サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 (◆QgkJwfXtqk)
しおりを挟む

壱) ANGEL-03  SACHIEL
01-01 錨は巻き上げられ炎の時代が始まる


+
その子に手を下すな
あなたが神を畏れる者であることがわかった
あなたは独り子である息子ですら惜しまなかった
わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう
地上のあらゆる民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る

――創世記     









+

 国際連合直属非公開組織 特務機関NERV、その総司令である碇ゲンドウは当惑していた。

 威圧的な、余り表情を浮かべない相貌一杯に理解出来ないと言う感情を浮かべていた。

 手には1枚の紙 ―― 便箋がある。

 

 来い、と書いて息子に送った手紙への返事だった。

 来いと書かれていた部分に赤いマジックペンで上書きされた文字は3つ。

 いかん(行かない)、であった。

 

「何故だ?」

 

 誰も居ないNERV総司令執務室。

 広く明るく開放的ながらも天井と床に寒色を配置する事で、来客者に対する心理的効果(プレッシャー)を計算し尽くして作られた部屋の中で、その主は誰に問うまでも無い言葉を漏らしていた。

 眼鏡を外して瞼を揉み、そしてもう一度、便箋を見る。

 間違いなく、拒否(いかん)の文字。

 

 招聘しようとした息子、碇シンジは碇ゲンドウにとって積年の大望、長い歳月を掛けて準備していた人類補完計画、その大事な、最後の鍵であった。

 それが来ないと言う。

 思春期の、親と離されていた子どもが、親からの手紙を貰えばホイホイとやってくるだろうと考えていた。

 雑に考えていた碇ゲンドウの思惑は、シンジからの明白な拒絶によって頓挫しようとしていた。

 

 

 

 

 

 NERV本部の上級者用歓談(休憩)室、通称終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)

 重職にある者が、部下の目を気にせずに休息を取れる場所として用意された場所であり、その通称は()()()()()()と言う上級者の状況への皮肉(アイロニー)めいた命名であった。

 尤も、その長ったらしい(英国趣味めいた)名前を呼ぶものは稀であり、一般には()()等と呼ばれていた。

 

 佐官以上の階級を持った人間でなければ利用できないとされている歓談室は、国際連合と言う、ある種の貴族趣味めいた組織の下部にあるが為、日本人的感覚から言えば些か以上に華美だと思う様な内装の施された大きな部屋であった。

 シンプルで上品な調度が揃えられた部屋の一角、セカンドインパクト以降では高級品を通り越して()()と言う様な冠が付く本革のソファセットで、2人の女性が言葉を交わしていた。

 机の上に散乱する資料。

 モニターの点いているノートパソコン。

 表示されているのは、線の細さを感じさせる中性的な雰囲気の少年だった。

 タグにはShinji Ikariと書かれている。

 無論、碇ゲンドウの息子、シンジの身上書であった。

 傍らには真っ赤なインクで機密との文字(スタンプ)が打たれた書類、人類補完委員会直属の諮問機関であるマルドゥック機関からの報告書も置かれていた。

 

 

 ソファに背を預け、煙草を吸っていた女性が、足を組みなおしながら尋ねた。

 

「で、ミサトが迎えに行くと」

 

「迎えと言うか()()ね」

 

 わずかばかりの苦みを添えて問いかけに応えたのは、NERVの実務部隊を統括する戦術作戦部作戦局第一課の課長、葛城ミサト中佐だった。

 まだ29歳と若い女性士官だ。

 紫がかった髪を伸ばして凛々しさと若々しさを漂わせている女性、その深紅の制服の襟元には中佐の階級章が真新しくも輝いており、彼女がエリートである事を示していた。

 実際、偉いのだ。

 実務部隊で言えば序列第1位、NERVを見渡しても各支部長クラスを除けば総司令と副司令に次いだ№3の地位に居るのだから。

 とは言え、正式な階級では無い。

 本来は大尉である。

 30歳を越えず大尉と言う時点でも十分に優秀であるのだが、中佐の配置となっている理由は、NERVがまだ設立されてから5年目と言う若い組織であるが為の人員不足 ―― 適切な戦術作戦部の部長、或いは作戦局局長クラスの人間が居ない事が理由だった。

 当初はNERVの上部組織である国際連合を介し、その実務部隊である国連統合軍(UN-JF)からの人員派遣を受ける予定であったが、UN-JF側も佐官級の慢性的な人員不足を抱えているが為、派遣要請に対応する事を先送りしていた結果だった。

 

「作戦局はお暇なのかしら?」

 

 皮肉めいた口調で言葉を重ねて来るのは、此方もNERVの重鎮である赤木リツコだ。

 綺麗に染められた金髪が特徴的な才媛は、青を基調とした技官服の上に白衣を着こんで居る。

 NERV技術開発部技術局局長であり、軍事的教練も受けていない技術部門の人間である為に階級が正式には与えられていないが、それでも()()()()技官としての待遇を得ている。

 赤木リツコは葛城ミサトに次いで、NERVの序列第4位(№4)の位置に居る。

 この2人がNERV現場統括者である為、今、この歓談室は事実上のNERVの中枢と言っても良かった。

 尤も2人の空気は重くない。

 軽いと言っても良い。

 何故なら葛城ミサトと赤木リツコは大学以来の同級生であり、同僚であると言う事以前に友人であるからだった。

 

「ま、現段階で作戦局に出来る事なんて無いもの、仕方ないわよ」

 

 葛城ミサトの口調には、納得しているという感じはない。

 赤木リツコ以上に雑な姿勢で足を組んで、ソファに体重を押し付けている姿からは、面倒くさいと言う感情(オーラ)が如実に溢れていた。

 野戦任官とは言え中佐の人間がする仕事ではないと言うのが正直な感想であった。

 適当な部下を見繕って送りたいと言うのが本音であった。

 そもそも、地味に葛城ミサトは怒っていた。

 碇ゲンドウの手紙に自身の()()()()()()()()()を添付していたのに無視されたと言う事が、地味に地味に彼女のプライドを傷つけていたのだ。

 思春期の()少年なら秒で来い、来るだろう。

 そう思っていたのだ。

 それがこないの文字(フラれたの)だ。

 面白く無いと思うのも当然であった。

 とは言え悲しい宮仕えの身。

 碇ゲンドウからの直接命令であるのだから、身を入れてせざるを得なかった。

 

「本音は?」

 

「可愛くない。ムカつく」

 

 素直で結構。

 そう笑う赤木リツコであったが、煙草の火を消すと、少しだけ真顔になる。

 

「でも失敗は駄目よ、ミサト?」

 

「判ってるわよ。碇シンジ、3人目の資格者(サード・チルドレン)。エバーに選ばれた子ども。良いわよしっかりやるわよ」

 

「貴方の可愛い部下になるのだものね」

 

「………そうね」

 

 少しばかり内面の苦々しさが浮き出てきそうだと自覚した葛城ミサトは手元のコーヒーカップを呷る。

 ヌルい、砂糖もミルクも入っていないソレは、期待通りの味だった。

 不味い。

 不味いと言う気持ちで表情を染めた葛城ミサトは、しかめっ面のままにシンジの書類を取る。

 

 葛城ミサトの言うエバー、エヴァンゲリオン。

 NERVの最大戦力、汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオンだ。

 世界を救う鍵、人類の試練に立ち向かう盾にして矛。

 その3人目の操縦者として選ばれたのだ、碇シンジと言う少年は。

 

「子どもを戦場に送る、か。ワタシらロクな死に方は出来ないわね」

 

「それで人類が生き残れるなら、悪い取引じゃないわ」

 

 新しい煙草を取り出し、咥えた赤木リツコ。

 その横顔には、偽悪めいた昏さがある ―― 少なくとも葛城ミサトにはそう見えていた。

 誰も割り切れるものでは無いのだ。

 子どもを戦場に送ると言う事に。

 

 乾音

 

 カチンっという金属音と共に、灯が点り煙草が紫煙を上げる。

 深く息を吸って吐く。

 決して美味しそうに感じさせない仕草は、さながら贖罪の如くであった。

 だからこそ、葛城ミサトは明るく言葉を紡ぐ。

 

「そうね。シンジ君も、他の子どもたちからも、後ろ指指されながら給料泥棒って罵られる未来が欲しいわね」

 

 願い。

 或いは人の夢、即ち儚さ。

 だがそれでも葛城ミサトは希望を口にしていた。

 

 

 

 

 

 ある種の悲愴な決意と共に、碇シンジを迎えに行った葛城ミサト。

 第3新東京市からヘリコプター(UH-1)で厚木の飛行場へと移動し、そこからNERV専用の人員輸送用ビジネスジェット(ガルフストリーム V)で一路、南に飛ぶ。

 行く先は碇ゲンドウの身内であり、シンジを預けた先。

 日本の西南端、鹿児島であった。

 

「暑いわね」

 

 エアコンの効いたガルフストリーム Ⅴから一歩出た途端に、葛城ミサトは愚痴っていた。

 それも仕方の無い話である。

 理由は服装にあった。

 何時もの赤い、佐官級スタッフ向けの略装ではなく、黒を基調としたNERVの礼装を着こんでいたのだから。

 襟元のボタンまで締めて、一部の隙も無い姿だ。

 だからこそ、鹿児島の暑い日差しに耐えかねたのだ。

 

 この正装、別に伊達や酔狂では無い。

 一度、召喚を拒否した相手を迎えに行くのだ。

 それも、無理にでも連れて行こうと言うのだ。

 だからこそ礼を尽くし、そして同時に威圧する目的で着こんで居るのだ。

 更には護衛と言う名目でNERV保安諜報部から2名の、厳つく背広を着こんだ保安部員(シークレットサービス)まで駆り出していた。

 

「中佐殿、車が来ました」

 

 護衛の片割れが、手配していた車を空港スタッフから受け取ってきたのだ。

 黒いセダンだ。

 豹のようなしなやかな仕草で、助手席に乗る葛城ミサト。

 ここの辺りの行動様式は、貴族趣味めいた欧州風では無く仕込まれたUSA式だ。

 

「目的地、判っているわね?」

 

「はい、確認済みです」

 

「動向に関しては?」

 

「先行していたスタッフが把握しています。学校からの帰宅後、近所の訓練所に居るとの事です」

 

 ()()()と言う言葉に、聊かの疑問を感じたが、直ぐにそれを脳裏から追い出した葛城ミサト。

 父親(碇ゲンドウ)からの召喚を断った理由が、本人にせよ周辺の家族にあるにせよ、権威と威圧で押し切る所存であった。

 恨まれてもよい。

 いっそ、恨んで欲しい。

 だが、それであってもエヴァンゲリオンに乗らせる為に、NERVへと拉致る。

 その決意があった。

 

「結構。車を出して」

 

はい、中佐殿(イェス、マム)

 

 

 

 奔る黒いセダン。

 高台にある鹿児島(溝辺)空港から降りて一路向かった先は、神社であった。

 セカンドインパクトの影響か、近隣の建物は倒壊し、或いは更地となっている中で、木々に囲まれ古い風情を漂わせた神社は往年の風格を損なわぬままに、そこにあった。

 先に言われた訓練所、と言う言葉と、この神社に何の関連性が、と思いながら車の扉を開けた葛城ミサトの耳が、異音を捉えた。

 金属的ではない乾いた音。

 乾いた木の音。

 そして何かの叫び声。

 

「ナニ?」

 

 獣めいた叫びにも聞こえた。

 とは言え、少しばかり距離があるのか、脅威には感じられない。

 とは言え念の為にとばかりに、礼装と言う事で腰に、革のホルスターに入れて差している拳銃(H&K USP)を確認する。

 それはセカンドインパクト世代(戦乱期を越えて来た人間)特有の、自然に発露した自衛行動の一種であった。

 周りは常に敵。

 そういう世界(地獄)で生きてきたのだから。

 

「大丈夫です、アレは掛け声ですよ中佐殿」

 

 先行して現地入りしていた連絡員が、苦笑と共に教える。

 この辺りの()()だと言う。

 その言葉に誘われて歩いた葛城ミサト。

 神社の境内に入れば、獣めいた声は次第にはっきりとしたものと鳴る。

 

「キィィェェェェェェェッ!!」

 

 狂声、或いは絶叫。

 甲高いソレは、かろうじて人の声 ―― 喉から発せられたとは判るが、それが何なのか、葛城ミサトには判らなかった。

 だからこそ進む。

 狂気は常に見てきた。

 飢えれば人は幾らでも凶行に走る。

 そんな日々を見てきたのだ。

 恐れるモノは何もない。

 そう思って進んだ葛城ミサトが見たのは、まだ少年少女たちが一心不乱に木刀を振るう姿であった。

 絶叫と共に一心不乱に木刀を振るっている。

 素振りでは無い。

 横にした枝の束横木へと、狂を発したと言わんばかりの勢いで一心不乱に叩き込んでいるのだ。

 声が枯れた、息が切れるや否な、後段に控えていた別の子どもと入れ替わり、又ふたたび、一心不乱に叩き出す。

 

「ナニ、コレ?」

 

 思わずつぶやいていた。

 剣、木刀を振るっているけども過去に見聞きした剣道とは絶対に違う。

 国連統合軍時代に散々に叩き込まれた銃剣道だって、もう少し文明的だ。

 隣を見た。

 案内役であった連絡員が訳知り顔で教えてくれた。

 

「剣道じゃないですよ、古流剣術です」

 

「ハァ?」

 

「薬丸自顕流と言うんだそうです」

 

「………そう、凄いわね……………ねぇ、まさかシンジ君って?」

 

「はい、あそこに」

 

 連絡員が指さしたのは、横木打ちをしている子どもたちの中にあって、一層強烈苛烈に声を張り上げて木剣を振るっている少年だった。

 鬼気迫る勢いだ。

 

「あー うん。判ったわ」

 

 生気の抜けた声で呟く葛城ミサト。

 何が判ったとは言わない。

 言えない。

 只、オンナの勘であろうか。

 猛烈に帰りたいと言う気分に襲われたのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れの中に沈むNERV総司令執務室。

 一仕事を終えて戻ってきた主、碇ゲンドウ。

 各支部との折衝や国連の上部組織である人類補完委員会への報告と言った面倒臭い仕事の数々は、この厳つい男の顔にも疲労と言う彩を与えていた。

 だが、ソレを意に介する事も無く執務室の先客、応接セットのソファに座った初老の男、NERV副司令である冬月コウゾウが言葉を掛ける。

 視線は応接セットのテーブル、そこに用意された将棋セットから動かさぬままに、まるでそれ以外は些末事であるかのような態度で()()()()

 

「碇、葛城君から連絡があったぞ」

 

「そうか」

 

 冬月コウゾウの態度を咎める事も無く、碇ゲンドウは自らの(玉座)に腰を下ろした。

 

「帰還予定は?」

 

「明日、連れて来るとの事だ」

 

「そうか…………」

 

 寂れた声で、シンジが来る事を確認した碇ゲンドウは天井を見上げた。

 NERVのロゴと、デザインされたイチジクの葉。

 イチジクが示すのは幸福、平和、豊かさ。

 それは願いでもある。

 だが、是よりNERVが進む道に、それらは無い。

 

「良いのだな?」

 

「他に道はありませんよ、冬月()()

 

 天井を見上げたままに、もはや後戻り出来る場所など無いと断言する碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウは、その姿を一瞥し、その上で答える。

 

「ならば進むほかあるまいか」

 

 それは祈りにも似た言葉であった。

 

 

 

 

 

 




尚、シリアスなのはこの話位だと思うナァ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01-02

+

 葛城ミサトが碇シンジを連れて第3東京市に戻ってくる。

 その一報を聞いた碇ゲンドウは、思いの外にシンジが素直であった事に内心で驚いていた。

 赤いインクで描かれたいかん(行かぬ)の文字、そこに強い意思が込められていた様に感じられたから、ある意味で当然だった。

 所詮は14歳の子どもであり、子どもの反抗、文字通りの児戯かと納得していた。

 

 報告を告げてきた灰色の受話器を戻した碇ゲンドウは、正面のモニターを確認する。

 巨大な20m四方はありそうな大画面。

 そこにはNERV本部の置かれた第3新東京市とその周辺300㎞の地形情報が表示されている。

 ここはNERVの中枢部、NERV本部第1発令所であった。

 要塞都市第3新東京市の全システムを統括する場所でもある。

 その第1指揮区画に碇ゲンドウは居るのだ。

 

「碇?」

 

「何でもない。それよりも ―― 」

 

 重要な事があった。

 日本列島の東南東で哨戒任務中であった国連統合軍の駆逐艦もがみ(UN-JF DD MOGAMI)が発見した未確認海中物体(Unknown)だ。

 水中を100kn近い速度で一直線に日本の東海地方を目指して泳いでいる。

 無論、潜水艦などでは無い。

 発見した資料に添付されていた音響情報は、この対象が流麗な潜水艦とは違う複雑な構造をしている事を教えている。

 そもそも、100knを超える水中速力を出せる乗り物を人類は生み出せていないのだから。

 

 詳細情報が得られぬ為、未確認という文字と一緒にオレンジ色に表示されている水中目標。

 正体は1つだろう。

 

「使徒か」

 

 誰もが口にしない推測を簡単に言い放ったのは、副官よろしく碇ゲンドウの後ろに立っているNERV副司令官冬月コウゾウだった。

 この場に居る誰よりも年かさであったが、伸びきった背筋に隙は勿論、老いすらも浮かんではいない。

 そんな冬月コウゾウの言葉に、第1指揮区画に詰めていたNERVスタッフたちは思わずざわめいていた。

 使徒(ANGEL)

 NERVが立ち向かうべき人類の脅威、或いは試練。

 その事は、NERVに所属する際に誰へもしつこく教育されている。

 だから戦う事への忌避は誰も持っていない。

 只、それが今日であったと言う事には驚きと緊張が隠せないだけであった。

 生唾を飲む者、身震い ―― 武者震いをする者。

 男女を問わずそれぞれに反応していた。

 

「恐らくはな。後は人類補完委員会の決断次第だ」

 

「そしてUN軍(国連統合軍)の活躍次第か」

 

 揶揄する様に言う冬月コウゾウ。

 その細められた視線が見るのは第1指揮区画のすぐ傍、予備の第2指揮区画を占拠している蒼い軍服(ブルー・ドレス)の集団だった。

 国連統合軍、その5つの管区軍の1つであり日本列島を中心とした領域を守護する極東軍(Far East-Aemy)から派遣されてきた連絡官であった。

 目的は、NERVと国連統合軍との密な連携の為である。

 

 日本国自衛隊を母体とした極東軍は、施設その他が自衛隊時代のモノを踏襲している。

 この為、太平洋方面への警戒と作戦指揮を預かる府中作戦指揮所があり、極東軍の全戦力を統括している。

 その府中作戦指揮所との橋渡しが主任務であった。

 

「我々の出番が無いことを祈りたいが………難しいだろうな」

 

「ああ、通常兵器が有効であるならば南極の悲劇は阻止出来ていただろうからな」

 

 此方も準備を進めつつ、お手並み拝見。

 碇ゲンドウの言葉に対応した訳では無いが、国連統合軍の攻撃が開始される。

 重魚雷、対潜N²爆雷その他、大盤振る舞いだ。

 

 無駄と言う言葉を口にのみ込み、碇ゲンドウは総司令官としての命令を発する。

 

「NERV総員へ下命。エヴァンゲリオンの出撃準備の確認、要塞部も全機能の確認を実施せよ」

 

 キビキビと動き出すNERVスタッフ。

 だが、恐る恐ると言った表情で技術開発部技術局の若手技術者、伊吹マヤ少尉が声を上げた。

 

「総司令官、意見具申致します! 現在00(エヴァンゲリオン零号機)の修復は上を見ても35%程度にしか到達していません。又、パイロットも医務局からまだ2週間は安静を要求されています、これでは__ 」

 

「慌てるな。問題は無い。実戦には初号機を当てる。パイロットは予備が届く」

 

01(エヴァンゲリオン初号機)。それに予備、ですか?」

 

「そうだ。だから技術部は気にせず戦闘準備を進めたまえ」

 

 技術局を統括する赤木リツコには伝えていたのだが、急場の事で伝え忘れたか、それとも伊吹マヤが覚えていなかったか。

 だが、どちらにせよ碇ゲンドウにはその点を指摘する積りは無かった。

 NERVの初戦であり、特に新兵が慌ててしまうのは世の常であるからだ。

 だが、認識を誤ったにせよ、自らの職掌に於いて問題ありと思えば意見具申が出来た。

 その点に於いて伊吹マヤは良い人材であると評価するのであった。

 尤も、片頬も動かさぬその表情から、その内面を余人が理解する事は無かったが。

 

 

 

 

 

「派手にやってるわね………」

 

 そうつぶやいたのは葛城ミサトであった。

 その身は碇シンジと共にUH-1の機内にある。

 戦闘を避け、だが最速で第3新東京市の郊外ヘリ拠点に向かう為、地を這う様な高度を、頭がイカレているのかと思う速度で飛ぶ。

 所謂匍匐飛行(Nap-of-the-Earth)だ。

 遊園地の絶叫マシンなど子供騙しだと言わんばかりの乱暴な飛行(Air Combat Manoeuvring)だ。

 

 手段を問わぬから最速で、とパイロットに要請(オーダー)したのは葛城ミサトであったが、離陸して10分で自らの前言を激しく後悔していた。

 縦に横にと激しく暴れる機体は、さながら悍馬であった。

 尤も、女だてらに空挺徽章まで取った女傑、葛城ミサトの鍛えられた三半規管は、更に10分後には、周囲を確認する余裕を与えて居たが。

 閉められたスライドドアに張り付いて、窓越しに外を見る。

 体が飛ばない様にとキャビン内の手すりに掴まってまで外を確認し続けるのは戦術作戦部作戦局第一課課長と言う職務への責任感、そして使()()()()()()()()()()あればこそであった。

 空を飛び交うミサイル。

 そして、光学兵器の閃光。

 使徒襲来との一大事は、乗り換えの厚木基地で聞いている。

 だからこそ、自らの目で見たかったのだ。

 父親の仇であり、自らの生きがいとも言える怨敵、使徒の姿を。

 とは言え見る事は叶っていない。

 

「上手すぎて見えないわね」

 

 機体は稜線だのビルだのを縫う様に飛び続けている。

 ヘリパイロットの技量が高い為、機体を使徒の視界 ―― 射界に1秒と入れさせなかったのだ。

 脆弱なヘリが自身を守る為には慎重さこそが肝要、そう意識しているパイロットの技量の現れであった。

 安全である事は葛城ミサトにとっても重要である。

 だがそれでも少しだけ不満の色が混じった声を漏らしていた。

 独り言。

 だがそれに、パイロットは忙しく動かす四肢とは違う、落ち着いた(クールな)声で応えた。

 或いは、釘を刺す様に。

 使徒を視認したい、偵察しなければならぬと言い出さない様に。

 

『見えない方が良いですよ。Rレスチョッパー(VTOL攻撃機/YAGR-3B)が結構落とされてます』

 

 インカムを確認すると、スイッチが入っていた。

 独り事が聞かれた事に恥ずかしさを覚えつつ、葛城ミサトは開き直って会話を転がす。

 

「レーザー? ビーム?」

 

『さぁそこまでは。どっちにせよ、当たるとヤヴァイ代物ですよ、中佐?』

 

「そっ、じゃ安全大事でたのむわ」

 

『アイアイ、中佐。後5分は耐えて下さいよ』

 

「了解、機長(キャプテン)。貴方を信じるわ」

 

 そう言って、今度はキチンとインカムのスイッチを切る。

 円熟の域に達しているヘリパイロットの技量を称えつつ、一目で良いから使徒を見たかったという不満も抱えている。

 それが葛城ミサト。

 自身でも整理しきれぬ複雑(アンビバレント)な内心、それを外に出さぬ様に注意しつつ機内に視線を戻した。

 大事な荷物を見る。

 シンジだ。

 サイズの合わない大人向けのヘルメットを被り、必死になって手すりを掴んでいる。

 顔色は青い。

 だが、葛城ミサトはその姿を評価する。

 歯を食いしばって一言一句たりとも悲鳴を上げず、それどころか顔には恐怖の色を浮かべて居ないのだから。

 なかなかどうして、肝が据わっていると思うのも当然であった。

 

「大丈夫、シンジ君!」

 

よか(問題ない)!」

 

 葛城ミサトがローターの風きり音に負けぬ様に、怒鳴る様に聞けば、シンジも怒鳴る様に応じた。

 その優し気な風貌に相応しい変声期前の柔らかな声質、それを全く台無しにする様な言い方(方言)でシンジは言っていた。

 

 

 

 

 

 国連統合軍による防衛戦闘は、完全な徒労と言う形で終わった。

 既に洋上の時点で大威力兵器 ―― N²兵器を躊躇なく投入し、地上に上がれば標的が見えやすいとばかりに本来は拠点攻撃用の高額な極超音速弾(Hypersonic Speed Missile)までも投入した。

 その全てが、効果を発揮しなかった。

 地形を変える程の、地雷へと改造した超威力N²爆弾によって侵攻の足を止める事には成功したが、外から観測できるレベルでの自己修復を開始しており、倒したなどとはとても言えたものでは無い結果となった。

 

 

「碇総司令官、人類補完委員会と日本政府が合意しました。現時刻をもってA-18条項が発令されます。NERVへの使徒対応の為の非常権限の譲渡状です。確認とサインお願いします」

 

 連絡官が敬礼を行い、事前に用意されていた書類にサインをして碇ゲンドウに手渡す。

 受け取ったバインダーで碇ゲンドウも書類の内容と日時とを確認し、サインする。

 コレで法的にはNERVは使徒迎撃に関するフリーハンドを得る事となる。

 

「ご苦労」

 

 武官ではないので、答礼として右手のひらを左胸にあてる。

 解いて握手をする。

 

「極東軍の献身に感謝する」

 

「総司令官のお言葉、前線の兵も喜ぶでしょう」

 

 

 

 自らの配置場所に戻った国連統合軍連絡官の後姿を見ながら、冬月コウゾウは独り言のように碇ゲンドウに囁く。

 

「これからが始まりだな」

 

「ああ」

 

「勝てるのか?」

 

「その為のNERVだ」

 

 碇ゲンドウは決意を込めて嘯く。

 使徒に打ち勝つ。

 その為のNERV。

 そして、その先にあるI計画(人類補完計画)の為、こんな所で躓く訳にはいかないのだから。

 

「碇総司令官! 葛城中佐及び搭乗員候補生(Candidate Children)が第2ゲージに到着したとの事です」

 

「判った。冬月、ここは任せた」

 

「ああ。此方は老骨に任せておけ。それよりも息子の顔を見てこい。7年ぶりか?」

 

「いや、9年ぶりだよ___ 」

 

 捨てたと言われても間違ってはいない別離の時間。

 妻であった碇ユイを失ってからの日々、ただもう一度会う為だけに生きてきた。

 その為に捨てた全て、その中にシンジは居たのだから。

 

「そうか、なら1発は殴られて来い」

 

「アレにそんな気概があるのならばな」

 

 笑う様に、小さく口元を歪めた碇ゲンドウ。

 シンジと言う少年は内向的であり、自罰的な傾向がある。

 それはまだNERVが成立する前、GEHIRN時代にエヴァンゲリオンパイロットの候補生として選定した際に、マルドゥック機関を通して行った調査での評価だった。

 それから随分と時間が経ってはいるが、その性分は変わりはしないだろう。

 そう甘く見ていた。

 

 

 

 

 

 碇シンジは腹を立てていた。

 顔も覚えて居なかった父親からの、来いと言う訳の分からない手紙。

 今更に親子の縁にでも思いを馳せたのか、それとも添付されていた艶姿めいた写真の女性を後妻にでもする積りで紹介しようと言うのか。

 何も判らぬ手紙。

 だからいかん(バカ抜かせ)と明確に書いて突っ返した。

 そこで話は終わった筈だった。

 シンジと碇ゲンドウの道は交わらない、そういう決意だった。

 

 それが国連と日本政府による召喚状なるもので、こんな東の外れまで連れて来られるハメになった。

 気に入る筈が無かった。

 

 シンジは葛城ミサトに連れられて第3新東京市に来るまでの間、胸の内で常に呪詛を吐き続けていた。

 父親への、そして葛城ミサトへの、だ。

 迎えに来たと自称した葛城ミサトは、偉そうな態度が気に入らなかった。

 美人だし、あんな痴女っぽい写真を送りつけて来たような人間が、今更に才女を気取られても意味が判らない。

 小父さんも小母さんも拒否しようと、抵抗してくれたけど、それを偉そうに撥ねつけた態度なんてムカつくの一言だ。

 目の前にいる分、シンジは葛城ミサトへの呪詛を重ねていた。

 

 そんなシンジの内心を想像する事も出来ぬまま、葛城ミサトはシンジを指示されたエヴァンゲリオン初号機のもとへと誘う。

 迷う。

 迷ったので信頼する同僚、赤木リツコに泣きついて迎えに来てもらう事となる。

 迎えに来て貰う為に、ここで待機だと言う葛城ミサト。

 

「ゴミンね、チョッチまだ良く分からなくて」

 

ほぅな(そうですか)

 

 愛想笑いの1つでも浮かべる気にもなれず、シンジは渡されたNERVのパンフレットを見る。

 ようこそNERVへ、と大きく書かれた明るい雰囲気のパンフレットだ。

 人類を守る為の組織だとか書かれている。

 興味が出ない。

 文字を追うだけの時間つぶしだ。

 開いて2ページ目に、総司令官と冠された碇ゲンドウの写真がある。

 シンジには悪い冗談にしか見えなかった。

 葛城ミサトはNERVを、秘密機関とか言う大上段な表現で説明した。

 その秘密機関とやらが、構成員の顔写真を出してどうするんだ? と呆れにも似た感情を浮かべつつ、パンフレットの文字を読んでいく。

 何と言うか、全てが馬鹿らしくなって、素振りの1つでもやりたい等と思った頃に、迎えが来た。

 赤木リツコだ。

 

「ミサト、こんな所で道草を食ってるんじゃないわよ」

 

「ゴミン!」

 

 赤木リツコは競泳用のようなデザインの水着を着た濡れぼそった体に、白衣を引っ掛けていた。

 もう少しシンジが成長していれば(性を知っていれば)、魅力的だと感じたであろう煽情的な格好だ。

 だが残念。

 今のシンジは、そんな感情は浮かばなかった。

 気軽い会話をする2人をしり目に、シンジは、このNERVってアレな女性しか居ないのかと呆れるだけであった。

 

 一通り、葛城ミサトを怒った赤木リツコは、視線を動かす。

 シンジを見る。

 その目力を真っ向から受け止めて、目を細めて睨み返すシンジ。

 舐められたら駄目、()()()()()()()()()()()

 

「で、この子が()()()()()()()()?」

 

「そ、碇シンジ君よ」

 

 聞いた事も無い用語、サードチルドレンと言う呼称に、シンジはますますもって自分が面倒くさい事になっているのだろうと理解した。

 訳が判らないが、取り合えずろくでもない事だけは理解した。

 だから、腹を決めた。

 NERVと言う組織に抵抗は出来ないのだろう。

 国だの国連だのを動かす連中相手に、1個人が出来る事など限られているのだから。

 だから1つ、腹を決めた。

 取り合えず元凶である碇ゲンドウを殴る、と。

 全力で。

 全身全霊を以て拳を顔面に叩き込んでやる、と。

 

「初めましてシンジ君、赤木リツコよ」

 

ほうな(そうですか)おいは(私は)碇シンジじゃっと」

 

 愛想のない返事を返したシンジ。

 何の為に連行めいて連れて来られたのかも判らぬのだ。

 友好的になろうと言う気が湧く筈も無かった。

 

 葛城ミサトを見る赤木リツコ。

 肩をすくめるジェスチャーを見て、何かを察する。

 

「個性的なのね」

 

 貴方も相当でしょうに、そんな皮肉めいた言葉を返さない程度にはシンジも大人ではあった。

 

 

 

 親子の対面まであと、少し。

 

 

 

 

 

 




あるぇ~
ペースがおせぇ___


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01-03

+

 碇ゲンドウは簡単に考えていた。

 息子、碇シンジを操る事を。

 来いと伝えた事に反発していたが、それは子どもっぽい感情の発露である、そう考えていたのだ。

 その考えが、ブチ殺される。

 

 NERVの牙たるエヴァンゲリオンを格納し整備する為の区画、初号機用の第1ケイジに立つ碇ゲンドウ。

 威圧的、心理的効果を考えてケイジ上方の機体監視所(展望ブリッジ)に立ってシンジを探す。

 見つける。

 エヴァンゲリオンの肩部を前方から固定している第1拘束ユニットのブリッジ部に、葛城ミサトや赤木リツコと共に居る。

 対爆ガラス越しに、20mからは離れて居るのだ。

 何を話しているのかは伺えないが、機体の説明をしているのだろうと辺りを付けて、碇ゲンドウは手元のマイクのスイッチを押した。

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

『……』

 

 碇ゲンドウの挨拶、だが返事はこない。

 シンジは下から見下す様に、碇ゲンドウを見ている。

 否、睨んでいる。

 口は真一文字に絞られ、何かを発しようかと言う気配は無い。

 

 沈黙。

 機械駆動音、L.C.Lを循環させる為のポンプ音だけが静かに響いている。

 

『し、シンジ君?』

 

 その余りにも重い沈黙に耐えかねた葛城ミサトが、シンジに恐る恐ると声を掛ける。

 が、無視される。

 葛城ミサトを一顧だにせず、シンジは碇ゲンドウを睨み続ける。

 呼びつけたのだ、用があるなら自分から言え。

 そう思っているが故にだった。

 無理やりに連れて来させた様な相手に挨拶など不要、それ位にシンジは怒っているのだった。

 直接顔を合わせるなら兎も角、逃げ腰めいて距離を取ってマイクで話しかけて来る。

 何かを頼む、或いは強権を以て命令しようとするならば直接するべきだろうが、そうしていない。 

 何と、男として情けないのかとも思っていた。

 

 そんなシンジの内面を理解も想像も出来ない碇ゲンドウは焦れた。

 子どもが親に歯向かっていると感じたのだ。

 別離して9年を数え、その間に親らしい事をした事も無いにもかかわらず、である。

 何とも勝手な話であった。

 さてどうするか、そう碇ゲンドウが考えた所で、手元のモニターに情報が表示された。

 

 目標が行動を再開。

 現在の進行速度であれば、第3新東京市到達まで約50分と予測。

 

 だから物事を進める事にした。

 

「出撃」

 

 

 

 何を言っているのだというのがシンジの正直な感想であった。

 意味が判らない。

 出撃? 出撃と言ったか。

 だが何のために、何故自分に言うのか。

 血縁上の父親である碇ゲンドウは気が狂ったのかとすらシンジは思った。

 

 無論、そう思ったのはシンジだけでは無かった。

 

「出撃? 零号機は凍結中でしょ!? まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 

 葛城ミサトが理解出来ないと赤木リツコを見れば、赤木リツコも常日頃浮かべている冷淡さを示すような流麗な眉を顰めさせて応える。

 

「他に道はないわ」

 

「ちょっと、レイはまだ動かせないでしょう? パイロットがいないわよ」

 

「さっき届いたわ」

 

 事更に冷静ぶって言い、シンジを見る赤木リツコ。

 碇ゲンドウの息子、碇シンジ。

 この状況で落ち着いている少年。

 マルドゥック機関が選び出した新しいエヴァンゲリオンの適格者。

 だが、まだ何も説明されていない子ども。

 にも拘らず自分は、その子を資質があるからと言う理由で戦場に放り込もうとしている。

 他に道は無い事は自覚しているし、理解もしている。

 だが、赤木リツコは自分を許せなくなる ―― そこまで考えた所で、フト、気付いた。

 最初の適格者、綾波レイの事を思い出したのだ。

 ()()だと言う事を。

 だから、全てをのみ込む。

 悪にでもなろう、と。

 

「碇シンジ君、貴方が乗るのよ」

 

 事更に冷静に、冷徹に聞こえる様に言葉を発する赤木リツコ。

 せめて憎まれたい。

 憎まれでもせねばやってられぬ、そんな気分からであった。

 

 だが、それでも説明不足であった。

 出撃と言う碇ゲンドウの言葉、乗れと告げる赤木リツコ。

 誰が何にどうしろと言うのだろうか。

 だからシンジは素直に尋ねる。

 

なんち(何を言っているのですか)?」

 

 ネイティブめいたシンジの方言(かごんま弁)であったが、赤木リツコは意図を理解する。

 

「このエヴァンゲリオン初号機、貴方に乗ってもらわねばならない」

 

ないごてよ(どういう理由か、理解出来ませんよ)?」

 

「………座っていればいいわ。それ以上は望みません」

 

 所が、そこに葛城ミサトが噛みつく。

 乗ってればよいと言うが、と。

 

「レイでさえ、エヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょ!? 今来たばかりのこの子にはとても無理よ!」

 

 最初にして、このNERV本部の所属する唯一の適格者。

 それが綾波レイ少尉待遇官。

 シンジ同様に14歳の子どもだ。

 

 幼少期からエヴァンゲリオンの操縦者としての訓練を積んできたレイですら、機体を起動(とシンクロ)するのに7ヶ月も必要としていたのだ。

 今日来たばかりのシンジに出来る筈が無い。

 そう葛城ミサトが判断するのも当然であった。

 

「今は使徒撃退が最優先事項です。そのためには誰であれ、エヴァとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。分かっているはずよ、葛城中佐」

 

「そう……ね…」

 

 深刻な表情で会話を交わす赤木リツコと葛城ミサト。

 その雰囲気をぶち壊す様にシンジは尋ねる。

 

ないごてのっち話になっとな(どうして私が乗ると言う話になるのですか)? 」

 

「え?」

 

しらんど(知りませんよ、そんな事)

 

 止めを刺すように断言する。

 そう大きくはない、だが明確な拒絶が、エヴァンゲリオンの格納庫に響いた。

 方言に造詣の深くない葛城ミサトであったが、その言葉の意味を違えて理解する事は無かった。

 白け切った顔をしているシンジを、葛城ミサトは信じられぬモノを見る様に見る。

 対して赤木リツコは気づいた。

 その白けた顔に輝く目、そこに潜んでいる憎悪の火を。

 

「し、シンジ君?」

 

他人を攫うしの下知(他人を攫う連中の言う事)ないごて聞くとおもとな(何故、聞くと思った)?」

 

 誰もが想定していなかった反応。

 だが、事実であった。

 来いと呼んで、来ないと言ったシンジを無理矢理に連れてきたのは葛城ミサト。

 そして、連れてくる際にシンジの翻意を促すために説得をするのではなく、手っ取り早く国連と日本政府を背景にした()()を行ったのも葛城ミサトだった。

 合理的ではあった。

 只、それは人間関係を完全に破壊する行為でもあったのだ。

 

「乗りなさいシンジ君。貴方が乗らなければ世界が終わるのよ」

 

しらんちゆうがな(知った事ではありません)

 

 シンジに翻意を迫る様に睨む葛城ミサト。

 その目つきは、文字通り()()()()()()様な厳しさであった。

 この第3新東京市に迫りくる敵、使徒に対する憎悪を滾らせているこの女傑にとって、戦う術を持つにも拘わらず戦わぬと断言する人間は許しがたい存在であるからだ。

 対するシンジも、狂相めいた目つきで葛城ミサトを睨む。

 当然であろう。

 自分を、強権を以て拉致した相手に好意的になれるなど余程に特殊な人間だけであろう。

 その上で、いきなり戦えと言う。

 ()()()()の如き扱いなのだ。

 人間として、その尊厳から断じて受け入れる訳にはいかないのだ。

 

 睨み合い。

 

 聊かばかりシンジの言葉が理解できる赤木リツコは、面倒になった背景をある程度、理解した。

 与えられた権限(特権)を十全に使うと言えば聞こえは良いが、実態として調子に乗りやすい、この古い友人が物事を拗らせたのだろうと。

 無論、そのお陰でこの場にシンジが間に合っているのだ。

 功罪相半ばするといった所かと考える。

 さて、どうやってシンジを説得しようかと考えた時、碇ゲンドウが口を挟んだ。

 

『乗れ、シンジ』

 

 頭を抱えたくなった。

 矜持を傷つけられて反発しているシンジを、更に煽ってどうすると言うのか。

 だが、冷静な赤木リツコを他所に置いて碇ゲンドウは言葉を重ねて行く。

 

『今、お前が乗らねば世界は滅んでしまう。それで良いのか』

 

「………そいがほんのこっか(それが事実かどうか)だいが証明すっとか(誰が証明できると言うの)?」

 

『説明を受けろ』

 

 轟音。

 衝撃波。

 大きく建物が揺れた。

 使徒の攻撃だ。

 そして碇ゲンドウが地雷を踏む。

 

『この場所に気づいたか………もう良い、シンジ、乗らないならば帰れ。ここは()()()の居る場所では無い』

 

なんちやっ(何を言うか)!!」

 

 シンジが怒鳴った。

 本当にキレていた。

 

わぁなにさまかっ(お前は何様のつもりか)無理に連れっきっせぇ(無理矢理に連れて来ておいて)あぁ(ねぇ)?」

 

 シンジの余りに怒りっぷりに、碇ゲンドウも言葉を無くす。

 まくし立てたシンジの言葉(かごんま弁)は、殆どが理解出来なかった。

 取り合えず怒っているという事以外。

 

 正直な話として碇ゲンドウという人間は、外の人間との対話(立場を基にしたネゴシエーション)は出来ても、そうでない人間との対話(相互理解の為のコミュニケーション)は苦手としていたのだ。

 特に、この様に感情を激した人間を相手にする時は。

 だから黙り込んでしまう。

 

「シンジ君」

 

