張れ!頑張れ!』

『行けー!クリフジ!走れー!今度も、勝ってくれー!』

『最後抜いてくれー!差せ!あの末脚を魅せてくれ!シービー!』

 

 いろいろな想いが、観客席から伝わって来る。

 

『セクレタリアト!ああ!セクレタリアト!行けぇー!誰にも負けるな!』

『イージーゴア!負けんじゃねーぞ!!全力で走れー!』

『テイオーをぶち抜いて凱旋門の借りを返せ!スボティカ!』

『エーピーインディ!芝であいつに土をつけてこいー!いっけー!』

『最後に一気に切って捨てろー!リオナタール!』

『トウカイテイオー!頑張れー!』

 

 観客席からボクは視線を戻した。

 

 ―――すると、不思議な事にボクの目には、小さな女の子たちの幻想が見え始めていた。凱旋門の時と同じように、小さな女の子達が、ボクの目の前を走っていた。

 

 そして、不思議と、ボクの前を走る彼女らから、不思議と声が聞こえてきていた。

 

『みんな、はやいよー!』

『ゴールはまだまだだよ!ちゃんと走りなよー!』

『勝負だー!』

『ははは、負けないぞー!』

 

 ターフを全力で駆け抜ける小さな女の子たち。ふと、先頭を走る女の子と、私の目があった。

 

『ほら、ちゃんと走るよー!?一番速い子が後ろから来てるから!』

 

 そう言って、女の子は楽しそうに、前を向いて加速を始めた。

 

『げっ!?』

『わわっ!?』

『負けてたまるかー!』

 

 他の女の子たちも、そうやって前を向いて全力で走り始めていた。

 

 ――ああ、そうだ。ボクたちウマ娘は。そうだ。

 

 みんなの夢や目標、期待、自分自身の気持ち。

 

 そういったものを私達は背負ってしまっているけれど。

 

 結局は。そう、結局は。

 

『今日のレースは私が、私が一番速いんだから!』

 

 先頭を走る子が、そう叫んだ。 

 

 ――ふふ。それは、こっちのセリフさ!

 

「今日のレースはボクが一番速いんだ!」

 

 歩幅を広げる。脚に力を入れる。

 

『来た!』

『来た!!』

『来たよー!』

『追いつかせるなー!』 

 

 彼女らの笑顔を見ながら、全力で、力を入れて地面を蹴る。

 

 ボクは、トウカイテイオー。

 

 誰が相手だって、きっと勝ってみせる。

 

 だってボクは最強無敵の、ウマ娘なのだから!

 

 

『さあ第四コーナーから最後の直線!数々の伝説が!思い出が駆け抜けていく!

 

 先頭に踊り出たのは『スーパーカー』マルゼンスキー!続いて『皇帝』シンボリルドルフ!勝負を決めるつもりだ!

 だがそのすぐ後方に『獅子』リオナタールと『天バ』トウショウボーイも上がってきている!

 その内を通ってハイセイコー、グリーングラス、テンポイントも先頭を狙っているぞ!

 外目を突いてはオグリキャップが前目の位置、ミスターシービーが追い込みの態勢をとっている!

 

 注目のエーピーインディとスボティカ、そしてそしてセクレタリアトは未だ後方だが末脚を舐めてはいけない!いつ来るんだ!?

 

 そして今回復活のレース!シンザン、トキノミノル、クリフジ、セントライトは、伝説のウマ娘達はまだ動かない!

 

 残り400メートル!先頭と殿の差は20馬身!だが、だが!まだ勝負は判らない。なぜならば!

 

 来た!

 

 来た!

 

 来たぁあああああ!

 

 シンガリの大外から!いつものように大外から!飛ぶように伸びて来た!

 

 『帝王』トウカイテイオーが、大外を通ってやってきた!

 

 ああ!ああ!?セントライト、トキノミノル、クリフジが反応した!待ってましたと!お前と勝負がしたかったんだと!

 

 だが、だが、トウカイテイオー並ばない!あっという間だ!あっという間に追い抜いた!伝説のウマ娘達を直線一気!信じられない!おっと!?ここでトキノミノルがバランスを崩した!これは致命的か!?

 

 続いてエーピーインディとスボティカ、そしてそしてセクレタリアトにテイオーが襲い掛かる! 

 反応した!明らかに待っていた!彼らもテイオーを待っていた!だが、だがしかし!トウカイテイオーは止まらない!?これもあっという間に交わして先頭集団に襲い掛かる!

 

 先頭は変わってシンボリルドルフ!ミスターシービーが横並び!少し遅れてリオナタール!

 マルゼンスキーが少し遅れてシンボリルドルフに交わされた!ハイセイコーとトウショウボーイは遅れた!グリーングラス、テンポイントは今トウカイテイオーに交わされた!

 

 さあ残り200!先頭シンボリルドルフ!続いてミスターシービー!そして、そしてやってきた来たトウカイテイオー!リオナタールを交わして!

 シンボリルドルフに並ぶ!これはシンボリルドルフとトウカイテイオー、そしてミスターシービー!の三つ巴になってしまうのか!

 

 いや!?後方から伸びて来たウマ娘…シンザン!やはり三冠馬は伊達ではない!鉈の切れ味はいまだ健在だ!

 

 セクレタリアトも伸びて来た!爆発的な加速力は未だ健在だ!ビッグレッドは伊達ではない!!!トウカイテイオーに迫る迫る!

 

 そして更に伸びを見せるのはクリフジ!!最後は、最後は日米最高峰のウマ娘6人による競い合いだ!

 

 残り僅か!最内シンボリルドルフ、隣にはミスターシービー!その外目にクリフジ、更に外にトウカイテイオー!そして大外回ってシンザンとセクレタリアト!横一線だ!

 

 誰だ!誰だ!誰だ!ああっ!?抜かれたウマ娘達も再び伸びて来た!トキノミノル、テンポイント、ハイセイコー、トウショウボーイ、グリーングラス、セントライト!往年の伝説ウマ娘達が追いすがる!

 

 オグリキャップも伸びてきた!イージーゴアも必死の形相!エーピーインディとスボティカは叫びながら追い込みをかけている!

 

 遅れたと思ったマルゼンスキーもまた追いすがる!おおっと!?ルドルフを交わすように最内から伸びて来たのはリオナタール!

 

 これは判らない!誰だ!誰だ!誰がこのレースを!夢の舞台を制するのかー!?

 

 伝説の頂点に立つのは誰だ、誰なんだ!?横一線!横一線!

 

 だが、だが!大外!大外!大外だ!

 

 大外から!体を大外に振ったトウカイテイオーだ!トウカイテイオーが伸びて来た!

 

 シンザン!ルドルフ!粘るセクレタリアト!伝説を交わして!交わして!交わして!

 

 トウカイテイオーだ!

 

 トウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー!

 

 トウカイテイオー先着!ゴールイーン!

 

 帝王が!いくつもの思い出と伝説を超えてトウカイテイオー!超えて今!今!堂々先頭ゴールインです!』

 

 

 走り終えたトウカイテイオーは、堂々とその指を天に掲げる。声援を受け、笑顔を浮かべている。

 

 ふと、その背中に、声を掛けるウマ娘が一人。

 

「いやぁトウカイテイオー。負けた負けた!強い!お前は強い!私、シンザンが保証しよう!今日はお前が一番強い!」

「ありがとうございます!」

 

 笑顔でそう答えたトウカイテイオー。しかし、シンザンはと言えば、落ち込んでいるのかと思えば、にやりと、挑むような笑顔を浮かべていた。

 

「ああ、だが、私は、いや、私たちはお前に何度でも挑もう!」

「うぇ!?何度でも、ですか!?今日だけじゃないんですか!?」

「今日だけ?何を言っている。我々ウマ娘は、走ってくれと願う人たちが居る限り走り続けるのだ。

 そう。願いが、我々の脚を動かすのだ。だから、私とお前。どちらが速いのか。そう願う人々が居る限り、我々の道は消えることは無い」

 

 腰に手を当ててそう言い切るシンザン。その目は、ギラギラと輝きを放っていた。

 

「…そういう事なら。ですけど、何度走ってもボクが勝ちます。だって、ボクが最強なんですからね」

「あっはははは!気持ちがいいねぇ!ならば、最強よ!何度でも挑んでやる!このシンザン、ただでは起きんぞ!」

 

 その宣戦布告に、トウカイテイオーはにやりと口角を上げた。

 

「何度でも返り討ちにして差し上げます。帝王は、強いから帝王なのです」

 

 

『お集まりになられた皆様!本日のドリームトロフィーは白熱の結末でした!

 まさかまさか!伝説のウマ娘達の走りを魅せられるなどとは思っても居ませんでした!

 

 知らないものはいないと思いますが、改めて本日の出走者を紹介させていただきましょう!

 

 幻と言われたウマ娘、レコードを残し続け、しかし、ダービーを最後にURAからは姿を消していた伝説、トキノミノル!まさかそのお姿を、あの勝負服を、この、このレース場で見ることが叶うとは思いませんでした。

 

 日本史上初の三冠ウマ娘となったセントライト!彼女の力も未だ健在!

 

 そして、クリフジ!日本ウマ娘史に残る11戦全勝記録!その力は衰えたと言っても未だ目を見張る素晴らしい走りでした!

 

 日本ウマ娘史に残る伝説。三冠ウマ娘!鉈の切れ味と言われた末脚のシンザン!あの末脚はいまだ健在でありました!

 

 今のURA人気の礎を作った伝説のウマ娘、ハイセイコー。走る姿はやはり美しかった!改めて惚れ直しました!

 

 そのハイセイコーの人気を背負い、URAの地位を確固たるものに固めた、トウショウボーイとテンポイント、そしてグリーングラス!熱い競い合いは未だ健在でありました!

 

 シンザンの後、しばらくURAには存在しなかった『三冠』の栄光を、劇的なレースで勝ち取ったウマ娘、ミスターシービー!菊の3000!あの追い込みは未だに目に焼き付いております!

 

 日本ウマ娘史上に燦然と輝く『初の無敗の三冠ウマ娘』!説明は不要でしょう。シンボリルドルフ!!!強いウマ娘は!やはり強かった!

 

 『葦毛の怪物』と呼ばれ、劇的なレースを繰り広げてくれたオグリキャップ!引退の有マ記念は涙を禁じ得ませんでした!

 

 シンボリルドルフが認めるライバル、『スーパーカー』マルゼンスキー!舞台さえ整っていれば世代最強!そう思わせる逃げは未だに健在!まさに圧倒的でした!

 

 昨今最も熱い戦いを見せてくれた『獅子』リオナタール!最強三冠ウマ娘とも名高いトウカイテイオー相手に互角!トゥインクル現役最後の有マ記念、最終直線で叫んだのは私だけではないはずだ!

 

 そしてここからは海外から参戦してくれたウマ娘達です!

 

 アメリカにて『無敗の三冠ウマ娘』を師にもつ、エーピーインディ!そう、奇しくもトウカイテイオーによく似ているウマ娘であります!ダートのブリーダーズカップでテイオーに敗れこそしましたが、しかし、その脚は本物であることは今、ここにいるすべての人が納得の事でしょう!

 

 欧州年度代表ウマ娘、スボティカ!凱旋門賞、ジャパンカップこそ入着に落ち着きましたが、それでもテイオーやナイスネイチャと互角の実力の持ち主であります!

 

 そして昨今のアメリカレースを盛り上げ、ライバルと競い合った伝説!イージーゴア!流石と言える優駿ぶりを見せていただきました!

 

 こちらも説明不要でしょう!『ビッグレッド』セクレタリアト!トウカイテイオーと勝負したいと、鍛え直して挑んだ今回のドリームトロフィー!現役当時のあの走りを彷彿とさせる追い込みでした!

 

 

 そして最後に紹介いたしますのは、『戦場を選ばない勇者』『凱旋門を潜りし帝王』『無敗の三冠ウマ娘』、異名は様々ありますが、本日は、シンプルにこう紹介させていただきましょう!

 

 『帝王』トウカイテイオー!

 

 無敗の三冠を獲り、そして凱旋門を潜り抜け、BCカップで土ですらも庭だと世界にしらしめ、グランプリすらも手中に収めたまさに当代最強のウマ娘!今回出場の全ウマ娘は彼女を倒すと意気込んでおりましたが、そんなのは関係ないとばかりに、最後に見せた末脚はまさに!究極無敵のテイオーステップでありました! 

 

 

 彼女らに、改めて大きな、大きな!最大限の賛辞を!

 

 ありがとうございます!ありがとうございます!

 

 

 そして、本日のウイニングライブは何と新曲です!

 レジェンド達が集うこのレースのために、新たに作曲された曲を、披露させていただきます!』

 

 

 曲名は『うまぴょい伝説!』

 

 本日のセンターは勿論!

 

『帝王』トウカイテイオー!

 

 

 そう、司会者が大きく言葉を紡いだ瞬間。今まで真っ暗だったステージに、スポットライトが当たる。

 

 そして、ファンファーレが流れ始め、自然と、手拍子が大きくなっていく。

 

 ステージが迫り上がる。そこには、今日、見事なレースを見せたウマ娘達が揃っていた。そして、スポットライトの光が、センターに立つトウカイテイオーへと向かった。

 

 一瞬眩しそうに目を細めたトウカイテイオー。だが、観客席から大きな歓声が聞こえると同時に、トウカイテイオーは大きく息を吸う。そして、いつものように天真爛漫な笑みを浮かべていた。

 

『位置について!よーい、ドン!』

 

 

 そして。

 

 ウインタードリームトロフィー。その勝利会見で、ひとつの、小さな、小さな事件が起きる。

 

「おめでとう、テイオー」

「ありがとうございます!ルドルフさん!」

「私も、もう少し行けると思ったんだがな。君は、本当に強くなった」

 

 そうたたえ合う二人をカメラのフラッシュライトが包む。と、その時だ。

 

「すいません!通してください!」

「ん?」

「どうした?」

 

 テイオーとルドルフの二人が声のする方を向いてみれば、記者の間を縫って一人の、子供のウマ娘が姿を現していたのだ。

 

「ここは関係者しか…」

 

 そう記者たちが言葉をその子供にかけたが、それを無視して子供のウマ娘は口を開いた。

 

「わたしは!わたしは!」

「ん?どうしたの?キミ」

 

 テイオーがそう言って笑みを向ける。すると、意を決したように子供のウマ娘は、口を大きく開いた。

 

「わたしは!トウカイテイオーさんみたいな!強くてカッコいいウマ娘になります!」

 

 ははは、と微笑ましいなと記者たちは笑う。だが、ルドルフは笑みを浮かべると、少し真剣な口調で、その子供に言葉を投げた。

 

「はは。君、それは大変だぞ。テイオーの様になるには才能と、努力と、運が揃ってないといけないからな」

「…才能と、努力と、運?」

「カイチョー。子供に難しい言葉はだめだよー」

 

 そう言ってテイオーは、子供の前に歩み出て、腰を落とした。 

 

「キミの名前はなんていうの?」

 

 笑みを浮かべ、テイオーがそう問う。すると、子供は緊張した面持ちで、こうはっきりと答えた。

 

「わたし、わたしの名前は!」

 

 

―ディープインパクトって、言います!―

 

 

「そっか。うん。覚えておくよ。ディープインパクト」

「はい!」

 

 テイオーに頭を撫でられて、笑顔を浮かべるウマ娘。と、ふと、トウカイテイオーが一つの疑問を投げかけていた。

 

「あ、そうだキミ。ピーマンは、好き?」



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終わりに:3時の夢

深夜。ボクは。目が覚めた。

 

興奮冷めやらぬせいだったのか。それとも、また別の理由だったのかは全く判らない。

 

時計を見た。

 

3時30分。

 

せっかくだ。あの興奮が体の中に残っているうちに、走ろう。

 

 

そう、思った。

 

 

トレセン学園の夜は、昼間とは打って変わってシンと静まり返っている。ただ、風のそよぐ音がさらさらと聞こえる。

 

ボクは、その、静まり返っているトレセン学園の芝の練習コースを走り始めていた。気持ちいい夜の空気。気持ちのいい夜空。気持ちの良い、芝。

 

そして。 

 

ガシャンと、発バ機のゲートが閉まる音が、耳に入ってきた。

 

音のする方に首を向けてみれば、そこには、私達ウマ娘が使う発バ機の、何倍も大きなそれが置かれていた。

 

ふと、気づけば、景色も変わっていた。

 

『有馬記念』

 

そう書かれたゴールゲート。そして、発バ機をよく見てみると、多数あるゲートの2個だけが、しっかりとその扉を閉じていた。

 

目を凝らせば、3枠4番と、大外枠にゴールドシップが過去にボクに見せてくれた、あの『馬』がいた。

 

「よう。やっぱり来たか。テイオー」

「ゴルシ?あれ、なんでいるの?」

「なんでってそりゃあ。アイツの大一番だからな」

「あいつ?」

 

 ボクはそう疑問をゴールドシップに投げてみた。すると、ゴールドシップは、ゲートの方を指さして、こう言った。

 

「ああ。大外に収まっている馬さ。あいつ、物心ついたときから私に付いてきててなー? ああ、そうそう。凱旋門の時、お前にピーマンを差し入れろ、負けちまう!って煩かったんだぜ?」

「…そうなの?」

「おう。ああ、そういえばアイツの名前なんだけどよ。不思議な事にトウカイテイオーっつうんだ」

「え?ボクとおんなじ?」

「そーそー。なんだか別世界のお前らしいんだよ。ったく、変な奴に付きまとわれたもんだぜ」

 

 信じられない。そう思って馬と、ゴールドシップの顔を交互に見る。だけど、なんでだろうか。この時のボクには、この言葉が嘘には思えなかった。

 

「ただ、それも今日で終わりだ。あいつと約束してたんだ。この場に、連れて来るってね」

「この場?」

「ああ。なぁ、テイオー、聞いたことないか?午前三時にターフに出ると、四つ足の何かと出会うって」

「無いなぁ」

「そっか。でも、確かにそう言う『うわさ』があるんだ。この学園には。話の内容はな?テイオー」

 

 ゴールドシップはそう言いながら、笑顔を湛えたまま身振り手振りでボクに説明をしてくれた。

 

「午前三時にターフに出ると、四つ足の何かと出会える。っつー内容なのよ」

「へぇ?」

「で、私に憑いていたあいつはな、こういってきたんだ。『トウカイテイオーに会わせてくれ』って」

「…ボク?」

「ああ、最初はゴルシちゃんもそう思ったよ。でも、そうじゃないんだと思ったわけよ」

 

 ゴールドシップはそう言うと、馬に視線を移していた。

 

「私と同じ姿の、そんな馬と走らせてくれ。って言ってる気がしてな。そこでびびっと来たわけよ。じゃあ、もしかして、午前三時にターフに来れば、こいつの望む四つ足の何かと出会えるんじゃねーかってな。ま、賭けだったけど、どうやら目論見は成功したようさ」

 

 

 夢を見ていた。いつもの、あの白髪の馬娘に付きまとう夢。いやはや、なんというか、すごい夢を魅せられていたものだと思う。

 

 何だったんだろうか。あの夢の大レースは、私ですら聞いたことのある名前しかいない、あの大レース。しかもそれに、こっちの世界のトウカイテイオーは見事勝ってみせた。

 

 いやぁ、すんごいものを見てしまったものだ。そう思った時だ。ゴールドシップから、こう声を掛けられた。

 

『よし、じゃああんたとの約束を守りに行くぜ?確か、トウカイテイオーと逢いたいんだよな?』

 

 ああ、確かにそんなことを言った気もする。だが、君は会わせてくれたじゃないか。馬娘のトウカイテイオーに。とそう思った瞬間、夢の景色が変わった。

 

 

 ―――気づけば、私は星空が瞬く中山競馬場の、ゲートに収まっていた。

 

 

 おおん?いったいどういうことであろう?と周りを見回してみる。だが、あの白髪の馬娘であるゴールドシップもいなければ、観客席も誰も居ない。私の背にも誰も居ない。はて、ゴールドシップめ、何かやりやがったな?と、そう思った瞬間である。

 

 私以外に、ゲートに収まっている馬が居ることに気が付いた。おおっ?と驚いて少しゲートに体を当ててしまった。

 

 すると、あちらも私に気づいたようで、目線をこちらに投げかけていた。

 

『…』

 

 あちらは無言。だが、直感で私はこう感じていた。

 

 本物か。

 

 ああ、そうか。お前が、本物か。奇跡の名馬、帝王。私がいくら凱旋門を潜ろうとも。いくら私がBCクラシックでトップを獲ろうとも。

 

 決して、決して届かない理想のサラブレッド。

 

 『トウカイテイオー』

 

―さあ、やり合おうか―

 

 私の勘違いかもしれないが、そうニュアンスを感じた。ならば、全力で挑むしかあるまい。

 

 彼の枠番は3枠4番。あの、伝説の有馬記念の枠番だ。対して私は大外。私の指定席と言って良い場所である。

 

 ファンファーレが鳴った。聞きなれた、あのファンファーレだ。

 

 しかし、こう見ると本来のトウカイテイオーは私より一回り小さいようだ。

 

 ま、確かに私は食って、筋トレをしているので、まあ順当と言えば順当であろうか…というか、もしかして普通のサラブレッドよりも筋肉質だから長距離が苦手と言う可能性も?

 

 ううーんと頭を傾げていると、そのトウカイテイオーから視線を感じた。

 

―そんなもの関係、ないだろう?お前と私、どちらが速いか、勝負といこう―

 

 …そうだな。行くぞ、トウカイテイオー。挑ませてもらう。

 

 ああ、全身全霊で挑ませてもらおう。

 

 今まで。

 

 そうだ。今まで積み重ねて来たもの。それを、今、今、全て解き放ってみせよう。

 

 いくぞ、トウカイテイオーよ。我が理想のサラブレッドよ。

 

 見極めてくれ。

 

 凱旋門を、BCクラシックを、有馬記念を。

 

 俺が鍛え上げた脚で、先頭で駆け抜けることが出来た、お前の紛い物を。

 

 お前に匹敵できるのか!私がお前に匹敵できるのか!

 

 いや!弱気になってどうするというのだ!行くぞ、トウカイテイオー!

 

 私は、きっと、そう、きっと!お前に、トウカイテイオーに手が届く、スペシャルなサラブレッドなのだから!

