「いいことだらけ」と言うけれど (ゲガント)
しおりを挟む

プロローグ

どうも皆様ゲガントです。新しいシリーズです。
個人的に好きな作品であるLobotomy Corporation、Library of Ruinaとblood borneを合わせてみました。
どれか一つがいいと感じる方は静かに検索画面に戻って頂けたら幸いです。












それでも構わない方はご覧ください。


      

  パラ

 

 

周りを本に囲まれたソファで、一人の青年がどこか物憂げに微笑みながら本のページを一枚一枚捲る。

 

パラ

        パラ

 

 

また一枚、もう一枚と暫く読んでいると、疲れたのか一旦本を閉じて一息つき始めた。目を閉じ、手を組んで伸びをする。座りっぱなしで凝った肩を回してほぐしながら立ち上がり、ソファの隣に備え付けられたテーブルに読んでいた本を置いた。

 

 

「ん………と。」

「ちょっと!もうそろそろ仕事が始まるわよ!」

 

 

青年がもう一度伸びをしてとだらんと脱力すると、誰かが青年に対して呼び掛ける。ふと青年が声が聞こえた方向を見ると明らかに「怒ってます」と言わんばかりの表情の美少女が近づいてきた。少女に気がついた青年はふんわりと笑いながら答える。

 

 

「あ、ごめんねすぐに行くよ。」

「全くもう、しっかりしてよね。」

「あはは……。」

 

 

ジト目の少女にスレスレにまで迫られた状態で叱られる青年は、照れ臭そうに頭をかく。しばらくそのまま見つめあっていた二人だったが、やがて少女のポケットから着信音が鳴り響く。それに反応した青年は間髪入れず少女のポケットから連絡用の端末を取り出すと電話に応答した。

 

 

「はい、もしもし。」

『あら、彼女に連絡したつもりだったのだけど。』

「目の前にいますから。」

『…まぁいいわ、そろそろそちらの階層に三人送るから、「接待」を頼んだわ。』

「了解しました、館長……………そういえば、父さん達は今どうされてますか?」

『今日も研究に明け暮れてるわよ。この招待状の有効な使い方もね。そんなことはいいから、早く持ち場に着きなさい。』

「そうですか、あ、ちょっt「切るわよ!」」

 

 

青年から端末を奪い取った少女は怒鳴るように端末のマイクに話すとそのまま通話を切った。そのまま端末をポケットに仕舞うと頬を膨らませた少女が青年の手を握る。そっぽを向いたまま走り出す少女に手を引かれた青年も少しつまづきそうになりながらついて行っている。

 

 

「怒鳴らなくて良かったんじゃないかな。」

「………。」プクー

「おっとっと……どうすれば機嫌直してくれる?」

「…………………………一緒に寝て。

「いいよ。」

 

 

顔を赤くした少女に優しく頷いた青年は少し走るスピードを上げながら少女を抱き上げる。姫抱きされた少女は驚いたような表情をして、先程よりも顔が赤くなっている。

 

 

「ちょっ、別に私を抱き上げる必要はないでしょ!?」

「僕がしたかったからなんだけど………ダメだった?」

「んぐっ…………ダメじゃない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年と少女……………ティファレトが去った後、机に置かれた本は静かに存在していた。よくよく見ると、周りに置かれた本よりも少しばかり禍々しい気配を感じる。その本の表紙には一つのタイトルが書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狩人の記憶~Bloodborne~』

 

 

 

 

タイトルの下に少し歪な形の鉈が描かれた赤黒いそれはただそこにあるだけで見たものを狂わせそうな気配がある。だが、周りに知性を持った存在はおらずただ怪しい空気を纏わせるだけであった。しばらくの間静かな空間が続いていたが、そこに一つの足音が聞こえてきた。その足音の主は本の元まで歩くとその表紙を指でなぞるように触れる。人間サイズのビスクドールのような見た目の女性は優しい声で祈るように呟く。

 

 

「………………狩人様方、御二人の生きる道が有意なものでありますように………………………おや。」

 

 

わずかに口角を上げている女性……"人形"が本を見つめているとその隣からおどろおどろしい小人が数人テーブルから生えるように出てきた。彼らは皆外套のようなものを羽織っている。どうやら今の流行りのようだ。

 

 

「ふふ、貴方達の主の衣装の真似ですか。とても似合っていますよ。」

「!、!」ワタワタ バサバサ

 

 

"人形"の言葉に喜ぶように身を動かす小人……使者達は、纏った外套をバサバサとはためかせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




色々と探していますがティファレト(リサとエノク)がメインの話をほとんど見掛けないので思わず書いてしまいました。Lobotomy Corporationのセフィラの中でもかなり好きなキャラクターです。もちろん他のセフィラも好きですが。あのゲーム魅力が沢山詰まりすぎだと思うのですが、いかがでしょうか。はたけしめじさんのように職員を愛でるのもいいですし、ストーリーを深く考察する動画も大好きです。

Bloodborneは友人達が熱く語っているのを聞いていたらいつの間にかある程度詳しくなっていました。まぁダクソで「折れた直剣」を最大強化して使っており、Bloodborneでも変態的な事してましたけど。




更新はゆっくりですので、読みたい方は気長にお待ち頂けたら嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 狩人なりのハロウィン 1

ハロウィンです。
狩人様であれば仮装に困らないだろうなと思い、書きました。
かなりごちゃごちゃして平和な原作終了後の世界線です。ネタバレもあるので、そこはご了承下さい。あとかなりキャラ崩壊が激しい上、一部が変態になってます。







それでもよい方は、どうぞ。


「「ハロウィン?」」

「えぇ、そうよ。歴史の階の司書補の一人がハロウィンと言われる祭りの記述を見つけたの。それをこの図書館でしたいと言い出して聞かないし、それに便乗する輩が多いから仕方なくやることにしたのよ。」

 

呆れたように言葉を紡ぐ水色の短髪の女性…アンジェラ。それを聞くのは今いる階層の主であるティファレトの二人だ。近くには聞き耳を立てている司書補達が数人見受けられる。それを気にせずアンジェラは話を続けた。

 

「そして「最近は暇だし、やるなら全体でやろう」と管理人が言い出して、こうして私が伝えに来たのよ。」

「ふーん、わざわざ直接伝えなくても端末で良かったんじゃないの?」

「これを渡しに来たの。」

 

そう言ってアンジェラは二人に紙束を渡す。二人が受け取って中身を見ると、そこにはハロウィンの起源や内容、発展した形式等かつらつらと記されていた。

 

「何よこれ。」

「これを元に参加しろ………ってことでいいですか、館長?」

「えぇ、話が早くて助かるわね。じゃあ、私はこれからゲブラーの所に行って来るから後は任せたわ。」

 

アンジェラは踵を返し、そのまま言語の階の方へ向かって行ってしまった。残された二人は資料とにらめっこを始める。

 

「割りと面倒臭い事になったわね。」

「仕方ないよ。仕事………では無いけど上司が決めた事だしね。それに、少し面白そうじゃないか。」

「むぅ……エノクがそう言うなら別にいいけど………でも、なんでこういうの余り好きそうじゃないアンジェラまで普通に参加しようとしてるのかしら。前はイベントとか微塵も興味無さそうだったのに。」

「まぁ、それは資料見る限り……。」

 

少し思考を巡らせたあと、ティファレト(♂️)……エノクはティファレト(♀️)……リサに告げる。

 

「合法的に管理人にいたずら出来るからじゃないかな?」

「………『トリック・オア・トリート』………「お菓子くれなきゃいたずらするぞ?」………少なからず、そういう理由で参加してる奴何人か居そう、というかいるわね。」

「例えば?」

ホクマー(ベンジャミン)母さん(カルメン)。」

「うん、どう考えても父さん(アイン)狙いだね。負担凄そう。」

「今からお祈りでもしとこうかしら。」

 

※この世界線では管理人XはAを元に作られた人工知能として存在しており、AとCと管理人も体を持って図書館にいます。

 

「なにいまのテロップ。」

「余り触れないの。ほら、僕らもなにするか考えないと。」

 

上位者に近いせいなのかこちらを認識しかけている二人だったが、少しの間思考の海を漂う事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティファレト様?ティファレト様!」

「うん?」

 

暫くして、誰かから呼びかけられて思考の海から浮上したエノク。前を見ると、自然科学の階の司書補の一人………クロウが心配そうに見つめていた。

 

「あぁ、どうかしたのかな?」

「いえ、数十分そこで資料と難しい顔でにらめっこしてらしたので何かトラブルでもあったのかと……。」

「あぁ、もうそんなに………リサ、一回戻って来て。」

アルデオ………いや檻の方がインパクトが……ん、どうしたの。」

「こういうのは僕ら二人じゃなくて皆で考えた方が早いんじゃないかな?」

 

そう言ってエノクは前を指差す。そこにはこの階の司書補がわらわらと集まっていた。

 

「ん~、それもそうね。」

「わかったよ。皆ー、少し相談事があるから此方に来て貰えるかな~。」

 

エノクの呼び掛けに対して一斉に寄ってくる司書補達。先程聞き耳を立てていた者がほとんどであるためなのか、少しワクワクとした表情を浮かべている。その中の一人である司書補アンリが早口で話し始める。

 

「祭り?祭りですか?祭りですね!?」

「落ち着きなさいまだ準備すら始まってないから。」

 

テンションが既にハロウィンのスクランブル交差点レベルになっているアンリをリサが静止させる。そして手に持った資料を司書補達に見えるように持ちかえると、そのまま喋り始めた。

 

「取り敢えず、通達としては今から二週間後にパーティーをするらしいからそれに向けて仮装とかの準備をしておきなさい。飲み食いすることも考えてね。」

「あぁ、それと配るためのお菓子は用意しておいた方がいいよ。」

「「「「?」」」」

 

約10人いる司書補のうち、半分程……特に裏路地出身の者は一斉に首をかしげる。そもそもハロウィンがなんなのかを知らない者もいるようだ。

 

「ふむ、まずはそこからだね。本の整理を一旦止めてお茶しながら話そうか。」

 

わーい、と何人かが喜ぶ司書補達は、休憩スペースへ歩き出したエノクとリサの後をついて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、何か面白そうな催しがあるみたいですねぇ?」

 

 

 

 




最後の声の主はあの人です。自然科学の階関係ですね、そのうち本編でも絡ませます。
エノクの司書としての服装はLibrary of Ruina原作のティファレトの衣装と同じ色合いでイェソドと似たような形をしていると思って下さい。髪型は三つ編みで、髪を纏めるためにリサが首にしている物と同じリボンを使ってます。お揃いですね。
因みにブーツはゲールマンシリーズの物を履いてます。リサはマリアシリーズのブーツです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 狩人なりのハロウィン 2

この世界線の図書館は不純物から翼の一つに戻っています。物語の中で本にされた人達はそれぞれ人の体を得て、元の生活に戻ったり、そのまま図書館勤めになったりと様々です。


「へぇ、そんな文化があるんですか。」

「僕らも詳しくは知らないんだけどね。祭りとかは無縁な場所で育ったから。」

「職員の半分位は似たようなものですよ。」

 

自然科学の階の一角、休憩スペースにてティファレトと司書補達がお茶をしている。テーブルの中央には色とりどりのお菓子が幾つものケーキスタンドに並んでいる。

 

「で?全員何か案は無いの?」

「「「…………。」」」

「あまり馴染みのある催しでは無いですから、いきなりイベントと言われても考えがすぐに浮かぶことはないですよ。」

「それもそうね……。」

 

リサが司書補達に問いかけるがよい返事は返ってこない。理由は本人も分かっているため強く言うことも出来ず、ため息をつきながらケーキを頬張った。隣に座るエノクも苦笑いしながら紅茶を飲む。するとそこに一つの影が近づいて来た。

 

「狩人様方、お手紙が届いておりますよ。」

「手紙?誰から来たのか分かる?」

「アルフレート様からです。内容は見ていないので分かりません。」

「へぇ、何かの用事かな。」

 

エノクはしずしずと歩いてきた"人形"から手紙を受けとると虚空から出したペーパーナイフで開封する。そうして内容を確認すると、少し笑いを堪えるような表情になった。

 

「どうしたの?」

「いや、最近狩人の夢に訪れる事も無かったからどうしたのかなとは思ってたけど……まさか異世界に行ってるとは思わなかったなぁ。」

「はぁ?」

 

エノクの漏らした言葉にリサは思わず反応する。周りの司書補達はその人物を知らないため揃って首をかしげているが、知り合いが突如「異世界にいる」という知らせを受けた二人は驚きと笑いが隠せない。

 

「いやだって一番最初の文が

 

「お元気ですか?私は今、何が原因か知りませんがグンマーという土地にいます。」

 

だったから。いやぁ、召還されるとかは良くあったけどあくまでもあの街の中での話だったからなぁ。」

「いや何してんのよあのキチガイ三角師匠バカ。」

 

愉快そうに笑うエノクはさらに話を続ける。

 

「まぁ、大丈夫じゃない?こうやって手紙も届いてるんだしね。」

「どうやって届けたのか気になるところだけど………まぁグンマーがとんでもない魔境なんでしょ。それこそあの漁村みたいに。」

「あの……そろそろ話に着いていけなくなってる方が何人もいるのでそこら辺で止めて頂けませんか?」

 

おずおずと手を上げる青年……フルートが二人に声をかける。エノクとリサが視線を手紙から戻して周りを見ると、全員が首をかしげていたり頭から煙を出していたり、ガン無視してケーキを頬張っていたりと中々カオスな事になっていた。良く見るとリボンを着けた使者達もテーブルの端でケーキやクッキーを頬張っている。それを見てエノクはクスリと笑う。

 

「あぁ、そうだね、話を戻そうか。」

「えぇ、そうですとも。」

 

その直後、エノクとリサの間から手が伸びてクッキーを一つ摘まんだ。視界の端でその腕がスーツを纏っている事を確認したリサはうげっ、と言わんばかりの表情をする。しかし当の本人は気にすること無く口まで運び、顔に着けた仮面に阻まれた。

 

「おっと、着けていたのを忘れていました。では改めて…………ふむ!中々良い品ではありませんか!」

「お褒めいただきありがとうございます。それで、本日はどのような用事でいらしたのですか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オズワルドさん?」

「いえ、単純に遊びに来ただけですよエノクさん?ちゃんと管理人殿には話を通してあるのでご安心を。」

「あぁ、恐らく管理人さん押しに負けたんだろうなぁ。館長にどやされてないといいけど。」

「本当なら、お二人の義理のご両親にもお土産でも渡そうかと思っておりましたが……なにやらお取り込み中でしたのでお二人にお渡ししておきますね。」

「お取り込み中?………母さんってば、また夜にもなっていないのに襲いかかったのかしら。」

 

リサがため息をつきながらオズワルドの渡して来た紙袋の中身を見ると、そこにはなにやらチョコ菓子らしき物の箱があった。上には「8時のサーカス」とポップな文字で書かれたチケットもある。リサは迷い無くチケットのみを取り出す。

 

「取り敢えずこれは燃やすとして……エノク、火炎放射機。」

「ちょっとぉ!?」

 

オズワルドが止める暇もなく、リサが投げたチケットはエノクによって消し炭にされた。それを見たオズワルドは悲しそうに泣くポーズを取る。

 

「うぅ、折角この間エマとノア(うちの団員)がお世話になったお礼も含めていたと言うのに……。」

「食べ物ならともかく招待は信用出来ないから却下。」

「父さんを改造しようとしたら母さんにサーカスを周囲ごと潰されると思いますから止めといた方がいいですよ。あと、ショーをやるならここ(図書館)の中でやって下さい。」

「おお!そっちはよろしいのですか!」

 

ガバッと顔を上げるオズワルド。

 

「えぇ、どうあがいても変なマネが出来ないようにしますから。それに、丁度そういうイベントが今度あるので。」

「先程話されていた事ですね!ハッピーハロウィン!えぇ、えぇ、是非とも参加させていただきましょう!」

「そうですか、なら後で館長に話を通しに行きましょうか。」

「いいの?コイツをここに入れて。」

「そうですよティファレト様、あまり信用できるような者ではないでしょうし。」

「ひどい言われようですねぇ。」

「大丈夫だよ。」

 

ジト目でエノクを見つめるリサと不安そうな目をする司書補達に対して笑って虚空に手を入れるエノク。数秒後、そのまま回転ノコギリを取り出すとそのまま変形させてニコッと笑う。

 

「もしもの時はバラバラにするだけだから。」

「それもそうね。」

「おや、もしかして私選択しくじったら即座にぶっ殺されます?」

「良く分かってるではないですか。漏れなく内臓攻撃(モツ抜き)も付いてきます。ブラドーさん直伝の追跡術で何処までも追いかけて行くので覚悟してくださいね?」

「流石に死にたくないのでちゃんと言い聞かせておきますね。」

 

オズワルドは両手を上げ、降参の意を示す。

 

「所で、皆様何かお困りのご様子。私に出来ることならお手伝いいたしますよ!」

「………まぁ、こういった祭りならオズワルドさんの方が適任ですね。」

 

そう言ってエノクは先程アンジェラから渡された資料を見せる。

 

「当日には皆で仮装をするのですが、中々良い案が出ないんです。幻想体のコスチュームは他の階の方々もするでしょうし、面白味が無いなと。」

「折角なので他とは違う事がしたいです!」

 

聞き手にまわっていたアンリが勢い良く手を挙げる。オズワルドはその言葉を聞き顎に手を当てると首をかしげながら話し出した。

 

「ふむ、それでしたら丁度良いモデルが身近にいるのでは?」

「モデル?」

「ええここに。」

 

そう言ってオズワルドはエノクとリサを指差す。

 

「私達?」

「よくよく考えてみてください。私も詳しくは知りませんが、お二人はかなり特殊な街へ行かれた事があるとおっしゃってましたね?」

「えぇ、ヤーナムのことですね。」

「まさしく!しかもそこの文化はこの都市とはかなり異なるものでしょう?お二人が時々着てらっしゃる衣服もここらでは見たことがありませんし。」

「狩装束の事……ちょっと待ちなさい、あんたに見せたこと無かったはずだけど?」

 

訝しげに尋ねるリサに対して、オズワルドは笑いながらスーツのポケットから携帯端末を取り出して画面を見せる。

 

「ノアが撮った写真ですよ。うちの団員が遊びに来たときに丁度その衣装を着てたのでしょう?帰って来たときにおおはしゃぎで教えてくれましたよ。」

 

ため息をつきながら頭に手を当てるリサとは対照的に、エノクはつっかえた物が取れたような顔をしている。

 

「なるほど、それなら他の階の皆さんと被る事もありませんね。皆、それでいい?」

「余程変な格好でなければいいです。」

「大丈夫だよ、E.G.Oより大人しいから。じゃあ早速仕立て直そうか。」

 

そう言ってエノクは席を立つと、指を鳴らして使者達を呼び出す。それに応えるようにテーブルの何も無いところから使者達がのっそりと出てきた。先程出てきていた者も含め、丁度人数分である。それぞれの手にはメジャーらしき道具を持っていた。

 

「先ずは採寸からだね。狩装束は………くじ引きでいいかい?」




~~オズワルドが訪ねて来た時~~

「図書館にお礼の品を届けに来たはいいものの、無断で入ると殺されかねませんからねぇ。誰か許可を出して下さる方はいらっしゃらないでしょうか………………おや?」

……!……………!!

「向こうが何やら騒がしいですね。誰がいるんでしょうか。」






「ふむ、休憩室でしたか。にしても………

……!!!…!!!!!…

なんかやけにうるさいですねぇ。ここら辺に人が一切いないのも気になりますし。」

ガチャ

「アインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアインアイン」
↑アインをソファに押し倒して胸に顔を押し付けながら抱きついているカルメン
「…………………。」
↑死んだ目で扉を開けたオズワルドの方を向くアイン

バタン

「…………よし、見なかった事にしましょう。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 狩人なりのハロウィン 3

この世界の管理人X(アルファ)はアインを表情豊かにしてアホ毛と髪の長さをプラスしてお目目をぱっちりさせて少し背を低くした感じです。設定的には「アインを元にしたAI」と言った方が分かりやすいですかね。アインとは違ってコミュ障じゃないです。光属性です。


それでは、どうぞ。


「んんっ……それじゃあ皆、グラスは持った?」

 

図書館の中の大広間、その中心でローブを羽織ってとんがり帽子を被り、いかにも魔法使いであるかのような格好をした黒髪の青年………アルファは飲み物の入ったグラスを掲げると、ニパッと周りに笑いかける。隣には似たような格好をしたアンジェラがいる。

 

「久しぶりのパーティーだからね!ハメを外して楽しもう!

 

 

 

 

 

 

 

かんぱーい!」

 

「「「「「「「

       乾杯ッ!

          」」」」」」」

 

 

料理の積まれたテーブルを囲む仮装した司書補達はXの掛け声で一斉に手に持ったグラスを掲げる。中には渋々やっている者も居るが、大体はノリノリである。

 

宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぐっんぐっんぐっんぐっ……ぷっはぁッ!あー合法的にビールが呑めるっていいなぁ…。」

「余り飲み過ぎないでくださいよネツァク。」

「別にいいだろイェソド?お祭り騒ぎに酒は欠かせないもんなんだから。だからこうして浴びるように飲んでも怒られないって訳だ。」

 

開始早々にビールをジョッキ一杯分飲み干す緑の長髪の青年……ネツァクからの返答にため息をつく紫髪の青年……イェソドだった。周りには彼らが司書を務める技術科学と芸術の階の司書補達が思い思いの仮装をして、騒ぎながら料理や酒に舌鼓を打っていた。

 

「全く……貴方が酒を浴びるように飲んでいるのは何時もの事でしょうが。そんなペースで飲んでいたら最後まで持たないでしょう?」

「んあ?なんかあったっけ?」

「連絡用端末を見てないんですか?パーティーの最後に自然科学の階の者達からイベントがあると言われたでしょう。」

「あー、そうだったそうだった。」

「あ、いたいた!」

 

二人が会話を交わしている最中、何処からか呼び掛ける声が聞こえて来た。イェソドとネツァクが反応して声の方向に振り向くと、2つの人影が此方に近づいて来ていた。二人とも幻想体をモチーフにした衣装を纏っている。ずんずんと近づいて来た長い栗色の髪の女性……マルクトは肩ぐらいまでの茶髪の女性……ホドを引っ張ってイェソド達の前までたどり着いた。

 

「ヤッホー!トリック・オア・トリート(お菓子くれなきゃイタズラするぞ)!」

「そうですね、ではトリート(お菓子)でお願いします。」

 

テンション高めで接してくるマルクトにナチュラルに持っていたペロペロキャンディーを渡すイェソド。それを受けとるマルクトは少しつまらなそうな顔をしている。

 

「むぅ、折角イェソドにイタズラ出来ると思ったのに。」

「事前に渡された資料に書いていたので持ち込んでおきましたが、役に立ちましたね。そう簡単にイタズラが出来るとは思わないでください。」

「少し位いいじゃん~。」

 

キャンディーをしっかりとポケットに入れたマルクトは腕をブンブンと振り回す。仮装によって少し太くなったモコモコの腕だが、十分凶器になりそうだ。

 

「………一応聞いておきますが、何の仮装ですか?」

「え?幸せなテディ(くまちゃん)。」

「イタズラという名のハグでもするつもりてすか?死人が出ますよ?」

「いや流石に本物のE.G.Oとかページは使ってないよ?…………所でイェソドの仮装って……。」

「魔弾の射手ですが?」

 

 

 

 

 

 

 

「おー、やってるやってる。」

「ね、ねぇネツァク。」

「ん?」

「ト、トリック・オア・トリート!」

 

イェソドとマルクトのやり取りを端から見ながら酒を飲むネツァクに声をかけるホド。少し顔を赤らめながら恥ずかしそうに菓子を要求するが、ネツァクは頭を掻いている。

 

「あー用意すんの忘れてたからイタズラでいいぞ。」

「ええッ!?そんなこと言われても………。」

(どうせまともなイタズラも考えて無いだろうからなぁ。)

 

急にもじもじし出したホドにネツァクは心の中でほくそ笑む。しかしそれを隙だと察知したのか、ホドは人形のような衣装のポケットから一粒のチョコレートを取り出し、そのままビールを飲もうとしたネツァクの口へ思いっきり投げ入れた。

 

「てやぁッ!」

「がッ!?」

 

完全なる不意打ちにより抵抗出来ずにネツァクはチョコレートを咀嚼する。してしまった。

 

ガリッ

「……………かっらぁッ!?

 

そうしてチョコレートで隠されていた粉末をダイレクトに舌で受けてしまったネツァクは口を押さえ込んで地面で盛大にのたうち周り始めた。身に纏う衣装の花も潰れるが、今のネツァクにそれを気にする余裕は無い。

 

「わ!?ごめんなさいネツァク!分量間違えちゃったかも!」

「ホドォ……これ何処で調達してきた……。」

「えぇっと……この間グレタさんが……

 

「これ料理に使ってみたけど合わなかったからあげる」

 

ってハバネロを段ボール一箱分……有り余ってたからイタズラにちょうどいいかなって……。」

「んな凶悪なもん使うなよ………取り敢えずビール……は炭酸で舌が死ぬから水かなんか取ってくれ………。」

 

ゆっくりと起き上がるネツァク。その顔は青く、腕は少し震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやっているんだあいつらは?」

 

少し離れた所で騒ぎが聞こえた赤い長髪で顔に傷がついた女性……ゲブラーは呆れた顔でターキーを手に取りそのまま食らいつく。近くの皿に盛られた骨の山と立ち並ぶ瓶からして、既に相当飲み食いしているようだが、ゲブラーは特に気にした様子もなく顔色一つ変えずにタバコを吸い始めた。そこに一つの影が近づいてくる。

 

「やぁゲブラー、随分と楽しんでいるみたいだね。」

「ん?なんだお前か………………どうしたその衣装。」

 

声をかけられ振り向くゲブラーだったが、声の主の姿を確認した瞬間固まる。ゲブラーの目線の先には青い髪の男性……ケセドが死んだ目でカップに入ったコーヒーを啜りながらクッキーを頬張っていた。

 

「お前…………まさかそんな趣味が。」

「違うからねッ!?俺も望んでこんな格好してるわけじゃないからねッ!?」

 

引いたような目でケセドを見るゲブラー。それもそのはず、今ケセドが着ているのは血によって汚れた白いドレス(・・・・・)なのである。ケセドは顔を赤くし、必死に弁明し始めた。

 

「本当だったら俺ももっと別のが良かったよ……何が悲しくてわざわざ女装なんかしなくちゃいけないんだ……。」

「じゃあ何故今その格好をしている?」

「うちの階の司書補にね………脅されたんだよ………。」

 

 

~~~~二日前~~~~~

 

「ケセド様!是非ともこれを着てください!」

「……ねぇ、これドレスだよね?それも恐らくオズマのやつ。」

「えぇ、そうです!」

「嫌だよ!?」

「えぇ!?」

「なんでそんな驚いているんだい!?断るに決まってるじゃないか!?」

「そんな、着てくださいよ!私は女装した美青年が見たいだけなんです!」

「君の性癖じゃないか!」

「もし着てくれなきゃ少し早いハロウィンとしてイタズラしますよ!?」

「何するの!?」

「ケセド様お気に入りのコーヒー豆を全て土に変えた上でマグカップに観葉植物植えます。」

「着ます。」

 

 

 

 

 

………ってことがあってこんな格好をする羽目に……」

「………そうか……………それは………………災難だったな。」

「そう思うならこっち見て言ってくれないかな?」

 

そっぽを向いて話を続けるゲブラー。よくよく見ると肩が震えている。

 

「いいや、ちゃんとそう思っているが?」

「……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハァイ!私、ケセド!コーヒーが大好きなピッチピチの25歳!」(裏声)

「「「「「ブフォッ!?」」」」」

 

突然、ケセドが魔法少女のようにポーズを取りながら裏声で自己紹介をしたことでゲブラーを含めた周りの人間全ての腹筋を破壊した。

 

「ほらみろやっぱり笑ってるじゃないか。」

「お前………それは反則だろww。」

「あぁっ素敵ですぅッ!!」

 

パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 

周囲が地面に沈む中、ケセドにドレスを着せた張本人である少女……ルリはだらしない顔をしながらカメラで連写していた。そこに一人、近づいてくる影がある。

 

「ほぅ、中々面白い事になっているではないか。」パシャリ

「………なんで君まで俺の写真を撮るんだいビナー?」

 

笑みを絶やさない黒髪の女性……ビナーがカメラを片手に話しかける。ケセドは嫌な予感しかしないのかジリジリと後ろに下がり始める。ゲブラーも好いていない者の登場で少し機嫌が悪くなる。

 

「ん?今後君をゆするネタに使うだけだが?」

「だよねろくでもない事に使うよね知ってたよもぅ………。」

「そう悲観的になることも無いだろう?絶望の先にあるのが必ずしも光であるという確証などはないが。」

「更に落とすのやめてもらえません?」

 

普段の服装と比べてモコモコとしているビナーはにんまりと笑う。その目は「いいおもちゃを見つけた」と言っているようだった。ケセドは静かに両手で顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………。」

「アイン~、料理取って来たよ~。」

「…………カルメン。」

 

大広間の隅、壁に背中を預けて静かにグラスに入ったシャンパンを飲む吸血鬼の仮装をした黒髪の男性……アイン。そこに、悪魔の仮装をし、右手に持つ皿一杯に料理を積んだ茶髪のポニーテールの女性……カルメンが現れる。

 

「ほらほら、一緒に食べよ?」

「………俺はそんなに食べられないんだが。」

「大丈夫大丈夫、だってそろそろ「先生!ここにいましたか!」ほら来た。」

「………ベンジャミン……いや、ホクマーの方がいいか?」

「いえ、大丈夫ですよ。先生が呼びやすい方で構いません!」

「そうか。」

 

また一人、ニコニコと笑いながらアインの方へと近づいて来る。片眼鏡をかけた灰髪の青年……ベンジャミンは師と仰ぐアインのそばに行こうとするが、隣にカルメンがいることに気がつくと一瞬動きを止めた。

 

「……カルメンさん、どうも。」

「やっぱりアインと私に対する態度が全く違うわね~。」

「貴女に優しくする必要なんてほとんど無いじゃないですか。」

「そこまで拒否されたら流石に寂しいなぁ?」

 

ベンジャミンがカルメンに向ける笑みはかなり事務的な物だ。そのうちベンジャミンは少しずつ俯いて体を震えさせる。

 

「だって…だって………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近ずっと貴女が先生を独占しっぱなしで私が一緒にいられる時間が殆ど無くなってるじゃないですか!少しは私と先生の時間を作って下さいッ!」

「ベンジャミン?」

「残念だったわね!あの子達(リサとエノク)のおかげで私達の周りからの認識は夫婦なのよ!夫婦がずっと一緒にいることに何の違和感があるのかしら?」

「カルメン?」

 

突然始まった自分の取り合いに思わずスペースネコチャンになるアインだった。しかし当の二人はアインの様子を気にすること無くヒートアップしていく。

 

「それに私から一番の理解者であり可愛い後輩であるアインを盗るっていうのなら私にだって考えがあるわよ!」

「何ですか!私の先生を返して下さい!」

「…………宗教の階、階段の横12台目の本棚の二段目のスイッチ。」

「ッ!?」

「?……??」

 

ニヤリと笑ったカルメンの言葉に息を飲むベンジャミン。アインは全くついて行けずオロオロしているが、彼の言葉が出る前に更にカルメンが畳み掛ける。

 

「折角だから私も中身を拝見させて貰ったわ。ふふ、あれをアインが見たらどんな反応するかしら?」

「くっ……卑怯な……!」

(ポテト美味しい。)

 

優秀であるはずの頭のキャパシティーをオーバーしたのでアインはいつもより死んだ目でカルメンの持っていた皿の上のポテトをかじる。諦めているのだろう。

 

「天然で鈍感なアインはともかく私に隠し通せると思わないでね?」

「くッ!これで勝ったと思わないで下さいねッ!」

「………………………。」

 

そのままベンジャミンは悔しそうに二人に背を向け、走り去って行った。カルメンはやりきった感を出して胸を張る。

 

「ふぅ、私に勝とうなんて甘いのよ。」

「………カルメン。」

「ん?なぁにアイン?」

 

 

 

 

 

 

「俺は天然だったのか?」

「そういうとこでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、みんな結構楽しそうで良かった。」

「管理人、ワインはいかがですか?」

「貰おうかな。」

 

アルファとアンジェラは少し高い場所から全体を見下ろしながら一緒にワインを飲んでいる。半分飲んだアルファはんー、と言いながらワイングラスを掲げている。

 

「これどこのやつだっけ?」

「さぁ?割とこういった物の製造元は明かされて無い物ですから。」

「ふ~ん…………やっぱり僕らって知らない事の方が多いね。」

 

そう言ってアルファは残りのワインを飲み干す。

 

「っぷはっ…うん、ちゃんと「美味しい」っていうのが分かるね。」

「ちゃんとした人間に成れたからですよ。私達がAIだった頃は考えられませんでしたが。」

「そんなめでたい二人にこいつを差し上げよう。」

 

アルファとアンジェラの後ろからそんな声が聞こえた後、二人の間にサンドイッチの乗った皿が差し出される。それに反応して振り向くと、そこには白と青を基調とした服を身に纏う男性……ローランと、その隣で別の料理の乗った皿を持ち端が血に濡れたワンピースを着る白い長髪の女性……アンジェリカがいた。

 

「ローランさん、それにアンジェリカさんも………これって?」

「おう、ハムハムパンパンのサンドイッチを俺なりに再現してみたんだ。中々良い出来だぞ?」

「こっちのパジョンも食べてみてね、感想聞きたいから。」

「そう、じゃあ少し頂くわ。」

 

それぞれアルファはサンドイッチを、アンジェラは爪楊枝に刺さったパジョンを持つと、そのまま口に運び、咀嚼する。アルファはへにゃりと緩く笑い、そのまま堪能している。しかしアンジェラは少し顔をしかめると近くにあった水で流し込んだ。少し咳き込んでいる。

 

「アンジェラ!?大丈夫!?」

「おいおい、大丈夫か?」

「あ、あれ?そんなに不味かった?」

「……いいえ、味は普通に美味しかったわ。けど……。」

「「「けど?」」」

「……………少し、私には辛すぎて。」

「あー、なるほどね。」

 

恥ずかしそうにそっぽを向くアンジェラに対してアルファは納得したように頷いているが、他の二人は頭に疑問符を浮かべている。

 

「辛い?……確かにピリ辛にしたけどそこまでだった?」

「俺も味見したからそんな事ないと思うが………。」

「あー………ほら、僕らって最近人になったばかりですよね?」

「?まぁ、そうだな?」

「その……僕らって最近まで味覚がなかったんですよ。だからこういう刺激がある物はまだ苦手なんですねよ。だから別に不味かった訳では無いですよ?」

「慣れてないだけか。」

 

アンジェラの背中を擦っているアルファの言葉に納得するローランだった。

 

「ごめんねアンジェラ?」

「大丈夫よ、貴女が悪い訳ではないから…………所で一つ言いたい事があるのだけど。」

「?なぁに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「30歳でそういう格好は少しキツいってこの前本で見たわよ?」

「」ピシリッ

↑いきなり罵倒紛いな事を言われて固まるアンジェリカ

「ふぇ?」

↑いきなりアンジェラがとんでもない事を言ったことに驚くアルファ

「ブフッ」

↑突然の罵倒に驚きよりも笑いが勝ったローラン

 

次の瞬間、アンジェリカはローランにアッパーカットを入れた後、きょとんとしているアンジェラに詰め寄った。ローランが取り落とした皿と料理は無事アルファが回収している。

 

「ねぇ、アンジェラ?どの本でそんな事学んだのかしら?」

「?確かオリヴィエとか言う奴の本だったはずだけど。」

「へぇ?」

(………次会ったらしばかれるんだろうなアイツ。)

 

フフフフ……、と目が笑っていないながらも笑顔のアンジェリカを見て遠い目になるローランは友の未来に冥福を祈っていたが、ふと辺りを見回す。

 

「なぁアルファ。エノクとリサが見当たらないんだが、何か知ってるか?」

「あぁ、二人なら準備に入ってますよ。」

「準備?……何か最後にイベントがあるって通達があったがそれか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、準備はいいかな?」

「「「「「「はいッ!」」」」」」

「大丈夫でーす。」「OKッす!」

「それじゃ、私達は先に行くわ。」

 

自然科学の司書二人と司書補達は大広間とは別の部屋で待機していた。

 

 

 

 

 

その身に狩装束を纏って。




作品の中でも少し言及しましたが、司書達の仮装はティファレト達以外は全員それぞれの階の幻想体がモチーフです。

・ローラン→雪の女王(男性用に改造)
・マルクト→幸せなテディ
・イェソド→魔弾の射手
・ホド→レティシア
・ネツァク→アルリウネ
・ゲブラー→赤ずきんの傭兵
・ケセド→オズマ(女装)
・ビナー→大鳥
・ホクマー(ベンジャミン)→白夜

どの幻想体にするかはランダムに決めました。

A、B、Cの関係性、依存度としては
C→→→←A←←←B
といった感じです。



パジョンってチヂミなんですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 狩人なりのハロウィン 4

ハロウィンが過ぎてもハロウィンの話を投稿する人です。
言い忘れてましたが、結構ギャグ寄りです。
設定におかしな所があっても見逃して下さい。




「皆様ご注目下さい。」

 

宴が始まって数時間、少しばかり騒がしさが治まって来た頃、突如大広間のど真ん中にリサと共に現れたエノクが周囲に呼び掛ける。二人の格好はよく見る司書としての服装ではなく、極たまに見掛ける「狩装束」である。あまり接点のない他の階の司書補達は首をかしげているが、かなり交流の深い者達の一部は少しばかり嫌な予感がした。しかし気がついたリサはそれをガン無視して話を続ける。

 

「今からゲームの説明を始めるわよ。あ、詳しい内容はアンジェラにしか伝えてないから司書達に聞いても無駄よ。」

 

 

 

「本当か?」

「ええ、僕は「最後にゲームするから」としか聞いてないです。あと武器の持ち込みは禁止して欲しいとも。」

「ふーん、にしても狩人としての格好かぁ……穏便に済めばいいんだか。」

 

 

 

 

「ルール……というかやることは簡単、私達と貴方達で鬼ごっこするだけ。勝者には景品として出来る限りの願いを一つ叶えるわ…………………………父さんが。」

「えっ…………。」

 

遠くでアインが呆然としているように見えたが、気のせいだろう。

 

「ほぉ……お前ら二人を捕まえればいいのか?」

 

いつの間にか近づいて来ていたゲブラーが好戦的な笑みを浮かべる。血の気の多い司書補達も続々と集まってきた。しかしリサはそれが些事であるかのように気にせず続ける。

 

「………私達が?貴女達から逃げる?」

「そうだろう?まさかこの人数相手に鬼を担当するとは言うつもりか?」

「あっはは…………ねぇエノク、もう始めちゃう?」

「そうだね、それじゃあカウントダウンお願い出来ますか管理人?」

「へ?あ、うん。」

 

いきなり話をふられたアルファは戸惑いながらも声を張り上げる。

 

「5秒前!」

 

手ぶらだった二人は笑みを絶やさない。

 

「4!」

 

ジリジリと周囲に司書補達が距離を詰めて来る。

 

「3!」

 

二人が顔を伏せる。

 

「2!」

 

周りの司書達が飛びかかれるように足に力をいれ始めた。

 

「1!」

「ッ!?」

 

表情が見えなくなった二人は虚空から武器を取り出す。この時点で頭に警鐘が鳴り響いたゲブラーは後ろへ跳んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は伏せていた顔を上げる。

 

 

「0ッ!」

 

 

ザシュッ!!

 

 

その目は獲物を捉えた狩人の物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チィッ!危なかったな。いや、お前らがその格好をしている時点で気づくべきだったか。」

 

咄嗟に回避行動を行った事で無事だったゲブラー。しかし目の前には全身を切り刻まれ、本に成り果てた司書補達とその中央で佇みこちらを見ているティファレトの二人がいる。

 

「おい、お前らは人間は狩らないんじゃ無かったのか。」

「……ハロウィンというのは本来有害な精霊や悪霊を追い払うっていう物なんです。大抵は自分も化け物の仮装をするっていうのが定石なんですが………そして、僕ら狩人の本業は獣と言う名の化け物を狩ることです。」

「貴女達は今化け物なんでしょ?だったら何の問題も無いわよ。」

「はっ、屁理屈だなッ!?」

 

ゲブラーがジリジリと後退しようとするのを見逃さず、リサは右手に持った展開済みの仕込み杖を振るう。しかし持ち前の動体視力でギリギリいなすゲブラー、背後にいた司書補が一人巻き込まれたが気にせずそのまま撤退していった。ゲブラーを見送ったエノクは周囲に呼び掛けるように口を開く。

 

「さぁ、制限時間は30分。それまでに本にならなかったら景品が貰えます。」

「範囲は図書館フロア全体、隠れるも逃げるも自由よ!」

 

リサは左手に持っている奇妙な生物を上に掲げ、両手で握り潰す。その瞬間、手の隙間から光が溢れ、そのまま光線となり近くの者達に襲いかかった。

 

「ほら、もう始まってるわよ!」

 

悪い笑みを浮かべるリサの言葉を聞いた瞬間、周囲の司書補達は一斉に離れ始めた。

 

「誰から行く?」

「厄介な奴らから仕留めるわよ…………もう向こうにも許可は出したし。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くッ!冗談じゃないぞ!何でいきなり生死を賭けた鬼ごっこが始まるんだ!」

「多分オズワルドとかいうピエロの入れ知恵だぞ?こないだ自然科学の階で見掛けたし。」

「だから今日いたのあの人達!?」

 

※ハロウィンパーティーの間、ハロウィンに寄せた衣装の「8時のサーカス」がずっと芸をしてました。

 

「取り敢えず何処か逃げないと…………イェソド止まってッ!」

「せいッ!」

「ッ!?」

 

ガシャンッ!

 

上から降りてきた影が、イェソドに向かって右手の武器を突き立てようと襲いかかるも、ホドの静止によってイェソド間一髪危機を逃れる。しかし、避けられた本人は動揺した様子もなくケラケラと笑っていた。その姿は少し煤けているものエノクとリサが先程着ていた狩装束と似ていた。

 

「あー……今ので一人削ったと思ったんですけどねぇ。」

「な、なんで狩人の人がここに?ティファレトとは違うだろうけど……。」

「?逃げるのが数十人に対して狩人が二人だけなどあるはずないでしょう?だからこうして自分たちが補佐をしてるんですよ。」

「………貴方、自然科学の階の司書補ですか。」

「正解、聡明ですねイェソド様。」

 

警戒するようにジリジリと動くイェソド達に対し、おもむろにに右手に持った巨体な杭のような槍の持ち手を両手で握る司書補フルート。そのまま右手を下に引っ張って持ち手を伸ばし、ピッケルのような形へと変形させた。

 

「まぁ攻撃が一度でも当たれば本になるという設定を館長にしていただいているのでご安心を。」

「それを聞いて安心だとは思えないんだけどなぁ。」

「自分は自分の仕事をするだけですマルクト様。」

 

そう言ってフルートはピッケル……教会の杭を振り上げ、四人へと躍りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっほうッ!」

 

ダラララララララララララララララララララララララ

 

「きゃあッ!?」

「あぶなッ!?」

「うぼあッ!?」バシュッン

「ぎゃッ!?」バシュッン

「やっば、オデリとクアンが殺られたぞ!」

「アイツのガトリングなんで弾切れしねぇんだよ!?」

「逃~げ~る~な~!」ポイッ

 

ボフッ

 

「「ぐがあぁぁ!?」」バシュッン

「火炎瓶!?」

 

総記の階では白いフードとコートを纏ったアンリがガトリング銃を持って待ち構えていた。総記の階に逃げ込んだ司書補達は容赦なく弾丸らしき何かや火炎瓶で仕留めに来るアンリから現在進行中で逃げ惑っていた。

 

「ねぇ!あそこにいるのローランさん達じゃない!?」

「あ!ホントだ!」

「「…………擦り付けるか!/ましょ!」」

 

全力疾走しても笑いながらついて来るアンリに次々と仲間を落とされた二人……レオンとアナがちょうど総記の階に上がって来たローランとアンジェリカを見つける。数秒間考えた結果、躊躇いなく自分たちの上司を犠牲にする事を決めたようだ。

 

 

 

 

「ふぅ………なんとか撒けたか……階は越えて来ないんだな。」

「あっはは、結構面白いじゃないですか?ローランも楽しめばいいのに。」

「お前なぁ………ん?」

「どうしたんです?」

 

下の階の担当狩人(仮)に追いかけ回されたのか若干疲れているローランと余裕綽々のアンジェリカだったが、ふと近くき五月蝿くなっている事に気がつく。二人がそちらの方向を見るとガトリング銃を乱射しながら追いかけてくるアンリを引き連れた自分達の部下が全力でこちらに走って来た。無表情で真っ直ぐこちらに来る二人の狙いに気がついたローランは頬をひきつらせる。

 

「ウッソだろお前ら……。」

「もしかして私達今ピンチ?」

「どうもローランさん!そしてサヨウナラッ!」

「すいませんッ!お許し下さいアンジェリカさんッ!」

「あ、ハッピーハロウィンですお二人とも!取り敢えずトリック・オア・バレット(火炎瓶か弾丸か)!」

 

自分の隣を通り抜けた二人の言葉を聞いてアンジェリカも冷や汗を流す。しかし、目の前のアンリはハイになっており、止まる様子は無かった。その光景を目の当たりにしたローランは深くため息をつく。

 

「もう疲れたんだか……リタイアするか。」

「ローランがそう言うなら私もリタイアします!」

「おいおい、お前はいけるだろ?」

「ローランがいなきゃ面白くないので。」

 

そう言ったアンジェリカから恥ずかしそうに目を反らすローランだった。が、アンリはまるで"何でも変えて差し上げます"のような笑みを浮かべて告げる。

 

「あ、お二人共イチャイチャしているところ悪いのですが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これリタイアありませんよ?」ギュルルルルル

「「はい?」」

 

回転しているガトリング銃を前に思わず聞き返してしまった二人の結末は言うまでも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

ちなみにレオンとアナは下の階に入った瞬間に骨灰シリーズに身を包んだ司書補に見つかり、獣狩りの曲刀によってぶちのめされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかケセドさんが自首してくるとは……。」

 

先程死んだ目をしたケセドを葬送の刃で介錯した司書補……ジーニーは身に纏う鴉羽シリーズの装飾を翻しながら近くでその様子を写真に撮って興奮していた司書補もついでに仕留めていた。

 

「取り敢えず、ここら辺にはもういないか。」

「すいませんそこの貴方。」

「ん?」

 

次に行く場所を考えていたジーニーは「追いかけてくる存在」であるはずの自分に声をかけるというおかしな状況に一瞬戸惑い、そのまま返事をする。しかし声をかけた本人であるベンジャミンはさも当然のように質問を投げ掛ける。

 

「先生を見ませんでしたか?」

「は?あ、アインさんの事ですか?ここらでは見てないですけど。」

「そうですか、それでは私はこれで。」

 

事務的な対応をしてその場を立ち去ろうとするベンジャミン。しかし、違和感に気づいたジーニーはすぐさま凪払うように鎌状態に展開させた葬送の刃を振るう。しかしベンジャミンは後ろから斬りかかられたにもかかわらず、そのまま最低限の動きで回避した。

 

「何をするんですか、私は早く先生の元へ行かなければならないのに!くっ……あの時カルメンさんに遅れを取ることが無ければ……ッ!」

「いや……それでもよりによって()に話しかけますか?」

「良いでは無いですか、手っ取り早く先生の元へ向かうためです。」

「えぇ……。」

 

優先順位が完全にアインになっているベンジャミンに若干気圧されるジーニーであった。

 

「それでは今度こそ私はこれで。あぁ先生、私が守ってさしあげn「おう、ジーニーそっちどうだ~?」ぐふッ!?」

「あ。」

 

そのまま立ち去ろうとするベンジャミンが、いつの間にか背後に来ていたアルデオを被った司書補……カティアに車輪で潰されて脱落した。

 

「んあ?どうしたんだジーニー、なんか目が遠くなってんぞ。」

「いや…まぁ、変な物を見ただけだ。」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、まさか直々に相手をしてくれるとは、中々喜ばしい限りだ狩人よ。」

「貴女にそう言われるとは思ってませんでしたよビナーさん?…………僕らの事は幼子とは言わないんですね。」

「何だ、言って欲しいのか?」

「いえいえ、僕らの精神が他の皆より成熟してる自覚はありますよ。」

 

哲学の階にて、ビナーとエノクが対峙していた。しかしそこに殺伐とした空気はなく、二人とも世間話をするかのように落ち着いている。

 

「他の者は全て狩り尽くしてしまったようだか、何か狙いでもあるのかな?」

「貴女だけに集中するためですよ。ビナーさんは他の司書補達を捕まえながら相手取ることが出来るような方ではないですから。」

「嬉しい事を言ってくれる。そのうち君の片割れの嫉妬心が暴走してしまうのでは無いかな?」

「その時はゆっくりとお話しするだけです。さ、始めましょうか。」

 

そう言ってエノクは愛用のノコギリ鉈を握り直してビナーに向ける。

 

「寂しいな、そちらから追いかけるというルールだろう?」

「ご冗談を、貴女相手に無策で突っ込んでは逆に仕留められてしまうだけでしょうに。」

「ふふ、わかっているじゃないか。」

 

ビナーが手を上に掲げると、背後に幾つもの武器が舞い上がる。よくよく見ると死神の鎌やランプ、チェーンソーなど、かなり種類が多い。

 

「今日は趣向変えてみたんだ。気に入って貰えるかな?」

「それはそれは、面白くなって来ましたね。」

 

エノクは左手に散弾銃を持つと、そのままビナーの方へ突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと追い付いたッ!」

「あぁ、他の司書補達はもういいのか?」

「道すがら脱落させて来たわよ。ゲブラーだけに集中したいから。」

 

言語の階では、ゲブラーとリサが対峙している。ゲブラーの手には肉塊のような大剣……ミミックが握られている。

 

「武器の持ち込みは禁止だったが、後から取りに行くのは禁止されて無かったからな。こういうのはいいんだろう?」

「ええ、もちろん。」

 

互いに初手を読みあって膠着状態が続く。にらみ合っている状況だが、二人の口には笑みが浮かんでいる。

 

「そういえばお前とこうしてぶつかり合うのは久しぶりだな。」

「ええ、そうねッ!」

 

リサが右手に持った仕込み杖を展開し、鞭を振るう。ゲブラーは冷静にミミックで受け流すと、そのままがら空きになったリサの懐に入り込もうとする。しかしリサは未だに笑みを浮かべていた。

 

「あら、あまり近づいたら逃げれなくなる(・・・・・・・)わよ?」

「何?……ッ!」

 

バンッ

 

「ほらね?」

「相変わらず相手を殺すことに容赦が無いな。敵意がない殺意何て物出せる奴はお前達以外に知らないぞ?」

「誉めても輸血液しか出ないわよ?」

「誉めてもないし要らないな。」

 

一旦下がったゲブラーは再び姿勢を整え、リサへと突っ込んで行く。リサがエヴェリンで迎撃しようとするも、種が明かされている攻撃がゲブラーに通用するはずもなく、ミミックによって弾かれる。仕方なく下がったリサは仕込み杖を元に戻すと振り下ろされたミミックを杖の真ん中で受け止める。

 

ギンッ!!

「今思い出したけど鬼ごっこよねこれ。」

「それこそ今更だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ………。」

「どうしましたか管理人?」

「うん、事情を知らずに許可した僕も僕だけど……こんなことになるとはね……。」

 

全員が立ち去ったパーティー会場の一角にて、苦笑い気味のアルファがアンジェラと共に長椅子に座ってモニターを見ていた。そこには各階のメインホールの映像が映し出されている。

 

「私と管理人は主催者なのでゲームに参加してませんし、万が一襲いかかってくる輩がいた場合は私が貴方をお守りするのでご安心下さい。」

「ありがとうアンジェラ……それはそれとして何か距離が近くない?」

「そうですか?一つのモニターを共有するならこの位がちょうど良いと思いますが。」

(ほぼ抱きつかれてるんだよなぁ。)

 

恥ずかしそうに少し顔を反らせるアルファの反応を楽しむアンジェラ。しばらく堪能するアンジェラだったが、ふと何者かの気配を感じて不機嫌になる。

 

「やっほー。お熱いようで何よりだね。」

「……………。」

「あ、兄さん姉さん。」

 

やって来たのはカルメンとアインである。

 

「貴女達も一応参加者側でしょ?今からでも逃げたら?」

「あはは、冷たいなぁ。ここの隅で気配消してたらいつの間にか皆居なくなっただけなんだから一応逃げてる判定よ。」

「………俺が商品を用意する話など聞いていないが?」

「それについてはティファレトに言って。」

「僕らも想定して無かったから……。」

 

そう言ってアンジェラはそっぽを向き、アルファは苦笑いのまま頬を掻いている。結局景品を用意する事となったアインは雰囲気だけで落ち込んで肩を落としていた。

 

「で、あと何分?生存者はどれぐらい?」

「ええっと残り5分で、後は………うわ、ゲブラーとビナーだけだ。しかも何か暴れてる。」

「……ルール違反?」

「主催者が満面の笑みを浮かべて打ち合ってるから問題無いわよ。」

 

 




無限ガトリングは上位者擬き二人の魔改造という名の悪ふざけによってうまれた産物です。具体的には、肉体的ダメージは無いけど痛みはあるという代物です。ロボトミー風に言えばWHITEダメージです。



ハロウィン編はあと一話で終わりです。

そろそろ本編の投稿を再開しますので気長にお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 狩人なりのハロウィン 5

今回でハロウィン編は終わりです。

ほぼ戦闘で、ハロウィンがどっかいきましたが、楽しんでいただけたら幸いです。




それではどうぞ。


「ほら、私に攻撃を当ててみろ。」

「流石にこの密度はキツイものがありますよ、ふっ!!」

 

エノクがビナーに一撃入れようと近づくも、地面から生えた黒い棘がエノクの進路を阻んで襲いかかってくるためどうしても回避に気が取られてしまう。その上ビナーから時折柱状の何かが飛んで来るため、距離を詰める事が出来ない。制限時間は刻一刻と迫っていた。エノクは自分を捕らえようとする鎖をノコギリ鉈でいなすと、一度距離をとる。

 

「おや?もうおしまいかな?」

「いえいえまさか、ここからが盛り上がる所ですよ。」

 

ビナーからの煽りに落ち着いた言葉を返すエノクは懐から一つの丸薬を取り出す。ビナーは一瞬眉をひそめるが、エノクはそれも気にせず丸薬を飲み干した。

 

「ッ!……さて、久々に暴れますね。」

「………成る程、今の君は知性を持たぬ獣に寄ったということか。しかしその本能を見事に御している、なんともまぁ奇妙な事だ。」

「話してる暇など無いですよ?」

 

目付きが鋭くなり、先程までよりもくっきりと殺意を露にするエノク。その様子にビナーは笑みを深くする。

 

「じゃあまずはこれだ。」

 

そう言ってビナーが腕を振るうと頭上に複数の鎌が現れ、エノクを切り裂こうと回転しながら向かってくる。一本目の鎌がエノクを貫こうとした瞬間、独特のステップで鎌の下をくぐり抜けたエノクはそのまま回転する鎌の主導権を奪う。

 

「シッ!」

 

エノクは続けざまに向かって来た刃を鎌で乱暴に弾く。その反動か、持っていた鎌の刃は欠けてしまったが、エノクはそれに一切気を向けず、後続の鎌を全て叩き落としてへし折った。手に持っているボロボロの鎌だったものも横に投げ捨てると再びビナーへと突っ込んだ。

 

「それは先程も見たぞ?」

 

しかしまたもや棘に阻まれてしまう………が、エノクはそのまま止まること無く走っている。足には所々棘が刺さっているものの、いつの間にか手に持っていた斧を振り回す事で道を作っていた。それを見たビナーは感心したように言葉を漏らす。

 

「丸薬一つでどこまで変わるか気になっていたが………並大抵の者が扱える物ではないな。コギトとは似て非なる何かだな。原料も恐らくまともな物ではないのだろう?」

「獣血の丸薬ですからね、あまり積極的に使う物では無いですが…………こういった状況ならこれを使った方が早いんですよッ!」

 

エノクは力任せに斧を振り回し、棘を一掃すると今度は背中に巨大な鞘を背負い、右手には一本のロングソードを装備する。そのままエノクはビナーと肉薄すると、ロングソードを振り下ろす。

 

「せいッ!」

「相変わらず器用だな。」ガキンッ!

「使ってる武器が壊れる事もあったんです、そんな状況が何百回もあったら器用にもなりますよッ!」

 

最早とんでもないインファイトになり始めた。巨大なランプ型のハンマーを手に取ったビナーは体をひねり、最短距離でエノクに打ち込む。

 

「ぐッ!?」

「どうした?私を捕まえるんじゃなかったのかな?」

 

受け止めようとするも、防御が間に合わず左腕を犠牲になんとか逃れるエノク。しかしビナーは続けざまにかちあげるようにハンマーを振るう。左腕を力無く垂れさせたエノクはなんとか体を反らして後ろに下がる。

 

「あぁッ!もう埒が開かないので終わらせますねッ!」

 

余裕な表情が崩れたエノクは一度手に持ったロングソードを鞘にしまうと虚空から輸血液の入った注射器を取り出し、迷い無く左腕に刺す。そして左腕が動く事を確認すると、背負っていたロングソードを鞘ごと引き抜いて構える。

 

「君達の使う……仕掛け武器だったか?なんともまぁ奇妙だな。狩人よ、時折性能を何一つ考えて無いような物もあるが、そこら辺はどう思っているんだ?」

「僕らがお世話になっている武器を製造していた工房の掲げていた言葉をお送りしますよ。つまらないものは、それだけでよい武器ではあり得ない。

「成る程、ロマンは全てに勝ると言うことか…………それもまた一興だな。」

「事実パイルハンマーの変型機構は使い辛いものですが、一撃の威力は半端な物では無いですから………ねッ!」

 

強く踏み込んだエノクは肩に抱えるように持った大剣……ルドウィークの聖剣を思い切り振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………チッ!」

「どうしたいきなり。」

「エノクが他の女とイチャイチャしてる気配がする……。」

「お前の片割れはビナーの所にでも行っているのか。」

「ええ、私を置いてさっさと行ってしまったわ。きっと今頃あの女と血を流しながら戦ってるのよ。」

「………それはイチャついていると言って良いのか?」

「あったり前じゃない!」

 

少し引いた目をしているゲブラーに対して仕込み杖を突きつけるリサ。

 

「何だったら今すぐにでもエノクの所に行きたいわよ!」

「じゃあ私を放って置いて向かえばいいんじゃないか?」

「それはそれで何かやだ。」

 

頬を膨らませたリサは右手の武器を銃剣……レイテルパラッシュに持ちかえると一度横に振るった。金属音が鳴り、水銀弾が装填されたそれを向けられるゲブラーはため息をつきながらミミックを構え直す。

 

「だからさっさとあんたを捕まえないとねッ!」

「はっ!やれるもんならやってみろ!」

 

そう吠えたゲブラーは姿勢を低くし、リサへ走り出す。それに応えるようにリサもゲブラーに突っ込み、互いに武器を振り抜いた。

 

ガキンッ!

「その武器もお前もかなり可笑しいな。銃身で大剣の振り下ろしを受けても僅かに傷が付くだけか。」

「ぐぎぎぎぎき……あんたこそ馬鹿みたいな力でレイテルパラッシュごと私を押し潰そうとしてる癖になにいってんのよ!」

「その体躯で一歩も引かない奴に言われたくはないなッ!」

 

つばぜり合いを解いて一度下がったリサはその最中にレイテルパラッシュで何回か射撃を行う。左手に持ったエヴェリンも乱射するが、ゲブラーは軽い調子で避けて、弾いていく。

 

「ちッ!やっぱりこれじゃ決定打に欠けるわね!」

「的確に銃弾ぶちこんでくる奴が言うことじゃないな!精密さはあまりないがタイミングがいやらしい!」

「いやらしいのはベッドの上のエノクだけでいいのよ!」

「そんな意味で言ってないぞ。というか同僚のそういう事情なんて知りたく無かったんだか?」

「私がリードしようとしてもいつもいつの間にか主導権を握られて……って、なに言わせるのよッ!?」

 

顔を赤くしたリサは恥ずかしさを紛らわせるためにいつの間にか持ち変えていたトニトルスに雷光を纏わせるとそのまま振り回しながらゲブラーに肉薄する。触るとまずいと感じたゲブラーは回避に徹する。その目に含まれている感情は殆ど呆れだ。

 

「いや勝手にお前が喋っただけだろ。」

「いつも優しく微笑んでいるのに愛し合う時だけあんな獰猛な顔して私を押し倒して……あんな表情で攻められたらもう抵抗できるはず無いじゃない……思い出しただけでもう……でも今度こそ…今度こそ私が上になるんだがら……」

「聞こえて無いなこれ。」

 

最早自分の存在が意識の外にあるリサの様子に一つため息をついたゲブラーは被っていた赤い頭巾を取ると、少し離れたところにある本棚に背中を預ける。ズボンのポケットからタバコとライターを取り出したゲブラーはそのまま火を付けて一服する。視線の先で未だにトリップしているリサをよそに、ゲブラーは手元にある時計に目線を落とす。

 

「……………景品は何にしたもんか。」

 

それは鬼ごっこの始まった時刻の30分後まであと10秒と言う所を指していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳でゲームは終わったんだけど…………。」

「………。」

「フフ………。」

 

アルファはなんとも言えないような微妙な顔をして頬を掻いている。向き合っているのは火の付いたタバコを咥える無傷なゲブラーと怪しく微笑む少し衣装がボロボロのビナー、そして困ったように微笑んでいるエノクだ。ちなみにリサはエノクに後ろから力いっぱい抱きついて顔を押し付けている。

 

「生存者が兄さん姉さん含めて4名………。」

「皆頑張ってくれましたから。」

 

そう言ってとある方向に手を振ると、近くに集まっていた自然科学の階の司書補達は各々武器を掲げて返事をする。脱落した者達も復活しているのだが、そこだけぽっかりとスペースが出来ていた。

 

「で、景品はしっかりと有るんだろうな?」

「そこは抜かり無くお話ししてますよ。」

 

ゲブラーに問われたエノクは指を鳴らす。すると、何処からともなく"人形"と共にカルメンが現れた。カルメンの腕には死んだ目で拘束されたアインが抱えられている。

 

「………何をどうしたらこうなる。」

「それなんですけど少し前に………

 

 

 

 

 

 

~~~数分前~~~

 

「狩人様方のお父様、お母様。少々お時間よろしいでしょうか?」

「………確か、人形だったか。」

「あの子達のお世話係みたいな事してる子だっけ?」

「エノク様からお父様に「景品については勝者にお任せします」との伝言があるのでお伝えしに参りました。」

「用事を思い出したから帰る。」

「お母様には「もし父さんを連れてきたら数日の間父さんを自由に出来るようにしてあげる」とリサ様から………。」

「ア~イ~ン~?」

「………なんだその縄は、やめろ、こっちにくるな、どうする気だ。」

「大人しく捕まるんだよオラァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……と言うことが僕とアンジェラが見てる前でありまして………。」

「その結果があれよ。」

「………何もつっこまんぞ。」

 

アルファの隣にいたアンジェラが指を差した先には肩に担いだアインを妖しい目で見つめるカルメンがいた。

 

「取り敢えず、景品はどうします?」

「ふむ、では紅茶を抽出する機械を。勿論、最高級品質の物でな。ついでに好きな紅茶葉を幾つか仕入れることにしよう。」

「………じゃあ私は酒を大量に。うちの司書補達と飲んでるとすぐになくなってしまうからな。」

「俺も行っていいですか?」

「断る、自分で調達しろ。」

 

近くにいたネツァクが酒と聞いて直ぐにゲブラーに尋ねるが、間も置かずに断られ肩を落とす。

 

「二人は?」

「アインを好きに出来たらそれでいい!」

「助けてくれ………。」

 

アインがか細い声で何かを言っているが、アルファはガン無視して周囲に集まっている参加者達に呼び掛ける。

 

「それじゃあ皆、これでパーティーはおしまいだよ。あとはそれぞれの階で楽しんでね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったぁ……!」

 

パーティーの片付けも終わり、司書全員が自分の階に戻った頃、自然科学の階の談話室でリラックスできる服装に着替えた司書補達が語り合っていた。真ん中にはハロウィンっぽいお菓子や料理が積まれており、司書補達の手にはそれぞれ好きな飲み物が握られている。

 

「良かったですねアンリさん。」

「はい!いつもより暴れられたので満足でした!そう言うフルートさんは?」

「ん?私ですか、何故か知りませんが司書様4人を同時に相手取ることになりまして……途中テオさんが来て無かったら逃してた所でしたよ。ありがとうございました。」

「あはっ、役に立てたようでなによりだよぉ。」

 

ふにゃんとした笑みを浮かべ少年……テオはカボチャのケーキにフォークを刺して一口で平らげる。口いっぱいに頬張ったテオに隣にいた長髪の女性……スカーレットは苦笑いしながら話しかける。

 

「お行儀が悪いですわよ。」

ふぉふぇんふぁふぁい(ごめんなさぁい)。」

「フフ、全くもう……世話が焼けますわね。」

 

微笑ましそうに笑ったスカーレットはテオの頬に付いたクリームをナプキンで拭った。端から見た姿は姉弟のようだ。

 

「んぐっ……それで、他の皆はどうだったのぉ?」

「私はひたすら弓で撃ち抜いてましたわ。」

「俺は、あー………なんというか……。」

「私は変態がいたから取り敢えず潰しておいた。」

「わぁ、物騒だなぁ。図書館の風紀がみだれてるのかなぁ?」

「…………カティア、それホクマー様のことか?」

 

言いよどむ垂れ目の男性……ジーニーを他所に目の下に隈がある女性……カティアがバッサリと答える。

 

「あの人のアインさん好きは最早手遅れだったろ?間違った事言ってないと思うけど。」

「いやまぁ、そうだが……もういいや、腹へった。」

 

深くため息をついたジーニーは自分達用にと持ち込まれた料理で前準備と鬼ごっこで動き続けて空っぽだった腹を満たす。その言葉を聞いたフルートも同意するように頷く。

 

「僕らはあまりパーティーに表立って参加出来ませんでしたからね。ご馳走を食べ損ねたと思いましたが、こうしてちゃんと取り分けてもらってたのは純粋に有難い限りです。」

 

暫く楽しく会話しながら食事やお菓子を楽しんでいる司書補達。少し後、少しラフな格好になったエノクがやって来る。相変わらず、背中にはリサが張り付いていた。

 

「皆、お疲れ様。無理言って悪かったね。」

「ティファレト様!いえいえ、楽しかったので大丈夫です!」

「裏方……というより運営側に回ることは滅多に無いのでいい機会でしたよ。」

「そう言ってくれると企画した甲斐があったよ…………ほら、リサ、一回離れて?一緒にご飯食べよう?」

「……………わかった。」

 

リサは名残惜しそうにエノクから離れると、近くの椅子に座った。エノクもその隣に腰を下ろす。

 

「それじゃあ改めて乾杯でもしますか?」

「その前に今料理の追加がくると思うからちょっと待ってて…………今ある物はもうジーニーがほぼ食べちゃったみたいだし。」

「へ?……いつの間に!?」

「すまん……腹が減ってて……。」

「追加持って来ましたよ~。」

 

ジーニーがしゅんと縮こまってしまったと同時に、備え付けられたキッチンから癖毛の男性……ノットが両手で料理を持って来る。後ろには小柄な女性……ナナがおずおずと大皿を持って付いてきている。

 

「うん、全員揃ったね。それじゃあ改めて僕らのパーティーを始めようか。」

 

その言葉を皮切りに、再び談話室が賑やかになる。

 

 

 

 

彼らの夜はまだ続くようだ。




はい、と言うことで少々はみ出しましたがハロウィン編終了です。後日、アインの自費でゲブラーの元には様々な酒とつまみ、ビナーの元には新品の紅茶抽出機と高級茶葉のカタログが届きました。


この後、自室でリサはエノクを押し倒して事に及んだようですがいつものように返り討ちにあったそうです。



カルメン?アインと同じ部屋に入って数日間外に出なかったらしいですよ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章1

はい、番外編ツイステです。一応色々と調べながら書いてますが、何か矛盾点があればご指摘の方よろしくお願いします。





それでは、どうぞ。


窓から青い光が差し込む部屋、その中に備え付けられたカウンターの向こう側に、一人の青髪の優男が立っていた。彼が棚に並べられたコーヒー豆入りの瓶を整理していると、その部屋に誰かが入ってくる。

 

「お邪魔します。」

「誰かと思えば君だったのかエノク。いらっしゃい、何か飲みたいものでもあるかい?」

「貴方のおすすめでお願いします、出来ればクッキー等に合う物で。人形さんが沢山焼いてくれたのでケセドさんにもお裾分けを。」

「これは……バタークッキーか、ありがたく貰うよ。うちの司書補達にも人気だからね。」

 

入って来た中性的な青年……エノクから差し出されたラッピングされた沢山のクッキーを受け取る優男……ケセドはそれを一先ずカウンターの端に置くとコーヒー豆を選び始める。その後ろ姿を見ながら席に座ったエノクはその背中に向けて話しかける。

 

「イキイキとしてますねケセドさん。」

「ん?そりゃあこうしてコーヒーをわざわざ飲みに来てくれる人が居るからね。この良さを語り合える相手が居るって言うのは結構嬉しい物だよティファレト。カーリー……いや今はゲブラーか、彼女とかローラン、それにアンジェリカとか裏路地出身の人らは眠気覚まし位にしか考えてなかったし。」

「味わって飲むのは少数派ですもんね。」

「自分としては外郭出身の君達と話が合うとは思ってなかったよ。なんならあの研究所で一番話してたのエノクとリサだったかも知れないし。」

「それは流石に言い過ぎですよ。」

 

話しながらも作業を止めず、挽いたコーヒー豆をドリッパーへと移しそのまま淹れ始めるケセド。その後完成したコーヒーをエノクへと差し出した。

 

「はい、ブルーマウンテンのハイロースト。ブラックで良かったかい?」

「えぇ、ありがとうございます。」

「そういや、彼女が一緒じゃないなんて珍しいね。」

 

自分用に淹れたコーヒーを啜り味わうケセドからの問いにエノクは思い出したかのように告げた。

 

「リサならゲブラーさんの所に寄ってます。人形さんの新しい料理が酒の肴になるタイプだったので。多分ローランさんとネツァクさんも一緒ですよ。」

「ローランはアンジェリカに怒られないと良いけどねぇ。」

「むしろあの人ならパジョン作って参加しますよ。ノリがいい人ですから。」

「それもそうか。」

 

そうケセドが納得した所でエノクは視界の端に妙なものを見つける。

 

「…………ん?」

「どうかしたかい?」

「ケセドさん、この封筒は?」

「?……あれ、なんだこれ。」

 

差し出されたのは、黒い封筒であった。

 

「いつの間にこんなものあったんだろう。」

「貴方の物では無いんですか?」

「知らないよ、わざわざこんな物々しい黒い封筒を寄越してくる奴なんて知り合いに居ないし。見た感じ図書館への招待状に少し似てるけどそれだと俺に送られる理由が無い。」

「それもそうですね……。」ペリッ

「躊躇いもなく開けたね君………。」

「即死トラップの類いでも無さそうでしたし僕は図書館とは別口の力で死ねないので適任でしょう?。」

「確かに君が死ぬ所なんて想像出来ないけど……そんな事言ってたらリサにどやされるよ?」

「その時はその時です………所で一つ質問なのですが。」

 

苦笑いを向けられながら中身を確認していたエノクであったが、ふと疑問が浮上してくる。

 

「ケセドさんは『ナイトレイブンカレッジ』という場所をご存知ですか?」

「うーん………いや、都市にそんな名前の施設あったっけなぁ。少なくとも僕は知らないよ。君がよく読んでる本の文字っぽいけど学校かなにか?」

「入学許可証と書かれてるので恐らくは。」

 

言葉を交わしながら不審物を見ていたエノクであったが、狩人時代に使っていた英語で書かれたそれに違和感を覚えたのか眉をひそめる。

 

「ただ、これ名前の欄が白紙なんですよね。流れ着いたにしてもここにある理由がありませんし。」

「案外、君のかも知れないよ?」

「確かに学校に通った事はありませんが……リサと離れるのは嫌なので。」

「冗談だよ、相変わらずお熱いね。」

「そろそろ貴方も身を固めてはいかがですか?」

 

怪しい封筒を他所に冗談を交えて話す二人だったが、不意に封筒の中身が輝いた瞬間、

 

ガチャッ

 

「「………は?」」

 

ギィィ

 

突如エノクの背後から棺が現れ、そのまま閉じ込めようとし始めた。ターゲットとなったエノクは座っていた椅子を蹴り飛ばし、その蓋が閉じる前に自らの力を用いて抗い始めた。

 

「エノクッ!?」

「ッ!大丈夫です、それより館長に連絡を!」ギギギギッ

「それどころじゃ無いだろ!どっから出てきたこの棺!」

「死んだ蝶の葬儀の物とは違うので多分あの封筒関係かと!」

 

ケセドは外からこじ開けようとするも、内側から強大な力を持つエノクが押しているにも関わらずその棺の蓋はびくともしない。正直、本気を出せば破壊できるエノクであったが、啓蒙によってこの一つを退けたとしてもまた復活する事が分かってしまったため、仕方なしにその力を緩めた

 

「………すいませんケセドさん、リサと皆さんに「3日後までには連絡する」と伝えて下さい。」バタンッ

「ッ、おい待ってくれ!」

 

ドポンッ!

 

ケセドの制止も間に合わず、エノクが入った棺は瞬きした瞬間にら跡形もなく消えてしまっており、残ったのは倒れた椅子位であった。暫くの間呆然と立ち尽くしていたケセドだったが、直ぐに行動を起こす。

 

「消えた……?いや、それよりもアンジェラに知らせるべきだな。俺だけじゃ手に負えない………エノクが居なくなってリサが暴走しなきゃいいんだけどなぁ。絶対俺が問い詰められるよなぁ………。」

 

そうこぼす彼の背中にはこれから起こる苦労がのし掛かっているようだった。

 

 

 

 

「ッ!エノク?」

「どうしたんだいきなり、アイツに何かあったのか?」

「…………エノクの気配が図書館から完全に消えた。多分都市にも居ないと思う。」

「………なぜそんな事が分かる?」

「愛。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンッ

 

(っと、そろそろ目的地に着いたかな。まさか次元を越える羽目になるとは思わなかったけど。)

 

図書館から連れ去られたエノクは暗い棺の中で意識を保ちながら思案していた。途中、狩人時代に召喚された時と同じ感覚があったため、遠くか別世界かに飛ばされていることは知覚したが如何せん狭い棺の中であるため周囲の状況把握は済んでいなかった。

 

(強いて言うなら、カインハースト行きの馬車の感覚に似てるかな。今回も招待状的なのを貰った訳だし。)

 

ガタガタッ

 

「……おっと、誰か来たか。」

 

『やべぇ、そろそろ人がきちまうゾ。早いところ制服を………。』

 

と、外から何か呟く声が聞こえてきた。その声の主はエノクの入る棺を開けようとしているが結果は乏しいようだ。

 

『うーん!!この蓋、重たいんだゾ!』

 

明確な目的は分からないが、一先ず次元の狭間のような危険な区域ではないこと、話した内容からして目の前の声の主以外人が居ないことを察したエノクは狭い棺の中で体をひねり、

 

「こうなったら……奥のt

バコンッ!!

って、ふ、ふな"~~~~~!?」

 

加減すること無く棺の蓋を殴り付けた。棺の蓋はその力に対抗できずひしゃげて蝶番ごと壊れて吹き飛んで行った。エノクはようやく入って来た光に目を細めながら縁に手をかけて右手に仕込み杖を持ちながら棺からゆっくりと出て、伸びをした。

 

「んー、十数時間ぶりの外だね。」

「お、お、お、お前何なんだゾ!?」

 

エノクはそこでようやく声の主の姿を視認する。そこにいたのは耳の内側に青い炎が宿り、しっぽの先がトライデントのように三叉になっているグレーの毛並みに胸にイカムネ状の白い毛を携えた少し大きな猫のような生き物だった。そのシアンの瞳は驚きによって見開かれている。

 

「おや初めまして、僕は"図書館"で自然科学の階の司書を務めているエノクと申します。貴方のお名前は?」

「名前?オレ様のか?オレ様はグリム様だぞ!」

 

微笑んでいるエノクから話しかけられた猫みたいな生き物……グリムは割と話が通じると感じたのか、多少あった怯えも無くなり小生意気な様子で自己紹介をする。

 

「っと、そうだった……おいニンゲン!さっさとその制服を寄越すんだぞ!」

「制服?あぁ、この服でしたら構いませんよ。」

「何っ!?本当か!?」

 

まさかの色好い返事を貰えるとは思っていなかったのか、驚きと共に喜びの声を上げるグリム。それを他所に、エノクはいつの間にか身に纏っていた黒いフード付きローブから司書としての服に着替えてローブを一度しまうと、次の瞬間には左手に二周り小さいローブが出来上がっていた。

 

「少々お待ちを。はい、君サイズに直しましたよ。」

「じゃあ早速………おぉ!オレ様にピッタリなんだゾ!良い仕事するじゃねぇかニンゲン!……ふな?お前のその服なんなんだゾ?」

「これですか?まぁ仕事服ですよ。」

「ふーん……ま、別に気にする事でも無いな!これで大魔法士に一歩近づいたんだゾ!」

 

ウキウキのグリムはその場で飛び回り喜びを全身で表しており、その様子をエノクは微笑ましげに見ていた。

 

「似合ってますよ、グリムくん。」

「当然なんだゾ!なんてったって、オレ様は将来大魔法士になるグリム様だからな!」

「なるほど、それは凄い………さてと、じゃあ僕は行きますね。」

「行くって何処にだ?」

「探索ですよ。僕はこの場所の事を全く知りませんからね。君も来ますか?」

「探索?……要するに探検だな!ようし、折角だからオレ様もついていってやるんだゾ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですかこのひしゃげた棺は!?それに、中に居るはずの新入生の姿まで無いじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

どこかで胡散臭い大人が悲鳴を上げている頃、二人は人もいない伽藍とした校舎を歩いていた。

 

「所でグリムくん、君はどこからいらしたんですか?」

「ふな?うーん……わかんないんだゾ。オマエこそ、さっきの棺をどうぶっ飛ばしたんだ?」

「そこはまぁ、純粋な腕力で。」

「怪力だな、オマエ。」

 

そんな調子で会話しながら一人と一匹は歩を進める

 

「中庭ですね。」

「おぉ~昼寝には丁度良さそうなんだゾ!」

 

「教室……で良いんですかね。あまり見たことの無いような感じの造りですけど。」

「オレ様も学校は初めてだからよく分かんないんだゾ。」

 

「ここは……おや、図書室ですか。」

「げっ……本にはあまり興味無いんだぞ……。」

「学校に通うなら、勉強は欠かせませんよグリムくん。」

「ふなぁ………。」

 

いつの間にかエノクの腕の中に収まっていたグリムのしっぽがテンションの下降と共に大人しくなる。そうして目線を下げたところで、グリムはようやくエノクが金属でできた杖を持っているのに気がついた。

 

「そういやエノク、オマエなんで杖なんか持ってるんだゾ?足悪いのか?」

「あぁ、お気になさらず。ただの護身用の武器です。」

「オマエ武器なんていらねぇだろ。」

「まぁ大抵の物は殴り飛ばせますけど、それだと手加減がしにくくて………勢い余って相手の一部消し飛ばしそうなんですよね。その点杖だと最悪千切れるだけで済むんですよ。骨は確実にイカれますけど。」

「…………ちょっと離して欲しいんだゾ。」

 

急に抱き抱えられているのが怖くなったグリムはそのまま地面に降りるとそのまま探索を続けようとしたが、突然エノクに呼び止められる。

 

「グリムくん、ちょっと止まって下さい。」

「んお?なんだゾ?」

「シッ!」

 

バチンッ!

 

「ふなぁっ!?」

「えっ。」

 

エノクが振るった仕込み杖はグリムに向けて放たれていた魔法を弾き、霧散させる。防がれると思っていなかったのか、放った本人である仮面を着けた胡散臭そうな男は呆けた様子で固まっていた。しかし、エノクが警戒した様子で仕込み杖を構えたのを察したのか慌てた様子で口を開いた。

 

「どちら様ですか?」

「ちょ、ちょっと待ってください!私はディア・クロウリー!貴方を探してたこの学校の校長ですよ!なのでそれを向けるのを止めてもらえますか!?」

「なら何故グリムくんに攻撃を?」

「攻撃ではなく拘束です!貴方逃げ出した使い魔を捕まえに来た新入生でしょう!?他の皆さんはもう寮分けを終えて、あとは貴方だけなんで早く来てください!」

「あぁ、その事ですが……。」

「だったらオレ様を入学させろ~!」

 

エノクが説明をしようとしたところで固まっていたグリムが話を遮って自分の意見を訴え始めた。それをスルーしようとした男……クロウリーだったが、グリムが例のローブを着ている事に気が付くと仮面に隠れた瞳を見開いた。

 

「え?ぇ?何故使い魔が式典服を?というか、貴方式典服はどうしたんですか!?」

「グリムくんにあげましたけど。」

「あ~もう!勝手なことをしないで下さい!ほら、さっさと行きますよ、使い魔の狸くんは私が預かっておきますから!」

「ふなっ!?おい、離すんだゾ~!?あとオレ様は狸じゃねぇ~!」

 

空中にいたグリムを捕まえ、捲し立てながらそのまま行ってしまう。その後ろ姿を見ながらエノクは微妙な目線をクロウリーへと寄越す。

 

「カラスか……羽は兎も角顔は腹立つなぁ。」

「何か仰いましたか?」

「いえ、何も。」

 

入学の意思はないがとりあえず情報が欲しいエノクは大人しく従うことにしたのだった。

 




エノクとリサは鴉羽は狩人狩りアイリーンの印象もあってか嫌いでは無いのですが、烏自体はヤーナム時代に貪られたり抉られたりしたせいで大っ嫌いです。


と言うわけで、ツイステ世界への転移とグリム、学園長との会合でした。エノクの獲物となるのは理性を失くし意味もなく人を襲う獣(けだもの)や敵となった者であるため、グリムはまだ対象外です。なのでもしグリムが火を吹いて襲いかかっていた場合、仕込み杖で再起不能にされてました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章2

好きなように書いていたらもうすぐ一万文字に届くレベルになってしまいました。





それでは、どうぞ。


「今は何処に向かわれてるんですか?」

「入学式が行われている鏡の間です。新入生は必ずそこにある闇の鏡の魂の素質による寮の組分けを行うのですよ。」

「へぇ、魂……。」

 

道中、エノクは少しでも情報を得ようと問いを投げ掛けていたが、突然クロウリーは思い出したかのようにエノクへと向き直った。

 

「と、そうでした。一先ずその格好をどうにかしなくては。」

 

その言葉と共にクロウリーが杖を振るうと、何処からともなくエノクを覆うようにして先程と同じような黒いローブが現れる。

 

「仮初めの物なので夜には消えてしまいますが、入学式が終わるまでの代替品としては十分でしょう。さて、ここです。」

 

歩きながら話している内にどうやら目的地に着いたらしく、クロウリーらかなり大きな扉の前に立ちドアノブに手を掛ける。それと同時にその向こう側から声が聞こえてきた。

 

 

『それにしても学園長は何処に行っちゃったのかしら?式の途中で飛び出して行っちゃったけど……。』

『職務放棄………。』

『腹でも痛めたんじゃないか?』

 

ガチャッ!

 

「違いますよ!新入生が一人足りないので探しに行っていたんです。」

 

扉を勢い良く開け放ち、訂正を行いながらそのままツカツカと広間の真ん中へと歩を進めるクロウリー。その後をついていくエノクは悟られないように辺りを見回した。

 

(………大半は子供、だけどその中に強い気配が幾つかか………特に強い気配があるのは1、2……5人位。中でもあの焦げ茶の長髪の青年がトップクラス、多分普通の人間じゃないかもな。それに気配を消してる人もいる………まぁ問題無いか。)

「さ、寮分けが終わっていないのは君だけですよ。狸くんは私が預かっておきますから、早く闇の鏡の前へ。」

「はぁ、分かりました。」

「ふなぁ~!離s~!」モゴモゴ

 

捕まっているグリムは口を塞がれて喚こうにも声を出すことは叶わなかった。それを横目に、エノクは向こう側に白い不気味な仮面が浮かぶ鏡の前に立つ。それと同時に鏡の中の仮面は動き出した。

 

『汝の名を告げよ。』

「エノクです。」

『汝の魂のかたちは………………………………なに?』

 

名前を告げられ、仮面が返答しようとするが途中で驚いたような表情へと変化し、そのままエノクへと問いを投げ掛ける。

 

『何故汝のような存在がここにいる?』

「あぁ、やっぱり分かるんですね。」

『全てという訳では無い。それこそ汝の奥底まで覗くと最悪私では耐えれんだろう。』

「そこまで分かっているのならば上出来ですよ。」

 

困惑しているであろう闇の鏡とクスクスと笑う得体の知れない新入生(エノク)。その奇妙な光景にその場はザワザワと騒がしくなる。

 

「ちょっと待ってください、どういう事ですか。」

『魔力は感じ取れないがそれを補って余りある力が秘められている。しかしそれは我が力では推し測れない程に複雑であり、常人では耐えきれない。この者の魂は次元の違う物だ。』

 

 

『よって、ふさわしい寮を決めることは出来ない。』

 

 

闇の鏡がそう断言するとクロウリーは先程以上に困惑した様子で口を開いた。

 

「魔力が無い?闇の鏡では推し測れない?どういう事ですか、生徒選定の手違いなどこの100年ただの一度もなかったはず。一体何故……。」

「でしたら、代わりにグリムくんはいかがですか。魔力がある方が良いのでしょう?」

「エノクの言う通りなんだゾ!だからオレ様を入学させろ~!」

「あっ!いつの間に!」

 

いつの間にかグリムをクロウリーから奪い取って腕の中に抱えながら代替案を出すエノク。グリムもそれに賛同するように笑顔で喚く中、周りにいた青年達の一人、フードの影から艶やかな赤い髪が覗く中性的な青年が少し険しい声を出す。

 

「待て!その猫はこの場にいてはいけない!」

「誰が猫だ!オレ様はグリム様なんだゾ!」

「法律?」

 

自らを動物であると間違われることを嫌うグリムが怒るのを撫でて落ち着かせながら、声をかけてきた青年へと返事をする。すると青年は仕方がないと言わんばかりの態度で口を開いた。

 

「ハートの女王の法律・第23条『祭典の場に猫を連れ込んではいけない』。猫である君が入学式という祭典を行っているこの場にいるのは重大な法律(ルール)違反だ、即刻退場してもらおうか。でなければ、首をはねてしまうよ!」

「だ~か~ら~、オレ様は猫じゃねぇって言ってんだゾ!」

「へぇ、でしたら彼をこの場に連れ込んだ僕も殺されるということですか。でしたら抵抗させていただきますけど。」

「こ、殺?………いや、さすがにそこまでの罰を与えはしないが……。」

「首をはねるとは処刑の事なのでは?……まぁ、この世界の法律は詳しくありませんからね。グリムくん、一旦出ておきましょうか。どうやら僕らはこの場にいてはいけないみたいですし、入学式をしなくてもクロウリーさんに相談すれば良いでしょう。僕も君が学校に入れるよう進言させてもらいますから。」

「別に入学出来るんだったら何でも良いんだゾ!」

「では失礼します。お騒がせして申し訳ありませんでした。」

「あ、ちょ、待ってて下さい!……コホン、少々予定外のトラブルはありましたが、入学式はこれにて閉会です。各寮長は新入生を連れて………。」

 

聞いたこともない法律を告げられ、死刑宣告らしきものを受けたエノクであったが、元々いた世界には同等に理不尽な法を振りかざす者達が居るため特に動揺した様子もなく返答し、逆に話しかけてきた青年を困惑させる。それを他所に、エノクはグリムを抱えたまま一礼し、鏡の間を出る。止める暇もなかったクロウリーは、一先ずその場に留まっていた生徒達に指示を出すのだった。

 

 

 

 

 

「何だったんだ彼は?……素直に非を認めて自ら出ていった点においてまだ常識は持ち合わせているようだが。」

「なーんだか不思議な奴だったな~。闇の鏡があんなことを言う奴なんて早々居ないしな!でもなんで杖なんか持ってたんだ?」

「歩き方も姿勢も容姿も悪くなかったわね……うるさい使い魔は御免だけど、あの子自体はポムフィオーレに欲しいわ。」

「「………………。」」

『アズール氏?レオナ氏?』

「……あぁ、すいませんイデアさん。少々彼に違和感を感じまして………。」

「………なんでもねぇよカイワレ大根。」

 

 

 

鏡の間を出たエノクは腕の中のグリムを解放し、歩き出す。

 

「すいませんねグリムくん、君も入学式にちゃんと参加したかったでしょう?」

「オレだって殺されるのはゴメンなんだゾ!」

「ん?お主ら何をしておる。」

 

少し移動した所でグリムとエノクが話していると何処からともなく声が聞こえてきた。それに反応してグリムが辺りを見回すも、声の主に該当する人物は見当たらない。

 

「ふな?誰だ?」

「グリムくんグリムくん、上ですよ。」

「上だぁ~?」

「ほぉ、お主良く気が付いたのう、気配は消しておったというのに。」

「に、にぎゃ~~!?」

 

グリムがエノクの言葉通り上を向くと眼前に喜色を滲ませた笑顔を浮かべた少年(?)があった。逆さまに浮かんでいた彼は驚くグリムを他所に軽く着地した。

 

「ここの在校生の方ですか?」

「いかにも、この学校の七つの寮が一つ、ディアソムニアの副寮長を務めておるものじゃ。そういうお主らは新入生かの?」

「いえ、まだそうと決まった訳では無いんです。色々と事情がありまして、今は入学式の途中で退席したんですよ。」

「そうであったか…………にしても、お主何か変な物を抱えてはおらぬか?」

「……あぁ、貴方も人ではない方ですか。ご心配なく、危害を及ぼす事はないですよ。標的となるのは理性を失くした獣と敵だけですから。」

 

しばらく互いに黙り込む時間が続くが、不意に少年(?)の方がその整った顔にニパッと笑顔を浮かべた。

 

「そうかそうか、警戒してすまんかったな。ワシは現役を退いた身だがお主を見てるとつい戦場のことを思い出してしまってな。ついでに一つ聞きたいんじゃが、鏡の間にディアソムニア寮の寮長はおったかの?ワシと同じような気配がするからお主なら分かるはずじゃが。」

「貴方より強い気配をお持ちの方はあの場には居ませんでしたよ。比較対象がかなりの手練れである貴方というのもおかしな話でしょうけど。」

「お主に言われたくないのぉ。まぁよい、あやつが居ないことで困惑している新入生達を迎えに行くとしよう。それじゃあの。」

「えぇ、また。」

 

その言葉の後、少年(?)は踵を返して鏡の間へと向かって行った。それを見送っていたエノクは、自分の後ろに隠れていたグリムへと話しかける。

 

「あ、あのコウモリ野郎は行ったのか?」

「別に怖がらなくてもよかったでしょう。気さくな方でしたし。」

「あいつエノクが指摘するまで気配が全く無かったんだゾ!ぜってーヤバイ奴なんだゾ!」

「ただのイタズラでしょう。それを言ったら僕だってヤバイ奴でしょうし。」

 

 

 

 

「あぁ、ここにいましたか。入学式は終わりましたのでこちらに来てください。」

 

暫くして、クロウリーに声をかけられた二人は再び鏡の間へと訪れていた。沢山の生徒による喧騒も既に無く、辺りは静まり返っていた。

 

「……さて、エノクくんでしたね。誠に残念ながら、貴方にはこの学園から出ていって貰わなくてはいけません。力があったとしてもここは魔法士を育成する場、魔法が使えない者を入学させるわけにはいかないのです。」

「あ、そもそも僕入学しに来たわけでは無いです。どっちかって言うと誘拐されてきました。」

「……はい?」

 

クロウリーは残念そうに肩をすくめるが、それ以上に特に動揺した様子もないエノクから告げられた言葉に固まってしまう。

 

「僕は名前の欄が白紙となっていた入学許可証を拾ったんですよね。そしてその瞬間棺が突然現れて僕を閉じ込めてしまったんです。抵抗は容易でしたが無限に湧き出て来そうだったので原因を調べるために一度ここに運ばれたんですよ。」

「えーと、つまり………。」

「僕が訴えれば勝てますね。」

「………闇の鏡よ、どうなっているのですか?」

 

笑顔で言外に『裁判沙汰にする』と宣告されたクロウリーは、冷や汗をかきながら事の原因であろう闇の鏡の方へと問いかけた。

 

『我が力の預かり知らぬ所だ、分からぬ。』

「分からぬじゃないですよ!」

「まぁ訴える気はないですよ。それより、帰れますかね?」

「え、えぇ、それは勿論………コホン、では闇の鏡よ!この者をあるべき場所へ導きたまえ!」

『………………。』

「無いのでしょう?この世界に僕の帰る場所が。」

『………その通りだ、この者のあるべき場所はこの世界の何処にもない。』

「なんですって!そんなことあり得ない!私が学園長になってからこんなことは初めてです。どうしたら良いか……。」

 

本人からしたらイレギュラーの連続で頭がこんがらがって相当疲れているようで、その声には本気で疲労の色が見えた。しかし、そんな事が気に掛ける理由になるには足りないようで、エノクはそんな様子のクロウリーをスルーし、仕込み杖を腰に差し闇の鏡の真正面へ手に抱えていたグリムを掲げた。

 

「闇の鏡さん、グリムくんはどうですか?素質とかは見れますか?」

『ふむ……こちらもこちらで奇妙なものだ、情報が読み取れないばかりか隠されている。』

「つまり可能性は無限大と。良かったですねグリムくん、褒められましたよ。」

「へへーん!やっぱオレ様はすげぇ大魔法士になれるんだゾ!」

「ちょっと、勝手に話を進めないで下さい!そもそも貴方何処の国から来たのです?」

「その前に幾つか確認を。」

 

ツッコむ気力を取り戻したクロウリーだったが、質問を潰されさらに畳み掛けるように問い掛けられる。

 

「貴方はフィクサーという職業をご存じですか?」

「ふーむ……ある程度様々な地域の詳細を調べてますが、そのような職業は聞いたことがありませんね。」

「Lobotomy社という会社は?」

「オリンポス社というのはありますが………。」

「『裏路地の夜』は?」

「……見当も付きませんね、特別な現象か何かですか?」

「いえ?脅威です。その反応から見るに、本当に知らないようですね。」

「おいエノク、今言ったやつは一体どんなのなんだゾ?」

 

再び腕の中に収まっていたグリムは興味津々と言った様子でエノクを見上げており、それに応えるようにエノクも軽い説明を始めた。

 

「フィクサーは簡単に言えば"何でも屋"、Lobotomy社はエネルギーの生成を行う発電会社、裏路地の夜は………まぁ聞かない方が良いですね。」

「気になるんだゾ、勿体ぶらずに教えろ~。」

「掃除屋達による殺戮。」

 

濁した部分を近くで聞いた一人と一匹は固まるが、それに構わず説明を続ける。

 

「毎晩起こる掃除屋と呼ばれる存在達による蹂躙と略奪です。彼らは深夜3時13分から90分かけて都市の掃除を行い、生命維持に必要な人間を狩って燃料にします。こちらにはそういったものは無いんですか?」

「あるわけ無いでしょう!」

「ふ、ふなぁ……。」

「こちらではそれが日常なんですよ。そういうことなので、多分僕は別の惑星…ひいては別世界から来たのかと思われます。」

「えぇ………私が知る限りそのようなおぞましい存在は聞いたこともありません。というかなんでそんな淡々としてるんですか!」

「僕からしたら脅威というわけでは無いので……まぁ。」

「これが別世界の常識………!」

 

カルチャーショックを受けるクロウリーだったが、エノクはマイペースに思案し一つ交渉を持ちかけた。

 

「あぁそれと、宜しければ帰るまでの働き口か住める場所などをご紹介していただけませんか?一応これでも会社に務めてましたから、事務仕事も出来ますし、荒事も得意ですよ。」

「えっ……ふむ、でしたらこの学園の用務員などはいかがでしょう。ちょうど空いている建物があるのでそこを住居として無償でお貸ししますが。」

「えぇ、ではそれで。」

「ついでと言っては何ですが一応貴方の世界についても調べてみましょう、私優しいので。」

 

多少驚きはあったものの、マトモな内容の相談であったことに胸を撫で下ろした。しかし、自分の存在を無視されて話を進めていることに腹を立てている一匹の魔獣は話に割って入る。

 

「ちょっと待て!オレ様はどうなるんだゾ!」

「そうは言われましても、魔獣の生徒というのは前例がなく、闇の鏡も制定が出来ないとなるとどこかの寮に所属することも出来ないですし………あぁ!ではエノクくんと共に用務員をして貰いましょう!」

「ふなっ!?そんなのは嫌なんだゾ!」

「でしたら、貴方にはこの学校を出ていって貰う他ありませんね。」

「うぐッ……!」

「エノクくん、グリムくんの手綱はしっかりと握って下さいね。では住居に案内するので付いてきてください。」

 

とりつく島もなく入学という目的を果たせなかったグリムは項垂れるが、次第ワナワナと体を震わすと悔しそうに手足をバタつかせた。

 

「ふぬぬぬ~!こうなったら独学でどうにかしてやるんだゾ!オレ様を入学させなかったことを後悔させてやる!」

「魔法に似たものならお教えできますけど、それでも宜しいのであれば力になりますよ?」

「本当か!?オマエやっぱ良いやつなんだゾ!」

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、ここが今日から君達が住む屋敷です!」

「「……………。」」

 

エノクとグリムが案内された先で見たのは、規模はそこそこ大きいものの見るからに放置されて手入れもされていない様子のボロ屋敷だった。窓からでもかなりの埃が溜まっているのが観察できる。

 

「ボロボロなんだゾ。」

「グリムくん、たとえそれが事実でもここは趣がありすぎると言う所ですよ。」

「コホン、まぁ多少の経年劣化があるのは認めますが、元々は寮として使われていた物で突然崩壊したりはしないですし大丈夫でしょう。さ、早く入りましょう。」

 

そう促した後、クロウリーは懐から取り出した鍵を玄関の鍵穴へと入れ、音が鳴るまで回し扉を開いた。入った後に見回したエントランスも外観と同じ様にボロボロであり、一歩進めば床板が軋み、下手すれば踏み抜いてしまいそうだった。

 

「クシュッ!めちゃくちゃ埃っぽいんだゾ~。」

「長年使われていませんからね、きちんと掃除をすれば寝泊まり程度なら問題ない筈ですよ。」

 

寮の中を進む二人と一匹はやがて一つの広い部屋へとたどり着く。どうやら談話室として使われていたようで埃を被ったソファや暖炉が見受けられる。

 

「仕事についてはまた追々、一先ず私は調べ物をしに行きます。くれぐれも、学園を歩き回らないようにお願いしますよ!」

 

クロウリーはそう言い残すと魔法を用いて姿を消してしまった。

 

「取り敢えず、掃除からしましょうか。」

「めんどくせぇなぁ……んあ、なにやってんだゾオマエ?」

「よいしょっと。」ザシュッ

「ぶなぁッ!?」

 

突如何処からか取り出したナイフを手にあてがったエノクは躊躇い無くそれを振り抜いた。よく研がれたその刃を受け入れた手のひらに一筋の線が走るとその傷口から血が滴り始める。その一連の動作を呆然と見ていたグリムは慌てた様子で止めようと動き出す。

 

「ななな、なにやってんだ!?とち狂ったのか!?」

「何って、掃除ですよ。」

「何で掃除で自分の手を切る必要があるんだゾ!逆にオマエの血で汚れちまうじゃねぇか!」

「汚れる?」

「だーかーらー、オマエの血でボロ屋敷が血濡れ屋敷に………あれ?」

「あぁそうでした、そういえば言ってませんでしたね。僕は普通の生物とは掛け離れてるんですよ。なのでこういった芸当も可能なんです。」

 

そう笑うエノクの傷口から出て来た血は地面に落ちる前に空中に留まり、更に光を反射しそうなほどの光沢を持つ液体へと変化した。

 

「血が銀色に変わりやがったんだゾ!?」

「水銀ですよ……それっ。」

 

指揮をするように手を振るうと、従うように水銀は動き出す。地面を沿うような動きをしており、通った後には塵一つ残らない綺麗な床が覗いていた。

 

「ふなッ!?銀色の水が動いて埃を全部とっぱらっちまった!」

「新鮮な反応ありがとうございます。他の階層の皆さんは兎も角、僕の部下は慣れてしまって驚くどころか「掃除が楽になる」と言ってますし。まぁその通りなんですが。」

「変な奴らなんだゾ……。」

 

ジト目のグリムに苦笑いを送りながら水銀を操作したエノクは埃ごとその全てを手のひらに集めると、水銀となった己の血を用いた秘儀で跡形もなく燃やしてしまう。そのままぐちゃぐちゃの配置の家具をどうにかしようと歩きだした所でとある音が耳に入る。

 

ポツッ ポツッ  

 

「……降り始めましたね。しかも雨漏りですか。」

「ふなッ!?オレ様のチャームポイントの耳の炎が消えちまうんだゾ!」

 

外からは少し激しい雨の音が鳴り響き、部屋の天井からは何処からともなく水滴が現れ床を濡らした。流石にここまでボロボロになっているとは予想していなかったエノクは少し呆れた様子で上を見上げた。

 

「安全性云々を抜きにすると外郭の適当な建物の方がまだちゃんとしてる気がしますね。生憎、壊すのは得意でも直すのは不得手なのでどうしたものか……。」

「さっきの銀色のやつ固められねぇのか?」

「水銀なので雨で流れると周囲の環境が汚染される可能性があるんですよ。経年劣化も激しくなるので最終手段ですが………まぁ応急処置で良いですよね。」パチンッ!

