転生したら、ロケット団の首領の娘でした。 (とんぼがえり。)
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序章
1.子煩悩


 不幸な事故で亡くなった後、目覚めたらベビーベッドの上に居ました。

 つまりはまあ、ネットでよくある異世界転生。それも原作ゲームがある世界と云う、なんともありがちな話の展開であった。

 転生先がポケットモンスターということも含めれば、何処の三流作家が書いた設定だと云いたくなる。

 

 それで五年の歳月が過ぎる。

 此処はカントー地方、トキワシティにある豪華な屋敷。あまり外に出ることは許されず、常に護衛の者が私の側に付き従っている。学校にも通わせて貰えず、勉学に関しては護衛の者が教えてくれている。基本的に護衛は四人の交代制だ。名前は、アポロ、アテナ、ランス、ラムダ。彼らは私の事を御嬢様と呼んでおり、それぞれのやり方で過剰なほど丁寧に接してくれる。

 つまりは、まあ、そういう事だ。

 

「パープル! パープルは居るか!?」

 

 屋敷の玄関から声が上がった。私は部屋を飛び出して、トタトタと階段を駆け下りる。

 玄関には、オールバックな強面の御父様、あの犯罪組織ロケット団の首領であるサカキが満面の笑みで私を出迎えてくれた。腰を落として両手を広げる彼の姿に、内心で苦笑を浮かべつつ、その胸に目掛けて思いっきり飛び込んだ。ギュッと首に抱き着けば、そのままサカキは私を抱き上げる。

 遅れて、台所から姿を現したのは青色に近い銀髪の男、護衛役のアポロが涼しい顔でエプロンを付けている。

 

「サカキ様、お帰りなさいませ」

「アポロ。早速だがパープルに関しての報告を頼む」

「はっ! 現在、確認できるポケモン全てのタイプを記憶している事を確認し、今は覚える技について学習を開始したところです」

「ふむ、それは素晴らしい報告だ。私も子供向けのポケモン図鑑を毎日、開いていた事を思い出す」

 

 御父様が私の頭を優しい手つきで撫で回す。褒められて、ついつい私も笑みが零れる。

 

「他には、何かあるか?」

「こちらを」

 

 アポロが取り出したタブレットを操作し、そこに一枚の画像を映し出した。

 そこには私が手持ちのオニスズメと戯れている姿がある。何時の間に撮ったのか、じぃっと私がアポロを睨み付けてやったが、彼は涼しい顔で受け流した。ほお、と御父様は興味津々に写真を眺めた後、私の端末に画像を送れ、と指示を出す。分かりました。と軽く頭を下げるアポロ、私はちょっと気恥ずかしくって御父様から顔を背けた。

 そのまま食卓へと足を運び、食事を摂りながら今日あった事の報告会が始まる。

 

 ……どういう訳か、御父様は子煩悩になってしまいました。

 

 親が犯罪組織の首領という点に関しては、少し思うところがあるけども、それはそれとして私は御父様の事が大好きだ。

 御父様が喜んでくれるならと勉学に励んだし、大して興味もなかったゲームの知識を付けるくらいの事だってしてみせる。御父様は犯罪組織の首領という身分であるにも関わらず、仕事の合間に娘の私と会う為に屋敷に訪れてくれる。仕事に出かける時、行ってらっしゃい。のハグをすれば、彼は柔らかい笑みを浮かべて、行ってくる。と優しく返事をしてくれた。

 それだけの事が、私にとっては嬉しかった。

 

「あと少しでパープルの誕生日だな」

 

 おもむろに切り出された言葉に私は首肯する。

 

「欲しいものはあるか?」

 

 その言葉に私は、予てより決めていた我儘を口にする。

 

「サイホーンが欲しいです」

「……サイホーンか? ピッピや、ピカチュウでなくても良いのか?」

「はい、御父様と同じポケモン。できれば、御父様が捕まえてくれたポケモンが欲しいです」

 

 それから、と続く言葉を口にする。

 

「御父様にもポケモンバトルの事を教えて欲しいです」

「それは……」

「私、御父様のような強くてカッコいいポケモントレーナーになりたいです」

 

 御父様は食事をする手を止める。そして、少し複雑そうに眉を顰めた後、そうか、とびっくりするくらい優しくて落ち着いた声を零す。

 

「……わかった。ポケモンに関しては、誕生日までに用意しておく」

「ありがとうございます」

「ポケモンバトルに関しては、できるだけ時間を作るようにしよう」

「ほんと!? やった! 御父様、ありがとう!」

 

 嬉しさ余って、両手をギュッと握り締めた。

 それからアポロが私を睨み付けるのを見て、あっ、しまった。とストンと椅子に座り直す。

 御父様に、はしたない姿を見せてしまった。

 

「頑張っているようだな」

 

 御父様は、そう告げた後で私の頭に手を乗せる。

 

「お前は私の自慢の娘だ」

 

 そう言われて、嬉しくって、頬がだらしなく緩んでしまった。

 犯罪組織の首領の娘に転生した時は、どうしたものかと思ったけど、今、私は毎日が幸せで充実しちゃってる。

 

 

 娘が産まれた、という話を聞いた。それは数ある現地妻の一人からの連絡であり、赤子を押し付けられた時にはもう亡くなっていた。

 当時、娘はまだ一歳にも満たぬ年齢。DNA鑑定の結果から、確かに娘と私の間には血縁関係がある事が分かった。しかし、それが分かったとして、次はどう扱うべきか悩まされることになる。母親が生きているのであれば、養育費として多額の金銭を支払うだけで話を付けるのだが、母親が生きていなければ意味がない。孤児として孤児院に入れることも考えたが、そこから足取りを掴まれるリスクは負いたくない。かといって、邪魔だから殺す。という選択を取れる程、人間を辞めているつもりもなかった。

 とりあえず、様子を見る為に適当な部下に面倒を見させて、時を稼ぐ事にする。

 

 この娘、予想以上に手間が掛からない。

 夜泣きに悩まされる事もなければ、必要がある時以外に泣き喚く事もしなかった。その事を気味悪く思う部下も居たが、手間が掛からない事は良いことだと考えて、暫し様子を見ることにする。

 更に月日が過ぎて、娘がポケモントレーナーとしての才能の片鱗を見せる。

 

 それは、とある日の事だった。

 手持ちのポケモンのストレスを溜め過ぎない為、部屋の中でポケモンを解放する事がある。サイズの大きいポケモンは庭に出したりもするが、ペルシアンといった比較的、サイズの小さいポケモンに関しては家の中に放っても問題はない。ポケモンと云うのは存外に賢いものであり、触れてはいけないものやしてはいけないことなんかは学習する。もし粗相をすることがあれば、それはトレーナーとしての腕前が未熟と云う事だ。手持ちポケモンの躾もできぬ者は、トレーナーを名乗る資格はない。

 さておき、私が執務室で書類に目を通し、ポケモンを部屋で自由にさせていた時の事だ。

 団員達が慌てた様子で屋敷内を駆け回っているのを見かけたので、話を聞くと、彼らは蒼褪めた顔で娘が居なくなった事を報告してきた。攫われたのか、自力で脱出したのか。……いや、攫われたのであれば、私のポケモンが反応しないはずがない。自力で脱出できるほど、ベビーベッドの柵が低い訳でもない。不可解な事件に、とりあえず娘を捜索させる為、犬笛で部屋に放っていたポケモン達に合図を送った。

 

 おずおずと姿を現したのはニドクイン。

 何時もとは違う困惑した様子の彼女は、私に向けて視線でなにかを訴えてくる。

 その不可解な様子に疑問を抱きつつも、心当たりのある彼女の案内に従った。

 

 客間のソファーで横になるペルシアン、その懐で娘は気持ちよさそうに眠っていた。

 困った様子のペルシアン。娘が身動ぎする度に、慌てふためくニドキングの姿もある。二匹は、部屋に入った私を見ると助けを求めるように鳴き声を零す。娘を起こさない為か、声量を抑えた掠れ声で。これは推測に過ぎないが、娘は私のポケモンを誑かして、ベビーベッドから脱出したようだ。後日、設置した監視カメラの映像によると、娘は私のポケモン達に向けて、明らかに何かを訴えており、ポケモン達を困らせるという事をしていたのだから間違いない。

 この辺りから、私は娘を屋敷から追い出す算段を立てるのを辞めていた。

 

 時が流れて、五年の歳月が過ぎる。

 既に娘はポケモントレーナーとしての能力を身に付けていた。勉学に関しては初等部の範囲を超えており、既に中等部の範囲すらも超えようとしている。実際、幾つかの分野では高等部の範囲にも手を伸ばしている。

 部下がいうには、天才児との事だ。そうだろう、と私も満更でもなく答えていた。

 これだけ長い期間、娘と接し続けていれば、情が湧くのも当然の話。私も人の子には違いなかったようで、娘が褒められて悪い気はしない。娘に才能があると分かれば、投資するのも吝かではない。後々ロケット団にとっても利益のある話、優秀なポケモントレーナーであると同時に学問に励み、頭も切れるとなれば鍛えずにはいられない。

 今後は組織を運営する為に必要な知識、政治力学、帝王学といった分野も学ばせるように指示を出した。

 

 同時進行でポケモンバトルの腕も磨かせている。

 まだあまい箇所がある。それでもトキワジムのジムリーダーとして対峙する挑戦者と比べて、その大半よりも娘の方が腕が良いと断言できる。将来的にトキワジムのジムリーダーを引き継がせることは簡単だ。四天王だって難しくない。いや、カントー地方のチャンピオンすらも狙えるだけの才能を持っていた。

 そんな娘が誕生日にサイホーンを強請ってきた。

 私の切り札と同じポケモンが欲しいのだと、出来れば私に捕まえてきて欲しい等とぬかして来た。

 

 仕方ない奴だ、ロケット団の首領を顎で使える奴なんて世界でたった一人だけだ。

 出来る事なら良いポケモンを捕まえてやりたいものだ、と一人、イワヤマトンネルに足を踏み入れた。まあ鈍った腕を鍛え直す必要もあったので丁度良い。

 この為に三日も休暇を取ったのだ。




不定期更新。週一くらいを目標にしたいです。
バトルに関しては、ポケスペ形式です。
対人せずにストーリーを楽しむだけのユーザーなので、その辺りは期待しないでください。

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2.賄賂

 御父様からポケモンのたまごを頂いた。

 イワヤマトンネルに足を運ぶも御父様の目に適うポケモンが居なかったらしく、それならと自らのポケモンにたまごを産ませたらしい。そこまでしてくれる御父様に感動して、私は御父様の事を目いっぱいに抱き締めた後に「ありがとう」って何度も感謝の言葉を伝えた。

 それから少しの月日が過ぎて、今は無事に孵ったサイホーンの育成に励んでいる。

 初めて手に入れたポケモンであるオニスズメはオニドリルに進化し、初めてモンスターボールで捕まえたビードルはスピアーに進化して、今は新しく覚えた技の訓練に励んでいる。

 そういえば、御父様はトキワジムのジムリーダーもやっているけども、じめんタイプ以外のポケモンの育成はした事ないのだろうか。

 夕食を摂っている時に話を聞くと、他タイプのポケモンも育成していたようだ。

 

「ペルシアンは何時も見ているな? ジムリーダーとしての肩書がない時は、他にガルーラがメインパーティに入る」

 

 二匹は御父様がまだ全国を旅して回っていた時からの相棒であり、じめんタイプが苦手とするポケモンが出てきた時の隠し玉でもあるらしい。

 

「まあ大抵はニドクインとニドキングで事足りるがな」

 

 そう言って、コンソメスープを音も立てずに啜る御父様は最高に様になっていた。

 

「……私も旅に出てみたいです」

 

 現状、私は犯罪組織の首領である御父様の娘という身分もあり、屋敷の外に出されない箱入り娘。ジムリーダーという身分もあって、隠し子に近い状態にある私の存在は御父様にとって都合の良いものではない。

 なので今の境遇は理解している。

 理解しているけど、このままずっと屋敷の外に出れないというのも嫌だった。

 そんな感じで、ポロリと零してしまった言葉に、そうだな、と御父様は眉間に皺を寄せながら答える。

 

「私のペルシアンに勝つ事が出来れば、旅に出ることも許してやる」

「ほ、本当ですか!?」

 

 想定していなかった言葉に、思わず食いついてしまった。

 食事中にはしたない、と思って、直ぐ席に座り直したけども後の祭りだ。

 御父様に恥ずかしい姿を見せてしまった。

 

「他にも幾つか条件は付ける。しかし、その前にまずペルシアン一匹に勝つ事もできないようでは外に出す訳にはいかないな」

 

 スピアーとオニドリル、サイホーン。この三匹を使って、勝ってみせろ。と挑発的な笑みを浮かべた。

 やってみせます! と私は威勢よく答えて、その日の食事は早めに切り上げて、今日の護衛役であるラムダを庭まで連れ出す。

 さあ、今日も張り切ってポケモンバトルの練習をしますわよ!

 

「ええ、今からですかい? もう夜ですぜ?」

 

 今からですわ! オーッホッホッホッホッ!!

 

 

 サカキ様の御息女であるパープル様は美しい金色の髪をしている。

 言っては悪いが、サカキ様とは似ても似つかぬ顔立ちであり、母親似なんだろうな。と思うことにした。

 とはいえ目付きの鋭さは父親譲りだ。

 黒色を基調にしたドレスを好んで着る事が多いせいか、悪党の娘として板に付いて来たように思える。

 

 実際、ポケモンバトルの腕前は下手な大人よりも強かった。

 その辺のポケモントレーナーが相手なら手も足も出ないんじゃないかなって思う程度には強い。まだ幼くて伸びしろのあるお嬢ちゃんは竹の子のように日に日に成長する。サカキ様、直々に鍛えられた俺であっても相手をするのがしんどくなってきた。今はまだポケモンの力量差でなんとか勝ちを拾えているが、お嬢ちゃんのポケモンも順調に鍛えられているし、十歳になる頃には抜かされているんじゃねえかなって思ったりする。

 ポケモンバトルの腕前にも遺伝ってのがあるんかね? 流石、サカキ様の娘だって思い知らされる。

 

 お嬢ちゃんの相手は疲れるが、悪い事ばかりではない。

 俺のポケモンバトルの腕前は勿論、ポケモン達も順調に鍛え上げられていた。ズバットはゴルバットに進化し、ドガースとラッタも順調に成長をしている。最近ではお嬢ちゃんのスピアーとオニドリルに対抗する為に、ジョウト地方で捕まえてきたヤミカラスもパーティーに加えるようになった。まだ幼い頃、ジムチャレンジを志半ばで挫折した身の上だが、今、新たに挑戦し直すと普通に突破できるんじゃないかな。

 もう良い歳したおっさんで、今更、ジム巡りをする気力も時間もないが、そう思えるくらいには成長した。

 

 前は子供の世話なんて嫌だった。

 お嬢ちゃんの前では煙草を吸うな、世話する前には酒を飲むな。みたいに言われるのが煩わしかった。子供の世話そのものが面倒だってこともあるし、なにより俺のような強面が子供に好かれるはずもないって思っていた。

 だから最初は、どうすれば怖がらせないようにできるか悩んだ。

 悩んで、悩み抜いた末に辿り着いた結論が、笑顔を作る事であった。鏡の前で笑顔の練習をしている事をアポロとランスにバレた時、盛大に笑われたことは今でも根に持っている。そうやって言い争いをしている時、お嬢ちゃんを抱えたアテナが部屋に入って来て、不安げで今にも泣き出してしまいそうなお嬢ちゃんの姿を見て、俺が怒鳴り散らしていたせいだと思って必死に笑顔を作ってあやした。

 すると、お嬢ちゃんは俺の顔を見て、笑ってくれた。

 

 それからは、顔の事で悩んでいるのが馬鹿らしくなった。

 自然と煙草の量も減り、酒を飲む機会も減った。そうすると苛々する機会も少なくなった。

 へまをした部下を怒鳴り散らすことも少なくなった。

 

 最近は、アポロの趣味に合わせて、紅茶を啜り、菓子を齧ることが増えている。

 そんなに砂糖とミルクを入れないでください、風味が損なわれます。というアポロの指摘も無視して、ガッツリと甘くする。

 俺には上品な味なんて分からねえ。美味しく飲めれば、それで良いんだ。

 

「あーっ! 私に内緒でお菓子食べてる!」

 

 休憩室代わりの客間、サカキ様のペルシアンの背中に跨ったお嬢ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「見つかってしまいましたか」

 

 その言葉とは裏腹にアポロは優しく笑みを浮かべる。俺はお嬢ちゃんを手招きし、「サカキ様には内緒ですぜ」と数枚のクッキーを彼女の小さな手に乗せた。

 

「賄賂だっ!」

「何処で覚えたのですか、そんな言葉……」

「悪い! ワルカッコいい!」

 

 アポロは苦笑し、新しく紅茶を淹れる。

 

「では、これで私の事も黙っていてくださいね」

 

 唇に人差し指を立てるアポロの仕草が、やけに様になってやるのが癪に障るが「うん!」とお嬢ちゃんは嬉しそうに頷いた。

 受け取ったクッキーの内一枚をペルシアンに食べさせる。アポロの真似をするように口元で人差し指を立てながら、しぃっと音を立てる。ペルシアンはクッキーを飲み込んだ後、不服そうにニャアッと鳴いてみせた。

 この辺りが、できるポケモントレーナーの証なんだろうな。と少し昔の事を思い出す。

 




スタートダッシュボーナス
原作開始時点までは早め早めに投稿するかも知れない

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3.衣替え

高評価、感想、お気に入り等、ありがとうございます


 私、アテナは今、タマムシデパートに居る。

 民衆に紛れる為、何時も着ているロケット団の制服を脱ぎ捨て、簡単な変装を施した私服にての参上だ。

 今日、このタマムシデパートまでやって来た事には理由がある。

 それはサカキ様直々の命令であった。

 

「娘に似合う服を見繕って欲しい」

 

 仮にも四幹部の一人である私を屋敷まで呼び出して、神妙な顔から呟かれた言葉がこれだった。

 

「最近、気になる事があってな。娘は黒いドレス衣装を着てばかり……もっと可愛らしい服を着ても良いと思うのだが、パープルは頑なに黒いドレス以外に着ようとはしない……私が衣服を買ってやっても喜びはするが、一度、袖に通すだけで翌日には黒のドレスに戻っている」

 

 はあっ、と大きく溜息を零すサカキ様に、知らんがな。と思わず口に出しかけたが、辛うじて飲み込んだ。

 

「もしかすると私のセンスが古いのかも知れぬ。とはいえ最近の女の子が好みそうな衣服というものが私には分からぬ……そこでアテナ、貴様には娘が気にいる衣服を見繕ってやって欲しいんだ」

「……子煩悩の馬鹿親ですか?」

「あれくらいの年頃だともっと可愛らしい衣服を着ても……ん? 今、何か言ったか?」

 

 おっといけない、つい口が滑ってしまった。

 

「いえ、なんでもありません。意に添えるかどうかは分かりませんが、出来る限りの手を尽くす事を約束します」

 

 頼む。と何時もの任務を伝えられる時よりも切実な声色で告げられて、少し複雑な気持ちになりつつも敬礼を取る。

 サカキ様とて人の子、人間誰しも子供への愛情は捨てられないのかも知れない。

 

 そんな訳でタマムシデパートまで訪れたのだが、私だって子持ちじゃない。

 ズラリと並んだ子供用衣服の前に頭を悩ませる。脳裏に思い浮かべるは御嬢様の満点笑顔、とても可愛い。滅茶苦茶、愛くるしい。目元は父親似で少し鋭いけど、容姿が整っており、まるで御人形のように可愛らしかった。背中を隠すくらいに伸ばした金色の髪なんか幾ら弄っても飽きない程である。満面の笑顔は悶える程に可愛らしい癖に、書籍を読んでいる時の御嬢様は気品に満ちていて美しい。ポケモンバトルの最中、時折、見せる父親譲りの鋭い目付きは格好良さまで兼ね備えている。なんだ、この娘は。お持ち帰りしたい。ロケット団は犯罪組織なので誘拐しても良いんじゃないかなって思う。

 可愛さと格好よさ、それに加えて美しさを兼ね備えた御嬢様。センスの良い服であれば、なんでも着こなしてしまう気がする。パーカーにショートパンツとかラフな格好をさせてみたい、絶対に似合う。サングラスにキャップ帽を付けて、チュッパキャップスを舐めさせてみろ、可愛過ぎて人を殺せるぞ! ポケモンの着ぐるみパジャマとかありやがる! やめろよ! 私をこれ以上、追い詰めるなよ!

 くそっ、似合わない服を探す方が困難だ!

 

「アテナ? こんなところで何をしているんです?」

 

 私が想像するだけで、可愛さに殺され続ける苦行を強いられていると後ろから聴き慣れた声を掛けられる。

 振り返れば、そこには私服で変装したランスが居た。

 

「……御嬢様の服を探しているところよ」

「なにか記念日とかありましたっけ?」

「サカキ様、直々の命令なのよ……」

 

 ああ、とランスは目を細めて虚空を眺める。

 

「それで、御嬢様に似合う服でも探しているところですか?」

「バカを言うな! 御嬢様に似合わない服などあるものか! ……似合う服が多過ぎて、苦しみ悶えているところよ!」

「……まあ、否定はしませんけど」

「御嬢様に似合う服なら私だけが苦しめば良い! しかし、御嬢様が気にいる服を探せとのお達しなのよ!」

 

 くうっ、と涙を飲んで下唇を噛み締める。

 世の中には御嬢様に似合う服は、これほどあるというのに御嬢様が一度に着れる衣装は一着だけなのだ。

 私は、これほど世の理を恨んだことはない。

 

「お気に入りの衣服だったら黒を基調にしたものであれば、なんでも気にいると思いますよ?」

「サカキ様はもっと可愛らしい衣服を所望しているのよ!」

「あ〜、だったら難しいですね」

 

 だって、とランスが付け加える。

 

「あれって、サカキ様の普段から着てる黒スーツの真似なんですよ」

 

 その言葉を聞いた私は、黒を基調とした様々な衣服を買い込んだ。

 後日、そのことでサカキ様に呼び出されたが、ランスに聞いた言葉をそのまま返せば、サカキ様は唸って黙り込んでしまった。お咎めなしで部屋を退室する。

 それと関係あるかどうかは知らないが、次のボーナス査定で少しだけ待遇がよくなっていた。

 

 

 なんかいっぱい衣服が増えた!

 黒ばっかりで嬉しい、御父様とお揃い!

 ペルシアンの着ぐるみパジャマも可愛かった!

 肌触りがよくて、お気に入りだ!

 

 御父様のペルシアンにもパジャマ姿を見せてあげたら、ニャアと鳴いてくれた!

 ちょっと面倒臭そうだったけど!

 

 

「……ガ…………ハ……ァッ!」

 

 夜、バスルームから出てきた御嬢様の愛くるしさに心臓発作を起こす。

 これは比喩表現に違いないが、しかし、それだけの衝撃があった。左胸を握り締める、その姿を目に焼き付けんと顔を上げる。そこには天使が居た、いや、天使ではなくてペルシアン。……でもなくて、ペルシアンの着ぐるみパジャマを着た御嬢様の可愛らしい姿があった。懐から端末を取り出す。その姿を写真として収める為に震える手でシャッターを押す。パシャリという音を聞き届けて、全力前のめりで倒れ込んだ。

 ふっ、と途切れる意識、最後に見たのは端末画面に残る御嬢様の姿。このアポロに一点の悔いなし。

 

「大丈夫〜?」

 

 ぺしぺしとアポロの頭を叩く姿を、アテナが撮影していたのはまた別の話。

 後にペルシアンに跨った着ぐるみ御嬢様にロケット団の首領であるサカキが餌食となり、事のついでにとアテナとラムダも堕とされてしまった。ランスはツッコミを諦めて、屋敷は一時期的に御嬢様の手に落ちることになる。

 当時、まだ6歳。僅か数分の出来事とはいえ、彼女はロケット団を手中に収めてしまったのだ。




あと二話くらいは、こんな調子。
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4.対策

高評価、お気に入り、感想ありがとうございます。
おかげで赤バーになりましたし、ルーキーランキングでは7位という快挙を成し遂げられました。
ありがとうございます。


 日中、御屋敷の庭ではポケモンバトルの習熟に励んでいる。

 相手になってくれるのは、その日、護衛に付いてくれている四幹部。主にランスとラムダが私の指導をしてくれる。

 ポケモントレーナーとしての腕を磨く、その為に多くのバトルを熟した。

 

 このポケモン世界、必ずしもゲームと一緒という訳ではない。

 中でもゲームと違うのは、人それぞれには特定タイプとの相性の良し悪しがあるという点だ。

 

 相性の悪いポケモンは、なかなかいう事を聞いてくれなかったり、反抗的で育てるのには多大な労力が強いられる。

 またポケモン同士の相性もあって、ポケモントレーナーは出来るだけ、パーティーのタイプを統一しようとする傾向にあった。実際、下手に他のタイプのポケモンを入れるよりも、タイプを統一してしまった方が強くなる場合が多く、他のタイプのポケモンを入れるにしても比較的、自分と相性の良いタイプのポケモンを一匹か二匹、パーティーに組み入れる程度に留めておくことが定石になっている。

 その為、この世界ではゲームのように効率だけを求めて、好き勝手にポケモンを編成できる訳ではなかった。

 

 私が、私見で相性が良いと感じているのは、じめん、ノーマル、どくの三タイプだ。

 最も相性が良いタイプがじめんタイプ、次にノーマルタイプ。どくタイプと相性が良いのは後天的なもので、そういったポケモンに囲まれて育ってきたことが大きく影響していると思っている。地元のポケモンとはタイプの相性が悪くても仲良くなれる傾向にあるようで、明確な区分はないのかも知れない。あくまでも傾向の話、それが全てではないという事である。

 根気よく接すれば、仲良くなれるポケモンもいる。御父様のペルシアンだって最初は素っ気なかったけど今じゃ仲良しだ!

 

 そんな私の手持ちはオニドリルにスピアー、そしてたまごから孵ったサイホーンだ。

 

 四幹部とのバトル中、余裕のある時は口を開かず、ハンドシグナルで指示を飛ばす。

 ターン制のRPGだと攻撃する順番が決まっているけど、リアルな戦闘にそんなものはない。最近、捕まえたというランスのヤドンに向けて、立ち合いからの()()()()()。顎を打ち上げられて、どてっ腹を晒したヤドンに追撃の()()()()()で吹き飛ばす。そのまま追走を指示、仰向けに寝転がったヤドンの身体に()()()()でとどめを入れる。大体、こんな感じ、攻撃の合間に()()()()()()()()()()()と小技を挟むのができるトレーナーだと御父様は言っていた。私もまだまだである。

 唖然とするランスに、ふんす、と鼻息荒くして、どやっと腕を組んでみせた。

 今はもう十歳、同じ力量のポケモン同士なら負けないね!

 

 

 御嬢様が強くて手が付けられません。

 そう言って項垂れるランスの姿に、他の四幹部の面々も顔を逸らす。

 ロケット団の首領であるサカキも渋い顔を浮かべている。

 

 今から五年前の事だ。

 サカキは、自分のペルシアンに勝つ事が出来れば、旅に出る許可を出すという約束を出した。それは娘に負けないという絶対の自信から出た言葉、同時に娘のポケモンバトルに対する意欲を高める効果を狙ってのものだった。五年前の時点で、既に頭角を現していた。流石、私の娘だと褒め称えもした。頭を撫でるとふにゃりと笑う姿は愛くるしかった。

 しかし、サカキは最初から旅に出すつもりはなかった。外に出たいのであれば、適当な護衛を付ければ良い。

 

 これはサカキの壮大な計画だった。常に二手、三手先を読む狡猾な謀略でもあった。

 十歳になって挑んできた娘を一蹴し、実力不足を痛感させた上で「強くなったな」と頭を撫でながら「旅は許可できないが、外出する許可くらいはやろう」と言ってやるつもりだったのだ。この頭を撫でる、という行程が重要だった。十歳ともなれば反抗期も近い頃合い、娘の多感な時期に頭を撫でる事なんてできなくなるかも知れない。だから、自然な流れで頭を撫でられる布石を打った。サカキは五年前の時点で、今の状況を想定して動いていたのだ!