 助け舟、と言う訳では無いが口を挟もうとした葛城ミサトであったが、赤木リツコが止める。

 腕を強く掴んで、強い視線で止める。

 

「(止めなさいミサト)」

 

 小声で、耳元へと囁く。

 シンジに聞かれない様に、そういう配慮を理解した葛城ミサトも小声で応じる。

 

「(止めないでよリツコ。今、あの子を乗せないと、駄目になる瀬戸際なのよ)」

 

「(アナタの言い方では拗らせるだけよ。今は碇司令を信じましょう)」

 

 言葉通りに信じて居る訳では無い。

 と言うか無理では無いかと思っていた。

 碇ゲンドウの情婦でもある赤木リツコは、かの人間の本質に触れていたのだから。

 弱い人間。

 弱いが故に強くあろうとする人間。

 即ち、()()()()()()

 そうであるが故に社会的立場と言うモノが通用しない身内、それも親子関係が壊れている相手に碇ゲンドウが上手く立ち回れるとは思えなかったのだ。

 

 実際、親子喧嘩は激化の一途(ヒートアップ)となる。

 そして最後にシンジが言い放つ。

 

よかっ(もういい)のっがよ(乗ってやるよ)!! ひっかぶい言われてさがるっか(臆病者などと言われて黙ってられるか)

 

「え?」

 

「ゑ??」

 

 葛城ミサトと赤木リツコは顔を見あう。

 何故、喧嘩の果てで此方(NERV)の言う事を受け入れるのか全く判らない。

 互いにそう言う顔をしていた。

 

じゃっどん(その代わり)あいから降りたらなぐらせい(エヴァンゲリオンから降りたら殴らせろ)そいが対価じゃ(それで良ければ乗る)

 

 シンジの事を反抗期程度と見ていた碇ゲンドウは、その程度であればと受け入れていた。

 若い頃、荒事も好んでいた人間であるが故に、子どもの1発など蚊よりも痒い程度だと馬鹿にしていたという面がある。

 後に、その軽視の対価を自分の身で払う事になる。

 

 

『良いだろう』

 

「後1つ」

 

『何だ』

 

あんとにもあやまらせっくいやいや(あの人にも謝ってもらいたい)

 

 親指で差すのは葛城ミサト。

 強引な手法でシンジを連れてきた上で、丸一晩、昨日からの時間があったにもかかわらず、一切の説明をしてなかったのだ。

 シンジが腹を立てているのも道理ではあった。

 

『良いだろう。終わった後には一考しよう。だが、全ては使徒を倒してからだ。いいな』

 

よか(構わない)二言は無かな(約束、違えたら許さないよ)?」

 

『ああ、問題ない』

 

 睨みあうシンジと碇ゲンドウ。

 それは親子と言うよりも、漢と漢の睨み合いであった。

 

 

 

 

 

 




綾波レイ=サンフラグ、1本目、ぽっきりンゴー

2021/11/28 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01-04

+

 敵である使徒は、水中は兎も角として、地上での進行速度は比較的遅かった。

 そのお陰で碇シンジは、出撃するに際して様々なレクチャーを受ける事が出来ていた。

 エヴァンゲリオンを操縦(シンクロ)する事を補助する、真っ白(プレーン)な男性用第1世代型プラグスーツを着込んでシンジは説明を受ける。

 とは言え、理解できるとは言わない。

 シンクロ率だの何だのとの専門用語過多で、情報を詰め込もうとしているのだから簡単に理解を超える(オーバーフロー)するというモノだ。

 故にシンジは、説明する赤木リツコを止めて要点だけを確認する。

 

思えば動くでよかな(思考制御と考えれば良い訳ですよね)?」

 

「それで間違っていないわ」

 

わかいもした(判りました)あとぁ武器じゃ、ないがあっとな(では、得物は何がありますか)?」

 

「今、準備できているのは内蔵している小型ナイフ(プログレッシブナイフ)だけね。それ以外はまだ鋭意開発中よ」

 

なんち(なんてことだ)………」

 

 頭を抱えるシンジ。

 冗談だよね? と縋る気分で赤木リツコを見るが、反応は、本当に申し訳ないと言う感じで首を横に振るだけであった。

 喉元まで汚い言葉(Four-letter word)が出て来るが、それをのみ込む。

 感情で罵声を飛ばすのは格好が悪い。

 そう素直に思っている、少年らしい矜持であった。

 代わりに溜息を1つ。

 

おはんさぁたぁ勝つ気があっとな(貴方たち、勝つ気あるんですか)?」

 

「ごめんなさいシンジ君。このエヴァンゲリオン初号機自体、ようやく完成させる事が出来た、まだそんな段階なのよ」

 

 戦えと言う。

 だが、武器はナイフ一本と言う。

 胆の据わっているシンジであるが、流石に乾いた笑いが出て来る。

 が、それ以上は口にしない。

 大人が素直に詫びて来たのだ。

 であれば、とそれ以上を言うのは野暮天だと思うからだ。

 乗ると言ったのだ。

 であれば何とかするしか無い、そう腹を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 第1発令所の中央に位置する第1指揮区画。

 そこへ戻ってきた赤木リツコは、急いでシンジとエヴァンゲリオン初号機とのマッチングを確認させる。

 

「状況報告」

 

 とは言え彼女の優秀な部下たち ―― エヴァンゲリオンを預かる開発局第1課の技官たちは、手早く作業を進めていた。

 

「赤木局長、機体各部の最終チェック、及びエントリープラグ(エヴァンゲリオン操縦槽)の最終チェック終了しました、34項目、全てに異常ありません」

 

 技術開発局第1課、その課長補佐に任じられた伊吹マヤ技術少尉がハキハキと報告する。

 まだ若いボーイッシュな雰囲気に似つかわしいキレの良さだ。

 

冷却水(L.C.L)排出準備に問題は?」

 

「今朝報告の合った第3ポンプですが、まだ不調のまま(コンディション・イエロー)です。予備機の使用で対処します」

 

「良いわよマヤ。その調子で頼むわ」

 

 肩を叩いて褒める。

 褒めて伸ばす。

 育ってもらわねばならぬのだ、伊吹マヤには。

 技術開発部技術開発局第1課とは、E計画担当部署 ―― 正確に言うならばエヴァンゲリオンの運用管理を担う部門()である。

 その管理者(課長)は、技術開発局自体を統括する赤木リツコが兼任していた。

 局長と言う立場故に、作戦中であっても局自体を管理し指示を出さねばならず、或いは作戦局第1課(実務部隊)へのアドバイザーを担う赤木リツコは極めて多忙な立場であった。

 であるからこそ、エヴァンゲリオンの運用管理に関しては、権限の譲渡が出来る程には伊吹マヤには育ってもらわねば困るのだ。

 故にスパルタ式に教育している赤木リツコ。

 伊吹マヤは、その教育に食いついてきている女傑の卵であった。

 

「ミサト、良いわね?」

 

 最終確認を、作戦局第1課課長である葛城ミサトに行う。

 汎用ヒト型決戦兵器、そう仰々しい冠の付いたエヴァンゲリオンと言う兵器は、完成したばかりであり、その運用は手探り状態であった。

 連続稼働はどれだけであるのか。

 適格者(パイロット)が何時まで搭乗していられるのか。

 そんな事も、まだ判っていない兵器なのだ。

 だからこそ慎重を期して、その起動シーケンスの開始タイミングは作戦的要求に合わせる事とされていたのだった。

 

 尋ねられた葛城ミサトは、使徒の位置を確認する。

 第3新東京市の外苑、強羅防衛ラインにまで迫っていた。

 正体不明の光学兵器を、仮面の如き部位から盛んに発射して来ている。

 遅滞戦闘に当たっている国連統合軍は、その高い練度から蹴散らされる事は無かったが、遅滞させる事に成功しているとはとても言えなかった。

 最早、一刻の猶予も無い。

 深呼吸を1つすると、命令を発する。

 

「進めて頂戴」

 

「了解、マヤ、エヴァンゲリオン出撃準備開始」

 

「はい。出撃準備、開始します!」

 

 打てば響くとばかりに、伊吹マヤは号令を出す。

 出撃準備始め! と。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)、各部正常位置にある事を確認』

 

『停止信号プラグ排出終了』

 

「機体状況は?」

 

『異常なし。トレンドグラフ、待機状態と変化見られず』

 

「宜しい、エントリープラグ挿入シーケンス開始せよ」

 

『了解。エントリープラグ挿入シーケンス開始します』

 

 初めての実戦という事で技術開発局第1課は慎重を期し、敢て準備速度よりも確実性を重視して普段通りの指さし確認と復唱を繰り返していく。

 迂遠かもしれない。

 だがしかし、急がば回れと言うのが正しい ―― 葛城ミサトもそれに同意していた。

 内心の焦燥は別にして。

 その気分を紛らわせる為に、隣に立つ赤木リツコに話しかける。

 

「シンジ君、良く乗ってくれたわね」

 

「そうね。彼、落ち着いているわ」

 

 感慨深く言う赤木リツコ。

 初めて見る事ばかりの筈なのに、全て、よか(構いません)! と言ってシンジは受け入れていたのだ。

 それが、他人の顔色を窺うなどの類でない事は彼女も理解していた。

 その直前の()()()()で、誰が何と言おうとも理屈が通らぬと思えば頑として受け入れない、そんな姿を見ていたのだから。

 胆力がある、そう評価していた。

 

「後はシンクロして、動かしてくれて、勝ってくれれば万々歳ね」

 

「気楽な上に欲深いわね」

 

「良いじゃない、人類には希望が必要よ?」

 

「そうね。なら、その時に備えて準備しておきなさいよ?」

 

「ナニを、よ」

 

()()

 

「う”………判ってるわよ」

 

 シンジがエヴァンゲリオン初号機に乗る対価として求めた事の片割れ、それが葛城ミサトによる謝罪であった。

 その事を理解はしている。

 拒否する気も無い。

 だが同時に、世界の危機であるのだから四の五の言わずに遣るべきだとも思っていた。

 要するに、頭を下げたくないと言う気分があったのだ。

 

 葛城ミサトの内心を、その付き合いの長さから容易に把握できた赤木リツコは、呆れたと嘆息する。

 それから、釘を刺す。

 

「シンジ君は鋭いわよ? 中途半端な謝罪だと逆効果になるわね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 深く深く深く、葛城ミサトはため息をつくのだった。

 

 

 

 責任者の無駄話は他所にして、NERV本部スタッフは誠心誠意、全力でエヴァンゲリオン初号機の発進準備を進めた。

 その最終段階、機体に挿入固定されたエントリープラグにL.C.Lが満たされ、そして始まるシンジとエヴァンゲリオン初号機の接続(コンタクト)

 

「第2次コンタクトに入ります………3、2、1、接続確認。A-10神経接続異常なし」

 

 伊吹マヤの宣言と共に始まった作業は、驚くほどにあっけなく成功する。

 

「L.C.L電荷率は正常」

 

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクトすべて問題なし」

 

「双方向回線開きます。シンクロ率46.3%」

 

 エヴァンゲリオンを運用する上で重要なシンクロ率も、起動(ライン)を易々と越えており、理論上での安定的な運用が可能な数値となっていた。

 

『初号機、起動します(目覚めます)!』

 

 ケイジのライブ映像で、鬼か或いは武者の兜を思わせるエヴァンゲリオン初号機の頭部、その人の目にも似たメインカメラに灯が点ったのが判った。

 エヴァンゲリオン初号機が自律的に情報収集を開始した事を示す。

 第1発令所の何処其処から歓声が上がった。

 起動確率0.000000001%、O-9(オー・ナイン)システム等とも揶揄されていた問題児が起動したのだ。

 感動もひとしおと言うものである。

 

「ハーモニクス、確認!」

 

 だが、だからこそ赤木リツコは油断しない。

 起動の先、運用に重要となってくる機体(エヴァンゲリオン初号機)とシンジの接続状況(ハーモニクス)を確認させる。

 伊吹マヤは満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「ハーモニクスすべて正常値、暴走ありません」

 

「行けるわよ、ミサト」

 

 自信を持って断言する赤木リツコ。

 その声に葛城ミサトは慌てて頷いた。

 愚にもつかぬ事を考えていたので、反応が少しだけ遅れた。

 それを誤魔化す様に、裂帛の気合を込めて発令する。

 

「発進準備始め!」

 

 その凛々しさに誰も気づかなかったが、葛城ミサトの脳内は、先のパイロットの思考形態に関する事で占められていた。

 シンジ君のアレ(方言)って日本語で良いんだ、と。

 人として図太いとも言えた。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン初号機が格納庫から出撃位置への移動を開始する。

 機体固定のロックボルトを解除し、機体を固定する拘束装置を除去。

 そして安全装置を解除していく。

 全ての作業に人が加わり、安全に、素早く、確実に行っていく。

 巨大なエヴァンゲリオン初号機の周りで走り回る人々。

 システムによる確認も大事であるが、人間による目視確認も極めて重要であるからだ。

 全高40mを超える、スーパーロボット然としたエヴァンゲリオンだが、その運用は人の力があればこそであった。

 

「EVA初号機、射出位置へ。固定確認。進路クリアー。射出システムオールグリーン」

 

「発進準備完了」

 

 伊吹マヤの報告を受け、自身でも確認(ダブルチェック)した赤木リツコが技術局第1課(エヴァンゲリオン管理部門)としての責任を負った最終的な報告を行う。

 ある種、儀式めいた行為であるが、これこそが大規模かつ複雑な物事を進める上で重要なのだ。

 

「了解」

 

 葛城ミサトは目を瞑り、深呼吸を1つ。

 それで、これから始まる、人類の存亡が掛かった大戦の重圧を逃す。

 

「かまいませんね?」

 

 目力を込めて振り返り、NERV総司令官たる碇ゲンドウに最終確認を行う葛城ミサト。

 厳しい顔で口を挟む事無く、エヴァンゲリオン初号機の発進準備を見ていた碇ゲンドウは、その目力と同等以上の気迫ある表情で、一切の躊躇なく許可を出す。

 

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。始めたまえ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 L.C.Lと言う液体に浸かると言う初めての体験に、興味深げにしているシンジ。

 実質、水の中ではあるのだが声を出す事も体を動かす事にも問題が無いと言う不思議技術の塊に、好奇心がかきたてられていたのだ。

 これより戦闘、戦うと言う事への恐怖は無い。

 否、無い訳では無い。

 だが、いやしくも(薩摩兵子)やる(ひっ飛ぶ)と決めたのだ。

 であれば突貫すれば良いと開き直っていたのだ。

 

泣こよかひっとべじゃ(進むべきは前だけだ)

 

 エントリープラグに浮かんだ操縦席(インテリア)、その操縦桿(グリップ)を握りしめる。

 刀も無ければ銃も無い。

 決戦兵器なんて御大層な名前に負ける、徒手空拳ではあったが、力はあると言う。

 ならば殴り倒そう。

 使い方の判らないナイフは使わない。

 なにがしの咄嗟の時に失敗する可能性が高いからだ。

 エヴァンゲリオンは考えれば動くと言う。

 であれば、喧嘩と一緒だとシンジは考えていた。

 違うのは命を奪うという事。

 そして、奪われる可能性があると言う事。

 

 だからシンジは笑う。

 口元を笑う形へと歪めるのだ。

 歯を食いしばって緊張していては余計な力が入ってしまう。

 笑って、笑いながら、全力を振るうのだ。

 

『シンジ君、準備は良い?』

 

 と、エントリープラグ内に通信ウィンドが開いた。

 相手は葛城ミサトだ。

 どういう原理か、シンジには理解出来ないが、通信画面が浮いている。

 しかも、アニメなどではお馴染みだが、現実には見た事のないTV電話の様に相手の顔が見える。

 素直に凄い技術だと思いながら、返事をする。

 

何時でんよかど(何時でも大丈夫です)

 

『緊張してない?』

 

なか(ありませんよ)

 

 平常心、その言葉通りの表情をしたシンジに、葛城ミサトは画面越しに頭を下げる。

 改めて見て思ったのだ。

 子どもだ。

 子どもなのだ。

 自分の命令で死地に放り込む相手は子どもなのだと言う事を。

 

『………乗ってくれてありがとう。心から感謝するわ』

 

よか(構わないですよ)自分できめたこいじゃ(自分で決めたんです)きにせんでくいやい(気にしないで下さい)

 

『それでも、よ』

 

 シンジは自分で決めたとは言う。

 だが乗れと頼み込んだのは自分だ、自分たち大人なのだ。

 その事を忘れられる程に葛城ミサトと言う女性は恥知らずでは無かった。

 深呼吸を1つ。

 そしてシンジに命令を出す。

 

『シンジ君、私の合図から10カウント(10秒後)、エバー初号機を射出します。覚悟は良いわね?』

 

よか(何時でもどうぞ)

 

『宜しい。ではエヴァンゲリオン初号機、発進はじめ!!』

 

 

 

 

 

 使徒迎撃を目的とした要塞都市として生み出された第3新東京市。

 莫大な予算と資材、そして科学技術の粋を集めて生み出された本来の役割を、今、十分に発揮していた。

 ビルに偽装した兵装システム。

 都市周辺に、丁寧に隠蔽された火点群。

 だが一番に重要なのは、箱根山観測所を中心に直径20㎞の円状に構築されている地上設置の情報収集システム群である。

 戦場の霧など許さぬとばかりに徹底して構築されたソレは、NERV本部第1発令所に鎮座する第七世代有機スーパーコンピュータMAGIによって管制管理されている。

 最大の戦力倍増要素と言えた。

 

 その情報を元に、第3新東京市近郊に展開していた国連統合軍(UN-JF)極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)は効果的に戦闘を行っていた。

 主力となるのは機械化された野砲部隊だ。

 MAGIによる演算支援とネットワーク下で運用されるが為、反撃を警戒しながら好き放題に展開/撤収し射撃を繰り返すのだ。

 その様は、行っている極東軍将兵ですら呆れ、そして恐れるレベルとなっていた。

 MAGIが派遣されてきた各部隊の砲が持つ情報を収集している為、展開場所から即座に、試射も無しに効力射が可能な諸元を送ってくるから出来る早業だった。

 山々を盾にして、目視出来ない場所から叩き込まれる155㎜砲弾群に、使徒は手を焼いていた。

 痛打を受ける訳では無い。

 だが、反撃が届かないのだ。

 ウロウロと周りを見て、砲弾の来る方向へと反撃とばかりに光線砲 ―― MAGIによれば荷電粒子砲と思われる大威力兵器を発砲する。

 だが山に阻まれて砲兵部隊には届かない。

 着弾点の地形が変わる勢いの大威力だが、幾つもの山と、その山々に作られた防護構造体(べトン・コンプレックス)が被害が出る事を許していなかった。

 

 そんな野砲部隊の目的は、無論、使徒撃滅では無い。

 可能であれば行いたいと思ってはいたが、155㎜砲弾では使徒に痛打を与える事が出来ない事も理解はしていた。

 故に砲撃は、かく乱と足止めが目的であった。

 撃ち込んでいる砲弾の約半分は、この使徒との戦いに備えて開発された各種の()()()であった。

 使徒がどの様な手段で周囲を把握しているのか判らぬ為に光学電波熱探知その他、様々な情報を遮断できそうなモノを詰め込んだモノであった。

 採算度外視どころでは無い高額弾を、砲兵部隊はバカスカと気持ちよく叩き込んでいた。

 そこに、府中作戦指揮所を介してNERV本部発令所から指示が来る。

 ネットワークによる通達も行われるが、昔ながらの通信 ―― 音声でも伝達が行われるのだ。

 

「NERVより通達! 作戦は現時刻を以て第2段階へと移行するとの事です」

 

 通信機にかじりついていた兵が声を上げた。

 その声に触発され、この場に居る将兵が感嘆の声を上げた。

 

「噂の秘密兵器(プリマドンナ)のお出ましか」

 

「N²弾にすらケロッと耐えた化け物だ、どんなモンかは知らんが大丈夫かね?」

 

「期待するしかあるまいよ」

 

 雑談めいた会話も起こる。

 だが、指揮官だけはそれに乗らない。

 冷静に仕事を命じる。

 

「宜しい。各隊へ砲撃中止、及び迎撃作戦フェーズ3への移行を伝達せよ!」

 

 慌てて止まっていた所から再動する将兵たち。

 尤も、その気持ちも分かる為、口やかましい所のある指揮官も何を言わない(叱責を口にしない)

 

「指揮所を動かしますか?」

 

 参謀の1人が確認する。

 だが指揮官はそれを、首をふって否定する。

 

「今はまだ良かろう。状況の展開速度が読めないからな」

 

 指揮所を動かしている途中で砲支援が要求されては困る。

 そう言う話であった。

 

「それに、動く事自体は簡単だからな。その時に行えば良かろう」

 

 余裕を持っていう指揮官。

 その態度もある意味で、当然であった。

 砲兵部隊の指揮所は、天幕などではなく、改造された指揮用装輪装甲車(WAPC)でもなく、専用の大型装輪指揮車であった。

 機動運用が前提の砲兵部隊、それ故の装備だ。

 弾片防護程度しか想定していない軽装甲のソレは、無骨な箱型をしたソレは窓の無いバスの様な車両であった。

 特別にそこまでしている理由は、展開速度の為であった。

 

「観測部隊から連絡! 秘密兵器視認!!」

 

 ネットワーク化された先の部隊が得た情報が、指揮所の壁に掛けられたディスプレイに表示される。

 望遠である為、小さく見える人型の決戦兵器エヴァンゲリオン。

 連携する相手として情報は渡されていたが、実際にその姿を見るのは初めてなのだ。

 指揮所の誰もが目を奪われた。

 

「NERVのお手並み、拝見だな」

 

 指揮官がひとりごちた。

 

 

 

 

 ガツンと来た衝撃に、シンジは自分の乗った機体が地表に出た事を知った。

 

「っ!」

 

 地下(ジオフロント)にあるNERV本部から地上までの行程は、リニアカタパルトによる射出的出撃と言う無茶苦茶な手段で行われており、その猛烈なG(重力加速度)は、さすがのシンジにも驚きを味わせていた。

 車などとはけた違いの、先ほどに乗ったヘリコプターとも違う、その衝撃は何とも凄いものであった。

 とは言え、ここは戦場。

 驚いてばかりは居られない。

 敵、使徒を睨む。

 彼我の距離、約1000m。

 距離があるようであるが、共に40m近い巨躯である為に指呼の距離と言えた。

 

 黒い、首の無い人型。

 そう評すべきデザインをした使徒は、エヴァンゲリオンの出撃に、動きを止めている。

 発砲すら止まっている。

 確認 ―― 此方を窺っているのだろう。

 

『いいわね、シンジ君?』

 

よか(何時でもどうぞ)!」

 

『最終安全装置、解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

 最後までエヴァンゲリオン初号機を固定していた拘束ユニットが解除される。

 自律して大地に立つエヴァンゲリオン初号機。

 

『シンジ君、今は歩くことだけ考えて!』

 

 赤木リツコの声。

 だがシンジは答えない。

 それどころではない。

 相手の、使徒の意識が此方に向いている事を感じるからだ。

 チリチリとした、針で刺される様な感触。

 殺意だ、殺意を感じるのだ。

 シンジは口元に深く笑みを刻む。

 敵。

 ならば行くのみ、そう腹を決める。

 

チェストじゃ(行く、行くぞ)

 

 滾るシンジの意志に呼応して奔り出すエヴァンゲリオン初号機。

 対応する様に使徒も動き出す。

 突進してくる。

 

『シンジ君、慌てないで!? 今は_ 』

 

『__ 』

 

『____ 』

 

 葛城ミサトや赤木リツコ、外野が何かを言っているが、意識から追い出す。

 不純物を抱えたままに戦える程、シンジは自分が出来ているとは思っていないからだ。

 意識を眼前の敵にのみ集約する。

 何も聞こえない世界。

 

「キィィィィィィィィィッ エィッ!!」

 

 猿叫。

 自然と喉から迸った叫びが、無音の世界でシンジ自身を鼓舞する。

 怖いと言う意識すら霧散する。

 

 踏み込み、殴る。

 当たらない。

 シンジは見た、拳の先に光るオレンジの壁を。

 岩にでもぶつかったかのように、勢いが止められたエヴァンゲリオン初号機。

 押し込もうとするシンジ。

 押し込めない。

 更に力を籠めようとした瞬間、突然に光の壁が消える。

 

「っ!?」

 

 バランスを崩したエヴァンゲリオン初号機。

 そこに、使徒の腕が襲ってくる。

 殴り掛かっていた右腕を、握りつぶさんばかりの力で摘ままれる。

 だが、シンジが対応しようとする前に、使徒は自らの右腕でエヴァンゲリオン初号機の頭部を掴んだ。

 掴んだままに持ち上げる。

 恐ろしいまでの力。

 シンジの眼前、エントリープラグの内壁一杯に、頭部を掴んだ使徒の腕が映っている。

 初めて味わう腕と頭の痛み。

 悲鳴を、歯を食いしばって耐えて、脱出を図る。

 が、それよりも先に使徒が攻撃を重ねて来る。

 光る(パイル)だ。

 3連撃。

 今までに味わった事の無い痛みにシンジの反応が低下した機を得て、一気に打ちぬかれた。

 吹き飛ぶエヴァンゲリオン初号機。

 

 

 

「シンジ君!」

 

 悲鳴の様にシンジの名前を呼ぶ葛城ミサト。

 だがそれが目立つことはない。

 第1発令所の誰もが声を上げて戦況画面を見ていたのだから。

 或いは呆然と見ていた。

 そうでないのは赤木リツコ、そして彼女の支配する技術局第一課、特にエヴァンゲリオンを担当するE計画担当班であった。

 出来る事があるのに、呆然としている暇はないのだ。

 

「EVAの自律防御システムは?」

 

「駄目です、作動しません」

 

 打てば響くとばかりに、赤木リツコに応える伊吹マヤ。

 ネットワークエラーの文字が、伊吹マヤの制御ディスプレイに表示されている。

 他のシンジのバイタル確認やエヴァンゲリオン初号機の状態表示も一部、おかしくなっている。

 機器故障、こんな時にと歯を噛みしめる赤木リツコ。

 どれ程に綿密に整備しても、機械的故障は発生する。

 起きて欲しくない、最悪の(タイミング)を狙ってくる。

 

「支援射撃はっ!?」

 

「無理です、初号機と使徒との距離が近すぎます!!」

 

「ミサイルは?」

 

「現在射耗分の再装填中、はやくても20分は必要との事です」

 

「ちっ、緊急回収は!?」

 

 緊急回収とは戦闘時を想定したエヴァンゲリオン回収手段であった。

 無人作業車両による牽引で大型エレベーターへとエヴァンゲリオンを移送し、回収しようと言うシステムだ。

 だが残念、今は出来ない。

 

「無理です、使徒の攻撃で回収車両庫が大破しています!」

 

 葛城ミサトの副官を務める日向マコト少尉が、確認して声を上げる。

 不運な事に、先の使徒の攻撃で吹き飛んでいたのだ。

 格納庫に用意された監視カメラも、情報が途絶している。

 

「くっ」

 

 歯を噛みしめる葛城ミサト。

 この手づまりの状況でどうするべきか。

 どうやって使徒を倒すか、そう考える葛城ミサトの表情は、いっそ般若の如き狂貌となっている。

 

 まだエヴァンゲリオンは残っている。

 エヴァンゲリオン零号機。

 とは言え戦闘用では無く、技術試験と実験用の機体だ。

 しかも、1月以上も前に事故を起こして凍結中だ。

 シンジを回収し、これを復帰させ迎撃する。

 それまでの時間を稼ぐ為、第3新東京市の地表を焼き払ってでも使徒を止める。

 腹をくくったミサトが意見具申をしようとした時、大地を揺るがす咆哮があがる。

 

-フォオォォォォォォォォォォォォオオオオオン!!-

 

「初号機です! 顎部ジョイント破損!!」

 

「まさか、暴走!?」

 

 第1発令所の主状況表示ディスプレイに大写しになるエヴァンゲリオン初号機。

 立ち上がり、天に向かって吠えている。

 一通り吠えると、使徒を睨みだす。

 睨みつけながら体をゆっくりと前かがみにする。

 走りだす。

 重心を落とした獣のような疾駆。

 使徒が光線砲で迎撃するが、その全てを掻い潜る。

 否、跳ねもする。

 低く狙われた一撃を、大地を蹴り、そしてビルを蹴って横っ飛びをする。

 そして前へ。

 まるで獣の様だ。

 赤木リツコの言った()()と言う言葉が実に似合う動きをしている。

 

 

「勝ったな」

 

「ああ」

 

 混乱のるつぼと化した第1発令所にあって、冷静さを残しているのは2人だけだった。

 NERV総司令官の碇ゲンドウ、そして副司令である冬月コウゾウだ。

 2人は太々しい表情でエヴァンゲリオン初号機を見守る。

 

「彼女の目覚め、か」

 

「ああ。全ての始まりだ」

 

 

 獣めいたエヴァンゲリオン初号機に、距離を取っての光線砲では埒が明かぬと思ってか、使徒が前に出てくる。

 両腕を突き出して前に出る。

 先ほどの様に掴んでの光槍(パイル)攻撃をしようというのか。

 

「リツコ状況はっ!?」

 

「今、機体とのリンクを回復させているから」

 

 正副の回線が共に途絶している為、緊急時用の短距離通信システムによる予備リンクを立ち上げさせる。

 第3新東京市の情報収集ネットワークに乗る形で繋がる為、非常時以外では出来るだけ使用しない様にとされている回線であった。

 

「急いで!」

 

 必死になる葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機は、伸びて来た腕を掴んで押し倒す。

 馬乗りになる。

 

-オォォォォォォォンッ-

 

 再度の咆哮。

 馬乗りに跨って(マウントを取ってから)は、手ひどい暴力が吹き荒れる。

 ただひたすらに、上から拳を叩き込むエヴァンゲリオン初号機。

 それは単純な暴力であり、凄惨さすら漂わせている。

 使徒が両手で抵抗しようとするが、それを折り、もぎ取り、投げ捨てる。

 光線砲を打てば、その発射口 ―― 仮面のような、顔のような場所を叩き割って止める。

 暴力。

 正に暴行と言うべき惨状だ。

 

「来ました! リンク回復、01(エヴァンゲリオン初号機)………あっ」

 

 絶句した伊吹マヤ。

 同じ画面をのぞき込んでいた赤木リツコも言葉を出せないでいる。

 どれ程にヤヴァイ状況なのかと葛城ミサトは冷や汗を感じざる。

 

「シンジ君は、機体は大丈夫なの!?」

 

 だが、返答は無常だった。

 無情でもある。

 

「あ、はい。あの、葛城中佐、()()()()です」

 

「ゑ?」

 

「正常なんですっ!」

 

 念を押すように報告する伊吹マヤ。

 と、日向マコトがエヴァンゲリオン初号機 ―― エントリープラグとの通信回復を報告してくる。

 

「リンク回復! モニターに表示します」

 

「シンジ君!!」

 

 伊吹マヤは、狂ったように暴れるエヴァンゲリオン初号機が正常であると言う。

 それを信じきれない葛城ミサトは、自分の目で見るのが一番であると信じ、表示されたエントリープラグを見た。

 

『キェッ! キェェッ!! キェッ!!!』

 

 シンジが居た。

 狂ったように高機動モードへ変更した操縦桿(グリップ)を振り回し、奇声を挙げている。

 狂相と言う言葉では生ぬるい程に狂気めいた顔であり、行動であった。

 

「えっと、正常?」

 

「はい。ハーモニクス、バイタル、全てが正常の範囲内です………すいません」

 

 何ともいたたまれないと言った風に肩を小さくして報告する伊吹マヤ。

 それまでの悲痛な雰囲気とは違う、微妙な雰囲気が第1発令所を支配した。

 葛城ミサトは、小さく言葉を漏らした。

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 尚、この使徒は、このリンク回復から3分後に、エヴァンゲリオン初号機の暴力によって沈黙する(撃破される)事となる。

 

 

 

 

 

 




暴走だと思った?
残念!
只の暴力でした!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01-Epilogue

+

 碇シンジは病室に寝かされていた。

 別段に怪我をしただの、失神しただのと言う理由では無い。

 エヴァンゲリオンに搭乗したから、そして生まれて初めてL.C.Lに浸かったのだから目や耳、口から始まって肺まで。

 粘膜その他に異常が無いかの確認をせねばならぬからであった。

 実に面倒くさい事であった。

 L.C.Lは人体に悪い影響はないとされている。

 実際、シンジの先任となる適格者 ―― 1人目(1st)の綾波レイにせよ2人目(2nd)の惣流アスカ・ラングレーにせよ、大きな問題が発生していると言う報告は無い。

 報告は無くとも、確認だけはしなければならない。

 何より、この先任2人は共に女の子なのだ。

 初めての男の子、又、体質の差もあるかもしれない。

 医療スタッフ、そしてエヴァンゲリオン関連技術を統括する技術局第1課E計画担当(部門)が神経質になるのもある種、当然であった。

 

 後、健康診断も兼ねて行われたソレの結果、流石に疲れたシンジは空き病室で寝入っていたのだ。

 歳の割に体を鍛えているシンジではあるが、流石に1日で鹿児島から関東へ移動し、飛行機に乗ってヘリコプターに乗り、そしてエヴァンゲリオンに乗るとなれば疲れると言うモノだ。

 特に、命の掛かった実戦をしたのだから。

 気持ちよさげに寝ているシンジ。

 監視カメラでその様を確認した赤木リツコは、少しだけ羨まし気に笑った。

 笑って、もう冷えてしまったコーヒーを飲む。

 苦みすら薄くなったソレは、彼女が長く仕事を続けている証拠でもあった。

 

 壁に掛けられた時計は、0300(午前3時)を回っている事を示している。

 技術局第1課室。

 白を基調とした壁紙が、部屋をますますもって広く感じさせる。

 伊吹マヤなどの手の空いた職員は先に帰らせている為、独りぼっちとなっている室内で赤木リツコは淡々と、各部署から上がってきた情報を精査、判断を下していく。

 自分用の執務室もあるのだが億劫になってしまい、先ほどまで議論(ディスカッション)をしていたこの部屋で指示をした為、資料を纏め、諸々の作業を行っていたのだ。

 いい加減、脳みその働きが低下している事は赤木リツコも自覚していたが、そこは明日に昼寝をしておけば良いと判断していた。

 それよりは明日、日が登って以降の各部に対する指示を纏めておく方が先決であると考えていたのだ。

 初陣を勝利で飾ったエヴァンゲリオン初号機。

 だがその次の戦がいつ起きるのか、誰も判らない。

 明日かもしれない。

 来週かもしれない。

 来月かもしれない。

 来年かもしれない。

 ()()()()()準備を怠れないのだ。

 

 責任(管理)者の仕事は、終わる事は無い。

 と、開けっ放しだった第1課室の扉をくぐって、同じ立場の人間(責任者)がやってくる。

 

「お疲れ様! コーヒーを飲みに来たわよ!!」

 

 空々のカラ元気率100%を振り撒く、戦闘部門の責任者である葛城ミサトだ。

 目元には隈が出来ている。

 とは言え、それを赤木リツコが視認する事は無い。

 資料を纏める為、パソコンのディスプレイを睨み続けているのだから。

 機械的に、口が返事をする。

 

「構わないけど自分で淹れてね」

 

「………カラって事ね。お疲れ様」

 

 コーヒーサーバーが空になっているのを確認した葛城ミサトは、手慣れた仕草で代替品(インスタントコーヒー)を用意する。

 局長の薫陶よろしくコーヒー党の多い技術局第1課であるが、であるが故に、非常用の備蓄も準備されているのだ。

 

「で、甘いものでもどぅ? 作戦局からの感謝のしるしって事で」

 

 此方も非常用と言う名目で、葛城ミサトが作戦局第1課の経費でたっぷりと買い込んでいたチョコレートバーだった。

 とは言え、作戦局第1課は飲兵衛が多い ―― 辛党の巣窟である為に甘いモノは余り気味であったので、賞味期限が近いものを()()と称して持ち込んできたのだ。

 無論、飲兵衛が多いのは()1()()()()の影響であった。

 

「あら、気が利くのね」

 

 無論、葛城ミサトと貴様俺(マブ)な関係である所の赤木リツコは、そこら辺の諸々を把握した上で受け入れる。

 休憩とばかりに席を離れ、チョコレートバーに手を伸ばした。

 

「糖分は脳みそを働かせるのに重要よ?」

 

「それは否定しないわ。ソッチは帰らせたの?」

 

「日が変わる前には強制的にね。キチンと寝ないと正しい分析は出来ないもの」

 

 初めての使徒との闘い。

 そこで得られた知見を元に、作戦局は第3新東京市をより戦いに向いた要塞都市へと生まれ変わらせる積りであった。

 主戦力 ―― 実際に稼働したエヴァンゲリオンの運用データも重要だ。

 

「あら、じゃぁミサトは?」

 

「UN及び国連向けのレポート。出来るだけ素早く上げないと厄介事に育つんだもの、やるしかないわよ」

 

「あら、私はてっきり()()だと思ってたわ」

 

「うっ…………」

 

 ばつが悪そうに頭を掻いて笑う葛城ミサト。

 流し目でソレを見た赤木リツコは、小さく笑うと、そっと、1つの機械を取り出した。

 小型の、マイクとイヤホンが一体化した小型無線機だった。

 

「出来てるわよ」

 

「リツコォ!?」

 

 感謝感激と言わんばかりに相好を崩した葛城ミサト。

 抱き着かんばかりの勢いだ。

 

「守衛局の通信機を改造して、MAGIとの専用回線を用意しているわ。当然、MAGIでも専用の計算領域を確保させてあるわ」

 

「助かったわ、リツコ、本当に感謝!」

 

 それは通信機であった。

 だが相手はMAGI。

 その主目的は翻訳だ。

 シンジの方言(かごしま弁)を理解する為の。

 

「謝罪するにしても、この後で指揮するにしても、あの子の言葉が判らないとどうにも出来ないもの。サイコーよ、リツコ! 愛してるわ」

 

「愛は返品ね。変なモノを押し付けられても困るもの」

 

「まーまー 感謝だけは本気よ?」

 

「判ってるわよ。だけど、シンジ君の言葉、全く理解出来無いの?」

 

 訝し気に聞く赤木リツコ。

 才媛と言う言葉に偽りなしの彼女にとって、シンジの言葉は難しくはあっても理解出来ない言葉では無かった。

 そして同時に、知性と言う意味では葛城ミサトを評価する面があった為、翻訳システムを揃えて欲しいと頼まれたのが意外だったのだ。

 葛城ミサトは大学進学後、NERV ―― 当時のGEHIRNを経由して国連統合軍に派遣され、そこで鍛えられているのだ。

 当然、日本語だけではなく国連の公用語扱いである英語や、果てはドイツ語まで堪能になっていたのだ。

 それが少し訛りがキツイとは言え、地方言語(方言)如きに手こずるとはと思っていたのだ。

 

「ある程度は判るわよ? でもチョッち細かい所が難しいのよね」

 

 その細かい所が、意思疎通をする上で大事だと言う。

 

「そういうものかしら?」

 

「そういうモノよん。これで明日はバッチリね」

 

 

 

 

 

 翌朝。

 目覚めた後のシンジは、普通の病室とは違う、上等な調度で纏められたゲスト(VIP)用の病室に移らされ、そこで薄味では無い、検査入院者(健常者)向けの朝食を食べていた。

 日本式の手の込んだものだ。

 米飯、味噌汁、目玉焼きに焼きサバの半身。

 一見すると質素だが、どれもこれも天然(ホンモノ)の高級品である。

 

 凄いものを食べる事になったと感動しつつ、だが生来の躾の影響で、下品では無い範囲で手早くかっ喰らっていた。

 それから病院服からNERVの訓練服 ―― 薄灰色のスウェットの上下に着替える。

 着て来た中学校の学生服は、強行軍の旅塵にまみれて居たのでNERVのスタッフの1人が気を利かして洗濯に回していたのだった。

 リラックスする格好と言う意味では、このスウェットと言うものは良かった。

 只、余りにも気楽いが故に、この部屋の調度からすると浮いてはいた。

 尤も、シンジは気にして居なかったが。

 本革にも似た合皮のソファに座ってTVを見ている。

 故郷である鹿児島とは全く異なるTV番組は、実に物珍しかった。

 或いは違和感があった。

 特に、天気予報に桜島の噴煙予想が無い事が、遠くへ来た事を実感させていた。

 昨日は強行軍であった為、長距離の移動を実感する間が無かったのだ。

 

 と、扉が叩かれた。

 

よかど(どうぞ)

 

 麦茶を片手に軽く返すシンジ。

 扉から入ってきたのは、NERVの赤い正装(佐官級作戦課制服)を着込んだ葛城ミサトだった。

 襟元までキチンとボタンを閉め、帽子まで被っており、一部の隙も無かった。

 

「朝からゴメンね、シンジ君」

 

ひまやったでよかよ(暇だったので問題ありませんよ)

 

「ありがと」

 

 出来る女の顔を崩さぬまま、内心で葛城ミサトはガッツポーズをした。

 髪で隠すようにして耳に差し込んだ透明なイヤホンが、殆ど時間差(タイムラグ)なしに明瞭な翻訳を伝えてきたからだ。

 赤木リツコに全力で感謝を捧げつつ、真面目な顔で言葉を紡ぐ。

 

「なら、ごめん。立ってもらえる?」

 

 その言葉、仕草、表情で察したシンジは丁寧な動作で立ち上がって直立不動 ―― 気をつけの姿勢を取る。

 シンジの心根を理解した葛城ミサトは、敬礼を行う。

 国連統合軍の教本に乗りそうな程に、綺麗な所作であった。

 そして、深々と頭を下げた。

 