 

 

 2頭の競い合い。それは、恐ろしく静かなスタートで火蓋が切られた。

 

 ゲートが開く。そして、先頭に出たのは大柄なトウカイテイオー。その後ろに付くように、小柄なトウカイテイオーがターフを駆け抜けていく。

 

 コーナリングは完璧。寸分違わず彼らは同じコースを駆け抜けていく。向こう正面も順位は入れ替わらない。レースは静かに、静かに進む。

 

 迎えた最終コーナーで、レースは動く。後ろについていたトウカイテイオーが、スパートを掛け始めた。

 

 足元が爆ぜ、前を行くトウカイテイオーにならばんと加速を始めていた。

 

 そして回って迎えた最終直線。先頭はトウカイテイオー。

 

 だが、もう一頭も負けじとその背に食らいつく。気づけば内と外。2頭は一心不乱に前を目指していた。

 

 片や大きく脚を振り上げ、片やスライドを大きく地面を蹴り上げる。

 

 その最終直線。はたから見ているテイオーやゴールドシップからは、戯れにもみえ、死闘にもみえていた。

 

 残り200メートル。自慢の柔軟さを生かし、脚を大きく振り上げながら、トウカイテイオーが前に出る。

 

 残り100メートル。トウカイテイオーが自慢のパワーで土を蹴り上げながら、負けじと交わす。

 

 内か外か。内か外か。

 

 「勝者」の名は―。

 

 

 やっぱりカッコいいなトウカイテイオー!と自らの寝言でふと、目が覚めた。

 

 うん、なんだかすごい夢をみていたような気がする。いやはや。まさか本物と走る夢を見るとは思わなんだ。

 

 目の前にあるのは、バケツ一杯に入ったピーマン。きれいな水。清潔にされている厩舎。寝藁。

 

 いつもと変わらない風景だ。さて、では日課の歯磨きでも、と立ち上がった瞬間である。

 

―カツン―

 

 と、ふと、足元に何か硬いものがあったようで、立った時に脚にでも当たったのか、何かが音を立てて厩舎の壁めがけてすっ飛んでいった。

 

 はて。一体なんだろうか、蹄鉄でも外れたのか?と思い、その飛んでいったものを追いかけてみれば。

 

『Tokai teio』

 

 そう、銘が入った蹄鉄であった。んん?と思って私の四つ足を確認してみたが、落鉄はどうやらないようである。

 

 思わず首を捻っていた。落鉄はないのに、蹄鉄は落ちている。銘はどうやら私の蹄鉄だ。

 

 はてさて、これは何であろうか?疑問に思って、私の蹄を蹄鉄にあてがった。

 

 私の蹄鉄より一回り、小さい。…ほほう?まるで、私の体より一回り小さいトウカイテイオーの蹄鉄のようじゃあないか。

 

 うん。せっかくだ、頂いておこうじゃないか。本物の蹄鉄だ。ああ、そうだな。人間に伝えて額縁にでも入れてもらう事にしよう。 

 

 と、ふと、その蹄鉄の横に、青い私の大好物が置いてあることにも気づいた。…はて、バケツから零れ落ちたものだろうか?ソレにしては滅茶苦茶新鮮っぽいのだが。

 

 はて?と首を傾げて、そのピーマンを口に運んだ。何せピーマンだ。捨て置くには勿体なさすぎる。

 

 ―おおう。これはかなり苦くて、青臭いピーマンだ。まるで、さっきまで木になっていたようだ。だが、これが良い。

 

 私は、ピーマンが好きだからね。

 

 

「ゴルシ。すごかったね。あの2頭の競い合い」

「ああ。すごかった。このゴルシちゃんですら、言葉を忘れてたぜ」

「…ねぇ。もう、ゴルシの近くにはあの馬っていうのはいないの?」

「ああ。もう居ねぇ。2頭はゴール板を駆け抜けて、どっかに行っちまった」

「そっか。って、なんか落ちてる」

「お、本当だ。…ってこれ、あいつらの蹄鉄じゃねーか」

 

 ゴールドシップは、地面に落ちていたそれを拾い上げた。

 

 数は2つ。大きめの蹄鉄と、小さめの蹄鉄。しかし、その両方には『Tokai Teio』の刻印がしっかりと刻まれていた。

 

「ね、ゴルシ。ちょっとさ。明るくなってからでいいから三女神に祈りに行かない?」

「お、いいぜ?あー、せっかくだ。あいつらの好物でも持って行くとすっか。多分、私達と同じニンジンだろ」

「ん、ボクはね。多分違うと思うんだ」

 

 後日、三女神の前に集合したゴールドシップとトウカイテイオー。その2人の手には、トレセン学園特製ニンジンと、自らが育てているピーマンから今朝もぎ取った、新鮮な実が握られていた。

 

「テイオーはピーマンか。なるほどなぁ、もしかしたら、あいつらも好きだったのかもな」

 

 そして、2礼。2拍手。そして一礼を三女神の前で行い、トウカイテイオーはポツリと呟いた。

 

「トウカイテイオー。キミの好みなんて、ずっと前から知ってるよ」

 

 

 ボク、ピーマンが好きなんだよね!




さて、ピーマンを発端としたトウカイテイオーの物語は、ここで大団円を迎えます。

様々なレース結果はありますが、ラストレースの結末は、読者様の胸の中に。

そして、最後に一言。


ピーマン イズ ワンダフル!

長い物語を読んでいただきまして、誠に、誠に感謝致します!


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ピーマン年表

ざっくり時系列まとめ。最後に、感想で頂いたレシピもあるよ。


ピーマン氏の戦績などまとめ。

 

1990.12.1 中京 3歳新馬   1着

1990.12.23 京都 シクラメンS 1着

1991.1.19 京都 若駒S    1着

1991.3.17 中山 若葉S    1着

1991.4.14 中山 皐月賞    1着(重賞勝利)

1991.5.26 東京 東京優駿   1着(重賞勝利)

1991.11.3 京都 菊花賞    1着(重賞勝利)

※三冠達成

 

1991.12.22 中山 有馬記念 2着(初黒星)

※連勝―7勝でストップ

 

1992.2.22 東京 フェブラリーS 1着(ダート重賞勝利)

※芝砂重賞制覇

 

1992.4.26 京都 天皇賞春  3着

1992.7.5 札幌 札幌記念  1着(重賞勝利)

 

※海外遠征へ

 

1992.9.13 ロンシャン フォワ賞 4着

1992.10.4 ロンシャン 凱旋門賞 1着(重賞勝利)

※海外重賞制覇

 

1992.10.31

ガルフストリーム BCクラシック(ダ)

1着(重賞勝利)

※海外ダート重賞制覇

 

1992.12.27 中山 有馬記念 1着(重賞勝利)

※古馬国内G1初制覇

 

1993.4.25 京都 天皇賞春  3着―引退

 

以下引退後の経歴

 

1993.5月 宇都宮生産牧場へ種牡馬入り&調整のため移動

1993.6月 ロマンリバーと交流。

1993.9月 初年度種付け終了 70頭

1993.10月 とある事件が発生、以後は宇都宮生産牧場(後の競走馬研究所)にて預かりとなる。

1993.12月 福島の温泉療養所にて療養。オフサイドトラップと交流。

 

1994年 競走馬研究所の特別顧問に昇進。同年種付け140頭。

 

1995年 宇都宮競馬場、高崎競馬場、足利競馬場にてお披露目会。数十万人が集まる大イベントと化す。後、2022年までイベントは継続された。

 同年種付け140頭。

 

1996年 お披露目で訪れた阪神競馬場にて、往年の鞍上を乗せたまま若馬とレース場を周る珍事が発生。どうやら気性の荒い若馬にキレた様子。

 なお、この時のタイムは非公式ながら芝2000メートルのレコードタイム。復帰の声がにわかに高まった。なお、産駒とこの馬が競い合い、同年の競馬は非常に盛り上がった。

 同年種付け160頭。

 

1997年~2005年 競走馬研究所、各地の競馬場を周りながら、競馬事業の発展を担う。特に地方競馬にとっては救世主で、閉鎖するはずだった競馬場が、事業を継続できたのはこの馬のおかげとも。

 特に研究所の最寄りの宇都宮競馬場には、噂ではあるものの、一頭で勝手によく歩いて訪れていたらしい。同馬の好物、ピーマンを売る露店が増えていたという証言もある。

 なお、1998年にも産駒が参戦し、有馬記念にて勝利。箔を付けた。

 

 この間の種付け数は平均で100頭前後。

 

2006年 とある馬のメンタルケアということで、凱旋門賞に帯同。なお、この際、せき込んでいたとある馬の治療のために、禁止薬物を使用されそうになった際、全力で止めに入り事なきを得たというのもまた嘘のような本当の話である。

 なお、この年、凱旋門の扉は再び開かれた。

 同年の種付けは国内20頭、海外80頭。

 

2007~2012年 この間も先の97年~05年と同じように、競馬事業の発展を担う。特に北関東地方競馬場では、この馬の名前を冠した記念レースが行われるなど、非常に集客に力を入れた。

 なお、この間の種付けは平均60頭。

 

2013年 種付け能力の低下により、惜しまれながらも種牡馬を引退。本年の種付けはそれでも100頭。某馬に並び、日本に新たな血統を生んだ大種牡馬となった。

 

 同年の有馬記念。お披露目の際、葦毛の馬と大喧嘩。96年の時の様に、往年の鞍上を乗せたまま、葦毛の馬を従えて中山のレース場を一周駆け抜けた。なお、非公式ながらこの時のタイムが同日の有馬記念のタイムより速かったため、現役復帰の声がにわかに起こる。

 

2014年。馬の秘密が明かされ、一躍時の馬に。

 

2014年~2020年 各種メディアに顔出ししつつ、宇都宮競馬研究所にて見学者を案内しながら、若馬の指導を行うと言うパワープレイを行う。

 

2021年~2022年 某ゲームプロジェクトへ協力。特殊シナリオ『奇跡の復活』をプロデュース。後にアニメ化もされ、非常に高い評価を得た。

 

2023年 永眠。享年35歳。辞世の句は『ピーマンイズワンダフル』

 

 

〇〇〇〇年 子孫 トチノオー誕生

 

〇〇〇〇年 トチノオー 無敗で凱旋門を駆け抜ける。

 

〇〇〇〇年 トチノオー無敗のまま引退。通称は『王』。

 

〇〇〇〇年 更に世代が進み、トチノオー産駒の更に産駒、「ヤタガラス」誕生。

 

〇〇〇〇年 ヤタガラス 世界芝砂秋三冠を達成。更に伝説を超え、2年連続トップに君臨し、伝説に一つの終止符を打った。

 

 

 

他の記録

 

 インペリアルタリス―帝王が頂点を極めた翌年、2年連続BCクラシック制覇ののち、もう一度ドリームトロフィーで一番のライバルと決戦を行う。芝と砂で行われたそれを、ライバルと見事に分け合った。なお、芝を勝利したのはインペリアルタリスである。

 『クラシックは譲ったけれど、シニアは貰った!』

 

 ロマンリバー―ティアラ路線をエアグルーヴと分け合い、有マ記念を勝利。後に地元に戻り、後進を指導し、優秀なトレーナーとなる。

 『中央で走れたなんて、夢のようなひとときでした』

 

 〇〇〇〇〇〇〇〇〇―1996年の凱旋門を制覇。後、1996天皇賞秋、クビ差2着に敗れるが、満足して引退。ドリームトロフィーには進まず、余生を過ごした。

 『実力を出してライバルに負けた。満足以外、何を感じると言うんだい?』

 

 

 のんびりと厩舎で過ごす日々。いやはや、種牡馬としても仕事を終えてしまった馬は、これほどまでに暇であったかと思う今日この頃である。いや、それにしてもレースを走っていた日々からどれだけの年月が経ったのであろうか。

 

 私の自慢であった、坂路で鍛えた足腰も今では見る影もない。

 

 まぁ、最悪立つ、座る、瞑想、体幹トレーニングあたりは出来ているので、最低限は維持出来ている事だろう。だが、今はもうレース場は走れないだろうなぁと感慨にふけってしまう。

 正直、聴力や視力も落ちた。ただ、明らかに判るのは、いつも世話をしてくれている人間に白髪が交じり始めた事。厩舎が建て替わった事、桜の花が、少なくとも20回以上は咲いて、散った事ぐらいである。

 

 時折あの温泉にも浸かりに行くが、本当にそれだけの日々である。

 

 ああ、そうそう。時々であるが、あの仮面のお馬さんとは会う事がある。まぁ、お披露目会というやつであろう。競馬場に連れていかれ、厩舎とパドックで年に2~3回会う程度の仲だ。だが、それでも彼とは。

 

『お久しぶり』

『よう』

『元気?』

『そこそこ』

 

 こんなニュアンスをやり取りする程度には、なじみの仲だ。ちなみにレオダーバン同志はここ数年、会う事は叶っていない。まぁ、そうだな。もしかすると、寿命でも来たのかもしれないと感じてはいる。

 

 あと、最近。私の元へ、取材が増え始めた。

 

 なぜだろうか。そう思ってよく観察をしていると、彼らが持っている資料の中に、なにやら美少女なキャラクターの絵が描かれているものがあるではないか。その横にはJRAではなく、URAというロゴまである。

 

 これでも前世は二足歩行だったのだ。察しはついた。どうやら私は萌えキャラ、しかも二次元のものになっているらしい。

 

 明らかにそうだ。だって、絵と私を交互に指さしているのだから。

 

 ポニーテールが似合う、元気そうな女の子である。服は、うーん。まぁ、彼のユニフォームと言えばユニフォームの様な色をしているが…まぁ、詳しくは判らない。ただ、そうだな。見なくなった夢の『馬娘トウカイテイオー』にもよく似ている気がして仕方がない。

 

 …しかし、そのイラストの近くに書いてある、UMAPYOI…とは?なんだ?まぁ、私には関係ない話かね。とも思ったのだが、まぁ、話をもってきたのであるならばやぶさかではない。ならば、私の考えたストーリーなど追加してくれたりしませんかね?いやね、二冠で怪我をした私の話なんだけど。おお、採用していただけると。それはありがたい。

 

 そんなことがありながらも、私はいつものようにもっしゃもっしゃとピーマンを喰らう。見学者たちがいつものように写真をパシャパシャととる。うん、彼らの持っているモノは間違いなくスマートフォン。いやはやようやく時代が追いついてきたと言うのに、私は年老いたものだと思う。

 

 まぁ、好きなだけ撮ってくれて良い。丁度私は暇なのだ。特段やることもなし。

 

 瞑想を行い、体幹トレーニングを行う。プールや坂路での鍛錬をしない今となっては、全くの無意味である。が、癖みたいなものだ。それに、これをやっていたほうが、人間に受けがいい。

 

 しかし、我ながら目標であった、静かな余生を過ごせているこの幸運。

 

 馬となってから、様々に駆け抜けた日々であったが…。まぁ、その。良い日々であったと思う。 

 

 …ああ、しかし、今日はやたらと眠い。とはいっても、明日も変わらずに日は昇る。そう、明日はまたいつものように来るのだ。

 

 今日は早めに、寝ると、しよう、か。

 

 ああ、ただ、その前にだ。

 

 神棚にいつものお勤めだ。

 

 二礼、二拍手、そして深く一礼。

 

『どうか、すべてのサラブレッドが、生きとし生けるモノが、昨日よりも今日、今日よりも明日、よりよい明日を、笑顔で迎えられますように』

 

 

 至る、2023年2月24日。

 

 その日、一頭のサラブレッドが、虹の橋を渡る。

 

 好物のピーマンを食べ、座り、そして立つという奇妙な、しかし現役からここまで、毎日行っている習慣を行い、そのサラブレッドは、いつものように寝息を立てていたという。

 

 翌朝。厩務員が馬房の中を覗いたところ、既に事切れていたとのことだ。

 

 死因は老衰。数多くのサラブレッドが故障や病気で死んでしまう、はたまた行方知れずになってしまう中で、寿命まで生き、そして逝ったトウカイテイオーは、まさに無事之名馬と言える一頭であったであろう。

 

 なお、その枕元には、かの馬よりも一回り小さい蹄鉄が至極大切に飾られていた。

 

 

 トレセン学園の外のベンチ。そこには、懐かしい顔が揃っていた。

 

「ゴールドシップ。今度のドリームトロフィー、貴女も走るのですか?」

「お、マックイーンじゃん。久しぶり。ああ、走るよ」

「なぜ今になってターフに戻ってきたのですか? あなた。トゥインクルシリーズでもう走るのはやめたー!宇宙に行くんだー!って、もうレースに興味はないと言っていたじゃないですか」

 

 ゴールドシップは顔をかきながら、少し照れくさそうに口を開いた。

 

「んー…そうだなぁ。何というか。ちょっと運命を感じてな?」

「運命?」

 

 マックイーンはといえば、訝し気に首を傾げている。

 

「ほら、テイオーんとこのクワイトファインが走るだろ、ドリームトロフィー」

「走りますわね。確か、地方から出て来て、中央で勝ったウマ娘ですわよね?」

「そーそー。あいつを観た瞬間にビビッと来てな?」

「びびっとって…そんな適当な」

 

 あきれ顔になったマックイーンに、しかし、関係なくゴールドシップは更に言葉を続けた。

 

「それにあいつ、ピーマン嫌いらしいんだよ」

「ピーマン、ですの?」

「―私は、ピーマンが大好きなのである。っつーことで、テイオーの弟子の癖して、ピーマンを嫌いなあいつに、勝ったらピーマンを鱈腹食わせる算段なんだ」

 

 どや顔でそう言い切るゴールドシップ。マックイーンは食って掛かる勢いで言葉を発した。

 

「また貴女は変な事を…!」

「それにマックイーン。お前とも走りたいからな!スイーツ太りで実力出せませんでしたー!とかは無しだぜ?」

「なっ…!?言いましたわねゴールドシップ!全力で叩きのめして差し上げます!じいや!車を回してください!鍛錬を再開します!」

 

 いうや否や、メジロマックイーンは車に乗り込み、ゴールドシップを置いて行ってしまった。

 ゴールドシップは笑顔でそれを見送ると、空を見上げて、言葉を小さく、紡ぎ出した。

 

「……悪いなぁ、トウカイテイオー。今回は少しだけ試させてくれ。私の産駒が、どれほど強かったのか。強くあったのか。―――そうだな。夢の続きを、見せてもらうとしよう」

 

 そう言って、葦毛のウマ娘は音もなく立ち上がり、その場を去っていった。そこに居たのは、果たして、ゴールドシップその人であったのか。

 

 ドリームトロフィー。夢の杯。それは、誰にとっても、まさに夢なのである。




ざっくり拾いました、感想のピーマンレシピ。
皆様の役に立てば、これまさに、ピーマンイズワンダフル!

さて、今回のお話、本来は10話で畳むつもりでありました。しかし、ピーマンに手が伸びると共に、どんどん伸びていく物語。はたしてどこまで伸びていくのかと自分でもコントロールが出来ないところでありました。しかしながら、皆様に楽しんでいただけていたのであれば本望でございます!

では、改めまして、ご覧いただきましてありがとうございます。またいずれお会いしましょう!


■P.S. 忘れ物を急かされた気分でレシピを探してきました。 ご査収ください。
ピーだん:白玉団子をピーマンに詰めてみたらし餡で食べる、JAいわて花巻のレシピ
干しピーマン:天日て2日ほど干すと冷凍で一月保存できるそうです。
ピーマンの炊き込みご飯:一口サイズのピーマンとバター醤油をぶち込んだだけの炊き込みご飯。(クックパッドのレシピ) ↑の干しピーマンと相性がよさそう。


■ピーマンはとりあえず肉と合わせて適当に塩胡椒振りかけて炒める。それでしっかり美味いから大好き。回鍋肉のタレとかで炒めるのはもっと好き。

■ピーマンはシンプルに短冊に塩コショウして焼いたのが好き

■ピーマンか……、細切りにして明太バターで和えるのも美味いですよ。
まぁ味付けしたミンチを生のピーマンに乗っけて食べるのが一番かなと思います。

■ピーマンは煮浸しが好きです。簡単でオイシー

■ピーマンの中では肉詰めとか野菜炒めのピーマンが一番好きかもしれん

■ピーマンのフライにしてソース付けて食べると激ウマ

■ピーマンはザックリ切って蒸して少量のオリーブ油と塩で頂くと確りと火の通っているのに生と変わらないくらいの水々しさが好き

■青椒肉絲とかでタレが甘めの味付けだとピーマンの苦味がいい補完になって食がすすむのよね 」

■孤独のグルメで見たつくね+生ピーマンをよく真似してます

■ピーマン、網焦げ目が出来るくらい焼いて食べると思いのほか甘くて美味かとです。

■因みに私も幼い頃に食べたピーマンが美味しすぎて、そこから数十年変わらずにピーマンが大好物なクチですね。
そこで食べたのは細長に切ったピーマンの塩炒めですけど、塩と一緒に味の素も軽く入れるのがポイントでしたね。
それと、ピーマンを縦に切れ込みを入れて、味噌と油を少し入れてグリルとかで丸焼きにするのもオススメです、種もヘタも丸ごと美味しく食べれますよ。

■ピーマン半分に切って弱火でじっくりしなしなになるまで焼くんだ
そしたら酒醤油みりんを同量いれてちょっと煮詰める
最後にかつおぶしをふりかけたら、炊飯器が空になるまで米を食べ続けることになる

-追記-

ピーマン4、5個に各調味料大さじ1ぐらいが美味しいですよ!
ピーマンはちょっと焦げ目がつくぐらいまでしなしなで!
私も無限ナスピーマン輪廻を今年も乗り越えました。

■田舎の路上販売等で売ってたナス、ピーマン、オクラ、シシトウを素揚げして
味どうらく(もしくはだし醤油)を希釈して鷹の爪の輪切りを入れたつゆにドボンした
揚げ浸しは夏でもモリモリ食えるから良いよね。

■ピーマンの肉詰めって美味しいけど、ピーマンに肉を詰めるのが面倒くさいので最近はピーマンをひき肉の大地に埋めて豪快に焼くピーマンの肉埋めがマイブームです。

■丸ごとピーマンに豚バラ肉を巻いて、焼肉のたれをかける
電子レンジで4〜6分加熱すれば、中の種まですごく美味しくいただける

■夏向けの料理で時期外れですが赤ピーマンとオレンジの冷たいスープは優れたレシピです。
茹でた赤ピーマンを裏ごししてオレンジジュースと混ぜるだけ、塩で味を整えてお好みでオリーブオイルで風味をつけてどうぞ。

 ピーマンは美味しく使用用途も広い万能な食材なんですよね。炙ってよし、揚げてよし、焼いてよし、細切りを水にさらして生でよし、刻んで薬味にも使える。こってりからあっさりまで受けてめられる味付けの範囲も広く、和洋中エスニックどんな風合いでも使われるのです。
 主食も副菜も自由自在。豚肉やたけのこと共に細切りにして青椒肉絲。挽肉を詰めてじっくり焼いてスタッフドピーマン。ジャガイモと共に細切りにしてさっとお湯に潜らせ水で締めて塩胡椒と鶏ガラで味付けした簡易版土豆絲。半分に切って直火で皮目をこんがり焼いて醤油を垂らした炙りピーマン。半分に切ってオリーブオイル、にんにく、鷹の爪で焼き上げたピーマンのペペロンチーノ。夏野菜(ナス、人参、ズッキーニなど)と一緒に素揚げして塩や焼き味噌で食べたり、または煮物に仕上げても良い。薬味(茗荷、大葉、生姜、ネギ)と一緒にみじん切りし、めんつゆ(めんみ)に和えて素麺にかけてよし。
 ただし家庭菜園で横並びに雑に植えてあった獅子唐を、ピーマンと間違えて生で齧って酷い目にあったことは許さない(自業自得)。

■一口サイズに刻んだピーマンとベーコンを軽く炒め、
ピーマンが生焼けor皮が少し焦げ目がついたぐらいでフライパンに醤油を大さじ一杯ほど回し入れてピーマンとベーコンに醤油を絡めつつ焦がし醤油にすると…
シャキシャキとした食感とほろ苦いピーマンの苦味。
(生焼けの場合。ちゃんとしんなりするまで炒めると苦味はマイルド)
そして絡みついた醤油による塩味の効いたベーコンとピーマン

■私はピーマンのヘタ落とした後に種取って中にマッシュポテトとペーコン半分詰める。
半分詰めたらバターの欠片入れて更に一杯まで詰める、それをレンジでチンします。
お好みで醤油とかかけてどうぞ。

■ピーマンの肉詰めを焼いた後にケチャップ+ソース+砂糖+醤油で王道のハンバーグソースで仕上げるのも捨てがたい、なまじ甘辛ソースとピーマンの旨味が合うだけに

■ピーマンはあえてキングスフォードチャコールでゆっくり焼いたり、マングローブ炭みたいな香りの強い炭火で同じくゆっくり焼いて表面の薄皮だけが焦げるような状態で食べるのが美味しい

■ピーマン、クリームチーズ、かつおぶし、だし醤油

■麺つゆ煮ですか、いつもは焼いたピーマンに鰹節と麺つゆをかけていたのですが、煮るとまた違った味わいになるのでしょうね?