 しかしサカキは二手、三手先を読んで行動していたが、一手先を読むことはできなかった。

 

 娘が予想以上に強くなり過ぎた。

 

 サカキに使うことが許されているポケモンはペルシアン一匹、高が一匹。されど一匹。

 最強のジムリーダー、その称号を持つサカキを脅かす程の実力を、まだ十歳の娘が身に付けて来ようとは誰が想像できるのか!

 数日後に迫る娘とのポケモンバトル。その作戦会議が急遽、開かれることになったのには、以上の事情があった。

 

「御嬢様のパーティーはこおりタイプに弱い! つまり、ペルシアンにこごえるかぜを覚えさせるのが良いかとランスは愚考致します!」

「いや、今から新しい技を覚えさせても使いこなすまでに時間がかかる。却下だ」

「先ずは御嬢様の戦法、その傾向を分析するところから始めた方が良いのでは?」

 

 そして割と本気で対策を取っている辺り、大人げのない集団であった。

 いや、ロケット団は悪の組織だ。

 実の娘に対しても容赦をしない、この姿こそが正しいのかも知れない。

 

 

 年を重ねて身体も大きくなり、ペルシアンに跨る事もできなくなった。

 その事に若干の寂しさを覚えつつも、これが大人になる事なんだと思って悲しみを飲み込んだ。

 今も一緒に居る事が多いしね。なんなら御父様よりもペルシアンと一緒に居る時間の方が長い。御父様と四幹部で定期的な報告会が開かれていることを知ってからは、その時間帯を利用して屋敷の外に出て行ったりもする。勿論、護衛付きだ。御父様のペルシアンが私の近辺を守ってくれるので下手な護衛よりも余程頼りになる。

 ちょっと開けた場所に出た後、ペルシアンにバトルの練習相手をして貰ったりもしている。

 

 流石は御父様のポケモン!

 四幹部のポケモンよりも動きが機敏だし、強い上にとっても優しい! まるで指導するようなバトルは、とっても勉強になる。出会い頭の攻防に、ちょっとした隙を突いたり、生み出したりする技術。その全てが糧になる。ペルシアンと私との付き合いは長い。まだ言葉も喋れない時から私の事を見守り続けてくれたのがペルシアン、幾分か大きくなってもペルシアンは何時も私の傍に居てくれている。姿が見えなくても、何かが起きた時に直ぐ駆け付けられるような場所に居る。

 そんなペルシアンに私は勝たなくてはならない。どうやったら勝てるかなって事情も込みで当人、もとい当ポケモンに相談してみるとペルシアンは屋敷の抜け道を教えてくれて、こうやってバトルの練習に付き合ってくれるようになった。優しくて格好良くてモフモフで惚れちゃいそうだ、あまりのイケメンっぷりに好みのタイプに御父様のペルシアンって書いちゃいそうなくらいに大好きだ!

 十歳になってもペルシアンの事はギュウッて抱き締める。ついでに背中とか撫でる。

 ふかふかでふわふわ、それでいてもふもふ。気持ちいい、好き。

 

 そんな感じでバトルをしていると「どけっ!」と横から少年が割り込んできた。

 ここはセキエイ高原に続く道、22番道路。

 ツンツン頭の少年が、御父様のペルシアンに向けて、モンスターボールを構える。

 

「へへっ! この辺りじゃあ珍しいポケモンだな!」

 

 そう言って、彼が繰り出したのはゼニガメだった。

 初めて見るポケモンだけど、そこまで強くは感じられない。

 実際、ペルシアンは退屈そうに欠伸をしている。

 

 しかし彼には自信があるようで「そうやって余裕を噛ましてやれるのも今の内だぜ!」と強気の攻勢に出た。

 繰り出した技は()()()()()()、しかしペルシアンはヒョイッと横に跳んでみせるだけで回避する。「遠くからじゃ埒が明かねえ!」とゼニガメに距離を詰めるように指示を出した。だがペルシアンが出鼻を挫くように()()()()()()()で接近し、そのまま爪を立てるように大きく振り被った。まるで今から攻撃するぞ、と予告するように。少年は咄嗟に()()()()()()の指示を出す。

 ペルシアンは撫でるように()()()()()()()をした後、籠るゼニガメの甲羅に爪をひっかけて、上から下にくるんとひっくり返す。

 

「ゼ、ゼニ~!」

 

 ゼニガメは情けない鳴き声と共に、仰向けになったまま手足をじたばたと動かした。

 そんな相棒の姿にツンツン頭の少年は舌打ちを零し、新たにポケモンを繰り出そうとする。

 しかし、それよりも早くにペルシアンは、トンと跳躍して私の隣に着地した。

 

「……なんだよ、それ。お前のポケモンだったのかよ」

 

 私とペルシアンの親しい様子に、少年はボールを腰に戻す。

 

「私じゃなくて御父様のポケモンですわ。でもまあ、野生ではない事は確かね」

「お前もポケモントレーナーか?」

「いいえ、まだ。でもポケモントレーナーになる予定ですわ」

 

 だったら、と少年は今度は私に向けてモンスターボールを翳した。

 

「ポケモントレーナーなら目と目が合ったら勝負の合図だぜ」

「それは野蛮ですね。でも、私、まだポケモントレーナーと呼べるかどうか……」

「俺がバトルについて教えてやるって言ってるんだよ!」

 

 ツンツン頭の少年の強引な誘い。野蛮ですわ、と思いつつもモンスターボールを構える。

 しかし、まあ、見ず知らずの人と戦うのは初めての経験であり、ちょっとワクワクしていたところでもあった。

 隣に座るペルシアンが、呆れたように溜息を零した気がした。

 

 

「よし、これでパープルへの対策は完璧だな」

 

 そう言って資料をまとめる我らが首領を、大人げねえな、と四幹部はジトッとした目で眺める。

 とはいえだ。四幹部も可愛い御嬢様に屋敷から出て行って欲しくはない。我らが首領が旅に出る事を許さない憎まれ役を買って出てくれるのならと協力してしまっている辺り、同じ穴の狢である。

 四幹部が全員、情報を出し合ってまとめた対策案。これなら確実に勝利を掴み取れると云えるだけの完成度があった。

 

 しかし四幹部は全員、とある疑念に関しては触れなかった。

 

 我らが首領様が御嬢様を止める為に使うポケモンはペルシアン一匹。

 そのペルシアンは四六時中、ずっと御嬢様を見守っている事実。幼い頃は背中に跨らせて運ぶほどに仲が良くて、木の上で休んでいる時も常に御嬢様が見える位置に陣取っている。なんならペルシアンのお気に入りの場所は、御嬢様の部屋が見える木の上である。御嬢様の事を赤子の時から見守り続けたペルシアン、保護者面で世話をしていることすら多々あったくらいだ。

 そんなペルシアンが御嬢様に手を貸さないなんてことがあり得るのか?

 

 だが、それを言ってしまえば、今日の対策会議の意味がなくなる。

 というか、前提条件がひっくり返る。というか、この勝負に我らが首領の勝ち目がない。

 この対策会議そのものが大人げない。と感じていた四幹部は、誰一人、その可能性について言及することができなかった。

 

「タマムシデパートくらいには連れて行ってやるか」

 

 もう既に勝った後の予定を立てる首領様に、口を挟むことなんて出来るはずもなかった。

 

 

 グリーンとブルーよりも幾分か遅れて、マサラタウンを出発した。

 俺の相棒はヒトカゲで、道中のポケモンを蹴散らしながらトキワシティまでやって来た。何時の日か訪れる事になる旅の終着点、セキエイ高原。その入り口だけも見てみようと思って、脇道に逸れて22番道路に足を運んだ。

 そこにある草原で、茫然と立ち尽くすライバルの姿があった。

 

「あいつ、何時か必ず倒してやる……!」

 

 ……もしかして、誰かに負けたのか?

 地元では一番、ポケモンの扱いが上手いグリーンが負けてしまったのか。

 グリーンは俺の姿に気付くと、チッ、と舌打ちを零した後、どけ、と俺を押し退けてトキワシティに戻っていった。

 何が起きたのか、草原には激しく戦った跡だけが残されていた。

 

 

 ペルシアンのモフモフお腹に顔を埋めて吸うのが好き!

 お風呂で綺麗にしてあげた後じゃないと、やらせてくれないけど!

 今日、初めて野良バトルに勝ったから褒めて、褒めて~!

 ニャアッて鳴いた! とっても面倒臭そうだけど!




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.27
スピアー♀:Lv.29
サイホーン♂:Lv.25

ペルシアン♂:Lv.51

※レベルは目安。


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5.力試し

日刊30位、ルーキー日間1位。ありがとうございます。
多くの高評価、感想、お気に入りを入れてくださった皆様のおかげです。
書く栄養になりました。


 屋敷の庭、晴天。四幹部が見守る中、対峙するのは御父様。

 御父様の傍に立つのはペルシアン。目を細めて、悠々と私を見据える。

 これは試験だ、私が旅に出られるかどうかを決める分水嶺。

 気を引き締め直して、御父様と対峙する。

 

「パープル、何時でも良い。どこからでも掛かって来なさい」

 

 その余裕がある言葉に、ゆっくりとモンスターボールを構える。

 行け、とか。ポケモンの名前を呼んだり、とか。そんな事はしない、する必要もない。

 振り被らず、手首のスナップを利かせてボールを投げる。

 

 本番重視のバトルに余計な言葉は必要なく、入念な戦術と必要最低限の指示があれば良い。

 

 モンスターボールが、まだ開き切る前に飛び出すくちばしポケモン。

 オニドリルが、その自慢の嘴で相手を貫かんとペルシアンに目掛けて一直線に飛来する。指示をせずともオニドリルから繰り出される技は()()()だ。その嘴の切っ先が届く――よりも早く、ペルシアンから放たれる()()()()()。不意打ちによる先制は取れず、ひるんでしまったオニドリルにペルシアンが追撃で()()()()()()()を浴びせてきた。

 不意打ちを上手く対処されてしまった事に舌打ちする、同時に笑みが零れる。

 

「じめんタイプのスペシャリストを名乗っている以上、ひこうタイプの対策を怠る事はせんよ」

 

 余裕たっぷりの渋い笑みを浮かべるロケット団首領の姿を見て、やっぱり御父様って格好いい! と思わず目を輝かせてしまった。

 ()()()()()()()の余韻で、まだ痺れの残るオニドリル。御父様のペルシアンが、その隙を逃すはずもなく、()()()()を重ねてくる。私は、自分の相棒を信じてハンドシグナルによる指示を送った。襲い掛かるペルシアン、それを迎え討つ為の技は()()()()()()だ。相手の()()()()を嘴による袈裟斬りの動きで防いだ後、切り上げる動きでペルシアンの身体ごと弾き飛ばした。

 距離が空いた。よし、今だ! と相手に次に出す技を知られる事も構わずに声を出した。

 

「もう一度、()()()!!」

 

 ストン、と華麗に着地するペルシアンのふかふかな横っ腹に鋭い嘴を突き立てる。

 だが、ペルシアンは長い胴体を捩り、余裕を以て回避する。

 

 その擦れ違い様、至近距離で()()()()()が放たれた。

 まるで黒板を引っ搔いたような音に意識がくらりとくる。

 そのバトルから気が逸れた隙に、ペルシアンは鋭い爪でオニドリルの身体を()()()()()

 

 体勢を立て直す為に、距離を取るように指示を送る。

 私の言葉に反応したオニドリルが飛び退こうとした瞬間、その胴体にペルシアンの()()()()が入った。

 ()()()()は強力だが僅かに溜めが居る、咄嗟に出すなら()()()()の方が速い。

 とはいえ威力は低い。

 満身創痍ながら、なんとか距離を取ることはできた。

 

 ふらふらと空を飛ぶオニドリル。ペルシアンは()()()()()を企てるように、にんまりと目を細める。

 

「ペルシアン、とどめだ」

 

 その言葉の後、ペルシアンの身体がぱちぱちと静電気が帯びる。

 次の技は、恐らく()()()()()()()

 もうポケモンを変えている猶予はない、どうする? どうする?

 

「……オニドリル、()()()()()なさい」

 

 せめてもの最後っぺ。

 オニドリルが睨んだすぐ後に()()()()()()()の放電が辺りを照らした。

 放電が終わって、黒焦げになって倒れる私の相棒。

 やはり御父様のペルシアンは段違いに強い。

 

「よくやってくれたわ」

 

 私は労いの言葉を掛けてからボールに戻す。

 

 此処で一度、息を入れる。

 やっぱり正面からでは御父様には勝てない、それは分かっていたつもりだ。しかし実際に戦ってみると、その差が絶望的なまでに開いているってことを痛感する。勝てるかな、勝つのは難しそうだ。この絶対不利の状況において、私はウキウキとドキドキで堪らない。

 次はどうしようかな? それを考えるのが楽しくって仕方なかった。

 

 よし! と気を取り直し、交換でサイホーンを出す。

 

「御父様、行きます!」

 

 サイホーンにハンドシグナルを送る。

 伝えた技は()()()()()()()。サイホーンは咆哮し、地面を揺らした。余裕を持って構えていたペルシアンは跳躍できず、踏み止まる。その動けなくなった隙を突いての急接近、ペルシアンが迫るサイホーンを迎撃せんと視界に収める。その時の()()()()()を見て、ギョッと身を強張らせた。動きが鈍くなった瞬間を狙って、()()()()()で突き飛ばす。

 二歩、三歩とよろめくペルシアンを見て、サイホーンとスピアーを交換する。

 

()()()()()!!」

 

 ハンドシグナルで親指と人差し指、中指を同時に立てる。ここで仕留める。と、ありったけの手数で猛攻を仕掛ける。

 ペルシアンは後ろ足で地面を踏み締めた後、退かぬ意志、鋭い眼光を見せた後に()()()()()()()で応戦してきた。

 猛攻の半分以上が、ペルシアンの爪捌きによって弾かれた。

 しかし、此処で退くとまた、ペルシアンは必ず追撃を仕掛けてくる。

 主導権を取れている今、ここは畳みかける一手だ!

 

()()()()()()()!!」

 

 連続で繰り出し続ける手数の多さに、ペルシアンの表情に苦悶の色が浮かび上がる。

 これだけでは倒せないことは分かっている。耐え切れず、大きく後ろに跳躍して逃れるペルシアン。追撃はせず、スピアーには次の攻防の為に()()()()()の指示を送った。

 ふんす、ふんす、と意気込むスピアー。

 手数だけでは勝てない、かといってサイホーンだけで倒し切れるとも思ってない。

 せめて、毒の状態異常くらいは与えておきたい!

 

「強くなったな、パープル……だが!」

 

 と御父様がペルシアンに何かの指示を出した。

 何が来るのか、身構える。しかしペルシアンはそっぽ向いた後、ゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。

 ……どゆこと~?

 

「どうした?」

 

 御父様の言葉に反応せず、ペルシアンは面倒臭そうに大きく欠伸をする。

 まるで試合を放棄するかのように。毒の影響もあったのか、ちょっと気怠そうだった。

 困惑する御父様、私もどうすれば良いのか分からない。

 四幹部も戸惑ってしまっている。

 

「ええっと……私の勝ちで良いってこと?」

 

 ペルシアンはニャアってひと鳴きした後、のそのそとその場に体を丸めて眠り出す。

 まるで、これ以上は必要ない、とでも言うかのように。なんとも言えない微妙な空気が、辺りを包み込んだ。

 なんか釈然としない。そんな事を思った瞬間、ペルシアンが鋭い目つきで私を睨み付けた。

 えっ、やんの? やってもいいけど? みたいな。

 

「……や、やったあ! 勝ったあ! パープルちゃん大勝利~!」

 

 うん、やっぱりさ!

 人の善意を無碍にしちゃいけないよね!

 ポケモンだけど!

 

 

 屋敷の執務室にて一人、月夜を肴にグラスを傾ける。

 娘を引き取ってからは自然と吸わなくなった葉巻が、今では少し恋しくなる。

 引き取ったのは今から八年前、母親が死んだ時、その遺言に従って私のところに連絡が来た。

 あの日の事は今でも忘れない。

 親は犯罪組織の首領、その身元を隠す意味でも娘を適当な孤児院に入れる予定もあった。

 いや、今になって思えば、あの時は手間を惜しんだだけに過ぎない。

 

 結局、娘を手元に残した最大の理由は、手間が掛からなかった為だ。

 必要以上に泣かない。

 そしてポケモンに好かれる素質を娘は持っていた。

 遊び相手にも困らないので、我儘をいう機会も少なかったように思える。

 もしかしたら遠慮をしていたのかも知れない。

 

 そうやって昔のことを思い返していると、

 ニャア、とペルシアンが器用に扉を開けて、この執務室に入って来た。

 この部屋には入らないように躾けていたはずだが……ペルシアンは何かを訴えてくることもなければ、何かをすることもなく、部屋に備えたソファの上で眠り始めた。肘掛けのところに顎を乗せて、なんともまあだらしない姿を晒す。

 

「……パープルは、大丈夫だろうか?」

 

 なんとなしに零してしまった言葉に、ニャア、とペルシアンは面倒くさそうに鳴いた。

 ペルシアンとの付き合いも、随分と長くなる。

 昔、全国を旅をして回っていた時からの手持ちだった。




序章は此処まで、此処からゲーム原作に合流します。

最初、技は最新のもので統一しようと思いましたが、
あまりにも違和感が強すぎる為、GBA時代のもので統一しています。
今後とも、よろしくお願いします。

たぶん、ペルシアンは技を覚えてから進化したんだと思います。
お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.27
スピアー♀:Lv.29
サイホーン♂:Lv.25

ペルシアン♂:Lv.51

※レベルは目安。


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幕間.ツンツン頭

おかげさまで日刊50位、ルーキー日間4位。ありがとうございます。
またたくさんの評価、感想、お気に入りをありがとうございます。


 俺様は、幼い頃から誰よりもポケモンを扱うのが上手かった。

 初めて手に入れたポケモンはポッポ。怪我をしていた所を手当してやったら懐いてきやがったので、この俺様が直々に躾けて鍛え上げたポケモンだ。

 此奴と俺は以心伝心、視線を交わすだけで俺の手となり、足となって戦場を飛び回る。

 

 おかげで地元じゃ最強よ、マサラタウンには俺に勝てる奴なんて誰も居なかった。

 

 だからお爺ちゃんのポケモン図鑑を完成させるのだって俺様の役目。とはいえだ、俺様だってカントー地方の隅々まで足を運べる訳じゃない。

 あくまでも旅の主目的はジムチャレンジ、その先のセキエイ高原で開催されるポケモンリーグ。そしてカントーチャンピオン、最終目標は全国統一チャンピオンだ。ポケモンの育成にジムチャレンジ、やるべきことは多い。俺様だけでは取りこぼしてしまう事もあるかも知れない。

 そこで役に立つのがレッドとブルー、あの二人には俺の取りこぼしを拾ってもらう役目がある。

 

 お爺ちゃんからポケモンを貰える時も、俺様は先に選ぶ権利を二人に譲ったね。

 お爺ちゃんの研究、ひいては俺様の手伝いをやらせるのだ。それくらいの役得は譲ってやるさ、なんせ俺様には相棒のポッポが居る。

 レッドがヒトカゲ、ブルーがフシギダネを選んだ後、大人な俺様は悠々とゼニガメを手に取った。

 

 三匹の内、どいつだって構わなかった。

 何故かって? どんなポケモンであったとしても、この俺様が世界一のポケモンになるまで鍛えてやれば良いだけの話だ。

 事のついでにレッドには、ポケモンバトルについてレクチャーもしてやった。

 

 当然、俺様の勝ちだ。

 

 あいつの悔しがる顔が今でも忘れられねえぜ!

 悔しかったら早く強くなるんだな! じゃないと辛い思いをするのはポケモンの方なんだからよ!

 まったく、俺様の手持ちになれたポケモンは幸運だぜ!

 

 マサラタウンを出た後、ゼニガメを鍛えながらトキワシティを目指して歩いた。

 

 誰よりも早くにトキワシティに着いた俺様は、暫くポケモンセンターを拠点に近場を探索することに決めた。

 近場のポケモンの生態を調べるのは勿論、旅慣れしていない二人がちゃんとトキワシティまで来られるか確認する必要があった為だ。

 何処かで野垂れ死にになっても後味が悪いからな!

 それに旅も碌にできないようじゃ、お爺ちゃんの研究の手伝いもさせられねえ!

 この先にあるトキワの森は危険という話も聞いている。ニビシティまでは面倒を見てやるさ、こういう余裕を見せられるのは強者の特権。そして俺様はマサラタウンの誰よりも強い! 弱者に手を差し伸べるのは当然ってもんよ!

 待っている間にトキワジムのジムリーダーも帰って来るかも知れないしな!

 

 そんなわけで、レッドとブルーがトキワシティに来るまでの間に22番道路の調査を進める事にした。

 どんなポケモンが何処に住んでいるのか。それだけが分かるだけでも良いって言っていたので、新しいポケモンを見つける度にメモ帳に記録する。端末で写真を撮り、そのポケモンと出会う頻度も記載した。

 そんな時だ、草叢の向こう側でポケモンバトルをしているのを見た。

 

 金髪の少女がペルシアンと戦っているところだった。

 見るにペルシアンは相当、強い。金髪の少女が押されているところを見て、これはあぶねえ、と思って飛び出してペルシアンと対峙する。

 まあ、結果的に余計なお節介だったけどな。

 ペルシアンは少女の親父のポケモンで、ポケモンバトルの練習をしていた所なんだってよ。

 まったく、ややこしいぜ。

 

「ポケモントレーナーなら目と目が合ったら勝負の合図だぜ」

 

 それはさておき、少女にポケモンバトルを挑んだ。

 この辺りは野良ポケモンが多い。少女一人で歩かせるには心配だったし、実力の程を見ておきたかったってのもある。あまりにも情けないようであれば、俺が家まで送ってやれば良いし、ポケモンバトルについてレクチャーしてやっても良い。

 そんな気持ちで勝負を挑んだんだ。

 

「なん……だって……?」

 

 しかし金髪の少女に対して、俺は手も足も出なかった。

 使ったポケモンはスピアー一匹。ゼニガメは一撃で倒されて、ポッポは成す術もなく圧倒された。トキワシティに来るまでの道中で新しく捕まえていたコラッタは出すまでもない。ただ蹂躙されるだけの結果になるのは目に見えていた。

 完膚なきまでの敗北に、ただただ目の前が真っ暗になる想いだった。

 

「これがポケモンバトル、初めての感覚ね」

 

 ドキドキしたわ。と告げる少女に最早、愕然とする他になかった。

 今まで、俺様は自分が中心で世界が回っていると思っていた。俺様は誰よりも天才で強いと思っていた。

 気づいた時には少女は居なくなっていて、俺様は一人、立ち尽くす。

 

 このままじゃ駄目だと思った。

 今までのやり方では、アイツには勝てない。本物の天才を目の当たりにして、自分が特別じゃないことを思い知った。

 それでも、負けたままで居ることは俺様のプライドが許さない。

 

 俺様には、俺を信じて付き従ってくれるポッポとゼニガメが居る。

 

 此処で挫けている場合じゃない、立ち止まっている場合でもない。

 他の奴に気を使っている余裕なんてない。

 俺は、ポッポとゼニガメの為にも強くならなきゃいけない。

 

 草叢の搔き分ける音がしたので、振り返れば、レッドの姿があった。

 とりあえず、安堵する。ここまで無事に一人で来られたようだ。

 いつもの俺なら、小粋なジョークのひとつも飛ばす処だが、生憎、今はその余裕がない。

 

 レッドを押し退けて、次を目指した。

 あいつは、絶対に俺の前に立ちはだかる敵になる。

 強く、ならなきゃ、いけなかった。




お気に入りと感想、評価をお願いします。

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.12
ゼニガメ♂:Lv.9
コラッタ♂:Lv.2


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第1章:旅立ち編
1.家出娘


ふえぇ、日間17位。評価バーが4つまで埋まってる。
高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。


 大好きなお兄ちゃん達が、マサラタウンを旅立ってしまった。

 いじめられっ子だった私を守ってくれたグリーンお兄ちゃん、独りぼっちだった私と遊んでくれたレッドお兄ちゃん。よくケンカをする二人のお兄ちゃんの仲裁に入り、私にやさしくしてくれたブルーお姉ちゃん。私の世界は、お兄ちゃん達が居てくれるから成り立つもので、お兄ちゃん達が居なくなった後、学校で私と話してくれる人は誰も居なくなった。

 たった独りで廊下を歩いている時、同級生の女の子が、ひそひそと私のことを話している。

 

 また虐められるのかも知れない、次はもう守ってくれる人はいない。

 そう思った私は、怖くなってマサラタウンを飛び出した。野生のポケモンは怖いけど、それ以上にまた虐められる方が怖かった。

 呼吸をするだけでもしんどい日々に戻りたくない、その一心でお兄ちゃん達を追いかけたのだ。

 

 私と話をしてくれる人は居ない。

 でも、私には友達がいた。モンスターボールに入ったポケモン、幼い時からずっと一緒のお友達。

 独りは寂しい。でも、虐められるのは怖い。

 あの悪意と敵意を向けられるのが、恐ろしくて仕方ない。

 だから、独りでも大丈夫。独りじゃない、私にはお友達がいる。

 

 トキワシティまでの道中、

 野宿をする時にボールから取り出したピカチュウをギュッと抱き締める。

 暖かくて気持ちいい。ずっと、こうして居たかった。

 

 マサラタウンを飛び出した。

 だけど私にはお金がない、お金がないからご飯もない。

 ずっとお腹もペコペコだったけど、ご飯を求めて、トキワの森に足を踏み入れる。

 ちょっと雰囲気が怖かったけど、大丈夫。私にはピカチュウがいる。

 

 ふらふらと彷徨い、うろつき、木の実を食べて、眠って、起きて、

 

 でも、それも、もう限界で、ピカチュウもボロボロで、目も見えなくなってきた。

 疲れた、お腹も空いた。帰ろうかな、帰る場所なんてない。あそこには帰りたくない。

 帰りたくなかったから、ずっと寝ていようかな、なんて思った。

 それは、あそこに戻ることよりも怖くはなかった。

 ピカチュウがいる。ピカチュウがいてくれるなら、もう他になにもいらない。

 眠るまで、それまでは、そこから先は、自由にしてくれても良い。

 ありがとう、ピカチュウ。

 

 

 ゆっくりと瞼を閉じるトレーナーを、ピカチュウは茫然と眺める。

 元は野生のポケモン。マサラタウンまで迷い込んだところを拾われて、それからずっと寝床と食事を与えてくれたトレーナーだ。

 ちょっと情けなくて、自分がいないと何をしでかすのか分からない危うさを持っていた。

 

 実際、何の準備もせずに旅立つし、街にも留まらず、ずっと野宿を続けたりする変わり者である。

 このトレーナーは自分が居なければいけない。そうしないと何処で野垂れ死にするか分かったものじゃない。

 面倒を見てやるのは親分の甲斐性、情けない子分に呆れながらも付き合ってきた。

 

 しかし、それも今日までの話だ。

 

 明確な死の予感に呆然とする。

 ピカチュウは知っている、死の瞬間を。それは何度も見てきたことだった。

 見知らぬポケモンであれば、何も思う事はない。

 しかし身近な誰かが死ぬ瞬間に立ち会う事は、初めての経験だった。

 それ故に、ピカチュウは自分の気持ちに整理が付けられない。

 

 バサリ、と翼の音がした。大きな影が自分とトレーナーを覆い隠す。

 

 ゆっくりと後ろを振り返れば、ピジョンが自分達を見つめていた。

 いや、死に行く自分のトレーナーを見つめている。自分の子分を狙っている。

 ピカチュウは、情緒の赴くまま、電気を迸らせる。

 感情の発露先を見つけて、もう我慢なんて、出来なかった。

 

 ピカチュウが放った()()()()()()()の奔流は、周囲を強く照らし付けた。

 

 

 旅立ちの朝、厳選した荷物はサイホーンの身体に巻き付ける。

 黒いワンピースドレス、これは汚れても良いように丈夫な生地で仕立てて貰ったものだ。

 

 化粧道具は最低限、これは私が持ち運べる程度の量。化粧水や日焼け止めは、必需品としてサイホーンの荷物鞄に入れている。

 鞄に詰め込む時、ちょっと睨みつけられたけど……これは毎日使うものだから! お願い、お願いって両手を擦り合わせれば……溜息混じりで許してくれた! ちなみに意匠に凝った実用性のない衣服を入れようとすると怒られたので、泣く泣く家に置いてきた。サバイバル道具は必要最低限。町と町とは基本、数日で行き来できるので食料が嵩張ることはない。とはいえ、荷物を最も圧迫しているのはポケモンフードだったりする。

 緊急事態の為に、状態異常の回復薬は一式。きずぐすりは勿論、モンスターボールも幾つか入れておいた。

 

 そうやって必要なものを入れていけば、自分用の道具はほとんど入れられなくなってしまった。

 着替えも削り、下着も削り、でもシャンプーとリンスは大切だから! 石鹸じゃ髪の毛がゴワゴワしちゃうから! リンスインシャンプーじゃダメなんです! 必死の説得の末に、サイホーンの鞄に入れさせて貰えたのは最低限、身嗜みを整える道具だけだった。娯楽関係のものは肩下げ鞄に小説を一冊、入れるだけである。

 荷物まとめに悪戦苦闘していると「屋敷に居続けても良いんだぞ」と御父様が楽しそうに茶々を入れてくる。

 絶対に旅立ってやると心に決めた。

 

 近い内に荷物を多く持ってもらえるポケモンを捕まえてやる!

