原神〜二ツ目の騎士〜 (倉崎あるちゅ)
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プロローグ

 原神リリースされた当初から考えていた設定です。
 よろしくお願いします。


 

 荒れ果てた廃墟に暴風が吹き抜ける。

 廃墟──旧モンド城、またの名を風龍廃墟の上空に一体のドラゴンが羽ばたく。

 

「……風魔龍、か」

 

 風龍廃墟の入り口手前で両槍──西風両槍を携えた青年が呟く。

 

「またアビス教団の奴らの仕業だろうけど……どうしたもんかな」

 

 風龍廃墟にて闊歩する遺跡守衛、元素生物にヒルチャール達。それらを見下ろしながら顎に手を当てて考える。

 アビス教団は狡猾だ。何をするにしても厄介な罠を幾重にも張り巡らせてくる。

 ……兎にも角にもまずは、西風騎士団に報告をしなければないとな。

 くるりと現モンド城の方角へ体を向ける。すると、いつの間にかヒルチャール達が青年を標的にし、彼に近付いていた。

 ……うへー、やりたくない。

 心底嫌そうに顔を歪める。

 ヒルチャールの群れのその奥にいるのは、構造不明、製作者不明のゴーレム、遺跡守衛だ。

 ヒルチャールだけなら、握っている両槍で薙ぎ払えば切り抜けられる。しかし、遺跡守衛だけは別だ。物理攻撃はあまり意味をなさないし、遠距離攻撃もしてくるのが不愉快だ。

 一体のヒルチャールが号令をかけた。

 ヒルチャール語とも言われる、彼らが扱う言語で叫ぶ。棍棒に火をつけた赤毛のヒルチャール達が狂ったように突進してきた。

 

「ふっ!」

 

 両端に槍がついているという特徴を生かし、青年は流れるように赤毛のヒルチャール達を一蹴していく。

 しかし、続々とヒルチャールが押し寄せてくる。盾持ちに弩持ちが青年を襲う。

 気を引き締め、盾持ちのヒルチャール数体を横薙ぎで蹴散らし、密集する場所へ踏み込んだ。両槍を握る右手の篭手に着けている翠色のガラス球──神の目が輝く。

 

 その瞬間。

 

 青年の姿が掻き消えた。

 標的が消えたことにヒルチャール達が狼狽える。その直後、盾持ちのヒルチャール達が吹き飛ばされ、壁に激突し動かなくなる。

 密集していたヒルチャール達はバラバラになり、これによって統制は全く取れなくなった。

 

「──瞬風」

 

 びゅう、と風が吹く。

 両槍には風元素が付加され、翠色に染まった風が穂先に渦巻いている。

 バラバラになったヒルチャール達は何体か逃げ出しており、残った者たちは無謀に襲ってきた。

 再び青年が掻き消え、翠色の閃光が瞬く間にヒルチャールを切り裂く。翠色の軌跡が宙を舞う。

 それを見た弩持ちのヒルチャール達が怯えたように後退りし、背を向けて逃げていった。

 

「残りは、あいつか」

 

 青年はゆっくりと歩み寄る遺跡守衛を面倒くさそうに見る。

 ある程度の距離に来たゴーレムは背中の突起を動かし始めた。遠距離攻撃に入る前兆だ。

 遺跡守衛が機械音を出し、背中の突起を射出した。火を噴きながら飛んでくるそれを、テイワット大陸の者たちはミサイルと呼んでいる。

 青年は脚に力を入れて横へステップを踏む。ミサイルは彼へ向かって追尾していくが、引き付けて回避したため身体の横を通り抜けるのみだ。

 

「次はこっちの番だ、木偶の坊」

 

 再び、翠色の神の目が輝く。青年が前方へ跳躍した瞬間彼の後ろから突風が吹いた。

 

「蹴散らせ!」

 

 突風と共に顕現し(あらわれ)たのは風と鎧をまとう軍馬。

 軍馬に跨り、両槍を回すと風元素が集まり、巨大な槍へと姿を変えた。戦う準備はできたと軍馬が猛々しい嘶く。

 ドッ、と蹄を鳴らして軍馬が駆けた。遺跡守衛へ向けて風元素の槍を突きつける。

 

 

「──疾風軍馬」

 

 

 一直線に突き進み、その名の通り疾風となり遺跡守衛を貫く。

 その直後、遺跡守衛のコアから風元素が漏れ出始めた。ゴーレムがガタガタと震え、そして爆ぜた。

 それを確認した青年は軍馬を消して地に足をつける。

 

「はぁ……疲れた」

 

 たたでさえ任務で疲れているというのにこの連戦とは。目頭を抑えた青年は再びため息をつく。

 そんな気を抜いた時だった。

 ザッ、と草を踏む音が、風龍廃墟周辺の崖上から聞こえてきた。

 

「誰だ、そこにいるのは」

 

 両槍を構え、音がした方向を睨む。

 

「ま、待ってくれ! オイラたちは怪しいもんじゃないぞぅ!」

「そ、そうだよ」

 

 すると、白い宙に浮いたヤツを連れた金色の髪を靡かせる見慣れない白い服装をした少女だ。

 白いヤツは仰々しい反応を示し、少女のほうは冷や汗をかいている。

 青年は目を細め、二人を観察した。

 

「アビスの仲間じゃないだろうが……何者か聞いてもいいか」

 

 槍は収めない。その穂先をいつでも少女の喉笛を貫けるように握っている。

 

「私は蛍。旅人。こっちの浮かんでるのは非常食」

「非常食じゃない! オイラはパイモンだ!」

 

 パイモンと名乗る浮かんでいるヤツ(非常食)は宙で地団駄を踏む。そんな気の抜けたやり取りを見た青年は急に頭が痛くなるのを感じた。

 ……警戒した俺がバカだった?