「碇シンジ君、今回の一連の出来事に際し、貴方の意思を尊重する事無く、強引に物事を進めた事を、ここにお詫びします」

 

「………」

 

「貴方に来て貰わねば、人類に未来は無かった。昨日、人類は終わってたかもしれない。だから、強引であっても貴方を連れて来た事自体は恥じません。ですが、もう少し丁寧なやり方があったのではないか、そう昨日は考えました。だから、ごめんなさい、シンジ君」

 

 使徒との闘いは人類の存亡が掛かった事だ。

 その意味で適格者は、如何なる手段をもってしても確保しなければならない。

 全ての人類が天秤の片側に乗るのだ、であれば1人の人間の自由意志など尊重はされても優先される筈も無いのだ。

 だがしかし、であってもやり方と言うものがあった。

 葛城ミサトは自分がシンジを迎えに行った時に落ち着いて居られなかったのだと、最初の使徒戦役が終わって初めて理解したのだ。

 国連や日本政府の看板(代紋)で押しつぶすのではない、別のやり方が。

 シンジの反発を見て、そして戦闘が終わって冷静になって漸く、理解したのだった。

 だからこそ、真摯に頭を下げたのだ。

 

「………わかいもした(判りました)

 

 その事を理解したシンジは、葛城ミサトの謝罪を受け取ったのだった。

 

 

 謝罪と和解。

 そして改めて葛城ミサトはシンジに対して、NERVの事、エヴァンゲリオンの事、使徒の事を説明していく。

 どれもこれも複雑な背景その他があって簡単な話では無かった。

 幸いな事にこの部屋は、座って語るには都合の良いソファ等の調度が揃っていた。

 だから葛城ミサトはルームサービスでコーヒーを持ってこさせると、シンジをリラックスさせながら永い説明をするのだった。

 シンジはそれらを黙って聞き、時折、疑問に思った事を質問した。

 葛城ミサトは質問には真摯に答えた。

 その上で判らない事は、判らないと素直に答え、その上で後日の回答を約束するのだった。

 昨日とは打って変わっての和やかな雰囲気で行われる説明会(ディスカッション)

 それは昼を過ぎるまで続いた。

 

「ごめんね、永くなって。シンジ君、お昼を食べにいかない? 奢るわよ」

 

あいがとござさげもした(ありがとうございます)じゃっどん(ですけど)最後に1ぉあっとよ(最後に1つ聞く事があります)

 

 質問。

 いや、質問では無い。

 

ゲンドウはどこにおっとな(碇ゲンドウはどこに居ますか)?」

 

 葛城ミサトは、その言葉に撃鉄が上がるのを幻視した。

 

 

 

 

 

 NERVの総司令官碇ゲンドウは極めて多忙である。

 エヴァンゲリオンの運用や、部内での調整に関しては優秀な部下に任せる事が出来るが、そうでない部分、対外的な交渉その他は碇ゲンドウが行わねばならぬ事であった。

 特に、SEELEとのソレは、余人をもって代え難い事なのだ。

 第1報は既に上げている。

 だがそれだけでは足りない。

 葛城ミサトや赤木リツコが纏めて来た資料を基に、第2報を用意する。

 それは、本日の夕方に予定されている、ネットワークを介したリアルタイム会議に向けての作業であった。

 NERVとSEELE。

 組織の深淵に関わる部分であるのだ、碇ゲンドウが直接行う他ない所であった。

 

 そんな忙しい碇ゲンドウの下に面会の要請が舞い込んできたのは、太陽が頂点を過ぎてしばらくたった頃。

 そろそろ昼飯でも用意させようかと思った頃であった。

 

「誰だ」

 

 温度の感じられない声で、秘書官に尋ねる。

 答えは、シンジであった。

 葛城ミサトが連れて来たと言う。

 

「後にさせろ、今は忙しい」

 

 切って捨てるが如き言動をみせる。

 だが残念ながらも通らない。

 

なんちな(何を言っている)?』

 

 秘書官の居る席との直通通話機が、冷え冷えとしたシンジの声を伝えた。

 

「シンジか。私は今忙しい。子どもに付き合っている暇はない」

 

二言はなかちゆたとはだいよ(約束は違えぬと言ったのは誰だ)?』

 

「………」

 

 その言葉で、碇ゲンドウも思い出す。

 使徒を叩いた後に殴らせろと言っていた事を。

 子どもの癇癪だ、そう判断していた。

 だから、態々にやってくるとは想定していなかったのだ。

 

 面倒くさい。

 本質的に他人と言うモノを嫌っている碇ゲンドウは、例え血を分けた息子であっても、触れ合う事に恐ろしさを覚えるのだ。

 それは、世界との窓口であった碇ユイを喪って以降、特に顕著になった事であった。

 碇ユイさえいれば良い。

 それ以外は無意味であり無価値である。

 呆れるほどに凝り固まった碇ゲンドウの対人観、そう言うべきモノであった。

 

「後にしろ。今、私は忙しい。お前も子供では無い筈だ」

 

ぎをたるんな(言い訳をするな)おとなやればこそやっが(大人なればこそ、約束は守れ)

 

 シンジにひく気はない。

 頑なであり、強硬である事を声色で理解した碇ゲンドウは、問答を続けることの億劫さ、面倒くささから秘書官に案内する様に告げた。

 

 

 

「シンジ、殴りにきたのか」

 

他に何があっとな(それ以外の理由は必要を感じられない)黙って顔をだっしゃい(歯を食いしばって顔を出せ)

 

 交渉の余地など微塵も無いシンジの態度に、付き添って来ていた葛城ミサトは我が事では無いにも拘わらず背中に冷や汗を感じた。

 相対した時の迫力と言う意味で、碇ゲンドウは相当なモノがあったが、碇シンジのソレはより即物的な雰囲気であった。

 赤、血の色、暴力の匂いが漂っている顔だ。

 その右手はご丁寧に、病院でもらったバンテージでガチガチに固められている。

 本気だ。

 本気で殴る積りなのだ。

 

 その事に気づかぬ碇ゲンドウは、自分の死刑執行状にサインをする。

 

「…………良いだろう。好きにしろ」

 

 執務机から立ち上がり、シンジの(もと)へと歩いてくる碇ゲンドウ。

 若い頃からの悪癖 ―― 喧嘩っ早さからくる喧嘩慣れは、碇ゲンドウに余裕を与えていた。

 例え体を鍛えていても、齢14の子どもに何が出来る。

 そう言う気分があった。

 

 広いNERV総司令執務室で相対する碇ゲンドウとシンジ。

 彼我の距離は約3m。

 互いの後方には冬月コウゾウと葛城ミサトが、それこそ立会人の如く立つ。

 さながら決闘の風情があった。

 

顔をさげやいや(顔を下げろ)

 

「その約束はしていないな」

 

そうな(そうか)ならしかたなかな(なら仕方がない)

 

 何でもないかの様に告げたシンジが、次の瞬間に踏み込んだ。

 膝では無く、足の裏を使った無拍子の踏み込み。

 それに碇ゲンドウは対応出来ない。

 大学生の時分から喧嘩を避けなかった碇ゲンドウは、そうであるが故に自信があった。

 だがそれは()()()()()、体系化された技術によって効率化した人間の格闘術では無かった。

 故に対応しきれない。

 

 踏み込んだシンジは、膝を沈めてバネをためる。

 下から上へ打ちぬく為。

 

「キェッ!!」

 

 長身の碇ゲンドウ、その顎先を狙ったシンジの一撃は狙い誤らぬ。

 見事に打ちぬいた。

 

「ガフッ!?」

 

 堪らず、前へと膝をつくように体が折れた。

 丁度、シンジの眼前へと碇ゲンドウは顔を突き出すように四つん這いになる。

 シンジの狙い通り。

 である以上、後は一切の躊躇、一切の容赦なく拳を突き立てる。

 

「キェアッッッ!」

 

 正拳突き、ではない。

 近すぎた。

 だからシンジは、コンパクトに打ち込める肘を選択。

 その素早い判断と挙動は、冬月コウゾウにせよ葛城ミサトにせよ、止めるのが間に合わぬほどであった。

 そもそも、ここまで強烈(シュート)な一撃をシンジが(息子が父親に)行うと想像できる筈も無い。

 故に、シンジの追撃は綺麗に決まる。

 ショートなスイングと共に、右の肘は碇ゲンドウの口元へと叩き込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 世界を牛耳るSEELE。

 その最高会議直々に行われた、NERVの使徒戦に対する()()()()()()の雰囲気は、ある種、和やかなモノであった。

 

「しかし碇君、NERVとEVA、もう少しうまく使えんのかね? 無理をしろと言っている訳では無い」

 

「零号機に引き続き、初陣で破損した初号機の修理代。そして第3新東京市の被害。国が一つ傾くよ! いや、君が良くやっているという事は理解している」

 

「それに君の仕事はこれだけではあるまい。人類補完計画、これこそが君の急務だ。無論、健康を大事にしてだがね」

 

 皮肉では無く、直接的な嫌味を言いつつも、後段にフォローを付ける。

 SEELEのメンバーは電子会議ではあっても、互いの顔を見合わせて、温情を付け加えた言葉を碇ゲンドウに与えていた。

 それ程に酷い事になっていた。

 口は包帯で固められ、目の周りには青あざが出来ている。

 眼つきも心なしか悄然としている。

 才覚があり、やり手のオトコ(タフネゴシエーター)として知られていた碇ゲンドウとは思えぬ姿であった。

 

 であるが故に、付き合いの長いSEELEのメンバーも思わず気を遣っていたのだった。

 その事が益々もって碇ゲンドウの恥辱に繋がるのだが、気付く者は居なかった。

 

 何とも言い難い雰囲気のままに会議は進行し、最後に座長であるキール・ローレンツが締め括りの言葉を告げる。

 

「いずれにせよ、使徒再来におけるスケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう。最後に碇ゲンドウ、ご苦労だった。今後の為にも体を労わる事を願う」

 

 ホログラムの形で列席していたSEELEのメンバーの姿が消える。

 暗かった室内が明るくなる。

 その明るい室内で、碇ゲンドウは恥辱に身を震わせていた。

 上位組織であるSEELEとNERVの関係性は良好であるとは言い難い。

 にも拘わらず、気を遣われた事が赦せなかったのだ。

 

 おのれシンジ

 

 怒りが碇ゲンドウを縛るが、声は発しない。

 シンジの打撃であごの骨にひびが入っていたからだ。

 前歯も3本ほど失われている。

 当分は流動食で過ごす事を覚悟してください。

 碇ゲンドウを診察したDrは、気の毒そうに告げる様な惨状であった。

 

「碇、もはや人類に後戻りする余裕はない」

 

 だから、と冬月コウゾウは続ける。

 

「体を労わる事も、大事な作業工程だぞ?」

 

 お前もか! 余りの腹立たしさに、碇ゲンドウは机を全力で叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(こぼれ話)#1

 当初のプロップと呼べるモノは2つでした。
 ① 取り合えずクソおやじからの呼び出しはブッチしようぜ!
 ② DVなゲンドウは殴ろうよシンジ君!
 までだった件。
 なのに、気分によって始めてしまったのが、本サツマンゲリオン。
 語呂感でサツマンになったけども、当初はサツマゲリオンとか色々と考えていた。
 下手な考え休みに似たり。
 何となくで決定してスタートと言う見切り発車状態。
 我ながらよーやる、と思う。
 割と本気で。

 取り敢えず、躾によって血の気の多くなったシンジ君が、割と考える事無くエヴァンゲリオンの世界を生き抜く物語です。
 コミュニケーション(肉体言語による意思疎通)は大事。



 ゲンドウの前歯=サン
 だーい
 後、綾波=サンフラグ、その2、だーい____


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弐) ANGEL-04  SHAMSHEL
02-1 Dog Fight


+
その口はなめらかにして乳あぶらのごとくなれども、その心は闘いなり

――旧約聖書     









+

 エヴァンゲリオン初号機が安っぽいCGで構成された仮想空間で戦っている。

 手には完成したばかりの武器、EW-22 パレットガン(エヴァンゲリオン武器 2種2号)を抱えている。

 パレットガンは電磁レールで加速させた重金属(劣化ウラン)弾を叩き込む凶悪装備だ。

 問題は、電磁加速システムを稼働させる為の電源が外部 ―― エヴァンゲリオン本体からの供給に頼っている為、エヴァンゲリオンが外部電源との接続を失い、内部電源(バッテリー)モードに切り替わると使えなくなることだろう。

 この為、非常時には即放棄出来る様に定められている。

 

 エヴァンゲリオン初号機を操る碇シンジは、操縦槽(エントリープラグ)内に表示される指示に従って機体を動かし、そして撃っている。

 指示を守り、丁寧な挙動をするのは、ある種の()()()()故の話であった。

 見守る葛城ミサトにとっても、新兵としては及第点が与えられる程度の動きはしていた。

 少なくとも考えながら動いていた。

 唯々諾々と指示に従うのではなく、指示の意味を考えて、状況に合わせて動こうと努力しているのが見て取れた。

 問題は1つだけである。

 

「で、あのピーガン(パレットガン)で使徒を殺せそうなの?」

 

 独特の略し方をする葛城ミサトを、呆れた様に見ながら赤木リツコは応じる。

 少なくとも、回収できた第3使徒 ―― 人類補完委員会の手でサキエルと命名された個体の外皮は貫けた、と。

 

「A.Tフィールド無しの場合、よね?」

 

 猜疑の顔をする葛城ミサト。

 先の戦闘でサキエルは、その中枢とも言えるコアをエヴァンゲリオン初号機に破壊され完全に活動を停止している。

 その意味で射撃実験は、文字通りの死体蹴りでしか無い。

 使徒の持つ絶対的な防壁、A.Tフィールドが存在しない言わば()()を撃ちぬけたとしてどれだけの価値があると言うのか。

 そういう目であった。

 

「そうね」

 

 現場の、戦う立場の人間としての意見に、赤木リツコも同意はする。

 だが同時に、物事と言うモノは段階を踏んでいかねばならぬ事もあるとは認識していた。

 使徒の防護領域(A.Tフィールド)を貫く事は大事ではあるが、最終目標であると言う認識だ。

 A.Tフィールド自体はエヴァンゲリオン側も持っており、この中和による突破が可能であるのだ。

 問題は、中和する為には近接戦闘(インファイト)を行わざるを得なくなり、戦闘訓練が未了であるシンジに要求するのは酷な面があると言う事だ。

 又、中和と言う性質上、エヴァンゲリオン側も使徒の攻撃が直撃する事も、問題と言えるだろう。

 だからこそ、葛城ミサトと作戦局第1課では、A.Tフィールドを貫通可能な大威力遠距離兵器の早期実用化を熱望しているのだ。

 それを判らぬ赤木リツコでは無い。

 だが、そんな大威力兵器など一朝一夕で、簡単に作れるものでは無いのだ。

 現在、技術開発局でも陽電子砲(ポジトロンライフル)を筆頭にした大威力兵器の開発も大馬力で行われているが、完成の目途は立っていないのが実情であった。

 だからこそ赤木リツコは、取り敢えず実用化できる装備を優先させたのだ。

 いつか出来上がる超威力兵器では無く、例え威力が低くとも必要な場所で必要な時に間に合う兵器こそが重要であると考えていたのだ。

 運用側と開発側の考えが逆転していた。

 

「取り敢えず、次の使徒が明日現れても初号機を無武装で使徒にぶつけなくても済むと言う点では良かったと思ってるわ」

 

「効かないモン、出されても意味がないっちゅーの」

 

「そこは、そうね、シンジ君と貴方たち(作戦局)の運用に期待っと言った所かしら?」

 

「…………気楽に言わないでよ」

 

「あら、希望的推測に基づくのは貴方のお家芸だと思ってたけど」

 

「悲観的に想定し、楽観的に動いているだけよ」

 

「あら、そう」

 

 旗色の悪くなったことを自覚した葛城ミサト、話題を変える。

 

「そう言えばシンジ君のリクエスト装備、完成したんだったけ?」

 

「ええ。EW-22B、銃剣付きパレットガンは第1号機が完成しているわ」

 

 シンジは、初陣後の会議(反省会)の場でエヴァンゲリオン初号機用の武器を欲した。

 出来れば刀を、そうでなくとも白兵戦用の装備を欲した。

 剣術(薬丸自顕流)に慣れ親しんでいるので、白兵戦が戦いやすいと言う主張であった。

 赤木リツコもパイロットの希望を受け入れる事に問題は無いと了承し、開発を行ったのだ。

 その第1号が改良型パレットガン(EW-22B 銃剣付きパレットガン)であったのだ。

 とは言え、別に全くの新規開発と言う訳では無い。

 EW-22にBのサブネームが付く程度の、小改良であった。

 ブルパップ型のボディに、包み込む様に強化合成フレームを取り付け、銃身下部にEW-11プログレッシブナイフ(高振動粒子ナイフ)を改造転用した銃剣(ベイオネット)を取り付けたものである。

 言わば、発砲も出来る()を作り出したのだ。

 

「アレ、何と言うか、21世紀的には見えないわよね」

 

 国連統合軍への出向時代を思い出し、げんなりとした顔で言う葛城ミサト。

 銃剣による白兵戦は歩兵の本領とばかりに仕込まれていたのだ。

 嫌になる程に叩き込まれたのだ。

 

「鈍器みたいよね」

 

「一応強化はしているけど、本体は精密機械(電磁レールガン)だから乱暴には扱って欲しくないわね」

 

「それは使徒に言っといてよね。と言うか、鈍器扱いできそうな方はどうなの?」

 

「そちらはもっと難航しているわ」

 

 純粋な質量兵器としての近接装備。

 剣或いは刀を模した武器に関して言えば、EW-12マゴロクウェポンなる仮称で開発がスタートしていたのだが、強度その他の問題から実用化が遅れていた。

 頭をかく。

 人類史上に於いて、実用の()()()2()0()m()()()()()などと言うモノは初の代物なのだ。

 簡単に作れるものでは無かった。

 コンピューター上で試作したマゴロクウェポンは、2度程にエヴァンゲリオンの膂力で振り回したと想定される力を加えたらポッキリと折れる始末だ。

 刀としての刃の細さが、その質量に耐えかねる ―― そうコンピューターは判断していたのだ。

 素材の変更、構造の変更。

 実用化、この世に生み出されるにはまだまだ時間が必要であった。

 

 エヴァンゲリオン専用の刀など、ある種()()()()()()だ。

 兵器ですらない。

 簡単に出来るだろう等と軽い気持ちで手を出して、開発チームは現在絶賛炎上中と言う有様になっていた。

 開発局の責任者として、一部参加もしていた赤木リツコは、そんな面倒事は思い出したくないとばかりに頭をふって話題を変えた。

 

「そう言えばシンジ君、学校は?」

 

「全ての手続きが終わったのが一昨日。昨日から通ってるわよ」

 

「結構、時間が掛かったわね?」

 

「住居の選定と訓練スケジュールの策定、その他もあったから仕方がないわよ。彼、乗るからにはとエバーの搭乗訓練他に積極的になってくれてるから」

 

「ゴネない? 有難いわね」

 

「そっ、ま、訓練でエバーに乗って降りたら碇司令をぶん殴るって言い出した時には冷や汗が出たけどね」

 

「Evaに乗ったら殴ると言う約束だったって話よね?」

 

「そっ、流石に彼流のジョークだったっぽいけど、話を聞いた冬月副司令が本気で止めに来たわよ」

 

 葛城ミサトも思い出し笑いをする。

 エヴァンゲリオンの訓練用エントリープラグから降りて来たシンジが、L.C.Lを吐き出すや否や、迎えに来ていた葛城ミサト相手に、にこやかに笑って言ったのだ。

 『ゲンドウんとこへあないしっくいやい(碇ゲンドウの所に案内して下さいませんか?)』と。

 碇ゲンドウNERV総司令官が全治1ヶ月の重傷を負っていた事は、その理由も含めて葛城ミサトは知っていた。

 知っていたからこそ、どう反応して良いのかと止まってしまったのだ。

 困惑する葛城ミサトの顔を見て、シンジは笑った。

 笑って『じょうだんじゃっが(冗談ですよ)』と続けた。

 だが、葛城ミサトは理解していた。

 目が違った事を。

 ()()()()()()()()と理解していた。

 シンジと碇ゲンドウの間に出来た溝は果てしなく深く、遥かに広い。

 そう理解したからこそ、冬月コウゾウNERV副司令官に報告を行い、NERVとシンジの話し合いの場を用意したのだ。

 冬月コウゾウとシンジの会話がどの様なモノであったか、葛城ミサトは知らない。

 伝えられていない。

 ただ冬月コウゾウから、今後に問題は無いだろうとだけ言われた。

 その代わり、シンジの希望は可能な限り配慮してやる様にと付け加えられた。

 配慮、配慮と来たかと頭を抱えた葛城ミサト。

 一見して判断権が与えられた風に見えるが、そこに明確な線引きは存在しない。

 責任の所在も曖昧である。

 シンジが無茶な要求をして、断るなり受け入れるなりして話が拗れると、最悪の場合、詰め腹を切らされる事もあるだろう。

 理不尽な話であった。

 だが、組織人として葛城ミサトは追求せず、黙って受け入れていた。

 

 尤も、今の時点でシンジが無茶を言う事は無かったが。

 要求は剣術の練習がしたいので場所を用意して欲しいと言った、可愛いモノで済んでいるのだから。

 木刀を振るう際に上げる猿叫、その狂ったような叫び声に鍛錬の場の近所に住む人々からクレームが来たが、その程度は笑い話でしか無いのだから。

 少なくとも刃傷沙汰が無い。

 碇ゲンドウに躊躇ない打撃を与えた事から危惧して居た様な事 ―― 四方八方へ喧嘩を売り、暴力を振るう様な事はなかった。

 シンジは実に理性的だと葛城ミサトは評価していた。

 

「そりゃね、冬月副司令も慌てるわね」

 

「仕方ないわよ。で、学校の方だけど、可もなく不可もなく、溶け込んでるみたいよ?」

 

「あら、そうなの?」

 

「そうよ。何か疑問でもあった?」

 

「彼、ほら、方言がキツいから軋轢があるかと思っただけよ」

 

「ああ、ソッチは大丈夫だったみたい。絡んできた子を〆たみたいで」

 

「〆た?」

 

「〆た」

 

 転校早々に絡んできたので、こう、キュッとね、と擬音を入れて説明する葛城ミサト。

 その表情は実に韜晦的(アルカイックスマイル)であった。

 

 

 

 

 

 第3東京市第壱中学校2年A組に所属する鈴原トウジと言う少年にとって、この2週間余りは憤懣やるかたない日々であった。

 10日程前の、公式には事故として扱われている戦闘で妹である鈴原サクラが怪我を負ったからだ。

 

 ソレがNERV絡みの事なのだとは理解していた。

 NERVに務めている父も祖父も忙しくしており、家に帰ってこないのだから。

 噂されていた()()()が襲ってきたのだろうと思っていた。

 だから、腹を立てていた。

 特別非常事態宣言が発令され、一緒にシェルターに逃げ込んでいる途中で逸れたのだ。

 人ごみの中で繋いでいた手が離れてしまい、人の流れに流されてしまったのだ。

 流れ作業な形で放り込まれたシェルターで、避難誘導に当っていた第3新東京市の職員や戦略自衛隊の隊員に必死になって掛け合って、何とか探してもらおうとした。

 だが見つからなかった。

 見つからないままに夜になり、そして明けた。

 

 そして鈴原サクラは路上で崩壊した建物に巻き込まれて重傷を負ったと知らされたのだ。

 可愛い妹。

 大事な大事な妹。

 忙しい父や祖父に代わって守ると誓った妹が、大怪我を負ったのだ。

 鈴原トウジにとって我慢できる話では無かった。

 だからこそ、妹の居る病院に連日、通っていたのだ。

 

 そんな鈴原トウジは、今、学校に向かっていた。

 通学だ。 

 流石に2週間が経過し、鈴原サクラの容体も安定したので、父親から学校に行けと厳命されたからであった。

 街を見る。

 避難所も兼ねて高台に設けられた第壱中学校への通学路は、そうであるが故に街が一望出来ていた。

 何処其処にブルーシートが張られ、或いは工事が行われている。

 派手な戦闘痕。

 巨大なビルが幾つも派手に壊れている。

 化け物は、化け物と呼ばれるにふさわしい相当な化け物だったのだろう。

 そんなモノが暴れる足元に居た妹が、生きているだけで良かったとも思う。

 思うけども納得できない。

 化け物と戦ったと言うNERVのロボット、それが上手くやっていれば妹が怪我をする事は無かったのだと思うからだ。

 

「ほんま、むかつくわ」

 

 吐き捨てる様に言った鈴原トウジ。

 言葉に出来ない、形にならない鬱屈だけが溜まっていた。

 だからこそ、10日ぶりの教室で、親友である相田ケンスケから転校生の話を聞いた時、その感情に方向性が出来てしまったのだ。

 

 

 碇シンジ。

 方言はキツイが、声や顔立ちは中性的で礼儀正しく、それ故に同級生女子一同からチヤホヤされている。

 ムカついた。

 妹を傷つけたかもしれない相手が、のほほんとしているのが許せなかった。

 自然と、授業中でもシンジを睨む様になっていった。

 そんな友人を窘めるのが相田ケンスケだ。

 その目は自分で撮影した戦闘痕や、警備に当たっている国連統合軍の将兵や装備を映したビデオを眺めている

 ミリタリーを趣味にする人間だから、と言う訳では無かったが、相田ケンスケと言う人間は少し、浮世離れしている所があった。

 戦闘、戦争で自分は怪我をしない。

 そう思い込んでいる節があった。

 だが、だからこそ軽い調子で鈴原トウジに話しかけられているとも言えた。

 

「そんなにカリカリするなよ」

 

「腹立つんわしゃーないやろ! アイツがパイロットやと思うと、ほんまに!!」

 

「だけど、決まった訳じゃないしな。違ってたらヤバイだろ?」

 

「この時期にやってきた転校生やぞ。戦争が、事故に巻き込まれるのが怖いゆーて、疎開している人間がぎょーさん出とるのに、や。もう真っ黒や」

 

「ま、それはな。俺みたいな趣味なら兎も角」

 

「そや。それにジブンみたいな趣味でも、普通は親が止めるモノやろ」

 

「まぁ、な」

 

「だから真っ黒(ギルティ)なんや。よし、もう決めたで」

 

 腹を決めた鈴原トウジは立ち上がってシンジに強い調子で言葉を掛ける。

 

「転校生、ちょっとツラ貸せや」

 

 

 

 授業を無視する形で体育館の裏側で対峙する鈴原トウジとシンジ。

 お目付け役めいて相田ケンスケも居る。

 イザともなれば喧嘩を止めよう、そう考えていたのだ。

 尤も、鈴原トウジとシンジの本気の睨み合いにあてられて、早くも、来たことを後悔していたが。

 

「転校生。パイロットなんか?」

 

 直球の問いかけに、シンジは葛城ミサトから言われた守秘義務その他を思い出して、返した。

 

知らん(知らない)

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 コイツだ! 鈴原トウジは確信した。

 確信して拳を握って殴った。

 シンジの右頬を打つ。

 が、当たった瞬間、鈴原トウジは石でも殴った気分になった。

 シンジが一歩も揺るがなかったから。

 

ないすっか(正当防衛だ、覚悟しろ)!」

 

 一発先に殴らせた。

 それはシンジの反省からの行動であった。

 第壱中学校へと転校早々に絡んできた奴(喧嘩を売ってきたバカ)を先制攻撃で〆た際に、葛城ミサトからもう少しばかり考えて行動してくれと()()された為、正当防衛 ―― 自衛の為の行動と言う様式を揃えようとしたのだ。

 舐めて来る奴は潰せ。

 世の中には理屈の通らない戯けモノ(キチガイ)が暴力を振るってくる事もあるので、先制攻撃上等である。

 それがシンジの受けた()だった。

 だからこそ、最初のバカは潰した。

 碇ゲンドウを殴ったのも同じ理屈であった。

 だが葛城ミサトから諫言、そして冬月コウゾウからの指摘を受けてシンジは考えなおしたのだ。

 この第3新東京市とは平和な場所であり、突発的に暴れる様な、殴り掛かってくるような奴はそうそうに居ない。

 そんな場所で自衛の為とは言え先制的に動いてしまえば悪者になってしまうのだと。

 

 だから先に殴らせた。

 殴られたのだから後はいつも通りで良い。

 殴られ、少しばかり腫れた頬を獣性に歪めたシンジは、お返しとばかりに鈴原トウジの右頬を殴る。

 殴り飛ばす。

 

「なんや!?」

 

 だが、殴り飛ばされた鈴原トウジも、決して惰弱の類では無かった。

 殴られたショックで座り込むなどせずに、立ち上がるや体重を掛けてシンジを殴った。

 流石のシンジも揺れる。

 揺れるが、踏みとどまる。

 

「なんち!!」

 

 全力で殴り返す。

 今度は、殴られると理解して備えていた鈴原トウジ、倒れずに踏みとどまる。

 殴り返す。

 

「なんやと!!」

 

「なんちな!!」

 

「なんちたぁなんや!!」

 

「なんやちぁなんちな!!」

 

 吠えて殴る。

 吠えて殴る。

 いつの間にか根性を掛けた殴り合戦(泥仕合)へと相成っていた。

 互いの左手で相手の襟首を掴みあい、交互に殴っているのだ。

 意地と意地のぶつかり合いである。

 

 呆然とその様(蛮族レベルMaxな殴り合い)を見ていた相田ケンスケは、ハッと大事になったと気付くや否や、慌てて止めようとする。

 

「おいおいおい、もうお前ら止めとけって」

 

 只し、あんまりにもアレな2人の形相と気合に、腰が引けている。

 殴られている訳でも無いのに、その迫力に押されて腰が引けているのは仕方がない。

 そもそも、こんな2人を仲裁せんと声を掛けられただけ立派だと言えた。

 だが、その勇気への返事は無情であった。

 

せからし(うるさい)!」

 

「じゃかぁしいわ!」

 

 両者から睨まれ、怒鳴られた。

 

 結局、2人の意地の張り合いはシンジに付けられたNERVの護衛(ガード)が割り込むまで続く事となる。

 尚、誠に以って被害者と言う他ない相田ケンスケは、後にこの事を他人に言う際に、「喧嘩はせめて日本語でやって欲しい」と零すのだった。

 

 

 

 

 

 




鈴原トウジの蛮族レベルが上がりました
上がりました
上がりました

そうなると、この曲名しか来ないヨネー
「Dog Fight」

最初は「Dog Fighter」の方だったんですけど、コッチのほうが似合いだと、こーなりますた


所で問題は、シンジとレイの顔合わせがまだないという事________

2022.02.12 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02-2

+

 碇シンジが喧嘩した。

 相手は同級生(素人)である。

 その一報に接した時の葛城ミサトの表情は、何とも劇的であった。

 何があった、遂にやったか、何故にやったか、相手に謝罪はどうするべきか。

 雑多な事が瞬時に流れ、そして全てを投げて相方である赤木リツコに煙草を無心した。

 

「大丈夫?」

 

 細い、メンソール煙草をライターごと差し出しながら、心配げに言う赤木リツコ。

 心底心配げな表情をしている時点で、葛城ミサトは自分の表情が果てしなく酷いのだろうと理解した。

 取り合えず煙草を咥える。

 ニコチンの作用で、脳みそを鈍らせて、物事に向かい合わねばならぬ。

 本音を言えばビールが欲しいが仕事中だ。

 そこは我慢した。

 

「大丈夫に見える?」

 

 八つ当たりめいた言葉を漏らしながら、煙草に火を点けようとする。

 点かない。

 ライターを上手く扱えない。

 ただの100円ライターが2度、3度と葛城ミサトを拒否する。

 腹を立て、投げ捨てようかとまで思った所で、赤木リツコが手を差し伸べる。

 

「慌てるからよ」

 

 ライターを葛城ミサトから取り上げて、自分が咥えている煙草に着火。

 深呼吸。

 燃え上がった煙草の先を、咥えたままに火口とばかりにそっと差し出す。

 以心伝心。

 赤木リツコ(マブ)の仕草に全てを察して、自分も煙草を咥えたままに頭を寄せた。

 着火。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 スッと口の中から鼻へと抜けて行く冷たさ(cool感)が、葛城ミサトに冷静さを取り戻させていく。

 2口、3口と吸って、大きく紫煙を吐き出す。

 

「効くわね」

 

 

 

 シンジに付けられていた護衛(ガード)の報告書に改めて目を通す葛城ミサト。

 そこには、第1報の題名から得られる情報よりも少しばかりショッキングでは()()内容が書かれていた。

 同級生に殴られての反撃。

 但し、反撃は限定されたものであり、相手の被害は顔の打撲にのみ留まっている。

 シンジ自身の被害も、顔の打撲にのみ留まっている。

 学校としては、学生同士の諍いであり、血気盛んな中学生としては儘ある事である為、厳重注意及び反省文をもって処分とする。

 そう書かれていた。

 当初、脳裏に浮かんだ事よりは遥かに軽い話であった。

 深く深く深く、溜息をついた葛城ミサト。

 

「どうやら大丈夫みたいね?」

 

「ええ、ホントに」

 

 シンジの監督責任者(上官)として、葛城ミサトが学校に呼び出されていると言う点を除けば、全くもって面倒の無い話であった。

 

「鈴原トウジ君?」

 

 鈴原と言う名前に、赤木リツコは覚えがあった。

 技術開発部の下にある第3新東京市のインフラ整備を担当する施設維持局、その第2課の人間だ。

 割と実直な人間であると言う印象を抱いている。

 とは言え才気あふれると言う訳でも無い。

 只、所属する第2課がエヴァンゲリオンの出撃システムに関わる部門であった為、会議などで顔を良く合わせていたので覚えていたのだ。

 

「あら」

 

 個人情報を確認する。

 確かに鈴原トウジの父はNERVの人間であった。

 対して葛城ミサトは別の意味で、鈴原トウジの名に見覚えがあった。

 第1次使徒迎撃戦で発生した数少ない周辺被害者、その身内として記憶していたのだ。

 使徒迎撃を主任務とする作戦局は、同時に、人類の保護も担っている ―― そう自負していた。

 だからこそ、戦闘の影響で被害者などが出れば、その情報を精査分析して、出来る限り再発しない様に努力しようとしていたのだ。

 

 兎も角。

 被害者である鈴原サクラを良く見舞いに来る家族として、鈴原トウジの名前を覚えていた葛城ミサトは、突発的にシンジを殴ったと言う理由を察した。

 

「コレ、チョッち厄介ね」

 

 鈴原トウジの感情を理解する事は出来る。

 同時に、シンジに責任が無い事も当然なのだ。

 ある意味、戦争などでよくある、どうにもならない、誰が悪い訳でも無い不幸な出来事なのだ。

 簡単な対処法としては、2人を引き離せばよい。

 だが、そうすると事はより拗れるだろう。

 そもそも、シンジにせよ鈴原トウジ ―― 鈴原家にせよ、NERVとの兼ね合いから第3新東京市から離れる事は簡単では無い。

 どうやれば解決するのか。

 頭を掻きむしりたくなった葛城ミサトであったが、それをやんわりと赤木リツコが止めた。

 

「取り合えず、今日はどうするの?」

 

「今日? ああ、レイとシンジ君の顔合わせか」

 

 漸く病院を退院した綾波レイ。

 今日はシンジとの顔合わせの日だったのだ。

 可愛い子だからよろしくしてあげてね、何て下世話な事の1つでも言って空気を和ませて、そんな事を葛城ミサトは考えていたのだが、全てがご破算(パー)である。

 世の中そんなモノであるとは言え、中々に無情だと頭をかいた。

 

「延期する?」

 

「…………いや、やっちゃいましょ。レイも来ているし、シンジ君もコッチ(NERV)に向かってるらしいから」

 

 

 

 

 

 シンジにとって今日は途轍もない面倒くさい日であった。

 今日、初めて顔を合わせた同級生から、訳の分からぬ形で殴られた。

 殴り返した。

 そこは良い。

 殴られた分殴り返したのでスッキリはしたのだから。

 頬が少しばかり腫れ、唇が切れていたが、逆に言えば被害はその程度だからだ。

 だから鷹揚な気分で居られた。

 なのでシンジは相手が殴ってきた理由が知りたかった。

 聞きたいとは思ったけども、喧嘩相手とは先生につかまって叱られて、それっきりになった。

 事情聴取された時も治療を受ける時も別の部屋だったのだ。

 当然かもしれない。

 一緒に居たメガネがクラスメイトなので、明日にでも学校に行ったら聞けばいい。

 そう割り切っていた。

 

 取り合えず、殴ってきた理由が判らない。

 だが、ムカつく理由であれば再度殴って〆れば良い。

 なんと言うか、思いつめた様な顔をしてたから手加減したけど、下らない理由なら手加減抜きで潰せばいい。

 父親、碇ゲンドウの時の様に、或いは嘗ての学校で虐めをしてたような奴の時の様に、歯の数本も折ってしまえば心は簡単に折れる。

 折ってしまえる。

 そうシンジは気楽に考えていたのだ。

 シンジは、正直な話として暴力は好んではいなかった。

 だが、暴力でしか解決できない事もあると理解していたのだ。

 

 そんなシンジが面倒くさいと思う事。

 それは、NERVの応接室で互いに自己紹介をしたばかりの同僚、初めて顔を会わせた先輩(1st チルドレン)、綾波レイが自分の頬を叩こうとしてきた事であった。

 

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしゅうおねがいしもんでな(今後、よろしくお願いいたします)

 

「そう、貴方が碇司令を叩いたの?」

 

じゃっど(そうだけど?)