■鶏むね肉をビニールに入れて熱湯に30分放置(火は止める)でめちゃくちゃ美味しいサラダチキンができる。
これを1切れ生ピーマンに乗せてネギ塩ダレで食べる。
ほぼ放置でできるのにめちゃくちゃ美味しい。

■ピーマンは千切りにしてから焼いて醤油と鰹節かけて食べると幸せ。

■ベーコンブロックが安く手に入ったので短冊切りにして、もやしと細切りピーマンと炒めたら、シャキシャキ食感とベーコンの旨味と絡んで美味でした(挨拶)。

■先端をちょっとだけ切って肉を入れ、串焼きにするのが美味しい。七輪で

■二つに縦割りして流水の中でタネを取ってからヘタ部分を切り、身を細かく細切りにしてから同じようにしたタマネギと一緒に胡麻油を入れて火を通す
ここに豚肉を投入して炒めつつ醤油とか塩胡椒をお好みに入れてエセチンジャオロース
もしくは短冊切りにしたニンジン、ダイコンとピーマンに薄めた白だしをかけて冷凍庫で冷やしたフローズンスティック

■千切りにしてごま油、しらす、七味唐辛子と混ぜて冷蔵庫で冷やしておくと最高に美味しいおつまみになるのでおすすめです。

■ピーマンのヘタの部分を包丁の先っぽでぐるっとくり抜いて、タネを取ったらそのまま中にお肉を詰め込んで丸のまま焼き上げる。
つゆの素や焼き肉のタレなどで味付けする。
個人的には中に詰める肉種は鳥ミンチがアッサリした味わいになってバランスがいいかなと。

■、輪切りにして乾燥させておくのも良いですね

■ピーマンの肉詰めは美味しい。
しかしたまには肉以外を詰めるのも悪くない。
ツナにコーンにマヨネーズとかオススメ。

■ピーマンまずはバター・めんつゆで炒めました

■パスタだったらペペロンチーノにピーマンもいいですよ。
にんにくと鷹の爪の風味がついたオリーブオイルと塩とピーマンがめちゃ美味しいです。
お好みでベーコンとしめじも入れてみてください。
ピーマンが止まらなくなります。

■手元に材料が揃わなかったのでできなかったけど感覚としてはクアトロフロマージュ(ピザ)が参考になりそうです。単純にピーマンと蜂蜜を合わせるより、半分に切ったピーマンを器にして4種のチーズを乗せて蜂蜜をかけて強火のオーブンもしくはトースターで焼き上げる。好みで黒胡椒を足しても可能。これならばピーマンの甘味と苦味、4種チーズの濃厚さ、蜂蜜の甘味がうまく調和しそうです。

 甘味系のピーマンレシピはピーマンソフトやピーマンジェラートがあるみたいですね。ちなみにピーマンソフトはサラブレットに縁の深い北海道新冠の、道の駅「サラブレッドロード新冠」で売っているようです(現在もあるかは未確認)。

■ピーマンとは!
生で、焼いて、煮て、蒸して、揚げて、干して、漬けて良し!他の野菜とも、肉とも、魚とも、炭水化物とも相性が良い!
あらゆる調理法に適合し、苦味というアクセントを加える最高の食材である!

■イカピーマン

■この前ピーマンの肉詰め作ろうとしたら
お肉がなかったのでシーチキンを代わりに
入れたら美味しかったです

ツナは肉よりパサパサ感なのでスープに軽く
潜らせたら美味しかったです。
お出汁で和風orコンソメスープで洋風

■ピーマンに味噌は関西人な自分としては金山寺味噌をおすすめ。洗って切ったピーマンに金山寺味噌を塗って食うと美味い

■生ピーマンもいいけどピーマンのシャキシャキ感が失われない程度に炒めてそれにごま油と塩昆布を和えるとそれもまたビールに合うっす」

■餡子で赤ピーマンのムースが引っ掛かったので、もしやと思って調べたら、案の定、ピーマンのジャムも実在するんですねぇ…
ルバーブのジャムみたいな感じなのかな…

■ピーマンのポタージュを発見。
料理そのものより料理画像が好きそうだな、と。
ピーマン・コンソメ・牛乳だけでも行けるみたいです。苦みが強いらしいですが。


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【蛇足】ピーマン達のステータス公開【某Wiki風】

お店で『宮崎ピーマン』を見て購入し食った記念。

番外編は未定ですが、お茶を濁すということで一つ。


■ピーマン/ピー帝

 

・初期レア★3

・名称:トップ・オブ・ドリーム

・入手方法:ウマ娘ガチャより入手

・固有二つ名:帝王

・育成難易度:固有二つ名を手に入れる場合は激難

 

簡易評価→脚質が万能型、覚醒金スキルはパワー系、ストーリー分岐によりステータスの変化あり。

 

・ピーマン氏の初期適性

 

馬場/芝A、ダG

距離/短距離F、マイルA、中距離A、長距離C

脚質/逃げB、先行B、差しB、追い込みA

 

・成長率

スピード20

スタミナ10

パワー10

根性0

知能0

 

・固有名称の取得方法

 

育成でG1を7勝以上したウマ娘から想いを継承し、G1で一番人気を4回以上、無敗で皐月、日本ダービー、菊花賞を勝利した後、ストーリー分岐にて海外を選択。シニア級にて凱旋門を潜り、BCクラシック、有マ記念を制覇する。

 

・固有スキル

 

イベント前→テイオーステップ:最終直線で大外を周ると速度がすごく上がる。

イベント後→究極無敵のテイオーステップ:最終直線に入ると速度がすごく上がり、ラスト1ハロンで競い合っていた場合、更にすごくスピードが上がる。

 

・激難ルート育成ポイント

 長距離Cのままで菊花賞を勝つことが最大のポイント。継承で長距離をB以上にすると、海外ルートの選択肢が現れない。更に、帝王の称号を手に入れるためにBCクラシック勝利を目指す場合は、菊花賞後にダートGのままフェブラリーSを勝利することでダート適性がAに上がる。まぁ、ぶっちゃけ無謀なルートなので、レース結果は神に祈ろう。

 

・URAファイナルズ目標の一覧

目標1 ジュニア級メイクデビューに出走

 

目標2 若葉Sで3着以内

時期:クラシック級3月後半

ファン:1500人以上

オープン/ 阪神 / 芝 / 2000m(中距離) / 右内

 

目標3 皐月賞で5着以内

時期:クラシック級4月前半

ファン:4500人以上

G1 / 中山 / 芝 / 2000m(中距離) / 右内

 

目標4 日本ダービーで5着以内

時期:クラシック級5月後半

ファン:6000人以上

G1 / 東京 / 芝 / 2400m(中距離) / 左

 

目標5 菊花賞に出走

時期:クラシック級10月後半

ファン:7500人以上

G1 / 京都 / 芝 / 3000m(長距離) / 右外

 

※以下海外ルート

 

目標6 フェブラリーSに出走

時期:シニア級2月後半

ファン:12000人以上

G1 / 東京 / ダート / 1600(マイル) / 左

 

目標7 フォワ賞で4着以内

時期:シニア級9月前半

ファン:20000人以上

G2 / 仏 / 芝 / ----(中距離) / ---

 

目標8 凱旋門賞で1着

時期:シニア級9月後半

ファン:25000人以上

G1 / 仏 / 芝 / ----(中距離) / ---

 

目標9 BCクラシックに出走

時期:シニア級10月後半

ファン:25000人以上

G1 / 亜 / 土 / ----(中距離) / ---

 

目標10 有マ記念に出走

時期:シニア級12月後半

ファン:25000人以上

G1 / 中山 / 芝 / 2500(長距離) / 右内

 

※凱旋門、BCクラシック、有マ勝利後に特殊イベント『夢のウマ娘』が発生。すべての適性が一段階上がり、継承に『夢のウマ娘(全ステータス激増)』が付く場合がある。別名『本当にご苦労様でしたトレーナーさん。ご褒美を差し上げますね』イベント。

 

なお、この激難ルートを最初にクリアし、『帝王』の二つ名を手に入れたトレーナー名は『ピーマンイズワンダフル』という名前であった。

 

 

■同志/リオナタール

 

・初期レア★3

・名称:ドリームメーカー

・入手方法:ウマ娘ガチャより入手

・固有二つ名:獅子

・育成難易度:中

 

簡易評価→差し・追い込みに適したスキル、覚醒金スキルはスピード系、海外遠征時にステータスが一部上昇。

 

・同志の初期適性

 

馬場/芝A、ダG

距離/短距離F、マイルF、中距離A、長距離A

脚質/逃げG、先行G、差しA、追い込みB

 

・成長率

スピード10

スタミナ10

パワー20

根性0

知能0

 

・固有名称の取得方法

 

育成でシニア級天皇賞春で勝利後、フォワ賞、メルボルンカップを勝利し、シニア級有マ記念に出走する。

 

・固有スキル

 

狩人の眼差し:最終直線に入ると、不撓不屈の精神で速度がすごく上がる。

 

・育成ポイント

 追い込みで育成を行うと戦績が安定する。特に固有スキルが強力で、最終直線で必ず発動する全身全霊と言った具合。ただし、前を塞がれると事故るので、垂れウマ回避、ノンストップガールが必須。なお、海外遠征時はステータスが+20パーセントになるのでシニア級海外遠征は比較的楽にクリア可能。しかし、最終の有マ記念、URAファイナルズでステータスが元に戻るため、油断しないように育成しよう。

 

・URAファイナルズ目標の一覧

目標1 ジュニア級メイクデビューに出走

 

目標2 若駒Sで3着以内

時期:クラシック級1月後半

ファン:350人以上

オープン / 京都 / 芝 / 2000m(中距離) / 右内

 

目標3 皐月賞で5着以内

時期:クラシック級4月前半

ファン:4500人以上

G1 / 中山 / 芝 / 2000m(中距離) / 右内

 

目標4 日本ダービーで5着以内

時期:クラシック級5月後半

ファン:6000人以上

G1 / 東京 / 芝 / 2400m(中距離) / 左

 

目標5 菊花賞で5着以内

時期:クラシック級10月後半

ファン:7500人以上

G1 / 京都 / 芝 / 3000m(長距離) / 右外

 

目標6 大阪杯で3着以内

時期:シニア級3月後半

ファン:20000人以上

G1 / 阪神 / 芝 / 2000m(中距離)/ 左

 

目標7 天皇賞(春)で3着以内

時期:シニア級4月後半

ファン:20000人以上

G1 / 京都 / 芝 / 3200m(長距離) / 右外

 

目標8 フォワ賞で4着以内

時期:シニア級9月前半

ファン:20000人以上

G2 / 仏 / 芝 / ----(中距離) / ---

 

目標9 凱旋門賞で4着以内

時期:シニア級9月後半

ファン:25000人以上

G1 / 仏 / 芝 / ----(中距離) / ---

 

目標10 メルボルンカップで1着

時期:シニア級11月前半

ファン:25000人以上

G1 / 豪 / 芝 / ----(長距離) / ---

 

※メルボルンカップ1着の後、有マ記念で勝利した場合『夢の懸け橋』イベントが発生。スタミナ+30,スピード+30。

 

 

■ナイスネイチャ

 

・初期レア★1

・名称:ポインセチア・リボン

・入手方法:ウマ娘ガチャより入手

・固有二つ名:きらり輝く一番星

・育成難易度:低

簡易評価→脚質は差し・先行、覚醒金スキルはパワー系、イベントによりステータスの変化あり。

 

・ナイスネイチャの初期適性

 

馬場/芝A、ダG

距離/短距離G、マイルC、中距離A、長距離A

脚質/逃げF、先行B、差しA、追い込みF

 

・成長率

スピード0

スタミナ0

パワー10

根性20

知能0

 

・固有名称の取得方法

 

ファン数320000以上、G1にて3着を3回、そしてジャパンカップにて勝利を収める。

 

・固有スキル

 

 私だって、きっと:レース終盤で負けそうになると、ライバルの背中を思い出し、闘志に火が付き速度が上がる

 

・育成ポイント

 育成難易度はそこまで難しくなく、初心者にお勧めのウマ娘の一人。ピーマン氏と同志から継承を行った場合にのみ、『日本総大将』というステータスアップイベントが発生するため、キャラクターを所持している場合はおすすめ。

 

 

■インペリアルタリス

 

・初期レア★1

・名称:ビヨンド・ザ・ホライズン

・入手方法:ウマ娘ガチャより入手

・固有二つ名:砂塵の将軍

・育成難易度:低

簡易評価→脚質は差し、覚醒金スキルはパワー系、イベントによりステータスの変化あり。

 

・インペリアルタリスの初期適性

 

馬場/芝C、ダA

距離/短距離F、マイルA、中距離A、長距離A

脚質/逃げF、先行F、差しA、追い込みF

 

・成長率

スピード0

スタミナ0

パワー10

根性20

知能0

 

・固有名称の取得方法

 

育成でダートG1を3つ以上勝利の後、シニア級帝王賞に出走。そしてURAファイナルズで勝利を収める。

 

・固有スキル

 

イベント前→砂塵のショウグン:最終コーナーを抜けた時に後方だった場合、憧れを胸に抱き速度が上がる。

イベント後→ダートの将軍:最終コーナーを抜けた時、心に刻まれた想いに背中を押されて、スピードがすごく上がる。

 

・育成ポイント

 シニア級帝王賞までにダートG1を3つ勝利すると、前提イベント『ライバル』が発生。そして帝王賞で2着以内に入ると『刻まれた想い』が発生し固有スキルが変化する。ダート中距離においては最強と言っても良いスキルであるため、ぜひ狙いに行こう。

 

 

■ロマンリバー

 

・初期レア★2

・名称:スターマイン

・入手方法:ウマ娘ガチャより入手

・固有二つ名:シンデレラガール

・育成難易度:中

簡易評価→脚質は先行、覚醒金スキルはスタミナ系、固有スキルがピーマン氏と同等。

 

・ロマンリバーの初期適性

 

馬場/芝A、ダG

距離/短距離G、マイルC、中距離A、長距離A

脚質/逃げF、先行A、差しB、追い込みF

 

・成長率

スピード0

スタミナ0

パワー10

根性20

知能0

 

・固有名称の取得方法

 

ファン数320000以上、秋華賞で勝利後、シニア級天皇賞(春)、有マ記念で勝利を収める。

 

・固有スキル

 

 エンジョイ・ステップ!:最終直線で大外を周ると速度がすごく上がる。更にラスト1ハロンで競っていた場合、根性で力強く前に踏み込む。

 

・育成ポイント

 育成難易度はそこまで難しくなく、初心者にお勧めのウマ娘の一人。スキルがピーマン氏と似通っているため、スキルが発動した場合はほぼ敵無し。ただし、シニア級天皇賞(秋)前にデメリットイベント(やる気ダウン+夜更かし気味)が発生するため、対策はしておきたい。とはいえその頃にはステータス的にほぼ完成しているため、URAファイナルズは楽にクリアできるはずである。

 

 

 

■サラブレットピーマン氏の適性

 

馬場/芝S、ダS

馬場状態/良△、稍重〇、重〇、不良◎

距離/短距離A→(S)、マイルA→(S)、中距離SS、長距離B→(E)

脚質/逃げF→(A)、先行A、差しA→(S)、追い込みSS→(S)

※()内は三冠後、有馬記念敗退により行い始めた筋トレによる筋肉量・馬体重増加に伴うステータス変動。

 

・スキル/レースセンス×××、頑丈×××、長距離×、種付け×、掛かり耐性◎、思い込み◎、従順◎、ローマ字認知〇、柔軟◎、ピーマン◎◎(ピーマンが無いと大幅にステータスダウン)、技術継承◎

 

・固有スキル(転生特典)

①玉磨かざれば光なし:どんなに素晴らしい宝石でも、磨かなければ意味がない。だが、しっかりと磨かれればこの宝石は誰しもが憧れる輝きを放つことであろう。

②80対20の法則:ある特定の要素2割が全体の8割の成果を生み出しているという法則。それは、怪我においても例外ではない。

③独立独歩の精神:他人の力に頼らずに、自分の意思で己の道を進める精神。たとえ己の正体を知ったとしても『私は私である』と道を切り開くことが出来る。

④ピーマンイズワンダフル:ピーマンを食事に混ぜることによって全ステータス上昇+絶好調。ただし、ピーマンが無い場合は全ステータスダウン+絶不調+練習下手+夜更かし気味+ランダムバッドコンディション。スキル(ピーマン◎◎)と合わせてステータスは半減する。なお、このスキルを所持している馬が差し出したピーマンを食べた馬に対し、スキル【ピーマンイズワンダフル】が継承される。その後、並走した場合は短期間で技術継承も行われる。

 

・成長率

ピーマンを食べている間は全成長率+50。ピーマンを食べていない場合は-50。

 

・ピーマン氏から直接技術とスキルを継承したお馬さんず

※()内は継承した場所

■ミホノブルボン(トレセン)

■レオダーバン(トレセン)

■ナイスネイチャ(トレセン)

■ビワハヤヒデ(トレセン)

■メジロマックイーン(トレセン)

■ロマンリバー(宇都宮)

■ディープインパクト(仏)

■オフサイドトラップ(福島)

■APインディ(亜)

■スボティカ(仏)

■ユーザーフレンドリー(仏)

etc...

 

・ピーマン氏のスキルと技術を継承した馬から更に継承されたお馬さんず

□ライスシャワー

□ナリタタイシン

□ウイニングチケット

□ゴールドシップ

□ナリタブライアン

etc...etc...

 

 

■ピーマン

 

学名はCapsicum annuum Group。唐辛子の一種。すべての始まり。

 

普通の厩舎で与えるはずが無い逸品。

 

実はピーマン氏が最初に食ったピーマンは、テイオーが三女神に供えたうちの一つが世界を超えて餌に紛れ込んだもの、だとしたら面白いですね。

 

―卵が先か、鶏が先か。世の中にはそういう事象が実に多い。我々ウマ娘も含めてね。不思議だとは思わないかい?…こら、私の話を聞き給えよ、トレーナーくぅん?全く、ダービーを明日に控えているとはいえ、()()()()()()()()も緊張しすぎではないかい?ほら、私特製の薬だ。飲むといい。…何?変なものは入っていないさ。強いて言えば、ピーマンドリンク、という奴だよ。トレーナーくぅん?



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【番外編 2006 ロンシャン】英雄へと続いた道

私、彼女の後ろを走っていたんです。

いよいよ彼女がスパートを掛ける。

その瞬間、彼女の足元から、とんでもない音が聞こえました。

『断』

すべての運命を断ち切るような、そんな、力強い、ターフを踏み抜いた音を。

―凱旋門賞2着 テイオーロマン


 フランス、ロンシャン。

 

 再びこの地を踏むことになるとは、全く、人生…馬生とはおもしろいものである。さてさて、私はレースの世界から身を引いて約一〇年ほど。とはいえ、字がかけるという唯一無二な馬なもんですから、それこそ乾く暇のない毎日を送らせて頂いている。

 

 最近ではひらがなや漢字も覚え、更に更にコミュニケーションが捗っている次第だ。

 

 しかも、専用のキーボードを作っていただいている始末。厩舎にモニターとパソコン、そして大型のキーボードがあるのは実にシュール。

 タブレットがあればもっと良いのになぁと思う反面、2006年現在では未だタブレットと言う概念が生まれていない。フリック入力ならもっと文字が打ち込みやすいのにーと思う日々である。

 

 いやぶっちゃけ某Sエレクトロニクスとかにアイディアを伝えれば作ってくれそうな気もするんだが…ま、そこは私ウマですので。史実通り、ジョブスさん、マジ頑張ってくれと願う次第だ。

 

 さて、現実逃避はそこそこにしておいて。本日、私がなぜこのフランスのロンシャンに降り立っているかと申しますと。

 

『…疲れた』

『どこここー!?』

 

 2頭のお馬さんの帯同馬として私は一緒に飛行機に乗り込んだのである。そりゃあ、まぁ、色々ありましたとも。というか、私も本当は連れて行ってもらおうと思っていたわけでは無い。

 

 だが、そう。時は数か月前にさかのぼる。春の陽気が気持ちよい、とある日の昼下がり。厩舎で笑顔の厩務員と共に雑談しつつ、言葉が判らんテレビでニュースを見ていた時のことである。

 

―テイオー、次世代で気になっている馬は居るかい?―

 

―そうだね。うーん。ディープインパクトはやっぱりすごいなと。あと私の子供―

 

 あ、ちなみに厩務員は元相棒だ。数年前に急に私の前に現れたのでそれはそれは驚いたものである。

 

―ああ、テイオーロマンか。というか、君の子供が軒並みすごい成績なんだよね、どうなってるんだい?初年度産駒なんか海の向こうで三冠だよ?君の血はバケモノかな?―

 

―はっはっはっ。よせやい照れる―

 

 キーボードでぽちぽちやりつつ、厩務員はホワイトボードで私にメッセージを伝える。実にシュールな光景である。だが、そうやって会話を楽しんでいた私に、冷や水がぶっかけられた。

 

―あ、そういえばディープといえばね。今年凱旋門行くらしいよ。あと君のテイオーロマンも一緒に挑戦するとかなんとか―

 

 ガタッ!文章を見た瞬間、私は勢い良く立ち上がってしまっていた。

 

 ディープインパクトの凱旋門。結果だけ言えば、3着に入線した。それだけでもすごい偉業なのだ。

 

 が、だ、この話はそこでは終わらなかった。なんと、ディープインパクトは失格。しかもよりによって禁止薬物。ドーピング的な扱いで失格となってしまったのである。しかもこれが響いて賞を取り逃がしたり、印象が悪くなったりと実に、実に残念な事件である。

 

 ―――さて、しかし、不幸中の幸いという奴である。

 

 結果を知っている奴が、ここにいるのだ。助けられる奴が、ここにいるのだ。無論、ただの一般人が薬物を止めた所で、いや、ディープインパクトに接触を試みた所で断られるのが関の山。

 

 だが、私を舐めないで欲しい。そう、この世界では最強のサラブレッド、世界砂芝三冠を成し遂げたサラブレッドなのである。あ、長距離くんはちょっと離れててね。ワシ3000以上は走れんのよ。

 

―へい厩務員さん。ディープインパクトの帯同馬になりたいんだけどねじ込んでくんね?―

 

 厩務員の顔から笑顔が消え失せて、鋭い眼光が私を射抜いていた。

 

―それは、どういうことだい?―

 

 気持ちホワイトボードの文字も硬い。ははは、なぁに。

 

―ちょっと、久しぶりに凱旋門の扉を開けたいなぁって。お手伝いをしようと思ってね?―

―…本気か?―

―当然。彼は走るよ。ただ今のままだと少し厳しいだろう。だが、足らないピースは私が埋めよう。埋めてみせよう…どうかな?―

 

 文字を打ち終わった私は、私は試すような目で厩務員を見た。ほら、どうする。

 

 厩務員、彼は頷くと、親指を立てて私の前から立ち去って行った。さあ、さあ、今日から忙しくなるであろう。何せ私は、英雄を真の英雄に押し上げねばならんのだ。

 

 まあ、とりあえずは飯を食おう。私は歩みを進めて、厩舎に引っかけられているバケツからピーマンを1つ口に放り込んだ。―うん、シャリシャリと良い食感と、ほどよい苦味が口に広がる事の感じ。やはり、ピーマンは生に限ると思うのだ。

 

 

 シャリシャリとピーマンを喰らう。うん。フランスの厩舎で頂くピーマンもしっかりとピーマンになっていて良きかな良きかな。10年前のロンシャンはそれはまー苦しんだもんだが、今では無事にピーマンも普及しているご様子。フランスのご当地ピーマン。ちょっと苦味が少ないが、及第点であろうか。『お前好き!』…聞いたようなニュアンスが飛んできたけれどもキニシナーイ。『やっぱり旨い!お前好き!』いやこれ気のせいじゃねーな?