 

「そ、そっか。俺は西風(セピュロス)騎士団所属、独立騎士のグリムだ」

「よろしく」

「おう、よろしくなグリム!」

 

 

 

 

 ✧ ✧ ✧

 

 

 

 

「へぇ、アンバーに連れられてモンド城に来たのか」

「うん。私たちがあそこにいたのは戦闘音があったから」

「そうそう! にしても凄かったな! グリムの風元素の馬!」

 

 モンド城へ向かう最中、旅人の蛍とその相棒、パイモンと共にグリムは蛍たちが風龍廃墟周辺にいた経緯を聞いていた。

 

「俺の元素爆発だ。移動にも使える」

「おー! それは便利だな!」

 

 興味津々にパイモンが目を輝かせる。残念ながら、モンド城を囲む湖──シードル湖が見えてきているため、ここでは元素爆発を行うことはできない。

 ……突風が凄まじいからなアレ。町に被害出るし。

 ……それに、むやみに見せたくないしな。

 

「でも、蛍とパイモンはタイミング悪い時にモンドに来たな」

「それ、ガイアにも言われたよ」

「あぁ。風魔龍が暴れてるんだよな? モンドに来た時は大変だったぞ」

「……ガイアと同じことを言ってしまったのか……不覚だ」

 

 小声で悔しそうに呟く。

 西風騎士団騎兵隊隊長、ガイア。飄々とした性格の、一見昼行燈のような男である。

 その男のことが、グリムはすこし苦手だった。彼自身はとても気さくでいい人物だ。しかし、どこか愉悦を欲するところがあり、あまり好きになれなかった。

 

「さて、モンド城に着いたな。俺はこれからジンに任務の報告をしに行く。蛍とパイモンはどうする?」

「オイラたちは鹿狩りでニンジンとお肉のハニーソテーを食べに行くぜ! な、旅人!」

「うん。またね、グリム」

「あぁ。何かあればアンバー経由で知らせてくれ」

 

 じゃあな、と手を挙げてグリムは蛍とパイモンを置いて、西風騎士団本部へ向かっていった。

 

 

 

 

 ✧ ✧ ✧

 

 

 

 

「──以上が、俺が集めた情報だ。他になにかあるか、ジン」

 

 報告事項をまとめた種類を執務室に設けられた机に広げ、白髪の青年──グリムが言う。

 その報告書を見た金色の髪をポニーテールにした美麗の女騎士がふぅ、とため息をついた。

 

「すまない、助かるよグリム」

「なに、これが俺の仕事だ。だが、ここ最近のアビス教団の動きがおかしいのは明らかだ」

「ああ。風魔龍の件もあるのが厄介だが……」

「おそらく、風魔龍の件にアビスが関わっている。風龍廃墟に足を踏み入れたが、アビス教団が使っている文字をいくつか見つけた」

 

 スッ、と写真機で撮影した写真を何枚か机に出す。

 

「これは……! 確かにこれはアビスが関わっている証拠になり得る。ありがとうグリム」

「いいや。これくらいのことしか俺にはできないからな」

 

 自虐を含んだセリフに、ジンは否定しようとした。しかし、それは団長室に入ってきた人物に遮られた。

 

「失礼するわ」

「エウルア? どうしたんだ?」

 

 入ってきた人物は艶やかな水色の髪をショートにした鋭利な雰囲気を醸す、堅氷(けんぴょう)の家紋を背負う女騎士。しかし、その彼女は急いで来たのか息が荒い。

 

「っ! グリム、帰ってきていたのね」

「まぁな。お前こそどうした? 珍しく息を荒立ててるなんて」

「そうだったわ。ジン代理団長、報告よ。望風山地にアビスの魔術師が数体出現、攻撃を仕掛けてきたわ。遊撃小隊はこれを迎撃。けど、不意討ちを受けて私以外の隊員は戦闘不能に陥ってしまった」

 

 その報告を受けたジンは目を見開いた。グリムもまた考えるように腕を組む。

 遊撃小隊は遊撃隊長であるエウルアが直々に指導をし訓練したものだ。それが不意討ちとはいえ戦闘不能になったとなると頭を抱える事案だ。

 

「この失態は私の責任よ」

「いいや、誰の責任でもない。すぐに迎撃隊を組もう」

 

 唇を噛む彼女に、ジンは落ち着いた様子で状況を打破するための指示を出す。

 ……龍災で混乱している状況での強襲、か。

 ……今の状態で出向けるのはそれほどいないはず。

 グリムはしばらく目を閉じ、決断を下す。

 

「迎撃隊を組む必要はねぇ。俺が行く」

「グリム? しかし、君はついさっき帰ってきたばかりで……」

「そんなこと関係ねぇだろ? アビス相手なら神の目を持ったヤツが必要だ。今のモンドに神の目を持ったヤツは少ない。なら、暇してる俺が行くのが一番だ」

 

 椅子の座面に置いていた篭手を手に取り、グリムは執務室の扉を開ける。

 

「隊員たちはバーバラに頼んで傷を癒してもらえ。ジン、バーバラに連絡を。エウルアは俺と来い。アビスのところまで案内してもらう」

 

 口早にそう告げて彼は執務室から出て行ってしまった。

 

「って、ちょ、ちょっと待ちなさいグリム!」

 

 呆然と立ち尽くしていたエウルアが我を取り戻し、慌ててグリムの背を追う。

 

「まったく、私よりもよっぽど代理団長に相応しいんじゃないかとつくづく思うよ」

 

 そんな彼らを見送ったジンは頭を抱え、そう呟いた。

 

 

 

