遊戯王 ―― strayeD girls ―― (James Baldwin)
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ストレイドの少女

 作者は今年になってから遊戯王に復活したマスタールール3の民なので、デュエルに関するあれこれや、単に感想、アドバイスなど良ければお願いします!


 会場を熱気が包む。

 世界的なデュエルモンスターズの大会であるWDC(ワールド・デュエリスト・カップ)・春の決勝戦。

 瀬戸際に立たされた春のチャンピオンの姿に観客達は固唾を飲み、声援を送る。

 

「私のターン、ドロー! スタンバイフェイズ、メインフェイズ!」

 

 溌剌とフェイズを宣言しながら、どこかアイドルめいた明るい色合いのドレスに身を包んだ灰髪の女性は冷静に状況を確認する。

 

 都合五度目の自らの手番。ライフは互いに半分の4000を下回っている。

 こちらの手札には切り札とそれをフィールドに出せるだけのリソース。

 相手の手札はゼロ。

 向こうのフィールドには攻撃力2700のSモンスターが1体に、何らかの効果の発動に対してチェーンしそれを無効、破壊することができる誘発即時効果(スペルスピード2)を持った攻撃力3000の上級Sモンスター。伏せカードは1枚。恐らくは直接的にフィールドのカードに干渉してくる類のカードだろう。

 それに対して自らのフィールドは更地。ここからの挽回は余程のプレイングスキルとデッキポテンシャルが無ければ無理だろう。

 だが、彼女にはそのどちらもがあった。臆する必要は無い。

 

「私は手札から魔法カード【ファンシー・ソング】を発動するね!」

 

「そうはさせない! その時、【フルール・ド・バロネス】の②の効果を発動! その効果を無効にして破壊する!」

 

 それは予想していた展開であった。

 

【ファンシー・ソング】の効果は発動するターン【ガーリー】モンスターしか特殊召喚出来なくなるという制約を受け、デッキから同じレベルの【ガーリー】モンスターを二体、効果を無効にして特殊召喚するというもの。このデュエル中1ターン目にも使用したカードであり、テキストを覚えていなければ相手の使うカードをデュエル中に確認することが出来ないデュエルモンスターズにおいて、効果を既に知っている厄介なカードならばたとえ一度きりであろうと妨害札の使用を惜しむことは無い。

 青年の従える花の騎士が魔法カードのビジョンを剣で叩き割る。普段は実体を持たない設定のリアル・ソリッド・ビジョンに投影された騎士の一挙手一投足は、しかしこの世界的大会においては人智を逸した風格と共に質量を伴う。

 巻き起こった風に靡く灰の髪。スカートがめくれないように手で抑えながら、彼女は冷静に対局を見据える。

 

 だからこそ、彼女はふっと笑みを浮かべて次なる展開を始めた。

 勝利へ繋がる最後の展開を。

 

「墓地の魔法カード【乙女の使命】を発動。自分のターンに相手が効果を発動した場合、墓地のこのカードを除外することで、相手フィールドのカードを1枚選んで破壊できる! 私はその伏せカードを破壊するよ!」

 

「っ」

 

 伏せられていたカードは【無限泡影】。相手のモンスターカード1枚の効果を無効にしてしまう恐ろしいカードだが、モンスター以外にはほぼ使い物にならない。

 

 これで妨害の心配は無くなった。

 

「私は手札から魔法カード【ルール・オブ・ガーリー・マスター】を発動。墓地に存在する【ガーリー】のカード名が記されたカードの種類が8種類以上の時、私の墓地のカードを全て除外することでEX(エクストラ)デッキから【ガーリー・マスター サブライム】を召喚条件を無視して特殊召喚できる!」

 

「っ、来たか……!」

 

「世界はガーリー! ルールはカラーリング! 可愛いこそが絶対法則! 来て、【ガーリー・マスター サブライム】!」

 

 やや年齢に対してやり過ぎ感の否めない決めポーズと決めゼリフ。

 

 そして、世界に可愛いの神威が顕現した。

 

 それは装飾的で女の子らしいふわふわとした風貌のドレスに身を包んだ強大な天使。

 事実、【ガーリー・マスター サブライム】は天使族光属性レベル12の最上級融合モンスターだ。

 

 天使族光属性で統一されたテーマである【ガーリー】は、他でもないWDC・春三連覇の偉業を成した彼女の活躍によって使用人口の多いテーマであり、これまでに相応の対策も取られてきた。この【ガーリー・マスター サブライム】は【ガーリー】デッキにおいて最も警戒するべきエースモンスターで、対戦相手の青年もまたこのカードを酷く警戒していた。

 

 何故ならば、このカードがフィールドに召喚された時、デュエルの勝敗は自ずと決するからである。

 

「【ガーリー・マスター サブライム】の①の効果を発動! あなたのフィールドのカードを2枚まで選んでデッキに戻すよ! 私は【フルール・ド・シュヴァリエ】と【フルール・ド・バロネス】を選ぶね!」

 

「……っ、くそ」

 

 また、【ガーリー】デッキの恐ろしさは対象を取る効果が存在しないことにもある。

 対象に取られないカードはこのデュエルモンスターズOCGにおいてかなりの数存在するが、選ぶという文言に対する耐性は『カードの効果を受けない』といったものがほぼ全てだからだ。そして、そういう類のカードはエースモンスターや癖のあるカードばかりで、そう易々と出すことは出来ないのが常。

 

 エースモンスターを失ったことで、青年の場はがら空き。

【ガーリー・マスター サブライム】の攻撃力は脅威の4000。既に半分を切っている彼のライフポイントはこのカードの攻撃を受ければゼロになる。

 

 ここに、勝敗は決した。

 

「バトルフェイズ! 【ガーリー・マスター サブライム】でダイレクトアタック! プリティー・グレイス・バスター!」

 

「ぐ、ぁぁぁぁあっ!!!」

 

 LP3800→LP0

 

 天使の指で象られたハートから、虹色の波動が解き放たれる。

 それは青年の身体を容易く吹き飛ばし、ステージ端の防護障壁へとその身体を打ち付けた。

 LPがゼロになったことを示すピーッというけたたましい音。

 それを聞いた瞬間、会場が沸いた。

 

 

 

「今年の優勝も、遊佐灰都(ゆさハイド)!! WDC・春四連覇の偉業を達成しましたぁ!!」

 

「みんな〜! 応援ありがとう! 君も、良いデュエルだったよ!」

 

 

 遊佐灰都は、人好きのする笑みを浮かべて健闘を讃える。

 

 斯くして2105年春のWDCは、遊佐灰都の四連覇によって幕を閉じるのであった。

 

 

 □

 

 

 その日は朝から妹が騒がしかった。

 正確には、自分の事なのに自分以上に喜びを露わにする元気な妹の対処でどうにも疲れていた。

 心の豊かさは姉に、活発さと元気は妹に吸い取られて生まれてきたのではないかと心のどこかで自嘲する。

 などと考えはするものの、むしろそれを好ましいと思う程度に少女は唯一の家族である姉妹を愛していた。

 

 午前八時過ぎの街中では全世界で愛されるカードゲーム、『デュエルモンスターズ』の新弾パックを告知する張り紙が貼られており、公式大会を喧伝するアド・ビジョンが中空に投影されていた。

 そんな見慣れた光景に、心のどこかで「所詮はカードゲーム。何を熱中しているのか」と疑問を抱きながら、これから三年間通うこととなる通学路を記憶していく。

 

 東京二十四区の一つ『暮安区』は2075年、今から三十年前に誕生した歴史の浅い街だが、現在の世界的ムーブメントであるデュエルモンスターズOCGを生み出した『紫陽コーポレーション』が本社を暮安区花見町に移転してからは、それこそ渋谷や新宿といった大都会にも引けを取らない程の繁栄ぶりを見せていた。

 オタクカルチャーに富んだ日本だけでなく、アジア諸国や欧米、中東でも大人気のデュエルモンスターズを今の形にした、この世界で最も力を持っていると言っても過言ではない企業なのだから当然と言えば当然か。自分のことにすら無関心気味な彼女にとっては、それこそ至極どうでも良い話ではあったが。

 

 彼女、遊佐黒江(ゆさクロエ)は、今日から暮安区花見町にある桜慈学園高等部に入学した高校一年生の少女だ。

 毎朝妹によってツインテールに結われる黒髪は艶やかで、その顔立ちはモデルやアイドル顔負け、170近い長身でスレンダーなスタイルを持った完全無欠の美少女なのだが、ハイライトの無い眼のせいもあってかどうにも人形のような印象が拭えない、有り体に言って孤高で孤立気味な少女。

 街往く人々の中には少女の容貌に見惚れ、思わず振り向く者も多いが、生来無気力で家族以外には無関心な彼女には全くもって関係の無いことであった。

 加えて、この世界の人々は文字通り老若男女がデュエルモンスターズに熱中していて。黒江にとってすればそんなに打ち込める物があって羨ましいと思う反面、正直なところ、大人にもなってカードゲームをやっている彼らのことが妙に理解できなかった。

 世の中の認識からすれば、彼女の方がズレているのだが、たとえそうだとしてもだ。

 

 無趣味で自らも認める程に無味無臭のつまらない人間である黒江は、世間でここ何十年間と大流行しているデュエルモンスターズにも当然全く興味が無い。やろうと思ったことも。

 いや、何故そんなにも人気なのかということにはほんの少し興味があったが、それも頭に過った次の瞬間には掻き消えているような弱々しい下火だ。

 それでも確かにそれは珍しいことではあった。彼女の頭の中に形を成したまま残っている事物が、基本的にその姉妹と両親についてのことのみであるという事実からもそれは窺い知れよう。

 そうと言うのも、黒江の姉が今や国会議員になるよりも難しいとされる紫陽コーポレーション社員にして、世界的な大会で活躍するデュエルモンスターズのプレイヤー『デュエリスト』であるから、というのが大きな理由を成していた。

 愛する姉が人生を捧げていると言っても過言ではない程にデュエルモンスターズに浸っているのだから、気になるのも無理はない。

 まあ、再三となるが、だとしてもカードゲームなんかをやろうとは思わなかった。

 

「おはようございます」

 

「……おはようございます」

 

 気が付けば学校に到着していたらしい。

 この学校の教員らしい女性が、続々と登校する少年少女達を校門の前で待ち設けていた。

 

 中学時代の学校の成績が全て中の上であった彼女のコミュニケーション成績は、悲しいことに下の下だ。見知らぬ人に最低限の挨拶ができるだけマシなレベルである。

 対人恐怖症だとかあがり症だとかそういうわけではなく、生来の無気力ゆえに友人経験に乏しい彼女は、悲しいかな必然的にこの十五年間の人生の中でコミュニケーション能力を磨くことが出来なかったのだ。

 

 無論、挨拶をした生徒がそんな風だからといって特別態度を変えるわけではないのが教師というもの。

 優しさに満ちたほんわかとした笑顔で少女の挨拶を聞き届けると、女性は黒江に講堂へと向かうように促した。

 桜慈学園はマンモス校。生徒の数もかなり多いのだが、ひと目で黒江が新入生であることが分かったのは、そのリボンの色がゆえだ。桜慈学園の一年生、新入生は赤、二年生は青、三年生は緑でネクタイ・リボンが統一されているのだ。

 

(……ここでも流行りはデュエルモンスターズなのね)

 

 辺りを見遣れば、新入生だけでなく上級生と思われる生徒らも腰にデッキホルダーを携えている姿が度々見受けられた。

 

 デュエルモンスターズOCGはカードゲームでありながら、今となってはオリンピックにも匹敵、否、大小様々な大会のその開催頻度を考えればオリンピックすらも超えるやもしれない人気を誇り、その普及率は今なお加速度的に増え続けている。

 そんな流れに逆らい続けてはいるものの、友人を作ったならばまず間違いなく話を振られることは明白。デュエルモンスターズはカードイラストの変遷もあり十代女子人気も高いのだ。

 彼女の対人能力を考えれば、そもそも友人ができるかも分からないのだが、それは言わぬが花だろう。

 しかし、姉妹からはせめて五人は友人を作るようにと口を酸っぱくして言われているため、渋々ながらも彼女は友人を作ろうとだけは考えているので、彼女の十五年間の人生の中で大きな進歩である。

 

 取り敢えず、友達を作るならデッキホルダーを持っていない人にしよう。

 黒江はそう決めて講堂へと歩を進めた。

 

 

 □

 

 

「ここがデュエルモンスターズ部の部室で、改めて、オレはここの部長の進藤織奈(しんどうオリナ)だ。よろしく」

 

 進藤織奈と名乗った特徴的な一人称の小柄な少女は、そう言って黒江をこじんまりとした部室に案内した。

 手を差し出して握手を求める少女を身長差故に見下ろす形になりながら、黒江は一人思う。

 

 ……どうしてこうなった。

 黒江は入学二日目に頭を抱えたくなった。

 

 

 To be continued.




 ――今日のキーカード――

【ガーリー・マスター サブライム】
レベル11 光属性 天使族 融合 効果 ATK4000/DEF2000
「ガーリー」モンスター×4体
このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
①このカードが特殊召喚に成功した場合、フィールドのカードを2枚まで選んで発動できる。そのカードを持ち主のデッキに戻す。
②このカードが墓地に送られた場合、自分の墓地に存在する「ガーリー」カードを5枚以上選んで発動できる(同名カードは1枚まで)。そのカードをデッキに戻してシャッフルし、戻した枚数-5枚のカードをデッキからドローする。

────────────────

 今日のキーカードはこれね。
 名実共に「ガーリー」デッキのエースカードを担っているカードで、このカードも当然だけど「ガーリー」モンスターが基本的に備えている“選んで”発動する効果をもっているわ。

 このカードの強みは、その効果を特殊召喚という条件のみで発動できるところでもあるわ。正規の手順を踏んで融合召喚してさえいれば、墓地や除外ゾーンに存在するこのカードを「死者蘇生」や「D・D・R」といったカードで引っ張ってくるだけでこの効果が使えてしまうの。

 それに②の効果も忘れることは出来ないくらいに強力よ。
 手札が枯渇しがちな場面も多いデュエルモンスターズにおいて、墓地に「ガーリー」カードが貯まってさえいればドローできるカードに制限が無いこの効果は恐ろしく使い勝手が良いもの。できることなら直接除外することで除去したいわね。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。
 


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革命前夜

 進藤織奈と名乗った少女と初めて出会う少し前、桜慈学園高等部入学式直後の休み時間。

 黒江は一人、校内を散策しながら地理を頭に叩き込んでいた。

 それと言うのも、ただでさえ黒江のような対人スキルレベル1少女には付いていくことの出来ない途方もなく高等な十代少女のノリが、高校一年生の初日ともなればそれはもう白熱するわけで。

 早速居心地が悪くなった彼女は本日唯一の休み時間を使って校内の探検を始めたのである。

 これで彼女がデュエリストであれば話題のひとつもあったのかもしれないが、生憎とデュエルモンスターズに興味は無し。

 

 ぼっち街道をひた走っているのを自覚しながら、姉妹にどう言い訳しようかと考えていた矢先。

 黒江は廊下の曲がり角でテンプレチックに誰かとぶつかった。

 

「いてっ」

 

「っ、ごめんなさい」

 

 ぶつかった衝撃はあるものの、どうやら向こうは相当軽いらしい。その場から微動だにしなかった黒江に対して、相手の少女は尻もちを付いてしまった。

 手を差し伸べれば、少女はその手を取って「悪い」と礼を述べながら立ち上がる。

 

「いいよ、いいよ。オレが注意してなかったのが悪かった」

 

 そう言った彼女は身長150cmに届くか届かないかといった小柄な体型であった。170cm近くある高身長の黒江は必然的に見下ろす形となるのだが、彼女はそれに気を悪くした風もない。

 リボンの色からするに二年生か。小柄な少女もまた黒江のリボン色から彼女が下級生であることを認めたらしい。

 

 黒江の対人スキルを鑑みれば、そのまま終わりという流れがいちばん良かったのだが、奇妙な間が出来てしまって互いにその場を後にできなくなった。

 こういう時に何か話題でもあれば良かったのだが、そんなものは無いので空気が死んだ。

 無表情気味な黒江と、本来はそれなりに活発な雰囲気を纏うであろう上級生の少女との間の空気は、九割方黒江のせいで恐ろしく重苦しい。

 

 堪えかねた少女は、「怪我がなくて良かった」と黒江の身を案じるとすぐさま踵を返して去っていってしまう。

 

 その後ろ姿、もっと言えば腰のデッキホルダーを見て嫌な予感を覚えながらも、それ以上に状況が打破されたことに安堵しながら。黒江もまたチャイムの音を聞き届け、慌てて教室へと向かうのであった。

 

 

 □

 

 

 黒江の自宅は、その成り立ちのために地価の高い暮安区の中でも高級住宅街と呼ばれる花見町にある新築マンションの一室だ。

 

 一年ほど前に此処に引っ越してきてから住み続けているが、彼女と妹のみで暮らすにはその部屋は少々広過ぎる上、オートロック付きでセキュリティサービスもやり過ぎなくらいに充実している。その家賃は驚きの月100万C(カウ)越え。

 CとはCurrency of the worldの略称で、2050年から世界で統一された通貨のことである。その価値は1Cイコール1円と捉えて構わない。

 

 そんな高級に過ぎるマンションに住んでいるのは偏に彼女達の姉である遊佐灰都の過保護さがゆえなのだが、そこに住む姉妹、特に黒江はまだまだ慣れそうになかった。

 

「ただいま」

 

「おかえりー、黒姉」

 

 てててとリビングから現れた白髪の少女が黒江を出迎える。

 少女の名前は遊佐白袮(ゆさシロネ)

 透き通る絹糸のような白髪に、遊佐家の遺伝である煌めくような朱の眼が可愛らしい元気な少女であり、今年から小学六年生になった黒江の妹である。

 

 高校の入学式の後にちょっとした説明、連絡があった黒江とは違い、始業式だけで解散となった白袮は黒江よりも幾分か前に帰ってきてからずっと居間で寛いでいたらしい。

 黒江が帰ってくるなり抱き着いて懐いた小動物のような仕草を見せる白袮であったが、思い出したかのようにハッとした顔をすると嬉しそうに口を開く。

 

「今日は灰姉が帰ってくるんだって!」

 

「そう言えば先週の大会で優勝したから、久しぶりに家に帰ってくるってメッセージがあったわね」

 

 灰姉こと彼女達の姉である遊佐灰都は、オリンピックと並ぶ知名度を誇るデュエルモンスターズの世界的祭典WDC・春大会四連覇を成し遂げた、今や最強と名高いデュエリストだ。

 デュエルモンスターズに興味の無い黒江と言えど、姉である灰都が活躍するのは嬉しい。そしてそんな姉が帰ってくるのだから、今日は腕に縒りを掛けて晩御飯を作ろうと黒江は意気込んだ。

 そのやる気を常の人との関わり合いでも発揮するべきなのである。

 

「そう言えば黒姉は高校で友達できたの?」

 

「ぎくっ」

 

 使い古されて一周まわって新しいけどやはり古風なリアクションを取りながら、黒江は慌てた。顔にこそ出てはいないが、内心はそれはもう大慌てである。

 

「もう、黒姉分かり易過ぎだよー」

 

 もはや分かり易いとかそんな次元の話ではないのだが、そこは良くも悪くも遊佐家末妹。姉妹共通の知人から遊佐家の女は肝が据わりすぎていると言われるだけあって、どこまでも自分本意である。

 

「灰姉も友達作れって「私がどうかしたの?」あ、灰姉!」

 

「お、お帰りなさい、姉さん」

 

「うん、ただいま! 二人とも元気そうで良かったよ!」

 

 噂をすれば現れたのは、二人の姉にして世界で最強のデュエリストと目される遊佐灰都。

 

 今帰宅したばかりの彼女は、しかし姉妹の絆に拠る察しの良さで話の流れを何となく理解したらしく、胡乱な眼で黒江を見つめた。

 

「黒江ちゃん? もしかして……」

 

「と、友達なら出来たわよ?」

 

 嘘である。

 目が泳ぎまくっている黒江はいっそ哀れなまでに挙動不審であったが、灰都も白袮も嘆息して「ああ、いつも通りだったんだな」と黒江の寂しい高校生活を目に浮かべた。

 

「そ、そんなことより姉さん、優勝おめでとう」

 

「かなーり強引に誤魔化したね、黒姉……。ま、そんなことより私からもおめでとう、灰姉!」

 

「ありがとう、二人とも! お姉ちゃん、頑張りました!」

 

 事実として三つほど存在する灰都がデュエリストとして活動する理由の、その大半は姉妹の為だ。後は単純にデュエルモンスターズが好きだから。

 

 そしてもう一つは────

 

 

 □

 

 

「はいこれ、黒江ちゃん」

 

「?」

 

 姉妹の好事は自分のことより何倍も嬉しい黒江の張り切りで少々と言うにはいささか豪勢なものとなった夕食を済ませ、腹ごなしにテーブル越しの雑談に興じていたその時。

 

 灰都はおもむろに何かを取り出して黒江の前に置いた。

 

「……デュエルモンスターズのカード?」

 

「なになに!? 黒姉もデュエルモンスターズやるの!?」

 

 それは、デッキケースに収納されたデュエンモンスターズのデッキ。

 真っ先にそれに食い付いたのは白袮であった。その目をキラキラと輝かせて、黒江とデッキケースを交互に見遣る。

 

 何を隠そう白袮もまたデュエリストなのだ。

 勿論、その動機は姉である灰都に憧れてのことで、彼女のWDC初優勝のその次の日に始めたのだが、今は憧れではなく純粋に楽しさからデュエルモンスターズに入れ込んでいた。

 

 そんな白袮に急かされるまま、デッキケースからデッキを取り出すとカードを眺めていく。

 

 だが、白袮はふとそのデッキに積まれているカード群を見て疑問を持つ。

 

「でー、でー、デーモン、スター?」

 

「De:Monstar、デモンスターだよ」

 

 カードはどれも【De:Monstar】のカテゴリーに所属するものらしかった。

 可愛らしい少女のイラストが描かれたカードと、まるで対象的な恐ろしい雰囲気の、またはどこか冒涜的な雰囲気のカード群だ。

 

 白袮が疑問を抱いたのはその名前、もっと言えばその存在そのものについてであった。

 

「こんなテーマ見たことないけど、これってどこで先行実装されてるテーマなの?」

 

「それがね、どこでもないんだよ」

 

「え?」

 

 彼女はこのカード達に全くと言って良いほど見覚えが無かったのだ。

 新弾の情報は逐一確認し、その知識量は一端のデュエリストとしてかなりのものを誇ると自負する白袮をして、【De:Monstar】デッキなるものは存在すら知らない未知。

 

 なればこそ、海外などで先行して実装されている中でもマイナーな方の海外先行テーマであるという線を疑ったが、姉からの答えは否定。

 どういうことかと疑問符に頭を乗っ取られそうな白袮に助け舟を出すように灰都は続ける。

 

「これは、私達のお父さんが作った世界でひとつのデッキなんだ。ちゃんと紫陽コーポレーションのカードバンクに登録されているから、大会でも使えるの」

 

「父さんが……?」

 

「え、パパってそんな凄い人だったの?」

 

 今は亡き父親が紫陽コーポレーションで働いていたことは二人も周知の事実であった。

 しかし、世界的にポピュラーなカードゲームであるデュエルモンスターズのオリジナルカードを実装できるほどの重役であるとは欠片も思わなかったがゆえの反応だ。

 

「これを黒江ちゃんにあげる!」

 

「……私に?」

 

「そうよ! 本当はお父さんが私にくれた物なんだけど、私にはこの子達がいるからね」

 