 

 ばっと顔を上げてニュアンスを飛ばして来たお馬さんの顔を見てみれば、そこに居たのはまさかのインディ氏。いやなんでお前おんねん。ここフランスぞ?凱旋門ぞ?引退馬が来る場所じゃ…って私も引退馬だけどもなしてますのん?

 

―なんでインディおるの?―

―あれの帯同馬らしいよ。インディの子で、凱旋門に殴り込むとか―

―そりゃまた難儀な。でも、なんでまた。インディの血筋ってダート専門じゃなかったっけ?―

―テイオー。君が来ると聞いて、それならば出走させなければ、と急に決定したらしいよ―

 

 さらっと厩務員とやり取りをした私である。ほう、と、見てみればなかなか体つきの良い牝馬が居た。馬的に言えばなかなかのグラマラス。史実でも居たのかなぁ…って思ったけれど、アメリカの馬って凱旋門に出たことってあったっけ…?んー?記憶の限りあんまり前例無かったような?

 

『これちょっと違うけど旨い!旨い!旨い!お前好き!久しぶり!』

 

 色々考えていた所に届くデカい声のニュアンス。ああ、うん。そうだな!いやもう本当に久しぶりだなインディ。難しい事考えていたけれどまぁ今回は頭の隅に追いやっておこう。んーと、とりあえずここにおるのは厩舎を見る限りは日本代表ディープ氏、我が子ロマン、…で、これインディの子かなぁ?あとはフランスのお馬さん達って具合である。

 

 ま、それはそうとしてだ。少しばかりディープに差し入れを持って行こう。ということでバケツを咥えましてー。脚で閂をブッコ抜きましてー。少し歩みを勧めまして。ほい、差し入れ。

 

『え?なんで外にいる?…?なにこれ』

 

 ピーマンと言う奴だね。喰ってみろ。飛ぶぞ。

 

『…苦っ…』

 

 しかめっつらでそうニュアンスを私に飛ばして来たディープ氏。ただ、吐き出さないあたりは見込みがあると言うものだ。

 

『食べるー!』

 

 横から顔を出したのは我が子テイオーロマンである。そしてばっちりピーマンを喰らう。うん、ピーマンは見事に受け継がれている感じ。よきかなよきかな。にしても、ディープ氏はまだしかめっ面。うーん、これはピーマンダメっぽいかー。

 

『うんまぁああい!』

 

 ダメな顔をしているディープ氏の横でめっちゃ旨そうにピーマンを喰らう我が子である。というか君、そのリアクションだと、なんかスタンドとか使わないよね?ハンド!とかさ。

 

『…これおいしい?おいしい?』

 

 本当に?本当にお前旨いんか?そんな疑いの目で我が子を見つめるディープ氏。

 

『おいしい!』

『本当に?…もう一個食べる…苦…苦…苦…?』

 

 ロマンの様子に、ディープ氏は私のバケツからピーマンを喰らい始めた。さあ、どうだいディープ氏よ。

 

『おいしいでしょ!』

『…うん?うん…おいしい、かも?』

 

 ナイスだロマン。ディープ相手に押し切ったね。よしよし。いや、よしよしじゃないんだ。ピーマン食ったぐらいでめっちゃ調子良くなって勝てるようになった馬なんて………一杯知っているけれどもね。私もその一頭であるしさ。凱旋門はピーマンありきでございました。というか、このピーマンって何なんだ…?私の好物ではあるんだけど、食った馬がのきなみ大活躍。同志しかり、ライスしかり。うーん、やはり、ピーマンイズワンダフル!ということであろうか。いやわけがわからん。

 

 さてさて、そういえば厩務員さん。彼らは凱旋門の前に、何のレース走るんです?

 

―凱旋門直行の予定―

―マジ?今何月だっけ?―

―8月―

―フォア賞ねじ込みなー。ぶっつけはやべーってお前も知ってるだろう?納得しないならオーナー達を私の前につれてきな―

 

 私の言葉に、厩務員は真剣な顔を向けて来た。

 

 そりゃあそうだろう。だって君はさ、私の背でそれを嫌と思うほどに思い知ったじゃあないか。それを思い出したのか、彼はうんうんと唸って首を傾げてしまっていた。

 

―ま、最期は人間の都合なんだけどさ。馬の意見も聞いてくれたまえよ―

 

 ふーむ、と手を顎に当てて暫く彼は固まってしまっていた。そうやって悩んでいた彼であったが、やはり、真剣な顔で頷いて、そして親指を立てて私の前から立ち去って行った。うん。多分ディープ氏とかテイオーロマン氏あたりのオーナーに話を持ち掛けに行くのだろう。ま、ぶっちゃけ、フォアは負けても良いのだ。なによりも、この深いターフは一度走らないと感覚がつかみにくいのである。いやもうそりゃ本当に。中に二足歩行の人が入っている私ですらも、ここまで日本の芝と海外の芝が違うのかと思ったほどよ。

 

 で、ちなみにその後、私の前にオーナーら関係者がやってきて、今後の調整について滅茶苦茶話し合ったのはまた別のお話である。

 

 だが、そうやった結果だろうか。我がロマンがフォア賞を制覇し、ディープ氏も2着、そして続くようにインディの子が3着。上々の滑り出しで海外遠征はスタートを切ったのである。

 

 

『これは驚き!フランスで逃げ切ったテイオーロマン!親であるトウカイテイオーが成し得なかった、フォア賞での勝利を獲得しましたー!』

『本当に驚きです!急な参戦でしたが、まさかここまでとは…!ディープインパクトも見事な末脚で2着。凱旋門本番にむけて、日本勢が勢いをつけてきております!』

『ちなみに3着に入ったインディテイオー。『トウカイテイオーの子が出るならば』と意気込んできたその実力は母父であるトウカイテイオー譲りの確かなものでした。こちらも凱旋門賞に参戦予定。さあ、フランスの地も面白くなってまいりました!』

 

 

 フォア賞の翌日。トウカイテイオーと2人のウマ娘達は、フランスの街へと繰り出していた。気晴らし半分、お祝い半分といったところである。そして、あらかた遊んだ彼女らは、町の一角、カフェでのんびりとお茶を楽しんでいた。

 

「いやぁ、まさかディープがここまで来るなんてねぇ…」

 

 トウカイテイオーは紅茶を嗜みながら、しみじみとそう呟く。

 

「テイオーさんのお陰ですよ!」

 

 ディープと呼ばれたウマ娘は、笑顔をトウカイテイオーに向けていた。

 

「あのー。勝ったの私なんですけどー?二人の世界に入らないで頂けますー?」

 

 そしてそれを面白くないなぁと隠さずに表情に出しているもう一人のウマ娘。

 

「あはは、ごめんごめんテイオーロマン。でも、すごいよねえ。日本勢がフォア賞を独占、なんて」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」

 

 2人はテイオーへと頭を下げていた。あはは、と笑いながら紅茶に口を付けたテイオーであったが。

 

「いやいや、本当だ。まっさかテイオーが弟子を引き連れてまたフランスに来るとはねぇ」

 

 ぶっと、聞きなれた声に紅茶を吹き出してしまっていた。テイオーは声のした方向、みずからの後ろへと振り返っていた。

 

「あれ、インディじゃん!?久しぶり!?ってあれ!?なんでフランスに!?ここアメリカじゃないよ!?」

 

 そこにいたのはまさかのエーピーインディ氏。アメリカのウマ娘である彼女が、こんなフランスの街中に居るはずが無いのである。だが、さも当然と言った感じでテイオーの後ろに立っていた。

 

「落ち着けって。あー、知らんかったか。ほら、3着に入ったインディテイオー。あいつ、私の弟子なんだ」

 

 そう言って、テイオーの横。空いていた席にどかっと座る。

 

「え!?あれ、でも、アメリカから凱旋門賞ってなかなかいないんじゃ!?」

「『私はインディさんとトウカイテイオーさんの名前を両方持っている。なら、挑むしかないんです!』と、意気込んでしまってなぁ。止める暇もなく今日私はここにいる」

 

 ふっと疲れた笑みを浮かべたインディ。どうやら、その弟子とやらに振り回されているようだ。

 

「おー…インディも大変だねー。あ、店員さん紅茶追加でー」

「悪いな、テイオー」

「あの、テイオーさん、こちらのウマ娘さんは…?」

 

 そんなやり取りを見ていたディープが、ふと、そう口にしていた。テイオーは、ああ、と笑顔を浮かべる。

 

「あ、ごめんごめん。紹介するね。こちら、エーピーインディ。ボクとBCクラシックと有マ記念で競い合ったライバル。で、インディ、軽く紹介すると私の弟子たちだよ。こっちがディープインパクト、こっちがテイオーロマン」

「え!?あの伝説の!?」

「セクレタリアトさんの再来の!?」

「おお、知ってくれていたか!何かの縁だ。インディとでも気軽に呼んでくれ。ま、テイオーには現役時代勝てなかったけどな。こいつバカ速いったらねーんだわ」

 

 インディはそう言いながら、テイオーの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと動かしていた。

 

「んぁあ!?もう!インディったらいっつもボクの頭をわしゃわしゃするよね!?」

「あー、丁度いい高さなんでな。スキンシップだスキンシップ」

 

 はははと笑顔を浮かべつつも、インディはテイオーの頭に乗せた手を止めはしない。だが、テイオーはテイオーでまんざらでもないようである。

 

「つーかこっちのダートも日本勢が強くてなぁ。なんだあのインペリアルタリスってのは。アイツもそうだけど、あいつの育てた連中が荒らしまくっててなぁ」

「インペリアルタリスさんですか?」

「おう。知ってるか?ええと、ディープインパクト?」

「はい!アメリカのダートで活躍する日本のウマ娘さんですよね?あ、ディープでかまいませんよ!」

 

 そう言ってディープは笑顔をインディに向けていた。

 

「そうか、ありがとうなディープ。ああ、そうか、日本じゃあんまりダートは盛り上がらんのだよな。このテイオーがBCクラシックを勝利したことは知っているだろう?」

「はい」

「ええ」

「というかお前の名前もテイオーに似てるなぁ、テイオーロマン。ロマンと呼んでも?」

「ええ!大丈夫ですよ!インディさん!」

 

 そう言って、テイオーロマンもインディに笑顔を向ける。

 

「ありがとうよロマン。で、その翌年と翌々年、2年連続で勝利したのがインペリアルタリスなんだわ。しかもこいつの知り合いだってんだ。こっちじゃあトウカイテイオーがBCクラシックで優勝した、なんて話題は一気に消し飛んだよ。更に、その弟子にレースを荒らされっぱなし。いやはや、セクレタリアトも本気で後身を育て始めて良くも悪くもアメリカのウマ娘業界は活気に溢れているんだ」

「へえ!?」

「すごいですね!?あ、でも、最近、インペリアルタリスさんってあんまり日本じゃ名前を聞かないような…」

 

 ロマンの言葉に、今度はトウカイテイオーが言葉を添えた。

 

「そりゃねー。アメリカに拠点を移しちゃってるし。ここ10年、帰ってきてないからね」

「そうなんですか。でも、すごいですね。アメリカに行って成功するなんて」

「ま、ボクの同期だしね。鼻が高いよ」

 

 ふふん、と得意げなトウカイテイオーである。

 

「あー、でも、来年ドリームに上がるから夏と冬で走るよ。ボクも夏はダートで、冬はターフで彼女と競う予定だよ」

「ほー、そりゃあ凄いこって。負けんなよー?」

「もちろん。ボク、クラシックは譲らなかったからね。シニアもボクのものさ」

「なんだそりゃ」

 

 と、インディが呟いたと同時に、彼女のスマホにメッセージが届いた。

 

「っと、すまん。愛弟子から呼び出しが来ちまった。じゃあなテイオー。凱旋門、お互い後悔ないようベストを尽くそうぜ。―じゃあな、戦友」

「うん。インディも元気で。―本番で、また逢おう。友よ」

 

 最後、2人は拳を合わせてそう、言葉を掛け合った。

 

「ああいう関係憧れますね」

「うん。私達もああなれるかな?」

「…もちろん。というか、フォアは君に譲ったけど、凱旋門は私の物だから」

「…。ううん。凱旋門は私の物だもん」

 

 ウマ娘達は今日もヤカマシイ。しかし、その内に秘める想いは、何よりも熱く、そして誰よりも燃え盛っている。

 

 

「お久しぶりです。またお会いできるとは思いませんでしたよ!」

「久しぶり。本当に。僕もびっくりだ。で、どうなんだい?ディープは」

「仕上がりはすこぶる。そちらのテイオーの助言のお陰か、非常に良い仕上がりです」

「そいつは良かった。…さて、じゃあ一本、追い切りといこうか」

「ぜひ。というか、トウカイテイオーはまだ現役馬と共に走れるんですね?」

「僕もびっくりしているけどね。もう20歳に近いのにまだまだ現役さ。さて、追い切りとはいえ、僕とテイオーは負けないぞ?地の果てまで走っていけそうさ」

「それはこっちのセリフですよ。ディープとならどこまでも飛んでいけますからね」

 

 

 さて、本日はついに来た凱旋門賞当日。私はと言えば、のんびりと厩舎で、彼と共にピーマンを喰らっている。や、それがですよ。聞いてくださいよ。青椒肉絲ですよ青椒肉絲。いやはー、まぁ、そんなに量は食えませんがね。小皿程度に青椒肉絲が鎮座しておるんですよ。草食動物が肉を!?と言うかもしれないが、少量であれば食っても問題ないのである。実際、『好きなら食ってもいいんじゃないっすかね…?しらないっすけど…』と獣医さんからも言われております。なんだか諦められている気もするけど気にしない。

 

 と、いうことでここ数年は、彼お手製のピーマン料理を食いながら競馬中継を見るのが至高の時になっている。ちなみにビールも忘れてはいない。おっさんっぽい?言うなよ照れる。

 

『・・・・・・』

 

 テレビから聞こえる実況は、正直、言っている事が判らない。ただ、声のトーンなどで盛り上がりなどは判る感じである。ほほう。ディープ氏は記憶の通り1番をつけていらっしゃるね。えー、で。我が子テイオーロマンが10番ね。インディ氏の子、そういえば名前知らんかったな…。9番か。えーっと、字幕字幕…『インディテイオー』…インディテイオー!?ええ…なんですかその安直な名前。あ、ちょいちょい厩務員?

 

―どうした?青椒肉絲の味が気に入らなかったか?―

―ばっちりですとも。というか、インディの子の名前、インディテイオーって言うんですね?―

―ああ、らしい。君の娘とインディの配合らしいよ。名前もそこから取っているとかなんとか―

 

 あんぐりと口を開けてしまった。ああー、そういうこと?なるほどね、それでか。インディテイオーか。え?つか人の子を寝取ったんかインディ?いや寝取ったって言い方も変だな。うーん、まぁ、判る。気持ちは判る。テイオーの子とインディが子を成したら?

 

 多分めっちゃ速いんじゃね?

 

 私でもそう思うさ。私がもし私のオーナーだったら、秒でGOサインを出すね。…って、そう考えると私の血筋、すごいことになってるんでは?いや、正直毎年の子作り戦争に向けて、雑念を取っ払って気持ちを整えていたので、自分の血筋の情報を仕入れていなかったんだけども、これ、私の血、どうなっているのかめっちゃ気になってきた。

 

―お聞きしますが、もしや、私の血、結構凄い事になってませんかね?―

―なってるよ。あれ?知らなかったのかい?G1馬の血統と君の血統という組み合わせ、かなりの数が走っていると記憶しているけれど―

―ええ…?―

―最近天皇賞秋を逃げたサイレンステイオーっているじゃない?―

―いるね。サイレンススズカの再来だって騒がれてた―

―キミの孫だよ―

―本気ですかヒューマンー

 

 おもわずあんぐりである。というか、冠がサイレンス?サイレンスってお前まさか、配合がワシの娘とスズカとかじゃないっすよね?

 

―大正解。ユーザーフレンドリーとの間に出来た子とサイレンススズカさ―

 

 Oh。というかスズカさんしれっとご存命なのね。…んー?つーことはですね。私の血統、国内でもG1馬いるし、海外でも凱旋門を走るような馬がいる?これはもしやワシ、まごうことなき大種牡馬なのでは?あれ、でも年間100頭ぐらいしか種付けしていないような気がするんですが。他の馬と比べると結構少ないっすよね?

 

―オーナーと協会が厳選してるからね。君に負担をかけて怪我なんてさせたら世界競馬界の損失だからねぇ―

 

 そりゃあ有難い事で。いや本当。すごいと年間300頭近く種付けすんでしょ?あのアグネスタキオンとかですら年間150頭とかだもんなぁ。というか今年はシーズン途中でフランスに飛んできたので、未だ30頭ぐらいなんだよね。そこんとこ大丈夫なん?

 

―あ、テイオー。ディープとテイオーロマンが帰っても居残り決定してるから、そのつもりで―

―はい?―

―80頭のレディがお待ちだってさ―

 

 おほー、聞きとうなかった情報である。まぁ、やぶさかではないがね。ああ、ただ、判っているんだろうね。君。

 

―青椒肉絲、煮びたし、肉詰め、無限ピーマンでどう?手を打たないかい?―

―ノッた!―

 

 よぉく判っているじゃあないか。流石相棒よ。っと、それはそうとディープ、テイオーロマン、インディテイオー…うん、名前が少しややっこしいな。まぁ、彼らの、新たなる日本代表達の出走のお時間である。

 

 第85回凱旋門賞。ちなみにディープに例の薬物が使われそうになった時、私と言えば自分の厩舎の壁をぶち抜き、彼の厩舎の扉をぶっ壊して投薬直前に突撃し、事なきを得たので何も問題はなかった。決して問題なんてなかった。

 

『君、文字判るんだってねぇ?この数字わかるぅー?ねぇ?修繕費なんだよねーこれ?凱旋門賞馬なら払えるよねー!?』

 

 と、彫が深い外国人からしたり顔で請求書なんてものを見せられたような気もするけれど些細な事である。いいね?…うん。あとでJRAのお偉いさんに謝りに行こ。処世術、処世術という奴である。いやー、やはり厩舎の壁を全力で蹴り破ったのは間違いだったか…?

 

 にしてもだ。こっちにきてからディープと並走して良く判ったけれども、彼の末脚は本当に恐ろしい。なんじゃいあの一発の蹴り足の強さは。全盛期の私よりもぶっちゃけ追い込みの速さはあると思う。

 ただ、この深い芝で実際どうなん?と思う事もあったので、フランスに来てから並走で走り方をみっちり叩き込んでおいた。いやあ、ロマンリバーを思い出すね。というか、テイオーロマンもディープ氏も、私の技術をすぐに吸収してくれて実に教えがいがあった。特にディープ氏なんかはゲート難だったはずなのにだ。そう、最初私も苦労したゲートですよ。教えた当初、やっぱり彼はスタート下手だったんだけども、私なりの攻略法『リズムを聞いてGO戦術』を教えた所、ゲートの飛び出しがめっちゃ上手くなっていた。更に最後の加速。あれについても、ただでさえ長いストライドを、更に広げてえらい勢いで飛ぶようにターフをすっ飛んでいった事は記憶に新しい。

 その隣でテイオーロマンがえらい脚の回転でディープを追いかけていった様もまた、すんごい光景であった。正直私の様なおっさん馬だと併走に数本お付き合いするのが精一杯ですわ。

 

 だからってわけじゃないんだけどさ。君達多分勝つよ。私が保証しよう。…そして相棒よ。首を傾げるなって。

 

―いや、それにしても君がディープとロマンと並走してから、彼らの走り方と体つきが変わりすぎてて…君、なんかしたのかい?―

―いやー…まぁ、走り方は教えたけどそれ以上は何も?彼らとの追い切りの時、私の上に乗ってた君の方が良く知ってるだろう?―

 

 うん、本当に何もしてないのよね。やった事といえば、ピーマンを与えて併走しただけだ。確かにこの凱旋門までの数か月。ディープとロマン。彼らは私と逢う前後ではその走りも体形すらも変わりすぎている。現にテレビ越しでも判る。バッキバキのゴッリゴリやんけ腰回り。

 

―でも、もしかしたら本当に、彼らが扉をあけるのかもしれないね―

 

 彼がしみじみとそう、私に伝えて来た。うん。本当にそうあってほしいと思う。そしてなによりもだ。

 

―ぜひそうあって欲しい。むしろ、私を超えてもらわなければ困るさ―

 

 いつまでもいつまでも、同じ馬(トウカイテイオー)が世界最強を背負っていちゃあ、つまらんだろう?