 

 そうして屋敷の外、

 四幹部と涙の別れを告げた後、御父様をギュッと抱き締める。

 ああ、そうだ。と別れ際に御父様が何かを手渡す。

 手を開くと、緑色に輝くバッジが収まっていた。

 

「使ったのはじめんタイプではないが、私とのバトルに勝ったのだ。持って行きなさい」

 

 うん! と私は笑顔で頷いて、もう一度、御父様を抱きしめた。

 もう心残りはない! 次に会う時は、バッジを八つ集めた時だ!

 意気揚々とトキワシティを離れて、トキワの森を目指した。

 

 そしてトキワの森で遭難してしまった後の話、近場から強い電撃が迸ったのだ。

 

 

 ピカチュウの意識は朦朧としていた。

 もう疲労は限界に近かった。マサラタウンを出てからは子分を守る為に、まともな眠りに就けていなかった。

 毎日、食料を二人分。人間が食べられる食事の種類の少なさに、うんざりしながらも集め続けた。

 その上で野生のポケモンと出会った時に戦い続けて来たのだ。

 

 まだ八歳の彼女は通報されることを嫌って、ポケモンセンターにも寄らずにトキワの森に入った事も祟った。

 

 そこに現れたのがピジョン、自分と同レベルのポケモンの登場に辟易する。

 もしかすると自分よりも強いかも知れない。逃げることは簡単だ。子分を見捨てれば良い、そして自分は元の野生のポケモンに戻るだけだ。

 小賢しいことに彼女は眠る前に、モンスターボールに登録された自分の所有権を放棄している。

 

 ピジョンがピカチュウを睨んだ。

 大きな翼を広げて、そこをどけ、と圧力を掛けてくる。

 しかし、ピカチュウは踏み止まる。

 

 親分は子分を守るもの、その自分ルールを守る為に霞む目でピジョンを睨み返した。

 

 もう、まともに電撃を放つ事もできない。

 最初の一撃で、仕留めきれなかったことが悔やまれる。

 しかし、退けない。

 後ろには子分がいる、彼女には恩がある。

 だから、退かない。

 

 縦え、此処で死ぬことがあろうとも、何もせずに逃げることは許せなかった。

 

 最後の力を振り絞る。

 でんき技は使えない、だから今できる精一杯の一撃を!

 

 自分を、確実に仕留める為に放ったピジョンの()()()()()()()

 その攻撃に合わせて、ピカチュウは跳躍して前に宙返りする。

 全身を使った勢いを利用して、全体重を乗せた自らの尻尾を、ピジョンの脳天に()()()()()()

 

 タイミングはドンピシャ。

 しかしピジョンの眼には、まだ鋭い光が宿っていた。

 風が吹いた。両翼を使った至近距離からの()()()()()に為す術なく、ピカチュウはその身を大木に叩きつけられる。

 その衝撃に意識が落ちる、視界が真っ暗な闇に閉ざさていく……

 

 ピジョンが、その脚で子分を連れ去ろうとする景色があって――――、

 

「スピアー、()()()()()で牽制! オニドリルは()()()()、絶対に逃がさないで!!」

 

 ――意識が途切れる間際、誰かが子分を助けてくれたのが見えた。




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.27
スピアー♀:Lv.29
サイホーン♂:Lv.25

▼家出娘
ピカチュウ♂:Lv.22


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2.イエロー

日刊2位、二次日刊1位、新作日刊1位。赤バー埋まる。
は、はえ~。ここまで来ると嬉しいよりも驚きの方が強いです。
高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。

少し前話に手を加えました。
変更内容は、女の子の名前の明言を避けるようになっています。


 笑い声を上げるのは相手に余裕を見せつける為のもの、そういう意味があるとラムダに教えて貰ったことがある。

 だから私はとりポケモンに連れ去られそうになっている女の子を叩き落した後、左手を腰に当て、指先までピンと立てた右手を頬の横に添えることで「オーッホッホッホッホッ!!」と笑ってみせる。様にはなっている、とランスお墨付きの高笑いだ。

 これには挑発的な意味合いが込められている。敵意を私に向けさせる為、地面に倒れたままの女の子から意識を逸らさせる為のものだ。

 

「残念だったわね、この私が来たからには好きにさせないわ!」

 

 ピジョンに向けて、片手を突き出す。

 スピアーとオニドリルが私を守るように前に出して、その隙にサイホーンを女の子の側まで移動させて守らせる。

 ポケモンバトルは基本、タイマンだけど、この人命が掛かった状態で躊躇はしていられない。

 そもそも野生のポケモン相手にルールを守る義理もなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 暫し、睨み合った後、ピジョンは私達に背を向けて飛び去った。

 追いかけるつもりはない。強そうなポケモンではあったが、私にはオニドリルが居る。

 そして私のオニドリルは、世界一なのだ。何故なら私のポケモンだから!

 

「そんなことよりも……!」

 

 地面に倒れている女の子の手当をしなくては……!

 

 駆け寄ろうとして、ガサリ、と背後から音がした。

 咄嗟に振り返る。スピアーが私を守るように構えを取った。

 そこにはボロボロになったピカチュウが居て、瀕死といっても大差ない状態にある。

 ピカチュウは身を引きずり、その視線の先は女の子を向いている。

 

 手の針を突き付けるスピアーに気にも留めず、少しでも女の子の側に近付こうとするピカチュウを見た私は――――

 

「えいっ!」

 

 ――とりあえず、モンスターボールで捕まえた。

 

 手当するにも、その方が都合が良いと思ったから、後で思うと女の子のポケモンだったかも知れない。

 

 その意識が完全に抜けていた。

 けど、モンスターボールで捕まえられるってことは、そういう事だ。

 とりあえず女の子とピカチュウの手当を急がないといけない。

 

 

 瞼を開ける、目を醒ますことができた。

 もう死んでしまったと思ったけど、しぶといようでまだ生きていた。

 でも、もう、ダメかな。お腹が空いて、力が出ない……

 ピカチュウが私の頬をペタペタと叩いているけど、体を動かす気力が湧かなかった。

 何度でも言うけど、こんな私に付いてきてくれてありがとうね。

 

「ん~、ピカチュウ? どうしたの? ……って、あっ! 起きた!?」

 

 ゆっさゆっさと体を揺すられる。

 ピカチュウが助けを呼んできてくれたのか、どうなのか。

 しっかりと目を開けると、女の人が私の顔を覗き込んでいた。

 

「大丈夫? お腹は空いてるのかしら?」

 

 知らない、お姉さんの顔が、そこにあった。

 

 ぽけっとしていると、保存食しかないけどね、とお姉さんがクッキーを齧る。

 頭の後ろに柔らかいものを感じる、膝枕をされているらしい。ピカチュウが、ポンポンと私の頭を叩いた。

 どうやら、私は助かってしまったらしい。

 

 そう思うと、くうっと、お腹が鳴った。

 

 お姉さんは薄っすらと笑って、私にクッキーを手渡してくれた。

 ゆっくりと体を起こして、クッキーを齧る。堅い食感、ほんのりとした甘み。ピカチュウを見ると、ピカチュウは少し開けた方を指で差した。

 そこではサイホーンとオニドリル、スピアーがポケモンフードを食べていて、ちゃんと御飯を貰ったようで、ほっとする。

 安心すると、ポロポロと涙が零れ出した。

 

 手で涙を拭っても、止まらず、止められず、かといってクッキーを食べる口も止められない。

 目と鼻から液体を垂れ流しながら、クッキーを咀嚼する。美味しかった、とっても美味しくて涙が止まらない。あの時は死んでもいいや、って思ったのに、薄情なもので、身体はこんなにも生きたがっている。お姉さんがクッキーから渡されたクッキーを頬張る。二枚、三枚と遠慮なく腹に詰め込んだ。

 生きなきゃ、生きなきゃ、まだ死にたくない。まだ私は何もやってない。

 

「あ、ほら、落ち着いて! 食べていいから! そこにあるの全部食べていいから、もっとゆっくり! ほらっ、むせた!」

 

 げほっ、ごほっ、と咳き込んだ。

 それでもクッキーを詰め込もうとすれば、お姉さんが水筒を手渡してくれたから口に付けて一気に飲み干した。

 落ち着いたのは、クッキーを一ダースも食べきった頃合い。

 ごめんなさい、って謝ったら、お姉さんは苦笑しながらも許してくれた。

 

「それで貴女の名前はなんて言うのかしら?」

 

 後ろめたさから、咄嗟に声が出せなかった。

 横を見ると、ピカチュウの姿がある。

 元気付けようとする仕草、その黄色い姿を見て私は口を開いた。

 

「……イ、イエローです」

 

 レッド、グリーン、ブルー。イエロー。四つ目の色、その名を名乗った。

 

「ふうん、それで家は何処なのかしら? トキワシティ?」

「マ……あ、いえ……」

 

 マサラタウン、と言いかけて、レッドお兄さん達の事を思い出す。そして、言い直す。

 

「ニ、ニビシティでひゅ……」

 

 その日、私は嘘を吐いた。

 

「ふぅん? なら、こんな森とも、そろそろおさらばしないとね!」

 

 お姉さんは指示を送って、オニドリルを空に飛ばして、森の枝葉を突き抜けさせた。

 オニドリルが、ある方向を示しながら鳴いたのを見た後、お姉さんは満足げに頷き、私の身体をサイホーンの上に乗っける。

 ピカチュウも私の膝上に乗っかった。

 

「その子ね~、間違えて私が捕まえちゃったのよ。でも貴女に凄く懐いているし……まあ、とりあえず私のポケモンとしてポケモンセンターまで連れて行くわ。その後に適当な場所で野に放つから後は好きにしなさい」

 

 そう云うと、お姉さんはゆるゆると歩を進める。

 珍しいポケモンや植物を見つける度に足を止めて、嬉しそうに笑って観察するので、なんというか生きているのが楽しい人なんだと思った。優しくて、格好良くて、誰かの為に手を差し伸べられる。まるでお兄ちゃん達みたいに素敵な人だった。

 私も、こういう風になりたいな。って、そう思った。

 

 

 無事にトキワの森を抜けた私達は、まずニビシティのポケモンセンターに足を運んだ。

 ポケモン達の疲労を取る為に宿泊施設を予約して、その部屋に荷物を置いた。部屋にはイエローが居る、トキワの森で拾った女の子。一度、家に帰った方が良いと思うけど、どうにも、やんごとなき事情があるようで家には帰り難そうだった。ピカチュウが治るまで、と、そう言って、此処までやって来てしまったのだ。

 まあ、その気持ちは分からないでもない。でも、私も八歳の子を連れ歩く訳にはいかなかった。

 

 どうしたものか、ニビジムの対策だって考えなきゃいけない。

 オニドリルとスピアー、サイホーン。いわタイプ相手には、不利な編成だよね。と頭を悩ませる。火力を出すならサイホーン、でも相手だってじめんタイプの技を使ってくる可能性が高い。

 まあ、この程度を突破できないようじゃポケモンリーグなんて夢のまた夢なんだけど。

 

 とりあえず、まあ、先ずはイエローをシャワーに入れないとね。

 身体の汚れとかはこの数日で、ちょっとは慣れたけど、臭いがきついのは女性として駄目だ。

 私の身体を洗うついでに、イエローの身体もしっかりとしてあげないといけない。

 

 短いけどボリュームのある茶髪のポニーテイルが可愛らしかった。

 髪をまとめた方が動きやすそうよね、私も結んじゃおうかしら?




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.28
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.25
ピカチュウ♂:Lv.22

▼イエロー


※レベルは目安。


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3.ニビジム①

日刊1位! えっ、日刊1位!?
やばい、初めての快挙です。やばい。
高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。


 トキワシティにある屋敷にて、

 ロケット団の首領であるサカキは執務室にあるパソコンから動画配信サイトのチャンネルを眺める。

 サカキ自身、これといった興味がある訳ではない。

 しかし組織のトップなる者は、機をみるに敏でなくてはならない。

 流行の最先端に触れるのは経営者の責務とも云える。

 

 昨今のネット環境の充実により、ポケモンバトルは以前よりもエンターテイメント性が求められるようになった。

 その影響もあってカントー地方に点在するジムも少しずつであるが、個別でチャンネルを持つようになり、ジムリーダーの挑戦を受ける際にバトルの様子を配信する機会が増えている。ハナダジムでは、水族館を活用したみずタイプのポケモンによる公演の様子を有料動画の配信として流すこともあって、他のジムでもポケモンを育成する様子やちょっとしたバトルのコツなんかを配信するチャンネルが増えている。

 近代化の波が来る。カントー地方とジョウト地方を繋ぐ、リニアモーターカーの開発が進んでいる今、生きる為に必ずしもポケモンが必要という時代ではなくなってきた。しかし、それでも人間とポケモンを繋いでいるのには、こういった各々の努力が実を結んだ成果なのだと思っている。

 人間とポケモンは近しい隣人同士。最早、日常と密接な繋がりがある。

 

 閑話休題、

 

 こういったネット事情に関しては、

 経営者としての興味本位でしか知らないサカキが、熱心にチャンネルをチェックし続けているのには理由がある。

 それは、ジムリーダーと挑戦者のバトルが配信されるという一点。

 

 愛娘が、もうすぐニビシティに到着する頃合いだ。

 ならば必ず、我が愛娘はジムリーダーへの挑戦権を得るはずだ。

 

 ニビジムのチャレンジ方式は、挑戦者三人にジムトレーナー一人を加えた四人によるリーグ戦。優勝すれば、無条件にジムリーダーへの挑戦権を得ることができる。二位以下でもジムトレーナーによる採点次第でジムリーダーへの挑戦権が与えられる。ジムリーダーとのポケモンバトルでも必ず勝つ必要はない、実力が認められればグレーバッジの授与される。

 

 パープルが負けるとは思っていない。

 しかし娘の晴れ舞台を見逃して、なんとするか! もし仮にハナダジムに行ってしまった時も考えて、四幹部には、他のジムの監視も任せている。

 各自、情報の伝達を速やかに行えるように新たな通信網を構築した。

 万が一、見逃してしまった時に備えて、都度、タイムシフトの予約を行っている。

 なんならプレミアム会員の登録までしてしまっていた。

 

 万事において、抜かりなし。

 冷静沈着、冷酷無比、準備する段階で勝負の九割は決まっている。

 これがロケット団の首領足る者の手腕である!

 

「……ふむ、しかし、意外にも目を見張るものはあるな」

 

 今は予選リーグ戦。

 ジムリーダーとの試合は明日になるが、それでも娘が出るかもしれないと思えば見逃せない。

 

 それでも、もっと退屈な試合になると思ったが、面白い戦い方をする者も中には居る。

 つい先程に見たツンツン頭の少年は、粗削りなところも多かったがポケモンを扱うセンスがあった。

 状況判断が的確で、常に先を読んで最適解を導き出す戦い方をしていた。

 自分と似たスタイルなので、好感が持てる。

 

 今、画面に映っているのは黒いミニのワンピースを着た長い茶髪の少女。

 彼女が最初に出したポケモンはロコン、息を飲んで相手の出方を窺っている。

 この子は、どういった戦い方を見せるのか。

 

 配信を見るその姿は、悪の組織というよりもジムリーダーのものであった。

 

 

 レッドとグリーンは特別だ、それはマサラタウンを出る前から感じていた。

 二人とは幼馴染で、よく三人一緒に遊んでいた。二人がバカをする度に私が叱り、宥めて、そして仲直りになるのが常であり、周りからは二人の手綱役として見られていた。よく私が一番、お姉さんって言われていた。でも、本当に凄いのは二人の方なのだ。二人は常に私の前を歩いて、遥か先を目指している。

 私は、そんな二人の背中を追いかけるだけで精一杯だった。

 

 ニビシティに辿り着いたのだって、二人の方が遥かに早かった。

 次のジム戦の予定日まで、足止めされて居なければ、また私一人が置いていかれていたに違いない。

 二人に待って欲しいとは言えない、それは私の意地だった。

 

 どんどん先に行ってしまう二人の足を引っ張りたくないし、それで重荷になってしまうのも嫌だった。

 息を入れる暇もない。二人は私よりも遥かに早いペースで走り続けているから、その分、私は二人よりも長い時間歩くしかなかった。

 それでもどんどん遠くなる。私だけが遅れている。

 

 今はまだ、二人の影を踏めている。

 でも、いつの日か二人の背中すらも見えなくなってしまったら……その事を考えると、不安で仕方ない。

 きっと、遠くない未来に、私は、二人を追いかけることができなくなる。

 

 だから、まだ背中が見えている内に、三人の時間をもっと楽しみたかった。

 ここで不甲斐ないところは見せられない。

 お願いします。とジムトレーナーさんに大きな声で挨拶し、モンスターボールを構える。

 

 私の手持ちは二匹、ロコンとフシギダネ。

 フシギダネは旅立つ前に博士から貰ったポケモンで、ロコンは元々家のペットだったポケモンだ。

 小さい頃から仲良しで、旅立つ時も一緒だって決めていた。

 

 あんまりバトルをしてきた訳じゃないけど……それでも今、最も信用できる相棒だ。

 タイプ不利なんて関係ない。兎に角、削って、削って、私にできる精一杯を見せてやる!

 出来る事なら、近い将来、レッドとグリーンが有名になった時、

 二人の幼馴染ではなくて――――

 

 ――三人の幼馴染としてブルーの名前を知って欲しい!

 

「ロコン、先ずは()()()()()()()で先手を取って!」

 

 私の果てしない挑戦は、まだまだこれからだ!

 

 

 ジムトレーナーのトシカズは、少女の一挙一動を観察する。

 ポケモンジムは、バトルの基本は勿論だが、本来はポケモンの理解度を深める為に存在している。

 

 ニビジムの課題はいわタイプ。

 岩石地帯というフィールドにおける立ち回りの他、そこに棲むポケモンの生態について学んで貰うことが主な目的だ。

 だからジムリーダーのタケシさんは岩石地帯を利用できるイシツブテとイワークを手持ちにしているし、僕もイシツブテとサンドを選考時のメインとして使っている。僕が出したイシツブテに対して、ほのおタイプ。それは良い、人それぞれに相性の良いタイプというのはある。しかし苦手なら苦手なりの立ち回りというものが必要であり、それを教えてやるのがジムトレーナーの役割だ。

 

「イシツブテ、()()()()()だ」

 

 相手にも分かりやすく伝わるように技を口にする。

 イシツブテは持ち前の固さに加えて、()()()()()()ことにより、ロコンの()()()()()()()を真正面から受け止める。

 ここまではまあ、よくある展開。兎にも角にも、先ずはいわタイプの固さを実感して貰わないとね。

 

「ただの()()()()()とか、()()()()とかじゃ、いわタイプには傷一つ付けられないぜ」

 

 ちょっとした助言をして、イシツブテには視線だけで待機を命じる。

 お嬢ちゃんは少し考え込む仕草を見せる。さあ、此処から試験の本番だ。

 どう出る? どう来る? 何を仕掛けてくる?

 

「ロコン、()()()()()()!」

 

 なるほど、先ずは防御を落として来たか。

 ()()()()()()は愛くるしい動きで相手の油断を誘う技、しかし、それだけではいわタイプの防御を抜くことはできないぜ。

 大人しく待ってやる義理もないので、イシツブテに()()()()()を指示する。

 

()()()()()()()で距離を取って、からの()()()!」

 

 わざわざ技を使ってまで距離を取り、遠距離から()()()を浴びせてくる。

 イシツブテの速度では追いかけることが出来ない。

 なるほど、よく考えた。

 イシツブテの動きは遅いからな、その戦法は間違っちゃいない。

 そのまま時間を掛ければ、いずれ、倒すこともできなくはない。

 

 だが、それは、()()()()()()()だ。

 

「岩石地帯におけるいわタイプの戦い方をお披露目してあげよう」

 

 そして次のステップだ。

 野生のポケモンがよく使う戦法を見せてやる。

 おつきみやまに行くなら、知っていて欲しい戦い方だ。

 

()()()()()

 

 イシツブテが近場にあった小さい岩をロコンに向けて投げ付けた。

 

「岩場に隠れて、やり過ごして!」

 

 そうして意識が逸れた隙に、イシツブテに指示を送る。

 岩が砕ける音が鳴り、ほっと一息吐いたお嬢ちゃんは改めてフィールドを見た。

 そして、困惑の表情を浮かべる。

 

「……えっ? あれ? イシツブテは?」

「大丈夫だよ。イシツブテは、ちゃんとフィールド内にいる」

 

 イシツブテの岩に似た外見と岩石地帯フィールドの合わせ技、岩に隠れて姿を晦ます。

 おつきみやまでは、これで岩石地帯に数十体単位のイシツブテが潜んでいるから驚きだ。

 うっかり手を出そうものなら酷い目に合う。

 だから、知っていて欲しかった。知っていれば、渡らなくて済む危険もある。

 今の内に、その恐怖を味わって欲しかった。

 

「見つけられなければ、一方的に蹂躙されるだけだぜ!」

 

 隠れながらの()()()()()

 このイシツブテは、この戦い方だけを徹底的に仕込んでいる。

 さあ、どう対処するのか僕に見せてみろ!




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.11

※レベルは目安。


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4.ニビジム②

多くの高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
また誤字報告、大変助かっています。本当に感謝するばかりです。


 ブルーがジムトレーナーを相手にポケモンバトルを挑んでいる頃、パープルは食パンを咥えて街中を走っていた。

 

 パープルは寝坊した。

 昨日の時点で、ジムに挑戦する手続きを終えていたが今日、その試合があるにも関わらず、眠りこけてしまっていた。

 目覚めた後、その時刻を確認した後で飛び起きて、急いで身支度を整える。同じ部屋で寝ていたイエローには、とりあえずポケモンセンターで再会する約束を口にして、預けたポケモンを回収してからニビジムに向かった。

 もう予選は始まっている、なんなら結構な試合が行われているはずだ。

 

 ニビジムに辿り着いた私は、バンッ! と両手で開け放った。

 その音に、ニビジムに居るほとんどの人が振り返る。

 この場に居る注目を一身に浴びた私は、その気まずさに唇を真一文字に結んだ。

 

 どうしよう、これ。

 

 考える。考えてみて、この危機を真っ当な手段では切り抜けられないことを自覚した。

 故に私は、とりあえず右手を腰に当て、ピンと指先まで伸ばした左手の甲を口元に添える。

 息を大きく吸い込んで、腹の底から声を発する。

 

「オーッホッホッホッホッ!!」

 

 秘技、ランスお墨付きの様になっている高笑いだ!

 主役は遅れてやってくる。受付の人が、試合はもう残っているジムトレーナーとの戦いだけだと教えてくれた。

 大丈夫、私の実力を見せつけるのに一試合もあれば充分だ。

 

「えっと、君……なにか、言う事ある?」

 

 ピクニックガール姿のジムトレーナーが少し困ったように問い掛けて来たので、私は堂々と答える。

 

「寝坊しましたわッ!!」

「んー? それで言う事は?」

「申し訳ありませんわ! 私、旅は不慣れなものでして……」

「まあ遅刻したことは良いけど……残りは一試合だけになるけど、それは分かってくれるよね?」

 

 その言葉に私は「勿論!」と胸を張って答えた後に「迷惑をかけて申し訳ありませんわ」としおらしく口にする。

 

「……それじゃあ、最終戦を始めるから指定の場所へ」

 

 ジムトレーナーさんの言葉に、私は慌てて向かい側のトレーナーボックスに足を踏み入れる。

 ジム戦の場合、トレーナーはバトルフィールドに足を踏み入れることは許されない。バトルフィールドの両端にある白線で区切られた長方形の領域、トレーナーボックスから指示を送る事になる。とりあえずバトルする前に周りを見渡した、山岳地帯の岩肌をイメージした岩石地帯のフィールド。隠れる場所が多そうでイシツブテ辺りが岩に擬態すると見つけるのが難しそうだった。

 ふと、向かい側のトレーナーボックスを見れば、ジムトレーナーさんがジトッとした目で私を見つめている。

 

「準備は良い?」

「ええ、よくってよ」

 

 互いにモンスターボールを構えて、それぞれで名乗り上げる。

 

「ニビジム所属トレーナーアキナ、行きますよ!」

「挑戦者パープル、参りますわ!」

 

 お互いにボールを投げて、フィールドにポケモンを放った。

 私が選んだのはスピアー、相手はイシツブテ。隠れられる前に決めてやろうと速攻を仕掛ける。

 

()()()()()()()()()()()で、やっておしまい!」

「あっ、ちょっと、あっ! それじゃ試験に……! あっ!」

 

 どく状態にするまでもなく、スピアーの猛攻の前にイシツブテは為す術なく倒れてしまった。

 しゃららん、とオシャンティーに前髪を掻き上げる。

 レベル上げて物理で殴る、これが世の中の真理ですわ!