 そう言って灰都が慈しむような顔で腰のデッキホルダーを撫ぜると、ぱっと光が閃いて何かが彼女達の前に現れた。

 

『アミィ!』

 

「久しぶり、アミーちゃん!」

 

 それは、わたあめのような30センチメートル程の胴体にくりっとしたつぶらな眼が付いた奇妙な生き物。【ガーリー・フェアリー アミティ】の名を持つ遊佐灰都のカードに描かれたモンスターだ。

 その特異な容姿をした生き物は、実際に質量を伴って彼女達の目の前に存在していた。

 

 あまり非現実的な物を信じていない黒江にも見えていて、しかも触れることの出来るこれは、所謂『デュエルモンスターズの精霊』と呼ばれる存在である。

 デュエルモンスターズとは、元々は何処かの誰かが何らかの目的で生み出し、その屍と共に放置されていた数万、数十万、下手をすれば数百万にも登る未知のカードであった。それを紫陽コーポレーションがデュエルモンスターズOCGとして創り直したのが今流通しているカードだ。

 現在出回っているカード総数は優に十万を超え、その全ての流通を紫陽コーポレーションが一括管理している。ちなみに、カードは全て1枚50C、ランダムで5枚が封入されるパックは150Cとどちらにせよとても安価で販売されている。

 

 閑話休題。

 つまるところ、この世界に存在するデュエルモンスターズのカードは全てが最初期の段階で存在していたのである。

 そしてデュエルモンスターズとしてカードゲームのカードにした結果、それらはある特別な力、存在質量を秘めることが分かった。

 

 それこそがデュエルモンスターズの精霊であり、リアル・ソリッド・ビジョンで投影されているのは実際は幻影ではなく、個々のカードに宿るデュエルモンスターズの精霊そのものなのだ。

 

『アミィー!』

 

「あ、あなた、飛びついてこないで」

 

「あはは、黒姉好かれてるんだよ。可愛がってあげて」

 

「この子、ベトベトしそうなのよ。見た目が」

 

 だが、今彼女達はリアル・ソリッド・ビジョンを展開していない。

 なればなぜ彼女達には精霊が見え、実際に触れ合うことができるのか。

 

 それは、彼女達が稀に存在する精霊との親和性が高い体質を持つ人間だからである。

 つまり、彼女達はリアル・ソリッド・ビジョンを用いることなく実際に精霊達と触れ合い、心を通わせることが出来るのだ。しかし、当の彼女達に詳しいことは何一つ分かっていないのだが。

 

「で、パパがこのカードを作ったってどういうこと?」

 

 気を取り直し、アミィを膝に乗せながら白袮が灰都に問い掛ける。

 彼女は悩む間もなく答えた。

 

「それはお姉ちゃんも分からないんだぁ。でも、社長に聞いたら使用許可は出されてるみたいだし、普通にデュエルで使うことはできるみたい」

 

「……それで? そんな貴重な物を私に渡す理由は何?」

 

 訝しげな目でデッキと姉を見る黒江だが、その実、嫌な予感が迸っているのを自覚していた。

 黒江はこの流れがどんな事態を巻き起こすのかを、自分にどのような苦労が降りかかるのかを長年の経験から理解していた。

 

 それ即ち、この流れはつまり、

 

 

「では、黒江ちゃん! あなたに宿題を与えます!」

 

「っ」

 

「明日からデュエリストになって、お友達を100人作ること! これはお姉ちゃん命令だよ!」

 

「黒姉がデュエリストになるの!? やったー!」

 

「ちょ、ちょっと待って。ねえ……」

 

 

 姉の無茶振りが始まるサインなのであった。

 

 なんて理不尽な。

 こればかりは姉と言えども横暴に過ぎると抗議の声をあげようとするが、それは諸手を挙げて喜ぶ妹を前にして憚られた。

 

 そこまで計算されていたなら恐ろしい姉だと、姉妹にとことん弱い黒江は内心嘆息するしかないのであった。

 

 

 ────そうしてこの日、遊佐黒江は大いなる運命へと巻き込まれることが確定したのである。

 

 それはそれは数奇で過酷な運命。

 それを知る者は、まだ居ない。

 

 

 To be continued.



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デュエルモンスターズ部

 春の暖かな陽射し。目を覚まし始めた町の喧騒。

 黒江は二度目となる桜慈学園への通学路を往きながら、腰に付けたデッキホルダー(正しくは妹に付けさせられた)を撫ぜて、何度目とも知れぬため息を吐いた。

 ブレザーのポケットには、姉から押し付けられた展開式デバイス型携帯デュエルディスクの重みが感じられる。

 

「まさか、私がデュエリストになるなんてね」

 

 その独り言にはこの世界からズレた少女の、それはそれは大きな万感の念が籠っていた。

 

 遊佐黒江にとって、デュエリストとは未知にして羨望と侮蔑の対象という、あまりにも矛盾した曖昧な存在であった。

 

 その潔いまでにデュエルモンスターズに打ち込む生き様に憧れを、所詮カードゲームに何を本気になっているのかという蔑みを。

 姉や妹のこともあるし彼女自身はそこまで思っていないつもりであろうが、事実として言ってしまえば、単純明快にそれだけが彼女の中での姉妹以外のデュエリストというものであった。

 

 遊佐黒江は、基本的に受動の塊だ。

 無関心で無気力、自分からはほとんど動かない。人生になあなあと言っても良いレベルに。

 それに対して、デュエリストという生き物が基本的に自発的で真剣な手合いが多いというのも抱く想いの複雑さの一因であった。

 

 何にせよ、一昨日までの彼女は思いもしなかっただろう。

 まさか、自分が高校デビュー二日目からデュエリストになるということを。

 

「……まあ、適当にやっていれば姉さんも白袮も諦めてくれるでしょう」

 

 これから先、デュエルモンスターズを発端として思いがけない出来事がいくつも起こるのだが、そんなことなど露知らず。

 

 人生なあなあガールは、今日もまた無感動無関心に一日を始めるのであった。

 

 

 □

 

 

 一年生二日目ということもあり、授業とは名ばかりの説明会四時間分を見事に無表情で聞き流した黒江は、今日のお昼は何を作ろうかと思案しながら書類を手に廊下を歩いていた。

 

 何やらいろいろあったらしく、クラスの保健委員会なるものに勝手に所属することになってしまったのだ。

 本人は説明同様に聞き流して適当に受け答えしていた為、ほとんど事の次第を覚えていなかったのである。自業自得である。押し付けるような形となってしまって申し訳ないと生真面目そうな少女に謝られたが、結局本人は大して気にしていなかった。

 こんなのでも小学校中学校の成績は常に中の上を維持できていたのは、いったいどういうことなのか。白袮は不思議でならなかった。灰都曰く、うちの子はみんな優秀らしい。姉バカである。

 

 保健室の先生に書類を渡して、さあ帰ろうかという時。

 

「君、ちょっと待ってくれ」

 

「? ああ、昨日の……」

 

 黒江のことを呼び止める存在がいた。

 振り向けば、そこにいたのは昨日ぶつかった先輩。その顔は真剣そのもの。

 

 もしや彼女はお礼参りにでも来たのだろうかと大分ズれたことを考えながら、彼女の出方を窺った。

 

「オレは進藤、進藤織奈だ。君は?」

 

「私は……遊佐黒江です」

 

「遊佐さん……か。ごめん、ちょっと来てくれないかな?」

 

 これは所謂「表に出ろ」的な誘いなのだろうか。

 もしそうだとしたら、昨日ぶつかった時の誠実で優しそうな雰囲気は演技だったとでも言うのか。黒江は恐ろしくなったが、おもわず頷いてしまう。

 姉は「友達を作るなら、先ずは人を信じるところから始めよう!」と小学生の自分に熱く語ったが、別に黒江は人を信じていないわけではないのだ。ただ、妙に認識がおかしいだけで。

 

 兎にも角にも、今は目の前の先輩のことだ。

 歩きながら黒江は織奈に話し掛ける。

 

「あの、昨日のことはごめんなさい」

 

「ん? いや、全然気にしてないよ。オレの不注意が悪かったんだし、さ」

 

 できすぎた返答に黒江の心の中の棒振りが「ええー? ほんとにござるかぁ?」と疑いの声をあげた。妹の白袮にオススメされたゲームアプリだが、正直微塵もハマらなかった黒江はそもそもその存在すら覚えていない。つまり心の中に棒振りもいない。

 

 どうやら織奈は真にそう思って反省しているらしい。

 そもそもの話ほとんど疑っていなかったが、形で疑うのさえ馬鹿らしくなった黒江は取り敢えず黙って織奈の後を追い掛けた。

 

 

 □

 

 

 そうして、話は戻る。

 

 織奈に促されるまま、小さな部室の大部分を占領するテーブルに向かい合って黒江が座ったのを認めて、織奈は口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、ここはデュエルモンスターズ部。部って言っても、部員はオレを含めて三人しかいないんだ。他の二人も事情があって休部している」

 

 それは実質廃部状態なのでは、と思ったがそんなことは本人を前にして言うものではない。

 黒江はどことなく嫌な予感を覚えながら、話の続きを促した。

 

「見たところ、君は新入生だろう?」

 

「ええ、まあ、そうですね」

 

「……頼む!」

 

 そこまで聞くと、織奈は立ち上がりテーブルに手を付くと頭を下げた。

 黒江はとても慌てた。

 

 先輩がほぼ初対面である自分に対して、いきなり頭を下げ始めたのである。それは誰でも驚くというものだろう。

 しかも相手は一人称も相まって何処か男らしさのようなものを纏ってはいるものの、それを抜きにすれば中学生、下手をするとそれ未満にも見える可憐な容姿の少女だ。

 

「あの、頭を上げてください」

 

「……話を聞いてくれるか?」

 

「聞きますから」

 

 そうすると、ホッとした顔を見せて織奈は顔を上げる。

 もしかすると、ただならぬ事情があるのかもしれない。黒江は珍しくちゃんと話を聞く姿勢を取った。

 

「先ず大前提として、君はデュエリストだろう?」

 

「……始めたのは今日からですけど」

 

「そうなのか? いや、だが、初心者でもデュエリストならオレは構わない」

 

 あ、この人苦手だ。妹と似たタイプだけど、この人は妹じゃないから苦手。

 織奈の少し強引に過ぎる嫌いを見て、黒江は密かに彼女のことを苦手認定した。

 

 実際ルールすら分からないレベルなのだから、織奈が構わないとしても黒江は困るのだが、織奈は話を続ける。

 

「君の力が必要なんだ」

 

「私の、力?」

 

 目を瞬かせる。

 いきなり力が必要などと言われても、黒江にはさっぱりだ。

 

「正確には君の未知数のデュエリストとしての腕前だけどね」

 

「え、いや、だから私は」

 

「さあ、先ずはデュエルをしよう!」

 

 そう宣うと、彼女はテーブルの上にプレイマットを広げ、腰のデッキホルダーを取り出した。

 

 テーブルデュエルだ。

 リアル・ソリッド・ビジョンを用いた真に現実に迫ったデュエルとは別に、この世界におけるデュエルモンスターズの主流スタイルのひとつ。

 リアル・ソリッド・ビジョンによる投影を用いたデュエルは狭い室内でやるには論外なので、テーブルデュエルをするのは当たり前と言えば当たり前なのだが、それはそれとして唐突な展開に黒江はついていけていない。

 

 しかし先方はやる気そのもの。

 仕方なく、黒江は初めてまともにデッキホルダーからデッキを取りだした。

 

「ルールが分からないので教えてくださいね」

 

「もちろん!」

 

 さあ、デッキを配置していざデュエル。

 

 ……そう思った矢先のこと。

 

 

 

「────織奈ァッ!!」

 

 

「あ、旭飛(アサヒ)!?」

 

「っ」

 

 第三者が扉を乱暴に開け放って、その場に現れた。

 

 織奈によって旭飛と呼ばれたその少女は、一言に言えばスケバン(・・・・)であった。シャツの上から羽織ったスカジャンに長いスカート、髪の毛は頂辺が茶色でそこから金色に染まったプリン髪と呼ばれるグラデーション。マスクを付けていて顔は窺えないが、怒髪天に突く勢いで怒りを露わにしているのは確かだ。

 身長140cmと少しの織奈に対して彼女は170cm近い黒江に並ぶほどであり、ズカズカと目の前までやってきた彼女の威容にきっと織奈は恐ろしい程の威圧感を受けていることだろう。

 

「お前、休学開けてたのか……!?」

 

「そんなことはどうでも良いだろうがよ。てめえ、何やってんのか分かってるのか?」

 

「いや、新入生をデュエル部に勧誘しようと「堅気を易々と誘ってんじゃねえ!」易々とってなんだよ!」

 

 堅気とは???

 黒江は目の前で起こっている仁義なき戦いに困惑する他なかった。

 

「パイセンの夢を叶えんのは、アタシとてめえと凜星(リンゼ)だって約束しただろうが!」

 

「っ、だからってお前は問題起こして休学しちまうし、凜星は大変なんだから仕方ないだろ!」

 

 ヒートアップする口論。パイセンだとか凜星だとか知らない単語、人名。

 それはともかく、このままでは手が出かねないと危惧した黒江は声を上げた。

 

「あ、あの」

 

「なんだよ、新入生。帰りたいなら帰って良いぞ」

 

「そういうことではなくて……」

 

 いや、帰りたい。それは事実だ。けれどもこれを見過ごして帰るのは気が引けた。

 歯切れの悪い黒江に、スケバンは若干苛立ち混じりに口を開いた。

 

「まず名乗れよ、新入生。アタシは天元寺旭飛(てんげんじアサヒ)だ。後、ついでにアタシの前でもコイツの前でも敬語は無しだ」

 

「……遊佐黒江よ」

 

「黒江だな。で、黒江、悪いことは言わねえ。ここでのことは忘れて帰んな」

 

 そう言う彼女は本当に黒江のことを思って言っているらしく、厳ついスケバンという旭飛の評価は見た目に反してまともな先輩へと一段階上がった。

 だが、そうだとしても黒江は退き下がるつもりはなかった。

 

「悪いけれど、それは出来ないわ」

 

「遊佐さん……!?」

 

「……なんだと?」

 

 部屋の空気が凍りついた。

 人の感情はここまで他者に影響を及ぼせるのかと他人事のように思う黒江だったが、そんなことを考えていると旭飛が背中を向けて部室から去ろうとしているのに気がつく。

 

 もしかして、ここは退いてくれるのだろうか。

 そんな黒江の淡い期待は容易く裏切られる。

 

「付いてきな、黒江。てめえの覚悟を見せてもらう」

 

 それだけ言うと旭飛はその場を後にした。

 

 これこそが本当の「表に出ろ」である。

 

 

「……?」

 

 

 当事者の黒江は最後まで頭にはてなを浮かべるばかりであった。

 

 

 To be continued.



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VS悪鬼夜叉姫・悪姫の脅威 前編

 デュエル難しい……。


 旭飛の後を追って二人が辿り着いたのは、校舎の裏にある開けた場所。人気はなく、柵を挟んだその先には雑木林が拡がっている。

 十分な広さがあるここでなら、リアル・ソリッド・ビジョンでモンスターを投影することも可能だろう。

 

「逃げずに付いてきたのは褒めてやる」

 

「ありがとう」

 

「はっ、だがてめえはひとつ勘違いをしているだろうから、ここで正しといてやるよ」

 

 何を勘違いしているのか黒江にはさっぱりだったが、そんな黒江を他所に旭飛は続けた。

 

「アタシは初心者相手だろうが手加減は一切しねえ。ハナから全力でぶっ潰しに行くからな」

 

「……望むところよ」

 

「御託はここまでだ。さっさとやるぞ」

 

 そもそも、なんで私がデュエルをしなくてはならないのか。その疑問は今ここで呈するにはあまりにも拙い。

 

 ここは取り敢えずデュエルをするしかない。

 そう結論に達した(思考を放棄したとも言う)黒江はポケットからデュエルディスクを取り出した。

 

「デュエルディスク・オープン、だったかしら?」

 

 彼女がそう唱えると、掌から少しはみ出る程度のサイズであったデバイスが文字通り展開する。

 デバイスから飛び出したベルトが手首に巻き付き、デバイス本体はその身を何枚もの薄型のパネルに変えて横長に姿を変える。

 そして定位置にデッキホルダーをセットすることで、デュエルディスクは完成するのだ。

 

 ――DUEL mode ready――

 

「これが、リアル・ソリッド・ビジョン……」

 

 展開を完了した黒江のデュエルディスクと旭飛のデュエルディスクがデュエルモードでマッチングし、彼女たちを基点として周囲二十平方メートルにリアル・ソリッド・ビジョンによる簡易的なデュエルフィールドが投影される。フィールドとは言うが景観はほとんど変わらず、全体を囲むように半透明の壁が生み出されている。

 これらは全て二つ以上のデュエルディスクによって出力されているものだ。

 

「本当に初心者なんだな」

 

「そう言ってるじゃない。何をすれば良いのか全然知らないわ」

 

「ったく。おい、織奈。責任持ってこいつにやり方を教えてやれ」

 

「……うん、もちろん」

 

 指名された織奈はフィールドの中へと入ってくると、黒江の少し後ろに立つ。

 本来デュエルモンスターズはタッグデュエルなどの特殊なレギュレーションでもない限りは一対一でプレイするものだが、黒江と織奈のような形でセコンドが付くことも可能なのだ。

 

「遊佐さん、シャッフルはした?」

 

「ええ」

 

「テーブルデュエルならカットが必要なんだけど、今回は飛ばしても構わない。取り敢えず、伏せたまま五枚引くんだ」

 

 その通りに黒江がカードを五枚、最初の手札を引くと待ってましたと言わんばかりに旭飛が口を開いた。

 

「さあ、やろうぜ」

 

「……」

 

 そうして、二人は宣言する。

 戦いの始まりを。

 

 

「「────デュエル!!」」

 

 

 遊佐黒江・LP8000

 

 VS

 

 天元寺旭飛・LP8000

 

 ブザーが鳴り響き、二人の視界にリアル・ソリッド・ビジョンが8000のライフポイントを投影する。

 

 今ここに、デュエルの幕が切って落とされた。

 

 

 □

 

 

「先攻は譲ってやる」

 

「そう。なら遠慮なく」

 

「遊佐さん、先攻はドローフェイズとバトルフェイズが無い。最初の五枚の手札を使って、メインフェイズで体勢を整えるんだ」

 

 ゲームにおいて先攻というのは何かと有利である。

 それは、デュエルモンスターズにおいても変わらない。無論、構築とプレイング次第では後攻で勝つことなど造作もないし、そもそも後攻型のデッキテーマだって存在する。

 しかし、近代の遊戯王においては先攻で強力な布陣を敷いたり、盤面をロックすることで相手の動きを封じるなどの戦術、デュエルタクティクスが比較的多いのは事実であった。

 

「先ずはレベル4以下の低レベルモンスターを召喚するか、魔法カードを使って動き始めるところからだ」

 

 黒江は取り敢えず手札を見ることにした。

 そして、モンスターカードのレベルに疑問を覚える。

 

「レベル6のモンスターは召喚できるのかしら?」

 

「できるけど、レベル5以上のモンスターは上級と呼ばれるモンスターだから、通常召喚するにはモンスターを1体から2体生贄に捧げてアドバンス召喚しなきゃならないんだ。でも、1ターンに通常召喚できるのは原則1度だけだから、特殊召喚を併用したりして先ずは場にモンスターを生み出さないと最初のターンからアドバンス召喚することは出来ないよ」

 

 つまり、黒江の手札に存在するモンスターの内2体は今の状況では使えないということであった。

 何か出来ることは無いものかとカードのテキストを読み込むこと一分。黒江は手札とデッキのカードを思い浮かべ、頭の中で展開を導き出すと早速動き始めた。

 

「……私は手札から【De:Monstar-サナ】を通常召喚」

 

 

 ▽

【De:Monstar-サナ】

 レベル2 闇属性 魔法使い族 効果 ATK500/DEF500

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、このカードの①の効果を使用するターン、自分は「De:Monstar」モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

 黒江の手札から召喚されたのは、黒を基調に可愛らしいフリルが配われた装いの少女。

 その名前と見た目に、黒江以外の二人は首を傾げる。

 

「【De:Monstar】? 知らないカードだな」

 

「ちゃんと召喚できてるってことは認可されてるカードだろうが……気にはなるが、それは後でだ。続けろ」

 

「言われなくても。私は、【De:Monstar-サナ】の①の効果を発動するわ。このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、デッキ・手札から【De:Monstar】チューナー1体を特殊召喚する」

 

 

 ▽

【De:Monstar-サナ】

 ① このカードが召喚、特殊召喚に成功した場合に発動できる。手札・デッキから「De:Monstar」チューナー1体を特殊召喚する。

 

 

「私はこの効果でデッキから【De:Monstar-アリエス】を特殊召喚」

 

「レベル2のモンスターに、レベル6のチューナー……シンクロデッキか」

 

 

 ▽

【De:Monstar-アリエス】

 レベル6 光属性 悪魔族 デュアル チューナー ATK2000/DEF2000

 このカード名の③の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。

 

 

 現れたのはモコモコとしたシルエットの羊のようなモンスター。だが、その身体はまるで宇宙で形作られたかのような有様で、夜空の至る所に星が見えた。しかし、鳴き声は「メーーー」である。

 

「デュアルモンスターの……」

 

「チューナー?」

 

 二人の困惑の声。

 現状、デュエルモンスターズにおいてデュアルモンスターのチューナーというものは存在しないのだ。

 ここからどうするのか。このカードはどのような力を秘めているのか。知らず知らず期待が膨らむ二人。

 一方の黒江は、そこで小首を傾げた。

 

「……それで、この後は何をすれば良いのかしら?」

 

「え、あ、えっとフィールドにレベル2のモンスターとレベル6のチューナーがいるから、EXデッキにレベル8のシンクロモンスターがいればシンクロ召喚できるよ。でも、①の効果を使った【De:Monstar-サナ】の制約で【De:Monstar】モンスターしか特殊召喚できないから、そこは気を付けて」

 

 自分のデッキのことながら本当に何も知らない彼女に絶句する二人のことを放って、黒江はEXデッキに目を通す。

 今シンクロ召喚できる条件を満たしているモンスターは1体のみ。

 

 効果を読むにどちらかと言えば今出すべきではないのだが、打点の低いサナを棒立ちさせるのもそれはそれで不味いと判断して特殊召喚することに。

 そこで隣からの期待の視線に気が付いた黒江は若干煩わしく思いながらそちらに視線を向けた。

 

「何かしら、進藤先輩」

 

「え、いや、本当に未知のカード群だからどんな召喚口上が来るかなってワクワクしちゃって」

 

「口、上……?」

 

 口上とは、デッキにおけるエースモンスターを召喚する際にデュエリストが口にする魂からの叫びである。

 黒江には全くもって理解できない文化であった。ちなみに姉の灰都も可愛らしい口上を口にする。

 

 しかし、ここでやらないと言うのは少々難しいのも事実。

 もう既に口にすることが確定しているかのような空気が流れてしまっているからだ。

 仕方無く、本当に仕方が無く、黒江は即興で口上を考えることに。

 

「レベル2の【De:Monstar-サナ】に、レベル6の【De:Monstar-アリエス】をチューニング……堕ちよ、【De:Mon-スター・サナ】」

 

 

 ▽

【De:Mon-スター・サナ】

 レベル8 光属性 悪魔族 シンクロ チューナー 効果 ATK2500/DEF1900

「De:Monstar」チューナー+「De:Monstar」モンスター1体

 このカードはルール上、「De:Monstar」カードとして扱う。

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できず、このカードの①②の効果を使用するターン、自分は「De:Monstar」モンスターしか特殊召喚できない。