 

 さあ、ディープインパクト。

 

 

―――史実を超えて、英雄になって来い。

 

 

『さあ、10頭立てとなりました凱旋門賞。注目は凱旋門賞馬であるトウカイテイオーの子、テイオーロマン!そして日本競馬の至宝ディープインパクト!1番人気、2番人気は日本の馬が独占です!9番にはインディテイオー!アメリカ生まれのトウカイテイオーの孫が収まります!そして、大外!大外にテイオーロマンが収まった!これは14年前を彷彿とさせる光景です!そして、ディープインパクトが()()()ゲートに収まりました。職員が退避しまして…第85回凱旋門賞、今、スタートです!』 




ディープ氏

■凱旋門賞までの特訓でピーマンインストール済み。その際フレキシブルテイオー式二段加速を完全に習得してしまったため以降手が付けられない怪物に。が、史実通り有馬はハーツクライに負けて地団駄を踏んだ。ハーツクライはピーマン食ってない。どうなってやがるとはピーマン氏の談。
なお、凱旋門は差し切ったが、同年の有馬記念でテイオーロマンに逃げ切られてもう一度地団駄を踏んだ。

テイオーロマン

■ピーマン氏が種付けがんばった結果こうなった。無論母はロマンリバー。ピーマンの逃げを色濃く継いだ一頭。凱旋門賞までの特訓でテイオー式フレキシブルロングロング高回転スパートを習得してしまったため、以後ディープ氏のライバルと目される存在となってしまう。強く生きろ。
 戦績はシーザリオらとティアラ路線を競い合ったのちにフォア賞勝利。ピーマンの血族は化け物と言われはじめたうちの一頭。ピーマン氏曰く「よせやい照れるじゃねーか」だそう。
なお、凱旋門は差し切られたが、同年の有馬記念でディープから逃げ切って渾身のガッツポーズ。


ハーツ氏

■ピーマンインストール前のディープ氏をぶっちぎった怪物。本来はその後、ジャパンカップで引退するところであったが、ディープ氏より『ピーマンイズワンダフル』を継承。結果、06年有馬記念を3着で駆け抜けた。


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蛇足につき、ピーマンをよこせ

宇都宮競馬場。現在では、カンセキスタジアムと名前を変えてしまった北関東の競馬の聖地。

どうやら、とあるピーマン好きが活躍した世界では、その様子も様変わりしているご様子です。


①ピーマンを用意します。
②半分に切ります。
③氷水に丸一日浸して、冷蔵庫で保管しておきます。
④お好みで塩など振って食らいつきます。

⑤スパム(減塩じゃない塩辛い奴)、コンビーフを間に挟んで食います。

ビールと合うんだなぁ。これが。


 宇都宮競馬場。トウカイテイオーが種牡馬として暮らしている研究所から近いところにある北関東の地方競馬場である。とはいえ、距離にすれば5キロほど離れていて、普通であれば車で移動するような距離だ。

 

 特に、研究所から競馬場に向かう道の中には、片側2車線の宮島環状線という幹線道路があり、しかも、競馬場にたどり着くまでには道中高架を2つも挟むというなかなかの道である。

 

 しかしながら、その道が急遽、数年前に突貫工事で大変革を迎え利便性が高まっているのは、御存知の通り。馬が一度も信号や高架を通らずに行き来できるように、わざわざ歩道の拡張や、防護柵の設置、地下道の設置を行ったのだ。運営元いわく、競馬場と研究所の行き来を容易にし、馬の状態をよりよく保つためだ、という話であるが、その目的は、明らかに一頭の種牡馬のための道であろう。

 

 その種牡馬とは、冒頭にも名前を出した、トウカイテイオーその馬だ。というのも、日本中からその姿を見たいというファンが訪れるために、週に一回、宇都宮競馬場でお披露目が行われているからである。特に、新しい道路が出来てからというもの、競走馬研究所から、宇都宮競馬場まで、トウカイテイオー号が蹄鉄のいい音をさせながら闊歩するその様は、今では宇都宮の名所の一つとなっている。

 

 無敗の三冠、凱旋門賞馬。日本の歴史を変えた馬が、なぜ北海道などの放牧地に送られず、この競走馬研究所にとどまっているのか、その詳細は知らされていない。だが、眉唾とも言える噂レベルの話ではいくつかの逸話が伝わってきている。

 

 代表的な例を挙げるのならば。

 

①―ロマンリバー。地方競馬出身ながら、名騎手のもとでG1馬となった名牝であることは有名であろう。このロマンリバーがまだ宇都宮に居た頃、指導していたという話。

 

②―ディープインパクト。凱旋門賞を見事獲ったその数日前に、違法薬物と知らずに投与しようとしていた薬を、厩舎を蹴破ってまで全力で止めに入って事なきを得た、という話。

 

③―オフサイドトラップ。今では名種牡馬の凱旋門賞馬である。だが、そのデビュー当時にどうも調子が悪かったそうだ。しかしトウカイテイオーと福島の療養施設で過ごした結果、以降、一切故障をしなくなったという話。

 

 他にも、エルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィークといった馬たちに何かしらの影響を与えたと言われるトウカイテイオー。眉唾の話だ、と、一蹴するのは簡単だが、トウカイテイオーが宇都宮に来てから、やたらと北関東の地方馬が中央でいい成績を残しているという事から、そうも言えないのが実情である。

 

 運営元に取材を申し入れたのだが、この件についてはノーコメント、という返答しか返ってこなかった。今後も、トウカイテイオーという馬を追いかけたいと思う。

 

―月間雑誌『サラブレッド魂』より抜粋

 

 

 シャバの空気はいいもんだー。って具合で、宇都宮の町中を闊歩する。天気は快晴、馬場は…まぁ、アスファルトっぽいんだけど、なんとこれ、ウレタンカラーゴムチップという柔らかい素材らしい。私の脚に気を使ってくれたのだとか。いやはや、なんとも頭が上がらない。

 

 さて、私が宇都宮に来てから、すでに現役の時の数倍過ごしている。あのロマンリバーとも種付をする仲だ。いやはや、時が経つのは速いものである。この道だってそうだ。

 

『utunomiya no keibajo- ikita-i』

 

 などと文字で書いてしまったのがキッカケで、道が整備される始末。いや、いつぞやに温泉ほしいねーなんて思っていたけど、それ以上の大工事が行われてしまったわけで。気づけば毎週のように、このウレタンカラーゴムチップの道を闊歩していくわけだ。

 

「―――――!」

「!!!」

 

 そして、どうやら、名物にもなっているようで、歩道の周りには、私を一目見ようとカメラを持った人々が並んでいる。飽きないねぇと思うけれど、まぁ、確かに競走馬と触れ合える機会なんてそうそうないからねー。私もおそらく、人であれば、この列の中にいただろうね。ま、私の姿を見るだけで笑顔になれるならば、いくらでも姿は見せるともさ!

 

「―。―――」

 

 お、そして何かを話しかけながらこちらに近づくこどもさんが一人。なんじゃい?と思いながら視線を向けてみれば、手にしていたものをこちらに差し出してくれていた。

 

「―――――――!――――!」

 

 なるほど、これを私に下さると。いいでしょう、頂きましょう。そうやって、緑のあんちくしょうをこどもさんの手から頂く。うーん。なかなかの新鮮具合。悪くないね。これはいくらあっても飽きはしない。私の身体はピーマンで出来ていると言ってもいいほどだ。

 

 と、思っていたら、こどもさんを皮切りに、いろいろな人が、こちらに緑のあんちくしょうを手渡そうと群がってきた。おおう、嬉しいけれどねー。ちょっと、急ぎなのよ。私、お披露目にいかないと行けないわけでしてね?どうするー?と相棒に目線をやれば、首を縦に振られた。

 

―食ってよし。

 

 ならばと、この場でピーマンを頂くとしよう。あ、一人一個までねー。いや、君のも食べるから焦るな焦るな。うーん、こいつはさっきのよりも苦い。素敵だ。こいつは大振りだな。どれどれ…。おいこれはパプリカだ。間違うなよ?ペッだ。そんなものペッだ!

 

 

 今日のお披露目はどんなもんじゃろ。ファンに囲まれながらゆっくりと競馬場に入る。もちろん正門からだ。なお、ボロは出さない。だって腐っても二足歩の動物が中に居ますので。人前でなんてそんなそんな。と、話がそれたが、この宇都宮競馬場も、私がお披露目を行うようになってから、かなりの大改修が行われている。

 

 たとえば、この正面のエントランスもそうだ。

 

 自動扉なんかは、私が入っても余裕なくらい大きいし、エレベーターやエスカレーターなんかも、私が乗っても狭くないし、壊れない。移動しやすい素晴らしい建物に様変わりしている。

 

 …いやまぁ、多分私のために、なんだろうけれどさ。やりすぎちゃうん?そう思って相棒に聞いてみたんだけれど。

 

『君、世界の宝だから。このぐらいはまだ数のうちに入らない』

 

 とか言われてしまってねー。いやー。こりゃ下手な事はできないぞと思った次第だ。そんなこんなでお披露目はパドック、そして、こんな風に普通にエントランスで行われる。ま、闊歩してきてるんだから、常にお披露目と言っても過言じゃないけれどね。

 

 ちなみに、時折ナイスネイチャ氏やダーバン氏などもここに来たりする。多分、計らいなのだろうねーと思いながら、彼らと思い出話なんかをする日々だ。なお、どっかのアメリカ野郎も時折こちらに来ていたりする。私と会うとめちゃくちゃ機嫌が良くなるそうだ。馬が合うとはこのことだー、なんて相棒には笑われたけれどね。

 

 とまぁ、現実逃避はここまでにして、今は目の前にいる大勢のファンたちに応えようか。どっこいせ、と前足を上げてみれば、大歓声が上がる。どうやらこの世界だと、私はステップではなくナポレオンポーズのトウカイテイオーという感じになっているらしいからね。ほら、ワガハイの写真を好きなだけ撮るといいぞよー。そして、家宝にしたまえー。

 

 

 パドックに出てみれば、これまた巻き上がるのは大きな歓声。まぁ、現役当時よりは小さいけれど、種牡馬としてはかなりなものだと自覚はしている。そして、今日のお披露目の相方は…と。ネイチャとか同志ではない?インディ氏だったらすでに、このあたりで『お前好き!』とでっかい声が聞こえるのでわかるもんだけど。それとも、今日は一人のお披露目かー?と思いながらパドックを回る。

 

 足を止めたり、上げたり、ステップしたり。ファンサービスはしっかりと。処世術、処世術というやつである。まぁ、私の今後はほとんど揺らがないとおもうんだけど、昔からの癖だ。

 

 ―と、ひときわ大きな歓声が上がった。ああ、どうやら、今日の相方の御出座しらしい。さて、今日は誰と一緒にここでお披露目なのか。この前はディープ氏だったけれど、まぁ元気そうだったね。『女はもういい』とか言っていたけれど、乾く暇がないってのは贅沢なんだぜーと教えてあげたりもしたので、ぜひ長生きして欲しい。

 

 と、話がそれてしまったが、私が考え事をしているうちに、パドックに完全に姿を現した一頭のお馬さん。私の記憶の中には…うーん、あんまりないね。ちょっと小柄だ。

 

『げ、年寄。なんでいる』

 

 …あ?お前、第一声それかい。確かに年寄りの馬ではあるけどよぉ。それなりに気持ちは若いんだぞ?全くひどいことを言うもんだなぁとため息をついていると、続けて、こんなことを私に言ってきた。

 

『…お前嫌い。勝てない。嫌い』

 

 あー?嫌いときたか。はて…勝てない?心当たりは結構あるけれど…でも、ネイチャとか同志ほど若くはない…。若くないってことはもちろんマックイーンでもないしなぁ。ま、あいつ最近白くなったしそもそも色違いだな。困ったもんで相棒に視線を送ってみる。誰だっけこいつ?

 

 すると、相棒がさらさらと手帳に文字を書いて、こちらに差し出した。

 

『hanshin omaega kireta re-su』

 

 …阪神。お前がキレたレース?…私がキレた…。…あ!お前あの時の若馬か!思い出した!阪神にお披露目に行った時『ジジイどけ』とか言ってきた生意気なあんちくしょうじゃねーか!すっっかり年寄りになってまぁ。久しぶりーとニュアンスを送ったのだが、返ってきた言葉は。

 

『…うん。でもお前嫌い』

 

 そっけないお言葉だこと。あ、そういえばこいつの名前知らなかったな。誰なんじゃろう。えーと…どこかに名前、名前と。ゼッケンは背負ってないな。ま、てことは彼も種牡馬であることは間違いないであろう。んで、推測するに、私と肩を並べるぐらいのお馬さんである。手前味噌だが、私とこう、一緒にお披露目をする馬ってのはそんじょそこらの馬ではないはずだ。

 

『…年寄。お前、もう一度走る?走る?』

 

 なんだ急に。余計に気になるなぁ。えーと…誰か知らない?相棒?…ま、ここじゃあ視線送っても首を傾げられるだけか。えーと…観客席とかにプラカードとかないかなー。大画面だと…あー、映像だけやね。

 

 はてさて、と視線を彷徨わせていると、横断幕が垂れ始めていた。おお、いいね。いいタイミングだよそれ。えーと、どれどれ。

 

『トウカイテイオー!』

『ありがとうトウカイテイオー!』

 

 んー…あのあたりは私のファンだねー。えーと…それじゃなくてー。お、どうやらこれか。えーっとなになにー。

 

『感動をありがとう!ステイゴールド!』

 

 …ン?

 

『世界に羽ばたいたステイゴールド!』

 

 …ンン!?

 

 思わず、若馬だった馬を2度見した。え、お前、ステイゴールド!? ステゴ!? 本当かよ!? あー…そりゃあ…まぁ、喧嘩売って、来るか! あ、いや、名前がわかるとなんか、その、喧嘩売られてちょっと嬉しい感じがしてくるもんで、不思議なもんだと思う。

 

『走るなら、今度こそ負けない』

 

 でも、そうか。君も私と肩を並べる種牡馬になったわけか。ってことは、多分だけど、君は香港を勝って、そして今頃あれか、オルフェーヴルとか、ゴールドシップとかが誕生しているわけか。

 

『やるか?』

 

 いやぁ、本当に時が経つのは早いもんだと、しみじみ思うよ。

 

『やる。ジジイ、負かす』

『…あ?』

 

 …とはいえ、もう一度こいつには教育が必要なようだ。おう相棒、四の五の言わずに鞍を寄越せ。あいつにも騎手を準備させな!このトウカイテイオー様相手に舐めた態度をとったらどうなるかもう一度教えてやる。ハンデなしの勝負だこの野郎!




「テイオー、君はやっぱり、ピーマンが好きなんだな」 
「うん。カイチョーも、最近はピーマンなんだね?」
「ああ、この苦味がくせになっていてな」
「にしし。カイチョーも判ってきたじゃーん」


「…ピーマンが美味しいとか言っている奴の気がしれねぇ」


「…ちょーっとそこのキミー?今、なんて言ったー?」
「あ?別に。ピーマンなんて、美味しくない、って言ったんだ」
「へぇ。そう。へぇー…そう?カイチョー。ちょーっと大切な、すごく大切な用事ができたから、また後で」

「あ、ああ。テイオー。……ほどほどにな?」
「うん。判ってる、判ってるよー。アハハー」


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【番外編】テイオーINピーマンのお話

完全なる番外編。おかわりのピーマンとも言う。
続くかは番外編なので正直不明です。


 二足歩行、そしてサラブレッドの四つ足歩行。大往生の人生と馬生を謳歌した私であるが、神様とやらはまだ私で遊ぶつもりであるらしい。さて、とはいえ今回の生まれ変わりはどうやらまた毛色が違うモノであるようであった。

 

 つまりそれは、物心ついたときには、ウマ娘であったということだ。

 

 はたと自分の何かに気づいたときには、既に母親から離れ、トレセン学園で飯を食おうとしていた時のことだ。

 

「そういえばピーマン料理がメニューにないなぁ?ボク、ピーマンが好きなんだよね」

 

 はて、なぜピーマン?そうやって首を傾げたときに、どうやら私は3度目の生を受けたらしいと気が付いた。ただ、それまでも、そして今現在も、一切合切ウマ娘としての生活に違和感など覚えていないあたり、もう私は完全にウマ娘である、と言って良いだろう。

 

 幸いにして、記憶はどうやら引き継いでいるらしい。とはいえ今この瞬間、『ボク』と『私』がまじりあい、結構とんでもない事になっている。思考は非常にクリアである。だが、口から出る言葉は非常にヤカマシイ。

 

「うぇー!?ニンジンしかないじゃーん!?」

「テイオー?何を言っているのですか?」

 

 隣にいる美少女、メジロマックイーンを横目にそうやって大声を上げてしまったあたり、相当なものだと我ながら思う。まぁ、ピーマン好きは前前前世からなので勘弁してほしい。とはいえニンジン料理しかないのは頂けない。緑のあんちくしょうが無ければなかなか落ち着かないのである。

 

「いやー…ニンジンばかりじゃあ飽きるなーって」

「…飽きる?ニンジンに?変なテイオーですわね」

 

 怪訝な顔をするマックイーンを横目に、なんとかメニューの端っこにチンジャオロースの文字を見つけて、それを注文し事なきを得た。

 

「今日のテイオーは本当に奇妙ですわね?ピーマン、お嫌いでしたよね?」

「あー、えっとね?これからクラシックに挑むからね!ボクも少しずつ進化しようかなーって」

 

 それっぽい事を言って誤魔化すものの、頭の中は結構な大混乱だ。

 『ボク』はまだ皐月賞しか走っていない。これからどういうレースを走るのか。シンボリルドルフさんに並ぶ無敗の三冠ウマ娘になれるのか不安だ。いや、でも、なるんだという決意がある。

 

 しかし、『私』はターフを十二分に走り切った。無敗の三冠サラブレッド。ダートも走り切った。凱旋門、BCクラシック、有馬記念を走り切った。

 

 つまりどうやら、私は今世も『トウカイテイオー』になってしまったらしい。うーん、トウカイテイオーINトウカイテイオーということである。しかもどちらかというと、私は不純物的なトウカイテイオーだと我ながら思うのだ。で、記憶を辿るとこのウマ娘のトウカイテイオーは、どちらかというと史実よりであるらしかった。

 

 私が『夢で見ていた私の戦績を辿るウマ娘のトウカイテイオー』とはまた違う存在の『本来の二冠、奇跡の名馬、ウマ娘トウカイテイオー』ということでもあるらしい。

 

 …さて、さて。どうしたものか。『ボク』と『私』。ボクは三冠を獲りたかった。でも、私が獲った。しかも、どうやら『ボク』はこのままいくと無敗の二冠ウマ娘止まりであるらしい。『私』の知識がそう訴えて来る。『ボク、は、奇跡の名馬のトウカイテイオー』、『私、は、世界最強のサラブレッド』。頭の中がショートする。

 

「ねえマックイーン」

「どうされたのですか?」

 

 何を言おうか。キミとボクは一度しか戦えないと言う?怪我に気を付けないと、と言う?いや、それはまた違う。私の様にピーマンを上げる?でも、相手はウマ娘だ。嫌いなピーマンを食べるだろうか?

 

「ピーマン食べない?」

「遠慮しておきます」

「えー?美味しいのになー」

 

 ちぇー、などと口にしながらも頭は未だ混乱中である。…それにしても、我ながらおっさん臭い思考になったものだ。ボク?私?俺?んん?わかんなくなってきた。まぁいいか。大切なのはそこじゃあない。

 

「ねーマックイーン」

「…今日はどうされました?落ち着きがないようですが」

 

 おっと、食事中にあまりにも話しかけたものでめっちゃ警戒されている感じ。ま、とはいえ聞くことは決まった。

 

「うん。実はちょっとね。ねーマックイーン。ボクがさぁ、無敗の三冠を目指さない、って言ったら驚いちゃう?」

「…………もう一度よろしいですか?」

「ボク、無敗の三冠を目指さないって言ったら…」

 

 そこまで言った時だ。マックイーンが思わず机を叩いていた。

 

「テイオー!?あなた何を言って!?無敗の三冠を目指さない!?貴女の夢では!?ええっ!?正気ですの!?」

 

 目は見開かれていて、マックイーンらしからぬ大声。あはは。マックイーンでもこういう顔するんだね。

 

「あはは、うん。正気正気。っていうか、マックイーンって驚くとそんな顔するんだねぇ」

「茶化さないでくださいまし!?え!?本気ですの!?何があったのですかテイオー!」

 

 何、私とボクが混じったトウカイテイオーになっただけ。だったらさ。無敗の三冠、なんて目指すわけがないじゃん?

 

「んー、ちょっと考えてたんだけどさ」

「何をですの!?」

 

 マックイーンは完全に箸をおいちゃって、ボクに食って掛かる勢いだ。うん、でも、私はこのぐらいじゃあ怯まない。堂々と、満面の笑みを湛えてボクは彼女にこう伝えたんだ。

 

「無敗で日本の菊の花を受け取るよりもさ、もっと上を目指そうかと」

「もっと上…ですか…?……………まさか!?テイオー貴女!」

 

 ボクの言葉を正確に受け取った彼女の顔といったら。すごく、面白い顔をしていたよ。あっけにとられる彼女を尻目に、ボクはこう、付け加えたんだ。

 

「―花の都で、とっておきの花束を貰いたいなって(無敗で三冠目を手に入れようかなって)




トウカイテイオーinピーマン【ただのチート野郎】

馬場/芝A、ダA

距離/短距離A、マイルA、中距離S、長距離E(※有マ記念のみS)

脚質/逃げA、先行A、差しA、追い込みS

レースセンス◎、頑丈◎、海外◎、重馬場◎

スキル:究極無敵のテイオーステップ
→最終コーナーを抜けると爆発的に加速する。ラスト1ハロンで体力が残っている場合、更に速度が上がる。


史実のトウカイテイオーの弱い部分を綺麗にピーマンが補完してしまった化け物。また、ピーマン氏が弱かった部分もテイオー氏が補完した形。ただし長距離は苦手になったので天皇賞【春】は天敵。有馬記念のみ例外である。

なお、転生特典は全て失っているが、ピーマンを食べると絶好調を維持できるのは筋金入りのピーマン好きだからである。ピーマン好きだから、である!


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【番外編】テイオーINピーマンのお話―②

ピーマンは何度でも楽しめるのです。

ちなみに今回のピーマンは強いです。

① 生ピーを短冊切りにします。

② めんつゆを耐熱容器にぶち込み、そこにじゃこ、ないしかつぶしを入れておきます。大体短冊切りのピーマンが浸る程度。希釈は通常のそばつゆレベルにしておきませう。

③ ①のピーマンを10秒、180度の油で揚げます。

④ ③の揚げたピーマンを②に叩き込みます。

⑤ 味が染みるのを待ってお好みで食います。

ピーマンのめんつゆ揚げびたし。シンプルですが止まらんのよ。


 さぁて、ご飯も終わって、大層驚いていたマックイーンとも別れた私である。…ボク?私?思考がさっぱり安定しないなぁ。

 

 うーん、今までのボクのような?いままでの、私のようでもある。ま、どっちもボクだからいいけどさ。

 

 とりあえず現状を整理しよう。ベンチに腰掛けて、懐からメモ帳を取り出した。…うん、指でペンが持てて字が書けるって素敵だ。というか言葉が通じるって素敵だ。すごい前世を送ってきたんだねボク。っていうか、違う世界のボクって四つ足なんだねぇ…?って、マックイーンも四つ足…。あの綺麗なマックイーンが大きな…ふふふ。ちょっと面白いかも。

 

 いけないいけない。思考がズレた。そうじゃあない。

 

 というか、前世のボクって何してたんだろ?えーっと、無敗の三冠を獲って、有馬で負けて天皇賞でまた負けて、負けっぱなしじゃん!?

 あ、でも凱旋門、有馬、…BCクラシック?ダート!?え、ダート勝ったのボク!?はー…あ、うーん。なるほどねぇ。あ、でも…ボクじゃないボクがそのあとで帝王賞を勝って…インペリアルタリス?うーん、誰だろ。あとでチェックしておこうかな。

 

 で、四つ足のほう…サラブレッド?はレースから引退して…。

 

 …種づ…え?前世でボク男の子なの!?え!?あー、これをこうしてて…えー?うーん。えー?…んー、しばらくスズカとかスぺちゃんの顔を見ないようにしておこう。ちょっとアレだね。あんまり思い出しちゃいけない事もあるみたい。あ、でもお注射が苦手じゃなくなってるっぽい。なんでだろ?

