ありふれたやり甲斐と生き甲斐を探して (戦鬼)
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転生転移

初めに
タグにあるように七海はある程度強化しますが最終的に真人には勝てません
勇者組も光輝含めて微強化させます。それが後にどうなっていくか未定(ある程度は考えてますが)
ある程度の独自解釈、オリジナル設定がありますが作品を壊さない程度にします
他作品ネタというタグもありますがこれに関しては後書きにて。ただこれも作品を壊さないようにします
他に何かあればここやタグを付け足していきます。アフターストーリーは書く予定なしですがおまけや補足話的なのは書くかもしれません

と書きましたがもうひとつの方を優先的に投稿するのでぶっちゃけ更新遅いです



男は引きずるように足を進める。身体の半分以上が焼かれ、頭部の半分は骨が見える。意識が消えそうになるたび残った片目は白目になる。

 

「フーフー」

 

それでも意識を保ち半分無意識のうちに渋谷の地下を降りて行く。だがそこには壁があった。…壁と言ってもそれは生きている人間だ。もっと正しく言うなら元人間。悪意(呪い)によって改造され人間に見える形は何も残っていないに等しい。

 

そしてその眼光は自分にあり、すぐにでも襲いかかるだろうと男は理解している。

 

「マレーシア…そうだな…マレーシア……クアンタンがいい」

 

そんな状況にもかかわらず、以前に考えていた物価の安い国に住むならどこにしようと唐突に思った。

 

(なんでもない海辺に家を建てよう。買うだけ買って手を付けていない本が山ほどある。1ページずつ、今までの時間を取り戻すようにめくるんだーーーーー)

 

場違いにも程がある事を考える程に意識は朦朧し、

 

(違う。私はいま伏黒君を助けに…真希さん、直毘人さんは?二人はどうなった?)

 

何とか自分のすべき任務のために進む。

 

(疲れた、疲れたな。そう疲れたんだ、もう充分やったさ)

 

切り裂いて絶命させる。殴ってミンチにする。そうして改造人間を無意識のうちに全滅させた時、

 

胸元を何者かの手が触れたのがわかる。意識を向けると改造人間達を作った存在、名を真人というーー呪霊。

 

「…いたんですか?」

 

「いたよ、ずっとね。ちょっとお話しするかい?君には何度か付き合ってもらったし」

 

とぼけた感じでいう相手に何も言わず、ぼうっとなる。真人は原型の手で触れた相手の魂に干渉し、思うがままに変形改造ができる。当然、身体を爆弾のように爆ぜさせるのも可能だ。今の彼、七海建人には守る力はない。死が確定していた。

 

(灰原、私は結局何がしたかったんだろうな。逃げてーー逃げたくせに。やり甲斐なんて曖昧な理由で戻ってきて)

 

走馬灯を見ようとするかのように死んだ友人に届かない問いを投げる。その時、七海は死んだはずの灰原の幻影を見る。目の前の灰原は指をさす。そこには、

 

「ナナミン‼︎」

 

数奇な運命でその身に呪いを宿した少年、虎杖悠仁。共に任務にあたり、そのあり方を、生き方を知った。ーーーだからこそ、

 

(駄目だ。灰原それは違う、言ってはいけない。それは彼にとって“呪い”になる)

 

たとえこの戦いがどう終わったとしてもその呪い(想い)を負いつづける。そんな事をさせたくないと思っているのに、

 

「虎杖君」

 

その言葉を、

 

「後は頼みます」

 

呪いを口にして、七海の身体が爆ぜた。

 

こうして、七海建人は死んだ。身体も魂も消し飛び、呪いだけを残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのはずだった。

 

(………ここは、どこだ?)

 

路地裏というのは周囲を見てすぐわかる。

 

「天国なんて信じてはいませんが、ここがそうだとも思えないですね」

 

次に自分を見る鏡がないので顔以外、手や足身体を見る。五体満足、そのうえ服まで着ている。

 

「夢……な訳がありませんね」

 

とりあえず身体を起こし路地の出口に向かう。ガヤガヤと人や物の騒音がする。また周囲を見てここがどこか判明したがそれがまた七海を混乱させる。

 

「渋谷?」

 

渋谷は七海を含めた呪術師や呪霊との戦いで壊滅的なダメージを受けた。それが2、3日でこんなに賑わいを戻すとも思えなかった。適当なコンビニに寄る時自分を鏡で見た。

 

「……若い」

 

少し皺がなくなっている。推定だが20以下18以上といった所だろう。そしてどうにか気持ちを落ち着かせてコンビニに入る。新聞を購入しようと思ったが財布はない。仕方なくマナーが悪いかもしれないが立ち読みをする。

 

どこにも渋谷のことは書かれていない。それどころか、

 

「2012年」

 

信じたくはないが信じるしかない状況に陥る。疲れるがとりあえず七海が通った呪術高専にどうにか連絡をつけるため、今度は交番に行き、電話を借りる。しかし高専関係者には誰も連絡が繋がらない。というより現在使われていないとコールがくる。ふつふつと嫌な予感がしていた。その場所の住所を警察に調べてもらうが、そこには学校などないと言われた。

 

「すいません、勘違いでした」

 

落ち着いた声だが内心は違う。そうしているとあることに気付く。

 

呪霊は人の負の感情から生まれる。人口に比例して呪いも強くなる。だというのにここまで進んでも呪いを全く感じない。

 

どうにか見つけた心霊スポットに行くも何もない。負のエネルギーが溜まりそうな場所にも何もない。こうして行く中、ある結論が出る。

 

「…私のいた地球ではない?」

 

その結論が出た。だが、それをこれ以上調べるにも手持ちは何もない。

 

「どうしましょうね」

 

少し考えて、七海は少し怪しめな日雇いのバイトをしながらお金を多少稼いだ(ちなみにのちにこの仕事を斡旋していた組織は七海が叩き潰し真っ当な裏組織になる)。その後、役所で住民票を作った。……ある程度の捏造を含んだ

 

その後は色々あった。住む場所を見つけるのにも苦労したり、自分がいる世界が本当に違う地球なのか調べたり。だが、彼が1番に悩んだのが何をしたいかだった。

 

時には他人の為に命を投げ出す覚悟を仲間に強要しなければならない呪術師の生き方をクソと判断した七海は、一度逃げるように呪術師を辞め、サラリーマンとしての道を歩んだが、金のことばかりを考える生き方をしていた為に労働もクソと判断し、とあるきっかけからやり甲斐と生き甲斐を得るべく呪術師に舞い戻った身だ。だが、この世界には呪霊はいない。

 

「呪力はあるみたいですが」

 

七海は呪力を持っていたし自分の術式も使用できた。だがあっても使い所がない。

 

「かと言ってサラリーマンに戻るのも嫌ですね」

 

そもそも以前と同じような暮らしにするにもいまの七海はなにもないのと同じだ。時間かけて戻すことは出来るかもしれないが、嫌なことに向けて時間を費やすのも……となっていた。

 

「…………どうしましょうかね、灰原、虎杖くん」

 

また、届かない相手に問う。今度は生きているのに走馬灯のように過去を振り返る。

 

〔七海せんせー、気をつけてね〕

 

「先生か」

 

一度言われた程度。経験なんてない。だが、

 

「彼に恥じない大人にはなりたいですしね」

 

そんな、なんてことのない理由で教師を目指すことにした。当然だがなろうと決めてなれるものでもない為、お金の用意からパソコン、携帯電話などの用意に始まり、通信制の大学に通いながらバイトしてどうにか生活して、教員免許を取るためにまた勉強をして、研修をして、

 

そうしてようやく教師になったのは25歳。そしてそこからさらに時間が過ぎていつのまにか自分が死んだ時の27歳になっていた。ちなみに大学は19歳として入っているので教師になるまで6年以上かかった事になる。そして、そんな七海が最近考えついた答えは、

 

(教職もクソかも(・・)しれないですね)

 

「七海先生、校長がお呼びです」

 

「今行きます」

 

 

「くれぐれもお願いしますよ七海先生、期待していますから」

 

「…失礼します」

 

なんて事はない。生徒の親からの理不尽なクレーム。一応言うが七海は教職員としては並以上だ。社会人経験は周りの同年代達より実際は長いのもあり、受け持ちの授業以外でも教えられることが多く、他の教職員、ほとんどの生徒の親から面談での会話もあり信頼されている。そう、ほとんどかつ生徒の親だ。生徒の方はというと全員ではなく、信頼がないというわけでもないが尊敬はない。

 

今回のクレームもその生徒のものから始まった。成績が落ちたのはあなたの教え方が下手だから。

 

もう一度言うが七海は教職としては並以上であり優秀だ。授業はわかりやすくするため事前準備は徹底し、要点を絞って教えている。あとは日々の予習復習をしっかりとしていれば良いというもの。

 

(この学校に来て2年…受け持ちのクラスを持ってからはさらに心労が増えた気がしますね…おまけに今の私のクラスには問題が)

 

「七海先生、おはようございます」

 

物思いに耽っていた七海に声をかけて来たのは小柄というよりもこの学園内で1番背の低いと言っても良い女性。椅子に座っているのにもかかわらず、身長差で七海が少し見下ろすほどの身長の彼女はここの生徒ではなく教師だ。それも25歳と七海とそこまで変わらない。

 

「おはようございます畑山先生」

 

社交辞令の挨拶をする七海に畑山愛子はニコニコとしている。

 

「今日も早くから授業の用意ですか?」

 

「ええ。朝のHRが終わったあとはそのまま授業ですからね。そのくらいはするでしょう」

 

「でも七海先生はそうでなくても早くから来て先の先の授業の準備してる時が多いじゃないですか」

 

「彼らに理解できるよう授業に試行錯誤を求めているだけ当たり前のことしているだけですよ。ただでさえ、数学なんてつまらない授業でしょうからね」

 

「で、でもでも、七海先生の教え方は上手だと評判ですし…」

 

「…私が校長に呼び出された理由を知って応援と励ましをくださるのはありがたいですが、別に気にしていません…結局は私の力不足なだけです」

 

「う…」

 

ついに押し黙ってしまったことに、罪悪感を感じた七海はフォローをする。

 

「…私は、教師としてあなたを尊敬してます。生徒はもちろんこうやって私のフォローをしたり、その気持ちは伝わっていますよ。ですから畑山先生、ありがとうございます」

 

「あ、は、はい!こちらこそ‼︎」

 

「まぁ、生徒に愛玩動物のように可愛いがられるのはどうかと思いますが…」

 

「うっ、そ、そんな事ないですよっ⁉︎」

 

冗談ですと言って席を離れる。身長差が40センチ以上のため自然と見上げてしまう愛子だが元の笑顔になっていた。

 

「では、行かせてもらいます」

 

七海が職員室を出ると他の教師が愛子に話しかける。

 

「それにしても七海先生って担当のクラスにいくの少し早くなりましたよね。初めの方はチャイムが鳴ると同時に入れるくらいに行ってたのに」

 

「七海先生のことですからね。きっと理由があるとおもいますけど…」

 

 

 

 

結論から言えば理由はある。しかし、自分の受け持ちのクラスとはいえ1人の生徒に肩入れするのはどうかと七海は思ったが、だからこそ知らぬフリは出来なかった。そしてその件の人物は、

 

「おはようございます南雲くん。遅刻ではないですので息を切らす必要はありませんよ」

 

「あ、はい!七海先生、おはようございます」

 

南雲ハジメ。いつも始業チャイムギリギリに登校し、授業中居眠りが多く世間一般で言う『オタク』というものの為、さらにとある生徒の気になる存在というのもありクラスメイトの数人に絡まれている。

 

「では、お先にどうぞ」

 

七海は先に教室へ入るようにうながすとハジメはうなずいて入る。続けて七海もほんの一瞬間を空けて入る。

 

「よぉ、キm……ッチ」

 

「私の方を見て今の舌打ちは勘違いを起こす原因にもなります。気をつけてください檜山くん」

 

「……はい」

 

おそらくハジメに対して絡んでこようとしていたであろう檜山大介を筆頭に4人が嫌な顔をしている。知らぬふりをして教卓へむかおうとすると、

 

「ちょっと待ってください‼︎そんな言い方はないでしょう七海先生‼︎」

 

天之河光輝。容姿、成績、スポーツ、全てに完璧な青年だ。七海も気にしている。良い意味でも悪い意味でも。

 

「そんなとは?抽象的な言葉はあまり好みではありません」

 

「檜山に対する言葉です‼︎舌打ちくらい誰でもするし、嫌なことがあって思い出した時もするでしょう‼︎」

 

「…ええそうでしょうね」

 

「なら…」

 

「しかし私は、誰かがいる方向に向けての舌打ちを注意しただけです。——君は顔を見た瞬間に舌打ちする相手に好意を抱くことができますか?」

 

「檜山はそんな事をしない‼︎」

 

「そうかもしれませんね。しかし、実際彼の目線は私の方にあった。たまたまであろうとなかろうと目のあった人に舌打ちされるのは不快に感じるのが殆どです。それに対しての注意に何か問題がありますか?」

 

「ん、ぐ、ありません…」

 

「……熱くなるのが君の悪いクセです。社会に出れば理不尽は有象無象にあります。冷静さを忘れずにいれば君はさらに素晴らしい人になれますよ。保証します」

 

「…はい」

 

最後の言葉含めて七海の語ったことは真実だが、光輝にはそう感じていないのか苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。教卓に着くと連絡用のファイルと授業用のまとめノートを置き、挨拶をする。

 

「遅れましたが皆さんおはようございます。私は教卓で少し作業をしますがチャイムがなるまでは好きにしてください」

 

聞いているのか聞いていないのかわからないが、静かさは一瞬で消えガヤガヤとした声は消えない。しかし何も悪い事をしていないのならこちらから言うことはない。というよりできないだろう。これでいつもの風景になったと思い、ふと見るとハジメが女子生徒に話しかけられている。

 

学校では二大女神などと言われている1人。長い髪をきらめかせ、顔はそれ以上にきらめかせている。名は白崎香織、責任感が強く全学年、教師陣にも頼られている。しかし…

 

(彼女の目には基本的に南雲くんしかなく、しかも犯罪スレスレのストーカー化しだしていますね)

 

彼女がハジメが図書館で読んでいた本を抱きしめていたり、ハジメの趣味を理解する為18禁のアダルトゲームショップに入りその注意に七海が行ったことで七海はだいたい彼女のことがわかりだしていた。

 

(南雲くんの何に惹かれたかは分かりませんが……ああなると周りも大変でしょうに)

 

おまけに彼女はハジメに絡んでくる人から守るつもりでいるが、それが逆効果になっているとは気づいてない。当然、七海はそれに気づいている。

 

(仮にあの2人が付き合いだしたら、もっと面倒になりそうですね)

 

教師としてクラス担任として、なるべく皆に居心地良い学生生活をしてほしいと思うが、そう上手くもいかないことにため息がでそうになるのを必死で抑えているとハジメと香織の周囲に3人の人物が集まる。先程の光輝とその幼馴染(香織もそう)ポニーテールと女性にしては高い身長をし剣道大会で表彰やインタビューも受けるこの学校で二大美女と呼ばれるもう1人、八重樫雫。

 

因みに彼女の家は八重樫流の剣術道場を営んでおり、光輝と雫はそこの門下生だ。また、以前家庭訪問をした際に七海がデキる人物だということは彼女の家族は知っている。七海もただの剣術道場でないと薄々感じたが無視をした。

 

最後1人は光輝の親友、坂上龍太郎。刈り上げの髪をぼりぼりと掻き、細かい事は気にしない陽気な性格。身長は七海を超えて190センチ、それに合ったガタイのいい体格をしている。熱血と根性が好きでいわゆる脳筋タイプだ。

 

クラスどころか学園の有名人4人があのように集まれば、視線は自ずとそちらに向き、そのたびにハジメはチクチクグサグサとした視線を受ける。

 

(前途多難ですね)

 

そう思っていたらチャイムが鳴る。ファイルを閉じて教卓から立ち上がる。生徒も席へ戻り、完全に戻ったのを確認して、

 

「挨拶はしましたが、改めましておはようございます。出席を確認します」

 

出席をとり、簡単な連絡事項をして授業を始めた。

 

 

 

七海は授業中に寝ている人物がいても基本的に起こさない。それは授業を聞かないのは自己責任とも思っているからだ。だが、あくまで基本的に。今日は起こしに行くことにした。

 

「あでっ」

 

軽く教科書で寝ている人物を叩いた。

 

 

side:ハジメ

 

「あでっ」

 

夢の世界にいると頭部に痛みを感じて目を覚ます。そして見ると七海先生が怒っているわけでないのだろうがいつもの鋭い目で見下ろしていた。

 

「私の授業はつまらないですか?南雲くん?」

 

「あ、いえ」

 

七海先生は基本的に寝ている生徒を起こさない。起こすのは「ここはテストに出しますのでここだけ起きていてください」という時と「授業ではなく大切な話があります。起きておいてください」という時、そしてもう1つが気まぐれだ。今回はこの3つ目だろうがその後「つまらないですか」と聞くのは初めてで少し動揺する。

 

「君の成績は平均を取っています。こんな事を言うのもどうかと思いますが、ある程度寝ても成績が良いならそれも良いと思っています」

 

教師が言うセリフではないと自覚して言っているのだろう。

 

「かつ、君はその年で将来設計もしっかりしています。君のように将来を見据えた学生はそういません」

 

しかし、と先生は続ける。

 

「君が将来するであろう職場でバイトして即戦力になっていても、君が学生である限りバイトの延長にしかなりません。学生の本業は学習です。君は、自分の会社で本業を疎かにしバイトに力を入れる人を迎えますか?」

 

何も言えない、事実だ。生き方を変える事はないけど事実は事実として受け取らないといけない。何より、とあることで問題になる可能性を考え、あえてバイトの内容には触れていないんだから合わせた方が良い。

 

「君の将来に向けての努力は評価しますが、それで今の本業を疎かにしないでください……授業がつまらないのなら寝ても構いませんが聞くべき時は聞いてください。…まぁ、わかっているから成績に表れていると思いますが…一応私も教師ですから……脱線してしまいましたね。授業に戻ります」

 

先生が黒板の方へ戻る途中「ブハっ」という気持ち悪い笑い声がする。檜山だろう。

 

「何が面白いか知りませんが檜山くん、以前出した課題はしてきましたか?」

 

「えっ、あ!すいません…」

 

「提出期限は本来なら10日以上前です。明日まで待ちますが、明日提出しない場合には補習がありますので注意してください」

 

檜山は睨んでいるが七海先生は無視して授業を続ける。

 

正直、この先生を嫌う人はいるが、自分はどうかというと尊敬しているし、良い先生だと思う。

 

 

ある日先生に「放課後に残れる日はありますか?」と聞かれバイトが無い日を聞いてきた。空き教室に入り授業中に寝ている事を怒られるのかと思っていたが違った。

 

「単刀直入に聞きます。南雲くん、君はクラスでイジメにあっていますね?」

 

「………」

 

「無言は肯定と捉えていいですか?」

 

「あ、ハイ。あ、いえいえいえ!」

 

他の教師は気づいてないのか、それとも気づかないフリをしているのかと思っていて、そんな事を聞かれたのは初めてだった。少なくとも他の教師は気づいてなかった。

 

「そんな、気にするほどのものじゃないです」

 

大袈裟になって問題が起こるのを危惧して否定をした。

 

「そうですか?教室に入るたびに罵詈雑言、暴力沙汰はまだのようですが…遠くないうちにくるかもしれないと思ってるのでは?……原因の白崎さんはクラスの君への視線に気づいてない気すらしますし」

 

全部、理由も含めてこの人は知っていた。

 

「それと、大袈裟にしたくないと思っている可能性があると考え、いまこの事を知っている教師は私だけで、当然ご両親にも話していませんので安心してください。私は今知りたいだけで、知っても職員会議にもご両親にも、君から許可をもらわない限り喋らないと約束します」

 

まっすぐな目で見て「なんなら証明書とサインも書きましょうか?」と言った時は流石にこちらも冷静に「それはいいです」と拒否した。

 

「正直、君に聞くかどうかも悩みました。…教師と生徒という立場があれど、君の人間関係問題にズケズケ私が介入していいのか…とね」

 

「………」

 

自分のことでこんなに悩んでいたことに恥ずかしさと、七海先生なりの優しさを感じた。

 

「しかし、大きな問題が起こってしまったときのリスクを考え、聞く選択をしました。いま一度聞きます。君はクラスでイジメにあっていますか?」

 

「……はい」

 

言うつもりはなかったのにそう頷いていた。

 

「なるほど。……私は、1人の教師として生徒にはより良い学校生活をしてほしいと思っています。そして、理不尽なことを受けているならたとえ生徒と生徒同士のことでもどうにかしたいとも思っています。……この学校で私は君の味方です。少なくともこの件については」

 

そう言って椅子から立ち、先生は扉に向かう。

 

「正直に話してくれてありがとうございます。話は終わりです。もう一度言いますが、この件は君の許可なく話しはしません」

 

翌日HRの時や先生の授業の時は(毎回やるとイジメの事を話したと思われるからか間隔をあけつつ)早く教室に来るようになった。だがそのせいで一部の人からギリギリまで授業の用意ができない人と思われるようになった。

 

「罪悪感を感じる必要はありません。何より、教師は嫌われるのも仕事です」

 

こちらの考えはお見通しで先に言われた。また、イジメられているとはいえ贔屓にもしない。注意すべきところはちゃんと注意をする。

 

たとえば、家庭訪問の時はイジメの件はまったく触れず、僕の仕事風景を見せてほしいと言って、

 

「自分の趣味を職業に活かし、趣味を仕事にできる人は少ない。そのまま頑張ってください」

 

と言うものの「できれば授業ではあまり寝ないでほしい」と言ってもいた。……そこはちゃんと報告するんだ。

 

 

「では今日はここまでです。復習を忘れないように。あぁ、白崎さんと天之河くん。申し訳ないのですが書類と重い資料を運びたいので少し手伝っていただけますか?」

 

授業が終わると再び眠気がくる。落ちるまえにいくつかの声がする。七海先生に頼まれはっきりはいと言う天之河くんと、すこし残念そうにして一瞬こちらを見た白崎さんは七海先生について行く。ちなみに七海先生は多分、いや、絶対荷物運びに人手はいらない。以前学校の近くに不法駐車していた中型車を腕で動かしているのを1度だけ見た。どこにそんな力がと思うが、言っても誰も信じないだろうから言わない。ともかく、これも七海先生の配慮だろう。

 

「ったく‼︎七海のやろういちいちネチネチ煩いんだよな」

 

檜山は先程のことで七海先生に理不尽な怒りを向けていた。やれやれだなぁという思いの後、夢の中に意識が飛ぶ。注意されたけど…ねむいものは、ねむい。

 

 

side:愛子

 

四限目授業後、生徒の数人と談笑している。これはまぁ、いつものことです。……えぇ、「愛ちゃん」とか言われていますが、七海先生が言うように愛玩動物にされているわけではありません…きっと。

 

私の背が低いせいなのでしょうか…そりゃ七海先生と比べたらあれですけど(現在七海の背は原作より少し伸びてます187くらい)。

 

「でさでさ愛ちゃん、どうなの最近?」

 

ニコニコと話しかけてきた谷口鈴さんはまた同じ事を聞いてくる。

 

「ですから、七海先生とはそう言う関係じゃないです」

 

「え、私最近の調子がどうって意味で聞いたんだけどな〜」

 

「………」

 

ぐっ、のせられた。

 

「七海先生ねー。なんで愛ちゃんあの人なの?」

 

「ね。ちょっと目つき怖いし、愛想がないっていうか、基本的に厳しい事しか言ってない気がするし」

 

「悪い人でないと思うけどね」

 

「散々な評価を受けていますがそんな事はないですよ。皆さんの事を大事にしていますし、言ってくれていることが大切な事なのは皆さんもわかってるでしょう?」

 

みんな黙ってますけど納得してくれてるみたいですね。

 

「あと、七海先生とはそういう関係ではないですし、そもそも恋愛に興味無いと思いますし」

 

というよりあの人は、常に他の人とも一定の距離をとっている気がする。職員同士の親睦会とかにも絶対参加をしない。まるで誰にも覚えていてほしく無いと言わんばかりに。

 

「あー確かに」

 

「七海先生が女性とお付き合いしてるってイメージがなんかわかない」

 

「目つきちょっと怖いけどイケメンって感じはするんだけどねぇー」

 

また散々言われてる…

 

「でも、愛ちゃんとはダメな気がする、だって2人が付き合ってもカップルというより親子みたいだし」

 

「ちょ、失礼ですよー!」

 

「だったらやっぱり愛ちゃんアタックしてみたら?意外と押しに弱いかも」

 

「だから、なんでそうなるんですかぁー七海先生とは…」

「私がどうかしましたか?」

 

「「「「うわぁ⁉︎七海先生⁉︎」」」」

 

い、いつの間に⁉︎というか、今の話聞かれた⁉︎

 

「あ、あの、どうしてここに?」

 

いつもは職員室で黙々とパンを食べているはずなのに。

 

「いえ、特に用があったというわけでは無いんですが…」

 

…七海先生にしては歯切れが悪い。特に用事もなくというのが余計にそう感じさせる。

 

 

side:フリー

 

時間は少し遡る。四限目に担当するクラスがない七海は職員室で事務作業をし、チャイムが鳴った後ノートパソコンを閉じて昼食にしようとした時、

 

(‼︎なんだ、これは?呪力…いや違う気がする)

 

この世界に来て、呪力を持っているのは自分だけであると思っていた七海にしてみれば突然のものだった。感じたものは弱いが気にはなる。

 

(まだ発動していないのか、それとも今呪力に目覚めた者がいるのか。何にしても確認は必要ですね)

 

そもそも呪力なのかもわからない。異世界というなら呪力に似た力かもしれないと考えつつ、その場所に向かう。一瞬とはいえその場所はすぐにわかった。自分の担当クラスだからだ。

 

(中にも入ってみますか)

 

教室の外からではわからないと思い室内に入ると先程授業をしていた愛子がいた。

 

「だから、なんでそうなるんですかぁー七海先生とは…」

「私がどうかしましたか?」

 

以上が七海が教室に来た経緯であるが、まさか呪力などと言って信じるわけないと思い、つい適当に答えてしまった。

 

「(話を変えた方がいいですね)それより、私がどうかしましたか?」

 

「えっ⁉︎あ、いやその〜」

 

「七海先生って誰かとお付き合いしてるのかなーって話しです」

「ちょ⁉︎」

 

(最近の子はこういう話しが好きなんでしょうか?)

 

自分の女性関係のことで話題になって何が面白いのかと思う七海だが、しっかりと答えることにした。

 

「特にそのような相手はいませんね」

 

「学生時代もですか?」

 

「私の学生時代にクラスに女性はいませんでした」

 

((((男子校にいたのかな?))))

 

嘘はついてないが本当のことも言ってはいない。というより言えるはずがない。

 

「まぁ、いまそんなことを考えることもないですね」

 

「へー。だってさ愛ちゃん」

 

「え⁉︎」

 

「畑山先生?私はあまり自分のことを話さないとはいえ、聞きたいことがあるなら直接聞いてください」

 

「いえ、その」

 

とばっちりを受けてどうしようと愛子があたふたしだしたとき

 

(また⁉︎今度は近く強い‼︎)

 

先程の呪力と思われる力を感じた瞬間、教室にいた光輝を中心に幾重もの模様のある円環が出現し、教室全体に広がっていく。

 

「(しまった‼︎発動まで気づかなかった)全員、外へ…‼︎」

 

逃げてくださいと言う前に、円環は輝きを増し皆は光に包まれる。

 

 

 

一瞬意識が飛んだと錯覚してしまうが、眩しさで目を閉じていただけだと理解して目を開けるとそこにあったのは巨大な壁画、見た感じ何かの神をイメージした女性とも男性ともとれる人物が描かれている。台座のような場所に皆が立ち、周囲を囲むようにフードの人物達が祈りを捧げている。その後周囲を見て巨大な広間だと確認した生徒が混乱をする中で光輝が点呼をとろうとする。一方で七海は別の考えをしていた。

 

(これは、生得領域…ではないですね。おそらくこれは移動の術式。…いや、落ち着くべきですね。まずは皆の安全確認を…)

 

「ようこそ、トータスへ」

 

声がした方から周囲を囲んでいる者達の長と思われる老人が出てくる。

 

「異世界から参られた勇者様にそのご同胞の皆様。私は聖教教会の教皇、イシュタル・ランゴバルトと申します。以後お見知り置きを」

 

この日から呪術師、七海建人の新たな戦いが始まる。

 

男は戦う。新たな生き甲斐とやり甲斐を探して。

 

 

 

 




七海「随分前に別の方で呪術廻戦のを出すと言ってどれだけ経ってるんですか」

い、いや書いてたんですよ。順平のを

七海「私のではないんですか」

いやね、順平が生きてたらので書こうとしたけど全然上手くいかず放置してました

七海「………」

で最近になってラノベまた読み出してたらありふれた職業がいいなと思い、

七海「今別のをしてるのに、ですか?」

…で、でも出そうとしたら俺より面白くありふれた✖️呪術の小説してる人いるしどうしようかなーって

七海「これ作ったのいつですか?」

……6月頃かな?あと、ネタいくつか拾ってきたんだけどジャンプの新作にそれが出ててたからそれもあってどうしよかなーって

七海「…………」

すいませんでした‼︎言い訳です‼︎すいませんでした‼︎あと、更新は遅いですすいません‼︎


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扞格齟齬

今日は10月31日、ハロウィン…七海の命日です。だからどうしても出したかった
七海に黙祷


「以後よろしくするかは、あなた方次第ですね。何者ですか?これは貴方の術ですか?」

 

「ふむ、名前をもう一度名乗ればよろしいですかな?」

 

「冗談はやめてください。もう一度聞きますよイシュタルさん。これは貴方の術によるものですか?」

 

「いえ違います。あなた方を召喚したのはエヒト様です。この世界を創られた至上の神」

 

(転送ではなく召喚、神を名乗る存在、そしてこの世界)

 

何かを確信して七海は問う。

 

「我々に危害を加えるつもりではないんですね」

 

「とんでもない。あなた方はエヒト様が遣わした救世主なのですから」

 

(また、エヒト様ですか)

 

ともかくここでは落ち着かないだろうと、イシュタルは広間に案内し、そこで事情を説明する事を彼らに伝える。

 

「私は彼らにとりあえずはついて行きます。情報がないですしね。…君たちもついて来てくださるといいんですが、どうしますか?」

 

皆に七海は問いかける。どうする?と不安そうにお互いの顔を見つめる者達がほとんどだったので、もう一言か二言言おうとした時、

 

「七海先生の言う通りだ。今はイシュタルさんから話を聞こう」

 

光輝が皆を落ち着かせてまとめあげたことで、皆は納得したのかついてくる。未だ現状がわからない不安の中では、光輝のようなカリスマのある人物の言葉は効くものがあった。

 

「助かります、天之河くん」

 

「いえ、このくらい当然のことです」

 

七海は普通に礼を言ったつもりだったが、光輝の中では先生にも頼られているという想いが勝手にできていた。

 

一方で七海は目線で周囲をみる。万が一のとき生徒が脱出できるところがないかと。しかしそれがわかるはずもなく今は相手のペースと考えついて行く。

 

案内された広間も煌びやかであり、調度品、壁紙、絵、それらが素人でもわかるほど豪華だった。席に着席したとほぼ同時に給仕の女性、いわゆるメイドがカートを押して飲み物を配る。生メイドという事もあり男子はデレデレしだすが、

 

「皆さん、浮かれないでください。それと、すぐに飲まないでください。何が入っているかわかりませんから」

 

七海が忠告したことで飲もうとしていた者の手が止まった。

 

「ご安心ください。毒など入っておりませんので」

 

「毒以外でもそちらにアドバンテージをもっていくものはいくらでもありますよ」

 

「やれやれ、随分と用心深いようで」

 

「そうですよ!だいたい危害を加えるつもりはないって先生が言質を取ったじゃないですか‼︎」

 

「君はもう少し人を疑う事を覚えた方がいい。口ではいくらでも言えます。それにいきなり拉致同然にここに呼んだ相手には当然だと思いますが?」

 

「では、これでよろしいですかな?」

 

イシュタルが手をあげてメイドの1人を呼び、七海とカップを取り替え、それを飲んだ。

 

「…まぁ、いいでしょう。それであなた方の説明とやらを聞かせてもらいましょう。詫びとして一通り話が進むまでは黙って聞くことにします」

 

警戒は続けながら七海は話を聞くことにした。だが、それは身勝手極まるものだった。

 

 

このトータスと呼ばれている世界には大きく分けて三つの種族が存在する。

 

北一帯を支配する人間族、南一帯を支配する魔人族、そして東の巨大な樹海の中でひっそりと生きている亜人族。

 

この内、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けている。魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていなかった。ところが最近になって異常事態が多発しているという。魔人族による魔物の使役だ。

 

 

魔物:通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことーーーと言われている。正確な魔物の生態は分かっておらずそれぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣。

 

 

(ふむ、呪霊と似たモノと捉えていいかもしれませんが、実際に見るまでは全魔物とやらを全て1級呪霊クラスと認識しておきましょうかね)

 

魔物の説明を受け七海はそう解釈していた。話の中で出てくるワードを頭にインプットし続きを聞く。

 

これまで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんどおらず、使役できても2匹程度だった。その常識が覆されたのであるーーーつまり今まであった『数』というアドバンテージが崩れた。

 

「エヒト様があなた方を召喚したのはこのままでは人間族が滅びるのを回避する為でしょう。この世界よりも上位の世界であるあなた方はこの世界の人間よりも優れた力を有しているのです。その力を発揮し、エヒト様の御意思の下、魔神族を打ち倒し我ら人間族を救って頂きたい」

「お断りします」

 

話し終えて秒もしないで拒否した。

恍惚とした表情でブッ飛んだ意見を言うイシュタルは歪そのものだった。神の言葉なら全てが肯定になるというのか、何も知らない子供を戦争に巻き込む事を分かっているのか、と七海は叫び出して破裂しそうな魂の言葉を抑える。話は一通り聞くと言う約束をした。だが受け入れて戦争に参加するとは言っていない。

 

「そうですよ!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!」

 

七海に同意するように愛子も反対をするが童顔のため皆「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる…」と愛玩動物が可愛い行動をとっているのと同じようにほんわかした表情だった。………七海を除いて。

 

「私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

「いえ、おそらくそれは無理なのではないですか?」

 

七海が冷静なまま考えを口に出すと、愛子はまさかそんなことを言うとは思わず、口が止まる。だが事態は七海が考える最悪のパターンだ。

 

「…えぇ。お気持ちはお察ししますが、現状では帰還は不可能です」

 

え、と言う言葉が聞こえた気がするほど静寂に包まれた気がした。

 

「ふ、不可能ってどういうことですか⁉︎… 喚べたのなら帰せるでしょう⁉︎」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「(もしくはできないかだ。あれ程の術なら帰れないという制限があってもおかしくない)先程言っていた神託とやらでコミュニケーションはとれませんか?」

 

「神託はいつでもできるのではございません。全てはエヒト様のお考え次第です」

 

「素晴らしい神がいたもんですね」

 

完全に皮肉だがイシュタルはそう思わなかったのか「そうでしょうとも」と言い出しそうな恍惚な表情をする。愛子は脱力し、椅子にストンと腰を落とす。それがスイッチとなり生徒たちは騒ぎ出す。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

 

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

 

帰還できない事への不安と不満を出す者。

 

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

 

命を賭けられたことに対して憤慨する者。

 

「なんで、なんで、なんで……」

 

どうしてこうなったと現状を呪う者。

 

パニックとはこの事であり、もし七海の世界ならこれだけで呪いが発生し呪霊が生まれてもおかしくない。七海はともかく落ち着かせてそして現状打開を…否、妥協をする為の言葉を言おうとするが、ある人物の行動と言葉で止まる。

 

光輝だ。バンッとテーブルを叩き、自分に注目させると同時に皆を落ち着かせる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ」

 

「どうしようもないで済ませるな」と言う言葉がでなかったのは彼のカリスマによるもので皆話を聞く。ここまではまだよかった。だが次の言葉でどうしようもなくなる。

 

「俺は…俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない……イシュタルさん?どうですか?」

 

ふむと何か考えているような素振りを見せて、

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

とそう告げる。

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる‼︎」

 

堂々と宣言した。その意味もわからないまま。しかも彼のカリスマが悪い方向へ働き始めた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

親友の龍太郎が同意する。カリスマを持った人間の元に力ある者が加わるとそれは1つの連鎖を生む。

 

「今のところ、それしかないわよね……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

幼馴染の2人、雫はため息を出して諦めたように。香織は親友に付いていくように決めてしまう。

 

光輝ほどではないがカリスマのある3人が同意した事で他の生徒も「天之河がやるなら」「白崎さんを危ない目に合わせない」と言った理由で現状から逃避するようにその希望もどきについていく。

 

ハジメは理解していた。本当に戦争に巻き込まれてしまうという意味を。イシュタルの顔を見て満足な顔をしているのを見て、光輝が乗せられたのもわかった。だが1つわからないことがある。七海だ。愛子ですらオロオロしつつ「ダメですよぉ〜」と涙目で訴えているのに対して何も言うことなく、出されていたお茶をゆっくり飲んで……いると思ったが一気に飲み干した。そして隣の愛子のカップも取りハァとため息を出した後、

 

ガシャン!

 

「「「「‼︎⁉︎」」」」

 

足下に思いっきり叩きつけた。

 

「いい加減にしてください。天之河くん」

 

生徒たちにとって、七海建人は注意はするがどちらかと言えばやんわりと怒っているという印象だった。それは今も同じに見える…けど全然違うとも思った。イシュタルさえ彼がこのような人物と思わなかったのか驚いている。

 

「な、なにが、ですか?」

 

光輝の足が少し震えているようにも見えた。それを見た皆からは先程の活気が既に消えていた。

 

「まず、最初に言います。天之河くん、戦うというのは絶対反対です。承認できません」

 

「なっ⁉︎なんでですか‼︎先生はこの世界の人達を見捨てろって言うんですか⁉︎」

 

「そこまでは言ってません。……天之河くん、なぜ戦うと決めたのですか?」

 

「それは、言ったでしょう。この世界の人達の危機だから……」

「事故、事件、病気、テロ、紛争、そして戦争」

 

光輝の言葉を遮るように七海は語り出す。

 

「君の知らないところで知らない人間が日々死ぬのは当たり前のことです。それが別の世界の人間なら話は違うというんですか?」

 

「な、なんですかその言い方⁉︎困っている人を助けるのも当たり前でしょう‼︎それに今の俺たちには力もあります‼︎それなら…」

「それなら自分の命も他人の命も蔑ろに出来ると?」

 

「違う‼︎」

 

「何が違うのですか。今あなたは他人を巻き込んで戦争に向かう決意をした。いいですか?、戦争です。歴史の勉強でも少しはわかるでしょう?多くの血が流れ、流す、負の掃き溜めのような場所です」

 

「そんなことさせない‼︎」

 

「どうやって?その力とやらで黙らせると?」

 

「違います。話し合って…」

 

「そんな話が通用するなら私たちの世界でも戦争で血は流れません。まだ自分が元の世界に戻るために戦うとでも言う方がマシです」

 

「そんなの自分勝手な意見じゃ…」

「その自分勝手な意見を今あなたもクラスメイトに押し付けた。無意識でね」

 

天之河は限界が近付きつつあった怒りが頂点に行こうとしていた。

 

「ですが、それでも君はまだマシです。まだ自分の意見を言っている。君以下の人が今クラスにいます」

 

その言葉でほんの少し落ち着く。その相手は南雲と考えた。意見もなく、ただ座り何も言うことのないあいつだと。

 

「それはいま、天之河くんに同意した人全員です」

 

「「「「「⁉︎」」」」」

 

「八重樫さん」

 

「は、はい⁉︎」

 

声をかけてくるとは思わず、ビクッとなりつつも応える。

 

「君は天之河くんがやると言うから参加するのですか?他人の意見で?仕方なく?」

 

「そ、それは…」

 

「やめてください‼︎なんでそんな…」

 

「これからあなたは戦いに投じる。剣道の試合とはわけが違う。魔物の肉を斬り裂く、すなわち、生きた生物の肉を斬るということです。あなたならそれはできるでしょう。だが、その感覚は、生きた生物の肉を斬った感覚は一生その手に残ります。人になれば更に不快になる。そうして斬り裂いていけば、いずれあなたは自分に剣術を教えてくれた家族を呪うことになります」

 

「うっ、あ、ああぁ」

 

「君は自分が誰かを殺す時も、自分が死ぬ時もそうやって戦争に参加することを決めた天之河くんに、剣術を教えた家族達のせいにするんですか?」

 

「雫に人殺しなんてさせない‼︎誰も死なせない‼︎俺が守…」

「どうやって?いつでも全ての人の前に君がいるとは限りません。そもそも戦争の時点で死者はでます」

 

容赦なく現実を突きつける七海に生徒はようやく気づかされた。戦争はなんなのかと。

 

「戦争に英雄はいません。常に目の前に死があります。自分だけでなく、敵味方関係なく誰かの死があり、昨日まで笑っていた人物の死−−時にはその人の死体を蹴ってでも目の前の相手と戦わないといけない。ある程度イカれていなければ心が壊れ、イカれすぎて狂気に飲まれることすらあります。畑山先生は歴史の担当ですから、その辺はわかっているのでは?」

 

「……えっ⁉︎あ、ハイ‼︎」

 

ついビシィと姿勢を正して肯定する。いつもと違う反応を見せた愛子を見て皆怯え出す。

 

「皆怯えてるじゃないですか⁉︎なんで…」

「気付きを与えるのも教師の仕事です」

 

天之河の言葉を遮るたびにクラスの何かが崩壊していく。きっとそれは天之河によって見た淡い希望だろうともわかっていたが。

 

「自分の死は想像できないかもしれないですが、これだけは言えます。このまま戦争に行くことを決めれば、生還しようとできなかろうとあなた方に悔いのない死は訪れない」

 

「「「「‼︎」」」」

 

「七海せん…」

「まとめると、私たちの世界がピンチです。だから我らの神のために命をかけて戦ってください。ただし命の保証も、終わった後の保証もありません。そんな事に命を賭ける理由はなんですか?」

 

「そんな、終われば返してくれるって…」

「いつ言いました?無下にはしないと言っただけで、戻れるとハッキリ言ってないですよ?そもそもエヒトとやらに返す力があるかもわからないんですよ?」

 

ついに光輝は黙ってしまう。そうすると皆の絶望感が増していた。

 

「君はもう黙っていなさい。…イシュタルさん、よろしいですか?」

 

「な、なんでしょうか?」

 

いきなり話しかけてきて、イシュタルは先の七海の静かな怒りを見たのもあり少し怯えたように返事をする。

 

「私があなた方に言うことは4つ。1つは我々の衣食住の確保です。まさか召喚しましたが、それはどうにかして下さいなんて言いませんね?」

 

「え、えぇ。麓のハイリヒ王国にて受け入れ態勢が出来ております」

 

「では2つ目、この世界を生きるために力を行使するのは必要不可欠です。そして知識も…それらを学ぶ場所を彼らに提示すること」

 

「当然です。すでに騎士団に報告し、訓練をするつもりです」

 

お願いしますと七海は言うが、それはまるで戦争の準備をしろと言うべきものだ。しかし生徒達がざわつく前に3つ目を言う。

 

「3つ目、彼らが実戦訓練及び実戦を行う際は、私の許可をもらうこと」

 

「「「「!」」」」

 

「…それはつまり」

 

「私が許可をしない限り、彼らは戦うことはできないという事です」

 

「しかし、それでは此方には何も得るものはありませんが?」

 

「4つ目」

 

間髪入れず4つ目を提示する。

 

「戦闘および本格的な戦争が起こった際は最前線に私1人が立ち、死ぬまで見届ける。死んだ後はいまの3の内容は破棄して構いません」

 

ホウとイシュタルは言い、生徒達と愛子は驚く。

 

「な、七海先生‼︎生徒の為とはいえあなたが…」

 

「ここまで相手に一方的なものを提示したのですから、このくらいしなければ釣り合いません」

 

「一方的なのは彼らもですよ‼︎」

 

「先生が戦うなら…」

「自分も戦うというのはやめてください天之河くん。−−此方の要求は以上です」

 

「…私も質問しても?」

 

七海は「どうぞ」とイシュタルに言うが、座らないで聞く。

 

「あなた1人で生きれるのですか?それと、もしそれを拒否したら?」

 

「簡単です」

 

と七海は拳を握りテーブルに置く。そしてグッと軽く力を入れた瞬間、

 

ボカン‼︎

 

テーブルが砕けて、拳があった場所に大きな穴ができる。それは呪力を纏った拳でも術式を使った拳でもない、純粋なパワー。

 

「こう見えても私は強いので…拒否するなら、今この場であなた方を粉砕しても彼らをできる限り守るつもりです(力が上がっている気がする、これもこの世界に来た恩恵というやつですかね)」

 

イシュタルは納得がいったのか「いいでしょう」と肯定した。

 

「皆さん」

 

いままで見たことない七海を見て生徒たちは驚いていたが、声をかけられて我に帰る。

 

「約束はできません。それでも、あなた方を親御さんの元へ帰す為に行動します。しかし、万が一に備え皆さんも力をつけてください。私もいつでもあなた方を守ることができません。…申し訳ないですが。どのように力をつけるかはあなた方次第です。知識の力か、純粋な力かどちらでも良いです」

 

頭を下げて再び七海は言う。

 

「戦うというのは戦争ではなく生きる為です。そして、それでも戦争に行くなら、先程の言葉の意味を考えた上でお願いします」

 

全員ではないが七海の想いは伝わっていた。理解した生徒は七海を慕い、そうでないものはなぜ従わなければと思う者、それでも戦う、間違ってないと思う者、要は七海の言葉を理解してない者達だ。だが1つ共通しているのは七海がいる限り死ぬ確率は0に近いという事だった。

 

 

 

凱旋門のような門を通り、神山と言われる所を魔法を使いロープウェイのように降りていく。街が見え出すと人影が祈りを捧げるようにも見えた。どうやら皆を神の使徒として崇めているのだろう。

 

(歪んでいますね、神も人も)

 

七海はそうする為にこの様に山を降りたなと確信した。だがいまのクラスにそんな余裕はない…と思っていたが既に何人かが興奮していた。

 

(大丈夫でしょうか)

 

不安を生徒に見せる事なくイシュタルに着いていく。玉座で国王をはじめとした自己紹介があり晩餐会が行われた。煌びやかに出迎えられた彼らの心は少し落ち着きを取り戻す。だがその場も異質だった。威厳ある国王が教皇の手にキスをするところを見た時、神の存在とその威光の象徴がいかに絶大かがわかる。そうして晩餐会が終わると七海は各自に一部屋与えられたベッドに座り、今の状況の再確認などをしていた。

 

(時計に手帳…財布はこの世界では使えないですね。武器はもらえるのでしょうかね。嫌がらせでもらえない可能性もありますね)

 

そうしているとドアがノックされた。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「私です。畑山です」

 

何をしにと思いつつ、ドアに向かい開ける。泣き出しそうな子供に見えたが愛子はグッと顔を上げる。

 

「お話して、いいでしょうか?」

 

「…構いませんよ。ここでいいですか?」

 

「あ、じゃあ入らせてもらっても?」

 

「…失礼ですが畑山先生、あなたも女性で尚且つ教師なのですからおいそれと男性の部屋に入ると言わない方がいいですよ」

 

「大丈夫ですよ。七海先生ですし」

 

何が大丈夫なのだと言いそうになるが、先程の彼女の顔を見て間違いなく無理をしていると判断した七海は「どうぞ」と部屋に入れて椅子を用意する。

 

「あ、私は立ったままで……」

 

「客人にそんなことできるはずもないでしょう」

 

と座る様に促す。実際は首が疲れるという理由があったが、それを言うとなんだか子供扱いされたと勘違いしそうなので言わない事にした。

 

「それで、話というのは今後のことですか?」

 

「それもですけど…まず、ごめんなさい!あとありがとうございます!」

 

「…謝罪をしたいのか感謝をしたいのかどちらですか?」

 

「両方です。……あの時、天之河くん達を止めてくださって。私は、私にはできませんでした…頭で戦争を理解して必死に止めようとしても誰も聞いてくれなくて、七海先生がああして怒ってくれて…そうでなきゃ、今頃どうなったか…」

 

「別にあそこで言ったことは本心ですが同時に受け売りでもありますから、そこまで言うことはありません…なんで笑ってるんですか?」

 

「あ、いえ、フフ。七海先生もああいうセリフのある漫画とか読むんだなーって」

 

漫画のセリフかと勘違いしているが違う。東京呪術高専の現学長である夜蛾と虎杖の問答を五条から掻い摘んで聞いていたのをある程度直したものである。が、言う必要がないので七海はあえてスルーした。

 

「とはいえ、全員が理解してくれたかはわかりません。それに結局は彼らに不安を与えてしまった。今は大丈夫、でももし先生が死んだら?そんな考えがきっとあるでしょう」

 

「えぇ。あの、七海先生、やっぱりあなただけが犠牲になるなんて…」

 

「自分を犠牲にしているつもりはありません。ただ、私は大人で彼らは子供。私には彼らを自分より優先する義務があります」

 

「私は、足手まといですか?」

 

「適材適所なだけです。戦える私が前に出るだけですから。…今回の件も含めて私のことを良く思わない方も出るでしょう。この世界の方々もそして生徒の中にも…先程言ったように不安を与えたのですから。けど、それでもいいと思っています。教師は嫌われるのも仕事の1つですから」

 

「それは、…それは違うと思います」

 

愛子は威厳のある教師を目指しているが、嫌われ役をしたいとは思っていない。というより皆から好かれる威厳さを持ちたいと思っていた。だから七海の考えはどうしても否定したかった。

 

「違いませんよ。好かれるのも仕事ですが大抵は嫌われるのが前提です。−−−とはいえ私の価値観なので気にしないでください。それより今後ですが」

 

そこからは実戦訓練となった際どういう行動をしていくか、また参加を決める際どういう者を合格とするかなど、これからのことを話し合うが、やはり愛子は七海の生き方にどうしても納得ができないままだった。

 




ちなみに
「扞格齟齬」意見がぶつかり合うこと。
もうわかった人もいるでしょうが各サブタイトルは基本的に四文字熟語にしていきます。そのままだったり多少変えたりなどもします。ことわざとかにもするかも

ちなみに2
作中の七海の考えはあくまで七海の考え、考察であり当たってたり外れてたりします

次回はテンションが高くなってたら12月24日に出します


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天淵之差

映画見てきました……予想以上に情報量が多くて感動&驚愕でした‼︎

乙骨の声優さんが緒方さんなのは合ってると思うと同時にシンジっぽくならないかなぁと不安がありましたが要所要所のところで乙骨だコレ‼︎と感じる部分が多かったですね

そしてテンションそのまま4話書いてます
そう4話目。この話と4話は12月空いた時間使ってほぼ書いてました。まずはこちらを。

4話もレイトで2回目を見た後くらいに出します


「まいったな、降参する」

 

騎士団の中で最も強い男はこうなることは分かりきっていたのか、あっさりと負けを認めた。

 

「まったく、なんでこうなるんですか」

 

一方で勝負に勝ったはずの七海はまるで負けたかのようにがっくしとしていた。ことの発端は訓練の始めに遡る。

 

 

 

 

異世界に来て翌日訓練の為王宮の訓兵場に来ていた。七海は今日身分証明になる物を渡されると聞いたので、生徒に今日は来て欲しいと頭を下げてお願いし、戦うことがいやだと思う者も来てこの場には全員いた。そして騎士団長メルド・ロギンスが軽快な挨拶の後――

 

「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」

 

と言ったのに対して、

 

「勝手に彼らを戦友にしないでいただきたい」

 

と七海が食ってかかったのが始まりだ。

 

「彼らに戦い方を教えていただけるのも、慇懃な態度を取らずフランクに接してくれるのもありがたいです。しかし、戦いたくない人もいますし、何より私は彼らを戦場に送る気はありません」

 

「七海建人だったか?訓練すると言う事は戦うという事だ」

 

「ええ。彼らにはこの世界で生きる為の最低限の知識と技術、そして力が必要と考えました。しかし、だからといって兵士にする気はないです。それはまず私の許可及び死が必要だと聞いていると思いますが?」

 

ピリピリとした雰囲気に近く、お互い冷静に喋っているのが逆に恐ろしさがあった。

 

「お前こそ戦場を舐めているのではないか?どれほどかはまだわからんが、1人でどうこうできるわけないだろう?」

 

「並大抵の相手ならいけますけどね」

 

実際七海は等級3〜2級弱の改造人間の群れを満身創痍で意識もはっきりしてない状態でも全滅させた。この世界に来て力が上がったことも踏まえて七海はあの条件を取り付けたのだ。

 

「ふむ。そこまで言うなら実力を見せてもらおう」

 

腰の剣を持ち、抜刀の準備をした。

 

「いえ、結構です。私は私の意見を言っただけですので」

 

七海がしたかったのは事実の確認。スルーして戦友=兵士として認識されてはいけない為だ。が

 

「フンッ‼︎」

 

大柄な肉体に似合わない俊敏さで剣を振りかぶり

 

「!」

 

それに余裕があるように刀身の刃の付いてない部分を殴り、へし折った。そして冒頭の言葉に移る。

 

「いいか、おまえ達も少なくとも白兵戦向けの奴は俺くらいにはなってくれよ」

 

剣を折られてもその言葉に納得がいく。なぜなら自分達では対応できないとはっきりわかるからだ。

 

(なるほど、そういうことですか)

 

納得した七海は後でメルドに謝罪をしようと思った。

 

 

 

落ち着き出した頃合いに生徒達と七海、愛子に十二センチ×七センチ程の銀色のプレートが渡された。スマホの画面のように何かが見れるのかと思うが何も映ってはいない。魔法陣が刻まれているだけだ。

 

「全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

「どのように使うのでしょう?それと原理は…」

 

「あぁ…すまんが建人、原理は聞かんでくれ、そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

今度は光輝が「アーティファクト?」と質問し、説明を受ける。

 

 

アーティファクト: 現代では再現できない強力な力を持った魔法の道具のこと。この世界で神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。ステータスプレートもその1つだが複製するアーティファクトと一緒に昔からこの世界に普及している唯一のアーティファクトだ。因みにアーティファクトは国宝物になるがこれは身分証になるからと一般市民にも流通している。

 

 

(まるでゲーム感覚ですねこれを最初に作った人物は)

 

そう思いつつ一緒に渡されたまち針程の針を使って指先から血を出し、メルドに言われたように魔法陣に血を擦り付けた。魔法陣が一瞬淡く輝くとステータスが表示された。

 

(………これは)

 

自分のステータスを見ながら疑問に思うことがあったのだが、その先を考える前にメルドが説明を続ける。

 

「まず、最初に『レベル』があるだろう?それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

レベルが上がる=ステータスの上昇というわけではないという事だ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている」

 

(わからないというより、理解できないようになっているのかもしれませんね)

 

聞けば聞くほどゲームのようだと思う七海だが確信があるわけではないので黙って聞いている。

 

「次に『天職』ってのがあるだろう?それは言うなれば『才能』だ。末尾にある『技能』と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する」

 

(天職……いやなもんですね)

 

もしこの天職とやらを決めたのがエヒトだとしたら、相当な嫌な奴だなと思いつつも、納得してしまう自分がいることにため息が出そうになっていた。説明は続き最後なのか「後は」とつけていた。

 

「各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

(…面倒な事になりますねこれは)

 

見せないわけにはいかないなと思っていると早速、光輝がメルドにステータスを教えに行っていた。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め!」

 

「いや~、あはは……」

 

全てのステータスが100で技能も多数。メルドですらレベル63で平均ステータスは300程。これがどれだけすごいかは素人でもわかるだろう。

 

(そうなると私は……ん?)

 

ふと見るとハジメが青い顔をしていた。

 

「南雲くん、どうしました?気分が悪いなら言ってください」

 

「あっ、いえ、その〜」

 

(ステータスが思ったより低いといったところですか……………)

 

数秒考え七海はメルドにハジメのステータスを見るように促す。ハジメはぎょっとした目になる。

 

「大丈夫です」

 

と小声で言ってハジメを行かせる。案の定低いのかメルドは目を丸くし「あっれ〜」と言うような顔をし目を擦る。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛冶職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

少々歯切れが悪くハジメの天職を説明するメルドに、七海はもう少しフォローをと思うが事実なのだからしかたない。

 

その様子を見てハジメを目の(かたき)にしている男子達が食いつく。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛冶職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

檜山がニヤニヤしてそう聞くと

 

「……いや、鍛冶職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲~大丈夫かお前〜」

 

「さぁ、やってみないとわからないな」

 

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

メルドの対応を見ればどういう結果かはわかってるだろうにわざとらしく言い、投げやりにハジメが渡したステータスプレートを見る。

 

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

 

爆笑。次々にそのステータスを見せていき、そのたびに男子は笑う。ステータスは全て10、技能は言語理解と錬成のみ。他の者達が軒並み高いにもかかわらず彼だけがである。ここに来て不安になっていた者たちも何かしの笑いのタネが必要になっていたが、その笑いのタネになって喜ぶ人物はいない。平常を保っているがハジメもそうだ。

 

「そんなんで戦えるわけ?」

 

だがこの言葉が出たとき。否、この言葉を待っていたのか

 

「彼を笑う資格は君達にはありません。そもそも非戦闘職なのですし、何より私の許可がない限り戦う事は許しません」

 

七海がその言葉に反応して言う。

 

「…けどよぉ七海先生、生きる術を得るんだったら南雲は俺らの中で最弱なのは事実なんだから、それをみんなに知ってもらうのはいいんじゃね?」

 

ケチをつけるように檜山は言う。

 

「いえ、むしろ彼は1人で生きる技術を手にしました…南雲くん」

 

「は、はい」

 

「早速ですが、私に武器を作ってくれませんか?」

 

いきなりだった。ハジメは「いきなり言われても」と言うが

 

「君は、おそらくこの世界に来たことで脳にインプットされ、今ステータスを見たことでなんとなく理解しているでしょう。素材はここにあります」

 

差し出したのは先程折った剣の刀身。

 

「これとここにある地面でできるはずです」

 

「………」

 

「無理なら構いませんが…」

 

「あ、いえ、そうじゃないんです。先生の言う通り、頭が理解してるんです。できるって…ただ、どういう剣にしようかと」

 

ほうと七海は思った。すぐに理解できていることもだが、緊張せずそんなことを考える余裕があることにもだ。

 

「では、大鉈で」

 

自分が使い慣れている武器の形を選択するとハジメは集中して地面と折れた剣に手を寄せ

 

「錬成」

 

それを始める。光をまとい、素材は分解されて再構築されていく光景はどこか美しくも感じる。

 

「で、できました」

 

少ない魔力を全て使いできたその大鉈の形はしっかりとしていた。形はだ。メルドや経験ある騎士ならそれが鈍であるとすぐにわかる。

 

「鈍ですね」

 

「うぐっ」

 

フォローするかと思いきや事実をズバッといい、南雲は傷つく。それにまた男子達は笑う。

 

「しかし……フン」

 

近くにあった木を軽く一振りしただけで切り落としたのを見て、生徒達もメルド達も作ったハジメですら驚いた。

 

「私には充分すぎですね。わかりますか、檜山君?」

 

「な、なにが…」

 

「物を作る技能はこれからこの世界で生きるうえで戦うよりも大切です。これからゆっくりでも力をつければちゃんとした剣を作り、それを売って生計が出せます。一方で戦闘職はまず強くならなければならない。力も技術も少なくともメルドさんに敵わないのですから」

 

説明されていくことで自分達はかなり難題がある事を理解した。ハジメは知識技術だけを上げていけばいい。だが彼らは戦う必要のないハジメと違い戦う技術と知識技術の2つをあげる必要がある。

 

「実際は大きく分けた2つですからもっと大変でしょう。もちろん南雲くんもその力を上げなければ宝の持ち腐れですし、ある程度の戦闘訓練も必要ですが今の君達は完全に対等なんですよ。思い上がるのはやめなさい」

 

「…っは、い」

 

歯軋りをしつつ檜山は言った。

 

「さて、メルドさん、私のも見せます」

 

そうして七海はステータスプレートを渡す。檜山達は自分達より低ければどうしてやろうかと考えていた。

 

「これは‼︎魔力、魔耐共に0…」

 

まさかのハジメ以下のステータスに檜山達はブハッと吹きだした。だが次の言葉に凍りつく。

 

「だが筋力、体力、耐性、敏捷は全て勇者以上というよりほぼ3000越え」

 

「なぁ⁉︎」

 

「「「「⁉︎」」」」

 

=============================

 

七海建人 28歳 男 レベル:1

天職:呪術師

筋力:3700

体力:3700

耐性:3700

敏捷:730

魔力:0

魔耐:0

技能:戦術眼・物理耐性・火属性耐性・水属性耐性・魂知覚(弱)・気配感知・魔力感知・言語理解

 

=============================

 

「敏捷は他の3つより低いがそれでも700以上しかもこれでレベル:1だと…とんでもないな」

 

(やはりこうなりますよね……しかし)

 

気がかりがあった。1つは自分のレベルが1である事。七海は1級呪術師、実力は相当上にある人間だ。到底レベル1ですむ実力ではない。

 

(おそらく他の世界から来た人間は誰であろうと自動的に1になるのでしょうか…八重樫さんのような武道に力をいれている人物も1ですし)

 

「だが魔力が0なのに天職が呪術師というのはどういう事だろうな?」

 

そしてもう1つは魔力と魔耐が0な事についてだ。

 

(私の呪力も術式も消えていない。むしろ呪力量は増えている)

 

実際先程の木を切ったのは七海の術式を使用したからだ。このことから七海は仮説を出す。

 

(おそらく、私に本来なら手に入るはずだった魔力が呪力に取り込まれたのでしょうね。天与呪縛のようなものでしょうか?何よりこの世界の魔力と呪力は少し似た力を感じましたし)

 

 

 

天与呪縛:縛りと呼ばれるリスクを背負う事で力を得る方法の1つだが、これの発現の形は個人によって様々。先天的に重い身体障害を持つ代償が強大な呪力を得る場合と、逆に本来持って生まれるべき呪力や術式を持たない代償として超人的な身体能力を得る場合等がある。

 

 

(呪力と術式がステータスに映らないのは世界が違うからか元々ないものだからか、もしくは私が普通とは違う生まれだからか)

 

どちらにせよ力が上がって好都合だと七海は思った。思ったが

 

(結局私はどこでも呪術師ということですか)

 

これだけは分かっていたとしても少し嫌なものがあった。なぜなら呪術師はクソだと七海は今でも思っているからだ。

 

(火と水耐性それと魂知覚というのはよくわかりませんが、おそらく私が戦った経験からきているのでしょうね)

 

3体の特級呪霊との経験がここで表れているのだという事は喜んでいいのか悪いのか。3体とも死ぬ理由となった相手故に、尚更である。

 

「まぁしかし、これなら魔耐が0でも並大抵の魔法は効かない…というより、ここまで敏捷が高いと並大抵の魔法は当たらない上に放つ前に攻撃する事も可能だろうな。いやしかし、なんで呪術師なんだ?」

 

疑問はもっともだが、それでも能力は1番のチートだと誰もが思い、同時に檜山達は圧倒的な力の差にもはや何も言えなかった。

 

 

余談だがあまりの差に唖然と絶望していたハジメは

 

「南雲君、気にすることはありませんよ!先生だって非戦系?とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

そう言って愛子はハジメに自分のステータスを見せた。が

 

 

=============================

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1 

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

=============================

 

魔力だけなら光輝に匹敵し、技能数は超えている。さらに彼女の能力は食料生産向上に長けている。糧食問題は戦争には付きものだ。とにかく励まそうと思って言った言葉だった為にハジメは再び絶望していた。が、「力を上げて適材適所でいきましょう」と七海からフォローされた。

 

だが、自分を不器用ながらも庇ってくれた七海に応える為ハジメは頑張ろうと思っていた。

 

一方、コケにされたと思った檜山は憎悪が増す。敵わない相手だから何もできないのが、さらに怒りのボルテージをあげる。そしてそのきっかけであり、自分の好いている相手の好きな男というもともとあった嫉妬も憎悪をだす原因になる。

 

これが後にある事件を起こす事をまだ誰も知らない。

 

 

その日の夜、七海の部屋に6人目(・・・)の来客が来た。

 

「建人いるか?」

 

「…メルドさんですね。どうぞ」

 

「邪魔するぞ…ん?」

 

扉を開けると1人の女性がいるのにメルドは気づく。

 

「七海先生、ありがとうございます。話せてよかったです」

 

「えぇ。さっきの自分の意思、しっかりと聞かせていただきました」

 

七海がそう言うとその女性、雫は七海にお辞儀をし、メルドにも軽くお辞儀をして部屋から出ていった。

 

「話があったなら席を外してもよかったんだがな」

 

「構いません。話はちょうど終わったところです。…彼女で5人目ですけど」

 

「悩み相談といったところか?」

 

「そんなところです」

 

雫達が七海の所に来て話したのは、今の自分の覚悟と恐怖。

 

「皆さん、親元を離れて見知らぬ土地で暮らすことでも不安がありますが、そこに自分の命も関わっているのが余計に不安を後押ししています。私にできるのは彼らの不安を少しでもやわらげる事だと…そう思ってたんですけどね」

 

「どういう事だ?」

 

「……メルドさん。戦争は無理ですが、実戦訓練の城壁外にいる弱い魔物での訓練を許可します。とりあえずしばらくは私の許可した人のみですが」

 

「…もう少し後にすると思っていたんだがな」

 

それを聞いて七海はやはりかと思った。

 

「あの時、私に挑んだのは実力を測るのと、彼らの現状を教える為ですね」

 

クラス全員の成長速度はおそらくこの世界の人より早い(ハジメを除く)。だが戦う相手が少なくともメルド以上だとわからせるには良い。「自惚れるな」と言葉でなく行動で見せた。

 

「まぁ、お前の強さは想定以上だったがな。…本当の事を言うと悩んでいる。神が定めた事でも彼らを戦争に巻き込む事を。これは俺たちの世界の戦争なのだから」

 

「……私が言えたことではありませんが、教練ではなく教育者に向いてませんね」

 

七海の言葉に「違いない」と苦笑する。

 

「だが、おまえは教育者に向いてるぞ。少なくとも俺よりは」

 

「どうでしょうかね…今日、相談しに来た1人の八重樫さんは自分よりも天之河くんの心配をしてました。彼は私を除けば現状最も強く、そして最も成長するであろう人物です。けどそれは技能面のみです」

 

「あぁ。俺も、1番の心配だ。強いから尚のことな。すぐに俺を追い越すだろう…ステータスはな」

 

その天之河が相談もない。自分は大丈夫。自分がなんとかすると本気で考えている。

 

「彼はある意味1番の子供です。理想と現実のすり合わせができておらず、これからしようとしている事に気付いてない。八重樫さんもそこに不安があったようです」

 

勇者という肩書きに酔い出していると言っても良い、と付け加える。実際七海がいなければずぶずぶ戦争に参加し、その現在を目をして何もできず誰か他の生徒が犠牲になっていただろうとメルドは考える。

 

「いずれ、この世界にいる限り、なんらかの形で戦いに巻き込まれていく。その時戦えないのも守りたい人を守れないのも嫌です……八重樫さんの言葉ですが他の人も大体似たり寄ったりですね。しかし、八重樫さんは間違いなく無理している。自身で気付いているかどうか知りませんが心が弱い。いずれそれが彼女を蝕む事にならないか」

 

「だからこそ、ここを臨時のカウンセリング場としているんじゃないか?」

 

「まだあります……もうひとり別の意味で危うい人物もいました」

 

 

「?」

 

 

「大好きな人と大切な友達を守りたいんです」

 

彼女が来て最初に言った言葉がこれだ。友達でなく大切な人を最初につけている事に気づいたが、相談でもなくいきなりのこれだ。冷静になって話すとようやく落ち着き、少し赤くなっていたが『いつでも守れるよう、誰かが死なないようにまず私が死なないための力が欲しいんです』という治癒能力を持つ故の言葉なのがわかり、七海は更に質問する。

 

『それは、誰かを殺してもですか?この世界で生きる限り、更に戦うと決める限り、どこかで人を殺す可能性がでてきます。それでも?』

 

『実際にまだしてないからたいしたことは言えません。けど、私の好きな人を失うよりはいいです』

 

(……南雲くん、相当好かれていますよ)

 

香織の本気と良い意味?でイカレている部分を見て七海は戦闘訓練を許可することを決めた。

 

 

 

「またため息が出ているぞ建人」

 

「…すいません。やはり畑山先生に手伝っていただきたいのですが」

 

「明日には各地の食料問題解決のための遠征だからなぁ」

 

「護衛の方は大丈夫ですよね」

 

「当然だ。今は魔族側に存在を知られていないだろうが、知ったら勇者より先にと躍起になるだろう。護衛達も優秀で命を捨てる覚悟もある。何より今回は戦地からかなり離れている田舎だ。心配はない」

 

それを聞いて多少だがホッとする。

 

「戦闘にいくわけでもない故に私の約束にも関わらない。彼女は残りたかったようですが、他の生徒にも説得され、私自身が適材適所と言っていたのもあり引き受けたみたいですが」

 

「難儀だな」

 

会って間もない2人はまるで昔からの親友のようにしばらく話した。

 

「そろそろ行くとしよう。建人、次は酒でも飲みながら話そう」

 

メルドが去ったあと部屋は静寂になる。七海は鍵をかけて自分のネクタイとハジメの作った大鉈に呪力を込める。

 

「ネクタイの方は5年以上呪力を込めた事でほぼ呪具になりましたね。こちらはまだですが、ここまで呪力が上がれば半年で呪具のようになるでしょう」

 

自身が呪術師であったことを忘れないために続けている日課の1つを終え、寝ようとすると扉がノックされる。

 

「七海先生、いま、いいですか?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

まだ寝られないなと思いつつ頼られている事に気を引き締めて扉を開ける。

 

「どうしました?南雲くん」

 

「僕に戦い方を教えてください」




ちなみに
天淵之差: 違いの差が非常に大きいこと。

七海のステータスは迷いました少なくとも勇者(笑)の最終的な強さよりは絶対上にしたいのと七海らしい数値にしようと想い↓
730、低いな。→7300、今度は高すぎ。→3700ってな感じ。
ただ敏捷3700速すぎだろと感じて730(それでも速い)五条だとこの20倍以上直哉なら敏捷4桁いきそう。でも後々の設定の事考えるとやっぱりわからない


ちなみに2
七海はクラスの皆を戦争に参加せる気はありませんが同時に不可能とも思っています。自分1人で戦争が終わらせる事などできないと思っているので。だから愛子と違い犠牲者が出る事も想定していますし全員で帰れるとは全く思ってません


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奸知術数

ちょいと送れましたが4話です。
3話ができてたのにすぐださなかった理由はちゃんと予定してた日に出したいという思いとこの4話もですが
文字数が少ないからです

もうひとつの方の小説は1話5000文字を目標にしていますがこちらは8000を目標にしてます。3、4話がどちらもいってないのでどうにかできないかと色々考えていたからつい
だからもう24にまとめて出そうと考えてこうしました……25になったけど

遅いですがハッピークリスマス‼︎


訓練はそれぞれにあった形で行われている。前衛の光輝や雫、龍太郎などはメルドから指導を受けているが、剣術道場に通っていた光輝と雫は独自のやり方も合わせて訓練して力を上げ、龍太郎はもともとの運動神経の良さもあり戦闘力を上げていく。

 

香織のような後衛はまず学習。魔法の基礎を学び、実践していく。この世界に来た時点で体が自動的に使い方をなんとなく理解していても、しっかり学習する事でより繊細な魔法を使用できるようになり、例えば詠唱も短縮したりなどしていく。

 

「まさか、全員参加するとは」

 

戦争が嫌という理由で参加しない者が出るだろうと思っていた七海はそこに驚いていた。参加している者曰く「この世界にいつまでいるかわからないなら、先生の言うように生きる術を持ちたい」というものだ。だが当然だがほとんどの者が戦争も戦いもしたくないと言っている。

 

「おまえの言った事が届いているんだろう」

 

「当然全員ではないでしょうが」

 

いまだに檜山などはファンタジーな世界にきた喜びと力を得た快感で戦おうとしている。

 

「さて、私は予定通り彼の訓練を手伝います」

 

「任せた。何かあるのだろう?正直言ってどう育てていいかわからんのだ」

 

メルドはそう言って他の者の訓練に集中する。

 

 

図書館に赴くとハジメはいくつもの本を読んでおり、読み終わったものは右に未読は左に置いてある。ちなみにいま読んでいるのは魔物図鑑だ。

 

「南雲くん」

 

「あ、七海先生」

 

七海が声をかけて気付く。相当集中していたようだ。

 

「私の授業もそのくらい集中してくれたら嬉しいのですが」

 

「うぐっ」

 

というがすぐに「それは置いておいて」といって本題に入るため前に座る。

 

「さて南雲くん。訓練が始まって1週間ですがどうですか?」

 

「ステータスは全然上がらないですし、錬成もどうにか程度のものです。言われた通り先生の大鉈を作ってますけど…」

 

「鈍ばかりですね」

 

ハッキリ言われて落ち込む。

 

「落とし穴や壁をつくったりはできてますね」

 

「けど、直接手に触れなきゃ効果は発揮しません。敵の眼前でそんな事できませんし」

 

「1人で戦うわけではないです。君は後衛なんですから前衛の補助として後ろにいて壁や落とし穴を作れれば問題ありません。それより、君はもっと自分の術の理解を深めるべきです」

 

「理解を、深める?」

 

理解はもう充分できているとハジメは思っていた。だからその意味がわからない。

 

「大鉈ばかり作らせていたのはただの錬成の練習とその理解を深めてもらう為です(彼は気付いてないようですね。自分の存在がこの世界の戦争をひっくり返すかもしれない存在だということに)」

 

悩みのタネが増えて頭痛が起きそうになっていた。

 

「先程も言いましたが君は後衛です。それで戦うなら後方から攻撃する必要がある」

 

至極当たり前だが、ハジメにそれはできない。なぜなら魔法適正がないから。使えないことはないのだが、とにかく時間がかかる。だから彼にあった戦い方を七海なりに意見をだしていく。一通り話して時間が経った。

 

「…とまぁ、色々言いましたが、今の君には前衛の動きを見つつ隙をみて敵を拘束し、自分でできる時はトドメを刺す。こんなところでしょう」

 

「……はい」

 

「では時間もあまりありませんし、いつものように訓練としましょう」

 

そうして南雲は七海と訓練に行く。

 

(彼の能力は構築術式の上位互換に近いですね)

 

聞いてもいないのに京都姉妹校交流戦での事を全員かつ情報も全てではないが術式も含めベラベラ喋り出した五条に呆れ、辟易しつつも(呪霊や犠牲者、奪われた物の部分は真剣に聞いていた)聞いておいてよかったと少し、ほんっっとに少し感謝をしていた。おかげでハジメの訓練の仕方がすぐに思いつけたのだ。そしてその危険性も。

 

(彼がもし銃器や現代兵器の知識をもとにそれを作り出せるようになれば、この世界では破格の能力者になるが、同時になにをされるかもわからない。……まぁ、仮に気付いていても彼ならその辺は理解できるでしょう)

 

そう思いつつこの前の夜のことを思い出す。

 

 

『南雲くん、君はこの世界で戦争…戦う事に対して否定的な人と私は認識してます。何より君の能力は総じて低く、非戦闘職です。それらを踏まえて何故戦い方を学びたいのですか?』

 

正直言ってハジメは戦いに向かない。それはハジメ自身がわかっているだろう。

 

『君は現実的に物事を考える事ができます。何故そのような考えになったか、聞かせてもらえますか?』

 

『帰りたいんです、元の世界に』

 

『それは皆考えているでしょう。戦う理由にはなりません』

 

『けど、今の僕には何もできません。先生は庇ってくれましたけど、無能なのは変わりません』

 

『無能な人などいません。少なくとも今私の生徒達には。それを決めるのは早過ぎです』

 

ハジメはゆっくり首を振る。

 

『ありがとうございます。けど、多くの人がそう思っているのも事実です。だから、先生がもしいなくなっても自分の身を守れなくちゃ帰る前に死ぬ。それが嫌です。何より、何もしないでいるのは嫌です』

 

『…この戦争中の世界に生き、戦い方を学ぶ、どこかで人を殺す事になったら君は殺せますか?』

 

『…………』

 

『答えは出ませんか。——戦い方は教えましょう』

 

拒否されると思ったハジメは少し驚くがすぐに感謝をした。

 

『ただし、本格的な戦闘には出しません。出ても死ぬだけです。魔物の相手に私とメルドさんがついた状態で戦うのはギリギリありにしましょう。その時も決して無理をしないこと』

 

『はい』

 

七海はもう遅いから寝るようにうながすとハジメはドアノブに手をかけた。が、そこで七海に呼び止められる。

 

『ちなみに城外にいる弱い魔物との訓練はもう少し先ですが、現状決まっているのは君含めて7人。檜山くんはいません』

 

『僕が、行くから決めた…わけじゃないみたいですね』

 

『単純に覚悟と度胸、それと精神の問題です』

 

イカレ具合というのもあるがそれは言わないことにした七海であった。

 

 

 

 

そしてその訓練に参加できたのは、ハジメ、香織、雫、龍太郎、それ以外に3人。

 

 

クラスのムードメーカーの少女、谷口鈴。彼女はこんな状況だからこそ、みんなに笑顔でいてほしいと言った。そのために強くなると。人を殺せますかという質問には答えられなかったが、こんな状況なのに演技や無理をしているわけでもなく本気で笑顔でいようとし、本気で皆を笑顔にしたいという彼女の思いを見て参加を許可した。

 

クラスでは影の薄さにおいて右に出る者のいない少年、遠藤浩介。彼は特に七海を慕っている。その理由は皆勤賞なのに教師に気付かれず危うく欠席扱いどころか留年しそうになっていたところ、七海は常に彼がいるのに気付いており、「遠藤くんは常にいます。皆勤賞です」と教師達に言ったことで留年から逃れることができたからだ。その後も他の人から気付かれないのは変わってないが。

彼は「先生に何かあった時、助けられるようになりたい、頼りにされたいから」と言っていた。人を殺せますかの質問には一瞬つまったが「本当にそれしか方法がなくて、そうしなきゃ先生やクラスの誰かが死ぬならやれます」とハッキリ言ったのを聞きOKを出した。余談だが少し猪野琢真に似ていると思っていた。【注】影の薄さではなくその眼差しがである。

 

そして3人目は

 

「今日はこの辺でいいでしょう」

 

「まってください七海先生‼︎まだ始めて2時間くらいしか経ってませんよ‼︎」

 

「2時間もです。君達は今日初めて生き物を殺した、その感覚は知らないところで出て蝕む可能性がある。何より通常の訓練の後で既に今日は7時間以上経過し、そろそろ8時間になる」

 

時計を見ながら七海は光輝に言うとそれが気に食わないのか、訓練の延長を希望する。

 

「この世界が危機なんですよ‼︎俺はまだいけます‼︎少しでも強くなっておくべきでしょう‼︎」

 

「いざという時に戦えるよう休むのも重要です。それに、君がこの世界の危機に関してどうこうすることはできません。少なくとも私がいる限りは。君達の戦闘の決定権は私にあります」

 

「そんな、今も魔族のせいで苦しんでいる人がいるのに…」

 

「…………では、1分あげます。1分で私をこの円から出せば勝ちとしてもう少し訓練を続け、君の言う事にも耳を傾けましょう。メルドさんは周囲の警戒を」

 

そうして地面に円を描くが、人ひとりが入れる程度の狭い円だった。完全に舐められている。因みに、これまでの訓練で光輝はレベルは10になり、ステータスも倍になっている。七海は全く上がらず現状維持のままだ。――それでも圧倒的だが。

 

「約束は守ってもらいますよ‼︎」

 

だが光輝はここまでハンデをだされたことに腹を立て、圧倒的なのに挑む。どれだけ高くても一歩動かすくらいならと振った剣は勇者専用武器の聖剣。だがそれを――

 

「⁉︎」

 

「どうしました?この剣は鈍ですよ?」

 

ハジメが作った大鉈で止められる。七海は微動だにしない。逆に勢いをつけて光輝を弾き飛ばす。

 

「鈍とか嘘を平気でついて、それでもあなたは先生ですか⁉︎」

 

「鈍なのは本当ですが、君はもっと人を疑うことを覚えなさい。それと、あと40秒です」

 

まずいと思い光輝はスキルの1つ『限界突破』を使う。魔力を消費しながら一時的に基礎ステータスを3倍にする。だが一時的だ…長時間は使えず使用後は使用時間に比例して弱体化する諸刃の剣。

 

「ちょっと光輝⁉︎それはやりす…」

「かまいませんよ八重樫さん。続けます」

 

焦ったとはいえ教師であり仲間である人物に訓練で向けていいものではない力を使った事を咎め、止めようとする雫を抑えて七海は構えていた。

 

彼らは知らない。今の七海は通常の七海より強くなっている事を。

 

「太刀筋が真っ直ぐすぎです――今度は大振りです――連続攻撃する気ならフェイントの1つは入れるべきです」

 

全て防ぎ、いなし、七海の時計から音がして試合が終了した。

 

「限界突破を使って、しかも無駄に全力で動いたのですから、どの道今日はもう無理ですね。坂上くん、彼を担いであげてください」

 

大鉈を背中に納刀して七海は帰る準備をする。

 

「まっ、てくださいまだ…」

 

「私には約束を守るように言いながら、自分にはなしですか?」

 

「グッ…」

 

「落ち着け、七海先生の言う通りだ。今日はこの辺にしよう」

 

「そうよ。だいたい、七海先生が強いからって訓練で限界突破を使うなんてどうかしてるわ」

 

親友から止められ、幼馴染からは罵倒を受ける。因みにもう1人の幼馴染は――

 

「南雲くん、訓練の時かっこよかったよ!」

 

「いや、七海先生とメルドさんが弱らせて錬成で動けなくした相手にトドメを刺しただけなんだけど」

 

蚊帳の外であった。

 

「ハジメのあの倒し方はお前の指示か?」

 

「えぇ、確実に倒す為に必要なことと思い…問題ありましたか?」

 

「いや、驚いている。錬成師には実戦向けの能力はないと思っていたのだがな」

 

「彼には彼のやり方があった。それだけです」

 

「……建人、彼らなら以前お前に言った、オルクス大迷宮の実戦訓練も大丈夫なんじゃないか?」

 

「…………」

 

「そんな目をするな。別に彼らを早く戦地へと出したくて言ってるわけじゃない。はっきり言うが、ここの魔物では練習相手にもならない。自分の命を自身で守るようにするなら、そこでの訓練が1番だ。当然だが彼らは大切な要人、警護は多くつく」

 

「…少し考えさせてください」

 

「七海先生!」

 

話しているとそれを聞いた光輝が弱々しく寄ってくる。

 

「俺達なら大丈夫です!ここでくすぶってるヒマはないんです‼︎」

 

「……ダメです」

 

すぐにどうしてと詰め寄ってくるが冷静に七海は答える。

 

「現状訓練している皆さんの実力を見て、ある程度なら大丈夫であるとも思っています。が、それとこれとは違います。そもそも君が今ここにいるのは私は承諾してません。メルドさんの立場も考えた采配です」

 

勇者が育っていないと知られれば、訓練をしているメルドに余計な迷惑がかかると思ったからこそ、七海は光輝の魔物との戦闘の訓練を認めた。とはいえ、彼もある意味イカレている。訳の分からない世界に来ていきなり戦えと言われて、それまでただの学生だった彼が、襲ってくるとはいえ生き物を躊躇なく切れるのはそうできない。後は覚悟の問題だ。

 

「メルドさん、オルクス大迷宮は今戦った魔物とは違うんですよね?」

 

「俺が見た感じで1階層〜10階層なら問題ないがそれ以下はここいらのとは桁が違ってくる」

 

「というわけです。行くかどうかは連絡するのでその時にお願いします」

 

「グッ、だったらせめて他のみんなにも王都外の魔物との実戦訓練をしてください!檜山や園部さん、中村さんは充分なレベルでしょう⁉︎特に檜山は南雲が行けるのに自分がいけないのはおかしいと訴えてます」

 

「あ、私も恵里から一緒に行けないかって聞いて、って言われたんですけど…」

 

「いずれはそうするつもりでしたが…谷口さんは中村さんと特に仲がよかったようですしね…わかりました。今日の夜、私の部屋に一緒に来てください。彼女の覚悟を聞きます。園部さんは戦う事を怖がっている。強くはなっていますけどね…檜山くんはまだダメです。実力はあっても覚悟と度胸がない」

 

「そんなことはない‼︎」

 

「いえ、あります。魔物となれば戦えるでしょう。しかし、精神的な面で問題があります。ここにいるのはあなたを除いて覚悟のある方です。君達が一定の力を得た後、他の方々にも魔物と戦い慣れた頃に迷宮へ向かいます」

 

それ以上は聞かないと言わんばかりにその場を離れて馬車の置いてある所に戻った。

 

 

 

その日の夜、鈴と恵里が入って来た。恵里は大切な人と一緒にいたい、もしいられなくなるくらいなら誰とでも戦うと言った。それに何処か危機感のような物を持った七海は拒否しようと思ったが、鈴の必死の説得、常に安全第一にして一緒に行動するなどと言われたことで、その方が鈴も恵里も実力が向上し、生き残る可能性があると判断した。

 

「谷口さん、少しだけ外に出てください、2人で話したいので」

 

鈴に大丈夫と言って恵里は残り、七海と向き合う。

 

「あの、他に、何か?」

 

「……いえ…中村さん、決して先走らないように。それだけです」

 

首を傾げて「はい」というと恵里は下がった。

 

(気のせいなのか)

 

気になる事は以前からあった。家庭訪問に行った時の両親のことや彼女の挙動を見ておかしいと思ったが、証拠も根拠も、そもそもその違和感の正体もわからないので密かに気にしていただけ。…ここに来てもう一つ気がかりがあったが。

 

「わからない以上、どうすることもできないですね」

 

その時にどうするのか、どうする事で解決するのか…そしてこれから先、犠牲者をどれだけ少なくできるか(・・・・・・・・・・・)――考えは尽きなかった。

 

 

 

さらに3日が経つと全員のレベルはさらに向上していた。また、王都外の魔物の訓練に園部優花を含めた4人が加わっていた。

 

 

 

「畑山先生の護衛ですか?」

 

「帰ってきて次の時からですけど」

 

「ここを離れるということは命を落とす危険もあります。何より、人を殺す選択肢がくるかもしれませんよ」

 

「七海先生が、私たちを守るために憎まれ役をしたり自分だけ戦場に行ったりするっていうのはわかります。正直、死ぬのも殺すのも嫌です。でも、何もしないでいると、あぁ今皆が頑張っているんだなぁとか、先生は大丈夫かなぁとか、他人事のように考えて自暴自棄になりそうで…何かできるならしたい」

 

「…………」

 

七海は黙って彼女の話に耳を傾けていた。彼女達の覚悟と想いを。

 

「もしかしたら、心の中では死ぬかもしれないってことを理解しきれてないのかもしれません。それが心配で七海先生が止めるなら構いません。けど、愛ちゃんを守りたいのは…」

 

「本心ですね………いいでしょう。ただし、護衛といってもあくまでもあなた達の命が第一です。決して、命をかけて畑山先生を守るというのは考えないでください」

 

きっとそれは愛子も考えるだろう。自分のために生徒が命をかけたらどんな反応するか目に浮かんだ。

 

 

 

1週間後参加したいと言っていた者たちは魔物と戦闘をさせた。

 

「しゃ!どうだ!」

 

(まだお遊び感覚……本当にこれでいいのでしょうか)

 

檜山も参加しだし訓練とはいえ戦闘をしたのはほぼクラス全員となった。しかしまだ問題はある。1つは流石に戦いは無理だと、1度も魔物との戦闘訓練に参加していない者も多いこと。

 

もう1つは檜山を含めた数人は力を得た快感、それとこの世界に連れてこられたことへの不満やストレスをぶつけていること。

 

(とはいえ、これ以上ここで訓練してもメルドさんの言う通り伸び代はない)

 

「建人から許可を得た。実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。以前言った者もいるが、今までの王都外の魔物とは違う。気合いを入れろ!」

 

考えた末に七海はメルドに許可を出した。

 

「皆さんの安全を考慮して、階層を降りる際はまず私が先に降りて安全を確認します。その後メルドさんや他の騎士の方々の指示に従い迷宮内の魔物と戦闘訓練をします。それと、先程メルドさんが言ったようにレベルが変わってきます。決して無理はしないように、安全第一でいきます」

 

そうと決まると不安が出るものがいるが、ようやく認めてくれたと勘違いしている光輝のカリスマで皆が奮起する。

 

「大丈夫だ皆!何があっても勇者の俺が守る‼︎ここで強くなって、この世界を救って皆を元の世界に連れて帰る‼︎だから、皆頑張ろう‼︎」

 

元からヤル気だった檜山達は声をあげて、龍太郎や雫達は気合いを入れるように手に力を込めて、恐怖のある園部達はどうにか声をだして、ハジメは不安をしつつも目だけは気を入れて、それぞれ気合いだけならあった。

 

だが、気合でどうにかなるような世界でない事を彼らはまだ知らない。




ちなみに
奸知術数: 悪い知恵や策略。悪だくみ………誰の事を言ってるかはご想像にお任せします

檜山は原作と違いハジメをいじめる事ができてません。七海の目が常にあった為です。お陰でイライラしてます

ちなみ2
遠藤君の事を七海は知覚できているわけではありません。毎回朝の出席確認の際に「あっいるな」と毎回思っています
トータスに来てその薄さに磨きがかかりさらに見つけ難いがどうにか見つけている。
その理由が前話にあった技能、魂知覚(弱)にあります地下水道、領域、渋谷と劇中で形を変えられる事なかったが3度も真人に魂を触れられた事で何となく無意識に魂を知覚しています(七海はまだ気付いてないけどそのうち気づく…かも)これにより影の薄い彼でも出席確認などで意識を向けると知覚できる。しかしトータスに来て上がった薄さはそれでも見つけるのは困難。意識を集中したり、流石に目の前にいたら知覚可能です


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ありふれさんぽ:お食事パン(数量限定編)

やっぱいるかなと思いさんぽシリーズです
七海の本気(笑)が見れます


教師、七海建人の朝は早い。セットした目覚ましを止めてすぐさま支度する。

 

(今日の予定は1限目から授業。3限目と5限目にもあり。書類よし……)

 

準備物を確かめ、テキパキと進める。職場へは電車を使う。車の免許はあるし持ってる。だがそれは遠出の時だ。二駅分の距離を考えるとガソリン代の方が長期的に高くなる。

 

(今日こそ、今日こそは)

 

だが理由はそれだけでない。そもそも出るにしても早すぎる。真の理由とは…

 

(開店まであと40分…よしこの人数ならいける)

 

多くの人がそこにいる。七海と同じく、通勤者もいる。その場所の名は

 

 

 

 

 

 

 

 

『ベーカリーしまくらパン』

天然酵母と知人である農家と契約して安く良質な小麦粉を仕入れ、主にバゲット系のパンに力を入れているパン屋。この地域一帯の年間パン屋ランキングでは常に上位を維持。取材も何度かあるほどの有名店。だが、取材があって嬉しいのは店だ。そこを使う者としては複雑な時もある。

 

(前回、あとひとつだった。あれは私が買えていた。だが、テレビ局の取材用として、買えなかった……あの時のようなことは、もう起こさない)

 

しまくらパンは本来は取り置きはしていない。前回のはテレビ局の為の例外的なものだ。今回の七海はそこは徹底した。臨時休業しないか、テレビの取材はあるか、最も焼き上がってから美味しい時間はどのくらいか、そしてそうする為の程良い並ぶタイミングも、徹底的に調べた。

 

(この位置、まさしくベストな位置。校内での昼食用もですが今すぐ食べる朝食用…必ず買える。ここの1番人気のサーモンとクリームチーズのカスクート‼︎)

 

七海の中ではロースハムとカマンベールチーズのカスクートが定番だが、バゲット系に力を入れている店の1番人気でしかもカスクートとなれば一度は食べなくてはいけない。それは七海のある意味で使命だ。

 

開店し、ぞくぞくと入っていく。カスクートがあるのは会計をする場所のショーケースの中。限定40個。ケースの中にはおよそ10個置き、なくなった時に新たに取り出して置く。出来上がり、保存室に入って取り出される時間、そこに生まれる温度差の最もうまい瞬間。それがここだ。

 

(前に並んでいる人達がほぼ必ず買っていくがこのぶんであればいける)

 

そして、あと2人。丁度入れ替えが起こる。最後の10個のうち最初に1人目がひとつ買う。

 

(会計時間を考えても、いける。もらった)

 

そして2人目。

 

「すいません、このカスクート9個ください」

 

「かしこまりましたー」

 

景気の良い声が店内に響いた。

 

(…………)

 

 

 

 

「あの、すいません畑山先生」

 

「はい?」

 

「七海先生、どうしたんでしょうか?」

 

「何がで…あぁ、確かに。いつものように黙々と食べてますけどなんか、いつも以上に黙々というか、残念そうというか」

 

(カスクートを食べる前提のパンのラインナップにしてしまった。不味くはないが、全部を食べた時のクオリティが…クオリティが下がってしまった…!)

 

「思ったより、美味しくなかったとか?」

 

「うーん表情がわかりにくいですよね」

 

(次こそは、次こそは‼︎)

 

そう考えていたがこの翌日は定休日。そして次の日に彼は異世界に行くことになる。

 

 




おまけだから短いです。

次は1月中には多分出せる出来なかったら2月上旬です


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奸知術数②

年末年始は基本的に忙しいのですが昨日丸一日休みもらい、今日は16時から22時まで

いつも頑張ってるからと言ってたけど信じていいのだろうか………


一度決まるとそこから先はホイホイというところか、翌日には用意されていた馬車に乗り大迷宮のある宿場町ホアルドに移動する。

 

「昨日私が行くと決めて報告してから、随分と早い用意ですね。」

 

馬車の中で大人2人は会議をしているがそのうちの1人、七海は少々イラっとしていた。

 

「俺じゃないぞ、用意したのは」

 

メルド曰く、教会からの手回しらしい。随分前から用意をしていたそうだ。

 

「彼らに迷宮へ行く事は伝えていませんが……どこかで監視をしていたようですね」

 

「俺とは疑わないのか?」

 

「いまさらあなたを疑うほど、短い付き合いとも思っていませんよ」

 

これまでの関わり合いで、少なくともメルドや訓練に協力している騎士団は、信用に値する人物であると七海は考えており、共に訓練内容を考えるまでになっていた。

 

「すまんな」

 

「謝らないでください。呼び出したのはあなたでもない。この戦争を始めたのもあなたじゃない。我々への想いと、上からの対応に追われているのはよくわかります。それよりも、向こうに着いてからですが」

 

この世界に来てから現代社会ではあまり感じる事のない馬車の揺れを感じつつ、訓練の流れを計画した。

 

 

 

宿場町:ホルアド

オルクス大迷宮へ挑戦する者達に一時の安らぎを与えるために作られた町。冒険に必要な装備、食料、バックパックなど多種多様な商品と迷宮で金を稼いだ冒険者から金をとるレストラン、ホテルがあり観光地ともなっている。

 

「人の往来はかなりありますが……治安の方はなんとも微妙ですね」

 

「冒険者は多種多様だからな。おまけにプライドも高い、ちょっかいは出すな」

 

「しませんよ。なんだと思ってるんですか」

 

強面でアーマーや剣など武器を身につけて歩く者達がいるのは正直異色であり、異世界だと改めて思わせる。

 

「いよいよ明日、オルクス大迷宮に遠征だが…今日は宿をとってある。王国直営の宿だから、ゆっくり休んでおけ」

 

メルドから言われた皆は兵士の案内で宿に向かおうとすると、その場を離れる人物がいたので光輝が話しかけた。

 

「七海先生、どこに行くんですか?」

 

七海は皆と離れ2人の兵士と別の場所へ向かう。

 

「建人は先に迷宮に潜り、内部の様子を見てくるそうだ」

 

「それなら、俺も……」

 

「君達の安全を確保する為に、先に潜ってどのように君達が動けば良いか確かめるんですよ。大丈夫です、騎士の人がサポートについてくださりますし、10階層までなのですぐに戻ります」

 

やや不満な顔をするが雫や龍太郎が「七海先生なら大丈夫だろう」と言うと納得する。というよりせざるを得ない。実際訓練で七海と相手をしてきた3人は1度も攻撃されていないが、それは七海が全ていなし、防ぐ為だ。当然それが相当な手加減をされているのも理解している。「わかりました」と光輝はどうにか納得して宿へ向かう。

 

「それにしても、別に私ひとりでもよかったのですが?」

 

「バカを言うな。おまえなら10階層など余裕だろうが、こちらはおまえ達の安全も任されているんだ。それに彼らは防御魔法と回復魔法の使い手だ。いずれはあいつらに追い越されるだろうが、それでも俺の自慢の兵だ。邪魔にはならんよ」

 

「「よろしくお願いします、建人殿‼︎」」

 

2人の兵士がビシッと姿勢をただし、ハキハキした声をだして言う。

 

「自分、パーンズです‼︎建人殿、あまり役にたたないでしょうが、共に行動させていただきます‼︎」

 

「わたくしはマッドです。お役に立てれば光栄です」

 

「………(何ですか彼らの眼差しは)」

 

「(どうもおまえの人間性と強さに惹かれたそうだ)」

 

こそりと話しを聞いてやれやれだと七海は思っていた。

 

「では、彼らの方をよろしくお願いします。夜までには戻るようにしますので」

 

スタスタと歩くと連れとしてくる2人の兵は足取り良く来る。多少面倒に思いつつ定時に終わらせるように入ったら少し急ごうとも考えた。

 

 

 

オルクス大迷宮の入り口は七海の想像と違い、美術館か博物館の入り口です。と言われても納得な立派な扉のついたもので、おまけに受付嬢までいる。死亡者を把握する為という事でステータスプレートを出すとその数値を見てギョッとされ、パーンズが「内密でお願いします」とお金を渡していたのを見て、悪いことをしてしまったなと七海は思い、後でご馳走でもしようと考えていた。

 

 

入ってみると入り口とは打って変わり、多少薄暗いが通路に埋まってる鉱石が発光しているので道はしっかりわかる。

 

「建人殿の言う通り、やはり我々はいなくてもよかったかもしれませんね」

 

マッドが申し訳なさそうに言うが七海の方はわりと感謝している。

 

「そうでもありません。私が倒しもらした魔物相手に戦ってくださってますし、なにより今回はどの程度の魔物が存在しているか、どのようなルートを進むかという彼らの安全を確保しやすくする為の小遠征ですから。それに見た限り、あなた方は強い。少なくとも現状の彼らよりは」

 

「いや、そのようなことは……」

 

「ステータスプレートに記載されている内容ではなく、あなた方の戦い方の方です。経験が多い分、戦い方に無駄がない」

 

七海の強さはステータスプレートからでもわかるが、それがなくとも彼らは歴戦の騎士。すぐに自分達とは違うなどわかる。そんな強者に、しかも尊敬ができる人に言われるのは嬉しいものであった。

 

「ところで建人殿…今更なのですが、そのような装備でよろしかったのですか?失礼とは思いますが、とても迷宮を探索していくようには見えません」

 

「今更だろマッド。それに訓練の時もこの姿だ」

 

彼らが言うのも無理はない。生徒達は王国の宝物庫から装備を受け取っており、なかには特殊な能力が付与されたアーティファクトもある。だが七海はその装備を一切受け取らず、この世界に来た時の薄い水色のワイシャツに薄い鼠色のサラリーマンを彷彿とさせるスーツのまま。武器はハジメが作った大鉈でこの大鉈もどうにか薪割り程度には使えるが魔物の肉を切り裂くには向かない鈍だ。大鉈がなければただのサラリーマンである。

 

トータスにサラリーマンという概念はないが。

 

「私は教会に喧嘩を売ったようなものなので、借りは作りたくありません。それに、あまりゴテゴテした装備は動きにくいですし、このままの方が戦いやすいんです。まぁ安心してください…フッ!」

 

近付いてきた魔物を一刀両断する。ぴくぴくと動いた後、出血と傷のダメージで絶命した。

 

「並大抵の相手なら充分です」

 

本来なら魔物が近づいて来た時点で2人は報告するのだが、もうそんな必要はないことはわかる。七海はすぐに魔物の位置をかぎつけ切る、もしくは殴り倒す。突然襲ってきても平常心を崩さず、それどころか話しながらでも倒すほどだ。

 

「そんなことより、さっさと終わらせましょう。この程度なら思ったより早く終わりそうです。残業は嫌いなので早いなら早いだけいいです」

 

「あっはい!少しお待ちください魔石を回収するので」

 

「建人殿をあまり待たせるなよマッド‼︎」

 

「…急かしてるわけではないので」

 

既に10階層に到着しており、11階層へ行く階段まで行って終わりにする予定だ。正直残業になるなと思っていた七海はちょっとホッとしていた。

 

(最初に魔物の事を聞いた時は全て1級呪霊クラスと認識していましたが、今まで戦った相手はどれも蝿頭〜4級、よくて4級強。この先の魔物がどれほどかはわかりませんが、少なくとも10階層までは今の彼らなら大丈夫ですね)

 

あっという間に11階層前まで到着した七海は腕時計を見る。

 

(ふむ、急げばなんとかなりますね)

 

そう考えて七海は2人に少しだけ12階層の魔物と戦う事を言う。2人はお互いの目を見て、そしてここまでの七海の戦いを見てコクリと頷いた。

 

 

 

(しくじりましたね)

 

11、12階層の魔物もそれほどの相手ではなかった。だが別問題が起こった。

 

「うぅ、すまない」

 

「いいからじっとしてください。回復魔法をかけますから」

 

「パーンズさん、そのまま彼らを守っていてください。周囲の魔物は私が蹴散らします」

 

「承知しました‼︎」

 

ほんの少しの相手をするだけだったが奥から悲鳴が聞こえ、向かうとどうやら駆け出しの冒険者達が魔物に囲まれており、複数の怪我人を1人が傷つきながら守っていた状態だった。見捨てる事などできるはずもなく、駆けつけてパーンズが防御魔法で結界を作り、その中でマッドが回復魔法で治癒をしている。そして七海は

 

「はぁ、残業ですか…残念です」

 

こうなったらさっさと片付けて帰ろうと考え、魔物達を粉砕していく。その姿を見た2人は「「まるでストレスを発散しているようだ」」と思ったそうだ。

 

結局、傷ついた冒険者の治療と、抱えながら戻ったことによって、当初の予定を遅れてメルドを心配させはしたが彼はその行動を称賛し、そして初の大迷宮にもかかわらず12階層まで難なく短時間でいける実力に「流石だな」と称賛した。

 

 

 

メルドは「冒険者達が泊まっているという宿まで送る」と言って七海に休むよう促した。七海もそれを受け入れて宿へ向かう。日はとっくに落ちて皆寝ているであろう時間だ。

 

「……やれやれですね」

 

残業から帰ったのだからさっさと寝たい。だからといってそれを見つけてしまったのだから教師としては見過ごせない。そう考えてスゥと移動する。

 

「じゃ、また明日ね南雲くん」

 

「うん、また」

 

「何をしているんですか?白崎さん南雲くん」

 

「「うわっ⁉︎七海先生‼︎」」

 

「こんな時間に南雲くんの部屋で男女が2人きりとは…正直ガミガミ言いたくありませんが、私も教師なので言わせてもらいます。君達の年齢なら男女の仲になる人もいます。しかし、いいですか、ここは異世界とはいえ君たちは学生です。節度ある行動を…それと修学旅行ではないのですからもっと緊張感を持ってください」

 

お説教に2人は何もいえず俯いて「はい」としか言えなかったが、どこかおかしくて少し苦笑いが出ていた。

 

「何がおかしいんですか?」

 

「「すいません」」

 

当然バレてそれも怒られる。

 

「それと、そこで聞いている方もトイレなのか眠れないのかわかりませんが、早く部屋に戻って寝てください」

 

何者かが聞いていることに気づいた七海はその気配がある方に注意するとドタバタと音がして、バタンと扉が閉まる音がした後、静かになった。

 

((き、聞かれてたんだ))

 

「さて、あなた方のお説教はまだ終わりませんよ」

 

((やっちゃったなぁ))

 

と2人は思いつつ、七海のお説教を聞くハメになった。

 

 

翌朝、早朝にオルクス大迷宮の正面入り口の広場に全員が集まっていた。緊張を持つ者、恐怖のある者、好奇心のある者、様々だ。

 

「香織、大丈夫なの?昨日外の空気を吸いに行って帰りがちょっと遅かったけど、やっぱり寝不足?」

 

「あーうんまぁ、実は」

 

「夜遅くに南雲くんの部屋に行って話をしていて、そこに迷宮から戻った私が発見したのでお説教をしていたからですよ」

 

そう言われて雫はハジメの方を見ると確かにそちらも少々寝不足気味だ。

 

「なにやってるのよ…」

 

「えへへ、ごめんね」

 

「無理をしているのなら、私からメルドさんに頼むので、宿で休んでもいいんですよ?」

 

一応こうなった原因にもなっている七海はそう提案するが、ハジメは迷宮に行くのかと聞いて行くと答えると「ならいいです」と言って、香織は宿に戻るのを拒否した。

 

「それに、約束しましたから」

 

「そうですか…くれぐれも無理をしないように。まぁそれは他の方々にもいうことですけども」

 

七海はそれだけ言って前にいるメルドの方へ行き、訓練の最終確認を行う。その後メルドが激励の言葉を生徒に言い、出発する。内部は七海が見た時と変わらず探索もできるほど明るい。

 

「早速ですね」

 

壁の隙間、おそらくその魔物の巣なのか灰色の二足歩行のネズミの様な魔物が現れる。二足歩行ネズミとはいえ、某レジャーランドのキャラクターのような愛らしい感じは0だ。上半身は割れた腹筋と膨れ上がる胸筋の部分は見せつけるように毛がないので気持ち悪い。現に数名が引いていた。

 

「昨日も倒しましたがあれは何ですか?」

 

「ん、あれは……」

「あれはラットマン。素早い動きで攻撃をするけど、攻撃自体は単調なものが多く、攻撃力も低いから、素人でも慣れれば簡単に倒せる魔物です」

 

メルドが答える前にハジメがスラスラと答えたことが驚きのようでメルドも、そして口には出さないがハジメを弱者として考え、それをどうにかしようと鍛錬をしていない彼を軽蔑していた光輝も驚いていた。

 

「日々の勉強の成果ですね。魔物の情報が知りたい方は南雲くんに聞いてください。彼は一通りの魔物の情報を持っているので」

 

肩をポンっとたたき、称賛するとハジメは照れていた。

 

「さて、聞いての通りです。今までの訓練通り戦ってください。ただし、勝てないと判断したらすぐに下がってください。その時は私が相手をします」

 

ハッとなって気を引き締めて挑み、ラットマンを殲滅した。それは良いのだがオーバーキルすぎて魔石が回収できないそうだ。魔石はこの世界では日用品にも使われるほど重要な物で回収はしておく物だ。それごと倒したらあまり意味がない。

 

「では交代でやっていくとしましょう。それと、浮かれすぎです。緊張感をもってください」

 

迷宮の魔物を倒し浮かれている皆に注意をしつつ進んでいく。今回参加したのは生徒全員ではない。今でも戦うのが怖いと城で待機している者がいる。

 

「ったく来ない奴ももったいねーよな!臆病者どもが!」

 

「まったくだな‼︎こんなの楽勝じゃん!」

 

そんな彼らを嘲笑している彼らは他の生徒から険しい目で見られている。

 

「死を恐れるのは人として当たり前の行為です。彼らも正しい行動をとっています。それと、浮かれないようにと言ったはずですが?」

 

静かな声と目線で注意された檜山グループ、特に檜山は七海を睨むが、そうするたびに彼は想い人に嫌われていくのに気づかない。そうこうしながら特に問題なく階層を降りて行く。昨日七海が来た11、12階層も超えていく。道中の魔物はハジメの解説で動きも弱点もわかるので皆サクサク進んでいる。檜山達がハジメの説明を聞かず先走り危なかった時はすぐに七海が倒し、そこから彼らはおとなしくなった。

 

「この先が20階層ですか」

 

「あぁ。1流かどうかをわける場所だ。戦闘面はまだまだ経験不足だが、まぁ大丈夫だろう」

 

「トラップの方はお願いします(私も出来るだけ観察するとしましょうか)」

 

致死性のあるトラップもこの道中で何度かあったが、それらはフェアスコープというアイテムで魔力の流れを感知し発見ができる。だがそれなしでも七海はわかる。七海は魔力感知の技能があるがそれは光輝より使いこなせていた。魔力の流れを呪力の残穢を見るように観察すると、どこにトラップがあるかがわかった。

 

(エネルギーとしては魔力と呪力は似て非なるものといったところでしょうか)

 

だから見えるのかと思いつつ進んで行く。21階層へ行く階段がある場所が今回のゴールだ。ここから先は複数の魔物が連携をとりつつ襲ってくるものがいる。今までとはレベルは上がり、さすがに勝てるだろうが少々苦戦する者が出てくるであろうとメルドも、七海ですら思っていたが

 

「あの魔物は複数で連携してくるけどリーダーがいる。それを先に遠距離から倒せば瓦解する。__あいつは最後に倒した方がいい。高い防御力だけど攻撃手段がほとんどないから、あれに攻撃してるうちに他の魔物からの攻撃が来ちゃうから__あいつは距離を詰めたら何もできない。ドンドン近づいて攻撃して」

 

生きる為、頭に魔物の事を叩き込んだハジメの説明もあり、あっさりと突破していく。ここまでくるともはや魔物博士というあだ名がハジメにつきだし、あの光輝も感心して感謝をしていた。

 

「まさかあそこまで勉学しているとは」

 

授業中寝ていてもきちんと平均点を超えるあたり流石と思いつつ

 

「できるなら私の授業もしっかりしてほしいものですね」

 

と言って周りがぷっと笑っていたが、別にバカにしたものではないのはハジメもわかるので照れるだけだ。予定より早く進み目的地付近に来た時、ストップをかけようとメルドがする前にまたハジメが待ったを出す。

 

「多分あれ、擬態してる。確か…っロックマウントだ!」

 

説明し終える前に、バレているならしょうがないと言わんばかりにそのモンスター、ロックマウントは動き出す。

 

「ロックマウントはすごい豪腕だけど動きは鈍い。それと戦闘になると比較的に強敵に攻撃してくる傾向がある!天之河くん、気をつけて!」

 

ハジメの言う通り前衛組の中で強者である光輝達を相手に飛びかかる。七海に攻撃しなかったのはハジメ達後衛を守るため後ろにいたからだろう。だがハジメの解説もあり楽に倒せた……光輝が無駄に大技を使い、メルドから怒られる事態になったが。

 

「はぁ…天之河くん、今のはそんな大技を使わなくても勝てたはずです。勇者という肩書きがあるとはいえ、もっと自重してください」

 

2人から叱られバツが悪そうに謝罪していた。

 

「さて、今回はここがゴールですが、私は21階層に降ります。とは言え様子を見に行くだけなので、すぐ戻りますからここで待機してください。…メルドさん、彼らの護衛と警護を」

 

「わかった。それと、お目付役じゃないが彼らも連れて行け」

 

とついてくるのは昨日ともに入ったパーンズとマッドだ。任せてくださいと言わんばりに気合いが入っている。

 

「(すっかり懐かれてるな)」

 

「………」

 

自分の部下なのにいいのかと思うが、口に出さず下に降り出す。七海達の姿が見えなくなった時

 

「……あれ何かな? キラキラしてる………」

 

手持ち無沙汰になった生徒の1人、香織がふと先程の攻撃で崩れていた壁を見る。

 

「ほぉ〜、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ、珍しい」

 

悲劇を起こす鉱石がキラリと輝いていた。

 

 

 

そんなことなど知らず七海は階段を降りて21階層についた。ちょうどその時魔物がいて襲ってきたが

 

「当然の如く瞬殺…もう慣れましたね」

 

「建人殿なら、当然だ‼︎」

 

称賛を聞き流し七海はここの魔物を観察、考察をする。

 

(先程のロックマウントは多少は狡猾に動いていましたがそれでも3級といったところ…今の魔物もそこまで強敵ではない。しかし…)

 

今日の彼らの戦い方を見てある訓練をしようかと思うが

 

(かなりキツイものになりますし、とりあえずメルドさんと相談してからですね)

 

そして戻りだし、階段を登っていると上の方から強い光が階段下までくる。何事かと思い3人共走り出す。

 

「どうしま…⁉︎」

 

「ッ⁉︎建…」

 

この世界に来た時と同じような魔法陣が彼らの足元にあり、どうにかしようと逃げていた者達含めて白い光に包まれ、光が消えるとそこには誰もいない。

 

「今のは、転移魔法!」

 

「‼︎おい‼︎あれだ‼︎たぶんあのグランツ鉱石…あれにトラップがあったんだろう…クソッ‼︎何やってんだ‼︎フェアスコープで見なかったのか⁉︎」

 

すぐさま七海もそれに触れ移動しようとするも

 

「ダメですね」

 

トラップが発動し終え只の鉱石となっていた。

 

「転移魔法なのは間違いないです。今まであった記録からして、おそらくここよりかなり下の階層に移動したかと」

 

「……パーンズさん、私に防御魔法を付与してマッドさんと共に地上へ行ってください。応援と医療班をお願いします。私はこのまま下に降ります」

 

「危険です‼︎それに今までの記録を考えるとおそらく完全マッピングの出来た47階層より下の可能性が高いです。どこにいるのかなど…」

「わかります」

 

その言葉に2人は「は?」と首を傾げた。

 

「この鉱石についたトラップの魔力の跡…残穢とでもいいましょう。それが私にはわかります。それを感じながら降りればどうにか」

 

そんなことまでわかるのかと驚愕する。七海の言う通りその流れを辿れば着くことはできる。だが2人は仮にそれが本当だとしても下に行けば行くほど魔物も強くなる、防御魔法も長くは続かない。それらの不安があるが

 

「彼らの命が大切なのは貴方方もでしょう?私を信じてください」

 

会ってそれほど過ごしていないが、それでも七海のステータスと強さを知る彼らは信じることに決めた。

 

「「御武運を」」

 

そうして魔法を七海にかけて2人は上に向かった。

 

「さて、いきましょうか」




魔力にも残穢。ありでしょうかね?
ここから少しずつオリジナル設定が出てきます。

オリキャラ
パーンズ
 
元スラム出身で親はいない。病死です。家名はない。真っ当な生き方をしたいと思いつつも盗みをしながらスラム連中をシメていた。
ある時盗みをしたスラム仲間が騎士の1人に捕まっていたので助けるためにそいつにタックルして気絶させたが、仲間が捕まらないよう自首する。が、メルドにそのタフさを気に入られて騎士になるよう進言された。防御魔法の使い手。耐久ならメルドより上、スラムにいたのでちょっとバカっぽいが騎士になるため勉強して読み書きもできる。他の騎士団のメンバーと仲は良い。コミュ力高め。来てすぐに暴力をふるった相手に速攻土下座で謝っていきなりすぎて怒る気にもならず許された。というかその相手がマッド。対象的だがそれが逆に仲良くなる。
七海の強さと人柄に敬意を示している。今の夢は家族を持つ事
 
マッド・ツエリー
 
田舎貴族出身。両親健在で兄と妹がいる。仲は良好。本を読むのが好き。後を継ぐ兄が病気になったさい、自分なりに看病して元気になったの見て医者を目指すが、両親の意見で騎士団の医師になるよう進言される。目的に変わりないので受け入れる。王国に着いたらもとからあった回復魔法の腕と子供時代から身につけた医療知識ですぐに認められる。騎士団の一員として武術もかなりいける。魔力と魔耐はメルドより上。その後騎士団に入ってきたパーンズに付き纏われる「許してくれるまで謝る‼︎」と言って来て既に許していたが「許してるから」と言うまで来ていた。コミュ力は低かったがパーンズと会話してるうち上がってきた。七海の強さと人柄に敬意を示している。最近妹がこちらに来た際パーンズに気があるとの事で複雑だがそのうち紹介しようと考えている。


名前の由来?ヒント:頭文字、呪術廻戦


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奸知術数③

この話以降ハジメがまた登場するまで時間かかります
ありふれさんぽもまた出すしそれ含むと9〜10話くらい先になりますね


異世界に来て、光輝の作った淡い希望を七海が折り、確かに最初のように現実逃避をする者はほぼいなくなった。だが全員不安がありつつも強くなり、七海がいるからこの大迷宮に来た者、そんなこと知るかと己の力を示すために来た者、いずれも共通するのは強くなった自分達に自信を持ち、浮かれていた。だからこそ、最悪の事態は起きたのかもしれない。

 

その浮かれていた1人、檜山はメルドの注意も聞かず、香織が綺麗と興味を示したグランツ鉱石を回収しようと触れてしまう。結果、罠を起動させてしまう。もともと香織に好意があったのもあるが七海にこれまでさまざまな事を邪魔され、至極真っ当な注意にイライラしていたのもあり、大人の言うことを無視した。

 

「め、メルドさん……あれって本で読んだんですけどまさか」

 

「そのまさかだ。伝説の魔物、ベヒモスだ」

 

そして、罠によって転移した場の正面にいる巨大な影。10メートルはありそうな巨体とその頭部にはトリケラトプスを連想させる巨大なツノ。全身は鎧のような硬そうな皮膚をしている。

 

「な、なんだ、そのベヒモスって?」

 

「100年前、その存在が確認されて…その時の最強冒険者が全く歯が立たなかった存在」

 

龍太郎に説明するハジメは「いつかこんなのを相手にする日が来るのかな」程度に思っていた。もちろん「その頃には多分自分を除いて皆強くなっているな」とも考えていた。それがいま、まだまだ未熟な自分達の前に現れるなど考えもつかなかった。最大の恐怖がそこにあった。そして最悪な事態は続く。後ろにも魔法陣が出たと思うと剣を構えたガイコツの魔物、トラウムソルジャーの集団が現れた。ここまででセットの罠なのだろう。すぐさまメルドは部下に障壁と生徒達の撤退を指示するが、

 

「光輝、おまえ達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!」

 

光輝の正義感がそれを拒む。

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のおまえ達では無理だ!ハジメも言っただろ!かつて、最強と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!おまえ達を死なせるわけにはいかない、いいからいけ!」

 

鬼気迫る表情に一瞬怯むが「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝に再度声をかけている間にベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。

 

 

 

一方七海は呪力による身体強化をして駆け足で降りていく。魔力の残穢を追って進むがマッピングができているわけではない。進んでいると何度か行き止まりについたり通れない場所だったりなどで足止めを食らっている。そのうえ魔物もいる。駆け足で進んで追いつけないと悟った何体かは無視して、ついてくる相手は階段の前で殲滅して降りる。

 

(一刻も早く彼らと合流しなくては)

 

時折時計を見つつ進むが正直どうなるかわからない。下の階層に行けばいくほど魔物も強くなるのだ。

 

「邪魔です」

 

魔物の詳細な能力の情報は欲しいが、それを確認している余裕はない。見つけては攻撃し、一撃で仕留める。壁が生物でも非生物でももう関係無しに破壊していく。

 

(呪力による身体強化…久々ですが、鈍っていないようですね)

 

以前の七海でも余裕で進むことはできたが、もう少し時間がかかっていた。だが、今の彼はこの世界に来た事で元々高かった潜在能力の上昇と呪力の上昇、それによって術式の向上ができた。流石に特級とは比べものにならないが、1級の中では群を抜く強さにはなっている。例えば速さなら彼より早い術師は多い。だが今の彼ならそれにある程度対応できるほどの強化がされていた。

 

そして無の感情で魔物を切り裂く。

 

(術式の精度も上がっている……急ぎましょうか…)

 

早くしなければ全滅もあり得る。そう考えて、少しでも早く進む。

 

(広い部屋に魔物が複数…いちいち相手をするのは面倒ですね)

 

目の前にいた魔物が牙を剥いてきたので即時にその思考を消して脅威を殴り飛ばす。走っていると広い部屋の中央に着く。そこには大量の魔物がいた。相手をせず進むが追ってくる。

 

「どのみちこんな場所を通るのはやめた方がいいですね」

 

だからこそ、七海はその手段にでる事にした。広間の出口から少し外れて壁に向かう。当然魔物は追ってくる。脚を呪力で強化し、跳躍する。

 

(十劃呪法…)

 

その目には線分された弱点が見えていた。

 

(瓦落瓦落‼︎)

 

壁に撃ち込んだ拳から呪力が走る。伝染するかのように壁に広がり、全体を破壊した。魔物は獣とはいえ生命の危機くらいはわかる。すぐに逃げ出すが、逃げ遅れたものから巻き込まれていき潰される。そして道が塞がる前に再び脚に呪力を込めドンっと走り、ギリギリ通り抜けたが道は塞がる。だがこれで魔物も追ってこれないだろう。

 

(時間外労働時によるものでもなく、術式開示もなく、この威力ですか)

 

自身が本当に強くなっている事に少々驚きつつさらに進む。……全滅していない事を、存在しないであろう神にではなく、その運命が来ていない僅かな可能性をただ想う。

 

 

 

「もう一度聞くが、やれるか?」

 

「はい」

 

メルド達を助けるため、自分も戦うと言って離れようとしない光輝をいつもと違う必死の形相をしたハジメが説得し、どうにかトラウムソルジャーの群れに向かわせることができた。だが最大の脅威はいまだ眼前にある。そこでハジメはある行動にでることを決意した。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

「はい!(ぶっつけ本番か……七海先生に教わった事をやるしかない)」

 

それは以前、七海から受けた指導の中にあった言葉。ひとつは『自分の術をもっと理解すること』。もう1つはあの時に言われたこと。

 

 

side:ハジメ

 

「想像、イメージを終わらせないことです」

 

「イメージを、終わらせない?」

 

錬成の時の何をどう作るかというイメージかと僕は考えたが、どうやらそれだけではなさそうだ。

 

「君が今考えている通り、その術には具体的なイメージが必要になります。まぁ、今は君のレベルが低い為、イメージに技術が追いついていませんが」

 

本当にこの人は褒めたいのか、貶したいのかわからない。

 

「勘違いしないでほしいのですが、私は貶してもいませんし褒めてもいません。事実を言っているだけです」

 

あとたまにこっちの考えが読まれるたびに自分が子供だと思い知らされる。そんなに筒抜けなのかな。

 

「話がそれましたね。……イメージを終わらせないとは錬成で作る物のイメージだけではなく、君自身の先のことです」

 

「僕の先?」

 

「君はイジメを受けても、常に流していた。仮に私が声をかけていなければそのままでいたでしょう……まぁ、私の目がない所で何かされていた可能性もありますが」

 

「あ、いえ、あれから絡まれる事はかなり少なくなりました。感謝もしてます」

 

「……どうも。ただ、君は今回戦う選択肢をした。それは1つの変化です。暴力はいけない事ですが、それをしなければいけない状況で君は変化した。ですが、そこまで…その先がない」

 

「すいません、もう少しわかりやすくお願いします」

 

「強くなった自分を、想像できてない。ステータスの関係もあるでしょうが、それはもとよりあなたの性格的なものでしょう。せっかくの変化を止めている」

 

それを言われて納得はできる。だがどうやっても弱いもんは弱いのだから仕方ない。

 

「別に鍛えて強くなれとは言いません。強さには様々な形があります。天之河君のようなわかりやすい形も強さ。君の優しさもまた強さです。後はその先、イメージです。君が描く、強くなった君の…現実的なイメージ、そして錬成する時のイメージと理解。それらを合わせること。制御をすれば今の君でも壁を作る、敵を拘束するという以外にもできます」

 

その具体的な方法を聞いた。

 

side:フリー

 

(イメージしろ、現実的で、今の僕にできる、成長した自分を)

 

「吹き散らせ、“風壁”!」

 

メルドは作戦を開始する。詠唱しながらバックステップで離脱し、ベヒモスの攻撃を避けた。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。自身の攻撃で頭部を地面にめり込ませたベヒモスは、すぐに頭を出して攻撃するつもりだった。しかしそこにハジメが飛びつき角に触れる。

 

「っぐ⁉︎(あっつ…じゃない‼︎イメージを終わらせるな‼︎)」

 

 

赤熱化した影響でハジメの肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視してハジメも詠唱をする。

 

「“錬成”‼︎」

 

ただひとつのハジメの力。だがこの状況でそれは大いに役立つ。錬成によって四肢を拘束し、さらに頭部を拘束してベヒモスの動きを止める。必死に周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしてもまた錬成する。だがそう長くは続かない。そこで片手は錬成のために、もう片手でバックパックのポーチに手を入れ、口で瓶の蓋を開け魔力回復薬を飲む。

 

(魔力回復薬、多めに常備して正解だった。さすが七海先生)

 

七海の指示で回復担当の者と魔力が少ない者には多めに魔力回復薬を渡していた。当然荷物が増えれば動きが鈍るので調整したが、ハジメは後方支援でしかも1番弱い。回避力は当然鍛えているが、錬成が常にできる方が生き残る可能性があるとして他より多めに持っていた。

 

そうこうしているとベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとする。四肢を封じても相手の方が圧倒的なパワーがある上にハジメの錬成は未熟もいいところだ。どうにか錬成して保たせているが限界もある。

 

(イメージ、イメージ、イメージ‼︎)

 

片足部分に窪みができるよう錬成し、力を入れていた分ベヒモスはその変化に対応できず、体が崩れる。さらにダメ押しとばかりに地面を突起させる。貫く為でなく、崩れるタイミングに合わせて顎に当てるために。

 

(クソッ拳の形にしたかったのに……もっとだ、もっと正確なイメージを‼︎)

 

(あんな戦い方…いや、あんな錬成の使い方は見たことない。建人の教えか)

 

顎に強烈な一撃をうけ脳震盪を起こしベヒモスの動きが鈍る。最強の魔物を、最弱の錬成師が手玉にとる状況にメルドは驚愕していた。

 

(あいつの言う通りだ。弱い者も無能もいない。むしろ、あの坊主は可能性の塊だな)

 

だが限界もある。急いでこの場から脱出し七海と合流しなければ、と考え、動く。

 

(トラウムソルジャーの方は…全員ではないが冷静さを取り戻したか。光輝のカリスマだな)

 

それとメルドは知らないが立ち直りの原因に先ほどハジメが助けた女子生徒、園部優花も関わっている。メルドは撤退の指示を出すが香織が抗議をした。

 

「待って下さい!まだ、南雲くんがっ」

 

「その坊主の作戦だ!トラウムソルジャーどもを突破して安全地帯を作り、魔法で一斉攻撃を開始する!もちろん坊主がある程度離脱してからだ!魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退する。おそらく…いや確実に建人も下に降りてきている筈だ。あいつと合流すればどうにか残りの階層も上がれる‼︎」

 

「なら私も残って…」

 

「ダメだ!撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!坊主の思いを無駄にするな‼︎」

 

メルドの必死の説得で香織はどうにか納得する。ハジメが心配ではあるがメルドの言うことが正しいのも事実だ。香織は移動しつつ皆を回復させていく。

 

「俺が階段前を確保する!皆は後に続け‼︎」

 

真っ先に回復した光輝が掛け声と同時に走り出す。トラウムソルジャーの包囲網を切り裂き、徐々に回復した皆がそこに着き援護をする。そうして、遂に全員が包囲網を突破した。だが骨の壁がまた出現して階段を塞ぎ、周囲を囲もうとする。光輝が魔法を放ち道を確保しているがクラスメイトが訝しむ。早く目の前に階段に登ろう、さっさと安全地帯に行こうと。だがそれはまだできない。

 

「皆、待って!南雲くんを助けなきゃ!南雲くんがたった1人であの怪物を抑えてるの!」

 

香織が必死な形相で言うが皆何を言っているんだという顔をする。魔物に詳しくなって皆を助けていたとはいえ、戦闘面では彼らの中でハジメは無能で通っているのだから仕方ないと言えば仕方ない。だが、クラスメイト達が橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

 

「あの魔物、上半身が埋まってる?って地面が拳みたいになった⁉︎」

 

「あの化け物を、あいつ1人で」

 

「そうだ!坊主がたった1人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ!」

 

とそこでハジメの顔に焦りが見える。複雑な錬成のため魔力はすぐ切れる。そのたびに回復薬で回復するがどうやら今取り出したのが最後なのだろう。

 

「そろそろ限界か…前衛組はソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

その光景を香織も光輝も雫も、他の皆も目にする。彼のその表情は今まで見たこともない、勇猛な男の顔だった。それを見つつメルドの指示で行動する。

 

そして悲劇のカウントダウンはもうすぐそこだった。

 

 

 

飛びかかる魔物を切る、殴るで進む。休むことなく進み、すでに55階層を超えていた。

 

(残り20分…休憩時間もないですから少し早く感じますね)

 

魔力の残穢はまだ下だがだいぶ近づいた為か光輝が“ 天翔閃”を使ったとき、その力を感じる。

 

「こっちか」

 

まず間違いなく歴代の冒険者でも出せないスピードで階層を突破する七海。先程の魔力を感知して道をかきわけていく。呪力は回復薬で回復できない。故にこの長時間で減ってきている。減っているが、それは慣れている彼にはどうとでもなるほどだ。しかも奥の手はまだある。

 

「⁉︎、今のは…クソッ」

 

60階層を超えたあたりで揺れを感じた。最初は小さく感じたがそれが何度か続き静かになる。魔法がいくつか使われたのだろう。だが問題はその次の振動。嫌な予感がした。

 

その予感は最悪な状態で当たっていた。

 

 

 

「なんで、どうして…」

 

そこは62階層。ハジメのおかげでどうにかベヒモスの脅威から脱した。だが、彼はここにいない。

 

魔法が一斉に放たれた時、その一部が誤爆してしまい、橋が崩落してハジメはベヒモスごと奈落に落ちていってしまった。香織は錯乱し、助けるためにそこに飛び込もうとしていたが皆に止められ、最後はメルドが気絶させて今は雫が抱えている。クラスメイトの死に皆が恐怖するが今はここを出ることだけを考える。必死になって登る彼らは広い部屋についた。メルド達もこの階層のことはよく知らない。そして迷宮は何が起こるか予想できない。全員が入った瞬間、後方の道が塞がり、そして――

 

「もう、おしまいだ」

 

「どうして、あの化け物が、ここにもいんだよぉ⁉︎」

 

目の前にいるのはベヒモスだった。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。だが、この階層にも現れるとはな」

 

冷静にメルドは言うがその目には焦りがあった。そしてすぐに決断した。

 

「お前達、覚悟は良いか?」

 

「今更ですよ団長」

 

「本望です」

 

こんな状況なのに笑う彼らを光輝達はおかしく思った。だが、ちょっと考えればすぐにわかった。

 

「アラン、ベイル、俺達がどうにかしてベヒモスの気を引く。その隙にお前達は生徒たちと上にいけ」

 

「「はっ!」」

 

「そんな!ダメだ‼︎せっかくあそこから抜け出せたんだ‼︎もう逃げませ…」

「光輝ぃ‼︎」

 

その先を言わせる前にメルドは吠える。ビクッとして光輝の言葉が止まる。

 

「お前達を守るのが俺の仕事だ…わかってくれ」

 

「…いやだ!俺は」

 

「いいかげんにしなさい‼︎南雲君が死んで、皆疲弊して、香織もこんな状況で、戦えるわけないでしょ‼︎」

 

「雫…」

 

「悪りぃ光輝、今はメルドさんの言う通りだぜ。ここにいたら全滅だ。悔しいけどよ、今の俺たちじゃ、あれには勝てない」

 

「龍太郎…お前…」

 

光輝は龍太郎に詰め寄ろうとするが止まる。彼は拳をギギと悔しそうに握り、そこから血が出ているからだ。もうどうしようもなかった。

 

「くるぞ‼︎障壁展開後、総攻撃する。それと同時に…?」

 

突っ込んできているベヒモスの動きが急に止まる。そして、ズシンと後ろを向く。つられるように彼らもその方向を見る。

 

「時間ジャスト…まぁ、ここからは時間外労働をしなくてはいけませんが」

 

そんな、場違いのようなセリフを吐いてるが、強者の雰囲気を出す存在がそこにいた。

 

「建人、やめろ‼︎そいつは最強と言われる魔物だ。俺が、俺達が時間を稼ぐその隙に…」

 

七海の実力は知っている。だがこの階層に来るまで間違いなく疲弊していると思い、なおかつ最強と言われる魔物の相手をさせたくないと考え、出た言葉だ。しかし、七海はあくまで冷静なままである。

 

「それはこちらのセリフですよ」

 

瞬間、ベヒモスは眼前の強者に突貫する。獣のカンでこいつから始末しようとしたのだろう。

 

「「「七海先…」」」

 

直後、彼らは驚いた。ベヒモスが転んだのだ。速度があった為、ゴロゴロと回転する。理由は生徒たちも、騎士達も、ベヒモスですら一瞬わからなかったが、すぐに判明した。その大きな左前足が両断されたからだ。

 

立ち位置が変わり、七海は皆の元へ着き、観察する。疲弊した生徒たち。気絶した香織とその彼女を抱える雫。そして1人足りない生徒の存在。

 

「南雲君は?」

 

「………すまん」

 

メルドの言葉が全てを物語る。

 

「詳しい話は後で聞きます……まずは」

 

視線を向き直す。片足を失ったがどうにか立ち上がり、こちらを睨むベヒモスに注意を向ける。

 

「メルドさんだけ前に、他の皆は下がってください」

 

「七海先生‼︎俺も戦いま…」

「自分の実力と状況くらいは読んでください……それともはっきり言いましょうか?足手まといです」

 

顔はこちらに向けられたわけではないだが、間違いなくキレているのはわかった。光輝はそれでもと前に出そうになるが雫達が止める。

 

「やめなさい。先生の言う通りよ。傷ひとつつけられなかった、文字通り私達が手も足も出ないあいつの足を先生が落とした、それが事実よ」

 

「………ぐっ」

 

足手まといと言われて正直彼は腹が立っていた。だが事実と向き合わず、自分の正義感だけで進む彼でも、この状況は七海に任せるしかないと渋々受け入れた。

 

「何かあったら、俺も前に出ますからね‼︎」

 

「…早く下がりなさい」

 

どうにか下がったのを確認し、七海の横にメルドが並ぶ。

 

「俺だけ残したのは何かの作戦か?」

 

質問すると七海は小声で話しだす。

 

「メルドさん、これから話すことをよく聞いて、そして、誰にも話さないでください。後で説明しますので」

 

「?」

 

何を言うのだろうと疑問に思うが、七海の次に言った言葉でさらに疑問がでる。

 

「私の術式は、相手に強制的に弱点を作り出す術式。対象を線分した時7:3の比率の点に攻撃をすればクリティカルヒット、私より格上でもそれなりにダメージを与える事は可能ですし、私より格下であれば(・・・・・・・・・)こんな鈍でも両断でき、拳の一撃でノックアウトもできます」

 

「?、??」

 

いきなり何を言いだしたのかと困惑する。そもそも術式といっても七海の魔力は0のはずだと。だが納得もいく部分がある。あんな鈍で木を切ったり、魔物を切ることができた理由が解決する。だがそれよりも驚べきことは、格下なら両断できると言ったことだ。つまり、ベヒモスの足を切ったという事は…

 

「皆さんをお願いします。この場で犠牲者はもう出しません」

 

「…わかった」

 

肯定した瞬間、七海は駆ける。それと同時にベヒモスの角に魔力が蓄積されていく。そしてエネルギーをそのままで突貫してくる。

 

「させはしません」

 

脚に力と呪力を注ぎ、跳ぶ。ベヒモスは加速してきた七海を迎え撃つため角に魔力を蓄積しつつ残った脚で跳び、口を開ける。

 

「…!」

 

空中で一回転し、体制を変え、ベヒモスの横を通ると同時に頭部の7:3の点、作り出した弱点に的確に当てた。ベヒモスは何が起こったかがわからないだろう。想像以上のダメージだった。だが、まだ死んでない。次の攻撃に移る為ベヒモスは体勢を直して角から大技を出す為下がる準備をする。だがそれよりも早く七海は着地してすぐに飛び、腹を狙う。犬が服従する際に腹を見せるのはそこが弱点だからでもある。そしてその弱点に、七海の術式でも弱点部分を作りアッパーをする感じで殴りつけた。

 

「す、すげぇ」

 

「まるで、お遊び相手ね」

 

「………」

 

龍太郎は拳士だ。だが、そんな彼の天職以上のポテンシャルを見せる七海に、感動に似たものを感じ、雫は自分達が圧倒された相手を逆に圧倒する七海に驚きを隠せず、光輝はもはや認めるしかなかった。今の自分では七海に遠く及ばないと。

 

アッパーを受けて吹っ飛び倒れたベヒモスの角から魔力が拡散していく。そしてしばらくもがいていたが七海がトドメといわんばりにもう一度腹を殴る。衝撃が身体を貫き、口と殴られた部分から血をだし、ついに絶命した。

 

「たまげたな。強いのは理解していたが、規格外だな」

 

「私程度で規格外などと言わないでください」

 

戻ってくる時にメルドが言うと七海は謙遜ではなく本心で言う。が、誰が見ても謙遜に見えるだろう。

 

「ここにくる道中の魔物はある程度潰してきました。ここにいたのはアレだけのようですし、皆さんを少し休憩させてください。その合間に何があったかを聞きます」

 

「わかった。…さっきのは、ここでは無理なのだな…王都に戻った時に教えてくれるか?」

 

 

「………わかりました」

 

それまでの様子をじっと見ていた存在が幾つかあった。1つは光輝達同様に圧倒的な戦闘を見ていたもの達。残りは不可思議なものを見たもの達。七海の体から魔力の様なものが溢れているのを見た者……

 

 




ちなみに
62階層のあの部屋の仕組み
入ると入った場所が閉まる→特定のモンスターがランダムで複数出る。て感じですが運が悪いと強力な魔物が出ます
それが今回のベヒモス

ちなみに2
呪力を込めることはしてきましたが七海は戦闘を長い間してきていません。それでもすぐ戦えているのはトータスに来た事で能力と呪力アップと共にそのブランクが解消されたからです

ちなみに3
今回話の中で七海がここに来た事を後悔するシーンを入れていましたがカットしました。
12巻で「己の不甲斐なさに腹が立つ事はない」ってあったので七海っぽく無くなると思ったので

次回は3月7日に出します。理由?3と7だから(逆じゃねとは言わないで)


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不惜懇願

予定より早いですが、本日呪術廻戦の京都姉妹校交流会編が一挙公開&映画の興行収入が100億を突破したのでテンション上がって書いたので出します。あ、3月7日にもちゃんと出します
2月6日にもうひとつの方を投稿して以降、ずっとこっちを時間がある時に書いてましたが100億突破の日に少しテンション上がり半分くらい書きましたそれでも半分。今回は1万5千文字越えです。詳しくは後書きで



62階層の大広間はベヒモスしかいなかった。それは普通の冒険者からすればそれだけでもやばいが、今の彼らにとってはよかった。七海が来たからこそ、現状周囲に魔物がいないとはいえ危険度の高い60階層より下で未熟な彼らが小休止ができるのだ。

 

「南雲くんが殿になって…(あのベヒモスとやらは強さを呪霊で例えていえばおそらく準1級弱。弱とはいえ準1級、それを4級にも満たない彼が足止めなど)本人が言い出したとはいえ、ずいぶんと無茶な事をさせたものですね」

 

「…………弁解しようもない」

 

「メルドさん!なんで謝るんですか⁉︎あれはメルドさんのせいじゃない‼︎南雲がしん…」

「ストップ、そこまでです。ここで言い争うのはやめましょう」

 

ただでさえ目の前でクラスメイトが死ぬところを見て精神的に不安定な者がいる。いま保たれているのは彼らの恐怖の象徴であるベヒモスの死体があり、それを成した原因の七海という強者がいるからだ。他の者に聞こえないようわざわざ少し離れて話していたのに、そこを耳ざとく聞きつけた光輝が再びその事実(ハジメの死)を口に出して不安にさせるのを防ぐ為、七海は話を切り上げた。

 

「皆さん、心身共に疲れているのはわかりますが、いつまでもこんなところに君達をいさせるわけにはいきません。前方に私が、その後ろにメルドさん達が囲むように皆さんを守ります。救援を呼んでますので、安全地帯まで駆け上がります」

 

「………」

 

「ホラ、行くわよ。皆もだけど、気絶した香織を早く安全なところにつれていかなきゃ」

 

光輝はまた話を逸らされた事に腹を立てるが、雫に諭され、陣形を組み直して進みだす。警戒しつつ安全優先で皆、七海についていく。道中に魔物の死骸がいくつかある。ベヒモスほどでないにしろ、今の彼らでは苦戦するであろう魔物を倒して来たのがわかり、あらためてここに七海がいなければ先程のベヒモスを仮に突破しても外に脱出できたかわからないと、生徒達は思った。

 

「最短ルートを進んでいますが、いくつか魔物ごと潰した通路もありますので、そこは避けて通ります」

 

 崩れた道を外して進んでいく。その道中に上への新しい通路を見つけて皆登りだす。長く、長く、上の階層については七海がある程度魔物を一掃していたので安心感はあるが、疲労感がとてつもなかった。誰も、何も言わずに、ただ上に向かい、時折魔物が出てもあっさりと七海が倒す。30階層以上は上がっただろうか、ここでメルドが提案をした。

 

「建人、いちど小休止を挟むか?彼らの疲労もそうだが、先程のダメージもある。なにより、おまえもそれなりに疲労しているだろう?」

 

「私はまだ大丈夫です。が、たしかに彼らの方は………止まって」

 

と、七海が手をあげて静止すると皆どうしたんだと不安になるがすぐ杞憂になる。

 

「いたぞ、建人殿だ‼︎団長に勇者様御一行もいるぞ‼︎」

 

「医療班、治療が必要な奴に応急処置と回復魔法を!」

 

パーンズとマッドが医療班を含む20人程の応援をつれてきた事でようやく安心感が皆に出た。しかし、ここが危険の多い場所なのは変わらない。実際救援に来た彼らにも鎧に傷がついている。

 

「小休止をしますが、傷の手当てが済み次第一気に駆け上がります。終わった方、大丈夫な方は、いつでも進めるように座り込まず、進む準備をしていてください。正直言ってあまり休めないと思ってください」

 

休めない事の不満を数人が目で訴えるが七海がそちらに目をやると皆目を逸らして沈黙し、言われた通り準備をする。そうしていると頭をかきつつやれやれといった表情でメルドが近くにくる。

 

「わざわざ嫌われるような事を言わんでも、あのくらい俺が言ってもいいんだぞ?」

 

「構いません。それより、白崎さんの容体は?」

 

横にした香織は回復魔法で傷も体力も回復したはずだが目を覚まさない。メルドが気絶させたそうだがそれにしても目が覚めないのはおかしい。

 

「うむ、この場ではなんとも言えないそうだが、体に異常ないのなら精神的な問題の可能性があるそうだ」

 

メルドの話を聞きつつ、心配そうに香織を見つめている雫を含めた女性陣に、七海は心を鬼にして言う。

 

「皆さん、白崎さんが心配なのはわかりますが、いつでも出発できるようにしてください」

 

数人が不満そうな顔をするとそれを代弁するかのように光輝が食ってかかる。

 

「七海先生‼︎何もそんな言い方しなくていいでしょ‼︎雫も、皆も香織を心配して…」

 

「そんな事は見ればわかりますし、言いましたよ。しかし、この場に大量の魔物が来たらどうするんですか?まともな精神でない者、怪我を治している者、それらを守りながら戦うのは難しい。怪我だけならともかく、錯乱した今の彼らでは攻撃が味方に誤射してしまう可能性もあります」

 

「俺が、俺が全員守ります‼︎そのくらいは…」

 

目の前に七海の拳があった。

 

「自分1人でなんでもできる、守れると思わないでください。ここはまだ安全な階層ではなく、この大人数を守りながら戦うのは現実的じゃない。せめて、いま手加減して放った私の拳を認識できる程度になってから言ってください」

 

そう言って未だに不満な顔をする光輝を置いて離れる。すると医療班が手を上げて終わった事を告げた。

 

「………どうやら治療が一通り終わったようですね。八重樫さん、大丈夫ですか?辛いなら私が白崎さんを抱えます」

 

「いえ、大丈夫です。それとすぐに言えませんでしたけど、ありがとうございます七海先生」

 

「お礼を言われることを言った覚えはありませんが?」

 

「助けに来てくれた事。それと、香織を早くちゃんとした場所で診れるようにああ言ったんですよね?」

 

「………」

 

この世界に来て、雫は七海の学校にいた時はわからなかった事がわかるようになった。それは

 

「先生って厳しいようで、ほんとは結構優しい人なんですね」

 

「………早くいきますよ」

 

その様子を雫はまるで照れ隠ししてるみたいだなと思った。

 

 

その後、迷宮を抜けた瞬間、生徒たちはようやく安堵した表情になる。だが浮かれてなどいられなかった。その日は遅いこともあり、ほとんどの生徒は泥のように眠り、幾人かの生徒同士で話す姿もあるが表情は暗い。外の空気を吸いに行く者もいたのでそちらは遠くに行きすぎないように注意をしていた。

 

「それでマッドさん、白崎さんは?」

 

医療の心得もあったマッドが診察する。

 

「やはり体力的や身体的なものでなく、精神的なものでしょう。ショックから心を守る為に体が防衛措置をした……こうなると目を覚ますまでは、横にしておく以外は…」

 

「そんな…香織は、香織は大丈夫なんですか⁉︎」

 

「…しばらくは目を覚まさないと思われます。しかし、頭…脳にダメージがあるわけではないので近いうち…あくまでも推定ですが1週間以内には目覚めるはずです。後のケアと診断はその後ですね」

 

それを聞いてほんの少しだが雫は安堵する。そうしてマッドが退出した後、香織の手をぎゅっと握り、雫は涙を流していた。

 

「八重樫さん、このまま彼女を見るのもいいですが、あなたも休んでください。目が覚めた時、あなたも倒れたとあってはいけませんからね」

 

「はい。……先生、本当に…」

 

「お礼は必要ありませんよ。いや、そんな言葉を言われる価値は今の私にはない。皆さんにこの命がいつ失われるかわからない世界で生き残れる可能性を上げる為にと思ってした事が、あんな事を引き起こした。最初から、貴方達に危険を出さないように迷宮など入らせてはいけなかった。全責任は私にあります」

 

「………それを畑山先生の前でも言うつもりですか?」

 

わざわざ責任を自分が持つ事を告げたことで、雫は多分そうなのだろうなと思い口に出した。

 

「…実際彼女には落ち度はありません」

 

この人はどこまでも自分達の為に必死になってくれる。だからどうせ愛子に言うのはわかっているが、雫はそれでも告げる。

 

「先生は、間違ってません。私たちが自分で選んだんです。…けど覚悟をしてたつもりだった。そのツケが私たちに降りかかっているんです。…ずっと先生は正しかった。嫌われるのを恐れて何もしないでいるより、嫌われても守ろうとする先生は尊敬できます」

 

ほんの数秒、七海は表情を変えず黙っていたが「早く休むように」とだけ言って部屋を出て行った。その背中にどれだけの物を背負っているのかは雫にはわからないが、この先生の力になりたいと思う程には信頼していた。

 

 

 

翌日の早朝に高速馬車に乗って一行は王国に戻った。だが、それで彼らが安堵したかと言えばそんな事はない。クラスメイトの死を目の前で見た事で、ずっと七海が言っていたことをようやく理解した者、わかっていたつもりだった者の中には、この不条理に絶望し、心は折れ、自室に引き籠る様になってしまった者までいる。だが1番の原因はカウンセリングと称して戦いへ促そうとした王国や教会にある。

 

さらに王国・教会側の人間が死者に鞭打つような態度を見せたことも一因にある。帰還して生徒の死亡が告げられて誰もが愕然としたが“無能”のハジメと知って安堵の息を漏らしたのだ。声に出して「死んだのが無能だけでよかった」と言ったわけではない。しかし露骨に態度に出したのを見て、ハジメじゃなくても勇者や強さが上位の者以外なら、ハジメの時と同じ反応だったのではと思う者も少なくなかった。

 

そして止めが悪し様に物陰でコソコソとハジメを罵る貴族集団だ。

 

「神の使徒でありながら…役立たずが」

 

「でもまぁ、死んだのは無能だそうですし、逆に良かったのでは?」

 

「たしかに、いつまでも無能がいては勇者様、果ては我らの軍にも影響がある。早々に消えてよかった」

 

「そもそも神の使徒で無能の役立たずなど、死んで当然ですね」

 

好き放題に言う彼らの声があり、生徒達は王国と教会に強い拒絶感を出してしまったのだ。だが、それもすぐに終わる。ある日貴族達がまたハジメを罵っており、近くにいた雫は怒って飛びかかりそうになるが、同じく近くにいた光輝が真っ先に動くのを見て止まって、その光輝も前に出たものの、七海が止める。  

 

「随分と好き放題いうものですね。そんなに暇なら、迷宮に行ってベヒモスとやらを仕留めてきたらどうですか?」

 

「なっ、貴様!神の使徒とはいえ、その無礼な態度はなんだ⁉︎」

 

この世界の貴族の権威如きで屈する程七海は弱くない。その上ハジメが死んだ事は市民には伏せられているが七海が最強のベヒモスを倒したという報告はすでに行き渡っている。そんな相手が目の前にいると言う状況が彼らを恐怖させる。

 

「まず、1つ。最初にベヒモスを倒したのは私ではなく、あなた方が無能と罵る南雲くんです。報告書はきちんと読むべきでは?彼がいなければ、最悪あの場で全員死んでいました。その彼を戦ってもないあなた方が罵倒するのは場違いだ。2つ、これが1番大切ですが、私は、いや、私たちはあなた方の敵でもなければ味方でもない。現状では此方の味方をする方がいいと考えてここにいるだけで、状況が変わればすぐにでもここを出ていきます」

 

「んなぁ⁉︎そ、そんな勝手が…‼︎」

 

その先を、貴族達は言えない。見てわかるほどの怒りが七海にあったからだ。

 

「勝手に呼び出されたのは私達です。これ以上言うなら面倒ですが実力行使も厭いませんよ?」

 

そうして貴族達は腰を抜かしながら去っていった。しかしそれを七海は呼び止める。

 

「待ちなさい………貴族のあなた方なら王国側に言えるでしょう…今回以降、無理な戦闘への誘いを一切やめることと、今私が言った南雲君に対する正確な情報を出すこと、そして彼らにキチンとしたケアを行わせるよう伝えてください」

 

「「「はっ、はいぃぃぃ‼︎」」」

 

ようやく解放されて貴族達は今度こそ全速力で逃げた。

 

「七海先生‼︎あんな言い方しなくてもいいでしょう‼︎そりゃ、いくら南雲でもあんな風に言われたら俺も怒りますけど、それでも敵対するなんて言わなくても…」

 

「仮に君が止めても、君の評価が上がるだけです。無能にも心を砕く優しい勇者とかそんな感じで。それにこれは必要な事です…彼らは私たちにだけ戦わせようと考えていた。自分の命と保身の為に」

 

「そんな事はない‼︎あの人達も心から言ってたわけ無いじゃないですか⁉︎」

 

「……何度も言いますが、君はもう少し他人を疑う事を覚えたほうがいい」

 

それだけ言ってその場を去る七海に、光輝はまだ言い足りないと食ってかかろうとするが、雫が止めてどうにか治まった。

 

結果、教会と王国は即座に動いた。まずハジメが勇者達を文字通り命を掛けて最強の魔物ベヒモスと刺しちがえて倒して守った事。これによりハジメは勇者達を守り抜いた英雄扱いされた。当然それで納得できるようなものではないがまだマシだろう。次に引きこもっている生徒達のケアが適切な人材になった事だ。定期的に声がかけられた事もあり全員ではないが外に出て気分転換に王都観光ができる程にはなり、いまも継続して続けられている。更に愛子の帰還も重なった。

 

「そんな、南雲君が…そんな…」

 

「…全責任は私にあります。彼らを危険に晒さないようにとしながら……教師として、大人として、失格です」

 

だが、彼女はそんな七海を怒るでも、軽蔑するでもなく、泣きながらだが強い意志で言った。

 

「七海先生だけで、背負わないでください。私も彼らにもっと言うべきでした。遠征なんかせず、残って命の大切さを説くべきでした。それを、全部、七海先生に押しつけた」

 

「そんな事は…」

 

「あります。七海先生は、この命が酷く軽い世界で彼らが生き残れるよう必死だったのに…私は……七海先生、1人で背負わないでください。私も、一緒に背負います」

 

その後愛子はイシュタルや国王にまったく引く事なく、己の希少性を利用し、改めて生徒たちの安全の確立、戦線復帰の説得の禁止、心のケア、そして戦争が本格的に始まった際、七海を援護する事を約束させた。

 

「七海先生、1人で戦わないでください。私も、できる戦いをします。皆さんを守って、もう誰も失わずに日本に帰る為に」

 

「………」

 

反論は聞かないと言わんばかりに愛子はキッとした表情になる。そこには幼さのある可愛がられる教師ではなく、大人としての決意をもった教師があった。

 

 

一方、ハジメが奈落の底に落ちる原因だがその調査はされていない。生徒たちに事情聴取をする必要があると本当は七海は考えていた。その現場を見てないとはいえ、メルドの話から単純な誤爆ではない可能性があったからだ。メルドも気持ちは同じだったらしくハジメを助ける事が出来なかった負い目もあり動こうとした。だが、イシュタルがそれを禁止し、国王にも禁止された。当然七海は単独で聞こうとも思ったが先の生徒たちの安全と適切なケアの約束、メルドの立場を考え断念した。

 

そして、七海はいまメルドにあの迷宮で話せなかった事、自分の隠していた秘密を語っていた。

 

「ではまずメルドさん、これは見えますか?」

 

「………拳か?」

 

「いえ。…やはり見えないようですね。あの時も、今も。あなたも、生徒たちも」

 

七海は呪力を放出させたが見えない事を確認して1つの結論に至る。

 

「私が使っているのは魔力でなく呪力というものです」

 

「呪力?」

 

「その名の通り、相手を呪う力。負の感情から生まれるエネルギーです。それを使いこなす事でこの世界の魔力のように、身体強化、武器の強化、そして術式が発動できます」

 

「魔力と随分似てるな。………いやちょっと待て。アイツらの世界じゃ、そんなものは無いって……」

 

「ええ、ありませんよ。………彼らの世界には」

 

そこからは経緯と呪術と呪術師についてを話した。

 

「あいつらとは似た世界だが違う世界で死んで、気づいたら若くなってあいつらの世界にいて、元いた世界では呪術師だった…か」

 

「信じられないですか?」

 

「……別の世界から勇者を呼ぶって時点で最初は半信半疑ではあったんだ。それが本当に起こった時点で多少は驚かないつもりだったんだがな。だが、お前のステータスの高さやあんな鈍で木、岩、魔物、果てはベヒモスを切ったんだ。技能に書かれて無い知らない能力…こんだけ見せてもらったら、信じるしかないさ」

 

今までの事からそう推察するメルドだが、あるいは七海への信頼もあるのかもしれない。

 

「ベヒモスの時の…術式だったか?なぜそれがステータスプレートにでない?」

 

そこは七海も考えており、「仮説ですが」と人差し指を上げて言う。

 

「私がみた限り、呪力と魔力はエネルギーとしては近くて遠いもので、ステータスプレートに記載される技能はあくまでも魔力によって生み出された物または魔力に関するものだけを記載するのだと思います」

 

「仮説として1番妥当なのはそこか。……ちょっと待て、見た限り?」

 

「私には魔力の流れが見えるのですよ。呪力を見るのとそう変わらないのが理由だと思いますが…しかしそこはステータスプレートに反映されていますのでいずれ見せましょう」

 

「わかった。…だがやはりわからんな。術式を話せない理由はともかく、なぜあいつらに自分の事を教えない。せめて愛子には言ってもよくないか?」

 

「彼らの世界でそんな話をすれば変人と思われますし、こんな世界に来たとはいえ、訳もわからない状態で言って余計に混乱させたくもないですし。それに…話して楽しい事など、何ひとつないですから」

 

その表情を見てメルドは七海が修羅場を潜ってきた事も、その結果で様々な悲しい事が起こったともわかった。

 

「……わかった。この話は俺の中にとどめておく」

 

「感謝します。それで、これからどうするんですか?」

 

「どうもせんよ。あいつらがこれからどうするにしてもまず心のケアだ。そういうおまえはどうするんだ?」

 

「私は今でも…いえ、最初以上に彼らの戦争参加は反対ですし、このまま戦うのも反対です。この国が守ってくれるならそれで幸いです。それと、これも言っておきましょうか」

 

「?」

 

七海はとある事を話した。本当は話すつもりはなかったがメルドを信用して話す。

 

「やはりそうか」

 

「気付いてたんですか?」

 

「お前があいつらの為を思っているならありえた話だ。身を守る為とはいえあいつらに戦い方を教えてたのは、それがいつわかるか、そもそもそれがわかるかどうかもわからんのもあったんだろう?さらに自分がいざ戦場に行って死んでも、それこそその理由故にここを離れても、自分達でどうにかできるように」

 

ならなぜ王国や教会に言わなかったのか、こんな場所で密会をするのか、国に仕える者とは思えなかった。

 

「言ったろ、そもそもこれは俺たちの世界の戦争だとな」

 

「………」

 

メルドの想いに感謝しかなかった。

 

 

また数日が経ち、幾人かの生徒が訓練に戻ってきた。だが、その数は当初この世界に来た人数と比べるとだいぶ少ない。もともと戦うのが嫌と言っていた者達は今回の件を聞き、訓練にすら参加しなくなった。当然だがケアは行われている。残りは心が折れたまま訓練をする者達。どうにか立て直したがそれを忘れるように訓練をする者達。いずれもあの時の事が相当なトラウマになっている。

 

「……ふぅ」

 

部屋に篭っている生徒のケアの後、目的の部屋についてノックをする。女性の部屋に入るのだから当然だが中の人物のことも考え静かにする。「どうぞ」と言う声がして七海はまた静かに入る。七海が入って来たのを確認した雫はまたベッドに横になっていまだ目を覚まさない香織を見る。そして七海は扉を静かに、音を出さぬように閉める。

 

「容体は?」

 

「目覚めません。もう、5日も経つのに…」

 

「…まだマッドさんの言っていた1週間は過ぎていません。気を落とさず、根気よく診ましょう」

 

とは言うもののそれで不安が解消されるとは七海も思っていない。定期的に検診をしてもやはり結果は変わらずだ。

 

「時が経てば目を覚ます、か。……先生、私は、どうすればいいんでしょう?」

 

「何がですか?」

 

「香織が目覚めた時、どう言ってあげればいいんでしょう。時々、目が覚めない方が、幸せなんじゃないかって思っちゃうんです」

 

好意を抱いていた人物の死と、その原因の究明がされずじまいの事。それらを話す事で彼女がどうなってしまうか雫は不安だった。

 

「それでも、言うべきでしょうね。その結果で彼女がどうなるかは予想できません。しかし、ウソよりかはマシだと思います。あとはその未練をどう掃うかは彼女次第、私達はその手助けしかできません」

 

厳しく、そして絶対的な事実を語る。呪いに見入ってしまった人達の未練を何度も見てきた七海でも…いや、見てきたからこそ、その難しさは分かっている。その上で言うのだ。相手の想いに寄りつつ、それを捨てさせる為に。

 

「先生は、やっぱりいい人ですね」

 

「?」

 

いきなり何を言い出すのかと七海は思う。

 

「だって手助けって言ったじゃないですか。ただ厳しいだけならそんなことは言いませんし」

 

「買い被りすぎです」

 

そんな七海の言葉に苦笑しつつ香織の手を握り祈る。と、不意に握っていた香織の手がピクリと動いた。

 

「香織?香織⁉︎聞こえる⁉︎」

 

呼びかけに反応するように目蓋と手がピクピクと動き、やがて手がぎゅっと握り返されたと同時に香織の目が開く。

 

「香織!」

 

「……雫ちゃん?」

 

意識も記憶もあるし、意思疎通も可能だ。だがそれでも5日も寝ていたのだ。七海は少し急ぎ足で扉を開けて近くにいたメイドに声をかけた。

 

「白崎さんが目を覚ましました。医師…いや、できるならマッドさんを呼んでください。それと、私の生徒達にはまだ伝えないでください。一斉に来られても迷惑になりますので」

 

メイドはすぐ「かしこまりました」と言って駆けていく。七海はそれを見届けて再び室内へ入る。

 

「5日?私、そんなに…どうして。……確か迷宮で…強力な魔物が出て、それで…南雲く…」

「ストップ。落ち着いて下さい白崎さん」

 

七海がいる事に今気づき、そちらを向く。

 

「ここに南雲くんはいません。どこにも…その状況を私は見ていませんが、君の記憶と私が聞いた事が正しければ、考えている通りです」

 

雫は伝える事に悩んでいたのを見て、七海はハッキリと彼女に申告する。それがどれだけ傷つける行為かもわかっている。その上でだ。

 

「そんな、嘘……ねぇ雫ちゃん嘘だよね?私、気絶してたけど、南雲くんも助かったんだよね?そうでしょ?ここにいないってことは訓練所?あ、怪我してるなら別の部屋かな?お礼を言わなきゃ」

 

だがそれでも現実逃避をする彼女に七海はもっとハッキリと言おうとした。だが雫が香織の手を掴んでいる手の反対側の手で、七海の袖をクイっとつまんだ。七海は小さくため息を出して代わる。

 

「…香織、わかっているでしょう?…ここにも、どこにも、もう彼はいないわ」

 

「…やめて」

 

香織は再び否定するがそれはつまり認めているし、覚えているのだ。その状況を…七海はそれを恨まれるのを覚悟で言うつもりだったが、それを理解して雫は代わったのだ。背負うのはこの人だけじゃダメだと。

 

「香織、覚えてるんでしょ?その通りよ。彼は、南雲君は…」

 

「いや、やめてよ…やめてったら!」

 

「香織!彼は死んだのよ!」

 

ハッキリと真実を告げた。それでも香織は「そんな事ない」「死んでない」などと言って認めない…否、認めたくないのだろう。

 

「放して!行かなきゃ‼︎南雲くんを探しに!お願い雫ちゃん、絶対、生きてるんだからぁ…放してよぉ」

 

暴れて雫の拘束から逃れようとするが、そうさせないようにギュッと抱き締める。どれだけ残酷でも、キツいものであっても、受け止めなければ前に進めないのだから。暴れていた香織はしだいに力をなくしていき、同じくギュッと抱き締めて泣きだす。溜まった物を吐き出すかのように。

 

(慣れていても…いつ聞いても、この声はいやなもんですね)

 

呪いによって得た淡い希望という名の絶望を嗚咽と涙を伴いながら奪った時と同じ。それを彼らに与えないように動いて来たつもりだったが結局こうなった事への罪悪感が七海を責める。もちろんそれで気を落として何もできないような人間ではないが。

 

七海は泣きじゃくる白崎に声をかけて頭を下げる。これは彼女にすべき事ではない。1番は彼の家族だろう。だが、今は彼女にすべき事だと七海は頭を下げて謝罪する。

 

「申し訳ありません。私がいながら、何もできませんでした…そもそも、彼を、皆さんをあのような場所に行く事を決めてしまった私に責任があります」

 

「………七海先生、いいんです。それに先生が許可したけど行くと決めたのは私達です。それより、もっと詳しく聞けませんか。その時の事」

 

「…それが」

 

七海は彼女が寝ている時にあった事を話した。ハジメへの罵倒、王国と教会の横行への対処とそれらによる経緯で事情聴取が行われていない事。

 

「勝手にして、勝手に決めてしまいましたが、逆に良かったかもしれませんね…今の君を見たら」

 

「はい。もし誰かわかったら、私はたぶん恨んで、許さない、我慢できる自信がありません。分からないなら……その方がいいです」

 

「ちなみに、原因となる鉱石に触れた檜山くんですが、今は部屋で待機させてます。今後訓練には参加させるつもりはありません」

 

「……そうですか」

 

俯いて会話しているが握り拳を見ればそこに怒りがあるのがわかる。だが、責める気はないようだ。すると意を決したように真っ赤になった目をこすり、2人を見つめ、先程の弱々しさはどこに行ったと言いたくなるような決意ある表情で告げる。

 

「私、信じない。……南雲くんは生きてる」

 

「香織、それは…」

「それは、ただの現実逃避では?自分でもわかっているんじゃないですか?」

 

七海は鋭い目つきになって言う。

 

「でも、先生はその状況を見てませんし、何より確認したわけじゃない。……わかってます、生きてる方がおかしいって事も。それでも、1%より低くても確認してないなら0じゃない。…先生、もう一度、行かせて下さい。私は、信じたいんです」

 

「…………」

 

覚悟も度胸もある。彼女の意思も決意も……七海は言う。

 

「君の、君達の命は彼に、南雲くんによって繋がったようなものです。それをわざわざ捨てるような、彼の意思を蔑ろにするような行為を認められません。本当に彼の事を想うなら、もっと生きる為、生き残る為の道を探すべき、私は反対です」

 

そう言われる事は覚悟していた。それでもやはり気を落としてしまう。ならばと考えがいこうとした時「しかし」と七海が続けて言いだす。

 

「そんな事を言っても、君は行くのでしょう?それこそ私に殺されでもしない限り」

 

わかりやすく表情が明るくなるが七海の話はまだ続きそうなのでしっかりと聞く。

 

「私が見てないところでいく可能性もありますし。止めても行こうとするなら、それがあなたなりのケジメなら、そうするべきなのでしょうね。…私も昔見た事があるんですよ。大きすぎる目標に潰されてしまいそうでも、それでも進もうとする人を。君の瞳はそれと同じだ」

 

この時2人は七海のがうっすら、わかりにくいくらいだが笑みを浮かべたのを見た。七海の笑みなど見たことない彼女達は少し驚いていた。

 

一方七海は本当に反対だがそれが彼女が未練を捨てるために必要ならばと条件を付けて認める事とした。

 

「ただし、条件がいくつかあります」

 

「条件?」

 

「1つ、言うまでもないでしょうが強くなる事」

 

「もちろんです。もっと強くなって、あの時みたいな事になっても今度は守れるくらいは強くなります」

 

本当に言うまでもなかったなと思いつつ、七海は続ける。

 

「2つ、これから話す残りの条件を含めてその事を畑山先生に話し、彼女の許可をもらう事。いま彼女は生徒たちのケアの為一時的にここにいますが、その内また遠征に行くでしょう…それまでに許可を得て下さい。……彼女もまた、君達を心配する1人の教師ですから」

 

「はい!」

 

「3つ、迷宮にもいきますがそれは訓練所の慣らしの為で進むのは今は20階層まで。一定の強さが手に入れるまではその先は禁止です。これは、君次第ですが」

 

文句を言うかと思ったが比較的あっさりと納得したので次に移る。

 

「4つ、訓練はいままでの物がお遊びに思えるほどキツくなります。それに対して弱音をはかない事、やめない事。そのかわり、確実に短期間で強くすると約束します」

 

「やっぱり」

 

「あ、雫ちゃんも気付いてたんだ」

 

どうやら3の内容に触れなかったのはその条件が出る事をなんとなく察していたからなのだろう。こちらにメリットがある事をちゃんと提供するのは、今まで七海が教会や王国にして来た条件付を見て理解していた。

 

「…5つ、これが1番大切ですが………………」

 

 

「できますか?八重樫さんは…聞くまでもないですが…」

 

「香織…」

 

「やります!でも………」

 

「訓練を再開している人の何人かは間違いなくまた迷宮に行くつもりでいるでしょうが、それをする事でどうなるかはわかりません。それでもやって下さい。それはひとつの儀式のようなものであり、最低限の行為であり、礼儀です」

 

流石に迷うかと思ったが香織は目線を上げて表情で答える。

 

「覚悟はできているようですね。………それと、この先あなた方が強くなるなら、条件とは別にあなた方には話しておきましょう。ちなみに知っているのはメルドさんだけです、他言無用でお願いします」

 

その事を聞いた2人は当然驚きはしたが、すぐにしない事、少なくとも七海が認めるレベルになるまではしないと聞いて安心した。

 

「心配しなくても、君が南雲くんの安否を確かめるまではできてもしませんよ」

 

「ありがとうございます。本当に」

 

「その言葉はちゃんと条件を満たした時にでも言ってください。今の君では、何もできずやられてしまうのがオチですから」

 

ワザと悪意ある言葉を言うがそれに対して上等とばかりに香織は告げる。

 

「大丈夫です‼︎私は、もう私達(・・)は、負けません」

 

「その言葉も、今はまだ早いですよ」

 

七海が扉に向かうと入れ替わるようにマッド含む医療班が入って来た。あとはおまかせしますと言って七海は退出する。

 

七海は自分と彼らのこれからを考え、悩み、それでも進む。同じく、迷い、悩み、苦しんでも進んでいく彼、虎杖悠仁を思い返して。

 

 

 

それから2日。香織は目覚めた事を皆に祝福された。初日はお見舞いが何人も来た。訓練に勤しむ者も、城で保護されている者も。それは彼女の人柄によるものもあるだろう。マッド曰く、体の方は異常なしとはいえ5日動いてなかったにもかかわらず、すぐに慣れて動ける彼女にむしろ驚いたそうだ。

 

「彼女のステータスの強さ…というより精神力の強さというべきなのでしょうかね」

 

と人が持つ生命力の強さを見た気がしてそう呟いたとのこと。

 

そして、香織は訓練所に再び来た。既に愛子からの許可は得ている。彼女も反対だが七海と同じくそうする事がケジメになる事を理解したのと、香織の意思の強さに折れたのが理由だ。

 

そして、今日は5つ目の条件を満たす為にここに来た。メルドは訓練を止めて皆を呼ぶ。なんだろうと思うが先に七海が告げる。

 

「まず最初に言いますが、私はこれ以上迷宮に行くのは反対です。危険が多すぎる上にいつ命がなくなるかわからない…しかし白崎さん、彼女の言葉を聞いて、それに賛同するなら強くなった後に行くことを許可します」

 

香織は前に出てここにいるクラスメイト達全員の顔を見て、一度深呼吸する。

 

「私は、迷宮にもう一度行きたい。……私は、南雲くんが好き。私達を南雲くんが救ってくれた。だからもっと生きる為に、生き残る為の事を考えるべき。そう、七海先生に言われました。けど、それでも、私は、限りなく可能性が0でも、彼が生きてるって信じてる。だから強くなって助けに行きたい。……でも、私だけでいけるほど甘くないのもわかってる。だから…」

 

ゴクリと唾を飲み込み、口に出す。そのお願いを。

 

「私と私がやりたい事の為に、一緒に命を懸けて下さい‼︎」

 

ハジメが死んでいるなど誰が見てもわかる。でも彼女は信じたくないから、自分のわがままの為に、共に命を懸ける事をお願いする。言葉だけならふざけるなというものだがもちろん彼女は真剣だ。

 

5つ目の条件、それは

 

『1人であそこを攻略できるほど甘くない事などわかりますね?なら、あなたのその意思を告げて、一緒に命を懸けて下さいとお願いしてください。それに賛同する人が9人以上、八重樫さんを除いていれば認めます』

 

それはかなりツライものだ。わざわざ死んだ人を探す為に命を懸けろなど普通は拒否する。だが、だからこそ言わなくてならない。呪術師でなくとも、共に戦うなら、命を懸けるなら、それは同じだから。

 

「答えを言う前に言っておきますが、白崎さんが言うからという理由で選んだ場合は却下です。己の命、他者の命、その重さを理解した上で決めて下さい」

 

これも残酷だが言わなくてはならない。誰かが言うから、誰かが決めたからではこの世界に来た時と同じだ。故に、きちんと彼らに選択させる。

 

「香織、君の意見はわかった。けど、そんな言葉がなくとも俺は行くよ。もうあの時みたいな失敗はしない‼︎絶対みんなを守る‼︎俺は死なないし、香織を悲しませない‼︎」

 

光輝はこう言い出すのはわかってはいた。それと、その言葉には彼は気付いてないがトゲがある。そんな言葉というのはハジメは死んだのだから必要がないという事。失敗を南雲のせいのように言うというより、あれはハジメが勝手にして起こしたものだと思っている。さらに南雲が好きという言葉も恋愛でなく愛情の一種とも思っている。

 

(まぁ、これはわかりきった事。…意見はまぁギリ合格ですかね)

 

1人確定。そしてもうひとり来る事も予想済み。

 

「俺も行くぜ。何もできないままでいるのは我慢できねぇからな。ただひとつ聞きてぇ。……先生、メルドさんから聞いたけど、これから七海先生が訓練してくれるんだろ?」

 

「えぇ」

 

「なら、俺は先生みたいに強くなれるか?」

 

あの日、七海の戦いを見て、龍太郎は七海に対して尊敬に近いものができていた。もし、あの時先生も一緒に飛ばされていたら誰も死なないで済んだろう…そう考えてしまう自分に苛立ちがあった。己の弱さを見せつけられ、己で認めたからだ。これから親友である光輝はもっと強くなるが彼だけにさせない為に、もう守られるだけにならないように、彼は七海のように強くなりたかった。

 

「私のようにという部分は保証はできませんが、君の実力なら少なくとも今より何倍も強くなれると思います。ただ、弱音を吐いたらその時点で君もお留守番です」

 

「へっ!上等‼︎なってやるよ強く‼︎んで、俺も手伝ってやるぜ‼︎」

 

(これも想定通り。彼もまぁ、合格ですかね)

 

2人目。ここまでは七海の予想通り。だがこれ以降はそう上手くいかない。

 

「雫、どうして君は黙ってるんだ⁉︎香織がああ言ってるのにどうして‼︎」

 

「私は…ごめん、様子見させて」

 

雫には先に9人参加者が出るまで待つように言った。光輝ほどではないが彼女も、特に女性にカリスマがある。彼女につられてくるものが出てこないように、そしてこうする事で光輝につられて行くものが出ないようにする為だ。

 

「様子見って…君らしくない‼︎なんで…」

「そこまでです。決めるのは君じゃない。自分自身です。彼女の意思を君が決めてはいけない」

 

光輝は抗議しようとするも、七海は無視して再び皆に問いかけた。「どうしますか?」と。

 

「わ、私行きます‼︎というか、こんだけ思われてる南雲くんをちょっと叱りたくなりました‼︎」

 

鈴がハイハイと手を挙げて言う。もちろん彼女とてあの光景は見た。それでも、皆の笑顔を今度こそ守る為、香織の友として、助けたかった。

 

「私行きます!香織ちゃんがまた元気なくなるのを見るのも嫌です!それに出来る事をしたいんです!」

 

続いて恵里が珍しく声を荒げて言った。普段おとなしい彼女が声を出したのが効いたのかそこから更に永山重吾、野村健太郎、辻綾子、吉野真央と訓練所にいた者がドンドン手を挙げる。だが当然だが拒否する者もいた。訓練所に来たのは自分の命を守る為、所謂、防衛術を習うのが目的でわざわざ死ぬかもしれない場所に戻るのは嫌と言う者、死んでいる奴を捜索する為に協力はできないと去る者、ただ黙ったままでその場を去る園部達、南雲をいじめていた檜山グループの面々は拒否し去っていった。

 

(8人…あと1人ですが、条件は満たしていない…残念ですが)

 

チラリと見ると香織は泣きそうになる。やはりダメなのかと。次に雫を見るが彼女は顔を上げない香織の顔も見ない。苦しいのか手も震えている。そうして他の皆を見つつ「他には」と言おうとした時――

 

 

 

 

 

 

 

ようやく気付いた、9人目に。

 

「………遠藤くん、行くんですね?」

 

「「「「「「「「「「え⁉︎」」」」」」」」」」

 

「あ、ハイ!よかった!やっぱり先生気付いてくれた‼︎」

 

影の薄さで今までいる事すら全員気付いてなかったのでビックリした。遠藤はそれに傷付くが、いつものように七海が気付いてくれた嬉しさの方が大きい。

 

(この世界に来てから彼を発見するのが難しくなった気がする。もっと意識を集中しないといけませんね)

 

だが、七海も実は今気付いただけなのだが傷付けるだけなので言わない事にした。

 

「俺、影薄いけど、だから出来ることもあるし、皆を守りたい気持ちは変わってないから」

 

(……認めるしか無さそうですね)

 

雫の方を見てコクリと頷く。そこでようやく雫は安堵して声を出す。

 

「もう、黙っておく必要はないですよね?七海先生?」

 

「約束ですしね。仕方ないでしょう………認めます」

 

「なら、あらためて……香織、いいかしら?」

 

「もちろん‼︎よろしくね雫ちゃん‼︎」

 

いきなりこれで皆頭にクエスチョンマークが出るので今回の条件の事を話したがやっぱり抗議してきたのは光輝だ。

 

「雫にそんな事を強制するなんて…七海先生‼︎どうしてあなたは…」

「やめて‼︎私も香織も納得しての事よ‼︎」

 

「七海先生はもし集まらないなら、自分が探しに行くって。そうしてもいいくらいに強くするって言ってくれたの。だから、これも私の意思」

 

七海とてあの先何がいるかわからない迷宮を絶対攻略出来るとは言わない。だからこそどちらにせよ強くし、自分が帰ってこない時は皆が行けるよう強くするつもりだったのだ。どちらにせよハジメを探せる。その優しさを知ってるからこそ香織も七海を擁護した。

 

「……2人が止めるからこれ以上言いませんが、本当に強く出来るんですか?」

 

2人の言葉を聞いても、七海のやり方に不満があるがどうにか我慢した。だがもしこれで強くする気もないのならと考えていると――

 

「物事に絶対はないですが、少なくとも今の君達が納得できる強さは持ってもらう予定です」

 

そこに「ただ」と付け加える。

 

「何度も言いますがこれより先の訓練は地獄です。やめたいならやめていいですが、その場合は以降参加出来ません。それに文句があるなら私を倒してからにして下さい」

 

七海が目を鋭くし、威嚇するように言うと光輝は黙った。強さのレベルが違う事などわかっているからだ。

 

「では皆さん、覚悟してください」

 

この後、本当に地獄なのだと皆が悟るのは少しかかる事となるその訓練内容を、七海は語り出した。

 




今回は分けどころが決められず、こんな長くなりました

ちなみに
今回のタイトルは『不惜身命』を元にしてます
意味は命や体を惜しむことなく、全力で事に当たること。ですが不惜で惜しまない=命を賭けると言う意味にはなると感じ、呪術廻戦的な要素などを考え、懇願をつけました。
秤の術師が術師にするお願い『一緒に命を懸けて下さい』が前提。それにも合ってるし

ちなみに2
前回七海が後悔する所をカットしましたが、これ読んでる知り合いが

「腹が立つ事はないって言ってるけど不甲斐ないと思ったことはないって言ってないじゃん」

と言われて今回の謝罪の所を書きました。よくよく考えたら伏黒も被害者の家族に謝罪してたし、そういう事が七海にはなかったとは思えないですし、今回から入れることにしました。
ただ、どこまで言わせて良いのか線引きが難しい。おかしいなと思ったらどんどん意見お願いします

次回から修行編
次の話は6割できてますが2月に出すつもりないです。そのかわり…………できる、かな?ちょい大変だけど



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研鉈眼光(けんじゃがんこう)

乙骨誕生日おめでとう‼︎【ぱふぱふ〜】
呪術廻戦の中で1番好きなキャラの誕生日です!

七海「私じゃないんですか?」

0巻読むまでは1番でした

七海「……」

ちなみに、今は3番です今の2位は日車です(キリッ)

七海「………」


「では、まず皆さんの現状をわかりやすく言えば、ダメダメです」

 

いきなりの容赦ないダメ出しに何人か傷つく。ガーン!という効果音すら聞こえた気がした者もいた。

 

「なにもそこまで言わなくていいでしょう!皆、それぞれ頑張っているのに‼︎」

 

当然光輝が食ってかかるが、七海はそちらを向いて答える。

 

「他人事のように言ってますが天之河君、キミが1番ひどいですよ」

 

「なっはぁ⁉︎」

 

これには光輝も怒らずにはいられない。自分は勇者として力もつけ、技能数も他の人とは比べ物にならない。それをこうも言われたら彼のプライドが許せない。だがそんなくだらないことに一々時間を割くわけにもいかず光輝が言い出す前に告げる。

 

「君はさまざまな技能を既に持っているにも関わらず、それを全く使いこなせていないどころか、磨こうともしていない。文字通り宝の持ち腐れです。その証拠を見せましょう。メルドさん、用意を」

 

「わかった。アラン、パーンズ手伝ってくれ」

 

そう言って席を外す。その間にさらに七海は進める。

 

「さて、来る前に皆さんにどこまで強くなっていただくのかの説明ですが………天之河君、八重樫さん、坂上君」

 

「「「っはい」」」

 

「君達は前衛の中で特に優れている。少なくとも君達3人には、あのベヒモスとやらを1人で倒せるレベルには最終的になってもらおうかと思っています」

 

「あれを…」

 

「1人で」

 

「………」

 

「もちろん最初は全員で力を合わせて勝ってもいいです。最終的にの話ですからね」

 

それでもなかなか無茶振りを言っているのは百も承知だ。七海から見れば彼らは能力だけなら2級術師並だがその能力を使いこなせていない面を見ると良くて3級術師だからだ。

 

「他の方も軒並み強くなってもらいますが、その為に必要不可欠なものを皆さんに持ってもらう、これがひとつ。もうひとつは力…魔力の運用法。これもひとつ目に繋がるのですが…ちょうどいいですね」

 

と七海が向いた方を見るとメルド達が何かを抱えて持ってきていた。

 

「黒焦げの……木人形?」

 

香織が言う通り、抱えられているのは木人形だが全て焼かれており黒焦げだ。それを7体、メルドが器用に3、アランとパーンズがそれぞれ2ずつ持ってきた。それを横一列に並べていく。

 

「言われた通りにしたがこれでどうするんだ?」

 

「…まずは見ていただきましょう。メルドさんはどれか覚えていますね」

 

「もちろんだ」

 

確認をとり、木人形を見た七海はなにかを納得したのかコクリと頷き、ならばと目線を光輝に向ける。

 

「天之河君、君に問題です。この黒焦げ木人形の中で1体だけ魔力………炎魔法で焼いたものがあります。それがどれかわかりますか?」

 

「え、そんなのわかるわけないじゃないですか⁉︎」

 

「君は私が言った事に納得がいってないのでしょう?ちゃんと使いこなせているなら、わかりますが?」

 

「なら、先生はわかるんですか?」

 

光輝はこんな変な事をするくらいなら今すぐにでも鍛錬をしたかった。自分がしている鍛錬の方がよほど有意義だし、皆の為になると。だからさっさとできないことを証明させるために言ったが彼はわかっていない。このような質問をする時点で、する側はわかる為の手段がある事を。そしてその言葉は自分ができないと言っているようなものだと。

 

七海はスッと指を右から2番目のアランが置いたものを指す。

 

「………正解だ」

 

確率7分の1、それを即決で、しかも正解を引き当てた事に、事前にいくつか聞いていたとはいえメルドは驚いた。

 

「これが君との違いであり、君が劣っている証拠です」

 

「メルドさん‼︎七海先生は知ってたんじゃないんですか⁉︎だって、そうじゃなきゃ、おかしいでしょ⁉︎」

 

光輝はそれで認められずメルドを問いただすが、メルドは首を横に振る。

 

「俺が建人に受けた指示は魔法を木人形1体に放ち、残りはそれがどれかわからないような感じにしてほしいということだけだ。そもそも燃やす事も教えていない」

 

「そ、そんな…ウソだ」

 

「……なぁ、先生。正直俺も疑いたくなる。どうやってわかったんだよ」

 

なおも信じられない光輝を見て、龍太郎がフォローするように聞く。

 

「俺も気になりました。どうやって」

 

持ってきたパーンズも流石にこれは理解できないので聞いた。他の者も似た意見のようだ。ただひとり、メルドは以前少し話したのもあり、これが七海の言う「見る」という事なのではと考えていた。

 

「魔力感知、これを使いました」

 

「魔力…感知?だがそれは…」

 

「それは、気配感知と同じで漠然とどのくらいの位置に何体いるかということだけでしょう⁉︎せいぜいロックマウントみたいに擬態したり、気配を消した魔物に有効なだけで…」

 

「それは君が使いこなせていないだけです」

 

七海はステータスプレートを出して見せる。他の皆もなんだと集まって来るので七海は「1人ずつ見せますよ」と言い、とりあえずメルドと光輝に見せる。そこにはレベル、ステータスは変わってないが唯一変化しているものがあった。

 

 

魔力感知〔+ 視認(極)〕

 

 

「なんだ?視認(極)?」

 

「極めたということですね。これによって私はその魔法、魔力が使われた跡……ここでは残穢とでも言いましょう。それを見たことで判断しました」

 

「以前も言われていましたが残穢?残滓とはまた違うのですか?」

 

「ええ。だいたい、魔力の残滓はそこまで残らないでしょう?」

 

七海の言うとおり、この木人形は香織が目覚めた日に七海がお願いしてその日のうちに作られたもの。5日以上も経過したなら本来残滓は残ってなどいない。

 

「どちらも痕跡には変わりませんが、簡単に例えるならば残滓は残りかす、残穢は匂い付きのシミ。君達が迷宮で転移した時にあまり迷わず下に行けたのも残穢を追って来れた事にあります。君達にはここまでとは言いませんが、魔力を感知して視認できるレベルにはなってもらいます」

 

要は今魔力感知を持っていない者はちゃんと持てということだ。

 

「それは、難しいぞ建人。各天職によって技能は変わってくる。知ってるだろう?天職と技能は連動しているんだ」

 

「それに、それを手にしてどう強くなれるんですか?」

 

七海の事は既に信頼しているがこれで強くなれるのか疑問があった香織は聞く。他の皆も同意見なのか頷いている。

 

「なら、論より証拠、百聞は一見にしかずです。…坂上くん、永山くん、前に出てください。ついでに君達の問題点その2と共に教えましょう。特に君達2人は酷いですから」

 

またもハッキリ言われるが先程の事もあり、ムッとした表情になるも2人とも我慢した。七海は以前光輝にした時のように地面に円を書く。あの時とは違い今回は少し広めだ。ある程度動く事も可能だから回避も出来る。それでも狭い。拳を放てば普通に届く。

 

「この円内から私は動きませんし、手も片手しか使いませんし、攻撃もしません。君達2人で私をこの円から出す、もしくは攻撃を当ててください。時間は1分です」

 

そしてハンデは以前以上だ。坂上は拳士、永山は重格闘家の天職だ。接近戦でなら無類の天職相手にステータスが上とはいえここまで手加減されたら黙っていられない。2人は目線を合わせて同時攻撃を開始した。

 

だが、結果は惨敗。2人で同時に攻撃してもスイスイかわし、フェイントにもまったく引っかかる事もなく、身を屈める、避ける、手で払うなどして攻撃を寄せ付けなかった。それどころか最終的に焦った坂上がタックルして来たのを跳躍でかわし、向かい側にいた永山にぶつけて自滅させた。

 

「ど、どうなってんだ?」

 

「あぁ、まったく当たらないし、後ろに目があるのかってレベルだ」

 

「これも魔力感知の応用ですよ」

 

近づいて七海は説明する。

 

「君達はこの世界に来た事で魔力という力を得た。その時力がみなぎる感じがしたでしょう?そして鍛錬するたびに力も上がった。メルドさんが以前言っていましたね?魔力の高い者は他のステータスも高くなる、魔力が身体のスペックを無意識に上げていると」

 

「あ、あぁ。だがあれは詳しくはわかってはいないとも…」

 

「いえ、あっていますよ。そしてそれが原因で君達2人の攻撃がわかるんです」

 

まるで今までわかっていなかった事をさも当然のようにいう七海に疑問が出る。そこからさらにそれが原因と言った事で追加で疑問が出るがその疑問もすぐに答えを出す。

 

「魔力の視認。これができた事によって魔力の流れ、その強弱も測れます。身体能力を意識的にではなく無意識的に向上させているせいで、今の君達の身体に流れる魔力の流れはかなり雑です。攻撃するであろう部位、力を入れる部位にしようとする前にその部分に魔力が集中してしまい、そこから動きを読まれてしまう」

 

2人ともそれがわかりやすいレベルだった。いわゆる脳筋だが予測出来るのは流石にいただけない。接近戦をするなら尚更だ。

 

「これから先、私のように魔力視認能力がある敵が現れない保証はない。なら、それは直すべきことです」

 

2人に手を出して起こしながら説明を続ける。

 

「そして強弱がわかるなら相手が強い魔法を使うか、それが発動するタイミングはいつかも判断ができるようになる。その上で君たちの魔力の使い方ですが、それもダメです。不必要なロスが多い」

 

「ロス…ですか?」

 

恵里が問う。

 

「ええ。例えば炎の魔法を使うのに必要な魔力が10、中村さんの持つ魔力量が100としましょう。元来10消費すればいいものですが、それを20、30と無駄なロスが多い。するとどうなるかは言わずもがなですね。ちなみに魔物は、魔力操作ができる技能を持っているとされている為、詠唱や陣もいらないので無駄なロスエネルギーがほぼ0です。まぁ、これは座学で習った事でしょうからいいとして、流石にこれの習得は無理でしょう。ですから、その無駄なロスエネルギーを限りなく無くす訓練もします。…それではまとめます」

 

色々言って頭が追いつかない者もいるようなので、七海は必要なものを挙げる。

 

==============================================

訓練項目

 

1、魔力視認能力を得る、もしくは技能〔魔力感知〕を得る

2、魔力を意識して使い無駄をなくしていく

3、基礎体力及び肉体づくり

4、上記のものを除いた戦闘能力向上

==============================================

 

「と言ったところですかね。ここまでで何か質問は?」

 

と、すぐに手が上がるがそれは生徒ではなくパーンズだ。だが質問を生徒だけにした覚えはないので七海はその質問を受ける。

 

「ひとつよろしいですか?七海殿は魔力がない。それなのにどうしてそこまで魔力に詳しいのですか?」

 

その質問は的を射た質問だ。というより、皆がずっと思っていた事でもある。メルドの方は呪術について明かされ、理解していたのもあり万が一の場合にはどうにかこの話を終わらせようと考えた。

 

「………使うのと、理解するのは同じではありません。例えば皆さんが使っている剣。剣が鉄でできているのは皆知っていますが、どう作るかの工程を全て理解していない。鍛治師は剣を作る工程を理解しても使いこなせはしない。まぁ、そんなものです。私は魔法は使えなくてもこの世界の知識と見る事で、見える事で理解した、それだけです」

 

だがそれは必要ないようだ。七海の言うことは真実でもある。ちなみに七海も知らない事だが、魔法にはまだ核や属性ごとに色があるのだがそれを知るのは当分先である。

 

「続きといきましょう。天之河君は本来なら残穢くらいは見えてもいい能力を持っています。それが見えないのは君が見ようとしてないからです。魔力も人もね」

 

「どういう意味ですか」

 

不満を声と共に出す。

 

「わかっていますか?君が今ここに立っているのは南雲君がいたからです」

 

「なっ、何を⁉︎」

 

今回ここに集まった者達の参加条件。それは香織のワガママを聞き、それを受け入れ協力するプラス自分の戦う理由をもつこと、ハジメが拾わしてくれた命をもう一度使う意思をもつこと。

 

七海や香織が言ったこともあり、自分達の命がハジメによってつながっていると理解している。ただ1人、光輝を除いて。

 

「その時の事は見てないですが、君は後退するよう言われても後退せず、君では勝てない相手に無謀な戦いをした。周りのパニックも放って置いて」

 

「そんなことはない‼︎俺は…」

 

「南雲君に言われて君は後退したと聞きましたが?」

 

「それは…皆を救う為に‼︎」

 

「つまりそれまでは見えてなかったでしょう」

 

「………っ…」

 

言い返せるはずもない。あの時、確かにハジメに言われた。「前ばかりじゃなくて後ろも見て」と。だが、

 

「俺は、俺がいたから、前の道を切り開けた。それは南雲も認めていた。俺が皆を救えるって‼︎」

 

それで認めないのが彼である。

 

「では、その間ベヒモスを止めたのは?もし、南雲君がいない状態で皆を助けることはできましたか?」

 

「できた!俺ならでき…」

 

また目の前に拳があった。

 

「ちゃんと見えていればこれもここまで近づく前に回避行動が取れます。君は、自分の事しか見てない」

 

怒りと悔しさで光輝はどうにかなりそうだった。だが、それが爆破する前に七海は言う。

 

「一応言っておきますが、君の才は他の誰よりも秀でてます。それは間違いない」

 

「……先生は、俺を貶したいんですか?それともどうしたいんですか?」

 

「褒めも貶しもしません。事実に即し、己を律する。それが私です。大人になるにつれ、君も分かりますよ。さぁ、もう1度、見てください。君がちゃんと見る、見ていると言うなら、目を凝らしてください。残穢は痕跡です。魔力としては薄い、よく見て、そう、そうです」

 

光輝は言われるがまま、じっと見る。目を凝らし隅々まで見るように。すると、

 

「⁉︎これ、見える。見えた‼︎その木人形から靄みたいなものが見える‼︎」

 

七海以外の人物が見えた。しかもそれが勇者でありクラスのカリスマ的存在の彼が言った事で今まで七海が言った事の信憑性が一気に上がった。

 

「すごい、これが魔力の跡…残穢」

 

「まぁ、君の場合は魔力感知を持っていたのですから見えて当然だったものが見えただけですけどね」

 

せっかく見えるようになったのにまたもダメ出しされて光輝はイラっとする。

 

「すぐにいつでも見えるようになります‼︎」

 

「見る前に気配で悟ってください」

 

厳しい返答に光輝のストレスは溜まっていく。

 

「さて、先程メルドさんも言いましたが各天職によって技能は変わってきますから、必ずしも全員がこれを手にするとは限りません。が、せめて魔力の意識した使用はしてもらいます。ただ、先程あげた4つの項目をひとつひとつやっていたら時間がかかります。そこでそれらをまとめて補う訓練をします。とてつもなく厳しい訓練をね」

 

ついにそれが発表される。皆、ゴクリと唾を飲む。

 

「その訓練方法は…」

 

どんな事を言われるか…ここまで厳しい事を言われたのだ、恐ろしい訓練が来るだろうと皆は踏んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薪割りです」

 

一瞬、静寂。次に疑問。「何言ったこの人?」。そして、

 

「ふざけないでください‼︎薪割り⁉︎」

 

案の定光輝が叫んだ。とはいえこればっかりは他の皆も同意見だろう。

 

「当然ですが、ただの薪割りではありません。……どうやら来たようですね」

 

七海が言う方向を見ると今度はマッド含めた騎士達。大量の薪を積んだ巨大なカート。もうひとつは置いた時金属音が聞こえる袋で所々袋が尖っている。

 

「申し訳ありません。遅れてしまいましたか?」

 

「いえ、丁度よかったです」

 

「それはよかったです。あぁ、追加はすぐに来るので」

 

「ありがとうございます」

 

そう言いつつ七海は、騎士達が持ってきた袋に入っていた物を取り出す。それは七海が使う大鉈とほぼ同じ物だ。

 

「まずルールその1、薪は必ず一撃で切る事。切れなかった物はカウントしません。その2、皆さんが切る為に使うのはこの鉈です」

 

「…!それって」

 

「もしかして」

 

何度かそれが作られるところを作っていた人物と共に見ていた香織と雫は気付いた。

 

「そう、これは南雲くんに作らせたものです。彼に自身の術の理解を深めてもらうように1日に何度も、回復薬や休憩を取りつつ作ってもらった大鉈です。………一応言っておきますが白崎さん、持ち出さないように、それと壊さないようにしようなど思わないでください」

 

読まれて香織は「うぅ」ともらすが、その後の「壊さないように」の部分に「え?」となる。

 

「では…… 谷口さん、八重樫さん、坂上くん。これを」

 

とそれぞれに大鉈を渡し、彼らの前に薪をセットする。

 

「その鉈でこの薪を割ってください」

 

「ってシズシズや龍太郎くんじゃない私みたいな非力には無理です!」

 

「そんな事は当然分かりますよ。ですから…」

 

と鈴と共に席を外し、皆が聞こえない場所で言う。

 

「集中してください。魔力による身体強化、これを意識してください」

 

「そんな事いきなり言われても」

 

「なら、イメージでいいです。目を瞑ってください。…次に身体の中で漂う血液と動く筋肉をイメージして。そしてその周りに漂うものを意識する」

 

「むむぅぅ、はい」

 

「それが魔力です。それを血液と共に全身へ流す」

 

カウンセリングのように、または催眠術のように語りかける。

 

 

そしていくつか彼女に語りかけた後、また薪の前に立った。

 

「では、皆さん、合図と同時に1人ずつ切ってください」

 

そして手をパンっと叩いて合図をする。まず龍太郎、

 

「あっ‼︎」

 

薪ではなく鉈が折れてしまった。次に雫、

 

「‼︎切れた…けど」

 

彼女は剣術と七海が言っていた事を独自に考え、身体強化を意識して切ったが途中で止まる。あと少しだった。そして、

 

「う、ウソ」

 

ただ1人、鈴は一撃で切った。

 

「す、すげぇ!すごいぞ谷口‼︎」

 

「うんホント、八重樫さんならいけるかなって思ったのにまさか」

 

「鈴、すごいよ⁉︎」

 

「あ、あははは、七海先生の教えがいいからだ、よ」

 

と言いながらぺたりと座り込んだ。

 

「たった1回でもこんなに疲れるなんて」

 

「七海先生からなんて受けたんだ?」

 

「魔力の身体強化の意識の仕方、それと…」

 

「武器に魔力を込めるという事です」

 

鈴の言葉に続くように七海は答えた。

 

「その鈍大鉈では身体強化だけでは到底切れません。故に、魔力で武器の強化もしていただきました。ちなみにこれは武器の強化魔法である〝絶断〟とは違います」

 

七海は魔力が呪力と似たエネルギーならできるかもしれないと踏んで、武器を体の一部分と思い、魔力を込めるのをイメージする様に指示した。どうやら成功したようだがそれができたのは彼女が結界師という役職だったのもある。七海は結界師なら他の者よりも魔力のコントロールは上手いと考えており、それも当たったようだ。ただ、

 

「うわっ!鉈が壊れた⁉︎」

 

パキッという音がして鉈が壊れてしまう。

 

「魔力を与えすぎて、器である鉈が耐えられなかったんでしょう。込める時は少しずつ、研ぐようにした方がいいかもしれませんね。八重樫さんは武器に魔力を込めるように。坂上くんはもっと身体強化と魔力の使用を意識してください。自分は今魔力を使っているんだと意識を忘れずに……さて、これと同じ事を皆さんにもしていただきますが、クリア条件は全員が薪100本切る事。ただし、一撃で切れなかったり、途中で鉈が壊れた場合はカウントを0にします。たとえ99本切っていても0にします。……この訓練は意識をして魔力を使い、魔力による身体強化を確実にするため、魔力を込めすぎると鉈は壊れてしまうのでその調整によって魔力のロスを少なくする訓練となります。魔力を使うのを意識するには見る。それも意識しだせば自ずと視認もしくは感知ができてくるはずです」

 

だんだんとこの訓練が厳しいものだと皆理解しだした。

 

「魔力を使い果たしてしまった方は今日はそこまで、脱落です。訓練には参加できるのであしからず。………はい、遠藤くん」

 

どうやら手を挙げていたようでそれによってまた皆ビクッとなる。「いるのは知ってるが挙げてたんだ‼︎」と。

 

遠藤はまた気付いてくれて感動しているが、七海はかなり必死だ。意見はちゃんと聞くべき…だからこそ意識を集中する。見逃さないように。七海はそうまでしないと見えない彼の薄さを、才能を超えた何かにすら思えていた。

 

「七海先生、これで訓練項目の1と2ができるのは分かりましたが3と4は?」

 

「4は後で説明するのでまた別ですが3はこれでどうにかなります。薪割りは効率的な全身運動として有名です。やっているうちに基礎体力と肉体作りは嫌でもできます」

 

筋トレもついでにしようという事だ。かなり考えられている。

 

「もうひとついいですか?先生の使ってるその大鉈も南雲が作ったものですよね?どうして先生はそれで切れるんですか?」

 

「………技術、それと私のステータスの為ですね」

 

曖昧な答えだが納得いく部分もある。七海のステータスの高さはレベル1の者のそれではないのだから。

 

「もう質問はありませんか?…では始めましょう」

 




今日中にもう1話出します!