 

 

 空間が軋み、空を破り裂くようにして現れたのは、アリエスと同じように宇宙で彩られたドレスに身を包んだサナ。しかし、その雰囲気はただのサナの時の物とは違い澱んでいて何処か冒涜的ですらあった。

 

 このデッキのエースであろうモンスターの登場に、緊張が一気に張り詰める。

 

「発動条件を満たしている①の効果は使わないわ」

 

S(シンクロ)チューナーか。だが、他にモンスターはいないぞ?」

 

 旭飛の言う通り、如何にシンクロモンスターのチューナーが存在すれどシンクロ召喚に必要なのはチューナー以外のモンスターが1体以上だ。しかし、黒江のフィールドに存在するモンスターは1体のみ。

 ここからどのように展開するというのか。

 

 旭飛の疑問、そして見たことも無いカードプールとそれを操る駆け出しデュエリストに対するそこはかとない期待に応えるように黒江は口を開き、

 

 

「私はカードを1枚セットして、このままターンエンド」

 

 

「「え」」

 

 そのままカードを1枚セットするとターンエンドを宣言した。

 

 なんとも呆気ないターンエンドに、二人は驚きを隠せない。

 しかし、すぐさま気を取り直した旭飛は黒江への失望を隠せないまま自らのターンを開始する。

 

 

「……アタシのターン、ドロー! スタンバイ、メイン。アタシは手札から速攻魔法カード【悪姫羅刹】を発動。このカードは自分より相手の場のカードが多い時に、フィールドの表側表示カードを1枚対象にして発動することが出来る。対象のカードを持ち主のデッキに戻す!」

 

「そういうのもあるのね」

 

「……アタシはてめえの場の【De:Mon-スター・サナ】を対象にする」

 

 

 ▽

【悪姫羅刹】

 速攻魔法

 このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。

 ①相手フィールドのカードの数が自分フィールドのカードの数より多い場合にフィールドの表側表示のカード1枚を対象にして発動できる。対象のカードを持ち主のデッキに戻し、その後、自分フィールドにこのカード以外のカードが存在しない場合、自分のデッキから「悪姫」モンスター1体を手札に加えるか自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 淡々と処理を行うその様に、先程までの高揚していた様子は微塵も見られない。

 

 発動されたカードから金棒を握った細腕のビジョンが現れると、そのまま【De:Mon-スター・サナ】を弾き飛ばしてしまう。

 

「スター・サナが……!」

 

「場ががら空きになってしまったわ」

 

「その後、【悪姫羅刹】の効果でアタシはデッキから【悪姫】モンスター1体を手札に加えるか、特殊召喚できる。来い、【悪姫-天邪鬼】!」

 

 

 ▽

【悪姫-天邪鬼】

 レベル8 闇属性 悪魔族 効果 ATK1800/DEF0

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 現れたのは、何処か蠱惑的な笑みを浮かべた着物姿の少女。しかし、その額には小さいながらも角が生えていて、彼女が真に人間でないことを如実に表していた。

 

 レベル8の上級モンスターでありながら、2000にも届かない攻撃力。しかし、そういうモンスターは得てして厄介な効果を持っているもの。何より、旭飛の【悪姫】デッキを知っている織奈はこれから始まるであろう恐ろしいコンボに一人冷や汗を流した。

 

「アタシはそのまま【悪姫-天邪鬼】の効果を発動! このモンスターが【悪姫】カードの効果で特殊召喚された場合、アタシの手札から【悪姫】モンスター1体を特殊召喚できる。特殊召喚するのは【悪姫-熊童子】だ」

 

 

 ▽

【悪姫-天邪鬼】

 ①このカードが「悪姫」カードの効果によって特殊召喚に成功した場合に発動できる。手札から「悪姫-天邪鬼」以外の「悪姫」モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。

 

 ▽

【悪姫-熊童子】

 レベル4 闇属性 悪魔族 効果 ATK1000/DEF0

 このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 続け様に展開されたモンスターもまた鬼の少女。

 黒江が【悪姫】とは悪鬼と姫を掛けたテーマなのだろうかと場違いなことを考えていると、旭飛は更に続ける。

 

「このカードが召喚、特殊召喚に成功した時、【悪姫-熊童子】の効果を発動! 手札・デッキからレベル4【悪姫】モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! アタシはデッキから【悪姫-星熊童子】を特殊召喚!」

 

 

 ▽

【悪姫-熊童子】

 ①このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、手札・デッキから「悪姫-熊童子」以外のレベル4「悪姫」モンスター1体を効果を無効にして自分フィールドに特殊召喚する。

 

 ▽

【悪姫-星熊童子】

 レベル4 闇属性 悪魔族 効果 ATK1000/DEF0

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

「レベル8のモンスターが1体に、レベル4のモンスターが2体……シンクロ召喚ではないわね」

 

「そうだ。アタシが今から行うのはエクシーズ召喚」

 

「エクシーズ召喚?」

 

「エクシーズ召喚は同じレベルのモンスターを素材にして行う特殊召喚の一種だよ。シンクロ召喚と違ってチューナーは必要無いけど、同じレベルのモンスターをフィールドに揃えなくてはならない召喚方法なんだ」

 

 疑問符を浮かべる黒江にすかさず織奈が説明する。

 なるほどと一応の理解を得るが、しかしそこで黒江は旭飛のフィールドのモンスターのレベルの違いに目を向ける。

 同じレベルのモンスターを素材にするのなら、レベル4のモンスター2体は分かるがレベル8のモンスターの存在が分からない。ただ場に揃える為の展開要員だと言われればそれまでだが、それではどこかちぐはぐでシナジーが薄い印象を受けたのだ。

 彼女の展開にはまだ先があるのではないか。黒江はじっと出方を窺った。

 

 その答えは、すぐに明かされることとなる。

 

「天邪鬼のレベルが気になるか? 見せてやるよ、アタシのやり方を! 【悪姫-天邪鬼】の第二の効果を発動! 対象は【悪姫-天邪鬼】自身! このターン、アタシのフィールドのモンスターのレベルは天邪鬼と同じ8になる(・・・・・・・・・・)!」

 

 

 ▽

【悪姫-天邪鬼】

 ②自分フィールドの「悪姫」モンスター1体を対象にして発動できる。自分フィールドの全てのモンスターのレベルはターン終了時まで対象のモンスターのレベルと同じになる。

 

 

【悪姫-天邪鬼】の第二の効果、それはレベル変更効果。

 これにより彼女のフィールドにはレベル8の上級モンスターが3体並んだことになる。

 

 旭飛はニィっと口角を釣り上げると、声高らかに宣言する。

 

 

「レベル8の【悪姫】3体でオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! 

 

 ────絢爛泰平を脅かせ、【悪姫-酒呑童子】!」

 

 

 大地が震撼する。リアル・ソリッド・ビジョンの演出だけとは思えない本物の恐怖。それを振り撒きながら現れたのは、身の丈程の酒瓢箪を携えた妙齢の美女。その額には、大小違う一対の禍々しい角。

 

 

 ▽

【悪姫-酒呑童子】

 ランク8 闇属性 悪魔族 エクシーズ 効果 ATK3500/DEF0

 レベル8 「悪姫」モンスター×3

 このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できず、その効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行うことが出来ない。

 

 

 ランク8、3500の高打点。紛うことなき旭飛のエースモンスターである。

 確かに容易に突破できない存在はそれだけで脅威の一言だが、このカードの最も恐ろしい点はその召喚時の効果である。

 

「このカードのX召喚成功時、X素材を1つ取り除いて発動できる! 自分の手札・フィールド、加えて酒呑童子のX素材から【悪姫】カードを5枚選んで墓地に送る。アタシは手札から3枚、酒呑童子のX素材から2枚の【悪姫】カードを墓地に送り、そして、お前のフィールドと手札のカード全て(・・)を墓地に送る!」

 

「全て墓地に……」

 

 

 ▽

【悪姫-酒呑童子】

 ①このカードがX召喚に成功した場合、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・フィールドおよびこのカードのX素材から「悪姫」カードを5枚選んで墓地に送り、相手フィールド・手札のカードを全て墓地に送る。その後、相手はデッキからカードを2枚ドローする。

 

 

 妖艶に微笑んだ酒呑童子が瓢箪に口を付けると、次の瞬間黒江のフィールド目掛けておどろおどろしい色をした鬼種の魔息を吐きかける。

 伏せられていた一枚のカード【カウンター・ゲート】はグズグズに溶け、黒江の手札は一瞬にして全て墓地へと送られた。

 

 それは、理不尽の権化。

 出でるだけでフィールドを更地へと変える最悪の後出しジャンケン。

 

 旭飛は、これまでのデュエルでも酒呑童子を始めとした悪辣なカードを用いて相手デュエリストを完膚無きまでに打ち砕いてきたそのプレイングを、情け容赦無く初心者の黒江に見せ付けた。

 

「さあ、てめえの最後の頼み綱を引きな!」

 

「ドロー」

 

「……ちっ、アタシはこれでターンエンドだ」

 

 促されるまま変わらぬ無表情でカードを2枚ドローした黒江。

 その姿を見て、先までの笑みから一転、つまらなそうな顔をした旭飛は自らのターンを終了する。

 たとえカードを2枚引くことが出来ても、一度崩されたタクティクスを埋め合わせるのはどんなデュエリストにしても至難の業。しかも相手は初心者だ。ここから巻き返せるとは到底思えない。

 

 冷めきった心情を胸に、旭飛は黒江を見た。

 そして、その顔を驚愕に染めた。

 

「……どうしたものかしら」

 

 そんなことなど露知らず。

 黒江は冷静に状況を見極める。

 

 こちらは更地。相手のフィールドに聳え立つのは、打点3500のモンスター。

 起死回生の頼みである黒江の手札は、次のターンのドローを合わせて3枚。

 

 初心者と実力者、圧倒的差を前に黒江はただ己のデッキを見遣るばかり。

 

 しかしその眼は、この絶望的状況において何一つ揺らいでいないのであった。

 

 

 To be continued.




 ――今日のキーカード――

【悪姫-酒呑童子】
ランク8 闇属性 悪魔族 エクシーズ 効果 ATK3500/DEF0
レベル8 「悪姫」モンスター×3
このカード名の①の効果は1ターンに1度しか使用できず、その効果を発動するターン、自分はバトルフェイズを行うことが出来ない。
①このカードがX召喚に成功した場合、このカードのX素材を1つ取り除いて発動できる。手札・フィールドおよびこのカードのX素材から「悪姫」カードを5枚選んで墓地に送り、相手フィールド・手札のカードを全て墓地に送る。その後、相手はデッキからカードを2枚ドローする。
②X素材を持つこのカードは相手の効果の対象にならず、相手の効果では破壊されない。

────────────

 今日のキーカードはこれね。
 天元寺先輩の使う【悪姫】テーマのエースカードよ。
 【悪姫】は展開力に優れたテーマで、コンボによってアドバンテージを稼ぎ強力な効果を持つ【悪姫】Xモンスターの特殊召喚に繋げるの。

 特に【悪姫-酒呑童子】は【悪姫】テーマの中でも極悪な効果を持っていて、①の効果は通ればほとんどのデュエリストが膝をつくことでしょうね。現に私も客観的に危機的状況よ。

 加えて、①の効果発動時に素材を残してさえいれば相手にチェーンをされても、②の効果で対象を取る効果無効や破壊などから自分を守ることもできるの。自らのケアもできる優秀なカードね。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。


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VS悪鬼夜叉姫・悪姫の脅威 後編

 もう少ししたら採用表作ります。


「遊佐さん、大丈夫?」

 

「? ええ、何も問題は無いわ」

 

 織奈の心配に変わらぬ様子で答えた黒江。

 実際、今の彼女にとってこのデュエルは何ともないものである。今この時、当事者でありながら微塵も勝敗に拘っていないからだ。なんならこのデュエル自体にすらほとんど興味を持っていない。

 流されるままに始まったデュエルだから、というのもあるが、それ以前にデュエルモンスターズに対する熱意があまりにも薄かった。

 

 今一度旭飛のフィールドを見る。

 攻撃力3500のランク8・Xモンスター【悪姫-酒呑童子】。

 手札も含めた全体除去という確かに恐ろしい効果と打点を持つが、それだけならばどうにかなるかもしれない。XモンスターがX素材を用いて効果を発動するモンスターなら、【悪姫-酒呑童子】にはもう既にX素材が存在していないからだ。

 こういう時、過剰に警戒しても意味は無い。

 

 やるからには、勝っておいた方が良いだろう。姉さんと白袮が喜んでくれるから。

 もしも黒江が勝敗に拘るとしたら、理由はそれくらいのものでしかない。

 

「進藤先輩」

 

「何かな?」

 

「進藤先輩なら、この局面から逆転できるかしら?」

 

 唐突な質問。

 織奈はその意図を理解し損ねていたが、しかし、後輩からの質問であるからと気を取り直して思考する。

 

 結論はすぐに出た。

 

「できるよ」

 

「それなら良かったわ」

 

 昨日の姉妹からの簡単なルール説明と今日の織奈からの説明によって、大体のデュエルモンスターズのルールは把握した。

 後はこれが勝てる盤面であるかどうか。先輩である織奈にも不可能なら、黒江が勝てる筋合いは無い。

 けれども、もしそうでないというのなら。

 

 

 ここから、初めてのデュエルに勝つだけだ。

 

 

「……オレが言えた義理じゃないけど、遊佐さん、君なら勝てる。頑張ってくれ」

 

「ええ、元より負けるつもりは無いわ」

 

 黒江が逆転するのに必要な鍵は、今の手札を墓地に送って効果を使える類のカードか純粋に蘇生札だ。

 当然ながら、今の手札にはそのどちらもが存在しない。

 

 黒江は思い浮かべる。

 昨日、白袮が加えた方が良いと言って渡してくれたカードを。

 

「まだやるってのか? てめえにアタシは倒せねえよ」

 

「それはどうかしら。私のターン、ドロー」

 

 引いたカードは【思い出のブランコ】。

 白袮のカードは、想いに応えてくれた。

 

「私は手札から【ジェスター・コンフィ】を自身の②の効果で攻撃表示で特殊召喚する。そして、通常魔法【思い出のブランコ】を発動。墓地から、通常モンスター扱いの【De:Monstar-アリエス】を特殊召喚」

 

 現れたのは、球に乗った道化師と、先程の宇宙を纏った羊。

 彼女はそこで、昨日唯一姉妹から聞いたこのデッキの特徴的な戦い方を実践してみせる。

 

 

「私はデュアルモンスターである【De:Monstar-アリエス】を通常召喚として、再度召喚(・・・・)

 

『■■■■■■■ーー!!!』

 

 温厚な様子はなりを潜めて、思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げる羊。その身体の宇宙には黄道十二星座がひとつ、牡羊座が赫く浮かび上がっている。

 

 デュアル、それはフィールド・墓地においてはある条件を満たさない限り通常モンスターとして扱われる特殊な効果モンスター。

 1ターンに1度通常召喚できる権利、俗に言う召喚権を用いてフィールド上に既に存在するデュアルモンスターを再度召喚することによって効果モンスターとなり、彼らは強力な効果を得るのだ。

 

「効果モンスターとなった【De:Monstar-アリエス】の効果を発動。1ターンに1度、自分の墓地に存在する【De:Monstar】モンスターを1体除外することで、デッキ・手札から【De:Monstar】モンスター1体を特殊召喚する。更に自分は、この効果の発動後、通常召喚に加えて1度モンスターを召喚できるわ」

 

 

 ▽

【De:Monstar-アリエス】

 ②フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。

 その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

 ●1ターンに1度、自分の墓地に存在する「De:Monstar」モンスター1体を除外して発動できる。自分のデッキ・手札から「De:Monstar」モンスター1体を選んで自分フィールドに特殊召喚する。この効果の発動後、ターン終了時まで自分は通常召喚に加えて1度、モンスターを召喚することができる。

 

 

「私は墓地の【De:Monstar-タウラス】を除外し、デッキから【De:Monstar-バルゴ】を特殊召喚」

 

 

 ▽

【De:Monstar-バルゴ】

 レベル6 光属性 悪魔族 デュアル チューナー ATK2000/DEF2000

 このカード名の③の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードはフィールド・墓地に存在する限り、通常モンスターとして扱う。

 

 

 現れたのは、宇宙で形作られたドレスに身を纏った乙女。その眼には比喩無しに宇宙が存在し、吸い込まれてしまいそうな異様を湛えていた。

 

「ここで、除外されていることで効果モンスター扱いとなった【De:Monstar-タウラス】の除外された時の効果を発動。手札を1枚捨て、除外されている自身をフィールドに特殊召喚する。その後、通常モンスター扱いの【De:Monstar-タウラス】を通常召喚として再度召喚するわ」

 

「■■■■■■■ォォォオ!!!」

 

 

 ▽

【De:Monstar-タウラス】

 ③このカードが除外された場合、手札のカードを1枚墓地に送ることで発動できる。除外されているこのカードを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 今度は宇宙色に染った胴体と眼を持った牡牛がフィールドに現れると同時に、その胴体に赫く煌めく牡牛座を浮かび上がらせ、猛々しく咆哮する。

 

 これで彼女のフィールドには効果モンスター扱いのアリエス、タウラスに、通常モンスター扱いのバルゴ、そしてジェスター・コンフィが存在することになった。

 

 彼女はフィールドを見据えて準備が整ったことを認めると、悠然と勝利への一歩を踏み出した。

 

「私はレベル1の【ジェスター・コンフィ】に、レベル6の【De:Monstar-アリエス】をチューニング。来なさい、【シューティング・ライザー・ドラゴン】」

 

 飛翔する星が一つとなり、空より白いモンスターが現れる。

 それは、有機的なフォルムをした竜。

 

 黒江は【シューティング・ライザー・ドラゴン】を第六のモンスターゾーンであるEXモンスターゾーンに特殊召喚した。

 

「【シューティング・ライザー・ドラゴン】のS召喚時自身の①の効果を発動。更に、フィールドにSモンスターがS召喚された場合に発動できる墓地の【De:Mon-デビル・スター】の①の効果をチェーンして発動」

 

 淡々と黒江は自身のカードの効果を処理していく。

 

 黒江の底知れなさと、生まれたここからの逆転の可能性に旭飛は知らない内に顔を苦々しいものへと変えた。

 

「チェーン2の【De:Mon-デビルスター】の効果から処理。墓地のこのカードを特殊召喚する。この効果は一度のデュエルで一回しか使用出来ない」

 

 

 ▽

【De:Mon-デビルスター】

 レベル2 光属性 悪魔族 効果 ATK500/DEF500

 このカードはルール上、「De:Monstar」カードとして扱う。

 このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できず、①の効果はデュエル中に1度しか発動できない。このカードの②の効果を使用するターン、自分は「De:Monstar」モンスターしか特殊召喚できない。

(1)このカードが手札・墓地に存在し、自分フィールド上にSモンスターがS召喚された場合に発動できる。このカードを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 質量を持った五芒星がフィールドに浮かび上がる。その中心の五角形で悍ましい雰囲気を放つ眼が開かれた。

 

「続けてチェーン1の【シューティング・ライザー・ドラゴン】の効果。デッキからこのモンスター以下のレベルを持つモンスター1体を墓地に送り、そのレベル分このカードのレベルを下げる。墓地に送るのはレベル1の【ミラー・リゾネーター】」

 

「レベル6のSチューナーと、レベル2のモンスターが1体……!」

 

「まだ終わりじゃないわよ。私は墓地の【De:Monstar-サナ】の効果を発動。1ターンに1度、墓地の【De:Monstar】カードを1枚除外することで、墓地のこのカードを特殊召喚できるわ。私は墓地の【De:Monstar-アリエス】を除外してサナを特殊召喚」

 

 

 ▽

【De:Monstar-サナ】

 ②このカードが墓地に存在する場合、自分の墓地に存在する「De:Monstar」カード1枚を除外して発動できる。このカードを特殊召喚する。

 

 

「【De:Monstar-サナ】の効果で、通常モンスター扱いの【De:Monstar-アリエス】が除外された時、再度召喚されている【De:Monstar-タウラス】の効果発動。タウラス以外の除外されている【De:Monstar】モンスター1体を特殊召喚する。私はこの効果で今除外された【De:Monstar-アリエス】を特殊召喚」

 

 

 ▽

【De:Monstar-タウラス】

 ②フィールドの通常モンスター扱いのこのカードを通常召喚としてもう1度召喚できる。

 その場合このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

 ●1ターンに1度、このカードがフィールド上に存在し、このカード以外の通常モンスターがフィールド、または墓地から除外された場合に発動できる。このカード名以外の除外されている「De:Monstar」モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。

 

 これにて、悪魔を呼び出す準備は整った。

 

「私はレベル2の【De:Monstar-サナ】と、同じくレベル2の【De:Mon-デビルスター】に【シューティング・ライザー・ドラゴン】をチューニング。召喚条件はSモンスターのチューナーに【De:Monstar】モンスターが1体以上」

 

「レベル10……!」

 

「っ、来るか、てめえの切り札!」

 

 織奈と旭飛が驚いたのは、レベル10の上級Sモンスターにではない。

 それを鮮やかな手腕でS召喚してみせる黒江の初心者とは思えないデュエル・タクティクスにである。

 

「シンクロ召喚。来なさい、レベル10【De:Mon-デモニック・ザ・スター】」

 

 

 ▽

【De:Mon-デモニック・ザ・スター】

 レベル10 光属性 悪魔族 シンクロ チューナー 効果 ATK1000/DEF1000

 Sモンスターのチューナー+「De:Monstar」モンスター1体以上

 このカードはルール上、「De:Monstar」カードとして扱う。

 このモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できない。

 

 

 その時、三人は己が眼を疑った。

 

 空が溶け堕ちる。リアル・ソリッド・ビジョンが塗り替えるようにして青空を満天の星空へと変えた。

 リアル・ソリッド・ビジョンが作り出したビジョンは質量を持つとはいえ幻影だ。

 

 だが、そのモンスターが現れた時、彼女達は本物の怖気を覚えずにはいられなかった。

 

「なんだ、そのモンスターは……!」

 

「私にも分からないわ。けれども、私はこのままバトルフェイズに入る」

 

 黒江は自身が扱うモンスターがただのモンスターではないと直感しながらも、冷静にバトルフェイズへと入る。

 だが、そこに旭飛は待ったをかける。

 

「どういうつもりだ? てめえの場のカードにアタシの【悪姫-酒呑童子】の打点を超えるモンスターはいねえだろ」

 

「ふふ、本当にそう思うの?」

 

「なに?」

 

「【De:Mon-デモニック・ザ・スター】の①の効果は攻守変動効果。その条件はフィールド上のモンスターのレベルの合計掛ける200よ」

 

「モンスターのレベル掛ける200だと!?」

 

「攻撃力、6600……!!」

 

 

 ▽

【De:Mon-デモニック・ザ・スター】

 ①このカードの攻撃力・守備力は、フィールドに存在するモンスターのレベルの合計×200アップする。

 

 

 黒江のフィールドに存在するモンスターのレベルは合計28。現在の【De:Mon-デモニック・ザ・スター】の攻守は実に6600に昇る。

 

 それは、大抵のモンスターであれば太刀打ちするなど考えることも出来ない数値であった。

 

「私は【De:Mon-デモニック・ザ・スター】で【悪姫-酒呑童子】を攻撃」

 

「ぐぅっ、……酒呑童子っ!」

 

 天元寺旭飛・LP8000→LP4900

 

 星空で作られたデモニック・ザ・スターの怪腕が酒呑童子を握り潰す。

 攻撃力6600の前では如何に高打点と言えども容易く捻られる。

 

「これで天元寺先輩のフィールドはがら空きね」

 

「ちっ、そうみてえだな。アタシはてめえをみくびってたらしい」

 

 旭飛は心底楽しそうな笑みを浮かべる。

 負けるというのに、彼女はどのまでも愉快そうであった。

 

「……終わりよ。私は残った3体の攻撃力2000の【De:Monstar】モンスターでダイレクトアタック」

 

 黒江の命の下、3体の星座の悪魔の攻撃が旭飛を掠めた。

 それは即ち、このデュエルの終わり。

 

「ぐぁぁあっ!!」

 

 

 天元寺旭飛・LP4900→LP0

 

 リアル・ソリッド・ビジョンにより巻き起こされた風圧が旭飛を吹き飛ばす。

 ライフポイントがゼロになり、放課後の校舎裏にブザーが鳴り響いた。

 

「私の勝ち、ね。じゃあ進藤先輩、私はこれで」

 

「え、あ、うん……」

 

 目の前で引き起こされた逆転劇と、用いられた恐ろしいモンスター、それを顔色一つ変えずに操る黒江に対する混乱を極める織奈を放って。

 

 初めてのデュエルで勝者となった黒江は、今日のお昼ご飯のことを考えながら一人帰路に着くのであった。

 

 

 To be continued.