 

 はー…なんだろう。妙な事になったなぁ。

 

 でも、今のボクは無敗で皐月賞までセンターを獲る事が出来た。5月に行われる日本ダービーだって、きっとセンターになれると思う。

 

 でも問題はその後だ。きっと、今のままじゃあダービーで骨折する。

 

 前の四つ足のボクは、全力を出さずに本気で走るっていうバカみたいなことをして、自分の体を守っていた。同じように別のボクは、自分の走りを変えてその脚を守っていた。

 

 でも、ボクは走り方を変えていないし、変える気も、ない。だって、今までと同じことをしてもつまらない、だろう?

 

 ―私は非常に傲慢で、我がままだ。

 

 それに今回は名前がはっきりしている。

 

 私は、トウカイテイオー。

 

 ボクはトウカイテイオー。

 

 奇跡の名馬が私の後追い?ボクの、後追い?そんなことはバカげてる。

 

 この走りを変えないまま、どうにかこうにか行けないだろうか。挑戦できないであろうか?そもそも怪我の原因は?

 

 ―ボクの体、柔らかいからね。その反動で骨が持たなかった?―

 

 比較的ボクの体は小さい。その体を、柔らかい関節を用いて芝を蹴り上げ、大きいストライドで飛ぶように走るのがボクのスタイルだ。前はそのストライドを変えたり、ピッチ走法で走ったり。様々に対策をして、脚を持たせていた。多分、今のボクでも再現は可能だし、これを行なえばきっと簡単に勝ててしまうだろう。

 

 だがボクはこの走りのままで行く。脚に負担が大きいこのスタイルで、だ。それに何もヒントがないわけじゃあない。

 

 『私』は、小さな体で、大きなストライドを取って、しかし怪我をしない走法。その完成形を知っている。

 

 『ディープインパクト』

 

 彼は小さな体である。だが、飛ぶように走り、しかし、現役中怪我をすることなく見事種牡馬入りを果たしている。曰く。

 

『レース後に全く蹄鉄が減っていなかった』

 

 そういう、脚に負荷がかからない走りをしていたのだ。

 

 じゃあ私はどうだったのか?思い出してみれば、こうである。

 

『一レースごとに蹄鉄を打ち直し、下手をすれば普通の練習でも毎週蹄鉄を替えていた』

 

 坂路を日に十本熟す、これが私の走り方。…坂路十本?本気?ボク。

 

 まぁ、それはおいておこう。じゃあボクと一体どこが違うのだろう?

 

 一つの答えは、ボクは脚を叩きつけるように踏み込みを行っている。だけど、彼はそんなことはしていない。私の走りと、彼の走りは圧倒的に違う。体幹の使い方、首の使い方が彼の方が負荷が少ない、ということだ。うん、本来であれば、ウマ娘に彼がなっていれば参考に出来たり、教授していただいたりが出来ていいのだが…悲しいかな記憶の中に、彼のウマ娘は存在しない。だが、ここを起点にして何かしらの対策は立てられそうだ。

 

 大きなストライドで、本気の全力のまま、全てを駆け抜ける。

 

 しかし怪我をしない。この走り方を目指していこうと思う。とりあえず、トレーナーに報告だ!

 

 

「ねぇ、トレーナー。ボク、無敗の三冠ウマ娘は目指さないから」

 

 早速、ボクはトレーナーにそう宣言していた。いやー、トレーナーったら鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしちゃってさ。

 

「…ん!?は!?え!?お前今なんて言った!?」

 

 慌てたようにボクに詰め寄ってきたよね。まぁ、気持ちは判るねー。でも、ボクの気持ちはブレることはない。

 

「無敗の三冠ウマ娘を目指さないって言ったよー」

「はぁ!?なんでだ!?お前、ずっとそれを目標に頑張ってきたじゃないか!?それを諦める!?なんだ!?何があった!?怪我か?俺が気づかないうちに何か…!?」

 

 トレーナーはそうやって脚を確認しようとする。でも、それをボクは手で制して、少しだけ笑みを浮かべながら言葉を続けた。

 

「ううん。そう言うのじゃないよ」

 

「じゃあなんで!?」

 

「もう一つ、上を目指そうって思ったんだ」

 

 ボクの言葉に、トレーナーは目を丸くしていた。そりゃあそうだよね。昨日までルドルフさんに並ぶウマ娘になる、って言ってたんだから。

 

「もう一つ、上?」

 

 呆然。そう呟くトレーナーに、ボクはこう、言葉を続けた。

 

「うん。実はマックイーンには言ったんだけどさ。日本の菊の花を貰うのもきっと素晴らしい事なんだと思う。でもボクは。

 

 ―花の都で、とびっきりの花束を貰おうかなって」

 

「花の都…花の、都?………お前、まさか!?」

 

「ふふ。無敗であの頂に聳え立つ門を潜り抜けられたら、面白いと思うんだ。…ねぇ、トレーナー、ちょっと一周、私の走りを見てくれない?」

 

「そりゃ…すごいけどさ。っていうか、お前の走りを?」

 

「うん。ボクの走りが通用するか」

 

「何を言ってるんだ。お前の走りは毎日のように…」

 

「ふふ。昨日までのボクと今日の私は違うのだ!とりあえず見ててよ。トレーナー」

 

 さて、まずは試走だ。私の走り方。それがボクに出来るのかな。―はっはっはっ。安心するがいいさ私…絶対的中距離の王者。ダートもターフもボクの庭さ。

 

「位置についてー、よーい、ドン!」

 

 トレーナーの合図でボクは地面を蹴った。さて、私とボクがまじりあった『ボク』の初走りである。うーん、すごい違和感だ。2足歩行での走りってこんなんだっけ?腕を振って、脚を上げてと…記憶の中のボクの走りはこんな具合だろう。脚を振り上げ、柔らかい関節とパワーで地面に脚を叩きつけて推進力に変える。速い反面、その反動はなかなかのものだ。

 

 うーん、いや、しかし違和感。上半身が高いというのはこんなにも違和感を感じる物か。

 

 ならばだ。そうだな。上半身を思いっきり下げよう。前傾と言うには前傾すぎる、地面と上半身を水平に。首は上下に動かさないように体幹を意識して反動をコントロールする。

 

 しかし腕は振ってその反動は前へ進む推進力に変え、そして脚については大股で、しかし、雑に走らない。地を這うような足運びをイメージして加速をしていく。

 

 接地の瞬間も気を遣う。蹄鉄は地面と水平に。喰い込ませない。芝を抉らない。芝の表面を撫でるように、地面に対して水平に蹄鉄を動かすように力を伝えて、無駄なものをそぎ落として。

 

 気づけば最終コーナー。更に首を下げる。地面を滑る様に加速をかける。脚の着地点を更に前に。もっと接地を穏やかに、もっと体を地面に這うように、もっと、そして更に脚の回転を上げる。もっと、もっと、もっと、もっと!

 

「ゴール!…こいつぁ…」

 

「どうだった?」

 

「タイムが大幅更新してる。上がり3ハロンが30秒台!? 歴代最速じゃあないか…こんなタイム…テイオー? お前、何をした?」

 

「んー、昨日思いついた走りをしてみたんだ。ボクって体やわらかいじゃん?前傾にして、脚をもっと大股で。でも、今までみたいに叩きつける走り方じゃなくて、滑らせるようにして、力の全部を推進力として後ろに向けられたら、速いかなって」

 

「…そりゃあ理想はそうだが、いきなりぶっつけでここまで完成させる奴がいるかよ。テイオー。お前、本当にすごいウマ娘だな」

 

 トレーナーはそういって、諦めた様な笑みを浮かべていた。うん。どうやら、納得はさせられたようだ。

 

「で、どうかな?今の走りをもっと突き詰めたら」

 

「………正直、俺は国内のレースしか経験はない。だから断言は出来ない」

 

 トレーナーは渋い顔で言葉を続けてくれた。

 

「でも、今の走りは世界に通用するだろう。少なくとも、国内に敵は居ないと思う」

 

 そりゃあ良かった。

 

 ただ、ウマ娘としての私の体は、今のところ坂路やプールの地力が足らないのもまた確か。実際、今の走りのせいで脚がガクガクしてしまっている。完全に体幹と足元の筋力不足だ。

 

 私、それはちょっと我慢できないのである。何せ絶頂期は10本の坂路を熟し、潜水を5分以上する馬だったのだ。練習の虫とも言う。だけど、ボクは精々坂路3本、潜水は苦手。そんなの私じゃあない。

 

 ダービーまでには5本ぐらいは走れるようになっていたいものだ。そうだなぁ、ブルボンあたりも誘おうかぁ? サラブレッドの時も私の後ろを付いてくるぐらいの坂路好きだったし。あ、あとナイスネイチャだよ。だってこのままいくとナイスネイチャ、史実の通りだとG1獲れないじゃん。私の知ってるナイスネイチャは獲ってるんだ。何かしらG1取って貰わないと。ああ!あとリオナタールもだよ!あ、でも菊花にボク出ないから……あれ?これはボク…というか私の記憶だったかなぁ?うーん…ま、声だけかけよ!

 

 ああ、あと、あとでシンボリルドルフに会いに行こう。―キミの夢。背負っていた夢を、『私』はよーく知っているぞ?なにせ、キミが走る姿を見ていたのだから。夢の大地、道半ばで途絶えてしまったキミの夢。

 

 せっかく花の都を目指すのだ。私が、嗚呼、きっとボクが、キミの目の前にその冠を献上して差し上げよう。その後はまぁ、キミ次第、という奴だ。

 

 誰だ、あれは。

 

 生徒会室から覗む練習場のターフ。私は、一人のウマ娘に、心を奪われていた。

 

 彼女は今までも速かった。そう、私に並ぶウマ娘になると、無敗の三冠を獲る。その宣言に違わない実力と運を兼ね備えていた。

 

 ―だが、あれはなんだ。

 

 昨日までは普通だった。だが、今日。今日だ。今日。いや、わずか数分前から彼女は別人になってしまっていた。

 

 あんなに、あんなに。あんなに速く走る娘を、私は知らない。

 

 あんなに地を這うような、しかし、暴力的な走りをするウマ娘を、私は知らない。

 

 そして、猛禽類のような瞳を此方に向けるようなウマ娘を、私は知らない。

 

 なぁ、トウカイテイオー、この短期間で、キミに、何があった?



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【番外編】テイオーINピーマンのお話―③

総てが焼きピーマン。炭火でじっくり。


①ピーマンを半分に切ります。種とヘタはそのままです。

②魚焼きグリル、ないし網に乗っけて直火にかけます。炭火が起こせれば炭火が良いです。

③少し焦げるぐらいまで焼きます。

④塩、もしくは醤油、ないしソースなどをかけて食います。そのままでもOK。

シンプルにピーマンを楽しめます。




「カイッチョー!」

 

 元気よく声を張り、生徒会室の扉を勢いよく開け放つ。いつものボクのスタイルだ。

 

「…トウカイテイオーか。全く、いつもいつもノックをしろと言っているだろうが、たわけ」

「ごめーんエアグルーヴ。でも、カイチョーに大切な話があってさぁ!」

 

 ボクはそう言って、しかめっつらのエアグルーヴを尻目に、カイチョーに視線を向けた。すると、そこには笑顔を浮かべたカイチョーが、生徒会室の椅子に座っていた。

 

「私に大切な話?なんだい、テイオー。ああ、人払いは大丈夫か?」

「大丈夫だよ、みんなも後で知る事だしさ」

 

 ボクがそういうと、少しだけ生徒会室の空気が変わっていた。

 

「…ん?」

 

 カイチョーは首を傾げ。

 

「ほう?」

 

 今まで沈黙を守っていたナリタブライアンもこちらに顔を向け。

 

「トウカイテイオー貴様、何を言う気だ?」

 

 エアグルーヴに至っては怪訝な視線を此方に向けていた。

 

「ふふふ。ちょっとねー」

 

 軽く笑みを浮かべながら、軽い足取りでカイチョーの机の前に立った。そして、満面の笑みを浮かべ。

 

「ボク、カイチョーには並ばない。無敗の三冠ウマ娘にはならない」

 

 そう告げた。

 

「…テイオー?すまない。もう一度、いいかな?」

「うん。何度でも」

 

 カイチョーは困惑しているようだ。ちらりと視線を回してみれば、エアグルーヴとブライアンも目が点になっている。うん。やっぱりこのセリフを言うとみんなこうなるよねぇ? だって、ボクの夢だったんだからさ。でも、戸惑わない。今のボクは何度でも言える。

 

「ボク、カイチョーには並ばない。無敗の三冠ウマ娘にはならないからさ」

 

 ボクの言葉を正確に理解したのか、シンボリルドルフがため息を吐いて、こう言葉を続けた。

 

「すまない、ブライアン、エアグルーヴ。少々席を外してくれないだろうか」

「かしこまりました、会長」

「…おう。納得するまで話せよ、皇帝」

「ありがとう」

 

 そうやってブライアンとエアグルーヴは生徒会室を後にして、ドアを閉めた。会長の顔を見る。うん、すっごい怖い顔!さて、じゃあ、ここからはボクと会長の差の勝負といこうか!

 

 それにね。ボクは知ってるよ。会長。キミが、凱旋門にかける想いの大きさってやつをさ。

 

 

 トウカイテイオーとシンボリルドルフ。その2人は、誰も居なくなった生徒会室で、ソファーに座り向かい合っていた。

 

「…さて、テイオー。今の言葉、その真意を問いたい」

「その言葉のままだよ。カイチョーには並ばない。無敗の三冠ウマ娘も目指さない」

 

 シンボリルドルフの言葉に、何もブレずに同じ答えを返すトウカイテイオー。そこで初めて、シンボリルドルフはその言葉が本気である、と気づいたようだ。頭に手を当てて、ようやく言葉を紡いでいた。

 

「…テイオー。何があった?実はな、君の走りをここから見ていたんだ。そこで気づいたんだ。君は、昨日までの君じゃあない。まるで別人のようだ、とね」

 

 勘が良い。そう、トウカイテイオーは思っていた。何せ、私とボクが混じり合った存在になったのは、まさに今日である。ただ、そんなことは正直に話しても仕方が無いという事は良く判っている。四つ足の馬の話なんて、通用するわけもない。

 

「別人。確かにそうかもね」

 

 トウカイテイオーは目を瞑った。そしてしばしの沈黙が、2人を覆う。だが、その沈黙を破ったのはルドルフの方であった。

 

「言い方を変えよう。トウカイテイオー」

 

 ルドルフは、テイオーの目を見る。そして、その真意を問うた。

 

「…君は、何を目指している?」

 

 テイオーはと言えば、この部屋に入ってきてから一貫、笑顔を浮かべたままである。と、そのテイオーがようやく表情を変え、指を一本立てた。

 

「カイチョーってさ。どこを目指していたの?」

 

 疑問。その顔には、そんな表情が浮かんでいた。

 

「…んん?」

「だって、カイチョ―ってアメリカにも遠征したんでしょ?」

「…ああ。あぁ、懐かしい思い出だ。…私は芝の王者を目指していたよ。尤も、怪我で道半ばで終わってしまったがね」

 

 そう言いながらなるほど、とルドルフは納得していた。私の夢。それを聞くということは。そして、私に並ばないという事は。

 

「ボクはさ。三冠目に、その夢の門を叩きに行こうかと思っているんだ」

 

 そら、来た。ルドルフはそう思うと同時に、思わず感嘆の声を漏らしていた。

 

「…ほう、なるほど、それで、無敗の三冠ウマ娘を目指さないと言ったのか」

 

 凱旋門を目指すということは私を超えるということに他ならない。なるほど、とルドルフは納得していた。そこを目指すのであれば、私には並ばないと言えるだろう。だが、何かが引っ掛かった。それであれば、わざわざ彼女は私にこんな伝え方をしてくるだろうか。と。

 

「うん。でも、それだけじゃないんだ」

「それだけじゃ、ない?」

 

 何だ?とルドルフは疑問を浮かべていた。それだけじゃない。凱旋門を叩いて、その後、一体何を?その答えは、次のテイオーの言葉で解決することとなる。

 

「それでね。その冠を携えて。―暮の中山。芝、2500。最高の条件で、最強のウマ娘と競い合いたい」

「…なるほど、なるほど。つまり君はこう言いたいわけか。君が凱旋門を勝ち、その君と私が、暮の中山で競い合う、と?」

 

 ルドルフの言葉が見事、答えだったのだろう。トウカイテイオーの顔が、歓喜に染まる。

 

「そーいうこと。カイチョーに並ぶ、じゃなくて、カイチョーを超えたいなぁって」

「なるほど、なるほど。だが、それは並大抵のことではないぞ?それに、私は今の所暮の中山を走る予定はない」

 

 ルドルフは冷静に言葉を返していた。言葉は嬉しい。しかし、それは現実的ではないという自らの考えがあるからだ。

 

「えー!?カイチョー!ボクの言う事信じてないのー!?」

 

 テイオーはブーたれる。だが、それでもルドルフはその態度を変えることはない。視線を下げ、指で机を軽く叩きつつ、彼女はテイオーにこう告げた。

 

「いや、そう言うわけでは無いよ。でも、君の言っていることは現実的じゃあない。確かに今日の走りを見る限りはよもや、と思う所もある。だが、海外の壁が厚い事も事実だ。今の君では、まだまだだと言わざるを得ない」

 

 ルドルフはそう言ってから、テイオーの顔を見た。すると、先ほどまでの嬉々とした笑顔は全て消え失せ、そこに居たのは、自信満々の微笑みを浮かべたテイオーであった。

 

「じゃあ。ボク、証明するよ」

「何をだい?」

 

 ルドルフも微笑みを浮かべる。

 

「ボクの実力。カイチョーが挑めなかった凱旋門を勝つって言う、その証明」

「…ほう?」

 

 テイオーは少しだけ目を閉じた。一呼吸おくと、ルドルフにこう、告げた。

 

「ボク、今度のダービーでラスト1ハロンまでは追い込みをかけない。最後の200メートル。そこから追い込んで、ぶっちぎって勝ってみせるからさ」

 

 そして、微笑みを消すと、ルドルフの目を真っすぐに見て、こう言った。

 

「そうしたら、会長も本気になってくれるよね?」

 

 テイオーの視線。それに気おされたわけでは無い。どちらかというと、不快感が勝った。ルドルフは、少しだけ怒気を込め、言葉を返していた。

 

「…それは、キミ、何を言っているのか判っているのか?」

「うん。残り1ハロン。全部、そこで捲るから。証明するよ。絶対を」

「判っていない。キミは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()に等しいんだぞ?」

 

 ルドルフの言葉は、その心のそのままだ。馬鹿にしているのか、と。他のウマ娘の力を下に見ているのか、と。だが、テイオーもブレることは無い。

 

「判ってないのは会長だよ。ボクは、―いや、私は()()()()()()()

 

 テイオーの物言いに、ルドルフは顔を顰めていた。だが、そんな彼女を尻目に、テイオーは更に言葉を続けていた。

 

「ボクは抜きんでていなきゃいけないんだ。ボクは、絶対に。()()()()()()()()。宣言しておくよ。ボクはキミの目の前に、2つの冠を持ってくる。一つは花の都の花束を。そして、一つは夢の大地の頂を。両方とも『キミ』が持ってこれなかったものを、だ」

 

 テイオーはそう言いながら、ルドルフの前に2本の指を立てていた。その意味するところは、一つは凱旋門、そして、もう一つはBCクラシックである。それを正確に受け取ったルドルフは、驚きのあまり目を見開いていた。

 

 そして、こうも思う。

 

―やはり、テイオーは、テイオーでは無くなった。だが、()()()()()()。さて、テイオー。君はその持ってきた冠を、どう使う?―

 

 そして続く言葉は、ルドルフの予想通りの言葉であった。

 

「それを懸けて今年の年末。本気でやり合おう。暮の中山で、ボクは待っている」

 

 テイオーの言葉を受けて、ルドルフは深く、更に深くソファーに座り込み、腕を組んで目を瞑った。シン、とする部屋。それから1分、5分、10分と無言のまま両者は静かに向き合っていた。そして、その沈黙が30分は続いたころである。ルドルフが目を開け、静かに、こう語り掛けた。

 

「2つの冠、か。魅力的だな。…ならば、まず、日本ダービーで絶対を証明してみせろ。トウカイテイオー。何者をも寄せ付けない。そんな強さを、だ」

 

「もちろん。だから、しっかりその目に焼き付けていてね?世界最強のウマ娘の船出の時を、さ」

 

 間髪入れずにテイオーが手を差し出し、それにルドルフが答える。固く握られた手が、そこには在った。

 

 

 そしてダービー当日。ルドルフの目の前で、1つの約束が果たされた。

 

『さあ最終コーナー!注目のトウカイテイオーは未だ最後尾!いつ出て来るのか!』

 

―残り1ハロン。全部、そこで捲るから。証明するよ。絶対を―

 

『残り1ハロン!先頭は…えっ!大外からすごい勢いでウマ娘が伸びて来た!?誰だ!?あの勝負服は………トウカイテイオーだ!ここで!?なんと、なんという末脚だ!先頭に並ばない並ばない!先頭がトウカイテイオーに変わる!?変わった!残り10メートル!更に5バ身突き放して今、トウカイテイオーが先頭でゴールイン!!!!なんというウマ娘だ!なんというウマ娘だ!最後、わずか1ハロン、200メートルですべてをひっくり返したトウカイテイオー!見事、見事無敗の二冠達成!シンボリルドルフに並ぶ三冠まで、あと一つまでやってきましたトウカイテイオー!』

 

 狂気、そして歓喜。会場はテイオーコールが巻き起こる。

 

 だが、それを尻目にテイオーの表情は冷静であった。そして、その視線はと言えば、ただの一人のウマ娘に向けられていた。

 

『皇帝、証明したぞ』

 

 その目は、そう彼女に訴えていた。ならば皇帝はどうする。絶対と謳われた皇帝は―

 

『…ならば2つの冠を獲ってこい。そして見事、私に献上してみせろ』

 

 視線がぶつかる。皇帝と帝王。2人の戦いは、真なる戦いは今、始まったばかりだ。



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【番外編】テイオーINピーマンのお話―④

ピーマンイズワンダフル。


 

トウカイテイオー、圧倒的実力差で日本ダービーを勝利するも無敗の三冠目指さず!

トウカイテイオー、皇帝超えを宣言!三冠目は、凱旋門!

ターフもダートも私の庭!?大胆不敵!凱旋門、BCクラシック制覇宣言!

注目!皇帝シンボリルドルフ、再始動!

暮の中山、皇帝VS帝王の予感!?

菊花賞の勝者予想!トウカイテイオー不在の中、クラシックの王者は誰になるのか!