 ドッ、ドッ、と蹄が地を鳴らす。風元素の軍馬が星落としの谷を駆けていく。

 軍馬に跨るのは風元素の神の目の所持者であるグリムと、その彼の腹に手を回す遊撃小隊隊長のエウルアだ。

 

「エウルア、最後にアビスの魔術師と交戦した場所は?」

「そうね、望風海角寄りの丘よ。ヒルチャールを連れて監視塔から弩で撃ってきた」

「ったく……これだからアビス教団は!」

 

 狡猾この上ない。

 それがグリムを苛立たさせる。

 

「見えた!」

 

 望風山地に入り、一番高い丘の上に監視塔が立っている。そこに居座る弩持ちのヒルチャールたちと木盾持ちのヒルチャール暴徒に炎斧持ちのヒルチャール暴徒。

 そして、氷と炎、水のバリアを張って浮いている小柄の魔物。

 

「このまま一気に貫く。エウルア、準備は?」

「行けるわ」

「よっしゃ、行くぞ!」

 

 ニヤリと笑って風元素によって巨大化した槍を構える。一点に集まった風は螺旋に渦巻き、監視塔を狙って疾駆する。

 軍馬そのものが一本の槍のように、それはアビスの魔術師たちへ突き刺さった。

 

 

 望風山地の丘の上にて、グリムは寝転がっていた。

 監視塔が存在していたはずだが、それはもうバラバラに崩壊し、木材が転がっているのみだ。

 

「まったく、君は無茶ばかりするわね」

「うるせ」

「君が怪我でもして退団しちゃったら、復讐する相手がいなくなっちゃうじゃない」

「……こいつ」

 

 しれっとそんなことを言うエウルアに、グリムは少々カチンと来た。

 ……心配されたと思いきやそれかよ。

 ……いや、言葉にしてないだけで心配してるのはわかってるけども。

 アビスの魔術師たちは撃退した。

 この一件について洗いざらい話してもらうつもりだったが、魔物たちは口を割らず、終いには自決してしまった。

 

「ホントに疲れた」

「お疲れ様」

「なー、エウルア」

「なにかしら」

「夜、酒飲みに行こうぜ」

「どこに行くの? キャッツテール? エンジェルズシェア?」

「んー、エンジェルズシェアで」

「わかったわ。予定を空けておくわね」

 

 先程まで吹き荒れていた風は去り、今は穏やかな風が望風山地に吹く。

 他愛もない彼らの会話は騎士団の団員たちが来るまで続いた。

 

 




 エウルア誕生日おめでとう。
 というわけでエウルアの誕生日だったので投稿しました。原神は読み込む量が多いので更新頻度は多くないと思いますが、よろしくお願いします。


 感想、評価お待ちしております。
 


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一話 モンドの復讐コンビ

 

 

 西風騎士団所属、《狂風騎士》グリム・アースガル。

 隊で動く騎士団にとって、異例中の異例の単独で動く独立騎士。

 騎士団の中で大団長、《北風騎士》ファルカに次ぐ実力者だと噂されている。

 

「かわい子ちゃんはグリムのことが気になるみたいね」

「そうみたいだな。アイツの実力は大団長にも引けを取らないからな」

 

 執務室では魔女の帽子に薔薇を飾った女性、リサと浅黒い肌に眼帯をした美丈夫、ガイアが会話する。

 ニヤリと笑う眼帯の男は腕を組み、執務室の扉近くの壁に背を預けた。

 

「グリムは西風騎士団の奥の手だ。アイツには怪我なんかされて退役されては困る」

「確かにそうだけど、わたくしとしては少し心配ね」

 

 ガイアの言葉に、リサは本棚から取り出した本を眺めながら言う。

 

「神の目、か」

 

 彼女の心配を察したジンが口を開く。

 

「ええ。()()()()()()()()()なんてテイワットを探しても彼くらいじゃないかしら」

 

 基本的に神の目は一人一つというのがテイワット大陸に住む者たちの認識だ。

 神の目所持者が死亡した場合は、元素力は失われ、ただのガラス玉(抜け殻)へと堕ちる。そういった事情で自分のものと抜け殻で二つ持つ者はいるかもしれないが、グリムの場合は元素力が宿る神の目が二つ。

 

「大丈夫だ。グリムも自分の立場を理解しているはずだ。迂闊なことはないさ」

 

 リサに対しジンは朗らかに笑う。

 

「ま、アイツのことだしな」

「そうね。彼ももう大人ですもの」

 

 昔はよくヒルチャールや元素生物に突撃しに行っていたが、今はもう大人で自制が効くだろう。

 

「それで、旅人についてだが……」

「あぁ、今モンドでグリムのことを聞いて回っているそうだ」

「昨日の元素爆発を見てしまったみたい」

「……そういうことか」

 

 あははとジンが苦笑し、ため息をついた。

 緊急だったとはいえモンド城で元素爆発を使用したのを許したのは、ここにいる西風騎士団代理団長であるジン・グンヒルドだ。

 ……すまない、グリム。

 ……休みを二日ほど延ばすから許してくれ。

 グリムの元素爆発は絶大な力を誇ると同時に龍災に匹敵する突風を巻き起こす。

 故に、人目のある場所では使ってはならない。それに加えて、グリムは目立つのがあまり好まないのが難しいところだった。

 

「そういえば、グリムのヤツはどこだ?」

 

 ガイアがふと思い出したように言った。

 

「……今日は休日だ。おそらく……二日酔いで倒れているんじゃないか?」

 

 予想できるものをジンが答えると、ガイアとリサの二人が呆れたように息をついた。

 

 

 

 

 ✧ ✧ ✧

 

 

 

 

「グリムについて? そうだなぁ。彼は優しいよ。ぶっきらぼうだけど仲間のために戦える強い人だね」

 