 

「そう……」

 

 そして叩かれそうになる。

 白い、ほっそりとした綾波レイの手。

 それをシンジは掴んで止める。

 掴まれた手を必死になって抜こうとするが、握力と膂力の差で出来ない。

 綾波レイは、不満げな、或いは泣きそうな顔でシンジを睨む。

 

ないごてか(なんでさ)

 

 

 

 立ち会っていた葛城ミサトや赤木リツコが慌てて止める。

 半分は綾波レイを落ち着かせようとして。

 もう半分は、シンジが暴力を振るわない様にと動いていた。

 それがシンジには不満だった。

 シンジには矜持がある。

 女性を殴る様な女々しい事が出来るものか、と言う矜持が。

 

 兎も角。

 冷静な赤木リツコによる説得で、手を挙げる事を止めた綾波レイはソファに悄然と座った。

 少し脱力している。

 手には葛城ミサトが用意したホットココアがある。

 横に座っている赤木リツコが、色々と耳元へと話しかけ、会話をしている。

 

 その様を、シンジは少し離れた席から見ている。

 直衛(ガード)と言う訳では無いが、此方には葛城ミサトが来ていた。

 

「吃驚したわよね、シンジ君」

 

じゃっでよ(本当に。意味が判りませんよ)

 

「ゴミン、コレは少し考えておくべき事態だったわ」

 

 頭を下げて謝罪する葛城ミサト。

 その頭頂部を見ながら、シンジは首を傾げた。

 何故、葛城ミサトが謝るのかと。

 訳の分からぬ激発をしたのは綾波レイであり、如何に葛城ミサトがエヴァンゲリオンパイロット(チルドレン)を管理するのが仕事であるとは言え、そこまでする必要があるのかと思ったのだ。

 シンジは、この10日ばかりの付き合いで、上官(上位者)である葛城ミサトに対しては相応の敬意、或いは能力への信用をする様になっていたので、特に不思議を感じたのだ。

 だが、そうであるが(能力を持っているが)故に葛城ミサトは頭を下げているのだ。

 

「あの子、レイは碇司令と仲が良くてね」

 

 綾波レイは碇ゲンドウに対して強い信頼を抱いている。

 そして碇ゲンドウも、その信頼を裏切らず、綾波レイを大事にしている。

 最近まで綾波レイが入院をしていた理由、エヴァンゲリオン零号機の事故の際に碇ゲンドウは火傷を負ってまでして綾波レイを助けたのだ。

 余人を以ては解らぬ、謂わば絆があると葛城ミサトは説明する。

 

そはよかどんからん(そこはどうでも良いけど)

 

 微妙な顔をするシンジ。

 碇ゲンドウの後妻話が、その脳裏に蘇って来ていたのだ。

 余程に親しく無ければ出会い頭に他人を叩こうとする人は居ない。

 かと言って、血縁と言うか親子と言うのはあり得ない。

 綾波レイはシンジと同じ年齢なのだから、シンジの母親である碇ユイが存命の頃に不倫をした相手の子、と言う訳では無いだろう。

 鹿児島の、碇ユイの親戚な養父母によれば、仲睦まじかったと言っていたのだから。

 となれば答えは1つになってくる。

 後妻だ。

 頭を抱えたくなるシンジ。

 死別しているのだし誰と結婚するのも自由ではあるのだが、同級生が法律上の母親になるというのは勘弁して欲しいと心底から思っていた。

 と言うか、自分の子どもと同じ年の子を嫁にしようなど、変態趣味にも程がある。

 もう2~3発は、何らかの理屈を付けて殴って、正気の所在を確認すべきかとシンジは悩む事となる。

 

 そんなシンジに気づかず、葛城ミサトは必死になって綾波レイの紹介(フォロー)を行う。

 

「素直な、良い子なのよ」

 

じゃひとな(そうなんですか)じゃっどん、そいが問題やったろな(でも、それが問題になったんでしょうね)

 

 素直であるが故に変態(碇ゲンドウ)に騙されたのだろう、と。

 シンジは深刻な顔で綾波レイを見るのだった。

 

 

 いくばくかの時間。

 赤木リツコによる声掛けの結果、気を取り直して再度の御挨拶となった。

 

よろしくおねがいしもんでな(宜しくお願いします)

 

 後輩(新参者)と言う事で頭を下げたシンジ。

 が、綾波レイはプイっと横を向いて受け入れなかった。

 

「命令があればそうするわ」

 

 その表情。

 その声色。

 副声音があるとするならば、命令が無いと仲良くしませんと言う辺りだろう。

 ここに居た誰もが、その意図を誤解しなかった。

 

 この場で一番に感情を素直に出せる葛城ミサトは、思わず天を仰いで(アッチャー と呟いて)いた。

 赤木リツコはコメカミに右の指先を当てた。

 そしてシンジは、何とも言い難い顔をして呟いていた。

 

ユニークなおごじょじゃんな(個性的な女の子だ)

 

 綾波レイは、神経が太目なシンジを唖然とさせると言う戦果を挙げたのだった。

 

 

 

 

 

 




綾波フラグ だーい
ここまで美事に折れるとは、このリハクの目をもってしても(何時もの盆暗(アンボン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02-3

+

「シンジ君、作戦会議しましょう!」

 

 そう言ってシックスパック(ビールセット)を片手に葛城ミサトが碇シンジの家を訪れたのは、シンジが1日の疲れを癒す料理を作ろうかと取り掛かった時であった。

 具体的には帰宅直後である。

 

ないな(いきなりですね)

 

 苦笑と共に玄関を開ける。

 帰れだの何の用かだのと言う気配は無い。

 事実上の強襲を受けたにも拘わらず、軽い感じで受け入れる辺りシンジの人柄の大らか()さが出て居た。

 後、馴れであろうか。

 細かい事を考えても意味がない。

 特に()()()相手の場合には。

 突発的な飲み会が多発し、義父母の家で宴会めいた事が週に1度は発生する様な環境にあったのだ。

 酒を片手に襲撃された程度で驚く事など無かった。

 

「ごめんなさいね、シンジ君」

 

 襲撃者(葛城ミサト)とは違い、申し訳なさげに被害者(シンジ)に謝るのは赤木リツコであった。

 尚、手にはピザの箱や総菜の類が詰まったパックがある。

 晩御飯、或いはツマミとして買ってきたのだろう。

 

赤木さあもな(赤木さんもですか)ないがあったとな(何かありましたか)?」

 

「ミサトが気にしてたのよ、昼の、レイとの事を」

 

 今現在、世界に3人しかいない適格者(チルドレン)

 人類の存続と言う重たいモノを最前線で背負う事になる3人なのだ。

 その人間関係を良好にすると言うのは、決して軽視して良い話ではないのだ。

 だからこそ葛城ミサトは(アルコール)片手にシンジ宅を強襲したのだ。

 酔っ払いが絡めば本音が引き出せるだろう、そんな(スケベ)心からの行動であった。

 尚、赤木リツコが臨席する理由は、()()()()()()様にとの見張り役(ストッパー)であった。

 学生時代、酒席の撃沈王(アルコール・ゴジラ)と言う名誉なんだか不名誉なんだか判らないあだ名を持っていたのが葛城ミサトなのだ。

 それが、酒を片手の相談等と言い出せば不安を感じ、動かざるを得ないと言うものであった。

 葛城ミサトは赤木リツコにとって親友(マブ)である。

 だが、殊、酒が絡んだ場合での信用は皆無であった。

 

じゃひとな(そうだったんですか)ごくろうさぁこって(管理職は大変ですね)

 

「そーよー シンジ君。子どもたち(チルドレン)の関係を見るのも大事な事なのよ!」

 

 駆けつけ一杯を通り越し、出掛けの(帰宅するやいなやの)一杯としゃれ込んで来た葛城ミサトは赤ら顔で極めて調子が良かった。

 早々に、なんと言うか大人の人間としての恥ずかしさを感じ、苦笑いを浮かべた赤木リツコ。

 対するシンジは、よくあるよくあるとばかりに気にせずにいた。

 

なんもなかどんからん(何も用意はできませんけど)あがいやんせや(どうぞ寄って下さい)

 

 

 

 

 

 広いが故に、照明を点けても薄暗いと感じるNERV総司令官執務室。

 一通りの仕事を終えた碇ゲンドウは、その疲れを癒すためもあって、その豪奢な椅子に背を預けていた。

 その貌は痩せこけ、その鋭すぎる目つきと相まって幽鬼めいた風格を漂わせている。

 固形物を喰えない ―― 顎を砕かれたが故に流動食と水分摂取だけの日々が続いた結果だった。

 顎の傷に染みるからと、熱くも無い、冷たくも無い、常温の流動食。

 人が必要とするカロリーは得られるのかもしれないが、碇ゲンドウにとってソレは、正直な感想として豚の餌であった。

 食への拘りと言うモノを持たない碇ゲンドウであったが、いい加減、温かな食事が恋しいと思う様になっていた。

 そんな顎の傷であるが、NERV総司令官と言う特権を使って、ふんだんに再生医療だの先進医療だのを用いたお陰で治りは早まっていた。

 が、早いのだが、顎の骨折が治っても、次は前歯の治療が待っている。

 まともな食事が食べられるのは、この調子で言っても後1月は必要だろうと主治医が言っていた。

 

しぃめ(シンジめ)

 

 呪詛を漏らす。

 が、口と言うか顎が上手く動かないので間抜けな音にしかならぬ。

 最近はSEELEどころか日本政府からも、会議に際しては生暖かい目で見られる始末だ。

 碇ゲンドウにとって不本意極まりなかった。

 恐るべき敵手(タフネゴシエーター)と警戒されていた頃よりも話が通り易いのも、地味に腹立たしい。

 同情か、哀れみか。

 政敵と言って良かった、日本政府のタカ派議員から「子育ての反抗期は本当にたいへんだよな」等と慰められた時には、いっそ腹を切りたくなる程であった。

 切歯扼腕。

 その感情を全て仕事に回した。

 具体的には、各支部の綱紀粛正である。

 想定されていた使徒がとうとう出現したので、と言うタテマエでの憂さ晴らしだ。

 特にSEELEの手足となってアレコレと動いていたNERVドイツ支部や、アメリカ政府の支配色の強かったNERVアメリカ支部を〆た時が一番、碇ゲンドウを癒した。

 癒着や賄賂、不法な実験その他。

 叩くネタは幾らでも握っていたのだ。

 当初は強硬な態度を崩さなかった2つの支部であったが、NERV本部総司令官直轄の特殊監査部が集めて来た情報、それをホンの少し開帳するだけで簡単に膝を屈していた。

 それぞれの支部長は、訛りの強い日本語で碇ゲンドウに慈悲を乞い、それが通らぬとなれば怨嗟の声(豚の悲鳴)を上げた。

 その様は最高に良い気分を碇ゲンドウに齎した。

 そのオマケとして、NERVドイツ支部からは秘匿していたエヴァンゲリオン自体の兵器化研究の情報を回収。

 NERVアメリカ支部からは、建造中であったエヴァンゲリオン4号機の本部接収に成功したのだ。

 憂さ晴らしの対価としては、極めて上手く行ったと言えるだろう。

 

 だが、そんな碇ゲンドウを凶報が襲う。

 シンジと掌中の珠たる綾波レイの接触である。

 接触自体は良い。

 同じエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)だ、接触させない方が不自然になるだろう。

 だが問題は、綾波レイがシンジの頬を張ろう(叩こう)とした事だ。

 

「いやはや、綾波レイの気性はユイ君に似たのかもしれんな」

 

 凶報を持ってきた冬月コウゾウがいっそ朗らかと呼べる口調で言う。

 実際、楽しそうである。

 それを机を叩いて否定する碇ゲンドウ。

 妻である碇ユイは女神の様な女性であったのだ、少なくとも碇ゲンドウにとっては。

 兎も角。

 綾波レイがシンジを叩こうとした理由が、シンジが碇ゲンドウを殴ったからと言うのは、碇ゲンドウの正直な感想として嬉しい話であった。

 人類補完計画の鍵として綾波レイを見ているが、同時に、娘の様にも思う所があったのだから。

 だが、そうであると手放しに喜ぶわけにもいかない。

 

「だが、そう笑っている訳にはいかんぞ? 余り自我(パーソナル)が成長され過ぎてしまうと……」

 

「禁じられたアダムとリリスの融合の鍵、だからな」

 

「忘れていないのならば、何らかの手を考えた方が良いのでは無いか」

 

「……問題ない。その時は3人目を起動させるだけだ」

 

 消去(リセット)、裏技と言うよりも外道の手段。

 それを揺るがずに口にする碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウは哀れむ様に告げる。

 

「それでお前が納得できるなら、問題は無いだろうな」

 

「全ては人類補完計画の為、ユイに会う為だ。冬月、その為には全ての手段は選択肢に在り続ける」

 

「ユイ君に再会した時に、お前が怒られぬ事を祈るよ」

 

 

 

 

 

 碇シンジと綾波レイを仲良くする方法を考える会。

 そんな馬鹿馬鹿しい事を言い出したのが葛城ミサトであり、推進者も葛城ミサトであったが、同時に持ち込まれたビールとシンジの家にあった焼酎で()()されたのも葛城ミサトであった。

 好き放題に飲んで騒いで、ソファに寄りかかって寝始めた姿は、何ともアレであった。

 一升瓶を抱えてひっくり返っているのだ。

 しかも、大口を開けていびきをかいている。

 見て仕舞えば100年の恋も冷めると言う程の惨状とも言えた。

 

疲れちょったんなぁ(疲れてたんでしょうね)

 

 風邪をひかぬようにとタオルケットを掛けるシンジは、酔人の介抱に手慣れた風であった。

 

「そうね。でもやっぱり嬉しいのよ。使徒を倒せた事が」

 

10日もたっとになまだな(もう10日も経ってますよ)?」

 

「祝勝会も出来なかったから、溜まってたのよ」

 

じゃったらしかたなかな(それは仕方がないですね)お茶、いっけ(お茶淹れますけど、飲みます)?」

 

「あら、ありがとう」

 

 焼酎のお湯割り用にと用意していた湯沸かしポッドを確認するシンジ。

 そんなに減っていなかったので、故郷から送られてきた知覧茶を手早く淹れて2人前用意する。

 焼酎のお湯割りとは違う、柔らかな湯気が上る。

 

「手慣れてるわね?」

 

そげんなかはっじゃっど(そうでもないと思いますよ)

 

「家事が出来る男性って、モテるわよ、シンジ君?」

 

 そう言いながら部屋を見る。

 リビングにはカーペットとソファ、そしてちゃぶ台があるだけだ。

 割とセンス良く纏められている。

 何より、掃除が行き届いているのが良い。

 先に見た、()()()()()の葛城ミサト宅のアレ(荒れ)っぷりを見ると特に。

 この3LDKと言う男とは言え子どもが住むには広すぎるシンジの家は、民間の企業(ディベロッパー)が建設した物件を一棟丸ごとNERVが借り上げたマンションにあった。

 専門の警備まで付いている、独身から小規模世帯の尉官上位者以上向け官舎だ。

 名はコンフォート17と言う。

 シンジがそんな高級物件に入れた理由は、世界に3人しか居ないエヴァンゲリオンの適格者であると同時に、現在の身分がNERV所属中尉待遇官となっているからであった。

 尚、綾波レイは少尉待遇官である。

 後から選ばれたシンジが先に昇進している理由は、先の使徒戦での戦勲からであった。

 被害を最小限に抑えられたとの評価が成されての事であった。

 階級章を安売りするが如きだと、作戦局の一部からは批判も出たが、そちらは葛城ミサトが抑えていた。

 所詮は()()であって、俸給その他が中尉と言う階級に準じているとは言え、権限はないのだからと言って。

 

ないがないが(まさか、ですよ)かごんまのおとこしぃでんこひこはすっど(鹿児島の男でもこれくらいはしますよ)

 

 下手だからと、邪魔だからと女性陣に怒られながらしているとシンジは笑う。

 酒精が残っているのか目元がまだうっすらと赤い。

 

「あら、昔は男尊女卑の僻地って言われてたものよ? 変わったのね」

 

そぁたてまえやっと(それは綺麗事ですよ)まっこてカカァ天下のひでがばしょやっち(本当は女性が強いですからね)だいも勝てんちゆぅもんじゃっど(誰も勝てないと言ってますよ)

 

「まぁ」

 

 小さく、だが陽性を帯びて笑うシンジ。

 そこに暗さは無い。

 事前 ―― シンジが第3東京市に来る前に見た情報、内向的な少年と言う評価がどこから来たのかと赤木リツコは首を傾げた。

 とは言え、丁度良いと話を動かす。

 綾波レイの事だ。

 本来の、今日の主題だ。

 やるべきであった葛城ミサトが轟沈しているので、自分がやるしかないだろうとお節介心が出たのだ。

 常であれば他人に干渉しないのが赤木リツコのポリシーだ。

 だがそれを越えて動いたのは、赤木リツコもアルコールが回っていたからなのかもしれない。

 

「なら、彼女にも勝てないと言う事かしら?」

 

綾波さぁな(綾波さんですか)

 

「そうよ」

 

 頭を掻いて苦笑するシンジ。

 何とも言い難い、と。

 

後妻ゆぅ話がちごとはわかったどん(後妻の話が違うにしても)ま、どげんしようもなかですよ(どうにもならないですよ)きらわれたごあっでな(嫌われたみたいですし)

 

「歩み寄れない?」

 

あたいが問題じゃねど(私の側の話じゃないですよ)あん子が妥協し貰わんとな(あの子が妥協しないと無理ですよ)

 

「シンジ君、怒って無いの?」

 

あひこん事っで(あの程度の事ですからね)

 

「………優しいわね、シンジ君は」

 

 赤木リツコは言葉を探した。

 探したけれども見つからなかった。

 だから、素直な言葉をつづけた。

 

「あの子は不器用なのよ、だからお願いねシンジ君」

 

ないがな(何がですか)?」

 

「生きる事が…………」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02-4

+

 その朝。

 鈴原トウジは、清々しい気持ちで学校へと来ていた。

 昨日は人を殴り、殴り返された。

 教師に怒られた、親には死ぬほど怒られた。

 顔は青痣だらけ、奥歯はぐらつき、夕べは熱まで出た。

 だけど、スッキリとした感があった。

 妹の鈴原サクラが重傷を負ってからの日々で、心の中に澱のように溜まっていた何かが消え失せたのだから。

 だから鈴原トウジは喧嘩の相手である碇シンジに()()をしていた。

 自分の内側で沸々としていた感情に、碇シンジは真っ向からぶつかってくれた ―― そう考えていたのだ。

 

 頭に一度血が上ってひいた結果、鈴原トウジは物事を俯瞰して見れる様になったとも言える。

 冷静に考えれば、意図して鈴原サクラが傷つけられた訳では無い。

 巨大なロボットが傷つけようとしていたのなら、先ず生きている筈が無い。

 そもそもとして、ロボットが、友人である相田ケンスケが言う所の戦争を街ですれば、街が壊れる。

 だから人を避難させたのだと考えれば、悪いのは避難できなかった(一緒に避難する事に失敗した)自分にもある。

 そこまで理解が出来たのだ。

 

 

 教室はまだ閑散としていた。

 鈴原トウジの親友(ダチ)である所の相田ケンスケが居るのを見つける。

 手に持った青の洋上迷彩と日章旗で装飾されたF-14戦闘機の模型(プラモ)を満足げに見ている。

 

「はよさん」

 

「トウジ、早いな」

 

 相田ケンスケは、様々な角度でF-14を動か(ブンドド)しながらチラっと鈴原トウジを見る。

 視線がかなり冷たい。

 喧嘩に仲裁役で立ち会っていただけなのに、巻き添えで教師から説教を受ける事になったので、少しばかり立腹していたのだ。

 それを素直に口に出す程には子どもでは無かったが。

 

「心機一転ちゅーとこや。所で例の転校生はまだ来とらんか?」

 

「おい、またヤル気なのか」

 

「ちゃうわ。詫びや詫び、詫びを入れる積りや」

 

「お?」

 

 改めて、正面から鈴原トウジの顔を見た相田ケンスケは、少しばかり驚いた。

 顔は酷い有様だったが、表情が朗らかだったからだ。

 

「反省したって所か?」

 

「ま、そんな所や。アイツ、来るのは遅いんか?」

 

「どうかな、割と遅い側だと思うけど……」

 

「何処から来てるんかのぅ」

 

「自転車で通学してるから、そう近くは無いんだろうな」

 

「ほうか」

 

 そう言った時、2人が持つ携帯が鳴った。

 2人のモノだけでは無い。

 クラスに居た全ての人間の携帯が、見事な合奏(セッション)を成す。

 

 

 

 ゴミ出しを済ませたシンジは、通学用に用意した自転車を駐輪場から引っ張り出す。

 濃ゆい蒼色の、紫にも見える色をしたクロスバイクだ。

 別にシンジの趣味と言う訳では無い。

 NERVでの訓練後、何とは無しに行っていた作戦局の人間との雑談で、通学距離があるので自転車が欲しいと零したら、作戦局に自転車趣味者が居たのが運の尽き。

 アレよアレよとあっという間に、シンジの手元にこの自転車がやってきたのだ。

 有志一同からのプレゼント、そう言うモノであった。

 シンジとしては買い物袋を乗せられる前カゴがあれば何でも良かったのに、このスポーツサイクルである。

 とは言え頂き物であると鷹揚に受け入れていた。

 速度を追うロードバイク程では無いが快速車(ママチャリ)よりは遥かにスピードが出るので、乗り始めてからは気に入っていたが。

 

 チェーンロックをシート下のポーチになおし、跨ろうとしたシンジ。

 と、その携帯がポケットで自己主張した。

 特別非常事態宣言。

 新しい使徒の襲来であった。

 

 

 

 

 

「碇司令の居ぬ間に第4の使徒襲来……意外と早かったわね」

 

 第1発令所第1指揮区画で仁王立ちする葛城ミサト。

 その目は、発令所正面の主モニターには洋上から侵攻してくる使徒(BloodType-BLUE)に釘付けとなっていた。

 ピンク色の、名状しがたい形状をしている。

 しかも飛んでいる。

 鳥のように羽で羽ばたいている訳でも、飛行機のように何かを後方へと噴射している訳でも無い。

 重力など無いかのように、或いはそれが自然であるかの様にゆっくりと空へと浮かび進んでくる。

 

「非常識ね」

 

「使徒、だもの。そう言うモノなのでしょうね」

 

 科学者としての常識、或いは物理法則を小ばかにするかの如き使徒の行動に、もはやお手上げとばかりに切って捨てる赤木リツコ。

 対して葛城ミサトはあきらめの境地(ブッダスマイル)で受け入れていた。

 

 と、前衛となる国連統合軍(UN-JF)が水際での迎撃を図る。

 戦車部隊を筆頭に野砲やミサイルその他、国連統合軍は持てる火力をありったけと叩き込む。

 だが、先の使徒と同様に効果は無さげの様であった。

 否、前回の使徒は攻撃が侵攻を遅らせる効果をある程度は発揮していたのだが、此方の使徒は痛痒にも感じないとばかりに、反撃すら気配は無い。

 威力偵察にもなっていなかった。

 唯一、速度こそ多少は遅くなったのが成果であった。

 

 使徒を倒せるのはエヴァンゲリオンのみ。

 その事実を見せつける様な状況だ。

 とは言え、護民を任とする国連統合軍として動かないと言う選択肢は無かったのだが。

 

「シンジ君は?」

 

「現在、初号機の01ケイジに向かって移動中。既にプラグスーツは装着済みとの事です」

 

 打てば響くとばかりに答えるのは日向マコト少尉。

 黒縁の眼鏡をトレードマークとする実直そうな表情をした士官であり、作戦局第1課係長として葛城ミサトを支える女房役であった。

 

「結構。赤木()()、エバーの出撃準備は?」

 

 堅苦しく役職で赤木リツコの名を呼ぶ葛城ミサト。

 出撃に向けた儀式だ。

 その堅苦しさが大事であった。

 居住まいを正し、目の前の難局に立ち向かおうと言う気持ちであった。

 

「初号機は現在、B型装備で冷却中よ。機体に異常は無いわ」

 

「結構。装備の方は十分?」

 

「取り合えず標準型パレットガンは5セット、B型(B型パレットガン)も2セットは用意出来たわ」

 

「要塞機能は?」

 

「現在、予定火力の6割までなら使用可能ね。残りは国連軍頼りと言った所ね」

 

「技術部の復旧への努力に感謝するわ」

 

 先の使徒戦で、結構なレベルで叩かれていたのだ。

 使徒とエヴァンゲリオンの格闘戦による被害はそう大きい訳では無かったが、使徒が乱射した光線砲で第3新東京市の要塞機能はかなり低下していた。

 それを2週間程度で復旧させてみせたのだ。

 不眠不休の努力の賜物であり、称賛以外の事は出来ぬと言うものだ。

 

「彼らにもそう伝えておくわ」

 

 戦闘へ向けた準備が進んでいく。

 

 

 

 プラグスーツを着込んだシンジは、エヴァンゲリオン初号機の巨躯を見上げながら静かに闘志を燃やしていた。

 使徒との闘いは命が掛かっている。

 その事への恐怖はある。

 迷いもある。

 だがシンジは、それらを意志の力でねじ伏せていた。

 人間は何時かは死ぬ、問題は死に方であると教わっていたからだ。

 なこよかひっとべ(迷ったのであれば突撃せよ)の精神であった。

 そしてもう1つ。

 使徒の事があった。

 侵攻してくる使徒が、このNERV本部の地下に存在するリリスと言う存在に接触すれば、世界を滅ぼしかけたセカンドインパクトが再び発生し、今度こそ人類は滅んでしまう。

 それを防ぐためのNERV、そしてエヴァンゲリオン。

 エヴァンゲリオンを動かす事が出来るのは限られた人間であり、今、見つかっているのはたったの3人。

 その1人が己であると教えられたのだ。

 であれば死力を尽くすほかないとシンジは腹を決めていたのだった。

 乗らなければ世界が終わり死ぬ。

 乗っても使徒との闘いに負ければ死ぬ。

 同じ死ぬであるならば、せめて前向きでありたい。

 そう思うからであった。

 

 腹を括っているシンジの脇で多くの人たちが、エヴァンゲリオン初号機の出撃準備を進めて行く。

 システム、兵装などの再チェックが行われる。

 並行して冷却用のL.C.Lが排水されていく。

 その様に鼓舞されたシンジは深呼吸をした。

 本番(実戦)を前に過度に緊張しては良くない。

 薬丸自顕流の稽古でも散々に言われた事だった。

 だからシンジは笑う。

 無駄な力を抜く為に笑う。

 

 と、シンジの傍らに駆け寄ってくる女性が1人。

 技術開発局第2課、エヴァンゲリオン初号機の機付き長(初号機専属整備班班長)である吉野マキであった。

 肩までほどの髪をひっつめに纏めた、才女の風のある女性だ。

 白いツナギに、機付き長と教える様に白衣にも似たコートを着こんで居る。

 

「碇君、発令所より出撃まで20分が発報(コール)されました。準備は宜しいですか?」

 

 鋭利そうな雰囲気に反して、柔らかな声で尋ねて来る吉野マキ。

 既に顔見知りであるシンジは軽く頷いて答える。

 

よかど(準備万端ですよ)

 

 トイレなどは既に済ませている。

 プラグスーツには排尿ユニット(パック)などの装備も付いていたが、流石にそこにすると言うのにはシンジにはまだ躊躇があった。

 万が一は無いとは言われているが、排尿したものがエントリープラグに充填されているL.C.Lに漏れだしたらと考えると、とてもではないがゾッとする話だからだ。

 男子としてのプライドから、誰に言った事は無かったが。

 

「でしたらエントリープラグ搭乗デッキまで移動お願いします」

 

わかいもした(判りました)

 

 移動しようとしたシンジ、ふと、視線を感じる。

 左右を見た。

 居ない。

 見上げた。

 居た。

 綾波レイだ。

 乗るべきエヴァンゲリオンがまだない為、待機命令の下にある綾波レイは第壱中学校の制服を着こんで居た。

 

 友好的であろうと言う思いから手を振ってみるシンジ。

 が、綾波レイはプイっと横を向いた。

 思わず苦笑してしまうシンジ。

 

「どうしたの?」

 

ないもなか(なんでもありませんよ)

 

 先は長そうだ。

 そんな言葉をのみ込みながら、シンジは吉野マキの背を追った。

 

 

 

 

 

「ええっ、まただ!」

 

 シェルターの中に持ち込んだポータブルTVを見ていた相田ケンスケは、悲鳴を上げた。

 それまでLiveで第3新東京市を映していたニュース映像が途切れたのだ。

 小さな画面越しでも判る、国連統合軍や戦略自衛隊の緊迫した動き。

 演習では無いと判る戦車や戦闘機の動きをワクワクして(他人事として楽しんで)いた矢先に、全てが途切れさせられた(シャットダウンした)のだ。

 気楽なマニアとしては当然の反応であると言えた。

 

「なんや、また文字だけかいな?」

 

 そして、そうでない鈴原トウジは合いの手こそ入れても、興味なさげであった。

 興味がないと言う訳では無い。

 昨日殴り合いをしたシンジが乗っているかもしれないのだ。

 気にならない訳は無かった。

 只、戦闘に興味が走っている相田ケンスケとの温度差があると言う事であった。

 

「ああ。報道管制ってやつだよ。僕ら民間人には見せてくれないんだ。こんなビックイベントだっていうのに!」

 

 切歯扼腕。

 憤懣やるかたないと言った塩梅の相田ケンスケ。

 戦争が日常の脇に存在する。

 日常を送る第3新東京市が戦場になる。

 その事に興奮が止まらないのだ。

 だから、気楽に非常な手段を選んでしまう。

 

「なぁ、ちょっと2人で話があるんだけど……」

 

 

 シェルターの待機室を抜け出してトイレに行く2人。

 そこで相田ケンスケは鈴原トウジに協力を要請する。

 シェルターから出たい。

 戦争をこの目で見て見たいのだと。

 

「死ぬまでに、一度だけでも見たいんだよ!」

 

「上のドンパチか?」

 

「今度いつまた、敵が来てくれるかどうか、分かんないし。なあ、頼むよ、ロック外すの手伝ってくれ」

 

「外に出たら、死んでまうで?」

 

 鈴原トウジの脳裏に浮かぶのは大怪我を負った妹の姿だった。

 死んでしまうと言うのは比喩抜きの話なのだ。

 簡単に人は傷つくし、死んでしまう。

 日常の隣に潜んでいるものなのだ。

 その事を鈴原トウジはおぼろげに理解しだしていた。

 だが、相田ケンスケの異様な迫力に、反論の言葉は弱弱しくなる。

 

「ここにいたって分からないよ。どうせ死ぬなら、見てからがいい。それに、あの転校生が乗るロボットだぞ。それがこの前も俺達を守ったんだ。なぁ、俺は思うんだ。トウジはあいつの戦いを見守る義務があるんじゃないかって」

 

 支離滅裂であり、詭弁を通り越した事を言う相田ケンスケ。

 だが、熱意だけはあった。

 熱意、或いは狂気に鈴原トウジは折れる事となる。

 それは昨日の喧嘩に巻き込んだ、そして教師に叱られさせた事への負い目もあっての事でもあった。

 

「しゃーない。つきおうたるわ。けどおまえ、ホンマ、自分の欲望に素直なやっちゃなあ」

 

 

 

 

 

 出撃するエヴァンゲリオン初号機。

 その右手の兵装ビルが動き、その装甲シャッターが解放され、中からエヴァンゲリオン用の武器が顔をだす。

 パレットガン(EW-22)だ。

 使徒との最適位置に出撃したエヴァンゲリオン初号機。

 その最も近い兵装ビルは、少しばかり規格外サイズの銃剣付きパレットガン(EW-22B)を搬出する事が出来なかったのだ。

 とは言え、葛城ミサトとしては今回、最初は射撃戦闘を試みさせる積りであったので問題は無かったが。

 

『いいわねシンジ君。敵のA.T.フィールドを中和しつつピーガン(パレットガン)の一斉射、練習通りよ。良いわね?』

 

よか(大丈夫です)

 

『宜しい、では最終安全装置、解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

 全ての軛から解き放たれたエヴァンゲリオン初号機。

 シンジは手早く、しかし手慣れたと言うには聊かばかり不足気味の挙動で、兵装ビルからパレットガンを得て装備する。

 自動的に火器管制システム(FCS)が起動する。

 と、使徒が動きを変えた。

 変形する。

 胴体の様なものが下におりて人型めいた姿になる。

 エヴァンゲリオンに対抗しようと言うのだろう。

 だが、そんな事は関係ないとばかりにシンジはトリガーを引いた。

 電磁レールで加速された209㎜の劣化ウラン弾が発射される。

 拙いながらも指切り射撃を試みて、3~4発毎に射撃を停止して遮蔽物に隠れる。

 防御用の装甲ビルはエヴァンゲリオン初号機を使徒から隠す。

 違う。

 使徒からだけでは無い。

 エヴァンゲリオン初号機側からも使徒を隠したのだ。

 

『シンジ君、回避して!』

 

 葛城ミサトの叫び。

 その深刻さを含んだ勢いに、シンジは咄嗟に機体を飛ばす。

 しゃがむ様に。

 前へと飛ぶ。

 

「なっ!」

 

 次の瞬間、エヴァンゲリオン初号機が盾にしていた装甲ビルが弾けた。

 使徒の攻撃だ。

 ピンク色めいた光る鞭を生み出し、振るってきたのだ。

 使徒の身長、40m以上も延ばされた鞭は、それなりの防御力がある筈の装甲ビルを、まるで紙のように簡単に切り裂いたのだ。

 

なんちっ(なんだと)!」

 

 反撃。

 回避に横っ飛びをしながら射撃する。

 当たらない。

 命中しないのではない。

 使徒の前に存在するA.Tフィールドが凶悪な破壊力を持つはずの209㎜砲弾を受け止めたのだ。

 だが牽制の役割と割り切ったシンジは、そのまま回避しようとする。

 問題は、焦りが指切りを忘れさせ、弾倉(マガジン)が空になるまで連射したと言う事。

 着弾に際して発生した煙がエヴァンゲリオン初号機の視野を狭める。

 だが問題は無い筈だった。

 シンジは仕切り直しとばかりに、全力で後退する積りだったのだから。

 だがそれはシンジの都合。

 使徒は、それを許さない。

 

 爆発煙を切り裂いて飛び込んできた使徒。

 その勢いのままにエヴァンゲリオン初号機を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 シェルターの非常用脱出口から抜け出した相田ケンスケと鈴原トウジ。

 そのまま学校から出ると、近くの第3新東京市を一望できる裏山へと昇っていた。

 古い神社のある山だ。

 その境内で相田ケンスケは持ち出してきた望遠鏡で、嬉々として戦場を見て居た。

 

「凄い! 凄い! これだ、これぞ苦労の甲斐もあったと言うもの!」

 

「元気なモンやナァ」

 

 対して、戦場にも戦闘と言うモノにも興味の薄い鈴原トウジは、落ち着いて戦況を見ていた。

 だから先に気づいた。

 

「あ、アカン」

 

 初号機が吹き飛ばされて来るのを。

 少しだけ遅れて相田ケンスケも理解する。

 自分たちが部外者(局外観測者)ではなく、当事者であると言う事を。

 

「こっちに来るぅ!?」

 

 2人を覆うように落ちてくるエヴァンゲリオン初号機の巨体。

 逃げる間は無い。

 出来る事は神様仏様へと祈る程度だ。

 

「うわああああああああああああ!」

 

「どわああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

やいおったが!(よくもやったな)

 

 見事に吹き飛ばされ、派手に着地したエヴァンゲリオン初号機。

 その衝撃に揺さぶられたシンジであったが、戦意は如何ほども緩んでは居なかった。

 否。

 それどころか攻撃を受けた事で、痛みを味わった事の痛みが怒りに、怒りが戦意へと転化していた。

 獣めいて笑う。

 歯をむき出しにして笑う。

 戦意に不足なし。

 まだ固定装備と言うプログレッシブナイフ(EW-11)がある。

 戦える。

 目の端で電力残量(活動限界)を確認する。

 4分38秒の文字。

 まだ動ける。

 戦える。

 そうシンジが腹を決めた時、その耳朶を葛城ミサトの声が叩いた。

 

『シンジ君、下! 貴方の同級生が居るわ!!』

 

なんちな(なんだって)!?」

 

 エヴァンゲリオン初号機の指の隙間から、怯えて頭を抱えて丸まっている相田ケンスケと鈴原トウジが見えた。

 

『何故こんな所に?』

 

『そこの2人を操縦席へ入れて回収、以後一時退却、出直すわよ!』

 

『待ちなさいミサト、許可のない民間人を、エントリープラグに乗せられると思っているの!?』

 

 発令所の混乱した空気が、スピーカーから聞こえて来る。

 だがシンジはそれにかかわる事無く、大きく笑う。

 笑い出す。

 

よか(凄い)よかぼっけじゃ(凄い無茶をしたものだ)!!」

 

 馬鹿と紙一重か、乗り越えた大馬鹿者か。

 そんな無謀な事をしでかした事が楽しかったのだ。

 臆病よりも蛮勇が貴ばれる、そういう教育()を受けてきたのだ。

 だからこそ笑った。

 その様、正しく呵々大笑。

 腹の底から楽しそうに笑った。

 

『シンジ君?』

 

葛城さぁ(葛城さん)2人を連れもどっが、どけな(2人を連れて何処に下がれば良い)?」

 

『日向君?』

 

『直近の回収ルートは34番! 山の東側です!!』

 

『聞いたわね、シンジ君! 急いで!!』

 

まかっしゃんせ(待っててください)! ふたりとめ指につかまいやいな(2人とも捉まってて)!」

 

 繊細にエヴァンゲリオン初号機の指を動かしたシンジは、地面ごとに2人を回収する。

 両手で大事に保護する。

 葛城ミサトはエントリープラグへと迎え入れろと言ったが、シンジは、それが()()だと考えていた。

 機体を止めて、エントリープラグを露出させ、2人を迎え入れる。

 その時間が致命的な隙であると考えたのだ。

 可動限界も近い。

 そんな状況で、しかも使徒が迫ってくる中で隙など見せられる筈が無かった。

 ()()()()()であっても、エヴァンゲリオン初号機の手で掴まえて下がる方が安全だと判断したのだ。

 

歯をかんみゃい(歯を噛んでて)とんど(飛ぶから)!!」

 

 早口のさつま言葉を2人が理解する前に、シンジはエヴァンゲリオン初号機を横っ飛びにした。

 緊急回避。

 使徒がツッコんできたのだ。

 

こぁ、かんたんにはいかんどな(これは簡単には下がれないか)

 

 腕の中から聞こえてくる悲鳴、その一切を無視してエヴァンゲリオン初号機を奔らせるシンジ。

 遮蔽物の少ない山の中では危険であると断じての事だった。

 

葛城さぁ、次をたのんもんで(葛城さん、次の指示を)!」

 

 八艘飛びの勢いで山肌を蹴って進むエヴァンゲリオン初号機。

 一気に第3新東京市戦闘用街区に戻る。

 それで稼げた時間で、回収班が命がけで出て来ていた非常用ビルに2人を下す。

 土塊と一緒に荷物めいているがシンジも、回収班も誰も気にしない。

 回収班が2人を引っ立てて行くまでの間、シンジは非常用ビルの前で仁王立ちをする。

 無謀な2人も、命がけで職務を全うする回収班も、共に褒めたたえるべき勇敢なる者(ぼっけもん)とシンジは認めたのだ。

 だから盾となる事に迷いは無い。

 

 電源ケーブルを再接続し、内蔵武器(プログレッシブナイフ)を装備させようとしたシンジ。

 そこに1つ、朗報が与えられる。

 

『シンジ君、貴方の右隣りの兵装ビルが見える。そこに依頼の品を用意しておいたわ』

 

 改良型のパレットガン ―― バヨネット付きパレットガン(EW-22B)だ。

 

よかっ(有難う御座います)!」

 

 掴み、そして装備する。

 通常のパレットガンとはひと味違う剛性感、そして重さ。

 シンジは満足感と共に獣性の笑みを浮かべる。

 

じゃひたら(こうなれば)後はチェストするだけやな(後は突撃あるのみか)葛城さぁ(葛城さん)行ってよかな(突貫、宜しいか)?」

 

『シンジ君、無理だと思ったら後退よ、良いわね』

 

よかっ(わかりました)!」

 

『なら突撃して良し!!』

 

 葛城ミサトの命令が出た。

 軛から放たれたシンジ、そしてエヴァンゲリオン初号機。

 

「キィィィェェェェェェッ!!」

 

 猿叫、その魂を震わせる叫び声と共に、シンジは銃剣突撃を敢行する。

 使徒の接近速度にも匹敵する速度で突っ込む。

 相対速度が100㎞/hを超える勢いでの衝突となる。

 A.Tフィールドの衝突。

 中和。

 踏み込み、そしてエヴァンゲリオン初号機の体重を乗せた銃剣を使徒の赤いコアへと一気に突き刺す。

 刺さる。

 とは言え使徒もやられるばかりではない。

 鞭を槍のように扱い、エヴァンゲリオン初号機を穿つ。

 2本の槍が突き刺さったエヴァンゲリオン初号機。

 機体から伝わってくるシンジの胸と腹とを刺す痛み。

 その痛みすら、シンジには笑いを加速させるものでしかなかった。

 歯を噛みしめず、薄く笑い無駄な緊張を乗せる事無くシンジはパレットガンのトリガーを引くのだった。

 

 極至近距離からの、電磁レールによって加速された209㎜の劣化ウラン製の徹甲弾は使徒のコアに致命的な破壊をもたらしたのだった。

 

 

 

 

 

 




2021.12.01 文章修正
2022.02.12 文章修正
2022.08.23 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02-Epilogue

+

 避難シェルターからの勝手な移動 ―― 特別非常事態宣言に含まれている避難義務を怠った事となった鈴原トウジは、酷い顔でベンチに座っていた。

 場所は第3新東京市の地表部分、NERVの一般外来者向けの応接ターミナルの面談室だ。

 特務機関として、業務の一般公開は行っていないNERVであるが、それでも国連の人類補完委員会の下にあるが故に外向けの部分が必要である為、特設された設備であった。

 同時にNERVスタッフの通勤路、駅の役割も担う場所だ。

 別段、エヴァンゲリオン初号機の機動等で怪我をしたと言う訳では無い。

 只、救助してくれたNERVの回収班(保護スタッフ)から手荒く絞られ、その上で避難実行担当である第壱中学校の教師陣からはこってりと叱られ、そして最後に親からに怒られたのだ。

 全てが終わったのは日付が変わる所か、明け方の寸前だったのだ。

 それはもう、顔色も悪くなるのも当然と言うものであった。

 

「よう」

 

 死にそうな顔をした鈴原トウジに声を掛けたのは、負けず劣らずの顔をした相田ケンスケであった。

 

「生きとるか?」

 

「ああ、何とかな」

 

「お互い、えらい目におうたな」

 

「そうだな」

 

 疲れ果てたとばかりに、鈴原トウジの隣に座り込んだ相田ケンスケ。

 同病相憐れむといった風情であるが、此方の凹んでいる理由は少しばかり違う。

 相田ケンスケは、唯一の親族である父親との関係が崩壊状態である為、今回の事でもさして怒られなかったのだ。

 学校からの叱責も馬耳東風。

 NERVから絞られた事に至っては、リアルなミリタリーとばかりに内心では喜んでいる有様であった。

 そんな相田ケンスケが凹んだ理由は、持ち出していたカメラやビデオなどが、その記録情報もろとも没収廃棄された為であった。

 戦闘機やヘリ、そしてエヴァンゲリオン初号機が写っているソレらは、とてもでは無いが返却されるものでは無かった。

 相田ケンスケの眼前で破砕され、廃棄された。

 年齢の割に少しばかり知恵の回る相田ケンスケは、財産権の侵害だと声を上げたが、相手にされる事は無かった。

 NERVに与えられた権限、特務機関NERVに関する法案の特権条項とも揶揄されるA-18、そこに付随する[情報の機密保護に関する規定]に基づく処置であった為だ。

 お年玉や()()()で稼いだ金で買い込んだ、中学生には分不相応な高級品は念入りに破壊されて返却された。

 黒いゴミ袋に入れられたソレが、一番に相田ケンスケを痛めたのだった。

 

「しかし、ワシらなんでここに置かれとるんかのー」

 

「さあな。俺も聞いてないよ…………腹減った」

 

「そやなー」

 

 そんな2人の正面の壁にあるドア、NERVの施設側入り口が軽快な圧搾空気音と共に開いた。

 

 

 

 

 

「あの子たちへの処分(処罰)、アレでよかったの?」

 

 2度目の使徒戦、その後片づけに奔走し、結果として徹夜をする羽目になった赤木リツコは、同境遇の葛城ミサトにコーヒーを手渡しながら訪ねた。

 場所は茶室(A Mad Tea-Party)だ。

 今日も今日とて、この2人の女性は上級者向けの歓談室を執務室の様に使っていた。

 他に佐官級の人間が居ないと言うのが1つ、そして何より彼女たちの執務室や仮眠室よりもこの場の方が快適と言うのが大きかった。

 

「あーん? ああ、シンジ君の同級生2人ね。良いんじゃないの」

 

 一瞬だけ考えて思い出す。

 赤木リツコが話題にしたのは、碇シンジのクラスメイトでもあった闖入者の事であると。

 眠たげな顔でコーヒーカップを受け取った葛城ミサト。

 手の中のソレを、親の仇のようにも見ている。

 カフェイン摂取(眠気覚まし)の為に、もはや何杯目ともしれない熱いコーヒーなのだ。

 過剰労働の根源とばかりに憎むのも仕方の無い話かもしれない。

 