 

エノクが指を鳴らして数十秒後、しとしとと降っていきていた雨漏りの水滴が止まった。

 

「何したんだゾ?」

「屋根の上に被せるように神秘……魔力的なもので壁を作りました。3日間位なら消えずに残ってくれると思いますよ。」

「さっきおもいっきり棺の蓋殴り飛ばしたやつにしちゃ器用だなオマエ。」

「グリムくんも魔力に置き換えてしまえば出来るかも知れませんよ。そういえば君も魔法が使えるんでしたよね、どんなものか見せて貰っても?」

「………ふふん、どうしてもって言うんだったら特別にみせてやるんだゾ!すー……ぶな~~~~~ッ!」ボウッ!

 

やっとと言わんばかりに飛び上がったグリムは、上に広がる空間に顔を向け、息を溜めるように体を反らすと巨大な蒼炎を吐き出した。その真下にいるエノクは少し真剣な顔で観察しており、その目には炎を吐き出して満足気なグリムの様子が映っていた。

 

「へへーん!どうだオレ様の炎は!」

「中々の威力でしたよ。放つ瞬間目を瞑るのは頂けませんが、応用も利きそうですし。」

「なんだエノク、もっと素直に誉めるんだゾ!」

 

意外と呆気ない感想だった事ににふしゃー!とあまり怖く見えない威嚇をしたその時だった。

 

ギシッ   カタタンッ!

「ふな?なんの音だ?」

 

突如部屋の外から物音が聞こえてくる。魔獣故か耳の良いグリムと狩人時代に培った聴力があるエノクはそれを感知し意図せず同じ方向を向く。グリムは不思議そうな顔をしているが、それをよそにエノクは静かにトニトルスを虚空から取り出しそれを数回素振りをした。

 

「どうやら、この寮に僕ら以外の存在も居たようですね。相手に理性があるのであれば、探索ついでに挨拶でもしましょうか。」

 

 

 

 

 

 

「クシュッ、クシュッ!やっぱり埃っぽいんだゾ……。」

「床も壁もボロボロ……早めに修繕を行うべきですね。」

 

きしむ床板を気にしながら埃の舞う暗い廊下を進む一人と一匹は改めてこれから住む場所の現状を見てなんとも言えない感情になる。気分屋のグリムは見るからにテンションが駄々下がりしていた。と、部屋を出て数分歩いた頃、そろそろ一階部分を回り終えるかという時に、先程と似たような物音が聞こえてきた。

 

ガタガタッ!

「ひひひひ………イッヒヒヒヒ…………。」

「なっ……なんだ!?」

 

更に聞こえてきた不気味な笑い声に、グリムは怯えながら辺りを見回した。しかし、いくら探しても声の主に該当しそうな存在はおらず複数人の笑い声が聞こえてくるばかりである。やがて痺れを切らしたグリムが火を吹こうとすると、それを遮るように眼前にいきなり白いお化けが現れた。

 

「ばぁ~!」

「久しぶりのお客さまだァ~。」

「腕が鳴るぜぇ~、イーッヒッヒッヒッヒッ~!」

「ギャーーーー!おおお、お化けぇぇぇ!!!」

「あぁ、皆様方が先住者でしたか。」

 

各々が怖がらせるような台詞を言い放ち、それに煽られたグリムは涙目になってエノクの後ろに回り込む。だが盾にしたエノクは全く驚いた様子も臆した様子もなくまるで日常の一部であるかのように話しかけており、焦った様子で問いかけた。

 

「えええエノク!こいつらブッ飛ばさなくて良いのか!?」

「彼らは僕らを「お客さま」と称しましたし、襲うつもりなら話しかけずに奇襲してくるでしょう。この方々は敵ではありませんよ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。」

「おや、礼儀正しい子だな。だが君は私達を怖がらないのか?ここに住んでた奴らは俺たちゴーストを怖がってみーんな出ていっちまったんだが。」

「怖がる………?ご冗談を、せめて目玉を全身に着けるか全身血濡れ位しないと。そのようなファンシーな姿だと僕の地元では子供だって驚きませんよ。」

「えぇ……割とみんな驚いてくれるんだが、世界には君みたいな子も居るんだなぁ。」

 

心の底から何処に怖がる要素があるのかわからないといった様子のエノクに脅かそうとしたゴースト達は面食らっている。ついでにアドバイスを送りながら、エノクは後ろにいるグリムへ声をかけた。

 

「そういうことですからグリムくん、そう怖がって火を吹こうとしないでください。この方々は単純にいたずら好きなだけですよ。」

「ふなっ!?び、びびってなんかいないんだゾ!大魔法士グリムさまはお化けなんかこ、怖くないんだからな!」

「ふふっ、そうですねグリムくん……そうだ、先程の談話室の暖炉に火を灯しておいてくれませんか。君の炎なら多少湿気っていても大丈夫でしょうし。」

「ま、任せるんだゾ!」

 

逃げる口実が出来たグリムは一目散に飛び去っていく。その後ろ姿をエノクとゴーストは並んで見送るのであった。

 

 

 

 

「あ、そうでした、皆様に一つ聞いておきたいことが。」

「ん?どうしたんだい?」

「ーーーーーーーーー。」

「んぅ?そんなこと出来るのかい?」

「別に俺達が消える訳じゃ無いなら構いやしないんだが……なぁ?」

「時間は少しだけかかると思いますが、貴方達に何ら影響は出ませんよ。強いて言うのであれば、存在が補強されてそう簡単に消えなくなる程度ですかね。ついでに建物も修復できるかと。」

「そうなのかい?そうだったらむしろ有り難い、まだ沢山いたずらが出来るからな。」

「実を言えば僕も純粋な人間という訳では無いですし、元人間のよしみですよ。敵でもない方を理由もなく消すほど、僕は心を捨ててませんから。」

 

「エノク~、オレ様腹減ったんだゾ!ツナ缶とかねぇのか~?」

 

「あの魔獣くんは元気だねぇ。」

「では今日はこれで、また時間があればお話しましょう。」




今更ですが世界線的には「番外編 狩人なりのハロウィン」と同じ、ティファレト達が狩人だった場合のLibrary of ruina本編が終わった後の話です。なので残っている図書館には管理人もAもCもアンジェリカもいます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章3

色々忙しくて遅れました。本編も構想を練っている最中なので気長にお待ちください。




それでは、どうぞ。


「こんばんはー、優しい私が夕食をお持ちしましたよ……と、おぉ?」

「あぁ、わざわざありがとうございます。」

「遅かったな、早くツナ缶を寄越すんだゾ!」

「全く、持って来るだけありがたいと思ってほしいのですが……って、何を食べてるんですか貴方達。」

「スモアですよ。あぁ、食材は安全なものなのでご安心を。」

 

クロウリーが弁当のような物が入った袋を持って元無人寮の談話室に入ると最初に来た時よりもかなり清潔になった室内を見て目を見開いて驚く。しかしそんな事関係無いと言わんばかりに、火の灯った暖炉の前にある安楽椅子に座ったグリムは少しほつれが見えるソファに座っているエノクが作ったスモアを頬張った。

 

「はぐっ!ムグムグ……ん~!サクッとしたクラッカーと溶けて柔らかくなったマシュマロの淡い甘味とチョコレートのコクのある風味が合わさって口の中が幸せなんだゾ~!」

「よく食べますねグリムくん。材料はまだありますし、夕食の後にまた作りましょうか。」

「ふなっ、本当か!」

 

語彙力高めの食レポを披露するグリムはエノクからの追加情報に踊り出しそうな程機嫌の良い声色で喜んでいる。

 

「にしてもこの短時間でよくここまで綺麗に掃除が出来ましたね、魔法等は使えないというのに。」

「世界に存在する力は魔法だけではないんですよ。あの鏡の方も言っていたでしょう?あぁそうでした、ここに先に住んでいる方々の事、事前にお話しされても良かったのでは?」

「えっ?…………そういえば、この寮は悪戯好きのゴーストが住み着き、生徒達が寄り付かなくなって無人寮になっていたのを忘れてました。ですが、その語り口から察するにもう彼らとの会合は済ませているようですね。」

「えぇ、中々愉快な方達でしたよ。僕らがここに住むことを歓迎してくれているようでしたし。生きてるか否かの差ですし、手を出してこない限りは別段気にすることでもないでしょう?」

 

魔法の世界と言えど、さすがにゴーストと人間の脅威度を同列に見ている発言に口角が若干ひきつる感覚がしたが、そのような間抜けな姿を見せないように耐えながらクロウリーは持ってきた袋を押し付けながら話を切り返す。

 

「いえ、普通気にする所ですよそこは。」

「つーか、知ってたんなら先に話しとくんだゾ。歳食って記憶力ボケてんのか?」

「ボケてないですよ失礼な!私もまだ若いんですから不吉なこと言わないでください!」

 

グリムから飛んできた予想外の口撃に思わず声を荒げるが、すぐに意識を切り替え一つ咳をすると口を開いた。

 

「兎も角、私はもう行きますからね。仕事についてはまた明日改めてお伝えしますから。」

「クロウリーさん、一つ聞きそびれていたのですが、この寮を少し上書き(・・・)してもいいですか?」

「……?上書き、というのはよくわかりませんが修繕に伴って暮らしやすいように多少改築等を行うのは問題ないですよ。あと学習や情報収集の為に業務時間外で図書館を利用することも許可しましょう、私優しいので。ではおやすみなさい。」

「えぇ、悪夢の無い良い夜を。」

「………随分と変わった挨拶ですね。」

 

エノクとの会話の節々にあるよく意味のわからない言葉に首をかしげながらクロウリーは転移魔法らしき物を使って消えてしまった。部屋に残っているエノクは安楽椅子に座るグリムへと向き直る。

 

「さて、これとデザートを食べたら君も寝て下さいね。多分明日朝から来ますよあの人は。」

「うぇ~………めんどうなんだゾ。」グ~

「そんな顔しないで下さい、掃除がてら力の操作の仕方を教えますから。それが出来れば掃除もぐんと楽になりますし色んな事に応用できますよ。お腹も空いてるのでしょう?」

「ふぬぬ~、わかったんだゾ。そうと決まれば飯だ飯!ツナ缶を寄越すんだゾ!」

「…………あ、ツナ缶ありませんね。代わりに鮒缶が入ってましたけど食べますか?」

「ふ、ふなぁ~!あのカラス~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっと寝てくれましたか。テオくんは聞き分けの良い子でしたからあまり騒ぐことも無かったですが、本来子供とはこういった感じなんでしょうか。ベッドの底も抜けましたし。」

 

その後、自分の血を用いて埃などを払った隣の部屋……恐らく寝室だったと思われるその部屋のベッドへグリムを寝かせたエノクは明かりを減らして暗くなった談話室の暖炉の火を眺めながら椅子の背もたれに身体を預ける。脳裏に浮かぶのは自分の部下の一人である13にも満たない少年であった。そこから暫くの間、暖炉の青い炎を眺めながら想い耽っていたがやがて徐に一つの携帯端末を取り出して操作し始めた。

 

(繋がらないか、まぁ期待はしてなかったけど。狩人の夢に帰ることもまだできないから死ぬことも出来ない。それに、離れると思った以上に寂しいな……リサに会いたい。)

 

今の環境が想像以上に堪えている事に驚きつつも、エノクは窓の外の未だ止まない雨に無意識に溜め息をつきながら手を開き意識を集中させる。次の瞬間、エノクの手には先にランタンが付いた鉄の棒が握られていた。虚空から取り出したのはヤーナムの至るところにあった灯りであり、まだ機能していないのか光は点いていないもののその物々しい雰囲気は見たものを怯ませるような気迫があるように感じる。しかし、本来いる筈の使者の姿は無く、そこにあるのはただの鉄の塊であった。

 

(自分が夢に仕舞っていた物は取り出せるけど、新しく買うことは出来ないから輸血液の数とかも気にしておかないと。恐らくこちらでは殺人はご法度だろうし。)

 

そんな状態の灯りを抱えて椅子から立ち上がったエノクは、部屋の中でも少しスペースの空いている場所に向かうと、

 

「よっ……と。」ドスッ!

 

床にその灯りを突き刺した。容易く床板を貫いて固定されたそれに、エノクは手をかざす。すると、何も入っていない筈のランタン部分に青白い光が漏れ始め、暗くなっていた談話室を妖しく照らしだした。流石に暖炉の火程の光量は無いが、久々に見たその光に、エノクは何とも表現しづらい安心感を得たのだった。暫くしてその意識を切り替えると、エノクは灯りの前に立ち自分の内側にある神秘をそこへ流し始める。

 

(ここを起点にこの寮を僕の夢と同化させる。一種の異空間の創造に近いけど、幸いこの世界では力の制御がしやすいから意外と早めに定着する筈……出来ることなら明日には繋げて連絡を取りたいな。)

 

それから一時間程が経過し、ランタンに灯る光が安定し始めたが狩人の夢へと続くポータルとしての役割は果たせそうに無さそうな様子である。しかしそれとは別に何か手応えがあったようで、当人は満足そうな顔をしている。

 

「うん、基礎は築けたし、後は現実との境界線の侵食をある程度で止めたら大丈夫かな。後は……」

 

エノクは踵を返すと談話室から廊下に繋がる扉からひょっこりと顔を覗かせる。

 

「掃除ですね、せめてここからエントランスまでは綺麗にしておきましょう。」

 

まだ二部屋ほどしか終わっていない掃除を出来るだけ終わらせるため、エノクは暖炉の火を消し暗闇で先の見えない廊下へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリムくん、グリムくん、もう朝ですよ。」

「うーん……むにゃむにゃ……あと5分………。」

「イッヒヒヒ、そんな風にいつまでもゴロゴロしてたら永遠に起きれなくなっちまうよ。」

「オレたちみたいにね!イーッヒッヒッヒッ!」

「んにゃ……ってフギャ!?ゴーストども!?」

 

何故か足がへし折れてマットと床がくっついているベッドで丸まって寝ていたグリムは、エノクの声を聞いて少しだけ意識が覚醒し、寝ぼけ眼で辺りを見る。そして、眼前で愉しそうに嗤うゴーストを認識した瞬間、飛び上がりながら

 

「おいエノク、何でゴーストと一緒に居るんだぞ!?」

「何でって……少し掃除をしてまして、その手伝いをしてもらっていたんですよ。」

「随分と熱心にやってたもんだからねぇ。それに、多少綺麗になった方が人が寄り付きやすいもんだろ?」

「イタズラできる相手が増えるんならオレたちも大歓迎さ!」

「そういうことらしいです。さ、早く起きて顔を洗ってください。朝食食べる前にクロウリーさんが来て食べ損ねてしまいますよ。」

「何っ!?それを早く言うんだゾ!」

 

エノクがそう言うと、グリムは慌ててベッドから飛び出し洗面台のある方へと向かって行く。水が勢いよく流して顔を突っ込んだあと身体を震わせ水滴を飛ばし、事前に用意されていたタオルで顔をぬぐってさっぱりしたグリムは談話室へと直行する。テーブルの上には、具材がぎっしりと詰まったサンドイッチが置かれていた。

 

「おぉ、朝っぱらから豪華なんだゾ!」

「T社の技術が使われた容器に入れてたハムハムパンパンのサンドイッチの存在をさっき思い出しまして。良ければどうぞ、僕の世界でもチェーン店が出来るぐらいには人気の物ですよ。」

「難しい事はどうでもいいんだゾ!それじゃ、いっただっきま~す!」

 

もう辛抱できないといった様子だったグリムは勢い良く目の前のサンドイッチにかぶり付き、咀嚼する。味わうようにして

 

「ん~!このシャキシャキのレタス、程よい酸味の新鮮なトマト、そして肉の旨味がしっかりと詰まった厚いハム!塗られたソースも相まって、まるで口の中で具材が踊ってるみたいでいくらでも食べられそうなんだゾ!」

「昨日も思いましたけど、食レポの時の語彙力すごいですよねグリムくん。本書いたら売れるんじゃないですか?」

 

そんなほのぼのとした会話をしながら朝食を食べ進め、グリムが満足そうに腹を擦りエノクが皿を片付けた辺りでクロウリーが談話室へと入って来た。

 

「おはようございます二人共、昨日はよく寝れましたか?」

「ベッドの底が抜けるってオンボロにも程があるんだゾ。オマエどれだけ放置してたんだ?」

「特に問題はありませんよ。ゴーストの方々とも仲良くなりましたし。」

「昨日の事といい、貴方いきなり異世界に飛ばされたにしては精神図太すぎやしませんか?まぁ元気であることは大変よろしい、では早速本日のお仕事の話をしましょうか。」

 

一つ、咳払いをするとそのまま話題をつづける。

 

「今日のお仕事は学園内の清掃です………といっても学園内は広い、魔法無しでは学園全ての清掃を終えるのは無理でしょう。ということで本日は正門から図書館までのメインストリートの清掃をお願いします。」

「それに関して一つ質問が。」

 

話が終わった所を見計らい、エノクは手を挙げながら尋ねる。

 

「なんでしょう?」

「掃除と平行してグリムくんの魔法の練習も行ってよろしいですか?勿論、他人に迷惑がかからない程度で済ませます。」

「ふむ、学ぶ意欲があるのは良いことですね……では他の生徒と騒動を起こしたり、学園の備品を傷つけたりしない限りは許可しましょう。ただし、お仕事はきっちりとしてもらいますし、グリムくんの手綱は必ず握っておいて下さいね。それと昼食は学食で採ることを許可します。では、しっかりと業務に励むように。」

 

それだけ言うとクロウリーはそのまま談話室から去って行ってしまう。エノクはどしようかと頭を捻っていると、グリムからダルそうな声が聞こえてきた。

 

「ちぇっ……掃除なんかやってらんねぇんだゾ。オマエのあの銀色の奴で何とかならねぇのか?」

「できなくはないですけど、目に見える範囲とかに限りますから。それに血を使ってるので最悪僕が死にますし………あぁそうだ、グリムくんは炎以外に何が使えます?」

「ふな?いきなりどうしたんだゾ?」

「少し面白そうな事を思い付きました。面倒なら、使える魔法で何とかしてしまいましょう。」

 

そう言って微笑みかけるエノクに対し、グリムは何度か目をパチクリと瞬かせ、「ふな?」と首をかしげたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほへ~、やっぱりスッゲェ広いんだゾ。」

「本当ですね、道具のみで普通にやってたら1日で終わるかどうかといった所でしょうか。」

「そう考えるとめんどうになってきたんだゾ………。」

 

昨日も図書館へ向かう際にチラリと見ていたメインストリートに感心するような声を上げながら、一人と一匹はその道を見物していく。その途中、最も目立つ場所に立つ石像の近くまで来るとグリムが首をかしげながら口を開いた。

 

「昨日は見てなかったけど、この石像は誰だ?7つあるけど、なんかみんなコワイ顔。」

「ふむ、この世界の偉人でしょうか。」

「このおばちゃんなんか、特に偉そうなんだゾ。」

 

二人揃って精巧な作りの像の前で首を捻る。すると、

 

「なんだ、『ハートの女王』を知らねーの?」

 

そこに一人の青年が話しかけてくる。目元にハートの形をした赤いスートを書いている彼に対し、グリムは自分の疑問をぶつける。

 

「『ハートの女王』?偉い人なのか?」

「昔、薔薇の迷宮に住んでた女王だよ。規律を重んじる厳格な人柄で、トランプ兵の行進も薔薇の花の色も一切乱れを許さない。マッドな奴らばっかりの国なのに誰もが彼女に絶対服従。」

「何でなんだゾ?」

 

その問いに、青年はニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべると声を弾ませながら答えた。

 

「理由は簡単、規則違反は即打ち首だったから!」

「こ、こえ~!おっかねぇんだゾ!」

「クールじゃん!俺は好きだね。優しいだけの女王なんて誰も従わないだろ?」

「確かに……そう言われてみればリーダーは強いほうが良いんだぞ。」

「まぁやり方も理にかなってますしね。それに処刑方法が打ち首だなんて優しい方ですし。」

 

突如話の物騒さが数段上がり、それに置いていかれた青年とグリムは驚いたかのように発言者であるエノクの方を見やる。それに臆した様子もないエノクに対し、グリムは率直に尋ねた。

 

「何で打ち首なんかが優しいんだゾ?」

「痛みを感じるのが数瞬だけだからですよ。串刺しとか、拷問とか生きたまま食われるとか……そういった痛みを伴う物に比べたら優しい以外のなにものでもありませんよ。下手に生きてるより潔く死んだ方が楽な時だってありますし。」

「いやそんな発想無いだろ………。」

「そうですか?まぁ死ぬのは嫌でしょうからその回避の手段が無いのは同情しますけど、支配する方法としては死の恐怖で縛り付けるのが一番手っ取り早いですよ。」

 

ずっと変わらぬ笑顔で末恐ろしい事を宣うエノクにドン引きしている青年とグリム。若干距離が遠くなった気がするがエノクは特に気にしている様子はない。

 

「所で君は誰ですか?」

「お、おぅ……俺はエース、今日からピカピカの一年生。どーぞヨロシク。」

「オレ様はグリム!大魔法士になる予定の天才だゾ!」

「はじめましてエースくん、僕は闇の鏡とか言う道具に誘拐されて帰る方法も見つけて貰えず、仕方なしにここで用務員としての仕事をすることになったエノクと申します。以後お見知り置きを。」

「えっ、生徒として呼ばれたんじゃねぇの?」

 

多少誇張もあるものの、概ね事実な事柄をなんでもないかのように語ると、ハートのスートの青年……エースは驚いたかのように目を大きく開いた。

 

「少なくとも僕はこの学校に来るつもりは一切ありませんでしたよ。何故か落ちてた封筒の中身を危険物じゃないか改めたら地面から棺が生えてきてそのまま連れてかれた訳ですし。仕事が溜まってないと良いんですが…………。」

「えぇ………そんな犯罪臭いことやってんのこの学校。確かに入学式に行くのが黒い馬車に積まれた棺ってのも怪しいもんだったけどさぁ。」

「向こうも予想外といった様子でしたよ。」

 

二人の会話よりも自分の興味が勝るグリムは興味津々といった様子で次々とエースに質問を投げ掛ける。

 

「なぁなぁエース!そんなことよりもあっちの目に傷のあるライオンも有名なやつなのか?」

「そうだな、これはサバンナを支配した百獣の王。でも生まれながらの王じゃなく綿密に練った策で玉座を手に入れた努力家だ。王になった後、嫌われ者のハイエナも差別せず一緒に暮らそうって提案した話もある。」

「おぉ、ミブン?ってやつに囚われない奴はロックなんだゾ。」

「度が過ぎれば不和を生み出す原因にもなり得ますがね。もしくは他の意図があるとも考えられますが……まぁおおよそ利用でもしたんでしょう。差別された側の人間の心理は動かしやすいですから。」

 

 

「こっちの蛸足のおばさんは?」

「深海の洞窟に住む海の魔女。不幸せな人魚達を助けることを生き甲斐にしていたって話で、お代さえ払えば変身願望から恋の悩みまで何でも解決してくれたらしい。お代はちょっと高かったらしいけど、なんでも叶うならそれぐらいは当然だよな。」

「その契約がどういった形なのかによりますが、最終的に何かしらの罠を仕掛けて命等を担保にしてそうですね。願いの代償でその後の人生を奪えるのであればあるいは……といった所ですか。」

 

 

「じゃあじゃあ、こっちのでかい帽子のおじさんは?」

「そっちは砂漠の国の大賢者。間抜けな王に仕えてた大臣で王子と身分を偽って王女を誑かそうとしたペテン師の正体を見破った切れ者!その後、魔法のランプをゲットして、世界一の大賢者までのしあがり、その力で王の座まで手に入れたんだとさ。」

「へぇ、国盗りですか。王が間抜けであったならさぞかし楽にできたでしょうね。」

「どういう事だ?」

「適当に罪を被せたらよっぽどの事がなければそれで終わりですから。周りに仲間を作ってしまえば集団心理で王を引きずり降ろして自分を代わりに据えるとかいう芸当も可能ですよ。魔法のランプなんていうアイテムがあれば洗脳とかもできたでしょうし。」

 

 

「おぉ!こっちの人は美人なんだゾ!」

「これは世界一美しいといわれた女王。魔法の鏡で毎日世界の美人ランキングをチェックして、自分の順位が一位から落ちそうになったらどんな努力も惜しまずやったって話。」

「努力の方向性によりますね、他のランキング上位陣を殺せばそれで済む訳ですし。それに、何故そこまで一番の美しさに拘るというのもよく判りませんね。生きた崇拝対象として人から離れた美貌が必要だから、好いた相手を自分に縛り付けるためという理由であれば納得できますが、ただ自分が一番になる為だけならばひどく狂気的な執着ですね。」

 

 

「こっちの怖い顔のは?」

「死者の国の王!魑魅魍魎が蠢く国を1人で治めてたっていうから超実力者なのは間違いない。コワイ顔してるけど押し付けられた嫌な仕事も休まずこなす誠実な奴でケルベロスもヒドラもタイタン族も全部コイツの命令には従って戦ったんだってさ。」

「死者の国ですか。こちらにも地獄という場所があるのは確かになってますが、あまり情報が無いのでよく知らないんですよね。押し付けられたという点において何やら不穏な気配がありますけど。それと、ケルベロスとは?」

「ケルベロスは頭が3つある巨大な犬、ヒドラは沢山の首を持つ竜でタイタンは巨人だな。」

「ひぇ~!?おっかねぇやつらばっかりなんだゾ!」

「成る程成る程……従える者を仕留めればどうにかなりそうですね。」

 

 

「魔の山に住む茨の魔女。高貴で優雅、そして魔法と呪いの腕はこの7人の中でもピカイチ!雷雲を操って嵐を起こしたり、国中を茨で覆い尽くしたり、とにかく魔法のスケールが超デカイ。巨大なドラゴンにも変身できたんだってさー。」

「ドラゴン……へぇ、龍なら見たことはありますが恐らく別物ですね。それに天候操作に国一つを滅ぼす力……ALEPHは間違いないとして、ビナーさんやカーリーさんとも良い勝負が出来そうですね。そんな力を持ってれば国一つ支配する程度は余裕でしたでしょう。圧倒的な力を見せつけられた生物は、基本的心が折れてしまうでしょうから。」

 

一通り石像について尋ねたグリムは難しい顔をしながら首を捻る。

 

「うーん……エノクの言葉を聞いてると、物騒で怖そうって感想しか出てこないんだゾ………。」

「グレート・セブンを知らないどころか何処をどうやったらそんなエグい想像に行き着く訳?」

「すいませんね、育った場所で考えられるパターンを考えていたらそうなってしまうんです。人が死ぬ事や人として生きる事が出来なくなる事はよくあったんですけど。」

「んな事よくあってたまるか!」

「あなたにとっての常識は誰かにとっての非常識なんですよ。」

 

納得出来ないといった様子のエースを他所に、エノクは懐から懐中時計を取り出した。何処と無くアンティークな雰囲気を漂わせるそれを見ながら、エノクはエースに向き直った。

 

「それより、授業はいいんですか?初日から遅刻では先生方に厳しく見られますよ。」

「うぇっ!?マジ、もうそんな時間!?」

「歩いても間に合う程度ですけど、ゆっくり行って先生と鉢合わせたら大目玉を喰らうかもしれませんね。」

「あーそう言うことだったら早めに行っとくか、入学早々に目つけられたらたまったもんじゃないし。」

 

そのまま立ち去ろうとしたエースであったが、ふとなにかを思い出したかのように立ち止まり振り返ると人を挑発するような悪い笑みを浮かべて口を開いた。

 

「じゃあね、物騒な用務員さんに間抜けそうな狸くん♪」

「ふなッ!?誰が間抜けだ!それにオレ様はタヌキじゃねぇんだゾ!」

 

グリムはそう憤慨するが、もう既に矛先となる者は遠くに行ってしまい追うのは不可能となったため

 

「全く、失礼なやつだな!」

「グリムくんってそこまで狸に見えるんですかね?自分はあまりそうは思いませんが……。」

「その通り!オレ様のかっこよさが分からないなんて見る目がないんだゾ!」

(かっこいいよりかはかわいい路線なのでは?大きな猫みたいな容姿してますし………うん、動物系統の幻想体と比べると可愛いですね。)

 

エノクは脳裏に浮かぶ洗脳して肉を食うムキムキ犬や首吊り強要目隠しダチョウと目の前で胸を張って鼻を鳴らす小生意気だけど言葉が通じる可愛い猫ちゃんを安全性も含め比較して、納得した様子で頷いている。罰鳥は癒し枠に入るのであろうか。

 

「どうかしたのか?」

「いえ、ちょっと職場の事を思い出してただけですよ。それより、早く掃除をしてしまいましょう。」

「つってもどうするんだ?ここにあるのは水の入ったバケツだけなんだゾ。」

「昨日の応用です、見ててください。」

 

置かれていたバケツに入った水へと神秘が注がれる。すると、水面が物理的に不可能な動きをし始め、次第に空中へと

 

「おぉ~、水が纏まって空中を動いてるんだゾ!どうやってるんだ?」

「神秘を水に浸透させて操ってるんです。今はただ纏めてるだけですが工夫を凝らしたら……。」

 

ズォォォォ

 

水の球体はエノクの指揮と共に動きだし、やがて激しく渦巻き始め地面へと着地した。水滴なども撒き散らさず回転するそれは、舗装された道をなぞるように進み、通った後には土埃等が取り除かれた綺麗な地面が見えた。メインストリートを通る生徒達はそれを興味深そうに見ながら通学していくのであった。

 

「この通り。水はしっかりとした質量がありますから叩きつければかなりの威力になるので相手にぶつけて攻撃する事も出来ますよ。」

「………で、これどうやってやるんだ?」

「まずは感覚でやってみてください。イメージとしては自分の内側で練った力を抽出する感じです。」

「あ、あんまし難しい事を言わないで欲しいんだゾ……ふぬぬぬぬぬぬ~!」

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、エノクとグリムの姿は校舎の食堂の一角にあった。

 

「ふなぁ………結局出来なかったんだゾ………。」

「もしかしたら水との相性が悪いのかもしれませんね、君の得意分野は炎ですし。バケツの水で水流を作る事は出来ても持ち上げようとすると途切れてたので、集中力辺りが原因でしょうか。」

「集中力なんかよりもっと派手な魔法が良いんだゾ。」

「そうですね………あ、それなら体内で全力で力を暴発させて自爆という手がありますが。」

「オレ様まだ死にたくねぇ!」

 

メインストリートの掃除を神秘でさっさと終わらせた為、グリムの魔力操作の練習の時間が伸びたのだが、どうやら結果は乏しかったらしい。最終手段を代替案と出してくるエノクに吠えるグリムはやけくそ気味に頼んだ唐揚げを頬張る。いじける子供を見るような表情で自分用のシチューを味わっていると、

 

「なんかまーた物騒な話してんな。」

「あ!さっきの失礼な爆発頭!」

「はぁ?んだとこの狸もどき!」

「オレ様は狸じゃねぇんだゾ!」

「おや、先ほどぶりですねエースくん。初日の授業も終わって昼休みですか?」

 

そこへトレーを持ったエースが近づいて来る。トレーの上には海鮮が使われたパスタが乗っていた。エースはエノクとグリムが座っている席の真向かいに腰を降ろす。

 

「そーそー、まぁ授業つっても大体説明みたいなもんだったけど。」

「ふな?魔法を習うんじゃねーのか?」

 

きょとんとしたグリムの問いかけにエースはフォークでパスタを巻いて頬張ってから答える。

 

「俺も早く魔法使いたいんだけどさぁ、先ずは基礎を覚えてからだーつってたから退屈そうなんだよな。」

「実践形式でやるのは早急に覚える必要があるか、感覚が基本となるものを習うかですからね。事前知識がなければ精巧な動作は出来ないでしょう。グリムくんも、生徒になりたいのであればしっかりと話を聞くことを覚えましょう。」

「え~、面倒なんだゾ。」

 

「すまない、相席良いか?他が混んでて座れないんだ。」

 

グリムがげんなりとした様子で机に突っ伏した所ににオムライスの乗ったトレーを持った青年が声をかけてきた。右目には黒色のスペードのマークのスートが入っている彼に、エノクは頷きを返す。

 

「僕は構いませんが……グリムくんとエースくんは?」

「どーぞ、別に困る訳じゃないし。」

「へへーん!オレ様は優しいからな、特別に許してやるんだゾ!」

「なんでその魔獣は上から目線なんだ……?」

 

胸を張るグリムは大変可愛らしいが、その態度は良いとは言えない物である。困惑した様子の青年は戸惑いながらもエースの隣に腰を下ろす。そして改めてエノクを見た時、漸くその人相が見覚えがあるものだと気がついた。

 

「もしかして、入学式の最後に来た……。」

「えぇ、生徒でなく用務員として雇われたエノクと申します。以後お見知り置きを。」

「え?でも、入学式であの服を着てた筈じゃ?」

「手違いらしいぜ。魔力は無いし、そもそも誘拐紛いな形で来たんだと。」

「学園長と直々に話し合って、帰る目処が立つまではこの学校で働くことになったんです。」

「た、大変ですね。」

 

生徒ではないと聞かされ、ギクシャクとした様子で敬語を使い始めた青年にエノクはクスリと笑う。

 

「あぁ、敬語でなくて結構ですよ。僕は普段からの癖でこれですが、そんなに(見た目の)年齢に差はないでしょう?」

「そ、そう……なのか?」

「別に本人が良いつってんだから気にする必要なんて無いでしょ。誰だか知んないけど堅苦しい奴だな。」

 

そのエースの言葉が癪に障ったのか、青年は語気を強めながら口を開く。

 

「僕はデュース・スペードだ!クラスメイトの顔ぐらい覚えたらどうだ………えーと。」

「お前も覚えてねーじゃん。」

「う、うるさい!」

「まぁまぁ、落ち着いて下さい。早く食べないとオムライスが冷めますよ。」

 

生真面目そうなスペードのスートの青年……デュースは指摘に顔を赤くして声を荒げるが、エノクに優しく諭され渋々といった様子で座り直してオムライスにスプーンを入れた。

 

「そういう訳なので、これからもちょくちょく顔を会わせることもあるかもしれませんので、よろしくお願いしますね。」

「あぁ、こちらこそ………所でそのそっちの狸っぽいのは何なんだ?」

「狸じゃねぇ!オレ様は大魔法士になる予定の天才、グリム様なんだゾ!」

「唐揚げが無くなってますね、いつの間に。まだ10分も経ってませんよ。」

「お前らがチンタラ話してる間に全部食っちまったんだゾ。それより、これからどうすんだ?」

「図書館にでも向かおうかと、一応こっちの事を知っておきたいですしね。グリムくんも派手な魔法が書かれた教科書を探してみてはいかがですか?あの寮の周辺なら魔法を使っても文句は言われないでしょうし。」

「お、その手があったか!今日の仕事はもうねぇし、早く行くんだゾ!」

 

そう言うと食べ終わった皿を返却口へと置いたグリムはそのまま食堂から出ていってしまった。それを見送ったエノクはそのまま前に座る二人へと話を振る。

 

「お二人はこの後どうされます?」

「……もしよかったら僕も着いていって良いか?もう午前中で授業は終わったんだ。」

「えぇ、構いませんよデュースくん。」

「んじゃ、俺も行こうかな~。」

「意外だな、お前がわざわざ勉強しに行くタイプには見えないが。」

「ひっでぇな。まぁ、図書館の司書と仲良くなっとけば今後楽になりそうだし?初日から「真面目にやってます」感出せば成績が下がりにくそうだろ。」

「そういうことか……中々にずる賢いな。」

「人聞きが悪いなぁ、頭が回るって言えよ。」

 

軽口を叩き合う二人とそれをBGMにバゲットをシチューに浸して食べるエノク。暫くの間、他愛の無い相槌をうちながら話を聞いていたが、不意にエノクの耳に騒ぎ声が届く。

 

「………ん?」

「エノク……でいいんだよな、どうかしたのか?」

「いや、グリムくんがいってしまった方向が何やら騒がしいので……ングッ、食べ終わったのでちょっと様子を見に行ってきますね。」

 

既に空になったシチューのボウルとバゲットの皿が乗ったトレーを返却すると、そのまま食堂の入り口から出ていく。昼休みであるためか、かなりの人口密度を誇るがその間をするすると抜けていき辺りを散策する。周囲の生徒は制服ではなく"図書館"の司書としての格好を身に纏うエノクを奇妙な物を見る目を向けているが、アウェーな状況はヤーナムにいた時に慣れてしまった為意識の外に追いやって辺りを見回す。

 

「テメェ!待てやこの猫!」

「オレ様は猫じゃねぇ!」

 

10分後、騒ぎが向こうから自分の方へと近づいて来たのを感じ取ったエノクが見たのは、大広間へと飛び込んでくるグリムとそれを追いかける生徒達であった。少し呆れたような表情を浮かべるエノクすばしっこく駆け回るグリムを目で追う。

 

「なにやらかしたんですかグリムくん。」

「ふな!?オレ様は何もやってねぇんだゾ、アイツらが勝手にぶつかって来て文句言ってくるだけだ!」

 

抗議するグリムが次々と飛来する魔法をヒョイヒョイと避けると先に宝石のようなものが付いたペンを構える生徒達は生徒達は腹立たしげに悪態をつく。

 

「くっそ、ちょこまか動きやがって!さっさと当たりやがれ!」

「遅い!そーんななまっちょろい魔法なんかでオレ様を打ち落とせる訳ねぇんだゾ!」

 

グリムはニヤニヤと悪い笑みを浮かべ煽りながらそのまま器用に壁に上り、そのままシャンデリアに飛び乗った。

 

「やーいやーい、悔しかったらここまで届かせてみろ!」

「あまり暴れないで下さいよー。」

 

取り敢えず見守る形に徹する事にしたエノクは下から一応注意を促すが、既にグリムにも煽られた生徒達にも聞こえていないようである。頭に血が上った生徒の一人は、シャンデリアに乗ったグリムに向けてペンを向けた。

 

「じゃあお望み通りにしてやるよ!ファイアショットォッ!!」

 

ペン先の宝石から火炎の球が放たれたが、距離が空いていることもあってかグリムに当たることは無かった。

 

バチンッ!

 

その後ろのシャンデリアを支える部分に直撃した。

 

「ふな?」

「おい何やってんだ!」

「ヤベッ、先生が来る前に逃げるぞ!」

 

 

 

「おーい、エノ"ッ!?」ガシッ!

「あの魔獣は見つか"ッ!?」ガシッ!

 

数瞬の内にトップスピードに至ったエノクは落ちてくるシャンデリアの下に入ろうとした二人の胴を抱え持ちそのままの勢いで端まで跳ぶ。そうしてその下に誰も居なくなった広間へ

 

ガッシャーンッ!!

「ぶなぁッ~!?」

 

グリムをのせたシャンデリアは大きな音と共に床と衝突した。その衝撃で散らばった破片が襲いかかるが、エノクは即座に向き直ると抱えていた二人を背後に投げ飛ばし虚空から取り出した仕込み杖を構える。直後、眼前に迫ったシャンデリアを彩っていたであろう硝子細工を杖を振り下ろして粉々に砕き、次々と飛来する硝子や金属の破片を無傷で凌ぎきる。それが静まった後にエノクは後ろに投げ捨てた二人へと振り返る。

 

「大丈夫ですか?」

「ゲホッ、ゴホッ…腹が………。」

「ってて……いきなり何すんだよ!」

「すいません、こうでもしないとお二人がシャンデリアの下敷きになるかズタボロになってしまいましたので。」

 

いきなり捕まれたり、固い床に投げ捨てられた事で混乱していたエースとデュースだったが、エノクの言葉で漸く目の前の惨状に気がついた。もしそのまま歩いていたら落下してくるシャンデリアに巻き込まれていた事を察したのか顔を青ざめさせる二人を他所に、エノクはシャンデリアが落ちた衝撃で目を回しているグリムへと近づいて行く。

 

「う~………。」

「全く……むやみやたらに喧嘩を売るのは駄目ですよ。痛い目に遭ってからじゃ遅いんです。」

「オレ様は悪くないんだゾ……。」

「ここが僕の職場じゃなくて良かったですね。そんな言い訳する前に館長に殺されますから。」

「ヒェッ……。」

「さて……これを落とした張本人は……ってすごい、半径10mに人が居ない。」

 

辺りを見回すが、大広間にいた筈の生徒達は既に移動したようで、

 

「だからちげぇって!」

「俺たちはただ巻き込まれただけなんです!」

「嘘おっしゃい!この近くにいたのは君達だけでしょう。言い逃れは出来ませんよ!」

(そういうことですか……危機管理能力が育っていると言うべきか、逃げ足が速いと言うべきか。)

 

クロウリーにあらぬ疑いをかけられている二人は必死に弁明を行っているが、向こうは聞く耳を持たないようである。仕方なしにグリムを抱えたままそちらへ向かうと、その怒りの矛先がエノクへと向けられた。

 

「君もです、エノクくん!全く、グリムくんの手綱を握っているように言ったでしょう!」

「あぁ、その事ですが……。」

「言い訳は聞きません!これは退学物ですよ!」

 

エノクの言葉を遮りキッパリと宣言されたその一言に、デュースは更に焦燥した様子になる。

 

「そんな!それだけは勘弁してください!」

「そうは言っても、このシャンデリアは学園の設立当初から受け継がれている歴史のある品なんですよ。それを壊したとなると、普通の罰では済みません。」

「え~っと、すごい魔法士である学園長ならこれも直せたりとか………?」

 

おずおずといった風に尋ねるが、とりつく島もないようでクロウリーは無慈悲に事を告げる。

 

「このシャンデリアは魔法を動力源とし、永遠に尽きない蝋燭に炎が点り続ける魔法のシャンデリアです。その核を担う魔法石が割れてしまった以上、修復は不可能なのですよ。歴史的価値も含めて10億マドルは下らない代物です!」

 

膨大すぎる価格を聞き、弁償等も不可能だと理解する。冤罪とはいえ、二人は声を詰まらせる。

 

「そん……な。」

「うげっ………マジかよ。」

「……いや、もしかしたら不可能というわけではないかもしれませんね。」

 

その時だった。クロウリーはふと思い出したかのように呟く。それが耳に入った

 

「直せる方法があるんですか!?」

「代わりとなる魔法石があればの話ですがね。このシャンデリアの核となっていたのはドワーフ鉱山の物ですが、同じ場所から採れる性質の似ている物なら代用品になり得るやもしれません。」

「それじゃあ、オレがその魔法石を採ってきます!」

 

威勢良く宣言するデュース。だがクロウリーは疑わしげな雰囲気を隠そうともせずに答える。

 

「しかし、ドワーフ鉱山は昔に閉山になってしまっています。既に目ぼしい魔法石は採り尽くされているかも……。」

「ですが少しでも可能性があるのなら!僕は行きます!」

「ふむ、でしたら鏡の間のゲート使用を許可します。期限は明日の朝までです。」

「はい!」

 

確認だけするとクロウリーは魔法で消えてしまう。その場に残った三人と一匹は取り敢えず移動を開始した。

 

 

 

 

「はぁ~……オレ何もやってないのに何でこんなことしなくちゃなんないんだよ。お前も、何でわざわざキッツい方法選んだわけ?」

「う"っ………だが、あの状況だとあぁ言わざるを得ないと思ったんだ!」

「そうですね、多分クロウリーさんは基本的に話を聞かないでしょうし、不毛に言い争うよりもさっさと現物を持っていって交渉する方が早いでしょう。」

 

一先ず入学式が行われていた鏡の間へと訪れた一向。エースは納得いかない様子で顔をしかめており、デュースも気持ちは分かるのか若干ヤケクソ気味である。そんな二人の前で巨大な鏡に立つエノクは振り返りながら問いかけた。

 

「一応着いて来て貰えますか?大体は僕がしますが、君達も手伝ったという証拠は必要ですし。」

「んあ?何、やってくれんの?」

「お二人は巻き込まれただけですし、おおよその原因はグリムくんですから。」

「オレ様だって、追いかけられてただけなんだゾ!」

「はいはい………闇の鏡さん、起きていらっしゃるのでしょう?少々お聞きしたいことがあります。」

『……昨日の今日で汝とこうして言の葉を交わすとは思っていなかった。して、何用だ?』

 

無罪を主張するグリムをスルーして鏡に話しかける。すると昨日と同じ様に向こう側に仮面が出現した。

 

「ドワーフ鉱山という場所へ行きたいんです。魔法石なる物を採取しなくてはならなくなりましてね。出来ますか?」

『可能だ。ゲートを作るまで暫し待て。』

「へぇ、遠距離の転移能力まで……中々に優秀ですね、"図書館"にも一つ欲しい位です。今度詳しく仕組みを見てもよろしいですか?勿論、解体などはしませんので。」

『この鏡の間の清掃を対価とするのであれば問題無い。』

「その程度ならば喜んで。」

 

交渉をそこで打ち切ったエノクへ、デュースは覚悟を決めたといったように拳を手に打ち付けながら話しかける。

 

「僕は手伝うぞ、流石に一人におんぶにだっこは情けないからな。」

「必要な時にはお願いすると思いますよ。」

「えぇ~……頼んで良いなら俺待っときたいんだけど。」

 

見るからにやる気が無さげなエースだが、次のエノクの言葉にピクリと反応する。

 

「ふむ……手伝って下さるのであればクロウリーさんを一発ぶん殴る位のお手伝いはしますよ。」

「………マジ?」

「はい、理不尽に冤罪をかけられて君も腹が立ってるでしょう?悪い条件じゃないと思いますが。」

 

少しばかり理解するのに時間がかかった様子だったが、次の瞬間にはニヤリと悪どい笑みを浮かべ、弾んだ声色で答えた。

 

「そんなん、手伝うしかねぇじゃん♪」

「気持ちは分からなくもないが、仮にも相手は学園長だぞ……そんなウキウキで殴りに行くなよ。」

「当然の権利というやつですよ。君も、腹立たしいとは思っているのでしょう?」

「……………そうだな、僕もあの仮面を叩き割りたい!」

「俺より過激じゃん。」

「気合いがあるのは良いことですよ。それでは早速行きましょうか。」

「あぁ!闇の鏡よ、僕達をドワーフ鉱山へと導きたまえ!」

 

デュースが闇の鏡にそう力強く言い放つとそれに応えるように鏡は光輝く。光がおさまった後には、いつの間にか三人と一匹の姿は人のいる気配の無い山の中にあり、目の前には廃れた様子の坑道の入り口が見えるのであった。




最後辺りグリムが空気ですね。

自分はツイステをやってないので動画やサイトで情報収集をしてるので、どこか拙いところがあればご指摘をお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章4

こちらの更新は久しぶりですね。遅くなって申し訳ありません。もうしばらく忙しくなると思いますので、本編も番外編も気長に待っていただけたら嬉しいです。




それでは、どうぞ。


「閉山したとは聞いていましたが……成る程、随分と廃れていますね。」

「あそこに小屋があるな、誰かいるかもしれないし行ってみよう。」

「こんなとこに人なんていんのか?」

 

薄暗い森の中に出た三人と一匹は辺りを見回し、目的地に目星をつける。一先ず散策をしようと坑道の入り口らしき場所の隣にある小屋へと歩を進めた。

 

「ごめんくださーい!」

「………………誰もいねぇんだゾ。」

「埃が積もってますし、長い間使われてないようですね。」

「やけにちっせぇ家具だなぁ。エースが使ったら直ぐにぶっ壊れちまいそうだゾ。」

「俺もこんな子供用の椅子使うのは嫌に決まってんだろ。つーか、何で俺が使う前提なんだよ、お前の方がピッタリじゃん。」

「オレ様もこんなボロっちいのより頑丈な椅子の方がいいんだゾ!」

「何の話をしてるんだ………。」

 

鍵の掛かっていない扉の先にあったのは人間が使うにしてはいささか小さめなサイズの物ばかりがそろうリビングであった。いたるところが老朽化しており、少なくとも人が住んでいるような場所では無いことは理解出来る。放置された物品が見受けられるキッチンやリビング、ベッドルームを一通り見たエノクは首を横に振った。

 

「……………ここに目ぼしい物は無さそうですね。それじゃあ坑道に向かいましょうか。」

「さんせー。」

 

小屋の散策に区切りをつけたエノク達はここに入る前に目星を着けていた廃坑の前に立つ。入り口付近は夕陽が差し込んでいるが、それよりも奥はその場からは様子が伺えない。

 

「先が見えねぇじゃん。」

「物を探そうにも苦労しそうだな………。」

 

思わず眉をひそめた二人にグリムはニヤニヤと馬鹿にするような笑みを浮かべる。

 

「なんだ、お前らびびってんのかぁ?頭を下げるんだったらオレ様が先導してやってもいいんだゾ!」

「はぁ?んな事言ってねぇだろうが!」

「喧嘩してる場合じゃないだろう、時間が惜しい。」

「偉そうに言わないで貰えますー?」

「まぁまぁ、落ち着いて。」カチャカチャ

「ふな?エノク、それはなんなんだ?」

「あの寮にあったカンテラです。自分が持っている物は少し危ないので何か使えるかと思って一応持ってきました。スペードくんの言う通り時間も惜しいですし、さっさと行きましょうか。」

 

カンテラに明かりを灯したエノクは躊躇い無く廃坑へと足を踏み入れる。その背中を呆気にとられて見送りかけていた

 

「オイ!オレ様を置いていくんじゃねぇ!」

「えー、なんでこんな真っ暗なとこに迷わず行けるんだよアイツ……。」

「あんな迷わない足取り、すごい度胸だ……僕も見習おう!」

 

そうして廃坑に入った一行。しかし長年放置されていた為か整備などがされた様子はなく、荒れ果てた道に朽ちた掘削道具が転がっている。

 

「うおっ!?……ああクソ、なんか変な苔のお陰で全く見えないって事はねぇけど薄暗いし道ぼっこぼこだし歩きづれぇ…!」

「へへーん!情けねぇな、オレ様みたいに宙に浮けば………フギャ!?なんか背中に当たった!?」

「ただの土埃だろ、ってうぉ!?何か目に入った!」

 

慌てて魔法で水を出して目を洗おうとしているエースをよそに少し不安そうなデュースは先頭を行くエノクに話しかける。

 

「……なぁエノク、坑道に入ったのは良いんだが魔法石はどうやって探すんだ?あまりに広いと迷ってしまいそうなんだが……。」

「魔力の察知などは出来ませんか?魔力のない僕よりも君達の方が長けていると思うのですけど。」

「わ、分かったちょっとやってみる。」

 

突然振られたデュースは動揺しながらも目を瞑り集中し始める。

 

「…………………………。」

「どうですか?」

「……ダメだ、さっぱりわからない。」

「そもそもさぁ、そんな事まだ習ってないんだけど?多分上級生ならいけるだろうけどさ。」

「んー、土の臭いしかしねぇんだゾ。」

「つーかさぁ、何かさっきから寒くね?」

「……確かに、外に居たときより肌寒く感じるな。」

「日の光なんて入るわけもありませんし、熱を発する何かがあるわけでも無いですからね。」

「へへーん!オマエら、なっさけねぇんだゾ!」

「うるせぇ!モコモコのお前と違ってこっちは毛皮とかねェんだよ!暖とるからお前の耳触らせろ!」

「やーい!やれるもんならやってみろー!」

 

からかわれたエースがグリムを追いかける。ヒョイヒョイとすばしっこく逃げ回るグリムだったが、いつの間にか立ち止まっていたエノクの足にぶつかって止まった。

 

「フギャッ!?………おいエノク、何立ち止まってんだゾ?」

「誰かこっちに来てます。」

「ここの人じゃないのか?……おーい!すいませーん!少しお話聞いても良いですかー?」

「ちょ、馬鹿っ!ここ廃坑だぞ、こんなとこ普通は人なんている筈ねぇだろ!」

「でももしかしたら…………。」

「イッヒッヒ~!10年ぶりの人間だ~!」

「「うおっ!?」」

「ああ、成る程。」

「ひぎゃあ!?ゴゴゴ、ゴーストだ~!?」

「おー、ずいぶんと若いじゃないか~。」

 

エノクとグリムにとっては見覚えのある形のゴースト達が廃坑の奥の暗闇から出てくる。

 

「何の用だい、子供達。こーんな廃れた坑道に来るなんて。」

「少しばかり大きめの魔法石が必要でして、ご存知無いですか?」

「さぁ?なんせこの場所は当の昔に人は居なくなっちまったし、オレ達は魔法石なんかいらないもんでなぁ。」

「そうでしたか、では僕達は探索を続けるこれで。」

「そう言わずゆっくりして行きなよ、永遠にねぇ?」

「ひぃ!?く、来るんじゃねぇ!」

「バカ、落ち着けって!」

「走って撒くぞ!俺に着いてこい!」

「イーッヒッヒッヒ!まずは君に取り憑いて………フグっ!?」

 

ゴースト達が驚いて踵を返す二人と一匹を更に追いかけようとしたその時、エノクが一番大きいゴーストの首を掴み、締め上げ始めた。本来実体を持たない為、生物であるのなら触れることが出来ない筈のゴーストをさも当然のように掴むエノクはその手を更に締め付けながら思考し始める。

 

「成る程、ゴーストと言うだけあって受肉はしてないんですね。魂だけの存在故に人の精神に入り込むのもお手のもの、そうして相手の主導権を奪うと…………持ち帰ったら研究も進みそうですね。」

「ぐ………ぐるじ………。」

「さて、恨むなら僕に危害を加えようとした自分を……と、言いたいところですが、あれがこちらの世界でどんな作用を及ぼすか分かったもんじゃありませんね…………一つ聞いても?」

「ひ、ひぃ!?」びくっ

「貴方達は僕らの命に関わる事をしようとしましたか?」

「し、してません!久しぶりに人間を見てはしゃいだだけです!なのでどうか、どうか、許して!」

「………………嘘はついてないようですね。こちらを殺そうとしていたのなら有無を言わさずやるつもりでしたが、悪戯程度なら仕方ないですね。」パッ

「「ひえ~~ッ!!」」ピューンッ!

 

エノクが掴んでいた手を緩めた瞬間、ゴースト達は一目散に逃げだす。後に残されたのはその後ろ姿を見送るエノクと呆然と固まっているグリム、エース、デュースである。

 

「収穫はあまり無いですね、探索を………おや、どうしましたかそんな立ち尽くして。」

「い、いや今起きた事が衝撃的すぎて思考が纏まんないっつーか……え、なに?お前ゴーストに触れられんの?」

「やろうと思えばいくらでも。」

「……………さ、参考程度に聞いときたいんだけどさぁ、もしあのゴースト達が俺たちの命狙ってたらどうするつもりだったんだよ。」

「魂を細切れにするか握りつぶして完全に消滅させるつもりでしたが?こちらを殺そうとするのなら、僕は殺される覚悟があると判断して相手をしますので。」

「………ま、まぁ味方なら安心………安心、なのか?」

「オレ様、絶対エノクに逆らわねぇんだゾ…………。」

「こちらに殺意と敵意を向けるか余程舐めた真似しなければ何もしませんよ。さぁ、行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホントにさぁ、エノクだけで良いんじゃねぇの?」

「お二人に来ていただいているのは証明の為ですから。それに、廃坑探索なんて中々出来ない貴重な体験ですよ?」

「いや別に求めてねーっつうの。」

「しばらく歩いたが魔法石は見当たらないな。もうここら辺は取られているのか?」

「石が無くなって廃坑になったんだったらもうねぇだろ。」

「ふなッ!?じゃあどうするんだゾ!?」

「んなもん俺が知りてぇよ。」

「いえ、多分ですが廃坑になった理由は別ですね。」

 

前を向きながら会話に入ってきたエノクの言葉ににデュースは疑問を浮かべる。

 

「エノク、何でそう思うんだ?」

「入り口付近にあった家ですよ。採掘し尽くしたのなら退去の時間を取れる筈ですが、あの家には沢山の生活雑貨や食器が残っているのが見受けられましたからね。中には売れば金銭になりそうな鉱石も飾ってありましたし、多分何かアクシデントがあって従業者達が避難して以降、誰も寄り付かなくなったという感じなんでしょう。」

「なんか途中にいっぱいあった機械もそれなのか?」

「そうでしょうねグリムくん。」

「けどさぁ、だったらなんでここは廃坑になったわけ?」

「簡単ですよ、発掘の続行どころかそこに居ることすら出来ないような危険な状態になったんです。おおよそ人が死ぬレベルの異常事態ですね。」

「しッ!?」

 

エノクの言葉を聞いてまだ子供と言える年齢であるエースとデュースは体を強ばらせる。さもなんでもないかのように立っているエノクが異常に見えるが、過ごした環境と彼自身の能力を考えればその程度取るに足らない物なのだろう。

 

「発掘作業という仕事自体危険が伴うものですよ。例えば地盤沈下や地下水による水害、中には有害ガスが充満してたりすることもありますね。」

「えぇッ!?大丈夫なのか!?」

「十年以上放置されてるのに崩れる様子はないですし、過剰な湿気があるわけでもない。ガスだって君らが吸ってたら既にあの世ですし、その前にグリムくんの炎に引火して爆発してますよ。なので自然災害は考えにくいですね。」

「あーもーはぐらかすんじゃねぇ!さっさと答えを言うんだゾ!」

 

明確な答えを言わないエノクは痺れを切らしたグリムに問い詰められ、数瞬だけ思考を巡らせる。そうしてたどり着き、ほぼ確信していた答えを口に出す前にエノクはピタリと足を止め、くるりと振り向いた。

 

「どうやら答えが向こうから来てくれたようですよ。」

「はぇ?」

「それってどういう………」

 

ニコリと笑ったエノクにデュースがそう言い切る前だった。

 

「…………わた………うぅ………ぬ…………。」

 

背筋に悪寒が走るような音が何処かから聞こえたような感覚がする。暗い洞窟の中にガリガリ、ガリガリと何かを削るような音が響き渡る。

 

「な、なんだ?」

 

「…………………ハ…………オデノモノ……。」

 

「何か……来る!」

「………ゴーストや魔法なんて物が当たり前に存在する世界ですからね、似たようなのは存在するとは思っていましたが………まさか異世界に来て1日でねじれ的な物と遭遇するとは思わなかったですよ。」

 

「イシハ………

 

オデノモノダァァァァッ!!」

 

「「「で、出たーっ!?」」」

 

咆哮と共に一行の前に現れたのは、深紅の衣を身に纏う大きな人型の怪物だった。右には片方の牙が欠けたつるはし、左には紫色の炎が灯るランタンを持つ腕は何かに染まったように黒く、絶え間無く黒い液体が伝っている。そして何よりも目を引くのは本来顔がある筈の部分に当然のように収まっているドス黒いインク入りの瓶である。

 

「ふむ、口はないようですし、何処から声をだしてるんでしょうかね?」

「んなこと言ってる場合かよ!?逃げんぞ!」

「ふな"~ッ!?あんなのがいるなんて聞いてねぇんだゾ!」

「そうは言っても目的の代物はすぐそこですよ。」

「目的?……あッ!おい!化物の後ろ!」

 

デュースが指差した先に目を向けると、暗闇の中にキラリと一際大きい輝きが見える。ぼんやりと光を放つそれは二人が持つペンの先についている宝石の原石のようだった。

 

「魔法石だ!それもかなりでかいやつ!」

「マジなんだゾ!?じゃああの石を持って帰れば……。」

「つってもどうすんだよ、あの化物完全にこっちに狙いつけてんじゃん!」

「やるしかないだろ……

 

「グオオオオオアアアッ!」ブオンッ!

 

っとあ!?」

 

化物は近づいた者に反応しつるはしを振り下ろす。間一髪避けたデュースだったが、つるはしによってバキバキに砕かれた地面の様子を見て顔を青ざめさせた。

 

「あーもー、脳筋くんはさがってな!ファイアショットッ!」

 

杖代わりのマジカルペンを構え、作り出した火の玉を発射したエースは標的の化物に真正面からヒットしたのを確認するとニヤリと笑うが、煙の中から無傷の化物が現れたことにより動揺し、無防備なまま固まってしまう。

 

「嘘だろ、直撃して無傷かよ!?」

「イジハワダザンッ!!」

「うおっ!?」

 

ダメージは無いものの敵意を向けてきた相手を殺すことのみを考えているのか、インク瓶の化物は近くにいたデュースを押し退けてエースに向かってつるはしを突き出す。鋭さこそ無いものの鉄の質量と化物らしい馬鹿力が合わさった打撃は、普通の人間では受けた部位の骨が砕けてしまいそうな程の威力がある。その一撃が眼前にまで迫ったエースだったが、斜め後ろにいたエノクが襟を掴み、そのまま左半身を引くように体をひねりながら引っ張ったことでその射程から何とか逃れることが出来た。エースを助けたエノクは体をひねったと同時に引き絞った力を近づいていたインク瓶の化物の胴体に狙いを定め

 

「やりすぎです。」

 

解き放つ。

 

ドゴォッ!!

 

「ガアッ!?」

 

つるはしを力任せに振るうのみの化物は、狩人にとっては格好の獲物であった。隙だらけだった胴に裏拳を受けた化物は先程まで立っていた場所に叩きつけられ沈んだように見えたが、すぐに体を起こして活動を再開した。殴り付けた本人はそれを見て少しばかり意外そうな顔をしている。

 

「おや、中々頑丈ですね。TETHレベルの幻想体なら一撃で鎮圧できる位の力は入れたのですが………ふむ、向こうで例えるなら市怪談あたり……いや、資源の独占が目的なら金を出す人間は多少はいそうですから都市伝説都あたりですかね。あ、大丈夫ですかエースくん?」

「っぶねぇ、死ぬかと思った………!」

 

詰まらせていた息を吐いたエースを立たせたエノクは持っていたランタンをグリムに持たせると、司書の格好として身に纏っているコートの中から仕込み杖を何処からともなく取り出して構える。

 

「ちょ、おま、今どっから……!?」

「後でお話しするので気にしないで下さい。」

「わかった。それでどうする、エノクがぶっ飛ばしてくれたのは良いが、このままじゃ目的の魔法石に近づけないぞ。」

「何でそんな受け入れんの早いのお前………どうしたもこうしたもあるかよ、俺の魔法全く利いてねぇし今んとこエノクが殴った位しかダメージ入って無いだろ。」

「ふな"~っ!エノク、何とかするんだゾ!オマエならあいつ位ボコボコに出来んだろ!」

「否定はしませんが、今ここで倒したらそれはそれで面倒な事になりそうなので先に石を確保しておきたいです。」

 

そう言いながらもエノクの目線は化物から反らされていない。向こうも、自分の体にダメージを与えた相手を警戒してかその場から動いていない為、エノクの後ろに下がった三人は緊張しながらも立っている。

 

「面倒って?」

「安全確保です。あの石が珍しい物なら戦闘中に壊れては堪りません。なのでまずあのねじれを拘束して石を確保、逃げるか殺すかはその後に決めます。」

「けど、どうするんだ。あの化物を拘束しておく手段なんて、今の僕達には…………。」

「そうですね……そういえばデュースくん、何か重いものをアレの頭上に落とすことって出来ますか?」

「え?あ、あぁ、何かを召喚して重石にするぐらいならできるが…。」

「ならそれをお願いします。グリムくんは合図したら君お得意の炎をアレに向かってぶつけて下さい。」

「お、オレ様に任せるんだぞ!」

「エースくんはグリムくんの炎のバックアップを。火を出せるなら風を起こすのは可能でしょう?」

「確かに出来っけどさぁ、何すんの?」

 

怪訝そうなエースの声に、エノクは虚空から取り出した握り拳サイズの壺のような物を見せながらチラリと目線を寄越す。

 

「普通の魔法が駄目なら工夫でどうにかしてしまえば良いんですよ。さぁ、始めましょうか。」

 

言い終わるや否やエノクは手に持った壺を化物目掛けて投げつける。予備動作こそあったものの想像以上の速度だったのか、避けるどころか防ぐことも出来なかった化物は真正面から壺とぶつかり合い、その拍子に割れた壺の中身を全身に被った。

 

「グリムくん、化物をよく狙って強めに。」

「わかったんだゾ!ふな"~ッ!!」ボウッ!!

「エースくん、今です。」

「わかってるっての!リーフショットッ!」

 

ボワッ!!

 

「グガァァァァァッ!?」

 

風を送られ勢いが増したグリムの炎は、化物を包み込んだ瞬間爆発したように燃え上がり始める。先程とは違い明確な程に苦しんでいる化物を、エノクは仕込み杖をフルスイングして容赦なく壁に叩き付ける。固い筈の壁に罅が入るほどの力を受けた

 

「今のうちです。ここに縫い付けて置くので取りに向かってください。」

「良いのか?」

「時間はありませんよ。さぁ、速く。」

 

追撃で蹴りを胴体に入れているエノクに促されたデュースは走って魔法石の元へたどり着く。とても強い輝きを放つそれを持ち上げそのまま踵を返した時、エノクが押さえつけていた化物がより強く抵抗し暴れ始める。

 

「ワタサヌ"、ワ"タ"サヌ!!」

「すいません、こちらにも少し事情があるんです。」

 

しかし抵抗として振るわれたつるはしは杖によって悉く弾かれる。デュースがその背後を急いで駆け抜けたのを確認した後、エノクは足での拘束を解きつつ大きく振るわれたつるはしを直剣で受け止めるとそれを横に流した。続けるようにそれにつられて体勢を崩した化物が晒した脇腹に向かって杖を振るい、廃坑の奥へと殴り飛ばす。

 

「デュースくん、重石お願いしまーす。」

「あ、あぁ、わかった!えーっとえーっと……。」

「グゥゥゥ……。」ググググクッ

「ふなッ!?もう起き上がろうとしてるんだゾ!?」

「何でもいいから速くしろよ!」

「わかってる!えーと……出でよ、大釜!」

 

デュースのマジカルペンが光ったと思うと、地面に這いつくばっていた化物のすぐ上に巨大な金属の釜が現れて押し潰した。

 

「よしッ!上手く行った!」

「喜んでる暇なんかねぇだろ!さっさと逃げるぞ!」

「オイエノク!ランタンさっさと持つんだゾ!」

「あぁ、全力で走るには邪魔ですもんね。預かります。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人と一匹は後ろで蠢く化物をよそに来た道を駆け抜ける。帰り道はエノクを恐れてかゴースト達が出てくる事はなく、やがて入り口が見えて来た所で四足で駆けるグリムの耳に先程聞いたおぞましい声が届く。

 

「エノク~ッ!あいつ追いかけて来てるんだゾ~ッ!?」

「はぁ!?んなわけ………

 

「ガエ"セッ!!」ドスドスドスドスッ!!

 

あんのかよッ!?」

 

走る一行の後ろから、身体中から黒い液体を垂れ流しながら先程の化物が突っ込んで来る。完全にこちらをターゲットにしており、動き方も理性のない獣のようになっていた。

 

「あのサイズの大釜を押し退けてきたのか!?」

「執念深いですね、余程大事なのか異常なまでに欲深いのか………どっちだと思います?」

「今聞くことじゃねぇだろ!」

「ゴロ"スッ、ゴロ"スッ!!ウバウヤツハゴロシテヤ"ルッ!!」

「…………ふむ。」

 

エース、デュース、グリムは月が登り始めていた空の下へと元へと飛び出して森へと走り続ける。しかしエノクは廃坑前の広場で立ち止まりこちらに向かってくる化物へと向き直る。

 

「おい何してんだよッ!?」

「追い付かれる前に鏡で逃げるぞ!」

 

エースとデュースが呼び掛けるがエノクは反応しない。やがて月光が照らす場所に、化物が現れた。

 

「ゴロ"スゴロ"ス'ゴロスゴロスッ!!ア"イ"ツ"ラ"ミ"タ"イ"ニゴロシテヤ"ルッ!!」

「ひぃッ!?き、来やがったんだゾ!?」

 

全身が焼けてボロボロになっているが凶暴性はむしろ増しているようで、目の前の敵を排除するだけの本能に支配された獣に成り下がった化物を見て、恐れたグリムはデュースの後ろに隠れる。エースとデュースも初めて襲われる高密度の殺気に動けなくなっていたが、その中でもエノクは何でもないかのように立って杖を持つ。

 

「ゴロスッ!!」

 

化物は獣のように飛び上がり、その勢いで振り下ろされたつるはしはエノクの体を食いちぎらんと迫る。

 

バンッ! ガギンッ!!

 

しかしその後、辺りに鳴り響いたのは肉を潰すやエノクの叫び等ではなく、火薬が弾けたような音と金属同士がぶつかり合った音だった。

 

「使うつもりは無かったんですが………貴方が獣であると言うのなら、狂気に染まったナニカであると言うのなら、僕は貴方を全力で狩らせていただきます。」

 

いつの間にか出していた短銃を躊躇いなく撃ったエノクは杖を虚空にしまい、武器を撃たれた反動で仰け反る化物に向けて手刀をつき出す。

 

ドチュッ

 

普通の人間に出せる速度を軽く越えた素手の刺突は化物の胴体を食い破り、貫通する形で止まった。

 

「…………。」

「数百年煮詰まった呪いにこそ届きませんが、それでもこのドス黒い力は珍しいですね。今まで感じた魔力が何か……負の感情辺りに汚染されて歪んだ物ですか。ここまで変質させるのにどれ程のストレスがかかったのでしょう。」バキンッ!

 

引き抜かれた腕にはドス黒い液体が結晶化したような物体が握られていたが、エノクはそれを一瞥した後迷いなく跡も残さないレベルにまで粉々に握り潰した。そして胴体に風穴を開けられ動かなくなった化物を前に、虚空から隕鉄の曲刃と折り畳まれた柄を取り出しすのと同時に仕掛けを起動して葬送の刃を組み立てる。

 

「時間です。」

 

祈るように、願うように、信念を継いだ狩人は刃を構える。例え異世界であろうとも、やることは変わらないと言わんばかりに自然体で、目の前の獣(人であった筈のもの)の命を刈り取る為に。

 

目覚めなさい(眠りなさい)。」

 

月明かりを反射して黒く光る刃が一瞬だけ掻き消え、空気を切り裂いた事で生じた風は周りの木々の葉をざわつかせ、離れた場所で見ていたグリムの炎を揺らした。既に葬送の刃を振り切った姿勢のエノクは構えを解くとそのまま数歩後ろに下がる。

 

シャリンッ

 

そんな音と共に化物の体に線が走り、そこからずれるようにインク瓶のような頭が胴体から離れて横に落ちる。しかしその頭は地面に着く直前で塵のような形になり、そのまま落ちることなく煙のように消えてしまった。続くように胴体も貫かれた部位から罅が広がり、そのまま砕け散って破片となった後に空気に解けるように消え去った。

 

「どうか、貴方の目覚めが良いものでありますように。」

 

化物の最後を見届けたエノクは化物がいた場所を見つめながら優しく呟く。数秒、黙祷を捧げた後、呆然と事の顛末を見ていた二人と一匹の方へと振り返りながら笑いかける。

 

「お待たせしました。もう遅いですし、早く学園に帰りましょうか。」

 




エノクが廃坑の中でインク瓶のファントムを殺さなかった理由ですが、
・あの化物と魔法石がリンクしていた場合、目的の魔法石が壊れる可能性があった。
・出来ない事は無いが、狭い場所で素人二人を庇いながら戦闘すると巻き込んでしまう可能性があった。
・不必要な殺生はしたくなかった。
等があります。まぁ最終的には石とはあまり関係ない何かしらの原因で歪んだ元ヒト現獣であることを悟った為、ゲールマンに倣って介錯しました。

なおプロムン、フロム世界基準なのでツイステ世界からしたらかなり軽いノリで再起不能にします。それに加え一定以上の敵意と殺意を向けて実害を出そうとするとカウンターでぶち殺そうとします。お茶目ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 エノクinツイステッドワンダーランド 序章5

「よっと。あー、帰ってこれた~!」

「ふぅ、ここまで来れば一息つけるな。」

「出発したのは数時間前の筈ですが、なんだか久しぶりに感じますね。具体的には4ヶ月ほど。」

「なんでそんな具体的なんだゾ?」

 

廃坑がある山から鏡を通って帰ってきたエノク達は鏡の間をでてそのまま校舎の中を歩く。すっかり日が暮れている為、外に面している廊下は魔法によって動く明かりが照らしている。

 

「それにしてもさぁ、最初からお前だけでよかったんじゃねぇの?ゴーストも、あの化物だって殆どエノクがやってたじゃんか。つーかあのめっちゃデカイ鎌何?今もうどっか消えてるし。」

「確かに、闇の鏡が言うには魔力はないって話じゃなかったのか?」

 

そんな二人の問いかけに、エノクはクスクスと笑いながら答える。

 

「魔法で説明がつかない事象もあるんですよ。知り合いに魔法を使う方々は居ますけど、それもこの世界で普及している魔法とは別の物でしょうし。」

「昨日言ってた神秘ってヤツなんだゾ?」

「それとはまた別ですが似たような物だと思って大丈夫です。」

「神秘……そんな物もあるのか、初めて聞くな。」

「僕の故郷でも使えるのは……そうですね、残っているのは僕と幼馴染みと部下達ぐらいですから。本来であれば知り得る筈のない物ですし、知らないのは当然かと。」

「部下って………ま、それよりその神秘ってやつで何が出来んの?」

「神秘は一言で言うなら遺志の力でして、燃料ではなくそれ自体を変質させて使うんです。」

 

フィンガースナップと共にデュースによって抱えられていた魔法石がその手を離れて宙を舞う。しかし、床に落ちる事はなくとある地点で空中に縫い付けられたかのように動かなくなった。

 

「これが基礎ですね。この力を触媒となる遺物などに通して特定の現象を引き起こしたり、神秘自体を現象へと書き換えたりしてます。」

 

浮いていた魔法石が真上に来たところで急に力を失ったように落ちてくるが、エノクはそれを難なく受け止める。

 

「まぁ魔法じゃない不思議な力程度に思っていただけたら良いですよ。一応治癒にも使えるので言って貰えれば治療致します。」

「怪我なんて早々………ありそうだったわ。」

「たった今僕らが死にそうな経験したばっかりだからな……。」

「あー思い出したらムカついて来たわ。ホントに何で俺らが罰則を受けなきゃいけないわけ?」

 

ただそこにいたからという理由で退学騒動に巻き込まれたエースは大変不服そうな表情を隠そうともせず愚痴を溢す。エノクが居なければ大怪我を負っていた可能性もあることを考えればその反応も妥当だろう。

 

「そこら辺の苦情はグリムくんとこの部屋にいる学園長にぶつけてしまいましょうか。」

「ふなっ!?お、俺だって被害者なんだゾ!」

「はいはい、失礼します。」コンコン

「聞け~っ!!」

 

足をポコスカ叩くグリムを無視して、エノクは学園長室の扉をノックし、返事を待たずに開け放つ。中にいたクロウリーは突然の訪問故か目を丸くしていた。

 

「ちょっと!ノックするなら返事を待ってくださいよ!」

「わかりました今度からノック無しで蹴り開けます。」

「そういう事ではありません!……それで、何の用事ですか?私はこれでも忙しいのですが。」

「おや、若々しいのは見た目だけ……いや見た目もそこそこ年齢行ってそうですね。」

「失礼じゃないですか!?」

「とまぁ冗談はそこまでにしておいて、依頼の品をお持ちしました。恐らく品質については問題ないかと。」

「……なんですって?」

 

クロウリーの怪訝な表情は、エノクが持つ魔法石を見た瞬間に驚愕へと塗り替えられる。差し出された石を受け取り、魔法を用いて検品し終わると、驚いたまま目の前で微笑を浮かべる青年とその後ろで居心地が悪そうに立っている二人へと目を向けた。

 

「……えぇ、確かにこの魔法石ならシャンデリアの部品として十分ですね。」

「本当ですか!」

「しかしこれ程の魔法石を一体どこで……まさか、本当にドワーフ鉱山まで行ったんですか?」

「「「へっ?」」」

「いやぁ、まさか本当に行くとは……その上魔法石を持って帰って来るとは思いもしませんでした。粛々と退学手続きを進めてしまっていましたよ。」

「んがッ!?なんて野郎なんだゾ!オレ様たちがとんでもねーバケモノと戦ってる間に!」

「いやあれ殆どやったのエノクじゃん。」

「バケモノ……詳しく話を聞かせていただけますか?」

「えぇ、経緯からですね。」

 

 

~now loading~

 

 

「ほほぅ……炭鉱に住み着いた謎のモンスター、それを貴方が中心となって4人で協力して交戦し打ち倒して帰還した、と。」

「や、協力したッつーか……。」

「彼らも例の生命体と交戦した際手伝って下さいました。現在は既に消滅させたので特に心配は無いかと。」

 

歯切れの悪いエースの言葉を引き継ぎ話を締めくくる。しかしそれと同時にクロウリーの様子が変化し、体を揺らし始める。

 

「……お、おお、おおおッ……………!

お"~~~~~~んッ!!

「な、何だコイツ?いい大人が急に泣き出したんだゾ?」

「わぁ醜い。」

 

思わず率直な感想が出てくるが、当人には聞こえていないのかそのまま嗚咽を漏らし泣きながら話し始める。

 

「私が学園長を務めて早ン十年……ナイトレイブンガレッジの生徒が手と手を取り合って敵に立ち向かい打ち勝つ日が来るなんてッ!!」

「なっ!僕はコイツとなんか手を繋いでません!」

「俺だって嫌だよ気持ちわりーな!つーか学園長今何歳だよ!?エノクの言う通り若作り?」

「今の言葉は聞かなかったことにします。それよりも私は今猛烈に感動しているのです!」

 

座ったまま体を震わせていたクロウリーだったが、突如机の前にワープするとエノクを指差しながら宣言するように告げる。

 

「今の話を聞いて確信しました。エノクくん、君には猛獣使い的才能がある!」

「………猛獣使いですか。」

「この学園の生徒は皆、闇の鏡に選ばれた優秀な魔法士の卵です。ですが、優秀であるが故にプライドが高く、我も強く……他人と協力するという考えを微塵も持たない個人主義かつ自己中心的な者が多い。」

「全然良いこと言ってねぇんだゾ………。」

「しかし、魔法を使えない貴方が「クロウリーさん、語りの前に一つ宜しいですか?」

 

テンションが上がり続け興奮している様子だったが、話を遮られ一旦落ち着いたのか咳払いをするクロウリー。相対するエノクは感情が今一読めない微笑のまま表情を動かさない。

 

「何でしょうか?」

「彼らの退学云々の話です。」

「あぁ、その事でしたらご心配無く。勿論、退学は取り消しとしますよ。それに加え、特別に!貴方を生徒として迎え入れようと考えているのですよ。勿論、魔法が使えないというハンデはありますが、そこはグリムくんと二人で一人の生徒とすることにしましょう。」

「おぉっ!?つまりオレ様も学校に通えるってことか!?」

「そう考えていただいて宜しいかと。あぁ、私なんて優しいのでしょう!」

「…………はぁ。」

 

自分を褒め称えるのに忙しそうなクロウリーを前に、エノクは深い溜め息を吐き、コートの内側に手を入れる。

 

「僕が言いたいのはそれ以前の問題ですよ。」

「……はて?心辺りはありませんが。」

「心辺りがない?冤罪で子供を死地へと自ら赴かせるように誘導した貴方がそう言いますか、成る程成る程。」

「冤罪?誘導?一体何の話を………。」

「取り敢えず彼らに謝罪を、話はそれからです。」ガチャンッ!

 

コートの内側から化物のつるはしを撃ち抜いた短銃を取り出し、グリップを握って引き金に指をかける。そして銃口を呆けた顔をしているクロウリーの方へと向けた。

 

「え、いや、ちょ、ま!?」

 

パァンッ!    パリン!

 

静止の声の途中で放たれた銃弾はクロウリーのコートの装飾を削り取り、背後の窓ガラスを貫通した。

 

「い、いきなり何をするんですか!危ないでしょう!」

「警告の一発なので当てる気は更々ありませんよ。それで、彼らの冤罪について何か一言いただけますか?」

 

ギリギリの所で椅子から転移し銃弾を避けたクロウリーは、一切笑みと銃の射線を崩さないまま問い掛け続けるエノクへと文句を垂れ始める。

 

「冤罪冤罪と、何の話なのかさっぱりなのですが!」

「シャンデリアが落とされた件について、彼らは一切関与していないという話ですが?」

「……………はい?」

「先程から言っているでしょう?冤罪で彼らを退学処分にするどころか化物の住まう土地へと赴かせた事に対する謝罪は、と。」

「なっ!?なら何故そうだと早く言ってくれなかったんですか!」

「訴えましたがこちらの話も聞かずに捲し立ててそのまま退学にしようとしたのはそちらでしょう?」

「現場を見れば、貴方達がやったようにしか見えなかったんですよ!」

「言い訳は聞いてません。僕はただ誠意のこもった謝罪を聞きたいだけですよ?」パァンッ!