 

「……あー、うん、そういうことをするんだね? ふぅん、へえ、ほぉ~ん……」

 

 イシツブテをボールに戻し、代わりに彼女が腰の後ろから取り出したのはスーパーボール。それをフィールド上に投げた。

 

「経歴を見れば、既にグリーンバッジの所持者。ちょ~っとくらい、本気を出しても良いよねえ?」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる彼女の前に姿を現したのは、ゴローン。イシツブテの時とは違う雰囲気を感じ取る。

 

「勝てなくても良い。うん、ちゃんと合格は認めてあげるから……ちょっと、懲らしめちゃおっかなって。大丈夫、そのポケモンは鍛えられているようだし、並のポケモンじゃトレーナーの実力は図れないしね。うん、これは仕方ない事なんだよ。また瞬殺されちゃ堪らないし……」

 

 ぶつくさと言い訳がましい呟きとは裏腹に、ポケモンも、トレーナーもひりついている。

 スピアーに警戒を促した。先ほどまでとは違う空気に、否応なしに緊張感が高められた。

 

「いわタイプの怖さを教えたげる」

 

 ゴローンが地面の上を、ゆっくりと()()()()始める。 

 嫌な予感がして、咄嗟にスピアーに攻撃を仕掛けさせた。

 しかしゴローンの硬い岩肌の前には、効果が薄かった。

 

「私の固い意志は此処にある! 硬くて我慢強い、それがいわタイプだ! 生半可な攻撃が通用すると思うなよ!」

 

 ジムトレーナーによる大人げない蹂躙が、今、始まろうとしていた。

 

 

 隣の方から強い衝撃音が鳴り響いた。

 驚きに振り返り、しかし直ぐ自分のバトルフィールドに視線を戻す。

 

 イシツブテの身を隠した状態から()()()()()による遠距離攻撃。

 その投げられた岩の方角から相手が大体、何処の位置から攻撃をしているのか分かるけど、その周辺にロコンを向かわせた時にはもう姿を眩ませてしまっていた。何時、何処から飛んでくるのか分からない相手の攻撃に、ロコンも憔悴しきっている。投げられた岩からイシツブテの臭いを辿って貰うことも考えたが、臭いを覚えるまでの間にも次から次へと岩は飛んでくる。

 このまま時間が過ぎるだけではじり貧、かといって打開策は何も思い浮かばない。

 

 あれや、これや、と考えてみてもロコンでは勝てる気がしない。

 

 とりあえず時間稼ぎの意味も含めて、一旦、ロコンをボールに戻してから交換するまでのわずかな時間を思考に費やした。

 この交換している間にも「()()()()()」とジムトレーナーが指示を送り、何処に居るのかも分からないイシツブテの防御力を高めてくる。

 ゆっくりと考える暇も与えてくれない!

 

「お願い、フシギダネ!」

 

 交換できるポケモンは一匹だけ、そこで迷う必要はない。

 しかし、幾ら有利タイプとはいっても、相手の姿が見えなければ攻撃することもできない。

 歯ぎしりする。レッドやグリーンは、どうやってこれを突破したのか……

 

「……姿が見えなくても何処に居る可能性が高いかくらいはわかるんじゃないかな? もしくは、何処に居るか分かるように目印を付けておくとか?」

 

 そのジムトレーナーの言葉に、ハッと作戦が思い付いた。

 

「フシギダネ、走って! そして私が言う場所に()()()()()()()を撒いてって!」

 

 フシギダネは飛んでくる岩を()()()()()で打ち払いながら全力疾走、岩を投げていたはずの近辺に()()()()()()()を撒いて回った。ジムトレーナーを見る。指示は出していない、手足も動かしてない。ただ不敵な笑みを浮かべて、私を見つめているだけだ。

 ……関係ないッ! 動かないなら、このまま勝ち切るだけだ!!

 

「頑張れ! フシギダネ、頑張れ!」

 

 

 まあ、及第点といったところか。

 

 イシツブテの行動には、法則性がある。

 イシツブテが隠れられる場所は限定されており、点と点を繋いで循環する形でグルグルと回っているだけだ。それで進路を塞がれたら逆に回って、ぐーるぐる。あのツンツン頭は、ものの数分でイシツブテが特定の場所からしか岩を投げてないことを見破り、五分以内に法則性を看破した。そしてイシツブテが次に通る道を待ち伏せする事で倒し切った。

 それに比べて、目の前の少女。ブルーは不器用で、ちょっと大掛かりだが、対策にはなっている。

 

 とある場所でイシツブテの悲鳴が上がる。

 ()()()()()()()は生命力を吸い取る種子。生命に触れることで成長し、相手の体を絡め取るように蔦を伸ばす。

 蔦が絡まったイシツブテは、もう岩石地帯に隠れ潜む事はできない。

 

「み〜つけたっ!」

 

 フシギダネの()()()()()を打ち付けられたイシツブテが倒れて、その試合は幕を閉じる。

 あまりにも呆気なく突破されたら二匹目も使うけど、満身創痍っぽかったし。

 フシギダネを抱き締めて、勝利を喜ぶ少女にただ一言、「おめでとう」と讃えた。

 

 

「そらぁっ! そらっ! そらっ! そらっ! そらっ! 逃げてばっかじゃ勝てないよっ!!」

 

 岩石地帯のフィールドを縦横無尽に駆け回る爆転ゴローンに手も足も出せずにいた。

 土煙を立てながら迫る姿、その迫力は暴走機関車に匹敵する。ユーロビートな曲と共に峠を駆け抜ける走り屋のように、ドリフト紛いの動きでコーナーを曲がり、途中にあった石や小さめの岩を弾きながら襲いかかってくる。空を飛んでやり過ごせば良い、そんな悠長な考えは即座に否定された。岩場の丁度良い感じの段差とか、坂になってる場所とかを活用して空に跳んで、()()()()の体当たりを迫ってくる。更にはピンボールのように岩と岩の間を跳弾して、追尾してくる事もあるから溜まったものではなかった。

 フィールドに出ているのはスピアー。死角からの攻撃に関しては私が指示を送って、躱す。

 

「アーッハッハッハッハッ! これぞ、私が尊敬して止まないアカネさんのころがる戦術!! ノーマルタイプとの相性が悪かったから泣く泣くニビジム所属のジムトレーナーになったけどッ!! 私の夢はまだ終わらない! 目指せ、ジム交流戦! 届け、ジムリーダー対抗戦!! 私は、何時の日かタケシさんを倒して、ニビジムのジムリーダーになる女だ! そして、ニビジムを代表して、コガネジムリーダーのアカネさんと全国生放送で戦うって決めているんだ!! ……でも、ゴローン大好きだよ! 今は一万光年くらい大好きだよ!!」

 

 そう言っている間にもゴローンの()()()()は更に加速している。

 というか、タケシさんだっけ? 良いの? この人、ジムリーダーの座を狙ってますけど?

 丁度、観戦しに来ていたタケシさんは、無表情でフィールドを見つめていた。

 

「ほらほらぁっ! 余所見してる暇なんてないっての!」

「あっ!!」

 

 ちょっと目を離した隙にゴローンの巨体が、スピアーの体を突き飛ばした。

 まるでダンプカーに跳ねられたかのような衝撃に、スピアーは一発でダウン。すぐスピアーをボールに戻して、次のポケモンをフィールドに出した。

 選んだポケモンはサイホーンだ。

 

 覚悟を決めた、此処が今日の大一番。

 土煙を上げて接近してくるゴローンに向けて、先ずは()()()()()()()。それなりの振動が地面を揺らしたけど、僅かに軸の中心をズラしただけに留まる。次いで、ハンドシグナルで指示を送った。

 サイホーンは近場にあった手頃な岩を抱え持って、その姿勢のままゴローンを睨みつける。

 

 便利な技だから、と御父様のひでんマシンで覚えさせてくれたのは、()()()()()

 これは岩を抱えて砕くという技。抱えた岩を盾代わりにすることもできて、岩で相手の攻撃を受け止めた後に岩を砕いて攻撃することも可能な攻守一体の秘伝技である。

 スーパーアーマー付いてます! ゴローンと岩が正面から衝突する瞬間、サイホーンの()()()()()を発動させる。

 

「その程度で私の愛が止められるかァーッ!!」

「やってみせなさい、サイホーン!」

 

 岩が、砕け散った。

 まるで手榴弾のように辺りに破片が飛び散り、サイホーンは仰向けに倒れた。またしても一撃。

 ゴローンは、ふらふらと空高くに打ち上げられている。

 

 サイホーンをボールに戻し、そのままオニドリルを出した。

 まだ宙に浮いているゴローン。()()()()勢いを相殺されている。目を回している様子もあった。

 ほとんど無防備になった敵ポケモン、私はオニドリルに最後の指示を送る。

 

「とどめです、()()()()()!!」

 

 空高くに飛び上がった後からの急転直下。ゴローンの開いた腹を鋭い嘴で穿った。

 

「行きなさいッ!!」

 

 そのまま地面にゴローンの身体を巻き込んで、更に加速をしながら地面まで打ち付ける。

 ぶわっと砂煙が舞い上がり、先程のマグニチュードよりも、強い衝撃がジム全体を揺らした。ギシギシと天井の照明が揺れて、少しずつ晴れる視界。

 ゴローンは、仰向けのままピクリとも動かない。その上に立っていたオニドリルが甲高い鳴き声を上げた。

 

「……えっ、嘘? 結構、本気だったんだけど……?」

 

 ジムトレーナーが、膝を突いた。

 私は腰に右手を当て、指先までピンと伸ばした左手の甲を口に添える。

 どちらが勝者かは、一目瞭然だ。

 

「勝者は私、パープルですわ! オーッホッホッホッホッ!!」

 

 心底楽しそうな高笑いがジム全体に響き渡った。




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12

※レベルは目安


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5.おーす! 未来のチャンピオン!

今日は忙しいので短めです。
いつもありがとうございます。おかげ様でモチベを高く維持して、毎日更新を続けられています。
色んな方に支えられて、書けています。


 同じ予選ブロックに居たレッドは、パープルと名乗る女の子のバトルを見て言葉を失っていた。

 観戦スペースの椅子に座り、暫し、そこから立つことができなかった。

 

 ニビジム所属のジムトレーナー、アキナ。

 彼女の名前と顔は、よく知っている。地元テレビのチャンネルで放送されているジム対抗戦、それはカントー地方で開催されているポケモンジム同士のポケモンバトルであり、年間を通したリーグ戦形式で開催されている人気コンテンツのひとつであった。試合形式は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将のチーム戦となっており、アキナはニビジムの先鋒を務める切り込み隊長としての顔を持っている。

 その時、よく手持ちの一匹として使っているのが、先程のゴローンだ。

 ころがるゴローンは、アカネを信奉する彼女の代名詞。

 

 つまり、パープルは、三匹がかりとはいえ、ポケモンバトルで飯を食っているプロトレーナーの手持ちの一匹を打ち破った事になる。

 

「おーす! 未来のチャンピオン!」

 

 茫然と突っ立っていると、後ろから陽気な声で話しかけられた。

 

「あんなん気に病む必要ないぞ」

 

 随分と馴れ馴れしいおじさんが、俺においしいみずを投げて寄越す。

 急に飛んできたそれを俺は受け取る。

 おじさんは嬉しそうに笑って、そのまま俺の隣に腰を下ろした。

 

「おじさん、誰?」

「俺か? 俺はただのポケモンバトル好きだ! 毎年、ポケモンリーグを目指す将来有望な若手を見つけては追っかけをするただのファンだよ」

 

 プロの洗練された強さも良いが、夢と希望に満ちた若さもまた最高に良いんだよな。等と彼は良く分からないことを力説する。

 

「おじさんな。毎年、こんな感じで各地のジムを巡っているから分かるんだよ」

「えっ、おじさん。仕事、何をしてるの?」

「ふらふらしてるおじさんに仕事の話をしちゃいけないんだぞ」

 

 おじさんは手に持っていた付箋がびっしりと挟まれた手帳を胸ポケットにしまいながら、茶目っ気たっぷりに答える。

 だぼだぼのスーツに眼鏡、冴えない人って感じがひしひしと伝わってくる。

 

「……まあ、話を続けるとだな。しばらく有望な若手が出なくなった後で、急にドーンと有望な若手がたくさん現れることが起こる」

 

 レッド、グリーン、ブルー。と、おじさんは指を折って楽しそうに数える。

 

「その界隈で、時代を築く人物が複数人現れる。そうなると、それまで停滞していた界隈がわあっと賑やかになるんだ。そういうのを想像するのもおじさんの楽しみでね、こういって茶々を入れているんだよ」

「……迷惑ですね」

「これしか趣味がなくてね、まあ世の中には色んな人が居ると思ってくれたらいい」

 

 旅を続けるなら、もっと変なおじさんとたくさん会うことになるよ。と言われて、それは嫌ですね、と苦笑して返した。

 

「まあ俺の事は、茶々入れが好きなおじさんとでも思ってくれたらいい」

 

 圧倒的な才能を目の当たりにして、頓挫してきた将来のチャンピオンを見て来たからね。と少し寂しそうに口にした。

 

「ワタルがルーキーの時なんて酷かったぞ。最年少でポケモンリーグの制覇、それがポケモンリーグ初挑戦での出来事だ。そのままカントーチャンピオンに勝利し、ジョウトチャンピオンとのバトルにも勝利して、今やカントーとジョウトの統一チャンピオンだ。あの当時の同期はみんな、ワタルを見て心を折っちゃってね。あの世代はワタルだけが取り上げられているけど……例年以上の豊作年だったんだ」

 

 おじさんは寂しげな目で、此処ではない何処か遠くを眺めた。

 

「君達のような豊作の年には時折、とんでもない化け物が現れる時がある」

「……それがあのパープルですか?」

 

 そうだね、と彼は笑みを深めてみせる。

 

「でも、決して君達も劣ってはいない。人の歩みは人それぞれ、将来の化け物はもしかすると君かも知れないぜ。未来のチャンピオン」

 

 そう言って、背中を叩かれた。痛い。

 

「そのおいしいみずは俺の奢りだ」

「いつもこんなことをやっているんです?」

「どうしても気にしちゃうなら……そうだな、近い将来で君が大物になった時に、あいつは俺が育てたんだよ、と法螺を吹くことに対する見逃し料ってことにしておいて欲しい」

 

 彼は立ち上がると「これが先行投資というものだよ」と悪い大人の笑みを浮かべて立ち去る。

 その背中を、茫然を見送りながら、おいしいみずの蓋を開ける。

 

 別に気に病んでいた訳ではなかった。

 同期に、こんな凄い奴がいる。俺は彼女と競い合える、その事実に心が滾った。

 負けてはいられない。拳を握り締める。俺は予選を全勝で突破したけど、そんな事に何の価値があるっていうんだ。

 今日、戦えなかった事が本当に残念だ。今すぐにでも追いかけて、勝負を挑みたい。

 しかし、明日にはジムリーダー戦が待っている。

 

 あの子はもう何処かに行ってしまったし、俺も早くポケモンを休ませてやらないといけない。

 

 ああ、でも。身体が疼いて仕方ない。

 今はまだ勝てない。でも次だ、次に会う時には少しでも近付いてやる。

 そして、何時の日か彼女と肩を並べてやる。

 早く、バトルがしたい。

 今日は、眠れない夜になりそうだった。

 

 

 私、イエローはニビシティの中を歩き回っていた。

 ピカチュウは、朝のドタバタでお姉さんが持って行ってしまったので適当に街の中を散策している。

 何処でも良かった。ただ途中で歩き疲れたので、何処か屋内に入りたくて博物館に向かった。

 博物館には、ポケモンの歴史。化石。それから、おつきみやま。つきのいし。

 眺めていると人相の悪い私服の男が二人、話しているところを見た。

 

「ボスがピッピを御所望なんだってな」

「ああ、なんでも生体実験にピッピの細胞が必要なんだってよ」

「どうしてピッピなんだ?」

「さあ、知るかよ。俺達は言われたことをすりゃ良いんだ」

「まあ、ピッピなら金にもなる」

 

 二人が歩いて来たので、私は咄嗟に物陰に隠れた。

 ポケモンの売買は実際に行われている。ポケモンブリーダーと呼ばれる職業があって、正式な資格を持った人間がポケモンを躾けて、そのポケモンを求める人にポケモンを売り渡す。ちょっと違うけど、育て屋と呼ばれる人なんかは、本来、そうやって生計を立てていた。

 でも、今のは、確実に……なんだか、聞いちゃいけないことを聞いちゃった気がする。

 やり過ごした後、とりあえず、私は何も聞かなかった事にした。

 

 

 一方で、トキワジムのジムリーダーは怒り狂っていた。

 同時期にバトルを繰り広げていた愛娘の活躍が配信されなかった事に憤怒した。

 四幹部は同意しながらも、我らが首領を宥めるのに必死になった。

 程なくして、パープルからの通信で機嫌は直った。




▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

おまけ
▼アキナ
ゴローン♀:Lv.36:ころがる

※レベルは目安。
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。


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6.ニビジム③

多くの高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
また誤字報告、大変助かっています。本当に感謝するばかりです。

昨日は申し訳ありません。
なろう作品の「稲荷様は平穏に暮らしたい」を読んでいました。
面白かったです。100話分程度、一気読みしてました。


「あ、あの、もう少し持っていた方が……良いかも……知れないです……」

 

 ニビジムの予選リーグを無事に突破した私は、ニビシティの郊外でイエローにピカチュウを返そうとしているところだった。

 逃したポケモンを再度、私が捕まえた形になっちゃったので、おや認定は私になっちゃっている。だから私が逃して、イエローに再び捕まえ直してもらおうっていう算段だった。

 しかし、それをイエローが拒否。理由は、

 

「も、もしかすると、明日のジムリーダーで、必要になっちゃうかも、知れ、ないから……」

 

 そのしどろもどろで取って付けたような理由に、私は溜息を零す。

 要は、家に帰りたくない、と彼女は言っているのだ。彼女を見つけて二日目、彼女の言を信じるに一週間程度、少なくとも家出して三日、四日程度は過ぎている。そうなると、まあ、あと一日くらいは良いかなって、そう思ってしまった。

 とりあえず今日もまたポケモンセンターにポケモンを預けて、ひと休み。

 

 イエローの髪を乾かしたり、梳かしたり、編んでみたりと遊んだ後に彼女を抱き枕代わりに就寝する。

 幼い頃はよく昼寝する時はペルシアンを抱いて寝ていたことを思い出す。

 明日のバトル、イエローのピカチュウを使うつもりはない。だって、それは私達で勝ったとは言えないからだ。

 

 

 レッド、グリーン、ブルー、パープル。ジムリーダーへの挑戦権を得た四人がニビジムに集っていた。

 その観客席にイエローも居る。イエローはパープルが誘った。ポケモンセンターから出る時は渋ったが、それが知り合いに知られたくない為だと察したパープルが彼女にキャップ帽子を被せた。ついでに衣服も買い込んで、これで変装もバッチリ! とパープルは満足げにパンパンと手を打ち鳴らす。黒のインナーに赤と白のジャケット、青色の短パンを履いたイエローの姿はボーイッシュな女の子だ。可愛らしいポニーテイルが少し気になったので、帽子の中に丸めて詰め込み、これで何処からどう見ても男の子になった。可愛い男の子、女装をしても違和感ない感じだ。何を云っているのか、パープルにも分からない。

 支払いに、パープルは御父様から借りたクレジットカードを使った。

 

 あんまり無駄遣いするつもりはないけども、必要だと判断した時は躊躇しない。

 長年の豪邸暮らしで、この辺りの金銭感覚は緩んでいる。御父様が結構な金持ちで数百万程度なら懐も痛まないし、金目当てだとしても頼ってくれる事に喜びを感じる御父様なので、使うかどうかはパープルの心持ちひとつだった。ちなみに娘側からの提案で、月々の限度額が設定されている。最初、サカキが渡そうとした黒色のクレジットカードを見せた時、ヒュッ、とパープルは息を漏らした後、触れるのも嫌だといった様子で断固拒否した。それでも月の限度額は百万円なので、色々とぶっ飛んでいる。

 そういう事情もあって、イエローは今、レッド、グリーン、ブルーとは目を合わせないように観客席に座っている。

 

 待ち構えていたタケシが、四人に向かって予選リーグ戦での健闘を讃えた後、そのままバトルに移行する。

 順番はブルー、レッド、グリーン、パープル。予選リーグ戦で見た実力が低い順。今日のバトルもネットでの配信が行われており、トキワシティにある屋敷では、サカキと四幹部がパソコンの前でスタンバイしていた。

 さておき、レッド、グリーン、パープルが控え席に戻り、ブルーだけがフィールドに残される。

 

 タケシとブルーは、もう一度、挨拶を交わした後にバトルを開始した。

 使うポケモンは、お互いに二匹ずつ。タケシの手持ちはイシツブテとイワーク、ブルーの手持ちはロコンとフシギダネ。二人のバトルはブルーの粘り勝ちとなった。タケシの指導を交えた戦法と助言、ブルーは導かれるように奮闘し、最後はフシギダネとイワークの衝突の末、フシギダネが予め仕込んでいた()()()()()()()が功を奏して、あと一歩を掴み取った。

 

 続いて、タケシ対レッドのバトル。

 タケシのポケモンは先程と変わらず、イシツブテとイワーク。対するレッドの手持ちはイーブイとヒトカゲとピカチュウというタイプ的に不利な構成だった。しかしレッドは機転を利かせた攻撃でタケシを攻め立て、二匹目のイワークとのバトルは()()()()()()で真正面から打ち倒す。

 

 三人目はグリーン、彼の手持ちはゼニガメ、ポッポ。控えにコラッタ。

 ゼニガメでイシツブテを圧倒するグリーンを見たタケシは、此処で二匹目の手持ちを入れ替える。繰り出したのはオムナイトであり、見慣れないポケモンにグリーンは警戒心を高めた。太古の昔に存在したと云われるポケモンの一匹。最近になって化石から復元する装置の開発をしたことは知っていたけど、実際に動いているところを目にするのは初めてだ。

 タケシは、育成中のポケモンだと前置きした後で「タイプ相性だけで突破されるとジムの意味がないからな」と、本来、試験用のポケモンではない為、グリーンの手持ちを一匹増やしても良いとした上でバトルを再開する。

 

 グリーンは苦しめられた。

 ポッポで時間を稼ごうとした時は()()()()()()()で打ち落とされて、コラッタ相手には()()()()()でジワリジワリと締め落とされる。ゼニガメを出した後も、()()()で的確に攻撃を防がれて、苦戦を強いられる。それでも最後に勝ったのはグリーンだ。彼は周りが岩石地帯であることを利用し、岩石が積み重なっている場所の地面を()()()()()()で緩くした後、()()()()()で岩石を崩した。それに巻き込まれたオムナイトは()()()()()()も耐え切れず、ほとんど瀕死状態で倒れていたところをゼニガメの()()()()()でとどめを刺される。

 タケシは地形を利用したグリーンの作戦を褒め称えて、グレーバッジを授与した。他二人もバトル後にバッジを受け取っている。

 

 最後の一人、パープルがフィールドに出て挨拶を交わす時、タケシは彼女に歩み寄った。

 そして、バトル前だと云うのに彼は彼女にグレーバッジを差し出したのである。

 

「君はもうグレーバッジを受け取るに相応しい能力を持っている。だから、ここから先はエキシビジョン戦だと思って欲しい」

 

 そう前置きした上で、彼が出したポケモンはイワーク。

 しかし、先程まで見たイワークとは別次元の存在感。ひと目見ただけで分かる、その力量。その威圧感。有無を云わせない緊張感。あまりにも、この場にそぐわないポケモンに、思わず、パープルはタケシを見た。

 タケシは笑みを浮かべたまま答える。

 

「ジムリーダーの本気が、どれだけ強いのか君も興味あるだろう?」

 

 ブルーは、二人のやりとりに困惑した。

 グリーンは舌打ちを零し、パープルの底を測る為に意識を集中する。

 レッドは頷いた後、二人のバトルを注視する。

 おじさんは付箋だらけの手帳を開き、ボールペンを構えた。

 

 パープルは不敵に笑って、モンスターボールを翳す。

 

「ええ、興味が尽きませんわ!」

「君に与えられるものがないとなってはジムの意味がないからな。胸を借りるつもりで来ると良い!」

 

 パープルがモンスターボールを投げる。

 出したのはスピアー。様子を見るだなんて崇高な真似はしない。

 出し惜しみはなしだ、と最初から全力全開で突っ走る。

 

「ニビジムのジムリーダーの実力、骨の髄まで味わせて頂きますわッ!!」

 

 何時ものポーズと共にニビジムに高笑いが響いた。

 

 

 鉄骨で入り組んだ天井、吊り下げられた幾つもの照明がフィールドを余すことなく照らしつける。

 岩石地帯をモチーフにしたフィールドには、障害物として大小様々の岩が設置されており、地面は乾いた土で構成されている。

 

「それでは行くぞ!」

 

 しかし、目の前のイワークは、そんなものは関係なしと蹂躙する。

 その巨体を余すことなく使った錐揉み回転による()()()()()、幸いにも溜めは大きかった。その予兆を予見して、早めの回避を命じた次の瞬間、全てを削る勢いで()()()()()をぶちかましてきたのだ。

 その迫力、その風圧、立ち上る砂煙に、ただただ圧倒される。

 

 私、パープルは目を見開いて、その鍛え上げられたイワークを見つめた。

 そして、笑みを浮かべる。やってやる。やってやれと言われたなら、やってやらない道理はない。

 スピアーにハンドシグナルで指示を送った。

 

 あの巨体でスピアーを捉えるのは難しいはず、兎に角、どく状態にすれば──そう思って、イワークの懐に飛び込ませた。

 隙はある。むしろ、大きいくらいだ。錐揉み回転の()()()()()は攻防一体の特殊技ではあったが、放つ前には溜めがあり、放った後にも隙がある。

 だから、ヒットアンドアウェイで繰り返し、攻撃を続けることもできるはずだ。

 

 そう考えた、その考えが甘かった。

 

「イワーク、()()()()()!」

 

 イワークはその巨体を器用に巻いて、蜷局(とぐろ)となり、懐に入ったスピアーを締め上げようとした。

 

「そこから逃げて! 早く!!」

 

 咄嗟に距離を取るように指示すれば、退き際の時にイワークは口を大きく開いて()()()()()()()を放ってくる。

 それもまた声で方向を指示して回避させたが、しかし僅かに掠った。掠っただけで、スピアーはふらついた。その隙を突いて、イワークが巨体を大きく横に振り被った。「次、来るッ!」と声を荒げる。イワークの尻尾がスピアーを()()()()()ようとしたが、間一髪、逃れることはできた。

 ほっと息を吐いたのも束の間、舞い上がった砂煙が、一向に止む気配がない。

 

 ──いや、これは!

 

「気付いたか? もう遅い!」

 

 激しく吹き荒れる砂嵐、この時点でもう手遅れだった。

 

()()()()()だ!」

 

 まるで竜巻のように荒れ狂う砂塵の中、スピアーは為す術なく体力を削られていった。

 イワークが()()()()()を繰り出しながら尻尾を黒く固めているのを見て、私はスピアーの降参を告げる。イワークが次に備えていたのは()()()()()()()。突破口があるとすれば、あの砂嵐を突き破って突破する事だが、それができる力量が今のスピアーにはなかった。

 負けの決まった以上、必要以上に痛めつけることはない。

 

 砂嵐が止んで、ボロボロになったスピアーをボールに戻す。

 これ以後、スピアーは瀕死になったものとして扱う。

 頬に伝う汗を拭い取った。あまりにも違う実力に身震いする。

 でも、一矢は報いてやると顔を上げた。

 

「次、行きますわ!」

「まだ心は保っているようだな! 来い!」

 

 次に繰り出したのはオニドリル。

 何処まで出来るか分からないけど、やれるところまではやってやる!

 

 

 今は廃墟化した研究所、地面にはヒビ割れた写真立て。

 写真には、まだ健在だった頃の研究所の様子。白衣を着た研究員の中に老人が一人。その首から下げた職員カードには、フジとある。その背後にあるホワイトボードには、単語の羅列が書き連ねてあった。

 太古のポケモン、化石の復元。月の石。ゆびをふる、月の神秘。全ての技を扱える。

 ほぼ同時刻に起きた悲劇の物語は、今はまだ語るべき時ではない。




ランキングの順位も落ち着いてきたので、徐々に投稿ペースが落ちていくと思います。
気付けば、週間2位。良い夢を見せて貰いました。
分不相応かも知れませんが、本作を読んでくれる皆様方の期待を裏切らないように緩く頑張っていきたいと思います。

それはさておき、モチベになりますので、お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.15
ゼニガメ♂:Lv.14
コラッタ♂:Lv.10

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12

▼タケシ
イワーク♂:Lv.57:たいあたり

※レベルは目安
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。


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7.ニビジム④

本日、二度目の投稿になります。
なんか書けてしまったので投稿しておきます。


 オニドリルが滑空する。

 スピアーがヘリコプターだとすれば、オニドリルは戦闘機。イワークを翻弄するように旋回して隙を窺った。

 イワークの技には隙が多い、溜めが大きい。しかし意外と攻める好機が見当たらない。隙が計算に入っている。仮に攻撃を仕掛けたとして、きちんと迎撃が間に合う距離と時間を把握している。

 強いな、なんて強いんだ。

 

「これがカントー地方が誇る最高峰のポケモントレーナー、ジムリーダーの実力ッ!!」

 

 瞳が、爛と輝いた。

 心臓が強く鼓動する、トクンと高鳴る胸が高揚しているのが分かる。

 悔しさに歯噛みしたが、それ以上のドキドキがあった。

 嗚呼、ここはきっと理想郷。

 バトルフロンティアは此処にある!