「初犯だし、広義のNERV関係者だし、後、シンジ君のクラスメイトでしょ。情状酌量であんなモノでしょ」

 

 軽い口調の葛城ミサト。

 だが2人への処分は、言う程に軽いものではない。

 内容は兎も角として、少なくとも日本国政府による処罰を受けたと言う事は、決して軽くは無い。

 高校への進学、或いは就職時に決して無視できない重荷(ペナルティ)となるのだから。

 只、赤木リツコが更なる重罰が必要だと思っているのは、第3新東京市での戦闘に際して一般市民がこの2人の様に軽い気持ちで動かれては堪らないからであった。

 特に、第3新東京市要塞部分の管理運営を担当する技術開発局としては、機密保持に掛かる手間が増える様な事は勘弁して欲しいと言うのが本音であった。

 それ故の一罰百戒要求だ。

 

「それより問題は、情報漏洩の方よ」

 

 気怠げな口調ではあるが、目だけは鋭く言う。

 情報漏洩。

 それは相田ケンスケの尋問の際に判明した、()()()()()()()()()であった。

 仕事が忙しい為に、一部のスタッフが勝手に家に情報を持ち帰ったりしていた事が判明したのだ。

 相田ケンスケは家にあった父親のPCを勝手に覗き見て、NERVの情報を得ていたのだ。

 シェルターを勝手に出た事よりもよっぽどに大きな問題であった。

 実際、相田ケンスケの父親である相田タダスケ曹長は戦略調査部調査情報局第1課と言う、情報戦に絡む部署に居た事から問題は深刻であった。

 当の本人が、己の息子への教育の不甲斐なさの責任を取ると述べ、辞任を申し出てくる程であった。

 尚、それは葛城ミサトからの助言と碇ゲンドウの決裁により、戦略調査部調査情報局第1課課長代理である青葉シゲル中尉の権限で却下されていた。

 温情(身内意識)もある。

 だがそれ以上に、()()()()()()()()()()()と言う話であった。

 

「とは言えその原因って、人手不足の所を襲った仕事量の圧倒的な増大(使徒襲来に伴う作業の拡大)だもの。それを高圧的に叩けば人が居なくなるだけよ」

 

「そうね」

 

「だから軽い処罰でやる。今で踏みとどまってくれれば(仕事を持ち帰らない様にすれば)大目に見る。少なくとも相田曹長は戒告処分で終わらせる。その事例案内で理解させるのよ」

 

 葛城ミサトのソレは指揮官としての、或いは人を統率する為の手法であった。

 厳罰による綱紀粛正を狙う赤木リツコとは違う視点であった。

 

「碇司令の許可は取ったの?」

 

「もっち、上申済みで決裁済みよん」

 

「なら、言うだけ野暮だったわね」

 

「そういう風に言って貰えるから、足元を確認できるのよ私も。だから有難うリツコ」

 

「どういたしまして」

 

 気分転換の雑談を終えた2人は、仕事(現実)に戻る。

 14年ぶりに現れた使徒、だが2度目はたった2週間であったのだ。

 次の使徒が明日来てもおかしくは無い。

 そう言う危機感が2人を駆り立てているのだ。

 

「取り合えず碇司令が人類補完委員会からぶんどってきた第2次補正予算、アレでエヴァ用の装備開発が加速しそうよ」

 

「そう言えば、司令がドイツ支部から巻きあげた研究成果もあったっけ?」

 

「ええ。お陰でポジトロンライフルの実用化とパレットガンの更なる大威力化が図れそうよ」

 

「どっちが簡単そう?」

 

 興味本位というよりは、願望めいた顔で聞く葛城ミサト。

 その豊満な胸の内で願うのは陽電子砲(ポジトロンライフル)の実用化であった。

 

 実戦で効果を発揮して見せたパレットガンは、発砲原理が電磁レール方式である為、大威力化だけであれば比較的容易だ。

 対してポジトロンライフルに関して言えば、陽電子の収束技術に関してもう2歩程の技術革新が必要と言った塩梅であった。

 だが威力で言えば圧倒的にポジトロンライフルが優位なのだ。

 少なくとも、設計時の理論値(理想上の最小威力)であっても。

 今後の使徒が防御力を増していかないとは限らないので、エヴァンゲリオンの運用を担う葛城ミサトとしては、より大威力兵器を欲する気分があった。

 残念ながら、現実は気分を裏切る。

 

「簡単なのはパレットガンね。此方は基礎データが揃ったもの」

 

「そりゃ残念!」

 

 

 

 

 

 対使徒戦を終えてのSEELEへの報告会。

 いまだ碇ゲンドウは、自分に対する温情の類に慣れかねていた。

 疎まれ、或いは憎まれる事の多い人生だったのだ。

 この状況に適応しきれないのも当然と言えた。

 

 尚、SEELE側からすれば、小憎たらしかった碇家の入り婿がしおらしい顔をしているのだ。

 しかも、善意めいた言葉を言えば、何とも評しがたい苦い顔をするのだ。

 面白くて仕方の無いと言う部分があった。

 皮肉であれば鉄面皮となれる男が、善意めいた言葉であればわたわたとしているのだ。

 愉快極まりないと言うものであった。

 又それは、NERVが使徒との2連戦を存外に低い被害で乗り切っていると言う状況も影響していた。

 少なくとも最悪の想定、常に第3新東京市要塞機能が半壊する様な時に比べれば、必要な予算や資源は段違いに低く抑えられているのだ。

 SEELEとて人の子の集団。

 気が楽になる(気分が良くなる)のも当然とも言えた。

 

「第3使徒、そして今回の第4使徒。NERVは良くやっている」

 

「有難う御座います」

 

「今回は君の代行として、葛城中佐が指揮を執ったと言う」

 

「然り。()()()()()()()()()はあった様だが、成果自体は認めよう」

 

「だが油断してはならぬ。子育てや怪我と一緒だ。気を付けたまえ碇」

 

「はっ」

 

 油断していると打ち込まれて来る善意(善意の皮を被ったナニカ)に碇ゲンドウは奥歯を噛みしめる。

 弄ばれている。

 顔色を見て笑われている。

 被害妄想めいた気分で自分を律せねば、道化めいた事になる。

 そう自分に言い聞かせている。

 

「そういう顔をするな、歯に悪いぞ」

 

「歯が無くなっては食べる楽しみが減る」

 

「困ったものだよ碇。肉を噛み千切ると言う粗野だが、面白い行為も出来なくなるからな」

 

「左様、歯は健康のバロメーターと言う」

 

 これはSEELEの会議の筈だ。

 高齢者の寄り合い所じゃない。

 碇ゲンドウは、自分にそう言い聞かせて報告会を乗り切るのだった。

 

「全てはSEELEのシナリオの儘に」

 

「碇、計画の着実な実行、そして健康を祈る」

 

 

 会議が終わった後、碇ゲンドウは思いっきり机を蹴飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 相田ケンスケと鈴原トウジの所へ来たのはシンジだった。

 学生服とは違う、黒を基調としたNERVの適格者(チルドレン)向け制服を着こんで居る。

 それを着込むシンジはにこやかに笑っている。

 

謹慎すっち聞いたで(謹慎処分を受けると聞いたので)さきにゆとこうちおもてな(言っておこうと思ってね)

 

「なんや」

 

ぼっけじゃち言うとかんとちおもてな(勇敢だったと。褒めておこうと思ったんだ)がいたくられたやろがな(怒られたでしょ)?」

 

「しこたまにしぼられたで」

 

じゃっどがな(だろうね)

 

 にこやかに会話する2人。

 対してシンジの方言(かごしま弁)が理解出来ない相田ケンスケは微妙な顔をしていた。

 いや、別に鈴原トウジが理解できている訳では無い。

 同じ標準語を使わない同士のシンパシーか、何となく理解できたのだ。

 或いはそれは、鈴原トウジと相田ケンスケのコミュニケーション能力の差なのかもしれない。

 大まかな意思疎通が出来れば良いと思う大らかさの有無なのかもしれない。

 

 只、それでも聞き続けていたお陰で、相田ケンスケも何となくシンジの言おうとする事が理解出来る様になった。

 シンジは戦闘を邪魔されて怒ってない。

 それどころか、戦場にノコノコと出てきた事を、ぼっけ等と言って褒めてくれている。

 それが判ったからこそ、先に頭を下げる事を選んでいた。

 相田ケンスケと言うひねくれた所のある少年の、矜持とも言えた。

 

「シンジ、すまん」

 

ないがな(何が)?」

 

「褒めてくれるのは嬉しい。だけど、やっぱり戦闘を邪魔したのは短慮だったって思ったんだ。トウジは悪くない。全部、俺が悪かったんだ」

 

よか(いいよ)よかとよ(いいんだよ)ぼっけちぁそういうもんじゃっひとよ(勇敢というのはそういうものだと思うよ)

 

 損得勘定とかそういうモノを抜いて。

 やるべきと思った時にやってしまうものだと言う。

 迷った時には先ず突撃しろ(なこかいとぼかいなこよかひっとべ)、と。

 

「シンジ……」

 

「それなケンスケ、それやとワシが()()()()()()ゆー話にならんか?」

 

「いや、そういう積りじゃ無いって!」

 

よかよか(いいんだよ)おはんもぼっけやっでよ(付き合いでやるのも立派さ)

 

 笑うシンジ。

 

「なぁケンスケ。ワシ、ぼっけってバカって言ってる気がしてきたんやけどな」

 

「奇遇だな、俺もそう思う」

 

 ジロっとシンジを睨む2人。

 シンジは笑ってる。

 笑って答えた。

 

そいもぼっけよ(それもぼっけだよ)

 

「ええ加減すぎやろ!?」

 

 関西の血が、思わず鈴原トウジにツッコミをさせていた。

 笑うシンジ。

 いつの間にか鈴原トウジも、相田ケンスケも笑っていた。

 

 それを見ていたシンジの護衛役、黒い背広を着こんだ適格者(チルドレン)護衛を専門とする保安諜報部保安第2課の男2人は肩をすくめて笑いあった。

 青春だ、と言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 




2021.12.21 文章修正
2021.12.25 文章修正
2022.02.12 文章修正


+
デザイナーズノート(こぼれ話) #2

 ノープランで続いてしまったが故に割と頭を抱えた部分3割。
 残りは、ま、適当に本編をなぞりつつも、何だかなー と言う部分を変えていけば良いヨネと思ったのが2割。
 そして半分以上は、ヤル気アグレッシブにシンジ君行って見よう感ががが(のーぷらん

 取り敢えず、TV版を見てて思っていたのが、シンジ君は引っ込み思案では無いと言う事
 根っこは気が強いし前向きだと言う点が大事にされない二次創作が多いナァ と思ってた不満点の解消だったりする訳で。
 後半戦でのシナリオの都合でメンタルポキポキされるまでの、育成環境によって後ろ向きになりがちだったのが健全になりつつあったのを、そのママ行けばとも言えまする。
 ま、シナリオの都合と言うか、世界の都合とかでポキポキしようとしてきたら、相手をへし折れるような鍛え方をしたったーぁ!! と言うシンジ君な訳で。
 なのでトウジ君とは全力全開の殴り合いに(オイ
 お陰で、ナニカ、シンジ君の野蛮力に合わせてトウジ君もももも(ヒデェ
 余波でケンスケ君は犠牲となりましたが、ま、仕方ないね!!
 後、#2なシナリオでエントリープラグに2人が入るのは、流石に無茶が無い? となって改変。
 ねー
 だって40m級に子どもを登らせるのってどーよ?
 そんな疑問への個人的回答でもありまする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

参) ANGEL-05  RAMIEL
03-1 Alt Eisen


+
風向きを気にすれば種は蒔けない
雲行きを気にすれば刈り入れはできない

――旧約聖書     









+

 NERVアメリカ支部にて建造中であったエヴァンゲリオン4号機のNERV本部輸送のスケジュールが正式決定すると共に、エヴァンゲリオン零号機は試作機としての役割を終える事となった。

 代わりに、試験機(技術開発局の玩具)であると共に予備機(パーツ取り機)としての役割を得る事となる。

 適格者(パイロット)2人に3機のエヴァンゲリオン。

 更に将来的には適格者1名と1機の実戦用エヴァンゲリオンが加わる予定なのだ。

 これで作戦局は、第3東京市での運用に限れば余裕が出来ると安堵していた。

 

 だが、技術開発局としては安穏としていられる訳では無い。

 先ずはエヴァンゲリオン零号機の、起動実験失敗時に行われた凍結処置が解除、そして運用可能な状態への改修工事が行われる事となっているからだ。

 否、既に凍結解除処置は行われている。

 非常用の特殊ベークライトでの拘束は解除されており、エヴァンゲリオン零号機は、改装作業用の格納庫(ケージ)へと移されていた。

 エヴァンゲリオン初号機での運用実績を基に解析したお陰で、失敗した起動実験の原因を特定する事が出来ており、それに基づいた改修が行われていた。

 併せて、火器管制システムの設置や戦闘用装甲の取り付けなど多岐に渡る改修も実施されている。

 技術開発局の第1課、所謂E担当(エヴァンゲリオン)課は何とも忙しい事になっていた。

 

 その忙しい最中にあっても、決して手を抜けない事があった。

 適格者たち(チルドレン)の訓練である。

 剣術の修練は積んでいても、射撃装備なども含めた近代的な戦闘訓練を受けていない碇シンジ。

 此方はある意味で問題は無かった。

 第3と第4、使徒との連戦にて戦闘の勘所(コンバット・センス)を理解している事を実証していたのだから。

 問題はもう一人の適格者(チルドレン)、綾波レイである。

 色素の薄さが存在感の薄さ ―― 自己主張の儚さに繋がる様な、美少女と評して間違いの無い少女は、今まで開発スタッフの一員としての教育と訓練を受けていた。

 それが、戦闘スタッフとしての訓練へと変わるのだ。

 それは簡単な事では無かった。

 銃器その他の使い方は、その開発に携わっていたので理解はしていた。

 だが、それが同時に(イコールで)戦えると言う事を意味する訳では無いのだから。

 だがやらねばならぬ。

 それはNERV本部が対使徒戦闘集団へと変容するのと、ある種、軌を同じにしているとも言えた。

 

 

 

「で、どうなの?」

 

 問いかけたのは赤木リツコ。

 字面だけで言えば冷たい響きがあったが、実際には、常日頃の鋭利さがぼやけた様な疲労の色が乗った言葉であった。

 眠気を煙草(ニコチン)コーヒー(カフェイン)で散らし続けて居るが故に、目元にはどす黒いクマが出来ていた。

 技術開発局の局長として、エヴァンゲリオン4号機の受け入れ作業まで管理監督しているのだ。

 忙しさは今のNERV本部で一番であるとも言えた。

 そんな赤木リツコが問いかけたのは、作戦局の葛城ミサトであった。

 問いかけた内容は1つ。

 NERV本部を統括管理する第7世代型有機コンピューターMAGIが構築した仮想空間でのデジタル演習にて交戦訓練を行うシンジと綾波レイの事であった。

 赤木リツコは軍事的素養に関する教育を受けていない。

 そうであるが故に、デジタル演習の管制室モニターに表示されている情報からの意味が読み取れないのだから。

 とは言え、それは職務からの質問と言う訳では無かった。

 デジタル演習は作戦局が主導しており、技術開発局は第1課が協力しているだけである為、正直、赤木リツコ(局長級スタッフ)が詰めている必要は無いからだ。

 又、それは葛城ミサトにも言えていた。

 デジタル演習は通常業務の一環として行われている為、作戦局第1課課長であると共に局長代行でもある葛城ミサトにとっても手離れさせた仕事であるのだ。

 作戦局第1課の係長である日向マコト少尉が音頭を取り、技術開発局第1課の課長補佐である伊吹マヤ少尉が中心となって支えている業務とも言えた。

 

()()()って感じ?」

 

 少しばかり軽い感じで返す葛城ミサト。

 此方は手に持ったコーヒーを楽しむ余裕がある。

 ある意味で気楽な立場故であろうか。

 それを赤木リツコは咎めない。

 彼女とて、ある種の気分転換にこの演習を見に来ていたのだから。

 

「というと?」

 

 2人の前にあるディスプレイには、仮想空間内で激しくぶつかり合うエヴァンゲリオン初号機と4号機の姿が映し出されていた。

 エヴァンゲリオン初号機は大型で刀状の武器 ―― EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を振り回している。

 対して銀色のエヴァンゲリオン4号機はEW-22B(銃剣付きパレットガン)を乱射している。

 最初からエヴァンゲリオン同士の戦いをやっていた訳では無い。

 デジタル演習開始時は再現した使徒との交戦(戦闘訓練)が行われていたのだが、再現された使徒の挙動が画一化している(ワンパターンであった)為、これでは訓練として効果的では無いとの批判(クレーム)が作戦局第1課から上がった結果であった。

 そして実際、人間同士での戦闘(Player vs.Player)の方が戦闘で機知を働かせ、考える ―― 効果的な訓練となる要素が大きかった。

 シンジも綾波レイも必死になって考えて戦っている。

 だが、戦いは一進一退とはなっていなかった。

 シンジの猛攻に、綾波レイは対応するだけで精一杯と言う有様であった。

 射撃による牽制をしながら距離を取ろうとしているが、機を見ては突貫されて、銃剣で抵抗しようにも勢いの差で抗しきれないと言う塩梅だ。

 

「レイはチョッチ、冷静過ぎるって事ね」

 

「冷静なのは良い事じゃないの?」

 

「冷静自体は良いわよ? 只、冷静過ぎて状況を見すぎてしまう感がね、あるのよ」

 

「?」

 

「慎重である事は大事。だけど慎重すぎると(チャンス)を失うわ。何事もそうでしょ?」

 

 シニカルに笑う葛城ミサト。

 研究も投資も、或いはモノを買う時や男女仲でも、みんなそうだと言う。

 戦場で臆病である事は大事だけれども、慎重が過ぎるのも問題であると言う。

 その事に感じる所のあった赤木リツコは、少しだけ渋みのある顔で頷く。

 

「中々に、実体験に基づく含蓄がありそうね?」

 

「やーね。一般論よ、一般論?」

 

「大学時代とか?」

 

 ボソッと言う赤木リツコに、目が泳ぎ出す葛城ミサト。

 そんな管理職の会話(戯れ)を背に、デジタル演習は加速していく。

 踏み込むエヴァンゲリオン初号機。

 距離を取ろうとするエヴァンゲリオン4号機。

 最終的に、戦闘時間が長期化した事で綾波レイの集中力が低下、そこを察知したシンジが一気に飛び込んでの打ち込みを果たし、決着が着く事となる。

 袈裟懸けに真っ二つになったエヴァンゲリオン4号機。

 

「戦績は?」

 

「7勝1敗、1引き分けってトコ」

 

「これが最初の1敗じゃないわよね」

 

「そ。だから少し休憩ね。ぶっ通してで2時間だもの。レイが集中力を失うのも当然だわ。日向君、2人に上がる様に伝えて。休息は、昼休憩も込めて3時間の方向で。皆も、手持ちのデータを打ち込み終わったら、めいめいが休憩取って頂戴ね」

 

 後半は、赤木リツコでは無くデジタル演習統括の日向マコトに伝える。

 本来であれば葛城ミサトが嘴を挟む話ではない。

 だが、生来の真面目さ故か日向マコトには根を詰める所があるので、こうやって管理する必要があったりもするのだ。

 有事は兎も角、平時であれば休息による体調(コンディション)管理も大事な仕事なのだから。

 

「はい!」

 

 

 

 休憩。

 L.C.Lは体調調整効果も持っては居るが、それでも2時間から浸かりっぱなしとなれば疲労感が出て来る。

 特に、露出している顔周りや髪は何とも言えない不快感が出て来る。

 それをシャワーでさっぱりと流したシンジは、昼飯でも食べに行こうかと食堂に向かおうとした。

 料理が1つの趣味になっているシンジは、常日頃は自分で作った弁当を持ってきていた。

 だが、通日でエヴァンゲリオンの試験や訓練をする日などは流石に億劫であり、その限りでは無いのだった。

 昼からもエヴァンゲリオンに乗る(L.C.Lに浸かる)とあって、食事は軽めの方が良いかと思いながら通路を歩いていたシンジ。

 それを止める声。

 

「お疲れ様♪」

 

 ニコニコ笑顔の葛城ミサトだ。

 そこにシンジは、何か微妙な臭いを感じた。

 何かを腹に抱えている感じ、とでも言うべきだろう。

 シンジから見て葛城ミサトは悪い人間では無い。

 悪い人間では無いのだが、時々、その善意(行動力の空回り)から、面倒くさい事をする事があるのだ。

 

「良かったらお姉さん達とご飯しない?」

 

 ()と来た辺りで、面倒事確定である事を理解した。

 そこで無駄とは思いつつ1つのアピールをする。

 ご飯を持ってきてない。

 

食堂へたもいけ行っで、後にしてもらえんけ(ご飯の後では駄目ですか)?」

 

 だが残念、上司からは逃げられない。

 ジャン! とばかりに自分のIDカードを見せる。

 NERV本部敷地内であれば、電子マネーの支払いも出来る優れものだ。

 全て給与からの天引きで買える上に、設定された限度額以上は自動的に翌月に繰り越されると言う優れものだ。

 当然、中佐相当の給与を貰っている葛城ミサトの支払い能力はド高い。

 

「そこは任せて貰って良いわよン。奢っちゃうから」

 

わかいもした(ではお願いしますね)

 

 

 

 葛城ミサトに連れて来られたのは、高級士官用(佐官以上向け)の歓談室である終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)だった。

 初めて入るシンジは、一般の質実剛健さが表に出ているNERV本部施設とは異なった豪奢な内装に呆れにも似た表情を見せていた。

 真っ白なクロスの掛けられたテーブル。

 椅子もソファーめいている。

 壁には絵画が掛けられており、窓にはクロスオーバースタイルのレースカーテンが用意されている。

 何とも欧州的趣味が出ているが、稀に国連軍から派遣されて(出張して)来ていた非自衛隊系の佐官級以上の将校からは好評であった。

 

 特別扱いは料理にも及んでいる。

 専用のキッチンは流石に無いが専用のメニューは用意されており、一般食堂で調理して持ってくるものとされていた。

 無論、その分価格(サービス費)は高くなっている。

 佐官級の給与が無ければ満喫できない場所とも言えた。

 そんな場所で、物珍し気に内装を見ながら4人テーブルに着席するシンジ。

 葛城ミサトが洒落た手書きのメニューボードを差し出して来る。

 

「何を頼んだって良いわよ?」

 

 メニューの値段と、それを意にも介していない葛城ミサトの太っ腹ぷりに呆れつつシンジは、ボリューム感のあるクラブハウスサンドのセットを選んでいた。

 セットはフレンチフライ(ポテトフライ)とコーラだ。

 欧州よりもアメリカンな料理ではあるが、この手のパンチ力のある食べ物を望む将校も多い人気メニューであった。

 当然、葛城ミサトも好んでいた。

 

「良いのを選んだわね、それ美味しいわよ?」

 

 日中は配置されている、NERVの制服の上に純白のエプロンを付けた従卒(メイド・ガイ)に注文を出す葛城ミサト。

 だがシンジの意識は、そちらを向いていない。

 2人掛けのテーブルもあるのに、この大き目の4人テーブルが選ばれた事に、誰かが来るのだろうし、それが()()なのだろうと勘案していた。

 果たして、注文が終わった頃に赤木リツコがやってきた。

 

「お待たせ」

 

 赤木リツコは1人では無く、綾波レイを連れている。

 それが本意では無いというのは、綾波レイの整った、アルビノ故の色素の薄さから冷たげに見える顔がほんの少し不満げに歪んでいる事で判る。

 大人組が気を利かしたのだ。

 シンジと綾波レイが交流できる場の用意だ。

 2人には対話が必要と言う判断だった。

 

 先ずは食事。

 肉っ気の多いシンジに対して、綾波レイは肉無しが良いとリクエストした為、フランスパン(ガーリックトースト)ジャガイモのスープ(ヴィシソワーズ)となった。

 とりあえず黙食。

 他人の顔色を窺わないシンジと我が道を行くタイプの綾波レイ。

 そんな2人で、しかも距離があるのだ。

 そりゃ、そうなると言うものであった。

 食事を一緒にすれば勝手に仲も少しは良くなるだろう、そう当て込んでいたのに少しばかりアテが外れたと言う表情の葛城ミサト。

 そんな友人(マブ)をブザマねと言わんばかりの表情を見せる赤木リツコであった。

 

 

 大人の下心など意にも介さぬと言う風であった子どもたちであるが、食後は意外な展開を見せる事となる。

 対話だ。

 それぞれの手に緑茶と紅茶を持って言葉を交わす。

 

「どうして叩いたの?」

 

 初手は綾波レイであった。

 ティーカップを置いて、シンジに真っ向から切り込む。

 内容は言うまでもないだろう。

 碇ゲンドウの事だ。

 

ひっぱたかんな、ならんかったでよ(叩かねばならない事をしたから)

 

「……どうして?」

 

 リアクションが少し遅れたのは、シンジの言葉(かごしま弁)を脳内で反芻翻訳したからであった。

 

つがんねぎをゆて(適当な理屈を言って)ひとをうごかそしたとがゆるせんかったがよ(命令してきたのに腹が立ったからだよ)そいも(しかも)ひっかぶいちゆたでな(最大限の侮辱をしてきた)

 

「……?」

 

よかな(良いかい)おいは乗るちゆた(僕はエヴァンゲリオンに乗ると言った)じゃっでかわりになぐらっしゃいちゆた(代わりに殴らせろと言った)で、あいはそいをうけいれたったが(それを碇ゲンドウは受け入れた)そひこんこっよ(それだけの話だ)

 

「…………ごめんなさい、言っている言葉が判らないの」

 

 困惑した顔を見せた綾波レイに、流石のシンジも苦笑いを浮かべる。

 湯呑で口を湿らせて、それからかみ砕く様に言葉をゆっくりと発する。

 

おいが殴らせちゆた(僕は殴らせろと言った)あいが殴られるちゆた(碇ゲンドウは殴らせると言った)そひんこっよ(それだけの話だよ)

 

「……そう」

 

 今度は理解出来た。

 シンジが叩かせろと言ったし、碇ゲンドウは受け入れた。

 そう言っている事を。

 でも、矢張り許せないものを綾波レイは感じた。

 だから真剣な目でシンジを睨む。

 その眼圧をシンジは受け止める。

 やられたらやり返す。

 だがそれは正義では無いと言う事を理解していたから。

 

 自分が納得できない事には(No!)を突き付けると決めていたが、別の視点に立った人間に無条件で受け入れられると思っては居なかったのだから。

 立場、主義主張、或いは利益の相違による対立なんて普通だからだ。

 だから綾波レイの怒りを、拒否しようとは思わないのだ。

 無論、受け入れる気は更々に無かったが。

 だが、フト、思い立って尋ねた。

 

おはんさぁは(綾波さんは)あいが大事やっとな(アレが大事なの)?」

 

「?」

 

碇ゲンドウよ。大事やっとな(碇ゲンドウが大事なの)?」

 

「……大事。絆だから」

 

絆ちな(絆、ね)

 

 中々に無い表現にシンジは、碇ゲンドウはやはり綾波レイを後妻に据えようとしているのではないかとの疑念を感じたのだった。

 NERVの総司令官と現場担当(パイロット)

 それ位しか接点(理由)が思いつかなかったのだ。

 

 シンジには手に持った湯呑の緑茶が、渋みを増した気がした。

 

 

 

 

 

 NERV本部、その地下にある技術開発局第1課の建物内で1つの新装備が完成しようとしていた。

 NERVドイツ支部から接収した情報を元に、EW-22パレットガンを強化した中遠距離用の火砲だ。

 全長で30mを超える超大型火砲。

 発展型パレットガン、EW-23パレットキャノン(60口径480mmレールキャノン)だ。

 通称はバスターランチャー(ビー・キャノン)

 葛城ミサト曰くの『使徒をぶっ飛ばす武器よ!』という言葉が由来であった。

 運用には専用のキャパシタを複数用意しなければならず、連続射撃も難しいが、同時に、条件さえ整えば第3使徒クラスの構造体であれば簡単にぶち抜く事が可能な大威力装備だ。

 

 多くの技術開発局第1課のスタッフが誇らしげに見上げている。

 

「何とか次の使徒までには間に合いましたね」

 

「後は試射ね。海にでも向けてやりますか?」

 

「伊吹課長補佐の話だと、日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)で管理している関東射爆場を借りる予定との事だ」

 

「ウチにエライ対抗心燃やしてませんでしたか、あそこ?」

 

「連中の玩具、ほれ例の首無し(ジェットアローン)。アレの開発に協力する対価に取り付けたとか言う話だ」

 

 日本政府の肝いりで防衛省と防衛企業が合同で開発を進めていた、対使徒人型兵器。

 それがJA(ジェットアローン)

 現在、NERV以外が開発した唯一の40m級人型兵器であった。

 正確には、その技術実証機である。

 

 問題は、実戦投入するには余りにも動作がドン臭いと言う事だろうか。

 そもそも使徒が持つ特殊防護能力(A.Tフィールド)を突破乃至は中和する技術が実現していないのだ。

 その意味では、対使徒等という看板を掲げるのは、無謀を通り越す話であった。

 だからこそNERVの技術開発局に属する人間は軽く見ていた。

 

「へー」

 

「使徒の残骸撤去に便利そうだって事で、運用(実稼働)試験を兼ねてウチが借りだす(レンタルする)って事になったんだとさ」

 

「あー、デカいブツ(使徒の残骸)2つですからね」

 

「Evaでやれれば良いのだろうけど、アレ、時間当たりの運用コストが金貨をばら撒く様なモンだからな」

 

 その嘆息は事実であった。

 エヴァンゲリオンは文字通りの金食い虫なのだ。

 特に今現在は、まだ確とした運用システムが構築されておらず、全てが手探り状態でやっているのだ。

 金が掛かって仕方がないと言うものであった。

 稼働には有線での電源供給を必要とする事もマイナスと言えよう。

 対してJAは、対使徒以外の局面を考えた場合、反応炉(ニュークリア・リアクター)を持つお陰で僻地でも長大な連続稼働能力を持っているのだ。

 ある意味でエヴァンゲリオンの支援機として有望な存在と言えるだろう。

 又、搭載されている反応炉の出力は、一般的な大型商用原子炉には劣るとは言え、十分な発電力を持っており、非常時のNERV本部の電源として期待できるのも大きい。

 

 この点に着眼した作戦局で話が纏まり、下からの提案に葛城ミサトが動き、そして碇ゲンドウが承諾したのだ。

 J.H.C.I.Cは当初、抵抗しようとしていた。

 当然だろう。

 NERVに対抗して開発していたものがNERVに持っていかれるなど言語道断であるからだ。

 だが、最終的には国連と言う権威と札束がモノを言った。

 莫大(エヴァンゲリオンに比べれば割安)な製造コストにJ.H.C.I.Cが悲鳴を上げてた点を、碇ゲンドウが巧妙に突いた結果とも言えた。

 又、第3と第4と経て続いた使徒の襲来を、比較的軽微な損害で乗り切れたお陰で、予算的に余力があったと言うのも大きい。

 結果、JAは完成披露どころか、完成前にNERVに派遣される事となったのだった。

 

 殆ど接収めいていたが、それでも共同開発であった。

 有能な技術スタッフまで駆り出す(派遣させる)と言う本音を隠す為の看板は大事であった。

 政治的正しさ、或いは欺瞞と言うモノは決して軽視されるべきモノではないのだから。

 

「人も来るんでしたっけ?」

 

「おお、開発支援って事もだしな。聞いてなかったか、仙石原の施設に受け入れる予定だ」

 

「あすこって、使徒の残骸を収容する予定じゃなかったでしたっけ?」

 

()()()()()?」

 

 目の前にニンジン(研究対象)がぶら下がっていれば、やる気もでるだろうと笑う。

 笑っていた。

 

 

 

 

 

+

EW-14 ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ

 

【挿絵表示】

 

 エヴァンゲリオン初号機の専属パイロット、碇シンジの要請を受けて開発された斬撃装備。

 当初はA.Tフィールドを展開して斬撃力を強化するマゴロク・E・ソードの開発が行われたのだが、強度不足の問題が指摘された為、急遽、開発された。

 プログレッシブナイフと同様に超振動によって相手を分子レベルで切り裂く能力を付与する予定であったが、使用時の衝撃で機能が故障する可能性が強く指摘された為、断念された。

 最終的には、重量と速度だけをもって相手を叩き切る質量兵器めいた装備として完成する。

 尚、ⅩⅢとは試作開始から13番目の、と言う意味である。

 当初は記録上では十三とされていたが、誰かがドウタヌキ+3(プラス・スリー)などと読んだ為に、ローマ数字に変えられたのだ。

 尤も、正式化ナンバーと数字が近く、紛らわしい為に、早々に消される事となる。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03-2

+

 第3使徒、第4使徒を立て続けに見事に撃破したNERV。

 だがこれは現実。

 おとぎ話では無いので、撃破しましためでたしめでたしで終わらない。

 戦闘で被害の出た建物の復旧と、残された使徒の残骸の片づけと言う大事が待っているのだから。

 

 そもそも、残骸の片付けとは言うが、その使徒自体も正体不明の謎の多い存在なのだ。

 分析と研究まで同時進行で行わなければならない。

 可能であれば使徒の持つ武器 ―― 第3使徒であれば光の槍(パイルバンカー)、第4使徒であれば光の鞭(レギオンビュート)などを解析し、エヴァンゲリオンの武装として再現したい。

 それが、第1課(エヴァンゲリオン班)第2課(使徒研究分析班)と所属を問わぬ技術開発局の総意であった。

 尤も、それは簡単な事では無かった。

 その苦難を、だからこそ面白いと嘯ける人間がNERVの技術開発局には多かったのだが。

 

 仙石原に設けられた。巨大なNERV本部技術開発局第2研究施設は活気に満ち満ちていた。

 鉄板だけで組み上げた様な無骨な収納棟に搬入された2つの巨大な使徒の残骸。

 そこに多くの人間が集まっていた。

 エヴァンゲリオン初号機が、碇シンジが鮮やかに使徒を仕留めていた為、ほぼ完全な形で確保された使徒は、研究を趣味にする人間にとって最高の獲物であった。

 人類史上初の存在を、未知の存在を好き放題に研究できる機会なのだ。

 興奮しない筈が無いと言うものであった。

 誰も彼もが寝食を忘れて、目の色を変えて分析している。

 その中に、少し毛の色違う人間が混じっていた。

 白衣の下に、NERVの制服では無く背広を着こんで居る一団だ。

 時田シロウを代表とする日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)からの派遣グループであった。

 当初は、NERVからの業務委託を受けて40m級超大型人型機材(ジェットアローン)を用いた協力が主であったのだが、いつの間にか一緒になって研究分析をする様になっていた。

 これは組織の緩さでは無く、技術開発局を管理する赤木リツコが日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)から研究員を引き抜く為の()()であった。

 使徒の研究をするのであればNERVが一番。

 NERVに所属すれば、もっと研究が出来ますよ。

 そう言う、ある種の罠を仕掛けているのだった。

 J.H.C.I.Cから来た研究者も、人類の為、人型機材(ジェットアローン)を作ろうと言う情熱を持っている人間なのだ。

 同時に、研究への情熱を持った人間なのだ。

 代表者である時田シロウなどは、何時かは使徒の絶対防護壁(A.Tフィールド)すら解析を重ねれば中和して見せると豪語した人間だった。

 であればこそ、耳元へと囁くのだ。

 使徒を叩きのめす為の機材を生み出すならば、NERVに所属した方が容易いのだと。

 無論、開発中のジェットアローン自体は、そのパテントその他をJ.H.C.I.Cが抑えている為、まったく別個のモノを作る事になるかもしれないけれども。

 人類の守護者を自分たちの手で作りたいと言う情熱は叶う事になる。

 使徒との闘いが始まった事で慢性的な人手不足に陥ったNERV技術開発局は、邪悪さ一杯の工作を行っているのだった。

 

 

「でも、そんなに上手く行くの?」

 

 缶コーヒー片手に呑気に言うのは、調査現場に見学にやって来た葛城ミサトであった。

 

「さぁ?」

 

 問いかけに応じたのは赤木リツコ。

 此方は、自家製のコーヒーが淹れられた紙コップを持っている。

 聊か、疲労の色が濃ゆい。

 パイプ椅子に座って、背もたれに体重を掛けている。

 それも仕方の無い話であった。

 使徒の体を切開して中の構造を確認する為に、宇宙服めいた閉鎖系加圧型全環境耐久服(オレンジ・スーツ)を着ているのだ。

 一応は冷却ユニット(クーラー)が設置されているとは言え、熱さや圧迫感は人を簡単に疲弊させるのだから。

 

「ダメ元だもの、ドイツ支部やアメリカ支部からも研究員を転属(徴発)しているけど足りない。だから__ 」

 

「藁にも縋るってコト?」

 

「ええ、仕方の無い話よ。NERV本部の技術開発局はEva2機の維持運用に最適化した規模でしかなかったのだもの。足りない分はどこかから引っ張らないと」

 

「自分で抱え込もうとしないだけ、リツコは立派よ」

 

「………褒めてくれるのは有難いけど、己の分(才能の限界)を弁えているだけよ」

 

「色々と大変ね」

 

ウチ(NERV)は先人が有能過ぎるのよ………」

 

 紙コップのコーヒーを一気に飲んで、それからゴミ箱へと放り込む。

 外れる。

 気に入らない、と言う感情を鼻から吐き出した赤木リツコは、新しい煙草を取る。

 汗臭い自身の臭いを誤魔化す為、大事な事であった。

 

「ゲヒルン時代の、だったっけ?」

 

「そうよ」

 

 大きく息と共に吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出す。

 その様は線香の様であると赤木リツコには見えていた。

 

 NERVの前身である人工進化研究所(GEHIRN)時代の3傑女。

 エヴァンゲリオン開発の基礎を1人で仕上げた碇ユイ。

 エヴァンゲリオンの運用システムを構築した惣流キョウコ・ツェッペリン。

 MAGIシステムを開発した赤木ナオコ。

 その何れもが鬼籍に入っているが、()()()()()()()()名声は高くあり続けているのだ。

 

「今はまだ、その背中を追うだけね」

 

 何時かは乗り越えてやる。

 そういう意気を持って赤木リツコは呟いていた。

 

 

 人間と言う生き物は常に真面目で居られる訳では無い。

 又、仕事だけを向いて生きられる訳でも無い。

 息抜きは必要なのだ。

 仕事が忙しければ忙しい程に。

 

「で、シンジ君とレイはどうなの?」

 

 冷静さを親友とする科学者、そんな赤木リツコも興味津々と聞くシンジと綾波レイの関係性。

 赤木リツコは綾波レイの秘密に関わっている。

 そうであるが故に興味が湧くのだ。

 どう関わっていくのか、と。

 

「ま、チョッチビミョーに関係改善中?」

 

 そう言って葛城ミサトは数枚の写真を取り出した。

 それは学校と思しき場所で会話する2人の写真だった。

 他にも教室での姿が写っている。

 どうやら喧嘩沙汰にはなる気配は無さげであった。

 それらの写真の表情から見て、好意的とは決して言えないまでも、やや友好的寄りの中立位にはなってそうな感じだ。

 最初の頃の様な、機会があればシンジの頬を張ろう(を引っ叩こう)とする様な事は無さそうだ。

 

「ふーん、シンジ君は兎も角としてレイも落ち着いたのね」

 

「前のお茶会から態度が軟化したっぽいわね。会話も、シンジ君が話を振れば、それなりに応答する様になったみたいだし」

 

 大人の態度で妥協をしてくれるシンジに、心底から感謝の念を抱く赤木リツコ。

 綾波レイは情緒の育成面の遅れから、そういう()()()()()()()()()が難しい所があるのだ。

 である以上、シンジに頑張って貰わねばならぬと言うのが、大人の困った立場であった。

 差し出された2人が交わした会話のレポートを読みながら、ふと赤木リツコは気になる事が発生した。

 写真は細部がくっきりとしており、至近距離からの撮影である事が判る。

 推測めいたものではなく、会話のレポートも近くで聞き取った様な出来になっている。

 ()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()

 第壱中学校にはNERVスタッフは詰めていない。

 外部に第壱中学校とNERVとの関係(適格者が所属している事) ―― そしてマルドゥック機関(適格者選抜組織)が関わっている事を悟らせない為の処置だ。

 その疑問に葛城ミサトは笑って答える。

 

「生徒の中に、チョッチ、協力者をね」

 

 そう言ってから説明する。

 先の第4使徒戦役で出来た伝手、協力者とはシンジの同級生である相田ケンスケだった。

 葛城ミサトは、兵器の写真などを提供する対価として、シンジや綾波レイに最も近い場所で、彼らの写真や発言を収集する様に依頼していたのだ。

 保安諜報部からも報告は上がるのだが、別角度からの情報も欲した結果であった。

 

「呆れた。子どもを巻き込んだのね」

 

「彼、嬉々としてたわ。()()()()()()なのよ」

 

()()()()()()()

 

「………かもね。なりふり構ってられないのよ、作戦局としては」

 

 個人的人間関係に端を発した問題(後ろ玉)は、軍と言う組織に於いては極端に珍しい事では無いのだ。

 特に、実戦に際した場合には。

 恐怖やストレスが、人間を素直にさせてしまう事があるからだ。

 

「救いのない話ね」

 

「ま、後で全部開陳して、2人には詫びるわ」

 

「なら、顎まで割られない様に祈っとくわ」

 

「碇司令の?」

 

「そうね、一番の責任者だものね」

 