「危なッ!何なんですかその銃!このコート鋭い刃物も通さないように魔法で仕立てられた代物ですよ!例え羽一枚であろうとも銃弾程度で簡単に貫かれる筈がっ!?」

 

異常とも言える存在と、すぐにでも自分の命を奪われる状況に焦燥が隠せないクロウリーだったが、その感情は自らの体の自由が段々と奪われている事実で更に加速した。

 

「か、体が………!」

「やはり隠密性を上げた神秘は察知出来ませんか。」

 

ニコニコと笑みを浮かべ続けるエノクは銃を下ろす。

 

「さてクロウリーさん、謝罪は?」

「あ、貴方一体何を………。」

「あぁ、謝罪より銃弾の方が良いですか。では右手の小指……いや、その無駄に長い爪からですね。拷問趣味は無いのですが……良い機会ですし習得してみましょうか。」チャキッ

「この度は誠に申し訳御座いませんでしたァッ!!」

 

再び銃を構えると共にうっすらと開かれた目に光は無く、ドス黒い殺意が明確に現れていたが、危険を感じ取ったクロウリーが謝罪の言葉を聞き取った瞬間、その気配を霧散させる。そして、後ろで固まっていたエースとデュースへと話しかける

 

「お二人共、今なら一発位殴れるでしょうからお好きにどうぞ。」

「い、いや、もうエノクがやってくれた分で満足というか……流石にその状況の学園長に追い討ちをかける気が失せたから僕は大丈夫だ。」

「俺もパス、さっきから無茶苦茶やる奴だとは思ってたけどさ、流石にここまでやるとは思わねぇじゃん。」

「おや、そうですか?仮面を剥がす位しても良いと思いますが……当事者である君達がそう言うならここまでにしましょうか。」

 

エノクが二度拍手をすると共に神秘が霧散する。それにより解放されたクロウリーは詰まっていた息を吐き、肩を上下させている。

 

「はぁ………全く、生きた心地がしませんでしたよ。ここまで危機感を覚えたのは久しぶりです。」

「別に敵でもない相手を殺しはしませんよ、これは僕のエゴみたいなものですし。まぁ取り敢えず、貴方がろくでなしって事は分かったのでこれからもそれを基準にしていきますね。」

「私一応貴方の雇用主ですよ!」

「高々武器を自分に向けられただけで騒がないで下さい。僕はまだ顎ふっとばして無いだけ優しい方ですよ?」

「だから何でそう物騒なんですか!貴方の故郷は地獄かなにかなんですか!?」

「止めてくださいよ、失礼な。地獄は倫理に基づいて人を裁いてるというまともな場所なんですから。」

「訂正すんのそっち?」

「地獄は己の快楽で人を殺す者が殺される側ですよ?」

 

ナチュラルに自分の故郷より地獄の方がマシと言い放つエノクに思わずエースからツッコミが漏れる。その返事に更なる闇が追加されそうになった所でクロウリーは咳払いをして話を止めた。

 

「オホン…………わかりました。今回の件については私の失態ですし、学園長権限で前期の成績の加点で手打ちとさせて下さい。代わりにこの事は他言無用で、宜しいですねトラッポラくん、スペードくん。」

「お、マジ!?やりぃ!」

「こ、こんな形で成績を上げてもらうのは優等生として良いんだろうか………?」

「バッカお前、こういうのは素直に頷いとけば良いんだよ。せっかくちょっと楽になったんだ使わない手はねぇだろ。」

「そしてグリムくん、貴方にはこれを。」

 

クロウリーが杖を振るうとグリムの首元に何処からともなく現れた灰色のリボンが結び付き、その結び目辺りに魔法石がペンダントのように繋がれた。

 

「この学園の生徒は全員魔法石が付いたマジカルペンが配布されていますが、その手ではペンを振るうのも一苦労でしょう。なので特別に首飾りとして加工しました。いかがですか?」

「おぉっ!?ってことはオレ様も生徒なのか!?」

「エノクくんの話を聞いて、貴方も十分な魔法の才能があると判断しました。それは我がナイトレイブンカレッジの生徒である証でもあります。無くさないようにしてください。」

「………や、や、やったんだゾ~!!」

「よかったですねグリムくん。」

 

クロウリーは次に跳び跳ねて全身で喜びを表すグリムを微笑ましげに見守るエノクへと話しかける。

 

「グリムくんはエノクくんと共に1-Aに入っていただきます。エノクくん、くれぐれもグリムくんから目を離さないように。」

「僕も生徒になるのは決定事項なんですか?」

「えぇ、監視役は近くにいた方が都合が良いでしょう。それとこちらを。」

 

そう言って何処からともなく取り出されたのは中心にレンズが取り付けられた中々にゴツい箱形のカメラだった。それを受け取ったエノクは様々な角度からそれを観察し始める。

 

「カメラ……インスタント型ですね。」

「貴方にはそちらのカメラでこの学園の記録を残していただきたいのです。特別な機能等はありませんが、普通のものより頑丈ですよ。それを通常業務の一つとして、各先生の補助をお願いしたいのです。勿論、給料もお支払いしますし、あの寮を引き続き住居として使っていただきます。」

「学生と用務員の兼任みたいなものですか。」

「今日はもう遅いですし、詳しい話はまた明日にしましょう。皆さん、寮に戻りなさい。」

「はい。では失礼します。」

 

そうして三人と一匹が出ていったのを見送った後、クロウリーは深く溜め息をつく。

 

「ふぅ……全く、今年は最初からトラブルが続きますねぇ。こういうときは、これですねぇ。」

 

学園室内に存在する本棚等と言った設備の隣に置かれていた黒い箱に手を掛ける。どうやら黒いガラスのドアが付いていたようで、中にはいくつもの黒い瓶が並べられていた。その内の一つを取り出したクロウリーは上機嫌で机に戻る。

 

「ふっふっふ………50年物をいただくのは久々ですねぇ。」

「なかなか美味しそうですね、僕も一杯頂いても?」

「嫌ですよ!これ私の自腹で買った高級ワインなんですから…………ふぁッ!?」

 

自分以外いる筈の無い部屋で誰かに話しかけられている事に今更ながら気がつき、壊れたブリキの玩具のように首を横に向ける。そして視界の端に微笑を浮かべるエノクを捉えた瞬間、ドタバタと壁際まで体を引いた。

 

「な、なぜここに!?今さっきそこの扉から出ていった筈でしょう!」

「狙いを定めた狩人はどこにでも現れるんですよ。それより、一つ追加で聞きたいことが。」

 

警戒するクロウリーをよそに、エノクはポケットから真っ黒な石の破片を取り出して机の上に置く。

 

「こちらについて何か情報があればお聞かせ願います。」

「………これをどこで?」

「廃坑に居た件の化物の核です。一応本体は完全に消滅させましたが、この一片はサンプルとして残しておいたんです。見た限り魔力が裏返ったような物だと考えられるんですが。」

 

持っていたワインの瓶を机に置き、代わりに破片を手にとって目の前に掲げる。暫く観察した後、静かに口を開いた。

 

「これはおそらく、ブロットの塊ですね。」

「ブロット?」

「この世界の者ではない君は知らなくても無理はありませんね。ブロットというのは簡単に言えば魔法を使うことで生じる物質の事です。魔法士にとっては避けては通れない有害物質ですね。」

「排気ガスみたいな物ですか。」

「そう考えていただけたら宜しいかと。」

「それが蓄積すると何かしらが巻き起こる訳ですか。例えば……人が化物へと変化する、とか。どうですか?」

「………確かに、オーバーブロットという事象は存在します。しかしそれはブロットを大量に蓄積できる優秀な魔法士に限った話、10年以上放置されていた廃坑の中にそれが現れる筈がありません。」

 

ふざけている様子が無くなったクロウリーが杖を振るい、離れた本棚にあった本を手元に引き寄せる。開いたページの中には幾つかの新聞の切り抜きがあり、その全てが似たような事件を記していた。

 

「実際にオーバーブロットが起きた際にはマジカルフォースが派遣され、鎮圧されますが過去の事件はいずれも被害はかなりの物だったそうです。しかし、今君が言ったような特徴の物は見当たらないんです。オーバーブロットが起きたのなら、その起点となる人物が居る筈ですから。」

「……………確かにその場にいた人間は僕とエースくんとデュースくん、あとグリムくんだけでしたね。ただ一つ、気になる点がありまして。」

「気になる点?」

「感情……特に負の方面の物が異常なまでに増幅されていた事です。最早全てが負の感情に塗りつぶされているように見えまして………もしあの化物が元々人であるならこの事象とよく似た物を知っているんですが、それレベルになると最悪国が一つ無くなる被害が出ると思うんです。多分人の枠から外れてしまってるでしょうね。」

「感情ですか………わかりました、こちらでも少々調べてみましょう。ですが、貴方の世界についての調査もあるので少ーしばかり時間がかかってしまいますが………。」

「あ、それについては目処が立ったので気にしなくてもらって問題ないです。多分あと1週間もあれば行き来も自由になるかと。」

「おやそうでしたか、それなら…………ちょっと待って下さい今なんとおっしゃいました?」

「では詳しい話はまた明日ということで。」

「待って下さい、詳しく説明を!というかスルーしてましたが国一つ滅ぶって何があるんですか!?」

 

踵を返そうとしたエノクは足を止め、天井を見上げ、思考を巡らせる。

 

「………人になろうとする人であってはならぬもの、全てを黙らせる音楽、祝福を与え導く新しき神、宙へと還す星…………ざっとこんな物でしょうか。形は違えど、人が全て消え去ればその国は滅んだも同然でしょう?」

 

振り返りそう言いながら笑ったエノクの体は青白い光に包まれたかと思うと、そのまま部屋の中から消え去った。残されたクロウリーは暫くの間呆けた顔を晒していたのだった。

 

 

 

 

 

「らんららんらら~ん♪」

 

グリムは廊下をルンルンで歩き、全身で喜びを表す。

 

「俺達はヘトヘトだってのに元気だな~お前。」

「確かに……あの坑道を奥からずっと走って帰って来たから疲れたな。体力が有り余ってるのはグリムが魔獣だからか?」

「んな事言ったらエノクはどうなるわけ?何だったらこん中で一番暴れてた癖に顔色一つ変えてない所か学園長脅してるし。」

「嫌ですね、交渉ですよ。事実、体の何処かの部位を欠けさせた訳じゃ無いでしょう?」

「そ、そうなのか……?」

「いやいや、あんなもん突きつけた時点で脅迫でしょーが。」

 

説得されかかっているデュースととてつもない暴論でごり押そうとするエノクにまとめてツッコミが入る。しかし、エノクは特に気にした様子もなく、口を開いた。

 

「でも手っ取り早いでしょう?クロウリーさんみたいな輩は自分が不利になれば話を煙に巻こうとしだすので、そうなる前にさっさと本題を突き付けるに限ります。」

「にしたって手段があんだろ。もう終わった事だし、トラブルもおさまったから良いけどさ~。」

 

言うことが一貫して物騒なエノクに呆れた様子のエース。一方でデュースは退学を免れた安堵の方が強いのか、エノクの言動はあまり気にしていないようであった。

 

「それにしても、魔獣がクラスメイトになるのか……こんな経験、早々無いんじゃないか?。」

「そもそも、喋る魔獣も見たことねーよ。ま、全く怖くないポンコツっぽいけど。」

「なにおう!馬鹿にするんじゃねぇ!すぐにお前らなんかぬかしてやるからな!」

「じゃあ勉強しっかりしましょうね?」

「うぐっ!?わ、わかってるんだゾ………。」

 

ニコッと笑うエノクに釘を刺され、グリムは目を反らしながらそれに答える。その様子を見ていたエースは、耐えきれないと言わんばかりに吹き出した。

 

「あっはは!もう手綱握られてんじゃん。」

「エノクがそんなに怖いか?いやまぁとんでもなく強いっていうのはあるが。」

「オレサマ大魔法士になるまで死にたくねぇ!」

「だからさっきから言ってるでしょう、余程嘗めた真似しなければ何もしないと。ご安心を、手加減はしますから。」

「あの重そうな棺の蓋片手でねじ曲げてた奴が言っても説得力がねぇんだぞ!」

「え、マジ?」

「本当に強いんだな…………もし何かトレーニングをしてるんだったら教えてくれないか?」

「実践形式で良いなら。」

「本当か!」

 

目を輝かせるデュースにエノクは困ったように笑いながら懐中時計を取り出して蓋を外す。

 

「ですが今日はもう遅いですし、詳しい話は明日の教室でしましょうか。門限とかは大丈夫ですか?もう7時も半分を超えましたが。」

「うっげ、もうそんな時間かよ!怪しまれる前にさっさと帰らねぇとやべぇ!じゃあな、エノク!」

「あ、おい待て僕も行く!それじゃあまた明日教室で!」

「はい、おやすみなさい。悪夢の無い良い夜を。」

「慌ただしい奴らだな。」

 

バタバタと去っていった二人を見送ったエノクは隣で

 

「グリムくん、僕たちも帰りましょうか。晩御飯は………そうだ、パジョンの材料が余ってましたね。」

「ぱじょん、って何なんだゾ?うまいのか?」

「味は保証しますよ。少々辛めのソースをかけるのですが………グリムくんなら問題なさそうですね多めに作りましょうか。」

「やったやった、楽しみなんだゾ~♪」

 

 

 

 

 

 

「おぉ、や~っと帰って来た。お前さんら、なんかあったのかい?」

「少々トラブルがありましてその解決のために奔走してました。もう済んでいるのでご心配無く。」

「そうだったか。いやはや、てっきり何処かで俺達の仲間入りしたのかと思ったよ。」

「やれるものならやってみろって話です。まぁその前に相手を魂の一片も残さず消し飛ばしますが。」

「おお、怖い怖い。お前さんなら本当に出来そうなのがより怖いなぁ。」

「俺達も見習わなきゃなぁ、あっはっは!」

「頑張って下さい。」

 

出迎えのゴースト達のからかいも素で返すエノク。冗談混じりだと思っているゴースト達は笑いエノクも微笑みを浮かべているが、坑道での出来事を間近で見ているグリムは何とも言えないような表情を浮かべていた。

 

「ところでお前さんら、明日も朝から仕事かい?」

「あ、その事についてですが「やいやいよく聞けゴーストども!オレサマも明日からちゃんと生徒の一人になるんだゾ!」………とまぁそういう訳です。」

「おお!良かったじゃないか、お祝いに胴上げでもしてやろう!」

「魂が抜けてしまうかもしれんが、楽しいぞ~?」

「ふなッ!?オレサマはまだゴーストになりたくないんだゾ!?来るんじゃねぇ~!?」

「「イーッヒッヒッヒッヒ!」」

「悪戯というか、それっぽく演出するのがお上手ですね。」

「ゴーストにしてみりゃ、あんな反応してくれると楽しくって仕方がないもんでねぇ……君も少しは驚いてくれるとより嬉しいんだがなぁ?」

「昨日も申した通り、僕からしてみたら皆さんに怖い要素なんてありませんので。」

「ふぅむ、ワシらも精進が足りんのかもな………あぁ、そうじゃった。」

 

グリムを追いかけず残っていたゴーストは、不意になにかを思い出したかのように帽子の中をまさぐり出した。

 

「お前さんに見て欲しいものがあるんじゃったわい。」

「僕にですか?」

「ほれ、これじゃ。」

 

そうして取り出されたのは、エノクからしたらとても見覚えのある一通の黒い封筒だった。

 

「昨日お前さんが床に突き刺してたランプがあるじゃろ?昼頃に突然光ったかと思ったら突然それが出てきてのぉ、持ち運べはするんじゃがワシらが開けようとしても消えてしまってな。お前さんならわかると思って待っておったんじゃ。」

「うわぁ、仕事が早い。流石優秀なAI……いや今はもう人間か。最近L社の再興が起動に乗ってポジティブエンケファリンの生産も安定してきたから管理人と休暇を満喫するって言ってたけど、申し訳ないことしたなぁ。」

 

少し驚きつつも受け取ったエノクが封筒を開ける。

 

「おぉ、簡単に開きおった。やっぱりお前さんじゃなきゃ駄目だったか……何なんじゃそれ。」

「手紙ですよ、僕の元の世界の上司からの。」

 

 

《エノクへ

 

これを見てるってことは届いたようね。私の管理人との休暇を邪魔したのは許さないけど図書館と貴方達の夢の力が作用して異世界へも干渉できると分かったのは僥倖だったわ。

まだ道が不安定だから行き来はできないけど、私の図書館の中は都市も手出し出来ないし、暫くの間退屈はしなさそうね。

一先ず貴方はその世界とこの世界の繋がりを保つ事に注力してちょうだい。ついでにそっちで役立ちそうなの見つけといて。

 

追伸 貴方と会えなくなったリサがこの数日間虚無を見つめるだけの役立たずになってるから早く何とかしてほしいのだけど。ひたすらに貴方の名前を呟き続けてるだけの機械になってうるさいのよ、なんで自然科学の階から図書館全体に声が届くのかしら》

 

「あー…………。」

 

中に入っていた手紙の内容に、先程のグリムのように微妙な表情になる。

 

「なんと書いておるんじゃ?」

「『休みにトラブル起こしたのは許さないけど異世界との繋がりを持てたのは良かった。あとさっさとお前の幼馴染みをどうにかしろ』って感じです。」

「おーい、エノク~何してんだ~?オレサマ、もうお腹ペコペコなんだゾ~。」

「あぁ、すぐに準備しますので待ってて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………はぁ。」

 

所変わって図書館の書斎にて、館長であるアンジェラは書類を捌いていた。その最中、苛立ちと疲れ込められた溜め息をこぼした時、新たな本を取りに来たアンジェリカが話し掛ける

 

「随分とご機嫌斜めですね。」

「恋人との時間を邪魔された上にいなくなった奴と騒音機に成り下がった奴の埋め合わせをする羽目になれば、誰でもこうなると思うのだけど?」

「まぁそれについては同情します、私もローランとの時間を邪魔されたくはないし。それで、エノクと連絡取れましたか?」

「一応招待状っていう形で送ることは出来たわ。向こうの状況は今一よく分かってないけど、多分エノクなら何食わぬ顔でうまくやってるんじゃないかしら。」

「まぁ彼一人でも本気の私達(黒い沈黙)が勝てないレベルで強いですし、都市にしては珍しく最初は対話を求める人ですからね。」

「会話の最中でも敵だと認識したら即座に殺しにかかるのはそれに含まれるの?」

「うーん……………どうなんでしょう?」

 

都市について知ったのがつい最近で世間知らずのアンジェラと裏路地出身故に思考回路が物騒寄りのアンジェリカの美女二人が揃って首を傾げていると新たな足音が近づいて来る。そちらに顔を向けると人形のような美貌を持つ女性だった。

 

「アンジェラ様、ここに居られましたか。アンジェリカ様も昨日ぶりですね。」

「あ、ドールちゃん。」

「ここまで来るなんて珍しいわね。」

「先程夢の庭の管理をしていたら異世界からの漂着物に紛れてこれが。おそらくエノク様からのお返事かと。」

「リサの声が止んだのはこれのせい?」

「リサ様宛の手紙もあってそれをお渡ししたらそのまま食い入るように見つめてます。」

「あー、そういえばなんか静かになったな~って感じましたが、成る程そういう事でしたか。それで?なんて書かれてます?」

「今開けるわ。」

 

《館長へ

 

どういう因果かは知りませんが、こちらの世界で学園の生徒をすることになりました。そちらとの接続が出来ても暫くの間は夜勤になると思います。

それでこちらの世界の事ですが、細かいことは調査しますが魔法という概念が普及しているようで、意外と技術が発達しています。流石に特異点レベルの物は無いようですが、それでも治安や生活基準は都市よりもかなり良いと言える物です。

 

追伸 こちらにもねじれらしき現象が起こることが確認出来ました。それから取り出したサンプルを同封致しますので研究チームに回してください。ねじれを制御する手段になり得るかもしれません。》

 

手紙に目を通したアンジェラは静かに優秀な思考回路を起動する。

 

「魔法………自然科学階の幻想体に協力を仰ぐべきかしら?一先ず異世界の技術の確保が優先ね…………アンジェリカ、これをローランとあの二人に渡して。」

「了解、管理人さんはどうしますか?」

「私から連絡しておくわ。アリアは他の司書達に通達して来てちょうだい。」

「かしこまりました。」

 

アンジェリカはサムズアップをして、人形はペコリと頭を下げてその場を去る。その場に残って再び机と向き合ったアンジェラは手紙に同封されていた黒い結晶を光に透かし、その怪しさに顔をしかめる。

 

「異世界………面倒な事にならなきゃ良いけど。」

 

 

 

 

 

 

「エノクゥ…………エノクゥ…………えへへへへ。」

 

 

 

「リサ様だいぶ静かになったね~、ずっと近くで呟き聞いてたからまだ頭の中で聞こえてる気がするけど~。」

「ティファレト様方の愛の重さは筋金入りだというのは貴方も分かっているでしょう?今回は発作が長かったですがいつもの事だと思えばよろしいですわ。」

「………でもね、スカーレットお姉ちゃん。僕は二人が揃ってないと寂しいし悲しいよ?。」

「大丈夫ですわ、テオ。エノク様程の方なら例え世界が違おうともすぐに顔をお見せになりますわ。」

「……うん、そうだね!よーし、ティファレト様の分までお仕事頑張るぞ~!」




エノクさんはヤーナム時代のリボンの少女の経験から、「子供が化物に殺される」という事象がかなり苦手です。勿論敵であれば別ですが、今回はほぼ一般人であるエースとデュースを(意図的ではないとしても)理不尽な目に合わせかけた事にぷんすこしてます。少なくとも精神的には四桁は生きてるエノクさんからしたらNRC生徒全員まだまだ子供みたいなものですし、あの「やらかす=死ね」である都市の基準からしたら爪消し飛ばす程度はまだ軽い注意みたいな物だと思うんですよね。少なくとも殺す気は更々ありません。やさしいやさしい()。


それはそうと話は逸れますが、Limbus Companyのエイプリルフールヤバかったですね。アークナイツや某馬娘……娘?のパロディするとは、なんともユーモアで溢れてますね。もしかしたら囚人がNRC生徒や教師だったりする世界もあるんですかね。取り敢えずシンクレアくんは監督生ポジにおさまって欲しいです。

RSA?都市生まれであそこに入れるのカルメン位では?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏路地
悪夢の終わり


いきなりbloodborneのエンディングですが、ブラボのキャラクター達との交流はそのうち書くのでお待ちください。






それではどうぞ


ポタ    ポタ

 

 

人の形をした何かが白い花畑の上で赤黒い血を流して倒れ伏している。

骨格こそ人間のような形をしているが、異常な程に痩せ細り肋骨は剥き出しで肉や皮があるのは腕と脚、背中位だろう。貌は穴があいたような仮面と言うべき無貌であり、周りには無数の触手がさながら獅子の鬣のように生えている。瞳も、口さえもないまさしく仮面と言う他ない。更には複数に枝分かれした尻尾も生えていた。

 

 

……………………。

 

  ポタ       ポタ

 

 

しかしその異形が動く様子はなく、ただひたすら赤黒い血を流すのみだ。どうやら絶命しているらしい。

動かぬ異形……「月の魔物」の傍らでその骸を無言で見つめる影が二人(・・)。どちらも全身を覆うような格好をしているが、明らかに齢が10歳位であろう姿だ。しかし、その手には子供が持つには不釣り合いなほどに恐ろしい気配を感じさせる武器が握られていた。二人が右手に持つ武器……一人は鉈、もう一人は杖……が血塗られていることからこの現状を作り出したのがこの者達であることが分かる。しばらく無言の状態が続いたが、やがて片方の人物が口を開く。

 

「ねぇ、これで終わったの?」

 

口を開いた者は幼い声でそう言いながら頭に被っていたフードを取り外す。そこには金色の長髪と紫色の目を持つ少女がいた。問いかけられた片割れは振り向いてその少女の質問に答える。

 

「恐らくだけどね。取り敢えず、この夢の主は僕らになったみたいだ。」

 

優しく語りかける声の主もあどけない子供だった。頭に被っていた帽子を取り、鼻まで上げていたマスクを下ろして素顔を露にする。茶色の髪と青色の目を持つ少年だ。少女に笑いかけながら話す少年はやがて空へと目線を向ける。それにつられて少女も空を見た。

 

暗かった空に光が差し始める。

 

「だからさ、ほら、どうやら自由に目覚める事が出来るみたいだよ、リサ。」

「そうね、エノク……………もう私達が、エノクが死ななくていいんだよね?」

「まぁ向こう側(・・・・)に近くなった僕らが本当に死ぬのか怪しい所だけど。」

「そういうこと言うのはやめてよ。」

「あはは。」

 

頬を膨らませてポコスカと殴る少女……リサとそれを笑いながら受け止める少年……エノク。二人共血塗れであるが、なんとも微笑ましい様子である。

 

 

するとそこに足音と車輪の回る音が聞こえてきた。

 

「狩人様方。」

「「人形さん。」」

 

車椅子に老人……ゲールマンをのせて静かに歩いて来た女性……"人形"は二人の近くまで来ると立ち止まり、話し始める。

 

「御二人は………夢から、この悪夢から目覚めるのですね。」

「うん、そのつもりだよ。」

あんな奴ら(上位者)みたいになるのは嫌よ。」

「そうですか……。」

 

表情の動かない"人形"だが、その声色は何処か寂しそうな、別れを惜しむような感じがする。それを感じ取ったエノクとリサは優しく笑い、"人形"に話しかける。

 

「大丈夫、ここ(狩人の夢)が消える訳じゃない。」

「私達が眠る時にまた会えるからね。」

「そう……ですか、それならば…安心……なのでしょうか。」

 

戸惑うように話す"人形"だったが、納得したのか佇まいを直して二人に向き直る。それを見たエノクとリサは一つ頷き、光の方へ歩き出す。光に入る直前、二人は振り返って"人形"に笑いかける。

 

「またすぐ会えるよ。」

「またね、人形さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狩人様方、

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方達の目覚めが有意なものでありますように。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おはよう。」」

 

いつの間にか向かい合うように寝ていたリサとエノクは同時に目を開け、微笑みながら挨拶を交わす。

 

「ようやく戻ってこれたね…………ここに未練があるわけじゃ無いけど。」

「永遠に変わらない誰もが狂った夢の世界より未来があるこっちの方がマシでしょ?」

「そうかもね。」

「………それにしてもちょっと早起き過ぎたかしら。」

 

何もない部屋、少しボロい窓、暗いままの外。外郭にいる以上、安全な時間はなど無い。夜であるなら尚更だ。

 

「問題無いよ、死んでも夢に戻るだけ……あぁ、それだと別れたばかりの人形さんに格好がつかないね。」

「軽々しく死のうとしないでよ。」

「あいて。」

 

気にする部分がズレているエノクを呆れた目で見つめるながらポカリと叩くリサだった。

 

「まぁ、取り敢えず…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一回寝ましょ。」

「あの街に安全な場所は無いし、安全な狩人の夢では眠る事が出来なかったもんね。」

「ホント、ちゃんとした睡眠は何年ぶりなのかしら。」

「起きたら装備の確認しよっか。」

「それもそうね。じゃあ、おやすみエノク。」

「うん、また明日、リサ。」

 

 寝転んだままの二人は互いに抱きしめ合うとそのまま寝てしまった。

 

 

 

 

二人が寝てから数分後、近くに煙の渦が生じる。そこからおどろおどろしい小人たちが這い出てきた。よれよれのシルクハットを被った小人………使者たちはすやすやと眠っている自分たちの主を見つけると、何人かで話し合うように向き合った。

 

「」ワタワタ

「」フーム

「!」ピコン

 

激しいジェスチャーによる討論(のように見えるもの)の最中、何かを思い付いた様子の使者が渦の中に潜る。しばらく他の使者が首をひねる動作をしていると、潜っていた使者が何かを持って出てきた。その手にはブランケットの様な布が握られている。

 

「」ソッ

 

ファサッ

 

そして他の使者と協力して眠るエノクとリサに布をかけると、静かに渦の中へ帰っていく。

 

 

眠る二人の顔は穏やかだった。

 

 




この作品のエノクとリサ(本編でのティファレトAB)はヤーナムをn十週繰り返したカンスト勢です。なので体は小さいながらも全てのボスをコンビネーションで一方的にぶちのめす事が出来るぐらいには強いですし、一周を年単位で過ごしていたため精神年齢や狂気耐性もだいぶ高くなってます。抽出部門の井戸を見ても「わぁ」位の反応になります。
ラストの周で月の魔物を倒し、上位者(幼年期)になる所を強制的にねじ曲げて夢の主導権を手に入れ人間と上位者の中間みたいな存在なったことで、自分たち以外の夢を終わらせてproject moonの世界に戻って来たのが今回のお話です。下手なアブノーマリティよりヤバいです。
かなり自己解釈が入っているので指摘されたら即座に直します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩人

使者達は本来狩人とはギブアンドテイクの関係ですが、半分上位者になった影響と長い間関わってきたせいで二人に対してかなり甘くなってます。距離感の近いアイドルを推す感覚ですね。


「ん………なんだろうこれ?」

 

二人が眠って数時間後、エノクが目を覚まして起き上がる。かけた記憶のないブランケットを首をかしげながらぼんやりと見つめていると、横から何かにつつかれた。

 

「?…あ、使者くん。今日のファッションはその包帯かな?」

「!」グッ

「うん、よく似合ってるよ。あ、これ(ブランケット)ありがとう。」

 

嬉しそうなジェスチャーをする使者に微笑ましそうな笑みを送るエノクは、そのまま寝ているリサにブランケットをかけなおした。

 

「さて先ずは、と。」

 

そのままそこに座り込んだエノクは使者の方に向き直り、虚空から一本の注射器を取り出した。中には赤い輸血液がたっぷりと入っている。

 

「品質の確認はしとかないとね………あぁ、補充はどうすればいいかな?」

「ー」カキカキ バッ

「えっと…《こっちの生物の血からでも作れるから渡して欲しい》?……じゃあ、これから暫くはここら辺で素材集め(蹂躙)だね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……………エノク?」

 

エノクが所持品の確認をとり始めて10分ほど後、ゆっくりとリサが目を開いた。それに気が付いたエノクは振り返りながらリサに笑いかける。

 

「おはようリサ。」

「おはよエノク………ふぁあ。」

 

寝ぼけ眼のリサはあくびをしながら起き上がるとそのままエノクの方へ寄りかかる。肩に顎をのせてエノクの頭の隣に自分の頭を持ってきたリサは目の前に並べられた注射器と弾丸、火炎瓶等、お世話になっている道具を一瞥する。エノクも特に気にすること無く目線を戻した。

 

「もうやってたの?起こしてくれてもいいのに。」

「とても気持ちよさそうに寝てたからね。起こすのも申し訳なくて……かわいい寝顔だったよ?」

「むぅ、そんな事言っても騙されないわよ!」

「本心だよ。」

 

若干嬉しそうに頬を膨らませたリサだったが、気にせずエノクは装備の確認を続ける。特に反応しなかったエノクに少し残念そうな顔をするリサであった。しばらくするとエノクの隣に移動して、虚空から様々な物体を取り出し始める。その手には人骨の破片や痩せた獣の手らしきもの、挙げ句の果てにはよくわからない生物が握られていた。

 

「秘儀の確認もやるの?」

「流石にここではしないわよ。馬鹿みたいに騒がしくなるだろうし被害がこっちに来るやつも……あ、抜け殻いる?」

「ルドウイークさんの聖剣もあるけど…まぁ、一応ノコギリ鉈に使えるし持っておこうかな。」

 

軽く手渡しされたらのは何かの抜け殻の様なものだった。左手でそれを受け取ったエノクは右手にあらかじめ取り出して整備していたノコギリ鉈を握りしめる。そしてその鉈に対して念じるように抜け殻をなぞると鉈が不思議な光を纏い始めた。

 

「うん、問題ないみたいだね。」

「?この前、血晶石で炎攻撃出来るようにしてなかったっけ?」

「あぁ、それはこっち。」

 

そう言ってエノクは虚空に手を入れ、もう一つノコギリ鉈を取り出した。 

 

「予備として作ってたんだよ。」

「ふーん…あ、銃火器銃火器。」

 

納得した様子のリサは何かを思い出したかのように虚空へと両手を突っ込んだ。しばらくの間、まさぐるように動かした後に一気に引っ張り出す。そこには多種多様で、中には異常な形をした銃があった。

 

「よっこい……しょっと。」ガチャン!

「もう、ちゃんと丁寧に扱わないとすぐボロボロになっちゃうよ。」

「いいのいいの、鍛えたこれらはそんな柔じゃないから………相変わらず手に馴染むわねこのエヴェリン。」

 

エノクにたしなめられるもそれを流したリサは一本の銃を手に取ると、懐かしむ様にそれ(エヴェリン)を眺め始める。

 

「いつからだっけ、それを使い始めたの。」

「えーと、たしか丁度折り返し地点ぐらいからだったはずなんだけど……」

 

銃を片手に首をかしげるリサ。その最中、何処からか音が聞こえる。

 

ペタ   ペタ

  

「………………エノク。」

「恐らく………ここら辺に迷い込んだ化物かな?まぁ、足音からして一匹だろうけど。」

「じゃあ、さっさと狩っちゃいましょ。」

 

何かの足音に敏感に反応しリサは隣で作業を続けるエノクと一言二言話し合うとエヴェリンを持ったまま立ち上がる。その顔はとても好戦的な笑みを浮かべている。

 

「あ、試し切りしたいから僕も行くよ。あとこれ持っといて。」

 

確認作業を一通り終えたエノクがリサに一つの武器を投げ渡す。反射的に掴み取ったリサがその武器を見ると特殊な形をした刃が鈍く輝いた。

 

「これってアイリーンさんの?」

「うん、慈悲の刃。一時期使ってたでしょ?」

「そうだけど……ほいっと。」

 

ガキン  シュンシュン  ガキン

 

「……変形機構に問題は無いわね、じゃあ行くわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外郭の一角、ボロボロになったコンクリート製の家屋が建ち並ぶ中、一匹の化物が道を歩く。

 

「……………………グルルルルルル………。」

 

全身が血で濡れており、まだ乾ききっていないその狼のような化物は歩く跡に血を残しながら目をギラギラと光らせる。

 

 

 

 

「ふーん、濃い匂いだなぁって思ってたけど、やっぱり獲物を狩った後だったみたいだね。」

 

 

「!…グルァッ!!」

 

背後から聞こえた声に対して、即座に振り返り威嚇する化物。その目線の先には帽子を被り、マスクを上げたエノクがいた。突如沸いたように現れたエノクに警戒する化物だったが、相手が人間の子供であることを確認すると、少し口角を上げながら近づき始めた。

 

「……。」

「あ、もしかして僕を食べようとしてる?」

「ガアァァァッッ!!」

 

エノクが可愛らしく首をこてんと倒したところに飛びかかる化物。鋭い牙を持った大きな口をこれでもかと開き、食らいつく。しかし狙った筈の少年に攻撃が当たる事はなかった。

 

「狼さん、こっちだよ。」

 

一瞬動揺した化物だったがこちらに笑いかけて話すエノクを見つけると即座に襲いかかる。どうやら馬鹿にされていると感じたようで、目が見開かれ毛が逆立つ。

 

バクン!

「おっとと、危ないなぁ。」

 

しかしエノクは軽いバックステップで避け続ける。

 

「もう、やんちゃだなぁ。そんな子は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと仕付けないと…………ねっ!」

 

「ガウンッ!?」

 

ある程度繰り返された攻防はエノクが左手で突っ込んできた化物の頭を殴った事で唐突に終わりを迎える。振り抜かれたエノクの手には穴の空いた鉄塊………ガラシャの拳がいつの間にか握られていた。化物は頭に食らった異常なまでの衝撃に思わず怯んでしまっている。

 

「あ、結構怯んでくれた。じゃあ、狩っ(殺し)ちゃおうかリサ(・・)。」

「待たせ過ぎよ!」

 

突如頭上から慈悲の刃を展開したリサが化物目掛けて突っ込んで来た。そしてそのまま二つに別れた刃を逆手持ちで構え、

 

「ふん!」

ザシュッ!

「グガッ!?」

 

そのまま化物の背中を刺し貫いた。その痛みに悶絶し、暴れだす化物だったがリサは化物の背中を蹴り、蜻蛉を切ってエノクの隣に着地し、そのままエノクと会話を始めた。

 

「もう、時間かかりすぎ!」

「ごめんね、体が鈍ってないか確認しながら誘導してたもんだから……。」

 

痛みでのたうち回る化物とは対照的に、二人の顔には明らかに余裕がある。

 

「他の武器の確認もしたいし、この子を仕留めようか。」

「むぅ………ちゃんと後で話するから。」

「グガッ…………グルルルル……。」

 

よろよろと立ち上がる化物の目には二人の子供が異常な存在にしか見えなくなっていた。だが化物自身のプライドが撤退を許さず、そのまま二人へ向かっていく。

 

「ガアァァァァァァッ!!!」

「よっと。」

「何よ、まだ元気じゃない。」

 

しかし途方もない時間悪夢の中で獣達を狩り続けた二人にその様なものが通用する筈もない。横にずれて避けたエノクはそのまま通り抜けた化物に対し、振り向きながら虚空から取り出したノコギリ鉈を展開し、攻撃を仕掛ける。

 

「大人しく狩られてね?」

バシュッ!!!

「グルガッ!?」

 

振り下ろされたノコギリ鉈は化物の脚を容赦無く潰した。最早化物には動くことすら儘ならない。

 

「ガウ…………ガ「眠りなさい。」」

 

 

 

 

 

 

 

 

バン

 

 

 

ベシャ

 

慈悲の刃を仕舞ったリサがエヴェリンで化物の頭を撃ち抜き、命を奪う。しばらくそのまま警戒していた二人は、倒れ伏し息絶えた化物の亡骸に近づく。

 

「復活は無し……敵の影も無し……うん、出てきて良いよ。」

 

ノコギリ鉈に付いた化物の血を振るって落としたエノクは使者達を呼び出す。数秒後、その場に煙の渦が生まれて使者達が化物の死体を持って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「取り敢えず、暫くはこんな感じの生活が続くかな。」

「…………マラソン?」

「そんな苦行じゃないよ。ノルマは1日一匹狩れたらいい位だし。」

 

訝しげに聞いてくるリサに思わず苦笑いになるエノクだった。




武器達は皆出すつもりです。ロマンが詰まった武器達の描写をしっかり頑張っていこうと思います。

ガラシャの拳の怯ませる力は原作より強めです。原作なら数瞬隙を作る位ですが、筋力99が思いっきり振り抜いたらここまでなりそうだなと思ったので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目指すもの

一応言って置きますが、二人の肉体(外見)年齢は十歳ほどです。ただしステータスがカンストしてるので可愛い外見とは裏腹に馬鹿みたいに身体能力が高くなってます。一人でALEPHとタイマンで勝てます。

だって狩人なんだもの。


「~~♪」

シャッ  シャッ

 

目覚めた部屋の隅でパーカーとジーンズを着ているエノクが古い作業台の上で矢のような物を研いでいる。隣には機械じみた籠手の様なものが置いてある。

 

「最近使って無かったからなぁ。」

 

椅子に座り、足をぶらつかせるエノクは研ぎ終わった刃を籠手に装着していく。その過程で籠手の機械部分をいじくっている最中、部屋に近づいてくる気配を感じる。

 

「ただいま~。」

「おかえりリサ。」

 

てくてくと歩いてきたのはリサだった。いつもと同じ様子だったが、右手に握る細長い獲物…仕込み杖は血塗られている。

 

「他の人は?」

「ここら辺りは私達以外軒並掃除屋とかにやられちゃったみたい。化物かロボットがいるだけで人間の気配なんてほとんど無かったわよ。」

「やっぱりだね、あと素材になりそうな獲物はいた?」

「手頃なやつを何匹かぶちのめして来たわよ。あ、あとこれ潰したロボット回収したら出てきたの!」

 

ふんす!と聞こえてきそうなほどのどや顔を見せるリサ。左手には何か結晶の様なものが握られていた。

 

あの子(使者)達に聞いたんだけど、どうやらこれを幾つか集めて加工すると血晶石の代わりに出来るらしいの。」

「本当かい!?」

 

エノクは少し目を見開いて驚く。その様子に更に気分を良くしたリサは意気揚々と話を続けた。

 

「ええ、実際に携帯してた工房道具で軽く加工してみて出来たのがこれだから!………まぁ弱い奴ばっか素材にすると強い物も出来ないみたいなんだけど…………。」

「ちょっと見せて。」

 

若干言葉が尻すぼみになるリサをよそに、結晶を見つめ、観察するエノク。暫くその状態が続いたが、おもむろにエノクが口を開く。

 

「………放射型……恐らく「強化の血晶石」に近いね。別物っぽいけど効果はほとんど変わらないと思うよ。」

「ちなみにランクは?」

「4か5。」

「使えないじゃない。」

「いいや、これがいいんだよ。」

「?」

 

リサは自分が拾った物があまり役に立たない物だと分かり、肩を落としたが、エノクは目を輝かせている。

 

「丁度攻撃力が微妙な武器を作りたかったからね。有りがたく使わせて貰うよ。何にしようかな~?」

「そんなの作ってなにするのよ。」

 

ニコニコと笑うエノクに純粋な疑問をぶつけるリサ。

 

「あぁ、まだ話して無かったっけ。そろそろここから引っ越そうかと思ってね。」

「それとその石に何の関係があるの?」

手加減(・・・)するためだよ。」

「…………別にする必要無いんじゃないかしら。」

 

首をコテンとかしげるリサにエノクは笑いかけながら説明し始める。

 

「フィクサーを始めようと思うんだ。」

「てことは裏路地に?」

「うん、依頼の中には対象を捕獲する物もあると思うし、今から準備してたほうが良いと思ってね。」

「うーん………そうね、いつまでもこんなとこにいられないし。」

 

納得する様子を見せるリサだった。

 

「で、具体的に何処へ向かうか決めてるの?」

「それについてはこれを見て。」

 

そう言うとエノクは作業台の上に置いてあった紙束を見せる。そこには裏路地について簡単に説明された文章が書かれていた。右下には小さく《ハナ協会》と書かれていたいる。

 

「この前ゴミの山の前を通りかかった時に見つけたんだ。どうやら他のゴミと一緒に流れ付いたみたいでね。あとこれも。」

 

反対側の手には四角いカードの様なものを握っている。

 

「これは?」

「通行証。外郭から都市に入る為に必要な書類みたいなものだよ。ただ、一つ問題があってね………一人分なんだ。」

「誰から奪えばいいの?」

「話が早くて助かるよ。」

 

リサの質問に対し、エノクは笑顔で答える。

 

「時々、都市の中から外郭に調査に来る人達がいるんだよ。そのうちの一人を狩ればいい。使者くん達に頼めば偽装もいけるよ。」

「了解よ、探して来るわ。」

「僕も行くよ。そろそろ本腰入れて素材を集めなきゃいけないからね。」

 

エノクは手に持った物といじくっていたパイルハンマーを虚空へと仕舞うと、一瞬で狩人の衣へと着替え、両手に武器を持った。右手で巨大な塊のような剣……獣肉断ちを担ぎ、左手には大砲をそのまま装備している。

 

「結構殺意高めね?」

「そりゃあ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掃除屋もまとめて()るつもりだから。」

「なるほど私も即殺特化の方がいいのかしら。」

 

リサも仕込み杖を仕舞い、おどろおどろしい刀……千景を取り出す。それを鞘ごと腰に差したのち、左手にエヴェリンを持つ。

 

「最近エヴェリンをよく使ってるね。」

「なんかあの街の奴らより弾が効くのよね。ロボットとかは核を撃ち抜くと一発よ。」

「ふぅん、まぁ叩き潰せば同じだね。」

「狩りになるとホント脳筋になるわねエノクって。」

「そうかな?」

 

少し呆れたように笑うリサの言葉に首をかしげるエノク。

 

「割りとこういう人多いと思うよ?ほら、大分前だけど悪夢の辺境で鐘を持った人が召還した狩人、僕らを潰す気満々だったし。」

「ほぼ裸で頭に処刑隊の奴………金のアルデオだったっけ……被って大砲と車輪担いでた変態の事?あんな奴を基準にするのはどうかと思うわよ。」

「そうかな?何回か見掛けたけど……。」

「同一人物じゃないの?」

「肌の色がそれぞれ違ってたから恐らく別人かな?女の人も一人いたよ。」

「やっぱり変態じゃない!」

 

怒鳴ったリサはエノクの狩装束の襟を掴んで揺さぶり出す。

 

「ちょっと!あんな変態みたいな格好許さないわよ!」

「大丈夫大丈夫、あれをやることはないと思うから……………多分。」

「その多分は信用出来ないわよ!」

「わぁ~。」

 

揺らされて首がガクンガクンとなっているエノクに引リサは叱る様に話を続ける。

 

「貴方の外見考えなさいよ!」

「えーと……ただの子供だよ?」

「嘘おっしゃい、顔面偏差値かなり高めでしょうが!」

「リサもかなり高いと思うんだけどなぁ。」

「ありがとね!でも話が違ってくるから戻すわよ!」

「うーん、何か問題なの?リサはともかく僕が上半身を出してもあまり倫理的な問題が起こるとは思えないんだけども……。」

「背徳感がスッゴいのよ!よくそこまで情欲を掻き立てられるのか不思議な位に!」

「……………ふぇ?」

 

エノクの目が点になり、口から声が溢れる。しかしリサはその様子に気がつくことは無く、頬を紅潮させてさらに捲し立てる。うがー、と口を開けるリサはかなり錯乱しているようだ。

 

「気付きなさいよ!エノクったら無意識に色気を振り撒いて行く先々で女を……いや男もいたっけともかくそいつらとか私を誘惑して「ちょ、ちょっと待って?」何よ。」

 

興奮して顔をスレスレまで近づけるリサに引き気味に尋ねるエノク。息が荒く、見方によっては目が発情してるようにも見える位に開かれているので当たり前である。

 

「え、えっと……僕誘惑なんてした覚えはないしそんな目で見られた覚えも無いんだけど………。」

「はぁ!?あの時(・・・)みたいに色んな意味で貪るわよ!?」

「ここでは止めよう?」

「ああもぉお!ムラつくぅ!」

(どうすればいいんだろう…………。)

 

ちょっとずつはだけて来て少し冷や汗をかくエノクは狂乱状態のリサを落ち着かせようとするが全く効果が見られない。頬をかいて首をかしげるが中々よい案は出て来ないようだ。挙げ句の果てに頭を抱えながら地面に膝を付いたリサは髪をかき混ぜながら唸っている。

 

「……………ねぇエノク。」

 

ふらふらとゆっくり立ち上がるリサ。顔はうつ向いており、影で表情がよく見えない。が、何か荒い息づかいは聞こえる。少し嫌な予感がしたエノクは後ずさるが、リサはぴったりとついてくる。

 

「…なぁにリサ。」

「ヤらせろ。」

「っ……!」

 

エノクの目を真っ直ぐ見据えてリサが言う。エノクはその言葉に驚いたかのように固まった後、少し体を庇うようなポーズを取る。

 

「全く……リサはいつもそうだね、僕の事をなんだと思ってるんだい?」

家族()。」

「いやその通りだけどね、もうちょっと時と場合を考えようね………今どんなルビふったの?」

「大丈夫、大丈夫よ事実だから。」ガシッ

 

言葉は優しいが手をワキワキと動かしながらエノクに近づく様子は限りなく変態に近い。そして、両手でエノクの頭を捕らえた。

 

「さぁ、観念なさい!」グググ

「生活が安定したらいくらでもしていいから今は許して…………。」

だが断る(嫌だ)!」

「うわぁ強い意志。」

 

ずっと押し留めていたエノクが諦めてキスを受け入れようとしたその時。

 

 

ガチャ

 

 

「…………………。」←キス顔のまま固まるリサ

「…………………。」←同じく驚いて固まるエノク

 

 

 

 

 

「…………………。」

↑漁ろうとドアを開けて部屋に入ったら子供同士で深いキスをしようとしていた所を目撃してしまった掃除屋

 

暫く固まる三人。

 

「…………………152、493292327019082(あ、どうぞごゆっくり)」

 

掃除屋はそのままそそくさとドアを閉めて、その場から立ち去ろうとする。

 

「逃がさないわよ?」

 

次の瞬間、壁から数本の触手が突き抜けて掃除屋に襲いかかる。無論掃除屋も反撃して逃れようとする。が、その触手は想像以上に精密に動き、容易に掃除屋をからめとる。掃除屋はそのまま空いた穴へと引きずり込まれてしまった。

 

「3289!4372097373280!」

「エブちゃんの触手も問題無いわね!」

 

右手から先を5本の触手を生やしたリサはその捕らえた掃除屋を地面に叩きつける。その後、何か掃除屋が叫んでいたように見えたが特に気にせず触手を消し、腰の千景を抜刀して首を断ち切った。首の断面からはとんでもない量の液体が流れている。

 

「うえっ、肉無いわよこいつ。」

「んー……体の構造が虫に近いのかも。内側がほとんど水分だ。」

「ま、とりあえず回収しましょ。」

 

千景を振るい、液体を飛ばして納刀したリサは指を鳴らして使者達を呼び出す。わらわらと出てきてそのまま掃除屋の死体と共に消える前に、一人がエノクの袖を引っ張った。

 

「ッ」バッバッ ミブリテブリ

「えーと、《よくわかんない素材だからもっとサンプルが欲しい》……でいいのかな?」

「!」グッ

 

使者はサムズアップしている。

 

「あーもう萎えたんだけど~。」

「あはは、さっきも言ったけどそういうのは都市に入ってからね。」

 

そう言いながらエノクは部屋の角にあった作業台を使者と共に片付け始める。どんどん解体されていき、最終的には全て使者が持って行ってしまった。

 

「さ、そろそろ行こうか。」

「もう移動するの?」

「本当はもう少しここに居たかったんだけどね……。」

 

残念そうに笑うエノクはリサの方を向いたまま、先程空いた壁の穴辺りに大砲を向け、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら仲間を呼ばれたみたいだ。」

 

人影の様なものがが見えた瞬間、躊躇無く大砲の引き金を引いた。

 

 

 

 




この作品ではエノクとリサはほぼ恋人みたいな関係です。コンビネーション的な意味では熟練夫婦ですが。
ちなみにあの街にいた者でエノクの事をそういう目で見ているのはリサを含め数人程です。他は精々可愛い位にしか思ってません。

今さらですが、二人の狩装束はこんな感じです。
エノク 帽子  ヤーナムシリーズ
    装束  狩人シリーズ
    手袋  神父シリーズ
    ズボン ゲールマンシリーズ

リサ  フード 異邦シリーズ
    服   人形シリーズ
    腕帯  鴉羽シリーズ
    ズボン マリアシリーズ

それぞれ使者達に仕立て直してもらって子供サイズになってます。
普段(拠点中)は原作の格好です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

掃除と依頼

掃除屋達のセリフは適当にそれっぽくやってます。

原作でも解読出来るのがほんの一部という動物言語なんてわからないのです。



それでは本編どうぞ


エノクが放った大砲の弾は壁ごと向こう側にいた存在を吹き飛ばす。パラパラと壁の破片が舞う中、エノクは広げた穴に飛び込みそのまま隣にいた掃除屋を右手に持った獣肉断ちで叩き潰した。間髪入れず後ろから別の個体が襲いかかって来るが、振り下ろしの勢いを利用して体をひねり、そのまま下からかち上げる。かち上げられた掃除屋は後ろにいた個体を巻き込みながら吹き飛ばされていった。

 

「さて、どれぐらいいるのかな?」

 

既に獣肉断ちの刀身やエノクの狩装束の一部は赤く染まっており、相手の恐怖を呼び起こす。一切笑みを崩していないので尚更だ。しかし相対するのは一切の慈悲を持たぬ掃除屋である。相手の容姿に対する恐怖など持ち合わせていない。残っていた掃除屋達はそのままエノクに狙いを定めて手に持った刃を振るって来る。

 

「《加速》。」パキン

 

しかしその凶刃が当たる事は無く、素通りしてしまう。攻撃を外した者が周囲を見回そうとした瞬間、固まっていた何人かが胴から真っ二つになって息絶える。無事だった掃除屋がそこを見ると血塗られた千景を振り抜いたリサがいた。

 

「結局なんなのよコレ、血みたいだけど匂いは若干違うし。」

「………738937、37942894348。」

「ん~何言ってるのか分かんないの………よっ!

 

警戒してジリジリと近づく掃除屋にエヴェリンを撃ち込み、怯んだ隙に腹に千景を突き刺す。そして刺した掃除屋がなにかアクションを起こす前に斬り上げて始末した。

 

「案外脆いのね。」

「372!738954216!」

「バレバレよ?」

 

千景に付いた血を振るって落として鞘に戻したリサに後ろから襲いかかる影が一人。先程壁と共に吹き飛ばされた個体のようだ。しかし彼が上から振り下ろした刃は振り向かないまま避けられる。追撃を仕掛けようとした掃除屋はそこで永遠の眠りにつく。背後には大砲を発射して上半身を消し飛ばした犯人であるエノクが立っていた。全身が赤く染まっている。

 

「他は?」

「最初に飛ばした奴ら以外は終わったよ。」

「そ、じゃあこれでいい?」

 

そう言ったリサはよろよろと近づいてくる掃除屋達を他所に虚空から油壺と発火ヤスリを取り出し、発火ヤスリをエノクに渡す。

 

「うん、お願い。」

「了解よ…ほいっと。」

 

軽い調子で投げられた油壺は放物線を描いて、見事に掃除屋達に命中した。

 

「5372!?7372879599982763!「そろそろいいかい?」27!………73896422!?」

 

混乱する掃除屋達に話しかけるエノクの手にはメラメラと燃え盛る炎を纏った獣肉断ちが握られていた。

 

「さぁ、もうおしまいの時間だよ。」

 

若干後ずさる姿勢を見せる掃除屋達に対し、ニコニコと追い詰めるエノク、やがてしびれを切らした掃除屋の一人が動こうとするがその前にエノクが獣肉断ちを横に振るう。それに応えるように獣肉断ちから金属がぶつかり合うような音が聞こえた。

 

「7246328976278!!」

「はいはい、それじゃあ…………

 

 

体をひねり、獣肉断ちを持った右手を後ろに構えると力を溜める様に力み始める。それをチャンスだと感じた掃除屋達は一斉に襲いかかってくる。しかし、攻撃が届く前にエノクはその凶器を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

燃え尽きろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガウンッ!!!

 

残っていた掃除屋達は鞭のようにしなる獣肉断ちと炎によって原型を留めない程に壊れてしまった。

 

 

 

辺りには掃除屋だった物が燃える音が聞こえるのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、意外となんとかなるものね。」

 

一仕事終えたと言わんばかりに伸びをするリサと適当な所に座って獣肉断ちの整備をしているエノク。辺りには未だに掃除屋達から出てきた液体が散らばっている。

 

「だって……正直最後らへんのヤーナムの市民の方が強かったし……ねぇ?」

「なんであの悪夢繰り返すほど相手が強くなったのかしら?」

「さぁ?」

 

二人揃って首をかしげるが、答えが出る気配はない。

 

「ま、いいわ。それよりさっさと移動しましょ。」

「ちょっと待ってて…………よし、不備は無しと。」

 

獣肉断ちの整備を終えて大砲と共に虚空にしまい、代わりにノコギリ鉈と短銃を取り出して腰に装備し立ち上がる。服に付いた埃をはらっているとふとエノクの動き止まる。

 

「誰ですか?」

 

そう言ってエノクは装備したばかりの獣狩りの短銃を影となっている方に構える。リサも無言でエヴェリンを構えており、少し殺気も出している。

 

「出てこないなら撃ちますよ?」

「…………………………。」

「「えい。」」

 

バンッ!!

 

「ッ!?チッ。」

 

躊躇なく銃弾を同時に発射する二人。その攻撃を避けるため、影に潜んでいた人物は姿を現す。顔は見えず髪の毛が黒いということしかわからない。目の辺りには琥珀色のゴーグルを着けており、頭には黒っぽい包帯の様なものが巻かれている。鱗のような黒いコートを羽織っており、手には不気味なハンマーが握られている。

 

「……………すまないが、こちらに手を出す意志は無い。」

「…どうやらそうみたいですね。」

「紛らわしいことするからこうなるのよ。」

 

二人は銃をおろす。男は少し冷や汗を流したようで、ため息をついていた。

 

「全く…そこまで躊躇いなく攻撃する奴はあまりいないぞ?………いや、外郭としては優しい方か。」

「即座に戦闘になるよりマシでしょう?」

「……………違いない。」

 

男は地面を見やる。そこには掃除屋との戦闘痕と液体があった。

 

「それが、あの厄介な掃除屋どもを一方的に蹂躙する小僧共だったら尚更だ。」

「お褒めに預かり光栄ですよ。」

 

皮肉を織り混ぜた会話をする男と純粋に喜ぶエノク。そして会話は互いの素性の話になる。

 

「で?質問なんだけど、あんた誰よ?」

「……………本名は教えられん。便利屋とでも呼んでくれ。」

「おや、都市の人ですか?」

「ああ、そういうお前らはなんだ?」

「エノクです。狩人をしてます。」

「リサ、同じく狩人よ。」

「狩人………そんな組織や二つ名聞いたこと無いが………。」

「こっちには僕らしか居ませんよ今はですけど。

「何か言ったか?」

「いいえ何も?」

 

小声で話した事を無かったことにするエノク。それはそれとして、話を続ける。

 

「あ、便利屋ということは依頼も出来るんですよね。少々手伝って欲しい事があるのですが……よろしいですか?」

「………内容と報酬による。」

「僕らは都市の中に入りたいんです。そこだけどうにかなりませんか?」

「かなり難しいな、近くまで連れて行く事は可能だが都市に入る時の手続きが複雑過ぎる。」

 

エノクの頼みは即座に切り捨てられる。

 

「ふむ……そこまでなんですか。」

「正直、都市から自分で出て帰った奴はともかく、外郭に住んでる奴が都市に入った事はほとんど無いと言ってもいい。お前らを荷物として入れる事は出来るかも知れんがおそらく途中の検査に引っ掛かってアウトだ。」

「………ねぇ、これ使えない?」

 

便利屋の言葉に頭をひねるエノクにリサが話しかける。その手には髑髏が握られていた。

 

「それって確か……。」

「《使者の贈り物》よ。これを使えば激しい動きさえしなければ小さい物に擬態できるわ。」

 

そう言ってリサが使者の贈り物を使うと、黒い霧に包まれ、最終的に使者と同じ姿になった。

 

『ほらね?』

「そっかそれなら狭いバッグとかにもはいれるね。」

「…………なんだそれは。」

 

名案だと喜ぶエノクをよそに、便利屋が若干引き気味に尋ねてくる。顔は見えないが、何となく顔を歪ませている雰囲気がある。

 

「僕ら狩人が《秘儀》と呼んでるものです。これの場合だと「使者に化ける」と言った効果があります。」

「ふむ………俺でも使える物はあるか?」

 

先程までの様子とは一転、便利屋は興味深そうに話し始めた。

 

「残念ながら……特殊な技能が必要になるので、実践で使えるレベルにはならないかと……。」

「報酬次第では受けようかと思ったが……。」

「なら武器はどう?」

 

いつの間にか変身を解いていたリサが虚空に手を入れる。そのまま探るような仕草をした後、パイルハンマーを取り出した。

 

「瞬間火力ならトップレベルよ。」

「それは…籠手、いやダガーか?かなり特殊な形をしているが……正直あまりそそられんな。」

 

便利屋は訝しげにパイルハンマーを受けとる。その声には疑いがありありと浮かんでいた。

 

「あぁ、これは仕掛け武器ですからね、真価は実践じゃないと分かりませんよ。」

「ほぅ?」

 

笑みを崩さないエノクはノコギリ鉈をしまい、自分用のパイルハンマーを取り出すと右腕に装着した。少なくとも子どもが身につけるような代物では無いため、なんともアンバランスな姿である。

 

「まずこれをこうします。」カギンッ!

 

そのまま刃を上に向け、ガッツポーズを取るように腕を振るうと少し飛び出していた刃が籠手の方へ音を立てて収納される。その後、腕をおろしたエノクは辺りをキョロキョロと見回す。

 

「えーっと……何かいい的は無いかな?」

 

少しの間悩んだエノクは、近くの壁に向かって歩きだす。突拍子の無い行動に疑問を持つ他二人だったが、エノクは気にせず目の前まで来た所で左手の指先を噛みきった。

 

「ここに…丸っと。」

 

そのまま自分の血で円を描くと少し離れて足を前後に広げる。腰を落とし、体をひねり、パイルハンマーを持った右腕を限界まで引き絞って力を溜め始めた。

 

「1、2の…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3ッ!!」

 

 

ズガンッ!!!

 

エノクが右腕を振りかぶって壁にパイルハンマーを叩きつけた瞬間、轟音と共に壁が爆発した。砂埃と煙が舞い、一時的に視界が悪くなるが、エノクは変形しダガーとなったパイルハンマーを振るって掻き消した。煙が晴れるとそこには印を付けた辺りを中心に見事に消し飛んだ壁の成れの果てがあった。それを確認したエノクは便利屋の方へ振り向いて可愛らしくニコッと笑う。

 

「お気に召しましたか?」

「……あぁ、報酬としては十分だ。」

 

少し呆気にとられていたが、エノクの言葉に対し少しワクワクしたような声色で返答する便利屋だった。




Lobotomy corporationをしてる人なら分かると思いますが、この便利屋さんは原作に出てくる《黒の便利屋》です。設定では彼の装備が外郭の化物を倒して手に入れた物だと書かれてたので外郭と都市を行き来しているのが分かります。どうせだったら絡ませちゃおうと思って出しました。
パイルハンマーのようにこれでもかとロマンを詰め込んだカッコいい武器が欲しい………欲しくない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道のり

出して欲しいキャラが居ましたら、コメントで教えて頂けると嬉しいですできる限りの出そうと思います。


掃除屋達の活動時間が終わり、朝を迎える。エノクとリサは依頼を承諾した便利屋の後を着いていく。

辺りは崩壊した建物の残骸や都市から流れて来たであろう大量のゴミが散らばっている。血痕が有るものの肝心の死体は見当たらないため、恐らく掃除屋による襲撃があったのだろう。

 

「相変わらずひどいね。」

「………裏路地でもかなりの被害がある。隠れる場所すら見つけにくい上、化物が蔓延る外郭で安全な場所なんてあるわけ無い。何よりこれがここの日常だろう?」

 

エノクが周りを見回しポツリと呟いた言葉に便利屋が反応した。至極当然の事を告げ、振り向きもせず進み続ける。

 

「そもそも、あの都市の中も信用に値する物はほとんど無い。信じられるとしたらそれは己だけだ。」

「随分とネガティブな事言うのね。」

「伊達に便利屋をやっていない。場所によってはそこにいるだけで命を吸われる事もあるからな。」

「どこもかしこもそんな感じですか?」

「少なくとも「ここよりマシ」という位だ。秩序なく蹂躙されて死ぬより飼い殺されて管理されてでも生きる方が救いがある。お前らは違うのか?」

「さぁ?よく分かりませんね。」

 

 

 

 

一切休むことなく歩き続ける一行。三人とも疲れや息ぎれの予兆は見られない。しばらく無言の時間が続いたが、やがて便利屋の方から口を開く。

 

「一つ聞きたい事がある。」

「?何でしょうか。」

「お前らは何だ。少なくとも人間ではないだろう?」

 

その言葉と共に便利屋が立ち止まって振り返る。警戒はひしひしと感じられるものの、敵意は無く事を構える様子はない。

エノクとリサは一切表情を変えずに立ち止まった。

 

「……それはどういった意味でしょう?」

「分かっているはずだ。隠す気も無かっただろう。」

「お答えしてもいいのですが、そもそも何故そのような事をお聞きになったんです?薮蛇をわざわざ呼び立てるような方でもないでしょうに。」

「単純なる興味だ。情報の分かってない依頼主ほど信用出来ない物は早々無いからな」

 

肩をすくめながらエノクの質問に答える便利屋。立て続けに二人に対して問いかけを始める。

 

「大前提として、その異常なまでの強さからしておかしい。」

「何よ、文句あるの?」

「いいや、お前らは今何歳だ?」

「そうね……詳しくは分かんないけど恐らく10歳ぐらいじゃない?見た目もそれぐらいだし。」

「そこだ。」

 

顎に手を当て考えながら答えたリサに対して便利屋が指をさす。

 

「明らかに見た目の歳と技術が比例していない(・・・・・・・・・・・・・・・・)のが違和感しかない。奴らを相手にしていた時の動きに無駄が無いのもそうだが、お前らが持つ武器を軽々と振り回す様が慣れた奴のそれだ。それこそ十年ぐらいし続けた手慣れほどのな。」

 

便利屋は確かめるように言葉を並べるが、エノクは後ろで手を組みニコニコと笑ったまま、リサは腕を組み片足に体重を預けて黙っている。そこに焦り等はなく、ただ凪いだ目で便利屋を見つめていた。それは何かを品定めしているようだった。

 

「………なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」

「いいえ?どうぞ続けてください。」

 

二人の視線の変化に少々たじろぐ便利屋だったが、気を取り直して考察を話し出す。

 

「……続けるぞ。」

「早くしなさい。」

「……まぁ強さについてはいくらでもどうにかなる方法がある。」

「ではどうしてそのような事を「目だ。」……へぇ?」

 

エノクの言葉に被せるように便利屋が言葉を放つ。

 

「完全に掃除屋どもを獲物として見ていただろう?外郭にいる……いや、この都市周辺に住んでる奴らなら大抵警戒か恐れるはずの奴らをそんな目で見つめる子供がただの人間な訳ないだろうよ。それに………。」

「「それに?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今も俺を殺そうとしてるだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………。」

「まぁわざとだろうが、いい加減その殺気を納めろ。思わずこれで殴ってしまいそうだ。まるで俺が今まで殺してきた()みたいにな。」

「………獣ですか。」

「あぁ、お前らが獲物であれば特上の物を落とす獣だろうよ。」

 

そう言って便利屋は手に持った奇妙なハンマーを肩に担ぐ。エノクとリサはその言葉にピクリと反応した

 

「……………探求心や好奇心が強い人なんですね。」

「じゃなかったらここ(外郭)にいない。」

「……僕らの事を探ろうとするのも?」

「さっきも言ったが単純なる好奇心だ。」

「そうですか………………。」

「さっさと話して欲しいもんだな、お前らがどんな秘密を隠し持っているかをッ!?」

 

次の瞬間、便利屋目掛けて数本の投げナイフが飛んでくる。それを察知した便利屋はハンマーを振り回し弾いて行き、全てを処理し終えた。そうして便利屋はナイフを投げてきた元凶……リサに目線を向け睨み付ける。

 

「………一体何のつもりだ。」

「あら、分からない?」

「あぁ心当たりはある。恐らく俺の質問がお前の何かに触れたんだろうな。」

「私だけなはずないじゃない。」

「何?………あいつはッ!?」

 

便利屋が何かに気がつく。辺りを見回すがそこにエノクはいない。忽然と姿を消してしまっていた。

 

「チッ、どこに「ここですよ?」グオッ!?」

 

突如エノクが現れ、便利屋に全力で足払いをかける。その華奢なはずの足は容易く便利屋の足を弾き、便利屋を地面に転がした。その隙を見逃さず、便利屋の腕を足で押さえつけ獣狩の短銃とノコギリ鉈を便利屋の頭と首にに突きつける。

 

「何をッ「そうですね、秘密とは甘いものです。」」

 

ニコニコと笑うエノクの目は一切の感情が読み取れない。いつの間にか隣にいたリサも冷たい目でエヴェリンを構えている。

 

「貴方の行動を非難するつもりはありません。僕らも秘密を暴いてきた側なので。」

「だったらさっさと離せ。」

「そうしたいのは山々なんですが、ちゃんと訂正しておきたい部分がありまして………先程僕らの事を獣と言いましたか?」

「………あぁ。」

「あはは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑えない冗談だなぁ。」

「ッ!?」

 

先程とは比べ物にならないほど濃密な殺気が便利屋を襲う。

 

「いいかい?僕らは狩人、狩る側なんだ。(かれら)として扱わないでくれないかな?」

「なにをそこまで「返事は?」…………………………………………分かった。」

 

便利屋が降参したかのように声をもらすと、エノクは短銃を突きつけたままゆっくりと足を退かす。解放された便利屋は両手を上げ、抵抗の意志が無いことをアピールしながら話しかける。

 

「……何故そこまで獣であることを拒んで狩人であろうとする?」

「獣になった者の末路を見続けたからですよ。狂ってしまっても死ねぬ者達の成れの果て、悪夢で苦しみ続ける人々(罹患者)。彼らを狩って弔い、目覚めさせるのが僕らのすべき事でしたから。勿論例外はいますけど。」

「少なくとも、ここに私達が救う相手はいないけど。元凶殺して終わらせたから。」

 

エノクは優しい声で話し、リサはぶっきらぼうに言葉を告げる。いつの間にか銃はおろされていた。立ち上がり埃をはらった便利屋は皮肉げに話し始める。

 

「はっ、何とも崇高な信念だな。狩人、狩人か。最早人間かどうかも怪しいお前らがか?確かにお前らは獣じゃないらしいがもっとヤバい別物だろう。」

「ええ、そうよ。私達も自分を人間だなんて思ってないわ。あくまで人間の形をした何かよ。あの悪夢で月の魔物を狩った時からね。」

「ほう?随分あっさりと認めるのだな。」

「事実をねじ曲げても仕方ないじゃない。獣になったら今まで狩った人に顔向け出来ないだけよ。」

 

しばらく睨み合っていたが、やがて面倒になったのか便利屋は二人に背を向ける。

 

「さっさと行くぞ。」

「あら、追及はもういいの?」

「お前ら相手に腹の探り合いなどやってられん。今ここに向かっている化物を相手取る方が楽だ。」

 

そう言って便利屋は右腕に着けたパイルハンマーの様子を確認すると、そのままパイルハンマーの刃を発射形態に変化させた。

 

「こいつの試運転も兼ねている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

複数の影がかなりのスピードで外郭上空を旋回している。よくよく見ると羽ばたく様子が分かるため、少なくとも生物ではあるのだろう。全身が黒い羽で覆われており、幾つもの瞳が白く輝いている。

 

ギェァー   ギェァー

 

空を舞う大烏達の目線の先には三人の人間が無防備に立っている。何かを話し込んでいる様子のため、烏達は絶好のチャンスだと思っているらしい。しばらくして、痺れを切らした烏の一匹が三人へと突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギェァーッ!」

「フンッ!」

 

バキィッ!!

 

「アギャッ!?」

 

上空から降るように下ってきた大烏に合わせるように便利屋がハンマーを振るう。いなしきれなかった大烏はそのままもろに一撃を喰らい、そのまま近くの瓦礫へと殴り飛ばされ、壁を破壊したところで地面と衝突した。脳を揺らしたのか少しふらついているが外傷はあまり見られず、少ししたら持ち直して殴ってきた便利屋の方を憎々しげに睨み付けた。その目にはありありと怒りが浮かんでいた。便利屋は油断せずハンマーを構えている。

 

「…………こい。」

「グルガァッ!!」

「ッ!」

 

挑発された烏が便利屋へと踊りかかる。脚の爪による切り裂きを喰らわそうとするものの、便利屋はハンマーの柄を使って上手く防ぐ。しかし、その時にとてつもない力の脚でハンマーの柄を掴まれてしまい、振りほどけなくなってしまった。

 

「チィッ!面倒くさいッ!」

「ギェガッ!」

「ッ!?クソッ!」

 

舌打ちをし、右手をハンマーから離した便利屋の頭に目掛けて嘴を突き刺そうとする大烏。その頭の中では「勝ったッ!」という思いが駆け巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーカ。」

 

しかし次の瞬間その思考を行う大烏の頭が文字通り吹き飛ばされてしまう。クロスカウンターの要領で打ち出されたパイルハンマーは見事に役目を果たしたようだった。反動によって腕に痛みを感じる便利屋だったが、今の攻撃力を見てマスクの中で笑みを浮かべる。

 

「最初は火力特化の当てずらい切り札みたいなものだと思ったが……なるほど中々侮れない。少なくともこのハンマーとの区別は十分出来そうだな。」

 

外郭遠征の思わぬ成果に満足げな感想を漏らす便利屋、残りも片付けてしまおうと後ろの二人の方へ振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「墜ちろこの糞ボケ烏どもがぁッ!」

 

ダララララララララララララララララララララララララララララララ

 

「ははッ、ニガサナイヨ?」

 

ドォンッ   ドォンッ   ドォンッ

 

そして目の前で行われている狂気的な行動に固まる。リサは怒りを前面に出してどこからか出したガトリング銃を上空の大烏達目掛けて乱射し、エノクは狂ったように笑いながら逃れようとする大烏を片っ端から教会砲で撃ち落としていた。その光景を見た便利屋は暫くの間動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーすっきりした。」

「おい、狩りは弔いじゃなかったのか?どう見ても蹂躙だったぞ。」

「獣じゃないわ害獣よ。」

「……………烏に恨みでもあるのか?」

「アイリーンさん以外恨みしかない。」




エノクとリサは「狩人であること」に強いこだわりを持っています。獣は救済するべき相手であり、自分達が絶対に辿り着いてはいけない場所という認識です。別に狂う事に否定的な訳では無いんですよね。それが救いになるのなら。
リサは獣(けもの)ではなくても獣(意味深)にはなりますし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

治安

今更ですが、自分は3つとも実際にプレイしたことはないので、所々おかしい部分があると思いますが、そこら辺はご了承下さい。





「おぉ、近くで見ると中々壮大だね。」

 

烏達を駆逐して何日か過ぎた後、道中化物や殺人鬼と遭遇し、その都度薙ぎ倒しながら進み続けた結果、遂に都市と外郭を隔てる壁まで辿り着いた。遠くから汽笛の音が聞こえてくる。

 

「…………さっさと行くぞ。」

「はーい、所であの馬鹿見たいに速く動いている物体は何?」

「汽車だ。かなり昔からあの速度で走り続けている。」

「何故そんなものが?」

「さぁな、俺も知らん。」

 

そう言って便利屋はずんずんと先に進んでいく。二人も質問は後にして、便利屋の後ろについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一時間ほどかけて、ようやく都市への入り口が見えてきた。かなり厳重な扉や兵器などが遠くからでも見受けられる。

 

「さて、そろそろ変装してもらうぞ。」

「あぁ、そうだ。一つ思ったんですけけど、これって使えませんか?」

 

エノクは虚空から少し前に拾ったカードを便利屋に見せる。

 

「これは………許可証か。何故お前が持っている?」

「拾いました。この資料と一緒にゴミ山の中にあったんです。」

「…………おおよそ、持ち主が死んでいるから使っても構わんだろうよ。」

「あ、じゃあ僕が化けたリサを隠し持って通ればいいんじゃないですか?」

「まぁ、そっちの方が楽だな。」

 

しばらく悩む様子の便利屋だったが、やがて二人の方へ向き直る。

 

「じゃあそれで行くぞ、お前は俺が拾ったただのガキのふりでもしてろ。」

「分かりました……あ、服は普通の方が良いですか?」

「あぁ、その方が危険視されにくくなるだろうな。」

 

便利屋の言葉を聞いたエノクは、指を鳴らし服装を狩装束からパーカーへと変化させた。

 

「さ、おいでリサ。」

「わーい。」パリン

 

再び使者の姿に変化したリサが差し出されたエノクの腕を伝い、服の中へ入って行った。暫くすると、首元からリサ(フードを被った使者)がひょこっと顔を出した。

 

『OKよ!さっさと入りましょ。』

「というわけで、都市の中までお願いします。」

「……………いつ突っ込もうか考えていたが、お前らは異次元に倉庫でも持ってるのか?」

「ただのインベントリですよ。夢に仕舞ってるだけです。」

 

訝しげな便利屋に笑って誤魔化すエノク。そう言ったやり取りをしていたその時、都市の方向から複数の足音が聞こえてきた。

 

「ん?あの方々は……。」

「……チッ、面倒な奴らが来やがった。」

 

足音を察知したエノクが呟いた事で便利屋もその方向を見る。その集団が便利屋の視界に入った瞬間、心底嫌そうな声を出した。しかしその集団は足を止めることなく二人の方へ近づいてきた。よくよく見ると全員が近未来的なフルアーマーを纏っている。

 

「おい、行くぞ。」

「あ、待ってください。あの人達は誰なんですか?」

「………R社の連中、あの装備からしてウサギチームだろうな。」

『ウサギ?物々しい見た目の割にずいぶんと可愛らしい名前なのね。』

「可愛い?ただの精神異常者の集まりだぞ。下手なフィクサーより質が悪い。」

「ふむ、そうなんですか。」

「絡まれると面倒だ、出来るだけ無視してろ。」

 

そう言って便利屋は無言で歩き出した。エノクもそれに習い、パーカーのポケットに手を入れて便利屋の後ろにぴったり着いて行った。リサは既にエノクの服の中に隠れている。

 

「…………………。」

「…………………。」

 

互いにすれ違う瞬間が訪れる。しかし互いに反応は無く、ただ無言で通り過ぎるだけで何もアクションは起こらない。

 

(………このままで済んで欲しいが。)

 

しかし便利屋の思いは届かず、最後尾の一人が便利屋とエノクに近づいてきた。

 

「おやおや、黒の便利屋さんじゃないですか~。こんな所で何を?」

「………別に、遠征から帰って来ただけだ。」

「じゃあ隣にいるガキはなんですかね~?新しいおもちゃですか~?」

「俺はお前らのように殺しに快楽を感じる変態じゃないんでな。こいつは今の依頼主だ。」

 

そう言って便利屋は親指でエノクのことを指す。エノクは静かに微笑んでいるだけだ。

 

「依頼主ぃ?あっはっは、そんなガキが依頼主だなんて、便利屋はいつから保育士になったんですか~?」

「………さっさと失せろ。頭を吹き飛ばされたくなければな。」イラァ

 

段々とイラついてきた便利屋の口調が喧嘩腰になってきた。しかし、話しかけてきたウサギチームの隊員は口を閉じる事はなく、他の隊員も遠巻きに話しながら見てるだけである。どうやら便利屋と隊員Aがどうなるか賭け事をしているようだ。

 

「ほら、保護者が罵倒されてるのに対してなんとか言ってみたらどうでちゅか~?」

「…………………。」

 

エノクにも絡む隊員Aだが、当の本人はガン無視して涼しい顔をして通り過ぎるようとする。

 

「あ?無視すんなよ。」

 

その態度にムカついたのか、隊員Aはエノクに向かって蹴りを入れようとする。しかし

 

サッ ヒョイッ

 

何度も当てようとするが当たる様子は一切無い。無駄に洗練されたステップで簡単に避けていた。

 

「クソガキがッ!避けんじゃねぇッ!」

 

痺れを切らして隊員Aが殴りかかってきた。普通の子供であれば最悪死んでしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、じゃあ反撃しますね。」

 

しかしそこにいるのはただの子供(狩られる側)ではない。隊員Aが突っ込んで来たところに合わせて、ポケットの中から手を出すと同時に獣狩りの短銃を虚空から取り出し、そのまま一発撃ち込んだ。

 

「うぐぉッ!?」

「おやすみなさい。」

 

そうして無理矢理作られた隙を利用してエノクは隊員Aの懐に入り込む。これ(銃パリィ)をしたら何が起こるか、狩人であれば誰でも分かるだろう。

 

 

 

ザチュンッ

 

 

 

内臓攻撃(モツ抜き)である。そのままエノクは掴んだ内臓を引きずり出して隊員Aを吹き飛ばす。

 

「あ、思わず殺っちゃった。いけないいけない、攻撃されたら必ずパリィする癖治さないと。………服が汚れちゃったなぁ。」

『ちょっと!私がいること忘れないでよね!』

「あぁ、ごめん。」

 

遠くにいたウサギチームは固まっている。幼い子供がいきなり重装備の人間の体を素手で貫いて内臓を引きずり出したのだから当然である。間近でそれを見た便利屋はこの数日で慣れたのか、普通に頭を掻いてエノクに話しかける。

 

「あー……もう行くぞ。」

「?放置しててよいのでしょうか。」

お前がやったことだろうが………あいつらが固まっている内にさっさと都市に入るぞ。」

 

そう言って便利屋はエノクの手を掴んでその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁこいつどうするよ。」

「どうもこうも………こいつもう死んでるだろ。」

「シャオラッ!俺の一人勝ちッ!」

「「ガキがあいつを殺す」なんて大穴予想出来るわけねぇだろうが!?」




狩人は攻撃して来た奴に対しては体が勝手に殺しに動くと思うんですよね。あの悪夢ではほぼ全員が敵として襲いかかって来ますから攻撃=殺す相手でしょうし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィクサー

「……………やっと終わったか。」

「お待たせしてすいません。」

「あー、やっと都市ね。」

 

都市と外郭を隔てる関所の近く、裏路地の一角に便利屋が壁に背を預けて立っているところに手続きを終えたエノクが姿を現す。隣には、オレンジ色のワンピースを着たリサがいる。どうやら関所を出た瞬間に秘儀を解いたようだ。

 

「取り敢えず、契約はここまででいいか?」

「あ、もう一つお願いしたい事が………。」

「何だ。」

 

立ち去ろうとした便利屋を呼び止めたエノクは、そのまま虚空から資料を取り出す。数日前に通行証と共に拾ったハナ協会製の簡易的な都市の案内書である。

 

「僕らがフィクサーになるためにはどうしたらいいですか?」

「………まぁ、あんな戦闘力持ってる奴らからしたら丁度良い仕事だろうな……………報酬は。」

「パイルハンマーの替えの刃と手入れ道具でどう?」

「………いいだろう、ついてこい。」

 

そう言って便利屋は踵を返して歩き始める。エノクとリサは一瞬目を合わせると、てくてくと便利屋の後をついていった。

 

 

 

 

 

 

にゃ~ん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ。」

「…………どこよここ。」

 

しばらく歩いた後、便利屋はとあるビルで立ち止まる。それに伴い後に続いていた二人も立ち止まり、そのまま上を見上げた。周りの他の建物と比べ、何とも重々しい雰囲気を醸し出しており、ここが如何に普通とは違う場所であるかが分かる。

 

「お前らが希望したフィクサーになる…………正しくはフィクサーを認定するハナ協会という組織のビルだ。あくまでもここは支部だか、ここら一帯のフィクサーの仕事を管理しているからな。権力はとんでもないから下手な騒ぎを起こすのはオススメしないぞ。」

「冗談言わないでよ。此方から喧嘩を売るのは依頼か素材集めの時の獣に対して位よ。」

「どうだか……。」

 

あまり信用してなさそうな声を出す便利屋。纏う雰囲気からも疑っているのがありありと感じる。エノクとリサは揃って左に目を反らした。それを見て便利屋はため息をつくと、そのままビルの中に入ってしまう。それを追いかけて二人もビルに入って行った。

 

「「わぁ。」」

「声を出すほどか?」

 

中は外に比べてかなり清潔に保たれており、元々いた外郭とは比べ物にならない程に綺麗である。もっとも、外郭にそんな場所があるとするなら、違法な研究をしている施設か狂気的なカルト集団の本拠地位だろう。しばらく周囲を見回すエノクとリサだったが、そこに一人の男性が便利屋に話しかけてくる。

 

「おや、ネグロさん。依頼は達成しましたか?」

 

その言葉に反応して便利屋……ネグロが振り向くと、そこにはスーツを着て資料らしき物を抱えた優男がいた。

 

「…あぁ、お前か。丁度今報告に向かおうとしていたところだ。」

「そうですか。ご無事で何よりです…………所でその子達は?」

 

そう言って優男はエノクとリサに目線を移動させる。その目には純粋な疑問が浮かんでいた。

 

「俺に外郭で依頼してきたガキだ。「都市までの案内とフィクサーになるまでの補助」だとよ。」

「護衛じゃなくて案内………ですか?」

 

便利屋……ネグロの言葉に若干困惑した目になる優男。

 

「エノクです。」

「リサよ、で、あんたは?」

「申し遅れました、私はここの受付をしているファルと言います…君たち二人はフィクサーになりたいってことでいいのかな?」

 

二人の軽い自己紹介に返事をする優男……ファルは苦笑いをしながら尋ねる。

 

「ええ、それが一番手っ取り早いでしょ?」

「うーん……でもなぁ、君たちみたいな子供だとどうしてもなぁ。」

「何か問題でもあるんですか?」

 

エノクの言葉に困った顔をするファル。しばらく悩むように目を閉じて、やがて二人に考えを告げた。

 

「いやぁ、フィクサーって言うのはほとんど危険と隣り合わせだからね。子供がやる仕事じゃないと思うよ、うん。中には…………まぁ、人殺しの依頼もあるわけだし、なんだったら、ここのお手伝いでもいいんだよ?」

「遠慮しとくわ。私達は血生臭い方が慣れてるもの。」

「えぇ、書類仕事よりも殺人とかそういう事を繰り返してましたから。」

「…………………………………外郭ってそんなに物騒なのかい?」

「外郭が物騒なのは間違い無いが、そいつらがそれ以上のとんでもない例外なだけだ。」

 

自分が躊躇った内容を迷い無く選んだ二人に思わず宇宙猫になるファル。それを見かねたネグロがフォローらしき発言をする。

 

「例外……ですか?」

「ただのガキが外郭の化物を銃で仕留めたり、俺を拘束したり、R社の連中の喧嘩を買って反撃一発で殺せるわけないだろう。」

「?………?…?」

 

フォローではなく捕捉だった。更なる宇宙へと飛び立ったファルはしばらく動きそうにない。その隙に二人はネグロの隣に行き、気になっていることを尋ねる。

 

「ネグロさんネグロさん。」

「名前で呼ぶな………なんだ?」

「何故掃除屋の事は言わなかったの?」

「あぁ………都市では掃除屋の事を口に出すのは余り推奨しない。裏が深すぎる。場合によっては消されるんでな。」

(医療教会じみてるなぁ。)

(闇しか感じない。)

 

その言葉に納得するエノクとリサ。あの街を取り巻いていた色々かこの世界の情勢と似ているように感じた二人は若干げんなりとする。その様子に疑問を持つネグロだったが、最早二人の事を理解することを諦めているため、気にせずファルを戻す作業を始めた。

 

「…………………?」

「おい、いい加減戻ってこい。」バシッ

「いだっ!?」

 

作業といっても一回ぶっ叩くだけの簡単な仕事である。痛みにより現実へと戻ってきたファルは叩かれた頭を押さえながら文句を言う。

 

「いってて……ちょっと私の扱いが雑すぎません?」

「反応しないお前が悪い。」

「うぅ……ネグロさん、さっき言ってた事は真実なんですね?」

「下らない嘘を言う趣味は無いんでな。じゃ、確かに伝えたぞ。」

「またもしもの時は依頼させていただきますね?」

「ハン、その時まで生きてたらな。」

 

取りつく島もないネグロに肩を落とすファル。そのままネグロはエノクと言葉を交わし、階段で別の階へ行った。どうやら報告に向かうようだ。ようやく姿勢を正したファルは二人に尋ねる。

 

「じゃあ、二人はフィクサーになるって事で手続きをして良いんだね?」

「えぇ、よろしくお願いします。」

「うん、わかったよ……あ、そうそう。」

 

ファルが何かを思い出したかのように手に持った書類の中から一枚の紙を二人に見せる。そこにはフィクサーの許可証を発行する手順や階級について書かれていた。

 

「取り敢えず、応接室で話をしようか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から簡単な説明をするから、一応渡しとくね。」

 

ファルにそう言われ、二人は資料に目を通す。

 

「まずフィクサーについてだね。治安維持や探し物………あと人殺しも依頼であれば何でも行う何でも屋って感じだよ。所属している事務所とか翼によって種類は変わるけど、大体はその組織が受けた依頼をこなすのが一般的だね。」

「組織…………ファルさん、組織に所属せずに依頼を、とかは無理ですか?」

「?可能だよ。ネグロさんも組織に所属せず活動してる方の人だからね……でも……。」

「でも?」

「最初は軽い仕事しかないから収入も少ないよ?生活も安定もしないだろうし、やっぱり最初は事務所とかに所属しておくのがオススメだよ?」

 

ファルの表情からは二人に対する心配がひしひしと伝わってくる。しかしリサはそんな物気にせず話を続ける。

 

「別にいいわ、私達二人での活動は今までと変わらないし。むしろ余り組織っていうのを信用してないから。」

「…………その歳で一体どんな人生を歩んで来たのかい?」

「向かってくる奴らを殺すために文字通り死んでもやっただけですよ?」

「詳しく聞いたら発狂しそうだから止めとくよ。」

「賢明な方は好きですよ。」

 

ニコニコと笑うエノクと普通に資料を見ているリサに若干冷や汗を流すファル。見た目こそ美少年と美少女だが、抱えているものがそこらの人間とは格が違う事を仕事で培った勘で悟り、避けるのであった。

 

「……話を戻そうか。じゃあ次は試験についてだね。」

「「試験?」」

 

二人は揃って首をかしげる。どうやら、簡単に話は終わらないらしい。

 

 

 




黒の便利屋の名前である「ネグロ」は完全に捏造です。
スペイン語で「黒」という意味です。安直ですかね?
後、職員のファル君は完全にオリジナルです。恐らくこの後もちょくちょく出てきます。名前?パッションです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



試験に関しては完全なオリジナル設定です。


「あぁ、今ある依頼の中から幾つかピックアップしてそれをこなすっていうのがフィクサーになる試験みたいなものだよ。普通はスカウトだったり、事務所を通して証明書を発行するんだけど、所属する組織が無い場合は協会が力を試すことになってるんだ。」

 

そう言ってファルは数枚の紙を机の上に置き、二人の方へと寄越してくる。その内の一枚を掴み取ったリサは内容を読み上げた。

 

「えーっと何々?……「迷い猫の捜索」?こんなのもあるのね。もっと血生臭い物しか無いかと思ってた。」

「フィクサーは要するに何でも屋だからね、依頼の種類も豊富だよ。例えばこれとか。」

「「護衛任務」………成る程ねぇ、そう言う仕事は信頼出来る実力がある人が選ばれるって訳ね………………で、さっきから気になってたんだけど。」

 

リサは隣に座るエノクをジト目で見つめる。それに気がついたエノクはこてん、と首をかしげた。その腕には何かが抱えられている。

 

「なんで猫抱えてんのよ。」

「みゃ~お」

「ここに入る前に懐かれたからだけど?」

 

エノクの腕に収まっていた首輪を着けた灰色の猫はゴロゴロと喉を鳴らす。すっかりとお気に入りの場所になっているようだ。エノクがパーカーの袖を少し余らせて振るうと、手にじゃれついて来た。それに満足したエノクは猫をワシャワシャと撫で回す。

 

「よーしよしよし、結構おとなしい子だね。」

「……………。」プクー

 

それを見つめるリサはエノクに撫でられる猫に対して若干羨ましそうな目線を向け、頬を膨らませている。そこにファルが少々驚いた様子で話しかけて来た。

 

「うわぁ、その子丁度君達に出した依頼の子じゃ無いかな?」

「へ?」

「…………あ、ホントだ。」

 

エノクが先程リサが手に取った依頼書を覗き込むと、そこに添付された写真には今抱えている猫が写っていた。首輪の色や形まで一緒である。

 

「じゃあ丁度良かった、一つ目達成ですね。」

「まぁ、うん、そうだね。」

 

そのままニコニコと笑いながら猫を両手で持ち上げて差し出すエノクとその猫を苦笑いで受けとるファル。

 

「それじゃ、これで説明は終わりだよ。あと4件もこの調子でね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言われたものの……何からやったらいいのかしら?」

「期限も長いし、取り敢えず時間がかからなそうな物からやっていこうよ。これとか。」

 

数分後、二人は依頼書を見ながら裏路地を歩く。エノクはリサが持つ依頼書の中から一枚を取り出してリサに見せるように持ち変える。そこには「運搬の人手」と書かれていた。

 

「ん~、ま、いいわ。今日はそれを終わらせて寝る場所をさがしましょう。」

「そうだね………何処か良さそうな場所は無いかな?」

「……というか、一回狩人の夢に行っちゃえば良いんじゃない?。」

「なるほどその手があったか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、二週間ぶり位に狩人の夢に帰ってきた訳なんだけど……。」

「おや、私が居ては何か不都合な事でもあったのかな?」

「…………何故ここにいらっしやるんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリアさん?」

 

狩人の夢へと帰って来た二人は、本来ここにいる筈の無い人物が当然のように居座っていることに驚きが隠せない。その様子を見てクツクツと上品に笑う女性……マリアは口を開いた。

 

「少しばかり特殊な事情でね。私も詳しくは知らないのだけれど、原因はわかっているよ。」

「……十中八九僕らでしょうね。恐らくヤーナムの街全体の夢を僕らの分以外全部覚ましたからでしょう。」

「あぁ、成る程、そういう事だったのか。」

 

マリアは合点が行ったような声を出す。

 

「恐らく君達二人との縁のお陰だろう。元々悪夢の中の存在になっていた私だから早々にこの場所(夢の中)に来れたのだろうな。」

「縁?何よそれ。」

「私を殺したじゃないか、それも何十回もだ。流石にそれほど殺し合いをしていたら深い縁もできるだろう?」

 

そう言って二人に笑いかけるマリア。しかしエノクとリサはそれどころではない。

 

「貴女、記憶があるの!?」

「いいや?朧気な感覚があるだけだよ。君達二人を殺したり、君達に殺されたり。もっとも、ちゃんとした記憶が残っているのは最後だけだが。」

「……僕らの夢に入った事で少しばかり記憶が僕ら寄りになったんでしょう。あの悪夢を繰り返していた頃は、記憶を保持している人は僕ら以外見かけませんでしたし。」

 

エノクの考察を聞いて、マリアはふむ、と考え始めるが、やがて頭をふってエノクとリサに背中を向ける。

 

「まぁいい、もう私は夢の中にしか存在出来ないんだ。難しく考える必要も無いだろう。もう少ししたら他の者達もここを訪れるようになると思うが?」

「あぁ、マリアさんが来れたんなら他の人も来れるわよね……ま、いいか。」

「そうだとも、少なくとも悪事を働こうにもここは君達の領域だ。ある程度来る者の選定はできるだろう?それと一つ尋ねたい事がある。」

「「?」」

 

マリアの言葉に二人揃って首をかしげるエノクとリサ。マリアは先程からこちらに声をかけようか迷ってオロオロしていた"人形"の元へ近づいていった。

 

「この者は何なのだ?ただの人形かと思っていたが、明確な意識があるように見える。それこそ人間のようにな。」

「最初から僕らの旅路を手伝ってくれた人形さんです。」

「人形さん久しぶり、宣言通り会いに来たわ。遅くなってごめんなさい。」

 

リサが話しかけたことで少し安心した様子の"人形"は口を開いた。

 

「狩人様方、良い目覚めは迎えられましたか?」

「えぇ、少なくともあの街よりもまし………とは言えないけど、人間らしく生きる事は出来そうよ。」

「そうですか……それは良かったです。」

 

そう言って"人形"は嬉しそうに笑う。今までの道のりの中で見たことの無い程の表情の変化に、二人は驚きを顔に出す。

 

「貴女、いつの間にそんな表情豊かになったの?」

「私にも正確な事は分かりませんが……恐らく狩人様方がこの夢の主導権を握られた際に、私という存在が独立した影響で人に近くなったのかと思います。」

「そう………なのかしら?」

「僕らも今の状態が詳しく分かっているわけじゃ無いからなぁ……。」

「感動の再開は終わったかな?」

 

いつの間にか"人形"の隣まで近づいていたマリアが顎に手を当てながらまじまじと"人形"を見詰めている。その後、"人形"の顎に手を添えて自分の方へ向ける……所詮「顎クイ」と呼ばれる行動を行った。

 

「人形と二人に呼ばれていたが本当に出来が良い……ふむ、なんだか私に似ているな。」

「?」

「うわっ……顔面偏差値高っ」

「どうしたのリサ?」

 

似たような美女二人が向かい合っている光景を前にして思わずリサの口から感想が溢れる。

 

「人形と言うからには製作者がいるのだろうが……君たち二人ではないよな?」

「ええ、私達が狩人になる前からいたみたいよ。」

「まぁそうだろうな……しかし、そうだとすると考えられるのは………我が師のゲールm「あーそこら辺はシラナイワ―(棒)」「全く持ってワカリマセンネー(棒)」?まぁ気にすることでもないか。」

 

祖父のように慕っていた人物の名誉の為に全力で話を反らすリサとエノクだった。ひとまず納得した様子のマリアは一度"人形"から離れると、再びエノクとリサに向き直る。

 

「それで、ここには彼女とあの奇妙な小人しかいないようだが少しばかり殺風景じゃないか?ここが君達の夢だとするのなら、もう少し具合も変えられるだろうに。」

 

そう言って辺りを見回すマリア。エノクとリサにとっては見慣れた狩人の夢……工房等がある家や墓がぽつんとあるのみで外は雲海と静かな花畑が広がるだけである。しかしエノクは静かに首を横に振ると、口を開く。

 

「…確かに出来ますが、僕らはここが気に入っているんです。」

「ほう?」

「元々の持ち主であるあの人にとって、ここ(狩人の夢)は牢獄のようなものだったと思いますが、あの街を駆け抜けた僕らにとっては唯一安心できた場所なんです。………全てを継いで夢を終わらせた後だとしても。」

「………成る程、余計な心配だったか。」

 

エノクの言葉に軽く笑ったマリアはそのまま踵を返し、家へと向かって行く。

 

「どうせなら、どんなものがあるのか案内してくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キィ……

「案内と言っても……大したものなんて無いわよ?」

「構わないさ。」

 

家のドアをゆっくりと開けたリサはそのまま中に入って行き、それに続くようにエノク、マリア、"人形"が入って来た。マリアは仕切りに感心したように周りの棚を見つめている。

 

「中々綺麗に整理されているじゃないか。」

「そう?元々かなり本とかが散乱しててエノクと一緒に軽く整理と掃除はしてたからある程度は整ってるけど、あくまでもそこまでだし。」

「ふむ、確かにあまり間取りを考えて無い家具の配置だな。」

「実際余り景観を考えて無いですからね。」

 

三人の目線の先には祭壇の近くに置かれたソファがあった。

 

「精神的に疲れた時とかよくあそこで横になってたわ。」

「いつの間にかあそこにあったんですよね。」

「不思議な事もあるのだな……いや、夢であるなら今更か。」

「そーそー、気にするだけ無駄よ。」

 

そう言ってリサはソファの近くまで歩いて行くと、ぴょんと跳んでソファに腰かけた。足を揺らすリサは自分の隣をぽんぽんと叩いてエノクを呼ぶ。それに応えるようにエノクがリサの隣に座ると、そのまま二人揃ってソファの背もたれへと寄りかかった。

 

「ふぃ~……安心する。」

「仲が良いんだな。」

「そりゃそうよ、ずっと一緒にいたんだもの。ね、エノク。」

「うん、そうだね………一応人前だよ?」

 

猫のようにエノクにこすりつけて来るリサの頭を優しい手つきで撫でたエノク。その顔は少し困ったような表情だった。それを見ていたマリアは腕を組んでクツクツと愉快そうに、かつ上品に笑っていた。

 

「どうされました?」

「ん?ああ、気にさわったなら申し訳ない。少しばかり意外でね。」

「意外、ですか?」

 

そう聞き返したエノクにマリアは答えた。

 

「私の記憶にあるのはあの場所で戦った君達だけだからね。そうやって互いに甘えたりする姿は少し珍しいと思ったんだよ。後は……安心かな。」

 

マリアは少し悲しそうに笑いながら話を続ける。

 

「あの街で子供が子供らしく生きられる事など出来なかったからね……出来る事ならあの子にはもっと人間らしい生き方をして欲しかったよ。」

「あの子…アデラインさんですか?」

「ああ、こんな私を慕ってくれた可愛い子供だよ。今でも思ってしまうんだ、「もしあの子がまともに生きられたら」ってね………まぁ、もうとっくの昔に手遅れになったんだが。」

「なら覚えて置けば良いじゃない。」

 

エノクに甘えていたリサが会話に入ってくる。マリアはリサが発した言葉に疑問符を浮かべていた。

 

「覚える?」

「ええ、そうよ。死んだ人が完全な死を迎えるのは全ての人間に忘れ去られた時なのよ?彼女をしっかりと覚えているのは貴女だけなんだからくよくよしてないでシャキッとしなさい。」

「しかし私は既に……。」

「死んでるからっていうのは承知の上よ。私達がヤーナムに来た時点で貴女は死んでたわけだし。けど、あの子を愛するのに関係あることじゃ無いのよ。それとも、誰かを愛するのに理由が必要?」

 

リサはそう言いながらエノクの腕に自分の腕を絡ませる。リサの不適な笑みとは対照的に、マリアはぽかんと呆けた顔をしていた。しかし暫くすると意識が戻って来たのか柔らかく笑った。

 

「………………まぁ、そうだな、その通りだ。私が患者達の…子供達の事を覚えてやらなくてはいけないな。」

 

そのままマリアは踵を返して外に歩いていく。

 

「あら、どうしたの?」

「そろそろお暇しようかと思ったからね。ありがとう、来てよかったよ。」

 

そのまま外に出たマリア。二人が立ち上がって窓から外を見ても、その姿はもうどこにも無かった。

 

「あれま、帰った?」

「恐らくまた来ると思うよ。その時は、お茶でもしよう。」

「…それもそうね。」

 

二人はまたソファに座ると、リサは今までずっと傍に立っていた"人形"に声をかける。

 

「ほら、貴女もこっち来なさい。」

「えっと……よろしいのでしょうか?」

「いいからいいから。」

 

一度立ち上がって"人形"の手を引いて再び座ったリサ。"人形"は戸惑いながらも言われた通りにリサの隣に座る。

 

「じゃあ、少し寝ましょうか。」

「そうだね……お休みリサ、人形さん。」

 

そのままエノクとリサは互いに寄りかかって寝てしまった。固く結ばれた手は離れる気配は無い。"人形"は現状に戸惑いながらも胸中が少し暖かいのを感じて心地よさを感じていた。

 

(…狩人様方の眠る姿、もう少し見ておきましょう。)

 

目を閉じて互いに身を寄せ合う二人にどこからか持ってきたブランケットをかけると、そのまま自分も身を寄せて暫く二人を観察したのち、目を閉じて眠り始めた。




前回からエノクに一切手を動かす描写がなかった理由は猫ちゃんを抱えていたからです。
もし依頼が犬とかであれば二人は即座に断ってました。狩人であれば、基本的に動物嫌いになりますからね。エノクは割りと天然なので、恨みのある動物以外は人並みに好きです。但し烏とイッヌは駆除対象になります。リサは動物よりエノク派です。


テレレレッテッテッテー
\人形ちゃんが人間に近づいた!/

本来、狩人の夢に自由に入れるのは主人公だけですが、ブラボのNPC達の遺志が二人の中に残っているためそれをたどって夢に来れるようになってます。そのうち色々な人出しますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

杖事務所

要望が沢山ありますが、それに沿った内容にしていくので気長にお待ちください。

今回は一つ目の依頼場所です。金儲けの話が大好きな社長とその部下が出ます。


それでは、どうぞ。


「さて、じゃあ改めて確認しましょ。」

 

暫く揃ってソファに座ってすやぴこ眠っていた三人が目を覚まし、そのまま依頼書を眺め始めた。

 

「えっと?「荷物の運搬」に「護衛」………「素材調達」?」

「どうせろくでもないもんじゃないでしょ。」

「後は…「書類の輸送」…何処かから預かって来るのかな?依頼者の名前も一応あるけど……。」

「殆ど組織の名前か偽名じゃない。ほら、この杖事務所とか隠す気もないし。」

 

一枚一枚確認していく二人だったが、ヤーナムに長くいたせいなのか、あまり依頼という制度に馴染みが無いようだ。不思議そうな顔をしながらも整理していく二人だったが、ふと香ばしい香りに思わず手を止める。そちらの方向を見ると、"人形"が二人分のティーセットをトレーに乗せて運んで来ていた。

 

「狩人様方、目覚ましの紅茶はいかがですか?」

「ありがとう人形さん。」

「ありがたくいただくわ。」

 

"人形"の気遣いに顔を綻ばせる二人。そのまま"人形"から渡された紅茶を飲んで一息ついてから、再び二人は書類に向き直る。

 

「ま、良いわ。まず近い所からしましょ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って言うわけでやって来たわけなんだけど。」

「随分とお洒落なんだね。」

 

狩人の夢から裏路地に戻って来たエノクとリサは早速依頼の指定場所である杖事務所の前に来ていた。周りの建物もモダンな雰囲気が漂っており、出発地点であるハナ協会付近とは全く違っていた。

 

「2つ区を跨いだだけなのにかなり変化するのね。」

「えーっとなになに………「それぞれの区ごとに一つの翼が管轄となっており、その技術が街並みに影響を与える。」だってさ。」

「ふーん…ま、どうでもいいわ。さっさと仕事を終わらせるわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

杖事務所内、大きいデスクで書類整理をしていた頭がモニターになっている男が一度伸びをする。

 

「いやはや、やはり書類仕事というのは疲れますね。デスクに縛り付けられて紙とにらめっこなど、やってられません。やはりここは、一度お茶でもして心を安らげなくてはいけませんね。」

 

そう言っておどけている男に対し、近くにいた黒髪を刈り上げた青年がため息をつきながら話しかけた。

 

「……社長、貴方お茶飲めませんよね?」

「おっとそうでした、これは失敬。」

 

モニターにニコニコとした顔文字を表示させ、腕を組む社長と呼ばれた男…ネモはそのまま目の前の青年…バダに用件を告げる。

 

「ところでバダさん、頼んでいた仕事は終わりましたか?」

「ええ、滞りなく。こちらが報告書です。」

「ふむ……確かに受け取りました。あとは協会からの使いを待つだけですね。」

「協会?ハナ協会ですか?」

「おや、伝えてませんでしたか?この依頼、ハナ協会から直々に来た任務ですよ。なんでも最近、妙な物が流行っていると言うことでしてねその噂の調査が目的だったのですよ。」

「………俺は何処かの組織としか聞いてないのですが?」

「いやですねぇバダさん、ハナ協会だってれっきとした組織(・・)じゃないですか!正直に貴方に伝えると自分には荷が重いとか言って断られそうだったのでちょっと嘘ついちゃいました☆」

(ぶん殴りてぇ……。)

 

右手でアイドルのようにキラッ☆ミ、のポーズをするネモに対して額に青筋を浮かべるバダだったが、相手は仮にも自分の所属する事務所のトップであるため静かに振り上げようとした拳を押し留めた。

 

「それで、何か分かったことはありましたか?」

「……ここ最近、奇妙や病が所々で発症しているという話が聞けたぐらいで特に他に収穫はありません。」

「成る程、確かに気になりますね。」

「………只今戻りました。」

 

ネモとバダが話している最中、新たに一人会話に参加してきた。二人がそちらを見ると、顔を覆うほどの長い黒髪の女性が歩いて来ていた。

 

「あ、こんにちはマルティナ。」

「おお、マルティナさん丁度良かったです。」

「丁度良かった?……取り敢えず……報告書を…。」

「ありがとうございます。」

 

そう言ってマルティナは一枚の書類をネモに渡す。それを覗き見たバダは少し顔をしかめる。そこには血が飛び散った凄惨な現場の写真が添付されていた。

 

「なんですかこれ……。」

「ここら辺であった暴力事件…………調査結果………。」

「被害者の家族からの依頼でしてね、どうやら私達の出る幕は無さそうですけど!」

「?何故ですか?」

「加害者が死亡してるからですよ!その日暮らしの者が目立ちすぎた結果でしょうね!」

「痕跡……黒雲組の組員を確認……下手に関わると飛び火する。」

 

マルティナの言葉を聞いたネモは本来なら顎であろう部分に手を当てながらマルティナから渡された報告書に目を通している。モニターに映る顔文字も何か悩んでいるようだった。

 

「やはりですか、まぁもう終わった事は止しましょう。マルティナさん、最近妙な噂を聞いたりしてませんか?」

「噂?………特にはありません。」

「そうですか…もう少し情報が集まれば楽なんですけどね。他の職員にも聞いたのですが、大体が似たようなものな上信憑性が無いんですよ。」

「そうなんですか。」

「取り敢えず、これで仕事は一旦終わりですね。次の依頼は午後からなのでそれまでゆっくりしてもらっても大丈夫ですよ。」

 

その最中、事務所の事務員からネモに声がかかる。

 

「お話の途中すいません所長、ハナ協会からのお客様がお見えになっています。」

「おやそうですか、通して下さってかまいませんよ。」

 

事務員はそのままその場を立ち去る。残った三人は会話を続け始めた。

 

「案外速かったですね!」

「もしやこの依頼の?」

「そうでしょうね。つまるところハナ協会からの使者ですよ。恐らく事務所に所属しないフィクサーですしょうね。いやぁ!どんな方でしょうか!あわよくば金儲けに繋がるような方がいいですねぇ!」

「………相変わらず。」

「金の亡者ですね。」

 

そんな会話をしていると彼らのいる部屋の扉からノックが聞こえる。慌てて佇まいを直すネモだった。

 

「どうぞお入り下さい。」

「失礼します。」

(おや?大分幼い声の方ですね?)