 

 高笑いせずにはいられないッ!!

 

 右手を腰に、指先までピンと伸ばした左手の甲を口元に添える。

 腹の底から声を上げた。高笑いをすると気分が良い、勇気が湧いてくる。

 次の一歩を踏み出すは好奇心! それが私を突き動かすッ!!

 

「羽ばたけオニドリル! 何処までも自由に! 空は貴方のもの! ならば、この箱庭程度、貴方の自由にならないはずもないわッ!!」

 

 その言葉に応えるようにオニドリルは一度、大きく甲高い鳴き声を上げた。

 

 

 パープルの一番の相棒は自分、オニドリルはそのように理解している。

 そのパープルが自分に期待を向けていると云うのであれば、その期待に応えないでなんとする!

 何度か見たイワークの錐揉み回転の体当たり、それを見て、オニドリルは滑空をする時に錐揉み回転をしてみた。バレルロールのような旋回、その軌道の変化は面白くて、翼を広げるタイミングを工夫すると好きな方向に飛ぶことも出来た。慣性に頼る飛び方をする自分にはスピアーのような急発進、急制動は出来ない。逆に慣性に頼る飛び方だからこそ、出来る事はある。

 イワークの尻尾による()()()()()()()()()()()()()を潜り抜けて、蜷局を巻いた()()()()()は隙間を縫って飛び抜けた。()()()()()()()は急上昇やバレルロールを駆使して回避する。勢いを殺さずに滑空を続けて、イワークとの擦れ違い様に()()()を繰り出す。()()()()()をしている余裕はなかった。

 ほとんど効果はない、ダメージが通っている気がしない。ほんの少し、小石の粒程度、イワークの岩肌が欠けるだけ。

 それでも万里の道も一歩から、根気強く、攻め続けた。

 

 まとわりつくように()()()を繰り出していると、イワークが溜めを見せる。

 照準を真上に向けた、あらぬ方向への()()()()()。これなら、もう少しだけ攻撃を続けられるかも知れない。

 そう思って、鋭い嘴で()()()を繰り出した時────、

 

「離れなさい! オニドリルッ!」

 

 ──パープルの声が聞こえた。

 

 咄嗟に、飛びのこうとした。

 しかしオニドリルはスピアーと違って急発進が出来ない。

 判断を間違った、ほんの数秒が致命的だった。

 

「俺のイワークの()()()()()は本来、体にまとわりついた敵ポケモンを振り払う為のものだ!!」

 

 全方位360度を巻き込んだ錐揉み()()()()()は、オニドリルを巻き込んで空高くに打ち上げられた。

 たった一撃、それだけで意識を飛ばしたオニドリルは、壁に打ち付けられてダウンする。

 

「素早さの低さを補おうとして編み出した技だ、簡単には破らせてやれないな」

 

 

 初めて間近で見る大迫力のポケモンバトル。手に汗握る展開に、思わず両手を握り締めていた。

 スピアーが破れて、オニドリルが倒れた。続くポケモンはサイホーン。しかし力量差もあって、素早さはイワークの方が上だった。策を弄することもままならず、サイホーンは真正面からの()()()()()に打ち負けた後、仰向けに倒れたところを()()()()()()()でとどめを刺された。

 パープルさんには、もう手持ちがない。

 あんだけ強くて頼り甲斐のある人でも負けてしまった事がわかって、なんだか認められなくて、キャップを深く被り直す。

 わかっていた事だ。でも、パープルお姉さんなら、もしかしたらって思ったんだ。

 

「オーッホッホッホッホッホッ!!」

 

 しかし、お姉さんは悲壮感を欠片も見せずに清々しい高笑いを上げた。

 

「お見事! 流石はジムリーダー、その手腕に感服致しましたわッ!」

 

 自ら両手を叩いて、素晴らしい、と称賛するお姉さんの姿を見て、悲しい気持ちが吹っ飛んだ。

 負けても彼女は何も変わらない。本当に強い人なんだって、そう思った。

 

「……手持ちはこれで全てか?」

「ええ、そうよ。私の手持ちはサイホーンで最後よ。でも、貴方の懐の深さを見込んで、ひとつお願いがあるわ」

 

 お姉さんは四つ目のモンスターボールを構える。

 

「これは借り物のポケモン。でも、ジムリーダーと戦える折角の好機、貴方の強さを是非とも経験させてあげさせたい!」

 

 よろしいかしら? と問い掛けるお姉さんに、タケシは鼻で笑ってみせる。

 

「笑止ッ! 一度、戦うと決めたからには最後まで付き合ってやる! 来いッ!!」

「貴方の器の大きさに感謝致します。行きますよ、ピカチュウ!!」

 

 放り投げられたモンスターボール、中から現れたのは見慣れた電気鼠の姿──ではなくて、オレンジ色のマスクにスポーツウェアを着込んだピカチュウの姿であった。

 

「えっ?」

「……ん〜?」

 

 唖然とする私、お姉さんは眉を顰めて首を傾げる。

 いや、私には分かる。あれは私のピカチュウだ。しかし、なんで、あの格好をしているのか分からない。

 お姉さんもよく分かっていなさそうだ。

 マスクを被ったピカチュウは、人差し指を高く掲げて「ピッピカチュウ!」と、やけにやる気満々に鳴き声を上げる。

 そして、イワーク相手に両腕を開いて、腰を落とす姿勢を取った。

 

「あれは……マスクド・ピカチュウ! 存在していたのか!?」

「えっ、おじさん誰?」

 

 すぐ隣で鼻息を荒くしたおじさんは、付箋塗れの手帳を開くと、もの凄い勢いでボールペンを動かした。

 

「聞いた事がある。トキワの森のマスクを被ったピカチュウの話、兎にも角にも手当たり次第に勝負を挑んでは地面に叩き付けてスリーカウントを数える自称トキワのチャンピオン! トレーナーが相手でも構わず、果敢に勝負を挑んではポケモンを地面に叩き付けて、ついでにトレーナーも叩き付けてスリーカウントを奪い去るピカチュウ伝説! 付いた渾名は害鼠! これがマスクド・ピカチュウ! そのあまりの好戦的な気性により、トキワシティの巡査達が取り囲んでフルボッコにし、命からがらに逃げ出した悲劇譚。その後、彼はトキワの森に姿を現さなくなったという。ある者は云った、あいつはマスクを捨てたんだ。いいや違うと私は云う、あいつは武者修行の旅に出た! 何故なら、あいつはマスクド・ピカチュウ! 心に不滅の炎を持った誰よりも熱いポケモンなんだ! そして、今日、舞い戻って来た! フェニックス・オブ・ザ・マスクド・ピカチュウ!!」

「つまり?」

「要チェックやーっ!!」

 

 興奮気味のおじさんを横目に、私は、すすっと数席分の距離を取った。




次回でニビジム編も終わります。
お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.15
ゼニガメ♂:Lv.14
コラッタ♂:Lv.10

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12

▼タケシ
イワーク♂:Lv.57:たいあたり

※レベルは目安
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。


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8.マスクド・ピカチュウ

多くの高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
また誤字報告、大変助かっています。
いつも迷惑をかけて申し訳ありません。


 出会いは一冊の雑誌だった。

 当時はまだ荒くれ者だったピカチュウは、トキワの森を我がもの顔で歩き回っており、道行くポケモンを威嚇してはその逃げ出す姿を見て嘲笑うことを趣味としていた。気に入らない奴は蹴飛ばせば良い、メンチを切る奴は捻じ伏せれば良い。喧嘩っ早さだけは人一倍、いや、ポケモン一倍で、ちょっと強そうな奴を見掛けてはちょっかいを掛け続けた。

 本来、トキワの森は温厚なポケモンが多い場所。攻撃性の高いポケモンと云えば、スピアーぐらいなものであり、彼らは巣を攻撃しなければ襲って来る事はない。時折、現れるとりポケモンは電気で撃ち落とせば良くて、そんな事なのでトキワの森でピカチュウを止められるポケモンは何時しか誰も居なくなっていた。

 誰も彼もが彼を避けるようになり、ピカチュウは思うように鬱憤を晴らせなくて苛々していた。

 

 そんな時、ピカチュウの目に入ったのが、ポケモントレーナーであった。

 

 トキワの森でトレーナーがポケモン達にポケモンフードを与えていた時、それを美味しそうに食べるポケモン達の姿が気になって、彼らが去った後、地面に落ちていた一粒を口に含んだ。

 

 ──それは、歓喜の味だった。

 

 栄養は勿論、ポケモンの味覚に合わせて調合されたポケモンフードは今まで食べた何よりも美味しかった。今まで、適当にかじって来た木の実はなんだったのかと、言いたくなる程に。その時、偶然にも拾った味がピカチュウの味覚に合っていた事が災いした。

 ピカチュウは、この人工的に作られたポケモンフードの虜となり、また食べたいと思うようになった。

 最初はポケモントレーナーの後を付けて、そのおこぼれを狙うだけだった。しかし、彼の気は長くない。喧嘩っ早い性根が災いし、ピカチュウは食事中のポケモン達に喧嘩を吹っかけたのだ。このピカチュウ、狡賢くて頭が良い。相手が不意打ちで気が動転している内に、さっさとポケモン達を退治してしまって、そのままポケモンフードの入った袋を奪って森の中へと逃げ出すのである。

 そして木の上に登っては、悠々自適にポケモンフードにありつくのであった。

 

 ポケモントレーナー狩りをするピカチュウの存在は、瞬く間にトキワシティに広がった。しかし件のピカチュウを捕まえる事はできない。繰り返すが、このピカチュウは狡賢くて頭が良い。他のピカチュウ達が犠牲になる中、ピカチュウは森の中で孤立するポケモントレーナーだけを狙い続けた。捕獲は難航し、トキワシティの住民達は頭を悩ませることになる。トキワシティにはトキワジムがあったが、彼のジムリーダーは、よくジムを休業することで有名であり、ポケモンリーグが開催する少し前の数週間だけ、最後の試練として開業するといった始末であった。

 

 そんな事をしている内に、ピカチュウの力量はどんどん上がっていった。

 もう並のポケモントレーナーでは、ピカチュウを捕らえるどころか倒すことも出来ない。自分の腕に自信のあるトレーナー達がピカチュウを捕まえてやろうとトキワの森に勇んで入ったが、此処は彼のホームでもあり、縦横無尽に駆けるピカチュウを捕らえることもできず、手持ち全てのポケモンが倒された後、撒き餌代わりに持ってきたポケモンフードの入った袋を奪われてしまったのだ。鞄ごと盗まれる事すらもあった。

 こうして被害が雪達磨式に増えて行って、トキワシティの住民は警察協力の下、本格的なピカチュウ捕縛へと乗り出していた。

 

 その頃、ピカチュウはトキワシティの郊外で釣りを嗜む女の子を襲っていた。

 幸いにも女の子は荷物を奪われることはなかったが、その時、彼女は釣りをしながら読んでいた一冊の雑誌を落としてしまっていた。

 出会いは一冊の雑誌だった。

 

 マスクド・ピカチュウは、この一冊の雑誌との出会いから始まっている。

 

 その表紙には、マスクを被ったムキムキマッチョな男が腰にチャンピオンベルトを下げている姿が載っていた。

 女の子は鍛え上げられた男の筋肉を見るのが好きだった、性癖だった。しかし、彼女は幼さ故の羞恥心を持っており、ボディビルではなくて格闘技関連の雑誌を買う事で欲求を満たしていた。何故、この結論に至ったのかは不明だが、若さとはそういうものである。

 そんな女の子は周りの眼から逃れるようにトキワシティの郊外へと足を運び、釣りを嗜むふりをしながら買い込んだ雑誌を読むのが日課になっている。

 この時にピカチュウと出会ったのが運の尽き、彼女は泣く泣く愛読書を手放さなければいけなかった。そんな彼女の本日の愛読書はプロレス団体のものであり、表紙はチャンピオンを名乗る男が人差し指を高く翳して、咆哮しているシーンであった。

 ピカチュウは、狡賢くて頭が良かった。人間の文字も、少しだけなら分かってしまう程である。

 それ故にチャンピオンベルトを巻いた男が、世界で最も強い人間だと思い込んだ。強くて格好いい男というのは、こういう存在の事を云うのだと思ってしまったのだ。思い立ったが吉日と、ピカチュウは寝床に帰ると今まで人間から奪ってきた物品を漁り、そして自分の頭のサイズに合うマスクを被ったのだ。

 勝利のカウントはワン・ツー・スリー。中途半端な知識を得たピカチュウは、相手を地面に叩きつけてから三秒数えた後、立ち上がれなかった相手に対して勝利の咆哮を上げた。女の子の愛読書を読み耽り、時折、手に入る似たような雑誌をも読み耽り、パフォーマンスも洗練させていった。倒した後のアピールは忘れない、攻撃を仕掛ける時の煽りも忘れない。相手の攻撃を受け切る美学を学んで、半身の姿勢から左右の足の前後を入れ替える独特なステップも身に付けた。

 こうして、マスクド・ピカチュウの原型は少しずつ固まっていったのだ。

 

 しかし、これは彼にとって不幸の始まりでもあった。

 不幸と呼ぶには、あまりにも因果応報ではあったのだが、マスクを被った事によって、他個体との区別が付けられるようになってしまったのだ。ピカチュウがマスクを被るのは勝負を挑む時だけ、それでもマスクの被ったピカチュウの噂はトキワシティの巡査達の耳に入り、マスクド・ピカチュウ対策本部が設立される。

 こうして、大々的な討伐作戦によって、ピカチュウはトキワの森に居られなくなってしまったのだ。

 

 だが、ピカチュウはトキワの森を追い出されても悲しんではいなかった。

 確かに寝床が奪われるのは悔しい事だ。しかしピカチュウの目的は次に向いていた。とある雑誌の情報から、この世界にはチャンピオンロードと呼ばれる場所があることをピカチュウは知っていた。その道の果てに真のチャンピオンの座に着ける、とピカチュウは本気で信じていた。セキエイ高原、それはピカチュウにとって聖地の名称。ポケモンリーグ、それはピカチュウにとって聖戦の舞台。

 ピカチュウは己の可能性を信じて、身ひとつでチャンピオンロードに臨んだのである。

 

 数週間後、ピカチュウはしわくちゃな顔になってトキワシティに帰って来た。ポケウッドの俳優も顔負けの悲壮感をまとっていた。

 

 井の中の蛙は大海を知らなかった。

 大海に挑むことすらも敵わず、チャンピオンロードの屈強なポケモン達に打ち倒されてしまったのだ。

 それで泣く泣くトキワの森に戻って来たのだが、そこにはもうピカチュウの居場所はなかった。

 荒らされた寝床、周りからの疎外感。

 

 一時期、ピカチュウは確かにトキワの森のチャンピオンであった。

 しかしかつての孤高は今、夢に破れた敗残兵。直接、襲われることはなかったが、今まで暴れ回ってきたツケが回って来た。

 唾を吐かれるような毎日に、ピカチュウは耐え切れず、トキワの森を後にする。

 

 孤高の存在は、この時、初めて孤独を知ったのだ。

 

 ピカチュウはトキワシティを駆け抜けて、南へと降っていった。

 この時はもうピカチュウは周りのポケモンを痛めつけるような真似をしなくなった。

 身の程を知った、もう前のように暴れるつもりはなかった。

 ひっそりと暮らしていけば良い。

 

 しかし、長年、ピカチュウは奪うことで食事を得ていた。

 

 ポケモンを襲わない、トレーナーを襲わない。

 しかし本来の食事の取り方を忘れてしまったピカチュウは確実に衰弱していった。

 弱る身体、死が近づいてくる感覚、嗚呼、最後に思うのは、初めて食べたポケモンフードの味だった。

 死ぬ前に、もう一度、あれが食べたい……

 

「……君、大丈夫?」

 

 そんな死の淵に出会ったのが、彼女だった。少女だった。

 この時は茶色がかった髪を下ろしている時だった。

 ぐうっ、と鳴いたお腹の音に、彼女は慌ててコンビニまで走って、自分の目の前に食事を転がした。

 それはポケモンフードだった。

 齧ると、奇しくもそれは、初めて食べたのと同じ味。

 涙が、溢れて、止まらない。

 

 これが今はイエローと名乗る少女、後の子分との出会いであった。

 

 

 このピカチュウは狡賢くて頭が良い。

 子分が変装した姿を見て、他の誰かに気付かれたくないと察したピカチュウは自らに変装を施した。

 それがこの、かつての姿。マスクド・ピカチュウである。

 

 何処に持ち歩いていたのか、それは不明である。

 持っている道具と一緒に入れられるので、モンスターボールの中にでも入っていたんじゃないかな?

 さておき、ピカチュウはレッド達の姿を見て、この判断が正しかった。と結論付ける。

 

「……なあ、ブルー。あれって、何処かで見たことあるような?」

「何を言ってるのよ、レッド。あんなへんてこなポケモン。見たら一発で分かるでしょ」

「そうだよな……いや、悪い。ちょっと気になってな」

 

 二人が話す中、グリーンだけは注意深くピカチュウを観察する。

 

「随分と愉快な格好のポケモン! しかし、それなりに鍛えられていることは分かる!」

 

 この固い意志を持つ男はマスクド・ピカチュウを前にしても動じない。

 むしろ、イワークを前にしても怯まないピカチュウに関心すらしていた。ピカチュウも恐怖がない訳ではなかった、しかし、この恐怖は前に体験した事があるものだ。チャンピオンロードの屈強なポケモン達、そこで行われてきた縄張り争い。毎日が死と隣り合わせの環境で数週間も過ごしてきた事に比べれば、最低限、命の保証のあるポケモンバトルの恐怖なんて克服できないはずがなかった。

 なによりも、この試合は子分が見ている。

 子分は引っ込み思案な性格だ。レッド達が居る時以外は、ずっと独りぼっちだった。虐められていた。我慢できなくなって飛び出そうとすれば、子分は必死になって自分を止めてくる。こっそりと仕返ししてやれば、子分は自分をこっぴどく叱りつけた。「もうピカチュウなんて嫌い!」って言われて、しわくちゃになった事もある。かといって彼女には虐めっ子に立ち向かう勇気がない。それどころか、ピカチュウも虐められてしまうことを恐れてすらいた。この子分は自分を守ろうとしていた。ずっと一緒にいる大切な友達、そんな風に自分を扱っていた。だから失うのが怖かったのかも知れない、傷付くのを恐れていたのかも知れない。自分のせいで周りが酷い目に遭うことが耐え切れなかったのかも知れない。いじめっ子と同じように周りを傷つける行為を許せなかったのかも知れない。

 しかし、そんなことはピカチュウの知ったことではない。

 

 守るのは自分であって、子分ではない。

 そもそもピカチュウは誰かに守られる程に弱くないと自負していた。

 バトルをさせてくれなかった。

 だから、腕が錆びない程度に野生のポケモンと戦い続けてきた。

 おかげで一匹のコラッタが、今はラッタとしてマサラチャンピオンとして君臨している。

 マスクを被ったラッタが、しばしばマサラタウンの周辺で目撃されていた。

 

 閑話休題、

 

 ピカチュウにとって、マスクは強さの象徴だ。

 自分は守られる程、弱くない事を証明しなくてはならない。

 そして、強さとはなんたるか。

 

 子分に見せてやらなければならない。

 

 このピカチュウは狡賢くて頭が良い。

 出会いは一冊の雑誌だった。かつてピカチュウは強さの意味を履き違えた。

 強さとは勇気、そして慈愛である。

 

 あの時、自分にポケモンフードを与えてくれた事そのものが子分の強さを象徴している。

 

 故に正さねばならない。

 かつて自分が力の使い方を誤ってしまった時のように、子分の優しさの使い方を正さなければならない。

 悪のマスクド・ピカチュウはもう居ない。

 此処にいるのは、善のマスクド・ピカチュウである。

 そうしたのは、子分の優しさによるものであると、ピカチュウは証明しなくてはならなかった。

 

 強さとは力ではなく、その生き様に宿る。

 

 故にピカチュウは闘志を振り絞った。

 勝てない戦いだってことは分かっている、しかし、ピカチュウは感謝する。この舞台に立たせてくれた事、この機会を与えてくれた事、ピカチュウはパープルに全身全霊の感謝を送る。

 絶対敗北の状況。しかし、勝つ、という闘志を微塵も揺らがせなかった。

 

「ピッカァッ!!」

 

 来いやあッ! とピカチュウが叫んだ次の瞬間、錐揉み回転の()()()()()がクリーンヒットした。

 

「……ピカチュウッ!」

 

 たった一撃の()()()()()により、壁際の岩まで吹き飛んだポケモンの名をパープルは叫んだ。

 タケシはぽかんと口を開けており、イワークは少し気まずそうに吹き飛んだ先の見つめている。

 砂煙、砕けた岩の瓦礫。その中から、ゆっくりと立ち上がるマスクを被った黄色い電気鼠。

 ピカチュウは額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「ピッカァ! ピカピカァ! ピ……カッチュウ!」

 

 パァンと右手で胸を張り、手招きでイワークを挑発する。

 そのプロレス染みた仕草が、虚勢だってことはすぐに分かった。何故なら脚は震えているし、左手は岩に手を置いている。

 立っているのも限界の姿。

 しかしピカチュウは「ピッカァ~?」と首を傾げた後、ダンッ! と足で地面を叩いて、技を繰り出した。()()()()()()()。突然の高速移動にイワークは反応できず、その顎を()()()()()()()で蹴り上げられる。

 しかしダメージは通らなかった。

 

()()()()()だッ!」

 

 タケシの指示に従って、懐に入ったピカチュウを締め付けようとした。

 しかしピカチュウは()()()()()()()で蜷局の隙間から抜け出した、その間際に()()()()を浴びせる。しかし効果がない、ピカチュウは舌打ちする。イワークが大口を開いて、距離を取ったピカチュウに向けて、()()()()()()()を放った。

 その息吹は、ピカチュウの身体を巻き込んだ。

 

「よしッ!」

 

 タケシが拳を握る、その視界の端を高速で駆け抜ける黄色い影があった。

 イワークが捉えたのは()()()()()()。再び放った()()()()()()()で懐に潜り込んだ、タケシは()()()()()を指示する。

 錐揉み状に回り始めるイワークの身体、これを待っていた。とピカチュウはほくそ笑んだ。

 

 ピカチュウはイワークの回転に合わせて、ほんのちょっと力を加える。

 それだけでイワークは体勢を崩し、地面に仰向けで倒れてしまった。これは()()()()()()の応用だ。ピカチュウの大袈裟な動きも相まって、周囲からはイワークを投げ飛ばしたようにも見えた。これが観客にはウケて、歓声が上がった。配信画面の向こう側にいるポケモントレーナー達も大はしゃぎだ!

 ピカチュウは動きを止めることなく岩を登って、手ごろな高台まで駆けあがった。

 黄色い電気鼠が配信カメラを指で差した。自らの胸を叩いて、もっと盛り上げろと両手でアピールする。これがポケモンバトルに意味のある行動なのかは定かではない。しかし、ピカチュウのボルテージは確実に上がっている。観客のボルテージは勿論、最高潮だ!

 まだ仰向けになっているイワークに向かって、宙返りしてからの大技フライングボディプレス!

 ただの()()()()()が炸裂する!

 

 こうかは いまひとつの ようだ……

 

 むしろ岩相手にフライングボディプレスをかましたピカチュウの方がダメージを負ってしまって地面で悶え苦しんでいる!

 観客の一人が目元を手で覆った、配信画面に大量の草が生える! ピカチュウは最初の()()()()()以降、攻撃を受けていないにも関わらず、満身創痍の身体をゆっくりと持ち上げる。同時にイワークも体勢を直す。

 ピカチュウの身体はもう限界だった。というよりも最初の()()()()()の時点で赤ゲージである。

 

 もう動き回ることは叶わない。

 ピカチュウはガクガクの足で腰を落とし、相手を受け入れるように両手を大きく開いた。

 そして、来いよ。と顎でイワークに指示を送る。

 

 最後の攻撃は、錐揉み回転の()()()()()

 それをピカチュウは逃げることなく、真正面から受け止めたのだ。




ピカチュウの技はやんちゃしていた頃、
トレーナーから奪った技マシンのものが多数含まれています。
お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.22

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.15
ゼニガメ♂:Lv.14
コラッタ♂:Lv.10

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12

▼タケシ
イワーク♂:Lv.57:たいあたり

※レベルは目安
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。


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9.次の舞台へ

多くの高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
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 オツキミ山、その麓にあるロケット団の調査拠点。

 設営されたテントに複数人の影、誰も彼もが胸に「R」の文字を刻んだ黒い制服を着た悪い大人達が集まっている。彼らはポケモンマフィアのロケット団、その下っ端。今日も今日とて世界征服の為に、せっせと働き蟻のように働き続ける彼らが、わざわざ山の麓まで足を運ぶことには意味がある。

 此処、オツキミ山には多くの神秘が眠っている。

 この山は人間が生まれる前からポケモンが住んでいたという話があり、この辺りに棲息するピッピとピクシーは、月からやってきたポケモンという説がある。ある特定のポケモンを進化させることができるという夜空のように黒くて不思議な石。通称、月の石が産出されることでも有名だった。

 ロケット団の末端である彼らには、その歴史的浪漫の有用性が分からない。

 しかし、お偉いさんに命令をされたならば、希少なポケモンに古代ポケモンの化石。月の石だって、手に入れてみせる。末端である自分達は詳しい事情を知らなくとも良い、どうやって活用するかはお偉いさんの賢い人が考えてくれる。

 何故ならば、ロケット団の首領であるサカキ様が、我らの期待を裏切ったことはない。

 彼に任せておけば、万事が上手くいくと信じている。

 

 仮に上手くいくことがなかったとしても、此処にいる彼らが自らの首領を裏切ることは決してない。

 何故ならば、それだけの恩を彼らは受けているからである。ロケット団の末端は、そのほとんどがならず者だ。全員が全員、我らが首領に忠誠を誓っている訳ではない。ロケット団の名を借りて、意味もなければ大義もない悪逆非道の限りを尽くす連中もいる。しかし今、此処に居る全ての人間が正規雇用のロケット団員、パートやアルバイトとは訳が違うのである! ロケット団は犯罪組織、利益を得る為に裏から社会を操ることもある。

 しかし、世の中に法に縛られては為しえない事がある。悪にしか出来ない事がある!

 世界征服! それは裏社会から世界を支配する事にある!