 ――今日のキーカード――

【De:Mon-デモニック・ザ・スター】
レベル10 光属性 悪魔族 シンクロ チューナー 効果 ATK1000/DEF1000
Sモンスターのチューナー+「De:Monstar」モンスター1体以上
このカードはルール上、「De:Monstar」カードとして扱う。
このモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃できない。
①このカードの攻撃力・守備力は、フィールドに存在するモンスターのレベルの合計×200アップする。
②S召喚されたこのカードは相手モンスターの効果では破壊されず、相手が発動した魔法・罠カードの効果を受けない。
③エンドフェイズ毎に発動する。このカードのコントローラーは自分フィールドのモンスター1体を選んで除外しなければならない。

────────────

 今日のキーカードはこれね。
 私が使う【De:Monstar】テーマのカードよ。テーマにとってのキーカードは前回私が無駄にした【De:Mon-スター・サナ】だけど、このカードはフィニッシャーとしてとても強力な効果を持っているの。

 その証拠に、このカードの①の効果はフィールド全体のモンスターを参照して、そのレベルの合計掛ける200の攻守を上げる効果をもっていて、フィールドにこのカードが単体で存在しても攻守3000を誇るわ。その代わりにこのモンスターはダイレクトアタックができないから、今回みたいに攻撃表示の相手モンスターを貫通して倒すのが手よ。

 また、このカードがフィニッシャーとして優秀な理由として②の除去耐性も挙げられるわね。S召喚されていることが条件になっているけれど、それでもほとんど完全耐性と言っても良い体制を持っているから、S召喚から戦闘に至るまでこのモンスターを妨害できる手段がかなり限られてくるの。このカードで厄介な相手モンスターを戦闘破壊しつつ、残りのカードでバトルを終わらせるのが今の【De:Monstar】の常套戦術のひとつね。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。


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デュエル部の現状

 サブタイトル考えるのが一番難しいまでありますね。というか、そろそろマジで採用表作らないと……。


「ええー! 黒姉、デュエルモンスターズやったの!?」

 

「……そんなに驚くことかしら?」

 

 夕食を終えた遊佐家のリビングに白袮の驚愕の声が響き渡る。

 

 しかしそれも仕方のないこと。

 白袮にとって黒江は最愛の姉の一人ではあるが、その認識はとにかく無感動な人で、こと姉妹以外に関しては自身含めて全く興味を示さない無味乾燥な人間なのだ。後、恐ろしく友達作りが苦手。

 これまでもそんな彼女にどうにか彼女の楽しみを見つけてあげようと白袮は奮闘してきたが、結果はご察し。その尽くが徒労に終わった。

 何より、これまでデュエルモンスターズをお勧めしてこなかったのは、いくら勧めてもボードゲームやテレビゲーム、アプリゲームなどの類がどうにも彼女の琴線には触れないらしいと白袮が判断していたからであり。デュエルモンスターズもまたそういったゲームと同じように、彼女の心を動かすことはないであろうと考えていた。

 

 そんな姉がデュエルモンスターズを始めた当日になんと他人と一戦交えてきたというのだから、今の白袮は正に晴天の霹靂と言う他ない心境であった。

 

「どんな人と戦ったの?」

 

「えっと……あれは、スケバンというのかしら。【悪姫】っていうデッキを使っていて、とてもアグレッシブな人だったわ」

 

「スケバンで……【悪姫】……?」

 

 その特徴に、白袮は目を丸くした。

 合致する人物に心当たりがあるからだ。

 

「え、もしかして天元寺旭飛と戦ったの……!?」

 

「ええ、多分その人よ。かなり成り行き任せではあったけどね。というか、知っていたのね」

 

「知っていたのねって、天元寺旭飛はここら辺のデュエルモンスターズの店舗大会だといつも一位、二位にいるような凄い人なんだよ! 私も何回か戦ったことあるんだ!」

 

 今度は黒江が目を丸くする番であった。ちなみに姉妹だけあってその顔はよく似ていた。

 

 まさかあの柄の悪いスケバン少女がそんなに凄い人物だとは思わなかったのだ。

 白袮は土日に開催されることの多いデュエルモンスターズの店舗大会にかなりの頻度で出場しているのだが、彼女のことを知ったのもその時だろう。世界は狭い。

 

「それで、それで? どうなったの?」

 

「どうしたのって、勝ったわよ。負けたらあのデッキをくれた父さんと姉さんに申し訳ないし、白袮に格好が付かないもの」

 

「ええ……。で、でも、あの天元寺旭飛に勝つなんて凄いじゃん!」

 

「向こうも本気じゃなかったわよ。それに私のデッキが彼女にとって未知だったというのもあるでしょう」

 

「だとしてもだよ!」

 

 たとえ見知らぬデッキが相手でなおかつ本気でなかったとしても、デュエルモンスターズというカードゲームはそんな理由で初心者が経験者に、それもかなりの実力者として名を馳せている彼女に勝てるほど簡単なゲームでもない。

 実力者によって緻密に練られたデュエルタクティクスとコンボは、初心者相手に接待をしていようとも容易に崩されるようなものではないのだが、引き運やデュエリスト同士の相性の良さというものもこのゲームには確かに存在するので白袮は取り敢えず姉のことを褒めた。

 

 しかし、姉はほとんどルールを知らなかったはずだ。本当によく勝てたなと白袮が内心で再三驚いていた時、黒江が付け足した補足によって白袮は固まった。

 

「とは言っても、私一人の力では間違いなく勝てなかったわ。進藤先輩がシンクロ召喚について教えてくれていなかったら、ね」

 

「え、先輩? く、黒姉に先輩……!?」

 

「何を言っているの、私は昨日から高校一年生になったのよ? 先輩だっているわ。おかしな白袮」

 

「え、だって、え? あんなに人付き合いが下手な黒姉だよ?」

 

「ねえ?」

 

「ていうか、これまで先輩なんて単語、黒姉の口から聞いたことないんだけど。なんなら、友達が出来たって話しすら聞いたことないかも」

 

「本気で怒るわよ?」

 

 早口で捲し立てる妹から、普段自分がどう思われているのかが透けて見えて黒江は少し、いやかなり悲しくなった。

 

 だが、白袮からすればそれだけ衝撃的だったのだ。明日は雪が降るのではないか、それよりも今日はお赤飯を炊かなくてはいけないのでは? などと姉が姉なら妹も妹であると分かるズレた思考をしながらも、その実、白袮はとても喜んでいた。

 

「でも、良かったよ。黒姉に趣味ができて」

 

 そんな白袮に、黒江はとても言いにくそうに告げる。

 

「……それなんだけど、やっぱり私にデュエルモンスターズは向いていないと思うの」

 

「え」

 

 表情を二転三転、呆然とする白袮。

 黒江は構うことなく続けた。

 

「私、やれば何でも少しくらいはできるわ。でも、デュエルモンスターズだけはそんな風ではやっていけないと思うの」

 

「黒姉……」

 

 それは、常々黒江が胸に抱いているデュエリストへの考え。

 

 何に対しても不真面目な彼女だからこそ、デュエルモンスターズのことに真剣な彼ら彼女らと同じ土俵に立つことを厭う自己嫌悪。

 アウトドア・アクティビティやゲームなどの趣味ならば良い。だが、デュエルモンスターズだけは違うのだ。

 

 デュエリストはデュエルモンスターズの事となると真剣になり過ぎる嫌いがある。

 

 無論、ただの趣味と割り切っている者だって多い。

 けれども、姉はプロのデュエリスト、そして妹は姉への憧れを終えて自分でその世界へと足を踏み入れている。

 そんな彼女らに囲まれて生きてきた黒江は、デュエルモンスターズをただのカードゲームと割り切ることが出来なくなってしまっていた。そして、彼女はデュエルモンスターズに心から向き合うことができない。

 

 それを今ここにいない灰都も、まだ十二歳の白袮すら薄々気が付いていた。

 

「……そっか。黒姉が一緒にやってくれるなら一番嬉しいけど、無理強いはしないよ」

 

「ええ。ごめんなさい」

 

 黒江は一言謝ると、立ち上がって自分の部屋へと向かった。

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

『黒江、きっと貴女を────』

 

 

 

 その日、黒江は夢を見た。

 

 

 

 

 

 □

 

 

 翌日。

 黒江が朝食の支度をしていると、彼女の携帯が着信音を鳴らしてその存在を主張した。

 急ぎ確認すれば相手は姉である灰都。

 

「もしもし、姉さん?」

 

『────黒江ちゃん、貴女に試練を与えますっ!』

 

「え」

 

 黒江は朝から頭が痛くなった。

 これは、またいつものアレである。

 黒江にそれを拒否する選択肢はない。

 

『黒江ちゃんの通う高校にデュエルモンスターズ部があったはずだよね?』

 

「え、ええ」

 

 頭に浮かんだのは昨日デュエルをした天元寺旭飛と、黒江のセコンドを担当した進藤織奈の顔。

 昨日はなかなか密度の濃い日だったと他人事のように考えながら、黒江は話の続きを待った。

 

『昔は強かったけど、今は部員が少なくてチームとして大会に出られない挙句、そもそも部としての存続も危ういような弱小チームになってしまっていると聞きました』

 

 黒江の知らない情報が出てきた。

 何やら事情がありそうだとは思っていたが、そんな状態だったのか。

 

『なので!』

 

 もしや……。

 汗が流れるのを自覚しつつ、黒江は灰都の言葉を待った。その心情は死刑執行を待つかの如くである。

 

『この前の宿題に加えて、デュエルモンスターズ部の再興を命じます! 黒江ちゃんならできる! 頑張って! それじゃ!』

 

「……え、あの、姉さん? あれ、聞こえてる?」

 

 一方的な電話は一方的に用件を告げると一方的に切られていた。

 黒江は朝から一日分疲れた気分を味わうのであった。

 

 

 □

 

 

「紫波さん、これはこっちで良いかしら?」

 

「はい、そこにまとめておいてください」

 

 黒江は、茶髪の少女の指示通りに書類を分類した。ツリ目に眼鏡をかけていて、生真面目そうな印象を抱かせる少女だ。

 この桜慈学園は生徒の自主性が尊重されるタイプの指導方針を取っている学園で、生徒活動の自由度は高いがその分、書類なども基本的には生徒が管理するようになっているのである。

 

「ごめんなさい、遊佐さん。仕事を手伝わせてしまって」

 

「構わないわ」

 

 朝から疲れきっていて授業どころでなかった黒江は、いつも以上に無関心無感動無表情その日をやり過ごした。そもそも今朝姉から与えられた(もしくは押し付けられた)試練なるもののせいで頭がいっぱいなのである。

 

 そして放課後、とりあえず今日は帰ろうかと結論に至った時、クラスメイトでありこのクラスの学級委員である少女紫波天音(しばアマネ)に呼び止められて、こうして書類整理を手伝っている今に至る。

 

「あの、遊佐さんには兄弟か姉妹がいるのですか?」

 

「藪から棒ね。ええ、姉と妹がいるわ」

 

「そうなんですね。面倒見が良いので、もしかしたらと思ったんです」

 

 黒江は天音の質問に不自然さを覚えながら答える。

 

 何を隠そう、紫波天音はお節介焼きである。

 それはもう生徒の自主性を重んじるこの学園でクラスの為に粉骨砕身の努力をする程度には、他人の世話をするのが好きな少女である。

 

 黒江は高校生活三日目にして孤立していた。元々そのクールビューティな外見ゆえに取っ付き難さがあり、しかも不良の先輩とつるんでいるという噂もまことしやかに囁かれている彼女は、ぼっち街道をスポーツカーにでも乗っているかのようなスピードで爆走していた。

 

 それを危惧したのは他でもない天音だ。

 クラスの雰囲気と、黒江の超然とした存在的には彼女が孤立しようといじめに発展することはないだろうが、だとしても自他共に認めるお節介焼きの天音が何もしないなどということはなく。

 

 要するに、天音は黒江のことをとても気にかけていた。

 

「何かあったら言ってくださいね」

 

「? ええ、ありがとう」

 

 どうにも釈然としない思いを抱えながら、黒江は書類整理を再開した。

 

 

 □

 

 

「それでは、今年度初のデュエルモンスターズ部部内会議を始めます」

 

「はいはい、そういう形式ばったのは良いから始めてくれ」

 

 その頃、桜慈学園デュエル部では、数ヶ月ぶりの部内会議が執り行われていた。

 メンバーは部長である進藤織奈と、休学明けの天元寺旭飛の二人。副部長は欠席、顧問は現状不在。

 

 ホワイトボードにデカデカと提示された議題は『部の存続』。

 簡潔に言えば桜慈学園デュエルモンスターズ部の危機である。

 

「ていうか、なんだよ、織奈。黒江の奴は来てねえのか?」

 

「いや、勧誘しようとしていたら旭飛が飛び込んできたんだろ」

 

 背もたれに寄りかかり、頭の後ろで手を組んで机の上に両足を載せる旭飛はその風貌もあって恐ろしく柄が悪かったが、いつもの事なので織奈は気にしない。

 当然他の部員が居れば話は別だが、今この部に在籍しているのは欠席中の副部長を含めて三人のみ。

 

「アタシはアイツ、気に入ったぜ」

 

「凛星にも話してみたんだけど彼女も賛成らしい。まあ、そもそもオレ達には今すぐにでも解決しなきゃいけない問題があるんだけど」

 

「りえちゃんセンコーには世話になったな……」

 

 りえちゃんセンコーとは、今年から転勤になってしまった元デュエル部の顧問である。ちなみに、センコーとは言っているが、旭飛はりえちゃんセンコーこと本名柏木理恵子(かしわぎリエコ)を普通に先生として尊敬している。

 

 そう。顧問は現状不在というのは、文字通りこのデュエル部に顧問が存在していないということなのである。

 部の存続に必要な部員が五人以上であるのに対して先述の通り現在の部員は三人、顧問は不在。

 その上、旭飛がとある理由から起こした問題によって休学したことで、ただでさえ肩身が狭かったデュエル部は存続の危機に立たされていた。

 

「事情は分かるけど、凛星が口添えしてくれなかったら退学だったかもしれないんだからな?」

 

「わーってるって、もう二度とあんなことはしねえよ。凛星やお前にも迷惑掛けちまったしな」

 

 そういう彼女は心底過去の己を後悔しているらしかった。

 無断での勧誘もあって昨日はかなり気が立っていたようだが、黒江とのデュエルを経て良い方向に向かったらしい。織奈は黒江への感謝が尽きなかった。

 

「それで、どうすんだよ。アテはあるのか?」

 

「あー、まあ、それについては実はもう解決してるんだけどね」

 

「はぁ?」

 

「先生、入ってきてください」

 

 織奈が閉まった扉に向けて呼び掛けると、部費の問題で修復できておらず立て付けの悪いまま放置されている扉がガラガラと音を響かせて開いた。

 

 入ってきたのは、丸眼鏡を掛けたノッポの優男。

 ニコニコとしていてとても温厚だが、悪く言えばとても頼りなさそうに見えた。

 

「誰だよ、そのヒョロっちいヤツ」

 

「ちょ、旭飛っ、いきなり口が悪いって!」

 

「大丈夫だよ、進藤さん」

 

 いきなり噛み付いた旭飛を諌めようとする織奈を止めた青年は、穏やかな笑みを浮かべると口を開く。

 

「私は一条灯護(いちじょうトウゴ)、このデュエル部の新顧問です。よろしくね」

 

 

 デュエル部は今、再起に向けて動き出そうとしていた。

 

 

 To be continued.



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カードショップ・Players

 いきなり違うデッキを使うことになる主人公がいるらしい。
 ちなみに、読者キャラは次回くらいからゾロゾロ出てくると思います。序盤は世界観の説明や肉付け回が主なので。


 入学式から早一週間近くが経った日曜日。

 白袮は少し早めのブランチ(朝昼兼ねたご飯)を食べると、近くでデュエルモンスターズの店舗大会があるからと言って出掛けていった。特に予定も無くそれを見送った黒江は、リビングのソファーに座って何となしに自らのデッキを眺めているのであった。

 

「……どうしたものかしら」

 

 黒江はどのようにして姉から押し付けられた課題と試練を回避しようか考えていた。

 正直な話、彼女にはそれらが無理難題に思えて仕方が無かったのだ。というか、そもそもデュエルモンスターズを続けていられる気がしなかった。

 後、最近顔を合わせる度にデュエルモンスターズ部に勧誘してくる進藤織奈が煩わしいのでそれもどうにかしなければならなかった。

 

『────諦めて、お姉ちゃんや白袮ちゃんが悲しんでも良いの?』

 

「そんなわけないでしょ」

 

 あーでもこうでもないと、無言でカードを眺めながら思考を回していると、誰もいないはずのリビングに鈴の音のような可憐な声が響いた。

 

 黒江は嫌そうな顔をしながらソファー越しに振り向く。

 

「貴女は出てこないでって言ったわよね?」

 

『えー、カードの中(・・・・・)って狭いし動けないしで嫌なんだけど』

 

 そこにふよふよと浮かんで居たのは、可愛らしいフリルが配われたドレスに身を包んだ少女。

 その正体は、黒江のデッキにおけるキーカードである【De:Monstar-サナ】のカードの精霊(・・)だ。

 

 黒江自身、いるだろうとは思っていた。

 だが、それと同時に黒江は彼女には出てきて欲しく無かったのだ。

 何故なら、人型のモンスターは灰都の【ガーリー・フェアリー アミティ】のようなタイプと違ってしっかりとした自我を持ち、ちゃんと自分の思ったことを発言する。つまり、うるさいのだ。

 

 というか、彼女だけでなく【De:Monstar】系統のモンスターには全員出てきて欲しくない。

 なんというべきか、違うゲームの用語で言えばSAN値が削られるような思いをするのである。比較的マシそうな羊の【De:Monstar-アリエス】でさえ、その宇宙柄の体毛を直視出来なかった程だ。

 

「白袮の前で出てこないのだけは褒めてあげるけれど、それならせめて、もう少し出てくる頻度を抑えてくれないかしら?」

 

『ええー、精霊虐待反対! 精霊にも人権を! 精霊保護省に訴え出てやる!』

 

 この程度が虐待なものか。そもそも、精霊保護省とはなんなのか。

 黒江は喧しくなった彼女に辟易としながらカードをテーブルに置いた。

 

 彼女は、初めて【De:Monstar】デッキを使って天元寺旭飛とデュエルした日の夜、妙な夢を見た後から時折こうして出現するようになった。

 

 それだけなら黒江自身デュエルモンスターズの精霊という存在に慣れているだけあってまだ良かったのだが、問題はその頻度である。

 灰都の使う【ガーリー】デッキのモンスターはこちらが呼ばなければ、多くとも一ヶ月に一回程度しか自発的に出てくることは無い。多くとも、である。それに対して、このサナは必ず一日に一回以上、周りに黒江以外が居なければずっとカードから出ていることもざらにある。

 これはおかしい。そう思って姉に相談しても、姉は「懐かれているんだよ! カードでもお友達ができてよかったね!」と嬉しそうに言った。違う、そうじゃない。

 

 何にせよ、ただでさえ頭の痛くなるような問題が山積みなのに、さらにこの煩い精霊が付き纏ってくるのだ。

 

「……はぁ。ちょっと出掛けるわ」

 

『どこ行くの?』

 

「どこだって良いでしょ」

 

 黒江はさっさと支度をすると、サナから逃げるようにして我が家を後にした。

 

 

 □

 

 

「お、黒江!」

 

「天元寺先輩?」

 

 行く宛てもなく街を歩いていると、唐突に声を掛けられる。

 知っている声に振り返れば、そこに居たのは私服姿の天元寺旭飛。白シャツに黒のジャケット、ジーパンというカジュアルな格好だが、綺麗な顔立ちや高身長も相まって普段のスケバンはなりを潜め、麗人という言葉がよく似合う装いである。その腰元にはデッキの姿。

 

「先輩は今日もデュエルかしら?」

 

「おう。ちょっと近場のデュエル大会にな。お前は……デッキも無いし違うみてえだけど、なんか用事か?」

 

「ええ、まあ、そんなところよ」

 

 きっとデュエルを挑まれるに違いないから、デッキを持ってこなくてよかった。

 黒江の中でのデュエリスト像は、基本的にジャンキーである。身内なら挨拶代わりにデュエル、違くとも場合によっては会・即・デュエルな空気感がある。

 

「何時からの大会に出るのかしら?」

 

「あ? 一時からのヤツだな。あと三十分もすれば始まるだろうよ」

 

「一時からの……もしかしたら、私の妹と戦うことになるかもしれないわね」

 

 白袮もまた一時からの大会に出ると言っていた。旭飛と何回か戦ったことがあるという白袮の弁から、恐らくは二人が出没する店舗は似通っているのだろう。ならば、彼女が白袮と同じ大会に出る可能性は高いと踏んだ。

 

「妹がいんのか?」

 

「ええ、白髪に赤い目の子よ。貴女と戦ったことがあるって言ってたわ」

 

「白髪に赤目の……あー! DWC春チャンプの妹か! アイツの【教導(ドラグマ)】は強えから覚えてるぜ」

 

 そういう認識なのね、と姉の偉大さを思い知ったのも束の間、そこで旭飛が得心が行ったという風に頷いているのに気がつく。

 

「なるほどなぁ。アイツの姉ってことは、お前も春チャンプの妹ってわけだ。道理で初心者のくせにアタシに勝てたんだな」

 

「まあ、姉さんや白袮は確かに強いけど、私は路傍の石未満よ。だから、私が強いなんて思うのはやめて」

 

「流石に路傍の石未満は言い過ぎじゃねえか?」

 

 強いなんて思われたら、これから先、また彼女にデュエルを挑まれるかもしれない。それだけは避けたい一心で姉妹を持ち上げて、自分を卑下し始める黒江であった。

 

「っし、着いたぜ」

 

「え?」

 

「お前も妹を応援しに来たんだろ?」

 

 いつの間にか黒江が辿り着いていたのは、中規模なカードショップ『Players』の店前であった。

 

 黒江は騙された気分になった。

 

 

 □

 

 

 店内は繁盛していた。もう少し閑散としたものを想像していた黒江であったが、これには顔に出さずとも内心で驚く。

 もっとも、それに驚くのはデュエルモンスターズに関して何も知らない黒江くらいのものだろうが。

 