 

扉の向こうから聞こえて来た声に疑問が残るネモだったが、扉が開く音で一度その疑問を横に置いた。扉が開ききった所でネモは入って来た人物に声をかけようとする。

 

「わざわざお越しくださりありがとうございます!本日のご用件はこちらの書類の受け渡しで……?」

 

話しかけようとしたが、彼が予想していた場所に人は見えない。少し動揺しているネモにマルティナが話しかける。

 

「社長………もうちょっと下。」

「下?」

 

マルティナの指摘によりネモは義体のカメラを少し下に向けると、困ったように笑うエノクと怪訝な顔をするリサがいた。

 

「どうも、ハナ協会から参りました。新人(?)のエノクです。」

「リサと申します。」

「………………子供?」

 

礼儀正しく礼をするエノクとリサに呆気に取られる三人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや申し訳ありませんねぇ!」

「構いませんよ、子供であるならこういうのは良くあることですから。」

 

所変わって応接室、向かい合うネモとエノク、リサ。ネモの後ろにはバダとマルティナが控えている。

 

「いえいえ、その歳でもう礼儀が身についている事を考えるとかなり将来が楽しみですよ。」

「はは、ありがとうございます。」

「さて、本題に入りますね。こちら、依頼されていた書類です。」

「はい、確かに預かりました。」

 

差し出された封筒を受け取るエノク。この時点でこの場所にいる理由が無くなった二人だったが、向かい側に座るネモはまだ話があるようだ。

 

「ところでお二人にお聞きしたいことがあるのですが……。」

「なんですか?」

「貴方達が身に纏っている衣服についてですよ。ここら辺でそのような趣向の物は見かけたことがありませんからね!どのような経緯で手に入れたのか私は気になります!」

「そうは言われても……お世話になってる子達に仕立て直してもらった拾い物ですから。」

「ほう?どんな方なんですか?その服を見る限り、かなりの腕前のようですね。」

 

ネモのモニターに疑問符が映し出される。仕草もいかにも考えていると言わんばかりのものでエノクの話の続きを待っている。それを見たエノクは話を続けた。

 

「特殊な子達なのでネモさんには紹介できないですよ?」

「おや、それまたどうしてでしょう?」

「正しくは紹介しようとしても出来ないので…。」

「意味が無いのですか?それまた何故。」

 

ネモは疑問を隠そうともしない。後ろに控えているバダとマルティナも若干怪訝な顔をしている。どう説明したもんかと頬を掻いているエノクの様子を見てリサがフォローに入った。

 

「資格……というか素質がある人にしか関わって来ないの。」

 

そう言ってリサはテーブルに置かれたまま放置され、冷めている紅茶を指差す。

 

「どう?この紅茶の上に何か見える?」

「いいえ!全くですね!お二人はいかがですか?」

「………ただの……紅茶。」

「………この質問に何の意図があるのか解りませんが、俺にはただティーカップに入った紅茶にしか見えません。」

「そういう事。きっかけがなければ認識も出来ない存在だから探すだけ無駄よ。」

 

その言葉に首をかしげる三人の視界には、ティーカップに入った紅茶しか見えない。しかしリサとエノクは悟られぬようにティーカップを見ると、胸中で苦笑いをした。

 

(遊んでるよね………。)

(向こうに見えてないことをいいことにふざけてるのよ。)

 

二人の視界にはティーカップの上に渦巻く霧から使者が一人出ている姿が写っていた。使者は頭に中身がくりぬかれたカボチャを被っており、何処かの異世界で流行っていそうな踊りをしている。

 

「もしや、ここにいるのですか?」

「ええ、私達からはしっかりと見えてるわ。」

 

ブンブンブンブンクネクネクネクネ

 

((いつまで踊ってるんだろ。))

「ふむ、ここで雇ってそういう系統の仕事をさせたら稼げると思ったんですけどねぇ。」

 

とてもならない言葉をもう一度描きそうなダンスをする使者の前で、残念そうに首を横にふるネモ。モニターにも(´・_・`)といった顔文字が表示されている。

 

「そろそろ届けに帰りますね。」

「おや、もうそんな時間が経ってましたか。せっかくならお食事でもいかがですか?」

 

時計を見ると、二人が杖事務所に来た時から二時間が経過し12時半になっていた。

 

「………貴方食事できるの?」

「失礼ですね!義体用の脳髄液を摂取するのは食事に含まれ無いというのですか!」

「含まれないでしょう社長。」

「ひどいッ!」

 

ぷんすこと怒るネモに後ろのバダから突っ込みが入る。子供相手に訳のわからない事を言っている事に対する呆れを含んだその言葉に、ネモは泣き真似をし始める。モニターもorzになっていた。それに向ける部下2人の目は明らかに

 

((めんどくさッ……。))

 

と言う感情を表していた。マルティナはネモを無視して動き出し、そのまま扉に手をかけて開ける。そこで振り向いたマルティナはエノクとリサに手招きする。

 

「………軽食でいいなら……奢る。」

「いいんですか?」

「……子供に払わせる気はない。」

「なら、ありがたく頂くわ。」

 

そのまま二人を連れてマルティナは外に向かった。バダも無言で三人の後を追ってそそくさと出ていったためネモは一人、応接室に残された。

 

「…………………ほっとかないでくださいよぉ!」

 

そのまま叫びながら出ていくネモだった。




エノクとリサは狩人なので使者達を認識できますが、狩人の素質が無い、又は啓蒙が低いと使者達を認識出来ません。純粋な人間であるバダとマルティナなら可能性はありますが、義体であるネモは景色を認識する際にカメラという人工物を通しているので、使者達と言ったような幻影みたいな存在とは相性が悪いです。

この日の二人の衣服は、なめられないようにするという目的で狩装束を纏っています。エノクは狩人シリーズの頭以外、リサは鴉羽シリーズの頭以外です。武器は表向き目立たないようにしまってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

義体

少しぐちゃぐちゃになった気もしますがお許しください。




それでは、どうぞ。


杖事務所を出で数分後、エノクとリサはマルティナに連れられて近くの店に入る。清潔で落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。エノクとリサが物珍しそうに周りを見回す中、マルティナはそのまま店内を進み、テーブル席に腰かける。

 

「…………座らないの?」

「あ、いえ、こういった場所はあまり来たこと無かったもので。」

「じゃ、私はここ。ほら、エノクも。」

「分かってるよ、リサ。」

 

マルティナに呼ばれてそそくさと移動した2人はマルティナの向かい側の席に座る。

 

「………私の良く来る店。」

「へぇ、そうなの。」

「………喧しいことも無いから………ゆっくり出来る。」

 

そう言ってマルティナは店員に声をかける。呼ばれて近づいてきた店員の頭は人間と言うには遠い機械だった。

 

「ご注文はいかがなさいますか?」

「私はサンドイッチとコーヒー………………二人は?」

「そうだなぁ………何かオススメはありますか?」

「そうですね、オムライスなんていかがでしょう。他にもナポリタン等もありますよ。」

「でしたら僕はナポリタンでお願いします。」

「私はオムライス。」

「かしこまりました。」

 

そう言って店員は厨房の方へ向かって行った。マルティナは少しリラックスした様子でいつの間にか置かれていた水を飲んでいる。しばらく待っていると、誰かが店内ぬ入って来る音がした。

 

「やっぱりここに居ましたかマルティナ。」

「………社長は?」

「ここに居ますよ!」

 

歩いて来たのはバダだった。後ろにはモニターにニコニコとした顔文字を表示させたネモがいた。

 

「………………チッ。」

「ひどく無いですか?」

「バダはともかく…………社長……うるさい。」

「ひどいッ!」

「店内で騒がないで下さいよ社長。」

 

呆れた様子のバダと悲しむ動作をするネモはすぐ近くのカウンター席に座る。その後、二人も注文したところでマルティナがエノクとリサに話を切り出した。

 

「そういえば…………どこの生まれ?」

「おや、それは私も気になりますねぇ。」

 

ネモもこちらの会話に参加してきた。無言のままではあるが、バダも聞き耳を立てている。

 

「出身と言われても……外郭としか。」

「そうなんですか?てっきり、昔から教育を受けてきたかと思っていたので少し以外ですねぇ。」

「まぁ育った環境が特殊だったからとしか言いようが無いんだけと…………一応聞いて置くけどヤーナムって街聞いたことある?」

「いいえ?これっぽっちも。お二人はいかがですか?」

「………無い。」

「自分も無いです。」

「かなり長い間そこにいたのよ。礼節とか、言動とか、その街にいた時に身に付けたわ。」

「身に付けたというよりいつの間にか勝手に身に付いていたと言った方が正しいかもしれませんが。」

 

二人の頭の中によぎるのは血塗られた歴史とその影が残る城の主だ。血族と呼ばれた者達の女王、死なないが故に処刑隊の長に封じ込められた不死者、一時は主として慕っていた人であるアンナリーゼは二人にとってかなり友好的な人物だった。

 

「一時期、とある女王に仕えていた頃があってその際に色々とやらされてましたから。」

「なんとも奇妙な経歴をお持ちですねぇ。俄然興味が湧いてきましたよ。」

 

クツクツと笑うように体を揺らすネモ。そこで先程の店員が注文した料理を運んで来た。

 

「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ。」

 

そのまますたすたと歩いて行った店員をよそに、エノクとリサは目の前に置かれたオムライスとナポリタンを食べ始める。

 

「美味い。」

「最近はまともな料理食べれるようになったけど昔は散々だったからね。時折舌が麻痺しそうだよ。」

「…元々外郭暮らしだったもんな。」

「一時期は外郭とは別の所に居ましたけど、まともな料理なんて殆ど無いも同然でしたから。」

 

顔を年相応に綻ばせる二人に若干ほっこりしてる杖事務所の三人だった。しばらくしてマルティナとバダも料理を食べ始め、ネモも義体専用の脳髄液を首のプラグから摂取し始めた。

 

「やっぱ義体だと料理は食べられ無いのね。」

「ええ、あくまでも機械なので。料理をエネルギーに変える技術などがあればまた別なのでしょうが、人に近づくので頭の出してる人工知能の倫理改正案に引っ掛かりそうなんですよね。」

「人工知能の倫理改正案?」

「ええ、ご存じないですか?」

「ごくごく最近なのよ外郭からこっちに来たの。」

 

体で自分が理解していないことを表現したリサはそのままオムライスを口に運び入れる。もう半分無くなっていた。

 

「頭は流石に分かりますね?」

「確かこの都市を牛耳ってる方々でしたっけ。」

「その通りです。」

 

ネモは自分のモニターに資料を表示させる。

 

「その頭が定めているいくつかのタブー、それが人工知能の倫理改正案です。ざっくり言ってしまえば「人間を模した機械生命体や義体の製作の禁止」ですね。他にも銃器類製作ガイドもありますよ。」

「へぇ、そうなんですか。」

「覚えておいて損は無いですよ。私達は事務所同士の契約を公明にする仕事をしているので法関係は覚えてるだけですが、破ったら最悪頭の殺害リスト入りですからねぇ。」

「肝に命じておくわ。」

 

そんな会話をしているとまた一人、店に入ってくる音がした。その人物は席を選ぶため辺りを見回しているとマルティナを見つける。

 

「あ!マルティナさーん!」

「?………ダロク。」

 

女子らしい可愛い声を出しながらマルティナに近づく人物……ダロク。服装こそお洒落な白とピンクのジャンパーだが、その頭は複数のカメラやモニターで形成されていた。明らかに普通の人間とは程遠い。

 

「あ、バダ君にネモさんもいる!こんにちは!」

「あ、どうも。」

「おやおやダロクさん、お元気そうでなによりです!」

 

一通り挨拶をしたダロクはすぐにエノクとリサの存在に気がつく。その様子はとても興味津々で、かなり近くまで迫っていた。

 

「え~何々?この可愛い子達は誰~?誘拐?」

「…人聞きの悪い………。」

「失礼ですね!その子達はちゃんとしたフィクサーですよ!」

「まだ見習いよ。」

 

興奮しているダロクとは対照的にリサは平然と返事をしている。エノクに至ってはガン無視してナポリタンを頬張っていた。

 

「ふーん、面白い子達だね!」

「?どこがよ。」

「だって、私の頭を見ても驚くどころか眉一つ動かさずにスルーしたから。普通の子供だったら目をまん丸にしてるところだよ?」

「昔はもっとえげつないのを毎日のように見てましたから、今更頭がカメラになっている位では驚きませんよ。」

「そうそう、強いて言うならファッションセンスが良い位しか思わないわよ。」

「わ~ありがと~!……ところでそのえげつないのって?」

 

ダロクの質問に対して既にナポリタンを食べ終えたエノクは口を紙で拭いた後、にっこりと笑う。

 

「聞きたいですか?」

「なんか嫌な予感するから止めとく~。店員さーん!ココア風味の脳髄液一つ下さーい!」

「……そういえば、脳髄液を摂取するのは何でなの?」

 

リサがオムライスを頬張りながら質問するとマルティナの隣に座ったダロクは顎の辺りに人差し指を置いて考えながら話し始めた。

 

「ん~普通の人の食事とあんま変わらないと思うよ?要は燃料だし。」

「ふーん………脳に瞳を得るとかそんなんじゃないのね。」

「何がどうなったらそんな結論が出るんです?」

「脳髄液……というか脳液を啜ってそのまま自分が望んだ物を手に入れようとした女の子がいたから。」

 

いきなりぶっ飛んだ内容になったことに思わず突っ込むバダだったが、話している当人は簡潔に答え、何事も無かったかのように話を続ける。

 

「最終的に自分の脳液啜って死んじゃったけど。」

「最早人かどうかも分かんないレベルだったからね。」

「それはそれは……なんと言うか非人道的な香りがしますねぇ。金儲けには?」

「転用出来るわけないじゃない。治療の失敗でそうなってるわけだし、何より何にも得が無いわ。」

「あんな狂った空間作るって言うなら僕らは貴方を殺さなくちゃいけなくなるんで止めてください。」

「流石に冗談ですよ!ね、お二人共?」

「「…………………。」」スッ

「目を反らさないで下さいます?」

 

金儲けという単語が聞こえた時点で自分達の長を全く信用していないバダとマルティナだった。そんな茶番は放っておいてダロクは再びリサとエノクに話しかける。

 

「ねぇ、もしかしてさっき言ってたえげつないのってそれに関係してる?」

「まぁもっとヤバいのは別にありますが、無関係では無いですよ。」

「へぇ………どんな感じ?」

「頭が異常なまでに肥大化して最早肉塊のようになった感じよ。しかもそれが常に蠢いてる。」

「うぇ…気持ち悪~。」

「それに加えて半分以上が狂乱状態でこちらに殴りかかってきますし、まともな会話なんてものはほんの一部でしか出来ませんでした。………すいません、ご飯の時間に話す内容じゃなかったですよね。」

「いいのいいの気にしないで!尋ねたのは私からなんだから。」

 

申し訳なさそうに笑うエノクにサムズアップするダロク。隣のマルティナも特に気にした様子もなくサンドイッチを腹の中に入れていた。

 

「……そういえば…………何でここに?」

「あ、ヤバッ忘れてた。ネモさーん!アロクからお届け物でーす。」

「おや、この前頼んだ案件が終わったのでしょうか。」

 

そう言ってネモはダロクから一つの封筒を受け取り、中を確認する。しばらく無言で内容を確認していたが、やがてモニターにニコニコとした表情を映し出す。

 

「ありがとうございました!確かに受け取ったとアロクさんにお伝え下さい!」

「了解しました~。」

「それじゃあそろそろ僕らも帰りますね。ご馳走さまでした。」

 

ダロクがビシッとサムズアップしている横でエノクとリサが椅子から立ち上がる。その顔は満足げだ。

 

「あ、そうだ。お礼代わりにこれあげる。」

 

そう言ってリサは虚空から一つの布袋を取り出すとマルティナに投げ渡した。苦もなく受け取ったマルティナが中身を確認すると、中には大量の輝く硬貨が入っていた。

 

「使える訳でもないから完全に記念品みたいな感じだけど、売ったら多少なりとも金にはなると思うわ。」

「うん………ありがとう。」

 

嬉しそうな雰囲気のマルティナの隣から袋の中身を覗き込んだバダは若干驚いた様子でリサに問いかける。

 

「なぜこんな量を?」

「何処にでも落ちてたけど使える機会が一切無かったかから貯まる一方だったのよ。それも千分の一にも満たない量だし。」

「まだあるんですか………。」

「あの時のヤーナムで金銭は落として道標にした方が有効な位に価値が無かったか物ですから。」

「なんと!?」

 

お金が大好きなネモがモニターに!?と表示しながら信じられないような声を出している。その様子を見てエノクは困ったように笑いながら

 

「僕らみたいな余所者を歓迎してる様子が一切無かったですし、そもそも街の人間は大抵狂って獣のようになってます。そんな所で商売が成り立つはずも無いでしょう?」

「むぅ、そんな所に行きたくはないですねぇ。」

「行くも何も、もうないですよ。僕らが終わらせましたから、残っているのは誰もいない街だけです。」

 

その言葉に固まる一同をよそに、エノクとリサはさっさと店を出てしまう。

 

「依頼はしっかりと遂行するのでご安心ください!」

「また会えたら会いましょう、それじゃ!」

 

二人は一度振り返ってニッと笑い手を振りながらそのまま去って行った。呆然とするバダとマルティナ、ダロクをよそにネモは手を振り返していた。

 

「いやはや、なんともキャラが濃い子達でしたねぇ。一切嘘を言っている様子が無かったのが一番怖いですけど、面白い話も聞けましたし中々良い縁に恵まれましたねぇ。」

 

そう言ってネモはプラグから脳髄液を摂取した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ目終ーわりっと………次どうする?」

「そうだね……これなんてどうだい?」

 

杖事務所の面々と別れた後、ハナ協会の支部に書類を届け終えた二人は適当な所に腰かけて依頼書を確認していた。

 

「これ………あの素材の調達の依頼じゃない。」

「少し遠いけど、色んな所を早く見てみたいからね。」

「ん~……はぁ、まぁエノクがそう言うなら…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?場所は何処?」

「えーっと……23区だって。」




今更ですが、ブラボとプロムンって似通ってる所多いと思うんですよ。外に出ること自体が危険だったり、人さらいとが横行してたり、上の組織が大抵ヤバかったりろくでもないのは確かですね。

マルティナとバダはLibrary of Ruinaではそれぞれ1級と2級のフィクサーですが、この話の時はまだ3~5段階ほど下の階級です。ネモは1級ですね。改めて調べるとかなりの戦力を抱えてるなぁ…と思いましたが、よくよく考えると事務所の主な仕事が事務所の契約云々を公明にするという特別な立場なので納得出来るんですよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23区

エノクとリサは基本仕事じゃない時は狩装束ではなく、普通の服を愛用してます。まだ低級フィクサーにもなってませんから、あまりにもきっちりとしていると逆に怪しまれますからね。



それでは、どうぞ。


ざわざわと止まない喧騒、常に漂う料理の匂い、大通りを二人揃って歩くエノクとリサは物珍しそうに周りをキョロキョロと見回しながら進んでいた。

 

「賑わってるわね。」

「うん、それに色んな匂いが混ざってすごい事になってるね。」

「……何かお腹空いてきたし、ちょうど良さそうな店あるかしら。」

 

腹の辺りを擦りながら周りの店の看板を見ようとするリサだったが、人混みの中にいるため上手く情報を読み取る事が出来ない。次第に苛つき始めたリサの様子を見て、エノクはリサの手を繋いで歩き始めた。リサの方へ振り返ったエノクはニコッと優しく笑い、話しかけた。

 

「取り敢えず、人混みを抜けよう。それからゆっくりご飯を食べる場所を探そ?」

「…それもそうね。依頼の場所も調べないといけないし。」

 

機嫌が戻って来たリサと共に、エノクは人混みを掻き分けて更に街の中心へと向かって行った。

 

「…………ねぇリサ。」

「分かってるわよ、二人位かしら?」

「恐らくね。」

 

後ろからついて来る存在を警戒しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのガキどもが人の少ない所に入ったら眠らせるぞ。」

「わかってるっての。」

 

ターゲットにに気づかれていると知らずに尾行を続ける二人組。口元を隠し、目立たない格好をしている男達は隠し持っている凶器に手を掛けて、チャンスを今か今かと待っていた。

 

「向こう行くぞ。折角の上物だ、あんまり傷を着けるなよ。」

「ヒヒッ、あんな高く売れそうな商品に傷なんてつけたくてもつけれねぇよ。」

「はっ、違いない。」

 

下卑た笑みをマスクの下で浮かべていた男達だったが、少し時間が経つと片方の男が違和感に気付く。

 

「おい、あのガキどもは?」

「は?んなもんそこに……。」

 

もう一人が相方の言葉に答えながら前を見るとターゲットだった二人が見当たらない。

 

「あ?何処行きやがったッ!」

 

いつの間にか視界から子供が消えて動揺する男だったが、すぐさま探し直し脇道に入ろうとしている二人の後ろ姿を見つける。思ったよりもチャンスが速く来たことに機嫌を治したのか、再び笑みを浮かべて歩く速度を上げる。そして人混みを抜けて子供二人が入って行った脇道にたどり着く。そのまま路地裏へと入ると一気に人の気配が無くなった。

 

「さぁて、あのガキどもはどこかなぁ?」

「さっさと終わらすぞ、早く金が欲しい………だが、あぁ、うまそうだったな。報酬として要求してみようぜ。」

「お、いいなそれ!」

 

そう言いながら男達は懐から凶器を取り出し、握り直す。その顔には明らかな余裕がある。人拐いの報酬を想像し、心が弾んでいるのだろう。どんどんと路地裏の奥へと入り込んで行く。通りの喧騒も聞こえないぐらいには遠くなった所で、男達はターゲットを見つけ、声をかけた。

 

「なぁ!そこの坊主とお嬢ちゃん!こんなとこでなにをやってるんだ?」

「どちら様でしょうか?」

「なぁに、ただの親切なお兄さんだよ。」

「どっちかって言うとおじさんじゃないの?」

「んなっ!?」

「ブフッ!」

 

話しかけた方の男はリサの生意気と取れるような発言に固まり、相方は吹き出している。ちなみにリサは罵倒の意味を込めてないため純粋に思った事を言っているだけである。

 

「こんの……こっちが優しくしてやってるっつうのによぉ!」

「別に頼んで無いんだけど。」

「僕ら行く場所があるので行っていいですか?」

「糞ガキどもがぁ!」

「落ち着け、さっさと仕留めようぜ?」

 

こちらを何とも思っていないような態度をされ、怒りが頂点に登りそうな男だったが、笑っている相方が凶器を構えるのを見て改めて向き直る。

 

「というわけで、大人しく捕まってくれ。」

「はぁ?なんであんた達に従わないといけないのよ。」

「状況が分かってないのか?これを見てみろ。」

 

今だに余裕綽々と言った様子の二人に対し、威嚇するように鈍器で地面を割る男。そのまま凶器を振り上げてエノクとリサの方へ向ける。

 

「今のお前らは哀れな獲物で俺達はそれを追い詰める狩人なんだ。さっさと諦めてくれたら、苦痛は最小限で済むぞ?」

 

エノクとリサはその言葉を聞いた瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ブフッ!」」

 

同時に吹き出した。

 

「アッハハハ!」

「リサ……ダメだよ…人を笑ったら………ククッ。」

「あー…あー……お腹痛い。」

 

突如狂ったかのように笑い始めたエノクとリサに気味悪さを感じ、思わず後ろに下がってしまう男達。怯んでしまったことを恥だと感じたのか、片方の男が食って掛かる。

 

「てめぇら…何がそんなに可笑しい!」

「フフッ………いやはや、何ともふざけた事を抜かす方々だなと思いまして。」

「馬鹿にすんじゃねぇ!」

 

そう言って男は鈍器を振りかざし、二人へと躍りかかった。端から見たら完全に獲物を追い詰めた肉食動物だ。

 

「貴方達が狩人?冗談もほどほどにしときなさいよ。」

 

しかし二人は獲物となる草食動物などではない。

 

私達が狩る側よ(・・・・・・・)。」

 

ドシュッ

 

襲いかかった男の背中から細い腕が突き出る。男が何が起きたか認識する前にその腕はそのまま臓物を引きずり出しながら男の体を引き裂いた。一瞬で男は死ぬ一歩手前の状態まで追い詰められていた。痛みに耐えきれず倒れ伏した男は自分を無表情で見下ろすリサに気が付く。

 

「ヒッ!?く、来るな「死になさい。」」パンッ

 

体を引きずり逃げようとする男だったが、殺そうとしてきた相手にリサが容赦をする筈もなく、そのまま頭を撃ち抜かれて絶命した。そのままリサは腕についた血を振るって落とし、もう一人の男の方へ顔を向ける。

 

「ッ!」

「あら、どうしたの?私達を狩るんじゃ無かったの?」

「クソッタレ!お前みたいな化物相手にやってられるか!」ダッ

「あ、逃げた。」

 

もう片方の男は死んだ相方には目もくれず、踵を返してリサから逃げだした。しかしリサはその場に留まっており、動く気配もない。

 

「まぁ構わないけど、ここ一本道よ?」

 

 

ビリビリ バチッ

 

「?…なんだこの音?」

 

バチッ ビリビリビリビリ

 

「ッ!?近づいて来てやがる!?あいつか!?」

 

男は後ろを伺うも、そこにいるのは退屈そうにあくびをするリサだけ(・・)だった。

 

ビリビリビリビリビリビリビリビリ

 

「ッ!もう一人はッ!」

「てい。」ガンッ

「うがっ!?」バチッ!

 

突如上から現れたエノクが右手に持った青い雷光を纏うメイス……トニトルスを男の頭に振り下ろす。鉄の質量と電気の衝撃で簡単に男は倒れてしまう。

 

「あっ…がっ「大人しくしててください、聞きたい事がありますから。」……ぎっ。」

 

痺れているものの何とか立ち上がろうとした男だったが、すぐさまエノクが背中を踏みつけ拘束する。雷光のエンチャントが切れてただの鉄塊になったトニトルスを頭に押し当てながらエノクは話し始める。

 

「さて、何から聞きましょうか……そうですね、何故貴方達は僕らを追っていたんですか?」

「………金になるから。」

「成る程、僕らを商品にしようとしていたと。じゃあ次の質問です。」

 

エノクは足に更に力を込め、逃がさないようにする。男から苦悶の声が聞こえて来るが、気にせず続けた。

 

「何の用途ですか?」

「……質問の意図が分からんな。」

「言い方を変えましょう。先程おっしゃっていた「うまそう」というのはどう言った意味なのでしょうか。」

「聞こえてたのか………。」

「最初っから聞こえてましたよ。むしろ、あんなバレバレな尾行でよくこの仕事を続けたられましたね?」

「はっ、うるせぇよ化物が。一応この道のプロだぞ。」

 

皮肉を織り混ぜて話す男だったが、額には汗が流れている。目に焦りが浮かんでいるのもあり、それが冷や汗であることが分かる。

 

「で、質問の解答は?」

「………あんた、余所者か。なら、この場所の事も詳しく知らないだろうな……………答えは簡単だ、食うためだよ。」

「へぇ?」

 

エノクは眉をひそめる。

 

「この23区はほとんどがグルメ通りなんだよ。ここにいる奴らは皆美味い飯を求めてる。料理人もより美味い飯を作ろうとしている。」

「それと僕らに何の関係が?」

「決まってるだろ、人間の子供は美味いからだよ。」

「あぁ……合点が行きました。だから貴方達の持っている武器が包丁なんですね。」

 

一連の出来事の理由がわかったエノクはため息をつきながら右手に持ったトニトルスをしまい、代わりに一つの瓶を虚空から取り出す。そこには青い液体が入っており、エノクは蓋を開けて傾けた。

 

「まぁ、関係無いですね。ありがとうございました。」

 

液体がちょうど男の頭に当たる。するとその直後に男の意識が落ちてしまった。

 

「エノク~、終わった?」

「うん、そろそろ行こっか。」

「ちょ~っと待ってくれない?そこの可愛い子達。」

 

待ちくたびれた様子のリサに応えるエノクだったが、そこに若い女性の声がかかる。こちらに危害を加える意志が無いのがわかっている二人が大通りの方向を向くと、血に濡れた白いコックコートを身につけた白髪の女子と無愛想な表情をした男がいた。こちらをキラキラとした目で見ている女子はずんずんとこちらに近づいて来る。

 

「ねぇねぇ、そこで倒れてる奴って持ってっていい?」

「………別にいらないからいいけど?」

「ホント?やった!新鮮な食材ゲット!ジャック~。運ぶの手伝って~。」

「あぁそうだなピエール。」

「どうせ持ってくならあれも持ってってよ。」

 

いそいそと意識の無い男を袋に詰めていく二人……ジャックとピエールはリサが指を指した方向を見る。そこには先程リサによって内臓をぶちまけられ、絶命した男がいた。

 

「あ~今まで美味しそうな匂いがしてると思ったらそこからの出てたのね。」

「他に殴られた形跡が無い見事な捌き方だな。見習いたい物だ……試作用に持って帰るか。」

「で、あんたらも拐い屋?」

「いえ?私達は料理人よ。まだ駆け出しだけど店だって持ってるのよ!「ピエールのミートパイ」ってね!」

 

リサからの問いに胸を張って答えるピエール。

 

「でも材料こいつらでしょ?」

「?当たり前じゃない、人間は最高の食材よ!」

「ならいいわ、私食人趣味無いし。」

「ちょっと!人間を食べるのを異常みたいに言わないでよ!」

「別に貴女を否定してる訳じゃないわよ。ただ血とかは飲むものじゃなくて打ち込む物だからもったいないだけ。それにねぇ……。」

「それに?」

「私が一番美味しいと感じるのはエノクだけよ!」

「なっ!?」

 

リサがビシッと指を突きつけながら告げた言葉にピエールが衝撃を受けたような顔をする。男子二人は揃って端から見守っているだけなので止まる様子は無い。ピエールは考察するかのように話し始める。

 

「食材に必要なのは調理ではないとでも言うの……!?」

「そうよ!何かを食べる時に必要なのはそこに感情がどれだけこもっているかなのよ!事実私がエノクの血を舐めた時、体に走った衝撃は感じたことの無かった物だったわ!」

「なっ……たった一回舐めただけで!?」

 

そのまま話が盛り上がり始めた女子達をよそに、エノクとジャックは死体の収集をしていた。何とも言えない笑顔でジャックを手伝っているエノクをジャックはニヤニヤしながら見ている。

 

「中々恋人から愛されてるな。」

「まぁ、はい、否定はしません。」

 

 

「エノクの○○○が××××して私に△△△△△しながらの時なんだけどね、それはもう凄かったわ。」

「え!?あの子と貴女が□□□□!?」

 

 

「リ~サ~?」

「ぷっ…ククッ、最近の子供は何とも進んでいるんだな。」

「………後でお仕置きしなくちゃね。」

 

凄みのある笑みを浮かべながらエノクはリサの方向を向いている。ジャックは吹き出しているが次の矛先は彼である。

 

 

「確かにジャックと□□□□してた時に舐めたーーの味は忘れ難い美味さだったけど……。」

「ね?納得できるでしょ。」

「くっ!確かに貴女の言うとおりね!」

 

 

「…………………。」

「今の気分はいかがですか?」ニコォ

「………なんでこんな目に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい話合いだった……新しい料理方法が沢山湧いて来たわ。」

「ええこちらこそ、有意義な時間だったわ。」

 

がっしりと握手を交わすリサとピエール。それを離れた所で見ているエノクとジャックは死んだ目でその光景を見ていた。

 

「あ、そうそうこの場所知ってる?」

「ん~?どれどれ?………あぁ、ここなら向こうの道を真っ直ぐ進めば着くわよ。」

「そう、ありがと。」

「ジャック~!行くわよ!」

「……………あぁ。」

 

ルンルン気分のピエールの隣でため息をつくジャック。二人が歩いて行く後ろ姿を見送ったリサは肩をポンと叩かれる。

 

「何よエノク?」

「ちょっとお話………いやお仕置きの時間だよ?」

 

そう言うと、エノクはリサを壁に押さえつけ、顔の横に手を叩きつけた。いわゆる壁ドンである。

 

「ちょ、エノク!?」

「僕はね?リサとの営みは他の人にあまり知られたくないんだよ。」

「いいじゃない!別に減るものじゃないんだし!イチャイチャしたという事実を話す相手がいるから共感して欲しいのよ!」

「でもリサも知ってるでしょ?「秘密は甘いもの」だって。僕はね、その時のリサの様子は僕だけのものにしたいんだ。」

 

そう言ってエノクはリサの頬に触れる。その手つきは優しく、とても大事な物を触るようだった。リサはいきなり妖艶な笑みを浮かべたエノクを見て焦りだす。

 

「ちょ、ちょっと待って?」

「ん?これに拒否権なんてあると思うかい?」

「これから気を付け……んむっ!?」

 

そのままエノクはリサの唇を奪う。しばらくの間、舌を絡ませ合う音が二人以外いない路地裏に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、ようやく顔を離したエノクとリサの舌には唾液で出来た糸が垂れていた。余裕そうなエノクとは対象的に、リサは頬を紅潮させ息が荒くなっている。いつもの強気そうな性格は鳴りを潜め、しおらしくなってエノクの次の行動を待っていた。その様子を見たエノクは笑みを深める。

 

「これでまた秘密が増えたね?」

「うん…………。」

「今度はばらさないように気を付けてね?」

「うん…………。」

「それじゃあ、そろそろ行こう。」

 

次の瞬間にはエノクはいつもの優しい笑みを浮かべてリサを解放していた。解放されたリサは「あっ………。」と物欲しそうな声を出すものの、エノクはそのまま歩き始めた。

 

「…………………。」

「あ、そうだ。」

「?」

 

エノクは立ち止まり、リサの方へ振り向く。その顔は先程の妖艶な笑みが浮かんでいる。

 

「次やったら…………しばらくお預けだからね?」

「ッ!!」

「フフッ…………さ、早く行こうか。」

 

いまだに立ち止まったままのリサの手を引いてエノクは歩きだす。行き先の店はまだ見えなかった。




はい、ミートパイのお二人です。時間軸的には図書館に来る10年前位を想定しているのでピエールはまだ未成年ですし、ジャックも同じ位です。まだ「ピエールのミートパイ」を開いたばかりの頃ですね。かなりカップル感の強い感じになってしまいましたが、原作でも相方が死ぬと「自分一人じゃ意味が無い」と言った意味合いの事を言っていたのであながち間違いでも無いのかなと。

二人の関係は基本的にリサが引っ張り回してエノクがそれに優しく笑いながらついて行くような感じですけど、時々現れるエノク様はガン攻めでリサの情緒を破壊していきます。エノク様が表面になるとリサは一切勝てません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シェフ

肉食系ショタは嫌いですか?
それはさておき引き続き23区での話です。

プロムンの新作が楽しみです。今までの作品は都市の一部ぐらいしか語られませんでしたが、今度のLimbus Companyでは詳しく語られそうなんですよね。気になります。



それでは、どうぞ。


「ここ?」

「ええ、教えて貰ったのはここだけど……。」

 

エノクとリサは一つの店の前で立ち止まる。外観は近くに立ち並ぶ他の店と大差ないが、中は結構賑わっているようだった。リサは改めて依頼書を確認する。

 

「ここの店主が依頼者みたいよ?」

「じゃあ早速入ろうか。」

 

入り口でたむろする訳にもいかないため、二人はドアを開けて中に入った。ドアに備え付けられたベルが音を立てる。中はシックなカフェといった様子で、殆どの席が埋まっている。店内の様子を伺っていたエノクとリサだったが、一人の老人が近づいて話しかけてきた。

 

「そこの君達、どうしたんだい?」

「あ、すいません……店長の方はいらっしゃいますか?」

「ふむ、店長は私だが一体何用かな?」

 

黒いエプロンをつけた老人にリサは依頼書を見せる。

 

「依頼で来たのよ。」

「あぁ、そうだったか。じゃあ少し裏の方に来て貰えるかい?」

 

そう言って店主は近くの従業員用の扉の中に入って行く。二人は顔を見合わせた後、その後ろについて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、依頼についてだったか………まぁ私は仲介者でしかないからね。」

「?貴方が依頼したんじゃ無いの?」

「あぁ、君達に用事がある人はここにいるよ。」

 

店主の後をついて行きながら店の中を歩き、やがて一つの部屋に着いた。

 

「ここから先は私は関わらないから、後はよろしく頼むよ。」

 

そう言って店主はその場から離れる。こちらに意識を向けていないため、本当に関わる気が一切無いようだ。

 

「……まぁ、さっさと入ろうか。」

 

気を取り直したエノクは目の前の扉へノックする。扉の向こうから「どうぞ」と返事があったため、そのまま部屋の中に入るエノクとリサ。

 

「おや?お前さんらが依頼を受けたフィクサーかい?なんともまぁちっこい子達だねぇ。」

 

部屋の中のソファに座っていたのはウルフカットの白髪の女性だった。笑う口からは鮫のようなギザ歯が覗いており、身に纏うエプロンには赤い染みが出来ている。

 

「折角あの情報屋を介して依頼したって言うのに……ま、取り敢えず座りな。」

 

少し顔をしかめる女だったが、直ぐ様ワイルドな笑みに変えエノクとリサを座るよう催促する。二人は逆らうこと無く向かい側のソファに座った。

 

「貴女が依頼者ですか?」

「そうだと言えばそうだね。」

「何でわざわざそんな事を?」

「そりゃ、私がお尋ね者だからだよ。」

 

ニヤリと笑う女は話し始める。

 

「自己紹介でもしようじゃないか…………私はグレタだ。この格好で分かるかも知れないが、料理人をしているよ。」

「そうですか、僕はエノクです。」

「リサよ。」

「礼儀正しい奴は嫌いじゃないよ……………さて、お前さんらに頼みたい事なんだが……。」

 

ギザ歯を見せながら笑う女……グレタは勿体ぶるように言葉を止める。

 

「なんでしょう?」

「そう急かすんじゃない…そうだな、何か珍しい肉を持って来てはくれないかな。最近スランプ気味でね、このままでは「8人のシェフ」の名折れだよ。」

「「8人のシェフ」?」

「知らないのかい?」

 

聞き返して来たリサを少しばかり驚いた顔で見るグレタ。

 

「じゃあ都市の星は?分かるかい?」

「知らないわ。そもそも最近まで外郭に住んでたから都市の常識に疎いのよ。」

「あぁ、道理で平然としている訳か。私は優しいからな、この際だから教えてやるよ。」

 

グレタはソファに深く座り直すと足をくんで二人を見据える。

 

「まず都市災害は分かるか?」

「……確か本に書かれてましたね。協会が指定する怪事件のランク付けでしたっけ。」

「あ、そうそう思い出したわ。」

「勉強熱心だね。そのランク付けにも色々あってね、下からあらぬ噂・都市怪談・都市伝説・都市疾病・都市悪夢・都市の星…そして滅多にない不純物、と言った感じだよ。」

 

両手の指を一本ずつ立てて説明していくグレタは真面目に聞いている二人の様子を見て面白そうに笑っている。

 

「協会から公式案件として扱われるのは都市伝説からだが……「8人のシェフ」はさっき言った都市の星に属してるんだよ。」

「じゃあ貴女結構な優先殺害対象じゃないの?」

「そうだが?」

「へぇ、そうなんですか。」

 

グレタの返答に対して単純に納得した様子のエノクとリサ。グレタは特に大きな反応もしない二人を不思議そうな目で見つめる。

 

「…………なんだ、動揺しないね。お前さん達もフィクサーっていうなら私を捕まえようとはしないのかい?」

「だってまだ正式にフィクサーになったわけじゃないし。仮免よ。」

 

その言葉にグレタは一瞬目を丸くするが直ぐ様上を向いて耐えきれないように声を出して笑い始めた。

 

「あっはっはっはっ!それはそうだね確かにそうだ!まだ協会に従う義理はないな!」

「笑う所あるかしら?」

「そりゃ笑うだろう?一般人であれば恐れおののくのが普通な状態なのにお前さん達みたいな子供が大多数が化物と指定してる奴と正面から目を反らさず話し合ってるんだからな!」

 

愉快そうに笑うグレタはしばらくして目の縁から出た涙を拭い取ると話を続ける。

 

「いやぁ、笑った笑った。でだ、取り敢えず依頼は受けてくれるかい?」

「珍しい食材でしたっけ。」

「あぁそうさ……別にお前さん達が食材になるっていうのもありなんだが、どうだ?正直、豊潤な血の匂いがして興味がある。」

「遠慮しときますね。」「嫌よ。」

「それは残念、別に腕の一本位いいだろうに。」

「あはは…まぁ気に入って下さりそうな物なら今すぐに用意できますけど。」

「本当かい?ここで見せてもらっても?」

「ええ、いいですよ。」

 

そう言うとエノクは立ち上がり、虚空に両手を突っ込み何かを引っ張り出そうとし始めた。段々と出てきた物体は黒い羽毛に覆われている。

 

「よっこいしょっと。」

 

エノクの掛け声と共に床に音を立てながら落ちる物体。よくよく見ると嘴が見えることからこれが巨大な鳥であることが分かる。

 

「なんだい、これは?」

「外郭で狩った大烏です。」

「……………外郭産だと?」

 

直ぐ様グレタはエプロンのポケットからナイフを取り出すとそのまま烏丸の肉に突き立てた。スーっと皮ごと断ち切っている事からその切れ味は想像に難くないだろう。グレタは肉を一欠片切り出すと、そのまま生で口の中に入れる。

 

「………くくっ、最初は期待しちゃいなかったが、とんでもない当たりを引いたみたいだな。」

「お気に召したかしら?」

「あぁ、依頼は達成ということにしておくよ……欲を言えば、後何匹分か試作用に欲しいんだか、あるかい?しっかりと買い取るよ。」

「群れ一つ分狩ったから大量にあるわよ。」

「そいつはいい!ここの調理場借りて捌くから着いてきてくれるかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助かったよ、お陰で久々に良い仕事が出来そうだ。」

「お役に立てたなら何よりです。」

 

ホクホクとした顔をするグレタはがっしりと2人に握手してブンブンと上下に振る。

 

「なんなら今から振る舞ってやろうか?」

「嫌な予感がするから止めとくわ。この街で要注意人物になっている人に着いていくとか自殺行為だろうし、どうせ私達を食材にするの諦めて無いんでしょ?」

「ははっ、なんだこの短時間で私の事をちゃんと理解しているじゃないか。」

 

巨大な麻袋を担いだグレタはもう片方の手で依頼書を渡す。

 

「また外郭の生物を頼むかもしれないからその時は頼むよ。」

「ええ、依頼は他の方を介して行う形ですか?」

「あぁ、そうだね………一つ頼みがあるんだか。」

「なんでしょう?」

「やっぱお前さん達の血を少し分けてくれやしないかい?気になるんだよ味がね。」

「先程も言った通り断ります。」

「これで我慢してちょうだい。」

 

そう言うとリサは虚空から一つのガラス瓶を取り出す。コルクで栓をしたそれの中には赤黒い液体が入っており、嗅覚が鋭い者ならつんとした鉄の匂いを感じ取れるだろう。

 

「獣寄せのために使ってる血の酒よ、私は飲んだ事は無いけど。」

「へぇ、どれどれ。」

 

差し出された酒瓶を受け取り、歯でコルクを開けたグレタはそのまま直接赤黒い酒…匂いたつ血の酒を口に含んだ。

 

「……成る程、血は熟成させても良いわけか。」

「満足した?」

「あぁ、今回は諦めることにするさ。」

 

笑いながら堂々と次も狙う宣言をするグレタにため息をつくリサと苦笑いのエノクだった。

 




グレタさん(人間の姿)です。イメージとしてはワイルドで筋肉質な女性ですね。
この頃から「8人のシェフ」が都市の星なのかは分かりませんがリクエストもありましたし、出せそうなキャラクターは出したいと思ってるので出しました。

よくよく考えたらまだフィクサーにもなってないのにとんでもない縁が出来てるんですよね。自分でも書いててどうしてこうなったと思っております。止めませんが。

ちなみに二人は自由にワープポイントを置けるようになっているので、一度行った場所にはすぐに行けるようになります。目立たない路地裏とかが主な出口ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤子

今回の話の内容は少しbloodborneの考察が入ってます。







それでは、どうぞ。


裏路地の中でも人通りの多い場所を歩くエノクとリサ。リサの左手には袋が提げられており、右手で袋の中身であろうドーナツが握られている。リサは狐色に揚げられ、砂糖がほどよくまぶされたドーナツにかぶりついた。よく味わっているリサは自然と頬を緩ませる。

 

「はぐっ……むぐ………美味しいわねこれ。あの店で買って正解だったわね。」

「僕にも一つ頂戴。」

「はい、自由に選んで。」

「ありがと。」

 

リサが差し出した袋の中をまさぐるエノク。中から取り出したのはチョコレートでコーティングされた物だ。

 

「はぐっ……………甘いなぁ。」

「当たり前でしょ?」

「そうだけど、あまりこういう物を食べて来れなかったからね。感動というか……何とも言えない気持ちになるんだよ。」

「………確かに、外郭はそもそもだし、ヤーナムでもそんなの無かったし………人形さんが出してくれるクッキー位じゃなかったっけ。」

「今更だけどなんでクッキーとかあったんだろうね。」

 

しみじみとドーナツを頬張る二人は、大通りから反れた小道の方へと足を進める。ドーナツを食べ終えた二人はそのまま歩いて行き、人気のない所に着いた。

 

「使者くん達、出て来ていいよ。」

ワラワラ ワラワラ

「はい差し入れの焼き菓子、仲良く食べてね。」

グッ!!

 

使者から喜びのジェスチャーとサムズアップを返されたエノクは微笑ましげに手に抱えていた荷物(菓子)を渡す。荷物(菓子)を受け取った使者達は地面に潜って行ったが、渦は未だに残っている。

 

「そういえば、次の依頼って何処だっけ?」

「んーと……12区だって。22区の北側。」

「じゃあ電車よりこっちの方が早いかな?」

 

エノクはそう言うとそのまま渦に向かって飛び込んだ。本来であれば地面に当たる筈だが、エノクの体はそのまま渦の中に入って行った。

 

「ま、ここに出口をセットしておいた方が便利ね。」

 

独り言を呟いたリサは周りを見回した後、後を追うように渦の中へ入って行った。そこに残ったのは、常人には見えない渦のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま人形さん。」

「お土産もあるわよ。」

「お帰りなさい狩人様方、お客様がお見えになっていますよ。」

「「お客様?」」

「俺の事だ。」

 

"人形"の言葉に首をかしげる二人に声がかかる。落ち着いた男の声だ。エノクとリサが声の主を探すと、家へと続く階段に一人の男が座っているのを見つけた。ヨレヨレのコートを羽織い、目には包帯が巻かれている。

 

「漁村ぶりだな。」

「お久しぶりですね、シモンさん。」

「久しぶり……ドーナツいる?」

「………折角だ、頂こう。話したい事もあるしな。」

 

 

 

 

 

 

工房の一角、テーブルの上に置かれた皿には、多種多様な焼き菓子が積まれていた。それぞれ椅子に座りながら"人形"が入れた紅茶を飲む三人はテーブルを挟んで向き合う。

 

「……中々、美味いじゃないか。こんな風に何かを楽しむのはひどく久しい気がするな。」

「うちの人形さんを舐めないでよ。まだヤーナムがあった頃から上手だったんだから。どんどん腕前も上がってたし。」

 

ふふん、と胸を張りながらどや顔をしているリサ。隣に控えている"人形"は少し恥ずかしそうにもじもじしている。その様子を見てクツクツと笑う男……シモンは手に持ったティーカップの中身を飲み干し、そのままカップをソーサーの上に乗せた。

 

カチャ

「………ふぅ。」

「いかがでしたか?異国の焼き菓子は。」

「美味かった………本当に。」

 

一息ついたシモンはエノクからの問いにしみじみと答える。その姿はどこか上の空で、何かを思い出そうとしているようにも見える。

 

「どうしたの?」

「………いや、俺が狩人になる前の事を思い出そうとしたんだがな……もう自分の中に残っているものは殆ど無いんだよ。」

 

少し悲しそうに笑うシモンは視線を上げ、遠い場所を見つめる。空は夜明けの最中のようで、薄暗くも明るい。

 

「結局、残っていたのは狩人の悪夢の事だけだ……………改めて礼を言わせてくれ。」

「?いきなりどうしたの?」

「お前らに遺した言葉の事だ。あの時の記憶は何故かしっかりと残っているからな……子供相手に頼む事じゃないだろうに。」

 

向き直ったシモンの言葉にエノクは納得したような顔をする。

 

「悪夢を終わらせる事ですか。でしたら礼には及びませんよ、僕らの目指した本当の目覚めを迎える為に必要な事だったんですから。」

「それでもだ。お前らのお陰であの悪夢にいた狩人達は解放されたんだ。終わらない悪夢からも………あの英雄様の言っていた導きからもな。」

「買いかぶり過ぎよ。私達は赤子をあるべき場所に還しただけなんだから。」

 

何度も礼を言うシモンに若干戸惑っている様子のエノクとリサだった。

 

「それにしても………ほんと奇妙な場所だったわねあの悪夢の世界。」

「それについては俺に聞かれても詳しくは答えられん。俺も知りたい位だ。」

「………まぁ、あくまでも「狩人の悪夢」っていうのは外側だけの話ですから。」

「ほう?」

 

シモンはエノクの言葉に純粋に疑問を持つ。

 

「どういう事だ?」

「貴方の倒れた後の事ですよ。漁村の先に悪夢の主がいたんです。」

「……漁村の奴らが言っていた「老いた赤子」って奴か?」

「それとは少し違う………いや、どうなんだろう?」

「あの黒い靄の方じゃないの?胎盤ぶんまわして暴れた方よりもでっかいナメクジの腹の上から海を見て佇んでいた奴殺した時の方がなんか夢に変化があった気がするし。」

「あぁ、あっちか。」

「気になる単語が次々と出てくるな。」

 

シモンはいまいち話に着いてこれていない様子で頬を掻いている。エノクとリサも何から話したら良いのか迷っているようだ。

 

「まぁ、あくまでも僕らの考えなんで合ってるかは分かりませんけど………聞きます?」

「あぁ、頼む。」

 

エノクは一度咳払いをすると口を開く。

 

「まず……「狩人の悪夢」というのがどういった場所なのかなんですね。そもそも夢とはなんでしょうか?」

「………生物が見る非現実。」

「ええ、その通りです。ですが僕ら狩人があの悪夢に存在出来た理由はなんでしょうか?」

「わからん。」

「…ヤーナムでは夢と現実が繋げられていたのよ。実際、あの漁村の海を見たら水底にヤーナムの街が見えたんだから。」

「何?……それは単純に映っていた訳じゃないのか?」

「ええ、しっかりとそこにあったんです。というか、僕らがヤーナムを歩いていた時、一回空から変な生物が降って来たんですよ。」

「それがどうした?」

「ここらでは見たこと無い貝殻だなぁって思ってたんですけど……よくよく思い出したら漁村にいたあの貝モドキだったんです。」

「つまるところ…なんだ、漁村から落っこちて来たって言うのか。」

「恐らくは。それに、あの夢の主も多分狩人に縁が深い物でしょうし。」

 

一度言葉を切り、紅茶を飲み干して喉を潤したエノクは顎に手を当てて考えながら話を続ける。

 

「シモンさん、もうわかってるんじゃ無いですか?漁村の小屋で息絶えた時、僕らに話してたでしょう。」

「……………あぁ、言われて思い出した。医療教会の事だろう?」

「ええ、あの場所の主は恐らく漁村の住人が言っていた赤子です。そして医療教会は地下の遺跡から聖遺物を持ち帰り、それを元に血の医療を完成させました。」

「ねぇ知ってる?その地下の遺跡には漁村で捨てられていた鯨の骨があったのよ?」

「……はぁ…全く、本当に医療教会はやらかしてくれたな。何が聖遺物だ。神の赤子を素材にして(・・・・・・・・・・)作り上げた医療なんぞろくなものでもないだろうに。」

「あの街では「遺跡の発掘作業の果てに見つけた」なんて美談にされてましたけど、やった事は神の墓暴きですからね。その結果があのヤーナムですよ。」

「ま、医療教会の原型だったビルゲンワース……というかローレンスの一派がそんな事知るわけ無いんだけど。」

 

同じタイミングでため息をつく三人。人形はいそいそと新しく紅茶を注いでいる。

 

「結局の所、あの夢はあの赤子が見続けた夢だったのよ。生まれる事無く、輸血液の素材にされたけどね。だからこそ輸血液を使って赤子の一部を体内に入れた狩人は赤子の夢でもある狩人の悪夢に存在できたのよ。」

「ふむ……成る程。」

「一応、ちゃんと最後に赤子の魂を現実を引っ張って正しく生まれ(目覚め)させてから介錯したので、もう悪夢は起こりませんよ。」

 

 

 

 

 

 

「………一つ気になったんだが、なぜ君達がそこまで知っている?まともに残っている資料など無かっただろうに。」

「何百回も繰り返せば、自然と分かるようになりますよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方はこれからどうされるんですか?」

「………さぁな、適当にさ迷ってるだけだ。やることも、やれることも無いからな。」

「だったら一度、ヤーナムを見て回ってはいかがですか?夢に囚われていたものは全て解放してしまったので、残っているのは建物位でしょうけど、幽霊みたいな形で歩き回れると思いますよ。」

「…………検討しておこう。」

 

その言葉と共にシモンは立ち上がる。

 

「邪魔をしたな。」

「あら、もう帰るの?」

「あぁ、久しぶりに人間らしい事が出来て満足だ。」

 

そう告げたシモンは家を出で行こうとする。

 

「そう、また会いましょ。」

「今度は別のお菓子も用意しておきますね。」

「………………………あぁ、また来る。」

 

リサとエノクから投げ掛けられた言葉に驚いたのか暫く止まっていたシモンは、軽く笑って再開の口約束をする。

 

 

そのままシモンは狩人の夢を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不思議な物だね、こうやってあの人達と落ち着いて言葉を交わせるなんて。」

「次は誰が来るのかしら。」

 

そう言ってリサは残り一つのマドレーヌを頬張る。じゃんけんに負けてマドレーヌを譲ったエノクは最後となった依頼書を見ていた。

 

「……あれ?これ……。」

 

暫く依頼書を眺めていたエノクは何か違和感に気が付いたようだっだ。片割れの様子を不思議に思ったリサはエノクに尋ねる。

 

「どうかしたの?」

「いや、今まで12区って所だけ見てたけど………これ集合場所はまさに巣の中みたいだよ。」

「巣の住人が依頼?」

「うん、12区の巣の中にある施設……図書館だって。」

 

リサはエノクが持っている依頼書を横から覗き込む。上から流し読んでいたリサはふと、依頼者名を書くところで目を止める。

 

「ええっと、依頼者はっと…………「C」?」




Bloodborneはネタが多い上に複雑怪奇すぎて本筋がどれか忘れそうになりますね。

個人的には、大昔漁村だった場所が地下遺跡になったと思ってます。

"元々はゴースを奉っていた村で、それに応じたゴースも次元を越えて住み込んでいたけど、赤子(後継ぎ)を産む前にゴースが死んでしまったため赤子の魂はゴースの中で夢を見て、肉体は老いてしまった。そして加護を受けていた村民達はその加護が転じてしまい化け物と化してしまった。そうしてそのうち滅び、遺跡となった所で未だに残っていたゴースの遺体からまだ生きていた赤子がローレンス達に持って行かれて素材になったが、赤子の夢だけは残ったままだった。"

みたいな感じですかね。色んな所の記事を漁って考えた物なので拙いかも知れませんが、どのみち救いようがないのは確かですね。獣を狩る教会の狩人達はその血を受け入れた時点で遅かれ早かれ獣になることは確定してたんですから。

あと、ゴースの遺児と悪夢の主がいた砂浜からヤーナムが見えたのは、元々ゴースがいた場所が現実(ヤーナム)から観測出来ないが、こちらから見ることと干渉することが出来る場所だからだと思います。黒い靄を倒した後のナレーションにあった「海に還る」というのも、悪夢の主の力が海(現実)にあるヤーナムに降り注ぐ(干渉する)ということでしょうし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む



捕捉ですが、エノク達が外郭から入って来たのはv社が管轄する22区です。


最近この小説にも赤色評価が着きました。皆様、ありがとうございます。


それでは、どうぞ。


「さて、ここからどうしよっか。」

 

狩人の夢を通って22区の裏路地へと戻って来たエノクとリサ。街並みは二週間前に外郭から訪れた時と変わっていないが辺りは少し暗くなっている。

 

「取り敢えず隣の区までは電車で行くとして……巣に入れるのかしら。」

「行ってみるしかないよ。」

 

街の中を歩く二人。先程までいた23区よりも建ち並ぶ店は大人しい雰囲気ではある。

 

「次の依頼が最後でしょ?」

「うん、そうなんだけど………。」

「どうかしたの?」

「なんというか………うん、まだ仮免の子供に頼む仕事じゃない物が多くなかった?」

「人材不足なんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタン ゴトン

 

「…………。」

「…………エノクゥ。」スピコラスピコラ

 

22区の駅から電車に乗り、寝ているリサの頭を肩に預けられながら揺られているエノクは何かを考えんでいる。

 

(さて、フィクサーになった後はどうしようか…正直な所、組織云々はヤーナムであまり信用出来なくなったからなぁ。いや、けど個人でいることもそれこそ面倒な事になりそう………この都市、ヤーナム以上に組織が複雑そうだし。)

 

そこまで思考を巡らせた所で一度リセットしようと息を吐く。すると、電車のドアが開いた。目的地ではないが、停車駅のようだ。元々少なかった乗客のうち何人かは席を立って出ていき、代わりに何人か新たに入って来た。

 

「……………。」

「座ります?目的地まで遠いです。」

「空いてます?問題無いのでは。」

「あそこです?」

 

最後辺りに入って来たのは不気味な白い仮面で顔を隠し、黒いローブで全身を覆った巨体な人である。しかも三人いる。エノクは一瞬そちらに視線を向けるが、こちらに興味を持たれる前に戻した。三人組はそのまま車内を歩き、エノクとリサの目の前の席に座った。

 

(奇妙な………いやヤーナムにゴロゴロいたっけな。)

 

そんな変わった装いをした三人を見て感想をもつエノクだったが、自分達のいた環境では余り珍しい物では無かった事を思い出した為、少しげんなりしている。少しため息をつきながらリサの頭を撫でていたエノクだったが、その内目線が自分たちに向かってくるのを感じた。

 

(誰だろう?)

「「「……………。」」」ジー

 

顔を上げると先程目の前に座った三人組が全員こちらを身動ぎもせずに見つめていた。仮面には穴などなく、それがまた不気味さを醸し出している。流石に変だとエノクが思い始めたところで、三人のうち一人が話しかけてきた。

 

「初めまして?ご機嫌いかがですか?」

「ご機嫌いかがですか?」

「ご機嫌いかがですか。」

 

「………ええ、問題無いですよ。」

 

一応会話が可能そうであるため少し怪訝な顔になりながらも返事をするエノク。

 

「それはそれとして、どちら様でしょうか?」

「お客様ですか?仕立屋です。」

「美味しそうですね?大丈夫です。」

「仕立屋です。食べて良いですか?」

「良く分かりませんが、駄目です。」

 

不躾に発せられた「お前を食べていいか」発言も笑顔で流すエノクは内心でため息をついた。今一掴み所は無いが、狂人の相手はヤーナムで慣れているためそれとなく対応しているうち、ふと疑問を問いかけた。

 

「それにしても……仕立屋ですか?どんな仕事なんでしょうか?」

「簡単です?糸を作って布を織ります。」

「糸は何かを食べて作ります。」

「貴方を食べてみたいです?」

「ふむ…………どんなのですか?」

「興味がおありですか?こちらです。」

 

エノクの言葉に応えるように一番左に座っていた者が自分の体を裂いて中から赤い布を取り出した。

 

「昨日作った布です。こちらを狙った者を生地にしました?」

「あまり美味しくなかったです?布の質もよくないです?」

「貴方はどんな味ですか?」

「……珍しいですね、人間から作られた布ですか。まぁ服なら沢山有りますし、別に欲しくは無いので大丈夫です。」

「あとさっきから食欲旺盛な奴……エノクは渡さないから。」

 

いつの間にか起きていたリサがエノクの肩に頭をのせたまま三人組………謝肉祭のうちの一人を睨み付ける。先程から食べる事しか言っていない者は首をかしげた後、残念そうに肩を落とす。

 

「食べたかったです?」

「なんかすいませんね代わりにこれどうぞ。」

 

そう言ってエノクは虚空に手を突っ込むと、巨大な狼の頭を取り出した。眉間に腕一本が入りそうな穴があいており、他に傷痕は見当たらない。

 

「こないだ狩った奴何ですけど……これでも良いですか?」

「これはなんですか?気になります。」

「外郭の化け物ですよ。」

「気になります?食べますね。」

 

謝肉祭達は自分たちの体から無数の触腕や牙を出すと、狼の頭を切り分けて体の中に運んだ。そのまま暫くの間モゴモゴと体を不自然に膨らませる謝肉祭達だったが、やがて鋭く尖った指に黒に近い赤色の糸が紡がれ始めた。三人が体内から糸を出しながらそれを織っていく姿を見ているエノクとリサは興味深そうに眺めていた。

 

 

 

「出来ました。よかったです。」

「良い出来です。満足です?」

「美味しかったです?」

 

完成品を二人に差し出してくる謝肉祭。その布はグロテスクな素材からは考えられない程に滑らかで高級そうな布だった。

 

「ふぅん?……腕前は一人前みたいね?」

「これ貰って良いんですか?」

「良いものだったお礼です?報酬ですね。」

「美味しかったです?」

「ふむ……そうですね、でしたらこれらはあげちゃいますね。」

 

そう言ってエノクは先程出した狼の首から下の部分を取り出す。

 

「どうぞ、お納め下さい。」

「よろしいですか?ありがとうございます。」

 

一人がそう言うと謝肉祭達は一斉に狼の死体を解体し始め自分たちの体内に収めた。電車の中に血痕は一つも残っていない。

 

『次は、○○、○○』

「次ですか?降ります。」

「依頼はあります?お待ちしてます。」

「美味しかったです。」

 

丁度そのタイミングで車内にアナウンスが流れ、電車がスピードを緩め始めた。謝肉祭達はエノクとリサに別れを告げるとわらわらと扉の前に向かって行き、駅に着いた後そのまま去って行った。そのまま扉は閉まり、電車は発車した。中では布を貰った二人が手触りを確認しながら話し始める。

 

「………で、これどうする?」

「後で使者君達に新しい装束にして貰う?こっちの都市でも違和感が無い物を作って欲しかったし。」

「それもそうね。」

 

そう話を締めくくった二人は、布を虚空に仕舞うとそのまま椅子の背もたれに寄りかかり、今度は二人揃って寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(((なんだったんだろ今の………………。)))

 

他の乗客を置いてけぼりにしたまま。




乗っているのはW社の物ではなく、普通の物です。良く見る壁に座席があるタイプですね。

はい、というわけでリクエストのあった謝肉祭を出してみました。書いてて思ったんですが、電車乗るんですかねこの人(?)達。貰った布はその内出します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「C」

はい、原作を知っている人ならタイトルで分かると思いますが、あの人が出てきます。





それでは、どうぞ。


『次は、□□○○、□□○○。』

「…………着いた?」

「ふぁあ…………。」

 

車内アナウンスが流れたところで二人は目を覚ます。流れるアナウンスからは目的地の駅名が聞こえてきた。二人揃って伸びをした後、のそのそと立ち上がり扉の前まで移動する。

 

『扉が開きます、ご注意下さい。』

ガシュッ  シャー

「さ、行こうか。」

「分かってるわよ。」

 

扉が開いたと同時にエノクとリサは駅のホームへと足を踏み入れる。周りを見ると路線が何本も並んでおり、規模の大きさが伺える。

 

「意外とあっさり巣に入れる物なのね。」

「まぁ、明るさからして裏路地との差は分かるけど……何と言うか、どこかしら高級そうな雰囲気が漂ってる。」

「カインハーストの玉座の間とか?」

「あれは別物だと思うよ?」

 

駅のホームの中をてくてくと歩きながら会話する二人。改札に切符を通して出た先は、様々な店が立ち並ぶショッピング街だった。23区の裏路地も賑わっていたが、雑踏とは少し違いとても上品そうだ。その光景を前にして、エノクもリサも少し驚いている様子だ。

 

「………こういった場所は初めてだなぁ。」

「仕方ないでしょ、ヤーナムにこんな所無かったし、元々外郭に捨てられた時点で……それで?どこら辺なの?依頼者がいるのは。」

「ちょっと待ってね今依頼書出すから。」

 

エノクは着ていたパーカーのポケットに手を突っ込むと、そこから折り畳んだ依頼書を取り出した。

 

「ええと………午後4時から8時の間に総合図書館の中で待ってるみたいだよ。」

「………地図とか無いかしら。」

 

リサが辺りをキョロキョロと見回すと、巨大な掲示板と共に、駅近くの施設を示した地図が張り出されていた。二人はその地図に近づいて行き、目的地を確認し始める。

 

「図書館図書館…………あった、ここから歩いてすぐみたいだね。」

「じゃあ早く行きましょ。」

「どんな所だろうね。」

「ビルゲンワースみたいな所じゃない?図書館とか言うぐらい何だから蔵書量は多いんでしょ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………。」」

 

目的地の近くで二人は周りを見て見ながら歩いていた。周囲の人間の会話や装いを見て、何やら戸惑っているようだ。

 

「………………ねぇ、ここ学校じゃないの?」

「………ホントにビルゲンワースっぽい所(学校)とは思わなかったなぁ。」

 

二人の目線の先には、とてつもなく大規模な建造物があり、入り口らしき場所の人の出入りはかなり頻繁だった。

 

「ヤハグル位ならすっぽり入るんじゃ無いの?」

「まぁ、規模の大きさはそのぐらいなのかな………図書館どこだろう。」

 

物珍しそうに舗装された道を歩くエノクとリサ。建物の周りには芝生などがあり、とても開放的だ。今までいた場所が街中だったり荒れ果てた土地だったりしたためか、明るい自然を前にして少し動揺している二人に、何処からか声がかかる。

 

「ねぇ、そこの君達、何かお困りかな?」

 

二人がその声に反応して振り向くと、そこには茶髪をポニーテールにしている女性がいた。鴬色のシャツに黒色のキュロットパンツを着ている。肩に掛けたショルダーバッグは膨らんでおり、何か本が入っているのが分かる。悪意の欠片もない様子であるため、二人は大人しく事情を話す事にした。

 

「えぇ、ちょっと図書館を探してるのだけれど、広くって。」

「そうなの?じゃあ私が案内してあげようか?」

「良いんですか?」

「いいのいいの、私も丁度図書館行こうとしてたところだから。」

 

朗らかに笑う女性はそのまま二人の前を歩き出す。これまでの人間関係の中でも殆ど居なかったタイプの女性に思わず顔を見合わせる二人だったが、先を歩いていた女性が不思議そうにこちらを見ている事に気がつき、急いで着いていった。

 

「それで、二人は図書館で勉強?まだまだ遊び盛りなのに頑張るね。」

 

道すがら、女性は隣を歩くエノクとリサに話しかける。

 

「あぁ……別に僕達は勉強の為にここに来た訳じゃないんです。」

「あれ、そうなの?じゃあ、好きな本でもあるのかな?」

「そういう訳でもないわよ………単純に待ち合わせ場所がそこなの。」

 

問いかけられた二人は女性を見上げ返事をする。自分の予想が外れた女性は少し首をかしげる。

 

「待ち合わせ?……私はよく使ってるけど、あんまり他の人が待ち合わせ場所として使うのは見たことないなぁ。」

「そう?単純に依頼されたから来たのだけど。」

「…………依頼?」

 

リサの言葉に反応する女性。その顔には驚きの表情がありありと浮かんでいる。

 

「?えぇ、僕らは一応フィクサーですから。」

「まだ一応だけどね。」

「あー、じゃあ貴方達なのね………そういえば、自己紹介がまだだったわね。」

 

女性は頬を掻きながらそう言うと、右手を差し出してくる。二人が意味を図りかねていると、女性は笑いながら告げた。

 

「依頼者の「C」ことカルメンよ、よろしくね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ち合わせ場所にしていた図書館の中、その休憩スペースにて三人は対面していた。

 

「いやぁまさか君達みたいな子供がフィクサーとして働いてるとは思わなかったなぁ。」

「別に良いじゃない、仕事はちゃんとやるわよ。」

「あぁ、ごめんごめん、別に貶してる訳じゃないの。ただちょっと意外でね………私、巣の育ちだから裏路地の詳しい事情は知らないけど、まだ10歳位の子供が働いてるって話は聞いたことなかったから。」

「親がいないから自分で何とかしてるだけよ。」

「あっ………ごめんなさい。」

「気にしないでいいわ。私達を捨てた親の顔なんざとっくの昔に忘れたし。」

 

申し訳なさそうな顔をするカルメンにリサは軽く返事をする。その顔には「どうでもいい」という感情が浮かんでいた。エノクは話が一度途切れた所で本題に入ろうと依頼書を差し出した。

 

「取り敢えず、依頼の確認をさせて頂けますか?荷物の運搬としか書かれて無かったので詳細が分からないんです。」

「あー、そうだったね。」

 

カルメンは何かを思い出したかのような声を上げると、姿勢を正して二人を見る。

 

「私がして欲しいのは引っ越しの手伝いなの。」

「引っ越し?」

「………わざわざフィクサーに依頼しなくてもそういう業者みたいなのに任せれば良いんじゃないの?」

「あぁ~………もっと詳しく言うとこっそり引っ越したいの。出来る限り誰にもばれずに。特に………親には。」

「………それはまた。」

 

気まずそうに視線を反らすカルメンはぽつりぽつりと話を続ける。

 

「私、隣の11区の大学で少し研究したいことがあるんだけどね、周り……特に両親から早く翼に入りなさいって急かされてるの。一応推薦は貰ってるからそうなれば簡単だけど……。」

「翼に入れる事はかなり名誉な事って他の人が話してるの聞いたけど?」

「私がしたいことが全く出来なくなるの。」

 

薄く笑い、肩を落とすカルメンはどこか疲れているように見えた。

 

「私の今研究を理解してくれてるのは私の可愛い後輩位だし……。」

「研究?」

「えぇ、人の持つ可能性を否定するっていう精神的な病のね…………この都市にはそれが蔓延してるって思ってるの。」

「病………ですか。」

「…………ねぇ、カルメン?」

「なぁに?」

 

病というワードに反応した二人は顔を見合わせ一瞬悩む素振りを見せるも、頭を振って思考を元に戻す。リサはカルメンの名前を呼ぶと指で上を差しながら告げた。

 

「依頼については承ったわ。そういった力仕事は得意だからね。代わりに一つ条件があるの。」

「条件?」

「その研究っていうのがどんなのか知りたいの。」

「少しばかり興味が出ました。」

「ホント!?」

 

リサとエノクの言葉にカルメンは目を輝かせる。先程までの憂鬱さは何処かに行ってしまったようだ。カルメンはすぐにで立ち上がるとウキウキと荷物をまとめ始める。

 

「じゃあ早速案内するわね!」

「どこに?」

「私達の研究室!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん♪ふふん♪」

「…ふ~ん。」

 

 

鼻歌が溢れる位に機嫌がいいカルメンの後をてくてくと着いていく二人。かなり巨大な施設の中を興味深そうに見ていると、何処からかひそひそとした声が聞こえて来た。

 

「ねぇ、あの人今度は子供にまで説明するつもり?」

 

           「まだ魂の治療とか言ってるのかしら。」

「というかあの人翼からのオファー蹴ったんだって。」

 

     「は?嘘でしょ気でも狂ってんの?」

 

 

「…………………………はぁ。」

「…………どこもかしこも似たようなもんね。」

 

耳が良いが故に周りの声がしっかりと聞こえたエノクとリサは呆れたような顔をする。思い出されるのはヤーナムの住人達である。排他的で子供であっても余所者であれば一切の慈悲が無い者達が頭をよぎったリサは心底嫌そうな声で呟き、エノクは小さくため息をついた。

 

「ん?どうかしたの?」

「……何でもないわ、早く行きましょ。」

 




はい、まだ学生時代のカルメンです。歳はまだ20歳ぐらいですかね。

カルメンの研究の賛同者ってかなり少ないと思うんですよね。本人の人柄とかで大分ましになっていますが、プロムン世界の人々にとっては「馬鹿みたいな事をしている」という意見が強いと思います。だって周りには今が当たり前でカルメンは精神論の新興宗教を立ち上げようとしてるようにしか見えてないんですから。


カルメンの親は原作では言及されてませんでしたが、この作品では巣の中で働く一般人みたいにしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

研究

前回に引き続き、カルメンの話です。あと何話かカルメン関係の話をしたら、裏路地に話を戻していくつもりです。



Lobotomy Corporationでは個人的にはAとCが好きです。勿論アンジェラさんやセフィラ達も好きです。アブノマ?一部がクソですが、基本的に好きです。



「ここが私達が使ってる研究室!さ、入って入って。」

 

一つの扉の前で立ち止まったカルメンはドアノブをひねり、中に入るように促す。それに従って二人は入室し、キョロキョロと部屋を見渡した。

 

「ふーん、やっぱり研究する場所って大体こんな感じなのね。ビルゲンワース…あとヨセフカの診療所以来かしら。」

「あそこよりもこっちの方が何倍も健全だと思うよ?瓶詰めにされた目玉もなければ診察台に拘束されて頭を暴かれてる患者も居ないし。」

「てことは、麻酔用のヤバいお薬とかも無いのかな。」

「何か物騒な単語が聞こえるなぁ?」

 

平然とした顔でおぞましい事を口に出す二人にカルメンも苦笑い気味である。その反応に不思議そうに首をかしげる二人だった。

 

「研究者ってそんなもんじゃないの?」

「違うわよ!?」

「僕らが関わって来た研究者の方達が基本そんなものだったので………あと、研究内容が若干似てるなと。」

「どんな人達なのよ………ちょっと待って、「研究内容が似てる」?」

「あ~…まぁ病に対する特効薬みたいな意味ではそうね。」

 

エノクとリサの呟いた言葉に反応したカルメンは、先程までの苦笑いが嘘のように目を輝かせて距離を詰め始めた。

 

「ホント!?ちょっと分かる範囲でいいから教えてくれないかな!?」

「ちょ、近い近い!」

「落ち着いてください。」

「あ、ごめんね、最近研究が行き詰まってて……ヒントになりそうな事は片っ端から調べてる最中なの。だからね、是非とも知りたいの!ね、ね、教えて?」

「ストップストップ!わかったから!」

「取り敢えず、研究内容を見せてくれませんか?それから判断したいので………。」

 

一回落ち着いたと思ったら次の瞬間に探求心が再燃したカルメンに思わずのけぞる二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これが今までの研究データを纏めた奴。」

「ありがとうございます。」

 

カルメンが興奮から戻って来てからしばらくして、研究室の休憩スペースのような場所の椅子に腰かけた二人に一つの紙の束が渡される。エノクがお礼を言いながら受け取り、そのまま表紙に目を通すと思考を巡らせ始める。リサも横から覗き込んでいる。

 

「……人間の無意識の中に感染する………精神病ですか。」

「そうね、病原菌による物とはまた違った、言ってみれば精神汚染とか洗脳とかの方が近いのかもね。簡単に言えば人の可能性を否定するように思い込んでるみたいな感じよ。」

「獣の病とは何か違うわね。精神に作用するのは同じだけど、肉体にまでは影響が無いもの。」

「……………んー、ここまでだと何とも言えません。まぁ軽い説明なら出来ますけど、聞きますか?」

「さっき言ってた獣の病って奴のこと?お願いするわ。」

 

カルメンがそう言うと、エノクは資料から目を離して上を向く。

 

「どれから話しましょうか……。」

「そもそも獣の病って何なのか聞きたいんだけど?」

「それもそうですね。獣の病は……まぁ何というか、血を介して起こる伝染病みたいな物です。ただ、その症状と発症する理由が特殊です。」

「物理的な物なの?」

「その病が流行った街で有名だったのが特殊な輸血液による「血の医療」なのよ。血の医療の効果自体はかなり万能なの。」

 

リサは顎に手を当て、思い出しながら話し続ける。

 

「ただその血の医療のせいでとある存在と繋がってしまったせいで精神が狂ってしまう……というより生物としての本能が出てくるの。最終的には到底人とは呼べないレベルの化物になっちゃう。」

「……その存在って?」

「異次元の存在……いわば神様みたいな物よ。私達は上位者って呼んでるけど。」

「流れこんでくる情報を処理しようにも理解しようとしたら脳がパンクします。そのせいで血の医療を受けていた住人とはまともに会話も出来ませんでしたし、何なら襲いかかって来ましたから。」

「確かに、人の精神に影響を与えるっていうのは同じだけど………。」

「まぁ呪いに近い物なのよ。だって原材料の一つがその上位者の子供なんだし。」

「……………。」

「どう?参考になった?」

「………うん、ありがとう。」

 

二人の話を聞いたカルメンは考え込みながら近くにあった白紙に文字を書き込んで行く。暫くその状態が続くが、ふとカルメンが頭を上げて二人に問いかける。

 

「ねぇ、その病って誰にでも起こりうる物なの?」

「えぇ、というか人間であれば条件次第で起こるわ。」

「ふむ………さっき言ってた症状を詳しくお願い出来る?」

「そうですね……発症した人間の本性を表出させ、そのまま人間として残っている理性を覆い尽くしながら本能のまま暴れ始める………といった感じですね。」

「普段から自分を抑制してる奴ほど反動が大きいってのもあったわね。」

「なるほどなるほど………。」

「そしてこれがその症状を擬似的に発症させられる丸薬です。」スッ

「なるほ…………へ?」

 

エノクの懐からナチュラルに取り出されたビー玉サイズの黒い球体……獣血の丸薬を見て呆然とするカルメン。

 

「恐らく貴女が求める物とは多少違うでしょうけど、サンプルとして使ってください。」

「あ、うんどうも………って、何でこんなのがあるの!?」

「医療協会……血の医療を確立した連中が作ってたからだけど?」

 

そのまま自然に渡されたため受け取ったカルメンは数秒固まった後、焦ったように問いかける。しかしリサは何事も無かったような調子で返答した。

 

「組織なんだから一枚岩じゃないわよ。血の医療だって、貴女みたいに人を治すためだけに動いた結果じゃないでしょうし。」

「まぁ、製作者は漏れなく全員狂うか死ぬかしてたんで憶測ですけどね。」

「はへ~………だとしたらなんで貴方達が持ってるのか気になるんだけど……。」

「知り合いにそういう道具を複製して売ってくれる子がいるのよ。」

 

その言葉が聞こえたのか、机の上に青白い渦が出来、そこから使者が一人頭を出した。

 

「?」ヒョコッ

「呼んでないよ。」ボソボソ

「ん?」

 

首をかしげる使者にエノクが小声で話しかけた時、丁度丸薬をしまったカルメンの視界が使者が真ん中に来るような所になる。

 

「……………………んー?」

「どうしたの?」

 

そのまま目を細めながら目の前を凝視するカルメンにリサが問いかける。

 

「いや、なんか………机の上に白い靄みたいなのが見えて……。」

「?」ブンブン

 

こちらを凝視する初対面の女性が気になったのか、使者も頭を激しく横に揺らす。どうやら自分が見えているか試しているらしい。

 

「まさか……貴女見えてるの!?」

「え?この白い靄の事?なんか一部激しく揺れ動いてるのは見えるけど。」

「本当ですか………まさかこちらで僕ら以外に使者くん達が見える方がいるとは………。」

 

エノクとリサは驚きで目を丸くしている。一方でカルメンは見えている靄の正体が今一掴めず首をかしげており、指先で靄を触ろうとしていた。

 

「えい。」

「!」サッ

 

カルメンが使者に対して指を突き立てようとする。しかし、その事に驚いた使者はカルメンの指に触れまいと体を横にずらす。結果的に、カルメンの指は素通りする事になった。

 

「……えい。」

「!」サッ

 

また避ける。

 

「えいえい。」

「!」シュババッ

 

すばしっこい動きで避ける。

 

「むぅ………実体が無いのかな?」

「避けてるだけよ。」

「完全に遊んでますね。」

「~♪」クネクネ

 

首をかしげるカルメンを前に、使者はクネクネと踊り出した。まるで何処かのマンガでわかるタイプの某運命に出てくる戦神が行った舞のようである。ガチャの排出率は変わらないだろうが楽しそうだ。煽ってるようにも見えるが、カルメンから見えていないので問題無いだろう。

 

「ん~……まぁ良いや。取り敢えず、ここの片付けもするかなぁ。」

「手伝う?」

「じゃあお願いできるかしら。機材は殆ど貸し出してもらった奴だから洗うだけで良いよ。もう危険な薬品は使って無いし。」

「了解。エノク、やりましょ。」

「うん。」

 

 

 

 

コンコン

 

リサとエノクが研究機材を掃除しているとと、研究室のドアからノックが鳴る。カルメンが「どうぞー。」と返事をするとそのままドアノブが捻られドアが開く。そして向こう側から手に持った資料を見ている黒髪の青年が入って来た。

 

「先輩、少し聞きたい事があるんだが。」

「どうしたのアイン?」

「あぁ、この部分の物質構造について…………。」

 

青年……アインは質問をしながら研究室内に入って来たが、資料から顔を上げ、エノクとリサを視界に捉えるとピタリと止まった。

 

「………………。」

「あ、どうもお邪魔してます。」

「同じく。」

「…………………………そうか。」

 

初対面の二人に軽く挨拶されたアインは暫く動かなかったが、何とか絞り出すように声を出す。動揺していないように見えるが、それ以上言葉が続く事はない。そこにカルメンから声がかかる。

 

「この子達は引っ越しの手伝いをしてくれてるフィクサーなの。私達の研究にも興味があるって言ってくれたのよ。」

「……そうなのか。」

「うん。あ、それで聞きたい事って?」

「この間貰った資料に不明瞭な部分があってな、そこを詳しく知りたかったんだか。」

「あぁ…そこはまだ研究が進んでないのよ。実験に必要な物が取り寄せられなくて……だから隣の11区に行こうと思って。」

「医療技術が他の区より発達してるからか?」

「うん、こっちから打診したら「講義をしてほしい」って返信が来たの。本腰入れてる研究とは別のやつパパッと終わらせた甲斐があったわ。」

 

カルメンは沢山の研究資料が入っている段ボールを抱えながらニコッと笑った。アインも少しだけ口角を上げて話を続ける。

 

「そうか、それじゃあ研究もより良い場所で出来るのか。講義をしながらだと大変だろうが、頑張ってくれ。」

「うん、一緒に頑張ろうね(・・・・・・・・)

「…………………………?」

「?」

 

カルメンの言葉に首をかしげるアイン。カルメンもそれに合わせて笑顔のまま可愛らしく首をかしげた。

 

「ちょっと待て、何故俺も行く前提なんだ?」

「ダメだった?」

「……………いや、別にそこは良いんだが……俺はそちらに行く手続きはしてないぞ?」

「あ、そこは大丈夫。「私の助手として連れて行きたい」って言ったらOKもらったから。」

「せめて俺の意見を聞いてからにして貰えないか。」

「てへっ☆」

 

ジト目を向けてくるアインに対して舌を出してウィンクするカルメン。その様子を見てアインは諦めたのか、ため息をつくと仕方がなさそうな顔になる。

 

「………まぁいい、今度からは俺の意見を聞いてからにしてくれ。」

「ホント!?ありがとぉ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々の策士ね、あの人。」

「事前に逃げ場を無くしてから仕留める………狩人の素質有りそうだね。」

「………まぁ、あながち間違いでもないか。」




はい、皆大好きAことアインさんです。人によっては本名は「アイン」じゃないって人もいるでしょうが、この小説ではアインとして出していきます。まだ学生なのでカルメンの事は先輩呼びしてます。ただし先輩呼びするのはカルメンだけですし、普段喋るのもカルメン位です。


今更ですけど、ねじれと獣化って似てません?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

引っ越し

言い忘れてましたが、カルメンとアインの格好は原作絵の白衣が無いバージョンと思って下さい。




それでは、どうぞ


「夢………成る程、その角度から進めるのもありか。」

「そうなの。あの子達がヒントをくれたのよ。」

 

そう言ってカルメンがエノクとリサを指差す。二人は丁度試験管の箱詰めが終わった所だったのか、段ボールをテープで留めている作業をしており、話題がこっちに来たのを察して振り返った。

 

「何か用?」

「何でもないわ。」

「そう……あ、これはどこに持ってけばいい?」

「その試験管は~…あっちに纏めて置いといて貰える?」

「分かったわ……っと。」

 

リサは一息で自分の半分はある高さの段ボールを持ち上げる。中身がガラスで詰まっているため、その重さは相当な筈だが、リサは何でも無いような顔で運んでいる。

 

「よいしょと。」ヒョイッ

 

後ろでは何やら重そうな機械を片手で持ち上げるエノクがいた。明らかに鉄の箱なのだが、ふらつく所か余裕でスタスタと歩いている。その光景をアインは訝しげに見ていた。

 

「……………身体強化手術でも受けたのか?」

「んー、その可能性は………いやでもあり得るかも。」

 

アインの言葉に頭を悩ませるカルメン。そこに一通りの仕事を終えたエノクとリサがとてとてと歩いて来た。

 

「頼まれたことは大体終わりましたよ。」

「ありがとね………ねぇちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかしら。」

「?えぇ、構いませんよ。」

「そう、じゃあ率直に聞くけど貴女達って何処かで手術とか受けたことある?」

「いきなり何よ。」

 

カルメンは質問に対してジト目になるリサに、慌てて補足を付け足す。

 

「あ、ごめんなさい。単純に何処にそんな力があるのか気になったの。」

「……………見たところ、変な体つきをしてるわけでもなさそうだからな、どういった仕組みがあるのか。」

「そう言うこと………んー、手術って言われてもねぇ。」

「一回だけならありますよ。」

 

思い出そうと頭を捻るリサの隣でエノクが答える。

 

「え、なんだったっけ。」

「ほら、一番最初に輸血されたじゃないか。一応僕らが狩人になったのあれが原因だし。」

「あ~………確かにそうね。」

「輸血?刺青じゃなくて?」

「何故そこで刺青が出てくるのかしりませんが、先程話した血の医療みたいなものですよ。」

「………………翼については知ってるか。」

 

おもむろにアインが問いかける。質問の意図がよく分からない二人は首をかしげるが、自己流に解釈して返事をする。

 

「特殊な技術の特許を持つ会社だと言うことは知ってますが、もしや刺青と何か関係が?」

「…………元々翼の技術で特許があったが頭に潰されてそれが無くなった。今では自由に使われている身体強化技術だ。他にも義体があるが…………正直輸血で行う身体強化など聞いたことが無い。」

「そりゃそうよ。この都市とは全く違う場所で開発されたんだし、なんだったらその技術を知ってるのも今では私達だけなんだから。」

「何?」

「別に驚くことでもないでしょ。私達は暇潰しの為に残った資料を漁ってたから知ってるけど、その医療が流行ってた所はもう無い所か滅んでるし。」

「…………そうか。」

「あ、言っとくけど資料は渡さないからね。」

「……………~~♪。」

 

リサから指を指されながら言われたカルメンはそっぽを向いて口笛を吹き始めた。どうやら図星だったらしい。

 

「ま、そう言うことよ。納得した?」

「………何もしてないと言われるよりも現実的だからな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、ここの片付けも終わったし、次は私の家に来て貰える?」

「どこにあるの?」

「近くの住宅街だけど、まぁ見ればわかるわ。あ、アインも引っ越しの準備しといてね。」

「……………ああ。」

 

 

 

 

 

 

 

「ここが私の住んでるマンションよ。」

「ふーん、中々良いとこ住んでるじゃない。」

「そう?」

「外郭住みだった僕らからしたら巣のなかは何処も良いところに当てはまりますからね。」

「あっ…うん。」

 

時々挟まれる外郭ジョークをあまり笑うことが出来ないカルメンだったが、2人はそんなこと気にせずスタスタと歩く。カルメンもそれに慌てて着いていった。

 

 

 

 

 

 

「…………………うわぁ。」

「…………………その、なんというか、趣がありますね。」

 

ゴッチャァ

 

「あー…………うん、実を言うと私家事が苦手なんだよね。」

「見ればわかるわよ。何をどうしたら廃墟になってた医療室より汚くなるのよ……………。」

「あはは………耳が痛いなぁ。」

 

カルメンが住んでいる部屋に案内された2人は目の前の光景に思わず言葉を漏らす。様々な物が所狭しと並んでおり、ほぼほぼ部屋が埋まっていた。よく見ると、何かの研究資料も見受けられる。

 

「ゴミが無いだけましだと思えばいいよ………これが全部ゴミだった場合は虫との格闘になりそうだったからね。」

「私基本的に片付けとか整理整頓とかつい後回しにしちゃうから………気づけばこんなことに。」

「こんなに資料いる?」

「正直研究データのメモリにもうバックアップ取ってるからいらない……。」

「目を反らすな。」

 

ため息をつきながら先頭を歩くリサは足元に落ちている紙を一枚拾い上げる。

 

「というか、自分の部屋がこの有り様でなんであの研究室は片付いてたのよ。」

「その~……アインが来るまではここと似たような感じだったんだけど、「整理した方が作業しやすい」って言ってパパッとやってくれて………。」

「あの人中々器用ですね。」

「結構な超人だから……まぁ致命的な弱点があるけど。」

「弱点?」

「うん………………

とんでもなく非力で私に力負けするの。」

「へぇ、まぁヒョロヒョロだったものね。」

「リサ、アインさんに失礼だよ。」

 

割と失礼な会話をしながらリビングに差し掛かる一行。エノクはふと横を見ると、視界に入ったものを告げる。

 

「キッチンは大分整理されてるんですね。」

「ホント、ここまで出来るなら部屋の掃除もすれば良いのに。」

「だってそもそも使って無いから。」

「「…………はい?」」

「さっきも言ったけど……私家事が苦手なの。」

「それがどうし……………あんた料理も出来ないの?」

「基本は外食で済ませてます……………あとアインの手料理………。」

「もうあの男と結婚しなさいよ。めちゃくちゃ世話になってるじゃない。」

「…………ッ!」

 

呆れたようなリサの言葉にカルメンは何かが降りてきたような顔をする。

 

「そうか、その手が…………。」

「………これ私余計な事言った感じ?」

「もしもの場合はアインさんに謝る準備しとこうね。」

 

その場でぶつぶつと何かを呟き始めたカルメンから目を反らし、2人は散らばった資料を片付け始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、散らばっていた紙束は見事に纏められ、何箱かの段ボールに詰められていた。申し訳程度に備え付けられていた家具や寝具も、綺麗に整備されている。途中で戻って来たカルメンは額に流れる汗を腕で拭いながら笑う。

 

「あー………久々にこんな綺麗な部屋見たわ。」

「貴女の所持品これで全部?」

 

そう言ってリサはとある方向を指差す。そこには資料の詰まった段ボールとは別の箱が4つほど積まれていた。横にはスーツケースもある。

 

「うん、私の荷物はそんだけ。家具とかは元々備え付けだから、あるのは服とかだけよ。」

「そう、じゃあ運ぶわね。」

「?そこは宅急便でたの……。」

「そぉい。」

 

カルメンが何かを言う前に、リサは段ボールを軽く持ち上げて虚空の中に放り込んだ。

 

「エノク~手伝って~。」

「うん。」

「………ちょっと待って?」

 

静止の声がかかるも、構わず遠慮なく虚空へと放り投げる2人。最終的にスーツケースを除いて、持っていく荷物が片付いてしまった。

 

「あとはこの箱達を捨てるだけですね。」ヒョイッ

「下に確かゴミ捨て場があったからさっさと運んじゃいましょ。」ヒョイッ

 

そのままエノクとリサはは軽い調子で紙がぎゅうぎゅうに詰まった段ボールを纏めた持ち上げると、てくてくと外に出ていった。ほぼ空っぽになった部屋の中で呆然と立っているカルメンは一つ呟く。

 

「………………もう気にしないでいいや。」

 




何故かは知りませんが。カルメンは生活能力が糞雑魚になりました。ゴミは放置しませんが整理整頓をしないタイプなので、汚いというよりも散らかってると言った方が正しいですね。代わりにアインは家事も完璧にこなせるハイスペックコミュ障になりました
個人的なイメージなんですけど、カルメンとアインって頭が良いって所以外は正反対だと思うんですよ。性格しかり、コミュ力しかり。


アインの身体能力がゴミの理由?趣味です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寝床

原作であまり都市の設定が語られないので捏造してます。これで合ってるか分かりませんが、お許しください。





それでは、どうぞ。


「じゃ、また明日駅で会いましょ。」

「うん、ありがとう……所で寝る場所とかって大丈夫?」

「近くの適当な宿泊場所を探しますよ。幸い、金銭ならある程度持ってるので。」

 

部屋から引き上げ、マンションの前にいるエノクとリサは、スーツケースとバッグを持ったカルメンと会話している。

 

「へぇ、どれぐらい?」

「ざっと……裏路地で1ヶ月は余裕で生活出来るぐらいですかね。」

「大金じゃない。確か貴方達都市に来たの最近だったわよね?」

「私達を拐って金に換えようとした奴らの身ぐるみひっぺがして巻き上げただけよ。向こう側から仕掛けてきたんだから文句は言わせないわ。」

「へ、へぇ……強いのね。」

 

悪どい笑みを浮かべるリサとニコニコとした表情を崩さないエノクに、カルメンの顔が少しひきつっている。

 

「そうだ、駅の近くにホテルとかない?2人で泊まれそうな所。」

「ん~……あ、私が時々使ってるホテルならあるよ。家まで帰っても休めなさそうなときはよく使ってるとこなんだけどね………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベッドにダイブ!」

 

ボフッ!

 

「んー、ふかふか………。」

「テンション高いねリサ。」

 

マンション前でカルメンと別れた後、駅前まで戻って来た2人はカルメンから聞いたホテルに入る。幸い、子供だけでもチェックインが出来たため、エノクとリサはそのまま自分の泊まる部屋へ直行していた。

 

「だってふかふかのベッドなんて初めてなのよ?ヤーナムにあるベッドは大体質が悪いか医療用の固いやつだったし、外郭と裏路地でもこんなふかふかは味わえないんだもの。ほら、エノクもやってみなさいよ。」

「うーん………そうだね。」

 

そう言ってエノクはリサの隣に腰掛けて、背中から倒れる。

 

ボフッ!