 旅人の蛍は、モンド城で先日出会った白髪の青年について話を聞いて回っていた。

 最初に聞いたのはアンバー。次はリサ、ガイアと続いた。鹿狩りの店員、サラやモンドショップの店員にも聞いた。

 そして、皆共通して口にするのは『強い』『優しい』といったものだった。

 

「凄いね、みんなグリムのことを慕ってる」

「そうだな! ジンといい勝負してるんじゃないか?」

「かもしれないね。普段はモンド城の外で活動してるから見かける人は少ないみたいだけど」

「オイラたちが出会ったのは偶然だったもんなー」

 

 うんうん、とパイモンが頷く。

 グリムの強さは出会った時に垣間見た元素爆発で理解している。

 ……けど、ニンジンとお肉のハニーソテーを食べる瞬間に暴風が起きた時は流石にイラッとした。

 ……あのあとジンたちにも謝られたしそんなに怒ってないけど。

 蛍とパイモンがニンジンとお肉のハニーソテーを食べる瞬間に暴風が発生し、せっかくの料理が台無しになったのはつい昨日の出来事である。

 

「そうだ! 今日はグリムを探してみようぜ!」

「そうだね。モンドを探索するにもピッタリだし」

 

 善は急げだー! とパイモンがくるりと宙を舞った。

 

 

 

 

 ✧ ✧ ✧

 

 

 

 

 そのころ、グリムは。

 

「ぅぉぉ……」

 

 ゾンビのような低い呻き声を布団にくるまって上げていた。

 ……頭が割れるように痛い。

 ……マジで昨日飲みすぎた。

 昨夜、エウルアと共にエンジェルズシェアへ酒を飲みに行き、お互い仕事についての愚痴をこぼしてから、好き勝手に酒を飲むというなんともダメな大人になっていた。

 

「くそぉ」

 

 ……恐るべし、蒲公英酒。

 最初はエウルアオススメのヒンヤリと冷たいドリンクを飲みながら、彼女が持参してきた料理をツマミにして飲んでいた彼は、気づけばリンゴ酒を手に取り、次に葡萄酒、最後に蒲公英酒のフルボトルを開けていた。

 蒲公英酒に行く前にアンバーが店に来て止めたのだが、酔ったグリムとエウルアは止まらず、フルボトルを開けたのだ。

 

「まったくもー。だから言わんこっちゃない」

 

 グリムの自室に来たのは、昨夜彼の暴挙を止めようとして止められなかった偵察騎士アンバー。

 その()()には冷たい水が入ったグラスが握られている。

 

「おい、()()()()。……起きろ。水が来たぞ」

「う、うぅ……」

 

 隣のベッドで丸くなっている布団から、痛みで悶える声が聞こえてきた。

 グリムの家はエンジェルズシェアの隣に位置する。よって、こうして酔い潰れた職場仲間に部屋を提供したり、二次会を開いたりと、色々なものに使われている。

 普段は異性を泊まらせることはないのだが、昨夜は家に帰ることが困難な状態だったため、グリムの家に泊まったわけだ。

 

「アンバー、机の上に置いてある紙袋とってくれ……」

「えーと、これ?」

「それ」

 

 手渡されたのは、中に何袋も入っている紙袋。その中には小さな紙袋に包まれた粉末状のものが入っていた。

 

「なにそれ」

 

 アンバーが、赤いリボンをウサギのように揺らして首を傾げる。

 エウルアも気になったのか、死んだような顔を少し覗かせていた。

 

「こいつは、璃月(リーユエ)不卜廬(ふぼくろ)っつぅ薬局で買った薬だ。酒を飲みすぎた時に飲むと少し時間はかかるが治る」

「……なんですって」

 

 グリムが震える手で薬の封を切ろうとすると、エウルアが彼の手首をガシッと掴んだ。

 

「君……私と飲んだ翌日、やけに元気だとは思ってたけど……そういうことだったの?」

 

 ジロリ、と彼女の金色の眼がグリムの蒼い眼を覗き込む。背中に冷や汗が一筋滑り落ちるのを感じた。

 

「私はいつも頭痛に悩まされていたのに……。この恨み、覚えておくわ」

 

 酒のせいで声が低くなっているのに加えて、恨みがましく言うからか、とても恐ろしく思える。

 アンバーはあちゃー、と顔に手を当ててグリムを見やった。

 ……これ、マジで恨んでるかもしれない案件か。

 

「わ、悪かったって。ほら、お前の分もやるから」

「当然よ」

 

 ばっ、とグリムから掻っ攫って袋の封を切り、粉薬を口に流し入れた。

 その瞬間、エウルアの眼が見開かれた。

 

「んんっ!?」

 

 口を抑え、彼女の顔が真っ青に染まる。まるで氷元素に漬け込まれたのかのように青くなり、目元がひくひくと引き攣る。

 

「え、エウルア!? ちょっとグリム! どういうこと!?」

「あー」

「!!」

 

 グリムは机に置かれた水が入れられたグラスを手に取り、異様な反応を示す彼女にグラスを渡した。

 手つきがおぼつかないエウルアの手にしっかり持たせ、水を口の中へ流し込む。ごくり、ごくりと彼女の喉が上下する。

 水を飲み干したエウルアはぷはっ、とグラスから唇を離した。

 

「とんでない苦さだわ……!」

「不卜廬の薬はとてつもなく苦くて不味いで有名だからな」

「なんで最初に言ってくれなかったの?」

「言う前にお前が持ってったんだろーが」

 

 ジトッとした目を向けられ、エウルアは目を逸らした。

 彼女から視線を外し、グリムも薬を口に流し込んだ。舌に広がる苦みに顔をしかめるが、手に持った水を呷る。

 