 この時代におけるカードショップとは、ゲームショップや本屋を兼ねていた頃とは違い、デュエルモンスターズのみを扱っている店がほとんどだ。

 公式から販売されている五枚150Cのパックや、50C均一でカード単体を取り扱っている。また、下のレアリティなら一枚50Cであるところを、シークレットレアやプリズマティックシークレットレアといった高レアリティ故に中には1万や10万Cを超える高値で取引されるカードも展示、販売されている。

 どうせ効果は同じで50Cで買えるのだから態々そんなに高価な物を買わなくてもと黒江は思うのだが、白袮曰く、コレクターやお金に余裕があって自分のデッキを特別なものにしたいデュエリストにとっては一定以上の需要があるものらしい。

 

「あ、黒姉! それに、天元寺旭飛!」

 

 店に入るなり、カードのストレージを物色していた白袮が二人に気がついて声を上げる。

 

「おい、お前。アタシは一応先輩だぞ?」

 

「ふーんだ。黒姉の初めてを奪った天元寺旭飛なんて尊敬に値しないよ!」

 

「ちょっと、白袮?」

 

 白袮の爆弾発言に店内が凍り付く。

 いつもは無表情無感動な黒江であっても、これには若干、本当に若干であるが顔を赤らめざるをえない。

 流石に今の発言は先輩に対しても失礼だったなと、妹の代わりに謝ろうと旭飛の方を見遣って黒江は固まった。

 

「お、おままま……!? なんてこと言いやがるんだ!? ア、アタシが黒江の初めてだなんてそんなななな!?」

 

 あー、この人、こういう話は苦手なんだな。

 黒江は旭飛の初さが一周回ってとても可愛く見えた。

 

「妹がごめんなさい、天元寺先輩」

 

「……わ、悪い。アタシも取り乱し過ぎた」

 

 バツが悪そうに目を逸らす旭飛。

 黒江の中での旭飛の印象は、スケバンだけど見た目に反してまともな先輩から、なんか可愛い先輩にランクアップした。もしかしたらランクダウンかもしれない。

 

 入口で茶番を繰り広げるのもアレだった為、デュエルスペースの一角にあるテーブルデュエル用のテーブルに場所を移した三人。少し離れた区画ではこの後の大会に向けてかリアル・ソリッド・ビジョンを用いるデュエルスペースでデュエルを行っているデュエリストの姿も見受けられる。

 購入したカードをあーでもないこうでもないと広げて思案する白袮を他所に、旭飛は口を開く。

 

「時々こうして来ると、将来有望そうなヤツとか、全く知らねえ強いヤツがいてよ。お前の妹もそんな感じだった」

 

「そうなの。やっぱり白袮は強かったかしら?」

 

「おう。最初は【ガーリー】デッキを使ってたが、春チャンプと戦ってるみたいな気迫だったぜ」

 

 恐らく、その頃は灰都に憧れて魔法少女チックなコスプレに身を纏っていた頃だ。その時の話をすると白袮は怒るので口に出さないが、やはりデッキも姉と同じ【ガーリー】を使っていた。

 

「でもまあ、今の【教導】の方がコイツには合ってると思うぜ」

 

「でも、天元寺旭飛の方が今はまだ私より強いよ。決勝で当たったらいっつも負けちゃうし」

 

「お前のEX潰し戦術もめちゃくちゃ厄介だけど、アタシと【悪姫】の方がまだ上手だな。あとフルネームで呼ぶな」

 

「まあ、天元寺旭飛よりも黒姉の方が強いけどね」

 

 どうやら白袮からの旭飛の呼び方はフルネームで固定らしい。

 それよりも、黒江には聞き捨てならない言葉があった。

 もしも今の文言をこの場にいるデュエリスト達に聞かれたら、天元寺旭飛を討ったルーキーとしてデュエルを挑まれると思ったからだ。

 

「だから、私なんて節分の豆のカス以下よ。デュエリストとしてもちあげるのはやめて」

 

「もー。黒姉、変に自分を下げ過ぎだよ。もっと誇って良いのに」

 

「そうだぞ。多少油断していたとはいえ、アタシに勝ったんだからな」

 

「ちょっと、二人ともそこまでにして」

 

 黒江は気が気でなかった。

 そして、案の定、黒江が恐れていた事態が怒る。

 

「誰が旭飛に勝ったって?」

 

「あ、姐さん」

 

「店長さん!」

 

「おー、白袮ちゃんは今日も可愛いねえ!」

 

 盛り上がる黒江達の間に割り込むようにして、新たな人物が現れる。

 旭飛からは姐さん、そして白袮からは店長と呼ばれたその人物は、どこか気が強そうな三十路過ぎくらいの女性であった。

 彼女はワシワシと白袮の頭を撫でると、黒江の方を胡乱げに見た。

 

「それで? アンタがウチの看板娘の旭飛に勝ったってのかい?」

 

「……いえ、あれはマグレであって」

 

「旭飛とのデュエルでまぐれ勝ちなんて出来るやつはそうそういないよ。それはアンタの実力さね」

 

 なんとなく旭飛に似ている性格の持ち主であることは分かった。

 

 分かったが、それと同時に黒江の脳裏で警鐘が鳴り響く。

 度々齎される姉からの理不尽的な注文の数々、黒江はそれらをこなして行く内に嫌な予感に敏感になっていた。ちなみに、回避率はゼロパーセントである。

 

「そうだとしても」

 

「なら話は早いね。アンタ、今日の大会に出な。登録しておくから」

 

「……」

 

 黒江は絶句した。

 またしても回避できなかった。それも、姉どころか今日が初対面の人物に対してである。

 

「アンタ、名前は?」

 

「……遊佐黒江よ」

 

「なんだい、白袮ちゃんの姉なら初めからそう言いな。じゃあ黒江、期待してるよ」

 

 黒江は去り行く店長の背中を見ながら、そう言えばデッキを持ってきていないことに気が付く。

 デュエルにはもちろんデッキが必要だが、無いものは無い。これなら回避出来るかもしれない。一筋の光を見出した矢先、

 

「黒姉、デッキを持ってきて無いみたいだから、このデッキを貸してあげるね」

 

「……白袮」

 

 それは他ならぬ妹によって掻き消される。

 渡されたデッキを見ながら、黒江は悲嘆に昏れるのであった。

 

 

 To be continued.



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VS波動竜の主・進撃する竜の軍勢 前編

「なるほど。姉さんの【ガーリー】と同じ融合テーマなのね」

 

「そう。私のサブデッキなんだけど、初心者向けで安定してる強さが売りのデッキなんだ」

 

 渡されたデッキを眺めるが、どうやら融合召喚を主体としたデッキのようだ。

 融合召喚は姉の灰都が使う【ガーリー】デッキの主体とする戦術である為、黒江もある程度は理解があった。融合やフュージョンといった魔法カードを用いて融合モンスターを特殊召喚して戦う、デュエルモンスターズに古くからあるスタイルのデッキだ。手札やフィールドのリソース消費が激しいのが難点であったが、近年はデッキや墓地のカードを用いた融合も多く存在する為、主流のスタイルとして一定以上の地位を誇っている。

 

「黒姉ならきっと使いこなせるよ! 頑張って!」

 

「……仕方ないわね」

 

 取り敢えず、今回は大会に出ることにしよう。もう既に帰るとは言えない段階になってしまっている。

 使ったことの無いデッキだが、そもそも【De:Monstar】も一度しか使ったことが無いので大した違いは無い。

 

 大会開始まで残り数分。高まる店内の緊張感など露知らず、黒江はこれ以上妙な因縁を得ることなく終われば良いなと漠然と願った。

 

 

 □

 

 

「Players主催デュエル・トーナメント、第一回戦はこの二人!」

 

 スタッフの一人がマイク片手に煽り立てるような口調で宣う。少々音量が大き過ぎる気がしないでもない。

 

 暗転した店内で、最も大きなデュエルスペースが照らされた。

 カードショップPlayersは中規模の店舗とはいえ、相応に場所を取るリアル・ソリッド・ビジョン用のデュエルスペースは一つしか存在せず、それに対して参加者は十人を優に超える為、この大会は必然的に数時間にも及ぶ長丁場となる。

 

「期待のルーキー、遊佐黒江!」

 

「頑張ってー! 黒姉!」

 

「負けんなよ、黒江!」

 

 黒江は早く帰りたい思いを堪えて、妹と知人の応援、その他大勢の歓声の中ステージに上がる。

 どうやら遊佐灰都の妹であるという認識はされていないようだ。内心ほっとしながら、デュエルディスクを展開する。

 

「対するは波動竜の主、竜見御代(たつみミヨ)!」

 

「お前のエクィテス愛を見せてやれ!」

 

「ルーキーに決闘者(デュエリスト)の世界を教えてやるんだ!」

 

 たとえ無感動無関心事勿れ主義な黒江とて対戦相手くらいは気になるもので、反対側からステージに登壇したデュエリストを見遣った。

 背丈は織奈と同じか誤差程度に高いくらいか、黒江と対面すると20cm以上は差があるようで自然と見下ろす形となる。肩ほどまで伸ばされた橙色のセミロングに、丸く大きめの同色の眼。幼い印象を受ける容貌だが、織奈という前例もいるため見た目で判断はしない方が良いだろうと黒江は判断した。

 

 二人はステージの中心まで来ると手を差し出す。これから戦うのだとしても、デュエルモンスターズもまたスポーツマンシップならぬデュエリストシップ(黒江にデュエリストの認識は無いが)に乗っ取って行われるべきで。

 握手を交わすと、黒江は口を開く。

 

「遊佐黒江よ、よろしく」

 

「竜見御代。御代でいい」

 

 挨拶も程々に、自らの位置へと戻って向き直った二人は宣言する。

 

 

「「────デュエルッ!!」」

 

 

 竜見御代・LP8000

 

 VS

 

 遊佐黒江・LP8000

 

 

 □

 

 

「先行はもらった。私のターン、スタンバイ、メイン。私は手札から【波動竜の担い手】を通常召喚。召喚成功時、デッキから【波動竜の担い手】以外の【波動竜】カードを一枚手札に加える。私は【波動竜 ドラグランス】を手札に」

 

「【波動竜】……」

 

「そう、私は【波動竜】使い。いずれ世界最強の波動竜の主になる」

 

 

 ▽

【波動竜の担い手】

 レベル1 風属性 戦士族 効果 ATK200/DEF0

 このカード名②③の効果はそれぞれ1ターンに1度、いずれか一つしか使用できない。

 ①このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「波動竜の担い手」以外の「波動竜」カード1枚を手札に加える。

 

 

 無表情ながらも何処か意気揚々と行く末を語る御代のフィールドに現れたのは、紺色の鎧を纏う小柄なドラゴンに騎乗した少女。

 黒江は知らないことだが、【波動竜】は古くからデュエルモンスターズに存在する単体カテゴリーであったとあるモンスターに端を発するデッキテーマである。

 

 

「私は手札から永続魔法【竜皇の息吹】を発動。手札のドラゴン族通常モンスター【波動竜 ドラグガード】、【波動竜 ドラグスカイ】をデッキに戻してシャッフル、その後戻した枚数ドローする」

 

 

 ▽

【竜皇の息吹】

 永続魔法

 このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。

 ②1ターンに1度、手札のドラゴン族通常モンスターを任意の数まで相手に見せて発動できる。それらのカードをデッキに戻してシャッフルし、その後自分は戻した数だけデッキからカードをドローする。

 

 

「手札から【魔の試着部屋】を発動。800LPを払ってデッキの上からカードを四枚めくる。そして、その中のレベル3以下の通常モンスターを自分フィールドに特殊召喚し、それ以外のカードをデッキに戻す」

 

「通常モンスター主体……あのデッキと同じね」

 

「あのデッキ……?」

 

「いいえ、こっちの話よ。気にしないで」

 

「……私は引いた【波動竜 ドラグガード】と【コピックス】を守備表示で特殊召喚。残りのカードをデッキに戻してシャッフルする」

 

 

 ▽

【波動竜 ドラグガード】

 レベル1 風属性 ドラゴン族 通常 ATK0/DEF2100

 波動竜の担い手を守護する竜族の一頭。冷静沈着な性格で、皆の纏め役になることが多い。波動竜皇の盾となる運命を負っている。

 

 

 紺色の重鎧に身を包んだ筋骨隆々のドラゴンと、一つ目玉の戦士が現れる。魔法カード1枚と800ライフで最大4体までモンスターを展開できるのは通常モンスターらしい強サポートだ。

 

【De:Monstar】もまたデュアルモンスターを扱う性質上通常モンスターサポートの恩恵を受けられる為、黒江は妙な親近感を覚えた。

 

「私はレベル2の【コピックス】にレベル1の【波動竜 ドラグガード】をチューニング。シンクロ召喚、レベル3【波動竜 ドラゴミーレス】」

 

 

 ▽

【波動竜 ドラゴミーレス】

 レベル3 風属性 ドラゴン族 シンクロ 効果 ATK1300/DEF1000

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 二体を素材としてシンクロ召喚されたのは、長槍で武装した二足歩行の鎧竜。

 レベル3のSモンスター。なんらかの重要な効果を持っているだろうことは確かである。

 

「S召喚に成功した時、【波動竜 ドラゴミーレス】の効果発動。墓地からレベル3以下の通常モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地から【コピックス】を特殊召喚」

 

 

 ▽

【波動竜 ドラゴミーレス】

 ①このカードがS召喚に成功した場合、墓地のレベル3以下の通常モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 墓地から一つ目玉の戦士が蘇る。

 低レベルの通常モンスターに限定するだけあって便利な効果だ。

 

「私は手札の【波動竜 ドラグランス】と墓地の【波動竜 ドラグガード】を対象にして【波動竜の担い手】の②の効果を発動。この二体を自分フィールドに特殊召喚する」

 

 

 ▽

【波動竜の担い手】

 ②自分メインフェイズに手札・墓地から「波動竜」通常モンスターをそれぞれ1枚ずつ対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果を使用するターン、自分は「波動竜」モンスター以外のモンスターをEXデッキから特殊召喚することはできない。

 

 ▽

【波動竜 ドラグランス】

 レベル2 風属性 ドラゴン族 通常 ATK1000/DEF1000

 波動竜の担い手を守護する竜族の一頭。勇敢な竜だが向こう見ずなのが玉に瑕。波動竜皇の矛となる運命を負っている。

 

 

 筋骨隆々のドラゴンと、対照的に細身のドラゴンが御代のフィールドに現れた。

 どちらも時折己を誇示するように、片や体を丸めることで鎧を結合させて巨大な盾に、片や体を直線に伸ばして鎧を結合させ槍に姿を変えている。

 

「レベル1とレベル2のチューナー……」

 

「私のターンはまだまだ終わらない。私はレベル2の【コピックス】にレベル2の【波動竜 ドラグランス】をチューニング。シンクロ召喚、【波動竜 ドラゴクールソル】」

 

 

 ▽

【波動竜 ドラゴクールソル】

 レベル4 風属性 ドラゴン族 シンクロ 効果 ATK1000/DEF2000

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体

 このカード名の②の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 命令文と思しき書物や物資を溢れるほど背嚢に詰め込んだ伝令の小竜が大慌てで御代のフィールドへと到着する。もちろん守備表示だ。

 ここまでの展開で、御代のデッキは凡そレベルの低いシンクロモンスターで展開しつつ、なんらかの強力な一手を打ってくるデッキだと黒江は当たりを付けた。

 

「レベル1【波動竜の担い手】にレベル1【波動竜 ドラグガード】をチューニング。シンクロ召喚、来て【波動竜の護り手】」

 

 

 ▽

【波動竜の護り手】

 レベル2 風属性 戦士族 シンクロ 効果 ATK200/DEF1100

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体

 このカード名の②③の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードはドラゴン族としても扱う。

 

 

 成長した【波動竜の担い手】である少女が、盾となった【波動竜 ドラグガード】を携えて現れる。体格差ゆえにだいぶ重たそうにしてはいるが、成長した彼女は頼もしく見えた。

 

「このカードがS召喚に成功した時、【波動竜の護り手】の効果発動。墓地から【波動竜】の通常モンスター、【波動竜 ドラグガード】を自分フィールドに特殊召喚し、このターン自身のレベルをそのモンスターのレベル分上げる」

 

 

 ▽

【波動竜の護り手】

 ②このカードがシンクロ召喚に成功した場合、墓地に存在する「波動竜」通常モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。このターン、このカードのレベルはそのモンスターのレベル分アップする。

 

 

 フィールドにもう一度呼び戻されたドラグガードを見て、黒江の脳裏に過労死の三文字が過ぎるが灰都も時折やっているのでそういうものだと結論付けた。

 それよりも、今はフィールドにレベル1のチューナーが一体に、レベル3のシンクロモンスターが二体とレベル4のシンクロモンスターが一体揃ったことが重要である。

 

「私はレベル3の【波動竜の護り手】とレベル3の【波動竜 ドラゴミーレス】にレベル1の【波動竜 ドラグガード】をチューニング。

 

 

 ────総軍に告げよ、進撃の時は来たれり。

 

 

 シンクロ召喚、レベル7【波動竜揮 ドラゴグローリア】」

 

 

 ▽

【波動竜揮 ドラゴグローリア】

 レベル7 風属性 ドラゴン族 シンクロ 効果 ATK2000/DEF1500

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 フィールドに波動の竜の指揮官が降り立つ。

 煌びやかな長剣を地に突き刺すと堂々とした様でフィールドを俯瞰する竜に、黒江は言い知れぬ嫌な予感を覚えた。

 

「私は墓地の【波動竜 ドラゴミーレス】と、同じく墓地の通常モンスター【波動竜 ドラグランス】を除外して【波動竜 ドラゴミーレス】の効果発動。デッキから【波動竜の担い手】を手札に加える」

 

 

【波動竜 ドラゴミーレス】

②墓地のこのカードと「波動竜」通常モンスター1体を除外して発動できる。デッキから「波動竜の担い手」1体を手札に加える。

 

 

「次のターンのリソース確保も完璧、というわけね」

 

「私は手札から永続魔法【凡骨の意地】を発動し、カードを一枚伏せてターンエンド」

 

 レベル4とレベル7のシンクロモンスターに伏せカードが1枚。更には後続も確保している。

 それらを鑑みて相手の少女が強い部類のデュエリストであると認識するのは当然のこと。

 

 黒江は、気を引き締めて自分のターンを迎えるのであった。

 

 

 To be continued.




 ――今日のキーカード――

【波動竜の担い手】
レベル1 風属性 戦士族 効果 ATK200/DEF0
このカード名②③の効果はそれぞれ1ターンに1度、いずれか一つしか使用できない。
①このカードが召喚に成功した時に発動できる。デッキから「波動竜の担い手」以外の「波動竜」カード1枚を手札に加える。
②自分メインフェイズに手札・墓地から「波動竜」通常モンスターをそれぞれ1枚ずつ対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果を使用するターン、自分は「波動竜」モンスター以外のモンスターをEXデッキから特殊召喚することはできない。
③このカードが墓地に存在する場合、墓地のこのカードを除外して発動することができる。自分の墓地から「波動竜騎士 ドラゴエクィテス」1体を特殊召喚する。

────────────

 今日のキーカードはこれね。
 【波動竜】デッキの展開の起点となるカードよ。

 ①の効果で【波動竜】カードを手札に加えつつ、②の効果で手札と墓地から【波動竜】モンスターを特殊召喚すれば、それだけでいくつもの展開ルートが見えてくるわね。

 それに③の効果は墓地が潤う中盤以降ならかなりの驚異となる効果よ。そこから【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の効果で墓地の【波動竜】Sモンスターの効果をコピーすることで更に展開したり妨害を構えたりするのも良し、勝負を決めに行くのも良しと、取れる戦術が更に豊富になるのだから。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。


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VS波動竜の主・進撃する竜の軍勢 中編

 長えよ() 後、感想ありがとうございます。その感想が、力となる……ッ!!(誰)

 主人公の使う【De:Monstar】、最大のコンセプトがラスボスでしてね……対極にあるようなデッキを適度に使わせないとマジでプレイングが主人公じゃなくなるんですよ……(白目)


 御代のフィールドには【波動竜揮 ドラゴグローリア】と守備表示の【波動竜 ドラゴクールソル】、そして永続魔法【竜皇の息吹】【凡骨の意地】に伏せカードが一枚。

 

 効果が分からないカードだらけで一筋縄では行かなそうな布陣だが、黒江に焦りは無い。

 

「私のターン、ドロー。スタンバイ、メインフェイズ。私は手札から【増援】を発動。デッキから【Fa-Strayed】を手札に加える。ドロー以外でこのカードが手札に加わった時、【Fa-Strayed】の効果発動。このカードを手札から特殊召喚する」

 

 

 ▽

Fa-Strayed(ファストレイド)

 レベル4 風属性 戦士族 効果 ATK1000/DEF200

 このカード名の①の効果はデュエル中に1度しか使用できず、②の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードがドロー以外の方法で手札に加わった場合に発動できる。このカードを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 無機物的な風貌の戦士が青い閃光を伴ってフィールドに現れる。

 

「その後、【Fa-Strayed】の②の効果を、墓地から【増援】を除外して発動。デッキから【Ca-Strayed】を手札に加え、更にデッキから永続魔法【Strayed-Assemble】を発動」

 

「【増援】からカードを3枚……本当に初心者?」

 

 

 ▽

【Fa-Strayed】

 ②このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、墓地から魔法・罠カードを1枚除外、もしくは除外せずに発動できる。デッキから「Fa-Strayed」以外の「Strayed」カードを1枚手札に加え、この効果でカードを除外していた場合、更に「Strayed」永続魔法又はフィールド魔法カード1枚をデッキから発動できる。

 

 

 汎用魔法カードである【増援】一枚から三枚のアドを稼いだプレイングに御代は驚くが、黒江もまた内心で驚いていた。

 安定した強さが売りであると白袮は言っていたが、これは安定し過ぎていると思ったのだ。【De:Monstar】では、こうも簡単にアドを稼ぐことはできない。できたとしても、相当手札が良い時だけだ。

 

「私は【Ca-Strayed】の効果発動。このカードと手札の【Strayed】カード1枚を墓地に送り、デッキから【Strayed】魔法カードを1枚手札に加える。私は【Strayed-Combine】を手札に加えるわ」

 

 

 ▽

Ca-Strayed(キャストレイド)

 レベル4 闇属性 魔法使い族 効果 ATK1800/DEF300

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①手札からこのカードと「Strayed」カード1枚を墓地に送り発動できる。デッキから「Ca-Strayed」以外の「Strayed」カードを1枚手札に加える。

 

 

「【Ca-Strayed】が墓地に送られた時、フィールドの【Strayed-Assemble】の効果発動。墓地に送られた【Ca-Strayed】を特殊召喚する」

 

 

 ▽

【Strayed-Assemble】

 永続魔法

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか発動できない。

 ①【Strayed】モンスターが墓地に送られた場合、墓地に存在する【Strayed】モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 

 今度は墓地から魔女装束に身を包んだ妙齢の妖しげな美女が登場する。どうやら、【Strayed】テーマに見た目の統一性はほとんど無いらしい。

 

「私は手札から通常魔法【Strayed-Combine】を発動。手札の【Boo-Strayed】とフィールドの【Fa-Strayed】、そしてデッキから【Co-Strayed】を素材として墓地に送り、融合召喚。来なさい、【Tru-Strayed Super Captain】」

 

 

 ▽

【Strayed-Combine】

 通常魔法

 このカード名の効果は1ターンに1枚しか発動できない。

 自分の手札・フィールドから「Strayed」融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地に送り、その融合モンスター1体をEXデッキから融合召喚する。このカードの発動時に自分フィールドに「Strayed-Assemble」が存在する場合、素材の内1体をデッキから選んで墓地に送ることが出来る。