 

「…………気持ち良い。」

「でしょ?」

 

思わず安らかな顔になるエノク。天井を見上げていると、視界の端からぬっとリサが顔を出してくる。その顔には笑みが浮かんでいる。しばらく落ち着いた時間が過ぎた所でエノクが口を開いた。

 

「…………所でさ、リサ。」

「何?」

「何で僕の腕を押さえてるの?」

 

エノクは顔を動かさず、目だけで上を見る。そこにはガッチリとリサの手で拘束された自分の腕があった。少しもがくがびくともしない。拘束した手をそのままにしながらエノクの上に跨がったリサはニッコリと笑いながら話し始める。

 

「ん~、逃がさないようにするため?」

「…………何で逃がさないようにしてるの?」

「そんなの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤるために決まってるじゃない!」

「だろうね。」

 

突如興奮し始め、笑みを深くしたリサから逃れる為に拘束から抜け出そうとするエノクだったが、先程と同じようにリサの拘束はびくともしない。それどころか空いた左手でエノクの肌を触り始めた。

 

「一応僕の方が筋力高い筈なんだけどなぁ?」

「そんなもの技術でどうにかなるわ!さぁ速く始めましょ!あの時のキスからずっと溜まってるのよ此方は!」

「ここ一応他の人も泊まってるからね?あまり煩くしたら迷惑だと思うんだけど……。」

「そんなの気にしたら負けよ!」

「気にしなよ。」

「うるさいッ!」

 

エノクは苦笑いしながら落ち着かせようと話しかけるが、既に発情しているリサには効果が無いようだ。

 

「反論してくる口なんてこうしちゃうんだから!」

「落ち着いッんむ!?」

 

遂に唇が重なりあった。しばらく部屋に舌が絡まり合う音が響き渡った後、ゆっくりと顔を離すリサとエノク。足りなくなった酸素を取り込むかのように息を荒げる2人の間には唾液で出来た糸が繋がっている。リサは頬を赤くし、とても獰猛な笑みを浮かべながらエノクのパーカーに手をかけると、そのまま脱がせた。

 

「リサ……明日も早いんだから止めとこ?キスならいくらでもして良いから……ね?」

「何言ってんのよ。こんな美味しそうな獲物(いやらしい体)見せつけて只で済むと思ってるの?」

「いや今リサに脱がされたんだけどね?」

「だまらっしゃい!」

 

その声と共にリサは自分の服を脱ぎ捨て、ついでにエノクの残りの服も取っ払った。お互いに裸になった所でリサが暴走し始める。

 

「あぁ、もう我慢できない♥️」

「……………………はぁ。」

「エノクッ!!♥️」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~翌朝~

 

 

 

「……………だから止めとこって言ったじゃないか。」

「………ッ♥️……………♥️」ビクンビクン

「……何で勝てないって分かってるのにわざわざ襲いかかってくるのかな。」

 

ベッドから起き上がったエノクが隣のリサに対して話しかける。が、リサは時折体を震わせるだけで反応は無い。どうやら余韻に浸っているようだ。寝ているが、オーラは何とも幸せそうである。余裕綽々なエノクは眠るリサの頬に一回キスをするとそのままベッドから立ち上がり、シャワーを浴びに向かう。

 

「…………ベッドどうしようかな……。」

 

考えていることを呟きながら体液だらけの体を綺麗にし、そのままパーカー姿に着替えた所でようやく起きたリサが声を出す。

 

「………………んッ。」

「あ、おはようリサ。」

「……………おはよ、エノク………また勝てなかった♥️」

 

悔しがっているようなセリフだか、うっとりとしながら言ってるので説得力が無い。実際、開かれた目の中にハートが見える気がする。

 

「ほら、早く体洗っておいで。」

「待って……余韻に浸らせて………。」

「この後仕事あるんだから……。」

「エノクが上手すぎるのが悪いんだもん♥️リードしようとした私をぐっちょぐちょにして、容赦なく………えへへ♥️」

 

エノクは、ベッドのシーツを体に纏いながら頬を赤らめてトリップしているリサに対して近づくと、耳元まで口を寄せてぼそりと小声で話す。

 

「………………次はもっとすごいことしてあげるからね?」

「!?♥️」

「さ、早くシャワー浴びて来て?その間にベッド何とかしとくから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……カルメンさんは何処だろう……。」

「もういるみたいよ。」

「あ、来た来た!おーい、こっち~!」

 

手を繋ぐエノクとリサは駅の入り口の所で手を振るカルメンからの声に反応する。良く見れば、隣には無表情で立っているアインもいた。2人はそのまま駆け寄っていく。

 

「おはようございます。」

「うん、おはよ。ホテルは良かった?」

「ええ、久々にしっかりと寝れた(意味深)わ。」

「所で、何故アインさんも?」

「…………見に行くだけだ。」

「成る程、なんやかんやで同棲することになったと。」

 

ヤーナムで培った理解力でアインの端的な言葉に返答するエノク。

 

「家も前もって決めてるし、2人でも十分な所選んでたから後は荷物を運び入れるだけよ。」

「そ、じゃあさっさと行きましょ。」

「あ、2人の電車代位は出すから。行こっか。」

 

そう言ってカルメンを先頭に駅の中に入って行く一行。一番後ろを歩くアインがふと前を歩くエノクとリサの首辺りを見たところで眉をひそめる。

 

(……………歯形?)

 

アインの目線の先には、2人の首元についた小さな歯形があった。

 

(…………最近の子供は進んでるな。)

 

優秀な頭脳でナニをしていたかを理解はしたものの、別に気にすることでもないとそのまま視線を前に戻すアイン。後ろが気になって振り向いたカルメンは、アインの歩く速度が落ちた事に気がついた。

 

「どうかしたのアイン?」

「……カルメン……いや、何でもない。」

 

しかし、特に何も察知することは出来ず、そのまま納得して進み始めたのだった。

 

 

 

 

「地味に名前呼びになってない?」

「昨日色々あったんだよきっと。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちね、着いて来て。」

 

隣の区……11区に着いて早々、カルメンは歩きだした。他の3人も離れる事なくそれに従って歩く。ふと周りを見回したリサがポツリと言葉を漏らす。

 

「何というか、さっきの区より人が多いわね。」

「んー、恐らくここの翼の経営が安定してるからだと思うわよ?」

「?翼の存続と巣の存続に関係があるんですか?」

「うん、街……巣は翼の物質的な豊かさの恩恵を直接受けられる所なの。翼で働く人とその家族が住んでたり、俗に言う中流階級以上の人が住む場所とでも思って。」

「あぁ、翼が無くなれば巣に向けられていた恩恵が無くなって必然的に裏路地と同じになるんですね。」

「そう言うこと。今更だけど、かなり教養あるのね。」

「そこら辺は気にしないでちょうだい。」

 

そのような話をしながら大通りを進む一行だった。その途中ふと、アインが先程から感じる視線の元を探ると遠巻きにこちらを見やる人を何人か見つける。しかし悪意等は感じないため、無視していた。しかしリサはそう思わなかったのか、少し苛ついた様子で話し始めた。

 

「………さっきから視線が鬱陶しいんだけど。」

「実害が無いだけヤーナムよりましだと思うけど?」

「ホオズキと比べないでよ。流石にあれがここにいたら全力で逃げないといけないし。」

「あっはは…あまり思い出したく無いね。」

「………………何の話をしてる。」

 

エノクとリサがヤーナムでの話をしていると、アインが入って来た。前を歩くカルメンも興味深そうに耳を傾けている。

 

「別に、単純にこっちを見つめるだけで気を狂わせてくる奴を思い出してただけよ。」

「………都市伝説か何かか。」

「ん~、似たようなものですかね。彼女がいたら、確実にその位の被害は出るでしょうし。恐らくもういませんが。」

「…………そうか。」

 

エノクの言葉に納得したのか興味を無くしたのか分からないが、そのままアインは無言で歩いている。

 

「ま、今となっては関係ないわ、忘れてちょうだい。」

「そう?にしても、何でこんな視線がくるのかしらね。」

「………強いて言うなら顔がいいからじゃない?」

「「?」」

「あ~、アイン格好いいもんね。狙ってた人もいるみたいだったし。

「男2人は自覚無しね。」

 

 

 

 

 

そのまま歩くこと5分、カルメンが一つのマンションの前で立ち止まる。

 

「ここの部屋借りてるから、早く荷物置きましょ。」

「大体いい場所ね。」

「まぁ学校から給料出るし、少し高めだからね。寝るならいい場所の方が良いでしょ?ほら行きましょ。」

「………引っ張らないでくれ。」

 

カルメンはリサの言葉に答えると、アインの手を引いてそのままマンションのエントランスに入って行く。

 

「遠慮しなくなったわね。」

「スルーでいいんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、私達の仕事はこれで終わりね。」

「ありがとね2人とも、依頼以外の事でもお世話になっちゃって。」

「研究については少し興味があるので、また伺うかもしれませんね。」

「ホント!?それじゃあ連絡先交換しとこ!」

 

そう言ってカルメンは携帯端末を取り出し、そのアドレスを記入した紙を手渡した。

 

「いつでも電話かけてきていいわ。貴重な意見を聞かせてね?」

「ええ、軽いものでいいなら協力するわ。」

 

軽く握手をするエノクとリサとカルメン。そして、そのままエノクとリサはその場から立ち去って行ってしまった。その様子を端から見ていたアインは伸びをするカルメンに話しかける。

 

「………今日はどうする。俺は家に戻って荷造りを続けるつもりだか。」

「ん~……家具もベッドも無いからなぁ……今日はここら辺を見て回って一緒にホテルにでも泊まりましょ?荷造りなら明日手伝うから。」

「………………カルメンがそう言うなら。」

「よっし決まり!それじゃ、私達も行きましょ!」

 

カルメンとアインもその場を後にし、街へと繰り出して行った。




リサはスイッチの入ったエノクさんに勝てないんや。
アインは何かを理解する事に関しては他の追随を許さない程の天才ですが、必要がなければ一切他人に伝えません。コミュ障なので。


~昨晩のカルメン~

ピンポーン

ガチャ
「ヤッホー、アイン。」
「…………何の用だ、先輩?」
「ちょっと話したい事があってね?ご飯も買ってきたから……ね?」
「………まぁいい、上がってくれ。」




「ねぇアイン、一緒に住まない?」
「いきなりどうした。」
「何というか……ほら、同じ場所で働くんだから、打ち合わせとか直に出来た方が楽でしょ?」
「…………それもそうだな。」
(確かにカルメンの言う通りだな、そちらの方が楽だ。)
「うん。あ、一応明日見に行こっか。」
(よっしゃ!言質は取れた!)



「あ、そうだ。」
「どうした?先輩。」
「もう先輩後輩の関係じゃなくなるんだから、私の事は名前で呼んでね?」
「……先輩でいいだろう?」
「ダーメ!ほら、カルメンって呼んでみて?」
「…………カルメン。」ボソッ
「うん!それで良いの!」ニッコニコ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初任務

お待たせしました、今回から暫く、二人は任務中心で動いて行きます。まぁ





それでは、どうぞ。


「ほら、依頼終わらせたわよ。」

「書類はこちらです。ご確認ください。」

 

カルメン達と別れた後、2人は狩人の夢を経由して一番最初に訪れた22区のハナ協会支部を訪れていた。書類を差し出して来るエノクにファルは目を見開いている

 

「随分と早かったね……普通なら移動とかにもう少しかかって1ヶ月は必要になるだろうに。」

「色々とあるのよ、方法が。で、免許は発行して貰えるの?」

「うん、少し待ってて欲しいかな、今準備してくるから。」

「分かりました。」

 

 

 

 

 

「はい、これがフィクサー免許。身分証明書みたいな物だから無くさないようにね。」

「ええどうも。」

 

そう言ってファルは手に持った2枚のカードをそれぞれに渡す。エノクがそれを見ると、自分の名前と「9級」といった文字が書かれていた。

 

「結構単純なんですね。」

「この都市で個人情報丸々書いた物なんて持ってても無駄でしょ。」

「まぁ、そう言うことだよ。その免許証はハナ協会からしか発行出来ないようになっているから、自ずと身分証の役割になるんだ。」

 

ファルは苦笑いしながら話を変える。

 

「とまぁ、早速依頼があるんだけど……いいかな?」

「もう依頼?」

「最近ここら辺は人手不足でね、処理できない案件が溜まってるんだ。」

 

ファルはため息をつく。その様子から随分と疲れが溜まっていることが分かる。

 

「ハナ協会以外の組織が活発に動き出してね、それに伴って抗争が起きたりそれに巻き込まれたフィクサーが死んだり、人材か引き抜かれたり………休む暇が欲しいよ。只でさえ、シ協会の内部調査もあるって言うのに……。」

「管理職も大変ね。」

「………まぁ君たちに愚痴を言っても仕方がないね。それじゃあ頼んだよ。くれぐれも、組織に喧嘩を売らないように気をつけて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さて、次の仕事はっと。」

「随分と疲れてそうだね、ファル。」

「…………いたのなら声をかけてくださいよ。」

「おや、気づいていなかったのかな。なら鍛え直さなくちゃねぇ。」

「勘弁して下さい……。」

 

エノク達を見送り、一息ついたファルの元に一人の女性が現れる。紫色のコートを纏い、何本もの剣を携えたその女性を見たファルは少し嫌そうな顔をしかけるも、その感情を内側に押し留める。

 

「それで、何か御用ですかイオリさん?」

「ここの支部長に頼まれてた仕事を届けに来ただけ。ついでに知り合いを見つけたからからかいに来た。」

「冷やかしなら早急に用事を終わらせて帰って下さい。」

「冗談が通じないねぇ。」

 

両手を上げて降参の意を示す女性……イオリはクツクツと笑い、そのまま話題を変える。

 

「………所で、さっきあんたが相手していた子供は?」

「あぁ、エノクくんとリサちゃんですか。ついさっきフィクサーになったばかりの新人ですよ。子供にしては実力も含めて可笑しい部分がありますけど、結構真面目そうですよ。」

「ふぅん………ま、どうせ今は関係ないさね。それより、頼まれてた案件…「人差し指」の調査報告持ってきたから支部長の所まで通してくれるかい?」

「えぇ、分かってますよ、イオリさん。」

「他人行儀は止めな。」

「……………分かりましたよ師匠。」

 

 

 

 

 

 

「何渡されたの?」

「失せ人探しの手伝い。」

「…行方不明なんてよくある事じゃないの?」

「ヤーナムだとごく普通に闊歩してたし、都市でもこの間人拐いに会ったばかりだもんね。まぁこの依頼の捜索する相手結構多いみたいだから、何かトラブルでもあったんじゃないかな。」

「何処かで死んでなきゃ楽なんだけど。」

「一番面倒なのは組織ぐるみの抗争に巻き込まれる事だけどね。」

 

ため息をつくリサと困ったような笑みを浮かべるエノクはてくてくと裏路地を歩いて行く。その足は駅の方へ向いていた。

 

「行き先は?」

「21区だね。こないだ行った23区よりかは安全みたいだよ。」

「ふーん、なんで?」

「依頼主が治安維持組織だからだよ。ハナ協会とは違う、ツヴァイ協会って所。まぁ重要度が低いから僕らみたいな新人に依頼が来るんだろうけど……あと、別の事務所と合同みたいだよ」

 

その言葉を聞いて、リサはあからさまに顔をしかめる。

 

「よりにもよって合同……他の人との連携なんてエノク位としか出来ないのに……。面倒なの回って来たわね、迷い猫の捜索とかの方がまだましよ。」

「まぁね、ファルさん僕らの実力を理解してる節があるしこういった依頼を回してくれるんじゃ無いかな。」

「……あぁもううだうだ言ってても仕方ないわ。行ってから考えましょ。」

「うん、そうだね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「合同任務……ですか?」

「あぁ、ツヴァイ協会から回って来てな。最近この事務所の近くの区画で行方不明者が多くなってるとの事だ。それで、その調査にウチからお前ら三人を出すことにした。」

「はぁ……。」

 

今一ピンと来てないような声を出す青年は目の前で腕を組む男から呆れたような声色で話しかけられる。

 

「お前もフィクサーになって3年位だろう、そろそろ任務に慣れろ。確かにここら辺の治安は他の区と比べて安全なのだろうがそれでも平和ではないんだ。お前が誰かを殺す時だって来るだろう。」

「それは…そうですが。」

「この任務だって、完璧にこなせば評価が上がるかもしれん。上手くやれ、サン。」

「……………分かりました。」

 

少しぼんやりとした様子の青年……サンはそのまま所長の部屋を出て、受け取った依頼書を眺め思い悩みながら事務所にある休憩スペースのソファに腰かける。

 

「………行方不明者……任務……合同。」

 

一通り資料目を通したサンはため息をつく。

 

「荷が重いなぁ。」

「何の話よ。」

「もし良かったら聞かせてくれない?」

「え?あ、イサドラ、ジュリア。」

 

声をかけられたサンが振り返ると、ムスッとした顔をしたツインテールの少女……イサドラとフワッと笑う癖のある白い長髪の少女……ジュリアが立っていた。

 

「まーた怒られたの?いい加減仕事に慣れなさいよ。ビビりなのは昔っから変わらないわね。」

「あはは……。」

 

呆れたような言葉を発するイサドラに苦笑いを返すサン。すると、そのやり取りを暖かく見守っていたジュリアがサンの持っていた依頼書に気がつく。

 

「あら?それって……。」

「あ、あぁ、これの事?ついさっき所長に渡されてね…君達と一緒に依頼をこなして来いって言われたんだ。」

「私達も?」

 

突如指名が入った事に驚き、目を丸くするイサドラ。訪ねられたサンはうなずきながら続きを話す。

 

「うん、どうやら最近行方不明者が多くなってるみたいで……その調査を他の所のフィクサーと協力してやるみたいなんだ。」

「そういえばそんな噂があるとは聞いてたけど、まさか依頼になるとは思って無かったわねぇ。」

「……報酬はどれぐらい入るの?」

「ちょっと待って、そこは確認してなかったから…………えっ?」

「何?どうしたの」

 

いきなり固まったサンを怪訝に思いながらイサドラとジュリアはサンの横から依頼書を覗き込む。

 

「ん?合同任務?」

「あら、私達だけじゃなかったのね。」

「アンタ、もうちょっとちゃんと情報寄越しなさいよ。」

「……。」

 

イサドラが文句を言うも、サンは固まったままである。そろそろどついてやろうかとイサドラが腕を構えた所でジュリアから声がかかった。

 

「………ねぇイサドラちゃん、ここ見て。」

「?」

 

ひどく驚いた様子のジュリアにそう言われ、イサドラは依頼書の一番下を見る。

 

「…………うっそ!?私達の給料2ヶ月分より多い!?」

「そりゃあサンくんも固まるわね…。」

「………………はっ!?」

 

飛んでいた意識が戻って来たサンは呆然としながら先程所長と交わした会話を思い出す。

 

「確か……この依頼を完遂したら評価が上がる可能性があるって言ってたような………。」

「重要な事言い忘れてるんじゃ無いわよ!」

「あいたっ!?」

 

後から追加された情報の内容を理解したイサドラはサンの頭をひっぱたいた。叩かれたサンは謝りながら頭を擦っている。どうやらそれなりに痛かったらしい。

 

「それで、期限はいつからなのかしら?」

「ええっと……本格的に動くのは明日からで、今日は合同で動く事になる他のフィクサーと顔合わせしておいた方が良い………のかな?」

「私に聞かないでよ。だいたいアンタはねぇ……。」

「まぁまぁ……って、あら?」

 

未だに戸惑いが残るサンとその態度に苛ついているイサドラをジュリアが落ち着かせようとした時、不意にドアからノックが聞こえて来た。説教のように問い詰めるイサドラとそれに対して申し訳なさそうに笑いながら話を聞いているサンは気付いていないようで、仕方なくジュリアが対応しようとドアに近づいていく。

 

「はいはーい、今開けますね~。」

 

そう言ってジュリアは笑いながらドアを開ける。客の姿と見ようと目を開くが、目の前には誰もいない。不思議に思ったジュリアが周りを見渡そうとした時、ふと視界の下の端に誰かの頭が映った。そして前を向いて見下ろした所で、こちらを見上げるエノクとリサと目があった。

 

「……あら、君達、どうしたの?」

「すいません、ここが街灯事務所で合ってますか?」

「そうよ~、それで何かご用事かしら?誰かのお使い?」

 

ジュリアは少し高級そうなコートを纏う幼そうな子供に違和感を感じながらも、かがみながら優しい笑みを浮かべ、対応する。どうやら事務所に所属してる誰かの親族だと思っているようだ。しかし、そんなことを全く知らないリサは首を振って否定する。

 

「違うわ、依頼で来たフィクサーよ。」

「あら、そうなの?」

「はい、ここのフィクサーの方と合同で任務を行うと聞いてるので、」

「へぇ~、最近では幼い子でもフィクサーになれるのね。あ、入って入って。とりあえず座って話をしましょ?」

 

ポヤポヤとした空気を纏ったジュリアは、事実をそのまま受け止めて2人を事務所の中へ招いたのだった。




ファルさんの性格はSCP財団職員のグラス博士みたいな人だと思って下さい。つまるところ、その世界観に人格が合っていないと言える位優しい一般人(?)のような物です。

原作の中でもかなり善人寄りのサンと韓国版ツンデレのイサドラ、おっとり系お姉さんのジュリアの若手時代です。三人共、7、8級フィクサーなので、原作程の強さもありません。この状態だとヤーナムに放り込んでも数時間も持ちませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血の匂い

すいません少し遅くなりました。

前回に引き続き、元同期組です。今回と次回はブラボ要素が多めです。




それでは、どうぞ。


「あ、申し遅れました。僕はエノクといいます。」

「リサよ。」

「そういえば忘れてたわね。私はジュリアって言うの、おそらく貴方達が言ってた依頼を受けるフィクサーの1人よ。」

 

そう言ってジュリアは手招きをしてソファまで案内する。

 

「取り敢えず座って座って。ココアでいいなら出してあげるけど、どうかしら?。」

「あ、お構い無く。」

「別にコーヒーも飲めるし、何でもいいわよ?」

「あらそう?」

 

そんな穏やかな会話をしていると説教が終わったイサドラとサンがエノクとリサに気が付く。

 

「ちょっと、誰よその子達。誰かの親戚?お使いにでも来たの?」

「違うわ、この子達は同業者よ。」

「同業者?……ってことはフィクサーなのかい?」

 

ジュリアの言葉に目を丸くするサン。隣のイサドラも以外そうに目を開いており、次の瞬間には疑うような視線になった。

 

「……嘘じゃないの?流石にこんなまだ10歳位の子供がフィクサーとかあまり信じられないんだけど。」

「そうかしら?さっき免許見せて貰ったけど、ちゃんと本物だったわよ?」

「ふーん………。」

 

ジュリアから聞いた情報もあまり信用していないのか、疑わしい目線は絶やさないイサドラ。しかし当の本人達は一切気にせずジュリアに話しかけている。

 

「ジュリアさん、貴女以外にも依頼を受けた人がいると言ってましたけど、こちらのお2人ですか?」

「ええ、そうよ。こっちがサンでこっちがイサドラ。」

「そうなんですか、よろしくお願いいたしますね。」

 

そう言ってペコリと頭を下げるエノク。サンは温和な笑みを浮かべて返事をするが、イサドラは腕を組んだまま険しい表情を崩さない。

 

「イサドラ、いつまでそんな不機嫌なの?ほら、貴女は可愛いんだからいつまでもそんな顔してちゃダメよ?」

「……余計なお世話よ。」

 

ジュリアの言葉に少しだけ顔赤くしてそっぽを向いたイサドラだった。それを横目に、リサはエノクから受け取っていた依頼書を取り出し、百合百合しい雰囲気を醸し出す2人をよそにエノクと共にサンへと話しかけた。

 

「ねぇ、一応確認しておきたいんだけど、この依頼でいいのよね?」

「えっと…ちょっと待っててね……依頼者………内容……うん、間違いないよ。」

「そう、本格的に動くのは明日になるのかしら。」

「まぁ、そうだね。……そうだ、君達は何処かに泊まるのかな?」

「そうですね、夜を安全に凌ぐ方法ならあるので心配しなくても大丈夫ですよ。」

「?そうなんだ、一応この事務所のソファ位なら貸せると思ったんだけど………。」

「問題無いわ。」

 

リサがそう堂々と言い切った所でイサドラとジュリアが話に入って来る。

 

「ごめんなさいね、ほったらかして。あ、そうだこの後時間あるかしら?」

「ん~……特に無いわよ。」

「じゃあ私がここら辺の案内をしてあげるわ。丁度いつもの見回りの時間だし、どうかしら?」

「…そうですね、僕らそもそも21区に来たばっかですし、そうして貰えると有り難いです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何で私達まで着いていかなきゃダメなのよ。」

「まぁまぁ、ジュリアにだってしっかりとした考えがあって誘った訳だし……ね?」

「はぁ………。」

「あはは……。」

 

数十分後、街を歩くエノクとリサとジュリアの後ろを着いていくイサドラはため息をついていた。隣のサンもなんとも言えないような笑顔を浮かべている。

 

「どうしたの二人とも、そんな暗い顔して。」

「別に、なんでもないわ。」

「そう?」

 

そんなやり取りが行われた後、エノクが何かを思い出したかのような顔をしてサンに話しかける。

 

「そういえばサンさん、貴方ご兄弟って居られますか?」

「?確かに一人弟がいるけど……それがどうしたんだい?」

「もしかしてパダさんのお兄さんですか?」

 

エノクから自分の弟の名前が出てきた事に驚くサン。昔からの知り合いであるイサドラも少し目を見開いている。

 

「あぁ、そういえば似てるわね。」

「パダの事を知ってるのかい?」

「ついこの間依頼で届け物をした先にパダさんが居りまして、そこで少し話しただけですよ。」

「………杖事務所に届け物?」

「何でも最近人手不足だそうで、新人もほぼ出払ってるとの事で僕らが行きました。」

「どう考えても新人が行くような場所じゃないのだけど………ま、そこら辺はどうでも良いわ。」

「な、成る程………パダは元気にしてたかな?」

 

少し引き気味になるサンだったが、次の瞬間には大切な弟との記憶を思い返したのか穏やかな顔で問いかける。

 

「ええ、五体満足でしたし、どこも怪我などをしてる様子は無かったですよ?」

「そっか、それは良かったよ。最近連絡が取れて無かったけど…どうやら心配いらなかったみたいだね。」

 

ありがとう、とお礼を言ってくるサンに対し、エノクは笑みを浮かべたまま返事をする。

 

「いえいえ、お礼を言われるような事でも無いです、よ………………………………。」

 

突如黙り混み、その場で立ち止まったエノク。その顔に先ほどまでの笑みは無く、ただひたすらに何かを見つめている。隣を歩いていたリサも同様である。その姿に違和感を覚えたのか、真っ先にジュリアが問いかけてくる。

 

「ねぇ、どうかしたの?」

 

エノクは横を向いたまま、目線の先を指差す。そこには路地裏へと続く小道があり、まだ明るい時間であるはずなのに先が見えない。3人が不思議な顔をしてそちらを見たところでエノクが口を開く。

 

「ここの先って何があるんですか?」

「……確か、色んな店の裏口とか、安いアパートとかだった筈だけど。」

「ねぇ、この先ってどんな人が住んでるの?」

「えっと……そこまでは知らないけど、そんな危険な人はいない筈だよ。」

「二人とも、大丈夫?」

 

雰囲気が豹変したエノクとリサに戸惑った様子でジュリアが話しかけた所でエノクはため息をつき、リサは舌打ちをする。

 

「「匂い立つなぁ/わね。」」

「え?」

 

エノクとリサが呟いた言葉に反応したサンが声を漏らした次の瞬間、二人が駆け出した。

 

ダッ!!

「あ!ちょっと、待ちなさい!」

 

イサドラが静止するよう声をかけるも、エノクとリサには聞こえていないのかそのまま振り返る事もなく小道へと入っていってしまった。突発的な行動に動けずその姿を呆然と見送っていたジュリアとサンだったが、髪をかき混ぜて苛ついた様子をみせるイサドラが怒鳴った事で意識が戻ってくる。

 

「なにボサッとしてるのよ!さっさと追うわよ!」

「え、えぇ!」

「わ、分かった!」

 

そのまま二人の後を追うように小道へと走って行く三人。先頭を走るイサドラは嫌な気配を感じたのか、それとも警戒心が高まったのかその右手で自分の武器である直剣の柄を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

街灯事務所の三人が小道に入った頃、エノクとリサは狭い道を抜け、少し広い道路に出てきていた。先程まで歩いていた表の通りより明かりが少なく、どこか陰鬱な雰囲気を漂わせる路地裏……というのが通常であることは二人は知らされている。21区は他の区に比べ、比較的安全であるという情報も事前に頭に入れている。

 

「やけにいきなりの登場ね?」

「ずっと臭いは気にしてたけど、あの道を通りかかった瞬間に膨れ上がったようだった。」

「じゃあ何かしら、この惨状が作られたのが今さっきなのかしらね。」

 

しかし目の前に広がる景色の半分以上が紅に染まっていた。普段であれば中々起きない大虐殺である。しかしあの街で狩人として獣を狩り続けた二人にとっては見慣れたものである。濃い人の血の匂いが漂うその惨状を前にして二人は何かを確かめるように話し出した。

 

「……ねぇ、やっぱり違和感があるんだけど。」

「同感、恐らくリサが思った事だよ。」

「………死体はどこに行ったのかしらねぇ?」

 

そう言って紅に染まった地面を触るリサ。リサの言葉の通り、そこに血があってもその血を流していたであろう人物の痕跡が一つも見当たらない。血が付着している面積から考えても明らかに一人分では足りない筈なのに、肉片どころか骨の欠片すらそこには無かった。暫く考えを纏める為、その場に立ちそれぞれ銀の直剣と反り返った刃を虚空から取り出した所で、追いかけてきた三人が小道から裏通りに入って来た。

 

「ッ!?」

「ヒッ!?」

「うぷッ………。」

 

イサドラは目を見開き、ジュリアは短い悲鳴を上げながら後退り、サンは目の前の惨状に耐えきれなかったのか口を押さえて座り込んでしまった。足音に気が付いたエノクは振り返りながら声をかける。

 

「おや、皆さんも来ましたか。」

「…………何よこの状況。」

「さあ?私達が来た時にはこうなってたけど。渇ききってない新鮮な血だから行方不明者が出来たばっかり(・・・・・・・)なんでしょ。」

「…………何であんた達は平気な顔してんのよ。」

 

少し顔色が悪くなっているイサドラの問いに対してリサは振り返る事無く返す。

 

「何百回もこれよりひっどい景色見てたら慣れるわよ。肉片とかグッズグズになった死体が無い分ましな方だし。」

「どんな修羅の国よ!?」

「全員が狂ってる終わりかけの街よ。最終的に残ったまともな奴なんて一人も居なかったし。」

「……………っはぁ!」

 

イサドラがリサを問い詰め始めた所でようやっと胃から込み上げて来たものを飲み込めたサン。ジュリアがサンの背中をさすっていると、不意に物音が聞こえてきた。

 

ヒタ………ヒタ………

「…?なにかしら?」

「どうかしたのジュリア?」

「何か水みたいな音が聞こえた気がするのだけど……。」

 

ジュリアはそう言って辺りを見回す。しかし音源になりそうな物は何処にもない。

 

「気のせいかしら?」

「………………ジュリアさん、サンさんと一緒にそのまま伏せて下さい。」

「え?」

 

首をかしげるジュリアに対しそう告げたエノクはいつの間にか背中に背負っていた長方形の鉄塊に棒がついたような物を左手に持ち、そのままジュリアとサンの方へと走り出した。

 

「ちょ、あんた何する気!?」

 

突如走り出したエノクを止めようと動くイサドラだったが、加速し続けるエノクはそれを難なく通り抜け、そのまま手に持っていた直剣を鉄塊の棒の部分に突き立てる。音を立てて合体したそれ……教会の石槌を担いだエノクはそのまま振りかぶるように構えた。

 

「待ちなさ………ジュリア!サン!上!」

「上……ッ!?」

 

エノクが走り出した時よりも焦ったような声を出すイサドラに何事かと思うジュリアだったが、言葉の通り上を向いた瞬間、その意味を悟る。

 

「pdup3rdopatxg3awyprpm」

 

そこには化け物がいた。その姿は犬のように見えるが、その体躯は軽く数mは越えている。口らしき場所からは意味不明な言語が漏れている。しかしそんな事が帳消しになる程のインパクトのある箇所がある。

 

「何、あれ………。」

「危ない!」

 

全身の至る所に人間のパーツが生えてる。正しくは埋まっているの方が正しいのかもしれない。幾つもの肉塊が寄せあって出来たその生物には人間の口や目玉、その他諸々などが見受けられる。我慢の限界だと言わんばかりに飛びかかるその化け物を前に動けないジュリアに咄嗟に覆い被さって守ろうとするサンは来る痛みに耐えようと目を閉じる。

 

 

「k27o32itnhrh37oyokf3gwp!!」シュバッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させないよ?」

 

ドゴムッ!!!

 

「lc37ynkiho8k!?」

 

しかしその瞬間が来る前にエノクが両手で振るった石槌が化け物を捉える。質量がエノクが持つ力によって加速したことで、巨大な化け物を軽く10mはぶっ飛ばした。

 

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……ありがとう。」

「取り敢えず立ってください。まだあれは生きてますから。」

「………今、物凄い音が聞こえてきた筈なんだけど。」

「恐らく何かを代償にしてダメージを肩代わりしてます。手応えが余り無かったので。」

 

鋭く獲物を見つめるエノクは後ろにいるサンに声をかける。目線の先にはゆっくりと立ち上がり、こちらを威嚇してくる化け物がいた。ぶっ飛ばされたとは思えないほどに元気だ。駆け寄って来たリサは左手に持った散弾銃を化け物に向けて構える

 

「エノク、援護は必要?」

「嫌な予感がするから一応構えておいて。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………所で、そろそろ退いて差し上げた方がいいのでは?」

「え?」

「…………ねぇサン、庇ってくれたのは嬉しいんだけど、ちょっとそろそろ恥ずかしいなぁ。」

「…………あっゴメン!」

「いちゃついてないでさっさと立ちなさいよ。」




今回出てきた化け物のイメージとしては、ちっちゃくなった再誕者+何もないを割らずに犬っぽくした感じですね。まぁ見た目だけなのでその2つよりかは弱いです。知能は高くないし、特別な力も少ししかないので。

三人の性格ってこんな感じであってるんですかね?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

路地裏の肉塊

書きたい事が多すぎる……。
はい、ゲガントです。戦闘描写がこれでいいのか未だに分かりません。




それでは、どうぞ。


「kcpo3lo35y2crh45mdax!!」

「えい。」バンッ!!

 

咆哮をあげる化け物にリサは容赦無く散弾銃を放つ。広がるようにばらまかれた弾の半分位をモロに食らった化け物は思わず怯み、後ずさる。しかしその様子を気にする事無くリサは右手に持った曲剣で切りつけようと肉薄した。

 

「5kdqroda85yfciksfa@wmgc!」

 

バシャッ!

 

「っち!器用な事するわね!」

 

しかし化け物もただされるがまま殺される訳にはいかないと言わんばかりに抵抗する。体についた口から発射された液体に嫌な予感がしたリサは踏みとどまり、横にステップを踏んで回避する。着弾した場所からは煙があがっており、少しへこんでいることから当たった物を溶解させている事が分かる。

 

「けど、無敵って訳じゃないのね。」ザシュッ!!

「ljapdwpbouk5pbuzi7b!?」

「避けないでよ、ちゃんと殺せないじゃない。」バンッ!!

 

リサは一度見ただけですぐに攻撃を見切ったのか、続けざまに放たれた溶解液を軽く回避し、そのまま右手に持った刃で切りつける。体をひねり、回避しようとする化け物だったが、予想以上に早く迫る刃に対応しきれず、腹の辺りに深く傷を負った。少しばかり苦悶の表情を浮かべる化け物だったが、続けざまに頭に重い一撃を受けた。

 

「………リサ、早く仕留めるよ。」

「何よエノク、珍しく険しい顔して。」

「さっき吹き出した血の匂いがここに広がってる物と同じなんだ。おそらく、弔うべき相手(・・・・・・)みたいだよ。獣の病にかかった訳じゃなそうだけど、望んでこの姿になった訳でもなさそうだ。」

「…………そう、じゃあ苦痛を感じ続けさせる訳にはいかないわね。」

 

痛みにのたうち回る化け物を前に武器をしまうエノク。それを横目にリサが虚空から取り出したのは折り畳まれた長く、湾曲した棒だった。

 

「あの人みたいに介錯したら良いかしら?」

「うん、僕が抑えとくからとどめはお願い。」

 

エノクは走り出しながら虚空に両手を突っ込む。右手には骨の欠片、左手には液体が入った丸底フラスコが握られていた。

 

「3pea64n2j!e27a7jkbk33abh!?」ズァッ!!

「当たらないよ。」

 

どこか怯えも見える化け物の一撃が来る前に骨の欠片を割り霧を身に纏ったエノクは姿を消した。そのため化け物の爪はエノクに当たる事はなく地面を叩き割った。その破片は震えながら武器を握って構えていたイサドラの頬をかする。

 

「っぶない!」

「貴方は二人を守りながら下がってなさい。」

「っ!なめないで!私だってフィクサーなのよ!多少なりとも戦えるわ!」

「………言い方を変えるわね、巻き込まれたくなかったらさがってろつってんのよ。」

「はぁ!?どういう「退いてなさい。」っ!?」

 

ガキンッ!!

 

イサドラが問い詰めようとしたところでリサは右手に持った曲剣と散弾銃の代わりに取り出した棒を振り回しながら結合させる。音を立てて合体したその武器はリサの身の丈を軽く越える鎌へと変貌した。鎌……葬送の刃を振り回し、調子を確かめるリサは一度握り混むと息を吐いた。

 

「はぁ………エノク、殺るわよ!」

「了解、さぁさぁ僕はこっち、こちらを向いて?」

 

リサの吠えるような呼び掛けに軽く答えたエノクは化け物を挑発しながら前に躍り出る。それに反応した化け物はエノクを捕らえようと腕を振るう。しかしそう簡単に狩人が捕まる筈もなく、難なくエノクはその拘束から逃れる。

 

「amjdagwtaq2lcqecqksyct………!」

「………その声が苛つきなのか苦しみなのかはわからないけど、取り敢えずこれでも吸ってて?」パリンッ

「koc2pod!?」

 

次の瞬間、エノクは手に持っていたフラスコを化け物の顔面で砕き割り、中の液体を散布させた。霧状になった薬品……感覚麻痺の霧を至近距離で食らった化け物はその効果によりその場でふらつき始めた。どうやら急激な感覚の変化に思考が着いていってないようだ。その隙を逃さず、エノクは即座に取り出したガラシャの拳で顎をかち上げる。

 

「ほいっと。」

 

ドゴッ!

 

「52ohbbc75f6xk5srvu!?」

 

脳らしき場所を揺らされた化け物は大きくのけぞった。

 

「リサ。」

「分かってるわよ。」

 

エノクはいつの間にかすぐ近くまで肉薄していたリサと入れ替わるように後ろに跳び、リサは化け物の懐に入り込んだ所で葬送の刃を体を捻りながら構える。その目は凪いでおり、目の前の化け物を捕捉し、そのまま溜めた力を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間よ、さっさと起きなさい(眠りなさい)。」

 

 

リィン……

 

 

辺りに鈴のような音が響き渡った後、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ!!!

 

化け物の首と胴体に一本ずつ線が走り、そこからずれた体が瞬間、大量の血が吹き出し始めた。化け物は断末魔を上げる事なく静かに息を引き取った。全身の器官も既に動く気配は完全に無い。狩装束が半分ほど血に染まったリサは葬送の刃に付いた血を払い落とすと、即座に分解し虚空に仕舞った。比較的近くにいたエノクは自分の狩装束が血に汚れるのも構わずに化け物の遺体の側へ膝を着くと、そのまま遺体の顔に当たる部分の目と口を閉じさせる。

 

「…………ざっと考えて最低でも4人、多くても7人………意識があったのは?」

「感じ取れたのは3人位、どれもまともな精神状態じゃなかったけど。」

「そっか…………。」

 

そう言ってエノクが立ち上がった所で呆然と目の前の光景を見ていた三人が二人の元へ近づいてきた。それに気がついたエノクはいつもの笑みを浮かべ、話しかける。

 

「お怪我はありませんか?」

「え?あ、うん………。」

「私達は大丈夫よ。」

「そうですか、それは良かった。」

 

臆病な性格のサンはスプラッタな惨状を前にして顔をこれでもかと言うぐらい青くしており、精神的にかなりギリギリなのが分かる。ジュリアとイサドラも先程よりも顔色が悪い。

 

「…………ねぇ。」

「何よ。」

「こいつ、何だったの?」

 

そう言ってイサドラは息絶えた化け物を指差す。

 

「こいつが行方不明者ができてた原因なのよね?」

「成る程、この化け物に食われたから………。」

「違うわよ?」

「「「は?」」」

「この惨状の結果生まれたのがこれであって決して原因じゃない………というか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつが行方不明者なのよ(・・・・・・・・・・・・)

 

リサの告げた一言で三人が息を飲んで黙り込む。

 

「………どうして、そう思ったの。」

「こいつを切った時に吹き出した血がここを染めてる血痕と同じ匂いだったから。行方不明者が食われて死んでるなら、少なくとも肉片の一つは残ってないとおかしいし、丸のみにされてるなら血痕自体残らない。」

「じゃあ、今までの行方不明者も全員………。」

「十中八九この化け物になってますね。」

 

その答えに納得出来ないのか、イサドラは声を荒げながら二人に問い詰める。

 

「それじゃおかしい!依頼書には現場に血痕が残ってるなんて報告は無かったわよ!」

「こうした犯人が掃除したんじゃないでしょうか。今回はおそらく化け物に成ったばかりの時に僕らが突っ込んで来た形になるので、片付ける暇が無かったのかと。それだとこの化け物が襲って来た理由も分かりますし。」

「理由?」

「ええ、憶測に過ぎませんけど。」

 

化け物を目を細めながら見やるエノクは話を続ける。そこには憐れみの感情が少しだけ浮かんでいた。

 

「この人達、まだ意識が残ってたんですよ。体をぐっちゃぐちゃに組み換えられて、自分が何なのかわからない状態でも。そこに来た僕らを自分をこうした犯人の仲間だと思っても仕方がないですよ。」

「あぁ、そういえば理性無さそうな見た目してるのに最初っから私達に怯えてたわねこいつ。」

「そ、そうなんだ…………。」

 

それっきり口を閉じてしまったサンをよそに、エノクとリサは死体を見て色々と話し合い始めた。

 

「…ヤーナムの死体で出来た狼擬きとは少し違うかな?」

「あっちはまだ人の原型留めてたでしょ。こっちは………継ぎはぎって言った方が正しいわね。」

「一回バラバラにした結果がこの血痕か………あの処刑場の村といい、中々愉快な事をするものだね。」

「でも目的が今一パッとしないのよね………。」

「うーん…………。」

 

頭を捻るエノクとリサだったが、埒が明かないと思ったのか肩をすくめて後ろの三人に話しかける。

 

「で、あんた達はさっさと報告しなくて大丈夫なの?」

「へ?」

「私達は手伝いみたいな形で来ただけだから、報告義務はあんた達にしかないのよ。というかそもそもこの依頼あんた達の上の組織が出した奴だし、これ、早くどうにかしないと被害広がるわよ?」

「あ、そ、そうね!私ちょっと行ってくる!」ダッ

「私も着いてくわ。」ダッ

「えっ!?」

 

リサの言葉でハッとしたジュリアはそのまま入って来た小道へと走り去り、イサドラもその後を追う。取り残されたサンも慌てて走り出そうとしたが、ちらりとその場に立ってこちらを見つめている二人の方を見る。

 

「あ、どうぞ行ってもらって良いですよ。」

「少し調べたいことあるから残っとくわ、さっさと戻って来なさい。」

「うん………気をつけて。」

 

そう言ってサンはジュリアとイサドラの後を追って小道へと走り去って行った。エノクはその後ろ姿を軽く手を振りながら見送っている。しばらくして、完全にサンが見えなくなった所で、二人は虚空から投げナイフを取り出し、とある方向に顔を剥ける。

 

「さて、さっきからこちらを見ている誰かさん、何かご用ですか?」

「……………………。」

「そこですよね?」シュッ!

 

そのままエノクはナイフを投げる。投擲されたナイフは異常なまでの速さで飛び、二人から見えない影になっている場所のすぐ横に音を立てて突き刺さった。

 

ガインッ

「ヒッ!?」

「はい、動かないで下さい。」ガシッ

 

それに怯えたのか物陰にいた人物は小さな悲鳴をあげる。その隙を突いて、エノクはヤーナムステップで近づきそのまま相手の肩を掴む。振り払おうとする相手だったが、エノクの手は放すどころか微動だにしていない。

 

「こんにちは、狩人です。」

「……………………ッ。」

「そんな怯えた顔をしないで下さい。まだ貴方を殺すと決めた訳では無いんですから。」

 

優しい笑みを浮かべている筈なのにどこか圧を感じるエノクに隠れていた人物は息を飲んで固まる。

 

「お名前は?」

「……………ヤン、ヤン・ヴィスモクです。」

「そうですか、僕はエノクと申します。お話、聞かせて貰えますか?」

 

自分より少し背が高く、白髪をサイドテールにした少年…ヤンに対して、エノクは首をかしげながらそう尋ねた。




化け物については次回にもっと詳しく掘り下げます。1つ言うならば、この件には上位者は関係してません。

はい、15歳のヤンくんです。原作では大分強くなってやさぐれてましたが、この頃はまだよわよわです。というかほぼ一般人ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人差し指

明けましておめでとうございます(遅)

今後とも更新はチマチマと続けて行くので、どうぞよろしくお願いいたします。





それでは、どうぞ。


「じゃあまず一つ目から………貴方はこの惨状に関係ありますか?」

 

威圧を含めた自己紹介を終えたエノクは一度肩を掴んでいた手を放し、薄く目を開いて微笑みかけながら質問し始めた。

 

「……僕は、関係無い。巻き込まれそうになっただけ…………。」

「そうですか、では次です。何故ここに居るんですか?」

「何故って………。」

 

息を詰まらせながら答えるヤン。その表情は焦りと畏怖に染まっている。しかしエノクはそれを気にすること無く更に畳み掛ける。

 

「だって貴方、僕らがあの人達を弔っていた時に逃げれたでしょう?犯人では無いのならここに留まる理由なんて無い筈ですが。」

「っ!……それは。」

 

エノクの質問にヤンは目を泳がせ、手を握り締める。すると背後から近づいていたリサがその手からはみ出していた物を掠め取った。

 

ヒョイッ

「あ…………。」

 

隙を突かれたヤンはか細い声を出すが、それをよそにリサは掠め取った物を観察する。

 

「……ふーん?何か書かれてるわね。」

「か、返して……。」

「何々………『明日の13時、現在地の隣の区画の路地裏で待機しろ』?」

 

リサが奪い取ったのは細い紙のような何かだった。一瞬怪訝な顔をするリサは内容を読むと、そのままヒラヒラと紙を揺らしながらヤンへと問いかける。

 

「で、何よこれ。」

「そ、それは……。」

「あんたがここに居るのに関係してるんでしょ?今13時過ぎ位だもの、この内容と同じ事してるじゃない。」

「………………………。」

「「…………………。」」

 

黙り込んだヤンをエノクはにっこりと笑って、リサはジト目で見つめ続ける。やがて観念したのか、ヤンは口を開いた。

 

「…………指令なんだ。」

「「指令?」」

 

絞り出すように出された言葉に二人は揃って首を傾げる。ヤンは自分を抱き締めるような姿勢になった後、顔を反らしながらぼそぼそと話を続ける。

 

「僕に出された"人差し指"の指令………その指令がこれなんだ。」

「人差し指……確かファルさんが溢した愚痴でそんな名前が出てたような………。」

「んで、その指令とやらに律儀に従ってるのは何で?」

「………それが、保護を受ける条件だし、指令は僕らを導いてくれるから。」

「……………あっそ。」

「成る程………ん?」

 

エノクが顎に手を当て考え始めた所で何かを察知したように振り返る。興味を無くしていたリサも気づいたのか、凪いだ表情でそちらを見る。ヤンは二人して突如動き出した事に驚いたのか、一瞬体をビクッと震わせた。

 

「ど、とうしたの………?」

「誰か来たみたいね。」

「でもおかしいな、あの人達の報告で調査に来るには早すぎるし、なにより人数が一人だ。」

 

少しばかり警戒度を上げる二人。何がなんだかよく分かっていないヤンだったが、やがて一人分の革靴で歩くような足音が耳に入って来た。段々と近づいているその足音の主は、路地裏の影から姿を現した。

 

「………ヤン・ヴィスモクだな?」

 

そこにいたのはスーツの上に白いローブを羽織った女だった。女はヤンの存在を確認するとスタスタと歩み寄って行く。そしてエノクとリサに目もくれず、ヤンの前に立つと右手を差し出した。その手には先程リサが掠め取った紙擬きと同じ物が握られていた。

 

「新しい指令だ。」

「あ、はい……『血を拭き取れ』?」

 

渡された指令を読んだヤンは、ちらりと隣の惨状を見て顔を青ざめさせる。

 

「まさか………。」

「ふーん?」

「成る程成る程。」

「うわっ!?」

 

いつの間にか隣から覗き込んでいたエノクとリサにびびって声を上げるヤン。それを気にすることなく二人は目の前にいる女に話しかける。

 

「ねぇ、少し聞きたいんだけど。」

「……………なんだ貴様ら。」

「あ、只の通りすがりの一般狩人なのでお気になさらず。それで、この言葉ってどういう風に解釈すれば良いんですかね?」

「え、えっとどういう?」

 

戸惑いを隠せない様子のヤンは自分の右隣にいるエノクに問いかける。

 

「貴方がこれから行う仕事についてですよ。この指令とか言うのかなり大雑把なんで内容は解釈次第なんじゃないですか?」

「え?いやでも指令は………。」

「じゃあ貴方、今からこの惨状どうにか出来るの?」

「うぐっ………。」

 

反論しようとするも、言葉が出てこないヤン。先程想像して青ざめたばっかりなのだから当然である。

 

「だけど、指令は絶対だから………。」

「そこを何とかする努力をするんですよ………では改めて質問です。」

 

エノクは再び女の方に向き直る。

 

「この指令?に示されてる血についてなんですけど、指定はあります?」

「………さてな、私はこの指令を渡しに来ただけだ。そこまでは知らん。」

「そうですか。」

「知りたいのなら代行者に聞け……………あと、部外者は黙っていろ。」

「おや、こわいこわい。」

「ふん…。」

 

そう言って女は踵を返して何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 

 

女が去った後、その場で呆然と突っ立っていたヤンにエノクが話しかける。

 

「さて、取り敢えずは答えを貰いました。後は貴方どうするかですよ?」

「え?」

「全部やらなくて良いんですよ。」

「え?え?なんで………。」

「?だってその指令にも、あの人の会話の中にも、この惨状を明確に指し示す言葉なんて一個も無いじゃないですか。それに…………ほら。」

 

エノクは戸惑いを隠せないヤンの側にしゃがみこむと、そのズボンの裾を摘まむ。そこを見ると、血がべっとりと付いており、靴も血によって赤色に染まっている。

 

「恐らく、この惨状の余波を受けたんでしょう。これも立派な血ですよ?ましてやこっちの血を拭き取れなんて………無茶ぶりにも程があるでしょう?まだ『死体をぐちゃぐちゃにしろ』の方が楽ですよ。」

「…………でも、もし違ったら……殺される……。」

「ぶっちゃけなるようになれですよ。あんな風に生きたまま苦痛を伴って人形にされるより代行者とやらに一撃で仕留めてもらう方がよっぽど良心的でしょう?」

 

こてんと首をかしげながら少し自分より背の高いヤンを見上げる。笑みを浮かべてはいるがその目にはどす黒い闇が垣間見える。息を飲むヤンとそれをニコニコと見つめるエノク、ついでにそろそろヤンに嫉妬心を抱き始めて来て不機嫌になっているリサだったが、不意にエノクが纏っていた不穏なオーラが霧散する。

 

「まぁ、貴方の人生に口出しする気はありませんよ。今のはあくまでも僕の感想ですからね。」

「そう……なんだ……。」

「はい、そうですとも。それと、ここから逃げるならそろそろですよ?複数の足跡が近づいて来ているので、もしかしたら捕まってしまうかもですね。」

 

クスクスと口に手を当てて笑うエノクの言葉にハッとするヤン。その後、急いでその場を離れようとするヤンはふと足を止めて振り返る。

 

「………色々とありがとう。」

「いえいえ、大したことはしてませんよ。あとついでにアドバイスです。」

「アドバイス?」

「といっても単純なことですよ。自分の意思を忘れないで下さい。誰かに流されるようになった人間は、獣以下ですからね?」

「……うん、わかった。」

「ではこれを持って早く行ってください。僕は弁護出来ませんので。」ポイッ

「へ?あわわっ!?」

 

ヤンはエノクが投げ渡して来た物を慌てて両手で受け止める。しっかりと握り締めた物は布に包まれた2つの何か、片方は古びた包帯、もう片方は血塗られた黒い布だった。

 

「これは………。」

「選別のナイフです。黒い方は毒が仕込んであるので、いざという時に使って下さい。」

 

少しの間、戸惑いながら手に持ったナイフ二本を見つめるヤンだったが、やがて胸に抱え持つとそのまま一度礼をして走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでよし、と。」

「………良かったの?」

 

エノクが満足したような表情をしていると、リサが隣で腕を組みながら問いかける。

 

「あのナイフ、結構思い入れがあるでしょ?誰であろうとある程度ダメージが通るようにエノクが研いでた奴。」

「ん~……まぁあの人なら渡していいかなって思っただけだよ。」

「……随分と肩入れするのね、妬けるわぁ……。」

「男にまで嫉妬しないの。」

 

憎悪のオーラを纏うリサだったが、エノクが頭を撫で始めた事で次第に治まって行き、満面の笑みを浮かべた。

 

「むふぅ………。」

「落ち着いた?」

「うん……でも、何であいつに渡したの?」

 

今度は純粋な問いかけをしてきたリサに対し、エノクが返したのは困ったような笑みだった。そのままヤンが去って行った方向を物悲しそうに見つめるエノクは口を開く。

 

「まぁ…うん、なんというか、あの人達の事を思い出してね。」

「あの人達?」

「……何回繰り返しても死んでいった人達だよ。まるで決まっていたかのように僕らの手を通り抜けて行った命………最終的に夢として終わらせたからそれが救いになっていればいいけど。」

 

その言葉を聞いたリサはエノクに優しい表情を向ける。それに気づいたエノクは恥ずかしそうにはにかむと、話を続けた。

 

「まぁ……だから理不尽にあってる彼を少しでも救いたいと思っただけだよ。」

「成る程……ま、納得しておくわ。」 

「あはは……さて、帰って来た皆さんを迎えようか。」

 

そして2人は集団の足音がする方向へと踵を返す。

 

「………所で、上にいるあいつはどうするの?さっきからずっとこっち見てるけど。」

「…………危害を加えて来ない限り放置でいいよ。まぁ、手を出してくる敵であるなら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「全力で捻り潰すだけだよ。/ね。」」

 

自分達を見つめる視線の主に濃密な殺気を送りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………末恐ろしい子供も居たものだな。こちらが何かアクションを起こそうとする瞬間にだけ殺気を飛ばして来るとは………お陰で作る途中だった人形がなす術もなく倒されてしまった。全く、忌々しい…………やはり、無理矢理形を変えるとろくな事にならんな。」

 

エノク達がいる場所の頭上……周りに立ち並ぶアパートや店の屋上から見下ろす影が一つ。はためく黄土色のコートのポケットに手を入れて佇む男は険しい表情でエノクとリサを睨む。しばらくして、男は踵を返してその場を離れる。

 

「…………ここももう潮時だな。実験場所を別の所に変えるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

待っててくれ………まだ時間はかかるが、必ずお前を生き返らせてやる。」

 

男………ゼホンはそう呟きながら表情を引き締めた。




\ヤンはスローイングナイフと毒ナイフを手に入れた/

ちなみにこのスローイングナイフはエノクの手によって改造され、より頑丈かつ鋭利になっており、使い回しが出来ますし威力も普通の物に比べ、格段にアップしています。殺ろうと思えば巨大カラスぐらいなら一撃で仕留められますね。
個人的に好きなキャラクターなので、結構待遇がよくなるかも知れませんが、ご了承下さい。

ゼホンさんは、まだローランに恨みを抱く前の段階ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邂逅

お待たせしました。続きです。
最近外で小説書くときに寒さで震えが止まりません。







それでは、どうぞ。


「ん~!やっと解放されたぁ……。」

「僕らはまだ最下位のフィクサーだからね……功績的な意味でも実力的な意味でも当てはまらないから色々と面倒な事になっているんだと思うよ。」

 

13区のハナ協会支部から出てきたエノクとリサは少し疲れた表情で道を歩く。リサは大きく背伸びをし、ため息を吐きながら愚痴を溢し始める。

 

「全く……何が「信用出来ないから証拠を見せろ。」よ。そんなくっだらない事に時間割くぐらいなら武器の手入れしたいんだけど。」

「死体引っ張って来れば良かったんだろうけど、余りそう言うことしたくないからね。まだ生きてる敵なら別だけど。」

「最終的にほぼ向こうに手柄行ったし、どうせならもっと金せびっておけば良かったかしら。」

「話すだけ無駄だと思うよ。信用が必要になるけど今の僕らにはそれが無いからね。」

「はぁ~………面倒臭い。」

 

そう言ってとても苛立ってそうな顔をするリサにエノクは苦笑いを返す。

 

「まだ一個目の依頼だよ?まだまだこれから更に依頼をこなしてかないといけないから…ほら、頑張ろ?」

「むぅ………仕方ないわね。じゃあ代わりに私に構いなさい~。」

 

リサはエノクの腕に自分の腕を絡ませると、そのまま頭を擦り付け始める。機嫌の良いときの猫のように全身からかまってオーラを垂れ流すリサ。

 

「あはは……歩きにくいから後でね?」

「む~……………。」プクー

 

しかし、エノクはそれを優しく嗜めるとそのまま歩き続ける。自分の要望が通らなかった事が悔しいのか、リサは頬を膨らませた。

 

「とりあえず、ファルさんの所に戻ろう。行方不明者が出る理由が解明された以上、僕らの依頼は終わったわけだし、ここら辺にいても意味ないからね。」

「………はぁい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで次の仕事下さい。」

「早すぎやしないかな………?」

 

ニコニコといつもの笑みを浮かべるエノクにたいして少しひきつった笑みを浮かべて返事をするファル。

 

「ごめん、依頼渡したの三日前だったよね?」

「そうですよ?」

「渡した依頼って行方不明者の捜査だったよね?」

「そうですよ?」

「もう終わらせたの?」

「そうですよ?」

「えぇ………。」

「なんか文句でもあんの?」

 

げんなりとしているファルに不機嫌そうにたずねるリサだった。ファルは謝りながら話を続ける。

 

「あぁ、気を悪くしたなら謝るよ……でも、報告書も見たけど本当に君達の強さはどうなってるんだい?」

「?何を言ってるんですか?」

「報告書には私達は原因を発見したとしか書かれて無い筈だけど?」

「………だってあの報告書全部は本当の事書いてないんだろうから。」

 

その言葉にエノクとリサは眉をひそめるが、ファルはそのまま自分の考えに没頭始める。

 

「君達が発見した……死体の集合体?は少なくとも報告書通りの並のフィクサーが倒せる強さじゃなかった筈………少なくとも、あの報告のあった場所周辺では太刀打ち出来る人は居ない………。」

「ちょっと待ちなさい………待てっつってんでしようが!」

「あ、ごめん、少し思考に浸ってて……それで、何かな?」

「何であんたがあの犬擬きの事あたかも知ってるような事言ってるのよ。」

 

リサの疑問にファルは何でもないかのように答えた。

 

「あぁそんな形だったんだね。少し前に人の死体を繋ぎ合わせた人形の似たような事案があって、その解決に駆り出された事があったんだよ。」

「……それが何故僕らの強さ云々に繋がるんですか?」

「その時に6級フィクサーが何人か殺されたからだよ。」

 

その言葉の後、ファルはエノクとリサを真っ直ぐと見据える。

 

「だから君達なんだ。あの地域で勝てる要素が無いなら、外から介入した君達しか出来る人はいないからね。」

「………前々から思ってましたけど貴方、何者ですか?」

 

言いきったファルにエノクは微笑んだまま疑いの目を向ける。リサに関しては怪しんでいる気配を隠そうともしていない。しかしファルは先ほどまでの情けないひきつった顔をすることはなく、静かにエノクへ返答した。

 

「ただの受付兼事務員だよ。」

「多分、外郭でも普通に生きていけるレベルですよね?」

「過大評価し過ぎだよ。僕はただの協会の職員なんだから。」

「嘘つき。」

「あはは………参ったなぁ。」

 

困ったように笑うファルにジト目を向けるだったが、不意にこちらに近づいてくる革靴の足音を捉える。足音の主は愉快そうな声色で話しかけてきた。

 

「はっはっは、なんだいファル、ボロだして子供相手にたじたじになっているのかい?」

「………イオリさん。」

「他人行儀はやめろと言ってるだろう?」

 

苦々しい表情をしているファルをよそに、イオリはこちらを見上げる二人に目線を移す。

 

「それで、そっちの二人は初めましてだね。」

「えぇ、そうですね。初めまして、エノクと申します。以後お見知りおきを。」

「リサよ。」

「見た目にしちゃしっかりと礼儀をわきまえているじゃないか。こっちも自己紹介しなきゃねぇ。」

 

クツクツと愉快そうに笑うイオリは機嫌良く話始める。

 

「私はイオリ。『紫の涙』って名前の方が有名かもしれんが、まぁよろしく頼むよ。」

「『紫の涙』………すいません、知らないです。」

「おや、そうかい。」

「都市の中に入ってからまだ1ヶ月も経ってないんだから当然でしょ。まだ理解してない所も多いのよ。」

「へぇ?」

 

リサの言葉に興味が引かれたのか、イオリはそのまま話題を深く掘り下げ始めた。

 

「素養からして上流階級から落ちてきた奴らの子供かと思ってたんだが………予想がはずれたね。知り合いに貴族でもいたのかい?」

「……そうですね、女王様ならいました。」

「おぉ、随分と愉快な交遊関係があるみたいだね。となると、外郭の更に別の場所からこっちに来たってところかい?」

「この都市の外側を外郭と言ってるならその通りかもね。あの街が実在してるのかは怪しい所だけど。」

「ふぅん?」

 

段々と興味が重なっていったイオリはニヤリと笑うとファルに対して告げた。

 

「ファル、次この子らに出す依頼は?」

「へ?……まだ決めてませんけど………まさかあんた。」

「あぁ、少しこの子達借りるよ?どの位の実力か、確かめて見たくなったんでね、私の依頼を手伝わせてみるよ。」

「待って下さい師匠!さすがにそれは………。」

「良いじゃないかファル。それとも、私の腕は信用出来ないかい?なんならまたあの時みたいに軽く地面とキスさせてやろうか?」

「うぐっ………それは勘弁願いたいですけど………。」

 

ファルが引き止めるために立ち上がるも忠告された本人であるイオリはどこ吹く風で、それどころか逆にファルを脅し始めた。するとエノクがおずおずと話に入って来る。

 

「僕らは別に構いませんよ。都市の事をもっと深く知れる良い機会なので。」

「ほらみろ、この子の方がよっぽど肝が座ってるじゃないか。」

「…………いいのかい、二人とも。」

 

苦々しい表情でエノクとリサに問いかけるファル。しかし二人はなんでもないような顔をして口を開く。

 

「むしろ、この人がどんな依頼受けてるのか気になります。」 

「あー…確か特色……だったっけ?そんな風に渾名された奴らってかなり強いんでしょ?戦い方とか見ても損は無いわ。」

「で、どうするんだい、ファル?」

「………あぁ、もう、分かりましたよ。」

 

深いため息をついたファルは一度別の部屋に向かった後、何かの資料らしき紙束を手に持って戻って来た。

 

「イオリさん宛に届いた依頼です。なんでも不可解な死に方をするフィクサーが絶えないとか………。」

「依頼主は?」

「遺跡天使事務所です。」

「これはまた珍しい事もあったもんだね。あそこは遺跡の化物相手にやられるほど生半可な連中じゃないはずだろう?」

「詳しい事は向こうで話すみたいですので…………お願いしますよ?」

「言われなくとも。」

 

ファルが差し出した資料を片手で受けとったイオリはそのままエノクとリサの方に顔を向ける。

 

「じゃあ行くよ。お前達の力を見るのにも丁度良い場所だ。」

「構いませんが………遺跡というのは?」

「見た方が早い、さっさとついてきな。」

 

そう言うと、イオリはそのままヒールを鳴らしながらさっさと出口へ向かい、エノクとリサもそれについていく。その途中、何かを思い出したかのように立ち止まったエノクはファルの方に振り向くと、軽く会釈をする。

 

「それでは、また。」

「……あぁ、そうだね。」

 

ファルが軽く微笑んだ所を確認したエノクはそのまま先に行っている二人の元へ走っていった。




はい、イオリさんと一緒に遺跡に行くことになりました。話の中に出てきた「遺跡天使事務所」はlibraryofruinaのMODの一つに出てくる事務所です。ストーリーなどはYouTubeで見られますよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道すがら

舞台転換で外郭へと移動してます。





それでは、どうぞ。


コツ コツ コツ    コツ コツ コツ     

 

「…………ねぇ、そろそろ教えてくれないかしら?」

「何をだい?」

「あんた達が『遺跡』って呼んでる場所よ。会話からして化物が闊歩するような場所なんでしょうけど、詳しくは知らないもの。」

「あぁ、そろそろ着くからね……今のうちに言っといても問題ないか。」

 

そう言って薄く笑ったイオリは足を一切止めずに話を続けた。エノクとリサはその後ろを早歩きで着いていく。二人の体格が子供であることも関係しているが、何よりもイオリの身長が二人の1.5倍近くあるため、必然的に歩幅に差ができる。

 

「と、言っても語ることなんて物はほとんどないよ。遺跡という呼び名の通り、古代の遺物が眠っている場所でね。時折内部調査を行ってるのさ。」

「ふぅん?」

「今から行く遺跡天使事務所は遺跡の調査を仕事にしてるんだよ。立地的にも仕事の内容的にも手練れじゃないと務まらないから、彼らの実力は相当だよ。」

「そんなに遺跡に眠っている物は魅力的なんですか?」

 

問いかけて来たエノクに対してイオリは顎に手を当てながら返答する。

 

「ふむ、……翼が持つ"特異点"に負けないどころか上回る技術が使われてたり、デメリットを少なくしてそのまま自分の強化を行えたり、といった感じだね。間違いなく価値がある物だよ。」

 

うっすらと笑うイオリは腰に差した刀の柄を撫でながら話を続ける。

 

「ただ、そんなものが置かれている場所が危険がないなんて美味しい話はない。遺跡を跋扈する化け物どもは遺跡で眠る餌に釣られた者達を狩ってるわけだよ。」

「へぇ………何だか僕らの知ってる物と似てますね。」

「ほぉ?」

 

エノクの言葉にイオリは興味深そうに笑みを浮かべなから顔だけ振り向く。

 

「遺跡にでも入った事があるのかい?」

「一応遺跡ではありましたし、強力な武器などは埋まってましたけど………僕らは『聖杯ダンジョン』って呼んでましたね。トゥメル、僻墓、ローラン、イズの碑…これらの名前に聞き覚えは?」

「教え子の一人にローランってヤツはいるが、他は知らないねぇ。」

「そのローランって奴心を病んでたりするのね。」

「…………………くはっ!」

 

突然リサから告げられた内容を理解した瞬間、イオリは吹き出した。

 

「あっははははは!なんだいいきなり!」

「別に?そのローランの遺跡に入るのに必要なのが"病めるローランの聖杯"だから。」

「そんな理由で勝手に病んでる事にされるのは流石に哀れだねえ………くっふはは。」

「堪えきれてませんよ。」

 

ただただ純粋に思った事を口に出しただけであるため、首を傾げているリサに対し、ツボに入ったのか笑いながら目尻に涙をうかべるイオリ。

 

「あー……久々に笑ったねぇ。」

 

ようやっと立ち直ったイオリは一回息を深く吐いたのち、そのまま歩き始める。

 

「そのうちあんたらもローランの奴に会うかもしれないね。その時はあいつに「またしばき倒しに行ってやる」っと伝えといてくれやしないかい?」

「構いませんが………どんな人か知りませんよ?」

「なぁに、全身黒なんだ、わっかりやすいと思うね。」

 

そう言ってケラケラと笑っていたイオリは不意に物音を感じとる。自分の物でも、二人の物でもない、その上人間でもないその音にイオリは呆れたような顔をする。

 

「やれやれ………外郭の化物は見境なしかい。自分の力が分かってないようだな。」

 

やれやれと言わんばかりに首を振るイオリは腰に差している刀を鞘ごとゆっくりと引き抜いた。丁度その時、足音の主が姿を現した。

 

「「「「ァァアアぁぁぁあAAAAAaaaaaaa…………。」」」」

「うっわ見た目交通事故起こしてるじゃない。」

「可愛そうに………もう少しマシな姿で生まれさせてあげても良かっただろうに………。」

「一番最初のコメントがそれで良いのかい?」

 

ボロボロの建物の間から出てきたのはいくつもの生物が重なり合っているような見た目をしたトーテムポールのような何かだった。複数縦に並んだ口からはうめき声しか発されていないが、横から生える何本もの細長い腕は明らかにこちらを狙う動作をしている。

 

「さて、どうする?さっきみたいに私が殺ってもいいが……どうせならあんたらの実力が見たいね。」

「「「「アアぁあ!」」」」シュバッ

「うるさいよ。」ドゴッ

 

痺れを切らしたトーテムポール擬きが腕を伸ばしてイオリを突き刺そうとするが、イオリは全ての腕を鞘に入ったままの刀で軽くいなしてついでと言わんばかりに胴体に一発蹴りを入れて後退させる。

 

「「「「あaAアAaアあ!?」」」」

「せっかちだね。そういう奴は嫌われるよ?で、殺ってくれるかい?」

「良いわよ。巨大な敵相手の秘儀の慣らしもしたかったところだし。」

 

そう言ってリサは虚空から禍々しい手袋とボロボロの歪な頭蓋骨を取り出す。

 

「どっちがいいかしらね?」

「………その見るからに呪われてそうな道具は何だい?」

「処刑人の手袋と呪詛溜まり。」

 

イオリからのしげしげとした目線を気にせずリサはそのまま右手に持った頭蓋骨……呪詛溜まりに力を溜め始めた。薄紫色の光が固まった後、ようやっと体勢を立て直したトーテムポールに向けて腕を振りかぶった。

 

「ほいっと。」

 

バシュッ!!

 

「あAッ!?」「「「あa!?アアあAaぁ!?」」」

「あ、効いてる効いてる…………ん?」

 

投げたされた光の塊は一直線にトーテムポールの真ん中辺りの顔にぶち当たる。その瞬間、光の塊は爆発し、周囲に呪詛をばらまいた。それをもろに食らったトーテムポールは吹き飛び、呪詛が体を蝕み始めた。その様子を観察していたリサはふと何かに気がつく。

 

「あぁAa…………。」シュゥゥ…

「「「アアあaaAァァあ!」」」

 

真ん中が黒い塵になって消えた後、そのまま消えずに残った部分が上下別れて活動し始めた。

 

「別の生物だったのね………うわっワシャワシャしてて気持ち悪ッ。」

「うーん……蜘蛛みたいだね。」

「呑気な事言ってないで手伝いなさいよ。」

「了解。」

 

後方のイオリの近くで観察していたエノクはリサからの呼び掛けに答えながら虚空から一本の斧を取り出し、一度確認するように振るった。柄等に包帯が巻かれ、重々しい雰囲気を漂わせる斧………獣狩りの斧を暫く振り回すエノクだったが、やがて一つの頷きと共に元トーテムポール擬きに向き直った。

 

「リサ、どっち殺ればいい?」

「ちっさい方。さっさと叩き潰して終わったら手伝って。」

「うん、ついでに脱け殻も試しとくよ。」パァァァァ

 

リサの言葉に頷くエノクが斧を振るうと、青白い光が獣狩りの斧に纏わりついた。よくよく見るとエノクの左手には何やら脱け殻らしき物が握られている。湿っているそれを虚空へと片付けるとエノクは2つに分かれたトーテムポール擬きのうちの小さい方へと駆け出した。

 

「ァァあ!アaAaaアぁァあ!」

 

こちらに突っ込んで来たことを察知したトーテムポール擬き(小)は自分の横から生えている長い手でエノクを叩き潰そうと手を伸ばす。高速道路を全速力で走る車と同じ位のスピードで迫るそれは、普通の人間であれば避けることも出来ずミンチになるだろう。しかしそれは相手が普通の人間である場合である。

 

「せいッ。」

 

ザバシュッ!!

 

「あAaァァaAッ!」

 

エノクは軽くステップで避けると自分の隣を陥没させたトーテムポール擬きの腕を容赦なく右手の斧で叩き切った。痛みに悶えるトーテムポール擬き。狩人相手に隙を見せた結果は言われなくとも分かるだろう。

 

ガインッ!!

「それじゃあ、死のうか?」

 

死である。

 

 

バキャバキャッ!!

 

金属音を響かせて斧を変形させ柄を身長以上の長さに伸ばしたエノクは、体を捻り、刃の部分を叩きつけるようにトーテムポール擬きに振り下ろす。まだ子供の体躯であるにも関わらず、その力は常軌を逸した物であり、防御が間に合わなかったトーテムポール擬きは断末魔を上げる暇もなく切り潰され、あっけなく命を消し飛ばされた。

 

「あ、これじゃあ効果があるか分からないなぁ……。」

 

 

 

 

 

 

一方、リサは何本もの腕が迫るなか、流れるような足さばきで攻撃を全て避けていた。

 

「「ァァアアァぁあAAAAァァAAaあッ!!」」

「弾幕薄いわよー。」

 

何度も何度も繰り返しリサを殴ろうとするトーテムポール擬きだったが、一向に当たる気配は無い。それどころがリサは時々煽るように話している。

 

「ん~……こんなところかしらね?」パンッ!

 

いい加減飽きたのか、リサは両手に血に濡れた手袋……処刑人の手袋をはめ、その手で拍手をする。するとそれに呼応するように手袋から赤黒いオーラが漏れ始めた。やがてそのオーラは形を固定し始め、最終的には10個ほどのおどろおどろしい頭蓋骨となり、ケタケタと顎を鳴らし始めた。

 

「行きなさい。」

 

シュアァァァァァァッ!

 

「「!!」」

 

リサの号令と共に頭蓋骨は不規則な動きでトーテムポール擬きに突っ込んで行く。先程の攻撃で触れたら死ぬ事を予感したトーテムポール擬きは自分の手で地面を押し飛び上がり、そのまま射撃線上から逃れようとする。

 

 

シュウァァァァァァァァッ!

ジュッ!    ジュッ!

 

「「あAaァァあ!」」ボキッ

 

避け切れなかったのか、腕の一部に頭蓋骨が直撃する。しかしトーテムポール擬きは自分の胴体に影響が出る前に呪詛で汚染された腕を自分でへし折る。そのまま着地したトーテムポール擬きは何かを掲げるように構えているリサに対して襲いかかった。

 

「「ァァあアアaaAAぁ!!」」

「残念だけど、もう終わりよ。」

 

リサがそう呟くと、手を起点に遠い宙の景色が映し出され周りを覆うように白く光る球が現れた。リサの薄く開かれた目がトーテムポール擬きを捉えると掲げていた手をそのままその方向へと向ける。

 

「遥か彼方の星の爆発、耐えられるなら耐えてみなさい。」

 

パァァァァンッ!!

 

次の瞬間、リサの周りを漂っていた光球が一斉に動き出した。軌道を残すほどの速さで飛ぶ光球は、違いこそはあるものの全てトーテムポール擬きを仕留めようとする動きをしていた。その数およそ20個。全てが一個で人間一人を殺せるような威力を秘めている。

 

バシュッ! バキャッ! ゴギャッ!!

 

「「ァァあ!?アAAaぁ!!?」」

 

近づいた所でそんな凶弾が周りから囲むように迫ってきたら受け止められる訳もなく、トーテムポール擬きは次々と光球を食らっては削られ、吹き飛ばされ続けた。数十秒後、残っていたのはトーテムポール擬きを構成していたらしき外骨格の破片のみであった。それを確認したリサは自分の手を見つめて、確かめるように開いて閉じる。

 

「ヤーナム居たときより断然調子が良いわね…………あんなホーミング性能良かったかしら?」

 

リサがそんな疑問を抱いていると、後ろから拍手が聞こえてくる。音の主はイオリであった。

 

「見事なもんだね、予想以上だよ。」

「この程度、まだまだ肩慣らしよ。」

「ははっ!外郭でそんな事を言うのかい。育った場所がよっぽどの魔境みたいだね。」

「………否定はしないわ。」

 

満足げに笑うイオリはそのまま話を続ける。

 

「とりあえず、依頼主達とさっさと合流出来そうだね。」

「どういうことよ?」

「そりゃあ……ああ言うことさ。」

 

イオリが指を指した先には、武装する一つの集団がいた。全員が統一感のある服装をしているため、組織であることが伺える。しかし、その雰囲気にはどこか困惑が含まれているような様子だった。暫くすると、近くでガラシャの拳の整備をしていたエノクに気がついたのか集団の中の一人が話しかけていた。

 

 

 

「すまない、そこの君。」

「?何かご用ですか?」

「あぁ、ここら辺りで暴れまわっている化物がいるという話があってね、活動場所から近いから予め討伐しに来たのだが………何か知らないか?」

「化物…………あぁ、あれですか。」

「知っているのか!?」

 

エノクの言葉にその女性は即座に反応し、詰め寄った。

 

「教えてくれ、そいつはどこに行った?」

「あの世ですかね?」

「…………何?」

 

 

 

 

「こっちから出向く必要が無くなって有難い限りだよ。さ、とっとと………どうしたんだ?」

「あの女ァ………!私のエノクにあんなに近づきやがって………しばき倒してやろうかしらねェ…………!!」

「何を言ってるんだいアンタは。」

(この子ら、そういった関係だったんだねぇ………見てて飽きないよ。)

 

憎悪を膨らませるリサを見て、更に興味を引かれるイオリだった。




秘儀は全て原作の物よりも使い勝手が良くなって、かつ威力が上昇しています。ゲームでは無いので、使い方が限定されてないのもありますが、二人のステータスはカンストを超えた何かになっているためでもありますね。
処刑人の手袋みたいなものだったら、一度に展開できる数を増やせたり、そのホーミング性能を自由に調節できたり、といった感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紫の涙

もうすぐテストなのに書いてしまう………まぁいいや。










それでは、どうぞ。


「今回はわざわざお越しいただきありがとうございます。私はファンフェイシーと申します。」

「依頼なんだ、しっかりとやることはやるよ。」

 

イオリはエノクと会話をしていた灰髪の人物……ファンフェイシーに自身の身分を明かし、そのまま事務所へと案内されていた。周りには武装したフィクサーが辺りを警戒しながら歩いていた。

 

「それで、どうしてこんな依頼を出したんだい?あんたらの実力だったらそこらの化物なら負けはしないだろう?」

「詳しくは事務所の中でお話しますが……どうにも分からないんです。現状、分かっているのは何人かが行方不明となったということだけで………。」

「ふぅん?一人になったところを食われた訳では無いのかい?」

「………いいえ、その者達が行方を眩ませたのは他の隊員達と共に行動していた時なのです。」

 

沈痛な表情を浮かべるファンフェイシーは言いずらそうにしながらも話を続けた。

 

「その上、消える直前まで会話をしていた者までいたのですが…………。」

「何の突拍子も無く消えたってことかい?誰も気づかずに?」

「………はい、その通りです。」

「…………そうかい、少しばかり探すのに手間がかかりそうだねぇ。」

 

少し面倒そうな表情を見せるイオリだったが、不意に自分の後をついてくる二人に話しかけた。

 

「あんたらはどう思う?」

「……………………あ、はい、なんでしょう。」

 

しかし当の二人は揃って遠くを見つめていた。遅れて反応したエノクにイオリは呆れたような声色になる。

 

「おいおい、しっかりしてくれないかねぇ?」

「少し気配を感じたのよ、いるわね。」

「?それはどういうk「来たぞッ!化物だッ!」何ッ!?」

 

反論するように告げられたリサの言葉に反応したファンフェイシーだったが突如周りにいたフィクサーの一人が叫んだ事でそちらに意識が向いた。それに習い、エノクとリサ、イオリがそちらに目線を向けるとそこには人の3倍はありそうな巨大な蜘蛛のような生物がこちらを狙うように見つめていた。しかし蜘蛛と呼ぶにはあまりにも異形である。人間のような瞳は優に30は超えている上、二重になっている口には剣のように鋭く、長い牙が並んでいた。

 

「くっ!よりにもよってこいつかッ!!」

「どうしますか!」

「焦るなッ!攻撃は出来るだけヘイトを分散して避けろ!」

 

苛立ちを隠せないファンフェイシーがフィクサー達に指示を飛ばしていると、背後にいたイオリから話しかけられる。

 

「手伝ってやろうか?さっさと事務所に向かいたいものからね。」

「ありがとうございます!……ですが、先にあの子供達を避難させてからでも………。」

「おや、あの子達がお邪魔かい?」

「…………確かに実力は底知れないですが、さすがにこの怪物の相手をさせるわけには………。」

「そうかい。ま、あんたはそういう人間っぽいからねぇ……………あ、そうそう。」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子ら、もう武器構えて化物に突っ込んでるよ。」

「……………はぁッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐッ!?」ガキンッ!!

 

化物の周りを取り囲んでいたフィクサー達だったが、そのうちの一人が攻撃に耐えきれず武器を手放してしまった。

 

「しまッ!?」

「おいッ!そっから早く逃げろッ!!」

「ッ!?」

 

攻撃を受けた反動か、痺れが取れずその場で動けない男に他のフィクサーから警告が飛んでくる。その言葉の通り、化物は自分の足を振り上げ、鋭い鉤爪を男へ突き刺そうと構えていた。男は急いで回避しようとするが、痛みで体が上手く動かせない。

 

「ッ!クソッタレ!!」

 

悪態をつく男だったが既に鉤爪は目の前まで迫っていた。体にかするだけでも消し飛ばされそうな一撃が男を直撃しようとしたその時、

 

「よいしょっと。」カチッ

 

緊迫した状況にはとても似合わない緩い掛け声と共に何かの起動音がしたかと思うと

 

バシュゥッ!!

 

男の目の前まで迫っていた化物の脚が突如爆発し、消し飛んだ。

 

「?………!?」

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ………。」

「なら良いです。ほら、武器を拾って立って下さい。全てを庇いきる事は………出来ないわけではないですが、少々骨が折れるの……でっ。」

 

一瞬の出来事に困惑することしか出来ない男に対し、エノクは右手で巨大な機械仕掛けの槌を振り抜いた姿勢を解きながら話しかけ、手を差しのべて男を引っ張り立たせた。

 

「………感謝する。」

「大丈夫です、そういうのは………。」ガキンッ

 

ニコニコと笑うエノクは一部が赤熱している槌……爆発金槌を一振りし、仕掛けを起動させる。それにともない、爆発金槌は徐々に熱を帯び始めた。今にも爆発しそうなその槌をエノクは背後から襲いかかろうとしている化物目掛けて振り抜いた。

 

バシュゥッ!!

 

「Graaaaaa!!」

「後からですよ?」

 

先程と同じような爆発が今度は化物の本体に直撃する。爆発の衝撃と熱で怯んだ化物は数歩後ずさった。

 

「ふんッ。」

 

ザシュッ!!

 

「Gruaa!?」

 

その隙にいつの間にか肉薄していたリサは手に持ったレイピアと刀を組み合わせたような武器……落葉を振るい、化物の一部を削ぎ落とす。続けざまに体を捻りながら落葉の上下の刃を分離させ、短剣となった方を化物の体に突き刺した。

 

ドシュッ!

 

「Grara!」ブォンッ!!

 

化物もやられっぱなしではいられなかったのか、何本もある脚の内、3本でリサを刺し貫こうと動かした。

 

「へぇ?さっきのトーテムポール擬きより骨がありそうね?」

 

しかしリサは刺した短剣を握り直し、それと同時に化物の体を足場にしながら引き抜いた。そのまま化物を蹴って離脱したリサには外傷は無く、化物の攻撃はむなしく空振った。

 

「さぁて、どうしようかしらね?」

「ん~、殴る?」ガキンッ

「そうね、そっちが手っ取り早いわね。」ジャキンッ

「おいおい、私の分も残しておくれよ。いい加減、鈍ってしょうがない。」

「あ、イオリさんもやります?」

 

再び武器を構える二人の隣をイオリはなんでもないかのように通りすぎ、そのままこちらを威嚇する化物へと歩いていく。そこに警戒などは一切無く、ただ当然のような顔で腰に差した刀を引き抜いた。

 

「さっきの奴らであんた達の実力の程度がわかったからねぇ。今度はこっちの番だろう?」

「…………そう、じゃあお手並み拝見ってことで。」キンッ

 

リサは構えを解くと、二つに分かれた落葉を再びひとつに戻す。エノクも爆発金槌の熱の仕掛けを解除するため、一度地面に叩きつけて爆発させていた。

 

「さてと………じゃあかかってきな。大丈夫さ、お前程度の実力で私に勝てるわけないんだからねぇ。」

「…………Graaaaaa!!」

 

自分が馬鹿にされていることを本能的に察知した化物は怒り狂った様子で駆け出し、イオリを噛み殺そうと口を大きく開いた。

 

「……………へぇ?自分の実力も分からないようだねぇ?そんなんでよくこの場所で生きて行けたね………いや、もしかしてお前さん生まれたばかりかい?ま、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隙だらけなのは頂けないね。」

 

ザシュッ!!

 

しかしイオリは一切動揺すること無く一歩後ろに下がって噛みつきを回避した直後、抜いていた刀を振るう。紫色の残像が残るレベルの速さの一刀は化物の肉を容易く切り裂き、ついでに脚を数本切り飛ばした。

 

「Gra!?」

「おや、体に傷を付けられたのは初めてかい?良かったね、ひとつ経験が増えたじゃあないか。」

「Gu………ruaaaa………。」

 

脚を欠損させられるどころか体を軽く切り裂かれることなど無かった化物は人間に対して初めて恐怖の感情を抱く。目の前で対峙する人間は自分よりも遥かに小さい筈なのに、自分が補食される側に立っているような感覚に陥る。まるで蛇に睨まれた蛙のように体が動かない化物は無意識の内にそう理解した。が、自分よりも何倍も小さい生物にこれ以上良いようにされているわけにはいかないと体を震わせた化物は力を溜め始めた。

 

「ん?何してんのあいつ。」

 

リサが疑問を口に出した次の瞬間、

 

ガパッ

 

バシュッ!!

 

化物は口を開き、ひとつの光球を吐き出した。光球は猛スピードでイオリへと迫っていく。そこに込められたエネルギーは並大抵のものを吹き飛ばしそうだ。それを見たイオリはニヤリと笑う。

 

「中々面白い事が出来るじゃないか。」

 

そう言い放ったイオリは背負っていた大剣の柄を右手で掴むとそのまま光球に合わせるように振るった。その結果、光球はあっさりと弾かれ、地面とぶつかり爆発した。イオリは無傷である。

 

「ただ威力もスピードもまだまだだねぇ?次生まれて来るときはもう少し良い体を貰えるように祈っておきな。」

「G……Graaaaaa!!」

 

自暴自棄になったのか化物は口を先程よりも大きく開き、地面ごとイオリを喰らおうと飛び上がった。しかし相手は特色、都市の最強格の一人である。

 

サシュッ……

 

「残念だったね。」

 

イオリ左手に持った刀を振り上げただけで化物の体を真っ二つに裂いた。そのままイオリへと向かってくる骸となった化物だったが、その体がイオリに触れる事はなく、そのまま体を沈めたのだった。

 

「ま、こんなところかね。じゃあさっさと事務所に案内してくれないかい?」

「は、はい!」

 

返り血も一滴もついていない刀を納めたイオリは、呆然とこちらを見ているファンフェイシーに話しかける。意識が戻ってきたファンフェイシーは慌てて周りに指示を飛ばし、そのまま案内を始めた。それをよそに、エノクとリサはイオリへと話しかける。

 

「貴女が隠してたせいで今一実力がよく分かんなかったけど、なによ、外郭の化物程度なら余裕じゃない。お陰で出番がなかったわ。」

「見事な一太刀でした。」

「世辞は止めな。あんたらだってこんなの余裕だろう?」

「否定はしません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、この事務所の所長代理のファンフェイシーです。所長は現在遺跡での調査を取り仕切っているので、私が対応させていただきます。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

 

数十分後、遺跡天使事務所の応接室にてイオリとファンフェイシーが向かい合って座っていた。間に置かれた机の上には資料が置かれている。

 

「それで?その行方を眩ませた奴らについてもっと詳しい情報はあるのかい?」

「はい、まず前提としては、必ず遺跡以外の場所で起きてますね。」

「ってことは遺跡のオーパーツの仕業じゃあないのかね。もしかしたら遺跡の外に散らばった物の可能性はあるが………まぁ、それだったら近くにいた奴らもまとめて消えてるだろう。」

「一応その可能性を考えて捜索はしたのですが、そういった装備の反応は一切ありませんでした。それに先程も申した通り、存在が消えたように突然認識出来なくなっているため、生物の可能性も低いかと………。」

「完全な透明化は出来ても音と存在は消せないから、その線は薄い……か。中々詰んでるね。」

「あ、そうだ。」

 

イオリとファンフェイシーの会話に突然エノクが入って来る。

 

「一つ言い忘れてた事があったんでした。」

「へぇ、なんだい?」

「単純な事ですよ。あの時、別にもう一体位の気配を感じたんですよね。ほら、目玉だらけの蜘蛛みたいなの殺したとき。」

「何?」

 

エノクの言葉にファンフェイシーは訝しげな表情になり、続けざまに尋ねた。

 

「どういう事だ?あの場には、他の敵対生物など居なかった筈だが……。」

「あぁ、それはさっきまでは向こうがこちらに危害を加える気が無かったからですよ?ずっとこちらを観察する視線を寄越してましたけど。それに「大変です!」バンッ!

 

エノクが続きを話そうとした時、突如事務所のドアが勢い良く開け放たれ、少女の大声が聞こえた。ドアを開けた三つ編みの少女は息を切らしながら口を開く。

 

「ファ、ファンさん………新しい行方不明者が………。」

「本当か!?場所はッ!」

「そ、それが………この事務所の目の前で……………!」

「……………………は?」

 

女子の言葉に一瞬呆けた顔を見せるファンフェイシー。しかし頭を振るい、状況を聞き出そうと女子に詰め寄った。

 

「………ブランカ、詳しく教えてくれ。」

「は、はい………。」

「その必要は無いわよ。」

 

少女……ブランカが口を開こうとした所でいつの間にか後ろにいたリサが遮った。ブランカは気配を感じていなかったため、軽い悲鳴を上げている。ファンフェイシーはその言葉の真意を確かめるために静かに尋ねた。

 

「どういう意味だ。」

「どういうも何もさっき外見てたら、黒幕らしき奴がこの事務所に張り付いてたわよ?」

「は?」「え?」

「さ、行きましょエノク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら私達(狩人)関係みたいだから。」

「了解したよ。」

「私も行こうかね。」

「……………ま、貴女なら問題ないわね。」

 

呆然とするファンフェイシーとブランカをよそに、三人はさっさと外へ向かって行った。




イオリ様は強いんやでぇ………
はい、イオリさんの戦闘でした。正直、時空移動とかだけでも強いのに、本人の実力も相当ですからね。外郭でも余裕で生き残るでしょう。

最後辺りに出てきたブランカは、わかる人にはわかると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

憐れなる者

わっかりやすすぎるヒントもそこそこに、さっさと答え合わせです。





それでは、どうぞ。


「それにしても……なんでここにこいつがいるのか不思議でならないんだけど。」

「そう?結構あの町にはうじゃうじゃいた気がするけど。」

「そんなわけ………あったわ。普通にいたわね。」

「…………ん~何となく変なのがいるのは分かるんだが、今一輪郭がパッとしないねぇ。」

「啓蒙が足りないのよ啓蒙が。というかギリ見えてるのね貴女。」

「伊達に平行世界を観測してないさ。理解したらヤバい物なら何度か見たことあるもんでね、ある程度そういう未知に対する耐性はついてるさね。」

 

三人は事務所から出て10歩程の所で振り返り、上を見上げていた。

 

「なんにせよ、あれがなんなのか教えてくれないかい?さっきの口振りからして知ってるんだろう?」

「まぁ隠しててもしょうがないし…………あれはアメンドーズ。ヤーナムで上位者と呼ばれる存在の内の一体で、私達が狩人になるかなり前、古狩人の連中が狩り尽くそうとした神の子供よ。」

「僕らも詳しい事はあまり分かりませんが、観測しにくいのはおそらく存在する次元が違うからでしょう。上位者は大体そんな物ですけど。」

「あぁ、だからここのフィクサーは認識出来なかったのか。」

「まだ居なくなった事を認識しているだけましですよ。恐らく遺跡で色々見て啓蒙が少し高まってたんですね。」

 

三人の目線の先、正しくはエノクとリサの認識の中には、遺跡天使事務所のビルの上の存在を捉えている。そこにいたのは巨大かつ極限まで痩せ細った灰色の人間だった。しかし、そのアーモンドのような形をした頭は人間とは程遠く、数えきれない位の目はギョロリと開いて、辺りを静かに観察していた。ビルを掴んでいる一対の腕以外に四本ほど腕がわさわさと動いている。

 

「何となくしか分からないが、なまじ人に近い分気味が悪いね。上位者ってのは大体あんなんなのかい?」

「そこら辺は常人には理解できない部分ってやつよ。別の上位者でエーブリエタースってのがいるんだけど………何て言うか、本人(?)よりも崇拝者共が気持ち悪かったわね。上位者と交信して興奮する変態だったから。」

「あぁ、聖歌隊…………いや、上位者に関わる奴らにまともな人なんて居なかったんじゃないかな?」

「それ言ったらあの町にいた奴ほとんど狂ってるのと同じよ?」

「「………………あ、その通りか。」」

「なに漫才やってんだい。」

 

惚けたように同時に呟く二人に呆れた声色で話しかけるイオリはそのまま話の続きを促した。

 

「で?どういった対処が適切なんだ?私はそれに従うよ。」

「あら?随分と素直ね。」

「あの化物はあんた達の方が経験豊富だろう?それに私ははっきり見えてる訳じゃあないんでね、あんましリスクのあることはしたくない。」

「ふぅん?まぁ、認識をどうにかするのは簡単よ。」パチンッ

 

そう言ってリサは指を鳴らす。次の瞬間、

 

 

 

 

 

「!!」

「へぇ?」

 

日が上っていた空が一瞬で満点の星空を臨む夜に変わり、荒れ果てていた周囲の地面は白く輝く花畑へと変貌した。そこは夢であった。オドンにいた者が悉く夢へと誘われるように、湖の先に瞳を授かり全てを隠す蜘蛛がいるように、夢の中では次元の壁など関係ないのである。この世界を展開したリサは勿論の事、その補助をしていたエノク、対象にしていたイオリとアメンドーズもその場所に立っていた。イオリは景色どころか場所まで変わっているという事実に目を見開きながら笑っている

 

「これはこれは………一体何をしたんだい?」

「簡単よ、夢の中に引きずり込んだの(・・・・・・・・・・・・)。」

「僕らもアメンドーズに何回もやられた方法ですからね。まぁ僕らも一応あちら側に近い存在ではありますから。」

「…………流石に世界を塗り替える業を持つ奴は初めて見るね。見た限り、周りの土地ごと持ってきたんだろう?」

「えぇ。でも貴女も移動なら出来るでしょう?」

「私は平行世界の行き来は出来るが、世界を構築する術なんざ持ち合わせてないよ。」

 

呆れたように笑うイオリはこちらを認識してじっと見つめてくるアメンドーズを見やる。

 

「おーおー、しっかりと見えるようになったね。さっき言ってた次元の壁を弄くったのかい?」

「正しくはアメンドーズをこちらの次元に引っ張って来たんですよ。さ、それじゃあ殺りましょうか。」

 

そう言ってエノクは虚空から一本の大剣を引っ張り出す。それは子供の体躯と比べると間違いなく大きいが、イオリが背負う物と比べると少々細身であった。その刀身の真ん中には細やかな細工が施されているが、使い込まれているためか本来あったであろう輝きは消え失せている。しかしその大剣からは底知れぬ何かを、誰かが"導き"と称した何かを感じ取ることが出来る気がする。エノクが大剣を肩に担ぐと、リサは意外そうな顔をして口を開いた。

 

「珍しいわねそれ使うなんて。」

「アメンドーズ相手には結構効くと思うからね。それに今全力でどれぐらいの出力を出せるか調べとかないと。」

「ふーん。」カチャッ!