 

 新聞や雑誌、広告を見ればそんな見出しばかりが溢れていた。遡れば一か月前。トウカイテイオーの二冠達成後のインタビューが原因である。

 

「おめでとうございます。トウカイテイオーさん!無敗の三冠、あのシンボリルドルフさんに並ぶ偉業まであと一歩ですね!」

 

 そう記者が笑顔で問うた時、トウカイテイオーは首を横に振った。

 

「ありがとうございます。ただ、申し訳ありません。私、無敗の三冠は目指さない予定なのです」

「え!?それはどういう!?」

「あはは、実は秘密にしていたのですが。―フランスに飛ぼうかと

 

 記者たちがざわついた。フランス。その言葉の意味するものは、一つしかないのだから。

 

「トウカイテイオーさん、まさか!?」

「はい。改めて宣言させて頂きます。私は、三冠目を凱旋門賞、四冠目をブリーダーズカップクラシック、そして五冠目を日本の有()記念で飾りたいと思っています」

 

 凱旋門。その言葉に、記者たちの筆が走る。そして、狂気が支配した。

 

「それは!?本気ですか!?日本のウマ娘で誰も達したことのない頂ですよ!?しかも凱旋門だけじゃなく、BCクラシック!?ターフではなく、ダート!?」

「はい。私は最強のウマ娘を目指します。ターフも、ダートも。私の庭ですから」

 

 そう宣言したトウカイテイオーの目は、自信に満ち満ちていた。

 

 さらにその会見の数日後。

 

「お集まり頂き感謝いたします。さて、私シンボリルドルフ。今年の暮れの中山、有マ記念に出走することをここに宣言いたします」

 

 URAの会見ブースには、皇帝シンボリルドルフの姿があった。そして。

 

「おお…!?と、いうことは、あの凱旋門、BCクラシックを制覇宣言をしたトウカイテイオーと走ると言うことになりますが…!?」

「間違いありません。私はトウカイテイオーと競い合うために走ります。まず、その前哨戦として天皇賞秋を、目指します」

 

 宣戦布告。そう言っても良い宣言に、記者たちは興奮のるつぼと化した。

 

 

 練習の合間に、シャクッとピーマンを齧る。うん、実に生のピーマンという奴はボク好みだ。

 

「テイオー、あんた化け物?」

「ひっどいなぁネイチャったら。普通のウマ娘だよ?」

 

 ボクはピーマンをシャクシャクやりながら、そう言ってナイスネイチャに視線を向けた。そこに居たのは、ボクに坂路を付き合わされて、汗だくになっているナイスネイチャであった。…というか、夢の馬娘でもみていたが、ナイスネイチャってかなり私の好みのビジュアルである。しかもこのちょっと偏屈な感じもまたドストライク。って違う違う。

 あー、ただ、馬の時はナイスネイチャと親戚だったんだよねぇ。なんだろう。すごい親近感あるなぁ。

 

「普通のウマ娘が坂路を6本も走って息切れしてないってどーいうことよ!おかしいでしょう!私結構限界だよ!?」

 

 ボクがとりとめもなく、くだらない事を考えていたら思いっきり文句を言われてしまった。おかしい。君も私と一緒に坂路やってた…ってそれはサラブレッドの時の記憶じゃん。混じってるなぁ。とりあえずはとぼけておこう。

 

「そうだっけ?」

「そうなの!」

「でもさー。ナイスネイチャも滅茶苦茶やるじゃん。息絶え絶えだけど、ボクについてくるなんてさ?」

 

 そう。ナイスネイチャの根性、実はかなりすごい。息を切らしながらも、汗を吹き出しながらも、ボクについてきているのだから。

 

「…そりゃあ、ダービーであんだけ離されたらね。私にだって意地があるじゃん?」

「ん?何かいったー?」

「なんでもー。でも、なんで併走相手が私なの?テイオーだったら、凱旋門目指すって宣言してるんだし、あの会長さんとかが付き合ってくれそうじゃない?」

「…あー。いや、それが」

 

 ボクはナイスネイチャに、会長とのやり取りを話していた。つまりは、宣戦布告したんだ、と。

 

「ってことで、宣戦布告しちゃった相手に併走は頼めないかなぁって。それにさ」

 

 ボクはナイスネイチャを見る。そして、笑顔でこう、彼女に告げた。

 

「ナイスネイチャだったらボクと肩を並べられるもん」

「なにそれ。―ずっるいなぁ…」

「ん?何かいったー?さっきから変だよネイチャー」

「あ、んんっ!何でもないって!でも、そういう事ならネイチャさんも頑張っちゃおうかな。さ!テイオー、もう一本行こうか!」

「うぇっ!?ネイチャもう限界だったんじゃ!?」

「気のせい気のせい!さ、まだまだ行くよ!」

 

 そして、その後にミホノブルボン、リオナタールも交えて坂路とプールの練習を繰り返す日々が続いていった。なお、今回の彼女らとの交流で、ピーマン同志を作れなかったことをここに記しておこうと思う。

 

 ピーマン、美味しいのになぁ。

 

 

 そして至る10月。フランス、Longchamp。そこで人々は刮目した。

 

 絶対的王者。否―。帝王の誕生を。

 

『フォルスストレートを抜けて各ウマ娘がラストスパートに入りました!残り500メートル!栄光を手にするのは一体どのウマ娘なのか!注目のトウカイテイオー…!?なっ!?大外からとんでもない加速をかけてきたのはトウカイテイオー!?先頭を追い抜いて一気に先頭に立った!だがまだゴールまで距離があるぞ!?掛かってしまったのか!?後続も必死に追いすがる!スワーヴダンサーがトウカイテイオーの影を捉え…捉えられない!?さらに加速した!?なんというウマ娘、なんというウマ娘だ!

 

 突き放した突き放したトウカイテイオー!残り200メートル!一人旅!後ろからは何も来ない!後ろからは何も来ない!後ろからは何も、何も来ない!その距離、10バ身以上!

 

 トウカイテイオー!トウカイテイオー!トウカイテイオー!今、一着でロンシャンの地を駆け抜けたー!』

 

『…信じられない物を見てしまいました。あ、いや。ここは世界最強が集う場所なのです。そこで、そこでこんな…』

『ええ、本当にそう思います。おーっと! ここで、ここで! トウカイテイオーが3本指を掲げてみせた! シンボリルドルフ超えと言わんばかりに、掲げてみせた! 無敗の三冠目は、見事! 凱旋門の栄光で飾ったぞトウカイテイオー!』

 

 

『さあやってきました菊花賞。注目はトウカイテイオー不在の中、誰がセンターの栄誉を手にするのか!!

 

 一番人気はダービーで2着に入ったリオナタール!

 

 二番人気は小倉記念、京都新聞杯と重賞を勝ち進んでいるナイスネイチャ!

 

 さあ、各バゲートイン完了!クラシック最終戦、最もつよいウマ娘が勝つと言われる菊花賞!今!スタートです!』

 

 テイオーが走っていたら、なんて声もあった。でも、そんなことは言わせない。だって、私の方が、私達の方が。

 

 テイオーより上なんだから!

 

『第三コーナー周って最初に飛び出して来たのはなんとナイスネイチャ!ぴったりと張り付くようにリオナタールが外目を突いてやってきている!なんと、なんと最終直線は完全にこの二人の叩き合いだ!さあナイスネイチャ!リオナタール!どちらが菊の栄冠を手にすることが出来るのかー!』

 

 だから首を洗って待っていろ。帝王。暮の中山であんたの首を獲ってやる。

 

 

『さあシンボリルドルフの復帰戦となったのはなんとG1、天皇賞秋!2000メートルの栄光の先に何が待っているのでしょうか!注目のカードはやはりメジロマックイーン!一番人気!春秋制覇なるか!しかし、皇帝シンボリルドルフが走るこの天皇賞、容易ではないと言えるでしょう!皇帝は二番人気に付けております。さあ各バゲートイン完了。

 復帰のシンボリルドルフか、それとも、制覇を目指すメジロマックイーンか!それとも、また別のウマ娘が栄光を掴むのでしょうか!天皇賞秋、今、スタートです!』

 

―悪いな、メジロマックイーン。私はこの刹那の時我が儘にならせて貰うぞ

 

『最終コーナーを周って早くもメジロマックイーンが来た!しかし、その外から被せるように皇帝もやってきている!そして最後の坂を駆け上って2人のマッチレースとなりました!残り3ハロンを切りまして完全に横一線、さあどちらが勝ってもおかしくはない!

 さあ追い比べだ!内メジロマックイーン!外シンボリルドルフ!お互いに譲らないままラスト1ハロン!だがここでメジロマックイーンが後退した!ゴールまで後わずか!シンボリルドルフ先頭だ!シンボリルドルフ先頭!突き放した突き放した!シンボリルドルフ先頭でゴールイン!』

 

『いやぁ!久しぶりの皇帝の走り!流石と言わざるを得ないでしょう!メジロマックイーンも非常に惜しかったですが、やはり、地力では皇帝が一枚上手だったようですね』

 

『ええ。そして、シンボリルドルフとメジロマックイーンがお互いに握手をしております。讃え合っているようです。そして!?おっと!ここで皇帝が一本指を立てた!これは、あのトウカイテイオーの三本指に対する答えでしょうか!?』

 

 さあ、トウカイテイオー。見ているか?こちらの準備は万全だ。凱旋門は見届けた。―あとは砂塵の頂を持ってこい。私は()()の座で待っている。

 

 

『さあやってまいりました、ブリーダーズカップクラシック。アメリカの大地に立ったトウカイテイオー。ここまで無敗でありますが、初のダート戦。どこまでやれるか非常に注目のレースです』

『芝では絶対的な強さを誇りますが、ダートは果たしてどうなのでしょう、という声もありますね。しかし、同時にもしかして、と思わせてくれるウマ娘でもあります』

『ええ、本当にそう思います。大胆不敵な三冠を目指さないという宣言。かなりのバッシングもありましたが、蓋を開けてみれば実力で批判をすべてねじ伏せ、世界の頂点に立ってみせてくれました。今となっては日本の英雄とも言えるでしょう』

『英雄。いい言葉ですね。そしてテイオー不在の菊花賞もコースレコード、天皇賞秋もシンボリルドルフが制覇と、国内のレースも盛り上がっておりますからね。もし、今回このBCクラシックでトウカイテイオーが勝利した場合、年末の有マ記念は過去類を見ない盛り上がりになる事でしょう』

 

『さあ、最後、トウカイテイオーがゲートに収まりまして各バ態勢完了。ブリーダーズカップクラシック、スタートしました!トウカイテイオーは最後尾につく形ですがおっと、これはマークが辛そうだぞ』

 

―然れど、この脚に不可能は無し

 

『さあトウカイテイオーは厳しいレース展開。完全に囲まれています。最終コーナーを抜けたがまだマークが続いている!だが、その間に先頭集団はラストスパート!これは厳しいか!?いや!?バ群のわずかな隙間をこじ開けた!?トウカイテイオーが遂にラストスパート!ラチ沿いをとんでもない勢いで加速していく!1人抜いた!2人抜いた!先頭集団に並ばない!速度が違う!パワーが違う!あっという間に先頭だトウカイテイオー!後続も必死に追いすがるが!

 トウカイテイオー!ここに!圧倒的ウマ娘の王者が誕生ーッッ!』

 

 歓声を受けながら、4本目の指を掲げるトウカイテイオー。その顔に笑顔はない。只、挑む者の顔があるのみだ。

 

―さあ、2つの冠は手に入れた。あとは、シンボリルドルフと競うだけだ(親父の夢を叶えてやるだけだ)

 

 ボク。私。判ってるよ。だってボクは、夢を駆ける馬なんだから。



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【番外編】テイオーINピーマンのお話―⑤

おかわりのピーマンも佳境です。

①ピーマンを半分に切ります。ワタ、ヘタはそのままです。

②小麦粉を薄く解いた衣を付けます。

③180度の油で1分揚げます。

④油を良く切り、盛り付けて塩を振ります。

ピーマンの天ぷらでございます。シンプルですがめっちゃ旨いのです。ワタもめっちゃ旨いのです。ピーマンイズワンダフル!


『無敗の凱旋門ウマ娘』

『無敗のBCクラシックウマ娘』

『無敗無敵のウマ娘』

『無敗の帝王』

 

 ボクはこれらの肩書を手に、日本の地を再び踏んだ。うん、民間の旅客機で普通に移動できるって素敵である。箱に入れられるのはやっぱりナンセンス…って、そりゃ動物じゃあ仕方ないじゃん?ふふ。二足歩行って素晴らしい。機内食、美味しかったなぁ。

 

「テイオー、お前、本当にやってくれたんだなぁ…」

 

 ボクについてきてくれたトレーナーは、未だに現実感が無いのか、遠くを見ている感じである。いやー、飛行機の中でずーっと同じことを言ってて、ちょっと面白かった。飛行機を降りてから、到着ロビーにたどり着くまでの道中も同じ有様だったりする。

 

「もー、何度同じことをつぶやくのさー。ボクは本当に凱旋門も獲ったし、BCクラシックも勝ったの!トレーナーは、凱旋門と、BCクラシックを勝ったウマ娘のトレーナーだよ!」

「…そう、なんだよなぁ…いやぁ、現実的じゃなくってな?だってお前、無敗の三冠ウマ娘、だけでも現実的じゃないってのに」

「あははは!もう。ほら、シャキッとして。そろそろ、ロビーについちゃうよ。きっと、記者達が出待ちしてるからさ」

「お、おう!」

 

 ボクの言葉にはっとしたトレーナーは、ロビー手前で立ち止まり、そして慌てた様子で襟元を正していた。うん。それでいい。

 

「さ、じゃあ行こう。堂々と。凱旋だよ!」

「ああ!行こうかテイオー」

 

 2人で到着ロビーへの扉を通る。すると、予想通りにカメラの光に取り囲まれる。ボクは満面の笑みを浮かべて、Vサインをしてみせた。

 

 そして、数日後。ボクは学園へと戻り、皇帝の目の前に立っていた。

 

「さて、テイオー。私は結果は知っている。だが、君から、君の口から伝えてほしい事があるのだがね?」

「あはは。確かにボクからカイチョーに伝えることはあるけど…でも、今日じゃないと思うんだよね」

 

 そう。今日じゃない。お互いにまだ、まだ気持ちの整理は出来ていないと思うんだ。ボクだって、今すぐに走り出したい。でも、それじゃあダメ。

 

 尖らせて、尖らせて。尖らせた上で、競わないとね。だから、カイチョーへの宣言はきっと、きっと今じゃない。

 

「そうか。では、そうだな。―ジャパンカップの日。特別ルームに君を招待しよう。そこで、君の言葉を待っている」

「うん。判ったよ。カイチョー。その日、必ず伝えに行くから」

 

 

『さあ、やってきましたジャパンカップ!今年はとんでもない豪華な面子が揃っております!』

 

『凱旋門賞二着のウマ娘、BCクラシック二着ウマ娘、それに他の国のダービーウマ娘などなど多数のウマ娘が揃っていますねぇ。まさにジャパンカップに相応しい面々です。おそらく、我々はトウカイテイオーにやられっぱなしではない、という意思表示もあるのでしょう』

 

『なるほど!だがしかし、日本勢はトウカイテイオーは出場しません。シンボリルドルフも同様です。さぁ、各ウマ娘ぞくぞくとゲートインを行っております!そして、今ゲートインしております、海外の強豪を迎え撃つのは、メジロマックイーン!』

 

『天皇賞秋、シンボリルドルフに敗れこそしましたが、その実力は本物であります。どこまで通用するのか、見事勝利を収められるのか、見どころですねぇ』

 

『しかし期待十分だと思われます!!メジロマックイーンはインタビューでこう答えておりました!

 

 ―残念ながらわたくし、トウカイテイオーのライバルなんです。天皇賞秋ではシンボリルドルフさんに後れを取りましたが、今後わたくしが負けるとしても、トウカイテイオーだけと心に決めておりますので―

 

 と述べておりました!実に気合十分といったところでありましょう!さあ、どうなるジャパンカップ!各ウマ娘、ゲートイン完了!いよいよ、スタートです!』

 

 

「マックイーンはやはり強いな」

「うん。ボクもそう思うよ」

 

 トウカイテイオーとシンボリルドルフは、特別室でジャパンカップの行く末を見守っていた。第三コーナーまで進むバ群。メジロマックイーンは2番手。レース場全体を上から見ていると、見事にレースペースをコントロールしている様が窺い知れる。

 

「先頭にはペースを握らせず、しかし、後続の脚を消耗させるペースで走る。流石メジロマックイーン。私も先の天皇賞では苦しんだよ」

「えー?最後、あんなに簡単に突き放したのに?」

「はは、そう見えるか。であれば、少しは格好がつくかな」

 

 雑談をしながら、レースを見守る2人。そしてついに、メジロマックイーンが勝負を仕掛けた。

 

「お、出たな。これはほぼ決まりだろう」

「だねー。こうなったらマックイーンの独壇場だよ」

「ふふ、それは同じチームだからこその意見かな?」

「うん。ああなったらボクでも止めらんないかなぁ」

 

 そう言って、トウカイテイオーはあははと笑う。だが、シンボリルドルフは特に表情を変えていなかった。

 

「止めらんない、か。―全く、心にも無い事を言うんじゃあない」

 

 ルドルフの言葉に、テイオーは苦笑を浮かべた。

 

「…ま、中距離ならボクが勝つよ。長距離はボクが負けるけどね」

 

 そう言っているテイオーに、ふと、ルドルフは疑問を投げる。

 

「そう言えばテイオー。君は長距離を走らないな?」

「うん。苦手だからね」

「天皇賞春。そこに君を、という声もあるが」

「うーん、走らないかな」

 

 あっけらかんと、迷いもなく答えるトウカイテイオー。その言葉に、シンボリルドルフはなぜか納得もしていた。トウカイテイオーは、きっと、長距離を走る事は無いと。

 

「そうか」

「そーだよ。最長でボクは2500かなー」

 

 更にあっけらかんとそう言い切るトウカイテイオー。なぜ、そこまで言い切れるのか。ルドルフはそのまま、疑問を口に出していた。

 

「なぜ、そう思う?」

「そうだ、としか言えないかな」

「走ろうとは」

「全然思わない。長距離はマックイーンが強いもん。あとダイサンゲン」

「…ダイサンゲン?」

「うん。彼女、今回の有マは出ないけど、来年の天皇賞は出るーって言ってたから、マックイーンの天皇賞春連覇はならないかなぁ」

 

 シンボリルドルフは更に疑問を浮かべていた。ダイサンゲン。既にトゥインクルから身を引いたオグリキャップやスーパークリークの同期であり、そこそこの実力のウマ娘であることは記憶していた。だが、その彼女が天皇賞春で勝てるかと言えば、疑問が残るのだ。だが、それを知ってか知らずか、テイオーは『ダイサンゲン』が勝つと言ってのけた。

 

 何の確証があるのか。しかし、嘘を言っているようにも思えない。ルドルフは少し悩む。

 

「…やはり、君は以前のテイオーとは別人だな」

「まーね。だって、ボクはカイチョーを超えるし。今までのままじゃあ、超えられないし」

 

 何でもない風に、テイオーはそう言葉を続けていた。ルドルフは苦笑を浮かべると、テイオーに言葉を投げる。

 

「はは、そこまで面と向かって私に、『超える』と宣言するウマ娘はなかなか居ないぞ?」

「そう?カイチョーぐらい強いウマ娘だったら、色々な娘からそういう宣言受けてるんじゃないのー?」

「それがそうでもないんだ。本当に、テイオー、君ぐらいなものだよ」

 

 ルドルフがそう言いながら苦笑を浮かべると、テイオーは困ったような顔で、こう言葉を続けた。

 

「もしかして、迷惑だった?」

「いいや。むしろ、好ましいとも思っている。私にもライバルは居た。だがな?何せ―」

 

 ルドルフは一息、間を置いた。そして、口角を上げながら告げる。

 

「本気で私に挑む者など、超えようとする者など、君が初めてだからな。全く、血沸き肉躍るとは、こういうことかと心の奥底から感じているよ」

「ならよかったー。ふふふ。有()記念、楽しみだよー」

「ああ、私もだ」

 

 そして、雑談をする彼女らを尻目に、2人の言葉の通り、メジロマックイーンは見事先頭でジャパンカップのターフを駆け抜けた。史上最高と言われたメンツから、見事、彼女は勝利を勝ち取ってみせたのだ。

 

「さて、この後は勝利者インタビューか。テイオー、メジロマックイーンは何を言うと思う?」

「んー…マックイーンの事だし、勝利の感謝と、有()記念への意気込みかなぁ」

 

 そう言って、2人は暫くウイナーズサークルで手を振るマックイーンを見つめていた。

 

 

 画面越しで、トウカイテイオーとシンボリルドルフは、勝者メジロマックイーンのインタビューを静かに見守っていた。

 

『おめでとうございます。メジロマックイーンさん!見事!見事海外勢を抑えてのセンター!お見事でした!』

『ありがとうございます。応援していただいた皆様のお陰です』

『こうなると年末の有マ記念にも推されると思いますが、ご存じの通り強豪ぞろいの有マ記念です。非常に盛り上がると思いますが、もちろん参戦はなさるのですよね!?』

 

 息まく記者に、メジロマックイーンは微笑みを浮かべて、静かにこう告げる。

 

『…いえ、有マ記念はわたくし、参加は致しません』

 

 どよめく記者たちに対して、マックイーンは更に言葉を続けていた。

 

『今回の有マ記念、私は「見たい」と思いましたので。観客席から応援させて頂こうかと思いまして』

『!ああ!なるほど!そういうことならば…非常に残念ではありますが、確かに判ります。ただ、私は貴女があのレースで勝つところを、見たい!』

『ふふ。記者様も物好きですね。ですがご安心を。今回の有マ記念は走りませんが、来年の天皇賞春。より万全に鍛錬を積み、わたくしは連覇を目指して走りますので』

 

 間を置き、メジロマックイーンは再び、口を開き、言葉を告げた。

 

今回の有マ記念はお二人の『帝』にお譲りいたします

 

 そう言って、メジロマックイーンは微笑みを浮かべていた。

 

「…これは、お膳立てされたって奴だね。カイチョー」

「ああ。全くだ。名優とはよく言ったものだな」

 

 2人はそう言って、少しだけ笑った。そして、ついに、()()()()()()

 

「じゃあ、改めて宣言するよ。シンボリルドルフ」

 

 トウカイテイオーはそう言うと、シンボリルドルフに体を向けた。シンボリルドルフもそれに合わせて、テイオーの顔を見る。そして、トウカイテイオーはいつもの、しかし、全くぶれる事が無い、自信満々の微笑みを浮かべた。

 そして、その口からは、油断など一切ない、しかし、傲慢に満ち溢れた言葉が告げられる。

 

さあ存分に挑みたまえ皇帝―凱旋門の冠は世界最強の冠はこの帝王が持ってきたぞ

 

 トウカイテイオーから発せられた、上から目線の傲慢な言葉は、皇帝の奥深くに眠る何かを確かに揺さぶった。数秒、ルドルフは目を瞑る。が、目を見開くと同時に、

 

ならば帝王その驕り高ぶった鼻っ面はこの私皇帝シンボリルドルフが見事叩き折ろう

 

 シンボリルドルフも、自信満々の微笑みを浮かべ、そう言い切った。

 

「ふふ」

「はは」

 

 二人は、少しだけ笑い合う。そして、硬くその手を握り合った。

 

「楽しみにしてるからね。カイチョー!」

「私もだよ。テイオー」

 

 中山 芝 2500。決戦の時は、近い。




 うーん…トウカイテイオーにはついぞ逃げられてしまったか。あの速さの秘密を調べたかったのだがねぇ…。しかし、ある時期を境に彼女のフォームは変わりすぎている。力強いフォームから、滑らかな、しかし負荷の少ないフォームに変わっている。

 ああ、付け焼刃とも言って良いだろう。

 そして、もしも、もしもだ。付け焼刃では敵わない相手が居た場合。付け焼刃のフォームを投げ捨てて、ただでさえ速い、彼女が本当の全力を出した場合。

 その脚は、果たして持つものかねぇ?