ちなみに
今回のタイトルがなかなか思いつかなかった。
で「鉈で研磨し」→「眼光」(物事を見通す力という意味もある)を得るで決めました

ちなみに2
魔力の残滓についての説明がなかった本読んでもなかったので残穢と違うという設定を考えました。読み落としがあるならいつでも言ってくださいすぐ修正します

ちなみに3
薪割りが効率的な全身運動のところですが、この小説作るにあたってある程度の道筋を先に考えて最初から修行こうしようと考えてたらジャンプにまったくおんなじこと書いてあったマンガ(打ち切りされたけど)が出ておかげでこの小説出すの迷いました


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研鉈眼光(けんじゃがんこう)

修行編第2話です
不惜懇願の後書きで言ったその代わりというのは2話だすこと?no
詳しくは後書きで


そこから先は確かに厳しいものだった。

 

「あっ、また折れた‼︎」

 

「記録は17ですね。ではもう一回」

 

谷口鈴:現最高記録17本。込めた魔力が多すぎて脆い器が砕けた。

 

「谷口さんの魔力の制御能力は誰よりも高い。後は分割と基礎体力ですかね」

 

「分割?」

 

「身体強化と武器の強化を分けること。今は武器の方が多い状態です。これも意識の問題ですね…大丈夫、成長できてますよ、何せ最初の一回目と違い、17回切っても息切れしてないんですから」

 

「あ…分かりました‼︎」

 

「ただ、親友の中村さんの方が記録はいいですが」

 

「ガーン‼︎ エリリンに裏切られたぁ〜」

 

「えぇ⁉︎なんでそうなるのぉ〜⁉︎」

 

中村恵里:現最高記録31本。

 

「中村さんの場合は魔力の使い方が上手い。やりくり上手というより合わせるのが上手い」

 

「合わせる…ですか?」

 

「えぇ。周りの人達を見て、その中で自分に合ったやり方を模倣し、時にアレンジして合わせていく。観察眼が鋭い証拠です」

 

「……あ、ありがとう、ございます」

 

「あー確かにエリリン人間観察が趣味だって言ってたしね〜」

 

「…いつそんな事言ったのよ〜」

 

「ともかく、2人は今を維持しつつ目標のため研鑽を」

 

仲睦まじい2人のやりとりを見つつ次を見る。

 

「クソッ脆すぎだろこの大鉈‼︎」

 

坂上龍太郎:現最高記録9本。込める魔力が少ない事と力任せに振った事で大鉈はすぐ壊れる。ちなみに永山重吾も似たようなもので記録は10本である。

 

「俺の方が1回上だな!」

 

「んな⁉︎こんちくしょうが‼︎」

 

「ハイ、ストップ。2人はまずそれをやめましょう」

 

ヒートアップする前に七海は止める。

 

「10だろうが9だろうが君たちの記録が最下位とブービーなのは変わりませんし、差もあまりないです。低い者同士で競うのは虚しいですよ」

 

「じゃあどうすんだよ」と目線で語りそして言葉にも出してきた。七海は2人を観察して答えた。

 

「まず、2人とも武器の扱いは正直厳しい。小難しい事より拳での格闘戦が似合ってます。しかし、今のそれはただ殴りあうだけのケンカです。プロボクサーや格闘家はそこに技術をつけてくる。永山君は柔道部なのですからわかるのでは?これ以上強くなるなら技術は絶対必須です」

 

「「…………」」

 

2人共黙る。事実だからしょうがない。

 

「見習うより、低い者同士で競うより、もっと大切な事は今君たちがどうなりたいかです。他人と競うのはまず自分を超えてから…自分の内面に触れ、気持ちを落ち着けてください。そして意識をし、体に乗せる感じで。……拳は何も考えないし感じません。結局感じ考えるのは、君たちの脳なんですから」

 

言われて2人はコクリと頷く。少しだけ薪の前で集中して再び切りだす。スパッと先程よりよく切れていた。

 

 

「回復役の1番重要な事はなんだと思いますか?」

 

「えと、みんなの事を守れるようにしっかりと傷を治してあげる事ですか?」

 

「先生の言うような感じだと…魔力を温存しつつちゃんと回復に徹するでしょうか?」

 

白崎香織:現最高記録22本。辻綾子:現最高記録16本。回復担当の2人の元に来て七海は質問をしそれに2人は答えたが「ハズレです」と七海は答えた。

 

「それは、君たちが死なない事です。君たちが死んだら誰が傷を治しますか?」

 

「「‼︎」」

 

わずかな怪我も長期戦になればどうなるかわからない。そんな時に回復できる者がいるだけで結果は大きく変わる。

 

「君たちが狙われても身を守るくらいの能力は必要です。そしてそれを行なっても回復ができる余裕がある事も大切です。記録が伸びないんですね?まだ始めたばかり、焦りは禁物です。2人共安定はしてますが時々その焦りのせいで魔力が上手く使えてない。…特に白崎さん、君が焦る理由は分かりますが、それは今は抑えて、今やるべき事に集中してください。そうすれば記録は伸びます。辻さんは白崎さんと自分の差にコンプレックスがあるようですね」

 

「ど、どうしてそれを⁉︎」

 

「彼女の記録が大きくなるたびにそちらを見ていたのと、そのたびに表情が暗くなってましたからね。あなたも大切な回復担当なんです。誰かと比べてしまうのは分かりますが、自分の役割を忘れずに自分に集中してください」

 

「…はい」

 

「うぅ、なんかごめんなさい」

 

「あ、謝らないで。白崎さんに及ばなくなても、私には私の役目がある…そうですよね、七海先生!」

 

七海が頷くと彼女は「よしっ」と気合を入れて再開し、それに触発されて香織も再開した。

 

他の者達にも悩みを聞きつつアドバイスをしていく。そして最後のアドバイスをする人物は、

 

「41‼︎…42…っクソ」

 

天之河光輝:現最高記録42本。魔力はある程度使っても彼の場合は高速で魔力を回復する技能を持っている。だから他の者と比べると多少の失敗はあったとしてもドンドン次に進める。数をこなして記録を伸ばしてきた。だが、それもそこまでだ。42を超える事はできない。

 

(技能のおかげでどうにかなっていますが、これ以上は限界ですね。それと…)

 

チラリと少し離れた位置にいる少女、雫を見ると薪を勢いよく切っている。額に汗があるがまだ余裕だ。そんな彼女の記録は、

 

「っ⁉︎どうして」

 

八重樫雫:現最高記録13本。全員の中で3番目に低い記録だ。

 

「八重樫さん、天之河くん、1回止めてください」

 

止められた2人は「まだいけます」と意地を張るが、有無を言わせない表情で言う七海を見て止める。

 

「まず、天之河くんですが技量は問題なし。数をこなして記録を伸ばしていますが……どうしましたか?」

 

説明をしようとしていたが、光輝が何か言いたげな表情をしていたのを見て七海は聞く。

 

「先生、こんな事、本当に意味あるんですか⁉︎俺は、これ以上強くなるならもっとちゃんとした訓練をするべきで、迷宮に行って実戦もするべきだと思います‼︎その方がよっぽど強くなれる‼︎」

 

その叫びに皆手を止める。すると七海は頭を抱える。

 

「なるほど、それが君の伸びない原因ですね」

 

「なにを…」

 

「伸びないのを他人のせいにしている。そして目の前の事に集中できてない。トライ数で回数を増やして来ても、それがあるせいで先に進めてない」

 

「だから、意味はあるかって俺は聞いて……」

 

「いま、君が必要なのは見ることです。目を背けてはいけない。そして強くなっている自分に気付く事です」

 

言われた事を光輝は理解できない。目を背けるなもそうだが、強くなっている自分というところにもだ。

 

「君は、他の方々よりも経験を積む事ができる。だから記録が伸びた。それはキミの実力が上がっている証拠です。最初からきみは42本も切れていましたか?」

 

「…それは」

 

何度もやってその都度自分の中でこうじゃないかと考え、切った。それは間違いなく意識して魔力を使った証拠だ。

 

「必然的に君は最前線で戦う事になる。しかし、強くなる事に固執しすぎです。そのせいで現状の自分もわかってない」

 

「そんな事はない‼︎俺は、皆を守る勇者として…」

 

「勇者じゃなければ、誰も守らないという事ですか?」

 

「違います‼︎どうして揚げ足を取るんですか⁉︎」

 

「揚げ足をとっているわけではないんですがね」

 

もし、彼は自分が勇者でなかったらどうしただろうかという疑問はあるにはあった。だがそれでも同様な行動をするであろう事は七海もわかる。だからこそ気づくように指示する。

 

「誰かを守るなら、言い訳をやめなさい」

 

「俺は、言い訳なんて…」

 

なおも認めない光輝に七海は少し困るが、それはすぐに終わる。なら彼が望むものを与え己が成長していると知ってもらうだけだ。

 

「まぁ、今は続けてください。そのうちわかりますし、君の望むような訓練にもなりますよ」

 

「…………わかり、ました」

 

戻り鬱憤を薪に当たろうとしたが、その前に七海は告げる。

 

「もう一度言いますが、君の能力は他の人より高く、そして強い。あとは本当の意味でそれを自覚し、更なる開花をさせるだけです」

 

「………」

 

褒められるのは彼にとってはいつものことであり、当然の事だ。だが、七海の言い方は褒めている気はしないのがわかる。もちろん七海は誉めてないが成長は期待している。その為に必要なのは挫折だとも。

 

(彼はおおよそ、成長の過程にあるあきらめやその苦しみを味わってこなかったのでしょうね)

 

ならそれをあえて与えるのが自分の仕事だと七海は思いつつ雫のアドバイスに入る。

 

「次に八重樫さん、あなたについてですが」

 

「はい」

 

全員の中で下から3番目。永山と龍太郎は両者とも性格面が下位の原因だが彼女は違う。それは誰が言わなくてもわかる。だからそれが知りたい。そう思い七海の言葉を待つ。

 

「やめておきなさい」

 

だからこの全否定は予想もしていなかった。

 

「そ、それって成長できないって事ですか?」

 

先に光輝にアドバイスをしたのは幸運だったろう。今彼が近くで聞いていたら、最悪飛びかかる勢いで七海にキレていた。

 

「ん、あぁ言葉足らずでしたね。さっきからしているやり方をやめなさいと言っています」

 

「それは、他の鍛錬にするって事ですか?」

 

「いえ違います。あなた、さっきから切る時に剣術の応用を使っているでしょう?」

 

「!」

 

その通りだった。彼女は集中するのにも良いと考え、自身の剣術を取り入れて切っていた。実際にその方が楽に切れてもいた……途中までは。ある程度切っていると鉈が壊れる、もしくは切りきれなくなる。

 

「なかなか皆さんの面談ができる状況が作れないなか最初に行った場所なのでよく覚えてますよ。素晴らしく、良い剣術だと思います。しかし、今それをする場面ですか?」

 

「え?」

 

「君が今しているのは訓練ですが薪割りには変わりません。そこに力を入れすぎている。ようは本気になりすぎという事です」

 

剣術を使う際の集中力はなんであれ高い。だがそれを続けると消耗も激しい。

 

「剣術を使用しているという事は、魔力の安定した使用の意識の低下にもつながる。もっと軽く考えてください。それこそ素振りの練習くらいに。あとは魔力を使用している意識です。これも軽く考えた方が君には合ってる」

 

「軽く、考える」

 

「ええ。剣術を戦いに加えるのは、ちゃんとした魔力の使用ができてからでいいです」

 

「……………」

 

もう心配ないなと思い次の訓練の準備のため近くにいた騎士に声をかけた。勢いがあるが軽い音が響いていた。

 

 

 

「つ、疲れたぁ」

 

「でも、なんかコツ…みたいなのはわかってきたぜ」

 

「…龍太郎はこの訓練に納得してるのか?」

 

「……まぁ、ほんとに強くなれんのかって疑問は正直ある。けど、七海先生の指示のおかげで記録も伸びてきたし」

 

「それは、薪の切り方だろ?」

 

「俺からしたら、未だ1位なのにそう言うのはちょっと嫌味に聞こえるんだが」

 

「あ、いや、そんなつもりじゃ」

 

冗談だと龍太郎は笑って言う。

 

「けど、強くなりてぇって思いの香織の言葉を蔑ろにするような人なら、こんなにも丁寧に教えないと思うぜ」

 

「それはって…その香織は?」

 

キョロキョロと探してみると、彼女は薪の前でじっと佇んでいた。

 

「香織?」

 

「…………えた」

 

「え?」

 

「見えたの。一瞬だけど、見えた‼︎私も魔力の流れが‼︎」

 

それに皆驚く。

 

「ほ、本当に⁉︎」

 

「気のせいとかじゃないのか⁉︎」

 

「ね、カオリン、どうだったの⁉︎どうやって見えたの⁉︎」

 

「私も知りたい‼︎」

 

一斉に詰め寄られて香織はパニック状態だ。それを静かにさせたのは七海のパンと手を叩いた音だった。

 

「一斉に詰め寄ると迷惑でしょう。落ち着いてください。………白崎さん、確かなんですね?」

 

「あ、はい。最後に切った時、魔力を流しすぎて鉈が壊れた時に。最初は破片かと思ったんですけどなんか違って、光ってると言うか破片の周りに漂ってるような…そんな感じに見えて」

 

「見え出してきているようですね。確かあなたが魔力の込めすぎで壊れたのはこれが初ですね」

 

「はい。最後に1発‼︎って勢いでやっちゃって」

 

今まで1番の強い魔力を瞬間的に送った事で研ぎ澄まされたのだろう。

 

「偶然ですがその時に覚醒したんでしょうね。ではその感覚を思い出して、あの木人形を見てください」

 

香織はジッと見る。そして、

 

「見えます。ちょっと薄いけど靄みたいのがあれから」

 

指を向けた木人形は正解だった。

 

「薄いのは時間が経っているからと、まだ使いこなせていないでからしょう。………おめでとうございます」

 

それは、初めて聞いた七海の称賛。そして1歩前に進んだ喜びがあった。だが、

 

「では忘れないうちに次の訓練に行きましょう」

 

「「「「はい?」」」」

 

正直皆バテている。だからこれで終了と思っていた者もいた。騎士の人達が武器を持って来た。それを全員に渡し次に円を描くが先程七海が描いたものより遥かに広い。

 

「ではこれより、皆さん全員で私と戦ってもらいます。ルールは特定の時間…今回は3分としましょう。その時間、円内から出ない。尻餅、背をついたら失格です」

 

「ま、まってくださいせ…」

 

何か言おうとする光輝に七海の攻撃が繰り出された。どうにか防ぐが膝をつく。

 

「ふむ、膝をついてもアウトにすればよかったでしょうか?」

 

「そうじゃなくて‼︎皆疲れているのにいきなりこれはないでしょう⁉︎」

 

七海は時計に触れてタイマーを一旦止める。

 

「何を言ってるんですか?敵が万全の状態の自分達といつでも戦ってくれると思ってるんですか?…そもそもこういった訓練を望んでいたのは、君のはずですが?」

 

「だからって」

 

「この訓練は内容4の戦闘能力向上にあたります。いかに落ちた戦闘力の中で強敵と相対した時、残った魔力と体力を駆使して生き残るかの訓練です。安心してください。手加減はしますし、時間以内に全員脱落しなければいいだけです」

 

そこから先は有無を言わせず攻めてきた。善戦したのは先程の光輝とこの訓練中魔力が見えるようになった香織、そして奇襲をしながら攻撃しヒット&アウェイで攻めた遠藤。だがあとは疲れと七海の勢いに負け、時間以内にやられた。そして善戦したと言っても香織は回復に徹した。残った魔力を効率よく使い最低限の動きができるようにだ。だから狙われた瞬間に脱落した。

 

「2分5秒……まぁ、最初にしては上出来ですよ。失敗でもね。今後成長を見てこの時間も伸ばしていきます。今日の訓練は終了です」

 

皆、ようやく終わりを迎えてほっとしたがこれが毎回来るのかと戦々恐々とする。ちゃんと魔力を使うことができなければ七海と戦う時にはヘトヘト。かと言って本気を出さないで薪割りをしていればそれは魔力の流れが見える七海にすぐバレる。今日しっかりと皆にアドバイスをしながら見ていた七海にはウソはつけない。

 

「さて、今日1日の訓練をして嫌だと思ったら来なくても構いません。当然迷宮へはいけませんが」

 

七海としては脱落してほしい気持ちの方が大きい。だが、

 

「……先生、さっきの意味はあるかって言葉は撤回します」

 

光輝はどうにか立ち上がり七海に言う。

 

「癪ですけど、確かにこの訓練で香織が魔力の視認ができるようになった。ステータスプレートにも魔力感知が追加されてましたしね」

 

香織のステータスプレートに確かに新たに追加されていた。それは少なくとも意味はあった証拠だ。

 

「でも、これで強くなれるかどうかを俺はまだ認めてない」

 

「では、やめますか?」

 

「違います。あなたを倒して、認めさせる。その為に続けます」

 

もしこれがベヒモスのように強い魔物と戦っていたら、万全の状態でない時に強敵と戦う事になったら、そしてその時逃げれなければ、戦うしかないなら、限界を越えるしかない。そうすればこの分からず屋も認めると光輝は考えて続ける事にした。

 

「私も、続けます。せっかく見えるんですから、七海先生くらいは見えるようにしたいです。意味がわかったならなおさら」

 

香織は魔力感知は得たがまだ極めていない為かいつでも見れない。だが使いこなせれば、あの奈落でハジメが生きているなら錬成を使わないはずがない。その残穢を追えば会えるかもしれない。そう思って続ける事を決める。

 

「俺も、やるぜ先生。ようやく修行っぽくなって来たんだからよ」

 

龍太郎は越えるべきものがわかり、隣で仰向けに倒れていた永山も同意して手を高く上げる。

 

「私は、先生の事を信頼してるので」

 

雫は自分の力不足を指摘してくれた事と、親友の思いを汲んでくれた事で七海に信頼を向けていた。だから、この人の教えを聞いていればもう何も失わないようにしながら、大切な人を助けられると考えた。

 

他の者も同様だった。だが、もし今日香織が魔力感知を得なければ拒否していたものもいただろう。その点を喜ぶことができない七海だった。

 

 

 

新たな訓練開始から2週間が経った。週1日休みを与えられ、その間鍛錬はしない約束をしたので、その時間を自己学習に充てた者がさらに力を伸ばしていく。

 

「おっしゃあ‼︎50‼︎大台に乗ったぜ‼︎」

 

「ふふん、私は69だけどねー」

 

坂本龍太郎:現最高記録50本。谷口鈴:現最高記録69本。

 

「あなた達、先生に言われた事忘れたの?他人の記録より自分に集中‼︎」

 

八重樫雫:現最高記録94本。

 

「だって、前まで下から3番のシズシズが今じゃ上から2位だよ。おまけに魔力感知〔+視認〕も速攻で得たし、意識しない方がおかしいでしょ」

 

「それを言うなら香織はどうなるのよ」

 

「え、なに?」

 

ズパンと薪を切った。その様子を全員が呆然と見る。白崎香織:現最高記録109本、訓練クリア済み。

 

「確かに、ものすごい勢いで記録伸ばしてたからね」

 

恵里が苦笑して言う。3日目で倍にし、4日目休みと言われていたが無断で訓練して七海に怒られていたが70本をその時点で超えていた。七海曰く「なにが彼女をああまでさせるのか」だそうだ。そして6日目で100を更新した。が、彼女はそれに不満があった。100本いける喜びで魔力制御が狂い100本目を切った直後に鉈が砕けたのだ。しかも翌日もう一度やってもできずいつでも100本いけるわけでもなかったので以降も続け、そして今に至る。

 

「これが愛の成せる技ってやつかな……南雲くんめ。死んでたらエリリン、降霊術よろしく‼︎」

 

「鈴、デリカシーがないよ!それに私は降霊術は…」

 

天職が降霊術士にもかかわらず中村恵里はいまだにそれができないでいた。七海にも相談したが気持ちの問題ではないかと言われる。曰く、本人が力を否定しているからだとの事だ。

 

「…ごめんエリリン」

 

「あ、私もできなくて…」

 

「気にする必要はないわ。先生との模擬戦では的確な魔法をしてくれてるし、記録も今だいぶ伸びたし」

 

中村恵里:現最高記録89本。

 

「うんそうだけど、記録は伸びて嬉しいけど」

 

「けど、なに?」

 

「七海先生、魔耐0なんだよね?」

 

「「「あぁ〜」」」

 

先日見たときも確かに0だった。最初は人に魔法を撃つのを躊躇っていたが「どうせ今の君達程度の攻撃なら対処できるので」と七海が言って、それを受けて光輝が牽制のつもりで魔法を放ったが、それを鉈で切って防いだ。以降皆攻撃したり炎の壁にして進行を防ごうとしても、かわしたり、防いだり、ひどい時はなにそれ関係ないと言わんばかりに七海は突っ込んでくる。その姿はもはや恐怖である。

 

「体力と耐性が高すぎるから並大抵の魔法は効かないってメルド団長は言ってたけど…」

 

「相当だよね。実はエリリンの降霊術で復活してるから痛み感じませんって言われても納得できるよ」

 

「だからなんでそこで私を出すの、って言いたいけど、気持ちはわかるなぁ」

 

「光輝くんも、流石にあれには呆然としちゃって2日目はすぐに倒されてたからね」

 

「あぁ、だからあんなに躍起になってるのね」

 

見ると光輝はマジ顔で鉈を振るう。が、すぐに壊れる。天之河光輝:現最高記録46本。現在最下位でしかも今日はまだ14本ほどしか切っていない。

 

「見てられないわね」

 

これ以上やっても記録は伸びない。だから雫は落ち着くように何度も声をかけていた。本来なら七海の役目だが今日は来ていない。

 

「雫は気にならないのか!七海先生がまだ来てないんだぞ!あれだけ俺たちに文句を言っておきながら遅刻なんて…」

 

「七海先生にも事情があるのよ」

 

「事情って…」

 

なんだと言う前にメルドが近づいて静止した。その顔は困惑している。

 

「おい、まさかあいつなにも告げてないのか?本当に?」

 

皆首を傾げる。メルドは「俺に伝達したのは俺が伝えろってことか」とボヤいている。

 

「あいつは今日王国の魔法師達に講義をしている」

 

「講義?」

 

「あいつの言う魔力の視認で流れや今までわかってなかった魔力での身体強化理由などがわかったんだ。それを知れば軍の強化につながる可能性もあるからな」

 

「そういうことなら言ってくれたら…」

 

「おまえ達を守る為だろう」

 

光輝の不満にメルドは語りかける。

 

「正直、最初はその講義は勇者にさせるべきって意見があった。もちろんちゃんと成長してからな。だがあいつは生徒が政治利用されることを拒んだ。そしておまえ達に言えば確実に誰かを使っていただろう」

 

「…そんなことしなくても、俺は勇者なんですから、そのくらい」

 

「あいつの事が気に入らないのかもしれないが、あいつはあいつでおまえ達を大切にしている。それはわかってやれ」

 

過ごして来た期間は短いが、メルドは七海のことをある程度理解できていた。

 

「さぁ、続けてくれ。今日の模擬戦は俺含めた騎士達だ」

 

「メルドさんがですか?」

 

「ステータスはすでに上だが舐めてかかるなよ」

 

その言葉はこの後理解した。確かに七海より楽ではあるが、疲労しているのは事実。歴戦の騎士が相手になるので、倒すのに時間が掛かった。

 

「ふぅ、随分強くなったな!これも建人殿の教えのおかげか!」

 

「こちらの動きと魔法の使用の瞬間を読まれるのは厄介ですね」

 

確実に強くなった自分達に少し自信が付き出していた。ひとりを除いて。

 

「………どうして」

 

天之河光輝:現最高記録49本。最下位にして現状100本に到達できてない3人の内のひとり。だが残りの2人はあと少しだ。全員が魔力感知を手にしたわけでもない。それでも感覚ができて記録を伸ばしてきている。それなのに魔力感知をもって〔+視認〕の習得も、50本の大台にもたどり着くこともできていない。それはプライドの高い光輝にとって許せない事だ。

 

「すいません、今日は」

 

「構わん。おまえも大変だな」

 

講義を終えた七海が様子を見に来た。

 

「七海先生、俺は迷宮での訓練をさせてください」

 

「ちょっと光輝、それは」

 

「雫は黙ってくれ。先生、確かに皆の能力向上はできた。それは認めます。けど俺がこれ以上伸びないのはこの訓練が俺に合っていないからだ。だから、俺には俺に合った訓練をさせてください‼︎」

「ダメです」

 

即答されギリっと腕に力が入る。だが続きは言わせない。七海はさらに告げた。

 

「……できないのを他人のせいにしている状態ではできない。それに、君はまだ気付いてない。これ以上を求めるならどうすればいいかなど、答えが近くにあるのにしようとしていない。あなたのプライドがそれをさせてない」

 

「なにを、言って‼︎」

 

「これ以上は無駄ですよ。そのくらいは、君が気づくべきです」

 

そうして七海は去った。

 

 

 

 

「俺に、なにが足りないっていうんだ」

 

訓練所に内緒で来た光輝は七海に言われた事を思い返す。

 

皆の事を見ていない、自分しか見ていない。否定したいが七海はその言葉を聞く気がない。だからもう自分でどうにかする。光輝は己のプライドの高さ故にある事に気づいてない。用意してこうなればと移動をする事にした。だが、

 

「なにしてるのよ」

 

雫がいつの間にか立っていた。

 

「当ててあげましょうか?七海先生の言いつけを破って迷宮に行く気でしょ?教会の人達に相談すれば多分うまくいくだろうし」

 

「わかってるならどいて…」

 

雫のアーティファクトを向けられる。

 

「いい加減にしなさい‼︎あんたいつまで自分しか見ないの‼︎七海先生が何度も答えを言ってるのに‼︎」

 

「なっ、君までそんな…」

 

「いい、今のあんたは私から見たらただ意地を張ってる子供よ!どうにかしようと自分で勝手にして、相談もしない。これが周りを見てないって事‼︎」

 

「だからどういう」

 

「ちゃんと言えばいいだけよ!できている人にコツを教えてくれって!みんなできた人にそうして聞いてきた。なのにあんたはどうなの‼︎」

 

そう、七海の予想以上に伸びが早いのは彼らの才能だが、それができたのはお互いを補う努力と見聞を広めた結果だ。だが光輝は自分は勇者だからという根拠のない自信とプライドがそれをさせなかった。

 

「今ならあんたを簡単に倒せるわ。知ってるでしょう?魔力感知〔+視認(上)〕…七海先生ほどではないけど今のあんたくらいなら、魔力で強化した身体がどう動くくらいはわかるわ」

 

雫に備わった新たな技能はまだ七海に及ばないが、それでも光輝を相手取るには充分なレベルになっている。

 

「し、雫」

 

「今回あんたにこれを言いにきたのはもう見てられないからよ。そんなんでも勇者なんだから、そんなあなたがその調子じゃ皆もその内不安になるのよ」

 

光輝は黙っていた。なにも言えなかった。幼馴染にここまで罵倒されるとは思わなかったのだろう。

 

「本当は訓練時以外で訓練する事は先生が禁じてるけど、これ以上はもう我慢できないからコツだけ教えるわ。来なさい」

 

戸惑っている光輝に一閃が掛かった。光輝はどうにか避ける。

 

「よく見て、魔力は常に流れてる。それをどこに効率的に廻してるか!」

 

ギリギリの所を避け「やめろ」と静止を呼びかけても、それでも攻撃をやめない。そしてついに追い詰められた。斬撃の動きがスローのようになる。刃は峰でない。

 

死。それが覚醒させる。

 

「⁉︎」

 

「雫、もう…」

「やめね」

 

いきなり下ろして雫は言う。

 

「できたじゃない」

 

無我夢中だった。だが死が迫って来た瞬間、着ていた防具に魔力を込め、さらに剣撃を止める為身体強化を目に集中させた。

 

「雫、最初から」

 

「言っとくけど、その癖は早く直しなさい」

 

雫は気付いている。彼の根本的な部分が直ってないと。だからそう告げるが今の光輝は幼馴染が自分の為に頑張ってくれた事への感謝で染まっていた。

 

「わかってる。せっかく雫がここまでしてくれたんだ、無駄にはしない。明日必ず100本に到達する」

 

「はぁ、いいから早く戻るわよ。こんな所を七海先生に見られたら」

「どうするつもりですか」

 

「「あ」」

 

1時間ほど説教を受けた。

 




ちなみに
書きませんでしたが生徒たちはメルドの通常の基礎訓練もしておりその後で七海の修行をしてます
そんなフラフラで疲弊したところにくる一級術師(ベヒモス以上)という強敵
超手加減してるとはいえエグい

ちなみに2
魔力感知:自身他人ともに魔力視認は不可。残穢、超集中すれば見える

〔+視認〕:自身の魔力の流れは見える他人はかなり集中が必要。残穢、見えるが誰のか特定不可

〔+視認(上)〕:自身他者の魔力の流れが見える。残穢は誰のか特定不可

そして(極):自身他者の魔力の流れをはっきり確認可能。残穢は個人特定可能

ちなみに3
呪術廻戦のファンブックにて、芥見先生は修行をガッツリやらない選択肢を取ったと言っていましたが、自分は物語の時系列を考えてもどうしても長くなるなと思いました。だからこの研鉈眼光は③までありますが一気に出そうと思ってましたが、やっぱり無理ゲーでした。③はまだ1割くらいです



次回は4月4日に出せたら出します。理由?日車が表紙の新巻が出てテンションが上がるかもしれないから‼︎
七海「………」


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研鉈眼光(けんじゃがんこう)

日車さんには幸せになってほしいと思う今日この頃

でもなぁ〜書いてる人が特級呪霊並みにエグいの書いてくるからなぁ〜(褒め言葉)


七海が提示した訓練開始から1ヶ月半。この日ついに全員が薪を100本切る事に成功した。

 

「やった、やったぞぉ‼︎」

 

雫に言われて己の魔力の使用感覚を切る度に変え、あの時の感じを思い出しながら切り、時間は掛かったが光輝は遂に辿り着いた。

 

「へっ、やっぱおまえならできると思ってたぜ親友‼︎」

 

それと少し遅れて龍太郎もクリアした。結局彼は魔力の視認も感知もできなかったが勘でたどり着いた。勘とはいえ、意識はしているのが功を奏したのだろう。

 

「エリリンもおめでとう‼︎」

 

「ありがとう鈴。ごめんね、待たせちゃって」

 

恵里は始まった当初はいいペースだったが、光輝がスランプになったとほぼ同時期にスランプになり記録が伸び悩んでいたが、ついに達成した。

 

これで全員が達成した。………してしまった。当初七海はそれなりの期間を必要とすると思っていた。彼らの成長スピードは予想以上に速い。

 

10人中8人が魔力感知を取得(最初から持っていた光輝は除く)。さらに10人中7人が〔+視認〕修得。更に内4人がそれに(上)というものが付けられている。

 

(心配な人が2人…いや3人。レベルも上がり実力も上がっている……さて、どうしましょうか)

 

七海的には諦めて欲しい方だが香織の思いも理解できる。複雑な気持ちであった。

 

「1回できたからよしと思わず、続けてください。それに、未だに私には勝てていないのですから」

 

ムッとした表情に光輝はなるが、もう言葉より実力で示そうと思い武器を構える。

 

「では始めましょう。今日からは5分としましょう」

 

2日前どうにかギリギリで3分をクリアできた。だが本当にギリギリだ。最終的に残っていたのは光輝のみ。その光輝も香織がやられる直前に魔力を回復してもらい、雫の指示で回避と防御に専念したからだが、あと10秒ほどあればやられていただろう。

 

「いつも通り、合図と共に始めます」

 

 

「ゼァ‼︎」

 

「はぁぁぁぁ‼︎」

 

光輝と雫が連携して切りかかる。雫は基本的に陽動しつつ攻撃する。そこにできた隙を見つけて光輝が、もしくは直接雫が攻撃するが、できる隙はほんの一瞬でしかも罠の隙もあり攻め切れない。実際龍太郎はその罠の隙にやられ今回最初に脱落した。

 

「雫ちゃん、光輝くん下がって!」

 

「ここに焼撃を望む〝火球〟‼︎」

 

「!」

 

恵里が放った魔法は弱いものではあるが牽制にはなり、七海を引かせる事に成功した。上位の魔法を使う事もできたがこの後のことも考え温存する作戦だ。

 

「光の恩寵よ、戒めをここに〝封縛〟!」

 

光魔法による檻に七海を閉じ込めた。七海は彼女を含めて生徒達が魔法の詠唱の簡略化をしている事を評価していた。特に恵里、香織、鈴、辻はそれぞれ自分達に合った使用をしている。

 

「私が回復をするから」

 

「オッケー!防御は私がするから‼︎」

 

辻は治療師として香織に劣るので基本攻撃せず、回復のみに徹底している。その分守りが手薄になるのはわかるので、彼女は必死に回避力を身につけ、回避しながら安定して魔力を使えるように心掛けて、香織よりも早く〔+視認(上)〕を習得した。……まぁ、すぐに香織も手にしていたが。

 

「墓所を清め聖域なりて神敵を通さず!名付けて〝聖絶:縛〟!」

 

鈴の方は以前七海から結界の指導を受けた。

 

 

「谷口さん、結界の基本は足し引きです」

 

呪術と魔法の関係はかなり似ている。故に七海は結界の関係も同じと判断した。

 

「足し引き?」

 

「まず、〝聖絶〟について君はどう習いました?」

 

「えぇと1回だけならどんな攻撃でも防ぐもので、持続は1分。詠唱を短縮しても発動はできるけど、防御力は下がる…でしたっけ?」

 

「私からすれば、それは大きな間違いだと思います」

 

結界師である鈴には理解できない事を、この人は理解できているのか?と疑問が出るが、それも以前言っていた使う事と理解する事は違う、ということだろうと思えるようになった。

 

「魔力の流れを見て思ったのですが、一度発動した結界を発動した時点で手放している、もしくはただ発動しているだけで維持に力を入れていない。それどころか足し引きを理解できてない」

 

「うーん、よくわかりません」

 

足し引きの意味がわからない鈴は頭が混乱する。

 

「詠唱を短くすると素早く展開できる、ただし結界の防御が下がる。これも足し引きですよ」

 

鈴はそう言われて「あぁ」と少し納得する。でもそうすると、

 

「それ以外で足し引きをする方法があるんでしょうか?」

 

「…防御を展開する際、相手側だけでなく自身側の耐性も同じ程度になっている。そうなると、術としての強度も維持も取りにくい。しかもそれでは強い相手にはすぐに破られる。…もちろんレベルが上がっていけば問題ないですが、強い敵と相手する際に問題が発生しやすくなる」

 

「つまり…防御するのは片方のみに集中するって事ですよね?」

 

「それもありますがあなたは結界師だ。守るだけが結界ではないということ、そこに先程言った足し引きを意識してください」

 

 

結果、七海の考えは当たり、それにより作られた彼女のオリジナル〝聖絶:縛〟は最強の防御を自分達に使うのでなく相手を閉じ込めることに特化した結界になった。以前までの結界の割り振りが5:5なら今は9:1ほど。あえて10:0にしない事で1の部分から自身の魔力を流して供給し続けて維持する事ができる。

 

(まだ未完成だけど、これならそう簡単には抜けられない)

 

これプラス内部に魔法を発生させる案が彼女にあるがまだそこまではできない。だが〔+視認〕のおかげで自身の魔力を見て結界への魔力供給ができ、さらに彼女のみに備わった新たな技能〔+魔力効率上昇〕でムダなロスが少なくて済んでいる。生徒の中で今1番魔力を安定的に使えるのは彼女だろう。

 

「フム…シッ」

 

だが、七海はあっさり檻を破って次に結界を殴った。数撃でヒビが入る。

 

「ウソん⁉︎みんなまだぁ⁉︎」

 

いずれは動きながらできる方法も見つけるつもりだが、今の鈴では結界の維持の足し引きとしてその場から動けない。意識を集中させて結界を修復、維持をするのももう限界だ。とここで残りの後方組と光輝の詠唱が終わり、上位の魔法が一斉に発動した。

 

「やったか」

 

「あ、そのセリフ…」

 

光輝の言った言葉に鈴がツッコミを入れる前に、爆煙の中から七海が無傷で出てきた。

 

「ひっ」

 

「のみ込め紅き母よ〝炎狼〟」

 

恵里の炎の津波が壁となる。攻撃と防御、そして牽制だ。この程度で七海は止まらない。鉈で振り払い突っ込んできたが、

 

「〝風槌〟!」

 

「⁉︎」

 

詠唱なしの風の魔法に飛ばされた。

 

恵里は本来自身ができるはずの降霊術ができない。故に役に立つよう徹底的に魔法の簡略化を目指した。そして今回それを見せる判断をした。

 

(無詠唱…彼女は最初弱い魔法も詠唱していたが、ブラフでしたか)

 

なかなか強かで狡猾だと彼女への評価を変えていると…七海はゾクリと悪寒を感じその場をバッと離れた。

 

「クソっ」

 

「良い動きですね遠藤君。しかし」

 

回避と同時に手を軸にしてグルンと回転蹴りで着地した遠藤を倒す。

 

「まだ、焦りがある。それと戸惑い…寸止めができるのかというね」

 

怪我をさせてしまったら、という遠藤の一瞬の戸惑いが彼の気配を露見させた。

 

「やるならちゃんとできるようになってからにしてくださ…」

 

瞬間、七海が香織によって光魔法による拘束をされた。さらに彼女はそこに幾つもの捕縛系の魔法を加える。

 

(短期間で幾つもの魔法の詠唱を簡略、無詠唱化し、尚且つそれを同時に……前の模擬戦時にはここまでできてなかった、つまり先日の休みに自己研鑽をしたのでしょうが、ただ本を読んだり魔力を扱いをよくしようとするだけではこうはならない……これは、まさか彼女はまた)

 

七海の考えた通り、彼女は七海の目を盗んで勝手に城外の魔物と戦っていた。雫がいなければ危ない面があり、以降はしないつもりだが、その時感じた危機を回避する為のイメージは今もある。そして彼女の魔力を使用する才能は他の人とは桁外れだ。鈴と違い〔+魔力効率上昇〕は持っていない。だが彼女は〔+視認(上)〕によって流れを読み解き、効率的な魔法の使用を心がける事ができる。その際、使う魔力を決めたら分割し、それに合った魔法の同時使用を可能にした。治癒師の彼女がここまでできるなどこの世界の常識を覆している。

 

「〝天翔剣〟‼︎」

 

光輝の詠唱を終えた一撃が七海に迫る。拘束し、動けない、これならいけると決めにかかる。だが、

 

「へ、っがぁ⁉︎」

 

七海は光輝が拘束しきれていなかった手で彼の腕を持ち、力技で投げ飛ばした。

 

「……今のは君のミスですね。万が一を考え近距離で同時に剣での攻撃をしようとしたようですが」

 

とはいうが、実は今の攻撃を受けても、呪力で強化している今の七海にはあまりダメージは入る事はなかったが。

 

(残りは後衛組5人と前衛1人の計6人。内3人辻さん、中村さん、野村君はもう限界、残り時間は1分と少しといったところでしょうね)

 

バキリと力で拘束を解いて状況を確認した。

 

言うまでもなく七海は手加減はしている。してはいるが、時間以内に勝負を決めるつもりでいる。戦況と位置関係、相対している生徒達の能力を瞬時に計算し、攻勢に動く。まず最初に最後の前衛である雫に狙いをつけた。

 

「‼︎」

 

高い俊敏を駆使してどうにか攻撃を避けるが、それが罠だとすぐに気づく。相手が避けるように攻撃した七海は動きを読んで思い切り振りかぶる。雫は無理に跳躍して避けたが、それでは次の攻撃は避けきれない。

 

「刹那の嵐よ見えざる盾よ荒れ狂え吹き抜けろ渦巻いて全てを阻め」

 

噛まないのかと言いたくなるほどの早口で詠唱をする鈴。瞬間、七海は気づくが振りかざした手はもう止まらない。目の前になにもないのに何かに触れた感触を感じ、それが爆ぜる。

 

〝爆嵐壁〟: 対象の目の前に巨大な空気の壁を展開させる。空気の壁の為認識するには魔力視認能力が必要だが、この術の真骨頂は攻撃された時に起こる。強い衝撃を受けると展開した空気の壁がたわみそれが限界に達すると爆発が巻き起こる。

 

これは彼女にとってもできるかどうかは賭けだった。まず魔力を使おうとすれば大抵七海に気づかれる。詠唱しようとすればなお警戒される。だから雫に意識が向いたときの瞬間を見て日々練習した詠唱の簡略化と早口で実行した。これならと思うが、

 

「今のは流石に驚きましたよ。成長していますね」

 

(あぁ、だよねー)

 

もうわかっているというか、諦めというか、そんな表情でほぼノーダメージの七海を見る。さすがに直撃はまずいと七海は感じ、空気の壁に攻撃した瞬間、その壁を軸にぐっと力を入れ手を後方に下げた。爆風は受けたが呪力による身体強化で最小限のダメージで済んだ。

 

「香織、あとどれくらいで準備できる?」

 

「もうちょっと。流石に無詠唱はむずかしいし、他人からだから尚更」

 

「なら、もう少し頑張るしかないか……残り時間的にもこれが最後ね」

 

七海はとんとんと軽くジャンプしている。そして脚に呪力を込めた。

 

「しまっ…⁉︎」

 

急に攻めてきた七海に対して咄嗟に防御の構えをしたが、七海はそれをスルーして後衛組の方へ向かい、瞬時に鈴をぽーんと押して線の外に飛ばして彼女を脱落させる。

 

(残り、およそ30秒)

 

それだけあればと思い、残りの後衛を倒そうとしたが、彼女達の前に結界が張られていた。

 

(最後の瞬間に弱いが結界を……しかしこの程度)

 

瞬時に破ったが次は地面が爆ぜ、土埃が起こり視界が遮られる。

 

(これは、野村君の…だが、彼の魔力はほぼ限界なのに、何故これほどの魔力が)

 

土術師の彼は土系の魔法に高い適性があり、今のように地面を爆ぜさせたり、土埃を操作してカーテンのように視界を遮ったりする事もできる。〔+視認〕は持っていなかったが取得寸前の為か、集中すればきちんと見ることができていた。だが彼は男だ。しかも好意のある女性の辻が後ろにいる。やる気と守りたい思いが彼を覚醒させ〔+視認〕を習得させる事に成功し、彼はあえて土埃に多大な魔力を込めた。これにより視覚だけでなく〔+視認〕を騙くらかすつもりだ。だが、七海のそれは(極)、極めている。すぐに見破るが既に香織の詠唱も他の者達の詠唱も終わり、準備万端だった。

 

「〝廻聖〟‼︎ 〝譲天〟‼︎」

 

〝廻聖〟は一定範囲内にいる者の魔力を他の者に譲渡する事が出来る。さらに自分が譲渡するだけでなく、他の者から強制的に 魔力を抜いて譲渡する事も可能。しかしその場合は詠唱に時間がかかり、抜き取る魔力の量もあまり多くは出来ない……本来なら。だが彼女は〔+視認(上)〕を得て自信の魔力の流れ、さらには相手の流れを読みとることができ、理解した。対象が魔力の譲渡を承諾した際なら、手を繋ぐなど体に触れる事で擬似的な流れの道を作り出すことが可能だと。そうする事で多くの魔力を抜く事もできる。

 

(けど、やっぱり無理がある)

 

だがこれにはまず譲り受ける対象にも〔視認(上)〕が必要である。結局は他人の体に流れる魔力なのだから協力して魔力の流れを1から作らなければならない。しかも時間がかかるのは変わらない。いうなればこれは自分でない誰かに託す最後の手段。時間稼ぎとして残った魔力の一部を野村に送り、彼も意図を理解して時間稼ぎの為残り魔力全てを使った。そして皆が時間稼ぎをするその隙に〔+視認(上)〕を持つ香織、辻、恵里の3人で流れを作り、残る魔力を香織が受け取り、〝譲天〟で対象の魔力を回復させる。その対象はもちろんこの場で唯一七海と接近戦のできる雫だ。

 

「あと、お願い」

 

残り10秒。雫はコクリと頷き構える。受け取った魔力を使い最後の攻撃をするつもりだ。

 

(後の皆さんは魔力的に戦闘不能。残り時間を考えてこれが最後ですね)

 

残り8秒。雫を無視して鈴に向かったのは彼女も計算してはいたが上手くいってよかったと思う。援護に入ろうと思えば入れたが彼女は皆を信じる選択をした。その時間全てを集中に使い、今解き放つ。

 

(居合ですね)

 

残り5秒。何をするのかなど読まれているのを前提で、溜め込んだ力と魔力による身体強化をし、更に高い敏捷を活かし、地を蹴る。

 

「!」

 

残り4秒。七海がここでとるのは防御、回避、カウンターのいずれかだ。そして選んだのは、

 

「シッ」

 

攻撃…と見せかけた防御。ガキンと金属音が聞こえた。七海の防御を破り、大鉈を持った手が上がり胴ががら空きになる。そこに追撃をする……前に時計の音が響く。だが振った攻撃は止まる事はない。それどころか寸止めをするつもりだったが音でその意識が一瞬消えてしまう。

 

(マズ…え)

 

だが打ち上げた腕とは逆の手で掴まれブンと投げられた。

 

「つつぅ」

 

ゴロンと転がり衝撃を殺したが、ダメージはあった。

 

「5分…ギリギリクリアですね」

 

(さっきの隙、それにこの感じ)

 

雫は気付いた。それはあまりにも衝撃的なものだが。

 

 

 

「今回、今までで1番いい感じだったね」

 

「俺は不満だなぁ、最初にやられたし」

 

「あれは龍太郎君が見え見えの罠に引っかかってんのが悪い」

 

鈴の言葉に文句が言えず「ぐぬぅ」と声をもらす。

 

「最後のうまくいってよかったね」

 

「2人のおかげだよ。辻さんありがとう。私の代わりに回復役をしてくれたおかげで、攻撃と防御に集中できたよ」

 

「あ…ありがとう。私は白崎さんより回復が劣るからそれだけを集中して訓練してたから逆に防御とかできなくて…」

 

「そのおかげでだいぶ回復魔法に磨きがかかって回復速度が上がってるんだから」

 

いまだに香織との差にコンプレックスはあるが、戦闘時はそれを感じないようにはなってきていた。

 

「やっぱり!俺も〔+視認〕ゲットだ‼︎」

 

「あーいいなぁ。私今回七海先生に最初に狙われたから、あんま活躍できなかったし」

 

「坂上が守った間にすぐに皆に色々付与してくれたじゃん。あれ助かったぜ」

 

「そ、そう?」

 

実際彼女、吉野真央が付与魔法で皆を強化してなければもっと早く負けていた。彼女も七海の指示で詠唱の簡略化と早口、さらに〔+視認〕で己の魔力の流れを見てどうすれば付与を効率よくできるか考え、自身に何度か行い、効果的な付与魔法を使うのを心掛けてきた。皆の縁の下の力持ち的なポジションだ。

 

「おーい、遠藤大丈夫か?」

 

「大丈夫。それより放置しないでくれてありがとう」

 

数日前なら気付かず放置なんてことが度々あり、その都度七海が声をかけて気付く感じだったが〔+視認(上)〕のおかげで集中すればどうにか見えるようになった。…そう、どうにか。(上)でもかなりの集中がいる。今回気付けたのも、雫が終わってからまだ集中状態が残っていた時に見つけて永山に指示をしたからだ。

 

「今日の訓練はこれで終了です。怪我をした方は回復魔法または治療を受けてから休んでください」

 

それではと七海が踵を返そうとすると、光輝が呼び止める。

 

「七海先生‼︎もういいでしょう‼︎そろそろ迷宮へ行っても‼︎」

 

「理由をお聞きしてもいいですか?」

 

「薪割り訓練は第2段階として100本できた人は制限時間まで続けるものに変わり、それで魔力を消費した状態で七海先生と訓練してここまで戦えるようになった。全開の状態なら勝ってた……もう充分でしょ‼︎」

 

「…確かに、君達は強くなった。正直言いますが私の考えよりも早く。これなら最低30…いや40階層までは余裕だと思っています」

 

「なら」

 

「そのうえで君を含めて全員にお聞きします。白崎さんと八重樫さんには言いましたがこの先、本来なら訓練の慣らしの為に20階層まで行くつもりでしたが、それより先に行くかどうか、皆さんで決めます。行くなら手を挙げてください」

 

瞬間、ビッと11人中10人が挙げた。そう10人。雫を除いて。

 

「雫どうして⁉︎」

 

「雫ちゃん?」

 

光輝はまた手を挙げない彼女に驚き、声を上げる。香織は彼女がなにか考えがあり、そうしているのがわかり彼女に問う。

 

「……先生、正直に言ってください。今まで、この訓練の時も含めて、一度でも本気になった事はありますか?」

 

「訓練ですから手は抜きますよ」

 

「「「「「え⁉︎」」」」」

 

数名が驚く。正直先程の訓練は本気でかかってきていると思っていた者もいたようだ。

 

「なら、どれくらいの割合の力をだしてました?」

 

「……だいたい2から3割というところですね」

 

「「「「「「「「「⁉︎」」」」」」」」」

 

雫以外全員が驚く。手加減されていると思っていた者も、まさかそこまでとは思っていなかったのだ。

 

「一応ベヒモスの時は一瞬本気になっていましたが、あれは皆さんを早く助ける為でもあったので、本来なら別に本気を出さずとも勝てていたでしょうね」

 

自分達がどうにもならなかった相手すらこの人にとっては本気になる必要もない。それがどれほど凄まじいのかなど考えるまでもない。ちなみに皆は知らない事だが七海の言う2から3割というのは抑えている呪力量と出している力量を踏まえてのものだ。この世界に来て呪力と膂力が上がった七海は、以前なら2割から1割抑えていた呪力を現在は5割ほど落としている。それでも充分、以前の時間外労働前と同等の出力が出せる。

 

「先生、今の私や光輝、龍太郎にベヒモスは倒せますか?」

 

「………正直言って難しいですね。できない事はないかもしれませんが」

 

七海的に前衛の3人の等級は光輝が準1級弱、雫と龍太郎は2級強と言ったところ。もちろん等級は呪霊と呪術師の強さの割り振りと同じく4級は4級の魔物に勝てて当たり前で2級は1級に近い実力として割り振っている。だが、それでも2級と準1級では力の差はある。さらに光輝は準1級に当てているが戦闘時におけるツメの甘さ、戦闘経験の浅さ、攻撃が真っ直ぐすぎる、いまだ人との戦闘の際に見える踏み出せてない、戦争を理解しきれていない。これらを考えると彼は対人戦では2級程と七海は考えている。そして、雫が言わなければ七海は自分から今まで出してきた自分の実力を言うつもりであった。

 

「さて、再び聞きましょう。…20階層より先に行くかどうか」

 

そして手を挙げたのは4人。光輝、龍太郎、永山、そして香織だ。

 

光輝は正直どうしてこんな事をするのかと怒りがあるが、他の3人はだろうなという思いだ。今の七海の言葉を聞くとなおのこと。悔しい思いは当然あるが。

 

「多数決で決めるなら拒否ですが、皆さんは行きたくないというより悩んでいると言ったところですね。……もうぶっちゃけると、私は皆さんが諦めてくれたらいいと思ってます」

 

「なっ⁉︎つまり、元から俺たちを強くする気はなかったんですね‼︎」

 

「それは違いますよ。というか、今君は強くなってないと思ってるんですか?」

 

「それは結果論でしょ‼︎」

 

はぁ、とついに七海はため息が出た。

 

「さっきの続きですが、君達には強くなってほしい気持ちはあります。私がいなくなっても生きるだけの実力はね。だからその時までわざわざ危険をおかす必要はない。しかし、君達は白崎さんの言葉を聞きここにいるのも事実です。先ほど言いましたが40階層は余裕でしょう。それぞれの気持ちに正直にし、命を考え行動してください」

 

そうして立ち去ろうとするが、

 

「わ、私は行きます‼︎」

 

恵里が大きな声で言う。

 

「ここで止まってたら先に進めませんし、残った意味もなくなります。だから、私は行きます‼︎」

 

今までも彼女は物静かだがここぞという時はハッキリ自分の意志を言う方だ。それに勇気をもらった者も多い。

 

「エリリンと同じく私もです。私は皆で笑顔でいてほしい。守るために、私の力はある。何もしないで守る事なんてできない。だから、行かせてください‼︎」

 

鈴もハッキリとした声で己の覚悟を示す。そうして手を挙げていない者もそれぞれの思いを胸に行きたいと語る。

 

「……八重樫さん、あなたはどうなんですか」

 

雫はそれでも挙げていない。光輝が何か言おうとするが香織が止める。

 

「雫ちゃん、私のわがままに付き合ってくれなくてもいいんだよ。雫ちゃんの言う事は正しい。けど、私は…早く行きたい。時間がかかるほど思っちゃうから…もうだめだって。だから…」

 

香織がその先を言う前に雫は手を握る。そしてもう片方の手を挙げる。

 

「大丈夫よ。無理はしてないし、これは私の意志よ」

 

安心させる為に彼女に言うが、本心でもあると香織も長年の付き合い故にわかる。

 

「これで全員ですよ七海先生‼︎」

 

鬼の首を取ったように光輝は告げる。七海はため息をまた出して、

 

「いいでしょう。ただし、今日は休んでください。出立は明後日とします。決して無理をしない事、いいですね」

 

光輝はついに認めたと心の底から喜ぶ。当然、七海は認めてないし、心境としては複雑だが。




ちなみに
『七海がいることで原作以上に苦労or酷い目に遭う人リストfile1:谷口鈴』

もう気付いた人がいると思いますが七海の修業で1番成長したのは鈴。彼女は独学で未完成ながらいくつもの防御、結界魔法を作りました。でも訓練のたびに七海に突破されます。そしてそのせいでかなり後々すげー苦労することに
鈴「え?」



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ありふれさんぽ:天職病

以前彼を出すのはもう少し先と言ってましたがウソになりましたね。

番外編だからいいか的な感じですな


それは、薪割り訓練の際に気付いた。

 

「うおら!」

 

龍太郎は鈍大鉈を振りかぶり、薪を切ることには成功したが、

 

「あれ?これ刃こぼれしてるな」

 

「あ、私も」

 

香織もそれに気付いた。

 

「失格です。ハイもう一回」

 

「「えぇぇ〜!」」

 

当時記録、龍太郎:88本。香織:117本。

 

「って、香織は既に100本達成してるからいいじゃねーか⁉︎」

 

「今の目標は、200なの‼︎」

 

新たに大きな目標を持って更なる向上を目指す香織の姿に、龍太郎はスゲーと思うと同時に早く達成しなければと考える。少し前は光輝を追い越していたが、彼がスランプから脱するとあっという間に追い越されて今は最下位だ。

 

「なら、しゃーねーな。いっちょやるか。先生、次の鉈をくれ」

 

七海はコクリと小さく頷いて近くに置いてある袋から大鉈を渡す。受け取った龍太郎はさぁ始めるかと思ったがひとつ疑問が湧いてきた。

 

「なぁ、先生。この大鉈俺等だいぶ壊してきたけど、今は誰が作ってんだ?」

 

かなりの数が破壊されて最初に七海が持ってきた袋はとっくに空になり、次々と新しいものが運ばれてくる。

 

「そんなの、この国の錬成師でしょ?」

 

「いやだってよ、それにしちゃどれも鈍だし、しかもどれもおんなじくらいの」

 

「そのくらいの調整はできるでしょう。そうですよね、七海先生?」

 

雫の意見は、

 

「?」

 

「…………え?」

 

七海の「何言ってるんですか」的な顔を見て間違っているとわかった。

 

「え、ちょ、ちょっと待ってください⁉︎今の今まで私達が壊して来たの全部南雲君が作ったものですか⁉︎」

 

「えぇ、そうですが何か?」

 

その事実には生徒全員が唖然としていた。壊した数など数えることができないほどだ。最低でも200は超えている。

 

「いったいいくつ作ったんですかこれ?」

 

「さぁ、とにかく彼には自身の術に対する理解を深めてもらおうと思っていたので、魔力がある限り作ってもらい、魔力回復薬を飲みながら1日にいくつも作るようにしてもらったので…1日100を目標として日課にさせてました」

 

ハジメに対してもスパルタであった。とここで、「そういえば」と香織は思い出す。

 

「作ってる時の南雲君、最初は大変そうな顔だったけど……大迷宮に行く前に見た時はなんか眼に光がなかったような」

 

「なんだろう…私、南雲君に今すごく同情してる」

 

「今まで散々壊してきたけど、それ聞くとなんだか…ね」

 

鈴と恵里もそれぞれ同情を見せている。もしこの状況をハジメが見たら複雑な感情を見せるだろうなと思いながら。

 

「俺、かなり壊してきたけど、南雲は許してくれるかな?」

 

光輝ですら同情している。散々作ってきたものは全て鈍だとしても、時間がある限り限界まで作り続けたものを容赦なく壊すのだから。

 

「ちなみに、今回の件が無くとも、皆さんにはこの訓練をしてもらうつもりでした」

 

「そのことって南雲君は…」

 

「知りませんよ」

 

言おうと考えてはいたが、その前に彼が奈落へ落ちてしまったのだから。

 

「さ、話は終わりです。続けてください」

 

皆心の中で「ごめん南雲」と思いつつ、薪割りを続けた。

 

 

とある大迷宮内。一般的には存在を確認されていない場所に、金髪の少女と白髪の少年がいた。少女は少年がなにかをしているのを見ていた。

 

……彼の眼に光がないので、心配そうな顔で。

 

「なにしてるの?」

 

「ん?見りゃわかるだろ?錬成で…………大鉈作ってるぅ⁉︎」

 

彼の足元にはいくつもの大鉈があり、作った自分で引いていた。

 

ここ最近は命の危機の為できていなかった日課という名の職業病…否、天職病を無意識にしていた事実に彼は愕然とし、多少落ち込んだ。

 

しばらくそれは続き、そのたびに彼女に指摘され、作らないようになるにはしばし時間がかかったという。

 

 




続けることに意味がある………たぶん、絶対、間違いない(遠い眼をして)

お気に入りが1000を越してました。ちょっと嬉しい。
皆さんありがとうございます。それと毎回誤字脱字を指摘してくださる方々、ありがたく思っております
この場で感謝をさせてください、ありがとうございます!

次回は…たぶん4月の終わり頃か、5月の始めに出します


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銘心鏤骨

今回、思ってたよりながくなった。ベヒモス倒すまで行きたかったけど無理でした


1日しっかりと休みを確保して向かうとし、それぞれの思いを持ったまま1日を過ごす。

 

「あの〜七海先生?いつまで一緒にいるんでしょうか?」

 

「自業自得よ」

 

「あなたが言えるセリフではありませんよ。最近怒られたばかりでしょ?」

 

「うっ」

 

ひとりの女子は監視付きだ。それともうひとり、補助役の女子も含めて。

 

「天之河君ですら注意後はきっちり休みをとっているというのに……はやる気持ちはわかりますが自分の命を蔑ろにするような行為はやめてください」

 

香織は今日1日七海&雫の監視付きである。

 

「引き受けてくださり、ありがとうございます八重樫さん」

 

「いえ。正直監視したくなる気持ちはわかります」

 

「ひどいよ雫ちゃ〜ん」

 

模擬戦時に感じた香織の成長に違和感があり問いただした。香織は観念したのか城外の魔物と勝手に、しかもひとりで戦っていたこと、おまけにそれに気づいた雫が来た時、魔力を使い果ててしまい危うかったことを白状した。当然ながらその時雫にもとてつもなく怒られたそうだ。そしてそれを報告しなかった雫も香織と共に七海に怒られた。結果、この監視である。流石に女性にずっと付き添う事などできないので罰も含めて雫にも協力をしてもらっている。

 

「まぁ、それであれほど強くなったというのは流石と言うべきですね。弱い魔物で八重樫さんのフォローがあったとはいえ、多くの魔物相手によく戦えたものですよ」

 

光輝や雫のような武芸に力を入れている人物ならともかく、つい最近まで戦いのド素人であった香織があそこまで戦い方が向上したのは、おそらく元々あったが現代日本でまず使う事などない天性の戦闘センスによるものだろうと七海は言う。

 

「……先生、あの」

 

「だからといってすぐに下層へ向かうというのはなしです。そもそも君はセンスがあっても前衛でなく後衛向きなんですから」

 

わかりやすく落ち込む。

 

(と言っても、現在のチーム編成を見ると正直予定している35階層どころか、もう少し下もいけるのも確かですが)

 

七海は褒めも貶しもしない。ただ真実を、事実を、きちんと見つめて己を律する。だがそれを今言えば彼女は無茶をするだろう。

 

「順序を決めていきましょう」

 

「はい…あの、七海先生、雫ちゃん」

 

「「?」」

 

「ちょっと、付き合ってくれませんか?」

 

 

街へ出て散策する。賑わう人々の往来だけを見ると違う世界とはいえ戦争があるとなど思えない。だが、ひとりの生徒の死がこの世界はそういう世界なのだと彼らに理解させた。

 

「それで、どうしたの香織?」

 

「うんと、確かこの辺なんだけど」

 

「………彼女を、探しているのですか?」

 

七海が知っているのは予想外なのか香織は驚く。ここ最近は自分達の訓練を手伝ってくれていたのもあり、知らないと思っていたのだ。

 

「これでも君達の担任ですし、畑山先生に全部押し付けたくもないので………いましたよ」

 

「あれは園部、さん?」

 

どこか落ち込んでいるような、悩んでいるような、少なくとも明るい表情でないのは間違いない園部優花がそこにいた。それともうひとり、おそらく警護兼ケアをしているであろう侍女がいた。

 

「園部さん」

 

「あ、し、白崎さん」

 

園部は香織を見た瞬間に逃げるように踵を返した。香織が「待って」と大きな声で止めると一瞬立ち止まるが、彼女はすぐに歩き出す。

 

「園部さん、白崎さんはあなたに言いたい事があるそうです。その為に彼女はここに来ました」

 

七海達を呼んだのは香織だけでは勇気が出ないからだろうとわかる。だからこそ、後の言葉はちゃんと自分で言わなくてはいけない。そして付いてきた者として教師としてその手助けくらいはしようと思い、七海は告げた。

 

「園部さん、その…明日からまた私達は迷宮に行く。けど、一緒に来ない事を私は責めないよ……あの日からずっと避けてるなっていうのはわかってた。その理由も……自分を責めないで、これは私のワガママで」

「違う!」

 

園部は手を震わせて思いをぶちまけた。

 

「違うの。あの時、南雲に助けられたのに、私は何もできなくて、今も怖がって……何もしないで」

 

その言葉に七海は反論しようかと思ったが、今は香織が言うべき事を言う時と考え、あえて黙っておく。香織は園部に近づき正面に立つと手を繋ぐ。

 

「うん。わかってる。私が言いたいのはそうじゃなくて……感謝」

 

「え?」

 

「本当は不安だったんだ。あの時、巻き込む事はわかってる、それでも行きたいって気持ちもあったけど、それと同じくらい私や光輝君が参加するからって、また最初みたいに皆が参加するのが私は怖かった。だから、あの時断ってくれてありがとう」

 

断ってくれてありがとうなんて言われるなどまったく思わなかった彼女は、ポカンとした表情になるがすぐに涙が出てきた。

 

「どうやらフォローは必要ないみたいですね」

 

「ふふ」

 

やっぱり止めていた時点でフォローはしていると雫は思い、同時にこの先生はやっぱりいい人だと再確認していた。園部の方は「よし」と決意を固めたのか七海の方へ来る。

 

「先生、以前言ってた愛ちゃん先生の護衛の事なんだけど…やっぱり行きます」

 

「…そうですか。わかりました。ただし、条件があります。まず畑山先生の許可をもらう事、それと護衛は最低でもあなたを含めて6人以上集まる事、最後に、これは最初に言いましたが護衛といってもあくまでもあなた達の命が第一です。けして、命をかけて畑山先生を守るというのは考えないでください。この件は畑山先生にも伝えておくので」

 

「はい!……白崎さん、ううん、香織ちゃん。私は私なりに出来る事をする。だから、気を付けてね。南雲が無事に見つかる事を応援してるよ」

 

その口調と表情は勝ち気でパワフルないつもの彼女であった。

 

園部を見送って少し街をぶらついた後戻る。余談だが見送る前に七海が「白崎さんと一緒にいるのは監視でもあるのでどっちにしろ一緒に来ましたけどね」と補足情報とその理由を言い、笑いが起こった。

 

 

 

翌日、彼らは再び迷宮のあるホアルドへ向かう為馬車に乗ろうとした。すると人数が減った事により以前より馬車の数は減っていたが、引く馬の数が多くなっている事に気付いた。しかもその馬が全て早馬であるというメルドからの情報によりまたも教会の手口だとわかる。さっさと行って力をつけて魔人族と戦って下さいという魂胆が見え見えである。

 

「というより、隠す気がないみたいですね。こちらがそうするしかないのをわかってのことでしょうが」

 

「すまんな、いつも」

 

馬車内で前回と同じく会議をする。今回は念入りにだ。

 

「とりあえず、今回の目標は35階層って事でいいんだな?」

 

「……えぇ。前回と違い、今回は常に私も彼らについておきますし、罠に関してもしっかり観察し注意と警戒を怠らないよにしましょう」

 

「あの時の事は、おまえのせいじゃない。埋もれてたグランツ鉱石が見つかったのはおまえが離れた後だ」

 

「しかし、あの場に私がいれば、南雲君が死なずにすんだのも事実ですよ」

 

メルドは七海という人物について、報告を受けた当初から寡黙だが生徒思いの人物と思っていた。そして、責任を放棄せず言い訳をしない人物であるということも理解していた。

 

「そうだな。だが、あの場にいた俺がちゃんと守れなかったもある。自分だけで背負うな」

 

「…そういうつもりではありませんよ。ただ、私には彼らの事を任された教師であるという責任がある。それだけです」

 

ここで言う「任された」には、異世界に来て戦う生徒を守るなんてとんでもない事例は当然想定されていない。だが、そうなってしまった以上はそうするべきというのが七海の考えだ。

 

(難儀だな)

 

口に出す事はせず、七海とそれ以降も会議を続けていると前回よりも早くホアルドに到着した。

 

「よし、各自休憩をとってオルクス大迷宮に挑む。準備を怠らないように!」

 

軽く休憩をとっている間に武器の手入れと、迷宮内で食事をすることになるので、食料などの物資の追加購入をする。

 

「建人殿、今回は35階層を目指すと聞いたのですが」

 

「えぇ、それが?」

 

マッドが買った物を運びながら七海に問う。疑問があったからだ。

 

「その割には食料や回復薬が多い。もちろん万が一の為もあるのでしょうが、それでも多い。もしや、その先に行くつもりでしょうか?」

 

「………」

 

「こんな事、私が言うのはおかしいかもしれませんが、我々の世界の事は気にしないでください。香織殿の思いや彼らの命など様々な事を天秤にかけて迷っているのはわかります。そして、我々の世界の件についても」

 

七海は以前言ったように、生徒が戦う前に自分が戦う事を今も頭に置いている。別に七海はこの世界の人の命などどうでもいいとまでは思わない。優先順位が高いのは生徒の命と帰還だが、仮に彼らが帰還しても自分は当初の予定通り魔人族と戦う予定だ。この世界に呼び出したエヒトと呼ばれる存在がまたすぐに彼らを呼び出さない為に。そしてどのような形かわからないがいずれ来るその時(・・・・・・・・)に備え彼らを強くしておく必要はあった。それが早い方が良いのも事実だ。

 

「別に気にはしてません。ただ、これが今すべき最善と考え行動しているだけです」

 

「…わかりました。ただ、これだけは聞いてください。少なくとも私とパーンズ、それと団長はあなたの味方です。なにか出来る事があればいつでも助力に入ります」

 

(メルドさんから聞いた……わけじゃないみたいですね)

 

メルドという人物への信用もあるがマッドは聡明な人物だ。全てではないがなんとなく七海の考えを理解しているのだろう。

 

「そろそろ時間ですね。行きましょう」

 

コクリと頷き集合地へ向かった。

 

 

迷宮に入ってからしばらくして彼らが感じた事は「あれ、前回こんな楽だったっけ」ということ。手加減されていたとはいえ、七海と弱体化した状態で戦っていたのと、日々の訓練でレベルが上がっていたのもあったが、それよりも魔力の運用法が変わり最小限の動き、最小限の消費で済んでいる。あっという間に、しかも最速で20階層に到達した。

 

「ロックマウント撃破ァ‼︎」

 

イエイとハイタッチをする龍太郎と永山。魔力で強化した肉体のそれぞれの拳の一撃で粉砕した。

 

「にしても、魔力感知ができてないのによくちゃんと魔力制御できるよね」

 

辻のように〔+視認(上)〕を持つ者であれば、他人の魔力の流れもある程度読み取れる。だからこそ驚きなのだ。自分だけとはいえ魔力の流れがハッキリ見える〔+視認〕を持っていないのに、しっかりと魔力の効率化ができているのだから。

 

「まぁ、脳筋って事でしょ」

 

「ウルセェよ。ただ、俺もその技能が欲しいけどな」

 

「ないならない者なりのやり方があります。そして君はそれができている」

 

「けど、あった方が便利なのも変わらない。もっと集中していかねぇとな」

 

パンパンと頬を叩き気合を入れ直して先へ進む。龍太郎にとって七海は到達すべき目標だ。ちょっとは戦えるようになっていると思ったが、今まで彼が本気で戦っていない事は彼の中で大きな変化をもたらしていた。「もっと強く」と。

 

「21階層から先は後退はあっても前進はまだない。おまけにこれ以降の魔物との戦闘も未経験に近い。気を抜くなよ」

 

警戒をしつつどんどん先へ進む。出現する魔物も交代で倒す。

 

「きゃぁ!」

 

「香織!よくも…うっ」

 

「取り乱さないでください、前回と同じですよ」

 

前回のロックマウントを倒した原因は、香織がロックマウントに攻撃された時に感じた気持ち悪さを、光輝が死の恐怖と勘違いした事で大技を使った事によるものだ。今回も魔物の固有魔法で土埃を飛ばされて、香織は防御したものの女性というのもあり声を出したが、光輝はそれが恐怖によるものとまたしても勘違いした。すぐさま七海は光輝を引っ張って無理やり下がらせ瞬時に目の前の魔物を倒した。

 

「感情に流されていては冷静な判断はできませんし、魔力の流れも乱れる。そんな調子でこの先戦うなら下がっていたほうがいい」

 

「……俺は、別に感情的になんて」

 

そうやってすぐに言い訳をしている時点で、感情的になっている証拠なのだが、それに気付けないのが今の彼だ。七海も指摘しておくが今は迷宮どんな危険があるかわからない場所で、余計な事を言って周りを乱す事をしないように、その言葉を聞かず先へ向かう。

 

当然だがそれが光輝の感情を逆撫でする事も七海はわかっているが、今は個人よりも全体を考えるべきと判断して先の行動をとった。

 

「ほら早く先に進むわよ」

 

雫は七海がこれ以上言わなかった理由もなんとなく理解して、光輝を進ませる為声をかけた。光輝はそれを自分を心配してくれたのだと勘違いしていたが。

 

「さて、ここまでは順調ですね」

 

「あぁ。もう32階層だな……それで、どうなんだ?」

 

先頭にいるメルドが生徒たちに聞かれないように話す。

 

「なにがですか?」

 

「35階層より下を行くかだ。言い出したのはおまえだろう?」

 

メルドは馬車の中でもし可能であると判断した場合には35階層より下を目指すと七海から言われて心底驚いた。

 

「お前はあいつらを大切にしている。だから危険な事は避けて安全に少しずつ目標を伸ばすと思っていた」

 

「当たってますよ。危険は避け安全に目標を伸ばす、それは変わりません。が、どんな形であっても私は彼らから離れる。その間にベヒモス級の敵と相対した際に生き残れるようにしなくてはいけない。私がいなくなれば速攻で彼らが戦闘に繰り出されるのですから」

 

「それがいつかわからないなら、少しでも早く、しかし命を大切にってところか。悩ましいな」

 

「えぇ本当に」

 

七海は思う。自分が今している行為は果たして教師として、彼らを守る大人としての行動なのかと。顔には出さないし当然戦闘中にそれで乱すこともないが考えてしまうのだ。

 

そうこうしているうちに、35階層の奥の次の階層へ繋がる階段前に到着した。今日はここまでかと生徒達は思っていたが、ここで七海が告げる。

 

「さて、目標地点に到着しましたが…皆さん、この先に今進みますか?」

 

七海がそう言ってきた事に数人が驚く。事前に決めたこと以上の事をするなど思ってもいなかったのだ。

 

「とはいえ少し範囲を伸ばすだけです。そうですね…あと3〜4階層ほどです。どうですか?」

 

七海がそう聞くと同時に最初に承諾したのはいうまでもなく光輝だ。彼からすれば「色々言っているけどやっぱり俺の言う事が分かってくれたのか」的な無意識な上から目線の考えである。次に手を挙げたのは香織だ。彼女からすれば本当はもっと先に行きたい。だが少しでも先に進めるならと考えてである。残りの者も少し考えて手を挙げる。ただ、光輝や香織が行くと言ったからでなく、きちんと現状の自分達の疲労状況、回復薬などの物資状況を考えている。そして最後に雫は質問をする。

 

「先生、どうして当初の予定よりも先に行くんですか?」

 

「そんなの、俺達なら大丈夫って考えてるからだ。そうでしょ、七海先生?」

 

光輝が割り込むように勝手に答えを言うが当然違う。

 

「まず、最初に言うとこの先に進むかどうかは33階層まで決めかねていました。が、君達の成長も考えて進むと判断しました」

 

「成長しているなら大丈夫」という事だと光輝は思ったが違う。七海の言う成長とは別、これからの事だ。

 

「もう一度言いますが、行くのは3〜4階層下です。今はこれだけです」

 

そして何人か、というより光輝以外が理解した。その理由を…その上で彼らは、

 

「「「「「「「「「行きます」」」」」」」」」

 

そう決意した。36、37階層も難なくクリアして38階層。ここもマッピングはできている階層だ。進む際にメルドに聞いてその場所に向かう。

 

「メルドさん、万が一の用意は……」

 

「できている。もうあの時のような事は起こさん。必ずあいつらを守る」

 

そして、その場所がある扉の前に来た。

 

「お前達、気を引き締めていくぞ」

 

メルドの言葉に皆構える。この先に起こる事を予想している者も、そうでない者も、このような「何かありますよ」と言いたげな扉を見れば気を引き締めざるをえない。そして全員が入った瞬間扉が閉まる。部屋の中央部で魔法陣が展開され、そこから現れたのは、

 

「と、トラウムソルジャー」

 

ベヒモスと初めて戦った際に現れた骸骨剣士、トラウムソルジャー。ベヒモスは彼らにとってのトラウマだがそれはこの魔物とて同じだ。その時の事は見てない七海もそうであると思い、それを断ち切る為の最初の一歩として彼らに戦う選択を迫った。当然だが全員が戦う決意がないならあの場で引き返していた。

 

「皆さん、あれは皆さんにとって忘れられないもののひとつでしょう。それを乗り越える覚悟がないなら、怖いなら別に下がっても良いです。それは人として正しい。文句は言わせません」

 

「やっぱり、あれと戦う事が目的だったんですね。38階層より下と言われてわかってましたけど」

 

トラウムソルジャーは38階層の魔物である事は知っていた。だから七海の考えはすぐにわかった。トラウマをぶつけさせてきちんと戦えるかの確認だ。

 

「みんなにそんな事を…なに考えてるんですか⁉︎」

 

ひとりを除いて。

 

「気付いてないのはあんただけよ。私達は気付いてた」

 

「し、雫?」

 

「まぁ、光輝が気付いてなくてもやる事変わらないだろ?それにアレもベヒモスと同じで、いつかは戦わないといけねぇ」

 

「…龍太郎」

 

「それとも、俺の親友は勝てないと思ってるのか?」

 

「ふっ、そんなわけないだろ。もうあの時とは違う」

 

「うん。今度こそみんなを守る」

 

「香織…あぁ、そうだ、その通りだ‼︎」

 

全員が武器を構える。出現したトラウムソルジャーはおおよそ200ほど。騎士団の皆と七海を含めても圧倒的に数の差がある。

 

「騎士の皆さんはギリギリまで手を出しません。少しでも危ないと感じた時のみ援護、もしくは私が前に出ますので」

 

その言葉が合図とばかりにトラウムソルジャーが行進してくる。

 

「よし!まずは俺が大技で…」

 

「バカ!これから先の事も考えなさい!いつでも初撃大技で上手くいかないし、そもそもあんま意味ないから!」

 

雫の言う通り、先制攻撃はいつでも上手くいくとは限らない。それをわざわざ大技にする意味はない。そもそも「まずは」の理論はプロレスラーのようなもの。これは実戦なのだ。華のある戦いをする場面ではない。

 

「私とカオリンで動きを封じてるから、数の差を減らして先に動ける方をお願い!」

 

「残りの後衛組は詠唱を!…ほら、しっかりと指示しなさい。貴方がリーダーなのは変わらないんだから」

 

「わ、わかった。龍太郎と永山は左翼を、俺と雫で右翼を。中央は香織と鈴が結界と捕縛で抑えつつ、右翼左翼に移動する敵に注意を向けてくれ。遊撃に遠藤と野村が頼む」

 

(ふむ、的確ですね)

 

もしこの場で的確な指示ができないようなら七海が出るつもりだったが、どうやらそこは大丈夫のようだ。というより、光輝の戦闘センスは他と比べ大きい。それはリーダー力や彼自身の戦闘能力だけでなく、訳も分からず戦いを強要されて魔物という生物を殺せた事も含めてだ。そういうところは七海の思う良い意味でイカレた部分だと思う。

 

そんな事を考えてるうちに戦闘は進む。鈴の〝聖絶:縛〟は先日七海にしたものより広範囲になっていた。

 

(私にした時点でここまではできていたのでしょうね。結界の足し引きは…まだまだですができている)

 

今の鈴の力量では広範囲に結界で覆うとその分強度が落ちる。その為鈴はこの結界がただの足止めにすぎない事を理解している。そうして囲いきれてない敵が攻めてきても防御ができない。足し引きの関係で結界に集中する必要があるからだ。だが彼女に恐れはない。

 

「カオリンありがとう愛してるぅ‼︎」

 

「えぇと、ありがとう」

 

「愛してる」の言葉の中から、彼女の中にある小さいおじさんをちょっと見た気がして、引きつつも捕縛していく。捕縛した敵は恵里の魔法を受ける。

 

「倒してるのは私だからね!」

 

「もちろんエリリンも愛してるよー‼︎流石親友‼︎」

 

「結界に集中してちょっとヒビ入ってる‼︎」

 

恵里の魔法の使い方はとても優れていた。香織が回復捕縛による完全後衛型だとしたら、恵里は攻撃型の後衛と言ったところだろう。

 

(彼女に攻撃的な部分は見えないが、いざという時の彼女は普段と違うものを感じる。それが魔法に現れているというところでしょうか)

 

「「猛り地を割る力をここに!〝剛力〟‼︎」」

 

強化された肉体と膂力でラリアット、タックル、鉄拳を食らわせ、迫り来る骸骨剣士をただの骨にしていく。

 

(もともとあった高い身体能力と肉体の強さ。そこに魔力による身体強化と〝剛力〟によってさらに膂力を上げた肉弾戦はなかなかのものですね。…まだまだ無駄な動きも多いですし、あそこまで上げてもまだ素の状態の虎杖くんや私、他の肉弾戦向き術師には及ばないですが)

 

逆の方では光輝と雫の剣撃が舞っている。どちらも荒削りな部分があるがどちらも歴史のある剣術道場の門下生なだけあってしっかりとした動きで無駄も少ない。

 

(八重樫さんの方は誰よりも敏捷が高いが、それをきちんと使えていなかった。今は見事に使いこなしている。きちんと使うべきところで魔力の身体強化をし、武器に魔力をこめている。アーティファクトはあんな鈍大鉈と違い、込めやすくなっているのもあるでしょうが。天之河君はやはりバランスが良い。全てにおいて一定に高い。そして器用貧乏な高さでもない。そこだけ見れば準一級クラスは充分ある。しかし、詰めの甘さや戦い方、そして真っ直ぐさは虎杖君以上に危うい)

 

そうこう考えつつ全員の動きをそれぞれ見つつ評価していたら、後衛の上位魔法が一斉に飛んでいく。光輝が発射を促し前衛と遊撃が後退した瞬間にその魔法が降り注ぎ、残り全てを消滅させた。

 

「本当に我々の手助けなしに、たったの11人で」

 

「100…いや200はいたはずだ!」

 

「疲労が少し、ケガも多少ですがありますね。表情や戦いに出さなくても、やはりトラウマを克服しようという思いがわずかに出たのでしょう。辻さん、白崎さん。マッドさん達の指示のもと、回復をお願いします」

 

「先生。もっと先に進みましょう。それこそ65階層のベヒモスを倒しに‼︎」

 

「私も、先に進みたいです」

 

「トラウムソルジャーと戦って、私もそう思ってます」

 

光輝と香織はともかく、雫が「先へ進みたい」と言い出した事に、七海は若干驚いた。雫は見た目と違い臆病な一面のある人物だと思っていたからだ。

 

「八重樫さんに聞きます。その理由は?」

 

「………言えません」

 

彼女は臆病な一面はあるが弱いわけでもない。だが、親友の香織が必死で前に進む為に奮闘する姿を見て、自分にない強さを見て、それを支えたいと心から思ったのだ。だが、そんな事は親友のいる前では言えない。彼女なりの意地もあるが。

 

「そうですか……他の皆さんはどうですか?」

 

七海はそのような事情は当然知らない。だが、彼女の強い意志は感じ、その答えはあえて聞かないことにし、話題を逸らす為他の生徒にも聞く。皆まだまだいけますといった表情で気合があり、「行きます」と顔と言葉で語る。だが、

 

「………ダメです」

 

「またあなたは…どうして」

「今回は以前白崎さんに出した条件のひとつにあった訓練の慣らしの為。本来の20階層よりも先にきています」

 

「それは、俺達が強くなったからでしょ⁉︎もう少し繰り上げても良いんじゃ」

「ふたつ、あなた方をここに連れてきたのはトラウマの突破の第一弾で、これも本来の予定には無かったものです。予定とは常に予定通りになるとは限らない。イレギュラーは起こりますが今回はあえてのイレギュラー、それも2回もです。イレギュラーは重ねれば重ねる程新たなイレギュラーを呼びかねない。そうなった時、取り返しがつかないでは済まされない。君達は、それを一度経験した筈ですよ?」

 

七海は光輝の言葉を遮って言う。その言葉で思い出すのは、クラスメイトが奈落へ落ちていく光景とトラウムソルジャーとは比較にならない恐怖。光輝はまだ何か言いたげだが、他の生徒は身に染みているのか黙った。香織も仕方ないとはいえ落ち込む。

 

「それに、今回物資はあまり用意してません(・・・・・・・・・・)。一度戻って1日休憩を挟んで本番です」

 

「「「「「「「「「……………はい……はい?」」」」」」」」」」

 

今の発言に違和感があった。なぜなら七海や騎士の人達が追加で物資を確保しているのを見たからだ

 

「言ったでしょう?今回は慣らしの為だと。本当の遠征はそこで行います。可能であれば、65階層以上を目指します」

 

そうして回復と帰還の準備が終わったと合図が出る。

 

「行きましょうか。あまり必要もないのに時間外労働はしたくないので」

 

ふざけたような言葉と共に進みだす七海に、香織は頭を下げて感謝の言葉を述べた。

 

65階層まで行く。それはつまり自分達の実力はそこに行けると信頼してくれている事。そして自分のわがままをちゃんと汲んでいるのだとわかる。それが嬉しかった。

 

「七海先生、ありがとうございます‼︎」

 

「感謝は目的が達成した後で」

 

相変わらずの厳しい言葉だが、どこか優しさがあるなと香織も感じるようになった日だった。

 




ちなみに
銘心鏤骨:心と骨に刻み込むように、しっかりと記憶して忘れることがないということ
トラウムソルジャー(骨)と戦うから骨という漢字を使ったいいのないかなと探したらあったので

次話は実はもうできてますが、本誌の秤の戦いを見てこれからのことに活かせるものがあるかもしれないので、次のジャンプが出るまでお待ちください。そのかわり、次までにもう一話書いて出せるなら出します


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銘心鏤骨②

秤の術式が面白い!シリアスなギャグの戦闘になって凄い!

前話で秤の戦闘で活かせるものと言いましたが、正確に言うとその戦ってるキャラ、シャルルに興味があったのが理由でもあります。未来が見える相手にどう戦うかという……後に出すあの兎の事もあったので




トラウムソルジャーの軍団を撃破し、最初のトラウマを乗り越えた彼らはホアルドの街で1日休みを取った。

 

その翌日、再び迷宮へ向かう。今度は本番と皆気を引き締め直す。

 

「ハッ⁉︎」

 

「ど、どうしたの香織⁉︎」

 

「いや、今なんか非常に嫌な感じがしたの…急いで迷宮の奥に行け‼︎って私の中の何かが囁くの‼︎」

 

「気合があるのは良いですが、それはおそらく幻覚なのでしっかりしてください」

 

何言ってんだかと思いつつ、冷静にツッコミ兼注意をする七海だが…実は彼女の第六感は当たっている。それを彼女や七海が知るのは先だが。

 

「さて、前回の小規模遠征の結果、建人と話し合って今回は大規模な遠征を行う事とした。前回はあえて罠の部屋に入ったが、今回はマッピングのされている47階層まで最短距離で移動する。今回の第一目標はそこだが、第二目標はその時のお前たちの状態で決める。もちろん、47階層に着く前に無理と判断した場合即時退却する。その判断は建人に任せる」

 

「ちょっと待ってください。メルドさんが出すならわかりますけど、どうして七海先生が」

 

「そんなもん、建人の方が強いからに決まっている。何よりこれまでの訓練をしてきたのはもう建人の方が多い。観察もしっかりしてきているしな」

 

「でも先生が判断するなら、先に進めない可能性が…」

 

「君は自分や彼ら程度では迷宮を進む実力は無く、無理と思っているんですか?」

 

「別にそんな事はないです‼︎」

 

ならいいでしょう。と話を切り上げて他の騎士達に指示する七海を、光輝は腫れ物を見る目で見ていた。

 

「各々、準備はできているな?出立する‼︎」

 

 

光輝は、レベルが上がらず、いずれ追い越されるのを見越して七海が嫌がらせとしていると考えていた。今回もその為に早くに止めにくると思っていたが、七海は全く止めなかった。七海は皆に危険がなるべくなら及ばないようにと考えているが、そう簡単にいくような世界でもない事は理解している。だからこそ、彼らの実力をしっかりと観察して、把握し、認めるべきところは認めて常に万が一を考えて行動をその都度決めているに過ぎない。

 

無論、光輝がそんな七海の意図を考える事はないし、わかるわけもない。ここまで七海は手助けは一切していない。当然危なければ助けるつもりだが、彼らで対処できるようにする為、実力をつける為にも手助けは最小限にする。それを光輝は実力をつけたから死なないのをいい事に遠目で見ているだけかくらいにしか思わず、そのイライラした気持ちを魔物で発散していた。そのせいでできた隙を魔物が突いてきたが、七海が気づいて動く前に雫が守った。

 

「気を引き締めて‼︎〔+視認(上)〕じゃなくても、動きを追いつつ目を凝らすのを徹底すれば、この程度の魔物の動きくらい読めるでしょ⁉︎」

 

「す、すまない。ありがとう雫、大丈夫だ。心配はかけさせない」

 

注意を受けて礼を言うが危なっかしさはやはりある。おまけに今の注意は雫としてはガチの「しっかりしろ」といったものだが、光輝はそうは感じていない。

 

そうして47階層まできた。ここまで来るのは本来ならかなりの時間がかかる。だが、彼らの実力は相当上がり、〔+視認〕によって魔力の流れをしっかりと見ながら行動する事で効率的に階層を進み、(上)などは魔物の動きを魔力の流れからある程度読み取れる。(上)でない者でも集中力を上げれば見える。

 

魔物は魔力操作能力を持っている。故に、魔力は常に安定して体内を流れている。だが、どこまでいこうと獣なのは変わらない。僅かな魔力の動きの差を読む事で分かる(上)であればそれが即時にわかる。

 

「こうやって実戦で使えるようになると、すごい便利だね」

 

「あぁ〜俺もってねーからその感覚わかんねぇ〜」

 

「じゃ、もっと薪を切るしかないね〜」

 

ヌゥと龍太郎は悔しがる。しかし鈴も…いや、鈴を含めた(上)になれてない者は(上)持ちに憧れている。

 

「雫、どうやって(上)に到達したんだ?その時どんな風に感じた?俺ならどうすればなれる?」

 

「質問多すぎよ!…正直いきなり見えやすくなったなって思ってたら(上)になってたからわからないわ」

 

特に光輝はそれが顕著だ。勇者である自分が持てないのはおかしい。七海が何かしてるのだろうと思い、既に習得していて、そして幼馴染である雫と香織に聞く。

 

「香織の方も同じだったでしょ?」

 

「そうだけど…」

 

「ストップです。ここで悩んでも仕方ない事ですし、メルドさんが言うように各天職によって技能は変わってくるんですから、才能もおそらくありますよ」

 

「けど、俺は勇者です。強くなるのは当たり前でしょう!」

 

七海が止めたが光輝的にはそれが許せないのか、勇者という肩書きを前に出して訴える。

 

「なら、単純な意識の………着きましたね」

 

話を止めてその場所を見る。新たな階段、48階層への道だ。

 

「メルドさん、物資は?」

 

「充分だ」

 

「………わかりました。さて皆さん、今回の遠征の第一目標に到達しました。これより先、第二目標である65階層へ向かいますか?」

 

65階層。そこへ行くということは、ベヒモスに遭遇する確率が高くなるということだ。正直皆、緊張以上に恐怖の方が大きい。この迷宮に来た時点で皆それなりに覚悟はあったが、トラウマはそう簡単には消えない。そこで、光輝は真っ先に行くと宣言することで皆を鼓舞しようとしたが、その前に七海が釘をさす。

 

「先に言いますが、天之河君の言葉や他の人の言葉につられて行くと言い出した場合、もしくは私がそうだと判断した場合、引き返します」

 

「ちょ、七海先生⁉︎」

 

「理由はわかりますね?」

 

最初と同じ、誰かがいるから、誰かが言うからでは意味がない。光輝以外それはわかっている。

 

「全員目を閉じてください。10秒あげますので考えてください。ただし、しゃべってはいけません。しゃべった瞬間に今回はここまでにします」

 

光輝も嫌そうにしながら目を閉じて黙る。いくら彼でもこの場で七海と言い争いをするわけにはいかない。武で示そうにも、目の前の相手には今の自分では勝てない事くらいはわかる。

 

「10秒経ちましたね。そのまま目を閉じていてください。……では質問しましょう。この先に、65階層へ行くなら手を挙げてください」

 

10秒という短い時間にして考えを焦らせる。これでも行く覚悟があるならと、そう考えたその結果は、

 

(………天之河君と白崎さん、坂上君はともかくとして、他も挙げるとは)

 

全員が挙げていた。正直七海は1人くらいはいると思っていた。そして当然、1人でも出たら引き返すつもりだった。

 

「手を下ろして、目を開けてください………君達の考えはわかりました。物資もあります。先へ進みましょう」

 

光輝は心底嬉しくなり、感動もした。「皆が一致団結している!」と。…実際は少し違う。皆気付かないフリをしてきたがもうわかっている。ここで行かなくては、いつかこの人がいなくなってしまった時にちゃんとした行動も対処も出来なくなるかもしれない。自分達の身と、ここにいない者達を自分達で守る為に、ここで強くなる。

 

その為には最低でも超えなくていけない。ベヒモスを。

 

 

全員警戒をし、現れた魔物を倒していく。階層を降りる時は七海が先頭に立ち、降りてしばらくは七海が戦い、その階層のレベルを確かめる。

 

(時間は過ぎた、そろそろ呪力を解放するか?………いや、65階層の事を考え温存しましょう)

 

朝早くにさまざまな用意をし、8時間は既に経っている。七海は普段から呪力を抑え、一定の活動時間を超える事で呪力を増す縛りを自身に課している(本人曰く時間外労働)。この世界に来て上がった呪力もあって今まで2割から1割を5割から6割に抑えている。あとは時間が来た時にそれを解放すればいいが、万が一を考えそれをやめる。この縛りは一定時間本気で戦えないというリスクで成り立っている。その時間を少し増やすだけだ。

 

(というか、これから先はずっと時間外労働をする破目に)

 

「建人殿?表情が暗いですが、大丈夫ですか?」

 

七海の考えがわかったわけではないが、わずかに表情に出ていたのでマッドは心配して声をかけた。だが七海は「大丈夫です」と言う。

 

だがマッドには若干落ち込んでるように見えたそうだ。

 

そうしてどんどん下へ下へと降りていく。55階層に来た辺りで魔物のレベルが上がっている事を七海は感じる。

 

「シッ!」

 

蛇に翼が生えたような魔物を切り捨てる。酸性の液体のような物を飛ばしてくるが発射までの速度は遅い。翼は飾りというわけでもなく、ほんの少しなら飛べるようで、空中と地上からの連続攻撃を繰り出してくる。

 

(攻撃の瞬間、魔力の流れが一時的に止まっている…いや、口元に留まっている)

 

既に相手の分析は済んでおり、攻撃タイミングを見て切る。時に尾を持って逆に酸魔法を発射するタイミングで投げてぶつけた相手共々自滅させる。

 

「ふむ、こんなものですか。皆さん、この魔物は魔力の流れが読みやすい。次に接敵した際は酸の魔法に気をつけてください。目を失明する可能性もありますので」

 

(((((そんな可能性があるのに躊躇なく接近戦をしている人……)))))

 

「相変わらずデタラメだなぁ」と思いながら七海の事を見るが、同時に感謝もしている。新しい魔物は先に戦って情報収集をしてくれるので2度目以降はあっさりと倒せる。

 

「ここまで来ると魔物も脅威になるものだ。本来1人で戦うなど許可できんが…おまえの場合は余計な心配だな」

 

「今は、ですけどね」

 

七海は現状戦った魔物は微妙な能力差はあるものの3級〜準2級弱と評価している。

 

(たしかイシュタルさん曰く、彼らの世界はこちらの世界よりも上位の世界でしたか?成長速度が早いのはそれが理由としても…五条さん……とまでは行かずとも特級相当の強さに彼らはなれるのでしょうか)

 

七海の基準だが騎士団の団長であるメルドが準2級に値する。魔人族は人間族よりも個人戦力が優れている。冒険者の中には金と言われる最高クラスがある。となればそれも準2として見た場合、魔人族は準1級〜1級がいてもおかしくない。

 

(もし、特級相当がいるとしたら、私では勝てない可能性がある)

 

この世界に来て七海は強くはなっている。だがそれでも1級と特級とでは天と地の差がある。ツギハギ呪霊の真人、火山頭の呪霊の漏瑚程ではないが、七海は特級クラスを祓った事はある。

 

七海の中で特級術師は本当に特別な存在。それと同等の存在がホイホイ現れていたら、この世界はとっくに人間族は滅んでいる。だからこそ今まで膠着していたのだ。とはいえ、この先、そのレベルの魔物や魔人族が出ない保証はない。

 

(だからこそ、彼らはベヒモスを討伐するくらいはできないといけない)

 

そうでなくては、その時(・・・)が来ても、動けない。

 

 

階層を進むたびに皆の緊張感が増してくるのをそれぞれが感じていた。小休憩をとりつつ現在60階層。目標階層まであと少しだがここで足取りは重くなる。疲労感ではなく、いつかの時を思い出して足が止まったのだ。

 

「高い、ですね」

 

断崖絶壁の崖に吊り橋がかかっているこの場所を渡らなくてはいけない。その事に恐怖感が出てくる。一方で七海は橋の強度を確かめながら疑問が頭をよぎる。

 

(意外としっかりした吊り橋、周囲に魔物の気配はない、罠もない)

 

こんな不安定な場所に全く魔物も罠もない事に。

 

(以前のような初心者を殺しにかかるような罠もあれば、このようにご丁寧に橋を用意している。反逆者、でしたか?この場所を作ったとされるのは?まるで、我々を試しているかのようだ)

 

もっと先へ進めばこのような場所でも攻撃が来るのか、それとも考え過ぎなのか、疑問は尽きないが今は先を急ごうとしていると、香織が崖の底に広がる闇を見つめて動かない事に気付く。

 

「白崎さん?」

 

「香織、大丈夫?」

 

「大丈夫、ありがとう雫ちゃん。七海先生も」

 

七海も雫も洞察力は高い。だからそれが無理をして言っているわけではないことぐらいはわかる。

 

「……そうですか」

 

なら良いとして七海は先へ進むが、それが光輝には興味がない事だからどうでも良いという意味に思え、さらに香織が崖の底を見続けるのはハジメの死を思い出し嘆いているのだと映った。クラスメイトの死に、優しい香織は今も苦しんでいるのだと。彼の中では香織が本気でハジメの生存を信じている事も、その行動原理がハジメへの強い想いによるものだとも露ほども思わない。だから香織にズレた励ましをしているが、2人にとっていつもの事なので苦笑するしかない。

 

(全部が全部、間違ってもいないですがね)

 

光輝の言う事がズレているのは事実だが100%間違っているわけでもない。ハジメの死に囚われ続けているのは本当だ。だが香織はそれを理解したうえで信じるのだ。己が納得する為に、前に進む為に。その行動を七海は否定しない。それが彼女のケジメだからだ。

 

(並大抵の呪術師よりも、呪術師らしいですね)

 

1級呪術師として、七海は彼女をそう評価した。

 

そうして62階層に着いた時に以前ベヒモスが出た場所に行こうとも思ったが、より彼らのトラウマを克服できるよう、65階層を目指す。そして遂にその時が来た。62階層の部屋よりも広い空間、そしてその前方で展開される魔法陣と後方に展開される魔法陣。

 

「前回の罠とほぼ同じものですか?」

 

「あぁ、間違いない……くるぞ‼︎」

 

予想通り、後方にはトラウムソルジャー、前方にはベヒモスが出現した。

 

(階層が違うならもしかしたら強さも違うと思いましたが、どうやらそうではなさそうですね)

 

一度倒した七海にとって眼前の魔物などザコ当然だ。彼らはどうかと見ると、多少は不安、恐れがあるものの戦闘態勢を既にとっていた。

 

「私や騎士の皆さんはあちらを片付けていますので、皆さんはそちらをお願いします……勝てないと思ったら呼んでください」

 

「七海先生心配しないでください‼︎俺達はもうあの時の俺達じゃありません‼︎もう負けはしない‼︎必ず勝ってみせます‼︎」

 

「いつまでも負けっぱなしは性に合わねぇ。ようやく来たぜ…リベンジマッチだ‼︎」

 

心配は実はしてない。七海は今の彼らなら勝てる実力があると思っている。だが、それは別問題だ。彼らが子供であるのは変わらない。だから七海は大人として、彼らを守る者として、そう言った。だがそれをちゃんと伝えたら光輝がまたごちゃごちゃ言って来て戦闘態勢が崩れると考え、何も言わない。

 

「メルドさん、退路を確保しておきます」

 

「…せいぜい足手纏いにならんようにする。退路の確保、それと、あいつらの邪魔をさせるな‼︎アラン、パーンズ、お前達は部隊を左翼と右翼に分かれてそれぞれ交戦!残りは中央を攻める!建人に負担をかけるなよ‼︎」

 

メルドは騎士達にそう指示を出す。なるべく自分達だけでトラウムソルジャーを相手にする作戦だ。そうする事でいつでもベヒモスの方へ七海が行けるように。

 

「……どうも」

 

軽く感謝の言葉を述べると、メルドは「別に良い」と言わんばかりに手を挙げた。

 

そして生徒達はベヒモスと交戦を始める……前に光輝が単身前に出て攻撃をした。魔力を込めた斬撃は確かにベヒモスに傷をつけた。前回は〝天翔閃〟の上位技〝神威〟でも傷をつける事すらできなかったが、今回はただの斬撃だけで傷を付けた。

 

「行ける!勝てる‼︎」

 

いまだ七海のことは気に入らないが、強くなっている事を確認できて素直に喜ぶ。さらに連続で〝天翔閃〟を出し、ベヒモスが後退していく。追撃とばかりに光輝が飛び出すが、ベヒモスはその大振りを待っていたように咆哮をあげ、その爆音で一瞬光輝の動きが止まってしまう。そして特攻をして来たが、

 

「ぬぉぁ!」

 

「まけっ…かよぉ‼︎」

 

永山と龍太郎の2人が止め、押し返した。

 

「バカ‼︎何してんのよ‼︎1人で向かって‼︎」

 

「だけど、七海先生も言ってたろ⁉︎俺と雫、龍太郎はアレを1人で倒せるようにって…」

 

「最終的にでしょう⁉︎最初は全員で力を合わせて勝っても良いって言葉を忘れたの‼︎」

 

光輝とてその言葉は覚えていた。だからここで自分が倒して認めさせようとした。

 

七海が考える通り、光輝の全力時は一時的に準1級レベルはある。だがそれは限界突破を使った時だ。また、未熟さなどを踏まえて言えばギリ2級といったところ。1人で挑むのは愚かな行為である。まして他の皆を無視したその行動は他の皆が足手まといと言うようなものだ。…当然、光輝はそんなの考えていないが。

 

「私達の中で1番強いのはあんたなんだから、しっかりして‼︎」

 

雫の言葉は「ちゃんとチームワークを考えて」といったものだが、光輝は反省……でなく、頼りにされている、皆も強くなりたいんだと、変な方向に考えがいく。だがそのおかげで彼は指示を的確に出そうと気を引き締める。

 

「雫…すまない。指示を出す!永山と龍太郎はそのまま左右から交代で攻めてくれ‼︎吉田さん、2人に付与を!野村は永山、鈴は龍太郎のバックアップをしてくれ。香織は俺と雫が攻めた時のバックアップと回復を!恵里は上位魔法陣準備、辻さんは全体の回復を!遠藤はベヒモスの気を引きつけながら攻撃して龍太郎達から意識を外させてくれ‼︎」

 

一度指示に回れば的確なものになる。

 

「頑張って、野村くん」

 

「……おう」

 

好意を抱いている辻にそう言われて少し赤くなるが、すぐに目の前の敵に集中する。ベヒモスが永山へ攻撃する瞬間、土を爆ぜさせて進行を阻害する。さらに怯んだところを集束した土の矢がマシンガンのようにベヒモスへ命中する。ベヒモスが後退する瞬間に、彼は身体強化をした肉体で上がった足とは逆の足を狙い、バランスを崩し転倒させる。

 

「ありがとな。……がんばれよ」

 

「う、うるさい」

 

辻への思いを理解している永山が小声で応援すると、恥ずかしそうに野村は言い返す。戦闘中にもかかわらずこんなことを言い合える余裕があるのは、それだけ強くなっている証拠である。

 

「!また来るぞ」

 

ベヒモスが動き出すがその視線は自分達に向いていない。警戒してはいるがまるで周囲を飛ぶ蚊を探すごとくキョロキョロしだす。視線が外れたのを彼が感じた瞬間、目の前に現れ、その顔面を斬りつけた。

 

「よし、ほらこっちだ‼︎」

 

遠藤は〝隠形〟の技能を使用しつつ、意識を向けたり外したりのヒットアンドアウェイでベヒモスを撹乱させる。〔+視認〕で己の魔力の流れが見える彼は、その連続オンオフをしても魔力を安定して使用できる。

 

「…なぁ」

 

「言うな、わかってるから」

 

戦い出してから彼らは遠藤の事を忘れていた。意識がベヒモスにあったのもあるがその技能の力をあらためて感心するのと同時に遠藤への哀れみがでてくる。

 

「……………よし!」

 

そしてその類の視線や感情には敏感だ。涙が出そうになるが今は戦闘中と意識を集中する。ベヒモスはイラついたように別の敵に意識を向ける。だが、それは遅い。

 

「〝聖絶:纏〟‼︎…まだ未完成かぁ。でも、少しくらいは大丈夫!龍太郎くん、やっちゃって‼︎」

 

「うおぉぉぉ‼︎」

 

龍太郎は突進する。ただ突進する。当然魔力で身体強化もしてるし、〝剛力〟で膂力も上げているがやる事はただの突進だ。ベヒモスはそれを「良いだろう、相手してやる」と言わんばかりに突進し迎え撃つ。そしてぶつかった。元来ならこの巨体がぶつかれば人間は吹っ飛ばされる。

 

「グォォォォン‼︎」

 

だが、現実に吹っ飛んだのはベヒモスだった。ダンプに轢かれた犬のように吹っ飛び、ズシンと地響きを鳴らした。

 

〝聖絶:(まとい)〟:最強の結界を術者が指定した対象にその名の通り纏わせて鎧のようにする。

 

一度だけなら防御可能な無敵の盾を持った重装兵が、猛スピードで突進してくるようなものだ。結界の足し引きとして展開範囲は超極小、その代わり防御は最高レベル。しかしあまりにも繊細なものだから維持はできず、一度当たればすぐ解除される。攻撃を受けてもある程度の維持ができて完成だと鈴は思っている。

 

「ふぅ………っ!」

 

雫は身体強化をして速度を上げ、横転から起き上がるベヒモスへ向かっていく。

 

 

香織が園部に言うべきことを言った後、城に戻った雫は最後に調整がしたいからと、七海に模擬戦相手として戦ってほしいと頼んだ。最初は断るつもりでいた七海だったが、心配する3人の内、雫は最も精神的に弱い。もっと言えば残った11人の中で1番弱い。なのに無理矢理自身を動かし、無理矢理恐怖を取り除こうとする。戦力としては優秀だがかなり不安定な存在、それが彼女だ。

 

side:雫

 

「あぐっ…つぅ……」

 

「ふむ」

 

七海先生は反撃したわけではない。わたしが攻撃の為に突っ込んで来たのを大鉈で防御し、逆に跳ね返したのだ。跳ね返された勢いを殺しきれず、尻餅をついた。

 

「やはりわかりませんね」

 

「なにが、ですか?」

 

「いまも、いつもの訓練時も、身体強化と武器に魔力を込めることをしても、それ以上をしようとしない。例えば武器の強化魔法である〝絶断〟。あれを使えばいいでしょう」

 

「けど、そんなことをしたら武器ごと先生を…」

 

切ってしまう。訓練でそこまでなってしまわないようにしている。

 

「他の人は魔法をバンバン撃ってくるのにですか?」

 

「そ、それは…」

 

きっかけは光輝が魔法で攻撃したからだ。以降魔法攻撃に躊躇いはない。撃っても七海先生は無傷で攻めてくるからだ。

 

「戦うのが、まだ怖いんですね」

 

この先生は、どんな人生を送ってきたのだろう。そんなふうに最近はよく思う。そしてその人生経験の賜物なのか、こちらの考えや想いを度々読んでくる。

 

「白崎さんの想いに寄り添い、手伝いたいのが本心なのもわかりますが、それがまだ見え隠れしている。…まぁ、魔物相手ならそれでも大丈夫でしょう。…それを捨てろとは言いません。が、生きること、生き残ることまで捨てないでください」

 

「生き残る、こと」

 

「あなたとて死にたいとは思ってないでしょうが、肝心な時にそれでは重大なミスを起こす。それは死にに行くのとなんら変わらない」

 

顔を下げてその言葉を噛み締めていると、ザッザッと足音をたてながら七海先生は去っていく。

 

「あなたもわかっているでしょう?私だけで戦争がどうこうできないなど……その時も、そうやって躊躇うなら、切るべき時に切れない」

 

 

side:フリー

 

「全てを切り裂く至上の一閃」

 

『恐怖を捨てるのではありません。恐怖もまた力……恐怖を、武器に込めなさい』

 

彼女に呪力があるわけではない。だが、魔力も、魔法も、戦いの恐怖も、香織の想いも、己の弱さも、自分にしかない強さも、残さず、

 

「〝絶断〟‼︎」

 

武器へと込める。切れ味増加、この生物に抱いていたトラウマごと切り裂く。その強靭な角が切られたことでベヒモスが驚いたところに空中で一回転してもう一撃切り裂いた。ベヒモスは首から胴体にかけて切られ血が吹きだす。

 

「ん!ぐぅ!」

 

吹き出した血がかかり、片目を瞑る。同時に生き物の血の温かみを感じて着地がうまくできず怯む。遠藤の陽動にも目もくれず、雫を踏み潰そうとするが、

 

「〝縛光刃〟‼︎〝縛煌鎖〟‼︎」

 

光の十字架と鎖がベヒモスを拘束する。片足をあげた状態で拘束された為その姿は滑稽だ。ジタバタジタバタと動く。

 

「まだ動くならぁ‼︎」

 

追加で更に拘束していく。その声は到底女子が出すようなものではない。

 

「雫ちゃん!今のうちに!」

 

「ありがとう、香織!」

 

雫が後ろに下がり、恵里が相手を見据える。

 

「……よし、いくよ‼︎」

 

恵里の上位魔法〝炎天〟。太陽を連想させる高音の炎の塊が、発動した周囲を焼き尽くしていく魔法なのだが、彼女は通常の詠唱後魔法の威力を上げる為魔力を一気に練り上げる。もちろん使いすぎないようにだ。炎天発動の為に必要な魔力を使い発動。そこに更に魔力を継ぎ足して威力を上げる。

 

その威力は1人で出す魔法のレベルではない。炎でベヒモスは焼けていく。獣が焼かれていく匂いは美味しそうなものではなくおぞましいものだ。

 

「トドメだァァ‼︎」

 

焼かれながらもがく事も拘束されているので不可能だ。そこに光輝の威力の上がった〝天翔閃〟の光の斬撃…言うなれば斬撃のビームが、炎で焼け、脆くなったベヒモスの肉体の真ん中をカッターで線を引いて切るかのごとく、真っ二つにした。

 

 

 

「終わったようですね」

 

バラバラになった骸骨の束を踏み潰し、生徒達の方が終わったことを告げる。ベヒモスを倒した事でこの階層を超えた。すなわち歴代最高の記録を更新した。騎士達の中には彼らに後光が差しているように見える者もいるだろう。神が召喚した勇者一行という肩書きは神権政治寄りのこの世界の人達にはよく効く。

 

「すみません、建人殿。結局手伝っていただき」

 

「かまいませんよ。あなた方が必死でやってる時に、生徒を見てるだけです。なんて、流石にできませんから」

 

「今回もまぁ、すごかったですね‼︎剣を拳で砕いたりして」

 

この2人はそれでも七海の方を慕っているようだが。七海はベヒモスを倒して喜んでいる生徒達の方へ向かう。

 

「とりあえず、トラウマ突破ですかね。しかしここから先は誰も行ったことのない未開の階層です。浮かれないように」

 

「せっかくあのベヒモスを俺達だけで倒したんですから、もっと褒めるべきでしょ‼︎」

 

「褒めるもなにも、今の君達なら勝てる相手だと考えてましたし、それ以降も進むなら当然ですよ。それとも、ここで満足なんですか?」

 

最近光輝にはこういった感じで七海は受け答えしている。調子に乗せはしないが、貶しもしない、焚き付けるやり方だ。

 

「言われなくても、この迷宮は制覇しますよ‼︎」

 

「そうですか。なら、今日はあと4〜5階層ほど降りて終わりにしましょう」

 

七海の言葉に皆、喜びを一旦置いて先の階層へ行く道を見る。光輝はああ言うが香織はハッとさせてくれて良かったと思っている。ここで終わりではない。自分はこの先にいる大切な人を迎えに行く為に来たのだと思い出させてくれたから。

 

 

 

 

 

…………その人物が別の女性とキャッキャしてるなど思いもよらないだろうが。

 

(彼女の後ろに何か…般若の………呪霊⁉︎)

 

気のせいであった。




ようやくベヒモス(最低ライン)突破!

ちなみに
実はあのまま光輝が戦っていたら苦戦してはいましたが勝ってました。でも調子に乗ることになるのでさせません

ちなみに②
修行による成長ランキングで1位は鈴ですが最下位は龍太郎です(それでも原作の時間軸より強い)
そしてブービーが光輝です(それで以下略)

次回は4割完成です。やっぱ連続はテンション上がってないと無理です。今週の水曜が休みなのでその日に出せたら出します


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仁君暴君(じんくんぼうくん)

ベヒモス戦書いた後「よーしようやくあいつの方へ」

と考えてたが皇帝のことを思い出した。


65階層に到達し、歴代最高記録を超えた。その後次の階層へ行く為に行動するが、ここはもともとマッピングのできていない階層だ。62階層までは七海が彼らを探す為周り、ある程度のマッピングはできた。63階層以降は何度か道に迷うこともあった。しかもこれ以降現れる魔物は2級以上の相手が確実。進むのはどうしても時間はかかる。

 

「ここが、次の階層への道ですが…今日はここまでですね」

 

どうにか67階層へ行く階段を見つけたが、これ以上は物資と彼らの体力的にも限界と七海は判断した。あの後も新種の魔物には先に七海が対応していたが、数が流石に多くなってきた。もちろんこの程度は今の七海にとって苦にもならない。

 

「マッピングは、出来ましたか?」

 

「はい。………申し訳ありません、助けていただき」

 

だが、生徒やメルド達騎士団の皆を全て守りながら戦うのは流石に大変であった。生徒も騎士団の人達も自分の身を守ることができるが、騎士達は65階層を超えてから生徒たちについて行くのが精一杯となってきている。培ってきた経験値でどうにかなっているがそのうち限界が来る。

 

「いつぞやの20階層から65階層に一気に移動したように、逆のパターンがあれば楽なんですがね……時間外労働をしなくて済みますし」

 

「先生、よく労働用語使いますよね。こんな場所でも」

 

「というか、教師なら残業って結構あるんじゃ?」

 

「当然ありますが、なるべくならないような努力はしています」

 

とはいうが、実際は定時に帰れてもそこから次の授業やさらに先の授業のまとめなどで、事実上の時間外労働をいつもしている七海であった。

 

((なんだろう、触れていけないワードだったような気がする))

 

七海はいつものように平常心を崩さず、どこまでも真っ直ぐに前を見て、まさに大人の雰囲気を出している。だが、ここまで共に戦い、一緒にいる時間が多くなった彼らには、七海がほんの少し、とてもわかりにくいがイラっとしているように思えた。雫と香織はこの話はしないようにしようと決め、それはここにいるメンバー全員の総意にもなった。

 

つい先程、「ここからは、時間外労働ですね」と言った瞬間、周囲の魔物をちぎっては投げ、ときにミンチにする姿を見たのもあるが。

 

「それより、帰りの道にも気をつけてください。罠が無いということもないんですから」

 

それでも生徒思いだという事は殆どの者が理解していたが。

 

 

翌日からも休息を挟みつつ、マッピングされていない階層の地味な探索を行う。特に67階層以降は探索に余念はない。七海も、香織も。香織とて流石にこんな場所に彼が落ちていないだろうと思うが、もし上層に上がって錬成で隠れていたら……そんな思いがあり、彼女は必死で彼の残穢を探す。

 

「白崎さん、マッピングは私や騎士の皆さんに任せて、あなたは他に集中してください」

 

しかしそれに集中していたら足を掬われるとして注意をする。香織はその為に来ているのだからお願いしようとするが七海とてそれは把握している。

 

「私は彼と訓練する時間が多く、彼の魔力もよく見てきました。私が探す方がより確実です」

 

「…それでも、お願いします」

 

頑固だなと思うが、あまりにも必死で、藁にもすがるような眼を見て、七海は「疲れてしまわない程度でしてください」とだけ言った。

 

「……はい!」

 

彼女にとって、七海という教師は自分のクラスの担任で、よく手伝いを頼むからハジメといる時間が削れるなぁと思う程度のものだった。

 

(すごく良い人で、人の事を良い意味で見る事のできる人なのはわかったけど、こっちの考えがわかるなら、ああいう時は南雲君ともっと一緒にいる時間を増やして欲しかったなぁ)

 

「………」

 

何やら妙な視線を感じたが無視した。

 

そんなこんなで、その日は69階層を探索していつものようにどうにか地上に戻って宿へ向かおうとすると、ここに待機していた騎士の1人が伝令を出す。

 

「メルド団長、報告であります!騎士団は速やかに勇者様一行と共に王都へ一時帰還せよとのことです!」

 

急だなと皆が思う。

 

「理由はなんだ?」

 

「はっ!ひとつは、長期間の迷宮攻略を行なったので、一度休養を取って頂くためであります!」

 

「確かに随分と王都には戻ってませんが、定時の報告も休息もこちらでも充分できておりますが」

 

マッドの言う通り、毎日迷宮に行く事はない。必ず休日はつけている。ただ、ここよりも王都の方がよく休めるのも確かだ。だが、教会の方は長い期間迷宮探索による実戦訓練を放置してきたこともあり、早く終わらせておきたい気持ちが多いはず。つまり。

 

「もうひとつ、別の要件がありますね」

 

「…どうなんだ?」

 

「はっ!詳しくは私も知りませんが、同盟国、ヘルシャー帝国から勇者一行の会談の申し込みがあったそうであります!」

 

 

 

「ヘルシャー帝国…確か実力主義の不成者の多い国という記憶がありますが?」

 

「建人……まぁ、まったく間違ってもいないが」

 

急、なぜ今?そんな気持ちが生徒達にあったが、皆用意された馬車に乗り込み王都へ向かう。束の間とはいえ、休息をとれるのは良い事だと思う者もいる。七海的にもそろそろ次の休日だったし、そこまで言うことはない。だが、

 

「また、生徒たちが政治利用させられるのですか…」

 

ヘルシャー帝国は勇者召喚に関しては無関心。己のことは己でどうにかする、良くも悪くもそれが1だ。実力のある者が成り上がる。王国ではあまり見ないが奴隷も多く、その大多数は亜人族らしい。彼らからすれば、強い者は弱い者をどうしようとどうだって良いと言ったところか。

 

ともかく、そんな帝国が今になって勇者一向の興味を持った理由を当てるなら、まず間違いなくオルクス大迷宮攻略の最高記録更新にあるだろう。七海のベヒモス討伐に関しては最初に倒したのがハジメになっているがその人物が死んだという事になっているのと、討伐できても最高記録を更新してない為半信半疑の部分があった為だろう。

 

「建人、一応言っておくが…」

 

「手出しはしませんよ。彼らが、生徒に変なちょっかいを出さないかぎりは」

 

「おまえについてもだ」

 

帝国には七海が教会に出した条件について知らされていない。バトルジャンキーと言って過言でもない彼ら、特に皇帝がたった1人の人物が戦い、死ぬまで動くなと言われても、舐めてんのかレベルの笑いものだろう。下手な事を言って刺激を与えたくはなかったのだろうが、今回の会談で知ってしまう可能性はかなり高い。

 

「何にせよ、何事も起こらなければいいのですが」

 

「起こるのを前提とした物言いだな…」

 

とは言え、メルドも何も起こらず勇者一行を紹介してハイ、終わりにならない事など予想できるが。

 

そうこうしているうちに王宮へ到着し、1人ずつ降車する。メルドは少し用があるとその場を去る。少し離れた所に幼い子…この国の王子ランデルがいる。どうも香織に好意を持っているのか積極的を通り越す猛アピールをしているが、彼はたった10歳、香織達以下の子供だ。だから香織も「子供に懐かれているな」としか思っていない。「いやだなぁ」と思われてない事が唯一救いだが。

 

「香織に戦いなど似合わない。そ、そうだ!例えばもっと安全な仕事などどうだ?侍女などどうだ?その、今なら余の専属に」

「ランデル君、そこまでです」

 

七海は幼い子供の言う事にいちいち口出しなんてしない。が、この子はまがいなりにも王子だ。わがままを通して彼女を本当に侍女にしてしまう可能性を考慮して話に入る。

 

「ぬぉ!」

 

圧倒的な身長差からくる七海の目線と、七海がベヒモスを1人で倒した事を聞いた事により、彼の中では七海は怪物に認定されていた。ササッと香織の後ろに隠れる。

 

「隠れても良いので聞いてください。彼女は、自分の意志で戦う選択を選んだ。正直私も彼女には危険な場所に行ってほしくないと思ってます」

 

「な、なら、おぬしからも言えばいいではないか⁉︎」

 

影に隠れつつ必死に抗議をする姿はまさに子供。まぁ、実際子供だが…。

 

「それで止まるような人じゃない。それだけですよ…答えを見つけるために、ケジメのために、そうすることが彼女の望みなんです」

 

「そ、そのような事は他の者に任せてしまえばよいだろう!だから、余が香織を守るため、侍女にしようと提案を」

 

「君は、いずれ多くの人の上に立つ。今は分からなくていいですが、君のそのわがままは多くの人を困らせる結果に繋がる。君の言葉は、それだけの力がある。だから、もっと知り続けてください。自分以外の誰かの想いを」

 

「う、うるさい!おまえのような、香織をわざわざ危険な所に連れて行くようなやつに言われたくはない!」

 

「………」

 

子供に難しい事を言いすぎたかと思っていると、軽く、吹けば飛びそうな、そんな弱さの中に強い意志を感じる足音と、涼やかで厳しさのある声が響く。

 

「いい加減にしなさいランデル。香織が困っているでしょう?七海様の言ってる事も、王族ならきちんと受け止めなさい」

 

リリアーナ。この国の王女、ランデルの姉だ。

 

「し、しかし姉上!」

 

「七海様の言ってる事は全て事実ですよ。相手の事も考えず、お疲れの皆さんを引き止めて、わがままを言って」

 

彼はなおも非を認めようとしないが、彼女が本気で怒ろうとしているのに気づくと「用事があるから」とその場を駆け足で去った。

 

「弟に代わってお詫びします。失礼しました香織、七海様」

 

「気にしてないよリリィ。ランデル殿下は気を遣ってくれただけだし」

 

リリィことリリアーナは香織の言葉に苦笑いをする。ランデルが彼女に恋心を抱いているのがわかるためだ。

 

「私の方も、子供相手に少し言いすぎました」

 

「いいんです。先程も言いましたが、あれは七海様の言葉が正しいです。まだまだ子供とはいえ10代、二桁の歳になったのですから、王族としての心構えをもう持つべきです」

 

14という若さだが、王族としての英才教育はずっとされている。だからこその言葉だろう。

 

「…ところで、その私を呼ぶ際の様付けはどうにかなりませんか?」

 

一方、真面目で温和だが硬すぎることもなく、自身の立場だけでなく召喚された皆を巻き込んでしまった事の罪悪感があったのもあり、彼女は積極的に皆と関わりを持った。特に女性陣とは歳も近いのもあってリリィと愛称で呼ぶほど良好な関係となっている。しかしそんな彼女も七海だけは別だった。

 

「すいません。そうするよう父からも言われていますので」

 

名ではなく姓の方で様付け。畏怖の念と七海をこちら側に付けておこうという魂胆だろう。リリィ本人は七海の事を人としてできた人物であると思っている。今まで聞いた話と、生徒たちから聞いた話からそう判断した。

 

「まぁ、そうされてもおかしくないでしょう」

 

「先生!そんな態度失礼でしょう‼︎」

 

そうされてもおかしくない=自分は様付けされて当然の存在のなのだ。と思ったのか光輝は七海に抗議する。

 

「いいんですよ光輝さん。これはこちらの問題ですから。改めて、おかえりなさいませ、皆様無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

気品と優雅が備わった笑みに男子達は顔を赤くして心を奪われる。女子メンバーですら赤くなる。これが王族が持つオーラなのかもしれない。

 

(王族というのは日本の皇族と同じく人を惹きつける何かを持っている。彼女の場合は今の王よりも上かもしれませんね)

 

国民からの人気も高く、王族としての意志もある。それが14歳で身についていることに七海は感心と若干の不安があった。神権政治の色が強いこの国で、彼女のような存在がこれからどうなっていくかがある程度わかるからだ。

 

「ともかく、せっかく戻ってきたのですから今日は休みましょう。白崎さんも迷宮攻略に戻りたいのはわかりますが、我慢してください」

 

「……はい」

 

香織は内心を当てられて落ち込む。

 

「………帝国の方々が来るのはいつでしょう?」

 

「予定では3日後くらいと」

 

「なら、今日は休んで、次の日は久々に訓練しましょうか?これから先、騎士団の皆さんが付いて来れなくなるのも考えて」

 

数名がウゲっという顔をするが、香織は少し明るくなる。

 

「強くなりたいです。お願いします」

 

雫は彼女の強さが見える言葉を聞いて気合が入り、自分もと頼む。そうすると皆触発されたのか参加すると言いだす。

 

「訓練はいつも通りでいきましょう。…5分がクリアできたので、次は少しレベルを上げて10分にしましょうか」

 

若干上がりかけた気合が少し下がった気がした。ちなみにその訓練はクリアできなかったが7分近くかかったので成長はできているなと皆は実感した。いまだ本気を出さないで勝つ七海が遠い存在だとも感じていたが。

 

 

3日後、呼び出しを受けた光輝のみが帝国の使者と謁見をした。その際、勇者である光輝の実力を確かめたいと申し出て戦った相手が皇帝ガハルドである事と、光輝が一方的にやられた事を聞くが、七海はさして驚く事はなかった。

 

「まぁ、当然でしょうね」

 

「と、言いますと?」

 

報告しに来たパーンズは問う。

 

「彼は対人戦に関しては気付いていないでしょうがあまりにも弱い。相手を傷つけてしまうことへに抵抗感…とでも言いましょうか。模擬戦を何度もしているのでそれがわかります。おまけに、魔人族を魔物と同列に見ている節もある。本格的に戦争になれば人を殺す事などできない」

 

地球でも似たことはある。彼らは日本という平和な場所にいたが、世界で見たら各地で紛争は起こり、死者がでる。戦争で人を撃つことができず、撃たれて死んだ人は10や20ではない。

 

「…どうしました?」

 

「いえ、皇帝と似たようなことを言っているなと思いまして」

 

「………」

 

その人物はどうやら光輝の無意識の現実逃避に気付いたようだ。七海はそれに少し感心していた。この国の王や教皇と違いまともに見ることができる者もいるのだと。それが間違いだと知るのは翌日となる。

 

 

その日は雫と模擬戦ありの早朝訓練をしていた。本来なら訓練を休ませておきたいが自主練ということで短時間だけ許すことにして行っていると、

 

「先生?」

 

急に七海が止まり、あらぬ方向を見だしたので、雫も止まってその方角を見るが誰もいない。

 

「教会の人ではないですね。この国の人でも生徒でも……言いたいことがあるならさっさと出てきたらどうですか?」

 

「…随分と敏感だがおまえでなくそっちの女に気づいてほしかったもんだ」

 

物陰から出てきた人物は40代ほど、銀髪を短く刈り上げてニマリと獲物を見る肉食獣のような顔と碧眼、鍛えあげた肉体には無駄な筋肉はなくスマートな筋肉質を感じる。だがそれ以上に、七海が警戒心を強める理由がある。

 

(強い。実力は……2級よりも上でしょうか?)

 

見た瞬間にある程度の実力を分析した結果、この世界に来て初めて見た2級並みの人間と判断できたことだ。

 

「おいおい、そんな眼はやめてくれよ。むさい男に見られても気持ち悪い」

 

そう言いながら雫を見る。雫も警戒して構えようとするが七海がスッと手を出して止める。

 

「女性を物のように見るのはやめた方がいい、人としての質を落としますよ」

 

その言葉に男はヘラヘラと笑いだす。

 

「面白い男だ!俺を見て恐れるどころかそんな態度とは……なるほど、おまえが七海建人か?」

 

「そういうあなたは、もしやいまこの国に来ているという皇帝ですか?」

 

「え…えぇ⁉︎皇帝って」

 

「おぉ、察しがいいな。そっちの女もいい反応だ。…そう、俺がヘルシャー帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーだ」

 

こんな場所に皇帝がくるなど想像してなかった雫は驚く。一方七海は昨日まで抱いていた感心を撤廃していた。この男は傲慢と強欲を詰め込んだリリィとは真逆の王族。民の事もあまり考えていないかもしれない。だが強者についていくスタイルのヘルシャー帝国なら付き従う者がいる。そういうカリスマはある。

 

「その皇帝がこんな場所になんの御用でしょうか?」

 

「話を聞いてないのか?勇者殿を見に来た……とんだ甘ちゃんでガッカリしてたが、いい物も見つけた」

 

舐めるような視線から雫を守るように、七海は前に出る。

 

「おいおい邪魔すんなよ」

 

「あなたこそ、用が済んだから今日帰るのでしょう?さっさとしたらどうですか?」

 

バチバチと視線がぶつかる。そしてガハルドは剣を出した。

 

「調子に乗るなよ。俺は皇帝だぞ?」

 

誰が見てもわかる明確な殺意。それを受けてなお七海は引かないし恐れない。

 

「この世界の人々の前ではね。私とは関係のない世界なので」

 

「ハッ!よく言った!なら灸が必要だなぁ‼︎」

 

魔力を込めた身体強化で七海に迫る。生徒たちと違い、殺意全開プラス魔力の流れも安定しているので動きが読みづらい。戦いの中で無意識のうちに身につけたものだろう。その剛腕から放たれた剣を、

 

「……戦闘狂ですね」

 

全く動くことなく自身が持つ大鉈で切った。

 

「⁉︎」

 

七海が構えた時点でそれが鈍だと気付き、訓練の為にそれを使っていたと思っていたガハルドは鈍に自分の剣が切られたことに驚く。当然七海はそれによって発生した隙を見逃さない。呪力は込めないがこの世界で上がった膂力の蹴りが鳩尾に命中する。胸にアーマをつけていたにもかかわらず、その一撃でアーマにはベコっと足型がつく。勢いを殺すことなどできるはずもなく転がっていくが、途中でどうにか体制を立て直す。

 

「まだ、やりますか?」

 

「………ふっ、ふはは、ふははははははは‼︎」

 

瞬間、狂ったようにガハルドは笑いだす。

 

「正直、おまえがたった1人でベヒモスを初めて倒したのを聞いた時は与太話と思っていたが、なるほどなるほど‼︎想像以上にバケモンだ‼︎」

 

「私程度でバケモノなどよく言いますね。あなたの枠で語るのはやめた方が良い。それと、初めてベヒモスを倒したのは私ではありません。きちんと話は来てるんですか?」

 

「あぁ?錬成師の無能が倒したって話か?それこそ与太話だろ?あれ聞いて喜ぶのはガキかお伽噺好きくらいだ」

 

「どういうふうに伝えているかは知りませんが、事実ですよ。それで、どうしますか?」

 

「いや、もういいさ。それより、いくつか聞くぞ」

 

聞きたくないが聞かないと追ってきそうだと思い、聞くことにした。

 

「まず、おまえ何者だ?」

 

「私の名前は行き渡っているのでしょう?」

 

「そうじゃない。聞いてるぜ、おまえ魔力が0なんだってな。その大鉈、見ればわかる、鈍だ。この剣は名剣ではないが、それなりの物だ。それをなぜ切れた?何を隠している?何者だ?」

 

「いっぺんに質問しないでいただきたいですね。…私は私、七海建人、前の世界ではしがない教師をしていました。それを切ったのは私の技術とステータスあってのものですよ」

 

「ふーん。まぁ、いまはそういうことにしてやるよ。次の質問…というより要求だな。おまえ、俺に仕える気はないか?」

 

「はぁ?」

 

先程まで皇帝である自分を馬鹿にしてた相手によく言えるセリフだなと思いつつ、話の続きを聞く。

 

「強いやつを見て心躍ることはないか?それがいまだ。その力が欲しい」

 

「お断りします。あなたに付く理由がないので」

 

「フン。では次にそこの女、名は?」

 

視線を再び雫に向けて問う。

 

「八重樫、雫です」

 

「確か、ファミリーネームが最初だから…雫か。雫、気に入った。俺の愛人にならんか?」

 

「「はぁ?」」

 

そんなことを言いだすと思わず七海は今日2回目のあきれ声を出し、雫もふざけているのかと考えるがガハルドはどうやら本気のようだ。

 

「失礼ですが、あなたは皇帝で年齢はおそらく40代以上でしょう?もう少し自重しては?」

 

「貴様には聞いてない。俺は雫に聞いている」

 

「彼女の今の責任者の権限は教師である私にありますので」

 

七海の中でガハルドの株が急降下していく。底だ底だと思ったらまだあるとは思ってもいなかった。

 

「先生、いいです。私から言うので。皇帝、ハッキリと言わせていただきます。その提案お断りしますからお引き取りください」

 

それなりに告白された経験があった彼女も、皇帝とはいえこんな男に、こんな最低な告白をされたことなどなかったろうが、それでも丁重に断った。…ちなみに彼女に告白してきたのは女性だけだったので、これが初の男性からのプロポーズだ。不憫極まりない。

 

「ふむ、まぁいい。どのみち神による帰還ができないなら、チャンスはいくらでもあるからな。焦りはせん、2人とも気が変わったらいつでもくるといい」

 

そう言って、手をひらひらさせながら去った。

 

「八重樫さん、大丈夫ですか?」

 

彼女の精神を心配して声をかけるが、雫は「大丈夫です」と答えた。だが、

 

「でも、私、男運ないんですかね…」

 

初の男からのプロポーズがあんなのだったので、雫は結構落ち込んでいた。

 

「君は若い、今からそのようにしてたら、本当に運は逃げていく」

 

「けど、香織と違って、女性としての魅力、低いですし」

 

(全然大丈夫じゃないですね、これは)

 

先の大丈夫という言葉がどんどん霞み、暗い方に行く前に七海はフォローする。

 

「白崎さんと君はまったく違う。それぞれの魅力があります。白崎さんの強さも魅力、君の弱さもまた魅力です」

 

「………弱さですか?」

 

雫は思えば七海は最初から自分の隠していた弱さに気付いていたなと思う。だがそれが魅力と言われるのは少し複雑だった。

 

「弱さを持つことは悪いことばかりではありません。大事なのは、それに気づけないこと…君は気づけている。きっと見つかりますよ。その弱さを見ることができる人がね」

 

七海はそれを否定しない。だから尊敬できた。

 

「はぁ、先生がもう少し若ければ惚れてましたよ」

 

「はいはい」

 

ほんのちょっとだけ本心で言った言葉を軽く受け流された。こんな冗談を言えるほど七海を慕っているのは確かであるが。

 

その日、ガハルドが帰る際に再び雫を愛人にと誘い、それを断る姿を見つつ皇帝に鼻で笑われた光輝が、先日のこともあり口には出さないが絶対馬が合わないと不機嫌になって、彼女の溜息がまた増えることとなった。




ちなみに
言うまでもないですが、雫はヒロインではありません。愛子だけです(一応)

この話の次にありふれさんぽを続けて出そうとしましたが、意外と長くなりそうなので次回にします
そしてその次、ようやくヒロイン(一応)の愛子と絡めた話ができるが骨組みすらできてません


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ありふれさんぽ:英雄になりたい錬成師(最終回)

超ふざけて作ったのに無駄に長くなった。反省します(笑)

注意:キャラ崩壊しまくりですが、あくまで劇中の劇ですので


この世界は、戦いが常に続いていた。魔人族は田畑を荒らし、人々を傷つけ、命を奪う。

 

人族最大の危機。それを救うべく、神エヒトは勇者とその仲間たちを召喚した。この世界を救う為、強くなり、困難を切り抜け、いずれは魔人族に勝つ為に。

 

だが、この物語の主人公は勇者ではない。なんの取り柄もない、ただの無能と言われた錬成師のお話。勇者を勇者にする最弱の英雄の話だ。

 

「ハジメ、君はここに残るべきだ」

 

勇者はそう告げる。来る魔人族と戦う為、自分達は特に最前線で戦うことになる彼はオルクス大迷宮で仲間と共に力をつけている。だが、彼はその仲間の1人であるハジメに告げた。

 

ハジメという錬成師は召喚による神の恩恵があまりなかったうえに、錬成師というごくありふれた天職だった。皆に蔑まれていたが彼は自分なりに皆の役に立ちたかった。

 

「だからこそ行きたいんだ。勇者である君と違って、僕じゃ何もできないけど、皆を、この世界を守りたい気持ちは君よりあるって思ってる」

 

「………私は、君を尊敬してる」

 

「え?」

 

勇者が、自分を尊敬?とハジメは疑問に思う。

 

「君が行く先々で無能と言われているのは知っている。ステータスを見れば、そう言われてもおかしくない。けど、私は、君が誰よりも勇敢で、明るくて、どれだけ皆を励ましているかを知ってる。私なら、きっと折れてた」

 

「勇者………」

 

「本当は迷ってる。君や皆を戦いに巻き込む事を………同じ世界で育った君達を、死なせるかもしれないと」

 

勇者は、ずっと言わなかった事を彼にだけ話した。初めて見せた弱さだった。

 

「勇者失格だな」

 

「………そんなこと、言わないでくれ‼︎」

 

「!」

 

胸ぐらを掴まれ、勇者は今まで物静かな彼が怒鳴ってきたことに驚く。

 

「僕が、今まで悔しいって思った事がないとでも⁉︎君みたいになりたい!君のように強く戦いたい!皆を守りたいって何度思ったかわかるか‼︎」

 

「…ハジメ」

 

「けどそれは僕に与えられたものじゃない!君が持つものだ………勇者って肩書きに押しつぶされてしまいそうなのもわかるよ。どれだけ強くても、期待をそれだけ受けていれば、心が弱くなってもおかしくない。けど!僕の前だけでも良いから、そんな弱い所は見せないでよ」

 

勇者は、ずっと彼が心の強い人物だと思っていたけど、わかった。彼もまた同じだった。自分の立ち位置に悩み、苦しみ、吐き出したかったのだ。

 

「勇者、僕にはこれしかできないけど、使ってくれないか?」

 

それはガントレットだ。

 

「君が、こんな立派なものを?」

 

「アーティファクトに比べたら全然ダメだけどね」

 

「ありがとう。使わせてもらう」

 

無能と言われるだけあって、今日この日までろくなものが作れなかった彼が、ようやく納得できる物を作る事に成功し、それを勇者が使ってくれることがちょっとだけ嬉しかった。

 

「ところで、いつまで私を勇者と言うんだ?」

 

召喚された当初はトータスの人々が呼び、彼の同郷の仲間もからかい半分でそう呼んでいたが、今はもう名前で呼んでいる。

 

「うーん。なんか今更言い直せないし、それに前の世界じゃ、あんまり接点がなかったし」

 

「…この世界に来て、色々忙しいけど、1番は君の訓練を見た時かな」

 

「本当に弱いからね」

 

自慢して言うな、と勇者はツッコミを入れた。

 

「でも、おかげで最低限の戦いはできるし、ちょっとした技もできたし、期待しててよ」

 

「はいはい」

 

いずれ最強になる勇者と最弱の錬成師は、共に語りあった。

 

「明日はオルクス大迷宮での実戦訓練だ。早く寝てしまおう」

 

「ああ。………勇者」

 

「ん?」

 

「オルクス大迷宮を攻略したら、その時は奢らせてくれ。1人の友として」

 

「……その時に、勇者って堅苦しい言い方をやめてくれるならな」

 

「約束する」

 

 

そうしてオルクス大迷宮へ挑んだ。

 

「ハジメ凄いな」

 

「今まで馬鹿にしてたけど、結構戦えてるし」

 

仲間達の中でも最弱と言われたハジメが善戦している姿に驚き、そして同時にそれが己を鼓舞させる。1番弱い奴に負けてたまるかと。

 

「君に焚き付けられてるな?」

 

「うらやましい?」

 

「からかわないでくれ」

 

そうからかっているがハジメはだいぶ感謝していた。勇者のおかげで今の自分はここにいる。勇者があの時自分に声をかけてくれなければ、きっと自分は今も無能だった。

 

一方で勇者も勇者で感謝していた。彼らが違う世界に来て不安だった時、1番弱いと言う理由で皆を励ましていたことを思い出す。

 

(負けていられないな)

 

勇者は気合を入れて聖剣を振るった。

 

 

「今日は、こんなものかな。騎士団の方々もいるからか、わりと楽だった」

 

初めての遠征で20階層はいい調子といえる。しかし、ここで終わりではない。100階層までの先は長い。

 

「みんな、今日はこれくらいにして戻ろうか」

 

「はやくないか?もう少し探索してもいいだろ?」

 

「そうだよ、せっかくいい調子なんだし、早く強くなって魔人族と戦えるようにならないと」

 

勇者としてはもっと慎重に行動したいが、彼らの言うことも、もっともである。

 

「…わかった、じゃあもうちょっとだけな」

 

その判断を勇者は後悔した。

 

 

(どうして、どうしてこんなことに)

 

聖剣を構え、目の前にいる最恐の魔物の恐怖を無理矢理振り払う。

 

ベヒモス、それが魔物の名だ。かつて最強と呼ばれた冒険者が手も足もでず敗北した存在。探索中、1人の仲間が調子に乗りすぎて罠を起動させてしまい、65階層まで転移してしまった。

 

今の勇者達は未熟。勝てるはずもない。すぐにでも撤退すべきだができない。周りの友達は恐怖で動けず、後方にトラウムソルジャーの群れが進行を妨害しているからだ。騎士団が分かれてトラウムソルジャーとベヒモスをどうにかしているが時間の問題。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

勇者は生き残るべきと騎士団から言われるが、後方のトラウムソルジャーの群れをどうにかするにはベヒモスを足止めしなければならない。強さ的にもできるのは勇者くらいで、他の友人達のフォローをしなくてもならず、膠着状態になる。

 

「動ける人は後方のトラウムソルジャーの方を頼む‼︎こっちは俺が時間を稼ぐ!その隙に突破口を…」

 

「はいそこまで」

 

ガッと肩を掴まれ、勇者はその人物を見る。

 

「ハジメ?何してる、動ける奴は後方のトラウムソルジャーの方にって」

 

「選手交代だよ。あっち多いし、1匹だけの方がやりやすい。ここは僕に任せて」

 

「ふ、ふざけたこと言うな‼︎お前1人で」

 

「いい加減にしろ!」

 

「!」

 

「わかってるんだろ?1人も犠牲者なしでここを突破なんて無理だって」

 

「‼︎」

 

勇者は犠牲者を容認などしたくない。だが出てしまうのも理解していた。だからより多くを助ける手立てを考えていた。

 

「足止めだけならどうにかなる……頼む」

 

この場で出る犠牲者が彼だけになるならそれは戦力的にはいい。だが、気持ち的には良くはない。それでも、決断しなければならない場面だった。

 

そしてハジメの判断は正しい。勇者である彼が他の者達を鼓舞すれば動き出すだろう。そうすればトラウムソルジャーの群れくらいならどうにか突破できる。後は、決断だけ。

 

「任せた………あえて言うぞ、死ぬなよ」

 

「もともと弱いし、死にたくない臆病者なんだ、わかってる」

 

勇者はわかっている。彼がウソを言ってることも、本当は彼は臆病ではなく、勇敢な人物だと。それでも他の人達を助ける為、進む。

 

トラウムソルジャーの群れは、勇者が鼓舞してようやく動き出した者達の活躍もあって突破した。後はハジメだけだ。

 

「おい、あれ見ろ!ハジメの奴、錬成で土をいじってベヒモスを拘束してる‼︎」

 

「あいつ、あんなことできたのか!スゲー!」

 

最弱が最強に挑む姿は、彼らの目に焼き付く。そして、

 

「おい、ハジメお前も早く…」

 

その時は、

 

「ごめん、約束破る」

 

来てしまう。

 

「ハジメ、やっぱりダメだ!行くな‼︎戻ってこい‼︎」

 

「勇者、元気でな」

 

ハジメは錬成で岩の橋の強度を緩める。重量のあるベヒモスが動いた瞬間、橋は崩壊を始め、ハジメとベヒモスは奈落に落ちていく。

 

「道連れだ‼︎最恐の魔物‼︎」

 

それは必要なことではあった。トラウムソルジャーの群れを突破しても、ベヒモスがいてはそう簡単に逃げられない。ハジメは最初からこうするつもりだったのだ。そして、勇者も、そうすることはわかってた。彼らはただ、落ちていく姿を見つめる事しかできなかった。

 

 

 

 

1ヶ月後、勇者は墓地に居た。なんでもない墓の前にいた。そこには『英雄ハジメ、ここに眠る』と書かれている。

 

「と言っても、遺体はないけどな」

 

誰に言うでもなく勇者は呟く。

 

「調子のいい奴で、弱い事を自慢するみたいにして、正直言って苦手だったよ。けど、嫌いではなかった」

 

勇者は花を置き、つらつらと彼の墓に告げる。

 

「泣かないぞ、俺は。それは、お前が認めてくれた強い俺がすべき事じゃないからな」

 

泣きはしない。だが、腕に力が入りすぎて血が出る。

 

「あれから、皆強くなってきたよ。お前に生かされた事を、胸に刻んでな」

 

もちろん全員ではない。あの恐怖で戦えなくなった者もいる。だが、今力をつけてきた者も、そうでない者も、誰もが感謝し、理解している。ハジメという最弱の英雄を。

 

「今度は俺の番だ。そっちに行くまでに英雄伝をいくつも作っていくからな。……またな、親友」

 

流れていく風のなか、一筋の水滴が落ちていった。

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな感じの物語なんですけどね、いやー売れる売れる!特に子供達に大ヒット!錬成師達の希望の星って言われてますわ――ってお客さん、どうしました」

 

いや、別に

 

枯れ果てたような声で眼帯の白髪の少年は言う。

 

(これ、作った奴、殺す)

 

気持ち悪い物を見て胃もたれを起こしそうな気持ちで彼はそう思った。ちなみに1巻で完結だが、その内容は全て彼に大ダメージを与えた。尚、勇者に視点をつけた続編も考えられているとの事。

 

「へーこんなクサイセリフ言ってたんですねぇ」

 

「ちょっとかわいい」

 

ウサ耳が特徴の兎人族の少女と金髪の少女はニヤニヤしながら言う。その日、1日中ネタにされたのは、言うまでもない。

 

 

 




前回の話でガハルドが言っていたお伽噺の事が今回のこれです。

本当はもっと長くできたけど書いてる自分がもうお腹いっぱいになっていきやめました

次回は23日か25日に出します


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急変邂逅

ようやく愛子と絡めることができる!と思ったがこの話だけで結構長くなった

合流、つまり邂逅は次回に持ち越しです。


朝靄が掛かる中、2人の教師が話していた。

 

「では、何かあれば手紙で連絡しますね。定期的にも送りますけど」

 

「えぇ。…あなた方も、自身の命を最優先にして下さい」

 

園部優花含めた6人が頷く、拳をグッと握るなどして決意を表す。

 

「…あの、皆さん。やっぱり考え直しませんか?先生の護衛なら騎士の皆さんがきちんと…」

 

「その騎士の方々よりも、彼らの方が強い。だからこそ、私は畑山先生の護衛をしたいという彼らの意見を承諾しました。(と言っても3級から準2級ですが)」

 

ある程度は訓練をしているので実力はあるがそこまでではない。故に、七海も反対の方が大きいが。

 

「そうですよ。それに、何かしたいんです…生きているなら、なにか」

 

「…園部さん」

 

優花以外もそうなのか皆、思い思いの表情をする。こうして、全員が胸の内にあるものを理解したから、七海も愛子も彼らの決断に寄り添った。

 

「それに、愛ちゃん先生。むしろ1番危険なのは、あの騎士連中です!」

 

ビシィと指を騎士達に向けて優花は言う。騎士全員が揃って顔が整っているし、微笑むとキラリと歯が光る…要はイケメンだ。

 

教会は愛子とも約束を取り付けられている。七海はいずれ戦場に送り込んで死ねばいいが彼女はそうもいかない。戦争が終わっても彼女の力は利用できる。その力が教会の物になれば、その威光はさらに上がる。だからどうにか取り込もうとして彼らを護衛に付けたのだろう。ただ、1つ教会側も計算外の事態があった。生徒たちがついて行くことではない。

 

「そうだよ、どう考えてもハニートラップなのは明白ですし!揃ってイケメンだし‼︎」

 

「まぁ、ミイラ取りがミイラになっちゃった感はあるけど、それでも愛ちゃん先生は私達の愛ちゃん先生だから、用心に越したことはないし」

 

そう、確かに彼らは愛子を繋ぎ止めるために送られて来た護衛件ハニートラップ集団だが、いつのまにか逆に愛子の誠実さと純真さ、あと愛くるしさに絆されて『愛子は俺が守る‼︎』的な感じで神格化+愛が彼らの中にできていた。愛子本人はその好意にまったく気づいてない。まぁ、気づいてたら香織のハジメへの好意にも最初から気づいていただろうが。

 

ちなみに七海は彼らがハニートラップ要員である事は知っていたがあまり気にしてなかった。心配していたのは彼女の生命で、彼女が絆されるなどこれっぽっちも思ってない。

 

「君達は心配しすぎです。畑山先生は、色恋で自分のやるべきことを放棄する人ではありません」

 

「うぅ、嬉しいんですけどプレッシャーが」

 

愛子は彼らの好意には気づかないが七海から信頼されているのはわかる。だが、

 

「私、また流されてしまいました…ダメな先生です…」

 

何度も生徒達を説得した。それは彼女達だけでない。もう一度迷宮に行くと宣言した香織にもだ。

 

(七海先生に信頼されてますけど、私は生徒1人説得できない…ほんとダメな先生です…グス)

 

それぞれ胸の内にある思いをドカドカとぶつけてきて、それが変わらないのがわかり、何を言っても無駄と明白になった。それを思い出してガクリと落ち込んでいると上から声をかけられる。

 

「畑山先生、気を落とさないで下さい。あなたが皆を心配しているのは彼らも理解しています。むしろ、ダメなのは私の方ですよ。彼らを説得する立場にありながら、その意志を尊重すると言いつつ危険な場所へ送る。…最低の教師です」

 

「そ、そんなこ」

「「「「「「そんなこと無い‼︎」」」」」」

 

愛子の言いたい言葉をここにいる生徒達が代弁する。

 

「先生が何度も言ってたことは全部事実だった。俺達が選んだ、いや、選ばなかったんだ」

 

「選んでるようにしてただけで、結局は先生や他の人の言葉で動いてた」

 

身を守るために、その力を身につけるために、怖いけど(・・・・)しかたないから(・・・・・・・)。そんな感情をもっていた。

 

「だから、悩みました」

 

「悩んで、考えて、迷って、それでもって」

 

今の彼らと迷宮攻略を目指す生徒達は、思いは違えど流されてできた覚悟はどちらにもない。

 

「七海先生、これからも私達の先生でいて下さい」

 

「俺達は、南雲に命を救われたけど、七海先生にも救われた。それは間違いないですから」

 

決意を、その身に込めて。

 

「………」

 

七海はただ、彼らの思いを受け止める。否定はしないし、できない。彼らは呪術師ではないが、それを否定するのは、呪術師としてそれぞれの思いを持って命を掛けてきた者達を否定し、侮辱する行為になるからだ。

 

「あと、できれば愛ちゃん先生は七海先生と一緒にいてほしいし」

 

「ちょ⁉︎」

 

「うんうん。あんな奴らに愛ちゃん先生は渡したくないけど、七海先生なら許せますギリ」

 

「なぁ⁉︎」

 

顔を真っ赤にして愛子は慌てる。一方七海は、

 

「私とて畑山先生と共にいたいですが…」

 

「えぇ⁉︎」

 

「彼女の護衛には君達もつくのでしょう?なら、その必要はおそらくありません。ただ、もう1度、クドイようですが自分の命を優先してください」

 

((((((そういう意味じゃないんだけどなぁ))))))

 

(これ、私どう反応すればいいんでしょう……)

 

別の意味で落ち込む愛子を同情するような目で見る生徒達だった。

 

その後、七海が見送った後、もう1人生徒を加えて馬車は遠征へと出発をした。

 

 

 

それからまた日が過ぎた。皇帝が帰った後、もうしばらく王国で羽休め……と言えるかどうかわからない。七海の模擬戦時間が倍になったのに、動きに変化が見れない。要するに本気で戦ってないのがわかり気を入れて訓練をしていたからだ。

 

そして再び迷宮へ来た。攻略は70階層を越えていたがここに騎士団の者はいない。理由は2つ、1つ目、これが1番の理由だが70階層で実力的に無理だとリタイアしたから。もう1つは転移陣と呼ばれるものが見つかりそこの警護をしているから。この転移陣で70階層から30階層をいちいち階段を使わずとも一気に移動できるのもあり、迷宮攻略に役立つものとして、いざという時に逃げられるようにするため警護をしているのだ。

 

…余談だが、この転移陣を見つけた時、七海の表情がまったく気は抜いていないが、ほんの少し僅かに安堵が見られたという。

 

そして今、79階層。騎士団の皆がいなくともスムーズに行動できていた。

 

「そこ、罠がある」

 

「お、まじか?」

 

〔+視認(上)〕があれば罠の魔力にフェアスコープが無くとも判断することができる。魔物以上に警戒するべき物といってもいいがどうにかなっていた。

 

「魔物だ!今度は俺達が戦います!」

 

「危なくなったら下がるように」

 

新手の魔物は七海が戦って情報収集、その後から出てきた魔物は各生徒が相手をする。

 

「守護の光、意志を元に折り重なり蘇り弾け!…今だよ!」

 

鈴の合図で残りの後衛と光輝が強力な魔法を一斉発動する。それぞれバラけていたが、

 

「〝天絶《弾》〟!」

 

シールドを展開させる光属性の上位魔法〝天絶〟。元来は手のひらサイズに圧縮されているものを 複数展開させることで相手の攻撃から守るもの。それを味方の攻撃をピンボールのように弾くことで擬似的、弾き返す回数の制限はあるが攻撃を曲げることができる。1回につき最大2度曲げる。避けたと思った相手からしたらエグいとしかいえないものだ。

 

ちなみに〝聖絶〟でないのは、〝聖絶〟はあくまでも攻撃を守る結界のため、弾いて相手に返すのには向いてないからだ。〝天絶〟は手のひらで出すならラケットの如く打ち返せるのでは?そこからの発想でできた。当然そんな発想も、これほどまで様々な新しい防御魔法の使い方もこの世界では誰も試してない。

 

「う〜ん。まったく別のところで展開するから、足し引き難しいなぁ…完全には弾けないし、魔力消費も多いし、やっぱり2回曲げるだけで精一杯だなぁ」

 

(この世界の結界は元来私の知っている物とは違いますが……それでも相当なことをしてるんですけどね)

 

現状、防御だけなら鈴は七海の中で準1級と見なしている。足し引きのことを教えて自らそれを進化させていく…『天才』そのひと言だ。

 

(言ったら調子に乗って、結界の維持が不安定になるかもしれませんから言いませんけど)

 

クラスメイトからはよく誉められるが、七海は「なかなかです。その調子で」と簡単に言うだけなので鈴はさらに気合を入れる。実際いくつか作ったものの彼女の中ではまだまだ未完成なのだ。

 

道中で出る魔物を問題なく倒して進むが、ひとつ疑問が出てきた。

 

(84階層……ゴールも近づいてるというのに準1級以上が現れない。ベヒモスは準1級でも弱……それと同等くらいしか今のところ出ていない)

 

たまに準1級が出てきても弱い。出てくるのは大抵が2級ほどだ。強いのが現れないのは良いが、こうまでくると100階層…つまり1番下に1級がいるのかと思う。そしてもうひとつ、気になる点がある。まぁそれは香織の方が大きいが。

 

(南雲君の痕跡がまるでないのが不安なのでしょうね…魔物が悪食でも流石に錬成した物や彼の持った武器などを食うとは思えないですし、あってもおかしくはないですが、ここまできても手がかりなしだと…)

 

不安が大きくなる。だからもっと先へと思うが疲労はやはりある。何せ各階層は念入りに調べてマッピングしているのだ。89階層に着いてその日は終わりを迎えた。

 

 

帰りの道は魔物を倒しているのでスムーズになり、しかも転移のおかげで30階層までいける。その日はギリギリの定時に終わった。かなり久々の定時終わりだったので七海は安堵した。

 

(それだけ彼らもレベルが上がっているのでしょうが)

 

最近見てなかったステータスプレートを見る。魔力感知に〔+視認(極)〕が加わって以降変化はない。もちろんレベルもだ。

 

(こうも変化なしだと、さすがに虚しくなりますね)

 

もう自分には成長は期待できないのだろうかと思っていると、先日伝令をしてきた兵士がくる。

 

「七海建人殿に、手紙が届いております!」

 

「ありがとうございます」

 

受け取った手紙に書かれた字は日本語、つまり差出人は愛子だ。定期的にも手紙は出すと言っていたのでそれだと思い、それを見る。

 

「…………!……そうですか…」

 

「建人?」

 

「愛ちゃん先生どうかしたんですか?」

 

「いえ、とくには」

 

手紙を綺麗に折り畳み、仕舞い込む。

 

「では今日は終わりです。明日は1日休みとしますが、くれぐれも勝手な行動は慎むよう。メルドさん、次の予定を立てましょうか」

 

「……あぁ」

 

いつもと変わらない対応のため、皆気にすることなく各自用意された部屋へと戻っていく。だが、メルドは何かあるなと一瞬だけ見た七海の表情から推察していた。

 

 

翌日

王都へ戻る。そう言われて今度は何事だと思うが理由もなく、ただ帰ると言われて不満がある者もいた。早馬ですぐさま帰り、王都に着いたが寝泊まりしている場所には行かず、ついて来るようにと言われてついた場所は訓練場。

 

他の者も時折訓練しているようだが今日は夕暮れ時というのもあり誰もいない。そして七海はいつもの訓練のように広い円を描く。

 

「もしかして、いつもの訓練のために戻って来たんですか⁉︎」

 

「ええ、そうです」

 

光輝の不満は声にこそないが香織もあった。なんだって今なのだと。

 

「ただし、今日は少し違います。いつもは3〜4割ほどの力で戦っていましたが、今日は7〜8割の力で戦いましょう」

 

背を向けていた七海がこちらを見た瞬間、ゾッとした雰囲気を感じる。今まで向けられる事のなかった敵意…魔物に向けていたであろうその敵意は自分達に向いていると理解した。

 

「いつもの合図と共に開始です。言わなくても理解してるでしょうが、本気できなさい」

 

 

先日の夜、メルドは七海から手紙の内容を聞いていた。

 

「清水がいなくなった⁉︎」

 

「彼がついて行っているのは前の手紙で受け取っていたので知っていましたが……」

 

彼にはきちんとした注意を行っていない。それが原因かと七海は考えた。だが、それ以上に考える事がある。

 

「この手紙を出して来たタイムラグを考えると最低でも失踪から1週間近くは経っている……彼の実力を考えると、逃げに徹してもすぐには死なないと思いますが…」

 

それでも1人になるのはこの世界では危険以外の何でもない。部屋に荒らされた形跡もなく、度々護衛隊から離れて行動していたのもあり、自発的にいなくなった可能性が高いとのことだ。

 

(南雲君の一件以来、彼もほとんど部屋に入っていた。たまに訓練していたようですが……それでも微々たるものでしょう)

 

そもそも何の目的でついて行ったのかもわからない。優花達のように覚悟があるとも思えなかった。

 

「捜索隊は編成されていますが、もう少し掛かるようですね」

 

メルドに頼み、早馬で往復させてどうにか今日中に手に入れた情報だ。まず間違いない。

 

「……建人、行ってやれ」

 

「それはできません」

 

メルドの言葉を即座に否定した。

 

「今私がここを離れてしまえば、彼らを守る人がいなくなる。迷宮攻略にも負担がかかります」

 

「だが、近隣の街に村、周囲の場所を探しても見つかっていないのだろう?おまえが行けば、もしかしたら魔力の残穢を見つけて捜索することもできるやもしれん」

 

「それは、ここを早く離れてほしいということですか?」

 

「違う、そういう意味じゃ…」

 

「いえ、すいません。言い過ぎました」

 

メルドを信用してないわけではない。だが万が一、ここを離れて教会からの圧力がきた時、メルドはそれを断ることができない立場だ。鬼の目がないうちにと、信用できない教会がどんな無理難題を言うかなどわかったもんじゃない。

 

「現在、魔人族は表立って動いてはいない。本格的になるのはもっと先だ。それに、あいつらが戦うのは少なくともオルクス大迷宮を攻略してから。おまえがいない状態でも大丈夫だろうが、攻略ペースは落ちる」

 

メルドの言う事も正しい。だからと言って絶対ではない。

 

「おまえも少しくらいは信用してやれ。俺達だけじゃなく、あいつらを」

 

生き残れる可能性で言うなら、確かに清水以上にある。仮に1級以上の魔物、もしくは魔人族が出たとしても今の彼らならすぐにはやられないだろう。

 

「……メルドさん、明日王都へ戻る準備をしてください」

 

「………全員か?」

 

「えぇ。…確かに彼らは強い。それは確かですが、やはりここを離れると決断するにはあとひとつ、必要ですから」

 

「いずれ、どんな形であっても、おまえはあいつらから離れるだろう?そのためにあいつらを強くしてきた…違うか?」

 

「だから、これは私がそうできると納得するためのテストです」

 

 

今まで七海は訓練の時に呪力による身体強化をしてはいたが、最低限のものだった。魔法攻撃を大鉈で捌く時と攻める時の脚力のみ、あとは上がった膂力と肉体の強度、今の彼にある技能を駆使していただけだ。

 

「〝聖絶〟!」

 

鈴の練り上げ、結界の足し引きを考えた〝聖絶〟を拳の一撃で粉砕する。元来、1度は絶対に防ぐそれを一撃で破壊したのはまだまだ鈴の結界の維持力が足りないのもあるが、今七海は呪力による身体強化と結界など防御魔法のみに対してだけだが術式を使用しているからだ。

 

(いや、いやいや⁉︎ありえないって⁉︎)

 

そんな事など知らない鈴にとっては恐怖でしかない。七海の言ったことは正しく、だから今まで足し引きを意識してきた。なのにそれをこうもまるで柔いガラスを割るように砕かれると落ちこむ以前の問題だ。

 

「鈴下がって‼︎」

 

焦りはあるがどうにか落ち着いて風魔法の上位の魔法を放つ。炎と水耐性がある七海には今まで牽制でやってきたが今彼女はそれをしようなどと思わない。そんな事すれば効かない上に速攻で潰される。今放った上位魔法を牽制にしているのが良い証拠だ。

 

「あ、ありがとうエリリン」

 

「ベヒモス戦のアレ、もっかい頼む」

 

「私達にもお願い。…鈴、魔力は大丈夫?」

 

「た、多分。でも前衛組全員にやるのはあと一回が限度だと思う」

 

どうにか前衛組は生き残れている。だがどうにかだ。防具や剣で防ぎ、直接攻撃が身体に命中したわけではない。だが重い。一撃一撃が、ただただ重いのだ。

 

「7〜8割って行ってるけど、多分…」

 

「あぁ、さすがに俺でもわかる」

 

「6割ってところかしら?」

 

七海は万が一傷つけても大ダメージにならないような攻撃しかしていない。

 

脱落したのは11人中4人。最初に狙ったのは回復担当の香織と辻だ。当然皆は守るつもりだったが、七海が初手で身体強化で突貫し密集していた守りを脱落させた事で、守れなかった。拳で地面ごと吹っ飛ばし、回避に専念してきた辻をまったく避ける暇も与えず放り投げて、香織は拘束魔法を使うも全身が強化された七海にとってまるでそれは紙テープのようなものだった。ギリギリ鈴と香織自身も防御魔法をしたがそれが悪手だった。防御するなら防御ごと吹っ飛ばすと言わんばりに強烈な一撃で吹っ飛んで傷こそないが場外アウト。

 

これにより、早い段階で彼らからは回復担当がいなくなった。後衛組の中には当然回復魔法が使える者がいるが適性のない場合は時間がかかる。そんな事してる間にやられる。ならヒット&アウェイに徹しながら攻めると決めて遠藤に光輝が指示しようとしたが、

 

「ごめん、もうやられてる」

 

影の薄さゆえすぐにはわからなかった。七海は辻を吹っ飛ばすついでに巻き込む形で遠藤も場外アウトにした。この間1分も経っていない。陣形に意味を無くしたのをいち早く判断したのは雫だった。残った8人をそれぞれ分けて攻撃しては下がるでどうにか持ちこたえていたがすぐにもう1人、野村が土魔法を放ったのを最後に場外に飛ばされた。

 

「残り、7分……そんなものですか」

 

雫の言う6割というのは七海の戦い方だ。確かに出力的には7〜8割だが倒す方法が傷つけないようにしている。その部分を入れての6割。

 

「けど、それでも今までの七海先生とは、比べものにならないわ」

 

「しかもこれでも本気じゃないってウソだろって言いたくなるぜ」

 

「…本当は本気なんじゃないか?」

 

光輝は自分達の実力が高いから油断させるためのセリフだった、そう思うが雫は違うと首を振る。

 

「もし本気ならとっくにやられてるわ。見たでしょ?鈴の〝聖絶〟を拳の一撃で破壊したのよ」

 

〔+視認〕は魔力を見るから魔力のない七海には意味がない。逆を言えば、魔力なしで自分達と戦っているのだと彼らは考え慎重さは今まで以上に上がっている。

 

これまでも、当然それはあった。だが今はその比ではない。たった一撃で最強の防御を破壊し、一瞬で全員が密集したところへ近づき、1人残らず吹っ飛ばす膂力。

 

「そこまでのことが出来るんだから、わざわざ嘘をつく意味もない。それに」

「そうやってあなた方が作戦会議をしていても、攻撃をしていませんし、時間も止めてませんしね」

 

雫の言葉を遮り七海が言う。それに雫は「やっぱりか」と思うがそれもここまでだ。

 

「とはいえ、時間ももう少ないのでそろそろ行かせてもらいますよ」

 

「⁉︎鈴‼︎」

 

「〝聖絶:纏〟‼︎」

 

ベヒモス戦で使った〝聖絶:纏〟で鎧を纏う。これにより、鈴はほぼ戦闘不能となる。残りの前衛は七海が攻めてきた瞬間に散開した。が、当然逃げ切りなどできない。雫に攻撃し、どうにか防ぐがかなり手が痺れる。

 

「んぐ」

 

〝聖絶:纏〟は体に纏う。武器には纏えない。身体強化で補えきれない体の防御と攻撃への対処の為の鎧。鎧と違い重さによる動きの変化はないが持続性はない。攻撃1回分しか防げず、先の七海の〝聖絶〟を破ったのを見れば焼け石に水に近い。だからその1回を無駄にせず、油断せず、雫は武器でいなす。

 

「意識が武器にいきすぎです」

 

片手に大鉈、もう片手で打撃。それをわかっていたがついその攻撃をいなすのに集中してしまい、拳を受けた。〝聖絶:纏〟で怪我はないが衝撃で大きく後退する。追撃に動こうとした瞬間上空から魔法がくる。恵里の上位魔法だ。

 

(上位魔法の連続使用。随分と技量と魔力使用の効率化ができてますが、そろそろ限界でしょうか)

 

恵里はこれで決まるとは思わない。並大抵の魔物を魔法で屠ってきたが目の前の相手がそれと同等の存在ではない事などわかる。こんな上位魔法を人に向けて放てば怪我で済まない。だから手加減を……と考えて何度もやられた。…おまけに無傷で。だから手加減はしない。全力だ。

 

(かなり容赦がない。私が相手だからでしょうが…)

 

評価のわかれる使い方だが七海は余裕で対処している。爆煙から体勢を立て直した雫が剣を振るうがそれを当然の如く防ぐ。

 

「煙にまぎれて攻撃など、ありきたりですよっ!」

 

そのまま勢いよく大鉈を振るい飛ばす。雫とてこんなわかりやすい攻撃が届くなど思わない。

 

「「ウオォォォ‼︎」」

 

「!」

 

龍太郎と永山が左右からタックルを仕掛けた。〝聖絶:纏〟という盾での突貫。七海はそれを両腕で防ぐ。

 

「名付けて、サンドウィッチプレス!」

 

あまりにもダサいネーミングだが字の通りの状況だ。〝聖絶〟の1回の絶対防御は攻撃に反応する。今七海のとった行動は防御。これによって維持ができている。

 

「いまだ‼︎」

 

「…なるほど」

 

瞬間、光輝と恵里が上位魔法を発動する。今まで光輝が雫がやられても動かなかったのはこの為だ。この一撃に集中する為に。轟音の後土煙が舞う。

 

「「っと」」

 

その中から永山と龍太郎が出てくる。当然だが〝聖絶:纏〟はもう消えている。

 

「これなら…」

 

「だからそのセリフ…」

「今のは、少々驚きましたよ」

 

鈴のツッコミを代弁するかのごとく、七海が土煙の中から出てくる。多少汚れているがそこまでダメージが入っていないのは見てわかる。

 

「ぜぁぁ!」

 

「無理攻めです」

 

そこに隙を感じた永山が攻めたがそれはブラフ。手加減してはいるが七海はその攻撃をかわして懐に入り拳を打ち込む。

 

「がぁ!」

 

気絶して倒れるさい、抱えてその衝撃を無くしてそっと地面に下げる。その次に龍太郎が攻めてくる。

 

永山から離れる為、防御でなく回避を選ぶ。ブンブンと振られる拳、蹴りなどを避ける。

 

「まさか、天之河君が魔法で守られているとはいえ、君ごと攻撃するとは思いませんでした」

 

「光輝には、俺を、信じろって、言ってたからなぁと!」

 

会話しながら攻防は続く。少しずつ七海は後退し円の近くまでくるが当然わざとだ。このまま攻めて来た瞬間にカウンターで放り投げる用意はあった。

 

「⁉︎」

 

しかし、そこにあるはずのない壁に阻まれた。七海は壁に背をつけてしまう。

 

(これは〝聖絶〟… 壁として作るだけとはいえ、まだ発動させるだけの魔力があったのか?いや、吉野さんですか)

 

吉野真央は最初の七海が仕掛けた突貫の時に突然すぎて魔力による身体強化が思うようにいかず回避が完全にできず、初めて見せた七海の殺意に近い敵意を肌と視線で感じて怖気付いてしまった。それを確認したから七海は彼女が戦意喪失してリタイアしたなと考えていたが、皆が必死で戦うのを見て、もう1度動く。

 

『吉野さん、はっきり言いますが現状あなたは辻さんの次に弱い。ですが、あなたは他の人にない他者を手助けする能力を持っている。あなたの思いを魔力に、魔法に込めなさい。縁の下の力持ちのあなたがいるから、戦いが楽になる』

 

自分の実力の低さに落ち込んでいた彼女は七海に励ましをもらった事を思い出した。自分は勝てなくてもいい。思いを魔法で託して繋げる。自分の役割を理解して。そして彼女は前衛が戦っているなか、もう自分は戦力的にリタイアしたと思われていると理解した。時間をかけて鈴の結界の強化と自分の魔力を譲渡した。

 

(よい判断でしたよ、吉野さん)

 

回避に専念していた七海は壁に阻まれ後退できない。そして防御をする隙もない。後退しようと動いていた身体を立て直しさせないように、龍太郎の鉄拳が鳩尾に入った。

 

(…あれ?)

 

確かに入った。それは理解した。だが、

 

「素晴らしかったです。この戦闘の合間に君もおそらく魔力感知を取得してますね」

 

七海の言う通り、極限状態の中で彼は魔力感知を手にした。だが、そんな喜びを遠くに飛ばしてしまうような圧倒的な存在を彼は見た。肉体は吉野の補助魔法と自身の魔法で強化してある。それなのに、

 

(なんだ、俺が殴ったのは……人の、身体なのか?)

 

呪力による身体強化もあるがそれは七海のもともとある肉体の強度。1級呪術師は通常兵器で対比した際、戦車より強い。その強度もそれ並だ。気絶する瞬間に彼が感じたのは悔しさより、その驚きが多かった。

 

「龍太郎‼︎」

 

トンと首元を叩かれてズシンと龍太郎は倒れた。

 

「さて、これで残ったのは実質君だけですね、天之河君」

 

残った雫は振るい飛ばした際に尻餅をついた。恵里、鈴、吉野は魔力の使用し過ぎで戦力的に戦闘続行不可能。

 

(まさか、先生は最初からこの状況にする為に)

 

雫の考え通りだ。七海は初めから、光輝と1対1になるように動いていた。

 

「あと3分と少し。…限界突破も使いなさい。それで勝てる(・・・・・・)ならですが」

 

「………!〝限界突破〟‼︎」

 

言われなくても。そんな言葉を言うかのように光輝はそれを口にした。

 

「ゼイ‼︎ハァァ‼︎」

 

振るわれる剣戟はこれまでのものとは違う。上昇した能力は確実に七海に届く。

 

「刃の如きい…ぐっ」

 

詠唱中に速度を上げて攻撃をした。

 

「詠唱中に攻めないなど誰が考えますか?詠唱と攻撃は両立することですね‼︎」

 

蹴りが命中したがあまりダメージがない。鈴の魔法によるものだ。

 

「維持してましたか」

 

(あの様子だと、わかってたんだろうなぁ〜)

 

どうにか残った魔力で〝聖絶:纏〟を維持していたがやはりわざと見逃されていたと鈴は理解していた。

 

「鎧があるからどうとでもなるなんてただの油断です。どれだけ味方の力で連携しても、最終的に頼れるのは己の能力です」

 

「そんな、こと、アァァァ‼︎」

 

「声を荒げて勝てるなら、誰でも勝てます」

 

光輝の攻撃をいなし、肩に拳を当てる。アーティファクトなのと光輝の身体強化であまりダメージは入らないが怯むだけの威力はある。当然今ので決めることもできた。わざと肩に攻撃した。そして追撃もしない。

 

「いい加減、舐めてかかるのは‼︎」

 

やめろと剣戟で伝える。

 

「またですよ。…攻撃の際は声をだすのは極力控えてください。体力の無駄ですし、魔力が多少ですが多く使用してしまう」

 

ガッと足をかけて転倒させようとしたが、どうにか光輝は聖剣を地面に刺してそれを免れる。

 

「‥‥…」

 

「ふむ、後1分と少しですね……天之河君、さっきから私が本気で相手をしてないことに腹を立ててますね」

 

「‼︎」

 

それは光輝には煽るように聞こえた。「その程度で私が本気になる必要はないです」と。

 

「それが君が私を倒すことができてない理由です。ステータスで言えば、君は今私のステータスに近くなっている」

 

光輝の平均ステータスは850程。〝限界突破〟で3倍になり単純計算で2550をいっていることになる。それで手加減をしている七海を倒せていないのは単純に光輝が未熟だからだ。

 

「そんなに本気を出して欲しいですか?」

 

「?」

 

時計を見ながら余裕あるその態度はなんだと言いたかったが、何か様子がおかしいと感じた。

 

「3、2、1、残り1分。…そして、ここからは時間外労働です」

 

呪力は見える筈もない。だが理解した。先程の七海とは違うと。

 

「1分だけ本気になりましょう。とはいえ、怪我をさせない為、9割程の力ですが」

 

手が震える。恐怖を…

(違う‼︎俺は勇者だ‼︎恐怖なんてない‼︎)

 

無理矢理そう自分に言い聞かせて聖剣を構え直す。どんな攻撃も耐える、そう言い聞かせる。

 

「では、こちらの拳で攻撃しますので、避けるか防御してください」

 

あえて教えてきた事に腹が立つ。来るなら来いと視線が七海に向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、そこに七海の姿はなく、眼前にいた。文字通り眼と鼻の先に。

 

「⁉︎」

 

咄嗟に聖剣でその拳を防ぐ。だが、

 

「⁉︎⁉︎⁉︎」

 

想像の倍以上の重みのある一撃。描かれた線を越えて、地面をズザザと後退し、足が体制を保てず、ゴロンと1回転したところで止まった。

 

「9分31秒ですね」

 

時間外労働による呪力の増加、攻撃する方法の開示による縛りで攻撃力の上昇、攻撃の瞬間呪力を拳へ集中。未熟な光輝で受け止めきるなど不可能だった。

 

その日、光輝は敗北した。いつものようにではない。万全の状態で完敗した。しかもいまだ本気でない相手に。

 

「うっうぅ」

 

「……白崎さん、辻さん、皆に治癒を。そのあと話があります」




ちなみに
『七海がいることで原作以上に苦労or酷い目に遭う人リストfile2 天之河光輝』
彼にはこれから強くなる為に原作より肉体的にも精神的にも酷い目にあいます。
そのひとつ目が原作ではオルクス大迷宮で魔人族に敗北しましたがその最初の敗北を七海が受け持ちました。しかも万全の状態で圧倒的な負け。〔+覇潰〕使っても勝てないと本人は感じています。これが原因であることになり、これからも色々と彼は挫折と苦悩を味わいます。
自分は彼を劣化虎杖として見てるので最低でも彼並みには苦悩を味わって頂きます。
どうか皆さんは呪術廻戦4巻の真人と宿儺のように、笑って彼を応援してください

光輝「応援ありがとう!」←どういう笑い方か知らない

ちなみに2
正直今回の話でも書いてるように七海を行かせることはいいのかと自分でも思いましたが、ここで行かせないと一応ヒロインの愛子が本当にヒロインでなくなるのと話の流れ的にそうするしかないので行かせます

次は日を置いて7月3日に出します
理由は言うまでもない


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急変邂逅②

パフパフー!今日はナナミンの誕生日でーす!イエェェェェェ!