 最高責任者だからと言って、下の仕出かしの責任を全て被っていては、碇ゲンドウの顎の骨は砂に成りかねない。

 思わず2人は噴き出していた。

 

 和らいだ雰囲気。

 それをぶち壊す靴音。

 開いていた扉から飛び込んでくる、NERVスタッフ。

 

「葛城中佐!」

 

 血相を変えている様から、葛城ミサトと赤木リツコは一気に気持ちの箍を引き締めた。

 頷き合って声を挙げる。

 

「ここよ! ナニ事?」

 

 そこに居たのは、若干20代で中佐の地位を得た事が相応しいと誰もが思う傑女(戦士)であった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市市立第壱中学校。

 神奈川県箱根町を含む芦ノ湖北岸が、次期日本国首都(対使徒迎撃要塞都市)第3新東京市として整備されるのに伴った人口増に対応する為に新たに設立された。

 この為、学校の歴史は極めて浅い。

 それ故に教育カリキュラムや、学校設備には最新のものが用意されている。

 尤も、校舎の外観などは、納期とコスト優先によって、直線主体の味も素っ気もないものになっていたが。

 又、対使徒戦闘時の防護シェルターを併設する関係上、小高い山の上に建てられている。

 

 そんな第壱中学校の体育であるが、今日は男女別のカリキュラムになっていた。

 女子はプールでの水難対処訓練。

 南極の消滅(セカンドインパクト)の余波 ―― 海面上昇によって生活環境と海とが近くなった現代社会に於いては、水に馴れ、溺れにくくすると言う教育は、重要であるのだ。

 割と真剣な内容になっている。

 特に今日等は濡れた服で泳ぐ練習と言う実に実際的な内容になっていた。

 尤も、()()()()()男子は別のカリキュラムになっていたが。

 思春期の少年に、濡れた私服を身に纏った同級生の女の子と言うのは刺激的過ぎると言う判断であった。

 健全な判断とも言える。

 尤も、ヨコシマな心を持った(カメラ片手の相田ケンスケの様な)人間は血の涙を流す勢いで落胆していたが。

 

 対して男子の体育は、レクリエーションを兼ねたクラス対抗のバスケットボールであった。

 第壱中学校は1クラス約40名、1学年は4クラスで構成されている。

 その4クラスからABの2チームを選出しての対抗戦だ。

 理由は、女子の水難対処訓練にあった。

 男女比はほぼ半々であるので女子の合計は約80名、だから学年毎に一緒にやってしまえとなっていたのだ。

 消防署からも救難隊に来て貰う本格的な水難訓練は、そうであるが故に教師陣も動員される(マンパワーが要求される)為に、男子の授業は手の掛からないモノが選択されたのだった。

 何とも世知辛い話ではあったが、人手不足は仕方が無い(ない袖は振れぬ)と言う話であった。

 尤も、男子は対抗戦と言う事で盛り上がってはいたが。

 先ずは総当たり、そして上位4チームでトーナメント戦をするのだ。

 シンジは、2年A組のAチームで参加していた。

 体育の授業の一環としての為、明確なポジションと言うものは無い。

 遊びの延長線上だからだ。

 

 

 最前線で敵チームの選手を集めた鈴原トウジは、ボールを後方へと投げる。

 

「シンジィ!」

 

 狙ったのは相方であるシンジだ。

 やや中段(センターライン付近)でボールを受け取ったシンジは、3歩目からトップスピードに乗せる勢いで一気に前に出る。

 

「止めろ!」

 

 相手チームの誰かが声を挙げ、呼応する様にシンジは囲まれる。

 だが止まらない。

 見事な体捌きで敵チームの選手を抜いてゴールに迫る。

 スリーポイントラインを越えて更に前へ。

 

「おぉっ!」

 

 観客から歓声が上がった。

 シンジの狙いを察したのだ。

 何としても止めたい、その一心で飛び掛かる様に動いた相手選手を、シンジは踏み込みと共に身をかがめて抜く。

 飛ぶ。

 剣術の稽古で鍛えられた踏み込みのお陰か、中学生離れした高さに飛ぶシンジ。

 ダンクシュートだ。

 ボールは見事にゴールへと叩き込まれた。

 

「ピィィィィィィィ!」

 

 ゴールと前後する様に、ゲーム終了を告げる笛が鳴った。

 歓声が爆発した。

 シンジの一投が決勝点となったのだ。

 1点差を逆転し、A組Aチームがバスケットボール大会で優勝する事になったのだ。

 右腕に力こぶを作って見せる(ドヤァ顔をする)シンジ。

 だがキメてられたのはごく短時間だった。

 コートの外からクラスメイト達が集まってもみくちゃにされたから。

 尤も、もみくちゃにされながらシンジは楽しそうに笑っていたが。

 

 

 

「見事やな!」

 

じゃろが(どういたしまして)!」

 

 ハイタッチしてコートから出るシンジと鈴原トウジ。

 子どものころから体を動かしてきたお陰もあって割とスポーツ万能なシンジと、上手いとは言えないがスタミナがあって体を動かす事が大好きな鈴原トウジは、その明るさ(陽性な性格)も手伝って、この手の授業(ゲーム)に於いてクラスのムードメーカーであった。

 

「あそこで逆転できるとは思わんかったわ」

 

よう引っ張っちくれたお陰よ(トウジが囮役を見事にやってくれたからね)お陰でとっこめたっが(お陰で仕掛ける事が出来た)

 

「センセは煽てるのが上手いのう」

 

ないごてよ(事実を言っただけだよ)

 

 タオルを引っ掛けて、やいのやいのと笑い合う。

 目の前ではB組AチームとC組Bチームでの3位決定戦が行われようとしていた。

 と、シンジは最近よく一緒に居るもう1人、相田ケンスケを探した。

 運動神経が良好とは言い難い相田ケンスケはABのチームには入らず、応援役をしていた。

 カメラを持ち出して、雄姿を撮ってやる等と言っていたのだ。

 その相田ケンスケが行方不明になっていた。

 応援組のクラスメイトに聞いたら、意味深げに笑って返事にしていた。

 

「?」

 

 だが、付き合いの長い鈴原トウジはそれだけで理解した。

 

()()()

 

()()()

 

 女子艶姿を盗撮、写真に収めに行ったのだと言う。

 

「そう言えば、壊されたカメラの代わりを買うんや! っと張り切っとったな」

 

 盗撮したモノは、秘密裏にクラスメイト達に高値で売りつけているのだという。

 生写真、1枚300円からの値段だという

 その売り上げで、副業代わりに第3新東京市第一中学校の美少女人気ランキングまで運営しているという。

 その商売っ気にあきれるシンジ。

 

がられんとな(見つかって怒られ無いの?)

 

「写真を欲しがる奴も、口は堅いからな」

 

「と言うか、そう言う奴しか商売相手にしてないよな、アイツ」

 

「よう客を見とるわ」

 

「違いない!」

 

 笑い合っている鈴原トウジとクラスメイトをしり目に、呆れかえるシンジ。

 1枚300円として、5万だか6万だかのカメラが欲しければ200枚だの300枚だのと売らねばならない。

 簡単な話ではない。

 

普通のバイトじゃ駄目やっとかね?(地道に稼いだ方が良いだろうに)

 

 シンジからすれば、真面目に新聞配達のアルバイトでもやった方が()()に思えた。

 事が露呈した時のリスク ―― 怒られるし、或いは稼いだバイト代もカメラも没収されるかもしれない。

 そんな無駄なリスクを背負い過ぎている様に見えたのだ。

 だが、鈴原トウジは笑って否定する。

 リスクの問題じゃない、と。

 

「ケンスケにとってカメラは命の次に大事なんや。趣味だって胸をはっとったで」

 

誇れる趣味ちゆてん(誇れるって言ったって)盗撮やっどが(盗撮だよね?)

 

「碇には難しいかもしれんが、それが男のロマンって奴さ」

 

「そや」

 

 クラスメイトと鈴原トウジの言葉を理解しかねるシンジ。

 と、水が滴る音がした。

 小さいが、何故か人の気を引く音に、シンジは振り返った。

 

「碇君」

 

 そこに居たのは綾波レイであった。

 水難対処訓練から直接来たとおぼしき、濡れぼそった制服姿だ。

 濡れて、制服は体に張り付き、体の線がくっきりと出て居る。

 水の妖精めいた儚さと可憐さとを振り撒いている。

 現実感の乏しい美しさに、クラスメイト達は誰もが黙り込んだ。

 だが、その手にある真っ赤な携帯電話が現実を伝えて来る。

 

「非常呼集。碇君、3分で迎えが来るわ」

 

 何が、と聞き返す程にシンジは鈍くない。

 使徒だ。

 使徒が来たのだ。

 戦意を高ぶらせる為に笑うシンジ。

 

「シンジ?」

 

 問いかけて来る鈴原トウジに右に拳を作って見せる。

 

よか(ああ、楽しくなってきた)

 

「ほか、ほな頑張れよ」

 

 全てを察した鈴原トウジは、シンジの拳に自分の右拳をぶつけた。

 激励だ。

 

まかっしゃい(任せて)

 

 と、そこでシンジは改めて綾波レイを見た。

 水難対処訓練の最中から飛び出してきたのが判る。

 だからこそ、自分のタオルを肩から被せた。

 

風邪をひっでかぶっとっきゃい(濡れたままだと駄目だと思うよ?)

 

「………有難う」

 

じゃ、いってくっで(行ってくるね)

 

 では、と手を振ったシンジ。

 それからNERVからの迎えが来る、目立たぬ通用門へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03-3

+

 第3新東京市に接近する正体不明の存在。

 第1発令所の正面モニターに表示されたソレは正八面体をした、青い水晶のような存在であった。

 駿河湾に敷かれた哨戒ライン、その第2警戒域に忽然と表れたのだと言う。

 使徒であろう。

 使徒以外は無いと言える、理解を超えたと言う言葉すら生ぬるいナニカであった。

 

「ナニ、アレ」

 

 呆然と言葉を漏らした葛城ミサト。

 それに対する赤木リツコの返事は、何とも酷薄なものであった。

 

「知る訳無いじゃない」

 

 否、不機嫌だった。

 さもありなん。

 閉鎖系加圧型全環境耐久服(オレンジ・スーツ)を着込んで汗をかいた体で、そのままに第1発令所へと駆け戻っているのだ。

 不快感から不機嫌になるのも当然であった。

 移動する車内(トラックの荷台)で無理やりにスーツを脱いで、それから手早く予備で用意されていた作業着(ツナギ服)を着込んだのだから。

 トレードマークめいた白衣を上から着ているが、着た理由は、そこに精神安定剤(予備の煙草セット)を忍ばせているからであった。

 不快感やら汗の臭いを誤魔化す為にも煙草が吸いたい。

 そんな事を赤木リツコは頭の片隅で考えていた。

 

 ご機嫌斜めね、とばかりに赤木リツコをチラ見した葛城ミサトは、自分の本分を進めて行く。

 

使徒確認は(Blood Pattern Check)?」

 

 葛城ミサトの問いかけに、日向マコトは叫ぶように答える。

 

「パターン青、確認しました!」

 

「進行速度は?」

 

「時速約30㎞。一直線にコッチ(第3新東京市)へ向かっています」

 

「最短で1時間後に来るわね。判り易くて結構! 国連極東軍(Far East-Aemy)からは?」

 

 日本の法律 ―― 特務機関NERVに関する法案に於けるA-18条項が発動するまでは、地域の防衛は国連軍が担うのだ。

 現在、第1発令所正面モニターに表示されている使徒の望遠画像も、収集しているのは国連極東軍の哨戒艦(OPV)が収集したものであった。

 哨戒艦が直接接触するのではなく、安全の為に艦載情報収集機(UAV)が当たっていた。

 そもそも、A-18項は常時発動している様なものではない。

 使徒迎撃の為として強大な権限をNERVに与えるが故に、その運用(発動)は慎重に行われる事とされていた。

 日本国内で日本政府に対する指揮権を与える様なものだからだ。

 そんなモノが常時発動していては、日本政府の主権問題となってしまう。

 故に、A-18項の発動には、国連の人類補完委員会の助言に基づいて日本政府が()()()()()()()()()が必要となっていた。

 政治(マツリゴト)であった。

 

府中(UN-JF 府中作戦指揮所)からはNERVの()()に基づいて行動するとの(ことづけ)が入っています」

 

 そう告げるのは、第1発令所第2指揮区画に陣取っている国連軍(UN-JF)連絡官であった。

 少佐の階級章を付けた壮年の日永ナガミ連絡官は、その仕事故にか柔らかな雰囲気を漂わせている。

 A-18項が発動されるまでは国連軍が主体。

 だが、既に敵は使徒と判明しているのだ。

 であれば専門屋(担当チーム)の指揮下に入るのは吝かではない。

 何とも柔軟な判断であった。

 

「……有難う御座います」

 

 少しだけ葛城ミサトの反応は遅れた。

 国連極東軍、要するには元自衛隊であり日本の防人と自認していた連中が、素直に指揮権を寄越して来るなんて、そんな気分があった。

 それが顔に出て居たのだろう。

 日永ナガミは、苦笑めいたものを浮かべながら言葉を足した。

 

「餅は餅屋、それを素直に受け入れる位には我々も柔軟ですよ?」

 

「失礼しました」

 

 謝罪の意味を込め、葛城ミサトは丁寧な仕草で背筋を伸ばし踵を合わせ(敬意を示して)ていた。

 

 

 

 全力で進められていく戦闘準備。

 エヴァンゲリオン初号機の状態は万全であった。

 予備機扱いのエヴァンゲリオン零号機も状態(コンディション)は良好であった。

 既に綾波レイによる起動試験は実施されており、起動指数(シンクロ率)はシンジと比べて高いとは言えないものの起動値には到達しており、必要であれば戦闘が可能となっていた。

 手札は2枚。

 それをどう使うか。

 指揮官である葛城ミサトの手腕に掛かっていた。

 

「取り合えずシンジ君が前衛(オフェンス)、必要であればレイによる支援射撃(ダイレクトサポート)って所ね。リツコ、例のビー・キャノン。使える?」

 

「ビー? ああ、EW-23(パレットキャノン)ね。試射はまだよ?」

 

 480㎜と言う大型弾を30m近い長大な砲身で加速させて叩き込む、通常の火器としては人類史上初クラスの大暴力兵器だ。

 ()()()()()()()実際に運用して見たら、どの様な問題(トラブル)が出るか判らぬ所があった。

 

「……リツコ達技術局を信じるわ」

 

「………筒内爆発にならない事を祈っとくわ」

 

 渋そうな顔で断言する赤木リツコに、葛城ミサトは祓詞(ハラタマキヨタマ・アーメン)を口にしていた。

 

 ある種の気楽さが漂っている葛城ミサトと赤木リツコの会話。

 それは、言ってしまえば演技であった。

 戦闘を前にして、無駄な緊張を解きほぐそうと言う配慮でもあった。

 実際、葛城ミサトのジョーク(無茶苦茶な祓詞)に第1発令所の空気は少しだけ緩んだのだから。

 

「目標、沼津市上空を通過」

 

 男性ながらも肩まで伸ばした髪が特徴的な青葉シゲル中尉が声を挙げた。

 軽い雰囲気の男性ではあるが、第1発令所の第1指揮区画を管理する若手三羽烏(伊吹マヤと日向マコト、青葉シゲル)で最も昇進しているのは伊達では無い。

 NERV副司令官である冬月コウゾウ直轄の戦略調査部、その中でもNERV管轄外の組織やシステムを統括する調査情報局第1課の課長代理であるのだから。

 

 今回の報告は、沼津市に配置されていた国連軍の哨戒部隊からの情報であった。

 葛城ミサトは使徒への通常兵器での攻撃は、徒に被害が出るだけであるとの判断から、情報収集に徹する様に国連軍に()()をしていたのだ。

 そして国連軍も、ソレを真摯に受け止めて行動したのだった。

 だからこそ、使徒の詳細な情報が得られているとも言える。

 

「周辺への被害は?」

 

「現在の所、確認されていないとの事です」

 

「結構!」

 

 やはり使徒は、敵と認めた相手にしか(攻撃を受けない限り)反撃はしないのだと葛城ミサトは認識した。

 であれば、戦場をリング(第3新東京市)に限定できるのだ。

 1つの朗報であった。

 

「葛城中佐! 日本政府、A-18項の発動を宣言しました!!」

 

「結構!」

 

 NERVの軛が解かれた事を意味する報告。

 葛城ミサトは責任の重さを思い、目を瞑って深呼吸をする。

 振り返る。

 見るのは第1発令所第1指揮区画後方、赤いカバーの掛けられた総指令官席に座るNERV総司令官碇ゲンドウだ。

 目に力を込めて尋ねる。

 

「宜しいですね?」

 

 碇ゲンドウも又、その視線を揺るぐ事無く受け止め、そして返す。

 それはNERV本部の総員、そして全人類の存亡を肩に乗せた漢の顔であった。

 

「ああ。葛城中佐、君に本戦闘に於ける全権限を与える」

 

「はっ! 日向少尉、全館放送。総員、待機から第1種戦闘配置へ移行!」

 

 

 

 

『総員、第1種戦闘配置! 総員、第1種戦闘配置! 急げ!!』

 

 戦闘が迫っている事を告げる放送を聞きながら、シンジはエヴァンゲリオン初号機の機付き長である吉野マキ技術少尉からエヴァンゲリオン初号機の説明(レクチャー)を受けていた。

 場所はエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)に付属した、作戦伝達室(ブリーフィングルーム)も兼ねた操縦者待機室だ。

 シンジは搭乗服(プラグスーツ)に着替えている。

 搭乗30分前待機の命令が発報されているからだった。

 とは言え、体の線が出るダイビングスーツの様な搭乗服の儘と言う訳では無い。

 青を基調とした搭乗服の上に、白い前開きのポンチョにも似た待機上衣(オーバーコート)を着こんで居る。

 思春期の少年少女(適格者)の羞恥心を慮って、搭乗服を着こんだ際などで着る為に用意されたものであった。

 制服の代用としても使える様に、配慮されている。

 右肩にはNERVのマーク(赤いイチジクの組織章)と共に、機体色に合わせた紫色で03と描かれている。

 襟元には中尉待遇官である事を示す徽章まで付いている。

 尚、パーカーなどの袖のあるデザインで無い理由は、搭乗服が、その肩や腕回りなどにも保護材や様々な計測機器などが取り付けられている関係上、動きにくいだろうと判断しての事であった。

 

 ひっつめ髪にメガネ、薄い化粧で白い技術官向けツナギ(現場)服と言う、色気と言うモノをどっかに捨てた吉野マキであったが、そうであるが故に仕事に対しては真摯であった。

 

「初号機の改修点3つ。うち、2つは事前の予定通りですが__ 」

 

 シンジにもA4紙で纏められた説明書を渡し、それを説明していく。

 エヴァンゲリオン初号機は、小規模ながらも改装が行われているからであった。

 小さなものはシステム周りの小変更。

 大きなものは格闘戦に向いた装甲配置の変更、そして内蔵兵器の交換である。

 従来は右側の肩に配置されていた至近距離向け刺突装備であるEW-11(プログレッシブナイフ)を撤去し、(胴体後下部)兵装架(ウェポンラック)を新設して大型の(7m級の刃渡りを持つ)切断装備EW-11C(プログレッシブダガー)が装備されていた。

 EW-11Cは元々がEW-11開発時の試作品の一つであった。

 威力耐久性共に運用可能な域に達していたのだが、正式採用されていなかった理由は大きさにあった。

 切断性能を重視して設計された結果、肩のウェポンラックへの内蔵が困難な大きさとなってしまった為、試作で終わり死蔵されていたのだ。

 それを、シンジ向けの近接武装EW-14(ドウタヌキ・ブレード)が完成する迄の代替装備として運用する事としたのだ。

 EW-11Cはエヴァンゲリオンが持てばやや大きなナイフ、乃至は少しだけ短い小太刀といった塩梅(スケール感)である為、シンジから見ても扱いやすい()()であった。

 

 それらの事は、改修が立案された段階でシンジにも伝達(ブリーフィング)されていたのだが、いざ実戦ともなれば再度、確認の為に伝えるのだった。

 第1種戦闘配置の発令は、丁度、それが終わった頃であった。

 第1種戦闘配置の発令に伴い搭乗員はエヴァンゲリオン(ケイジ)の後方に設けられているエントリープラグ搭乗室に移動する事になる。

 ここから先は悠長に会話している余裕は無い。

 

「第1種戦闘配置発令か。シンジ君の操作に関わりそうな所はここまでよ。大丈夫?」

 

 吉野マキによる最終確認。

 シンジは頷く。

 

よかど(もんだいありません)

 

「落ち着いているわね? 今回も期待しているわよ」

 

 誰もが不安を感じていた使徒との闘い。

 それを2戦連続で圧倒的勝利を収めたシンジなのだ。

 吉野マキだけでは無く、多くのNERVスタッフがシンジに期待の目を寄せていた。

 

努力はしもんで(努力はします)いきもんそや(いきましょう)

 

 そう言ってシンジは、手に持っていたスポーツドリンク(清涼飲料水)のカップを呷った。

 

 

 

 

 戦闘準備の最終段階になったNERV。

 その実戦部隊の指揮官である葛城ミサトは最後の決断を下す。

 作戦は、使徒直近の出撃口からエヴァンゲリオン初号機を投入。

 奇襲、そして強襲によって一気にケリをつけようと言うのだ。

 使徒の能力は未知数である

 だが同時に、手を出さなかった事で、NERV ―― 第3新東京市側の機能も相手は判らないのだ。

 出撃寸前に、攻撃を開始して攪乱。

 その機を突いてエヴァンゲリオン初号機を、その最も得意とする格闘戦闘域(インファイト・ゾーン)へと投入し、撃破を図る。

 何とも乱暴な作戦であったが、同時に、初見殺し(見た時が死ぬ時だ)と言う意味に於いては合理的であった。

 それ程の信用を葛城ミサトはシンジの駆るエヴァンゲリオン初号機に与えていたとも言える。

 

 そもそも、戦闘に時間が掛かれば第3新東京市の被害は甚大なものになるだろう。

 相手はN²兵器すら平気で耐える化け物なのだから。

 速戦即決は、可能な限り死守するべき方針であった。

 尚、この葛城ミサトの作戦方針を第7世代型有機コンピューターMAGIで計算した所、使徒の情報が不明瞭ではある為に被害予想は困難であるが、勝率は77%と言う数字が出されていた。

 参謀役の作戦局でも、基本的に異論は出なかった。

 

「マギによる状況シミュレーション、便利ね。これ(計算診断速度)だと実戦で十分に頼れるわね」

 

「そうね、判断補助としては役立つと思うわ」

 

技術部(技術開発局)が精通しているからって思うわよ」

 

「あらありがとう」

 

 第1発令所第1指揮区画の中央に仁王立ちする葛城ミサトと、その後ろに参謀然として立つ赤木リツコ。

 まだ若い2人であるが、その凛とした様は第1発令所に居る人間に安心感を与えた。

 

「目標、移動停止! NERV本部直上です!!」

 

 日向マコトが報告の声を上げる。

 葛城ミサトが命令を発する。

 

「エバー初号機、発進位置へ! 戦闘用意!!」

 

「初号機、発進準備に入ります!」

 

「ミサイルは?」

 

「射撃準備良し!」

 

「野砲は?」

 

「射撃、妨害(煙幕)弾で初弾用意。命令あり次第何時でも可能」

 

「電子戦?」

 

「各種システム異常なし。何時でもどうぞ」

 

 打てば響くと、葛城ミサトの声に、第1発令所の各所から声が上がる。

 儀式めいた作業。

 決戦(イクサ)が始まるのだ。

 

「エバー初号機」

 

「第2拘束具、解除状態で停止中」

 

 NERVと言う暴力装置の鯉口は切られた。

 後は抜くだけであった。

 最後に、それまでの凛々しい声では無く優し気な声でシンジに言葉を掛ける。

 

「シンジ君、準備は良い?」

 

よかど(何時でもどうぞ)!』

 

 緊張感を乗せていない、何時も通りの落ち着いたシンジの声。

 それに葛城ミサトは小さく笑う。

 では始めましょう、と。

 

「発進は10秒後に射出開始! 各隊はエバー到達4秒前より行動開始せよ!」

 

 裂帛の気合と共に命令を発する。

 始まる。

 

 

 

 固唾をのんで見守るエヴァンゲリオン初号機の出撃。

 リニアカタパルトで一気に地表へと向かう。

 その動きに合わせてミサイルが降り注ぎ、煙幕弾が視野を殺し、強烈な電子戦によって各種電波帯が殺される(ブラックアウト)

 

 だが、使徒はそれらに反応しなかった。

 

 対応できないから ―― 誰もがそう思った。

 困惑しているのかとも思った。

 違う。

 対応すべき相手を理解していたからだ。

 

「目標内部に、高エネルギー反応!」

 

 第1種戦闘配置後は、第3新東京市各地とその周辺に配置されている観測機器の統括を仕事とする青葉シゲルが声を張り上げた。

 

「なんですって!?」

 

 振り返った葛城ミサト。

 青葉シゲルのモニターを覗き込めば、使徒の胴体中央部 ―― 円周部を粒子が加速していく様が表示されていた。

 

「収束していきます!」

 

「まさか!?」

 

 初見殺し(デス・トラップ)めいたものを狙っていたのはNERV側だけでは無かったのだ。

 その様は、西部開拓時代の決闘めいていた。

 先に抜いたのはNERV。

 だが先に撃てたのは使徒であった。

 

 地表を融解させぶち抜いて、エヴァンゲリオン初号機を穿つ使徒の大威力粒子砲。

 だが、幸いなことに出撃の為の加速が付いていたお陰で大破は免れる事となる。

 

『がぁぁぁっ!!』

 

 シンジが悲鳴めいた声を漏らす。

 エヴァンゲリオン初号機のエントリープラグ灯が非常モードの赤色灯に切り替わる。

 

「シンジ君!?」

 

 悲鳴めいて名を呼ぶ葛城ミサトの前で、モニターに表示されているエントリープラグではL.C.Lが気泡化して上がる。

 異常状態。

 だが何の手を打つ前に、エヴァンゲリオン初号機は機体各部に被弾しながら地表へと出る。

 

状況報告(ダメージリポート)!」

 

 赤木リツコが声を張り上げる。

 その職掌から機体、そして操縦者(パイロット)が最優先だからだ。

 

「駄目です! 01(エヴァンゲリオン初号機)、システム応答がありません」

 

 悲痛な伊吹マヤの報告。

 補強された、エヴァンゲリオン初号機との外部(NERV本部)との通信システム。

 その中でも最優先で行われたエントリープラグとの情報接続系は無事であったが、それでも直撃した粒子砲などの影響もあってか、接続状況は手ひどいモノとなっていた。 

 だが葛城ミサトはそこに意識を回さず、状況を改善する為に命令を出す事を優先する。

 

「機体回収、急いで!」

 

「駄目です! 被弾による被害、回収システム応答しません!!」

 

 次の悲報は日向マコトからであった。

 状況を映したモニターには、今し方エヴァンゲリオン初号機が使った出撃ルートの被害が表示されいる。

 使用不能(Warning)の文字。

 配線が断たれていた。

 レールも歪んでいる。

 射出システムによる回収は不可能であった。

 誰もが絶望感を抱いた。

 一縷の望みを掛けて葛城ミサトが声を張り上げる。

 

「シンジ君、逃げてシンジ君!!」

 

 だが回答は無情であった。

 

退かん(僕は逃げない)!』

 

 気合の入ったシンジの声が、第1発令所に響いた。

 

「シンジ君?」

 

 葛城ミサトが状況を理解する前に、シンジも使徒も動く。

 

「初号機、最終安全装置を起爆排除!」

 

 日向マコトの報告。

 対抗する様に青葉シゲルも声を張り上げる。

 

「目標内部、再度、高エネルギー反応を確認! 第2射来ます!!」

 

 まるで飴細工の様に、使徒からエヴァンゲリオン初号機の射線上にある装甲ビル群を撃ち溶かしながら放たれた大威力粒子砲。

 だが、間一髪でエヴァンゲリオン初号機は回避に成功する。

 周囲の装甲ビルや戦闘支援ビルを蹴って、上下左右とジグザクに機動するエヴァンゲリオン初号機。

 使徒の粒子砲は第3新東京市を焼くが、無茶苦茶に動くエヴァンゲリオン初号機を追いきれない。

 

 葛城ミサトは、ミサイルと妨害弾の射撃停止を命令。

 シンジの邪魔になると判断したのだ。

 

 数秒、或いは数分の攻防。

 誰もが息を潜めて見守った戦い。

 そして途切れる粒子砲の光の奔流。

 合わせるかのようにエヴァンゲリオン初号機は地面に降り立つ。

 モニター越しに見ても、被害が出ているのが判る。

 紫を基調とした胸部装甲は黒く焼け焦げており、中破状態。

 又、左腕部分は更に酷かった。

 装甲は黒焦げどころか融解し、破壊され、構造()体が露出している。

 内部から血液めいて赤い液体が流れ出ていた。

 シンジは胸部への射撃から身を護る為、左腕を犠牲にさせていたのだ。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)とのリンク、回復します!」

 

 荒れ狂った荷電粒子が消えて、エヴァンゲリオン初号機との通信システムが復帰する。

 だが、それを希望が灯ったとは言いづらかった。

 エヴァンゲリオン初号機の状況が詳細に表示された(理解出来た)からだ。

 外見以上に、機体各部には被害が出て居た。

 各部から大量の異常発生(Warning)の文字。

 左腕など動かす事も難しいだろう。

 赤木リツコは、短時間とは言え粒子砲の直撃を受けた割には被害が軽微だとも思っていたが。

 だがそれでも戦闘継続は難しい(ネガティブ)と判断していた。

 大破状態と言える。

 異常はシンジのバイタルにも出て居た。

 血圧や脈拍に異常値がでており、シンクログラフも乱れていた。

 正しく惨状であった。

 だがシンジの戦意は折れていない。

 

「初号機、EW-11C装備!」

 

 腰のEW-11Cを右腕で逆手に抜き、そのまま半回転。

 順手に構える。

 被害など、痛みなど何もないと言わんばかりの仕草だ。

 

「聞こえるシンジ君、退いて」

 

 葛城ミサトはシンジが血気に逸って(頭に血がのぼって)撤退を拒否していると思い、出来るだけゆっくりと声掛けをする。

 新兵であればよくある事だからだ。

 

そいはいかんど(それは悪手ですよ)

 

 だが、その予想は外れる。

 帰ってきたシンジの声は極めて落ち着いていた。

 油断なく使徒を睨みながら、言葉を操る。

 

今じゃっでここにおったっが(左腕1本で使徒に迫れているんです)そいを生かさんでどげんすっとな(この好機を手放してどうするんですか)

 

 更に言葉を連ねる。

 そもそも、今退いて、この強力な使徒がNERV本部に侵攻するまでにエヴァンゲリオン初号機は修理が出来るのですか? と。

 攻撃手段を見つけられますか? とも。

 道理ではあった。

 エヴァンゲリオン初号機出撃までに行われていたミサイル攻撃 ―― 音速の質量弾も、或いは大径の成形炸薬弾頭弾であっても、被害を与える事が出来なかったのだから。

 回避行動の最中でも、それを見ていたシンジは戦うしかないと判断していたのだ。

 粒子砲の内側、極至近距離で戦うしか攻略の道は無い、と。

 ビルを大地を融解せしめる粒子砲に、正面から格闘戦闘を挑むと言うシンジ。

 冷静な判断であった。

 同時に、狂いきった判断(シグルイ)でもあった。

 

 その様に圧倒された様に声が出ない葛城ミサト。

 否、葛城ミサトだけではない。

 第1発令所の人間は誰もが息をのんでいた。

 否。

 只一人だけ、圧倒されなかった人間が居る。

 

「初号機パイロット」

 

 NERV総司令官碇ゲンドウだ。

 巌の如き顔、感情を感じさせない平坦な声で言葉を操る。

 

ないな(何の用)

 

「勝算はあるのだな?」

 

あっが(あるよ)

 

「具体的には?」

 

あんとは時間が掛かっで(使徒は攻撃の再発射まで時間が要る)そこをいっとよ(その隙を突いて攻撃する)

 

「そうか。ならば良い」

 

 キチンとした合理(計算)による攻撃。

 碇ゲンドウもそれを認める事となる。

 

「葛城中佐、私は初号機パイロットの判断を()()()()

 

 少しばかり回りくどい言い方であるが、これは戦闘に関する全権を葛城ミサトに与えているからであった。

 この状況下で碇ゲンドウが葛城ミサトに命令する事は、慎まれるべきだからだ。

 葛城ミサトの権利と権限、そして何よりも権威を傷つける事になるからだ。

 だからこその、尊重すると言う言葉。

 その意図を葛城ミサトも過たずに理解する。

 

「シンジ君、慎重な攻撃を。後、攻撃が通じなかった場合には撤退もあると判断して動いて頂戴。いいわね?」

 

よか(わかりました)

 

 視線は使徒に固定されたまま、獣性の笑みを浮かべるシンジ。

 葛城ミサトは、その様を頼もしげにも、或いは正気の所在(狂気)を疑う様にも見ていた。

 

 かくしてエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との戦闘は継続される事となる。

 

 

 

 

 

 




+
※補足
 本世界に於ける第1発令所はTV版とは少し構造が違います
 国連軍スタッフが常駐している事もありますが、ミサト達NERV基幹スタッフが居る場所とゲンドウと冬月の居る場所がフラットとなっています。
 総責任者と最高指揮権者とを兼任する人間と、現場指揮官が距離遠くてどーすんよと言う話です
 なので、雰囲気としては、護衛艦のブリッジなどをご想像下さいませませ







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03-4

+

 エヴァンゲリオン初号機と第5使徒との闘いは、熾烈ではあるが互いが決め手に欠く形で推移していた。

 エヴァンゲリオン初号機が装備しているのは格闘戦闘用で小ぶりなEW-11C(プログレッシブダガー)であった為、踏み込んで切り付けても痛打を与える事が難しかったからだ。

 物理的な問題だ。

 刃渡りが短すぎて、第5使徒の中核部分に届かないのだ。

 こんな場合に備えるかのように開発されたEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)であったが、地表まで射出する事が出来ない ―― 規格外寸法過ぎて、(余りにも大きく、厚く、重いが為)標準用武装ビルはおろか規格外向け武装ビルの武装輸送能力でも輸送できない(キャパオーバーな)のだ。

 更に言えば、第5使徒の攻撃で戦闘域の兵装ビルが軒並み損壊しているが為、武装の補充が出来なくなっていたと言うのも大きい。

 エヴァンゲリオン初号機は攻撃力に欠いた状態で戦闘を継続していた。 

 対して第5使徒である。

 此方は、主要攻撃手段である大威力粒子砲は粒子の加速と収束に時間が掛かる為、(ましら)の如く飛び回ってみせるエヴァンゲリオン初号機に命中させる事が難しかったのだ。

 この為、3射目以降は、短い加速時間と緩い収束での小威力粒子砲を連射する事で、激しく動くエヴァンゲリオン初号機に対応しようとしていた。

 だが、簡単ではない。

 四方八方へと放たれる小威力粒子砲は、第3新東京市の中心部(戦場域)を焦土と化させていたが、エヴァンゲリオン初号機に痛打を与える事には成功していなかった。

 激しく動いていると言う事も理由ではあるが、それ以上に、操縦者である碇シンジが気合を入れていたというのが大きい。

 即ち、頭部や胸部、或いは脚と言った致命傷に繋がり(継戦能力を喪失し)兼ねない部位への攻撃は最優先で回避しようとするが、同時に、それ以外の場所への被害は看過する様にしていたのだ。

 結果、全てを避けようとするよりも回避行動に移る余裕が生まれた。

 余裕は過度な緊張を生まない。

 緊張しなければ、回避を確実に行える。

 良い循環を生んでいた。

 尤も、その対価としてシンジは、致命傷に繋がらないとは言えかなりの痛みを味わう事になったが。

 シンジは痛みを怒りに変えて、エヴァンゲリオン初号機を操っていく。

 

 

「イィィィィィィッ!!!」

 

 食いしばった歯の隙間から、押し出す様に痛みへの怒りを放つ。

 凶相をもって第5使徒を睨みつつ、シンジはエヴァンゲリオン初号機を走らせる。

 避けるだけではない。

 機を見て踏み込んでは切り付ける。

 第5使徒とて永続的に粒子砲を放てる訳では無いのだから。

 射撃と射撃の合間を、シンジは縫う様にして仕掛ける。

 

「キィィィィエェェェェェッ!!」

 

 猿叫の響きと共に打ち込み。

 エヴァンゲリオンの強大な力によって振りぬかれた一撃は、並の装甲であれば簡単に叩き斬る事が出来る。

 第3使徒級の構造を持った相手であれば、一撃必殺も可能だとMAGIも判断していた。

 だが、()()()()

 第5使徒の外殻を叩き割って見せるが、使徒の弱点であるコアは疎か殻の内に潜む柔らかな部分に斬撃が届かない。

 只、その外殻を傷つけるだけに終わった。

 そして外殻の傷は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 シンジとエヴァンゲリオン初号機にとっては、分の悪い消耗戦であった。

 

 本来であれば、決め手に欠く事が判明した時点でエヴァンゲリオン初号機は退くべきであった。

 何らかの作戦を考案し、この要塞めいた第5使徒を攻略するべきであった。

 それをシンジが選ばない理由は本人の戦意 ―― ではない。

 勿論ながらも戦意自体に不足は無いが、そもそも指揮官である葛城ミサトからの命令(オーダー)があった為だ。

 エヴァンゲリオン初号機の攻撃力不足が判明すると共に、葛城ミサトが動いたのだ。

 可能な限り現在の戦闘を継続し、時間を稼いでほしい、と。

 その命令をシンジは忠実に守ろうとしていた。

 状況打開策を葛城ミサトが用意出来ると信じるが故に。

 

 追加の斬撃は行わない。

 行えない。

 第5使徒が報復の粒子砲を四方八方へと放つからだ。

 

『シンジ君! 粒子加速だ! 対象方向は……全域!?』

 

 通信が繋がっている(ネットワーク先の)、エヴァンゲリオンの専属オペレーターでもある日向マコトがシンジに情報を送る。

 併せて、第5使徒の射撃範囲予想がエントリープラグ内に表示される。

 赤く示された射撃範囲は、ほぼほぼ第5使徒の全周であった。

 エヴァンゲリオン初号機の運動性に、照準速度が追従しきれないと判断した第5使徒は、面制圧射撃(MAP攻撃)を敢行したのだ。

 エネルギーを一気に消耗する手段(射撃モード)であったが、いい加減、第5使徒も焦れていたのだ。

 

なんち(当ってたまるか)!」

 

 吠えながらシンジはエヴァンゲリオン初号機をバックステップさせて対応とする。

 既に被害の大きい左腕左半身を盾にする形でだ。

 直撃。

 衝撃と共にエントリープラグ内の照明が、一瞬だけ赤色灯(非常事態モード)に変わり、復帰する。

 だがシンジにはそれに割く意識の余裕は無い。

 致命打では無いが、それでも尋常ではない痛みがシンジを襲うからだ。

 

「っ、くっ!!!」

 

 歯を食いしばって悲鳴を殺すと、そのまま回避しやすい距離まで下がる。

 要塞めいた第5使徒との闘いは、第3使徒第4使徒よりも遥かに激しい運動戦の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 激戦となっているエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との闘い。

 子どもであるシンジが身命を削って稼いでいる時間をもって、葛城ミサトは直接的なシンジへの運用支援全般を日向マコトに預け、自身はより大きな枠での第5使徒を打倒する為の手筈を整えて行く。

 全ては第5使徒を倒す為。

 葛城ミサトはシンジもNERVも、自分自身すらも駒として状況(盤面)を見ながら最適な準備を揃えて行く。

 シンジとは別のベクトルで葛城ミサトも戦意の塊(シグルイ)使徒撃滅だけを腹に決めた女傑(シトゼッタイブッコロスウーマン)であった。

 

 

 先ずは支援火力。

 当座は軽多目的ミサイル(LMM)ATM-4Advancedを投入する。

 形式名から判る通り元が対戦車ミサイルであるLMMは、対使徒としてみれば威力が限定的(物足りない)ながらも機動性が高いお陰で、射点や射線を問わぬ自由な射撃が可能である為、牽制役として最適であった。

 第3新東京市各地の武装ビル群に大量に用意されているLMMを、MAGIにコントロールさせて運用する。

 それも全自動(フルオートモード)だ。

 機械的に判断し射撃する為、素早い対応が出来る事を葛城ミサトは重視したのだ。

 

 その上で、第5使徒の要塞を打ち砕く火力を積み上げて行く。

 温存していた対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)の射撃準備を進める。

 誘導能力と運動性が今一つである為、遮蔽物の多い第3新東京市で運用するには問題があって投入されて来なかったが、今の様に戦闘区域(第3新東京市の中心部)が半ば焦土化した今であれば問題は無い。

 又、国連統合軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)野砲(特科)部隊に対しては、とっておき(高価格)であるレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)効力射(全力射撃)準備を指示する。

 久々の妨害弾以外を射撃する機会に、部隊指揮官は楽し気に笑っていた。

 だが葛城ミサトの本命はエヴァンゲリオン零号機だった。

 早雲山の射撃ポイントへと移動させ、大威力兵器であるEW-23(パレットキャノン)で狙撃しようと言うのだ。

 60口径480mmと言う大口径の電磁投射砲(レールキャノン)は理論上、実体弾としては非常識なまでの威力を発揮する事が想定されている。

 これが葛城ミサトの本命であった。

 とは言え、早雲山の射撃ポイントは造成途中であり、本来であればエヴァンゲリオンの運用に必要な配電設備がまだ完成していなかった。

 だが、今のNERV本部には移動式動力源とも言える原子炉搭載の人型機材、JA(ジェットアローン)が在るのだ。

 問題は何も無かった。

 準備が終わるまでシンジが耐え抜く事を信じて、葛城ミサトは作戦準備を進めて行く。

 