 

エノクの言葉に納得したのか良く分からない感じで返すリサは右手に銃剣、左手には散弾銃を携えていた。そんなやり取りが行われていると、ずっとビルの上から動かなかったアメンドーズが飛び上がった。

 

 

ズドンッ!!

 

「        」シュルルルル

「………やっぱり髭がない、いや生えかけ?」

「恐らく成長途中なんだろうね。悪夢の個体とかトゥメルの個体よりも大きいから面倒な事になりそうだけど………まぁその時はその時だね。」

「気になる言い方だね。あのアメンドーズってのはそんなにいるのかい?」

「普通に建物に張り付いてたりしましたからね。隠し街とか視界に入るだけで何体か見える場所もありましたし、死体が山積みにされてた所もありました。あ、死体の一部ありますけど見ます?」

「それはあいつを殺してからのお楽しみにしておくよ。もうそろそろ向こうも動き出すみたいだしね。」

 

反対の手を虚空に突っ込んだエノクを止めるイオリは腰に差したサーベルを引き抜く。その顔には好戦的な笑みを浮かべられていた。

 

「神殺しか………ひっさびさに存分に暴れられそうだよ。」

「基本的には殴り付けて来るだけですけど、追い込まれたら僕らがさっき使った秘儀みたいなのを使うので気をつけて下さい。」

「あいよ。」

「           !!」

 

ドスンッ!!

 

痺れを切らしたのか、アメンドーズは一対の腕を伸ばし三人に向けて叩きつけた。ビジュアル的に肘と呼べる部分が2つあるアメンドーズの腕はかなりの長さを誇り、それに加え速さもあるため避けるのはかなり難しいだろう。しかし相対しているのは何度もアメンドーズを狩った狩人と、それと同等の実力を持つ猛者である。振り下ろされた腕を難なく避け、それぞれの武器を構え、アメンドーズへと向かって行った。

 

チャキッ

「そぉれ。」

 

ザシュッ!

 

イオリは通りすぎると同時に伸ばされたアメンドーズの腕をサーベルで切り刻む。その傷痕からは赤い血が吹き出した。

 

「なんだ、神といっても実体があればこんなもんかねぇ。」

「         !!」

「おっと、気に障ったかい?」

 

叫び声は聞き取れないが、明確にこちらに対しての敵意を感じ取ったイオリは続けざまに振るわれた別の腕による凪払いを跳躍して回避する。しかしアメンドーズの攻撃は止まることはなく、今度は着地を狙って握りつぶそうと手を伸ばしてきた。

 

「着地狩りとは中々頭が回るみたいだねぇ。ま、早々に殺られてはやんないよっ!」

 

ドゴッ!

 

イオリはその手が体に届く前に、背負っていた大剣でアメンドーズの手を叩き落とし、ルートをずらした。それにより、アメンドーズの手はイオリを捕らえる事なく隙を晒す。そんな無防備な相手を見逃す筈もなく、イオリはそのまま右手の大剣と左手のサーベルを振るって腕一本を再起不能に向かわせる。

 

「           !?」

「さぁて、次潰されたい腕はどれだい?」

 

今まで自分に敵う存在が居なかったのか、明らかに動揺が伺える動きをするアメンドーズにイオリは挑発するように大剣を向ける。

 

「あ、そうそう。」

 

しかし忘れてはいけない。この場には狩人がいるのだ。

 

「後方注意だよ?」

「シッ!!」ブオンッ!!

 

ザシュッ!!

 

「           !」

 

いつの間にか後ろに回り込んでいたエノクはその場で跳躍すると、大剣を両手で持ちそのまま背中を抉るように振り下ろし、切りつけた。不意打ちで攻撃を食らったアメンドーズは叫ぶようなうめき声を出した後、前方へ体勢を崩した。しかし只では済まさないと言わんばかりに背中にいるエノクに向けて腕の一本で殴り付けようとする。

 

「……少し浅かったかな、っと。」

 

当の本人はさも当然のように刀身を拳に突き刺し、その反動でアメンドーズに着地すると、そのまま雑に引き抜いた。その痛みで更に踞ってしまうアメンドーズだったが、そのまま真上に跳ぶことで背中に乗るエノクを振り落とし、イオリに向けて反撃しようとした。実践し、エノクを体から落とすのには成功したが、次の瞬間

 

パンッ!

 

「   !?」

「命中確認、意外と当たるわね。」

「銃剣かい?随分と古そうな代物だね。」

「レイテルパラッシュって言うんだけど……まぁ否定はしないわ。実際、都市の奴らが使ってるのと比べるとデザインがかなり違うし一部は木製だし。」

 

その頭に弾丸が叩き込まれる。弾丸が飛んできた方を見ると、いつの間にかイオリの側にいたリサが銃剣……レイテルパラッシュを変形させ、銃口をアメンドーズに向けていた。的確に目の一つに銃弾を撃ち込まれたアメンドーズは体を仰け反らせ、撃たれた部分を押さえる。

 

「         !!」

「あ、怒った。」

「わっかりやすいねぇ、まるで癇癪持ちのガキじゃないか。」

 

アメンドーズが何かを叫ぶような動作をするとそれに伴い周囲の空気が震える。同時にイオリに潰されたアメンドーズの腕の関節部分に赤い光が宿ると、何事もなかったかのように動き出した。その隙にエノクは再び斬りかかろうとしたが、アメンドーズの頭部に集まり始めた神秘に嫌な予感を覚える。

 

「えぇ…………速くないかな?」

 

エノクがそう呟いたと同時にアメンドーズの頭部に集まった神秘が何かを形成し始め、やがて幾つかの白い球体となる。持ち直したアメンドーズは沢山の瞳を自分を狙う者に向けると

 

「          !」

 

球体から光線を放った。




アメンドーズ(成長中)です。原作の奴より体が一回り大きいですし、威力も高くなって体力も多くなっています。何より早々に神秘を使ってきますね。
イオリさんって普通に上位者と渡り合えますよね?あの人がアメンドーズに負けるイメージが沸かないですし、マリア様と普通に斬り結んでそうですし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上位者狩り

別の小説を投稿してたらこちらが疎かになってしまいました。
お許し下さい






それでは、どうぞ。


「おっと。」ヒュイッ

 

光線の通った跡から素早く逃げるエノク。次の瞬間、光線が通りすぎた場所を中心に広い爆発が巻き起こる。

 

「やっぱりリサの言ってた通りみたいだね。精度と威力が前に殺した奴とは違う……こっちも早めに力を使った方がいいかなぁ。」

「        !!」シュッ!!

 

バシュゥッ!!

 

「よっと。やっぱり厄介だなぁ、今までの感覚でやってるともろに食らうね………リサー、イオリさーん、そっちは大丈夫ー?」

「問題無ーい!感覚は狂うけど、そこまで強い訳じゃないからー!」

「この程度ならまだ余裕だね!」

 

アメンドーズを挟んで向こう側にいる二人から余裕のある答えが返ってくる。それを確認したエノクは左手を大剣に添えると、その剣に神秘を流す。それに呼応するようにエノクの持つ大剣は透き通った緑色の光を放ち、刃を形成し始めた。

 

「少々借りますよ、ルドウィークさん。」

 

緑色の光を纏う大剣……月光の聖剣の柄を両手で持ち、肩に担いだエノクは後ろに下げた左足に力を込める。

 

「      !」シュバッ!

「甘いよ。」バキッ!

 

左側の腕で連続で凪払いをしてイオリとリサを近づけ無いようにしながら右側の腕をエノクの対処に向けるアメンドーズ。エノク目掛けて振り下ろした腕は神秘の力によるものか先程よりも速く、重くなっていた。しかしエノクは陥没するレベルの強さで地面を蹴り砕き、その反動を使ってアメンドーズの体の下へと入り込む。青白い光を伴ったアメンドーズの腕はエノクがいた場所を更に砕くだけに終わる。

 

「さぁ、一気に行こうかっ!」

 

エノクは滑るように移動をしながら月光の大剣をもう一度強く握り直すと、いつものニコニコとした表情からは考えられないほど妖艶で不敵な笑みを浮かべた。まず一回、月光の聖剣を振るう。

 

シャリンッ!

 

そんな音が辺りに響いた次の瞬間、アメンドーズの体に一筋の線が走った。月光の聖剣が纏う光が斬撃となり、アメンドーズを襲う。エノクはアメンドーズが痛みに悶える姿もお構い無しに次々と大剣を振るい、また新たな傷痕を作り出す。

 

「     !!!」

「ほら、どうしたの?僕はここにいるんだよ?」

「      !!」ブシャッ

 

煽るように話しかけるエノクに向けてアメンドーズは頭から茶色の液体を発射する。狩り慣れているためか音だけで避けたエノクだったが、着弾した場所に映えていた花が即座に溶けて消え、煙が上がっているのを見て、少し驚いたような顔をする。

 

「うわぁ、予想以上に殺意がMAX………ん?」

「         !!!!」

 

続け様に辺りに溶解液を撒き散らし始めるアメンドーズ。流石に避けるのがキツくなって来たのか、エノクは漸くアメンドーズの下から離れていった。しかし、アメンドーズも学んだのか、直ぐにその後を追うように腕を振るい、最終的には何本かの手を使ってエノクを囲んで捕らえようとする。そしてついに

 

「おっと?」ガシッ

「     」ニチャア

「…………。」ピシッ

 

その内の腕の一本がエノクの腕を掴んだ。アメンドーズの表情は分からないが、雰囲気からニチャつくような笑みを浮かべている気がする。そのまま握り潰そうと力を入れ始めるアメンドーズ。しかし、後ろにいたもう一人の狩人と猛者の存在を頭から抜け落ちていたようで、決定的な隙を晒す。

 

「私のエノクにさわるな愚図がッ!」

 

その叫びと共に飛びかかったリサがアメンドーズの頭に一発蹴りを入れる。その小さな体躯からは想像出来ない程の衝撃を頭に食らったアメンドーズは思わずのけぞり、顔を押さえる。その間に、エノクは掴まれている左腕を取り出すために、アメンドーズの手首を月光の聖剣を振るって切り刻んで脱出した。隣に着地したリサにエノクは声をかける。

 

「ありがとうリサ、助かったよ。」

「全く……エノクならこんぐらい振り払えるでしょ?」

「あはは……やっぱり、聖杯ダンジョンにいた奴とは勝手が違ってね。あとちょっと流れ込んで来た感情にびっくりしちゃって…………。」

「感情?」

 

怪訝な顔をするリサに対し、エノクは少し話しにくそうに目を反らしながら口を開く。

 

 

「…………『見た目がドチャクソ好みだから種を植え付けてやろう』って、僕男なのにね?」

「……………ふ~ん。」

 

 

あはは…と苦笑いを見せるエノク。しかし、リサは特に反応すること無く前を向く。

 

「……………スーッ、ハァー。」

「………リサ?」

 

小さく深呼吸したリサは手に持ったレイテルパラッシュと散弾銃を虚空にしまうと、代わりに何処が物々しい雰囲気を纏う2本の骨を縛り付けたような武器を取り出した。それを見て何をするのか察したエノクは諦めたような目をした。

 

「あ、それ………。」

「エノク、後の対処、よろしくね?」ニコッ

「………分かったよ、怪我しないようにね。」

 

骨の武器……獣の爪を右手に取り付けたリサは静かに左手を胸の辺りに置き、何かを呟き始めた。

 

「契約変更……『狩り』から『獣の抱擁』にッ!」

 

リサがそう告げた瞬間、リサの体に変化が訪れる。口には犬歯が生じ、目は爛々とした赤い光が宿った。長い髪は靡き始め、次第に暗い灰色に染まって行き、軽くウェーブが掛かる。髪全体が染まった後、頭に同じ色の狼の耳がひょっこりと顔を出した。

 

「うぐッ………ルルlulululu………!」

 

手先から黒く成っていき肩まで黒が侵食したと思えば、今度は段々と獣に近く成っていく。爪は伸び、表皮を覆うように灰色の毛が生え、殆ど人間の物では無くなっていた。リサは唸りながら右手に着けた獣の爪に触れるとその真価を発揮させるためにその内に宿る獣性を両腕に集中させる。

 

コロスコロスコロsuコroスKorosuッ!!!」

 

それと共にリサの手は完全に獣の物となっていた。スカートから覗く足も少しばかり獣らしさがあり、姿勢も獲物を狙う獣のように前屈みになっていた。顔はいつも通りだが、歯を見せて唸るその姿見は完全に本能で動いているようだ。その目にはアメンドーズ(今から殺す相手)しか映っておらず、エノク(自分の物)に手を出そうとしたという事実によってさらに憎悪を煮えたぎらせている。その対象となっているメンドーズは突如自身に襲いかかった今までとは比にならない殺気に押し潰されそうになっており、少しずつ後退している。やがてリサは地面に着きそうなほど姿勢を低くし、力の限り踏み込んだ。

 

「グルアッ!」ダッ!!

 

その反動で前方へ跳ぶように駆け出すリサ。その速さによって、黒い残像が見える。それを見送ったエノクは頬を掻いて困ったように笑っている。

 

「おぉ、何があったのか知らないが、随分と愉快な事になってるじゃあないか。」

「イオリさん。」

「エノク、今どういった状況だい?」

「あー…………まぁ、なんと言うか…………。」

 

途中、何処からか戻って来た無傷のイオリに話しかけられるも、その顔はそのままである。しかし、イオリからせっつかれたエノクはやがて諦めるように呟いた。

 

「…………アメンドーズが僕の事を性的な目で見てたようでして……それを知ったリサがこれ以上ない位ブチギレた結果がアレです。」

「…………ぷふっ、あっははははははは!」

 

イオリが腹を抱えて大爆笑し始めた。特色であるイオリに対して、無傷のままダメージを与えるのは相当困難だろうが、それを達成してしまったエノクだった。やがて少し落ち着いてきたイオリはエノクの背中をバシバシと叩きながら話し始めた。

 

「いやぁ、モテる男は辛いねぇ。ま、精々頑張りな。」

「僕に愛を囁くのはリサだけが良いので助けてください。」

「こんな面白そうな事に手を出す筈無いじゃないか。見守っててやるから自分で頑張りな。」

「薄情者ですね。」

「何とでも呼べばいいさ。」

「………はぁ、ちょっと援護してきます。」

 

諦めたように息を吐いたエノクは未だに光の刃を展開したままの月光の聖剣を肩に担ぎ直すとテクテクとアメンドーズをボコり始めたリサの元へ歩いて行った。ひとしきり笑ったイオリはその背中を見送りながら観察し始めた。その顔つきは真剣な物になっている。

 

「……………本当に何者なんだろうねあの子達は。まさか平行世界の私が殺されているとは思わなかったよ。」

 

 

 

 




エノク本人は気づいていませんが、彼は「上位者の好みドンピシャになる」という普通の狩人にとっては厄介なことこの上ない体質をもっています。狩人時代は言葉が理解出来なかったので自分に向けて言葉を発している事すら自覚していませんでしたが、半分上位者みたいな状態になってからはその言葉を理解できるようになったため、こんな状況になりました。

あと後半であった獣の爪+獣の抱擁によるコンボは、けも耳娘(息子)状態だと思って下さい。エノクも似たような感じになります。見た目は簡単に言えば原作のリサ、エノクがウェーブのかかった暗い灰髪になって狼の耳、尻尾が生えて目が赤くなって手足が獣っぽくなるみたいな感じです。口を開けば鋭い犬歯が生えています。bloodborne原作のあれが好きな人に申し訳ありませんが、二人は獣に寄りすぎるのを嫌っているので、変化をその程度に留めています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蹂躙

はい、取り敢えずアメンドーズ殺します。






それでは、どうぞ。


「ガァッ!!」ザシュッ!!

「       !?」

 

リサは咆哮と共に腕を振るい、その爪をアメンドーズの体に食い込ませ、引き裂いた。仮にも神に近い存在であるアメンドーズの皮膚を軽く貫くその鋭さと力は、最早人間業では無いだろう。尤も、今のリサが人間かと問われたら肯定も否定も出来ないし、そもそもあの街で狩人となった時点で人間と言える存在のままなのかは知らないが。そんな事を知るよしもないアメンドーズは動揺している。

 

「シネシネシネシネェッ!」ザシザシザシザシッ!!

 

しかしそんな状態のアメンドーズを気にする事も無いリサは次々と爪を振るう。辺りにはアメンドーズの血が撒き散らされており、地面から生えた白い花畑は赤黒く染まっていた。そして、数分の内に腕三本を無残な姿に変えられたアメンドーズは残った腕に神秘を集めると、そのまま一気にリサに向けて殴り掛かる。

 

「      !」ズアッ!

「ッ!グルアッ!!」

 

連続で迫り来る拳を次々と弾いていた行くリサ。最終的には拳のうちの一つを爪で地面に縫い付けた後、足で踏みつけて

 

「ゼアッ!」ドシュッ!

 

手首の辺りを引きちぎった。血を垂れ流しながら他の手でその血を止めようとするアメンドーズだったが、その隙にリサは飛び上がり近くにあった腕を潰しにかかろうとしがみついた。しかし、やられっぱなしだったことに腹を立てたのか、アメンドーズはその腕を全力で振り回し始めた。

 

「      !!」ブンブン

「ウ"グルルルルルルッ!」ザシッ!

 

それに対応するように爪を突き立てるリサ。埒が明かないと考えたアメンドーズはもう一本の腕を使ってリサの体を押さえた。当然のように爪を刺されたが、狙い通りリサを動かないように押さえることが出来たアメンドーズはそのまま頭の回りに光球を作り出す。

 

「!!ガァッ!!」

「     !」

 

その意図気がついたリサが両手の爪を外そうとするが、向こう側から怪我も気にせず押し込まれているせいで中々動く事が出来ない。そのまま自分の腕ごとビームで消し飛ばそうとするアメンドーズだったが、

 

「殺らせないよ。」

 

その声が聞こえたと同時に頭に数発の斬撃が直撃するそのせいで作り出していた光球は霧散し、リサが拘束を振りほどく隙を与えてしまう。勿論、そのチャンスを逃すことなくリサはアメンドーズの手から逃げ出した。その後着地したリサは態勢を立て直すため、こちらに近づいて来たエノクの隣まで下がる。

 

「リサ、問題無い?」

「………………。」コクッ

 

そんな会話をしていると、アメンドーズが動き出した。複数本の腕の内、まだ比較的傷の少ない腕がもう動かせない程ボロボロになった腕の根元を握り始めた。その直後、

 

ボキィッ!!

 

「毎回思うけど、なんで治せるのにわざわざ折るんだろうね。別にリーチが長くなったとしても、逆に懐ががら空きになるのに。」

「ぐるる。(考えるだけ無駄だと思う。)」

「            !!」

 

アメンドーズは自らの腕をへし折り、武器のように構える。4対だった腕が3対になったが、その気迫は今まで以上である。ただ、相対しているエノクとリサは驚くどころか純粋に疑問を抱くだけで動揺等が一切無い。これが何百、何千回もアメンドーズを相手してきた年季の違いだろう。そんな事を思われているとは知らないアメンドーズはそのまま武装(?)した腕を振り下ろす。

 

「ムダァッ!!」

 

しかし、リミッターを外したリサの拳によってそれは難なく弾かれる。呆気なく攻撃を防がれたアメンドーズの腕に追い討ちをかけるように緑色に光る斬撃が飛んでくる。無論防ぐ事も出来ないため、モロに直撃したアメンドーズは耐えきれず体を前に倒す。倒してしまう。つまるところ、弱点である頭を地面近くに晒してしまった。

 

「    !?」

 

狩人を前に哀れにも弱点を晒した獲物はどうなるかは、言うまでも分かるだろう。

 

「シネ。」

「さよなら、もう会いたくないです。」

 

 

ドチュンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャッ!!!!

 

無慈悲なる(みんな大好き)内臓攻撃(もつ抜き)である。

 

アメンドーズの頭のど真ん中に腕を同時に突き刺し、そのまま中身を横に引き抜いたエノクとリサ。背中合わせで行った為か、アメンドーズの頭は上下に別れ、言うまでも無く即死だろう。事実、それを食らったアメンドーズは力無く倒れ伏し、そのまま淡く光る粒子となって消えて行った。それを見届けたエノクは息を吐くと手に持っていた月光の聖剣の光を霧散させて背中に背負う。

 

「ふぅ……っと!」

「ぐるる~♪」ガシッ

 

一息ついたエノクに獣の爪を外したリサが抱きついた。言語は無いが、唸り声の感じとその顔でとてつもなく機嫌が良い事が分かる。しばらくリサがエノクに頭を擦り付け、エノクもされるがまま止まっていたが、やがてリサが物足りなさそうにエノクを見始める。

 

「………うん、ありがとうリサ。」ナデナデ

「ぐるる~♪」ギュー

 

その意図を察したエノクは優しい手つきでリサの頭を撫で始めた。それを受け入れるリサは更にその笑みを深くし、満足そうである。しばらくそんな時間が続いた。内容だけ見れば獣耳と尻尾を生やした美少女が美少年に撫でられて満足気に笑っているという実に絵になりそうな場面であるが、忘れてはいけない。辺りは何故か残っている血痕だらけな上、二人ともあたまからアメンドーズの血を被っているのでファンシーどころか非常にスプラッタである。まぁ、狩人にとって血濡れになるのは日常なのであるため、気にする事でも無いのだろう。

 

「……………。」ギューッ

「よーしよしよし………リサ、そろそろ『獣の抱擁』解かない?」

「……………く~ん♥️」ギューッ

「リサ?」

「く~んく~ん♥️」フリフリ

 

段々と不穏な空気が出てきた。リサはもの寂しい犬の鳴き声のような声を出して尻尾を振り回し始めた。撫でられ始めてからずっとエノクの胸に埋めていた顔をゆっくりと上げる。

 

「…………リサ?」

「ハッハッハッハッ♥️」ニチャア

「ちょっと落ち着こうか?」

「ぐるッ♥️!」カプッ

「おっと。」

 

言葉の後にハートマークでも付きそうな位の声を上げてうっとりとエノクを見つめるリサ。留めようするエノクの声も届いていないのか、エノクの首を甘噛みし始めた。どうしようかとエノクがその場に突っ立っていると、こちらに近づいて来る気配があった。

 

「お疲れさんだね二人共……………おやおや、何をしてるんだい?」ニチャア

 

「面白い物を見つけた」と言わんばかりの笑みを浮かべるイオリ。

 

「えぇ、まぁ。」

「お盛んだね、若いのは。ま、そんな事は今はどうでもいい。さっき確認してきたが、あの事務所の中にいた連中全員が眠ってたが、どうやったら起きる?」

「あ、すいません、今すぐに解除しますね。」

 

エノクがその言葉と共に指を鳴らした瞬間、辺りが光に包まれる。次に目を開けた時には、辺りに広がる白い花畑も、地面に残った血痕も無く、元の見慣れた外郭の景色となっていた。

 

「はい、これで皆さん目覚めるかと。」

「なるほどねぇ。これが所謂夢から覚めるってやつかい。」

「それじゃあ行きま「ぐるるるるるる♥️」ペロペロ………リサ。」

「あっはっは!取り敢えず、あんたはそのワンコをどうにかしな。私は中で混乱してるであろう奴らに説明しとくよ。」

「分かりました……あ、被害者はおそらく生きてるのでそう伝えといて下さい。」

「あいよ。」

 

首を堪能するように舐め始めたリサに思わず微妙な顔になるエノク。それを見て爆笑しているイオリはそのまま二人に背を向け、手をヒラヒラと振りながら遺跡天使事務所へと向かって行った。残されたのは、リサの頭を撫で続けながらその背中を見送るエノクとエノクしか見えていないリサである。一つため息をついたエノクはリサの頭を優しくポンッと叩くと口を開いた。

 

「もう話せるよね?」

「………………………。」ペロペロペロペロ

「……全くもう。」

 

どうやらしっかりと理性がある上でやってるようだ。それを確認したエノクは近くの物陰を見つけると、ずっと自分の首から離れないリサの頭をしっかりと持って取り外した。そして、

 

「ッ。」

「ッ!?」

 

思いっきり深くキスをした。暫くの間リサの口の中を蹂躙するエノク。その後、互いに顔を離すとエノクは妖艶な笑顔でリサに笑いかけながらこう言った。

 

「取り敢えず、リサが満足するまでやるね?」

「………………くぅ~ん♥️」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、起きな。」

「うっ………ぐっ…………!」

「おはようさん。目覚めの気分はどうだい?」

「………イオリさん?」

 

事務所内、外へと続くエントランスで倒れていたファンフェイシーはイオリによって目を覚まし、跳ね上がるようにその体を起こす。

 

「ッ!敵は!」

「安心しな、もう終わったよ。元凶はあの子らが潰してたから再発は無いだろうね。」

「そ、そうですか………。」

「むにゃむにゃ………ん、ファンさん?」

「ブランカ!異常は無いか?」

「あれ、何で私寝て……あ、そうだッ!あの、異変が!」

「落ち着きな、もう起きないだろうから。」

 

イオリの言葉にひとまずは精神を落ち着かせる二人。しかし、その顔からは不安が読み取れる。それを察したのか、イオリは先程エノクから伝えられた事を話す。

 

「あ、そうそう。被害にあった奴ら、まだおそらく生きてるみたいでねぇ。」

「ッ!本当ですか!?」

「ま、私も詳しく知ってる口じゃないんでね、そういった事はあの子らに聞いてくれないかい?昔は騒動の原因になってた奴を殺しまくってたらしいからね。」

「わ、分かりました。」

(まだ幼い子供だろうに……どんな人生を歩んで来たんだ?)

 

ブランカは安堵の息を吐き、ファンフェイシーはイオリから聞いたエノクとリサの過去に驚きを隠せずにいた。その後、暫くは事務所内部の職員とフィクサー達を起こして回っていたイオリは、不意に独特な気配が近づいて来るのを感じ取った。振り替えると、いつも通りの笑顔を浮かべるエノクとそのエノクの腕に引っ付いて離れないリサがいた。リサはずっと腕に頬擦りしており、周りの様子は見えていないようだ。

 

「おっと、おはなし(・・・・)は終わったかい?」

「えぇ、まぁ……………。」

「ま、どうでもいいからさっさと説明してやりな。仲間が生きてる事を知った連中がウキウキしてるんだからねぇ。」

 

少し困った顔をするエノクに対し、イオリは蛇のようにニヤリと笑いながら後ろを指差したのだった。




イオリさんは二人を警戒こそしてますが、基本的に「見てて面白い奴ら」と思って行動してます。人の恋愛をニヤニヤしながら見守ってる感じですかね。あと自分の教え子達に会わせたらどうなるだろうと色んな意味で期待してます。この作品ではこんな感じの人だと思って下さいな。


リサのワンコみたいな行動なんでですが、そもそも獣の抱擁を装備しても言語能力が落ちるだけで理性が奪われている訳では無いです。戦闘中は気合いを入れるため、エノクに絡みに行った時はそういったプレイのつもりでやってます。あの後?本番はやってませんよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遺跡

少しばかり遅くなってしまいました。プロムンとフロムの世界感は掴みにくいのです。




それでは、どうぞ


「では、改めて話をしてくれないか?」

「えぇ、承知しました。」

 

数十分後、改めて応接室にて向かい合うエノクとファンフェイシー。尚、リサはエノクの膝を枕にして寝ているものとする。

 

「まずアメンドーズについてですね。」

「アメンドーズ?」

「今回の騒動の原因です。詳しくは僕も分かってませんが、たしか神と人間の間に生まれた神擬きだった筈ですね。」

「………何故そんな存在がここに?つい最近まではそんな予兆など無かったというのに。」

 

少し怪訝な顔になるファンフェイシーに対し、エノクは殺したアメンドーズから流れて来た記憶を探る。

 

「そうですね……確か、ここら辺には遺跡と呼ばれる場所があるとか。」

「む、そうだな。この事務所は遺跡の探索を主として活動してる。先日、戦闘の余波で新しく入り口が出来たが、それがどうした?」

「そこにアメンドーズが居たみたいですね。いや、正しくはその余波で封印から目覚めたようです。」

「………何?」

 

ニコニコとしているエノクはファンフェイシーの動揺を他所に、そのまま話を続ける。

 

「僕が知ってる街にはゴロゴロいたので特に不思議な事でも無いんですけどね。少なくとも200体位は殺してますし。まぁそんな事よりも、今は生存者についてですね。」

「ッ!………先程もイオリ殿から聞いたが、本当に無事なのか?」

「えぇ、アメンドーズに握り潰されて別世界に送られただけなので。」

「どう考えても無事であるように聞こえないんだが?」

 

更に怪訝な表情になるファンフェイシー。

 

「まぁ眠らされて異次元に飛ばされたって考えて下さい。今はもうそれで、本題何ですが………。」

 

そこまで言った所でエノクは困ったように頬をかく。何かを言い淀んでいるようにも見えるが、やがて諦めたように話し始める。

 

「すいません、遺跡の構造に詳しい方はいらっしゃいますか?恐らく急がないとまずいかも知れませんので。」

「それについてはブランカが一番適任だろうが………どうした?」

「その被害者の皆さんの現れた位置がアメンドーズの根城だった場所なのですが……………

 

 

見えた景色からして、遺跡の最深部のようなんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、というわけで遺跡にやって参りました。」

「さっさと中入って目的の奴回収するわよ。」

「ええっと……………。」

 

十分後、エノクと目覚めたリサは困惑するブランカを伴って遺跡の入り口で話している。後ろには少しだけ不安そうなファンフェイシーと普段通りのイオリがついて来ていた。

 

「たしか………ブランカだったっけ?この遺跡ってどういった構造になってるの?」

「あ、えっと、ちょっと待ってて……。」

 

ブランカはそう言ってコートのポケットから端末を取り出して操作し始める。それをじっと見つめてくる二人に若干怯えながらも目的の画像を表示させたのか、ブランカは端末の画面をエノクとリサへと見せる。そこにはマップのよう物が表示されていた。

 

「これは?」

「今の時点でマッピングしたこの遺跡の地図。まだ近場の調査が終わったばっかりで、ここから先は現在進行中で探索してるの。」

 

リサからの問いに画面を指差しながら答えるブランカ。その言葉の通り、地図は指を差した地点から途切れている。

 

「ふーん、そう。じゃ、さっさと行きましょう。」クルッ

「道中が楽ならいいんだけどね。」クルッ

「え?」

「というか少し懐かしいわねこれ。」ジャキッ

「こういった場所は聖杯ダンジョン以来かな。もう1ヶ月以上も前だったっけ。」ジャキッ

 

その話を聞き終えた二人は即座に呆けた顔を晒すブランカに背を向け、遺跡の入り口を見る。それぞれの虚空に手を入れており、引き出された際には少し長めの槌鉾を持ってギザ刃が周りについた円盤のような何かを背負っていた。ほぼ同時に目からハイライトを消した二人はそのまま武器を掲げながら走り出す。

 

「「マラソンの時間だー(棒)。」」ダッ!

「えぇっ!?ちょっと、危ないから待って!遺跡の中には化物がうじゃうじゃいるから!」

 

突如走り出した二人を追いかけるブランカ。その背中を見送ったイオリはケラケラと笑いながら隣にいるファンフェイシーに話しかける。

 

「で、お前さんはどうするんだい?」

「…………私も後を追いかけます。あの子供達なら兎も角、ブランカは遺跡の深部に出てくる奴らに対応出来ません。」

「そうかい。まぁ依頼の一環さ、私もついてくよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇエノク、ここにも貞子いるのかしら。」

「さぁ?アメンドーズいたから居ないんじゃないかな?」

「はぁッ………はぁッ!」

(何であんな速度で走りながら喋ってるのに息切れ一つ起こさないの………!?)

 

遺跡の内部、どこか近未来的ながらも朽ちている景色を横目に足を止めず走り続けるエノクとリサ。背中に背負う体格に不釣り合いな巨大な機械をものともせずかなりのスピードで駆け抜けており、そこらに付着している血痕等には目も向けない。そんな二人を後から追っているブランカは早くも息切れになりかけていた。そんな中、前方から物音が聞こえて来た。

 

「バルルルルルルル……………。」ドチャッ

「なっ……!?と、止まって!」

(事務所の皆でも討伐に苦戦するレベルの……何でこんな浅い所に……!?)

 

機械と熊が混ざったような見た目の化物が唸りながら顔を上げる。その下には異形の何かが血まみれになって息絶えていた。相手の恐ろしさを知るブランカはエノクとリサに対して静止するように呼び掛ける。が、二人が止まる様子は無い。そんな二人を新たな獲物とした熊擬きは姿勢を低くし、今にも襲いかかろうとしている。

 

「エノク、帰ったらなに食べたい?」ガチャンッ

「チュロスかドーナツ。」ガチャンッ

 

しかし当の本人達は日常会話をしていた。背負っていた機械を右手に持っていた槌鉾の先に取り付けたが、こちらを見向きもせず横をむいて話している。それを隙と見た熊擬きはそのまま踏み出して二人を仕留めようと腕を振るおうとする。振るおうとした。

 

ギュリリリリリリリリッ!

 

二人が片手で持っていた槌鉾の先に取り付けられた機械が金属が擦れる音を響かせ、回転し始める。漸く熊擬きを視界に入れた二人はなにも言わず手に持った武器を振りかぶった。

 

「「邪魔。」」

 

ブチャッ!! ドシュッ!!

「へ?」

 

熊擬きが振るった豪腕が二人に届く前にその大本である熊擬きの体はエノクとリサが叩きつけた金属の擦れる音がうるさい武器……回転ノコギリによって見るも無残な姿に早変わりした。断末魔を叫ばせる暇も与えず熊擬きを蹂躙した二人はそのまま足を止めず通り過ぎて行った。

 

「最近人形さん異世界から流れて来た本に書かれてたレシピ試してるんだって。」

「へぇ、どんなの?」

「たしか…………練りきりとかなんとか。」

「ふーん、気になるわね。帰ったら頼んでみましょ。」

 

ノコギリの刃に挟まった肉片を柄を振り回すことで取り除いた二人はそのまま走り去り、後に残されたのは物言わぬ熊擬きの骸とその光景に呆然として立ち止まるブランカのみだった。

 

「………………。」

「…キ………キシャァッ!」

「へ、きゃあ!?」

 

すると、先程まで熊擬きによってボロボロになっていた異形が跳びはねた。どうやらまだ息があったらしい。見た目通り瀕死ではあるものの、それが分かっているのか即座にその場で体を癒すための手段を取ろうとする。そこで異形が見つけたのは近くで突っ立っていたブランカである。

 

「キシャァッ!!」

「くっ!まだ生きてたの!?」ジャキッ

ガキンッ!

 

襲いかかって来た異形に対し、急いで装備していた短剣を抜くブランカ。ギリギリの所で異形の振るった鉤爪を受けるも、向こうはダメージによってリミッターが外れているのか、少しずつ押され始めていた。

 

(両手で押さえてないと弾かれるッ……!銃で頭を撃ち抜けば殺せる位には弱ってそうだけど、そんな事をしている暇が無いッ!?)

 

膠着状態が暫く続くが、やがてブランカの背後から声がかかった。

 

「大変そうじゃないか、手伝ってやろうか?」

「ふぇ?」

 

ザシュッ!

 

腰の刀を抜刀しそのまま振り抜いたイオリにより、異形は真っ二つに切り裂かれ、完全に息絶えた。自分を押し潰そうとしていた力が急に無くなったブランカは少しよろめくと安堵の息を吐いた。

 

「ブランカ!怪我は無いか!」

「あ、ファンさん………はい、私は問題ないですけど………。」

「む、そうか……所であの二人は?」

「そ、それなんですけど………。」

 

ブランカは遠い目になりがら熊擬きの骸を指差す。

 

「通りすがりにあの惨状を作ってそのまま走って行ってしまいました………………。」

「………やはり凄まじいな。」

「そりゃそうさ。あの二人、階級こそまだ9級フィクサーだが、私と戦って勝てる位には化物だからねぇ。」

「特色である貴方に……?」

「どこで経験を積んできたかは知らないが、対人も対化物もかなり手慣れてるんだよあの子達。恐らく、私の10倍は殺してるんじゃないかね。実際に真っ向から戦った事は無いけど、そんぐらいは分かるよ。」

 

その言葉に目を見開くファンフェイシー。

 

「それで、追いかけなくて良いのかい?」

「はっ!そうですね、急ぎましょう。ブランカ、走れるか。」

「だ、大丈夫です!少しですが休憩出来ましたから!」

「少し足が震えてるじゃないか、仕方ないねぇ。」ヒョイッ

「きゃあ!?」

 

自分の胸元位までしかないブランカを軽々と担ぎ上げたイオリは隣にいるファンフェイシーに向けて口を開く。

 

「それじゃあ行こうか。」

「ええ分かりました。もしかしたら、遺跡内部の調査をしているチームとかち合わせる可能性があるので、その場合は合流しましょう。」

 

そう言って二人は遺跡の深部へと続く道に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュリリリリリリリリリッ!!

 

「そぉい。」ブォンッ!!

「え~い。」ギャリギャリギャリギャリ!!

 

気の抜けた掛け声を発しながら遺跡の中を駆け抜ける二人。振り回す回転ノコギリには振り払いでは飛ばし切れない血が付着し続けおぞましい状態になっており、エノクとリサも通りすがりに襲いかかって来た化物を蹂躙した際の返り血で赤く染まっている。

 

「はぁ……ずいぶんとかかるわね。そろそろ見えても良い頃なんじゃないの、最深部。」

「う~ん……まだじゃないかな。」

「血の遺志が貯まる一方ね。ま、別に困る訳じゃ無いけど。」

 

そんな雑談をしていると、十字路に差し掛かる。二人は迷わず真っ直ぐ進もうとするが、不意に右から聞こえてきた沢山の足音に意識を向けながら立ち止まった。

 

「足音?人間かしら。」

「ファンフェイシーさんが言ってた調査隊の人達じゃないかな?ここに平行世界の狩人達が来る気配も無いからね。」

「時々聖杯ダンジョン裸で走る変態も居たわね。私達も合計で百年以上潜ってた事もあったけどそれを軽く越えてそうな輩が何人も居たのは覚えてるわ。そう言う奴に限って裸だったし…………嫌な事思い出した。」

「そう考えると僕らの精神年齢ってどれぐらい何だろうね。」

「さぁ?少なくとも数百位じゃない?」

「もう記憶も曖昧だからなぁ……。」

 

そう言いながら首を捻っている二人。しばらくして、その足音の主達が視界の中に入って来た。武装し、所々が血に濡れた人間達にとっては、周囲を警戒しながら捜索していた所で血まみれで首をかしげている子供二人が手にギュルギュル言いながら回転する凶器を持ち、こちらを見ながらながら突っ立っているのを進路上に見つけたという事になる。無論、動揺しない筈もない。

 

「なッ…………子供ッ!?」

「馬鹿ッ!遺跡、それにこんな深部に子供がいるわけ無いだろ!」

「じゃああそこにいるのは……。」

「取り敢えず、刺激しないように接触するぞ。お前らは少し後ろで待機しておいてくれ。」

「承知しました、所長。」

 

 

「混乱してるね。」←全部聞こえてるエノク

「なんでかしら。」←同じく全部聞こえてるリサ

「なんか僕らの事を警戒してるみたいだよ。」

「?精々武器持って血濡れになってる位じゃない。」

「だよね、あとは見た目が子供だからじゃ無いかなあ。」

「武器を扱える力があるなら多少小柄な方が攻撃が当たりにくいから便利だと思うんだけど。」

「じゃあ違うかな?」

 

アメンドーズと戦ったり、聖杯ダンジョン(みたいなもの)に潜っているせいで感覚がヤーナム時代に戻っている様子の二人がほのぼの(殺伐)とした会話を繰り広げ、その様子を警戒しながら観察する武装集団……フィクサー達。しばらくはそのまま膠着状態が続いたが、エノクとリサが走ってきた道から別の足音が聞こえた来た。

 

「おっ、追い付いた追い付いた。いやぁ、あんたらの通った道楽だったよ。一切剣を振る必要が無かったんだからねぇ。」

「あら、ついてきてたの………なんでそいつ担いでんのよ?人拐い?」

「人聞きの悪い事言うんじゃないよ。」

「きゅ~……………。」グルグルオメメ

「気絶してるじゃない。」

「ん?なんだい、軟弱だねぇ。」

「…………ブランカは戦闘要員ではなく探索要員です。」

「ふーん…ま、一旦預かっておくれ。」ヒョイッ

「は、うっ!?」ダキッ

 

後から合流してきたファンフェイシーに担いでいたブランカを雑に投げ渡したイオリはそのまま血濡れの二人に近づいて行く。

 

「で、どうしたんだい?こんな所で立ち止まって。」

「あぁ、その事ですか。いや、どの道に行くのが正解なのかと思いましてね。」

「こっから先にアメンドーズがいた気配はするんだけど割りと複雑になってるみたいなのよね、めんどくさい………。」

 

「ファンフェイシーか。」

「連絡が遅れて申し訳ありません所長。実は最近多発していた行方不明者の捜索の件で報告がありまして……。」

「どうした?」 

「原因となっていた生物は派遣されたフィクサーによって潰されました。あと、行方不明になった者達は遺跡に運ばれていたようです。」

「………派遣されたフィクサーというのは、あの長身の女の事か?」

「それと、あの子供達です。三人とも、我々が束になっても軽くはね除けられる実力があるようで、一人は特色です。」

「…………依頼料が高く付きそうだな。」

 

所長と呼ばれた男はファンフェイシーからの報告に思わずため息をつきながら頭を押さえるのだった。




イオリさんは高身長(公式で195cm)

この作品よ聖杯ダンジョンは隔離された世界という設定なので、プロムン世界のワープ列車のように「こちらで膨大な時間が過ぎ去ろうが元の世界では数秒しか経っていない」という現象が起こります。まぁいつでも出れますし、中に入る狩人達は時間云々の感覚がとち狂ってるのであまり関係ないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

探索

すいませぬ、遅くなり申した。暫くはこちらの執筆を優先していきたいです。







それでは、どうぞ。


「私は遺跡天使事務所の代表をしているエルと申します。この度は私達の依頼を受諾していただき感謝します。貴殿方を私自身がお迎え出来なかった無礼をお許しください。」

「気にしなくて良いんだよそんな事。それよりも依頼についてだ。」

 

礼儀正しく謝罪を述べる巨大な鎌を背負った老齢の男性……エルに対し、イオリは笑い飛ばすように話の本題に入る。

 

「まぁ私よりも適任はいるんだが……二人は遺跡の構造の確認で忙しいみたいだしねぇ。」

「……一つ気になっていたのですが、あの子供達は何者なのでしょうか?」

「ん?あぁ、私の教え子みたいなもんさね。(事実、ある程度都市の常識を教えたのは私だしね。)」

「そうでしたか。」

 

イオリの回答に納得した様子を見せるエル。その視線は昏倒状態から復活したブランカの横から情報端末を覗き込むエノクとリサに向けられていた。ブランカは未だに血濡れの二人に挟まれている心なしか震えて涙目になっている気がするが、一先ず事態の詳細を問い始めた。

 

「それはさておいて……本当に遺跡の中に行方不明になった者達がいるのですな?」

「あぁ、元凶になってた化け物が遺跡を寝床にしていたらしくてね。しかも文字通り次元が違う場所からの干渉だ、大抵の奴は防ぐことすら出来ないおまけ付きだよ。行方不明になってた奴は大体異次元に飛ばされてたんじゃないかね。」

「ほぉ……それで、件の化け物というのは?」

「あの子らが一方的になぶり殺してたよ。確かアメンドーズとか言ってたか……。」

「僕らが訪れた場所ではわりとうじゃうじゃいましたよ。大昔は人間と共存、というよりも選ばれた人間から生まれていたらしいですが、今となっては関係無い出来事ですよ。人を拐った目的としては養分かそれとも生殖か………。」

 

いつの間にかイオリとエルの間にいたエノクが話にはいって来る。何やら恐ろしい方向にずれようとしてた話をエノクは強制的に戻す。

 

「取り敢えず、その異次元はアメンドーズと一緒に消えて今いる世界に統合されました。恐らく、アメンドーズが寝床にしていた場所に異次元に拐われた方々が出現しているはずです。」

「………それが遺跡の深部であると?」

「僕ら狩人は他の存在を狩ることで記憶の一部が自分に流れ込んで来る事があるんですが……それで見た場所は入り口が一つだけでしたし、先程ブランカさんに見せて頂いた遺跡の調査記録のどこの部分とも部屋の形状が合致しなかったので。」

「……確かにこの遺跡の全体を調べた訳では無い。しかし今から探索中の戦闘に人員を割けるほどの余裕が無いのですよ。」

 

そう言って本当に困った様子で額に手を当てるエル。しかしエノクはニコッと笑うと口を開いた。

 

「大丈夫ですよ。」ガキンッ!

 

そう言うとエノクは血を軽く拭き取ってから背負っていた回転ノコギリを手に持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てい。」ドシュ!!

「そーい。」ギャルルルル!!

 

自分達の身長よりも長い柄のついた回転ノコギリをなれた手付きで振り回し、向かって来るか視界に入った遺跡の化け物を片っ端から細切れにしていくエノクとリサ。先程よりも進むスピードは遅いが一切の躊躇なく殺しているため、二人が通って来た道は殆どが血に染まっている。しかし本人達は気をつけているのか再び進み始めてから一切返り血の部分が増えていなかった。その様子を後ろから見ていたエルは興味深そうな視線を向けていた。

 

「凄いですな。あの歳であれ程の動きが出来るとは……あれも貴女の教えですか?」

「いんや?あれはあの二人の素の実力さね。私が教えたのはせいぜい手加減の仕方だよ。普通に私に刃を届かせるぐらいは強いよあの子らは。」

「特色である貴女がそう言うレベルですか……。」

 

なお他のフィクサー達は怯えるか、化け物以上の何かを見るような目をしていた。しばらくして、回転ノコギリを振り回すリサが後ろに向けて声をかける。

 

「ブランカ、まだ探索してないのってこっちであってる?」

「え、あ、うん!」

「そう、じゃあ下がっといて。」ブォン!

 

後ろにいるブランカに声をかけながら突っ込んで来た化け物を回転ノコギリで雑に解体するリサ。隣ではエノクが合体させていた回転ノコギリを分解し、円盤部分を左手、柄だった槌鉾を右手に持ち、器用に両手それぞれの武器を振り回していた。

 

「吹っ飛べ。」ガンッ!!

 

槌鉾を下から振り上げ、化け物の顎を捉える。結果、化け物は脳髄を撒き散らしながら道の向こう側から来ていた化け物を巻き込んで吹っ飛び絶命した。続けざまに持っていたノコギリ部分を起動したまま前方に投げると巻き込まれた方の化け物へと突っ込み、重なっていた骸ごと化け物の腕を引き裂いた。

 

「ガルアッ!?」

「はいはい、恨むならこっちに殺気を飛ばしてきた君自身を恨んでね。」ドチュッ!!

 

痛みに悶える化け物にゆっくりと近づいたエノクは側で暴れる回転ノコギリを拾い上げて背負うと、右手に持った槌鉾を振り下ろした。見た目からでは考えられないレベルの力が乗ったその槌鉾は容易く化け物の頭を潰し、体を含め二つの物言わぬ肉塊にしてしまった。それを確認したエノクは回転ノコギリについた血肉を払うと周りに敵対する生物が居ないことを確認し、虚空へと回転ノコギリをしまうと一度伸びをする。

 

「ん~っ……ふぅ…。」

「あら、もういないの?」

「ここら一帯はもう狩り尽くしたかな。向こう側が音を頼りに近づいている感じだったし。」

「そう。」

 

エノクの話を聞いたリサも手に持っていた回転ノコギリに挟まった肉片を振り回して取り除くと、そのまま虚空へとしまった。手をはたいて手に付いた埃と血をある程度落とすと、そのままブランカの方へ振り向く。

 

「さて、じゃあさっさと行きましょ。マップは出来てる?」

「あ、うん。」

 

ブランカが開いたマップを覗き込む二人。先程よりも広くなったそれをじっと見つめ続けてる最中、ずっと後ろで待機していたイオリが入って指を差す。そこはまだマップが更新されていなかった。

 

「恐らくここだろうね。」

「おや、分かるんですか?」

「だいたいね。」

「…なるほど、平行世界を視ましたね(・・・・・)。何が映ってましたか?」

「さぁ?何だろうねぇ。」

 

薄く笑うエノクに対し、蛇のような笑みを浮かべるイオリ。

 

「ま、取り敢えずもうそろそろだ。せいぜい居るのも雑魚だろうからさっさと終わらしてしまおうじゃないか。」

「………それもそうですね。」

 

少し不穏な空気を漂わせていたエノクとイオリだったが、不意にその空気は消え、進行方向に体を向けた。

 

「さ、行きましょう………リサ、そんな体引っ付けたら歩きにくいよ?」

「ん~?別に良いじゃない、ほら、ここまで頑張ったご褒美って奴よ。」

 

直後、リサはエノクの腕に自分の腕を絡ませ、抱きつくように身を寄せる。人前であるためか、エノクは嗜めようと声をかけるも本人はどこ吹く風と言わんばかりの態度で甘えようとする。エノクも嫌がっているわけでは無いため、仕方がないといった様子で優しく微笑みを浮かべた。その様子を観察していたイオリはニヤニヤしながら近づいて話しかけた。

 

「お熱いねぇ?」

「………それが何か?」

「開き直るんじゃないよ。」

「良いじゃないですか、好きな人とくっついて何が悪いんですか。」

「そうよそうよ、私の知った事では無いわ。」

「リサはもう少し人目を気にしようか。」

「え~。」

 

軽く注意するエノクだったが、リサは気にせず引き続きエノクの腕に自身の体を押し付ける。

 

「ほら、さっさと行きましょ。」

「…ま、いっか。」

 

その言葉と共に二人は歩きだした。それを追うようにクツクツと笑うイオリと微笑ましげなエルは動き、ブランカとファンフェイシーを含めたフィクサー達はしばらくの間何とも言えない雰囲気を出し、歩き始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふーん♪………あら?」

 

特に戦闘も無く、エノクとリサが遺跡の中を歩いていると不意に巨大な扉のようなものを遠くに見つける。

 

「………あそこみたいね。」

「うん、上位者の臭いが染み付いてる。間違いないよ。」

「はぁ………や~っと着いた。聖杯ダンジョンでもここまで長くないわよ?」

 

そう言って肩を竦めるリサ。なお、その腕は依然としてガッチリとエノクの腕に絡ませて離す様子はない。気にしないことにしたのか、エノクはそのままリサを引っ付けたまま歩を進めていた。そして、その扉の前まで辿り着くと後ろに振り向く。

 

「開けますね。」

 

その言葉と共に二人は扉を押し始める。これまで歩いて来た遺跡の道と比べると少しばかり造形が古臭く、都市の中でもあまり見かけないような石製の両開き扉は力が加わる事で砂埃を散らしながらゆっくりと動いている。厚い扉が少しずつ開き、隙間から光が漏れた。

 

「………光?」

 

後ろから着いてきていたブランカの口から言葉がこぼれ落ちる。無論、地下であるはずのこの場所に日や月の光が差し込む訳もなく、あからさまにこれまでとは違う何かがあることに違いはない。隣にいるファンフェイシーも警戒して腰に差していた剣の柄に手をかける。

 

「「よいしょっと。」」

 

エノクとリサの掛け声と共に扉は引きずるような音を立てて開く。

 

ギギギギギギギギギギ

 

その扉を開き切り、エノクとリサはいの一番にその部屋の中を視界に入れ、それに続くように他の者も部屋の中へと入って行く。そんな中、ファンフェイシーは呆然と呟いた。

 

「………なんだ、これは。」

 

フィクサー達を出迎えたのは、だだっ広い空間だった。その広さは100mは軽く越えていそうだ。床は今までの遺跡のように近未来的な技術が使われている形跡があるが、問題は壁と天井である。

 

「何故……空が?」

 

そう言ったファンフェイシーの目には、どんよりとした雲が広がる空が映っていた。流れて行く雲はそこに実在すると証明しようとしてると感じる位に簡単には再現できないような緩急があり、周囲にうっすらと見える古ぼけた建物や風にたなびく植物はどう見ても限りなく本物であると感じられる。隣のブランカも同じ景色を視ているのか、口をポカンと開けていた。

 

「これは一体………?」

「ふぇ………。」

「二人共、どうされましたか?」

「所長……?貴方は変だと思わないのですか?」

「ふむ、確かにこれは異常でしょうね、地下空間に空があるなんて。見たところ、天井に映し出された映像という訳でも無いようですし。」

 

エルは混乱している二人を他所に観察するように辺りを見つめて始めた。そして、ある一点を視線を向けたところで不意に目が険しくなる。

 

「…………。」

「所長?」

「…………ファンフェイシー、ブランカ、皆に戦闘準備を行うように伝えなさい。」

 

命令に困惑する二人を置いて、この広場の真ん中へと歩いていたエノクとリサ、イオリへと近づいて行く。

 

「さて、ここが目的地で間違いないですかな?」

「えぇ、あいつをぶっ殺したばっかりだから次元がぐちゃぐちゃになってるのよ。」

「もう暫くしたらこの異常も治るかと思いますが………恐らく虫が待機してますね、潰しましょうか。」

 

そう言って肩を竦めながら虚空に手を突っ込み、絡繰染みた如雨露のような物と見るからに大きな斧を取り出すエノク。隣のリサは奇妙な曲がり方をした剣を取り出し、笛を手に持つとイオリとエルの方へと体を向けた。

 

「問題無いわね?」

「あぁ、いい加減このうざったい気配の主を潰したくてしょうがないねぇ。」

「大丈夫ですよ。」

 

イオリは既に抜刀して好戦的な笑みを浮かべていた。

 

「そう、それじゃ、始めるわよ。」ガキンッ!

 

奇妙な剣……シモンの弓剣を振るって仕掛けを作動させ、鋼鉄の弓へと変形させたリサはエノクと同時に地面を踏み抜くように足を下ろす。

 

 

パキッ

 

 

その瞬間、二人が踏んだ地面から空中に向かって黒い亀裂が走り始めた。その亀裂は遠巻きに四人を見ていたフィクサー達の間の空間にも届き、次第に空間全体へと広がったところで

 

 

バキンッ!!

 

 

周囲の景色が落とされたガラス細工のように呆気なく崩れ去る。その破片は割れると同時に空中に溶けるように消え、その裏に隠されていた景色を露にする。

 

「………これじゃ本当に聖杯ダンジョンじゃない。」

「………あの街(ヤーナム)と繋がりがあったのか、それとも最初から別れた別物なのか…………。」

 

そこはドーム状の石造りの広い部屋だった。床こそ近代的ではあるが、壁から上は取って付けたかのような古びた構造になっており、燭台に乗せられた沢山の蝋燭と床に走る幾何学模様から洩れる青白い光によって照らされていた。その部屋の壁に見覚えがあったのか、エノクとリサは鋭い目線を周囲に向ける。その先には沢山の人間が壁や柱に凭れかかったり地面に這いつくばっていた。服装はファンフェイシー達の物と殆ど同じであり、怪我人はあれど死人はいないようだ。それの内の一人を視認したファンフェイシーは目を見開いて走り出した。

 

「レイアルッ!」

「待ちなさいファンフェイシー…ファンフェイシー!」

 

エルの忠告も聞かず駆け寄った相手は柱に項垂れるようにして凭れかかる金髪の少女だった。ファンフェイシーは少女……サイゴォレイアルの側にしゃがむとそのまま安否の確認をし始めた。

 

「………脈は…………よし、あるな。外傷も無い。」

「ファンさんッ!」

「あぁ、ブランカ、手伝ってくれ。他の皆もここにいるからな、地上まで運び出すのは苦労するだろう。」

 

生きている事に安堵するファンフェイシーは後ろから声をかけてきたブランカの方へ振り返りながら倒れた仲間達の搬送の手伝いを要請しようとする。しかし、その目に入って来たブランカの表情は何かに焦っているようであった。

 

 

 

 

 

「逃げてッ!!!」

 

 

 

 

 

ブランカの口から飛び出してきたのは、懇願するような叫びだった。その言葉を理解する前に、横から………気絶しているであろう仲間達の方から聞こえるはずの無い物音が聞こえ、そちらの方を向く。

 

 

 

 

 

「ガアアアアァァァaaaaaaa!!」

 

 

 

 

そこにいたのはファンフェイシーへと口を大きく開けながら襲いかかる、仲間であったはずの男だった。




はい、まだ未熟な頃のファンフェイシーさんなので、ぐったりしている仲間達に思わず駆け寄ってしまいましたね。原作MODでも仲間をとても大切にしているので、若い頃はこんなこともあったのかなという感じです。


ちなみにエルさんはオリジナルで、ファンフェイシーの先生兼遺跡天使事務所の創設者です。名前の由来は
遺跡天使事務所の天使→エンジェル→エル
というような簡単なもじりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

潜む者

オリジナル設定が止まりませぬ。






それでは、どうぞ。


「しまッ!?」

 

突然の攻撃に対処出来ず、防御が間に合いそうに無いファンフェイシー。せめてサイゴォレイアルを理性を無くし、力任せに腕を振るう男から遠ざけようと動いたところで、目の前まで迫っていた男が突然別方向へ吹き飛んだ。

 

「がぁ!?」

「全く……安全確認はしっかりとなさい。何度も教えた筈ですよ?」

「…………申し訳ありません、所長。」

 

叱るように声をかけるエル。あたかも自然体のように立ってはいるが、男を殴った拳は軽く残心していた。どうやら部屋の真ん中からほぼ一瞬で近づき、その勢いを乗せた拳だったようだ。

 

「取り敢えず、私はあの子をどうにかします。貴女達は無事な者の救助を急ぎなさい。戦闘を行う場合は相手の攻撃を見切ることに集中して多人数で。」

「承知しました!」

「あと一つ…………元が仲間であっても躊躇わずに。私達に出来るのは、既に狂ってしまった彼らを弔うことだけですから。」

「ッ!…………はいッ…………!」

 

そのまま殴り飛ばした男の方へエルの言葉に少しばかり苦しそうな表情を浮かべたファンフェイシーは駆け寄って来たブランカとそれに続いたフィクサー達に気付くと、頭を振って彼らに指示を出し始めた。

 

「総員、警戒を怠るなッ!救助が最優先だが、その中に死体を利用されて襲いかかるように仕組まれた罠がある!無事な者は一ヶ所に集めて防御の陣形を取れ!」

「「「はいッ!」」」

(………これで、いいんだ。)

「ファンさん……?」

 

まだ生きているということを告げず、そのままフィクサー達を行動させる事が心苦しいのか、自責の念に駆られるような苦い表情を浮かべる。それに気付いたのは近くに残っていたブランカだけだった。呟くようなブランカの声が耳に入り、ハッと顔を上げたファンフェイシーは心労を隠すように表情を引き締めた。

 

「何でもない、早くしなければ二次被害が出るやもしれん。無事な者を集めなければ………。」

 

そう言ってファンフェイシーはサイゴォレイアルを姫抱きにして運び始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ファンフェイシーは上手くやっているようですね………さて、と………貴方は何故そうなってしまったのですか、ガルボ。」

「ガッ、ガグルルゥ………。」

 

殴り飛ばされたあと、柱一本を犠牲にして止まった男に向けて穏やかに話しかけるエル。しかし、男は唸り声を上げるばかりで一切言葉が聞こえていないようであった。自分を殴り飛ばしたエルに気がつくと口の端から涎を溢しながらその場からエルの方へと踏み出した。

 

「ガぁ!」シュッ!

「話を聞きなさい。」ガシッ

 

自分に向けて振るわれたその拳を軽々と受け止めるエルはそのまま握り込んで拘束し、続けて流れるように鳩尾を抉るように殴った。

 

「がぼぉっ!?」

「心苦しいですが、最小限の痛みで終わらせますので……。」

「ぅグがッ…………。」

「ガルボ?」

 

 

ガバッ  

 

 

次の瞬間、俯いていた男の頭は突如顔を上げると口を開く  

 

 

 

メキュッ

 

 

どこか不快に感じる音が辺りに響く。段々と男の体は震え始めた。

 

 

 

 

 

 

バシャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「AAAAAAAaaaaaッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

男の開けた口から肉で出来た管のような物が飛び出した。それは男の頭を引き裂き、血を撒き散らしながら先に付いている牙でエルを噛み砕こうと迫る。目の当たりにしたエルは一瞬固まり、ほんの数コンマさらした隙を謎の生物に狙われたのだ。しかし、

 

「……………………。」ドチュッ

「Aaッ!?」

 

その牙が頭を捉えようとした瞬間、エルは残像が残るような速さで腕を振るう。その手にはいつの間にか逆手の状態のナイフが握られており、その刃は肉の管を貫通していた。それに怯んだ肉の管を掴むと、そのまま握りつぶした。

 

「…………別の生き物でしたか。俗に言う寄生虫ですかな。」

 

握りつぶした手にべっとりと付いた血を見ながら呟くエル。その後の目線の先には頭の辺りを潰されたことによって動きが鈍くなった何かがいる。

 

「成る程成る程……………息絶えなさい。」

 

ドチ"ュッ……

 

エルはその声に少しばかりの怒りを滲ませながら、足を寄生虫と称したそれに向けて容赦なく振り下ろした。体との接続が潰れた肉の管は暫く痙攣した後そのまま溶けるように消えて行き、残ったのは頭が吹き飛ばされた男の死体だけであった。エルは骸となった男の側で屈むと、体の姿勢を仰向けにし、綺麗に横たわらせた。

 

「………間に合わなくて申し訳ありませんでした、ガルボ。」

 

そう言い残し、エルは立ち上がる。そして、いつの間にか後ろに立っていたエノクに向けて声をかけた。

 

「君はこれを知っていますか?」

「えぇ、寄生虫はカインハーストやメンシスで嫌と言う程見ましたよ。恐らくアメンドーズにひっついて着いてきたんでしょうね。でなければアメンドーズが拐ってきた人に寄生してる訳無いですから。」

「引っ付き虫のような物ですか。」

「まぁそんな物ですかね。寄生された生物は余程の事が無ければ死に絶えます。」

 

そうしてエノクはエルの隣に立つ。その手には先程取り出した如雨露のような何かがしっかりと握られていた。

 

「どうします?火葬ならば出来ますけど………。」

「………………遺品と遺骨を持って帰れますか?」

「大丈夫ですよ。ですが先ずは…………。」

 

そう言ってエノクは他の所に目を向ける。各所では虫に寄生され、凶暴になったフィクサー達が無事だった者目掛けて襲いかかっていた。複数人て応戦し死亡者は出ていないようではあるが、単純な暴力に対応出来ていないのか顔を何度も合わせた仲間であるためか、攻めあぐねて負傷しているようだった。

 

あっち(他の方々)を何とかしましょう。弔いというやつです。」

「………えぇ、そうですね。私の大切な家族にいつまでも汚らわしい虫を着けておくわけにはいきませんから……………ッ!」

 

エルが一歩踏み出そうとした瞬間、先程の寄生された男とは比べ物にならない程の殺意を感じ取る。反射的に振り向くがそこには原因となりそうな生物は見えない。しかし、長年化け物相手に戦い続けた事で培われた察知能力は嫌な信号を発し続ける。エルはそれに従い、男の死体を即座に抱えてエノクと共にその場から飛び退いた。それと同時に

 

 

ドスンッ!!

 

 

巨大な何かがエルとエノクのいた場所へと降ってきた。床に亀裂が走り、陥没したことからそれが直撃した時のダメージは半端な物では無いのが分かる。エルはこちらをゆっくりと振り向く何かを真っ直ぐに睨み付ける。

 

「……………これも、寄生されたことによる物だと言うのですか。」

 

そこには巨大な獣がいた。人間の体のような構造をしているが、その体躯や容貌は人間とはかけ離れている。が、その手首には明らかに人工物らしきネックレスがかかっていた。それを見たエノクは意外だと言わんばかりの声色で口を開いた。

 

「まさか獣になった者がいたとは……虫に寄生された期間が長すぎたんですかね。」

「……恐らく、彼が一番最初に寄生されたんですね。」

「心当たりでも?」

 

エノクの問いにエルは少しばかり悲しそうな顔で答える。

 

「私の弟子の一人ですよ。おいおい、ファンフェイシーと共に後を継いで貰おうかと思っていたのですが……こんな形で相対する事になろうとは………。」

「分かったのは、あのネックレスですか?」

「えぇ、彼は何かを理解する力に異常な程長けていまして、あのネックレスはその能力を制御する為の道具でした。」

「あぁ成る程、だからあんなことに………すごいですね彼、まだ五体満足だなんて。」

 

感心した様子を見せるエノクはそのまま背負っていた武器を持ち直す。エルはその言葉の真意を尋ねようとするが、それを遮るようにエノクは口を開く。

 

「取り敢えず、早く彼を殺しましょう。いつまでも虫に好き勝手に体を動かされるのも望むところでは無いでしょうし。」

「…………お手伝い、頂けますか?」

「勿論、僕ら狩人は()狩る(弔う)のが仕事ですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴア"ァッ!!」

「ぐっ………!」

「どうしちまったんだよハザ!何でこんな事………!」

「無事な奴はこっちに!」

「ア"ア"ヴッ!!」

 

救助作業をしていたフィクサー達にも寄生された者達が襲いかかる。最初こそファンフェイシーの指示によって対応出来ていたものの、次第に押され始めていた。

 

「怯むなッ!もう既に死んだ人間を操っているだけだ!いつまでも相手の好きなようにさせるんじゃない!」

 

自ら武器を振るうファンフェイシーの叱責に応え、何人かのフィクサーは相対する者を対処していくが、全員が割り切れる訳ではないのだ。未だに攻撃を躊躇うフィクサーの一人が寄生された者の拳を反らしきれず、隙を晒してしまった。仲間も自分の事で手一杯なため、助けに入る事も出来ない。

 

「アズラッ!!」

「がぁッ!!!」

「ヒッ!」

 

ファンフェイシーが助けようとするが、距離が開いてしまっている。眼前まで凶器と化した腕が迫ったフィクサーは口から悲鳴とも言えないような声が漏れた。その時、

 

 

ドチュッ!!

 

「ッ!?」

 

突如飛来してきた何かが襲いかかろうとした寄生者の頭を消し飛ばした。それに引っ張られたのか体も横に吹っ飛んで行き、結果的に殺されそうになっていた者は一命をとりとめたのであった。状況が把握しきれないフィクサーが尻餅をつき、呆然としているとどこか呆れたような声がかかった。

 

「いつまでとぼけてんのよ。死にたくないならさっさと立ちなさい。」

 

そこにいたのは展開し、弓の形となったシモンの弓剣を手に持ったリサだった。右手には銀色に光る矢が握られており、それが今の現象を引き起こした原因であることが分かる。リサは床に座り込むフィクサーには目もくれず、次の矢を番えて弦を引き絞り、狙いを定める。

 

「寄生虫の相手は好きじゃ無いんだけど……ま、殺せたら勝ちよね。」

 

その言葉と共に銀色の矢はリサの右手から離れ、弦が戻る勢いを乗せて射出された。淡い光が矢に纏わりついていたたかのように見えたが、いかんせんその速さは通常の弓とは比較にならない為、近くにいたイオリ以外には認識すら出来ていない。その直後、射線上にいた寄生者は爆発音と共に上半身が消え去った。寄生していた虫も残っていないだろう。

 

「さぁ、どんどん行くわよ。」

 

そう言い放ったリサは右手を開くように構える。先程助けられたフィクサーがそのまま不思議そうに見ていると突如手の内に幾つかの銀色の銃弾が出現し、次の瞬間には液体となっていた。球体となったそれをリサが握ると、銀色に鈍く光る棒となり、指の間から生え複数本の矢に変化する。リサはその全てを同時に番えると、今度は少し上を向けて構える。

 

「彼方への呼びかけ。」

 

何かを呟くと同時にリサが番えた矢が一斉に光る。天井に向けて放たれたそれはそのまま突き刺さる前にあり得ないような軌道を描いてあちこちにいる寄生者を貫き、爆発した。フィクサー達は爆風に煽られて咄嗟に腕で顔を庇い、暫くその状態が続く。その中で何か刃物が通り過ぎるような風圧を感じたファンフェイシーは、サイゴォレイアルとブランカを庇いながら顔を上げる。

 

「………気配無し、雑魚の寄生虫はこれでおしまいね。」

「そうかい。それじゃ、向こうの援護にでも行くのか?」

「止めとくわよ。エノクが居れば十分だろうし。」

 

そこには、戦場の真ん中に立ち会話を交わしながら武器に付いた血を払うリサとイオリがいた。寄生されていた様子であった者達は一人残らず虫ごと上半身が消し飛ばされるか細切れにされていた為、この二人が仕留めたのだろう。いきなりの出来事に戸惑っている仲間をよそに、ファンフェイシーはリサとイオリに近づくと、頭を下げた。

 

「……申し訳ない、また助けられてしまった。それに私達が付けるべきケジメも………。」

「そんな事言ってる暇があるならさっさとそいつら避難させなさいよ。」

 

リサは取りつく島もない様子で肩を竦める。隣で愉快そうに笑うイオリもそれに同意していた。

 

「そうさね、あんたらは逃げたほうが良いだろうねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃないと、巻き込まれるよ?」

 

 

 

ドゴンッ!!

 

「GRAAAAAaaaaaa!!!」

 

イオリが示した先には柱に叩き付けられる傷だらけの獣とそれの命を狙う狩人と老紳士がいたのであった。




エルさんのイメージははコートを着たオーバーロードのセバスみたいな感じです。基本的に紳士かつ仲間思いのプロムン世界では珍しいかなり良心的な人です。尚、戦闘方法は拳とナイフを用いた超近接の模様。

あと、作品の中でリサが使っていた矢に関しては独自設定です。秘儀もシモンの弓剣の弓状態も水銀弾を使うので、「混ぜたら良いんじゃね?」と思った結果こうなりました。つまる所、矢の形をした水銀弾を媒介にしてそれ自体を秘儀にしてます。単発で放った時に付与したのは呪詛溜まり、複数本同時に放った時は作中で言ったように彼方への呼びかけを矢として使っています。
それぞれの効果としては以下の通りです。

・古い狩人の遺骨→矢が認識出来なくなるかつ防げなくなる。
・小さなトニトルス→矢が雷を纏う。威力は麻痺から消し炭まで調節可能。
・精霊の脱け殻→純粋な威力上昇+精神に向けて防御不能のダメージ。なお、元の威力は人体を軽く貫通してレンガ程度であれば破壊するレベルとする。
・エーブリエタースの先触れ→着弾した場所からエーブリエタースの触手が近くの対象目掛けて襲いかかる。人に着弾した場合はその対象を拘束する。
・彼方への呼びかけ→ホーミング性能+爆発追加。爆発の威力は後述の呪詛溜まりよりも低い。複数同時可能。
・聖歌の鐘→着弾地点の周囲の対象、着弾した相手の回復。
・獣の咆哮→矢が飛びながら衝撃波をばらまく。所謂ノックバック。
・処刑人の手袋→ホーミング性能+対象に着弾した場所からの腐食。
・使者の贈り物→強制的に矢に向けて注目させる。
・マダラスの笛→矢の着弾地点に大蛇が突き上げる。なお、対象に着弾した場合はその場所目掛けて大蛇が噛みつく。
・夜空の瞳→矢の速度の倍増かつ距離減衰の無効。
・呪詛溜まり→着弾地点で巨大な爆発が起こる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獣の主

バイト等で忙しすぎて遅れてしまいました。取り敢えず、今週中にもう一話投稿出来るように頑張ります。早く研究所編に行きたいです。





それでは、どうぞ。


「フンッ!」

「ガァッ!!」

 

バキィッ!!

 

エルが振るう拳は獣が振りかぶって来た腕へと吸い込まれるように入り、そのまま辺りに衝撃波を撒き散らしながらぶつかり合う。最初は互いに一歩も引かず、単純な力の押し付け合いとなっていたが、段々と押され始めたエルは迎え撃っていた腕の力を抜き、化け物の腕を受け流す。そこで一瞬出来た隙に懐に入れてあるナイフを化け物の頭目掛けて投げつけた。

 

「ギガァッ!?」

 

エルの手元から消えるような速度で放たれたそれは獣の眉間に突き刺さる。刃渡り15cm程のナイフがほぼ見えないため、相当深く入ったのだろう。思わぬ反撃に獣は仰け反るが、次の瞬間には何事も無かったかのように動き始め、エルを押し潰そうと両腕を振り下ろした。事前に攻撃を予感していたのか難なく避けたエルは顔をしかめていた。

 

「………。」

「どうされました?」

「…………いえ、何でもありませんよ。」

 

いつの間にか隣にいたエノクに話しかけられるも、軽く返事をするだけでまた獣へと向き合った。こちらに狂ったような目を向ける弟子だった獣に対し、エルは鋭く睨み付けた。

 

「グルアッ!!」

 

そうしてまた獣が動き出す。

 

「シッ!」

 

飛びかかりを跳躍し避けたエルは真下を通った獣の手に別のナイフを突き立て、床と縫い合わせる。

 

「グギャッ。」

「喰らいなさい。」

 

そう言って獣の肩に向けて踵落としを決めた後、そのままの勢いで頭に向けて回転蹴りを喰らわせる。獣の体が勢い良く仰け反った事からもその威力がとんでもないということが分かる。すぐさま反撃に出ようとした獣だったが、脳を揺らされた影響かそれとも何度も自分を傷つけられた事に対する怒りか、もしくは人間だった頃の記憶の残り粕の影響か、エルの存在しか捉えられていない。警戒すべき相手がまだいたことに気がついていないのだ。

 

「よいしょー。」

 

メギャゴッ!!

 

そのため、エノクが後ろから殴りかかって来た事にも気づかない。片手で振り回していたローゲリウスの車輪は獣の胴体を抉るように捉える。不意を突かれた獣は横に吹っ飛ばされ、貫通したナイフによって手を大きく損傷したのであった。

 

「グルル「隙を作って下さってありがとうございます」ッ!?」

 

体をくの字に曲げて吹き飛んだ獣が顔立て直す前にエルは肉薄しており獣が顔を上げた頃には眼前に拳が迫っていた。

 

ドチュッ!!

 

抵抗する暇もなく、エルの拳は真っ直ぐ獣の頭に打ち込まれた。その際ナイフの柄を巻き込むように殴った為、より深く刃が入り込む。頭の中を掻き分けながら進むナイフの側からは大量の血が吹き出し、エルの腕を赤く染めた。

 

「アGaッ。」

「…………………。」ガシッ

 

獣の肩に乗り、無言のままナイフの柄を掴むエル。獣は何かを考える頭を貫かれているため、動く事が出来ない。そして、

 

ブチッ

 

 

ドグシャッッ!!

 

その腕をナイフごと真上へと振り抜き、獣の脳や体液を撒き散らし大量の血液の噴水を作り出した。エルは獣の血を真正面から受ける前に、床へと着地しその手に持つナイフを握り直しながらそれを見つめていた。

 

「……さぁ、来なさい。」

「………………………。」

 

獣がゆっくりと姿勢を戻し、前足を地面に着ける。その体からは肉がぐちゃぐちゃになるかのような不気味な音が響き続けていた。首を無くし、もう体を動かす指令を出す脳自体が潰された筈だが、その動きには明らかな意志があった。

 

グチャッ  バキュッ     ゴギギャッ

   ドチュッ   ズシャッ

 

未だに血が滴る首から、途切れ途切れに血が吹き出し始めた。のっそりと動く体は不自然に膨張したり、皮膚の下で何かが動き回るような様子が見受けられた。やがてそれが治まると今度は頭を下げるような姿勢を取り始め、唐突に震えだした。それを見た二人は今すぐにでも動けるように体勢を整える。

 

ゴギッ

 

そうして決定的な何かが折れたような音がした後、

 

 

 

「キシャァァァaaaaッッッ!!」

 

 

 

巨大な寄生虫が首の断面を食い破って飛び出した。

 

「何ともまぁ……醜悪な。」

「シンプルに言いましょうよ、気色悪いって。」

「否定はしませんが、少なくともあの体はあの子の物なので………あまりそう言った事は口にしたくないですね。」

「でしたら、こう考えてみては?『大切な人の体を好き勝手されている』って。」

「………成る程。」

 

エノクの言葉を噛み砕くように思考に浸るエルに向かって寄生虫が襲いかかる。その先端にある口は鋭く尖る牙を携えており、獲物の肉を食らいつくそうとその顎を開いた。しかし、その刃は何にも捉える事無く空を切る。寄生虫が認識を更新した時には、既に二人は体をひねり避けていた。目がないからか、視認することは出来ない為寄生虫が気付く事は出来なかったが、既にエルは腕を一切の迷い無く振り下ろしていた。

 

「ならば、早々にこの虫を始末しなくてはなりませんねぇ。」

 

ドチュッ!!

 

エルの手刀は寄生虫の体を捉えるも、切断するには至らなかった。危機を察知し二回目の手刀が来る前に体を引き、頭を下げようとする寄生虫だったが、その直後に傷を負った場所とは別の箇所へ衝撃が走る。

 

「そうですね、まぁ先ずは動きを鈍らせる事から始めましょうか………また獣血の主と戦うことになろうとは。」

 

そこにいたのは担いでいた車輪を自らの力等を乗せて振り下ろしたエノクだった。エルへと声をかけながら放たれたその一撃は寄生虫………獣血の主に取り付かれたフィクサーだったものの胴体に入った。

 

「回れ。」

 

それと同時に車輪の仕掛けが動き出す。エノクの言葉に呼応するように並んでいた二つの車輪のうち片方が獣の肉を巻き込みながら回りだし、禍々しく赤黒い何かを解き放った。

 

「回れ、回れ、回れ。」

 

獣の血を撒き散らしながら車輪を回転させるエノク。禍々しいオーラは凝縮され続け、最終的に車輪が見えない程にまでその存在を濃くしたのだった。その後、一度獣血の主を蹴って離れたエノクは車輪を両手で構えると、今の車輪と似たようなオーラを発する処刑人の手袋を自分の手の位置に直接出現させ、身に纏った。その際、車輪と手袋のオーラが反発するような動きが見えたが、エノクは気にせず口を動かし始めた。

 

「………呪いよ、怨念よ、血を喰らい命を削れ、新たな魂を汝らが同胞へと導け。」

 

ガァァァァァァァァァァ

 

エノクの言葉に呼応するように呪いが吼える

 

「回れ、回れ、回れ、回れ、回れ、回れ、回れ。」

 

一度静止した車輪が独りでに動き出した。その回転は車輪に宿った怨念を巻き込むことで渦となる。

 

「廻れ、廻れ、廻れ、廻れ、廻れ、廻れ、廻れ。」

 

最早ローゲリウスの車輪としての面影は形位であり、そう思わせる程にどす黒いオーラが凝縮されたそれはおおよそ無機物が擦れる際に立つ音とは程遠い何十人もの人間の呻き声のような音を立てて回転し続ける。触れた物全てを削り取るような勢いだ。普通の人間であれば見るだけで気を失い、近くに立つだけでその渦巻く怨念に当てられて発狂してしまうだろう。

 

「くるくる、くるくる、くるくるり。」

 

しかしそんな呪いの塊のような物を手に持つ少年(狩人)は一切怯んだ様子は無く、それどころか回転を加速させてゆく。ぐるぐる等と言う可愛らしい擬音なんて物はとっくの昔に失われていた。そんな危険物を片手に、エノクは天使のような笑みを浮かべ、抉られた部分を押さえる獣血の主に向けて問いかけた。

 

「さぁさぁ汚らわしい虫さん?

 

呪いと一緒に流れて消えるか

 

それとも渦の中で千切られるか

 

どっちが良い?」

 

昼食の献立の希望でも聞くかのような穏やかな表情でこの世の地獄を凝縮したような武器を担ぐというほぼ矛盾しているような状態のエノクに対し、獣血の主が選んだのは

 

 

 

「ギシャァァァァァッ!!!!!」

 

 

 

理性の欠片もない特攻であった。支配し、操っている元の肉体が優秀なのか、振るわれた腕の風を切る音は生物が出して良い物ではない。しかしエノクは余裕の笑みを崩さない。

 

「そっかそっか、どっちもがご希望なんだね。獣らしくて、欲張りだね。でもあの人は体の持ち主の遺品が欲しいみたいだから、3/4殺しで赦してあげる。」

 

肩に担がれたまま廻る呪いの車輪の真ん中を掴んだエノクは、それをそのまま上に掲げた。

 

「呪いよ、怨念よ、そこにいるのは怨敵と成り果てた者、憎き虫によって姿を変えられた者、呪いよ、怨念よ、廻れ、廻れ、廻れ、廻れ。」

 

上向きの車輪はさらに加速し、渦巻く呪いは濃度を増す。そして、獣血の主の拳がエノクを捉えようとしたその瞬間に合わせるように回転する車輪の面をぶつけた。

 

 

 

ガチンッ

 

 

 

 

 

開いた車輪が閉じる。

 

 

 

 

 

ドチュッ

 

 

 

 

 

獣の腕は消し飛んだ。そして

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

呪いは解き放たれた。鼓膜をつんざく奇声、叫びは辺りを揺らし、周囲の生物に本能的な不快感を与える。エノクによって「命を削れ」と産み出された呪い達は、一番近くにいた生物……獣血の主へと殺到する。振り払う腕を失くしている獣血の主は抵抗する暇も無く大量の呪いの波に飲まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてて………久しぶりにやったなぁ…………車輪もガタガタだし、暫くこれは使えないかなぁ。」

「…………申し訳ありません、これは…一体?」

 

獣血の主が大量の呪いに纏わりつかれ、団子状態になっている傍ら、少し顔を歪ませるエノクにエルが呆然としながら話しかける。目線は呪い団子に釘付けである。問いかけられたエノクは答えた。

 

「呪いです。今回の場合は、種類の違う呪いを手袋を介して混ぜて爆発力を高くするようにして、攻撃を受けてそこから呪いが吹き出すようにしてました。」

「呪い……ですか。」

「僕らが使うのはあくまでも借り物ですよ。それに、これは早期決戦を狙う技ですし………ほら。」

 

そう言って差し出されたエノクの肘から先はあらぬ方向へとへし折れ、潰れたように血を吹き出していた。何とかその腕に抱えられたローゲリウスの車輪は罅が入って軋んでおり、固いものにぶつけた瞬間ボロボロに崩れ落ちそうな様子だ。その様子を見たエルは目を見張った。

 

「大丈夫………には見えませんね。」

「えぇ、車輪の修理急がないといけませんね。」

「いえ、貴方の腕の事ですよ。」

「?」

「何故首をかしげるのですか。明らかな重症でしょうに。」

「…………あ、そうですね。まぁ大丈夫ですよ、どうにかなりますから。それよりもあれを。」

 

自分の話題から話を反らすエノクが指を差した方では、呪いが少しばかり収まって獣血の主の姿が見えてきていた。

 

「………カウンター一撃であそこまで相手を追い詰められるものなのですか。」

 

寄生していた体は無数の裂傷や抉られたように無くなった肉、そこから溢れだした内臓、消し飛んでいなかったもののエノクの手以上に悲惨にぐちゃぐちゃになっている手足等、目も当てられないような様子になっていた。その上、今も呪いによる体の崩壊は続いている。

 

「あ、そうでした、こちらを。」チャリッ

「はい?」

「一応回収しておいたネックレスです。遺品……という形になるんですかね?」

「………お気遣い、ありがとうございます。もう少し、そちらを持っていて貰えますか?」

 

無事な左手で差し出されたネックレスに悲しそうに微笑んだエルは受け取らずに歩を進める。その先には体がピクリとも動かない獣血の主がいる。その手前で立ち止まったエルはゆっくりと口を開いた。

 

「まだ、生きているのでしょう?」

「…………………………………。」

「いい加減、出てきたらどうですか。最早貴方が勝つ術などありません。」

「…………………………………。」

「……………さっさと出て来るといい。他人を頼ることでしか生きることの出来ない欠陥生物が。」

 

その声に怒りを滲ませながら発した言葉は、体内に引っ込んでいた獣血の主にまで届いていた。そして、その言葉に込められた侮蔑と軽蔑の意味までも。

 

「…………………キシャァァァァァァッッ!!

 

体の持ち主の意識は当の昔に消えており、自分の事であることを自覚した獣血の主は激昂して飛び出した。その様子は、最初にエルへ食らいつこうとした時の再現であるかのようだった。

 

「これで終わりです。」

 

ジャキッ

 

エルの腕が残像を見せて消える。遅れて聞こえて来た斬撃の音と共に、獣血の主はエルの眼前でその動きをビタリと止めた。

 

 

 

 

ザウッ!!!

 

 

 

 

 

次の瞬間、獣血の主は横一文字に真っ二つになった。その際、エルの方にも血は飛んできたが、新たに服が汚れた様子は一切ない。

 

 

ベチャッ

 

 

獣血の主の肉と血が音を立てて床に落ちた。この部屋にいた最後の蟲は駆逐されたのであった。

 

 




カインハーストと処刑隊の装備ってそういえばどちらも呪い関係のやつあったなぁ…と思った結果こうなりました。後、エルさんは手刀で最後の奴をやりました。

エノクはローゲリウスの車輪に宿った怨念をベースに獣血の主の血を媒介にして喚ばれた処刑隊の手袋の怨念を加えてそれをエネルギーとして車輪をぶん回してます。そんでもってその回転を呪術的なエネルギーとして、新たな呪いを産み出すために使い、半永久的に呪いを増やし続ける機関が出来上がります。作中ではエノクは普通に持っていますが、それは呪いを産み出した主であることと、存在自体が呪いよりも上位であるためで、普通の人間であれば触れるどころか近づくだけで呪いに飲まれて呪いの一部となるか体が崩壊します。なお物理的にはノンストップで回転が加速し続けるので、触れられたとしても消し飛びます。止める方法としては呪いを解放・浄化する位しか無いです。代償として、武器の消耗が激しすぎること等が挙げられます。一回使っただけでぶっ壊れるのはざらで、最悪武器自体が消し飛びます。ついでに使用者の腕もぶっ飛びます。

なお、ずっと「廻れ」だとか回転に関する事がでていたのは、呪いを永久機関に例えているからです。最初に加えるエネルギーと操作に関する力を除けば、無限に呪いは増え続けます。まるでヤーナムの街を蝕んだ病のように。いつまでも治まることのない人の恨みのように。傍迷惑な神の愛のように。





エノクくんは戦闘になるととことん自分に無頓着になります。上位者に片足突っ込んだ狩人であるがゆえ自分の体はどうとでもなるのでしたがないとも言えますし、好き好んで怪我をしたい訳では無いのですが、優先順位はリサ、その次に知り合い、その後に自分です。普段は怪我をしないようにしてますが、それは「これ、見たくないだろうなぁ」という相手に対する気遣いによるものです。そのためか、狩人時代ではリサを庇った事が死因となることが多かったそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血の遺志

かなりの不定期投稿ですがお許しください。エルデンリングは殆ど情報を仕入れてませんが、取り敢えずヒロインが何人か居るのは分かってます。




それでは、どうぞ。


「お疲れ様でした、こちらをどうぞ。」

「ありがとうございます。」

 

最後の敵対存在も生命活動を止め漸く安全に動けるようになった部屋の中、獣血の主の亡骸の前でエノクはエルにネックレスを渡した。

 

「その腕はいかがなさいますか。宜しければ、私達が使っている治療施設をお貸し致しますが「ちょっと、エノクッ!」おや?」

 

向こう側にいたリサがずんずんと大股で近づいて来る。

 

「あ、リサ「その技止めなさいって言ったわよね!まーた変な所で自分の体を犠牲にするんだから~も~!」わっ、ちょっと、落ち着いて。」ユサユサ

 

ガッシリとエノクの肩を掴んだリサはそのまま前後に揺らし始める。されるがままのエノクは苦笑いを浮かべて口で静止を呼び掛けるが、止まる気配はない。その背後にいたイオリは口を開く。

 

「派手にやったねぇアンタ、離れてた私達まで余波が来そうだったんだが?」

「あ、それはすいませんでしたイオリさん。力を溜めすぎると制御がしづらくて………それでも、出来る限り獣血の主に向くようにしたんです。」

「そうかい。で、その腕はどうする?アンタだったら片腕でも何とかなるだろうが、不便だろう?」

「あ、そこはご心配無く………リサ、そろそろ離して?」

「…………後で話あるから。」

 

頬を膨らませたリサの言葉に頬を掻くエノクはボロボロになったローゲリウスの車輪を仕舞うと左手で一本の注射器を取り出した。中には赤黒い液体が満タンに入っている。エノクは左手で注射器を掴んだまま振り上げ、

 

「えい。」ドスッ

 

そのまま右腕に突き刺した。

 

「ッ!?」

「ほぉ……?」

 

突然の奇行にエルは目を見開き、イオリは興味深そうに覗き込んだ。しかし、それを意に介さないエノクはそのまま注射器の中身を体内に流し込んで行く。その最中、潰れた右腕に異変が起こる。

 

ズチュッ パキパキュ メキャッ ジュワッ

 

異音を響き渡らせながら右腕が蠢き始めた。人間としておかしい様子は暫く続き、約一分後、

 

「…………うん、大丈夫そうだね。」グッ パッ

 

潰れた筈の右手を開いたり握り込んだりしているエノクがいた。顔色一つ変えず、当たり前のように行われたあたり、いつもの事なのであろう。確認が終わったエノクは空になった注射器を握り潰した後、いつもの笑みを浮かべてイオリに向き直った。

 

「さ、行きましょうか。」

「あっはははははっ!今のはスルーしろってことかい!流石に無理があるよ!」

 

大爆笑するイオリは笑いを堪えながら質問をする。

 

「くふははッ………で、一体どういう原理なんだい?見たところ、血液をぶちこんでるようだが?」

「ようもなにも、ただの輸血液よ。」

 

側にいたリサが短く即答する。そして、その補足をするかのように口を開き始めた。

 

「昔受けた施術のせいで血を取り込んだりするとどれだけ瀕死であろうとも回復出来るのよ。返り血とかでもいいし、互いの血を舐め合っても何とかなったわ。」

「ふぅん?」

「ま、一種の儀式みたいなものよ。血を代償に体を回復する仕組みが体全体に張り巡らされているとでも思って置けばいいの。」

「そうかい、ひとまずはそれで納得しておくよ。」

 

言葉とは裏腹に探るような目線を向けてくるイオリから目を反らし、他のフィクサー達に指示を出していたエルに向き直る。それに気がついたエルは三人に向けて頭を下げた。

 

「おや、どうされました?」

「改めてお三方にお礼を。この度は我々の依頼を受けてくださり、ありがとうございました。」

 

突然のお礼の言葉に呆気にとられる三人だったが、いち早く意識を戻したイオリが口を開いた。

 

「ふぅむ、今回この子らを連れてきただけだしねぇ、私が礼を受けとるというのは少々お門違いさ。」

 

そう言ってイオリは二人を置いて、帰還に向けて準備をするフィクサー達の元へ歩き始めた。

 

「そもそもこの依頼受けたのはイオリさんなんですけどね……。」

「あぁ、勿論お二人にも報酬をお支払い致します。」

「あらそう?ま、貰える物は有りがたくいただくわ……それはそうとして。」

 

済ました様子で返事をするリサは傍らに転がる亡骸の方をチラリと見やる。

 

「これ、どうすんのよ。」

「どう、とは?」

「この死体、持って帰るかって聞いてんのよ。正直、ここで何とかした方が良いと思うけど。」

 

一切取り繕う事のないその発言にエルは一瞬だけ息が詰まる。しかし数秒間思考を巡らせた後、口を開いた。

 

「…ここに置いて行きます。あの寄生虫は死に絶えましたが、再発しないとも限りません。」

「そうですか………でしたら、こうしましょう。」

 

エルの答えに対しエノクは何かを思い付いたようで、虚空から銀色の如雨露のような何かを取り出した。絡繰じみた仕掛けが付いているそれを見せるように持つと、詳細を話し始める。

 

「これ、少し特殊な火炎放射機なんですけど……ここで火葬しますか?それだったら寄生虫が復活する心配もないのですが。」

「宜しいのですか?」

「放置して寄生虫の温床になるよりかは何倍も良いでしょう?虫なんて物はいくらでも湧いてきますから。」

 

ニッコリと笑いながら問いかけるエノクは、エルがゆっくりと頷くのを確認した後、手に持った如雨露のようなもの……火炎放射機のトリガーに指をかけて発射口を獣血の主の亡骸に向ける。

 

「貴方がせめて人としての死を迎えらますように。」

 

近くにいたリサ位にしか聞き取れないような小声で何かを呟いた後、

 

 

ボウッ!!

 

 

発射口から巨大な炎が巻き起こる。それは次第に形を成し、亡骸を包むように燃え移った。見た目の割には熱が無いが、不思議と見入ってしまう何かがある。亡骸を燃料に静かに燃える炎であったが、暫くすると少しづつ弱くなり始めた。

 

「……………これで、狩り(弔い)はおしまいです。」

 

段々と炎は小さくなり、やがて完全に消え去った。そこにあった筈の亡骸は跡形も無くなっており、代わりに赤く煌めく小さな何かが存在していた。エノクはゆったりと歩いて近づくとその何かを拾い上げ、顔の前まで持ち上げた。雪の結晶のような形をしたそれを視界に入れたリサは意外そうな声を上げた。

 

「血晶石じゃない。」

「うん……だけど、それだけじゃない。」

 

エノクとリサにとっては聖杯ダンジョンで飽きる程に狩り取り(ガチャを回し)その度に一喜一憂したものであり、夢の世界から目覚めた後も何度か作った事のある代物であったが、今しがた拾ったそれに、エノクは少しばかりの違和感を感じており眉をひそめていた。

 

「………あぁ、成る程。」

「何か分かった?」

「遺志だよ、この血晶石の元になった人の。完全に獣血の主に支配されたかと思っていたけど………体がまだ覚えていたのか、それとも残されたのがここだけだったのか。」

 

納得した様子のエノクは拾った血晶石をそのままエルに投げ渡した。放物線を描いたそれは、難なくエルの手の中に収まる。事情を知らないエルは疑問を浮かべながら問いかけた。

 

「こちらは?」

「あの獣の中に残っていた人の部分です。おそらく、貴方に渡したネックレスの持ち主の方が遺したものですね。」

「!」

「その遺品と一緒に納めてしまえば、供養位にはなるでしょう。」

「そうですか…有りがたく頂戴します。」

「所長、帰還準備が完了しました………死んだ者達を連れ帰る事は出来なさそうですが。」

 

そう言ってネックレスと共に血晶石をコートの内ポケットに入れたエルへファンフェイシーが近づいて来た。入り口付近では昏睡したままの仲間を抱えるフィクサー達でごった返している。

 

「そちらも火葬しましょうか?」

「………お願いします。」

「任されました。」

 

エノクは軽い返事と共に寄生虫の餌食となった者達の亡骸の元へと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

「………どうかしたか、ブランカ。」

「あ、ファンさん……いえ、大丈夫です。」

 

遺体の火葬も終え、遺跡の際深部を出た一向は剣を抜いたイオリを先頭に来た道を辿っていた。その隊の中、一人思い詰めた顔をするブランカは隣でサイゴォレイアルを背負ったファンフェイシーに話しかけられていた。

 

「…そういえば、お前は目の前で人の死を見るのは初めてだったな。」

「はい……事務所の皆さんに拾われたのが他の子よりも早かったので…………。」

「……………気に病むなとは言わん。だが、ここでは生物の死が日常だ、それは私達人間も例外ではない。弱者は淘汰され、成す術もなく死んでいく。」

 

ファンフェイシーは言葉を続ける。

 

「親しかった奴が突然息絶える事もある。昨日まで話をしていた奴がこの世から消えることもある。」

「…………はい、分かってます。」

「だから忘れるな。記憶からの逃避もせず、それを真っ正面から受け止めてその上で進まなくてはならない。」

 

そこで一度言葉を切ったファンフェイシーは真っ直ぐ前を見つめて口を開いた。

 

「私達にはそういう生き方しか出来ないからな。」

 

 

 

 

(随分とまぁ立派な精神ね。)

(良いじゃないか。それに、僕らも似たような物だと思うけど?)