 

「ロケット団も随分と規模が大きくなったのは分かる。その為に多額の資金が必要なのも分かる」

 

 設営したテントの中で、珈琲を啜るロケット団の下っ端のひとりが同僚にポツリと零す。

 タマムシシティにあるロケットゲームコーナーはロケット団の大きな資金源になっているが、規模拡大したロケット団の団員全てを賃金を賄える程ではない。ジョウト地方でもゲームコーナーの着工をしているが、それもまだ計画段階。役所からゴミ収集やドブ攫いといった公共事業の参加をさせて貰っているが、あれはあまり金にはならない。やらないよりはまし、といった程度のものである。浮いた金を作るのは、ポケモンの密猟を始めとしたあくどいこと、ヤドンの尻尾は高値で売れる。

 そうやって運営資金を作ってきたのだが、此処、数年でロケット団の運営方針がおかしくなっていた。古代ポケモンの化石もそうだし、月の石もそうだ。確かに高値で取引されるが、注ぎ込んだ資金と労力を回収できる程ではない。

 きちんと対価として回収できるのはピッピくらいなものだ。

 

 ……別にお偉いさんを疑っている訳じゃない。

 それなりに長い時間を所属していたからこそ分かる事がある。末端には知らされないような何かが起こっている、と彼は確信していた。

 まあ、だからといって何かをする訳でもない。彼は今日も今日とて与えられた任務を遂行する。

 それが悪党として、長く生きる為のコツだと彼は理解していた。

 

 

「おい」

 

 ジムリーダー戦を終えた後、颯爽と帰ろうとした私パープルに声を掛けるのは、数日前に私と戦ったツンツン頭の少年だった。

 今日、ジムリーダーに挑戦する他三人は、知り合いだったような気もするが、残る二人とは別行動をしているのか今は一人だけだった。

 なにか用でもあるのだろうか。早くポケモンをポケモンセンターに連れて行きたい。

 とはいえ、彼自身も手間を取らせるつもりはなかったのか、開口一番に用件を切り出して来た。

 

「そのピカチュウの持ち主、今は元気にしているのか?」

「……? ええ、元気にしてるわよ」

「ならいい」

 

 それだけいうとツンツン頭の少年は、さっさとジムから出て行ってしまった。

 イエローと知り合いなのだろうか? ということは、彼女と同じニビシティの出身なのかも知れない。あ、それなら引き取ってもらって……と気付いた時には姿を晦ましてしまっていて、私は大きく溜息を零した。この後、私は観客席にいるイエローを回収して、再びポケモンセンターにポケモンを預けて、明日、イエローにポケモンを返した後にハナダシティに向かう事に決めた。

 なので本日もまた、なあなあ、で一緒の部屋に眠ることになってしまったのだ。

 

 

「グレン島の研究所が破壊されてしまったようです」

 

 トキワシティにある屋敷。その執務室にて、四幹部のランスが我らが首領に報告を入れる。

 グレン島には、屋敷に偽装したポケモン遺伝子に関する研究所が建てられており、古代ポケモンを復活させる研究などを続けていた。とはいえ、これは数多くある研究内容の内のひとつであり、そこまで重要視するような代物でもなかった。ロケット団にとって重要なのは、金儲けになる研究であり、その為に多くの資金を投じて、多くの研究員を引き抜き、時に脅して連れ去るような真似をしてきた。中には非人道的な研究をさせて貰える為、進んでロケット団の研究員として参加する者もいる。

 そんなロケット団の研究部門において、ポケモン遺伝子学が重要視されるようになったのは、今から三年前の事だ。

 

「……ポケモン遺伝子学の権威であるフジ博士がチームから抜けたのが二年前。やはり、彼の協力がなくては思うように研究を進められませんね」

「だが、ポケモン自体は作ることはできたんだろう?」

「それは……ええ、そうですが、しかし、奴は制御の利かない化け物です。あれを制御できるモンスターボールは今、この世界に……」

 

 我らが首領であるサカキは椅子に座ったまま、ペルシアンの頭を撫でた。

 ペルシアンは何も言わず、気持ちよさそうに目を細める。

 暫く、そうした後で、サカキは溜息を零し、ゆっくりと口を開いた。

 

「フジ博士を確保したとして、もう一度研究を再開するのも困難だ」

「……いえ、研究データは残っています。幸い、サンプルも。研究を再開する事も難しくはないかと……」

「時間が足りん。あと数年も残っているのか分からない状況なのだ」

 

 サカキは頭を抱える。決して、娘の前では見せない姿がそこにはあった。

 

「しかし、フジ博士は捕まえる。やれる事はする。改めて研究設備を整える、その為の資金も捻出しなくてはならん」

「現状でも、既に実験を行うために密猟して、繁殖させていたポケモンをゲームコーナーに流しています。これ以上の成果を上げるのは……」

「それは分かっている。だからこそ古代ポケモンを復元させる研究も急がせている」

 

 それもフジ博士の協力が必要だがな、とサカキは歯噛みする。

 

「だが時間が足りん。研究は間に合わないことを前提として、他の計画を進めておかなくてはならない」

「……やっぱり、やるんですね?」

「あれには強大な力を与え過ぎた、暴走する可能性がある事は分かっていた。奴らが秘密裏に開発したモンスターボールの必要性は理解していた」

 

 机の上に広げられた幾つかの写真、その内の一枚には「M」と刻まれた紫色のモンスターボールが映っていた。

 ロケット団は犯罪組織である。時に表舞台に出ることはあっても、基本は裏世界の住人であり、裏から表舞台を操ることをモットーとしている。彼らは決して、テロリストではなかった。あくまでもポケモンマフィアであり、歪であっても今ある社会の一部として根付いた存在だ。

 故にロケット団と社会は共存することができている。

 

「とはいえ、先ずはお話からだ。事は穏便に済ませるに越したことはない」

 

 ロケット団は、常に闇の中に潜んでいる。

 水面下で暗躍している。

 

 

 タマムシジム、その近くにある洋風建築の御屋敷。

 庭園には多種多様で綺麗に整えられた花が植えられており、その一角には珍しい植物を育てる為の植物園が併設されている。

 その庭を一望できるテラスにて、和服を着込んだ御淑やかな少女が紅茶を啜る。

 

「このまま、平穏が続けば良いですね」

 

 着物にエプロン、和洋折衷の姿をした使用人が、屋敷の主である少女に書類を手渡した。それを見て、少女は疲れ切った顔で溜息を零す。

 

「近頃、ロケット団が活発化していますね」

 

 使用人に礼を言って、下がらせる。そしてティーカップに残った紅茶に口を付ける。

 

「世の中が騒がしくなってきました。これが杞憂であれば、良いのですが……」

 

 世にある警察組織は、事件の解決には優秀だが武力に問題があった。彼らには路上で眠るカビゴンも押し退けることもできない。そういったポケモン災害にはジムリーダーやジムトレーナーが駆り出されるのが世の常だ。

 だから、もし仮にロケット団が力で訴えてきた時、それを止められるだけの力が警察組織にはない。多くのポケモントレーナーを有するロケット団は、それだけで脅威的だった。

 

「面倒なことになって欲しくはないですね」

 

 タマムシジムのジムリーダーは、ポツリと零すのであった。

 


 

【ワタル】カントー地方ポケモンバトル総合part320【一強】

 

223 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

おい。今さっき、配信があったニビジムのジムリーダー戦見たかよ。

 

224 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

どったの?

 

225 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

見た見た、アレ、まじで凄かったよな

 

226 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

マサラタウン出身には気を付けろ……

 

227 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

urlキボンヌ

 

228 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

あの金髪少女、あれで10才ってマジかよ……

 

229 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

ググレカス

 

230 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

どうしたの?

 

231 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

遂にワタルの牙城を崩せるかも知れない奴が現れた

 

232 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

それは言い杉じゃね

 

233 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

あのピカチュウ癖強すぎるw

 

234 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

フライングボディプレス(のしかかり)

 

235 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

フライングボディプレス(自滅)

 

236 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

あれで10才とか勘弁してくれ…

 

237 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

あれはただポケモンが強いだけの勢い任せ。どこかで躓くよ

 

238 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

ワタルの最年少記録更新あるかな?

 

239 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

ポケモンリーグはワタルがいるから無理だろ

 

240 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

ピカチュウwww

 

241 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

やべえ

 

242 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

手持ちのポケモンの躾もできない奴が大成するかよ

 

243 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

あれはいったい、なにチュウなんだ…

 

244 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

マサラタウンから来たっていう3人も筋良いな

 

245 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

このマスクのポケモン、どこチュウよ?

 

245 名前:名無しのポケモン好き 20XX/YY/ZZ

歴史が変わるかもしれない




お気に入りと感想、評価をお願いします。
次回から新章が始まります。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26
ピカチュウ♂:Lv.24

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.9

◆グリーン
ポッポ♂:Lv.15
ゼニガメ♂:Lv.14
コラッタ♂:Lv.10

▼ブルー
ロコン♀:Lv.13
フシギダネ♂:Lv.12


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第2章:オツキミ山編
1.出発


高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
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 私は今、相棒のピカチュウと一緒にオツキミ山に続く道を歩いている。

 慣れない旅路、汗水を流して、少しずつでも歩みを進める。お姉さんが買ってくれた衣服は動きやすくて実用性に富んでいた。

 だからトキワの森を出た時よりも幾分か足取りが軽い。一度、トキワの森で遭難した経験が活きているのかも知れない。ピカチュウに食べられる木の実を教えて貰いながらパープルの後を追いかける。そうして辿り着いたオツキミ山の麓にあるポケモンセンター。チラッと中を見渡してみると、そこではブルーお姉さんが五百円玉と引き換えに怪しいおじさんからモンスターボールを受け取っていた。とりあえず目立つ金髪のお姉さんの姿はなかったので、そのままポケモンセンターは後にする。

 オツキミ山には長い洞穴があり、ある程度、整備された道がハナダシティまで続いている。そんな話に聞き耳を立てた。

 だから、お姉さんを追いかける為にもオツキミ山に足を踏み入れる。

 

「おい、なんの準備もなしに足を踏み入れるのは自殺行為だってこともわかんねぇのか?」

 

 声を掛けられて振り返る。するとそこにはツンツン頭のお兄さん、グリーンが私を睨み付けている。

 

「アユミ、あの女はどうした? 一緒じゃないのか? というか、その恰好はなんだ?」

 

 彼は私の本名を口にする。答えられずにいると、まあいっか、と彼は呟いて、モンスターボールを構えた。

 

「ポケモントレーナー同士、目線が合ったら先ずすることはバトルだ。そのピカチュウとも戦ってみたかったしな」

「えっ? えっ?」

「もし、俺に勝ったらお前が求めているものをくれてやるよ」

 

 ピカチュウが、腰のモンスターボールから飛び出した。

 普段からロックは掛けておらず、内側からも開閉できる仕組みになっている。

 ピカチュウとグリーンは何度か顔を合わせた事があるため、面識はある。

 

「……タイプは不利だけど、あの女との距離を確かめるのに丁度良い」

 

 グリーンのモンスターボールから飛び出したポケモンはピジョン、あのポッポも進化したようだ。

 ピカチュウは腰を落として、頬の電気袋から電気を迸らせる。バトルは終始、ピカチュウのペースで展開していった。指示を出さなくてもピカチュウは勝手に戦ってくれる。なにか指示を出した方が良いのか。でも、どういった指示を出せば良いのかもわからなかった。

 それでもピカチュウはグリーンの手持ちを三匹、倒し切ってしまった。

 

「……チッ。トレーナー抜きでこの差かよ」

 

 私がピカチュウをモンスターボールに戻した後、グリーンはそのモンスターボールを奪い取って、そのままポケモンセンターの方へと足を運んだ。

 

「あ、ピカチュウ! 待って!」

「どーせ、身分証も使えないんだろ? 俺の名義で回復させてやるってんだ、後は飯も食わせてやる」

 

 それから、えーと、と彼が思い悩んでいると「あれ、グリーン。そいつ、どうしたの?」と、今度はレッドお兄さんが話しかけてきた。

 

「あー、こいつは……俺の従弟だ。ほら、自己紹介しろ」

「……あ、はい。私はイエローって言います」

 

 心持ち声色を少し低くすると「おお、そうか。俺はレッド、よろしくな」とレッドは私の頭を撫でる。

 

「……今からオツキミ山に行くのか?」

「ああ、俺もあいつに負けてらんねえしな。グリーンは?」

「俺はポケセンで回復してから行く」

 

 さりげなく私から気を逸らさせた後、グリーンは私のポケモンと一緒に手持ちのポケモンをポケモンセンターに預けた。

 その後、近場にあった食事処で同じ席に座る。二人して注文したのは月見そば、というよりも遠慮しているとグリーンが勝手に注文した。

 食事を届くまでの中途半端な時間、互いに無口になって、なんとも微妙な空気が流れた。

 

「おい」

「ひゃいっ!?」

「飯、食ったら一緒に連絡は入れるぞ。言い包めるのは俺がしてやるよ」

 

 どうやら簡単には逃がしてくれないらしい……

 

 

 だーまーさーれーたー!

 貴方だけに良い話、そんな言葉に乗せられて。買ったポケモン、コイキング。

 ワンコインポッキリ価格だった事もあり、買ったは良いけど、このポケモン。なんと、なんと、その場で()()()()()ことしかできない!

 むぎゃーっと! うがーっと! 怒りに悶えそうになったけど、コイキングには罪がない。

 返品も受け付けて貰えず、トボトボとオツキミ山に挑むことになった。

 

 ……まあ、みずポケモンは居なかったから丁度良かったけどね。うん、丁度良かったんだ。

 

 ロコンとフシギダネ、それからコイキング。

 手持ちは三匹、少しずつだけど、形にはなってきている。のかなあ?

 レッドとグリーンには、こんな話はできない。

 

 

 アユミのピカチュウは、予想していた通りに強かった。

 癖のある動きで翻弄するタイプかと思えば、経験に裏打ちされた確かな地力を持っている。

 ピジョンを出した時、ピカチュウは余裕のある動きで攻撃を誘った後、()()()()()の機先を制した()()()()()()()で距離を詰めた。指示を出す間もなく、そっとピジョンの身体を指先で触れた。その瞬間から数秒、ピジョンは動きを止める。恐らく、電撃を流し込まれた。予想だが、技名は()()()()だ。動きを止めたピジョンに対して、ピカチュウは悠々と助走を付ける。その際に電撃を身に纏っていた。身体が地面と水平になるように跳躍し、ドロップキックという名の()()()()()()()でピジョンの身体を蹴ると同時に()()()()()()()を流し込んだ。

 いわタイプやじめんタイプが相手の時は使わなかった技、そういえば一度、イワーク相手に()()()()を放っていたことを思い出す。あの時は、でんきタイプの技が効かなかったので使わなかっただけだったようだ。

 続くゼニガメでは、放った()()()()()()に指先を添えて、それを導線代わりにして相手に電撃を浴びせるという器用な真似もしてのける。

 

 コラッタ戦は力量に差があり過ぎた。

 コラッタの()()()()()()()()()()()()()()を被せたピカチュウは、その速度差で相手を翻弄した後に()()()()で痺れさせた。そして、ゆっくりとコラッタの身体を肩に担いだ後、イチ、ニッ、サン、と指でカウントを取った後に自らの身体ごとコラッタを地面に叩き付ける。やっている事は、柔道でいうところの肩車、つまりは()()()()()()の応用だ。

 肩に担がれている間、コラッタはほとんど抵抗しなかった。それはピカチュウが継続的に()()()()を流し続けていた為、プロレスのような大技を当て続けるにはギミックがある。そして、そんな無駄なことをばかりやっているせいか、()()()()()()()()()()()の精度と技量が腹立たしい程に高い。他にも自力で大技を当てるまでの組み立てをしており、その都度の状況によってアドリブを利かせる。それでいて、なんか出来るんじゃないか? と思い付く発想力と、その場で実行してしまえる大胆さを持ち合わせていた。

 もしかすると、とんでもないピカチュウなのではないか?

 勝負だけに拘った時、どんな戦い方をするのか。

 

「──興味が尽きない」

 

 えっ? と振り返るアユミの頭をキャップ帽子越しに撫でてやる。

 このピカチュウは唯一無二の才能がある。それを活かすも殺すもトレーナー次第、そして、そいつは目の前に居る知り合いだった。

 それも、それなりに手を貸す理由を作れる知人だ。

 

「少しの間、俺が鍛えてやるよ。基礎の基礎の基礎だけどな」

 

 自分で全てが出来てしまうピカチュウは、今のアユミと釣り合ってねえ。

 本当は、俺が鍛えて使ってやりたいくらいだが、信頼関係だけは出来ている。そこだけは褒めてやる。

 だが、トレーナー要らずのポケモンでは、アユミのトレーナーとしての腕は上がらない。

 だから、テコ入れをする必要があった。

 

 

 今のままではパープルには、敵わない。

 あいつに勝つ為には、真正面から挑んでいるだけでは駄目だ。

 もっと搦手のような何かを追い求めた。

 

 そんな時、オツキミ山の洞窟で見慣れないポケモンを見つけた。

 まるで虫のような外見で、背中にキノコを生やしたポケモン。ポケモン図鑑で名称を調べると、パラスと呼ぶそうだ。

 むしタイプ、くさタイプ。とりあえず、モンスターボールで捕まえてみた。

 

 コイツが、どう成長していくのか分からない。けど、なんとなしに面白くなりそうな予感はあった。

 バトルがもっと面白くなる。そんな予感だ。

 

 

「まだ戻る気もねぇから、旅の途中まではこいつの面倒を見といてやるよ。知り合いに渡すかも知れないけどな」

 

 じゃあ、と言ってグリーンお兄さんは連絡を切った。

 帽子を取って顔は見せた、挨拶もした。そこから先はグリーンが全部、話してくれた。

 それでまあ、期限付きの猶予時間が与えられた。

 

「……それで、追いかけるんだろ? あいつを」

 

 着信が鳴り続ける端末を無視して、グリーンが私を真正面から見つめる。

 正直、今の状況。無理して、パープルお姉さんに会う必要はない。家に帰りたくなければ、グリーンに付いて行けば良いだけだ。

 でも、そういう利害だけではなくて、もっと、こう、なんというか、私はパープルと一緒に居たい。

 

「うん、追いかける」

「なら目的は一緒だ。それまで俺様が、ちゃんと面倒をみてやる」

 

 そう言って雑に頭を撫でられる。

 

「ついでにポケモンバトルも鍛えてやる。今から適当なポケモンを捕まえるからな」

「うん。……うん?」

「とりあえず近場で一匹、ポケモンを捕まえてみろよ。そのピカチュウなら上手い具合に調整してくれるだろ」

 

 グリーン指導の下、オツキミ山に入る前にポケモンを捕まえさせられた。

 早く追いつきたいから必死になって頑張って、オツキミ山に入った後も野生のポケモンの露払いをさせられる。グリーンが野宿の準備をしている間は、自分のピカチュウを相手にバトルをする事を強制させられた。

 そうして、こうやって戦ってみて気付いたことがある。

 

 このピカチュウ、凄くムカつく!

 

 新しく捕まえたポケモンはサンド。

 そのサンドを相手にピカチュウは真正面から歩み寄り、その首を差し出すように前傾姿勢を取る。サンドが釣られて()()()()を繰り出せば、スッとピカチュウは顔を引いた。丁度、顎先を掠めるように、そして首を傾げながら自らの顎を撫でる。()()()()には()()()()()()()で距離を取り、その砂煙を目眩しに右、左と石を放り投げてからの跳躍、砂煙の上から宙返りでサンドの脳天に自らの尻尾を()()()()()()

 こんな戦い方、ばかりをする。

 

 絶対に一矢報いてやる。と決めたけど、結局、最後まで攻撃を当てることはできなかった。

 新しく捕まえたポケモンと共にボロボロになって、簡易的なキャンプ地まで戻り、食事を取りながら今日の反省会が行われる。グリーンは今日の朝から晩まで行われていたバトルの内容を全て覚えていた。私が曖昧になっている事すらもズバズバと指摘してくるので、グリーンお兄さんって凄いなあって、そんな事を考える。

 パープルお姉さんも似たようなことが出来るのかな? 当然だろ、とグリーンは答える。

 

「記憶力ってのが直接、ポケモンバトルの勝敗に直結するかは知らね。けど強え奴ってのは大体、それに関する事柄を詳細に記憶しているもんなんだよ」

 

 ふぅん、と私は適当に相槌をした。

 これから先、バトルの一部始終を記憶する事ができるようになるのかどうかは分からない。

 でも、今日、戦ったピカチュウとのバトルは忘れられそうもない。

 

 そのピカチュウは今、私の膝上で気持ち良さそうに眠っている。




お気に入りと感想、評価をお願いします。

▼パープル
オニドリル♂:Lv.29
スピアー♀:Lv.30
サイホーン♂:Lv.26

▼イエロー
ピカチュウ♂:Lv.24:でんきショック、でんじは
サンド♀:Lv.7

▼レッド
イーブイ♀:Lv.12
ヒトカゲ♂:Lv.14
ピカチュウ♂:Lv.10
パラス♀:Lv.6

◆グリーン
ピジョン♂:Lv.16
ゼニガメ♂:Lv.15
コラッタ♂:Lv.12

▼ブルー
ロコン♀:Lv.14
フシギダネ♂:Lv.13
コイキング♂:Lv.5

※レベルは目安
※記載のある技は、通常の効果以上に鍛え上げた得意技。


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2.遭難ですか? ソーナンス!

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 ブルーは山を登っていた。オツキミ山と聞いた、その時から山は登るものだと決め付けていた。

 本来は洞窟の中に出来た道を歩いて行くのが正規ルートだが、それは数年前、タケシのイワークの協力もあって整備できた新道であって、山を登る旧道が未だに残っていたのがいけなかった。ほんの十数年前まで人が活用していた道を、せっせと歩き続けること数時間、地図上では近いのに歩くと遠い。そんな距離感がバグるような体験を今、ブルーはしている。道らしき道を歩けど歩けど人の気配はなく、道の上を歩いているにも関わらず、今、自分は遭難しているのではないか。という思いが更にブルーの心を削っていった。

 独りで歩くのは、寂しくて怖い。途中でイシツブテも飛び出してくるので、尚のこと恐ろしい。

 

 とはいえポケモンが人そのものを襲うことは稀だ、理由もなしに襲うことは少ない。

 よくあるのは野生のポケモン同士の縄張り争いであり、トレーナーを襲う時は食料を狙ってのことが多い。その為、野生のポケモンに手持ちのポケモンを倒されたとしても、手持ちのポケモンフードで急場を凌ぐことはできる。これは緊急時に限って奨励されている対応手段であり、これが原因でポケモンフードを狙った野生のポケモンがトレーナーを狙う事件が多発しているので少々問題視されている。

 かといって命には代えられず、なあなあで、今も続けられている慣習だ。

 

 閑話休題。

 

 引き返そうか、どうしようか。

 ブルーが悩んでいる内に、空は茜色に染まり始めていた。急いで野宿の準備を始めないといけない時間帯、ロコンとフシギダネ、それからコイキングを総動員して薪やらなんやらを集めさせた。コイキングはずっと跳ねてた、ビチビチしてた。ちょっと思ったのだけど、コイキングって陸上でも生きていられるのだろうか? なんか可哀想だったのでモンスターボールに戻して、私は私で野宿の準備を進めた。本当はテントとか欲しいのだけど、あまり多くの荷物は持ち運べないので、早いとこ荷物を運んでくれるポケモンが欲しいな。とか、思ったり、思わなかったりする。

 そうこうしている内に日が沈み、ポケモン達にポケモンフードを与える。

 

 寝袋にロコンかフシギダネ、順番で一緒に寝ている。

 今日はコイキングと一緒に寝ようか、とブルーは少し考えた。モンスターボールから出した後、ビチビチして苦しそうだったのですぐに諦めた。これは贔屓だとか、そういった話ではない。仕方のないことなのだ。

 用意した寝袋に足を入れようとした時だ。ガサガサと草叢を掻き分ける音がする。息を潜めて、音がした方へと足を運べば、そこには数人の人影があった。

 数時間ぶりの人間に声をかけようとした。

 しかし、その胸に刻まれた「R」の文字を見て、やり過ごすことに決める。

 ロケット団。ブルーにとっての認識は、危険な犯罪組織だ。

 

 

 オツキミ山を目指す前、ニビシティを離れる時の事だ。

 

「それじゃあ、また会いましょう。ちゃんとおうちに帰るんですよ?」

 

 そんな言葉と共にパープルはイエローと別れた。

 家まで送ろうか? と提案もしたが、それはイエローの方から断って来たので彼女の頭を撫でてから別れを告げた。

 イエローには帰るべき場所があり、私には進むべき場所がある。

 

 出会いは偶然、別れは必然。少し後ろ髪を引かれる想いで、次を目指した。

 

 そして今、私はサイホーンを傍らにオツキミ山の洞窟をズンズンと先に進んでいる。

 イエローと別れる時に、きちんとピカチュウは返している。ちょっと惜しかったけど、人のポケモンを盗んだら泥棒、という言葉があるように人のポケモンを盗むような真似はしない。それにイエローとピカチュウの信頼関係には、間に挟まれるだけの隙間もない。手に入らないものは入らないと決めつけて、さっさと未練を断ち切るのがお互いの為である。

 そうやって歩き続ける事、数時間。私は今、何処を歩いているのか分からなくなってしまっている。

 

 勝手気ままに、気分の赴くまま足を進めているので道に迷うことが多い。

 というよりも自分から迷いに行っている節もある。最悪、手持ちのポケモン達に先導して貰えば良いかなって思っているので、頭の中に地図すらも作っていなかった。そんなことなので兎に角、迷い続ける。迷う事は構わないのだけど、景色が変わり映えしないのは頂けない。何故なら歩いても楽しめない為だ。

 だからもう進む道はサイホーンに任せようと思って、私はサイホーンの上にクッションを敷いた。その時、サイホーンがジトッとした目で私の事を見つめていたけど、気付かないふりをしてサイホーンの背中で仰向けになる。

 サイホーンの大きな溜息。ゆっくりと動き出したのを確認して、私は瞼を閉じた。

 

 それから、どれだけの時間が過ぎたのか。

 サイホーンが背中を揺すったのに反応して、目が覚めた。なにかを訴えるような鳴き声に、私は端末に表示された時間を見る。うん、昼食時を一時間も過ぎてしまっている。寝過ごしてしまったようだ。とりあえず、私は手持ちのポケモンを全員出した後、それぞれの頭を撫でながら平謝りして、それぞれの受け皿にポケモンフードを注いだ。こっちがサイホーン用で、こっちがオニドリル。スピアーにも、それから水は──近場から水が流れる音がする。辺りを見渡すと、丁度、湧き水が出ているところを見つけた。どうやら良い場所を休憩場所に選んでくれたようだ。もう一度、サイホーンの頭を撫でてあげる。ついでに顎下も、ごろごろにゃーん。猫じゃないけど。

 空が見えないのは嫌だなあ、こんなところは早く抜け出してしまいたい。

 そんなことを考えていると奥の方から足音が聞こえて来た。身構えるまでは行かずとも警戒する、スピアーとオニドリルも食事を止めて、足音のする方向を見つめた。少し遅れて、サイホーンも足音に意識を傾ける。

 洞窟の、その先から姿を現したのは────

 

「ん、まだこんなところに居たのか?」

 

 赤い帽子に赤いジャケット、ニビジムで見かけたトレーナーだった。

 ちょっと失礼するよ、と彼は私の近くで腰を下ろすと「ひぃ~、疲れた~」と息を吐いた。その無防備な姿に、私は警戒を解き、オニドリルとスピアーも食事を再開する。二匹に合わせて、サイホーンも食事を摂り始める。

 確か、彼はレッドという名前だったか。

 レッドは、私のポケモン達の食事風景を見て「へえ、ポケモンフードは市販のを使っているんだな」と零す。

 

「しかもそれ、そんなに高くないやつだよな? もっと食事には拘っているかと思っていたよ」

「市販のものが最も栄養バランスが摂れていましてよ。ちゃんとした研究機関で作られていますし、味も良い。御父様のペルシアンも同じメーカーのものを食べてますのよ。コストパフォーマンスのことも考えると、これ一択ですわ」

「ふぅん? ちょっと袋を見せて貰っても良いか?」

「もっとちゃんとした目的を持ってトレーニングをするつもりでしたら、これだけじゃ足りませんわ。プロフェッショナル向けのポケモンフードは高くなりますわね」

「俺は、そういうのが分からないからなあ。グリーンの奴は計算してるんだろうな」

 