 

 ▽

Tru-Strayed(トラストレイド) Super(スーパー) Captain(キャプテン)

 レベル10 光属性 戦士族 融合 効果 ATK3000/DEF3000

「Strayed」モンスター×3体

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか発動できない。

 

 

 ピッチリとした一昔前のスーパーヒーローのようなスーツに身を包んだ大男が空から着地する。

 ズドンッと地響きが起きる辺り、相当上から落下してきたのだろうと全く関係の無いことを考えながら黒江はカードの効果を処理する。

 

「【Tru-Strayed Super Captain】が融合召喚に成功した時、このカードの①の効果発動。墓地に存在する【Strayed】モンスターの種類だけ相手フィールドのカードをデッキに戻す。対象は【波動竜揮 ドラゴグローリア】【波動竜 ドラゴクールソル】、そしてその伏せカードを選択するわ」

 

 御代の場のカードを三枚バウンスすれば彼女を守るカードは一枚も残らず、逆に黒江の場には攻撃力3000と1800のモンスターが存在することになる。ぐっと勝利に近付くことだろう。

 黒江の目論見はそのまま完遂されるかに思えた。

 

 だが、それを許すほど波動竜の指揮官は易しくはない。

 

「その時、【波動竜揮 ドラゴグローリア】の効果発動。1ターンに1度、フィールド上で発動したモンスターカードの効果を無効にして破壊する」

 

 

 ▽

【Tru-Strayed Super Captain】

 ①このカードが融合召喚に成功した場合、自分の墓地に存在する「Strayed」モンスターの種類の数だけ相手フィールドのカードを対象にして発動できる。それらのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

 ▽

【波動竜揮 ドラゴグローリア】

 ①:フィールド上で効果モンスターの効果が発動した時に発動できる。その発動を無効にし、そのカードを破壊する。

 

 

 これが嫌な予感の正体であったかと納得するが、今このモンスターを破壊される訳にはいかない。

 黒江は冷静に【Tru-Strayed Super Captain】の更なる効果を使う。

 

「……【Tru-Strayed Super Captain】の③の効果で、融合召喚されたこのモンスターは除外されず、1ターンに1度、戦闘及びカードの効果では破壊されない」

 

 

 ▽

【Tru-Strayed Super Captain】

 ③融合召喚されたこのカードはフィールド上に存在する限り除外されず、また1ターンに1度だけ、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

 

 

【波動竜揮 ドラゴグローリア】の長剣が【Tru-Strayed Super Captain】に迫るが、彼が臆するなと言わんばかりにニカッと白い歯が輝く笑みを見せると半透明のシールドが彼を護る。

 

「……厄介」

 

「私は【Ca-Strayed】をリリースして自身の②の効果を発動。墓地から【Boo-Strayed】を特殊召喚する」

 

 

 ▽

【Ca-Strayed】

 ②自分フィールドに存在するこのカードをリリースし、墓地に存在する「Strayed」モンスター1体を対象にして発動できる。そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 ▽

Boo-Strayed(ブーストレイド)

 レベル4 炎属性 雷族 効果 ATK2000/DEF0

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 魔女の自身の命を用いた邪法によって、炎と雷電に包まれた男が墓地の底より蘇る。

 黒江にはいよいよもって【Strayed】が何をモチーフにしたデッキなのか分からなくなった。

 

「【Boo-Strayed】の効果。フィールドに他の【Strayed】カードが一枚以上存在し、このカードが表側攻撃表示で存在する時、フィールド上に存在するカード1枚を破壊し、このカードの攻撃力を1000ポイントダウンする。私は【Strayed-Assemble】を破壊する」

 

「自分のカードを破壊……?」

 

「勿論、無駄なことはしないわ。【Strayed-Assemble】が破壊される時、代わりに手札から【Strayed】カード1枚を墓地に送る。私は【Mi-Strayed】を墓地に。この際、墓地に送られた【Mi-Strayed】の効果発動。このカードが【Strayed】カードの効果で墓地に送られた場合、自身を自分フィールドに守備表示で特殊召喚する」

 

 

 ▽

【Boo-Strayed】

 ①自分フィールドにこのカード以外の「Strayed」カードが1枚以上存在し、このカードが表側攻撃表示で存在する時、フィールドに存在するカードを1枚対象として発動できる。そのカードを破壊し、このカードの攻撃力を1000ダウンにする。この効果は相手ターンにも発動できる。

 

 ▽

【Strayed-Assemble】

 ③1ターンに1度、このカードが墓地に送られる場合、代わりに手札から「Strayed」カード1枚を墓地に送ることが出来る。

 

 ▽

Mi-Strayed(ミストレイド)

 レベル4 水属性 水族 効果 ATK0/DEF2000

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ②このカードが「Strayed」カードの効果によって墓地に送られた場合に発動できる。このカードを自分フィールドに守備表示で特殊召喚する。

 

 

【Boo-Strayed】とは正反対に霧状の涼し気な見た目の男が出現する。

 このカードの効果もあれば、ある程度は耐性を得られるはずだ。このターンで決着を着けるのは難しいと悟った黒江は、少しづつでも着実に勝つ方向にシフトした。

 

「バトルフェイズ。【Tru-Strayed Super Captain】で【波動竜揮 ドラゴグローリア】を攻撃。攻撃宣言時、【Tru-Strayed Super Captain】の効果、フィールドに存在する【Strayed】カードの数掛ける300ポイント攻撃力を上げる」

 

 

 ▽

【Tru-Strayed Super Captain】

 ②このカードが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時までこのカードを除いた自分フィールドに存在する「Strayed」カードの数×300アップする。

 

 

「パンプアップは仕方ない……くっ」

 

 竜見御代・LP8000→6100

 

【Tru-Strayed Super Captain】の拳が【波動竜揮 ドラゴグローリア】を粉砕し、爆風が御代を襲った。

 

「私はカードを1枚伏せて、エンドフェイズ。墓地の【Co-Strayed】の効果発動。このカードが【Strayed】カードの効果で墓地に送られたターンのエンドフェイズ、デッキから同名カード以外の【Strayed】カードを2枚手札に加える。そのままターンエンド」

 

 

 ▽

Co-Strayed(コストレイド)

 レベル4 光属性 天使族 効果 ATK0/DEF0

 このカード名の①の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 ①このカードが「Strayed」カードの効果によって墓地に送られたターンのエンドフェイズに発動できる。デッキから「Co-Strayed」以外の「Strayed」カードを2枚手札に加える。

 

 

 これ以上できることは無い。

 とはいえ【Boo-Strayed】と【Mi-Strayed】、更に伏せカードもある今は先程までと打って変わって黒江の方が磐石の構えである。

 

 しかし、黒江はどうしても不安感を拭えないのであった。

 

「私のターン、ドロー。私は今のドローで【物陰の協力者】を引いた。よって【凡骨の意地】の効果で更に1ドロー。スタンバイフェイズ、私は罠カード【牙竜転生】を発動。除外されている【波動竜 ドラグランス】を手札に」

 

 なるほど、伏せカードはリソース確保用であったのかと納得するのも束の間、お返しとばかりに御代の展開が始まる。

 

「私は手札から【波動竜の担い手】を通常召喚。通常召喚成功時、デッキから【波動竜】カードを手札に加える。私は【波動竜へ至る道】を手札に加える。更に【波動竜の担い手】の②の効果、手札から【波動竜 ドラグランス】、墓地から【波動竜 ドラグガード】を特殊召喚」

 

「さっきと同じ動きね。それなら私は【Boo-Strayed】の効果発動。このカードの攻撃力を1000ポイントダウンして、【波動竜の担い手】を破壊させてもらうわ」

 

「……この程度は織り込み済み。私は自分フィールドの【波動竜 ドラグランス】を墓地に送り、手札から【馬の骨の対価】を発動、二枚ドローする」

 

 これで御代の手札は再び4枚。手札リソースの尽きないデッキだ。

 

「私はレベル4の【波動竜 ドラゴクールソル】にレベル1【波動竜 ドラグガード】をチューニング。シンクロ召喚、レベル5【波動竜弓 ドラゴサギッタリウス】」

 

「また低レベルSモンスター……厄介な効果を持っているのでしょうね」

 

 

 ▽

【波動竜弓 ドラゴサギッタリウス】

 レベル5 風 ドラゴン族 シンクロ 効果 ATK2000/DEF1500

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 颯爽と現れたのは巨大な弓を携えた竜。

 またレベル5とシンクロモンスターにしては低いレベルのモンスターだ。黒江は既に御代のデッキにおける低レベルモンスターの厄介さを理解していた。

 

「その通り。【Mi-Strayed】を対象にして、【波動竜弓 ドラゴサギッタリウス】の①の効果発動。エンドフェイズまでその効果を無効にする」

 

「……なるほどね」

 

 

 ▽

【波動竜弓 ドラゴサギッタリウス】

 ①相手フィールド上のカード1枚を対象に発動できる。選択したカードの効果をエンドフェイズまで無効にする。

 

 

 カードについて勉強、研究をしておくか、実際に使われるまで効果を確認できないのがリアル・ソリッド・ビジョンを用いて行われるデュエルモンスターズだ。

 最近では高価だがデュエル用のAIを搭載した最新モデルのデュエルディスクも存在し、前もって学習したカードの効果をデュエル中に復唱してくれるのだが、高校生である竜見御代にそんな高価な物を買う経済力など無いわけで。まあ、そもそも公認大会では使用が禁止されている場合が多いのだが、なんにせよ御代の記憶の中に【Strayed】カテゴリーの効果は存在しなかった。

 

 御代は既に効果を知っている厄介な存在よりも、効果を知らない暫定厄介な存在の対処を優先したのである。

 

「手札から速攻魔法【銀龍の轟咆】を発動。墓地のドラゴン族通常モンスター【波動竜 ドラグガード】を特殊召喚。更に手札から通常魔法【死者蘇生】発動。墓地から【波動竜の護り手】を特殊召喚する」

 

「ぞろぞろと出てくるわね」

 

「私はレベル2の【波動竜の護り手】とレベル5の【波動竜弓 ドラゴサギッタリウス】にレベル1の【波動竜 ドラグガード】をチューニング。

 

 

 ────波動竜随一の将よ。戦いの呼び声に応え、乱世にその勇姿を示せ。

 

 

 シンクロ召喚、レベル8【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】」

 

「やっと、エースのお出ましかしら?」

 

 

 ▽

【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】

 レベル8 風属性 ドラゴン族 シンクロ 効果 ATK2500/DEF800

「波動竜」チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 空より来るは、橙の鬣をたなびかせた巨竜。

 これまでの竜達とは正しく格が違うと言って良い雰囲気を纏っている。

 だからこそ、黒江はこのモンスターこそが御代のエースモンスターだと確信した。

 

「私は【Tru-Strayed Super Captain】を対象に【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】の①の効果を発動。対象のカードを破壊する」

 

「無駄よ。1ターンに1度、【the-Strayed Super Captain】は戦闘又は効果で破壊されないわ」

 

 

 ▽

【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】

 ①:相手フィールド上のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 

 今度は【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】の大翼によって巻き起こされた暴風が【Tru-Strayed Super Captain】を襲うが、それもまた男は無傷で乗り越える。除外への完全耐性と破壊耐性、強力な効果だ。

 そして、【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】の攻撃力は2500。パンプアップ効果を持った【the-Strayed Super Captain】には遠く及ばない。

 これで現状見えている札で今の黒江の布陣を突破することは不可能となった。

 

 しかし、御代のデュエル・タクティクスはまだ終わっていない。

 

「黒江、訂正してもらう。私の本当のエースはこれから出る」

 

「なるほど。なら、貴女の本気を見せてもらいましょうか」

 

 表情こそ変わらないが自信満々な雰囲気で宣う御代に、黒江は珍しく興味を惹かれた。こちらも無表情だが。

 

「私は手札から通常魔法【波動竜へ至る道】を発動。手札・フィールドのモンスターを素材にドラゴン族融合モンスター1体を融合召喚する。けど、今から出てくる融合モンスターを融合召喚する時、素材としてデッキから【波動竜の担い手】を墓地に送ることが出来る。私はそれに加えてフィールドの【波動竜将 ドラゴウィクトーリア】を墓地に送る」

 

 そのモンスターは、御代にとってもっとも思い入れの深いカードであった。

 

「召喚条件はドラゴン族シンクロモンスターと戦士族モンスター。

 

 

 ────小さな心は優しき波紋と共に。友の声、再び響かせる力を。

 

 

 融合召喚、【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】」

 

 

 ▽

【波動竜へ至る道】

 通常魔法

 このカード名のカードは1ターンに1枚しか発動できない。

 ①自分の手札・フィールドからドラゴン族融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、そのモンスター1体をEXデッキから融合召喚する。

 この効果で「波動竜騎士ドラゴエクィテス」を融合召喚する場合、自分のデッキの「波動竜の担い手」1枚も融合素材とすることができる。

 

 

 紺の鎧を身に纏い、強大な槍を携えた竜の騎士がフィールドへと舞い降りる。

 

「それが、貴女のエース」

 

「そう。【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】こそが、私というデュエリストの切り札」

 

 古きカードと言えど、己の切り札を何より信じている御代は口上の通り、仲間達の声を再び響かせんとその効果を使う。

 

「【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の効果発動。墓地に存在するドラゴン族シンクロモンスター【波動竜揮 ドラゴグローリア】を除外して、このターンの間、【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】はその除外したカードと同名カードとして扱い同じ効果を得る」

 

「コピー効果……そういうことね」

 

「更に、除外された【波動竜揮 グローリア】の②の効果。墓地から【波動竜 ドラゴクールソル】を除外。除外された【波動竜 ドラゴクールソル】の②の効果で、【Strayed-Assemble】を破壊する」

 

「破壊される代わりに手札から【Strayed-Entry】を墓地に送るわ」

 

 

 ▽

【波動竜揮 ドラゴグローリア】

 ②このカードが除外された場合、墓地のカード1枚を対象として発動できる。そのカードを除外する。

 

 ▽

【波動竜 ドラゴクールソル】

 ②このカードが除外された場合、相手フィールドの魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを破壊する。

 

 

【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】のコピー元から、聡明な黒江はすぐに御代が何を企んでいるのかを理解する。

 

「バトルフェイズ。【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】で【Tru-Strayed Super Captain】に攻撃」

 

「その攻撃宣言時、【Tru-Strayed Super Captain】の効果。フィールド上に存在する【Strayed】モンスターの数だけこのカードの攻撃力を500上げる」

 

「その時、【波動竜揮 ドラゴグローリア】の効果を得た【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の効果発動。その発動を無効にして破壊する」

 

 御代が狙っていたのはこれだ。

 

【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の攻撃力は3200。既に③の効果を使用している【Tru-Strayed Super Captain】は自身の②の効果で攻撃力を上げなくては戦闘によって破壊される。その効果の発動に対して、【波動竜揮 ドラゴグローリア】の効果をコピーした【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の効果を発動し、【Tru-Strayed Super Captain】を破壊する魂胆である。

 

【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】の長槍が【Tru-Strayed Super Captain】を貫き、周囲に爆風が吹き荒れる。

 

「これで一番厄介な大型を消せた」

 

「残念ながら、そうはならないわ」

 

「なに?」

 

 しかし黒江とてそれを理解して尚、徒に御代の企みに乗ったわけでは無い。

 

「私は罠カード【Strayed-OverCome】を発動」

 

「罠カード……っ」

 

「自分フィールドの【Strayed】モンスターはこのターン、戦闘及び効果では破壊されない」

 

 

 ▽

【Strayed-Overcome】

 通常罠

 ①このターン、自分フィールドの「Strayed」モンスターは戦闘・効果では破壊されない。

 

 

 爆風が晴れた時、そこにはあらゆる妨害を超克した【Tru-Strayed Super Captain】の堂々たる姿があった。

 

「っ、それでも戦闘及びダメージは受けてもらう」

 

「この程度のダメージ、どうということは無いわ」

 

 

 遊佐黒江・LP8000→7800

 

 先程までの嫌な予感、脳裏でけたたましく鳴り響く警鐘はいつの間にか止んでいた。

 

 黒江は自身に追い風が吹いているのを感じて、薄らと笑みを浮かべるのであった。

 

 

 To be continued.




 ――今日のキーカード――

Tru-Strayed(トラストレイド) Super(スーパー) Captain(キャプテン)
 レベル10 光属性 戦士族 融合 効果 ATK3000/DEF3000
「Strayed」モンスター×3体
 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか発動できない。
 ①このカードが融合召喚に成功した場合、自分の墓地に存在する「Strayed」モンスターの種類の数だけ相手フィールドのカードを対象にして発動できる。それらのカードを持ち主のデッキに戻す。
 ②このカードが戦闘を行う攻撃宣言時に発動できる。このカードの攻撃力はターン終了時までこのカードを除いた自分フィールドに存在する「Strayed」カードの数×300アップする。
 ③融合召喚されたこのカードはフィールド上に存在する限り除外されず、また1ターンに1度だけ、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

────────────

 今日のキーカードはこれね。
 【Strayed】デッキの大型エースモンスターよ。モンスター3体を融合素材とするだけあってとてもパワフルな効果を持っているわ。

 ①の効果で相手のフィールドのカードをバウンスしてがら空きにし、②の効果で一気に勝負を決めに行くこともできるわ。序盤から終盤までどのタイミングでもエースモンスターとして活躍できるカードね。

 加えて③の完全除外耐性と、1ターンに1度の破壊耐性がこのカードのエースとしての安定性を更なるものにしているわ。今回のデュエルでも大いに活用された効果ね。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。


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VS波動竜の主・進撃する竜の軍勢 後編

 前話が長過ぎたので多少短くなりました。平均4000文字くらいにしたい。


「私はこのままターンエンド」

 

 誰が何と言おうと、黒江にデュエルモンスターズへの興味は存在しなかった。

 デュエリストとしての精神、気概もだ。

 

 けれども、今この時、彼女はほんの少しだけこのデュエルに熱を出していた。

 

「それなら、私のターンね。ドロー、スタンバイ、メイン。手札から永続魔法【Strayed-Diversity】を発動。1ターンに1度、デッキの上から三枚を確認し、その中から【Strayed】カード一枚を墓地に送り、残りをデッキの1番下に戻す。私は【Ca-Strayed】を墓地に送る」

 

 

 ▽

【Strayed-Diversity】

 永続魔法

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか発動できない。

 ①自分メインフェイズに発動できる。デッキの上から3枚をめくり、その中から「Strayed」カード1枚を選んで墓地に送って、残りのカードを好きな順番でデッキの1番下に戻す。このカードを発動するターン、自分は「Strayed」モンスターしか召喚・特殊召喚できない。

 

 

「この時、【Strayed-Assemble】の効果。1ターンに1度、【Strayed】モンスターがカードの効果で墓地に送られた時、墓地から【Strayed】モンスターを1体特殊召喚する。私は【Ca-Strayed】を特殊召喚」

 

 これで黒江のモンスターゾーンには攻撃表示の【Tru-Strayed Super Captain】に【Ca-Strayed】と攻撃力0の【Boo-Strayed】、そして守備表示の【Mi-Strayed】が存在し、永続魔法の【Strayed-Assemble】【Strayed-Diversity】が発動した状態だ。

 

「私は手札から【Fa-Strayed】を通常召喚。墓地から【Strayed-Overcome】を除外し、効果を発動。デッキから……あら? 【Boo-Strayed】は1枚しか無いのかしら……仕方ない。それなら【Ju-Strayed】を手札に加え、デッキからフィールド魔法【Strayed-Multibirth】を発動」

 

 黒江は、あれだけ強力な効果を持った【Boo-Strayed】がデッキに1枚しか存在しないことに違和感を覚える。

 これに関しては黒江は知らないのも無理はないことで、【Boo-Strayed】はその強力な効果ゆえにデッキに1枚しか入れることができない制限カードに指定されているのだ。ちなみに、【Co-Strayed】と【Strayed-Assemble】も制限カードに指定されている。

 

「私は【Strayed-Multibirth】の効果発動。自分フィールドの【Strayed】モンスター2体を墓地に送り、墓地からそのカード以外の【Strayed】モンスターを自分フィールドに特殊召喚する。私は【Mi-Strayed】と【Fa-Strayed】を墓地に送り、墓地から【Ca-Strayed】を特殊召喚」

 

 

 ▽

【Strayed-Multibirth】

 フィールド魔法

 このカード名の①②の効果は1ターンに1度しか発動できない。

 ①自分フィールドに存在する「Strayed」モンスター2体を対象にして発動できる。そのモンスターを墓地に送り、墓地から同名カード以外の「Strayed」モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。

 

 モンスターゾーンに空きが存在しない為、この時、【Strayed】カードの効果によって墓地に送られた【Mi-Strayed】の自身を蘇生する効果を使えるのだが、黒江は使わないようだ。

 

「【Mi-Strayed】の効果を、使わない?」

 

「ええ。ここで、私は手札の【Ju-Strayed】の効果を発動。フィールドの【Boo-Strayed】を墓地に送って手札から特殊召喚する」

 

 

 ▽

Ju-Strayed(ジャストレイド)

 レベル4 地属性 獣戦士族 効果 ATK1500/DEF1500

 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。

 ①このカードが手札・墓地に存在する場合に発動できる。自分フィールドの【Strayed】カード1枚を墓地に送って、このモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。この効果で墓地から特殊召喚した場合、このターン、このカードの②の効果は発動できない。

 

 

 狐らしき耳と尾を生やし、剣と盾を携えた鎧姿の女が現れる。生真面目そうな雰囲気は自分のクラスの学級委員のようだなと大して意味の無いことを考えながら、黒江はさらに効果を発動していく。

 

「墓地に送られた【Boo-Strayed】の②の効果。このカードが【Strayed】カードの効果で墓地に送られた場合、効果を無効にして自身を特殊召喚する」

 

 

 ▽

【Boo-Strayed】

 ②このカードが「Strayed」カードの効果によって墓地に送られた場合に発動できる。このカードを自分フィールドに攻撃表示で特殊召喚する。この効果で特殊召喚したこのカードの効果は無効化される。

 

 

 再度蘇る燃える男。これで黒江の盤面は整った。

 

「バトルフェイズ。【Tru-Strayed Super Captain】で【波動竜騎士 ドラゴエクィテス】に攻撃。攻撃宣言時、効果発動」

 

「攻撃力、5100」

 

 黒江のフィールドには【Strayed】カードが7枚。よって【Tru-Strayed Super Captain】の攻撃力は5100まで上昇する。

 

 大袈裟なポーズを取ったピチピチスーツの大男が竜の騎士目掛けて突貫する。

 その拳は抵抗する間もなく相手を爆発四散させた。

 

「っ」

 

 竜見御代・LP6100→4200

 

 これで御代の場に彼女を守るモンスターは存在しなくなった。

 黒江は頭を使う面白いデュエルができたことを内心で感謝し、決着を着けんと命を下す。

 

「私は残ったモンスターでダイレクトアタック」

 

「くぅっ」

 

 竜見御代・LP4200→0

 

 デュエル・エンドのブザー。

 Strayed達の合わせ技が御代を襲い、そのライフを削り切った。

 

「第一試合、勝者は遊佐黒江! 手に汗握るデュエルを魅せてくれた両者に盛大な拍手を!」

 

 知略と機転が光るデュエルを演じた二人に観衆から盛大な拍手と惜しみない賞賛の声が送られる。

 

「客観的に見て良いデュエルだったと思うわ。ありがとう」

 

「……こちらこそ。でも」

 