七海「なんですかそのテンション」

乙骨の時不満そうでしたから



「行方不明⁉︎」

 

回復を済ませてから皆を集め、愛子から例の手紙がきた事を告げる。

 

「ええ。清水君が」

 

「それをどうして今ここで?この訓練と関係あるんですか?」

 

「既に捜索隊の編成をしているそうですが、畑山先生の手紙には私にもできることなら来て欲しいとありました」

 

七海の〔+視認(極)〕ならもしかしたら。そんな淡い思いからだ。だが、愛子とて七海が来てくれるかどうかで言えば微妙だと思っている。信頼していないのではなく、こちらにいる生徒たちの事もあるからだ。

 

「正直、行くかどうか悩みました。捜索隊部隊の編成には時間がかかりますしね……だから、君達の実力を今1度確かめたかった。白崎さんには申し訳なく思います」

 

「い、いえ、そ、そんな…」

 

七海が悩んでいたことも知らずに彼に怒りを向けていた事が恥ずかしくなり、香織はあたふたする。

 

「それで、結果は…」

 

不合格だろうと確信しているがあえて聞いた。

 

「……ギリ合格と言ったところですね」

 

「え?」

 

合格。そう言われた。信じられなかった。

 

「採点の基準は私と相手して10分耐えられるか、合格の線引きは9分経過していて、脱落しても8人以上気絶してないかでした」

 

結果は見ての通りだ。気絶したのは永山と龍太郎の2人。しかもその2人も回復があったとはいえすぐに意識を取り戻した。

 

「どのようになるかわかりませんが、いずれ私はここを離れる。それが今できるかそれを確かめたかった。今の君達なら、仮に私より強い相手が来てもあっさり殺されることはないでしょう。ただ、忘れてはいけません。君達は未熟、そして、少しでも相手が強い、もしくは強い相手がいる可能性のある場合は逃げなさい。そういった相手と接敵した時の選択肢は、逃げるか、死ぬかです」

 

それができるという信頼。皆、七海がこの件に関しては過大評価も過小評価もしない人物なのは理解している。七海を尊敬している者はそれがなによりも嬉しく思った。だが、光輝は悔しさの方が大きい。それを察知したのか七海は光輝に聞く。

 

「…天之河君、なんであの時…〝限界突破〟でなく〝覇潰〟を使わなかったんですか?」

 

「‼︎」

 

〝限界突破〟の終の派生技能〔+覇潰〕。〝限界突破〟は基本ステータスの3倍の力を制限時間内発揮する。だが〝覇潰〟は基本ステータスの5倍の力を得ることが出来る。当然だがその反動は〝限界突破〟の比ではない。今の彼ではどんなに頑張っても30秒維持できればいい方だ。だが単純計算で4250のステータスになれば七海にもっと食らいつけた。

 

もっとも、それで勝てるのかと言われれば、答えはNOだ。七海のステータスプレートに記載されている内容は基本的に魔力によって発現したもの。七海の魔力感知も、今まで(呪力だが)見るという行動をしてきたことが、この世界に来た際の魔力の影響によって、その能力を覚醒させたにすぎない。

 

そして、魔力と魔耐を除いた数値も、呪力による身体強化による変化は記載されない。それでも、一瞬とはいえ本気の七海とも戦うことはできたはずだった。

 

「しなかったのは、君の甘さだ。しなくても今の自分なら勝てるという、目の前にいた私の強さを見誤った結果だ」

 

「俺は‼︎…俺は…」

 

「もうひとつ理由があるとすれば、私を倒した際に怪我をさせないようにと言ったところですか?…その甘さも君の悪癖です。勝ちたいと思うなら、どんな相手も舐めてかからない。相手が強いならなおのことです。君が未熟なうちはね」

 

言い返したいが、言い返せない。なにもかも、その通りだ。ずっと彼は思っていた。今の自分なら、万全の自分なら、七海に勝てると…完全な驕り。

 

「君のその判断が誰かを傷つけ、殺す。よく覚えて置いてください。これからどうなろうと君は彼らを指示する立場になる。君のミスが誰かを殺すと」

 

「…ミスなんて、しない」

 

「今さっきそのミスをしたというのにですか?」

 

ギリと歯を軋ませた。

 

「そんなふうに怒れば相手の思う壺です。怒りは時に強くするが、冷静な判断も鈍らせる。それは内に秘めてください」

 

「!………」

 

目を逸らす。それはまさしく子供の行動だった。

 

「今回のこと、全員忘れないでください。それと、死なないように、死なない程度に頑張ってください。そして、天之河くん」

 

「…はい」

 

「君もしっかりと考えてください。君の持っている武器は人を守るものですが、同時に人を殺す物だという事を」

 

「わかってます。必ず皆を救い、守る。俺がやるべき事はわかってます」

 

「…人は、殺せますか?」

 

それは、最初にこの世界に来て、戦う思いを口にした者達への問い。光輝にはずっと聞いていなかった問い。

 

「そんなことはしない‼︎誰も死なないし、殺させない‼︎」

 

やはりわかってないなと七海は実感した。それでも選択をする。

 

そうして、七海は派遣される部隊より早く、愛子のもとへ行く決断をした。不安がないといえば嘘になるが。

 

七海建人による評価点総合81点。合格ライン80点……結果、突破

 

 

 

翌日、最低限の旅の用意をして馬車が用意された場所に向かう。

 

「…これは」

 

いくつか予想から外れたものがあった。1つ目が今回の旅が馬車を動かす者以外は自分だけという考え。

 

「なんですかその荷物は?パーンズさん、マッドさん」

 

「我々も同行します‼︎」

 

「団長には許可をとっていますので、ご安心を」

 

旅の荷物の用意を彼らもしており、ついて来る気満々という事。

 

「こいつら2人が抜けたくらいでどうこうなるなら、騎士団などそれまでだ。それに、馬車を運転するのはマッドだ。信頼できるし武の心得もある。城外の魔物に接敵しても大丈夫だ」

 

「100歩譲って認めたとして、この馬達はなんですか?」

 

もう1つの予想外。それは馬が早馬で、しかもそれなりに数がある事だ。七海が外に出るなら、王国としては少しでも時間を稼ぐ為に遅い馬を用意してくるだろうと予想していた。それが今までホアルドへ向かうために使っていた早馬を借りられるとは思わなかった。

 

「教会には後でなんとでも言える。早く行って、早く帰って来い。迷惑かけるなんて思うなよ」

 

「………」

 

ふぅと息をだし、メルドにお辞儀をし、感謝を述べた。

 

「ありがとうございます、メルドさん。……彼らをお願いします」

 

「ああ。どこまでできるかわからんが、少なくとも教会からの圧力がかからんようにだけはする」

 

「………」

 

「まだ不安か?あいつらは強くなった。少しは、信じてやれ」

 

信じてないわけではない。だが心配になる要因の1人、光輝の甘さがどうなるかがあったのだ。だが決めてここに来た。だから七海は信じる選択をする。

 

「改めて、お願いします」

 

「うむ。それとこいつだ」

 

メルドは腰につけた剣を七海に出す。

 

「餞別に持ってけ。おまえの能力(・・)ならあの鈍大鉈でも大丈夫だが、いい武器のひとつ、持っててもいいだろう」

 

渡された刀身を見た。丈夫そうだが軽い。良い素材を使っているのがすぐわかる。動きが鈍くならない為の配慮だ。

 

「戻って来た時にお返しします」

 

「おう。結構高いからな」

 

軽口を叩いてメルドは笑う。

 

「準備、できました‼︎」

 

「ありがとうございます。それでは…」

「七海先生‼︎」

 

声がした方を見ると光輝達がそこにいた。彼らを不安にさせないよう、寝ているうちに出発するつもりだったのにだ。

 

「………」

 

「♪」

 

わざとらしい下手くそな口笛をメルドは吹く。確信犯であった。

 

「先生、行くんですね」

 

「えぇ」

 

「俺を認めさせます。もっと強くなって、ミスをしないように‼︎」

 

光輝としては正直七海に対する気持ちは微妙なものだったが、行方不明の生徒を探す為に行くことは否定できなかった。だから俺は大丈夫だと強調する為にここに来た。

 

「早く帰ってきてくれよ先生!次は俺と1対1のマンツーマンで訓練してほしいからよ」

 

「って抜け駆けすんな!」

 

龍太郎と永山は今ではすっかり七海の強さに惹かれていた。力以外の様々なことを教わった。確実に強くなる自分にワクワクさせてくれたことに感謝をしていた。

 

「今日まで私達を育ててくれてありがとうございます!」

 

「私の我儘の為に、ありがとうございます!」

 

雫は弱さを受け入れる強さを教えてくれたこと、香織は我儘を受け入れてくれたことへの感謝を告げる。

 

「回避の仕方とか、色々教えてくれてありがとうございます」

 

「次先生が戻って来た時には、みんなを支える縁の下の力持ちになってます。気をつけてください」

 

辻と吉田はこのメンバーの中で弱者だ。だからこそ、弱者の戦い方を学び、強くしてくれたことに感謝する。

 

「先生、俺よく先生に吹っ飛ばされたけど、おかげで強くなったぜ」

 

何回でも食らいつく心と、思い人から応援してもらえるきっかけを作ってくれたことへの感謝を野村は告げる。

 

「結界の足し引き、もっと勉強しますから、心配しないでください!」

 

「降霊術、先生がいるあいだ結局使えませんでしたけど、色々勉強になりました」

 

鈴と恵里はそれぞれの力をフルに引き出す術を教わった感謝を告げる。

 

「……………遠藤君は、何もなしですか?さっきから黙ってますが」

 

「………気付いてくれるだけで、嬉しいです」

 

その存在を、皆忘れていた。気付いてくれる人がいなくなるのは正直辛いが、それでも彼は笑って見送る。

 

「それにしても、1人ずつとは…」

 

実は愛子達を見送る際に感謝された時にも思っていた事を言う。

 

「卒業式ですかこれは?」

 

ぷっと笑いが起こる。

 

「そんなんじゃないけどよ、でもいつか先生には俺等の卒業式見てもらいたいな」

 

龍太郎の言葉に皆うんうんと頷く。

 

「なら、元の世界に戻ってからは単位を取る為に必死になるでしょうね。出席日数全然足りないので、土曜、日曜、祝日も補習になります」

 

ピシリと全員が固まってしまう。

 

「え、マジ?」

 

「俺等こんな状況なのに?」

 

「言っておきますがなんともなりません。留年が嫌ならきちんと受けてください」

 

ある意味今までで1番の絶望を聞かされてしまい、空気がどんよりする。

 

「まぁ、私も長いこと仕事してないですから、どうなるかわからないので、それ含めてどうにかするよう努力しましょう」

 

全員ちょっと情けない声で「はい」というだけだった。

 

「では、行ってきます。皆さん、無理はいけませんよ」

 

馬車に乗り、マッドが手綱を振るう。馬は進み、馬車を力強く引いていく。

 

「………」

 

「建人殿、ウルに着くのはこの馬でも途中街で宿泊したりするので、だいたい1週間以上かかります。道中は休んでください」

 

「えぇ」

 

手を振る皆の声が聞こえなくなって、七海は完全に沈黙している。

 

「今は、愛子殿達のことを考えましょう…と言ってもそうはいかないのでしょうね」

 

「そういう立場ですからね」

 

パーンズは、七海の表情に変化はないがそれなりに思い詰めているのだろうと考える。良い励ましの言葉など思いつかないし、そもそもそんな言葉は七海には意味がない。だから、すごいと思うのだ。

 

(誰かを常に想える強さ、やはりあなたはすごいです‼︎建人殿‼︎)

 

「パーンズ、建人殿、これより速度を上げます。揺れるのでご注意ください」

 

ピシッと音がした瞬間、速度が上がり揺れが強くなる。

 

「うぉ!」

 

蹄鉄の音が響き、速度は上がる。

 

「最短で行く道を使いますが道中の魔物が出た際はご了承を」

 

弱い魔物ならこの速さには追いつけないだろうが、それでも襲ってくるものはいるだろう。それらも含めた1週間以上という日数だ。

 

 

 

 

「っ⁉︎誰だ」

 

コンコンとノックされた部屋の主は檜山だ。あの日以降、彼は訓練にも参加できていない。七海がそれを禁止したからだ。当然檜山は不満があった。

 

『君の迂闊な行動で全体を揺るがした。ミスは誰でもするものですが、君の場合は許されないミスです。集団行動を乱して皆を危険に晒して、南雲君が死ぬきっかけを作ったのは君です』

 

『ちょ、ちょっと待ってくれよ先生⁉︎南雲が死んだのはあいつが勝手にやったことが原因だろ⁉︎』

 

『なら、それがなければ君はどうなってましたか?君だけじゃない、他の人達は?』

 

『そ、それは…そう、天之河がいれば…』

 

どうにかなった。その言葉を言わせない凄みがそこにあった。

 

『自分の行いを反省せず、他人任せでいる。そんな人が集団にいればまず間違いなく足手纏いとなる…君はもう訓練する必要もありません。許可はしません。この部屋で待機し、どこか行く時は誰かに言ってください』

 

そうして部屋を去り、扉の向こうへ行く時、最後に七海は言う。

 

『君はまず自分の行いをちゃんと考える所から始めてください。……南雲君が死んだ件は、私が背負いますので、ご安心を』

 

その時の檜山には怒りがあった。あまりにも理不尽で自分勝手な怒りだ。

 

なぜ自分がこんな目に遭わなければならない、教師なら生徒の事を考えろ、軟禁なんてさせるな。そして次に湧いた感情は恐怖。あの日、南雲ハジメを殺した日、それをあの時に見られた生徒からの協力要請。それが事実上できない事への恐怖。いつ自分がしたことが暴露されていないか、不安でろくに眠れない日々。

 

それが続いていたある日、その人物は来た。その名を明かし、部屋に入る。見張りの騎士は眠らせている。

 

「ようやく会いに来れたよ。僕が来なくて、寂しかった?」

 

「ふ、ふざけんなよ。もういいだろう‼︎俺は訓練に参加できな…」

 

「七海先生なら今ここにはいないよ」

 

一瞬何を言われたかわからなかった。だが、脳内でもう1回その言葉をリピートさせて、そこで理解できた。

 

「ま、まさか殺…」

 

「できると思う?ただここを離れる理由があったからさ。けど、しばらくは戻れないだろうね。僕達は運が良いみたいだ。改めて聞こうか?白崎香織が欲しくない?」

 

「⁉︎」

 

それはあの日持ちかけられた内容だ。その悪魔のような計画も知っている。それをわかっていて、頷いた。

 

「まずは、迷宮に行くように光輝君を説得だね。教会の人達にも声をかけておこうか。それと、計画に変更はないけど慎重にいこう。今の彼らなら、たとえば今迷宮で君が同じように南雲を殺しても、すぐにわかるからね」

 

「どういう事だ?」

 

その人物はこれまでの訓練で得た技能について説明した。それを聞いて檜山は焦りだす。

 

「残穢⁉︎そんなもん見れるなら、魔法使ったらすぐにわかるじゃねーか‼︎」

 

「心配ないよ。残穢を残さず魔法を使う実験をして、僕はもうできる。その証拠に、その実験をしてる事は七海先生にはバレてない」

 

それでも、少しでも踏み外してしまえば即座にアウトな綱渡りだ。だが、もう彼は断ることはできない。既に戻れない立ち位置にいるのだから。

 

 

野宿をしたり、街に泊まったりしながら目的地を目指すこと6日目。

 

「道中の魔物が全く現れないなんて、正直言って逆に不安になりますよ」

 

最短ルートを通るだけに野宿も多い。なのに初日と2日目を除いてほぼ魔物と接敵しない。幸運と言うにはあまりにも不可思議な現象にあった。

 

「こっちは商業人が使う馬じゃなくて王国御用達の早馬だ。それも7頭だぞ?偶然追いつけてないんだろう?」

 

「だとしてもだ!」

 

「落ち着いて下さい。今日も野宿なんですから、魔物が出る可能性もあります」

 

そう言う七海も妙だと思っている。

 

「なら、フューレンによらないか?物資もギリギリだしよ」

 

「せっかくここまで来たのですから寄り道はあまり…計算では後2日で着きます…全部野宿で魔物に接敵しなければですが」

 

七海を横目に見ながら、マッドは言う。

 

「建人殿、我々の事は気にしないでください」

 

「本当にですか?物資の事を考えて言えば…」

 

「確かにそうですが、せっかく早馬でこんなにも早く移動できたのですから」

 

「………あーもう‼︎迷うのは面倒だ‼︎俺より頭の良いマッドが言う事を推薦する‼︎」

 

パーンズはそう言って寝床に向かう。

 

「監視の交代時間になったら起こしてくれ‼︎」

 

ガバっと寝る。聞く気なしだ。

 

「パーンズさん…感謝します」

 

「‼︎……はい」

 

「では、まず私が警戒をしますので、建人殿は寝ていてください」

 

休息は最小限と決まった。

 

 

2日後

 

「そろそろ到着しますね」

 

「えぇ。まず向こうに着いたらしっかりと休息をとりましょう」

 

本来なら何日もかけるが王国御用達の早馬は早足、およそ15kmごとに進んで休憩を入れているが複数となっているのでそれなりに速度がある。これほど早くつけたのはその為でもある。だが、やはりもっと大きな理由は魔物と接敵しなかったこと。ここ最近はずっとだ。

 

「ほんと、何が起こっているのでしょうかね」

 

「おまえにわからないなら俺にもわからん」

 

摩訶不思議としか言いようがない。

 

「……止めて下さい」

 

「え、あ、はい」

 

馬車のスピードを緩めていく。休憩時間には少し早い。

 

「建人殿、急がなければ暗くなり着くのが遅れますよ」

 

「………」

 

地面にある窪みを観察する。

 

(車輪の跡……だが、一直線)

 

馬車なら間違いなく4輪、あっても2輪だ。その2輪も左右についてるのがこの世界では常識。ゆえに一直線というのはおかしい。この世界に、バイクはない。

 

(1、我々以外にこの世界に来た存在がいてバイクごと来た。2、この世界の者が作った。どちらにしてもこの先の町にいる可能性がありますね)

 

1でも2でも情報交換をしようと決める。

 

「急ぎましょう」

 

「は、はぁ」

 

これだけの技術がある物を作った存在がいるとして、ウルの町に何か仕掛けるならもうどうにかなっているし、音や煙が見えていてもおかしくない。それでも万が一を考えて進む。

 

休息をとって最後に馬車を全速力で走らせた。街灯の灯りが煌々としている。

 

「馬をお願いします」

 

「ゆっくり休ませてあげて下さい」

 

ここまで無理をさせた馬を気遣い、王国の許可証を門番に見せて入る。

 

「湖畔の町というだけありますね」

 

「えぇ」

 

「んな事いいから、早く宿に行こうぜ」

 

野宿ばっかりでげんなりしていたパーンズは子供のように催促する。

 

「まったく。えぇと愛子殿がいるのは確か《水妖精の宿》ですね」

 

「高級宿だろそこ?まさかそこに泊まるのか?」

 

「我々は別。建人殿はそこでだ」

 

わかっていたがパーンズはガッカリする。

 

「別に畑山先生と話した後はあなた方と同じでいいのですが」

 

「建人殿も神の御使ですからね」

 

「嫌な響きです」

 

教会にケンカを売った身としては、皮肉にしか聞こえない。

 

「まぁ、そう言わないでくださ」

「お説教です‼︎そこに直りなさい‼︎」

 

キーンと耳に響く声がした。

 

「な、なんだぁ⁉︎」

 

「愛子殿の声でしたが」

 

ハァと七海はため息を出す。

 

「おおかた生徒が町を遅くまで歩いてて、そのお説教を、と言ったところでしょうが」

 

近所迷惑な大声である。少し歩を早めて向かうとギャーギャーという声とそれを必死に止めているであろう声がする。生徒たちだ。

 

「落ち着いて愛ちゃん先生!」

 

「これが、落ち着いて、られますかぁ‼︎もう一度言いますよ、そこに直りなさい、なぐ…」

「何をしているんですかあなたは」

 

「「「「「「「⁉︎な、七海先生⁉︎」」」」」」」

 

来るかもしれないという事は知っていたが、こんなにも早く来るとは思ってなかったので全員ビックリした。

 

「向こうにまで聞こえましたよ。大人ならもう少し落ち着いてください。近所迷惑です」

 

俯いたことで小さな身体が余計に小さくなる。

 

「ってそうじゃないんです!彼、彼が⁉︎」

 

彼と言われる方を見ると3人組がいた。その内2人は女性だ。1人は金髪で小柄な体型だが、大人の雰囲気を出す少女。制服のような白い服は金髪を映えさせる。紅い瞳はまるで宝石のようで、ずっと見続けた者を吸い込んでしまいそうだ。

 

もう1人の女性は薄い生地のコートを着ており、その下の豊満な肉体をこれでもかと見せ付けている。それ以上に目立つのは、薄水色髪の上にあるウサギを思わせる耳。亜人族の1つ、兎人族だろう。

 

そして最後の1人は男。大柄で黒い服を着こみ、左手腕はまるで機械のようにも見える装備、所謂ガントレットになっていて、右目は怪我でもしているのか黒の眼帯を付けている。髪は真っ白で、目は金髪の女性とはまた違う紅の瞳だ。

 

「ナナミ?」

 

先の失敗もあり、今度はその男はあえて七海を呼び捨てにする。

 

「ちょ、呼び捨てはダメですよ!な」

「南雲君?」

 

「そう、そうですよ!南雲く……ん?」

 

死んだと思った人間はまったく違う姿だがそこにいた。

 

邂逅を果たし、物語は進む。だが、少しずつ、確実に正史を外れて。

 




ちなみに
ハジメは腕が欠損してませんがかなりの大火傷と傷だらけの為それを隠す目的としてもガントレットをつけてます
つけた自分を見て一瞬「よし!」と思うも厨二デザインに気付き数日凹んだ機能の問題で変更できないのでなおさらに

ちなみに2
前回書き忘れてましたが愛子も七海もお互いを信用し、信頼し、尊敬してますがお互い今は恋愛感情はありません
ただ
七海:信用信頼50%尊敬50%
愛子:信用信頼45%尊敬54%好意(恋愛的)0.9%疑心0.1%
の感じです愛子の疑心が変わるかでこれから決まります

もう1話出しますが13時くらいになります


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察言観色

七海「記念か何かの日に出すのは続くんですか?」 

分かりません

七海「………」

呆れた眼で見ないで!


外見は全く違う。本人が言っても誰も信じないだろう。それでも、彼が南雲ハジメなのだと理解した。

 

「え?……七海先生、わかるんですか?彼が、南雲君だって…」

 

「!確かに、いや、本当に、南雲君なんですか?」

 

先程自分から口に出したのにそう尋ねてしまう。

 

「い、いや違う。違いますよぉ」

 

「あまりにもわかりやすいですね、そのウソ。……しかし、本当に南雲君なんですね」

 

「……まぁ、な。色々あって死にかけたけど、どうにか生きてるよ。つか、なんでわかるんだよ?」

 

もう意味がないと思ったのか、ハジメは頭をかいて受け答えした。

 

「そんなことを言われても、そうだと確信できたというしか」

 

七海もそこに疑問を感じ、なぜわかったか頭の中で瞬時に考えを巡らせる。

 

(こんなことは今までの私にはなかった。なかったということは、どこかで、何かのきっかけでわかるようになった)

 

そうして導き出されたものは。

 

「(可能性としてはこの世界に来た時、そしてステータス、…ステータスプレート…!)確証はないですが、私に備わった技能、魂知覚なんじゃないかと思います」

 

「あーあったなそんな技能」

 

その時は圧倒的なものを見たという記憶があるが、技能はうろ覚えのハジメは言う。

 

「………とにかく、君の姿ではなく、魂で判断したのでしょう」

 

「なんか、下手なポエムみたいだな」

 

七海もそう思っているのか肩をすくめる。同時にこの技能を得られた理由は、自分の死ぬ最大の理由である相手に起因しているからだろう。そう考えると嫌な思いが大きい。

 

(まぁ、あるならあるで使いましょうか)

 

すぐにそう思えるのは、七海がリアリストでもあるからなのだが。

 

「今は旅をしているといったところでしょうか?彼女達は?」

 

と七海がハジメの側にいる2人の女性に目を向けると、「あ!」と思い出したかのように愛子が語る。

 

「そう!そうなんです‼︎彼女達は‼︎」

 

「ユエ」

 

「えと、シアです」

 

「そう!この2人が、南雲君の女だって‼︎」

 

愛子の言葉を代弁するかのように、もしくは「そうでーす」と言わんばかりに2人の女性、ユエとシアはハジメにくっつく。

 

「いやだから、ユエはともかくシアは…」

 

「私のファーストキスを奪っておいてなんですか‼︎」

 

「おいやめろ!だからあれはきゅう…」

 

「これですよ‼︎すぐ帰ってこなかったのは遊び歩いていて、しかもふ、二股ですよ!ですからお説教を…」

 

「落ち着いてください、あなたが怒ってた理由はわかりましたから」

 

小さくため息をして七海は愛子に言う。

 

「でも、でも!」

 

「南雲君の言葉をちゃんと聞いてますか?ユエさんでしたか?そちらは南雲君の発言から本当にお付き合いされているようですが、それを止める権利は我々にはありません」

 

「うぐっ!で、でもでも、二股を!」

 

「それは違うのでしょう?なりゆきで旅をしていて、シアさんと会って、なりゆきで同行して、さっき南雲君はこう言いたかったんじゃないんですか?『あれは救命措置だ』と」

 

違いますかと言われ、ハジメはわかる人が来てくれたとホッとしてコクリコクリと頷く。

 

「なんらかの事情で彼女は溺れてしまい、人工呼吸をして、そして元から南雲君に好意があったのもあり、ああしてアピールをしている。だいたいそんなところでしょう?」

 

大当たり。心の中でハジメはそう思い、七海に拍手をして、感謝している。

 

「畑山先生、あなたの行動力の高さと実直さは評価してますが、行き過ぎて相手の話を聞かないのはいけません」

 

「……はい」

 

「あなたのその対応は、人工呼吸を冷やかす子供とあまり変わりありません。むしろ、学校で習ったことをしっかりと覚えて実践できたことを褒めるべきです」

 

「……はい」

 

「お、おいそこまで言わなくても」

 

護衛の騎士の1人が愛子を庇うが、愛子はそれを止める。

 

「いえ、七海先生の言うことは事実です。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした、南雲君」

 

「お、おおう」

 

謝罪されたらされたで戸惑う。別にそこまでしてと頼んでもいないからだ。

 

「…さて南雲君、次は君です」

 

「あ?」

 

「彼女は君が死んだと思い、ずっとそれを引きずっていたのも事実です。会ったのが偶然でも、ちゃんと彼女の話を聞くのはマナーです」

 

「…………」

 

知るかそんなこと。そう言えばいいのだがハジメにとって七海には大きな借りがある。

 

「わかったよ。ただ、依頼があってフューレンからノンストップで来て腹が減ってるんだから、飯を食いながらでいいか?」

 

「かまいません。というか、さっさと中に入りましょう。近所迷惑です」

 

ちょっとした人だかりができようとしていた。

 

 

他の客の目があるからと愛子達も使っているVIP席へと案内された。少し用があると言って七海は離れるがすぐに戻って来た。各人の前には料理が置かれており、この世界では珍しい日本人の主食、米を使った料理だった。ハジメはその内の1つ、ニルシッシルというカレーライスのようなものを口にしていた。

 

ちなみに七海は道中に軽く食事をしているので食べはせず、席について愛子がどういう質問をして、どういった答えが返ってきたかを聞こうとしたら、

 

「な、七海先生〜どうにかしてくださいぃ」

 

ちょっと怒っているようだが迫力0である。そしてその内容はこうだ。

=============================

Q1、橋から落ちた後、どうしたのか?

 

「超頑張った」

 

Q2、なぜ白髪なのか

 

「超頑張った結果」

 

Q3、その目はどうしたのか

 

「超超頑張った結果」

 

Q4、なぜ、直ぐに戻らなかったのか

 

「戻る理由がない」

=============================

 

こういう内容だった。七海の後ろに控えたパーンズとマッドも「それはないだろう」と言いたげだ。

 

「酷いQ&Aですね」

 

「七海先生もそう思うでしょう⁉︎さぁ、南雲君‼︎真面目に答えなさい‼︎」

 

ぷりぷりという擬音が聞こえてくるような怒りをあらわにするが、もう一度言おう、迫力0である。七海はとりあえず自分が質問をしようとすると、またも愛子の護衛騎士、名をデビッドという男が我慢ならないとばかりにテーブルをバンと叩きつけて大声を上げる。

 

「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ‼︎真面目に答えろ‼︎」

 

「……食事中だぞ?行儀よくしろよ」

 

一瞬デビッドを見てすぐに溜息をついたハジメはそう吐き捨てた。その態度から自分が全く相手にされてないと理解する。騎士は騎士でも神殿騎士という重職にして、愛子という重要人物の護衛をする立場となるとプライドも高くなっている。

 

「き、きさまぁ⁉︎」

 

顔を真っ赤にし、怒りはあっさりと頂点に達する。だがハジメにこれ以上言っても効果なしと思ったのか、その視線と怒りがシアに向かう。

 

「行儀だと?薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせ、剰えそのようなふしだらな格好、汚らわしい‼︎お前の方が礼儀がなってないな‼︎」

 

自分に嘲笑と非難が飛んで来るとは思ってなかったのか、シアは体を震わせる。つけているコートをほぼ無意識のうちに使って胸元を隠した。

 

「デビッドさん!なんてことを‼︎」

 

「愛子も教会から教わっただろう?」

 

七海も調べていた時にその資料は見ていた。亜人族は魔法が使えない。魔法は、神より与えられた力。それを使えない亜人族は神から見捨てられた下等な存在。そういう差別が普通にある世界なのだと七海は認識していたが、これほどとは思わなかった。

 

(……しかし)

 

「せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

周囲の神殿騎士を見ると同意するかのようにデビッドと同じ、蔑むような目でシアを見ている。神を崇める彼らが亜人族であるシアを蔑むのはある意味当然だろう。と彼らを軽蔑していると、

 

(この、魔力は⁉︎)

 

ユエはシアの手を握り、大丈夫と目で励ます。次に絶対零度の視線をデビッドに向ける。そして〔+視認(極)〕でその圧倒的な魔力の流れの一端を七海は見た。絶対零度の視線で寒気を感じるのではない。実際にユエのグラスは僅かだが凍っている。

 

(おまけに魔力が怒りの中でも安定している。相当な実力ですね……1級、いや、特級クラスかもしれない)

 

特級相当と判断したユエの視線にデビッドは一瞬たじろぐ。それだけで済んでいるのは彼が曲がりなりに騎士だからか、幼さが見える少女だからか。愛子とあまり変わらない身長にも関わらず、彼女以上に大人の雰囲気をだすのを見て、ユエが見た目より大人の可能性もあると七海は判断していた。

 

「な、何だ、その眼は⁉︎無礼だぞ!神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか‼︎」

 

どうにか己を奮い立たせ、同時に逆上する。立ち上がり、今にも飛びかかりそうなデビッドをさすがに諌めようと周りが動く前に、ユエの言葉が、軽く、透き通った小さな声が通る。

 

「小さい男」

 

それが堪忍袋の尾が切れる合図だった。

 

「神殿騎士を侮辱する異教徒め‼︎そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる‼︎」

 

腰の剣に手を伸ばし斬りかかろうとする。流石に愛子と他の騎士も、話を聞くだけにしていた優花達も止めようとしたが、その瞬間、ドパンッ!という破裂音がして、次にデビッドが倒れる。それに皆、それぞれ驚く。それはその音の元凶のハジメもだった。

 

「ふぅ。ゴムとはいえ、素手は結構痛みますね」

 

シュウゥゥと七海の手から聞こえてくる。それは礫サイズのゴム弾だった。得体の知れない何かが自分に向かって来ていたとわかったデビッドは、その事実に腰を抜かして倒れたのだ。

 

「じゅ、銃?」

 

生徒の誰かがそう呟く。七海に視線がいっていたが、音に反応して入ってきた他の騎士の音で我に返り、ハジメの手にあるそれを理解した。なぜ、異世界にそんな物が?しかも銃は銃でも大型のリボルバー銃だ。

 

「な、なんだかわからんが、助かったぞ、なな…ヒッ⁉︎」

 

助けられた相手に感謝を言おうとするが威圧でまた腰を抜かす。威圧は七海からのものだ。

 

「この世界に差別があるのも、亜人族が奴隷になっているのも知っています。それがあなた方の普通なのならいちいち文句を言っても仕方ないですが、我々には不快でしかない。少なくとも、食事の場で言う必要もありません。それに今話しているのは我々の世界の人間です。他人が話の腰を折るような必要もない」

 

デビッドはその言葉に色々言いたいが、何も言わせない凄みが七海にあった。再び七海は席に座る。

 

「さて、南雲君。色々聞きたいことがありますが、そちらも食事中でしかも旅疲れもあるでしょうし、畑山先生と同じく質問は4つとします」

 

「俺としては話はもう終わりなんだけどよ?そもそも俺はあんたらに興味がない。関わりたいとも、関わってほしいとも思わない。今までのこととか、これからのこととかを報告する気はない。ここに来たのは七海先生が言う通り、偶然だ。仕事が終わればまた旅にでる」

 

「そこから先は、不干渉ということですか?」

 

「そうだ。俺の邪魔をするなら、そいつは敵だ。敵と見なしたら、つい殺っちまいそうなんでな」

 

知らぬ事だが彼は〝威圧〟という文字通り死ぬ思いで手にした技能の1つを使っている。そのプレッシャーを込めた威嚇の眼に、全員何も言えなくなる。

 

「では、さっさと質問しましょう」

 

七海以外は。

 

「あんた、話聞いてたか⁉︎」

 

先程の銃を七海に向ける。いつ撃ってもおかしくない。

 

「そんな子供騙しみたいなゴム弾で私は引きませんよ?そもそもその態度は、質問が嫌だから逃げる子供そのものです」

 

「‼︎」

 

引き金を持つ手が震えている。怒りだろうか、それとも別のものか。わからないが観念したのかハジメは銃を下げる。

 

「2つだ。それ以上は受け付けない」

 

質問は聞くが回数はこっちが決めると、ハジメはあくまで主導権はこっちだと強調する。

 

「では1つ目、その眼はどうしましたか?」

 

「?超超頑張った結果」

 

なぜ同じ質問をしたのか?理解出来なかったがとりあえずハジメは咄嗟に同じ答えを言う。

 

(担任ならちゃんと答えるとでも思ってんのか?)

 

だとしたら甘いんだよと思うが、七海は軽く頷き「なるほど」と言う。

 

「え?何がなるほどなんですか?」

 

「気づきませんか畑山先生?彼、超頑張ったではなく、超超頑張ったと言ったんですよ」

 

それがどうしたのかとハジメも愛子も優花達も思う。

 

「つまり、最初に畑山先生がした質問1と2は同じ理由が起因しているが、3は全く違う何かしらの理由があり、ただ眼を隠しているわけでもないという事です。傷があるだけなら目隠しは必要ありませんからね。落ちた後、相当な修羅場をくぐり抜け、その過程で強くなり同時に髪が白くなった。そしてその後で何かしらの能力がある眼を持ったと言ったところでしょう」

 

「っ!」

 

「表情はもっと隠した方がいいですよ、南雲君。ちなみに今の私に並大抵のウソは通用しませんよ。魂知覚…君の魂の揺らぎが、かなりの集中が必要ですが、わかりますからね」

 

「…卑怯じゃねそれ?」

 

「そう言ったということはやはり図星みたいですね」

 

嵌められたとこの時ハジメは感じた。七海の言ったことはウソと真実を混ぜたものだ。

 

たしかに魂知覚の技能を理解した七海はある程度ウソは見抜ける。だがそのある程度とは、わかりやすいウソや隠す気があまりないようなウソのみ。しかも少しでも隠したいという思いがあれば見ることはできない。

 

七海は、それが自分はウソを完全に見抜ける、今もまさにできているというハッタリを言って、ハジメに自分で答えを出させた。しかもハジメはこれが本当にハッタリだとわからないので発言が更に難しくなった。

 

「では最後の質問です」

 

ウソ発見機に繋がれたような感覚を感じながらハジメはその言葉を聞く。今度は見抜かれまいと気を引き締めて…だが。

 

「南雲君、君は人を殺してますね?」

 

あまりにも、あっさりとそれを聞いてきた。周囲の生徒達と愛子は驚きがある。

 

「な、七海、先生?何を…」

 

ハジメの先程の威嚇や銃を見た。だからその可能性はもしかしたらあるかもと思っていた。思っていたが聞けなかった。聞くのが怖かったからだ。そして、その質問をされた本人はなんでもないかのように真実を告げる。

 

「ああ、殺したぜ。それがどうかしたのか?」

 

周囲の寒気すら消えるかのようなその言葉に地球から来た者達は戦慄する。

 

「気分は、どうですか?」

 

「別に、何も感じなかった」

 

人を殺して、何も感じない。それがまた彼らを恐怖させる。何も感じることなく人を殺せる者が眼の前にいると。

 

「…、…」

 

「「?」」

 

一方質問した七海は表情をまったく崩すことなく、ハジメの隣にいるユエとシアをそれぞれ数秒見つめる。2人はなんだと思うが、七海は落ち着いたまま続けた。

 

「なるほど。…話は終わりです。ゆっくり食事を楽しんでくださ」

「ちょ、いや、ちょっと待ってください七海先生⁉︎」

 

たまらず愛子は止めた。

 

「どうしました?」

 

「どうしましたって…なんとも思わないんですか⁉︎その、南雲君が、人を…」

 

「この世界で生きる限り、どこかで人を殺す可能性がある。それはずっと私が言ってきたことですし、畑山先生もわかっていたはずですよ?」

 

「け、けど」

 

「もちろん、私とてできれば彼らに人殺しなんてさせたくはなかった…それが無理なら、その最初の1人目は私がなる。そう思っていました」

 

愛子は衝撃だった。いや、眼を逸らしたかったのかもしれない。彼女もわかっていたのだ。どこかで、誰かが人を殺してしまう事を。それが戦争が起こっているこの世界なのだと。

 

「しかし、今確信しました。南雲君は無差別に人は殺さないですし、人を殺すということを正しく理解している」

 

「…どうして、そう思うんですか?先生の技能のおかげですか?」

 

その質問をしたのは愛子でなく優花だ。自分を救ってくれた人の変貌に彼女は迷いがあった。

 

「いえ、違います。彼女達の表情ですよ。本当にただの無差別殺人鬼なら、彼女達は彼と共にいようとは思いませんし、さっきのゴム弾も、シアさんを思っての事でしょうし。大丈夫です、彼は人間性を捨てたわけではありませんよ……南雲君」

 

「……なんだよ」

 

「私は、君の中にある君だけの正義を信じてます。それと」

 

立ち上がり、七海はハジメと眼を合わせて、頭を下げる。

 

「君に、そのような選択肢を選ばせてしまい、あの時、何もできず、申し訳ありません」

 

「………別に、あんたの謝罪なんていらねーんだよ。俺は俺の目的の為に動いて、邪魔する奴を殺す。それだけだ」

 

「そうですか。…‥畑山先生」

 

「は、はい」

 

「後であなたの部屋にお邪魔してもいいですか?できれば護衛の方とかはなしで」

 

「か、構いませんけど」

 

先程の事もあり愛子は少々緊張をしていた。

 

「今後のことやら色々、ここで話すことができないような事(・・・・・・・・・・・・・・・・)もあるでしょうから」

 

「………」

 

それを聞きつつ、ちょうど食べ終わったハジメは席を立ち、2人の女性も食べ終わり、立つ。もう用はないからと言わんばかりだ。だが、

 

「ちょっと待てハジメ」

 

ハッキリとした声で再び止められる。

 

「あぁん誰だおまえ?」

 

ハジメがチンピラみたいな感じで凄んだ相手は、パーンズだった。

 

「覚えてないのかよ…一応訓練とかで会ってんだが…まぁいい。それに用があるのはそっちの兎人族の嬢ちゃんだ」

 

「⁉︎」

 

「………」

 

また差別を受けると思いシアは怖がり、ユエは再び絶対零度の視線を向ける。それをわかっているにどうか知らないがパーンズは続ける。

 

「おまえ、名前なんだっけか?」

 

「……シア、です」

 

「そう、シアだったな。ちょっと待ってくれ……おい、おまえ」

 

「な、なんだ?」

 

ビッと指を向けた相手はデビッドだ。

 

「あの子に謝れ」

 

「!」

 

「はぁ?何を言ってる貴様‼︎」

 

「あの子に、シアに謝れって言ったんだ。酷い事を言ってすまないってな」

 

「私は間違った事など言ってない!亜人族なら、この当然だろう‼︎」

 

謝罪を求めてきた事にデビッドは怒る。シアは混乱していた。傷ついたが、デビッド達の言葉は自分達に向けられるものとしては当たり前のものだからだ。

 

「そう思うのは勝手だ。だが、直接口に出す事じゃない。ママに教わらなかったか?悪口は言わないようにって?それともエヒト様は暴言は良いとでも言ってるのか?」

 

「貴様、たかが一般騎士が神聖騎士に逆らっても良いと思っているのか⁉︎いや、そうか、貴様パーンズだな。元々はスラムにいたそうじゃないか!なるほど、育ちの悪さがよくわかる」

 

「俺は間違った事は言ってない。それに今は俺じゃなくて彼女の事だ。俺はただ、弱い奴を弱い奴として見て、上からせせら笑うやつが気に食わないだけだ」

 

相方でもあるマッドの方はわかっていたかのように頭を抱えている。おそらくパーンズがこういった行動をするのは今回が最初というわけではないのだろう。

 

「その行為と言葉、神に対する反抗としてみなすぞ!」

 

「暴言を注意するくらいでエヒト様に反抗とみなされるのか?神聖な存在を軽くしてるのはおまえらのほうじゃないか?」

 

「きっ、きさま……⁉︎」

「⁉︎」

 

再びこの空間を圧倒的な威圧感が支配する。

 

「あんたらの喧嘩に興味はねぇんだよ。こっちはさっさと休みたいんだ。他所でやれ」

 

その〝威圧〟を間近で向けられたデビッドは倒れ込み、他の者達も動けなくなる。パーンズは膝をつくが、それでも眼は〝威圧〟をしてるハジメでなくデビッドに向いている。

 

「あ、あのハジメさん」

 

「ふん」

 

〝威圧〟を解いてハジメは席を外す。

 

「あの、ありがとうございます!」

 

部屋を出る際、パーンズと、〝威圧〟をまったくものともしておらず、事態をあえて傍観していた七海に、シアはお辞儀をしてから去った。

 

「……ハァァ、色んな意味で心臓が止まりかけましたよ。気持ちはわかりますが、ああいうのは本当に控えるべきだ」

 

「とか、言ってるけど、止めなかったじゃねーか」

 

もう諦めているんだという顔で、マッドはパーンズの手を引いて立たせる。

 

「申し訳ありません七海殿。見苦しい所をお見せしました」

 

「構いませんよ。……大人としては失格ですが」

 

パーンズは「はい」と言い項垂れる。

 

「しかし、言えない事をハッキリと言うのは時に大切です。少なくとも、私はあなたの言った事は間違った事とは思いませんよ」

 

そうして七海もその場を去り、愛子との話し合いの時間まで荷物の整理をしようと自分の部屋に向かう。

 

 

「シア、さっきのはもう気にすんな。これが外での普通だ」

 

ハジメの言う外とはシアの故郷の外ということ。彼女のような亜人族は奴隷になるのが普通といっていいほどの迫害を受け、大抵の亜人族は亜人族の国、フェアベルゲンでひっそりと暮らしている。彼女はなりゆきでハジメ達と会ったが、もとより心の根幹にある世界を知りたいという想い、そして彼女は恋をして、ともにありたいと願った。その先に今回のような暴言がある事も承知の上でだ。それでも、旅を始めて初のハッキリと向けられた差別の目と言葉は耐えがたいものだった。

 

「はい……でも、大丈夫ですよ。亜人族でも、ちゃんとして見てくれる人がハジメさんやユエさん以外にもいるってわかりましたから」

 

「……そうか。けどまぁ、あの神殿騎士どもは教会の思考を直に受けた連中で、もう1人の方は育った環境が原因だ。両方とも一般人とは言いがたいから、ああいうのはどっちも少ないと思うがな」

 

「……やっぱり、他の方々にはこの耳は気持ち悪いのでしょうか?」

 

彼女の感情を表すようにウサ耳はシュンとしている。ユエは「そんな事はない」と優しく語りかける。

 

「シアの耳は可愛い。ハジメなんか、シアが寝てるときにいつもこっそりとモフモフしてる」

 

「ユエッ⁉︎言わない約束だろ⁉︎」

 

それを聞いてシアはご機嫌になる。彼の中で1番はユエだ。それは変わらないだろうが、ユエとしてはハジメにはもっと大切を作って欲しいのと、妹分で彼女にとっての大切でもあるシアを大切にしてくれるのは嬉しいものなのだ。……だから。

 

「それより、意外だった」

 

そのハジメを曇らせるかもしれない存在は、彼女には容認できない。

 

「?何がだ」

 

「さっきのナナミって男に、ハジメが質問を受けるとは思わなかった」

 

「あーまぁ、な」

 

「あ、たしかに。ハジメさんが上手いこと乗せられてるし、〝威圧〟を受けて平然としてるし、なんなんですかあの人?…悪い人ではないと思うんですけどぉ」

 

シアはさっきの七海の言葉を聞いてそう思っているが、只者でない雰囲気も感じていた。

 

「もしかして、オルクス大迷宮で言ってた…」

 

「ああ、その先生だ。この世界に来る前から只者じゃなかったけど……ったく」

 

シアは「なんですか私にも教えてください」的な眼になるが、ハジメはそれどころではなかった。去る為に立ち上がった時に七海が言った事。それを思い返す。

 

「こっちのやる事もお見通しってか…クソ」

 

そしてこれから先、多分そうなる(・・・・)ことが目に見えているハジメは、七海がその言葉(・・・・)を言ってくることを考え、めんどくさく思った。

 

(まぁ、体よく断れば良いか)

 

それができない、というより自分から承認してしまう事になろうとは、この時ハジメは予想もしてなかった。




ちなみに
察言観色:意味は人の言葉、人の顔を良く見てその人の性質を見抜くこと
魂知覚は真人なら〈極〉あると思います


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生死事大

今回は久々にオールフリー(ようは仕事も用事何もない日)だったのでスパンと書きました

休みがあるって、いいよね!

とはいえ、今回の話はちょっと心配な部分もあります。詳しくは後書きで



深夜、時間は0時程。その部屋を七海はノックして、声が返ってきたのを確認して入る。

 

「七海先生」

 

椅子に腰を掛けて、外に浮かぶ月を見る愛子がいた。

 

「さっきの件、色々と考えていると言ったところでしょうか?」

 

うつむいて「はい」と愛子は言う。愛子と向かい合うように座り、七海は彼女の言葉を聞く。

 

「彼の変わり様に、私は…眼を背けてしまったのでしょうか」

 

「そんなことはないです。あなたが彼の生存を喜んでいたのは事実で、彼もそれを認識できている。あの威嚇のとき、あなたは彼から眼を逸らさなかった。向き合っていこうという気持ちの表れです」

 

「………いつか人を殺してしまう。わかってたのに、また私は七海先生に」

 

「私の決めた事ですし、言ったでしょう?適材適所です。とはいえ、正直私も彼が殺人をしている事には多少は驚いてます」

 

以前のハジメは生きる決意、元の世界に帰る決意は強かった。だが、その為の殺人はできないと思っていたのだ。

 

「きっと、そうしなければいけない場面だったのでしょう。そして、そういう考えになるほど苦難に遭い、追い詰められた。原因は突き詰めれば私の方が大きい。あなたは悪くない」

 

「………違うんです」

 

愛子は自分が許せなかった。あの時、ハジメが人を殺していると聞いて、ほんの一瞬とはいえ彼の心に寄り添わず、離れた事を。

 

「私は、この世界に来てから、誰も守れてません。守って、寄り添うのはいつも七海先生で、犠牲になるのも七海先生で……」

 

「これも言ったでしょうか?…私は私を犠牲になどしてません。自分ができる、そうするべき事をしているんですよ」

 

命を捨てる気はない。ただ、彼らを守る為なら最初に動くべきなのは自分と定めているのだ。

 

「私は現実的、あなたは現実と理想の両方を見ている。それは、誇るべき事ですよ」

 

リアリストな七海は呪術師として戦ってきた日々もあり、どうしても出さないつもりでも犠牲を容認してしまう。だからこそ、彼女の存在は助かる。その理想を考えていれば、犠牲を容認する考えを持ちすぎてしまう事がないから。

 

「今は、彼が生きていてくれた事を喜びましょう。それに、彼に言いたい事は今言えばいい」

 

「はい。………はい?」

 

「ホント、こっちのやる事はお見通しなんだな」

 

「⁉︎」

 

七海が入った後、扉には鍵がかかっていた。なのにどうやってと、扉にもたれているハジメを見る。

 

「ノックぐらいしてください南雲君。女性の部屋に入るなら最低限のマナーですよ。というか、錬成でピッキングなんてやめなさい」

 

「来るってわかってて鍵かけてる方が悪いだろ」

 

無茶苦茶な理論に七海は「はぁ」とため息を出す。

 

「わざわざ窓を開けてあげてたんですから、そこからでも入れるでしょう」

 

「あ、それで窓を開けておくようにって言ったんですねーってじゃない‼︎」

 

ノリツッコミを自然にしながら、愛子はハジメを二度見する。

 

「いったい、どうしたんですか?というか、七海先生はわかってたんですか?」

 

「ええ。南雲君は適当な子ではなく、あなたの心配していた気持ちにちゃんと寄り添える子です」

 

「別に、そんなつもりでここに来たわけじゃねぇ」

 

「しかし、あの場では話せない事があった。それを話しに来た。私や畑山先生は、冷静な判断ができるから……違いますか?」

 

「…ちっ」

 

七海とて彼が自分のために今から話そうとしているのはわかる。だが、根幹にある彼の優しさを信じる。その想いが七海にあるのは愛子という存在があるからなのだが。

 

「あの場で話さなかった事を考えると、この世界の、それも神聖騎士の方々がいた為でしょうか?だとしたら、この世界の神についてですか?」

 

「‼︎先生、知ってたのか?」

 

七海の実力的に、もしかしたらあの大迷宮を攻略してるかもという考えがよぎるが、すぐにないだろうと考える。もしそうなら、とっくにこの人は何らかの行動に移っているはずだと。

 

「何も知りませんよ。ただ、可能性のひとつとしての話です。……これからのことも考え、あなたの知った事を教えてください。その方があなたも動きやすくなるのでしょう?」

 

「…………」

 

 この先生はホント何者なんだと思うが、言ってる事は事実なので話をする。この世界の狂った神のことを。

 

 

 

曰く、魔人族と人間族の長きにわたる争いは全て仕組まれていた。想像神『エヒト』、人々を駒として、戦争遊戯を楽しむ存在。

 

それに気付いた、後に反逆者と言われるようになる解放者と呼ばれていた存在と、その者達へ行った神の非情な行為。なんと守るべき人々によって討たれるという。

 

人々を動かした〝神託〟。おそらく技能か魔法だろうと七海は判断する。そして、それはこの世界に来た時にイシュタルが言っていたものであるともわかる。

 

解放者達は自分達の力を後世に残す選択をし、いつか神を討つ存在が現れる事を願い、それぞれの魔法、神代魔法を継承する為の試練として七大迷宮を作り上げた。

 

「……まさか、1番当たってほしくなかった事態が当たるとは」

 

その話は、七海にとって1番あって欲しくないものだった。

 

「そういや、先生最初っから言ってたよな。戦争を終えても帰れるかわからないって」

 

「ええ。この世界の神とやらが勝手に呼び出した時点で、警戒していましたが……今の話だと、このまま戦争になって仮に勝利しても、帰還はほぼないと見ていいでしょうね」

 

「けど、その話をどこで?」

 

「………大迷宮が、解放者の作った場所なら、そういう情報もあったのでしょうね…おそらく最深部、100階層に」

 

「ちょっと外れだ。あの大迷宮は100階層あるって思われているが、その下に更に深層があって、そこからが本当の大迷宮だ」

 

補足として「行ってもいいがすぐ死ぬだろうな」と付け足してハジメは言う。

 

「白崎さんは、諦めてませんでしたよ」

 

「……白崎は、無事か?」

 

僅かにピクっとハジメの組んだ腕の指が動いた。香織を心配して出た言葉に、愛子は七海の言う彼の優しさが残っている事を理解して嬉しくなった。

 

「確かに、私も正直言って君が死んだと思っていましたが、彼女は諦めていませんでした。そして…天之河君はまぁ、実戦訓練のつもりでしょうが、今潜っている他の方々も、それを理解した上で君を探す為にあそこで戦っています」

 

七海はその為に彼女に選別をさせた事、彼らを自分なりに強くした事を告げる。

 

「今の彼らなら、仮に君と戦っても最低1分は保つでしょうね」

 

愛子は「それでも1分なんだ」と心の中でツッコミを入れる。

 

「いや、そういう心配じゃねぇ。やりとりとかはあるか?」

 

「私は手紙である程度」

 

「私も、ここに来たのは清水君の捜索の為で、終わり次第彼らの元へ戻るつもりです」

 

「清水……あぁ、いたなーそんな奴…まぁ、それはどうでもいいとして」

 

クラスメイトなんだからせめて覚えておいてほしかったと愛子は思いつつ、ハジメの言葉を待つ。

 

「その捜索がどんだけかかるか分からないから、手紙でもいいから伝えてくれ。あいつが本当に注意すべきは迷宮の魔物じゃなくて、仲間の方だってな」

 

「え?それってどういう…」

 

「やはり、誤爆ではなかったんですね」

 

「なんだ、七海先生気付いてたのか」

 

「確信なんてありませんよ。何せ私はその時の事を見てませんからね」

 

だが、メルドや他の生徒から聞いた事などで違和感があった。本当に事故なのかと……あの極度の緊張と恐怖の顔を見れば誤爆が起こっても不思議ではないとも考えてはいたが。

 

「七海先生の勘通りだよ。あれは明確に俺を狙って誘導した魔弾だ」

 

「え?誘導?狙って?」

 

わけがわからないという表情になる愛子と、またも当たってほしくない可能性が当たってしまい、頭を抱える七海を見つつ、ハジメは容赦なく真実を告げる。

 

「俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたってことだ。白崎との関係で殺そうとしたなら、嫉妬で人を1人殺せるような奴と一緒にいるってことになる」

 

ハジメは続けるが、愛子は硬直して顔面蒼白になる。

 

「誰かはわかっているんですか?復讐でもするんですか」

 

「さぁな。誰かはわかんねーよ。復讐はする気はない。どうでもいいからな、そんなの。ただ、それで白崎が危険なら伝えておこうと思っただけだ」

 

そう言ってハジメは去ろうとする。

 

「最後に、君はその狂った神とやらを解放者の代わりに討つつもりですか?」

 

「まさか。この世界のことなんざどうだっていい。俺は俺なりに帰還の方法を探る為に旅をしてる。今回ここに来たのは本当になりゆきだ」

 

「そうですか………南雲君」

 

ハジメは七海がなにを言うか予想していた。だからすぐに断るつもりだったが、

 

「生きていてくれて、私も畑山先生も嬉しいですよ。言うには早いかもしれませんが、おかえりなさい、南雲君」

 

「………別にあんた達の元には帰らねーよ。その言葉は故郷に帰ってからだ」

 

言ってこなかったので拍子抜けだった。

 

「今の私は、まだここでやるべきことがあります。それまでは君が考えるようなことはないですよ」

 

だが、それを聞いてまた自分の考えが筒抜けだったことに気付き、ハジメは悔しさを残したまま部屋を出た。

 

しばらく無言が続く。だが、その時間を切ったのは愛子だった。

 

「七海先生、私、決めました」

 

「……聞きましょう。まぁ、なんであれ…手伝いますよ。私にできることなら」

 

「ありがとうございます。七海先生」

 

 

 

夜が明け、月明かりはないが少しずつ日の光が出る頃、ハジメ達3人は旅支度を終えて、ここに来た目的、行方不明となったウィル・クデタの一行を捜索する為動きだす。行方不明になって5日程経っている。生存は絶望的だが万が一生きている可能性を考え、早朝に行動を始めた。もし生きていたのならそれだけデカい恩を得られる。これから先、動く時にウィルのように地位のある家の恩はあっていいと考えてだ。

 

「待ってましたよ、南雲君!」

 

北の山脈地帯への道に続く門の前に愛子と七海、それと愛子の親衛隊として来た生徒4名がいた。残りの2名は万が一戻らない時の為の王国への連絡役だ。ちなみに七海としては行くのは自分だけにするつもりだった。しかし、愛子の行動力を考えるとどっちにしろ後からついてくると思い、愛子が行くなら自分達もと生徒が来るのも想定し、ここに共に来た。マッドとパーンズは別の場所に泊まっているのもあり、時間の関係で言伝を宿の人に頼んで置いていくことにした。

 

「行方不明の捜索ですよね?私達も行きます。人数は多い方がいいです」

 

「却下だ。行きたいなら勝手に行けばいいが、一緒は断る」

 

「な、なぜですか?」

 

「単純に足の速さが違う。あんたらに合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

その言葉に愛子達は首を傾げ、もう一度ハジメの方を見る。移動手段と思えるものがない。

 

「足の速さって…馬に乗るより走った方が速いって言うの?流石にそれは断りの言葉としては適当すぎない?」

 

優花の言う事は一見もっともだが、ハジメにとっては失礼にあたる。それにいち早く気付いたのは、やはり七海だった。

 

「彼はいま、バイクを持ってるはずです。それもかなりの速度が出る」

 

「「「「「⁉︎」」」」」

 

「…なんでそう思う?この場にそんなものないぞ?」

 

「1つ、君は銃器を作れていた。以前の君ではできなかった錬成をできているなら、移動手段としてバイクなどの走行手段を用意できてもおかしくない。2つ、この町に来る時、道に一本のタイヤのような跡があった。走行車は馬車なら4輪、あっても直線でなく左右の2輪。一直線なら1輪か2輪ですが、移動手段として考えるなら2輪の、しかも3人旅なら大型のバイクの可能性が高い。それをどう隠しているかはさすがにわかりませんが、可能性と君の言葉を考えれば、それしか思いつきません」

 

「…………ホント、面倒くさい」

 

観念したのか、ハジメは手を前に出す。取り付けた指輪が光ると地面に魔法陣が展開され、地面から出てくるように大型バイクが出現した。

 

「転移魔法……ではないですね。この世界で何度かその魔法を見ましたがそれではない。……別空間にしまってあるということですかね?」

 

「そこまでわかるのかよ」

 

「私の魔力感知は天之河君のとは違い、魔力を視認する事ができるので」

 

「俺と同じ…いや、それ以上かよ」

 

「視認はできますが、見えるのは魔力の流れと強弱、それと使用したであろう魔力の残穢――私がそう呼称しているものであり、見比べれば誰の魔法かもわかる程度のものです。しかし、同じという事は君も見えている。言動から見て、私より精度は上ですかね」

 

思わずハジメは歯軋りをしてしまう。この先生油断ならねぇと。

 

「ともかくだ、適当な言い訳とかじゃなくて、見たまんまだ。移動速度が違うんだよ。わかったらそこどいてくれ」

 

このまま七海のペースに乗せられるかと、話を無理矢理切り上げて本題に戻る。

 

「どきません!」

 

愛子は譲らない。ハジメの昨日の言葉の真偽を確かめるため、清水を探すため、どちらもこれから起こるかもしれない不幸を事前に回避する為に必要な事だ。特にハジメが旅を続けるなら、次に会えるのはいつになるかもわからない。会える今のうちに会話をして、もっと今の彼と関わっておきたいのだ。

 

「南雲君。先生は先生として、どうしても南雲君からもっと聞かなければならない事があります。きちんと話す時間を貰えるまで離れませんし、逃げるならどこまでも追いかけます。南雲君にとってそれは面倒なことではないですか?」

 

「諦めてください南雲君。君も、彼女の行動力の高さは知っているでしょう?移動中の合間でも良いので話し合いをしてください」

 

七海の言う通り、ハジメは愛子の行動力の高さは理解している。逃げれば本当にどんな手段でも使うだろう。いずれは教会から異端者として指名手配されるのも織り込み済みだが、それは遅くなるならその方が面倒がなくていい。

 

(それに)

 

今のハジメにとって、ある意味の天敵として見なしている七海の存在。信用しているが、彼の違和感を探すなら、その違和感が他の所で現れるなら、近くで見ている方がいい。少なくとも今は。

 

「分かったよ、同行を許す。話せることはあんま無いけどな」

 

七海はふぅと息を吐き、愛子はムンと胸を張り「構いません」と言う。ユエとシアは同行する事を認めると思ってなかったのか驚く。ハジメから愛子の教師としての妥協しない点を説明されて、彼女を見る目に若干の敬意が含まれるようになった。

 

 

 

 

「これほどの物を作り出せるとは」

 

七海は、ハジメの錬成の精度が以前とは比べられない程に上がっているのは分かっていたが、それでもものの数秒で車を錬成したのは驚いた。

 

「本来なら、免許もないのに車の運転など認めませんが、ここは異世界。しかも魔力で動かすなら仕方ないですね」

 

「あ、やっぱ魔力は今も0なんだな」

 

ようやく今の七海の情報を知れたが、多分そうだろうなという思いもあり、優越感には浸れない。

 

「ついでに言うと、レベルも1ですし、ステータスもそのままですよ」

 

ステータスプレートを見せながら七海が言ったので、それが真実だとわかる。

 

「いいのかよ?そんな事言って」

 

「正直言って、最初は少し君を警戒してましたが、今はもうそれほどではないので」

 

2人の会話でちょっと空気が冷えている感じがする愛子。ちなみに前は3人乗れるのでユエは愛子の隣に座りたがったが、七海とも話す為と愛子からも意見が出たので、渋々後ろの席で生徒の女子と語りあっている。あと男子は荷台にいる。

 

「錬成の精度に君のイメージがついてきている。どうやってここまで強くなったかは詳しく聞きませんが、自分の術の理解と想像ができてるようでなによりです」

 

「……まぁ、な。七海先生の教えがあったから割と楽に迷宮も攻略できたしな」

 

全てを捨てかけていたハジメはユエと出会い、彼女に七海の事を話している時に気づけた。七海が自分が銃火器をいつか作れる事を言わなかったのは、自分を守る為だったと。再会した時は最悪な気分だったが、こうして話してわかった。七海も愛子とはまた違った形だが生徒思いの先生だと。

 

「ところで、話は変わりますがこの車はこれからも使うとして… 〝宝物庫〟でしたか?それがあるのになんでわざわざ荷台なんか付けたんですか?」

 

これだけの錬成能力なら生徒達とシアとユエを乗せる物も作れたはずだ。なのになぜわざわざ荷台をつけたのか、七海はわからない。

 

「急いでたからってのもあるが……まぁ、俺のこだわりみたいなもんだ」

 

本心はそこにガトリング砲をつけてぶっ放したいというちょっとした憧れだが、それを話すと子供扱いされそうなので言わないこととした。

 

 

愛子の質問は昨晩に話したこと。それによってやはり意図的にハジメに魔法が放たれた可能性が高くなる。頭を悩ませつつ、心当たりを聞くとハジメは鼻で笑いつつ「全員」と答える。わからないままでいさせたくはないが、分かったところで人殺しで歪んだ心をどうすればいいのかでさらに愛子の頭を悩ませていると、ちゃんと寝れていなかったためか、うつら、うつらとして七海の肩に寄り添う。

 

「あ、す、すいません」

 

「昨日から…いや、清水君の事も考えるならもっと前からあまり寝てないのでしょう?今くらいは休んでください」

 

「はい、すいま、せ」

 

最後まで言い切る事なく、今度こそ愛子は七海に寄り添って眠りについた。それを確認して七海は話を切りだす。

 

「本当は目星はついてるんじゃないですか?」

 

「…マジで確証はないが、檜山あたりがやりそうだとは思ってる」

 

「やはり彼ですか」

 

七海もハジメの話を聞いて、もっとも可能性として高いであろう人物を考えて檜山に行きついたが、大正解である。

 

「今彼は、君が奈落に落ちる原因として訓練に参加させず、部屋で待機させています」

 

「先生がいないなら、天之河とか教会連中を利用して戻ってる可能性もあるんじゃね?」

 

「というより、絶対してるでしょうね」

 

「…………分かってるならなんで」

 

「昨日も話しましたが、彼らの実力はそれなりに上がっています。私が離れたとしても大丈夫なくらいには。しかし彼は違う。まず間違いなく彼らの足手まといになり、迷宮攻略を遅くしますし、君を殺したきっかけというのもあり、天之河君以外から注意を向けられる。特に白崎さんには。……そんな状況で表立って行動するほどの気概は彼にない」

 

七海は旅立つ時からそれは想定していた。彼らの迷宮攻略が遅くなるのは願ったり叶ったりだ。ここである程度時間を過ごしても大丈夫だと思えるくらい。ハジメも「なるほどな」と納得する。

 

そんな様子を監視する様に見るユエと、生徒からの質問とスタイルについて言及されちょっと困っているシア。本人達にはお互いその気は無いのに、くっつけようと考える生徒達のグッジョブという視線を、七海は「妙な視線を感じる」と思いつつ進み、山脈の麓に車、ハジメ命名『ブリーゼ』を停める。

 

「すいません、すいません、すいません」

 

愛子は七海の肩で爆睡したことを顔を真っ赤にして何度も謝っていた。

 

「気にしてませんから。それより…南雲君、この広い場所をどう捜索するんですか?人海戦術は最初から考えていないのでしょう?」

 

ブリーゼを〝宝物庫〟にしまい、次に別の物を取り出す。色は少し違うが鷹を連想せるような鳥の模型が4機。それらが空にふわりと浮かんで本物のように飛んでいく。

 

「ドローンですか?カメラからの映像は…………いや、まさか」

 

「分かってるみたいだから言うが、この魔眼だ」

 

眼帯の部分を指でさし、ハジメは言う。

 

(神代魔法の力でしょうか?しかし、操っているなら脳を酷使しているはず…)

 

おそらく大丈夫だろうが、魔物が出た時は自分がなるべく相手をしようと思いつつ、ハジメが山頂付近に大きな破壊跡があると告げて、移動を開始した。

 

 

 

「君が私達に合わせて動くのは本当に予想外でした」

 

「別に。一度同行を許したのに置いて行ったら、口にした意味ねーからな」

 

ハジメ一行と七海以外は6合目付近でかなりバテていた。もちろん彼らもこの世界に来て身体能力は強化されているが、ハジメ達の動きが早すぎたことと慣れない道のりであったことが理由だ。今彼らは近くに川があったのでそこで休んでいる。捜索しているウィル達が休憩するため寄った可能性もあったからだが。

 

「それにしても、ここまで魔物を見ませんね。私がウルに来る時もそうでしたが」

 

「確かに。…ってあぁ先生が来る途中魔物がいなかったのは、俺等…というかユエのおかげだと思うぞ」

 

聞くと七海達が寄らなかったフリューレンに行く道中で100以上の魔物の群れと遭遇したらしく、その時にユエがその魔物を魔法で一掃したそうだ。

 

「彼女、魔法の扱いがあまりにもうまい…というより魔力の流れがあまりにも安定している。まるで魔物と同じように。そして、それは君も」

 

「その辺はあんまり聞かないでくれ」

 

訳ありなのだろう。あえて七海は聞かないことにした。

 

「それより、ここの魔物が出てこないのは……!」

 

飛ばしていたドローン、ハジメ命名『オルニス』を通して見たものを伝える。

 

「川の上流になにか…盾、それに鞄か?まだ新しい」

 

「皆さん、出発の準備を」

 

ハジメが言い出す前に七海が指示して、本当はもう少し休みたいが無理を言って来ているのもあり、準備をさっさと済ませて移動を再開する。

 

「って、だからはえーよ⁉︎」

 

猛スピードで上流へ向かうハジメ達を必死に追随する。

 

「な、七海先生、先に行っても、いいんですよ」

 

「そんなことできるわけないでしょう」

 

愛子は七海が息切れをしてないことから自分達のスピードに合わせているのがわかり、先へ行くよう促すが、ハジメ達と違い彼らは弱い。ここまで魔物が出てないとはいえ、この先も出ないとは限らないのだ。遅れて到着したその場所には様々な物が散乱していた。

 

「魔物の襲撃にあったというところでしょうか」

 

「それにしたって随分と荒れてるな」

 

木々は薙ぎ倒されたかのように荒れ、盾や荷物は黒焦げで使い物にならない。遺体が無いのは喰われたか、それとも遺体すら残らなかったのか。ともかく遺留品と思われる物を回収しながら進む。野営をするべき時間になってきたが、最初に《オルニス》で見た位置が近いのもありさらに進む。そうして到着した場所は大きな川だ。小さな滝も見える。問題はその川の一部がまるでスプーンで抉り取ったようにポッカリと大穴が空いてることだ。

 

「これが魔物によるものだとすれば、まず間違いなく、ベヒモス以上でしょうね」

 

冷静な分析をするが七海も驚いている。残された魔力の残穢。その多くが、散らばっているが強大さを感じるのだ。

 

(これだけの威力が出せるなら、特級も視野に入れた方がいいですね)

 

いつか特級クラスがくるかもしれないのは想定してたがそれが今となるとまずい。ハジメ達はともかく愛子達ではあっという間に死ぬ。

 

「急ぎましょう」

 

ハジメは七海の考えに寄り添ったわけではないが、これを見てこの惨状を引き起こした魔物と遭遇するのは面倒として賛同し、下流の方を捜索していると先程より大きな滝に出くわした。そこでハジメは「マジかよ」と呟き、七海も気配感知で感じた。

 

「滝壺の奥でしょうか?人間だと思いますが」

 

「間違いないな」

 

そういやこの人も気配感知あったよな、と思いつつ、滝へ近づく。正直生存などしてないと誰もが思っていたのだから驚きだ。

 

「ユエ、頼む」

 

「……ん」

 

ユエは短く頷くと、前に出て右手を前にかざす。

 

「〝波城〟、〝風壁〟」

 

さながらモーゼのごとく滝が2つに割れる。水滴も風の魔法で吹き飛ばして払われ、洞窟のようなものが見えた。

 

(詠唱なし。この世界の人から見たら…いや、彼らから見てもおかしな状況ですね。やはり特級クラスですね)

 

愛子達も相当驚いているのか、開いた口がなかなか閉じないでいた。

 

 

ハジメは愛子達を促して滝壺の奥にある洞窟へ入って進む。洞窟の1番奥に着くと1人の青年が横になっていた。身につけた服や顔立ちだけを見れば冒険者のような戦闘職とは考えづらい。気を失っているように見えるほど弱々しく寝ている。とりあえず起こそうと思い七海が声をかけようとすると、ハジメは人差し指を曲げ親指でそれを押さえ込み日本でいうOKを意味する形を作り、力を溜め込み、押さえていた親指の力を緩めてはじいた。力を溜め込んだ人差し指がビシィと青年のおでこに命中する。

 

「ぐわっ‼︎」

 

いわゆるデコピンが当たり、青年は額を両手で押さえてのたうち回る。

 

「…なにもそこまでしなくていいでしょう」

 

「この方が手っ取り早い」

 

「ならせめて武器ではない方にしてあげなさい」

 

金属の指では痛さも倍増しているだろう。青年は声にならない声を出している。

 

「痛みでもがいてるじゃないですか…大丈夫ですか?話せますか?」

 

「あっ、ああ。だい、じょうぶだ」

 

なにが起きたのかわからないだろうがどうにか青年は声を出した。喋れるなと思ったハジメは青年の名前を確認すると、捜索していたウィル・クデタだと判明した。ウィルは戸惑っていたが、ハジメがまたデコピンの形を作り半分脅そうとしたので、溜め息を吐きつつ七海が質問する。

 

「ウィルさん、彼は君を捜索するよう依頼を受けてきた方です。我々はまぁ、その付き添いみたいなものです。落ち着いて、なにがあったか話してくれませんか?」

 

目線を下げて声を抑えて、冷静に聞く。ウィルもそれで少し気が和らいだのか話しだす。

 

5日ほど前に魔物、ブルータルと10数体遭遇し撤退したが、どんどん数が増えていき、犠牲者をだしながら逃げていたところ、先程七海達が見た大きな川に着いたとき、

 

「りゅ、竜が、黒い、漆黒の竜が」

 

相当の恐怖だったのだろう、震えている。クレーターを作り、地形を変えるほどの威力を出すほどの存在。他の冒険者はそこで全滅し、それを目の当たりにしたのだから当然だろう。幸運なのは黒竜(便宜上名)のブレスで吹き飛ばされて滝壺に落ちた際にこの空洞を見つけたことだ。ただ、本人はそう思っていない。むしろ自分だけ助かってしまったことに罪悪感を感じている。

 

自分は最低だと、役に立たない自分が生き残って、心の中でそれを喜んでいる自分を恥じている。サバイバーズ・ギルトと呼ばれる状態だ。そんな言動からハジメは自分に似たものを感じ、役立たずと言われた自分が生き残ったことを卑下にされたような気がしたのか、胸倉を掴んでちょっと言ってやろうとする。だがその前に七海が前に出た。

 

「ウィルさん、正しい死とは何だと思いますか?」

 

「え?」

 

なんのことだという気持ちが一瞬湧くが、ウィルは戸惑いつつ答える。

 

「わ、わかりません」

 

「…この問いは、私が教職をする前に、とある少年の手解きをしていた時、その少年が聞いてきた事です。私も、その時わからないと答えました」

 

愛子はいつも自分の事は語らないはずの七海が、過去の一部を話したので少し驚く。

 

「死とは、全ての人間に訪れる終着点ですが、それは常に選べない。今回の冒険者のように唐突になにも残す事なく死ぬ事もあれば、あなたのように偶然生き残って残りの人生を過ごす事もある」

 

「………」

 

その言葉にウィルが再び落ち込む。

 

「あなたにとって生き残ったことより、あの時死ぬことが正しかったというなら正直言って文句はありません」

 

「おい!せんせ…」

ハジメは七海の言葉を止めようとするも、「しかし」と七海が強調するように言い出したことで、その先の言葉を聞く。

 

「後悔しても生きているなら、まだ何かを残せます」

 

「なに、か?」

 

「ええ。彼らの死で自分が生かされたと思うならそれは呪いです。その呪いはあなたの生きる糧だ。それをどう扱い、どう彼らに報いていくのかは、あなたが本当に死ぬまでにわかる時がくるかもしれません。もちろんわかったとしてもそれが正しい死なのかは、きっと誰にも分からない」

 

呪いは祓うものだ。だが時として生きる為の、自分の目的にもなる。呪いを扱う者だからこそ、彼の呪いは生きる為に使えると七海は考え、言葉を紡ぐ。

 

「ただこれだけは理解してください。ここにいる南雲君は、君を助けたい、君が生きていてほしいという願いを持って来ている。自分の生を悔やむのが悪いとは言いませんが、あなたを心配し、生きていてくれて喜ぶ人がいることから、目を背けないでください」

 

「う、うぅぅ、うぅぅ………」

 

残酷な言葉だろうとは思っている。死者を想い続ける呪い、生き続けるという事の呪い。それを背負い続ける運命を彼に理解させる。それでも、例え自分の言葉が呪いになるのだとしても、生きる理由が彼に必要なのだと、七海は自分に言い聞かせていた。




ちなみに
ウィルに最後の方で七海が言ったセリフは小説版の『反魂人形』のセリフとこれまで七海が経験してきた聞いてきた(作中内で)ことを私なりに解釈し、七海が言うかなぁと思いつつ書きました。
正直言って過去1番に「これでいいかなぁ」と思っております感想意見あればお願いします

ちなみに2
生死事大: 人間の生死は一大事であり、今、人として存在しているこのときが、最も大事なことであるということ


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竜頭駄尾

今回は先に
ちなみに
竜頭蛇尾: 始めは盛んな勢いがあるが、終わりに近づくにつれて勢いが落ちてしまうこと
え、1文字違うって?当然、仕様です
このタイトルは、この作品を書き出す前から決めてました


「…………」

 

「何か言いたそうですね、南雲君」

 

少しの間ウィルが己の内面と向き合う時間があったが、その後すぐに動き出す。ハジメがその時間を待ったことに多少だが愛子達もシアとユエも驚いていた。

 

「別に」

 

「…誰かへの言葉、教訓、遺言は、時として誰かを呪うものになります。君が彼に言いたかったことはなんとなくわかりますが、それを覚えていてください」

 

「………」

 

熱くなりそうだった自分の心を抑え込まれ、おまけに自分が八つ当たりをしようといた事をその時気づき、自分が子供なのだと理解させられる。そんな自己嫌悪をしながらいつのまにか前を歩く真の大人を見ていると、ユエがハジメの手を握る。

 

「大丈夫」

 

「ユエ?」

 

「ハジメが生きてる事も、言おうとした事も、なにも間違ってない」

 

愛する男性というのもあるが、ユエは見た目こそ子供に見えるがハジメより年上の大人だ。だからわかる。

 

「ハジメも、全力で生きて。ずっと一緒に」

 

「…ユエには敵いそうにもないな。分かってる。なにがなんでも生き残ってやるさ。…1人にしないよ」

 

2人の間に近寄りがたいキラキラしたものが愛子達に見えていた。シアは自分だけ除け者にされてぴょんぴょん跳ねながら「私を除け者にしてぇ」と訴えている。ただ、愛子達は先程七海の言葉の要所要所でハジメが反応しているのを見て、彼が奈落の底で在り方を変え、冷たい人間になったと思っていたが、熱い部分も残している事を理解し、その熱を感じていた。そしてそんな事知らないウィルは愛子に抱えられながらそれを見て、置いてけぼり感を感じていた。

 

砂糖より甘い空気を感じ、触れることができないユエとハジメが作り出した空間を、

 

「立ち止まらないでください、早くいきますよ」

 

七海はバッサリと切り、先へ行く事を催促した。ユエは邪魔された事にちょっと腹を立てるが、言ってる事は正しいのでなにも言えない。

 

「先生さ、もっとこう、雰囲気とかわかんねぇのか?」

 

「君が彼女と愛しあう事に特に言う事はないですが、今は彼、ウィルさんを安全な場所に送り届けることが先決です」

 

「あぁそうかよ」

 

とは言うものの確かにかなり遅くなった。日の入りまで時間はあるので急げば日暮れまでに麓に着く。そう考えてさっさと下山しようと洞窟から出る為にユエが再び滝を割る。

 

「!」

 

「これは!」

 

ハジメと七海が感じ上を見上げる。それを追うように他の者も見上げる。黒い影が降下してきた。

 

「あ、あいつだ」

 

否、黒い影でない。まさにそれは黒い竜だった。ウィルに再び恐怖が巡るがそれは愛子達もだ。これまで大型の魔物はベヒモスくらいしか見てない生徒も、大型の魔物を見てきたことのない愛子も、幾多の魔物を屠ってきたハジメもその想像を超えていた。

 

(この威圧感…なるほど、特級ですね)

 

七海もそれなりに特級と戦ってきた。だからわかる。目の前の存在がそれと同等級だと。黒竜は目線がウィルにいく。それを認識した瞬間、鋭い牙を見せるように口を開く。

 

(魔力が口に集束している…まずい‼︎)

 

下がるよう促す前にその膨大な魔力を紫炎に変え、ブレスとして出す。

 

「……、南雲君!」

 

ギリギリでハジメは前に出て錬成によって作り出した大楯で防ぐ。さらに〝金剛〟と呼ばれる魔法を付与した事で防御力を向上させる。それでも止まらないほどの威力で〝金剛〟を突破し大楯に直接当たる。大楯が破損する度にハジメは錬成して突破させず、それでも身体が押されて下がりそうな時、ハジメの頭上を何かが通り抜けていく。

 

「グゴォォォォ‼︎」

 

それが竜の額に命中するとダメージはないが怯んでブレスが止まった。

 

「感謝します、南雲君」

 

それは七海が放った礫だ。もちろんだが呪力を込めた。あんなのに礫で怯ませられるのかという疑問が湧くが、今がチャンスとハジメはここから出て相手をしようと考え、ユエも魔法を出す準備をし、シアも宝物庫から大振りのハンマーを取り出して構えたが、

 

「そこまでです。後は私が」

 

背中から取り出した大鉈で進路を塞いで言う。

 

「なんのつもりだよ七海先生」

 

「聞こえませんでしたか?後は私がやりますので、君は彼らと共に洞窟の奥へ」

 

「…俺のこと舐めてんのか?あいつは俺に攻撃してきた。俺の敵だ。邪魔するってんなら」

 

「邪魔とか舐めるとかじゃないですよ。…君達は子供、私は大人。私には君達を自分より優先する義務があります」

 

「ハァ?」

 

ガキ扱い。確かに自分は七海に比べると子供だが、実力とかではなく、子供という理由で下がらされるのは少々腹が立つ。そうしていると怯んでいた黒竜がまた眼をこちらに向ける。

 

「君があの奈落でなにがあったかは聞きませんが、相当な死線を越えてきたのはわかります。だが、それで大人になるわけではない」

 

スーツのボタンを外し、ネクタイを緩める。それは七海の戦闘をする上でのルーティンのようなものだ。それを見て聞きつつ、その死線も知らない奴が、ならどうなれば大人になるんだと言いたくなるが、その気持ちをすっ飛ばす言葉が七海から飛んでくる。

 

「朝起きた時枕にシミが付いているのを見つけたり」

 

「は?」

 

「デザートにしようと思って買ったパンが、実は惣菜パンと間違えて取っていたと、食べた時に気付いたり」

 

「え?」

 

「そういう小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです」

 

黒竜は空気を読んでいるかのように攻撃してこない。実際は礫程度で怯んだ事に多少警戒しているのだが。ハジメ達の周りに別の意味で冷めた雰囲気が通り抜けていく。

 

妙に生々しく、本当に小さな絶望を言われ、逆にどう言っていいのかわからない。

 

「それで大人になるなら、私たちどれだけ歳とったんでしょうか?」

 

「ハジメ、あいつも小さい男なの?」

 

シアとユエの感想を聞いて何か返してくると思っていたが、

 

「ハジメ?」

 

なにも言ってこず、ただ、真剣に七海を見つめているハジメに違和感を覚える。当然ハジメも何か言いたかった。だが、

 

「なんだ、ありゃ?」

 

不可思議なものを見て、それが止まる。

 

「そして、嫌な時間外労働であってもきちんと仕事ができるかでも、決まってきます」

 

少しウンザリそうに言う七海から、青いというより水色に近い靄のような、魔力のようなものが見えたから。

 

「魔力、なのか?」

 

そう思うがさっき七海のステータスプレートを見た時、やはり魔力と魔耐が0だった事を思い出して混乱する。

 

「ユエ、あの人の身体から流れるもの、なんに見える?」

 

ハジメとしては意見を聞きたいという意味で尋ねたが、

 

「?なにを言ってるのハジメ?あいつの身体からはなにも出てない」

 

「は、え?」

 

「ユエさんなに言ってるんですか?魔力?でしょうか?出てるじゃないですか」

 

「シア、おまえは見えるのか?」

 

シアは「見えます」と告げてさらにわからなくなり、後ろにいる愛子達を見ると全員なにを言っているのだという顔になる。

 

「南雲、あんたも知ってるでしょ?七海先生に魔力はないって」

 

優花が言う通り、七海には魔力はない。それでも圧倒的な実力を持っているのは残りの筋力、体力、耐性、敏捷が他の者と桁違いに高いからだ。今更何を言っているのだと皆が思う。

 

(俺とシアしか見えてない?しかも、魔眼で見てるんじゃない。俺の残った眼で見てんのか?)

 

考えても尚わからず混乱していると、小声で「そうですか」と七海が言っているのをハジメは聞いた。だがそれを問う前に七海から聞いてくる。

 

「ところで南雲君」

 

「?」

 

「君は、掘削機とか作れますか?」

 

「え?あ、あぁ、作れ…⁉︎」

 

問われて、それまで考え事をして少し呆けていたハジメはつい答えてしまった。そしてそれはどういう意味かはすぐわかる。

 

「なら、そっちの事は任せますので」

 

呪力を込めて横にある壁を殴る。ピシリとヒビが入り、ハジメとシアには水色の何かのエネルギーが走っているのがわかる。

 

「おい!」

 

何か言い出す前に七海が先に外へ出た瞬間、崩落する。それに巻き込まれないように下がっているのを確認して、七海は目の前の黒竜を見る。だが、黒竜は七海を見ず、塞がった洞窟に再びブレスを発射しようとする。

 

「よそ見とはいい度胸ですね」

 

当然だがそんな事などさせはしない。呪力を込め術式を込めた大鉈の一撃を、

 

「!」

 

「グゥォォォォォォ‼︎」

 

黒竜は受けたが咆哮で七海をふっ飛ばす。空中で姿勢を直して着地するとすぐにブレスを放つ。地面が抉れていき、七海を飲み込んだ。着地した瞬間の攻撃。避けることはできず直撃した。

 

「ふぅ、以前の私なら大ダメージでしたね」

 

服に汚れと僅かな焦げこそあるが無事な七海がいた。

 

(呪力量と出力が上がったのと、私の素の肉体が強化されたこと、それと火耐性があって助かりましたね)

 

ノーダメージとは言わないが充分に動けるレベルだ。黒竜は頭上から再び攻撃を開始する。今度は高威力ではないがブレスを連射してくる。すぐに駆けて地面に当たった振動を感じながら避けていく。

 

(攻撃が効いてないわけではなく、術式ありでも通らないほどの頑丈な鱗。さらにこれだけの高出力の攻撃を連射できるほどの膨大な魔力。魔物なのだから当然魔力の操作はできるから安定して攻撃ができる)

 

今度は下降してその鋭い爪を向けて振るう。それに合わせて七海はすぐさま大鉈をしまい込み、腰の剣を抜いて呪力を込め、術式を付与し、鋭利なその爪の部分に7:3の比率の点を作りそこに向けて剣を振るう。

 

「爪は、他の部分より脆いようですね」

 

ドガっと大きな爪が落ちて地面に窪みができる。

 

「しかし、これでは爪切りと同じですね」

 

大鉈でもよかったが切れ味の良い剣で切った。だが当然ダメージはゼロだ。

 

(高い魔力、堅牢な城壁のような鱗、さらに、あの巨体があんな翼で空を飛び続けるなど、物理的に不可能)

 

呪術、魔法も、科学的なものではない。だがそれが術である限り、何かしらの法則がある。

 

(つまり、飛行する魔法、もしくはそれを補助する魔法も使っている)

 

元来、魔物の固有魔法は1つ、多くて2つ(この世界の常識基準)だが、目の前の黒竜が複数の魔法を使えるのを見ると、本当に魔物なのかと疑問に思えてくる。さらに。

 

(僅かですが、あの竜以外の魔力の残穢を感じる。……闇魔法ですね)

 

七海の〔+視認(極)〕は、ハジメと違い、魔力の色で属性を判別できない。ただし、1つだけ例外がある。それが闇属性魔法だ。魔力と呪力の関係はわからず、似て非なるエネルギーだと思っているが、闇魔法は特に呪力に近いものを感じるのだ。

 

(1、この魔物は作られた可能性がある。2、この魔物は何者かに操られている可能性がある。どちらにしても狙いはウィルさんのようですが…)

 

七海が攻撃するまで塞がって見えなくなってもウィルに狙いをつけていたのを見て、七海はそう判断する。

 

(術者が近くにいるとすれば1ですが、あれと同じ魔力を感じない。さらにあの魔力の残穢……なら、残念ながら2ですね)

 

もし仮説1ならその術者を倒せば機能を停止する可能性、もしくは野良の魔物になる可能性があるが、そうでないのならやはり眼の前の黒竜を相手にする以外ない。嵐のような攻撃を避け続け、攻略の糸口を探す。

 

(かなり高い位置からでも攻撃できるはずですが、それをしないのは魔力の問題でしょうね。このまま魔力切れまで待つのもありですが、それでは時間がかかる上にいずれ追い込まれる可能性が高い)

 

しかし、当然倒すとなればまずダメージを与える必要がある。そして先ほどのような攻撃を防ぐには呪力出力を上げて身体を守る必要があるので、長期戦になれば呪力不足となり不利。

 

(あの高度なら、呪力による身体強化でどうにかなる。後はダメージを与えること。…それも一撃で仕留めるような)

 

手段がないわけではない。

 

(ならば、今出せるだけの最大出力の呪力と私の術式。…そして)

 

だが、それは狙って出せるものではない。例外的に七海の術式はそれが発生しやすいがやはり狙って出せるものではない。

 

(思い出せ)

 

長らくその状態も、それも出してない七海が発生させられるかはわからない。だから思い出す。初めてそれを繰り出し、感じた時のことを。

 

(あの時に感じた、呪力の核心を‼︎)

 

攻撃を避け続ける。その合間に常にくる死線は七海の集中力を上げる。

 

「フッ!」

 

それまで回避の為に駆けていた七海は、いきなり方向転換して黒竜に向かう。当然黒竜もブレスで攻撃してくる。それを身体強化プラス避ける時に呪力を身体全体に覆い、防ぎながら直進する。

 

(最大威力は無理、それでもわかる)

 

それさえ出せれば後は連続でできる。それだけの核心ができてきた。そして脚に呪力を込めて跳躍する瞬間、

 

「⁉︎」

 

「グゥォォォォォォ‼︎」

 

滝の方から高エネルギーの魔力、レーザーのようなものが黒竜に命中し、七海の集中力が途切れてしまう。

 

「色々言った割には随分と苦戦してるんじゃねぇか、七海先生?」

 

瓦礫を吹っ飛ばして攻撃したハジメが、肩にその攻撃をしたであろう大型のスナイパー銃のような物を抱えて不敵に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

少し前、七海が洞窟の出口を塞いだ後に、ハジメは多少、いやかなりイラッとしたが代わりに戦うならと考え掘削機を早速錬成した。キャタピラもついた移動式のものだ。

 

「洞窟の奥へ行くぞ。そこから穴を掘ってトンネルにする」

 

「ちょ、待ってください⁉︎七海先生を置いていくんですか⁉︎」

 

愛子の言葉にハァとため息を出して、文字通り吐き捨てるようにハジメは言う。

 

「置いていくもなにも、七海先生が言い出した事だろ。俺の目的はウィルの確保だ。いちいち魔物と戦う為にいるのでもない。まして自分から1人で戦いにいく奴を助けることは俺はしない」

 

どうにか助けを、とユエとシアを見るが、2人はハジメの言う事に同意している。そうしていると外から爆音が鳴り響き、揺れが起こる。

 

「ここにいたら、あの魔物のブレスが飛んでくるかもしれない。早いとこ逃げるに限る」

 

「南雲!……そりゃ、あんたの言う事は正しいし、七海先生は強い…けど」

 

優花達にもわかる。あれは自分達に死のトラウマを与えたベヒモスなどとは比べ物にならないほどの存在だ。七海であっても勝てるかどうかわからない。

 

「七海先生は俺達の恩人だ!頼む、南雲!このとおりだ‼︎」

 

「助けてくれるなら、なんでもする‼︎だからお願い南雲君‼︎」

 

土下座をする者、全てを賭けてでも助けたいと思う者。先のセリフもあり、そこまでするほどの人物なのかとユエとシアは思う。

 

「…断る。別におまえらに興味はないしな」

 

「南雲!………もしかして、恨んでるの?私達を助けたけど、自分を救わなかった先生を…」

 

「…それはないな」

 

そもそもあれは人為的なものだ。それに今は誰かを恨むという行為すらどうでもよいと思えるようになっている。ただ、自分の大切なものに傷をつける者以外は。

 

「南雲君、君がどんな絶望を味わって、どうしてそうなったかはわかりません。でも…南雲君は、本当に七海先生が死んでもいいと思うんですか?」

 

「………」

 

振動が度々強くなる。姿は見えないが苦戦しているのだろうとすぐにわかる。今まで苦戦という苦戦をしていない七海が苦戦をしているのが彼らは不安なのだ。

 

「……まぁ、あの人には借りがあるし、それにここまで散々子供扱いされたし、見返すのもいいし、あの人が死んだら教会が他の連中に対してどう動くかわからないし、あの人に借りを返して貸しを作るのも悪くないしな」

 

そんな事言っているから子供扱いされるのだが、この場にそれを言う人物はいない。

 

「いいか?ユエ、シア」

 

「ハジメが決めた事なら」

 

「はいですぅ!それに、あの人は悪い人ではないと思いますしね」

 

ユエもシアも、七海に色々思うところはあるが、彼がハジメを大切な生徒と思っているのはわかる。少なくとも、悪人ではないと。ハジメは掘削機を錬成でバラし、次に宝物庫から武器を取り出す。

 

「んじゃ、まずはこの瓦礫ごと、吹っ飛ばすぞ‼︎」

 

そうして魔力を感じた場所に当たるように、高エネルギーの荷電粒子砲を放った。

 

 

 

 

 

「南雲君、集中!」

 

黒竜は攻撃された場所を見て、そこにウィルがいるのを発見し、攻撃対象を変えてブレスの発射態勢に移る。

 

「ユエ!」

 

「〝禍天〟!」

 

ユエがその魔法名を口にした瞬間、黒い球体が現出する。渦を巻くように黒竜へと降下していき、地面に叩きつけられる。

 

(高魔力の塊…何かしら魔法が付与されているのか?)

 

見たこともない魔法、重力魔法は神代魔法だ。七海は知らないがその類いだろうと考えていた。

 

「止めですぅ〜!」

 

追撃にシアがハンマーを振り落とす。可愛い雄叫びと違い、そのハンマーは隕石の衝突のような衝撃と轟音に見舞われる。だがその数秒前、黒竜の威力は落としたが致死威力はある炎の塊がユエに向かい、それを避けるために魔法を解除してしまい、ギリギリのところで黒竜はシアの一撃を回避した。再び飛翔してさらにユエがいた所より奥にいるウィルに眼がいく。

 

「だから、よそ見はいけません」

 

メルドから借りた剣と大鉈を、術式で作り上げた弱点に同時に振りかぶる。

 

「ぐっ!」

 

だが今度は尻尾を振り、七海を地面へとたたき落とす。近くの岩に激突し、土煙が舞う。見ていた愛子達が心配そうに声をあげた。

 

「大丈夫ですよ。それより、もっと奥へ避難してください。足手纏いです」

 

首を左右に動かしてコキコキと音を出し、腕を軽く回す姿を見て安堵と「やっぱすげぇ」という感想を抱きつつ愛子達は下がる。炎弾はユエが水属性の魔法で壁を作って相殺した。

 

(あれだけの高出力の魔法をああも何度も出せるとは…しかし、限界はあるでしょうね)

 

七海は駆けながら黒竜の真下へ行く。

 

「あなたも下がって!」

 

ユエが七海に自分の後ろへ来るよう指示を出す。

 

「いえ、大丈夫です。あなたはそのまま彼らを守っていてください」

 

再び跳躍し、ウィル達に攻撃がいく前に口を塞ぐようにアッパーが入る。その衝撃で黒竜は後ろに下がるが、その時身をひねり尻尾で七海を攻撃する。しかし同じ手を何度も食らう七海ではない。七海も空中で身体をひねってかわし、逆に尻尾へ乗る。

 

「っ!」

 

風圧で一瞬しがみつくがすぐに黒竜の身体を駆け、翼の部分へ到達して軽く跳び、翼に弱点を作り出し、再び両手に武器を持って振る。

 

「グゴォォォォ‼︎」

 

「ふっ!」

 

さすがに他の部分よりも防御力が弱いのか、ダメージを負い、高度が下がる。その隙を見て七海は降下して着地した。ちょうどそこにはハジメがいた。

 

「やっぱあんた規格外(チート)だな」

 

「規格外というならあなたとユエさんには及びませんよ。それより、なんで戻ってきたんですか?」

 

「はぁ?」

 

正直言って七海はハジメ達の行動に多少だが怒りがあった。最大の攻撃チャンスを潰されて、しかも愛子達とウィルを危険に晒した。

 

「私を援護するつもりで来たとしてもそうでないにしても、彼らを洞窟の奥に避難させてからにしておくべきです。守れるからいい、守れているからいいでは、この先痛い目に合いますよ」

 

「っ…こんな時も説教かよ」

 

「もっと言いたいことはありますが、これでも抑えている方です」

 

そう言い合っていると再び黒竜が動きだし、またもウィルがいる洞窟に目線が向く。

 

「ここまで無視するとはな」

 

「南雲君、来た以上は仕方ないので手伝っていただきますが…」

 

別に手伝いに来たわけじゃないと言う前に、七海は続ける。

 

「あれを1分ほどひきつけて、さらに10秒…いや、15秒ほど動きを止めて下さい。ユエさんの魔法ならそれができるでしょう?それで決着をつけます」

 

「……そんなことで、できんのか?」

 

七海に自分達の知らぬ力があったとしても、先ほどからの打撃、斬撃では決め手にならず、かと言って強力な遠距離攻撃があるとも思えないハジメは疑問を覚える。

 

「できますね。そのくらい集中する時間があれば」

 

絶対の自信。それを感じてハジメは動き出し、口頭でユエに合図と共に動きを止めるよう指示を出す。とはいえ、

 

(俺が仕留めても問題無いよな!)

 

七海から離れた位置で先ほどの大型のスナイパーライフルのような武器、『シュラーゲン』を出す。紅いスパークが発生し、それが高魔力、高エネルギーだと感じたのか黒竜は向きを変えてハジメにブレスを撃つ態勢になる。双方の攻撃が放たれると互いに押し合うようにエネルギーが拮抗する。だが、すぐにハジメの攻撃がそれを貫く。貫通に特化した『シュラーゲン』の一撃はブレスを霧散させて、黒竜の翼に魔力の篭った弾丸が命中した。

 

(チッ!弾道が少しズレたか)

 

〝空力〟という技能を使って空中へ余波から逃げ、追撃を仕掛ける。黒竜の腹に〝豪脚〟が命中し、さらに身をひねり、追加で頭部に回し蹴りを入れる。黒竜は地面に墜落したがすぐに起き上がり、ハジメを睨む。

 

「本当に丈夫だな」

 

こんなやつに本当に止めを決められるのかとハジメが考えて七海を見たとき、

 

「またか」

 

七海の全身から水色の魔力のような靄が出る。……残り15秒と拘束時間15秒。計30秒。

 

「私の術式は対象を線分した時7:3の比率の点に強制的に弱点を作り出します。それは生物、非生物と関わらずです」

 

少し早口気味に、七海はハジメに聞こえるような声で術式の開示をした。

 

「はぁ?いきなりなにを…」

「拘束お願いします」

 

七海の時計から音がする。

 

(あの時計⁉︎壊れてない⁉︎先生の身体から出てるアレのおかげか?)

 

あれほどの攻撃で壊れてない事に驚きを隠せない。

 

「拘束‼︎」

 

「⁉︎ユエ‼︎」

 

なかなかしない事に七海は大きな声をあげて注意する様に指示すると、我に返ってユエに指示を出す。

 

「〝禍天〟!〝凍柩〟!」

 

先ほどの黒い球体がまた黒竜の動きを封じた。しかもさっきと違い、自分に攻撃が来ないように〝凍柩〟で地面から凍らせてさらに動きを封じる。どちらも高度かつ上位の魔法だ。特に重力魔法はまだ集中する時間が必要だが、それはハジメが戦っている時に準備できていた。

 

「おまけだ!縛りあげてやる‼︎」

 

ハジメは地面を〝錬成〟で形を変えて黒竜の四肢を拘束、さらに土の檻を作り被せるように拘束する。

 

(錬成スピードだけでなく、術の効率化、正確性が桁違いに上がっている。さすがですね)

 

黒竜の動きを完全に封じた。それを確認した瞬間、七海は駆ける。1分の集中時間、術式の開示、跳躍に必要な身体強化の不要、そしてユエの魔法とハジメの錬成による拘束によって弱点が狙いやすい。これらの要素はそれを発生させる条件を充分に上げる。

 

「完璧ですよ」

 

駆ける際にハジメの横を通り、そう言って更に黒竜へと向かう。

 

それは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間に起こる現象。

 

その威力は、通常の呪力の2.5乗。そしてその時、空間が歪み、呪力は黒く光る。

 

(なんだ⁉︎)

 

(ただの打撃で空間が⁉︎)

 

(歪んだ⁉︎)

 

その現象の名は。

 

(黒閃‼︎)

 

黒い閃光が拳の付近で弾ける。もっともその閃光が見えたのは、ハジメとシアだけだが。

 

「ゴッッ‼︎」

 

黒竜は苦しむような声をあげた瞬間、ユエの魔法とハジメの錬成による拘束で抑えられているにもかかわらず、拘束具を破壊し空中へ舞う。だがそれは黒竜自ら飛んだのではなく、七海の黒閃によるものだ。

 

(あれだけの魔法とハジメの力で押さえつけてたのに⁉︎)

 

ユエは常識外と言えるほどの魔法と魔力を持っている。そんな彼女も、その光景はあり得ないと思えるものだった。

 

黒竜は数秒ほど宙を舞い、墜落したが、それでも黒閃の威力は衰えず、ズドドドドと轟音をたてて、地面を擦りながら移動していく。崖の下にぶつかってようやく止まるが、当たった衝撃で壁はへこみ、上から瓦礫が降ってきた。

 

「ふぅ」

 

その会心の一撃を決めた七海は、どこかスッキリした顔で息をこぼす。

 

(な、なんだあの黒い光⁉︎)

 

黒閃の威力と黒になった呪力を見たハジメは困惑もあるが、それ以上に七海という存在に疑問が湧いてくる。「何者なんだ」と。

 

「………驚きですね」

 

「⁉︎」

 

自分の思いをまた見透かしたと思ったのと、いつのまにか自分が七海に近付いていた事でハジメは驚く。黒閃に彼は魅せられていた。

 

「あれをくらってまだ生きているとは」

 

ガラガラと音を立て、瓦礫を払って黒竜は立つ。だが、すぐにバタンと倒れた。黒閃のダメージは当然ある。今のは最後の体力で瓦礫から出たのだろう。

 

「もう何発か…」

 

「待て先生、考えがある」

 

黒竜が動き出してどうにか落ち着いたのを確認し、〝宝物庫〟から巨大な杭が装填されたパイルバンカーを出す。

 

「気絶してるようだな。ほんと、大した威力だよ」

 

ハジメは素直にそう言うが、内心はまだ驚きがある。

 

「さて、なぁ先生?この世界には『竜の尻を蹴り飛ばす』って言葉があるのを知ってるか?」

 

「確か、私たちの世界で言う『逆鱗に触れる』と同様の意味でしたか?」

 

「あぁ。そこだけが唯一の弱点らしいからな」

 

「烈火の如く怒り狂うとも言いますよ?私が止めを刺します」

 

「さっきの攻撃が止めのつもりだったんだろう?それができてないんじゃ意味ねーだろ」

 

意見を無視し、気絶してる黒竜の後ろに回る。竜の尻に固定して発射準備が整う。

 

「ケツから死ね、駄竜が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後に七海建人は心底安堵して語る。

 

『あの時止めを刺すのが私でなくてよかったですよ。色んな意味で』

 

後に南雲ハジメは心底辟易して語る。

 

『あの時止めを刺すの七海先生に任せればよかった。色んな意味で』

 

 

 

パイルバンカーの巨杭が、黒竜の尻の名前は言えないある部分に勢いよく、ズブリッと勢いよく刺さる。その瞬間。

 

【アッーーーーー‼︎⁉︎なのじゃあああぁぁぁーーー‼︎‼︎】

 

黒竜が痛そうに、どこか気持ちよさそうな奇声をあげた。……女性の声で。

 




ちなみに2
『七海がいることで原作以上に苦労or酷い目に遭う人リストfile3:ティオ・クラルス』
トータス初の黒閃(しかも七海の術式ありの威力最大)を受けてしまった…………ご褒美だなこれ
ティオ「酷いのじゃ⁉︎でもそれがいいぃ!」
ティオは最初七海のヒロインにしようかと思いました。七海のストレス要因にして話にからませやすいと思い。でもよくよく考えたら言動そのものが七海のストレスになるし、何より色んな意味で七海の手におえない

ちなみに3
あのままハジメが加勢に来なくてもかなり苦戦しますが七海は勝ってました。しかしその場合、連続黒閃でティオの息の根を止めてました
それと操られてない状態でガチ勝負になれば七海は敗北します

次回は8月の…たぶん15日に出せます


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軽慮浅謀

なかなか納得できる形にできず、時間がかかりましたがどうにか8月中に出せました。まぁ、ほぼ終わりだから9月みたいなもんだけど詳しくは後書きで


女性の甲高い声が周囲にこだまする。聞く人が聞けば「なんだ」と思うこと間違いない。問題はその声がさっきまで殺し合いをしていた相手、しかも人外の黒竜が出したのならなおのこと「なんだ⁉︎」であろう。

 

奇声を間近で聞き、思わず七海は耳を塞ぐ。

 

【お尻がぁ〜‼︎妾のお尻がぁ〜‼︎】

 

悲壮感2、痛み3、興奮5といったところだろうか。声自体は口からではなく頭に直接入ってくるような感覚だ。それ故に、その声に感じるものもなんとなくわかるのである。

 

「な、なんですかこの声⁉︎」

 

「ちょっと色っぽい⁉︎」

 

どうやら愛子達の方にも聞こえたところを見ると、相当広範囲に聞こえるようだ。

 

「魔物には喋れるタイプもいるんですね」

 

呪霊にもそういうのはいた。カタコトや言動に意味のないものからあるものまで様々だ。だからこの程度では驚きなどしないが、七海は黒竜を凝視する。

 

「いや、違いますね」

 

「やっぱこれ、こいつの声か?」

 

ハジメの方は喋れる魔物という存在に驚きつつ考える。戦って思ったのはこの黒竜は大迷宮の深層のボスレベルの存在。それがいるなら噂や危険を知らせる教えのひとつやふたつ、そこらにあるはずなのに、それがなかったことで、ある仮説が立つ。

 

「私の仮説は作られた魔物か、操られた魔物でしたが…後者で少し違う答えですね」

 

七海もその結論に至る。この世界のことを調べる際に見た、何百年も前に滅んだとされる種族。

 

「まさか、竜人族か?」

 

七海とハジメの考察は的中したらしく、黒竜は痛みに耐えつつ諦めたように認めた。

 

【……いかにも。妾は誇り高き竜人族の1人じゃ。いろいろ事情があってのぅ…説明するから、それ、そのお尻のそれ、抜いて欲しいんじゃが…】

 

「抜かなくても喋れるならその状態で聞きますので。なぜ」

「…なぜ、こんなところに?」

 

七海の言葉を遮り、ハジメの近くに来たユエは質問する。その瞳からは若干だが煌めきを感じる。七海は知らないが、彼女にとって自分よりもさらに前に滅んだとされる竜人族は憧れの対象でもあるのだ。

 

【喋る、喋るからぁ、説明するからぁ〜まず、そ、それお尻のそれ抜いてほしいのじゃぁ〜竜化は魔力の消費が激しいから、このまま戻ったら、大変なことに…おねがぁいなのじゃ〜】

 

「あぁ⁉︎ユエが質問してんだろが‼︎」

 

ユエの質問を無視したことが許せないのかお尻の巨杭をガントレットを着けた拳で殴る。…ちょっと杭が先に進んだ気がした。

 

【アウン!オウン!や、やめ、まず、い!あ、グリグリはダメなのじゃ〜‼︎】

 

その所業にようやく来た愛子達はドン引きするが、尚もハジメは止めることなく「ホラホラァ‼︎どうだコラァ⁉︎」と今度は杭をグリグリする。だが。

 

「いいかげんやめなさい。会話が全く進みません」

 

「アァン‼︎」

 

ハジメはビキビキと睨みながら〝威圧〟をする。効果はないが七海は頭を抱えて、「ハァ」とため息を出す。一方で黒竜はハジメの尋問という名のイジめが止まり、ほっとする。

 

【た、助かったのじゃ〜】

 

「なに安心してるんです?」

 

【へ?】

 

だが、彼女は勘違いしている。

 

「早く喋ってください。無駄話はするつもりないので……南雲君、杭を殴る用意を」

 

【ヘァ⁉︎ちょ、ま】

 

静止を聞く前にハジメが鬱憤も込めて杭を殴る。

 

「早く喋ってください。こちらも暇ではないので」

 

七海は別にこの黒竜に同情したわけではない。喋らないのならそれ相応のことを受けてもらうということだ。その眼がハジメのと違い、殺意全開のため愛子達は別の意味で引いていた。

 

 

ようやく話し出した。黒竜曰く襲ったのは本意ではなく操られていたせいとの事。数ヶ月前に、何者かがこの世界にやってきたと感知した竜人族の仲間がいた。その情報を確かめる為、調査として竜人族の隠れ里を飛び出して来た。

 

【竜人族には、表舞台には関わらないという種族の掟があるのじゃが、流石にこの件を何も知らないまま放置はできない。本来なら山脈を超えた後は人の姿で市井に紛れ込んで、竜人族である事を秘匿し、調査するつもりじゃったが】

 

先ほど黒竜が言ったように、固有魔法〝竜化〟は魔力消費が激しい、だから休息をとっていた。もちろんだが周囲に魔物はいるので竜化したままで。そこに1人のローブの男が洗脳と暗示といった闇魔法を多用し、黒竜は思考と精神を丸1日かけて奪われたらしい。

 

「なぜ反撃しなかったんですか?まさか魔法にかけられているのが気づかないレベルで丸1日爆睡していたわけでもないでしょうに」

 

【……………………】

 

黒竜が黙り、明後日の方を見る。七海の眼が直視できないくらい鋭くなる。

 

「…図星なんですか?」

 

【と、とにかくじゃ!】

 

露骨に話を逸らしたのを見て、七海以外がなんとなくバカを見る目になる。

 

【奴の魔法はかなり強力じゃった。闇魔法に関しては天才的と言っていいほどにの】

 

愛子達は「まさか」という声を出す。心当たりが1人いるからだ。七海の考えは核心だが今は話を聞く選択をする。

 

その後はローブの男に付き従い山脈の魔物の洗脳を手伝わされたそうだが、ウィル達に洗脳したブルータルの群れを見られたのをきっかけに術者は目撃者を消す命令を出した。

 

「そこまで聞くと、どうやら操られていても意識と記憶はあるようですね」

 

【うむ。後はお主達と戦い、命令と生存本能がぶつかって暴れ、そこのお主の一撃で意識を消失し…その、お尻の一撃が強い刺激が止めとなって】

 

意識が戻り、洗脳も解けたということだ。

 

【それにしても、お主何者じゃ?魔力もないただの斬撃や拳で妾にダメージを与え、最後のなど魔力も魔法でもないただの拳だけで空間が歪むなど…咄嗟に攻撃箇所付近を魔力で強化してなければ、本当に危なかったのじゃ】

 

その質問に対し七海は

 

「ただの教師ですよ。こっちにきて強化されましたが」

 

と言ってはぐらかす。

 

「ふざけるな⁉︎操られてたから、しかたないとでも言うのか⁉︎皆、皆死んだ‼︎お前のせいで‼︎」

 

それまで黙っていたウィルが意を決して声を荒げる。その言葉を黒竜は否定することなく、【その通りじゃ】と肯定した。ウィルはそれに対してまだ言うことがあったが、七海が止める。

 

「気持ちがわからないことはないですが、落ち着いてくださいウィルさん」

 

「落ち着けって…できるわけないでしょう⁉︎それに今の話が本当かどうかもわからないじゃないですか⁉︎」

 

【今話したことは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない】

 

「じゃあそれを証明してみせろ‼︎今すぐに‼︎」

 

憎しみを込めた言葉を浴びせるがそれで収まりはせず、なおも続けてまくし立てようとする。七海はどう止めようかと考えていると、不意にユエが意見を出す。

 

「嘘じゃない。きっと、嘘じゃない」

 

「どうしてそう思うんです‼︎」

 

ユエは知っている。竜人族がどれだけ高潔で清廉な存在か。

 

「私はあなた達よりずっと昔を生きてきた。だからわかる。彼女が竜人族の誇りにかけてと言ったなら、きっと嘘じゃない」

 

「…ユエさんは、過去の人間が受肉した存在なのですか?」

 

ずっと昔という言葉が比喩表現ではなさそうだと感じ、七海は可能性の1つとして聞いてみた。

 

「受肉?違う。私は吸血鬼族の生き残り。300年ほど前に王族の在り方として、竜人族の話はよく聞いていた」

 

ここ数日で驚きの情報がどんどん出てくる。その存在も書物で見るだけの存在と思っていた者もいたようだ。そして彼女は今、王族と言った。そこまで聞けば彼女の膨大な魔力なども説明がつく。

 

「っ…だが、だからって殺したことに変わりはない。もしまた操られたら」

 

「なら、ここで彼女に償いをさせますか?」

 

七海は拳を黒竜に向けて言う。

 

「正直なところ、私は誇りという見えないものに関心はありませんし、仮にあっても、誇りは時代と環境の変化、何かしらのきっかけで容易に変化する」

 

七海の頭にはかつての尊敬する先輩が頭をよぎる。弱者生存を掲げ、強者たる呪術師は非術師を守る為にあると言った彼でさえ、呪詛師へと堕ちた。

 

「しかし、それで戻る者はいない。なら、今彼女になにをさせるかが問題だと私は考えます。……あなたはどうなんですか?」

 

黒竜に尋ねると黒竜は眼を逸らしたりせず、真っ直ぐした眼で見る。

 

【妾が罪なき人々を殺したのは事実。たとえ操られていたとしてもそれは変わらぬ。罰を受けろと言うなら甘んじて受けよう。じゃがしかし、今しばらく猶予をくれまいか?…妾を操っていたあの男を止めるまで】

 

その男が魔物の大群を作ろうとしている、もしそれが人里に向けられたら、どうなるか考えたものではないと黒竜は危機感を抱いている。

 

【勝手なことを言っているのも重々承知しておる。じゃが、どうか、妾に悲劇を止める機会を与えてくれ】

 

七海は拳を下げてハジメ達を見る。

 

「と、言ってますがどうしますか?」

 

七海は最初から殺す気などなかった。全て信じたわけではない。だが…

 

七海は以前の地球で、宿儺が渋谷で起こした事を知らない。一時気を失い、満身創痍だった彼には感じることはできない。だが、それでももし、彼が、虎杖悠仁なら、宿儺が凶行を起こした後に後悔と罪の意識に苛まれるのはわかる。それと同じ感覚を、黒竜に感じていたのだ。

 

「いやお前の都合なんて知ったことじゃないし」

 

だがそんな悲壮感や誇りなんか言葉通り知ったことじゃないと、ハジメは今まで面倒をかけた詫びとして死を与えようと、杭に向かって拳を振りかぶる。

 

【ちょーーー⁉︎待つのじゃ‼︎後生じゃ!事が終われば好きにして構わんから、お願いなのじゃー‼︎】

 

まったく容赦もない。このままでは本当に黒竜を殺しそうなので、どうにかハジメを止めようと小さくため息を吐きつつ声を出そうとしていると、ユエが柔らかな声で止める。

 

「殺しちゃうの?」

 

「殺し合いをしたんだ、当然だろ」

 

「でも意思を奪われてた。それに、一度でも殺意や悪意を向けられた?」

 

操られていた黒竜は命令のままに動く。そこに悪意など存在しない。もし悪意があるならそれは黒ローブの男の方だろう。

 

「それでも殺せば、自分に課した大切なルールに反しない?」

 

ユエはハジメがこうなった経緯はよくわかる。だが、自身の敵以外を殺せば、彼が壊れてしまう可能性があるから。ハジメとしても、無関係な者を巻き込んで殺す気はない。ただ、そういう思い、そうなれたのは間違いなくユエの存在があったからだ。だから間違えたくはない。

 

【のう、会話の途中ですまぬが、もう〝竜化〟が解ける。そうなるとどっちにしてもこのままでは妾死んでしまうのじゃ】

 

だから杭を抜いてくれと黒竜は懇願する。「どういうことだ」とハジメが聞くと、竜化が解けると外的要因は元の肉体に反映されてしまう、つまり尻に巨杭が刺さった状態で戻ると黒竜は言った。かなり切実な理由だった。

 

【《新しい世界》が開けたことは悪くないのじゃが、流石にそんな死にかたは許して欲しいのじゃ!もうこの際殺してもいいから、後生じゃから抜いてたもぉ】

 

聞いてはいけない言葉を聞いた気はしたが、仕方ないとばかりにハジメは杭を抜き始める。その際いちいち【はぁあん!】とか【きちゃうぅ】とか、最後の方は【あひぃぃぃ】と何故か痛そうなのに艶がある声を出していた。

 

そうこうしてようやく抜くと魔力の繭に包まれ、それが晴れると黒い着物を着て、長い黒髪をなであげた美女が現れた。艶っぽい顔で少し顔も赤くなり、胸元をわざとかというほど見せる。そのサイズはシアと同等、いや、それ以上ほどはあり、男子は前屈みになる。当然、ハジメと七海は除いて。

 

「そういえば、自己紹介ができていませんね。話を聞くなら、互いを知るなら、まずそれからでしょう」

 

「ティオじゃ。ティオ=クラルス。竜人族、クラルス族の1人じゃ」

 

「では、ティオさん。あなたの言う悲劇とやらを詳しく教えてください」

 

 

ティオの言う悲劇は彼女を操った黒いローブの男が3000から4000の魔物を群れのリーダーを洗脳して配下にしたこと、黒いローブの男は黒髪黒目の人間族で少年くらいであること。そして――

 

「確か、こう言っておったな。『これで俺は、あいつより上だ。俺が本当の勇者だ』とな。随分と妬みの含んだ声じゃった」

 

「そんな、まさか………」

 

最初こそ魔人族と思っていたが、これらのヒントで愛子達の頭にはある人物がよぎる。信じたくない気持ちが大きいが、それに追い討ちをかけるかのごとく、七海は僅かな可能性を切る。

 

「お察しの通りですよ。犯人は清水君です」

 

はっきりそう告げた。

 

「ど、どうしてわか…!」

 

その先の言葉など言えない。そもそも今回七海を呼んだのは彼の捜索の為。

 

「ティオさんと戦っている時に彼女から彼女以外の魔力の残穢を感じました。それは、宿にあった彼の残穢と一致します」

 

いずれはわかることなら、傷は早めの方が良い。むしろわかっていたのに隠す行為はさらに傷付けるだけだと七海は考えた。

 

「しかし、今はその4000という数の魔物をどうするかでしょう。それにそれだけの軍勢を持っているなら、その最後尾に彼がいる可能性は高い。なんにせよ、まずは魔物を…」

 

「その魔物の軍勢なんだけどよ」

 

ティオの話を聞いて《オルニス》を飛ばし、魔物の群れとローブの男(清水)を探し、見つけた。だがその数が問題だった。

 

「数4000ってレベルじゃねぇ。それに桁が1つ追加されるレベルだ。おまけに、もう進軍してる。狙いは方角的に、まず間違いない。ウルの町だ」

 

 

 

走行音を立てつつガタガタと大きく揺れながら、《ブリーゼ》は進む。

 

「な、南雲〜!もう少し、なんとか、できないのかぁ⁉︎」

 

荷台に乗った男子達は揺れを特に感じながら、振り落とされないよう必死にしがみつきながら、ハジメに要求する。だがハジメは「我慢しろ」と更にスピードを上げる。

 

数を聞いて愛子達とウィルはかなり取り乱したが、七海はともかくこの場にいてもどうにもならないとまずはウルに戻る事を提案した。

 

「しかし、ハジメ殿ならどうにかできるのでは?」

 

「俺はおまえの保護のために来てんだ。保護対象を連れて大群と戦闘なんてできるか。この場所は起伏が激しいし障害物も多いから殲滅戦には向かない。まして万が一にも俺達が全滅したら、町はどうなる」

 

ウィルの意見はすぐに却下される。

 

「南雲君の言う通りです。今は少しでも早く戻り、一般人を1人でも避難させるべきです」

 

「七海さん……」

 

1人だけ落ち着きながら言う。その姿を見てウィル達も冷静になれた。だが実際のところ七海は焦りがあった。飛行能力のある魔物もいると聞き、どれだけ急いで逃げても絶対に逃げ遅れは現れるし、多大な被害は出る。

 

(百鬼夜行以上の数。等級はその時の平均以下でしょうが………)

 

とはいえ、作戦ならある。作戦とは到底言えないかもしれないが。その上…

 

「はぅあっ、傷が、傷がぁ〜じんじんするのじゃぁ」

 

魔力の枯渇で動けないティオは車の屋根に貼り付けられた。車が揺れるたびにわざとらしい声を出す。

 

「………南雲君、彼女を黙らせていただいても?」

 

「したいのはやまやまだが、今は我慢してくれ」

 

ストレスを感じながら七海は考える。彼女とイヤでも協力しなければいけないことに。

 

 

ウルの町に着いて、愛子達の護衛である神聖騎士達とマッドとパーンズが、帰還したことと勝手に行ってしまったことについて言及していると、ウィルが車から降りてすぐさま駆け出した。ハジメの方は愛子達を置いてさっさとウィルを送り届けたかったのだが、「ったく」と悪態をつきつつ追いかけ、愛子達もそれに続く。

 

「先に行ってください。私は彼らに事情を説明するので」

 

七海はそう言い先に行かせた。説明をするのは本当だが、それとは別にやることがあるからだ。ハァハァと息を立て、何故か恍惚な表情をして周囲から引かれていたティオに声をかける。その際パーンズ達に危険だと言われた。

 

「ティオさん、お願いがあります」

 

「?」

 

「というか、拒否権ないですけどね」

 

 

話を終えて町の役場に向かい、話し合いをしている部屋に向かうと、愛子がハジメにこの町を守ってほしいとお願いしていた。

 

「南雲君、どうか力を貸してもらえませんか?このままでは、この町どころか、多くの人々が蹂躙されてしまいます」

 

その言葉にハジメが反論を言う前に七海は部屋に入って、一瞬様子見をし、質問する。

 

「…南雲君、君はどうしますか?」

 

「な、七海先生?」

 

「話を聞く限り、南雲君に魔物と戦うことを要請したというところでしょう。下山の際にあの場では殲滅戦はできないと言っていた、なら平地ならそれができると踏んで」

 

「は、はい。ですから…」

 

「しかし、断られたからもう一度要求してると言ったところですか?」

 

当たっていた。ならなぜ止めるのかと思う。

 

「畑山先生、我々は教師です。今1番に考えるべきは生徒の安全と帰還です。我々はその為に動いていたはずです」

 

「は、はい」

 

七海は知っている。誰かを救うことの意味を、そのレベルが高いほど、命を懸けなくてはならない事を。

 

「他人の為に命を懸ける選択を、自らの生徒に強要する教師がどこにいるんですか」

 

「…………」

 

ハジメは何も言わない。言いたい事は今七海が言っている内容とほぼ同じだからだ。

 

「しかし、あなたの気持ちがわからないわけではありません。なんの罪もない人が殺されてしまうのは私も容認できるわけではない。それに私としても彼に頼みたい気持ちがないわけではありません」

 

「なら!」

 

「故に、南雲君。君には選ぶ権利がある。ここを助けるも助けないも構わないですよ。その時は私が出るだけです」

 

「⁉︎そ、それって…」

 

「えぇ。魔物の軍勢は私の方で対処します」

 

それが、あまりにも無謀な事を言っているのはわかっている。いくら敵がザコだろうと、百鬼夜行の時以上の数を相手に呪力が保つとも思えない。

 

「私は教会の方々に約束をしていますしね。それが今来ただけです。一応言っておきますが、死ぬ気はないので。…南雲君、もしここを今すぐに離れて、ウィルさんをフューレンに連れて行くなら、そのついでで、畑山先生と残りの生徒達も連れて行ってもらって良いでしょうか?」

 

「「「なっ⁉︎」」」

「「「えっ!」」」

 

「七海先生⁉︎」

 

こんな場所でこのような事を堂々と言う。他にも逃げたい者はいる。それよりも先に逃げると言う選択をさせる。だが、ハジメと一緒なら文句は言わせないはずだ。

 

「まぁ、そのくらいならいいけどよぉ」

 

「南雲君⁉︎」

 

その承認が先の質問の答えとなった。否、こうなることも織り込み済みなのだろうとハジメは考える。

 

七海は「なら、よろしくお願いします」と事務的に言う。

 

「けどよ、七海先生。あんたどうやって大群を止める気だ?魔物の群れには地上よりは少ないが、それでもかなりの数の飛行能力のある魔物もいるんだぜ?」

 

「……いくつか考えはあります。それに、神聖騎士とマッドさんとパーンズさんも僅かながら助力してくれるそうです」

 

最初はそれも断った。避難する人達の誘導をしてほしいからだ。

 

「愛子殿の約束は我々にも有効です。どうか、お願いします」

 

「建人殿だけを戦わせるなど、できません‼︎」

 

と2人は引くつもりがなかった。更にどうやったのか2人は神聖騎士達も説得した。彼らはギリギリまで粘るそうだ。

 

「そんなわけで、私は魔物を迎え討つ準備があるので失礼します」

 

「待ってください!七海先生‼︎」

 

「………南雲君、彼女達をお願いします。無理矢理連れて行っても構わないので」

 

聞く気はないと言わんばかりに、七海は退出する為扉に向かう。

 

「南雲君、君の考えは別に間違ってませんし、否定する気はありません」

 

ある程度のイカレ具合が必要とされる呪術師として戦って来たからこそ、特定の人間を生かし、時に見捨てる選択をしてきた。故に、今の彼の考えを否定する権利は()()()()()()()()()()()ない。

 

「そして、大人である我々が背負うべきことを、子供の君が背負う必要はない。それに既に人を殺していても、君が背負うにはこの案件は大きすぎる」

 

これより行われるのは、所謂戦争。誰かの命の為、自命をかけて守る。言葉で言えばとても綺麗に聞こえるが、その本当の意味を七海はわかっている。

 

「こんな世界にいればいつか背負う時がくるかもしれません。けどそれは今背負うべきじゃない」

 

「……………………」

 

「畑山先生、私からは以上です」

 

扉を閉め、向かう。ついて来ていたマッドが聞いてくる。

 

「よかったのですか?」

 

「良いも悪いもないです」

 

「しかし、このような…」

「時間が惜しいので早く対策を立てましょう。避難誘導もしなければ」

 

「…はっ」

 

 

七海が去った後、愛子はグッと拳を握る。

 

「畑山先生、悪いが行くならさっさとしてくれ。七海先生は無理矢理でもとか言ってたが、俺の目的はウィルを送り届けることだけだ。拒否するなら連れて行く気はない」

 

はっきりとハジメは言う。

 

「死にたい奴を2度も助けてやるギリはない」

 

その言葉を聞いた愛子はハッとして、あることに気付く。そして、その体型に合わない表情で言う。

 

「………あの人は死にたいなんて、思ってません」

 

死ぬ覚悟はある。だが、死にたいなどと思ってはいない。なぜかはわからないけど。

 

「あの人は、いつも、地球にいた時から、何かを求めてた。それが何かわからない…けど‼︎」

 

いつだって、七海は誰かを思っていた。誰かの為に命懸けになる覚悟をもっていた。

 

「あの人の言う通りです。私は命を懸ける選択を生徒に強要した。教会の方々のそれと同じです。それでも、私は見捨てたくない」

 

彼女とて大人だ。時に何かを切り捨てなければいけないことなどわかっている。

 

「今でも私の最優先は生徒です。でも、この町には世界が違っても同じ人間がいる。私達と同じく、泣いて、怒って、笑って、言葉を交わして。そんな人達をできる範囲でも救いたい。きっとこの想いは七海先生も同じだと思います。だから、戦うんです」

 

愛子はこの世界に来てから、七海に対してほんの僅かながら疑心があった。だが、今ハジメに言われて改めてわかった。やっぱり七海は、厳しく、冷たいようで、とても優しい人なのだと。

 

「七海先生からの言葉も踏まえて、考えたうえで、もう一度お願いします。力を、貸してください」

 

愛子は思う。七海が自分達に話せない何か(・・)があるのではと。先程の言葉は、七海の考えと七海ではその何かが理由でハジメに何かを言う権利がないから、自分を頼りにしたのではないかと。

 

「七海先生はああ言いましたが、大切な人以外を切り捨てる生き方はきっと寂しい事です。君にも、君の大切な人にも幸せをもたらさない。七海先生は、君ならそれにいつか気付くと信じているんだと思います」

 

ずっとそうだ。七海は再会した時からずっと、ある程度の疑いはあれ、ハジメへの信頼の方が強かった。けど、自身の立場を思い、彼に頼るのをやめたのだ。

 

「幸せを望むなら、あなたが元々持っていた、誰かを思いやる気持ちを、捨てないでください」

 

自分がいますべき事は、わかっている。だからこそ、教師として、七海とは違う形で生徒に寄り添うのだ。

 

「……………正直、俺は今、あの人に言いたいこととか山ほどある」

 

さんざんガキ扱いされたこと、あの力はなんだ、何者だ。色々あるがひとつ言えるのは、七海が自分の先生だと言うこと。それは聞かずともわかる。

 

「けどそれより今聞きたいのは畑山先生だ。………先生、この先何があってもあんたは…いや、あんたも(・・・・)俺の先生か?」

 

「当然です‼︎」

 

迷う事なく即座に答えた。

 

「言ったな。何があってもだ……ちょうど俺も、あの人を見返してやりたいと思ってたしな」

 

その言葉に愛子はパァと明るくなる。

 

「にしても、ほんとあんたらいい教師コンビだと思うぞ、ほんと、早よ付き合えってレベルで」

 

「だからぁ⁉︎」

 




ちなみに
軽慮浅謀:あさはかで軽々しい考えや計画、または考え
清水の今回の計画についてのもの。彼なりに計画してるしハジメがいなければ完遂できただろうが、ティオの洗脳が解かれた事を気付けないのに万が一を考えてない。ところとか、利用されていることに気付けてないところを踏まえて
彼を表す言葉も考えてますがそれは次回かその次くらいのタイトルになるでしょう

ちなみに2
今回の納得できずに変更した点
・ティオに縛りを結ばせて強制的に七海に従わせる。
 ティオを含めた全員に七海の不審感を与えてしまうので消しました。とはいえ、次の話で…
・最後のやりとり
 七海がハジメに助けを出すかでまず悩みました。最終的に「ないな」と思い、それに関して愛子とハジメにどう接するかで悩み、消してはつけてをしてました

意見感想あればお願いします。

次回は……9月には出します

七海「大雑把ですね」


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軽慮浅謀②

9月にだせたぞおおおおおおおおおお

まだウルの町編おわんないけど


「建人殿。町の重役による説明で住民の避難が行われています。女性と子供はどうにかなりそうですが……男性の方は、残って戦いたいと言う方々がほとんどで」

 

「この町を最終防衛ラインにし、そこで彼らに待機指示。それと柵や大きめの石、もしくは袋詰めにした土嚢で簡易的な防護柵を作るように指示」

 

そういう人物達に説得していては時間を浪費する。少しでも多くの人を守るなら、逆に手伝ってもらう方が良いとして指示した。

 

「支援要請はしなくて良いのですか?」

 

「畑山先生やウィルさんがフューレンでするでしょう。いまはこちらに集中を」

「建人殿‼︎」

 

パーンズが慌てて来た。

 

「どうしました?」

 

「そ、それが避難誘導に、愛子殿が指示をとっているのです‼︎」

 

「!」

 

気がかりはあった。いきなり自分達のいる町に魔物の大群が来ているなどと言えばパニックになる。それでも少しでも多くの人を逃がそうと思っていた。なのに、女性と子供だけとはいえ、冷静に避難ができていることに疑問があったのだ。

 

(ということは、そうですか)

 

「よっ、七海先生」

 

「………南雲君?それに皆さんまで」

 

ハジメがそこにいた。それはわかる。だがその後ろには優花達もいた。

 

「なんで残っているんですか。1000歩譲って南雲君は良しとしても、あなた方はここが危険なのはわかるでしょう」

 

「私達は、愛ちゃん先生の護衛ですし、できる事をしたいのは同じなんです」

 

「先生、俺らの為にいつも悪者になるのは、もうやめてくれよ。俺らもさ、それなりに覚悟があってここにいるんだし」

 

彼らも結果的に生きていたとはいえ、ハジメが奈落に落ちるところを見た。だからこの世界では命の価値が日本より薄い事などわかっている。それを理解していると思ったから、七海も愛子の護衛を許したのだ。故に、今の彼らの言葉が、他人の言葉や状況に流されて出たものではないとわかる。

 

「どっちにしてもよ先生、俺はこの町を守るって決めてんだ。だから止めるなら容赦しないぜ」

 

「……ひとつ聞きますが、なぜそう決めたんですか?畑山先生が何を言ったか知りませんが、そう決めたわけを教えてください」

 

「…別に。ただ、寂しい生き方をしたくないのと、いい加減七海先生を見返してやりたいから」

 

七海は大きなため息を出す。この場で言い争いをしている暇はない。それに戦略的にもハジメがいれば圧倒的に楽になる。

 

七海も最初は応援を要請したかった。だが、それは彼の教師であり、呪術師である彼には選択できなかった。大切なものすら、時として切り捨てなければいけない者に、ハジメに何を言えると。

 

「わかりました。………協力感謝します」

 

折れるしかなかった。

 

(やはり、教師としてあの人には敵いそうにもない)

 

愛子のことを評価しつつ再び指示に乗りだした。

 

 

ハジメの協力でウルの町に外壁を作成し、《豊穣の女神》愛子の声によって市民は避難する人と残って協力する人の2つに分かれてはいるが、スムーズに進んでいた。

 

夜中、深夜に近付く時間に、七海は明日に備えて早めに休むこととし、仮眠をしようと移動していると。

 

「あ」

 

「…畑山先生、おつかれさまです」

 

半日をそれぞれ駆けまわり、あの後話すこともできなかった。というより、どう話せばいいかお互いわからなかった。

 

「明日は早くからの行動になります。あなたも少しは休みをとってください」

 

いつものように、事務的に七海は言ってその場を去ろうとする。

 

「七海先生は、間違ってません………でも、私も間違ってるとは思ってません」

 

お互い背を向けたままだが、愛子はそれでも意見を言う。

 

「大人として、先生として、私が南雲君に戦うことをお願いしたのは間違いかもしれません。でも誰かを助けたい気持ちもこれから南雲君の為にも、私は、必要なことで、間違ってないと信じてます」

 

「………私も、そう思います」

 

「え?」

 

「いや、きっと答えはどっちも正しく、どっちも間違っている」

 

それぞれ違う形で生徒を大切にし、接している2人。何が正解で、何が間違いなのか。それは時として結果が出てもわからない。

 

「ただ、これだけは言えます。私には彼に、南雲君にお願いをすることはできなかった。彼にとって1番の選択できたのはあなただと、私は思います」

 

「………」

 

「教師として、あなたは私より上ですよ」

 

愛子にとって、七海は目指すべき者だ。様々な人に尊敬され、生徒の意思を尊重できる教師。そんな人からの言葉は、正直嬉しい。

 

「この世界に来た日、七海先生は言いましたよね。『好かれるのも仕事ですが大抵は嫌われるのが前提』って」

 

「ええ」

 

「私も、その時は違うと思ってましたけど、今はそれも正しいんだと思ってます」

 

嫌われ役も、そこに優しさがあるなら、それはきっと正しい形なのだと愛子は語る。

 

「対照的ですね、私達は」

 

「…えぇ」

 

2人の語り合いはなんの合図もなく、微風が流れるように終わり、それぞれその場を去ったが、愛子の胸には何かが芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、翌日1度枯れることとなる。

 

 

 

翌日、日が昇る前に仮眠から起きた七海は、準備が万端な事を確認しつつ、パーンズやマッドに残った市民への指示、および作戦説明をした。2人は首を傾げる事もあったが、七海を信頼して己のできる事をしていた。

 

日がだいぶ昇ってきた頃、七海はハジメが作った外壁に向かう。すると既にそこにはハジメ達、優花達とデビット達の愛子親衛隊、そして愛子もいた。

 

「南雲君、準備は…」

 

「おい七海先生、なんでこいつに応援を頼んだ⁉︎」

 

「おおぅぅ〜、し、ん、ら、つぅゥなのじゃぁぁ〜」

 

ビッと指を向けられたティオ……もとい変態はクネクネと身悶えていた。

 

「ハッ!いま、なんかおかしな説明をされた気がするのじゃぁぁ〜」

 

「ならなんでそんな嬉しそうなんだ⁉︎つうか、もっかい聞くがなんでこんなのに応援だした⁉︎」

 

「私だって正直言って共闘などしたくないですよ」

 

汚物を見るような目でティオを見る。するとそれに興奮するティオ。そんな彼女にますますストレスが溜まっていく。七海はどうにか無視して続ける。

 

「君がいない場合に、上空にいる魔物相手に有効的な攻撃を持たない私の代わりに、マッドさんとパーンズさん、それと神殿騎士の皆さん、そして強力な魔力と火力を持つ彼女にそちらを任せようとしてたんです。償いも兼ねてね」

 

ティオとしてもその提案に乗るのは己の誇りを守る為にも必要であった。さらに今は、

 

「なるほど、確かに効果的だな。だが、なんでこいつが俺と同行する話になってんだ⁉︎」

 

「………ティオさん?あなた、私の指示を勝手に捏造したりしてませんよね?」

 

ギロっと眼を向けると、ティオは視線を逸らす。ギクぅと擬音が聞こえたような気がした。

 

「じゃ、じゃって!妾をこんな体にしたのはご主人様じゃし、妾の初めてを奪われてしもうたし」

 

「だーかーらー、誤解を生むような事言うんじゃねー‼︎」

 

容赦なくゲンコツを受けたのにむしろ嬉しそうにし、罵倒を受けてもそれすら快感に感じているティオに、この場にいる者全員がドン引きしていた。

 

「まぁ、知らなかったとはいえ女性にいきなりしたのは事実ですしね」

 

「あ、先生テメっ、回避するつもりか!押しつけようとしてるだろ‼︎」

 

それは七海も同様だった。

 

「つか、それなら七海先生はどうなんだ⁉︎あの一撃はおまえにとってどうなんだ‼︎」

 

(私に厄介者を押しつけようとしないでほしい)

 

「うむ。なかなかに感じる物であった!すんばらしぃの一言じゃ!妾もつい目移りしてしまいそうなほどに…おぉぅ思い出したらまた、ぶたれたとこが疼くのじゃぁぁぁ」

 

「………七海先生」

 

「そんな眼を向けないでください畑山先生。というか、これは私が悪いんですか?」

 

酷いとばっちりが来たことに七海は心底不満であった。

 

「しかしじゃ、やはりもっとも妾が感じたのはあの時のなのじゃ!いやらしいとこ且つ、こちらの《良い》!と思えるとこを執拗に責めるあの感じ、あの衝撃に勝るものは今までなかったのじゃ…」

 

ハァハァと息を荒くしながら言うティオに、ハジメはイラァとしていた。

 

「つまり、ハジメが新しい扉を開いちゃった?」

 

「その通りなのじゃ!妾の体はもう、ご主人様なしではダメなのじゃぁ〜‼︎」

 

竜人族に対する敬意がどんどんと消えていくのを感じながら、ユエは死んだ魚を見るような眼をして聞く。予想通りの答えが返ってきて彼女はもはや何も言えなかったが、その気持ちを代弁するかのごとくハジメは「きめぇ」と言った。

 

「まぁ、彼女が今回の件が終わった後は自由にして良いと言いましたが、それを変な方向へ飛ばすのはやめていただきたいですね」

 

「って、自由にして良いって時点でこうなるかもしれないことぐらい予想してただろあんた‼︎」

 

「……………」(ぷい)

 

「眼を逸らすなぁ‼︎」

 

ハジメにティオが文字通り縋り付き、心の底から切り捨てるハジメ。それをなんとも言えない気持ちで見る優花。ハジメに嫉妬する男子達。とばっちりを受けてハジメともども愛子に説教される七海。カオスここに極まれりである。

 

「!待て……来たぞ」

 

そんな状況中にハジメはいきなり視線を変えて遠くを見つつ言う。

 

「予測より早いですね」

 

「あぁ。しかもまた増えてやがる。…移動しつつ他の群れも取り込んだってところか。数はおよそ6万、到達まで30分ってとこだ」

 

さらに倍増えていた。この時点で七海はもし自分の作戦だけなら対処できなかったと判断した。

 

「七海先生…」

 

「わかってます。……南雲君、操っている術者はいますか?」

 

「…あぁ。プテラノドンみたいな魔物の中でも1番デカいのに黒ローブの男がいる。先生が言う通り、十中八九で清水だろうな」

 

「南雲君、その、ローブの男についてですが」

 

愛子は七海に言われてもまだ信じられなかった。だが、もしそうでも、確かめたかった。そしてそれは七海も同じだ。これほどのことをした理由も含めて問いたださなければいけない。

 

「見つけても殺さねぇよ。とりあえず、連れて来てやる」

 

即座に殺さない選択をしたのを見て、愛子はハジメに良い変化がでてきたと喜ぶ。

 

「私からもお願いします、南雲君」

 

「おう。けど、ひとつ聞いていいか?」

 

なにかと七海は言う。

 

「俺達がいない場合はこの変態を使うのは良いとして」

 

「おおぅ来る、その言葉に感じるのじゃぁぁ〜」

 

「南雲君、わざとですか?」

 

「ちげぇよ‼︎………それだけが作戦とも思えない。どうする気だったんだ?」

 

「あぁ、そのことですか。作戦はあまり変わってませんよ。火力と戦力が増えたこと以外は」

 

ハジメは首を傾げる。七海は作戦を変えていない。つまり、まだ何かあるということだ。

 

「戦いは情報によって決まる事もあります。ならこちらは情報をできるだけ遮断するんです」

 

 

(なんだ、あれ?)

 

黒ローブの男はその光景を確認して地上に降りる。魔物の進行をソレの目と鼻の先で止め、即席の塹壕と結界を作り、大将の居座る拠点のようにした彼はもう一度ソレを見る。

 

(黒い膜?結界か何かか?)

 

ウルの町全体を覆う黒い膜のような物を結界と判断したが、このような結界の存在を彼は知らない。それが彼を警戒させる。

 

(いや、まずは攻めることだ…ここまで来て、この大群を持って、今更やめられない!)

 

己の有用性を示し、勇者となる為、彼はその選択をした。そういう契約なのだ。故に攻める指示を出そうとした瞬間、黒い膜の内側からいくつかの光が飛び出して来た。それは雷の竜と流星のような一閃、更に火炎の竜巻が、停滞して完全に戦闘態勢も何もない魔物の群れを粉砕する。

 

「な、なな、なんなんだこれはっ‼︎」

 

圧倒的な力に清水は焦り、すぐさま指示を出せなかった。その為魔物の群れは混乱し指揮が取れず、密集してたのもあって前にいる魔物から倒されていく。黒い膜が剥がれていき、今度はそこになかったはずの城壁が見える。そこからさらに攻撃が来た。

 

 

この少し前

 

「マッドさんとパーンズさんから市民の方々へ説明してもらっているので、そちらは大丈夫と思いますが、君達にはまだ言ってませんでしたね。南雲君、もし君が魔物を使って攻める方だとして、攻める場所がなぜか見えず、知らない結界で覆われていたらどうしますか?」

 

「?そりゃ、警戒して一旦立ち止まって、少し様子見か?」

 

「そう。こちらがどうなっているのかわからない状況下では無策に動きはしない。魔物とはいえ軍隊のように多大な戦力を持つなら特に。その隙を狙います」

 

七海は人差し指と中指を立て、小指と薬指を親指で押さえて印を組む。

 

「ハジメさん!あれ!」

 

シアが空を指す。そこには青空が広がっているが、その一点、町の中央付近の上空に黒い墨のようなものがあった。それはまるで波紋をたてるように留まっている。

 

「?どれのこと」

 

「妾を仲間外れっ…というわけではなさそうじゃな」

 

(やっぱ俺とシア以外見えないのか)

 

黒い墨の波紋から、コップに溜まった水のように溢れていきそうな雰囲気を感じた。

 

「闇より出て闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

七海は詠唱した。瞬間、水が溢れるというより、あふれていくように黒い墨は町全体を覆う。

 

「な、なんだ⁉︎」

 

「夜に、なっていく」

 

「時間操作⁉︎……違う、たぶん結界の一種」

 

「うむ。じゃが、このような結界など見た事がない」

 

「これはおまえらでも見えるのか」

 

降りていく黒い膜は不気味にしか見えない。事前説明をされていた者達も、されていなかった生徒や愛子も不安になり、どよめく。

 

「な、七海先生⁉︎これは」

 

何かと聞く前に黒い膜が地上に到達した。瞬間、スゥと黒い膜が薄くなり、外の景色が多少ぼやけているが見える。

 

「私ではこれが限界ですか」

 

「なぁ、なんなんだこれ?」

 

ハジメが皆の意見の代表として聞く。

 

「〝帳〟です。害はありません。外から中を隠す結界です。今回は中から外は見え、外から中は見えないタイプになっています。おそらく外からは黒い膜がかかったようにこちらが見えないでしょう。そのかわり、結界としては紙切れ同然です。ある程度の衝撃を中および外から受ければ簡単に崩壊しますし、出入りも自由です」

 

本当ならもっと中から外をハッキリと見えるようにしたかった。だが今の七海でも、そこまで高度な結界術はできず、少しぼやけていた。

 

「それもだが、なんなんだ?魔力0のあんたがこんな」

 

「これは魔力が無くてもできます。呪術師(・・・)ならば、ね」

 

「…………嘘は言っていない…と、思う」

 

とある事情で嘘に敏感なユエは、七海の言葉に嘘はないと判断する。実際嘘ではない。

 

「ユエが言うならまぁ、信じるけどよ」

 

強者たるハジメが納得し、七海に信頼があるのもあって他の生徒も「そんなもんなのか、天職〝呪術師〟って」と思っていた。

 

(けど)

 

(ああ、わかってる。本当の事も言ってないんだろうな)

 

ユエとハジメは視線でそう語り合っていると、仲間外れにされたシアはちょっと不満そうになった。そうこうしているうちに魔物の大群が来た。大群は七海の予想通り停滞した。

 

「後は、わかりますね?相手が停滞した瞬間に奇襲として、高威力の魔法と君の兵器を放ちます」

 

「なるほどね。なら、俺もやる事やるか」

 

外壁の上に登り、市民を含めた皆を見つめ、大きく息を吸い、大きな声で宣言をする。

 

「聞け‼︎ウルの町の勇敢なる者達よ‼︎」

 

今度はなんだと、市民の視線は上空からハジメの方に向く。

 

「この戦い、既に我々の勝利は決まっている!」

 

それに『何を言ってんだ⁉︎』と住人達はざわめく。隣の者を見たりしているがハジメは混乱を無視して続ける。

 

「我々は無傷で魔物の群れを全滅し、完全なる勝利を得る予定だ」

 

ざわめきはどんどん強くなる。『無傷で⁉︎』『簡単に言った⁉︎』と声が上がる。

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ‼︎」

 

エヒトの信仰が強い彼らには、女神と言われてもわからない。愛子達もなんのことだと思っていたが。

 

「そう、皆も知っている《豊穣の女神》愛子様だ‼︎」

 

(あぁ、そういうことですか)

 

 わざわざ1度下に降りて愛子を讃えるかのようにバッと手を向ける。その言葉と行動に市民は愛子を見て、「豊穣の女神?」と愛子がギョッとし、混乱しながらハジメを見た。

 

「え?え?」

 

愛子はいきなりの視線とハジメの演説に硬直するが、知ったことかとハジメは再び外壁の上に立ち、さらに宣言する。

 

「我等の傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない‼︎愛子様こそ、我ら人類の味方‼︎世界に『豊穣』と『勝利』をもたらす、天が遣わした現人神である‼︎」

 

(設定盛り過ぎのような気がしますね)

 

内心でそうツッコんでいるが、今後のことを考えても必要あるなと考えて放置した。

 

「私は愛子様の剣にして盾‼︎見よ‼︎これが、愛子様により教え導かれた力‼︎」

 

既に上にいたユエは察して魔法を唱え、ティオもそれを見て詠唱を開始し、ハジメは〝宝物庫〟からティオ戦で使った『シュラーゲン』を取り出す。アンカーで固定して発射体制になる。詠唱を終えたティオの前には暴風を思わせる炎の渦が、ユエの前には雷の竜が顕現する。

 

(デタラメな)

 

そう思うのも無理もない圧倒的な魔力の流れと強さを感じていた。ハジメはこれらを『女神の剣』と称し、放った。停滞していた魔物の群れ、上空も地上も含めて粉砕していく。天変地異のような轟音をだした。地上は確認できないが空の魔物が一瞬で消え去るのはまさに神の力に見えるだろう。

 

(火力だけなら見た感じ五条さんレベル。…特級かもしれないと評価してましたが、これは)

 

まさしく特級にふさわしいと七海は思っていた。その光景は市民を奮い立たせた。「愛子様万歳‼︎」というハジメの言葉が合図となり、人々は彼女を本当に神として讃え出し、同じく「愛子様万歳‼︎」と繰り返して、愛子のもとに行き胴上げまでし始めた。

 

「戦時中の日本の万歳もこんな感じだったんでしょうかね?彼女をああ表現したのは人々の支持を集める為ですか?」

 

ハジメは肯定した。愛子に支持が集まれば彼女の意見が国や教会に通りやすくなり、ハジメが動く際に異端者認定されるのを遅れさせる事ができ、運が良ければされないかもしれない。さらに彼女を含めた関係者達への手出しはやりにくくなる。

 

「あと、今みたいな高威力の魔法や兵器を使っても、女神の力で押し通せる」

 

「ちょっと彼女が不憫なような気がします」

 

と言いつつも止めなかったので、七海も確信犯である。

 

「っとそろそろ帳が上がりますので、追撃するならしてください」

 

衝撃を受けて帳が不安定になる。砲撃を放たれた場所を中心に穴が広がって崩壊していくようだ。

 

「なら、先生も手伝ってくれ」

 

ガコンと四角い物を出す。引き金があるその形は。

 

「ロケットランチャーですか?」

 

質問しているとハジメの方は武器をガトリング砲、ハジメ命名《メツェライ》を出した。シアにも七海と同じ武器を渡しており、その隣ではティオがうっとりとした眼で己に付けた指輪を見る。

 

最初に見た時はなかったそれから膨大な魔力を感じ、おそらく魔力をストックする物だと七海は判断したが、

 

「なんで指輪なんですか?」

 

「いや、まぁ、ユエ達にもそういう形の渡してるし、1番効率はいいし」

 

「そんなだから、ああいう感じになるんですよ」

 

えへへへとちょっとヨダレが垂れているティオに引きつつ、ハジメに注意しながら、そのロケットランチャーを持って構え、引き金を引く。勢いよくミサイルが群れへ飛んでいき、爆音をあげる。

 

「先生使ったことあんの?」

 

「まさか。しかし、あれだけ密集してるならどこに撃っても当たるでしょう」

 

初めて使ってはいるが落ち着いて砲撃する。シアとハジメもそれぞれ攻撃していく。そのたびに魔物は吹っ飛んでいく。その時七海はまた魔力の強い流れを感じた。その方向を見るとユエの魔法が発動した所だった。黒く渦巻く球体、ティオ戦で見たものに似ているが違う。形は変化し、四角形を形作るが大きい。500mはあるだろう。それが地表を魔物ごと文字通り消し去る。軽く彼女だけで2万は消し去っただろう。

 

「南雲君、あんなのを出せる人がいながら私を規格外扱いしたんですか?」

 

七海にとって規格外は特級術師にこそふさわしいと考えている。それを自分に言われたことに今更ながら少々腹が立っていた。

 

「いや、結構あんたも規格外だろ」

 

そんなこと知らないハジメからしたら竜化したティオと戦え、大ダメージを与えることができる時点で規格外だった。

 

「けど、魔力の消費が激しい。これは要練習だな」

 

「充分ですよ。……弾切れです。南雲君は?」

 

「まだ撃てるが、これ以上は熱暴走で壊れる。シアの方も弾切れか?」

 

「はい。撃ちつくしたですぅ」

 

ちょっと撃つのに快感のようなものを覚えていたシアは残念そうにする。だが、すぐにどうするべきか分かるので、彼女はすぐにハンマーを出して装備した。

 

「直接殺るんですね」

 

にっこりとして恐ろしいことを言うシアに、ハジメは最初会った時と違い、たくましくなったなぁと懐かしんだ。

 

「んじゃ、こっからは近接戦闘だぜ、って…あれ七海先生は?」

 

いつの間にかいない人を探す。

 

「ハジメ、あそこ」

 

ユエが指した場所では既に七海が魔物をフルボッコにしていた。

 

「いつの間に⁉︎」

 

「シアと話してる時に小声で「とっとと終わらせましょうか」って一瞬で特攻して行った」

 

再び見ると、七海は魔物の群れを抜けてリーダー格と思われる魔物に向かい、蹴散らす。

 

「やる事もわかってる感じだな」

 

 

 

七海は走る。魔物の群れは壁と言ってもいい。既にいくつかの魔物は先程の攻撃で足がすくんでいた。だが指揮する魔物の指示で動きだす。低級とはいえ脅威の群れだ。数の差もある。

 

 

 

『そういやさ、七海って黒閃の連続発生記録を持ってたよね?』

 

ある日、京都姉妹校交流戦で起きた特級呪霊の襲撃と、暗躍していた呪霊について話していた五条が思い出したように言う。聞くべきところは真面目に聞いていたが、いきなりそんな話になったので、なんかくだらないことでも言うのかと思って身構えた。だが。

 

『あの場にいた葵からの証言だ。悠仁が黒閃を連続発生させたそうだよ。回数は5回』

 

酒が入ったコップを持つ手がピクっと動く。

 

『まっ、正確に言えば初撃に1回。少しだけ間を空けてからの連続4回で発生記録が5回。それに今回の件は基本的に他の術師には共有されないし、上も自分達にとって都合が悪いことは伏せるだろうから、記録上ではまだおまえが1番だろうね』

 

煽るように言う五条にイラッとするが、そこは大人の七海。スルーする。

 

『記録はいつか破られるものですから』

 

そう言いつつ酒を飲む。いつもよりその味は苦く感じた。

 

 

結論だけ言うなら、悔しいと七海は感じていた。そしてその時の思いを感じつつ、迫る脅威が彼をその状態へと至らせる。

 

黒閃。黒い閃光が空間の歪みと共に輝く。その一撃で放った周囲の魔物も、リーダー格ごと余波で粉砕される。

 

次の群れに向かい、拳を放つ。

 

「シッ‼︎」

 

黒閃。これを1回でも決めると、術師は一時的にアスリートでいうゾーンになった状態になる。更に近くの群れに炸裂させる。

 

黒閃。3連続。2回以上決めるならその日の内か連続で決める必要がある。普段意図的に使っている呪力操作がこの時は呼吸のように自然にできる。圧倒的な全能感が七海の中に生まれる。

 

ジリっと引いていた魔物の群れ。その中にいるリーダー格を見つけ、その眼がぎらりと向けられるも、操られている魔物のリーダーは交戦を指示する。それに更に続けて攻撃。

 

黒閃。これで4回。リーダーを失った魔物は散り散りになるが、それは放置してリーダー格を探す。そして。

 

(黒閃‼︎)

 

5回目の黒閃が輝く。それに満足感が出るが、すぐに眼前の相手をする為意識を切り替えた。

 

 

 

爆ぜていく魔物の群れを外壁の上から見ていたハジメ達は、その光景に空いた口が塞がらない。特に黒い呪力の見えないティオとユエにとっては、七海がなにをしているかがよくわからないだろう。ただの拳で空間が歪み、命中した魔物の周囲の魔物まで連鎖的に吹っ飛んでいくように見える。

 

「もしかして、俺等いなくても結構善戦どころか勝ってたんじゃね?」

 

「さすがに市民全員を守ることはできなかったじゃろうが、空中の魔物以外は殲滅できていたかもしれんな」

 

「ですね〜、あ、魔物が弾けとんできますぅ」

 

「ハジメ、あいつ本当に魔力がないの?」

 

「あぁ。………シアは、あの黒い光は見えるか?」

 

「はい、見えるですぅ……けど、ユエさんは見えないんですよね?」

 

「ん」

 

「やっぱりか」

 

ユエがコクリと頷くのを見て、ハジメは小さくそう呟く。

 

ハジメは近くで「妾も見えないんじゃが〜」とクネクネしながらアピールする駄竜を無視して、七海の出す黒閃と呪力を観察する。

 

(俺とシアだけが見えるのは何か共通の意味があるのか?なんにしてもあれが七海先生の力の源だろうな)

 

「ハジメ、それでどうするの?このままここに居てあいつに全部任せる?」

 

「…いや、ここまできて七海先生に全部任せるのは嫌だな。それに、見てみろ。あの空間が歪む攻撃が出ない。多分いつでもできるものじゃないんだ」

 

連続して出した後は動きは良くなっているものの、同じ現象は起きてないのを見てハジメはそう判断した。

 

「当初の予定通り、いくぞシア!」

 

「はいですぅ!」

 

ハジメはリーダー格の魔物を最優先で狙撃し、シアは取り出したハンマー、ハジメ命名『ドリュッケン』を振り下ろしてリーダー格を肉片にし、衝撃で周囲の魔物を蹴散らす。

 

「逃げる奴は追わなくていい。操られてるリーダーだけ狙ってけ」

 

「了解ですぅ!…うぉりゃああああ!」

 

叫んでも可愛らしい声から繰り出されるものとは思えない一撃で粉砕していく。肉片にならなくてもボールを打ち飛ばすかのごとく飛んでいく魔物を見て、周囲の魔物は恐怖し、逃げていく。ドリュッケンに付いたギミックで如意棒のように伸ばしたり、砲弾を撃ち込んだりしていく。

 

取り囲まれた時も焦る事はなく、回転して接近してくる魔物を吹っ飛ばす。

 

「む、新手ですか?」

 

ある程度周囲にいた魔物を倒した時、狼を思わせる四つ目の魔物が現れた。だがそれは先程まで戦っていた魔物と違い、操られている様子がない。だが向かってくるならばと攻撃したが――

 

「ふぇ⁉︎」

 

攻撃を回避され、視界から消えた魔物がシアの後方、死角から鋭い牙でその華奢な体を噛み砕こうと…する光景を彼女の固有魔法である〝未来視〟で見た。しかし、回避は間に合わないとして身体強化を全身に施す。

 

「⁉︎」

 

「チッ」

 

しかしその攻撃を受ける事はなかった。シアの前にきた七海が大鉈を振り、それを感じた魔物は飛びかかる体を捻り、どうにか回避して距離をとった。

 

「あ、ありがとう…ございます」

 

「……………なるほど、身体強化に特化しているようですね」

 

シアの感謝を聞き、眼前にいる四つ目の魔物に群れを警戒しつつ、〔+視認(極)〕で見たシアの魔力の流れから判断して七海は言う。

 

「亜人族は魔法が使えないそうですが、私のこれが見えることも含めて、君は特異体質か突然変異と言ったところですかね?」

 

「え…はぁ?」

 

一方的に話されて戸惑いながらつい声を出すシア。

 

「それと、未来が見えるんですか?」

 

「!」

 

言ってもいない事をティオ戦や今回の戦いを少し見ただけで理解している七海に、シアは驚く。

 

「ハッキリ言いますが、君の戦い方…特に身体強化はまだまだです」

 

ダメ出しを受けてシアは少しイラッとした。ユエやハジメにも評価されている自身の能力を、七海にダメ出しされるのはどういう事だと。

 

「君がしているのは、誰もがしている事の延長に過ぎない。私の知っている子なら、その身体強化で全ての攻撃は致死レベルに引き上げ、全ての攻撃を最小限に抑えることができ、たとえ」

 

喋っている最中に魔物が牙を剥き七海に飛びかかる。

 

「危なっ……へ?」

 

七海は腕でガードする。魔物はその腕を噛み砕こうとしたが――

 

「ぐルゥ⁉︎」

 

まるで、鋼鉄に噛みついてるかのようにビクともしない。離れようとしているが食い込んでいるのか離れることが出来ず、爪を振るうがまったく通じない。

 

「たとえこのように攻撃されても問題なく、この魔物のように攻撃を予測できても」

 

そのまま、腕に魔物を喰いつけたまま、眼前の魔物の群れに特攻する。たった少しの戦闘で七海は相手が持つであろう能力も見抜く。

 

「グルルルル」

 

唸り声を出しつつ、固有魔法で動きを予測して避けた。

 

「グルぅ⁉︎」

 

つもりだった。だが、七海は拳だけでなく呪力も放った。魔物にはそれは見えていないので空中で怯む。七海の強化された呪力でも殺すまでには至らない。それでも。

 

「フン‼︎」

 

動きが鈍くなったところに噛みついた魔物の首を持って殺し、それを鈍器のように振り、全ての魔物を吹き飛ばし、最後に持った魔物をボーリングのように飛ばしてストライクと言ってもいいほどに魔物が吹っ飛んだ。

 

「こうやって倒すことも可能です。‥‥まぁ、私では最後の追撃が必要でしたが、彼なら必要ないですね」

 

七海の言う彼…特級術師、乙骨憂太であれば、呪力を当てた時点で勝っているなと七海は思っていた。

 

「ほえー」

 

だがそんな事は知らないシアは、今起こった事に呆然とするしかない。

 

(体が強靭だとしても、なんであの服まで無傷なんですか⁉︎あの青い魔力みたいなもののおかげだとしても、おかしくないですかぁ⁉︎)

 

この世界に来て、七海は今までしてきた呪力操作の練習として物…武器以外にも呪力を込め、身体強化の練習もしてきた。上がった呪力量と出力もあり、彼の服もある程度呪具となり、身体強化している時なら程度の低い防具よりも丈夫になっている。

 

【どうやら、援護の必要は無さそうだな】

 

シアの首に付けられたチョーカーに付けた念話石を通してハジメが話しかける。するとシアの周りに人間1人くらいはある金属の十字架が浮遊した状態で3機降りてきた。

 

【油断するなよシア。たとえ先生が助けに入らなくても、おまえなら今の攻撃をどうにかできただろうが、それでも負わなくていいダメージを負っていた。今の奴と同じで、こっちにも明らかに他と動きの違う奴がいる。大迷宮にいてもおかしくないレベルだ】

 

おまけに洗脳されているわけでもない事も告げる。

 

【クロスビットを付けようと思ってたんだが、どうやら必要無さそう……というか、必要にしたくないって感じだな】

 

十字架こと、クロスビットから送られてきたシアの様子からハジメはそう判断した。

 

「はい。まぁ、たしかにハジメさんやユエさんに比べたら、私がまだまだなんてわかってるんですけどぉ」

 

武器を構え直し、シアは七海が戦っている方に走る。

 

「他の人に言われるのは我慢ならねぇんですぅ‼︎」

 

再び脚に魔力を集中させ、跳躍する。ハジメの精製したシア専用武器ドリュッケンには神代魔法の1つ、重力魔法が付与されている。跳躍し、降下していくなかでその効果を使い、重くして叩きつけ、隕石の落下のごときクレーターを作り出した。

 

固有魔法で魔物達はその瞬間を予測していたが、直前まで七海と戦っていたこと、そして予測で見た光景はシアが地面に打ちつける瞬間のみのため、回避ができずその衝撃波で魔物は吹き飛び、圧死する。

 

「シャァ‼︎ですぅ‼︎」

 

「…人を巻き込まないでほしいですね」

 

「ヒィ⁉︎」

 

いつのまにか後ろにいた七海にシアはビクッとする。その兎人族特有の耳である程度小さな音も聞くことができ、固有魔法で未来視ができる彼女が全く気づかず、後ろを取られていた。敵であったら死んでいたという事実がシアを奮起させる。だが。

 

「え、えぇぇと、その」

 

七海の無言の圧がすごかった。「おまえ何してんの」的な眼を向けられ冷や汗が出る。

 

「君はこの先も南雲君と戦って行くなら、その身体強化の術はさらに向上させていくこととなる。なら、たとえいかなる理由でも他の対象を巻き込むのはやめなさい」

 

「ハイ」

 

(先程の魔物…大きさはベヒモス以下ですが強さは準1級強程……それと戦えている点を踏まえて術師として見るなら1級に近い実力…タイプで言うならやや乙骨君よりの虎杖君ですかね)

 

しかも呪力が見えるなら、ハジメも含めてもしかしての可能性もある。

 

(潜在能力で言うなら既に私以上ですか)

 

こうも立て続けに自分以上の存在が現れたことに、ある程度の予測はあったとはいえ、それなりに実力を持った七海としては複雑な気分になる。

 

(敵ではない事に感謝しましょうか)

 

気持ちを切り替えて残りの魔物を処理するべく動く。

 

「残りの魔物を処理しましょう。危なくなってきたら、下がるように」

 

(私の実力を舐めてる………わけじゃないみたいですね)

 

これまでの言動を考えるなら、子供だからという理由だろうとシアは思っていた。

 

「子供扱いはやめてください」

 

ムゥと口を膨らませてシアは七海の隣に立つ。

 

「では、左をお願いします。私は右を」

 

「…どう見ても左の方が少ないうえに、さっきの魔物の姿が見えない気がするんですけどぉ」

 

「グダグダ言う暇があるなら、さっさと終わらせてから私の方に来ればいいだけです」

 

その言葉を合図に、群れへと2人は駆けた。

 

ものの15分もかからず周囲の魔物は掃討した。他の魔物もハジメの持つ技能〝威圧〟で逃げていく。統率はなく、軍という形はない。元々は野良の魔物なのだから、勝てないとわかれば逃げるのは当然だ。

 

「ハジメさん、こっちは片付きました。…悔しいですけど、主にあの先生さんのおかげで」

 

【まぁ、頑張れ。おまえも充分強いからすぐに追いついて追い越すさ】

 

軽い励ましだがハジメは本心で言っている。シアへの信頼もあってだ。そして彼を近くで見てきたからこそ、シアにもそれがわかるようになっていた。

 

「えへへへ、ありがとうございますですぅ〜」

 

【…っとそうだ、近くに七海先生がいるならちょっと伝えてほしいんだが】

 

「はい?なんでしょうか?」

 

【清水を捕まえたから、そっちに向かう事と畑山先生を呼ぶんなら呼んでくれって伝えてくれ】

 




ちなみに
七海の結界術はわずかに上がってますが、マジでわずかです

ちなみに2
ハジメ、シア、オルクスで見た生徒。
これらが七海の呪力が見えるのは七海の強化された呪力そのものにあてられたのがきっかけではありますが
根本的な理由はそれぞれ違います

ちなみに3
感想にもありますが、愛子がハジメにお願いして協力してもらって良くなったのは結果論でしかないと自分は思ってます。七海は評価するかなと考えてそうしましたが

宿儺風に言うなら「過大評価だ」と思う


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浅薄愚劣

今回で自分のなかではこの小説の第一章が終わったって感じです。詳しくは後書きで


愛子達と護衛の神聖騎士の面々、マッドとパーンズ、町の重鎮数名、そして七海とハジメ達とウィルは町外れに移動していた。

 

「もっと他に連れてくる方法があったでしょうに」

 

「こいつは魔物の群勢を使って町を襲うような奴だぞ?生かして連れてきただけで感謝してほしいくらいだ。スピードだってあまり出さなかったんだからな」

 

「時代劇の市中引き回しじゃないんですから」

 

清水はハジメによってワイヤーで括り付けられ、バイク…ハジメ命名『シュタイフ』で引きずられてきた。いくらかこの世界に来て身体が強化された事とワイヤーが強靭なものなのもあって生きてはいるが、七海の言う通り、もっと他にあったろ、と言いたくなるほど、あまりにもむごい。実際呼ばれて来た愛子達の顔は引き攣っている。

 

「打首、獄門してないじゃん」

 

「そういう問題じゃないです」

 

ため息をついてとりあえずは清水を起こす必要があるなと七海は考えた。彼が動く前に、愛子が誰より早く清水に近付く。ちなみに拘束具はしていない。愛子曰く、それでは清水ときちんと対話できないからだそうだ。

 

「いいんですね、畑山先生?」

 

「はい。私はあくまでも先生と生徒として話がしたいんです」

 

甘い考えだなと七海は思うが、教師としては立派であるとも思っていた。自分にはできないだろう、できて高専のように尋問という形にするだろうと考えていた。

 

愛子が清水の前でしゃがみ込んで声をかけて身体を揺らしていると清水の意識が回復しだし、眼がゆっくりと開いた。

 

「ぐ、ぅぅ………⁉︎」

 

清水は意識を取り戻した。頭を打ったこともあって状況が一瞬理解できなかったが、すぐに理解して後退りをする。

 

「清水君、落ち着いてください。誰もあなたに危害を加えるつもりはありません」

 

愛子は柔らかな声で言い、清水のオロオロとした動きが止まる。

 

「先生は、清水君とお話がしたいのです。どうして、こんなことをしたのか…どんなことでも構いません。先生に、清水君の気持ちを聞かせてくれませんか?」

 

清水はその質問に対して、ボソボソと語りだした。

 

「なぜ?そんなことも分かんないのかよ」

 

とはいえ、悪態だが。

 

「だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって…そんなの決まってるだろ?勇者、勇者とベラベラ言って、俺の方が、俺の方が、俺が!本当の勇者だからだ!だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが」

 

眼にも言葉にも反省の色はない。自分は正しいと、自分の価値と自分だけの歪んだ正しさを証明する為だけに大勢の無関係な人を殺戮しようとした。

 

否、ティオを操っていたことも踏まえれば、既に無関係な人を巻き込んで殺している。

 

「お前、わかってるのか⁉︎お前のせいで危うく町がめちゃくちゃになるところだったんだぞ!」

 

「何の罪のない人を犠牲にして、何を示すってのよこのバカ!」

 

「愛ちゃん先生がどんだけ心配してたと思ってんだ!」

 

「七海先生もお前の為に、ここまで来てくれたんだぞ‼︎七海先生に救われたことも忘れたのかお前‼︎」

 

清水の罵倒に次々と反論をする生徒達の1人、園部の肩を持って、七海は反論を止めるよう眼で語る。七海としても言いたいことは山程あるのだが、今は愛子が話している。それを止めるつもりはなかった。それに愛子も気付き、少し微笑み、心の中で感謝した。

 

「不満を溜め込んでいたんですね……でも清水君、なおさら先生にはわかりません。大勢の犠牲者を出そうとしてまで…それで君の価値を示せるとは思えません」

 

「…示せるさ、魔人族になら」

 

この場にいた者のほとんどがその言葉に驚愕をあらわにする。平常な顔のままなのはハジメ達と七海だった。

 

「なるほど、合点がいきました。何故こんな戦略的に落としても意味のない町を、あれだけの数で襲撃したかが疑問でしたが……狙いは畑山先生でしたか」

 

「え?」

 

愛子は驚いた表情のままそう言った七海を見る。七海は最初から清水が魔人族についたことは察していたが、理由まではわからなかった。

 

「くくく、さすが七海先生ってとこか?そうだよ。ある意味勇者より厄介な存在だ。魔人族が放っておくわけないだろ。『豊穣の女神』のあんたを町の住人ごと殺せば、俺は魔人族側に勇者として招かれる。そういう契約だったんだ」

 

会ったのはおそらく偶然だ。魔物を集める最中にそのような提案をされたのだろう。勇者になりたいという願望を持っているから、人間族よりも勇者として迎え入れる魔人族についた。あまりにも単純、あまりにも短絡的な彼の行動に七海は己を恥じる(・・・・・)

 

「操られていない魔物は、魔人族から提供されたものですね?」

 

「ああそうだよ。当初の予定以上に強い軍団も作れて、絶対に、殺せるはずだったのに!なんであんたがこんなとこに来るんだよ!七海ぃ‼︎」

 

ついさっきその理由を生徒達が言っていたのにもかかわらず、清水は七海の存在そのものを罵倒する。

 

「それになんで異世界にあんな兵器があるんだよっ!お前、お前はなんなんだ!この厨二野郎‼︎」

 

元からあまり関わりもなく、そもそも外見が全く違うハジメを同一人物と思えないのかそう言う。

 

「特別でありたいという君の気持ちは間違ってません。それは、人として自然な望みです」

 

自分の命を、大勢の命を狙った相手だというのに、それでも愛子は手を差し伸べる。そのさまは豊穣というより慈愛の女神に近い。

 

「でも、魔人族側には行ってはいけません。彼らは君の純粋な思いを悪用しているだけです。そんな人達に、大切な生徒を預けられません」

 

(純粋…か)

 

彼の願いは確かに大きく見れば純粋だ。幼い子供が夢を見て、現実を過ごすことで簡単に諦めることのできる夢想が、目の前にあれば、それを実現させてくれる高待遇なら、心の中でその思いが生きていれば飛びつくだろう。

 

「清水君、もう一度やり直しましょう?清水君が頑張りたいというなら、先生は応援しますし、七海先生に頼んで天之河君達と戦えるようにしてもらいます。そしていつか、皆で日本に帰る方法を見つけて帰りましょう?」

 

清水は肩を震わせて俯き、愛子はそれを泣いているのだと思い手を出したが、清水はそれを逆手で握り返して引き寄せて首をそのまま絞め上げた。

 

「動くなぁ!動いたらブッ刺すぞぉ‼︎」

 

狂気を宿し、血走った眼をして清水は叫ぶ。

 

(クソっ。距離を離しすぎていた。というか、南雲君…)

 

ちらりと見ると、どうやら先程清水に厨二野郎と言われたことに気付き呆然としていたようだ。ハジメは今の事態にようやく気付き、七海が睨んでいることに多少驚く。

 

「この針は魔物から採った毒針だ。刺せば数分も保たずに苦しんで死ぬぞ!殺させたくないなら全員武器を捨てて手を上げろ!」

 

「…皆さん、武器を捨ててください。それと下がってください」

 

七海は率先して持っている大鉈を地面に突き刺し(・・・・・・・)、もうひとつの剣も捨てた。

 

「…もう少し下がりましょう」

 

武器を捨てて下がり、動きを止めた者達を見て、清水は自分が再び優位に立ったと思い込み、ニヤリと笑みを浮かべた。その視線をハジメに向けて吠える。

 

「おい、お前!厨二野郎‼︎…お前だ!後ろじゃない‼︎ふざけるならマジで殺すぞ‼︎」

 

自分の姿を厨二と認めたくないハジメは後ろを向くが、当然誰もいない。仕方なく「何か用か」と気怠い表情で見ると、それが清水を刺激する。

 

「お前の兵器、全部よこせ!全部だ!」

 

「そんなことだろうと思ったよ…断る。魔人族への手土産が畑山先生なら、どの道殺すんだろ?なら渡し損じゃねーか」

 

「いいから黙って…」

「南雲君、君も下がってください。…危険ですから(・・・・・・)

 

清水の言葉を遮り、七海は言う。

 

「は、え、南雲って、コイツ南雲⁉︎死んだはずじゃ」

 

それに清水は戸惑いを見せるが、一方でハジメも戸惑う。七海の言葉に違和感があったからだ。だからあえてハジメは下がった。

 

「清水君」

 

「⁉︎」

 

「私も畑山先生と同様に、教師として、君の担任として話があります」

 

突然厨二野郎と呼んでいた者の正体を告げられて混乱していたところだった為か、清水は少し驚く。しかし今さら何を言われても止める気はない。それにハジメを下がらせたということは、依然として自分が優位だと彼は思っていた。

 

「私の術式は、対象を線分した時7:3の比率の点を強制的に弱点にします」

 

だがいきなり、それも術式という魔法が使えないはずの人間から、説得でない訳の分からない説明をされて再び彼に戸惑いが出る。

 

「線分するのは全長やウイングスパンだけでなく、頭部、胴、上腕、前腕、脚部など、各パーツまで対象として指定できます。そしてこの術式は生物以外にも有効です」

 

七海がこのような事をするのを見るのはハジメ達は2回目だ。そして、あの時聞くことができなかった愛子達やパーンズとマッド、そして清水は突然の手の内を曝け出す行為に疑問を覚えるが納得もできる。それなら今まで七海が鈍でさまざまな物を切ってきた事にも繋がる。

 

「さて、清水君…君とは面談ができてなかったですね。だからちゃんと親御さんと共に話をする機会を作れなかった私にも不備があった。申し訳ない」

 

謝罪をされたが清水はそれで止まるはずもない。むしろ七海が頭を下げたことに高揚すら感じていた。…だが。

 

「そしてまずはっきり言いますが、私は君の言ってる事が何ひとつ理解できない」

 

愛子と違い、彼がしたのは全否定。そもそも七海は勇者という存在から最も遠い存在、『呪術師』なのだ。理解などできるはずもない。

 

「掲げた目標も、目的も、全部聞いてましたが…正直言って何も共感できませんでした」

 

愛子は純粋と言っていたが、七海から言うならそれは。

 

「畑山先生の言う純粋というのは、私は呪いに近いとすら思ってます」

 

清水にどんどんと黒い感情が溜まっていく。いつ刺してもおかしくない。だが「しかし」と七海が言い出して止まる。

 

「勇者という言葉の意味くらいは知っています。その上で言わせてもらいますが、君の言う勇者とは、そうやって君の事を本気で想い、大切にしようと考えてくれている人を、平気で切り捨てることができる者の事を言うのですか?」

 

その言葉にピクっと清水の手が動く。

 

「勇者と名乗るなら、守るべき者がいてこそだと私は思いますが?」

 

「……るさい。…っうるさいんだよ‼︎どいつもこいつも馬鹿にして‼︎俺は何も間違ってない‼︎俺が勇者なんだ‼︎いつまでも教師面してんじゃねー‼︎殺すぞ‼︎」

 

その言葉の後、愛子だけが気付いた。七海の表情が変わった。諦観そして無…そういったものだ。

 

ため息を小さく出し、七海は更に開示(・・・・)をする。

 

「先程の続きですが、対象となる点を攻撃しなければ正しく発動しないので、常に形が一定でない相手、または対象をとることのできない大地などは効果の対象外です。…しかし、あらかじめ対象となる点を決めて、そこを起点として後から7:3の比率を作れば、大地にも作用します」

 

一瞬、また何を言っていると思ったがハジメとシアはすぐに気付き、遅れて清水も気付いた(・・・・・・・)。さっきわざわざ突き刺した大鉈から、微弱だが魔力のような水色のエネルギーが出ていることに。だが、もう遅い。

 

(十劃呪法…牽牽(グラグラ)‼︎)

 

刺された大鉈から呪力が地面に放出され、周囲に足下がふらつくレベルの地震が起きる。

 

「「きゃぁ!」」

 

「「ぬぉあ⁉︎」」

 

(地震を起こした⁉︎ほんと、なんなんだよあんたは⁉︎)

 

ハジメですらふらついてしまう揺れ。さらに地面から呪力が飛び出し小さな地割れを起こす。

 

七海が別の世界の地球に来て8年………その時間は、七海が己の術式ともう一度向き合うには充分な時間だった。

 

十劃呪法、牽牽(グラグラ):あらかじめ7:3の点を決めて、そこに起点を起き、その後で比率の線を作り、本来ならできない地面に術を発動させる拡張術式。発動条件は1、7:3の比率の点に置くべき自身の呪力。2、自身と自身以外の呪力(・・・・・・・)で線を作る。

 

それについては少しだけ賭けがあった。闇魔法はもっとも呪力に近いエネルギー。それは清水からも感じていた。それを術を発動する際に呪力の代用に使えるか?結果はこれだ。

 

ちなみに、本来この技は対象範囲内にいる相手の動きを止めつつ地面から放出される呪力で攻撃する、所謂ザコ専用の技だが、今回は出力を抑えつつ相手の動きを封じる為、大鉈にはあまり呪力を込めず、術式開示で出力を上げた。

 

「うおぉぉ⁉︎」

「きゃあぁ⁉︎」

 

バランスが崩れ、毒針を持った手と絞め上げていた手が離れて愛子は自由になる。瞬時に七海は飛び出して救出をするつもりでいた。自身で起こした術の威力はある程度予想でき、発動した瞬間に脚を身体強化した事で揺れに耐え、すぐに向かう………はずだった。

 

「避けて‼︎」

 

それよりも早く、シアがこの揺れの中でも動いた。魔力で身体強化したのだろう。高速移動で愛子に飛びつく。少し遅れて七海は飛び出したが、彼女が何をするつもりなのか脳内で考えを巡らせた。

 

(彼女は確か未来が見えるはず………まさか⁉︎)

 

瞬時にその考えがよぎり、シアを庇うように抱きとめていた愛子ごと後ろに引っ張る。その瞬間、清水の胸をレーザーのように鋭く速い水流が貫通して、七海に命中する。

 

 

「っ!(これは、たしか水属性の魔法〝破断〟でしたか?)」

 

呪力で強化された肉体と七海が持つ水属性の耐性があった為ダメージは0であったが。次が来る可能性を考え皆に「伏せて!」と指示する。だがハジメ達は伏せず、〝遠見〟という技法を使って射線を辿り、そこにいた鳥のような巨大な魔物に乗る魔人族を見つけて撃った。

 

「チッ!シア!大丈夫か⁉︎」

 

仕留め損なったので追ってもよかったが、今彼にとって優先すべきはシアだった。すぐに駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですぅ…先生さんも…あの人のおかげで」

 

「……七海先生。とりあえず、感謝する」

 

その言葉を聞いているのか聞いていないのかわからないが、七海は腹を魔法で貫通された清水を見て、次にマッドを見た。

 

「………わかりました」

 

「救うのかよ」

 

「正直嫌ですが、私は医者だ。それに、建人殿の頼みだ」

 

パーンズが「ケッ」と悪態を吐くのを見つつ、マッドは清水に近付く。もう抵抗する事もできないだろう。

 

「うぅぅ……!清水君…清水君‼︎」

 

少し頭を打ったのかふらついていたがすぐに清水に近付く。血溜まりができ、それでもまだ出血は止まらない。マッドはすぐさま回復魔法を行う。

 

「マッドさん‼︎清水君は⁉︎」

 

「…ダメですね。傷が深すぎる上にいくつもの臓器が破損している。香織殿や綾子殿ほどならどうにかできるかもしれませんが、私の力では良くて死ぬ時間を延ばすことしか」

 

「そんな!」

 

「死ぬ、ウソだ、死に、たくない。だ、だずけて……あり、えない」

 

愛子は手を握り必死で清水に諦めないように促すが、焼け石に水だ。

 

「…南雲君!何か、何かないんですか⁉︎今ならまだ!あるなら、お願いします!」

 

藁にもすがる思いで最後の可能性としてハジメに頼む。予想していたのかハジメは溜息を吐く。

 

「あるにはあるが、助けたいのか先生?自分を殺そうとした相手だぞ?」

 

生徒だからという理由だけで自分を殺そうとした相手を助けたい。それはもはや異常、イカレていると言っていい。そんな感情を理解したのか愛子は「それでも」と続ける。

 

「確かに、きっとそうだと思います。でも、私はそういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方。そう誓って先生になったんです。だから、南雲君……お願いします」

 

(…畑山先生)

 

その姿を七海は眩しく、美しく思えた。どこまでも尊いイカレっぷりをただ眩しく。

 

ハジメはまた溜息をだしつつ頭を掻いて清水の側に歩み寄る。

 

「清水、聞こえてるな?俺にはお前を救う手立てがある」

 

それに清水はすぐに反応した。「早く助けてくれ」、そう眼で訴える。

 

「だがその前に聞いておきたい。……お前は、敵か?」

 

清水は秒で首を振る。

 

「て、敵じゃない。俺、どうか、してたんだ…もうしない、本当だ」

 

今にも消えそうな蝋燭の火のように、ゼェゼェと呼吸が小さくなっていくなかで、清水は卑屈な笑みを浮かべて言う。

 

「助けて、くれるなら、あんたの為になんだってする。軍を作るし、女だって洗脳して…ち、誓う、なんでも、するから、助けて」

 

その言葉にハジメは無表情になり、ジッと清水を見つめる。それに清水は眼を逸らしたのを見て、何かを確信したのか、一瞬愛子に視線を合わせた。

 

「ダメェ‼︎」

 

愛子はその瞬間に理解し、それを止めようとするが圧倒的にハジメの方が速い。銃声が周囲に轟く。

 

「……………」

 

「………なんのつもりだよ、七海先生」

 

だがそこから放たれた弾丸は清水ではなく、空に向かった。七海はハジメのする事を察して動く準備をしていたのだ。腕を握り無理矢理上に銃口を向けて、清水の殺害を止めた。

 

「黙ってないで答えろ。なんのつもりだ」

 

当然ハジメは邪魔をされたことに腹を立てる。そして、突然とはいえ自分の腕を無理矢理動かせたこの男はやはり敵か?と疑問が湧くが――

 

「・・・、・・・・・・・ですよ」

 

「!」

 

近くで小さく言ったその言葉にハジメはその時の疑問が消える。七海が手を離すとハジメは手を下ろした。

 

「マッドさん、彼に回復魔法を」

 

「…私では、治せませんよ?」

 

「分かってます。しかし、時間が欲しい」

 

マッドは言われた通り回復魔法を行うが傷の治りは遅く、これでは間に合わない。愛子は七海が説得してくれるのかと考えたが、現実はそう甘くない。七海は清水の前に来て屈む。

 

「清水君、私には、私達には君を救えない」

 

「‼︎」

 

「⁉︎」

 

はっきりと絶望を告げる。

 

「唯一の頼みである南雲君は、君を救うつもりがない。言葉で彼はもう動かないですし、戦って屈服させることもできない。彼らは私より強いですし、できてもその間に君は死ぬ」

 

何故、そんなことを言えるのか。清水は怒りと絶望でどうにかなりそうだった。

 

「だから……何か言い残すことはありませんか?ご家族に言いたいこと、知り合いに言いたいこと、なんでもいいので話してください」

 

最後の言葉を聞く…その為の延命。それがわかり、清水はギリっと歯を軋ませる。

 

「ねぇよそんなの」

 

そして。

 

「七海ぃ…このクソ野郎‼︎偽善者‼︎何が教師だふざけんな‼︎いっつも、いっつも、俺の邪魔をして!この世界に来た時から!皆の心を折りやがってこの野郎‼︎生徒の思いくらい悟って協調しろよ‼︎」

 

吐かれる言葉は、本当に同じ人間かとハジメが思うほどの罵詈雑言。

 

「カス野郎!クズ野郎!ゴミ野郎‼︎俺らを家族の元に帰す?誰がそんなこと頼んだ‼︎仮にするにしても、簡単に俺を切り捨てやがって‼︎それに魔力がないことも騙した‼︎あの青い光と黒い光(・・・・・・・)‼︎魔力があったくせに…嘘つき嘘つき嘘つき‼︎死ね!苦しんで死ね!俺より酷く醜く死ね!呪ってやる‼︎お前を呪って……ゴァア!」

 

呪いの言葉を吐き出している最中、残った生命力の全てを罵倒と共に出したかのように、口から大量の血を出し、それっきり清水はなにも言わなくなった。

 

「清水君、そんな、そんな…」

 

「…………ユエさん、でしたか?」

 

泣きじゃくる愛子に視線を向けることなく、七海はユエに声をかける。

 

「彼の身体を、凍結させてもらえますか?わがままなのは、理解しています」

 

「ひとつ聞きたい、その理由は?」

 

「自分の息子は異世界の戦争に巻き込まれて死にました、でも遺体はありませんでは、乗り越えたくてもできないでしょう」

 

その言葉にユエは何を思ったのか。ハジメを見て彼が頷いたのを確認すると、清水に近付きその肉体を凍結させた。

 

「ありがとうございます」

 

「別に」

 

ユエは一時凍結だから管理はするように告げてハジメの元へ行く。

 

「南雲君、私が止めなければ、君は彼を殺してましたね?」

 

「ああ。理由は先生も理解してんだろ?あいつはなんの改心もしてない。あれは、完全に堕ちた眼だった」

 

「でも」

 

愛子はようやく、涙を流しながら声を出す。

 

「それでも、可能性はいくらだってあったはずです!七海先生も、どうしてあんな」

 

「私も半分は南雲君と同じ考えだったからです」

 

愛子はそのとき、今の今まで抱いていた感情が砕ける音がした気がした。彼女にとって、七海はたとえどれだけ厳しくとも生徒は見捨てない人だと考えていた。自分と同じく、皆で日本に帰る事を考えてくれていると。だが、先程に清水に見せた表情と彼の呪いの言葉を聞く時の顔を見てわかる。最初からこの人には全員で帰るという考えはなかったのだと。

 

「それに………呪われることには慣れていますから」

 

七海は清水が罵詈雑言を浴びせてくることもわかっていた。その上での行為だ。

 

「許してくれなんて言いません。言い訳もするつもりもないです。これもまた、私の判断、私の考え、価値観です」

 

見殺しにし、清水に人として最悪の呪詛を吐き出させて死なすというあんまりな仕打ちを、自分が尊敬していた人がしたという事に、愛子は自分の魂を握りつぶされたかのような気すらしていた。

 

「俺の方も同じくだ。理由をどれだけ言っても納得しないのはわかってる。俺も畑山先生の大事な生徒を見殺しにし、剰え最初は殺そうとしたんだ…敵に情けはかけない。そんな余裕は俺にはない。まぁ、七海先生の方は、敵じゃなくて、人として見てたようだがな………畑山先生、あんたの言う寂しい生き方っていうのは色々考えさせられた。七海先生も、本当は俺にこんな考えを持ってほしいなんて思ってないことも理解してる。けど、そう簡単に変えられない」

 

凍結した清水の遺体を見てハジメは言葉を続ける。

 

「違うって思うなら、先生も思った通りにすればいい。だが、俺に敵対するなら、たとえ先生でも引き金を引くことを、俺は躊躇わない。それだけは覚えていてくれ」

 

もう用はないと言わんばかりにハジメは踵を返し、ブリーゼを取り出してウィルを呼ぶ。ここを去るのだろう。

 

「南雲君、頼みがあります」

 

「………!」

 

「私を、君の旅に同行させて欲しい」

 

一瞬静寂が部屋の中を満たす。

 

「な、七海先生⁉︎」

 

すぐに園部が声を出して驚き、他の生徒達、パーンズとマッドも声こそ出さないが驚き、愛子はもはや眼に光が消えて七海の背を見る事しかできない。

 

「………聞いていいか、なんでだ?」

 

「その答えは、君が1番知っていると思うのですが?」

 

ハジメの眼には確信と疑心という相反する感情が混ざっている。七海が共に行きたいと言う理由はわかっているが、七海という人間に対する疑問があった。あの力は、能力はなんだ、という疑問だ。もちろん他にも同じ気持ちを持つ者はいる。だが、彼らは七海への強い信頼がある。しかし、ハジメは少し違う。信用してはいる。だが、疑問がいつか自分を蝕む毒にならないかというリスクがある。それを踏まえてハジメは言った。

 

「ウルの町に荷物があるならさっさと取って来てくれ。30分以内に用意できなきゃ置いてく」

 

「ありがとうございます。15分あれば問題ありません」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ七海先生‼︎説明してくれよ‼︎」

 

「南雲について行くってどういうことですか⁉︎」

 

玉井と宮崎が説明を求めてくる。

 

「時間がないので簡単に言うと、君達を元の世界に帰す為です。詳しく聞きたいのなら、メルドさんか、白崎さんか、八重樫さんに聞いてください」

 

「…やはり、ですか」

 

「おい、マッド。お前知ってたのか?」

 

「なんとなくだがな」

 

七海は少しだけ息を出して、もう少し説明しようと思い、続ける。

 

「そもそも私は、南雲君にこの世界の魔物を調べる事と自身の術の理解を深める事、さらにこの世界の様々な事を調べるように頼んでました」

 

異世界から過去に召喚された者が他にいないか、召喚する魔法に関する調査、この世界の各地にある伝説や謎。それらに帰る手段のヒントがあるかの考察だ。

 

「私がしていたら怪しまれますが、南雲君は当時《無能》の烙印を押されていた。故に、彼に他の方々…特に教会の人達からの眼が向く事は無いと判断したんです」

 

「で、見つかったら見つかったで、それを手に入れる為に、どの道王国を離れる算段だったって事だ」

 

ハジメは頼まれていた張本人。知らないはずもなかった。

 

そこでわかった。なぜ七海は危険なのに迷宮へ行く事を最初承諾したのか、なぜ、光輝達を香織の意思があったとはいえ急速に強くしたのか、その全ては離れても死なないように、自分の命や王国にいる他の戦わない生徒達を守る為だった。

 

「既に迷宮攻略をしている方々は、私が離れても、私より強い相手が来ても、生き残れると判断しました。そして、貴重な戦力である他の生徒も、王国や教会が捨てるとは思えない」

 

だが、当然これにはリスクがある。まず、七海が離れることによって彼らがどう利用されるかわからない事。次に、生き残れる可能性はあるとはいえ、死ぬ可能性もあること。そして――

 

「私が異端認定されたら各地を巡る時に面倒になる。そのリスクだけはどうにかしたかった」

 

それが今、移動は車という高速手段があり、異端認定されてもどうにかなる為の手段が、ハジメという自身より強い強者にある。ここでは言わないが彼にもそのリスクがあるのはわかり、何かしらの手段は今回の愛子の件も含めていくつかあると踏んだ。

 

「可能性の高い物があり、リスクはある程度解消された。……私が今君達にすべきは、1人でも多くの生徒を元の世界に帰す事です」

 

だから、動く。だから去る、彼らから、愛子達から……

 

「ただ……パーンズさん、マッドさん」

 

「「!」」

 

「この先の旅は、私で最低ラインです。あなた方は足手纏いになる。こんな事を頼むのは間違っているでしょうが、彼らを、畑山先生や他の生徒達を任せていいですか?」

 

七海のこれからする行動は、人間族の未来に関わる。勇者含めた戦力を失うことにつながる。

 

「「ハッ!お任せください‼︎」」

 

「お、おい貴様ら‼︎」

 

彼らは受け入れた。七海への思いはわかるし、なによりメルドが認めているという事も大きかった。

 

「ありがとうございます。それと、君達を元の世界に戻しはしますが、私は残るつもりでもいます」

 

「「「「「「え⁉︎」」」」」」

 

「私は南雲君と違い、別にこの世界の人達がどうなってもいいというわけではないんです。それに、仮に戦争が終わらなければ、また君達を身勝手なエヒトが召喚する可能性もある。それもどうにかしなくてはいけない」

 

「き、貴様!エヒト様を侮辱するのか‼︎」

 

「神の御使として呼ばれてその態度、許さんぞ‼︎」

 

神聖騎士の面々は怒りと共に剣を抜こうとするが、愛子の護衛の生徒達が立ち塞がる。

 

「七海先生になんかしてみろ!ぜってー許さないからな‼︎」

 

「私達の為に、いつも、いつも、戦ってくれて、南雲について行くのも、すごい考えて決めた事なんだって分かってる‼︎」

 

「清水を見殺しなんて本当はしたくなかったんだって事もな‼︎」

 

「!」

 

彼らの言葉で愛子の眼に光が戻る。

 

「お前達……!愛子、そこを」

「どきません‼︎」

 

立ち上がり、生徒の前に立つ。

 

「私の有用性はあなた方もわかってますよね?私を利用し続けるなら、そうしてもいいです!けど、七海先生への干渉は一切させません!」

 

「畑山先生?」

 

「正直、私は七海先生のとった行動を、容認できません。でも、これから生徒の為に動くなら、止められない」

 

「……………」

 

「だから、早く行ってください。そうじゃないと、嫌いになります」

 

一礼し、早足でウルの町へと戻る。パーンズとマッドも荷物整理を手伝う、と言ってついて来て、ハジメ達も何故かついて来た。

 

「ここで待つのはなんかめんどくさいからな」

 

との事だ。

 

 

準備は早く終わり、軽い手荷物のみで済んだ。

 

「荷物、あんまないんだな」

 

「元々ここに来たのは清水君の捜索がメインでしたから」

 

ハジメはブリーゼを出してそこにもたれていた。シアとユエはすでに中の後部(・・)に入っており、何か話していた。

 

「まず旅の目的の前に、ウィルをフューレンに送り届けるが、いいよな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「……あの、お2人とも本当にいいのですか?愛子殿と話すべきでは?」

 

ウィルはあまりにも不憫な彼女に同情してそう言うが、七海もハジメも「あれでいい」と言う。

 

「これ以上いても面倒にしかならないからな」

 

「彼女自身も我々がいない方が冷静にもなれます。それに、あのまま話しても、何も進まないですし」

 

「あの、あなた方は建人殿のお付きなのですよね?何も言わないで良いと思ってるのですか?」

 

パーンズとマッドはその問いにコクリと頷く。

 

「建人殿が決めた事だ。我々はそれに寄り添う」

 

「我々のことも考えてくださっている方に、これ以上言うことなどありませんよ」

 

それでも何か言いたい事があるのかウィルが声を出そうとしていると、後方から園部達が走って来た。

 

「皆さん、どうしました?畑山先生は?」

 

「2人に言いたい事があるって言ったら、なら行って下さいって言われて…」

 

「悪いが俺はもうお前達と話す事はないぞ」

 

園部は息を切らしながら続ける。

 

「言いたい事はいっぱいあるけどそれぞれ1つずつにする。まず南雲、あの時、大迷宮で助けてくれてありがとね‼︎」

 

園部の言うあの時とはハジメが奈落に落ちた時の事だ。

 

「ちょっと落ち込んでたこともあったけど、助けてくれた命は、絶対に無駄にしないから」

 

きょとんとした表情でハジメは見る。

 

「これから先、なんの役にも立たないかもしれない。……悩む事もいっぱい出てくると思う。それでも、立ち止まることだけはしない。拾った命、助けてもらった命を無駄にしない」

 

ハジメはフッと小さく笑う。

 

「なかなか根性あるじゃねーか。多分だけど、お前みたいな奴は強くなるよ」

 

少し間を置いたが、コクリと園部は頷き、次は七海の方を見る。

 

「七海先生、清水の事は、どう整理すれば良いかもわかってないし、愛ちゃん先生に関しては、今はそっとしておくのが良いと思う。けど、先生が色々考えて今の行動をしてるのもわかってる。きっと、私達以上に悩んで考えてるのも……だから、また会った時は愛ちゃん先生ともう1回話をしてください。正直、七海先生と愛ちゃん先生が仲悪いところとか、見たくないんで」

 

七海は一瞬眼をハジメに向けて、すぐに園部を見る。

 

「……この先の旅はより危険で、私も死ぬかもしれない。だから約束はできません。しかし、もう1度あった時は、話をしましょう」

 

パァと園部達は明るくなる。

 

「いってらっしゃい、七海先生!」

 

「気をつけて!」

 

「おい、南雲!七海先生に迷惑かけるなよ!」

 

「わがまま言うなよ!」

 

「俺はガキか‼︎」

 

「君は子供ですよ。少なくとも私より」

 

「七海先生〜ちょっとは俺のフォローもしてくれていいんじゃないかぁ〜」

 

額に血管が浮き出ているが、七海は無視して前のドアを開けて車内に入る。イラァとしたままハジメも運転席に乗り込み、発進させる。生徒達は見送った後、各々の意思のもと、歩み出した。

 

 

 

 

北の山脈地帯を越えて、広大な大地を高速で駆けていく。その車、ブリーゼの内部は沈黙で満ちていた。ウィルは何か言いたいのだが、それができないくらいに沈黙が重い。原因は前の席に座る2人にあるのはわかるが。シアとユエはハジメに事前に言っていたのでこの後の事もわかっている。ティオの方は入ってきたばかりなのもあるがこの状況は何かあるなと判断して黙っていた。

 

周囲に人の気配も魔物の気配もない場所になったとき、スピードを落として停車させた。

 

「急ぎの旅なのでは?もう少し進んでもいいでしょう?」

 

「ああ、進むぜ。用事を終わらせたらな」

 

ハジメは懐のドンナーを出して隣の席にいる七海に向けて構える。ウィルは突然の事に右往左往している。

 

「先生、色々と答えてもらうぜ。それ次第ではこの場であんたを殺す」

 

「………わざわざここに来てそうするというこうとは、旅の途中で私が死んだということにできるからですか?」

 

「あぁ、そうだ。畑山先生のもとに得体の知れない奴を置いておくより、連れてきた後で殺した方がいいからな。それにあの場で殺せば、他の奴らが鬱陶しいしな」

 

間違いなく実弾が入っている銃器を突きつけられた状況にもかかわらず、七海は平然とした表情と態度で言う。

 

「嘘ですね」

 

「あ?」

 

「君の実力ならあの場でどうとでもできた。それをしなかったのは、彼らに心の傷をつけない為だ。そして、ここで質問するということは、私が彼らに話したくない内容なのだと思ったから……だいたいそんなところでしょう?」

 

「………」

 

「沈黙は肯定と見ていいですか?」

 

いつか聞いた事があるセリフをまた言われ、ハジメの中で目の前にいる人物の警戒度がわずかに上がる。

 

「そもそも、私を前の席に座らせた時点で違和感がありすぎです。彼女達、特にユエさんは君の隣に座りたがっていましたしね」

 

ユエ達が後部座席にいたのを見た時から、すでに七海は自分に何かするつもりか、隣にいる事で監視しやすくする為かと考えていた。

 

「引き金に手をつけて脅しても、殺す気がないのでは意味がない。まして、殺すのなら何も聞かずに殺せばいい。君は私を殺す事を迷っている」

 

ハジメの眼が見開き、一瞬指が動くがそれはどうにか七海には気付かれなかった。

 

「なんで、そう簡単に言える」

 

「君がわかりやすいだけです。これまで君がどのような大人と会ってきたかは知りませんが、きちんと観察のできる大人ならすぐわかる。大人を舐めないでください」

 

ハジメがこの世界に来て、確かにロクな大人というものを見てはいない。強いて言うならメルドだが、彼の場合は過ごしてきた期間が七海よりも少ないのもあり、ここまでハジメの行動を読めない。

 

また、七海は生まれ変わってからの期間もあり、社会経験は普通の大人以上。観察眼はハジメの想像の倍以上である。

 

「さらに言わせてもらうと、あの時もそうですが、どうして君は清水君の武装解除をしなかったんですか?」

 

「?」

 

「あの時君は清水君を気絶させて連れてきたなら、そのくらいはできたはず……そうしていれば、あのように面倒な事態にはならなかった可能性もある。わざとにしても抜けていたにしても、あれは君の油断が生んだ結果だ。一歩間違えていたら畑山先生どころか助けに入ったシアさんも死んでいた」

 

「‼︎」

 

質問していたはずが逆に質問をされ、注意を受ける。「質問に質問で返すな」と言えばそれまでなのだが、七海の言うことが事実なのもあって言い返せなかった。

 

「とここまで言いましたが、君の質問にも答えないといけないですね。どの道、この先一緒に旅をするならば、秘密にはできないですし、君から信頼を得るには話した方がいいでしょう」

 

七海は後ろにいるシア、ユエ、ティオ、そして最後にウィルを見た。

 

「あなた方にも伝える事になりますが、できれば他では秘密にしていただきたい。特にウィル君、君はこの後我々から離れるので」

 

「は、はい」

 

ウィルは即答したが――

 

「正直、私はあなたに興味がないからかまわないけど、あなたの答えとハジメの考え次第」

 

「そうですねぇ…私もユエさんと同じですぅ」

 

「妾はこの身に与えられた痛みの理由を是非とも知りたいのじゃぁ!」

 

他の3人はなんとも反応の困る答えだった。特にティオ。

 

七海は「ふぅ」と一息ついてからゆっくりと話しだす。ハジメはいまだに銃を向けられているにもかかわらず、足を組んで話しだす七海に若干イラァと子供らしい反応をする。

 

「まず、私はこの世界の住人じゃない」

 

そんなことは今更言わずとも知っていると視線が語るが、七海は無視して続ける。

 

「しかし、君の世界の住人でもない」

 

「は?」

 

「より正確に言うなら、君が住む世界と同じく地球のという名の日本で住んでいました」

 

ハジメは、その考えが頭をよぎらなかったわけではない。七海のあまりにも他とは違う強さ…ハジメに他にも異世界転移してきた人物がいないかと聞かれたときも、今思えば、自分という事例があったから。

 

「しかし、ここから先は正直私にもよくわかってないのですが、その世界で私はある任務の途中で死にました」

 

「え、は」

 

さらなる衝撃。ハジメは転移してきた存在と思ったが違った。七海が経験したのは…そして任務とは…

 

「そして、気付いた時は多少……いまより多少、7〜8ほど若くなってました」

 

(やけに微妙な数字だな)

 

「なにか?」

 

「いや、なんでもない続けてくれ」

 

くだらないことを考えてるのをなんとなく感じたが続ける。

 

「そして、私の世界にあった力を持ったまま私は新たな命を持った。君が見たこの力、呪力を持ってね」

 

「じゅ、呪力?」

 

「そう。呪いの力です。…あらためて名乗りましょう。東京都立呪術高等専門学校…通称、呪術高専所属、1級呪術師、七海建人です。君の質問に、私が知っている事であれば全て話しましょう」

 

 




ちなみに
浅薄愚劣: 考えが軽薄で、知識が浅く、愚かなこと
清水を表す言葉として何がいいだろうと思い、最初は『固陋蠢愚』もいいかなと思ってましたが、これは頭の視野の狭い人のことでもあるが=軽薄ではないので違うなと思い、でも『愚』はつかいたいと思って探したらコレいいなと思いましたが、いかがでしょうか(ゲラゲラ)

ちなみに2
七海の清水に言った言葉の一部は私の考えもあります。ほんと、何回読み返しても、理解できない。勇者になりたいから自分の同郷の人、しかも大切思ってくれている人をその他大勢と共に殺すって…うん理解できない。俺だけ?
あとそんな奴をせよ生徒だからって理由で助けようとする愛子はまじでイカれていると思うのも俺だけ?