 葛城ミサトはシンジを信じた。

 シンジも葛城ミサトを信じた。

 互いを信じて、第5使徒を打倒する準備を進めて行く。

 

 実戦投入と言う想定外の事態に驚く時田シロウら日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)からの派遣要員を拝み倒して動かし、同時に、赤木リツコには最優先でエヴァンゲリオン零号機用の射撃支援プログラムを作らせる。

 指揮官として、八面六臂と言わんばかりに動いていく。

 

 

「台ヶ丘観測所より入電! 補助観測システム、MAGIとのリンク正常作動確認との事です」

 

 青葉シゲルが良く通る声で報告を上げる。

 日向マコトを筆頭に、作戦局第1課がエヴァンゲリオン初号機に掛かりっきりになっている為、葛城ミサトの補助役となっていた。

 元より、外部との連絡役が青葉シゲルの役職でもあった為、ある種の本業とも言えた。

 

「結構。これで3カ所とも問題無いわね。MAGIによる補正はどうなってる?」

 

「正常に作動中です。補正プログラムに関しては赤木局長より後5分で仕上げるとの連絡が来てます……あ、3分だそうです!」

 

 青葉シゲルが訂正したのは、第1発令所第1指揮区画の下にあるMAGI管制区画の赤木リツコが右手を掲げていたのを見たからだ。

 指を3本起こして。

 恐ろしい勢いでタイピングしながらも、そうやって見せる赤木リツコ。

 掛け値なしに天才の類であった。

 

「結構。エバー零号機とJAの移動はどうなってる?」

 

「待ってください………予定地に到着。最終準備に取り掛かっているとの事です」

 

 ディスプレイを確認して報告する青葉シゲル。

 突貫で作られた手順表(フローチャート)が次々と青く(準備完了と)表示されていく。

 それは、この戦いに関わっている全ての人間が死力を尽くしている事を示しているのだ。

 シンジが稼いでいる(子どもが命を掛けて稼いだ)、1分1秒と宝石よりも貴重な時間を無駄にせぬ為に皆、必死になっているのだ。

 そんな第3新東京市の全ての情報が集まる青葉シゲルの制御卓(コンソール)は、この第3新東京市で行われている戦闘に関する諸行動、その全ての詳細が全てあった。

 

「結構。全ての準備が終わるのは、最短でも15分と言った所ね」

 

「それも試射無しでですから__ 」

 

 言葉を濁す青葉シゲル。

 もう少し時間を掛けたいと言うのが、成功率だけを見た時の気持ちだった。

 だが同時に、今この時間も身を削ってでも時間を稼いでいるシンジの為に、1分1秒でも速く準備を完了させたいと言うのが、人としての情であった。

 シンジは、見る者の背中を押す程の奮戦を見せていた。

 

「シンジ君! 後15分、15分だけ耐えて!!」

 

 伊吹マヤが戦闘周辺の情報で重要な点をシンジへと伝えていた。

 人間、先の見えない状況こそが最も消耗しやすいからだ。

 だからこその目標時間の設定だ。

 

 エヴァンゲリオン初号機の被弾状況は悪化の一途を辿っており、又、回避も戦闘開始直後に比べれば遅くなりつつある。

 シンジの集中力が途切れつつあるのと同時に、蓄積してきたダメージがエヴァンゲリオン初号機の能力発揮を明確に阻害しだしていたのだ。

 それは弱さでは無い。

 能力の低さでも無い。

 機体が脆弱な訳でも無い。

 現時点で既に()()()()()()1()()()()()()()()()()()()のだ。

 逆に、シンジは非凡なまでの集中力を発揮し、エヴァンゲリオン初号機は操縦者の期待によく応えていると評するべき状況であった。

 

 NERV本部スタッフは一丸となって、シンジの献身に応えようと努めていた。

 

 

 

 

 

 早雲山で大馬力で行われている射撃ポイントの準備。

 元より、第3新東京市全域を射界に収められるこの場所は、エヴァンゲリオンによる中距離射撃箇所として整備が進められていた。

 近くにエヴァンゲリオン発進口まで用意されており、又、地盤も大量のべトン(鉄筋コンクリート)で強化されていた。

 特殊装甲板を封入した掩体も設置されている。

 にも拘わらず電源設備などの工事が完了していなかった理由は、この射撃ポイントを使用する武器が完成していなかったからであった。

 電気工事周りは、第3新東京市戦闘街区の整備が最優先されていたと言うのも大きい。

 

 兎も角。

 整備未了な早雲山の射撃ポイントであったが、今は多くの人間が集まってエヴァンゲリオン零号機での戦闘準備を進めていた。

 特に入念に行われていたのは、エヴァンゲリオン零号機の火器管制システム周りであった。

 予備機としての整備が優先され、火器管制システムの更新などは後回しにされていたからだ。

 火器管制システムに基づいた射撃諸元をエントリープラグ内に表示するシステム。

 或いは、機体が集める射撃に必要な情報と第3新東京市各所からの情報とのすり合わせなど、突貫で行うには余りにも煩雑な作業であった。 

 だが、逆であった場合よりは遥かに問題が小さくあった。

 

 

「システム周りは仮想演習用04(デジタルエヴァンゲリオン4号機)と基本的に同じよ、大丈夫?」

 

「はい。大丈夫」

 

 エヴァンゲリオン零号機機付き長である高砂アキ技術少尉との機能確認(ブリーフィング)は、淡々と進んで居た。

 ショートカットの綾波レイと、坊主と見まがうばかりのベリーショートな高砂アキとが並ぶと、どこかしらフェミニンよりも中性的な雰囲気を漂わせている。

 そもそも、口調の音色にも色気が無い。

 共にハキハキとして喋る人間である為、実に事務的である。

 それでいて両者の関係は悪いという訳では無い辺り、面白いと言うのが男性NERV整備スタッフ陣の感想であった。

 尤も、2人を良く見ている人間が居れば、両者ともに緊張している事が判っただろう。

 唐突に決まった初の実戦と言う事は、どれ程に冷静な人間であっても緊張させるものなのだ。

 ()()()()()、高砂アキはいつもと同じ口調、同じ行動(ルーティン)を心がけていた。

 己を奮い立たせる為に。

 最前線に立たせる事となる綾波レイ、子どもに緊張を与えない為に、だ。

 

 実戦の様に訓練し。

 訓練の様に実戦で動く。

 

 その意味で、()()()()()()と言う事であった。

 

「いつも通りね、良いわ。最後までcoolに決めましょう。何かあったら我々(機付き整備チーム)が直ぐに片を付ける。だから任せるわ」

 

「退避はしないの?」

 

「貴方も、そして向こうでは碇君も命を掛けているのに、大人が退くのは好みじゃないわ。エヴァンゲリオンに乗れる訳じゃないけど一緒に居るから」

 

「……判った。だけど出番が無い様に努力する」

 

「良いわ、その覚悟」

 

「そう? 判らない」

 

「その内に判る様になるわ」

 

 特に意味の無い対話(コミュニケーション)も、緊張を解きほぐすのに役立つ。

 だからこそ無駄話を高砂アキは続けていた。

 と、駆け寄ってくる整備スタッフ。

 

「機付き長! 全確認終了です」

 

 差し出されたクリップボードを確認。

 赤ペンで全項目が二重に確認されている事を把握し、腕時計を見て頷く。

 予定時間よりも2分は短縮できている。

 

「宜しい、発令所へ報告! 早雲山、準備完了と」

 

「はい!!」

 

 裂帛の気合が込められた命令。

 そこから声の調子(トーン)を変えて、高砂アキは綾波レイに話しかける。

 優しく。

 その背中を支える声を出す。

 

「出撃準備、最終工程に行くわよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

「エヴァンゲリオン零号機、最終準備完了を確認しました。これで全部隊、最終準備完了です」

 

「結構。リンクに異常は無いわね?」

 

「現時点で誤差なし、問題ありません」

 

「結構!」

 

 葛城ミサトは、心地よい興奮と共にあった。

 否、彼女だけでは無い。

 誰もが真剣さと共に興奮を覚えていた。

 ある意味で当然であった。

 第3使徒や第4使徒の撃滅は、ほぼほぼシンジの個人的技量に帰する事であった。

 だが、この戦いはNERVの総力戦であり、誰もが傍観者ではなく当事者と言う自覚をもって臨む事となっていたからだ。

 

 第1発令所は、そこに詰めている人間が発散するアドレナリンによって異様な熱気に包まれつつあった。

 その中心に居る葛城ミサトは1つ、深呼吸をする。

 目を瞑って大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐く。

 開く。

 目に力を込めて命令を発する。

 

「合図10秒後に全部隊射撃開始。エヴァンゲリオン初号機は被害半径を離脱。但し、A.Tフィールド中和圏内には待機。少し難しいけど、シンジ君、貴方なら出来るわ」

 

 エヴァンゲリオン初号機のエントリープラグが映している外部映像には、予想される被害半径とA.Tフィールドの中和可能圏が併せて表示される。

 その二つ円はかなり近い。

 20mにも満たない幅、そこにシンジはエヴァンゲリオン初号機を寄せねばならぬのだ。

 長時間による機動がエヴァンゲリオン初号機の足回りに大きな負担を与えており、その反動(フィードバック)がシンジを苛むが、それをおくびにも出さず快諾してみせる。

 

よか、まかしっくいやい(大丈夫です、任せてください)!』

 

「信じてるわ…………カウント開始!」

 

 

『10、9、8、7、6、5___ 』

 

 同時攻撃の為、MAGIが行っているカウントが第1発令所、各部隊、エヴァンゲリオン両機のエントリープラグに響く。

 

『___ 4、3、2、1、0』

 

「作戦開始!!」

 

 巨大な対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)が盛大な噴煙と共に放たれる。

 国連統合軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)野砲(特科)部隊は、その練度の高さを示すように同時着弾のタイミングでレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)を叩き込む。

 そしてエヴァンゲリオン零号機。

 直径480㎜弾頭重量3tと言う特殊重弾頭を初速2.5km/sで発射すると言う凶悪無比なEW-23(パレットキャノン)を放つ。

 まるで竜が火を吐くが如き焔を引いて放たれた轟弾。

 その反動を受け止めるが為、支援機であるJA(ジェットアローン)は全力でエヴァンゲリオン零号機を支える程であった。

 天を裂くが轟音と共に放たれた一撃。

 NERVの総力を掛けた一大攻撃は、だが第5使徒には届かなかった。

 

 

「使徒、健在です!!」

 

 悲鳴めいた報告を上げる日向マコト。

 第1発令所の正面モニターにはA.Tフィールドによる相転移空間が肉眼で確認できる程に映し出されていた。

 

「バカな……」

 

 誰もが言葉を失った。

 碇ゲンドウすらも絶句している。

 機械的な音だけが、多くの人間が詰めている第1発令所を支配する。

 絶望感。

 だがそれを許さぬ者が居る。

 葛城ミサトだ。

 その途切れえぬ戦意が、心が折れる事を赦さない。

 

「まだよ! 再攻撃用意!!」

 

 その叱責に、多くの人間が己の職責を思い出して慌てて動き出す。

 赤木リツコは、A.Tフィールドの中和圏内設定に向けた計算が誤っていたかと歯噛みして再計算を指示した。

 葛城ミサトはエヴァンゲリオン零号機に弾丸の再装填を命令した。

 第3特命任務部隊に対しても再度の射撃準備を伝える。

 

 1撃目で駄目であれば2撃目を放ち、2撃目で駄目であれば3撃目。

 絶望に折れて立ち止まりさえしなければ、何時かは勝てるのだ。

 それ程の戦意(狂気)が葛城ミサトと言う女性の背骨であった。

 

 だが問題が1つ。

 1撃目で突破できなかったA.Tフィールドを2撃目が通るのか。

 崩壊させる事が出来るのか、と言う事だ。

 先の中和可能圏の算出は、事前の、エヴァンゲリオン初号機との交戦を観測して得られたモノだった。

 それが通じないとなれば、第5使徒にはどれ程の余力があるのか、底が見えないと言うものだ。

 その点、どうするべきかと脳みそを振り絞った葛城ミサト。

 そこにシンジが笑って告げる。

 ()を口にする。

 

チェストすればよか(吶喊すれば良い)

 

 縦横にエヴァンゲリオン初号機を奔らせて第5使徒の攻撃を吸収しながら、シンジは穏やかに言う。

 エヴァンゲリオン初号機を突撃させ、ゼロ距離となればA.Tフィールドは中和出来ると言う。

 確かにその通りであった。

 格闘戦闘を仕掛けてもいるエヴァンゲリオン初号機、その攻撃は第5使徒を傷つけてはいるのだから。

 

「意味、判ってるの?」

 

 流石に葛城ミサトも表情が険しくなる。

 シンジは、自分ごと撃てと言っているのだから。

 

わかちょっ(判ってますよ)じゃっどん、もう足がまわらん(だけどもう初号機の脚は限界です)じゃっで、泣こよかひっ跳べじゃ(なら、やるしかないじゃないですか)

 

 その言葉に葛城ミサトは伊吹マヤを見る。

 エヴァンゲリオン各機の状態を管理している、この少女めいた雰囲気のある女性技術少尉は泣きそうな顔で頷いていた。

 ディスプレイ上のエヴァンゲリオン初号機の状態(コンディション)は、動くのが不思議と言うレベルで真っ赤に表示されている。

 覚悟を決めた。

 

「シンジ君、恨んで良いわよ」

 

よか(言い出したのは僕ですよ)

 

 静かに顔を見あったシンジと葛城ミサト。

 共に、そこには静かさがあった。

 静かな狂気があった。

 シンジは、その躾故に。

 葛城ミサトは、その教育 ―― 人の命を掛札(チップ)にして勝利を追求する、全体の為に個を犠牲にする事を躊躇わぬ教育された人間故の決断でもあった。

 

 勝つのが本にて候(勝利こそすべて)

 共通するのは、勝たねば何も出来ぬと言う事が骨の髄まで叩き込まれていると言う事だ。

 

()()()()

 

じゃひな(ですね)

 

 それだけで言葉は終わった。

 獣めいて笑う葛城ミサト。

 己が畜生めいている事を自覚した笑みであった。

 子どもたち(チルドレン)を使い、血も涙もない作戦を遂行していく。

 自分は地獄に落ちるだろう。

 地獄に堕ちねばならない。

 だが、()()()()()()()()、使徒の悉くを地獄に叩き落して賑やかにしてやろうと決意する。

 静かなのは嫌いだから。

 

 裂帛の気合を込めて声を上げる。

 

「全責任は、私、葛城ミサト中佐が取る。総員、第2撃用意!!」

 

「ミサト!」

 

 冷徹ではあっても、人の情を失っていない赤木リツコが堪らずに声を上げる。

 だが、それを葛城ミサトは手で止める。

 

「勝たねば明日は来ないわ」

 

「………」

 

 否、赤木リツコも判っていたのだ。

 その冷静な計算力が、葛城ミサトとシンジの決断が合理であると教えているのだ。

 だがそれでも、ソレを瞬時に決断する事は出来なかったのだ

 

 

 

「第2撃、準備完了です!」

 

 青葉シゲルの報告に、葛城ミサトは深く頷く。

 そして命令を出す。

 子どもに死線を越えさせる命令を、出す。

 

「行動開始!!」

 

 エヴァンゲリオン初号機が、それまでの機動を捨てて、最速で第5使徒へと迫る。

 電源(アンビリカルケーブル)すらも捨てて駆ける。

 迎撃に放たれた粒子砲をシンジは左腕で受け、払う。

 その対価で左腕が千切れ飛ぶ。

 エヴァンゲリオン初号機との繋がり(シンクロ率)が、シンジにそれを己が腕が切り落とされたかの様に感じさせる。

 だがシンジは止まらない。

 一度放たれた矢が止まらぬように。

 振りぬかれた刀の切っ先が、振りぬかれるまで止まらぬ様に。

 

『キィィィィエェェェェイィィィィィィィィッ!!』

 

 猿叫と共に駆けるエヴァンゲリオン初号機。

 踏み込み毎に、脚が弾けて行く。

 ダメージの重なっていた装甲が剥がれ、そして生体循環液(Circulation Liquid)を血煙の様にたなびかせて征く。

 正しく吶喊。

 

-オォォォォォッォオォォォォォォォォン!-

 

 シンジの猿叫に呼応するが如く、エヴァンゲリオン初号機は顎部ジョイントを引きちぎって吠える。

 吠えながら奔る。

 最後の踏み込みで飛び、そして第5使徒の円周部へと最後の一撃を叩き込む。

 

 そしてその瞬間に合わせて葛城ミサトは命令する。

 

「撃てっ!!」

 

 

 

 エヴァンゲリオン初号機によってA.Tフィールドを中和された第5使徒は、守る術を奪われたまま、人類の凶器に晒される。

 NERVが用意したありったけが降り注ぐ。

 対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)が豪快に第5使徒に大穴を開ける。

 大量に叩き込まれたレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)は、その表面を片っ端から砕いていった。

 そして止めとばかりに放たれたエヴァンゲリオン零号機のEW-23(パレットキャノン)

 特殊重弾頭は見事に第5使徒のコアをぶち抜いた。

 

 

 

 轟音と爆炎。

 第1発令所の正面モニターから見る戦場は何も判らなくなる。

 

「パターン青、消滅を確認……」

 

 悄然とした風の青葉シゲルの報告。

 勝利を告げる言葉。

 だが、誰も歓声を上げない。

 誰もが固唾をのんで正面モニターを見ていた。

 濛々と上がる煙の向こうにある筈の、エヴァンゲリオン初号機を望んでいた。

 

「リンクは?」

 

「途絶、しています」

 

 力なく報告する伊吹マヤ。

 有線(アンビリカルケーブル)は切り離されており、無線は電波状態が安定していないのか、それともエヴァンゲリオン初号機側のシステムが損傷しているのか、情報連結(ネットワーク)は途絶状態にあった。

 誰もがシンジの生還を願っていた。

 碇ゲンドウですらも、歯を噛みしめた顔で正面モニターを見ていた。

 

 風が吹く。

 煙が晴れた。

 

「えっ、エヴァンゲリオン初号機、健在です!!」

 

 日向マコトが感極まったとばかりの声を上げる。

 歓声が上がった。

 

 崩れ落ちた第5使徒。

 対して、自らの脚で立つエヴァンゲリオン初号機。

 仁王立ちめいたその機体は、攻撃の余波で酷い有様になっている。

 特に頭部。

 頭部装甲は完全に脱落し、その素体が姿を見せている。

 本来は無い目と口とが形成されている。

 その唇の無い、薄い口が獣めいた笑みを形作っている。

 威風堂々。

 傷だらけであっても、その姿は正しく勝利者のものであった。

 

 

 

 内部電源まで切れて、薄暗くなったエントリープラグでシンジは全身から力を抜いて笑う。

 取り敢えずは勝てたな、と。

 嘆息。

 顔を拭えば、L.C.Lと混ざり合わぬ脂汗が拭えた。

 

じゃっどん(だけど)いてもんじゃ(痛いもんだ)

 

 小さな笑い。

 それは年相応でもあった。

 シンジは痛みが好きな訳では無い。

 痛みが感じられない訳でも無い。

 只、必要があれば我慢するべきと躾けられているだけなのだから。

 インテリアにそっと背中を預け、目を閉じるのだった。

 

 かくして第5使徒戦は終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 




葛城ミサト=サンが使徒ゼッタイ殺すウーマンなのは原作通り
イイネ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03-Epilogue

+

 第3新東京市、その要塞都市としての中枢部に残骸として残る事となった第5使徒。

 半壊し、ゴロリとばかりに大地に身を横たえた正八面体は、戦いの激しさとは相反するユーモラスさがあった。

 そして美しくもあった。

 そう思えるのは、少なくとも人的被害が無かったからだろう。

 面倒ではあるが悲劇は無いのだから。

 意識的に(精神コントロールとして)物事を呑気に考えるようにしている葛城ミサトは、第5使徒の残骸を前にして、宝石だったら良かったのに、と呟いてみせていた。

 

「宝石だったら売り飛ばして臨時ボーナスが期待出来たんだろうけど」

 

 技術開発局を中心に組まれている第5使徒被害調査班は、陽性の笑いを浮かべて反応した。

 そして、葛城ミサトの内面を理解している赤木リツコは、同じ調子(ノリ)で返していた。

 

「宝石だったとしても、これだけあると値崩れするわね」

 

「そりゃ残念!」

 

「とは言え、この残骸を分析して新しい論文を発表出来れば、或いは何かのパテントに繋がれば儲かるかもね」

 

 赤木リツコは全くそう言う事を考えていない事を口にする。

 換金できそうな研究結果が出たとしても、機密と言う壁がそれを阻止するだろうと理解しているから。

 そしてソレは、英才揃いの調査班も判っていた。

 判っていたが、笑って見せていた。

 人は明るいと言う事が力となる事を理解していたが故に。

 

 

 

 現場の苦労。

 それに対応する様に、上には上の苦労があった。

 NERVの総司令官碇ゲンドウは、使徒撃退に伴ったSEELEへの報告に苦労していた。

 内容にでは無い。

 事実を全て開陳すれば良いだけなので、そちらに関しては問題は無い。

 只、彼らの態度が気にいらない。

 只々、彼らの言い方がストレスなのだった。

 現場に出て、それこそ第5使徒の残骸を手で運んでいた方がはるかにマシだと思う程度には。

 

『碇君、今回の戦いでの被害、余りにも大きい』

 

『左様。大破したエヴァンゲリオン初号機、壊滅的被害が出た第3新東京市要塞街区、補正予算が年度予算を大きく上回る事になるよ』

 

 概算ではあるが被害状況を纏めて、提出しているのだ。

 その額たるや、NERV本部の1年間の運用経費を遥かに上回っていた。

 碇ゲンドウですらも、上がってきた数字を二度見し、担当者に確認の電話を入れた程であった。

 そして同時に、SEELEのメンバーすら絶句する数字ではあった。

 

『とは言え、君の判断、葛城中佐の指揮、そして君の息子の戦闘に問題は無い』

 

『多少なり判断の順序を考える部分はあっても、概ね良好と言える』

 

『信賞必罰を考えればこれは評価する必要があるだろう。葛城中佐および碇中尉待遇官に対し戦勲を認め、葛城中佐は本来の階級を昇進させる』

 

 中佐待遇大尉である葛城ミサトを中佐待遇少佐へと昇進させる事は、現在の待遇で見れば差は無いし、処理的にも簡単な話であるが、恩給その他には大きな影響が出て来るので、決して軽い評価では無い。

 手間の掛からない割に、楽な褒美とも言えた。

 

『問題は碇、君の息子だよ』

 

「はっ」

 

『左様、余り子どもの内から褒章の類を与えてしまっては()()()()()からな』

 

 奥歯を噛みしめる碇ゲンドウ。

 コレだ、コレなのだとばかりに苦虫を噛み潰したような顔となる。

 

 そもそも、先の第5使徒戦で碇ゲンドウは噛みしめすぎて奥歯を痛めていた。

 ()()()()()()()()()()()を死地に平然と投入する葛城ミサトの指揮にも、雑にエヴァンゲリオン初号機を扱うシンジにも、口に出せぬ不満を抱いていた。

 大事な妻、碇ユイの事。

 人類補完計画に於ける大事な鍵である事。

 口には出せぬ事をのみ込む為の対価であった。

 葛城ミサトにせよシンジにせよ。

 その作戦なり方針なりに問題があれば、総司令官としての強権発動も可能であったが、両名共に限られた状況下においては最善であろうと言う行動をしめしてたのだ。

 コレでは止められない。

 それ故の痛みであった。

 

 そんな碇ゲンドウの表情をにこやかに見つめるSEELEの指導者たち。

 最高の気分を味わっていた。

 

『まぁ良かろう。初号機操縦者碇シンジには2等勇功章(シルバースター)を与えるとしよう』

 

『異議なし』

 

『妥当かと思われます』

 

『碇君、少しは喜びたまえ。君の息子が評価されたのだからね』

 

 

「………はっ、有難う御座います」

 

 全く以って嬉しくも無い話で感謝を述べざるを得ない。

 その事が益々もって碇ゲンドウの顔を歪ませる。

 それがSEELEの人間を喜ばすと理解しているが、抑えきる事が出来ないでいた。

 

『今回の被害対応に必要な予算も、早急に国連総会を通す。問題は無い』

 

『エヴァンゲリオン弐号機及び4号機の配備に伴う人員の増員についても一考しよう』

 

『碇君。NERVと君の息子の奮闘、我々は高く評価しているのだよ』

 

「……有難う御座います」

 

 怒りが限度を超えて、もはや能面めいた顔で感謝を碇ゲンドウは口にしていた。

 それが更に笑いを誘っていた。

 

 報告会は他に、早雲山の射撃ポイントに立ち会った者たちへも3等勇功章(ブロンズスター)が配られる事を決めて閉会した。

 立体映像が消えて、真っ黒になったNERV総司令官執務室。

 その執務机に座った碇ゲンドウはしばらく動かないでいた。

 噛みしめすぎた奥歯の痛みに故にであった。

 鬱屈晴らしめいて机を蹴る元気すら出ないでいた。

 

「シンジめ」

 

 怨嗟の声だけが、NERV総司令官執務室に響いていた。

 

 

 

 

 

 少しばかり時間は巻き戻る。

 

 第5使徒を撃破したシンジは、回収されるまでの時間、眠っていた。

 流石に1時間以上も命を掛けた集中をしていたのだ。

 シンジは、如何に鍛えているとは言え基本(生理年齢)は14歳の子どもなのだ。

 集中が途切れれば気絶もしようというものであった。

 又、回収してもらうまで暇であったと言うのも大きい。

 その意味では、気絶と言うよりも昼寝であった。

 とは言え、それを見た回収班がどう思うかは別の話であった。

 

 救急班が呼ばれて緊急調査入院と相成り、そしてシンジは暇となる。

 検査問診etcと。

 夜は、ぐっすり眠れとばかりに、TVも本も無い特別病室(VIPルーム)に放り込まれる。

 誠にもって暇であった。

 天井の染みでも数える位しか出来る事の無い夜。

 だが、疲労を蓄えた14歳と言うシンジの体は、消灯と共に速やかな眠りに沈むのだった。

 そして朝。

 レースのカーテン越しに朝日を感じたシンジが目を覚ます。

 と、体を起こせば、寝すぎの影響か体中に痛みがあった。

 後は空腹だ。

 若い身体が根源的な渇望を訴えて来る。

 昨晩は身体調査で時間を取られて、軽食(サンドイッチ)が晩飯であったのだ。

 腹も減ると言うものであった。

 

腹が減ったが(腹減った)

 

 ベットサイドのテーブルに置いておいた水のペットボトルを取って飲む。

 と、ノックがされた。

 シンジが起きるのを待っていたのだろうか。

 勤勉な事だと内心で呟きながらシンジは許可を出す。

 

よかど(入っても良いですよ)

 

 扉から入ってきたのは看護婦でも無ければ医者でも無く、ましてやNERVスタッフ(作戦局の人間)でも無かった。

 同僚にして同級生、綾波レイであった。

 

「おはよう」

 

 平坦な声色(トーン)での挨拶が来た。

 その朝駆けっぷりに、流石のシンジも驚く。

 朝日を後光の如く纏った綾波レイは、その驚きに興味を示さない。

 否、謝罪していた。

 

「驚かせてごめんなさい。聞きたい事があって待ってたの」

 

 何時から? と言う言葉が喉元まで上がってきたが、シンジはそれを飲み干した。

 この病院はNERV本部施設内にあり、NERVのB級以上のスタッフであれば(IDカードを持っていれば)自由に来る事が出来ると聞いている。

 であればB級職員枠(準中枢スタッフ)であるエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)、綾波レイが居るのはおかしい話では無い。

 朝から居ると言う点だけはおかしいけれども。

 

よかどん、なんな(良いけど、何を聞きたいの)?」

 

「どうしてあそこまで、したの?」

 

ないがな(何の話)?」

 

 別段にシンジがとぼけていると言う訳では無い。

 只、綾波レイの疑問が理解出来無かったのだ。

 

 綾波レイにとってエヴァンゲリオンは、自分が自分として居る為の絆(スピリチュアルアンカー)であった。

 だからこそ拘りがあった。

 又、()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、死すらも恐れるものでは無い。

 だがシンジは違う。

 別段にエヴァンゲリオンに拘りがないシンジが、先の第5使徒戦で命を掛けて見せた理由が判らなかったのだ。

 死ねば終わる、普通の人間(モータル)なのだから。

 

「あなたは、何のために戦っているの?」

 

 何の為にと言われたが、そんな事を言われても正直困ると言うのがシンジであった。

 使徒を倒さねば人類は終わる。

 使徒を倒すのにはエヴァンゲリオンが居る。

 エヴァンゲリオンに乗れる人間は限られていて、シンジはその限られた人間の1人だった。

 であるならば、戦わないと言う選択肢など最初から無い ―― それがシンジの感覚であったのだから。

 それを、できるだけゆっくりと伝える。

 

理由ちな(戦う理由って言われても)……そうな(そうだね)戦ってくいやいちいわれたでよ(戦って欲しいって頼まれた)そひこんこいよ(それだけの話だから)

 

「………それだけで、戦えるの?」

 

 綾波レイの脳裏に浮かぶのは、1時間以上にも及んだエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との熾烈な攻防戦だ。

 そして第5使徒の防御(A.Tフィールド)を中和する為に吶喊したエヴァンゲリオン初号機の姿だ。

 どちらにせよ頼まれたからと言う程度の理由で出来る事では無いと感じられた。

 

じゃっど(うん、出来るよ)

 

 納得できない綾波レイの気持ちを、軽く流すように頷くシンジ。

 

「怖く、無いの?」

 

怖いはあっが(怖いと言うのはあるよ)じゃっどん(だけど)他人に頼っせぇに(誰かに頼って)隠れっとはすかん(隠れているのは好みじゃないかな)

 

 しかも戦うのは綾波レイ、女の子だ。

 いやしくも男子たる者が、自分も戦えるのに戦わず、女の子を戦わせると言うのは最低だ。

 臆病者の卑劣漢(おなごんけっされ)だと、シンジは確信していた。

 だから戦うのだ。

 流石にシンジは、女性である綾波レイ相手に鹿児島(さつま)で一番の罵倒表現、それも男相手のソレ(女の腐った様な奴)を口にしようとは思わなかったが。

 

 兎も角、シンジが戦う理由は矜持であると言えた。

 脅威を前に、戦う力があるのに誰かの陰に隠れるなど男子のする事では無いと言う()の結果とも言えた。

 

「そう………」

 

 赤い綾波レイの目がシンジを凝視する。

 シンジも又、その目を真っ向から見る。

 

 綾波レイが碇シンジと言う同僚を理解したとは言えない。

 だが、シンジと言う人間の本質を見た気がした。

 

「教えてくれてありがとう」

 

 感謝の言葉。

 対するシンジは笑って受け取った。

 

よかど(どういたしまして)

 

 

 

 

 

 




+
※補足
 国連軍の勲章は、基本的に米軍基準デス
 国連軍の骨格を成しているのがアメリカ連邦軍なので残当__
 それに各国の良さそうな勲章が加わってマス
 騎士十字章が、デザインを変えて加えられてますが、割と非ドイツ系は削ろうとして、政治的暗闘がががが

 ■

 綾波レイとのフラグが微妙に折れきれませんでした。
 でもコレ、どうみても戦友フラグヨネ__
 多分
 きっと
 ンナ希ガス







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

設定情報
登場人物一覧 第拾肆章時一覧


+

○子ども達

適格者(チルドレン)/エヴァンゲリオンに選ばれた子ども達

綾波レイ 中尉待遇官

 1人目の適格者(1st チルドレン)

 エヴァンゲリオン4号機専属搭乗員

 

惣流アスカ・ラングレー 大尉

 2人目の適格者(2nd チルドレン)

 エヴァンゲリオン弐号機専属搭乗員

 

碇シンジ 大尉待遇官

 3人目の適格者(3rd チルドレン)

 エヴァンゲリオン初号機専属搭乗員

 

鈴原トウジ 中尉待遇官

 4人目の適格者(4th チルドレン)

 エヴァンゲリオン3号機専属搭乗員

 

渚カヲル(カール・ストランド) 中尉待遇官

 5人目の適格者(5th チルドレン)

 エヴァンゲリオン6号機専属搭乗員

 

マリ・イラストリアス 少尉待遇官

 6人目の適格者(6th チルドレン)

 エヴァンゲリオン8号機専属搭乗員

 

リー・ストライクバーグ 中尉待遇官/技術開発官兼任

 7人目の適格者(7th チルドレン)

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)予備、及び技術開発担当

 

マリィ・ビンセント 中尉待遇官/技術開発官兼任

 8人目の適格者(8th チルドレン)

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)予備、及び技術開発担当

 

 

第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)/エヴァンゲリオンに乗る事を選んだ子ども達

 相田ケンスケ 少尉待遇官

 ヨナ・サリム 少尉待遇官

 アルフォンソ・アームストロング 少尉待遇官

 アーロン・エルゲラ 少尉待遇官

 ヴィダル・エレーン 少尉待遇官

 霧島マナ 少尉待遇官

 ディピカ・チャウデゥリー 少尉待遇官

 

 

―第3新東京市市立第壱中学校

 洞木ヒカリ

 対馬ユカリ

 

 

 

〇国連人類補完委員会直属非公開特務機関NERV

 碇ゲンドウ

 特務機関NERV 総司令官

 

 冬月コウゾウ

 特務機関NERV 副司令官/戦略調査部部長兼任

 

 

―NERV本部

――戦術作戦部

―――作戦局

 葛城ミサト大佐(大佐配置少佐)

 作戦局局長代行 及び第1課課長を兼任

 

――――作戦第1課《ref》

 パウル・フォン・ギースラー少佐

 作戦局第1課課長代理

 

 日向マコト少尉

 作戦局第1課係長

 

 

――――支援第1課

 天木ミツキ中佐(中佐配置中尉)

 支援第1課課長

 

 

――技術開発部

―――技術開発局

 赤木リツコ中佐相当(待遇)技術官

 技術開発部部長代行/技術開発部技術開発局局長/第1課課長兼任

 

 ディートリッヒ高原博士/少佐相当(待遇)技術官

 技術開発局局長代行/Bモジュール開発特務班班長

 

――――第1課

 伊吹マヤ技術少尉

 技術開発局第1課課長補佐

 

――――第2課

 伊勢カミナ技術少佐

 技術開発局第2課課長エヴァンゲリオン管理統括

 

 吉野マキ技術少尉

 技術開発局第2課初号機班班長 エヴァンゲリオン初号機 機付き長

 

 ヨハンナ・シュトライト大尉(大尉待遇准尉)

 技術開発局第2課弐号機班班長 エヴァンゲリオン弐号機 機付き長

 

 高砂アキ技術少尉

 技術開発局第2課4号機班班長 エヴァンゲリオン4号機 機付き長

 

 

―――施設維持局

――――第1課

 鳥海アツシ技術少尉

 施設維持局第1課課長補佐

 

――――第2課

 鈴原タクマ中尉相当(待遇)技術官

 

 

――戦略調査部

―――調査情報局

――第1課

 青葉シゲル中尉

 調査情報局第1課課長代理

 

 相田タダスケ曹長

 

 

―――特殊監査局

――――第1課

 加持リョウジ少佐

 第1課課長代理

 

――――諜報課

 剣崎キョウヤ少佐(少佐配置大尉)

 諜報第1課課長

 

 

――保衛部

――広報部

――法務部

――総務部

 

 

――NERV出向要員

 日永ナガミ中佐

 国連軍連絡官

 

 時田シロウ大尉相当(待遇)技術官

 NERV技術開発局外課課長/JA班班長兼任

 日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C) 超大型特殊機材部部長

 

 

―NERVドイツ支部

 ヨアヒム・ランギー

 NERVドイツ支部第2副部長

 

――支援ドイツ第2課

 アーリィ・ブラスト大尉

 支援ドイツ第1課格闘技教官

 

――総務局

 ヨハン・エメリヒ少尉待遇官

 

 

―NERVアメリカ支部

――技術開発局

 葉月コウタロウ博士

 NERVアメリカ支部技術開発局局長

 

―――第2課

 真希波マリ博士

 NERVアメリカ支部技術開発局第2課課長

 

 

 

―国連軍

――第7艦隊

 ノーラ・ポリャンスキー小将

 

 

 

 

○一般人

ベルタ・ランギー アスカの義母(旧姓/クレマー)

ハーラルト・ランギー アスカの義弟

 

碇ケイジ(義父/碇ユイの弟)

碇アンジェリカ(義母/SEELEの北欧メンバーたるエンストレーム家出身)

碇アイリ/アイリーン(実子・長女12歳)

碇ケンジ(戦災孤児養子・長男16歳)

 

 

 

 




2022.02.02 新規投稿
2020.06.01 追加修正
2020.06.04 全面改訂 /vor2.01
2020.07.11 画像追加 /vor2.02
2020.08.15 人物追加 /Vor2.03
2022.12.13 全面改訂 /vor3.01
2023.06.01 人物追加 /vor3.02
2023.06.03 人物追加 /Vor3.03
2023.06.04 人物修正 /Vor3.04
2023.08.17 人物追加 /Vor3.05


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四) ANGEL-06  GAGHIEL
04-1 BREAK-AGE


+
たとえ私が死の影の谷を歩もうとも、災いを恐れない
あなたが私と共にいるからだ

――旧約聖書     









+

 NERV本部ジオフロント内部の設備で一番巨大と言って良いエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)

 今まではエヴァンゲリオン零号機とエヴァンゲリオン初号機の2機だけが居た場所に、新たに3体目のエヴァンゲリオンが収容されていく。

 銀色の下地を兼ねた特殊塗装だけが施されたエヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン4号機だ。

 NERVドイツ支部が完成させた正式配備型(プロダクトモデル)エヴァンゲリオンであるエヴァンゲリオン弐号機の設計図を基に、様々な修正が施された機体である。

 とは言っても、別段に大規模な設計変更が行われた訳では無い。

 エヴァンゲリオン弐号機の建造経験に基づいた、建造効率の向上に主眼の置かれた設計変更である。

 この為、技術開発局の一部にはエヴァンゲリオン弐号機を先行量産型であるとし、エヴァンゲリオン3号機以降の機体こそが正規量産型であると言う意見もあった。

 実際、エヴァンゲリオン弐号機は頭部カメラに特殊な4つ目型を採用しており、他にもNERVドイツ支部の手で幾つかの実験的な設計変更が行われている為、強ち間違いでは無かった。

 

 兎も角。

 就役したばかりのエヴァンゲリオン空輸用超大型輸送機(CE-317 Garuda)にてNERV本部へと運び込まれたエヴァンゲリオン4号機は、そのままD整備が行われる事となる。

 修理や大規模改修以外では最も手間を掛けた整備であるD整備を、塗装以外はアメリカで竣工状態にあったエヴァンゲリオン4号機に行う理由は、アメリカでの建造工程に関する情報収集があった。

 今後、運用していく上で重要な、エヴァンゲリオン初号機等(NERV本部にて基本設計と建造が行われた機体)との差異の確認とも言えた。

 又、表沙汰に出来ない理由が1つ、あった。

 移管に関する経緯(碇ゲンドウによる恫喝)が経緯である為、NERVアメリカ支部上層部関係者によるサボタージュ等が警戒されたのである。

 なんにせよ、機体各部の入念な確認と整備とを行い、コアの換装と専属パイロットとなる綾波レイとのマッチング(シンクロ調整)を実施、そして最後に塗装をして就役となる。

 

 全身を銀色の特殊塗装で染められたエヴァンゲリオン4号機は、ケイジにあっても中々に異質感を漂わせていた。

 機体各部に取り付いた機付き整備班が丁寧に、だが手早く仕事をしていく。

 半分はエヴァンゲリオン零号機の機付き整備班であり、もう半分はNERVアメリカ支部からの移籍組 ―― エヴァンゲリオン4号機の建造スタッフであった。

 半分しか来ていない理由は、NERVアメリカ支部で更なるエヴァンゲリオンの建造が計画されているからである。

 エヴァンゲリオン8号機だ。

 5、6、7の番号(ナンバー)は使用済み ―― 各支部での建造が開始されている機体に使用されていた。

 NERV中国支部でエヴァンゲリオン5号機が建造されている。

 エヴァンゲリオン弐号機を建造したNERVドイツ支部では更に2機、エヴァンゲリオン6号機とエヴァンゲリオン7号機の建造が行われていた。

 いずれも2013年に策定された、エヴァンゲリオン第1次整備計画に基づいたものであった。

 

 エヴァンゲリオンは当初から8体の整備が予定されていた。

 使徒が目標とするであろうNERV本部の防衛に専属する3機と世界に配備する5機だ。

 ユーラシア大陸の東西、南北のアメリカ大陸、そしてアフリカ大陸に配備し、人類の存続に務めると言う予定である。

 その意味では本来、エヴァンゲリオン8号機まで建造されるのが正しい。

 だが現実は厳しい。

 予算的な問題からエヴァンゲリオン8号機の建造はキャンセルされ、エヴァンゲリオン零号機を実戦向け改装によって8機揃えるものとされたのだ。

 だが、先の碇ゲンドウによるNERV総司令官による査察(アメリカ支部仕置き)によってエヴァンゲリオン4号機はNERV本部へと移管し、そして新規にアメリカ政府の予算でエヴァンゲリオン8号機の建造が命令される運びとなっていた。