(………全部を受け止めるってのは相当な物よ?私達は最初から背負わざるを得なかったんだから仕方ないけど、まともな人間が耐えれるものでもないでしょ?余計な事まで拾っていたら、自分が潰れるだけじゃない。)

(まともな人間、っていうのは僕らには理解出来ないんだよ。比べる相手が居ないから、基準が分からない。少なくとも、ずっといたあの世界の"まとも"なんて、信用出来る事ではないし。)

(そういうもんかしらねぇ。)

 

小声で会話する二人は、その手に血濡れの武器を握りながら一行の後ろを静かに着いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中、怪物にエンカウントすることはあったが、その殆どを先頭に立つイオリとエルが蹴散らし、背後から迫る化け物は狩人達が音も立てず処理したため特に被害もなく地上へとたどり着いた。

 

「それじゃ、私達はここでお暇するよ。」

「皆様、この度は私達の依頼を解決してくださり、ありがとうございました。」

 

イオリとエノク、リサに向けて頭を下げたエル。それに続き、後ろに控えていたファンフェイシーとブランカもそれぞれ頭を下げていた。他のフィクサー達は被害者達の治療の為に先に事務所へ向かっている。イオリの斜め後ろに控えていたエノクは虚空に手を入れながら口を開いた。

 

「もう被害が広がる事は無いでしょうが、一応保険をかけておきましょうか?」

「そんな物があるのですか?」

「はい、これですね。」

 

そう言いながらエノクは掴んだものを引っ張り出す。目の前に差し出され、ぶら下がるそれを見たブランカは不思議そうに呟く。

 

「ランタン……ですか?」

「そうですよ、まぁ使う目的は本来の物とかけはなれてますけど。」

 

そこにあったのは丸みを帯びた携帯ランタンであった。少々使い込まれた様子が見られるが、造形が細かく一種の芸術品のような印象を受ける。エノクは笑顔で携帯ランタンをブランカに差し出した。

 

「これを灯せばそういう存在(・・・・・・)は近寄らなくなるかと。ついでに外郭の異形達にも少しは効果があると思いますよ。」

「……それはありがたいのだが、一体どういう原理なんだ?」

「じゃあ聞くけど、あんたは大した利益にもならないのにいかにも『かかってきたらぶっ殺す』みたいな気配醸し出してるやつにわざわざちょっかいかける?」

「ちょっと待て、何なのだこれは。」

 

リサの物騒な例えに思わず突っ込むファンフェイシー。受け取っていたブランカは持っている品の得体のしれ無さに怯えて震えている。

 

「私達が狩りの時に腰に着けて使ってたの。ちょくちょく手入れはしてたんだけど、獣とかの返り血浴びまくったせいで獣除けみたいな物になっちゃって、獣を狩ろうにも逃げるからしまってたのよ。」

「僕らには不要な物なので遠慮無く受け取って下さい。」

「そう言うことでしたら……ブランカ、管理を頼めますか?」

「は、はい!」

 

エルから話しかけられたブランカはランタンを両手で抱えながら緊張した面持ちで返事をした。その様子を見届けた後、都市のフィクサー三人はそのまま遺跡天使事務所の面々と別れ、帰路に着いたのであった。

 

「では、私達も戻りましょう。ファンフェイシー、ブランカ。」

「「了解です、所長。」」

 

イオリ達を見送った三人は踵を返して自分達の仲間(家族)の元へ歩を進め始めたのだった。

 

「………?」

「どうかしたか?」

「……いえ、気のせいですね。」

 

 

ヒョコッ

「~♪」

 

 

ランタンと共に一人の使者を連れて。

 




これにて遺跡編終了です。次回からは都市の中に戻って行きます。

狩人が血を体内にぶちこんだだけで怪我が治る仕組みについて、作中では「血を媒介にして体を治す術式を起動させてる」と言ってますがこれは説得するための方便です。公式から空かされている設定ではないので個人的な考察で申し訳無いのですか、怪我が治る理由は「ある種の思い込み」なのだと思っています。もっと言えば「血によって怪我が治る」という空想(夢)を現実に持ってくる事で治った結果が上書きされるのだと思ってます。死んでもその事実を夢オチに出来るので、それの応用なのかなと、そんな感じです。

血晶石とランタンに関しては設定を生やしました。使者くんが着いて行ったのは気分です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

契り

口調が安定しません……。



それでは、どうぞ。


「ファル、終わらせてきたよ。」

「随分とお早いですねイオリさん。3日も経ってませんよ?」

「連れてったこの子らが優秀でね、依頼自体は1日で終わってるよ。」

「ついでに外郭で狩りをしてました。」

「な、成る程……。」

「そういう物だよ、受け入れなファル………ふむ、そうだね、ちぃとばかし席を外すよ。」

 

後日、ファルに出迎えられそのまま依頼達成の報告を告げた一向。するとイオリが何やら携帯端末らしき物を取り出し、何処かへ行ってしまった。その背中を見送る二人に対し、ファルは話題を切り出す。

 

「そういえば君達二人に再依頼が入ってるんだけど。」

「内容は?」

「前回と同じく「食料調達」だよ。」

「………あぁ、22区ね。」

「どうするんだい?一応断る事も出来るけど。」

「いえ、受理します。依頼主の方には「一週間以内に届ける」と伝えておいてください。」

「分かったよ…っと、帰って来ましたか。」

「すまないねぇ、少し知り合いに確認を取ってたんだ。」

 

形だけの謝罪をしたイオリはエノクとリサの方をチラリと見た後、ファルに対して話しかけた。

 

「で、だ。この二人の等級、今も9級かい?」

「いえ、一応今回の結果を含めて8級に昇格させようかと。上が納得するかどうかですが……。」

「渋ったねぇ。ま、無所属の奴らは大体そんなもんか……よし、私の名前で推薦しといてくれ。せめて7級ぐらいまで上げてもらおうか。」

「ちょ!?そんないきなり言われても!」

「何勝手に私達の事を進めてんのよ。」

 

大人達の間で繰り広げられる会話の内容にストップを入れるリサ。怪訝な表情を隠そうともしないリサはイオリに尋ねる。

 

「何が目的?」

「なぁに、先輩から有望な後輩に向けた餞別さね。ま、少しやってほしい事はあるが、それもあんたらからしたら大したことでもないだろうよ。」

「……メリットは?」

「貰える金が増える。あと、依頼をある程度選べるってもんかね?等級が上なら、その分実力に見合った報酬が貰えるって事さ。」

「……どうしようかしら、正直胡散臭いんだけど。」

「ふむ……頼みたいこととは?」

 

エノクの返答にイオリは笑みを深くする。

 

「話が分かる奴で助かるよ。知り合いの仕事の手伝いをして欲しい。私の教え子の一人でね、今は護衛専門の2級フィクサーだ。」

「その方の任務を手伝えと?」

「あぁそうさ。何でも、少しばかり規模の大きい依頼らしくてね、一人じゃ荷が重いと思ったのか私にも依頼を寄越してきたが……生憎、私にも予定というものがある。そこでだ、あんたら二人を私の代わりに送りたいのさ。」

「ふぅむ………。」

「おや、あまり良いとは言えない顔だね。」

 

イオリが依頼の詳細を語るが、それを聞いたエノクは少しばかり眉をひそめていた。

 

「正直に言いますと、僕らは相手を殺すことには長けていても守る事に関してはあまり得意とは言えないんですよ。」

「あぁ、それについては問題無い。あんたらはあくまでも遊撃だ。守りはアイツに任せて得意分野で暴れりゃどうとでもなるだろうよ。」

「あ、それなら良いです。」

「なら契約完了だね。ファル、そういう事だから後は頼んだ。ちょっと人に会う約束をしてるもんでね。」

 

そう言うと、良い返事が返って来たことに機嫌を良くしながらその場を離れる。止める暇もなく去ってしまった自分の師匠に重いため息を吐くファルであったが早急に気を取り直して下から自分を見上げている二人から話を聞くことに意識を向けた。

 

「ファルさん、お願い出来ますか?」

「………分かったよ、取り敢えず何とかしてみる。あと、君達に回された任務に関しては、僕の方で探して受理しておくよ。特色の推薦であれば通るだろうしね。」

「ありがとうございます。」

「じゃ、私達も武器の手入れとかしなきゃいけないからそろそろ行くわ。」

「うん、任務の場所に関しては端末に入れとくよ。」

 

 

 

 

 

数分後、エノクとリサの二人は薄暗い路地裏を歩いていた。周りに人は居るものの表の通りより重苦しい雰囲気は、裏路地が決して安全ではない事を思い出させる。しかしそんな物お構い無しに歩く二人は、やがて人影すらない狭い路地へと入って行った。

 

「あったあった、3日ぶりだね使者くん。」

 

そう声をかけた先には一本の曲がった鉄の棒にぶら下がった青白い光を放つカンテラと、その下に集う使者の姿があった。エノクとリサの存在に気が付いた彼らは、わらわらと手を振っている。するとそのうちの一人が二人の足元に近づいて何かをジェスチャーし始めた。

 

「………あ、また?」

「次は誰かしらねぇ。」

 

それから何かを察した二人はその場から広がった霧の渦の中に沈むように消えて行った。

 

 

 

 

 

「む、帰って来たか。」

「成る程、貴方でしたかヴァルトールさん。」

 

狩人の夢へと帰還した二人を出迎えたのは穴の開いた鉄バケツを被った一人の男……ヴァルトールであった。

 

「また着けてるのねそのバケツ。」

「そうだな、本来であれば君達に譲った物なのだが……いかんせんこの状態に慣れてしまってな。再び被る事を許してくれ。」

「構いませんよ、長と言う立場に強い拘りもありませんし。今の貴方は獣食らいでは無く連盟の長としてこの場にいるということでよろしいですね?」

「感謝する、同士よ。………そういえば、どうやら最近虫を潰したようだな。」

 

なんでもないかのように告げられた言葉。しかし、二人はその内容が意外だったのか少しだけ目を見開いていた。

 

「確かに虫は何匹かぶっ殺したけど、"淀み"のカレルは着けてないわよ?それにあの時にはもう虫が見えなくなってるんじゃなかったの?」

「分かっているとも。今のお前達は連盟員として立っているわけではあるまい………何故かは知らないが、この状態になってから以前より意識が明確になった気がしてな。虫の気配がより分かるようになったのだよ。」

 

そこまで言ってヴァルトールは一度言葉を切って物憂げに宙を見上げた。

 

「どうかされました?」

「なに、今更思い返す事でも無いのだろう……いや資格が無いと言った方が良いのか………今になって"虫"というのは、何だったのかと思うのだ。」

「………貴方がそれを言う?」

「その通りだとも、あの時、一人残された私が禁忌を犯して獣を食らった時に淀みと共に虫を見出だした私が言える事では無いのだ。だが、正しく振り返れる機会を得た今、ふと考えてしまうのだよ………。」

「……取り敢えず、座りましょうか。椅子ならありますよ。」

「……感謝する。」

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、狩人様方。」

「ただいま、人形さん。いきなりで悪いけど、お茶を淹れて貰えないかな?」

「お客様でしょうか?少々お待ち下さい。」

 

ペコリと頭を下げた"人形"は、どうやら掃除をしていたようで、その手にははたきが握られていた。その後、"人形"が紅茶を淹れるためにいつの間にか存在していた厨房へ足を運んでいる間に三人は椅子に腰かけて向かい合う。

 

「それで、結局の所あんたはどうしたいの?」

「どう…とは?」

「理解したいのか、納得がしたいのか、よ。正直に言って私達だって完全に分かってる訳では無いけど……それでも貴方が求めてる答えらしき物は知ってるわ。」

「本当か?」

「同じ物である保証は無いけど……それでも?」

「出来るなら、聞かせて貰えると有難い。」

 

リサの問いかけに対し、真っ直ぐに見つめ返すヴァルトール。肯定の意を受け取ったリサはそのまま口を開いた。

 

「……貴方の生きた時代よりも昔にとある狩人が一つのカレル文字を見つけたのよ。『導き』、そう呼ばれていたわ。」

「『導き』?」

「えぇ、獣を狩る中でその狩人を導いた光の糸に付けられた名前よ。医療教会に所属する狩人の筆頭が信じた、細くて儚い、光だったらしいわ。」

「……医療教会だと?」

 

リサの話に出てきた言葉にピクリと反応するヴァルトール。その後、僅かな殺気が漏れだし始め、エノクは少しだけ困った顔をしながら尋ねた。

 

「やはり、医者はお嫌いですか?」

「あの頭のイカれた奴らにはうんざりだったとも。」

「確かに、獣の病が流行った原因も彼らですし、治療と称して馬鹿みたいな実験を行ってましたけど…………あれ、もしかして反論の余地もない?」

「あそこの連中が狂ってるのは今更でしょ。一部はまだましだったけど、患者はもう原型留めて無かったし……というか話が反れてるわよ。」

「狩人様方、お茶が入りました。」

 

リサが呆れた声を出したところで"人形"がポットとカップが乗ったトレーを持って近づいて来た。

 

「あら、ありがとう………うん、いつも通り、美味しいわね。」

「ヴァルトールさんもどうぞ、召し上がって下さい。」

「そう言うのであれば有り難く頂戴しよう。」

 

自分の前に出されたカップの持ち手を掴み、自分の頭を覆う鉄をずらしながら口に近づけてそのまま入っていた紅茶をすする。カップから口を離したヴァルトールは一息着くと感心したように呟いた。

 

「ほぅ、見事な物だ。ここまで上質な物を飲んだのは久方ぶりだ…………して、先程の話の続きは、どういったものだろうか。導きを得たその者はどうなった?」

「そうね……貴方、狩人の悪夢って知ってる?」

「?……すまないが、そういった名称の事件は聞いたこともない。」

「事件ではありませんよ。血に酔った狩人達が行き着く、文字通りの悪夢です。」

「何故そのような物を……まて、今その話題が出るということは……。」

「えぇ、彼……ルドウィークさんはそこに居ましたよ。表現出来ない程に醜い獣となって。」

「発見した時は背負ってた剣の使い方すら忘れてたわ。ま、最後辺りは少しだけ理性が戻ってたみたいだけど。」

「成る程、私の知らぬ所でそのような事が………しかし、そうなるとその導きとは何だ?人の形すらも失う時点でろくな物でもあるまい。」

「貴方もよく知ってる物ですよ。」

「……虫か?」

「そう考えてもよろしいかと。狩りの狂気の中に見えた導きの光、淀みの中に潜んだ虫。見た目こそ違えど、それに取り付かれた者の末路は皆獣です。貴方も言っていたでしょう?「何処もかしこも虫だらけだ」と。」

「あぁ……確かに言ったな。しかし……いや………。」

「どうかされましたか?」

「すまない、記憶が曖昧でな……君達にこの長の証を残した後の事があまり思い出せんのだ。」

 

額の部分を押さえるヴァルトール。鉄兜の隙間から聞こえた声には困惑と動揺が含まれているのが分かる。

 

「私は確かにこの鉄兜を残した後にあの場所を去った筈なのだ……………。」

「それは間違いないわ。連盟員としての呼び出しに応じてたけど。」

「……すまない、その記憶も無い。」

 

暫くの間俯いて思考を巡らせていたヴァルトールだったが、やがてその事実を受け止めたのか真っ直ぐ二人を見て話の続きを促した。

 

「……まぁ、良い。そもそもここにいること自体、夢現のような事なのだからな。」

「話の続きしていい?」

「構わないとも、取り乱してすまないな。それで、虫の根絶の話であったか?」

「若干違うけど……まぁ大体似たような物ね。結論を言えば、貴方が言ってた事は強ち間違いでも無かったのよ。」

「………そうなのか?」

「貴方が見ていた虫は人の精神に巣食う寄生虫……ま、虫の形をした別物だったのよ。特に『血の医療』を行ったり、受けたりしていた医者や狩人、患者がその存在の影響が顕著に現れるわ。」

「知らず知らずのうちに上位者の力に頼った結果でしょう。もしかしたら獣などの返り血を浴びたりしても感染しているかもしれませんね。僕らみたいな特殊な例もありますけど、基本的に思考から変化させられて最終的には肉体までもが異形になる……といった感じです。貴方だって、心当たりがあるでしょう?」

「……………私は、どうすれば良かったのだろうか。」

「過ぎた事は思い返せたとしても、やり直しは出来ませんよ。僕らだって悪夢を終わらせて、自分の領域にする事でしか進めなかったんですから………それを望まぬ人が居たかは知りませんが、恨み程度なら受け入れますよ。」

「そもそも私に後悔なんて無いけど……もし貴方が何か思うことがあるんだったらしっかりと向き合いなさいな。」

 

そこまで言うと、エノクとリサは何処からか取り出したクッキーを食べて咀嚼し、紅茶でそれを流し込む。

 

「……やはり君達は強いな、私も見習わなくては。」

「いえいえ……あ、そうだ、相談料の代わりと言っては何ですが、一つ契約をして貰えませんか?」

「契約?」

「今までの物と似たような事ですよ。もしかしたら、正式な肉体を持ってこちら側にこれるかも知れないですし。なにより、虫と類似した何かがあるかもしれないので。」

「呼び出せるのか?……言ってしまえば今の私は幽霊のような者だぞ?」

「互いに承認すれば可能性は有るわ。そこら辺は私達の力でどうにか出来るだろうし。」

「どうしますか?ヴァルトールさん。」

 

二人からの問い掛けに暫く顎に手を当て考え込む様子のヴァルトールであったが、やがて顔を上げた。

 

「………様々な事で世話になったからな、私で良ければ力になろう。」

 

少し晴れたような雰囲気となった彼は立ち上がり、口を開いた。

 

「そろそろ私はお暇させていただく……漂っていた世界をもう一度見てくる事にしよう。私と同じように連盟員がいるやも知れんからな。」

「ヤマムラさんなど僕らと縁の深い方はもしかしたら何処かに留まってたりするかもですね。探すのであれば、そういった場所を訪ねられたらよろしいかと。」

「感謝する。」

 

一度頭を軽く下げたヴァルトールはそのままその場を後にし、姿が見えない場所まで去って行った。残された二人は人形の淹れた紅茶を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ師匠、わざわざ俺を呼び出すなんて珍しい事もあるんだね。」

「来たかい小僧。妹とは仲良くやってるのかい?」

「それが、最近やたらと自立したがってねぇ……「お兄ちゃんに頼らず生きていけるようになりたい」ってさ。」

「立派じゃないか、応援してやりな。」

「でも不安だよ。どっかで悪い男に引っ掛かったりしてないか気が気じゃないっていうのに……。」

「それはあんたの都合だろうが、このシスコン。」

「そんなに褒めないでよ~……で、何の用?」

「なぁに、ちょいと調べて欲しい事があってね。」

「……それってわざわざ俺に頼む必要ある?師匠に何とか出来ない案件だったら流石に無理なんだけど。」

「物は試しという奴さ。勿論報酬は用意するよ。」

「ふぅん……ま、いいや。で、何について?」

「ヤーナムって街の事を出来る限り調べてくれ。頼んだよ?

 

 

アルガリア。」




bloodborneのDLCで拾える装備の一つ、狩装束「官憲」にヴァルトールさんの過去らしきテキストがありまして、それを参考に書いてます。

ヴァルトールさん含め連盟員の皆さんが見ていた虫は、所謂人間の中にある獣性が具現化したものだと思っています。人間としての性質を獣性(虫)が食い荒らす事で狂気に陥り、普通の人間などであれば獣へと変容し、耐性のある狩人は血に酔って更なる血を求めて全てを狩りの対象にする、といった感じですかね。まぁ最初から人の中に眠るものでもあるんでしょうけど。


あと、前に言ったかも知れませんが、二人が悪夢を終わらせた後、ヤーナムや狩人の悪夢等に残っていた者は纏めて夢から覚めました。まぁその全員が取り込まれ、何回も繰り返された悪夢の中で必ず何回、何十回と死んでいるので、意識はあれど肉体は消滅しています。そもそも死んでる人もいますし、謂わば幽霊状態です。ただ、狩人の夢は言葉の通り「夢」であるため、実体となって存在も出来るのです。

無茶苦茶になってるかもしれませんが、お許し下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寄り道

ちょくちょく他作品のキャラクターらしき人物が出てくるかも知れませんが、そう言うもんだと思っていただけたら幸いです。



それでは、どうぞ


カランカラン

 

「おや、随分と早いご到着だね。依頼の承諾の連絡が来てから1日位しか経って無いんだが………。」

「他の依頼もありましたので、先にこちらを済ませようかと。」

「で、依頼主はいる?」

 

翌日、二人の姿は少し前に訪れた事のある23区の一角のカフェにあった。マスターである老人は少し驚いた顔をした後、困ったような表情を浮かべる。

 

「残念だが、今は居ないね。もし納品に来たって言うんだったら裏の方の調理場に置いといてくれないかい?」

「前回と同じですか?」

「あぁ、私を介して依頼をするのは大抵料理人でね、その場で調理出来るように幾つかの厨房があるんだよ。ブッキングしたら大変な事になるだろうからね。」

 

そう言いながら老人は店のバックヤードに二人を通す。表の厨房を通り過ぎ、一度見た廊下を通りながら、エノクは老人に対して尋ねた。

 

「先程の話を聞いて思ったのですが……よくばれませんね、ここの事。ハナ協会が黙って無いと思うんですが。」

「はっはっはっ、私はカフェのマスターをしているただの老人だよ。彼女らには、場所と名前を貸しているに過ぎないんだ。それに、23区(ここ)に住む人間は、旨い物が食べれたら過程など気にしていないんだよ。」

「やっぱり貴方も食えないタイプの人種ね。恐らく盾も幾つか用意してるんでしょ?」

「おや、君達は私の敵となるのかな?」

 

そう言って振り返る老人の顔は、人の良い笑みが浮かんでいたがその中には明確な殺意をひしひしと感じる。確実に常人ではないのが分かる濃密さである。しかし二人はそれを受けても何とも無いように答える。

 

「そんななんの得もない事しないわよ。殺るんだったら料理人の方を消すわ。」

「ここのドーナツ美味しかったですし、わざわざ潰すような真似はしませんよ。ここら辺では珍しいまともな店のようですから。」

「………ふむ、嘘は無いようだね。」

 

敵意などが一切無い事を悟った老人は何事も無かったかのように殺気を霧散させる。

 

「失礼したね、こんな事をしている物だから少々そういうのには敏感なんだ。」ガチャッ

 

謝りながら開けた扉の先は前に訪れた時よりも少々綺麗な様子であったが、誤魔化しようもないこびりついた血の匂いが二人の鼻を刺した。部屋の中央に置かれた調理台には真新しい痕跡こそ無いものの、そこに刻まれたおびただしい血の跡はその姿を隠しながらも存在感を発し続けている。老人は、その隣を通り過ぎ、備え付けられていた巨大な冷蔵庫の取っ手に手を掛けた。

 

「ここを第2のキッチンにする人も多くてね………こういった設備は私を通じて手配しているんだ。」

「ふーん……で、何処置いとけば良い?」

「この冷蔵庫の中で頼めるかい。それと、報酬は後日払うと言っていたよ。」

「そうですか、承知しました。」

 

そう返したエノクは虚空に手を入れ、そこから機械じみた何かを取り出した。生き物ではあるようだが、外見だけ見ればそもそも可食部があるのかどうかすら怪しい代物である。ただ、その頭部から走る亀裂と頭を貫くように空いた穴から流れていたらしき血の様な液体の跡と、そこから見える肉によってこれが生物であることが分かる。但し、食欲等は沸く筈もない。なんと無しに取り出した機械擬きであったが、エノクは特に気にすること無く放り投げる。続けざまに隣にいたリサも帰り際に狩った異形や巨大な獣を冷蔵庫の中に放り投げた。

 

「うん、これぐらいでいいかな。」

 

満足げなエノクは手に付いた汚れをはたきながらそう呟き、振り返りながら老人に話しかけた。

 

「あ、こないだ売り切れてて買えなかったカヌレとガトーショコラってまだありますか?」

「あぁ、どうせなら焼き立てを持っていくといい。君たちが来る少し前に丁度出来上がったばかりなんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

数分後、三人の姿はカフェの前にあった。

 

「買ってない物まで入ってるんだけど?」

「君達は今後もお世話になりそうだからね。期待を込めた前サービスだよ。」

 

老人はそう述べた後、気になっていたことを尋ねる。

 

「そういえば、この後の依頼とは何かな?」

「僕らも詳細は知りませんが……確か護衛任務とか何とか。」

「同じ依頼を受ける奴の知り合いから頼まれたのよ。「人手が足りないから手伝ってやって欲しい」って。」

「ふむ………そうか。いや、すまないねわざわざ止めてしまって。単純な興味だから気にしなくても良いとも。それじゃあ、今後ともご贔屓に。」

「…………。」

「リサ、そろそろ行こうか。焼菓子、ありがとうございました。」

 

はぐらかすような態度の老人を訝しげに見やるリサであったが、隣にいたエノクが切り上げた事で肩を竦めながら踵を返した。ペコリと礼儀正しく礼をした後、足早に駆け寄りリサの隣に並ぶエノクを見送る老人の顔には、少しばかり疑問が含まれているようだった。

 

(………彼らはまだ低級のフィクサーだった筈。実力があったとしても目をつけられるのみ………それに、護衛依頼となると……………最近頭角を現しているフィクサーか?)

 

そこまで考えた所で老人は小さく頭を振って意識を切り替える。

 

「深追いしてはいけないね、早く仕事に戻ることにしよう。」

 

そう呟くと、老人は店の中へと戻って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「むぐむぐ……。」

「はぐっ。」

 

一度狩人の夢を経由することで23区から1分足らずで11区の中心地にある駅の前に着いた二人は、近くのベンチに座ると早速買った焼菓子を頬張った。モゴモゴと口を動かす姿は年相応の物である。リサは一度口の中にある物を飲み込むと、隣のエノクに話しかけた。

 

「んぐっ……で、依頼主との待ち合わせ場所って何処だったっけ?」

「ちょっと待ってて……えーっと、ここが現在地だから………2つ隣の区の端辺りだね。一応線路が通ってるから、ここからでも問題なく行けるんじゃないかな。」

「そ、じゃあ早速行きましょ」

 

菓子が入っていた紙袋を片付けた二人は立ち上がり、腰に取り出した仕込み杖を差しそのまま駅構内へと入って行く。殆どの人間はそのことを気にも留めず、自分の目的のために歩を進めている。

 

「………。」

「どうかしたのかい?」

「………んーん、何にもないよ、パパ。」

「ごめんなさい、待たせたわね。さ、行きましょ。」

 

しかし、少し離れた場所から赤毛を三つ編みにした幼げな少女がその二人の背中を見つめていた。正確にはその視線は二人の持つ杖に注がれていたが、手を繋いでいた父親であろう男性に話しかけられた事で意識をそちらに向けた。そして母親らしき女性がそこに合流した後、少女は二人と手を繋いで改札へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

ガタンゴトン  ガタンゴトン

 

「こないだ乗ったのとは違うのね、個室があるなんて。」

「金銭的に余裕があるし、少し離れた場所だからね。こういった贅沢しても構わないでしょ?チケットが取れたのは幸運だったね。」

 

列車に揺られる二人の姿は対面式の椅子のある個室の中にあった。座るソファは肌触りの良い素材が使われており、高級そうな雰囲気を感じる。リサは備え付けられた窓の外を見ながら口を開いた。

 

「何時になったら着くのかしらね。」

「半日かからない位じゃないかな。この速度であればの話だけど。」

「どの道しばらく暇なのは変わらないのね。」

「まぁこういった時間も悪くないじゃないか。」

 

そう言ってエノクは虚空に手を入れると、何冊かの本を取り出した。それを自分の座る場所の隣に置き、その内の一冊を開きながらリサへと問いかける。

 

「リサはどうする?」

「………本って言ってもあの街から回収したものにまとものなんて無いだろうけど。」

「狩人の夢に残されてた先生関係の本ならあるよ?」

「仕掛け武器に関する記述は?」

「何冊かありそうだったね。まだ全部把握しきれてないけど………ここ辺りかな?」

「じゃ、それ頂戴。」

「了解。」

 

エノクは再び虚空に手を入れると、そこから一冊の古びた本を取り出した。その表紙にはシンプルな装飾が施されていたが、タイトル等は無く、どこか物悲しい雰囲気を感じる。差し出されたそれを受け取ったリサは足を組み、静かにページを捲り始めた。その姿を見ていたエノクも暫くすると自分の手元にある本に目を移し、読書を始める。彼の手に握られている本には、「聖剣の英雄」というタイトルと一本の輝かしい剣が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が経ち、エノクが一冊目を読み終えて二冊目に入ろうとしたところで不意に扉の外からノックの音が聞こえてきた。反射的に振り向くと、ガラス越しにワゴンを引く人影が立っているのが見えた。何故かペストマスクで顔を隠しているが、制服らしき物を身に纏っているため列車の従業員か何かなのだろうと考えたエノクはその扉を開き、声をかける。

 

「はい、何でしょうか。」

『何か入り用な物はごさいやせんか。軽食や飲み物等は取り揃えております故、お申し付け頂ければ用意いたしやしょう。』

 

するとノイズ混じりの声で返事が来た。その声色から男性であることは分かるのだが、いかんせん複数種類の声が重なっており若いのか老いているのか分かりにくい。しかし言葉の内容と雰囲気からして敵ではないのだろう。聞き覚えの無い方言のせいだろうか、どこか古風な感覚を抱かせる男に対し、エノクは暫く悩んだ後注文することにした。

 

「……そうですね、コーヒーを二杯頂けますか?」

『ありがとうごさいやす。少々お待ちを。』

 

そう言うと男はワゴンの中から2つの紙コップと一つのポットを取り出した。ポットからはコーヒーの香りが漂っている。男は丁寧にコーヒーが注がれたコップに蓋をすると、そのままエノクへと差し出した。

 

『私特性のブレンドとなっております、お熱いうちにどうぞ。コーヒーフレッシュや砂糖は必要ですかな?』

「いえ、お構い無く。ありがとうございます。」

『私はこの列車の中を歩いてございますので、ご用があれば気軽にお呼びくだせぇ。』

 

すると男はゆっくりとお辞儀をするとワゴンを押して何処かへと去っていってしまった。その背中を何となく見送っていたエノクであったが、

 

「いつまでそこで立ってるの?」

 

リサに声を掛けられた事でそちらに意識を向ける。受け取ったコーヒーを渡すと礼を告げながら飲み始め、また本に没頭し始めたリサをよそに目だけで男の去っていった方を見るが、通路には既に誰の気配も無かった。その後、エノクもリサの向かい側に座り、コーヒーを楽しみながら次の本を手に取るのであった。

 

 

「この絡繰私達でも作れるのかしら。だとしたら結構売れそうだけど。」

「うーん、出来ない事は無いだろうけど………この都市では武器の製作には特殊な許可が必要みたいだし、時間的にもかなり先の話になるかもね。」




二人の乗った列車のイメージとしては、ハリー・ポッターシリーズでホグワーツに向かう時に乗っていたあれだと思って下さい。車両の片方が通路で何個もある部屋に繋がっている感じです。

訪ねてきた物売り男は列車のスタッフの一人で、ワゴンにある飲み物などは全て彼が用意しています。ラインナップとしては飲み物だけでもコーヒー、紅茶(数種類)、緑茶、中国茶(烏龍茶など数種類)、ミルク、ココア等……特別変な物じゃなかったら彼に言えば『少々お待ちを』と言って紙コップに入れて出してくれます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜更かし

過去が分かっているキャラはあれど、それを書こうとすると途端に難しくなりますね。





それでは、どうぞ。


「改めて見てもまともな事書かれてる本の方が少ないわね…………これなんか研究のメモ代わりにされたのか全く関係ない事書いてるし。」

「集めてそのままのやつもあるからね。落ち着いたら一回整理しないとなぁ………あ、コーヒー無くなってる。」

 

暫く本に没頭していたエノクとリサは体をほぐしながら言葉を交わす。二人が座る長椅子には、十冊程の本が無造作に放置されていた。本の種類や分厚さはまちまちで、中には絵本らしき物から辞典と呼んでも違和感が無い物まである。一度休憩しようと紙コップを手に取ったエノクだったが、口の中にコーヒーが流れて来ることは無く、少し残念そうに本を片付け始めた。

 

「さて、と。今どこら辺かしら。」

「うーん……あのスタッフさんに飲み物の追加貰うついでに聞いてみようか。」

「あ、私も行くわ。」

 

散らばっていた本をポイポイと放り投げ、雑に虚空の中へとしまったリサに少し苦笑いをしたエノクであったが、気を取り直して自分達のいた部屋の扉を開けて通路に出る。丁寧な装飾が施された額縁のような窓枠からは妖しい光が点々と灯る暗い街並みが見えた。どうやらすっかり夜になっていたらしい。

 

「……目的地に着くまでに明日になってそうだね。」

「じゃあ寝る?それともヤる?」

「取り敢えず後者は無しで。」

「えー………。」

「……依頼終わったら好きなだけしていいよ。」

「俄然やる気が出てきたわ………ふふふふ、エノクに触手で………楽しみだわぁ。」

「まだ着いてすら無いから、一旦落ち着いて。」

 

地味に興奮し始めるリサをなだめるエノクであったが、ふと何かを感じ取ったように顔を上げる。リサも妄想に水を刺されたようで不機嫌な顔をしていた。

 

「………………。」

「………………。」

『お客様、どうかされましたかな?』

 

二人揃って天井を見上げていると、先程のスタッフの男がどこからか現れて話しかけてきた。ワゴンは引いて無いが代わりに掃除道具らしき物を持っている。

 

「あぁ、丁度良かった。少々お尋ねしたいことがあるのですが……よろしいですか?」

『ええ、構いませんとも。して、その内容とは?』

「私達の目的地までどれぐらいかかるか分かるかしら?ここなんだけど……。」

『ふむ、少し拝見させていただきやしょう。』

 

リサが差し出したチケットを覗き込んだ男は少しの間考え込むように無言になったが、ふと顔を上げて声を出した。

 

『そうですな、あと6時間弱といった所でしょうかねぇ。もしお休みになられるのであれば毛布等もご用意致しますが、いかがなさいますか。』

「いえ、大丈夫です。代わりと言ってはなんですが、コーヒーをもう一杯貰えますか?」

『畏まりました。』

 

男はそう言って礼をすると、踵を返して通路を歩き始めた。が、その途中で立ち止まると少しだけ振り返って二人に向けて話しかけてきた。

 

『あぁ、言い忘れるところでした。今現在、この列車にネズミが入って来ていたようでしてねぇ。もし何かありましたら私の所までご一報願えますかな?』

「ネズミですか……それなら、今上に気配がありますけど。」

 

そのエノクの言葉と共に天井からガタガタと音が鳴り響いた。それと同時に先程まで感じていた気配が動き始めたのが感じ取れた。

 

『おや、どこに隠れているのやらと思いましたが…………ご協力感謝いたします。お礼として、こちらの品はサービスさせていただきやしょう。』

 

感心した様子の男の手には、掃除道具ではなくコーヒーの入ったコップ二人と菓子が存在しており、それを二人に差し出して受け取らせるとそのままコツコツと革靴の音を鳴らして歩いていってしまった。顔を見合せる二人であったが、

 

「「ま、いっか。」」

 

の一言で流した。既に目的は果たした上、これ以上関わっても余計な手出しであると分かっていたため、二人は受け取ったコーヒーを持っていそいそと自分たちの部屋へと戻って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、本飽きたから銃の手入れしてていい?」

「……そうだね、ずっと本を読む訳にも行かないし。」

「じゃ、決まりね。」

 

所変わって、リサとエノクは室内の照明に照らされながら言葉を交わしていた。外は更に闇が深くなっており、窓には二人の姿がぼんやりと反射している。通路も明かりこそついているものの、人の眠りを妨げない位には光量が調整されている。そんな中、二人は本をしまうと、代わりに普段から使っている武器と手入れ道具を取り出した。別で取り出した布の上にそれを乗せると、二人は一つ一つの道具を点検し始める。

 

「あ、少し変形機構が緩んでる。さっさと直しとかないと。」

「それじゃあついでにこの刃部分取り外してくんない?エヴェリンが少し詰まってみたいだから先にこっちしたいの。」

「ん、分かったよ。」

 

そう言ってリサからレイテルパラッシュを受け取るエノク。二人が早速作業に取りかかろうとした所で、急にリサが顔を横に向けた。

 

「………そこにいるのは誰?」

 

扉の向こうに語りかけるように放たれたリサの言葉に反応するように小さな人影がビクリと動いた。暫くして、柱の陰に隠れていたその人影は恐る恐る顔を覗かせた。そこにいたのは、二人の外見よりも幼い女の子であった。

 

「……………。」ジーッ

「………どちら様?」

「……………。」ジーッ

 

何も答えずただひたすらこちらを見つめて来る赤毛少女に、思わず顔を見合せる二人であったが、取り敢えず、同性であるリサが椅子を降りて扉に手を掛ける。

 

ガラッ

「………!」

「貴女、名前は?」

 

目線を合わせるように少し屈んだリサは威圧的にならないように首を傾げながら優しく尋ねる。少女は少しの間ポカンと呆けた顔をしていたが、やがておずおずと口を開いた。

 

「……ミカ。」

「そう。ま、取り敢えず入りなさい。夜に小さな子を一人にするなんて事にはしないわ。」

「……いいの?」

「別に気にしないわよ。ね、エノク。」

「うん、そうだね。」

「……おじゃまします。」

 

リサの誘いとエノクの賛成もあり、手を引かれててくてくと入って来た少女……ミカは、促されるままリサの隣に座った。そうした場合、当然机の上にある整備中の銃や武器が目に入る。

 

「わぁ……!」

 

すると、ミカは途端に目を輝かせ、食い入るようにその武器を見つめ始めた。先程までのおどおどとした態度など嘘であるかのようにガバッと顔を上げたミカは興奮した様子で口を開いた。

 

「ねぇねぇ!これじゅうだよね!?はじめてみた!」

「いきなりどうしたのよ。」

「取り敢えず落ち着いて?あんまし煩くしたら他の所で寝てる大人の人に怒られちゃうよ?」

「あ、ごめんなさい……。」

 

突然の変化に面食らった二人であったが、気を取り直してミカに対して話題を振る。

 

「まぁ、そもそも貴女何処から来たのよ。親は一緒じゃないの?」

「えっとね……おとうさんとおかあさんはもうねちゃったの。だけどわたしはあんましねむくなくて………たんけんしてみたくなったの。」

「それで、この部屋についたのかな?」

「うん、あかるかったから。」

 

落ち着いた様子のミカは二人からの質問に一生懸命に答える。その様子は微笑ましい物であった。すると今度はミカが二人へと問いかけた。

 

「それで、お姉ちゃんとお兄ちゃんは?」

「ん?……あぁそういえば、名前言ってなかったわね。私はリサよ。」

「僕はエノクだよ、よろしくね。」

「うん!」

 

ぶっきらぼうながらも丁寧に接してくれるリサとふんわりとした笑顔で優しく接してくれるエノクにほんの少しだけ残っていた警戒心が無くなったのか、ミカは満面の笑みで返事をする。

 

「それで、君は何か気になる武器はあるの?」

「!みせてくれるの?」

「構わないよ、君が満足するまで見ていって。」

「じゃあ、じゃあ、たくさんみたい!」

「落ち着きなさいって。はい、じゃあこれ。」

 

リサは隣で期待で目を輝かせるミカに刃の部分を取り外したレイテルパラッシュを見せる。

 

「これなぁに?」

「銃剣……の銃部分よ。レイピア部分はこっち。危ないからあんまし触るんじゃ無いわよ?」

「……どうやってにぎるの?」

 

そのまま刃部分をエノクに渡し、ミカへレイテルパラッシュを握らせようとするリサであったが、複雑な変形機構や高貴そうな装飾の数々で目が点になっているミカは首をかしげていた。

 

「こうよ。変形させることで剣から銃に変わるの。見てなさい。」

 

レイテルパラッシュを持った方の手首をミカに当たらないようにスナップさせ変形機構を起動する。

 

「装填方法は癖あるけど、中々便利よ?」

「わぁ……かっこいい!」

「……今更言うのも何だけど、変わってるわね貴女。」

 

純粋に喜んでいるミカの姿を見て、改めて思った事を口に出すリサの顔には苦笑いが浮かんでいた。

 

「私達よりも幼い子ってあの子位しか知らないから何とも言えないけど………少なくとも武器を見て喜ぶ女の子って珍しいんじゃない?」

「分からないよ?こんな世界だし、自衛手段の一つや二つは持っててもおかしくないんじゃないかな?」

「んー………そういうもんなのかしら?」

 

エノクの言葉を加味しても、明確な答えが出ないリサはテーブルに肘を乗せ、渡された変形したレイテルパラッシュを色んな角度で眺めるミカを横目で見ながら問い掛ける。

 

「ねぇ。」

「?なぁにおねぇちゃん?」

「何で貴女、そんなに武器とかが好きなの?」

「んーとね、おとうさんがいろいろみせてくれるの!それがいつもたのしいの!」

「武器を見せてくれる、ねぇ……武器商人か何か?」

「んーん、こうぼうがあるの!」

「へぇ、職人なんだ……あ、ちょっとコレ貸してね。」

 

段々と引き出されていく情報の中に気になる事があったのか、ずっとレイテルパラッシュの刃の手入れをしていたエノクは断りを入れ、レイテルパラッシュに刃を取り付けながら話の詳細を聞き始める。

 

「それで、例えばどんな事を?」

「えっとね、ぼろぼろになったぶきをなおしたりしてるの。わたしにはよくわかんないけど、まだとっきょ?がないからつくれないものもあるんだって。」

「あぁ、頭の許可云々……確かそんなのが。」

「むずかしいことはよくわかんないけど、おとうさん、ほんとはじぶんのぶらんど?をもちたいんだってさ。」

 

聞き齧った情報を頑張って話すミカ。彼女の趣味嗜好の理由を察する二人であったが、特に気にする事でも無いため別の話題を切り出した。

 

「あ、こっちも見る?危ないから気をつけてね。」

「ふしぎなかたち~。」

 

エノクは話の間に点検と整備を終わらせ、折り畳んだノコギリ鉈をミカに見せる。すると興味をそそられたのか、覗き込むように刃の部分を見始めた。

 

「ん~?ぼろぼろ~。」

「まぁこれについては長いこと使ってるし、刃を研ぐ技術も自己流だから。教えてくれる人なんかいなかったしね。」

 

ミカの言うとおりテーブルの上に置かれたノコギリ鉈の状態は見た目に限った話ではかなり酷い物である。ボロボロの包帯が巻かれた刃は磨かれているのが分かるぐらいには光を反射しているが、欠けた部分が幾つか見受けられる上、ノコギリ刃も取れている所もある。柄も巻いている布が千切れ、下にある黒ずんだ鉄の棒が見えていた。エノクも、それを承知しているのか、ミカの感想を否定せず、苦笑いをうかべている。

 

「これも、へんけいするの?」

「うん、本当だったら勢い良く振り下ろさなくちゃいけないんだけど………このストッパーを外したらっと。」

 

ガキンッ!

 

「!」

 

柄と刃を繋げている金具部分をいじくられたノコギリ鉈は金属同士がぶつかり合ったような音を立てて開く。自分の身長より少し短い位の長さになったそれを見せられたミカは少し驚きながらも、それ以上のワクワクで胸がいっぱいのようで、そーっと持ち手の部分を触ろうと手を伸ばす。しかし、

 

「あぁ、ごめん。見せた僕が言うのもなんだけど、コレにはあんまり触らない方が良い。」

「?……どうして?」コテン

 

触れる直前にエノクの手がやんわり入り、そのまま受け止められた。不思議そうに首をかしげて尋ねるミカに対し、問い掛けられた当人は口を開いた。

 

「色々とあってね、この武器………少しだけ危ない代物になっちゃったんだ。」

「?ぶきはあぶないものだよ?」

「まぁその通りなんだけど、半分呪われてるみたいなものだからさ。もし君が持ったら……。」

「持ったら………?」

「もう二度と武器を触れなくなっちゃうかもね?」

「!それはいや!きをつける!」

「うん、良い子だね。」ポフッ

 

そう言ってエノクは手を膝の上に戻したミカの頭を優しく撫で、微笑みかける。撫でられるミカも照れながらも嬉しそうに笑っており、その様子はまるで仲の良い兄妹のようであった。

 

「……………………………。」

 

なお、その間リサは淀んだ瞳を一切閉じること無くエノクへと向けていた。それを知ってか知らずか、エノクは頭を撫でていた手を離し、口を開いた。

 

「ま、取り敢えずコレはしまっておくとして………他のも見る?」

「見る~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて、もうじき零時、お客様方がそろそろお眠りになる時間なのですが………。』

「あ、あがっ………。」

『これですものねぇ。』

 

呆れたような声を出しながらため息をつくような動作をする影。うっすらと辺りを照らすランプの光はその影の主を照らす。それは、先程までエノクとリサと言葉を交わしていたスタッフの男であった。周りには木箱や荷物らしき物が大量に置かれており、そこが貨物専用の車両であることがはっきりと分かる。しかしこの状況で何よりも目を引くのは、そのスタッフの前で血塗れになって倒れる人間であった。

 

『ご苦労様ですね、わざわざ列車に飛び乗ってまで盗みを働こうとするとは。誰かの命令ですかな?』

「ぎっ………ぐがっ………。」

 

機械的な音声でありながらも呆れの感情がひしひしと伝わってくる男に対し、倒れている人間……盗人は何かを言い返そうとゆっくりながらも体を起こそうとする。が、

 

『おっと、逃げて貰っちゃ困ります故、繋ぎ止めて差し上げましょう。』シュンッ!!

「ァギッ!?」ドスッ

 

スタッフが腕を振るうと、袖から針のような物が出現しそのままの勢いで人間の腕へと突き刺さった。痛みによりもがく人間であったが、尖ったアイスピックが眼球スレスレに突き立てらた事でそのもがきをピタリと止める。

 

『余り煩くしないで欲しいんですがねぇ。折角お眠りになられているお客様が目覚めて文句を言われてはたまった物ではありません……では改めて問いやしょう、貴方様の目的は?』

「ぎっ……誰がっ……てめぇ何かに………!」

『拒否権なんて、あるとお思いで?まだ仕事が残っています故、早くして欲しいんですが。』

 

焦りを見せる盗人は刃物を突きつけるスタッフを見上げる。ペストマスクのガラス部分からはこちらを何の感情もない瞳が見下ろしており、こちらに向かってその手に持っているアイスピックを脳天へと貫かせるのに躊躇いなど感じないのがありありと分かる。自分が本当に情報を吐かせる為だけに生かされているのを悟った盗人であったが、不意に何かに気が付いたような顔をする。それと同時に

 

「くたばれッ!」

 

ガインッ!!

 

『!』

 

ずっと身を潜めていたもう一人の人間が手に持ったバットをスタッフの頭目掛けて思いっきり振り切った。気付くのが遅れたスタッフはその一撃を防ごうと腕を上げるも、それごと体を吹っ飛ばされる。地面に叩きつけられたスタッフを横目に倒れた仲間の治療を始めた。

 

「おい、さっさと起きろ。時間がねぇんだぞ。」

「うるせぇ!痛ぇんだぞクソッタレ!……グッ!」

「早くしろっつってんだろ。」

「わかってるっての……だがその前に、こいつにやり返しとかなくちゃ気が済まねぇなあ!」ドスッ!

 

腕に刺さった針を抜き、地面に叩きつけようとした男は側に倒れるスタッフに気が付くと、そちらの方に突き刺した。ついでに持っていたナイフも刺すと、それで満足したのか、興味を無くしたのか、さっさと止血した盗人は仲間と共に前の車両へと向かって行ってしまった。残されたのはアイスピックが突き刺さったままスタッフと盗人の血痕のみである。

 

『これはこれは、油断してしまいました…………いけませんねぇ、これでは他のお客様にご迷惑をかけてしまいます。早急に捕まえなくては。』

 

しかしスタッフは何事もなかったかのように起き上がると、自分の脇腹に刺さったナイフを引き抜き、手で弄びながら歩き始め、盗人達が出ていった扉へと近づいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ………。」

 

数十分後、はしゃぎ過ぎたのかあくびを噛み締めきれないミカが目をシパシパと瞬かせる。その隣に座るリサは室内に備え付けられた壁掛け時計をチラリと見た。

 

「……もう0時超えたのね。そろそろ戻らないと、貴女の親に抜け出した事バレちゃうわよ?」

「むぅ………まだ見たいぃ……。」

「もう限界じゃない。ほら、行くわよ。」

 

ミカが頬を膨らませて抗議するも、眠気が限界まで来ているため気力もないのか、抵抗はしない。武器への情熱に呆れながらもそのまましっかりと立たせようとするリサは一度ひょいッとミカを抱き上げた。急な浮遊感に少し驚くミカをよそにそのまま扉付近に優しく降ろす。

 

「おねぇちゃん、ちからもち!」

「日常的に反動が強い銃撃ちまくってるの、貴女位だったら余裕よ。エノク、行きましょ。」

「了解したよ。」パンッ

 

机の上に出した武器達を手拍子一つで虚空へと飛ばしたエノクは、そのまま扉を開き、先程よりも暗く更に人気も薄くなった廊下に出る。続いてミカの手を引いたリサもその隣に並ぶように歩き出す。

 

目には明確な警戒が浮かんでいた。




作中出てきたノコギリ鉈はエノクが一番最初に選んだ獣狩りの武器で、そこから何百周……時間に換算して何百年というループの中でずっと使い続け、様々な存在を殺し続けた結果、『殺す』という概念の塊みたいなナニカに変貌を遂げました。つまるところ、物凄い倍率の『獣特効・神(上位者)特効・人特効』が付与されてます。そんなもん普通の子供が触れたら耐えきれず死にます。

前回二人を見ていた子供は、LibraryofRuinaの奥歯事務所のミカさんです。武器職人の娘だったということは分かっていたので、ほぼ捏造ですが、まだ親が健在な頃のミカさんを出してみました。狩人の武器にロマン的な意味で食い付きそうだと思ったのがミカさんと鈎事務所のテインさんなんですよね。















エノクとリサが狩人だった頃、リボンの少女とは友人関係になっていました。というか、他に年の近い人も居なかった上、数少ない純粋な性格の持ち主なので必然的に距離感が近くなってました。無論、最初は警戒していましたが、ループを重ねていくうちに、彼女を救う方法を見つけようとし始めました。ただどれだけ足掻こうが、どのみち豚に食われるか、研究材料にされるか、赤い月が出て狂うかで死んでしまいます。そこで二人は世界が繰り返される誰かの夢である事に気が付くときっかけを得ました。
全てを終わらせても、その記憶が色濃く残っているので無害な子供相手には打ち解けたような感じになります。













「また会おうね、リサ、エノク。」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

闇の中で

構想はあるのに話が書けません……気長に待って貰えればありがたいです。




それでは、どうぞ


「こっちで合ってるかい?」

「ぅん………。」

「全く……もうすっかり眠気が回ってるわね。」

 

細々とした光だけが照らす列車の通路はどことなく恐怖を煽る。しかし、寝ぼけるミカを連れてそのなかを進む二人の足取りには遅いものの、恐れを感じられない。どうやら歩幅をミカに合わせているらしい。幸い、あまり離れた場所ではなかったようで、車両を二つ程前に進んだ所でふとミカが気がついたように立ち止まった。

 

「えっと……あそこ。」

 

その言葉と共に、ミカは一番端にある部屋を指差す。二人のいた部屋よりも部屋に割り当てられた空間が少し広いようで、扉もしっかりとした木製の物である。三人揃ってそこまで向かい、エノクがドアノブに手を掛けた。

 

ガチャガチャ

 

「……ん?」

「どうかした?」

「いや……鍵がかかってる。」

 

しかし、いくらドアノブを回しても扉が開く様子は無い。

 

「勝手に閉まったのかしら。」

「……おへや、はいれないの?」

「……まぁ、あのスタッフがいるでしょ、一回戻るわよ。」

 

おずおずと尋ねるミカの目に不安の感情が浮かんでいた為、一度自分達の部屋に戻ろうと提案するリサ。それに同意するように頷くエノクは、リサの着ている服を不安そうに握り締めるミカに目線を合わせて語り掛けた。

 

「大丈夫かい?」

「……はやくねないと、おそうじされちゃう。」

「『おそうじ』?………あぁ、掃除屋の事かな。安心して、この列車にまで手を出すことはないだろうから。」

「ほんとう?」

「流石のあいつらでも、この速度の列車にわざわざ飛び乗る事なんてしないでしょ。ほら、私達の部屋で良いなら寝てもいいから、行きましょ。」

「…………うん。」

「良い子ね。」

 

そうして三人は先程まで歩いて来た道の方へ向き、再び歩き出した。しかし、一つ車両同士を繋ぐ部分を渡った所でエノクとリサは足を止める。それに加え、先頭にいたエノクは腰に差していた杖を抜いて柄の部分を軽く握り、リサは近くにいたミカを庇うように立つ。二人の突然の変化に驚くミカであったが、二人は少し険しい表情で前を見るばかりである。

 

「おにぃちゃん、おねぇちゃん、どうしたの?」

「………ごめんなさい、眠るのは少し後になりそうね。」

「?」

 

ダッダッダッダッ

 

「!?」ビクッ

 

ミカは首をかしげていたが、不意に何か近づいてくるような音が耳に入って来たと同時に怯えた様子でリサの後ろに隠れた。その音は段々と大きく鮮明になり、それが足音であることが理解できる。

 

「あのスタッフ……じゃないわよね。2、3人いるし。」

「血の匂いがするし、片方は足音の軽さが片足に偏り過ぎてるね。怪我してるみたいだけど………。」

 

バンッ!

 

エノクとリサが警戒を高める中、まばらに響く足音の主達が車両を隔てる扉を乱暴に開く。

 

「あぁ、くそ、腕が思い通りに動かねぇ。」ガンッ!

「おいおい、物に当たるなよ。寝てる奴らが起きてきたらどうすんだ。」

「うるせぇ!………あん?」

 

仲間らしき男の声も無視し、癇癪を起こしたように壁を蹴る男であったが、ふと目線を上げるとこちらの様子を伺っているエノクとリサ、怯えた目を向けるミカを見つける。明かりが小さいといっても、視界を確保するには十分な為、その三人が子供である事が理解できたようである。相方の方は怪訝な表情を浮かべる。

 

「………ガキ?この時間は鍵がかかって部屋から出られない筈だが。」

「はんっ、んなことどうでも良い。こんな列車に乗る奴のガキだ、良い人質になってくれんだろ。」

 

先程までの不機嫌さは何処へ行ったのか、ニタリと笑った男は無事な方の腕に持ったナイフを三人に向けた。

 

「おいガキども、お前の親は何処だ。案内しろ。」

「まぁまぁ、人に物を尋ねる時はまずは自己紹介ですよ。僕の名前はエノクと言います。貴方のお名前は?」

「あ?何生意気な事言ってやがる。これが見えねぇのか?」

 

しかし先頭に立つエノクは特に怖がる様子も無く軽い調子で話し始めた。それが気に食わなかったのか、男は手に持ったナイフをこれ見よがしに振るう。

 

「殺されたく無かったらさっさと案内しろ。」

「ふむ……生憎、その事については承諾しかねますね。それに、なぜそのような事をしなくてはならないのですか?」

「うだうだ言ってねぇでさっさとしろ、この糞餓鬼!」

「おい待て!」

 

薄い笑顔から一切表情を動かさないエノクはのらりくらりと言葉を交わし続ける。その様子に神経を逆撫でされたのか、男は顔を歪ませ、歩き出す。仲間の男が止めようとするが、既にそれが聞こえない位に興奮しているようで、歩を止めることは無かった。

 

「俺は優しいからな、片腕だけで勘弁してやるよッ!」

「止めろ、人質の価値が下がるだろ!」

「腕一本無くしても生きてりゃ問題ねぇだろ。大人を馬鹿にするような事が出来ないようにしてやる!」

 

そう言って男はナイフをエノクに振り下ろした。

 

 

ガキンッ!

 

「ッ!?」

「取り敢えず、貴方は敵であると言うことでよろしいですね………リサ、その子をお願い。」

「分かってるわよ。」

「がフッ!?」

 

しかしその刃が届く前に、エノクは予め下段に構えていた仕込み杖を振るい、ナイフを弾き飛ばした。反撃されるとは思っていなかった男は隙を晒し、続け様に放たれた回し蹴りを防御する暇もなく吹き飛ばされた。

 

「さて、と。出来ることならこの子に大量の血を見せたくは無いのですが……どうされます?大人しくしてくれるのなら殺しはしませんよ。」

「調子乗んなッ!」

 

呆れたような声色で話しかけるエノクだったが、相手はその態度が癇に触ったのか弾き飛ばされたナイフを掴もうと手を伸ばす。しかし、それが許される筈もなくもう少しで届くと言うところで金属がぶつかり合う音と共にナイフは弾き飛ばされ、手には一筋の切り傷が生まれそこから血が吹き出した。

 

「あがっ!?」

 

男は更にボロボロになった腕を押さえ、痛みに悶える。その上追撃で振るわれた斬撃によって、その腕は取り換えでもしない限り使い物にはならない状態となった。

 

「…………。」

「おいおい……冗談じゃねぇよ。」

 

仲間の男は冷や汗を流しながら手に持った鈍器を構え、こちらに視線を寄越したエノクを見据える。一番警戒しているのは、その手に握られていた筈の杖が変形し、今現在突き付けられている金属の鞭である。

 

「なんつー武器だ、鞭になる杖なんざ聞いたこと無いぞ……何処の工房だ?」

「さぁ?強いて言うのであれば狩人の工房ですかね。」

「知らないな……まぁそんな情報期待しても無駄だし、なッ!」ダッ!

 

会話の途中で思い切り踏み出した男は鈍器を自分の前に持って来る。迎え撃つエノクは一歩踏み出し、しなる仕込み杖を振るった。その刃先は横から男の体に突き刺さろうと迫る。

 

「おらッ!」ブォン!

 

ガキンッ!

 

しかし、その刃が届く前に男によって振るわれた鈍器によって弾かれる。頬に浅く傷がついていたが、先程の男と比べればかなりの軽傷だろう。少しばかり意外そうに目を開くエノクであったが、その手を緩めること無く追撃を行う。

 

キンッ!  ガキンッ!

 

二回、三回と迫る凶刃を全力で振るった鈍器で弾く男は漸く自分の攻撃が届く範囲までエノクに迫る事に成功する。そのままの勢いで下から振り上げようと力強く踏み込む男を眼前に迫るエノクであったが、特に焦った様子も無く杖の柄を両手で持ち直すと、

 

ガギャッ!!

 

「ッ!?チッ!」

 

振り上げられる途中の鈍器へと突き立て、その勢いを完全に殺した。それと同時に鞭自体からも金属音が鳴り響き、最初の杖へと変化する。出鼻を挫かれた男は舌打ちをするが、すぐに体制を変えて鈍器を上から振り下ろした。

 

ガキンッ!

 

再び金属同士のぶつかり合う音が鳴り響く。振り下ろされた鈍器はエノクの頭を砕く前に逆手持ちで構えられた仕込み杖を捉え、そのまま互いに動かない頓着状態へと陥っていた。鈍器を握り締める男の手には血管が浮き上がっていることからも、相当な力がかかっているのは間違いないだろう。

 

「ッ!お前本当にガキかよっ!?まだ人間じゃない方が信じられるぞ!?」

「…………さぁ、そこら辺が少々曖昧でして……どうなんでしょう、僕は人間何でしょうか?」

「知ったこっちゃねぇよ、この化け物がッ……!」

 

会話を交わしながら鍔迫り合う二人。最初こそエノクを押さえつけるような体勢であったものの、段々と押し返されついに男は仰け反り始めた。

 

「シッ!」ブォン!

「うおッ!?」ガキンッ!

 

最終的には更に力が込められた仕込み杖を受け流せず、鈍器は弾かれた。男は両手でしっかりと握り締めていたため、そのまま腕まで持っていかれ体勢を崩した。エノクは杖を振り切った後、一歩後ろに下がりながら振り切った勢いで真正面へ体を向けるとそのまま男に向けて足を踏み出す。

 

「ッ!まずっ!」

 

鑪を踏み、何とかその場で踏みとどまった男であったが、次の瞬間視界に映ったのは

 

「せいっ。」

 

自分の腹に残像が見える速さで迫る蹴りを放つ少年であった。

 

 

 

バギャンッ!!!

 

 

 

 

「がはッ。」

 

凄まじいスピードで壁に叩き付けられたことで全身に致命的なダメージが入り、それに耐えきれなくなった男はズルズルと壁に凭れながら座り込んだ。衝撃によって肺から出た分の酸素も取り込めず、呼吸すら儘ならない中、目の前には先程まで打ち合っていた杖の先端が突き付けられていた。

 

「…………………クソが。」

「悪く思わないで下さい。あくまでも自業自得ですので。」

 

吐き捨てるように悪態を着く男へ向けて、エノクは逆手に持った杖を男の心臓に突き刺さるように振り上げる。その時だった。

 

「死ねぇッ!」

 

先程エノクによって腕をズタボロにされた男が反対側の手にナイフを持ったまま突っ込んで来た。エノクはそちらをチラリと一瞥しただけでまるで興味など更々無いと言わんばかりに視線を戻す。その態度に激昂した男はがむしゃらにエノクの元まで走り、ナイフを振り下ろして突き刺そうと構えた。そのナイフはエノクの頭へと迫る。しかし、エノクは何の反応もしない。

 

 

「いい加減うるさいのよ。」チャキッ

 

 

既に届く筈もない事を気にする必要など無いからだ。

 

パァンッ!

 

いつの間にか手に変形させたレイテルパラッシュを握っていたリサはその照準を定め引き金を引いた。込められた水銀弾は射出され、真っ直ぐ空中を走り

 

バチュンッ

 

寸分違わずナイフを持った男の眉間から脳を貫いた。エノクの方にしか注目していなかった男は何が起こったのか分からないといった様子で仰け反り、そのまま弾丸のヒットストップによって後方へ吹き飛ばされた。仲間が骸と化した事に対し腹立たしげに舌打ちをする男であったが、次の瞬間には振り下ろされた杖が間近に迫り、諦めたかのように瞳を閉じる。

 

ザチュッ

 

刃となった杖の先によって心臓を貫かれ、抵抗する事も無かったその男は握っていた手を開いて以降、動くことは無かった。




狭い屋内といえど、狩人の脅威は衰えません。寧ろ逃げ場が無くなるので、ごり押しして来たらとんでもないことになりますね。

一応エノクは近距離、リサは中距離~長距離みたいな感じで軽く役割分担していますが、それでも互いの担当の武器が使えない訳では無いのです。今回仕込み杖を使ったのは「違和感無く装備しておくには便利で、たまたま腰に差していたから」といった理由です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後始末

中々書きたいとこまで辿り着けないです。






それでは、どうぞ。


「………ふぅ。」ズッ

 

男にとどめを刺し、自分の中に血の遺思が流れ込んで来るのを感じ取ったエノクは突き刺した仕込み杖を抜き取ると、その場で振るい、血を落とそうとしたところで相手をしていた男達とは違う者の気配の方へ顔を向けた。

 

「あ、スタッフさん。」

『おや、先程の。』

 

男達が出てきた扉から見知ったマスクを被ったスタッフが歩いてくる。一番始めに目に入ったエノクから視線を下に落とし、自分を刺した盗人達の亡骸を視界に収めるとすぐに合点が行ったような声を上げる。

 

『これはこれは、申し訳ありません。お客様のお手を煩わせてしまいましたね。』

「いえ、構いませんよ。掃除はそちらにお願いしても?」

『勿論ですとも、すぐに取り掛かりましょう。』

「その前に少し良い?」

 

現場の処理について会話を交わしている所に様子を伺っていたリサがミカを連れて入って来る。

 

「この子の部屋の鍵、開けてほしいんだけど。」

『あぁ、この者達が隠れ場所から逃げた際に全部屋の鍵を閉めましてね。それに巻き込んでしまうとは……申し訳ございやせんお嬢さん。』

「んーん、おにいちゃんとおねぇちゃんがまもってくれたからだいじょうぶ。」

『そうでごさいましたか。』

 

膝を付き、目線を合わせて謝罪をするスタッフに少し隠れながら返答するミカ。それを受けてスッと立ち上がったスタッフは徐に一度手を叩く。

 

カチッ

 

『今緊急時用の鍵を解除しました故、これで問題無いでしょう。』

「というか、結構音立てたんだけど、騒ぎにならないのかしら。」

『それについてはご安心を。全部屋防音ですので。』

「そう………ほら、あんたは早く入ってさっさと寝なさい。」

「う、うん………。」

 

恐る恐るドアノブに手を掛け、ゆっくりと力を入れるミカ。すると、先程はびくともしなかったドアノブは簡単に回り、部屋へと通じる扉が開いた。そのままてくてくと部屋の中へ入った少女は、扉を閉める前に振り返り、エノクとリサへ向けて手を振った。

 

「おやすみ、おにいちゃん、おねぇちゃん。」

「……えぇ、おやすみ。」

「おやすみなさい、良い夢を。」

 

返事を聞いてニコッと笑ったミカはそのまま扉の向こうへ消えて行く。一仕事終えた二人は伸びをした後、何処からともなく持ってきた鉄のワゴンに亡骸を無駄に丁寧にぶちこんでいるスタッフへ話しかけた。

 

「すいません、お一つ質問があるのですがよろしいですか?」

『はい、何でしょう?』

「貴方、何なんですか?」

『………何、とは?』

「悪い意味では無いんです。ただ、貴方から感じる人間としての気配がかなり希薄でしたので。」

『成る程、そうでしたか。どうやらお客様は中々感覚が鋭いようで。まぁ隠している事でも無いので、この後始末をしながらでよろしいのであればお話しましょう。その間は………。』

 

そう言うとスタッフはワゴンの横に備え付けてあった籠から紙袋に入ったチュロスを取り出すと二人に向けて差し出した。

 

『こちらでも召し上がって下さい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はむっ…………むぐむぐ。」

「それで?結局あんたは何なのよ。」

『そうですねぇ、この列車に付けられた機能とでも言うべきでしょうか、少なくとも普通の人間ではありやせん。自分でも何と言い表せば良いか、あまり検討が着きませんが……。』

「ふぅん……?」

 

貰ったチュロスを味わいながらスタッフの掃除の様子を見ている二人。その途中、リサは食べかけのチュロスでスタッフをの方を指すとそのまま疑問を述べる。しかし、作業の手を止めないまま思考するスタッフから返ってきたのは少しばかり不確実な内容で、本人もどう言って良いのか分からないといった様子であった。その答えに対しリサは納得してはいないようであったが、一先ず案外美味しかったチュロスを齧る。そして続け様に口の中の物を飲み込んだエノクが口を開いた。

 

「んぐっ………でも、『付けられた機能』って言うのは強ち間違いでも無さそうですね。」

『ほう、どうしてそう思われたのですかな?』

「先程から何処からともなく出している道具類ですよ。時折貴方の手から離れても動き続けていますし、その操作をしているのは貴方でしょう?隠す気も無さそうですし。それも貴方が持つ機能の一つなのか……それとも、貴方がその一部なのか。」

『強いて言えば前者ですかねぇ。』

 

スタッフはそう言いながら床に付いた血痕を拭き取っていた機械から手を離す。するとスタッフの手によって操作されていた筈の機械は独りでに動き出す。二人は昔似たようなものを見たことがある為か特に驚く様子もなく観察に徹するのであった。

 

「‥…成る程、便利そうね。」

『仕事では重宝しております。応用としてこのような芸当も出来ます故。』

 

カタンッ

 

会話の途中、壁に付いていた金具が一部だけ外れ、丁度スタッフの目の前へ差し出すように血が付着していたランプが現れた。それを布で拭き、血が無くなったのが確認出来るとそのまま逆再生するかのように元の位置へと収まった。

 

『この列車の中の備品や設備に限った話ではございますが、全て私が遠隔で操作できます。先程の鍵もこれによるものでごさいます。』

 

その言葉と共にスタッフはエノクとリサの方を指差す。それと同時に壁から板が生え、簡易的なベンチとなった。

 

『何時までもお客様を立たせる訳には行きません故、こちらにお掛けください。』

「どういう仕組みよこれ。」

『壁の隙間に収納していたに過ぎませんよ。』

 

マスクで表情は見えないが、何となく笑っているのが分かるスタッフに勧められ、二人はベンチに腰かける。絡繰染みた物ではあるが案外座り心地は悪くなかったのか、壁に背中を預けながら二人は会話を続ける。

 

「そういえば、貴方以外の乗務員を見かけませんね。車掌等がいると本で見たのですが。」

『いえ、この列車にいる乗務員は私一人でございます。』

「………列車の操縦も貴方がしているんですか?」

『そうでございます。あぁ、ご安心を。事故などは起こさないよう細心の注意を払い運行しておりますので。』

「……どうやって?」

 

怪訝な表情を浮かべるリサと首を傾げるエノク。どちらもスタッフの言葉に疑いを持っているようで、その視線にさらされたスタッフは顎に手を当て思考しながら口を開いた。

 

『それはまぁ、出来るからとしか言えませんな。私自身の意識はこの体にありますが、この列車の全てを感覚として理解出来ます故、自分の体のように動かせますから。』

「………何だか列車自体が貴方だと言っているような物言いですね。」

『あぁ………成る程。確かに、その通りですな。』

 

そう言ってスタッフはその場で立ち止まり、宙を見上げる。思考に没頭する様子にエノクは首をかしげながら。

 

「どうかされましたか?」

『いえ、お気になさらず。お客様の一言がしっくり来たものでして。そうですね、私自身がこの列車になった(・・・・・・・・・・・・)という説明が一番分かりやすい私の現状でしょう。』

 

顎に手を当てて思考するスタッフの声色には深い納得の感情がある。

 

『元々私も一人の人間でごさいやした。この都市ではよくある話ではありますが、幼い頃に親が消えましてね、そんな子供一人で生きられる甘くはありません。』

「どこかの組織にでも浚われたの?」

『まさしく。肉体を弄くられ、いつの間にかこんな所におりまして、今では列車でお客様を運ぶ日々。まぁ不満があるわけでも無いですがね。』

 

クツクツと笑うスタッフ。掃除はいつの間にか終わっており、血痕等は綺麗さっぱり無くなっていた。

 

『さて、お話もここまでにいたしやしょう。ゴミがあるならこちらで回収致します故、お渡し下さい。』

「それなら、コーヒーをもう一杯頂けますか?あとそれに合う菓子があればそれも。」

『夜更かしですか、でしたらこちらを。』

 

その言葉と共に手を叩いて鳴らすと掃除道具やゴミ(死体)の入ったワゴンが何処かへ去って行き、代わりに先程の商品を乗せたワゴンが来た。自分の隣に止まったそれの中から、スタッフは一つのポットと二つのコップ、菓子の詰まった籠を取り出し二人へ差し出した。

 

「おやこんなに……良いんですか?」

『えぇ、ご迷惑をお掛けしたお詫びの一つです。』

「なら、遠慮無く頂こうかしら。」

 

エノクはコップとポット、リサは籠を持って顔を上げる。

 

「ほら、行きましょエノク。」

「うん……スタッフさん、それでは、また。」

『ええ、良い夜を御過ごしくださいませ。』

 

早速部屋に戻ろうとするリサとそれに引っ張られながら挨拶をするエノクに対して礼をするスタッフ。暫くして、別の車両へと移った音がした所で頭を上げると、そのまま傍らに置いていたワゴンを持って何処かへと去って行き、その場所から人の気配が消える。そこには列車が揺れる音が響いていた。

 

 

 

 

 

「そういえばエノク。」

「ん……どうかした?」

「この菓子、何処のやつかしら。」

「………ロゴも無いし、手作りなのかもね。」

「だとしたらあのスタッフここの生活満喫しまくってるじゃない…………ま、美味しかったら何でも良いけど。」パクッ

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトン   ガタンゴトン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトン  ガタンゴトン

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………。」パラ

「zzzz………。」

「……………全く、手加減しなくても良かったのに。」

 

リサは読んでいた本を閉じると自分の肩に寄りかかって眠るエノクの顔を愛おしそうに撫でた。

 

「やっぱりエノクは優しいわね。いつも考えているのは自分よりも他人の事なのかしら。勿論、一番は私だろうけど。」

「……………。」

「ねぇ、エノク、私はエノクを誰よりも愛してるの。エノクは私だけの物なの。誰にも、エノクを奪わせない。誰にも、エノクを殺させない。エノクの命は私の物なの。」

「……………。」

「だから、勝手に死なないでね。」

 

そう祈るように言ったリサは瞳を閉じているエノクと口付けを交わす。両手をエノクの頭の後ろに回し、しっかりとホールドして離れないように、深く深くキスをする。

 

「んッ………んッ!」

 

暫くして、少しばかりリサの息が荒くなり始める。部屋の中には小さいながらも水が跳ねるような音が響く。繋がった口元からは唾液が零れ、リサの頬は紅潮している。

 

「んッ…………ぷはッ!」

 

漸く離したリサ口からは唾液の橋がエノクの唇へと渡っていた。自分の唾液によって汚されたエノクの口元を見てさらに興奮したのか、今度はエノクの着ていた服を少しはだけさせて首元を露にさせる。白く、劣情を抱かせるほどまっさらな肌に、リサは目をトロンと溶かしながら甘噛みし始めた。

 

「はむッ…………ジュルッ………ズゾゾゾゾ。」

「んっ…………。」

「んっ………よし。」

 

目を閉じるエノクが少しだけ声を漏らすがそれを気にせず噛んだ部分を音を立てて吸い、離す。そこにはくっきりと痕が付いており、それを見たリサは頷くを浮かべて虚空から取り出したタオルで自分の唾液を拭き、マーキング痕がほんの少しだけ見えるように服を整えた。ムフーと満足げに笑ったリサはエノクを真っ直ぐ座らせると、その肩に顔を埋めるように抱きつき、そのまま瞳を閉じて意識を無の世界へと一時的に旅立たせた。

その数十秒後、片目だけをパチリと開けたエノクは自分に寄りかかって眠るリサの髪を梳かし始める。

 

(言わなくても分かってるよ。僕もリサから離れる事なんて考えられないし。)

 

言葉に出さず、慈愛の笑みを浮かべるエノクはリサをギュッと抱き締める。そしてそのまま再び目を閉じて眠るのであった。




この作品でのエノクとリサの関係は共依存がドロッドロに煮詰まり過ぎて逆に乾いているように見えてしまっているような感じです。まぁ密度と重さが段違い。普段は仲が良い小さな恋人達みたいな雰囲気ですが、一度スイッチが入ると内側に秘められた感情が発露し、リサはひたすらエノクを独占して甘えることに、エノクはひたすらリサを狂うほどに愛する事に執着します。互いに誰かが色々な意味で手を出そうとしたら、その相手を感情も無く肉片に出来る位には当の昔に狂ってます。



スタッフについてもっと詳しく説明すると、
・元々人間で、ある日人間を素材にした機械を製造している企業(翼ではない)に捕まり、列車に「存在を」融合させられた。それで鉄道運営会社に売られて今に至る。
・列車が本体で、列車の一部(と認識できる物)は自由に形を変形させたり操作できる。列車の走行の操作は無意識の内に出来る。
・二人と話していたスタッフはあくまで人の形をした端末であるが、本体の意識はそこに移されていた。なお、この端末のモデルは人間だった頃のスタッフ。

余談ですが、この列車を造った企業は海の向こう側から来たみたいで、全員が人ならざる存在との噂があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

到着

FGOとかグラブルとか白猫とかにゃんことか色々やってたら遅くなりました。




それでは、どうぞ


コンコン

 

『お客様、お目覚めでしょうか?』

「ん………もうこんな時間か。」

 

扉がノックされ、その音でパチリと目を開ける。列車の揺れを少しだけ感じながら目を覚ましたエノクは互いに身を預けていたリサを起こさないよう移動させ膝枕にした後、扉の向こうにいるスタッフに向けて問いかけた。

 

「スタッフさん、どうかされましたか?」

『おはようございます。昨日見せていただいた切符に書かれていたお二人の行き先が近づいておりますので、お知らせに参りました。』

「あぁ、そうでしたか。わざわざありがとうございます。」

『いえいえ、これが私の務めですので。あぁ、食堂車がございますので、朝食が欲しい場合はそこでご提供させて頂きます。では。』

 

礼儀正しく礼をしたスタッフが去った後、エノクは膝に乗せたリサの寝顔を眺める。仰向けに寝転がるリサの顔はどことなく幸せそうだ。手慰みに梳かした髪は手に引っ掛かる事無く綺麗な状態である。暫くの間、続けていたエノクにされるがままであったリサだったが不意にパチリと目が開く。覗き込んでいたエノクとバッチリ目があったリサは、膝枕されたまま顎に手を当てて何かを考え始める。

 

「ん~………五億点ね。目覚めの景色としてはこれ以上無い位素晴らしい物だわ。」

「何点満点中?」

「決まってるじゃない、10点満点中よ。」

「カンストどころの話じゃないね。」クスッ

「顔が良い………目が焼かれる………。」

 

口元に手を当てて笑うエノクを間近で見たリサは目を覆い、絞り出すように声を出す。何とも幸せそうである。そんな茶番をしていた二人であったが、膝枕に満足したリサが軽く起き上がり伸びをした。

 

「ん……っと。で、後目的地までどれぐらい?」

「さっきスタッフさんが知らせてくれたけど、時間的にあと30分位かな。服を整えて、杖の手入れを軽くしたらすぐに経つよ。」

「それもそうね……あ、こないだ変な奴らから貰った布あったじゃない?使者達に頼んだら狩装束に仕立てて貰えたからどうせならそれ着ない?」

「いいね、僕は使者くん達に任せっきりだったから結構楽しみだったんだよね。」

 

机の上の物を片付けながらそう答えるエノクに対し、リサは虚空へと両手を突っ込み、黒を基調とした服のかかったハンガーを取り出した。

 

「はいこれ。」

「……コート?」

「そ、中に着る服もかかってるから、ちゃんと着替えなさいよ。」

「取り敢えず、インベントリに一回しまってから……っと。」

 

バサッ

 

受け取った服を一度霧のような状態にし、自分が現在着ている服と入れ替えるように具現化する。傍目から見たら一瞬で衣服が変更されたように見える早業であったが、本人は普段から使っている技術であるため、特に気にする事無く身に纏った服を見やった。

 

「………………。」

「どうかした?」

「いや、何でもないよ。案外着心地は悪くないね。あの獣から作られた布だった筈だけど。」

 

若干赤みがかったロングコートは動きを阻害しないような造りになっており、多少激しく動いても皺一つ付くことはなく、肌触りも滑らかだ。内側の服なども全体的に統一されたデザインに満足した様子のエノクを見て、リサは何かを考えながら口を開いた。

 

「また今度見つけたら追加お願いしようかしら。素材ならそこそこあるし、使者達もちゃんとした布地でお洒落したいみたいだし。」

「どうせなら人形さんの分も作ろうか。」

「良いわねそれ、何時までもあの格好だけじゃ人形さんも飽きるだろうし、ちゃんとしたプレゼントを贈ってあげないと。」

 

リサもエノクと同じような方法で着替えながら楽しそうに言葉を交わす。自分の分の裾などを確認した後、リサはその場でクルリと一回転する。身に纏ったエノクの物と似たデザインのトレンチコートと黒いギャザースカートがふわりと舞う。

 

「どう?」

「似合ってるよ。綺麗だね、リサ。」

「ふふん。」

 

エノクからの賛辞に胸を張り、自慢気に笑う。それで満足したのか、リサは寝る際にしまっていた仕込み杖を改めて腰の左側に差し、反対側に備え付けられたホルスターにエヴェリンを装備した。エノクも鞘に収まった千景を後ろに携えコートの内側にナイフを仕込んだ後、扉を開ける。窓の外は絶えず景色が流れ続けているが、前夜とは違い建造物の輪郭がしっかりと見えた。

 

「そういえば食堂車があるみたいだし、折角なら降りる前に寄る?」

「興味あるわね。行きましょ行きましょ。」

 

 

 

 

 

 

 

ガタンゴトン

 

 

 

 

 

ガラッ

 

「おや、結構立派。」

「ここもあのスタッフがやってんのかしら。」

 

車両を移動し、一つの扉をスライドさせた二人はレストランのような内装の場所に辿り着く。まだ朝早いこともあってか人の気配は無いが、良い雰囲気の場所である。窓際に並べられたソファとテーブル、背が高い椅子が置かれたカウンターからは調理場らしき空間が見える。そして、その調理場には明らかに人ではない何かが動いていた。空間内をスタスタと歩いてカウンターの椅子に座った二人はその存在を視界に収める。

 

『イラッシャイマセ。』

 

そこにはコック帽を被った一体の機械が存在していた。機械らしさのある腕で調理場の掃除や調理中の鍋の中身の管理等を行っているが、その手際は素人目から見ても中々の物だ。そうな感想を抱いていると、不意にコックから一冊の冊子を渡される。表紙を開くと料理が書かれていた為、どうやらメニュー表のようである。

 

『ゴ注文ガオキマリニナリマシタラ、オ呼ビクダサイ。』

 

電子音で構成された声でそう告げた後、コックは作業に戻る。しかし二人の視線はメニュー表ではなく天井付近に向いていた。

 

「…………生えてる?」

「生えてるね。まぁ、さっさと決めよう。」

「それもそうね。」

 

目線の先ではコックの体がぶら下がるように設置されて天井から吊るされたような状態で存在していた。違和感がとてつもないが、そんな事を気にするような精神はしていない二人は特に突っ込む事無くメニュー表を見始める。一つのメニュー表を一緒に覗き込む二人であったが、1ページ目を開いた所で眉をひそめた。

 

「値段が書かれてない?」

「使者達みたいに頭に直接語り掛けて来るわけでも無いし、記入ミスかしら………幸いお金で困ってる訳じゃ無いし、後で聞けば良いでしょ。」

「まぁそれもそっか。それじゃあ僕はローストビーフのバゲットサンドで。」

「………じゃ、サーモンサンド。」

『オマタセシマシタ。』コトッ

「「……………。」」

 

各々が注文を口に出した瞬間、機械の手によって二人の前に皿が置かれる。その上には二人が頼もうとしていた料理が乗っていた。流石に面食らったエノクとリサは一度互いに顔を見合わせた後、おずおずと目の前のコックに問いかけた。

 

「……まだ注文から数秒位しか経ってなかったと思うんですけど。」

「どんな仕組みよ。」

『T社ノ技術ヲツカッタ保存庫カラ出来立テノモノヲダシテオリマスノデゴアンシンクダサイ。』

「その言いぐさってことは時間の停止?随分と大層な技術だこと。」

「僕らも似たようなの持ってるけど、それを技術として落とし込むのは流石にみたこと無いなぁ。」

 

リサは訝しげに、エノクは感心したように目の前の料理を見ていたが、いつまでもそのままでいるわけには行かないため、サンドイッチを掴んで口元へ運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ご馳走さま。それでいくらかしら?」

『乗車代金ニフクマレテオリマスノデ、オ代ハケッコウデス。』

「あぁ、なるほどそういう………おっと、リサ、そろそろ時間みたいだよ。」

 

食堂車から見える窓の外にはビルが建ち並んでおり、少し遠くには駅らしき物も見えた。朝食を終えた二人はコックをしている機械に軽く礼を言った後椅子から降り、食堂車を去る為に扉の前まで歩く。そのまま扉に手を掛けようとするエノクであったが、その前に扉が開いた。

 

「おっと。」

「ん?あぁ、人が居たのか。いきなり開けてしまってすまないね、驚かせてしまったかな?」

「いえいえ、お気になさらず。」

「貴方、どうかしたの?」

 

扉を開けた男性は目の前の鉢合わせた少年少女に申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら話しかける。それにエノク当たり障りのない対応をしていると、男性の妻らしき女性が現れる。その隣には女性と手を繋ぐミカの姿もあった。

 

「いや、何でもないよ。ただこの子達と鉢合わせてしまっただけで「おにいちゃん、おねぇちゃん!」ミ、ミカ?」

 

男性は事情を説明しようと振り向いたが、それと同時にエノクとリサを見つけたミカは二人の方へと駆け寄り、嬉しそうに笑いながら二人に抱きついた。親二人は初対面の子供達に自分の愛娘が懐いているという事実に目を丸くしているが、エノクとリサは気にせずミカに話しかけた。

 

「あら、おはようミカ。いい夢は見られた?」

「うん!たのしかった!」

「それは良かった、元気そうで何よりだよ。」

「ねぇねぇ、おにいちゃん、おねぇちゃん、またぶきみせてくれる?」

「あぁ……ごめんなさい、私達もうそろそろ列車降りるから時間が無いのよ。」

「えっ……ほんと?」

 

リサの言葉にショックを受けたような顔をするミカ。先程までのテンションから一転、沈んだような雰囲気を纏って目を潤わせ始めた。

 

「……やだ、もっとみたい。」プクー

「そうは言っても、私達も仕事があるのよ………そうだ、これあげるから、我慢してちょうだい。」

 

頬を膨らませて抗議するミカに対し、リサは数瞬思考した後コートで隠すようにして虚空から新品の仕込み杖を取り出すとそのままミカへと押し付ける。杖を受け取ったミカはポカンと口を開けて驚いた後、目を輝かせ始めた。

 

「これってきのうの……いいの?」

「何本もあるし、一本位はどうってことないわよ。刃は潰してあるけどちゃんと気をつけて使いなさい。」

「うんッ!」

「良い子ね。」

 

そう言ったリサは、両手で杖を抱え持つミカの頭を撫で繰り回す。それを微笑ましげに見ていたエノクであったが、ミカの両親が困惑したまま固まっていることに気がつくと声を掛けに行った。

 

「突然すいません。昨日あの子とお話しして仲良くなったものでして。」

「え、えぇ、それは良いけど……いつの間に?」

「あの子が夜に列車の中を探索してた時に偶々会って一緒にお茶をした位ですよ。」

「………ミカってば、私達が寝た後に部屋を抜け出したのかしら。引っ込み思案なのに、すーぐどっか行っちゃうんだから。」

「まぁまぁ、良いじゃないか………君も私達の娘がお世話になったね。礼を言わせてくれ」

「気にしないで下さい、僕らも楽しかったですし。」

「おとうさん!みてみて!」

 

二人とエノクが和やかな雰囲気をで話し合っていると、目をキラキラと輝かせたミカが杖を掲げながら父親に駆け寄って来た。片膝を付いて目線の高さを合わせて受け止めようとしていた父親はその杖を見て目を見開いた。

 

「ど、どうしたんだい、そんな高そうな杖……。」

「おねぇちゃんからもらっちゃった!わたし、これだいじにする!」

「別に気にしてもらわなくても良いわ、すぐに同じものも用意できるし。」

「そ、そうなんだ…………。」

「よかったわね、ミカ。」

「うん!」

 

少し遠慮気味になる父親を他所にミカと母親は笑い合う。するとその空間内に電子音で構成された聞き覚えのある声が響いてきた。

 

『次は、○○○○です。お降りのお客様は、降車口前へお集まり下さい。』

「おっともうそろそろ行かないと……それでは、またどこかで。」

「貴女も元気でね。」

「またね!おねぇちゃん、おにいちゃん!」

 

二人はその場を後にし、そのまま去っていく。ミカはエノクとリサの姿が見えなくなるまで手を振っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrrrr prrrrrr

 

ガチャッ

 

「誰だ?」

 

一方その頃、裏路地の一角にて煙草を咥えた赤い長髪の女性が着信音を響かせる携帯端末を起動し、耳に当てて話し始めていた。

 

『随分と粗暴な挨拶だね。』

「なんだあんたか。下らない話なら聞く気は無いぞ。」

『応援を頼んだのはそっちだろう?カーリー。』

「………今さらその話を持ち出して来るのか?」

 

端末から聞こえてきたのはイオリの声である。会話を交わしていくうちに段々と怪訝な顔になっていく赤髪の女性……カーリーであったが、そんな事は意にも介さないイオリは話を続ける。

 

『こないだ言ったみたいに私は私でやることがあってね。』

「ならなんで掛けてきた?こっちも暇じゃないんだが。」

『私の代わりに人員を送ったからに決まってるじゃないか。もうじきそっちに着くと思うけどねぇ?』

「はぁ……そんな事で電話をかけてくr………あ"?」

 

溜め息をついたカーリーは遅れて言葉の意味を理解し、ドスの効いた声を出しながら口をポカンと開け、咥えていた煙草を落とした。しかしそんな事知らんと言わんばかりに向こう側のイオリは話を続ける。

 

『分かんなかったかい?そっちに増援送ったから、上手く使いな。』

「おい、ちょっと待て、聞いてないぞそんな事。」

『今言ったからねぇ。ま、ちゃんと戦える奴らだからそこまで心配しなくてもいいだろうよ。それじゃあまた。』プツッ ツーツー

「まだ話は終わってないぞ!おい!………チッ、切りやがったなあのババア。」

 

ツーツーと電子音のみを発する端末の電源を切って腹立たしげにポケットにしまったカーリーは懐から箱を取り出す。そして、地面に落ちてしまった煙草を踏み潰して消火しながら箱から出した新たな煙草に火を着け、吹かし始めるのであった。

 

 

 

「……「奴ら」だと?」




はい、次回からゲブラーネキの生前の姿、カーリーさんと合流です。この話も含めて、あと何個か書きたいものを書いたら研究所編に行こうかなと思っております。


そんでもって、本編中の話です
まず新しいコートについてですね。少し前の話で謝肉祭達に外郭の生物を渡してお返しに貰った生地を使者達に仕立てさせたものです。エノクはロングコート、リサはトレンチコートですが、二着両方前を開けると似たようなデザインになるようになっています。というかリサがそうするように頼んでます。

次に食堂車のキッチンの天井から生えてたコックロボットですが、あれも列車になったスタッフの一部です。本体では無いので簡単な受け答えしか出来ませんが、一応人としての意識があるのでギリギリ都市の「人工知能の倫理改正案」から逃れています。天井から生えてるのは天井裏のスペースで色々と機能を隠しており、それと直接繋がっているためです。

最後にミカに渡した仕込み杖ですね。ぶっちゃけ言うと、重さ的に彼女がまともに武器として杖を振るう事が出来るのは10年後……LibraryofRuina本編位の時間軸です。それまでは何とかエノクみたいに振るうことを目指して振り回されます。まぁ、この五年後位に親は規則違反で消されますけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無法と中立

カーリーさんこんな感じでええんやろか。
やっぱり小説は難しいです。






それでは、どうぞ。


真新しいコートに身を包み、夜が明けて少し経った18区の裏路地を歩く。イオリから依頼された際に伝えられた場所へと歩みを進める二人は次第に人の往来が多くなっていることに気が付いた。

 

「……へぇ、武器が選り取りみどりだね。」

「さっさと行きましょ、この先みたいだし。」

 

辺りを見回すと、通りの両側にある店の殆どに明かりがついており、武器を持った人間達がその中にひっきりなしに出入りしていた。他の店も似たような雰囲気であり、他の区と比べるとどことなく物騒である。ただ雰囲気程度で臆する訳もなく、特に用事も興味も無い二人は軽く様子を見ただけで通りの真ん中を再び歩き始める。

 

「なんだ?あのガキども。」

「見ねぇ顔だな…それにしちゃ、上等な服着てんな。」

「おおかたどっかのお嬢様とかだろ。録な目に会わねぇな。」

 

しかし、そもそもこのような場所に子供が居るのが珍しいのか、はたまた子供が持つには大きすぎる刀に注目しているのか、周りはチラチラとエノクとリサを見ていた。中にはヒソヒソと隣の人間と何かを話し合う者も居たが、手を出そうとする気配は今のところ無い。

 

「物騒な割に害意があんまし無いわね。」

「一種の中立地域なんじゃないかな。ここで騒動を起こせば他の人間に殺されるとか、俗に言う暗黙の了解みたいなの。」

「あぁ、ヤーナムではそう言うのが通じる相手居なかったものね。忘れてたわ。」

「確かに基本的に全員が僕ら見つけた瞬間襲いかかってきたけど……一応デュラさんとかはまだ言葉が通じてたから。」

「あの人はあの人で自分ルール押し付けてたわよ。子供だからって理由で最初は普通に話しかけてきたけど、狩人だって気づいた後は容赦なく機関銃ブッパだったじゃない。エノクだって何回も素手で殴り殺してたでしょ?」

「リサが塔の上から銃のヒットストップで突き落とした回数の方が多い気がするけど。」

「それは……精々50行ってない位よ。」

「結構殺ってるね。」

 

二人は狩人基準でありきたりな会話を交わしながら通りを歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

(ん?……なんでこんなところにガキが?)

 

同時刻、その通りの一角で煙草を吹かしていたカーリーは視界の端で他の人間よりも一際小さい二人の人影を捉える。ここら一帯は18区の裏路地の中でも治安が悪く、子供どころか普通の大人ですら近づくのも憚れる場所である。武器の店等が集合する通りは比較的平和であるものの、少しでも離れた場合ネズミ(落ちぶれた者)(組織の駒)ハイエナ(荒くれ者)達が蔓延っており、少なくとも引率者もいない子供が来れる場所ではない。その為、通りの真ん中を歩く子供という光景は通常あり得ないのである。改めて二人の子供を見やるカーリーであったが、暫くして特に何かあるわけでも無いと思い、そのまま意識の外に追いやろうとする。それと同時に、カーリーの耳に何人かの男女の声が聞こえてきた。

 

「なぁ、今のガキども、拐って売り飛ばしゃ良い金になりそうじゃないか?」

「うぇ、そりゃマズくないっすか。こんな場所にいる子供なんて絶対訳アリっすよ?」

「だからこそでしょ?それに見てくれも悪くなかったし……あの男の子、私好みだったし、味見位は良いかしら?」

「商品にするって聞いておきながらそれかよ……。」

 

(……何処にも下卑た考えを持つ奴は居るもんだな。)

 

現在進行中で誘拐の計画を立てる女を中心としたグループの会話に影から聞いていたカーリーは眉をひそめる。やがて、そのグループは立ち去ったのか、耳障りと感じていた声は聞こえなくなった。カーリーもそのまま目的地まで行こうと足を向ける。それは偶然にも、子供達と例のグループが去っていった方向であった。

 

「…………………………………………チッ。」

 

少しの間、その場に立ち止まったカーリーは大きく舌打ちした後、背中の剣を背負い直して歩きだしたのであった。

気配を消し、人拐い達から少し離れた所から後を追う。

 

 

 

 

 

 

次第に活気も薄れたところで、人拐い達に動きがあった。どうやらターゲットが脇道に入ったようで、大通りの端に寄り一本の細道の様子を伺った後、ゾロゾロとその中に入って行った。

 

(………何やってるんだ私は。)

 

少し遅れてそれに続くカーリーは頭の中で自分の行動に馬鹿馬鹿しさを感じていたが、心の中に僅かにあった良心に基づいて動いてしまった以上どうしても気になってしまうため、肩を落とし仕方がなさそうに狭い路地へと入った。すると、

 

ドゴッ    バキッ

 

曲がり角の先から重い打撃音が鳴り響く。続けざまに何かが折れる音が耳に入り、カーリーは反射的に背中の剣に手を掛け走り出し横に四人並べるかどうかの広さの路地へ入っていった。そうしてもうじき曲がり角に差し掛かろうというところで、カーリーの目の前を何か大きなものが高速で過ぎ去った。

 

        ドガッ!

「ッ!?」

 

急ブレーキをかけ、通って行った物体を確認する。どうやらすぐそばの壁に叩きつけられたようで、直ぐにその正体を知ることが出来た。

 

「う………ぐぁ……。」

 

そこにいたのは、先程誘拐の計画を立てていたグループの男の一人である。最早動く気力も無いのかただ呻くだけの男はカーリーに気が付くと、すがるような目を向けて口を開いた。

 

「そ、そこのお前……助けてくれ………。」

「断る、何があったかは知らんが自己責任だろ。」

「い、いやだ……まだ死にたくは

ドチュッ!!

 

助けを求める男であったが、最後まで言葉を紡ぐ前に曲がり角の先から飛んできた何かが頭を捉え、貫いたことで呆気なく絶命した。息絶えた死体を直ぐに思考の隅に追いやったカーリーは背負った剣を引き抜き、警戒しながら曲がり角の向こう側をゆっくりと覗き込んだ。視界の端では新鮮な血液が飛び散っている。

 

「…………。」

 

いの一番に視界に入って来たのは既に事切れた仰向けの女の死体であった。顔は目を見開いたまま固まっているため、どうやら訳も分からず死んだようだ。見た限り、死因は胸にあるた直径8cmにも満たない穴で、心臓を丁度消し飛ばすようにぶち抜かれている。こちらも例のグループのリーダーらしき女であった事を思い出したカーリーだったが、これも記憶の隅に追いやって死体から顔を上げ、目の前の光景に絶句した。

 

「いや、いや、私はこんなところで死ぬはずな「私のエノクに手を出そうとした奴がごちゃごちゃ言ってんじゃ無いわよこのアバズレ。」バンッ!!

「あ………あ、「はいはい、恨むなら僕らを拐おうとした自分を恨んで下さい。」ガキョッ!!

 

現実逃避していた女はドスの効いた声を出す少女(リサ)が持つ短銃で脳を貫かれ、仲間全員を数分も経たない内に無惨な死体にされたしたっぱらしき男は完全に戦意を喪失していたが、笑みを絶やさない少年(エノク)の手によって首を180度回転させられそのまま動かなくなった。その光景を呆然と見ていたカーリーだったがリサがこちらを横目で見ながら銃口を向けている事に気が付く。

 

「………おい、ちょっと待っ、チッ!」ジャキッ!