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【番外編】テイオーINピーマンのお話―完結

ピーマンイズワンダフル。

やはり、一番おいしい食べ方は。

生で齧る事だと思うんですよね。


 

『さあ、やってきましたトゥインクルシリーズの総決算!暮の中山に集うのは18人の優駿達であります!もっとも注目を集めるのはこの2人!

 

 現在まで8冠!日本トゥインクルシリーズに燦然と輝く大偉業!無敗の三冠を引っ提げて今ここに降臨!皇帝、シンボリルドルフ!

 

 そして、世界最強! 固く閉ざされていた凱旋門を解き放ち、夢の大地の頂を駆け上ってみせた優駿! 帝王、トウカイテイオー!

 

 この2人がどのようなレースをするのかが、非常に注目されております!』

 

『ええ。非常に楽しみなレースです。ですが、他の参加メンバーも侮ってはなりません。

 

 個性派逃亡者ツインターボ、夏のグランプリウマ娘メジロライアン、菊花賞ウマ娘ナイスネイチャ、そのナイスネイチャにハナ差で迫ったリオナタールと、多くの実力者も参戦しています』

 

『確かに。全員がセンターを獲れる実力者であることも確かです!さあ、スタートが近づいてきました、有マ記念!いよいよ、ウマ娘達がターフに現れます!』

 

 

 夢の舞台。有馬記念。バ道を歩く私の脳裏に、ふと、昔の光景が蘇った。

 

 日本ダービーを無敗で駆け抜けたあの日。一人の女の子が私にこう言ったのだ。

 

「シンボリルドルフさんみたいな、強くてかっこいいウマ娘になります!」

 

 それからと言うもの、私はレースの度に彼女の姿を目で追ってしまっていた。

 

 無敗の三冠を獲った時。あの女の子は観客席で、自分の様に喜んでくれていた。

 

 初めて負けを喫した、ジャパンカップでも私を全力で応援してくれていた。

 

 ああ、私は、彼女の目標であり続けていられるのだろうかと、いつも思っていた。

 

 だが、どうだ。

 

「さあ、存分に挑みたまえ皇帝。―凱旋門の冠は、世界最強の冠は、この帝王が持ってきたぞ」

 

 あの時の女の子は、今、最強のウマ娘となって私の目の前に現れてくれた。

 

 そして、私を超えようとしてくれている。

 

 ああ、私は今まで、理想を掲げ、常に、常に、皆を導かんと邁進してきた。それは、何も間違っていなかったのだろう。

 

 だが、今、今この時だけは。全てを忘れ、君と競い合おう。最強に挑み、勝利してみせよう。

 

 トウカイテイオー。君は、私が出会ったウマ娘の中で、最高のウマ娘だと自信を持って言える。

 

 私の心を、これほどまでに燃え上がらせたライバルは君しかいないのだから。

 

 

「や、テイオー。調子どう?」

「やぁ、ネイチャ。調子は上々だよ。菊花賞すごかったじゃん。レコード勝ちだって?」

 

 地下バ道を歩きながら、テイオーとナイスネイチャはそう、会話を続けていた。

 

「そりゃああんだけ誰かさんの坂路に付き合わせられていたらね。リオナタールもレコードタイムだったのよ?」

「知ってる。いやー、強敵だなぁ」

 

 テイオーはにやにやと口角を上げた。だが。

 

「そんな事、ひとっつも思っていないくせに。だってテイオー。会長さんしか見てないじゃん」

 

 ナイスネイチャは憮然とした態度で、そう言い切る。テイオーは苦笑を浮かべると、舌を出した。

 

「ばれた?」

「バレバレ。全く、私達が居るって言うのにさ。妬けちゃうよね。だからテイオー。今回は私も一着、狙いに行くから」

 

 ナイスネイチャも苦笑を浮かべる。しかし、その言葉に弱気な所は一つもない。それを感じ取ってか、テイオーはナイスネイチャの前に歩み出ると脚を止め、ナイスネイチャの目をじいっと見つめていた。

 

「ふふ。―来るがいいよ。私は世界最強のウマ娘。誰にも一番を譲るつもりはない」

「あはは。―忘れたの?私がその世界最強に並べるって言ったのは、まぎれもないあんたなんだからね」

 

 ナイスネイチャも負けじとテイオーの目を見て、そう言い切った。

 

「ふふふ」

「あはは」

 

 そして、自然と2人は笑い合っていた。

 

「じゃあ、決着はレースで、だね」

「うん。全力で勝ちに行くから」

「それはこっちのセリフ!」

 

 

『各ウマ娘が続々とゲートインして参ります。注目のトウカイテイオーとシンボリルドルフは一切目を合わせない。緊張した空気が漂います。そして残り枠は3つ。ナイスネイチャが収まりまして残り2つ。先に歩みを進めたのは、皇帝シンボリルドルフであります。そして続くように帝王トウカイテイオーもゲートイン。

 

 各ウマ娘、態勢完了!

 

 今年のトゥインクルシリーズ総決算!暮の中山有マ記念!―今、スタートです!』

 

 

 大方の予想通りといった展開で、有マ記念はスタートを切った。いの一番に飛び出していったのは、青いツインテールが特徴的なツインターボ。彼女がペースを作っていく。シンボリルドルフは前から3番目という位置に付け、ナイスネイチャは10番目前後。そしてトウカイテイオーは定位置と言ってもいい最後尾に張り付いていた。

 

 レースは静かに、静かに進む。そして、一周目のホームストレッチ。

 

『皇帝ー!いけー!』

『皇帝!皇帝!シンボリルドルフ!いけー!』

『ルドルフ!必ず勝ってきなよー!』

『羨ましいなぁ。ルドルフー!全力を出しなよー!』

 

 復活のシンボリルドルフ。そこに多くの歓声が降り注ぐ。

 

『帝王!いけー!最強を証明してみせろー!』

『テイオー!あんた私に勝ったんだから負けんじゃねーぞー!』

『そーだそーだー!ダートじゃねえからって負けんじゃねーぞー!』

 

 最強のテイオー。彼女にも、同じように大きな歓声が降り注いでいた。無論、他のウマ娘達を応援する声援も、届いていた。

 ウマ娘達は、皆一様にふっと口角を上げる。想いを受けて、その脚に力が張る。

 

 ―ああそうだ。私が一番速い。一番勝ちたいのだ!でなければ…この舞台に立ってはいない!―

 

 ペースが上がる。ウマ娘達はポジションを入れ替えながら、向こう正面へと進んでいく。

 

 先頭は未だツインターボ。リオナタールがその背に張り付き、そこから2人を挟んでシンボリルドルフ。更に3バ身空いて数人、第2集団の後方にナイスネイチャ。更に更に後ろを見れば、トウカイテイオーがいる。

 

 と、そのトウカイテイオーが、わずかにペースを上げ始めた。

 

 そして、第三コーナーに入る頃には、トウカイテイオーのギアが、完全にトップに入っていた。前傾が一段ときつくなり、歩幅が大きくなる。そしてそのピッチもみるみるうちに速くなり。一気に、大外からウマ娘達を捲り始めていた。だが、他のウマ娘達も黙ってはいない。同じようにスパートをかけていく。が、そのスピードは、トウカイテイオーには及ばない。

 

 只、一人を除いて。

 

「来たか…!」

 

 そう呟くと、シンボリルドルフは脚に力を込め、ターフを踏み込んだ。

 

 

 トウカイテイオーのスパートに合わせるように、シンボリルドルフは一段と姿勢を低く、そして地面を抉る。

 同時に、トウカイテイオーも一段と姿勢を低く、だが、地面を撫でるように脚を運ぶ。

 

「勝負だ!」

「勝負!」

 

 そう言って、最終直線に向かって一気にペースを上げた2人。他のウマ娘は付いていけないのか、じりじりと後退していく。1バ身、2バ身とその差が開いていく。

 

「くそおおお!」

「追いつけないっ…でも、でもおおお!」

 

 そう叫びながら、他のウマ娘達はじりじりと、じりじりと後退していく。

 

 だが、その中でただ一人。心折れぬ強いウマ娘が一人。

 

「私は、勝つ…勝つんだ…!そうだ!私は…夢を見るだけなの!?そんなの!納得いくわけ、無いでしょうが!」

 

 ナイスネイチャは叫ぶ。ピリ、と、空気がひりつく。そして、限界かと思われた、トウカイテイオーとシンボリルドルフのマッチレースかと思われた最終直線に、割って入った。

 

「私だって一番になれるんだから!」

 

 そう叫びながら、ナイスネイチャは2人に並んだ。にやりと、やっぱり来たか、と口角を上げるテイオー。だが。それを全く快く思わない者が一人。

 

私が一番なのだ(有象無象が!親子の間に入るな!)!誰にも、冠を、譲って堪るものか!手が届くのだ!ああ、そうだ。道は自ら切り開く!」

 

 ルドルフも叫ぶ、だが、既に全力だ。全力などとうに出し切っている。だが、更に限界のその先を絞り出すために。

 

「狙いは定めた!射るべき的は見えている!」

 

 ズドン、とルドルフの足元が爆ぜる。ルドルフの体が、更に下がる。そして、シンボリルドルフの体が一歩、抜きんでた。

 

 だが、トウカイテイオーも黙っちゃあいない。

 

―付け焼刃じゃあダメだよね。じゃあ、行こうか、ボク!―

 

 ズドン、と走り方が変わる。今までのような地面を撫でるような走りから、上半身を上げ、蹄鉄をターフに食い込ませ。そして、柔らかい関節でパワーを推進力に変える、本来の走り方。

 

 ある所では、『究極無敵のテイオーステップ』と称された、本気の走り。だが、それは、故障と隣り合わせの本来の走り方。

 

「うらぁあああああああああああ」

「はぁあああああああああ!」

 

 狂ったように加速していく2人。そして、取り残されたナイスネイチャは。

 

「ぐっ…無理、かっ!?うああああああ!」

 

 叫びながら脚を動かすが、その差は縮まらない。―と。

 

 ビキリ

 

 どこからか、何かが割れる音が耳に飛び込んで来る。はっ、とナイスネイチャは顔を上げた。

 

 ビキリ、ビキリ、ビキリ

 

 その音は―。トウカイテイオーのステップと、寸分たりともずれる事なく、鳴り響いていた。

 

 

 カイチョー!やっぱり、やっぱりシンボリルドルフはすごいや!このボクに!この私と並ぶなんて!

 ああ、インディよりも、スポディカよりも!同志レオダーバンよりも、メジロマックイーンよりも!競い合った本物のテイオーよりも、速い!ああ!強い!

 

 ビキリ、と脚に激痛が走る。だけど、ボクはターフを抉る。たかだかこの程度の痛みなら、問題はない。

 

 一歩一歩、皇帝と並ぶ。一歩一歩、痛みが走る。

 

 ラスト1ハロン。更に脚に力を入れた。脚からの痛みも、強くなる。

 

 …うん。これはちょっと尋常ではないかな。骨が軋むどころじゃない。きっとこれは、骨が折れていっている。――だからどうしたんだ!相手はあのシンボリルドルフ!

 

 彼に勝てるのであれば!脚の一本ぐらい惜しくもない!ああ!もっと前に、もっと前に!

 

「これがボクの、究極無敵のテイオーステップだああああ!」

 

 そう叫び、地面を抉った瞬間。雷鳴にも似た音と共に、視界が白に染まった。

 

 真っ白な世界。でも、ボクは変わらず走っている。不思議だ。ルドルフも、ネイチャも居ない。

 

 だけど、大きな何かがボクを追い抜き、前へと飛び出していった。

 

 ボクが知らない、でも、私は知っている馬。滑らかに、しかし、四つ足で力強く地面を滑るように加速していく。

 

 その馬の全身が視界に入った時、美しいと思った。古い、ヨーロッパの名画から飛び出してきたような、そんな馬だった。まさに、堂々たる走りだ。

 

 嗚呼、速いなぁ。でも、ボクも、ボクだって、負けたくない。

 

 ボクは脚に力を入れた。走り方なんて気にしない。ボクの一番、速い走り方。そうやって、ボクは彼を追った。

 

 ちらり、とその馬がこちらを見た。だが、興味が無いと言う感じで視線を外される。

 

 ちょっと、イラっとした。ボクは貴方よりも速いんだ!そう想いを込めて、更に姿勢を下げて、加速する。いよいよバ体が合い、追い比べに入る…と、その馬が、大きく嘶いた。

 

―はははは!甘い、お前達はまだまだだ!我が子らよ!―

 

 はっとして顔を上げれば、温かい、しかし、強い目が改めてこちらを真っすぐに見つめていた。そして、嘶きと共に気持ちが伝わってきた。

 

―だが、ああ!最高の、最高の、追い比べだ!ああ!ついぞ見れなかった、ついぞ走れなかった、頂の、ロンシャンの風を、風を!風を感じるぞ!―

 

 あっという間に一頭の馬が、ボク達を置き去りにして、最終直線を一気に加速していった。

 

 そして気づけば―。

 

 

シンボリルドルフこの強者が集う有馬記念の勝者は、皇帝!シンボリルドルフだー!

 

 

 大きく、大きくガッツポーズを取っている、シンボリルドルフの姿があった。ボクはといえば、ゴールこそ過ぎていたようだけど、足がもつれて倒れ込んでしまった。脚が完全に限界を超えていて、立ち上がる事すら出来ない。特に右足の痛みが強い。

 

「いやぁ、負けた負けた…。毎度おなじみ、3着ってね」

 

 そう言ってボクのすぐ横に来たのは、ナイスネイチャだ。顔を手で仰いで、苦笑を浮かべていた。 

 

「ネイチャおつかれー。すごいじゃん、3着って」

「あはは…ありがと。でも、会長さんすごかったね。最後の加速、びっくりしちゃった」

「うん。本当に。あー、勝てるかと、超えれるかと思ったんだけどなぁ」

 

 ボクはそう言いながら、シンボリルドルフの雄姿を見た。ああ、勝鬨。実に、美しい姿だ。やっぱり。皇帝は―。

 

「皇帝は、やっぱり強かった。シンボリルドルフは、間違いなく皇帝だったよ」

 

 ボクの口からは自然とそう言葉が出ていた。絶対がある馬。この馬には絶対がある。そう言われていた伝説は、強かった。

 

「うん。そうだね…って、テイオー。いい加減、立ち上がったら?」

 

 ナイスネイチャがそう言いながら、手を差し出してきていた。でも残念。それはちょっと出来ないんだよね。

 

「あはは…実は、出来ないんだよね」

「…あんた。そっか、気のせいじゃなかったんだね。テイオーの足音。なんか変な音が混じってたから」

「え?本当?」

「本当本当。何かが割れるようないやーな音がさ。ビキリ、ビキリって」

「そっか。あはは。じゃあ、ちょっと肩貸してくんない?完全に右足が折れちゃってるっぽいんだよねぇ…」

 

 ネイチャはため息を吐くと、仕方ない、と言った風に肩を貸してくれた。

 

「はいはい。全く、本当無茶しちゃってさって、あ…」

「どうしたの?ネイチャ…って、あ…」

 

 ボクとネイチャは固まった。なんせ、カイチョーが近くに来ていたからだ。しかもその表情はちょっと硬い。視線は私の脚に固定されていた。

 あはは、と内心苦笑する。でも、この結果は判っていた。だって、ボクはまだまだ体が出来ていない。馬の時は数年をかけ、体を作ったからこそ全力で走れた。

 それに、本当は4冠で終わる運命だったんだ。だから、きっと5冠目は無い。でももし、その5冠目があるとすれば。

 

 この強いシンボリルドルフに勝ってこそだと思うんだ。

 

「…テイオー?今の話、本当か?」

 

 うーん、やっぱりカイチョーは優しいなぁ。

 

「あはは、うん。右足、ちょーっとやっちゃった」

「…」

「だからウイニングライブはちょーっと任せる感じになっちゃうんだけど…」

 

 ボクの言葉に表情が更に硬くなる。あー。全くもう。こういう所は年相応なんだね、シンボリルドルフ。そんな顔をされてしまっては、全力を出した私が道化であろう。顔をあげてもらわねばね。それに、美しい女性には、明るい表情がお似合いだと思うのだ。

 

「あ、でもカイチョー。勘違いしないでね。ボクは全力だった。たとえ、折れている脚でも、今まで一番早いラスト1ハロンだった。間違いなく断言できるよ」

「…そうか」

 

 そして私は、ナイスネイチャに肩を借りたままシンボリルドルフの前に立つ。ああ、やはり、美しいウマ娘だと思う。そして、しっかりとその目を合わせて、告げた。

 

「だからおめでとう、シンボリルドルフ。君は今、凱旋門と、BCクラシックを勝ったウマ娘を超えてみせた。君が、世界最強だ」

 

 テイオーはそう言って、自信満々の笑みをルドルフに向けていた。その表情を見たルドルフはといえば。

 

「ありがとう。…嗚呼、本当に、本当に、本当に、ありがとう。テイオー」

 

 そう言って、顔を伏せてしまった。彼女の足元には、小さな、しかし少なくない水滴が落ちる。

 

「あはは。そんな。泣かないでよカイチョー。今日はカイチョーが勝ったんだ!カイチョーが世界最強なんだよ!ほら!笑顔笑顔!」

「ああ…ああ!そうだな。―ああ、本当に、ありがとう。トウカイテイオー」

 

 そう言って、シンボリルドルフは顔を上げた。そこに有ったのは。自信に満ち溢れる、トウカイテイオーのような笑みであった。

 

「…しかし、そうは言ってもその脚は残念だ。キミとウイニングライブを楽しめないとは…」

「えー?カイチョーも残念だって思うんだー?」

「そりゃあそうだろう。競い合った相手を讃え合い、そしてファンに感謝する。それは、ライバルと共に行うべきものなのだから」

 

 ルドルフは心底残念そうにそう言ってくれた。じゃあ、ボクが言う言葉なんてものは、一つしかない。

 

「それじゃあさ。来年はカイチョーがとびっきりの花束を、ここに持ってきてよ。ボク、脚をしっかり治すからさ。それで来年は―――」

 

 言葉を区切る。そして、ボクは満面の笑みを浮かべた。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 それを聞いたルドルフは、驚いたように、少しだけ目を見開いた。そして、小さく笑みを浮かべると。

 

「…判ったよ。だが、()()()()()()()()()()。―――全く、テイオーはワガママだな」

「にっしっし。カイチョー。今頃気づいたのー?ワガハイ、ひっじょーにワガママなのだ!あっーはっはっは!」

 

 年末、暮の中山は伝説の一日となった。

 

 それは、皇帝シンボリルドルフが、凱旋門ウマ娘、最強の帝王、トウカイテイオーに勝利した日であり。

 

 無敗だったトウカイテイオーが初めて負けた日であり―。

 

 トウカイテイオーとシンボリルドルフが、共に()()()()を走った最後の日であった。

 

 

『さあ、やってまいりました凱旋門賞。なんとなんと、ここに挑むのは日本の伝説のウマ娘!

 

 緑の勝負服!燦然と輝く九つの勲章!赤いマントは王者の証か!皇帝、シンボリルドルフ!!』

 

『昨年度の凱旋門賞王者を有マ記念で見事下した、今、世界でも大注目のウマ娘です!インタビューではこう答えておりました。

 

「去年はテイオーに冠を届けてもらった。ならば、今年は自分で獲りにいかねばね。そして今年はそれを賭けて、有()記念で帝王と勝負をするんだ」と。

 

 さあ、気合十分といったいでたちでお披露目です!おおっと!?まさかここで、このロンシャンの地でピーマンを齧ったぞシンボリルドルフ!!』

 

 全く、テイオーは。これのどこが美味しいのだかわからないな。でも、嫌いじゃあない。

 

 ―さあ、あのワガママ娘に、とびっきりの花束を持って行くとしようか。

 

 

『さあ、やってきました帝王賞!注目はもちろんこのウマ娘!ピーマンを齧る姿も久しぶり!

 

 一番人気、トウカイテイオー!復帰戦はダートのG1レースを選びましたトウカイテイオー!久しぶりの雄姿!元気な姿を魅せてくれました!

 

 そして二番人気はこのウマ娘!インペリアルタリス!さあ、今日はこの二人の競い合いとなるのでしょうか!』

 

『ですが3番人気のナイスネイチャも見逃せませんね。人気外でもありますが、リオナタールも参戦。昨年のクラシックの面々が勢ぞろいと言った具合であります』

 

『いやー、まさかこのカードが見れるとは。インペリアルタリスも怪我が無ければクラシックで活躍していたと言われるウマ娘でしたので、非常に楽しみです!』

『さあ、どういうレース展開になるのでしょうか。各ウマ娘、スタート地点へと向かいます!』

 

 シャク、とレース前に、生のピーマンを齧る。カイチョーは苦いな、と言っていたけれどさ。

 

 全く、カイチョーも判ってないねぇ。この苦味こそが美味しいのにさ。

 

 さて、年末の()()()()。きっと、カイチョーがボクに花束を持ってくるはずだ。

 

 そのためにも、しっかりと調子を上げていかないと。

 

 もう一度、ピーマンをシャリシャリと齧る。

 

 うん。やっぱり。―――ボク、ピーマンが大好きなんだよね。




 速さの秘訣が、これ、ねぇ?全く。意味が解らないねぇ。

 シャク、と一口齧る。

 うーん、実に苦い。苦いぞ。おーい、カフェ。君も食べないか?って、誰と話しているんだ?

『ピーマンと話している…?』おいおい。君、ピーマンは野菜だぞ?喋らないんだぞ?…?野菜のピーマンじゃない?全く。カフェ、君は何を見ているのだい?

 お友達のお友達?ほほう?それは少し興味が湧いた。詳しく聞かせてくれるかい?む…まずはもっとピーマンを喰え、と?ううーん、苦いのは苦手なんだがなぁ。

 まぁいい。ウマ娘の研究が進むのであれば吝かではないよ…っ!?

―やあ、アグネスタキオン。君、速さと頑丈さに興味があるんだって?―

 カ…カフェ?カフェ!?おーい!?カフェ!?一人にしないでおくれよ!おーい!?カフェー!マンハンタンカフェー!?せめて説明をしておくれよ!なんなんだいこの四つ足の動物は!?あああっ!ドアを閉めるな!な、なぜ脚が動かないッ…!?ひいっ!?

―まぁまぁ、そう硬くならずに力を抜いて私にまかせんしゃい。それはそうとしてピーマンが君には足らないようだ…おい、もっとピーマン喰わねぇか?―


※この世界のトウカイテイオー達の生涯成績

 センター【G1級】皐月賞、日本ダービー、凱旋門賞、BCクラシック、有マ記念 5冠

 この世界のルドルフの生涯成績

 センター【G1級】皐月賞、日本ダービー、菊花賞、有マ記念 天皇賞春、JC、有マ記念、天皇賞秋、有馬記念、凱旋門賞 10冠

 この世界のナイスネイチャの生涯成績

 センター【G1級】菊花賞 有マ記念 2冠

 この世界のリオナタールの生涯成績

 センター【G1級】ジャパンカップ 1冠





 この世界のアグネスタキオン

 称号「無敗の三冠ウマ娘」


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