ちなみに3
本編に書けるかわからないのでここに書くと、清水君が見えていた理由は彼は脳が呪術廻戦の世界の一般人に近い脳だった為です。こんな人がハジメの世界で生まれる確率は低いです

ちなみに4

十劃呪法: 牽々(グラグラ)

あらかじめ7:3の点を決めて、そこに起点を起き、その後で比率の線を作り、本来ならできない地面に術を発動させる拡張術式。
発動条件は1、7:3の比率の点に置くべき自身の呪力。2、自身と自身以外の呪力で線を作る

発動条件が難しいので出そうと思えば威力は結構出るがそれは揺れのみ。放出される呪力は拡散するので威力はどこまでいってもザコ専用。でも2級くらいなら祓うことはできる




最後に、この話で第一章が終わった感じです。
次だす前に呪術廻戦の本編をしばらく見ておくのと、ありふれた職業のほうもちょっと読み直しをするべきところがあるのでしばらくストップします。が、できるなら10月31日は出したい


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何度でも

初の漢字オンリーじゃないタイトルです
理由は後書きで




呪術廻戦2期、不安になってきた

せめて渋谷事変まではそのまんまに……できないかなぁ〜、死滅回遊からは完全別人として見れるんで
無理かなぁ〜やっぱりぃ


「別の世界の地球から来た、呪術師ぃ?」

 

「えぇ。まぁ信じられないのは当然で」

「つまり、先生は異世界転生者ってことか!」

 

「…………は?」

 

ハジメの顔に驚きと多少のワクワク感が出ていた。

 

「まぁ、確かに。元の世界でも中型車を素手で移動させたりしてどう考えても普通じゃなかったしな」

 

(あぁ、見てたの南雲君でしたか)

 

視線は感じていたが何事もなかったので七海も忘れかけていた。

 

「こっちに来てステータスもありえない数字だったから何かしら秘密はありそうだと思ったし、俺等とも違う世界から来たんじゃねーかとは思ったが、まさか転生者とは思わなかったぜ。微妙な転生の仕方だけどよ!」

 

少しずつ饒舌になって興奮してきているハジメを隣で見ている七海も、後部座席にいるウィルもぽかーんとしている。シアとユエもいつもと違うハジメの表情に新鮮さと驚きを感じていたが、それが見れたことが嬉しいのか、にっこりと笑っていた。

 

「あの、南雲君」

 

「ん?」

 

「異世界から誰かが来る、もしくは行くというのは君の世界ではよくあることなんですか?」

 

「んなわけあるか!って…あぁそっか、七海先生そういうのは読まないだろうしな」

 

結構衝撃的で荒唐無稽なことを言ったのにあっさりと受け入れられる事に、七海は困惑を隠せない。

 

「というか、君は信じるんですか?こんな荒唐無稽な話を」

 

「なんだ、嘘なのか?」

 

「いや、嘘ではないんですが…そうあっさりと受け入れられると逆に困るというか、困惑するというか…私がおかしいんですかこれ?」

 

「いえ、建人殿。多分感覚はおかしくないと思います。私も驚きと疑念の方が多いですし」

 

黙っていたウィルがツッコミを入れ、七海はそれが普通だろうなと思っていると、ハジメが声を出す。

 

「七海先生がそんなくだらないこというわけないし、そもそも異世界転移してる事も荒唐無稽だろ?」

 

「それは…まぁそうですね」

 

七海はどうにか納得するが、同時に「普通どうにか納得するのは相手の方では」とも考えていた。

 

「んで、先生がマジで呪術師なんだとして、なんで俺含めて誰にも言わなかったんだ?畑山先生にすら言ってないみたいだし」

 

「いくつか理由がありますがその前に、現状このことを知っているのは君達を除けばメルドさんだけです。話さなければいけない状況になったので」

 

「ふーん。で、それで理由ってのは?」

 

そこはあまり興味がないのか素っ気なく言い、理由を聞く。

 

「全部言わなければいけませんか?」

 

「全部だ。先生が別世界から来たのを信じても、信用できる奴かはまだわからないからな」

 

わかってたこととはいえ面倒だなと思いつつ、質問に全て答えると言ったのだからそれを実行する。

 

「まずひとつ目、これはメルドさんにも言いましたが、君達の世界でそんな話をすれば変人と思われますし、別世界に来て混乱してる状況で言って余計に混乱させたくもなかったんです」

 

「それはまぁ確かにだが…今日この日まで黙ってた理由にしては弱いな」

 

「2つ目は教会の存在ですね。呪力というこの世界にない力を持っているというだけで異端者認定される危険があるので」

 

初めてイシュタルと話をした時、恍惚とした表情と神が全てという思想を見せた彼が、神聖さとかけ離れた呪力を認めるなど到底ありえない事を、七海に確信させた。

 

「それでも俺等に教えてもよかったんじゃないか?せめて畑山先生とか」

 

「漏れる可能性は少ない方がいいですし、彼女は隠すのがあまり得意ではない。どこかで表情に現れる。特にそれが原因で天之河君に知られたらどうなると思いますか?」

 

「そりゃあ…」

 

ハジメが行き着いた考えを七海に言う前に、七海はその答えを出す。

 

「きっと彼はこう言う。「呪いの力だって⁉︎そんな危ない力を持つ人の言う事なんて信用できない。皆を危険に晒す力だ!」そうなれば私は1発で異端者認定されて皆を守る為の訓練もできなくなる」

 

「…納得だ」

 

まさに言いそうな事を的確に言ったのを聞き、納得する。

 

「んじゃ、次の質問。そもそも先生の言う呪術師って何をしてたんだ?」

 

「それを説明するには、まず私の世界の呪いと呪霊について説明しなければなりませんね」

 

そこから先、さまざまな事を世間話をするかのように七海は自分の世界のことを語る。

 

「日本の変死者、行方不明者の年平均は1万人を越えると言われています。そのほとんど……私のいた地球の日本での原因は人間の肉体から出た負の感情、呪い…それらが集まり形となって生まれる異形の存在、呪霊。君にわかりやすく言うなら、怨霊や昔話に出てくる妖怪などが良いかもしれませんね。その為、普通の人には見えません」

 

呪霊について、呪術師について。

 

「呪いに対抗できるのは同じく呪いのみ。私は呪術高専で呪いとそれに対抗する勉学を通常の授業と共に学びました。卒業後には大抵が呪術師として活動しますが、私は1度一般企業で働き、4年ほど経って呪術師として出戻りました」

 

古今東西、知らないことを知るのはだいたい楽しい。それが別世界の地球人からのこととなると尚更だ。こんな姿になってもオタクに属するハジメには本当に楽しいものだった。特に彼にウケたのはこの話だった。

 

「高専卒業後はサラリーマンやってたって?なんですぐに呪術師にならなかったんだ?」

 

「私は高専で学び、気付いたことは…呪術師はクソだということです!」

 

「えぇぇ」

 

「そして一般企業で働いて気付いた事は、労働はクソだということです!」

 

「あんた今は教師だよな!」

 

とはいえハジメも否定はしない。家族の手伝いで締切が近い日などまさに地獄。他の仕事がどうかは知らないが大抵労働はそんなものだろうと考えていた。だがそれを教師である七海がいうのは間違ってないかと思ってのツッコミである。

 

「まさか教師がそんな事を生徒の前で言えるわけないでしょう。しかし、今は状況が違いますし、君の質問には全て答えると言いましたから。まぁ、そんなわけで、同じクソならより自分の適正に合った方を選んだだけです」

 

(くれぇ)

 

(暗い)

 

(暗いですぅ)

 

(暗いのじゃ…)

 

(労働って…)

 

先程、呪術師はある程度イカレていなければ務まらない仕事だと聞いていたハジメ達は、それを理解する。

 

「なるほど、イカレてるな。命懸けの仕事ってか、本当に死ぬような仕事をそんな理由でできるくらいなんだからな」

 

「それを言うなら君や他の皆もそうですよ。一応言っておきますがその身体になる前からです」

 

「ハァ⁉︎」

 

心外だとハジメは思う。確かに今は色々と規格外になって考え方も変わった。だがそうなる前からイカレていると言われても、ハジメはそんな事ないと言える。

 

「いやイカレてますよ。自分が弱者だとわかっているのに、帰るという理由があったとしても、戦う選択肢を選ぶ。死ぬ可能性があると理解した上でだ。あの時理解して戦うのを放棄した人もいたのにですよ」

 

「う、うぐ」

 

「ちなみに、皆さんの訓練をする上で、訓練から戦闘に移っても良いと私が認めた人はあの時点で例外を除いて7人ですが、その中で最もイカレていたのはその例外の天之河君です」

 

「あ、それはなんとなくわかる」

 

すぐに納得できる答えが七海から出るたびに、ハジメはこの人はやっぱり人をよく見ているなと思っていた。

 

「他にも聞きたい事はありますか?」

 

「…正直あるがいまはあとひとつくらいかな」

 

「なら、それを答えれば同行を許可していただけるのですか?」

 

「いや、それとこれとは話が違う。なにせあんたは俺の邪魔をしたんだ」

 

「邪魔?」

 

「なんであの時、俺が清水に止めを刺すのを止めた」

 

敵は殺す。その意志の元で行動する今のハジメにとって自身の行為を邪魔する存在も敵だ。故に、七海がこれからついてくるにあたって前回のように邪魔をしてくるなら、敵になる可能性もあると考えた。しかし七海は「そんな事ですか」と呟きため息を出す。

 

「その答えはあの時言った筈ですよ」

 

「………あの言葉か」

 

それは、七海がハジメを止めた時に言われた事。

 

「それは、余計なお世話ですよ。だったな」

 

「ええ。その通りです。それはおそらく後ろにいる方も数人は理解しているのでは?」

 

七海の言葉にウィルが反応する。ユエは小さく「まぁ」と呟くあたりわかっているだろう。シアとティオは違和感を感じていたがその理由まではわからない。

 

「あの時、清水君は既に致命傷を負って、どうやっても死ぬしかない状況でした。それを、敵だからという理由で殺すのは不自然だ。となれば、理由は畑山先生でしょう?」

 

「…ちっ!」

 

図星の為舌打ちをするが、ユエ以外はよくわかってないのか頭の上に「?」が出ていた。

 

「魔人族の狙いが畑山先生で、その為に清水君を利用していたのだったら、あの状況は魔人族にとって千載一遇のチャンス。清水君ごと殺しても魔人族側に痛手はないんですから。…清水君の死に彼女には責任はない。だが、畑山先生がもしその事に気付けば、自分のせいで彼が死んだと思えば、彼女の矜持が崩れて、心が壊れてしまうかもしれないと思った。だからそうならないように気を逸らすのが目的だった」

 

「そこまでわかってんならなんで止めた。もし畑山先生が…」

 

「それが、余計なお世話なんですよ」

 

七海は知っている。彼女がどういう人物かを。

 

「むしろ自分の生徒が自分のせいでそのような選択をしてしまったのだと、自問自答してしまう可能性もある。そんな事をしても結局彼女は気付きます。きっと1度は心が折れるでしょう」

 

「だから、なんで⁉︎」

 

「それでも、彼女は立ち上がりますよ。何度でも」

 

静かに、しかし強い声で七海は言う。

 

「大人を舐めすぎですよ南雲君。確かに、彼女は見た目が他の生徒より幼く見えますし、考えも甘い部分が多い。しかし理想だけではなくちゃんと現実も見れる人だ。そして、彼女も私と同じ…… いくつもの小さな絶望を積み重ね、酸いも甘いも乗り越えてきた、1人の大人です」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「もう1度いいますよ。たとえ君がああしなくても彼女は立ち上がる。何度でもね」

 

七海は他者に対して過小評価も過大評価もしない。それをハジメはわかっている。だからこそ、その言葉に深みを感じた。

 

「私も、その意見に賛成」

 

「ユエ?」

 

「たとえあの時ハジメが殺しても愛子は気付く。けど大丈夫…ハジメの心に残る言葉を贈れるなら、それは自身が強い心を持ってないとできない。だから、どうなってもハジメが望む結果にはならない」

 

またも甘い雰囲気になり、シアは羨ましそうな顔をし、ウィルは惚気を見て赤くなり、ティオは「こういうのも悪くないのぅ」と身体をくねらせる。

 

「甘い雰囲気になるなら、この銃を下ろしてくれてもいいんじゃないですか?」

 

そしてそんな状況でも、ハジメはしっかりと銃を向けておりいつでも発砲できる状態だ。

 

「……話はわかったが、それでもまだ一緒に行くのはなぁ」

 

「私があなたの邪魔をするのを恐れているのですか?なら、こうしましょう。私はあなた方の旅に同行しますが、反対意見を言っても最終的な行動は南雲君の判断に必ず寄ると誓いましょう」

 

「口約束じゃ信じられないな」

 

「もちろんただの約束ではないです、これは〝縛り〟です」

 

「縛り?」

 

「ししししし、縛りぃ!何という甘美なひ、び、きなのじゃぁぁ」

 

「………」←こめかみに青筋が出ている

 

(やばい、七海先生がキレかけてる⁉︎)

 

このままではまずいと思いハジメは話を戻すことにした。

 

「縛りとは、呪術における重要な因子の1つであり誓約です。なんらかのリスクや制限を自身に掛けることで、引き換えに術式の性能の底上げや、呪力の増加など、メリットを得ます。既に君にも見せていますよ」

 

いつだとハジメは考えると、2つほど可能性が挙がった。

 

「自分の能力、手の内を明かすのと……時間外労働って言ってたやつか?」

 

「そうです。自身の手の内を明かす、即ち術式の開示は術師にとって最もポピュラーな縛りです。もうひとつの方は時間による縛り。私は呪力を普段から50%〜60%ほど抑えています。それを一定時間行い続けて、その一定時間本気を出さないという縛りによって1日の行動時間が8時間過ぎると抑えていた分だけ呪力量と出力がしばらくの間上がります。ちなみに、この世界に来た影響なのか、私の呪力量と出力が上がっており、以前は20%しか落としていませんでした」

 

「なるほどね。ちなみに約束を破るとどうなるんだ?」

 

「個人で結んだ縛りは、破っても自身の能力が低下する程度ですが、他者間で結ぶ場合はそうはいきません。命に関わるだけでなく、自分以外の周囲にすら影響が出る可能性がある。君の場合ユエさん達にね」

 

その為これは相手が裏切らないように行動を縛るために用いられることが多いと、七海は付け加える。

 

「俺がこの場で先生の命を人質に厄介な縛りを課す事もできるし、逆もまた然りじゃないか?」

 

七海が何かしらの人質をとる事はないだろうが、その可能性も考え質問する。

 

「それはできません。これは性質上、互いが縛りだと理解して結ぶ必要があり、しかも利害の一致が必要となるので、人質などで脅して無理矢理他者との縛りを結ばせるという事はできません。この世界に来てイシュタルさんにそれをしなかったのは、そもそも私が呪術師である事を教えられないのもあって、できなかったからです」

 

逆にそれが、今回七海がこうして行動に移ることができた理由でもある。

 

「さ、どうしますか?」

 

「……条件の追加だ。俺とシアはどういうわけか呪力が見える。なら、呪力が使える可能性もあるって事だよな?」

 

「正直わかりません。呪霊や呪力が見えても、呪力の使えない人の方が多い。おそらく清水君はそのタイプか、もしくは彼の脳が私の世界の一般人に近い脳だったのでしょう。脳と呪力の関係は未だわかってませんが、一般人でも死に際や命の危機、帳を下ろした時など、特殊な状況なら見えますから」

 

「なら、もし使えるならその扱いを教える、これが2つ目だ。そのかわり、他の奴らも元の世界に帰すと約束する。ただし、自分から帰りたいって言う奴だけな」

 

これからの事を考えると力は多い方が良いという考えだが、七海的にも賛成だった。もうひとつの可能性……呪力と魔力を両方使った身体強化の可能性も考えて許可した。

 

「かまいません。天之河君が駄々をこねた場合は無理矢理帰すので。それと、もうひとつ条件を出して良いですか?」

 

「…なんだよ?」

 

七海の出す条件を聞いたが、ハジメにとって都合の良い部分が多かったので了承し、無事縛りを結び、ようやく銃を下ろして出発をした。

 

そして、条件とは別に七海はあるお願いをした。

 

「つけ心地どう?あと、本当になんの能力もないただのグラサンだけどいいのか?」

 

「かまいません。それに魔力のない私ではアーティファクトなんて使えないですからね」

 

それは、メガネのつるの部分がないサングラス。以前七海がつけていたものと同じデザインだった。

 

 

 

その後もしばらく走行する途中でもハジメは質問してくる。

 

「じゃあさ、先生が思う1番強い術師って誰?」

 

それはハジメが「先生より強い術師っている?」と聞いて、「いる」と七海がハッキリと即座に言ったことで興味が出て聞いた質問だ。

 

「五条……五条悟さんですね。私の高専時代の先輩の1人で、4人しかいない私の1級より上の等級、特級術師の1人でもあります」

 

「そいつと俺、いま戦ったらどうなる?」

 

「そうですね……彼の切り札はそうそう使うものではないですし、君は私より圧倒的に強く充分特級に値する実力です。それも踏まえるとまぁ、3分戦えればいいなと言ったところでしょうね」

 

「ふーんそんなもんか」

 

しばらく無言になって3分ほど経ったくらいだろうか、七海が切りだす。

 

「南雲君」

 

「んー?」

 

「勘違いしてるようなので一応言っておきますが、君が3分で負けると言っています」

 

「ハァァ⁉︎」

 

「しかしそんな調子では過大評価かもしれないですね。1分で負けると思います。それも本気を出すまでもなく」

 

「なんでだよ⁉︎」

 

「なんでもなにも、彼、五条さんが真の最強だからですよ。無下限呪術と呼ばれ、収束する「無限」を現実にする術式です。あの人の周りには術式によって現実化させた〔無限〕があり、近づく物は無限に遅くなっていき、距離は決して0にならない。すなわち攻撃は一切当たらない」

 

「けど、それなら持久戦に持ち込めばいいんじゃない?魔力と呪力の関係はわからないけど、そんな力をずっと維持しておくなんてできるはずがない」

 

ユエは魔法の観点で見るがその考えは間違ってない。………本来なら

 

「それに関しても、彼は〔六眼〕と呼ばれる特殊な眼を持っており、これによって緻密な呪力操作を可能となり、呪力消費のロスがほぼ無い。さらにこの術は長時間使うと脳にダメージがありますが、反転術式と呼ばれるこの世界でいう回復魔法を常に行っているのでそれも問題になりません」

 

「なんだその規格外(チート)

 

つまり常時最強の防御を展開して常時回復するが一切MPを消費しない。常にHPもMPもマックスということ。

 

「遠距離から攻撃しても術式の応用で瞬間移動もできる。彼と相手との距離は常に0にして無限なんです。当然攻撃力は今の私以上です」

 

「なるほど、勝てるわけないな」

 

そこでようやくハジメは認めた。

 

「建人殿の世界は、そんな恐ろしい存在が多いのですか?」

 

「一部の人間ですよ」

 

「でもそれレベルがまだ3人もいるんですよね、話を聞く限り」

 

「その五条とやらは、たとえ妾達全員でかかってもどうにもならなさそうじゃしな」

 

「あとそんなのが先輩っていうのが同情するしかない」

 

「ついでに、性格は最悪です」

 

「「「「「うわぁ」」」」」

 

今彼らは本気で七海に同情していた。

 

そんなこんなで進んでいたが、七海の話を聞いていたのもあって今日はフューレンに着くことができず、野宿する事になった。錬成で機材一式が揃っていたので、とあるひと悶着があったものの充実した野宿だった。

 

そして、食事のあと早速呪力について教えることとなった。

 

「まず、最初に言います。知っているでしょうが、呪力とは読んで字の通り、呪いの力、負の感情の力です。それを扱うということは、呪術師になると同じです。呪術師には、悔いのない死はないと言われるほどです。それを扱い続けて潰れる人も多い。それでもやりますか?」

 

と問うがハジメの方は問題ないと思っている。ある程度のイカレ具合が必要でもあるがそれは合格点だからだ。故に、心配なのはシアだが

 

「問題なしです!というか、これから先のこと考えて色々と教わりたいです!」

 

少し観察し、何か思ったのか小さく頷いて承諾した。今のハジメと行動するという意味を彼女は理解している。

 

「余計な心配でしたね。……では、始めましょう。まずは呪力を捻出するところから。先程も言いましたが呪力は負の感情から生まれるエネルギー…怒りや恐怖などですね」

 

「つまり、使う時は常に泣いてたり、怒ってたりしないといけないってことですね、なるほどぉ(だからいつも怖い顔なんですねぇ)」

 

とシアが七海を見て言う。

 

「失礼な事を考えてそうですが、違います」

 

と七海が言うと見学していたユエとウィルも「え、そうなの⁉︎」という顔になり、ティオに至っては常にハジメがあの眼差しになる良いチャンスだと思っていたのでがっくしとする。

 

その光景にちょっとイラァとなるが無視して続ける。

 

「全ての術師は僅かな感情の火種で呪力を捻出する訓練をしています。感情が大きく振れた時に呪力を無駄遣いしないように」

 

「魔力も確かに感情によって出力が変化する……本当に似てるな」

 

「エネルギーとしてはね。とりあえずその訓練は後にしてまず、ちゃんと呪力を捻出できるかどうかです。自身がもっとも感じた怒り、恐怖、それを思い出してそれを拳に乗せてみてください」

 

「それなら簡単だな。あの奈落に落ちた時に、それは充分に感じた。それを込めるだけだろう」

 

さっそくハジメはその時の絶望感、怒り、悲しみ、恐怖を思い返してグッと拳に力を込める。

 

「ってまったく出ないんだけど」

 

「まぁ、そう簡単に出るなら苦労は」

「あ、ちょっと待ってくれ、出たぜ!」

 

ハジメの言う通り水色のエネルギー(・・・・・・・・)、呪力が拳に現れる。

 

「えーハジメさんすごいですぅ。私全然出ないのにぃ」

 

「さすがハジメ…私には見えないけど」

 

「僕にも見えません」

 

「妾もじゃ。見えんとなるとどう感想を送ればいいかもわからんのぉ」

 

「へへ。どうだ先生……先生?」

 

その呪力を目の当たりにした七海は、サングラス越しに眼を見開いて隠せないほどの驚きを見せる。

 

「ありえない」

 

「え?」

 

「ありえないんですよ。呪力のじゅの字も知らない人が、いきなり、しかもそれほど安定した呪力を捻出するなんてありえないんです。いったいなにをしたんですか?」

 

「って言われてもなぁ…なんかできたとしか」

 

七海は考える。これは七海から見ても、呪術師的にもおかしな現象だ。

 

(変化の理由は、必ず何かしらのきっかけがある。虎杖君が呪物を取り込んで呪力を扱えるように何かしらの。となると、1番の彼の変化は)

 

ハジメの変化など、火を見るよりも明らか…

 

「南雲君、正直私は君がその身体になった事に対してそこまで興味はなかったのですが、君がいきなり呪力を安定して使える事の理由として思いつくのはそれくらいです。教えてもらっていいですか?」

 

「別にいいけどよ」

 

ハジメは奈落に落ちてからの経緯を教えた。そして生きる為に、出来ることを全てやった事、その為に自身の術についてさらに深く考察した事。腕が完全にちぎれなかったのは七海が持たせた回復薬が1本余り、そのおかげで錬成をして魔物から逃れられた事。深層の最深部の魔物に当時つけていた装備ごと腕を焼かれた事、その傷を隠し、腕を理想的に動かす為に今このガントレットをつけている事、そして。

 

「魔物の肉を食べた、ですって」

 

「その結果、魔物が持ってる技能をいくつも手に入れて、神代魔法の1つ、生成魔法で物質に固有魔法を乗せることができるんだ」

 

「食べたら身体が崩壊する事は知ってたでしょう?色々本を読んでいたんですから」

 

「そこはさっきも言っただろ?神水があったからだ。それに」

 

「わかってますよ。背に腹など変えれませんからね。それと、君が呪力を使える理由もわかりました」

 

全ての説明を聞き、そこから導かれた七海の仮説。それは。

 

「魔物を食べて肉体が変貌したのと同時に、脳にもある程度の変化があったのでしょう。私の世界でも、脳に影響があって呪力を使えるようになった事例はありますからね」

 

七海は改造人間の事を思い出す。

 

「使っていて、違和感は?身体は問題ないですか?」

 

「あ、あぁ。問題ないけどどうした?」

 

改造人間と同じ事例なのだとしたら、身体に悪い変化があるかと思ったが杞憂のようだ。あるいはそれも神水とやらで克服したのかもしれない。

 

「なら、南雲君も修行方法は変えましょう。……君の実力を見ますので、とりあえず呪力込みで私と戦ってください」

 

新たな力の使い方を教わる為、ハジメはよっしゃと気合いを入れた。




ちなみに
今回のタイトルに関してですが、呪術廻戦でもひらがなもしくはカタカナがつく回はなんか自分の中で全部ではないですが、特別な回が多いという印象があります
例、「もしも」「バイバイ」「裁き」
ここからこの小説の第二章と自分の中で思ってるので、その意味としてもでこうしましたが……話の中で七海が言ったセリフがなんかあの歌の歌詞っぽくなったと後で気付いた

ちなみに2
ウィルの七海の呼び方がパーンズ達と同じになっている=そういう意味ですが、時折前と戻ったり違ったりしてたらそれは自分のミスですのでどんどんお願いします



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ありふれさんぽ:お食事パン(異世界編)

短いので早めにでる。それがありふれさんぽ



パチパチと火が燃え、その周囲を人が囲うように…

 

「あぁ!またユエさんがハジメさんの隣にぃ!私も入れてくださいですぅ!」

 

「いや、だからシアそれは」

 

「うむ、負けておれんな。ご主人様、妾も」

「黙れ変態。そこの炎に焼かれて身を清めてこい、いっそそのまま戻ってくんな」

 

辛辣を越えた罵倒だと言うのに嬉しそうにティオはグネる。そして囲うのは火でなくハジメである。

 

「ったく。もう少し時間があれば、フューレンに着いたんだがな」

 

七海への質問などもあって遅れてしまい、今夜は野宿。

 

「しかし、こんな場所で野宿ですか?」

 

「なんだ、魔物が来るの心配なのか?」

 

「そうではないです。いや、ちょっと前だったらそうですが、今は周囲の掃討された魔物の死骸のあるところでの野宿が問題で」

 

燃やしているのでもう腐敗臭はしないが、それでも嫌なもんである。

 

「わがまま言うな。守ってんだから」

 

「そう、ですね、ハイ」

 

「それよか心配なのはあれだろ」

 

指を向けた先にいるのは七海だ。具材を切り分けている。ちなみに包丁もまな板もその他の調理器具もハジメ製の1級品である。この少し前…

 

「お世話になるわけですから、今日の食事は私が作りましょう。ウルで感謝の気持ちという事でいただいた残った香辛料やら食材がありますし」

 

シアが作ろうとしたが七海はそう言って代わった。拒否してもよかったが、手際を見てシアは彼に任せた。とはいえ、ハジメは七海が作る料理に不安がある。「本当にできるのか」という不安だ。

 

「大丈夫だと思いますよ。代わった時に手際を見ましたけど…」

 

「けど…なんだよ」

 

シアはぐぬぬぬと拳を握り、ちょっと歯軋りをして言う。

 

「私よりも手際がいいんですよあの人ぉ〜」

 

「まぁ、女としては複雑じゃろうな」

 

「私も本格的に覚えようかな」

 

ユエが対抗心を燃やすが、やはりハジメは差別というわけではないが、職員室で黙々とパンを食べていた七海に料理の腕があるか心配している。

 

手際がいい=料理が美味いとは限らないのだ。

 

「さっきから色々話されているようなので、一応言っておきますと、呪術師は基本的に1人身の方が多いので、皆それなりに家事全般の生活力はあります。一度死んでもその経験は覚えていたので、今までも活かせています。そもそも君は私がいつもパンしか食べない人だと思っていたんですか?」

 

「いや、そういうわけじゃ……(いい匂い)」

 

鍋を持って来た七海。その鍋からニンニクの香りとオリーブオイルに近い匂いがした。

 

「アヒージョと言います。夜は冷えますから、鍋にしてみました」

 

「「「「おぉぉぉー」」」」

 

器を用意して盛り付ける。

 

「ニンニクの風味とオリーブオイルの香りがたまんねぇな!これは、干し肉か?」

 

「ええ。マッドさんとパーンズさんに分けていただきました」

 

「これもハジメの故郷の料理?」

 

「ああ。つっても日本じゃなくてスペインって国の料理だけどな」

 

「色々な国ごとに料理は枝分かれしていくものですが、ハジメ殿や建人殿の世界はその発展が凄まじいですね」

 

この世界でも美味しいものは美味しいし、地球と似た料理も数多くある。だがそれでも、発展の質で言うなら地球は特に顕著であると七海はこの世界に来て感じていた。

 

「その辺はなんか異世界って感じでちょっとワクワクするけどな」

 

「そういうものなんですか?」

 

そういう異世界系あるあるをよくわからない七海は、時折出るハジメの言葉は謎であった。

 

「さて…では」

 

ある程度食べた七海は立ち上がり、別の鍋を持ってくる。火にかけているアヒージョの入った鍋を鍋敷きに置いて、もうひとつの空の鍋を用意し、今ある油の量を見て「なんとかいけますね」と言ってそれを全て入れ、火をつけて油の温度を上げる。

 

「先生、何か揚げるのか?」

 

ハジメの言葉に軽く頷く。その軽い行動にハジメは訝しむ。すると、ウエストポーチ並みの大きさの鞄を取り出し、それを開けると布に包まれた何かを取り出し、布を剝がしていく。すると今度は紙で巻かれた何かが見え、その紙も取り外すと、パラパラと小さな粒のようなものが落ちた。

 

「なんです?」

 

「見た目からして、まだ焼かれてないパンのように見える」

 

「まさかと思うが、それを揚げるというのか?」

 

シア、ユエ、ティオはその行為を非難する。パンを揚げる行為は邪道だろという考えだ。

 

「それの周りについているのは…パン粉でしょうか?パン粉で包んだ物を揚げるというのはありますが、パンをパン粉で包むなど、聞いたことがありません」

 

「…美味しいんですがね」

 

4人とも、「ほんとか?」と疑いの眼を向ける。だが、ただ1人。地球から来た、そしてそれが誕生した国、日本で産まれ育ったハジメはそれが何か気付いた。もっといえば、それの姿が見えた瞬間、衝撃で叫ぶ事すらできなかった。本当に衝撃的な場面に遭遇した時、人は言葉を失う。

 

「ハジメ?」

 

ユエはハジメが驚愕の表情をしているのに気づく。あの邪道パンについて知っているのかと尋ねようとしたが、その前にハジメは声をあげる。

 

「ま、まさか…七海先生、それは、まさか!」

 

「ええ。ウルの町で水妖精の宿に着いた時、オーナーさんとそこの料理人に頼んだ物です。香辛料がない中、残った物で作るので失敗できない。さらに町があの状況になったというのに、料理人の意地というものであの調理場に残って試行錯誤し、作り上げた試作品。宿を出る際にいただきました」

 

それは、トータスで初めて作られたパン。七海の口から聞いた情報で作り上げたパン。その名は…

 

「カレーパン……こちらの世界で言うならニルシッシルパン…とでも言いましょうか?」

 

「まさか、この世界でそれを見ることになるとは夢にも思わなかったぜ」

 

パンは焼く物…その概念は当たり前だ。揚げパンという物は地球でも誕生して新しい。しかもカレーが入ったパンは、日本人が考案した現存するパンの中でも新しい部類。トータスの食概念が低いわけではないが日本食の概念はあまりなく、洋食など海外のものが近い。故に、パンを揚げる行為は邪道。カレーパンがなくても納得なのだ。

 

「作っていただく前は、さすがに料理人達も悩んだのですが、私が知る限りの情報を与えたところ、作ってくれることを承諾してくれました」

 

「なんだろう、聞いてたら涙が」

 

鬼の眼にも涙のごとく、たかがパンにハジメがガチ泣きしてるのを見てさすがにユエ達も驚く。

 

「ハジメさんが泣くほどとは⁉︎」

 

「むむぅ…なんだか俄然と興味が出てきた」

 

「うむ。そのカレーパンなる物、ちと味わってみたいのじゃ」

 

「ゴクリ…僕もです」

 

5人ともそれぞれ、アヒージョを食べてそれなりにお腹がふくれているにもかかわらず、ハジメの反応を見て、ふくれた腹が少し減る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あげませんよ」

 

「オイぃぃぃぃぃぃ‼︎⁉︎」

 

「人の心とかないんですかぁー‼︎」

 

「鬼畜の所業!」

 

「むぅぅぅぅ!この所業…喜べばいいのか、怒ればよいのか!」

 

声を出さないが、ウィルも残念さと恨めしさを込めた眼を向ける。

 

「そんなこと言われても、これは私のお金で材料費と依頼費を含めて払って買った物ですし。まさかと思いますが欲しいからと言って強奪するんですか?」

 

「ぬ、ぐ、先生…その鍋は俺が錬成で作った物だろ?」

 

だったら俺にも食わせろよと言いたいのか。しかし、

 

「使わせていただけないのなら、パーンズさんから頂いた鍋を使いますが」

 

「そこまでするかぁ⁉︎」

 

ここで七海から強奪するのは正直言ってやろうと思えばできる。しかし、なんだかんだと言ってもたかだかパンの為にそこまでやるのも大人気が無さすぎる。

 

なら縛りを利用するかと一瞬考える…しかし、縛りの内容は最終的な行動判断は南雲に寄るというもの。この行動というものがどこまでのものか?こんな小さなことにも効果があるのか?それが未だわからない上、何かしらのデメリットが発生する可能性がある以上、こんな事の為に利用できない。故に、ここで取るべき手段は1つ。

 

「先生、その袋、まだ膨らみがあるようだがまだあるのか?」

 

「ええ、ありますが」

 

「それを買わせてもらう。それで文句ないか?」

 

「……………………かまいませんよ」

 

(((((間が長い)))))

 

今回食べなければ、次はいつ食べられるかわからない。だから七海はしっかり味わいたいと思っていた。しかし、相手がきちんとした手順で求めてきているのであれば、断りにくい。それにハジメの久々に故郷の食べ物を食べたい気持ちもわかるので、七海は了承した。

 

「ただ、数はこれも含めて4つしかありません。一応言っておきますが売れるのは3つまでです」

 

「あの、僕はいいので、皆さんでどうぞ」

 

この中で1番弱いウィルは、この状況下で言い争いになる前に早々に離脱する判断をした。しかしそれでも数は足りない。

 

「まぁ、そこの駄竜を抜いてもいいんだが…」

 

「辛辣ぅぅぅ⁉︎」

 

「余計に鬱陶しくなるから1個やろう。ユエ、俺と一緒に食べるか?」

 

「食べさせ合い?」

 

ハジメがニッと笑い頷くとユエは抱きついて喜び、シアとティオは羨ましそうな顔をしていた。

 

「それと、ひと口目は私がいただきます」

 

(((((そんなに食べたかったのか)))))

 

早速1つを油の中へ投入した。揚げていく気持ちの良い音と匂いが食欲をそそられる。狐色になったのを見て取り出して1分ほど熱を冷まし、先程包んでいた紙をとってくるりと軽く巻き、手に取る。

 

「では」

 

皆がゴクリと喉を鳴らす中、ひと口目をガブリと口に入れる。

 

(ザクリとした食感と、カレー独特の香辛料を帯びた濃い味、これぞまさにカレーパ…ん?いや待て、このパンは柔らかいというより、モチモチした食感……これは一体…否、この食感、以前別のパン屋で食べたことがある)

 

その時その店の人に尋ねた事を思い出す。そのパンに使われていた物は…

 

「米か」

 

つい口に出してしまい、それに対して、全員(パンだろ?)というツッコミを入れていた。七海は水を飲んである程度口の中をリセットしてもう一口食べる。

 

(そうか、私は彼らにニルシッシルをパンにできないかと言った。ニルシッシルは米を合わせた物。カレーではなくカレーライスという食べ物として見て、それをパンにするのなら、米を入れる事は最初から考えられていたのか)

 

想定外ではあったが、良い想定外だった。

 

(米を入れる事でモチモチした食感を引き出し、パンの味がカレーに負けていない。なおかつ主役であるカレーの味を引き立てている。アヒージョの味を少し薄めにしてよかった。このパンの良さを充分に感じながら食べることができる。これは、美味い!)

 

さらに頬張り、しっかりと噛んで味わっていく。充実し、満ちていく幸福感が、香辛料の辛みと共に七海の全身に駆け巡っていく。だが…

 

「すっごい無表情で黙々と食べてますね」

 

「うむ、本当に美味しいのかのぉ?」

 

「ちょっと、不安」

 

「相変わらず七海先生、パンを食べる時は黙々と食べるんだな」

 

表情に表れない故に彼らにはまったくそれが伝わらず、七海が次のパンを揚げて自分達がそれを食べるまで不安だった。

 

ちなみに食べた感想は当然…

 

「美味しいですぅ!」

 

「ハフっこれは、美味!刺激も感じるこの味、良いのじゃぁぁ!」

 

「ハジメこれ美味しい!」

 

「…あぁ、そうだなぁ」←めちゃ泣いてる

 

(やっぱり僕もお願いすればよかったな)

 

 

さらに余談だが、このカレーパンことニルシッシルパンは更なる改良を施され、ウルの町の新たな特産品となるのだが、それはかなり先の話である。

 

 




ちなみに
今回出た米粉じゃなくて米が入ったカレーパンってマジであります

実はありふれさんぽはいくつかストックがあります。そっち書くくらいなら本編かけよは、なしの方向でお願いします


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克己復礼

わたくし、引っ越しをします。←だからなんだ

呪術廻戦の本編見てよかった。特級術師について知れたし。

ハジメやユエを特級扱いしたのが間違ってなかったので安心しました


ドォンと大地が揺れる。その振動を起こした対象から距離をとって体勢を立て直す。…つもりだった。

 

「んなぁ⁉︎」

 

爆煙の中から、光がキラリとほのかに輝いたかと思った瞬間、サングラスをつけた七海が出てくる。接近戦になり、胴、顔、肩と的確な狙いをどうにかいなすが…

 

「シッ!」

 

「グハァ!」

 

一瞬の隙をついてボディブローが決まる。以前のハジメならこの一撃で骨がバラバラになり、内蔵は破裂して即死だったろう。

 

だが肉体が変わり、強度は特級クラス。

 

「の、やろ!」

 

反撃ができている時点で戦闘への影響は皆無に等しい。拳に力を入れて、呪力を込める。猛攻といえるラッシュを今度は七海が受け流す。

 

「………」

 

「余裕のある顔してんじゃねぇ‼︎」

 

と言われているが、実際はギリギリだ。先程の攻撃を決めたのは偶然に近い。無理に攻める事もなく、的確な攻めをし続ける…と見せかけて。

 

「そらぁ‼︎」

 

「ぐっっつぅぐ…!」

 

速度を上げて、距離を詰めてから踵落とし。腕でガードしてもズドンと地面が陥没するほどの一撃に、七海はこの世界の対人戦では初めて苦い顔になる。

 

(呪力で強化していなかったら腕一本は粉砕されてましたね。ただ)

 

「ってやべ!」

 

それ(・・)に気付いたハジメはすぐに足をどけて後退する。七海はそうするのがわかっていたのか、ハジメが後退して体勢が僅かに傾いたところに、呪力によって強化された渾身の蹴りをくらわせる。

 

「ちょ⁉︎」

 

ハジメはギリギリ回避したが完全に姿勢は崩れ、胸ぐらを掴まれて一本背負いを決められる。声にならない声を出しつつ立ちあがろうとしたが、目の前に七海の大鉈が向けられていた。そして七海はガッカリした表情で言う。

 

「…拍子抜けですね、南雲君」

 

自身の作った大鉈を向けられ、完全に動きを止める。

 

 

 

「よっしゃ!…って気合入れたけどよ、なんで先生との模擬戦なんだ?」

 

「順番に説明しましょう。その為にまず、南雲君、この地面を錬成して土の壁を作ってください。強度はそちらで決めてかまいませんので」

 

何をするのかと思いつつハジメは土の壁を作る。ウルで作った城壁と同じ強度の壁を2つ用意した。七海はそれを両者とも破壊する。一方は一撃で粉々になり、もう一方は拳が当たった場所から広い範囲で粉々になる。

 

「こちらは呪力で強化した拳によるもの。こちらがそれプラス私の術式によって破壊したものです」

 

「いや、そんな事言われても違いなんて全くわからないんだが?」

 

「まず、よく見てください。呪力が見えるなら残穢も見えるはずです」

 

「残穢?」

 

「術式を行使した痕跡です。しかし、呪力や呪霊と比べて薄いので、よく見てください。シアさんも」

 

2人は訝しげながら眼を細めてジッと破壊された壁を観察する。1分ほど経ったくらいで

 

「あっ、見えるですぅ!」

 

「……おっ俺もだ」

 

まずシアが、少し遅れてハジメも破壊された壁に黒い染みがゆらいでいるのが見えた。

 

「見る前に気配で悟ってください。それができて一人前です」

 

「ぐっ…ぬぅ」

 

「ムゥ…見始めたのはつい最近なのにぃ」

 

2人は七海の酷評を受けてイラっとするが呪術については未熟なのは事実である。だが…

 

(残穢まで見えるとなると、いよいよ術師としての才もありそうですね)

 

期待しつつ更に七海は続けて指摘する。

 

「この残穢は、魔力にも見られますが…南雲君は見れるはずですよ?魔力感知は私以上なんですから」

 

「む、むぅ」

 

自分の持つ技能もまだ完全に使いこなせていないと言われて、ハジメは言い返せない。

 

「まぁ、すぐに見えるようになるはずです。シアさんも、呪力の残穢を見る訓練をしていけば魔力もおのずと見えるようになると思います」

 

「はぁ………けど、これがなんの役に立つんですぅ?」

 

「それに関しては君はかなり重要です。ウルで君に言った事を覚えてますか?」

 

シアは頷く。忘れるはずもない。自分の能力をあれだけ酷評されたのだから。

 

「あの時言っていた子の名は乙骨憂太君。南雲君とほぼ同年代で、五条さんと同じく特級術師になった人物。彼も訓練してそれなりに膂力を強くしていますが、非力な方です。しかし、五条さんを上回る呪力で、武器含めた全身に呪力を纏う事で、全ての攻撃を致死レベルに引き上げ、全てのダメージを最小に抑えることができます」

 

(そいつもまた…)

 

呪術師の中でも異能の特級のレベルにハジメは戦慄していた。

 

「君はそのレベルに行く才能がある。あとは回数をこなしていけばいい。そして、残穢が見えるようになれば、今以上に細かな魔力の操作ができるので運用はスムーズになるはずですし、未来を見るのは固有魔法でしたか?それもハッキリとした未来を瞬時に見ることができるかもしれません」

 

「!…………やります。お願いしますですぅ!」

 

「俺もだ。先生曰く俺は特級クラスなんだろ?なら五条って奴は除いてそれ以外には勝てるレベルにはなりてぇ」

 

さすがの彼でも五条を越えると言えるような事はできないが、それ以外で最強になる決意があった。

 

「実際、残りの特級術師のうち、乙骨君含めて最低でも2人には君は勝てないと私は思いますしね」

 

「…先生、褒めるか応援するかとかないの?」

 

「事実に基づき己を律する。それだけです。話を続けましょう」

 

少しズレたのかサングラスをカチャと上げて言う。

 

「南雲君、話を最初に戻します。君との模擬戦の理由ですが、君に術式がないからです」

 

「え?」

 

正直ハジメは術式というものに興味があった。自身がもつ技能とは違う能力があるなら、それを加えて戦えるのは都合がいいし、何よりこんな身体になってもオタクであることは捨ててない彼には、自分だけの能力は興奮に値するものだ。それがあっさりと、言葉のついでのように言われて、一瞬ハジメは思考が止まる。

 

「術式とは呪力を流して発動する…魔力で魔法を行使するのと変わりません。しかし、術式は基本的に生まれながら身体に刻まれているもので、後天的に呪力を得た場合はその限りではない。君は脳が変化したことで呪力を扱う力を得たなら、術式は持っていない。これ故に呪術師の実力は才能が8割を占めてい……どうしました?」

 

体育座りになって落ち込む。いつもの強気が嘘のようである。

 

「いや、そっち方面でも俺って才能ないんだーって」

 

「ハジメを落ち込ますなんて……ヒドイ」

 

よしよしと背中を撫でつつユエは七海に言う。………ほんのちょっと殺意ありの眼で。

 

「まぁ、落ち着いてください。術式が無くても私と同じく1級術師になった人はそれなりにいますし、それに君には他の術師にない魔力もあるので2つの身体強化ができる。その身体になったことで上がった膂力を更に上げてしまえば、乙骨君や他の肉弾戦の術師を上回るでしょう。しかもそこまで安定して呪力を使えるならすぐに身体強化も使えるでしょう」

 

「…………シアは?」

 

「?」

 

「シアには、術式あんの?」

 

「…………………………」

 

彼女はおそらく後天的ではないだろうが、あるかどうかはわからないが可能性はある。……可能性すらないハジメと違って。

 

「…………」

 

「ちょ、ハジメさん⁉︎そんな恨めしそうな顔で見ないでくださいですぅ⁉︎なんて事させるんですかぁ⁉︎」

 

シアも七海を非難する。

 

「これ私が悪いんですか?」

 

「おおぅ羨ましいぃのじゃぁ〜!もっとそんな感じの眼で妾のことも罵ってほしいのじゃ〜!」

 

「なんであなたが興奮してるんですか?」

 

冷ややかな眼で七海が言うと、それにも興奮したのかティオがクネクネと悶える。ストレスが加速していく状況下だったが…

 

「テメェはちょっと黙ってろ駄竜、何が羨ましいだぁ!あぁ⁉︎」

 

「あふぅん!それ、それがいいのじゃぁぁ‼︎」

 

ハジメが自分よりも先にキレてくれたのでどうにか落ち着く事ができた。

 

「ともかく、呪力を使用しつつ私と戦闘訓練をします。シアさんはその様子を観察して呪力の練り方、纏い方を自身で考察してください。それとは別に、呪力を捻出でき次第、次の訓練を行います」

 

という感じで戦闘訓練を開始し、冒頭に戻る。

 

「拍子抜け…だって?」

 

「えぇ、拍子抜けです。正直言ってここまでとは思いませんでした」

 

心底呆れた表情と声でハジメを評価するが、ハジメは正直納得がいかない。

 

「そんなこと言ってるけどよ、ほとんど先生が押されてたじゃねーか!呪力操作もしっかりできてたし、身体強化もできてた」

 

「それが駄目だと言ってるんです。そもそもその押されていた私が、なんで君を追い詰められたんですか?」

 

「!」

 

これまでの戦闘の中で、七海はハジメの上がった膂力と能力に押されたが、すぐさま訓練の手加減レベルを下げてからは徐々に七海はハジメを追い詰めた。だが、それにも理由はある。

 

「もっとハッキリ言いましょう。なんで錬成もしないんですか?」

 

「あ?これは呪力を使用した訓練だろ?そこに魔法使ったら意味ねーだろ⁉︎」

 

「その思考が既に的外れです。いつ私が魔力と魔法を使ってはいけないと言いましたか?」

 

「!」

 

「しかし、そのおかげで君の欠点も見えてきました」

 

酷評に次ぐ酷評にハジメはキレかけていたが、七海の次の言葉にその思考が止まる。

 

「南雲君、君は、君より強い…もしくは君と同程度の1対1の対人戦をまだしてないんじゃないんですか?」

 

「‼︎」

 

変化した表情を見て七海は「やはりですか」と呟く。

 

例外があるとすれば七海の知らぬ解放者、ミレディ・ライセンだが、あれも1対1でない上に対人戦とは言い難い。

 

「何度も言うようですが、君は私より強い。ですが、圧倒的に場数が足りない。あの奈落で経験したのはあくまでも強い獣相手の戦い。どれだけ相手に思考能力があろうと人間の思考能力、言ってしまうなら狡猾さには敵わない。そして、その身体になったのが原因か知りませんが、相手を舐めてしまう癖がある」

 

「実際、俺より弱いなら問題ないだろ?」

 

「で、今の模擬戦の結果はどうなりました?」

 

それは別に舐めてたわけではないことを伝えようとする前に、七海は続ける。

 

「舐めてかかって来てはいないことはわかります。しかし五条さんの事を聞いてきた際もそう。相手の事を知らないにも関わらず、絶対的に自身の勝利を疑わなかった。勝ち気が強すぎるんですよ」

 

確かにあの時ハジメは知らなかったとはいえ、五条に勝つ気でいた。七海よりも強いくらいなら別にいけるだろうという、傲り。

 

「勝ち気が悪いと言いません。むしろ勝つ気持ちもないのに強くなろうなど、無駄な行動です。けど、強すぎてしまえばそれはただの傲慢になる。君がこれまで経験してきた事が原因でしょうか?…君は強い、しかしそんな調子では、私でなくともいずれ負けます。今は訓練ですが、本番で君の言い訳が通用すると思いますか?」

 

ハジメは七海の説教を聞くごとに怒りが湧いてきた。だがそれは七海に対するものではなく、自身への怒りだ。

 

「…わりぃ、確かに今のは俺が悪かった」

 

むくりと立ち上がり、七海と距離をあけた。七海は止める事なくハジメがこちらを向くまで待つ。そして、ハジメはドンナーとシュラークの銃口を向けた。その瞳にある真剣さに敬意を表するために、七海は受けて立つと言わんばかりに拳を構えた。

 

「……ふっぅぅ…シッ‼︎」

 

ダンっと地を蹴り、加速してハジメの懐に入ろうとするが、その前にドンナーとシュラークの弾丸が迫り来る。

 

「‼︎チッ」

 

大鉈で上手く弾くたびに金属音が響く。初撃を弾いた七海は、次に銃口の向きで狙いを逆算してグルリとハジメの周囲を回りながら回避して少しずつ近づいていく。

 

(錬成ですか…)

 

その時、地面に魔力が流れているのを見逃さない。ハジメは錬成で地面の強度を変えて簡易的な落とし穴を作り、そこに誘導しようとするが、視認能力を極めている七海には通用せず、彼は魔力の流れを見て回避した。

 

「この程度で、終わりじゃねぇよ!」

 

しかし回避した直後、落とし穴から大地の形が変化し、ティオ戦で見せた拳のような形となって七海に襲いかかる。

 

(錬成スピードが恐ろしく速く、変更もすぐにできている。彼の周囲はいわば全てが攻撃範囲。遠距離には銃撃を、中距離はそこに錬成による防御と攻撃。しかもちゃんと一点に留まることなく常に移動しての攻撃と相手にマウントを取らせない…やはり厄介ですね)

 

近付こうにも錬成と銃による攻撃で近付けない。……普通ならば。

 

「って、なんで特攻できんだよ⁉︎」

 

迫り来る大地の腕を術式で粉砕するのもすごいが、1番ハジメが驚いたのが銃に対する行動。大鉈で弾くのは万が一の部分である頭と心臓近くのみで、あとは強化した肉体で強行突破している。近接戦闘は正直ハジメはしたくなかった。

 

(先生はああ言ってたけど、しなかったのはもうひとつ理由があんだよ‼︎)

 

さっきの戦いで近接に持ち込まれては錬成をする暇がない。攻撃の一撃一撃が重く、鋭く、術式の事を考えるとたった1発の打撃すら致命的になり得る攻撃を捌きながら錬成に集中するのはあまりに無謀。まして相手は魔力の流れを読むのだから不意打ちしにくい。

 

「っ!」

 

「…そんなこともできるんですか?」

 

ハジメが空中に立っていた。まるで壁を伝うように、何もない空間に蹴りを入れて七海が近付けない場所へ移動した。

 

(おそらく、あれも魔物を食らって得た固有魔法でしょうね。…そういえばティオさんと戦っていた時も使っていましたね)

 

ハジメは容赦なく空中から砲撃する。七海はその場から離れて回避しているが、いずれ追い詰められる。七海は移動して大きめの岩を手に取り、少しだけ握ってそれにヒビを入れてハジメに投げつけた。

 

「そんなも…⁉︎」

 

すぐさま撃ち抜いて岩が粉砕した……わけではない。岩が勝手に砕けた。そして気付いた。破片のひとつひとつに呪力が込められていることに。

 

「くそったれが!」

 

回避を選んだが自身の近くで花火が爆発したように破片が飛び散るので、完全回避はできない。それほどのダメージはないが痛いと言えるレベルだ。…それが下からまだ来る。

 

(打ち上げ花火かこれは⁉︎)

 

空を蹴って回避しているがいい加減にしろと銃口を七海に向けた。空中へ跳躍した七海に。

 

(しまった!ここまで高度が下がるのを待ってたのか)

 

大鉈を銃でガードした。

 

「!」

 

「クソっ!」

 

その一撃でドンナーが歪み、武器としては使えなくなる。しかしハジメはもう一丁の銃、シュラークをスゥと向けて撃つ。

 

「おぐっっ⁉︎」

 

「グッ!」

 

その瞬間、空中で回転蹴りをした七海の蹴りが入る。だが七海もシュラークの攻撃を受けて共に墜落した。土煙が上がり、静寂がその場を支配していたがそれはほんの一瞬。

 

「ぬ、クソっ」

 

「………!」

 

ここに来て再び格闘戦となる。ハジメはどうにかいなしつつ後退していたが…

 

(また俺が後退とか、ざけんな‼︎)

 

ここで魔力を全身に込めて身体強化し、更に呪力による身体強化であえて七海の攻撃を受けたが、鳩尾に入ったダメージをあまり気にすることなく、

 

(こっちの番だぜ)

 

七海の顔面に強烈な一撃を入れる。その一撃で頭が揺れ、七海は後退してふらりと身体が傾く。

 

「りゃ!」

 

「‼︎」

 

両腕で呪力&魔力によって強化された拳を防ぐが、あまりの威力に腕が痺れる。

 

(やはり強い。ここまで一方的とは)

 

二重の身体強化は七海も、ハジメも驚くべき威力だった。先程の戦闘でハジメは踵落としの時にほぼ無意識のうちにそれを使ったが、呪力の扱いの訓練と考えててすぐにやめた。故に、その時は理解できなかった。その異変に。

 

「⁉︎⁉︎(な、なん、だ)」

 

「!南雲君‼︎」

 

更に攻めようとしたハジメが膝をついたのを見て、七海は戦闘を中止して近付いた。

 

「大丈夫ですか?私の攻撃によるもの…ではなさそうですね」

 

「あぁ、これは、多分、二重強化の反動だと思う」

 

魔力による身体強化と呪力による身体強化は確かにできた。だがそれはあまりにも疲労がでるものだった。

 

「限界突破以上の上昇力だが、慣れるまではあまり使えないな。んで、今の状態じゃ頑張って5分が限度だと思う」

 

ハジメは〝限界突破〟も持っている。それも使用してとなるともう少し短くなる可能性もある。

 

「…呪力と魔力、似たエネルギーと思ってましたが、本質的には相容れないエネルギーなのかもしれませんね。同時使用はリスクが高そうですね」

 

「けど、使えないってわけじゃなさそうだ。一時的なブースターって言うなら、使いどころを考えて使えばいいだけ。後は、使用する際の互いの消費量をいかに抑えるかと、体力的な問題だ。使い始めたばかりで身体が追いついてないだけで、繰り返しいけば多分いける。魔力は大丈夫」

 

「〝魔力操作〟…ですね」

 

魔物を食らって今のハジメにはその技能があると聞いていた。ちなみにそんなわけでもないユエ、シア、ティオにもそれがあると聞き、この世界の成り立ちに僅かな疑問を持ったが、今は置いておくことにしていた。

 

「あぁ。先生の言う魔力の残穢を見れるようになれば、もう少し能力も上昇すると思う。だから、今の俺に必要なのは」

 

「呪力操作…ですね」

 

七海から見て、呪力出力だけでは彼は2級術師並みだ。変貌した肉体がそれを補っているがそれでは高い魔力出力と釣り合わない。

 

「呪力量は、どうですか?」

 

「うーん。それはまだわかんねーが、少ないって感じはしない。両方使った疲労が多いだけで、まだまだ余裕がある」

 

ハジメは呪力をまた拳に纏う。未だに余裕があるのか水色で安定してはいる。が、やはり完璧とはいえない。

 

「今後の課題が見えたのなら、この訓練に意味はありましたね。それにしても、まだまだ技能があるならやはり私では敵いそうにないですね」

 

(いや、弾丸を恐れることなく特攻できる時点でヤバいんだけどな)

 

今になって考えると、訓練の際に熱くなって実弾を使った事は結構危険だった。しかしそれ以上に危険な存在がいた事実にハジメは若干引いていた。

 

「ふむ、君の訓練法が見えてきましたね。君は錬成師ですし丁度いいかもしれない。それプラスに私との模擬戦を重ねて、呪力操作と出力調整を鍛えていきましょう」

 

「って、やっぱり模擬戦もするんだな」

 

正直ハジメは勘弁してほしい気持ちが多い。

 

(戦って分かった。この人、マジでつえー上に、ある意味俺よりヤバい奴かもしれない)

 

その考えはこれから的中していくこととなる。弾丸どころかレールガンも気にすることなく特攻してくるサングラスをつけた七海を見て、いつしかハジメは昔見たサイボーグの映画を思い出すこととなる。そして、その恐ろしさを…

 

「さて、シアさん見ていてどうでした?」

 

「正直戦いたくないです」

 

彼女も体験することとなる。

 

「今は戦いませんよ。まずは呪力を捻出するところからです。どうですか?」

 

これができないのではそもそもシアを鍛える事はできない。

 

「どうもなにも、正直見てるだけじゃ分からないですって!」

 

「ふむ」

 

顎に手を当ててしばし考える。今の段階ではまだシアが呪力を扱う事ができないと判断するには早すぎる。今まで使ったことのないどころか見たこともない力に、身体が理解してないだけの可能性もあるからだ。

 

「呪力を捻出する訓練はいくつかありますが、今できるものをしましょう。もっとも簡単に呪力を出す方法です」

 

「?」

 

「さっきも言いましたが、術師は僅かな感情の火種で呪力を捻出する訓練をしています。逆を言えば、なにもしなければ感情が大きく振れた時に呪力は捻出される。それを逆手に取ります。君が最も嬉しかったことを考え、その嬉しさが頂点に達した瞬間に、次は最も悲しいこと、もしくは怒りを感じることを考え、それが頂点に達したらまた最も嬉しかった事を考える。この感情の大波を作り、呪力が捻出できなければ、君に呪力は扱えないと判断します」

 

「そんな事で、いいんですか?」

 

訓練法としてはあまりに地味だなと感じるが、七海は付け加えて言う。

 

「これはあくまで呪力を捻出できるかのテストです。実際に扱えるとわかってからが本当の訓練です」

 

そう言われてシアは納得して「うーん」と考えて楽しいこと、辛いことを交互に考える。だが、まったく呪力は出ない。

 

「これ、やっぱり意味あるんですかぁ?」

 

「私から見ても意味ないように見える。シアの表情の変化は見てて楽しいけど」

 

「ちょ、ユエさぁん‼︎」

 

七海はジッと見つつ考える。

 

「方向性を変えてみましょう。それでダメならそこまでです。しかしその前に、シアさん、今考えてる2つのことはなんですか?」

 

聞くとシアは恥ずかしいのかモジモジしている。

 

「えぇと、良かった思い出はそのえと、は、ハジメさんとキスできたことですぅ」

 

「だ〜か〜らぁ〜あれは人工呼吸で、緊急事態だったからって言ってんだろ‼︎」

 

「…………」

 

「ユエ、頼むからその表情やめてくれって!つか、あの時のことに関しては許してるんじゃ…」

 

「別に、許したとは言ってない」

 

「なんと!もう2人はそういう関係じゃったとはっっ!ご主人!妾もはよう、はようぅ‼︎」

 

「黙れ、変態駄竜‼︎願い下げだ‼︎愚竜‼︎」

 

「ああぁ!もっとなのじゃあぁぁ」

 

ダァァァン‼︎‼︎と地面が揺れる。七海が足を思いっきり地面に叩きつけた為だ。そこに窪みができる。

 

「………………………」←こめかみに青筋が入ってる

 

「…ご、ごめんなさいですぅ」

 

「すいませんでした」

 

「ん、ごめん」

 

「……………(もっとその眼で見てほしいと言えんレベルなのじゃぁ)」

 

近くで見ていたウィルもビビっていた。操られたティオを見た時以上に恐怖して震えている。

 

「…続きといきましょう。では逆に、最も感じた悲しみ、もしくは怒りはなんですか?」

 

すると今度は先程とは違い、暗い表情で話す。

 

「えと、母様が、死んだ時のことです」

 

「………失礼しました」

 

訓練の為には聞くべき事だが、それでも言わせた事に罪悪感を感じて七海は謝罪した。彼女曰くハジメと出会う前の話で、シアは大丈夫と言った。そしてそこで七海は気付く。

 

「ふむ、互いの思い出に時間差があるせいかもしれませんね。となると妄想の方がいいかもしれません」

 

「妄想、ですか?」

 

「妄想…ね」

 

「妄想」

 

3人の眼がティオに向かう。

 

「おぉぉぉう!その変態を見る眼!いいの」

「この方の事は置いといてください」

 

これ以上話が変な方向に行く前に、七海は止めた。

 

「ただの妄想するだけではいけないのでまず、そこに座ってください。次に目隠しをする。では嬉しかった事を考える前に、南雲君、彼女を後ろから抱きしめてください」

「真顔で何言ってんだあんた」

 

サングラス越しでも全く表情を変えず言う七海に、ハジメは速攻でツッコミを入れた。

 

「必要な事です。そのくらいできるでしょう?」

 

「いや、けど」

 

ユエを見る。かなり不満そうな顔である。

 

「本当に、必要なの?」

 

「最後の手段なので」

 

圧のある声で七海に言うがそれを気にすることなく七海は答える。ユエはしかたないと頷き、ハジメは頬をかきつつ後ろからシアを抱きしめた。

 

「…!ぅぅぅぅふふぅぅぅ」

 

目隠しされているが、抱きしめてもらえた感覚でシアはその人物がハジメと理解した。

 

「早くしてくれ七海先生。ユエの圧がヤバい」

 

「では、シアさん。妄想でいいので自分が最も彼に望むものを考えてください」

 

「………!……‼︎…えへへぇ」

 

トロンと目隠ししているが表情が緩む。

 

(なに妄想してんだか)

 

そう思いながら七海を見るとジェスチャーで離れてと指示される。その時、シアの表情が名残惜しそうになる前に七海は告げる。

 

「では、苦しいとは思いますが考えてください、もう一度」

 

起伏される感情。嬉しさの反対。

 

「呪力とは読んで字の如く、呪いの力、負の力、傷つける力、そして……呪術師に悔いのない死はない」

 

暗闇の中で、シアは模索し、七海の話を聞き入れる。

 

「ただ使うなら、君は君を傷つけてきた者たちと同じだ」

 

「!」

 

ユエがバッと動こうとしたがハジメが止める。なぜなら…

 

「聞きましょう。君はその力で、何を得たい、何が欲しい、何を叶えたい」

 

「決まってます」

 

既に赤黒い呪力が全身から出ていたから。

 

「もう何も失わない。私の大切を、好きな人達を、守る為、守られてばかりが、嫌だからです」

 

その為なら、ある力は全て使う。たとえそれが呪いの力でもという純粋な決意。

 

「…南雲君、目隠しを取ってもう一度抱きしめてあげてください。そのくらいのご褒美はあっていいでしょう」

 

バサッと倒れ込み、それをハジメが支える。生まれて初めての力を解放した。それも大出力で。疲れないわけがない。

 

「色々と、辛いことも思い出したでしょう。申し訳ない」

 

「いいんです。それで…」

 

「合格ですよ。術式については、いまだにわかりませんが、呪力量はおそらく私より高い」

 

「…七海先生、シアは今俺にとっての仲間でもある。必要だったとはいえここまでしたんだ。ちゃんと俺も含めて強くしてくれよ」

 

「わかってます」

 

呪術師としての心構えをつける為とはいえ、どんな理由であれ、シアの心を傷つけたのだ。それに見合ったものくらいは提供したいと七海は考えていた。

 

 

後に2人が「ある意味地獄だ」と言い出す訓練をどうしようかと考えながら。




ちなみに
克己復礼: 欲望や感情に打ち勝ち、礼儀にかなった言動をすること
ハジメとシアの修行は考えてますが、その為の道筋として今回書きました。ちなみに、呪力を使わずにいたら当然ですがハジメが余裕で勝ってます。七海は割と本気で向かってますがハジメはまだ余力ありありです。本人気付いてないが適度な手加減してます

ちなみに2
悲報&ちょっとネタバレ:ハジメに術式ないですが、シアにはあります

ハジメ「………………」

正式な登場はだいぶ先ですが、仮にこの術式を別の人間が持っていても使い熟すのは不可能です(五条悟?なんでもできるからなぁ)



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商業都市・濁

ボンバイエ!ボンバイエ!

九十九の術式が殺意全開!東堂の師匠だけあってやっぱりゴリラ廻戦してますわw


七海が共に行動するようになり、ハジメとシアに呪術に関する基本知識と呪力の扱い方を教えながら旅をし、保護したウィルを送り届ける。こうして彼らはフューレンにたどり着いたのだが、2つの問題が発生した。

 

「すごい行列ですね」

 

「世界最大の商業都市ですから、このようなことはよくあるのですが…」

 

どうも大隊商が来ているらしく、タイミングが悪かったとウィルは言う。七海はひとつの町に入るのにここまでかかるとは思ってもいなかった。ウルや王国でのスムーズさとまったく違うその光景は日本の帰省ラッシュに似た物を感じる。これが問題の1つかと言われればそうではない。

 

「それ以上に目立ってますね、我々が」

 

ハジメのブリーゼは魔力で動くとはいえこの世界にはない車だ。異形のそれが目立たないはずもない。結果、周囲の人の七海達を見る眼が絶えない。おまけにそこには絶世の美女が3人もいるのだから余計に目立つ。

 

「こんなようでは、今まで目立たないように行動してきたというのも疑わしいですね」

 

「というより、あの御三方が目立たないはずもないかと」

 

で、その3人と最近入ってきた+αはというと問題その2に直面している。

 

「ハジメ殿とシア殿、まだグッタリとしてますね」

 

「ちょうどいいですからこのまま休ませてあげましょう」

 

ブリーゼの後部座席、ハジメとシアが「ほげー」と口からなんか出しながらボーとしていた。ちなみにこんな状況でもちゃんとブリーゼを操作できたのもハジメの〝魔力操作〟の向上のおかげだ。その向上も七海の手ほどきもあってのものだが。

 

しかし、その手ほどきを含めた訓練が、ハジメ曰く「鬼」だった。

 

「呪力は物についている時が1番安定します。そして君は錬成師だ。適当に錬成した物に呪力を込めてください。その時、片腕は呪力、片腕は魔力を武器に込めて互いの運用法を学んでいきましょう」

 

これだけならまだよかった。同時に使っても身体強化のように同じ場所にエネルギーが貯まるわけでもないので疲労自体はない。問題は、互いのエネルギーを同時に安定させるのが難しいという点。

 

ハジメが作った訓練用の剣はそれなりに強度がある。しかし急なエネルギーが一気に入るとヒビが入る、もしくはすぐに壊れてしまう。これを長時間行うわけだが、疲労が溜まる、溜まる。その疲労状態での七海との容赦のない実戦訓練。

 

ちなみにハジメは拒否はできた。だが、七海の「まぁ、その程度ですか」という悪意のない現状確認に腹が立ち、続けた。結果として呪力は安定した捻出ができ、魔力は細かな運用ができるようになった。しかしそれができる頃にはすでにヘロヘロ。曰く「限界突破の反動を常時受け続けてるみたいな状況」だったらしい。今はユエがマッサージをして「ここが天国かぁ」みたいなことを呟いている。

 

「そろそろいいですか、南雲君」

 

「あぁぁぁなんだぁぁぁ」

 

もみもみされて語呂がおかしくなっているが、すでに回復しているのはわかる。「妾も妾もぉ〜」と近づいて来たティオにビンタをして、喜ばせていたのを見て七海はそう考えていた。ちなみにティオはそのビンタを受けてハジメの傍らでハァハァとよだれを垂らして嬉しそうな表情をしているが、徹底的に無視した。

 

「今までどのような旅をして来たかは知りませんが、だいぶ目立ってますよ」

 

「ん〜まぁいずれこうなることは想定してたし、ウルであんだけ暴れたんだから時間の問題だろ?」

 

「それでも隠せるなら隠した方がいいのでは?」

 

「自重して面倒を避けられるならそうするが、これから教会や国が動くなら自重をやめて逆に力を見せつけた方が手を出しにくいだろ?それに、畑山先生やこれから会うイルワも保険としてつけとくしな」

 

「………なら、その保険はこれから増やせるのなら増やしましょう。行く先々で問題を起こしたとしても、それだけ後処理の面倒も減ります」

 

ハジメはそれに肯定してまたマッサージを受ける。シアが羨ましいなぁという目線をハジメに向けていると、ハジメはぐっと身体を起こしてシアの首につけている奴隷の証の首輪を見る。亜人族の中でも特に奴隷として人気の兎人族のシアが共に行動していると、なにかと面倒になるとしてハジメが作った物だ。それに手を伸ばし、人差し指を向けて錬成をした。

 

「もう自重する必要もないなら、見栄えくらいはよくしないとな」

 

首輪は煌めく宝石をつけたチョーカーに変化した。好意を抱く男性からの宝石のプレゼント、喜ばないはずがない。ウサミミと尻尾をピンピンフリフリと動かしてテンションを上げて喜び、ハジメに抱きつく。恥ずかしそうにしながらもそれを受け入れるハジメ。ユエは妹分の嬉しそうな表情にニンマリとして、ウサミミを撫でた。それを見ていたティオが懲りずに「妾も妾も〜」と近づき、やっぱりビンタを受けた。

 

「それだけ元気なら、これからの訓練も大丈夫そうですね」

 

ぽつりとつぶやいた七海の言葉にシアとハジメはビクッと震えた。特にシア。

 

彼女に与えた訓練内容は呪力を使ったわりとガチな戦闘訓練。経験と実際の強さを目の当たりにし、毎回のごとく吹っ飛ばされるシア。しかもハジメの訓練の後なのに平然と戦う七海に負けるたびに戦慄していた。

 

ユエは雰囲気を壊されたことにムゥと腹を立てるが、

 

「一応教師なので、不純異性交遊を認めるわけにはいかない立場ですから」

 

と毅然とした態度を示す。とはいえ、ハジメとユエに関してはたぶんそういう関係にもなっているだろうなと見た感じで察してもいたが。

 

「それより、門番の方でしょうか?こちらに近付いて来てますよ」

 

ずっと外にいた七海はそれを告げる。七海に任せてもよかったが「そうだ」と思いつき、身体を再び起こして外へ出る。

 

「これは、こちらが使っているアーティファクトの一種で、危険性は……ありません」

 

「なんだその一瞬の間は⁉︎」

 

すでに七海が対応しているがよくわからないアーティファクトをこれでもかと見せていては、信じるも何もない。そして七海自身もこれに危険がないとは断言できない。今のハジメが作ったなら武器の1つや2つ、あってもおかしくない。

 

「七海先生、俺が対応する」

 

面倒事は大人というのもあってたぶん自分に押しつけてくるだろうと予想していた七海は多少驚く。その時門番の男の1人がハジメを見て蒼い顔をする。そしてもう1人とヒソヒソと話していたが急に敬礼をしてきた。

 

「ハジメ殿御一行とお見受けします‼︎」

 

「イルワ支部長から、こちらにいらした際は、直ぐに通せとの通達を受けております‼︎」

 

そうして他の順番待ちの視線をスルーしながら門内へと入る。

 

「今更ですけど、支部長と面識をこんなにも簡単に持てているという事は、ここでも何か問題を起こしたんですか?」

 

「起こしたくて起こしたわけじゃねーっての」

 

「まぁ、本当に今更なのでその件は何も言いませんが……それはともかくとして私は気にしませんがその口調は少し直した方がいい。特に目上の者と話す時は」

 

「おいおい先生、流石に俺でもそのくらいはできるぞ」

 

「「「え?」」」

 

シア、ティオ、ウィルは「え、無理じゃね」的な声を出す。

 

「おまえらなぁ〜」

 

「案内人が待っているので早く行きますよ」

 

 

フューレン内は商業都市の名にふさわしく、行商人や売り子が頻繁に行き来している。売られている物も武器、食い歩きできる物から、高級な料亭にオシャレなカフェ、珍しい骨董品など様々だ。それらを横目にこの都市の冒険者ギルドへ向かう。

 

(人の往来が多く、活気に満ちている。美容院や…あれは何かのイベントでしょうか?故に………)

 

呪力が無くとも、こうした場所には混沌とした人の念が見て取れる。悪徳な商売、裏ルートの運用、違法な取引がまず間違いなくあるだろうと七海は考える。

 

今の自分がどうこうすべきことではないが、呪術師の時の癖でそうした眼で見てしまう。

 

(職業病ですかね、まったく)

 

軽くため息をついたと同時にギルドに到着した。

 

 

応接室へ招かれ、職員がイルワというここの支部長を呼びに行くと言って立ち去る。ティオと七海はソファに座らずその場所をハジメとユエ、シア、その横に置かれた方の椅子もウィルに譲る。

 

「あの、椅子をご用意しましょうか?お飲み物は?」

 

「いえ、お構いなく。それは彼らの方に」

 

もう1人の職員はハジメ達に茶菓子と紅茶と思われる物を出す。普通の客に出す物ではなく、高級そうな香りのするお茶だ。それだけの人物として扱っているのだろう。

 

「口にするなとは言いませんが、もう少し遠慮を持ってください」

 

ちゃんと味わっているのかと言いたくなるような荒い食べ方と飲み方に苦言を呈するが、ハジメは悪びれる気はない。

 

「厚意に対して何もしないよりマシだろ?それにくれるなら貰っとくべきだ」

 

「もうちょっと気品を持ってください」

 

いらないだろそんな物、と言いたげなハジメとシアだが…

 

「ユエさんを見てもそう言えるんですか?」

 

「ん?」

 

「「む」」

 

ユエも出された物を食べて飲んでいるが、食べこぼしなどはなく、飲み方も優雅だ。所作の1つ1つに元一国の姫としての片鱗が垣間見える。

 

「まぁ、彼女の場合は育ちもありますが…君は彼女のパートナーなら少しは気をつけてください。シアさんも、妹分なら見習うべきところを吸収はしてください」

 

「「う、グゥ…………」」

 

言われたい放題だが七海の言葉には重みがある。大人という言葉が最も似合う大人に言われたのもあるが、ユエを引きあいに出されてはハジメもシアも認めざるを得なかった。

 

「別に無理しなくていい。どんなハジメでも私は好き。シアもそのままでいい。可愛い妹分はそれでいい。余計な口出しは無用」

 

「ユエさんも、甘やかしすぎのような気がします」

 

バチバチと2人の間で火花が飛ぶ。ちなみにもう1人、歳で言うならとっくに大人のティオはというと…

 

「の、のぉ、妾は?妾は?」

 

立ち方、出立ち、所作はティオも負けてはいない。ただ立って黙っていれば大和撫子と言えるだろう。

 

「おあぅ!無視ぃ!辛いが、たまらんんん‼︎」

 

(((それが無ければなぁ)))

 

変態というものは、全てを台無しにする恐るべきものであった。そんなこんなで5分ほど経った頃、大股で走って来ているのだろう、足音を室内まで響かせ、その勢いそのままに扉を開けて1人の男が入ってくる。

 

「ウィル!無事かい⁉︎」

 

着ている服の装飾とウィルを心配して声をかけたのを見て、この男が支部長のイルワだと七海は判断する。ウィルは両親がここに滞在している事を聞き、その場所へ向かうと言った。

 

「ハジメさん、また改めてお礼に伺いますね!」

 

「律儀な奴だな本当に。別に礼はいらないんだがな」

 

「それでも命の恩人ですから。礼には礼を持つべきですから。それと建人殿」

 

声をかけてくるとは思わず、なんだと七海は思う。

 

「イルワさんのさっきの様子を見て、あの時、かけてくれた言葉の意味がわかりました。こんな僕でも生きてほしいと願う人達がいるんだなって。死んだ彼らの思いや……その、ティオさんの件も許していいのかってことも、正直まだわからないことだらけです。でもそれを探すのを、今の自分の生きる指針にしたい。あなたの言う、何かを見つけて、私が思う、正しい死を目指して」

 

「………ティオさん、何か言わなくていいんですか?」

 

七海が聞くと、ティオは先程と打って変わり穏やかだが、どこか憂いているような表情でウィルを見る。

 

「妾のことは、別に許さんでも良い。その気持ちだけで、充分じゃ」

 

ティオが何を思ってその言葉を出したかは七海にはわからない。だが、彼女も彼女で罪という呪いを背負う決断をしたことはわかる。だから、その言葉に対するフォローはしない。ウィルはその言葉を聞いて怒り、悲しみ、後悔、許しなどの様々な感情が渦巻くが、それでも不恰好な笑みを見せて去った。

 

「改めて、私からも礼を言わせてもらう。ウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。正直諦めていた」

 

「まぁ、単純にあいつの運がよかっただけだ」

 

ハジメのその言葉に、イルワは「ふふふ」と意味深な笑いを見せる。

 

「確かにそれもあるだろうが、何万もの魔物から町ごと守りきったのは事実だろう?〝女神の剣〟様?」

 

それは、演説で名乗った自身の二つ名。

 

「…随分と情報が速いな」

 

いずれ伝わるだろうがこんなにも速く伝わるとは思わなかったのか顔が引き攣っている。七海もそれについては驚いていた。手紙が通信手段のこの世界で、車より速く情報が行き届くとは思わなかった。

 

「長距離連絡用のアーティファクト…ですかね?」

 

「察しがいいな。ギルド最上級の幹部専用の為、使える者は限られているから、ウルの町の者ではなく私の部下が受信していたんだが……最後は随分と泣き言を聞いたよ。あっという間に君達を見失ってしまったとね。それと、いきなり夜になっただのわけのわからない事も言ってたが」

 

着いたのは数万の魔物が来た時に七海が帳を張った時だろう。あの群れをあっさり、それも5人で殲滅というわけもわからないものを見て、おまけに詳しく問いただす前に車で颯爽と消えられたら、それは確かに諜報部員なら泣きたくもなる。

 

「抜け目のない奴だ」

 

「それが大人というものですよ、南雲君」

 

七海が言うと妙に説得力があるなと思うが、そんな人物がこれから後ろ盾になるというのならハジメにとっても都合が良い。

 

「さて、色々聞きたいんだが、その前に彼女達のステータスプレートが先かな?」

 

「ああ、そうしてくれ。ティオはどうする?」

 

ユエ、シアはステータスプレートを持っていないらしく、それを用意するのも今回の報酬だそうだ。ティオは後から入った為その件は知らなかったが、作ってもらえるならいただくようだ。イルワの方もそれを見れば、魔物の軍勢を倒した方法の詳細が聞かなくてもわかると思い承諾する。

 

「そちらのあなたは、作らなくていいのか?」

 

「私は既に持ってますが、お見せした方がいいですか?」

 

「できればお願いしたい。そちらの後ろ盾になるなら、ある程度の詳細が知りたいしね」

 

「わかりました……できれば私についてはこちらから情報をできるだけ止めてくださると助かります」

 

そんなものハジメ達も同じだろと思っていたが、見た瞬間理解した。

 

「七海、建人だとォォォ‼︎」

 

イルワが突然大きな声を出し、ハジメ達はビクッとなり、紅茶を飲んでいたハジメはブゥと口から噴き出す。

 

「そこまで驚く事なんですかぁ?この人って」

 

「当たり前だ!王国が召喚した者たちの中で有名なのは3人、1人は勇者だが…それ以上に有名なのが英雄錬成士ハジ」

「あぁ‼︎」

 

「う、うむ、すまない!これは君の前では言わない約束だったなすまない悪かっただからそんな今にも殺すみたいな眼をやめてくれ頼むから‼︎」

 

ハジメが眼で「それ以上言うなら殺す」と警告するとイルワは早口で謝罪した。七海はなんだと思うが、今はいいかと思いイルワの言葉を待つ。

 

「オホン、そして七海建人。魔力魔耐0というのも異例だが、それを帳消しにする他のこの数値、そして物語では」

バァン‼︎

 

「すまないな、銃が暴発した、おまえの頭を掠めたな。当たらなくてよかったなぁ〜ほんと」

 

「いちいち話の腰を折らないでください…それで?」

 

死を覚悟していたイルワはハッとなり続ける。

 

「うむ、とにかく、最強と言われるベヒモス相手にたった1人で無傷で完勝したことは有名だ。その人物が勇者一行をとてつもなく強くした事、魔力に関する新しい学説を見つけ出した事、そして、来たる魔族との戦いでは1人で戦うという事を、教会や王国に言っている事、知らぬ者はほとんどいないぞ」

 

ハジメ達は自分達の事でいっぱいだった為そんな話は聞いてなかった。だから七海がそのような伝わり方をされているとは思わなかった。

 

「私がこれからとる行動は、その王国への裏切り行為になるでしょう。少しでも情報を遮断できるならお願いします」

 

「あ、ああ。わかった」

 

イルワが承諾し少しだけ七海は安心した。いずれわかる事でも時間稼ぎは必要だ。

 

「では残りの3人分のステータスプレートを用意する」

 

そうして見せてもらうが3人とも破格の数値だった。先程見せられた七海の数値が霞むような数値がいくつも見受けられた。特にユエとティオに関しては技能数も異常だが、固有魔法〝血力変換〟と〝竜化〟はもはや名前だけしか残ってないはずの種族の物。シアも2人と比べたらインパクトは薄いが、種族の常識を無視した数値。そして3人ともが持つ〝魔力操作〟。全てが異常だった。

 

「で、どうする?危険因子として教会に突き出すか?」

 

「馬鹿を言わないでくれ…できるわけがない。個人的にもギルド幹部としてもありえないよ。それに君達は恩人だ。それを私が忘れることは生涯ない」

 

見くびるなと付け足してイルワは言う。その後、可能な限り後ろ盾になること、その為にハジメ達を冒険者ランクを最高位の『金』にすることを約束した。ただ1つ問題があった。ハジメ達のランクを『金』にする為にホルアドへ行かなくてはいけないことだ。

 

「南雲君、大丈夫ですか?」

 

「問題ねぇよ。つか、先生こそどうなんだ?」

 

今の七海は王国と、そこに仮とはいえ属する生徒達と袂を分ったと言っても過言ではない。ホルアドに行けば見た目の変わったハジメはスルーされても、七海は充分に認知されるだろう。そして強者たる七海が生徒達に付き添っていなくていいのかとハジメは聞く。

 

「それこそ余計なお世話です。むしろその程度の事で乱すなら、君との同行などそもそも求めません。それに、彼らは充分強い。時間はかかるでしょうが、数人は君と同じ段階(ステージ)に到達すると思ってます」

 

七海が意外と甘く過保護なのはもう知っているが、同時に厳しくもある。冗談や淡い期待は与えず、事実だけを伝える、そういう人だ。

 

「ふーん。ま、あいつらの件は正直どうでもいいよ。あんたが大丈夫ならな」

 

「……………」

 

「なんだよ人をじっと見て」

 

「いえ、あなたが私の心配をするとは思わなかったので」

 

言われてハジメも気づいた。元の世界からの付き合いだが、自分がこうなった状態で行動を共にした期間は少ない。そんな自分が無意識に七海の事を心配していた事実に、ハジメは恥ずかしさがでて、「ふん」と鼻息を出して誤魔化した。そんな2人の様子を見ていたイルワは不思議そうな顔になるも、すぐに取引をする顔に変わる。

 

「ふむ、とりあえずささやかな礼として宿はこちらが手配しよう。それと他には何かないかな」

 

「でしたらイルワさん、私の衣服の方を調達できませんか?ご覧の通り、先の戦いで衣服はだいぶ摩耗してしまい、新しい物が必要になったので、今着ている服と同じ、もしくは似た物を明日までに用意していただきたい」

 

「なら、この町の行きつけの店があるのでそこを紹介しよう。サイズを測るから、この招待状を持っていきたまえ」

 

話しながらも丁寧な書き方で手紙を書いて、それを七海に渡す。

 

「では、私は少し別行動しますが、くれぐれも節度のある行動をお願いしますよ。問題を起こさないように」

 

「起こさねーよ。つか、俺らが置いていくとか考えないのか?」

 

「縛りを破れるならそうすればいいと思いますよ」

 

ハジメのイジメのような言動にも全く取り乱す様子もない。〝縛り〟の事を理解している七海が絶対の自信を見せて言った為、まだ完全に理解してないハジメも相当な罰が降るのかと考えた。まぁ、どの道着いてくることを了承した時点で置いていく気はないが。

 

 

 

明日には宿に送ると要人のような対応をされた七海は、イルワに聞いた宿に向かったのだが…

 

「……あ、七海さん、おかえりですぅぅぅ」

 

「おおぉぅ、捨てられるなど、初めての経験じゃぁぁぁぁ〜」

 

陥没した地面とそこに伏しているシアとティオ。そして上からフワフワと降りてきたユエがいた。

 

「たったの半日なのに、問題を起こさずにいられないんですかまったく」

 

何が起きたのかは知らないが、この宿の1番上、だいたい20階ほどから落ちたのだとして、いったい何をしてそうなったのかと頭を抱える。

 

「落ちて死んでない事には何もないの?」

 

普通は驚くだろうと考えていたユエはその冷静っぷりに逆に驚き、感心もしていた。

 

「その程度で死ぬなら、ティオさんとの戦いでとっくに死んでますよ」

 

と言っていると、ティオとシアが直立している宿を物凄い勢いで駆け上がっている。

 

「私が連れて行ってもいいけど?」

 

「彼女達の方をお願いします。私はチェックインがありますので」

 

それと同伴者と思われたくないというのもあったが。しかし降りてきたウィルとその両親に会った時に、

 

「ウィル、その、あの人も、その、アレなのか?」

 

と聞く父親と気を失っている母親を見て、血管が浮き出そうになった。

 

(これ、私もこういう眼でこれから見られるんですかね)

 

と、ちょっとした心配もあった。

 

 

ちなみにその後七海が来てからだが…

 

「ダメです」

 

「おまえにそんな事を言われる筋合いはない」

 

「お付き合いしていることに関しては言うことはありませんが、せめて健全なものにしてほしいというだけです。少なくとも彼が私の生徒である限り」

 

ハジメと同じ部屋に泊まる事を拒否されたユエと七海との間で、バチバチの言い争いが起こった。しかし、ハジメが自分はユエと一緒に寝ると言い張り、縛りでそれを断れない七海は仕方なく許可した。ユエ曰く

 

「面倒なのがついて来てしまった」

 

とのことだ。しかし彼女の中で七海の評価が変わるのは意外と早い段階でくる。未だに七海の事を名前でなく、あなたやおまえと呼んでいるのが変わるほどに。

 




ちなみに
今回のタイトルの後の「濁」はまだフューレンの汚れを取り除いてないからです。お掃除しなくちゃね

ちなみに2
前に書きましたが、あの本に七海は出てません。だからイルワは「そして物語では出てないが」と言おうとしてました


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商業都市・清

年末が近づいてきましたねぇ。というわけでさぁ、清掃です。
汚物は消毒だー‼︎



あと1年(多分)かぁ、寂しくなるなぁ。


商業都市の賑わいは常に聞こえてくる。この日のハジメの予定はシアとのデートだ。ウルで愛子を守ろうとしてくれたことが理由だ。

 

そして別行動をしているティオとユエは買い出しなのだが、そこには七海もいた。

 

「意外だった」

 

「意外、とは?」

 

「あなたはシアとハジメのデートを反対するかと思ってた」

 

心外ですねと七海は言う。

 

「彼の恋愛観について特に私から言うことはないです。お互いに納得しているなら尚更に。もちろん、今も不純異性交遊はやめてほしいですが、彼の方針には逆らえませんから」

 

縛りをこんな形で使われることは少々複雑だが、自分で決めたことだと納得する。

 

「それに私も驚きました」

 

「?」

 

「ユエがシアとご主人様のデートを認めたことじゃろう?」

 

ティオにとっても七海にとっても、3人の関係には興味と疑問があった。が、それではなかった。

 

「違います。いや、それもですが……私と同行して買い出しをしていることです」

 

「誘ったのはそっち」

 

「それを拒否しないことがですよ」

 

現在のハジメの一行の中で七海はさまざまな意味で異色だ。さらにこれまでの関わりの中で、正直ユエには特に嫌われていると七海は考えていた。シアに呪術師としての心構えを踏まえた訓練の時にユエが見せた表情はまさにそれだ。

 

「話したいことがあるって誘ってそんな調子?」

 

「嫌われている自覚くらいはありますよ、私にだって」

 

「正直、嫌いかと言われたら嫌いに割合が多い。けど、シアのことも、今までのことも、全部意味があってやってることくらいはわかるし、否定できない部分の方が多い。それに、真剣に話したい事があるのなら別」

 

より正確に言うなら、七海が色々とわきまえている大人でもあるからだ。これまでの旅でユエとシアの美貌目当てで近寄ってくる男はガキもいたが、大人もいた。しかし短い付き合いとはいえ、七海がそんな調子で自分に言い寄る姿などありえないなと思えるくらいには、人を見る眼はあるつもりだ。

 

「とりあえず、落ち着ける場所まで移動しましょう。買い出しも終わったことですし」

 

そうして3人は近場のオープンテラスのあるカフェに寄り、注文をしてから席に着いた。

 

「それで、何の用?」

 

聞く気はあるが少々棘がある。そんな人物に対して――

 

「まずは改めて………南雲君のことを。彼の側にいてくださり、ありがとうございます」

 

七海は深々と頭を下げてそう言った。

 

「………そ、そんなことを言うためにわざわざ?」

 

「ずいぶんとまぁ、ウィルと同じかそれ以上に律儀じゃの」

 

だがこのような内容なら別にわざわざ呼び出す必要はなく、理由としては不充分だ。他にも理由があるとは考えるが、少なくともこれは今ここでわざわざ言うことなのかというのがユエの考えだ。

 

「…あの日、私の犯した判断ミスが、彼を奈落へと追いやった。結果として生き残り、あなたと会えたとはいえ、その過程で死んでいてもおかしくなく、もし生き残っても人として壊れていてもおかしくなかった。私は彼に何もしてあげられなかった。教師としての職務を放棄したと言っていい」

 

「…………」

 

「加えて、今の南雲君に寄り添ってくれた。だから彼は今も人間性を保っている」

 

ハジメの話を聞いて、七海はハジメが壊れていない要因に間違いなくユエが関わっていると理解していた。

 

「このようなこと、彼の教師である私が言うのは間違っていて、言える立場でないことも理解してます。それでも、これからも、彼に付き添ってください。彼には、あなたが必要だ。少なくとも私よりも」

 

ユエにとって七海はハジメを迷わせる警戒すべき存在だった。だが、こうして生真面目と言えるほどの対応を彼が見せたことに好感を持った。

 

「言われなくても、ハジメは私の特別で、私はハジメの特別。ずっとそれは変わらない」

 

そして、冷淡で冷酷な人間かと思っていたが、ウィルの件もそうだがシアの時も呪術師としての心構えの為にああしたのであって、実際はこうしてハジメのことを心配し、修行も厳しいがそれにどこか優しさも見えていた。だから、ハジメから聞いていた話もわかる。

 

「けど、あなたがハジメに不必要ということはない。ハジメは言ってた。今の俺があるのは、俺を自分なりに鍛えてくれた人のおかげだって。それが、七海なのはもうわかってる」

 

「……どのような評価をされているかはともかくとして、彼が感謝すべきなのは私ではないですよ」

 

その言葉にユエもティオもやれやれといった表情になる。

 

「…七海、本当におぬしもウィルと同じく…いや、それ以上かもしれぬほどの生真面目じゃの」

 

「ん。もう少し自由でも良いと思う」

 

「性分ですからね。それと、これは警告……というより気に留めてほしいことです」

 

おそらく本題であろうことを七海が語りだした。

 

「彼は人間性を完全に捨てることはなく、徐々に失った物、捨てた物を取り戻していくと私は判断していますが、その過程と理由にはユエさんという存在があって成り立っている。もし、なんらかの原因で君がいなくなれば、今度こそ彼は壊れてしまう」

 

「…ハジメはそんなに弱くはない」

 

「強い弱いの問題ではないんです。そのくらい今の彼は丈夫に見えて不安定なんです」

 

良くも悪くも様々なきっかけが今のハジメを形成しているが、肉体と精神は繋がっている。見た目が変わるだけの行動をした、考えが変わるだけの行動をしてきた。それらは南雲ハジメという人間性を捨て去るには充分すぎる理由だ。ただ一つ、ユエとの出会いと、それによるこれまでを除いて。

 

「あなたが、ハジメとの関わりが多いのはわかってる。そして今までの経験、呪術師として、教師として見て言っているのもわかってる。それでも、私はハジメを信じてるし、何より私も死ぬ気は全くない」

 

「それでも言わせてください。私が言うのもなんですが、どうか死なないでください」

 

自分以上の強者に言うには間違っているが、それでも心配をしている七海にユエはついに吹きだす。

 

「ほんと、七海は生真面目」

 

これからのことなどわからない。だが少なくとも、ユエの中で、七海は仲間と認めていいかなと思える人物となっていた。

 

 

 

頼んだ紅茶に似た茶が来た。その頃には話題も変わり、3人はユエとハジメのデートについて話していた。

 

「ユエさんは独占欲が強い方だと私は思っていました。君達の関係性はまだよくわかっていませんが、今回の件は、私よりあなたの方が反対すると思ってましたよ」

 

「うむ。妾の方は少し違うがおおまかなところは同じじゃな。今頃色々と進展している可能性もある」

 

ティオは面白そうに言うが七海の方は純粋に疑問だった。

 

「もしそうなら、嬉しい」

 

そしてその質問に対する答えにも疑問が湧く。

 

「惚れた男が他の女と親密になるというのにか?」

 

「シアだから」

 

ティオが首を傾げるのも無理ないだろうと七海は考えていた。だがユエも最初の頃であれば拒否していただろうと語る。

 

「最初はハジメにベタベタするし、いろいろと下心も透けて見えて煩わしかった。でもあの子を見ていて分かった」

 

「…あの真っ直ぐな性格ですか?」

 

コクリとユエは頷く。

 

「どこまでも純粋で、一生懸命で、常に全力。良くも悪くも真っ直ぐ。それに絆されたのが半分」

 

「ふむ、では残りの半分はなんじゃ?」

 

質問したにもかかわらず至って真顔な七海と違い、興味津々にティオは聞く。

 

「シアは、私のことも好き。ハジメと同じくらい」

 

「…よくわからないですね。彼の事が好きなのと、君の事を好き。言葉にすれば同じですが意味はまったく違います」

 

異性としての好きと、親友や妹分としての好きは全然違う。

 

「意味は違っても想いの大きさは同じ……可愛いでしょ?」

 

「なるほどの、あの子にはご主人様もユエもどちらも必要ということなんじゃな……混じりけのない好意を邪険に出来る者は少ない。あの子の人徳というものかの」

 

「混じりけのない好意、どこまでも真っ直ぐで、純粋で全力…ですか」

 

「七海?」

 

「いえ、なんでもないですよ。昔、彼女と同じように、真っ直ぐで全力な明るい人を見ただけですよ」

 

七海はある程度自分のことを話しているが、それは呪術師として生きてきた彼の末端の部分に過ぎない。それはシアもティオもわかっている。だが人の思い出や記憶に土足で踏み入るようなマネをするつもりはないし、なにより興味はない。所詮は別世界の話だからだ。それも踏まえてティオは話を戻す。

 

「ふむ。じゃが、ご主人様の方はどうじゃ?そこまであの子の魅力がわかっているなら、心を奪われるとは思わんのか?」

 

「私から見ても、彼女には良くも悪くも人を惹きつけるだけの魅力がある。既にこうしている間に奪われている可能性すらありますよ。そもそも、彼になぜ他の女性を隣に立つことを許すかがわかりま…」

 

七海ですらその先を言えなくなるほどの妖艶な笑みを見せて、ユエは答える。

 

「それこそ、最初に七海が心配したことに対する心配はいらないっていう理由。ハジメには『大切』を増やして欲しいと思う。大切があればあるほど、万が一にも七海のいう壊れることがなくなるから」

 

無論誰でも良いわけではない。ユエが認め、ハジメ自身も認めることができる相手のみだ。

 

「けど、『特別』は私だけ。それを奪えるなら、やってみるといい。何時でも何処でも相手になる」

 

その視線は、ティオにも向けられる。「できるはずもないけど」と言葉にしなくともわかるオーラ。絶対の自信を感じる。

 

「喧嘩を売る気はない。妾は、ご主人様に罵ってもらえればそれでいいのじゃ」

 

呆れた声で「変態」と呟くユエだがティオは快活に笑う。一方七海は何か考え、一瞬悩むような表情をした後こう聞いた。

 

「その『大切』は、君が認められる相手ならいいんですか?」

 

「?ハジメの意思も重要」

 

「それはわかってます。第一の条件として、あなたの認める相手である事ですね?」

 

なおも言う七海にユエは少々驚きつつコクリと頷く。

 

「なら、そこに私の生徒の1人を加えてもらうことはできますか?」

 

「!…………その子は、ハジメの何?」

 

急にユエの言葉が棘のある物となる。

 

「クラスメイトです。今は………ただ、見てわかるほど、南雲君に好意を持っている。今も、彼がいると信じて迷宮攻略をしているでしょう」

 

正直ハジメがユエと付き合うことに関して七海は言うことはないが、香織の今の行動原理も理解している。基本的に他人の恋愛に立ち入るつもりはないが、このままではあまりにも彼女が不憫でならなかったのだ。

 

「同情?」

 

「…まったくないと言えば嘘になりますね。手ほどきをして育てた者として、その理由を知るものとしての、単なる感情論です」

 

ユエはまじまじと七海を見る。サングラス越しにも、七海が真剣に言っているのはわかる。

 

「……………そいつ次第」

 

チャンスくらいはあげると言う。

 

「けど、そいつは今のハジメも、そうなった経緯も知らない。今と前のハジメを比べて、どう思うかわからない。そもそも私達についてこれる?」

 

聞く限りでは正直言って足手纏いだ。それに対して七海は……

 

 

 

 

「もう1回言うけどそいつ次第」

 

「わかってます」

 

「話はまとまったかの?」

 

ティオが指を向けて言うとそこには皿を持った店員がいた。ユエの圧と七海の真剣な表情を見て、声がかけづらかったらしく怯んでいた。

 

「すいません、仕事を止めてしまって」

 

「い、いえいえ。こちら、ご注文の品です」

 

店員は頭を軽く下げつつ、それをテーブルに置いた。

 

「こちら、生ハムとチーズ、水切りしたレタスを表面が少し硬めのパンで挟んでます」

 

「………………どうも」

 

その表情はまったく変わってないように見える。だが2人は以前似た顔を見たことがある。

 

「前にカレーパンを食べてた時もそうだけど、七海はパンが好きなの?」

 

「それなりにですよ。ただ、ここのパンは地球で言うカスクートというパンに似ていると思い頼んだのですが、正解でしたね」

 

(それなり、か)

(それなり、のぅ)

 

もうだいたいわかる。それなりではないくらい好きだろう。そして間違いなく今嬉しそうだと2人は感じていた。

 

「では、さっそく」

 

手を伸ばした瞬間、ドガァァン‼︎と隣の建物の壁が爆散し、ガタイのいい男が数人ほど瓦礫と共に吹っ飛んできた。

 

「お、やっぱり3人の気配だったか」

 

「あれ?ユエさんとティオさんにそれに七海さんも、どうしてこんな所に?」

 

壁の大穴からはデート中のはずのハジメとシアが武器を持って出てきた。

 

「それはこっちのセリフ……デートにしては過激す…ハッ‼︎」

 

ユエは気付く。そしてティオも気付き、そちらを見る。既に瓦礫の一部となったテーブルとそこに乗せられた物達の無惨な光景。手を伸ばしたまま動かない七海だったが、スッと静かに立ち上がって2人に声をかけた。

 

「………………………南雲君、シアさん」

 

「ん、なんだよ七海せん…せいぃ⁉︎」

 

「ヒィぃぃ⁉︎」

 

いつも通りの表情だ。だが、なぜかそれに恐怖を感じる。

 

「この旅の先々で問題が起こることは想定してますが、率先して問題をこう何度も起こされるのは流石にどうかと思いますね」

 

「え、いや、別に起こしたくて起こしてるわけじゃ」

「ハジメ、シア、謝って」

 

「ユエさん⁉︎」

 

必死な表情でユエは言う。ティオも「うむうむ」と頷いている。

 

「謝った方がいい。これは流石に擁護できない」

 

「いやでもな」

 

まだ何か言おうとするものの、ユエは圧をかけて再度言う。

 

「謝って」

 

ハジメとシアにはわからないが、ここまで圧をかけられながら言われたら従うしかない。

 

「「…………すいませんでした」」

 

「………別に怒ってませんよ」

 

((((絶ッッッッッッッッ対、嘘だ〔なのじゃ〕‼︎))))

 

「それで、いったいどうしたんですか?シアさんや君にちょっかい出すくらいじゃ、ここまではしないでしょ?」

 

と七海が聞いた所でハジメは我に返り説明を始める。

 

 

ハジメが言うにはデート中、この町の地下に子供の気配を感じて下水道へ向かったところ、そこには海人族の少女が流されていたそうだ。海人族は亜人族の中では唯一国からの保護を受けている種族。その特性を活かして、水産業を支えるために海上の町エリセンに住む者たちだ。故に彼らを奴隷などにすることは禁じられている。

 

もっとも、それでも差別はある。今回の原因も元を辿るとそこに行き着く。公的には禁止されているが、非公式となると話は別だ。

 

「それで、その海人族の…ミュウさんでしたか?海人族の子供が下水道にいたのなら、間違いなく」

 

「ああ、誘拐されてきて、オークションに出すつもりなんだろう。当然、裏のな」

 

その後ミュウの身体を綺麗にし、食事をして元気を取り戻したのを見て、地球でいう警察組織、保安署に預けた。だいぶ駄々をこねられたそうだが。

 

シアとしてはこれから先に西の海に向かうので、せめてミュウだけでも連れて行きたかったらしい。だが、子供を共に危険の伴う旅に同行させることはできないことと、誘拐されている海人族を連れていてはこちらも誘拐犯になるという理由で却下された。

 

「で、保安署に届けたんだが、どうやらミュウを拐ったやつらが見てたらしくてな。人質にしてシアも連れて来いって言われた」

 

「なるほど」

 

誘拐犯の連中の狙いが読めた。ミュウを人質にさらに奴隷としてレアに扱われている兎人族のシアも手に入れる魂胆だろう。

 

(おそらく、以前の彼なら放っておいたかもしれない。…畑山先生の教えが行き届いているようですね)

 

寂しい生き方をしない。それが彼に大きな影響を与えていた。

 

「で、指摘された場所に行ってみたんだが、ミュウがいない代わりに武装したチンピラがうじゃうじゃいた」

 

「まぁ、聞くだけで罠というか、誘っているのが丸わかりですからね」

 

どうもハジメだけ殺してシアを奪う気だったらしい。当然返り討ちに遭い、生き残っていた者に聞くもミュウの居場所は知らず、他のアジトに行って聞き出しては拷問するを繰り返していたらしい。おまけにユエとティオにも誘拐計画があったそうだ。当然だが七海は殺すつもりだったそうだ。というより…

 

「七海先生が俺らのボディーガードと思ってたらしく、ガラの悪そうないかにもな冒険者も雇ってやがったんで、そっちも適当に処理しといた」

 

「お互い、安く見られたものですね」

 

「………殺す事にはやっぱり何も言わないんだな」

 

「今回の相手は殺されても文句のない自業自得です。何より大人は責任を取るべき存在だと私は思ってます。それに、私が人を1度も殺していないと思いますか?」

 

呪術師のことは、ある程度とはいえ聞いているハジメ達はその可能性は0だなと確信している。

 

「それよりも、この都市には相当大きな闇組織があるようですね。来た時からあるとは思ってましたが」

 

「どの世界でもおんなじだなそこは……だから、3人にも手伝って欲しい」

 

3人とも即座に了承する。

 

「二手に分かれるなら、ミュウさんの顔を知っているシアさんと南雲君で分けるべきですね」

 

そうしてハジメとユエ、シアとティオと七海に分けて捜索と組織潰しにかかる。とりあえず1つ目に着き、シアが門番を吹っ飛ばして侵入したのだが…

 

「!これは」

 

「酷いものじゃ」

 

「………………」

 

異臭がした時点で気づいた。鞭打たれ、汚され、瀕死の子供、息絶えた子供、嗚咽すら忘れた絶望の表情を見せる子供。

 

「………」

 

「む、七海?」

 

「七海さん?」

 

このような光景はこの世界では普通なのかもしれない。この光景は奴隷制度があるとわかった時点で考えていたことのひとつに過ぎないし、これより酷い光景すら、元の世界で七海は知っているので別段取り乱しもしない。だが。

 

(それでも、この光景を)

 

不条理な絶望を、それを幼い子供に与える存在を……

 

「ふざけやがって」

 

「「⁉︎」」

 

七海が言ったとは思えない呟きを聞き、2人は驚いていると

 

「おい、おまえらだな‼︎例の襲撃者の一味は‼︎」

 

「ここが何処だかわかってんのか⁉︎フリートホーフの支部だぞ!」

 

ここの構成員であろう者達が数名そこに現れ、武器を取り出し構えた。だが…

 

「あれ?」

 

先頭にいた男は不思議に思った。武器を持っている感覚がなくなる。というより手の感覚もない。だがその理由に気づく前に眼前に来ていた七海に驚き下がる。

 

「………おぁ⁉︎」

 

グチャリと音を立てて男は横の壁にぶつかる。七海が殴った結果だ。瞬時に残りの者達が斬りつけたが…

 

「切れてな…ごぇ!」

 

「ゲゴォ!」

 

斬りつけたにもかかわらず、血を出すどころか傷もつかない。七海はあっという間に3人を殴り殺し、残った3人中、2人の首を大鉈で落とす。

 

「あ、ぁぁ、ヒィぃぃぃ!」

 

逃げようとした最後の1人は転んでしまいすぐ立ちあがろうとするもできない。その為の足が、もうなかった。

 

「海人族の子は?」

 

「………」

 

ガクガクと震える。見た目だけなら七海より身体も筋肉も大きな男が、圧倒的な恐怖と強さに怯える……暇もなく蹴られる。質問に答えないからだ。壁に当たり、全身の骨と内臓が破損したのを男は感じた。

 

「海人族の子は?」

 

「じ、じらない、ここにはいな…」

 

言いきる前に顔面を蹴りで壁ごと粉砕されて絶命した。

 

「ここは本拠地ではないらしいですし、次へ……どうしました?」

 

「いえ、何というか」

 

「うむ、思っていたより熱い男と思うておってな。以前の拳といい、きっかけが違っておったら、妾、惚れていたぞ七海」

「結構です」

 

「即答⁉︎でもなんかいいのじゃぁぁ」

 

悶えるティオを心底辟易した眼で見る七海とシア。

 

「ここの子供は全て人族ですね。おおかた、売り残りの子で、買い手が見つからなければ、彼らのストレスの発散とされていたのでしょうね」

 

檻を壊して、子供達に近付く。子供達は一瞬怯えるも、七海はその子達を通り過ぎて死んでいる子供の開いた眼を、スッと手をかざして閉じさせる。

 

「ここを出ましょう。親御さんが心配してるでしょうから」

 

次に近くの子にそう告げて頭を撫でると、周囲の子供も理解した。「あぁ、この人は味方で、助かるんだ」とそう判った瞬間、枯れた涙が溢れていた。

 

「近くに預けてすぐに次へ向かいましょう。大きな組織ですし、気張っていきましょう」

 

「当然じゃな」

 

「はいですぅ‼︎」

 

あらためて七海の事を彼女達は知った。感情的にはならずとも、自分達と同じかそれ以上に怒りを感じて行動していると。それに2人は好感を抱き、すぐさま次へと向かう。

 

 

次の施設は先程よりも大きかった。どうやら本拠地らしくそこもスイスイと進んでいく。邪魔する者は3人の容赦ない攻撃で殲滅されていき、怒号が飛び交う部屋にシアが侵入し、その部屋の護衛などを瞬時に片付けて、フリートホーフの頭の男の肥えた腹に重たい一撃を与えた。

 

「シアさん、拷問する相手を殺してはいけませんよ」

 

「大丈夫です!まだ喋れそうです!」

 

「死なないように痛めつけて、情報を吐かせましょう。こちらは私とティオさんが」

 

「いや、妾1人に任せてよい。先程はおぬしに全部持っていかれたからの。……それに、子供を食い物にしてきたこやつらに、些か妾も苛立っておるのでな」

 

ボスの部屋に来た残りの構成員をブレスでチリも残すことなく消滅させる。

 

「死体の焼却には困らないですね………さて」

 

こちらも必要なさそうだと思いつつ部屋に入ると、シアはドリュッケンに付与された重力魔法で少しずつ重さを増やして内臓を潰しながら尋問し、情報を引き出していた。

 

「助け、助けげで、ぐれぇ‼︎何が欲じぃ、金も奴隷も、全部やる、だがら、だずげで」

 

「すべてはあなたが子供を誘拐して売ったのが発端、庇うつもりは毛頭ないです」

 

「そもそも子供の人生をさんざん弄んだのに、自分だけ助かろうなんて都合が良いにも程がありすぎです。それになにより、あなたは私達に敵対しました。そんな人間を生かしたらハジメさんとユエさんに怒られてしまいます」

 

「大人なら黙って自分の犯した責任を負いなさい」

 

シアがグンと振りかぶって即振り落とした。ドリュッケンはそれを潰してトマトのような物を作り出した。

 

「シアさん、いけませんよ」

 

「む、七海さんらしくないですね、その言い方」

 

「?………あぁ、違いますよ」

 

殺した事を咎めたのかと思ったのか、七海はシアに違うと言う。

 

「顔に血がついてます。こんな血をあなたが浴びるのはいけない。なるべく血を浴びない殺し方をしてください。あなたがそれで汚れていては、私が後で南雲君に怒られる」

 

ぽかーんとした表情になるがそれも一瞬で笑みに変わる。

 

「この武器だと難しいので、やり方があるなら、教えてほしいですぅ」

 

「ご主人様もじゃが、おぬしら容赦ないの」

 

その言葉に七海は冷徹に、シアは疑問の顔になって言う。

 

「何度も言うようですが、自業自得ですしね」

 

「必要ありますか?こんなのに?」




ちなみに
最初は七海はフリートホーフの連中を殺さないかなぁ?と思いましたが、この世界にいる限りどこかで人は必ず殺すことは理解してるでしょうし、今回みたいに子供を食い物にしてきた連中プラス襲ってくる相手を誰も殺さずに…というのは無いかなと思い、それプラスの理由として、今回の描写をつけました。

ちなみに2
シアとティオから今回の子供への酷い仕打ちをした連中への罰と子供への対応はユエにも伝わり更に好感度アップです


今月中にもう1話出せると思う


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商業都市・跋

後書きだから短め…って思ってたんですが、後々のことも考えて愛子と勇者サイドも書き加えました


「それで、言われた通り捕らえられていた子供達は遺体も含めて避難させましたが、どうするんでしょうか?」

 

シアが拷問して引き出した情報をもとに、ハジメがミュウを助けだしたことを聞き、その後3人は残りの施設を調べて子供達を保護した。

 

「さぁ、そこまでは…って、七海さん、あれ!」

 

「!」

 

その輝きは、一瞬。次に来たのは轟音と巨大な揺れ。さらに以前ウルで見た膨大な魔力の塊と言っていい〝雷龍〟が4体。それらがフューレンを飛び、おそらくフリードホーフのアジトやオークション会場を破壊してるのだろう。

 

ミュウの事が心配になり首輪につけられたアーティファクトでシアが連絡するのを、横目に見ていると、子供の1人が七海のズボンをくいっと引っ張る。

 

「もう、帰れるの?」

 

「………ええ。今まで、よく頑張りましたね」

 

しゃがみ込んで、できるだけ柔らかな声で言う。サングラスをつけていて、表情が読みきれないが、それでもその子は安堵し、

 

「ありがとう、ありがとう、ありがとう」

 

感謝していた。それが他の子にも伝わり、次々と子供達が涙を流して感謝した。七海は駆けつけた保安署の人間と思われる男に子供達を託す。

 

「……この子達をお願いします。シアさん、南雲君は?」

 

「支部長さんのところで合流しようと言ってますぅ」

 

(彼も、この事態の後処理をしなければなりませんね…)

 

イルワに同情しつつ七海は子供をあやすティオに声をかけて向かった。

 

 

「倒壊した建物15棟、半壊は32…消滅が9。死亡及び負傷者は全員フリートホーフ構成員。死者46、再起不能50、重傷37、行方不明110」

 

書類に書かれた情報を震えた手で持って語るイルワの表情は、胃痛にでもなっているのか、蒼い。そして、それに対するハジメの言い訳が、「カッとなって計画的にやった」と反省も後悔もない顔と声なので更に気が滅入る。

 

「……………」

 

「私は彼らのお目付役ではないので」

 

オメーがいるならもっとどうにかしろよ的な眼で七海を見るが、その七海も容赦なく壊滅の手伝いをしてたので、何も言えなくなる。

 

「そんなことより、一般人への被害は、ないんですね?」

 

「あぁ、それはない。正確に組織のみを狙い、囚われていた人達も避難していた」

 

ならいいと七海はほっとする。いないとは思っていたが気にはなっていたのだ。

 

「フリートホーフには正直手を焼いていた。やり過ぎではあるが、助かったとも言えるよ」

 

「組織は壊滅したとして、あれがここの唯一の裏組織ではないでしょう?」

 

どうもそうらしく、この一件で裏世界の均衡は大きく崩れるそうだ。今回はそういう組織への見せしめだがハジメは裏世界の均衡など知ったことではない。フューレンだけではない。全てが善人というわけではないなら、このような組織は探せば出てくるだろう。

 

「だが、その辺りは心配いらない。こちらでどうにかなる。むしろ、最大級の組織が壊滅したから他はその蜜のおこぼれを吸うだけの弱小しか残っていない。支援も無くなったなら、早いうちに取り締まれる」

 

少なくとも、この都市で子供が犠牲になることはないとのことだ。

 

「それと、必要なら俺等の名前を使って構わないぞ。支部長お抱えの冒険者と勇者一行の最強の男ってな」

 

「…良いのかい?そこの七海殿はともかく、君は利用されるのを嫌うタイプだと思うんだが?」

 

「これから世話になるしな。俺等のせいで裏組織での戦争が起きました、一般人が巻き込まれてしいました…なんて、気分が悪いしなって、なんだよ七海先生?」

 

「いえ、別に」

 

七海は少しだけ嬉しく思えた。彼女の、愛子の想いが彼に届いて、確実に良い方向に向かっていることに。

 

(意外と早くに彼の捨てたものは取り戻せるかもしれませんね)

 

次にミュウの方に話題が変わる。この子が故郷に帰るには2つの方法がある。ひとつは、こちらで預かり、正規の手続きでエリセンに送還すること。今回の一件で、流石に狙う者はいなくなっただろうからほぼ確実だ。

 

ミュウの表情に不安が募る。引き離されるのを恐れているのだ。見知らぬ誰かより、信頼できるハジメ達が今のミュウの拠り所なのだろう。だから、選ぶのはこれからイルワの口から出る後者だ。

 

「もうひとつは、君達に預けて、依頼という形で送還してもらうことだ」

 

本来なら、海人族という要人なら前者の公的機関に預けるものだが、ハジメの冒険者ランクが最高位の〝金〟であること、今回の件のそもそもの原因がミュウの保護だった為だ。

 

「私としては、後者を選択したいと思ってますが、南雲君達はどうですか?」

 

七海の言葉にミュウは反応する。これまで彼女はハジメ達を信頼していたが、見た目もあって七海には警戒心があったのだ。そしてハジメ達の方は驚きが出る。大迷宮攻略の面を見ても、足手纏いになるのはまず間違いない。力のあるハジメ達ならともかく、力のない子を危険な場所に連れて行くことを七海が承諾するとは思わなかった。

 

「正直、前者の方がこれからの旅には良いでしょうが、ミュウさんにとってはこちらが良いとおもうからです。もちろんこれは、全員納得するプラス、必ず、どんなことがあっても自分もこの子も守れるという確信があることが条件ですが」

 

まずその言葉に真っ先に反応したのはシアだった。元々彼女はそうしたいと、ミュウと会った時からハジメに言っていたからだ。

 

「ハジメさん…私、絶対、この子を守って見せます!」

 

「私は構わないけど、ハジメの判断に任せる」

 

「妾もじゃ」

 

4人の眼がハジメに向かい、そこにミュウも追加される。膝の上から上目遣いで。

 

「……まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな。構わないんだろ、先生」

 

「良いと最初に言ったでしょう?ただ、大迷宮の方はどうするか、ちゃんと考えておいてくださいよ」

 

ハジメが「おう」と言うと、ミュウはパァと輝いた顔でハジメに「お兄ちゃん!」と抱きつく。

 

「なぁ、ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか?普通にハジメでいい」

 

「別に良いんじゃないですか?君が年齢で言ってもお兄ちゃんというのもありますし」

 

「いやまぁ、そうなんだけどよ」

 

七海には理解できないが、ハジメはこうなっていてもオタク。〝お兄ちゃん〟という呼び方には色々とクルものがある。

 

「うーんと、…うーん……じゃあ」

 

考えたミュウは告げる。

 

「パパ」

 

ハジメは一瞬フリーズした。

 

「あー悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだが、もう1度頼む」

 

「パパ」

 

「……………………」←顔を下に向けて笑いを必死で堪えている七海

 

「それはあれか、海人族の言葉で〝お兄ちゃん〟とか〝ハジメ〟って意味か?」

 

現実逃避をしているが、当然そんなわけない。どんな世界だろうがパパ=パパだ。

 

ミュウ曰く、生まれてくる前に父親が死んでしまったようで、自分を助けてくれたハジメに父親というものを感じたのだろう。

 

「ミュウ、なんとなく理解したがそれは勘弁してくれ」

 

「やっ!パパなの!」

 

「駄目だ!お願い!お兄ちゃんでいいから!」

 

「やぁぁぁぁ!」

 

「……良いんじゃないですか、別に」

 

「他人事だからって投げやりになんな!つうか、先生さっきから笑ってんだろ‼︎」

 

「さて、共に旅するなら自己紹介は必須ですね」

 

「無視すんなぁ‼︎」

 

七海は目線をミュウに向ける。先程の警戒心はなく、ピュアな眼で見ている。

 

「シアさんとユエさんは自己紹介済みですし、後は私だけですね」

 

「のう、七海よ、妾は?」

 

子供の教育上どう考えても悪影響なティオはあえてこの場ではスルーしておくことにした。ハジメ達も大概だがティオはまた別次元である。

 

「ティオだ。以上」

 

「それだけ⁉︎ご主人様も酷い‼︎もっとなのじゃぁあぁぁ」

 

「………南雲君」

 

言われるまでもないとばかりに速攻で縄で縛りあげたが、どうにも嬉しそうであるのを見ると、やはり変態は変態だった。

 

「さて、気を取り直して名乗るとしましょう。私は七海。七海建人です。彼の教師……先生をしています」

 

子供にわかりやすい言葉を選んで自己紹介をしているあたり、七海らしいなと思っていると、ミュウは何度かパチクリと瞬きして言う。

 

「ナナ、ミィ…」

 

「七海です。言いにくいなら別の呼び方でもいいですよ」

 

「………」

 

少しだけミュウは考えて

 

「ナナミン」

 

「「「「ぶぅぅぅ!」」」」

 

一斉に吹き出す。

 

「南雲くん、ユエさん、シアさん、ティオさん…引っ叩きますよ」

 

「い、いや、だってよ…ぐふふっ」

 

「ナナミンって…ナナミンって」

 

「お、女の子みたいな名前ですぅ」

 

「いじりがいのない男と思うておったが、これは、ミュウ、素晴らしいのじゃ」

 

言い出した本人のミュウは、なんで笑ってるのと言わんばかりに疑問符を頭に出していた。

 

「……ミュウさん、七海です」

 

「ナナミン!」

 

ついにハジメの笑いのツボにハマる。あまりに見た目とのギャップがある呼び方に、イルワも笑いを堪えていた。

 

「ナナミン?どうしたの?」

 

ミュウがのぞきこみながら聞くので、怒ってるように見えたのかとハジメは思い七海を見る。しかし。

 

「…………いえ、別に。ちょっと懐かしいだけですよ」

 

その表情は暗いようにも見え、嬉しいようにも見え、困惑しているようにも見えた。

 

 

 

 

ウルの町、時間はハジメ達に七海がついて行ってから3日が経過している。避難していた住人の帰還は済んでいるが、町そのものは無事でも大量の魔物の死骸の処分や、主にユエの魔法によってできた地表の変化の後処理が残っている。だがそこには笑顔が溢れている。

 

「おお、見ろ!豊穣の女神様だ!」

 

「実に神々しい!ありがたやありがたや」

 

「女神様ーこっち向いてー!」

 

すっかり豊穣の女神の名がウルの町の人々に伝わった。この町以外にその名が広まるのも時間の問題だろう。

 

「あははは…はぁ」

 

「また苦笑になってますよ、愛子殿」

 

マッドは彼女がそんな表情でもちゃんと市民に手を振るのを見て、慣れなくてもさまになってきたなぁと思っていた。

 

「慣れなくてもさまになってきましたね!」

 

「…パーンズ」

 

あえて言わなかったのにこの男はと言いたいが、これもパーンズなりの気遣いだろう。少なくとも神聖騎士の連中よりは今の愛子には良いかもしれない。

 

「…………」

 

時折、心ここに在らずというように彼方を見る。いや、七海が向かった先を見ている。

 

「ずっと私、助けてもらってばかりですね」

 

 

 

 

愛子はあの日の夜、寝ずに考えていた。「どうして」と。

 

信頼し、信用し、誰よりも尊敬できる人。それが愛子にとっての七海だった。

 

だからこそ、七海があの時とった行動の理由を考えた。

 

(生徒たちが七海先生は清水君を殺したくなかったと言っていた。多分それはそうだ。そうでなければ、あの時清水君と話すと決めた私を咎めていただろうし、七海先生も清水君と話をしようとは思わないですし。でも南雲君が清水を殺すのを止めて、そこから清水君にあんな…)

 

とそこで疑問が出てきた。七海がハジメの行動を止めた事に。

 

(そうだ。死ぬとわかってる人をわざわざ殺す必要はない。一方で七海先生の方も、結局清水君を見殺しにするならあの場で止める必要もない)

 

それはつまり、ハジメは何かしらの為に清水をわざわざ殺そうとし、それを察して七海は止めたという事。

 

(可能性があるとすれば、南雲君に殺しをさせない為?いや、七海先生は南雲君が人を既に殺している事に気付いていた。そもそもなぜ南雲君は…!)

 

清水が死ぬとわかっていた。ならその原因は何か?魔人族の攻撃だ。そして、魔人族が清水を利用して行わせたのは愛子の抹殺。

 

「私が、私のせいで、清水君が」

 

そこから先、ハジメが殺そうとした理由も、それを止めた七海の理由も理解した。

 

(私が折れない為…でもそうすると七海先生は、私や南雲君に責任を押し付けず、背負う為に……自分の担任する生徒だから?ううんそれだけじゃない)

 

ハジメは今の愛子がこうなる事を予測していた。ハジメができる事を七海が予測できないはずもない。

 

(私が立ち上がれると信じているから。そして……)

 

七海は言っていた。たとえ生徒達を元の世界に返しても、自分は残ると。

 

(私は、もうこれ以上誰も犠牲も出さず元の世界へ帰りたいと思ってる。けど、七海先生は今も犠牲者が出るのを前提で行動している)

 

そこから導かれる結論

 

(自分に責任を負わせ、清水君を含めた親御さん達の恨みを背負い、私に責任を負わせないため、全部終わった後で償うつもりなんだ。たった1人で)

 

七海の性格は理解している。この世界に来たことで新たな面を見たが、それでも日本にいた時に感じた根本的な優しさは変わっていないと信じている。

 

愛子の考えは当たっている。実はあの時、愛子を助ける時に清水を傷つけてしまうが殺すつもりはなかった。

 

(自分を犠牲にしているつもりも死ぬつもりもないと言っていた。それは、自身の罪を償わないといけないからだ)

 

他人の為に自身を犠牲にする。それは並大抵の覚悟ではできない。だからこそハジメに協力を要請しなかった。たとえこの世界の人を殺していても、元の世界の人をどんな理由があろうと、殺せばその罪はハジメをいつかなんらかの形で影響を与える。それが良いものである可能性は0だろう。

 

(私は、あなたにとってただの足手纏いですか?七海先生)

 

愛子は自分になにも背負わせてくれない七海の優しさを理解しつつも、納得できなかった。

 

 

 

 

今七海はこの彼方でどうしているのか。そう思いつつ、いまだ考える。七海の事を考えない日はない。

 

「愛ちゃん先生」

 

「!、園部さん…どうしましたか?」

 

「いや、どうしたのかはこっちのセリフなんだけど」

 

土壌を豊かにしつつ、彼方を見る彼女を心配して言っているのもあるが…

 

「あ」

 

あまりに土壌を豊かにしすぎたせいで植物が異常に育っている。農作物だけでなく、所謂雑草までもが急成長していた。

 

「あ、あははは、ちょっとやりすぎましたね。一回枯らせて、そのまま肥料にして、もう1回…作物だけ成長させましょうか」

 

「……ねぇ、愛ちゃん先生、もしかしなくても七海先生のこと考えてる?」

 

「………はい。あの日は1日かけて考えて、そのおかげで南雲君と七海先生がどういう考えのもとにああしたのかが分かりました」

 

だからあの時の疑心はほぼ晴れている。それでも。

 

「だからこそ、他になかったのかなって思ってしまって、どうしてあそこまでして自分で背負おうとするのかなって、私には背負わせてくれないのかなって、あの人にとって私ってなんなんだろうって、七海先生の事を考えない日は、正直ないです」

 

(うーん、これは…どうなんだろう?進展してるのかな?)

 

いまや彼女達『愛ちゃん先生親衛隊』は『七海先生と愛ちゃん先生くっつけ隊』にもなっていた。少し前までは七海と愛子の両者に恋愛的な感情はないと思っていたが、ここ最近の愛子のそれはどっちに捉えていいのか判断しかねていた。デリケートな問題もあって特にだ。

 

「それと、色々と隠していることにも不満があります」

 

「確かに、謎があるよね」

 

この世界に来た当初から自身を強いと言っていたがそれは本当だった。だが今になって考えたら、ステータスプレートを見る前からあのような事をできる自信があった。つまり、元からあれほど強かった可能性がある。そしてウルの町を覆った帳と、清水の時に言っていた術式。魔力のない人にあの力があることに疑問を持ち始めていた。

 

「じゃあさ、少なくとも愛ちゃん先生は七海先生を信じてるの?」

 

「そうですね…今はハイと言えます」

 

「なら、きっと七海先生もそうだと思う。確かに隠し事は多いし、口数がそこまで多い人じゃないけど、愛ちゃんの事を信じてなきゃ、私達を任せてないと思うし」

 

「………」

 

「それに、七海先生にはもう一回会った時は話してって言ってあるから。今の南雲達と一緒なら大丈夫だとも思うし、本人の実力もあるから、きっとまた会えるだろうし」

 

「ええ。次に会ったら、なにを話しましょうかね」

 

「………ところでさ」

 

優花が別の話を切りだす。今度はなんだろうなと愛子は思っていると。

 

「愛ちゃん先生って、七海先生のこと好きなの?」

 

「ふぇぁ⁉︎だから、違いますって⁉︎」

 

「じゃあ、なんでそんなに七海先生のこと考えてるの?南雲じゃなくて」

 

「それは、それは…………」←考え中

 

考えるほど、七海の顔が出てくる。そしてそこで七海のことばかり考えていたことに気付いて顔が赤くなる。

 

「愛ちゃん先生、そもそもさ、七海先生とどういう出会いだったの?」

 

「え⁉︎あ、あーそうですね。まず、七海先生は私より歳上なんですが、教師歴なら私が上で、私の後に就任したので一応私が先輩みたいな感じで」

 

ちょっとややこしい関係だなぁと優花は思った。あと…

 

「初めて会った時は、目つきが悪い人で怖かったですけど、話してみたらものすごくいい人で、生徒達の相談にもそれとなく対応してて、今卒業してる子達の中には今でも慕っている人がいて、私の理想の教師像そのもので」

 

「…………惚気?」

 

そんなふうに感じた。

 

「だからぁ⁉︎」

 

なんにせよもう一回会って話したいと愛子は思っていた。いまだ彼女は自分の中にある気持ちがこんがらがっている。それを整理するには必要だと感じていた。だがその時があまりにも劇的な場面になるとは思ってもなかった。そして。

 

(いや、違います!確かに今ではカッコいい大人だなぁとか、思ってましたけど、そういう関係では)

 

自分がそういう気持ちになることなど想定もしてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時はハジメ達がフューレンに着いた頃、オルクス大迷宮。

 

 

「「!」」

 

「雫、香織?どうした?」

 

「うん、なんか嫌な感じがした」

 

「魔力が動く感じと、何かに見られている気がしたの」

 

その瞬間に光輝は一時止まるように指示して警戒心を強める。10秒ほど沈黙が続くが、今度は誰も、なにも感じない。

 

「……気のせいじゃないのか?」

 

「……辻さん、恵里は?」

 

「ごめんなさい。私は回復に集中してたから、分からなかった」

 

「私も感じなかったかな」

 

数秒ほど雫と香織はその場所を見て、雫は眼で香織に問い、その内容を悟った香織はコクリと頷いた。

 

「光輝、今日はここまでにしましょう」

 

「そんな、ここまで来て」

「光輝君、私も賛成。七海先生が言ってたでしょ?少しでも相手が強い、もしくは強い相手がいる可能性のある場合は逃げるようにって」

 

光輝を含めた数人は渋い顔をしたが、最終的に光輝が2人の幼馴染の言に折れる形でその日は撤退した。

 

 

 

 

見つめていた先

 

(気付かれたかと思ったよ)

 

その存在がいた。

 

(まさか、こちらが見えていた………いやありえないね。となると直感か?)

 

常識的な考えでそう判断し、彼らを追って仕掛けるかと考えるが…

 

(いや、万が一を考えて万全の状態といこう。2日後またここに来ると言っていた。なら、もう少し下の階層に降りて待ち伏せ。来ないようなら本来の目的、迷宮攻略に移る)

 

計画的に、そして確実に事を成す為に動く。

 

(それと、あの見た目甘ちゃんの勇者はともかく、あの女2人は要注意、警戒しといた方がいいかもしれないね)

 

その判断が間違っていたと気付くのは2日後となる。

 

 




跋:いわゆる後書きのことエピローグ的な。『葦を含む』を見た時にこの漢字カッコいい!と思って使いたいと思いここで使おうと考え使いました。またどこかで出す……かな?

ちなみに

七海のことをナナミンと呼ばせるキャラ欲しいというのはずっとありました。で、それができそうなキャラがミュウしかいないなと思いこうしました。それと七海にはモブ含めて色々な人に「ありがとう」を言わせてあげようかと思ってます。

ちなみに2
次回より魔人族カトレア襲撃編ですが活動報告にあるように追加で隠し玉、さらにオリジナルの魔物をつけることにしました。
タイトルしかまだ決まってないけど
ただ言えるのは、光輝とハジメ、両方にちょっとした変化を持たせようとは考えてます

感想、意見があればよろしくお願いします


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好事多魔

久々に時間かけました。仕事が忙しかったのもありますが、ここら辺からだいぶオリジナルが多いので、じっくりと足りない頭で捻り考えてました

その割に全然進まなかったけど、すんません


場所と時間は変わり、オルクス大迷宮:89階層

 

「来たぞ、いけんのか鈴!」

 

「龍太郎君はちょっと黙ってて、集中するから!」

 

鈴は眼前に迫るコウモリを連想させる魔物全てを、〔+視認(())〕で魔力の流れから位置を特定していく。

 

「捕らえるのに必要なのは、点を意識して、全ての点にマーキングするように」

 

七海のいない期間、全員自身の能力の更なる解析、分析、応用を繰り返してきた。理論的にできるが相当の集中と技量が必要なのはわかる。それでも鈴は魔力を込めて解き放つ。

 

「〝聖絶:囲〟」

 

〝聖絶:囲〟は以前作り上げた〝聖絶:縛〟の派生技と言っていい。相手の攻撃を防ぐのではなく閉じ込めることに特化したところは同じだ。だが、この技のポイントはそこではない。

 

「小さな相手にしか使えないし、まだ7体が限界……でも充分!思う存分使っちゃうよ!」

 

〝聖絶:縛〟と違い、捕らえるのに技術がいるが、展開する面積が小さいことで結界の維持、複数展開は容易で、さらにある程度のコントロールもできる。すなわち…

 

「投擲‼︎」

 

結界の移動ができる。そしてそれをそのまま武器にする。内部で暴れていた魔物に急激なGがかかり、それだけで瀕死になる。投げつけた先には捕らえることのできなかった魔物。

 

「七海先生ほどじゃないけど、少しくらいは動きが読める!」

 

動かせる範囲と距離はさほどないが、それでも投擲には充分な威力だ。

 

「あ、しまっ⁉︎」

 

「〝風爆炎〟‼︎」

 

撃ち漏らした敵が攻めてきた。結界の展開は容易だが、常に操る為、その間の攻撃に弱いのがこの技の難点であり課題だ。だが今は1人ではない。恵里の魔法、〝風爆炎〟は〝風爆〟〝螺炎〟の合わせ技。〝螺炎〟の渦巻く炎に風を送り込んで威力を上げ、最後は炎に飲み込まれた相手だけでなく風の爆発で飲み込んだ相手とその周囲の相手にもダメージを与える。

 

「イエィ!エリリン最高‼︎ナイスパートナー‼︎」

 

「まだいるって⁉︎集中集中‼︎」

 

いきなりハイタッチされて、恵里も釣られてついハイタッチしてしまうがまだ眼前に魔物はいる。が、そんな余裕がある程強くなっているとも言える。

 

「はい、交代よ!奥の素早くないのは私達がやるから‼︎」

 

イソギンチャクのような魔物を相手するのは3人。雫と光輝がサイドに立ち、中央は…

 

「香織、やっぱり君が出るなんてダメだ!七海先生の言ったことは無視して…」

 

「はい、あんたも止めないの。せっかくいい具合に動きが鈍くて移動しない魔物がいるんだから」

 

「ここは89階層だ!もっと上、帰りの弱い魔物で…」

 

「大丈夫だよ、光輝君」

 

光輝の声に反応するが、彼女の眼は常に相手を見る。

 

「上の階層にいる相手より、動かない分こっちの方がいいし、何よりそれじゃ、意味がないから」

 

香織は自身のアーティファクトの杖を向ける。

 

「ここに集いし聖光、災禍切り裂く刃となれ… 〝斬光刃〟!」

 

 

それは以前、香織が園部に言うべき事を言った後に、雫が七海と訓練をしていた時。

 

「あの、七海先生。私にももっと接近戦の戦い方を教えてもらっていいですか?」

「ダメです」

 

即答されたことにショックを受けるが、雫は「当たり前でしょ」と注意する。

 

「香織、あんたは治癒師なんだから戦いは私達前衛でどうにか…」

 

「そうだけど!そうなんだけど……」

 

「南雲君を守る為に……他の皆も守れるようにする為に、ですか?」

 

コクリと頷くが七海はそれに対してハッキリ告げる。

 

「前に言いましたよね。回復役の君が最も大事な事は、君が死なない事だと。後衛の君がわざわざ前線に出たら、本末転倒にも程があります」

 

「その教えに反するわけじゃないです。けど、いつでも先生が私達を守れる事を保証できないように、雫ちゃんや光輝君達前衛が常に私達後衛を守れるとは限らない。だったら、自分の身を自分で守れるようにするべきじゃないですか?」

 

「その為に、辻さんにもあなたにも、回避能力向上と防御、結界魔法の習得をさせているのですが?」

 

「そっちもちゃんとします。それ以上に守る力が欲しいんです」

 

七海はどうしたもんかと口に出そうな表情となる。香織はやると決めたら全力で、時に無茶もするのはわかってる。また見てないところで無茶をされてもいけない。それに辻と違い、彼女には天性の戦闘センスもある。伸び代がないわけではないのだ。

 

「ならとりあえずは八重樫さんに戦いの基礎を学んでください。今私が教えてもレベルが違いすぎて参考にしづらいでしょうし、武術の心得があって親友の彼女の方が、あなたの向き不向きの動き方もすぐわかるでしょう。……ただし」

 

一瞬喜びそうになる香織をすぐに抑える。

 

「八重樫さん、教える際はハッキリとダメならダメと言うこと。それと実戦で使うのは最低でも八重樫さんが認めた時のみです。……もう一度言いますが八重樫さん、絶対に甘やかさない事」

 

ギロリと眼を向けられて雫はたじろぎながら「はい」と答えた。

 

 

 

今日ついに雫はOKを出す。七海がいない間も訓練をし、新たな攻撃用の光魔法を習得した。

 

詠唱し、光魔法によって生み出された光が杖の先端に集約され、十字架の刃の槍となる。〝縛光刃〟を攻撃に転用した香織の新たな魔法。

 

「うん。やっぱりアーティファクトならやりやすい」

 

これまでも武器に魔力を込める訓練はしてきた。その応用によって生み出された魔法。

 

「じゃ、私と光輝があれの気をひくから、隙を見て止めを刺して」

 

さすがにいきなり戦闘をさせるわけにはいかないので、今回は止め役だ。

 

「セイ!」

 

敏捷は既に光輝を越えて4桁の数字となった雫の一閃が、イソギンチャクの魔物の触手を切る。毒液のようなものを発射してくるが彼女にとっては遅すぎる攻撃だ。まったく命中する気配がない。

 

「………見えるわ」

 

彼女の技能の中にある先読は新たに進化していた。その名は〔+見切り〕。ある程度見てきた技に関して言えば、もはやシアの未来視に近いレベルでどう攻撃してくるかがわかり、回避ができる。一度見切った攻撃はほぼ当たらない。

 

「〝天翔剣四翼〟‼︎ 」

 

〝天翔閃〟の斬撃のビームが更に4つになり魔物の触手を切り裂く。元来ならこの技は放った時点で終わりだが今は光輝によって進化している。

 

「〝操光〟!」

 

光の刃は消えることはなく、ブーメランのように戻ってきてさらに切り裂く。〝天翔閃〟のような斬撃のビームを一度だけ操り、再度攻撃をする魔法、〝操光〟。威力は1回目より劣ってしまうが、終わったはずの攻撃が再び来るのは厄介極まりない。いまだに光輝は〔+視認(上))を習得していない。だが持ち前のセンスと技能でどうにかしている。

 

「今‼︎」

 

全ての触手を切り裂いたのを確認した香織は突貫をしかける。だが…

 

「香織、まだ早い‼︎」

 

毒液を吐き出す噴出口を潰していない。しかし、香織はそれを理解して攻撃を仕掛ける。なぜなら、既に詠唱は終わっているからだ。

 

「〝天絶〟!」

 

杖の持っている手ではなく、もう片方の空いた腕に光の盾を展開した。戦闘技術だけでなく、七海の言うように防御と結界魔法の習得もしていた。盾を持った槍兵。しかも盾は魔法によるもので重さによる制限はない。

 

「ハァぁぁぁ‼︎」

 

突き出した光の矛先が魔物を貫き、数秒ピクピクした後どさりと力を失って植物が枯れるように萎んで絶命した。

 

 

戦闘後、香織は正座させられていた。

 

「で香織、言い訳することはある?」

 

「あの、雫ちゃん、目が笑ってないんだけど」

 

ビキビキとこめかみに青筋が浮き出ていた。

 

「むしろ感謝するべきね。今のを七海先生が見たら、怒られるだけじゃ済まないわよ?」

 

「えーと、その、いけるからいいかなー的な……ハイすいませんごめんなさいもうしません」

 

言い訳なんて許さない目で見てくる雫に必死で謝っていると、光輝がフォローする。

 

「ま、まぁ香織はあそこまでできる自信があったんだからいいじゃないか」

 

「私は、七海先生から香織がこういう暴走をしないように言われてるの。黙ってて」

 

幼馴染の本気の睨みに光輝は押し黙る。

 

「えーと、いいかな?回復したいから集まって欲しいんだけど」

 

辻がおそるおそる声をかけてどうにかその場は収まるが、雫は「また後でお説教ね」と言い、香織は「ひーん」と泣き顔になっていた。

 

「にしても、お前らめちゃくちゃ強くなってないか?正直言って俺等、足手纏いもいいとこなんだけどよ」

 

「檜山に言われて戻ってきたけどよ、俺らまじでいる意味ある?」

 

中野信治、斎藤良樹、近藤礼一は檜山が戻ることを伝えられ、檜山自身に誘われたのもあって戻ってきたが、薪割りからの七海との戦闘訓練、通称鬼訓練(鈴が名付けた)をやっていないので強さとしては他のメンバーと違い、未熟そのもの。彼らを強くするのもあって迷宮進行は予定よりも遅くはなっていた。

 

「そんなことない。仲間が増えて、みんなで強くなれば良いし、フォローを俺達がすれば、七海先生もきっとわかってくれるさ!」

 

光輝はそう言うがもし実際に七海に言えば反対され、連れてくるにしてもそれなりの訓練を先に積ませてからにするだろう。特に檜山に関しては自分の犯した事を本当に反省していると判断しない限りは絶対させない。

 

ちなみにここに来るまでの体力とダメージの消費量は、圧倒的に檜山達の方が多い。あまり戦ってないにも関わらずだ。もし彼らがいなければもっと早くに攻略できた階層も多い。その都度、休憩して辻が回復をする。

 

「つか、思ってたんだけどよ。なんで最近白崎は回復魔法をしないんだ?」

 

檜山はそれを聞く。彼にとって、たとえ形なき魔法であっても、香織から何かをもらえるのが幸せを感じる瞬間であった為に、ここ最近それがないことに苛立ちがある。

 

「と、そういやお前らにはまだ言ってなかったな。七海先生の宿題に関して」

 

龍太郎の言葉に4人は「宿題?」と同時に疑問を問う。

 

「七海先生、出発前にメモをしてメルドさんに渡してた物があってな。それぞれの目標とその為に必要な方法が書かれた、通称宿題。俺は〔+視認〕を習得して魔力運用を正確にすること」

 

「私は回復魔法の向上と回避、防御手段の拡張。だからなるべく回復は私がするように言われてて」

 

「でもよ、結局白崎の方が治癒師として上なら、白崎がやった方が能力向上にもなるし、効率も良いだろ?」

 

檜山の言い分に辻はシュンとしてしまうが、そこに野村がフォローを入れる。

 

「そんなことはない。少なくとも、回復魔法なら白崎さんと同等の能力がある」

 

「!」

 

「うん。正直言って、私がしなくても大丈夫なくらいには向上してるよ」

 

当然だが香織も自身の回復魔法をおろそかにしてはいない。回復魔法の技能数は増えており、成長速度は辻は遠く及ばない。だからこそ、七海は魔法の使用をほぼ回復の1点に絞った。

 

「そのかわり、回復魔法だけにほぼ特化してるから、攻撃手段が0に等しいんだけどね」

 

回復魔法の技能数は香織より少ないが、

 

〔+回復速度上昇〕〔+浸透看破〕〔+状態異常回復効果上昇〕〔+消費魔力減少〕〔+魔力効率上昇〕

 

と言う感じで治癒師が持つべき能力はどんどん習得し、向上していた。まだ時間は必要だがそのうち他の技能を手にする日が来るだろう。ちなみに魔力の数値は香織に劣るが4桁に到達している。

 

「そもそも、ここまで来るまでに何度も回復してもらってんだから文句言うなっての」

 

永山が言って檜山は黙る。自身が足手纏いなのももう理解していたがそれ以上に…

 

(七海の傀儡のくせして、偉そうに)

 

七海によってそうなっている状況下では、檜山の中で香織を除いた者達に対する感情も歪ませていた。

 

「はい、治療終了」

 

「…………まだ、俺がいるんだけど」

 

ハッと辻が声をかけてきた遠藤に気付く。というより、声をかけられるまで存在を忘れていた。実は先程の戦いでも〔+気配遮断〕と〝隠形〟を駆使して注意を引いていた。

 

「いいけどさ。先生に与えられた宿題もあるし」

 

彼に与えていた宿題。それは【敵味方問わず気配をなるべく悟られない。その上で支援をする】である。

 

(七海先生、やっぱり鬼だ)

 

(多分わかってて与えた課題だ)

 

野村と永山は声にこそ出さないが同情していた。しかし、おかげで注意を引いた魔物は集中できず動きに鈍りがでているのも事実である。

 

「さて、前回はここで終わったけど、今回は先へ………今日でこの迷宮を完全攻略しよう」

 

光輝は七海が戻る前に訓練を終わらせて、魔人族と戦う為に言う。他はそうは思ってないがそろそろ終わらせるには良いだろとそれに同意した。

 

香織も同調したが、同時にぎゅっと杖を握り、もれ出そうな負の感情を必死に抑える。

 

「カッオリ〜ン‼︎私を癒やして〜!できればそのおっぱいで‼︎」

 

「え、ちょ、どこ触って…っていうか、鈴ちゃん怪我してないでしょ⁉︎結界魔法の向上でここまで無傷で来れたんだから⁉︎」

 

鈴に与えられた宿題は【結界魔法の向上とそれによる防御と攻撃手段の拡張】だ。実はいつも訓練で新しい魔法を使ってもまったく七海に効果なしだった事が正直悔しかった彼女としては、「やってやる‼︎」と気合が入る内容だった。

 

結果として、彼女の結界魔法の幅は広がり、仲間の支援があるが無傷、というよりここ最近は魔物は近づくことも容易ではない。

 

その結果、前衛でも後衛でもない中衛というただ1人の役職となる。メルド曰く――

 

「もう、元来の天職じゃあり得ない能力は見まくったが……結界師と治癒師ってなんだったけな?」

 

とのことだ。しかし、それらの術の使用にはやはり集中力と魔力をどうやっても削ってしまう。意識をした魔力運用でついに〔+視認(上)〕になっていてもだ。そんな彼女の最高の癒しは美女とのスキンシップという名のセクハラであった。

 

「ここかぁ〜ここがええんかぁ〜」

 

その様は時代劇の悪代官のようである。が、当然ながらそんな奴には鉄槌がくだされるのもお約束である。

 

「まったく、七海先生がいないからって溜め込んでたものを出さないの。見なさい、男子共が立てなくなってるでしょ」

 

別の意味でタッてはいるが、そのせいで動けないでいた。

 

「げ、ゲンコツはないんじゃないかなぁーシズシズ〜」

 

頭を押さえて涙声で訴えるも既にセクハラから解放された香織をなでなでしている。七海が居なくなってからは基本的に雫が皆のまとめ役みたいになっていた。

 

(まぁ、鈴もわかっててああしたんでしょうけど、やり方ってもんがあるでしょうに)

 

香織が暗い顔をするのはここ最近ずっとだ。最下層に近付くも、ハジメの痕跡は何もない。残穢も使ったであろう道具なども見当たらない。そういう時はこういった感じでよく気遣いをしていた。だが。

 

「ねぇ、今なら守れるかな?」

 

「うん、そうね。きっと守れるわ。あの頃とは違うもの。もしかしたら、彼の方が強くなってたりして」

 

正解。もっと言えば…

 

「七海先生より強くなってたらどうしよう」

 

「あの人より強くなってたら、立つ瀬ないわね」

 

苦笑しつつ冗談で言っているが、これも正解。

 

「というより、流石に全員でかかれば七海先生相手でも勝てんだろ」

 

檜山はそう言うが…

 

「「「「それはない」」」」

 

「「「「無理だと思う」」」」

 

答えなかった雫と香織も頷き、常に自信が無駄にある光輝でさえも、悔しそうな顔になる。

 

「あの人、最後の最後まで全力を出してなかったし、底がわからないわ」

 

「え、いや、でも、え…」

 

檜山は以前、協力者に殺したのかと聞いたが、あり得ないことだと一蹴された。だがそれは個人戦での事で、集団であれば流石にという考えだったのだ。それは戻ってきた3人も同じような考えだったのか、空いた口が塞がらない。

 

「そういや、光輝はほんの少しだけあの人の本気とやれたんだよな?どうだったんだ?」

 

「……あの時、俺は〝限界突破〟を使った。けど、勝つ道筋がまったく見えなかった。先生は〝覇潰〟をすればって言ってたけど、正直言ってそれで勝ててたかどうかって言われたら、どう自分に言い聞かせても、無理だって思ってる」

 

「だろうな。1発だけ俺はあの人に攻撃を当てれたけど、硬いとかそういう次元じゃない」

 

当事者の言葉には重さが乗っていた。檜山はゴクリと生唾を飲み込む。そんなの相手にこれから先敵対したらと思うと冷や汗も出そうになる。実際は更にやばいのといるのだが。

 

「今まで戦ってきた魔物も、正直言って七海先生と比べると弱い。いや、あの人よく自分を規格外扱いしないでほしい的なこと言ってるけど、圧倒的な規格外だよな」

 

「……次戦うなら勝つさ」

 

ぐっと拳を握って光輝は言う。彼にとって七海は超えなくてはならない壁だ。立ち塞がる壁をどうにかしなくて何が勇者かと、己を奮起させつつ、皆を先導して次の階層へ向かう。

 

90階層に降りて行き、何か起きるかと警戒していたが何もなくホッとした者と――

 

「「「「「⁉︎」」」」」

 

即座に臨戦態勢になった者とに分かれた。

 

「雫、香織?どうした?」

 

「……光輝、一旦撤退しましょう」

 

「って、降りたばっかりだろう‼︎何言ってんだ八重樫!」

 

「斎藤の言う通りだ!俺らだってそれなりにできんだから!」

 

批判は当然のように出る。光輝と龍太郎も急にどうしたと聞く。

 

「あの、私もシズシズに賛成」

 

「私は、正直言って進みたいけど…雫ちゃんの言う事が正しいと思う」

 

「ここ、おかしいよ。間違いなく」

 

鈴、香織、恵里が賛同し、辻もコクリコクリと頷く。

 

「香織、鈴、恵里、辻さん……どういうわけか教えてくれ」

 

光輝はしかたないなぁという感じで聞くと答える前に野村が気付く。

 

「…〔+視認(上)〕組だな、全員」

 

「!そういえば」

 

〔+視認(上)〕組のメンバーは残穢が誰のかは特定できないが、ハッキリと見ることくらいはできる。彼女達にしか見えない物がそうさせたと判断したが、光輝はもう一度聞く。

 

「…今、目の前にある道なんだけど………残穢だらけ。しかもそれが奥へ奥へって続いてる」

 

「魔物も魔力を持ってて固有魔法を使うんだ。あってもおかしくないだろう?」

 

「問題なのは、パッと見は何もないように見えるからよ。魔物同士で争ってたにしては、綺麗すぎる。まるで、痕跡を隠したみたいに」

 

「!」

 

残穢は痕跡として消えにくい。長時間経過すれば当然薄くなっていく。

 

「ここから見えるものから判断しても、奥に行くほど残穢が濃くなっていってる」

 

すなわち、ごく短時間で魔法を使って魔物を殺し、その痕跡を意図的に隠そうとし、その存在は奥へと向かったという事。降りてきた場所からすぐにそれがあると言うことは、つい最近にここを通った。すなわち、上から降りてきたと見て間違いない。

 

「七海先生は言ってたでしょ?少しでも相手が強い、もしくは強い相手がいる可能性のある場合は逃げる」

 

「確かにそうだけど、ここまできて撤退なんて…それに今の俺達はいずれ魔人族とも戦う。仮に、ここにある残穢が魔物でも、魔人族でも乗り越えていかなきゃいけない」

 

相手にどれだけの実力があるのかわからない段階で下がるのはどうにも嫌だった。雫は否定できない部分もあり強く言えない。悩んでいると光輝は提案する。

 

「なら、七海先生みたいに、多数決をとろう」

 

それに賛同した。最低でも5人分は票があるからだ。

 

進む:光輝、龍太郎、檜山、中野、斉藤、近藤、永山、恵里

後退:雫、香織、鈴、辻、吉野、野村、遠藤(声掛けで気付いて)

 

「って、恵里どうして?」

 

「えと、光輝君の言うことも正直言って否定できないし、でも、警戒はしてるの。だから、もうちょっと進んでいつでも撤退できるようにするならいいかなって」

 

「…もし、それでいいなら私も先に進んでみたい…かな」

 

香織も進むに変わり、警戒しつつこの階層のみを短時間の探索する。ということで話をつけた。

 

 

「………やべぇな。確かに不気味だ」

 

「残穢、どんどん増えて、濃くなってきてる」

 

進めど進めど魔物と遭遇しない。既に探索開始から2時間ほど経つのにだ。それなのに残穢だけは濃いものが増えていく。それが指し示すものはそれをつけた存在に近付いているということである。

 

「けどよ、2時間くらい経ってもそいつと出くわさないなら、もうここにはいないとか」

 

「檜山の言う通りかもしれない。だけど、もう少しだけ進んだら、一度戻ろう」

 

光輝も流石に嫌な予感を感じて撤退を考えたが、少し遅かった。広い場所に着いた時〔+視認(上)〕持ちでない者達も警戒するほどのものがあった。

 

「これは」

 

その部屋は荒れに荒れ、何かが暴れたような後のようだった。魔物の血と食われた死骸の一部で満ちていた。

 

「思ったよりもやる奴らみたいだね。万が一を考えて先に待ち伏せしたけど…ここに来れるとはね。それでも、ここが終着点なのは変わらないけど」

 

聞き覚えのない女性の声が奥からした。足音だけが鳴り響き、暗い道から現れた赤髪の妙齢の女。ライダースーツのような衣装はピッタリとその豊満な身体についており、胸元を大きくはだけさせて一層妖艶さが増している。最初はそこに目が行き、次に目がいくのは赤い髪から覗かせる僅かながら尖った耳と褐色の肌。この耳と肌の色は、教会から教えられた座学にもあったものと同じ。すなわち…

 

「魔人族か」

 

女は否定せず、冷たい笑みを見せる。

 

「さて、できるだけおとなしくしてくれよ」

 




ちなみに
好事多魔: よい出来事には邪魔が入ることが多いということ
魔人族が出るので魔はいるかと思い。でも出ただけで終わってしまった。今回の魔人族襲撃編は結構長くなりそう

あと、なにげにありふれさんぽ以外で初の、七海登場なしです(これも続きそう)

次回は、2月の18日前後ですかね、たぶん





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好事多魔②

あーくそ全然進まない!
七海出せない!
中途半端な強いって面倒すぎる!

愚痴オンパレードでした


「魔人族と万が一邂逅した場合、相手の強さ云々は置いてまず逃げましょう」

 

訓練が再開されてしばらくした頃、七海はそう告げた。

 

「七海先生!それじゃ何も解決しないじゃないですか‼︎」

 

魔人族を倒してこの世界を救う。生徒達はその目的でこの世界に呼ばれ、そしてその使命が光輝にはあった。また、この世界を救う=元の世界に帰るのが目的でもある為、戦わない選択肢は現状維持に繋がる。

 

「そう、何も解決はしません。しかしそれでもです。何回でも言いますが魔人族との戦闘は私が死ぬまで禁止です」

 

光輝は再び声を荒げて理由を問う。七海は表情を変えず言う。

 

「そうですね……理由を告げるとすれば、君が、君達が、子供だからでしょう」

 

「………そんな、理由で?」

 

「…もっともらしい理由だと思いますけど」

 

そこから先の七海の言葉に反論はできなかった。この件について反論するにはまず七海より強くある必要性があるからだ。

 

そして、彼は今も七海に敗北し続けて、いまだに反論できずにいる。

 

「しかし…」

 

そして現在、オルクス大迷宮で彼らは魔人族と会敵した。さすがの七海もこんなにも早く、しかも自分がいない時に出くわしてしまう事など考慮していなかった。

 

「それで、勇者はそこのバカみたいにキラキラした鎧を着ているあんたでいいんだよね?」

 

「!…おまえなんかにバカ呼ばわりされる筋合いはない!それより、おまえ魔人族だな!なんでこんな所にいる!」

 

質問を質問で返し、尚且つ意味のない質問に、女魔人族は呆れを隠すことなく頭を抱える。

 

「こんなのが本当に勇者なのかい?正直勧誘なんていらないと思うけどねぇ」

 

「勧誘、ですって?」

 

「!…どういうことだ!」

 

雫が女魔人族の呟きに反応し、それについて光輝が問う。一方女魔人族は聞かれたことに関してあまり興味がないのか、「呑み込みの悪い奴だね」と続けて言う。

 

「そのままの意味さ。あたしら魔人族側に来ないかって言ってんだよ。もちろん仲間も一緒さ」

 

光輝達にとっては予想外の提案だったのか、一瞬理解が遅れた。が、光輝は理解した瞬間に即座に叫ぶ。

 

「断る‼︎人間族を、王国の人達を裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな‼︎やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ‼︎」

 

他の者の意見を聞くことなく。それが正しいと光輝は判断して告げる。そして、その返事を聞いた女魔人族の表情が変わる。呆れと無、利用価値がなくなって、どうでもいい、とでも言うような、そんな表情になる。

 

「待遇は優遇すると誓うけど?」

 

「なんと言おうと、断る!おまえらなんかの仲間にはならない」

 

正直女魔人族にとってもういらないとしても、任務である以上最後通告はしなければならないのだろう。

 

「あっそ」

 

「わざわざ俺達を勧誘しに来たようだが、1人でやって来るなんて愚かだったな‼︎多勢に無勢だ、投降(・・)しろ!」

 

光輝は実力でどうにかしてやるとばかりに聖剣を構えた。だがそんな様子を見ても何も焦ることなく、女魔人族は告げる。

 

「言っておくけど、あんたらの勧誘は絶対じゃないよ。可能ならの話さ。ルトス、ハベル、エンキ、餌の」

ザシュ

 

切り裂かれた音がした瞬間、女魔人族は気付く。

 

(気付かれた……いや、やはりあの時も気付いていたのか⁉︎)

 

なにもない2ヶ所の空間から血のような液体が出る。それを発生させたのは、そこにいると確信して高速の抜刀切りをした雫と、光輝の〝天翔閃〟ほどの威力は無いが光の斬撃を放った香織だ。

 

「なにが…」

「光輝‼︎ぼさっとしない!私達は今、大量の見えない魔物に囲まれているわ‼︎」

 

光輝が魔人族と話している間に〔+視認(上)〕持ちは気付いた。今の自分達は囲まれている。相手のテリトリーにいると。

 

それを光輝に伝えるべきか悩んでいる間に、光輝がなんの迷いも無く相手の勧誘を断ってしまったので、撤退ができなくなったのだ。だが、このような事態でも行動できるように、生き残れるようにする為に七海の教えを、鍛えられた彼らは無駄にしない。伝えるのを悩みながらも、彼らは言葉無くとも状況を瞬時に判断して行動に移していた。

 

「龍太郎君!永山君!前から来るよ‼︎」

 

バリンバリンとガラスが割れるような音を鳴らしながら何かが来ている。即座の連携は七海との訓練で何度もしてきた。いつ誰が脱落して誰と連携をするか、どう連携するかは常にあったからだ。

 

「フンが!」

 

「ぬぬおあおあおあァぁ‼︎」

 

指示を受けた2人はそれが見えたわけではない。だが、割れていく物が鈴の作り上げた防御魔法であることは理解し、そこから逆算する形で対象を捕捉した。対象を止めた後、巴投げの要領で吹っ飛ばす。

 

鈴がしたのは〝天絶〟の複数展開。〝聖絶〟よりも防御能力は劣るが、展開のしやすいことと、今の彼女であれば無詠唱でいくつも張れるからだ。それを更に極小の魔力と足し引きの「足し」をしないことで薄いガラスのようにして、対象の位置を分かりやすくした。

 

「ってこっちに飛ばすな‼︎」

 

「あ、すまん」

 

「当たってないんだし、壁にぶつけたんだからいいじゃねーか」

 

「そういう問題じゃない‼︎それと」

 

グシャと凹んだ壁がゆらめき、そこから複数の生物が融合したような魔物が姿を現す。地球の神話に出る怪物と同じ名の魔物、『キメラ』。それに魔法が撃ち込まれる。

 

「ちゃんと止め刺してよ!動き出したらどうするの⁉︎」

 

恵里は無詠唱で魔法を放った後、注意をする。恵里の無詠唱の幅は広く、魔法への理解はより深い物となっている。無詠唱発動ができる魔法は本来なら威力はお粗末だ。しかし彼女は、七海の言っていた魔法の発動に無駄なロスが発生していたのなら、逆にきちんと発動した魔法に、更に魔力を注入して威力を高めることはできないかと考えた。

 

「今の、〝火球〟か?」

 

その威力増強は下位魔法を中位程度に上げるほどであった。中野は檜山グループの中では炎魔法の使い手である炎術師だ。その彼が出せる火力を超えた下級魔法を恵里が扱った事に驚きを隠せない。

 

「光輝君、指示‼︎」

 

「!全員一度密集隊形‼︎(上)持ちは雫を除いて中心に!残り後衛はそれぞれ魔法で支援してくれ!ここで確実に倒すぞ!」

 

光輝は香織の言葉ですぐに我に返り指示を出した。

 

(なんだ、なんなんだこいつら⁉︎なんで位置がわかる⁉︎)

 

「そこだ‼︎」

 

「⁉︎」

 

かなり近くまで迫ってきていた遠藤に、女魔人族はその時ようやく気付く。

 

(こいつ、いままでどこに…いや、最初からいたのか⁉︎)

 

腹部に傷を負った女魔人族は下がり、遠藤は追撃を図るが横から透明になった魔物に吹っ飛ばされる。

 

「ぐっクソっ………!」

 

煙玉のような物を出して身を隠す。すぐに魔物が迫るが遠藤はそこにはもうおらず、女魔人族が光輝達の方を見れば彼はいつの間にかそこにいた。

 

「ナイス遠藤!多分あの魔人族気付いてなかった!」

 

「さすが影薄!」

 

「…………………おう」

 

ちょっと傷付きながら遠藤は返事する。とはいえ反省の方が強い。あの場で女魔人族を倒し切れなかったのは痛い。〝隠形〟は攻撃の際にどうしても気配が出てしまう。抑えられるだけ抑えた攻撃、故にその威力は弱い。

 

(驚いたけど、2度目はないよ)

 

警戒心が上がってしまった時点でもう次は見込めない。

 

「鈴、香織、恵里、辻さん。どうにか相手の位置を観測できるようにできないか?」

 

(上)持ちは透過能力を持った魔物の位置もその残穢から特定していた。視認でも残穢を見ることができるが、相手は常に移動するうえに他の魔物の相手もしながらでは特定が難しい。

 

「「「「…任せて」」」」

 

しかし4人はすぐにそれの対処をする。

 

「させるとでも?行きな‼︎」

 

女魔人族の指示で奥の方から更に魔物が現れ、それらが向かってくる。

 

「行かせるか!〝聖絶〟‼︎」

 

鈴がすぐさま結界を作り上げて進行を防ぐ。この階層までさまざまな魔物がいたが、女魔人族の操る魔物はそのどれもを上回り、攻撃を何度か受けるたびに結界が揺れている。

 

「「〝周天〟」」

 

だがそれは時間稼ぎ。結界付近にいる透明な魔物に2人の治癒師はあえて回復魔法をかける。〝周天〟は回復量は小さい代わりに一定時間ごとに回復魔法が自動で掛かる。2人はその効果を極限まで下げて魔物に施したことで位置を特定させていた。

 

「よし、みんな魔法を発動させて」

 

戸惑いながらも檜山達は魔法を発動させた。その瞬間、吉野は付与魔法で彼らの魔法攻撃を強化してそれと同じ魔法を恵里が発動し、それらを呑み込み威力を拡大させて放つ。結界内の魔物は風穴を開けられたり黒焦げになったりなど各魔法の餌食となって絶命した。

 

「これは、さすがに予想外だね」

 

女魔人族は別に油断したわけではない。だが想定以上に彼らが強かった。とはいえ、その程度(・・・・)のものだ。

 

「奇襲を企てたようだが、失敗だったな。これでおまえの切り札はなくなった!おまえを守るものはなにもない!」

 

女魔人族は正直呆れている。実力的に言えば今回連れてきた魔物達相手であれば1体を除けば彼らなら打ち勝ち、自分を殺せる可能性が充分にある。なのに、今生まれた隙を狙いもせず、ベラベラ宣言しなくてもいい事を宣言するなど、戦いを舐めているのか、そもそもわかっていないのか。

 

(まぁ、後者だろうね)

 

光輝は正々堂々と戦わず卑怯にも奇襲をしようとしていた事に腹を立てているようだが、こんなものは卑怯とは言わない。いま彼らがしているのは勝負ではない。完全な形式ではないが、戦争そのものだ。

 

「こんなのは切り札じゃないんだけどねぇ」

 

「強がりを言うな!」

 

「……こっちはさ、2日前からあんたらを観察してたんだ。あんたらがキメラの固有魔法を看破してるかもしれないって考えて行動してんだよ」

 

「「⁉︎」」

 

香織と雫は、やはりあの時の悪寒と感じた魔力は気のせいではなかったと確信した。そして、この階層に来るまでに荒らされた跡がなかった事を考えるなら、事前準備を重ねて、待ち伏せをしていたのだとわかる。そんな相手が、この程度で終わるはずがない。

 

「時間もあったんだ。キメラが見えるなら、見えない駒を増やすだけさ」

 

瞬間、後方から悲鳴が上がる。後衛の最後尾にいた斎藤と中野だ。先程倒した魔物と同タイプ、ブルータルもどきにキメラ、鋭い針のある触手を持つ黒猫と4つの目をもつ狼、更にその先頭に腕と口がねじれた鋭い針状、所謂ドリルのような形状のしたモグラをイメージさせる魔物がいた。

 

「どこから……まさか!」

 

その魔物を見て雫は気付く。この魔物達がどこに隠れていたのか。地面に穴を開けて空洞を作り出しそこに控えていたのだ。その魔物の固有魔法は硬質の変化。身体の一部分と一定の範囲の魔力の低い物質の硬度を変質させる。ちなみにあくまで硬度を変えるだけで、形状や材質そのものを変化させることはできない。

 

だが穴を掘り、できた空洞が崩れないようにすることぐらいならできる。

 

「大丈夫か⁉︎クソまた……!まだ来るのか!」

 

「ひっ」

 

次々と地面からまるでゾンビのように出てくる。ホラーが苦手な香織はその光景だけで軽く悲鳴が出る。

 

「ホラホラ、早くしないと」

 

女魔人族が煽ると、今度は先程生徒達に倒された魔物の何体かが傷を治して起き上がる。女魔人族の肩に乗る鳥型の魔物が回復をしているのだ。

 

「この、舐めんな!」

 

檜山は焦りに焦りながら魔法を放つ。女魔人族はそれに目もくれない。檜山が放った風魔法はまたも地面から出てきた亀を思わせる魔物へ方向が転進するが、その魔物は口を開けて飲み込んだ。

 

「魔法が⁉︎」

 

「‼︎コレなら」

 

「なかなか強力だね。アブソド1体じゃ心許なかっただろうね」

 

恵里は更に強力な炎の魔法を使うが更に2体、アブソドという亀型の魔物にすいこまれる。そしてその魔物は一度閉じた口を開けて、まるで狙いを定めるようにその口を向ける。そして、彼らはそこから魔力を感じた。

 

(すぐに想定しておくべきだった!吸収できるなら放出だって)

 

「んなめんなぁぁ!守護の光は強き意思のもと、蘇り弾く!〝天絶《弾》〟‼︎重なりて意思ある限り蘇る、〝天絶〟!」

 

地面を焼き尽くしながら迫る炎魔法を〝天絶《弾》〟で弾くが、2体分を弾いた後消滅した。そこで残りの1体分と弾き切る事のできない魔法を防ぐ為、更に通常の〝天絶〟を複数展開し、その際あえて詠唱することで結界の強度を足した。鈴の〝天絶《弾》〟は攻撃を弾くが、弾いた魔法のコントロールはできない。それでもどうにか角度を調節して他の魔物に当てる事に成功したが、大して数を減らせてない。

 

「鈴ありが…って鈴!大丈夫⁉︎」

 

鈴の鼻と眼から血が出ている。結界術は操作が複雑だ。いかに結界師としての天職をもつ彼女でも、脳処理に負荷がかかる。なぜなら今、彼女は前衛組の2人、光輝と雫に〝聖絶:纏〟を纏わせて維持もしているからだ。

 

「相当な実力だね。防御力だけなら勇者以上じゃないかい?」

 

女魔人族の称賛にも反応せず、維持と次の攻撃を防ぐ用意をする。

 

「それじゃ、これにはどうする?地の底に眠り金眼の蜥蜴、大地が産みし魔眼の主」

 

(あの詠唱!)

 

「健太郎、逃げろ!」

 

野村がしまったと気付いた時には既に近付いてきた黒猫の魔物に腹を貫かれていた。しかし直後に土魔法による攻撃で魔物の顔面を粉砕した。

 

「辻!早く治療を!」

 

「わかってる!わかってるから!」

 

辻は先程の奇襲でやられた2人を回復してすぐに野村の治療の為に回復魔法を使う。香織も今は戦闘はせず回復に回っている。おかげでどうにか戦線を維持しているが、正直本当にギリギリだ。最初に女魔人族が檜山グループの2人を狙ったのは、彼らが足手纏いであると気付いていたからだ。彼らと彼らを回復する2人を守る為に前衛は離れすぎないようにしているのも原因だ。

 

「いっぐっ………た、谷口ぃぃ‼︎」

 

そんな中で重傷を負った野村は鈴に声をかける。

 

「宿るは暗闇見通し射抜く呪い、もたらすは永久不変の闇牢獄。 恐怖も絶望も悲嘆もなく、その眼を以て己が敵の全てを閉じる。残るは終焉。物言わぬ冷たき彫像。 ならば、ものみな砕いて大地へ還せ 」

 

女魔人族の詠唱が終わり、後は発動のみ。間に合うかわからない。だが野村はその魔法の危険性がわかっている。土属性の魔法を勉学してきた彼には。

 

「あれを、止めてくれぇぇぇぇ‼︎」」

 

「〝落牢〟‼︎」

 

女魔人族の掲げた手に灰色渦巻く球体が発生する。それが向かってくる。

 

「鈴!」

 

谷口鈴にとって、魔法を使うという事に対して、最初はちょっとした女の子らしい憧れがあった。だがそれは他者を傷付けるものだと理解した事、七海による言葉があったおかげで、好奇心はあっという間に消えた。次に気付いたのは自分が誰かを守るのに適しているという事。こんな事態になって、皆不安になり、ハジメが奈落に落ちた後は、尚更に笑顔が消えた者もいた。

 

七海は聞いた。

 

『誰かの笑顔を守りたいということですか……その為に人を、他者の笑顔を、命を奪う…人を殺せますか?』

 

その質問を受けた瞬間……否、その前にトータスに来た時に七海が皆に言った時から理解していた。それでも、その時に答えを出す事はできなかった。

 

(どうして、あの時七海先生は、私が戦う事を認めてくれたんだろう)

 

度重なる結界術の乱用で脳処理が追いついてない。思考が別の事柄に割かれる。そんな中でも…

 

「〝聖絶〟」

 

できる限りの力を無意識に捻り出して魔法を発動させた。だがその為に魔物も結界内に入れて、しかも足し引きは充分ではない。灰色の球体がぶつかった瞬間、凄まじい圧力で突破しようとしてくる。その衝撃は魔力を通して脳にも伝わってくる。

 

「!んにゃろがぁぁぁぁ‼︎」

 

それによって意識を戻した鈴は維持に力を入れていく。これ以上の行為は危険だろう。それでも、ここしかないと理解して。

 

「せ、〝聖絶:縛〟!」

 

消費の激しく維持と展開の難しい魔法を更に使用する。

 

「これは………〝聖絶〟を、逆張りしてるのかい⁉︎」

 

自身に魔法を掛ける価値があるのかと女魔人族が考え、すぐに答えに行きつく。そして、なぜそれを展開したのかも。

 

一方、光輝はその理由が分からず、目の前にいる敵を倒す為に行動していた。元来すぐに鈴の意志に気付かなければならないが、彼は戦う=勝つで思考を回していたため気付けなかった。

 

「光輝‼︎もういいから撤退するわよ‼︎」

 

「なっ、ここまでされて逃げるのか⁉︎」

 

それに気付いた雫が声をかけたが、光輝は引くという考えに賛同しようとしない。勇者が仲間を傷付けられて逃げる事などできない、とでも考えているのだろうか。雫はそれに対して怒りを含めながら言う。

 

「いいから聞きなさい‼︎鈴を見て!あんなになってまで結界を張って、守って、相手を動けなくしてる。皆に今のうちに逃げろって言ってんのよ!」

 

「だが、俺なら」

 

「限界突破もいま使ってるんでしょ⁉︎それが切れるのも時間の問題!なら、この状況であんたが弱体化して、その上鈴も動けなくなったら終わりよ!」

 

冷静になりなさいと叱りつける。彼女とて悔しいのだ。それを感じ取った光輝は撤退を指示する。

 

「龍太郎と雫、それと永山で退路確保!動ける後衛はその援護!」

 

光輝は前に出て撤退の為に邪魔な魔物をギリギリまで倒す。女魔人族は当然撤退させるつもりはない。ドリルモグラことモギラに指示を出して結界を地面の下から抜けて突破しようとしたが…

 

「ばっ、馬鹿な!地面にまで⁉︎」

 

既に鈴はその対策もしていた。だが実際は完全に覆ってるわけではない。地面に少しだけ範囲が広がっているだけでちゃんと調べてしまえばすぐに通れる場所があると気付く。その上無理矢理張っているそれはいつ維持できなくなるか分からない。その前に鈴の脳が焼き切れて廃人になる可能性もある。

 

「谷口さん手伝うよ‼︎」

 

吉野は付与魔法で出力を上げて、更に自身の魔力の一部を与える。女魔人族は、ならば、と鈴達の方の結界内の魔物に指示を出して襲わせようとしたが…

 

「っ!キメラ生きて…いや、なにしてんだい⁉︎」

 

死んだと思っていたキメラを含めた数体の魔物が動き出して、他の魔物を襲いだす。その光景を見て女魔人族はそれがなんなのか気付く。まさかと思って見ると恵里がタクトを振るうように手を動かしていた。ここに来て彼女は本来の天職である降霊術を使っていた。

 

「まさかあんたは降霊術師か‼︎」

 

事前調査をした女魔人族だがその情報はなかった。今まで天職だが精神的な理由で使えなかった術を使用した。

 

「苦手なんて、言ってられない‼︎」

 

他の魔物を寄せ付けないようにして鈴を守る。そして光輝が詠唱した魔法が解き放たれる。

 

「〝天落流雨〟!」

 

掲げた聖剣から光魔法の収束したものが放たれる。拡散系の技の為威力はさほどないが50階層の魔物くらいなら難なく倒せる。しかし今目の前にいるのはそれとは桁違いの強さの魔物だ。着弾したものの怯ませることしかできない。しかし今度はその光が再び光輝の聖剣へと集まっていく。

 

「〝集束〟!からの〝天爪流雨〟‼︎」

 

集束した光と共に聖剣を突き出す。瞬間、光魔法の流星が発射された。着弾と同時に無数の爆発をクラスター弾のごとく起こした。

 

「今だ!撤退するぞ!」

 

「待って!谷口さんが‼︎」

 

相手の魔法を防ぎ切り、逃げ道ができたことで安心してしまい、緊張の糸が切れた瞬間に彼女は限界を迎える。〝聖絶:縛〟は未だ展開後攻撃はされておらず、吉野の付与で強化されたことで維持ができているが、仲間を守っていた〝聖絶〟は消える。これ幸いとばかりに女魔人族は残りの魔物を使役して襲いかかる。

 

「ぬおらぁぁぁぁぁあぁ‼︎」

 

肉体の強度を魔力と魔法の身体強化でタックルして無理矢理魔物を吹っ飛ばす。〔+視認〕をもたない彼はキメラによる固有魔力で姿は見えないが、揺れ動く空間と土埃でなんとなくで特攻した。

 

「ったく、無理しすぎだぞ鈴」

 

「は、はは、龍太郎くんは、無茶苦茶すぎ」

 

消えそうな意識をどうにか保つ鈴を抱えて走り出す。

 

「しっかり掴まっとけよ‼︎」

 

女魔人族は、逃すかと指示を出すが、回復を受けた野村が女魔人族がしたものと同じ魔法、〝落牢〟を落とす。

 

(あいつ、ザコかと思ってたがいつの間に詠唱を)

 

(詠唱の簡略化と早口は、こっちは何度もしてんだよ、七海先生が相手だったからな!)

 

七海相手に魔法を普通に詠唱して使っていればいい的になるだけだ。故に、皆は詠唱の簡略化と詠唱の早口ができるようになった。

 

魔人族の女はそのような事を知らない。が、自分が使った魔法だ。その脅威はよく知っている。そしてそれは魔物も同様。先程放たれた時に魔物は女の指示もないのに散開して距離をとっていた。それを野村は見逃さなかった。

 

魔物達は追撃を急にやめて距離を取るが、急拵えとはいえ速攻で完成させた魔法に一部の魔物が逃げ切れなかった。更に攻撃そのものが煙幕となり、撤退がしやすくなり、遠藤の技能を使い痕跡をできるだけ消していく。

 

(残穢は残るだろうが、時間稼ぎには充分だ)

 

そもそも残穢の存在はこの世界では七海が見つけた出したもの。魔人族側には伝わっていない可能性がある。だがそれに賭けてしまうほど甘い考えを持ってはいない。撤退の際に弱い魔法を壁に放つ。わざと見える所に魔力の痕跡を残して時間稼ぎを行い、撤退していく。

 

魔人族の女は舌打ちをして煙を晴らしていく。

 

(だいぶ石にされたね。回復をしてから追わなくちゃいけなくなった………とはいえ、あれだけの負傷だ。地上までは行けないだろう)

 

数人を見捨てれば別だが、わずかとはいえ光輝の性格を見たことを考え、するはずがないという結論に至る。

 

(この調子なら、100階層に待機させたアレを呼び戻す必要もなさそうだね)

 

しかも光輝達は知らないがまだ切り札がある。しかし女魔人族は予想以上に強い彼らを警戒し、傷ついた魔物と石になった魔物を肩に乗せた魔物の固有魔法で回復させる。

 

(………いや、万が一を考えてもう一度会敵して、状況を見て呼ぶとしよう)

 




ちなみに
元来なら、今回鈴がした結界の張り方は神代魔法がなければできないものを己の限界を超えて、無理矢理出したものなので、かなり脳に負荷が入り、この後気絶しました。しばらく起きません
前も言いましたが七海の訓練で1番強化されたのは鈴です。今回の限界を超えたことで、彼女に何が起こるのでしょうか

ちなみに2
オリジナル魔物:まだ名称なし。
固有魔法、硬質変化。地面の硬度を変え、自分のドリルの腕を使って掘る。生物の硬度は自分の腕以外は変化できない更に加工されたもの(例、鎧など)も硬質変化できない

名称募集しておきます。見た目は『地球防衛軍』に出てくるモゲラが細くなった感じで


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好事多魔③

今回もどうにか3月7日に出せました!