 あいつのポケモンフードは高いみたいだしな、と言った彼の前に三種のポケモンフードを取り出す。

 

「……三種類も持ち歩いているのか?」

「ポケモンを三匹も連れているのなら当然、三種類でしょう? 好みの味も形状も変わってくるのは当然でしてよ」

「ああ、そういうのもあるのか」

 

 レッドはガシガシと頭を掻くと、鞄から別のメーカーのポケモンフードを一袋だけ取り出す。

 

「家に居たイーブイに使っていたやつをそのまま使ってたよ」

「まあ、それが悪いことだとは言いませんけど……先ほども言いましたが、ポケモンにも好みもありますし、飽きもあるでしょう。私は、たまにメーカーを変えてみたり、他の子と味を入れ替えたりしていますわね」

「荷物が嵩張りそうだな」

 

 レッドは、私のサイホーンの背中に載せられた鞄を見つめながら呟いた。

 身体作りは食事から、食事に気を遣うのは当然だと思うけど……。

 サイホーンの鞄の中から幾つかの小さな袋を取り出して、それをレッドに手渡す。

 

「こうやって数食分に小分けして売られているものもありますわ」

「ああ、あったなあ。なるほど、あれはそういう意味だったんだな」

「それは受け取ってください。新しく捕まえたポケモン用のものですので」

「え? いや、でも流石にタダで貰う訳には……」

「丁度、荷物が嵩張っていましたので、引き取ってくれると助かります」

 

 私がにっこりと微笑めば、レッドは少し考え込んだ後で「助かるよ、後で借りは返す」と受け取ってくれた。

 早速、受け取ったポケモンフードを手持ちのポケモンに分けて与えている。イーブイにピカチュウ、ヒトカゲ。そこにニビジムの時には見かけなかったパラスが増えている。その統一感のない彼のパーティーを見て、ああ、そういえばマサラタウン出身だった事を思い出す。あの土地の人間は全てのポケモンから嫌われることはないけど、特別に相性の良いポケモンもない。そんな中途半端な性質を持つ傾向にあったはずだ。

 マサラタウンは真っ白、始まりの色。何色にも染まる色。

 

「……暫く、行動を共にしますか?」

「えっ? 良いのか!?」

「この風景の中、独りで行動するのも飽きてしまいまして」

 

 ノーマル、ほのお、でんき、むし。

 関連性の薄い四つのタイプのポケモンから好かれる彼の事が少しだけ気になった。

 それだけの事、それだけの話だ。

 

 

 理科系の男、ミツハル。慣れない洞窟の中を戦々恐々と歩き続ける。

 彼はタマムシ大学の生徒であり、古ポケモン学を専攻している。その研究の一環としてオツキミ山まで足を運んでおり、その土のサンプルを採取しているところであった。しかし彼の真の目的は古代ポケモンの化石であり、それを手に入れる為に今、洞窟の奥深くまで恐る恐る足を進めている。土のサンプルは化石が見つからなかった時の為の保険であり、最悪、自分の研究に使えなくても地質学の連中に対する交渉材料にできれば良いと考えていた。

 どっちに転んでも困らない。ちょっと大きなことをしたいと考えていた彼にとって、オツキミ山は手頃なフィールドワーク先であった。

 

 しかし、これはオツキミ山の洞窟に潜り込んでから知った事だが、此処にはロケット団と思しき人物が何人も徘徊している。

 息を潜めて、遠回りを繰り返すことでロケット団をやり過ごすこと数回。彼は遭難してしまった。彼は軽装だった。オツキミ山の洞窟は、イワヤマトンネルと比べて安全だと聞かされていた。だから軽装でも大丈夫だと思って、自分にとって動きやすい服装でオツキミ山の洞窟に挑んでしまった。

 その結果、彼はオツキミ山の奥深くに取り残されてしまったのだ。

 

 オツキミ山に来て、三日目。

 食事も尽きた、端末の電池も切れた。今は手持ちのポケモンフードで飢えを凌いでいる。

 彼はもう精神的にも限界が近づいていた。

 そんな彼にとって、幸か不幸か、遭難する事で古代ポケモンの化石を見つけたのだ。

 しかし、化石は岩に埋まっていた。そして彼には今、岩を掘る手段がない。逃げ回っている内に道具を落としてしまったのだ。

 諦めようにも、諦めきれず、その場に座り込み、蹲った。

 

 縋る想いで、助けを待ち続ける。

 誰かが来ることを祈って、息を潜めて待ち続ける。

 もう、彼に、再び歩き出す気力はなかった。




お気に入りと感想、評価をお願いします。

・パープル&レッド:洞窟先発組
・グリーン&イエロー:洞窟後発組
・ブルー:登山組


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3.跳ねろ、コイキング!

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じわりじわりと伸びるのを見ていると安心します。


 レッドと行動を共にするようになってから数時間、

 私、パープルはサイホーンの上で寝転がりながらレッドの戦いぶりを観察している。

 飛び出したイシツブテを相手にイーブイやパラスを繰り出す事もあれば、ズバットを相手にヒトカゲで応戦する事もある。ピカチュウを戦いに出さないのは、灯りを確保する為っていう理由があるにしても、なんというか、もの凄くもどかしい戦い方をする奴だった。

 ポリポリとクッキーを齧る。サイホーンが物欲しげに唸ったので、何枚かのクッキーを口の中に放り込んであげた。

 

「イシツブテとズバットの組み合わせは厄介だな」

 

 そんなことをレッドが零したので「そうでしょうか?」と思わず返してしまった。

 いくらイーブイの方が力量差があるからって、いわタイプのイシツブテが相手では疲弊するし、ズバットが飛び回って()()()()()()()()()といった近接技が当てにくいといっても、ズバットの攻撃手段は基本、()()()()()()()()()()といった接近しなくては効果がないものだ。ピカチュウで十分な灯りを確保できているのだから相手を見失うこともない、トレーナーの方で指示を出せば十分に対応できるものだ。

 

「バランス良く使おうというのは分かりますが、あまり苦手を押し付けるのも逆効果になりますわ」

 

 トレーナーがフォローできる程度の不利であれば、私達が負担を背負えば良いんです。と言ってあげれば、レッドは腕を組んで唸り始めた。

 未だ、洞窟の中。私が野生のポケモンを相手に戦わないのは、私の手持ちよりもレッドのポケモンの方が小柄で戦いやすいってのもあるし、この辺りに出没するポケモンでは私の手持ちの経験値にならないってのもある。だから私は何匹か一撃で倒した後で、野生のポケモンは基本的にレッドにお任せすることに決めた。

 レッドも、そのことは承諾しているし、いざという時は、私がハナダシティまで連れていく事は約束している。

 

「少し、休憩致しますか?」

 

 問いかけると「いや、いい」とレッドは先を目指した。

 ヒトカゲはさておき、イーブイとパラスは疲弊気味、そのことに気付かないのは私が第三者視点から見ているからか。それとも彼がポケモントレーナーとして未熟な為か。はたまた、どちらもか。ともあれ、私は大きな欠伸を零して、レッドの後を付いて行くことにした。

 彼が戦っている間はまだ、余裕があるのだ。

 

 そうして更に奥へと進むこと数十分、私が眠気でウトウトとし始めた頃合いだ。

 桃色の、まるでぬいぐるみのように可愛らしいポケモンが私達の前に姿を現した。

 そのポケモンは私達に気付く様子もなく、トテトテと私達の前を横切った。

 

「あらま、珍しいですね」

「知っているのか?」

「あれはピッピですわ。姿くらいは何度も見たことがあるのでは?」

 

 カントー地方では、オツキミ山にのみ棲息すると云われるようせいポケモンだ。

 その愛くるしい姿から人気が高くて、ぬいぐるみといった数多くのグッズが販売されている。

 バトルで使っているトレーナーは、あんまり見たことがない気がする。

 

「……捕まえるか」

 

 レッドは少し考えた後、小さく呟いた。

 

「強くはないと思いますよ?」

「いや、俺はポケモン図鑑の完成も目指してるからさ。珍しいポケモンを捕まえるとオーキド博士も喜ぶだろ?」

「オーキド? ああ、ポケモン研究の権威と呼ばれている、あの」

 

 ポケモンに内包されたタイプと相性の考え方は、オーキド博士が最初だと言われている。

 またポケモンの繰り出す技にもタイプがあり、タイプが一致する技だと威力が上がるなど、様々な発見を世に知らしめた。

 ポケモンのいるところオーキドあり、今あるポケモン研究の基礎を築き上げた世界的にも有名な研究者の事だ。

 

「……ん? ポケモン図鑑?」

 

 私は首を傾げる。ポケモン図鑑を持っている人物は、レッドという名前ではないはずだけど?

 

「ああ、ポケモン図鑑っていうのは、ポケモンに関する情報を自動的に記録してくれるハイテクな機械のことだよ。詳しくは分からないけどな」

 

 そう言いながら懐から取り出したポケモン図鑑は、私の知っている形ではなかった。

 まあ私も詳しくは知っている訳じゃないし、そんな便利な機械なら量産されていてもおかしくはない。

 研究に協力してくれるトレーナーに片っ端から配っている可能性だってある。

 

「……それはそうと、レッド」

「ん?」

「ピッピはもう随分と先に行ったと思いますけども大丈夫でしょうか?」

「あっ!」

 

 いっけね、とレッドは慌ててピッピの後を追いかけた。

 迷子にならないように注意しながら、サイホーンにレッドの後を追わせる。

 この洞窟を抜けるには、まだ暫く、時間がかかりそうだった。

 

 

 一方その頃、

 オツキミ山の中腹で、ブルーはトチ狂っていた。

 

「頑張れ! やればできる! 諦めないで! 根性を出すのよ! 行け、今だ! そこ! そのタイミング! 良い感じよ! 跳んでみせて! この青空に、貴方の勇士を!! 世界に貴方の可能性を見せつけてみなさい!!」

 

 まるで陸に打ち上げられた魚のようにビッチビッチと跳ねるコイキングに活を入れているのだ。

 ついでにいうとロコンとフシギダネも応援するように鳴き声を上げている。

 

 こうなったのには一応、理由はある。

 早朝の事だ。野宿を終えた彼女は、来た道が分からなくなってしまったのだ。右も左も分からなければ、地図を逆さに持っても分からない。

 昨日からの孤独に耐え切れなくなった彼女は、手っ取り早い解決手段を求めた。

 

 しかし、彼女の手持ちには空を飛べるようなポケモンはおらず、この状況を打開できるような手段も持ち合わせていなかった。

 

 それ故に彼女は思い至ったのだ。

 空を飛べるポケモンはいない。でも、空まで跳ぶことも可能なポケモンなら居るかもしれない!

 

 その可能性の塊の名は、コイキング。ポケモン図鑑によると世界で一番、弱くて情けないと呼ばれるポケモン。とにかく跳ねる、意味もなく跳ねる。何故、コイキングは跳ね続けるのか、その理由を追い求めた研究者が居るほど、跳ねて、跳ねて、跳ねまくる。泳ぐ力が弱い為、跳ねることで川の流れに逆らうのだとか、なんだとか。しかし激流には逆らえず、流れの淀んだ場所を覗いてみれば、流されていたコイキングが溜まっているらしい。何処にでもいるコイキング、繁殖力だけは強いぞコイキング! どんな環境でも生きていけるぞコイキング! そんなしぶとい根性を持ったコイキングなのだ、今こそ世界を見返せコイキング!

 

 必要なのは気合と根性、あと努力!

 やってやれないこともないかも知れない! 世の中の九割程度は精神論でどうにかなる!

 頑張れコイキング、ファイトだコイキング! 

 

 コイキングは我武者羅に、跳ねて、跳ねて、跳ねまくる!

 いっけー、そこだー! コイキングサイクロン! 跳ねる力を溜めたコイキングは、金色の輝きを放って空高くに飛び跳ねた。記録は優に2メートルを超えている! やった、ワールドレコード! いよっ! これぞ鯉の滝登り!

 ブルーと一緒に、ロコンとフシギダネも歓声を上げた。

 

 この偉業は見過ごせぬ、と遠くの空からピジョンも飛んできた。

 そしてコイキングが木々から飛び出て、頂点に達した時、ハシッと鋭い爪でコイキングを掴み取る。

 バッサバッサと大きな翼を羽ばたかせて、オツキミ山の頂上に向けて飛んで行った。

 

「…………あっ、追いかけなきゃ!」

 

 その一部始終をぽかんと見ていたブルー御一行、慌てて荷物をまとめてピジョンを追いかける。

 彼女達の旅の行く末がどうなるのか、誰にも分からない。神の味噌汁。

 

 

 理科系の男、ミツハルは化石の側から離れられない。

 まだ食い繋ぐことは出来ているが、もう、それも限界に近い。体力よりも先に心の方が音を上げていた。

 早く、早く、と祈る中で、遂に、スタッスタッと人の足音が聞こえたのだ。

 

 ああ、やっと来てくれたのか!

 彼は歓喜に顔を上げる。もしかしたら知人の誰かが救助を頼んだのかも知れない、と無邪気に喜んだ。

 九死に一生、彼にはもう垂らされた蜘蛛の糸に飛びつく以外の手段が取れなかった。

 

 だから、岩影の向こう側から現れた男の姿を見た時に顔色を青褪めさせた。

 胸に刻まれた「R」の文字を見た彼は、今は見えない天を仰いだ。どうしてなんだ、と神を恨んだ。

 ミツハルを見つけたロケット団の下っ端は「随分とやつれてんな?」と声を掛ける。

 

 ロケット団はチンピラではない、ポケモンマフィアだ。

 チンピラがロケット団の名を借りて、一般市民を相手にカツアゲをすることもある。しかし本来のロケット団は、ショバ代を要求することはあっても誰彼構わずにカツアゲをする事はしない。何故なら彼らはロケット団の一員であることに誇りを持っており、その名を穢すことを極端に嫌っている。彼らが一般市民に手を出す時は、ロケット団の誇りに傷を付けた時、その落とし前を付ける為に民家を攻撃することはある。

 筋は通す、彼らには彼らなりの道理がある。

 だから、ロケット団の男は、遭難した一般市民をどうこうするつもりはなかった。むしろ、オツキミ山の麓にあるポケモンセンターまで保護してやるくらいの気持ちはあった。化石の在処を教えてくれていれば、少なからずの褒美を渡してやるくらいの気概もあった。

 

 だが、この時、ミツハルは極度の精神状態にあった。ロケット団が一歩、近づいた時、彼は反射的にモンスターボールを構えたのだ。

 

「おいおい、待てよ。腹ァ、減ってんだろ? 助けてやるよ」

 

 これにロケット団の男は両手を上げて、攻撃の意思がない事を示した。

 しかし、ミツハルはボールを投げる。ベトベターを繰り出して、犯罪組織であるロケット団を威嚇する。

 この行動には、ロケット団の男も黙ってはおられず、モンスターボールに手を翳す。

 

「嘘を吐くな! この化石は僕が見つけたんだ!」

「なんだと? そいつは本当か!?」

「ああ、嘘じゃないとも! 二つとも僕のだ!」

「二つもあるのか!?」

 

 ロケット団の男が発した嬉々とした声に、ミツハルは排除すべき敵と断定する。

 相手は犯罪者だ、ならば痛めつけても構わない。そんな倫理観からベトベターのトレーナーを狙った()()()()攻撃に、ロケット団の男も手加減をする理由がなくなった。むしろ、ラフファイトはロケット団にとって望むところだ。

 ロケット団の男は先ず、真正面にズバットを出して()()()()()()で速攻を仕掛けた。その攻撃にミツハルが意識を向けている隙に、もう一匹のポケモン。アーボを相手に気付かれないように出して、ミツハルの背後に忍ばせる。ズバットには()()()()()攻撃を指示、ミツハルがズバットを睨み付けていたのを確認し、彼の背後からアーボに飛び掛からせた。

 ()()()()は打たない、()()()()で上半身を拘束するだけだ。

 

「手間を取らせんじゃねえよ」

「ああ! 助けてくれ! 誰か! 誰か!」

「人様に攻撃しておいて、何言ってんだこらぁ!」

 

 まだ叫び続けるミツハルの顎を蹴り上げる。

 その際、ベトベターが攻撃を仕掛けてきたが、ロケット団の男はミツハルの手から離れたモンスターボールを使って、モンスターボールの中にしまった。爪先で何度か理科系の男を小突いて、気絶したのを確認した後、モンスターボールを彼の側に転がした。

 

 そして、ロケット団の男は、ロケット団の団員はボリボリと後頭部を掻いた。

 

 本当に余計なことをしてくれたものだ。助けてやっても良かったのに、攻撃を仕掛けられてはロケット団の面子的に助ける訳にもいかない。これが街中なら警察や救急車に連絡程度は入れてやるのだが、この山奥では、それも出来ない。かといって、ここで放置するのは見殺しにするも等しい状況だ。

 どうしたものか。と悩んでいると「こっちから声が聞こえた!」と洞窟の奥から声が聞こえてきた。

 

「今日は厄日みたいだな……いや、これは却って都合が良いか?」

 

 ロケット団の男は、そそくさと身を隠す。

 暫し、彼らの動向を見守ることにした。




お気に入りと感想、評価をお願いします。
書く栄養にします。

・パープル&レッド:洞窟先発組
・グリーン&イエロー:洞窟後発組
・ブルー:登山組


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4.大惨事

高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
また誤字報告、大変助かっています。


 ロケット団に所属する者達は、基本的に社会のはみ出し者だ。

 小学校を卒業した後、10歳でポケモントレーナーの旅に出るも途中で挫けてしまった者もいれば、何もかもが上手く行かずに不良になってしまう者もいる。ただ単に若さ故のエネルギーの発散先が分からずに暴走族になる者も居たが、さておき、そういった事情で社会からはみ出してしまった者達がロケット団といった組織に所属することになる。

 このロケット団の下っ端に燻る男は、元々は不良だった。たったひとつの出会いが彼を悪党への道に誘った。

 

 彼が敬意を払うべきはロケット団の首領であるサカキ様。敬愛すべきは、ロケット団の四幹部が一人、ラムダだ。

 

 彼はラムダから悪党としての礼節と踏み越えてはならない一線を学んだ。

 命を懸ける時は、誇りを穢された時。命を奪う時は、誇りを足蹴にされた時。

 ロケット団の中でも、気高い精神性の持ち主である彼が何故、下っ端の地位に甘んじているのか。

 それは彼が鉄砲玉として、ポケモンバトルに傾倒していた為だ。

 

 ラムダ様が戦う時、その最前線で戦えるように彼は今もポケモンバトルの腕を鍛えている。

 その腕前は、まあ、ジムトレーナー基準で考えると、そこまで高くはないのだが、それを言っては、四幹部もジムトレーナーのレベルに達していないのでお互い様である。

 ロケット団は悪党であり、トレーナーの枠に収まらない戦い方と躊躇のなさが脅威なのだ。

 

 そんな彼だからこそ、自分の事を可愛がってくれるラムダ様が近頃、熱心になられている御令嬢の事も耳にしていた。

 曰く、ロケット団の首領であるサカキ様の御嬢様。長い金髪で、整った可憐な顔つきは母親似。しかし目元は父親に似ているようで、目を鋭くした時はサカキ様を彷彿とさせる。父親のコートと同じ色である黒色を好んでおり、袖に通す衣服は大抵、黒色に偏っている。

 だから赤い服を着た少年の後に、のほほんとした顔で追いかけてきたサイホーンに寝転がる少女を見て、驚いた。

 

「おい、パープル! 人が倒れているぞ!」

「はいはい……しかし三人分ともなると食料に余裕がなくなってしまいますわね」

 

 その名前を聞いた時、予感は確信に変わった。

 

「だからといって見捨てる訳にもいかないだろ。おい、大丈夫か? 駄目だ、気絶しているな」

「あら、こんなところに化石がふたつも……サイホーン、掘ってしまいなさい。傷つけないようにね」

「こいつをサイホーンに乗せたいんだけど?」

「えー? そういえば、ピッピは如何します?」

「……そんなこと、言ってる場合じゃないだろ」

 

 パープルと呼ばれた御嬢様はしぶしぶサイホーンから降り、レッドがサイホーンの背中に理科系の男を乗せる。

 その事にサイホーンは不満げに嘶いたが、パープルが頭を撫でることで窘める。

 ……あのサイホーン、俺のポケモンよりも強いな。

 さておき、レッドとサイホーンが先に進もうとした時、パープルが俺の方を見て、ひらひらと手を振ってみせた。

 ああ、あれは、うん。気付かれてるな。

 

 

「いいか? 食事というのは体作りの基礎の基礎の基礎だ。そこを疎かにしてはポケモンも強くはならない。よく食べて、よく寝る。ポケモンには必要十分な食事は絶対に確保する。これはポケモンの体質や体格にもよるがポケモンに必要な栄養素は、そうだな。お前のピカチュウなら……って、おい。ちゃんと話を聞いてるのか? おい?」

「……ひゃ、ひゃい! 聞いてます、聞いてます!」

 

 オツキミ山の洞窟に入ってからずっと、こんな調子である。

 ただ歩いているだけでグリーンの小言が耳に入ってくる。それはもうアユミことイエローにとって、念仏も同じであり、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、と延々とリピートされているようなものだった。そんな小難しい内容が、まだ八歳のイエローの頭に入ってくる訳がない。しかし、それでも少しでもピカチュウやサンドの為になれば、と言葉の節々、その面影だけでも頭の片隅に収めておこうと必死だった。

 その為に、何度か頭の中がボンッとショートを起こすこともままあったが、面倒見の良い兄貴分は懇切丁寧に何度も教えてくれるので、触り程度を学ぶ分には辛うじてなんとかなった。

 野生のポケモンが現れる時は、交互で戦うことにしている。

 

「自分の視点で物事を考えるな! 戦っているのはポケモンだぞ! ポケモンの視点で考えるんだ! 今、何が欲しいのか! どういう情報を欲していて、どんな指示を出してほしいのか! 常に考え続けろ、戦うのがポケモンなら考えるのがトレーナーだ! こんなのは基礎の基礎の基礎なんだよ!」

「ひ、ひえ~っ……」

「タイプ相性はちゃんと頭の中に入っているんだろうなあ!? 今晩にも、またテストするからな! 自分のポケモンがどんな技を使っているかくらい覚えていなくて、何がポケモントレーナーだ!!」

 

 グリーンの鳴りやまない怒声にイエローは涙目だった。

 最初、ピカチュウも不機嫌さを露にしていたが、グリーンが話を続けている内に興味をなくしていた。ポンポンと労うようにイエローの足を叩いた後、自分から勝手にモンスターボールに戻ったのである。つまりは、まあ、そういうことである。グリーンの言っていることは、実際に戦っているピカチュウからしても間違っていないという事だ。

 だからこそイエローは頑張らなくてはならなかった、今はまだ自分はピカチュウの相棒にもなれていないのだと強く自覚したからだ。

 

「おい! 今のは、教えてやらないと反応できないだろうが!」

「は、はいっ!」

「お前の失敗一つで、自分のポケモンの傷を余分に増やすことになると知れ! 未熟だからって自分のポケモンが傷ついても良いのかよ!!」

 

 ふえぇん、と泣きたい気持ちを抑え込み、グリーンと共に洞窟の更に先を目指して歩き続ける。

 挫けなかったのは、足手まといだという理由でお姉さんに置いて行かれたくなかったからだ。

 

 

 ブルーは山頂を懸命に走っていた。

 フシギダネはモンスターボールの中に収めて、ロコンと共にピジョンを追いかけていた。

 しかし、陸と空。その機動力の差は致命的だ。

 

 高台の上の方に向かうのを見た時、流石にブルーも諦めかけたが、その先にピョコンと現れたポケモンが居た。

 

 愛くるしい見た目でナウなギャルを中心に人気爆発中のポケモン、ピッピだ。

 ブルーは、咄嗟に叫んだ。助けて! と、野生のポケモンに訴えたところで意味はない。しかし、その必死な形相に伝わるものはあったのか。

 ピッピは頭上を跳ぶ、ピジョンに向けて人差し指を翳して()()()()()

 

「ピィッピ~♪」

 

 数秒後、ピッピの身体は強いを輝きを放って────

 

 

 

 ──()()()()()()した。

 

 

 

「ギエピーッ!!」

 

 とても愛らしい見た目から想像できないような野太い悲鳴が上がった。

 その見事な自爆撃沈に空を飛んでいたピジョンも驚き、思わず、コイキングを脚から離してしまった。崩れた姿勢を整える為に、忙しなく翼を動かすピジョン。再びコイキングを捕まえに行く余裕はなかった。これに慌てたのはブルーであり、コイキングが地面に叩きつけられる前に「お願い、フシギダネ!」とボールからポケモンを出して、()()()()()を全力で伸ばさせた。

 

 地面に激突する瞬間、間一髪、()()()()()が届いた。

 

 ほっと胸を撫でおろし、ビッチビッチと元気に跳ねるコイキングの姿に苦笑する。

 

「ああ、そうだ! ピッピの様子も見に行かないと!」

 

 コイキングを助ける為に爆発四散したピッピを放っておくこともできず、慌てて高台の上まで登って行った。

 数十分後、足腰をガクガクと言わせながら辿り着いた高台には、ピッピが居た。ピクシーが居た。ピィが居た。多くの可愛らしい桃色のポケモンが、ブルーに敵意を露にしており、彼のポケモン達の中心には黒焦げになったピッピの姿があった。

 その場にいる全てのピッピ達が自分に向けて、人差し指を翳すのを見た。そして、ブルーは静かに正座する。

 

 誠意とは言葉よりも金という言葉があるように、言葉が通じなくとも、実際に行動することで誠意を伝えることは可能である。

 つまりはボディーランゲージ。ブルーは正座したまま、ゆっくりと頭を下げる。則ち、土下座。ジャパニーズ・グレイテスト・シャザイである。

 後からブルーを追いかけて来たフシギダネ。そのツルにはコイキングが巻き付けられており、相も変わらずビチビチしていた。

 

 

 地上で起きた()()()()()()の余波は、僅かにオツキミ山の洞窟を振動させた。

 天井にしがみついていたズバットが地震と錯覚して、一斉に飛び立って、その音に反応したイシツブテ達もが異常を察知して動き出す。その動きは、また別の場所にいたズバットを巻き込んで、更に各地に隠れ忍んでいたイシツブテをも刺激した。たったひとつの些細な出来事が、様々な偶然が噛み合って、大きな流れとなってしまった。

 最早、誰にも止められない。自然に収まるのを待つしかない奔流に一般的なトレーナーは物陰に隠れて、身を震わせながらやり過ごす。

 

 このスタンピードとも呼べる現象に、運悪く、逃げも隠れも出来なかった二人のトレーナーが居た。

 それはマサラタウン出身のトレーナーであり、片やツンツン頭の少年、片や男装した少女。洞窟全体を揺るがす地響きに、ピカチュウがボールから飛び出して、二人に向けて逃げるように必死に訴えた。その意図をグリーンは察した、イエローは困惑している。グリーンは状況判断のできないイエローの手を掴むと全力で駆けだした。

 背後から迫る大量のポケモン。二十や三十では足りない数のズバットとイシツブテが二人を襲った。




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5.急場

高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
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また誤字報告、大変助かっています。

気付けば9評価が100を超えていました。
自作品で緑色に染まるのを始めてみました。ちゃんと緑色になるんですね、都市伝説かと思っていました。
多くの方に高評価を頂き、ありがとうございます。


 洞窟全体を揺るがす地響きに私、パープルは足を止める。

 それに気付いたサイホーンは後ろを振り返り、レッドもまた私を見た。

 私はモンスターボールを手に持って、旅の道連れに注意を促す。

 

「これは歯応えがありそうね」

 

 オニドリルとスピアーをボールから出す。

 言葉を交わさずとも、レッドもイーブイにヒトカゲ、ピカチュウにパラスと手持ちのポケモンを開け放った。

 サイホーンは理科系っぽい男を背中から振り落とし、来るべき障害に備える。

 