「あ゛ー……不味い」

 

 べー、と子供のように舌を出してアンバーに持ってきてもらったピッチャーで追加の水を入れ、ぐびぐびと飲み干している。エウルアもまた同様に、こちらは上品に飲んでいるが、二日酔いで布団にくるまって死んだような顔をし、挙句に薬を飲んで顔面蒼白にしたせいで台無しである。

 しばらくすると、体調が良くなった二人の顔色は通常になっており、足取りも良くなっていた。

 

「普段は二日酔いになんてならないのに、君と飲むと本当にダメね」

「俺だって普段そんなに飲まねぇよ。まったく」

 

 今回は特に酷かったと二人は揃って言う。

 アンバーは絶対お酒を飲まないようにしようと心に固く誓った。

 そんな彼女はでも、と口を開く。

 

「そこまで酔えるってことは、二人は楽しく飲んでたってことだよね。ガイア先輩が言ってたよ。楽しく飲んでいると、酔いが回りやすくなるって」

 

 アンバーのその言葉に、グリムとエウルアがお互いを見やる。

 

「確かにそうね。グリムと飲んでいると、一人で飲んでいる時より楽しいわ」

「そら一人で飲むのと二人で飲むのは違うだろうよ。それ言ったら俺だってそうだ」

 

 話す相手だっていない一人酒は、趣はあるが少々寂しい。

 その点、エウルアとなら彼女手製の料理をツマミにして飲める。グリムが提供するのは、普段はモンドの見回りをしてばかりで外国に行けない彼女に、璃月や少しばかり遠い国についての土産話を聞かせることだ。

 

「あ、そうだそうだ。ジンさんからグリムに伝言頼まれてたんだった」

「ジンから?」

「うん。休みを二日延ばすって」

「へぇ。なんでだろうな」

 

 はて、とグリムは首を傾げる。

 

「蛍とパイモンが、グリムについて聞き回ってて……」

 

 あはは、とアンバーが後ろに手をやってわざとらしく笑った。

 ……ハニーソテーを台無しにしたせいか?

 ……今度会った時にお詫びの品でもやるとしよう。

 グリムは目立つのが好きではない。

 故に、話題が上がり、注目されるのは少々面倒だと思っている。

 

「俺への配慮のつもりだな……ったく、ジンのヤツは……」

 

 ため息をついて額に手を当てた。

 ……アビス教団への対応はどうするのだろうか。

 グリムは難しい顔をして、ベッドの横に設けられた棚の上に置かれた篭手を見つめた。

 翠色の光を反射させるガラス玉──神の目。忌々しいものであると同時に、グリムの力の証である。

 

「まぁいい。休めと代理団長が言うなら従っておく」

「うん、その方がいいよ!」

「そうね、休める時に休んでおく。騎士の鉄則よ」

 

 ニコニコとアンバーが笑い、エウルアが腰に手を当てて言う。

 

「それを言うなら、そこの罪人の末裔さんも休んでおけよ」

「は? なぜ私が休まないといけないのかしら」

 

 片眉を上げて、エウルアは白髪の青年を訝しむ。

 

「小隊の隊員、怪我で何日か安静にしないといけねぇだろうが」

「……そうだったわね」

「自分が怪我してないからって働く気かよ。休んどけ」

 

 どこか彼女を小馬鹿にしたようなグリムの発言に、エウルアはムッと顔をしかめて、篭手をつけて出かける準備をし始める彼に対して指摘する。

 

「そう言って、君は独断でアビス教団について調べようとするんでしょう?」

「ちげぇよ」

「じゃあファデュイについてかしら」

「……うっせ」

 

 図星だった。

 龍災について、氷の神の国、スネージナヤの外交使節である組織──愚人衆(ファデュイ)が圧力をかけてきていることは西風騎士団では周知の事実だ。

 ……神のいない国を支配したいのは見え見えだ。

 ……その他にも、もっとヤバそうな勘もある。

 

「えーと、あの……ふ、二人とも……」

 

 険悪な雰囲気をまとうグリムとエウルアに、アンバーが困ったように眉を八の字にしていた。こころなしか、赤いリボンも垂れているようにも見える。

 

「あー……」

 

 これ以上は面倒臭くなりそうだと思い始めたグリムは、嵌めていた篭手を脱いで、テーブルにドカッと置いた。

 それを見たエウルアも、不機嫌な雰囲気をしまった。

 

「動かなきゃいいんだろ」

「ええ。最初からそうしてればいいのに。現状、ファデュイは圧力をかけてくるだけで、なにもしていないわ。嗅ぎ回るのは得策じゃない」

 

 エウルアの意見は正しかった。

 思わずグリムは口をへの字にし、不満を顔に出す。

 

「……はぁ。わかったわ」

「? なにがだ」

「ファデュイについて調べてもいいわ。けど、モンド城だけに絞るのよ。それと、私も一緒に参加するわ」

「はー?? なんでお前も一緒なんだよ」

 

 ファデュイに関しては遊撃小隊の管轄ではない。

 この管轄は、西風騎士団の中で独立騎士であるグリムの管轄だ。そこに部外者を入れるのは道理が違う。

 

「君だけだと戦闘になるからに決まってるじゃない」

「いや、それお前に言われたくないわ」

「なんでよ!」

 

 グリムの返答にエウルアが頬をふくらませた。

 

「いいか? 基本的にお前は俺と同類。復讐をしたくて動いている。だよな?」

「そうね。その通りよ。私は騎士団に復讐をしたくて騎士団に入ったもの」

「俺は俺でアビス教団とファデュイに復讐を果たす。そのために騎士団に入った」

 