七海「一応言っておきますけど、この話に乙骨君を出す気はないんでしょ?」

1番好きなキャラなので!…あ、でも今回の人気投票は日車に入れました!(グッ)

七海&乙骨「……………」


「南雲君、多分そうだと思うので聞いてませんでしたが……元の世界へ行く際にはユエさん達もお連れするのですか?」

 

「ん?ユエは確実。シアもまぁ……ついて来たいならそうする」

 

「なぁ、ご主人様?妾は?妾は?」

 

無視→「急にどうしたんだよそんなこと聞いて」

 

ティオが悶えている。結局なにをどうしても彼女もついて来るし、どうあってもこの変態性は治ることはないだろう。

 

「その事に関して本人達が納得しているなら別に問題はありません」

 

ハジメの世界に行ったら、もしかしたらもうトータスに戻って来れなくなるかもしれない。その事をハジメ達が理解してないとは思えないので、七海はそこに関して何か言うつもりはない。

 

「2つほど意見があります。1つは、地球の……特に日本の常識はちゃんと彼女達には伝えておいてください。こっちとルールが違うのですから。きちんと成人するまで車は厳禁ですし、先程から外で君のバイクで暴走するシアさんは特に。免許も取得させてください」

 

七海が指差す方向には…

 

「ヒャッハー!ですぅ!」

 

以前ウルの町で見せた大型バイク、ハジメ命名『シュタイフ』に乗って広大な大地を駆けるシアの姿があった。ここまでは良い。だが立ち運転をしたり、加速してからわざわざ段差がある所へ向かいバイクを跳躍させたり、その際まるでスカイダイビングのように手をハンドルから離し、身体を浮かせたりなど、危険運転を敢行している。着地するとまるで見せつけるように、尻尾のついたお尻をふりふりしている。運転技術は既にハジメを超えている。

 

「ねぇパパ!ミュウもあれやりたいの!」

 

「ダメに決まってるだろ」

 

「子供にも悪影響じゃないですか。そういうのはもうティオさんだけで充分なのに」

 

その言葉にティオが悶絶して更にハジメ&七海にストレスを与える。ミュウはミュウで「やるの!やりたいの!」と駄々をこねる。

 

「ミュウさん、あれは少なくとも身体がシアさんくらいにならなければできません。楽しみは後でとっておくものですよ」

 

「う〜ナナミン〜ナナミンもパパに言ってほしいの〜」

 

「お母さんに会って怪我をしているあなたを見たら、きっと悲しみますよ。今は元気な姿を見せてあげることが大切です」

 

ミュウが分かりやすくしょんぼりとしていた。

 

「おい七海先生、なにもそこまで言わなくてもいいだろ。ミュウ、シアと乗るのはダメだが、俺と一緒なら構わねぇぞ」

 

「こういうのは早期教育が大切です。そもそも君も、なんで父性を出してるんですか」

 

意見が対立したが、見ているユエとティオからしてみたら…

 

「ユエお姉ちゃん。パパとナナミンが喧嘩してるのミュウのせい?」

 

「違う。ハジメパパも七海も、どっちも意見は違うけど、ミュウが心配なだけ。……意外に過保護」

 

「まぁ、七海が子供を大切にしているのは、フューレンでの一件で知っておったが、ご主人様も子煩悩とはの。……このギャップはなかなか」

 

「ユエお姉ちゃん、ティオお姉ちゃんがハァハァしてるの」

 

「こっちは不治の病だから気にしちゃダメ」

 

「ついでにあまり視界に入れないようにもしてください」

 

ハジメとバチバチと視線を交わしつつ、しっかりと注意する点は「流石だな」とユエは思い、自分よりも年下にもかかわらず大人オブ大人の七海に、ちょっとだけ嫉妬する自分に、妙な虚しさを感じた。

 

「話が逸れましたね。2つ目ですが………いえ、やはり今はこの話はいいでしょう」

 

「?」

 

(このまま彼がミュウさんに対する情が深くなって、彼女も元の世界に連れて行くのだとして………この子の母親がどのような方かは知りませんが、もしその選択が来たら、どうするのでしょうね)

 

以前七海とハジメの間で結ばれた縛りの1つ、呪力の扱いを2人に教える代わりに他の転移して来た者を帰す、という縛りは仮に見つかった瞬間に転移するものであっても、他の者を帰すためにハジメが元の世界に帰っても尽力しなければならない。だがその中にミュウが入ってないとはいえ、彼女も連れて行くことはできる。

 

(違う世界で生きる事を、この子は強制はしない。だが、情があればあるほど、別れをまだ幼いミュウさんがどう受け止めるのか……)

 

そして仮に、ミュウも元の世界に戻る時に側にいられるのか。七海は考えが尽きない。それでも…

 

(私も、彼を信用し、信頼しているのですかね)

 

今のハジメなら、そう期待していた。

 

「ところで先生、本当にホルアドに着いたらあいつらの事を確認しないのか?」

 

「ええ。君自身、そうする理由がないと言ったでしょう?」

 

「まぁ、そうだが」

 

この時、ハジメは気付かなかった。その違和感に。

 

 

 

 

「相変わらず、ここはフューレンとは別の意味で賑わってますね」

 

「……だな」

 

冒険者の為の町故の活気と遠くから聞こえる怒号のような声。それを横目にしているとハジメの複雑な顔が見えた。肩車をされているミュウは既に気付いていたのか、七海が声をかける前に、小さな手でペシペシとおでこを叩いて声をかけていた。

 

「パパ、どうしたの?どこか痛いの?」

 

「ん、いや、そうじゃない。ただ、ここには前に来たことがあってな」

 

「4ヶ月ぶり…ですかね。大体ですが」

 

「もう何年も前に感じるよ」

 

「あの日のことは、すまないと思ってます」

 

「またそれかよ」

 

ハジメは呆れたような声を出す。

 

「確かにさ、自暴自棄感はあったけど自分で決めた結果だって今は思ってる。先生が他の選択肢を示してくれたことも、鍛えてくれたことも、これでも感謝してんだぜ」

 

「それは、結果論です。死にかけて、生き延びた君だから言えることです」

 

「その結果で、今がある。仮にさ、今もう1回あの時に戻っても俺は同じ行動をとるぜ」

 

「………ユエさんですか?」

 

「ああ。ユエに会えた。それだけでも、俺にとっては何よりも価値がある」

 

「…ハジメ」

 

メインストリートのど真ん中で唐突に始まる惚気。周囲の人々からは好奇心やら嫉妬やら、様々な視線を向けられるも、それすら知らん顔である。

 

「うわぁ、ちょっと酷くないですかぁ?私達に会えたじゃなくて、ユエさんオンリーですよぉ〜。まぁ、お2人の関係も分かってますしぃ、それに憧れて私もここにいるんですけどぉ、もうちょっとくらいは私達にもあの愛を向けてくれてもいいような気がするんですけどねぇ!」

 

「むぅ、妾としてはご主人様に罵ってくれればそれで充分なのじゃが、確かに羨ましいのじゃ…というかシア落ち着くのじゃ」

 

「ティオさんだって、ベッドの上でハジメさんにあんなこととかこんなこととか、考えないんですかぁ⁉︎それこそ変態界のティオさんが望むようなハードプレイもぉ⁉︎」

 

「ぬぅおぅ!こんな公の場で変態呼ばわりとはぁ⁉︎ハァハァ、良い!ハァハァハァ」

 

「やっぱり変態じゃないですか。ねぇ七海さ…あれ?七海さんは?」

 

「シアお姉ちゃん、ナナミンあそこ」

 

周囲に七海がいないのに気付いてシアが冷静になった時に、ミュウがピッと指を向けたのは随分遠くだった。10メートルは離れていた。

 

「いつの間に…七海先生、回避力があるな」

 

周囲の人間から同類と思われる前にさりげなく既に距離を離す七海に、ハジメは感心すらしていた。シアの怒号で我に返った為、ティオやシアとは他人のふりをしようにもできない。騒ぎを聞きつけた衛兵が来る前に、荒れる2人を無理やり引っ張って冒険者ギルドへ向かう。

 

「おや、ようやく来ましたか」

 

着いた時に七海に皮肉を言われつつ、中に入る。ちなみに七海もハジメも、ここの存在は知っていたが、行く必要はなかった。故に入るのは初めてなのだが…

 

「南雲君、ミュウさんも中に入れて大丈夫でしょうか?」

 

「?別に問題ないだろう」

 

特に禁止しているわけでもないのでハジメは気にする事なく入る。入った瞬間に張り詰めた空気を感じる。そもそもここは戦闘を専門にした者達の集まる場所。子連れが来るようなところではない。ましてユエ、シア、ティオといった美女を連れているとなると、嫉妬と場違い感は更に増す。

 

「ヒゥ⁉︎」

 

「だから言ったじゃないですか。ミュウさんが怯えてますよ」

 

「おい、坊ちゃんよぉ!ここは女を侍らせ…て」

 

1人の強面冒険者がハジメに声をかけて来たが、すぐに言葉が止まる。ハジメもそれに疑問を感じる。これ以上ミュウに悪影響になるなら、こいつら全員物理的に黙らせよう、と考え威圧を試みていたが、まだしてないのに男がビビりだし、それをきっかけに周囲の冒険者も怖気付いたようになる。

 

「そ、その背格好……て、てめぇ、まさか……七海、建人か」

 

「?……どこかでお会いしましたか?」

 

肯定とも取れるその言葉を聞いた瞬間に、周囲の冒険者が蒼ざめる。

 

「い、いや、なんでもない、なんでも………ここに用があるならあそこ、あそこが受付だ」

 

「?ありがとうございます。それと、容姿は仕方ないですが、子供が怖がるので、もう少し柔らかな態度をとることを心がけておいた方がいいですよ」

 

「あ、あははは」

 

冒険者の不器用な笑みは逆に不気味で…

 

「ひぅぅぅぅぅ⁉︎」

 

「なぁにウチの子泣かせんだぁ!あぁ‼︎」

 

「「「「そんな理不尽なぁ‼︎」」」」

 

ついに発動した威圧。ハジメのキレ顔が冒険者達を散らす。

 

「ったく。つか、七海先生随分と有名じゃん。そんなサングラスじゃ、変装なんてできないくらいに」

 

「別に変装の為ではないのですが……しかし、なんでこうも目立ってるのでしょうね」

 

七海は知らない。王国に半分脅しでかけたハジメの評価を変える為の情報発信。その情報の中に七海はいなかったが、それを発信する前に王国が大々的に七海がベヒモスを軽く倒した件を宣伝していた。ハジメは相討ち、七海は圧勝。多くの冒険者に七海=ヤベー奴という共通の認識が生まれ、指名手配でもないのに人相描きが出るほどである。

 

「さてと、支部長はいるか?フューレンのギルド支部長から手紙を預かってるんだ。直接渡すように、とも言われてる」

 

元来、ギルド支部長の依頼を一介の冒険者が受ける事はない。だが、ハジメのランクは金。最高ランクだ。受付嬢はそういった情報は事前に頭に入れるのだが、ハジメが金ランクになったのはつい最近で、本来なら数日かかる移動も車で短縮しているので、彼女に情報がないのは当然だった。

 

「お騒がせしたのは申し訳ないとは思ってますが、お取り次ぎお願いします」

 

「は、はい!ただいま!」

 

猛ダッシュで受付嬢は移動していく。

 

「…………」

 

「なんですか?」

 

ジッと見ているハジメに七海は問う。

 

「いや、いずれ俺らの事は伝わるのは覚悟してたんだが……七海先生がいれば、なんかあっても、交渉の方とかはなんとかなりそうだなーって」

 

「……………」

 

よくもまぁ、堂々と本人を前に言えるもんだと呆れを通り越して感心していた。

 

「お待たせいたしました!それでは、こちらに……それと」

 

「どうかなさいましたか?」

 

「いえ、その、実は別のお方と今面会中で」

 

「先約があるなら、そちらを優先するべきなのでは?」

 

「いえ、七海様の存在と、あなた方が金ランク冒険者と知ってちょうど良いとのことで」

 

ハジメも七海も、何か厄介ごとの予感がしていたが、とりあえずは会わなくてはどうにもならないのでついて行く。受付嬢の案内でその扉の前に案内された。支部長の部屋だけあって扉も大きく見た目が豪勢だ。その扉を開けた先に、ハジメと七海、両者の見覚えのある人物がそこにいた。

 

「君は」

 

「ほ、ほんとだ、本当に………七海先生‼︎…よかった、助かった」

 

ハジメにとってはかつての同郷の仲間。七海にとっては今も優先すべき生徒の1人だった。

 

「遠藤、なんでお前がここに」

 

「⁉︎そ、その声は、南雲、南雲なのか⁉︎…声がするのに姿が見えない⁉︎七海先生!南雲と一緒だったんですか?っていうかあいつ生きてたんですか⁉︎どこにいるんですか⁉︎」

 

遠藤浩介、特徴:世界一影が薄い(暫定)

 

「うごぇ!」

 

「なんでそんな奴に気付かれないんだよ笑えねぇ」

 

「いちいち暴力を振るわないでください」

 

「というか、なんかとてつもなく酷い解説された気がする…ってそんなことより、お前が南雲なのか⁉︎」

 

驚くのは無理もないだろう。元の面影など、もはや声くらいしかない。

 

「信じられないのはわかりますが、事実です」

 

「いや、でも七海先生…口調とか見た目とか」

 

「奈落の底で生き延びて這い上がってきたんだ。顔付きだって変わる」

 

「顔付き以前の問題の気がしますが」

 

「……七海先生はマジで俺の味方だよなぁ〜」

 

適切なツッコミだがどうにも納得いかないハジメだった。一方で遠藤のほうは胸を撫で下ろして安堵する。

 

「正直言って、死んでるかと思ってたけど、生きててくれて嬉しいよ。探した意味があったかはわからないけど、皆喜ぶよ。特に白崎さん」

 

「………そうか」

 

遠藤の言葉を本心だと感じたのか、自身を心配して、生きていた事を喜んでいるのを見て、ハジメはなんとも言えない気持ちになる。

 

「それで、その白崎さん達は?なぜ君がここに?」

 

「!そうだ、そうだった!南雲、信じがたいけど七海先生と入って来たって事は、お前が金ランクの冒険者なんだろ?」

 

「え、あぁ、そうだが」

 

「なら、頼む!お前も一緒にオルクス大迷宮へ潜ってくれ!今は1人でも多くの戦力が必要なんだ!」

 

ハジメの肩を持ち、必死に頼み込む遠藤の姿に、七海は違和感があった。

 

「遠藤君、私は君達がそこまで弱いとは思ってません。特に、現状メンバーで最低3…いや4人は相当な実力に既になっていると思ってます。それにメルドさんもいるなら、以前のように魔物に襲われたとしても」

 

「違うんです!魔物じゃない、いや、魔物もなんですけど魔物だけじゃなくて、魔人族が、強力な魔物を連れて現れたんです!」

 

「「魔人族」」

 

 

落ち着いて話そう、と近くにいた支部長のロア・バワビスが声をかけて、彼らは室内のソファに座って話を聞く。

 

「俺は、援軍と状況を知らせるために、天職を駆使して単独で転移陣があるところまで戻ったけど、魔人族に追いつかれて、俺を、俺を逃す為に、メルドさんや他の騎士の皆が全員……」

 

涙が溢れ出てくる。遠藤は自分の為に死んでしまった騎士達の姿を見たのだろう。だからこそ、なんとしても他の生徒たちを助けたいのだ。

 

「そうか……あの人も」

 

「………メルドさん」

 

ハジメも七海も、メルドの人の良さは知っている。互いに感じること考える事は違うが、それでも彼のような善人の死には、想うところがあった。ただ、

 

「って、この状況理解してるのか⁉︎なんだよその子!お菓子食わせてる場合かぁ⁉︎」

 

「ひぅ⁉︎パパぁ‼︎」

 

先程から不安そうな会話しているのをなんとなく感じていたミュウを安心させる為、とりあえずお菓子を与えていたのだが、ハジメの膝の上でモキュモキュと食べているのでどうにもシリアスになれない雰囲気になり、ついに遠藤はツッコミを入れた。

 

「テメェ、なにミュウ泣かせてんだぁ‼︎アァン⁉︎殺されてぇのかぁ‼︎」

 

一応遠藤のツッコミは至極真っ当なのだが、その殺意100%の眼に完全に怖気付き「ヒィぃぃ!」と悲鳴をあげていた。

 

「2人とも落ち着いて下さい、話が進まない」

 

「まったくだ。それで、ナグモ。そっちが話している最中にイルワからの手紙を読んだ。それ以前にお前についての概要はある程度知っている。そこの七海建人を含めてたったの数人で6万以上の魔物を殲滅し、フューレンでは半日で裏組織の大元を壊滅。正直、ウソだろと言いたいが、イルワは冗談でこんな手紙を出さん」

 

ハジメの殺意でビクビクしてた遠藤もロアから出たその情報に驚く。七海がいくら強くてもそこまでできるとは思えない。つまり、ハジメの実力は…

 

「まぁ、この方々の中でミュウさんを除けば、私が1番弱いですけどね」

 

答えは今七海が告げた。

 

「し、信じられないけど、七海先生が言うなら、きっとそうなんだろうけど……なら、尚更だ!そこまで強いなら、きっと皆を助けられる!一緒に助けに行こう!」

 

「………なに勝手に決めてんだ」

 

ハジメは心底ウンザリした顔で拒絶(・・)の反応を見せた。

 

「な、何言って…天之河達が、仲間が死にかけてるんだぞ⁉︎」

 

「それが勝手なんだよ。仲間に入れんな。俺にとってお前らはただの『同郷の人間』ってだけで、他人となんら変わらない」

 

「な、なんだよそれ!意味わかんねぇ!」

 

遠藤はハジメの冷たい言葉にダメだと感じ、七海を見て言う。

 

「ならもういい!七海先生とだけでいく!」

「お断りします」

 

「早くいきましょう!七海せん………いま、なんて?」

 

「お断りします」

 

その言葉は、ハジメ以上に予想外だった。

 

「え、ちょ、なんで、どうして」

 

気持ちに整理がつかない。ありえない言葉を聞いて思考が追いつかない。そんな中でどうにか遠藤は言葉を出す。

 

「今、私は君達を元の世界に戻す為に行動してます。その方法としてかなり有力な手段が南雲君の旅にあると判断し、彼と行動をしてますが、その対価として私は彼の判断に委ねて行動する事を条件に契約してます」

 

「な、なんですかそれ!俺達を帰すとしても、それで俺達を助けないのは違うでしょう⁉︎」

 

遠藤は文字通り必死の形相で七海に言うが、七海の表情が、以前付けてなかったサングラスも相まって、無表情が際立って見える。

 

一方、ハジメも七海のこの言葉に驚く。そしてホルアドに着く前に質問していた時の違和感に気付いた。あの七海が、愛子とは方向性が違くとも同じくらいに心配し、大切にしているはずの生徒の安否を、まったく確認しようとしてない事に。

 

「私がどれだけ君達を助けたくとも、南雲君がその要請を断れば、私は助けることができません」

 

「だから、なんでそんな…」

「七海先生」

 

遠藤の言葉を遮り、ハジメは声をかけた。

 

「1つ聞きたいが、あんた自身はどうしたい?」

 

「行けるなら、今すぐにでも向かいたいですね。契約を破棄してでも」

 

本来なら、1つ目の縛り、『共に同行するが反対意見を言っても最終的な行動は南雲の判断に必ず寄る』は七海が同行をやめる、即ち契約の破棄をし、それに対して縛りをかけられてた側、ハジメがペナルティを求めなければ行ける。

 

だが問題は、呪術的な契約とその破棄には段階とルールがある事だ。一度でも縛りありきの契約をし、その破棄をするともう1度同じ縛りを結ぶのは難しく、かけられた相手もその時の契約を絶対に破棄しなければならない。即ち、同行は2度とできない。

 

次に2つ目の縛り、『呪力の扱いを教える代わり、他の者達も元の世界に帰すと約束する。(ただし、自分から帰りたいと言う者のみ)』も同行できないなら教える事はできない。現状それなりに呪力の扱いを教えているが全て教えきってはいない為、これも破棄するとなると、ハジメはたとえ同郷の人を自分が帰したいと思ってもそれができない。最悪他の者たちが帰る手段がなくなる。しかもこれはハジメが出してきた縛りの為、縛りをかけられている側が七海という状況が尚動きを制限し、破棄する際の問題はより複雑になる。

 

そして3つ目。『元の世界に帰った際に起きる問題を解決する手伝いをする。その代わり、いかなる状況でも七海はハジメの助力をする』。これは元の世界に戻った時にメディアや政治問題、彼らが持った魔法という力の利用といったものに対する対策ができなくなるという事。更に助力する為には同行が必須。同行をしないならこれも破棄しなくてはいけないが、別の縛りの破棄による破棄は望んでなくともペナルティに繋がる可能性は高い。

 

 

ハジメは、縛りについて、まだあまりにも知らなさすぎた。しかもこうも複数の縛りを重ねた事の代償も。それが、他人の考えも、想いさえも、無視をさせてしまうほどの。

 

(もし、ここで全ての縛りを破棄したら、俺もどうなるかわからない。だから、この人は)

 

他人の想いを無理矢理拒絶させる。その行為は、ハジメは受け入れられない。何より、そんな行為も、この場で全て問答無用で切り捨てるのもきっと『寂しい生き方』だから。

 

「……遠藤、白崎は、まだ無事か?」

 

「え?」

 

「聞いてんだろ?白崎は無事か?」

 

「あ、あぁ、無事だ!回復魔法もそうだけど正直下手な前衛よりも強くなってて、彼女のおかげで助かったことなんていくらでもある。お前が落ちてから、その、七海先生の教えもあって、すげー勢いで強くなってて」

 

遠藤がちらちらと七海を見つつ言うと、ハジメは「そうか」と小さな声を出す。

 

「七海先生」

 

「なんですか」

 

「悪かった」

 

「……謝る必要はありません。縛りのことをもっとちゃんと教えてから結ぶべきでした。それで、どうするんですか?」

 

ハジメは息を吸い、大きく吐く。次に最愛の人物に視線を向けた。その相手も同じく視線を向けていた。

 

「ハジメのしたいようにすればいい。私はそれを信じてついていく。どこまでも」

 

ハジメの手をとりユエは優しく言う。そして今度は七海を見て言う。

 

「七海、縛りの事を教えなかったのはわざとでしょ?ハジメに重荷となる考えを持たせないように、特に3つ目は自分だけで背負う為に…ハジメ達と愛子の為に」

 

「………買い被りですよ」

 

七海は否定するがその通りだ。問題解決の為の手助けといかなる場合でも七海はハジメの助力をする。即ち、この問題解決の際に起こることに対しても七海は助力をする必要がある。全ての批難、中傷などを一身に引き受けるつもりなのだ。

 

「七海先生、俺は」

 

「誰かがやらなくてはなりません。君が望もうと望まないとも、問題は起こるのですから。そして責任は大人が背負うものです」

 

「そうかよ。まぁ、今回に関しては、どっちにしろ行っただろうけどな」

 

白崎香織との義理を果たす、そのために。

 

一方、縛りについて何も知らない遠藤は困惑してその会話を聞いていた。性格すら一般的なものから変わりすぎたハジメがこのような態度を七海に見せるのも、先程の七海の拒絶も、理解が追いつかない。ただ1つわかるのは。

 

「あの、とにかく南雲も七海先生も来てくれるってこと?」

 

「ええ。シアさんとティオさんはどうしますか?」

 

「言わずもがなってやつです!」

 

「もちろん妾もじゃ」

 

「ミュウも、ミュウも〜!」

 

ハイハイハイと手を上げてミュウも元気よく言う。

 

「ミュウさんはダメですよ。いくらなんでも危ないですし」

 

「う〜〜パパぁ〜」

 

「すまんミュウ、流石にこれは七海先生に同意するしかない」

 

「ティオさんも残ってください。ミュウさんの護衛として……構いませんか?南雲君」

 

ミュウだけを残して以前のようにまた誘拐される危険もあるので必ず護衛は必要だ。

 

「まぁ、確かに。つーわけで、ティオ任せた」

 

「ぬぅぅぅ」

 

ティオは少々不満そうだったが仕方ないと諦めた。

 

「私の言った理由はミュウさんだけではないですがね」

 

ティオにだけ聞こえるように七海は近くに来て囁く。

 

「ティオさん、まだ少し黒閃のダメージがあるんじゃないですか?」

 

「!」

 

あの時の一撃は七海の出せる最大の威力。魔力で強化して防いでも、相当なダメージはあった。万全の状態にしておくべきとして、残るように言ったのだ。

 

「気づいておったか………気にする必要はない。これはこれで!良いからの!」

 

「…しばらく私に近付かないで下さいますか?反吐が出ます」

 

とはいえ、ティオにとって七海の気遣いは正直ありがたいものでもあった。今日1日をしっかりと回復に努めればどうにかなるからだ。

 

「では、早速行きましょう。と、その前に、遠藤君」

 

「あ、はい、えと、なんでしょうか?」

 

まだ先程の事を気にしているのか、よそよそしく受け答えする。

 

「現状の天之河君は、君から見てどれほど強くなってますか?」

 

「え?えぇと、相当な強さだとしか…少なくとも俺等の中では1番強いです」

 

「…なら、もし私が戦ったとしたらどちらが勝つと思いますか?」

 

「七海先生です」

 

即答だった。より正確に言うなら、善戦はするだろうが、それでも七海が勝つだろうという考えだ。信頼+客観的な考えで遠藤は答えた。

 

「そうですか……おかしいですね。私の考えでは、彼は私以上のポテンシャルがあるので、追い越されていると思ってたのですが」

 

正直なところ、数の差があっても魔人族相手にそうそう遅れをとるのかと疑問に感じた。たとえ周囲に檜山のような足手纏いがいたとしてもだ。

 

「そんなもん今どうでもいいだろう?オラ、さっさと案内しろ!」

 

ガッと遠藤のケツを蹴り、案内させる。それを七海が注意しつつ、目的地へと向かう。

 

 

 

 

 

その少し後、迷宮に残った者達の中で、2人に問題が起こっていた。1人は鈴、もう1人は…

 

「違う、俺は、違うんだ俺は、違う、ただ、俺は、オレは、おれは」

 

己が向き合っていなかった現実に直面していた。

 




ちなみに
他者間、しかも同一人物と複数の縛りを結んだ時に関する事は呪術廻戦でも出てませんので、今回はこうしてみました
意見あればお願いします

ちなみに2
実はこの話は次の話のあとに出すつもりでしたが、3話連続で七海がでないっていう状況が嫌だったので、順番を変えました。その為、次回はほぼ出来てます。今日中には流石にだせませんが、3月中には出します


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好事多魔④

呪術本誌を読んで→「ア“ア”ア“ア”ア“ア”!」
死滅回遊編が始まった時からこうなるかもしれないと思ったけど予想以上に最悪な展開にぃぃ

単眼猫、恐るべし

それはそうと、前回の後書きで書いていたように今回の話と前回の話は順番逆でした。その為7〜8割できてましたが、逆にした影響で消す部分と書き足す部分が多く、少し悩みました


時は遠藤と別行動をして少し経った頃

 

「よし、こんな感じだな」

 

野村が『いい仕事したな』と思いながら額の汗を拭っていると、辻が声をかけてくる。

 

「何をしてたの?」

 

「あぁ、カモフラージュの検査。それとちょっとした仕掛けの設置かな。上手くいくかわからないけど」

 

相手に地面を掘る魔物がいるならと用意をしたが、どうなるかわからない。それにもし相手が七海ほどしっかりと残穢を見ることができるなら、ここに来るまでに作ったダミーとの違いに気付く可能性もある。故に罠を作った。攻撃的な罠ではないが。

 

「七海先生から『後衛はなるべく回復薬を多めに持つように』って言われてなきゃ、ここまでできたか分かんないけどな。それよか、谷口は?」

 

「……まだ目覚めない」

 

ふらふらな状態で必死に逃げ、時間稼ぎを兼ねたダミーの隠れ穴を作りつつ、ここに来るまで魔物を倒していたのもあって、85階層まで来られたが、流石に限界だった。休息して光輝達前衛組の回復をすることにしたのだが、あの後鈴は気絶してしまい、回復をしたのに目覚めない。防御の要が今はおらず、言い方が悪いが足手纏いが増えてしまった。

 

「白崎さんも言ってたけど、多分かなり無理な魔法の使い方をした結果だって」

 

皆が休んでいる所に戻りつつ話す。

 

「目覚めるかどうかも、正直――」

「なんだと!もう一度言ってみろ!」

 

怒号が聞こえる。穴の中というのもあってよく響く。近藤と斎藤が龍太郎と言い争いになっている。

 

「だってそうだろ⁉︎そもそも天之河が勝ってたら逃げる必要も、こんなことにもならなかった!魔人族の提案を呑むふりをして後から…いやそれ以前に、白崎達がやばいのがいるかもしれないって言ってたのに進むって決めたから」

 

「それ言うならお前らも賛成側だったろうが‼︎」

 

「あのときは、まさかお前らが負けるとは思ってなくて!」

 

「あんだけ強いなら勝ってみせろよ!」

 

他人任せなその言葉に今度は永山もキレた。

 

「あぁ!?お前ら俺等がどんだけ修行したかわかって言ってるのか⁉︎」

 

「ただの薪割りだろ!誰でもできるわ‼︎」

 

「落ち着いてくれ皆!今度は、絶対に勝つ‼︎」

 

「なんの根拠があって言ってんだ!〝限界突破〟使っても勝てなかったのに!大体、七海は何してんだよ!勝手に居なくなって、お前らもあんま強くしないで」

 

「んだとぉ‼︎あの人をバカにすんじゃねぇ‼︎」

 

「もう限界だ!1発殴る!」

 

ついに殴り合いに発展するかと思われた瞬間、雫が剣を双方の間に振り下ろし、止めた。

 

「そこまで」

 

「けどしず」

「シ!」

 

人差し指を口元に立てて静かにしろと伝えた。穴の外から魔物の唸り声が聞こえる。足音がしだいに大きくなり、止まる。次に足音とは違う物音がする。まるで何かを削り取るような音だ。

 

(まずい、あの穴を掘る魔物だ)

 

全員が戦闘準備をする。すると、ボコッという音がしたが、ここの壁が破壊された様子はない。そうして数秒経った頃、足音が遠ざかっていき、聞こえなくなったのを確認した瞬間、全員から息が漏れる。

 

「カモフラージュの重ねがけしといて正解だったな」

 

野村は壁と壁の間に広い空間を作り、さらにそこに魔力の残穢を多めに残した土人形を置いたのだ。一度しか使えない作戦だが、これでまたしばらくは時間を稼げる。

 

「ありがとう、野村君。さて…騒ぎたくなるほど焦ってるのも、余裕がないのもわかるけど、お願いだから今は静かにしてて」

 

雫の言葉に、すまなさそうに、バツが悪そうにして双方矛を収める。

 

「それと……さっきの発言、許したわけじゃないから」

 

そしてしっかりと自分の、自分達の意見を言って、眠る鈴の前に移動した。

 

「こんな時に起きててくれたら、もうちょっとは和やかになったかもしれないんだけど」

 

「うん。早く目が覚めてくれたらいいんだけど」

 

恵里は鈴の頭を撫でている。にこやかな笑みを浮かべているが、それが少しぎこちないのがよくわかる。

 

数分ほど経った頃、雫は決意して光輝に言う。

 

「さて、光輝…そろそろ決めましょう」

 

「決めるって?」

 

「遠藤君が地上に救援を要請しても、ここまで来れる人はまずいない。あれだけ強さを持った魔物相手じゃなおさら。勝てないし、無駄な犠牲者が出るだけ」

 

故に、選択肢は限られる。

 

「このままここにいてもいずれ見つかる。なら」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!まさかもう一度戦いに行くなんて言わないよな⁉︎」

 

檜山が慌てふためきつつ言う。檜山グループだけでなく、他にも反対者はいる。

 

「わかってる。一度負けて、しかも鈴が起きてない状況下なんだから。だからもうひとつ、あの魔人族が言うように、魔人族側につくことを条件にこの場を見逃してもらう。おそらく、あっちはこちらが裏切らないような処置をするでしょうけど」

 

突きつけられた現実と選択の中で、選ばないといけないことを雫はつげる。

 

「な、なら、降伏しよう。天之河が負けてんだ。あんな魔物相手に勝てる道理はない」

 

真っ先に檜山がそう言うとそれを皮切りに中野、近藤、斉藤が自分もと手を挙げ、さらに恵里も挙手した。

 

「って、おまえ裏切るのかよ!」

 

「だって、皆に死んでほしくないし、鈴もこんな状況で…」

 

「いや、ダメだ!魔人族の話に乗っちゃダメだ!こんなことをされて、許しておけるか!何より、この世界の人達に申し訳がない」

 

「俺も反対だ」

 

光輝に続く形で龍太郎も意見を言う。

 

「この世界の人達もそうだが、何より、ここで魔人族側についたら、七海先生も裏切ることになる。俺は、あの人を裏切りたくない」

 

「バカか!生き残ることが最優先だろ!七海…先生も、それくらい理解してくれる!」

 

「そうね。私もそう思う」

 

雫が呟くと香織もコクリと頷く。

 

「2人とも、なんで…」

 

「けど!」

 

「他の皆は?王国に残ってる皆はどうなるの?」

 

現状王国にいる生徒達の安全は、彼らが王国の為に、人間族の為に戦う準備をしている今の状況あってのものだ。いくら七海が強くても、残された生徒達の安全を保証できるかわからない。

 

「そ、それも、魔人族と取引すれば」

 

「戦えない彼らを、言い方が悪いけどお荷物を、わざわざ引き取るって保証はどこにあるの?」

 

ここで『彼らを見捨てよう』と言えれば簡単だが、それは人としてのあり方を全否定するようなもの。檜山としては主張したいが、そんな言葉をこの場で吐くほどバカではない。

 

「とはいえ、鈴のことがあるのは間違いない。だから、ここから…」

 

 

 

魔人族の女は魔物を先行させて各階層を調べさせていた。その合間に転移陣へ向かうと案の定勇者の仲間がいたが、1人のみで、あとはこの国の騎士達だった。勇者の仲間は逃げて、転移陣は破壊された。騎士達は処理し、本命である迷宮攻略をしたいところだが、まだ勇者達がいる。そちらをどうにかしなくてはいけない。とりあえず、魔物の固有魔法で探そうと思っていたのだが――

 

「へー、姿を隠して逃げる腰抜けだと思ったら、わざわざ死ににくるなんて……勇者じゃなくて、蛮勇だね」

 

「黙れ…逃げるよりも戦うことを選んだだけだ!」

 

「ふーん。そのわりにはお仲間の数が少ないけど、どうしたんだい?どっかに隠れてるのかい?それとも逃げたとか?」

 

ここにいるのは光輝、龍太郎、雫、香織、恵里、檜山、吉野の7人だ。

 

「逃げたんじゃない!逃したんだ!これで、心置きなくお前と戦える‼︎」

 

女魔人族は眼を点にし、心底呆れた顔になる。

 

「答えるとか……いや、もういいか」

 

手をあげ、連れている魔物に彼らを襲うように指示した。

 

 

「ここから、もし戦うなら、二手に別れて行動すべきだと思う。戦う人達と逃げる人達で」

 

「おい、ちょっと待て、俺等は逃げる方だよな⁉︎」

 

「テメェまた…いや、それよりもだ!戦力を分散するなんてどう考えても」

「愚策なのはわかってる」

 

龍太郎にもすぐにわかることを雫が気づかないはずがない。

 

「けど、このままここにいてもいずれ見つかる。今の状態の鈴を守りながら戦うのは不可能よ」

 

「なら、やっぱり降伏して」

「おそらく、そうなったら今度は私達は魔人族側で、この国の人と残された仲間、そして七海先生と戦うことになる」

 

必死で生きる可能性を模索して、1人でも多くの生徒を生かす為に行動している人と、はたしてまともに戦えるか。七海なら生きる為に魔人族側につく選択をしたことを咎めないだろうが、他の生徒達や愛子達の事もあり、魔人族側に来られない。いずれ戦うのは確実だろう。

 

「それ以前に相手がどんな命令をしてくるかわからない。ただ『裏切ります』で信じるほど相手は甘くない。何かしらの魔法もしくはアーティファクトを使ってくるんじゃないかと思ってる」

 

一度は断った相手だ。無理難題な命令を下す可能性はかなり高い。

 

「それ以前に、魔人族の話には乗るつもりはない!」

 

「じゃあ、戦うの?この状況で?戦力も戦意も低くなったこの状況で?」

 

「!……雫はどうしたいんだ!」

 

「今聞いてるのは私。これらの状況下で、あなたはどうするのって聞いてるの。これは七海先生の言ってた選択の時よ」

 

七海は言った。

 

『しかし、逃げるか死ぬしかない状況で、逃げきれないなら、次は選択の時です。誰を生かすか……そして、逃げない者は死に物狂いで戦う、その選択です。そこで覚醒できれば生き残れるかもしれませんが、99%以上の確率で死にます。どうか、その選択の時が来ないように早めの危機回避をしてください』

 

間を置いてさらに告げる。

 

『そして、その選択が来てしまったとしても、できることなら呪わないでください。己の人生を。そしてできるだけ、生きることは諦めないでください』

 

選択の時。どうしようもないなら決断する。それが今だ。

 

「一応言っておくけど、私は逃げたい。けど、私が戦力的に足止めしなきゃいけない。もう覚悟はできてるわ」

 

あなたはどうなのか、と光輝に掴みかかって問う。光輝は、正直言って誰も死なせたくない。全員守りたい。相手が強力なら尚更全員で戦うべきだと言っていただろう。鈴の意識が戻っていればだが。

 

「…………俺は」

 

 

 

逃げる判断をしたのは中野、近藤、斉藤。気を失っている鈴は強制退避、その鈴を担いで運べる永山、看る為の辻。土魔法で隠れ蓑を作る為に野村。以上7人が逃走している。

 

彼らの幸運は、魔人族が現状、魔物達と合流して別の階層を調べていた事、最短で移動せず、あえて回り道をした事で魔人族とその魔物と出くわすことはなかった事だろう。ある程度の魔物なら、ベヒモス級や魔人族の魔物に遭遇しなければどうにかなるだろうが、今光輝が伝えてしまった。

 

(数体ほど向かわせるか…いや、ここにいるのは後方でビクついてる1人を除いて厄介且つ、重要な戦力なんだろう。あの勇者ならともかく、他の奴が策もなく来たとも思えない)

 

残りがザコなら、ここで完全に潰せば決まると考え、戦力を分散させないことにした。それに勇者の動きを止める手段はある。何より連れてきた魔物ならどうとでもなる。そう思っていた。その考えは間違っていない。

 

「ぐっ…(この魔物、こっちの動きを先読みでもしてるように攻撃してくる。たぶん固有魔法)」

 

だが、先読みの戦いなど、嫌と言うほど経験している。雫は居合の構えを解く。4つ目の狼のような魔物は鋭い爪を向ける。

 

「雫!」

 

「雫ちゃん!」

 

(たしかに、動きを読まれるのは厄介…なら)

 

魔物は爪を振るうが、雫の動きが変わり少し後退して停止する。その時、固有魔法による予測でわずかに、反射的に身体をそらしてしまった。魔物の意識があったのはそこまで。首頭から真っ二つに両断された。

 

「なっ⁉︎」

 

「相手が予測して動くのは当然。なら、こちらは予測できない動き、もしくは、その予測を利用する…それだけよ」

 

彼女は相手が予測しているのを察し、動きを止めたのだ。更に魔力感知〔+視認(上)〕で魔物であればある程度の動きが魔力の流れからわかる。

 

常に動くよりも、動かない方が次の行動を予測しやすい。それを逆手に取り、わざとわかりやすい動きをまず作って相手に予測させ、攻撃直前、ギリギリの位置でその動きを変えることで、相手の予測を上回る。

 

「うおあおおおおおおおお‼︎」

 

龍太郎は考えない。考えれば考えるほど逆に読まれる。腕がドリルの魔物に特攻を仕掛ける。ただの特攻だが、止められない。今の彼の硬度は一時的だが、1級並み…即ち戦車の特攻である。

 

「……なるほど、やつか」

 

眼を向けたのは後方で魔法をかけ続けている吉野。付与魔法を使い、彼らを強化することは今までにもしてきたが、彼女がしているのは付与の常時使用。元来付与魔法で上がる数値とは、使用者のレベルにもよるが上がることには上がる。

 

しかし、100の数値を120にして、もう1回付与してもそれ以上は上がらない。そして一時的だ。故に彼女は魔法をかけ続けていくという方法をとった。確かに数値は上がらないが、かけた際に一瞬の爆発力はある。しかしそれは通常の付与より更に一時的、ほんの一瞬だけ爆発的に上がるが数秒で終わる。では、それをずっと、魔力が続く限りかけ続けるのなら。

 

だがそのためには必要な物があった。それは魔力感知〔+視認(上)〕。効率よく、しかも他者に付与し続けるのには必要。それをあの土壇場と、迫りくる死の恐怖が、彼女の能力を上げる。

 

(けど、正直言って保たない。わたしも、皆も!)

 

強さとは、時間をかけてあげる。その過程で身体も強くなった自分に合わせるように慣れる。今はその時間を削って、無理やりレベルを上げているのに近い。いきなり強くなっても、感覚と意識が追いつかない。今彼らが戦えているのは極限状態で一時的にそれが薄まっている。更に吉野にこれをする為にほとんどの回復薬を渡した。他の者達の魔力は少ない。長期戦になるとまず間違いなく負ける。

 

「お前たち、そっちをやりな!」

 

当然だが魔人族も見逃しなどしない。キメラの固有魔法を付与されたブルータルもどきと4つ目狼の動きが変わる。

 

「逃すかって…うおっ!」

 

光輝とて、彼らが狙われることなどわかっていた。だからすぐに戻れる位置で戦っていたのに、まだ新たな魔物が現れる。顔が牙のある馬のようで身体はゴリラのような筋肉質とそれに合う大腕が4本。これまで見た魔物より間違いなく強い。その拳をギリギリで聖剣で受け止めた。

 

「グッっ⁉︎」

 

凄まじい衝撃波が光輝を襲う。〝限界突破〟しているにもかかわらず防御しきれない。これがこの魔物の固有魔法だと理解した。以前までの光輝なら、今の一撃で動きが鈍っていただろう。だが彼は、これ以上の拳を知っている。

 

4本の腕でラッシュを仕掛ける。今度はそれを受け止めず、回避し続ける。

 

「ゼァぁぁ!」

 

単調になってきたところで腕を一本切り落とした。

 

「ば、バカな」

 

魔人族は驚く。この魔物、アハトドは今回連れてきた魔物の中では2番目の強さだが、他の魔物とは桁違いに強いはず。それが全く相手になっていない。

 

(それにあの魔法、〝限界突破〟はリスクの大きいものなのに、なぜあれほど余裕なんだ⁉︎)

 

〝限界突破〟は自身のステータスを3倍にする代償として、使用後は急激にステータスが落ち、魔力も消費し、体力も落ちる。先程使い、休憩を取ったにしても、動きが良すぎることに魔人族は理解できない。

 

(対七海先生用だけど、ここで使う)

 

〝魔力感知〔+視認〕〟によって、自身の魔力の流れを読み、効率的に魔力を使用し、更に〝限界突破〟の出力をあえて落とすことで、長時間の使用と疲労を抑えることができる。先程は速攻で決めるつもりで通常の〝限界突破〟を使っていたが、今は違う。出力は落ちてはいるが、それでも2倍に近いステータスアップをし、足りない部分を吉野の付与魔法で補う事で、通常とほぼ同じステータスアップをしつつも長期戦ができる状態になっている。

 

「2本目‼︎」

 

もう1本の腕を切り落とす。七海に完全敗北した日、光輝は誓った。

 

(もう、負けるのは、あの時で最後にするって決めたんだ!)

 

性格は変わってはいないが、豪快な戦い方はだいぶ鳴りをひそめて、的確な攻撃を繰り出す戦法に変わっていた。

 

「3本目‼︎」

 

片腕1本にされ、ついにアハトドは怯んで下がる。最大のチャンスに止めの一振り――

 

「⁉︎」

 

その手が止まる。もう1体同じ魔物がいた。よくはないがそれはまだいい。問題はその魔物が1本の腕で掴んでいるものだ。

 

「メ、メルドさん…」

 

全身傷だらけで血が吹き出し、ボロボロになり、小さく呻き声をだす、文字通り瀕死のメルドだった。

 

「ッ!メルドさんを離…ぐおぁ⁉︎」

 

完全に気を取られ、アハトドは残った最後の腕で背中を殴る。その瞬間強烈な痛みと衝撃波が伝わった。無防備なこともあって余計にダメージをもらい、光輝は内臓のいくつかが破損したことも感じた。

 

「う、ぐ、ゴホっっ!」

 

追撃として足で踏み潰される。

 

「ふぅ、ちょっとだけ冷や汗かいたけど、所詮はガキってことだね。こんな単純な手に引っかかるくらいだ」

 

その光景は皆が見ていた。光輝が負けた瞬間に、ギリギリで保っていた精神は、完全に崩壊した。

 

「さて、改めて聞くけど、あんたらの頼みの綱の勇者はこの通りだ。今ならまだ高待遇で引き抜くけど、どうだい?正直、ここまで使えるとは思ってなかったから、色々と補償はするよ。もちろん、抵抗されないように首輪はするけどね」

 

魔物達に囲まれた状態だが唐突に相手の攻撃が止まる。

 

「……断ったら、殺すってこと?」

 

「理解が早くて助かるよ」

 

「その場合、光輝はどうなるの?」

 

「この勇者のことかい?まぁ、正直言ってここで始末したいけど…あんたらより強力な首輪するのを条件に助けてやってもいい」

 

雫はあれほど抵抗したのに光輝を殺していないことで、最初からそのつもりだったのだと判断する。

 

「あ、あの、私は、やっぱりあの人の誘いに乗るべきだと思う」

 

「俺も中村の意見に賛成だ」

 

先程降伏に手を挙げていた2人がすぐさまそれを言う。

 

「こんな状況だ。全滅か生き残るかなら、後者を選ぶのは当たり前だろ」

 

「お前ら!」

 

「じゃあどうするってんだ‼︎天之河も負けて、強力な魔物に囲まれたこの状況で、どう生き残るってんだ⁉︎」

 

檜山の言うことは正しい。

 

「さっき言ってた首輪というのは、こっちの意識を奪うもの?」

 

「いや、自律性までは奪うつもりはないよ。あくまでも反抗ができないようにするだけさ。あぁ、ここにいないお仲間にも後で着けるなら認めるよ。あんたらが首輪をつけてるのを見れば、否応がなしにするだろうしね」

 

光輝と違い、会話が成り立つ相手だった為か、あるいは同じ女だからか、魔人族の口調は安堵が見られる。

 

(どうする……ここで受け入れたら間違いなく生き残れる。けど、使い物にならなくなった私達を、いくら七海先生がいるからって保護してくれるかわからない。帰還方法を七海先生が捜索しても、その間の補償がなくてはどうしようもない)

 

考えを必死に巡らせる。

 

「ダメ、だ。魔人族についたら、皆、必ず、利用されて、死ぬ。逃げ、ろ少しでも」

 

「どうやってだよ⁉︎この状況で!いい加減、現実を見ろ‼︎」

 

光輝の瀕死の傷の中で絞り出した言葉を檜山は否定する。そんな中、メルドが意識を取り戻す。

 

「生きろ……建人も、それを望んでいる。生き残れる道を、進め」

 

「まだ喋る力があったか」

 

「正直言って、お前たちを巻き込んだことはずっと、謝りたかった…平和な世界で、生きてきた、お前達を、こんな世界に呼んで、戦わせて」

 

ずっと隠して、七海だけに告げた本音を、彼らに伝える。

 

「人間族のことは、気にするな、これは、この戦争は、我々の世界の戦争だ‼︎」

 

瞬間、メルドの全身から光が溢れる。膨大な魔力を皆が感じる。光輝達のような異世界から来た者達ならともかく、この世界の、それも人間族が出せる出力を超えている。

 

「自爆特攻か…嫌いじゃないよ、そういうのは」

 

アハトドが高出力の魔力に怯んで手を離す。そして、メルドは手に持った宝石を更に握りしめる。万が一の時に自爆する為、上に立つ者が捕らえられた時に使う魔道具である。そこから更に魔力が溢れてメルドを覆う。

 

「魔人族、道連れだぞ!」

 

「正直、危なかったよ………こいつがいないとね。アブソド!」

 

その魔力が地面に吸い込まれて行く。ボコォ、とそこから先程の巨大な6本足の亀のアブソドと手がドリルの魔物が現れた。まだ戦力を隠していたのだ。2体のアブソドは大口をあけてその魔力を吸い込んでいく。

 

「なんだ⁉︎っゴッ」

 

何が起きたか理解する前に、メルドはその身体を土魔法でできた鋭い刃で貫かれていた。

 

(すまん、建人、俺は)

 

どさりと倒れ、そして血がドバッと吹き出す。

 

「メルドさん!」

 

香織が咄嗟に回復をするが、ここまで魔力を使い続けていたのもあり、その回復速度は緩やかだ。このままでは間に合わない。

 

「アブソドがいないと、ほんとに死んでたのはこっちだっただろうね。弱者とはいえ騎士団長…見事だったよ。さて、これは1つの末路だけど、あんたらはどうする?」

 

皆が黙るなか、檜山が提案を受けようとした時――

 

「ふざ、けるな」

 

「ん〜なんだい死にぞこ…」

 

魔人族も、檜山も言葉を止めるほどの凄味があった。さっきのメルドの膨大な魔力が霞むほどの強大な出力が、〔+視認〕のない檜山にも、その流れが見えるほどの魔力の渦。

 

「アハトド‼︎」

 

指示する前にその魔力で魔物の腕が吹き飛んだ。

 

 

「ほう、これはすごい」

 

手を顎にあてて七海はつぶやく。今後の訓練のためという理由で、その日の訓練の後に見せてもらったのだ。

 

(一時的に1級と同等。しかも今の状態(レベル)で上がっている……もしこれから彼が強くなれば)

 

特級、その段階(ステージ)と同等の力になるかもしれないと考えた。

 

「ぜぇぜぇ」

 

「その分消費も激しいようですね。天之河君、その力の使い方をしっかりと学んでください。そして、その力を使うなら、短期決戦です。決して止まらないでください。相手に止めを刺すまで」

 

 

(そんなの、言われなくても!)

 

その名は〝限界突破〔+覇潰〕〟。限界突破の終の派生技にして光輝の最後の切り札。基本ステータスをごく短時間、5倍へ引き上げる。

 

最後の腕を失ったアハトドの胴を聖剣を振るい切り裂く。まるで紙をカッターで切るようにスパッと両断した。もう1体、メルドを捕らえていたアハトドは一斉に腕をラッシュしてくるが、既に胴体が切り落とされていた。

 

「クソったれが!」

 

振るわれた剣撃をギリギリ回避して下がる。香織達を取り囲んでいた透明化した魔物が襲いかかる。

 

「ぬおりゃああああ‼︎」

 

しかしその位置は、先程と同じように香織によって判断できるようになっていた。龍太郎は突進とラリアットで魔物をふっとばす。

 

「邪魔させるかよ!」

 

「〝天翔閃〟!」

 

光の斬撃のビームが魔人族に向かう。

 

「?」

 

〝天翔閃〟を何度も出しているがその全てがあさっての方向へ飛んでいく。だが、関係ないとばかりに光輝は〝天翔閃〟を出しながら特攻していく。

 

(やぶれかぶれの特攻か?いや、この魔法、左右に放つことで、逃げ道を絞っているのか)

 

甘すぎる考えだと切り捨てた。亀型の魔物アハトドが吸収していくことで再び左右のスペースが広がって行く。

 

「〝操光〟!」

 

瞬間、一筋の光が動きを変え速度を上げて魔人族へ向かう。

 

(ある程度のコントロールができるのは見たが……!そうか、アハトドが吸収することで、その際に技が加速して)

 

避けきれない。そう感じるが、その光の斬撃は魔人族に当たることはなかった。

 

「作戦失敗だね!」

 

「いや、届いたさ!」

 

 

『……7分ですか、まぁまぁですかね』

 

『あの、七海先生…前から言いたかったんですけど、どうしていつも香織や辻さんのような後衛や弱い人を狙うんですか‼︎』

 

おかげで他は必ずそのバックアップに向かう必要があり、それを逆手に取られ今回は負けた。

 

『あたりまえの事を聞かないでください。相手に回復担当がいて、それが目の前にいるなら真っ先に潰すべきです。それとも、君は相手に回復役がいても狙わず、力任せに戦うのですか?』

 

『違います!弱い人から狙うのがどうかって言ったんです!』

 

『戦いは実力もですが、数にも出てくる。いくら相手が弱くても、その対象がいることで不利になるのなら、そちらを狙う。これも常識です。…覚えておいてください天之河君、戦うなら、弱者であろうとも、その能力を理解して、優先すべき対象を攻撃してください。1番強い者を倒すだけで終わるほど、戦いとは甘くない。回復役がいるなら、まずはそちらを潰すこと、必ずです』

 

 

「!まさか、最初から⁉︎」

 

魔人族は光輝が怒りのままに進んできていると思っていた。それは正しい。今彼を動かすのはメルドに行った仕打ちに対する復讐心だ。しかし自分の能力の事を知らないわけではない。この技の効果時間は短い。長期戦になる可能性を真っ先に排除した。

 

(あの人の言いなりじゃない。これは、俺の判断だ!)

 

回復魔法を使っていた魔人族の肩に止まっていた魔物。〝操光〟でコントロールした〝天翔閃〟は2つ。1つはもっとも魔力を込めたもの。そしてもう1つ、その影に隠した小さなの光の斬撃が、その魔物を逃しも回避もさせず、切り裂いた。正直、威力はお粗末だが、小型の魔物くらいなら倒せる。

 

「こんな、こんな!」

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

砂塵の密度を高めて盾にするが、聖剣は問題なく切り、盾はただの砂と化す。それでもと魔法を使おうとするが――

 

「させるか!」

 

発動前に腕を切り落とす。咄嗟に身体を後ろに下げていなければ魔人族は真っ二つだったろうが、腕だけは間に合わなかった。そして咄嗟の回避だった為、バランスが崩れる。

 

「終わりだ‼︎」

 

聖剣を魔人族に真っ直ぐと向けて、身体強化を脚に施し、飛ぶように向かい――

 

「ごっ、ごぼっ」

 

魔人族の腹に聖剣が刺さる。身体を突き抜けた剣先は血がつき、口からも大量の血が吐き出される。光輝がズルリと聖剣を抜くと、魔人族の足はガクガクと震え出して、すぐに力が入らなくなり、壁に寄り添うように倒れた。

 

「はっ、はっ、はぁ、ま、まさか…こんな三文芝居みたいなことになるとはね」

 

今にしてみれば、計算違いだらけだった。それでもどうにか絶対的な優位な状況を作り出したのに、それすらも、隠された能力を覚醒させていく者達に覆され、敗北した。特に勇者の光輝の逆転劇に関していうならまさに三文芝居だろう。

 

「まだ、息があるな」

 

だが間違いなく致命傷だ。このまま何もしなくても死ぬだろう。しかし、魔人族が残った腕を懐に伸ばして、ロケットペンダントを取り出した瞬間、顔を変える。先程のメルドと同じく自爆する気かと考え、止めがいると剣を振りかぶるが、それは爆発も魔力も解放されず――

 

「ごめん、ミハ、イル。約束、守れそうにない」

 

愛しい人との想いが、そこに描かれていた。

 

「⁉︎」

 

寸前のところで剣を止めて、その事実に、気づいた。その状態になった光輝を、魔人族は見た瞬間に理解した。

 

「………ふっ、ふふふ、ふふ、あは、あはははははは」

 

壊れたように、口から血を出しながら笑いだす。

 

「こいつは傑作だよ!まさか、いま、今になって気付いたのかい⁉︎人を殺したことに⁉︎」

 

光輝は、イシュタルから受けた話を真に受けていた。すなわち残忍で卑劣な存在。魔物が進化した上位の存在。彼にとって魔人族とはゲームなどに出てくる喋るモンスター程度の認識だった。

 

「あたし達を、人としてすら、認めず、気付かず、厚顔無恥とはこの事だねぇ!」

 

「ち、違う、俺は、こんな、殺す気は、知らなくて」

 

「何、言い訳してんだ?知ろうと、しなかっただけだろ?」

 

「違う、違う!違うッ‼︎」

 

光輝の今の感情はもう、収拾がつかないレベルに混沌としていた。

 

「けど、そんな、ゴボッ、やつに殺されるなんて、あたしも、あたしだ」

 

「か、かお、香織!こ、この人っこの人を治…」

 

しかし、香織は動けない。魔物はまだいるので防衛しなくてはいけないし、治療に使う魔力をわざわざ敵に使う理由はない。何より、

 

「手遅れ、だよ」

 

「!だ、ダメだ、死ぬのは、ダメだ」

 

「くくく……ほんと、あまちゃんだ、よ……そのまま進み、な。あんたは、今、今まで通りに、敵を1匹(・・)殺しただけ、これは戦争なんだから」

 

心底軽蔑しているが、残念そうにも見える。だがそれは、この先の光輝を見れないことへの、残念さ。

 

一方、光輝の頭の中では七海が旅立つ前に言った言葉が反復されていた。

 

『君の持っている武器は人を守るものですが、同時に人を殺す物だという事を』

『人を、殺せますか?』

『戦争の時点で死者はでます』

 

「あ、ぁぁぁ、お、俺は、俺はただ、皆を、この世界を、守りたくて」

 

「なら、せいぜい、守りな、殺しな」

 

ズドドドと何かが駆け上がってくるような音が響く。光輝と魔人族以外は『なんだ』と不安になる中、魔人族は続ける。

 

「あんたは、これからも、敵を殺して、いずれ、大勢から、嘲笑われながら、死ね」

 

その言葉を最後に伸ばしていた腕がトサッと落ち、魔人族は事切れた。

 

「違う、俺は、違うんだ俺は、違う、ただ、俺は、オレは、おれは」

 

向き合って来なかったものが、容赦なく光輝を潰そうとしていると――

 

「お、おい!あれなんか来てる!」

 

檜山が指差す方向に土埃が見えていた。何かが来ている。そしてその時、雫と龍太郎は気付いた。戦っていた魔物が魔人族が死んだ瞬間に動きを止めていたがすぐ動くこともしない。ただ――

 

「震えてる?」

 

まるで、怯えるように。蛇に睨まれた蛙にように、立ち尽くす。やがて、その土煙は消える。

 

 

脅威は、まだ終わらない。

 

 

 




ちなみに1
檜山が来たのは協力者が目線で脅したからです。そして協力者の方も実は内心、鈴が目をあけないことに焦ってます。自分で気づいてないけど

ちなみに2
光輝が成長するにはまず人間的に幼い部分と甘い部分を矯正させる必要があるなと思い、まずは避けられない、逃げられない立ち位置に着かせました。でもこれはまだスタート段階に立っただけ。これから更に原作よりも酷い現実と向き合う羽目になります。
そしてこれでもまだ彼は本質は変わらないです。矯正は続く


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好事多魔⑤

愛ほど歪んだ呪いはない

呪いの王だけに、それも知っているのでしょうか……あと、相手はまさかと思うけど伏黒じゃないよね?


その魔物は黒だった。

 

「黒い、球体?」

 

さほど大きくない。6本足の亀の魔物、アブソドより少し小さい。どうやって移動してきたかわからないが、土煙が消えて姿を現した黒い球体は静止していた。

 

「っ!うおぉぉぉぉ!」

 

龍太郎は他の魔物が同じように動きが止まったのを見て、操っていた魔人族が死んだことによって、魔物が一時的に動揺していると考え、今現れた魔物に直感で脅威を感じ、突貫する。龍太郎のその考えは間違ってはいない。

 

………この魔物が現れるまでは

 

「⁉︎」

 

眼前側の黒い球体のほぼ中央部分。そこがモゾモゾと動き出し、それが文字通り開眼する。巨大な眼玉がそこにあった。それを見た瞬間――

 

「‼︎‼︎⁉︎」

 

得体の知れない悪寒を感じ、龍太郎の足が止まり、両膝をつく。何が起こったかはわからない。だが動かなければと下を向いた顔を上げる。

 

「……………ぁ」

 

再び眼を見た瞬間、恐怖が身体を硬直させたが、そんなことに気づく前に、自分の身体に何かがぶち当たるのを感じ、意識はそこで一時的に消える。

 

「ガァ!…ゴボッ」

 

黒い球体から触手のようなものが出て、それが龍太郎をふっ飛ばした。触手の先端は手のような形をしていた。おそらくそれを使って移動したのだろう。衝撃で意識を戻すがそのまま壁にぶつけられ、完全に意識を失った。

 

「オオオオオオオオオン!」

 

魔物の眼球の下の部分が口のように開き、そこから悲鳴をあげるように叫ぶとそれまで止まっていた魔物達が動き出して再び襲いかかる。

 

「ひぃぃぃぃぃ!」

 

檜山は頭を抱えて閉じこもるようにしゃがむ。結界は張られているが、大勢の魔物が一斉に攻撃してくる。少しずつだがヒビが入ってきている。

 

「うずくまる暇があったら攻撃くらいして!」

 

吉野が声を上げて叫ぶ。

 

「で、でもよぉ!なんなんだよあの魔物、他の魔物を操って!これじゃ、さっきと同じ……いやそれ以上に悪いだろ!」

 

「泣き言を言う前に攻撃して!威力弱くても恵理のサポートくらいして!」

 

檜山は正直なところ、ここに来ず、他の者達と共に逃げる選択をしたかった。しかし、攻撃ができる者で、鈴を背負って運べる者以外に数を割きすぎるわけにもいかず、そして、

 

(クソ、クソ、クソ!なんでこっちにいなきゃいけねーんだ!)

 

そうせざるをえない。目線で協力しろ、と命令されたから。

 

「香織、そのまま防御を、グッ、…継続して!」

 

魔物の爪を防いでそのまま押し込むように切り裂き、膝を落としてぶつぶつと何かをつぶやいている光輝に近寄る。

 

「光輝、光輝!大丈夫⁉︎」

 

「おれは、違う、俺は、殺したいわけじゃ」

 

「っ!」

 

パンっと平手打ちする。顔に手の跡ができるほど赤くなった頬を光輝は触る。

 

「し、雫」

 

「しっかりしなさい!今の状況が…ちっ」

 

接近してきた魔物の対処をするために立ち上がり、一度納刀する。周囲から迫りくる魔物の動きを気にしてはいけない。

 

(脅威が迫っているからこそ、冷静になる)

 

紛れもない死線。数秒先には自分が殺されるだろう。だが、だからこそ冷静になる。相手の動きを1つ1つ確認するのではなく、自分の動きを、相手の動きに合わせる。

 

「〝絶断〟〝水月・漣〟‼︎」

 

既に〝絶断〟は無詠唱でできるが、まだ未完成だ。詠唱しないで発動した場合少しだけ出力が落ちる。だがそんな暇はない。切れ味を上げて抜刀と同時に回転して迫りくる魔物を切り裂く。八重樫流剣術の1つ、〝水月・漣〟だ。

 

確かに、無詠唱では威力は落ちるが、10割が8割になる程度。そして、それを補う技術と技量が、既に彼女にはある。

 

「光輝!しっかりして!今あんたが、どうしようもない精神状態なのはわかる!けど、あれを見て、龍太郎はもう戦えない!他のみんなもそう!貴方が動かなかったら皆死ぬの、だから!」

 

雫は立ち上がり、黒い球体の魔物に向かう準備をする。

 

「〝覇潰〟の影響で動けないでしょ?これ飲んで、少しは動けるようにしなさい。あれは私がどうにかする」

 

回復薬を渡して、雫は駆ける。

 

「シッ、ハァァ‼︎」

 

迫りくる魔物の攻撃を回避して、すれ違いざまに胴や四肢を切りつつ向かう。その最中、黒い球体の魔物は眼を見開く。

 

「!」

 

その前に雫は視線を落として視界に入らないようにした。

 

(おそらく、あの魔物の眼を見ることで何かしら固有魔法が発動する。なら、視線を合わせず…)

 

気配だけで切り裂く。戦術面では正解だ。

 

「え?」

 

相手の固有魔法が何かを、ちゃんと理解してない点を除いて。

 

「あ、あぁぁ、あっ」

 

全身に寒気が走る。寒さを感じたからではない。得体の知れない恐怖が彼女を襲ったからだ。

 

「いや、いや、取れない血が、血が取れな」

 

それは、初めて魔物を殺した夜の記憶。何度も何度も手を洗っても、汚れが落ちても、ついていた魔物の血の温度を感じていたあの夜。

 

あの夜、七海の言った言葉の意味を改めて感じた、あの夜の記憶が、雫の頭にフラッシュバックする。

 

「雫ちゃん!前!」

 

「っあ」

 

迫りくる魔物の触手は刃のようで、一瞬、雫は何が起こったかわからなかった。

 

「………ぁ……グっっぼあ」

 

腹に触れて、手についた血を見た瞬間、自分の腹を貫かれたと認識し、口から血を噴き出す。

 

「か、おり、逃げ」

 

ぶんと触手を振り、腹から抜く。雫の身体は飛んで、光輝の眼の前で止まる。

 

「あ、あ、ああ…し、しず」

 

ドクドクと腹から流れだす“ソレ”を、光輝は見た。その顔を、命が失われていく瞳を、見た。

 

「ア”ア“ア“ア”ア“ア”ア“ァァァ‼︎」

 

発狂した声を上げたのは、光輝ではなく香織。

 

「〝斬光刃〟ォォ‼︎」

 

この時香織は、理性も理屈もかなぐり捨て、親友を傷つけた魔物へ向かう。それは、あまりに無謀な特攻。

 

「お、おい白崎!」

 

「白崎さん⁉︎」

 

「香織ちゃん⁉︎」

 

恵里の結界は鈴ほど得意ではないがどうにか展開した。虚な眼をした香織が頼んできて咄嗟に詠唱したのだ。そして彼らは、その瞬間に突撃した香織を、止められなかった。

 

「!」

 

魔物は眼球を香織に向け、ギンと見開く。その瞬間――

 

「〝天絶〟!」

 

香織は理性も理屈もかなぐり捨てたが、思考は捨てていない。〝天絶〟の盾を、上半身だけではなく、全体を覆い隠すような長い盾へと変換させる。

 

(やっぱり。この魔物の固有魔法は精神に働きかけるもの。そして、魔法で防げる)

 

香織は瞬時に考えた。あの魔物の視界にあった他の魔物達も恐怖で体が震えて硬直した。眼を見なくても見られただけで雫は動きを止めた。なら、なぜ視界にあったはずの光輝と自分達には何もなかったか。

 

(たぶん、あの魔物の固有魔法は自身が見た対象の精神に、強い恐怖心を強制的に引き起こすものだ)

 

香織の考えは当たっている。この魔物の名はキュプラス。ありとあらゆる生物に、恐怖を与える固有魔法を持っている。その範囲は自身の視界に入る者全てであり、相手とのレベルの差が抜かれていても、強制的に恐怖心を与える。

 

恐怖は、思考能力を持つ生物であれば、必ず持っているのもの。それを増幅させ、精神を恐怖に染めてしまえば、いかなる生物でも、動きは落ちてしまい、硬直する。まるでそれは、蛇に睨まれた蛙の如く。さらに確率でその対象となった相手のもっとも恐怖した体験やトラウマを引き起こす。

 

また、ある程度ではあるが、格下の魔物を恐怖による支配で操ることができる。

 

「よくも、雫ちゃんをぉぉぉ‼︎」

 

しかし、弱点はある。まず視界に入ってなければいけないので、壁などで視界に入らない状態では効果を成さず、視界に映っても魔法で塞げば阻害される。だからこそ、香織は影響なく動ける。また、魔物の支配も無理矢理に近く、その魔物の本来の実力を出せない。

 

「!」

 

ただし、この魔物の特に厄介なところは、その固有魔法もさることながら、この魔物自身が七海の言う、特級呪霊並みに強いということにもある。

 

「うっ、ぐっっ」

 

身体から無数の触手を鋭い形状にしたもの、棍のように打撃と衝撃を与える形状にしたものが一斉に香織に襲いかかる。

 

「〝天絶《群》〟」

 

複数展開した小さな〝天絶〟を自身の周囲に蜂の巣を思わせるように置く新しい結界魔法。しかし鈴と違い、制御が難しいので発動後は他の魔法を使用できない。

 

(このまま防御しつつ、あの眼を貫く!あの眼が潰れれば、固有魔法も使えない………!まずい)

 

キュプラスは固有魔法と触手による攻撃が香織に対してなかなか決定打にならないと判断し、触手の攻撃を雫へと向けた。

 

「間に…」

 

合わない。瞬時にそれを感じた香織は賭けに出た。

 

「ショイ!」

 

触手が雫を狙ったということは、自分への攻撃は緩み、相手の防御手段も減ったということ。

 

グシャリと音を出して香織が投擲した光の槍が眼を貫いた。瞬間、キュプラスは悶えながら暴れだした。

 

「やった……っ雫ちゃん!」

 

キュプラスが大きなダメージを負ったのが原因か、他の魔物の動きも止まった。この隙にと急いで雫の方へ行く。

 

(酷い…けどまだ息がある!)

 

残り少ない魔力の全てを使い治療する。

 

「死なせない!もう絶対に、私の大切な人を、死なせない‼︎」

 

魔力が足りない為か、いつもよりその回復速度は遅い。

 

「お願い!お願い!お願い‼︎」

 

「………か、おり」

 

「雫ちゃん、まだ喋っちゃ…」

「後ろ、逃げ」

 

その時、香織は背筋から何かを感じる。身体を、恐怖が支配する。

 

「……っ……ぐ、……!」

 

キュプラスの眼は1つではなかった。触手から無数の眼が出ており、その眼はまるで、笑っているように見える。

 

「………はぁ、はぁ、はぁ」

 

恐怖によって思うように動けない。武器もない。魔力もない。そんな中でも、彼女は雫へよりかかり、守る体制になる。

 

「ごめんね、雫ちゃん。守れなくて、ごめんね」

 

「………」

 

眼は虚になり、声を出すことができない。それでも最後の瞬間くらいは、親友に笑顔でいてほしいと思い、フッと笑みを見せる。どこで間違ったのか、どうすればよかったのか、やはり七海の言う通り、危険に対してもっと敏感に動くべきだったのか。後悔しても仕方ないことなのに、雫は思ってしまう。

 

(あぁ、これが走馬灯ってものなのかな)

 

多数の触手が迫り来る。これまでの人生が香織の中で駆け巡る。

 

「………ハジメ君」

 

最期に、最期くらいは、彼を、大好きな人を名前で呼びたかった。

 

『このまま戦争に行くことを決めれば、生還しようとできなかろうとあなた方に悔いのない死は訪れない』

 

「「!」」

 

2人に芽生えたのは、受け入れたくないという思い。

 

(ほんと、七海先生は、よくわかってた)

 

(そう、あの時から、こうなるかもしれなかった)

 

瞬間、香織は魔法を雫に付与した。それは、痛みを和らげる魔法。次は魔力を帯びた連斬撃を雫が繰り出す。

 

「グボっ……はぁ、はぁ」

 

「雫ちゃん!」

 

「大丈夫………どうせ悔いが残るくらいなら、最期まで足掻きたいだけ。そうでしょ?」

 

香織は「うん!」と答え、どうにか立つ。後ろから恵里達の逃げてという声がとんでくるが、2人には聞こえない。聞き届けるだけの体力もない。

 

「「!」」

 

またも触手の攻撃が来る。今度は防ぎようもない。

 

「ウァァァァァァ!」

 

眼前に光輝が飛び出す。その光景に2人は決まっていた覚悟以上に驚く。

 

 

光輝が動けたのは、1つは雫の回復薬のおかげ。2つ目が、幼馴染が死にかけているという状況で火事場力が働いたこと。そして。もうひとつは七海の教えを無意識に行い、途中から魔力の出力を一時的に一気に落としていたこと。

 

「ふっ!ぐお、がぁ!」

 

それでも、落ちた数値はこれまでの比ではない。あっという間になぶられる。固有魔法を使うまでもないというところか。大きく触手を振りかぶり、横なぎして光輝を吹っ飛ばした。それを確認したキュプラスは今度こそ2人に狙いを定める。

 

瞬間、雷でも落ちたかのような轟音が天井から響き、崩壊して瓦礫となって降りそそぐ。それを起こした理由である巨大な杭が地面に突き刺さる。バチリバチリと紅い雷光を放っている。何が起こったのか理解できず、呆然となっていると、崩落した天井から人が降りてきた。地面に足がついた瞬間、再び轟音をだし、ひび割れと揺れを起こす。

 

「……遅れて申し訳ありません」

 

その声に、聞き覚えがあった。

 

「助けに来ました」

 

以前見た時と違い、つるのないサングラスをつけてはいるが、自分達の師であり恩人の七海であった。

 

 

 

 

この少し前、68階層

 

「ベヒモスがあんなあっさり」

 

走りながら移動しつつ、現れた魔物を銃、ドンナーのみで撃ち殺していくハジメの姿に遠藤は頼もしさと恐ろしさを感じていた。

 

「ベヒモス程度なら君達、特に前衛の3人は今なら1人でも倒せるでしょう?」

 

移動用の魔法陣が見つかって以降は65階層に寄ることもなく、70階層以下ではベヒモスに遭遇してないのでここ最近では戦ってないが、それでも今までの研鑽があればいけるであろうという、七海なりの信頼である。

 

「でも、あんな一瞬は無理ですって」

 

「ごちゃごちゃうっせーな!護衛もしてやってんだから黙ってろ!」

 

「キャラも変わってるし」

 

「そうならざるをえない状況にいたのですから、仕方が無いです。それに、言うほど変わってませんよ。規格外に強くなったところと見た目と言動を除けば」

 

それはだいぶ変わっているのでは、と思うが遠藤は考えないことにした。

 

「というか、七海先生もちっとは手伝ってくれてもいいんじゃねーか⁉︎」

 

「君がやるほうが効率的でしょう?」

 

あとそんなヤバいくらいに強いハジメに対しても普通に会話をしてる七海も相当なのではと思っていた。そんなこんなで70階層を迎えた。

 

「…………むごいな」

 

「……っぐ…クソ」

 

「………」

 

転移陣のある場所までたどり着いたのだが、夥しい血と肉片を撒き散らした王国の兵士の死骸だらけであった。

 

「待て。………そこに何かいるな」

 

ハジメが指した場所にはただの土壁がある。……ように見える。七海も残穢で気付く。

 

「私が行きます。君だと警戒してしまう可能性があるので………私の声が聞こえますね?野村君」

 

「……もしかしてって思ったけど、七海先生?」

 

「無事…と言えるかわからないですが、生きているようですね。他の皆さんもそこに?」

 

「それが、その」

 

全員ではないようだが、どうにも歯切れが悪い。

 

「疲弊してる君たちを見つけた時点で、罠を張る必要性などありませんよ。壁を退けてください」

 

数秒して、土壁が崩れて空洞ができた。数名の生徒が身を寄せ合っていたが、主戦力と言える人物達がいないのと、寝たままで意識のない鈴の姿が印象的だった。

 

「マジかよ、助かるのか?俺等?」

 

「よ、よしゃあ!」

 

真っ先に檜山グループの3人が喜び出すが、他の生徒達の表情は暗い。

 

「色々と聞きたいですが、まず、天之河君達は?」

 

「まだ、下の階層で魔人族やその魔物達と……たぶん、あの戦力じゃ………俺達は、谷口が魔法の使いすぎで、眼を覚まさないから、分断で避難することにして、それで…」

 

「…わかりました。よく頑張りましたね……南雲君、更に下ですが行きますか?」

 

「白崎はまだ見つけてねぇ。それに、その表情だと、まだ生きているって思ってんだろ?」

 

南雲と聞いて先程の遠藤と同じように、生徒達の表情に驚きと疑心がでる。

 

「間違いでもなんでもないよ。あいつは、南雲だよ」

 

「「浩介!いたのか!」」

 

「うん…いや、うんいたけどさ」

 

永山と野村は(あ、しまった)と思うが遅い。いつものこととはいえ、やはりショックはショックなのである。

 

「色々と聞きたいことがあるのはわかりますが、後にしま……ユエさん?」

 

「あの子、後でちゃんと見てあげた方がいい」

 

ユエの言うあの子とは、寝たままの鈴のことだろう。ここ最近、呪力の扱いの訓練の過程を見ていく上で、ハジメとシアに残穢の事を教えていたが、この2人よりも早くに魔力の残穢を見る事ができるようになったのがユエだ。しかも一瞬で技能の魔力感知、おまけに七海と同じ〔+視認(極)〕を手に入れた。

 

技能としては同じだが、ユエは魔法の天才にして、幼い時から触れてきたもの。七海以上に見えるものがある。それを詳しく言葉に出すことができない理由があるのだが、ここでは割愛する。

 

ともかく、七海には見えない鈴の変化をユエは感じとっていた。

 

「このまま彼らを放置するわけにもいけないですがその前に…野村君、いま彼らはどこの階層にいるかわかりますか?」

 

「最後に別れたのは87階層です」

 

「まだ遠いですね」

 

この先は光輝達が魔物を蹴散らしているので、インターバルを考えてもそこまで魔物はいないだろう。だが、それでも距離はある。その間にどうなっているかはわからない。

 

「居場所がわかりゃ、あとはこっちのもんだ」

 

宝物庫から以前ティオに使ったパイルバンカーを取り出す。

 

「待ってください南雲君。君の狙いはここから一気に87階層までの直通路をつくることなのでしょうが、場所がわからなければどうする事も…」

 

スッとハジメは指をさす。

 

「忘れたかよ七海先生?俺は先生以上に感知能力がある。あんたのおかげで、ある程度遠くの濃い残穢もわかんだよ。おそらくこれは、天之河のもんだろうけど……な‼︎」

 

そしてそれを抱えて加速する。巨大なパイルバンカーを出した事に驚いていた生徒は、それを無能と言われていた男が軽々と抱えて走る姿に空いた口が塞がらない。

 

少し距離をあけて、その地点についた瞬間ドンとパイルバンカーを高速でセットすると紅い電流が流れ出す。いつでも行けると言った感じだろう。目線で早くこっちに来いとハジメは告げる。

 

「………皆さん、つらいでしょうが、もう一度下の階層へ移動します」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待てって!俺は嫌だぜ!またあんなとこに戻るの!」

 

「……ここで君達を置いて行けば、後から他の魔物が来た時の対処ができませんし、彼らと一緒の方が、より安全と思いますが?」

 

皆が目線を合わせる。数名反対する者もいたが、どちらが安全かを考え、賛同した。

 

「辻さん、まだ動けるなら回復魔法の準備をお願いします。南雲君、穴を開けたら、まず私が先行します。万が一に備えて」

 

「まだガキ扱いかよ」

 

「まだ言いたりませんか?君は子供で、私は大人です」

 

一応仲間なのだがバチバチと火花をたてている。そして今更だが、勇者組は七海に偉そうな口を出せる事に、ハジメ組は同様に今更ではあるが、ハジメにここまで言える七海にそれぞれ驚いていた。

 

「ま、ここで言い争いしてる場合でもねーしな。いいぜ、行けよ」

 

「ありがとうございます」

 

放電は限界値に達して、杭が地面を轟音と共に貫通する。

 

「では行きます。ユエさん、シアさん、南雲君、彼らの方をお願いします。君達と違って、着地は上手くできないでしょうから」

 

その言葉にハジメは「へいへい」と適当に答えたが、フォローくらいはするつもりであった。自分の大切以外どうでもいい彼からすれば、大きな変化だなと七海は思いつつ、その穴へと飛び込んだ。

 




ちなみに
オリジナル魔物:キュプラス
固有魔法:精神支配(恐怖)、形状変化
作中書きませんでしたが触手の形を変えていたのも固有魔法です。触手の硬度は形状によってわずかに変化します。ただし複雑な形には変化できない。精神支配は相手に恐怖を植えつけて行動を制限する。対象の強さ関係なく強制的に与えるのでどんだけ相手が強くても効果ありです。
魔人族カトレアが死ぬ間際に呼び、人間を殺せと命令したので殺る気マックスです

今回いつもより短くてすんません。OTL


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好事多魔⑥

今回でようやくこの『好事多魔』編が終わる。

でもまだ原作4巻のとこは終わらね〜クソォぉぉ
これもそれも勇者(笑)せい、これから強くなってくれマジで

光輝「⁉︎」


(どういう、状況なのでしょうか?)

 

スッと周囲を見る。壁に打ちつけられた龍太郎、全身をボコボコにされてもなお、聖剣を握りしめて、気を失う事もなく、七海を見る光輝。腹から血を出して倒れているメルド。結界の中で不安な表情をしている生徒、その外にいる後衛のはずの香織と腹から血が流れている雫。そして、鋭利な剣で斬られたであろう、魔人族と思われる死骸。

 

「な、なみ、せん…ごっ」

 

限界なんてとうの昔に越えていた。雫の腹は貫通してる。動けたことが奇跡。痛覚が戻り、また口から血が出る。

 

「!安静にしてください。白崎さん、回復は……無理そうですね」

 

「はい。でも、どうしてここに、どうやって!」

 

「詳しくは後で言いますが、協力者のおかげです」

 

指を上に向ける。新たに人がスタッと降り立った。その人物を見た瞬間、香織は気付いた。見た目の面影は全くない。それでも、彼女だけが気付いた。

 

「おまえら、本当に仲いいよな」

 

「ハジメ君……うっ」

 

「って、傷やべぇじゃねぇか⁉︎特に八重樫‼︎」

 

すぐさまハジメは宝物庫から自身の持つ最高の回復薬、通称『神水』を取りだす。そうしていると更に頭上から人が降り立つ。シアがまず着地して、次にユエ。その次にユエの結界魔法に入った他の生徒達だ。

 

「こいつを飲め。傷が治る」

 

「えっ、ありが…ってハジメって、南雲く、ゴッ」

 

「いや、落ち着けって!いやその前に早く飲めって!マジで死ぬぞ!動揺すんのは後にして早く飲めって!」

 

そうやって半ば無理矢理、神水を手に持たされた。色々と聞きたい事言いたい事があるが、一旦置いておく。雫は一度香織を見て、彼女が小さく頷いたのを見てそれを飲む。すると傷ついた身体が治り、魔力も回復していくのがわかる。

 

「よし。ユエ、あっちで呆然としてる奴らを頼む。シアはあそこの倒れてる騎士を頼む。息があるなら神水をつかえ」

 

「うん」

 

「はいですぅ!」

 

指示していると土煙が晴れる。そこに七海が剣を持ってハジメに近づく。香織は何をするつもりなのかと一瞬思うが、ハジメは微動だにしない。それはそうだ。自分を狙ってない事などわかっているから。

 

「油断………しているわけではないようですが、魔物は仕留めてもいいでしょうに」

 

何もない空間に血が出る。そして絶命した瞬間にその姿を現した。

 

「こんな半端な固有魔法如きで、やられるわけねーだろ先生?つか、むしろ先生こそ大丈夫かよ?こいつらの固有魔法は、あんたの天敵じゃね?」

 

と言いつつドンナーをぶっ放して近付く魔物を屠る。

 

ハジメの言う通り、七海の術式は7:3の比率の点に弱点を作りだす術式。姿が見えないのなら、その点を作るのは不可能だ。

 

「ご心配なく」

 

何もないように見える空間に拳を振るう。ガッという鈍い音が鳴り、遠くの壁にヒビができ、魔物が死骸となって姿を現す。

 

「残穢で位置の特定はできるので、この程度の相手なら、術式なしでも充分に対処できます………あそこにいるのは、別かもしれませんが」

 

再び魔物をコントロールしつつ、中央の眼も回復したキュプラスを、七海は1級呪霊以上の魔物であると推察する。少なくとも、自分が今まで見た魔物の中では1番強いだろう。その魔物の中央の眼の部分の下がモゾモゾと動き、クパァと開く。どうやらあれが口らしく、牙も見える。

 

「◆◆◆◆◆◆‼︎‼︎」

 

周囲の岩に反響するほどの叫びをあげる。瞬間、停滞していた魔物が一斉に動きだした。ユエが新しい防御結界を展開した為か、そちらではなく結界の外にいるハジメ達に狙いを定めた。

 

「どうやら、あれが統率しているようですね」

 

「みたいだな。随分とキメェ外見だがな」

 

そのような状況にもかかわらず、のんびりと会話している2人に空間をゆらめかせて魔物が近づく。七海は大鉈と剣を構えてそこを斬りつけた。

 

「⁉︎」

 

術式はなくとも、呪力で強化している武器で、大鉈に関しては呪具になりかけている。それなりに強度と切れ味もあるのに、防がれた。

 

剣と大鉈を止めている空間が更にうねるように揺らめくが、七海の真横を何かが通り過ぎてそこに命中し、透過していた魔物の姿が現れる。

 

(このドリルのような腕……硬度が上がるのか。見えないと少々面倒ですね)

 

「どうしたよ先生?苦戦してんじゃん?」

 

「当てるつもりがないにしても、平然と私のいる方に銃を撃たないで下さい」

 

剣を納刀し大鉈を片手で構えて、もう片手は拳を握る。見える魔物は術式で斬り、見えない魔物は残穢を頼りに殴りつけ、粉砕しながらそちらに向かう。

 

「坂上君、大丈夫ですか?」

 

「う、ぅぅ、な、七海…先生?」

 

壁に打ちつけられた龍太郎にかけ寄り声をかけた。気を失っていたようだが、生きている事を確認して僅かにホッとする。

 

「動けそうには……ないですね。担ぎます。ユエさん…あちらの方が展開している結界内に行きましょう。天之河君も動けるようになった八重樫さんに支えられて、既にそちらへ運んでもらってます」

 

「わりぃ、先生。俺ら」

 

「言いたいことはあるでしょう、お互いに。しかしそれは後に…」

「七海先生」

 

再び気を失いそうだが、それでも、これだけは言っておきたいと思ったのか、龍太郎は言う。

 

「光輝が、魔人族を、人を、殺して、多分、不安定になってる」

 

「あれは、天之河君が…」

 

そうかもしれないとは思っていたが、ついにこの瞬間が来てしまったかと七海は胃が痛くなる思いだった。

 

「そちらも後にしましょう。今は、ここを突破します」

 

先程とは違い、怪我人を背負っての移動だ。当然だがこんな状態でまともに戦闘などできない。

 

「ぬおぁ!」

 

「…つかまってください」

 

意識を回避に専念する為、龍太郎に告げる。少しだけスピードを上げて移動していくが、その際に魔物が襲ってくる。

 

「…シッ!」

 

腕は使えないので蹴りでふっ飛ばす。巻き込まれて数体の魔物もふっ飛ぶ。後ろから更に魔物がくるが対応しない。回避して離れる。

 

「坂上君、少々距離があって面倒なので、一気に駆け抜けます」

 

しっかり掴まれとは言われずともそれだけで理解した坂上は七海の肩に腕を置いて力を入れる。

 

「では」

 

瞬間、龍太郎はジェットコースターの加速にも似た感覚を味わう。急なGが身体にかかり、思わず「うぐ」と変な声がでる。押し寄せる魔物を抜き去り、ユエのもとへ着く。片足でブレーキをかけて、その影響で土煙が発生し地面にヒビができる。

 

「ユエさん、彼もお願いします」

 

「あ、うん」

 

ユエはハジメと違い、彼本人が言う通り、彼――七海が規格外な存在ではないとわかる。少なくとも自分が本気で戦えば勝てる自信はある。しかし、先ほどの動きを見て、呪力という自身の知らない力によるものによる身体強化によってできたものだとしても、やっぱりバカげた力だなと思う。

 

「な、なぁ、七海…先生…あいつが、あの白髪が南雲ってウソだろ⁉︎あいつは、奈落に落ちて」

 

遠藤達に聞いたのか、檜山は冷や汗をかきつつ、問いかける。

 

「南雲君だったら、どうするんですか?別に彼が誰であろうと、あまり関係ないのでは?」

 

「いや、関係あるだろう⁉︎あの無能が、生きて迷宮から出てこれるわけがない‼︎きっと南雲になりすましてなんか企んでんだ!」

 

「企む?わざわざここまで来て、身分を偽ってまで、何の為に?…少なくとも、そんなまわりくどい事をしなければならないほどに弱いと、彼を見て言えますか?」

 

次々と魔物を撃滅していく姿はまさしく無双。とてもではないが、無能と言われた者と同一人物に見えないのは理解できる。

 

「それと、正真正銘、彼は南雲君ですよ。私が保証します」

 

「っぐ!つか、なんであんたがここにいんだよ!しかもあの南雲と一緒に!説明をし…」

 

檜山が問いただす前に、彼の頭上から大量の水がドバっとかかる。

 

「そろそろうるさい。大人しくしてて」

 

「ユエさん、お願いですから出すのは口だけにして下さい」

 

気品があるのに、仲間以外には基本こんな感じに接するのだから、七海はほんの少しだけ、彼女が元王女だという事に疑問を感じていた。

 

「七海は甘い。もっと手を出しても良いと思う」

 

「考え方が南雲君に寄りすぎなような気もしますが、一応私も教師なので、生徒相手に暴力行為は、さすがに」

 

ユエは『今更何言ってんだ』という思いを顔に出しながら手を上に翳す。

 

「〝蒼龍〟」

 

最上級の炎魔法、〝蒼天〟。それを詠唱なしのノータイムで発動する。今の彼らでもそんな事は不可能だ。それを平然とやってのけるこの金髪の美少女は何者だと疑問に思う…暇もなく、更なる驚きが彼らを襲う。蒼く輝く炎は形を変えて、その名の通り、巨大な魔力が込められた龍へ変貌する。〔+視認(上)〕に到達している者はそのとんでもない魔力の流れに唖然となる。自分達が今までしてきた事を全否定するかのような圧倒的な強さに、震えすらでる。

 

蒼い龍は多くの魔物を喰らいながらその口に入った魔物を焼き尽くしていく。

 

「皆さん、あれが本当の規格外です。参考にはならないので、あまり気にしないでください」

 

勇者組は「無茶言うな」と、ユエは「失礼な」と、七海にツッコミを入れる。

 

「さて、このままここにいてもいいですが、流石にそれは大人としてどうかと思うので、私も戻りましょうか」

 

「七海、あれの相手するの?」

 

ユエが指す『あれ』とは先程から動かずに異様な雰囲気を出すキュプラスだ。

 

「ええ。他も片付けながらですが」

 

「たぶん、あれは大迷宮の深層部にいてもおかしくないレベル。気をつけて」

 

「………」

 

「なに?」

 

「まさか、貴方から心配の言葉を聞けるとは思ってませんでした」

 

ユエはムスッとした顔になる。

 

「心配してるわけじゃない。一応、貴方が死んだら、ちょっとは困るから」

 

自分達の為だと告げるが、これを心配してると言わずなんと言うのだろうと七海は思った。だが、これ以上は藪蛇だと考え「わかりました」とだけ言って、武器を持ってハジメがいる方に行く。姿の見える魔物の身体に、7:3の比率を作り出して、斬り裂く。

 

「メルドさんの方も、どうやら大丈夫のようですね。…その神水とやら、この迷宮で?」

 

「そんなところだ。それより、だいぶ数が減ってきたってのにアイツ動かないな」

 

キュプラスは触手を畝らせてこちらを大量の眼で見ている。瞬間、眼が一斉にギンと開く。

 

「ハジメ君、七海先生!それの視界に入っちゃ…」

 

ダメと言うのが遅かった。

 

「⁉︎」

 

瞬間、2人は全身にざらりとした感覚を感じる。全身に鳥肌が立ち、冷や汗がでる。足に力が入らず、ガクリと膝をつく。恐怖の感情が2人に降りかかり、思うように身体が動かない。

 

「ハジメ君!」

 

「七海先生!」

 

キュプラスの眼がニヤリと笑みを描く。瞬間、周囲の魔物が一斉に2人の方へと襲いかかる。七海の推定で、準1級〜1級呪霊クラスの強さを持つ魔物の進撃、戦車大隊が攻めてくるものだ。いくらハジメでも、何もせずに無事でいられる相手ではない。香織達も戦っているからこそ理解している。動かなければ危ないと。だが――

 

「大丈夫」

 

「え?」

 

ユエの言葉に賛同するかのように、シアも遠目から焦ることなく見つめる。彼女達もキュプラス含めた魔物達に脅威がないわけでないことなど理解している。その上で『大丈夫』と言える、信頼関係が彼女たちの間にはあった。

 

「……ザいな」

 

何かを呟き、最初に動いたのはハジメだった。迫り来る魔物の急所を的確に狙い撃ちする。先程まで片手だったが今は両手に持つ黒と白の銃、ドンナー&シュラーク。だが、それは以前までとは少し違う。

 

 

 

 

「南雲君、これはなんですか?」

 

「ん、あぁ。前に魔法と呪術の関係から、アーティファクトと呪具の関係も似てるって思ってな」

 

「それは以前聞きました」

 

様々な質問を受けていた時に話した内容の1つだ。が、七海が聞きたいのはそのようなことではない。

 

「その時も言いましたが、呪具という物を作るには、製作者の技量とそれなりに曰く付きの物が素材として必要になる。それ以外で呪具とするなら、長期間物に呪力を込める必要がある。君からいただいたこの大鉈も、私の上がった呪力もあって尚、もらった時からずっと呪力を込め続け、ようやく呪具になってきた。なのに、こんな短期で、曰く付きも無く呪具化してしまうなどあり得ない。何をしたんですかあなたは⁉︎」

 

珍しく、早口で、動揺を隠すことができずにハジメに問いただす七海に若干引きつつ、ハジメは答える。

 

「先生から話を聞いてからちょっと考えてな。期間が必要ならどうにか短縮できないかってな。だが、出来上がった物に呪力を一気に込めると壊れちまう」

 

当然だと七海は考える。いくら一級品の物でも、高出力の呪力を受けてしまえば壊れてしまう。

 

「なら、錬成前に素材を細かく分けてそれぞれにギリギリまで呪力を込めて一気に錬成でまとめて、その際にも呪力を込める事で集約して1つにした事で形作った。おまけに固有魔法もつけられた。ただ呪具になったのが原因なのか、これは魔力じゃなくて呪力を込めないと使えないし、複数の技能をつけることはできないみたいなんだが……ってどうした七海先生?」

 

頭を抱えて七海は頭痛を抑える。今自分が何を言ってるのかわかるのかと叫びたい気持ちを必死で抑える。

 

(呪具を、しかもまず間違いなく1級以上の物をほぼ無制限に作れる)

 

今までのアーティファクト製作能力も破格のものだったが、今彼は術師としても破格の能力を手に入れた。七海の世界なら有無を言わさず特級術師の称号を得るだろう。そして再び疑問が出て、七海は懐のステータスプレートを取り出す。

 

(よくよく考えるなら、このステータスプレートにある技能。これを術式として見るなら、これだけの数がつけられていながら脳が耐えられるはずがない)

 

複数の術式を持つ術師がいないわけではないが、それは例外中の例外で、何かしら制約があったり術式の能力の延長であったりでしかない。

 

(もしかしたら、呪術と魔法は、根本的に違う部分があるのか、それともこの世界のルールなのか……いや、やめましょう。仮説でしかないし、考えてもわからないことだ)

 

そんなことよりも今はハジメのことだ。

 

「南雲君、今更ですが、君は規格外ですね」

 

「ん?あんたも相当だと思うけどな」

 

素で言うハジメに若干イラァとした。

 

 

 

「あーほんと、ウザいな」

 

キュプラスの固有魔法は、恐怖の感情を与える。そして確率で恐怖の体験とトラウマを引き起こす。ハジメがそうだった。だが、それが仇となる。

 

「けどまぁ、ちょっとだけ感謝するぜ」

 

ハジメにとってのトラウマ。奈落に落ちて、多くのものを失った。それまで見て、学んできた魔物など小石に思えるほどの恐怖と死が迫り来る絶望。誰も助けてくれない孤独感。

 

無力で、無能な自分を呪い、現状を呪い、1度は全て捨てた。そして――

 

「俺の、今の俺の根幹を思い出させてくれてよぉ‼︎」

 

生の執着と、帰還への願望をもとに、彼は再び立った。絶望が、恐怖が、南雲ハジメを立たせた。

 

「だが、孤独感はいらないな。今の俺にそんなもんはいらねーな」

 

特別な人、大切な人。それらを今更捨てる気はない。が、そう思っていた時期を思い出させたことも含めて、彼にとって様々な意味で起爆剤だった。

 

「こいよ‼︎全部ブチ殺す‼︎」

 

〝威圧〟が発動し、一瞬魔物達が止まったのを見逃さず、撃ちまくる。放たれるのは弾丸だが、ドンナーは魔力、シュラークは呪力を纏った弾丸を発射する。

 

「初披露だ。感謝しろよ?」

 

ハジメの呪力は、幾度もの七海の訓練と、ハジメ自身の個人訓練で自身の固有魔法を使いながら使用してきた事で、呪力は電気のような性質を帯びていた。それぞれの銃に片方は魔物から得た固有魔法『纒雷』、つまりは魔力で。もう片方は『纒雷』による呪力性質の変化で今の呪力となった呪力そのものを流し込み、弾丸が電磁加速を起こす。

 

「よし、威力に問題なしだ…」

 

近付く魔物に見向きもしない。なぜなら――

 

「動くの遅くねーか、七海先生?」

 

「そう言う君も、膝をついて震えていたような気がしますが?」

 

七海は純粋に恐怖を感じた。だが、魔物の固有魔法によってではなく、自らもっとも感じた恐怖を思い出す。真人に殺される瞬間?漏瑚に焼かれた時?それとも、友を失ったとき?どれも違う。

 

「まぁ、よくよく考えたら、あんな相手では恐怖に値しませんね。……呪いの王と比べるのも、どうかと思いますが」

 

真人の領域で、ほんの僅かに感じた。実際に出たわけではない。それでも、強大な特級呪霊すら、どうにもならない『個』。他者を全て拒絶する圧倒的な『個』。七海の命など、そこら辺の蟻を潰すが如く消し去ることができる、王とつくにふさわしい脅威。

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆⁉︎」

 

キュプラスは動揺したかのように全ての眼がキョロキョロと動くが、すぐさま2人に眼を向け、見開く。しかし、全ての触手が撃ち抜かれる。

 

「いい加減やめろよ、キメェ」

 

キュプラスの固有魔法は、1度でも与えた恐怖を克服されると、以降は途端に意味を成さなくなる。恐怖を感じない生物はいない。だが、それを乗り越えることができるのは、意識ある存在のみ。だが早々に乗り越えられるようなものでもない。それを、たった1度で克服した事が、キュプラスは信じられない。その動揺が――

 

「そんなに眼を持っていながらよそ見とは、関心しませんね」

 

七海の接近を許してしまう。

 

初めてこの魔物を見た際、七海は特級レベルはあると判断した。だが、それ故に、試したかった。今の自分に、この世界の特級呪霊レベルの魔物を倒せるのか、それだけの力があるか。そして――

 

 

数秒前

 

「南雲君、あれの止めは私がしても?」

 

「構わねぇけど、なんでだ?」

 

『できるのか』と聞かない。聞く必要はない。だが、七海がそう言ってきたことへの疑問をなげる。

 

「少し、試したい事がありましてね」

 

 

キュプラスは倒れた。その身体は、まるでボール全体に穴をあけたようになり、全身から血を流していた。

 

「なんかすごいな、今の。いや、何がすごいってのは全然わかんねーけどすごいな」

 

呪力を込めた拳が決まった瞬間、魔物が苦しみだし、全身から血を噴き出した。いったい何をどうしたのか。まるで内部に空気を送られすぎて破裂する風船のようだった。

 

「いえ、失敗です」

 

「は?」

 

失敗だと七海は自分の成した事を一蹴する。その表情には悔しさすら感じる。

 

「失敗って、しっかりと1撃で仕留めたのに、何言ってんだよあんたは」

 

充分な威力のある攻撃をしておいて何を言うかと思うが、七海は首を横に振り、死骸を指さす。

 

「この魔物の身体がまだ残っています」

 

「………まさかとおもうが」

 

「ええ。全身をバラバラにできなかった。…失敗した技で死ぬ。この程度の相手に、それができないなら、失敗もいいとこですよ。呪力の消費も多いので連発はできない。1日2回…いや、1回ができていいとこでしょうね。まぁ、正確に言うなら、失敗だから今回もできたとは言えませんが」

 

ハジメは、今なら七海に勝てる自信はある。実際あれ以降は七海に勝てる見込みはないですねと言わせるほどになった。それでも――

 

(これで失敗って、あんたやっぱりヤベェ人だ)

 

七海の目標の高さにドン引きしていた。

 

「それより、あの魔人族とこの明らかに強さの違う魔物達……どう思いますか?」

 

「まぁ、十中八九で真の大迷宮攻略が目的だろうな。それと、あいつら……勇者の勧誘って辺りか?この魔物達もおそらく神代魔法の産物だ。魔物を作る魔法か?勇者達がオルクス大迷宮にいるのを知って魔物を使って力を見せつけて勧誘。成功したら多大な戦力になり、迷宮攻略の可能性を上げられる」

 

「まぁ、そんなところでしょう。しかし、その仮説が正しいとすれば…いや、ほぼ確実でしょうが、君と同程度の存在がいると見てもいいかもしれません」

 

「ふん、なんであろうと、邪魔するなら殺すだけだ。…あぁ、一応言うが、警戒はするぜ、七海先生」

 

「わかっているなら結構です」

 

静寂が包み込んだのはほんの少し。ザッザッと足音がして、振り返ると眼に大量の涙を浮かべている香織がいた。

 

「………南雲君、私は彼らとメルドさんの方に行くので」

 

「って、おい」

 

あからさまにその場を離れる七海を止めようとするも無視される。

 

「白崎さん、今の彼は……いや、いいでしょう。ゆっくり話しなさい」

 

「はい…はい……はい」

 

その場を離れて皆がいる方、正確に言えば、ある人物に用があって向かう。

 

「こう言うのはなんですが、2人にして良いんですか?」

 

「今くらいなら良い。すぐに離れてもらうけど」

 

「なら、あちらにどうぞ。こちらは私が見ます…シアさん、メルドさんは?」

 

「今は容態は安定してますので、すぐ眼を覚ますと思うです」

 

「君も、あちらに行きたいのでしょう?」

 

七海が言うと、少しだけ赤くなるも、すぐに駆け出した。それを見た後、

 

「さて、天之河君」

 

回復が済んだものの、声をまったく出せてない少年に声をかけた。

 




ちなみに

仮にどんなトラウマを七海が見たとしても、相手と格差でやっぱりすぐ動けると思います。そもそも1級呪術師になるまで相当な修羅場を潜り抜けているしね。ハジメもほぼおんなじでトラウマ見せられなかったとしても、すぐ吹っ切れそう。

まぁ、何が言いたいというと、結局オリジナル魔物は超かませ犬。実力はマジで特級呪霊だから少年院のよりは強いですけどね

ちなみに2
今回七海のオリジナル新技はお預け。もうちょい先で出します。


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引喩失義

遅れましたが、呪術廻戦本誌最高‼︎まさに神回でした‼︎

あと、トリビアの種懐かしすぎて爆笑しましたw




 

「さて、天之河君」

 

「⁉︎」

 

今、光輝は怖かった。鼻を明かすつもりでいた相手に何を言われるのか?言い訳できない、擁護などできないことをした自分に、何を言うのかと。

 

「間に合ってよかったです。頑張ったみたいですね」

 

「がん、ばった?」

 

何を言っているかわからないと光輝は思った。

 

「せ、先生、俺は、人を」

 

「なんですか?罵倒をされたいんですか?あの魔人族を殺してなければ、君か、他の誰かが確実に死んでいた。誰も死なずに済んだのは奇跡ですよ」

 

「だから、俺は!」

 

「殺したことを咎める権利は、少なくとも私にはない。既に私の手には幾多の人の血がついてますから」

 

それに反応したのは、光輝だけではなかった。

 

「お察しの通りです。私は、私の意志でこの世界で人を殺しました」

 

いつものように、事務的に、淡々と、そのことを告げる。

 

「えと、その、それは…」

 

冗談を言うような人でない事は、知っている。特に大事な話をする時は。いつかその時が来るのは理解していたが、慕っている人物が行ったことはやはりショックではある。雫がどう言えばいいか悩んでいると――

 

「……するな」

 

「?」

 

俯いて光輝がつぶやき、続いて大声をあげる。

 

「バカにするな!俺は、俺は、俺はあなたと同じだとでも言いたいんですか⁉︎」

 

「そのような事を言ったつもりではなかったのですが」

 

と少し考えるように手を顎にやり、

 

「そうですね。君と私は程度はだいぶ違いますが、同じでしょうね」

 

光輝を除いた生徒達は意外な顔をする。まさか七海がそのような事を言うとは思わなかった。そして光輝は激昂して言う。

 

「違う!俺は、俺はあなたと違う!」

 

「どう違うと?」

 

「あなたみたいに人を殺して平然としていられる人とは違う!」

 

「……なら、あなたはなぜ殺したんですか?」

 

「そ、それは…違う!俺は別に、殺したかったわけじゃ」

 

「殺意がなかったと?では聞きますが、戦っている最中、仲間が傷つけられていく中で、まったく何も感じなかったと」

 

その言葉に、光輝は息が詰まるような感覚に襲われる。あの時、メルドがやられた時の感情は紛れもなく…

 

「ち、ちが、違う……そうだ!俺は守る為に、仕方なかった」

 

呂律がおかしくなり始める。言っている事に辻褄が合わなくなってきていることにも気付かない。それほどまでに、今の光輝は混乱していた。

 

「………正直に言いましょう。私は、私達は間に合わなかった」

 

「え?」

 

その言葉は誰のものか。助かったのは間違いなく七海とハジメ達が来てくれたおかげだ。誰も死んでないのは奇跡、と先程言ったのに、どういうことなんだ、と疑問がでる。

 

「あの魔物は、これまでの魔物と一線を画すものでしたが、魔人族がもし生きている状況下であれば、おそらく全員死んでいたでしょう。そうならずに済んだのは我々が来る前に、君が魔人族を殺したおかげです」

 

そして、と間をあけて、七海は頭を下げた。

 

「南雲君もそうですが、君にそのような選択をさせてしまった原因は突き詰めると私にある。申し訳ありません」

 

「って、おい待ってくれ先…」

 

「そうだよ!だいたいあんたが残っててくれりゃ、俺達もこんなことにならずに済んだんだ!天之河も人殺しせずに済んだ!生徒1人の為に、俺達を捨てやがって!」

 

「テメェまた!」

 

「そうですね。そう捉えてもらっても結構です」

 

檜山の言葉を肯定する七海に、皆「どうして」と言葉に出すこともできない。

 

「しかし、檜山君、君はなぜここにいるんですか?私はあなたに、謹慎を命じておいたのですが?」

 

「うっ、か、関係ないだろ!今は!」

 

「いえ、大ありですよ。……私が、何も知らないとでも?」

 

檜山がビクッとなる。

 

「な、何を」

 

「私が南雲君と行動しているなら、自ずと答えに辿り着く。そういうことです。ただ、南雲君もそのことはどうでもいいと言ってますがね」

 

檜山の顔が蒼くなる。言い返したいのに、何も言えなくなる。

 

「だが、檜山君のいう通り、君達がこうなったのも、天之河君が人を殺したのも、私がここを離れてしまったのが原因です。今の私を、責めてもいい。君達にはその権利がある。その上で、言います。私はこのまま南雲君と行動を共にします。君達を帰す手段が見つかる可能性が高いので」

 

それに、全員が反応する。「本当なのか」と。

 

「…ダメだ。皆、騙されるな……七海先生も、その言葉を聞くなら南雲も、人を殺して平然とできるような奴だ。そんな人の言葉を信じちゃダメだ!」

 

光輝は七海の先程の言葉「南雲君もそうですが」の部分からそう判断した。概ね間違っていない……概ね。

 

「俺も、そう思うぜ。ある意味、魔人族よりもおっかないしな」

 

檜山が賛同するが、他の生徒達はどうすれば良いかわからない。そんなところに――

 

「別に俺は、お前らに構うつもりも、信用されようとも思ってないし、まして仲間でもない」

 

ハジメが来る。あとどうでもいいが、その後ろで香織とユエがなんかバチバチしてる。

 

「ただ、そうだな。天之河、お前にはとりあえず言っとく」

 

「なんだ、俺は当然の事を言っただけだ」

 

「………言い訳するなよ。お前はただ、自分が殺したっていう事実から逃げたいんだろ?」

 

「な、なにを」

 

「七海先生はぼかしてるが、お前は責めたいんじゃねぇ。自分のした行為に対する言い訳と逃げる理由を作って、先生に八つ当たりしてるだけだ。まぁ、七海先生は気付いてわざとそうさせてるみたいだな」

 

七海は「言わなくてもいいのに」と一瞬思うが、止めるのを止める。どれだけ残酷でも現実と向き合うには、事実と真実を突きつける必要がある。そして、ハジメも五条悟と同じく、気遣いなど言わない。ただ、自分の思う通りに行動する故の発言だ。

 

「ち、違う!勝手に言うな!」

 

「自覚のない言動は、悪意にも匹敵する。けど、そんな冗談みたいなお前も、言い訳が支離滅裂になってるがな」

 

「お前は、お前は人を殺してもなんとも思わないのか⁉︎」

 

「思わない」

 

あっさりと、簡素にハジメは告げる。「それがどうした」と言うように。

 

「敵は殺す。それの何が悪い?お前も敵だったから殺した。意識してようが、してなかろうがな」

 

「ち、違う、俺は同じじゃない。人を殺すのは、悪いことで」

 

ハジメは呆れて「ハッ」と吐き捨てる。これ以上何を言っても無駄と判断したのだ。

 

「もう1度言うが、俺はお前等の仲間じゃない。ここに来たのは、白崎に義理を果たしに来ただけだ。俺の邪魔をするなら、元クラスメイトでも、躊躇なく殺す」

 

強烈な殺意が光輝達に降り注ぐ。七海はハジメが銃を向けていつでも引金を引けるようにしたのを見て、これ以上はまずいと考えて止めようとした時、横になっていたメルドが起き上がり、止める。

 

「まだ無理をしては」

 

「いや、言わせてくれ。命の恩人がこれ以上悪く言われるのは忍びない。光輝、救ってもらった側が何かを言える資格はない。南雲ハジメ、俺の顔に免じて、ここは武器を収めてくれ」

 

ハジメは「フン」と言い、武器を収めた。

 

「お前にも、また助けられたな」

 

「まったく、本当に死にかけたのですから、感謝よりも安静にすべきですよ」

 

「いや、まだ言う事はある。お前にも、光輝にも」

 

ふらりとよろめきながら光輝の前に立ち、メルドは「すまなかった」と謝罪した。

 

「お前達には、大切な事を教えなかった」

 

「なに、何言って…メルドさんは沢山教えてくれた!」

 

メルドは首を横に振る。

 

「戦い方じゃない。人を殺す覚悟の事だ」

 

光輝は、なぜメルドまでそのような事を言うかわからなかった。そして、

 

「その件については建人、お前にも謝らなければならん。時が来れば、賊を相手に人殺しを経験させるつもりだった。そして、それをお前がいない時にしようとも考えていた。まぁ、お前の事だ、気付いてんだろうがな」

 

「………」

 

沈黙が答えだった。とはいえ、七海はいずれ来るであろう時はまず自分から見せるとは考えていた。だが、運命はいつだって、思い通りにいかない。

 

「なのに、お前達と過ごしていて迷ってしまった。その結果がこれだ。過程と段階を踏まない状態でお前に重荷を負わせ、こんな事態になった。俺の迷いが、狂わせてしまった」

 

受け入れる準備なしの殺しは、たとえ必要だったとしても、こうなることはわかっていた。それでもできなかった。

 

「やはり、俺はお前と違って、教育者には向いてない」

 

「…そうですね。けど、私もそこまで教育者に向いていると言えるような人間でもないですよ」

 

「?」

 

「この場で言うのはよしましょう。後で話します。今は、この大迷宮からでましょう。護衛はするのでご安心ください」

 

「……頼む。それと」

 

近付き、七海にだけ聞こえるように言う。

 

「その悪役を買うような真似はやめとけ」

 

「……彼らの信頼を裏切ったのは、事実です」

 

「なら、せめて1人か2人には、もう言ってやれよ。お前の事を」

 

「………そうですね。そうします……って、なんですかその顔は」

 

メルドはきょとんとした表情になる。

 

「いや、あっさり承諾するとは思わなかった。……ハジメ達には、既に言ってあるのか?」

 

「ええ。共に旅をするなら、隠すのにも限界はありますしね。これからの事を考えると、ここに残る生徒数人に、私の事を教えておく必要もあるので」

 

「………ふっ、やっぱお前は良い教師だよ」

 

再びふらりとよろめくが七海が抱える。

 

「南雲君、数人分の松葉杖をお願いします」

 

「なんで俺がそんなことを」

 

「抱えて移動するよりも速く移動できると思いますが?」

 

舌打ちしながら錬成で簡素な松葉杖を作った。

 

ちなみに、その帰り道もしっかりと無双を見せて皆を唖然とさせ、転移陣もあっさり直すその錬成ぶりは脅威的であった。

 

「白崎さん」

 

「え、あ、はい」

 

心ここに在らずという感じで俯く彼女に七海は話しかける。

 

「南雲君が変わってしまった事に戸惑ってるようですが、1つ言います。彼はほとんど変わってない」

 

「え?」

 

何をどう見てそう言えるのか、香織ですら理解できない。

 

「確かに、考え方は変わってしまった部分はある。けど、本質は変わってない。あなたなら、それがわかるはずです……って…人が話しているのに…………南雲君、ユエさんとシアさんにちょっかいを出されたことに腹を立てるのはわかりますが、まず暴力から入らないで下さい」

 

下心を持ってシアとユエに近付く生徒に容赦なくゴム弾を発射したハジメを叱り、その後ちょっかいを出した生徒を叱る七海を見つつ、先程の言葉の意味を彼女は考えていたが、そんな考えをふっ飛ばしてしまうひと言が、地上を出てすぐに来るとは思わなかった。

 

 

「あっ!パパぁー‼︎おかえりなのー!」

 

「おぉ!ミュウか!」

 

今、白崎香織の言葉にならない思いを敢えて言葉にするなら「なん、だと⁉︎」であろう。

 

「ミュウ、良い子にしてたか?ティオはどうした?」

 

「ここにおるぞ」

 

黒髪の妙齢美女の登場に男子達はまたもや唖然となり、「南雲、羨ましい」という感情が滲み出ている。

 

「大事無いみたいですね」

 

「うむ。じゃが、ちょっと不埒な輩がミュウに近付いたがの」

 

それをしっかりと聞いていたハジメは「ほぉぉぉ」と笑顔(殺意あり)で言う。

 

「よし、殺そう」

 

「はい、ストップ。ティオさんがいて何もないわけないでしょう」

 

「もちろんじゃ。妾がきっちり締めておいた」

 

舌打ちしてどうにかその場は抑えた。

 

「子離れできるのかのぅ、こんな調子で」

 

「もうパパと人前で言われても恥ずかしがってませんしね」

 

さっきから生徒達が「パパ」の発言に騒ついている。が、

 

「ナナミンも、おかえりなのー」

 

七海の方にも来た。「え、ナナミン?」「七海先生の事?」「ギャップありすぎ」とざわつきとクスリと笑う声もあった。

 

「ミュウさん、七海です」

 

「ナナミン!」

 

「七海です」

 

「ナナミン‼︎」

 

「お主はいい加減慣れたと思っていたのじゃがな」

 

ニヤニヤするティオにキッと睨むと余計に嬉しそうにする。ストレスゲージがどんどん上がるが、ここは我慢する。早い内にナナミン呼びをどうにかしようと考えているが、無駄に終わるのは言うまでもない。

 

「ハジメ君⁉︎どういうこと⁉︎ねぇ、どういうこと⁉︎本当にハジメ君の子⁉︎誰が産んだの⁉︎」

 

ハジメの襟首を掴んでブンブンと揺らす。ハジメのステータスは香織では遠く及ばないにもかかわらず、逃れられない力で離さない。

 

「はぁ〜……八重樫さん、私では無理なので、あなたが頭を冷やして下さい」

 

「私もできるならしたくないんですけどね」

 

ため息×2の1人、雫はブンブンとハジメを揺さぶるせいでちょっと彼が吐きそうになっているのを見つつ、香織の頭を引っ叩く。

 

「あうち!」

 

「もう!落ち着きなさい!」

 

「し、雫ちゃん痛い」

 

「イタいのはどっちよ。自分の言葉を冷静に反復しなさい」

 

「……………《反復中》……………!」

 

随分間が長かったがようやく自分がありえない事を本気で叫んでいたのを気付き、両手を顔につけて真っ赤になり、それを雫が慰める。その姿は子供をあやすお母さんだった。

 

「ともかく、今はメルドさんや傷の癒えてない方を」

「見つけたぞゴラァ‼︎」

 

今度はなんなんだ、と七海は声がした方を見ると、わかりやすいくらいの薄汚い顔をした男連中が武装して睨んでいる。

 

「俺らの仲間をボロ雑巾みたいにして、タダで済むと思ってんのかゴラァ!アァ⁉︎」

 

「ティオさん、ちゃんと片付けなかったんですか?」

 

「いや、締めた者どもの仲間じゃろう。見ない顔もある」

 

このまま放置はまずいなと思い、七海は前にでる。

 

「あの、よろしいでしょうか?」

 

「あぁ⁉︎ンダテメェ⁉︎」

 

「おい、こいつアレじゃね⁉︎七海建人だろ?」

 

こんなゴロツキにも知られているのは複雑だが、都合がいいと七海は更に告げる。

 

「私の何を知ってるかはわかりませんが、ここは私に任せて逃げなさい」

 

男達は「何言ってんだ」と困惑する。

 

「俺達に言ってんのか?」

 

「ええ。このままここにいたら危険なので、逃げなさいと言ってます。後は私がどうにか抑えるので。私の事を、知ってるのでしょう?」

 

「おぉ、知ってるぜ。伝説の魔物ベヒモスを1人で、しかも無傷で殺ったって話だろ?」

 

ゲスな笑い声で言う。

 

「んな与太話、誰が信じるかってんだ‼︎殺されたくなければ、そこ退けよ!そうすれば命は助けてやらぁ!」

 

人々の中には、信じていない者もいた。彼らがそうだ。冒険者の中にもそのような人物はいたが、彼らもそれなりに修羅場を潜り抜けて来た者。組合で七海を見た瞬間に信じた。が、彼らは傭兵崩れの不成者。人を見る眼はない。

 

「最期通告です。逃げなさい」

 

「うるせぇんだよ‼︎殺すぞ!」

 

盛大なため息を吐いてると、七海の肩をガッと掴んで下がらせるハジメ。その表情を見て、再びため息を出し、道を譲る。

 

「いいぜ!それでいい。ガキ、お前も分かってんならさっさと女を置いて」

 

その5秒後、彼らは先程の七海の言葉は本当に聞くべきだったと後悔する。

 

 

 

「ったく」

 

汚い物を触ったなという感じで手をパンパンと払う。光輝達はドン引きしていた。無理もない。プレッシャーで動けない男達の股間を1人ずつ蹴って潰していき、もがいてるところを容赦のないグーパンをくらわせたのだから。

 

「おい七海先生!なんで逃そうとした⁉︎」

 

「こうなるのが目に見えているのですから、最後のチャンスくらいは与えますよ」

 

とはいえ、その後縛りの効果で止められないとはいえ、見ていただけの七海も七海である。呆然としている生徒の1人、香織に近付き言う。

 

「アレを見た後では、まぁ、信じられないかもしれませんが、彼は」

 

「大丈夫です」

 

予想外の言葉を聞いた。

 

「さっき、あの人達の言葉を聞いてました。ハジメ君が、どうして怒って、力を振るったのか」

 

七海が話している最中に何を話していたかわからないが、彼女も今のハジメを理解した。その上で、言っているのがわかる。

 

「七海先生…その」

 

「私へ何か言う前に、言いたい事がある人がいるんじゃないですか?まだ迷宮内で言ってない事もあったでしょう?」

 

香織に視線を合わせて、さらに七海は告げる。

 

「ただ、これから君がしようとしている事に関しては、ぶっちゃけ反対ですが、南雲君の方針には私は逆らえないのでって……足が速い」

 

聞いているのかどうかと思いつつ、それを見守る。彼女の想いの強さは七海はわかっている。前の世界で何度も、注意すらするほどのものなのだから。

 

「ハジメ君、私も、ハジメ君について行かせてくれないかな?…ううん、絶対ついて行くから、よろしくね!」

 

前を向き、己の想いをぶつける。いきなりの決定事項だからと告げる言葉に南雲は「は?」と眼を点にして間抜けな声をだす。

 

「正直、私は一瞬戸惑ったの。今のハジメ君があんまりにも変わってて、あの奈落の底で、何があったのかはわからないけど、私達が味わったものなんて、到底比較にならないものがハジメ君を襲ったのはわかる。容赦もなく。暴力に躊躇いをもたない。そうしないと生きられない場所にいたから」

 

それでも――

 

「でも、七海先生の言う通りだった。変わってない。ハジメ君は誰かを守る、優しさを持ってる」

 

白崎香織が好きになったのは、そんな優しさを持つ、南雲ハジメなのだ。

 

「でも、私は今のハジメ君を知らない。それはこれから知っていけばいい」

 

「いや、だからしらさ――」

「お前にそんな権利があるとでも?」

 

ハジメの言葉を遮り、そんな彼女の前にでたのはユエだ。その視線だけで相手を氷漬けにする眼を見て尚、香織は引かない、負けるつもりはないと、前に出る。

 

「権利ってなにかな?ハジメ君への気持ちは、ぜっっっったいに負けてないよ」

 

その言葉を聞きつつ、ユエはチラリと七海を見ながら、香織に道を譲る。香織はハジメの眼の前まで移動し――

 

「ハジメ君。貴方が、好きです」

 

精一杯の想いと共に告白をした。

 

「……白崎、俺には、惚れている女がいる。だから、白崎の想いには、応えられない」

 

彼女が、どれだけの想いで言ったのか、ユエを見て尚、言ったのかも理解している。その上で、ハジメは誠意を込めて彼女をフル言葉を告げる。

 

「!…………」

 

わかっていた。その言葉がくることはわかっていたが、それでも溢れそうな涙を堪えて――

 

「だから、お前を連れていけ――」

「わかってる。でもそれは傍にいられない理由にはならない」

 

「な、何を」

 

香織はこんなことで後退する女ではない。むしろ、より攻める。

 

「シアさんも、そっちのティオさんだっけ?その2人も、ハジメ君を相当に、私と同じくらいに想ってる。特にシアさんはかなり真剣。違う?」

 

その問いにハジメは言葉が詰まる。

 

「ハジメ君に特別な人がいる。それでも、傍にいたいと想ってついてきて、それをハジメ君も許してるなら、私がそこにいても問題ないよね」

 

香織は引かない。

 

「この想いだけは、ユエさんにも負けてない」

 

香織はユエの方に向き、その瞳をみる。ユエも眼を逸らさず、その意志ある眼を、燃えるような想いを受け止めていた。そしてニッと笑みを浮かべる。

 

ユエはフューレンで七海が言った言葉を思い出す。

 

 

『確かに、彼女は今の南雲君を知らない。けど、その程度で引くような想いなら、私の訓練にもついてこれませんし、すぐに彼が死んだと諦めていたでしょう。それでも、彼女は進んだ。結果がどうなるかよりも、己の想いを選んだ。その覚悟を、私は評価してるんですよ』

 

『覚悟…ね』

 

『ええ。会えばわかりますよ。案外、ユエさんと気が合う人だと思いますし。それと、実力面ですが、そちらに関しては正直言って未熟そのものですし、私が本気にならずともあっさりと、何もできずに負けるでしょう』

 

教え子だというのに容赦ない評価だなと、ユエとティオは思っていたが、

 

『ただ、才能は充分にあります。多少の時間はかかるでしょうが、いずれは私と同じ位置か、それ以上に到達すると、私は考えてます』

 

天性の戦闘センスと魔法の理解度は眼を見張るものだと告げる。

 

『何にせよ、彼女を認めないということは、間違いなくありえないと断言できます。ユエさん、彼女を、白崎香織さんの同行をお願いします』

 

 

(結局、七海の言う通りになった。むむむぅ)

 

認めた。その想いを、認めてしまった。だからこそ、自分も応えてやろうじゃないかと香織の方へ一歩踏み出す。

 

「面白い。ついて来るといい。教えてやる。お前と私にある差を」

 

その言葉にある意味を理解してか、香織はニコリと笑い、

 

(⁉︎)

 

「お前じゃなくて、私は香織」

 

「なら私はユエでいい」

 

見守っていた七海は、一瞬呪霊が現れたのかと動きそうになる。否、それを見たのは2度目。いつぞやの大迷宮攻略の際に見た。

 

「南雲君、私の眼は正常なのでしょうか?白崎さんとユエさんの背後に般若と龍が見えるのですが?」

 

「安心してくれ七海先生。俺にも見える」

 

その光景にシアとミュウは抱き合ってプルプルと震え、ティオはその光景を見て何故かハァハァとしている。

 

(呪力は感じないのですが、そういうものなのでしょうか?)

 

七海は七海でわりとマジ考察をしていた。

 

「というか、南雲く」

「ま、待て、待ってくれ!」

 

七海はハジメに香織がついて来ることを承諾するのか聞こうとすると、光輝が異議を唱える。

 

「意味が分からない。香織が、南雲を好き?ついていく?えっ、どういうことなんだ?南雲!香織にいったいなにをしたんだ!」

 

弱々しくも声を張り上げて光輝は叫ぶ。だがその姿は、現実を認められずに駄々をこねる子供そのものだ。しかもその原因がハジメにあると決めつけている。ご都合主義な考えにハジメは呆れていた。すると香織は言う。

 

「ごめん、光輝君。自分勝手なのはわかってる。でも、私は、どうしてもハジメ君と行きたいの。だからパーティーは抜ける」

 

自分勝手な想いを通すとはいえ、しっかりと告げるのを七海は評価する。これは以前香織が七海の訓練をする前に皆に言った時と同じ、ケジメなのだ。

 

そんな彼女の想いを知って、パーティーを組んだ皆は祝福する。そもそも彼女が強くなりたいと願った理由は、ハジメに会いたいという一途な想いなのは、明確にあの時告げていたからだ。

 

「嘘…だ。だって、おかしいじゃないか、こんな、俺は」

 

魔人族を、人を殺した後なのもあって、光輝は正常に頭が動かない。どうにか自分は正しいと思い、言葉を出したいのに、でてこない。

 

「天之河君、君が白崎さんに対してどのような感情を持ってたかは想像できますが、白崎さんの想いは、彼女自身が決めるものです。それに、その理由は貴方達を強くする前に既に白崎さんが言っていたはずです」

 

気付いてないのはお前だけだと遠回しに告げる。

 

「ち、違う。あれは、ただ、そう。香織は誰にでも優しいから…香織はずっと俺の傍にいて、これからも、それは、そうで」

 

ご都合主義の言葉に対して香織と雫は光輝に何かを言おうとする前に、

 

「いい加減にしなさい」

 

「⁉︎」

 

その七海を見たのは、トータスに来た時以来だ。イシュタル達の言葉に乗っていた光輝に対して向けていた眼だ。

 

「天之河君、君は白崎さんが南雲君について行くのを、彼を好きな白崎さんを認められないのでしょうが、今はそれ以上に、今の君が壊れたくないから、受け止めてくれそうな人に、去ってほしくないだけでしょう?」

 

「⁉︎」

 

「人を殺してしまった。あれは悪い事だ、でも自分は正しい事をしたんだと、自分を慰めてくれる、自分にとっての大事なものが、消えて欲しくないだけしょう?」

 

その言葉に、天之河の身体は、

 

「うっ、ぶぇぇぇぇぇ!」

 

あの時の魔人族の光景と言葉が、光輝の脳でフラッシュバックされる。耐えきれず胃の中の物を吐き出す。

 

(いくらご都合主義の頭でも、流石にどうにもなんねーか)

 

ハジメはその天之河の様子を見てそう判断した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、俺は、俺は、間違って」

 

「ないですよ。何度も言いますが、貴方の判断は正しかった。でもそれを認められない自分がいるのでしょう?」

 

七海は「わかりますよそのくらい」と言い、それが光輝の神経を逆撫でする。

 

「ふざけるな‼︎俺は、俺は、おれ、は………」

 

グッと拳を握る。

 

「七海先生!そこを退いてください‼︎香織を連れ戻す!これは、香織の為なんです‼︎」

 

「なにが、白崎さんの為だと?」

 

「七海先生は、何とも思わないんでしょうね。南雲は、何人もの女の子を侍らせて」

「皆、自分達の意志でついて来ていると見えますが」

 

「しかも兎人族の子は奴隷の首輪をつけて」

「あれはそう見えるようにする為のブラフで、簡単に外せますよ。今はただのチョーカーです」

 

「黒髪の人に至っては南雲のことをご主人様と呼ばせて」

「アレに関して言うなら、南雲君に原因がありますが、最終的にいくとティオさん自身のあまりにも、あまりにも、あまりにも特殊な性癖が原因です」

 

「ヒドイのじゃ‼︎でもぉ〜それがいいぃぃ!もっとなのじゃ‼︎」

 

「つか、どさくさに紛れて俺のせいにすんじゃねぇ‼︎」

 

あと何気にティオを【アレ】呼ばわりしている。後ろから聞こえる声を無視して、光輝の言葉に対して1つずつ、真実を告げるも、光輝はその言葉を聞いていないのか、自分の言葉だけを告げる。

 

「香織があいつについて行ったら、確実に不幸になる!」

 

「不幸ですか」

 

不幸という言葉に、七海は反応する。

 

「なら聞きましょう。君にとって白崎さんの幸福とは何ですか?」

 

「もちろん、俺の、俺達のもとにいる事が」

 

「それを、1度でも白崎さんが言いましたか?」

 

「聞かなくてもわかる!」

 

七海は、「ふぅ」と息をだす。その後ろのハジメは呆れて、ユエ達は気持ちの悪い物を見るような眼で光輝を見るがそれに光輝は気付かない。自分が言っている言葉の意味すら。

 

「白崎さん」

 

「え、あ、光輝君。私にとっての幸せは、私が決めたの。そして、それはハジメ君の傍にいることなの。辛いかもしれない、私がハジメ君の特別にも大切にもなれないかもしれない。それでも、私の幸せは、ここに、ハジメ君の傍にあるの」

 

「かお…」

「もういいでしょうが!光輝、香織はあんたのものじゃない。何をどうするかは、香織自身よ」

 

「香織、雫」

 

「ついでに言うと、君を慰める為の道具でもありません」

 

その言葉に、光輝はカチンと来た。

 

「さっきから、何なんですか!おれが、オレが、俺が、香織を道具扱いしてるだと‼︎」

 

光輝は叫ぶ。

 

「七海先生!まずは貴方だ!貴方を倒して、次に南雲を倒して、香織を連れ戻す!どれだけ香織に恨まれても‼︎」

 

そんな、無茶苦茶な宣言を、

 

「いいでしょう。相手になります」

 

七海は受け入れた。

 




ちなみに
引喩失義: 都合のよいたとえ話や、悪い前例を持ち出して正しい意義を見失うこと。
今の勇者(笑)にふさわしい言葉を探していたところ、別の回のタイトル探し中に見つけて「これだぁ!」とウキウキしました(ゲス)

ここら3話くらいは光輝への説教&矯正回です。正直言って面倒ですが、七海ならほっとかないだろうし、これからの光輝の為にも必要なので、頑張ります。

ちなみに2
次回、『光輝死す』

七海「死にませんから」


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引喩失義②

呪術がない。呪術ロスになりかけている自分の為、頑張りました!


聖剣を光輝は構える。

 

「さぁ!行きますよ!なな」

 

その瞬間、光輝の胸部、鎧部分に強い衝撃が来たと感じた瞬間、光輝の身体が宙を舞う。

 

「私の勝ちですね。あ、聞いてませんか」

 

少し皺になっているスーツの両襟をもち、ピッとそれを伸ばしたと同時に光輝が落ちてきた。心身共にボロボロだった光輝は気絶していた。

 

「さて、それでは……なんですかその顔は」

 

生徒たちも、ハジメ達も、七海のあんまりな、卑怯そのものな攻撃に引いていた。

 

「いや、今のはねーだろ。天之河の奴、距離あけようとしてたのに、引くわ」

 

「君だけには言われたくありません。それに、戦うことに肯定しましたが、決闘をするとは一言も、私も彼も言ってないので。相手が後ろを見せたならそれに対して速攻を仕掛けるのは合理的かつ当たり前です」

 

「ま、まぁそうだろうけどさ」

 

というより、ハジメでも同じことをするだろう。

 

「何より、あのまま動くのは彼の肉体にも精神にも響く。今の一撃は、鎧を破壊しないレベルに抑えたものですので」

 

相当な手加減をされていたことを知れば、光輝はどう思うだろうか。ハジメは呪力を、術式を知った。だからこそ、七海の手加減のレベルがわかる。

 

「それに、彼だけですからね」

 

「?」

 

「話を聞く限り、私の宿題を完遂してないどころか、やろうともしてないのは」

 

何のことだとハジメは思うが――

 

「ところで、この後はどうしますか?」

 

ハジメは七海が聞いてきたので周囲の数人を見る。メルド、気絶している光輝、香織、雫。

 

「ちょうど物資の補給もあるし、白崎がついて来るならも用意があるだろうし、今日はここに泊まっていく」

 

「え、ハジメ君私なら………ううん。なんでもない」

 

正直、香織は用意ならすぐにできる。物資の補給も正直微々たる物。出発しようと思えば今日中にできる。それをしないのは、ハジメの優しさか、それとも、単なる慈悲か、気まぐれか。それに気付いた香織はすぐに言葉を訂正した。

 

「ありがとうございます。……八重樫さん、申し訳ないですが天之河君の方をお願いします。私は、メルドさんを。……辻さん、野村君()着いて来てください。他の方々は、白崎さんの方に。あぁ、メルドさんの方は先に行ってください。私は、白崎さんと少し話があるので、すぐに追いつきます」

 

力の入らないメルドが片腕に杖、もう片方で野村に抱えられて行くのを見つつ、七海は白崎の前に再び立つ。

 

「白崎さん、色々と言いましたが、私はあなたがついて来ることに関しては反対です」

 

「!」

 

「とはいえ、私は南雲君の方針には逆らえない。どうやら、彼はあなたの同行を許可してしまった。反対意見くらいなら言えますが、今回はどうも無理そうだ。彼だけでなく、ユエさんも賛同してるなら尚更」

 

わざとらしく頭をかいて、「ただ」と続けて言う。

 

「現状、彼らの中で圧倒的に1番弱いのは私です。……この意味が、わからないあなたではないでしょう?」

 

「‼︎」

 

足手纏い。その言葉が香織の中で反復される。

 

「そして、彼らと進むなら、今回以上の残酷があなたを襲う。そして、多くの命が消える瞬間を見ることもあるでしょう。それでも」

「それくらい、わけないです」

 

香織は、ハジメが好きだからという理由があれど、彼らについて行くことがどういう意味かわからない程愚かではない。そして、今七海がしているのが、値踏みではなく、覚悟を問うているのもわかる。

 

「知らないなら知っていく。弱いなら強くなる。その為に惨たらしいものから眼を逸らしていたら、きっと立ち止まっちゃう。それだけは、絶対したくない」

 

七海はただ香織を、睨むように見つめる。サングラスがなければ、否、あっても、

 

(眼を逸らさない…か)

 

七海は受け入れる気はあったが、きちんと聞いておくべきとして聞いた。こうなれば、もう無理だ。彼女の強い意志を、無下にできない。

 

「では、強くなりなさい。手伝いくらいなら、私もしましょう。ただし、遅れるなら容赦なく私は置いていきます」

 

香織は「はい!」と力強く答える。

 

(七海先生が置いて行くなんて、ありえないだろうけど)

 

(と思ってるでしょうね。……当たってるだけに、面倒だ)

 

心労がどんどん増えていくが、これも七海が選んだ結果だ。

 

「私から言うことは、もうありません。メルドさんの方に行きます」

 

正直、彼らを巻き込むことに不安がないわけではない。

 

(覚悟がないのは、私か)

 

自虐をしながら、メルド達の方へ向かう。

 

「と、そうでした………八重樫さん」

 

「はい?」

 

 

 

 

少し雫と話した後、七海が去って行くのを見つめて、その背に向かって香織はお辞儀をした。その後、ハジメ達の方を向くと――

 

「…香織さん、でした…ね?」

 

「うわっ!え、ええと、シアさんだったよね?これから」

 

いつの間にか後ろに来ていたシアに驚きつつ、よろしくと言う前に、香織のその両手をガッとシアは同じく自身の両手で包むように掴む。

 

「一緒に頑張りましょう‼︎」

 

「へ?」

 

「一緒に頑張りましょう‼︎あんなゲスメガネに負けないように‼︎一緒に強くなりましょう‼︎」

 

「え、えぇと、うん、はい」

 

香織は唐突なシアの行動に混乱しつつ、ついそう答える。

 

「お仲間ゲットです!ウォォォォォ!」

 

遠くの空を見つつ、拳を掲げている。香織にはその後ろに炎のようなものが見えていた。

 

「あー白崎、コッチ、コッチ。ちょっと来てくれ」

 

「もー香織って呼んでって言ったでしょう」

 

「いや、だからしらさ」

「か、お、り‼︎」

 

「あああ!わかぁった!香織!ちょっとこっち来い!」

 

名前を呼ばれて、ウキウキと香織はハジメの方に行く。

 

「香織、さっき七海先生が、俺等の中では圧倒的に自分が弱いって言ってたろ?」

 

「え、うん。そうだけど」

 

「言っとくがな、それは、ない!」

 

「ほえ?」

 

「後で先生から説明があると思うが、俺とシアはあの人からとある修業を受けてんだが、大抵は模擬戦だ。ハッキリ言うが、マジでやらないと容赦なく潰される!シアなんて何度もあの人にぶん投げられて、ふっ飛ばされてる!少なくとも、最低でも、現状であの人は本気になったシアとなら互角だ!」

 

「え、え、え?」

 

ハジメのその必死な形相に、香織はうまく声が出ない。あれだけの力を見せていたハジメの言葉故に尚更だ。

 

「俺なんてな!実弾をバンバン撃ってるのに、平然と特攻して来るんだぞ!ターミネー○ーよりも怖いんだよあの人!」

 

実力で言えば既にハジメは七海より上。それは間違いない。ただ、対人戦の経験が圧倒的に違うこと、そして、呪力強化による肉体の向上は、重装甲戦車の突撃のようだとハジメは考える。そして、香織は思い出す。

 

(そうだった。七海先生、修業は容赦ないんだった)

 

こうして、七海の手加減ない修業に、新たな犠牲者…もとい、参加者が加わる。

 

 

 

一方、七海はメルド達に追いついた。指定していた部屋に入り、周囲を警戒してから鍵をかけてその部屋にいる全員に眼を向ける。

 

「どうやら、治療の方は終了したようですね。辻さんの治癒魔法も、だいぶ上がっていて何よりです」

 

「えと、はい」

 

そう受け答えるが、上手く七海を見れない。それは野村と――

 

「遠藤君、他に来ている人などは、いませんね?」

 

「「「え⁉︎」」」

 

「………はい」

 

気付かれなかったことにちょっとショックを受けた遠藤もだった。ちなみに、彼は辻と野村よりも前についてくるように伝えていたが、それに気付いている者は1人もいなかった。

 

「君の能力も、相当だ。私もそろそろ本腰を入れなけば、見つけるのが困難になってきている」

 

「ど、どうも」

 

褒めてもらえて喜んでいいのか、凹めばいいのかわからないが、とりあえずお礼を言う。しかし、彼も今の七海と、どう向き合うべきかを計りかねている。自分の尊敬し、信頼している人からの拒絶と、今のハジメに同行していることが、彼らに疑心を与えていた。

 

「さて、まずは遠藤君」

 

「は、はい」

 

「あの時、君の救援要請を1度は断ってしまった件を、ここで謝らせてください」

 

「え、え?」

 

「辻さんと野村君も、迷惑をかけてしまったことを謝罪します」

 

「「………」」

 

3人の生徒は、どう言えばいいかわからない。謝罪をしてほしいわけではない。ただ、今の七海から聞きたいことが多すぎるのだ。

 

「その上で、これからのことに関して、私の独断に君達を巻き込むことを、謝罪します」

 

「これ、から?」

 

「ええ。言い訳になるかも知れませんが、遠藤君、君の要請を断った理由も含めて、私のことと、現状をお話します。それと、メルドさん」

 

自分にもふってくるとはおもわず、メルドは「なんだ」と問う。

 

「これより話す内容は、ショックを受けるでしょうし、信じがたいとは思います。ただ、あなたには知っておいてほしいのと、冷静な判断ができるとして、言うことにします」

 

「………わかった」

 

覚悟を決める。メルドは七海が言うことがどれほど自身を傷付けてしまうかを考えている。その上で治療を他の者でなく辻に任せたのだ。ここに来る理由として。回復が終わっなら、すぐ退出できるように。

 

「話せ、建人」

 

「では、まずはメルドさんには教えていますが、私のことについて」

 

そこから七海は、しっかりと己の正体を告げた。

 

「他の世界から………転生したって、言えばいいんでしょうか?」

 

「……呪術師」

 

元の世界で呪術師として活動し、その過程で死んだこと。

 

「南雲との縛り。そうか、そのせいで」

 

ハジメとの間で結ばれた契約、縛りについて。

 

「元の世界に、帰れるかもしれない?」

 

「それを得るために、その為に私達を強くして、南雲君達の旅に」

 

現状の旅の目的と、縛りによって帰還方法が発見できた際は、他の者達も帰ることができること。そして――

 

「………」

 

「め、メルドさん?」

 

険しい顔になっているメルドに、遠藤はどうにか声をかける。無理もない。この世界の神に対する常識の否定、侮辱行為に等しい七海の発言を聞いて、穏やかにいられるはずもない。

 

「建人、今の発言が、どれほどのものかはわかるか?」

 

「……ええ」

 

「それを、よりにもよって俺の前で話すことが、どれだけ怒りを買うかもしれんことなど、わかっているだろ?」

 

「わかってます。何より、事実と言える確たる証拠も示せない中で、このような発言など、何の意味もないかも知れないことも」

 

「そうか」

 

メルドは立ち上がり、扉の前に行く。

 

「今の発言は、聞かなかったことにしてやる。今は、それで手を打とう」

 

「ありがとうございます。それだけで充分です」

 

この世界の神が狂っている。その神による遊戯がこの戦争なのだと言われても、信じられないのが現状だろうが、それでもメルドのその対応だけで充分だ。もちろん、言葉だけでは足りない。メルドを信用してないわけではないが、不安要素でもある。それをわかってか――

 

「建人、俺ともその縛りとやらを結べるか?」

 

「!」

 

七海が切り出せずにいた方法を言い出す。

 

「呪力がある人とは他世界の南雲君、シアさんとで結べましたが、あなたのような方とできるかは、まだ試してませんね」

 

「なら、実験も兼ねてやろう。その方が確実だ。お前からは、さっきの発言を聞かなかったことにして、話さない」

 

「………いえ、パーンズさんかマッドさんは除外しても構いません」

 

2人のことは何度も見て来た。彼らは神の意志より、メルドと同じく七海やその生徒達を巻き込んでしまったことに負い目があった。故に、彼らを除外する。

 

「いいだろう。ただし、話すかどうかはこちらが決める」

 

「いいでしょう。それで、そちらは」

 

メルドは自身の要求を伝えた。

 

「………いいでしょう。というか」

 

「それで良いのかってか?」

 

利害の一致による縛りは、互いの了承によって成り立つ。条件的に言うなら、七海への要求はあってないようなものだ。

 

「建人、お前にとって俺は何だ?」

 

「………そうですね、言葉にするのは少し恥ずかしいですが、友人と思ってます」

 

「……俺もだ。だからこそだ」

 

善人なのはわかっていた。それでも、感謝してもしきれない。七海は縛りの為、握手をし、お互い固く握る。瞬間――

 

「「!」」

 

眼に見えない何かが絡みつく感じがした。

 

「どうやら、できるようだな」

 

「ええ。メルドさん、あらためて感謝を。あぁ、そうだ。これを、お返しします」

 

「ん、その剣か?まだ持っておけ。少しくらいは役立つだろう」

 

「そうですか………では、代わりに」

 

 

 

メルドが部屋を出てほんの少し間を置いて再び3人に向き合う。

 

「さて、続きといきましょう。ここまでで、何か質問はありますか?」

 

「…あの、愛ちゃん先生の方は?」

 

「………そうですね。いずれ知れることなら、伝えておきましょう」

 

「そ、それって⁉︎」

 

「畑山先生は無事です。しかし」

 

清水の裏切り。暴挙とその末路。それらも話した。

 

「君達には、私を責める権利と、罵倒する権利がある。いくらでも言っていいですよ」

 

「1つだけいいですか?七海先生は、清水のことをどう思ってますか?」

 

「………正直、私は彼の事は何も理解してません。言動の全てが。………それ故に、今回の件を引き起こしたと言える」

 

後悔しても仕方ない事。だが、今の七海は教師であり、しかも彼らの担任だ。気にしないことなど、許されない。

 

「忙しい、時間が作れない、でもいずれ。そんな先送りの、自分自身の考えのせいで、彼の闇に気付けていなかった。死にゆく彼に、呪いしか残せなかった。今回の件も含めて、やはり私は畑山先生のような、情熱のある教師にはなれないのだと痛感しました」

 

3人の生徒は、何も言えない。本当の意味で七海の思いを理解することができないからだ。そんな状態でかける言葉など、どれだけ本質でも偽物でしかない。

 

「たらればの話をしても仕方ないですけどね」

 

「俺達は……少なくとも俺達は、七海先生が俺達の先生でよかったって、思ってますよ」

 

「ありがとうございます。しかし、それでもこれは私が背負って行くべき罪であり、呪いです」

 

「どうして⁉︎そこまでして‼︎」

 

「その答えは簡単です」

 

七海は、自分で告げるのもウンザリだと言うように、告げる。

 

「私は君達の担任である前に、呪術師だからです」

 

「「「…………」」」

 

呪術師。その本質の一部を、今彼らは見た。その上で――

 

「俺にとって、七海先生は恩人で、尊敬できる人です」

 

遠藤は言う。それがきっかけになったのか、辻と野村も頷き、言う。

 

「私達みたいな子供じゃ、呪術師の七海先生のことをわからないし、完全に理解できないと思います。それでも、先生が皆の為に活動してくれてることだけはわかります」

 

「何より、俺達は何度も命を救われた身です」

 

どれだけ理解できなくても、その本心は、伝えなくてはいけない。彼らはそう思い、目一杯の感情をぶつける。

 

「俺達も頼ってください。俺達は、七海先生の、助けになりたい。子供だとしても、少しでも」

 

野村の言葉に賛同する様に、2人は頷く。

 

「………わかりました」

 

もちろん巻き込みたくないが、彼らの思いを蔑ろにはしたくない。今の七海は、呪術師でもあるが、彼らの教師で、担任なのだから。

 

「正直、君達をここに呼んだのは私の事と現状を話すのもありましたが、可能であれば、君達に協力を持ち掛ける為でもありました」

 

とは言うが、話して協力を得るかは彼らの反応を見てから決めるつもりでもいた。その事も話すと皆、苦笑していた。

 

「あの、そういえばどうしてここに呼んだのは私達だけなんですか?八重樫さんとかも呼んでも…」

 

「いくつか理由はあります。1つはここに呼ぶ理由を作れる人であること。負傷したメルドさんを運ぶなら男手が必要。しかし、永山君は同じく負傷した坂上君の対応もありましたので野村君を。治療できる人として、辻さんを。そして、事前に遠藤君には先に伝えて、機密にできるように監視役をしていただきました」

 

納得できるが、答えとしてはまだ充分ではない。

 

「2つ目は、君達はメンバーの中でも真実に対して冷静に判断と行動ができると思いました。八重樫さんもできそうですが、彼女は精神的に脆い部分がある。これ以上彼女に重荷を負わせるのは酷だと考え、話すのをやめておく判断をしました」

 

「脆い、ですか?」

 

同性である辻から見て、八重樫雫という人物が脆いようには見えない。いつでもキリっとして、光輝以外で皆を引っ張ることのできる強い女性というイメージだった。野村と遠藤も似たような感想なのか、これまで語った中で1番信じられないと思ったが、機密性のことを考え、話す人数を少なくするということでどうにか納得する。

 

「3つ目、君達の実力と能力が隠密する人に向いているからです」

 

「「………」」

 

「なんで俺を見るの⁉︎」

 

遠藤は涙目で言うが、七海はあえてスルーして続けて言う。

 

「遠藤君の隠密能力はもちろんですが、実力的に君達2人が動いても、マークされにくい。これも八重樫さんに伝えられない理由のひとつです。実力が高すぎても低すぎてもいけません」

 

高すぎると強さ故にマークされて、弱すぎると命の安全を取りにくい為だと言う。

 

「また、野村君の土属性の魔法は使い方で様々な応用が効く。辻さんは回復の担当として動いてもらえます」

 

「具体的には、何をすれば?」

 

「いくつかやっていただくことはありますが、どうするかの具体的な計画は、立てません」

 

「「「?」」」

 

意味がわからないと3人は思う。

 

「計画とは立てた段階でバレる可能性があります。綿密な計算を立て、多大な時間と労力をかけていけばべつですが、そんな暇はない。しかし無計画もいけない。故に、大雑把に目標を決めて、そこから先は、個人で動いてもらいます。どのように動くかは君達次第ですが、機密を必ず考えて行動することだけは忘れずに」

 

緊張が走る。秘密裏に徹底した行動をする。それだけでも緊張するが、七海の表情に、わずかばかりの焦りが見えていた

 

「これから先、ほぼ間違いなく私と南雲君は異端者認定をされるでしょう。そうなった際、真っ先に動かされるのは君達だ。それがどれだけ無謀なのかは、分かりますね」

 

七海以上の存在となったハジメとその仲間達を相手など、死んでもしたくないだろう。想像もしたくないのか、すごい速度で首を縦に振る。

 

「まぁ、ウルでの一件や、君達の今回の救出の事もあるので、すぐにないとは思いたいですが、万が一があるので。何より…」

 

「何より、なんですか?」

 

「神エヒト。正体不明の敵が、どう仕掛けるかも不明です。南雲君はどうでもいいと思っているかもしれませんが、確実に敵対行動をしてくる」

 

世界を操って戦争をさせる。そのような力がある存在が、特級の実力がないわけがない。下手をすれば五条悟を上回るかもしれない。その恐ろしさが七海に冷や汗をかかせ、3人にもゾクリとした感情を抱かせる。

 

「くれぐれも内密に、隠密に行動してください。自身の命を最優先にしてください」

 

そうしていくつかの情報を与えて、解散となった。

 

「最後にいいですか?俺達が裏切るとは思わないんですか?それこそ、清水みたいに」

 

「疑ってはいません」

 

ハッキリと言った。それが逆に謎だった。ここまで秘密にするならもっと人数を絞って、それこそ遠藤だけにするのも良いはずだ。すると、「しかし」と七海は続けて言う。

 

「信じすぎるのもいけないと私は考えます。そこで、最後に、君達にも縛りを結んでもらいたい。まぁ、これは強制しませんが」

 

(((あ、なんだろ。逆にホッとした)))

 

徹底しているなと。

 

条件は秘密裏の行動の件。その代わりに、

 

「俺達から出す条件なんですけど………次に会う時は、愛ちゃん先生に秘密はなしでお願いします」

 

「…………わかりました」

 

いずれ話さないといけないことだと七海も思っていた。秘密を隠すのが苦手な彼女に話すのは、正直言って七海的には痛い。

 

「………」

 

「先生?」

 

「いえ、別に」

 

彼らの考えも理解して、その縛りを結んだ。

 

 

町外れの公園。水路に掛かった橋の上で項垂れる人物と、背を手すりにつけた人物がいた。

 

「まだ安静にしていたほうがいい。身体に障りますよ」

 

「え?」

 

1人は雫。彼女は七海が来た事に驚きと疑問の声をだす。なぜなら、「天之河君の方のケアを手伝って下さい」と言われ、いつものように…と言ったらちょっと彼女的には微妙だが行っていたのだが、七海自身がいまここに来るとは思わなかったからだ。

 

「…………七海先生」

 

そして、その人物、光輝は怒り、悲しみ、妬み、恨み、失意、様々な負の感情がごちゃ混ぜになったように、光のない眼で七海を見た。




正直、今回の終わり方は納得いってません。ちょっと前とあんま変わってない気がするし
とはいえ、この時点で8000文字超えて、このまま行くと2万いく可能性があり、キリがいいと思う部分で一回切りました。 

でも、やっぱり悔しい


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誰かのために

今回のタイトル、実は最初『引喩失義③』でした。どうしてこうしたのかは後書きで


「何の用ですか。俺を責めに来たんですか?」

 

「何をどうすればそういう考えに至るのかは知りませんが、命懸けで皆を守った人を責めるほど、落ちぶれているつもりはありませんよ」

 

光輝は嫌味で言っているのかと考えているが、雫は七海なりに光輝を励ましに来たのだと考えていた。

 

「………人殺しをしても、なんとも思わない人に言われても、嬉しくもありません」

 

「そういう意味で言うなら、君はどこまでも普通だったということです」

 

「っ!何を‼︎」

 

自身は勇者なのだという、くだらない感情論と責任感を出すが、それは七海の前では意味のないゴミのような意志だ。

 

「この世界に来た時、似たような事を言いましたが、君がしている事、しようとしている事は戦争です。罪悪感と不快感、嫌悪感が常に付き纏う。君以外はそれに気付いて、それでもなお、進む決断をした方々です」

 

「⁉︎」

 

否定したいができない。先程七海がくる前に、雫から聞いた。雫は仮にあのまま光輝が動けないようなら、自分が魔人族を殺す決断をしていたと言った。そして、初めて魔物を殺して、その不快感から常に今していることが正しいのかと考えていると聞いていたから。

 

「そろそろ、八重樫さんにも話しておきましょうか。君達が戦う事を了承した理由を」

 

「理由?」

 

単に実力と覚悟の問題かと思ったが、どうやら違うようだと雫も光輝も感じた。

 

「それは、イカレているかどうかです」

 

「……ぇ」

 

「な⁉︎」

 

雫は何を言われたか理解出来ず、気の抜けるような声を出し、光輝はふざけるなという言葉さえでない程の怒りを露わにするが、それを無視して七海は続ける。

 

「事実です。まず、八重樫さん。君が、魔物を殺すたびに色々と思い詰めているだろうなということは感じてました。だから、君だけはギブアップをするだろうと私は思ってましたが、それでも君は戦い続けた。大抵の人は考えている時点で潰れてしまう」

 

彼女のそれは言わば毒。精神を貪る毒だ。それを抱えたまま戦えば、いずれ潰れる。そのはずなのに、雫は戦い続けている。戦う意志がハッキリとある。七海から見てメンバーの中でもっとも精神的に脆いはずの彼女がその意志と行動が取れることこそが、八重樫雫のイカレている部分だと七海は考えた。

 

(まぁ、それでも彼女は…)

 

「イカレているって、自分の生徒相手によく言えますね‼︎」

 

七海が思考していると光輝が我慢できず叫ぶ。

 

「ある程度イカレていなければ心が壊れ、イカれすぎては狂気に飲まれる。これもこの世界に来た時に言ったはずですよ?」

 

「っ!そっ、れは」

 

あの時の言葉は、皆を怯えさせて、空気感を壊しただけだと言いたい。だが、それができない。何故なら、今の光輝は自身で気付いてないがその心が壊れる一歩手前だからだ。否定しても肯定しても、自分にとって都合の悪いものになってしまう。彼のご都合主義な精神が、無意識に言葉を止めてしまう。

 

「そして、私が鍛えた人達の中で、最もイカレていたのが」

 

やめろ、聞きたくない。言うな、言わないでくれ。そんなはずがない。自分はまともだという言葉が光輝の中で呟かれるが、その言葉がでない。

 

光輝がどれだけ今精神的に不安定な状態かなど、見ればわかる。それでも、七海は告げる。

 

「君ですよ、天之河君」

 

「‼︎」

 

死刑宣告をされたかのように、光輝の表情が怒りと絶望が混ざった複雑なものになる。

 

「八重樫さんから話を聞いて、それでも今の君なら魔物を、襲ってくるとはいえ生き物であるあれを、屠ることができるでしょう?そしてそれは、最初からできていた。戦いとは無縁の学生だった君がだ」

「違う‼︎それは、しら、なかった、からで」

 

魔物の肉を切り裂いた感覚はあった。それに対する感覚は、不快感じゃなかった。それが、その事実を認めてしまえば、今日殺した魔人族との違いはなんだと、彼は思ってしまい――

 

「ウッっ、ゔぉえ」

 

橋の下に顔を向け、近くに雫がいるのも関係なしに、あれからまともに食事をしてないのに、胃の中のものを吐き出す。

 

「だがそれは、君がただ単に感じていなかった、気付いてなかっただけなんだと、わかりました」

 

見る目がなかったとでも言われたと感じたのか、光輝は背を雫にさすられながらも睨む。

 

「怒るのは、本当に違うからか、それとも事実だからのどちらかですが、君の場合はおそらく後者ですね」

 

「なにが、言いたいんですか?」

 

息を切らせ、それでも聞く。

 

「天之河君、それに八重樫さん。君達に与えた課題について、理解してますか?」

 

「!」

 

「?」

 

雫はビクッとし、光輝はいきなりなにを言いだすのかと疑問符を浮かべる。

 

「八重樫さんに与えた課題は、【相手を切る速度を上げる】。天之河君は【戦うという意味と自覚を持って戦う事】。これらは他の方々とは違い、肉体的でなく精神的な意味での成長を主に考えたものです」

 

雫は、この課題を見た時はわからなかった。しかし、意識しだして戦った時に気付いた。自分が無意識的に魔物相手でもほんの僅かに躊躇していたと。つまり、これはその精神面をどうにか解決する手段を探せというものだと考えていたが、どうやらあたりのようだ。

 

「どうやら、八重樫さんは気付いてるようですね。……やはり君だけのようですね、天之河君」

 

ここまで言われてもなお、光輝は七海の真意を理解できていない。

 

「自覚を持つ。これは勇者としてではなく、人としての意味です。我々が戦争に巻き込まれている以上、どこかで人を殺す。人でないにしても、命懸けで命を狩る」

 

「そ、それ、は……いや、でも殺すのは悪い事で……少なくとも俺は、南雲やあなたみたいには」

 

「ならなくていいです」

 

七海は、言いたいのはそういうことではないと告げて続ける。

 

「この課題の本当の意味は、君自身が気付いて、それでも戦えるかという問いです。……メルドさんは国から……いや、教会からの圧力と君達の関係性の狭間で迷っていましたが、それでも近いうちに何かしらの行動を私がいない間にしてくださると思い、あの課題を君に出した」

 

とはいえ、結局メルドは迷って動けなかった。七海が帰ってくるのが予定よりも大幅に早かったというのもあるが。

 

「しかし、偶然とはいえ、今日君はそれに気付いた。……問いましょう、天之河君。これから君は、人を殺せますか?」

 

「……人殺しは、悪いことです。もう俺は、今度は、まちがえ」

「ないですか?君は、あの時皆を救おうとしたことは間違ってたと?」

 

「そうじゃない!助けるにしても、殺す必要なんて」

 

「………一応言いますが、殺すことが正しいなんて、私は考えているわけではありません。それは、八重樫さんも、白崎さんも、坂上君も、おそらく南雲君も」

 

「!」

 

光輝には理解できない。その上で何故この人は人殺しをさせるのだと思って弱々しく睨む。そんな考えが読めているわけではないが七海はなおも語る。

 

「人殺しは悪いことかと聞かれれば、それはそうです。だが、自分が襲われて、防衛の為に相手を殺すことが悪だと君は言うんですか?」

 

「だから!殺す以外にも」

 

方法はあるだろうと言いたいのはわかるが、そこには肝心なものが欠けている。

 

「どのような状況下だったかは話を聞いた程度なので、私もとやかく言えるかは微妙なとこですが、話し合いでどうにもならない状況下だったのは、君も、頭で理解してるんじゃないですか?」

 

「!」

 

再び光輝の脳内にあの時の光景がフラッシュバックされる。

 

「ウッっ、ブぇぁ」

 

「理解してないふうに装っても、身体は正直だ」

 

内容物は全て出した。だから出てくるのは胃の中の粘膜などだが、それも先程全て出せるだけ出したからか、吐き気があるのに何も出ない。それはまるで、楽になれると思うなと、自分自身に言われているようだと光輝は感じた。ポタポタと落ちるヨダレは、吐きすぎて苦しくなった身体の涙のようだ。

 

「もう一度言います。あの時の君の判断は正しかった。しかし、人を殺すというのも、君の言う通り悪いことです」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、なに、を」

 

「正しさとは、状況下によっては価値の無いものになりかねない。間違いでも、何かを守るなら通さなければいけない物がある。しかし、これから君がしていくのはその前を探すことです」

 

「ま、え?」

 

「自覚を持つこともできてないのは、意味を見出せてないからです。天之河君、君は何故この世界で戦うんですか?」

 

「それは、困ってる人がいて、この世界が危ないから、皆を、元の世界に」

 

「そうじゃありません。君自身が戦う理由です」

 

「?」

 

わからないなら教える。もう七海は、待つつもりも、遠回りもしない。光輝の気付いてないもの全てを、理解させる。

 

「誰かの為、皆の為、君の言うのはいつも他人です。自分がない。自分自身の目的がない。もしくはそれを自覚していない」

 

どちらなのかはわからないですがと付け加えて言う。

 

「なぜ自分は戦うのか、なぜ救いたいのか、自分の為に戦う意味を、君は除外している。無意識なのか意識してなのかは知りませんが」

 

「そ、そんなの、自分勝手なだけだ‼︎」

 

「自分勝手?結構じゃないですか」

 

「!」

 

「人は全て自分を持っている。それを主張する事自体は悪い事ではありません。大切なのは、その後の行動。自分の為に、どうしていくか。それが正しいかどうかは、勝手に周囲が決めていく。南雲君の行為は、自分と自分の大切な者の為と、明確な指針と意志がある。その行為全てを肯定しませんが、否定もしません。大事なのは、自分を持っているかです」

 

「自分を」

 

「持っているか」

 

光輝と雫は反復している。事実、この言葉は、光輝だけでなく、雫にも告げている(・・・・・・・)のだ。

 

「自分自身に関心がない人も確かにいますが、そういう人物も基本的に自分を持っている。だが君は自分に関心が無いわけではないでしょ?そして、イカレているというのは、常人が見た時の事で、正しい正しくないは関係ないです。自分を持って、比喩表現でない【戦う】とは、そういうことなんだと思ってください」

 

「俺は、イカレてなんか」

 

まだ認めない光輝に、七海は言う。

 

「なら、君はこれからどうしますか?もう、戦いませんか?一応言いますが、それは悪い事ではない。君が感じているのは、人を殺す選択肢が来ることへの恐怖なんですから」

 

「!」

 

違うと声に出したい。だができない。手の震えが、出した汚物が、それを否定させているのだから。

 

「しかし、それでも戦うなら、意志と自覚を持ちなさい。そうでなければ、君自身が壊れてしまうのですから」

 

「…………おれは」

 

「君達が、いや、今の君のようにならないように、最初の人殺しは、責められることも承知の上で私になるつもりだった」

 

2人はそれぞれ別の意味で驚く。光輝は善と悪が入り混じるまま、雫は罪悪感から。

 

「しかし、結果はこれです。天之河君、君にその選択肢をさせて、申し訳ありません」

 

深々と頭を下げた七海を、2人はただ黙って見つめる事しかできなかった。数秒して七海が頭を上げて「最後に」と言う。

 

「天之河君、この先戦うなら、嫌でも今日のような…いえ、今日以上の事は必ず起こる」

 

その事例は、呪術師として戦ってきた中で、七海も見てきた。負の感情が呪いを生む。そして、それは人が生み出す物。故に、常人なら目を逸らしたくなるような人の悪意を、見てきた。

 

「もし戦うのなら、今私が言った事は何度でも君にのしかかって来る。意味を見つけなさい。君はもう、1歩を踏み出した。それが正しいか、悪いかは、誰にも判断できない。そして、私も、南雲君も、君も、してきた事に対して本当の意味で裁ける者もいないんです。なら、どうするのか、どうしたいのか、それを考えなさい」

 

この先はもう自分で考える段階だと言い残し、それではと言って去るのも、止めなかった。

 

「俺は」

 

「光輝、七海先生が言いたいことは、正直私もほとんど同じ。だから1つだけ言うわ。この先は、もう言い訳はできないし、ご都合解釈もできない。一度進んだら、もう戻れないんだから」

 

雫もその場を去る。

 

「雫、雫は、どこにも、行かないよな?」

 

以前の雫ならもっと柔らかに言ったかもしれない。だが、彼女も七海に釘を刺された。そして改めて思い知った。この世界は、どんな形で、誰がいなくなるかわからないのだと。だから――

 

「………そんな事、保証しないわ。それに、私は別に、貴方の慰め役じゃないしね」

 

いつもより、厳しい言葉を告げた。

 

「…………俺は」

 

雫が去った後も、光輝は考える。雫が言った事。そして、

 

「意味を見つける。俺の」

 

七海の呪いの言葉を、何度も言いながら。

 

 

翌日、出発前にもう一度七海は、彼女の様子を見に来た。

 

「辻さん、彼女の、谷口さんの様子は?」

 

「………眼を覚ましません。白崎さんの時とは、違うのはわかるんですけど」

 

あれから鈴はまだ目覚めない。相当な無理をしたのだから当然だが、それでもこの状況は不安にならざるを得ない。

 

「白崎さんの時は、ショックから身を守る防衛本能だったけど、これは何なんでしょうか?」

 

「聞いた限りの考察ですが、脳処理の限界だと思ってます」

 

高位の結界魔法を1度に乱発した。いくら適性があっても限界はある。限界を超えた使用に耐えれるほど、人の脳は強くない。

 

「私は医者ではないのでわかりませんが、このまま目覚めないことも視野に入れるべきだと思います」

 

残酷なことだが、はっきりと七海は言う。辻もそれは理解してるのか、暗い顔をし、下を向く。

 

「……でも、生きてるなら、諦めません」

 

それでも、グッと手に力を入れて辻は言う。

 

「谷口さんの笑顔に皆救われた。私も、皆も。自分だって辛いのに、皆を明るくしようとしてた。今度は、私が笑顔にしたい。起きたら、名前で呼びたいな。親友に、なりたいから」

 

「………王国に医師はいるでしょうが、しばらくしたら、マッドさんも戻るので、そちらにも診てもらいなさい」

 

「はい。………七海先生、もう行くんですよね?」

 

コクリと頷くと辻は「よし!」と立ち上がる。

 

「お見送りはここでします。先生、気をつけてください」

 

鈴を診る為、自分のやるべき事はこれだとし、辻は見送る。それを理解して七海は軽くお辞儀し、部屋を出た。

 

「頑張るよ、私。だから、鈴も頑張って」

 

その声が届いているかわからない。表情も変わらない。それでも辻は、彼女が笑っているように見えた。

 

 

「お待たせしました、南雲く…」

「やめろぉー‼︎やめてくれぇ‼︎」

 

少し遅くなってしまったことを謝罪する為に声をかけようとしたが、ハジメの発狂したかのような声に七海は困惑する。

 

「なんですかこの状況?」

 

「俺等が聞きたいですよ。どうすればあんな化け物になったあいつを、言葉だけで跪かせられんだか」

 

永山の言う通り、どうやら雫がなにかハジメに言っているようだ。それが原因でハジメは膝をつき、プルプルと足を震わせ、胸を押さえて苦しんでいた。

 

(彼女は呪言でも使えるんでしょうか?)

 

七海は七海でズレた考察をしていた。とりあえず聞くかと近付くと違和感があった。

 

「南雲君、どうしました?というか、白崎さんとユエさんは?」

 

香織とユエがその場にいなかった。正直自分が最後だと思っていた七海は質問した。

 

「うぉ!な、七海先生⁉︎いや、別に、なんでもない⁉︎気にすんな‼︎つか気にしないで下さいお願いします‼︎」

 

「八重樫さん、いったい何を言ったんですか?」

 

「いえ、別に。ただ、南雲君にカッコいい(笑)二つ名を」

「や、め、ろぉぉぉぉぉ‼︎」

 

「?(やはり呪言が使えるのでしょうか)」

 

ズレているが、ある意味では彼にとって呪言である。

 

「まぁ、いいでしょう。それより、白崎さんとユエさんは?」

 

「ん。あ、あぁ。あの2人は今大迷宮の中」

 

「…………は?」

 

何で今なんだ、いつ行ったんだと、七海はどれから言うか悩んでしまい、つい呆けた声を出した。

 

「心配しなくても、10階層だよ。香織もユエも、共に実力が知りたいからだってさ」

 

「必要なんですかね」

 

少なくともユエの実力など言うまでもない。昨日あれだけ見たのだから。

 

「あと、色々と教えてほしいことがあるんだそうだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

ユエの魔法は彼女自身の膨大な魔力もあるが、それ以上に適性の高さと、魔法そのものの理解力が強みだと七海は思っている。そうでなくては、どれだけ〝魔力操作〟という技能があっても、あれだけの魔法を行使できない。

 

「まぁ、そっちは徒労に終わるだろうけど」

 

「?」

 

それはどういう意味かと聞く前に、ユエと香織の声が聞こえてきた。

 

「ユエったら!ちょっとは手加減してよ!」

 

「手心を加えてほしいならするけど、香織はそんなこと望んでないし、した瞬間に喰らいつくつもりでしょ?」

 

「う⁉︎まぁ、そうだけど」

 

否定しないんかいとハジメは心の中でツッコミを入れる。

 

「まったく。…白崎さん、無茶をするような行為はやめて下さい。今の彼女との実力差なんて、やらなくてもわかるでしょう」

 

七海の苦言に香織は「だからです」と言う。

 

「頭で理解してるから、ちゃんと身体でも理解したかったんです。そうじゃないと、自分の立ち位置が明確にならない気がしたので」

 

七海は頭を軽く掻き、ボロボロになっている彼女を見て、諦めたようにため息をだす。

 

「服は着替えたようですが、顔が汚れてます。せめてちゃんと洗ってきなさい。そのくらい南雲君も待てます」

 

ですよね。と、声に出さず、サングラスをギラリと光らせてハジメを見る。

 

「んな睨まなくても待つっての。そうじゃなきゃ」

 

「… 魔眼の弾奏(ロード・オブ・ヴァニッシュ)

 

雫が何か耳元で囁くと血反吐を吐くように両膝と手を地面につけて苦しみだす。

 

「ほんと、何を」

「だ、か、ら、き、く、な!」

 

「…はいはい。なら、ユエさ…って、あなたもどうしました?」

 

「ラスボスを見たかもしれない」

 

「はい?」

 

さっきから訳の分からない状況と発言に七海は困惑していたが、とりあえず聞くべきことを聞く。

 

「ところで、どうでしたか?」

 

香織がいない内にユエの評価を聞く。

 

「ぶっちゃけ、足手纏い」

 

だろうなと七海は思う。が、すぐにユエは「でも」と続ける。

 

「伸び代はある。才能もある。ちょっと悔しいけど、理解力と応用力が高い」

 

ユエは長い時を過ごす種族だ。だからこそ、短い時の中で懸命にもがき、強くなろうとして、実際強くなる香織を評価する。

 

「結局、七海の言う通りなのも、ちょっと悔しい」

 

「言ったでしょう?彼女は才能があると」

 

「負けるつもりはない」

 

「………」

 

「なに?」

 

「いえ、なんだかんだ言っても、気が合うなと」

 

「ふん」

 

恥ずかしいのか、ユエはそっぽを向く。と、香織が手を振り近付く……ハジメに。

 

「させない」

 

「む、ユエ、そこをどいて」

 

「どかせてみればいい」

 

2人の後ろにまた般若と龍が見える。

 

(仲がいいんだか悪いんだか)

 

背後の物をもう無視して、七海は2人を見る。その姿は、ライバル兼親友と言ったところか。そう考えてると後ろから雫が声をかけ、檜山グループと鈴を診る為の辻を除いた動ける生徒数名が見送りの為来ていた。その全員が七海を見る。

 

「……八重樫さん、天之河君は?」

 

「部屋で寝てました。昨日は遅くまで起きてたって龍太郎が」

 

「彼は同室でしたね、そういえば」

 

その龍太郎も体力回復と光輝の様子を見る為ここにはいない。

 

「えとよ、八重樫から聞いたんだ。先生がその、最初に人を殺すってことを考えてたって」

 

永山はおどおどして言う。

 

「多分、これから先もそうなんだと思う。それでも、俺達にとって七海先生は恩人だ。だから、今回のことも、ありがとうございました」

 

想いは同じなのか、皆感謝の言葉を言う。

 

(ありがとう、か)

 

感謝をされるべきなのか、そう思うが、それでも七海は、その言葉を受け止めた。

 

「では、行きます。皆さんも、気をつけて。それと、中村さん、谷口さんのことをお願いします」

 

「………はい」

 

鈴の親友である彼女の表情には意志がこもっているが、少し弱っているかのように声をだす。

 

「お見舞い、毎日行きましょう。その内、「あ、皆おはよう」って呑気に笑いながら目が覚めるでしょうし」

 

「ふふふ」

 

想像して恵里は笑って、つられて雫も、皆も笑う。

 

「おい先生!早くしてくれ!」

 

「今行きます。では、メルドさん、彼らのこと、もう少しお願いします」

 

「おうおう、行ってこい」

 

昨日のギスギスした雰囲気など全くない。縛りがあるから?いや、それはそんな強制的なものではない。お互いの確かな信頼だ。

 

会釈して《ブリーゼ》に乗る。余談だが、七海が来る前にこれを見た生徒達は唖然としていたそうだ。

 

「っとそうだった。八重樫、受け取れ」

 

〝宝物庫〟から黒い刀と小太刀を出す。事前に作ったのだろうが、七海はギョッとする。

 

(あの小太刀……呪具ですね)

 

込められている呪力を感じた。正直言って何渡してんだと言いたいが、何言っても聞かないし、そもそも雫にはまだ呪術について言えないので口をつぐむ。

 

「こっちの刀はこの世界で最も硬い鉱石で作った。小太刀もそうだが、こっちはちと特殊な……あー魔力がなくても動かせるアーティファクトだ」

 

「そ、そんな物が作れるの⁉︎」

 

「お、おう。あ、でも回数制限あるかな」

 

あらかじめ溜め込んでいる呪力で動くのだろう。使うたびにそれが減り、なくなればただの小太刀になるということだ。もちろんもう1度呪力を入れれば動くだろうが、そんなこと雫にできるはずもない。

 

(あとでもうちょっと呪具についてと、呪具に術式があるなら、術式開示についても説明しないといけませんね)

 

新たに教えることができて色々考えながら、出発した。

 

 

 

その夜、ホルアドの町外れの公園で悪態をつく男がいた。

 

「クソっ!クソっ!なんだってこんな‼︎」

 

木に恨みを晴らすように拳をぶつける檜山は、動揺と焦燥、憎しみに覆われている。

 

「あーあー。随分と荒れてるねぇ」

 

無理もないけどと煽りのある声で、協力者が現れた。それにも腹が立ち、「黙れ!」と吠える。

 

(弱い犬ほどよく吠えるなぁ)

 

そう思われているとも知らずに。

 

「………さて、次の段階に入ろうか」

 

「次、だと?もうお前に従う理由なんて…」

 

「そんなに奪われたことに腹が立つなら、奪い返せばいい。幸いこっちにはいい餌がある」

 

その人物は不気味な笑みで言う。

 

「王都に帰って、仕上げに入ろう。そうすれば、香織は君のものだ」

 

「俺、の?」

 

「そう。彼女の為に。香織を救えるのは君だけなんだから」

 

甘い言葉に、檜山の瞳が黒く染まっていく。

 

「俺は、間違ってない。俺は香織を取り戻す」

 

うんうんと気持ち良さそうに檜山の言葉を肯定する。

 

「そうと決まれば、早速だ」

 

「?」

 

何がと檜山に問う。

 

「とぼけんな。あれ、人間にも有効なんだろ?だったらよ、今のうちに谷口を殺してしまえば」

 

瞬間、檜山の身体が凍ったように感じた。

 

「勝手はダメだよ。君は僕の言うことを聞けばいい。わかった?」

 

(な、なんだこの感じ!)

 

その人物から感じた得体のしれない何かに、自分の全てが掴まれたように錯覚し、冷や汗をかいて膝をつき、「わかった」と言った。

 

闇がその場を支配していた。

 

 




ちなみに
光輝は劣化版、虎杖悠仁と何度も言いました。故に、その対比としての表現として、呪術廻戦の『自分のために』を少し意識してこのタイトルとしました。
誰かのためって言葉は良い言葉に聞こえますが、ものによっては気持ち悪い言葉でもあると自分は思う。光輝は七海から与えられた呪いを、どうしていくのか…
あと、短いけどこれが第2章の終わりとしてもいいかなと自分で思ったのもあります

ちなみに2
最後の暗躍する人、このセリフ言うかなと思いましたが、ありふれたの本編を見てこうしました。が、意見あればお願いします

次はありふれたさんぽを挟もうと思いました。すでにできてますが、ちょっと考えあるので投稿は来週とします


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ありふれさんぽ:教えて七海先生

まず最初に2つ

ありがとうございます!

そして、ごめんなさい

詳しくは後書きで


その1

 

「お待たせしました。完成です」

 

「「「「「「おォォォ!」」」」」」

 

「流石に、醤油がない以上完全な和食なんて不可能なので、出汁で作った洋風の肉じゃが……というよりほぼポトフですね。パンを買っておいたので、ご一緒にどうぞ」

 

「ナナミンのごはん、いつもおいしいの」

 

今日も今日とて七海が料理を作ってくれた。

 

「もしかしなくても先生、このパンは」

 

「はい。町で1番良いパンを作れる方に、作っていただけました。運が良かった」

 

「なんか、七海先生らしいね…ねぇ、ハジメ君、いつも七海先生が料理を?」

 

「いや、当番制。つってもシアか七海先生しかしないし、車での移動だからそんな野宿もないしな」

 

「でもこの人私より手際も良くておいしいんですよぉぉぉ」

 

「なんでそんな恨めしそうなんですか?」

 

七海はなんでもないように作るが、シアもユエもティオも、女子力で負けている事に膝をつかざるをえない。

 

「呪術師は独り身が多いからだそうですけど、それ踏まえても随分と上手いような」

 

「まぁ、自炊は趣味でもありますしね。休日なんかは少し凝った物も作りますよ…大抵は酒に合う物ですがね」

 

「「むむむぅ」」

 

ユエと香織はちょっと羨ましそうに七海を見る。

 

「先生、次私が作りますよ!というより、作らせて下さい!」

 

「はい?まぁ、かまいませんが……南雲君の言う通り、あまり野宿はないですけど」

 

「むっ!七海、今度料理教えて」

 

「あ、ズルい!私もお願いします!」

 

「香織はもうできるんでしょ?ならいらない」

 

「そんなこと言って私より美味しいもの作ってハジメ君に喜んでもらおうなんて目に見えてるんだから」

 

2人の言い争い…というより痴話喧嘩に巻き込まれてしまった七海は肩を落とす。

 

「ガンバ、先生」

 

まるで応援する気のないハジメの言葉にイラッとしながら。

 

ちなみにそのハジメも、どっちから食べるのと詰め寄られ、どっちが美味しいと詰め寄られ、味的には香織だが、ユエの方は好きな人物の手料理でもあり、裁定が付けづらく、逃げるに逃げれない状況に置かれる羽目になるのだが。

 

 

その2

 

ある日、ブリーゼで駆けている際、何かに乗り上げて転倒してしまった馬車と、そこから振り落とされて重傷を負って倒れている人がいた。香織がハジメに声を掛けたことで止めて、すぐにブリーゼから降りてそちらに向かう。

 

「香織は世話好きだな、まったく」

 

「そんなこと言いつつも、止まってあげるんですね」

 

「……まぁ、ミュウに嫌なパパってとこ見せたくないし」

 

ついに自分からパパと言い出したことにはあえてツッコミを入れず、七海も出る。

 

「どうした、先生?」

 

「どうやら行商人のようですから、何かしら貰えるか聞いてきます。せっかくですしね」

 

「あんたも意外と恩を利用するんだな」

 

「君ほどではないですよ。ちゃんとお金も払いますしね」

 

と言いつつ、値切るつもりではあるが。

 

「容体は?」

 

「こっちの人はちょっと危ないのでしっかり治療してからあっちの人を治療します。大丈夫です、この程度なら」

 

細部まで治す為、集中しだす。それを乱さないように離れて他の人物と話す。感謝とお辞儀を何度もされるが、それは香織に言うように言って、何か良い物はないかと聞いてハーブと香辛料を分けて貰った。買うつもりでいたが、相手がお礼だと言って引かないので、これ以上は逆に失礼になると思い、受け取り、ハジメの方に向かう。

 

「?」

 

と、見るとハジメが武器を出して手入れをしている。まぁ、これは良いとして。問題は残りのメンバーだ。

 

「さぁ、もう一度‼︎ギュンして、ググーーンで、グインで、そーい!」

 

「さっきと説明が微妙に違うですぅ⁉︎」

 

「やはり、妾、ほんとはバカなんじゃろうか……」

 

「ぜんぜんわかんないの〜」

 

ユエは伊達メガネをかけて、よくわからない掛け声と体操をし、残りはそれに着いていけてないというか、理解できてないように見えた。

 

「交渉終わりました。……何してるんですか?」

 

「……武器の手入れ」

 

「いや、君じゃなくて……あちらの体操についてなんですが」

 

「………そうだな。うん、そうしたほうがいいな」

 

ハジメは七海を見て何か考えたのか、ユエ達の方に声をかけた。

 

「おい、おまえら、七海先生の方が説明とか上手だから、そっちに教えてもらえ」

 

「は?いきなり何を…」

「聞き捨てならない」

 

七海の言葉を遮り、ユエが威圧感増し増しで言う。…七海に向かって。

 

「私の言う通りにやれば必ずできる。そもそも七海は魔力がない、魔法が使えない。教えるに値する以前の問題」

 

「けど、王都で香織や俺、錬成含めた魔法の基礎知識を教えたのは七海先生だぜ」

 

「む」

 

「あの、私を抜きにして勝手に話を進めないで下さいますか?」

 

どういう状況なのか説明を求めようとすると――

 

「七海!」

「七海さん!」

「ナナミン!」

 

「は、はい?」

 

「魔法のコツを教えて下さいです!」

「魔法について教えてほしいのじゃ!」

「ナナミン教えてなの!」

 

3人が詰め寄りながら言う。いい加減説明無しに話が進みだしたことにイラっとして、

 

「もうわかりましたから、まず、話を、聞いて下さい」

 

凄みある顔で言われて全員押し黙った。そして代表で、というか、元々の話の言い出しっぺのシアが説明をした。

 

「なるほど、魔法についてのコツを聞いて、適正のないシアさんでも魔法を使えるようにしたいと」

 

「ハイです」

 

「妾の方も、ユエの魔法教室に興味が出ての……ユエはほら、天才じゃし」

 

「なの」

 

説明をされて理解はできたが、すぐに理解できない謎がいくつか出る。

 

「それでなんで私なんですか?私じゃなくてユエさんの講義を聞いてたんでしょう?」

 

「七海さんも見てたでしょう!あれでわかりますか⁉︎」

 

「動きをつけて教えていたのでしょう?まぁ、たしかに、体操みたいにしてどうやって魔法を教えていたかは気になりますが」

 

「ならお主も教わってみよ!ほれ!」

 

ビッとユエを指差してティオは半泣きで言うので、仕方なく七海は聞くことにする。

 

「まず、もぎゅっとして。こねこねっとする。シュルンとなったら、そーいってする」

 

「………………………」

 

スーッと息を吸い、瞬時に納得して、また考える。

 

「七海?」

 

(固まってる。いやまぁ、七海先生でもわからないよな、アレは)

 

説明無し、擬音のみ。これで解れとかどうしろって話だろうと、ハジメは同情していた。

 

七海の方も、まさかユエがここまで説明が下手くそだとは思わなかったのか、ホルアドで香織に魔法を教えるのが徒労に終わると言われた意味を理解して、その上で、

 

「あの、すみません。考えをまとめてますので、あと2〜3回見せてもらっても」

「「「⁉︎」」」

 

(どうにか理解しようと必死だな)

 

まだ見るのかと驚く3人と、なんとなく七海の考えを理解したハジメは黙って見守る。ユエは良い心掛けだと思ったのか、それから3回見せる。どれもほぼ同じ、掛け声が微妙に違うのみで、話にならない。要するに、理解不能。

 

「なるほど、わかりました」

 

「「「「え?」」」」

 

今、4人の意見が一致した。「理解不能を、理解した、だと⁉︎」と。

 

「ユエさん、もう一度、1つずつやってもらっていいですか、それをわかりやすく私が説明します」

 

ユエが少し不満そうに、残りのメンバーが訝しみながら聞き耳を立てる。

 

「もぎゅっ」

 

「まず、これは魔力を練る行為を表してます。自身の内包する魔力を引き出す行為、わかりやすく火で例えましょう。薪、着火剤、火の順番でいきます。いまの『もぎゅっ』は、薪を用意した段階。次を」

 

「こねこね」

 

「これは、魔力を身体に流す段階、魔法を使う前準備。…用意した薪を燃えやすいように切ったり小さくしたり、重ねている段階と思ってください。次を」

 

「シュルンとなる」

 

「これは、本来なら詠唱にもあたる部分ですね。発動する為の魔法にそれに必要な魔力を繋げて送る行為。着火剤を使って火を起こす瞬間、火打ち石を打ちつける、もしくは紙に小さく火をつける行為です」

 

「……そーいってなる」

 

「後は、発動。火がつきます。こんな感じですがどうでしょうか?」

 

「「「めちゃくちゃわかりやすい‼︎(です‼︎)(のじゃ‼︎)」」」

「ナナミンすごいの!」

 

ユエのあまりにもあんまりな語彙力を、どうにか自身の呪力の流し方、術式発動をベースに考え説明したのだが、どうやら功を奏したようである。というより――

 

「七海さん!もっと魔法について教えて下さいです‼︎」

 

「妾も、この身に流れる魔力の真髄、見えておらぬ物、知りたいのじゃ‼︎」

 

「ナナミン、もっともっと!」

 

3人ともユエの元を離れて「ハイハイ!」と教室で手を挙げる子供の如く、教えを乞う。当然ながら、自分の教育論に絶対の自信があったユエは――

 

「……………」

 

ガーン!という効果音がついたかのように突っ立ている。最後の頼みの綱と、ハジメを見ると我関せずと言うところか、あからさまに顔を背ける。

 

「教えるのはいいですが」

 

だが、ハジメは1つ忘れている。

 

「シアさんは魔法の適性がないなら、どれだけコツを聞いても無駄ですよ。言うなれば、着火剤無しで火をつける行為みたいなものです。ティオさんの場合、これらができているので、後はどれだけ出力調整……必要な薪(魔力)と着火剤(詠唱)をするまでの簡略化だけで、これは回数をこなせとしか言えませんし、ミュウさんに関して言えば魔力がないのでそもそも論外です。総じて言うなら、無駄だと思いますが」

 

「「「……………」」」

 

3人はガーン!と言う効果音がついたように膝を折る。

 

(あ、そうだった。この人もこの人で、事実を突きつけるから、心折られるんだよな)

 

教えるにはまったく才能がないユエと、教える事が上手い七海。正反対なのに心を折る事だけは一致していた。

 

「まぁ、自分に合ったやり方が1番だと思いますよ。無理して別の方法を探すよりもよっぽど効率的です」

 

フォローができるだけマシかもしれないが。と、そうして心を折られている者がいる中――

 

「治療終わったよー。馬も怪我しててそっちも治して…どうしたの?」

 

治療を終え、戻って来た香織が項垂れた4人を見て声をかける。

 

「ユエさんに、魔法のコツを教わって、その後七海さんにも教わって………」

 

「へー!凄い!2人とも別々な教え方だけど、上手だよね!」

 

「でも、心を折られ…………へ?」

 

「むぅ?」

 

シアとティオは一瞬香織の言葉を疑う。

 

「あの、香織さん?七海さんはともかく、ユエさんも…ですか?」

 

「うん!オルクス大迷宮で、教えてもらったことなんだけど」

 

言いながら香織は杖をしまい手を前に出す。

 

「もぎゅっ、こねこね。で、シュルンとなるから、そこからそーい!」

 

ユエとまったく同じ謎の擬音と動き付きでやると、〝聖絶〟を発動させた。

 

「「何ぃー‼︎」」

 

「……マジか」

 

シア、ティオ、ハジメは驚きを隠せない。あんな擬音と妙な動きで発動させるとは思わなかった。特にハジメはユエが香織に魔法を教えることは聞いていたが、絶対徒労に終わると確信していたのと、大迷宮から出て来た後でその事を話さない、つまりは説明できないと考えていたぶん、驚きは大きい。

 

「ね、わかりやすいでしょ!」

 

「「「……ハイ、ソウデスネ」」」

 

「香織お姉ちゃんすごいの!」

 

香織の言葉に自信を取り戻したのか、ユエが「エッヘン」と胸を張る。

 

(先生の言う通り、ある意味似た者同士ってやつだな………って)

 

「……………………」

 

ズーン、と言う効果音がついたように、七海は呆然としていた。

 

(あ、アレでいいなら、私が今までやってきた意味とは)

 

(こっちはこっちでショックを受けてるな。教えてきた分、ショックも大きいだろうな)

 

「もうダメですぅ」

 

「七海はある意味ユエより心を折る、ユエはそもそも教育者としてむかんし、どっちもどっちじゃな」

 

と2人は言うが――

 

「でもまぁ、魔法の件で何かあれば、七海さんに聞くのがいいですね………心を強く持つ必要ありですけど」

 

「うむ。少なくとも、ユエよりは断然マシと言えるの……心を強く持つ必要はあるがの」

 

と評価して、再び魔法についていつか話を聞こうと思っていた。当の本人はまだショックを受けていたが。その光景がハジメは今日一印象的だったと言う。

 

 

その3

 

「ふぅ、いい湯だったな…ん?」

 

「で、こうすると答えが」

 

「8なの!」

 

「はい。正解です」

 

風呂から出てきたハジメは七海がミュウに数学を教えている所を目撃した。

 

「お、ミュウお勉強か?偉いぞー」

 

「ナナミン、ありがとうなの!」

 

ハジメに誉めてもらえて、その理由の七海にミュウは感謝する。

 

「いえ、別に。このくらいなら。白崎さん、そちらは?」

 

「ちょっと、苦戦中です」

 

「「「むむむぅ」」」

 

ユエ、シア、ティオが難しい顔してミニホワイトボード(ハジメ製)を見つめる。

 

「この為に作らせたのか」

 

「いや、私が教師という事で、地球の言語の方を教えてほしいと言い出したので。とりあえずはひらがな、カタカナから始めようかと。ミュウさんは幼いので言語よりも別の方向でというより、オマケみたいなものです」

 

ハジメは「ほー」と興味がありげにそれを見る。

 

「ひらがな、カタカナの使い分けもですけどぉ、なんなんですかぁ、この難しさはぁぁぁ‼︎」

 

「言語が統一されているようでいない。不思議すぎる」

 

「七海が事前に言うように、確かに難しいのじゃ」

 

「ね。日本語って私達の世界でも最も難しい言語って言われてるくらいだから」

 

ちなみに、香織は補佐として教えているが、あまり芳しくはない。

 

「今日はこの辺にしましょう。詰め込み過ぎはいけないので」

 

「はいですぅ〜………それにしても」

 

うつ伏せになってシアは言う。

 

「七海さんって、本当に先生なんですね」

 

「どういうことですか?」

 

馬鹿にされたと思ったのかちょっと低い声で言う。

 

「あ、いえ、そうじゃなくて、あまりにも似合ってるので」

 

「?私が、ですか?」

 

七海が聞くと「たしかに」と言うように皆、首を縦に振る。

 

「でも、前の世界……死ぬ前は1回も教師をしたことがないんだろ?」

 

「ええ。証券会社……と言ってもユエさん達にわからないですね。…簡単に言えば、お金持ちからお金を借りて、その人をよりお金持ちにする、大体そんな感じのところで働いてました」

 

「……なんか、似合ってない」

 

「七海さんはもっと弱い人の為に働く方が似合ってるような気がするですぅ」

 

「少なくとも、権力者に媚びへつらうようなことをするようには見えんの」

 

「まぁ、実際働いてクソだと思ってましたよ。…呪術師も別のベクトルでクソですがね」

 

「で、適性のある方を選んだ…聞いた時は、正直言って教師の言う言葉じゃないなって感じでしたね」

 

香織は説明の際の七海の「クソ」と言う姿と学校で見た姿とのギャップの方が印象的だった。

 

「………ところでよ、俺らの世界に来て、なんで教師になったんだ?時間かかるだろうけど、先生ならまた証券会社にも就職できるだろうし、他にも色々道はあったと思うけど」

 

「……特に理由なんてないですよ。昔、とある少年の手解きをしてた際、その少年が私を教師と勘違いして先生と呼んだことが、少し印象に残ってたから、そんな感じです」

 

「意外と単純というか、なんというか」

 

もう少し考えてのものと思っていたのか、ハジメはちょっと衝撃であった。

 

「そう言えば、ユエさん達は、南雲君の世界に行きたいんですよね?」

 

3人はその質問に頷き、ミュウもその気なのか「ミュウもーママと行くー」と言う。

 

「まさかと思いますが、3人共、南雲君の学校に行きたいとか言いませんよね?」

 

「もちろん」

「当たり前です」

「うむ」

 

「……………」

 

七海は頭を抱えた。

 

「まぁ、シアさんはいいとしてです。ユエさんとティオさんはぶっちゃけ必要ないというか、年齢的にいけないような……」

 

「アぁ?」

 

ユエが圧をかける。ドスの入ったいい声である。

 

「いえ、南雲君の通う学校というのは、同年代の人達が学ぶ場所なのですが」

 

「関係ない」

 

(あ、ダメですねこれは)

 

しかし、見た目で言うなら問題は……あるような、ないような、微妙なところである。

 

「けどまぁ、ティオはアウトだろう。いろんな意味で」

 

「ご主人様⁉︎ひどい、ひどいのじゃ!もっとぉなのじゃ!」

 

ビンタされて喜ぶティオを見つつ、確かにティオの見た目だと学生はさすがに無理があると思っていた。できて教師だろうが、こんな痴女が自分と同じ教師になることを想像すると反吐が出そうな七海であった。だがそれより心労なのは――

 

「そうなると、ほぼ確実に私が担任でしょうね」

 

「「………あ」」

 

そこでハジメと香織は察した。心労が増えるんだなぁと。

 

「七海、その時はよろしく」

 

「よろしくお願いしますですぅ!」

 

「わ、妾も、この際教師でもいいのじゃ、先輩として、の、の?」

 

「………………」

 

((七海先生、頑張って))

 

後々に訪れる心労に、同情する、ハジメと香織であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上が、七海が皆に教えてほしいということだった。料理に関しても、その場はお流れになった。

 

そして、結局これら全てが叶えられる日は、訪れることはなかった。

 




さんぽシリーズで不穏な空気出して、すんませんでした!

今回の話は元々3話あったのを1つに集約して出しました

はんたーさんからファンアートをいただき、挿絵として出しました!

嬉しすぎて休憩中に大きな声出して同僚からちょっと引かれたw



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烽火連天

呪術廻戦の本誌がヤバイ!芥見先生いわく、4人中3人死ぬか1人だけ死ぬからしいけど……どれもやだぁぁぁ!