 徐々に振動が強くなってきた。

 その先頭に見知った二人の人影、イエローとグリーンが慌てた様子で走って来た。

「あっ、お姉さん!」と飛びついて来たイエローの体を受け止める。

 

「おい、グリーン! あれはなんなんだよ!」

「そんな事を言ってる場合かよ! って、あれを食い止めるつもりか!? バカかよ!」

「実際、どれくらいの規模なんだ!?」

「何十っていう規模だよ! っていうか、なんでお前と一緒にパープルがいるんだよ!」

「成り行きだよ!」

 

 レッドとグリーンの言い争いを他所に、イエローの頭をポンポンと撫でる。そして、洞窟の奥から来るポケモンの群を見て、まあ、ここに居るトレーナーが協力し合えば、無茶という程の事でもないか。と気楽に構えた。

 

「止めましょう」

「はあっ!? どんだけいると思っているんだ!?」

「あれだけの規模、他に巻き込まれる人が出ると大変なことになります」

 

 止められるなら、此処で止めてしまった方が良い。私が対峙する選択を取ったことで、レッドとイエローも身構える。そんな二人の姿にグリーンも足を止めて、モンスターボールを構えた。

 

「イエローはピカチュウでズバットの迎撃、レッドは皆のフォローを。グリーンは……貴方は私と一緒に攻めましょう」

「おいおいおいおい、勝手に指揮を執ってんじゃねえよ」

「では、代わりに執ってみますか?」

「……チッ、遠慮しておくよ!」

 

 グリーンとイエローも手持ちのポケモンを全員出した。

「あれ? そのピカチュウ……」とレッドが反応したが、もう目の前まで大量のポケモンが押し寄せている。

 私は、一歩、前に出た。腰に右手を当て、指先までピンと伸ばした左手を口元に添える。

 

「オーッホッホッホッホッホッ! やってしまいなさい、レッドさん! グリーンさん!」

「なんで、さん付けなんだ?」

「急に高笑いをすんじゃねぇよ」

 

 最前線はスピアーとオニドリル、迫り来るポケモン達を()()()()()で絶え間なく攻め続ける。

 その直ぐ後ろではイエローのピカチュウが()()()()()()()をして、岩壁を蹴り、洞窟内を縦横無尽に飛び回る。とはいえ、ピカチュウは()()()()()()()でした事は、手でズバットの身体に触れるだけ、しかし、それだけの事が効果的だった。触れたのは一瞬、流し込んだ()()()()は、相手がひこうタイプだった事もあって効果抜群。数秒の麻痺状態に陥らせる。

 僅かな隙をレッドとグリーンのポケモンが逃さない。レッドはピカチュウ、グリーンはポッポとコラッタで動きを止めたズバット達を次々と叩き落とす。それを見て、イエローも三匹に倣うようにサンドを向かわせた。レッドのピカチュウの()()()()()()()に合わせて、突っ込み、仕留めきれなかったズバットを()()()()でとどめを刺した。

 イシツブテの相手には、グリーンのゼニガメが固定砲台となって応戦する。()()()()()()()()で止めきれなかったイシツブテをレッドのヒトカゲが()()()()()()で打ち落とした。イーブイとパラスは、その二匹のサポートに徹する。

 サイホーンは寄って来た相手を、()()()()()で振り払った。

 

「イエローのピカチュウ、全体をフォローする必要はありませんわ! レッドのピカチュウの威力なら一撃で倒しきれます! イーブイとパラスは足止めに徹してくださいまし! ヒトカゲとゼニガメの支援が来るのを待つのです、サイホーンが居る場所は通してもらっても構いませんわ! ……サイホーン、不満げにしない。貴方ならできると信じて任せているのです。グリーン、無茶はさせないでくださいませ。疲弊したら後ろへ、今は私達の数が減る方が困りますわ」

 

 レッドは、目の前のポケモン達に対処するだけで周りを見る余裕はない。イエローに至ってはサンドに指示を出すだけで精一杯のようだ。グリーンは私が指示を出していることが不満なのか舌打ちを零す。

 津波のような勢いで迫り来る野生のポケモン達を順調に倒し続ける。

 この調子で行けば、大きな問題を起こす前に鎮圧できそうだ。

 

 

 オツキミ山の頂上付近、外から見えない窪みにて。

 私、ブルーは大勢のピッピに囲まれて、なんだかよくわからない歓迎を受けている。

 どうしてこうなったのか。それは自滅したピッピの怪我を()()()()()で治してあげた事に始まり、気を許されたピッピ達に連れられて、今、此処で歓待を受けている。自滅したピッピは率先して、私のことをもてなしてくれた。どっちかというと私の方が助けられたんだけどね。

 幾つかの木の実も用意してくれたけど、私では生で食べられないのでロコンとフシギダネに食べて貰った。

 コイキングは、まあ、うん、水辺があったら出してあげる。

 

 ピッピ達は何かを建築しているようで、開けた広場の中心で何かを建築していた。木の枝を組み込んで、お花や葉っぱで装飾する。

 この窪地には植物が生えておらず、土が露出していて岩肌のようになっていた。円形の窪地は、まるで巨大な何かが降って来たかのようでもあり、もしかするとお星さまが降った後かもね、と思ったり、思わなかったり。

 少しして、ロコンが私の右太腿に顎を乗せてきた、左脚にはフシギダネが身を寄せてくる。

 二人ともお疲れ様。私は二匹の頭を撫でながら大きく欠伸をする。今日はもう先を急ぐ気分でもなくなってしまったので、このまま、ゆったり、まったり、こっくり、と。うつらうつらと舟を漕ぐ。今夜は此処をキャンプ地にして、明日の朝早くにでも出発するつもりだ。

 旅の疲れのせいか、気付いた時には眠ってしまっていた。

 

「ピィッピー! ピィ―!」

 

 目を覚ました時には周りの様子がちょっと慌ただしくて、まだ眠気の残る頭でゆっくりと腰を上げる。

 

「……殺気、立ってる? どうして?」

 

 とりあえず、敵意を剥き出しにするピッピ達が向かう先へと駆け出した。

 ロコンとフシギダネも寝起きなのか、眠たそうにしながらも私の跡を追いかけてきてくれる。

 この窪みの端に戦列を組むように大勢のピッピ達が並ぶ中、その列に割り込んで先を見た。

 幾つかの人影があった。胸に「R」の文字が刻まれた制服────、

 

「──ロケット団っ! どうしてここに!?」

 

 ロケット団の団員がモンスターボールから次々にポケモンを出すのを見て、ピッピ達が全員、人差し指をロケット団の方へと向ける。

 そして、ゆっくりと左右に()()()()()

 

「ピッピ♪」

 

 指の先から放たれる多種多様な攻撃技、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()といった技で追撃するピッピ達が居る中で()()()()()()()()()()()()()、更には()()()()()()()()()()()()()()()()()()といった後方支援が行われて、戦列の端の方で()()()()()()で味方諸共自滅するピッピもいた。

 

「くそっ! なにが来るかわからないのが、こんなにも厄介だとは!」

「ピッピの巣なんて、滅多なことじゃ見つからないぞ!」

「こんな一攫千金を見逃せるかよ! 一網打尽にしてやらあ!」

 

 しかし、ロケット団達も怯まない。

 それぞれが、それぞれのポケモンで真正面からピッピ達に襲い掛かる。

 物量と物量の戦い。どちらも統率が取れているが、連携して作戦を駆使しているのはロケット団だ。陸と空からの波状攻撃、草の中に身を潜めたアーボが距離を詰めて、ピッピに跳び掛かる。押し込まれているのはピッピ達、弱ったピッピに向けて、片っ端からモンスターボールを投げつける。今はまだ他のピッピ達がモンスターボールを弾き返しているが、耐え切れなくなるのも時間の問題だ。

 ──これだけの人数、これだけの連携。何処かに指揮を執っている人間がいるはず。

 そいつを倒せば、この状況も切り抜けられるかも知れない。左右に視線をやって、ジャリッという音が微かに聞こえた。

 背後を振り返る。そこには、今にもモンスターボールを投げようとしていた男の姿、ロケット団の男を捉える。

 

「貴方はっ!?」

「おおっと、バレちゃあ仕方ねえ。……というか、どうして此処に人間が居るんだあ?」

 

 まあ、いっか。と強面の男が飄々とした態度でラッタとゴルバットとドガースを繰り出した。

 

「三匹!?」

「俺達は悪党だぞ? 勝ち抜き戦だとか、入れ替え戦だとか、そんな行儀良い戦い方をする訳ねえだろ」

「……ッ! ロコン、フシギダネ! お願い!」

 

 ロコンとフシギダネが一歩、前に出る。

 ニビジムでパープルの戦いを見ていたから分かる。あれは私達よりも格上のポケモン、パープルのポケモンと同程度か、それ以上の実力を持っている。

 勝算は薄い。でも、退けない。退く気はない。

 

「逃げても良いんだぜ? 俺達も小娘に興味なんかねぇからよ」

「退かない! だって、おじさん悪い人でしょ!?」

 

 目の前の存在が悪い事をしようとしているなんて一目瞭然だ!

 勇気を振り絞って、バトルに備えると、戦列から離れた一匹のピッピが私の前に出る。

 このピッピは、コイキングを助ける為に手助けしてくれたピッピだ。

 なんとなくわかる。

 他のピッピ達は目の前の対処で忙しくて、助けに来るのは難しそうだ。

 

「……行ける?」

「ピッ!」

「あ、()()()()()のは止めてね」

「ピ~……」

 

 ピッピは相手に向けて翳した人差し指を残念そうに戻す。

 私はロケット団と対峙しながらポケモン図鑑を開いて、ピッピが使える技を確認する。

 何処まで戦えるのか分からない。でも、やれることはやってやる。

 

「大人の戦いってやつを見せてやるよ」

 

 ラッタとゴルバットが同時に襲い掛かってくる。

 

「ロコンはゴルバットに()()()! フシギダネは……!」

「おせぇんだよ!」

 

 ラッタの()()()()()()()がフシギダネを弾き飛ばした。そのフシギダネに気を取られている内に()()()を省みずに突っ込んできたゴルバットがロコンを()()()()()()、フシギダネはまだ体勢を立て直すので精一杯。それを見たのかラッタはロコンに標的を切り替えて、その()()()()()()()でロコンに噛みつこうとした。

 

「ピィッピ!」

 

 大きく開いた口、その頬を横から割り込んだピッピが()()()()

 ピッピが右に左と視線を動かし、()()()()()()()と人差し指を頭上高くに翳した。

 ラッタとゴルバットの意識がピッピに向けられる。

 

「フシギダネ、お願いッ!」

「チッ! 一旦、引きなッ!」

 

 漸く体勢を立て直したフシギダネが二匹に向けて()()()()()を伸ばした。

 しかし、間一髪のところでラッタとゴルバットは身を退いて、避ける。二匹はロケット団の男の前まで戻り、互いに体勢を立て直す。

 数十秒程度の攻防、しかし、あまりにも忙しすぎる!

 お互いに三匹、計六匹のバトル。処理すべき情報があまりにも多すぎる。目が足りなければ、口も足りない。

 頬に伝う汗を拭い取り、集中力だけは切らさないようにロケット団の男を睨みつけた。

 あの男、強い……!




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6.乱入

高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
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 ロケット団の四幹部には、それぞれ大まかな役割が定められている。

 アポロは組織の最高幹部としての地位にある。組織内の細かな調整を行ったり、首領のサカキが動けない時に代わりに指揮を執るのが彼の役割だ。

 アテナは諜報班の統括を行っており、時に自分自身でも情報を取りに向かうこともある行動派。ランスは集めた情報の分析を担当しており、資金繰りの企画は彼が担当していることが多い。

 ラムダは実働部隊の統括であり、武力の行使が必要とされる場合。彼が実働部隊の指揮を執る。

 

 例えば、密猟なんかも彼が率いる実働部隊の領分だ。

 オツキミ山での活動が決まった時、麓の拠点を作ったのはラムダの指示によるものであり、部隊を班に分けて、それぞれに役割を与えて全うさせるのもラムダの手腕によるものだ。ロケット団において、現場指揮という点に限っていえば、サカキ様を除いて彼の右に出る者はいない。

 そんなラムダだからこそ、ピッピの群を見つけた。という報告を聞いた時、一目散に駆けつけた。

 

 きっかけは()()()()()()だ。

 大きな衝撃音に驚いたロケット団の下っ端は、音する方へと望遠鏡で覗き見た。すると黒焦げになったピッピを中心に、ピッピの進化系が大量に姿を現していたのだ。ラムダは自らの部下に追跡を指示。そして、自分が現場に到着するまで手を出す事を禁じた。

 入念な打ち合わせと準備を終えた後、彼らは慎重に事を起こす。

 

 正面からの衝突と見せかけての包囲殲滅。

 正面戦力は押され気味で攻めあぐねている様子を演出して貰って、左右から精鋭達を押し上げる。そして、背後は自分、ラムダが抑えれば、此処にいるピッピの九割は捕まえる事ができるはずだった。しかし、そこに居たのは見知らぬトレーナー。弱っちいポケモンを連れているが、人がいる。それだけで厄介だった。

 何をしてくるのか分からない。だったら、考える余裕をなくしてやれば良い。

 

 そう考えて、手持ち三匹のポケモンで彼女を襲った。

 もう一匹、ヤミカラスは居るが、ソイツまで使ってしまうと万が一の時に逃げる手段がなくなる。

 そして、それは結果的に正解だった。

 

 目の前にいる女は、よく粘るが苦戦するほどではない。

 波状攻撃を繰り返してやれば、いずれ、倒し切る事もできる。

 警戒すべきは、破れかぶれになった時の一撃だ。

 追い詰められてもう後がなくなった奴ってのは、何時だって危険に満ち満ちている。

 そして、ラムダの判断は結果的に正解だった。

 

 ピッピ達の戦列を正面で受け止めていたラムダの部下達が、衝撃音と共に空を舞ったのだ。

 

「あらま、思ってたよりも飛んだね〜?」

 

 部下達に()()()()したのはケンタロス。

 少し遅れて姿を現したのは、ドードリオに跨る女性。鍔付きのベレー帽にパーカーという野暮ったい姿をした女が陽気な笑みを浮かべる。

 ……奴が、どうして此処に?

 カントー地方では、二番目に知名度の高いポケモントレーナーの出現に、ラムダはヤミカラスの入ったモンスターボールに手を伸ばす。

 

 

 マサラタウン出身には気を付けろ。

 これは今から八年前、ワタルが初めてポケモンリーグを制覇した年に掲示板で書き込まれた言葉だ。

 その年のポケモンリーグは、ワタルの連戦連勝。圧倒的な強さを見せつける快進撃。中でも特筆すべきは、今もなお彼のエースとして知られるカイリューだ。予選を突破するまで、公式戦では、たった一度の敗北も経験した事がないポケモンとして知られていた。

 舞台は決勝リーグ。最強と呼ばれた彼のカイリューに初めて、土を付けたのはマサラタウン出身のトレーナーだった。

 

 当時、彼女はポケモントレーナーとして、四年目だった。

 カントー地方にあるポケモンジムを制覇したのも四年かけての事であり、それなりに有望なポケモントレーナーではあったが、ワタルの登場やカンナを始めとした同世代のポケモントレーナーの台頭により、影の薄い存在ではあった。

 しかし、その者と対戦した事のあるトレーナーは、不思議と彼女とのバトルが脳裏に残る。

 

 全国にいるポケモンファンが彼女を認知したのは、ポケモンリーグ。決勝の舞台。

 彼女にとっては挑戦四年目にして、初めて予選を突破した末の決勝リーグ。その第一回戦で当たった相手がワタルであった。

 そして彼女は、エースであるカイリューを見事に打ち倒した。それもカイリュー相手にポケモン一匹での勝利である。

 

 その後、彼女の戦績は決勝リーグで全敗だった。

 以後、ワタルのカイリューが公式戦で倒れた事は何度かある。だがワタルがポケモンリーグにデビューしてからの三年間、ワタルのカイリューを倒し、挙句に勝ち星を奪った事があるポケモントレーナーは彼女だけだった。ポケモン界のダークホース。歴史の転換点において、マサラタウン出身のトレーナーが決勝リーグで優勝争いをしている割合が多い事から皆が口を揃えて告げる。

 マサラタウン出身には気を付けろ。

 

 そんな彼女の名前は、ツボミ。現在二十二歳。

 今はポケモントレーナー歴十二年にもなる存在であり、一昔前までは、アマチュア最強のポケモントレーナーとして知られていた。

 ジムリーダーと四天王が跳梁跋扈する決勝リーグで、彼女だけが異質の存在であった。

 

 

 ツボミは、何処か一ヶ所に留まることが苦手だった。

 何度かジムリーダーの打診を受けるも断り続けており、カントー地方、ジョウト地方を中心に全国各地を往来する。

 肩書に縛られず、足の向く方へと自由気ままに旅をする彼女の生き方を羨ましく思うジムリーダーや四天王、チャンピオンは数知れず、年に数度、ワタルを呼び出してポケモンバトルに興じる事もしばしばある。彼女は決して目覚ましい戦績を残している訳じゃない。予選を突破できるだけの実力を持っているが、ジムリーダー以上を相手にする時の戦績は五割を割っている。大体、四割程度であり、四天王が相手になると三割程度、しかし、ジムリーダーや四天王でも勝つことができないワタル相手でも一割以上の勝率をキープしていた。

 カントー地方のダークホース。現状、ワタルを唯一、追い詰める存在であり、カントー地方では二番目に有名なポケモントレーナーとして知られている。

 

 そんな彼女がオツキミ山に足を運んだのは、多くの偶然が積み重なった結果であった。

 先ず、彼女の目的はオツキミ山にはない。数日前、ワタルからの頼みを聞いて、ハナダシティの郊外まで向かっている最中である。その頼みというのが、今、カントー地方の全土で起きているポケモン預かりシステムの不調を起因とするものであり、そのシステム管理者であるマサキとも連絡が付かないので様子を見に行って欲しいというものであった。

 先ず最初に、彼女は長時間、長く飛べるポケモンを持っていない。

 移動手段はドードリオ。その道中でオツキミ山の麓にあるポケモンセンターでロケット団の噂を聞き、このオツキミ山に棲息するピッピ達の事を知っていたツボミは様子見がてらに旧道を目指す。半ば、散歩気分。彼女がカントー地方を旅立った当初はまだ、オツキミ山のトンネルは貫通していなかったので懐かしさもあった。

 彼女は知っていた。満月の夜、ピッピ達の宴が行われる事を。その場所も、数年前、偶然に参加させて貰った過去がある。

 

 これは多くの偶然が呼んだ奇跡だ。

 どれかひとつが欠けていても、彼女は今、この場所に立つことができなかった。

 彼女は、ロケット団の正面戦力を蹴散らすと、ピッピ達の戦列に割って入る。

 ピッピ達の半分以上がツボミの存在を知らない。

 しかし、ピクシーは知っていた。

 かつて、満月の夜を共に過ごした同胞の存在を覚えていた。

 ピクシーは案内する。自分達の為に今、戦ってくれている新しい同胞の元へと。

 それを見て、ツボミは状況を把握し、ブルーの肩を優しく叩いた。

 

「よく頑張ったね」

 

 困惑するブルーを余所に、ツボミは前に出る。

 今から十年以上も前の事だ。当時、彼女が相棒にしていたオスのニドラン。

 モンスターボールから現した姿は、ニドキングのものになっていた。




次回はブルー視点。

お気に入りと感想、評価をお願いします。
書く栄養にします。

・パープル&レッド&グリーン&イエロー:洞窟組
・ブルー&ツボミ:登山組


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7.ツボミ

高評価、感想、お気に入り。ありがとうございます。
書く栄養にしています。
また誤字報告、大変助かっています。


 まだ幼い頃、ブルーはテレビに齧り付いていた。

 ロコンを胸に抱えながら、二人で画面に映るバトルを眺める。そこに映っていたのはマサラタウン出身のポケモントレーナー、今年で何度目かになる決勝リーグへの進出であり、この時はキクコ相手に戦っていた。影に忍び、影から影に乗り移ることができるポケモンにマサラタウンのトレーナーは苦戦を強いられる。()()()()()()()()()()()のコンボに、手持ちのポケモンを次々と戦闘不能に追いやられた。

 しかし勝負を制したのは、彼女だった。彼女の相棒のニドリーノが()()()()()()で周囲を照らすことで、ゲンガーの行動範囲を極端に制限し、影から姿を現したゲンガーに特攻を仕掛ける。ゲンガーは真っ向から()()()()()()()で迎撃をしようとした。ニドリーノは()()()()()のパワーで()()()()()()()を吹き飛ばし、代わりに()()()()()を撃ち返す。威力は高くない、だが、これは牽制で本命ではなかった。本命は()()()()()()()。ニドリーノはぐるんと縦に回転してから、浴びせるように硬質化させた尻尾を相手の脳天を叩きつける。

 その一撃は、全国最高峰のゲンガーを倒し切った。

 

「今年何度目かの大・金・星! マサラタウンのツボミ、四天王の一角を打ち破りました!!」

 

 会場を揺るがす大声援に、ツボミと呼ばれるポケモントレーナーは嬉しそうに手を振って応える。

 同郷という事もある。でも、ブルーは圧倒的な強さを持つチャンピオンや四天王よりも、何処のジムにも所属していないようなアマチュアのポケモントレーナーに憧れた。それは幼馴染にレッドとグリーンが居た影響もあるのかも知れない。

 ロコンと共に、ツボミが放つキラキラを目に焼き付ける。

 圧倒的に強くなくとも、絶対的な力がなくとも、最後まで勝利を信じて邁進するツボミに憧れたのだ。

 

 

 ロケット団の男を相手に、ブルーは健闘した。

 力量差は歴然としていたが、隙あらば、()()()()()()とするピッピを諫めながら懸命に抗った。初めての三対三という対戦の中で、脳をフル回転させながら少しでも状況を把握し、好転させようと努めた。

 しかしロケット団の男は、今のブルーでは手に余る相手であった。

 

「ソォウ……!」

 

 戦闘の最中、フシギダネがフシギソウに進化する一幕があるも相手ポケモンとの力量差は覆せない。

 盤面全てを掌握できず、指示も出せずにロコンとフシギソウ、ピッピは少しずつ削られていった。この特殊ルール、ルールと言っても良いのか分からない戦闘に相手は慣れている。ラッタが先頭を請け負って、ゴルバットが追撃。ドガースの後詰というジェットストリームな連携に翻弄される。三ツ星の一級品、もしくは三連星の猛攻にブルーは手も足も出なかった。

 フシギソウが倒れて、ロコンも力尽きる。最後まで争うピッピもまた限界が近かった。まだコイキングが残っている。……この子に陸地で戦わせるとか、正気ですか?

 ブルーには、もう、何も手が残されていなかった。

 

 でも、まだ……!

 フシギソウが再び立ち上がろうとしている。ピッピもまだ勝負を捨てていない。

 なら、私が諦める訳にはいかなかった。

 

 ──どんな状況でも私のポケモン達が諦めない限りは絶対に諦めない。

 

 それは、私の好きなポケモントレーナーの言葉だ。

 探せ、勝機を。もう一度、盤面を見直せ。自分のやれる事をやるんだ。

 私では実力不足かも知れない。

 だけど、そんな私でもやれることは残っているはずだ!

 

「……チッ、まだ諦めやがらねえのか」

 

 ブルーが放つ目の輝き、絶望的な状況においても執拗に勝機を探る。

 こういう目をする奴をロケット団の男、ラムダは知っていた。何かとんでもない事をしでかす奴がする目の色をしていた。だから、ラムダは警戒する。彼のロケット団の実働部隊として働いてきた経験が、慎重に事を運べと警鐘を鳴らした。

 彼は強面だ、パープルにも悪党面と言われて傷心した事もある。しかし、そんな怖い顔とは裏腹に、彼は慎重だった。狡猾だった。そんな彼だからこそ無理攻めはせず、不確定要素を徹底的に潰し、時間を掛けてでも確実な勝利を拾いに行った。

 だから、これは彼の判断が悪かった訳ではない。全ては結果論なのだ。

 

 ラムダは何も間違えてはいなかった。

 こんな山奥に援軍が来る可能性は低い、それも込みでの判断だ。

 彼に云えるのは、ただ一言────

 

「よく頑張ったね」

 

 ──持っていなかった、それだけだ。

 

 この場に登場する新たな乱入者。頭には鍔付きのベレー帽、袖に通すのはパーカー。その野暮ったい衣服を着こなす彼女の姿は、カントー地方に住む者ならほぼ全ての人間が知っている。

 

「なんで、てめぇが此処に居るんだよ……ッ?」

 

 ロケット団の男、ラムダは憎々しげに女を見た。

 女はブルーの前に歩み出ると「頼んだよ」とモンスターボールを放り投げる。眩い光と共に姿を現したのはニドキング、ブルーが初めてテレビで見た時はまだニドリーノの姿だった。しかし、その時に繰り広げたキクコのゲンガーとのバトルは、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。バトルフィールドは森、明らかに格上のゲンガーに対して、真正面から打ち勝ってしまった大金星。

 今もポケモンリーグで活躍する彼女は、人差し指で帽子の鍔を上げると、不敵な笑みで相手を見下した。

 

「気紛れかなっ!」

 

 大胆不敵に堂々と声を張り上げる彼女の姿に、ブルーは感動と困惑に身震いする。

 その姿は何度もテレビで見てきたものと寸分違わないものだった。ポケモン公式戦で、何度も見てきたから間違いない。同じマサラタウンの出身であり、アマチュア最強と呼ばれるポケモントレーナー。彼女の相棒であるニドキングは、全国でも最強と名高いワタルのカイリューを相手に何度も打ち勝ってきた強者だ。

 彼女は、頭上高くに人差し指と親指を立てて、ニドキングにサインを送る。

 

()()()!」

 

 ニドキングが大きく足を上げた後、ズン、と地面を踏み締める。

 それが振動となって、地面が局地的に激しく揺れた。遠くではポッポの群れが逃げるように飛び去っていった。ラッタは地面からの強い衝撃を受けたようで一発で足腰が立たなくなっている。ゴルバットとドガースには、空を飛んでいたので効果がない。

 ニドキングは踏み込んだ足を軸に、ゆっくりと前傾姿勢を取る。

 

「……か〜ら〜の〜()()()()()()()!!」

 

 ドン、と地面を砕いた急加速。ニドキングは勢いのまま、ゴルバットを撥ね飛ばし、ドガースと正対した。

 

「とどめに得意の()()()()よっ!!」

 

 ニドキングは大きな図体とは裏腹に軽い身のこなしでドガースを右足で回し蹴り、その勢いを殺さずに左足で後ろ回し蹴りをお見舞いする。

 たった十秒程度の攻防、たった三度の攻撃でロケット団のポケモン達を瀕死まで追い込んだ。正に圧倒的な戦いぶりである。

 

「チッ、分が悪過ぎるな……」

 

 男は十分に時間を稼いだ、と言わんばかりに瀕死寸前のドガースにサインを送る。ドガースは全身の穴から黒い煙を吹き出した。

 

「……()()()()!?」

「いや、これは()()()()のようね」

 

 ツボミはニドキングに()()()()()()()を指示して煙を吹き飛ばす。

 その先には、もう誰も居らず、この窪みを包囲していたロケット団の姿も消えてしまっていた。




次回、オツキミ山編も終わりになります。

お気に入りと感想、評価をお願いします。
書く栄養にします。

▼ツボミ
ニドキング♂:Lv.57:豊富な技(通常、マシン技は覚えても使いこなすまでに時間がかかる上に、レベル技よりも威力が落ちる)

▼ラムダ
ゴルバット♂:Lv.27
ドガース♂:Lv.28
ラッタ♂:Lv.26

・パープル&レッド&グリーン&イエロー:洞窟組
・ブルー&ツボミ:登山組


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