 手段がアレなエウルアはおいておき、二人とも復讐をするために動いている。

 

「そんな俺らが一緒に調査なんてしてみろ。悪巧みがわかった瞬間、徹底的に潰すのが目に見えてる」

「……」

「あー、目に浮かぶねー」

 

 グリムのセリフに、アンバーが脳内で暴れ回るグリムとエウルアの姿を描いた。

 暴風に乗って光臨の剣が飛んでくる様を想像し、ぶるりと身を震わせる。

 

「普段なら一人だから、あんまり戦闘はしない。が、二人なら……というか、お前と一緒の時はダメだ。歯止めが利かん」

 

 現に、先日の望風山地の監視塔破壊の件がその証拠だ。明らかに歯止めが利いていなかった。

 エウルアほど腕の立つ騎士はそうはいない。

 独自に編み出した、ダンスと西風剣術の融合という誰も想像しなかった剣術で敵を薙ぎ倒し、彼女のマントに着けている氷元素の神の目から得られる氷元素の大剣で貫く。

 そして止めの光臨の剣という、範囲物理攻撃の元素爆発。

 グリムの元素は風。スピードを出して撹乱でもすれば、エウルアの攻撃を容易く敵に当てるように誘導できるだろう。

 他にも取れる選択肢はあるが、あげてもキリがない。

 

「アイツがいれば、話は違ったんだがな……」

 

 不意に、そんな言葉が彼の口から溢れ出た。

 

「グリム……」

 

 彼の名を呼んだのはエウルアかアンバーか。どちらかはわからない。

 アイツ──グリムの弟はこの手の搦手に強かった。

 戦闘一辺倒の兄を支えるため、政治的な知恵を出すのは弟の役目だった。

 ……だからこそ、アイツはファデュイの陰謀に絡め取られ、アビス教団に殺された。

 

「ま、仕方ねぇか」

 

 死んでしまった者は蘇らない。

 これは、グリムの璃月の知人から言われたものであった。

 

「暇してる遊撃小隊隊長殿にも協力してもらいますかね」

 

 心底面倒臭くさそうにして、彼はエウルアを見る。

 

「ええ。もちろん協力するわ」

 

 彼女は当然のように胸を張り、ベッドに腰掛けるグリムを見下ろす。

 

「じゃあ、外のことはわたしに任せて!」

「おう、頼んだぞアンバー」

「任せるわね」

 

 偵察騎士としての役目を果たすぞー! と意気込むアンバーに、グリムとエウルアは苦笑いを浮かべた。

 

 こうして、期間限定でモンドの復讐コンビは共にファデュイの調査を開始するのだった。

 

 




 戦闘描写ないとスラスラ書けるのバグかなんかか?
 戦闘描写が好きな私にとって凄い苦い顔をする事案なんだが。

 原神のストーリー知らないと、何言ってんだこいつらみたいな感じになってるけど許して欲しい。
 あと、あらすじ読んでないとなんで復讐するんだこの主人公ってなるので注意。


 感想、評価お待ちしております。原神についての質問もお待ちしております。

TwitterのIDは
@kurasaki_arutyu
なのでよろしくお願いします。


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二話 四大家系



 お待たせしました。


 

 

 

 グリムの休日は今日を入れて三日しかない。

 よって、ファデュイの調査とは言っても大袈裟なものではなく単純な聞き取り調査に移行した。

 軽く聞き取り調査を行い、それをジンに引き継ぐ形になる。

 

「で、手始めにどこでするんだ?」

「え? 考えてなかったの?」

 

 アンバーと別れて、二人は家の前で立ち尽くす。

 まさか二人とも揃って何も考えていなかったとは思ってもなく、初手から躓いた。

 

「……お前が一緒に来るって言ったし、なんかあるもんだと」

「君がファデュイについて調べるって言うから何かあるかと思って……!」

 

 互いの顔を見合せ、グリムとエウルアは冷や汗を垂らす。

 この二人、信頼し過ぎているが故に共に行動すると、よくこういった情報共有を怠っているのである。

 

「ま、まぁ! アテがないこともないわ」

 

 ふい、と顔を逸らしてエウルアが腕を組んでそう言う。

 

「へぇ、どんな?」

「私の叔父よ」

「……おいおい、マジか?」

 

 涼しい顔をしてそう宣う彼女に、グリムは目を見開く。

 ファデュイについて調べるアテがローレンス家の人間だというだけで驚きだが、エウルア自身から親戚を売るような発言がそれを加速させる。

 

「平気よ。別に私はローレンス家に執着なんてないもの」

「いや、まぁそうだけどよ」

 

 エウルア・ローレンスという女性は、ローレンス家がモンドに害をなすならば、自ら実家に引導を渡して別の姓を名乗ってもいいとすら思っている騎士である。

 ……理解してるつもりだけど、毎回こういうところさっぱりしてるな。

 ……エウルア以外のローレンス家の高飛車具合を見れば嫌でもわかるけど。

 たまにローレンス家の人間が住民に向かって偉そうに話しているのを見かける。グリムもまた、話しかけられた時はうへぇ、と顔に出したものだ。

 

「ちょうど良かったわ。少しでも確証は欲しかったの」

「確かに、ファデュイ(やつら)と繋がっているとわかれば警戒できるからな」

「ええ。それに、叔父は単純よ。すぐに尻尾が出るわ」

「お前、それ身内に対して酷くない?」

「酷くないわ。至って普通よ」

「そ、そう」

 

 言われてみれば、国を脅かす連中と身内が繋がっているとしたら、確かに普通の対応かもしれない。

 

「決まりね。行きましょう」

「……おーけー」

 