前方、砂。後方、砂。左右、砂。空は煌々と太陽が照り付け、その熱を砂が吸収して上下から襲い、正面からは熱風が砂塵と共に吹きつける。夜は夜で放射冷却によって極端に温度が下がる。また、この砂漠に適応した魔物の脅威もあり、グリューエン大砂漠はおおよそ生物が生きていくには辛すぎる環境といえよう。

 

「こんな場所をスムーズに移動できるなんて、久々に文明の利器の便利さを感じますね」

 

「ですねぇ、普通に馬車だったらどうなってたか、想像もしたくないです」

 

ハジメの『ブリーゼ』は最新型の車以上の設備が揃っており、砂埃や熱風に関係なく進める。当然ながら車内もクーラーで快適な温度になっている。

 

「うむ、この環境でどうこうなるほど柔い心身ではないが、積極的にこんなところを進もうとは思わんのう」

 

「……………」

 

「む、なんじゃ七海?その疑い深そうな眼は?」

 

「いえ、別に」

 

七海は話を逸らすように言い、窓の外を見る。

 

「お前ならこんな場所でも喜んで汗と粘液を出しながらスキップして移動しそうとか思われてんだろう?」

 

「そこまで思ってません……多少です」

 

というより、あえて言わないんだから言うな、と告げるよりも早く、この罵倒にティオが悶絶していた。

 

「やっぱり南雲君、わざとやってるんですか?」

 

「だから違う‼︎」

 

賑やかな車内は、本当に危険な旅をしているとは思えないほど、嬉々としている。

 

「パパすごいの!前に来たときとぜんぜん違うの!とっても涼しいし、目も痛くないの!」

 

「そうだね〜ハジメパパはすごいね〜」

 

「白崎さん、ミュウさんにお水を。クーラーのかかった空間なのでわかりにくいですが、確実に体内水分は減ってるので、こまめに補給を促してください」

 

七海の指示に、香織は「はーい」と遠足に来た小学生みたいな返事を返し、ミュウに水を渡す。

 

「やっぱり七海はハジメと違う意味で過保護」

 

「私はそんな甘い人ではないですよ」

 

「それ、俺が甘いって言ってる?」

 

『事実だろ』と誰も口に出さないが、これは皆が思っていることである。

 

「というか、香織…その、ハジメパパってのはやめてくれよ。なんか物凄いむず痒いんだ」

 

「え?でもミュウちゃんには普通に呼ばれてるよね?」

 

「いえ、あれでも最初は」

「七海先生ぃぃ!いいから、余計なことを言うな‼︎」

 

「失言でした」

 

全く謝る気のないその言葉に対して、キレるのをどうにか我慢してハジメは続ける。

 

「でだ、ミュウはもういいとして。さすがに同級生からパパと呼ばれるのは抵抗が」

 

本当に抵抗感があるのがわかってか、香織はわかったと同意するが、

 

「でも、いつか私にも子供ができたら、その時は」

 

(あ、まずい)

(嫌な予感がしますね)

 

ハジメをチラチラ見ながら言う香織に、絶対反応するであろう人を知っている。そして、ハジメと七海はとばっちりを受ける気がした。

 

「残念、先約は私。契約済み。香織の入る術はない」

 

「なっ⁉︎ハジメ君!どういうこと⁉︎」

 

「ふふ、両親への紹介も約束済み、明るい家庭は、『えくすかりばー』」

 

「⁉︎」

 

「?なぜその剣を例えで出すのですか?というか、なぜユエさんはその剣を知ってるんですか?」

 

「よくわかんないけど、ハジメが色々教えてくれた」

 

「はぁ……ん?南雲君、なにを項垂れてるんですか?」

 

ルームミラー越しでもわかるくらい、ハジメは項垂れていた。

 

そうしてユエの猛攻を聞いていた香織だったが、今のユエの発言にニヤリと笑みを浮かべて、負けるかとばかりに告げる。

 

「私は、そういうユエの知らないハジメ君を沢山知ってるよ!ハジメ君の将来の夢とか趣味、その中でも特に好きなジャンルとか!好きなアニメも漫画も知っているよ!」

 

「む、そ、それは日本に行ってから教えてもらえばいい」

 

「甘いよ!理解して、ちゃんと語るには時間がいるんだから!例えばユエは今の元になった原作とか、本当の言い方、知らないでしょ!漢字とかルビとか」

 

「か、かん、ルビ?」

 

「今のハジメ君は、アニメファンみんなが憧れるキャラその物なんだよ!ハジメ君の好きなキャラにもいたし!クロスビットだっけ?あれも絶対モデルはファンネルだろうし‼︎」

 

「南雲君、なんで血反吐を吐きそうな顔をしてるんですか?まるで鳩尾を複数回殴られたような」

 

割と心配して七海は言うが、これにより余計に香織の発言に意識がいき、それがまたハジメにダメージを与える。

 

「好きな人の好きなものを知らないで、勝ち誇れる?」

 

「……ふっ、ふふふ、香織、いい度胸。そんなに知りたいなら私も教えてあげる。ベッドの上でハジメの好きなこと」

 

「なっ⁉︎」

 

「ナナミン、耳ふさいじゃよく聞こえないの」

 

教育上よくないなと判断した七海が手招きして、ミュウが香織から後ろの席にいる七海の方に移動すると、すぐさま耳を塞がれて不満そうにする。

 

「ふふふ、七海も既に許可している。諦めろ」

 

「なっ⁉︎ななな、七海先生‼︎普通そういうのは教師として、止めるべきなんでは⁉︎」

 

(いつかこうなる気はしましたが、私を巻き込まないでほしい)

 

「あっ!そうか縛りだね、縛りのせいでしょ!」

 

ちなみに既に香織にも七海のことは現状含めて告げている。その時の反応が――

 

「あ!つまりは異世界転生して異世界転移したんだ!すごい!ハジメ君の読んでるラノベみたい!」

 

と何故か大はしゃぎであったので、七海は「自分の感性がおかしいのか」と疑ったほどである。

 

「チッ。たしかにそれもあるけど、七海が私とハジメとの付き合いを認めたのは事実。これは縛りとは関係ない」

 

バレて舌打ちするが、すぐに事実を告げる。それに反応した香織が般若の如く、というよりマジで背後に般若を出して妬みを含んだ眼で睨む。

 

ここに来るまでもいくつか町に寄りながら移動していたが、事あるごとにバチバチ火花を散らしている2人。そのたびにハジメが割を食うのだが、今日ついに七海にもとばっちりが来た。

 

(とはいえ、そろそろ止めましょうか)

 

これ以上、夜の話をミュウの前でさせるのは良くないと考え、七海は止めに入る。ちなみにここまでの流れはいつものことなので、シアとティオはスルーだ。

 

「2人とも、その辺で」

 

「「だって!」」

 

「『だって』じゃありません」

 

その瞬間、2人はビクッとする。教師として、大人として、注意をする時の七海はキレている時よりもある意味真剣で怖い。

 

「君達はいくつですか?ケンカはいいとしても、限度を覚えてください。特にユエさん、あなたは年長者なんですから、もっと余裕と落ち着きのある態度をとって下さい。白崎さんは面倒見がいいんですから、もっと周囲に気を配りなさい」

 

「「はい、すいません」」

 

香織はこれまでの経験と担任としての言葉に対して縮こまるが、ユエにとって七海は、日本に行った時にハジメと同じ学校で通うなら、いずれ自分の教師になるであろう存在。七海より圧倒的に上位の存在で、且つ歳上なのだが、大人としてのレベルの差がありすぎるのと、最近とある事情で先生力でも負けている事を実感して口出しがしづらい。

 

「うーナナミン!きこえなーい‼︎」

 

「っと、すいません」

 

パッと手を離すと今度はユエと香織を見て言う。

 

「ユエお姉ちゃんも香織お姉ちゃんもケンカばっかり!なかよくしないお姉ちゃん達なんてきらい!」

 

耳を塞がれていたとはいえ、いつもいつもケンカしている2人を見ていたミュウは怒り、七海の隣にいるシアの膝に座り込んでフンと顔を背ける。さすがにこれは効いたのか更にしょぼんと縮こまる。

 

「まったく、幼児に言われてどうするんですか」

 

「誰もミュウには敵わんな……む」

 

この光景を面白おかしく見ていたティオだったが、不意に外に意識を向ける。それに合わせて七海もズイッと見る。ハジメもぶつぶつと「俺は厨二じゃない」と呟いていたが、ティオに言われてその方角を見る。

 

「ありゃ確か、サンドワームか?」

 

20メートルはあるミミズのような姿を見て、王都で見た図鑑の知識から判断した。サンドワームはこの砂漠のみに生息し、普段は地中で潜航し、獲物を見つけては下から大口を開けて襲いかかる生物。とはいえ、察知能力が低い為、運悪く見つからない限りはそうそう襲われない。そんな生物が姿を見せているということは――

 

「捕食しようとしている?それにしてはどの個体も動かない。あれだけの数で取り囲んでいるというのに…」

 

「食うのを迷ってんのか?悪食だって載ってたんだが…ティオ、そういうことってあるのか?」

 

ティオはこの中では1番の年長者にして、ユエと違い外の世界で生きて来た存在。知識は誰よりもあるだろうが、そんな彼女も――

 

「むぅ、わからんの。少なくとも、妾の知識にはないのじゃ」

 

「狙われているのが人という可能性も捨てきれませんが……近付くとこちらが標的にされかねないですね。こちらには気付いてないようですが、どうしましょう」

 

七海に言われて、考える。以前のハジメならすぐさまスルーしただろうが、今は治癒士である香織もいる。何より、寂しい生き方をしないと決めている。とはいえ、ここにいては本当に人が襲われているかわからない。行って人が居ませんでしたでは割りに合わない。そうして考えた末にここを離れようとしたが――

 

「!」

「どうしました、なぐ…!」

 

まずハジメが、次に少し遅れて七海が気付く。

 

「摑まれ!」

 

すぐさまハジメはそう叫んでブリーゼを加速させる。瞬間、先程までブリーゼがいた所からサンドワームが飛び出して来た。数秒遅ければ飲み込まれていただろう。

 

「きゃあぁ!」

 

「ひうぅぅぅ!」

 

「ぐっ、ミュウさんをしっかり守って下さいシアさん!」

 

「わっかってまぁぁす!」

 

急発進からの連続ドリフトをし、砂中から現れるサンドワームを回避する。

 

「南雲君、これに武器は⁉︎ないなら私が外に出て、戦いましょうか?」

 

「心配ご無用ってやつだ!」

 

更にドリフトして車体を追いかけて来るサンドワームに向けるとそのままバックする。次に魔力を注ぎ込んでボンネットに内蔵されていた武器を出現させ、ロケット弾と魔力砲を放つ。血を砂漠に、車体に付着させながら粉砕されたサンドワームが倒れていく。

 

「今の爆音であそこにいたサンドワームが反応したようで…」

 

「香織、いい加減ハジメから離れて」

 

「こ、これは、そう、バランスを崩しただけで、ユエみたいにエッチなわけじゃないから!」

 

散々ドリフトした事が原因でハジメの膝に倒れた香織だったが、それをいいことにその場所を堪能していたようだ。

 

「こんな時くらいやめなさい、まったく」

 

「まだ飛ばすぞ!摑まれ!」

 

迫りくるサンドワームに向かって、今度は車体の横からも武器を出した。

 

「オールウェポン、ターゲットロック!ファイア!」

 

あれだけ厨二扱いされるのを嫌そうにしていたハジメだが、この発言とブリーゼの武装からしても、厨二である。そんなことをツッコむ人はここにいないのが幸運でもあるが。

 

砂漠の一帯を赤く染め、砂漠は静けさを取り戻す。落ち着いて周囲を見たとき、先程までサンドワームが取り囲んでいた場所に白い衣服を身に包んだ人が倒れていた。

 

「あの人を取り囲んでいたのなら、何故捕食をしなかったのでしょうか」

 

「さぁな。なんかあるんだろうが」

 

「…ハジメ君、あの場所に…」

 

治癒士として、香織は頼みこむ。ハジメも気になったのでそれを了承した。

 

近づいた時に〔+視認(上)〕以上の者達は気付く。その倒れた人物の体内に流れる魔力の異常さに。因みに、最近シアも〔+視認(上)〕に到達している。

 

「体内魔力の流れが早い。小川が濁流になっているかのようですね」

 

「はい。でもその原因はこのままじゃ分からない。…なら、〝浸透看破〟」

 

〝浸透看破〟は魔力を浸透させて対象の状態を診察し、その結果を自分のステータスプレートに表示させる技能だ。

 

「何がわかりました?」

 

「はい。おそらくですけど、何かよくない物を摂取して、それが原因で魔力を外に放出できないみたいです」

 

その結果、体内で生成される魔力に身体が活性化、圧迫され、臓器や血管に異常を起こしているとのことだ。そしてこのままだと、出血多量と衰弱で死に至る。

 

「これは、回復よりもまず、内部の魔力をどうにかしないと」

 

魔力の流れが見える香織はそう判断して、一定範囲内にいる者の魔力を他の者に譲渡する〝廻聖〟を使用するのだが――

 

「光の恩寵を以って宣言する。〝廻聖〟」

 

「「なっ!」」

 

「「おおぉ!」」

 

「キレイなの!」

 

「ですぅ…」

 

以前までに既に3小節まで省略していた魔法を、たったの1小節にまで省略していた。その光景にハジメと七海は驚き、ユエとティオは感嘆し、ミュウとシアはうっとりと見つめる。

 

「すげぇな香織」

 

「へへ、まだ無詠唱はできてないけどね」

 

「いや、そのうちできんだろこの調子なら。って、先生?」

 

(ユエさんのあんな教えで…)

 

(あ、これショックを受けている)

 

茫然とした七海だが、少し前にもあったことなのでとりあえず直ぐに戻るのはわかるが、気持ちは何となく理解できるハジメだった。

 

更に香織は回復魔法をかけたが、あくまでも応急処置だ。根本的な問題、即ちこの人物の魔力暴走の原因が解決しない限りはどうにもならない。荒くなっていた呼吸は落ち着いたが、このままこの炎天下に晒されていてはいけないと考え、ハジメの錬成で土のドームを作り、そこに運んだ。

 

「ともかく、今はこのくらいしかできない。こんな症状は王都で勉強した中になかったし、ユエとティオも知らないなら、不治の病としか言いようがない」

 

完全な治癒が出来なかったことが悔しく、香織は憂う。知識の深い2人も知らないとなると、完治させるのは難しい。

 

「とりあえず、この方に聞いてみるしかないでしょう。何か症状について知っている可能性がありますし」

 

そうこうしていると青年が、少し苦しそうにしながらも目覚めた。その際香織を見て『女神』だの、『召し上げられたのか』などと言って香織の手を掴もうとしていたところにハジメの足で腹を踏まれて、本当の意味で目を覚ました。

 

「はぁ、もういいですよ。それでは、少しお話しを聞かせてもらってもいいですか?」

 

もはやハジメのこの対応にも諦めが強くなってきた七海は目線を下げて青年に話しかける。

 

「その衣服、アンカジ公国の物と見ますが、そちらで何かあったのでしょうか?」

 

「は、はい。あの、その前につかぬことをお聞きしますが、あなたは七海建人様でしょうか?」

 

「こんなとこにまで……いったいどういう噂が」

 

人相描きが出回ったのは数ヶ月も前。小さな町や村などはともかく、多くの国では既に周知されている。

 

「そちらの方々は、冒険者でしょうか?ランクは?」

 

「金。つか、早いとこ喋れ。こっちはアンカジに行きたいんだが、何かあって危険地帯になってんならたまったもんじゃねぇんだ」

 

「申し訳ないのですが、お願いします。これ以上は抑えられる自信がないので」

 

チンピラみたいな感じで『情報を言え』と言うハジメと、真面目な顔で言う七海を見て、これ以上喋らないでいるとまた蹴りをくらわせられると思い、話しだす。

 

青年はビィズ・フォウワード・ゼンゲンと名乗ったが、そのゼンゲンという名には聞き覚えがあった。

 

「あなたはもしかしてアンカジ公国の領主の」

 

「はい。ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは私の父です」

 

領主の息子が、こんな砂漠の真ん中で死にかけで倒れていた状況が、事の異常さを表している。早いとこ向かうべきだと考え、移動しながら話すことにして彼らはブリーゼに乗り込んだ。

 

「まだ入れるスペースがあってよかった」

 

七海は外の荷台に乗る羽目になるのは正直言って御免だったため安堵した。

 

「こ、これは、この乗り物はいったい…やはり、あなた方は神が遣わした女神と使者か!」

 

おどろくビィズに「そんな慈悲深い神はいねぇ」と頭で思いつつ、心底ウザそうな顔でハジメはさっさと言えと半分脅しつつ言う。

 

4日ほど前、アンカジで原因不明の高熱で倒れる人が続出した。初日だけで3000人が意識不明、症状を訴える者でも2万人はいた。当然、治療施設はすぐに飽和状態になった。おまけに病の進行は遅らせる事はできても完治はできない。そんな中で治癒士も感染し、治療できる者が減り、患者だけが増え続け、ついに死者が出始めた。

 

「これが、わずか2日間の出来事だ」

 

「……あまりにも早すぎますね。自然の病気でも、そこまで早くはない」

 

「ええ。その異常性から、経口感染が強いと考え、飲み水に鑑定をかけたのですが…案の定、魔力を暴走させる毒素が確認され、水の出どころであるオアシスを調べてみた結果、オアシスから毒素が確認されました」

 

アンカジの水源はオアシスが頼りだ。そこの水が使えないということは、死活問題だろう。

 

(使えなくなれば死活問題になるオアシス。警備は当然あるはず…それを掻い潜りオアシス全体を汚染する)

 

手口に覚えはあるが、今は置いて話を続けさせる。

 

「ビィズさんは、なぜあの場に?というより、領主は?」

 

「父上含めた私の家族も感染していた。だが、今は持ち直している。……衰弱が激しく、動けないが」

 

曰く、『静因石』と呼ばれる鉱石を粉末状にして服用したとのことだ。この静因石は魔力の活性化を抑える効果があるらしい。これによって治療ができるが、この鉱石があるのがここからずっと北方の岩石地帯で、往復で1ヵ月以上はかかる。もう1ヶ所あるが、それはハジメ達がこれから向かう予定のグリューエン大火山の大迷宮内部らしい。生半可な冒険者は大火山を包む砂嵐を突破できず、大迷宮に入れても、入手できる量は少ない。そもそも――

 

「グリューエン大火山の大迷宮に入って静因石を採取して戻れる冒険者も、今は既に病で…それに安全な水がなければ治療できても意味がない。我々は干からびるのを待つだけだ」

 

「なるほど。それで動けたあんたが、救援を呼びに外に出た。だが、その途中で発症したってことか」

 

ビィズは悔しそうな顔をして弱々しく拳を握っていた。因みに護衛はいたそうだがそちらはサンドワームに襲われて全滅したらしく、それもあって悔しさがあふれている。

 

「不幸中の幸いは、襲われる時に発症した為、サンドワームに捕食されなかったことでしょうね」

 

「……それを考えると、少し吐き気がするが、そんな事言ってる場合ではないな。君達に、いや、貴殿達に、アンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、私に力を貸してほしい」

 

ビィズは深く頭を下げた。己が軽々しく頭を下げてはいけない存在であることなどわかっているだろう。それでも下げた。それほど切迫している事がわかる。

 

視線がハジメに向く。最終決定権はハジメにあるが、ユエとティオ以外は『助けてあげてほしい』という気持ちが強い。七海もできるなら助けたい気持ちの方が強いが、彼だけはハジメに視線を向けない。

 

(………答えなんて、聞くまでもないってか)

 

縛りで逆らえないとはいえ、意見は言える。その意見すら言わないということが、七海の信頼の証でもある。

 

「パパ、たすけてあげないの」

 

逆にミュウは純粋故に、直接的に言う。

 

「しょうがねぇな。どの道、グリューエン大火山には行く予定で、その前にアンカジに寄るのもあったからな」

 

さすがに幼いミュウを危険な大迷宮に連れて行くつもりはなく、アンカジで預けるつもりだった。魔力暴走が原因なら亜人族のミュウは今回の病気にかかる心配はない。そして、大迷宮攻略のついでに静因石を確保するのも問題ない。

 

「とりあえずこのままアンカジに直行だ。まずは安全な水の方をどうにかしよう」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうにかって、まさか、27万人分の飲み水を確保できるのか?」

 

「…南雲君、君の考えはわかりましたが、その後で大迷宮に向かうならユエさんの魔力は保ちますか?」

 

ユエの魔法で空気中の水分を集めて水源を作るのだろうが、ただ水を出すだけでなく、27万人がしばらく困らない水と貯水池も作る必要がある。いくらユエでも、そこまで魔力を使えばダウンしてしまうだろう。

 

「どうだ、ユエ?」

 

「………1度には無理。魔力の補給が必要。だからハジメ、『アレ』お願い」

 

「アレ?」

 

七海がなんのことだと思い聞くが、ハジメは恥ずかしそうに「わかった」と言うだけだった。

 

 

飲み水の確保についてだが、結果だけいうとどうにかなった。アンカジ近くの農業地帯の一角、200m四方を重力魔法で深い窪みを作り、いくつかの宝物庫にあった金属鉱石で窪みをコーティング。そこから大量の水を大津波の如く魔法で発生させ、巨大な貯水池を作り出した。

 

これだけの土地の開拓、そして水の発生など、この世界の常識的に不可能を通り越した奇跡だろう。そして、その奇跡を起こしたユエとハジメだが――

 

「まったく………必要とはいえ、あんな方法で」

 

「必要ってわかってるなら言わずもがなでしょ」

 

ユエがブリーゼ内で言ったように、1度にやるにはやはり無理があった。そこでユエの種族、吸血鬼族の固有の技能〝血液変換〟で摂取した血液を魔力に変換し、自らの力にする事で成し遂げたのだ。

 

「それは良いとしてです。わざわざ首筋に噛み付いて血を吸わなくても、瓶か何かにストックしたものを飲むというのはできないんですか?」

 

「鮮度問題と、ハジメの血が凄いから」

 

要はハジメの血以外は好んで飲みたくはないし、鮮度が大事ということ。

 

「なるほど。ではその後にキスしたのは?みた限り、アレでユエさんの魔力に影響があったようには見えませんでしたが」

 

「…‥気持ちの問題。あれだけの魔法を使うんだから、精神を統一したかった」

 

「そうですか。その間、あっちでミュウさんの眼を隠して、悶えていたティオさんと禍々しいオーラを纏った白崎さんと、前屈みになってしまったアンカジの重鎮達の対応を一身に引き受けた私に対して、何か言うことは?」

 

「…後悔はない。やる必要があったのとやりたいからやった」

 

「君達の関係に口出しはしませんし、そういう性的な行為も縛りで禁止できないのでもういいですが、せめて時と場合を考えてください。あと、南雲君も、流されすぎです。ほんの少しでもいいので手綱を握って自重してください」

 

担任の真っ当な意見に、どこか思う事があるのか目を逸らさず「ハイ」と返事した。年齢は圧倒的にユエが上とはいえ、尻に敷かれ過ぎであったのでついに七海はハジメにも注意した。

 

「まぁともかく、これで」

 

「ああ。当分の間は保つだろう。あとはオアシスの方だな」

 

今起こったことに呆然としつつ、アンカジに着いてすぐに紹介にあったビィズの父でここの領主、ランズィの案内でこの場所に来ていた。そのままオアシスに向かう。

 

「これ、酷いですね」

 

「ん、これを飲んでたっておもうとちょっと気持ち悪いレベル」

 

「回復魔法で治せないのかな、これ」

 

「む、なんじゃ?見た感じ特に問題なさそうじゃが」

 

「そういえば、ティオさんは魔力視認ができないんでしたね。だとしたら、ここは綺麗な水源に見えるでしょうね」

 

魔力視認の(上)以上の者達は気付いた。水全体に残穢が染み付いていたのだ。さすがにハジメを除いた者たちは属性はわからないものの、毒があると分かっている状態なら、このオアシスが今どれだけ汚染されて、見るのも気持ち悪いものになってしまっているかがわかる。

 

「何者かがこのオアシスに魔法をかけていますね」

 

「いや、それはあり得ない。アーティファクトで警備と監視はしている。オアシスに悪意あるものが魔法をかければ気づく筈だ」

 

ランズィの言う事は正しい。だがアーティファクトが反応する位置に問題がある。

 

「…さすがに、私でもわかりませんね。残穢が濃すぎて、位置が特定できない。南雲君は?」

 

ハジメは眼帯を持ち上げ、その魔眼で水底を見つめる。

 

「………いるな」

 

そう呟き、宝物庫から500mℓペットボトルのような形の金属の塊を取り出し、それに魔力を注ぎ込む。

 

「…皆さん、濡れたくないなら下がった方がいいです」

 

それをハジメがどうにかする前に七海は告げた。皆が訝しみながら下がっていった後ハジメはそれをオアシスに投げ込む。数秒後、凄まじい爆発音と共に巨大な水柱が噴き上がる。

 

「仕留めましたか?」

 

「いや逃げられた。意外とすばしっこい。いや、防御力が高いのもあるかも」

 

「ただの爆弾ではないですね。……魚雷でしょうか?」

 

正解という感じでハジメはニヤリと笑う。

 

「しかも追尾機能付きのな。あーあ、これを呪具でも再現したいんだが、残念ながら技能は1つしかつけられないからなぁ」

 

本当に残念そうにしながらハジメはポンポンと魚雷を出してはオアシスに放り投げていき、その都度大きな水柱がでる。ランズィ達からしてみればオアシスの破壊にしか見えないだろう。元のオアシスの美しい光景はどんどん変わっていく。水は魚の血で染まっていき、かけていた橋や置いてあった小船は吹っ飛んで木っ端微塵である。

 

「チッ。なら、魚雷と試作品呪具爆弾1号を一緒に使うか」

 

「聞くだけでその脅威さがわかりますが、早いとこしてください。ランズィさん達が今にも飛びかかってきそうで…!」

 

唐突に水が別の形になって襲ってきたかのように、半透明な触手がハジメ達に襲いかかる。

 

(形が一定ではない。が、この程度なら切り裂けますね)

 

術式の対象外ではあるが見た目通りの柔い身体の為、あっさり切れた。が、これも見た目通りということか、すぐに再生した。

 

(……面倒な)

 

ユエとティオも魔法で攻撃し、ハジメも透けた身体の中に見える核、つまりは魔石を狙うが内部で縦横無尽に動いており狙いを定めづらい。しかし、唐突にハジメが「捉えた」と呟いてシュラーク、呪具を構えた。電気と同じ性質を持った呪力を呪具に込める。更に弾の付いてないただの薬莢をこめる。

 

「弾は、これから作る。呪力でなぁ!」

 

呪具に込めた呪力から内部の薬莢に込め、形をイメージし、エネルギーを集約する。強いエネルギーを、限界まで小さくまとめていく。

 

「くらえ」

 

引き金を引いた瞬間、撃ち出された呪力の弾丸は、圧縮されたエネルギーを放出し高エネルギー体、レーザービームとなり、一直線に魔石を貫く。

 

「んー呪力の収束率はほぼよし。あとはこれを発散させることと、その際のエネルギーをどれだけ拡散させずに威力を上げるかだな」

 

(呪力を放出してぶつけるのは、私でもできる。だが、あんな芸当はできない。彼の呪力特性と、センスによるものですね)

 

感心してそれを見ていたら、ハジメが「なんだよ」と訪ねるので「いえ」と流した。

 

自分で考え、呪力を扱っている。それはすなわち、『呪力を流す』という初期段階から着実な進化をしているという事。自然に、身体を流れる血のようにしていく中で術師は呪力の核心へと至る。これは既に言葉として伝えている。今、七海がそれができている、と言えば、そこで満足してしまうかもしれない。術師としても、特級へいこうとする彼には、言うより経験と自己学習の方がいいと思うから、嬉しさと、若干の悔しさを隠し、陰ながら応援していた。

 

「それより、これでオアシスは」

 

「ああ。間違いなくオアシス汚染の原因はアレだろ。奴の魔力の残穢と一致してるしな。おそらく、毒をだす固有魔法だろうよ。とはいえ、残穢がまだオアシス全体に濃く残ってやがる。だから…」

 

「ええ」

 

ハジメの考えに七海も肯定する。実際オアシスの鑑定をしたが、やはり汚染されたままだった。

 

「まぁ、気を落とすでない。元凶がいなくなった以上、これ以上汚染が進むこともない。新鮮な水は地下水脈から湧き出るのじゃから、上手く汚染水を排出してやれば、そう遠くないうちに元のオアシスを取り戻せよう」

 

落胆を見せるアンカジの重鎮達にティオは慰めの言葉を送る。

 

「しかし、偶然突然変異を起こして、偶然食量の要所でもあるアンカジのオアシスを根城にし、偶然魚が死なないような毒を出したなんて、考えてないんでしょう?」

 

七海の問いにハジメは黙って頷く。

 

「え、それはどういう………」

 

「魔人族だ。少し前にも似たようなことがあってな」

 

魔人族と聞き、アンカジの重鎮がざわめく。以前ウルで愛子を狙った時や光輝達を襲った時と同じく、戦争でより優位な動きができるように、魔物を作る神代魔法で攻勢を仕掛けている。つまりそれは、本格的に戦争へと動き出してきているという事だ。

 

「戦火が広がり、その被害はなんの関係のない人にも振りかかる。わかっていますが、不快ですね」

 

七海は割り切ることはできるが、何も思わないわけではない。そして、自分が不快に思う事を邪魔された相手、即ち魔人族がどう動くかもある程度想像できる。まぁ、その狙われるであろう人物は…

 

「まぁ、俺の知ったことじゃない。……やるべき事をやっただけだ」

 

肩をすくめて、来るなら来い、殺してやると言わんばかりの眼をしていた。




ちなみに
烽火連天: 戦火がいたるところに広がっていくこと。
今回の話にピッタリすぎて即これをタイトルにしようと思いました!

ちなみに2
実はハジメの呪具の製作にはまだある欠点があります。今回のグリューエン大火山攻略編でたぶん出ると思う



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岩漿亀裂

ここまで早く書けたのは初めてです。
調子がいいとやっぱり気持ちいい




オアシスの問題を解決させ、次は医療院へ足を伸ばす。とはいえ、彼らの治療ができるのは香織しかいないので、他の者は抱えたり、魔法で浮かせたりして応急処置をした患者を交代させていく。………細身なのに馬車ごと運ぶほどめちゃくちゃ怪力のシアと、とんでもない人数を複数の魔法で、しかも1小節あるいは無詠唱で行使する香織に別の意味で卒倒していたが。

 

ある程度の治療が終わるのを確認し、ハジメはこのままグリューエン大火山の大迷宮へ向かう事を香織に告げた。当然彼女もついて行きたいだろうが、香織はここに残り、治療を続けるそうだ。香織もこの世界の狂った神の事も、旅の目的も、ハジメの行動優先順位についてもわかっているが、自分にできることがあって、何も知らないフリをして見捨てるという事は、できることならしたくはなかった。もちろん、それでもハジメが拒否したら、諦めるくらいはできていただろうが。

 

「白崎さん、自分のわがままに南雲君を巻き込んでいると思うなら、それは間違いです」

 

「え?」

 

「どれだけ懇願しても、結局決断するのは自分です。誰かに言われた、誰かが言うからで南雲君は決断を鈍らせるような人ではない」

 

「ふん。まぁ、そうだけどよ」

 

ぶっきらぼうにハジメは眼を逸らす。七海からの信頼と、香織の愛情を受けてどう向き合うか、計りかねているのだろう。

 

「ところで、残るのはいいですが、おそらくほぼ寝ずの治療になります。しかも静因石が無いならある程度したら再発する。魔力と患者と君自身の体力を合わせて、リミットはどのくらいでしょうか?」

 

香織は冷静に考え、「2日〜3日」と言う。今彼女がどれだけ効率よく魔力を使っても、これが限度だと言う。しかも3日保つかどうかは正直微妙であるとのことだ。

 

「でも、最低でも2日は、誰も死なせない、死なせません!」

 

「わかった。それまでには戻る」

 

「……オルクス大迷宮でも攻略に時間がかかりました。前半だけで、です。厳しい事を言うようですが、あまり期待させるような言葉は言わない方がいいかと」

 

「それは天之河達の場合だろ?それに、以前攻略したライセン大迷宮は、時間はかかったがあそこほどの深さはなかった。それが、他も同じとは限らないけど、そこ自体が問題じゃねぇ。やるって決めたのにできないって言いたくないんだよ」

 

「……甘い、ですね」

 

「先生ほどじゃねぇと思うけどな」

 

軽口をたたきながら話す2人にミュウが反応する。

 

「パパ、ナナミン!ケンカはメッ!」

 

「いえ、ケンカではないんですがね」

 

「子供から見たら、ケンカと同じなんだろ?ミュウ、これは先生なりの優しさだ。気にすんな」

 

最悪を想定して、忠告する。呪術師としての経験故に告げ、ハジメの考えとぶつかる事もあるが、そこに七海の思いがある事はわかる。ハジメにとっては逆にありがたい。光輝のように考えなしで言うのではなく、幾つもの事を想定したが故の発言なのだから。

 

「……パパ、ミュウいい子に留守番するの。だから、早く帰ってきてほしいの」

 

「ああ。できるだけ早く帰る。その間、香織のことを手伝っててくれ」

 

ハジメの服をぎゅっと握りしめて、涙を堪えているミュウに、ハジメはそっとその頭を撫でて言う。

 

「ナナミン、パパを守ってね」

 

「………わかりました」

 

正直に言えば、自分の実力でハジメを守れるかは微妙だが、否定することなく七海が承諾すると、ようやく安心したのか香織の元に向かい、それを見てハジメも出発の号令を出す。

 

「ねぇ、ハジメ君」

 

「ん?なんだ、香織?」

 

ようやく出発と思っていると、香織がもじもじとして恥ずかしそうに頬を赤らめて言う。

 

「キス、ダメかな?いってらっしゃいのキスみたいな…」

 

数人に雷が落ちた気がした。

 

「…いや、ダメに決まってるだろう」

 

「…ほっぺでもいいよ?」

 

ハジメに告白して以来、以前以上に積極的な香織。ユエへの対抗心によるものだろう。

 

「な、七海先生!」

 

「私は先に外へ行きますので」

 

「おい教師!不純異性交友はダメなんじゃなかったかぁ⁉︎」

 

「それに関して基本は何も言わずという事になったのでは?」

 

厄介な事態になる前に逃げる七海をどうにかして味方につけようとしていると、援護射撃のごとく、ハジメにとっては奇襲に近い言葉がミュウから発せられる。

 

「ミュウも!ミュウもパパとチュウする!」

 

それに反応してシアとティオも『じゃあ私も』と言わんばかりに手を挙げる。ハジメはそれを無視して、断るために言う。

 

「あー、いいかミュウ、そういうのは好きな人とするんだ」

 

「え⁉︎」

 

ショックを受けたミュウは涙を流しだす。

 

「じゃあパパは、ミュウのこときらいなの?」

 

究極の一撃だった。涙目でそんな事を言われてはもうどうしようもない。結局、ミュウ→香織→シアの順でほっぺチュウを受けるハジメだった。ちなみにティオもするはずだったが、ハァハァと鼻息を荒くして近付いてきたので思わずビンタをしてしまった。まぁ、それに喜んでいるのだから、結果オーライ?なのかもしれないが。

 

「子煩悩ですね」

 

冷静に言う七海の一言に、否定できないことで若干イラっとしていたことも付け加えておく。

 

 

グリューエン大火山:大迷宮の1つとして数えられ、その内部の危険度もさることながら火山全体を常に巨大砂嵐が覆っており、また周囲にはサンドワームの脅威も常にあり、大抵の者は火山そのものに近付くことすらできない。

 

「つくづく、徒歩でなくてよかったですぅ」

 

「まったくですね。視界の悪い中でサンドワームに遭遇していたらと思うと、ゾッとしますよ」

 

しかしハジメのブリーゼは嵐を突っ切り内部を進んでいく。途中サンドワームに襲われるも、砂嵐の強風を利用したユエとティオの風魔法で難なく突破して、爆走していたのもあって、砂嵐を僅か5分足らずで突破した。

 

「制限時間はたったの2日。悠長にしてるヒマはない」

 

「ですね。表層部にはさほど無いらしいですし、内部に入って静因石を入手するならさっさとしましょう」

 

「………ところでよ、なんでティオと七海先生はこの暑さに平気なんだ?」

 

グリューエン大火山内部への入口は頂上にあるらしく、ブリーゼで行けるところまで行った後に停めてそこから先は徒歩なのだが、外に出た途端、高温の熱波が襲う。が、ティオと七海は割と平然としていた。

 

「私は平気じゃありませんよ。上着を脱いでるでしょ」

 

ほらっ、とスーツを脱いで丸く畳んで抱えているそれを見せる。腰につけている剣が無いとただの夏場のサラリーマンだ。

 

「リーマン時代の耐性か、そりゃ?」

 

「それもありますが」

「(あるんかい)」

 

「声に出てますよ」

 

声にださずツッコミをするはずが、つい言ってしまった。暑さで既に思考が少し奪われていると感じ、気を引き締める。

 

「要は気の持ちようです。こんな熱、焼かれるよりマシだと思えば」

 

「んだそりゃ?焼かれたことあんの?」

 

「………前の世界で死ぬ前に、特級の呪霊にね」

 

「それが死因?」

 

「いえ。まぁその原因の1つとでも言っておきましょう。ただそれでも暑いですよ……むしろなんでティオさんはそんなに涼しい顔をしてるのか」

 

「む?妾は、むしろ適温なのじゃが……」

 

流石は竜人族と言ったところか。この程度の熱は苦にもならない。ただ――

 

「この暑さに身悶えることができんとは……もったいないのじゃ」

 

「聞いた私がバカでした」

 

「あとでマグマの中にでも放り込んでやるよ」

 

冷静な表情を崩さない七海も、変態の言葉を聞いてうんざりした顔になる。内部に入ってない状態でこれなら、火山内部はどうなっているかなど考えるのも憂鬱だ。だが今回のアンカジのことがなくともいずれ行かなくてはいけないのだから、と我慢する。暑さに耐えつつ、ようやく入り口に着く。

 

「これで3つ目の迷宮だな。やるぞ!」

 

「ん!」

「はいです!」

「うむっ!」

「……」

 

「ってそこは先生もノってくれよ!」

 

少しズレたサングラスをカチャリと直しただけの七海に不満を言う。

 

「別にやる気がないわけではないですよ。気を入れてもいます。何せ、ある意味今回が初の大迷宮みたいなものですからね」

 

オルクスの大迷宮はさほど苦ではなかったのは、本当の大迷宮ではなかったから。故に、ティオもそうだが、七海にとってもこれが大迷宮の初挑戦。特級レベルのハジメとユエがこれまで苦戦したのなら、ここもそうだろう。

 

「私がどれだけ役に立つかはわかりませんが、ベストは尽くします」

 

((((堅い))))

 

ハジメ達はそう思うが、実は七海の方は深刻に悩んでいた。ここに来るまで、サンドワームはユエとティオに任せっきり。シアは未来視で襲いかかるサンドワームの動きを見て、その抜け穴を見つけた。だが、七海は何もできていない。

 

(最悪、ここで死ぬかもしれないですね)

 

死ぬ気はないが、実力差をこれほど見せられたあとでは、少しくらいは気落ちもする。当然、それで大きなミスなどもしないだろうが、せめて足手纏いにはならないようにしようと心掛けていた。

 

 

グリューエン大火山の内部を表すなら、不自然と自然の融合。

 

「マグマが、宙を流れている」

 

ハジメが呟くように、比喩でなく本当にマグマが宙に浮いて、そのまま大河のごとく流れを作っている。自然が作り出した高熱のエネルギーが、自然でない形で流れ行く。赤熱化したマグマは当然のように上から降り注ぎ、通路や広間のいたるところにもマグマが流れており、地面からも唐突にマグマが飛び出す。頭上と地上の両方だけでなく、壁側…即ち左右も注意する必要がある。

 

ハジメが技能〝熱源感知〟を持っていたおかげでどうにか進めているが、事前の兆候がない分、相当な神経を入れざるを得ない。

 

「360°全てが天然…と言っていいのか、空中のマグマを見たあとではわかりませんが、罠だらけということですか」

 

「それ以上に厄介なのはこの暑さ…いや、熱さか?思考が鈍りそうだぜ」

 

道中、〝鉱物系探査〟で静因石を発見しては回収しているが、量は少ない。とてもではないがアンカジの者達を救える量はない。おまけに、8階層を降りてからが大変であった。

 

「ふぅぅ、ハジメさん、コレは凄い威力ですよ」

 

身体全体を炎で覆われていた雄牛型の魔物をハンマーで粉砕したシアが言う。この階層に降りた瞬間に火炎放射器何台か分の炎を放出してきたその魔物を、ユエが重量魔法で弾き返し、その後シアがしとめたのだが、その魔物は肉片はおろか、受けた衝撃でハンマーを振った正面も抉れていた。

 

「〝衝撃変換〟付与してみたが、想像以上だな」

 

「こんな物、以前はなかった…どうやって?」

 

「オルクス大迷宮で魔人族が連れてた魔物の死骸、いくつか食ってみたんだが、その中で1つだけ固有魔法を得られた。あの眼玉野郎もステータスは僅かに上がったんだが、固有魔法は得られなかった」

 

(というか、いつの間に食べたんですか?)

 

声に出さないが、無茶をするなとは告げる。

 

「もう今の俺なら、神水がなくても平気さ。とはいえ、これから先はあんまりステータス上昇は期待してないし、そもそも死ぬほど不味いから、口にしたくはないな」

 

「まったく。ま、戦力が上がったのは良しとしましょう」

 

こうして8階層から先へ進むが、先程の魔物のように全身が炎で覆われた個体、マグマの中を泳いで攻撃してくる個体が次々と現れた。特にマグマの中を泳ぐ個体は宙に浮いたマグマの河からも地上を流れるマグマからも攻撃し、天然のマグマも噴き出す中ではまさに全方位に注意が必要で、おまけに熱さはどんどんひどくなってくる。炎にある程度の耐性がないとすぐに詰むレベルだ。

 

「あっつい。クソっ」

 

だが深刻なのは七海の方だ。攻撃は常に接近戦。炎を纏った魔物の相手で熱にやられ、呪力で身体をカバーしても、限界がくる。

 

「先生、下がってろって!」

 

「…すみません。ここでは私が役立たずですね」

 

つまりは、七海はまったく活躍できてない。

 

「…随分と、弱気な発言だな」

 

「気を落としているわけではないんですがね」

 

ハジメ的に見ると、自分達に着いて来れている事も、ここまで来て魔物からの攻撃自体は受けてない事も相当すごいと言える。

 

「それより、ある意味私よりもユエさんの方がまずいかもしれないですよ」

 

チラリと見る。

 

「暑いと思うから暑い。見て、流れているのはただの水、冷たい水、ほーら涼しい…ふふ、ふふ」

 

「いかん、ユエが壊れかけておる」

 

ティオのように高い耐性がない者達は既にダウン寸前。特にユエは幻覚を見るほどである。

 

「確かに、このままだとその内致命的なミスをしかねない。一旦休憩しよう」

 

マグマから離れた場所でハジメは錬成で横穴を作り、全員がそこに退避し、ハジメに頼まれたユエは目が虚状態でもどうにか巨大な氷塊を出現させた。ついでにティオが氷塊を中心に風を吹かせた事で、内部が一気に冷えだす。

 

「助かりました。ユエさん、ティオさん」

 

「ふみゅ〜」

 

聞いてるんだか、聞いてないんだかわからない受け答えをするユエ。その隣にもふにゃんとしたシアがいる。本当に限界ギリギリだったようだ。

 

「だれるのはいいけど、汗くらいは拭いておけよ。冷えすぎると動きが鈍るからな」

 

ハジメは〝宝物庫〟からタオルを出して全員に配る。

 

「ほら、七海先生も」

 

「助かります。…私にも〝宝物庫〟があれば、楽なんですがね……っと、すいません。聞かなかったことにしてください」

 

「別にいいって」

 

言わなくてもいいことを口に出してしまうほど、七海も暑さで疲労が溜まっていることを認識しながら。ハジメはタオルを渡し、自身の能力がまだまだ半ばであると改めて思う。

 

(〝呪具錬成〟って俺は呼んでるけど、こいつは正直言ってまだまだだな)

 

ハジメは確かに、術式ありの呪具を短期間で作り出すことができる。だが、それは彼からしてみれば、未熟そのもの。まず、一定の大きさの物しか作れない。雫に渡した呪具が刀のような長剣でなく、小太刀だったのは、刀とのセットという意味合いもあるが、そもそもシュラークのような銃以上に大きい物は、未だに呪具化出来ず壊れてしまう為だ。更にもう1つ、〝宝物庫〟や神代魔法を付与した物も作れない。

 

「〝宝物庫〟のような空間系の魔法も、神代魔法も、私の個人的な考えですが、特級レベルの能力の物。それらを呪具化するのは単純ではないというところでしょう」

 

五条悟が扱う無下限呪術も、扱いきるには六眼による緻密な呪力操作が必須になるように、その術自体にある情報量を完全に読み取り、魔法から呪術へ変貌させるのは難しいのだと七海は言う。

 

「気にする必要はないです。…なんて言っても、するんでしょうね」

 

「当たり前だ」

 

ハジメにも錬成師としてのプライドがある。いずれものにしてやる、と気を入れていると、何か気になっていたのか、ティオが質問をする。

 

「そもそも、神代魔法とはなんなんじゃ?」

 

「俺も詳しい事はよくわかってない。全部で7つ、俺とユエは今2つ、シアは1つ手に入れている」

 

「どのような迷宮だったのじゃ?」

 

更に質問をすると、ハジメは何が気になるのか、と思いつつも答える。オルクスはひたすら魔物が出てきて、ライセンは魔法が殆ど使えない場所+イライラする仕掛けが多かったそうだ。と、七海も気になったのか、質問する。

 

「………南雲君、この大迷宮の暑さ、君は余裕がありますか?」

 

「?いや、正直言って魔物よりも厄介かもしれないが、どうした、七海先生まで」

 

「ふむ、七海も気付いたか」

 

七海の考えがわかったのか、ティオは続けて言う。

 

「おそらく、大迷宮にはそれぞれコンセプトがあるようじゃ。大迷宮が試練だとすれば、なんらかの考えがあって作られていると思うのじゃ」

 

そこから導き出されるものとして、オルクス大迷宮は魔物との戦闘経験を積む事、ライセン大迷宮は魔法を使わずあらゆる状況への対応力を磨く事。

 

「となると、ここはこの暑さによる集中力阻害の中で、どれだけ判断力を養えるかと言ったところでしょうね。………解放者とやらは、いい性格をしてる人が多そうですね」

 

タオルを目にかけて、皮肉を込めて言う七海にハジメは同意した。特にライセン大迷宮で会ったミレディは良い例だろう。

 

(にしても、七海先生はともかく、このドMの駄龍は、普段からこうしていればな)

 

と、ティオのグラマラスな肉体に流れる汗を見て、思わず顔を逸らすと、今度は汗で服が透けて、身体の濡れた素肌が見え隠れするユエとシアが目に入り、特にユエに視線が吸い寄せられる。すぐさまそこからも顔を逸らそうと思うもできず、ふと顔を上げたユエと目が合う。ハジメの視線から感じた物に、ユエは妖艶な笑みを見せ、四つん這いでハジメに近づき、甘えた声で言う。

 

「……ハジメが綺麗にして?」

 

そう言ってタオルを渡してくる。ハジメはそのタオルを無意識に受け取る。視線はまるで石化したようにユエの瞳に向いたまま。

 

(やっちまった。この状態のユエには勝てる気がしない)

 

そう思いつつ、そっと、ユエの首筋に手を這わせようとして――

 

「お・ふ・た・り・と・も!少しはTPOを弁えて下さい!先を急いでいる上に、ここは大迷宮なんですよ!もうっ!ほんとにもうっ!」

 

シアの抗議でそれを止めた。

 

「いや、まぁ、何だ。しょうがないだろ?ユエがエロかったんだ。無視できるはずがない」

 

「……ジッと見てくるハジメが可愛くて」

 

「反省って言葉知ってます?というか、七海さんも意見は言えるんですから!ちゃんとしてくだ……あれ?」

 

「どうやら、寝ておるようじゃな」

 

タオルで目を覆った事と、ここの安全が確保された事と、冷気で身体の疲れが一気に押し寄せた事で、七海は眠りについていた。

 

「どうりで。こういう事してると、真っ先に注意してきそうな人が、何も言わないんだもんな」

 

「というより、だから私もこうしてるんだけど」

 

ユエは七海を仲間として認めているが、だからと言ってハジメ以外の男に肌を見せたいとは思わない。

 

「まぁ、七海の場合、最近はいつも気を張ってることが多かったからの」

 

「ですねぇ。七海さん的に言うなら、大人だからってところでしょうか?」

 

心労もこの世界に来て多くあったこともあるだろうとハジメは考える。絶対口には出さないが、七海は死んでもどうでも良いとは思えない存在になっている。

 

「まだ大迷宮の攻略はある。今くらいは休ませてやろう」

 

「ん。というわけでハジメ、身体を拭いて」

 

「よし」

 

「よし。じゃないですぅ‼︎七海さんが寝てるんですから尚更TPOを弁えて下さい!というか、すぐ隣で私もきわどい格好していたのに、なんでハジメさんは私を見ないんですか‼︎ちょっと自信無くしますよぉ〜!」

 

スタイルに自信がある故に、まったく眼中なしな事に涙目でシアは訴える。

 

「まぁ、二人は相思相愛じゃからのぉ。仕方ないのではないか?妾も、場所など気にせず罵って欲しいのじゃが…」

 

ティオはニンマリとして言う。

 

「今回はご主人様は、妾の胸に少し反応しておったしのぉ~。それで満足しておくのじゃ。くふふ」

 

先程の視線に気付いていた事にハジメはビクっとなる。そこから先程TPOを弁えるように言ったシアさえ脱ぎだして、てんやわんやとなっていった。

 

 

そんなカオスな状況下にも関わらず、眠りにつく七海は、夢を見る。

 

(なんだ?私は……ここは)

 

真っ暗な世界。眼が閉じているのかと思うがそうでもないらしい。むしろ瞼を動かす事もできない。と、暗闇の中で、どれほどの距離かはわからないが、光が見える。光は常に一定の形を保っていないところを見ると、それは炎なのだろうか、と思う。だが、違うような気がする。むしろ――

 

(なんだ、あの光は…なんというか、気持ち、悪い?)

 

明るくなったと思えば、弱まったり、光がキラキラと拡散してるかと思えば、今度は一点に伸びたり。その動きが、明るいのに、気色悪い気分になる。

 

(なんだ、あれは?)

 

近付き、その正体を確かめようとすると――

 

(誰だ)

 

今度はその前に立ち塞がるように、人影が現れた。まるで『行かせない』とでも言わんばかりだ。

 

(そこを、退いていただけ…)

 

その人影は手を前に出し、通さないという意思を見せる。その顔に、見覚えがあった。

 

(灰、原?)

 

その瞬間、これは夢だと七海は理解した。その結果――

 

 

「お、起きたな。ちょうど起こそうと思ってたんだが」

 

七海の眼前、ハジメ達がいた。立ち上がり、進む準備万端というところだろう。

 

「申し訳ない。寝ていました」

 

こんな場所で寝るなど、気を抜きすぎだと戒める。

 

「気にすんなって。むしろ、この先に行くなら、休める時に休むのが正解だろ?」

 

「それでもですよ。ここは大迷宮なんですから」

 

そう言い立ち上がって進もうとしたが、気になることがあった。

 

「ところで、シアさんとティオさんの額が随分赤いですが、何があったんですか?」

 

まさか魔物に襲われたのか、と一瞬思うが、この程度ですんでいるのもおかしいと考え、違うと判断した。それと――

 

「あと、随分ユエさんが元気そう…というより、何か艶やかのような気がするのですが」

 

その質問で4人ともビクッとなる。尚、ティオはちょっと違う意味で。

 

「い、いや別に」

 

「ん。なんでもない。2人はちょっとはしゃぎすぎただけ」

 

「……………何をしていたんですか?」

 

よく見るとシアとティオの服は少しはだけている。事情を大体把握した七海の後ろに、黒いオーラのようなものが見える。

 

「南雲君、私が縛りで君達の関係について特に言えないとはいえ、注意くらいはできるんですよ?………TPOって言葉を、知ってますか?」

 

グリューエン大火山に、静かな雷が落ちた。

 




ちなみに
岩漿:マグマのこと
亀裂:裂け目やひび割れのこと

しばらくこのタイトルが続きますが、重要になるのは『亀裂』のほうになります。そして、グリューエン大火山編でも色々とオリジナル要素&展開ありです。ある程度言うと、ハジメがアレをして、シアがアレを使い、そしてついに七海がアレを見せる!


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岩漿亀裂②

前日にできてましたがあえて今日にしました。詳しくは後書きで


「ここは、さすがに…」

 

「ですねぇ」

 

マグマの河に阻まれ先にある通路へ進めない。が、ハジメは持ち前の技能の1つ、〝空力〟を使い、ユエは魔法〝来翔〟で悠々と向こう岸へ到達した。

 

「この距離は、さすがに自信ないですね……って、七海さん?」

 

七海はバックして距離をとっている。シアはその程度で跳べるのかと思い、質問しようとするが――

 

「シアさん、ハンマーを出して下さい」

 

「え、あ、はい」

 

つい言われて〝宝物庫〟から出してしまう。

 

「あの、一体何を…まさか⁉︎」

 

「タイミングを合わせて振るって下さい」

 

それに気付くと同時に七海が加速して来る。ドリュッケンの攻撃範囲前に軽く跳び、ガッっと平の部分に乗ったとほぼ同時にシアは「フン」とフルスイングをした。

 

「ッグ!」

 

〝衝撃変換〟が完全発動する寸前の瞬間に再び跳躍し、その瞬間に七海の背に風圧とは言えぬ凄まじい圧がかかり、空中を跳ぶ。

 

「ぬ、お」

 

前方からもきた圧に顔を少し歪めつつ、着地地点を確認してドンっと凹みをつけて着地した。

 

「呪力で身体強化して、ダメージを抑えてるにしても、無茶すんなぁ、あんた」

 

「このくらい無茶でもなんでもないですよ。正直ダメージは、あって無いような物ですし。それより、シアさんの心配をして下さい」

 

自分ですらここまでしないと渡れなかった。シアの身体強化の才能を舐めてはいないが、それでも向こうからここまでの距離を渡るのは難しい。

 

「まぁ、大丈夫だろティオもついてるし。つか、先生もティオに手伝ってもらってらよかったんじゃね?」

 

「一応、無理を言って同行している身ですから、あまり足手纏いにはなりたく無いんですよ」

 

「なんていうか、超今更だが真面目だよな、先生って」

 

「教師が不真面目だったらいけないで…………」

 

と、言ってる最中、約1名の不真面目な教師を思い出した。頭の中で「あはは、あはは、あはは」と尊敬できない先輩が笑いながらスキップしていた。

 

「どうした?」

 

「いえ、別に。それよりシアさんがきそうですよ」

 

全力で件の人物を脳内から排除しつつ、シアに意識を向けた。

 

一方シアの方はというと、「ムゥ」と頭を悩ませる。自分の力でここを跳べるのかと。

 

「シア、心配はいらぬ。妾がちゃんと見ておるから、思い切り跳ぶがよい」

 

「…………」

 

「なんじゃ、その不安そうな顔は」

 

不安は不安だが、仕方ないとシアは集中する。

 

「呪力及び魔力の身体強化を足に集中して………っ!」

 

この状態は〝限界突破〟状態とあまり変わらない。疲労感が半端ないが、七海の訓練で双方を使った際の消費を抑えることはでき、そのおかげで疲労も、ある程度克服した。今のシアなら、この状態で10分以上は全力で戦える。

 

(2重強化で力を上げて、跳ぶ瞬間に、重力魔法で体重を軽くする!)

 

勢いと重力魔法で軽くなった影響で、確かに跳躍はいつも以上にできた。だが、

 

(や、やばいです!ギリ届かない⁉︎)

 

跳んですぐに気付く。焦りがシアの中で生まれる。

 

(いや、行ける。行けます!)

 

シアの中で、昂る想いが功を奏する。

 

「てっ、りゃああああああ!」

 

思い切り叫んだと同時に、目標地点からズレて(・・・・・・・・・)着地した。

 

「ととぉ、ちょっと着地失敗です。……って、皆さんどうしたんですか?」

 

その場にいた3人が眼を見開いていた。不可思議なものを見た事に対する疑問と、シアに対する心配によるものだ。

 

「シア、お前今何した?」

 

「ほえ?なにと言われても、跳んだとしか」

 

「ご主人様、今のは神代魔法のものかの?」

 

「今持ってる神代魔法にあんな能力はない。当然、アーティファクトにできる俺の技能の中にもな」

 

「って、ティオさん、その翼」

 

シアが見た場所には、竜状態に見せた時より遥かに小さいが、同じような翼を生やしたティオが文字通り飛んでいた。

 

「〝部分竜化〟。竜人族の中でも限られた者しか使えぬ能力じゃ。しかし、今はシア、お主じゃ」

 

いつもは変態な言動が目立つティオが、本気でシアを心配して見ていた。不安と疑問、若干の恐れ。

 

「あの、私が、何か?」

 

「シアさん、落ち着いて聞いて下さい。先程、君が跳んだ時、どうもこちらに届きそうになかったので、ティオさんが空中であなたを掴もうとしたんですが…」

 

「ティオの身体を、すり抜けてた」

 

「え?」

 

七海の言葉に合わせるようにユエが事実を告げる。ティオはあの時既に飛翔し、シアを掴むつもりだったのに、そのシアの身体を手がすり抜けた。まるで霊体のように。そのままシアはほんの一瞬消えた。と思ったらすぐに出現したが、消えた場所から少しズレて、そのまま着地したのだ。その事を七海が説明した後、ユエがペタペタと身体を、次にモミモミと豊満な胸を触る。

 

「うひゃぁ!ゆ、ユエさん⁉︎」

 

「ん、大丈夫。触れる」

 

そこでようやくユエは安堵した顔になる。

 

「ううぅ、ハジメさんにもまだ触ってもらってないのにぃ」

 

「ゆ、ユエ、妾も、妾も…あべし!」

 

「話がややこしくなるからやめろ!」

 

ハジメに引っ叩かれて、これはこれで嬉しそうにティオは身体を震わせていた。

 

「それより、シア。本当に大丈夫なんだよな?」

 

「ですから、大丈夫かと言われても……はっ!なら、ハジメさんも触ってみますか?」

 

「よし、大丈夫だな」

 

体調面も発言から問題なしと判断したが、シアは不満そうに顔を膨らませていた。

 

「というか、私がいる手前でそういう発言はやめて下さい。それより………これは憶測…というよりほぼ間違いないと思うのですが、今のはシアさんの術式だと思います」

 

「まぁ、多分そうだろうな」

 

七海とハジメが、シアがティオの手をすり抜け、一瞬消えた場所を見つつ言う。空中の為、既に流れているが、確かにそこに残穢がある…魔力でなく、呪力の。

 

「でも、あの時は無我夢中でした。どうやって発動したかは……」

 

シアでもわからない。しかし、

 

「でも、なんとなくなんですけど、何か行けるって思って。言われて考えたら、なんか、あの時、こう…掴めそうな気がする。そんなふうに感じたんです」

 

(今まで持っていたが、使い方がわからない物を偶然使い、感覚を掴もうとしている段階でしょうか?)

 

本来なら、術式の有無は成長段階、それも幼少期の段階でわかるし、その用途も魂に刻まれているのでわかる。だが、シアの場合は今まで呪力に触れて来なかったぶん、そのラグがあるのだろうと七海は考えた。

 

(しかし、だとすると…なぜ今まで彼女は呪力を使えなかった?南雲君のように、後天的に呪力を得たのでないなら、どうやって)

 

1つ、可能があるとすれば――

 

(私の呪力が、影響を及ぼした?だが、私程度の呪力で……いや、今の私は)

 

今の七海の呪力量と出力だけでいうなら、乙骨や五条程でないにせよ、特級レベルはある。

 

(そもそも、清水君の件もそうだ。彼が呪力の使えない人、もしくは脳が私の世界の一般人に近い人なのだとして、そんな人が急に見えるものか?)

 

日常の中で抑えていても、呪力は七海の身体にある。少しずつ、その影響を受けて、止めに今の特級レベルの呪力という刺激。それが最後のスイッチなのかと考えていると――

 

「おい、おい七海先生!」

 

「!すいません。考え込んでました。それで、どうしたんですか?」

 

「いや、呪術師経験の長いあんたなら、今のシアの状態がわかるんじゃねーかって」

 

「………正直言って判断つきませんね。ただ、術式なのはほぼ間違いない。いずれ、ちゃんと使えると思います。ただ、この大迷宮内で使うのはよしましょう。使い勝手のわからないものを、危険の伴う場所で使用するのは避けるべきです」

 

「わかりました!」

 

そう決まったので先を急ごうとするが、

 

「シアさん、南雲君」

 

2人を呼び止め、七海は先ほどの自分の考えを伝えた。

 

「「ふーん」」

 

「…それだけですか?」

 

「それだけも何も、別に困った事にはなってないし」

 

それに肯定するように他の者達も頷く。

 

「呪力は、負の感情より生まれる、はっきり言って危険な力です。使える身体になったが、使える身体だが、スイッチの押し方がわからない。そんな君達に、意図して無くともスイッチを勝手に押したんですよ?」

 

「呪術師としても、大人としても、心配してんのはわかるけど、考え過ぎだぜ。仮に、先生が影響してんにしても、シアがもともとあってスイッチがわからない状態なら、なんらかの別の方法で押す事もできた可能性もあるだろ?これから先に、そういう奴らが現れるにしても、それは先生とは関係ない」

 

「…………いけませんね。教師の私がこれでは」

 

「七海はもうちょっとおおらかでいい。考えすぎも毒」

 

「ですね。立ち止まらせて申し訳ない。先を、急ぎましょう」

 

何もわからない今、考えることでもないとして、七海は歩を進めた。胸に僅かに痼りを残して。

 

 

 

グリューエン大火山も50層程に到達した。…そう、程。曖昧なのには訳がある。

 

「やっちまった。これは俺のミスだ」

 

「この暑さですからね、まぁ、判断も鈍りますよ。私も注意を怠っていました」

 

階層を降りるたびに流れるマグマに、疑問を感じた。マグマの動きがあまりにも不規則だったからだ。気になってハジメが調べてみたところ、マグマに宿っている魔力を静因石が鎮静することで、流れが阻害され不規則な動きを見せていた事が判明した。なら、その強く阻害された場所には大量の静因石があると推測し、結果、相当な数を手に入れていたのだが、〝鉱物分離〟で回収した際、静因石があった壁の向こうが大量のマグマの流れる場所だった事で、抑えていたマグマが一気に噴き出し、マグマに囲まれた。

 

「錬成、本当に便利ですね」

 

咄嗟にハジメは小舟を作り、それに乗って事なきを得た。マグマの上でも漂えるよう、〝金剛〟の派生、〝付与強化〟も施した。

 

そうしてマグマの流れに乗って、あっちに流され、こっちに流され。おまけにその都度マグマの中と、空中にいる魔物に襲われて、下へ下へと向かっていた。

 

「ま、まぁ、近道かもしれませんし、前向きに考えましょうよ」

 

「だと、いいんですがね。それより、だいぶ進んだなら…」

 

「うむ。標高的には麓辺りじゃ」

 

シアの言う通り、近道してきたとしても、そろそろ何かあってもおかしくない。

 

「!流れが変わった!捕まれ‼︎」

 

マグマの流れが急激に変化する。今までやや下降していたのが急に早くなり、上がっては下がり、上がっては下がり。まるでジェットコースターのようだ。しかも当然のように魔物は襲いかかる。

 

「こんなアトラクションがあった気がするぜ!」

 

舟の制御をシアとティオに任せて、夥しいマグマコウモリの群れを、ユエとハジメが撃墜していく。

 

「…!南雲君、出口です」

 

トンネルが見え、その先も見える。そこに入り一気に進む。

 

「けど、アトラクションならこの先は」

 

ハジメの思った通り、マグマは途切れ、勢いそのまま小舟は外へ放り出され、重量に逆らえず墜落していく。

 

「「〝来翔〟」」

 

ユエとティオが空中で立て直し、落下速度を調整してゆっくりと着地した。

 

「随分と、広い場所ですね」

 

七海が言う通り、直径3キロメートル以上の程のドーム状の場所だった。周囲に足場になりそうな場所がちらほらあるが、ほとんどマグマの河だ。時折火柱が噴き上がる。そして、その中央上の部分をマグマに覆われた島がある。

 

「あれが、解放者の隠れ家?」

 

ユエが視線を向けて言う。ハジメはそれに肯定した。

 

「階層の深さ的にも、そう考えていいだろうな。だが、そうなると…」

 

「最後のガーディアンがいるはず……じゃな。ご主人様よ」

 

「ショートカットして来たっぽいですし、とっくに通り過ぎたとかぁ〜」

 

「ないでしょうね。間違いなく………来ます」

 

シアも言ってはみたがあり得ないだろうなと感じていた。事実、マグマに流れる魔力が動き出し、宙に流れるマグマと下にあるマグマからマグマの砲弾とも言える固まりが放出される。ユエが防御しているが、このままここにいてはいい的だ。

 

「全員、岩場に跳び移れ!」

 

「私とシアさんでは…」

 

「自信がないですぅ」

 

と、七海にはブーツを呪具錬成して渡し、シアは今着けているブーツそのものを錬成して、アーティファクトにする。

 

「〝空力〟がこれで使えるはずだ」

 

「わぁ!ありがとうございますぅって、そんなのあるなら最初からくださいよー!」

 

「スマン、マジで忘れてた」

 

「説教もおしゃべりも後でしましょう。第2撃が来ます」

 

宙を流れるマグマから再びマグマ砲が発射された。

 

「散開だ‼︎」

 

小舟を捨て、それぞれ散り散りに別の場所に着地した。が、なおも降り注ぐ。

 

「チッ」

 

とんっと空中に足場があるような感覚を感じつつ、七海は回避する。

 

(ぶっつけで使いましたが、どうにか動ける。感覚を研ぎ澄ませろ……自分のいる場所全てが、蹴る為の壁だ!)

 

シアのように重量を変化させることができない七海は、感覚でどうにか動く。完全に慣れてはいないが、どうにかなる。だが、

 

(おかしい。これは、本当に南雲君の言う最後の試練なのか?)

 

ギリギリとはいえ、耐えきれているという状況が、疑問に感じた。

 

「南雲君!」

 

「わかってる。こんなもんが最後の試練とは思えない。何より、敵の姿がない」

 

クリア条件も分からず、ハジメも困惑していた。

 

「多少危険だが、あの中央の島を調べて見…っ!」

 

突然、ハジメがいた場所の下のマグマの動きと形が変化したと思ったら、その姿が巨大なマグマの大蛇になる。大きさは大型の魔物でも飲み込めそうな大口を持っている時点で相当。そんな大口に、ハジメが吸い込ま…

 

「れるかよ!」

 

緊急回避して、避ける。それでもなおも迫る大蛇に、ハジメはドンナーを向けて放ち、頭部を吹き飛ばし、さらにシュラークの呪力弾が魔石を狙い撃った。

 

「魔力の動きを見る訓練、役に立ってるな……ん?」

 

その訓練をしたからこそ、わかる。マグマに覆われた魔力。その淵にある魔石にも。だというのに――

 

「再生した、だと?」

 

それだけではない。同じマグマ大蛇が19体現れた。

 

「チッ、なんて数だ」

 

4体ほどハジメが倒すが尚も襲いかかる。

 

「南雲君、ユエさん、ティオさん、シアさん、集まって下さい。そのあと、ティオさんとユエさんで防御を」

 

「お、おい先生!」

 

タンっ、タンっ、空中を飛び、マグマの流れていない岩壁に着く。ここのマグマにはある程度の魔力が含まれている。それを利用し、〔+視認(極)〕によってその先にマグマの流れがないことも確認済みだ。七海はデコボコの壁の突起した部分をそれぞれ点とし、線を作る。そして空中を思い切り蹴って加速していく。

 

(十劃呪法…瓦落瓦落‼︎)

 

クリティカルヒットした壁に、呪力が走る。瞬間、爆発のように弾け、瓦礫となって降り注ぐ。

 

「ただの瓦礫じゃ…」

 

「いや、違う」

 

ユエとティオには見えないが、ハジメとシアはわかる。

 

「破壊した対象に、呪力が込められてます!」

 

つまり、降り注ぐ瓦礫はただの瓦礫ではない。呪力がこもった、隕石群に等しい。瓦礫は敵味方関係なく、落ちる広範囲を破壊していく。

 

「全滅できたようですね」

 

降下してハジメの近くに来て言う。

 

「あぁ、そうだな…けどよ、俺らも巻き添えかよ!」

 

「ちゃんと言ったでしょう、防御して下さいって」

 

「そうだけど!まぁ、ユエとティオがいるんだし、当然無傷だけど!」

 

「やるなら一撃殲滅に限る。あのような相手なら特に。その為に、君達に密集していただいて、敵を引き付けてもらったんです。おかげで、全滅できた」

 

そう言われて先程マグマ大蛇のいたほうを見る。しかし――

 

「バカな」

 

そう言いたくなる光景があった。間違いなく殲滅した筈だ。ハジメも魔石が破壊される瞬間を確認した。だというのに――

 

「また、復活してやがる」

 

20体のマグマ大蛇が牙を剥き、こちらを睨み、そのまま襲いかかる。

 

「どうなってやがる?倒すことがクリア条件じゃないのか?」

 

「何か別の方法があるのか、それとも逃げ続ける必要があるのか」

 

「ハジメさん!見て下さい!あの島の岩壁が光ってますぅ!」

 

回避しながら考えていると、シアが指をさす中央の島に、拳程のオレンジに輝く鉱石があった。ハジメは〝遠見〟を使い確認すると、かなりの数があった。規則正しく岩壁に鉱石が埋め込まれているが、光を放つ物と、そうでない物とで分かれている。中央の島の岩壁をグルリと1周分あるとすれば、おおよそ100個は鉱石が埋め込まれていると考えていい。

 

「もしかしてだが」

 

ハジメ攻撃を回避しつつ、もう一度その島を確認する為近付く。

 

「光を放つのは20個……やっぱりか。わかったぜ、攻略方法。このマグマ蛇を、100体倒すのがクリア条件だ」

 

地獄のような暑さに耐えつつ、その暑さによって思考を鈍らせ、最初の奇襲で疲労している挑戦者を、長く深く集中しなければいけない状況下に追い込む。最後の試練に相応しいだろう。

 

「大迷宮に合った嫌らしさだな」

 

「本当に。解放者とやらの性格はどんなものなのか」

 

「考えるだけ無駄だろ。いくぞ!」

 

精神的、肉体的にも共に疲弊はしているが、攻略方法が見つかればどうとでもなると不敵な笑みを浮かべつつ、行動を開始する。

 

「久しぶりの一撃じゃ!存分に味わうが良い!」

 

ティオは両手を前に突き出した。その手の先に、膨大な魔力が集束し、圧縮されていく。チャージできた瞬間、それが一気に解放された。放たれた黒い光の魔力の塊、竜人族の誇るブレスは、正面にいたマグマ大蛇を消滅させる。

 

「うむ、8体というところかの」

 

「こっちも行きますよーせりゃぁぁ!」

 

ドリュッケンを振り下ろし、マグマ大蛇の頭部に当てた。瞬間、魔力の波紋が広がり、衝撃が発生した。衝撃波によって内部の魔石も砕け、弾け飛ぶ。その瞬間に周囲にいたマグマ大蛇は囲い込むようにシアを襲うが、シアはハジメの渡したアーティファクトの力を遺憾なく使う。体重操作で軽くなっている分、動きはもしかしなくとも、地上戦よりも速く、美しく舞う。

 

「ご主人様!このまま妾が1番多く倒したら、ご褒美(お仕置き)を所望するぞ!もちろん、2人っきりで一晩じゃ!」

 

「あっ、ずるいですティオさんだけ!私も参加しますよ!ハジメさん、私も勝ったら一晩ですぅ!」

 

「おい、コラ!お前等、なに勝手なことを…」

 

「なら、私も2人っきりでデート」

 

ティオとシアの勝手に始まった競争にツッコミをいれる前に、ユエも参加してきた。楽しみと顔にでている、つまりは勝つ気満々ということだ。そんな表情から出る魔法は凶悪そのもの。最近の彼女の十八番たる〝雷竜〟は、最初に使った時より更に熟練度を上げて、数は7体出せる。それらが同時に標的へと向かう。1体倒して終わるのではなく、倒しては現れるマグマ大蛇を次々と顎で喰らいつく。

 

「やっぱりユエさんが1番の強敵ですぅ!」

 

「バグっとる!絶対、おかしいのじゃ!」

 

2人はそれぞれ焦りの表情を浮かべつつ、現れる相手を討伐していく。

 

「別にいいけどな、楽しそうだし」

 

「このまま彼女達に頑張ってもらいましょうかね?」

 

「あんたはどうなんだ?さすがにデートじゃなくとも、景品として俺から何か作ってもいいんだぜ」

 

実は今1番倒している七海にハジメは言う。すると七海は何を思ったのか――

 

「私が15、南雲君で5体倒し、合計20体。私ではもう倒す手段はないですし、後の80体を4人で分けた場合、どうなるんでしょうね」

 

「「「!」」」

 

その瞬間、3人の恋する女性たちの意見が一致した。

 

「一時共闘にしましょう!」

 

「2人っきりがいいと思ったが、これはこれで良いかもしれんの!」

 

「ハジメ、私を1番に愛してね」

 

「おい、教師!」

 

七海は知らんぷりである。

 

「つか、あんたももう少し戦えよ!」

 

「さっきみたいなのがもう一度通用するとは思えないですし、私ではマグマの内部にある魔石には届かない。届いても相応のダメージを受けます。任せるところは任せるのも、大事だと思います」

 

ハジメは「ぬぅ!」と口に出しつつ攻撃してくるマグマ大蛇を粉砕していく。戦闘開始から10分弱、殲滅力の高い攻撃をしていくことで、あっという間に中央の島の鉱石は発光していく。この大迷宮のコンセプトは悪環境での集中力低下状態での長期戦闘なのだとして、創設者もこうも短時間で攻略されるなど考えもしなかっただろう。

 

「最後、ですね」

 

「ったく。まぁ、これで終わりだ!」

 

最後の1体に近付き、両手の銃を構えた。最後の1撃を放つ。そのほぼ同時、ハジメの頭上で極光が降り注ぐ。膨大な魔力であるのはすぐにわかった。

 

(回避を⁉︎ダメだ、間に合わ)

 

ハジメの視界全てが光に包まれた。攻撃の瞬間と、暑さで思考が鈍っている状況下。無防備そのものの状況に、マグマ大蛇もろともハジメは光に飲み込まれた。

 

「ハ、ハジメぇ‼︎」

 

ユエの絶叫が響く。ハジメを除いたここにいる者達はユエが1度も見せなかった悲壮な表情と、叫びに我を取り戻す。光は暫く穿ち続け、それが収まると、全身がボロボロの状態だが、空中に留まるハジメの姿が見えた。息を荒げて、意識を保っているがそれも限界なのか、ふらりと降下していく。それをすぐさまユエが近付いて飛翔の魔法で持ち上げ、抱きつき、足場へと着地した。

 

(なぜだ⁉︎私も、ユエさんも、南雲君も気付かなかった!魔力を感じたのは、放たれた瞬間だった!)

 

どこから、あれほどの魔力が来たのかわからないまま、七海もそちらへ向かおうとするが、その瞬間、別の魔力を感じた。

 

「馬鹿者!上じゃ‼︎」

 

ティオの警告にユエは反応できていなかった。ユエは神水を飲ませたのにも関わらず、治りの遅いハジメに2本目を飲ませていたのと、感傷に浸っていたのもあり、行動が遅れたのだ。先程の極光の縮小版ともいえる奔流、縮小版とはいえ、どれも命を取るには充分な威力はある。

 

「させんぞ!〝嵐空〟ッ」

 

風属性の中級魔法〝嵐空〟による圧縮された空気の壁が、死の光を受けてゆらぐ。防げたのはほんの数秒だが、それだけあればユエならすぐに防御魔法を発動できる。

 

「〝聖絶〟!」

 

咄嗟に発動できる魔法の中で最も防御に優れた〝聖絶〟を発動した。魔力量、構築力、ユエの使う〝聖絶〟はこの世界では間違いなくトップレベル。結界師であり、様々な防御魔法に発展させた鈴を上回る。だというのに、死の光は障壁を軋ませていく。

 

「ぐっ、っ、ああああっ!」

 

押し切られると判断したユエは〝聖絶〟を全体を覆うバリアから頭上を守る形に変化させた。結界は足し引き、守る部分が狭くなったぶん、頑丈さは増す。

 

「チッ(南雲君を優先的に狙っている?いや、それもあるが、強さで攻撃範囲を分けている。こちらの攻撃は、回避はできるが…向かうのは)」

 

シアとティオもハジメが心配だが、この攻撃をいなすのに精一杯だ。時間としては、1分。だが攻撃を受けている側からすれば、永遠に感じたその光の雨は、ようやく終わった。その事を確認し、今度こそハジメの方へ向かった。

 

「……看過できない実力だ」

 

呆れと感心、両方が入り混じった男の声が頭上からした。

 

「やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険すぎる。特に、その男は」

 

その声の主がいる方を見て、驚愕した。50体ほどの灰色の竜と、それ等を大きく上回る巨大な白い竜。その白い竜の上に立つ存在。赤い髪、浅黒い肌、僅かに尖った耳。間違いなく、魔人族だが、その魔力の流れで、七海は判断できた。

 

(こんな時に、特級術師レベル…か)

 

死を覚悟する必要があると思いつつ、その存在を見ていた。

 




今週は呪術廻戦休載……そんな中で、自分の小説が定食のつけも…いや、添え物くらいになればと思い出しました

七海「なんで漬物から添え物にしたんですか?」

なんか頭の中に「つけもの、てめーはダメだ!」って声が響いて


ちなみに
七海がスイッチを押したことですが、これは意図せず羂索と同じ事をしてるなと書いてて自分で思いました。そして、それが七海が良いことしたと思えるかなと考え、noと自分は判断してああいう感じにしました。
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岩漿亀裂③

本誌!、本誌‼︎

もう毎回ハラハラワクワクです。そして、芥見先生のおかげで、迷いが消えました。
これで大丈夫。この先の設定使えると




「まさか、私のウラノスのブレスを直撃させたにも関わらず、殺しきれんとは…おまけに報告にあった強力にして未知の武器、そこの女共もだ。まさか総勢50体の灰竜の掃射を耐え切るなどあり得んことだ。貴様等、いったい何者だ?いくつの神代魔法を修得している?」

 

黄金の瞳を向けて睨む魔人族の男から察するに、おそらくこの男も神代魔法を持っていると判断した。更に、『報告』という言葉から察するに、ウルの町で清水を殺した魔人族、ハジメが逃してしまった者からによる情報だとわかる。このまま喋らせて情報を得ようとしていると――

 

「質問する前に、まず名乗ったらどうだ?魔人族は礼儀ってもんをしらないのか?」

 

ハジメは意識が朦朧の中、言葉をだす。シア、ティオ、七海も心配そうにし、そちらを向く。見るとやはりダメージが大きいが、それ以上に大きいのは疲労感。あのとき、ハジメは技能〝金剛〟の派生、〝集中強化〟と〝付与強化〟を行った。ガントレットとドンナーに施したことで脳や心臓といった重要器官を守り、さらに呪力と魔力の同時身体強化で肉体の強度そのものを底上げした。おかげで、全身から血は出ているが、骨や内臓器官に影響はない。そのかわり、大量の血を失ったことと、咄嗟の集中と意識なしの同時身体強化による影響で疲労感が、ハジメの行動を制限してしまっている。おまけにあの極光の影響で傷が治りにくい。毒か何かの付与なのかもしれない。いずれにせよ、ハジメはそう長く戦えない。

 

「……これから死にゆく者に、名乗りが必要とは思えんな」

 

挑発に近いそれを、眼前の魔人族は気にする様子もなく、不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「全く同感だな、テンプレだから聞いてみただけだ。俺も興味ないし気にするな」

 

本来ならこのような挑発は七海は止めるが、ハジメの体力を少しでも回復させる為の時間稼ぎと、相手に喋らせることで情報と先程感じた違和感(・・・)を考察していた。しかし、特級レベルなら魔人族の中でも上の立場にある。余計なことは口にしない。冷静だ。

 

「……ところで、お友達の腕の調子はどうだ?」

 

冷静だった。その言葉を聞くまでは。

 

「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー、異教徒共に神罰を下す、忠実なる神の使徒である」

 

声を低くし、フリードと名乗る魔人族は自身の名を告げる。

 

「神の使徒……ね。大仰だな。神代魔法を手に入れて、そう名乗ることが許されたってところか?魔物を使役する魔法じゃねぇよな?……極光を放てるような魔物が、うじゃうじゃいてたまるかってんだ。おそらく、魔物を作る類の魔法じゃないか?強力無比な軍隊を作れるなら、そりゃあ神の使徒くらい名乗れるだろうよ」

 

ハジメの問いにフリードは雄々しく答える。その瞳、その顔に、七海も、ハジメも見覚えがあった。

 

「その通りだ。神代の力を手に入れた私にアルヴ様は直接語りかけて下さった。『我が使徒』と。故に、私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障碍と成りうる貴様等の存在を、私は全力で否定する」

 

初めてトータスに来て、最初に会った人物、イシュタルと同じ、恍惚とした表情。

 

(話の通用する相手ではないですね)

 

七海がそう考えていると、ハジメは「まだ戦えるぞ」と言うように、立つ。

 

「それは、俺のセリフだ。俺の前に立ちはだかったお前は敵だ。敵は……皆殺しだ!」

 

ハジメはそう言って睨み、ドンナーをフリードに向け引き金を引く。衝撃で傷口に響くのを我慢してどうにか放つ。更にクロスビットも取り出し突撃させた。それと同時に、ユエが〝雷龍〟を、ティオがブレスを、シアがドリュッケン付いた炸裂スラッグ弾を放つ。

 

(!あの灰色の竜から別の魔力が…まさか!)

 

七海の危惧した通り、フリードが灰竜と呼ぶ竜の背中に赤い甲羅を物大型の亀のような魔物が、その甲羅を光らせた。その瞬間、正三角形が無数に組み合わさった赤黒い障壁が出現し、ハジメ達の攻撃を全て受け止めてしまった。

 

(おそらく、1体でも強力だが、複数体合わせて使うことで、防御力の強化および、防御結界の再発動をしている)

 

更にフリードは長い詠唱をしている。魔物を使い攻防を任せ、自身は時間をかけて大技を難なく出せる。

 

「見せてやろう、私が手にしたもう1つの力、神代の力を!〝界穿〟!」

 

「後ろです!ハジメさん!」

 

詠唱が終わると同時に、光の膜が出現し、フリードと白竜がそこに飛び込んだ。そしてほぼ同時にシアが警告し、後ろを見るとすでに膨大な魔力を口から放出する瞬間の白竜とその背に乗って睨みつけるフリードがいた。

 

「ずっと、この瞬間を待ってました」

 

「むっ⁉︎」

 

その更に後ろに回り込んだ七海。七海は何もしてないわけではなかった。フリードが詠唱を終えて消える前、シアに頼んでいた。もう1度、自分を跳ばして欲しいと。跳ばす方向は真上。そして、そうされる前に七海は初撃の魔法の考察をしていた。

 

(あれほどの高魔力を事前用意していたとはいえ、発射タイミングで全く分からなかった。そして、ユエさんティオさんのような知識のある方でもわからなかった。つまりあれは神代魔法)

 

ハジメ達が必死で防御を崩そうとするなか、七海は見て、考える。戦いは、3つの「けん」で成り立つ。相手の行動を見る『見』、それらの情報を考察、検索する『検』、そして、それらから得たもので的確な攻撃を放つ『剣』。

 

(考えられるとすれば2つ。気配と魔力を遮断するタイプ。だが、これはあまりに神代魔法としては弱すぎる。とくれば移動型、つまり、オルクスでも見た転移系統の魔法。そして狙って攻撃するなら、最初と同じ不意打ちに近い攻撃)

 

故に、後方からの攻撃。あとはタイミング。早く動けば相手に気取られ、遅ければ取り返しにつかない事態になる。魔力の動きを、ジッと見るのに徹し、その瞬間にドリュッケンへ乗り上空に跳ぶ。

 

結果、タイミングはバッチリ。微妙なズレを、呪具で空中をトンっと跳びながら修正。ハジメの作る術式付きの呪具は、彼が作りだすほぼ全てのアーティファクトと同じく、エネルギーを送る必要、つまり呪力を入れなければならない。言うなれば、七海のいた世界にある呪具とは違い、実質的に術式を2つ持っている状態に近い。お得に見えるが、呪術戦においては致命的だ。何せ、呪力の流れを見れば、何をしてくるか分かるからだ。

 

(だが、この相手は、呪力を知らない)

 

そして魔力のない七海は、最初から眼中になかった。それも最初の会話から読み取っていた。だからこそ、灰竜の攻撃は最初から緩く、敵意はあれど灰竜に動きを制限させていなかった。そして魔力がないからこそ探知できず、集中した状態で、しかも攻撃の直前。回避はできない。

 

「⁉︎」

 

「いたな、そういえば」

 

振り下ろしたその剣を持った腕を、フリードは握る。

 

「眼中になかったが、あまりに滑稽だな。魔力も無い亜人族と同じ下等な存在が、私に手を出そうなど、100年早い」

 

フリードは確かに七海に対して眼中になかった。魔力も無いからそこから動きも予測できなかった。だが、〝気配感知〟はあった。当然七海もそれは予測していた。だからこそ、神代魔法を使う際の集中時、不意打ちができると。実際、相手が完全に油断した瞬間を狙った。感知できても、完全に攻撃できるように。それでも尚、絶対的なもの。

 

「実力不足だ、消えろ」

 

フリードは特級、七海は1級。この差である。今一度それを再確認しつつ、フリードのもう片方の手から放射された魔法に七海は包まれ、光が収まると同時に落ちていく。

 

「七海先生‼︎」

 

叫んだ瞬間、ハジメの方にも白竜の魔法が放出される。どうにか先程攻撃に使っていた武器『オルカン』を盾の代わりにして防ぐ。轟音を轟かせてハジメを水平に吹き飛ばす。衝撃によってダメージを受けていた身体に、更に痛みが走る。ユエ達も援護しようとするが、灰竜達が邪魔をする。

 

(くそったれ、このままじゃあ、押し切られるっ)

 

そう考えたハジメはすぐさま決断し、〝限界突破〟を発動した。一時的なステータス3倍アップで放たれた極光をオルカンを跳ね上げて強引に逸らす。余波を受けて血を出すが、そんな事に構ってられない。クロスビットは防御にも使える。それ付き従えながら、死の光の雨をギリギリで回避しつつ、フリードを強襲する。

 

「ええい!なんというしぶとさだ!紙一重で決定打がないとは‼︎」

 

ならばとフリードは再び詠唱をしようとするが――

 

【そうはさせぬよ】

 

広範囲に響く低い声が聞こえた時、ハジメから距離を取る行為から無理矢理白竜は捻って迫りくる攻撃を回避しようとするも間に合わず、吹き飛ばされた。そして再びフリードは見た瞬間、その存在に驚く。

 

「黒竜だと⁉︎」

 

 

【紛い者の分際で随分と調子に乗るのぅ!もう、ご主人様は傷つけさせんぞ!】

 

〝竜化〟。竜人族がもつ固有魔法。これにより、いつぞや見せた黒竜の姿でティオは迎え撃つ。

 

(妾は、何を勘違いしていたのじゃ…いつぞや七海も言っていたというのに)

 

『君は、君より強い…もしくは君と同程度の1対1の対人戦をまだしてないんじゃないんですか?』

『君は私より強い。ですが、圧倒的に場数が足りない』

『私で無くとも、いずれ負けます』

 

フリードが、ハジメと同程度とは思わないが、七海の言う特級術師レベルだということはわかる。規格外同士の戦いは、ちょっとした事で敗北へ繋がる可能性を秘めている。

 

(そんな、当たり前の事すら忘れてしまうとは)

 

ティオがハジメ達の旅に同行する決断をしたのは、ハジメを気に入ったからというのもあるが、異世界からやって来た者達の確認、そして行く末を確かめるためという理由もあった。それ故に竜人族であることは、極力隠したいと思っていた。掟なのもあるが、竜人族は迫害によってこの世界の表舞台から消えた。その迫害は今も残り続けている。500年前の迫害で数の暴力には勝てないことを学んだから。

 

だが、その判断で傷ついたハジメを見たのにも関わらず、七海にも被害を与えてしまった。

 

 

『ティオさん、あなたの一族の事です。多くの差別の中を受け、一族の滅びの一歩手前を見たのなら、尚のこと、その考えには賛同します』

 

いつぞや、七海にも自身の一族の過去を話した。大迫害の時代を、それによる考えも。

 

『ただ、掟とは一族を存続させる手段でもあり、自身を縛る鎖でもある。掟と自身、両立は難しいと思いますが、その時だけは見逃さないでください』

 

 

(あの言葉の意味も、わかっておったというのにの)

 

掟と自身の大切を天秤に掛けるな。そういう意味だと。その結果がこれではならないと、もうこれ以上仲間を、大切な者を、男を、失わない為に、守る為に、ティオは掟を破る。何より誇りある竜人族にかけて。

 

【若いのぉ!覚えておくのじゃな!これが『竜』のブレスよぉ‼︎】

 

 

ティオが黒い砲撃を、白竜が白い砲撃を。両者のブレスがぶつかり合い、轟音を響かせ、衝撃波を周囲へ撒き散らし、直下にあるマグマの海は衝突地点から大きな津波をあげる。一時的な拮抗。だが次第に、ティオのブレスが押し始める。

 

「まさか、このような場所で竜人族の生き残りに会うとは‼︎……仕方あるまい!未だ危険を伴うが、この魔法で空間ごと」

「させねぇよ」

 

ティオが竜人族である事は、報告の中には無かった。だからこそフリードは本気で驚いていた。懐から新たな布を取り出し、再び正体不明の神代魔法を詠唱しようとしたが、背後から響いた声と共に撃ち放たれた衝撃により中断される。

 

「いつの間に⁉︎」

 

フリードの背後に回っていたハジメがドンナーを連射した。その方法は、七海が先程した事とほぼ同じ。持ち合わせの技能〝気配遮断〟だが、これは遠藤よりも高度なものになっている。何より意識は完全にティオにあり、しかも滅んだと思っている竜人族の存在を目にした直後。これにより気取られることなく、後ろを取ることに成功した。

 

「くっ‼︎」

 

フリードの傍にいた亀型の魔物が、フリードが反応するより早く障壁を展開した。だが赤黒く輝く障壁はほぼゼロ距離から放たれた閃光と衝撃により、破壊され、再び展開されるよる早くフリードの懐へハジメが潜り込む。

 

「〝風爪〟!」

 

ドンナーに〝風爪〟を付与し発動させながら、一気に振り抜いたが、ギリギリの所でフリードの障壁に阻まれた。だが、それによって最後の壁が無くなった。

 

「ひゅぅぅぅぅぅ…」

 

傷口から流れる出血が着々と忍び寄る死を警告し、〝限界突破〟によるステータス上昇により、集中力も上がる。その状態は、狙っていなかったが、充分すぎる状況。

 

(なんだ、あの拳は⁉︎)

 

0.000001秒の、その先にある、光と歪み。

 

(黒閃‼︎)

 

「ぐごぁあ⁉︎」

 

黒い閃光を、極限の中で掴み取る才能。幾多の死の淵を見てきたハジメは、自身の力を理解するのも早い。

 

黒閃を受けたフリードは身体が遠くへ飛ばされて、1匹の灰竜にぶつかり、衝撃で灰竜を殺してそのまま墜落するが、その時に意識を戻して同時に駆けつけた白竜の背に再び乗る。白竜も急に向かったため、ティオの意識を外した。それによって、ティオの魔法にふきとばされたが、どうにか体制を立て直す。

 

(なんだ、今のは⁉︎空間が歪んだ⁉︎神代魔法か⁉︎いや、奴らはまだ私が持つ神代魔法を持っていないはず……何より、いまの拳には、魔力が無かった⁉︎)

 

呪力を知らないフリードからすれば、何が起こったか、何をされたかはわからない。だからこそ警戒心が更に跳ね上がる。

 

「いい気分だ、このまま……⁉︎」

 

直後に訪れたのは黒閃を成功させた高揚感。だがそれよりも強く訪れたのは、〝限界突破〟の反動。

 

「ぐっ⁉︎ガハッ‼︎」

 

ハジメを包んでいた紅色の光が急速に消えて行く。傷口と口から盛大に血を吐き出した。傷を負った状態で〝限界突破〟。どれだけ肉体が強化されても、限界を越えた限界越えは無茶であった。

 

(リミットが早い⁉︎傷を負った状態だったからか!)

 

更に〝空力〟が解除されて、マグマの海に落ちそうになるハジメを、飛翔していたティオが背に乗せる。

 

【ご主人様よ!しっかりするのじゃ!】

 

「ぐっ、ティ、ティオ……」

 

ダメージが〝限界突破〟の副作用によって増幅され、倒れそうになるが堪える。そして、「まだやるぞ」と、眼光で上空のフリードを睨む。フリードが合図を送ったのか、主人の危機に駆けつけたのかはわからないが、ユエ達を襲っていた灰竜達も集まってきた。

 

「ハジメ!」

 

「ハジメさん!」

 

2人がハジメの名を叫びながら駆けつけてきたのを見て、今のハジメでは、攻撃を受けたときのティオの戦闘機動に耐えられず、落下する可能性が高いと考えたティオは、ゆっくりと近くの足場に着地し、そこに飛び移って来たユエとシアは、直ぐにハジメの傍に寄り添い支える。

 

「恐るべき戦闘力だ。侍らしている女共も尋常ではないな。絶滅したと思われていた竜人族に、無詠唱無陣の魔法の使い手、未来予知らしき力と人外の膂力をもつ兎人族……よもや神代の力を使って尚、ここまで追い詰められるとは」

 

黒閃を受けた肩を持ち、歯噛みをするように睨んで言う。

 

「最初の一撃を当てられていなければ、蹴散らされていたのは私の方か」

 

「なにもう勝った気でいやがる。俺は、まだまだ戦えるぞ?」

 

ハジメは、フリードの言葉に不快げに表情を歪め、限界寸前の身体でも、眼に殺意を込めて戦闘続行を宣言し、それにフリードは「だろうな」と肯定する。

 

「貴様から溢れ出る殺意の奔流は、どれだけ傷つこうと些かの衰えもない。真に恐るべきはその戦闘力ではなく、敵に喰らいつく殺意……いや、生き残ろうとする執念か……だが、それもここまでだ」

 

フリードが1匹の灰竜を隣に寄せた。それが咥えていたのは、

 

「七海、先生」

 

フリードは七海の首を持って受け取り、見せつける。

 

「この下等生物はきさまらの仲間だろう?殺されたくなければ、おとなしくしろ」

 

「……ハッ、勝手に着いて来てるだけだ。殺されたところで痛くも痒くもないし、そもそも死ぬ覚悟くらい持ってんだよ、その人は」

 

睨んだままドンナーを向けてハジメは堂々と宣言する。間違いなく射線に入る。

 

「どうだかな。ならばやってみよ」

 

「言われなくてもするぜ。(威力を抑えて七海先生ごと貫く……耐えてくれよ、先生)」

 

そして引き金を――

 

「やはり、できぬか」

 

フリードは優位な立場になったのだと、安堵した。安堵してしまった。ハジメが撃たないのは七海の事を想ってではない。

 

(呪力が、溢れている)

 

七海は、この大迷宮に入ってからまだ、抑えていた呪力を、解放していない。つい最近までは、自身の呪力量と出力が上がった為、50%程に落としていたが、これから先はそのような考えではいけないと、落とす出力は30%に変更していた。確かに少し前よりは劣るが、それでも、力は跳ね上がる。

 

「む?」

 

「ぅぅ、ぁぁ、あ、ぁ」

 

弱々しく片腕を上げて、フリードの胸と腹の中間近くに手を置く。

 

「それで攻撃のつもりか?目障りだ下げねば切る」

 

この時、フリードが犯したミスは3つ。1つは、黒閃を受けたのにも関わらず、知らない力を持った者がいる存在を軽視した事。七海がいつの間に剣をしまっていた事、そして七海を自身に向けていた事。

 

「よこ、幅……手の、幅」

 

「む?」

 

七海が別の世界の地球に来て8年。その間、自身の術式について向き合ってきたが、たかが8年。100年以上かけて来た者ですら、術式の解釈を伸ばすのに苦労した。8年とは別世界に来てからの時間。その前から、七海は自分の術式と向き合い続けている。1級術師となった時も、その前も、ずっと。

 

そしてトータスに来た事による呪力量と出力強化は、七海をその段階(ステージ)にたどり着かせるのに充分だった。

 

(拳を振るつもりか?だが魔力はない…身体は強化されているが、一応防御魔法を付与するか)

 

初めてそれを使った時は失敗した。それは、七海自身が己の限界を決めた為。だが、死の淵で、力を発揮していく者がいる。それは、ハジメだけではない。むしろ七海は多くの死線、友の死、そして死そのものを見て、体験した。最後に必要なのは、何物にも揺るぐ事ない自信。

 

今、それが七海にあったわけではない。それでも、

 

(ここで、やらなくては、足手纏いになっては、いけないでしょう!)

 

やらなくてはいけない時に、不安など、するはずも無い。

 

その力の名は

 

「極ノ番…亀裂‼︎」

 

フリードの身体に置いた手そのひらがなのくの字のようになった部分に、拳の真ん中、中指の関節部分が立った状態で打ち込む

 

「ごっっ⁉︎ごっ!」

 

瞬間、拳が当たった場所を中心に、フリードの全身からブシュウ!と勢いよく血が噴き出る。

 

「あ、がああああああああああ‼︎」

 

自分の身体が引き千切られたような感覚を感じ、味わった事のない痛みに吠えて手を離す。

 

「七海さん!」

 

空中を蹴って来たシアが落ちそうになる七海をキャッチした。

 

「七海さん!七海さん‼︎」

 

「だい、じょう…で…早く、てっ、たい、いや、あの、島に」

 

「喋らないでください!今、ハジメさんの元に」

 

「き、きさまぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

いまだ、全身から血を放出してフリードは怒りの形相で叫ぶ。

 

(あれは、呪力が、あいつの全身から出ている!あの呪力は……七海さんの)

 

十劃呪法、極ノ番・亀裂:簡単に言えば、拡張術式の瓦落瓦落と牽牽の応用と合わせ技。先に対象の身体に術式による弱点を作り、その点の部分に合わさるよう、手をくの字のようにして置き、後から線にする事でそこにも更に弱点となる点を作り、2重弱点とし、更に攻撃した同時に、弱点を通して追撃の呪力を流し込み、相手の内部で拡散爆破させる。あえての拡散をする為、呪力を大幅に使ってしまうのと、相手に手を置いて尚且つ、弱点を作る工程が必要の為、決めるのは難しい。だが、その困難さが縛りとなり、威力を上げ、奥義…すなわち極ノ番と呼ぶにふさわしい威力へ成る。しかし――

 

「許さん‼︎貴様らはぁ!貴様だけはぁ‼︎」

 

(仕留めてない…また、失敗…いや、目標威力の50%でしょうか?)

 

この技は、虎杖悠仁が使う、逕庭拳の応用である。拳を受けたと認識した瞬間に呪力を当て、1度の打撃に2度のインパクトを与える逕庭拳は、虎杖の瞬発力に呪力が追いついてない事による物で、狙って出せるようなものでもない。しかも特級相手には通じない。

 

七海がしたのは100%の力に100%呪力を纏って攻撃し、そこから更に呪力を練り上げて放出する行為。中指の立てた関節部分を頂点に、注射針が呪力を纏った拳、そして注射器内の液が呪力。それを流し込むような行為。しかも注射器と違い、ギリギリまで呪力を一定に留め、一気に流して内部拡散させる。それ故に、出力と呪力量を練るのに苦労する。

 

フリードが手を上げてた瞬間、空間全体、いや、グリューエン大火山の全体に激震が走り、凄まじい轟音と共にマグマの海が荒れ狂い始めた。そして、マグマの水位が上がりはじめる。

 

「何をした?」

 

 ハジメが、明らかにこの異常事態を引き起こした犯人であるフリードに押し殺したような声音で聞いた。フリードは、荒息をあげつつ、中央の島の直上にある天井に移動し、その質問に応える。

 

「『要石』を破壊した!」

 

「要石……だと?」

 

「そうだ!このマグマを見て、おかしいとは思わなかったのか?グリューエン大火山は、明らかに活火山だ。にもかかわらず、今まで一度も噴火したという記録がない。それはつまり、地下のマグマ溜まりからの噴出をコントロールしている要因があるということ」

 

「それが要石か……まさかっ!?」

 

「そうだ。マグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。間も無く、この大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様等をここで仕留められるなら惜しくない対価だ!大迷宮もろとも果てるがいい‼︎」

 

 

フリードは血を流しつつ、首に下げたペンダントを天井に掲げた。すると、天井が左右に開き始める。円形に開かれた天井の穴は、そのまま頂上までいくつかの扉を開いて直通した。グリューエン大火山の攻略の証で、地上までのショートカットを開いたようだ。

 

フリードは最後にもう一度、ハジメ達を睥睨し、次にシアに担がれた七海を見る。

 

「これで終わりだろうが、次に会うなら、そこのお前だけは、必ず殺す」

 

踵を返して白竜と共に天井の通路へと消えていった。

 

どんどん揺れが大きくなっていく。

 

「シア、さん、私を捨て…行きなさい」

 

「嫌です‼︎」

 

「このままで、は、あなたも……私は、たぶん、死にます。早く」

 

「嫌です‼︎というか、七海さん死ぬ気はないとか言ってたじゃないですか!こんな所で諦めるんですか‼︎」

 

「…………」

 

死ぬ気はないが、巻き込みたくもないのだ。だが、声が出ない。その気力が、無くなってくる。

 

「ハジメさんはああ言いましたけど、わかりますよ!私だって、大事な仲間に死んでほしくないんですぅ‼︎」

 

ふっと七海は甘いなと笑う。

 

(私に、力が術式があるなら)

 

ティオがフリードを追っていたが、背に乗っていたハジメがそこから離れてマグマドームの消えた島にユエと合流して向かう。

 

【シア、ここまで来れるか⁉︎】

 

「七海さんを離せば、なんとかギリギリですけど、それしたらハジメさん怒りますよね?」

 

【……先生はなんて?】

 

「捨てて行けって」

 

【そうか。……なら、絶対に2人とも生きて来い!】

 

その言葉を待っていたかのように、シアは気合を入れた。呪力を感じる。そして、

 

(あぁ、今ならハッキリ分かります。これが、私の術式‼︎)

 

瞬間、マグマが2人を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに
『七海がいることで原作以上に苦労or酷い目に遭う人リストfile4:フリード・バグアー』
傲慢さと油断故に七海の極ノ番を受けてしまった人。もし100%完成形の『亀裂』を受けていたら身体の一部欠損は確実、最悪死亡でした
フリード「もうくらいはせん!」
私から言えることは1つ。フリード、ガンバw←(真人っぽく)


次は7月中出せるか微妙です。


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諸事万端

ここ最近、アニメ呪術廻戦を見て思ったこと。演出、いい意味で最高に最低でした。絶対製作陣に特級呪霊がいる

なんなのEDキャンセルとか、それで2回目とか、初見死ぬぞw

そして、本誌はワクワクにつぐハラハラの第2ラウンドです!これ、実質宿儺の負けで良くね?

「そっちがチャレンジャーだから」マジこれですね

それと、今回は完全に次への繋ぎ&説明回です。そんな回を、こんな時間掛けてすんませんでした!


(また、この夢……そして、またあなたですか、灰原)

 

先に見える光を塞ぐ灰原は――

 

(何も、言わない。まぁ、これは所詮は私の夢……しかし、そこを退いてくださ…)

 

 

「うっ」

 

光が当たって、瞼の奥の眼が反応する。妙に頭がクラクラし、視界が数秒ブレるが、どうにか身体を起こした。

 

「ここ、は?」

 

大きめのベッドに寝ていたらしい七海は、周囲を見る。木造の家なのはわかる。次に窓。そこから聞こえる人の声と、

 

「潮の香り……!そうだ、私は、南雲くん達は…」

 

「無事ですよ、皆さん」

 

「!」

 

別の部屋から来た人物の声に七海は警戒しつつ見る。背は少し高めの若い女性。年齢は流石に学生の香織より上。見た感じで言えばティオと同じ、妙齢の言葉が似合う。だがそれ以上に気になるのが耳の部分。海人族特有のそれに目がいき、次に思うのがミュウと顔立ちが似ているなという事。というより、ミュウを大人にしたと言えば最も納得がいく姿だ。

 

「失礼ですが、あなたはミュウさんの」

 

「はい。母のレミアという者です。ミュウも心配してましたよ、ナナミンさん」

 

「…………あの、すいません。私の名は七海です」

 

「ええ、知ってます」

 

「…………」

 

警戒心を解く為のものなのかはわからないが、ニッコリと笑って言い、七海の中でレミアという女性に苦手意識を持つ瞬間であった。

 

 

ハジメに預けていたいつものスーツと新しいズボンに白のシャツ、青と白の縞模様のネクタイが用意されていた。寝衣から着替えてサラリーマン度が上がった七海はリビングに出ると、ハジメを含めて全員、アンカジに置いて来たはずのミュウと香織もいる事を確認した。

 

「ナナミン!起きたのー!」

 

ミュウがピョンピョン跳ねて喜んでいる。無事を祝ってくれるのは嬉しいが、2人がいる疑問は疑問として、現状を知りたいとハジメを見る。

 

「よう、七海先生。気が付いたんだな」

 

「何日、寝てました?」

 

「大体3日位。目覚めは良いみたいだな」

 

「おかげさまで。私の傷がふさがっているようですが、白崎さん……ではなさそうですね。神水を?」

 

「ああ。感謝しろよ」

 

貴重なものを使って傷を治してもらった事に、感謝と多少の罪悪感がでるが、とりあえず七海は感謝をした。

 

「それで、どういう状況になっているのか、説明していただいても?」

 

「まず、あの魔人族についてだが、逃げられた。まぁ、ティオの追撃とクロスビットの自爆、元々あんたの攻撃で大ダメージも受けていたから、反撃もできなかった。つか、あれオルクスで見せたやつだよな?他の技と違う感じがした。呪力の流れと使用量で見た感想だけど」

 

「極ノ番、術式の奥義とでもいいましょうか。今まで使えてなかったんですが、この世界に来たことで上がった呪力量と出力のおかげで、ようやくできました。威力的にはまだ未完成ですがね」

 

正直言って奥義なら、それでフリードを殺しておきたかったというのが本音だ。術式の開示はしてないとはいえ、自分の戦い方と、何かしらの能力がある事を伝えたまま生かしてしまったのだから。

 

「詳しくは後で聞くよ。あぁそれと、気絶した先生を俺らの元に運んだのはシアだ。そっちにも感謝しとけよ」

 

「そうでしたか…シアさん、ありが……なんですか?」

 

シアがすごい睨んでた。

 

「七海さん、私、あの言葉を許してませんから」

 

「あの言葉?」

 

「自分を置いて行けってやつです!なんですかあれ!カッコつけてんですか⁉︎」

 

「もっとも多く生き残れると思ってですよ。君としても、優先順位的に私は南雲くんやユエさん、ティオさん、ミュウさん、白崎さん、よりも下でしょう?」

 

「そういう問題じゃないです!……というか、仲間に助ける優先順位とかクソもないです!」

 

仲間と言われて嬉しくないわけではないが、あの場合、助かったのは奇跡に近いと七海は思っている。

 

「自分を軽く見過ぎ」

 

「七海先生、私達にどういう影響を与えているか、わかってます?」

 

「妾でも引いたぞ」

 

「ナナミン、メッなの!」

 

残る4人の女性たちからも批判を受ける。

 

「七海さん、私はその状況がどうだったか見てませんから、偉そうに言うことはできないです。けど、あなたがとった判断は間違ってないですけど、正しくもないんじゃないですか?少なくとも、ここにいる皆さんにとっては」

 

レミアの落ち着いた柔らかな声は、静かだがよく通る。耳にも、心にも。

 

「……ハァ、わかりました。謝罪します。しかし、私も間違ったことは言ってないと思っているので」

 

「それ謝罪してるって言うんですかぁ?」

 

これ以上は聞く気は無いという雰囲気を出して、七海はハジメに説明の続きを求めた。

 

「で、ティオにはそのまま静因石を持ってアンカジまで行ってもらって、シアが気絶してたあんたを術式使って運んできた」

 

「術式……もう自分の術式を理解したんですか?」

 

「実戦で使うのはもうちょっと訓練が必要ですけどね」

 

シアは頭を掻きつつ言う。あの時できたが、それでもまだ完全に使いこなすには時間がいるそうだ。

 

「で、マグマドームにあった建物の中で新しい神代魔法、〝空間魔法〟を手にした。恐らく、あの魔人族が使ってた不意打ちや、こっちに気付かれず隠れてたのもこれだろう。残穢は恐らく、マグマに流れたのと、あの付近にも静因石みたいな鉱石があったから、消えるのも早かったんだろうよ」

 

「神代魔法の情報は、すでに頭にあります。ということは」

 

七海も試練を突破して合格判定を受けたという事だ。実際、ハジメは預かっていた七海のステータスプレートを渡し、それを見ると空間魔法というものが追加されて…

 

「!」

 

「どうした」

 

「レベルが、上がっている」

 

ハジメは「マジでか」と興味を持って覗く。たしかに上がっていた。レベル14。一気に上がっている。上がっているのだが、

 

「ステータス面は変化ないな」

 

「レベルだけが上がってますね」

 

喜んでいいのか微妙なレベルアップだった。

 

(神代魔法を得たから?なんにせよ、あまり意味はなさそうだ)

 

少しだけ、がっくしと項垂れて続きを聞く。

 

「脱出は、潜水艇を使った。もちろんマグマにも耐性があるものをな」

 

「いつの間に…用意がよすぎてちょっと怖いですよ」

 

ハジメ的には次のメルジーネ海底遺跡攻略に必須だとして、事前に作っていたのだ。それは七海もわかるがそれでも用意が良いにも程がある。

 

「で、それで噴火する勢いで地上に出ようとしたが、そのままマグマの中に飲み込まれてな……下へ下へ行って、どうにかユエの魔法で船体を固定しながら地下を移動すること丸1日、何処かの海底火山の噴出口から、マグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされた。衝撃で、船体が著しく傷ついたわけだが、何とか浸水は免れた。まぁ、それよりも心配だったのは」

 

「何かあったんですか?」

 

「いや、あんたの方だよ」

 

「?」

 

「神水を飲ませても、傷の再生がなぜか遅かったんだよ。あの白竜の攻撃をくらってないのにな」

 

「私に魔力がないのが原因だったのでしょうかね…まぁ、治ったんでしょう?」

 

するとハジメは訝しむような眼をし、もう一度ステータスプレートを見せろと言ってきた。

 

「なんなんですかもう」

 

「……いや、治り出した時なんだが、先生の身体が魔力を出してたっぽくてさ」

 

「それこそ、神水の影響じゃないんですか?」

 

「いや、そうだと思うんだが、なんというか……いや、考えても分からんもんを言っても仕方ないな。話を戻そう」

 

その先は、海に生息する巨大な魔物。クラーケンを思わせる巨大なイカを始めとした巨大海洋生物型の魔物が現れたらしい。話を聞く限りはどれも準1級〜1級呪霊レベルはあると七海は考える。潜水艇の武装とユエの魔法を駆使して、どうにか切り抜けた。その後、海上を移動していたところ、海人族の警備に見つかった。潜水艇なんてない世界では、怪しまれて当然だろう。まして、

 

「ミュウを攫われたのもあってピリピリしてたみたいで、俺が攫ったんだと思ったらしくてな。どうにか説得(物理)して、エリセンに来て」

 

「ちょっと待ってください。本当に説得したんですか?」

 

「お、おう」

 

「…………嘘をつくなら目を逸らすのをやめたらどうですか?まぁ、今更ですね…続きを」

 

エリセンに到着しても、潜水艇のことで怪しまれてしまった。その理由もわかるが、条件反射的で敵愾心を出して一触即発になっところに、

 

「空からミュウが降ってきたんだよ。ティオが竜化して香織とミュウを乗せててな。ただ、ミュウは我慢できなくて飛び降りたんだけど」

 

「……無茶をしますね。君に似てきたんじゃないですか?」

 

「ぐっ」

 

全部否定できず、吃る。

 

「あとは、ミュウを母親に合わせたんだが、ミュウを攫った連中の魔法で足に怪我を負ってたらしくてな、香織の治療を受け続け、どうにかきちんと歩けて、泳げるようにもなった。ちなみに、その間は装備品の修繕と作成、新たな神代魔法に対する試行錯誤をしてたよ」

 

「そうですか…ありがとうございます。それで、もう次の大迷宮には向かうんですか?」

 

「ん?ああ、それは明日だ。まだ準備が完全じゃないしな」

 

「なるほど。ところで」

 

「なんだよ?」

 

七海はスッとミュウがべったりとくっついている女性、母親のレミアを見る。

 

「レミアさん、南雲君をミュウさんがパパと言う事に対して、なんの違和感もなかったんですか?あと、これは私の勘違いであってほしいという願望なのですが、ユエさん達がどうもあなたを警戒しているような気がするのですが?」

 

レミアとミュウ以外がビクッと、反応していた。そしてレミアはというと

 

「うふふ、経緯は聞きましたよ。ただ、私は娘と再会できたご恩を一生かけてお返ししたいと思っただけです」

 

頬を少し赤く染めて、おっとりとした笑みを浮かべるレミア。そして周囲の反応。それで理解した。

 

「…………………」

 

「おい、やめろ先生!そんな節操無しみたいな奴を見る目をすんな!」

 

「南雲君、白崎さんの事を認めた時点で、これからあなたが誰とどう付き合うのかはツッコまない気でいましたが、さすがに未亡人は」

 

「わかってるから!言わなくていいから!」

 

当の話題に上がったレミアは、「あらあら、うふふ」と柔らかで、見る人が見れば小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

 

「それにしても、迷惑をかけました。白崎さん、あなたは私も診ていたんでしょう?回復魔法をかけたのか、私が寝ていた場所に残穢が残ってましたからね」

 

「いえ、別に…いつも私達を守って、強くしてきてくれたんですから、このくらいは」

 

「それもですが………南雲君、本当は準備はできてるんじゃないですか?」

 

ハジメは目を見開く。

 

「ほんと、なんでいつもわかるんだ?」

 

「わかりやすいんですよ。大人から見たら、君の言動なんて。まぁ、全てがとまではいいませんが」

 

七海の読み通り、ハジメは出立の準備はできている。だが、目を覚まさない七海のことが、彼の行動を阻んでいた。

 

「南雲君、私は確かに私のわがままでここにいます。ですが、迷惑をかけたいとは思ってませんし、君が早く大迷宮攻略をしてくれたほうが、私の目的達成にも繋がります。縛りにある同行は、あなたの行動にいちいち付いて行くものではない。もしそうなら、君がシアさんとデートする時も、一緒に行動をしなければいけないんですから」

 

「……………」

 

「動けない私をここに置き、戻ってくる事を気絶していても私に告げておき、あなたがそれを破らないのであれば、縛りを破った罰は受けない」

 

「わかってるよ。そんな事は」

 

ハジメとてバカではない。縛りの事を知ってなかった時とは違い、今はもう七海の教えもあってだいぶ理解している。その抜け穴も。

 

「けど、それをすんのは、寂しい生き方になりそうだった。だから、やりたくなかった」

 

「…………」

 

「これがよ、先生がいつか言った呪いなんだとしても、俺は、この呪いを捨てたくない」

 

七海はその言葉が愛子のものだとわかっている。そして、彼女が呪うつもりでハジメに言ったのではない事も。

 

「………わかりました。それと、今のは少し言い過ぎましたね」

 

反省しますと、七海は告げる。

 

 

その夜、七海は外に出て、どこまでも続く海を見る。外の空気を吸い、海に浮かぶ町をみて、ようやくここがエリセンなのだと再確認しつつ、潮の香りを感じていた。

 

「何か、お考えですか?」

 

「レミアさん?」

 

皆が寝静まったのをみて、外に出た。だから彼女がここにいるのが正直に言って不思議だった。

 

「私も、たまたま目が覚めてしまった時に、物音がしたので見たら、七海さんが外に出ていたので」

 

「………別にここを離れるつもりはありませんよ。そもそもできませんし」

 

彼女が縛りの事をどれだけ知ってるのか。そもそも、自分の事、ハジメとの関係をどこまで聞かされているのかはわからないが、とりあえずここを去ろうとしているのではないと告げる。

 

「なら、お悩みごとですか?」

 

「いえ、別に」

 

「………私は、子供じゃないですよ」

 

「………」

 

「子供の前で、弱い所を見せるべきではない。そんな感じですか?」

 

「そこまでは……いえ、そうかもしれませんね」

 

レミアもまた、七海の言う、様々な小さな絶望を重ねてきた大人。だからこそ、彼女も七海の気持ちをほんの少しは理解できる。

 

「私は、多くの人を呪ってきた。後悔があるもの、ないもの、様々です。だからこそ、彼には、彼らには、呪いを背負って欲しくないと、そんな、できるはずもない希望を抱いていた」

 

トータスに来る前から、教師として生きてきた時から。教師という役職の限り、自分の口からでる教訓というものが、誰かを呪うのだと、理解しつつ。

 

「子供に溜まった呪いという毒を、処理するのは大人で、そして彼らの教師でもある私だ。しかし、今の行動も、これまでも、本当にできていたのかと言えばわからない」

 

呪術師時代は、教師には不向きな五条の事を、もうちょっと教師としてちゃんとしろと思うところがあったが、いざ自分が教師になったら、わからないことが、悩みが、多くでる。

 

「置いてきた生徒が、どうなっているのか、どういう扱いをされているのか。信じている人達がいる。それでも、私がここにいる意味と、天秤にかけてまでやるべきなのかと、思わないことはない」

 

ハジメの事を、信じてないわけでない。それでも、わざわざ縛りまでして、他の生徒の帰還を約束させた。それによって、光輝が負わなくてもいい呪いを負った。そして、魔人族の呪いを上書きする為に、さらに呪いを彼にかけた。その彼がどうなるか見守ることなく、ここにいる。

 

「すみません。愚痴を言いたかったわけではないんですが」

 

「………七海さんの悩みは、本当の意味で私には理解できない。けど、少しは和らげることくらいはできると思ってます。それがどれだけ偽善でも、その場凌ぎのようなものなのだとしても。同じ1人の大人として、寄り添うくらいはできる。その上で言います。その想いは、きっと、誰の為になっている。でも、救えない人もいる」

 

救えない人間がでても、それを嘆いて立ち止まる事は七海はないだろう。わずかな会話だけではあるが、レミアはそう確信している。

 

「でも、救えた人達はきっとわかって、七海さんの救いになってくれる。ハジメさんは、七海さんに感謝してる。だから、救いたい、助けになりたいと思った。それはけして、呪いのせいとかじゃないと思います」

 

「……………」

 

わかっている。七海とて、わかっている。それでも、その言葉が、ありがたかった。

 

「いけませんね。教師でもある私がこれでは」

 

「いいじゃないですか。大人同士なら愚痴の言い合いの1つや2つくらい」

 

ふっと小さな笑みを出して、すぐに元の冷静な顔になり、七海は聞く。

 

「ところで、話は変わりますが………本気で南雲君を?」

 

「うふふ」

 

「いや、そんなにこやかな笑顔を返されても」

 

夜の海の、大人2人の会話は、誰に聞かれるでもなく、そんな気の抜ける言葉で締められた。

 

 

翌日は七海とレミアの最終の検査として休息に使い、更に1夜明けた日、ついに出発だ。

 

「白崎さん、一応言っておきますが、グリューエン大火山で私はほぼ足手纏いでした。真の大迷宮はオルクス大迷宮前半とは、比べることができないくらいのレベル。それでも、あえて言います。死ぬ覚悟は?」

 

「命は賭けても、死ぬ気はありません」

 

「よろしい」

 

死ぬ覚悟で向かっては確実に命を落とす。大迷宮はそういう場所だと七海は考えた。もちろん、そういう可能性が充分ある場所なのも理解している。命は賭けても捨てはしない。まぁ、聞く前から、それを香織が理解できてないとは思わないが。

 

「パパほんとに行っちゃうの?」

 

物凄く寂しそうに、グスりと涙を流すミュウ。後ろ髪を引かれつつも、どうにか振り切って、

 

「ミュウ、必ず戻ってくるから、心配すんな」

 

そう言いハジメは潜水艇に乗り込もうとすると、

 

「パパ、いってらっしゃい」

 

気丈に、手を振り叫ぶミュウ。そして、

 

「いってらっしゃい、あ、な、た」

 

七海ですら、冗談なのか本気なのかわからないレミアの言葉に、ハジメはどう反応すればいいかわからない。

 

「まるで…」

 

「言うな、先生!」

 

「仕事に行く夫を見送る妻と娘…」

 

「だから言うなって‼︎んなことしたら…」

 

ズイっとユエ含めた女性陣がハジメをガッと掴む。とてつもなく不機嫌そうである。

 

「言わなくても、こうなったと思いますが」

 

「だからってわざわざ口にだなくてもいいだろうがぁぁぁ‼︎」

 

ハジメが叫ぶもスルーする七海であった。

 

 

 

エリセンを出て、しばらく。メルジーネ海底遺跡を探しているのだが、まるで見つからない。

 

「そういえば、前から気になっていたんですが、南雲君は何故大迷宮の場所を把握しているんですか?」

 

「完全に把握してるわけじゃなって。今回みたいに、正確な場所がわからないのもある。……ただ、聞いたんだよ」

 

「誰に?」

 

「解放者の1人に」

 

その発言に、ある確信が七海の中に出てくる。

 

「生き残りがいたんですか?」

 

「あぁ、まぁな」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしてハジメは言う。

 

「なんですかその顔?」

 

「いや、ひたすらに、うっっっざい奴だったからな」

 

(なんでしょう?この既視感は)

 

ハジメの言うミレディ・ライセンという解放者に、どこかで感じた事のある気持ちがふつふつと出る。

 

(五条さんと同タイプなんでしょうかね)

 

「というか、解放者が今も生きてる事には驚かないのかよ」

 

「別に、私の世界にもそういう人はいました」

 

「そうなの?」

 

「ええ。と言っても、そのミレディとは違い、天元様の場合は不死の術式を持った、1000年前の術師なんですが……まぁ、直接会ったことはないですがね」

 

「「「「「……………」」」」」

 

「どうしました?」

 

5人が七海をジッと見つめる。

 

「いや、1000年前ってのも、すごいが、なんていうか」

 

「七海先生が他の人に様付けしてるのが」

 

「うむ、驚きじゃ。まさかとは思うが、この世界の神のような…」

 

「そういうのじゃないです」

 

七海が自然に、当たり前のように天元を様をつけて呼んだのを、彼らから見れば、天元=神のような存在と七海が扱っているように見えたのだろう。

 

「天元様はその存在そのものが日本の呪術界の基底なんです。日本国内のあらゆる結界の強化・行使を行っている為、私みたいに結界術が苦手でも、簡単な結界…帳なら安定したものを張れる。それ故に、多くの術師から敬意を込めて様付けされているだけです。そもそも、超目上ですしね」

 

「……ニュースとかで皇族を様付けで呼んでるようなもん?」

 

「まぁ、そんなもんだと思っていいです」

 

「………そういや、俺も前から気になってたんだが」

 

ハジメはふと、この流れからある事を思い出す。

 

「七海先生は、最初からこの世界の神を疑ってたっていうか、嫌ってたって感じがしたんだけど、なんでだ?」

 

「……いきなり呼び出して戦えなんて言う神を、信頼なんてできないでしょう?」

 

「それでもだ。それにそれは疑う理由になっても、最初から嫌う理由には弱い」

 

七海は少し、目線を落として、何を思っているのか、サングラスのせいで目が見えないのでわかりにくいが、言葉はハッキリ告げる。

 

「別に、たいした理由はないです。ただ、私が神という存在を、好きになれないだけです」

 

 

 




ちなみに
七海の神に対するものについては後々にも書きますが、七海は宗教そのものを否定はしないですし、神も否定しません。ただ、本編で起こった事を考えると、果たして神を好きになれるのかと言われたらNOだと思い、こうしました。

そもそも身勝手に連れて来られてますしね

このまま短いですがありふれさんぽ出します


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ありふれさんぽ:呼び方

超短いです


「「…………」」

 

「なんです、ユエさんにティオさん」

 

「「それだ(じゃ)」」

 

2人は目を細めてビッと指を向ける。

 

「それとは?」

 

「七海、なんで私達には『さん』なの?」

 

「ユエも妾も、天元とやら程ではないが充分お主より年上じゃぞ。だというのに」

 

2人はこれまでの七海の対応を思い出す。ユエは大人と理解しているが、

 

『ユエさん、南雲君が好きなのは理解してるので少しくらいは自重してください。そうでなくては、目立たなくてもいいところで目立ってしまう。問題を呼び込むようなものなんですよ』

 

扱いはハジメ達と同じ子供への対応に近い。

 

ティオは完全に大人としての対応なのだが

 

『……すみません、あそこで悶えている方は完全に無視してください。なんならいない人と思ってください。知り合い?いえ、知らない人ですね』

 

大人の対応として正しすぎてティオ的に文句はある。何より竜人族としての誇りもある身としては、この対応は正直言って不満だ。そう抗議するが

 

「不満?感謝でなく?」

 

「むぐぅ!」

 

ティオはプルプルとしていたが、すぐさま煌々とした笑みを見せる。

 

「…………」

 

気持ち悪さ全開で七海は汚物を見る目をしていた。

 

「ティオの対応はまぁ、いいとして。私は不満」

 

「なら、ユエ様とでも言えばいいんですか?」

 

「むっ」

 

実際七海が様付けしたとして、正直言って嫌すぎる。何より今の自分はそう呼ばれる階級でなく、1人の女性ユエなのだから。何より、面白がられて、香織やシアに様付けされたら

 

(考えたくもない。いや、もしかしたらハジメにも言われる可能性すらある)

 

noという結論が出た。だが、

 

「それはそれとして、子供扱いは腹が立つ」

 

「だったらもう少し大人らしい行動をしてください。この間の白崎さんとのケンカなど、もはやただの子供のケンカそのものですよ」

 

「あ、あれは香織がケンカ売ってきたのが悪い」

 

「それを買うのが、子供だというのです」

 

正論で心をグサっと刺された気がした。

 

「まぁ、いいじゃないですか。なんだかんだであなたと白崎さんは似た者同士なんですし」

 

「ハァ⁉︎どこが!全然違う!」

 

「ついでに言えば、ティオさんとも似ていますが」

 

「もっとなんで⁉︎」

 

心外だと怒りを叫ぶ。

 

「いや、南雲君を厄介なくらい愛してる部分とか」

 

「そ、それくらいじゃ…⁉︎」

「あと、2人でいる時とかティオ超えてると思う」

 

「ハジメ、いつの間に⁉︎」

 

いつの間にか近くにハジメが来ていた。

 

「いや、こんな狭い潜水艇の中ならいつ聞いててもおかしくないだろ」

 

「ついでに、私のいるところで夜での話のこととかやめてください」

 

「ま、まさか聞いてた」

 

頬をかきつつ、ハジメは頷く。それにがくりと項垂れてしまう。

 

「まぁ、ユエさんは今のままの方がいいんじゃないですか」

 

「だから子供扱いは」

 

「子供扱いを、された経験はどのくらいありますか?」

 

「!」

 

その経験は、正直ユエには殆どない。一定の年を迎えて、王族としての振る舞いをしてきた彼女に、そういった対応をしてきた者は数少ない。

 

(もしかして、七海はわざと)

 

「それを除いても、子供ですけどね、精神的に。そういう人が周囲にいたら、このような対応にもなりますよ」

 

「ムカっ」

 

結論、ユエは大人だけど子供。ティオは大人だけど変態。要するに、敬えない大人である。

 

「安心してください。仲間としては慕っているので」

 

「嫌味にしか聞こえない」

 

そんな様子を見るハジメは

 

(大人オブ大人の七海先生が相手じゃ、俺等じゃ勝てないな)

 

と思いつつ、ユエを擁護する気はなかった。どれだけ愛していても、それはそれ、これはこれである。

 

因みに

 

「はぁはぁはぁ、もっともぉぉっと罵ってほしいのじゃぁぁ」

 

「先生、アレいる?」

 

「いりません」

 

ティオは擁護以前の問題であった。

 




天元の所を書いてる時、「あ、そういえばティオもユエも圧倒的に年上だ」と思い、書きました

そういえばと思う程度だし、やっぱ様付けは無理だね

ユエ&ティオ「「…………」」


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海内紛擾

メルジーネ海底遺跡編、行きまーす。


大迷宮があるとされる場所を捜索してもわからない。だと言うのに、ハジメは特に焦る様子もなく、探索を切り上げて海上で休んでいる。女性陣はシャワー室で身体を洗い、温めており、男性陣は甲板で夕焼けを見ていた。

 

「場所がわからないようですが、随分余裕ですね」

 

「……『月とグリューエンの証に従え』…ミレディがそう言ってたんだ。月が出る、つまり夜になれば、わかるんじゃねーかと思ってな」

 

ハジメは横になった状態でグリューエン大火山を攻略した証であるペンダントを掲げる。

 

「にしても、七海先生がいてくれて助かった」

 

「なにがですか?」

 

「いや、あんたがいなきゃ、もしかしたらシャワー室に連れ込まれてたかもしれないからな」

 

ティオが何か言いたそうにしているのは七海もわかっていた。たぶんハジメの言うようなお願いをしようとしていたということも。

 

「……南雲君、白崎さんの事があったので、私にとやかく言う権利は無いに等しいですが、逃げるのもいつか限界がきますよ」

 

「わかってるよ、言われなくても」

 

甲斐性無しと言われてもおかしくないことなどわかっている。どう解決したらいいかもわからないハジメは、正直この問題をいつまで先送りできるかと思わない日はない。七海に相談できることでもない。というより、こんな状況に対してどうすればいいかの納得のいく答えなど、体験してなければできないだろう。

 

「ハジメ君、どうしたの?」

 

そう考えていると、タイミングよく香織が声をかけてきた。そちらを見るとユエにシア、ティオもいる。少し髪が湿って頬や首筋に張り付いている。

 

「いや別に、ちょっと日本を思い出してた」

 

ムクリと身体を起こしてあぐらをかき、先程の話を言えるわけもないのでそう言うが、嘘ではない。水平線に沈む夕日にそう感じていた。どの世界であっても、自然が作りだす光景は美しい。

 

「半年も経ってないんだよね。でも、なんか懐かしいや」

 

「こっちの日々が濃すぎるんだよ」

 

「確かに、またこんな人生を送るなんて、私も思ってませんでしたよ」

 

世界は違うが、それぞれ地球の日本で過ごして来た者同士、遠い彼方に沈む夕日に想いを馳せる。それに疎外感を感じたのか、ユエがハジメに歩み寄り、そのままその膝の上に腰をおろし、背中をハジメの胸元にもたれさせる。真下から超至近距離の上目遣いで、ハジメはノックアウトされ、隣の香織がまた般若を出す。が、そこで終わらない。香織の逆サイドにシアが、背中にはティオが、ピタっとくっつく。

 

「なんだかいい雰囲気になりそうなので、邪魔しにきました!」

 

「うむ!」

 

「おまえらなぁ」

 

そして香織もきゅうっと身体を密着させる。

 

「おしくらまんじゅうですね」

 

「見てないで助けろよ!」

 

「助ける展開ですか?コレは?」

 

そこからは日が暮れて月が輝く前まで話し込む。日本の思い出や日本そのものについて。そして日本の歴史も少し。

 

「やっぱり語るなら、戦国時代は絶対だね」

 

「確かに。でも七海先生がいるなら、平安時代とかも良くね」

 

「こちらの呪術師と私の世界の呪術師とは違うと思いますが…」

 

「……むぅ」

 

と、ティオが何かを感じたのか、疑問を口にする。

 

「思ったのじゃが、七海はご主人様と同じ名前じゃが全く違う世界にいたのじゃろう?」

 

「えぇ、そうですが」

 

「いや、どうも引っかかるのじゃ。歴史に関しては、まったく同じなのに、何故呪術師のみ生まれなかったのかと」

 

言われてそこで七海も気付く。七海もハジメの世界に来てしばらくは自分の世界と違うところがあるか確認していたが、呪霊がいない事以外はまったく同じだった。呪術師という言葉はある。平安時代などはそう言った役職があったことも確認済みだ。

 

(確かに、ティオさんのいう通りだ。だが、清水君のような人間もこの時代に生まれていた)

 

つまり、歴史の中で微妙な変化があったのかもしれないと七海は考える。資料などには載らない何か小さな変化が重なり合い、人という存在に変化があったのではないかと。

 

「考えても仕方ないだろ。実際のところわかんねぇんだし」

 

「まぁ、そうじゃの」

 

「七海先生も、あんま考えすぎんなって」

 

「別に、そういうわけではないんですがね」

 

実際ティオに言われなければ考えなかったことだ。そうしていると夕日が水平線の向こう側に消えて、月が輝き出す。狙ったかのように満月が夜を照らす。

 

「そろそろだな」

 

先程のペンダントを掲げる。ちなみに、エリセンにいる時も魔力を流したり、月にかざしてみたりなどしたが、なんの変化もなかった。だが、今回は違う。ペンダントに描かれた女性が持ったランタン部分。そのくり抜かれた部分に、光が溜まっていく。

 

「この証は、こういうアーティファクトなのでしょうか?」

 

「たぶんな。にしても」

 

「綺麗ですねぇ」

 

ハジメの感情を代弁するかのようにシアは感嘆の声を上げ、香織もそれに同調する。ペンダントは溜め込んだ光を一直線に放出させ、海面のとある場所を指し示す。

 

「粋な演出。ミレディとは大違い」

 

「すんごいファンタジーっぽくて、ちょっと感動してるわ、俺」

 

「天空の城とは、逆ですがね」

 

「あれ、先生あのアニメ見たことあんの?」

 

「ええ。どんな感情下でも呪力出力を保つ訓練の一環として、学生時代に当時の教師だった夜蛾学長に教わりました。あれ以外にも色々な映画を観ましたけど。それより、場所はわかりそうですか?」

 

「たぶんな。んじゃ、潜航する。全員中に入れ」

 

 

潜水艇に乗り込み、光が指し示す方へ進んでいく。海底の岩壁に着くと、ペンダントはより輝き、岩壁の一点に当たる。すると鈍い音を立てて震動を起こし、扉のように岩壁の一部が真っ二つに開く。

 

「なるほど、いくら探しても見つからないわけだ」

 

「しかも、ここへ到達するにはグリューエン大火山を攻略するのが大前提なのだとすれば、さらに難易度は上がる。ほんと、演出含めて良い趣味してますよ」

 

確かに演出は良かったが、過程を考えるとまったく笑えない七海の皮肉に、他の者も同意する。

 

「そもそも、この『せんすいてい』じゃったか?コレがなければ、平凡な輩は迷宮に入ることもできなさそうじゃな」

 

「常時結界を張ってないとダメ。それも強力な」

 

「でも、グリューエン大火山の攻略が必須なら、大迷宮を攻略してる時点で普通なんじゃないですか?」

 

「コレを普通って言えるのはごく一部だと思うけど」

 

シアの言葉に苦笑しつつ、香織は言う。あらためて気を引き締めて、海底の様子に注意を見せていると、突然横殴りの衝撃が船体を襲う。ぐるんぐるんと回るが、エリセンに着くまでに同じ体験をしていたハジメは対策をしていた。船底につけた重力石が重みを増して船体を安定させる。激流がどこに続くかはわからないが、なにかあるだろうと考え、安定させつつ、流れの先に向かっていると

 

「〝遠透石〟に反応あり、なんか近づいてきてるな。……まぁ、赤黒い魔力を纏っている時点で魔物だろうが。ちょうどいい、アンカジで使えなかったアレを使うか!」

 

ハジメがスイッチを押すと潜水艇の後部ガコンと開く。

 

「試作品呪具爆弾砲、発射」

 

アンカジで見せたペットボトルくらいの大きさをした魚雷を2つくっつけたかのような爆弾が発射される。ハジメの呪具は1つしか技能をつけられない。そこで、射出やコントロールする為の装置をアーティファクトにし、爆弾は純粋な爆弾として乗せる。群れをなす魔物に近付いた瞬間、ハジメは爆弾を起爆させる。

 

「うぉ!」

 

「「うひゃぁ!」」

 

「こ、これは」

 

「とてつもない威力なのじゃ」

 

大爆発を起こして、魔物の群れは跡形もなく、消し飛んで、余波で船体が揺れる。

 

「いや、まぁ、結果オーライ?」

 

「こんな威力あるのをアンカジで使おうとしたんですか?」

 

「いや、ちょっと言い訳じゃないが言わせてくれ。こんな威力とは俺も思わなくて」

 

「威力試さず使ったんですか」

 

呆れたなと言うように七海は息をこぼす。

 

「というか、アレは何なんですか?ただ呪力を爆発させたにしては威力が強すぎる」

 

「えと、片方のタンクに呪力、もう片方に魔力を溜め込んで、タイミングを見計らってそれを混ぜ込む。要は、2重強化のエネルギーをそのまま放出させたんだが………」

 

「それが、アレですか」

 

肉体の外に出た時のエネルギーは、とんでもないなと思う。

 

「ハジメ君が作るアーティファクトも、呪具も、正直言って反則だよね」

 

「いえ、呪具に関して言えば、まだまだですよ。本人も言ってましたがね」

 

「………まぁな」

 

事実なので否定できないが、悔しさを滲み出していた。

 

「アレで、まだまだなんですか?」

 

「ええ。とはいえ、短期間で高性能な呪具を作り出せる時点でとんでもないのも事実なんですけどね」

 

「つっても、さっきのは正直俺でも引く威力だった。もう少し威力調節をしてから使うとしよう」

 

そうして、時折出てくる魔物を蹴散らして進んでいると、周囲を1周しているのがわかり、どこかに入口があって見逃したと考え、今度は注意深く探索をしていると、数ヶ所ほどの五芒星とその中央部に三日月が描かれた紋章をみつける。その内、最初に見つけた紋章に近づき、ハジメは首に下げたペンダントを取り出してフロント水晶越しにかざす。するとやはり反応し、最初と同じように光が一直線に伸び、紋章に当たると、紋章が輝きだす。が、それだけで道ができたりはしない。

 

「他の地点でもしなくてはいけないのでしょうか」

 

「おそらくだがな。つか、さっきユエが常時結界を使ってくる必要とか言ってたけど、実際のとこ魔力持ちそうか?」

 

「正直言って難しい」

 

だろうなとハジメは言う。RPGゲームみたいな謎解きをしつつ、魔法で生命維持をし、襲いかかる魔物の相手をして、仕掛けを解いていくなど、相当酷だろう。空間魔法が使えても、否、神代魔法の空間魔法では更に魔力消費量が多く、すぐにダウンして終わりだろう。

 

5ヶ所の五芒星の紋章に光を注ぎ、ようやく先へ進む道が開かれた。真下へと通じる水路を特に何事もなく進んでいたが、突如船体が浮遊感に包まれて、そのまま重力に任せて落下した。衝撃で少し身体が浮き、体制を保てなかった香織が軽く尻もちをつく。

 

「香織、無事か?」

 

「だ、大丈夫。それよりここは?」

 

外を見ると、海中ではなく、空洞になっていた。魔物の反応もないので、とりあえず船外へ出る。半球状の空間で、頭上を見ると大きな穴があり、どういう原理か、水面がたゆたっている。しかもそこから一滴も水が落ちてこない。

 

「あそこから落ちてきたようですね」

 

「となると、ここからが本番か」

 

「さっきまでのが、言うなればオルクスの前半だとすれば、レベルの差がありすぎるような気がします」

 

「全部水中よりマシ」

 

ユエがそう呟くのを聞いて、七海も「たしかに」と頷いていると、

 

「!」

 

「ユ…」

 

「〝天絶《弾》〟!」

 

頭上から感じた魔力に対してユエに呼びかけて障壁を展開してもらおうとしたが、その前に香織が動いた。しかも

 

「その魔法、確か谷口さんの」

 

自身の戦闘技術向上の為、香織は様々なことに挑戦し続けて来た。雫からの接近戦の訓練。さらに鈴から防御魔法の技法。七海からのアドバイスで様々な結界魔法、防御魔法の開発をしていた彼女に、香織は習い、そして観察し続けた。そしてユエという規格外の存在の出現と、その魔法の扱いを習い、元々あったものを磨き、結界師の鈴程にないにせよ、着実に力をつけた。

 

「っ!」

 

展開した魔法に衝撃がかかったのを感じ、香織は出力を上げた。瞬間、放たれた魔法は弾き返され、魔法を放ったと思われる魔物に命中した。……全てではない。その上仕留めきれてない。

 

「!」

 

仕留めきれなかったものを、ティオが〝螺炎〟で焼き尽くす。水中生物の為か、炎に弱く、跳ね返した魔法でも仕留めきれていないものも屠る。

 

「洗礼というやつかの」

 

「手荒い歓迎ですね。まぁ、それより………白崎さん」

 

「っ!」

 

香織はビクッとした。何を言われるかなどわかってはいるが

 

「足手纏いになりたくない気持ちはわかりますが、今のはどう考えても悪手なのはわかりますよね?」

 

「…はい」

 

バツが悪そうに香織は頭を下げて言う。

 

「技術も技能も向上しているのはわかりました。素晴らしいです。ですが、今あなたがした行為は、なんの意味もない行為だ」

 

効果がいまいちなのに、わざわざ跳ね返した。しかも魔力を多く使って。

 

「お、おい七海先生。別に防いでたんだから…」

「ハジメ、ダメ」

 

ユエが止めた。ユエもまた、香織に教えを説いた者。そして、魔法のスペシャリスト。言語化が困難な彼女でも、ハッキリ言える言葉。

 

「今のは、香織が悪い」

 

ユエ達と違い、香織は〝魔力操作〟を持っていない。それでも効率的な魔力を運用できるのは、魔力を視認し、流れる量、流す量を調整している為だ。それでも、あるとないでは差が圧倒的。車で言うならオートマ車とマニュアル車の違い。燃費も段違いだ。

 

その上で、先程の香織がしたのは、無駄に動いて疲弊し、良い的になっただけにすぎない。

 

「正直、前回の大迷宮で私はほぼ役に立てませんでした。だから気持ちはわかります。それでも、任せるところ、自分ですべき事、できることの見極めはしてきました。次は見極めてください」

 

何も言うことなく、香織は頷いた。

 

「よろしい。南雲君、先へ進みましょう。時間を取ってしまい、申し訳ない」

 

「いや、いいけどよ」

 

そそくさと進む七海に、ハジメは言う。

 

「あんた、やっぱり教師だな」

 

「……………」

 

何も言わずに、七海は進む。ハジメも七海に教えてもらった者。だからわかる。ただ怒るだけの無能でもないことは。七海の言葉にある意味も。

 

香織も同じだ。厳しい言葉は、七海なりの優しさ。そして、的確な教えと指示で、着実に強くなってきた。自他ともに命を守る為に。それでも、香織としては悔しい。今の自分が、足手纏いであるという事実が。

 

(この大迷宮で、1つ皮が剥けるようなことがあれば良いんですがね)

 

香織には才能があるし、伸び代もあるし、覚悟もある。あとは、今の彼女にまとわりつく劣等感と、どう向き合うかが必要と七海は考えていたが、こればかりは彼女自身で向き合うしかない。1つ1つ教えてもいいが、香織の為にはならないし、ここは大迷宮。

 

「きましたね」

 

魔物がひしめく、危険地帯なのだから。

 

 

 

 

「南雲君、真の大迷宮の魔物を私は見ましたが、ここはこんなものなんでしょうか?」

 

「たしかに、弱すぎる」

 

香織以外が全員肯定するように頷く。大迷宮の魔物は強力、複数で厄介、単体で強力かつ厄介。そして、1級呪霊以下相当の魔物がほぼ存在しない。なのにここの魔物は、どれも2級から準1級レベル。足元の水位が増して戦いにくい点はあるが、これなら光輝達でも攻略できる。

 

「まぁ、先程までの潜水艇がない中での水中戦を考慮して言うなら、大迷宮らしいですが、それがなくなってからの方が楽というのは、どうにも合点がいかないですね。気味が悪いです」

 

たったの1回真の大迷宮を見て、その厄介さといやらしさを体験した者として、解放者=いい性格してる連中。という構図が既に七海にはある。だからこそ、この状況下に疑問と気持ち悪さが出てくる。

 

その予感を

 

「あ、ずいぶん広い所に出ましたねぇ」

 

この空間で示された。

 

「っ…なんだ?」

 

その空間に入った途端、半透明でゼリー状の物体が入ってきた通路へ続く穴を塞いだ。

 

「私がやりま…ぐぇ」

 

最後尾にいたシアが咄嗟に動く…前に七海が首根っこを捕まえて止めた。

 

「よく見なさい。アレは普通じゃないですよ」

 

流れている魔力を見て七海は判断して、試しに転がっていた礫を投げると、ジュウと音をたてて溶けた。

 

「強力な溶解作用のある物質……いや、魔物なのかもしれません。しかも」

 

頭上から同じゼリー状の触手が襲いかかる。すぐさまユエは障壁を展開し、ティオが炎で焼き払う。

 

「正直、ユエの防御とティオの攻撃のコンボって、割と反則臭いよな」

 

「今更でしょ。それより、このゼリー」

 

「ん。ハジメ、このゼリー、魔法も溶かすみたい」

 

七海は魔力が拡散していくのを視認していた。それに気づいたユエも肯定する。

 

「ふむ、やはりか。先程から妙に炎が勢いを失うと思っておったのじゃ。どうやら炎に込められた魔力すらも溶かしているらしいの」

 

その技能を持たないティオも、自身の魔法の威力が低下しているのを見たことでそう判断した。そして、ユエの展開した障壁が少しずつ溶かされている。

 

「大迷宮の魔物らしいな……来るぞ」

 

天井や周囲の壁から染み出すゼリーが、空中に集まり、グニョンと形を変えていく。その姿、形は流氷の天使と地球で言われている生物。

 

「クリオネだな」

 

ただし、大きさは10メートルを超えた化け物だが。巨大クリオネは予備動作なく全身から触手を飛び出させ、さらに頭部からシャワーの如くゼリーの飛沫を飛び散らす。その全てが魔法をも溶かす酸なら、まさしく死の雨。

 

「ユエも攻撃して!防御は私が!〝聖絶〟!」

 

技量が上がり、防御力の上がった〝聖絶〟を展開した。しかもこれは〝遅延発動〟という技能であらかじめ唱えていたもの。七海は結界術は足し引きだと告げていた。同じ能力でも完全詠唱したものとそうでないものでは、その強度は天地の差がある。当然だが、実戦で完全詠唱などしていたら狙われてしまうので、どれだけ短縮して強度、もしくは威力を上げるかが争点になるのだが、〝遅延発動〟でそれをある程度だが補うことができる。

 

ユエとティオはコクリと頷いて、巨大クリオネに火炎を繰り出す。確実に命中し、その身体を爆発四散させた。それなのに

 

「まだだ!反応が消えてない。香織は障壁を維持しろ」

 

あっという間に再生し、元の姿になる。

 

「再生した⁉︎これが、大迷宮の魔物」

 

香織は本当の意味で大迷宮の魔物を見るのは初。その厄介さを今まさに感じていた。

 

「今まで我々が来た道にいた魔物は、コレの餌だったのかもしれませんね」

 

「そのようじゃな。しかし、無限に再生されてはかなわん。ご主人様よ、魔石はどこじゃ?」

 

「………………」

 

「ハジメ?」

 

巨大クリオネを凝視していたハジメが困惑したような表情をしたのを見て、ユエが呼びかける。

 

「魔石、ないんですね?」

 

「ご名答」

 

七海の答えに対して言ったハジメの言葉に、残り全員が目をまるくする。

 

「は、ハジメ君?じゃあ、あれは、魔物じゃないってこと?」

 

「分からん。ただ、強いて言うなら、あのゼリーも、この空間も、当然あの巨大クリオネも、全部魔石と同じ、赤黒い色になってる。俺の今の魔眼石は、七海先生の訓練でかなり深いとこまで見える。それでも分からんとなると」

 

「この部屋そのものが魔物で、あの巨大クリオネは、ただの分身でしかないということでしょうか?」

 

「おそらくな。………試してみるか」

 

〝宝物庫〟から黒い大型ライフルのようなものを取り出す。だが発射されたのは弾丸でなく炎。つまり、火炎放射器だ。高熱の炎が壁を焼いていく。

 

「壁そのものが魔物ってわけでは無さそうだな。けど、壁の隙間や割れ目から、どんどん出てきやがる。クリオネからも攻撃が来やがる」

 

「!足元からも来ます」

 

際限なく出現し、全方位からの攻撃。しかも

 

「おい、水位が上がって来てるぞ!」

 

今のままでもジリ貧なのに、この上水中戦になればもっと最悪だ。何せ、殲滅方法が分からないのだから。故に、ハジメは一度撤退をするべきだと判断した。周囲は入口含めてゼリーが覆っているなら

 

「地下だ!一度態勢を立て直す。この地下に空間がある。どこに繋がってるか分からないから覚悟を決めろ!」

 

ハジメの言葉に全員が返事した。しかし、七海は少し考え、ユエ、シア、ティオ、香織、ハジメに言う。

 

「南雲君、私の攻撃に合わせて下さい。ユエさん、ティオさん、白崎さんは、全員で防御を私は一度外に出て攻撃します。グリューエン大火山で、マグマ大蛇に使った技を使います」

 

「!わかった」

 

下に空間があるとはいえ、確実に水中。その最中で、この巨大クリオネに追撃される可能性があるのなら、それを潰す。ハジメの開けた空間を塞ぐのと、倒せずとも、あわよくば動きを一時的に止める為に。

 

「白崎さん!」

 

「は、はい!」

 

「私の術式は、生物、非生物問わず、7:3の比率の点を弱点にする術式です」

 

このメンバーの中で唯一、七海の術式を知らない香織に、術式の開示をし、出力と威力を上げる。そして、今が月が出ている時間なら、とっくに時間外労働の縛りの有効時間となっている。抑えていた呪力を解放し、さらに威力を上げる。

 

「先生、シュノーケルだ。これはアーティファクトだが、魔力を必要としないからあんたでも使える。ただし、制限時間は30分。気をつけろ。それと、俺も追撃阻止の為に焼夷手榴弾を使うから、そっちも気をつけろ」

 

七海は頷くと同時に駆ける。迫り来る触手を回避し、呪力を身体に纏い、防ぐ。

 

(呪力は、分解できない?)

 

それに気付いた。というより、この巨大クリオネや触手、ゼリーを見た時から感じていたことがある。

 

(この生物は、呪霊ではない。だが、このゼリーは、呪力にかなり近い)

 

まず間違いなく魔力を伴っている。だが、わかる。闇魔法以外で初めて見る、呪力に近いエネルギー。その理由は分からないが、この場では優位だ。目の前にいるのが本体でなくとも、再生に遅れを出す可能性がある。

 

(十劃呪法)

 

積み上げられて来た経験、上がった呪力量と出力、縛りが無くとも、最大威力は上がったそれを使う。

 

(瓦落瓦落・載!)

 

壁に打ち込まれた呪力が走る。その際、ゼリーが粉砕されていく。強化された瓦落瓦落を最大威力で解き放ったことで、空間の半分以上にヒビが入っていく。それが爆散する僅かな時間を――

 

「いくぞ!」

 

パイルバンカーを使って地面に穴を開けた。そして同時に膨大な水が流れ込む。それとほんの一瞬遅れて、空間に入っていく呪力が弾け、瓦礫と水が押し寄せ強化なクリオネを飲み込んだ。

 

(!)

 

水中を猛烈な勢いで流されていく中、爆発音がする。ハジメが言っていた手榴弾だろう。その音を感じつつ、七海は全員から離れて行くのを確認していた。

 

(グループは、南雲君と白崎さん。ユエさんとシアさんとティオさん。そして、私単体か)

 

またも死を覚悟しておく必要があると考えつつ、ボンベが使えるうちに空気のある空間に着くことを願った。

 




ちなみに
海内紛擾: 世の中の秩序が乱れて、騒々しくなること
海という漢字は使いたく思い、探した結果いいのがありました。またしばらくこのタイトル続きます

ちなみに2
実はハジメは黒閃をつかったことと、今回使った呪具爆弾のおかげで呪力の核心に近付きつつあり、呪具錬成に大きな変化を見せる一歩手前です。でもこの大迷宮編では見せません、あしからず。

ちなみに3
今回の術式の開示の縛りに関する部分はちょっと悩みました。しかし、本編読んでいくつかのセリフからいけるかなと自分は考えました
・七海が初めて開示した時の「聞いてますか虎杖君」というセリフから(宿儺がいるから及び改造人間がいるからの可能性もあるが)
・呪術廻戦0で夏油の「学生時代のブラフをまだ信じているとは」から当時味方だった五条も知らなかった呪霊操術の情報から味方でも流出するれば底上げができる?と考え
・交流戦0での狗巻の術式を話すパンダに釘崎が「他人の術式をペラペラと」というところからも味方に言うのも術式開示のブーストになるから言うのはよせよ的なものかと思い
これらの理由から味方に術式開示もいけると思いそうしました。


次は、人外魔境新宿決戦が終わってから出します。インスピレーションを上げておくのと、もう、ほんと、心配だから、どんな形でも決着を見てから書きたいんで


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海内紛擾・弐

もうフラグビンビンだけど、それでも、何か起こっても魔虚羅なきゃ既に負けてた凡夫にたとえ何されても大丈夫と思い、五条の勝利と俺も思い、決着として、書き上げました!




でもできるなら「勝つさ」って言うやつが本当に勝つって展開にしてほしい


「ギリギリ、でしたね」

 

ボンベの中の空気がなくなって、しばらく七海は流されて、息が続かないと思われた時、光を感じ、必死で泳ぎ、浮上した。

 

「地上にでた………と言うわけではないですね」

 

正面には砂浜と鬱蒼としたジャングルを思わせる雑木林。だが頭上には水面が揺蕩ってたいる。それが海水なのだとしたら、まず間違いなくここは海底遺跡内部だ。

 

「全員とはぐれ、私1人。〝宝物庫〟もない。その上でここを攻略ですか」

 

全身が濡れて、正直寒い。これだけで体力を奪われる。ちなみに衣服はハジメの持つ七海用〝宝物庫〟に預けている。

 

「さっさと行きますか」

 

停滞していたら余計に攻略は難しくなるなら、このまま進む決断をし、雑木林へ進む。

 

「フン」

 

少し進んで木を切り倒す。倒れていく際音をたてるが、同時に小さな生物が木の上から逃げていく。手のひらに収まる蜘蛛のような生物。魔物ではない。だが、間違いなく毒蜘蛛の類だろう。

 

(呪力を抑えつつ、木を切り倒して進んでいくのがいいですね)

 

木を切りつつ進んで、密林を抜けた。その先には、都市があった。

 

「アトランティスとかムー大陸は、こんな感じなんでしょうかね……いや、ムー大陸は少し違うか」

 

巨大な都市。中央には城を思わせる高い塔が建っている。他の建築物と同様に、所々に苔が生え、崩壊している。元から海底にあったとは思えない。地殻変動で沈んだのか、それとも別の要因か。なんにせよ、見ていて思うことは、幻想的というよりも気味が悪い。

 

「何かあるとすれば、あの塔ですかね」

 

都市の入り口まで来た七海は、そろそろ何かしてくる、何か魔物が出るかと考えたが、一向に出ない事に、逆に警戒感を上げていた。完全に朽ちた門を通り、進んでいた時、周囲を見る。

 

(……建物以外に、周囲にはおそらく魔法の痕跡…朽ちた武器。それに……あれは、国旗でしょうか?2種ありますね)

 

大方、大昔の魔人族と人間族のものだろうと考える。激しい戦闘……否、戦争があったのだろう。

 

(これを見てどうしろと言うのか)

 

ただ見せるだけなのかと思っていたが、それが間違いだとすぐにわかった。ある程度進んでいたら、周囲から雄叫びと金属が撃ち合う音、爆裂音が響きだし、空間が揺らめく。

 

「⁉︎」

 

気がつくと、周囲で凄惨な殺し合いが起こっていた。魔人族と、人間族。双方が争っている。そういう映像を見せているのかと思うが

 

「死ねぇ!異教徒がぁ!」

 

襲いかかる血まみれの男の斧を咄嗟に避けた。幻影と思っていた七海は僅かに行動が遅れた。そして、回避できなかった髪が、ヒラリと舞う。

 

「っ!クソ」

 

襲って来るなら仕方ないと、腹を蹴る。だが、

 

(擦り抜け…!)

 

そのまま相手の持つ鉄でできた棍棒に殴られ、呪力の身体強化をしておらず、困惑した七海は下がる。その額から血を出していた。

 

「まずい…ですね」

 

この空間はただ映像を見せるだけではない。実体を持った映像が襲いかかる。

 

(攻略の条件があるとすれば、どちらかの軍が勝利する、もしくは一定の相手が消滅するか、出口を探してここから出る)

 

今度はすいすいと回避しつつ、更に思考する。このまま戦争が終結するまで逃げ続けるのだとして、いつ終わるかだが…

 

「あとは、この空間ごと破壊する…とはいえ、そんなのは五条さんくらいしか無理でしょうね」

 

と、回避し続けていて気付いた。

 

(まさか…いや、考えてみたら当然というか、納得というか)

 

戦争は終わらない。終わるはずもない。これが映像だとしたら、ループして再生。そもそも解放者達は狂いし神エヒトの起こした戦争を見てきた。終わらない負の連鎖。終結しても次が…それを体現しているとしたら、この映像が終わるはずもない。その証拠に

 

(さっきとまったく同じ戦闘光景が見える。となると、次は)

 

七海は入って来た入り口に急ぐ。魔法による砲撃、矢の雨がどんどん激しくなる。呪力による身体強化で、この程度はかすり傷にもならない。問題は

 

「クソっ」

 

門を出ても戦闘が続く。先程の雑木林のある場所に行こうとしても、また門の付近に戻る。

 

(なるほど、ここはいわば、生得領域の中みたいなものですね)

 

心象風景を具現化し、結界の中に閉じ込める。その類いの空間ならば、やはり脱出は不可能。

 

(なら、この結界を構成している原因を排除するのが得策……と、いうのが呪術的なセオリー)

 

しかし、これは生得領域に近いが、七海の知る生得領域ではない。が、これが何かしらの結界によるものなのはたしか。ならば、破る手段はある。

 

「解放者の性格を考えるなら、やはりこの戦争を終わらせるのが最善ですかね」

 

そしてその方法があるとすれば、

 

「アルヴ様の、御心のままにぃ!」

 

「エヒト様万歳!」

 

攻撃して来た幻影を回避しつつ見る。

 

(通常攻撃は効かないのなら、どう対処すればいいのか……まずは)

 

七海は崩れた門の外壁に移動し、術式で弱点を作る。

 

(瓦落瓦落)

 

呪力が外壁に走り、崩壊していく。その周囲にいた幻影が潰されていき、消滅していく。七海はハジメの呪具で空中を蹴って回避していた。

 

「すぐに回避ができる。この呪具はいいですね。この技と相性がいい………シッ!」

 

地上に降りて、次はそこら辺にころがっている礫を、呪力を込めず投擲する。幻影をすり抜けた。次に呪力を込めて投げる。幻影の顔面を粉砕して、消滅した。

 

(呪力を込めれば、効果あり。呪力が特別……というわけではないでしょうね。おそらく、魔法でもできるでしょうね)

 

すなわち、この狂乱渦めく戦場を、自身の手で無理矢理終結させる。その間、この負の連鎖をずっと見つつ、更にここに来るまでに消費しているだろう魔力を使って。

 

「ほんと、いい趣味してますね」

 

あるいはこのくらい乗り越えられないなら、エヒトと対峙することもできないとでも言いたいのか。攻略の為、呪力を纏った拳で幻影を殴る。

 

「手に感覚はないが、纏った呪力にぶつかった感覚がある。変な感触ですね」

 

「死ね!異教徒が‼︎」

 

「神の名の下に!」

 

「言っても無駄でしょうが、あなた方の信じる神を否定はしません」

 

信仰心を持って、願い、祈る事で、実在しなくとも、そこに神は存在する。故に、七海は宗教そのものを否定はしないし、神も否定しない。

 

「ただ、正直言って不快です」

 

この異様な信仰心も受け入れられないというのもあるが、どうしても神を好きになれない気持ちが七海を不快にさせる。今度は剣に呪力を込めて斬り裂く。

 

「ぎゃっ!」

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

悲鳴をあげて消滅する。

 

「わかってることですが、数が多いですね」

 

七海は周囲を見て、もっとも数が多く、密集している場所を発見した。そこに向かいつつ、更に剣に呪力を込めるが、先程と違い、溢れ出るほどに、されど器が壊れないように。留めた呪力を、剣を横薙ぎに振って、留めた呪力を放出する。広範囲に呪力が放出される。ちなみに、もっと絞って放出もできたが、この幻影は威力関係なしに魔力、もしくは呪力に弱いと判断した。その理由は、〔+視認(極)〕で観察したところ、この幻影は身体全体が魔力で構成されていると判断したからだ。器なしに、魔力だけが動いているなら、崩壊もしやすい。

 

「とはいえ、南雲君やユエさんみたいに、広範囲への強力な攻撃を持たない私では、呪力放出と、呪力を纏った接近戦しかない」

 

ここが結界ならば、この空間を維持しているのはこの幻影達。これを倒すのだとして、どれほど倒せばいいのか、そしてその度に呪力は消費される。

 

「保てばいいんですがね、呪力」

 

呪力量は以前より増えたとはいえ、七海は特級呪術師たる術式を持たない。この戦争を終わらす、国同士の争いならば、それこそ単独で国家転覆をなせる特級呪術師並みの力量が必要だろう。

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

「神の使者たる我が一撃、その身に受けよ!」

 

「このくらいで、心が怯みはしませんが、正直言って鬱陶しいですね」

 

 

 

どのくらいの時間が経ったのか。七海もわからない。少なくとも、ハジメ達ほど短時間で攻略したとは言えないだろう。何より、

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

息切れを起こすほどに体力、呪力も消費し、呪力を留めるのが限界が近いのか、ある程度の傷も負っている。

 

「まったく。一応、服の予備は作ってますが、いくらでもあるわけではないんですけどね」

 

誰に言うでもない呟きを吐いて、幻影を倒す。空間が再び揺らめく。

 

「結界の構築が不安定になってきている……あと少しですかね」

 

更に小1時間ほど戦闘をし、ようやく元の誰もいない崩壊した都市に戻る。

 

「休憩したいですが、南雲君達のレベルを考えるなら、とっくに終わったと思いますし、さっさと行きますか」

 

ふらふらとした足取りで、都市の中央にある塔に向かう。たどり着くと、入り口付近に壊れた大きめ台があり、周囲に複数の刃物と、ボロボロになってしまった大きめの布がある。そこに更に近づくと、再び空間が揺らめく。

 

「もう勘弁してほしいですよ」

 

再び戦闘になるなと思った七海は剣をだし、臨戦体制になるが、気付くと周囲を人に囲まれた。が、先程のように殺気だった様子はなく、むしろ皆が喜びに満ち溢れたような笑みと、歓喜の声を出して、塔の上を見てソワソワしている。何か、誰かを待つように。だがそれより異様なのがその見ているもの達。人間族、亜人族、魔人族が、お互いに笑顔を見せ、共にいる。

 

「こんな時代があった、というのは分かりましたが、これを見せてどうしろと」

 

疑問を口にしていると周囲の幻影達の声が一層高くなり、

 

「来たぞ!」

 

誰かがそう言ったのをきっかけに、歓声が上がる。彼らが見る場所を七海も見ると、魔人族と思われる男が出てくる。出立ち、身につけた飾り、服装からして、かなりの立場の者。もしかするとここの王なのか。魔人族には魔王と呼ばれる存在がいるらしいが、それなのか、あるいは魔人族の領地の1つを治めている者なのかはわからないが、少なくとも、これだけの種族問わずに敬われる存在なのは間違いない。

 

「?」

 

その隣、フードを被った人物が目立った。こんな場所にフードなど似合わないし、何より失礼だ。だが、誰も気にしないそのフードの人物に、七海は何かを感じた。

 

「皆、よく集まった」

 

高い位置から男が話し出すが、よく響く。何かしらのアーティファクトでも使っているのだろう。そして、話し出した瞬間に皆、声を止め、その人物の演説に耳を傾ける。

 

「多くの命、多くの国、街、村。我々は互いに失い、傷つけ合った。平和を勝ち取る。その想いあって。だが、勇気と知恵を持って、血を流す行為ではなく、このように、種族の垣根を越えて、和平の道をひらけた。それもこれも、双方の文官と、君達のように和平を結び、種族の垣根を越えようと思うもの達の為だ」

 

男の演説は続き、時折涙を浮かべ、もらい泣きするように、観衆は泣き出す者もいる。

 

「和平を結び、共に暮らせるこの都市を作り上げた。そう、それが1年だ」

 

(?なんだ、声色が、変わった?)

 

「この日々を、送ってきてつくづく思う。なんて不快だと(・・・・)

 

観衆は男が最後に言った言葉の意味が分からず、小さなざわつきを生む。

 

「まずは、そちらを見ていただこう」

 

と、男が指す所には、先程七海が見た大きめの台があり、そこに布を被せて中のものを隠している。

 

嫌な予感がした。七海だけでなく、この当時ここにいた観衆もだろう。魔人族の騎士と思われる2人が、左右からバッとその布を剥がす。

 

「え、う、うわぁぁぁぁぁぁあ!」

 

「きゃあああああああ!」

 

「お、おい、あれって⁉︎」

 

「同志達!」

 

それは生首だった。切断され、苦悶の顔になり、少し乾涸びた生首を見せられ、観衆は大きく同様し、その場から逃げる者もいたが、その人物達に矢と魔法が放たれた。

 

「この者達の愚かな行為によって、このような不快極まりない物ができてしまった‼︎劣等種たる獣の声も、異教徒の手をとるたびに感じたあの不快も、今日で終わる‼︎君達の愚かな思想とその命を持って!」

 

瞬間、隠れていた兵士達が現れた。

 

「アルヴ様‼︎彼らの血を捧げ、我が忠義を示しましょう!」

 

そこから先は虐殺そのもの。逃げる者も、立ち尽くす者も、何もできずに殺されていく。どうにか逃げた者もいたが、男を見ていた観衆とは別の住民によって殺される。彼らもまた、神の名の下に、と叫び、仲が良かった者もいたのだろうか、殺される者達は「なぜだ!」と口にする者もいた。

 

「おおおおおお!アルヴ様ぁ‼︎見ておりますか‼︎この光景を!わが忠義をぉぉ‼︎獣も異教徒も、それに準ずるもの達も!全て滅ぼし、あなた様への供物として捧げましょうぞぉぉぉぉ!」

 

まさしく地獄絵図。その光景を見て歓喜の声を上げる男。そして、フードの人物がしばらくそれを見たあと、建物内に入っていくのだが、銀色に輝く髪と、艶のある唇が見えた。

 

しばらく虐殺の光景が続き、悲鳴を聞き、七海は非常に不快だった。

 

「この町、それとも国か……どちらでもいいですが、あの男の感じは、まるでイシュタルさんのような煌々とした表情でしたね」

 

となると、この惨劇も、演説した男も、神の影響を受けたということ。

 

「で、これでもまだ終わらないですか。あの塔の中に入る以外なさそうですね」

 

内部に入ると、元はもっと煌びやかだったのだろうが、その雰囲気は消え、幽霊屋敷のようになっていた。上へ行く階段を見つけ、とりあえず上の階に進むが、

 

「今度は物理トラップですか」

 

床が抜けて下が剣になってたり、周囲の物を調べようと近付いた途端矢が飛んで来たりと、防御できるレベルとはいえ鬱陶しい。ここを作った解放者も、ここまで来た時点で、この程度でやられるとは思わないだろうが、精神的に追い詰められる。

 

「イラつきますね、まったく………ん?」

 

啜り泣くような声がする。こんな暗がりで、幽霊屋敷のような場所で。

 

香織のような怪異が苦手な人物なら泣き叫んだだろう。が、こんな事態は呪術師の時代にそれなりに見てきた七海。

 

「はぁ…………フン!」

 

その声がする方に平然と向かい、扉が開かないのを確認した瞬間蹴り壊す。子供のような影が見え、そちらに警戒しつつ進む。

 

「………幻影ではないですね。しかし、肉体があるわけでもない。霊体ですね」

 

「どうして、どうして、どうして」

 

少女の霊は泣きながらそう呟く。何かを伝えたいのだろうか。危険を承知で七海はその子に触れようとした瞬間

 

「⁉︎」

 

少女の姿が消え、七海は自分が自分でない感触、自分以外の何かが入り込んできた気がする。

 

『死ね』

 

「………頭に、響く」

 

『死ね、死ね、死ね』

 

脳に直接声が響く。その苦痛と共に、自分でない記憶が入り込む。暴徒と化した民、狂ってしまったここの領主、自分の親、親族、繰り返される血の惨禍、逃げて、逃げて、目を逸らして、最後は沈む大陸と共に嗚咽と恐怖の中で、絶望に染まった声達の怨嗟。

 

(まず、い『死ね』私が、『死ね死ね』私で、『死ね死ね死ね』なくなる)

 

殺意、怨嗟、悲しみ、憂い、孤独、絶望。負という負が七海に押し寄せる。

 

(意識が…消え、わた、し…わ…たし、は…誰、だ?)

 

 

 

【七海、後は頼む】

 

 

 

「‼︎う、が、あ、ガァぁぁぁぁ‼︎」

 

侵食されそうな自分の魂を守るべく、七海は呪力を解放する。

 

『ヴァァァァァァァァ‼︎』

 

苦しむような声が響く。それをどうにか無視し、限界まで呪力を放出していく。

 

(この魂は、おそらくなんらかの魔法によって維持されている。なら、そこに呪力を流して一時的な魔力と呪力の同時身体強化と同じ状況を作る!)

 

生み出されたエネルギーに、七海の中の魂達が苦しみ、1つ、また1つと声が消えていく。

 

(私に、あなた方は救えない。せめて、これで、消えて)

 

苦しみを持ったままこの世に残る彼らの魂を消し去る。あまりに偽善、あまりにも残酷。それでも、置き去られた魂を、解放していく。

 

「!」

 

『ありがとう』

 

と、最初に泣いていた少女の声がした。

 

『ここから、出してくれて、ありがとう』

 

(…………)

 

自分が完全に消えるというのに、嬉しそうな声で、少女は言う。

 

『私たちの想い、あなたにあげるね。どうか、忘れないで』

 

声が、掠れて消えていく。

 

『ありがとう』

『ありがとう、異世界の者』

『ありがとう、救ってくれて』

『ありがとう、ようやく逝ける』

 

多くの感謝が聞こえた。その言葉、1つ1つを、噛み締めながら、七海は意識を戻した。

 

「……………ありがとう、か」

 

彼らに、本当の意味で救いはない。それでも、魂が巡ることを願うくらいは、許されるのだろうかと、考えずにはいられなかった。

 

「それにしても」

 

あの時聞こえた声を思い出す。自身に取り憑いた魂達でなく、今も自分を縛る、呪いの言葉。託してしまった言葉。

 

「…感謝します、灰原」

 

仰向けに倒れていた身体を起こす。が、すぐにふらりと倒れそうになる。

 

「呪力を使いすぎましたね」

 

もう戦うだけの呪力はほとんど残ってない。どうにか立ち上がり、罠に気をつけなががら、壁にそってフラフラとした足取りで進む。

 

「魔法陣」

 

見つけたそれは、転移系のものであるとわかる。オルクスでも何度も見てきた陣と同じだったからだ。

 

「もう、これ以上は勘弁してほしいですが」

 

正直この先にもまだ何かしらの試練があるなら、今度こそ終わりだろうなと思いつつ、その円陣に入る。光が七海の周囲で輝き、ゆらゆらと波を立てる。身体が飛ぶ感覚と共に転移した。

 

「…っ!」

 

光で一瞬目を塞ぐが、すぐに開くと、天井は海面を淡い光が照らし、波を作り、その下には中央部に神殿のような建造物が4本の巨大な柱を支柱に支えられていた。間に壁はなく、吹き抜けになったその神殿の中央は祭壇になっていて、複雑な魔法陣を描いている。周囲を海水で囲まれたその場所に向かって、七海の立ち位置も含めて円形の足場に続く道が4方向にあり、それぞれに魔法陣が描かれている。

 

「七海先生!生きてたか!」

 

「正直、どうしようかとおもったですぅ」

 

ハジメとシアの声がして、見ると祭壇付近にメンバー全員がいた。

 

「ん、無事……とはいえないけど、生きてて何より」

 

「ボロボロじゃな……まぁ、ご主人様や妾達のように、遠距離攻撃もなく戦ったのなら、あり得ることか」

 

「今、治療しますね!」

 

声を出すだけの体力ももうないのか、どさりと七海は倒れた。

 

「な、七海先生‼︎」

 

「落ち着いて香織。ただ疲れて倒れただけ。意識もある」

 

七海はユエの言葉に答えるように、ぐるっと身体を回して仰向けになる。

 

「そちらも、無事なようで」

 

「んな状態で喋ることかぁ?」

 

呆れたようにハジメは言う。

 

「ま、こっちは早めに終わって暇してたから、そろそろ行こうとしてた所だったから、運がいいな、七海先生」

 

「ウソ。七海、ハジメはさっきまでソワソワしてた」

 

「ですねぇ、平常心保ってるふりしてましたけど、時間が経つにつれて足踏みの回数が増えてましたし」

 

「ちょ、おまえら!」

 

あっさりと内心を暴露されたハジメは、珍しく慌てる。

 

「そのご主人様にちょっかいを出すたびに、はたかれて、妾、最高じゃった」

 

「フン!」

 

「あふん!コレじゃあぁぁ!」

 

ビンタを受けてハァハァしてる変態をスルーして香織は回復魔法で七海の傷を治す。

 

「助かりました、白崎さん。着替えておきたいですが、後にしましょう」

 

立ち上がり、またビンタされようと縋ってくるティオを払いのけるハジメを見る。

 

「南雲君、おまたせしました。神代魔法は?」

 

「離れろ、変態がっと!たく……まだだ。これからあそこの祭壇に向かうところだ」

 

「わかりました。さっそく向かうとしましょう。ただ、その前に、白崎さん」

 

「は、はい」

 

声をかけてくるとは思わず、少し声が上がり、理由もないのに緊張してしまう。

 

「表情が随分と変わりましたね。この海底洞窟に来たばかりの頃とはまるで違う。一皮剥けたような、そんな感じがしますが」

 

「!」

 

ハジメが「おいやめろ、聞くな」と言う前に、香織は嬉しそうに告げる。

 

「いえ、別に。ちょっとハジメ君とキスしただけです」

 

「…………はい?」

 

香織曰く、香織が七海の時と同じように、霊体に取り憑かれた者を救う際、ハジメが香織の為に怒ったそうだ。その気持ちに我慢できず、つい。とのことだ。

 

「……何というか、私の予想を超えてきますね、南雲君も、君も」

 

「あ、それちょっと嬉しいですね」

 

香織を同行する事をユエに頼んだ身として、彼女がなんらかの形で吹っ切れることは予想してたところはあるが、斜め上のものであった。

 

「正直言うと、今でもユエとの差に思うところはあります。けど、今更だなって思ったら、なんか吹っ切れて。それに、私はまだまだ強くなりますよ。それこそ、七海先生はもちろん、ユエを追い越すくらいに!今の私とユエは、強敵と書いて友って感じです!」

 

「…………」

 

七海は少し考え、ユエを見ると、どこか嬉しそうにしている。それを確認して、次にハジメに聞く。

 

「南雲君、君から見て、彼女は今どれだけの実力がありましたか?共に行動してたなら、君も見てたでしょう?」

 

「ん、あぁ見てたよ。回復魔法の効果範囲や発動速度もスゲぇが、近接戦闘もやばかった。最初は幻影に戸惑ってたけど、慣れた瞬間に魔法の刃で切りまくってたぞ」

 

「実力が上がってるようでなにより……白崎香織さん」

 

「!」

 

いつも以上にキリッとした表情で、まるで採点を出すように、香織をフルネームで呼んで告げる。

 

「七海建人1級呪術師の名の下、君を、1級呪術師同等として認めます。これからも研鑽するように」

 

「…え」

 

信じられなかった。正直、自分は七海にまだまだ及ばない。それでも、同等と認められた。ずっと、厳しくされて、褒めるところは褒められてきた。それなのに、ハジメに大切だと言われた次に、嬉しかった。

 

「返事は?」

 

「は、ハイ!ありがとうございます!」

 

嬉しくて、涙が出そうだが、それをグッと堪える。この程度で泣いていては、満足してしまうから。

 

「ちょっと七海さん!私そんなこと言われた覚えがないですよぉ〜!」

 

ハジメ、ユエ、ティオには特級だと告げていたが、シアに関しては何も言われていない。

 

「言わなくても君は1級ですよ。出会った当初からね」

 

「それならもっと早く言ってもいいのにぃ」

 

ぶーと口を膨らませて言う。が、やはり認められていることは、悪くない。

 

「さて、行きますか」

 




ちなみに
現在の香織は書いてませんが、修行の一環としてシアと訓練してますので原作の時間軸よりも近接戦闘能力は格段に上がってますし、少しずつシアに対抗してきてます。それらもあって、後は彼女が一皮剥けるのを七海は待ってました

ちなみに2
七海だけで残りの試練を突破できるかというのは結構考えました。けど、海底遺跡を見つけ、海中を魔物に追われながら来る所が、ある意味1番の難所で、後はクリオネを抜けたらギリどうとでもなるかなと思い、こうしました。


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海内紛擾・参

じっくしょぉぉぉぉぉぉ!←(お察しください)



「シアさん、なんで私が怒ってるか、わかりますか?」

 

「えぇと、そのぉ」

 

「なんで必要もないのに術式開示してるんですか」

 

それは、祭壇に到達し、全員で魔法陣へと足を踏み入れた時の事だが、七海は前回と違い、意識ある状態だった。試練に自分の力でクリアできたと言えるのか、採点の為に頭に何か入り込む感覚がした。ハジメ曰く、脳内精査らしい。対象の記憶を読み取り、どう攻略したかを確かめているのだ。その際、他の者が体験したことも見せられた。ハジメと香織は海上での戦争と神によって狂気と化した戦場と、平和を願う者達を踏みにじる狂乱した者の顔。七海とは違う都市で戦場となり魔人族との共存を望まぬ、今の聖教教会の前身による策略と暴挙。それによって起こった女子供の虐殺。どれも凄惨そのものだが、それ以上に、七海が気になったのが、シアだ。ハジメ達がどう試練に立ち向かっていたかも映像として頭に入ってくるのだが、そこに映ったのは――

 

「ヒャッハァぁぁぁ!」

 

と狂乱して幻影相手に無双する兎…もといシアだ。術式を使っているのだが、それが強い術式であるのもわかる。見ていると言うのもあるが、ユエが、

 

「シア、いったい何してるの?」

 

別の意味で心配そうに聞いて、その時点でも無双状態であったにも関わらず、術式の開示をしていたのだ。大声で。おかげでティオにもバッチリ聞こえていた。

 

「まったく。前に術式の開示について教えていたでしょう?術式の開示は、聞いた事ない敵味方問わずの相手のみ有効。2度目以降は意味がない。だから、たとえ身内であっても軽々しく口にしてはいけないと」

 

「えぇと、その、術式使って戦った影響で、そのうちにハイになっちゃって…その、つい」

 

「つい、じゃないですよ」

 

これでここにいる者達に術式開示をしても、もう意味がない。

 

「まぁ、そもそもこんなふうに他の人の状況も見せられるとは思ってなかったわけですから、そこは許します。ただ、味方に言うのと敵に言うのとでは、縛りによる出力もだいぶ違うので、もし次に――」

 

「わ、わかってますよ!たぶん次に言う時は、敵にでしょうから、そこは絶対です!」

 

「よろしい」

 

「説教終わったか?」

 

記憶の共有は終わり、七海を含めて全員に、新たな神代魔法の情報が脳内に刻み込まれる。その神代魔法の名は〝再生魔法〟。ちなみに、それを手にした瞬間ハジメは悪態を吐く。実はシアの故郷、フェアベルゲンの森の奥にある、ハルツィナ樹海と言われる大迷宮に入るのに〝再生の力〟が必要と石板に書かれていたからだ。

 

「大陸の端と端ですね」

 

「解放者が嫌らしいのは知ってるが、なんて面倒な」

 

七海も悪態を吐きつつ、再び魔方陣の中に入る。シアの説教の為に魔法陣を出ていたのだが、その前に小さな祭壇がそこに現れ、そこから光が淡く輝き、光が形をとって人型になる。ここの解放者、メイル・メルジーネ。エメラルドグリーンの長髪と扇状の耳に白いワンピースをきた彼女はミュウと同じ海人族のようだが、出てきて話すタイミングで陣から出た為、停止ボタンを押されたように止まっているその姿は、ちょっと可哀想である。

 

再生ボタンを押されたかのごとく、話し出す内容は、解放者の真実。おっとりとした声の中に憂いを感じる。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられることに慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前に進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せるある甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

メイル・メルジーネの最後の言葉が終わると、その姿は消え、彼女がいた場所に小さな魔法陣が浮き、数秒ほど輝きをを放った後、その場所にメルジーネの紋章が彫られたコインが置かれている。

 

「証の数も4つですね、ハジメさん。これで、きっと樹海の迷宮にも挑戦できます。父様達どうしてるでしょうねぇ」

 

「シアさんにとっては、里帰りというわけでもあるということですね。兎人族は温厚で穏やかな者達と聞きましたが、まさかそれは間違いで他もシアさんみたいなお転婆な方々が多いんですか?」

 

それは、特に理由もなく聞いたものだった。単なる雑談程度もの、「そんなわけないじゃないですかぁ〜」とか、「お転婆ってなんですかも〜」程度の言葉が返ってくると思っていた。……だが。

 

「「「……………」」」

 

「?どうしました、シアさんだけでなく、南雲君もユエさんも」

 

ハジメとユエは頭に浮かんだものから目を逸らすように、明後日の方向を見て、シアの方は死んだ魚…もとい、兎のような瞳で、現実逃避するように硬直する。問い質そうと思っていたが、神殿が鳴動を始め、周囲の海水が水位を上げていく。

 

「またこれですか。水攻めが好きなんですかね、メルジーネという方は」

 

「あるいは見た目に反してめちゃくちゃ過激な奴なのかもなって、んなこと言ってる場合か⁉︎」

 

再び別々の場所に流されてしまわないよう、今度は全員でしっかりと服を掴み合い、新しくボンベを取り出して全員それを装着する。直後、天井部が開いたと同時に一気に海水が流れ込み、噴水のように勢いよく上に吹き飛ばされた。そのまま急激な流れで遺跡の外へ。

 

(ら、乱暴すぎる)

 

外と言ったが、遺跡の外=海中である。メイル・メルジーネは「ここまで来れた実力はあるし、大丈夫だろう、たぶん」程度の考えを持つような、大雑把で過激な性格なのだろうとハジメと七海は確信した。

 

ハジメは急いで潜水艇を〝宝物庫〟から取り出したが、何かがそれを弾き飛ばす。それは、巨大な触手。

 

(まさか、こんな場所で!)