「でも?」

 

 言葉を切った御代に黒江は首を傾げる。

 

「次は負けない。貴女をこの私のライバルとして認める」

 

「そう。それは光栄ね」

 

 どちらも無表情だが、そこには確かにデュエリストの縁が結ばれていた。恐らく。

 

「おおっと、波動竜の主から期待のルーキーへのライバル宣言! 熱い展開だ! え、なに? 巻け? 分かりました! それでは五分後に第二試合を開始します!」

 

 

 □

 

 

 結果から言えば、黒江は第二試合で旭飛と当たり敗北した。それはもう完膚無きまでに。

 

 そして順当に勝ち上がった旭飛と白袮による決勝戦の行方はと言えば、

 

「くっそー、負けたぁ」

 

「えへへ、初めて天元寺旭飛に勝てた……!」

 

 日も暮れた帰り道、項垂れる旭飛と、それとは対照的に喜びを露わにする白袮の姿があった。その横では無表情で歩く黒江と御代の姿。

 

 初手に特殊召喚できないレベル8モンスターが五体という、上級モンスターを多用する【悪姫】デッキでも中々起きない恐ろしい手札事故が起こり、逆に白袮の手札は恐ろしく上振れしていた為、ストレート勝ちを収めたのである。

 余談だがどれくらい有り得ない手札事故かと言うと、旭飛のデッキに存在する特殊召喚できるレベル8が四体なのに対して、特殊召喚できないレベル8は五体。つまり、全ての特殊召喚できない上級モンスターを初手で引いたのである。ドローで引いたカードもフィールドに【悪姫】が存在する時に発動できる罠。正真正銘の打つ手なしであった。

 

 白袮曰く姉妹愛の結実とのことであったが、黒江にはどうしてそれで先輩の手札が死ぬのかは理解できなかった。

 

「黒江の妹は元気」

 

「そうね。五時間もデュエルしっぱなしだったのに、どうしてあんなに騒げる元気が残っているのかしら」

 

「デュエルマッスルだよ、黒姉!」

 

 黒江は妹が何を言っているのか理解できなかった。疲れ果てていたゆえに思考を放棄したとも言える。

 

 ちなみに、御代が一行に加わっているのは途中まで帰路が同じだからである。カードショップ・Playersと黒江の自宅との間に存在する桜慈学園の近所に住んでいるらしい。

 そして何と驚くことに、彼女は黒江と同級生であった。制服を着ていなければ小学生にも見えかねない織奈の容姿もそうだが、この学園では容姿で判断してはいけないことが多々あるのだと黒江は理解した。可愛い先輩の旭飛然り。

 

「あ、そうだ。お前ら、明日の放課後デュエル部に集合な」

 

「お前らって私と黒江のこと?」

 

「他に誰が居るってんだよ」

 

「どうしてかしら?」

 

 唐突な切り出しに御代と黒江は戸惑う。

 どうしてデュエルモンスターズ部に顔を出さねばならないのだろうか。

 

「あー、それはー……隠す必要も無えか」

 

「?」

 

 歯切れ悪そうにしていた旭飛であったが、決心した顔で口を開く。

 

「今のデュエル部には、お前らの力が必要なんだ。騙されたと思って、一回だけで良いから来てくれねえか?」

 

「……私は「黒江が行くなら行く」ちょっと、御代」

 

「あの部は空気が悪いから一人では行きたくない」

 

 拒否しようと口を開きかけたところで、御代がそのようなことを宣う。

 黒江はこれは行くと言わなければ駄目なパターンだと悟った。退路は既に塞がれているのである。

 

「はぁ……仕方ないわね。天元寺先輩の顔を立てて、一度だけ行ってあげるわ」

 

「悪いな、黒江。じゃあ、明日の放課後だ」

 

 そう言うと、旭飛は一行から別れた。

 

 これは面倒なことになってしまった。黒江は段々と試練から逃れられなくなっているのを自覚するが、今更どうすることも出来ない。

 

 ……今日の晩ご飯はどうしようか。

 黒江は面倒になって思考を切り替えるのであった。

 

 

 To be continued.

 




 ――今日のキーカード――

【Strayed-Diversity】
 永続魔法
 このカード名の①②の効果はそれぞれ1ターンに1度しか発動できない。
 ①自分メインフェイズに発動できる。デッキの上から3枚をめくり、その中から「Strayed」カード1枚を選んで墓地に送って、残りのカードを好きな順番でデッキの1番下に戻す。このカードを発動するターン、自分は「Strayed」モンスターしか召喚・特殊召喚できない。
 ②墓地の「Strayed」カードを5枚まで選んで発動できる。(同名カードは1枚まで)選んだ枚数によって以下の効果を適用する。この効果を発動するターン、相手が受ける戦闘・効果ダメージは半分になる。
 ●1枚以上:選んだカードをデッキに戻す。
 ●3枚以上:デッキから1枚ドローする。
 ●5枚:デッキから1枚ドローする。

────────────

 今日のキーカードはこれね。
 【Strayed】デッキにおいてキーカードの多い永続魔法の1枚よ。何かと墓地で効果を使う場合や墓地を参照する場合が多いから、使える場面が多いのが特徴よ。

 ①の効果で、墓地に送られた際に発動できる効果を持つ【Strayed】カードを墓地に落とすことができれば、そこから展開していくことが出来るわ。

 そして②の効果で墓地のカードを5枚戻せれば手札リソースも確保できるわ。そのターンで決着を着け難くなるデメリット効果もあるけれど、手札が少なくなりやすいこのデッキの継戦能力確保手段としてこれ以上無いくらい役立つ一枚ね。

 ……こんなところかしら。
 それなら、また次回の『遊戯王 ―― strayeD girls ――』で会いましょう。


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彼らの過去

 ちょっと忙しくて反映作業が送れていますが、取り敢えず募集の方は見てますのでご安心ください。


 爽やかな朝。一週間の始まりである月曜日に、鳥の囀りが一日の始まりを告げる。

 

 

 

『────HAHAHAHA!! 私、推さ「チェンジで」ぶほぁぁぁっ!!』

 

 

 

 ピッチリスーツ男の顔面に、寝起きの黒江パンチが突き刺さった。

 

 

 □

 

 

「どうして黒江は天元寺先輩と面識が?」

 

「どうしてって言われてもね。前に進藤っていう先輩に連れて行かれたのよ」

 

『人との縁は多くて損は無い! その面識が君に新たな世界を見せるのだからね! 竜見少女との会話ももう少し楽しみたまえ!』

 

 翌日の放課後。

 なんとクラスまで同じであった二人(御代は初めから知っていたようだが、黒江は本当に知らなかった)は、早速二人でデュエルモンスターズ部の部室へと向かっていた。

 

 黒江はと言えば、結局姉からの課題と試練から逃げる方法は愚か、今日の呼び出しを拒否する体の良い理由も思い付かず、こうして大人しく部室を目指しているのである。

 

 ちなみに、二人の後ろをふよふよと浮かびながら追従しているのは、今朝から黒江に付き纏い始めた【Tru-Strayed Super Captain】の精霊である。

 絶賛無視されているが、懲りずに黒江へと好漢的持論を語り続けている。今のところ黒江と白袮以外誰にも認識されていないのが救いか。当然御代にも見えていない。

 

「前から思っていたけど、本当に予算の無い部活なのね」

 

『たとえ豊かでないとしても、その本質までは測ることはできないぞ』

 

 黒江は辿り着いた部室の前で独り言ちる。

 今どき、部活動の部室の大半はロックが完備された自動ドアなのだが、どうしてかこの部活の自動ドアは壊れており、妙に重たいドアを自力で開けなくてはならないのだ。そんなドアを勢い良く開けられる旭飛の筋力に、黒江はゴリラの装いをした彼女を幻視した。

 

「あれ、遊佐さんと竜見さんだよね? こんなところでどうかしたのかい?」

 

 そんな二人に声を掛ける存在が居た。

 

「……一条先生?」

 

「うん、私は現国を担当している一条灯護。一応、今年からの赴任なんだけど、もう覚えていてくれたんだね」

 

『おお、君の恩師か! ふむふむ、人格者の気配を感じるぞ! 教育者として善き御仁だな!』

 

 二人が振り返った先に居たのは丸眼鏡を掛けた温厚そうな優男、一条灯護。今年から桜慈学園高等部に現代国語の教員として赴任してきた青年だ。普段授業のほとんどを聞き流している黒江だが、名前を間違えるのは無作法だからと姉にキツく言われてからは一度聞いた名前は全て覚えるようにしていた為、若干印象の薄い彼のことも覚えていた。

 意外な人物の登場に困惑する二人。気を取り直した黒江は用件を述べる。

 

「デュエル部に用がありまして」

 

「デュエル部に? もしかして入部希望とか「違います」そ、そうか。じゃあなんで?」

 

 思わぬ即答はデュエル部の悪評故だろうと肩を落とした一条を他所に、御代が続けた。

 

「天元寺先輩に呼ばれた」

 

「ああ、なるほどね。それじゃあ入ってくれ」

 

 御代の答えに納得したらしい一条。彼は二人を部室へと案内する。

 

「あの、どうして一条先生も?」

 

「ん? ああ、言ってなかったね。今年から、私がデュエルモンスターズ部の顧問になったんだよ」

 

 黒江と御代は得心する。

 しかし、どうして呼ばれたのかは依然として分からないままだ。

 

「おっ、来たなお前ら」

 

「本当に来た……」

 

 果たして部室で二人を待っていたのは、得意げな顔の旭飛と愕然とした様子の織奈。

 それもそのはずで黒江と御代、一条は知らないことだが、もう黒江を部に勧誘することは無理なのではないかと諦めムードであった織奈に対して、旭飛はそんな黒江を部に呼んでみせたのだと得意に語っていたのである。次いでにもう一人良さそうな新入部員候補も一緒に呼んだとも。それを信じられるほど織奈は楽観的ではなく、どうせ来ないと思っていたのだ。

 

「遊佐さんに、えっと」

 

「竜見御代」

 

「竜見さんか。オレはデュエル部の部長を務めている進藤織奈だ。よろしく」

 

 立ち上がった織奈が御代と握手を交わす。互いに身長150cmを下回る二人が並び立っているのは、そういうのを主食としている層には恐ろしく受けたであろうがこの場にはそのような不健全な空気は微塵も存在していない。

 

 席に案内された二人へご丁寧にお茶とお茶請けが出され、少ししたところで織奈が口火を切った。

 ちなみに、旭飛は椅子の前足を浮かせてテーブルに足を置いたいつものスタイルである。

 

「遊佐さん、そして竜見さん。君達を腕の立つデュエリストと見込んでお願いがあるんだ」

 

「いや、私は別にデュエリストじゃ『君は私達のような迷い者をあれだけ華麗に導いたのだ。紛れもなくデュエリストだよ』……とにかく、私には無理よ」

 

「……私は事情次第」

 

 黒江は完全拒否のスタイルを貫いているが、腕の立つデュエリストと言われて少々鼻が高くなった竜見は事情だけならと話を聞く姿勢を取った。

 

「このデュエル部が直面している危機はふたつある」

 

「二つ……」

 

 二つの問題というのは多いのか少ないのか判断が難しいが、今のデュエル部の状態を考えるとどちらも一筋縄ではいかないような厄介な物なのであろうことは想像に難くない。

 

「まず一つ。うちの部は部員が足りていない。チームとして大会に出るには五人は必要なんだ。一応オレと旭飛、副部長の戦績……まあ主に副部長個人の功績でこの部は何とか成り立っている」

 

「あら、その副部長さんはデュエルが相当強いのね」

 

『三本の柱か。そこまで言うのなら、さぞやその副部長なるデュエリストは強いのだろうな』

 

「ああ、凛星は強え。正直この地区だとアイツ以外に敵は居ねえんじゃねえかってくらいな」

 

「アイツ?」

 

 そんなに強いのかと驚き、それと張り合えるアイツなる存在に興味を抱く。

 勿論、強い奴と聞けば戦いたいと思うようなデュエルジャンキーではない黒江は、その強さの程ではなくその正体が気になっただけだが。

 

「旭飛が言うアイツっていうのは、二つ目の問題にも関係してくる。二人……遊佐さんは知らないだろうから、竜見さんに聞くよ。この近くで一番評判の良いデュエルスクールは何処か知っているかい?」

 

「……ゼニスDMS」

 

「ゼニス、DMS?」

 

『ゼニス……頂点か。大層なネーミングだな』

 

 デュエルスクールだのゼニスDMSだのと知らない単語に黒江は首を傾げる。だが、スーパーキャプテンの言う通り、確かに大層なネーミングである。……黒江は彼と意見があってしまったことに頭を抱えたくなった。

 

「そもそもデュエルスクールっていうのは、その名の通りデュエリストの為の塾だ」

 

『なるほどな。強い戦士を育てるための養成所といったところか』

 

「そんなものがあるのね」

 

「……君は結構な世間知らずだね」

 

 デュエルスクール。それはプロのデュエリストを養成する専門学校。

 この時代、デュエルモンスターズで生計を立てるプロのデュエリストはアスリート並みに多い。むしろ、世界の注目はスポーツよりデュエルモンスターズに向いていると言っても良い程だ。

 老若男女誰でもプレイ出来て、紫陽コーポレーションによってカードの販売が一括管理されているゆえデッキを作るのに必要な金額がほとんど同じな為に資金面での格差が付かない。誰でも簡単に始める準備が整えられる。

 

 しかし、だれでも簡単にできるからと言って良質なデュエル経験、カードやデュエルの知識、洗練されたデュエルタクティクスといった物は一朝一夕では手に入らない。

 そういった物を誰でも手に入れられるのがデュエルスクールなのである。デュエルスクールを卒業したデュエリストは、大抵がプロのデュエリストになり、大手デュエルスクールで良い成績を残した者はほとんどが世界的に活躍するトップデュエリストの一員となる。カードなどへの初期投資が安い分、ここで投資することで周りに差を付けようとするデュエリストは多い。

 

「それで、そのゼニスDMSとやらは何なのかしら?」

 

「……ゼニスはこの暮安区で創立されたデュエルスクールで、恐らく国内では五指に入るデュエルスクールの最大手のひとつだ」

 

「つまりエリート」

 

「なるほどね。そのエリートとこの部活に何の関係があるの?」

 

 黒江の問いに織奈は苦虫を噛み潰したような顔を、旭飛は腹立たしげに舌打ちをした。

 

「この部活は数年前までは地区大会優勝は勿論、全国大会でも上位常連の強豪だった。今年から顧問になってくださった一条先生も、その黄金時代に一つの世代を率いたOBなんだ」

 

『なに? この温厚で戦いに向かなそうな御仁が、そのような切れ者だと言うのか……?』

 

「こんな頼りなさそうな見た目して、このセンコーすげえ強えんだぜ。アタシに全然勝ち越させてくれねえんだよ。多分本気じゃねえし」

 

「旭飛、一言余計だよ」

 

「ま、まあまあ、進藤さん。私が頼りなさそうなのは事実だからさ……」

 

 桜慈学園デュエルモンスターズ部が過去の強豪であるというのは知っていた。しかし、まさかこの丸眼鏡の優男がそんな強豪校の一つの世代を率いた人物だとは思わなかったらしい黒江と御代の二人は、顔に出さずとも内心でかなり驚いていた。

 後、スーパーキャプテンもだいぶ失礼なことを言っていると黒江は内心で突っ込んだ。

 

「でも、盛者必衰って言うのかな。段々とその力も衰えていって、オレが入部した頃には今より少しマシってくらいだった」

 

「ま、それはそれ。そっからパイセン達とアタシらで頑張って結構良いところまでは行ったんだよ」

 

「オレ達の世代は自分で言うのもなんだけどかなり強かったからね。特に旭飛と凛星が」

 

「トーゼン。それにパイセンも強かったしな」

 

『……さぞかし良いチームだったのだろうな』

 

 懐かしむようにそう言う二人に、当時はそれだけ良い雰囲気の部活だったのだろうと認識する。

 

 だが、それがどうして今のような状態になってしまったのだろうか。

 

「……アイツさ。アイツが全てを壊した」

 

「そこで、そのアイツとやらが出てくるのね」

 

 続けた黒江に、ああと肯定すると旭飛忌々しいといった顔でその名を口にする。

 

 

「アイツ────命堂涅音(みどうクオン)は当時中三で、ゼニスにも入りたてだったらしい」

 

 

 当時中学3年生ということは、黒江や御代と同い年か。恐らくこの学園には在籍していないであろう。もしも在籍していたら相当な強心臓だなと、やっぱり黒江はズレたことを考えていた。

 

「命堂はいきなりうちの部室にやってくると、ゼニス対うちの部で練習試合を組みたいと言ってきやがった。しかも、妙な条件を出して」

 

「妙な条件?」

 

「アタシらが勝てばゼニスからの全面支援。アイツらが勝てば今後部としての大会への出場禁止。無茶苦茶だろ?」

 

 確かに無茶苦茶な条件だ。普通なら受けない。

 

「オレ達は断った。でも、どういうことか学園側にも周到な根回しがされていて、オレ達はその試合を受けざるを得ない状況にされていたんだ」

 

「……卑怯」

 

「なかなかに非道ね」

 

『……下劣で醜悪だが、そういう輩もまたこの世には存在するからな』

 

 反応は三者三様だが、概ね黒江も御代も、スーパーキャプテンもまたゼニス側の行いを快くは思わなかった。

 

「そして、五対五の総当たり戦。アタシと織奈は勝って、パイセン二人が負けちまった。多分凛星が出てたら勝ってただろうが、凛星は出られず。後は当時の部長とアイツとの一騎打ち」

 

「……まあ当然だけど、オレ達は先輩が勝つと疑っていなかった」

 

 その口ぶりと現状からするに、その結末は……。

 

「結果、命堂のやつは無傷で、パイセンはほとんど何も出来ずに負けちまったってわけさ。アイツはマジで強かった」

 

「……」

 

「で、その最終戦の一部始終をネット放送されてたせいで、うちの部の評判はガタ落ち。パイセン達はみんな辞めちまって、今に至るってわけだ」

 

『なんと非道な……!!』

 

 スーパーキャプテンが怒りを露わにする。

 だが旭飛が言うように、命堂涅音とやらの実力がそれほどまでに高かったのもまた事実なのだろう。

 

 それに黒江はやり過ぎと思う反面、何処か納得もしていた。理由はなんであれ、この部を潰したいのであればあまりにも正確無比で効果覿面だからだ。とはいえ、同じ立場になったとしてもそんなことはしないが。

 

「今のオレ達には、何も無い」

 

「そうね。確かに何も無いわ」

 

 黒江がそう言っても、否定することは出来ない。それほどまでに絶望的な状況だった。

 

 しかし、だからと言って引き下がるようなデュエルモンスターズ部ではなかった。

 

「……オレ達は先輩の夢を、再びこの部を最強にするっていう夢を叶えたい。叶えなきゃ、ダメなんだ……!」

 

「……」

 

 そう言う織奈はどこまでも真剣で真っ直ぐだった。ただ一心に先輩の無念を晴らしたいと願っていた。

 

「頼む、二人とも。オレ達に力を貸してくれないか……!?」

 

「都合が良いってのは分かっちゃいるが、アタシもこの通りだ」

 

「……私からも頼むよ。この部には、君達の力が必要だ」

 

 頭を下げる三人。

 黒江は、それを見て心が揺れるのを自覚した。今までに経験したことの無い感覚に困惑する。

 

 ……これだから、デュエリストという人種は嫌なのよ。

 

「……分かった。私は入部する」

 

「! ありがとう、竜見さん!」

 

 御代は彼らの決意に力を貸すことに決めたらしい。部室内の注目が黒江に集まった。

 

「黒江はどうだ、頼まれてくれるか?」

 

『どうするんだ、黒江。君の好きなようにすると良い』

 

「……少し、時間を頂戴。すぐには決められないわ」

 

 黒江は、逃げるようにして部室を後にした。

 

 

 To be continued.



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黒の邂逅

 人も傾き始めた夕暮れ時、黒江は一人帰路を歩いていた。

 

『黒江、本当に力を貸さなくて良いのか?』

 

「だからそう言っているでしょ。それと、貴方は出てこないで」

 

『……しかしだな』

 

「私はデュエリストじゃない。ああいうのはデュエリスト同士で解決するものよ」

 

 尚も食い下がろうとするスーパーキャプテンに、黒江は無表情ながらも少し腹立たしげな語調で答えた。

 

『どうにも、怪しい臭いがするんだがなあ……』

 

 スーパーキャプテンの呟きを無視して、黒江は足早に住宅街を往く。

 

 どうして自分の心が揺れたのか、黒江にはそれが分からなかった。あの話を聞いてなんとも思わない人間ではないはずだが、だからと言ってそれで根本の考えが簡単に揺れる人間でもない。

 依然として、黒江はデュエルモンスターズを続けることを拒んでいるのは事実なのだ。

 

「っ」

 

「ぁ」

 

『黒江、危ないぞ。もっと周りを見て歩くんだ』

 

 自身の心境に当惑しながら歩いていたその時。

 考え事をしていても注意を怠っていたわけではないが、曲がり角で人とぶつかってしまう。

 この数日でよく人とぶつかるなと自身の注意力が散漫になっていることを危惧しながら、黒江は差し伸べられた手を取った。

 

「ありがとう」

 

「いえ、大丈夫ですよ。私の方こそぼうっとしていました」

 

 相手の少女は黒江と歳は変わらないように見えた。

 膝上まで伸びた黒髪に、ハイライトの消えた虚ろな青い眼。身長は黒江より少し低いくらいか。しかし、黒江同様に整ったスタイルをしている。

 自分が自分でなかったなら、きっと彼女のようだったかもしれない。黒江はそんなことを漠然と思った。

 

 ふと少女はその眼を虚空へと、正確にはスーパーキャプテンへと向ける。

 

「……貴女も精霊に好かれている方なんですね」

 

『む。もしや君、私のことが見えているのかね?』

 

「はい。私もそういう体質なので」

 

 昔は今よりもう少し多かったが、この時代、デュエルモンスターズの精霊が見える体質というのはかなり珍しいものだ。

 何となく存在を感知できる者なら百万人に一人、ハッキリとその姿を認識できる者はさらに少なく実に一千万人に一人程度の割合でしか存在しないと言えば、彼ら彼女らがどれだけ希少な存在であるか分かるだろう。姉妹三人揃ってハッキリと精霊の見える遊佐家など、存在そのものが天文学的確率によって成り立っていると言っても良い。

 事実、黒江は姉妹以外で精霊が見える人間と出会ったのは初めての事だった。

 

 少女はどこか嬉しそうに黒江に手を差し出す。

 

「ここで会えたのも何かの縁です。私は命堂涅音(みどうクオン)。涅音で良いですよ。貴女は?」

 

「命堂、涅音……ね。私は遊佐黒江よ」

 

「黒江と呼んでも?」

 

「ええ」

 

 その手を握り返しながら、黒江はその名に衝撃を受けた。

 

 命堂涅音と言えば、忘れるはずもない。先程先輩達が忌々しげにその名を口にした因縁の相手だ。命堂涅音なんて珍しい名前、そう何人もいるものではないだろう。

 

 嫌な偶然だ。

 こんな時には、必然や運命といった物の介在を疑ってしまいそうになる。

 

「黒江はデュエルモンスターズはやっていますか……という質問はするだけ無駄ですね」

 

 涅音は黒江の腰に装着されたデッキホルダーを見ながらそう言う。

 

 正直なところ、それで自分がデュエリストだと判断されるのも御免蒙りたかった。

 赤の他人同然の彼女に言ったところで意味の無いことだが、どうしてか自然と黒江は言葉を紡いでいた。

 