 気が重い。

 エウルアの叔父ということは、あの家でもやけに偉そうな人間だ。

 ……一度会ったことあるけど、気難しい人なんだよな。

 ……どうにもあの手の人は苦手だ。

 優雅に歩みを進める彼女の背を見ながら、グリムはそんなことを思う。

 

「あ、グリムさん! こんにちは!」

「ん? おぉ、サラか。おっす」

 

 鹿狩りの前を通ると、店員のサラがグリムに挨拶し、彼は手を挙げて応えた。

 彼が立ち止まったことに気づいたエウルアが不思議に思い、振り返る。

 

「あ、エウルアさんもいらしたんですね! こんにちは」

「えぇ。こんにちは」

「お二人とも、よかったら串焼き食べませんか? 実は作りすぎちゃって」

 

 あはは、とサラは快活に笑う。

 グリムとエウルアは顔を見合せて頷いた。

 

「えぇ。貰おうかしら」

「ちょうど小腹が空いてきたところだ。タイミングがいい」

 

 時刻は昼過ぎ。それまでお互いベッドに蹲っていたので何も食べていないのだ。そこでちょうど良く食べ物が来れば、話に食いつくに決まっていた。

 ぐぅ、とグリムの腹が鳴る。

 

「悪い、追加で何本か欲しい」

「ふふっ、はい。承りました!」

 

 グリムが苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

 サラが用意してくれている間、グリムとエウルアは近くの席に着く。

 

「ずいぶん大きな音だったわね」

「あぁ。俺も驚いた」

 

 テーブルに頬杖をつき、彼は溜息をついた。エウルアは脚と腕を組み、呆れた表情でグリムを見つめる。

 

「さすがに朝からなにも食べてないんだ。仕方ねぇよ」

「……」

 

 ……この男はどうしてこうなのかしら。

 ……確かに、私もお腹が減ってたけど。

 エウルアは心の中で呟き、黙ったままグリムを見やる。

 

「お待たせしました!」

「ありがとう、サラ」

「いえいえ! たくさんありますから、遠慮なく食べてくださいね!」

 

 グリムは串を受け取ると、早速一本手に取った。串を口に含み、肉汁が広がる旨味を楽しむ。

 

「やっぱ美味いな……。助かった、サラ」

「はい! 喜んで頂けて嬉しいです」

 

 グリムが礼を言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「それで、お二人はデートですか?」

「ん? まぁ、それでも構わないが」

「ちょ、ちょっとグリム!?」

 

 さらっと宣うグリムに対し、エウルアが慌てる。

 その様子を見たサラがくすりと笑みをこぼした。

 

「冗談ですよ。お二人の仲の良さは知っていますからね。おおかた、二人で朝近くまでお酒を飲んでいたんでしょう?」

「……鋭いわね」

「そりゃ、お客さんのことは見てますからね。それでは、ごゆっくり」

 

 サラはひらりと手を振って厨房へ戻って行った。

 彼女の姿が消えたところで、エウルアは小さく咳払いをする。

 

「この恨み、覚えておくわ」

「悪かったって。ほら、お前の分の串焼き」

「ふん……」

 

 グリムから串焼きを受け取り、エウルアはそっぽを向いて串焼きを食べ始める。その様子に彼は苦笑いするしかなかった。

 

「……?」

「ん? どうかしたのか?」

 エウルアの動きが止まる。

 何かに気づいたような素振りを見せた彼女に、グリムが問いかけた。

 

「あれは……」

 

 彼女はその柳眉をひそめ、席から急に立ち上がった。

 

「エウルア?」

「叔父よ。行くわよ」

 

 男らしい食べ方で串焼きを食べ終え、エウルアはカツカツとヒールを鳴らして歩き始める。

 

「え、待てよ。サラ! 悪い、残ったもの包んでおいてくれ。代金はテーブルに置いておく」

 

 サラに一言入れ、グリムは返事を聞かずに少し多めのモラをテーブルに叩きつけてエウルアを追った。

 さすがに串焼きを数本しか食べられてない彼は、食べ足りないのか手には二、三本握られている。

 

「んで、どこに向かってるかわかるか?」

「おそらくモンド城の裏口ね」

 

 エウルアの視線の先には、高貴そうな服に身を包む男性がいる。彼女の叔父、シューベルト・ローレンスその人だ。

 グリムもシューベルトの姿を確認し、エウルアの手をとった。

 

「このまま尾行してたんじゃ、お前の叔父は気づかないだろうが、これから会うであろう人物にはバレる」

「じゃあ、どうしろって言うのよ」

「こうすんだよ」

 

 不貞腐れる彼女を連れて路地裏に入り、グリムは左手に付けている篭手を掲げる。右の篭手と同じ部位には、エウルアと同じ色をしたガラス玉──神の目がある。

 

「フギン、ムニン頼むぞ」

 

 その呼び掛けに、氷元素を纏った大鴉が二羽、グリムの肩に出現した。

 こくりと頷く動作をした二羽の大鴉は飛び立ち、シューベルトのいる方角へ向かっていく。

 見送ったあと、エウルアの方に目を向けると、そこにはジトっとした眼を向ける彼女の姿がある。

 

「君、立場わかってる?」

「え?」

 

 ……エウルアのやつ、めっちゃ不機嫌なんだけど。

 ……俺の立場って独立騎士だよな? 