 

それは、メルジーネ海底遺跡で見た厄介な魔物。あの時の、魔法すら溶かす強力な酸性の肉体を持ち、無限に回復する、クリオネ型の魔物。海中を悠々と泳ぎ、触手で攻撃してくる。

 

(ユエさん)

 

直撃する瞬間、ユエが〝凍柩〟を使い、海水の一部を氷にして周囲を囲み、障壁にする。バットをフルスイングして打ったボールのごとく、触手で海中を吹っ飛ばされる。障壁内も氷で覆っているが、海水が入ってるので、シェイカーで振られるような体感を味わう。

 

ハジメは先程飛ばされた潜水艇を遠隔操作で動かして、クリオネに接近させて、魚雷を発射する。球数を気にせず、全ての魚雷を発射し、爆発していくが、触手が破壊された場所から再生してキリがない。ユエが少しずつ浮上させていたが間に合わず、再生されたクリオネが頭上に陣取る。

 

(再生する部位を選べるのか)

 

再生の能力の速さと、再生部分を選べることで、頭上にあった触手から再生し、更に破壊された触手も酸性をもったまま。

 

(クソ、ここは奴のホームグラウンド。水中戦では敵わない)

 

巨大クリオネは通常のクリオネのように頭部をグパァと開けて、氷の障壁ごと呑み込み、氷を溶かす。周囲に氷を補強する海水もない為、このままではすぐに溶かしてしまう。当然そんなことをさせない為、ハジメは〝金剛〟を氷に付与するが、それごと溶かされるのも時間の問題だ。ハジメは〝宝物庫〟から大量のロケット弾と魚雷を障壁の外へ、すなわち、巨大クリオネの腹の中に取り出した。

 

 巨大クリオネが爆発四散し、障壁があるとはいえ、爆発の衝撃で氷の障壁は砕け、全員吹っ飛ばされる。ハジメは、再び潜水艇を遠隔操作して水中ではまともに戦えない七海、香織、シアを海上まで運ぼうと考えたが、巨大クリオネの触手が船底に張り付いて穴を開けた。移動速度が下がってきて、それをそのまま触手で包み込み、溶かしていく。

 

 周囲は巨大クリオネの一部でもある半透明のゼリーで囲まれた。

 

【七海先生、聞こえるか?】

 

頭に声が届く。いつぞやに竜化したティオが使っていた〝念話〟というものだ。七海は使えないし、海中なので受け答えもできない一方通行の会話だが、そうするべきとしてハジメは使う。

 

【グリューエン大火山で魔人族が使ってた魔法、〝界穿〟をユエが使って移動する。準備ができ次第密集してくれ】

 

空間魔法、〝界穿〟:空間の2つの地点に穴を開け、2点の空間を繋げる。要するに、ワープゲートを作る魔法。だが、別々の空間を繋げるのは魔法のスペシャリストのユエでも難しい。まして、習得して日が浅いなら尚更だ。

 

ただし、以前までなら。ユエは再び氷の障壁を作り、その中に全員入るのを確認して、集中を開始する。

 

(魔力でまずこの場、障壁ごと1つ空間として包囲して、次に別空間。これ海上のイメージと魔力を別の物に流し込むイメージで)

 

〝魔力感知〔+視認(極)〕〟これは七海と同じ技能だが、きちんと魔力を使えるユエにとっては七海以上に使いこなせる。〝魔力操作〟による超効率的な魔力運用に、更に魔力の流れを見ることで、強弱だけでなく放出した魔力、残穢を頼りに、別空間のおおよそのイメージを持たせる。先程のハジメが使った魚雷やロケット弾も、全て〝錬成〟で魔力を帯びている。その残骸が海上にあるのがわかる。まぁ、ハジメの魔力だからというのあるかもしれないが。それを頼りに海上の空間に魔力を繋げる。

 

何もない空と空を繋げる作業は、フリードのように大掛かりな詠唱と、集中と、時間がいる。ユエは詠唱をすっ飛ばせるだけの技能と、どんな状況でも即座に集中できる技術を持っている。そして、時間は今のユエにとっては微々たるもの。

 

(もし、七海から〔+視認〕を教えてもらえてなかったら、40秒はかかった。でも……【ハジメ、今!】)

 

所要時間、15秒。4分の1に近い秒数で、〝界穿〟を発動し、氷の障壁内ごとワープする。身体が浮いたような感じがした瞬間、海上の空中に浮いていた。ユエは氷の障壁を解除し、ほぼ同時にティオが竜化して、その背に皆を乗せる。

 

「ふう、疲れた」

 

「ユエ、ほんとお疲れ。でもすごいな。空間転移は相当難しいだろうに」

 

「実戦レベルにするには、もうちょっと微調整が必要」

 

「あのレベルを微調整でできると言い切るのは凄まじいとしか言えないですね」

 

七海の心からの賞賛にユエは、少し複雑な表情になる。

 

「なんですか?」

 

「………ありがとう」

 

「なぜ、お礼を?」

 

七海が聞くが、ユエは「別に」とそっぽ向く。正直言って自分以上に魔力の確信がある人はそういないだろうと思っていたユエにとって、魔力はなく、呪力という自分にない力の技術の応用で魔力と魔法の運用方を理解して、説明ができる七海をほんの少しライバル扱いしていた。しかもそのおかげで今回は空間魔法に使用する魔力をかなり抑えられた。これ以上の戦闘はできないが、防御ぐらいなら余裕でできるレベルには魔力はまだ温存できている。

 

「ありがとうユエ!すごかったよ!さすが!」

 

「ユエさん、さすが魔法のスペシャリスト!」

 

【まぁ、ユエなら余裕というところかの】

 

「う、うぅ」

 

賞賛の言葉を受けたユエは恥ずかしがり、頬を染めているが、どこか嬉しそうにもみえる。

 

「!、皆さん、気を緩めるのはまだみたいですよ」

 

何気なく海の方を見た七海がそう言い、皆そちらを向こうとした瞬間、轟音と共に、高さ500m、直径は1kmはあるであろう大津波が迫ってきていた。今ティオは100mほど上空を飛んでいるが、それより圧倒的な高さ。

 

「ティオ!」

 

【承知っ!】

 

呆然としていたティオがハジメの叫びで我を取り戻し、加速する。左右に逃げ場はない。空間転移は間に合わない。というより、もう使えるだけの魔力はユエにはない。高速で飛行するが、次第に追いつかれる。

 

「〝縛煌鎖〟‼︎」

 

 香織が、呑み込まれた時に備えて全員を繋げる光の鎖を作り出した。シアは、ジッと津波の方を見ていたが、突然警告を発した。

 

「ティオさん、気をつけて!津波の中にアレがいます!触手、来ます!」

 

 固有魔法〝未来視〟の派生〝仮定未来〟で見た光景を伝えた。七海の教えた成果か、見える未来に集中時間はいらない。いま、彼女の中で、新たな力がつきそうだと感じているが、それはもっと集中できる時に試したいと、この場でそれは使わない。それでも充分助けになる。ティオはすぐさま身を捻り、迫り来る触手を回避した。

 

【クソっ失敗したのじゃ】

 

上手く避けることは出来た。しかし、そのせいで津波との差が詰まってしまった。

 

「そのまま飛んでくださいティオさん」

 

七海は残る呪力を振り絞る。拳に集中させて、そのまま剣を抜き、剣に一気に呪力が流れる。高い呪力が一気に流れ込み、器が壊れる前に、それを放出した。津波が一瞬だけ押し返されたが、またすぐ来る。

 

【助かったぞ、七海!】

 

ほんの数秒だが、追いつかれていた距離を離すには充分だった。

 

「いえ。しかしもう、呪力切れです」

 

「後は任せて、休んで。今なら距離を離せ――」

「いや、無理だ」

 

ユエの言葉を、ハジメが否定する。先程よりも更に高くなった津波がティオの頭上にあった。

 

「ちくしょう!全員固まれ!」

 

「ティオ、タイミングに合わせて竜化を解いて!ユエ、合わせて!〝聖絶〟‼︎」

 

「〝聖絶〟‼︎」

 

ティオの背でハジメは、ユエとシアと香織を抱きしめるように庇い、2人はすぐに上位の防御魔法を展開した。その直後、天災とも言うべき巨大津波がハジメ達を呑み込んだ。

 

 ユエと香織の2人がかりでの〝聖絶〟。当然、結界の足し引きを考え、強度は外が9内部1とし、更に香織はあらかじめ完全詠唱をしていたので更に強度を上げる。これにより津波の衝撃を直接受けることはなかったが、それでも壮絶な奔流によって滅茶苦茶に振り回され、海中へと逆戻りとなった。

 

その〝聖絶〟も1枚は完全に粉砕され、もう一枚もヒビが入っており、もし1枚しか展開していなければ、今頃ハジメ達は海の藻屑になっていたかもしない。海に叩きつけられた衝撃に頭を振るハジメ達は、顔を上げて表情を更に険しくした。眼前に巨大クリオネがいたのだが、その巨大さは更に上がり、ゆうに20mを越えている。

 

「そんな、死なない上に、なんでも溶かして、海まで操れるなんて」

 

香織が絶望に顔を暗くし、それに同意する様にシアとティオも困ったような微笑みを浮かべながらハジメに最後のキスをおねだりする。だが、この状況下でも諦めていない者がいた。1人はハジメ。眼が爛々と輝き、狂的な殺意を宿して巨大化するクリオネを睨む。

 

もう1人は七海。じっくりと、巨大化していくクリオネを観察し続けて、その能力を考察する。

 

(肉体に魔力が覆われているのでなく、魔力そのものを肉体としている。まるで、呪霊のようだ)

 

そして今まで見た巨大クリオネの能力を整理する。

 

(1つ、魔法を魔力ごと溶かすゼリー状の肉体、これは魔力の練りを工夫することで防御可能。攻撃にも可だが再生する。2つ、肉体の肥大化。魔力そのものが増えているのでなく、おそらく再生。元の肉体の大きさになろうとしている。その証拠に、肥大化が少しずつ緩やかになっている。そして再生には限度がある。一度に大量に消滅したら時間がかかる。逃げた我々を追って来ないのがいい証拠。そして、弱点は恐らく、メルジーネで見た魔物と同じく火属性)

 

これらをまとめた情報を七海は提示する。

 

「南雲君、奴の肉体は魔力によって形作られている。奴の魔力そのものが魔石です。ある程度の自身の魔力がまとまっていれば、回復する。いま、メルジーネでいた時の分体でなく本体なら、弱点である炎で全身をこの場で粉々に破壊すれば、倒せるはずです」

 

「!なるほど。それで……ティオ!やれるか!」

 

ハジメは七海の考察で一気に確信へ行き着き、ティオに確認をとる。

 

「妾の炎は確かに高熱じゃが、この大きさを、しかも海中にいる状態で消滅させるのは不可能じゃ」

 

ティオの答えに、最初からわかっていたのか「だろうな」とハジメは呟く。

 

「なら、それができる物を作ればいいだけだ!」

 

「ハジメ、何か思いついた?」

 

「ああ。海中で火を使うには、これしかない。うまくいけば、倒せるはずだ」

 

ハジメのその言葉に全員の余裕が戻り、不安が消える。この世で最も信頼する男の言葉を、疑う者はいない。

 

【「だが、時間がかかる。それと集中したい。〝限界突破〟も使って集中力を上げるが、それでもかかる。5分、いや3分!」】

 

喋りながら〝念話〟を使う。余談を許されないこの状況下で全員に伝わるようほぼ無意識で使う。果たしてこの状況下で3分稼げるかわからないが、希望があるなら全力で頑張ると決めて、気を引き締めようとしていたら――

 

【3分だな。任せとけ、ハー坊】

 

全員の頭に、声が響く。知らない声に七海は困難する。

 

【この声は、リーさん⁉︎】

 

【おうよ。ハー坊の友、リーさんだ】

 

ハジメが見る方を七海も見ると

 

「魔物…ですよね?人面魚?」

 

オッサンみたいな顔をした文字通り人面魚の魔物がそこにいた。どうやらハジメだけでなくシアとも知り合いらしく、シアにも挨拶している。と、そうしていると巨大な影が横合いから巨大クリオネに体当たりを仕掛け、猛烈な勢いで押し返していく。

 

「ひっ」

 

香織もその人面魚のリーさんに悲鳴をあげ、ユエとティオは目を丸くする。

 

「南雲君、魔物との交友関係があったんですか?」

 

【オウ、なんだそこの!俺にはリーさんって名前があんだよ】

 

「それは失礼。それでは、リーさん。無駄話は好きではないのでお聞きしますが、時間稼ぎ、このまま任せても?」

 

【おいなんでぇハー坊、この男は?久々の感動の再会に水をさして、偉そうに】

 

【あー、俺の先生だ。真面目で堅物だけど許してくれ】

 

ハジメが言うとリーさんは【何ぃ】とキレる。

 

【おい先こう!てめぇハー坊が魔物しか食えねぇ貧乏だってのに、助けたことなかったのか⁉︎】

 

「どういう設定を言ってるんですか南雲君?」

 

【…リーさん、それは今はいいから……それより、マジで任せてもいいんだな】

 

【おう、任せておけ!俺の〝念話〟は、魔力を持たない海の生物を、ある程度操れんだ。あの魚群は、それで動かしてる。ハー坊は早くやる事やれ!その間、悪食はぜってぇ近付かせない!】

 

それを聞いてハジメはさっそく〝宝物庫〟から鉱石や魚雷を取り出して、錬成を開始する。

 

「あのいいでしょうか、りーさん?でしたか?なんでここに?それと悪食?あの魔物の事ですか?」

 

魚群が時間稼ぎをしているなか、シアが気になっている事を代表して聞く。

 

【ん?あぁ、この辺を適当にぶらついていたら、でっけぇ上に覚えのある魔力を伴った念話が聞こえたもんでよ。何事かと駆けつけてみりゃあ、この状況だ。あの悪食ってのは、遥か昔、太古から海に巣くう化け物……いや、天災だな。魔物の祖先って言われたりもする】

 

そんな話をしていると魚群全てを溶かして再び向かってくる。

 

「南雲君!」

 

「もう大丈夫だ!」

 

通常より大きな魚雷群、数120。それらを展開させて一斉に射出させる。今まで通りなら、多少の爆発ではすぐ再生するだろう。そして、捕食を邪魔するものを排除しようと触手を動かすがそれらを〝限界突破〟による超集中によって操って回避させる。

 

「お前は回避しないだろう?たらふく喰えよ」

 

巨大クリオネ改め悪食はどんな物も溶かす。だからかわす必要はない。その予想通り、悪食の全身に埋まるが、爆発せず、代わりに魚雷内部から黒い液体が流れてきて、悪食の全身に広がる。

 

「あれは?」

 

「フラム鉱石をタール状にした物だ。摂取100度で発火して、その熱は3000度になる」

 

「……リーさん、逃げてください。大爆発が起こります」

 

即座にハジメがしようとしてることに気付いた七海はそう告げる。

 

【ほんとか、ハー坊⁉︎】

 

【ああ。離れてろよリーさん】

 

慌てて全力で逃げる。それとほぼ同時にハジメは火種となる1発の弾丸を発射した。それが悪食に飲み込まれた瞬間、悪食の体内の黒い液体が一斉に紅蓮に染まり、大爆発を起こした。水上で巨大な水柱が立ち、衝撃で海が嵐のように荒れる。障壁も1つ完全に崩壊し、2つ目も大分ダメージを受けたが、すぐにユエが再度展開しなおす。その中でハジメは念入りに周囲を魔眼と〝遠見〟を使い、探査する。もうどこにも痕跡は残っていない。

 

「やったぜ」

 

〝限界突破〟が終わり、その反動がきて片膝をつくが、歓喜の表情をしていた。

 

「ようやく、一安心ですかね」

 

「ああ。どうにかな」

 

香織の癒しを受け頭痛を治しながら、七海に受け答えする。

 

【ったく、ハー坊。とんでもねぇ爆発だな。おもいっきり吹っ飛ばされたぜ】

 

【あ、リーさん。無事で何よりだ。助かったぜ】

 

【……それと、そこの先こう】

 

七海を睨みつつ言う。

 

【ありがとよ、警告してくれてよ。だが、これからは、ちゃんとハー坊のことを見てやれよ、大人としてよ】

 

「言われるまでもないです。あと、私は七海です」

 

【なら、ナー助って】

「七海です」

 

【ハン、やっぱり面白みのない奴だな】

 

「結構です」

 

対極的だなとハジメは思いつつ、改めて感謝する。

 

【リーさんが来てくれなかったら、マジでやばかった。ありがとうな。ここに偶然いてくれたことに感謝だな】

 

【ハー坊、積み重なった偶然はもはや必然だ。おっちゃんがお前さんに助力できたのも、こうして生き残ったのも、全部必然さ】

 

お互いにフッと口元を緩めて笑う。2人…否、1人と1匹。

 

「ハジメ君、異世界でできた男友達がアレなの?あんな意気投合してる姿、日本でも見たことないよ」

 

「おっさんで…あ、いや…魚ですけどね」

 

「どっちもでしょう、交友関係も普通じゃないとか…」

 

香織、シアに続く形で七海もツッコミをいれる。

 

話に区切りをつけたのか、リーマンは踵を返して進もうとしたが、何か思い出したのか、少し振り返り、シアに言う。

 

【嬢ちゃん、ライバルは多そうだが頑張れよ。子供ができたら、いつかうちの子とも遊ばせよう。カミさんも紹介するぜ】

 

「奥さんいるなら風来坊なのはよせばいいんじゃないですか?」

 

【ケッ、本当に気が合わねぇな。それをも受け止めてこその妻ってやつだろう】

 

「相手に依存しすぎなのもどうかとおもいます」

 

【ふん。そういうお前さんはどうだ?いい人でもいるのか?】

 

「…いませんね」

 

七海が言うと、ニィと笑い

 

【なら見つけてから言いな。意外と近くにいるもんだぜ】

 

言いたいことは言い尽くしたのか、リーマンのリーさんは去っていった。

 

「さて、ではエリセンに戻ると…どうしました?」

 

「いや、リーさんが結婚してるとは思わなくて…あと、正直俺等も家庭持ちの風来坊じゃダメ親父とおもうぜ」

 

「なら、いい反面教師としてください……って、遅いですかね」

 

「どういう意味だ!」

 

七海の至極真っ当な答えに反発するもの、今の現状がある意味リーさんよりもダメな域に行くと判断するのに時間はかからないハジメであった。

 




ちなみに
以前縛りに関してのことを後書きで書きましたが、今回追加として、敵に言うのと味方に言うのでは出力の違いが出るということにしてみました。当然敵に言う方が出力高いです

ちなみに2
シアの術式を見たユエ&ティオの感想
ユエ「血は争えないのか」
ティオ「呪力が見えんから何しているかはよくわからんが、シア、顔が怖いぞ」
戦闘終了後のシア
シア「死にたい」



最後に、敬礼!(T^T)ゞ


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海内紛擾・跋

くそう、最近宿儺がかっこよく見えてしまう……
というか、呪術廻戦の敵キャラの言うことって基本的に全否定できないものが多い気がする。芥見先生の言葉の使い方と表現力に脱帽です



あと、死ぬな、日車


エリセンに戻り、ミュウとレミアから帰還の喜びを聞き、しばらくはここで神代魔法の試行錯誤と装備品の充実をする為に居座っていた。

 

「今日は私が1番……と思ってたんですが」

 

「あら、七海さんおはようございます」

 

レミアはまだ朝早いという時間で起きて、朝食の準備をしていた。こういうところを見るたびに、七海は彼女が一児の母だなと思っていた。

 

「あの、レミアさん。まだ足が回復して間がないんですから、私達がここにいる時くらいは休んでいただいてもいいんですよ?」

 

再生魔法の力で回復魔法に更なる力を得た香織はあっという間にレミアの後遺症をも治し、足は今まで不自由だったのが信じられないくらいに動くようになったレミアに七海は言うが

 

「いえ、お客様にそういうのは…それに、私がやりたいんです」

 

「なら、手伝いくらいはいいのでは?正直、ちょっと思うところくらいはありますよ」

 

「あらあら、うふふ」

 

やんわりと笑みを返して拒否をしてくる。

 

(なんというか、掴みづらい)

 

これまで関わってきた人物にこのような人はいなかった七海にとって、レミアはいい人だが多少の苦手意識があった。

 

「ママーおはようなの〜」

 

少し経つと次にミュウが起きてきた。少し眠そうに、目を擦る。レミアに言われて顔を洗いにいく。そこから戻って来た時とほぼ同じタイミングで香織、シア、ティオが入ってくる。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「ナナミン、おはようなの」

 

元気に挨拶をするミュウは完全に目が覚めて、七海の存在に気づく。

 

「ミュウ、ハジメさんとユエさんを起こして来て」

 

「はーいなの」

 

るんるん気分でハジメの部屋に向かう。

 

「…………」

 

「七海さん、なに悩んでるんですか?」

 

「いえ、今日で6日目だなと思いまして」

 

エリセンは、良い所だ。海鮮料理が充実し、波風が気持ち良く、住んでいるレミアの家は快適そのもの。ぶっちゃけリゾートに来ているのかと思うほどだ。しかし、今ハジメ達は大迷宮攻略の為の旅の真っ最中。いつまでも留まるわけにはいかない。新たな神代魔法の習熟も、装備の充実も、とっくにできている。それでも尚、ここを離れないのは

 

(ミュウさんとどう別れるか、考えがまとまらないからでしょうね)

 

あえて七海は黙っているが、もし今日もハジメが動きを見せないようなら一言くらいは言おうと思っている。おそらくそう思っているメンバーは他にもいるだろう。

 

(ミュウさんが甘えて来ているから南雲君は言い出しづらいようですが、気付いてないんですかね?彼女は1度も)

 

その考えが頭に浮かぶ前に、ハジメの部屋から数人の大声が上がる。

 

「またですか」

 

ちょっと前、エリセンに来る前にもあったことだ。ハジメがなかなか起きてこないから誰かが呼びに行き、ユエとハジメがそういう事をした夜の後がわかり、ギャーギャーいう香織達。当初は七海はそれに対して多少の注意をしていたが、もう慣れたというより、縛りありなしでも意味ないというか、関わってとばっちりを受けないようある程度の無視を決めたのだ。

 

「お、このドリンクおいしいですね」

 

エリセンの騒がしい朝が始まった。

 

 

海猫の声が上から聞こえる。小さな波を立てる音と混ざり、心地が良い。少し離れた所で女性陣が水着で遊んでいるのをよそに、ハジメは桟橋に腰掛けて、錬成で作った弾丸に呪力と魔力をそれぞれ込める。銃弾の補充プラス、呪力と魔力の同時使用の訓練だ。とはいえ、その数はすでに充分以上である。6日もあったのだから当然だが。

 

「いい加減、出発しないとな……ミュウになんて言うべきか」

 

とりあえずハジメは別れの言葉を想像してみた。

 

「泣かれるか?いや、泣かれるよなぁ……はぁ」

 

独り言を呟き、ため息を吐く。奈落から出て、この世界の全てをどうでもいいと思っていた頃なら、ここまで悩む事はなかっただろう。否、同じなら、ミュウとこうして過ごすこともなかった。だからそれは良かったと言えるが、何もかもを切り捨て、目的の為にあらゆる犠牲を厭わないという考えをもてなくなっている。

 

「恨むぞ、畑山先生」

 

この現状となるきっかけの言葉をもらった恩師の1人に悪態を吐く。

 

「君が人のせいにするなんて、よっぽどですね」

 

そうしていると後ろから声がしたので見る。もう1人の恩師がこちらに近づき、真後ろに立つ。

 

「うっせぇ」

 

弱々しく七海に言うが、正直それが精一杯の抵抗だった。

 

「あの笑顔を作ったのは君だ。今更そのことに後悔してはいないんでしょう?」

 

七海の視線の先にはミュウと鬼ごっこをする4人の女性陣。海人族の特性で、水中戦ではもはや無敵になったミュウを捕まえようと必死になる鬼役の女性達。仮に、ミュウを見捨てても、彼女達を曇らせる未来は無かったが、今ほどのものはなかっただろう。

 

「それは、君が所謂『寂しい生き方』をしなかったから」

 

「わかってるよ、そんな事」

 

「……紡いだものを解くのが辛いのだと考えているなら、少なくともその考えは今は間違ってます」

 

「?」

 

「気がつきませんか?ミュウさん、今日まで君に甘えてますが、一度もどこにも行かないで、置いてかないでとは言ってませんよ」

 

「!」

 

ミュウとてわかっている。この日々がずっと続かないことが。幼いながらも、わかってる。

 

「…幼女に気を使われてどうするんですか」

 

「まったくだ……けどなぁ、はぁぁ」

 

またもため息を出していると桟橋から両足を出しているハジメの間から、ザバっと音を立ててレミアが現れる。彼女も水着を着て、ティオと同等の色気のある身体を垂れていく水がより一層の色気を出す。並大抵の男ならこれで落ちるか、前屈みになるだろう。

 

「レミアさん、いつの間に…というか、怪我治って間もないのに」

 

「うふふ。せっかく足が治ったからこそ、娘と泳ぎたくもなりますよ。………ハジメさん、ありがとうございます」

 

「いきなりなんだ?」

 

お礼を言われたことにハジメは疑問がでて問う。

 

「娘のためにこんなにも悩んで下さるのですもの……母親としては、お礼の1つも言いたくなります」

 

「………バレバレか。一応は隠してたつもりなんだが」

 

「あれで隠してたとは………とっくに皆さんも知ってますよ」

 

「えぇ。ユエさん達もそれぞれ考えて下さっているようですし、七海さんに関しては、今日の夜にも出発をすることを促すつもりだとも」

 

「…レミアさん」

 

言わなくていいのにと言葉に出さず、困ったような口調で七海は言う。

 

「ミュウに泣かれるなら、きっかけは自分がってところか?相変わらずアンタは…」

 

「別に悪役になりたいわけじゃないですよ。君がウジウジしてるくらいなら、そうでもしないと動かないなと思ったからです」

 

やれやれと言った感じでハジメはため息を出し、レミアは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

「もういいんです、ハジメさん。充分すぎるほどに、皆さんにはしていただきました。ですから、もう悩まずに、すべきことのためにお進みください」

 

「南雲君、正直私は、ミュウさんとの情が深くなることに少し不安がありました。しかし、ミュウさんを連れて尚進んでいく君を見て、私は少なくとも君は大丈夫だと思ったんです。だが、幼いミュウさんがちゃんと受け入れることができるか、それが不安でした。ただ、それも杞憂になった。むしろ、この面では君よりもしっかりしている」

 

「ええ。ミュウがあんなにも大きく成長したのは、本当に驚きました。甘えてばかりだったのに、自分より他の誰かを気遣えるようになった。多くの出会いが、あの子を変えてくれた」

 

レミアはチラリと七海を見て、次にユエ達を見る。

 

「私ができたことなど、微々たるものですよ」

 

「あらあら、うふふ」

 

何がそんなに面白いのか、柔らかな笑みを見せるレミア。それを不思議そうに見るハジメにもう一度見つめて言う。

 

「七海さんも言ったんでしょうが、あの子も、これ以上ハジメさん達を引き止めていてはいけないと分かっているのです。だから……」

 

「…わかった」

 

ハジメは今ハッキリと決めた。ミュウの気持ちに気付いた今、自分がこうしていることが、逆にミュウを余計に悲しませるのなら、お別れを告げようと決意した。

 

「では、今晩はご馳走にしましょう。ハジメさん達のお別れ会ですからね」

 

「そうですね。お願いします、レミアさん」

 

「期待してるよ」

 

「はい。期待していてくださいね、あ、な、た?」

 

「いや、その呼び方は」

 

「…レミアさん、わざとですか?」

 

別の方向を見ていう七海が気になり、ハジメもそちらを向くと、絶対零度の表情の女子達がいた。

 

「私はちょっと、外しますので、あとは頑張ってください」

 

「おい待て先…」

 

七海は完全に止められる前に逃げる。他人のハーレムという名の修羅場を鎮める程の器量は流石にない。あってもしないだろうが…

 

「お夕飯時には戻ってくださいね」

 

「そういう発言は、旦那(南雲君)にでもどうぞ」

 

「おい!今の南雲君はいつもの南雲君とは違う気がしたぞ!」

 

揉みくちゃにされるハジメをスルーして、七海は席を外した。

 

 

その日の晩、夕食前にミュウにお別れを告げた。ミュウは着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締める。わかっていた事だと彼女は理解して、泣くのを懸命に堪える。沈黙が続くが、ミュウ自身でその沈黙を破る。

 

「……もう会えないの?」

 

答えに窮する質問に、ハジメ含めて誰も答えられない。帰還方法はまだ具体的にわかってはいないが、仮に判明したとして、その瞬間に帰るかもしれない。どうなるかわからない答えを、希望的観測を、安易にミュウに伝える事はできない。

 

「……パパは、ずっとミュウのパパでいてくれる?」

 

答えに悩むハジメを見て、ミュウは質問を変える。その質問は、今のハジメなら、しっかりと言えるだろう。ミュウの両肩をしっかり掴むと、真っ直ぐ視線を合わせた。

 

「……ミュウが、それを望むなら」

 

ハジメの答えに、ミュウは少し目を擦り、ニッと笑みを作り、決意ある瞳を見せる。その表情はまるで――

 

(まるで、南雲君のようだ)

 

ずっと近くで見ていたからか、本当に親子のようになっていた。

 

「なら、いってらっしゃいするの。それで、今度はミュウがパパを迎えに行くの」

 

「迎えに?」

 

その言葉の意味を、ミュウが理解してないと思い、ハジメはおうむ返ししてしまう。

 

「ミュウ、俺はすごい遠いところに行くつもりなんだ。だから」

 

「でも、パパが行けるなら、ミュウも行けるの。だって、ミュウはパパの娘だから」

 

自信満々にミュウは元気に告げる。幼い子供の夢物語のような宣言なのに、七海はそこにハジメの姿が重なって見えた。

 

「ほんと、そっくりになってしまいましたね」

 

「先生、今笑うところじゃないぞ」

 

「失笑でした」

 

少し詫びるように七海は言う。幼女とはいえ、ミュウの決意を七海は評価していた。ハジメも、自分の背を見て成長していた愛しい娘を、今更手放すまいと、改めて決意した。

 

「ミュウ、待っていてくれ」

 

ハジメの雰囲気が変わり、ミュウは不思議そうな顔になって首を傾げる。悩み全てを吹っ切り、真っ直ぐな瞳をミュウに見せる。ミュウがもっとも憧れている瞳に。

 

「全部終わらせたら、必ず、ミュウのところに戻ってくる。みんなを連れて、ミュウに会いにくる」

 

「………ほんとう?」

 

「ああ、本当だ。俺がミュウに嘘をついたことがあったか?」

 

ふるふると首を振り、ハジメはミュウの髪を優しく撫でる。

 

「戻ってきたら、今度はミュウも連れて行ってやる。それで、俺の故郷、生まれたところをみせてやるよ。きっとビックリするぞ。俺の故郷はびっくり箱みたいな場所だからな」

 

「パパの生まれたところ?見たいの!」

 

飛び跳ねて喜びを表しているミュウ。先程の不安そうな表情はどこかに吹っ飛んでいた。

 

「なら、いい子でママと待っていろよ?危ないことはするな。ママのいうことをよく聞いて、お手伝いを頑張るんだぞ」

 

「はいなの!」

 

「ミュウさんなら大丈夫でしょう。無邪気でも、物事の理解は早いですし、なんなら旅をした女性陣の中である意味1番女子力高いですし」

 

「おい、七海、失礼」

 

「ですです。そんなことないでしょう?ね、ハジメさん?」

 

「……………」

 

「ちょっと、目を逸らさないでくださいよぉ!」

 

そう訴えるシアを横に、目線を逸らした先にいたレミアと目が合い、勝手に決めてしまった事を視線で謝罪したが、「ウフフ」と温かい笑みを浮かべており、責める気はないようだ。

 

「パパ、ママも一緒?」

 

そんな視線の会話を読み取ったわけでもないが、一瞬見せていたハジメの表情に不安を感じ、ミュウは問いかける。

 

「あ、あぁ〜それは…」

 

「そこ考えてなかったんですか?」

 

「あ、いや、考えてなかったわけじゃなくて、後で言おうかと」

 

七海は頭に手を置いて呆れつつも、レミアを見る。

 

「で、レミアさん的にはどうなんですか?」

 

「もちろん、どこまでもついて行きますよ。まさか、私だけ仲間外れなんて言いませんよね?あなた?」

 

ハジメの方を見て言う。

 

「いや、それはそうだが……マジでこことは文字通り別世界だぞ?」

 

「あらあら、娘と旦那様が行く場所に、付いて行かないわけないじゃないですか。うふふ」

 

ミュウを抱っこするハジメと、それに寄り添うレミア。誰が見ても夫婦である。既に女性陣はピリピリしている。ケンカが始まる前に、七海はレミアに一応言っておく。

 

「レミアさん、もしかしたらここに戻れなくなる可能性もありますが、それでも?」

 

「はい」

 

ハッキリと言ったのを見て、やはり聞くまでもなかったなと肩をすくめた。

 

「夫に寄り添ってこその妻ですからね」

 

柔らかな笑みにハジメはタジタジになり、女性陣は「させるかぁー!」と言わんばりに割り込んで喧騒が広がる。それを横目に、

 

「南雲君、ちょっといいですか?」

 

七海は外を指差し、ハジメを呼ぶ。ハジメは何を言われるかはわかるが、ついていく。

 

「で、本気で連れて行くんですね?」

 

「ああ。つか、会話の途中で反対意見でも言ってくるかと思ってた」

 

「そんな空気の読めないことなどしませんよ、私は」

 

波音は静かに、2人を落ちかせるように響く。

 

「むしろ、私はミュウさんと完全な別れを告げる可能性もあるなと考えてました。もちろん、一緒に連れて行くと言うことも視野に有りましたが、前者の方が、今の君にはあり得そうだとね」

 

「……まぁ、確かにな」

 

「……ミュウさんの言葉に、絆されましたか?」

 

「そんなんじゃねぇ…って、言えないな、こりゃ」

 

ミュウとの出会いと関わりが、ハジメを大きく変えているのは間違いない。

 

「もう、迷いはないようで」

 

「ああ。どうとでもするさ。絶対ミュウのところに戻って、日本も見せる。ミュウを置いて世界を超えたら、そん時はまたこの世界に来ればいい。何度だって世界を越える。それに、七海先生との縛りもあるしな」

 

(それがなくても、そうするでしょうに)

 

正直、ハジメの考えは甘いと言っていいのだが、決意は本物だ。

 

「大人の階段を、正式に(・・・)一歩進んだというところですかね」

 

「何だそりゃ?」

 

「いえ、別に」

 

そんな話しをしていると、レミアの呼ぶ声がし、2人は皆のところに戻った。余談だが、レミアの「はい、あなた、アーン」から始まった女性陣のハジメへの「アーン」合戦が起こったのだが、勝者はミュウだったということは言っておく。

 

「南雲君、これからその手はもう使えないことは考えておいた方がいいですよ」

 

先程の大人の階段を登ったことを撤回しようかなと、わりと本気で考えながら言っていた七海がいたことも付け加えておく。

 

 

 

 

「さて」

 

時間を潰すため、七海は小さなバーに来ていた。明日のこともあるので、アルコールの少ない酒を飲むのだが、それなりに飲める七海にとってはジュースに近い。

 

「甘っ」

 

と口に出してしまう。

 

「お客さん、珍しいものを飲むと思ったら、甘いの苦手なんですか?」

 

店主が呆れたような口調で言う。

 

「ええ、まぁ。飲めない事はないんですがね」

 

ちなみに、6日間ほぼ毎日来ているので店主ともよく話す仲になっていた。ちなみに、店主は七海の事は知っているが、今までの人達とは違い騒がない。バーテンダーとして優秀である。

 

パキン

 

「ん」

 

「失礼しました!」

 

近くで店員がグラスを落としてしまったらしく、ガラス片が散らばる。

 

「手伝います」

 

「いえ、そのような…」

 

「まぁ、ついでみたいな…っつ」

 

気をつけていたが、つい切ってしまう。

 

「大丈夫です、このてい…」

 

「あ、ほんとですね!傷がない、よかったぁ〜」

 

「…………」

 

「お客様?」

 

「いえ、べつに」

 

内心、七海は驚きを隠せない。今、自分は何をしたかわかる。頭で考えたわけではなく、急にだ。

 

(これは……)

 

ガラスが刺さっていた指。血が出ていたはずなのに、既に治っていた(・・・・・)

 

「何だ、回復魔法が使えるんですね、お客さん」

 

「え、いや私は魔法は使えないんですが」

 

「そうかい?そのわりには魔力を出してたし」

 

「はい?あの、見えたんですか?」

 

「見えたというか、そんな出してら、いくらなんでも見えるよ。まぁ、さすがに今はもう見えないけど」

 

「……………」

 

どういうことだと、急いでステータスプレートを見るが、やはり魔力、魔耐共に0であった。

 

「私は、どうなって……」

 

誰に問うわけでもない呟きに、答えてくれる者はいない。

 

 

 

王国、とある薄暗い部屋。それなりに広い部屋に、無数の人影があるが、まるで人形のように微動だにもしない。それを眺めるように、2人の影があった。

 

「おい、準備はできたんだろう?どうなんだ、おい」

 

1人は檜山。狂気に染まっている目は少しだけ焦りのある表情でもう1人に問うが、その人物は何も言うことなく、片手をグーパー、グーパーして、どうにも何かおかしいなと言わんばかりの表情になっている。

 

「おい!聞いて」

 

その先を言えない。蛇に睨まれたカエルの如く、黙ってしまう。

 

「ちょっと、黙ってて」

 

そう言ってその人物は再びグーパーを繰り返す。

 

「いったい、どうしたんだよ」

 

「いや、この魔法使ってから、何か違和感があるっていうか、どうにも言えないんだけど、こう、掴めそうなのに掴めないというか」

 

なに言ってんだと檜山は思いつつも、声に出さず見るだけである。

 

「妙な感じなんだ、この魔力、久々に見たし。いや、全然違うんだけど」

 

「何のことだ?」

 

「…………いや、いいよ。そのうちわかりそうだし」

 

そうして、その人物は目の前にいる人影達を見て、邪悪に笑う。

 

「ようやく準備が整った。残穢を見られないように必死だったけど、うまくいってよかった」

 

残穢が見える者が増えたなか、残さないように時間をかけた。それでも、()()()()()()()の成果をあげた。

 

「あぁ、本当にワクワクするよ。あの時からずっと想い焦がれた瞬間が、もうすぐやってくる。僕はいま、とっても幸せだよ!」

 

自分以上の狂気と異常性を見せる協力者に、檜山は絶句するが、邪悪な笑みだけは、同じだった。

 

「彼女は?」

 

「もうどっか行ったよ。詰めが甘いって毒吐いてな」

 

「………ふーん彼女も言ってたけど、詰めが甘いね」

 

「ハッ、でもコレで大丈夫だろ。メルドを殺したんだからよ」

 

「ん?ああぁ、そうじゃなくて」

 

檜山の方を向いて言う。

 

「君と僕のことを言ったんだよ。お互い詰めが甘いってね」

 

 

 

「どうしてあなたがここに!」

 

フードを被った少女は騎士達に見つからないようにしてようやくここまで来たのに、とある騎士に捕まってしまい、こんなところに来ていたが、そこにいた人物に驚いた。

 

「この国を脱出するなら、お供します」

 

「それは、嬉しいのですが、本当にいいんですか?」

 

少女の前で跪き、そう言う大柄の男に、少女は問う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルド団長」

 

 

 

 




ちなみに
もうわかっていると思うので最後に七海がやったのは反転術式です。ただし、いつでも自分の意思でできるわけではなく、唐突にできたりできなかったりです。ただし、ある条件を満たせば一定の間は意識して使えます。

ちなみに2
メルドを生かすか、それとも殺すかは正直悩んでます。とりあえず今は原作と違い生かしてますが、やっぱ殺そうかなぁと悩み中。次回までに考えておきます

跋、もう一回使えた(^ ^)


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魂飛魄散⓪

アニメ呪術廻戦の戦闘が凄すぎて笑った!人は感動すると泣くか、笑うかですが、あまりの作画の良さと戦闘描写の良さに笑ってしまいました。最高すぎるw

七海出番少ないです。あと、ここら辺の話からは本当に難しくなるからマジで大変!でもワクワクしてる自分がいる。

その最大の理由として、シアの術式を出せるからです。あと、もう少しです




場所は王都。時間は、少々遡る。

 

「辻さん、鈴の容体は?」

 

「まだ目覚めない。お医者さんも、外的異常がないなら、これ以上は…って」

 

雫は「そう」と悲壮な声を出す。先日の魔人族襲撃以来、さまざまな変化があった。1つは光輝達の、特に光輝本人の『人を殺す』ということについての浅慮をどうにかするということ。

 

人を殺す覚悟を、七海に問われていた。雫が聞き及んだところ、できると答えることができたのは4人のみだったそうだ。だが答えることができなかった者達も、理解はしていたし、本当にその時が来たら、そうでもしないと生き残れないならと考えていた。だが光輝は違う。魔物退治と同様、もしくは悪事をした悪者を成敗するヒーローと同様な感覚だったのだろう。

 

他の者達も、最初の殺しを七海が引き受けようとしていた事を聞き、理解した。背負うという意味、その覚悟を。そして、ハジメと七海達が既にこの世界で人を殺したという事実が、「自分達にはできるのか?」という自問自答を起こす。

 

あの日以降、対人戦の訓練が中心になった。七海の訓練のおかげで、戦闘面は大丈夫な者も、動きに躊躇が見られていた。その躊躇を和らげる為に、七海は自身との対人戦をさせていたのだと気付く者もいた。順序を立てて、行動していたのが、一気に瓦解していた。中でも光輝の方は酷く、訓練とはいえ戦闘中に吐くこともあり、食事量は激減し、やつれてもいた。壊れかけている勇者を、どうするかで、王国は揺れていた。

 

2つ目が、ハジメと七海に異端者認定の話が出たこと。全ての人間に法の下の討伐が許されるという教会の有する強大な権限の一端。神敵となった者には一切の許しはなく、その者に対しては何をしても許され、庇った者も異端者として認定される。これらの話を以前リリィから伝えられた。あくまでまだそういう話が出ただけで、すぐに認定されるわけではないが、噂が流れてしまえばどうなるかわかったもんじゃない。

 

だがハジメがウルの町で見せた脅威的な強さと武器。他の者達の異常な能力。そして、最初から敵対心を向けていた七海。これ幸いにとハジメのついでに異端者認定するのも悪くないだろうと考える者は確実にいる。遅かれ早かれ、異端者認定はされると雫は踏んでいた。

 

そして3つ目が未だに目覚めない鈴のこと。医者は匙を投げ、死なないような処置をするのみ。だがこうも目覚めないのなら、処分もという声があったそうだ。表立って言ってるわけではないものの、リリィ本人もその会議の場でキレそうになったとのことだ。

 

だが、実際目覚める気配がない。1つわかることは、〔+視認(上)〕を保有し、香織ほどではなくとも治癒師としての腕がある辻が、少しずつ回復魔法をかけつつ〝廻聖〟で魔力を鈴に渡すと、鈴の魔力が一時的に活発になるということ。これだけだ。

 

「ありがとう、辻さん。ずっと診てくれて」

 

「そんな、当然のことをしてるだけだよ。中村さんの方も心配していつもお見舞いに来てくれてるんだけどね」

 

「……と、ところで、最近野村君も訓練に出なくなったけど、何か知ってる?」

 

「……ううん知らない。元気がない事が多いけど、聞いても何でもないだから」

 

雫が言う様に、野村の様に脱落した者は何人かいる。檜山グループもその内に入る。だが――

 

(本当に何をしてるかはわからないけど、七海先生の言葉もあるなら、きっと何か行動してるはず。信じるしかない)

 

縛りによって雫にも、協力している者同士でも連絡はできない。信じることしかできないが、それでも辻は信じたい。自分が鈴の為に動くように、きっと何か行動してくれていると。

 

「そうだ、愛ちゃん先生も今日帰ってくるんだよね?」

 

「ええ。早馬でウルでの事は聞いたけど、七海先生と何があったとか、色々と聞いてみないといけないわね。まぁ、あの人のことだから、愛ちゃん先生に迷惑がかからない様な配慮とか、してるんだろうけど」

 

当然辻は知っているが、これも答えられない。心の中で

 

(ごめん、八重樫さん)

 

と謝罪するだけだった。

 

 

翌日、愛子達が帰還したのだが、棺桶の様な物が運ばれていたと聞き、雫はマッドとパーンズに問い詰めたが、

 

「我々から、言っても良いなら話しますが」

 

とマッドは冷静な表情でいう。現実を受け止める事ができるかと問われた。雫は少し考えて頷き、そして、清水の暴挙と、その死を知った。更に詳しく知る為、早足で愛子の下へ向かう。彼女の今の精神状態も心配だからだ。

 

「先生!」

 

「あ、八重樫さん…お、お久しぶりですね。元気でしたか?怪我はしてませんか?他の皆も無事ですか?」

 

自分の部屋へと向かう愛子の顔は、最初は沈んでいたが、雫を見た瞬間に嬉しそうな表情で、生徒の心配をするのを見ると、やはりこの人も教師だなと安心する。

 

「あの、先生、私の方なんですけど、つい先日、南雲君達と、七海先生が」

「にゃ⁉︎」

 

「ほえ、にゃ?」

 

なぜ猫語と思うが、つい最近可愛い猫を見つけて猫語になっていたところをリリィに見られた雫は一瞬恥ずかしさがでて、それをぶんぶんと首をふって回想にふけるのを回避した。愛子の方もつい最近に生徒に言われたのもあって、妙に七海を意識しているのを首をふって回想を回避した。結果、廊下で首をぶんぶんとふる2人という妙な光景があった。

 

「と、とにかく情報交換しましょう!」

 

「そうですねそうしまう!」

 

妙に早口に2人はそう言った。

 

 

「そうですか。南雲君と七海先生はまた旅に……それに、天之河君が…」

 

「清水君の方も、残念なのもありますけど……」

 

これまで、信頼していた七海の行動。それの意味も、きちんと2人は理解している。それでも――

 

「七海先生、たぶん私達に話してない、話せない事が、まだあると思うんですけど、八重樫さんはどうですか?」

 

「それは私も思います。さっき聞いた清水君が死に際に言ってた言葉も気になりますし、何より、私達を元の世界に帰す為の手段が見つかる可能性があるって言ってましたけど、それに関して何か知ってますか?」

 

と、ここで愛子は疑問を感じた。ハジメはともかく、七海がこの世界の狂った神、エヒトに関しての情報を告げていないことに。

 

(確かに、今の天之河君達の行動に大きな影響が出るし、何より信じ難いことだ。けど誰にも話してない?七海先生のことだから、信頼できる人には話して、何かしらの行動を促しているかと思ったんですが)

 

愛子の考え通り、七海は信頼における数名に話しているが、情報漏洩を防ぐ為の縛りを結んでいる。しかし、その中に雫は含まれていない。

 

(けど、根拠なしに話して現状の七海先生が疑われる余地を作らなかったと考えれば、納得はいきますね)

 

愛子はそう思い、更に数秒考えて、話そうと決断した。自分から話せば、七海の信頼を落とす心配はない、少なくとも雫なら。という判断だ。

 

「先生?」

 

「八重樫さん、1つ聞きます。あなたは南雲君を、七海先生を、今でも信用して、信頼してますか?」

 

それでも、一応は聞いておかなければならない。一度は七海に疑心を抱いた身として。

 

「正直、思うところはありますけど……あの時も、今回も、助けてくれたこと。これまでにしてくれたこと。それに…」

 

「それに?」

 

「今考えると、この世界に来る前から、あの人は優しい人だったなって」

 

以前、七海が家庭訪問をした際、剣道の大会で優勝した件に触れつつ――

 

『しかし、本気で励むなら、もう少し自分の意思を出しておきなさい』

 

そう言った。あの言葉の意味が、今ならわかる。きちんと言わず、濁したのは、きっと家族がいたからだろう。

 

「だから、私はあの人のことを信用してますし、信頼してますし、尊敬できる大人だと思ってます」

 

「………そうですか」

 

それを聞いて、どこか嬉しそうに愛子は微笑む。そして、表情を変える。真剣な、そして、苦虫を噛み潰したような顔で。

 

「まず、先程私は陛下に今回の件を含めて報告に行って来たんですが………南雲君と七海先生が、正式に異端者認定をされました」

 

「…は?」

 

雫は一瞬何を言われたかわからなかった。いや、理由はわかる。ハジメの能力は強大。未知のアーティファクト、現代兵器をほぼ無尽蔵に作り出し、大群の魔物を殲滅し、その仲間達も強大な力を有しているが、聖教教会に非協力的で、場合によっては敵対も厭わないスタンスを取っている。七海の方はトータスに来た当初から彼らに敵対心を向けていたし、以前出していた条件も自分から反故にしたのだからこれもあり得た話。だが、

 

「あまりにも浅慮…というか、判断が早すぎます」

 

「ええ。七海先生も、皆さんを元の世界に帰す為の行動をすれば、異端者認定をされる事はわかってました。更に今私に、豊穣の女神という名がつけられて、南雲君がその女神の剣と言われていて、その名が相当な広がりを見せているのも護衛の人から聞きました。だからこそ、それをある程度軽減できる存在である南雲君達に就くことで、七海先生は異端者認定される時期を延ばせると踏んだんでしょうし」

 

それなのに、こんな早くに異端者認定をすれば、自分達を救ってくれた存在、豊穣の女神そのものを否定してしまう行為になってしまう。多くの離反者が出てもおかしくなく、国そのものが揺るぎかねない。

 

「だというのに、私の抗議を簡単に無視できないのに、強引に決定を下した。これは、あきらかにおかしいです。それに、イシュタルさんはともかく、陛下達王国側の人達も、様子がおかしかった気がします。そして何よりこれを放置すれば、まず間違いなく、南雲君達にあなたがたが差し向けられる」

 

「!……一応言いますけど、まっぴらごめんです。今の南雲君と敵対するのもですけど、七海先生と戦いたくありません。きっとそれは、他の皆も」

 

「でしょうね」

 

ハジメは敵対してくるのであれば容赦しない。七海も自分の生徒と戦いたくはないだろうが、痛めつけて戦闘不能くらいにはできる。更に彼女達は知らないが、もし縛りの効果で、南雲が本気で敵対し、七海が反発しても、それをハジメが受け入れないなら、七海も彼らに容赦はなくなる。どうにかしようと必死にはなるだろうが。

 

「以上の事を踏まえて、八重樫さん。ウルの町で、南雲君が自分が話しても信じないどころか、天之河君あたりから反感を買うだろうと予測して、私と七海先生にだけ話してくれた事があります。教会が祀る神様と南雲君達の旅の目的、すなわち、七海先生の言う、帰る手段についてです。証拠はない話ですが、とても大事な話なので、今晩…いえ、夕方、全員が揃ったら、先生からお話しします」

 

「それは……わかりました。なんなら、今からでも全員招集しますか?」

 

「いえ、教会側には知られたくない話ですし、自然と皆が集まる夕食の席で話します。久しぶりの生徒達と水入らずでと言えば、私達だけで話せるでしょう。………七海先生が皆さんに話してないということは、巻き込む可能性があったからだと思いますが、状況が変わった今、話しておきます」

 

雫は納得し、その後は愛子と軽く雑談を交わして別れた。だが、事態は、愛子の考え以上に急変していた。

 

その後、愛子の姿が消え、夕食に来ることはなかった。

 

 

さらにその2日前。

 

(なんだ、何が起こっている)

 

メルドはここ最近見られる兵団の異変を独自に調べていた。『虚ろ』と呼称しているその症状は、簡単に言うなら無気力症候群。仕事はきちんと果たす、受け答えもする。だが、明らかに以前と違っており、覇気がなく、笑わなくなり、人付き合いも最低限となって部屋に引きこもることが多くなった。最初は兵団の数人、その後徐々に増え、遂には発言力の強い貴族や騎士団の分隊長にも見られる。

 

当初メルドは国王に本格的な調査を具申するつもりでいた。だが、ここ最近の国王の異常に増している覇気。目に光はないのに、神への傾倒が目立つ発言が多い。以前のメルドなら、傾倒しすぎの様な気はするが問題はないだろうと高を括っていただろう。だが、できない理由があった。

 

(信じたくはないが……いや、だが、もし本当に、建人の言う通りなのだとしたら)

 

あの時もメルドは普通なら戯言と吐き捨てただろう。七海だからこそ、そう言えず、疑問が彼の信仰心を侵す。相手の信じるものを、真っ向から、しかも証拠を示すものもなく否定するなどするかという、疑問。

 

(いや。今のこれと関係はない。関係…ないと、してもだ。間違いなく何かしらの影響が出ている。攻撃と考えてまずいいだろう)

 

攻撃という確信はないが、攻撃を前提として考えるべきだ。仮に違っても、気が抜けてた者達に叱咤すればいいだけのことだ。

 

(他にも、動かせる者にして信頼できる者……副団長のホセ…いや、騎士団トップが動けば、怪しまれる。以前の魔人族のように透明化して攻撃しているなら、今の俺も監視されているとみたほうがいい。さらに、ここまで発言力のある者達を〝虚ろ〟にしたなら、いずれ俺やホセにも行使する可能性が高い)

 

だからといって個人で動くのも限界がある。なら、信頼できて、発言力はあまりなく、兵団に属している者。それと――

 

(いや、流石にそれはダメだな。ただでさえあいつらはメンタルが落ちてる。これ以上迷惑はかけられんし、建人の許可もなく巻き込めん)

 

色々考えながら自室に着いたメルドは自室のデスクの引き出しを開け、とある人物達への手紙を書く。1人はアンカジ公国のゼンゲル公、もう1人は少年とその教師に宛てて。ゼンゲル公を通じて届くかもしれない程度ものだが、賭けてみるにはいい。何より――

 

(縛りをこんなにもすぐに使うとは)

 

七海との間に結ばれている縛り。七海のこの世界の狂いし神のことと、旅の目的等の発言を聞かなかったことにして、話さない(ただし、マッドとパーンズを除いて)その対価として、七海はメルドのお願いを聞き入れる。ただし、七海はハジメとの縛りで行動はある程度の制限があるので、ハジメの許可をもらうように働き掛ける。

 

現在のハジメの行動する理由はわかっているが、七海との現状の関係も考えれば、絶対無理ではない。あとは、どう呼び出すかを考えるのみと考えつつ、とりあえずゼンゲル公宛の手紙を書き終えたメルドは「ふぅ」と小さく息をこぼすと、ほぼ同時に部屋がノックされる。

 

「誰だ?」

 

警戒心を押し込めつつ、武器を取り言う。

 

「…あの、メルド団長。俺です。檜山です」

 

「大介?どうした、こんな時間に」

 

「その、おれ、どうしても、メルド団長に相談したいことがあって」

 

切羽詰まっているかのような、もしくは弱りきったような声をだす檜山に、訝しみつつ部屋の扉を開けると、ぽつんと檜山が突っ立っていた。

 

「相談と言っていたが、こんな時間にか?」

 

「すいません。迷惑だと思ったんですけど、クラスの連中には、あまり聞かれたくなくて」

 

「……そうか。いや、迷惑じゃないぞ。さぁ、入れ」

 

部屋に招き入れてソファーに座るように勧めたメルドの言葉に従い座る檜山だが、中々話しだそうとせず、背を丸めて俯き、貧乏揺すりをしている。

 

「大介、上手く話そうとしなくていい、思ったことを言ってくれればいい。俺でどうこうできる問題かはわからんが、それを一緒に考えてやることくらいならできる」

 

慰めの言葉を言っても、檜山の貧乏揺すりは収まらず、落ち着く様子がない。とりあえずもう1度声を掛けようとしていたのだが、扉から再びノック音が聞こえ、檜山の時と同じく聞くと、副団長のホセが緊急の報告があると言って訪ねてきた。タイミングが悪いなと思い、檜山の方をチラリと見る。

 

「メルド団長、いいっすよ。話が終わるまで、俺、廊下で待ってますから」

 

「……そうか、すまんな、大介」

 

申し訳なさそうにしながら言い、メルドは扉に手をかけてノブを回し、扉を開けた。そこには確かにホセがいた。もう見慣れた〝虚ろ〟の表情になったホセが。

 

「っ⁉︎」

 

本能的に身体が警戒音を鳴らし、身を逸らす。瞬間、騎士剣による凄まじい突きが通り過ぎる。

 

「ホセ!どういうつもりだ⁉︎」

 

怒声を上げて言うも、ホセは返事の代わりに袈裟斬りを仕掛けてくる。

 

転がるように回避したメルドは自分の騎士剣を手に取り、ホセの斬撃を受け止める。剣と剣がぶつかる音が室内に響く。

 

(やはりこれは、洗脳だったか⁉︎)

 

メルドはホセに突撃し、防御ごと押し返したことで、僅かに姿勢が崩れる。あとは体当たりで組み伏せようとするが、ホセは急に視線を逸らし、檜山を見る。怯えて、戦意を喪失している檜山を見てそちらに狙いを変えたのだと判断して、内心で舌打ちしつつ急速転進し、ホセと檜山の間に立つ。無理な姿勢からの方向転換に身体が悲鳴をあげるが、それを無視してさらに踏み込む。

 

(⁉︎なんだ、ホセのこの力!)

 

団長として、副団長のホセの剣技は熟知しているが、本来ならこのような力のある剣撃ではなく、どちらかと言うなら柔らかな動きに速さと技術を重ねた剣技。だというのに、今のホセはその技術と共に(・・・・・)一撃が重くなっており、純粋な力が体格の大きいメルドと同等だった。

 

「耐えてみせろよ、副長!」

 

後ろに守るべき対象がいては回避もできない。押し返すには体制が悪く、膂力は発揮できないうえに、相手の力もどういうわけか自身とほぼ同等。ならば魔法で吹き飛ばすとし、大怪我を負わせるのを覚悟してホセに魔法を放とうと詠唱した瞬間、背中に衝撃(・・)が走る。

 

「なんっ、で」

 

それは、メルドが言いたいことだが、言ったのは檜山。彼は短剣を持ってメルドを背後から突き刺そうとしたが、その短剣はメルドの身体を貫くことはなく、突き刺した場所から砕ける(・・・・・・・・・・・・)

 

「大介、お前!」

 

血走った目で睨む檜山を見て全て察する。檜山はこの〝虚ろ〟現象の原因と密接に関係していると。

 

(流石に黒幕ではない。大介の気量から考えて、1人でやったとは思えない。おそらくこれは闇魔法の部類で、適性のない檜山にはできんしな)

 

衝撃で一瞬止まったが、魔法はまだ中断してない。メルドは残りの詠唱を終え真下に手を向ける。

 

「〝風槌〟!」

 

圧縮された空気の砲弾が凄まじい勢いを衝撃音と共に放たれ、破片と暴風がメルド含めて3人に撒き散らしていく。

 

「むぅおう!」

 

床に叩きつけられる瞬間に回転して衝撃を殺し、そのまま立ち上がり機敏に動く。もしあの時檜山に刺されていたら、致命傷だろうとそうでなかろうと、ここまでの動きは出来なかった。加速し、檜山にタックルをかます。

 

「ゴッ⁉︎」

 

檜山は、オルクス大迷宮ではメルドよりも深い階層まで潜れるが、それは他のメンバーあってのもの。もちろん召喚された者故に、ステータスではメルドに勝てるだろうが、お生憎なことに、対人戦の経験の低さと、場数を踏んできた経験がまるで違う。まったく対応できず、不細工な声を出して吹っ飛び、壁にぶつかる。

 

「ゴハッうっ…く、そがぁぁ!」

 

檜山が叫んだと同時に兵が部屋に雪崩れ込む。〝虚ろ〟となった兵士達が。

 

「チッ。こちらの動きは筒抜けだったかっ」

 

3人の兵士に囲まれても、冷静にその動きを観察して回避し、まず1人目に脇腹に鋭い蹴りを入れて、その勢いで吹っ飛ばし、残り2人と起き上がったホセが向かってくるが、後ろから来るホセの方に向き、牽制の詠唱なしの風の魔法を当てて一瞬だけ怯ませ、その瞬間に近づいて背負い投げで2人の兵士にホセを投げ飛ばしてまとめて倒し、尚も向かおうとぴくりと動くのを見て、今度は詠唱してもう1度〝風槌〟を受けて兵士共々部屋の端に打ち付けられた。

 

「技はあるが、いつもの調子ではないな。力任せの剣技で、俺を倒そうと思うな。副長の名が泣くぞ」

 

正直、他3人の兵士も膂力が信じられないほど上がっていたが、その膂力に振り回されている感が否めない。もしこの膂力プラスで元からある技術を加えられていたら、どうなっていたかわからないだろうとメルドは思う。

 

(それにしても、またお前に助けられたな)

 

背中の物をくれた人物、七海に感謝をしていると――

 

「くそがっ!副長まで用意したのに、この様かよっ!つうか、なんでこっちの剣が砕けるんだ!化け物かよ!」

 

咳き込みながら悪態を吐く檜山。そんな彼を、メルドはどこか悲しそうな眼差しで見やる。

 

「建人じゃないが、過大評価だそれは。単純な経験の差だ。対人戦闘のな。それと、俺の身体を貫けなかったのは、とある友人の贈り物のおかげさ」

 

もうこれまで、降伏しろと、言葉に出さずとも雰囲気で伝える。それは檜山もわかったが、

 

「なに、勝ち誇ってんだ?」

 

血走った狂気の目。それは、既に引き返せないところまで堕ちてしまった者が見せる目。メルドは檜山に何か言おうしたが、それを口に出す前に、信じられないことが起きて口を噤む。

 

「なっ⁉︎」

 

ゆらり、ゆらり、ゆらりと、兵士とホセが起き出す。致命傷ではないものの、痛みで動くことはままならない程のダメージは与えたつもりだったのにだ。起き上がるホセ達は痛みなどまるで感じないかのように、〝虚ろ〟の目をしたまま、起き上がり、剣を向ける。

 

「無駄だっつの。ひひっ。そいつら、死んでも止まらないからさぁ‼︎」

 

更に〝虚ろ〟の兵士が2名部屋に入り、その扉の向こうにも騎士や兵士が見える。誰も彼も〝虚ろ〟な目をしている。

 

(クソっ。もっと早く気付くべきだった。これだけの騒音を撒き散らして、誰も駆けつけないことに!)

 

おそらく何かの結界で振動や音を抑えているのだろうと判断し、自身が完全な袋のネズミとなっていると察する。

 

(これほどの工作を、よもや王国の中枢で仕掛けられるとはな…王宮の防御態勢を過信したツケか)

 

人間族と魔人族が数100年拮抗していた防御を破られるとは考えていなかったメルドは、ここで自分のなすべきことを決断する。

 

(決死の覚悟でなく、生き残り、何がなんでも生き残ってこの事実を伝えなければ)

 

「もう諦めて死ねよ、メルドだんちょぉぉ」

 

歪みきった表情で檜山が言う。出入り口は塞がれ正面には〝虚ろ〟の兵士と騎士達に追い詰められた状況、だが――

 

「退路はある!」

 

メルドは踵を返して窓に向かい、そこに向かって跳躍し、体当たりで窓ガラスごとぶち破る。

 

「〝風壁〟!」

 

風圧の魔法で落下速度を減速させて、メルドは着地した。当然だが檜山達が追ってくることもわかっている。それでも、上級魔法の詠唱時間くらいは稼げた。だがそれは、攻撃ではなく信号弾。盛大な閃光と爆音を空に放ち、無事な騎士や兵士を駆けつけてくれると。

 

「天地染める、紅蓮の…!」

 

詠唱を止めた。違う、止められた。檜山達はまだ追ってきてない。飛び降りた庭には誰もいない。妨害を受けたわけでもない。生物としての本能で、動くのを拒否したのだ。息を潜めろと、厄災が通り過ぎて行くのを待てと。

 

「国王の事と言い、騎士団長の事と言い、詰めが甘いと言わざるを得ません。やはり、所詮は人間のすること。手を貸さねばなりませんか」

 

不気味な程、恐ろしい程、綺麗な声。だがそこには何の感情も伝わってこない。その声を聞き、ようやくメルドは動く。ギギと、機械のように鈍い動きで。声の主は空にあった。

 

「………っ」

 

言葉を忘れるような美しさ。月光を背負うその人影には、一対の翼、銀色の翼。人外の存在と、自身との圧倒的な格の違いを、見ただけで理解する。

 

銀色の光が集まって、小さな月のように輝く。美しく、恐ろしく、凶悪な光の月。

 

「……神よ」

 

ほぼ無意識に、生まれてより信じてきた神に、メルドは縋る。

 

「はい。これが、主に望まれたことです」

 

その存在が言った瞬間、銀の月が降り注ぐため、構える。信じた、信じていた神が望んだという、自身の死を成すために。

 

(後は頼む……なんて言わんさ。あれは、お前らの敵、存分にぶちのめせ………俺は)

 

死が迫る瞬間、メルドはようやく、七海の言っていた事が真実だと確信した。故に、

 

「最後は足掻かせてもらうぞぉ!」

 

背中の物に瞬時に手を伸ばして、それを出す。

 

「?………っそれは」

 

「ただの鈍だ!」

 

 

 

以前メルドとの縛りを結んだあと

 

『メルドさん、あらためて感謝を。あぁ、そうだ。これを、お返しします』

 

『ん、その剣か?まだ持っておけ。少しくらいは役立つだろう』

 

『そうですか………では、代わりに……なんて言える代物ではないですが、こちらを』

 

七海が背から取り出したのは、先程までオルクス大迷宮で魔物相手にも使っていた大鉈。

 

『こりゃ、お前が愛用してる…って、呪力もねぇ俺じゃ本当にただの鈍だろ』

 

魔力で強化する手もあるが、些か不便であるそれを、わざわざ渡してくる七海に苦笑して言う。

 

『ちょっとまってください』

 

七海は次に自分の身につけているネクタイを外し、それを大鉈に巻いていく。刀身すら見えなくなったそれは、もはや切る事すらできない鈍以下だろう。……本来なら。

 

『この大鉈は、南雲君が作った時から、上がった私に呪力を注いでほぼ呪具化しました。そこに、このネクタイ…これはこの世界に来る前から呪力を6年以上注いで完全な呪具と化して、それでも尚、この世界で上がった私の呪力を注ぎ、膨大な呪力を溜め込んだ、所謂呪力内蔵庫になってます』

 

『………つまり?』

 

まだよくわからないメルドは聞く。

 

『完成された呪具なら、たとえ呪力がなくとも、呪力を扱うのと同等だと言うことです』

 

『んんん?……でも、元は鈍だろう?』

 

『なるほど……遠藤君、その短剣、アーティファクトですよね?』

 

『え、あ、はい』

 

『それを使い、この大鉈に切り掛かってください』

 

今まで聖剣相手でも呪力を込めたことで受けてきたのは知っているが、どういうつもりだろうと考えるが、とりあえず言われた通り、すっと出している大鉈の峰の部分におもいっきり力を込めて振った。

 

『『『えっ⁉︎』』』

 

『なぁ⁉︎』

 

聖剣ほどでなくとも、王国にあった自慢のアーティファクト。それがただ打ち付けただけで砕けた。膨大な呪力を込めた呪具が二つ重なった状態。多くの年月をかけて、更に呪力を込めきたそれは、強度だけなら、流石に特級にいかずとも、1級呪具レベルはある。

 

『この通りです。ただ、本来ならこれも魔法と同じで、込めすぎることで器が維持できなくなり、砕けてもおかしくない。ある程度の衝撃に耐えて、近接戦闘はできるでしょうが…ネクタイの呪力がまだ未完成に近い大鉈に流れ、1つの形となって安定してます」

 

これに更に呪力を注ぎながら運用できるのも、呪力を扱う者としての心得だと言う。

 

『って、そうなると余計に俺には使えんだろう!』

 

『ええ。しかし、斬り合う物として使うのでないとしたら?』

 

『?』

 

『戦闘の際は、強度の高い打撃武器として使えますし、防御としても、それなりに有能ですから、少なくとも、武器として全く使えないことはないです』

 

 

 

呪力の見えないメルドには、銀色の光が自身の正面で止まっているようにしか見えない。だが実際は、大鉈とそこに巻きつけたネクタイから、膨大な呪力が放出され、押し留めていた。

 

「こ、これは」

 

メルドは知らないが、呪力と魔力が同時に付与された時、膨大な力が働く。意図してやったわけではないが、メルドはその呪具に魔力を込めてしまった。結果、互いの力が暴発し、エネルギーが放出された。

 

「これは、その力は…………しかし」

 

銀色の光は呪力を押し返して、近付いて来る。大鉈から出た威力は1級レベルで、相手は特級レベル。相手が出力を上げてしまえば、それまでだ。

 

「その存在は、許さない。予定は変わりますが、完全に消滅させます」

 

(ここまでか……すまん)

 

大鉈とネクタイが弾けてメルドが光に飲み込まれた。

 

「まさか、あの力は」

 

魔力とは違う力に阻まれた。その力を、これまで見たことはなかった。だが、情報がまるでないわけではない。

 

「もう1人のイレギュラー……まさか」

 

煙が晴れて、その場所の一部が消滅している。それを確認した後、霊山に向かい、飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、俺が受けた事だ」

 

それは、広大な大地が広がる場所。そこに1人の少女の隣にメルドがいて、その正面には、

 

「で、なんで生きてんだよあんたは」

 

続きをさっさと言えという顔をするハジメと

 

「気にはなりますが、そんなイラついた顔で言う必要ないでしょう」

 

と冷静だが、隣の少女から聞いた情報に、少し焦りを内面にしまい込む七海がいた。




ちなみに
魂飛魄散: 激しく驚き、恐れること。
驚くのは誰で、誰が何を恐れるのかがポイントです

ちなみに2
メルドから貰った剣も呪力を注いでますが、呪具化するにはまだまだ時間がかかります。また、呪具ネクタイももう無いので、実質七海の戦力は現状落ちてますが………

ちなみに3
もう1度言いますが、メルドが生きていることで、結末が変わるキャラがここから出てきます。原作より酷い目に遭う奴が大抵だけども。でも1人は、わかるよね?


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魂飛魄散①

今回は色々途中の理由付けや、原作キャラの描写が難しかった
そしてさっぱり進まないし…次回でシアの術式出したい


ことのきっかけは旅の途中、ユエと香織のハジメの取り合いによる喧騒を呆れと諦めを持ちつつも、それが原因で前を見て運転できてないハジメにきちんと注意をしようとした七海、それとほぼ同時にシアが気付いたことだった。

 

「なにか……隊商でしょうか?襲われているみたいですね」

 

遠くではあるが、七海がそれがわかる理由として、横転している馬車、おそらく隊商側であろう方が防御結界を展開しているのが見えたからだ。なかなかの結界で内側から攻撃して来るため賊も手をこまねいている。とはいえ、数の差があるなら、時間の問題だろうが――

 

ハジメは〝遠見〟ではっきりと事態の詳細を見ていた。

 

「相手は賊みたいだな。小汚い格好した男が……約40人。対して隊商側は15人くらいか?あの戦力差で……」

 

途端、ハジメは急に加速させた。

 

「は、ハジメ?」

 

「ハジメくん?」

 

ユエは急にこのような行動をしたことに、香織は最初から助けを求めるつもりであったが、それよりも早く行動するハジメに、それぞれ驚く。

 

「何かありましたか?」

 

「………よくわからないが、あそこにメルドがいた」

 

それが理由だと判断したと同時に、七海は嫌な予感を感じた。それはどうやらハジメも同じようだ。仮にも王国の騎士団長が、このような所に来ているなどおかしい。何より、王国にいる他の生徒たちの様子を見ていた彼がここにいるのなら、何かあったと考えて間違いない。

 

(アンカジでの一件といい、やはり何かが起こっている)

 

この場所に到達する前、エリセンからアンカジにもう一度寄り、再生魔法でオアシスと土壌の毒を浄化したのだが、そこでアンカジの聖教教会関係者から聞いた。ハジメ達と七海が異端者認定されたと。その場はランズィとアンカジの住民達の抗議で収まってくれたおかげで、余計な血も流れずにすんだ。

 

だが、ハジメは来るべき時が来たな程度であったが、七海からしたら、されるのは当然でも、あまりにも早いという感想だった。ハジメ達の強さも、してきたことも、全てわかっているはずだ。悪行と呼べることもせず、圧倒的な強さで魔物大群や魔人族の襲撃から勇者達を救出。これだけしていれば、そんなにすぐ認定はされないだろうと。だが、メルジーネ海底遺跡で見たあの光景を思い出し、七海はアンカジを早く出発するのをハジメに促した。

 

そして今。ハジメはブリーゼをかっ飛ばし、とりあえず賊の数人を跳ね飛ばしたの開始に、次々と鏖殺していく。

 

「ふぅ、これで一通りですね。息のある者は?」

 

「あれで生きてる奴がいたら、それこそ人間どころか生物ですらないだろ」

 

必要はないだろうが、一応香織の護衛としてついていた七海が、誰に言うでもない言葉に対して反応したのはメルドだった。返り血を浴びているが五体満足で大丈夫そうである。

 

「しかし、なぜあなたがこんなところに?」

 

「俺だけじゃない」

 

「七海様、香織!」

 

茶色の薄汚れたヨレヨレのフードを目深に被った少女が近付く。先程まで結界を展開していたのは彼女だろうと、残穢から判断した。というより、その声の人物も、確かにメルド以上になぜここにいると言いたくなる人物だった。

 

「結界を見た時からそうだとほぼ確信してはいましたが…」

 

「リリィ!やっぱりリリィ!結界の魔力から見てもそうだと思ってたけど、こんな所にいるなんて」

 

ハイリヒ王国の王女、リリアーナ・S・Bハイリヒ。王族の彼女がこんな僻地にいる事は驚きでしかない。

 

「リリアーナさん、お久しぶりですね」

 

「七海様も、お元気そうで、何よりです。……こんな所で、皆さんに会えるとは、思いませんでした。僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」

 

「リリィ?それって?」

 

「王都で……いや、他の皆さんに何かあったんですね?」

 

「より正確にいうなら、一部生徒も加害者側だ」

 

メルドの言葉を聞き、相当厄介な事態になっていると分かり、続けて聞こうとした時――

 

「香織、治療は終わったか?」

 

「ひゃ!」

 

いつの間にかハジメが側に来ていたことに気付かず、リリアーナはいつもの凛々しい感じとは違う、可愛らしい声を上げるが、すぐに落ち着いて話しだす。

 

「…南雲さん、ですね?お久しぶりです。雫達から、あなたの生存は聞いていました。あなたの生き抜く強さに、心から敬意を。本当に無事でよかった。………あなたのいない間の香織は、見ていられませんでしたよ?」

 

「確かに、何度注意しても、どこかで無茶をしようとしてましたしね」

 

「うっ!…………その節は、すいませんでした」

 

七海の言葉に萎縮しつつ反省する香織に小さく笑いつつ、ハジメに笑みを向ける。国民から絶大な人気を誇る王女の笑顔をむけられているにもかかわらず、ハジメは何か感じた様子もない。まぁ、ユエ含めて何人もの女性に好かれ、連れていれば、この程度では赤くもならないだろうが、それにしても、胡乱な眼差しを向けることはないはずだ。が、その理由はその直後の彼の空気を読まない一言で分かる。

 

「…っていうか、誰だお前?」

 

「へっ?」

 

心からの本心を堂々と言うハジメ。確かにハジメは《無能》の烙印をつけられていたのと、七海の訓練とこの世界の情報の収集をしていたのもあり、リリアーナと話した回数は他の生徒たちに比べて圧倒的に少なく、せいぜい2、3回。それもほとんど挨拶くらいなものだ。とはいえ、彼女は王女で、人当たりの良い性格と王族故のカリスマもあり、一度でも会えば忘れられるということはない。それなのに、目の前の男に完全に存在を忘れられ、初対面同様な態度を取られたら、それは傷つく。

 

「リリアーナさん、リリアーナさん。………ショックで呆然としてますね」

 

「おいハジメ!リリアーナ王女を忘れるのは流石に擁護できんぞ!」

 

「リリィ!リリィ!しっかりして!ハジメ君は、その、ちょっとアレなの!ハジメ君が特殊なだけで、リリィを忘れる人なんて普通はいないから!」

 

「おい、なんか俺さりげなく罵倒されてないか?」

 

「ハジメ君は黙ってて!」

 

「自業自得ですよ」

 

「いいえ、いいのです、香織、七海様。私少し自惚れていたのです」

 

「これを聞いても尚文句がありますか?」

 

健気なことを言うリリィを見て、流石にちょっとだけ、俺が悪いなとハジメが思っていると、ユエ達と行商人らしき人物がこちらに寄って来る。

 

「お久しぶりですな、息災……どころか随分とご活躍のようで」

 

「どちら様でしょう?」

 

ハジメと違い、本当に会った覚えのない七海が聞くと、ハジメが横から言う。

 

「あ、栄養ドリンクの人」

 

「?………そういう商売を?」

 

「え?えぇまぁ、一応我が商会でも取り扱ってますが、代名詞になるほどでは」

 

ならなんでハジメがそう言ったのか、なのだが、

 

「あ、いや、なんでもない。えーと、七海先生、こいつはモットーっていってな。先生と再会する前にちょっとした縁があってな」

 

「やはり、七海建人様ですか。はじめまして、ユンケル商会の、モットー・ユンケルです」

 

(あぁ、だから栄養ドリンクですか)

 

その名前からなぜハジメが栄養ドリンクの人と言ったのか、そしてリリィよりも会った回数の少ない彼を覚えているかがわかった。その理由を知らないリリアーナが余計に落ち込んでいるが、今は無視する。

 

モットーが言うには、ホルアドを経由してアンカジ公国に向かうつもりだったようだ。アンカジはオアシスと土壌が回復したとはいえ、つい最近まで滅んでもおかしくないくらいの窮状であった。それは商人間にも知れ渡っており、今が稼ぎ時だと、こぞって商人が集まっているらしい。アンカジとしても経済再生には商人の行き来と商売による金の動きは必須。どちらも利があるが、やはり利が多いのは商人側だろう。現にモットーのホクホク顔を見れば、かなり儲けたのがわかる。

 

「あの、商人様申し訳ありません。彼等の時間は、私が頂きたいのです。ホルアドまでの同乗を許して頂いたにもかかわらず身勝手とは分かっているのですが……」

 

「おや、もうホルアドまで行かなくても宜しいので?」

 

「はい、ここまでで結構です。もちろん、ホルアドまでの料金を支払わせて頂きます」

 

(やはり、我々に会うために商人に同行していたのか)

 

これまでの事、先ほどのリリィとメルドの言葉から、嫌な予感がさらにする。

 

「そうですか……いえ、お役に立てたなら何より。しかし、お金は結構ですよ」

 

「えっ?いえ、そういうわけには……」

 

お金を受け取ることを固辞するモットーに、リリアーナは困惑する。ここに来るまで全面的に世話になっていたのだろう。正直なところ、後払いでいくらか請求されるのだろうと考えていたのもある。だがそれ以上に、礼には礼を返さないといけない思いもあり、お金を渡したいと思うが、モットーは困った笑みを向けて言う。

 

「2度とこういう事をなさるとは思いませんが、一応忠告をしておきましょう。普通、乗合馬車にしろ、同乗にしろ、料金は先払いです。それを出発前に請求されないというのは、相手は何か良からぬ事を企んでいるか、または、お金を受け取れない相手という事です。とはいえ」

 

スッとメルドを見る。

 

「今回の場合、既に料金は受け取らないと申していたのですがね」

 

メルドはふんと言いつつも笑みを浮かべている。

 

「いつのまに、というかそれは、まさか……」

 

「どのような事情かは存じませんが、王国騎士団長が内密金を渡そうとしてまで、あなた様と忍ばなければならない程の重大事なのでしょう?そんな危急の時に、役の1つにも立てないなら、今後は商人どころか、胸を張ってこの国の人間を名乗れますまい」

 

モットーは最初から正体に気がついていた。当然メルドも。だからこそ金を渡そうしたのだ。

 

「姫様は、自身がどれ程の存在かわからないのですか?そのような格好では、隠していないのと同義ですぞ」

 

メルドはやや呆れたように言う。ハジメのような対応が異常であって、本来は隠せるようなカリスマではないのである。そして、それでも尚モットーが無償で手を貸したのは、彼女の人柄と、そのカリスマあってのものなのだ。

 

「ならば尚更、感謝の印にお受け取り下さい。あなた方のおかげで私は、王都を出ることが出来たのです」

 

「………突然ですが、商人にとってもっとも仕入れ難く、同時に喉から手が出るほど欲しいものが何かご存知ですか?」

 

「え?……いいえ、わかりません」

 

「それはですな」

「信頼ですね」

 

「え?」

 

答えたのはリリィではなく、七海であった。

 

「おや?よくおわかりなようで。勇者一行最強と言うからには、武に力を入れている方かと思っていましたが、もしやそういう経験でも?」

 

「まぁ、似たようなものですが、私の場合は、伸びしろも売れしろもないクズを口八丁に買わせることが多かったですがね」

 

自嘲して七海が言うのを見たが、モットーはそれを嘲笑うことも貶すこともしない。商人をやっていればそのようなことしなければならないこともあることなどわかっているからだ。

 

「そう商売は信頼が無くては始まりませんし、続きません。そして、儲かりません。逆にそれさえあれば、大抵の状況は何とかなり、七海殿の言う通りの事も時としてできてしまうのです。……さて、果たして貴女様にとって、我がユンケル商会は信頼に値するものでしたかな?もしそうだというのなら、既に、これ以上ない報酬を受け取っていることになりますが?」

 

「リリアーナさん、お金を預かるとはその人の人生を預かると同義。しかしお金以上に大切な信頼をいただくとは、商売をする者にとっての未来そのものを表します。いまの状況であなたがお金を渡せば、私の人生を預けるから、それで信頼しましょうと言うようなものですよ」

 

リリアーナはモットーと七海の言葉に納得し、モットーにお辞儀をして礼を言う。

 

「モットー商会は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、あなた方の厚意と献身を決して忘れません。……ありがとう」

 

「……勿体無いお言葉です」

 

王女としての言葉を賜ったモットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れ、リリィ達とハジメ達をその場に残し、モットー達は予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。

 

「そういえば、あなたが商人なら、我々の今の立場もわかっていると思いますが?」

 

「ええ、まぁ。…しかし、あまりにも浅はかだと思いますね」

 

「それを知って尚、我々にも関係を持つのですか?」

 

「当然です。我々商人にとって信頼の次に大切なことは、どれだけの利益を得るかですから」

 

要するに、ハジメ側についていた方が後々利になると考えているのだ。当然だが、言葉からして万が一の保険も用意してるだろう。

 

「ところで、アンカジから来たようですが、現状のアンカジは……」

 

「完全に回復したぜ」

 

「ふむ、なるほど。最後に、今の王都は随分と雰囲気が悪く、あそこは今商売をするには向きません。それでは今後も縁があれば是非ご贔屓に」

 

どうやらアンカジの復興にハジメ達が関わっているのが分かるのだろう。最後に王都の情報を渡してきたのはお礼と贔屓にしてくれという意味。やはりモットーは本当に生粋の商人のようだ。その彼を見送った後、リリアーナとメルドの話を聞く事にしたのだが――

 

「まず単刀直入に、お二人に言っておきたい情報ですが………愛子さんが、さらわれました」

 

「「!」」

 

その情報は、まさしく最悪なものだった。リリアーナは掻い摘んで話す。王都で彼女の父であるエリヒド国王と、その取巻きたる宰相の重鎮がこれまで以上に聖教教会…というよりエヒト神に傾倒し、崇めていたのだが、リリィから見ても異常な程に心酔しているように見えて、それとほぼ同時期に生気のない騎士と兵士、メルド曰く、虚ろ状態の者が増えて来たこと、愛子がウルから帰ってきてすぐに国王含めて重鎮たちの会議の中で、ハジメ達が異端者認定を受けたこと、しかもその際に豊穣の女神と言われ、知名度と人気のある愛子の言葉も全て無視されたこと。

 

「あり得ない裁決に、私も異論を父に訴えてみたのですが……あの時の父は、まるで強迫観念に囚われているようで、むしろ、娘である私を、敵を見るような目で見ていました」

 

恐ろしくなったリリィはその時は理解したふりをして逃れた。そして、悄然と出て行った愛子を追いかけ、自らの懸念を伝えたところ、愛子がハジメが奈落の底で知った神のこと、七海がついて行く理由、すなわち旅の目的を夕食時に話すから同席してほしいと頼まれたのだが――

 

「見たんです、愛子さんが、銀髪の修道服を着た女性に気絶させられて、連れて行かれようとするところを」

 

その銀髪の女にリリアーナは底知れぬ恐怖を感じ、近くの客室にある王族のみが知る隠し通路に潜り込んだ。幸い、隠し通路には気配遮断系のアーティファクトが使われていたので、見つからずにすんだ。銀髪の女には。

 

「それで、どうしても香織を、ハジメさん達を頼るしかないと、お恥ずかしい限りですが、そう思い行動しようと思ったのですが、別の人に見つかってしまい」

 

「別の人?」

 

「騎士の1人、パーンズという方です」

 

「パーンズさんが?」

 

「そのあと、王都のスラム街に連れて行かれて。そしてそこに、彼が……メルド団長。あなたも少し前に行方不明になっていたのに、どうして?」

 

「まぁ、それを話す前に、私に起こったことを伝えておきます」

 

そしてメルドの話を聞いていたが、リリアーナもハジメや七海同様に話しを続けるように言う。

 

「俺があの一撃死ななかったのは、お前の託してくれた物と、健太郎と浩介のおかげだ」

 

「野村君だけでなく、遠藤君も?」

 

「どうも健太郎の奴、何かあった時の為に、心が折れたフリをして訓練に来ず、ずっと脱出用の穴を作ってんだ。聞いた時は驚いたぞ。まるで蟻の巣みたいになってたからな。…とにかく、あの場には健太郎と浩介がいた。隠密を活かし、更にわかりにくくする為に地中で魔力を視認しつつな。聞いた話だと、2人も〔+視認(上)〕になったらしいし、気配遮断も、2人くらいならあいつと密着していれば、共有できるようにもなっていた」

 

メルドは死を覚悟した瞬間、自分が落ちていくのを感じ、巨大な爆発音の後、気付いたら地面の中だったそうだ。そこで、ジッと息を潜めていた。相手が気付かなかったのは、極光によって一時的に相手の視界も塞がれたのと、強い攻撃で穴を塞いでしまったこと、まさか地面に蟻の巣のごとく道があるなど思わなかったこと、強くなった遠藤がいたこと、呪力、魔力の残穢が周囲に飛散していたこと、相手が残穢を深く見なかったこと。まぁ、とにかく、さまざまな偶然によるものだろう。

 

「あと、なんとなくだが、それ以外にどうも相手の様子がおかしい感じがしていたな」

 

「おかしい?」

 

「ああ。圧倒的に優位な状況なのに、妙に焦ってるような、そんな感じだ。ともかく、しばらくしてから城の外に出て、スラム街に身を潜めていた。定期的にスラムの子供や仲間達を見に来るパーンズを待ちながらな」

 

あとは彼に諸事情を簡単に話し、城の中で動きがあったら知らせるように伝え、その帰りに城の抜け道の出口からでたリリアーナと出会ったとのことだ。

 

「………話しは変わりますけど、空洞ができすぎて、城が崩壊しないか心配です」

 

「まぁ、そのおかげでこうして私達の前に来る事ができたんですから。ところで、メルドさん、2人は?」

 

「今も王都にいる。居なくなって怪しまれないようにする為と、大介の監視としてな」

 

「…………」

 

「しょげてんのか、先生?」

 

「揶揄わないでください。南雲君、君とてわかるでしょう?彼にそんな度胸はないし、ましてここまで計画的に動けると思えない」

 

「魔人族か」

 

ウルで清水に協力を持ちかけたのと同じように、檜山にも協力を持ちかけて来たのだとして、いつ持ちかけて来たか。それに騎士団に起こった〝虚ろ〟の正体。これも魔人族のものとしても、どうやって王都の結界を無視して侵入したか。

 

(王都の結界は、見た限りで相当強固だった。それをどうやって………いや、まさか、檜山君以外に内部に)

 

考えを巡らせていくなかで、ハジメは七海に問う。

 

「色々考えるのはわかるけどさ、七海先生はどうすんだ?」

 

「……私の判断は、最終的に君に委ねられている。それに私が言う前に君も」

「そうじゃない」

 

ハジメは七海の言葉を遮る。

 

「あんたがどうしたいか聞いてんだ。あの縛りが無くとも、あんたはどうする?」

 

「………南雲君、ハルツィナ樹海に行く前に、この問題を解決しておきたいと思ってますが、君はどうしますか?」

 

ハジメはその問いに呆れと、仕方ないなと言うような感じで「ハッ」と言い、答える。

 

「いいぜ。こうなった原因は、俺にもあるからな」

 

ウルで愛子にも神の真実と旅の目的を話してしまったのは間違いだったかもしれない。愛子を利用する為にとはいえ、そうしてしまった責任がハジメにはある。何より、今の自分がより良くなる為に助言をくれたもう1人の恩師を、放っておくことは、できそうにない。

 

「そうと決まれば、行動開始だな」

 

「よろしいのですか?」

 

リリアーナが聞いたことはメルドも同じくの疑問。ハジメはクラスメイトはもちろん、この世界のことも無関心だ。七海はそうではないが、ハジメと行動しているなら、はいわかりましたと素直に助けるようなこともしないだろうと。

 

「勘違いしないでくれ。王国のためじゃない。畑山先生のためだ。あの人がさらわれた原因は、俺にもあるし、放っておくわけにはいかない」

 

「私も、多くは救うつもりはないです。優先は畑山先生の救出、そして生徒たちの安全確保です」

 

と七海がハジメに続いて言って、更に続ける。

 

「とはいえ、ついでに王国も救われると思いますよ。その異変の原因は十中八九、私を含めた彼らに、何かしらの敵対行動をすると思うので」

 

「おう。立ちはだかる敵は、全部ぶっ飛ばしてやるよ」

 

ついで。もののついでに救われるということに、感謝すればいいのかわからないが…

 

「では、私はそうであることを期待しましょう。よろしくお願いします」

 

「…国を預かる身である王女が、軽々しく頭を下げるべきではないですよ」

 

「下げてどうにかなるなら、こんなのいくらでも下げますよ。…そのくらいの覚悟はあります」

 

「………もうひとつ、もし、教会や、王国の上層部と争うとして、我々があなたの父親を殺す可能性がありますが、それはいいんですか?」

 

「!」

 

リリアーナとて、わかっていないわけでない。今の自分がしている行為は、父を、王国を裏切っていると見られてもおかしくない。だからと言っても…

 

「やめろ建人。それを聞くのは、流石に酷だろ」

 

メルドから聞いた話と、リリアーナから聞いた話、今七海達が持っている情報。それらを合わせるなら、おそらく今の国王はすでに――

 

「もし、そうする以外で、国を守れないなら…………お願いします」

 

一瞬、声が止まり、震えていたが、決意を眼に出して、リリィは言う。

 

「わかりました」

 

その決意を受け止めて、七海は出発する準備を手伝う。

 

「なぁ、先生。王女様がいってた銀髪女のことなんだが……」

 

「君もですか?私も、見覚えがあります」

 

メルジーネ海底遺跡で見せられた光景に、それに似た人物がいた。時代も、場所も、それぞれ違うというのに、その女が、2人の脳裏に浮かび上がる。

 

「なんであれ、挑んでくるなら、道を阻むなら、ぶっ殺してやるよ」

 

「……気をつけてください。相手はまず間違いなく特級だと思うので」

 

「わーってるって。けど、五条悟じゃなきゃ、やりようはあるさ」

 

話しの中でしか聞いたことない絶対強者の名前をだしつつ、獰猛な狼のような眼差しになるハジメ。

 

「…ハジメ、素敵」

 

「はぅ、ハジメさんが、またあの顔をしてますぅ。なんだかキュンキュンしますぅ」

 

「むぅ、ご主人様よ、そんな凶悪な表情を見せられたら……妾、濡れてしまうじゃろ?」

 

「…………あっちもどうにかしてくれませんか?」

 

こんな女性陣と共に行動することに、慣れてきたとはいえ、やはり同族に思われるのは苦である。

 

「それに関しては、すんません」

 

情けない声で締められて、2人してため息が響いていた。

 

 

 

 




ちなみに
遠藤が前回名前すら出さなかったのはわざと。もはや存在感をいつでも消せます。戻す方法は、かなり難しい、本人の体質もあって
野村が地下通路を作ると考える前に技能が強化され、気配を消して見回り→野村がウロウロしてた。縛りで何するか聞けないのでついていく→いい場所見つけた→声かけて、共に行動
こんな感じ

ちなみに2
でも実はあいつは気づいている


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魂飛魄散②

本誌の次のタイトル予想『バカサバイバー・舞い上がれ』

あとアニメヤバすぎ。作画限界突破ですわw



シアの術式出せなかった。悔しい。けど、次回は本当に、確実に出せます。つか、出します


三角座りで小さな身体を更に小さくして顔を埋めていた愛子は、少しだけ顔を上げて周囲をみる。広さは大体、六畳一間程。少し汚れている木製の椅子とベッド、小さな机、むき出しのトイレ。一昔前の牢獄を思わせるような空間に彼女は捕らえられていた。

 

「私の生徒が、しようとしていること」

 

それは彼女を連れ去った修道女の言葉。何かとんでもない思想が蠢いていることはわかるが、それを生徒がしていることが、更なる不安となる。ウルでの清水の時のように、大勢の人が巻き込まれるような……否、それ以上の事態になりそうな、そんな予感がするのだ。

 

「それに、イレギュラーの排除って……」

 

意識を失う寸前に聞いたその言葉。思い当たる人物がいる。1人は圧倒的な強さと、強い意志を秘めていても、本来の優しさを失わず、彼女の言葉に耳を傾けてくれた男の子であり、生徒の1人、南雲ハジメ。そしてもう1人。そのハジメを見ても、何も動揺することもなく、彼の根幹にある優しさを信じた男性。自分と違う形で常に生徒を想い、寄り添い、誰よりも尊敬している同僚。そして、そんな生徒を最低な形で死なせた人……そうさせてしまったのが自分の存在なのだという事実。

 

(私は、結局、あの人のことを、何も知らない)

 

あのような考え方は、常人にはできない。多くの人との関わりと、多くの負と向き合ってきた人だからこそ出来ること。清水は正直最悪な死に方であったが、そこに対しても逃げずに、真摯に彼の呪いの言葉を受け止めていた。

 

(あの時、私は、逃げた。あの人から。あの人がどうしてああしたのか、何も知らず、何を想っているかも知らず、勝手に拒絶した)

 

会いたかった。もう一度、会って話したい。話して、自分もそこに、彼の隣に立ちたい。その想いが加速していく。

 

「………七海先生」

 

「……気付かれてますよ南雲君」

 

「ほえ⁉︎」

 

「あれ?おっかしいなぁ。機能としては充分だと思ったんだが」

 

「あえ⁉︎」

 

無意識のうちに呟いた相手の声がしたと思ったら、その考えを悟られたと感じるほどにすぐにもう1人の声もしたせいで、愛子は連続で素っ頓狂な声を出してしまい、その声の主がどこにいるかとキョロキョロしまう。

 

「こっちだ先生」

 

声がしたのは鉄格子が嵌っている小さな窓から。そこにはハジメと、黒いフードを被っているが、そこから見えた顔でわかる。

 

「南雲君に、な、七海先生⁉︎え、ここって…え⁉︎最上階で…え⁉︎」

 

「落ち着いてください畑山先生。今南雲君が罠がないか確認し終えるので、詳しくはその後で」

 

ハジメは魔眼石で部屋にトラップの類がないのを確認し、錬成で人が通れるだけの穴を開ける。それに唖然としながらも見ると、2人が宙を浮いて、そこに見えない足場があるかのように歩いて2人は中に侵入したのを見て、ハジメのアーティファクトであろうと判断した。

 

「なにそんな驚いてるんだよ?七海先生に気付いてたなら、俺が来てることも気が付いてたんだろ?」

 

黒いフードを脱いだ七海を、サングラスをかけているが、やはり彼だと愛子は認識する。ハジメ製作呪具『暗路(あんろ)』。フードを被っている間、呪力、魔力、気配の全てを遮断する。感知するには相当の感知能力を持ち、尚且つ集中が必要なのと、そこにいると最初から認識していることが前提だ。

 

「君には気付いてなかったんじゃないですか?私の名を呼んだ後に君に気付いてましたし」

 

「あ、そうか。くそっ!上手くいったと思ったらこれだ」

 

〝空間魔法〟、〝再生魔法〟、黒閃。これらのきっかけによってハジメの〝呪具錬成〟は大きな変化を見せていたのだが、未だ到達できていないのだと考えていた。

 

しかし、当然の事だが愛子は七海の気配に気付いていたわけではない。偶然だ。件の人物を想って呟いてしまったことなのだが、そんなこと言えるはずもなく、即座に話題転換を図る。

 

「そ、それよりも、なぜここに…?」

 

「リリアーナさんとメルドさんから現状をお聞きし、助けにきました」

 

「え、わ、わた、私の為に?」

 

赤面している愛子を不審に思い、七海は残穢を見ようとするが見えず、洗脳の類の魔法は受けてないと判断し、ハジメの方も確認をして大丈夫だと判断した。

 

「それは…失礼」

 

「うひゃぁ⁉︎にゃ、にゃ、にゃにゃみ先生⁉︎」

 

((猫?))

 

そう思わせるような声を出すが、とりあえず七海は無視して、愛子の腕を持ち、つけられているアーティファクトを見る。

 

「魔力を封じる物ですね。作りとしては高度で、強度もありますが……罠の類は?」

 

「先生も見てるならわかるだろ?大丈夫だ」

 

一応、七海は自分よりも優れた視認能力を持つハジメに確認をしてから、鍵を差し込むであろう部分を見つけ、そこを起点にするように、アーティファクトを引きちぎる。

 

「これでよし……?畑山先生?」

 

「ほぁ⁉︎す、しゅみません!」

 

(本当に大丈夫なのか?)

 

心配するが、単なる動揺である。

 

「そ、それより、さっきリリアーナ姫と、メルドさんって」

 

「ええ。2人とも無事です。今はリリアーナさんはユエさん達と共に行動し、メルドさんは王都で別行動をとっているはず。王宮内は日に日に監視が強くなっていて、天之河君含めた私の生徒達への連絡ができないと判断し、殺されかけていた、メルドさんと合流して王都を抜けて、我々のもとに助力を求めて来ました」

 

「この状況は俺にも責任があると思ったしな。……まぁ、畑山先生的には、俺も七海先生も、会いたくない相手だろうけど」

 

「…………」

 

「………だから南雲君、それは余計なお世話です」

 

苦笑しつつ言うハジメに、七海は告げる。

 

「本気で会いたくないなら、ここに我々が姿を現した時点で、何かしら拒絶反応を起こしてますよ。……割り切っていてもいなくても」

 

「…そう、です。そうですよ。私は、あなた達に会いたくないなんてことは言いません。むしろ、ずっと会いたくて仕方なかったんです」

 

愛子はアーティファクトを壊してまだ自分の前にあった七海の手をとる。

 

「七海先生、あの時、南雲君が清水君にしようとしたことの理由も、あなたがああした理由も、全部理解しているつもりです。正直、割り切れない部分はありますし、この先も割り切れないかもしれません。それでも、私はあなた達を恨んでないですし、嫌ったりもしません」

 

憂い、優しさ、敬意、親愛、尊さ、そして愛情。それらを目一杯詰め込んだような微笑みを見せて言う。

 

「あの時、言えなかったことを、今の状況と合わせて言わせてください。ありがとうございます、助けてくれて。それと、七海先生」

 

更にぎゅっと握り愛子は七海を見る。

 

「私は……私は、あなたにとってただの足手纏いですか?七海先生?」

 

聞きたいこと、聞いておきたいことを聞く。

 

「私は……私は、あなたが思うような善人ではありません。私が、そうするべきだと判断したことで、それが助けになっていたら、それでいいと考えている、単なる自己満足だと思ってます。ただ、私にとってあなたは、尊敬のできる教師です。どんな状況でも、あなたはけして折れない。立ち上がると。そんなあなたが、死ぬような目に遭うのは、いやでした」

 

縛りによって、隠していた事実を告げる。

 

「ただ、足手纏いかと聞かれたら、それは違います。単なる立ち位置の違いです。しかしそれが原因であなたを苦しめているなら、私はあなたの元を去りましょう」

 

「!」

 

思いっきりビンタされた。

 

「何も話してくれないのに、なんですかそれ?もっと私に寄り添わせてください!私は、私は!」

 

「おい、こんなとこで喧嘩とかやめてくれ。説明とかそういうのは後。今頃姫さんは天之河のところに行ってるはずだから、合流した後で」

 

瞬間、遠くから何かが砕ける音がかすかにし、僅かに大気が震えた気がした。

 

「クソっなんてタイミングだよ」

 

「どうしました?」

 

嫌な予感がするも、七海は聞く。

 

「今ユエ達から念話で聞いたんだが、魔人族の襲撃だ。今の音は、王都を覆う大結界が破られた音らしい」

 

「魔人族の、襲撃って…あ、ありえないです⁉︎」

 

愛子は顔面蒼白になって言う。それはそうだろう。王都に侵攻できるほどの戦力を気付かれずに配置し、何よりこれまで魔人族から何十年以上も膠着状態を保っていた強固な大結界を破壊するなど、信じきれるものではない。

 

「南雲君、おそらく魔人族側に奴がいる」

 

七海の言う奴とは、以前グリューエン大火山であった魔人族のフリードのことだ。ハジメもそれを理解していた。〝空間魔法〟があるなら気付かれずに軍勢を集結できるし、結界の破壊も、そういう魔物を作る神代魔法であると理解できる。

 

「それと、おそらく内通者がいますね。大結界はただ攻撃するだけでなく、結界を構築しているであろう起点を破壊する必要がある。それを知るには、この国の人間か、もしくは」

 

その知識を叩き込まれた生徒。だが、愛子がいる手前、あえて七海はそれを口にしない。

 

「ともかく、今は天之河達と合流しよう。話しはそれからだ」

 

「わかりました。……畑山先生、それでいいですね?」

 

「……はい」

 

なんとも言えない重い空気になるが、今いいとして移動しようとしていたが、

 

「「⁉︎」」

「うひゃ⁉︎」

 

ハジメと七海は異常な魔力を感じ、七海はすぐに愛子を抱き抱え、ハジメに続く形で動く。その瞬間、外から強烈な光が降り注ぐ。言葉はなく、何をするべきか判断し、外壁の外へ出る。呪力を全身に覆い、身体強化で上がった膂力による蹴りで壁を粉砕して出たと同時に、奇妙な音が響いた。

 

「あと一歩遅ければ、我々も同じく消滅していたでしょうね」

 

「な、なにが…⁉︎」

 

先ほどまでいた隔離塔の天辺、愛子が捕らえられていた部屋もろとも消滅していた。そう消滅だ。高大な威力をもって破壊したわけでも、莫大な熱量で消失したわけでもなく、掻き消していた。

 

「……分解…でもしたのか?」

 

「ご名答です、イレギュラー」

 

ハジメの言葉は別に問いかけではなかったが、それに答える声がした。冷たく、されど美しい、不気味な声。

 

「!」

 

そちらを見た瞬間、七海は理解する。自分では敵わない強さ。特級相当の実力を持つ存在。

 

「てん、し?」

 

愛子がそう呟くのも無理もない。その姿は天使。天に火輝く月を背に、銀色に輝く翼を翻す、美しい銀髪の女性。白のドレスに部分部分に銀の甲冑をつけたその存在は、北欧神話に登場する、ヴァルキュリアに近い。どこまでも美しく、そして、氷のように冷たく、無機質な瞳はどこまでも恐ろしい残忍さを持ち合わせているようだ。

 

「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

ノイントと名乗る女は手を前に出すと銀色の魔力光を纏う大剣を出す。両手に持つその大剣は、女性が持つには相当な重量がありそうなのに、それをまったく感じさせない。

 

(少なくとも、あの陀艮とやらより、強い)

 

解き放つ膨大な魔力とプレッシャーを前に、過去に戦った特級呪霊の事を思い出す。陀艮も相当な強さだった。1級術師2人と1級術師昇進の推薦を受けた2人、計4人でもギリギリだった。途中に現れた謎の存在がなければ、たとえ領域を出た後でもわからなかった。そんな相手を前に、七海は身震いし、愛子も七海の身震いに呼応するように身体が震え、意識が消失しそうになる。だというのに

 

「ハッ!殺れるものならやってみろ。神の木偶が」

 

そのプレッシャーを押し返すプレッシャーを放つ人物。異業者、南雲ハジメ。

 

(………落ち着け、今私がすべきなのは)

 

ハジメの態度のおかげで、自身のやるべき事をすぐに見出す。

 

「南雲君、ここを任せていいですか?」

 

「ああ。畑山先生を頼む。ティオも呼んでおくから、合流して安全な所に行ってくれ」

 

今ここにいてはまず間違いなく足手纏いになる。実力的にもだが、今七海は愛子を抱えている。尚更足手纏いだ。少なくとも、愛子の安全を確保してからでなくては援護もできない。

 

「では」

 

トンと空を蹴りその場を離れて

 

「え?」

 

愛子の目の前が赤に染まる。

 

「………ゴッ」

 

七海の胸の中央を、魔力刀が貫いた。

 

「⁉︎テメェ‼︎」

 

威力を七海を貫けるギリギリまで落とし、速度に力を入れた、たった一太刀のみの魔力刀。ハジメは強者同士が睨み合う中で、真っ先に逃げる弱者を、捉えるわけでもなく殺害しようとする意図が読めなかった。それ故に、ノイントはハジメの蹴りを受けて下がる。

 

「え、な、七海、先生?」

 

「…………だいじょうぶです」

 

歯を食いしばり、これ以上血が口から出ないようにしている七海を前に、愛子の感情が一瞬停止していたが、

 

「⁉︎回復させます‼︎」

 

「させるとでも?」

 

またも近付いてきたノイント。その姿に、愛子は息をするのを忘れそうになる。振り上げられた大剣が、下ろされる。

 

「ッ…さっきから、なんのつもりだテメェ」

 

ギリギリに駆けつけて、身につけたガントレットで防ぐ。激しい金属音が鳴り響く。

 

「イレギュラー、あなたは後で始末します。まずは」

 

目線が七海に向いている。七海も向き合うが、無機質なその瞳に、絶対抹殺の意思のようなものが見えた。

 

「まずは、害徒からだ」

 

「がい、と?」

 

「七海先生!逃げろ!」

 

銀色の翼が羽ばたくと、そこから銀色の羽が照射される。どれも殺意のこもる魔弾。100を越えるその魔弾は追尾機能もあるのか七海に6割、ハジメに4の割合で攻撃してくる。

 

「クッソ。行け!」

 

ハジメは4機のクロスビットを使い七海を守るように囲い、さらにワイヤーを使ってそれぞれが繋がり、三角錐の頂点となるようにし、結界を作り出す。空間魔法を付与したワイヤーと鉱石で作り出した最大の防御。空間そのものを遮断しているので、規格外の攻撃を除けば、基本的になんでも防げる。だが、ノイントの分解能力にいつまで保つかはわからない。しかもハジメは戦力たるクロスビットはこの結界を使っている間は攻撃できない。

 

「南雲君‼︎七海先生が、七海先生の傷が!」

 

少しずつ広がってきている。制限を掛けているが分解能力は健在しており、少しずつ七海の身体を蝕む。愛子の回復魔法でさらに遅らせているが、いずれ限界が来る。

 

ハジメは結界内の七海達を守るように前に出て両手を前に出す。

 

「こっちだっつってんだろが‼︎」

 

両手に取り付けたのはガトリング砲だが、以前使っていたものより少し小型だ。そのかわり、片腕に2門、両手で計4のガトリング砲。そこから繰り出されれる砲弾の嵐がノイントに放たれる。空中を舞い、翼を時折羽ばたかせて回避する。

 

(クッソ!なんなんだこいつ!意地でも七海先生を真っ先に殺そうとしやがる)

 

正直ここまで邪魔していれば、ハジメに目標を変えてもおかしくないのに、それでもやはり七海に攻撃をする。確実に始末しようとしてくる。

 

「邪魔ですよ、イレギュラー」

 

「だったらこっちの相手くらいしろや。それとも神の使徒はザコ狩りが好きなのか?随分とちいせぇな」

 

「主の盤面にふさしくない者達。その中でも害徒は別です」

 

「ふさわしくないか。いいね。ニートを拗らせた挙句、構ってくれないと駄々をこねる迷惑な野郎にふさわしくないとか、最高じゃないか」

 

「……私を怒らせる策なら無駄です。私には感情がありません」

 

ノイントのその言葉に、ハジメは「何言ってんの」と言うような呆れた表情で告げる。

 

「バカか?本心以外の何ものでもないに決まってんだろ?」

 

スッと目を細め、ガトリング砲の射的圏内から遠ざかり、大きく翼を広げる。双大剣をクロスさせて構える。

 

(! こいつはまずいな、ヤベェ攻撃が来る)

 

魔力の流れでわかる。超広範囲の攻撃だろう。おそらく、ハジメも、後ろの七海達もまとめて攻撃できるだけの。

 

(今結界を解いて俺も入る…ダメだ、間に合わない上に、これ以上結界を広げたら、足し引きの都合上、結界が脆くなる。相殺出来るだけの威力をぶつける…いや、余波を受ける)

 

ならばどうするか。

 

(答えは、受けてたつ)

 

銀翼を羽ばたかせ、銀の羽が宙にばら撒かれる。それらは攻撃してくるのではなく、ノイントの前に一瞬で集まり、巨大な魔法陣を形成する。

 

「〝劫火浪〟」

 

ノイントがその魔法を告げた瞬間、夜がいきなり昼になったかと思うような大火。天空をも焼き尽くし、全てを灰に変える熱量。この瞬間にハジメは魔眼石を使って魔法の核を狙うのを諦めた。数100メートルの超広範囲魔法では探してすぐに見つかるものではない。ハジメも、その後ろにいる結界内の七海達も、炎の津波は逃す事なく呑み込んだ。

 

「……………まさか」

 

完全に詰み。普通ならそうだろう。だが、もう一度言うが七海達を覆うのは空間そのものを遮る結界。五条悟のような、時空間をも支配する術式のようなものでないなら、防げる。では、その防御のないハジメは?これだけの広範囲では、以前ティオ戦で使った〝金剛〟を付与した盾でも防ぐのは不可能だろう。しかし、ノイントは知らない。

 

「初お披露目だ」

 

ハジメもまた、自身が語る、害徒の力を持ち合わせていることなど。

 

「そっちがその気なしなら、こっちは隙だらけになるおまえを屠るだけだ」

 

ハジメの片腕にあった黒いガントレットはしまわれ、別の黒いガントレットがつけられていたが、もう片方も、白のガントレットがつけられていた。

 

黒いガントレット、白のガントレット共に、ハジメの背中と胸部に取り付けられているが互いに繋がってはいない。その形状は、左腕の黒のガントレットは以前までのものと違い、鷹の思わせる模様が描かれ、手の部分、上腕部分、前腕部分、肩部分でパーツ分けされているかのように黒いコードのようなもので繋がっている。右腕の白のガントレットはパーツ分けではなく1つのガントレットとして構築されており、こちらも鷹を思わせる模様が描かれている。黒との最大の違いは、肩につけられている転輪。小さく回転し、そこから微量の魔力が流れて霧散していく。

 

「呪具、『黒帝』。アーティファクト、『白王』。9割完成ってとこだが……実戦には使えるようだな」

 

ハジメは炎に包まれる瞬間、白王に付与された空間魔法で前方に七海達と同じ結界で防ぎ、残りの方向からくるのは黒帝に込められている技能と、呪力と魔力の同時身体強化で防いだ。

 

 

 

それは、エリセンで調整をしている時。

 

『呪具にできるものの相性?』

 

『ああ。神代魔法みたいなのはまだ付与できないが、そのかわり呪具にできる技能の相性がいい物と悪い物があるのがわかった』

 

七海は「ほう」と感心と興味のある声をだす。

 

『最初はなんとなくだったんだけどな。たとえば〝天歩〟、こいつは微妙。最低限使えてほしいものは付与できるが〔+豪脚〕〔+瞬光〕は再現できない。逆に〝風爪〟は正直予想以上にヤバい。こんな感じで、呪具にして出来ることでも、かなりの違いが出てくる。そして、そんなかでも最もすごかったのがコイツだ』

 

ハジメがステータスプレートで見せた技能の中にあるそれを見た瞬間、七海は驚きと共に、納得する。

 

『なるほど。これは今考えると、ある意味で最も呪術らしい(・・・・・・・・・・・・)

 

呪術らしいものほど、力が増すということか、あるいはべつの要因かは定かではないが、少なくとも、その技能は呪術らしい。

 

その技能の名は――

 

 

「〝限界突破〟。いや、せっかくいい呪具に成ったんだ。〝呪界到覇〟ってつけるか」

 

〝限界突破〟について、今一度説明しておく。自身の身体能力を3倍にまでアップさせることが出来る固有魔法。使用中は魔力を使用し続けてしまう為、他の魔法や技能の併用も考えるなら、相当量の魔力を保有してなくてはいけない。また、この技能は文字通り使用者の限界以上の出力を無理矢理引き出す為、使用後は魔力も身体も一時的に疲弊し、弱体化する、諸刃の剣。

 

ハジメ曰く、〝呪具錬成〟での呪具の付与には相性がある。仮に、呪術に近いものが相性が良いのだとすれば、何かを差し出すことで、何かを得る。だとするなら、それは確かに、呪術らしいといえるだろう。

 

「その力…まさかイレギュラー、あなたも」

 

「ああ、そうだぜ。害徒ってやつだ」

 

瞬間、ノイントがハジメの目の前にいた。大剣を振り下ろす。

 

「!」

 

「おいおい、唐突だな?そんなに気に入らないのか、呪力が?」

 

ハジメはノイントの後ろにまわっていた。

 

(速すぎる⁉︎)

 

(〝豪腕〟、〝呪界到覇〟)

 

黒帝から紫電となった呪力が、まるで雷のような速さの拳と共に打ち出された。

 

「⁉︎」

 

ギリギリ双大剣を使い防ぐが、隕石のような一撃を防ぎきれず、ノイントの身体が神山の方にふっとび轟音と土煙をあげていた。

 

「解除」

 

ハジメがそう言うと黒帝がプシューと音を出して蒸気を出す。

 

「とりあえず、これで時間はかせげるか?…畑山先生、七海先生は?」

 

「全然ダメです!七海先生が、七海先生が!」

 

「分解の力か…香織がいれば、どうにかなんだろうが。おい、七海先生、どうだ?」

 

「もとの威力そのものはそこまででも、ないですが、分解の力が強い。いまから、呪力で、おさえて…います。」

 

「……とにかく、奴の狙いが俺になった。クロスビットに乗せてやるから、いますぐ香織のとこへ…⁉︎」

 

再び接近してくるノイントに防御体制になり、大剣の一撃を防ぐ。

 

「どうやら、先程の動きはそう何度もできないようですね」

 

「チッ!いい加減に、しろや‼︎」

 

防いでいた両手腕を力の限りふるい、押し返す。

 

「………このガントレット、分解できないのが気になってんのか?先生が呪力で進行を防いでるように、どうやら呪力は分解できないみたいだな」

 

「忌々しい。その力、存在そのものが」

 

「ハッ!感情がないんじゃなかったのか?つか、見たこともないものを忌々しいとか、そういう設定でもされてんのか?それとも、エヒトから聞いたことがあるってか?」

 

「………」

 

ノイントの眼が変わる。ハッキリとした敵意と、怒り。接近してきたノイントは双大剣を重さが無いと感じるような連続切りをしてくる。

 

(この程度で……⁉︎)

 

突如、神山全体に響くような歌が聞こえた。何事かとハジメが感じた瞬間、身体から力が抜けて、魔力が霧散していく。

 

「イシュタルですか。あれは自分の役割というものをよく理解している。よい駒です」

 

(なるほど、これは状態異常系の魔法か!流石、総本山。外敵対策はバッチリってか?)

 

〝覇堕の聖歌〟。イシュタル達司祭が複数人で合唱という形で行使する魔法。相対する敵の動きを阻害しつつ、衰弱させていく。歌い続けている間だけ発動するこの魔法は、聖教教会の秘術にして切り札。それに相応しい害悪な魔法である。

 

(クソ!これじゃあ、白王の真の力は発揮できない。こっちにもアレを付けたほうが良かったかもな)

 

白王はチャージに時間のかかるアーティファクト。最初の防御壁は、あらかじめ白王にチャージしておいた魔力を使用したもの。魔力を霧散されるこの状況下では、真の力を発揮するに至らない。

 

(黒帝の方は、まだ貯めてある呪力があるが、デカイ一撃はとっておきたいし、何よりさっきみたいな動きができるだけのものはない。その上で、先生達を守るか)

 

どうすべくかを考えつつ、ノイントの攻撃をギリギリ回避するが、動きはいつものに比べて精彩さに欠ける。ついに、

 

「グッ⁉︎」

 

ノイントの周囲に形成された魔方陣から雷撃が飛び出す。追尾機能もあるのか、不規則な動きを見せて数回は回避したものの、ついに命中してしまう。

 

「ちぃ!」

 

ハジメの呪力は、電気と同じ性質を持っている。その為、電撃に耐性がある。それでも、攻撃を受けたことによる一時的な硬直、状態異常魔法による動きの制限。発生した隙はほんの僅か。それでも、強者同士にとっては、充分すぎる隙。

 

「ぐぅう!」

 

速度を上げたノイントの双大剣の十字切りを、ギリギリ防ぐ。霧散する魔力の代わりに呪力で防ぐ。ハジメの術師としての等級は特級レベルだが、自身の呪力出力のみで言うなら1級レベル。

 

「グハァぁ‼︎」

 

魔力の出力が特級のノイント相手には心許無い。吹き飛ばされるがどうにか体制を直す。しかし、既にノイントは追撃の為再接近していた。大剣を横薙ぎする。

 

「っ!」

 

首筋を僅かだが裂かれる。あと数ミリで頸動脈をやられていただろう。間近にきた死神の鎌に冷や汗が出る。だが、一瞬の安堵も許さないとばかりに剣戟が襲いかかる。ギリギリで回避し続けるが、先程の首筋から始まり、顔、足、胴と、少しずつ傷が増えてくる。ノイントは更に攻撃を緩めることなく、むしろ激化させ、銀羽を射出する。ハジメは呪具、シュラークとドンナーを出して撃ち落とすが、数が多すぎる。どちらも最初から魔力、呪力を付与した弾丸の為、威力を保っているが、身体まとわりつく光の粒子のせいで、呪力の身体強化と打ち合っている状況の為、うまいこと自身の強化に繋がらない。

 

(不幸中の幸いは、こいつが俺のみを狙ってること。正確に言うなら、俺の呪力のみに反応してることだな)

 

ここまでの戦闘で、ハジメはノイントはある程度の優位性を捨てても、呪力をもつ者を攻撃してくるのがわかった。そして、呪力が見えるのも間違いない。

 

(神の使徒…つまりは)

 

答えが出そうになった時、

 

「考えごととは、随分と余裕ですね、イレギュラー」

 

「⁉︎」

 

ほんの一瞬の油断。時間にして0.01秒以下。鍔迫り合いの中で生まれた僅かにでたもの。そこに攻撃を仕掛けてきた。

 

「チィ!」

 

反射的に防御姿勢をとる。だが、その攻撃は届くまえに、

 

「「!」」

 

轟く咆哮と、それに続く形でノイントとハジメを遮る黒色の閃光のブレス。ノイントはすぐさま後退して回避するが、そのままノイントの方へブレスが向かう。回避はできないと察して銀翼で身を包んで防御する。完全に分解される前に衝撃を相殺できずに吹き飛ばし、再び教会の塔に衝突した。

 

「追撃は大事だよな」

 

〝宝物庫〟かロケットランチャー&ミサイルランチャー、ハジメ命名『オルカン』を取り出して全12発を撃ち込んだ。

 

「まぁ、これでやったとは思わないが」

 

【ご主人様よ。無事かの?】

 

ノイントに警戒しつつ、到着したティオの声を聞いて頬が緩む。

 

「ティオ、助かった。正直ちょっと苦戦してた」

 

【…それほどの強敵か】

 

ハジメの言葉に嬉しそうになるが、すぐに警戒心が上がり、土煙をあげる塔の方を見る。

 

「正確に言えば、先生達を守りながらなのと、あのうざったい歌のせいだな。……ティオ、先生達を背中に乗せて、香織と合流してくれ」

 

【心得た。後で折檻……もとい、ご褒美を所望する】

 

こんな状態でも欲望に忠実なティオに呆れるも、「頼む」と告げて傷を負った七海と、いまだ回復魔法をかけ続ける愛子を結界を移動させて、そのままティオの背中に乗せた。

 

【最近はよう死にかけておるの、七海】

 

「まぁ、覚悟してたことですよ」

 

「喋らないでください!傷に障ります!」

 

「…ティオ、早く離脱しろ」

 

ノイントが突っ込んだ塔が轟音と共に吹き飛ぶ。分解によってできた砂埃を銀翼の風圧で吹き飛ばす。

 

【承知。しかし、2人の安全を確保したら、助太刀を】

「それはわたしがしましょう」

 

ティオの言葉を遮り、その背中で七海が立ち上がって宣言する。

 

「せ、先生、傷が…」

 

「………七海、先生?」

 

先程まで一向に治りそうにない傷がいつのまにか治っていた。そして、確信を得て言う。

 

「南雲君、今わかりました。奴にとって私は、最悪の天敵です」

 

フードを脱ぎ捨て、宣言した。




ちなみに
ビンタした愛子ですが、実は硬すぎて愛子の方が痛かったのは秘密。ずっとヒリヒリしてました。
何も知らないとはいえ、これはないだろうという状況を作る為にこうしました。
でも正直、この場面は悩んだ。もっとこうするべきかとか。意見あればお願いします。
もしあのまま話せる状況下であったら、呪術師としての七海のことも話してましたが、それは王都侵攻編の終わりに

ちなみに2
呪具: 暗路(あんろ)も呪具にする際に相性のいい気配遮断が付与されておりますが、今のハジメは大きな呪具は作れません。じゃどうやって作ったかというと、気配遮断を付与した糸を大量に作り、それらを呪具錬成で形作るという工程で作り上げましたが、失敗作も多く、ちゃんとした完成品は現在これのみ。でも七海が脱ぎ捨てちゃったね!

ハジメ「…………」

あと、形はとある鍵の剣で戦う主人公の前に立ちはだかる機関の物を模してます


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魂飛魄散③

感想の所で書きましたが、前の話を出した時点でこの話は6割以上はできてました。シア術式説明にかなり苦労しました。理解できる能力を作るのって難しい。
ちゃんとできているか正直心配……なんか毎回心配ばかりですね


七海がノイントへの確信を得る少し前。別行動をすると言ったメルドと別れた後、ユエとシアは香織とリリアーナと夜陰に紛れて行動していた。

 

ユエからすれば、ハジメと行動を共にしたいところであったが、愛子の届け先である光輝達が洗脳の類を受けていないかの確認が必要だったのと、神山が聖教教会の総本山でもあるため、愛子の救出まではできるだけ騒動を起こさない方がいいとし、ハジメ1人に行かせる……予定だった。

 

(愛子は、ハジメの為の言葉をくれた。お礼にはいいかも)

 

ユエは遠からず愛子が七海を想っていると感じたのと、七海自身にも話をさせるのにいい機会として、彼も向かわせた。その為に、いつか使うからとハジメは製作していた呪具、暗路(あんろ)を渡した。七海は少しだけ渋ったような顔をしていたが、すぐにハジメについて行った。

 

ティオは万が一に備えて王都のどこかで待機していたが、大結界が破られたのがわかり、念話石で状況を説明した。魔人族と魔物の大軍が近付いて来ていることを告げられ、ユエはそのことに動揺しているリリアーナを横目に告げる。

 

「ここで別れる。あなたは先に行って。香織、護衛してあげて」

 

「え、こ、ここで、ですか?」

 

一刻も早く光輝達と合流して態勢を整える必要があるのに何を言い出すのかと、リリアーナは訝しそうに眉をひそめるが、それを無視してユエは窓を開けて、瞳は彼方にいるであろう敵を見つめ、一段と低い声で言う。

 

「ティオの連絡にあった白竜の使い手の魔人族は、ハジメを傷付けた。……泣くまでボコる」

 

「怒ってますね、ユエさん。…まぁ、私もなんですけどね。泣いて謝ってもボコりましょう」

 

ユエに同意して言うシア。見た目と違った物騒な言葉にリリアーナは引いていたが――

 

「私も、正直なぶり殺したいんだけど」

 

(香織⁉︎)

 

隣にいる友人まで怖いことを言い出して驚愕してしまう。

 

「今の私が行っても、足手纏いだしね。今回は、2人に譲る。けど、絶対に」

 

「殲滅ですぅ!」

 

「ん」

 

楽しそうに怖いことを言う3人の女性に、リリアーナはドン引きしていた。

 

「でも、香織さん、1つだけ訂正です」

 

「?」

 

「香織は強い。足手纏いではない」

 

「!」

 

つい最近、1級という七海と同程度の実力と認められても、未だ遠い段階(ステージ)にいるユエ。メルジーネ攻略後、己の術式を完全なものとして、七海から特級の称号を得たシア。その2人からの賞賛は、

 

「うん。こっちは任せて!」

 

感極まるものであった。2人が窓から飛び出して行ったのを少しの間無言で見つめていたが、すぐに残った2人も進みだす。

 

「…南雲さん、愛されてますね」

 

「うん。狂的…じゃない、強敵なんだよ。………私も、すぐに追いつくけどね」

 

王国側に利になる面があるが、そんな意識などないであろうユエとシアにあっさり後回しにされ、この場にいる唯一の友人も、実力があれば置いて行かれていた事実に、

 

(私、王女なのに、扱いがどんどん雑に…)

 

ドーンと気落ちしつつ、光輝達の元へ向かった。

 

 

大結界消失と魔人族襲撃に、王都は大混乱に陥っていた。大結界が破られたのを呆然と眺める人々を、警邏隊の隊員達が「家から出るな!」と怒号を上げながら駆ける。王都からいち早く逃げようと試みる者から、王宮内に避難しようとする者まで、様々だ。夜中だったのでまだこの程度で済んでいるが、次第に暴徒と化す者達もでてくるだろう。

 

迫り来る魔物と魔人族の軍団相手では、王都の兵士達だけではどうにもならない。そんな様子を王都の大時計の天辺で眺めていたティオのもとに、王宮から飛び出してきたユエとシアが合流した。

 

「ティオ、あのゴミ野郎は見つけた?」

 

「ティオさん、あのふざけた事してくれたクソ野郎はどこですか?」

 

「……お主等。いや、まぁ、気持ちはわかるがの?『皆さんが一緒に来てくれて心強いです!』と言っとったリリアーナ姫が少々不憫じゃ……あっさり放り出して来おって」

 

だからこそ、メルドも別行動ができたというのにだ。

 

「……細かいこと」

 

「小さいことです」

 

呆れたような表情をしてティオは言うが、2人は全く気にしていない。

 

「それに、まだ香織もいる」

 

「ですですぅ」

 

「まぁ、そうじゃがな。あやつも強くなった。もう治癒師なんて呼べんの」

 

ティオは治癒師という枠から外れた強さを得た香織を評価していた。実際、彼女の成長は目を見張るものがある。その理由は、

 

「七海と毎回1対1をして、魔力操作訓練をして、シアとスパーリングとかされて、それでも生きてるんだから、強くならないと困る」

 

「毎度見てて思うが、七海は鬼じゃな」

 

自分の生徒で、女性だというのに、本当に容赦がない。まぁ、それだけ香織が実力を上げている証拠でもあるが。

 

【おい!ティオ!今すぐこっちに来てくれ!】

 

【ぬおっ!ご主人様?どうしたのじゃ?】

 

念話石から思いのほか強い声音が響き、名を呼ばれたティオが思わず驚きの声を上げた。

 

【単刀直入に言う。やばいのが出て七海先生が重傷!畑山先生と一緒に預かって欲しい】

 

【!?…相分かった!直ぐに向かうのじゃ!】

 

怪我人がいては全力を出せない相手と相対していると即座に判断したティオは一瞬で〝竜化〟すると咆哮一発、標高八千メートルの本山目指して一気にその場を飛び立った。

 

【…ハジメ、気を付けて】

 

【ハジメさん!あの魔物使いは私とユエさんが殺っちまいますから安心して下さい!】

 

【って、お前ら姫さん達といるんじゃ……まぁ、香織が一緒にいれば充分か。何するつもりか知らないが、そっちも気を付けてな】

 

正直、ハジメは2人が何をしようとしているかはわからないが、自分の戦いに集中したいのと、自分について来る者たちへの信頼からそう言って通信を切る。

 

「さて、ユエさん。ちょっと提案というか、質問なんですけど、いいですか?」

 

「?」

 

「どっちがあのクソ野郎をぶちのめします?私が」

「ダメ、私」

 

即答されてシアは「ですよねぇ」と呟く。

 

「完成した私の術式も早く使いたいですし、できるならそれなりに強い相手の方がいいのですけど」

 

なんて怖い取り合いがなされる中、体長3〜4メートル級の黒い鷲のような魔物に乗る魔人族が左右から挟撃するように急降下してきた。

 

「いや、お話中に邪魔しないでくださいよ」

 

2人の魔人族が聞いたのは、その声が最後だった。

 

ほぼ同時(・・・・)に、シアの取り出したハンマー、ドリュッケンを後ろ(・・)から叩きつけられ、勢いをつけて地上に落下していき、ぐちゃりという音を出した。

 

「あー今ので完全に、王国側の戦力と思われたかもしれないです」

 

「ん。でも関係ない」

 

ユエはシアのもとに移動し、フィンガースナップをする。瞬間、無数の風の刃と、膨大な熱を持つ火炎が、鋭い槍の如き水が、眼前にいた魔人族を一掃していく。

 

「そう思うなら勝手にそう思ってればいい。……というか、シア、あんなザコ相手にもその術式使っていいの(・・・・・・・・)?」

 

「問題なしです!術式解放だけならそんなに呪力は使わないのでまだまだ余裕ですし、今の私なら、5秒(・・)はいけますので!というか、ユエさんもなんか魔法の使い方がヤバくないですか?」

 

「事前詠唱との併用。どうやら実戦でも活かせそう。七海には感謝………ちょっと複雑だけど」

 

(まだ認めたくないんですねぇ、教師力で負けてるの)

 

シアもそうだが、ユエも魔法の使い方に更なる進化があった。呪術的な理論を、自身の知る魔法の知識と照らし合わせ、魔力の流れの基本調整から、蓄積された魔力の意識的な分割と、それの維持。魔法威力の調整と、詠唱による威力の拡大化など、広がっていく知識は彼女をもって身震いさせた。だが、それが魔力のない人物の講義のおかげというのが、ちょっとばかし不満であった。

 

「! ユエさん、大きいのが来ます!」

 

「!」

 

シアが言った直後、ないもない空間から楕円形の膜が出現し、そこから特大の極光が迸る。極光が当たった周囲の建物を根こそぎ吹き飛ばした。

 

「やはり予知の類か。忌々しい」

 

男の声が響くと同時に、楕円形の膜から白竜に乗った赤髪の魔人族、フリード・バグアーが現れ、続くように先程の黒鷲や灰竜に乗った魔人族が数100単位で集まり、ユエとシアを包囲した。

 

「まさか、あの状況から生還するとはな。やはり、あの男に垣間見たおぞましいほどの生への執念は、危険すぎる。まずは、奴の仲間である貴様らを……いや、まて。お前達が生還しているということは、奴も、あの男も生きているな。どこにいる?」

 

最初に言ったあの男はハジメだとすると、次に言ったのは七海のことだろう。弱者に傷をつけられた事実は、フリードのプライドが許さない。否、神の使徒として認められた彼からすれば、亜人族同等の存在に負けた事実は、あってはならないことなのだ。だが、

 

「……聞きましたユエさん?あの野郎私達を見て眼中になしですよ」

 

「……殺す理由がまたできた」

 

それは彼女達の怒りに触れるものでもあった。自分達はおまえをぶっ潰しに来たというのに、眼中になし。

 

「「ブッコロス」」

 

それがゴングのように、一斉に周囲の魔物と魔人族が魔法を放った。炎が、水のレーザーが、風の刃が、氷の砲弾が、岩石の散弾が、鞭のような雷が、ダメ押しとばかりにフリードが極光を上空から、ユエとシアの全方位から襲い掛かり、全て命中。

 

「ふん…お返し」

 

何もせず、逃げ場のないことに絶望して諦めたのかと思うが、それが大きな間違いであると、フリードは気付く。

 

「〝界穿〟」

 

神代魔法のトリガーを、無詠唱で引いた。だが、それは以前のクリオネもどきに見せたものとは比べものにならない精度。ユエは自分達の正面と、上空から来る極光に合わせてゲートを作り出す。普通なら、これでは上空からの攻撃が正面から来る攻撃に変わるだけだが、それは、フリードの常識内での話。

 

「しまっ⁉︎回避を!」

 

ユエ達が正面のゲートに飛び込んだ瞬間に理解して、回避を告げるが、極光を吸い込むゲートの周り、先程までユエ達がいた地点とは別に、更に複数のゲートが出現した。どうにか来る極光を含めた自分達の魔法に反応できたのは、ごく僅かだった。

 

「おのれっ私の部下を、私に殺させたな!」

 

ユエは既に、空間を1対だけでなく、複数の展開を可能にしている。1対はユエとシアが移動する為に、残りは全て魔法を敵の後方につける為のもの。圧倒的な魔法のセンスと、〔+視認(極)〕による魔力の流れを読み解き、〝魔力操作〟はより効率的に、自己範疇に収まるように、更に香織もしてきた、使う魔力を決めたら分割し、それに合った魔法の同時使用。

 

「まぁまぁかな」

 

本人的には、100点満点とはまだ言えないようであるが、常識外が更なる常識外と成ったことは、まず間違いない。

 

「小娘ごときがぁ!」

 

「穢らわしい獣がぁぁ!」

 

民間人の家のある場所から離れ、外壁の外に移動した彼女らを見つけ、来いよと挑発をされて、再び攻撃を仕掛けて来る。ユエの魔法を警戒し、未だ100以上はいるであろう魔物を先行させ、地上からも大軍の一部がユエ達を狙って砲撃する。

 

「ユエさんばっかりずるいです!」

 

シアは敵の数など、最初から関係ないとばかりに特攻をする。魔人族は「バカが」と無防備な彼女に攻撃を仕掛けるが、ユエが止めてない時点で気付くべきだった。無意味なのだと。

 

「こ、攻撃が、すり抜け」

 

「いや、消え」

 

突如姿を消したシアに困惑するが、彼女は既に自分達の眼前にいた。ハンマーでそこにいた魔人族を殴殺し、炸裂スラッグ弾で狙い撃つ。敵に囲まれているはずなのに、攻撃が当たる前に消え、時に正面、時に真後ろ、時に距離を取って狙い撃ち。ただの移動ではなく、ワープに近い。

 

(空間魔法によるもの?いや違う!なんだ、何をしている⁉︎)

 

「私だけに集中していいんですか?」

 

瞬間、ユエの重力魔法で地上まで一気に落とされ、そのまま地上の軍にまで被害が及ぶ。

 

「ええぃ!あの2人を分断する!金髪の術師は私が殺る!残りは兎人族を殺せ!妙な技を使う、気をつけ」

「言われなくても、そうするつもり」

 

ユエはフリードの言葉を遮り、空間魔法で近付いてそのまま魔法で吹き飛ばし、吹き飛ばされたフリードは後方に更にゲートを作り、ユエもそこに入って移動した。

 

「あぁぁ!取られちゃいましたぁーユエさんずるいですぅー」

 

ブーブーとブーイングを言うシアに、自分達が全く相手にされてないことを悟った魔人族は攻撃を再開するが、術式など使うまでもないと回避する。

 

「貴様らは殺す!必ずだ!」

 

雄叫びを上げる金髪の魔人族はどうやらそれなりに地位があるのか、他の魔人族を指揮しつつ、シアに攻撃して来る。

 

「貴様のような獣など、さっさと殺してやる!そして、カトレアの仇を!」

 

「また、私は眼中になしですか?」

 

ここまで来るともう呆れの方が強くなる。さっきから圧倒されてる相手を眼中になしなど、ふざけるなもいいところだ。

 

「貴様には分からんだろう!愛する者を失い、焦燥とした、この俺の気持ちなど!」

 

「いや、あなたの恋人のこととか聞かされても、知りませんし」

 

シアは本当にどうでもいいとばかりに、冷めた目をして言う。

 

「だいたい、死ぬ覚悟の1つや2つ、常に持っておくのは当たり前でしょう?それに、相手にとってはどうでもいいことをわざわざ言うなんて、同情でもされたいんですか?」

 

それが魔人族の逆鱗に触れた。

 

「殺してやる。狂うまで痛ぶり尽くして、殺してや」

 

もう聞くのも嫌だったのか、最後まで言わせることなく、殴殺した。統率する者がいなくなっても、彼らは攻撃を仕掛けるが、まるで当たらない。

 

「なぜだ、回避などできないはずだ!攻撃を予測できても、この攻撃の雨の中を!なぜ!」

 

「怯むな!神代魔法の力だ!それがなければただの獣に、我々が負ける道理などない!」

 

「…魔法かそうでないかも理解できないなんて、ダメですね」

 

ため息まじりに言うシアの周囲を、距離をとりつつ増援として来た魔人族と、魔物が取り囲む。

 

「殺せ!数では勝っている!距離をとりつつ、物量で押しつぶせ!」

 

一斉砲撃。逃げ場はない。シアのいた地点が爆散する。

 

「いくらなんでも、これなら」

 

「殺せるとでも」

 

瞬間、「は?」と間抜けな声を出して、魔人族の1人は叩き落とされた。

 

「なぜだ、魔法を使ったようには見えなかった、お前は、何をしてるんだ⁉︎」

 

「だから、魔法じゃなくて、呪術で、これは私の術式ですよ(少し使いすぎたでしょうか?一気に決めましょうか)」

 

そう考えて、シアは術式の開示をする判断をした。

 

「私の術式は」

 

 

『・・の跳躍ですね』

 

試験という意味も込めて、七海はシアとの1対1の模擬戦をし、完敗した。メルジーネでも映像としてだが見ていた。だからわかっていたが、シアの術式は特級に等しい能力。と言っても、シアだから使いこなして、特級レベルの術式になるのだが。

 

『名前はわかってますか』

 

『もちろん!』

 

 

「私の術式、月兎跳躍(ラピットラビット)は、時間の跳躍ができるんですよ」

 

「時間の、跳躍だと?」

 

「ええ。時間跳躍中の私は、存在してるけど、時間軸上にはいない。文字通り、この世界から消えてるに等しいんです」

 

こいつは何を言っているんだと魔人族は思い、攻撃をする。あえてシアは動かず、甘んじて攻撃を受けるが、すり抜ける。

 

「私は術式発動後、5分という時間を与えられ、与えられた時間を使うことで時間の跳躍が可能です。この跳躍にもいくつか種類があって、今みたいに動かない状態なら攻撃に合わせて上手いこと時間を使用すると、まるで私の身体をすり抜けたように見えるくらいに一瞬で消えて、戻ってくるという感じにできますし」

 

グッと足に力を入れて動く姿勢を見せたが、魔人族が警戒する前に、後ろを取っていた。

 

「⁉︎」

 

「使用した時間以内で動ける範囲なら、私は一瞬で移動できます。これは時間跳躍とは少し違うかもしれませんけどね」

 

後ろからの攻撃に反応出来きれず、数人が落とされた。

 

「は、はは、ははは、バカが!自分から手の内を明かして!今5分と言ったか?どれだけ時間を使った?後どれくらい残ってる!」

 

「そうですね、あと、2分30秒切ったとこでしょうね。けど、安心してください」

 

シアは七海から教わっている。

 

『シアさん、覚えていて下さい。術式の開示が使えるのはその相手に1度のみ。ですから、術師が術式の開示をするというのは、その術師が本気を出すという意味でもあり、同時に相手の』

 

「絶対殲滅ですから」

 

瞬間、シアの姿が消え、ドゴぉという鈍い音が一斉に、ほぼ同時に響く。

 

「なぁ⁉︎」

 

「ごうぅ⁉︎」

 

「ぐえぇ!」

 

シアの姿は見えないまま。だというのに、次々に魔人が、魔物が落とされていく。実際は移動できる範囲内を、術式を使って攻撃しながら移動してるだけだ。

 

術式、月兎跳躍(ラピットラビット):術式発動後、術者は5分の時間を与えられる。術者はこの5分を使う事で時間跳躍が可能。使用した秒数は一度術式を解くことで戻るが、1度術式を解除すると12時間は使えなくなる。また、全ての時間を使用しても自動的に術式は解かれて次の発動に12時間かかる。

 

「ぜりゃあああああ!」

 

時間跳躍中、術者はその時間軸から一時的に消える為、攻撃は当たらない。移動せずに使うと最大1分のただの時間跳躍だが、移動しながら使うと術者の移動距離に応じて、呪力、術式によって与えられた時間の1秒以内の対価使用(この対価の使用時間は術者のコントロールで変化する)、移動できる距離を分の時間を使って移動できる。例えば虎杖悠仁がこの術式時間3秒を使用ながら移動すると彼が3秒でつける位置、50メートル以内であれば、どこにでも瞬間移動ができる。

 

しかし、術者はそのたどり着いた未来の場所、3秒後の未来も、3秒でつける地点で何が起こるかも、術式によってわかるわけではない。3秒後の未来でなにが待ち受けるのか、仮に時間跳躍した場所に別の敵が現れて攻撃してきてもそれに対処するのは難しい。だが、

 

「なぜだ!なぜ、こちらが移動しても、すぐに対応できる!」

 

シアの固有魔法〝未来視〟、その新たな派生〔+天啓視〕、その更に上位の〔+確定視〕、最大5秒先の未来を任意で見ることが出来るのだが、その未来はどこまでも細かく見れる。相手の微妙な動き、声、目線。それらから読み解き、完全な未来を見て、良い未来を掴み取る。魔力消費はそれなりにあるが、高い魔力と、ハジメから貰った魔力貯蔵用の指輪でカバーし、さらに七海の指導によって得た魔力の視認能力で、運用する魔力量を超細やかに廻すことで、ほどほどの魔力で絶対的な未来を掴み取る。おまけに連発できる。これにより、シアは術式のカバーが可能である。

 

「くそ、クソォぉ、正面から戦ったらどうなんだ!この卑怯者!」

 

時間跳躍のラグはほぼないに等しく、1秒分の移動をしても、次の移動場所を、明確にしているなら、コンマ0秒以内に使用可能である。まぁ、これも、未来を見て相手の動きを把握しておく必要があるのだが。

 

「それこそ、くだらないでしょ?」

 

また術者はこの術式の副次効果で、発動中は時間が正確に読み取れる。そして、最大のポイントは月兎跳躍(ラピットラビット)の1度にできる使用時間。最大1分。だが

 

 

『『黒閃?』』

 

修行の際、ウルで見せた空間が歪んだ拳の攻撃についての質問を受けた七海は、黒閃について説明していた。

 

『呪力を帯びた打撃のクリティカルヒットとでもいいましょうか。打撃との誤差、0.000001秒以内に呪力がぶつかった時に起きる、空間の歪みの現象を言います』

 

『0.000001秒って、どんだけ…つか、無理じゃね?』

 

『できる人はできますよ。ただ、その条件がある為、狙って出す術師はいません。…まぁ、五条さんなら別かもしれません。あの人は私が必死に出すクリティカルヒットを、ジャブ感覚で出せる人ですから』

 

『………ほんと、なんなんだよ五条悟って」

 

『考えるだけ無駄です。まぁ、例外はあります。1つが、黒閃を1度放った直後の連続攻撃、もしくはその日の内です。黒閃を放った術師は、一時的に、アスリートで言うゾーンに入った状態になり、普段意図的にしている呪力操作が、呼吸のように自然にめぐる。自分以外の全てが自分中心に立ち回っているような全能感に身体が満たされる状態。これなら、ある程度は狙って出せる可能性が上がります』

 

『でも、結局はそれって1度は黒閃を決めておく必要があるってことですよね?』

 

シアが言う通り。それが必須だ。

 

『だからこそ、黒閃を決めた術師と、そうでない者とでは、呪力の確信に天と地の差がでます。続けましょう。もう1つの例外は、術式です。私の術式も、その特性上、黒閃が出やすい。こういったように術式によっては、黒閃の発生に大きく利用できるものもあります』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月兎跳躍(ラピットラビット) の最低跳躍時間は、0.000001秒。当然だが、これだけで決めれるほど甘くはない。だがシアの未来視と、術式によってヒット時に細やかな跳躍で、僅かなズレをカバーする事でき、

 

「黒閃‼︎」

 

シアは黒閃を狙って出せる。黒閃が、空間の歪みと共に、打ち付けた魔物とその後ろに乗る魔人族、更にアーティファクトによる衝撃で、周囲にも影響を及ぼす。

 

「ば、化け物」

 

魔人族の誰がそう言ったかはわからない。だが今のシアにとってそれは、とても心地良い言葉だった。

 

「うふ、あは、あはははぁ!」

 

余談だが、自分の意思で黒閃を決めた感覚は通常の黒閃以上に味わえる感覚が強く。更に1度黒閃を決めたことで、術式の使用の効率は更に上昇し、ここから先の攻撃は常に黒閃となる。

 

「ハッハぁ!」

 

ドンドン訪れる全能感によって、シアはハイになる。

 

「ヒャッハァアアアアアデスゥぅぅ‼︎」

 

シアが周囲の魔人族を殲滅するのに、あまり時間はいらなかった。

 




ちなみに
シアの術式の拡張部分と欠点は実はまだあります。あと、ハイになるのは術式使用中のみで、解除すると素にもどる。当然戦ってた記憶もありで

ちなみに2
原作と違い、ミハイルはあっさりと殺しました。ハジメ達がやったって思うのもありかなと思いましたが、かなり鬱陶しいし、どっちにしてもシアがイラァってしたら瞬殺だからカットしました。

前書きでも言いましたが、6割作ってたので、次回も結構できてます。うまくいけば今週中に出せます

………勤労感謝の日にでもだそうかな


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魂飛魄散④

ユエの方になりまーす

だから言ったのにって言う奴、ほんと怖ーいw


「おのれぇ、おのれ、おのれ、おのれ‼︎」

 

フリードは心底イライラしていた。自身の力には自信はあれど、時に弱者に手痛い一撃を入れられることもある。それを理解した。故に、目の前の相手が舐めてかかって勝てる相手でないことなど既にわかっていた。だからこそ、連携をさせないように分断した。予定よりも手数も用意した。だというのに

 

「その程度?」

 

用意した灰竜は50体以上。アブソドも10数体連れてきた。その固有魔法で魔法も封じるはずだった。

 

「神代魔法を手にしてるだけあって、魔法の使い方はまぁまぁ。だけど、その程度。今の私じゃなくても勝ててたかな」

 

ユエの心底ガッカリしたような態度も相まって、フリードの怒りは限界をとっくに超えている。

 

「なぜ、アブソドが魔法を吸収できなかった!?」

 

「あの魔物は任意で魔力を自身の体内に取り込んでストックすることが出来るみたいだけど、違う魔法に再利用は出来ないし、同時に別の魔法はストックできないんでしょ?なら、僅かな別属性魔法を混ぜ込むだけでも、吸収はできない」

 

「バカな!あれほど強大な、雷の竜を思わせるほどの魔法の中に、別の属性魔法を混ぜ込むだと!」

 

魔法の同時発動と複合魔法そのものは珍しく、規格外だが、ないということはない。技能や工夫でどうとでもなる。だが、完全別属性を、混ぜ込むというのはそうできるものでもない。まして、ユエの発言からするに、混ぜ込んだ別属性の魔法はそこまで強いものでもない。強い力の前では、弱い力は、簡単に飲み込まれて霧散してしまう。

 

「まぁ、今のは実験。これからが本番」

 

ユエが手を前に出すとその後方から魔法陣が出現し、詠唱を開始する(・・・・・・・)

 

「やらせるな!灰竜!」

 

10数体の灰竜が迫るなか、ユエはまったく動じない。あと数センチでその牙が届くというところで、空間がズレを起こし、一線のもと、灰竜の首が泣き別れる。

 

(また!なぜだ!詠唱はおろか、発動するタイミングもわからない!)

 

いまだユエの詠唱は続いている。その間も、魔法が発動される。

 

空間魔法〝千断〟。空間に亀裂を入れてずらすことで、対象を問答無用で切断する魔法。空間そのものに干渉しているため、防御は不可能。七海の指導と、黒閃を何度も見たユエは、空間への干渉に更なる広がりと、魔法そのものの拡張に大きな変化を見せた。魔法を詠唱して、発動前に〝廻聖〟でその魔力を分断して魔力石にストックすることで、威力を僅かに落とすだけで、詠唱も、口に出すこともなく、発動ができる。

 

ただし、それを実行するには魔力感知〔+視認(極)〕によるその起こす魔法の魔力の流れを完全に読み解き、その後〔+魔力圧縮〕による的確な魔力をストックする技量が必要。もちろんこれは、普通は不可能に近い。魔法を使う際の流れは、同じ魔法でも個人によって、威力によって、僅かなものから大きなものまで様々だが確実に変化する。更に、その魔法についてもきちんと理解力が必須。簡単な魔法ならいざ知らず、神代魔法ではその情報も過多。読み解くのは至難を極める。

 

そしてこれらができたとしても、それを狙って当てるのも至難の技。いったいどうやっているのかと七海が尋ねたが

 

『んーこう、ぎゅぅぅってして、ボワっと!』

 

訳がわからなかったが、要するに、感覚的にというよりも、手足に、身体に身につけた衣服を動かすように、ユエはそれを体現している。

 

白崎香織、谷口鈴。七海が才能を見出したこの2人も、確かに天才だ。だがユエは、天才だの、才能だの、そんな簡単な言葉で表せる者ではない。呪術と魔法の関係性は彼女にもわからない。だが似た部分、応用できる部分を、七海の説明からでも、感覚的に理解し、それを糧にする魔法に対する独特の理解力を持つ。まさしく異才…否

 

天異才、それが彼女、ユエである。

 

「恐ろしいな。その技量、通常では考えられん……なるほど、私と同じ、貴様も選ばれた使徒か!異教の神に選ばれし者!なるほど、そう考えるならば、色々と辻褄も合う」

 

(やばい。この勘違い野郎、すごく気持ち悪いんですけど)

 

勝手に自己分析からの自己会議。そこからの超的外れの考察結果を聞かされて、ユエは嫌そうな顔をし、ドン引きする。

 

「だからこそ惜しい。くだらぬ教えに従ずるとは……その力は、愚かな者共の為に使うものではない。一度我らの神、アルブ様の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その瞳が新たな息吹を上げ…⁉︎」

 

冷え切った眼に、呆れと、どこまでも不快な物を見るように、そこに殺意を乗せていた。

 

「…冗談。私が戦うのは、どんな時でもハジメのため。お前如きと一緒にしないで」

 

あまりにも的外れの考えにキレたユエは、敢えて会話をする。

 

「……よかろう」

 

ユエの辛辣な言葉を、自分の敬愛する神を貶されたと感じたのか、無表情となる。

 

「もはや何も言うまい。貴様を殺して、あの男の前に死体を叩きつけてやろう。多少の動揺にはなる。その時こそ、あの男の最後。その次は奴だ。残るあやつは弱者。赤子の手をひねるよりも容易い」

 

「…できないことを言葉に出すのはやめておいたら?あと、その弱者に負けたのは誰?醜男」

 

堪えきれず、嘲笑して言う。フリードは何度目かもわからない怒りの頂点に達し、青筋が額に浮かぶ。特に最後の言葉は、フリードの自尊心を貶していた。それほどまでに、七海から受けた屈辱は耐えきれるものではなかった。今でもその部分が、時折疼く(・・・・)

 

あとどうでもいいが、フリードはどちらかと言えば美男子と言える。彼の強さも相まって魔人族の間では女性の間で熱狂的な人気があるほどだ。

 

フリードは肩に止まっている小鳥型の魔物に指示を出す。すると、王都の侵攻に使っていた魔物の群れの一部が地上と空中から押し寄せる。地上と空中の戦力の補強と2点同時攻撃による包囲殲滅戦。1人に対して過剰…とは言えない。何せ、相手にするのは七海が認める特級術師レベルのユエ。むしろ、

 

「〝五天龍(混)〟」

 

まったく足りない。ユエの後方にあった魔法陣から出現する、龍を思わせる魔法の奔流。それが5つ。しかし、その全てが異常にして、偉業。帯電する水を纏った龍、超高熱のマグマを身体とする、グリューエン大火山のマグマ大蛇を参考しただろう龍。吹き荒ぶ嵐に吹雪と氷の礫を纏う龍、吹き荒れる竜巻、その風は全てを切り裂く刃。それに雷が纏われ、その形を、力を保ちながら顎を見せる龍、白く輝く雷と漆黒の輝きの雷が混ざった龍。王都の夜闇を神々しく、あるいは禍々しく、照らすその5体の龍は、まさに異常。どの龍も、複数の属性を複合させ、神代魔法の1つ重力魔法も複合させて作りあげた、ユエの新たな魔法。

 

それは、1つの魔法と言うより、魔法の融合に近い。

 

リスクはある。複数属性の複合と、神代魔法の複合は、ユエをもってしても難しく繊細な作業。魔法自体も強力なので、無詠唱にして放つのは失敗の可能性も大きい。複数の魔法が網目のように混ざり込むため、失敗はどのような返しが来るかわからない。だからこそ、彼女は詠唱をする。この際、他の魔法の行使も不可になり、一時的に彼女の防御力は大きく下がる。その為の代案が魔力石への魔法のストックである。

 

しかし、ストックは限りがある。それでも急がないといけないが、ミスをすればその代償は自分にくる。

 

(問題ない)

 

それも含めても尚、ユエの詠唱センスが圧倒する。必要最低限な詠唱のみを行い、後は〝魔力操作〟と、そこに拡張された技能であっという間に成立させる。

 

この時、それを見ていた魔物は、フリードからの命令を忘れた。美しさに見惚れたのではない。獣としての本能が悟った。死ぬのだと。

 

「なん、という…」

 

フリードも、その非常識極まりないという言葉の域を超え、自分が相手をしているのが、人の形をしたナニカであると悟り、口をポカンと開けることしかできなかった。

 

「色々と言ってたけど、全部無価値。私に挑んだことを後悔するといい」

 

ユエは死刑を宣告するように、スッと掲げていた手を下ろす。直後、勅命を受けた5体の龍は、地上と空中でユエに視線をむけていた魔物を滅ぼすべく、それぞれ向かっていく。地上にいたアブソド達が口を開けて、その魔法を喰らおうとするが、逆にマグマの龍と吹雪の化身たる龍の顎に飲み込まれていく。

 

それを皮切りに地上の魔物達が蹂躙され、空中にいた魔物も、顎に飲まれて身体を粉微塵にされながら雷で焼けていく魔物、水圧に潰されながら帯電する水に焼かれる魔物と、ドンドン殲滅させられる。その光景を見ず、ユエはフリードに白と黒が混ざり合う龍を側に付けて、手の甲を見せてこいよと挑発しつつ、

 

「詠唱の邪魔なんて無粋なことはしない。かかって来れば」

 

と妖艶な笑みを見せて宣言する。要するに、手加減してやるから本気の一撃を撃って来いと言ってのけたのだ。

 

「‼︎」

 

それに対して、怒りを抱くことはしない。というよりそんな暇はない。文字通り全力全開、決死の覚悟でなければ殺られると理解したからだ。

 

「軋み揺れる世界の(ことわり)、巨人の鉄槌、竜王の咆哮、万軍の足踏、いずれも世界を満たさない。鳴動を喚び、悲鳴を齎すは、ただ神の溜息!それは神の嘆き! 汝、絶望と共に砕かれよ!」

 

フリードは完全詠唱をし、自身の魔力を全開に注ぎ込む。

 

「〝震天〟‼︎」

 

一瞬、世界から音が消えたが、それは本当に一瞬。収縮した空間が、一瞬のうちに大爆発を起こした。それは周囲の雲を空間ごと吹き飛ばす。

 

フリードの切り札、空間魔法〝震天〟:空間を無理矢理圧縮し、それを解放することで凄まじい衝撃を発生させる魔法。

 

「ん、さすがに神代魔法は強力」

 

その中心にいたはずのユエはしっかり生き残ってしかも無傷。双雷の龍に守られ、更に空間魔法〝幻牢〟を発動した。この魔法は空間を固定する魔法で、使い方によって防御にも使える便利な魔法。相手の詠唱は待つが、何もしないわけもない。しっかりと展開して更に余波を双雷の龍で守らせたので衣服共にダメージなし。だが、双雷の龍含めた5体の龍は解除されていた。

 

「耐えると思っていたぞ‼︎少女の姿をした化け物よ!」

 

その瞬間を待っていたとばかりに、後ろからゲートを構築して通ってきたフリードと彼を乗せる白竜が突撃してきた。完全な奇襲に成功した。ユエはそのまま回避しきれず、肩まで喰らい付かれた。ブシュ!と音を出して傷口から血が噴き出る。噛み切ることはせず、0距離からの極光を放とうとする。

 

(勝った)

 

勝利を確信したフリードの目に映ったユエは

 

「⁉︎」

 

寒気が出るほどの、黒い笑みを浮かべていた。「私に触れたな」……言葉はなかった。しかし、そう言われた気がした。

 

「〝壊刻〟」

 

その魔法が発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は変わるがここで、極ノ番・亀裂について、今一度説明する。

 

拡張術式の瓦落瓦落と牽牽の応用と合わせ技。先に対象の身体に術式による弱点を作り、その点の部分に合わさるよう、手をくの字のようにして置き、後から線にする事でそこにも更に弱点となる点を作り、2重弱点とし、更に攻撃したと同時に、弱点を通して追撃の呪力を流し込み、相手の内部で拡散爆破させる。呪力を拡散させる為、威力の低下を防ぐために多大な呪力を消費し、しかも後追いで放出するので、最大威力を出すのは困難。実際、七海が最初に決めた魔物は威力が弱すぎた。それでも倒せたのは、内側からの攻撃で、且つ相手が弱い為。2度目のフリードの時も、最大威力は出せず、威力は目標の50%ほど。完成とは程遠い威力。

 

ただ、威力は50%だが、術としては100%完成していた。七海はこの技を考案してからの期間は少なく、実際に使用したのも、たったの2回。だから気付かなかった。

 

極ノ番・亀裂にある、副次効果。

 

 

 

 

 

2重弱点の形成による攻撃と、ほぼ同時に呪力を相手に流し込むことで、作り出していた弱点の1つ、術式の一部を相手に植え付ける。即ち、攻撃を受けた部分は半永久的に、弱点と化す。

 

 

 

 

「クゥルァァァァン‼︎」

 

痛みに悶えてユエの腕を噛み千切る白竜と

 

「は?」

 

「は?」

 

腕をちぎられたにも関らず、何事もないかのように〝自動再生〟で肉体を修復させ、再生魔法で衣服も修復したユエは、フリードと同じように、素っ頓狂な声をだす。

 

再生魔法〝壊刻〟は、対象が過去に負った傷や損傷を再生する魔法。弱点として、直接、間接問わず、半径3メートル以内で対象に触れていなければ魔力に比例すること。接近戦が苦手なユエにとっては、この魔法を発動するのは困難。

 

だが、それでも、この技で追い詰めたかった。これはユエの個人的な仕返し。最愛の人を傷つけられたのに、仕返しの1つもできないまま逃げられた。その時に「次会ったらフルボッコ」を誓い、再生魔法を手にしてこの魔法を考案した瞬間に、これで仕返しをと考えた。フリードにとって弱者たる七海が与えた傷で、彼のプライドごとズタボロにする為に。だが、

 

「なん、だ、これ、これは、わたし、の腕、足が」

 

フリードは全身から大量の血を流し、両手がぐちゃぐちゃに潰れて、左足は姿勢を支えることができないほどに、潰れた茄子かトマトのようになって、右足は原型を留めているが、留めているだけで、機能はしておらず、白竜の上で膝をつく。

 

(あそこまでの威力は、絶対無かった。何が起こったの?)

 

これはユエでも想定してないダメージだった。

 

〝壊刻〟は、確かに傷を開いた。だが、よりにもよって極ノ番・亀裂のダメージの中心である、拳の当たった部分から開いた。これがフリードにとっての最大の不幸だった。魔法によって傷が開いたのとまったく同時に、術式はそれを攻撃と捉えた。結果、〝壊刻〟で傷が開く際、術式によって弱点攻撃となって威力が増加した状態で、亀裂によって受けた部分が最初の攻撃よりもひどくなり、そのダメージは、100%の威力の亀裂と、ほぼ同等となった。

 

「お、あぁ…あ、アァァァアァァァ‼︎‼︎‼︎」

 

ほんの一瞬だけ、アドレナリンで痛みが引いていたが、自分に起こった事態を頭が理解した瞬間、痛みが絶望と共に訪れた。

 

「ぐぞ、ぐぞぉぁ!」

 

声がうまく出ない。痛みによるものだけではない。100%の亀裂のダメージは、目に見えている範囲だけではなく、フリードの体内…動脈、静脈、肺や肝臓、心臓といった重要な内臓部にまで及び、命を繋いでいるのが奇跡と言っていいほどの、深刻なダメージを負っていた。

 

(何が、起こった?傷、大きい、死に体、好機)

 

想定以上のダメージを与えたことに、ユエは一瞬困惑していたが、ほんの一瞬。すぐさま攻撃を再開しようとするが、1秒以上は経過していた。そして、その1秒は逃走には充分な時間。死が迫るなかで、フリードは魔力の使用速度が一時的に上がる。ゲートが開こうとしていた。

 

「させない」

 

王手をかけた。ここで完膚なきまでに殺す。そう決意したが、地上から怒涛の攻撃魔法が放たれる。

 

「フリード様!お逃げください!」

 

「我らが時間を稼ぎます」

 

王都侵攻に出ていた地上部隊の魔人族。それらがフリードの窮地を察して救援に来た。

 

数秒遅ければ完全に死んでいた。助けられた。その感謝を告げるほどの体力も無く、ただただ、無様にゲートに入ろうとする。ユエは追撃の一撃を当てようとするが、さらに空中にもそれなりの数の救援の魔人族が現れ、どれも防御なしの特攻のため、行動を抑制された。

 

「待てやこのぉぉぉぉぉ‼︎」

 

遠くから吠えてくる存在があった。先程の魔人族の部隊を蹴散らして、高速で、ハイになったシアが迫るが、

 

(あの距離では間に合わん…早く、ゲートに、部下の命を無駄には………待て、奴はなぜここに追いついた)

 

死が近づくからこそ、冷静になったフリードは考えた。それなりに距離を離したはずのシアが、部隊を全滅させたとはいえ、こんなにも早く来れるのかと

 

「ジャマでぇぇぇぇす!」

 

月兎跳躍(ラピットラビット)で移動できるのは、時間以内につける場所+術者の目線に見える場所。使用している眼前に壁があり、先が見えない場合は、そこで止まる。逆を言えば

 

「止めろぉぉぉ!…なっ⁉︎すり抜けた!」

 

壁があっても、その先が分かれば、通り抜けできる。使用できる限界時間を使いながらここまで来たシアの速度は、計り知れない。

 

「ヒャァァァ……ハァァァァァ‼︎」

 

「ま“」

 

待てなんて言葉は聞かない。というよりハイになっている彼女には、そもそも聞こえない。ドリュッケンが白竜の腹を捉えた。

 

「黒閃‼︎」

 

ドリュッケンから出る衝撃波が、黒い閃光と共に放出された。その余波をうけつつ、フリードはゲートに入る。

 

(このような!)

 

ギリギリ動くが手としての機能はない腕を前に向けゲートを閉じる。そこに向かってくる、凶悪な眼をしたシア。狂気の笑みと声をあげ、ゲートの入るか入らないかの最中、ギリギリゲートは閉じられた。早く回復する為、回復魔法に特化した部下と、一度合流する事とした。

 

「チィ、ありゃ逃げましたねぇ!あの腐れ野郎!ブッコロしたらあぁぁ!」

 

空中ではあるが、地団駄を踏み、ドリュッケンをブンブン振りながらキレるシアは、いまだに殺意満々のハイである。

 

(シア、怖い)

 

魔人族を殲滅させたにも関わらず、ハイになってキャラ崩壊しつつある妹分を、プルプルと震えながら見るユエであった。

 

しかし、術式の使用可能時間を全て使いはたし、そのすぐに解除された。そして特攻してくる魔人族や、地上と空中にいた魔物といったザコを適当に片づけた後…

 

「ああああああ!恥ずいですぅ!」

 

「じゃあ術式使わない……ってわけにはいかないよね」

 

正直シアの術式は強力。使わない手はない。しかも七海曰く、まだまだ術式の拡張の余地があるとのことだ。

 

(でも、それでも、アレはねぇ)

 

よしよしと頭を撫でて、元に戻った妹分を可愛がる。フリードを逃した苛立ちはあるが、それよりも妹分のケアを優先した。地上はユエの魔法で天変地異でもあったかのように荒廃していた。

 

「あ、シア見て」

 

「ぅぅぅぅ…あ、あの光」

 

遥か先の天空で光が輝き、それが拡散して、一瞬夜が昼になった。そう思えるような紅い閃光が輝く。輝きの後、空は紅く染まり、雷のような轟きをした後、ゆっくりと消えた。

 

「ハジメだ」

 

「グスっ…ハジメさんですね」

 

こんなことできる人物は、彼女達の知る中では、1人しかいない。そして、その考えは大当たりである。

 

「とりあえず、王宮に行こう?」

 

「はいですぅ」

 

 

 

紅い光が見える前、七海とハジメはノイントと交戦を続けていた。

 

「先程、何か言っていましたね」

 

「ぐっっ」

 

「誰が、誰の天敵だと?」

 

殺しきれなかった威力に身体が下がる。魔法の一部が当たったのか、左目に額から出た血が滴る。

 

「まだ………まだ始まったばかりですよ」

 

左手で傷口を触り、すぐに治す(・・)

 

「魔法…いや、それは魔法ではないですね」

 

「反転術式です。それより、私に構ってていいのですか?」

 

「⁉︎」

 

「先生に集中してていいのか?」

 

ハジメは自分の呪力出力を下げ、〝限界突破〟を使用する。シュラーゲンを構え、紅くスパーク音を轟かせ、光の速さで弾丸が飛んでいく。

 

「邪魔を!」

 

するなと、言う暇はないのか、ギリギリで回避した。

 

「やはり、ですね」

 

後方からした七海の声と、呪力に反応する。

 

「!」

 

体制を立て直し、追撃の剣を振るが簡単に防御される。だが、大剣の1つにヒビができる。

 

「馬鹿な」

 

「私の術式効果ですよ。さて、正直私は足手纏いですが、気張っていきましょうかね」

 




フリード、だから言ったでしょう?ガンバwってwww

ちなみに
この小説を書き出した当初は、ユエをあまり原作より強化する予定はありませんでした。しかし彼女の真の強さは魔法への理解力と応用力だと思い、呪術を知った彼女が何もないのはおかしいかなと思って書いてたら、いつのまにか強化していた。でも後々を考えるとそれでいいのかも

ちなみに2
シアの術式はこのキャラみたいな能力にしようとかそういうのはなく、自分で考えました。
するきっかけはシアに合った術式なんだろうなーと考え、ウサギ→不思議の国のアリスで時計を持った白ウサギから時間系の術式にしようと決めました。でも考えて完成した後、これを読んでる知り合いから
「まほよの青子?」「ジョジョのディアブロ?」と言われ、「やっぱいるかーそういう能力のキャラーw」と笑いながら凹んだ


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魂飛魄散⑤

久々に時間がかかりました。
今年は後1回投稿できるかできないかです
それと、今回はかなり独自の考えが入ってるので意見あればお願いします。


ノイントが睨みつつ、分解の魔法が付与されている羽で攻撃してくる。呪力で攻撃を防いだ(・・・・・・)が、強力な風魔法も同時にしたので、威力は殺せず、吹き飛ばされた。

 

「こっちだっての!」

 

四方からクロスビットの攻撃とハジメの攻撃を受ける。

 

「ぐっ!」

 

「フン」

 

その隙を七海が攻撃する。この繰り返し。正直、七海の負担が大きいが、利用できるなら利用するまで。もちろんこれは、反転術式を七海が使えるのが大前提だが。

 

「しぶといな、流石に……先生、反転術式は結構呪力を消費すんだろ?大丈夫か?」

 

「君の方こそ、出力を調整してるようですが、後どれだけ〝限界突破〟をできますか?」

 

ハジメの〝限界突破〟も、光輝がしていたように、出力を落として使用している。出力は元来よりもかなり下げ、おおよそ1.5倍程の上昇。能力を制限しているのは、大技を出す為の魔力の節約でもあるが、敵の動きに、分かりやすい変化があったから。

 

「まぁ、それなりにかな。……それより、先生もそろそろ気づいてんだろ?あの野郎、動きが上がってやがるのに、魔力を消費してる感じがしない」

 

〝限界突破〟同等の出力アップをしつつ、それだけの力を使っているのに、魔力は衰えることはないという破格の能力。脅威度は更に増した。だが

 

「それなのにあいつ」

 

「単調……というより、意識が定まってまない、いや、今は意識が私に行き過ぎている」

 

「ってことはやっぱり、あいつ呪力に過剰反応してるって事か?」

 

「間違いないでしょうね」

 

そうこう言ってる間に、ノイントは攻撃をしてくる。ノイントの方も、全身が銀色の魔力で覆われたことで、感じる威圧感は上がり、銀羽の1枚1枚の威力が上がっており、放たれる魔法も最上位に近くなっている。

 

「!」

 

高出力の銀羽が一斉に七海に向かう。呪力を放出し威力と速度を落として、残りを片っ端からたたき落とす。

 

(これ以上の呪力の消費は抑えたい。それに反転術式が使えるのも、今の状態だからだろう。……あの時、少し離れた所で私の術式を感じ、つい先ほどは発動した気もした。その瞬間に感じた、あの感覚を……その余韻がある今しか。そして、奴を倒すなら、いま、この時しかない)

 

疑似的とは言え、亀裂の最大威力の発生。ただでさえ、起こすのが困難な亀裂。その最大威力を出した感覚は、黒閃を出した時と同等か、それ以上の全能感と高揚感が訪れた。

 

その感覚と、七海の中で起こった変化と、彼自身が今まで考えていたことが一致し、意図的な反転術式の使用が、一時的ではあるが可能にしていた。

 

「なぁ、ちょっと聞きたいんだが、俺らに構ってていいのか?」

 

「……なんのことです?」

 

と、ノイントが少し下がったのを見計らい、ハジメが会話をする。無視されるかと思ったが、ノイントが会話に乗ってきたので、揺さぶりも兼ねてハジメは続ける。

 

「下で起きてることだ。教会連中も、おまえも、魔人族の王都侵攻を知らないわけがないだろ?このままじゃ王国が滅びるぞ?そうなると次はここだ。俺らに構ってるより、魔人族と戦った方がいいんじゃないか?」

 

至極真っ当な意見を言ったにも関わらず、ノイントはくだらないなと言うように鼻で笑い、一蹴する。

 

「そうなったら、それがこの時代の結末ということになるのでしょう」

 

「結末…ですか。とことん、人を駒としか見てないようですね」

 

七海もそこに加わる。ノイント…というより、エヒトにとっては、単なる暇つぶし程度。こういった類いの相手を、七海は見たことがある。純粋に、まるでオモチャで遊ぶように、人を、文字通り使う存在。

 

「この時代はたまたま人間族側についていたようだが、この分だと魔人族側の神もエヒト本人、もしくは配下か?」

 

「……だとしたら、どうだというのです?」

 

「解放者達から聞いた話の信憑性を、一応確かめてみようと思ってな?ほら、こっちから見たら、どっちもただの不審者だし」

 

自分の主を不審者と呼ばれたことに、感情がないというノイントの眉が動いたのを、七海は感じた。

 

「聞くだけ無駄でしょうが、一応聞きます。我々があなた方の主催するゲームにとって邪魔なら、さっさと元の世界に返せばいいんじゃないですか?それと、天之河君達……勇者一行も、王国が滅びたらいる意味もないでしょう」

 

「却下です。まずイレギュラー、主は、あなたの死をお望みです。あらゆる困難を撥ね除け、巨大な力と心強い仲間を手に入れ、そして目的半ばで潰える。主は、あなたにそういう死をお望みなのです。ですから、可能な限り苦しんで、嘆いて、後悔と絶望を味わいながら果ててください。それがあなたが主に対してできる最大の楽しませ方。勇者達は……中々面白い趣向を凝らしているとのことで、主は大変興味を持たれております。故に、まだまだ主を楽しませる駒として踊って頂きます」

 

「面白い趣向?」

 

「あなたがそれを知る必要はありません。この場で死ぬのですから。……そして」

 

ノイントは、睨むように七海を見る。

 

「害徒、主はあなたの存在を許さない。あなたの存在、あなたの力そのものが悪。存在してはならない禁忌。あなたをこの世から存在した証ごと消し去ることが、主の望みです」

 

概ね予想通りの答えと、明確な否定と殺意。

 

「なるほど、やはりそうですか。あなた自身はこの力を、呪力を見たのが初めてのようですが、エヒトにとっては、何か嫌な思い出でもあるんですか?」

 

「……」

 

瞬間、ノイントの身体を覆う銀色の魔力の出力が上がる。何か仕掛けてくるのを察し、今度は七海が呪力を抑え、ハジメが上げる。

 

「そうでしたね。イレギュラー、あなたも……害徒!」

 

先ほどまでよりも更に速い。ハジメのドンナーとシュラークの2丁拳銃による、呪力と魔力の弾丸を流星のような速さで回避し、距離を一気にとり、再び急接近してくる。あまりの速度で残像が発生し、その姿を2重3重にブレさせる。〝先読〟で配置したクロスビットの攻撃も、撃ち抜くのは残像のみ。そして、フッと姿が消えた瞬間、残像を引き連れてハジメの背後に回り込み、高速回転をしながら遠心力を乗せた双大剣を

 

「なんてな」

 

そんな隙を、わざわざ見せるようなら、七海から叱られている。

 

「やっぱり、そういう仕様なんですね」

 

双大剣を振る瞬間、ハジメは呪力を抑え、七海は一気に呪力を解放した。その影響で、ほんの一瞬、意識は七海に向く。そのせいで、勢いに繊細さがなくなった。

 

「〝金剛〟〝豪腕〟〝呪界到覇〟」

 

ハジメは今度は口に出して(・・・・・)発動させる。

 

 

 

 

 

 

『いいですか、呪術を極めるとは、引き算を極めるということです』

 

『ここで数学が活きるの?』

 

『別にそういう理由で数学の担当教師だったわけではないのですが』

 

縛りについて教える過程とし、七海は2人に説明をしていた。………なぜか関係ない者達も聞いていた。

 

『というか、君達が聞いても』

 

『呪術と魔法は似て非なるもの。何に活かせるかわからないし』

 

ユエは教師力で敗北したことを根に持ちつつ、〔+視認(極)〕の時のように、活かせるものを探すため。

 

『ユエとこれ以上差をつけたくなくて!』

 

香織はユエとの差を少しでも埋めるため。

 

『妾だけのけものなど嫌なのじゃ!』

 

(あなたはMなのかそうじゃないのかハッキリしてほしいのですが)

 

除け者にしたほうが鬱陶しいので七海は渋々許可する。

 

『ナナミン、ナナミン、早くなの』

 

(ミュウさんまで………)

 

興味津々に自分には関係ないはずのことを聞くミュウ。なんでこんなことになったのかと思いつつ、再開する。

 

『…まぁいいです。続けましょう。呪詞、掌印など、術式を構成、あるいは発動させるまでの手順をいかに省略する事ができるかで術師の腕は決まります。魔法で言うなら、詠唱、発動前の構え、魔法陣構築…これらにあたると思います』

 

ふむふむと皆頷く。

 

『逆に言えば、これらを手順よく行えば、自身の術式効果、出力上昇が見込める。これも縛りの一種です』

 

『むーでも、私はまだ術式あるかどうかわかりませんし』

 

『俺はそもそも術式がないなら、どうにもならない気がする。つか、術式開示以外での縛りができないんじゃ意味ないような気がする。あと、そこまでの作業を省略するのは、戦闘時に詠唱とかしてたらどうしても隙ができるからだろ?隙を作らずこれをするなんて無理じゃね?』

 

『それに、この省略って言うか、簡略化は既に先生から私達は教わってますし、実際それで出力調整もできてますし』

 

ハジメと香織の意見は正解だ。

 

『ここからは、更なる細やかな運用と、呪術戦で言うなら縛りです。南雲君、君は自身の技能を付与した呪具を作れるなら、まず間違いなく、それは呪術的に考えて、開示の縛りを持てるはずです」

 

『それは俺も考えてた。けど、魔法ってのは結構わかりやすいだろ?〝纏雷〟〝風爪〟然りだ。聞いただけでも見ただけでもわかる』

 

だからあまり意味がないのではとハジメは言う。

 

『ええ。だから、君は別に縛りを行使していけばいいと思います。例として、簡易的な縛りがあります。白崎さん、君には1度見せたことがありますよ。正確に言うなら天之河君にですけど』

 

香織は少し考える素振りをし、思い出す。

 

『円の中の動きの制限、それと攻撃の方法の開示ですね』

 

『ええ。あの時のは、自身の行動制限と攻撃方法の開示による、即席の縛りです。南雲君の武器は呪具なら、これらも使える筈です』

 

『な、なるほど』

 

『ふむ。では七海よ、攻撃の際にその技を叫んでしまえば縛りが起こるのかの?』

 

ティオの質問に七海は少し考える。

 

『……どうでしょうね。ものによると思いますが…………あくまで私の観点ですが、呪術的な理論で言うなら、ほぼ不可能です。しかし、術式の開示をしていても技名を口に出すことによるデメリットがある技であること、それが相手にもわかる技であること、どこを狙うか、どう攻撃するかの手順など、細かいことはあるでしょうが、そういった、自身のデメリットとなる部分や、手順というものがあれば可能とも言えます』

 

ティオは更に意見を出す。

 

『今の話を聞いて思ったのじゃが……ご主人様の場合なら、作り上げた呪具にもよるじゃろうが、呪具につけられた技能を攻撃方法の開示だけなく、詠唱として扱うこともできるのではないかの?』

 

 

呪具、黒帝:ハジメはこれを1つの呪具のように言っているが、実は複数のパーツで構成されている、言うなれば、組み立て呪具。ハジメの〝呪具錬成〟で作れる呪具は、アーティファクトと違い、複数の技能はつけられず、1つしかつけられない。更に一定の大きさ以上のものはできない。

 

それを克服する1手として、ハジメはパーツとして分けるという方法をとり、更に全てのパーツに技能を付与せず、幾つかのパーツには雫に渡した小太刀のように、内蔵する呪力を貯めておく機関部とした。これにより、ハジメは自身の呪力を使用せずとも、能力向上ができる。

 

そして、その中でも最も重要で、能力向上にあたるのは、コアに該当する関節部分に込められた〝限界突破〟改め〝呪界到覇〟。ようは〝限界突破〟を呪力で起こす。発動中は基本スペックを3倍引き上げるのだが、通常の〝限界突破〟とは最大の違いがある。それは、部分強化の可能と、その副次効果としての、呪具化し、術式扱いになった技能の強化である。

 

黒帝のパーツ構成は手の甲に付けている宝玉に込められた〝豪腕〟、関節部分の〝呪界到覇〟、肩の部分に〝金剛〟。これらを繋ぐ上腕、前腕、後ろ肩に紫電の呪力を溜め込み、それらをコードで送っている。そして、繋がっているコードを通して、一時的に能力を集約する。これらの集約する作業として、それぞれの技能を解放していくのだが、解放し、繋げていく際に技能の名を口に出す行為をすることで、集約を詠唱…呪詩の1つとして扱い、能力を底上げする。

 

黒帝から金属音が鳴り、呪力が解放されていく。それに反応する間もなく、ノイントの腹部に極大の一撃を浴びせる。

 

「黒閃‼︎」

 

様々な技能によって、極限まで引き上げられた黒い閃光。ノイントはギリギリの所で攻撃から防御に切り替えて、双大剣と簡易的な〝聖絶〟、更に分解の能力を持つ銀翼を使って防御するが、その程度で防げるほど、柔くはない。〝聖絶〟はまるで機能せず、銀翼に当たり、分解出来ず翼に穴をあけ、すぐに双大剣に命中し、更に一度七海の術式で脆くなっていた大剣はすぐに砕け、もう1つの大剣も、一瞬だけ防ぐが、ガラスのように砕け散り、ノイントの腹部で黒い閃光が輝く。

 

ノイントの時間が一瞬止まっていたように感じたが、それはすぐに終わり、次の瞬間、ノイントの身体は先ほどよりも更に速く、神山へ吹っ飛ぶ。轟音を立てて神山に激突したが、勢いは止まらず、山の中にノイントが埋まっていく。そして、ハジメが見ている神山の裏側まで到達し、ノイントは墜落していく。

 

「……ま、まだ、だ」

 

ノイズのような声をだし、空中で捻り、体制を変えた。翼はボロボロ、既に死に体だが、ノイントにつけられている命令が、消せと命じる。

 

「あれは消さないといけない。主の、命に、基づき、害徒を、」

 

フラフラした動きで飛んでいると、

 

「凄まじい威力ですね」

 

自分が吹き飛ばされてできた向こうから来た七海が、上から覗き込んでいた。

 

「その調子では、もう長くは戦えないでしょう?魔力で動くあなたに、高度な回復魔法があるとは思えませんし、あっても些細な物でしょう?文字通り、あなたはエヒトが作った呪骸…いや、魔法で作っているのなら、別でしょうけど……パンダ君と同じタイプですかね……言ったら本人怒るでしょうけど」

 

「見下すなぁ……がい、とぉぉぉぉぉ!」

 

ノイントの片腕は既に機能していない。もう片腕に大剣の代わりとして、光の剣を出現させて、七海に向かう。剣を構え、呪力を込めて受ける。片腕だけとはいえ、特級に値する強さはある。連続の剣技であたるが、七海はどうにかうける。

 

「もらった!」

 

肩から胸にかけて切られた。だが

 

「こちらもいきます」

 

ハジメの黒閃により出来た傷。それを起点に線を作り1つ、それとは別にもう1つ、別角度から作り上げた術式による弱点。

 

「極ノ番、亀裂」

 

最大威力ではない。元来の方法から離れたものでもあり、出力もかなり低いが、確実に決まった。呪力がノイントの内部で暴れて放出される。

 

「う、あ、う」

 

攻撃で距離を取ることができたノイントは、声を出せず、だが銀翼を羽ばたかせ、大量の銀羽と、分解の力を持つ魔力の砲撃を放つ。それに対して、七海は

 

「ふっ!」

 

逃げず、避けず、特攻する。全ての攻撃が当たり、ノイントは勝利を確信したが

 

「な、ぜ」

 

攻撃を受けて、多少の傷口があるが、それでも身体は五体満足で存在する七海が距離を詰めて来る。しかもその際に傷が治っていく。

 

「言ったでしょう?天敵だと。あなたの分解能力は、確かに凄まじいです。でも、なんでもかんでも分解できるわけではない。分解できるなら、今私がいるこの場所一帯の、空気を分解すれば、すぐに終わる」

 

最初に攻撃された時と自身が攻撃を受けた時から気になっていた。分解という強力な能力を持っていながら、威力を弱めているとはいえ、なぜすぐに自身の身体が分解されないのか。そして、なぜメルドが死んでないのか。

 

メルドから聞いた話から七海が察するに、その時も急遽分解の魔法を使ったのだ。なのに、メルドも、その下にいた遠藤達も消滅していない事実。それがずっと謎だった。考えられる要因は2つ。だが、どちらも同じ理由…呪力。1つは、ノイントにとって忌むべき力を見て、急遽分解魔法を使ったせいで、魔法構築が甘かったこと。もう1つは相手の力を完全ではないとはいえ、相殺したから。

 

「呪力は、分解しにくい、物によってはできないんでしょう?」

 

そして、これまでこの世界で見て、体感してきたことでできた、1つの確信。

 

「正の力の源たる魔法と、負の力の源である呪力。根幹は同じに見えて全く違うもの。真逆の物を、分解という手段で消すのは、簡単ではない」

 

ハジメやシアがこれまでしてきた、魔力と呪力の2重強化は、正の力と負の力の衝突によって生まれた、膨大なエネルギーそのもの。言うなれば、五条悟の虚式: 茈を生成しているに近い(・・)

 

(あくまで近い、だ。正の力の呪力に近い物が魔力だが、性質はまるで違う。その違いが、《六眼》なしで正のエネルギーと負のエネルギーを込めることができる要因)

 

より正確に言うなら、反転術式をするのに近い。負の力(マイナス)負の力(マイナス)を掛け合わせて正の力(プラス)の呪力を生み出すように、純粋な正の力の魔力に純粋な負の力の呪力を掛け合わせ、より強い負の力にする。すなわち、魔力は、呪力によって侵食される。

 

「だから、呪力を恐れているのでしょう?エヒトは。この数100年、もしかして1000年近くかもしれませんが、あなた方は呪力を見てない。故に、あなたが私程度に過剰反応をするのは…恐れからと、そして調整ができていないから。今度はそうならないようにすべきですね」

 

全てのきっかけは、ハジメが七海に神水を飲ませたこと。神水には魔力を回復させる力も持つ、純粋な正の力の塊。だがハジメやシアと違い、七海には魔力を貯め、流す能力はなく、反転術式で生まれた正の呪力ではない為、七海の中で呪力と混じりあった。その結果、膨大な呪力となり、肉体崩壊するのを防ぐ為、無意識のうちに、七海の身体は反転術式を行い、呪力を消費させた。そして、再生魔法の習得による知識と、再生…復元していくイメージが流れ込み、七海は反転術式の使用を、ある程度だが無意識的にできるようになっていた。

 

そして、今度はとは言うが、逃すつもりは全くない。

 

「また、私の術式は、7:3の比率の点を強制的に弱点にするのですが、この術式の奥義も、あなたの天敵だ。普通の人と違い、あなたは魔力をエネルギー源としている。そこに、異物である呪力が入り込めばどうなるでしょうね」

 

もう1つの確信。呪霊に反転術式でできた正のエネルギーの呪力を流されてしまえば、それに耐えきれず消滅する様に、正のエネルギーで動くノイントにとって、呪力はそれそのものが毒になるのではないかと。

 

事実、うまくノイントは動けておらず、攻撃に含まれる魔力はかなり雑になってしまっている。

 

七海は足に付けた呪具に呪力を一気に込めて、怯んでいる死に体に近いノイントへ向かう。どうにか出した威力が極端に落ちた分解の攻撃を時折受けながら、それを無視して更に向かう。そして、

 

(黒閃!)

 

ノイントの顔面に、黒い閃光が輝く。その勢いを乗せたまま、七海は遠心力をつけて回転し、再び神山の方に飛ばす。そこには

 

(白王、魔力装填完了。空間魔法機動)

 

ハジメは両腕を前に構える。白王が起動して、自身の正面にクロスビットが作った物とは別の正方形の小さな空間を作り出す。

 

 

「〝限界突破〟今度は全力だ」

 

落としていた出力を全開にしたことで、魔力の出力をあげる。アーティファクト、白王。それにも空間魔法が付与されているのだが一部のみとはいえ、完全な防御を作り出す。黒帝が剣なら、白王は盾の役割を持つ。だが、もう1つ、使い道がある。空間魔法によって作り上げた、小さな空間。その内部に、限界突破で出力の上がった魔力を流し、呪界到覇で出力の上がった呪力を流し込む。

 

「っ!ぐっっ⁉︎」

 

これまでしてきた呪力と魔力の同時付与によって生み出されるエネルギーは、体外へ出た途端に発散しやすい。それを、空間を別つことで強大なエネルギーが放出されないよう、空間内に留める。この作業は、正直困難ではあるが、ハジメは〝魔力操作〟と、七海に教わった呪力操作による、それぞれの独自の回し方で効率的に続ける。

 

更にエネルギーを保ったまま空間を圧縮し、エネルギーの密度を上げる。

 

「くらえ」

 

限界ギリギリまで圧縮されたエネルギーを別っていた空間を解放することで放出する。その際、ハジメは空間の一部のみに穴を作る事で、放出される方向の限定と、エネルギーの発散を防ぐ。

 

「あ」

 

ノイントが最後に見たのはほんの一瞬輝く小さな光。次の瞬間には腹部が消滅し、下肢と、上部が分かれて神山から、落ちていく。

 

「今はまだこんなもんか」

 

どうせならノイントを完全消滅させたかったが、そこまでの威力はまだ出せない。イシュタル達の〝覇堕の聖歌〟がなかったとしても、どれだけの威力が出たか。

 

「終わりましたね。ところで、先ほどの技も、私を守っていた物も、まだ未完成の物だったというのに、さすがですね」

 

「…完全完成には、まだなんか足りない気がする。多分、俺の呪力量と、魔力量に幅があるせいだと思う」

 

その為の呪力タンクだが、ハジメはいずれそれを必要のない物としたい気持ちがあった。

 

「ともかく、行きましょう。ティオさんと畑山先生と合流して」

 

会話の最中、ズドォオオオオオン‼︎と神山全体を激震させるような爆発音が轟き、その方向を七海とハジメが見ると、巨大なキノコ雲。まるで、原爆でも落ちたかのようなその光景に、2人はポカンと口を開けた。

 

「昔、テレビのドキュメンタリーか何かで、こんな光景見た気がする」

 

「私もです」

 

爆発の場所から考えて、おそらく聖教教会総本山だろうと思っていると、ハジメが「お」と声をだす。おそらく念話で、相手はティオだと七海は思った。それは当たったようで少ししてハジメが言う。

 

「七海先生、ティオ達と合流しよう。ああなった原因も知ってるみたいだしな」




王都侵攻編、まだまだつづく……くそぅ

ちなみに
白王で作った小さな正方形の空間の大きさですが、獄門疆と同じくらいの大きさだと思ってください。

ちなみに2
魔法と呪力の関係
・呪力→純粋なマイナスエネルギー
・反転術式→プラスエネルギーの呪力
・魔法→純粋なプラスエネルギー
・闇魔法→マイナスエネルギー寄りの魔力
現在はこんな感じです。

『いくら五条が圧倒的チートとはいえ、ハジメがそう簡単に諦めるという選択肢を取るとは思えない』(要約)という意見がありました。実際、自分の中で五条悟というキャラをどこか神格化してる部分があったなと感じました。
それでありふれの主人公の魅力を損なうのはダメだと思い、近いうちにハジメが五条を越すことを目指す描写を付け加えるなどのここはと思う部分を添削などします。

これからも意見、感想があれば遠慮なくお願いします


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魂飛魄散⑥

わかってたよ。俺達が読んでる作品の作者が、芥見下々特級呪霊(並のエグさ)だってことは

それでも、推しキャラの死は辛い、マジで辛い。
読んでてマジで叫んだのは七海の死以来ですわ


再び時間は遡る。王都の結界が破壊され、ガラスが砕けたような不快な騒音が聞こえ、就寝中の雫は即座にシーツを撥ね除け、枕元に置いてあった黒刀を握り、臨戦態勢となった。ちなみに小太刀の方が枕元に置く武器としては最適であるが、1番使い慣れた長刀の方が即座の戦闘には良いのと、先日、試し切りとして王都の外の魔物に使った際、とんでもない事になってからは、残りの使用回数がわからないのもあって、使用の制限をしていた。

 

「…………」

 

この世界に来てから、普段から気を抜くことはなく、警戒をしていたが、七海からの指導後は更に反応が上がっていた。しばらく抜刀状態でいつでも攻撃に対処ができるようにし、息を潜めていたが、室内に異常がないと分かり、僅かだが安堵するも、警戒は解かない。

 

(愛ちゃんとリリィがいなくなって、まだ3日。王国内の兵達や貴族、国王の不穏な動き。やっぱり、何かが起こってる)

 

愛子の方は総本山でハジメ達と七海の異端審問について協議していると、もっともらしい説明を受けたが、いなくなる前に重要な話があると言った彼女が、なにも言わずに姿を消すなどあり得ないと思い、直接会わせてほしいとも頼むも拒否され、神山のリフトも停止されていた。リリィの父である国王に直談判するも、3日もすれば戻ると言われて、その時は引き下がった。

 

3日経って、リリィも愛子も戻らなかった時、雫はそれをひどく後悔した。

 

しかも王宮内にいたイシュタル達教会関係者の姿は消え、国王、宰相、側近、更にメルドとも面会できなくなった。頼れる大人がいないなか、雫は決断した。愛ちゃん親衛隊の園部優花達の6人と相談し、今晩愛子が戻らないのなら、自分達だけで神山へ物理的に、要するに8000メートル級の登山という無茶をしてでも愛子のもとへ行くと決めた。

 

光輝にも相談しようかと思うが、今の彼の精神状態ではまともな判断はできないと踏んだ。現に、この状況下でも光輝は違和感はあれど、自分に課せられた問題、離れていった香織に対する気持ち、ハジメと七海に対する複雑な気持ち、そして、人を殺した事実と、これから先もその問題が来るという不安感が、彼の中での優先事項になっていた。とはいえ

 

「もし、このままリリィや畑山先生が戻らないなら、無理矢理でも国王に直談判する」

 

今日の訓練の後にそう言い、少しは変化があるなと思った。だが、逆にそれが多くのクラスメイト達を不安にしていた。あの光輝でも不安になっていると。これも、光輝を神山への強行登山へ誘わなかった理由の1つ。

 

「とはいえ、もうそんな状況下でもなさそうね」

 

雫はすぐに装備を整える。元々早朝に8000メートル級の登山+総本山の強行をできるよう、ある程度の準備をした状態で就寝していたので、ものの数秒で整えることができた。

 

(一応、コレも持っていこう)

 

1回使用して以降、ずっと使わずにいた小太刀を腰につけ、そして部屋の扉を少しだけ開けて、見える範囲に怪しい人物がいないのを確認し、静かに部屋を出た瞬間

 

「あ、雫っち!」

 

「⁉︎」

 

雫は最初の「あ」が聞こえた瞬間に黒刀に手をかけて身構えた。が、すぐにその声の主が愛ちゃん親衛隊の宮崎奈々であるとわかり、構えを解く。

 

「馬鹿!」

 

「無用心!」

 

「何のために静かに行動してるんだよ」

 

と園部含めた親衛隊のメンバーから注意をうけつつ、頭をペシペシとはたかれた。雫は良い意味で緊張感を削がれたので大丈夫という意味を込めて手をパタパタと手をふり、向かいの光輝達の部屋をノックした。

 

「誰だ?」

 

「私よ、光輝。開けてくれる」

 

問いかけの後、光輝は扉を静かに、僅かだけ開ける。以前までの光輝なら、確認もせずに無用心に扉を開けていただろう。この変化を喜ぶべきか、そうでないのか。考えたくなるが、それを置いて、雫は話をしようとしたが、

 

「あなた、また寝れてないの?」

 

光輝の目元はわかりやすいくらいに隈ができていた。ここ最近の光輝は就寝しても、魔人族の最後の姿と言葉が夢に出たり、自分の知る人物達の屍が転がっている光景を見たり、どちらも最後に七海が出てて、ホルアドを出る前夜の問いをかけて、汗まみれで起きる。これの繰り返しで、まともに寝れていなかった。

 

「……大丈夫だ。明日には、マッドさんが手配してくれた睡眠薬が来るから」

 

マッド曰く、夢を見ないで眠れる睡眠薬だそうだ。ただ、薬であるので副作用として、タバコや麻薬ほどにないにしろ、ある程度の依存性があるようだが。

 

「そんなことより、今の、何かが割れたような音はなんだ?」

 

「……分からないわ。とにかく、皆を起こして、情報をもらいましょう。なんだか、嫌な予感がするのよ……」

 

「ん〜〜一応、警戒するけどよ、雫の考え過ぎじゃねぇか?ここ、王宮内だぜ」

 

龍太郎が部屋の奥から少し眠そうな様子で姿を見せる。先程の大音響で目が覚めたのだろう。

 

「正直、俺もそう思うが、何かあってからじゃ遅い。雫の言う通り、皆を起こしに行こう」

 

龍太郎ほどでないにしろ、光輝も王宮内の安全性を疑うことはしてない。だが、警戒心と緊張感があれ以降やはり上がっており、光輝はそう判断していた。光輝の言葉に部屋の外にいた優花達は頷き、手分けしてクラスメイトを起こしに行った。

 

大迷宮攻略をしていた勇者パーティーと檜山パーティーはすぐさま装備を整えて廊下に集まった。ただ、やはりというか、居残り組…要するに心が折れていた者達は未だ眠っていたり、怯えて部屋から出るのを拒んだりと、集合させるのに少し手間取ってしまった。

 

「皆、寝ている所すまない!だが、先程何かが壊れる大きな音が響いたんだ。王宮内は安全だと思いたいが、何が起こったのか確認する必要がある。万が一に備えて、一緒に行動しよう!」

 

光輝の活を入れる為の声で皆「ハッ」とする。もし部屋に残って、光輝達がいない間に何かあったらと。顔を青くし、ざわつきつつ、コクリと頷いた。

 

「ニア!」

 

パタパタと軽い足音がした廊下の方を見ると、雫と懇意にしている専属侍女のニアが駆け込んで来た

 

「雫様………」

 

ニアはどこか覇気が欠けるような表情で雫の傍に歩み寄る。騎士の家系で、剣も嗜み、いつもの凛とした空気を纏う彼女を見てきた雫は違和感を感じた。何か魔法の影響がと思うが、残穢が見えない(・・・・)のと、ニアの口から飛び出た情報に度肝を抜かれて、違和感も吹き飛ぶ。

 

「大結界の1つが、破られました」

 

「な、なんですって?」

 

思わず雫は聞き返し、それに対してニアは淡々と事実を告げる。

 

「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃で大結界が破られました」

 

その情報は、あまりにも現実離れしていた。遥か北の大陸の更に奥にある王都に、関所、領、町をこちらに情報を与えないまま通過して来るなどありえない。しかも何百年も王都の守りを絶対たらしめてきた守りの要を、あっさりと破壊された。

 

「本当、なのか?」

 

光輝は冷や汗を出す。冷静でいられないのも無理はない。

 

「今のところ、破壊されたのは第3障壁のみです。しかし、第3障壁は一撃で破られました。全て突破されるのは時間の問題かと」

 

ニアの言葉に光輝は少し考え、自分達の方から打って出ようと提案した。

 

「俺達で、少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵士団や騎士団が臨戦態勢を整えてくれれば…」

 

光輝の考えに決然とした表情を見せたのはほんの僅か。心の折れたクラスメイト達は眼を逸らして暗い表情をする。それを察した光輝は俺達だけでもと号令をかけようとしたが

 

「天之河、ちょっと待ってくれ。戦える連中だけで挑むのは良いけど、他の奴らと、まだ起きない谷口はどうする?」

 

「!それは」

 

野村が声を上げ、光輝は考えだすが、更に野村は告げる

 

「実は、こんなこともあろうかと、脱出用の穴を作ったんだ。王都の外まで繋がってる。戦えない奴は、そこから脱出させよう」

 

「い、いつの間に」

 

「それで訓練に来なかったのに、いつもやつれ気味だったのか」

 

七海との縛り、秘密裏の行動についてだが、万が一話さなければいけない事態ならば発言は許可するとしていた。野村はこの状況でなら、その制限を突破できると考えた。実際言えたことが、何よりの証拠である。

 

「本当なの?それ?」

 

「ああ。ただ、そんなことしてたら、王宮の、特に教会関係者からなんて言われるかわからないから、秘密にしてたごめん」

 

より正確に言うなら、七海の指示のもと、自分で考えて行動した結果なのだが、そこは言えない。聞いた辻もそうなのだろうなと感じたが、彼女も縛りをしているので話せない

 

「………わかった」

 

驚きつつ、その内容を確認した光輝は、元々自分達だけで時間稼ぎをしようと思っていたので、納得し、声をかける。

 

「なら、ここからは別れて行動しよう。時間稼ぎ組は俺と一緒に。逃走組は、穴を作った野村と行動してくれ。ただ、野村、安全が確保できたなら、こっちの支援に回れるか?」

 

野村は「ああ」と頷く。が、そこに再び待ったをかける人物が出た。それは恵里だ。

 

「待って、光輝君。勝手に戦うより、騎士団の人達と合流するべきだと思う」

 

「恵里…だけど」

 

「ニアさん、大軍って…どれくらいか分かりますか?」

 

逡巡する光輝から視線を外し、恵里はニアに尋ねる。

 

「………ざっとですが、10万ほどかと」

 

その場にいた全員が息を呑む。もはやこれは襲撃ではない。侵攻である。

 

「光輝君、そんな数、七海先生でも抑えらえない。私達だけじゃ、尚更抑えられないよ。数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、1番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、メルドさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな?」

 

普段は大人しい眼鏡っ子の恵里だが、ここぞという時は、控えめな性格の瞳に強い光が宿る。彼女も勇者パーティーの1人。光輝達にも決して引けを取らない。なにより、その意見はもっともなものだ。

 

ちなみにだが、メルドが行方不明の件は生徒達に伏せられている。余計な混乱を与えない為だ。

 

「ふぅ、私も恵里に賛成するわ。少し、冷静さを欠いてたみたい。光輝は?」

 

「…そうだな。焦って動いたら、何があるかわからない。連携をとって対処するのが、最も効果的だ」

 

光輝は一瞬、七海の冷静な顔が浮かんで黙ったが、恵里のここぞという時の判断力はかなり信頼していたので、それに賛同した。

 

「じゃあ、野村。そっちは任せる。あと、城内の非戦闘員も出来るだけ避難させてくれないか」

 

「わかった。でも、とりあえずはクラス連中……特に、谷口を優先する」

 

野村は恵里の部屋の隣、個室で眠り続ける鈴を担ぎ、戦闘を望まない生徒達と鈴の元に向かう。

 

「俺達も急ごう。メルドさん達と合流するんだ」

 

勇者パーティー、檜山グループ、園部達の各パーティーのリーダーは頷き、兵士や騎士達の集合場所に向けて走りだす。また、野村とついて行くよりも、光輝含めた実力者のもとにいる方が安全と思った居残り組の生徒もそれに肯定した。

 

そこにいた1人は、ほんの一瞬苦い顔をし、すぐに黒く、三日月のような邪悪な笑みを見せていたが、気づく者はいなかった

 

 

緊急時に指定されている集合場所は、これまでも何度か七海との訓練や模擬戦でも使った屋外訓練場だった。すでに多くの兵士と騎士が整然と並び、壇上で騎士団副団長のホセが状況説明を行っている。ただ、その兵士や騎士達は誰もが青ざめた表情で呆然と立ち尽くして、覇気はなく、お世辞にも士気が高いと言えるものではない。その状況を見ていた光輝達に気づいたホセは状況説明を中断して、声をかけてきた。

 

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」

 

「はい。ニアから聞きました。それで…メルドさんは?」

 

「……団長は、数日前に、行方不明になっている」

 

「え⁉︎」

 

ホセの言葉に光輝が驚き、それに続くように他の者達も動揺した。

 

「すまない。今話すのは、お前達に余計な心配をかけてしまうと思い、兵士を含めて緘口令を出していた」

 

「そんな!メルドさんは無事なんですか⁉︎」

 

「わからない。だが、今は、他にすべき事がある。我々は、この未曾有の事態への、対処をしなければならない」

 

ホセは拳を握りしめ、光輝を見る

 

「今こそ、勇者の力がいる。さぁ、我らの中心へ。あなたが、我々のリーダーなのだから……」

 

ホセは光輝の手を取り、整列している兵士達の中央へ案内した。さらに、居残り組の生徒達も中央へ案内しだす。戸惑いはあるが、無言の兵士がひしめく場所で何か言えるはずもなく、流されるまま光輝達について行く。

 

(何か、この感じ……気持ち、悪い?)