 

ガキン!

 

カーリーが静止させるため声を掛けようとするのと同時に引き金が引かれ、銀色の弾丸が飛び出した。その軌道は真っ直ぐカーリーへと向いており、数秒もあれば肩を食い破るだろう。狙われた当人は避けずそのまま引き抜いていた剣で切り払い口を開く。

 

「待て待て、私はこいつらの仲間じゃない!只の通りすがりだ。」

「「…………。」」

 

しばし無言の時間が訪れる。互いに警戒しながら武器を構えていたが、エノクが殺気を収め、両手に握った投げナイフをコートの内側に仕舞った。

 

「どうやら害意が無いのは本当みたいですね、失礼しました。」

「信用して良いのかしら。」

「さぁ、どうだろうね。」

「………はぁ、まぁいいわ、これ以上やっても無駄なんでしょうし。」

 

そう言うとリサは銃をホルスターに収め、展開していた仕込み杖も元の形状に戻した。それを確認したカーリーも溜め息をつきながら己の剣を背中に背負い直すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で?誰よ貴女、フィクサー?」

「……一応ここらでは有名なんだがな、恐らくお前らは他所から来たんだろ?」

「ええ、なんなら今日この辺りに来たばかりです。仕事の手伝いをして欲しいと送られて来たものでして。」

 

そう言いながら壁に叩きつけた男にとどめを刺すために投げた千景を引き抜き、血を払って腰に携えた鞘に収める。金属と固い物がぶつかり合った音を立てて収まったそれの柄をなぞるように触れたエノクであったが、ふと目の前の女性が若干驚いたような顔をしているのに気が付いた。リサも同様の違和感を持ったらしく、眉をひそめながら尋ねる。

 

「どうかした?」

「いや、待て………なぁ、一つ聞いて良いか?」

「「?」」

「送られて来たつったよな?依頼主は誰だ?」

「イオリさんという方ですけど。」

「やっぱりか……成る程、言ってた事も強ち間違いでもないな。にしてもガキを寄越すならせめてそれぐらいは伝えろよあのババア。」

 

悪態をつきながらも納得した様子を見せるカーリーは改めて向き直ると口を開く。

 

「私はカーリー、2級フィクサーだ。お前らがイオリを通して依頼を受けた奴らで間違いないな?」

「はい、そうです。僕はエノクと申します。」

「リサよ。エノク共々フィクサーをやってるわ。まだフィクサーになってから1ヶ月位だけどね…………あぁ、そうそう。私達、貴女を手伝えって言われて了承したけど、詳しい内容聞いてないのよ。」

「………よくそんな状態で承諾しようと思ったな。普通依頼内容は聞くものだろ?」

 

呆れた様子のカーリーに対し、揃って首をかしげるエノクとリサ。それに気づいたカーリーは怪訝な表情へと変わるが、その前にエノクは不思議そうに尋ねる。

 

「別に不思議な事でも無いのでは?」

「そんなわけ無いだろ、情報はフィクサーを続ける上で大事な要素の一つだ。」

「そんなこと言われても昔っから録な前情報も無しに化け物を相手取るなんてざらだったし、基本的に暴力で何とかなったから………ねぇ?」

「血が出る奴は殴れば死にます。固い奴も根気よく殴れば死にます。話が通じない奴も殴れば何とかなりますよ。」

「OK、取り敢えずお前らが見た目に似合わず頭の中に筋肉が詰まってるのは理解した。」

「冗談ですよ、半分位。」

 

拳を掲げながら笑うエノクに思わず遠い目になる。しかし合流してしまった以上、連れていかないという選択肢は選びづらい為、頭痛が止まない頭を押さえながら一つ溜め息をついたカーリーは顔を上げた。

 

「………仕事の内容は歩きながら話す、依頼先にはお前らの事は私の部下の体で話を通すが構わんな?」

 

数瞬の思考の後、有無を言わさないような気迫と共にそう告げたカーリー。半ば強制のように問われた二人には特に断る理由もない為頷き了承の意を示す。

 

「よし、じゃあついて来い。取り敢えず依頼主と顔合わせは済ませるぞ。」

 

そう言うとカーリーは路地の向こうへと体を向け、エノクとリサもそれに続くように足を動かし始めるのであった。

 

「所で、今から行く場所ってどんなとこなの?」

「簡単に言えば武器工房、それも最近台頭してきた木の葉工房だ。何処ぞの組織との取引があるとかなんとか言っててな、その護衛として雇われた訳だな。」




カーリーさんは口は悪いけど優しいんやで。

カーリー自身は「偶然、行き先と被ったから」と心の中で自分に言い訳してますが、行動的には
小さくて(見た目だけが)非力な子供がいる→一旦無視→子供を拐う計画を立てるグループの会話を聞く→気になるけど一旦無視→グループが移動するのを見送る→やっぱ気になる→依頼先と子供達が行った方向が同じだと気づく→「しょうがねぇなぁ」
みたいな感じですね。まぁ子供(神をも殺す狩人)なので心配は杞憂でしたけど。

あと、武器工房通りは独自設定です。18区は傭兵企業のR社が治める場所なので治安も他と比べて正当な治安の悪さがあると思ってます。木の葉工房も詳しい場所が分からなかったので取り敢えずこの街にぶちこみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

工房

やっぱり話を思った通りに書くのは難しいですね。自分の表現力が乏しいのもありますけど。





それでは、どうぞ。


「外郭の出身?珍しいな、外郭に捨てられる奴は何人も居たが外から都市に移った奴は早々見ないぞ。まぁ外郭に事務所を構える連中も居るには居るが。」

「まぁ物心ついた頃には都市には居なかったもの。そもそも育った所もこの都市から隔絶された場所だったし。」

「隔絶……どういう意味だ?」

「うーん……そうですね、なんと言えば良いか分かりませんけど、取り敢えず今はもう滅んでいるので気にしないで下さい。自分の知る場所が無くなるのはこの都市では良くあることでしょう?」

「……まぁいい、無理に聞くような内容でもない。」

 

狭い路地で遭遇して十数分後、三人は歩きながら言葉を交わしていた。まともな相手には基本的に丁寧に接するエノクと害意の無い相手には割とフレンドリーなリサに毒気を抜かれたのか、カーリーは多少警戒心を解いた様子であった。

 

「それよりも気になってるのはさっきお前らが使ってた武器の事だ。」

「物珍しいって話?」

「それもあるが、一番の問題点は『銃を持っていること』だぞ?」

「「?」」コテッ

 

揃って首をかしげるエノクとリサ。

 

「仲良いなお前ら………頭が課したルールを知らないのか?普通の武器は特に許可が要るわけでもないが、銃器に関しては馬鹿みたいに細かい規制を全て満たした状態じゃないと撃った瞬間即アウトだ。確か、「頭の許可を得ている所から購入したものである」とかそんなんだったな。かかる税金もかなりの物だからな、普通に身体強化の施術をして近接武器を使った方が速いし安く済む。」

「あーだからこの都市で銃を使ってる奴全くって言って良い程居なかったのね。」

「事実だからな……で、だ。私としてはその銃をぶっぱなせる理由が気になるな。その歳でフィクサーとは言え、事務所にも所属していない子供が銃を持てる訳がない。あまり突っ込まんが下手に目をつけられても迷惑だろ?」

「……つまるところ人前で銃を使うなって事ですか?」

「そういうことだな。というかその言い方からして違法なのか、それ。」

 

カーリーが呆れた目線を向ける先にはリサの手によって弄ばれる獣狩りの短銃がある。トリガーガード部分に指を引っ掻けて器用に回し、暫く続けた後上方に投げ、落ちてきたところをグリップの部分を持って受け止めた。そのままコートで隠すようにして虚空へと仕舞った。

 

「まぁ都市の外から持ち込んだ物だし。ルールの適応外だったら楽なんだけど。」

「博打は止めろ、私まで巻き込まれたらどうする。そこらの雑魚に負ける気は無いが、流石に頭の持つ戦力差し向けられたら命があるかどうかわからないぞ。」

「ふーん……何?その頭の持つ戦力って。」

「「爪」だとか「調律者」なんて言われる連中だ。個人個人が中堅フィクサー事務所を壊滅させられるような実力を持ってる。それが数百単位で居る。」

「へぇ、そんなのが居るのね。」

「一回位は戦ってみたいですね。」

「私の話聞いてたか?そいつと戦うってことは頭から抹殺命令が下されているってことだぞ。」

 

都市に住む人間であるならば誰もが警戒する存在の話を聞いて何故そのような答えが返って来るのか疑問に思うカーリーは奇妙なものに向ける目で二人を見ていた。しかし、当の本人達は

 

「どうとでもなるわよ。最悪この都市以外の場所を探せば良いし。」

「どっから出てくるんだその自信は。」

「実体験ですかね?」

「なんだそれ………っとここだな。」

 

会話もそこそこに、目的地の前で足を止めた三人。見上げた先には『木の葉工房』と書かれたポップな看板が掛けてあった。

 

「なんというか、ここらの治安に対して雰囲気の場違い感がありますね。」

「気にするな。実績のある工房の連中に常識を求めても無駄だからな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤエ社長、また修繕依頼が入って来ましたよ。」

「あー、今こっち忙しいから新入りの子に手伝わせながら作業に取りかかっといて~。」

 

金属を叩く音や削る音、スチームパンク風の制服を身に纏う従業員達の話し声が響く室内。客の姿もちらほらと見え、なかなかに繁盛しているようだ。その対応カウンターの一角にてシルクハットを被り、機械じみた被り物をした人物が大きめのジュラルミンケースに様々な道具や武器を詰めていた。社長と呼ばれた体つきから女性とわかる人物……ヤエは新しく扉が開く音に反応して入り口の方へと振り向く。

 

「いらっしゃいませ~。本日はどのような御用事で?新しい武器の購入?修繕?それとも武器の特許の買い取りについてでしょうか?」

「違う、依頼で来たフィクサーだ。ここの工房長に繋いでくれ。」

「必要無いよ~。」

 

入ってきたカーリーは対応する従業員に用事を伝える。そうして依頼主を呼び出そうとするがそれよりも早く、カウンターにのせたジュラルミンケースを閉めてカーリーへと近づいて来た。

 

「やぁやぁやぁ!この度は依頼を受けてくれてありがとう!私は木の葉工房の社長をやってるヤエだよ。」

「カーリーだ。早速依頼の話をしてくれ。」

「勿論だとも!取り敢えず腰を据えて話し合おうか。お茶位なら出すからさ!おっと?」

 

おどけたように話しかけたヤエだったが、ふとカーリーの後ろから店の中を覗き込む二人に気がついた。

 

「そっちの子供達は?」

「私の連れだ、まぁ戦力として数えてもらったら良い。そこらのチンピラ位なら軽く捻れる。」

「よろしくお願いします。」

「よろしく。」

「よろしくね!……んぉ?」

 

二人も招き入れ、そのまま振り返ろうとするヤエであったが、その際にエノクの方向を見て声を漏らしながら固まる。その後、何やら興奮した様子でエノクに詰めよった。

 

「ねぇねぇねぇねぇ!そこの君!ちょいとばかしそれを見せてはくれないかい!?」

「ちょっと、いきなり何よ。エノクに何する気?」

 

奇行に走るヤエはそのままエノクに詰め寄ろうとするがその前にリサによって阻まれる。尚、カーリーは面倒な事になるのを察知して横に避けてその様子を傍観していた。

 

「君とお似合いの彼氏くんが後ろに提げてる武器の事が気になるんだ!見たところ刀だろう?存在自体は知ってるし、シ協会が使ってるのを見たことはあるけども製造方法が明かされてないもんでさぁ、もしよかったら売ってくれないかなぁ?」

 

その言葉にエノクは困ったような笑みを浮かべる。

 

「すいませんがお断りさせていただきます。」

「おや、君の言う価格で良いけど?それとも誰かの形見?」

「そういうことではなくて……呪われてますから、解体して解析しようとすると最悪死にますよ?」

「おっと厄ネタ~、そんなの使って大丈夫なのかい?」

 

軽いノリで聞いてくるヤエに対し、エノクはニッコリと笑みを浮かべながら刀の柄に手を掛け、そして少しばかり引き抜いて刃を覗かせる。

 

「問題無いですよ、従えてますから。」

 

ズオッ!

 

瞬間、光を反射していた刃は一瞬で血のように赤黒く染まりおぞましいオーラを発し始めた。

 

キンッ!

 

「ご理解いただけました?」

「……オーケーオーケー、それが普通じゃないってことはわかった。取り敢えず今回は諦めることにするよ。」

「他の刀も大抵こんな感じなのできっちり諦めてくださいな。ほら、それよりも依頼の話をするのでしょう?」

「おっとそうだった!さ、入って入って!」

「………何の茶番だったんだ?」

 

一連のやり取りを眉をひそめながら見ていたカーリーだったが、やがて諦めたかのように肩を落としウキウキと歩くヤエの後に続いた。

 

「じゃあ僕らも行こうかリサ………リサ?」

「お似合いだなんて……まぁ勿論その通りだし?これはもう自他共に夫婦って事ね、間違いないわ。取り敢えず狩人の夢に流れ着いた本で見た結婚式の準備をしとかないといかないわね、神に録な奴がいないからそこら辺はどうでもいいけどウェディングドレス姿でエノクとうふふふふふふふ………。」

「…………えい。」ムギュッ

「むひゅっ………ふぁひふんほほ(何すんのよ)。」

「トリップしてたから呼び戻しただけ。僕らも話を聞いておかないとね?」パッ

「………あぁ、忘れてたわ。」

「ほら、行こう。」

 

そう言ってエノクはリサの手を掴んで歩き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで依頼にあった通り、取引相手は中指でいいんだな?」

 

応接間にてソファに座るカーリーは机を挟んで向かい合うヤエに向けて口を開く。その問いかけに対し、ヤエは明るい口調とテンションのまま返答した。

 

「その通りさ!しかも近々抗争があるらしくてね、今回はその武器の売り込みだよ!」

「……下手すればほかの指に狙われるぞ。」

「それも承知の上なんだ。だから君を雇ったし、向こうに高い金を吹っ掛けられる。」

 

依頼主と契約者が会話を進めていく途中、カーリーの座るソファの背もたれから顔を覗かせたリサは口を開いた。

 

「ねぇ、中指って?」

「裏路地を牛耳る組織である指の一つだ。お前らも一度位は指に関する話は聞いたことがあるだろ?」

「人差し指についてなら。」

「どの程度だ?」

「「指令」が絶対でしたっけ。それをこなす限りその組織の恩恵を受けられるとかなんとか………あと、「指令」を達成しなかった者は殺されると。」

「親指も上の命令が絶対な点では似たようなもんだな。まぁ面倒臭さはダントツだが。」

「ハナ協会から出されてる「最も絡みたくない組織ランキング」堂々の一位だしね。」

「フィクサー調べ?」

「そんなところさ。」

 

カーリーは話を続ける。

 

「それで、中指はその二つとは別の指だ。親指と人差し指の戦力には流石に及ばないが、協会位の人員はある。組織の人間同士を兄弟って呼び合うイカれた奴らだ。和を乱せば即座に原因を殺すがな。」

「ふーん……で?そいつらに武器を売りに行くってことで良いのよね?」

「指同士の抗争なんて珍しいもんでもないからな。一つ問題があるとすれば……。」

「武器を売る私達も狙われるって事位だね!何なら売る相手から狙われることもあるし!」

 

アッハッハ、と笑うヤエを指しながらカーリーは後ろで待機していたエノクとリサに向けて口を開く。その表情には呆れがにじみ出ていた。

 

「こいつは軽く言ってるが、指といざこざを起こせば確実に厄介な事になるから平穏に生きたいなら気を付けろ。」

「成る程、向こうが諦めるまで返り討ちにしろと。」

「話聞いてたか?」

「相手は一度死ねば終わる人間でしょう?例え一度抹殺対象にされたとしてもこちらから手出しせず向かってきた方を殺せばそのうち止まりますよ。そもそも僕らは敵対していない方を無意味に殺す趣味など無いですし。」

「もう、エノクってば。バレないように殺ればいいだけの話じゃない。」

「………本当に、どっから来るんだ、お前らのその自信は。」

「アッハハハハハ!面白い子達だね!」

 

ひとしきり笑ったヤエはソファから立ち上がるとカーリーへと手を差し出した。

 

「取り敢えず、護衛よろしくね。こっちの人員も何人か動かすけど、君が一番強いだろうから。」

「……依頼を受けた以上、仕事はする。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、言わなくて良いの?」

「何の話だ。」

「私の持ってた銃の事よ。」

「あぁ……あいつに話してみろ、絶対に一日は拘束されるだろうよ。刀だけであれだったんだぞ?私の利にもならない事をする気はない。」

「成る程?」




油断するとカーリーの部分をゲブラーと書きそうになってます。

はい、希望が来ていた木の葉工房です。ガッツリ話に組み込んで見ました。LibraryofRuinaのmodの情報を元に書いてるのでおかしな所があるかもしれませんが、そこら辺はご理解下さい。


そろそろ激しい戦闘が書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲撃

あっつい日々が続いておりますが、なんとか無事です。




それでは、どうぞ。


カーリーを先頭にヤエと木の葉工房の従業員二人、エノク、リサは少しばかり開けた道を歩く。両隣は3、4階程度の高さの建物が建ち並んでいる。ヤエの手には大きめのジュラルミンケースと柄の長い鎚が握られており、従業員も武装していた。その後ろを着いていく二人は従業員達の武器をまじまじと観察し、その視線に気が付いた体格の良い男の従業員は歩きながら尋ねた。

 

「気になるか?」

「ん?えぇ、それなりに。色々持ってるけど、新しく仕入れるのも悪くないと思ってるの。」

「それは鎚ですよね?妙な絡繰が付いてますし、これは……メーター?」

「興味を持ってくれたようで何よりだ。もし欲しいならこの依頼でしっかりと働いてくれたら報酬として交渉してみろ。ヤエ社長なら相手が誰であれ質が良いものを用意してくれるだろう。ちなみにこれはなかに仕込んだ装置を利用してハンマーを馬鹿みたいに熱くするっつう代物だ。」

「それはそれは………他にも色々ありますか?」

「それはまた後でだな。」

「無駄なおしゃべりは止めなさい。そろそろ着くわよ。」

「お、悪い悪い。」

「貴方達も、余計なことはしないように。いいわね?」

 

目付きの鋭い女性従業員の注意され、男は軽く返事をする。その後、エノクとリサに釘を刺した女はそれっきり振り返ることもなく歩き始めた。返事をする暇もなく行ってしまった事に少し呆気にとられていた二人に対し、男は苦笑いで声をかけた。

 

「あー……悪く思わないでくれ、あいつなりに心配してんだ。」

「別に気にしてないわ、敵意を向けてるわけでもないんだし。」

「余所者に忠告してくれるだけまだ優しいですよ。場所によっては前振り無しで殺しに掛かってくるんですから。」

「あの街ホントに排他的だったものね。」

「お、おう……中々肝が座ってるな……ん?。」

 

想像以上に大人びている二人に若干引き気味になる男であったが、突然会話を切り、前を向いた。それと同時に目の前を歩くカーリーが立ち止まる。何かあったのか疑問に思っていた二人であったが近くに少し強い気配を感じ取れた事で何かがあったのを察する。

 

 

 

シュルッ タッ

 

 

 

それと同時に受けた仕事を果たすため、エノクとリサは他の人員に気づかれないように動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁどうもお客様、この度は我が工房の武器のお買い上げいただき、誠に感謝いたします。所で何故ここに?君達が根城にしていた指定場所はまだ先だった筈だけど?」

 

先頭にいたヤエは目の前の人物に対し声をかけた。最初こそ丁寧な言葉使いであったが、すぐに普段通りの声色と口調になり、問いかける。その質問に対し、相対する人物は口を開いた。

 

「つい先日、お前の言う根城に親指の組織が襲撃してきた。事前に察知して被害は最小限で済んだがまだ睨みあいが続いてる状況で、兄弟が抑えている内にアンタから武器を受け取りに来た訳だ。金はもう払っていた筈だ、さっさと寄越せ。」

 

仮面を被り、紫色のジャケットを羽織る男はそう言ってヤエに向かって手を差し出した。しかしヤエはジュラルミンケースを渡すことなく地面に置き、何故かその場でロックを外して開いたのだった。

 

「ふーむ、少し待っててもらえるかい?すぐに使えるように調節するから。」

「……時間が惜しい、5分で終わらせろ。」 

 

腹立たしげな男をよそに、腰から提げていたポーチから工具を取り出してその場でマイペースに作業を始めたヤエの手には、かなり重厚な籠手のような物が握られていた。手全体を覆うような形をしており、爪の部分は鋭く手首辺りには奇妙な機械が付いている。着けて振るえばそれだけでも脅威になり得るだろう。ヤエが作業をしている間、従業員とカーリーは周囲を警戒し始める。その直後、カーリーはとある方向を睨み付けながら男へと話しかけた。

 

「………おい。」

「なんだ?」

「お前の追手が来た。」

「っ!チッ、面倒な……!」

「見つけたぞ!こっちだ!」

 

カーリーの視線の先……道の向こう側からスーツを着崩した男が現れ、声を張り上げる。それに応えるように似たような格好をした人間が十数人程出てきた。それぞれが見える肌に刺青を入れている。

 

「黒雲会……社長、どうしますか?」

「うーん、客にまだ商品が渡ってないから抑えるか殺しといて。一応契約の範囲内だろうしアフターサービスってやつさ。君もそれで頼むよ。」

「……あまり指といざこざを起こしたくないんだがな。」

 

仕方がないと言わんばかりの表情を浮かべながら、カーリーは背負っていた剣を構える。それに続くように従業員も各々が持つ武器を構え始めた。武器の質では勝っているものの、相手は五倍近くの人数がいるため中々手を出すことが出来ない。ジリジリと男達……黒雲会の構成員が詰めてきて、睨み合いが始まる。

 

「………お前らに用はない。そこの中指の男を引き渡せば、なにもしないでやるが?」

 

その集団を率いているらしい男がカーリーへと語り掛けた。圧をかけながら口を開き、脅迫に近い交渉を始めるが、カーリーは鼻で笑う。

 

「生憎、私の依頼主はこいつを守れと言ってるんでな。一度受けた仕事はきっちりとやるさ。」

「そうか、残念だな。」

「……………。」チャキッ

「……………。」シャリンッ

 

 

黒雲会側も刀を鞘から抜き、構えた。緊迫した雰囲気が漂う。

 

「うおおおおおっ!」ダッ!

 

その静寂を破ったのは黒雲会だった。その声を上げたらしい青年は構えを解き、走り出した。そのまま直線上に立つカーリーに向けてその刃を突き立てようと刀を握り直す。

 

 

 

「手を、出しましたね?」

 

 

 

その時だった。その場にいる全員の頭上・・から声が降って来る。走り出した青年も急ブレーキをかけて上を仰ぎ見た。

 

 

 

 

 

 

 

それが最後に見る景色になるとは知らず。

 

 

 

 

 

「誰d   ザチュッ

 

 

 

「こんにちは、狩人さんです。」

 

 

 

ドゴムッ!!

 

 

 

 

 

青年の上げた顔ど真ん中を刀で突き刺したエノクはそのまま轟音と共に地面に着地する。その地点から半径1m程のクレーターが出来ており、クッションにされたらしい青年の骸の胴体は弾けとんでいた。突然の出来事にその場にいた全員が目を見開き固まっているが、当事者であるエノクは気にせず立ち上がり、骸の頭を貫通して地面に突き刺さった刀を引き抜く。

 

 

 

「ふぅ………おや、来ないのですか?」ジャキッ

 

 

 

引き抜かれ、黒雲会へも向けられた刀は青年の血を纏い、おどろおどろしい雰囲気を醸し出し始める。やがて血は赤黒い障気へと変わり、刀……千景は命を食らう妖刀としての顔を覗かせた。千景を持つエノクの頬に付いていた返り血すらも糧にするように血を啜り続けるその刀に黒雲会の構成員達は思わず怯む。しかし、そんなことお構いなしにエノクはゆっくりと歩を進め始めた。

 

 

 

コツ コツ コツ コツ

 

 

 

アスファルトの地面をブーツの底で叩く音が静まり返っていた空間に鳴り響く。下段に緩く構えられた千景を警戒してか、黒雲会の構成員達はエノクを半円状に取り囲もうと動き出す

 

 

ビュンッ  ザシュッ!

 

「がっ!?」

 

すると、それを阻止するかのように構成員の一人の足に痛みが走り、地面から足が離れなくなる。下に顔を向けると、銀色に光る棒が深々と足に突き刺さり、地面と縫い付けていた。

 

 

「いつの間にッ……ッ!!」

「余所見はいけませんね。」ズバッ 

 

動揺も束の間、特殊なステップで懐に潜り込んだエノクは動けなくなった男を袈裟斬りで仕留める。傷口から血が大量に吹き出し、その一部がかかるがそれを気にすることなく、エノクは次の敵に狙いを定めて歩き出す。

 

 

「ッ!調子に乗るなッ!お前ら、囲んで叩くぞッ!」

 

誰かがそう言うと黒雲会の構成員達は再び動き出しそのうちの数人がエノクへと斬りかかった。だが、エノクは何かを見つめながら無防備にふらふらと歩き続ける。まるで向かってくる男達など眼中にないかのように。

 

「死に晒せッ!」

 

一太刀目がエノクを食い破ろうと迫る。

 

ガキンッ!

 

「私を忘れるな。」

 

しかしその凶刃は横から入った剣によって阻まれる。その剣を持つカーリーは刀を弾かれてバランスを崩す男に致命傷となる斬撃を食らわせると、そのまま後ろに続く構成員達に向けて蹴り飛ばした。その後、油断することなく剣を構えるカーリーは前を向いたまま口を開いた。

 

「いろいろと突っ込みたいことはあるが一先ず置いておく。それよりも、お前の相方はどうした?」

「上ですよ、今は援護に徹してます。」

「さっきの矢はあいつが?」

「えぇ、リサの本来の得意分野は遠距離ですから。ほら、それよりも次来ますよ………どうしました?変な顔になってますよ?」

 

エノクから何となしに告げられた言葉に呆けたような顔をしながら振り向くカーリー。その表情からは「何言ってんだこいつ」という感情がありありと感じ取れる。

 

「何か可笑しな事言いました?」

「いや、あいつ普通に近接戦闘出来てたろ。」

「僕は普通に殴る蹴るの方が得意ですよ?」

「人間の首を当然のように螺切ってたゴリラは黙ってろ。言っておくがお前も大概だからな、何だあのクレーター。」

「上から落ちてきただけですよ。まぁ少し特殊な薬を使ってますが……っと。」

「ぐぎゃっ!?」バキッ

 

会話の途中に近づいて来た構成員を回し蹴りで肋骨と背骨をへし折りながらぶっ飛ばしたエノクはコートの懐から一つの瓶を取り出した。金属製のようで、少し鈍い光を反射している。

 

「それがか?」

「はい、鉛の秘薬という代物でして飲むと一時的に体が重くなるんです。まぁ皮膚が硬くなったりするわけでは無いですし、走れなくなる等の副作用もありますけどね。」

「…………必要か?それ。」

「向こうから殺しにかかってくる方々を返り討ちにするのには便利ですよ。体重移動とかをうまく使えばカウンターの威力を上乗せ出来ますしね、こんな風に。」

 

そう言いながらエノクは振り向きながら踏み込んだ。足を着いた地面は陥没し、その勢いのまま上から下に振り抜かれた千景は迫っていた構成員を持っていた鈍器ごと両断した。

 

「割と重宝してますよ……さて、そろそろ効果が切れますかね。」

 

地面に傷跡を残す一撃を放った後に千景を軽く振るい、障気を霧散させて鞘へと戻す。手を握って開き、首を回して体をほぐしたエノクは伸びをし始めた。

 

「何やってるんだ。」ガキンッ!

「ん~……はぁ、この薬、使ったあと体が硬くなるからこうやって解さないと後から響くんですよ…………うん、もう大丈夫です。」 

 

体の調子の確認を終えたエノクは、コートの内側からナイフを取り出し始めた

 

「その刀は使わないのか?」

「最近使ってなかったせいか少し切れ味が落ちてたので手入れをするまではお預けですかね。まぁ残りはこれで何とかしますよ。」

「………その装飾の付いた見るからに戦闘向きじゃないナイフでか?」

 

「これは投擲用です、近接戦闘用はこっちですよ。」

 

そう言って取り出した投げナイフ数本を左手に持ったまま懐をまさぐると、そこから医療用メスをそのまま大きくしたような取り出す。慣れた手付きでペン回しのようにナイフを弄ぶエノクに、カーリーは呆れたような視線を寄越していたが、やがて諦めたかのように口を開いた。

 

「まぁいい、さっさと終わらすぞ。ここまで来たら証言者を潰してしまえばいい。」

 

「そうですね。」

 

 

 

「オラッ!」ブオンッ!!

 

「邪魔よッ!」ギャリギャリッ!!

 

 

 

「……木の葉工房の従業員の方々も相手してるみたいですし、早めに終わらせることには賛成です。」

 

遠回りして二人を避けた黒雲会の構成員と戦う従業員達をチラリと見たエノクは静かにナイフを構え、前を見ながら呟いた。

 

「リサもそう思うでしょ?」

「ええ、そうね。」

「ぅおっ。」ビクッ

 

その直後、二人の背後からリサが答える。気配もなく、突如現れたリサにカーリーが詰まった様な声を出しながら振り向くが、展開されたシモンの弓剣を握るリサは気にすることなくエノクへと話しかけた。

 

「ねぇ、もっと威力ある秘儀使っていいかしら。」

「人相手にオーバーキルが過ぎるよ。さっきだって足止めのために威力絞ってなければ足吹き飛ぶか消し炭になってたろうに。」

「あくまでもそれは援護だったし。でもカーリーがいるから影からチマチマ狙って足止めするより私も攻撃に参加した方が早いでしょ?だから降りてきたのよ。」

「あぁ、そういう……じゃあ音出るのはやめておいて。近くの敵引き寄せてもあれだから。」

「じゃあこれね。」

 

リサは掌を上に向けると乗っていた水銀弾が溶け出し、物理や重量を無視した動きで球体となった。その後、リサがそれを握りつぶし矢へ加工する最中、なにかを呟いた途端青白い月明かりのような光に包まれる。

 

「さてと……………逃がさないわよ。」

 

その矢を気にせず弓剣に番えるリサは撤退しようかという動きを見せる黒雲会の構成員の方向に狙いを定め、矢を放った。

 

バシッ!

 

「ッ!……ハッ、さっきのはまぐれかよッ!」

 

しかしその矢は誰にも当たることなく近くの建物の壁に突き刺さった。そこで初めて先程の矢を放った人物を察した構成員達は命中率がそこまで高くないと考えたのか、リサへと警戒度を下げ、各々の武器を構える。そしてその先頭に立つ男は。ジリジリと距離を詰め始めた。

 

「………………ばーか。」

 

 

ドチュッ!!




次回に続きます。

本来、千景は握る人の血を這わせて血刃を展開しますが、作中では他人の血でも滴る程に血濡れにすれば展開出来るようにしています。まぁ継続して使うには結局自分の血を使う必要があるため、あまり変わりません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血濡れ

複数を相手取る狩人様は珍しいんですかね?





それでは、どうぞ。


「ごふっ………!?」

「はっ……!?」

 

背後から心臓の辺りに風穴を開けられた男が呻くと共に、構成員達は狼狽える。しかし、周りの構成員達の目線の先にあるのは貫かれた男ではなく、その原因(・・・・)であった。

 

パシャッ

 

血が浮いていた。正しくは見えない何かが血に濡れていた、だろうか。形からして触手のように見えるそれは、ウネウネと体を動かすと血を滴らせる音だけを発しながら引っ込んで行った。その引っ込んだ先には先程リサが放った矢によって出来たと予想出来る亀裂がある。

 

「何だ今の………!?」

「何も見えなかったぞ……?」

「ッ!!怯むな!止まったら相手の思うツボだぞごッ!?」

 

周囲に語り掛けていた男が見えない何かに弾かれるようにくの字になって吹き飛ばされ壁に激突する。腕と足はあらぬ方向にへし折れ、手に持っていた武器は見るも無惨な状態となっていた。原因が分からぬまま仲間がどんどんと潰されていく状況に、残された構成員達は恐怖を感じ始める。

 

「おいおい………何が起きてるんだ?」

 

そして、その矛先の向いていないカーリーもまた困惑の表情を浮かべる。敵対していた者達が突如見えない力で蹂躙され始めた為、それも仕方の無い事だろう。そんな様子のカーリーの横にエノクはいつも通りの調子で話しかけた。

 

「カーリーさん、逃がしたら面倒な事になるんですよね?」

「………あぁそうだな、黒雲会は少しでも情報を残すとそれを元に報復をしてくる可能性がある。フィクサーの仕事を邪魔してくるかもしれんな。」

「じゃあ逃げられないようにしとくわね。エノク、仕留めるのはお願い。」

「言われなくとも。」ダッ!

 

返事と共に駆け出すエノクは右手に持った大メスを握り直すとそれを緩く構えた。

 

「ッ!?」

 

見えない攻撃に翻弄されていた構成員の一人がエノクの存在に気が付く。

 

「ッ!おいっ、ぎッ…………!?」ドシュッ!

 

声を張り上げ仲間に伝えようと試みるも、それを行う前に飛んできた投げナイフが喉を貫き声帯を潰される。エノクは絞られた呼吸音しか発せられなくなった男に肉薄すると体を反時計回りに捻り、

 

ズシャッ

 

それを戻す反動を使って大メスを振り抜き、心臓にまで届く程の傷を作り出した。両断とまでは行かないものの十二分の致命傷をもらった男は絶命したが、近場のヘイトはエノクへと向く。しかし、いつもの笑みを消し静かに辺りを見回したエノクは今しがた仕留めた男の武器に気が付くと、それを一番近場の構成員に向けて蹴り飛ばした。

 

ガツンッ!

「ウガッ!?」

 

突然の攻撃に避ける暇もなく顔面に食らった構成員は仰け反り顔を押さえる。その怯んだ隙に、エノクは他に向かってくる構成員に目星を付けるとメスをコートの内側にしまい、新たな投げナイフを取り出して両手にそれぞれ指に挟むように持つ。

 

ヒュンッ  ヒュンッ

 

「ぎッ!?」グサッ

「なめんなッ!!」ガキンッ

 

即座に投擲されたナイフは、後ろにいた構成員は回避が間に合わず顔の前で交差させた腕に突き刺さり、その手前にいた構成員には手に持っていた刀で弾かれる。が、そんなことお構い無しにエノクは右手にのみに新たなナイフを持ってその二人に向けて駆け出した。

 

「しッ!」ブオンッ!

 

 

向かって来る子供の姿をした化物目掛けて刀を振るう男。己の肉を食い破ろうと横から迫る凶刃に対し、エノクは勢いのまま膝をわざと折り仰け反ることで姿勢を低くし斬撃を回避しながら男の股下へ滑り込んだ。スルリと攻撃を避けられた男は追撃しようと悪態をつきながら振り返ろうとする。

 

ドスッ!

「あ"がッ!?……テメェッ!」

 

しかしすれ違い様に足にナイフを突き刺されその場に縫い付けられ動けなくなる。それでも止めようと刀を後ろに振り抜くる男であったが、既にエノクはそこにおらず両腕がうまく動かせなくなった後ろの青年へと狙いを定めていた。

 

「おい新入り!そいつを殺せ!」

「………………。」チャキン

「ヒッ………う、うあぁぁッ!!」

 

何とか武器を構える青年だったが、エノクの薄く開いた目蓋から覗く深淵のような瞳を見て息を飲み、ヤケクソ気味に己の武器を振るった。火事場の馬鹿力というやつか、恐怖心を煽られてリミッターが少しだけ外れたのか、そこに込められた力は相当なものであった。

 

バキッ!

 

だが、その一撃は空しくも空を切り、地面を叩き割った。それどころか、隙を晒した腕を更に突き刺され痛みが加速する。思わず前傾姿勢になる青年だったが、次の瞬間には視界が一色に染まった。

 

「シッ!」

 

バギャッッ!!

 

「ぶッ!!??」

 

青年の顔面にエノクの膝蹴りが吸い込まれるように入る。しっかりと頭を持って狙いを定めており、頭蓋骨が陥没したような音を響かせた。

 

ドチャッ

「ふぅ………次。」

 

完全に動かなくなった青年は後ろに倒れ込む。エノクはそれを一瞥すると直ぐに視線を外し少しだけ着ていたコートをはだけさせ、首をコキリと鳴らすと軽やかに踏み出した。

 

「らぁッ!」

「よっと。」ヒョイッ

 

先程蹴った武器を顔面に食らい怯んだ男が体勢を立て直しエノクへと襲いかかるが、軽いステップでするすると避けられる。

 

「なんだよその動きッ!?」

「ヤーナムステップは狩人の基礎ですよ。」

「訳わかんねぇ事を………!さっさと武器を使いやがれ!なめてんのか!」

「必要も無いのに武器を使えと?ははは、ご冗談を。」

「死ねェッ!」

 

攻撃をコートの裾を翻し舞うように避け続けるのみのエノクに段々とイラついて来た男であったが、心底不思議そうに「お前程度に使う必要もない(意訳)」と煽られたことで一気に怒りが爆発し吠えながらエノクへと斬りかかった。

 

「シッ。」ドゴッ

「うぐっ!?………かはっ!?」

 

しかしその一撃も避けられ、裏拳を決められた男はたたらを踏み、隙を晒す。それに加え、何やら布のようなものをかけられ視界を奪われた男は更に強い衝撃を腹に与えられ吹っ飛ばされる。

 

「うおっ!?何しやがる!?」

「うるせぇ!」

 

その先には先程足を突き刺された男がおり真正面から衝突、互いに動きが制限されているため回避が出来なかったようで文句を言い合っている。そんな事をしている暇など無いというのに。

 

「チッ!………おい、あのガキどこに「さようなら。」ッ!?」

 

ドチュンッ!!

 

 

一瞬の内に二人に肉薄していたエノクは布を被った男の背後から腕を突き刺した。細く白い腕は男の体を容易く貫き、そのままの勢いでもう一人の男の腹へと吸い込まれた。内臓辺りに手を突き刺された男は口から血反吐を吐き出す。もう既に虫の息だった。

 

「が、ごはッ……!」

「…………………。」

 

その様子を見ていたエノクはそのまま腕に力を込めると、

 

ブチィッ!!   ビチャッ!!

 

思いっきり横へ引き抜いた。辺りに二人分の鮮血が撒き散らされ、二人の構成員は断末魔も上げずに倒れ伏した。そのうちの片方の頭部に掛けていた布……羽織っていたコートを回収したエノクは血に濡れていたそれを見て少しばかり残念そうに笑う。

 

「うーん……無茶な使い方したのが悪いんだろうけど、ちょっと勿体なかったかなぁ。にしても、なんで内側ノースリーブのインナーなんだろ。」

 

そう言うとコートを持つ手とは反対の腕を見やる。先程男達を貫いた腕は未だ乾かぬ血に濡れており、それは惜しげもなく晒された肩や頬ににまで届いていた。エノクは持っていたコートを放り投げ千景ごと虚空へとしまうと腕を振るって血を落とす。地面に新たに血痕が出来るが当人のものでは無いので気にせず残りの敵を見据えた。十数人程いた黒雲会の構成員達は視界に入る限り既に3人程にまで減っていた。そしてたった今、

 

ザシュッ!

「がはっ………。」

 

カーリーの斬撃によって一人が沈み、

 

グサッ!

 

リサが放った矢によって一人が頭と胴体を切断される。残った1人は完全に恐怖しており、最早こちらに襲いかかる気配もない。ゆったりとした足取りでエノクが一歩踏み出すと踵を返して全力で逃げ始める。その直後だった。

 

ドンッ!

「!?」

 

何かに衝突し、その足を止めざるを得なかった。見た限りでは何も無い筈なのにそこに壁が存在している。触ることも出来る、攻撃を加えることも出来る、だかしかしこれを破る方法を彼は持ち合わせていなかった。何度も何度も見えない壁を破ろうと殴り付けるが、びくともしない。

 

コツ  コツ

「ヒッ………!」

 

背後から足音が聞こえて来て、振り返ると血濡れの少年がこちらに近付いていた。腰を抜かした男はそのまま後ずさろうとするも、壁に阻まれてそれ以上下がることは出来ない。

 

「く、来るなぁッ!」

 

そう男がわめき散らしても止まる気配は一切なく、やがてエノクは男の目の前まで辿り着いた。その目には感情等は感じられず、ただひたすら冷淡に目の前で座り込む男を見下ろしている。

 

「ま、待て!お前、あいつらに雇われたんだよな?」

「…………それが何か?」

「その倍払う!」

 

その言葉にエノクは眉をひそめる。それを興味を持った、と判断した男は続けざまに口を開こうとするが、それよりも先に呆れたようなエノクの溜め息が聞こえてきた。

 

「……すいませんが金銭云々は興味ないので。」

 

その言葉と共にエノクは血に濡れた腕を振り抜き、

 

グチャッ!

 

男の頭を粉砕したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………こんなものかな。」

 

エノクは己の中に血の遺志が入り込んで来るのを感じながら先程と同じように血に染まった腕を振るった。しかし、時間が経ったためか少しばかり固まっており、仕方がなさそうに肩を竦めて改めて前を見る。そこには、青白い触手で出来た壁(・・・・・・・・・・)に頭を無くした男が静かにもたれ掛かっていた。

 

「………やっぱり、啓蒙が低い人には上位者の姿は見えないんだね。あくまでも先触れだし、最早僕らの一部と化してるけど。」

 

そう言って触手に触れるとびくともしなかった壁は急激に解け、エノクの視点では元の路地へと姿を変えた。それを見届けると散らばる骸の横を通り、こちらに駆け寄って来るリサを受け止めた。

 

「おっと、どうしたのリサ?」

「……………。」バサッ

 

そして直ぐ様いつの間にか取り出していたエノクのコートを無言で掛けて腕に抱きつくリサ。その行為を疑問に思いながらも、特に嫌なわけでは無いので放って置く事にしたエノクはそのままこちらを怪訝な目で見ているカーリーに話しかけた。

 

「お疲れさまでした、カーリーさん。」

「………あぁ。」

「どうかされました?」

「………聞きたいことは山ほどあるが、一先ずはあの工房長の所に行くぞ。もう交渉は終わってる筈だ。」

 

カーリーは剣を背負いながらそう言うとそのまま踵を返してその場を立ち去る。その背中に続くようにエノクとリサも付いていくのであった。




本来のエーブリエタースの先触れは啓蒙0でも見えますが、ループの中で本体を何回も殺した結果、本体と遜色無いレベルのものを呼び出せるようになり、一般人では認識出来ないようになりました。それに加え、10×10m位の壁を作れる位の数を呼び出せますし、その一本一本がかなり殺傷力が高いです。



まぁ二人が経験した最後のループではこの攻撃でもそこらを歩く雑魚の体力でも一割程しか削れなかったわけですが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

認識

かなり独自解釈が含まれますのでお気をつけを。






それでは、どうぞ。


「いやぁ~、お疲れ様!中々良い仕事っぷりだったね!こちらとしても有難い限りさ!」

 

三人が戻ると、丁度道具の片付けを終えたヤエが迎える。後ろには各々の武器の整備をしている従業員達と、倒れた黒雲会の構成員がいた。

 

「あの中指の男は?」

「もう依頼の品を渡したし、試しにうちの従業員と戦ってた黒雲会の連中を潰してすぐに帰ったよ。多分、これから抗争に参加するんじゃないかな。ま、何にせよ私たちの仕事はこれで終わりだ。」

 

そう言うとヤエは従業員達に呼び掛け、帰り支度をし始めた。それを何となく見ていたカーリーに、エノクは尋ねる。

 

「死体はあのままでいいんですか。」

「どうせ翌日になったら綺麗さっぱり無くなってるだろ、掃除は私たちの役割じゃない。」

「………あぁ、彼らが居ましたね。」

「そう言うことだ。」

カチッ カチッ   シュボッ

 

納得したように声を上げるエノクをよそにコートの内側からライターを取り出し煙草に火を付けて煙を吸い始めるカーリー。暫く無言で一服し、終わったあと地面に落とした煙草を踏み潰して消火しながらずっとエノクに抱き付いたままのリサを見て尋ねる。

 

「で、そいつは何をやってる。」

「ただの甘えたがりですよ。」

「エノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノクエノク………………………。」スーハースーハー

「どこが"ただの"だ。絶対何かキメてるだろ。」

「薬なんて下らない物吸うよりエノク吸ってた方が何百倍も良いわよ。」キリッ

 

コートの袖に腕を通さず羽織るだけのエノクを背中から抱き締め、首筋辺りに顔を置き、ただひたすら名前を繰り返し呟きながら匂いを嗅ぐその姿はなんとも禁忌的な香りがする。そんな様子のリサとされるがままどころか頭を撫でて甘やかしているエノクの二人をカーリーは変な物を見る目で見ていた。

 

「それで、この後はどうされますか?」

「どうもなにも、もう依頼は終わった。次の仕事は明日だから家に帰って寝る。」

「ふむ、でしたら僕らもお暇させて頂きましょうか。」

 

そんな話をしていると、木の葉工房の従業員達の後始末が終わり、ヤエが元気良く声を上げた。

 

「よーし、それじゃさっさと帰るよ!まだ修理の依頼が舞い込んで来てるみたいだし!」

「社長~、さすがに何でもかんでも受けすぎじゃないっすか?ここ最近ずっとそればっかじゃないですか。」

「文句言うんじゃないわよ、無駄口叩いてないでさっさと立ちなさい。」

「へいへいっと。」

「ちょっと何よその態度、嘗めてるの?」

 

仕方がないと言わんばかりの様子の男性従業員に腹正しげに突っかかっていく女性従業員を他所に、ヤエはこちらを傍観していたエノクと

 

「あぁ、そうだ、今日はどうもありがとう!報酬は協会を通して振り込んどくよ!」

「帰りの護衛は必要ないのか?」

「まぁね、と言うわけで現地解散ってことでこの依頼は終了さ!それじゃあね~。」

 

そう言うと、ヤエは口論している二人を連れてさっさと帰って行った。残されたカーリーはその背中を見送ると、未だに隣でイチャついているエノクとリサの方に視線を送り、溜め息混じりに問いかけた。

 

「それで、お前らはどうするんだ?」

「そうですね……どうするリサ?」

「…………………別に、金銭的に余裕あるし、どこか適当なホテルでも行きましょ。貴女良い場所知ってる?」

「ここらにはまともな宿泊施設なんて無いぞ。あってもどこかキナ臭い奴の息がかかった所だ。」

「うぇ、めんどくさいわね……。」

「ふーむどうしましょうか。」

「私に聞くな。」

 

エノクに抱き付いたまま話に混ざって来たリサとされるがままのエノクからの問いにぶっきらぼうに答えたカーリーはそのまま踵を返し歩き出す。

 

「…………。」スタスタ

「「……………。」」テクテク

「………何故付いてくる?」

「暇だから。」

「色々と情報が欲しいんですよ。僕らはこの街を知ってる訳でもないので、もしよろしければお話をお聞かせ頂きたいんです。貴女が疑問に思ってたことも話せる範囲であればお話ししますよ。」

 

リサはあっけらかんと言い放ち、エノクは薄く笑みを浮かべながら首をかしげる。呆れたように溜め息をつくカーリーはゆっくりとリサを指差すと口を開いた。

 

「取り敢えず、お前はもう少し取り繕うことを覚えろ。」

「そういうのはエノクの担当よ。」

「そんなこと言ってたら親指と遭遇した時厄介な事になるぞ。あの規律厨共は子供だろうが容赦はしない。」

「さっきも思ってたけど、規律厨ってなによ。」

 

リサの言葉に一瞬訝しげになるがすぐさま納得したように声を漏らす。

 

「あぁそうだった、まだそこら辺の事は知らなかったなお前ら。」

「えぇ、ですのでご教授頂けたら嬉しいです。」

「……お前もぐいぐい来るな。」

 

笑みを浮かべたままのエノクと睨み合うカーリーだったが、やがて諦めたかのような息を吐くと再び歩き出した。

 

「……………取り敢えず飯食いながらで良いだろ、さっさと着いてこい。特にお前は血を落としてからな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、手や服にこびりついた血も一切付いていない状態にしたエノクとリサを連れたカーリーは一軒の店の前へと足を運んだ。先程の場所から少し離れており、辺りには一般人らしき通行人がちらほらと見える。

 

「お、あんたかカーリー。何にするんだ?」

「いつもの。それとこいつらに適当なものを。」

「あいよ……で?どうしたんだ、そこのガキ。」

「知り合いに押し付けられた、詳しくは聞くな。」

「はいはい、ちょいと待っときな。」

 

話しかけてきた店員が奥へと引っ込むと同時に、リサは口を開く。

 

「ここは?」

「私がよく使ってる店だ。軽食で済ませる事が出来るならそれで十分だからな。」

「ジャンクフード……というやつですか?」

「不満なら食うな。」

「いえいえ、食べた事が無かったので気になってたんですよ。」

「待て、お前ら普段なに食ってる。」

「えーと………なにかしら、お菓子?」

「それは多くて三日に一回位だよ、僕ら基本的に食事とか必要なかったからあまり気にして無かったけど、本来人間は食事は毎日必要だから。」

「まるで自分が人間じゃないみたいな言い方だな?」

「はい、狩人です。」

「それは役職だろうが。」

「私達にとっては別物よ。人間の部分を捨てたつもりは無いけど、少なくとも生命維持に関しては貴方達みたいな人間とはとっくの昔にかけ離れた物になってるし。」

「空腹を感じる事はありますけどそれも感情から来るものですし」

「………お前ら本当に何なんだ。」

「「さぁ?何でしょう?」」ニコ

 

同時に微笑んだ二人の言葉に乗せられた重圧に一瞬だけ身構えそうになるカーリー。それと同時に紙袋を持って戻って来た店員に話し掛けられたことで反応が遅れ、動けないまま固まった。

 

「はいよお待たせ………なにやってるんだ?」

「ッ!………いいや何でもない。代金はこれでいいか?」

「1、2、3………あぁ、問題無いな。」

「そうか、邪魔したな。」

 

そう言うとカーリーはカウンターに乗せられた3つの紙袋を掴み、そのうちの二つをエノクへと押し付けて踵を返した。リサはそのあとに続き、少し大きめの紙袋を抱えるように持ち直すとペコリと店員に向けて軽く礼をすると少しだけ駆け足で二人の元へと向かった。

 

「はい、リサの分………それで、話は戻るのですが親指の詳しい説明をお願いできますか?」

「はいはい……ま、簡単に言えば人差し指とか中指みたく裏路地を牛耳る組織の一つだ。」

「先程「規律厨」とおっしゃってましたがそれは?」

「親指の連中は兎に角上下関係に厳しい。身分が下の奴が上の奴の許可無く口を開こうとしたら即座に顎を消し飛ばされるか殺される。実際、下部組織の連中が騒ぎ立てて呆気なく殺られる姿は時々見られるからな。」

「でもそれだったら、私達には関係のない話じゃないの?」

「その規律、無関係の奴らにも押し付けて適用するんだよ。あいつら独自の階級に乗っ取ってな。」

 

歩きながら話すカーリーに対し紙袋の一つをリサに渡したエノクはそのまま問いかける。

 

「忠告も無しにですか?」

「問答無用だ。」

「何よそれ、見方を変えればただの我が儘じゃない。」

「見せしめの意味合いもある。組織力と保持する力の顕示で相手を従わせるのが一番楽だろうからな。」

「もう少しやり方があるでしょうに……いや、恐怖による支配が効いている分まだまともですかね。」

「恐怖心を持たない奴はまともじゃないと?」

「理性があるかは別の話ですが、狂人と呼ばれる部類の方々はそこに本能的にかける枷がありません。でなければ、神になるために悪夢を作り出したりしないでしょう?」

「……さっきから言い回しが独特だな。」

 

何度目かわからない訝しげな顔をするカーリーに対し、リサは早速袋を開けて中身……ハンバーガーを取り出しながら聞き返した。

 

「ま、取り敢えず絡んだら面倒な連中だってことは分かったわ。それで、あんたは何か聞きたいことあるの?…………あ、これ美味しいわね。」

「食いながら話すな……まず、お前らは人間じゃないんだな?」

「そうね、元々は只の子供だったけど今はもう立派な一狩人よ。」

「そのお前らの言う"狩人"ってのは何だ。話を聞く限り、改造された人間か何かだと思っているんだか。」

「私達が特殊なのよ。人外のものが混じった血を輸血されてそこから踏み外したんだろうし……あぁ、でもこの世界に限定しなかったら似たような奴は沢山居たわね。」

「輸血?」

「血液と魂は密接な関係にありますから。まぁ、直後は普通の人間と何ら変わりはありませんでしたし、ましてや子供だったので出来ることなんて限られてた訳ですが。」

 

そう語ったエノクは紙袋の中に入っていた瓶に入ったジュースを一口飲むと締め括るように口を開いた。

 

「その後色々あってそんなこんなで人間の子供は人ならざる何かへと至りました。」

「大分省略したな?」

「内容が濃すぎて全部説明しようとすると半日以上かかるので。取り敢えず分かって欲しいのは、先程の戦闘で見せた力はその経緯で得たものだということと少なくとも敵対していない貴女に危害を加える事は無いってことですね。」

 

紙袋とジュース瓶をそれぞれ持った両手を掲げ、降参の意を示すようなポーズを取るエノク。その隣では無言で自分のハンバーガーを食べ終えたリサが指についたソースを軽く舐めとっていた。

 

「まぁ何があったかは別に良い、聞いたとしても特に意味は無いだろうからな……だが、さっきの見えない何かについては説明してもらおうか?」

「あぁ、そういえば貴女には見えてなかったわね。イオリは普通に認識してたから気にしてなかったわ。」

「その名前が出てきてる時点でろくでもない代物だってのは理解できた。」

 

何やら良くない予感がしたのかそう言って話を切り上げようとするカーリーだったが、それよりも早くリサが動き出す。

 

「実際に見せた方が早いかしら。それじゃカーリー、こっち見て。」

「待て、何する気だ。」

「別に?ちょっと授けるだけよ。一時的な物だし、精神の保護もするから発狂の心配も必要無いわ。」ガシッ

「お前の口から出てくる単語が安心とは程遠いんだが?というか強制的に押さえ込もうとするな!その細い体で何故こんな力を出せる!?」

「見た目で判断してはいけないっていう良い教訓になったじゃない、良かったわね。」

「このッ……離せ、腕掴むな!」

「大丈夫大丈夫、ちょっとだけちょっとだけ。」

「おいお前の片割れだろ!さっさと止めろ!」

 

咄嗟に避けようとするも、熟練の狩人からは逃げられる訳もなく捕まったカーリーは力を込めて抵抗しようとするが想像以上の怪力に押さえ込まれそうになる。先程の戦闘よりも焦った様子のカーリーは近場でこちらを見ている筈のエノクへ止めるように呼び掛ける。

 

ふぉれふぉいひぃふぇふふぇ(これ美味しいですね)。」モグモグ

「何呑気に食ってやがる!」

「はーいよそ見しない………『Know the truth with knowledge, but you are not a God, and there are no facts there.』。」

 

しかし、当の本人が自分のハンバーガーを頬張っていたためその試みも無駄となった。その隙を突いたリサは今度こそ顔を掴み真正面から向き合って言葉を発し始めた。カーリーにとっては聞き馴染みが無く、またその意味の推察も出来ないぐらいにボカされたような音に顔をしかめるが、その次の瞬間

 

キィーーン

「うぐっ!?」ズキンッ

 

カーリーの頭の中に金属音が鳴り響くような感覚に陥り、痛みが走る。突然の出来事に目を見開き声を漏らすが、その痛みの中、行き崩れ落ちそうになる体を留まらせる事が出来た。拘束されていた手が離され、ふらつきながら痛みが通りすぎる頭を押さえるカーリーは目の前に立って首を傾げてこちらを見るリサを睨み付ける。

 

「………何をした。」

「瞳を授けたの、仮初めのね。これで見えない物も見えるようになった筈よ。ほら、これとか。」

 

そう言ったリサは手の平を上に向けを前に差し出すとそこから淀みを生み出し、自らが操る触手のほんの一部を出現させる。青白くヌメヌメとしたそれはゆったりと動き出すとそのままカーリーが取り落としていた紙袋を器用に掴み、目の前まで持ち上げた。眼前に着き出された本人は目を見開いて絶句している。

 

「…………………。」

「大丈夫、ヌメヌメしてそうなのは見た目だけだから紙袋は普通に無事よ。」

「そこじゃない………これか、さっき黒雲会の構成員の腹を突き破ったのは。」

 

カーリーが紙袋を受け取ると触手は淀みの中へと引っ込んで行く。

 

「…………どういう仕組みだ?」

「世間様の言う神みたいなのの一部を召還する物よ。それに耐えてるどころか自分の一部にしてる時点で私達人間辞めてるわね。」

「まるでお伽噺かありきたりな小説で出てきそうな設定だな、その中身がそんな夢のあるものであるかは別として。」

「あら、夢ならあるわよ?夢は夢でも悪夢に分類されるだろうけど。」

「だろうな………あぁ、ようやく慣れてきた。まだ頭の中がミキサーでかき混ぜられたように喧しいが………な?」

 

溜め息を吐き、頭を押さえていた右手で長い赤髪をかき混ぜるカーリーだったが、不意にその言葉は途切れる。そして、ゆっくりと右手を顔の前まで移動させるとそのままじっと観察し始めた。

 

「どうかされました?」

「いや………おいリサ、お前が与えた……『瞳』、だったか?それは見えないものを見えるようにするだけの代物か?」

「その質問をするって事は何か見えたのかしら?」

「自分の手に何かが流れるような筋が何本か。血管にしては数が少なすぎるが………ダメだ、わからない事が多すぎる。」

「それで良いのですよ。理解するところまで行ってしまえば後戻りは出来ませんから。」

「はぁ?」

 

訳がわからないと言わんばかりに眉をひそめるカーリーに対し、エノクは真面目な表情で語りかける。

 

「恐らく貴女が見ているのは眠っている力の片鱗です。リサから一時的に瞳を授けられた影響で少しだけ表面に出てしまったのかと。」

「眠っている力?表面?何を言ってるんだお前は。」

「そのまま受け止めなさいよ。まだ1にも満たないけど貴女の中には既に啓蒙がある筈だから。まぁ私が流したんだけど。

「啓蒙………?………??」

 

聞き慣れない言葉を聞いたカーリーはそのまま深く思考し始める。それと同時に紙袋の中身を全て食べ終えたエノクが側まで下がって来たリサへと質問するために口を開く。

 

「ねぇリサ、本当に啓蒙流したの?」

「ほんの断片程度よ。一気に過剰供給すると頭爆発してるだろうし、狂ってないから大丈夫でしょ。」

「あぁ、逆流できる脳喰らいの変異種………あれ、でも……。」

「何かあった?」

「啓蒙が0と1でも見える景色の認識が大分変わる筈だけど、カーリーさんエーブリエタースの触手が見えるようになって自分の内側の力を感じ取っただけでそんな素振りなかったよ。」

「…………そういえば妙「なぁ。」っと、どうしたのよ。」

 

会話の中、違和感が膨らんでいく二人であったがその途中でカーリーから声を掛けられて中断する。目の辺りを押さえていたカーリーは

 

「どっちでも良い、何か要らない物をこっちに投げて寄越せ。」

「「?」」コテン

「……そうだな、丁度良い。エノク、その手に持ってる瓶で良いから私に向かって投げろ。試したいことがある。」

「えぇ、別に構いませんが………。」

 

突拍子も無い頼みに少々困惑した様子のエノクは言われた通りにジュースの入っていた瓶を投げる。エノクの手から離れた瓶は放物線を描いてカーリーへと迫った。

 

「しッ!」シャキンッ!

 

そしてその瓶があと数秒でカーリーに届きそうになった瞬間、短く息を吐く音と共に空中に一筋の線が走る。数瞬遅れてカーリーは紙袋を持った手でそれを受け止めた。

 

「………何がしたいの貴女?」

「言っただろ、この感覚を試してみたかったんだ。」

 

いつの間にか解き放って手に持っていたナイフを腰のホルダーに戻し、瓶を掴む。

 

 

瓶は音を立てず真っ二つに分かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いな、こんな綺麗な断面に出来るとは。」

「……?」

「何を驚いてるんだ、お前が与えた力だろ。」

「いや、確かに瞳は授けたけども……普通そんな芸当が出来るわけじゃないわよ。何したの。」

「お前の言う啓蒙に従って見えた線をなぞっただけだが………そう言うもんじゃないのか?」

「少なくとも、そのような啓蒙の使い方してる方は初めて見ましたよ。殺意高いですね。」

「お前に言われたくない。」




はい、原作でも最強格の一人であるカーリーさんを強化します。最終的には普通に神殺しとか出来るようになるんやろなぁ。原作でも出来そうですけど。

啓蒙をどういった風に解釈すれば良いのか迷いましたが、この作品では『そこにある筈無い物が見える、理解出来るようになる』といった物になりました。次元を隔てた向こう側にいる存在も分かりますし、極限まで啓蒙が上がれば擬似アンサートーカーみたいな使い方も出来ます。上がりすぎると幻術でさえも現実として認識してしまいますし理解しちゃいけないことまで理解して発狂しやすくなりますが。
ただカーリーネキの場合は、『相手の弱点や力の流れを視覚的に理解する』事に特化しています。啓蒙が1の場合、無機物等にしか効果はありませんがその対象の弱点を線や点と言う形で理解し、そこをなぞるように攻撃することで相手に大ダメージを与えることかできます。なお啓蒙が上がると対象に出来る物が増えますが代わりに四六時中その線や点が見えますし脳が情報処理に追い付かなくなります。簡単に言えば「直死の魔眼(偽)」ですかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

啓蒙

色々とリアルが忙しく、丸一ヶ月経ってしまいました。申し訳御座いません。今回の話はブラボの考察も含むのでご注意下さい。





それでは、どうぞ


「カーリー、貴女狩人出来るんじゃない?連盟に加盟する?」

「狩人ってのはそんな軽くなれるもんなのか?」

「名乗るだけならね。あ、私達の血をぶちこめば人辞められるけどやる?」

「何でやると思った。普通に嫌だぞ、そんな得体の知れないもの体にぶちこむのは。」

 

どこからともなく取り出された空の注射器に嫌そうな顔を向けるカーリーに対しリサは少しばかり真面目な声色で話を続けた。

 

「冗談よ……でも、一つ忠告しておくわ。あまり啓蒙に頼りすぎないようにね。」

「さっきの線か?かなり意識しないと見えないが、中々便利そうだぞ。」

「本来、私達の言う啓蒙は物事を理解する事を指すの。貴女の場合、見たものの弱点を導き出すことに特化してるみたいね。貴女に授けた瞳が合わせるように勝手に性質を変えたと考えたら辻褄が会うけど……見えてる物事は人それぞれなわけだし、それもあり得ない事じゃないのかも。」

「ただし、啓蒙が高まりすぎると弊害も出て来ます。例えば……常に様々な情報を強制的に処理してしまって脳が耐えられなくなるとか、理解したくないことも理解してしまうとか、他にも色々。」

「ふぅん……?」

「乱用しなければ急激に高まることも無いでしょう。ゆっくりとした変化であれば慣れる筈ですのでご留意下さい。」

「……伊達に地獄を生き抜いてきた訳じゃない、精々有効活用してやるさ。」

 

忠告に対し様々な感情を含んだ笑みを浮かべるカーリーに顔を見合わせる二人であったが不意にエノクの持っていた携帯端末が短い電子音を鳴らした事でそちらに意識を向けた。

 

「すいません、連絡が入ったようです。確認してもよろしいですか?」

「別に気にすることでもないだろ。」

「ありがとうございます。」

 

その言葉の後、エノクは端末を操作し始める。その間、カーリーは自分用の軽食の袋を開き、中に入っていたBLTサンドにかじりついた。男らしく食べすすめているとジュースをチビチビと楽しみながら飲みながらエノクの隣にいた筈のリサがすぐ前まで近づいて来た。

 

「はぐっ………なんだ、リサ。」

「そういえば、私達の過去はある程度話したけど貴女の事は余り知らないと思ってね。で、なんか無い?」

「話題振りが雑すぎんだろ。」

「良いじゃないカーリー、別に減るもんでも無いでしょ?」

「そう易々と人の過去が知れるとでも思ってるのか?」

「いや全く。むしろこの都市の人間、それも裏路地に住んでる輩は過去をベラベラと話す奴の方が珍しいんじゃないの?」

「分かってるなら何で質問した。」

「お試し。」

 

軽い調子のリサに呆れたような目線を寄越すカーリーはコートの内ポケットからまた取り出した煙草に火を着ける。そして一度紫煙を吐き出した所で、リサは話の続きをし始めた。

 

「私達だって完全に話した訳じゃないけど、当たり障りの無い事なら普通に気にせず話すし。」

「それはお前の価値観だろ。」

「え~、少し位教えてくれても良いじゃない、

 

 

例えば…………貴女の出身が23区の裏路地だったとかさ。」

「ッ!?」バッ!

 

瞬間、カーリーは目を見開き、すぐに警戒するように身構える。それに対し、リサは自然体のままで首を傾げていた。

 

「あら、間違ってた?」

「………。」

「そんなに警戒しないでよ、別に言い触らしたりしないし。」

「そんなことはどうでも良い、何故お前がそれを知ってる、私は一度たりとも23区の事を口に出した覚えは無いぞ。」

「私も無いわよ、でも事実なのは変わらないでしょ?」

「………どういう絡繰だ。」

 

肩を竦めて心底不思議そうに語るその姿は秘匿した事をあっさりと暴かれた側にとっては恐怖すら覚えそうになる。警戒の度合いを上げたカーリーの問いへの答えはさも当然のような語り口で返ってきた。

 

「絡繰も何も、仕組みに関しては貴女もその一端に触れてるじゃない。」

「何?」

「私の話聞いてなかった?啓蒙は、本来物事の本質を理解する事だって。いくら貴女が隠そうとしても過去にあった事実は変えられるわけ無いじゃない。」

「ちょっと待て、それだとお前らは相手を見ただけでそいつの詳細が分かるってことになるぞ。」

「普段は勝手に入ってくる必要無い情報は弾いてるし、誰かの過去もそれに含まれるんだけど、特定の相手に狙いを絞れば出来るわよ。」

「………つくづく規格外だな。」

「まぁこんなこと出来る私達が例外側だろうし間違ってないから否定しないわ。未来予知とかは流石に無理だけど。」

「ある程度腕っぷしのある奴ら相手に無双してた奴が未来予知してくるとか完全な化物だぞ。」

「私は出来ないって言ってるでしょ。まだそこまで人間捨てた訳じゃ無いのよ。」

「あんなもん従えてる時点で手遅れだ。」

 

カーリーは先程見せられた神もどきの一部を思い出す。目の前の少女から授けられたらしい瞳は今まで見えていなかった世界を写し出し、ほんの少しだけ理解させた。その時の感覚は未だに頭に反響している。今はもう頭痛もないがその反響が最大まで達した時、見えたのは膨大な数の線でありカーリーはそれが見たものの弱点である事、そして力の流れさえも見る事が出来る事を本能的に察していた。自分の手を注視した際見えたものの理解も当に済んでいたが、何より恐ろしいのは目の前の少年少女が時より歪んで見えるように思えるである。しかし、それがなんなのか理解するには啓蒙が圧倒的に足りないのだった。

 

「………まぁ良い。そんなことよりもエノク、内容の確認は終ったか?」

「えぇ、問題無く。どうやら正式に階級が7級に上がる事に決まったようでして。」

「あら、もう?案外早かったわね、イオリが関わってるからかしら。」

「ファルさん曰く色々と暗躍してたらしいよ。」

「何でそこまで上に押し上げようとするのかしら。私達の階級を上げたからといって別にあの人に何か得があるわけでもないでしょうに……なんか啓蒙使っても何考えてるか見えにくいし。」

「あの紫ババアの行動は今更だから気にするな。私はあいつに関わってからあいつの行動について細かく考えるのは諦めた。」

「それはそれでどうなのよ。」

 

遠い目をしながら話す姿にツッコミを入れるリサだったが、ふと辺りが先程よりも暗くなり始めている事に気が付く。日が傾き始め、話し合いのために入った路地裏の影が濃くなる中、リサは虚空から懐中電灯を取り出し蓋を開く。

 

「あら、もうこんな時間……一回駅周辺の中心街まで戻る?」

「それもそうだね。カーリーさんはどうされますか?」

「……私の借りてる部屋もそこら辺だ。食い終ったな?さっさと行くぞ。」

「「はーい。」」

 

数瞬黙ったカーリーは息を吐き捨てて踵を返して歩き出す。二人はてくてくとその後に続いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………。」

「……………。」

「……………。」

 

終始無言の三人は空からの光が収まり始め、人工的な光が辺りを照らす道を歩く。疎らにすれ違う人間は怪しい雰囲気や危険な気配を醸し出す者達ばかりで安全とは程遠い環境である。先程の場所から中心街までの最短ルートを進む一行であったが、やはりと言うべきか、何処からか肉を殴るような打撃音と若い男の苦しむような呻き声が聞こえて来る。ただし、周りの人間は気にせず自分の目的の為に動くのみであった。

 

「物騒ね。」

「今の状況をその言葉だけで済ましてる時点でお前も十分物騒だぞ。」

「端的に表しただけじゃない。」

「ドライだな。」

「関係ない厄介事にわさわざ首を突っ込むほど僕らも優しくは無いですよ。依頼等であれば別ですが。」

 

そう言って三人もスルーし、通りを抜ける。暫くすると先程よりも人の喧騒が大きくなって来た。どうやら中心街の端辺りに着いたようで、ポツポツと人の往来も増えており、次第に店頭の明かりも増えてきた。

 

「依頼だったら躊躇無く殺すのか?」

「相手が敵であるのならば。あと、理性を無くしてしまった獣だったらですかね。獣を狩り、弔うのが僕らの本来の仕事ですから。」

「何の罪もない一般人相手に手を出すつもりはないと?」

「それをすればあの狂人達と同類になってしまいますからね。僕らはあくまでも獣を狩る狩人であって、神を暴く学者や医者では、血を啜るために殺し続けた処刑人でも無いですよ。」

「比較対象がろくでもない奴らばっかだな。」

「終らせる位しか救いようの無い世界()だったもの。そういう環境に置かれた子どもが、マトモな人間になる筈無いでしょ?」

 

さも当然だと言わんばかりの態度の二人に微妙な表情を浮かべるカーリー。少なくとも自身もマトモな環境で育った記憶は無い上、マトモに育ったとも思っていない為、言葉自体は納得しているのだが、まだ自分の半分程しか生きていないような子どもに見える二人が悟ったような言葉を吐くことに何とも言えない虚しさが生まれるのだろう。そんな複雑な感情を抱えるカーリーを余所に、リサは辺りを見回して話しかける。

 

「そろそろかしらね。ここの店とか見覚えがあるわ。」

「………。」

「カーリー?」

「あ?………あぁ、そうだな。」

「?」

 

少しだけ反応の鈍いカーリーに違和感を感じながらもそれを気にせず二人は進む。やがて、エノクとリサが18区に来た時に降り立った場所の数倍はあるであろう規模の駅が見えてきた。街明かりはどんよりとした暗い空を照らしている。それに近づく途中、カーリーは足を止めた。

 

「もうここらで良いだろ、私はこれ以上面倒は見ないからな。」

「あら、わざわざ送ってくれたの?優しいのね。」

「世辞は良い、さっさと行け。自分達の協会への報告はそっちでやってろ。」

 

そうぶっきらぼうに良い放ったカーリーは踵を返して街を抜ける。その背中が人混みに紛れるまで見送った二人は顔を見合わせた後ゆっくりと並んで歩き出す。

 

「じゃあ、早く寝れる場所を探しましょ。」

「良い場所あるかな。カーリーさんの言葉の通りなら何かしら面倒事もありそうだけど。」

「向かってくるなら一人残らずぶっ飛ばせば良いのよ。あの街の時みたいにね。ほら、行きましょ……って、あら?」

「」ヒョコッ

 

エノクの手を取って駆け出そうとするリサだったが、いつの間にか何やら籠らしき物を被った使者がエノクの肩に乗っているのに気が付いた。

 

「どうかした?」

「」ミブリテブリ

「狩人の夢に誰か来たのかな?」

「」コクコク

 

エノクからの問いにジェスチャーで答える使者。その意味を正しく捉えたエノクはしばらく悩んだ後口を開く。

 

「……取り敢えず、先に夢に行ってしまおうか。少しだけ嫌な予感がする。」

「うーん……残念だけど、仕方ないわね。また別の場所探しましょ。」

 

 

 

 

 

 

 

「って訳で来たんだけど………なんであんたがいんのよ。」

 

駅からそう遠くもないが人が寄り付かなそうな物陰から狩人の夢へと帰った二人であったが、視界に入った人物に顔を歪ませる。リサはあからさまに顔をしかめ、エノクも笑みではなく眉をひそめた相手は乾いた笑みを浮かべながら不気味な笑い声を上げた。

 

「おや、お気に召さなかったかな。」

「お久しぶり……で良いんですかね、ミコラーシュさん。」

 

エノクが笑顔を作りながらそう問いかけると、男……ミコラーシュはボロボロになった学者風のコートと頭に被った籠を揺らしながら笑い続ける。かつてはあったであろう輝きもとっくの昔に失っており、そこに残っているのは只の影法師に過ぎないだろう。

 

「相変わらずねその頭の籠、もう着ける意味も無い癖してまだそれに拘るの?」

「何を言う、これは必要な物だとも。我々の獣性を封じ込め、神へと近づく為に。「とっくに意味なんて無いのが分かってるくせに。」

 

聞き飽きたと言わんばかりに言葉を遮り、畳み掛けるように口を開く。

 

「ここにいるんならもう分かってるでしょ?貴方達メンシス学派達が興した悪夢も、アメンドーズがいた辺境も、赤子が見ていた夢の世界も、ヤーナムの街だってもう既に終った後なのよ。残ってるのはボロボロになった街だけ。あんたが交信しようとした神みたいな奴さえもう居ないわ。」

「あぁそうだとも、分かっているのさ。私はもう終わってしまったということは。だか、その程度が探求を止める理由になり得るのかね?」

 

返ってきた答えに少しばかり驚いた様子の二人を余所に、

 

「君達という人から神への到達点へと至る可能性が有るのだから、まだ諦める気は更々ない。現実ではなくても、夢は元々我々の通った道だ。」

「そうだった……あんた達夢を強制的に拡張して現実と繋げた変態だったわね。そのせいでどれ程私達が苦労したか……。」

「あぁ、あの学舎の事かね。私の記憶から作り出したものなのだが、中々良い出来だっただろう?」

「どうしましょエノク、こいつ全く反省してないわ。」

「この人はこういう人、もう手遅れだよ。」

 

かつて扁桃石を持って古協会を経て訪れた悪夢の中の学舎、その中にいた変わり果てた学徒、狂気のような研究対象を思い出して、高笑いをするミコラーシュを余所にため息をつく。そもそも、エノクとリサが回り続ける悪夢を走らされる羽目になった原因の一端はこの狂人だったりする。恨みはあれど感謝は一切ない相手に対し、二人は呆れの感情を持ちながら話を続けた。

 

「それで、今になって何故ここに?正直なところ、貴方が来る意味も無いでしょう。」

「ふははは……む?そう思うかね。残念だが、私は目的を持ってここに現れている。聞きたいことがある、君達にな。」

 

不気味な笑みを浮かべ笑い続けるミコラーシュはやがて二人を真正面から見据える。

 

「僕らがどのようにこの状態に至ったかですか?」

「それではない。今の君達は人と神の間、いわば半端者だ。私の目指す所とは少々勝手が違うのだよ。」

「それでは何を?」

「前提として、君達はこの場所が何処にあるのか分かっているのかね?無論、夢の中という回答は求めていない。」

「何処って……貴方がやったみたいに月の魔物が先生の記憶を元に作り出した空間?」

 

思案する二人を余所に、ミコラーシュは更に畳み掛けるように問い掛ける。

 

「そうだな、概ねその通りだ。しかし何故かの上位者はこの空間を作った?かつて同じ学舎で学んだローレンスが君達の言う月の魔物を呼び出したらしいが、何故これを作るに至った?」

「……先生と初代教区長ローレンスは古くからの友人だったと本人から聞きました。狩人の発端もそこであると資料にも残ってましたし、この場所を僕とリサ以外の狩人が利用した事も聞いています。」

「まぁ大体予想は着いてるけど、なんでそんなこと聞くのよ。」

「強いて言うなら学者としての興味だとも。探求者とは、そういう生き物だろう?」

 

さ、続けたまえと催促するミコラーシュ。暫く黙り込む一同であったが、やがてリサがゆっくりと口を開いた。

 

「………餌場。」

「ふむ?」

「青ざめた血、そう呼ばれてた月の魔物は餌を育てるためにここを狩人の夢にして私達を狩人として呼び込んだ。あの触手多少ループを認識してたっぽいし、あいつ自身成長するのに必要な物が特殊だったみたいよ。」

「ははははは!成る程、そうか!全ての上位者は赤子を失い、求める!しかしその魔物だけは他とは違う!まさか呼び出された彼が赤子側(・・・)だったとは!まさかあのメルゴーとは別の子が現れていたとは気づかなかった!」

「そこまで興奮しなくとも、貴方達メンシス学派にはあの脳が有ったでしょうに。」

「いいや?あれは言葉遊びの結果出来た出来損ないだ。まさかメルゴーへと願った事が言葉そのままで返ってくるとは誰が思ったか……。」

「いきなり表情変えないでよ気色悪い。」

 

突如スンッ、と無表情になるミコラーシュ。それもその筈、偶然交信できた上位者に「ウィレーム先生みたいに脳に瞳(概念)が欲しい!(意訳)」と言ったらガチで瞳(物理)が脳の中に埋め込まれた上位者モドキが送られてきたのだ。しかもそのモドキから得られるのは中途半端な物ばかり、思い出しただけで萎えるのも当然だろう。

 

「……話を戻しましょうか。」

「そうだな、続きがあるのなら是非とも聞かせてくれたまえ。かの魔物は何を餌として求めたのかね?」

 

気を取り直して近くの石階段に座り込んだミコラーシュはギラギラとした目線を送る。興味以外何も感じられないそれに仕方がなさそうにエノクは語り始めた。

 

「あくまでも推測ですけど、彼は恐らく獣性と神秘が入り交じった存在なんだと思います。極端に言えば貴方が目指した終着点そのものですよ。ですがその代わりに不安定な状態へと陥って、神秘だけではどうにも出来なくなったのかと。」

「ふむ、獣性と神秘は真逆の位置にあるように見えるがその実とても似ているものだ。確かに私も獣を克するために神秘である思考の瞳を求めたな。」

「ええ、なので彼は神秘だけでなく獣性も欲したのです。つまるところ、餌は自分と同じ神秘と獣性が混じりあった存在という訳ですね。」

「………あぁだからか。」

 

そこまで話した所でミコラーシュは納得したような声を上げる。その表情は実に楽しげだ。

 

「餌は君達だったのだろう?獣性を宿しながら神秘を用いる存在は稀有だ。聖職者が獣となった例はあるが、その両方を理性を保ったまま扱う者は君達位しか知らないものでな。その導きとして使われた存在が……最初の狩人かね。あの者もこの夢に囚われていたと。」

「ちょっと違うわ、あれ多分お礼も兼ねてる。」

「む?」

「呼び出したからって言えば良いのかしら、月の魔物はその対価として先生の願いを叶えたのよ。」

「願いとな?」

「『大切な人とまた会いたい。』、その朧気だった願いを彼はこの夢に招くことで叶えようとした。」

「ほう、それで?」

「……。」

「恐らくまだ続きがあるのだろう?そう、例えば……私のようにその叶えた内容が理想と程遠い物であったとか。」

「思想こそ理解できませんがその理解力は相変わらずですね。さすが、医療教会上位組織の内の一派を率いて上位者への交信へと漕ぎ着けただけはありますよ。」

「君達によって最後まで行く前に途絶えてしまったがね。」

 

その言葉に一瞬だけ詰まるが直ぐに「自業自得」の文字が頭に過って持ち直す。

 

「まぁ、そのせいで先生は狩人の夢に囚われて、助言者みたいな事をせざるを得なかったんです。寝言でも疲れたって言ってましたし。」

「夢の中でも眠れるのかね。」

「それこそ今更でしょう?……さて、本題です。」

 

一端息を整え、改めてミコラーシュを見やる。

 

「貴方は目的を持って来たと言ってましたよね?それも多分僕ら関係の物を。」

「……………。」

「今更貴方が色々と知ってる事には突っ込みません。多分貴方が完全に肉体を失った代わりに啓蒙というか擬似的な瞳を手に入れたんでしょうから。まぁそれも上位者に至るには到底届かない霞でしょうけど。」

「……あぁ、そうだな、だが何かを客観的に見るには充分すぎる代物さ。お陰で現状は知れたとも………それよりも、まだ気づかないのかね?私は既に半分程答えを言った筈だが。」

 

ニヤリと気味な笑みを浮かべるミコラーシュは、相対する狩人達へと問い掛ける。

 

「何が言いたいのよ。」

「おや……君達はそこまで察しが悪かったかね?それでは質問をするとしよう。

 

何故君達はあの街(ヤーナム)に来た?」

 

目を閉じ、独り言のように、自分に問い掛けるように空へと放ったその質問に二人は訝しげな顔をする。

 

「そこまで知れたら苦労しないわよ。なんせ、啓蒙でも該当する知識が浮かび上がって来ないんだもの。」

「ほぅ、先程自分達が言ったあれも嘘だったのかね?」

「月の魔物には…恐らくヤーナムで輸血されたから選ばれたのよ。でも、そこに至る経緯がわからないの。」

「普通、親は子を大切に守るものだ。鳥であれば巣で待つ子供へ狩った餌を与える。まさしく愛と本能が紡ぐものだ。上位者であってもそれは変わらない、それどころかより顕著だ。」

 

そこまで言いきった所でミコラーシュは目の前の幼き狩人達(誰よりも上位者に近い者達)へと視線を向ける。その濁った目には何かに気がついたようなような表情をする二人の顔が映っていた。

 

「分かるだろう?君達が狩人となったそのきっかけ、見ず知らずの土地へと飛ばされたその理由、そして狩人の夢に住まう月の魔物(赤ん坊)、無関係である筈が無い。」

「………まさか。」

「あぁ、居るのだろな君達の故郷に

 

 

 

 

 

月の魔物の親に当たる上位者が。」




Ooh! Majestic!

はい、原作の中でも屈指の狂人かつ天才の皆大好き檻頭変態おじさんです。この人原作でもかなり重要なポジションに居ますし、何なら割と色々と察してエンジョイしまくってそうですよね。鬼ごっこ中ずっと笑ってますし。プロムン世界の天才達とはまた別ベクトルに突き抜けた怪物だと思ってます。なのでこの作品ではまだ自分が目指した場所へ到達することを諦めておらずゆっくりと色々やってます。まぁ、全部終わった後だから出来ることなんて限られてますけど。





原作では主人公は自分の病を治すために血の医療が有名なヤーナムを訪れてましたが、二人は前置きは一切ありませんでした。なんせそんなものとは無縁の、身寄りの無い、居なくなっても気づかれないし困らない子供達だったのですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

浮世

個人的にはミコラーシュは結構好きなキャラクターなんですよね。正気のままとち狂ってる感じが何とも面白いです。




それでは、どうぞ


「………何でその可能性に至らなかったのかしら、情報は充分出てたって言うのに。多分そいつよね、外郭で暮らしてた私達をヤーナムに送ったの。」

 

呻くような呟きが頭を押さえたリサからため息と共に吐き出される。隣では俯いて顎に手を当てるエノクが深く思考し始めている。

 

「隠蔽能力……いや、存在自体の秘匿?…………………認識阻害………都市全体に?常時発動なら相当な力が必要になる筈だから反応式……するとしてもこの精度は異常過ぎるし啓蒙にも引っ掛からなかったレベルは可笑しい……少なく見積もっても成体のアメンドーズとかメルゴーの十倍以上の神秘を内包してないと無理………そこも含めて何が潜んでるか分からないなぁ。」

「素晴らしい、上出来じゃあないか……いや、秘匿を暴くのは君達の得意分野だったかね。瞳も持っているからきっかけさえ与えればそこまで行けるのも当然か。」

 

二人を愉快そうに見やるミコラーシュに思考の海から戻って来たエノクは疑わしげな目を向ける。

 

「……これが伝えたかったことですか?」

「そうだとも。有益だっただろう?」

「ホントになにしに来たのよあんた。」

「何、後始末をすることを伝えに来ただけだとも。」

 

その言葉を懐疑的な心情で受け止める二人をよそにミコラーシュは続けた。

 

「私以外のメンシス学派の者達は既に夢から覚め、人として死んだのだ。こうして私がここにいるのは一重に君達との関わりが深かったというのもあるのだろうが……彼らは獣を完全に克する事こそ出来なかったがそれでも人としての満足げに終わりをむかえて逝ったのだ。例え打算といえども神に近づこうとしたとして、酷い最後を遂げなかっただけ御の字というものだろう?」

「「……………。」」

「元はと言えば私から始めた事なのだ、区切りとして終わらせるのも私でなくてはならないのだよ。まぁ暫くの間は大人しくしてるさ。何せ、何故か君達が落として潰れたまま残ってる脳を片付けて燃やさなくていかないものでな。その伝言ついでに世間話をしに来た。」

「世間話で済むような内容ではないと思いますが?」

 

悪夢を現実と繋ぎ、神へと大量の人で出来たナニカ(赤子)を捧げようとした男が「やったことの後始末はしよう」と宣っていることに驚き目を見開いて固まる狩人二人(被害者かつ蹂躙者)。やがて、戻って来たエノクは珍しく困惑を顔に隠さず口を開いた

 

「呆れた……嘘かどうかは知らないけどあんたみたいな狂人の口からからそんな言葉が出て来るとは思いもしなかったわ。」

「取り敢えず、暫くは特に何もするつもりもないということでよろしいですか?」

「あぁ、なにせ繰り返された夢の中でやったことは膨大にある。それをもとに戻すにはそれなりの時間が必要だろうさ。もっとも、殺意を向けてくる輩に対してはその限りではないがね。」

「そんなやつ早々……………居ないって断言出来ないわね。あんたのやってた事がやってた事だし、聖歌隊の誰かが夢にこの世界に残ってたらすぐ彼方への呼び掛けでドンパチし始めるでしょ。」

「問題ない。聖歌隊連中も軒並み夜明けを迎えていたのでな、直接本部を訪ねて確かめたので間違いないだろう。」

「適応するのが早いですね。」

「でなければ当の昔に獣へと堕ちてるとも。さて、用事は終えた、私は作業に戻るとしよう………あぁそうだ、最後に一つ質問をいいかね?」

「何でしょう?」

「あの世界にいた神々はいずれも何かしらの力を有していた。半端と言えど君達もその一端だろう?」

 

一度区切ったミコラーシュは挑発するような笑みを浮かべ続けざまに言葉を紡ぐ。

 

「さぁ、教えてくれ幼き狩人達よ。君達は夜明けと共に何を得た?世界を終わりに導いた果てに見えたものは何だったのかね?」

「………"目覚め"と"狩り"。目指した物と継いだ物よ。」

「獣を狩り人としての目覚めへと導くのが先生から僕らへ継がれた使命でしたから。」

 

その目覚めの力の半上位者(狩人)の言葉を聞いた悪夢の主(探求する学者)は少しだけ驚いた表情を見せたあと、狂気に満ちた笑みを浮かべ、腕を掲げて叫びだした。

 

「夢と相反し、且つ人の可能性を見いだすと?はっはっはっ!人の道から外れた人とあろうとするとはなんとも愉快な話だ!だかどこまでも人らしい!それこそ神では持ち得ない可能性という物だろう!Ooh! Majestic!(おお、素晴らしい!)A hunter is a hunter,even at the end of dream!(夢の終わり、目覚めの果てでも狩人とは!)

 

その言葉と共に空へと叫んだミコラーシュは光の粒子となって消えて行った。恐らく、メンシスの悪夢であった場所へと行ったのだろう。騒がしい人物も居なくなり、狩人の夢に静寂が訪れる。暫くの間無言で見送っていた二人だったが、やがて互いに顔を見合せて、リサは肩を竦めエノクは苦笑いをしながら工房へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、そういえばあの場所がどの辺りにあるのか聞きそびれたな……まぁ必要の無いことを気にするだけ無駄というものだろう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あの籠頭の相手してたら疲れるわね。精神的にも物理的にも。」

「一応話が通じる相手ではあるけど。」

「通じるように見えてその実聞いてないタイプよあれ。そもそも話を聞かない獣とかよりはマシなんだろうけど。」

 

石畳の階段を登りきり、工房の扉を開けながらリサは口を開いた。

 

「人形さん、いる?」

「はい、お帰りなさいませ狩人様方……外でお待ちになられていたお客様はどちらへ?」

「彼ならもう帰りましたよ。それより、何か異変とかはありませんでしたか?」

 

工房の中、暖炉の側で何やら作業をしていた"人形"は二人を出迎えた後、エノクからの問いに軽く首を横に振りながら返答する。

 

「いえ、私が感じた限りでは……あぁ、ですが裏手に広がる花畑の端に、他の世界から新しく流れ着いた物がありました。」

 

そう言って"人形"は昔よりも明らかに蔵書量が増えた本棚から何冊かの分厚い辞書のような本や子供向けのような絵本等を取り出した。中には見たこともないような形をしている文字なども見てとれる。

 

「これらが?」

「はい、何個かは解読が不可能でしたが、有益そうな物が幾つか見受けられました。」

「この調子だとまだ増えそうね。いっそのこと使者達に頼んで工房を増設しちゃう?中に水盆置けばわざわざ外に出てやり取りする必要もないから。」

「それは良いかもね。」

「人形さんも何か欲しいのない?」

 

その問い掛けに対し"人形"は少しピクリと反応する。その後、"人形"はおずおずといった様子で話を切り出した

 

「あの、でしたら簡易的でも構わないのでキッチンを作って頂けますでしょうか。」

「あら、そんなので良いの?」

「はい。」

 

"人形"は返事をしながら取り出した物の中から一冊の本を二人に見せる。そこには

 

「少し前から流れ着く物の種類が多くなった事はご存知かと思われますが、それの整理の途中複数の別世界のレシピ本を目を通したのです。それで……。」

「本格的な料理をやってみたくなっちゃった?」

「…………。」コクリ

 

少し頬を紅潮させ恥ずかしそうに微笑みながら肯定するその姿はかつての無機質な姿からは想像も出来ないほど表情豊か且つ可憐であった。その様子に対し満足気に笑う狩人達。二人は先程ミコラーシュの相手をして疲れた心を癒してくれる"人形"に対し、ほっこりとした親心のようなものを感じながら口を開く。

 

「良かったわね、趣味が出来そうで。」

「趣味……ですか?」

「あら、違った?私達としては貴女が自分から何かをやりたいって言ってくれて嬉しいんだけど……ほら、だって今まで私達のサポートばっかりで自主的にやってた事殆ど無かったし。」

「段々と人らしくなって安心してるんですよ。」

 

少しポカンと呆けた表情を見せる"人形"だったがエノクとリサの言葉を理解したのか、見せていたレシピ本を抱き抱えるように持ち直しながら嬉しそうな雰囲気に変化する。

 

「………私も人らしく居てもよろしいのでしょうか。」

「別にどんな存在でも人らしく振る舞っても罪なんか無いのよ。人に成ろうとして何かを犠牲にしようとする輩は別だけど…………それに完全に人間になったって何か良いことがあるわけでもないし。」

「そうなのですか?」

「だって狂った人間よりも使者達みたいな気前の良い人外の方が何倍も良いじゃない。私達にとって大事なのは敵か否かと正常かどうかよ。」

「それに僕らだって、人と言うには在り方が歪なんですよ?………そう考えたらお揃いということになりますね。」

「なるほど……そうですね、狩人様方とお揃いはとても嬉しいです。」

 

そう言ってはにかむ"人形"だったが、不意に何かを思い出したかのように動き出す。

 

「あぁ、そうでした。お二人にこれを。」

「へぇ、綺麗な髪飾りね。ヘアカフスかしら」

「僕のはヘアピンだ……でもこの石はどこで?。」

 

"人形"から渡されたのはシンプルながらも綺麗な髪飾りであった。形は違えど、同じような宝石らしき物が埋め込まれており、それは照らされずとも不思議な光を灯していた。

 

「この間、使者の皆様が狩人様方に新しい服を仕立てたとお聞きしました。それで私も何かお二人に送れたらと考え、流れ着いた品を使って着飾れるようなアクセサリーを製作してみたのです。その石は、流動的な力を貯める事が出来るようでしたので私の力を込めています。秘儀の補佐になれば良いのですが……。」

「へぇ、すごいわねこれ。ヤーナムにいる間に欲しかった位だわ。」

 

そう言って後ろに流していた長いクリーム色の髪を括り束ね、それをヘアゴムで留めた後貰ったカフスを着ける。シンプルなポニーテールに映えるその髪飾りはより一層輝きを増した。

 

「お気に召しましたでしょうか?」

「満足も満足、大満足よ。やっぱり凄いわね人形さん。」

 

かつての強敵(時計塔のマリア)のような髪型に纏めたリサは目を伏せて意識を集中させ始める。内側の神秘を練り混ぜてそれをヘアカフスについた宝石を介して制御を行う。段々と青白い光が顔の前へと集まった所で、リサは上を向きその力を空へ向けて解き放った。

 

バシュゥゥゥッッ!!

 

解放された神秘は一筋の線となって夜明け特有の明るさと暗さが入り交じった空へと走る。それを隣で観察していたエノクは納得したかのように呟いた。

 

「あぁ、あれだね、アメンドーズの神秘光線。」

「前々からやってみたかったのよねこれ。今までは制御の問題で爆弾っぽくなっちゃうから難しかったけど、宝石を制御装置にしたら上手く行ったわね。これで戦闘の幅が広がるわ。」

「武器の擬似的な巨大化にも使えそうだし……まだ工夫の余地はあるね。」

 

子供らしいワクワクとした表情を見せる二人に、人形はよく分からない暖かい感覚になりながら新しく芽生えた心が嬉しさに震えていた。

 

(あぁ………この感覚が嬉しいというものなのでしょうか。被造物である私が感情を抱けるようになるとは思いもしませんでした。エノク様、リサ様、ありがとうございます。)

「どうかしましたか、人形さん?」

 

幸せを噛み締めていると、二人が不思議そうな表情でこちらを見ていた。

 

「いえ、何でもありません………狩人様、今後とも、よろしくお願いします。」

「えぇ、勿論。」

「こちらこそ、これからも宜しくね。」

 

そう三人が淡い光に照らされ笑い合う姿はまるで絵画のような一種の神聖さを感じさせる光景だった。




はい、取り敢えずこれで一つの区切りにして新しい章に入ります。今までは組織とあまり関わらずに様々な場所を訪れる「裏路地編」でしたが、次回からは「事務所編」です。


エノクとリサは"人形"さんに対してかなりの親しみを抱いてますし、"人形"さんも二人に対して自分を被造物から一つの命として導いてくれた事に対する多大な恩義と最近しっかりと芽生えた親愛を向けています。例えるなら「家族」が一番しっくり来ますね。
二人にとっては「姉」ですが、"人形"さんにとっては「育ての親且つ庇護対象」みたいな複雑な感じです。"人形"さん身長2m位なんで身長差50cm程ありますけど。
なおモデルがマリア様なので戦闘能力もそれなりにあったりします。彼女が慕う二人を目の前で貶したりしたら即座に服の中に仕込んでいる刃物を両手に一本ずつ展開して無表情かつ目を見開いて向かって来ます。





ミコラーシュは悪夢を手に入れ、それによってヤーナムを巻き込んで悪夢は廻り始めました。それは、悪いことなのでしょう。しかしそれは彼だけなのでしょうか?あの街の狩人や研究者の本質は、総じてとてもおぞましいものなのです。何せ、元となった物が冒涜的なのですから。もしかしたら、彼らは無意識のうちに還ろうとしたのかもしれませんね。

血に潜むのは獣でしょうか?虫でしょうか?神でしょうか?

それとも人なのでしょうか。






話は変わりますが、番外編で二人を別の作品に突っ込んでみたいと考えております。
今の所は
・エノクinツイステッドワンダーランド
・狩人様on飛行島
等ですね。息抜き程度に書いていくので気長にお待ちくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。