 西風騎士団の中でもグリムは特別な位置に属する。ファデュイ、アビス教団、宝盗団、またはそれ以外に暗躍する者に対し独自に調査並びに殲滅を目的とした騎士だ。

 そこに神の目を用いて調査してはならないなどのルールは存在しない。

 

「いい? 君は神の目を二つ所持していて、それを両方とも使えるの。もう少し人の目を気にしなさい」

「だから路地裏に来たんだろ?」

 

 悪びれることなくそう言うグリムに、エウルアはその整った顔を険しくする。

 

「私がいるじゃない! 信頼してくれるのは嬉しいけど、私はローレンスの人間よ。だから──」

「──んなもん、関係ねぇだろ。俺にとって、エウルア・ローレンスは旧貴族じゃねぇ。波花騎士のエウルアだ」

 

 ……そもそも、旧貴族に俺の神の目を見せるな、なんてジンにもガイアにも言われてねぇしな。

 ……人目のないところで使えとは言われてるが。

 エウルアの言葉を遮り、グリムはそう言い切った。彼女はその言葉を聞いてポカンとする。まさかそんなことを言われると思っていなかったのだろう。

 数秒経ってから、彼女がくすりと笑みを浮かべた。

 

「ていうか、これで何度目だと思ってんだ。ツンデレも大概にしろ」

「な、なにがツンデレよ! 勝手なこと言わないで」

 

 ギャーギャー、ワーワーと二人の騎士が路地裏で騒ぐ。

 他愛ない会話が聴こえ、モンドの城下町を歩く人々は笑みを浮かべている。

 ぜぇ、ぜぇ、と息を荒くする二人の上で、一羽の大鴉が鳴いた。

 

「おっと、接触したみたいだな」

「場所は?」

「モンド城裏の桟橋だな」

 

 互いに頷き、足早に路地裏から出ていく。

 二人が目指すのは桟橋に隣接する、モンド城の城壁だ。そこには弓兵を配置するための歩廊がある。そこでシューベルトと、その接触者の話を聞くのだ。

 

「……なぁ、これ」

「……えぇ」

 

 果たして、シューベルトとその接触者の会話は聞き取れた。しかし、その内容はあまりにもあんまりだった。

 

「我が叔父ながら、残念すぎるわ」

「根はいいんだがな、あのオッサン」

 

 はぁ、とグリムとエウルアは溜息をついた。

 結果としてはエウルアの叔父、シューベルト・ローレンスはファデュイと接触し、旧貴族であるローレンスに再び栄光を与えんがために行動していた。

 しかし、ファデュイは狡猾だ。甘い話には裏がある。

 

「これで確証は得たわ。ファデュイは叔父を利用してなにかをする」

「そのなにかがわかればいいんだが……さすがにこれ以上は危険か。オッサンの命もそうだし、今のファデュイからの圧力が強まって西風騎士団が動けなくなる」

 

 圧力が弱くなり、大使館にファトゥス執行官である淑女──シニョーラがいなくなれば、この件を片付けることができるだろう。

 ……淑女がモンド城にいるのはまずい。独立騎士である俺でさえ手を出すのはキツい。

 ……あの公子(脳筋)なら話は別だったんだがな。

 

「ローレンス家を良くするため、とはいえ手段がな」

「そうね。ほかの三家と一緒に変えていけば、今の状況が覆るかもしれないのに」

 

 モンドには、古くから国を支える名家が()()存在する。

 グンヒルド家、ラグヴィンド家、ローレンス家、そして()()()()()()

 グンヒルド家は代理団長であるジンの家だ。モンドの英雄ヴァネッサと共に民たちの味方となり、守護する存在となった一族である。

 

 ラグヴィンド家はモンドの名産、蒲公英酒を専門に造酒しているワイン産業全体を代表する名家だ。その当主がオーナーを勤める酒場が、昨日グリムとエウルアが訪れたエンジェルズシェアである。

 

 ローレンス家はエウルアの家であり、モンドの暗黒時代において圧政を敷いた旧貴族だ。奴隷をコロッセオに放ち、殺し合いをさせるという残酷な所業をし、英雄ヴァネッサに打倒された一族である。故に、ローレンス家には罪人の血が流れており、モンドの民からは忌み嫌われ、モンドショップや鹿狩りなとで買い物すらできないでいる。

 

 最後に、アースガル家。

 グリムの家であり、暗黒時代においてはグンヒルド家と共にモンドの剣、槍として英雄ヴァネッサを支えたとされる。

 ……過去の当主たちはどうかは知らんが、今の当主、次期当主はローレンス家に悪感情はない。

 ……俺の家はそもそもそんなヤツらはいないように徹底してるし、他の家だって似たようなもんだろ。

 事実、ラグヴィンド家が運営するエンジェルズシェアはエウルアや他のローレンス家の人間を拒んでいない。

 代理団長のジンはエウルアのことを認め、お茶会など若者の女性らしいことをしている。

 

「今は泳がせておくけど、もしモンドに危険があれば、私が直々にローレンス家を抹殺する」

「……まぁ、いいけどよ」

 

 エウルア・ローレンスはそういう女性だ。モンドに仇なすならば一族を抹殺する。それが、彼女が一族としての役目だと思っている。

 グリムもその考えには同感だ。

 

「さて、わりと時間がかかったな。どうする? 鹿狩りで済ますか?」

「そうね。残りの串焼きを任せてしまったし」

 

 氷元素の大鴉二羽を消し、彼は背中を伸ばした。

 

「んー、明日はなにすっかなぁ」

「まだ私の小隊は復帰できないみたいだし、今夜も付き合ってもらうわよ」

「よし、今日はほどほどにして飲むかぁ!」

「ほどほどで済むかしら……」

 

 苦笑しつつ、エウルアが歩き出す。その隣に並ぶようにグリムはついていった。

 






 グンヒルド家はwiki乗ってるけど、ラグヴィンド家がまったく情報無さすぎるぅ!!!

 今回はAIのべりすとくんにお手伝いしてもらいました。
 AI「こういうのあるよ?」
 倉崎「へぇ。じゃあこうして、こう!!」

 っていう感じでできあがりました。

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