 

周囲の兵士と騎士は表情は全く変わらない。その違和感と、ここについてから感じる妙な感触。ザラリと、砂のついた手で皮膚を軽く撫でられるような、不快感。無意識に雫は黒刀を持つ手に力が入る。

 

「ねぇ、雫。なんだか」

 

不安を押し殺した表情で小さな声で問いかける園部に、雫は「分かってる。気を抜かないで」と同じく小さく呟く。しかし、この状況では拒否もできない。何かがおかしい。そう感じている。それは光輝ですらそうだが、この違和感の正体がわからず、流されるまま光輝達は兵士と騎士の中心へ辿る着く。

 

ホセが演説を再開する

 

(なに?違和感が、増したような)

 

雫と同じく、それに気付いたのは、この場にいる中では雫と原因含めて5人(・・・・・・・)

 

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はいない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことはありなどしない。さぁ、みな、我等が勇者を歓迎しよう。今日、この日の為に、我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

 

ホセの言葉と共に、兵士と騎士が一斉に抜剣し、掲げる。それと同時に、周囲から戸惑う声がしたので、雫を含めた幾人がそちらを見ると前衛の生徒がいつの間にか生徒達の間に入ってきた兵士や騎士達によって、互いに距離を取らされ、囲まれていた。

 

「⁉︎みんな、逃げ…」

「始まりの狼煙だーー注視せよ!」

 

雫は総毛立つ。今度はハッキリと見えた。周囲の兵士と騎士達から、ほんの僅かだが残穢が見えた。それに反応し、逃げるよう告げる前に、ホセ懐から何かを出し、頭上に掲げ、その怒号のようなホセの声に誘導され、殆どの者がそちらを見た。

 

刹那、カッ!と光が爆ぜる。ホセの持つ何かが閃光弾のように強い光を放ち、そこに注視していた光輝達は咄嗟に目を逸らす、目を覆うなどしたが、一瞬でも直視したことで、視覚が光に塗りつぶされ、次に聞こえたのは肉を突き破る生々しい音と、くぐもった悲鳴。苦痛に耐えられず、ドサドサと倒れて行く者いる中で、その強行を防ぐ、金属音も聞こえた

 

「何⁉︎」

 

「わかんないけど!間に合った」

 

「防御を強化するわ」

 

それは発光前に感じた魔力を咄嗟に感じ取り、そして即座に目を隠したことで、目をあまり灼かれることもなく、襲いくる凶刃を防いだ雫を筆頭に、彼女ほど反応ができずに目を灼かれつつも、〝聖絶〟を簡易詠唱をした辻と、その内部にいた吉野。そして雫の近くにいた恵里だ

 

「こんな……」

 

閃光が収まって周囲を見ると4人以外の生徒が全員、背後から兵士や騎士達の剣に貫かれ、地面に組み伏せられた光景。特に前衛組の筆頭の光輝や龍太郎は酷く血まみれで凄惨な状況下だが、辛うじて生きている。それに僅かながら安心して見ていると、

 

「遠藤君⁉︎」

 

「うぐ、あぁぁ」

 

いつのまにか、というより気付かなかった。両足を切断され、全身を滅多刺しにされて倒れた彼を見つけるまで。あまりの痛みに痙攣していた。そこに更に、魔力封じの枷をつけていく。他の組み伏せられている者も同様にだ

 

「遠藤く」

 

ゾクリと、先程以上の感覚に、咄嗟に雫は回避を選択した。魔力の刃が通り過ぎていく

 

「あらら〜、流石というべきかな?…ねぇ、雫?」

 

その生徒は、既に防御を解いているにもかかわらず、兵士達に襲われず、平然としていたが、それ以上に、普段とまるで異なっていた。

 

「ぇ、なん、ぇ?何を言って…⁉︎」

 

あまりに雰囲気が変わり、言葉を詰まらせるも、反射的に背後から斬りつけようとした騎士の攻撃をかわす。

 

「これも避けるとか…ホント、雫って面倒だよね」

 

その生徒は呆れているかのように言う。それに問いを言おうとしたが、更に激しく雫に剣が突き出される。他の兵士や騎士も加わり、力がいつもより上がっているかのような一撃一撃を凌いでいたが、

 

「雫様!助けて……」

 

騎士に押し倒され、馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。

 

「ニア!」

 

身体強化を足に集中。更に〝無拍子〟からの〝縮地〟による超高速移動で振り下ろさせれる剣を掻い潜り、ニアのもとへ到達し、勢いそのまま馬乗りになっていた騎士の腹を蹴りつけて吹っ飛ばし、巻き込まれる形で数人の兵士と騎士が吹っ飛ぶ。

 

「ニア、無事?」

 

「雫様……」

 

倒れ込んでいるニアを支え起こしながら、周囲に警戒の眼差しを向ける雫。ニアはポツリと雫の名を呟き、両手を回して縋りつき、

 

「え?」

 

雫の背中に懐剣を突き立てた。

 

「ニ、ニア?ど、どうして……」

 

背中に奔る激痛に顔を歪めながら雫は自分に抱きつくニアを見下ろし、気付いた。彼女から、魔力の残穢が見えていた。

 

「………」

 

何も語ることもないニアは、普段の親しみのこもった眼差しも快活な表情もなく、ただ無表情に〝虚ろな瞳〟雫を見返す。

 

(あぁ、どうして)

 

気付かなかったのかと後悔する。最初からニアの様子がおかしかった。だが何か魔法を受けたにしては残穢は見えなかったので、原因は王都侵攻のせいだろうと思っていた。

 

何より、彼女を信頼していた。だから、彼女の様子が自分の周囲を無表情で取り囲む兵士や騎士と雰囲気が全く同じであると、気付かなかった。ニアは、そのまま雫の腕を取って捻りあげると地面に組み伏せて拘束し、魔力封じの枷を付けた。

 

「アハハハハッ、流石の雫でも、まさかその子に刺されるとは思わなかかった?うんうん、そうだろうね?何せ七海先生でも気付けないように残穢を隠したんだし、直前まで待ってから用意したんだし?」

 

その生徒は嘲笑いながら告げる。

 

「ただ、やっぱり動作や言動が複雑になったり、攻撃的な行動をさせようとすると、反応は強くなるみたいだね。実験はしといて正解だった」

 

雫は背中に感じる灼熱の痛みと頬に感じる地面の冷たさに歯を食いしばる。この異常は、この生徒が原因だと、ハッキリと悟る。

 

「どう、いうこと?」

 

認めたくない。普段一緒に笑いあっていた彼女が、このような兇行をするなど。だが、認めざるをえない。そこにいるのは、紛れもなく

 

「どういうことなの、恵里っ!」

 

中村恵里。控えめで大人しく、気配り上手の心優しい仲間だった、彼女だった

 

 




ちなみに
実は最初は神代魔法をゲットするとこの描写はできており、そこを投稿しようと思いましたが、ちょっと順序を変えました。あと、この話で香織も出すつもりでしたが、これ以上やると2万文字いく可能性があるので、分けます。

ちなみに2
遠藤は現段階で強くしすぎたなと思い、ここで一時戦線離脱にする為、こうしました。もうわかると思いますが、恵里も七海と同じ〝魂知覚〟を習得してます。でも(弱)ではなく普通の〝魂知覚〟ですので性能は上です


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魂飛魄散⑦

またも、呪術ロスが続く…添え物程度にしかならないでしょうが、どうかよろしくです。

乙骨ぅぅ、頼むから、頼むからぁ

戦鬼の好きなキャラ1位乙骨、2位日車、3位七海


「!………感じる、これ…たぶんそうだね……」

 

雫の発言を無視して、空を見上げて、何かを感じたのか、ボソボソと呟く。

 

「もう少しなんだけどな………」

 

ケタケタと笑いながら、恵里は周囲の倒れている仲間…否、元仲間達を愉悦たっぷりの眼差しで見下ろしつつ、ゆっくりと、目的の人物のもとに向かう。

 

「っと、その前に」

 

思い出したかのように、手を前にだし、〝聖絶〟を展開する辻に向けて、

 

「え」

「は」

 

辻と吉野は、何が起こったか、文字通り理解出来なかった。〝聖絶〟が破壊された。だが、どうやって破壊されたかわからない。何かが衝突し、防ぐも、恵里の謎の行動で起こった何かの攻撃で破壊され、その威力そのまま、2人は吹っ飛ばされ、壁に激突した。

 

「いまの、何を、したの?」

 

トータスに来たことで強化された肉体と、これまで七海の訓練による身体強化によって、2人は死んではいないが「ゴボっ」と血を流して倒れ、そのまま他の生徒達同様に、周囲の兵士と騎士によって魔力封じの枷を付けられる。

 

「うーん……なーんか違うんだよなー使い方として、正しくないっていうか…… まぁ、それは今はいいか。それにしても、滑稽だよねぇ。遠藤君は誰にも気付かれないくらいの隠密能力があるみたいだけど、僕にはずっと見えてたよ。それに気付かないなんてねぇ。野村君もだろうけど、どうせ七海先生あたりに何か言われて行動してたんだろうね。身内に敵がいるってわかった時点で、もっと警戒すべきだったのに」

 

七海は別に警戒してなかったわけではない。が、それが檜山のみと決めつけていた。というより、恵里を疑うことができなかった。それほどまでに、彼女は実力、本性、自身の魔法を隠すのに秀でていた。

 

「え、恵里、いったい、ぐっ、どうしたんだっ」

 

恵里は目的の人物、光輝に近付き、彼の首に嵌められた魔力封じの首輪引っ張り、親しい友人の変化に動揺している光輝の疑問に答えることなく、

 

「アハ、光輝君、つ〜かま〜えた〜」

 

光輝の唇に、自分の唇を重ねた。いきなりの行動に光輝は何をされたかわからなかったが、喰らい、貪るようなキスから、逃れるように身体を動かそうとするも、彼には首輪を含めて他の生徒以上に魔力封じの枷をかけらた状態で身体を数人がかりで押さえおり、なおかつ剣で貫かれている状態ではいっそう力が入らない。

 

「ぷぁ」

 

唇を離し、滴る唾を自身の舌で舐めて飲み込む。一連の流れに、自分で感動しているかのようの恍惚な表情をし、今まで自身の特徴を表していたメガネを取り外し、倒れ伏すクラスメイト達を見下しながら邪悪な笑みを浮かべた。

 

「とまぁ、こういうことだよ、雫」

 

「……どういう、ことよ」

 

わけがわからないと言うような表情と問い。そして睨みに対して、「なんでわからないの」と言いたいような馬鹿にしたような顔で、語りだす。

 

「わからないのぉ?僕はね、ずっと光輝君が欲しかったんだ。だから、そのために必要なことをした。それだけのことだよ?」

 

「……光輝が好きなら、こんなことしなくても、告白でもすれば、よかったでしょう⁉︎」

 

というよりも、この為だけに自分達を裏切り、傷つける必要はない。という雫の意見は、恵里には通じない。

 

「ダメだよ、ダメダメ、ダァーメ。告白なんてダメ。光輝君は優しいから、特別を作れないんだ。周りのなんの価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放ってっおけないんだ。だから、僕だけの光輝君にするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 

馬鹿にするかのように…ではない。心の底から、彼女は馬鹿にしていた。雫にもそれはわかるが、あまりの豹変ぶりに驚きすぎて、怒りが湧いてこない。彼女の身体が他の誰かと入れ替わったと言われた方がまだ信じられる。

 

「異世界に来られてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかった。おまけに、あの人が担任になっちゃって余計に動きにくくなっちゃってさぁ〜」

 

あの人とは、七海のことだろうと雫は考えた。

 

「まぁ、いい所まで行ったけど、本質は見抜けなかったみたいだけどね。あぁ、当然だけど、僕はあの人が提示する帰還なんて絶対認めない。このまま戦争に勝って帰るってのもね。光輝君は、この世界で僕と2人、ずぅ〜っとずっと暮らすんだから」

 

「まさか、大結界が破られたのも…」

 

「アハハ、気が付いた?そう、僕だよ。彼等を使って、大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」

 

神代魔法を知らない雫は魔人族が王都近郊までなんの情報も与えないまま侵攻できた理由はさすがにわからなかったが、考えたくもない、当たってほしくもない仮説が、次々と当たっていく。口に出しながら恵里の視線は〝虚ろ〟になった騎士と兵士達にあり、おそらく彼等にやらせたのだろうと推測する。

 

「ただ、君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないでしょ?だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団と君達の献上を取引材料に、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」

 

「馬鹿な……魔人族と連絡なんて…」

 

光輝はキスの衝撃からどうにか持ち直し、「できるはずがない」と呟く。

 

七海の監視がなくなった後も、ずっと一緒に王宮で鍛錬していた。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、光輝は彼女を信じたい気持ちから、そう反論するが、恵里はニマァと笑みを見せた

 

「オルクス大迷宮で襲ってきた魔人族の女。帰り際にちょちょいと、降霊術でね?」

 

「それこそ、ありえない、あの場には、七海先生に、雫を含めて〔+視認(上)〕以上を持つ人がいたのに」

 

「〝遅延発動〟と〝魔力隠匿〟さ。光輝君の言う通り、魔法を使えば、〔+視認〕で見えてしまう。しかも七海先生あたりなら、見ただけで、誰が発動したかわかる。けど、あの時は周囲は南雲含めて多くの魔法の残穢が漂ってた。少しくらい使っても、気付かれないくらいの、限界ギリギリまで魔力を抑えての使用。でも、魔法を発動をするれば、わかる。なら発動させなけれいい」

 

〝遅延発動〟魔法を行使する上での魔力を練る→ 魔力を身体に流す→ 詠唱(もしくは陣の作成)→発動。この段階をふむ行程の内、詠唱と魔法陣作成を、頭の中で完結させ、対象にマーキングすることで、発動させず、しばらく放置ができる。ただし、直接攻撃性のある魔法はそれの維持が難しい。降霊術は、死者への干渉。それ自体が攻撃性を持たない為、成功した。

 

〝魔力隠匿〟はその名の通り、魔力を隠す技能。これも〝遅延発動〟と同じく、攻撃性の高くない魔法を隠匿することができ、更に魔法、魔力関連の技能をある程度隠すこともできる。ステータスプレートに今まで映らなかったのはこれが理由だ。

 

「あとは予想通り、魔人族が回収に来て、コンタクトをとった。ちなみに、魔人族側からの連絡は、適当な人間を使ったんだ。…でもあの事件は、流石に肝が冷えたよ。なんとか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし。七海先生にも怪しまないように行動するには、降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど」

 

恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が唯でさえ血の気を失って青白い顔を更に青ざめさせた。

 

降霊術は、死亡対象の残留思念に作用する魔法。

 

「彼等の、様子がおかしいのは……」

 

これまで使えないふりをして、実際は完璧に使えるのならば、クラスメイト達を取り押さえた〝虚ろ〟の兵士や騎士、雫を取り押さえているニアの様子から考えれば、最悪の答えが出る。

 

「もっちろん降霊術だよ~。もうとっくにみんな死んでま~す。アハハハハハハ!」

 

雫は歯を食いしばり、信じたくないがまず間違いない真実を、必死に否定するための反論をする。

 

「っ、嘘よ。降霊術じゃあ、受け答えなんて……できるはず…ない!」

 

「そこはほら、僕の実力?降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術〝縛魂〟ってところかな?…降霊術に必要なのは、残留思念…七海先生曰く、肉体に残った魂の情報。これらに干渉し、死者の生前の意思を汲み取り、それらを魔力でコーティングして、実態を持たせて、術者の意のままに動かす、または遺体に憑依させて動かす。これが普通だ。けど、さすがは七海先生。これの先を見抜いてた」

 

 

『降霊術とは、言ってしまうなら、肉体と魂の干渉で、魂単体の干渉ではありません。…以前私にこう言った者がいました。肉体に魂が宿るのか、魂に身体が肉付けされているのか。…私は前者を選びましたがヤツは後者と言いました。まぁ、見えている世界観とでも言いましょうか…そういうモノが見る人によって違ってくる。中村さん、いずれ降霊術が使えるようになった際は覚えておいてください。降霊術はいかに魂の情報と肉体の情報を理解し、肉体へ付加するということ。最終的に、君が先程の質問の答え、どちらに寄るものになるのだとしてもそれは必要です』

 

 

「肉体と魂は先生の言うどちらの答えだとしても、繋がっている。なら、魂の情報と肉体の情報、互いの繋がりを辿ることで、より正確な魂の模写ができるんじゃないかってね。おかげで、肉体に宿った技術そのままに、死者故のリミッターが外れた膂力と動きを再現できた。ああ、それでも会話の方はまだちょっと違和感はありありだよね~」

 

だが、多少の違和感程度で実現し、魂魄から対象の記憶、思考パターンを抜き取って模倣する。彼女がしているのは神代魔法クラスの段階に達ようとしていた。それを隠しきったことも含めた天才的な才能。

 

だがそれ以上の才はーー

 

「………まさか、愛ちゃんやリリィも」

 

「ん?ああ、それは別件だよ。僕は関知してないね。ただ、安心しない方がいいよ」

 

「え?」

 

ほんの僅かに生まれそうになる希望を、容赦なく叩き壊すように、恵里は続ける。

 

「だって、愛ちゃんを連れ行った人…かどうかは怪しい(・・・)けど、相当やばいよぉ?何せ、僕の計画を知って協力してくれた上に、たった1人でこの国の中枢を支配下においちゃったからねぇ。思い当たることないかなぁ?ほら、だいぶ様子の変わった王様とか、側近さん達とか」

 

ここ数日の王国内の変化。兵達や貴族、国王の不穏な言動。それらには気付いていたが、まさかこの国の中枢を堕とされているなど、想像もしていなかった。

 

「僕もね、計画がバレているってわかった時は驚いたよ。一瞬、色々覚悟も決めたしね。いやぁ〜ホント、焦ったよぉ~」

 

恵里はわざとらしく汗を拭う仕草をするが、とぼけた感じと裏腹に、実際その時恵里は殺される気がしていた。間違った行動(・・・・・・)をすれば殺される。そんな気がしたのだ。

 

「でもまぁ、〝縛魂〟を使って傀儡を増やすのは2、3日でやりきれる事じゃなかったし、そういう面倒な手順を一気に飛ばして、計画を早めることができたんだ。文字通り、天が僕の味方をしてくれていると言えるね!あぁ、大丈夫だよ、みんなの死は無駄にしないから!ちゃ〜んと再利用して魔人族に使ってもらえるようにするからね!」

 

この場にいる誰もが思った。中村恵里は、本気だと。本気で天から祝福を受け、本気で自分達を犠牲にし、利用する事に微塵も躊躇いがないと。嘲笑い、生者と死者の間でクルクル踊る彼女は、異端そのものだった。

 

「ぐっ、止めるんだ、恵里!」

 

ただ1人、本気と理解してなお、善意で彼女を止めようとする光輝は、声を張り上げる。

 

「そんなことをすれば、俺は」

「僕を許さない?」

 

その言葉を遮り、ぬぅと顔を光輝に近づけ、ねっとりとしたような感情を向け、笑う。

 

「そう言うと思ったよ。光輝君は優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし。だから、光輝君もちゃぁ〜んと〝縛魂〟して、僕だけの光輝君にしてあげるからね?他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる!僕だけの光輝君!あぁ、あぁ!想像するだけで、どうにかなってしまいそうだよ!」

 

〝縛魂〟で作られた存在は、外側だけの偽者、術者の傀儡にすぎない。そんなことは、術者である恵里がわからないはずもない。それは光輝であって、光輝ではない。それでも、自分に都合のいい傀儡の天之河光輝を望んでいるのだ。まさしく異常、まさしく狂気。

 

「まさか、鈴も、野村君も⁉︎」

 

「あぁ、そっちにも一応お人形になった騎士を向かわせたよ。まぁ、仮に対処しても君達を差し向けたら、ころっと騙されるだろうね。でも、できるなら鈴には目覚めて欲しかったんだけなぁ〜」

 

まだそんな優しさが…なんて思うような者は、この場にはもう1人しかいない。

 

「日本でも、こっちでも、光輝君の傍にいるために、鈴はとぉっても便利だったからね。皆が死んでいって、傀儡になる所を、特等席で見せたかったんだけどなぁ〜あぁ、残念だよ」

 

この場に鈴がいないことが、唯一の救いだった。もし彼女がここにいれば、親友の狂気にまみれた姿を見て、正気でいられるとは思えないからだ。

 

「恵里っ!あなたはっ!」

 

親友の想いも、何もかもを利用し、いらなくなったら迷いなく捨てて、命を再利用する。その所業に、雫は怒りを隠すこともなく、傀儡のニアに抑えられているにもかかわらず、必死にもがく。動くたびに少しずつ傷口は開き、血が地面を滴っていく。そのさまを嘲笑いながら、恵里はその燃え上がる怒りに、更に薪を焚べる

 

「ふふ、怒ってるね?雫、僕はね、君のことが大っ嫌いだったんだ。光輝君の傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやってるていう上から目線も、全部気に食わなかった。……その表情、すごくいいよ。その表情を見れただけでも、ここまでやった甲斐もあった。だからお礼に、君には特別な、素敵な役目をあげる」

 

「役目…ですって?」

 

「ねぇ。久しぶりに再会した親友に殺されるって、どんな気持ちになるのかな?」

 

その言葉で、恵里が何をするつもりか察し、雫の瞳が大きく見開く。

 

「まさか、香織を⁉︎」

 

「ご名答っ!傀儡にした雫を使って香織を殺すんだ。…正直、南雲が持っていくなら放置してもよかったんだけど、あの子をお人形にして好きにしたい!って人いてね〜。色々と手伝ってもらったし、報酬にあげようかなって。僕、約束は守るだからね!いい女でしょ?七海先生でも僕の〝魔力隠匿〟には気付かないだろうね。アレも正直、人と言っていいかわかんない(・・・・・・・・・・・・・)人だけど

 

最後の方の言葉はよく聞こえなかったが、雫は突き刺された剣を無視し、傷を広げるのも関係なしに、恵里へ向かおうとするも、ニアが更に剣を突き刺し、更に押さえつけられる

 

「アハハっ!苦しい?痛い?僕は優しいからね。今すぐ楽にしてあげる」

 

雫を殺し、傀儡にするため、近づく。光輝達が必死に抵抗して身体を動かすが、傀儡は脳のリミッターを外し、限界以上の膂力を持っている。それに複数で押さえつけられているのでは、すぐに動こうにもできない。

 

「っと、コレは貰っておくよ。多分切り札なんだろうけど…南雲もいい物残していったもんだよ」

 

腰につけた小太刀を奪われた。出血で意識が朦朧とするが、必死にそれを繋ぎ留め、眼を逸らすことはなく、最後の抵抗と言わんばりに恵里を睨みつける。その姿を滑稽に思ったのか、はたまた自分で引導を渡したかったのか、近くの騎士から剣を受け取り、それを振りかぶる

 

「じゃあね、雫。君との友達ごっこは、反吐が出そうだったよ」

 

もう雫には、恵里の言葉も、周囲の必死の静止の声も聞こえない

 

(ごめんなさい、香織。次に会った時は、どうか私を信用しないで…生き残って、幸せになって)

 

ただ、1人の親友の未来を憂いながら、祈る。

 

(私は先に逝くけど、死んだ私が、あなたを傷つけてしまうけど、彼が、南雲君がいる。七海先生もいる。だから大丈夫)

 

ただ、彼女の、香織の幸せを願って

 

(先生、すみません。結局、悔いを残して逝く私を、許してください)

 

脳裏に弾けていくこれまでのことを、思い返して、瞳を閉じる。彼女に迫り来る狂刃は、

 

「え?」

「チッ!」

 

雫の命を奪わなかった。同時にでる雫と恵里の声。振り下ろされた剣を止めたのは掌くらいの輝く障壁。

 

「なぁんで、君がここにいるのかなぁ?」

 

ここにいるはずのない人物。その姿と、切羽詰まっている声が聞こえる

 

「雫ちゃん!」

 

その声が、香織の声が聞こえてきたとほぼ同時に、同じ大きさの障壁が一気に複数枚展開し、剣を持った恵里を押し返す。

 

「⁉︎」

 

更に追撃といわんばりに、恵里の周囲を結界が取り囲む。だがそれらは、通常の防衛結界でも、〝聖絶:縛〟のように相手を閉じ込めるタイプのものでもない。先程の掌サイズの障壁が周囲を漂っており、防ぐのにも閉じ込めるのにも向かない。なぜならこれは防衛ではなく、攻撃に特化したもの

 

「〝爆封〟」

 

その魔法を唱えた瞬間、恵里の周囲の障壁が光と魔力爆発を起こす。〝爆封〟:防御力を極限まで削り落とす代わりに、展開力を上げそれを任意で爆発させるオリジナル魔法。雫への影響を考慮し、威力は軽い爆竹レベル。ただし、考案者はいまだ眠り続ける鈴のものだが、彼女はその時まだできないと言っていた。なぜなら、展開力を上げても、結界としての防衛力がほぼないので、維持力とそもそもの展開するための魔力を形作るのが難しいからだ。

 

だが、香織はやってのけた。七海の縛りの教習の際に感じた、結界の足し引きの関係と、神代魔法の獲得による、魔力への更なる確信。そして、ユエと同等レベルの理解力。七海が1級術師同等と認めるに値する力量が、今の香織にはある。

 

「かお、り」

 

「雫ちゃん!待ってて!すぐ助けるから!」

 

(あぁ、夢でも、幻でもない。………ありがとう)

 

香織は泣きそうな表情になるが、ギリギリ間に合ったことに、安堵し、そこから涙が出そうになるが、ぐっと堪えて、全体回復魔法を詠唱する。光系最上級回復魔法〝聖典〟だ今の彼女なら、1小節でもできるが、安定性と、回復力の向上の為、詠唱を完璧にする。

 

「ほんと、なんで君がここにいるのかなぁ!ほんと、君は僕の邪魔ばかりするねぇ!」

 

万が一のために〝遅延発動〟で自身にマーキングしていた〝聖絶〟をギリギリで展開し、ダメージを防いだ恵里は、狂気を孕んだ表情で周囲の騎士達に香織の詠唱を止めるための命令を下す。一斉に香織へと襲いかかるが、彼らの剣は光の障壁で阻まれた。

 

「みなさん!いったいどうしたのですか!正気に戻って!」

 

香織のすぐ後ろにいたリリアーナが自身と、香織を包むように、球状の障壁を展開しつつ、周囲の騎士や兵士が光輝達を殺そうとしている状況や、まるで彼等の主のように振る舞う恵里に混乱しつつ、騎士と兵士達に呼びかける

 

(多分無駄だ。この人達から魔力の残穢が見える。それが、恵里から流れている。となると、おそらく降霊術)

 

その説明をリリアーナにしたいが、今は魔法を練るのに集中する

 

「恵里!これはいったいどういうことです⁉︎」

 

香織の考えなどわかるはずもなく、リリアーナは恵里に説明を求めるも、彼女はまるで取り合わない。というより、多少焦っていた。リリアーナの術師としての強さは、正直自分達に劣るが、相当に優秀だ。香織の詠唱が完了するまで、持ち堪えるくらいならできるほどに。

 

「チッ、仕方ない、かな?」

 

恵里の視線がクラスメイト達に向く癒される前に殺すつもりだろう。だが

 

「白崎!リリアーナ姫!無事か!」

 

突如、リリアーナの障壁の前で剣を振るっていた騎士の1人の首が落ちた。そしてそれをした声の主、檜山が姿を見せる。

 

「檜山さん⁉︎」

 

おびただしい血が胸元に染まり、よろめきながら障壁に手をつく。リリアーナはすぐに障壁の一部を解いて中に入れると、ドサリと倒れこむ。

 

「ダメよ!彼から離れてぇ!」

 

しかし、その瞬間、雫の焦燥に満ちた叫びが響き渡る。傷が開くのも、血が出るのもおかまいなしに叫ぶ。雫は気がついたのだ。なぜ、光輝すら抜け出せない拘束を檜山だけ抜け出せたのか、恵里が言っていた香織を欲する人間が誰なのか。

 

ニマリと、彼の口が邪なものになる

 

リリアーナの障壁が香織の詠唱完了まで保つことは明らかだ。にもかかわらず、敢えて助けに行ったふりをした理由は

 

「きゃぁあ!?」

 

殴り飛ばされて、地面に横たわるリリアーナと檜山が香織の背後から、刃を突き刺す

 

 

『魔力石に、魔法をストックですって?』

 

『そう』

 

『しかも、神代魔法を、ですか?』

 

『そう』

 

『………一応聞きましょう。どうやって?』

 

『んーこう、ぎゅぅぅってして、ボワっと!』

 

ユエの説明に、七海は目元に親指と人差し指を置き、天を仰ぐ。原理はわかる。だが、わかってても、普通はできることではない。彼女がやっているのは、ハジメとはまた違った形でアーティファクトを作っているのに等しい。

 

(空間への干渉に更なる広がりと、魔法そのものの拡張、それと神代魔法、生成魔法の知識によるものもあるでしょうか……本人がどれだけ理解してやってるか、わかりませんが)

 

『ねぇ、ユエそれ、私にも使える?』

 

『できないことはない。けど、神代魔法だと、扱いが難しいし、攻撃系の魔法も発動と共に霧散しやすい。今のところ〝千断〟くらいかな、攻撃魔法でストックして、威力をある程度落としただけで発動でるのは』

 

『んーなら、防御は?ほら、〝聖絶〟とか』

 

『できるかな?でも、障壁としてはあまり…』

 

『1回防げれば、それでいいよ』

 

 

 

「檜山君」

 

「ゴッっ…え?」

 

檜山は、なにが起きたか、理解できない。否、理解したくなかった。なぜなら、自分の愛している人が

 

「私は、ハジメ君と違って、どうでもいいとも思ってないよ」

 

拒絶、怒り、呆れ、不快。さまざまなものを含んだ、まるで、ゴミクズを見るような瞳をして、自分を見ていたから。そして、自分の身体が、光の刃で串刺しにされていたから。

 

「あなただけは、許さない」




ちなみに
『七海がいることで原作以上に苦労or酷い目に遭う人リストfile5:檜山大介』
自分の最愛の人からの心からの拒絶と攻撃。ただ、彼の最後は原作よりマシじゃね?って思う人も出てくるかも

檜山「まだ、終わらないぜ」

正直、ここまで強くした香織が檜山程度にやられる光景が見えませんでした。そもそもメルドが生きていた時点で裏切り確定ですし、これで不意打ちでやられたら間抜けすぎでしょ。ただ、最後の彼女の言葉は正しいかちょい迷ってます意見あればお願いします。

ちなみに2
香織はリリィは事前に檜山が自分に向かって来たら何もしないように、味方のフリをするように言ってました。


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魂飛魄散⑧

この話で【魂飛魄散】は終わりですが、王都侵攻編はまだまだ続く。

ちなみにこの話は随分前にできてましたが、とある理由でストックしてました。
理由は後書きで


ティオはいまだ黒竜姿のままの為、すぐに場所もわかって合流した。モクモクと噴煙のように上がるキノコ雲から距離をおいた場所で滞空していた。その背中に、何故か避難したと思われていた愛子が狼狽えている姿もあった。その表情は「やってしまった」と言った感じだろう。

 

「畑山先生、ご無事で何よりです」

 

「ティオも、無事そうだな。畑山先生の護衛、助かった」

 

あたふたする愛子を横目に、七海とハジメが声をかけたことで、

 

「七海先生!南雲君!よかった無事で……って、七海先生!血だらけじゃないですか!」

 

「ん、あぁ、大丈夫ですよ傷は全て治ってます。ただ、予備の服、まだありましたか?」

 

「そんな心配ですか⁉︎というか、今更ですけど、七海先生も魔法が使えるようになったんですか?」

 

「いや、七海先生のは、魔法じゃなくて呪術だよ。七海先生、マジもんの呪術師だから」

 

「え?え?」

 

次々と起こる事態もあって、ハジメが何を言っているのか理解できない愛子は混乱していた。

 

「そこら辺は後で必ず話すので。それより、ティオさん、何が起こったんですか?」

 

【うむ。愛子殿の提案で、妾が地上への往復をするより、本山の司祭と聖騎士達をどうにかするを優先したのじゃ】

 

イシュタル達を放っておくとハジメは徐々に衰弱し、実力的に差のある七海ではすぐにでもやられてしまう。愛子を地上に送り届けてから再び8000メートルの標高を飛んでくるのは、魔力も使うし、時間もかかる。だから愛子はティオと共に戦うこととした。戦闘経験は無くとも、魔力だけなら光輝と同等の高い数値を持つ。援護くらいはできると。

 

これから先、皆で生きて日本に帰る。七海が持てない理想を愛子は持ち続ける。だが理想だけ持ち続けてはいけない。それは愛子も理解している。だから、もう逃げないと決めた。どれだけ人と戦うのが怖くても、決して引かない。そうでなければ、愛子は自信を持って七海の隣に立てないと考えて。

 

【七海、お主に許可も取らず、愛子殿を危険に晒したことは詫びる。じゃが】

 

「わかってますよ。生徒たちと同じです。彼女の本気の意思を無下になんてできない」

 

何より、おかげで厄介な相手を倒せた。ハジメも七海もノイントの相手をしたことで、かなり疲弊していた。特にハジメは最後の攻撃は〝限界突破〟と〝呪界到覇〟を使用した。使用時間はごく僅かだが、呪力と魔力の同時身体強化と合わせて使った事と、つい先程まで〝覇堕の聖歌〟を受けていた。見た目以上にハジメは弱体化している。もちろんある程度の相手であればまだ余裕だろうが、この状態で、強力な結界に阻まれたイシュタル達を撃退など、難しいだろう。

 

七海も反転術式と極ノ番の使用でそれなりに呪力を消費している。戦えないことはないが、大結界並みの防御に覆われた相手、内側からの攻撃。これらに対処するのは至難だ。

 

「だが、ティオはどうやって攻略したんだ?本山なんだから、相当な結界もあったんだろ?」

 

「えと、それに関しては、私が余計なことを…」

 

【何を言う。愛子殿のおかげで、突破できたのじゃ】

 

愛子が言うには、ティオのブレスでも結界を突破するのは難しかったらしく、防御結界の内側から攻撃してくる状況に苦戦していた。そこで愛子は攻撃ではなく、自分の特技活かすこととした。愛子の技能の中に〝発酵操作〟というものがある。これを使い、教会周辺でメタンガスのような可燃性ガスの生成を行った。

 

結界は、常に足し引きによって成り立つ。攻撃性の高い物に対する物には結界は反応するが、害の低いものになると、効力を成さない。愛子がしたのは発酵。これ自体には害はない。加えて、ティオが風を操ってガスを一定範囲に留めたことで、ガスは密集し更にガスそのものは無害のため、結界内を覆う。これにより、無害な物も結界は意図せず守るものとして、結界内のガスはティオの風の影響をあまり受けづらくなったものの、ガスは結界内と結界外を結ぶ導火線の役割を持った。そんな場所に、高火力の炎の塊であるブレスがくれば、

 

「こうなったわけか」

 

外部の爆発でも結界は衝撃を受けるが、導火線に導かれるかのように内部に火は行き、一気に大爆発を起こす。当然だが、これほどの爆発で、ティオ達も何も受けないわけではない。爆発は結界内の方が強かったが、爆発とほぼ同時にあっという間に結界は破壊され、余波でティオも吹っ飛ばされた。

 

【盛大に吹き飛ばされてなぁ。久しぶりに死を感じたのじゃ。実際、結界どころか教会も崩壊した。流石、七海と同じくご主人様の先生殿じゃ。感服じゃよ】

 

「ち、ちがうんです!そうじゃないんです!こんなに爆発するなんて思ってなくて、ただ、半端はいけないと思って!ホントなんです!」

 

目線がキョロキョロとし、オロオロと混乱している。自分がした結果を受け止めようとして、でも理性が拒絶しようとしている。

 

「はっ⁉︎きょ、教会の皆さんは⁉︎どうなりました⁉︎」

 

その事実を、受け入れてしまわないように。

 

「まぁ、まとめて吹き飛んだだろうなぁ」

 

【結界を過信してる感じじゃったしのぅ。完全な不意打ちなら、なおのこと、防ぎようもない。あの爆破で生きている者など、おらんじゃろう】

 

ハジメとティオの言葉に、愛子は自身の両頬に手を付け、震える。その姿が何故か

 

(虎杖君)

 

虎杖悠仁と重なって見えた。七海はその倒れそうになる小さな身体を抱きとめ、背中を摩る。愛子が吐き出した吐瀉物が服にかかるが、それでも摩り続ける。

 

「わたし、わだし、ウッ」

 

また吐く。嗚咽と涙と共に。愛子とて、覚悟はあった。だが、自分の幇助で教会関係者達を大量爆殺した事実に、平常心でいることは不可能だった。

 

(理想と現実のすり合わせ。彼女は虎杖君と違い、理解していたが、最後の覚悟がなかった。いや、当然だ。人殺しとは、元の世界でも、この世界でも遠い場所だったんだ。この人は)

 

非戦闘職である彼女は、このようなことは本来ならできない筈だった。その常識が、彼女を陥れてしまった。今の愛子には、慰めではなく、文字通り寄り添うことでしか心を繋ぎ止めることはできない。

 

「畑山先生、我慢しないで吐き出してください。諸々全部」

 

教会関係者達を消し去ったブレスを放ったのはティオだ。愛子が必要以上に責任を感じる必要はない。そうティオは思っているが、その説明ができる時間の余裕があるわけでもない。あったとしても、七海は止めるだろう。ブレスを放ったのはティオだ。それは間違いないが、では愛子がいない状態でできたかと言えば、そんなはずはないのだから。

 

「すいません、七海先生。私…」

 

「このくらい大丈夫です。むしろ……いえ、ともかく、落ち着いたならよかったです」

 

あなたが大丈夫ですかとは、聞けなかった。ティオが再生魔法ですり減った精神を僅かに癒したが、それで忘れてしまえるようなことでもない。

 

「ありがとうございます、ティオさん」

 

【よい。思う所は妾も同じじゃ】

 

ぐちゃぐちゃになった感情を抑え込む愛子を再び、七海は抱き止める。

 

(⁉︎)

 

「このようなこと、大人のあなたにすべきではないのはわかりますが、我慢してください」

 

そしてそのまま頭を撫でる。羞恥はすぐに熱になり、感情は別の意味で動揺する。

 

「畑山先生、お互い言うことは色々とありますし、あなたももう少し落ち着く必要がありますが、まずは天之河君達との合流を」

 

【待て。ご主人様、七海。人がおる。明らかに普通ではないようじゃが】

 

「なに?」

 

あの爆発で生き残る者などいるのかと驚きながら、ハジメと七海がティオの視線を追う。

 

「教会関係者……とは違うように見えますね。服装がかなり違いますし」

 

白い法衣を着た禿頭の男は、日本でいう僧侶のように見える。それがこちらを真っ直ぐと見つめているのだが、普通の人間ではないのはわかる。何故なら、その身体はゆらゆらと揺らいでいたからだ。その男はこちらの視線が自分にあることを認識したように、無言のまま踵を返し、滑るように身体がスーと動いて瓦礫の山の向こうへ移動した。

 

「解放者本人、もしくはそれに殉ずる者か。どちらにせよ、神代魔法と関係はありそうですね」

 

「あの感じ、ついて来いってことか?」

 

【じゃろうな】

 

ティオは2人の言葉を肯定しつつ、どうするか聞く

 

「さっさとユエ達と合流したいところだが、元々ここには神代魔法目当てで来たんだ。アレが七海先生の言う通り、解放者本人、もしくは関係者なんだとしたら、手がかりを逃すわけにはいかないな」

 

「では、追いましょう。畑山先生、まだ、つらいとは思いますが…」

 

「だ、大丈夫です、へいき、です」

 

気恥ずかしさと、不安定な気持ちが入り混じりながら、愛子は言う

 

(まったく大丈夫ではないでしょうに)

 

しかしながら、ここで追いかけなければ神代魔法の習得に大きく関わるかもしれない。愛子を置いて先に進むわけにもいかない。七海は彼女の言葉を了承し、先に進むこととする。

 

「まぁ、その前に七海先生は着替えておけ。まだ予備の服はあるからよ」

 

「…………わかりました」

 

確かに戦いでボロボロになり、そこに愛子の吐瀉物まみれ。着替えるに越したことはない

 

「うぅ、すみません……服を汚してしまって」

 

手早く着替えを済ませた七海に、愛子は謝罪をする。自分の吐瀉物で他人の、しかも愛子にとってもう認めるしかない気持ちを持ってしまった相手の服を汚すなど、恥ずかしいことこの上ないだろう。

 

「かまいません。そんなことより畑山先生、解放者の見せる真実は、正直胸糞悪い物です」

 

今のあなたに耐えられるか?と、声に出さずとも、そう言われた気がした。ここに置いて行くことができない以上、どうしよもないが聞いておくべきことだ。

 

「…………っ!」

 

「…わかりました。……もうしわけない」

 

彼女の覚悟を、愚弄したわけではない。だが、そういうふうなっていたことに気づいて七海は謝罪をし、歩を進める。ハジメとティオは2人のその様子に色んな意味でドキドキしつつ、禿頭の男が消えていった場所に向かう。

 

「つか、何かあったらダメだろ。七海先生、俺が前に出るぜ」

 

「今の君の状態がわからない程愚かだと思いますか?」

 

先頭を歩く七海にハジメが言うが、しっかり釘を刺しつつ、拒否する。2重強化中の〝限界突破〟に、〝限界突破〟と同等の能力を持つ〝呪界到覇〟。今のハジメは見た目以上に疲弊している。正直七海なら勝てるレベルだ。とはいえ、それは万全の状態での話だ。七海のほうも反転術式の使用と、威力は控えめだが極ノ番を使っている。消耗は激しい。

 

「今は体力、魔力、呪力の回復にあててください」

 

「ん?じゅりょく?」

 

「あとで説明するって。…お」

 

呪力という言葉すら知らない困惑していた愛子にハジメが言っていると、先程の禿頭の男がまた現れ、こちらを誘導するように瓦礫の合間を進んで消え、また誘導するように現れる。そうして数分程歩いていると、目的地にたどり着いたのか、その男は真っ直ぐこちら見つめながら静かに佇んでいた。

 

「あんた、何者なんだ?俺達をどうしたい?」

 

ハジメの質問に禿頭の男は答えず、ただ黙って指を差す。その場所はなんの変哲もない瓦礫の山。そこに進めということだろう。

 

「問答をしても無駄でしょう。何かしらの魔法で見せているリアルな幻影でしょう。解放者本人と見て、まず間違いないとは思いますが」

 

「確かに、埒があかないのは事実だな」

 

愛子とティオに頷き合い、その瓦礫の場所に、慎重に踏み込む。その瞬間、瓦礫がふわりと浮き上がり、その下の地面が淡く輝き出した。

 

気付くと4人は全く見知らぬ空間に立っていた。黒塗りの部屋の中央に魔法陣が描かれ、傍にある台座には古びた本が置いてある。

 

(また、転移系統のものか?……おそらくここは大迷宮深部。あの爆発で、一気に道を作った結果なのでしょうか?)

 

考察する七海の側で、何がどうなっているのか理解できてない愛子は頭上で【?】を出しまくっている。

 

「畑山先生、行きましょう。おそらく、あの魔法陣に入れば、神代魔法を手にするという所でしょう。……今まで通りなら、ですが」

 

正直これまでの大迷宮と違い、攻略という手段を行っていないかもしれないと踏んだ七海は、ハジメ達を一時静止させ、自分だけで向かうように言う。

 

「罠ってことか?」

 

「これまで大迷宮を見てきましたが、どれも解放者の精神を疑いたくなるものばかりでしたからね。ちなみに、私の攻略してない大迷宮は、そうでない所はありましたか?」

 

ハジメは苦い顔をして否定をする。

 

「さすがに、入ってすぐ死ぬような物はないとは思いますが、一応です」

 

七海は一歩ずつ、魔法陣に向かい、その手前で止まる。

 

(この空間内、魔法陣手前までは罠はなし。あとは、ここか)

 

意を決して内部に踏み入れる。瞬間、メルジーネの時のような記憶精査と、それとは違った感覚が訪れた。否、似た感覚を、七海は知っている。

 

(この感覚は、あの時と)

 

ツギハギの呪霊、真人。それに自身の魂を触れられた時のような、そんな気持ち悪い感覚に似た…

 

「っ!」

 

咄嗟に七海は自身の身体のあちこちを触りだす。その様子にハジメ達は流石に警戒する。

 

「だ、大丈夫か!七海先生!」

 

「………大丈夫です。どうやら…ただ、皆さんも」

 

振り向いた瞬間

 

「⁉︎」

 

多大な情報が七海の頭に入り込む。ハジメ達が何か言っている。それはわかる。だがそれ以上に、見えるナニかに、処理が追いつかなくなり、膝をついて倒れる

 

「七海先生!」

 

「罠じゃったのか⁉︎」

 

「オイ、しっかりし」

「大丈夫です」

 

先程の情報過多による苦しみはない。だが、その表情は………そう言う七海の顔は、まるで大丈夫ではない。疲弊と、

 

「なんだ?なににビビッてるんだよ、先生?」

 

「…わからない、ですね」

 

深く、何度深呼吸をしたか、七海は理解できていない。それでも、何度目かの深呼吸で、ようやく落ち着きを取り戻す。

 

「取り乱しました。もう大丈夫です。前に、似た感覚を味わっているのが、原因の1つだと思いますが」

 

「似た感覚?」

 

「自分の魂に触れられる感覚…とでも言いましょうか。詳しくは後で話しますが、最大死因と言えば、南雲君とティオさんなら理解していただけるかと」

 

「「あぁ〜」」

 

「え?え?なんですか?」

 

2人だけに伝わり、自分だけ話から置いていかれてちんぷんかんぷんな愛子はまた頭上に【?】をだす。

 

「私にとっては罠でしたが、君達にとっては大丈夫だとおもいます。……正直気色悪い感覚ですが」

 

「「「それは大丈夫とは言わない〔のじゃ〕[です]」」」

 

3人からの的確なツッコミを聞くが、それでも七海が「神代魔法の情報が流れて来ました」と言うと、ハジメ達は恐る恐る陣内に踏み入れる。

 

「「「!」」」

 

3人は先程七海から言われたように、自分の深い部分、七海曰く、魂に触れられる感覚を味わい、思わず呻き声を上げるが、すぐに霧散していき、頭の中に直接、魔法の知識を刻み込まれた。

 

「……魂魄魔法?」

 

「うーむ。どうやら魂に干渉できる魔法のようじゃな」

 

「なるほどな。ミレディの奴が、ゴーレムに魂を定着させて生きながらえていた原因はこれかって…七海先生、どうした?さっきとはまた違って、なんつうか、不快な顔してるぞ」

 

「いえ、別に。ただ、因果なものだなと思っただけです」

 

自身の死因たる魂に干渉する術式とはまるで違う。それはわかる。だが、何か不快であった。何より

 

「………」

 

七海は自分の掌を見て次に胸に触る。鼓動が手を伝って感じる。今、少なくとも今、自分は生きているんだと、受け止めた。

 

「畑山先生、大丈夫ですか?頭の中と、魂に干渉を受けたのですから、辛いとは思いますが」

 

「だ、大丈夫です。ちょっと落ち着くのに時間かかりそうですけど」

 

「意識をしっかりと持ち、情報を頭にしまい込むイメージを持ってください。…南雲君、そっちの本は?」

 

「どうも、ここの神山大迷宮の創設者、ラウス・バーンって奴の手記みたいだ。前にオルクスでも似たような物は見たが、内容は大体同じだな。他の解放者との交流とか、この神山で果てるまでこととかが書いてあるな。ぶっちゃけ興味ねーが」

 

そういうとパラパラとサクッと読み飛ばしていく。いわば歴史的書物にも値し、しかも解放者という常人が送るであろうものとは全く違う人生の書を、このように扱われるとは、ラウス・バーンが哀れにも思うが、実際七海も彼の人生に興味はないので、ハジメの行動をスルーする。

 

そうしていると「お」と軽くハジメは反応し、少しそのページを見る

 

「なるほどな。やっぱり、さっきの禿頭がラウス・バーンみたいだ。あれが映像として現れた時点で、ほぼ攻略は認めていたようだ」

 

ハジメ曰く、あの映像が現れるには幾つか条件を満たしている必要があった。2つ以上の大迷宮攻略の証を持っていること、おそらくもっとも認めるか大事な部分、神に対して信仰心を持っていないこと、神の力が作用している何かの影響に打ち勝つこと。

 

攻略の証を1つも持たない愛子が認められたのは、後者の2つが大きいだろう。長い期間教会関係者の影響を受けてもなお、全くブレることのない生徒達への想い。その教会関係者を打倒する為の手助け。これらが判断材料であると七海は推測した。

 

「もう、大丈夫です。それにしても、すごい魔法ですね。確かに、こんなすごい魔法があるなら、日本に帰ることのできる魔法だってあるかもしれませんね」

 

「………同時に、危険な魔法でもありますけどね。正直今までの神代魔法の中では1番のレベルの」

 

「………そんなやべぇ奴だったのかよ、七海先生を殺した呪霊って」

 

「え?殺したって…え?」

 

「その質問に答える前に、ある程度ですが畑山先生にも言っておくと、私はあなたや南雲君のいた地球とは別の世界の地球にいました」

 

「え……えぇ⁉︎」

 

突然のカミングアウトに愛子は素っ頓狂な声をあげる。

 

「その世界で私は死に、気付いた時には南雲君達の地球にいました。…多少若くなった姿でね」

 

「で、その世界ではマジもんの呪術師をしてたんだってさ。さっき言ってた呪力ってのも、その力の源だ。ちなみに俺はこの身体になった影響か、呪力を使えるし、当然見える」

 

「そ、そんなことが、えと…冗談じゃ、ないですよね…七海先生ですし」

 

これまでの七海を見て来た愛子はそれをなんとか受け入れる。

 

「詳しくは後で。それより、神代魔法の場所もわかり、我々に関してはもう手にしたのですから、早いとこユエさん達に合流しましょう」

 

「あっ、そうです!王都が襲われているんですよね?」

 

「それに関してなんだが、どうもユエとシアは姫さんとは離れて、魔人族の連中と殺り合ってるらしい」

 

「……白崎さんは、さすがに」

 

「ちゃんと護衛してるよ」

 

「ならいいです。彼女がいるなら、並大抵の相手なら対処できるでしょうし、引き際もわきまえている」

 

まさかあっさりリリアーナから離れているとは思わず、少々リリアーナを不憫に思っていた。

 

一方で愛子はその話を聞いても心配そうであり、それを汲んで七海は催促し、下山を開始するのだが

 

「あの、七海先生?まさかと思うんですけど」

 

「舌を噛まないようにしてください」

 

以前来たようなリフトも、今は破損して動かない。だが最速で向かう方法。それは、神山からの自由落下(フリーフォール)である。愛子を担いで七海はハジメとティオに続いて跳ぶ。

 

〝空力〟が付与された呪具があるからできる行為だが、そんなこと知らない愛子の悲鳴が木霊し、8000メートルの落下中に気絶しなかったというある意味不運によって、愛子はグッタリしていた。七海に抱えられているという状況を上回る絶叫アトラクションもびっくりな体験に、身体が追いつかないのも無理はない。

 

地面に降り立つと、所々で火の手が上がり、悲鳴も上がるが、数人の、着ている服が少しボロっとして、顔つきも厳つい者もいるが、しっかりした声で避難誘導をする怒号が目に入る。狼狽える騎士達よりも、よっぽど有能だ。

 

「メルドさんの采配でしょうね。おそらく、パーンズさんのいたスラムの人達でしょう」

 

焼け野原になった場所で、真っ先に立ち上がって瓦礫を退けるのは、ヤンキーのような人と言う者もいる。彼らはスラムの人間だが、パーンズがこれまで面倒を見ていたのなら、あの行動も頷ける。

 

ともかく、今は愛子を送り届ける為に、香織のいる場所に向かう。

 

そこには

 

「ハジメ、く」

 

片目が〝虚ろ〟になった香織と、

 

「まさか、それは」

 

呪力を垂れ流している(・・・・・・・・・・)

 

「ひひ、ひひ、ひひ、」

 

檜山らしき(・・・)者の姿だった

 




今回の話と次の話。どっちを先にしようか悩み、まずこちらにしました。そしてそのまま香織サイドの描写といこうとしたが、すでに8000文字以上なうえにまだまだ書く内容があるので、一旦区切りにして、分ける選択をしました。

で、次の話も書いてまとめて出すつもりでしたが、その次の話の区切り部分が今回とほぼ同じの為、次の話は更にその次の話ができてから出そうかと悩んだり、書き足ししながらしていました。
要はなにが言いたいかというと、俺って文才ねぇーって話です。

結局悩みましたが今日明日中にもう1話出します

追記やっぱ納得できないので
おいときます


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変貌汚染

乙骨のこの主人公感、たまらん!と同時に次回不安



『白崎さん、ちょっといいですか?』

 

『はい?なんですか?』

 

これから王都に向かうというとき、七海は香織に警告をしていた。

 

『現状、この事態の黒幕が誰かは、ハッキリとはわかりませんが、少なくとも、檜山君は最低でも敵にまわります。メルドさんが死んだと思っているなら、おそらく味方のふりをしてしかけてきてもおかしくない』

 

『それは、わかってますし、今の私なら、檜山君くらいなら、余裕で対処できると思うんですけど』

 

『まぁ、最後まで聞いてください。メルドさんの話を聞くに、バックにまだ生徒がいると私は踏んでいます。そして、その生徒も、檜山君も、もう戻れない位置にいると思います』

 

騎士や兵士、一部貴族含めた王国の重鎮達。これら全てが一斉に裏切ったというのはあり得ない。すなわち、なんらかの魔法を受けて操られているか、すでに死亡して傀儡になっているかだ。それらを行ってなお、平然と、何食わぬ顔で他の者達の側にいるなど、狂気そのものだ。

 

『この世界で、君はまだ人を殺していない。もう一度聞きます。君は、人は殺せますか?』

 

『………私は、そうなる覚悟で、ハジメ君に着いていく選択をしました。だから、その質問は今更ですよ』

 

落ち着いた表情と声で香織は言う。

 

『本当は、別に言いたいことがあるんじゃないですか?』

 

『…………』

 

香織は、聡明だ。七海が遠回しに言おうとしていることもわかっている。そして七海も、今から言うことが、とてつもないほど愚かなことだとわかっている。

 

『………白崎さん、檜山君を、恨んでますか?』

 

 

 

魔力石にストックしてあった魔法、〝聖絶〟で檜山の凶行を防ぎ、香織はそのまま攻撃した。

 

「ご、え?」

 

リリアーナは、魔法の刃で手足を串刺しにされた檜山の絶望とそれを見る冷ややかな目をした香織が、恐ろしく見えていた。

 

「〝聖典〟」

 

光が香織を中心に、水面に落ちた波紋のように広がる。香織がしていたのは、〝聖典〟の詠唱…だけではない。〝縛光斬刃〟。相手を捕らえる〝縛光刃〟と、相手を切り裂く〝斬光刃〟の合わせ技。相手に攻撃しつつ、その動きを止める。

 

七海は香織にも訓練を積ませていたが、シアや七海のような近接戦闘能力差を埋める為、ユエからの教え(香織以外理解不能)によって、魔法の技術も同時に上げていた。香織は自身の戦い方を、これまでのものを、更に昇華させた。

 

(これは、まずいな)

 

恵里は内心で「役立たずが」っと檜山に対して毒づくが、それ以上に焦っていた。今の回復魔法で、突き刺された剣が癒しの光で押されて抜け落ち、どういうわけかわからないが傀儡兵達の動きも鈍くなった。

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

光輝の身体から、魔力を抑える枷をつけているにも関わらず、魔力が溢れている。それが少しずつ大きくなると同時に、癒された身体に力を入れて、枷を破壊した。更に魔力の出力が上がる。〝限界突破〟の光の輝きだ。その魔力で押さえつけていた騎士達を跳ね飛ばし、怯んでいるところに、自分を突き刺していた剣を取り、両断…

 

「こう、き、さまぁぁ」

 

「!………ふぅぅぅ、がぁ!」

 

できなかった。

 

「そうだよね、光輝君。たとえ死んでても、今の光輝君じゃ無理だよね」

 

すでに死んでいる。そんなことわかっているのに、傀儡の騎士が声を出した瞬間、振るった腕が止まってしまい、逆に殴られた。そのまま手放してしまった剣を傀儡騎士が取り、光輝へ攻撃したが、スッと光輝が手をあげると、拘束されていた時に奪われた聖剣が空中を回転しながら飛んできて、光輝の手の中に収まり、そのまま切り裂く。

 

「うっっ!グッ!」

 

吐きそうな気分になるが、どうにか我慢して、傀儡兵達を斬り伏せる。そこにはいつもの技術はなく、がむしゃらだ。だが、運のいいことに、飛び出した光の刃が生徒の数人を解放した。

 

「皆!武器を取って!」

 

香織は再び〝縛光斬刃〟で傀儡兵を拘束し、動く機会をつくった。

 

(遠藤君は足が両断されてる。足が残ってるなら完全回復させることはできるけど、そんな暇はない)

 

故に香織は彼には〝天絶〟をし、結界の展開と同時に周囲の騎士を吹っ飛ばし、痛みを和らげる魔法と、簡易な回復魔法をして命を留める。拘束をしつつ、回復をし、1人は命を留める為の回復の為、今の香織はしばらくは動くことができない。

 

(ハジメ君のビットみたいなのがあればいいけど、ないものねだりはいけない。ここですべきことをするしかない)

 

だが、充分役立った。解放された玉井淳史は他の者たちがしている魔力を武器に込める行為をし、更に自身の天職、曲刀師の能力を使って騎士の剣を使い、寸分の狂いなく枷のみを切って園部を解放した。彼も愛子を守る為、努力していた。勇者グループに比べたら、ぐだぐだな魔力の使い方だが、一時的な武器強化はできた。

 

「助かった。ここからは、私の出番!」

 

園部は靴下の中に隠していたナイフを取り出す。それは、彼女の専用アーティファクト。1本でも手元にある限り、残り11本の投擲ナイフは何度でも呼び戻せる。彼女は1本を隠し持ち、12本中1本はダミーを混ぜていた。ダミーのナイフ以外が彼女の元にくる。それによって進路上にいた拘束していた騎士達を吹き飛ばす。

 

「シャァ!」

 

龍太郎と永山も動きだし、光輝の援護をし始め、雫も解放されて、武器を手に取り、周囲の傀儡兵を切り倒す。光輝ほどではないがそれに不快感を覚えるが、そんなことを言ってる場合ではない。気を入れて次々と解放させる。

 

「恵里ぃぃぃ!」

 

光輝が迫り来る。死んでいるとはいえ、人を切り裂く度に、吐き出そうな顔は更にぐちゃぐちゃに歪んできている。これでは傀儡兵の声にも反応しないだろう。

 

「(まだ効果が出ないのか⁉︎)…っっこれ、使うかな」

 

先程雫から奪った小太刀を取り出す。彼女は試し切りに雫が使った所を見ていた。それ故に、使うのを躊躇う。なぜなら、雫曰く、威力が強すぎて前方にいる敵味方が関係なく巻き込んでしまうから。だが、

 

「!」

 

鞘から取り出した瞬間。いや、もっと言うなら見た時から、恵里はこれはアーティファクトではないと、気付いていた。いま、鞘から出して気付いたのは……

 

「もしかして……!」

 

そしてその時、この場にいる者では恵里しか感じない、膨大な力の奔流。神山の方角から感じたそれに彼女は、

 

「あ、はぁぁぁぁ、気持ち、いい」

 

どこまでも、うっとりと、心地よく感じていた。恵里は不利な状況だというのに、落ち着き、息を小さく吐きだし、ニマリと笑みを浮かべる。

 

(⁉︎まさか、あれを、使うの⁉︎)

 

どれだけ馬鹿な行為か分かっているかという問いを、投げかけることはせず、

 

「皆、避けてぇぇぇぇぇ‼︎」

 

大きく叫ぶ。それに反応できたのは、勇者グループと優花達のグループ。反応したわけではないが、居残り組は解放された者も含めて恐怖で地に伏しているおかげで、射程範囲外。残りの、今立っているのは、檜山グループの3人。それらの身体が、周囲の傀儡騎士達と共に、バラバラになった。その直後、暴風の如き音が響き、訓練所の一部を切り裂き、そのまま大小の瓦礫になって落ちてくる。

 

「ぐっ!〝天絶《群》〟!」

 

反応できてないリリアーナを庇うように伏せ、そのまま落ちてくる瓦礫から皆を守る為魔法を発動した。本来なら自身の周囲に蜂の巣を思わせるように結界を置くのだが、それを頭上に広域展開した。正直かなり無理をした使い方だ。自身とは違う位置に展開しているから、魔力もかなり使う。

 

ハジメ製作、小太刀型呪具、『凄風(せいふう)』。呪具化によって〝風爪〟が変化したもの。込めた呪力で威力が決まるのだが、初めて雫が使った時、一振りで目の前にいた魔物も、その先の大地、おおよそ30メートルが切り刻まれ、何もなくなった。その壮絶な威力の為、使用を控えた。だが、雫には別の驚きがあった。

 

(どういうこと?威力が、あの時と違って、抑えられて、ある程度だけど、コントロールしてる?)

 

避けろと言ったが、正直、死を覚悟した。だが、自分が最初に使った時より、あまりに威力が低い。

 

(回数制限があるって言ってたけど、それが原因?)

 

「な、なんなんだ、ありゃ?」

 

「ハジメ君のアーティファクト……ううん。呪具」

 

「じゅ、じゅぐ?」

 

龍太郎が何だそれと言うが、今香織には説明する暇はない。

 

「もうちょっと威力を落とせばよかったかなぁ、あんなバラバラじゃ、傀儡にもできない」

 

まだまだだなぁと言うように、呟く恵里は、いつの間にか移動していた。

 

(いつの間に!)

 

早すぎて誰もが気づかなかった。

 

凄風(せいふう)の真価は威力調整の幅。最大は雫がしたように更地にするほどの威力だが、威力を絞るだけ絞って自身にかけることで、攻撃時の速度そのままに、風に乗った高速移動をも可能にする。

 

「けど、わかったよ。この力が何なのか。多分、魔力と魔法と同じなんだ」

 

「お、おい、何、する」

 

香織が〝天絶《群》〟を遠隔で使用したのもあり、檜山の拘束が解除された。だが、檜山は四肢を貫かれていたので、立ち上がることができない。そんな彼に近づき、その背に触れる。

 

「動けるようにしてあげる」

 

「!えぉ、えぁぁ、ああぁぁぁぁ‼︎⁉︎」

 

身体に雷のような電撃を受けた痛みが檜山を襲うが、それは一瞬。すぐに収まる。

 

「⁉︎⁉︎」

 

何がおきたかわからない。だが、

 

「なんだ、なんだこれ、なんだコレ!あひ、あひひひ、力だ、力が漲ってくる」

 

伏せていた者達の中で、真っ先に動いたのは、光輝だった。檜山に何があったかはわからないが、香織に危害を加えようとした時点で、恵里と同じく敵に回ったのは明確だ。だから、動きだす前に、叩き潰す(・・・・)と決めた。

 

「え?」

 

間の抜けた声を出して、光輝の身体が吹っ飛ぶ。腹に檜山の攻撃を受けたからだが、今の光輝は〝限界突破〟をしている。本来なら、檜山が勝てるはずがない。だというのに、あっさりと、光輝は吹っ飛び、訓練所の端の壁にぶち当たる。

 

「ごぉあ!」

 

口から血を流し、そのままばたりと倒れた。

 

「さぁ、行きな、欲しいんだろ?香織が」

 

「………」

 

檜山はコクリと、静かに頷く。

 

「香織!気をつけ…グッこの!」

 

香織の援護をしようとしたが、傀儡兵に阻まれる。他の者達も同じようで、すぐに動けない。

 

「リリィ、下がって防御魔法をしてて」

 

警戒心を上げて、まず戦闘能力的に低いリリアーナを下げ、〝斬光刃〟を出して構える。

 

(何をしたのかわからない(・・・・・・・・・・・)けど、〝限界突破〟をしてる光輝君に勝ったなら、油断はできない)

 

「ふふ、ひひ、香織…かーおーりぃー」

 

気持ちの悪い声を低く出しつつ、檜山が迫る。その速度は異常に速くなっている。おまけに、四肢の傷が癒えている。

 

(速い!)

 

油断していたとはいえ、光輝を吹っ飛ばしただけはある速度。だが

 

「こっちは、毎回それ以上を相手にしてるんだから!」

 

香織はここ最近、常に訓練で七海とシアの相手をしている。この程度の相手に、負けるわけにはいかない。檜山は迫り来る最中で拾った剣を2本持ち、それをがむしゃらに、なんの戦術もなく、甘い技術で振るう。それら全てを回避し、

 

「そこ!」

 

完全に空いた胴に槍を突き刺すように光の刃が刺さる。

 

「ごぇぇ!」

 

醜い声を出す檜山。そのまま香織は身体強化の出力を上げ、力任せにぶん投げる。刃から抜けドサっと倒れ、回転するが、途中で姿勢を整え、獣のような瞳と、よだれを流して檜山は自分の香織(獲物)を視界に入れる。

 

「えぁぁぁぁ‼︎」

 

「〝聖絶〟」

 

無詠唱ながら、足し引きを意識した〝聖絶〟の壁にぶつかる。結界は砕かれたが、その間を許すことなく、〝縛光斬刃〟で再びダメージを与えつつ、動きを封じた。先程よりも数は多く、完全に動きを封殺するためだ。

 

「!」

 

「ひひ、ああああああ!」

 

自身の傷を広げつつ、迫り来る。拳を振り上げ振るって来る。

 

(檜山君の、身体が、変貌していく)

 

〝聖絶〟によって防がれたその拳は肥大化していた。拳だけではない。足を含めた脚部はまるで象のようになり、胴部は筋肉が膨張し、衣服を破く。腕は拳が巨大な岩石のようになったのに合わせるように、大きくなる。檜山である証拠は、顔だけだ。

 

「ふむふむ、肉体変化…いや変貌か。そういう制約か、あるいは…」

 

恵里はその様を観察しつつ凄風(せいふう)を振り上げ、

 

(まずい!また来る!)

 

咄嗟に〝聖絶〟を展開する。先程の攻撃を見たのもあり、自分の後ろ全てを守るだけの広範囲展開。維持力にはあえて力を入れず、〝聖絶〟のどんな攻撃も1度は防ぐ能力を利用し、防ぐつもりだ。

 

「⁉︎」

 

「ふふ、引っかかったぁ」

 

だが、香織は知らない。凄風(せいふう)は、威力の調整の幅がとてつもなく広いのだ。放たれた風の刃はかすり傷ができる程度の威力。だが、〝聖絶〟の効果を発動させるには充分。間髪入れずに変貌した檜山が迫り来る。

 

「〝天絶〟」

 

だが、香織の戦闘スタイルはまだ完成してない。〝天絶〟を空いた片手に出して盾にして、檜山を止める。だが、それが悪手だったのに気付いたのは、

 

「っっっ!」

 

「「香織ぃぃぃ!」」

 

彼女の足元から生えてきた荊のような黒い触手に、巻き付かれ、足に刺さった瞬間だった。

 

(バカだ、私は!何をしたのかわからないってことは、それは魔法じゃなくて…)

 

動きを封じられ、痛みを知覚してしまい、〝聖絶〟は破壊されて間もない。腕の〝天絶〟で防ぐタイミングも失った。その香織の胴に、肥大化した檜山の拳が放たれた。

 

「ゴッ!」

 

そのまま吹っ飛ぶ…ことはなく、檜山の腕から香織の足に巻き付いた物と違い、荊のような針がない触手が香織に巻きつき、引き寄せられてそのまま肥大化している手で香織を握る。

 

(どう、いう、ことか、わからない。けどこれは、魔力の動きも起こりが見えない。つまり、これは)

 

「か、かお、り、香織ぃ。やぁと手に入れた。やっぱり南雲よりも俺の方がいいよな?でもダメじゃないか、あんなことしたらよぉ。ひひ、ひひ、ひひひ……おい、なか、村ぁ!さっさとしろよぉ!契約だろうがよ」

 

(呪術…そして、術式。でも、なんで、檜山君が…)

 

「はいはい。でも殺しちゃダメだよ。少し試してからだ。今の僕なら〝縛魂〟を生きたままでもできるかもしれない」

 

それはまるで、理科の実習の一環として生き物の解剖をするような目で、純粋に、それを知りたいという感情で、意識が落ちかけている香織に近づく。

 

「あぁぁぁ‼︎お前らぁぁぁ‼︎‼︎」

 

怒髪天を衝くという様子で、先程の攻撃を受けたダメージも残るなか、光輝は向かっていく。〝限界突破〔+覇潰〕〟を発動し、己の感情も無視して、傀儡兵を八つ裂きにしながら向かって来るその姿は、まるで鬼のようである。だが

 

「っ⁉︎な、なん、だ、身体が、」

 

光輝の身体に異変が起こる。〔+覇潰〕のタイムリミットによるものではない。膝をつき、盛大に吐血する。

 

「ふぅー、やっと効いてきたみたいだね。結構強力な毒なんだけど、流石は光輝君。団長さんは用意出来なかったし、香織も予想以上に強くて、檜山も役に立たないから、正直もうおしまいかと思ったけど、僕は本当に運がいい。七海先生に聞こうにも、この力のことをはぐらかされそうだし、何より自分にもあるなら黙ってたほうが、都合がいいと思ったけど、ここまで強力なんてね」

 

「何をっ言って…ごぁ」

 

また吐血して、今度は全身が地に伏してしまう。

 

「くふふ、王子様がお姫様をキスで起こすなら、お姫様は王子様をキスで眠りに誘う、もしくは殺して自分のものにする……なんて展開もありだよね。あぁ、安心して!身体が動かなくなる後遺症が残るだけだから!光輝君は、後でちゃ〜んと僕の手で殺してあげるから!」

 

「あの、ときのっ……ぐっ、ごっ」

 

血反吐を吐きつつ、先程のキスの時に毒薬を飲まされていたのだと理解した。恵里に効かないのは先に解毒薬を飲んでいたのもわかる。その出所も。なぜなら、

 

「マッド、さん」

 

光輝を押さえつけた新たな騎士。そこに〝虚ろ〟の目をし、傀儡となったマッドがいたから。

 

「恵里、君はっ、本当に」

 

光輝は、信じたくない事実を、改めて理解した。自分達の知っていた恵里は、何もかも虚構で、存在していなかったのだと。

 

「もうちょっと待っててね、光輝君」

 

毒が全身を回り、四肢が痺れて動けない。光輝はそれでも動かそうとするが、まるで言うことを聞かない。

 

「う、ぅぅ」

 

「っと、檜山、死なない程度で捻って」

 

「…命令すんなぁ」

 

と言いつつ、檜山は力を入れる。バキバキと、香織の肉体が崩壊していく音がする。

 

「ひひ、もう、すぐ。香織、は俺のものだ。嬉しいか?嬉しいよな?香織ぃ」

 

変貌した身体でも、変わらない顔にある狂気の笑みを見せて、香織に言うが

 

「………っ‼︎」

 

香織は一切目を背けない。その瞳は…

 

「その目をやめろぉぉぉ!」

 

檜山が恐怖し、嫌悪し、憎悪の象徴の1人たる、南雲ハジメと同じ目だった。今度は殺すつもりで握ろうとするが、恵里が止める。

 

「はい、ストップ。殺すのは、まず僕の魔法が使えるかどうかの実験の後」

 

イラァとするが、檜山は抑える。どちらにしても、香織が自分のものになるならそれでいいからだ。

 

「やめっ、どいて!…香織、香織ぃぃ‼︎」

 

雫を含めた生徒達は、どうにかして向かおうとするが、傀儡兵に阻まれては間に合わない。恵里は無邪気に、無情に、香織に手をかざし、詠唱を開始する。雫が、龍太郎が、園部達が、居残り組の生徒も、怒号を上げて静止するが、詠唱は止まらない。

 

「あ、ぁ」

 

香織の片目が〝虚ろ〟になる。彼女の強さ故の抵抗か、いまだ恵里が完全覚醒していないからか、どちらにしても、完全には香織を傀儡にはできなかった。

 

「ふむ、今はこんなもんか。でも、コレならそのうち生きたままでもできる。本音を言うなら香織もコレの実験に使いたいけど、仕方ないよね、約束だし。僕って超優しい!」

 

傀儡にできなかったものの、実験の検証ができたことと、自身の力に更なる向上の目処があることが嬉しいのかウキウキとしている。

 

「さて、もう1回すれば、完全に傀儡にできるかな」

 

恵里は追加で詠唱する。完全に香織を傀儡にするためだろう。香織が、汚される。生きているが、このまま恵里の魔法を受けてしまえば、それは死んだと同じになるのは、誰でもわかる。だが、それを止めたのは、絶望渦巻くこの惨劇に、蹴りを入れにきたのは

 

「……いったい、どうなってやがる」

 

白髪眼帯の少年、南雲ハジメ

 

「あれは、彼は」

 

この状況を冷静に受け止めつつ、

 

「まさか、それは」

 

驚きと、静かな怒り、そして殺意を見せる七海建人だった。

 




メルドが生きる代わりに、その他大勢が死ぬ。良かったのか、悪かったのか…
ていうわけで、あとでタグに原作キャラ1部死亡&生存をつけておきます

ちなみに
今回からのタイトル『変貌汚染』これは今回からのタイトルどうしようと思ってた時、久しぶりにとあるアニメ映画を見た時にモブの1人が変貌汚染と言っていたのでこれにしようと思いました。
ちなみに2
凄風の真価は実は作った当初ハジメは気付いてませんでした。あとで気付いて、「ヤバいもん作ったなぁ」と思ったものの、呪力を扱える人がいないと思ってたのもあり、問題を軽視してました。
ちなみに3
オリキャラは最初の段階でどっちも殺すか、どっちか片方殺すかで少し悩み、どっちが七海を少しでも心にダメージを与えるかを考え、こうしました
ちなみに4
最初から檜山が呪力&術式使えるってわかってたら香織が勝ってました

檜山が術式と呪力を使える理由ですが、見ての通り、恵里が原因です。身体こうなっているのは、次の話の後書きで
次の話はほぼできてるので、月曜日に出します


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変貌汚染②

今週の呪術本誌、情緒がマジでおかしくなりそうだった

伏黒ぉ…→乙骨ぅぅ‼︎‼︎→真希ぃぃ‼︎てな感じ

いや、ほんと、乙骨、大丈夫だよね?死んでないよね?


そしてこっちは恵里の術式の(一部)を解説です


「ひひ、ひひ、ひひひ」

 

顔は檜山だ。それはわかる。だが、肉体はすでに檜山ではない。というよりも人間とも言いがたい。複数の獣が混ざりあっているかのようなその醜い姿と、邪悪な笑みは、皮肉にも見事に調和している。だがそれよりも、七海とハジメの目に入って来たのは、彼からでる呪力と、別の誰かの呪力の残穢があること。そして、その肥大化した手の中に、握りつぶされそうになっている香織がいたこと。

 

「な、ぐ、もっぉぉぉ!」

 

檜山は突撃して来る。変貌した巨大な肉体は周囲の傀儡騎士達を押し退けて、ハジメの命を奪いに来る。

 

「あぁ?」

 

ずるりと、滑るような音とドンと何かが落ちる音がしたと同時に、檜山は自分の腕が切られていたことに気付く。

 

「なぁなな、ななみぃぃ‼︎」

 

もう1人の怒りの対象である七海を確認し、そのまま踏み潰そうとしたが、その姿勢のまま、吹っ飛び、轟音を響かせる。七海が香織を助け出したのとほぼ同時に、一瞬で檜山の懐に移動して、呪力と魔力による身体強化を施した回転蹴りが檜山の脇腹を捉えたのだ。

 

訓練所の壁に激突し、その衝撃で再び上から瓦礫が降り注ぎ、檜山を押し潰した。

 

「白崎さん!白崎さん!」

 

冷静な七海も、大きな声で香織を呼ぶ。抱き抱えられた香織は目を開けているが、声かけにまるで反応せず、全身に力が入っておらず、ところどころ曲がってはいけない方に身体が曲がっており、その部分から骨が出て、致死量に近い血が流れている。

 

「・・み、せ・せい」

 

うっすらと、掠れるような声で呟くが、死に体なのは誰が見てもわかる。だがそれでも、まだ生きている。

 

「ティオ!頼む!」

 

「っ…うむ、任せよ!」

 

「し、白崎さんっ!」

 

ハジメの呼びかけで、ほんの一瞬とはいえ茫然としていたティオが我を取り戻し、ティオについていく形で愛子も香織のもとに行き、変わり果てた香織の姿に、どうにか平静を保とうとするが、やはり血の気が引いてしまう。

 

「ティオさん、畑山先生。白崎さんをお願いします。私は…⁉︎」

 

七海は香織をそっと地面に置こうとした瞬間、香織が七海の首を絞めてきた

 

「・・せい、だ、め」

 

(これは、まさか!)

 

彼女にまとわりつく魔力の残穢。それが、中村恵里のものだと感じた。

 

「香織!なにをしておる⁉︎」

 

「ティオさん、待ってください!このまま、魂魄魔法を。畑山先生、あなたも」

 

七海はすでに呪力で身体強化している。それでも首を絞められているのは苦しい。だが、

 

「おそらく、彼女は、魂に何かしらの干渉を受けています。だが完全ではない。なら、今なら」

 

確定ではない。あくまでも仮定に過ぎない。だが、七海は何度も魂への干渉を受けて来た。だからそれは、確信に近い、直感である。2人はそれを読みとったわけではない。だが、それでも、首を締め上げる香織を止めることもなく、詠唱をする。七海への信頼。

 

だが、

 

「香織」

 

自分の大切が、意思と関係なく、恩師を殺そうとする行為を、

 

「は、じめ、君…ダメ、今、身体が、」

 

黙って見ていられるようなハジメではない。

 

「しゃんべな。今は、治療を受けろ。それと」

 

ハジメは香織の頭を撫でそのまま顔を近づけて

 

「⁉︎」

 

唇を奪う。それが、彼女にどのような影響を与えたかわからない。だが、ゆっくりと力を入れていた手が離れ、ブランとただ下がる。それは力を抜いたというより、なくなってしまったというのが正しいかもしれない。

 

「⁉︎急いでください!」

 

今度こそ、七海はゆっくりと下ろした。

 

「アハハ。無駄だよ!もう死に体で、僕の魔法の影響を受けてるんだから!でもまさか、君達がここに来てるなんて……いや香織が来た時点と、あの激しい力の畝り。あの力は七海先生だけのものじゃない。その時点で気付くべきだよね」

 

額に汗を浮かべながら、ベラベラ話す恵里は心底、先ほど以上に焦っていた。

 

(化け物共めぇ、こんなときにぃ)

 

そんなことはハジメも、七海も、どうでもいいだろう。スッとまずハジメが立ち上がる

 

「まぁ、聞きなって。僕と敵対しないなら、このまま魔法で香織を生き返らせてあげる。疑似的だけど、ずっと」

「黙りなさい」

 

その言葉は、ハジメ以上に七海の怒りに触れるものだった。七海は、知っている。以前見たことがある。恵里が行ったことと、ほぼ全く同じことをしていた人形師。それが、いかに歪で、呪術を冒涜し、人を堕落させてしまうものか。見た目だけなら、生きているように見えるそれは、五条曰く、プログラム通り動く、ペットロボットとなんら変わらない

 

「中村さん、そこら中にいる元騎士の皆さん、肉片は、おそらく生徒もでしょうが………あなたですね」

 

それは、厳密に言えば問いではない。七海は答えはわかっているし、答えを求めたわけではない。恵里は、サングラス越しでもわかる、ハジメが見せているものとは別の殺意。ハジメと共にそのままゆっくりこちらに来る。

 

「まっ、待って、待つんだ!な、南雲、ほら、周りの人達を見てよ。七海先生も、生きてるのとなんら」

 

まるで聞いてないとばかりに、2人は歩んで来る。ホラー映画の怪物がごとく。それに恵里はつい後退りしてしまう。だがそれは、合図

 

倒れていた騎士の1人。先程、凄風(せいふう)でやられたフリをさせておいた傀儡騎士2人が七海とハジメの背後から襲いかかる…直前に七海が一刀両断して頭から真っ二つにし、南雲は振り返ることもなく、ショットガンで頭を粉々にした。

 

「っこれでぇ!」

 

当然、恵里はこんなことで殺せるとは思わない。コレは単なる意識をほんの少し誘導したかっただけ。本命は凄風(せいふう)の全力攻撃。迫り来る風の刃が2人を襲う

 

「アハハ!油断したかい⁉︎それとも僕がコレをこんなにも使いこなせるなん…て」

 

無傷。それどころか、風の斬撃は2人の後ろも全く影響を与えていない。

 

「呪力練りと集約が甘いです。力だけ強大でも、練りの甘い攻撃など、それなりの呪力をぶつけてしまえば、それまでです」

 

凄風(せいふう)含め、ハジメの呪具はアーティファクトが魔力を練り込むのと同様、呪力を練り込まなくてはいけない。いうなれば、術式の運用に近い。威力の幅を広げても、その形が歪では、同じく呪力を扱う者であれば、綻びも目に見えている。もちろん、今のハジメなら、その綻びも見せない呪具の制作は可能だが、あの時渡した時点では、まだそこまでの完成度はなかった。呪力の見えない相手であれば、存分に効果を発揮してはいただろうが。

 

(まさか、呪力を使えるとは…シアさんと同タイプの覚醒でしょうか……だがそれにしては)

 

呪力の練りは甘く、効率性はない。だというに、檜山から感じた彼と、恵里の呪力の残穢。すなわち、少なくとも恵里は術式を持ち、初めてながら使うことができている。そして、檜山の変貌から考えられる、彼女の術式のこと…

 

(いずれにせよ、彼女の術式はおそらく…ならば、これ以上手遅れになる前に)

 

「もういいだろ、先生。会話、必要か?」

 

「ですね」

 

ハジメは心底どうでもいいという顔をし、七海はほんの少し、「残念です」と言いたげな表情をし、恵里を殺すため動く。

 

恵里は抵抗すべく、ほかの傀儡騎士を動かそうとした時

 

「ヴァァァァアァァァ‼︎」

 

「「!」」

 

轟音を立てて、瓦礫が吹っ飛び、そこから檜山が……いや、檜山だったものが出てくる。

 

「じねぇぇぇぇ‼︎」

 

唯一の檜山であると判断できた顔すら、もはや人の形をしていない。ぐちゃぐちゃにつぶれいるが、目だけはあいて、血走りながら来る。

 

「るせぇよ」

 

と檜山に対応するため、もう一度前蹴りをぶち込もうとしたとき

 

「⁉︎」

 

足に、何か、黒い触手のようなものが絡まっていた。すぐさま引きちぎると同時に、加速した檜山の突進を受け、南雲が吹っ飛ぶ

 

「南雲君!…ぐっ」

 

それは七海にも絡まっていたが、強度はそこまでなく、すぐに引きちぎる

 

「ヴァ、な、ビィぃぃぃ!」

 

(なんだ?彼に呪力を扱えた、または扱えるようになったとしても、この肉体変貌と、ここまでうまく使える理由はなんだ?それに、強度はそこまでもないがさっきの触手は)

 

おまけに、見た目同様か、それ以上の膂力をもって抵抗してくる。

 

「檜山」

 

後ろから聞こえたハジメの声に、檜山は反応して振り向くが、そこにハジメはいない。すでにその大きな巨体の下にいた。大き過ぎたことで、足元がおろそかになる

 

「邪魔だ」

 

先程よりも強い一撃で拳を顎に当て、それに怯んだ瞬間、トンと〝空力〟で足場を作ってそのまま檜山の残った腕を後ろに回転しながら、全力で捻り、

 

「ぐ、ぎゃあああああああ!」

 

そのまま引きちぎった

 

「な、ぎゅ、もぉぉぉ‼︎」

 

と、檜山のなくなった片腕。正確に言えば、最初に七海が落としたほうから、新たに腕が生えてくる

 

(反転術式…ではないですね。回復魔法でも。肉体変貌の際に、無理やり出したのですね)

 

そういう意味ではツギハギ呪霊と似ているなと思いつつ、七海も攻撃に加わる。

 

「ぐ、らえぇぇぇ!」

 

地面から先程の触手…とは少し違い、荊のように鋭く、鋭利な棘が七海とハジメを取り囲みながら迫り、そのまま黒い棘が2人を覆う

 

「へ、へへ、へは、ははは、死んだ、じん…ごえぇあ!」

 

檜山が吹っ飛んで再び壁にめり込んだ。バリンと、無傷の2人が棘を破壊し、そのまま加速してハジメが蹴りを入れたのだ。

 

子供のように檜山は喜んでいたが、それで殺せてないと、恵里はすぐに判断していた。追撃のために、取り押さえてなくても、この場では足手纏いになる者の拘束をしていた傀儡騎士を向かわせたが、ハジメは〝ドンナー〟と〝シュラーク〟で傀儡騎士の頭を吹き飛ばす。七海の方にも傀儡騎士向かわせたのだったが…そのうちの1人は、七海を慕っていた

 

「マッドさん、あなたもですか」

 

「けん、と殿」

 

いま楽にする。その意味と、せめてもの慈悲として、その肉体を破壊する。だが、七海が破壊するにはそれなりの威力が必要

 

(ならば)

 

「こっちだ!勇者様達を守るぞ!」

 

と、そこに来たのは腕に青の布をつけた騎士達。それを率いていたの、パーンズだった。

 

「布をつけてない奴は敵だ!気をつけ…」

 

指示の途中で、今のマッドの状態を、見た。そして、次にどうなるかも、スローモーションのように感じつつ、理解した。してしまった

 

「待っ」

(黒閃!)

 

パーンズが叫ぶ前に、黒い閃光は輝いた。

 

黒閃は、狙っては出せないが、まだ先程の戦闘の余韻が残っていたことにより発生した。最初にそれを受けたマッドの肉体は、黒い閃光と共に弾け飛び、その後ろの騎士達も、黒い呪力の衝撃で吹っ飛ぶ。ある程度にダメージでは例え全身の骨を粉々にしても、動き出すだろうし、何より檜山のような怪物もどきにしてしまう可能性もある故に、七海は全力の一撃を放った。

 

「あ、あぁ、ぁぁぁぁ‼︎」

 

周囲の騎士が、パーンズに指示を求めている。だが、あの調子では動かないだろうと判断し、そして隣のハジメが鬱陶しなという顔をし、宝物庫からガトリングレールガンその名をメツェライ……否、ノイント戦でも使った片腕に2門のガトリングレールガン。ハジメ命名、〝メツェライマークⅡ 〟を取り出したのを見て、

 

「全員」

 

速攻でなにをするつもりか理解した。待てと言って聞かないだろう。他の生徒、なんなら七海すらも、今のハジメには視界にない。彼を動かすのは、大切を傷つけ、汚そうとした存在への報復

 

「伏せなさい!」

「伏せてぇぇ!」

 

七海の鬼気迫るような表情の掛け声と、園部の叫びによって、他の者たちも立ち尽くす者を覆いかぶさるようにして引きずり倒す。ガトリングレールガンからバチチと紅いスパークがはしり、一斉砲撃が始まる。傀儡となった騎士達が、電磁加速した砲弾の雨によって、薙ぎ払っていく。

 

〝メツェライマークⅡ 〟は通常よりも装填できる弾丸が少ない代わり、一斉砲撃力優れた武器。それが両手と、さらにはいつのまにか両肩にもある。合計8門の砲撃。弱点として、砲門を増やすたびに自身の動きを制限するというリスクがあるが、この場でそんなリスクはないに等しい。次々と血が飛び、肉片が飛んでいく。砲撃が終わり、訓練所は静寂になる

 

「南雲君、やりすぎではないでしょうか?」

 

「あんたなら対応してくれんだろ?」

 

そういう問題じゃない。と言いたいが、説教はあとにするとした。ハジメは〝メツェライマークⅡ 〟全てをしまい、ザッ、ザッとハジメは歩き、他の者と同様、頭を下げて伏せていた恵里の眼前に立ち、見下ろした。その目は、なんの価値もない石ころを見るような、そんな目。

 

「で?」

 

終わりか?とそう聞かれた気が、恵里はした。ハジメはこの場で何が起こったか、恵里が何をしたかは、七海ほど分かってはいない。だがそれでも、言動で理解していた。彼女が敵で、自身の大切に手を出して、汚した存在だと。

 

「………」

 

その状況を、七海は止めることもしない。敵と決定したハジメを止めることはそもそもできないというのもあるが、それ以上に、恵里を許すことも擁護することもできないほどのことをしていたのは、もはや明確なのだから。恵里はもうどうにもできない。

 

そういった、同情でも憐れみでもない、諦観の表情を見せる七海も見た恵里は、ギリっと歯を食いしばり、血が滴る。圧倒的な強者による蹂躙で、優位性を奪われたことに、憎悪が出て、次に畏怖が沸き上がる。だが、この場で言葉を吐いても無駄だと判断した。なぜなら、次にハジメを見た瞬間、額に銃口を押し当てられていたから。

 

「何もないなら、死ね」

 

死ぬ。恵里の頭を、その言葉だけが埋め尽くし、引き金を引かれる瞬間、激しい破砕音と共に、雄叫びが聞こえた。

 

「な、ぐ、もぉぉぉぉぉぉ‼︎」

 

肥大化し、変形した腕を向け、そこから火炎弾を放出する。どうやらあの身体でも魔法は使えるようである。だが、それら全ての魔法の核を撃ち抜くことで、あっさりと霧散する。それでもなお、まるでゴリラのような動きで檜山は向かってくる。その顔はもはや魔物よりも悍ましく、檜山と呼べる部分は何一つとしてない。

 

「うるせぇ」

 

煩わしそうに、ハジメはバッと檜山に向かい前蹴りをぶち込む。凄まじい衝撃音にその巨体となった身体でも耐えきれず、檜山は「ごぇ」と声を出す。と同時、ハジメを睨み、地面と、香織の時のように自分の腕から黒い触手のようなものをだし、ハジメを縛り付ける

 

「へ、へはぁ!油断してっから」

 

直後、バッアァンとそれら全てが弾け飛び、檜山の眼前に、強烈無比の拳があった。

 

(術式みたいだが、自身の身体から離れたとこに出したのは強度もコントロールも雑だ。身体から出した物も、その程度の呪力出力で、俺を拘束できると思うなよ)

 

檜山が最後に感じていたのは、強い憎しみと、こんなにまでなって、なぜ勝てないのかという、愚かなまでの疑問だった。

 

(黒閃‼︎)

 

黒い閃光が再び檜山の顎をとらえた。ズガァンと音たて、巨体が宙を舞う。黒閃アッパーで吹っ飛んだ檜山を追う形でハジメは飛び、ガッと首を掴む

 

「おあ、おま、おまおまおま、おまぇがぁ、いなげぁ、がぉりぃは、おでのぉ!」

 

怨嗟、殺意、憎悪。もはや人ですらないその檜山に対し、ハジメは同情も憐れみもない。というより、もうこの檜山はすでに、人としての証明できる部分が、身体だけでなく、感情にすらなかった。ひたすら己の欲望に忠実に動くだけの、怪物だった。故に、

 

「俺がいようがいまいが、結果は同じだ。お前が何かを手に入れられることは、天地がひっくり返ってもありはしねぇよ」

 

おのが不幸を他者のせいにし、不幸を振り撒き、呪いを振り撒き、自身が幸せだけを望んだソレはもう、呪いそのものだ。首から手を離し、呪力と魔力の身体強化による回転蹴りが、度重なる肉体変貌による無理矢理の再生で強度がガタ落ちした檜山の胴から下を別ち、胴体部分は、王都に侵入した魔物の先陣がたむろっている方へと飛んでいく。

 

「お前がはずっと負け犬だったんだ。他者への不満と非難だけで、自分は何も背負うことがない。そんな奴が、何かを得ようとなんて、おこがましいんだよ」

 

ハジメ本人に、どれだけの自覚があったかはわからない。だが、あんな状態でも生きているのは、檜山からなぜか漏れ出る呪力から判断できた。それでも、あんな状態で生き残るのは、不可能だろうが。

 

「チッ」

 

瞬間、ハジメに向けて、威力はあまりないが、命を奪うには充分の極光が降りそそぐ。

 

光が降りそそぐ前、檜山の対応をしていたハジメに代わり、恵里に対しては、七海が動いていた。その最大の理由は、ハジメが見せた黒閃の後に呟いた言葉にある

 

「そうか、そうなんだね」

 

小さな声だった。全て聞き入れたわけではない。だが、彼女を覆う呪力が、突然安定した動きを見せた瞬間、その異常性と、危険度が増した。今、恵里をどうにかしなくては、取り返しがつかなくなると

 

「っ!」

 

恵里が何かをしようとする前、七海は駆け出していた。幸い、凄風(せいふう)は先ほどのハジメの砲撃の際に落としており、恵里に近い所にあるが地面にある。ギリギリではあるが、恵里が拾って攻撃するまでに、その首を切り落とすことができる。

 

「?」

 

だが、恵里はスゥと手を前に出し

 

「こうするんだ」

 

と何かを発射するような……否、それが何か、七海は気付いた(・・・・・・・)。それは、辻の時にしたのとは違う。あの時したのは呪力の放出。今したのは、術式によって生み出された、

 

「⁉︎」

 

咄嗟に回避を選択したがそれが追ってくる。ある程度の追尾も可能のようだ。

 

「へぇ。これも見えるんだ」

 

追加する様に手を向けて、さらにソレを発射する。

 

(バカな、ありえない!)

 

動揺を隠しつつ、冷静に七海はソレらを切る。

 

「ふーん。見えているなら切れるのか、それとも別の要因かな」

 

(…ありえない)

 

そもそも、シアやハジメのような例外があったとはいえ、檜山が呪力を纏い、術式を使えていたことにも驚きと疑問があった。そして、檜山にあった彼以外の呪力の残穢は、間違いなく、恵里のものだった。

 

(王都で、私、南雲君、おそらくシアさんもでしょうが、戦ったことで出ていた強い呪力を感じ、今までの訓練でも私の呪力を受け続けたことで、覚醒した。呪力感知だけで言うなら、おそらく五条さん並み)

 

六眼持ちほどにないにしろ、それだけの技量をもっていることにも驚くが、それ以上の驚きがあった。彼女の呪力感知能力の、凄まじさ、それは…

 

(さらに、信じられないが、他者の魂を通して、黒閃を感じ、そこから呪力の核心へ至った)

 

黒閃を出した者とそうでない者とでは、呪力の核心に天地の差が出る。

 

(術式か、魔法か、どちらかなのか両方なのかはわからないが、おそらく一時的に魂が繋がった状態になっているのだろう)

 

だが、出さずして、他者が受けた黒閃を、魂で通すことで理解した。そうでなければ、術式を使いこなし、呪力を安定した運用などできない。当然自ら黒閃を出したわけではないので、黒閃を出した者のような、ゾーンには達していない。それでも、核心を掴むくらいはできていた。

 

(そして、彼女の術式。最初はあのツギハギの呪霊と同じく、魂に干渉する術式だと思っていた。それによって檜山君の身体が変貌し、元々術式があったが脳が非術師のものであったなら、発現するのもわかると思っていたが……違う彼女術式は、そんなものじゃない)

 

先程、七海に撃ち出した物は、魂だった。

 

「魂の創造と干渉。それによる、他者の術式の構築。それが君の術式ですね」

 

「術式、術式かぁ。それにさっき呪力って言ってたし……じゃ、やっぱり魔法とは違うんだ」

 

これ以上彼女を野放しにはできない。そう七海は感じた。まだ確証はなかったが、今彼女が否定しなかったことでほぼそうだと判断した。

 

(生得領域は術師、非術師関係なく、誰もがみな生まれながらに持つ心の空間。心=魂なのかは別として、それを媒体に術式を対象に作り出した。そうでなければ、檜山君が術式を使えたことに、納得がいかない)

 

七海は自分で何を言ってんだと思いつつ、その可能性しかないことに愕然としていた。厳密に言うなら、七海の考察は全部が当たっているわけではない

 

 

中村恵里の術式、生転霊(せいていこん)

その効果をざっくりというのなら、魂を解析し、時に進化させ、時に生み出す。真人使っていた無為転変と違い、魂そのものの形状を操作することはできない。だが、術式、非術師関係なく、誰もがみな、魂に刻まれている、生まれながらに持つ心の空間、生得領域。彼女はそれを観測し、術式を持たない者の生得領域をベースに術式を作りだす。その後、肉体は術式を使えるように進化しだす。ただし、進化にはいくつかの条件があり、対象がその条件を満たさない場合、進化に失敗し、その肉体は、術式が使える身体に変貌する。

また、変貌した対象も、進化した対象も、変化受け入れるという縛りが必要な為、恵里に手を出すことはできず、真人程にないにせよ、術式によって魂に干渉を受けた為、相手が「まぁ、いいか」と思える程度の命令なら従ってしまう。

檜山はあの時、自身の身体が動けるように、また、ねじ伏せる力を欲した。それは、自身が変化することを望んでいたに近く、無意識的に術式による変化を受け入れたのだ

さらに、コレらは術式のほんの一部にすぎず、真の力はまだ恵里も知覚していない。しかし、並外れた呪力感知能力と、降霊術による魂へ干渉する魔法の行使と、七海以上になった技能、〝魂知覚〟による魂の観測。これらは彼女をより高みへ上げる要因となる

 

 

と、ハジメが飛んで行った方とは別の方向から、以前にも感じた魔力を察知した。

 

(奴か)

 

こんな時にと心で毒付く。空に空間魔法で移動したであろうフリードが白竜と現れ、地上に降りる。ハジメに睨みをきかせるその様は、随分と弱々しい。衣服が血だらけで、身体は五体満足に見えるのに、別の魔人族に抱えられている。そして、七海だけがわかった。その腹部に自分の術式が発動していることに。

 

フリードはハジメが光輝達や王国のために戦っていると誤解しつつ、告げる。

 

「………そこまでだ。白髪の少年。大切な同胞達と王都の民達を、これ以上失いたくなければ、大人しく…!貴様は」

 

会話の途中で七海に気付き、殺意向けてくる。いつの間にか魔物が取り囲んで、こちら側を狙っている。転移で連れてきたのだろう。

 

(まずいな。流石にこのレベルの魔物を今の状態で戦うのは危険すぎる。生徒や畑山先生を守りきれない…何より)

 

「ご主人様よ!どうにか魂の固定はできたのじゃ!しかし、受けたダメージが酷すぎ、これ以上保たせるのはユエの協力なしでは至難じゃ。このままでは…っ」

 

「白崎さん!しっかりして下さい!白崎さん!」

 

香織にいたっては、魂魄魔法でどうにか命を繋ぎ止めるので精一杯だ。彼女の身体は死んでいる。魂が収まる器に穴がある以上、こぼれ落ちていくのは自然なことなのだから

 

「ほぅ、新たな神代魔法か」

 

ティオが言っている意味がよくわかってない生徒達とは違い、フリードは神代魔法の使い手。すぐに察しがついた。

 

「神山のものか?ならば場所を教えるがいい。それとそこの七三分けの貴様だ。随分と弱っているな。その命を差し出せ。さもなくば……⁉︎」

 

フリードがハジメと七海を脅そうとしたが、ハジメのドンナーから放たれた攻撃を間一髪のところで防ぐ。しかし

 

「ぐっ、…ごぁ!」

 

力を行使したのが原因か、フリードが血を吐き、所々から血が流れだし、抱えている魔人族が慌てている。フリードの肩に鳥型の魔物が乗り、肩を支えている魔人族と共に、その身体を癒すが、やはり回復しきれないのか、少し辛そうな顔をしつつ、周囲の魔物の包囲網を狭める。

 

「ハァ、ハァ……どういうつもりだ?同胞の命が惜しくないのか?お前達が抵抗すればするほど、王都の民も傷ついていくのだぞ?外壁の外にはまだ10万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に100万の魔物が控えている。お前達がいくら強くとも、全てを守りながら戦い続けることなど…………何を、する気だ?」

 

ハジメは、フリードに向けていた冷ややかな視線を王都の外……王都内に侵入しようとしている10万の大軍がいる方へ向ける。

 

(まさか)

 

七海は知っている。今ハジメが〝宝物庫〟から取り出した拳大の感応石。それが、とあるアーティファクトの起動の為のものだと

 

(アレは、まっずいなぁ)

 

〔+視認(上)〕の恵里も、そこから流れでる魔力の膨大なさで、ハジメが何かとんでもない物を使おうとしているのがわかるが、この状況下で言えるものでもなかった。ハジメは無言で訝しむフリードを尻目に感応石を発動し、そこから〔+視認〕持ちでない者でも見えるくらいの光を放つ。

 

そこでようやく猛烈に嫌な予感がしたフリードは、咄嗟に、ハジメに向けて極光を放とうとするが、ハジメのドンナーによる牽制と、自身を襲う痛みで射線を取れず、結果、その発動を許してしまう

 

広大にして膨大な紅い閃光が空を染め、夜は昼になったかのように輝き、雷神が暴れるごとくの轟きが響き、その光の柱が絶縁体たる空気を焼き払い、放出される。天地の両方を焦がす光。その光は触れたものを、文字通り全て消し去る無慈悲なる破壊。

 

神の雷とも言えるその一撃は、王都の外にいた魔物と魔人族の部隊に降りそそぐ。断末魔すら許されない光はそこにいた生物…魔物も魔人族も関係なく一瞬で蒸発し、凄絶な衝撃波と熱波は周囲にもただならない影響を与えていく。そこからすぐさま逃げようとしていた者達もいたが、ハジメが手元の感応石に魔力を注ぎ込むことで、光の柱は滑るように移動し地上で逃げ惑う魔物や魔人族を悉く焼きつくしていく。

 

直径おおよそ50mほどだが、効果範囲はそれを大きく超え、防御も回避不能。空間転移のない生物の足で逃げ切れるはずもない。

 

光の柱は、ジグザグに移動しながら大軍を蹂躙していくのを為す術がなくただ必死に逃げるしかない魔人族と魔物を追いかけるが、外壁の手前まで来た時、とフッと霧散するように虚空へ消える。

 

ギリギリ、王都内へ侵入…ではなく逃げ込んだ魔人族は強大なクレーターと、今も白煙をあげて熱を帯びた大地、一瞬にして消えてしまった自軍と仲間の痕跡すらないことに絶望し、呆然として座り込んでおり、戦意は完全に折れていた。

 

ハジメは目の前にいるフリードに、宣告する。

 

「俺がいつ、王国やらこいつらの味方だなんて言った?てめぇの物差しで勝手なカテゴライズしてんじゃねぇよ。戦争したきゃ、勝手にやってろ。ただし、俺の邪魔をするなら、今みたいに全て消し飛ばす。まぁ、100万もいちいち相手してるほど暇じゃないんでな、今回は見逃してやるから、さっさと残りを引き連れて失せろ。お前の地位なら軍に命令できるだろ?」

 

同胞を一瞬にして殲滅した挙句の余りに不遜な物言いに、フリードの瞳が憎悪と憤怒の色に染まる。だが、彼は軍を動かす立場にある。戦況を確認し、部隊の数、戦意、戦場によって的確な判断をしなくてはならない。

 

(………嘘だ。南雲君のアレは、そう何度も出せるものではない。おそらく、もう一度発射するのは時間もかかる。……いや、もう出せない可能性すらある)

 

一方七海は現状が有利になったとは思わない。むしろ不利に近い。フリードの言う通り、数で押し切られてしまえば、疲弊しているこちらが負ける。

 

ハジメもそれは重々わかっている。眼前の敵を逃がすのは業腹ではあるが、今は一刻も早く香織に対して処置しなければならない。時間が経てば、手の施しようがなくなってしまうのだ。さらに、七海が考察したように、先の光の一撃は、試作品段階の兵器だったため、今の1発で壊れてしまった。殲滅兵器なしに、疲弊した状態で100万もの魔物と殺り合っている時間はない。

 

それらを知らないフリードは唇を噛み切り、全身の痛みに耐えながら、内心で荒れ狂う怒りをどうにか抑える。

 

(これ以上こちらの犠牲を増やすわけにはいかん)

 

悔しさと怒りを持ったまま、ゲートを開いた。

 

「この借りは必ず返す‼︎そしてお前達2人!貴様らだけは、我が神の名にかけて、必ず滅ぼす!」

 

フリードはハジメと七海に告げ、踵を返す。恵里を視線で白竜に乗るように促す。恵里としては、光輝を連れて行きたいが、ハジメの余計なことはするなよという眼光を感じて引き下がる。

 

(ここで彼女を逃すのは、正直愚策ですが、やむを得ないですね)

 

毒を受けながらも、その強靭なステータスで未だ生きながらえている光輝を見て、妄執と狂気の宿った笑みを向ける恵里。その姿を見つつ、七海はこの場で最も警戒するべき相手を逃すという判断しかできないことを悔やむ。

 

白竜に乗ったフリードと恵里がゲートの奥に消えると同時に、上空に光の魔弾が3発上がって派手に爆ぜた。おそらく、撤退命令だろう。同時に、ユエとシアが上空から物凄い勢いで飛び降りてきた。

 

「……ん、ハジメ。あの醜男は?」

 

「ハジメさん!あのゴミ野郎は?」

 

魔人族の部隊とフリードを撃退し、追ってきた2人はフリードの所在を聞くが、ハジメはそれを無視してすぐに香織の状態を告げる。2人は驚愕して目を見開く。正直香織がやられるなど思ってなかったのだ。

 

「ユエ、頼む」

 

「…ん、まかせ」

 

と頷こうとした瞬間。訓練所の外から咆哮が聞こえ、地響きがし、次の瞬間、訓練所の外壁を破壊し、巨大な何かが侵入して来た。

 

「ヴォォォォォォォォォ‼︎」

 

それは人ならざる者にへと堕ちた物

 

「言葉すら失いましたか、檜山君」




ちなみに1
実は彼女が七海に向けて発射した魂ですが、受けてもダメージはあんまり入りません。仮に受けたのが蝿頭でも同じく。それは恵里も七海も気付いてませんでしたが、七海は警戒して切りました。恵里は使い方を間違えてます。今回生き残った為、知るのも時間の問題です。

ちなみに2
無為転変:魂に触れ、元々術式があるが脳のデザインが非術師の脳を変えて術師にする
生転霊:魂に刻まれた生得領域をベースに術式を対象に与える。その後、肉体が呪術を使えるように進化もしくは変貌する
順序が逆というか、行使の仕方が違う。そしてどっちがより優れた術式かは、これからの彼女次第と、皆様の考え次第ですかね。檜山が進化できなかったのは
檜山の肉体実力共にそもそも弱いからと恵里自身がまだ術式の行使に慣れていないから。
そして、これを術式ありの人且つ最初から呪術を扱えるものに行使すると……ただ、そんな人物は魔人族側には恵里しかいないので必然的に彼女は自分自身にするかな?今はまだこの設定は保留中です


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変貌汚染③

素直に祝えない……乙骨、無事だよな、無事だと言ってくれぇ


「ミィィィィィアアァアァァ‼︎‼︎」

 

生物の声とは思えないソレの正体を、ハジメと七海は察する

 

「言葉すら失いましたか、檜山君……」

 

哀れな姿に成り果てた檜山に、七海はそう呟く。

 

ハジメが粉砕した檜山の肉体はさらに変貌しているが、それだけではない。自身の術式によって肉体から出した触手を使い、いくつのもの魔物の身体をツギハギ状にして無理矢理繋げている。特に下半身は魔物の顔が繋がっており、見る者全てが吐きそうな程、悍ましいものに成り果てていた。

 

「南雲君、白崎さんを連れて下がって。ユエさん、ゲートを使って移動してください。十中八九、アレの狙いは南雲君、白崎さん、そして…私です」

 

バッと駆け出し隙だらけの腹に蹴りを入れた。当然、術式で弱点を作ってだ。檜山の身体がズドォォと音を出して下がる。

 

「全員、聞いて下さい!この場は私が!あとは撤退を!ユエさん!可能なら、他の方々も」

 

指示途中で、その肥大化した剛腕を振るい七海ごと壁にぶつけ、さらにラッシュをはじめる

 

「ヴォオ”オ“オ“ォォォォ‼︎」

 

咆哮をあげたラッシュに、生徒や愛子は七海の名を叫ぶ。

 

「ヴァ⁉︎」

 

両腕が切り裂かられ、ズドンと落ち、強烈な蹴りで吹っ飛ぶ。

 

「ユエさん、よろしいですか?」

 

「………七海は、平気なの?」

 

今の七海が弱っているのは、ユエもわかる。だからこそ心配するが、

 

「今は、白崎さんの処置を。南雲君、君も、一度引きなさい。援護は不要です」

 

「………わかった。勝手に死ぬなよ、七海先生」

 

七海はヒュっと手を上げて答えた。ハジメはユエがゲートを開くと、怒鳴りながら

 

「死にたい奴はここにいろ!そうじゃない奴は、そのゲートに入れ!」

 

一瞬戸惑っていたが、誰も彼もがここは危険だと、よろめきながら動きだす。呆然としていたパーンズや、怪我をしていたり気絶した者なども、騎士や残りの生徒達が動かし、ゲートに入っていく。ほぼ全員がそこに入った時、再び怪物になった檜山が咆哮をあげる

 

「…先生、あんま背負い過ぎんなよ」

 

ハジメは、何故七海がこの行動をしているかわかる。そして

 

「七海、先生」

 

愛子は、もうどうすることもできない檜山に対し、涙を浮かべ、それをまた押し付けてしまうことに、また悲しみに満たされてしまいそうな心を、必死に振り払い、

 

「死なないで」

 

そう言って、ゲートに入っていく。途端、檜山がゲートに向かい走りだすが、

 

「遅いです」

 

ただでさえ変貌していた肉体に、無理矢理魔物の肉を繋げて作った為、そのスピードは鈍足だ。すぐに七海が前に出て進行を阻止する。

 

「⁉︎」

 

なくなった腕の片方が生えて七海を殴る。

 

(やはり、反転術式ではない。下半身の魔物の肉が少し落ちている。繋がっているなら、使えるということですか)

 

ズザァァァとブレーキをかけ、軸足で再び駆ける。ゲートが消えたことで、完全に標的は七海になった。

 

「ヴォォォォォォォォォ‼︎」

 

声すらもう檜山でない。否、ここまでくれば意志すらあるのかもわからない。

 

「もはや魔物と同等ですね」

 

叫びを上げた瞬間、地面から荊のような触手が七海を貫こうと次々と襲いかかるが、出てくるスピードは遅い。

 

(っ!………そうか)

 

それらを避ける、もしくは切っている際に気付く。檜山の肉体が少しずつ崩壊していることに。

 

(肉体変貌によるものかもしれないですが、もっとも可能性があるのは、魔物を取り込んで自身の肉体にしてしまったことでしょうね)

 

現在の檜山の肉体は、魔物を食べた状態にかなり近い。ハジメのように神水がないのでは、崩壊もする。それが遅いのは、恵里の術式による副産物たる肉体変貌が原因である。

 

恵里の術式、生転霊(せいていこん)によって術式を顕現した者は、それが使えるような身体に進化し、変化する。まずは脳から次に肉体が。だが、恵里の術式の使い方はいまだ不完全であること、檜山自身に呪術師としての才能が皆無だったこと、檜山自身の強さがさほどなかったこと、肉体がその変化に耐えれるほど丈夫でなかったこと。これらの要因により、最も使える身体へと変貌していった。

 

そして、それは術式が身体に残っている限り続く。いかに身体を損傷しても、残っている肉体を使って無理矢理使えるように変貌し、身体自体も生命をどうにか維持をしようと檜山の意志とは関係なく動くことで、崩壊を遅くする。

 

(このまま放置しても、そのうち死ぬでしょうが……しかし)

 

今度は檜山は口をグパァと開き、そこから魔力が溢れ、放出された。

 

「っ!」

 

衝撃を受けて少しひるむが、お構いなしに檜山は攻撃し続ける。すでにその顔も、口の部分は大きく、ワニのように伸び、下半身は上半身の損傷を補うために使われて、両足が繋がって蛇のような尾となり、そこには魔物の顔もいくつかついている。その姿はさながら、ナーガのようだ。

 

口から〝風撃〟〝火球〟といった下級の魔法を出すのだが、それら全ての威力が上がっている。さらに身体全身にある魔物の顔。その口の部分からも、その魔物の固有魔法あるだろうが、攻撃系の魔法を発射してくる

 

(厄介ですね)

 

肉体の維持度、攻撃方法。これだけなら特級レベルだろう。肝心の戦闘技術や攻撃の命中率、崩壊する肉体を除けばだが。

 

「檜山君、その身体になった事に、私は同情しないこともありませんが、情けはかけません」

 

檜山がこれまでにしてきた行為は、決して許されない。誰も許さない。いや、

 

(畑山先生なら、どうでしょうね)

 

彼女がゲートに入る前に見せた涙。その気持ちは、推測しかできないが、彼女なら、こんな檜山にすら、同情と愛情を持って、最後まで接するかもしれない。

 

そんな、考えても意味ないことを考えていたが、すぐにその思考を除外し、檜山を屠りに駆け出す。

 

「ヴォォォォォォォォォ‼︎」

 

叫び声をあげた瞬間、地面から荊型の攻撃系の触手が七海に襲いかかるが、どれも強度、速度、展開力は微妙なもの。正直回避も破壊も七海なら余裕で対処できる。だが、

 

「くそ」

 

この攻撃により、檜山が身体からだす魔法の回避を狭められ、ついに魔法が命中する。

 

「近づくのは少々困難………いや」

 

そこで七海は気付く。檜山の戦い方が、格段に良くなっていることに。

 

元の姿からの大きな変貌は、すでに脳にも達し、思考能力は落ちているにもかかわらずの戦闘能力向上。ほぼ獣に堕ちたからこそ、獣ならではの本能的な戦いが、皮肉にも檜山の戦闘スタイルの向上に繋がっていた。

 

(今命中したのは炎魔法だったからよかったものの、他の魔法を受けたら正直今の私ではまずいかもしれないですね)

 

距離を取れば地面からの攻撃はより雑になる。

 

(あの術式の効果範囲は約3m。攻撃に転用すると、強度や展開力は落ち、その状態の有効度は実質1m弱。捉えるタイプなら、強度と展開力にさほど問題はなく、近づくほど強靭なものになる)

 

檜山の術式の考察をしながら回避を続ける。

 

(このままでは、いたずらに体力も、残りの呪力も消費してしまう。お互いに、だ)

 

故に七海は、賭けにでる。

 

「ふぅぅぅ…シッ」

 

距離を一気に詰める。魔法は自身の技能で軽減出来るものは呪力強化のみで無理矢理防ぎながら、それ以外の魔法と地面の触手は剣で切り、強行突破を試みる。

 

(手数が足りない。拳では、この触手に対応するのは難しい)

 

しかしすでに賭けにでた。ここで決める為には前進するしかない。そこに

 

(⁉︎)

 

上空から、呪力を感じる。それが、降下してくる。

 

「……感謝します、南雲君」

 

バッと空いた片腕を上に挙げ、落ちてきたそれを掴む。

 

上空では、ハジメのクロスビットが2機浮遊していた。移動したハジメが、それを通して、この戦いを見ていた。そして、急遽向かわせた3機目のクロスビットには、ハジメが残る呪力を使って作りあげた、呪具を搭載し、それを落とした。

 

「遠慮なく使わせてもらいます」

 

その形は、これまでハジメが作ってきた大鉈だが、七海専用に作りあげた呪具、ハジメ命名、『凱劃(がいかく)』そこに付与された技能は、〝金剛〟。手にとって呪力を流した瞬間、全身を何かに包まれたかのような感覚を得る。『黒帝』と同じく、呪具化によって〔+部分強化〕が更に跳ね上がるが、最大の違いは、組み立て式でない分、能力に広がりがでるということ。……否、見方によっては狭まり(・・・)かもしれない。

 

「なるほど、私専用ということですか…随分扱いにくいものを」

 

斬撃系の武器が両手に、二刀流となって防御力と攻撃力が上がり、更に前進する。その度に魔法の砲撃、触手の攻撃が激しくなるが、命中した魔法は効果なく、触手に絡まれてもそのまま引きちぎって前進していく

 

「ヴァ⁉︎」

 

ここで檜山は焦りだしたような声を出し、魔法を中断して触手に集中する。近づいたこともあって、数で一気に包囲し絡めとる。

 

「ハァァ‼︎」

 

一時停止し、停止するために使った足を軸にした回転で囲い込む触手全てを切り裂き、すぐさま檜山に近づく。

 

「⁉︎」

 

檜山が下がるが、ここは訓練所。檜山が入ってきた場所以外は、壁によって逃げ道を塞がれている。だが、取り込んでいる魔物の中には、防御系の固有魔法を持つものがあり、それを身体に付与し、強度を上げるが、

 

「エぁ?」

 

袈裟斬りで左肩から斜めに切られ、ずるりと落ちてくる。

 

凱劃(がいかく)』の最大の特徴。それは、〔+部分強化〕をする範囲を狭めるという縛りを行うことで、その部分の強度や切れ味を極限まで強化する。例えば指1本に絞り込めば、その部分はどんなものすら貫く槍となる。そして、 凱劃(がいかく)の刃の部分の一部のみに絞れば、並大抵の防御も、強化も切り裂く、無双の刃となる。七海の十劃呪法との相性は、言うまでもなく良い、術式の行使の際に見える7:3の比率の点の部分を強化し、その部分に合わさるように相手を切り裂く。使いこなすには、点と点を繋げる技量が必要であり、まさしく七海専用の呪具である

 

七海は切ったことで落ちてくるその身体をそのまま蹴りで吹っ飛ばし、壁に当たって破壊音を轟かせる。

 

「やはりその触手、身体から出るものを使わなかったのは、魔物を縫い付けるのに使った為ですね。そして、もう縫い付けるものはない」

 

既に切り離された下半身の肉は砂のように崩壊していた。

 

「終わりですね」

 

「ダ」

 

と檜山が何か声を出すが、もはやそれは意味のない言葉

 

「ダ、ず、げて」

 

の、はずだった。死の淵で一時的に意識が戻ったのかと七海は考える。

 

「………」

 

「だ、ず、だ…なみ、せ、せぇ」

 

すっと七海の手が下がる。

 

「ミァァァァア‼︎」

 

瞬間、檜山の口から太さと強度もある尖った触手が七海の胴体を…貫けなかった。

 

「わかりやすい攻撃ですね」

 

凱劃(がいかく)の部分強化……だけではない。

 

「術式反転。初めてですが、これも黒閃を使ってる状態でなければ、できてなかったでしょうね」

 

術式反転:反転術式によって正のエネルギーとなった呪力を術式に流し込んで発動し、術式の効果を反転…文字通り逆にさせる。

 

十劃呪法の7:3の比率の点を強制的に弱点と化すその能力を反転し、檜山の攻撃に合わせて少しだけ身体を動かして自分自身に術式を付与して、威力を更に半減させた。

 

(呪力消費が多いのに、決めれるのは今みたいにわかりやすい物のみ。正直言って使えないにも程がありますね)

 

心底、使えないなと思いつつ、すぐさまその触手を切った。

 

「あ、あ、アア、ア“ア“ア”ァァァァ!、いあ、だ!じに、たく、だい!いだい、いだい、いだいぃぃ!さっきから、ずっと痛いんだぁ!だす、だすけでぇ」

 

元々術式を使えない者に使えるようにする為の肉体の変貌は、常に痛みがあり、変貌するたびにその痛みは何十倍にも肥大していく。

 

「それはできません」

 

檜山の願いを一蹴する。七海は覚悟はとっくにできている

 

 

 

 

 

『檜山君を、恨んでますか?』

 

『……はい。殺したいくらいに』

 

香織はこれを聞くということは、自分が殺すことを止めるつもりなのかとほんの一瞬だけ考えたが、すぐ違うと判断する。確かに七海は意外と情に熱い。だが、しっかりとした意志と判断ができる。

 

『なら、その殺意は隠しなさい。強い殺意は人を強くしますが、冷静な判断も狂わせる。檜山君程度に気付かれる可能性すらある。殺意はその瞬間まで抑えて、できるなら抑えたままことを成して下さい』

 

アドバイスをしてくる。そこには容赦のない言葉が羅列するが、同時にどこか優しさと、悔しさが出ているようにも見えいた。

 

『七海先生、もし私より先に檜山君と会ったら、どうしますか?』

 

何気なく、香織は聞いた。清水の一件は香織も知っている。とはいえ、それとはもう比べようもないほどの残虐な行為をした檜山は、

 

『場合によっては殺します』

 

許されなどしない。場合によってはと言うが、九分九厘殺しにかかるだろう。というより、

 

『出来ることなら、七海先生自身が殺したいんですか?私達の世界の人を私達が殺さないように』

 

『………』

 

沈黙が答えだった。この世界の人を殺すのと、元の世界の人を殺すのでは、背負う物が違う。七海はハジメとの縛りによって、罪の全てを背負う気はあるが、実際に行った者にかかる罪に対しては何もできない。

 

『それは、先生が私達の世界の人とも違うからですか?それとも、呪術師としてですか?』

 

『両方なのと、背負うのは大人の仕事だからというのもありますね』

 

子供に率先して毒を取り込んでほしいと思うほど、七海は落ちぶれていない。この世界にいる限り、必ず貯まる毒を、取り除くなら、それは少ない方が良い。光輝がいい例だ。取り込んでしまった呪いという名の毒に今も彼は苦しんでいる。

 

『……私は、生徒殺しを、七海先生に背負って欲しくないって思っててもですか?』

 

『その気持ちは、ありがたいです。しかし、結局は平行線ですよ』

 

七海は自分の生徒が元の世界の人を殺して欲しくないように、香織も恩師である七海が自分の生徒を殺して欲しくない。意見はどうしても、平行線だ。

 

『じゃあ、早い物勝ちにしましょう』

 

『……ゲームじゃないんです。その言葉はどうかと思いますよ』

 

『でも、1番わかりやすいじゃないですか』

 

ふかーくため息を出して、七海は言う。

 

『わかりました』

 

 

諦観の目線が、檜山に絶望を告げる

 

「中村さんが元凶とはいえ、元はと言えば、君の行動によってそうなってしまった。浅はかな判断と行動、己の欲望に呑まれてしまったのが全ての原因です」

 

「なっ、まっ、で。ないを、するん、だ」

 

「もうその身体は手遅れです。どうやっても治せません」

 

「まで、ぜいとを、じぶんの、ぜいとを、ころ、ころ、ごろず、のか?」

 

七海は沈黙のまま、1歩1歩進む。その無言こそが、答えだった。

 

「イヤダァぁぁあぁ!じ、にだくなぃ!なんなんだぁ!オマエぇ!なんで、そん、ナァ!かん、たんにぃ!」

 

「あまり動かないでください。手元が狂う」

 

しっかりと、苦しまないように殺す。それが、唯一の檜山の救いだ。

 

「だん、でだぁ⁉︎、おでは、ただ、ほじかっただげなのにぃ!のぞんでぇ、ない、が、わどぅい‼︎」

 

言語がおかしく、呂律がおかしいが、何を言っているかはわかる。

 

「おばぇ、がぁ!オマエがぁ!、お、ばぇらぁ、がぁ‼︎、ぜんぶぅ、な、な、みぃぃぃ‼︎」

 

「君がそうなったのは、全て君のせい……なんて言いませんよ。君に溜まった毒を、処理しなかった私にも原因がある」

 

ハジメのように、全てが檜山のせいと言う権利は、大人であり、彼の教師である七海はできない。絶対にそれだけはしてならない。だから

 

「君のしてきた事も、全部、私が背負いましょう」

 

「じねぇぇぇ‼︎」

 

「責任は、私が」

 

命の炎を、全力で燃やし、最後に目の前の七海だけはと、無理矢理腕を生やしてその腕を伸ばす。それが届くこともなく、

 

「ぁ」

 

頭から真っ二つに一刀両断した。最後に檜山が何か言おうとしていたが、もうどうしようもない。それよりも七海は今

 

「つかれ、た、な」

 

とりあえず、休みたかった。呪力はスッカラカン、ダメージも受けすぎた。ばたりと倒れ、そのまま意識を持っていかれそうになっていると上空にいたクロスビットの1機が降りてくる。

 

【よぉ、七海先生。まだ生きてるか?】

 

「生きてますが、疲れました」

 

クロスビットからのハジメの通信に、弱弱しく答える。が、すぐに落ちそうになる意識を戻す。

 

「他の皆さん……いや、白崎さんは、今、どうなってますか?」

 

【落ち着けって言って落ち着けるわけないか……順を追って話す】

 

ハジメはそこから現状を説明する。

 

香織は正直今もユエとティオが魂魄魔法で繋ぎ止めているのだが、問題1つあった。未完成とはいえ、恵里の魔法の影響を受けていたことで、魂を定着させようとすると、恵里の魔法に侵食されようとされる。その為、まずはそれを解除する必要がある。同じく魂に干渉する魂魄魔法なら、どうにかなるが、それまで保つかは香織の生命力次第。

 

愛子と光輝達は別の場所で待機している。光輝は毒でかなり危険だったが、神水を飲んだんことで解毒し、傷も癒えた。ただ、気を失ってはいるそうだ。それと、メルドも合流した。どうやら、野村達の方に向かったらしく、襲われていた彼らを助けていたそうだ。合流後、一部の騎士達は王都の救助、怪我人の手当てにあたり、辻が目を覚ましたのもあり、そちらは順調なようだ。

 

「君に、任せることしかできませんが、白崎さんを、お願いします」

 

【あたりまえだ。死なせねぇよ】

 

「それと、メルドさんとも連絡を取りたいのですが、映像は、畑山先生たちが避難しているところにも?」

 

【そういうと思ってたよ。そっちに通信を繋ぐ。畑山先生とかマジで心配してるだろうからな。あぁ、通信を終えたらクロスビットをコンコンって叩いてくれ】

 

それじゃと言い、通信を切る。香織に集中する為だろう。もう1機のクロスビットが降りてきて、通信が入るような音がしたので、七海は声を出す

 

「そちらに、誰かいますか?」

 

【っウオ!コレ話せるのか⁉︎…というか、その声、建人か?】

 

メルドの驚いた声がした。どうやら映像は見えないらしい。

 

「メルドさんですか……状況は?」

 

【お、おぉ!現在だが、怪我人や、王都内の救援中。生徒達の中にも、何人か救助をしてる……それと、聞いた。恵里の件、他の騎士達…マッド件も】

 

「……パーンズさんは?」

 

【少しは落ち着いてきたが、もう少し時間が必要かもな。だが、あいつの指示で動いていたスラムの連中が良い仕事をしてくれてる】

 

七海は正直、この後彼にかける言葉が見つからない。だが、それでも話さなくていけない。

 

「畑山先生は?」

 

【それの前になんだが】

【な、七海先生⁉︎、大丈夫ですか!その、檜山、君は】

 

どうやら近くにいたのか愛子の声がした。悲壮感のある声変わる。どうなったかなど、聞くまでもなくわかっているのに、その答えを問う。

 

「殺しました」

 

【っ!】

 

向こうにはこちらの映像が見えてないだろう。それでも、間髪入れずにはっきりと言ったことに後悔はなかった。取り繕ったところで、事実は変わらないのだから。

 

【そう、です、か】

 

わかっていた。それでも、愛子は涙を止めることが、できなかった。

 

「救えなかった……私の責任です。あなたは、悲しまなくてもいい。なんて、言ってもそうはいかないでしょうね。…謝るつもりはないです。そんなもの、なんの意味もないでしょうからね」

 

少しだけ、彼女の涙声を聞くかと思ったが

 

【それは、いまは、後にしましょう。……七海先生】

 

先に言うべきことがあるのか、愛子は一息ついて、告げた。

 

【谷口さんが、目を覚ましました】

 

やるべきことが更に増えた。鈴の心を折らなくてはいけないという、新たな罪ということが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに
檜山とは実は面談ができてますが、親からの七海の印象は最悪で、面談のときは理不尽なクレームが殆どでした
というか、『転生転移』で出ていたクレーマーがそう。面談が不快だったという電話をしています
檜山もいちいち突っかかる七海に辟易しており、まっとうな注意を親へは別の解釈になるようにわざと説明したりもしておりました。七海はそのことを理解しおり、教職がクソと思い始めたキッカケでもあります。
でも完全にクソになることはありませんでした

ちなみに2
次にも書きますが、鈴は起きてすぐに居残り組の生徒達から詰め寄られ、「恵里がああいう奴だという事を知ってたんだろ」などの心ない言葉を浴びせられてます


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仁義多責

ミゲルきたぁぁぁぁ!
そしてやっぱり呪術廻戦は術式よりも肉体、フィジカル!ゴリラ廻戦万歳!

それはさておき、ちと遅くなりました

ルルアリア出したけど、こんな感じでいいかなぁ…とちょっと不安。ランデルはともかくなぁ…



「こちらが、今回犠牲になったと思われる、人数のリストです」

 

「ありがとうございます。拝見させて頂きます」

 

翌日からリリアーナとメルドの陣頭指揮で、大混乱にあった王宮の態勢が立て直され、被害にあった国民の支援も速やかに行われていた。そうしていく中で、状況も次々と明らかになっていき、その一部資料を七海はとある人物に求めた。

 

「申し訳ありません。このようなときに、あなたに頼むなど、ルルアリアさん」

 

リリアーナの母であり、ハイリヒ王国王妃、ルルアリア・S・B・ハイリヒ。彼女も王都復興の陣頭指揮しており、こういった資料も持っていると思って声をかけた。

 

「しかし、なぜ私に?」

 

彼女の言う通り、リリアーナやメルドに相談してもよかったが、リリアーナの父親でもある国王は恵里の傀儡兵によって殺されて失い、それでも国と民の為に尽力している。だが、まだ14歳の子供。無理をしているのは充分わかる。仕事をしていなければ、その悲しみに押し潰されてしまいそうな彼女に頼るのは、さすがに憚る。

 

とはいえ、ルルアリアの方もそれは同じだろう。しかし、大人と子供では、受け止める力が違う。それでも、辛いものは辛いだろうが。

 

メルドの方に頼まないのは現在騎士の再編成に没頭している彼の邪魔をしたくないのと、ある程度の期間王都を離れていたので、情報の全てを把握していないことと、このリストは騎士だけでなく、民間の情報も含まれる。先日王都のメインストリートでとある事があったのだが、その時に感じた違和感を、確かめるため。

 

どうしても七海は知りたいことがあった。受け取った資料を七海は目を通す。まずはそこに書かれた名前ではなく、人数を確認した。その数、500人以上。あの場にいた騎士達と、野村の方に向かった騎士達。その合計を合わせてもとても足りない。おそらく、恵里の操作と、フリードのゲートで魔人族の領土に行ったのは想像できる。だがこれは一部。次の資料は騎士達の情報ではない(・・・・・・・・・・)

 

「やはり、ですか」

 

そこに書かれた情報は、七海も考えがついていた。あの時、魔人族が撤退する際もだろうが、その前から……

 

いずれにせよ、この情報から察せられることは、想像したくもない事態へ向かっていることなど、明確だ。

 

「そういえば、現段階ではリリアーナさんが国王の代理として立ってるそうですね」

 

「ええ。あの子の方が、一段と優秀ですし、私よりも国民の支持があります。まぁ、ひと段落ついたら、ランデルが即位することとなるでしょうけど」

 

ランデルはまだ10歳。即位したとしても、政治的な判断や国家運営はできないだろうから、事実上別の、生き残っている貴族が台頭することになるだろう。まぁ大抵の重鎮達も傀儡兵に殺されているので、やはりリリアーナやルルアリアが率先して動くだろう。しかし、仕事量で言うなら、リリアーナの方が多いかもしれない。優秀すぎるというのも、不憫なものだ。

 

「む!おぬしは‼︎」

 

と、噂をすればなんとやらか。件の人物、ランデルがいた。父親が突然亡くなったのだから、親への愛情を欲して来た……というわけではなさそうだ。

 

「見つけたぞ!」

 

大股でこちらに近づき、小さな足で七海の足元を蹴る。

 

「オマエが!オマエのせいで、父上は!父上は‼︎」

 

更に拳で殴る。涙を見せないように少し顔を下に向け、怒りを吐き出すように殴る。

 

「やめなさい!ランデル!、七海様は…」

「かまいません。この子には、その権利がある」

 

「なぜだ!なぜ……オマエが、ちゃんと見てないから、こんな」

 

そして、拳をいくら打ち付けても意味がない、効かないとわかり、その手がとまり、ブランと下げた後、とうとう泣き出す。

 

「そうですね。正直中村さんがこのようなことをするなど、私は思いませんでしたが……いや、彼女の隠し持っていた本質に、届きかけてはいましたね」

 

 

 

以前、七海が恵里とその母親の面談をしていた時

 

『それでは、まず、中村恵里さんの成績ですが、優秀です。ただもう少し、実力は出せると私は踏んでいますが、講習などがあれば検討しますが、どうしましょうか?』

 

『え、ぇぇえと』

 

『講習は、いいです。成績は下げたいわけじゃないですけど、率先して上げたいわけでもないんです。あまり、目立つのは、好きじゃないので…』

 

『………では、進路の方は?話し合いなどは?』

 

『あ、えぇぇ、それ、は』

 

『まだ、これだというものは決めてるわけじゃないんですけど、大切な人と一緒にいられるように、専業主婦とかもいいかなぁーって…あ、ウソですよ!単なる願望みたいなものです!』

 

ワタワタと言うが、最初から冗談のように思える。

 

『……もうすぐその時期が来ますので、しっかり話し合って、よく考えて決断してください。質問を変えます。母親1人で育てていると聞きましたが、問題は?こちらから支援できることがあれば、ご相談に乗りますが?』

 

『ぅ、あ、その』

 

『問題ないです、七海先生。お父さんが亡くなった時から、ずっと。色々となくなるものもありましたけど、今は2人で楽しく過ごしてます』

 

『………先程から気になってましたが、どうしました?一言もないですが、体調でも?』

 

『っ!えぇ、ちょっと、そのー』

 

『もう、お母さん。最初に言ったよ。七海先生は見た目は怖いけど、いい先生だって。怖がらなくても、いいんだよ。普通にしてて』

 

そこから先も、質問しては母親が喋るよりも、恵里の方が答えることが多く、共依存か、それとも別の物かと思うが、そこまで踏み込むべきかを悩み、もう少し様子見をする選択をした。

 

 

七海は今思えば、あの時から本性を隠していたのだろうと推測する。実際の母親との関係はわからないが、少なくとも良い関係だとは思えない。そこら辺は本人に聞く以外ないが、すんなり答えないだろうし、今となってはどうにもならないことだ。

 

「ランデル君、君の怒りはもっともです。中村さんをここに残って見ていれば、ここまでならなかったかもしれないです」

 

だからこそ、七海は彼の怒りと痛みを受け止めなければいけない。

 

「…っ!…おまえがいなければ、おまえが、強くしなければ」

 

「それは違いますよ、ランデル」

 

ルルアリアが抱きしめて、言葉を止める。

 

「仮に、七海様がいなくても、この事態は起きたことです。むしろ魔人族の撃退に大きな功績を出したのですから、王族として、彼を責めてはいけません」

 

「しかし、しかし……う、ぅぅぅ、あああ!」

 

振り払い、ランデルは駆け出し、こちらを向く。

 

「おまえは、許さないからな!」

 

それだけ言って、その場を去っていく。

 

「申し訳ありません。七海様。あの子はまだ子供ですから、どうか」

「気にしてません。それに」

 

間を置いてはっきりと七海は言う。

 

「あなたも、私を許してなどいないのでしょう?」

「‼︎」

 

ルルアリアはわずかだがビクリと身体が動き、瞳が揺れだす。

 

「な、何を」

 

「リリアーナさんは、私を様と呼ばなくなりました。それは、これまでのような畏怖の念や、私を王国側に付けておこうという魂胆でもなく、純粋な私への対応なんでしょう。しかしあなたは私を様と呼んだ。それも畏怖などと似ている部分もあるのでしょうが、もっともなのは、拒絶の意思表示の表れではないですか?」

 

「どうして」

 

わかるのかと問いたいのか。ルルアリアは震えた声で聞く。

 

「少し前に、パーンズさんと話しました」

 

 

『すみません。今、どうしてもあなたを許せない自分がいるんです。わかってるんですよ!あの時のマッドは、もう俺の知ってるマッドじゃない。あの時点で死んでるって。でも、弾け飛ぶあいつの光景が、頭から離れない。そうなった原因が恵里の奴だとしても、俺は、俺は』

 

 

「もう彼は、以前のように私には接してくれないでしょうし、一生私を許さないでしょう。それが、理不尽な考えだと理解もしてるでしょう。それで、ハイ、そうですかと納得ができる人は多くない。あなたの私へ向ける目は、そういう目だ」

 

その言葉に、何も言えなくなったルルアリアは、目線を落とす。

 

「かまいませんよ。そのままで………だからこそ、私は彼女を、中村さんを……殺すつもりでいます」

 

それで許されるとは思っていない。そもそも、できるかどうかもわからない。鈴のこともあるからだ。だが、少なくとも自分のスタンスはこうだと告げておく。

 

「1つだけ、いいですか?」

 

ようやく、ルルアリアは声を出し、問いかけた。

 

「それは、あなたの生徒達には、勇者一行の皆様には?」

 

「伝えますよ。そうする義務がある」

 

燃えたぎる怒りをしまいこみ、次の場所へ向かう。やるべきことは、まだまだあるのだ。

 

 

 

「畑山先生、遅くなりました」

 

「あ、七海、先生」

 

次に七海が向かったのは愛子のもとだ。恵里と檜山の裏切りと、近藤、中野、斉藤、そして裏切り者とはいえ、檜山といった多くの生徒の死。これらは居残り組の生徒は更に疑心暗鬼を生み出し、再び自室に引きこもる者達が多く出た。生きていたハジメの豹変、香織の死、これらも要因のひとつだろう。いまだ香織は戻ってきてない。神山に向かったハジメ達が蘇生の為に奮闘しており、七海もそちらの確認に行きたいが、地上の被害と生徒達のケアのためにハジメを信頼して託すこととしたのだ。

 

そして、今日もここに来た。彼女の、谷口鈴のもとに

 

「谷口さん、七海先生も来ました。入って、いいですか?」

 

返事はない。無理もないだろう。目覚めた鈴は、あの一件以降の記憶はなく、いきなり起きたら王都は壊滅し、生徒含めて多くの人々が亡くなり、その原因の1つが親友によるものだと言われたのだ。

 

 

当初、鈴は信じなかった。

 

『七海先生、ウソっ、言ってください…ウソだって!』

 

諸刃の希望を持たせても、さらに傷つく。ならば

 

『本当です。……見えますか?あの火が』

 

鈴はわかっている。それでも、現実を見せる。その結果が、彼女の心の支えであっても。

 

燃え盛る炎と、そこにあるであろう王都。これが夢ではないと理解しつつ、夢であって欲しいと望んでしまう。

 

『魔人族が起こした災禍。しかし、こうなったのは、中村さんの情報漏洩と、王都の騎士達を降霊術で操って』

 

『ウソだ!ウソ……私が、私が、しってる恵里は』

 

『ウソ…じゃねーんだよ‼︎』

 

それに答えたのは居残り組の生徒の1人

 

『皆、皆死んだんだ!近藤、中野、斉藤も死んだ!俺達も、殺されかけた!』

 

『あんた、こんな状況なのに、私達がこんなになったのに、よくも今まで寝てたわね!』

 

『それで起きたら現実逃避⁉︎ふざけんなよ!」

 

七海はすぐに彼らを止めるが、まだ言い足りないのか七海と鈴を睨む。が、七海が睨み返すとすぐに黙った。

 

『ね、ねぇ、シズシズ、ウソでしょ?龍太郎くん……ねぇ‼︎』

 

周囲の勇気グループ肯定の言葉と居残り組の生徒達の反応は、彼女の望むものではなかった。

 

以降、居残り組の生徒の大半は、七海が見てない所で鈴の部屋に行っては「なんで今まで寝てたの」「恵里がああいう奴だって知ってたんじゃないのか⁉︎」「おまえも裏切り者なのか⁉︎」と扉を叩いて怒りをぶつけて、そういった心無い言動で、あっという間に彼女はふさぎ込み、自室に入って出てこなくなった。

 

 

「谷口さん。あなたの負った心の傷を、本当の意味でわかることはできません。ただ、これだけは言います。私は、中村さんと次に邂逅することがあった際は、彼女を殺します」

 

「七海先生⁉︎」

 

何を言いだすのかと愛子は驚き止めようとするが、構わず七海は言う。

 

「そしてそれは南雲君もでしょう。白崎さんの件も、今の南雲君がどうなっているかも聞いてますよね?正直私はそれを止める気はないです。ただ、このままでいいというなら、それも咎めませんし、どうにかしたいと言っても、あなたを止めないことは約束します。白崎さんの件が済み次第、私は王都を離れます。どうしたいか、何をしたいか、よく考えて、自分なりの結論を出してみてください。…これまであなた方を放置してしまった私に、こんなことを言う権利はないのでしょうが」

「そんな、こと、ない、です」

 

カタコトだが、七海が彼女に事実を語ってから以来の会話だった。

 

「七海、先生は悪く、ない、です。私が、私が…恵里に、気づいて」

 

シーツが擦れる音がする。頭を抱えているのかもしれない。

 

「そこまで長くはないですが、今日明日という話でもないです。もう少し、ゆっくり考えてくださ」

「七海先生」

 

声が近くになった。おそらく扉の前にいる。

 

「もう少し、だと思うんです。考えが、まとまるの。だから、七海、先生。責めないでください。自分を……私も、できるだけ、自分を責めないように、頑張ります」

 

掠れるような、だが、ハッキリとした声で鈴は言った。この扉を開けるだけの覚悟と精神は、今の彼女にはない。どちらになるかはわからないが、どちらにしても、彼女のことを支えていこうと、七海は思った。

 

 

「よかったと、言っていいんでしょうかね」

 

「え?」

 

七海がつぶやいた言葉に、愛子は反応する。こんなにも弱い言葉を言う七海を、初めて見た気がしたからだ。

 

「結局のところ、私は谷口さんを戦いの場に出そうとしている。彼女の事を思うなら、これ以上苦しめるかもしれない選択肢を与えるべきでないというのに」

 

「でも、今の彼女には、理由が必要です。他に何かあったかもしれないというのは、正直思います。けど、これは私の考えですけど、谷口さんは、戻ってきますよ」

 

「それが、本来の谷口さんでなくなっていてもですか?」

 

彼女の笑顔を奪った。

 

本当の意味で笑いかけることがなくなったパーンズ然り、檜山を容赦なく殺した事を知った生徒達然り、今の七海に、心からの笑顔を向ける者は少ない。また、恵里に関してのことは緘口令が出ているが、こんな状況下ではあまり機能しておらず、少しずつ漏れ出ていた。

 

何気なく、愛子は七海の方を向き、問う。

 

「七海先生、もう少し教えてくれますか、呪術師だった時の、七海先生のこと」

 

「なぜ、今ですか?」

 

「いまも出す言葉は、先生が呪術師だから出すものですか?そうじゃないにしても、そうにしても、知らなきゃいけない。そんな気がして」

 

ほとんどの時間を王都復興の手伝いや生徒のケアに回している為、自分のことをなかなか話せていないが、それでも愛子だけには、ちゃんと自分の事を話した。呪術師として、何をしてきたか。

 

「どの道、話すことですが、もう少しだけ待ってください。白崎さんの件が済み次第、お話します。ですが、それよりも、畑山先生、あなたも大丈夫なんですか?」

 

「え?」

 

「神山での一件を、引きずっているのでしょう?そのことをまだ生徒達には話してないようですが、南雲君が帰ってきしだい、話すのですか?」

 

「……はい」

 

あれは愛子が悪いわけではない。なんて言葉を望んでいるわけではない。これは、背負うべきことなのだと、愛子は考えている。結果、皆から先生と呼ばれなくなるとしてもだ。

 

「七海先生、私も、背負いましたよ」

 

泣き出しそうになるのを、必死で抑える。七海としては、このまま話しておきたいが、次は破壊された訓練所とは別の訓練所にいる光輝達の対応がある。もしハジメが香織を助けることに成功したら、まず間違いなく、香織の親友がいる雫のもとに向かうと思うからと、いまの光輝を、放っておけないから。

 

「畑山先生」

 

「これで、一緒ですね」

 

背負ってほしくなどなかった。愛子だけは、穢れることがないように。

 

(いや、無理だとわかっていたことだ)

 

一緒と言った彼女を、否定したい。「違います」と。だが、重さは違えど、同じだ。結果がどうであれ、同じだ。少なくとも、愛子が、七海がそう思う限りは

 

「畑山先生。訓練所に、行きますが、あなたは?」

 

「はい、行きます」

 

ならせめて、自分何ができるか。それを考えながら、歩みを進めた。

 

 

「よう」

 

先日破壊された訓練所とは別の訓練所に着くと、メルドが入口で手を挙げて待っていた。

 

「騎士団長ともあろう人が、こんなところで油を売っていていいんですか?」

 

「手厳しいな。だが、油を売っているわけではない。王国騎士団の再編成の為の隊長格の選抜試験はもう終わって、新しい副団長も決まり、各隊の隊長も決まっている。王都の復興と、部隊の質の向上の為の訓練。2つに分かれてしているところで、俺の今日の担当はコッチなんだ」

 

「大体こっちにいる感じがするのですが?」

 

うぐっとメルドは言う。

 

「まぁ、騎士団長の立場を考えると、王国騎士団の再編成こそが優先順位的に上でな」

 

「まぁ、いいですよ。それよりも、生徒達の様子は?」

 

メルドの言葉を耳に入れ、即座に聞く。が、その対応は「はいはいそうですか」と言っているように聞こえたのか、メルドは少しだけ苦い顔をしてから答える。

 

「今言った部隊の質の向上の為、騎士達の相手をさせている。雫、龍太郎、そして、光輝にな」

 

現実逃避の為、王都の復興を手伝う生徒と、訓練に精を出す生徒がいるが、光輝は確実に後者だと思ってはいた。

 

「それと、これは余計かもしれんが、今ここにいる騎士団は、少なくともおまえに敵対心はないし、むしろ感謝してる奴の方が多い。残りは今は復興支援をしている」

 

「パーンズさんも、ですね?」

 

愛子も今のパーンズの心境はわかっている。今はあまり七海に会わせたくない思いもあり、メルドに聞いた。

 

やっぱわかるかとメルドは何も言わずに視線を上に向け、わざとらしく知らぬふりをする。

 

「ほんと、余計ですが……感謝はします」

 

そんな言葉を言っていると、訓練所の中に着く。剣と剣がぶつかる音が響きわたる。光輝を探す為、目線を動かすと、リリアーナと話している光輝がいた。相当な仕事量で、寝る暇がないほどだというのに、光輝達を労いに来たのだろう。そのすぐ近くで上…神山の方を見上げている雫がいる。神山で治療されている香織が気になっているのだろう。

 

「あの、王族がいるのに、私達の方にいたんですか?」

 

流石に愛子もツッコんだ。

 

「もう一度言いますが、こんなところで油を売っていて良いんですか?」

 

「許可はもらった。それに、ここが今1番安全な場所だと思うぞ」

 

それはそうなのだろうが、なんか納得がいかない七海である。だが、それよりも優先すべきことがある。スタスタと光輝達の元へ向かうと、話している声が聞こえてくる。

 

「………正直、南雲のことは余り…信用できない。雫には会って欲しくないと思ってるんだけどね……」

 

「あれだけのことがあって、まだ認められませんか?」

 

会話に入るつもりはなかったが、つい入ってしまった。

 

「!七海、先生」

 

「天之河君、君は助かったのは、今回も南雲君がいたからですが、それを認めたくはないんでしょう?」

 

一瞬、光輝は「違う!」と声を荒げようとしたが、できなかった。それをしても七海に全てを否定される気がしたから。

 

「君が抱いている感情は、一言では言い表せないものになっているのでしょう?私も、規格外を目の当たりにしてきた身ですので、ほんの少しくらいはわかります」

 

嫉妬、猜疑、恐怖、自負、反感、焦燥、そして…感謝。それらを否定する自分自身。あの時の光輝は、オルクスの時とは違い、文字通り何もできなかった。自分がすべきことを、自分の大切な者を掻っ攫うハジメを、認めたくても認められない。

 

ちなみに七海の言う規格外を目の当たりにしてきたとは五条悟や夏油傑といった高専時代の時の事を言っている。

 

「ただ、天之河君、その感情は否定してはいけない」

 

「は?」

 

「むしろ、いやいっそ、全部南雲君にぶつけてみなさい。南雲君にできないなら、私でも構いませんがね」

 

「今の俺に、戦って、勝つことができるとは」

 

「そういうことではなくて」

 

光輝は常に超えようとすることばかり考えている。七海はそれを悪いとは言わないが、彼に必要なのはそういう行動的ではなく、感情的な部分の話だ。

 

「不平不満をもっと言葉に出しなさい。君は、自他に拘らずそういう負の感情をしまい込み、それを別の方向へ持っていくクセがある」

 

「!」

 

光輝のご都合主義を、七海も見抜いている。本来なら、自尊心を傷つけてしまう行為はするつもりはないが、光輝はその自尊心が無意識だろうが強すぎる。故に折る。

 

「後でまとめて話しますが、私は教職をする前は負の感情と向き合い続ける仕事をしていました。だからわかるんです。君はその負の感情=悪としている部分がある。ですが、私は負の感情は人の本質の一部だと思ってます」

 

「ほん、しつ」

 

「ええ。天之河君、それをずっと抱え続ける行為は、必ず自分を壊す。君は負の部分にあまりにも敏感で、悪と決めつけてしまう。だが、それは誰しもがもつもので、切り離せない。本当の意味での聖人はこの世にいない。だから、君は考えなければいけない。己の負と向き合うという事を」

 

今光輝が抱える負。そこから目を離すなと告げる。この先、彼が気付いていくべきものは山のようにある。それを、少しずつ、絡まった糸をほぐすように、七海は接する。

 

「私も、できる限りの手伝いをしましょう」

 

「………おれは、あなたを、信用してませんよ」

「知ってます」

 

そんなの見ればわかると言うように即答すると、それに光輝は睨んでくる。

 

「しかし、私はあなた達の教師で、担任だ。畑山先生と違い、私に教師としての才がなくとも、私がすべき、与えた役割なんですよ」

 

「なら、俺も勇者としての、役割があります」

 

だからそうではないと、七海は頭を抱えそうになる。

 

「君のそれは、役割ではない。君がしなければいけないことは、学ぶことです。君は、まだ子供なんですから」

 

こんどは子供扱いされたことに腹を立てるが、その時点で子供なのを、彼は気付かない。

 

「まぁ、今私に言えることはあまりありません。君が体験していくなかで、掴む、離すを繰り返す必要がある。こればかりは経験が必要です。この世界にいるなら、いや、戦うなら、それは更に君を追い詰める。それだけは覚えておいてください。まだ、戦うと言うならね」

 

七海はそう言うと周囲の生徒達に聞こえるように、「集合!」と声をかけた。戸惑いつつも、その場にいた生徒達が寄ってくる。

 

「皆さん、これからの事を含めて、私の事を話しておこうと思います。とりあえず、ここにいる人達にですが」

 

それに反応したのは辻と野村だった。遠藤もこの場にいたら反応していただろうが、今の彼は絶対安静だ。切断された足は腐らないようにし、香織が戻ってきた時に回復してもらう予定だ。完全に失っていれば、再生魔法でも足を戻すのは難しい。香織は適性が高いので、時間をかけていけば、できるかもしれないが。

 

「あの、七海先生。それって」

 

「ええ。先に言っておくと、辻さん、野村君、遠藤君には伝えています。」

 

辻が知っているかの反応をしたので告げると、案の定光輝は「俺達に隠し事って、やましいことでもあるんですか!」と怒るが、落ち着くように言う。

 

「話さなかった理由も含めて話します」

 

そうして話そうとした瞬間、何気なく空を見たリリアーナが、空に黒い点があるのを見つけ、それが徐々に大きくなるのに気付く。

 

「な、七海さん!あれ!何か落ちて来てませんかぁ!」

 

「?って、こんなタイミングで」

 

「何を…っ、皆ぁ!気をつけろ!上からくるぞ!」

 

光輝もそれに気づき、大きな声で叫んだことですぐに皆退避したと同時に、それらが訓練所に地響きを立てて降りて来た

 

「っっ!全員、敵襲かもしれん!備え」

「いえ、違いますよ。まったく」

 

メルドが号令を出すのを、ため息を吐きつつ七海は止めた。

 

「もっと別に来る方法もあったでしょう?南雲君」

 

「よっ、七海先生。怪我も完治して、体力も全快みたいだな」

 

七海の注意を無視して、そんな呑気なことを言うハジメ。その周囲にはユエ、シア、ティオもいる。だが、肝心の人物がいない。

 

「…白崎さんは?」

 

「⁉︎そうよ、香織、香織は⁉︎…なんで、香織が、いないの?」

 

バッと七海の前に来て雫が叫び、少しずつ、声が震え、小さくなっていく。まさか蘇生ができなかったのかと不安になっていくのが手に取るようにわかる。七海もほんの少し不安になるも、顔に出さないように、雫に続く形で「どうなんですか」と聞く。

 

「あ~、直ぐに来るぞ?ただなぁ……ちょ~とだけ見た目が変わってるかもしれないが〜そこはほら、俺のせいにされても困るっていうか」

 

「え?…ちょっと、待って。なに?何なの?物凄く不安なのだけど?」

 

雫は今度は詰め寄りながら聞く。

 

「どういうことなのよ?あなた、香織に何をしたの?場合によっては、あなたがくれた黒刀で」

 

「はい、八重樫さん、そこまでです」

 

目から光がなくなり更に詰め寄る雫を止める。そうでもしないと黒刀を抜刀しかねない。クワっとこちら向いて「止めないでください」と言わんばかりの表情をする。七海くらいでないとそこでびびってしまうだろう。

 

「とはいえ、私も聞きたい。白崎さんはどうしたんですか?見た目が変わったとは?」

 

「あ〜、その、もう一回言うけど俺のせいじゃないからよ。怒らないでくれ……るよな?」

 

「…白崎さんの」

 

「…状況によるわ」

 

圧をかけられながら言われて、ハジメは少し引きぎみに下がった瞬間だった。上空から「きゃぁぁぁぁぁ‼︎」と悲鳴が聞こえてきた。

 

「ハジメく~ん!受け止めてぇ~‼︎」

 

今度はなんだと再び上を見ると、銀色の何かが落ちて来る。それが人型であると気付いたのは、動体視力が良い者だけなのだが、その美しい姿の女性の形をした存在が、情けない言葉と拙い動きで落ちて来るのを「へ?」という顔で見ていた。

 

受け止めてと言われていたハジメはそれを無視し、寸前のところで回避した。そしてそのまま墜落した。先程のハジメ達が着地した時よりも轟音を轟かす。あと顔面から行っていたので、相当なダメージだろう。

 

ボワっと砂煙が舞い上がり、それが晴れたとき、そこに現れた銀髪碧眼の美女を視認した愛子とリリアーナが悲鳴じみた警告の声を張り上げる。

 

「なっ⁉︎なぜ、あなたがっ⁉︎」

 

「皆さん、離れて‼︎彼女は、愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 

その言葉に、その場にいた光輝や他の生徒達、メルド含めた騎士団の面々が一斉に武器へ手をかけた。特に、かなりハジメ達に接近していた雫はその場で居合の構えを取ると、香織が死んだ原因の一端である相手に殺意を宿らせた眼光を向けた。隙あらば即座に斬るといった様子だ。

 

「はぁ〜、……なにしてるんですか」

 

とそんななかで、冷静に、ノイントに隙だらけで近付く七海にメルドは「危険だぞ!」と愛子は「七海先生!」と叫ぶが、重たいため息をもう一度吐いて、七海は言う。

 

「もう一度言いますよ、なにしてるんですか?状況ではなく、状態を聞いてますよ、白崎さん」

 

呆れと、若干の怒り。割合で言うなら99%以上が呆れの声色で、その正体を告げると、ハジメ達を除いた周囲の人は「えっ⁉︎」と思わず口にする。

 

「あ、やっぱり気付きますよね、七海先生なら」

 

と頭をかいて「えへへ」と言いながら七海に言うその声は、間違いなく香織だった。どういうことか聞きたいが、その前にまず、ハジメに言うべきことがあると詰め寄る。

 

「南雲君、社会に出て働く、もしくは誰かと行動する上で、必須なのはなんだと思います?」

 

「え、えーと、なんでしょう?」←敬語

 

「報告連絡相談です」

 

晴れ晴れとした空。

 

晴れ時々規格外、時々天使、その後に雷が落ちた。

 




報連相(ほうれんそう)は大切だよね

ちなみに
ルルアリアはもうちと出すつもりでしたが、本編の活躍も含めて地味すぎるんだよなぁ、ぶっちゃけ遠藤よりも影薄くね?あともう1話分は出したいけど、まだ未定

ちなみに2
仁義多責: 仁愛と正義を備えている人は、果たすべき社会的責任が大きくなるということ。
愛子のことでもあり、現在の七海のことでもあり
この先の話し…というか魔人族王都侵攻編の後日編であるこのシリーズでも書きますが、これから先、少なくとも王都では七海は多くの人に責められ、逆に愛子は賞賛されます。
原作で愛子が賞賛されていたのなら、七海は逆にしようと思いました。

次回か、その次くらいで、ついに、以前から言っていた懸念点。1人がキャラ崩壊してしまいます。
それがすごい不安


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仁義多責②

今回の話は正直言うと、ちょっと微妙なとこで切ってしまいました。

でもこれ以上詰め込むとまた1万5000文字以上、2万近くまで行くなと感じ、切りました。
次の話は現状5割から6割完成しました。このままいけば来週には出せるかもしれませんが、黒閃の新情報の件もありますので、本誌の呪術廻戦を見てから出そうかと考え中。とりあえず完成させてから考えます





「本当に、香織、なの?」

 

「香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎香織。見た目は変わっちゃったけど……ちゃんと生きてるよ!」

 

「香織…香織ぃ!」

 

雫は、どうして香織がこんな事態になったかわからなかった。七海が気付いて声をかけ、呆然としてしまうほど。だが、ノイントの身体になった香織が声をかけて「ハッ」とし、会話して、その声を聞いて、ようやく理解した。

 

「生きてる…よかった……香織が、生きてるぅ」

 

親友が生きている。話せている。その事実は、張り詰め過ぎて壊れそうだった彼女の心をゆっくりと、優しく溶かす。溢れでる涙を我慢も堪えることもなく、新たな身体になった香織に思いっきり抱きついて泣き、つられるように香織も泣きながら、子供をあやすように抱きしめて言う。

 

「心配かけてゴメンね?…大丈夫だよ…大丈夫」

 

「よかったぁ、よがっだよぉ~」

 

晴れ渡った練兵場に温かさと優しさに満ちた泣き声が響き渡るなか、

 

「で、何か言いたいことは?」

 

「「「「正座がそろそろ辛い[です][のじゃ]」」」」

 

戻って来て早々に、香織以外は正座し、七海のお説教を受けていた。強さで言えば、正座している全員が七海を上回っているというのに、逆らえない大人オブ大人の圧を受け、正座させられていた。ただ、そんな七海も、雫と香織の様子を説教しつつも横目で見て、ほんの僅か、誰にも分からないレベルに、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

「それで、最初から聞きましょうか?一体なぜ白崎さんの魂をあの身体に?きちんと説明しないと、今度はこちらが怒りだしますので」

 

普段の雫とはかけ離れた剣呑とした表情と光のない目は、ハジメをしてビクゥっと一瞬なってしまうレベルであった。

 

一旦落ち着くため、リリアーナに促されて訓練所から移動し、光輝達が普段食事をしている大部屋に移動し、ある程度は説教中に聞いていた事を、きちんと説明する様に求めていた。

 

「そうだな……簡潔にいうと」

「簡潔な説明はさっき聞きましたが、それでは私はわかっても彼らには理解できないので、しっかりとお願いします」

 

めんどくさいなぁという顔を隠すことなく堂々と出すハジメに若干イラァとするが、ここは我慢する。

 

「じゃあ先生説明してよ」

 

「……そこまでいくと、最早怒る気にもなりませんね。まぁ、いいでしょう」

 

ハジメを含めて周囲の者は「いいんだ」と思っていた。五条悟の相手をしてきた七海には、この程度は苦でもない……こともないが、慣れていた。慣れたくもないだろうが、慣れていた。

 

「まず、以前オルクスで魔人族に襲われた君達を助けだした後言ったことですが、君達を帰す手段が見つかる可能性、それが今回白崎さんを救った魔法、神代魔法の1つ、魂魄魔法です。神代魔法については、八重樫さんも勉強してますよね?」

 

「は、はい。先生に言われたのもあって、知識を深める為にこの世界の歴史も少しは勉強しましたから。今、私達が使ってる魔法が神代と呼ばれる時代の魔法の劣化版で、神代魔法は今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき」

 

ここで雫は気付いた。

 

「そう、なんですね?南雲君達は神代魔法を持っていて、さっき言った魂魄魔法は、人の魂というものに干渉できる力。それで、死んだ香織の魂魄を保護して、別の体に定着させたってことですか?」

 

「そう!流石、雫ちゃんだね」

 

七海が「正解です」と言う前に、香織がそう言う。

 

「魂魄魔法で白崎さんの魂を保護しノイントの残骸に定着させた。ここからは私も聞いてないので一応聞きますが、白崎さんの元の身体は大丈夫なんですか?まさか再生魔法でも再生できないレベルだったと?」

 

香織が受けていたダメージは致命傷をゆうに超えていた。骨が身体から出て、血を大量に失っているのは見た目でわかるが、目に見えてない内臓など細かい部分も、普通の回復魔法ではどうにもならない程に損傷はしていると七海は考えていた。

 

「あ、そっちは大丈夫です。この身体になっても再生魔法も回復魔法も使えましたし、むしろ精度が上がって一瞬で治しちゃいました」

 

「それよりも問題だったのは、魂の〝固定〟と〝定着〟じゃ」

 

「正直そっちの方が大変だった。あの恵里って女がだいぶ香織の魂に干渉してたせいで、3日もかかった」

 

魂魄魔法の〝固定〟は、死ぬことで霧散してしまう魂魄に干渉して霧散・劣化しないよう保存する。最初にティオ、あとから愛子も香織に施していたのはこれで、その後回収したノイントの残骸を修復し、〝定着〟…文字通り、固定した魂魄を有機物・無機物を問わず定着させる魔法で、欠損して生存に適さない香織の身体の代わりにした。ハジメはミレディ・ライセンがゴーレムに己の魂を定着させて肉体の衰えという楔を離れて不老不死となっていたのを、魂魄魔法を手にしていた時から気付いていた。出来る確信があった。というより、あの場で香織を救うにはそれしかなかった

 

これらは全て死亡から数分以内でないと効果がないのもあり、ティオとユエが間に合ったのは幸運だったが、

 

「もう魔法は受けてないはずなのに、しつこいくらいにこっちの魔法に抵抗してた。魂に混ざったあいつの魔法を完全に除去するのに時間がかかった。……神代魔法クラスの魔法を自分で引き出してた。七海、どんな教えをしたの?」

 

ティオとユエは七海に文句を言ってくる。香織の魂は恵里の〝縛魂〟の影響を生きたまま受けた。その結果、魂は本来の形だと言うのに、別の色に染まっていこうとしていた。それを、複雑に絡みついた糸を切るように分離させ、尚且つ香織の魂が霧散しないようにする。複雑に絡まった糸の全ては間違って切ったら香織の命が危ない、僅かに残していても、いずれまた干渉されるか、再び香織の魂を染められる。まさに爆弾の解体に等しい作業だったのだ。

 

「私も、中村さんを見縊っていました。それほどまで、魂への干渉をした降霊術を行使できるなど。彼女もユエさんと同じで、呪術的な知識を活かせたということでしょうかね」

 

七海がしたのは単なるアドバイスというよりも、彼が聞いてきた魂についての知識。見方によっては偏っている知識にも等しい。それを活かせたのは、単に恵里の成長力、応用力、魂への興味が故。…彼女はまだ、自分なりの魂の答えを出してはいない。それも、彼女の更なる成長の1つになるのは間違いない。

 

「……責めたわけじゃない」

 

「責めていいんですよ。そうされる理由が、私にはあります」

 

七海の心情を理解したわけではないが、ユエは謝罪するように言い、それに対して七海は毅然とした態度で言い、ユエは「相変わらず」と呟く。

 

「まぁ、それよりも、白崎さんがその身体のままな方が私は気になるんですが…身体は問題なく治ったなら、そっちに戻ってもいいんじゃないですか?」

 

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

「それに、今ユエさんは3日かかったと言いましたね。戻って来たのはあれから4日目。まさかと思いますが残り1日は、その身体になるのを説得していたとか言いませんよね?」

 

それにハジメ含めた5人はビクぅと身体が震えた。特にユエは(しまったぁ、迂闊だった)と心の中で叫ぶ。

 

「なんで私には報告も、連絡も、相談もしないんですか?」

 

4人が目を逸らすなか、香織だけが七海の目を見て言う

 

「言ったら、先生どうしました?」

 

「反対しますね。だからといって黙ってすることではないです。どれだけ皆さんが君を心配してたか、考えてたんですか?」

 

一瞬香織が下を向きそうになるが、すぐに反論する

 

「七海先生、メルジーネで言いましよね、1級呪術師と同等だって」

 

「ええ言いました。その身体になった理由は、檜山君程度に負けたからでしょう?一応言っておきますが、呪力の見えない君に、不意打ち且つ初見の術式に対応しろだなんて無茶は言いませんし、君なら特級術師同等にもなれるセンスはあると私は思ってますよ」

 

香織が言い出しそうなことを先回りするように言い、ちゃんと寄り添いながら七海は香織と話しを続ける。

 

「君が未だに、ユエさん達に追いつけてない事に、納得はしてないことも。ですが、簡単に人を捨てていい理由にはなりません」

 

顔はいつものままだが確実に怒っている七海は、ある意味、恵里に向けていた時よりも怖い…というよりも真剣だった。本気で心配し、本気で想っている。だからこその言葉だ。故に、

 

「でも」

 

香織も、その目から、言葉から逃げも引くこともしない。

 

「それでも、私は早く追いつきたいんです」

 

相手の本気にはこちらも本気でいく。そうでなければ、この人は納得させらない。というよりも、ここまでは言われることは香織も想定内だ。

 

「七海先生の言う特級って、どれくらいでなれますか?半月、1ヶ月では無理なんですよね」

 

「………」

 

香織の言う通りだ。七海の見立てをどれだけ甘く見積もっても、1年以上は絶対だ。

 

「そんな時間を使ってる間、ずっと足手纏いなんてごめんです。先生だって、1級呪術師だけど、ハジメ君達の足手纏いにならないように常に必死なんでしょう?戦闘経験値、判断経験値が私達の倍以上の先生でそれなら、私じゃいつになるかわからない。私は、後ろをついて行きたいんじゃないんです!一緒に並んで歩んでいきたいんです!」

 

こうだ!と決意した香織の覚悟も、その頑固さも、七海は何度も見ている。それに、七海が反対をしてくるのはハジメもわかっていた。だからこそ、1日かけて説得していたのだ。それ以上に、香織の決意が強かった。

 

仮に、その場に七海がいたとしても、こうなっていただろうなと思わずにいられない程に

 

「……納得は、正直してませんが、わかりました。ただ、1ついいですか?これは、南雲君達にも言いますが」

 

わかりましたと言われて一瞬顔が綻びかけていたのを直す。ハジメ達にもと言われて、4人は七海を見て聞く。

 

「ぶっちゃけ、私が心配しているのは別です」

 

もう元の身体戻れないのならいざしらず、いつでも戻れる。香織本来の身体はいま氷漬けにして腐らないようにし、〝宝物庫〟に保管している。倫理的に良いかは別として、元の世界に戻るまでの間なら、認めて良いはず。だからハジメ達はここまで七海が反対する理由が別にあると思っていた。

 

「その身体は、元々はエヒトが作り出した物です。なんらかの干渉を受けてもおかしくない」

 

「「「「「!」」」」」

 

「その辺を、考えて、なにか対策をしましたか?」

 

「……して、ねぇ」

 

ハジメは少し悔しさを滲ませ呟くと、七海は怒りはせず

 

「白崎さん、その身体をまだ自分の物として、完全なコントロールはできてないんでしょ?私が戦った時のような、絶対的な実力差を感じませんから」

 

「ううっ」

 

香織が言い淀む。七海の言う通り、ノイントの身体を完全に彼女は使いこなせてはいない。

 

「逆を言えば、完全にコントロールが出来れば、エヒトからの干渉にも耐えれるかもしれません。そして、できないことも視野に入れて、南雲君は対策をしておいてください。……さて、お説教ばかりでしたので、ここからは本音としましょうか」

 

と、七海が言った瞬間、張り詰めていた顔が、一気に緩み、普段あまり見せない笑みを見せ

 

「南雲君、それと、皆さんも、白崎さんを救ってくださり、ありがとうございます」

 

頭を下げた

 

「お、おいやめてくれって七海先生。俺達は俺達の仲間を助けただけで」

 

「感謝をすべき所で感謝を伝えるのは、社会人のマナーですので」

 

どうにもハジメは七海からこういった事をされるのはむず痒いのか、つい目を逸らすと、そんなハジメを見れて嬉しいのか、ユエ達がニヤニヤしている。

 

「……フン!」

 

「アフン!なぜ妾だけ⁉︎」

 

ただ1人思いっきりビンタされたにも関わらず、なぜかとても嬉しそうなティオに周囲はドン引きしていた。

 

「あの、私からもいいですか?」

 

そんな中で恐る恐る手を挙げて雫が会話に入ってくる。というより、入りたかったが説教中の七海を邪魔できなかったと言うべきだろう。「どうぞ」と七海は言って場所を譲る。

 

「色々聞いてて、よくわからない話もあったり、聞き捨てならない情報とかもあったけど、それは一旦置いといて、とにかくこれだけは言わせてもらいます。南雲君、ユエさん、シアさん、ティオさん。私の親友を救ってくれてありがとうございました」

 

と、正座から足を崩して少しだけふらつきながら立つハジメ達に向かって雫は七海と同じか、それ以上に深々と頭を下げた。

 

「七海先生の言うことは、正直もっともだとも思いますけど、私はどんな形でも、香織が生きていてくれたなら、それだけで、こんなに嬉しいことはないんです」

 

「…… 色々勝手に決めたり、心配かけたりしてごめんね、雫ちゃん」

 

「いいわよ。香織が突拍子もないこと仕出かすなんて、昔からあったことだしね」

 

つづいて「今回は群を抜いているけど」と続ける。ちなみに以前18禁のアダルトゲームコーナーに香織が入った際、そこに雫もついて行っていたので一緒に七海に怒られているのだが、その時の七海の顔は忘れない。あれ以来トータスに来るまで七海は彼女の中で怖い先生のイメージがついたくらいなのだから。

 

「借りは増える一方だし、返せるアテもないのだけど……この恩は一生忘れない。私にできることなら何でも言ってちょうだい。全力で応えてみせるから」

 

「七海先生とはまた違うが、八重樫も相変わらず律儀な奴だな。さっきも言ったが俺達は俺達の仲間を助けただけだ」

 

七海の時とは打って変わり、非常に軽い対応に雫は「フッ」とつい吹き出す。

 

「って、笑うな!」

 

「ご、ごめんなさい。あまりにも、さっきと違うから」

 

キッとハジメは七海を睨む。

 

「なんで私を睨んでるんですか?」

 

「別にぃ」

 

不貞腐れたような言葉使いに、雫は追撃の如く言う。

 

「それに、前と違って私のことも気遣ってくれたし、光輝のために貴重な秘薬もくれたわね?」

 

「あれは、八重樫に壊れられたら、香織が面倒なことになるだろうが……」

 

「め、面倒って……酷いよ、ハジメくん」

 

ほんの少しだけ面倒な顔して言いつつ、ハジメは愛子の方を見る。

 

「………ただ、そうだな…どこかの先生曰く、『寂しい生き方』はするべきじゃないらしいしな。何もかもってわけにはいかないが、あれくらいのことはな」

 

「!……南雲君」

 

黙って七海と雫、ハジメ達の話を聞いていた愛子が、ハジメのその言葉に何か救われたような、そんな顔をしていた。

 

大多数の生徒達は、不遜なハジメも彼女の教えが届いたことに感心し、愛子がそれに喜んでいると思っていたが、雫やユエ、七海といった数人はそれだけではないと感じていた。

 

「それじゃあ七海先生、それと愛ちゃん先生、色々教えてくれますか?」

 

愛子がさらわれた日に話そうとしたこと。七海が訓練所で話そうとしたこと、その全てを聞きたいと問う。

 

「どちらから、話しましょうか」

 

愛子は七海に問う。

 

「私から話しましょう。南雲君だと端折るでしょうし、畑山先生に話した私のことは少々抜けている部分もあるので。攫われた後の神山であったことなどはお願いします」

 

そこから、七海は語った。ハジメから聞いた狂った神エヒトのこと、帰還する為に必要な為に神代魔法を集めていること、愛子は攫われた時にあったことや総本山であったこと、そして七海は語れるだけ、呪術師である自分のことを語った。

 

「ほ、他の世界から来た、本物の呪術師?」

 

「そんなこと、あんのか、つか本当なのか?」

 

「私達も、最初は驚いたけど、七海先生がこんな真剣な顔で冗談なんか言うわけないからね」

 

驚く雫、龍太郎に辻が合わせるように言っていると、何を考えたのか、ハジメが笑いつつ話しに入る

 

「しかも、元の世界では1回サラリーマンだったってさ」

 

「その話は今はいいです」

 

「…………」

 

「畑山先生?」

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

どうしたのかと聞くが、愛子ははぐらかすように言ったので、再び聞こうとした時、光輝が声を張り上げた。

 

「なんですかそれ…俺達は、ずっとその神の掌の上で踊ってだけってことですか?南雲!、七海先生!なんでもっと早く教えてくれなかったんですか!それに、七海先生の身の上も、呪術師のことも…教えてくれてもよかったでしょう!せめて神のことは、オルクスで再開した時に!」

 

その言葉にハジメは心底「めんどくせぇ」と言葉になくとも顔に惜しみもなくだし、その態度に腹が立った光輝は「なんとか言ったらどうだ!」と詰め寄ろうとし、雫が止める

 

「俺や七海先生がそれを言って、お前、信じたのかよ?」

 

「なんだと?」

 

「どうせ、思い込みとご都合解釈大好きなお前のことだ。大多数の人間が信じている神を『狂っている』と言われた挙句、お前のしていることは無意味だって言われれば、信じないどころか、非難したんじゃないか?加えて、自分達にもない『呪いの力』をもつ七海先生に関して言えば、それこそ教会の連中に言われたら、あっさり敵対してたろ」

 

ハジメは「その光景が目に浮かぶよ」と吐き捨てるように言う

 

「だ、だけど、何度もきちんと説明してくれれば……」

 

「アホか。なんで俺がわざわざお前等のために骨を折らなけりゃならないんだよ?まさか、俺がクラスメイトだから、自分達に力を貸すのは当然とか思ってないよな?」

 

常人なら誰もが目を逸らしたくなるハジメに視線と厳しい言葉に、ほとんどのクラスメイト達は目を逸らした。

 

「でも、これから一緒に神と戦うなら……」

 

「君は戦えませんよ、天之河君」

 

「っな、なにを」

 

会話に入って来た七海に、光輝は反論しようとしていたが、割り込むようにハジメは言う

 

「つか、俺がいつ神と戦うといったよ?あんま舐めたこと言うなよ勇者(笑)。向こうからやって来れば当然殺すが、自分からわざわざ探し出すつもりはないぞ?大迷宮を攻略して、さっさと日本に帰りたいからな」

 

光輝は目を大きく見開き、キッと睨みを強くした

 

「まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか⁉︎神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ!放っておけるのか!」

 

「顔も知らない誰かのために振える力は持ち合わせちゃいないな……」

 

「なんでだよ‼︎お前は、俺よりも、七海先生よりも強い!それだけじゃない、俺にないものをいくらでも持ち合わせている!それこそ、なんだってできる力が‼︎なんで、力があるなら、正しいことのために使うべきじゃないか!」

 

 光輝が正義感のある言葉で吠える。だが、そこには

 

「天之河……お前自分で言っててなんも思わないのか?中身がないんだよ」

 

「⁉︎」

 

「いや正直、ちょっと前よりマシなってるかと思ってたが、変わらないどころか別方向に悪化してんな」

 

ハジメの心の奥底を覗くような瞳に、光輝はジリっと僅かに下がる。

 

「大体、力があるならだと?そんなだから、いつもお前は肝心なところで地面に這いつくばることになるんだよ」

 

「なんだと‼︎」

 

「力があるから何かを為すんじゃない。何かを為したいから力を求め使うんだ。『力がある』から意志に関係なくやらなきゃならないって言うのはな、それこそ七海先生の世界の、お前が否定したいもの、檜山とはまた違った形の『呪い』だ」

 

七海は否定しない。というかできない。呪いの形はさまざまだ。だが、

 

 

【七海、私はね、弱者生存、それが世界のあるべき姿だと思っている。その弱者の中には否定できない悪意も混ざっているだろう。それでも呪術師は、非術師を守る為にあるんだ】

 

 

だが天之河光輝には

 

「力は明確な意志のもと振るわれるべきだ。お前は、その意志ってのが薄弱すぎるんだよ」

 

意志がない。からっぽなのだ。そしてそれに気付いてない。

 

「そもそもお前と俺の行く道について議論する気はないんだ。これ以上食って掛かるなら」

 

「そこまでです。南雲君、天之河君もです」

 

「あ?俺もか?」

 

なにか言われる筋合いはないと目線で告げる。

 

「ええ。君はその辺は無視するか、警告や苦言を言わずに黙らせると思ってました」

 

「……チッ!」

 

そこでハジメは気付き、舌打ちする。七海の言う通りだと。

 

「随分と天之河君には言うんですね。まぁ、なんとなく理由はわかりますが。それよりも、天之河君、私は基本的にどちらにも肩入れはしませんが、今回は南雲君に概ね同意です」

 

「っ先生!あなたもなんとも思わないんですか?それが、呪術師ってやつなんですか⁉︎」

 

それに対して

 

「天之河君。それは、言っちゃダメです」

 

愛子が静かに、怒りが漏れだすように言った。




ちなみに
ユエの技量は原作よりも高い状態。だから原作よりも早く香織を救えましたが、同時に恵里の技量も原作よりも数段高いです。もし恵里の技量が原作と同じの場合、3日もいらかった。逆にユエが原作と同じ技量だった場合、助けることはできても原作よりも長い日数が必要でした。
日数を短くしたのは、この後ついて来る光輝達の強化訓練(2日のみ)をする為です。


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仁義多責③

虎杖マジゴリラ!
やっぱ呪術廻戦はゴリラをしててこその呪術廻戦ですね。

そして、今回ついにあのキャラが…


愛子のことを知る大半の生徒は驚く。七海を庇ったことでなく、その視線と声にだ。

 

「疑心に満ちて、感情的に、相手について何も知らない状態で物事を決めつけちゃダメです。私も、少し前の私も、七海先生に、疑心を抱いて、勝手に失望してましたから」

 

愛子もまだ、七海について全てを知っているわけではない。だが、彼女には確信に近いものがあった。呪術師としての七海建人と、教師としての七海建人の両方を間近で見た彼女は、先程の会話の中で感じた違和感と、呪術師という存在とは何かを。

 

「いいですよ、畑山先生。彼の言うことにも正論はある」

 

その上で、告げる。そう決めて、七海は光輝に言う。

 

「まず、天之河君。君に、いや君達に言わなかったことは謝罪します。ただでさえ混乱している中で、こんな話をしては、余計な混乱を生むだけでしたから」

 

謝罪しつつ、その理由を告げる。

 

「それを前提で言いますが、オルクスで全てを告げたとして、あの時の君の精神状況で受け止められる自信はありますか?」

 

「あ、ありますよ!そのくらい」

「本当に、心の底から言えますか?南雲君が言うようなことはないと」

 

詰め寄るように聞くが、答えなど決まっている。目線が動き、焦点が合わない。

 

「それとその目の隈。まともに寝れてないんでしょう?」

 

恵里の毒で倒れ、消耗した体力も神水で回復し、気絶とはいえ眠っていた。それでも尚、彼はうまく寝つけていなかった。

 

「今ですらその状態で、まともな判断など、できないでしょう。何より、大事な所で君は決断ができない。決断する為の経験も覚悟もない」

 

「そん、な…そんなことは……ない!」

 

「なら聞きますが、君は、これから先、中村さんの傀儡人間や魔人族といった人を殺せますか?」

 

「‼︎…やってみせま」

 

「無理ですね。即答できてない。そんな調子では、直前で迷う」

 

悔しさと、隠しきれない光輝の本音がギリっと歯を食いしばさせる。

 

「天之河君、どうしようもない人というのは存在します。ここで言うどうしようもないとは、悪意ある存在だけではない。殺す以外どうすることもできない人のことです。君に、あの傀儡兵達を、感情を抑えて戦える自信はありますか?」

 

ついに天之河は膝をつき、荒息を立てる。あの時、すでに死んでいるとはいえ、多くの人を切り裂いた。その感覚が脳に、次に手へと思いだされていく。

 

「そして同時に言いますが、私は君の言うことが間違ってないとも思ってますし、私はこの世界の人がどうでもいいとは思ってません。ただ、今回救ったことに関して、南雲君は少々違うでしょうが、大体私と同じです。力があるからではなくて、そうするべき事柄があるから、必要だからやってるにすぎない」

 

「それって、要するに、必要でないなら救わないってことですか」

 

「そうではない……とも言えませんね。私にとっての優先順位は、君達の命ですからね。君達が元の世界に戻れるように全力を尽くす、その過程に王国を救う必要性があった」

 

七海は普段しない自分について語る

 

「呪術師の仕事は主に人助けです。だが、全てを救うなんてできない。そしてここで言う人助けには、常に善人とは限らない上に、秩序を守る為に必要とならば君の想像する悪と言えることすらしますし、私はどちらかといえばそういうのを肯定してます」

 

肯定してます。つまり、それは今でもそう思っているということに、光輝や居残り組の生徒の数人は戦慄する。

 

「やっぱり、俺は、あなたを、呪術師を認めない。そんなことを平気でできる人を、信用なんてできない!俺達に言わなかったのも、南雲について行ったのも、全部俺達を貶める為ですか⁉︎」

 

ユエ含めたハジメグループの女性陣は(なんでそうなんだよ)と引いており、雫や龍太郎も「ちょっと落ち着け」と諭す。が、七海はそれをあえて否定しないまま、話を進める。

 

「ですが、全ては結果です。君の言うことは間違ってないですが、中身も筋もなく、覚悟もない。そんなことで、誰かを本当の意味で助けることはできません。必要なこと、そうでないこと、善悪の判別と、己のエゴと、自他の命。それらを天秤にかけることを、君はしていない」

 

責めたてる言葉は、全て光輝が無視して、見なかったものそのもの

 

「以前言いましたね?意味を見つけなさいと。答えは、でたんですか?」

 

「!………」

 

「私を非難してもいい。そのかわり悩み続けてください。戦うなら、覚悟と、その答えを得る為に、足掻き続けなさい。みっともなくても、どれだけ南雲君に劣っていても、それを認めた上で、もがいて、苦しみぬいてください」

 

それと、と間を置いていう

 

「私には勇者というものがわからないですが、少なくとも君は1度、勇者という肩書きを捨てなさい。見せかけのこけおどしと、ハリボテの意志と肩書きでは、何もできない」

 

七海はそれを言い、これ以上の会話はもうないとばかりに口を閉ざす。光輝は一瞬口を開けて「なにを」と続けて言おうとするが、意志なき無意味な言葉になろうとしていることを無意識のうちに察し、自分がこれ以上傷ついてしまわぬよう、口をつぐむ

 

ハジメのほうも光輝には興味がないということを示すように視線を戻してしまった。

 

自分達やこの世界に対して、嫌悪も恨みもなく唯ひたすら興味がないハジメ。己を律し、決断し、他者を、生徒達を守る為に行動する七海。相反するように見えるこの2人が、縛りによる制約があっても、行動を共にする意味が理解できない者達が多く、さらにほんの一端とはいえ七海の、呪術師としての彼を知った生徒達は、感謝する者が大抵だが、内に疑心を持つ者も僅かだがいた。

 

そのうちの1人の光輝は、ハジメには自分の敗北原因について言及され、七海には意志のないことをハッキリと自覚させられた。自分には強い意志があると思っていた。だがそれは何の価値もないものだと、言い切られた。それに対して反論できず、七海の考えていた通り、呪術師である七海を否定するしかできなかった時点で、もう光輝の言葉に意味は持たない。

 

七海とハジメが戻ってきて自分達とまた一緒に行動するのだと思っていた者達も、七海からの説明でそれは無理だと理解した。縛りによる制約は絶対。破棄もまた絶対ならば、仮にここでハジメと七海が縛りを破棄してしまえば、帰れる手段としてもっとも可能性があるものを捨てなければならず、複雑になっている制約を破棄した場合のどうなるかわからないペナルティも考えた時、自分達にも降りかかる可能性もあり、何も言えない。

 

さらに、居残り組の生徒達に関して言うなら、ハジメは顔見知り[注:ハジメは特に記憶になし]の傀儡となった騎士達を肉片にし、七海は裏切って、人外ではない存在になったとはいえ檜山を容赦も躊躇いもなく殺した。そのことは彼らに大きな恐怖を与えていた。

 

だだっ広い食堂が静寂に包まれるなか、リリアーナがスッと小さく手を挙げて問いかける

 

「あの、やはり、残ってはもらえないのでしょうか?せめて、王都の防衛体制が整うまで滞在して欲しいのですが」

 

あれだけの戦力的な損失をだし、大規模転移用魔法陣は撤去したから今すぐにまたここまで攻め込むということはないだろうが、それでもいつ魔人族の軍が攻めてくるかわからない。

 

「あのフリードという魔人族は、相当な傷を負っていましたが、あれが総大将だったとしても、別の者が立てば指揮は戻るでしょうね」

 

「ええ。あの時撤退したのは、魔物含めた軍隊が壊滅に近い損失を受けて撤退しただけではなく、南雲さん、あなた達の存在があったからだと思ってます」

 

あの時のハジメはかなり弱体化していた。それでもハジメがいるから撤退した。ただそこにいるだけで抑止力になる存在を、手放したいと思うようなリリアーナではない。

 

「図々しいとは思ってます。それでも、お願いできませんか?」

 

「悪りぃが、神の使徒と本格的に事を構えた以上、先を急ぎたい」

 

「リリアーナさん、敵は魔人族だけでなく、神の軍勢もいるでしょう。それを鑑みれば、最悪我々がここにいる事の方が王都を危険に晒す可能性もあります」

 

「しかし、魔人族にとってはここを落とすことには意味があります。今の話が真実なら、どちらかが滅ぶまで、この神の遊戯は続くのですから」

 

七海の言うことも間違ってないが、魔人族が取って返さない保証もない。この国を今、任されている王女として、譲れない想いをぶつける。

 

「せめて、あの光の柱……あれも南雲さんのアーティファクトですよね?あれを目に見える形で王都の守護に回せは」

 

「いえ、無理でしょう。そうですよね、南雲君」

 

「ああ。つか、なんでわかるんだよ」

 

「以前、あれを作った際、試作品だと言っていたのと、あれほど高出力な物を、連射などできないと思ったのと、これまであるのに使わなかった点、これらを考えてのものです」

 

「まぁ、試作品だからってのもあるが、あれには解放者が作った擬似太陽を搭載してんだが、どうも今俺が持っているのとは別の神代魔法が関わっているみたいでな。流石に今の俺じゃ、擬似太陽なんてできない。最初の一撃でぶっ壊れたから強度的にもまだまだ改良点多い。てなわけで、アレをもう一度出すのは、現状無理だ」

 

が、大量破壊兵器はまだあり、その中には七海も知らない物もあるのだが、この場では黙っておく。

 

七海も多分あるだろうなとは思っているが、1つの国家が持つべき物でないことと、この世界の戦争のあり方を変えてしまう可能性もあり、あえて黙っておく。

 

「そう……ですか」

 

「けど、まぁ、出発前に、大結界くらいは直してやる」

 

わかりやすく肩落としたリリアーナ。だが、香織に雫、それに愛子の無言の視線がハジメを動かし、ぽつりと、「しかたねぇな」とでも言うように、つぶやいた

 

「南雲さん、有難うございます!このお礼は、できる限りのことをしますので!」

 

リリアーナのそれまで暗い表情が一気に明るくなる。こういうころころと表情が変化しやすい所だけをみれば、彼女はまだ子供なのだなと七海が思っていると、ハジメが七海の方を見て言う。

 

「俺も、どっかの誰かさんみたいに甘くなっちまったもんだよ」

 

「なんで私を見るんですか」

 

「さぁな」

 

次に香織達の方を見て「これでいいだろ?」目線で言うと3人ともリリアーナと同じく嬉しそうな笑顔をハジメに返す。それに合わせたように、ユエ達も笑顔がうかんでいた。

 

「甘くなったが、まぁ、悪くない」

 

ハジメは苦笑いをしつつ、誰に言うでもなくそう呟いた。

 

「それで、南雲君達はどこへ向かうの?神代魔法を求めているなら大迷宮を目指すのよね?西から帰って来たなら……大樹海かしら?」

 

雫が問うとハジメが「そのつもりだ」と肯定する。

 

「本来ならフューレン経由で向かうつもりだったんだが、一端南下するのも面倒いからこのまま東に向かおうと思ってる」

 

「あの、それでは、帝国領を通るのですか?」

 

ハジメの予定を聞いて、リリアーナが何か思いついたような表情をする。

 

「そうなるな……」

 

「でしたら、私もついて行ってよろしいでしょうか?」

 

「…帝国との会談ですか?」

 

「はい。今回の王都侵攻で帝国とも話し合わねばならない事が山ほどありますので」

 

「失礼ですが、現在のところリリアーナさんはこの国の王……代表代理で、しかも復興もまだまだです。それでも、あなた自身が行くのですか?」

 

「だからこそです。会談は早ければ早いほうがいいと言うのもありますが、この状況で人間族がすべきことは、団結していくことです。たとえ仮初でも、皆さんになるべく頼らず国を守るには必須です。その為なら、私はこの身体を委ねることも厭いません。復興の方は、母に、それとメルド団長が生きていたので、騎士達の指示もすぐにできていたので、予測よりも順調です。私がここを離れても、問題はありません」

 

その言葉を聞き、七海はなんとなく理解した。彼女がしようとしていることを。

 

「昨日既に使者と大使の方が帝国に向かわれましたが、南雲さんの移動用アーティファクトがあれば彼らよりも早く帝国へ行けるでしょう?直接私が乗り込んで向こうで話し合ったほうがより確実ですしね」

 

「事実上の護衛兼護送というわけですね」

 

現状これ以上の守りはないだろう。当の本人にその気はなくとも、そうなる。しかもハジメにしてみても、通り道に降ろしていくだけなので手間にもならない。だから提案は

 

「別にいいぜ」

 

了承される。ただし、ハジメは釘を刺すのは忘れない。

 

「ただし、送るのはいいが、帝都には入らないぞ?皇帝との会談なんて絶対付き添わないからな?」

 

この発言も最初から想定済みなのか、リリアーナは「ふふっ」と笑い、

 

「そこまで図々しいこと言いませんよ。送って下さるだけでいいんです」

 

とやんわりと返された。

 

(まったく)

 

これからの彼女のことを思うと、七海は不憫に感じる。以前会ったあの皇帝の事を考えるなら、こんな状況下でもただで王国と同盟はしない。否、こんな状況の王国だからこそ、取り込む為に躍起になってもおかしくない。そして先程、リリアーナは身体を委ねると言った。それは言葉そのものの意味だろう。

 

「だったら」

 

そこへ、黙らされた光輝が再び発言する。

 

「だったら、俺達もついて行くぞ。この世界の事をどうでもいいなんていう奴にリリィは任せられない。道中の護衛は俺達がする。南雲や七海先生が何もしないなら、俺がこの世界を救う!」

 

「………天之河君、君はここに残りなさい」

 

「先生!」

 

「力を求めたい気持ちは理解できなくもないですが、ハッキリ言いましょう。足手纏いです」

 

「⁉︎」

 

これまで力をつけ、着実に実力が上がっている光輝は、足手纏いと言われ、はらわたが煮えくりかえる。そこに、愛子が以前のハジメの言葉を思い出して指摘する。

 

「南雲君、ウルで言ってましたよね?今の私達では大迷宮に挑んでも返り討ちだって」

 

目線を逸らしつつ、ハジメは

 

「まぁ、無能だった俺でもなんとかなったし、絶対とは言わないがな」

 

「南雲君、下手に希望を持たせるようなことは言わないでください。無責任ですよ」

 

七海はハジメの言葉に釘を刺す。話を聞くに、ハジメが生きているのは様々な奇跡と偶然の重なりだ。あの時に戻ってリトライしても、同じになるとは限らない程に。

 

「それに天之河君、世界を越える手段を手に入れたら、他の方々が戻れるように私と南雲君との間で縛りを結んでいる。効率的にするなら、南雲君が神代魔法を全て集めるのを待つのが最適です」

 

ハジメとしても、七海の言うことは正しく、効率的だ。光輝達が一から神代魔法を手に入れる為に、既に攻略済みの大迷宮に同行するのも、新たな神代魔法がある場所で手伝いをすることも時間のロス以外の何ものでもない。

 

「七海先生、南雲君や七海先生からの話を聞くと、エヒトや魔人族との交戦は避けられないんですよね?」

 

「そうですね」

 

ハジメは向こうから来れば相手にする。つまり、来なければ相手をしないということだが、確実に来る。今度は総力をかけてくるだろう。七海は正直なところを言えば、万が一を考えて戦力を増やしておきたい気持ちはあった。

 

「それに、神のことを置いておくとしても、帰りたいと思う気持ちは私達も一緒なんです。 1度でいいんです。この世界にいる限りは、自分の身と、みんなを守れるようにしておきたいんです。1つでも神代魔法を持っているかいないかで、他の大迷宮の攻略に決定的な差ができるなら、1度だけついて行かせてください」

 

「先生、俺からも頼む。せめて、自分と仲間がくらいは守れるようになりてぇ。もう、幼馴染みが死にそうになってんのを見てるだけなのは、耐えられねぇ」

 

2人が立ち上がり、頭を下げて言っており、それについて苦言を含めて言おうとしていると、扉が開く音がし、皆がそちらを思わず見る

 

「私からも、お願いします、七海先生、南雲君」

 

静かに、だがよく通る声で、鈴が言いながら入って来た。

 

「鈴⁉︎」

 

「お、おい!もう大丈夫なのか?」

 

その体型に合う小さな足音を響かせ、こちらに来る鈴に、雫と龍太郎は心配そうに聞くが、他の数名、居残り組の生徒は怪訝な表情をしており、中に睨む者すらいた。それらは無視し、鈴は2人に言う

 

「大丈夫だよ、龍太郎君、()

 

「「!」」

 

それだけ言って2人の間を通り、鈴は七海を見る

 

「先生、私はもっと強くなりたいです。強くなって、恵里を止めたい(・・・・)んです。だから、お願いします」

 

「まず、ハッキリと言っておきます。谷口さんには言いましたが、今度私が中村さんと会った際は、確実に殺しにいきます」

 

七海は彼女にはもう話し合いの余地はないと判断している。話し合いが通用するような相手ではないからだ。自分の生徒に対しての言葉に、居残り組の生徒と、雫達は戦慄するが、鈴は

 

「大丈夫です」

 

まるでそんなこと当然だろと言いたげな、無表情で返した。そう、無表情なのだ。あの鈴が、恵里の事に対してというのも鑑みても悲壮感や、必死さも、当然以前のような笑みもない。

 

「す、鈴?」

 

「なに?」

 

「あなた、本当に鈴なの?」

 

「私の顔は変わってないよ。あっ、恵里に既に殺されて傀儡になってるわけでもないからね」

 

そこでようやく見せた笑顔と冗談に、雫は驚く。いつも見せていた笑顔とは違う。鈴の小さな身体には似合わない、大人っぽいというか、どこか冷たさを含んだ笑みだった。

 

「なるほど。皆さんの意見はわかりましたが、私は反対です。しかし、縛りの影響で、私は南雲君の最終の意見には逆らえません。説得するなら、南雲君にまずは頼むべきです」

 

と、ハジメの方にふる。どうせ無理だろうと踏んだからだ

 

「………次の、ハルツィナ樹海に限ってなら同行してもいいぞ」

 

「⁉︎」

 

まさかの発言に、七海は思わず驚きを隠せずにいた。

 

「ただ、寄生したところで、魔法は手に入らないからな。迷宮に攻略したと認められるだけの行動と結果が必要だ」

 

「もちろんよ。死に物狂い、不退転の意志で挑むわ」

 

「おうよ!やってやらぁ‼︎」

 

「必ず、攻略してみせる!」

 

喜ぶ3人と

 

「南雲君、ありがとう。足手纏いにはならないようにするから」

 

「お、おい鈴!」

 

「鈴!」

 

「なに?」

 

それだけ言ってその場を去ろうとする鈴を、光輝と龍太郎が止めるが、用がないなら止めるなと言わんばりの冷たさを感じる。

 

「その、えと、せっかく起きたんだもの、一緒に食事でも」

 

「軽く食べたから、必要ないよ。それに、私がいたら嫌な人もいるみたいだし」

 

雫の誘いをバッサリと断り、ちらりと居残り組の生徒達を見ると、目線を外す。それらを光のない眼で横目にし、入って来た扉に向かうとする。

 

「谷口さん、少し待ってもらっていいですか。今の現状と、これからについて、どうしても聞いてほしいことがあります」

 

鈴は何も言わず、七海を見るが、それを聞いておく必要性があると判断し、皆から少し離れた席に座って聞く姿勢になる。

 

「まず、南雲君、彼らの同行を許したのは力をつけさせて、我々が戦った神の使徒ノイントのような存在とぶつけさせる為でしょう?」

 

ギクっとハジメは身体を震わせる。それを聞いた雫達はサァーと顔が蒼ざめる。

 

(やっぱりわかるよな、この人)

 

「先生!俺は問題ありません!元々神とも戦う気はあります!南雲の計略なんて関係ない、それすら利用してやる!」

 

この性格を利用されているのだがなと、周囲の者達は思うが、あえてスルーした。

 

「それでもついて行きたいというなら、止めません」

 

「ん、意外だな。縛りで最終決定権は俺にあるが、反対意見は言えるだろ?」

 

「南雲君も気付いているでしょうが、ノイントは明らかに作られた存在でした。なら、他にもいないなんてあり得ない。アレと同程度の戦力が、数多くいるなら、正直なところ厄介です。確実に奴らが君や私達に仕掛けてくるなら、その時に備えて、戦力を増やしておきたい気持ちは、私にもありましたから」

 

しかしながら、明らかに現状戦力としては足手纏いの彼らを、「危険な場所で力をつけよう!」なんて言えるはずもない。

 

「だからこそ、確認です。今の南雲君の考えを聞いて尚、ついて行きたいなら、もう止めません。ただし、そこの4人以外はダメです。あまりにも場違いですからね」

 

光輝、雫、龍太郎、鈴を指して言うが、他の者達はそもそも行く気はなかったが、今の話を聞いて余計に行く気がなくなった。

 

「一応、遠藤君は来るに値する実力はありますが、彼は足を再生して間もない」

 

切り落とされた足は、戻って来た香織が完全回復させた。実はもう以前と同じように動けるのだが、彼自身に、ついて行きたいという勇気がなくなっていた。

 

「さて、もう一度聴きますが、自分達が囮役にされる可能性があっても、行きますか?」

 

「先生、確認不要です」

 

光輝よりも早く言ったのは鈴だった

 

「囮役だろうが肉壁役だろうが、関係ないです。私は、行きますよ。止めるなら、七海先生でも容赦しません」

 

おそらく七海が止めるなら、本当に殺してでも行こうしている鈴の言動に、光輝達勇者組と、居残り組は身が震える。その言葉を言っているのが、鈴だからというのが大きな理由だが。

 

「七海先生、行きます。行かせてください」

 

次に声を出したのは雫だ。ずっと一緒にいた鈴の変化に、思うところがあり、その危うさもあって、彼女は同行を決意した。

 

「俺も、行くぜ」

 

龍太郎も同じく、見ていられない鈴の近くにいようと思った。

 

「天之河君は、先程聴きましたね」

 

答えなど分かりきってる。光輝は「ハイ!」と大きな声を出して肯定した。

 

「……南雲君、この件を許す代わりに、出発を1日延ばしてもらってもいいですか?」

 

ハジメはなんだか猛烈に嫌な予感がした。が、拒否しても良いが、なんだかんだと生徒想いな七海が、ハジメの考えを読んだ上で彼らの同行を認めたのだからと、

 

「まぁ、1日くらいなら」

 

と言った。

 

「ありがとうございます。今日は一日羽を伸ばしてください。明日、それとさらに翌日の出発のギリギリの時間まで、彼らの訓練をします。時間はあまりないので即席にはなりますが、良いトレーニングになるでしょう。それを、あなた達も手伝ってください」

 

ハジメ達を見てそう言った。

 




というわけで、キャラ崩壊したのは鈴でした。とはいえ、かなり彼女は無理をしています。精神的にもですが、これから肉体的にも無理をします。
前のように戻れるかは、これから次第ですね。少なくとも、ここでは戻れません。

あと1人か2人がキャラ崩壊しそうなんだよなー。鈴含め、それを永続するか、それとも戻すか、悩ましい。


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