「……まあ、ほとんど付き合いでだけどね」

 

「付き合い」

 

「ええ。姉と妹が本当にデュエルモンスターズが好きなの。その流れで最近、私も始めることになったのよ」

 

 黒江はあまり会話を続けるのが得意な方ではない。

 必要に迫られれば不自由なく会話出来るが、普段のそのコミュニケーション能力は最低値付近で堂々と居座っている。そうでなければ、高校に入るまでまともに友達が出来たことがないなどという恐ろしいことにはならない。

 

 だが、この会話は必要に迫られるようなものではない。

 だというのに黒江の口は自然と回っていた。

 

「そういう貴女は?」

 

「私はほら、この通り」

 

「それは……プロのライセンス、というものかしら?」

 

 涅音が懐から出して見せたのは一枚のカード。

 それはデュエルモンスターズで生計を立てている証。これが無ければ国内外問わず公認大会に出場して生活できるだけの賞金を得ることはできない。無論、ライセンスの無いアマチュアでも優勝賞金自体は得られるが、プロのライセンスを持つデュエリストと違ってスポンサーが付くことが無いのだ。逆に言えば、ライセンスを所有するプロのデュエリストならばスポンサーが付いて、勝利すればそれだけのリワードを得られる。

 灰都もまた紫陽コーポレーションの社員であると同時に、紫陽コーポレーションや他にもいくつかの関連企業からスポンサードを受けているプロのデュエリストである。事実として今の遊佐家の貯金は三人姉妹が一生遊んで暮らしても尽きない程度にはある。

 

「ほとんど大会にも出ていないし、スポンサーが付いているわけでも無いのですが、一応は」

 

「そうなの? でも、ということは貴女はデュエルモンスターズが好きなのね」

 

 なんとなしにそう言った。特に深い意図は無かった。

 けれども、涅音はその一言にほとんど変わらぬ表情ながらに何とも複雑極まる顔を見せて吐き捨てる。

 

 

「────そういうものでもないですよ」

 

 

「え?」

 

 予想外な答えに黒江は二の句を口に出来なくなった。

 プロのデュエリストだと言うのに彼女の口振りはまるでデュエルモンスターズに興味が無いか、なんならデュエルモンスターズに好意的ではない者のソレであったのだ。

 

 その矛盾の理由が黒江には分からなかったが、しかし彼女が纏う雰囲気とその答えに黒江はどうしようもなく感情を揺さぶられた。

 

「……妙な空気になってしまいましたね、ごめんなさい。私はこれで」

 

「そうね。そろそろ私も行くわ」

 

「貴女とは気が合いそうです。それにまたどこかでお会い出来そうな気がします。それでは、またどこかで。そちらのヒーローさんも」

 

『ああ、達者でな』

 

 涅音はそう言うと踵を返してその場を後にする。

 

『……不思議な少女であったな』

 

「ええ、そうね」

 

 残された黒江は、その後ろ姿が完全になくなっても彼女のことが頭から離れなくなっていた。

 

 そして暫くその場で呆然と立ち尽くした後で、彼女もまた駆け足で来た道を戻るのであった。

 

 

 □

 

 

「まずは部員を見つけるところから始めなきゃいけないな」

 

「凛星の穴も埋めなきゃいけないしな」

 

「? 副部長は来ない?」

 

 副部長が来ない前提で話を進める二人に、御代は首を傾げた。

 そんなに強いと言うのなら尚のこと戦力として数に入れなければならないと考えるのは当然のことだろう。

 

桐紙凛星(きりがみリンゼ)さんは今、海外留学中なんだよ」

 

「海外留学……」

 

 教員なのもあり、あらかた特筆的な生徒の事情は理解している一条がそれに答える。

 特にデュエルモンスターズ部副部長こと桐紙凛星はこの学園創立以来の才媛とされており、その存在は今年赴任したばかりの彼の耳にも届いていた。

 

「アイツは頭が良いしデュエルもめちゃくちゃ強いからな。前々から紫陽コーポレーションにスカウトされてたんだよ」

 

「それを引き受けたから、今は海外で勉強をしつつ経験を積んでいるんだ」

 

「あの紫陽コーポレーションから……」

 

 紫陽コーポレーションと言えば、デュエルモンスターズの展開規模ゆえに今や国会議員になるよりも難しいとされる超々一流企業。

 商標関連の話もあり、その利益の全てを独占しているのだから当然だろう。今やその勢力は一国にも相当、いや超えるやもしれないと言われるだけのことはある。

 

 そんな紫陽コーポレーションからスカウトを受けるとは一体どれほどの人物なのか。御代は気になったが、この部にいればいつかは会える。そしてデュエルする機会にも巡り会えるだろうと御代はデュエリストの本能を疼かせた。

 

「……でも、遊佐さんまでダメだとなったら本当にアテが無くなるな」

 

「弱っちいヤツや、やる気のねえヤツは駄目だ。アタシ達と同じくらい、この状況にマジになってくれる気概のあるヤツじゃなきゃな。センコーは何か良い感じのやつ見つけられたか?」

 

「うーん、一応私の方でも当たってはみたんだけどね。どうにもデュエル部って聞いたら恐怖の顔で逃げるか、悪姫の手下かっていきなりデュエルをふっかけられて大変だったよ」

 

「……」

 

 旭飛はそっと目を逸らした。

 

「ま、まあ良いじゃねえか。そんなヤツらは入れたところで大した戦力になんねえし」

 

「旭飛……」

 

「うちのパイセンの悪口言ってたから、ちょっと痛い目見せてやっただけだって」

 

 胡乱な目に見られて旭飛はあたふたしながら必死に誤魔化した。黒江がこの場にいたなら、何か可愛い先輩から可愛い一面のあるスケバン先輩へと認識がランクダウンしていたことだろう。旭飛としてはその方が良かったと言うだろうが。

 

「んー、となると彼かなあ」

 

「彼?」

 

「うん、良い奴ではあるんだけどね。ちょっと申し訳ないっていうかさ。後は仮入部してくれたけど、どうにも雰囲気が合わなかったらしくて辞めた人とか。望み薄かもだけど、声を掛けてみる価値はあると思う」

 

 一応、何人かは織奈の中でも候補が上がっているらしい。

 

「まあ、ほとんど桜慈学園(うち)で名前が通っているデュエリストはデュエルスクール側だからさ」

 

「なるほど」

 

 御代は納得した。

 結局、強いデュエリストは強さを求めた故に強くなった場合がほとんどだ。それだけ上昇志向があるなら、設備はともかく強い対戦相手にはまず事欠かないデュエルスクールに行くだろう。

 他の学校ならデュエル部という選択肢も十分にあるかもしれないが、桜慈学園のデュエル部ならご察しだ。

 

「……私も、誘ってみる」

 

「ありがとう、竜見さん」

 

 何にせよ、ゼニスDMSに勝って大会への挑戦権利を再び得る為には、まず彼らと戦えるようにならなくてはならない。

 さっそく挫折気味な現状に早くも不安が顔を出すが、どうにかしようと御代は無表情のまま奮起した。

 

 その後も、活動についての説明を御代に行ったりすること数十分。

 一条は織奈の説明が終わったのを見計らって、そろそろかと時計を見遣る。針はあと十数分で下校時刻となることを示していた。

 

「さてと。じゃあ、今日はこんなところかな? 下校時刻まであと少しあるけど、部活はここら辺で終わりにしようか」

 

「そうですね、一条先生。二人もそれで良い?」

 

「ああ、アタシは構わねえぜ」

 

「私も」

 

 では、これで今日の活動を終わりにします。

 

 織奈がそう締めくくろうとしたその時、

 

 

「────少し待ってくれるかしら」

 

 

「「っ!?」」

 

 

 この場にいないはずの存在が、帰宅したはずの遊佐黒江がそこにいた。

 驚く一同を他所に、黒江は一条へ何やら書類を渡すと彼の目を真正面から見詰めて口を開く。

 

「これ、入部届け。さっき職員室で貰って記入しておいたわ」

 

「え」

 

 唐突な黒江の行動に一同は未だに状況を呑み込めない。

 

「私、さっき涅音に会ったの」

 

「涅音って、命堂の奴にか……!?」

 

「ええ。大した偶然よね」

 

 黒江自身、意外に思われるかもしれないが偶然や運命と言った物を信じている質だ。

 

 だからきっと、あの時の邂逅は運命だったのだと黒江は思う。

 後にも先にもこんな出会いは二度と起こらないと、彼女は確信していた。そう思うと居ても立ってもいられなくなった。

 スーパーキャプテンは『青春だな』と言って今日初めて引っ込んだ。

 

「私はもう一度涅音に会いたい。会って、彼女を知りたい」

 

「……だからデュエル部に入るって?」

 

 旭飛が不機嫌そうに黒江に問う。

 それもそうだ。自分達の仇敵と出会い興味を惹かれたからと、いきなり現れて入部届けを叩き付けてきたのである。苛立つのも無理からぬ話だ。

 

「ええ。私にそれ以外の理由は無いし、先輩達にとっても今はそれが先に進める最善の手じゃないかしら?」

 

 黒江の言葉に再び部室の中は静まり返った。

 あれだけ自己主張をしない黒江の豹変とも取れる変わり様に何も言えなくなったのだ。

 

 しかもその内容はどこまでも独り善がりで自分本意な物。

 けれども、その提案を無下にすることはデュエル部には当然出来ない。

 

「……分かった。遊佐さん、君の入部を歓迎するよ」

 

「ええ。期待はしないで欲しいけど、部員探しも手伝ってあげるわ」

 

「ありがとう」

 

「それじゃ、中断して悪かったわね。私は帰るわ。お疲れ様」

 

 そう言って、唐突に現れては要件だけ告げて風のように去って行った黒江。

 一同が再起動したのはそれから数分後の事。

 

 何やら波乱が起こりそうだという予感を、この時誰もが抱いていた。

 果たしてそれが如何なるものかは、未だ誰にも分からない。

 

 

 けれども、今日この時を境に物語は動き始めるのであった。

 

 

 To be continued.



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部員候補

『【I:Pマスカレーナ】の効果。貴方のメインフェイズに、私はリンクモンスターをリンク召喚します』

 

『っ! まさか!?』

 

 対戦相手の青年はこれから少女の行おうとしていることに気が付き、顔を驚愕一色に染め上げた。

 

『サーキット・オープン』

 

 少女の冷淡な声が響く。

 リアル・ソリッド・ビジョンによって、八つの空の矢印を携えたリンク・サーキットが中空に投影される。

 これから呼び出されるモノを察している人間からすれば、それはひとえに地獄の門(・・・・)のように見えた。

 

『アローヘッド確認。召喚条件は、リンクモンスター3体以上。私はリンク2の【I:Pマスカレーナ】にリンク1の【Erudite Vestiges】【be I am】【cry More】【Island】の4体をリンクマーカーにセット。サーキットコンバイン』

 

【I:Pマスカレーナ】と、おぞましさを煮詰めたような外見のモンスター達がサーキットに当て嵌められて行く。

 

 

『────溢れ出よ、地獄への憧憬、生への畏怖。リンク召喚、リンク()【Running to Life】』

 

 

『【Running to Life】……ッ!!』

 

 ソレは、なんと表現するべきであろうか。

 あまりの恐ろしさ、奇妙で奇怪、見続けていれば何かを失ってしまいそうな、ソレはそんな見た目をしていた。

 

 事実、そのモンスターを召喚した少女、命堂涅音以外のその場にいる人物は全員が全員同じように顔面を蒼白に変えている。

 

『【Running to Life】の効果を発動します。このカードがリンク素材とした【死の開花(エフロレッセンス・オブ・デス)】のカード名が記されたリンクモンスター1体につき、フィールドの使用されていないメインモンスターゾーンまたは魔法・罠ゾーンを封印。私は貴方のモンスターゾーン四箇所を選択。この効果はこのカードがフィールドから離れるまで継続しますので、そのおつもりで』

 

『メインモンスターゾーン四箇所を封印……!?』

 

 これでこのデュエルは終わった。

 青年のモンスターゾーンにはモンスターが1体。効果を発動し展開する前に【I:Pマスカレーナ】からの一連の動きでフィールドを完全にロックされたのだ。

 彼の手札、墓地、フィールド、EXデッキではこれを覆すことはできない。

 

 絶望に打ちひしがれた顔で青年がターンエンドを宣言したところで、テレビの画面が暗転する。

 

「……いつ観てもこいつはトンデモ効果だな、マジで」

 

「対策されていてもこれだけの展開をしてくるからな。正直言って、彼女のデュエリストとしての才能が恐ろしいよ」

 

「四箇所ロックは埒外」

 

「……これが、命堂涅音」

 

 旭飛、織奈、御代、黒江の順に感想を述べる。そのどれもが、デュエル部が直面している壁の高さに対する半ば呆れにも近いものだ。

 

 黒江はいつか来たるその日に向けて、デュエル部の部室で織奈と旭飛、御代、そして一条の四人と共に過去の命堂涅音のデュエルリプレイを鑑賞していた。

 

 今彼女達が観ていたのは、暮安区に存在する別の学校のデュエル部との一戦である。桜慈学園デュエル部と同じように強豪として数えられた一校であり、この時も、今後一切の大会への出場禁止が賭けられていた。

 

「思うに、彼女のデッキは現代のデュエルモンスターズにおけるほとんどの展開デッキに対してメタを張ることができる。基本、ここまで展開するには最高と言える程の初手の引きが必須となるけど、彼女の引き運はほとんど常に最高値の手札を引き寄せている。彼女は完全無欠だね」

 

「一条先生は勝てるのかしら?」

 

 一条のデュエリストとしての知識、解析力による解説に頷いた黒江は、ふと気になっていた事を口にした。

 過去、桜慈学園デュエル部を全国大会で優勝に導いた黄金時代歴代主将の一人ならもしかしてと思ったのだ。

 

 しかし、それに対する反応は芳しくないものだった。

 

「うーん。先攻を取れたら善戦できるかなぁ。それでも彼女の展開を止められる引きが前提なんだけど。彼女のあの引き方はいっそ仕組んでいると言われた方が納得できるよ」

 

「先攻からアタシの酒呑童子で手札を消し飛ばしても、多分アイツはその後の2ドローで必要なカードを手札に揃えてくるだろうよ」

 

 なんだそれは。

 あまりにもデタラメな二人の回答に、黒江と御代は唸りたい気分であった。

 

「オレも聞きかじった話でしかないんだが、噂では彼女はデュエルモンスターズの精霊が見える体質らしい」

 

「あー、だから引きが良いってヤツか? まあ、確かにデュエルモンスターズの精霊とやらに好かれているなら、あの引きの良さも納得できるけどよ。正直言って、だとしたら打つ手なしだぜ全く」

 

 黒江はその噂の是非を知っている。精霊に好かれていることがイコール飛び抜けたデュエリストの強さの秘訣という話にも一応の理解があった。

 強いデュエリストは精霊に好かれているのだとする説は昔からあるのだと、姉の灰都がいつか言っていたのを黒江は覚えていた。斯く言う灰都も世間からは時折そのように噂されている。

 無論、そうでなくとも豊富な知識に緻密なデュエルタクティクス、練り上げられたデッキ構築による強さを誇るデュエリストだって沢山いるし、単純に引き運の強いデュエリストならいくらでもいるとも灰都は言っていたが。

 

 ちなみに、今日はサナもスーパーキャプテンも傍にはいない。なぜなら、黒江は今日どちらのデッキも持ってきていないからである。

 理由は最近デュエルをし過ぎたから。尚、彼女の戦績は四戦三勝一敗だ。つまり彼女は先週末に行われたPlayersの店舗大会から一度もデュエルはしていない。

 

「……そう言えば、一人デュエル部に入ってくれるかもしれない人を見つけたよ」

 

 涅音への対策に頭を捻っていた一同を見兼ねたのか、一条はそう言って資料をテーブルに置いた。

 旭飛が興味深げに覗き込んだそこには、一人の人物についてのことが纏められていた。

 

「何何、古鞘時葉(こさやトキハ)ぁ? 知らねえ名前だな」

 

「オレも知らないな。多分、リボンの色からして一年生だけど……」

 

「私も知らないわ」

 

 古鞘時葉。上級生である二人と、入学したばかりのコミュ障遊佐黒江は聞いた事の無い名前に首を傾げた。

 それも無理からぬことだと一条が説明しようとしたその時、ここで意外な人物が声を上げる。

 

「古鞘時葉……知っている」

 

「お、マジか。どんなやつなんだ?」

 

 御代だ。その人物を知っているという彼女に旭飛が問いかければ、彼女は何処か堂々とした態度で口を開いた。

 

「私のライバルの一人」

 

「ライバルぅ?」

 

「そう。中等部の時に、店舗の大会で何度か戦ったことがある。後、同じクラス」

 

 御代はデュエルモンスターズを始めた頃からかなりの頻度でショップの店舗大会に参加していた。彼女いわく、古鞘時葉とはその時に出会い何度か対戦をした仲だと言う。

 加えて同じクラスであるという一言に、黒江は内心愕然とした。教師である一条のことを覚えていないのに、見事にクラスメイトのことを記憶している御代に言葉を失ったのだ。後、クラスメイトのことをほとんど何も覚えていない自分の対同年代コミュニケーション能力にも。それをどうにかしようという気概は無かったが。そういうところである。

 

「それで、どうしてセンコーはこの古鞘ってヤツに目星を付けたんだ?」

 

「粗方のデュエリストには声を掛けてみたんだけどね。皆、デュエルスクールに通っていたり、部に所属してまでのやる気は無い子だったりで全滅だったんだ。それで、仕方ないから昔の筋を辿って情報収集していたんだけど」

 

「そうしたらコイツが浮上したと?」

 

「ああ」

 

 旭飛が口を挟むとまるで極道や刑事モノの映画、ドラマみたいだなと黒江は思ったが、それは言わないでおくことにした。触らぬスケバンになんとやら。

 頷く一条に、旭飛は意味ありげな笑みを浮かべる。

 

「……で? コイツは、アンタが目を付けるくらいには強いのか?」

 

「ああ。入ってくれたらとても心強いよ。最近はデュエルをしていないようだけど、それこそ竜見さんが言っていた頃の彼女は大会でも何度か勝ち星を上げている」

 

「でもブランクがあんのか」

 

「知人のやっているカードショップには足を運んでいるみたいだから、ブランクはあっても天元寺さんの心配するようなことはないと思うよ。それでも気になるようなら君がデュエルで試せば良い」

 

 一条がそうつけ加えると、旭飛は嬉しそうに笑った。

 どうやらある程度戦える人間が増えて嬉しいらしい。部のこともあるだろうが、きっと彼女は強いデュエリストと戦えることに対して喜びを見せているのだろう。

 織奈はバトルジャンキーの嫌いがある旭飛の心中を察して苦笑を零すと、黒江と御代の二人に向き直る。

 

「デュエル部部長として、二人には古鞘時葉さんの勧誘をお願いしたい。頼めるかな?」

 

「勿論」

 

「……私と御代で大丈夫かしら?」

 

 赤い眼に懐疑を宿して織奈を見返す黒江だが、実際の話、クラスメイトである自分たち以外に適任はいないだろうとも考えていた。適性はともかくとして。

 

「……任せた」

 

「……分かったわ」

 

 その適性の有無は、織奈の沈黙が物語っていた。

 

 

 □

 

 

「少し待ってくれるかしら?」

 

「? ……わ、私ですか?」

 

 翌日の放課後。

 黒江は早速、教室を立ち去ろうとする紺の長髪をハーフアップにした後ろ姿を呼び止めた。猫背気味なのもあって少し暗く大人しそうな雰囲気的の少女だ。

 オドオドとした様子で辺りを見回した後、恐る恐る自分を指さした彼女に黒江は頷いてみせる。

 

「ええ、貴女よ。古鞘時葉(こさやトキハ)さん」

 

「えっと……遊佐黒江さん?」

 

「私も居る」

 

「わっ……あ、貴女は竜見御代さんですよね」

 

「そう」

 

 群青の目をぱちくりと瞬かせる時葉。

 黒江が話し掛けたのを見て御代も合流すると、時葉もまた彼女のことを覚えていたらしく、その名を呼び当ててみせる。

 

 しかし、意外な組み合わせだ。時葉はどうして自分が呼び止められたのか理解出来ずに疑問符を浮かべた。

 

「あの、それで遊佐さんと竜見さんは私に何か用事が……?」

 

「……ええ。ここではなんだし、ちょっと付いてきてくれるかしら。時間は取らせないわ」

 

「……わ、分かりました」

 

 ちらちらと自らのデッキホルダーに送られる視線に、デュエルから遠ざかっていることにはやはり何らかの理由があるのだろうと察した黒江は、取り敢えず場所を変えようと提案する。

 

 了解して後を付いてくる時葉。さあ、話をしようかというその時であった。

 

「……時葉、ここであったがなんとやら。私とデュエル」

 

「っ!? え、あ、デュ、デュエルですか!? あの、私、デュエルは……」

 

 デュエル。

 

 そう言われて、時葉は取り乱す。こういう展開も予想はしていたのだろうが、取り繕うことない宣戦に面を食らったようだ。

 しかし、何もそこまで驚くことは無いだろうと黒江が思ったのも束の間、時葉は思いがけない行動に出る。

 

 

「────ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!」

 

 

「あ」

 

 それ即ち、逃走である。

 気弱で大人しそうな見た目に反して、時葉の足はかなり速かった。

 

 これには、今度は黒江達が驚かされる番であった。

 けれどもこのまま彼女に逃走される訳にはいかない。先生に見つかって止められないことを祈りながら、黒江はクラウチングスタートの体勢を取った。

 

 あそこまで離されたらもう追い付くことは不可能だろう。

 己の運動能力の低さもあって諦観を覚えていた御代は、黒江が見せた教科書やテレビでアスリートがするお手本のような綺麗な姿勢に「おぉー」という気の抜けた歓声を零す。

 

「……ふっ」

 

 そして、黒江は駆け出した。

 

 持ち前のスタイルの良さと優れた運動神経、昔テレビで見た為に覚えていたアスリートの完成された走法の模倣。

 普段はなあなあにやっている為に発揮されない黒江の能力が遺憾無く発揮されて、時葉と黒江の距離はぐんぐんと縮まって往く。

 

 逃げ切れたかと後ろを確認した時葉の目に映ったのは、迫り来る黒いチーターと見紛うような黒江の姿であった。

 

「ひぃぃぃ!? 何で追ってくるんですかぁぁぁ!? 勘弁してくださいぃぃぃ!」

 

「待ちなさい、古鞘さん。話を聞いて」

 

「デュエルはしませんからぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 止まろうとしない彼女に、先ずは捕まえるのが先決かと黒江はさらに加速しようとする。

 上履きで廊下を踏み込み、さあ更なる加速世界へ。

 

 

 そんな時、第三者が黒江の前に颯爽と立ち塞がった。

 

 

「……っ! ……一条先生(・・・・)、飛び出してきたら危ないですよ」

 

「危ないのは遊佐さんだよ。あのまま走っていたら大変なことになってたかもしれない」

 

 それはきっと一条の教師としての責務だろう。廊下を走るのは禁止。走っている生徒がいれば止めて叱るのは当然のことだ。

 

 例え、相手が世界記録レベルの速度で走る生徒だったとしても。その行いが車の前に飛び出すようなものであったとしてもである。

 それを理解しているからこそ、黒江は素直に己の非を認めた。

 

「それはごめんなさい。……後、ハンカチ使いますか?」

 

 そして、ダラダラと冷や汗を流して顔を真っ白にした一条灯護に黒江はそっとハンカチを差し出すのであった。

 




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