 アメリカ政府は、このエヴァンゲリオン8号機の建造予算に悲鳴を上げる事となる。

 国連の人類補完委員会(SEELE)管理下のNERVアメリカ支部を、アメリカ政府は自らの支配下に収めようとしていた事への()()であった。

 旧世紀(1999年以前)と比較して、国力低下の著しいアメリカにとっては尋常では無い負担であった。

 

 

「チョッち、バタついてるけど、取り合えず何とかなりそう?」

 

「悪くは無い感じね。アメリカのスタッフも()()()()()()()()()()()()

 

 作業状況を確認に来た葛城ミサトに対し、赤木リツコはパソコンのモニターから目を逸らす事無く答える。

 耳にはイヤホンを差して、機付き整備班班長などからの報告も受けている。

 忙しくしていた。

 

「それは良かった。作戦部としては戦力が増強されるのは有難いけど、この様を見ると気楽には言えないわね」

 

「裏方の苦労を理解してくれてありがとう? 制御プログラムに問題は無いわね」

 

「そこまで確認するの?」

 

「確認と言うよりも改修(バージョンアップ)ね。シンジ君のお陰で初号機の運用データが取れたから、それを基にした改良版を開発してたのよ。その4号機への実装よ」

 

「シンジ君のだと白兵戦ばっかよ? 大丈夫??」

 

 割と真剣な顔で疑念を口にする葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機のデータを移設していくと、後の機体まで白兵戦特化(脳筋ゲリオン化)されては困るのだ。

 諸兵科連合(コンバインドアームズ)は無理でも、せめて前衛(近接戦闘)後衛(支援戦闘)と言う程度には役割分担をさせたいと言うのが作戦局の願いであった。

 

「バカね。機体の運動の効率化よ? パイロットへの教育で何とかして頂戴」

 

「でも最近はレイまで突撃するじゃない?」

 

 事実だった。

 碇シンジの駆るエヴァンゲリオン初号機とのデジタル演習に際して、綾波レイは武装を主にEW-23(パレットキャノン)と設定されているが、この長大な装備を持って隙あらば吶喊しようとする様になっていた。

 正確に言えばEW-23では無い。

 綾波レイたっての希望で改造(改修)された装備、筒先に銃剣(ブログレッシブダガー)を装着したEW-23Bである。

 30m近い砲身を持ったEW-23Bを、まるで騎兵槍(ランス)の様に保持して突撃するのだ。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機がEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を構えて突貫するのも暴力的であったが、此方も負けず劣らずと言う有様であった。

 流石に綾波レイは奇声(猿叫)を上げる事は無いが、それも時間の問題では無いかと葛城ミサトなどは見ていた。

 実に頭の痛い問題である。

 

「以前の、後退しようとした所に踏み込まれて負けていたのが相当に気に入らなかったみたいね? 問題はないでしょ」

 

「問題だらけよ。戦意があるのは有難いんだけど、支援を主とするなら冷静に退いて欲しいんだけどね」

 

「あら、泣き言?」

 

「愚痴よ愚痴。1対1での演習が続けば、人間だれしもそれに最適化していくのは判るんだけど、判るんだけど、チョッちね」

 

 デジタル演習は、極端に言ってしまえばゲーム(遊戯)でしかない。

 決まった相手との、殆ど同じ条件、装備での戦い。

 それは実戦とは全く異なる。

 使徒は、どの様な相手が来るのか判らないのだから。

 第3使徒と第4使徒は、人型めいている点で類似点はあった。

 南極に眠っていた第1使徒もそうであった。

 だが、使徒は人型を基とすると言う想定を、第5使徒が完膚なきまでに粉砕したのだ。

 その意味に於いて葛城ミサトの苦悩は深い。

 戦闘では無くエヴァンゲリオンを動かす事、或いは武器の操作に習熟するのは役立つのだから。

 何とも難しい話であった。

 

「なら、アスカ待ちって所かしらね」

 

 アスカ、惣流アスカ・ラングレー。

 NERVドイツ支部からエヴァンゲリオン弐号機と共にやってくる、NERV本部が迎える3人目の適格者(パイロット)だ。

 幼少時より過酷な選抜と訓練を乗り越えてきた、正しくエリートである。

 しかも学士号(大学卒業)を持っている天才でもある

 様々な点が評価され、適格者たち(チルドレン)の中で唯一、正式に中尉(中尉待遇少尉)の階級章を帯びていた。

 

 葛城ミサトも、NERVドイツ支部に出張した際に顔合わせを行っている。

 勝気な所はあるが努力家であり、正式な階級章を持てる程には戦術面での訓練も受けているのだ。

 葛城ミサトとしては、現場指揮官役として期待する部分があった。

 

「船団はもう太平洋に入った頃かしらね?」

 

「明日あたりの筈よ? 国連軍の誇る第7艦隊の護衛(エスコート)付き、スケジュールに狂いはないだろうから」

 

 空母3隻と戦艦4隻を中心とする27隻の第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)だ。

 空母は勿論、戦艦も駆逐艦も潜水艦までも精鋭揃いであり、護衛されているエヴァンゲリオン輸送船は艦齢も新しい為、揃って20Knotからの速力を連日発揮出来ていた。

 現在、南シナ海を航海中であり、明日にもバシー海峡を越えるだろうという状況であった。

 これだけの戦力が投入されているのは、その予定航路を先行哨戒していた駆逐艦が不明水中存在(Unknown)を発見したからであった。

 使徒の可能性が高いと判断されていたからである。

 

「しっかし、次の使徒は水中から? どうやってここまで来る気なのかしら」

 

「空を泳いでくるかもね」

 

「アンタ、科学者がそれを言う?」

 

「使徒に関して………私は諦めたの」

 

 深い深いため息とともに、赤木リツコは呟いていた。

 否、諦めていた。

 

 

 

 

 

 太平洋に使徒と思しきモノが出現した。

 その一報は、葛城ミサトなどの人間にとっては朗報であった。

 第3新東京市の遠方で発見できたと言う事は、それだけ準備を行う余裕に繋がるからだ。

 或いは精神的な余裕。

 だが、そう思っていられない人間も居るのだ。

 使徒の狙いが読める人間、使徒が輸送船団(TF-7.1)を狙うであろう理由を想像できる人間には。

 

「どうする碇、使徒が船団の付近に出現したというぞ」

 

 困ったと言う表情を隠さない冬月コウゾウ。

 対する碇ゲンドウは、NERV総司令官執務室の机に両肘をついて考え込んでいる。

 

「ああ。狙っているのはA号封印体(Solidseal-α)だ。間違いはあるまい」

 

「弐号機では誤魔化せなかったか」

 

「………老人共は誤魔化せたがな。まぁ良い。移送中の弐号機は確かB装備(Basic)だったな。ならば丁度良い。弐号機による洋上作戦()()として迎撃準備をさせる」

 

「洋上戦装備を積んでいたか? いや、そもそも船団にはエヴァの運用に必要な人員は載せて居なかった筈だぞ」

 

 ()()()()に備える為として、エヴァンゲリオン弐号機の操縦者であるアスカは機体と共に居たが、その運用を支える機付き整備班などは殆どが飛行機でNERV本部へと来ていた。

 エヴァンゲリオン弐号機は、起動する事は出来ても運用する事は出来ない。

 そういう状況であった。

 

「問題ない。此方で手配すればよい。コレも緊急展開訓練として行えば、SEELEの老人共に対する目くらましにはなろうだろう」

 

「お前の屁理屈には呆れるよ」

 

「理屈など軟膏と一緒だ。確とした理由さえあれば屁理屈でも道理であるかのように聞こえるものだ」

 

「お前らしい意見だな。では日本政府の方へはワタシが手を回しておこう」

 

「ああ、頼む」

 

 

 

 

 

 空を往く垂直離着陸機(CMV-22N)

 国連海軍向けの輸送機型であるCMV-22Bを基に、NERVが長距離緊急人員輸送用として開発配備した機体だ。

 飛んでいるのは東シナ海。

 沖縄で給油後、一路、南を目指していた。

 1機だけでは無い。

 2機のCMV-22Bを随伴を連れて飛んでいる。

 

 緊急人員輸送用と言う事でCMV-22Nは、普通の輸送機型のCMV-22Bとは比べ物にならない程に快適なものとなっていた。

 十分な防音(エンジン音対策)と、空調設備まで完備されている。

 座席も、民間航空機のビジネスクラス並とまでは言わずとも、NERV高官が搭乗する事を想定して良質なモノが設置されている。

 そんな、ある意味で贅沢な機内で1人、大きくはしゃいでいる人間が居た。

 

「あぁ凄い凄い凄い! CMV-22B!! こんな事でもなけりゃあ、一生乗る機会ないよ!」

 

 相田ケンスケである。

 シンジ経由で葛城ミサトに誘われて、鈴原トウジと共に来ていた。

 許可を貰って、機内の何処をビデオカメラで映していく。

 何とも趣味者らしい態度と言えた。

 このCMV-22Nに乗って既に1時間から経過しているにも拘わらず、この興奮状態(高いテンション)である。

 何とも元気であった。

 

「まったく、持つべきものは友達って感じ! なぁ、シンジ!!」

 

「あ?」

 

 相田ケンスケの隣の席に座っていたシンジ。

 暇つぶし用にと持ち込んで居た音楽雑誌、クラシック系のソレを読んでいて返事が出来ない。

 何を言っているのか、聞いて居なかったのだ。

 だが、相田ケンスケはそんな事に頓着しないし、そもそも、別の人間が返事をしていた。

 

「毎日同じ山の中じゃ息苦しいと思ってね。たまの日曜だから、デートに誘ったのよ♪」

 

 向かい側の席に座っていた葛城ミサトだ。

 呑気そうに笑っている。

 だが、誘った理由は正確に言えば違う。

 ご褒美なのだから。

 相田ケンスケはNERV(葛城ミサト)に対する()()()として、シンジや綾波レイの学校での動向を報告する仕事を担っていた。

 だからなのだ。

 軍事趣味者である相田ケンスケの様な人間にとって、こういう風にミリタリーに触れられる事は最高の報酬であった。

 金銭などよりもよっぽどに嬉しい報酬であった。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 赤木リツコが言う通り、悪趣味であった。

 

「ええっ! それじゃ、今日はほんまにミサトさんとデートっすか? この帽子、今日のこの日のためにこうたんですわ!」

 

 尚、相田ケンスケだけを誘っては違和感をシンジに与えるだろうからと、シンジと相田ケンスケとも仲の良い鈴原トウジまで誘われていた。

 建前としては遊びであった。

 

「ミサトさぁん!!」」

 

 感極まった様に声を上げた鈴原トウジに、サービスとばかりにウィンクを返した葛城ミサト。

 使徒が傍に居る可能性があると言う状況であったが、葛城ミサトは戦闘に繋がるとは思っていなかった。

 使徒は第3新東京市を狙ってくるモノであると言う先入観があったからである。

 故に、碇ゲンドウから命じられたこの仕事(出張)を、将来的なエヴァンゲリオンの広域展開任務に向けた情報収集としか考えていなかったのだ。

 貴重な適格者(パイロット)であるシンジを連れて行く様に命じられたのも、護衛をしながらの移動試験であった。

 又、万が一にも葛城ミサトやシンジが不在の状況で使徒が第3新東京市を襲った場合は、緊急移動の訓練も出来ると言う腹積もりでもあった。

 今までの使徒の侵攻速度から着上陸から第3新東京市までの到達時間を算出した所、船団(TF-7.1)からCMV-22Nを最大速度で飛ばせば十分に間に合う結果が出て居たのだから。

 

「豪華なお船で太平洋をクルージングよ」

 

 誠に以って呑気であった。

 

 

 

 葛城ミサトの言う豪華なお船、第71任務部隊(TF-7.1)の旗艦であり目的地でもある拡大ニミッツ級大型原子力空母のオーバーザレインボー。

 その艦上で1人の少女が挑発的な表情で空を見上げていた。

 赤い髪に青い瞳。

 整った顔立ちが特徴的なこの少女こそが、第2の適格者(2nd チルドレン)アスカであった。

 

「早く来なさいよサードチルドレン、NERV本部の秘密兵器。どっちがエースとして相応しいのか白黒つけてやるんだから」

 

 黄色いワンピースを着て自分の魅力と言うモノを十分に計算したオシャレをしているのだが、仁王立ちと言う辺りが色々と台無しであった。

 軍服や作業着姿の人間が多い空母の甲板上で激しく浮いていた。

 だが、だからこそ格のつけ合い(序列争い)と言う意味では重要であるのだ。

 服1つとっても意味が出る。

 自分は、その場のルールの上に居るのだと主張する道具となるのだから。

 

 

 様々な人間の運命が交差するまであと少し。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04-2

+

 広大なオーバーザレインボー(拡大ニミッツ級大型原子力空母)の甲板を見渡せる、ウィング(見張り用デッキ)に立って空を睨んでいる惣流アスカ・ラングレー。

 その目は爛々と輝いていた。

 引き絞られた口元は、その内側に獣性を隠していた。

 アスカが思っている事は1つ。

 碇シンジ、NERVの秘密兵器だ。

 最も新しく適格者(パイロット)として登録された、最も戦果を挙げている適格者(ライヴァル)だ。

 登録されたのは第3使徒が襲来した日であり、その日、技術試験機(テストタイプ)でありながらも起動確率が極めて低い(起動確率0.000000001%)とされていたエヴァンゲリオン初号機を即座に起動(シンクロ)させてみせた。

 疑ってくださいと言う表現すらも生ぬるい、隠す気の更々に無いNERV本部の態度に、秘密主義にも程があるとNERVドイツ支部の人間の一部が批判の声をあげた程であった。

 尤も、その手の人間は、NERVドイツ支部支部長と一緒に、NERV総司令官碇ゲンドウの手によって更迭されていったが。

 何にせよ、シンジはその後、エヴァンゲリオン初号機を駆って第3使徒を簡単に屠った。

 その戦いの様相は、アスカから見て華麗さの無いものであった。

 武器を使わず、素手で殴り続けた果てに撃破した事など、原始人かと思う程であった。

 だが無駄だけは無かった。

 それは第4使徒との闘いでもそうであった。

 戦闘のスタイル自体は華麗さどころか技巧すら感じられない、暴力の体現であったが、そこに無駄と言うものは一切含まれていなかった。

 そして第5使徒との闘い。

 被弾して中破、乃至は大破相当の被害が出て居るにも拘わらず戦闘行動を継続し、勝利に貢献した戦意の高さ。

 これを偶然だと思える程にアスカはおめでたくない。

 起動すら満足に出来ない開発担当の先任(1st チルドレン)綾波レイ(テストパイロット)を隠れ蓑にしてNERV本部が使徒との闘いに備えて用意していた秘密兵器、それがシンジなのだろうと。

 隠していた理由は恐らく、各国のNERV支部に対する牽制だろうか。

 NERVドイツ支部でも、NERV本部に秘密裏にエヴァンゲリオン専用兵装の開発を行っていたのだ。

 ()()()()()()()()()()

 かつてアスカの出会ったNERV本部の幹部員、葛城ミサトが出来たとは思わない。

 交流した時間は短かったが、概ね大雑把な性格をしている事は見て取れたから。

 陽性な言動を好み、獣めいた戦局を見抜くセンスがあり、劣勢にあっても戦意の折れる事の無い根っからの戦士気質ではあったが、()()()()()()、その手の策謀めいた事が出来る様には思えなかったのだ。

 そもそも、葛城ミサトが作戦局第一課課長(運用方のトップの地位)に就いたのは、ごく最近なのだ。

 出来る筈が無い。

 である以上、仕掛けたのは1人しか居ない。

 誰もがその性格を批判するが、その手腕を批判する者の居ない碇ゲンドウNERV総司令官だ。

 その采配によって用意されたのだろう。

 そもそも、その碇ゲンドウの息子と言うのも怪しい。

 髭面強面のNERV総司令官と、女顔めいた繊細な雰囲気のある最新の適格者(3rd チルドレン)だ。

 全く似ていない。

 恐らくは養子縁組の類なのだろう。

 だからこそアスカは、出会い頭でシンジに対して己が格上であると教え込む(出会ったその場で白黒つける)積りであるのだ。

 NERV本部に所属する事になるアスカだが、指揮系統は別にして、誰かの風下に立つ気は無かったのだから。

 

 赤い腕時計を確認する。

 先ごろに聞いていたシンジ他、NERV本部からの人間が到着する時刻が近づいているのを確認する。

 と、それが切っ掛けと言う訳では無いが、空に黒い点が生まれた。

 航空機だ。

 

「どうやら日本人が時間に正確だってのは、噂通りっぽいわね」

 

 勝気に呟くアスカ。

 アスカが知っている日本人は片手にも満たない程に少ないが、その少数の筆頭である葛城ミサトなどは、些かとは評しがたいレヴェルで呑気(ルーズ)な所があるので、何と言うか信用し兼ねていたのだ。

 

 と、そんなアスカに近づく人影、背広をラフに着崩した男性だ。

 ネクタイすらも崩している。

 只、その目だけは鋭かったが。

 

「ここに居たのかアスカ。楽しみしていた葛城達だが、もうすぐ着くみたいだぞ」

 

「加持さん!」

 

 アスカの呼んだ加持、加持リョウジ少佐はNERV特殊監査部EURO局第1課主席監査官だ。

 正確には()()()と言うべきだろう。

 先の碇ゲンドウによるNERVドイツ支部仕置きに於いて監査官と言う役職に相応しく縦横に活躍し、その結果、NERV本部への転属と相成ったのだから。

 NERV本部では戦略調査部特殊監査第1局第1課、NERV全支部を飛び回って調査する部門に所属する事となる。

 とは言え、労務の対価と言う訳では無いが1月程は無任所であった。

 又、課長代理と言う地位にも昇格している。

 それだけ、NERVドイツ支部の内部を碇ゲンドウが握る際に活躍した男であった。

 

「おいおい、そんな薄着で海風に当たり過ぎると冷えるぞ」

 

「魅力的に見える?」

 

「心配しなくてもアスカは何時だって魅力的だよ」

 

「そう言う割に加持さん、私をデートに誘ってくれないじゃない!」

 

「仕事が中々に忙しくてな。豪華なお船のクルーズで勘弁してくれ、お嬢さま」

 

「立派なフネだけど、もう少し可愛げが欲しいわね」

 

「はっはっはっ、そこは次の機会に期待って所だな」

 

 軽い調子での会話。

 だがその実でアスカは、加持リョウジから自分がはぐらかされている事を理解していた。

 好きだと言っても流され、性的なアプローチを試みても無視される。

 大事だと言われても、魅力的だと言われてもその程度だ。

 だからアスカは加持に挑むのだ。

 そして、まだ見ぬシンジ(エース候補)にも。

 自分が自分である為に、エヴァンゲリオン操縦者としての確たる地位と、自分に愛を捧げてくれる相手を掴まねばならない。

 そう考えているのだった。

 

 

 

 

 

 定刻通りにオーバーザレインボーの飛行甲板に着艦したCMV-22N。

 その機内から出たシンジは大きく伸びをした。

 CMV-22Nの機内(キャビン)が狭い訳では無いが、窓の1つも開けられない空間に2時間以上も居たのだ。

 閉塞感を感じるというものであった。

 だが、そんなシンジの隣では、元気一杯にはしゃぎまわる者が約一名。

 相田ケンスケだ。

 

「おぉーっ! 凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄すぎるーっ!」

 

 ビデオカメラで周り中を撮っている。

 軍事機密などが写っても良いのか? 等とシンジなどは思ったが、周りを見て納得した。

 友人の()()を目にしたオーバーザレインボーの甲板要員が、生温かい目(ニヤニヤ顔)で見守っていたのだから。

 

「男だったら涙を流すべき状況だね! これは! はぁーっ、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄ーい!!」

 

 絶叫めいたものを叫んでいる相田ケンスケは、本当に狂態としか言いようがなかった。

 だが、興味の無いシンジからすれば誠に以ってどうでも良い話であったが。

 友人が何をするのも自由であるし、或いは、相田ケンスケが熱狂している対象に関してもそうであった。

 戦友と言う意味で軍 ―― 国連軍には(シンパシー)は抱いているが、その使っている道具は、正直、どうでも良かったのだ。

 大事なのは使徒をぶちのめす事であり、それ以外は些末事なのだから。

 横木打ちで振るう丸棒が、実際の刀と同じくらいの重さや長さであれば何でも良い様に。

 或いは、銃が引き金を引けば弾が飛ぶ。

 飛びさえすればどんな銃であっても良いのと同じ話なのだから。

 

 葛城ミサトが、オーバーザレインボー側の連絡将校と挨拶を交わしている。

 答礼と敬礼を見て、自分もするべきなのかな? と言う事を考えていた。

 挨拶には参加してもらう、そう最初に言われていたからだ。

 だからシンジは、今日はNERVの男性適格者用制服、所謂常装を着こんでいたのだ。

 尉官級一般職員用とは異なる、黒を基調としたジャケットに、下は同じベージュ色のスラックスを着ている。

 まだおろしたての制服は、アイロンの跡が強く残っていて、着慣れない感じがしていない。

 だがそれも当然だった。

 一日、NERVに居る日は兎も角、学校帰りでNERVに行く時などは、学校の制服のままで過ごしているからであった。

 そんな、着ていると言うよりも服に着られている感の漂うシンジであったが、胸元には中尉の階級章と適格者(パイロット)である事を示す徽章、それに2等勇功章(シルバースター)の略綬を付けている。

 理解できる人間は決して侮らないであろう格好であった。

 其処にベレー帽もキチンと被っている。

 どこに出しても恥ずかしくは無い恰好となっている。

 

 と、その横をジャージ姿の鈴原トウジが駆けて行く。

 

「待て! 待たんかい!!」

 

 帽子が風に飛ばされたのだ。

 幸い、甲板を転がっているだけだが、急いで掴まえねば海にも落ちるだろう。

 慌てて拾おうとするも、するりと転がっていく。

 中々に難しい様だ。

 

「くっそぉ、止まれ! 止まらんかい!!」

 

 逃げる様に転がっていく帽子、が海へと飛ぶ前に甲板に刺し止めたものがあった。

 赤いパンプス。

 ほっそりとした脚。

 鈴原トウジの帽子は、踏みつぶされたのだ。

 

「なっ!?」

 

 余りの暴力に、絶句する鈴原トウジ。

 その声にシンジと相田ケンスケも視線が向いた。

 

「凄い!」

 

 相田ケンスケが感嘆の声を上げた。

 さもありなん。

 空母と言う無骨な存在の上に居るには似つかわしくない、黄色いワンピースを纏ったの金髪碧眼の美少女が仁王立ちしていたのだから。

 言うまでも無くアスカだ。

 

「なんや! 何をするんや!!」

 

 鈴原トウジの抗議を鼻で笑い、アスカはシンジだけを見ている。

 加持リョウジ経由で得たシンジの写真を事前に見ていたと言う事もあったが、何より、格好が違う。

 鈴原トウジは黒いトレーニングウェアの上下であり、相田ケンスケは学校指定の制服 ―― 白い半袖シャツと黒系のパンツ姿だ。

 対してシンジはNERVの制服姿なのだから。

 3人の内で誰が適格者(3rd チルドレン)であるかなど、一目瞭然というものであった。

 

「Hallo! 貴方が碇シンジね」

 

ほうじゃ(その通りだけど)で、おはんは誰じゃっと(そう言う君は誰?)

 

 シンジの訛りの強さに、一瞬だけ眉を顰めたアスカ。

 だがこの美少女の頭脳の明晰さは、日本語を主言語としないにも拘わらず、その意図を推測し理解する。

 天才からすればフランス語も英語もドイツ語とはラテン語を介した親戚 ―― ある意味でそう言う括りをされていたのだ、日本(標準)語と鹿児島弁も。

 さてさて。

 アスカがシンジに対して自分の格を見せつけ(マウントし)ようと笑った時、運命が動く。

 否、()()

 悪戯っ気を出した風が、アスカのワンピースの裾を弄んだのだ。

 派手に巻き上がる。

 

「あっ!」

 

 間近で見た鈴原トウジは目を皿の様にしていた。

 

「え!?」

 

 婦女子の名誉があるとばかりに反射的に目を瞑ったシンジ。

 

「おお!」

 

 そして相田ケンスケは興奮しきってビデオカメラを回し続けていた。

 無論、スカートの中身までバッチリだ。

 

「おおおおおおおおおお! 俺は神秘を見たっ!!」

 

 興奮の儘に叫ぶ相田ケンスケ。

 盗撮までも趣味の範疇に収めていたが、それでも同年代と思しき少女の下着を真っすぐに見たのはコレが初めてであったのだ。

 それをバッチリとビデオカメラに収めたのだから、そうなるのも必然であった。

 だが、それ故に、自ら悲劇を招く事となる。

 

「…っ!」

 

 アスカは攻撃的笑顔のまま、先ずは鈴原トウジの頬を引っ叩いた。

 

「あたっ!?」

 

 続いては相田ケンスケ。

 カッカッカッっとばかりに歩み寄って右手で首を締め上げ、左手で自分を撮り続けたビデオカメラを叩き落とす。

 

「んなっ!?」

 

 何をするんだと抗議の声を上げようとするが、声が出せない相田ケンスケ。

 アスカに、軍隊仕込みの格闘術由来な体捌き(ワザ)で喉元を押さえられているのだ。

 そのアスカは笑顔のままに飛行甲板上に叩きつけたビデオカメラを更に踏みつける。

 二度三度と全力で踏む。

 足裏の感覚で、ビデオカメラが再起不能になったのを確認するや神速の、鞭めいた素早さで右手を振りぬいての平手打ちを敢行する。

 

「ギャッ!?」

 

 ぶっ倒れる相田ケンスケ。

 さもありなん。

 本人の意図したものでは無いとは言え、公衆面前で盗撮まがいの事になったのだ。

 しかも、それを詫びる事無く興奮していれば、この様も当然とも言えた。

 

「変態」

 

 吐き捨てる様に言葉を投げかけながら手を相田ケンスケから離す。

 不潔なモノを触ったとばかりに手を払う様に振る。

 そしてシンジだ。

 維持し続けた笑顔のままに口を開く。

 

「アンタの対応が一番マシ。だけど、世の中って公平性が大事だと思わない?」

 

 獣性の笑みに、流石のシンジも若干ひいている。

 此処まで強く来る(Powerを前に出して来る)女性は、鹿児島でも見なかったからだ。

 基本、賢い鹿児島の女衆は力で男衆を抑えるのではなく、実権を巻きあげる方向で薩摩の男尊女卑(ガッツリ女性上位)を成し遂げているのだから。

 その意味でアスカは、シンジにとって初めて見る女性であった。

 

ないがよ(なに言っているのか判らないよ)!?」

 

「……言うじゃない、日本語で、問答無用って」

 

 そして放たれた最後の一閃。

 だがその手のひらがシンジを叩く事は出来なかった。

 振り抜きの起こり、その際の手首にシンジが掌底を合わせたのだ。

 アスカの顔から笑いが抜け落ちる。

 シンジも力の入っていない顔を作る。

 

叩かるっ道理はなかど(黙って叩かれる理由は無いよ)

 

 だが、2人の間にあるのは紛れも無い緊張感であった。

 

「ふーんっ」

 

「………」

 

 図ったかの様に、同じタイミングで動く。

 叩きたいアスカ。

 止めるシンジ。

 見る者の息が止まる様な攻防は、段々と速度を増していく。

 一合二合、そして十合二十合。

 何時しか意地と意地のぶつかり合いとなる。

 騒動めいた事になって、周囲から暇人(ギャラリー)が集まってくる。

 葛城ミサトも慌てて来た。

 

「2人とも何をやってるのよ!?」

 

 任務では情を欠片も見せぬ鉄の女(アイアンコマンダー)葛城ミサトが、珍しくも悲鳴めいた声を上げる。

 だがアスカもシンジも一瞥もしない。

 只、相手だけを見ていた。

 

「何があったのよ、鈴原クン!?」

 

「いや、あのおなごのパンツをセンセが見てしまってですな」

 

 自分も見たし、何なら一番初めに報復(ビンタ)を受けたと言う話をおくびにも出さない鈴原トウジ。

 彼にもプライドと言うものはあったのだ。

 尚、相田ケンスケは粉砕されたビデオカメラに涙していた。

 

「ふふふふふふ、やるわね」

 

おはんサァもな(君も良く続くよ)

 

 互いだけに意識を集中している2人。

 隙を見ているアスカ。

 動きの起こりを探り続けるシンジ。

 

「ねーねーアスカ? シンジ君? そろそろ止まってくれるとおねぇさん、すごーくうれしいんだけど、聞いてる? ていうか聞いて、お願いだから」

 

 泣き付く勢いになる葛城ミサト。

 喧嘩沙汰と言うには少しばかり平和なため、()()をするには良心が咎める状況なのだ。

 と言うか、治安維持担当のMP(憲兵)と言う腕章を釣っている将兵まで、口笛を吹いて囃し立てている始末だ。

 真剣ではあっても殺意の無い、少年少女じゃれあい(ボーイミーツガール)にしか見えないのだから仕方がない。

 間に入ると、馬に蹴られて何とやらと言う事だろう。

 

 では、葛城ミサトが直々に動けるかと言うと、此方も難しい。

 と言うか、変な刺激を与えてしまい暴力沙汰に成られても困るのだ。

 2人が頭を冷やして、自分から止まってくれる事を願う。

 願いたいといのが葛城ミサトの気分(本音)だった。

 

とめっくいやれば(止めてくれるなら止まりますよ!)

 

 シンジは冷静だった。

 アスカも冷静さは保っていた。

 目の端で周りを確認する。

 観客が多い(騒動になっている事を)理解する。

 外面を重視する(猫かぶりの)アスカにとって、この状況は失態そのものであった。

 だが、今更に何も出来ぬままに退く訳にはいかない。

 ここで退いてしまっては、自分はシンジに劣る様では無いか! と。

 だから深呼吸。

 葛城ミサトに告げる。

 

「最後にもう一回」

 

「最後よ、お願いだから最後ね」

 

 泣きそうな声を出す葛城ミサトであったが、シンジは勿論ながらもアスカまで一顧だにしなかった。

 2人は共に真剣であった。

 

「二言は無いわ」

 

 だからこそアスカは、ドイツの格闘教官であったアーリィ・ブラストに習った女性専用の奥義(初見殺し)を使う事を決断する。

 その名も観音脚奈落落とし(パニッシュメント・フォールダウン)

 

「えぇぇいっ!」

 

 裂帛の気合を入れての足技、かかと落とし。

 それはスカートの時でしか使えぬ、乙女の必殺攻撃。

 天に伸びた脚によってスカートが捲れ、パンツがあらわにする事で相手の視線を釘付けにする事で相手の油断を誘い、脳天へと踵を叩き込む大技だ。

 この技の為、アスカはスカートを履く時は何時も新品の死装束(決戦パンツ)をキメている程であった。

 

 並の相手であれば一発で決まった大技。

 だが残念。

 シンジは些かばかり並、普通では無かった。

 

 純白の乙女のパンツをガン無視して、只々、防御(戦い)だけを考えていたのだから。

 最上段からの踵落とし。

 最善の手は退く事であるが、それは趣味じゃない(そういう躾は受けていない)

 故に前進する。

 距離を詰める事で、勢いと力ののった踵では無く膝より上の部分が当たる様にするのだ。

 

 だが、それがある種の悲劇(喜劇)を生む。

 その事に咄嗟のシンジは気づかなかった。

 考えぬままに前進する。

 瞬きの間めいた時間、そして衝突。

 

「あぁっ!」

 

「Oh!」

 

「あらま、大胆」

 

 再度言う。

 シンジは前に出ていた。

 アスカも踵を叩き込む為に前に跳ねていた。

 その結果は距離の消滅。

 即ち、シンジはアスカのパンツに顔を突っ込みながら押し倒したのだ。

 

「つぅ……」

 

「あいたたた」

 

 呻きながらも目を開けた2人。

 激突の衝撃が抜け、互いの姿勢を理解した時、その顔色は共に真っ赤に染まった。

 

んな、んだ(ご、ごめん)!?」

 

「キャー! エッチ!! チカン!!! 変態!!!!」

 

 乙女の絹を裂くような悲鳴が、オーバーザレインボーの甲板に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.01.30 文章修正
2022.01.31 文章修正
2022.02.02 文章修正
2022.10.31 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04-3

+

 葛城ミサトの願い通りに最後となった碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの攻防。

 その結末を散文的に表現するならば、シンジがアスカを押し倒し、そのパンツに顔を突っ込んだ、であった。

 想定外と言える結末に、シンジの同級生である鈴原トウジと相田ケンスケは異口同音、タイミングすら一緒の一言を放ったのであった。

 

「「イヤーンな感じっ!」」

 

 羨望と嫉妬が入り混じった魂の言葉であった。

 さもありなん。

 出会い頭の事から厄介な人間であるとは衆目の一致する所のあるアスカであるが、その外見だけを言えば極上の美少女である事も事実なのだから。

 2人の反応もある意味で妥当であった。

 

 兎も角、ある意味で失態を演じたシンジとアスカの反応はそれぞれであった。

 パンツに顔を突っ込まれたアスカは脱兎のごとく逃げ去った。

 パンツに顔を突っ込んだシンジは自分がやった事に凹んでいた。

 共に思春期(14歳の子ども)らしい反応と言えた。

 

 そして葛城ミサトは、神に感謝していた。

 怪我は勿論、後に問題を残しそうな暴力沙汰にもならなかった。

 取り合えず、現時点で世界に3人しか居ない適格者(チルドレン)が決定的対立へと陥りそうな事態を避けられたのだから、そう思うのも当然であった。

 無論、ある種のセクハラめいた状況(ラッキースケベ)であった点は、後に対処(ケア)する必要があるが、想定し得る最悪の事態に比べれば軽い話であった。 

 尤も、首からゴッツい十字架を下げてはいても葛城ミサトは自覚的な不可知論者であり、同時に無自覚な(骨の髄からの)日本教徒であってキリスト教徒と言う訳では無かったので、祈る神は唯一神(ゴッド)では無く神々(ヤオヨロズ)であったが。

 

「シンジ君、大丈夫?」

 

 呆然としていたシンジも、葛城ミサトの声掛けを受けて再起動がかかる。

 常日頃の所作からは想像も出来ない、よろよろとした仕草で立つ。

 少し、顔が赤い。

 当然だろう、シンジとて思春期真っ盛りの14歳の純情少年なのだ。

 それがコーカソイド系の頗る付きの美少女のパンツに顔を突っ込んだのだ。

 それはもう精神的に一発喰らった感(100MegaShock)なのも当然であった。

 奇しくも、アスカが狙っていたシンジに対し印象付ける(衝撃を与える)事には大成功していた。

 尤も、それがアスカの格の誇示(マウント)に繋がるかと聞かれれば、否としか言えない。

 パンツなのだから。

 

ちょ、まっくいやんせ(少しだけ待ってください)

 

 頭の中を占めている白い布切れを追い出す為、立ち上がったシンジは大きく深呼吸をする。

 2度、3度とする。

 と、花めいた香り(アスカの残り香)を感じた気分になって、慌てて首を横に振る。

 それから気合を入れる為に頬を自ら叩いた。

 甲板に、中々に良い音が響く。

 目力が戻る。

 

よかど(も、問題ありませんよ)

 

「良いわシンジ君、なら艦隊司令官と艦長の所に挨拶に行くわよ!」

 

わかいもした(分かりました)

 

 

 

 

 

 挨拶の為、連絡将校に案内されて入り組んだ空母の艦内を歩くシンジと葛城ミサト。

 乗員が5000人にも達しようかと言う、1つの都市めいた洋上構造物である空母はその船内も、相応に入り組んでいた。

 目的地は空母で一番の場所、司令官公室だった。

 尚、公務の一環である為、流石に鈴原トウジと相田ケンスケは居残りだ。

 話の分かる将校が売店(PX)へとお土産でも買いにと、連れて行ってくれていた。

 後で、食堂で合流する話となっている。

 

 船体に入ってしばらく歩く。

 

「ここです」

 

 示された部屋の入口には、木目調の不燃樹脂で飾られた司令官公室のプレートがある。

 ノック、そして形式的なやり取りの後に、部屋へと入る。

 と、その前にシンジは自分の格好を確認する。

 襟元や袖、裾などに指を這わせる。

 相手はお偉いさんなのだ、礼儀として身だしなみをチェックするのも当然と言うものであった。

 

 部屋に居たのは、国連軍の誇る最大の海洋戦力集団である第7艦隊、その主力である空母や戦艦群を抽出して編成されている第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)の指揮官であった。

 ノーラ・ポリャンスキー少将。

 スラブ系らしい透明さと厳しさを両立させた、若い頃はさぞやモテただろうと思わせる女性提督だ。

 だが、シンジを見る目は少しだけ優しい。

 敬礼と答礼。

 動きが少しばかりぎこちない。

 見様見真似、横目で葛城ミサトの動きを見て真似ているのだから当然だ。

 シンジはNERVに入ってから様々な訓練を重ねてはいたが、そこに敬礼の練習などは含まれていなかったのだから仕方がない。

 NERVが礼節を軽視しているのでもなければ、虚礼廃止などを考えている訳でも無い。

 只、使徒との闘いの為の各種訓練が最優先されていたのだ。

 その事をノーラ・ポリャンスキーは資料で知っていた。

 だからこそ、シンジを労わる。

 

「楽にしてください。君の身の上は聞いています。だから、私は敬意(敬礼)よりも勇気を評価します」

 

 ハスキーな声の英語を、ノーラ・ポリャンスキーの脇に立った通訳が訳して伝えて来る。

 友好的と言うよりも敬意めいた評価にシンジは面映ゆげに小さく笑う。

 礼を失しない範囲での笑いと共に、背筋を伸ばしたままに感謝の言葉を告げる。

 

あいがとさげもした(ありがとうございます)

 

 通訳は、凄い複雑そうな顔で少し硬直し、それから小さな声でノーラ・ポリャンスキーの耳元に寄せて言う。

 ()()()()()()()()()()()、と。

 通訳官とて、専門で通訳の教育を受けていた意地はあったが、それでも地方言語(さつまことば)を理解するのは簡単ではなかったのだった。

 その様を見た葛城ミサト、同病相憐れむと言った風に生温かい顔をしていた。

 

 通訳の困惑を聞かなかった様に、ノーラ・ポリャンスキーは言葉を紡ぐ。

 

「碇シンジ()()。君は十分な訓練を受ける事も無いにも拘らず勇気と献身を果たして見せた。名誉(シルバースター)に相応しい」

 

 誰が、攻撃を使徒に当てる為とは言え使徒に密着できると言うのか。

 鋼鉄の雨、一撃で使徒を屠る ―― エヴァンゲリオンすらも倒しえる大威力兵器(EW-23 パレットキャノン)の先に立てると言うのか。

 故に、ノーラ・ポリャンスキーはシンジを中尉待遇官では無く中尉と呼んだのだ。

 誤訳では無い。

 

 その言葉に、自然とシンジは頭を下げていた。

 

 

 

 一種の表敬訪問を終えたシンジと葛城ミサト。

 だが葛城ミサトの本題はこれからであった。

 艦隊の近くを遊弋している正体不明の水中目標、使徒と推測される相手への対応である。

 この水中目標、今だハッキリと(センサー等で)相手を認識した訳では無かったが為、使徒と断定しかねていたのだ。

 

「NERVとしては使徒である、と?」

 

「はっ! 此方に来る際、ヘリのセンサーが微弱ですが、使徒のパターンに近いものは拾えています」

 

 CMV-22Nに試験的に取り付けていた、対使徒の情報収集センサーが飛行中に捉えた情報であった。

 問題は、専任のオペレーターも乗って居なかったが為に詳細を掴む前に、反応は消失(ロスト)していたと言う事だろう。

 

「ノイズの可能性は?」

 

 参謀の1人が厳しい顔で問いかける。

 通常兵器でも使徒に対抗する事は可能、それが第5使徒との闘いで実証されていた。

 だが、対抗する為には使徒の防壁(A.Tフィールド)を中和する必要があり、そう簡単に出来る話では無い。

 特に、今回探知した目標が来るとなれば戦場は海となる。

 困難な条件が積み増される事となる。

 葛城ミサトも厳しい顔を崩さないままに口を開く。

 

「その可能性はゼロではないと思われます。探知した機材(機載センサー)は今回が初の実戦投入ですので。ですが………」

 

「最悪を想定して動くべき、そういう事だな」

 

「おっしゃる通りです。水中での使徒がどれ程の脅威なのか、我々NERVでも把握しきれておりませんから」

 

「そもそも、使徒が此方に向かってくるのか? NERVの本部を狙って動くと聞いているが?」

 

 別の参謀も声を上げる。

 詳細は公表されていないものの、使徒が狙うべきモノ、或いは場所が第3東京市に存在している。

 NERVは、ソレを守る為に存在している ―― そう伝えられているのだ。

 参謀の疑問も至極真っ当な話であった。

 

「それに関しては正直判りかねます。只、最初に検知された海域と、今回、センサーが探知した海域を比べますと」

 

 テーブルに広げられている海図に、赤鉛筆で2つの情報を加える。

 確かに、接近していた。

 NERV本部を狙うのであれば、離れている筈なのに逆となっていた。

 

「………部隊に近づいているな」

 

「はい。或いはエバー弐号機を狙っている可能性も否定できません」

 

「自らの脅威対象を先に潰そうと言うのか? 使徒はそれ程の知能を持つと言うのか!?」

 

「正直な所、判らないとしか申し上げられません。使徒の能力、或いは知性と言うモノも含めて、我々は使徒を調べ始めたばかりですので」

 

 判ったのは、判らない相手であると言う事。

 それをストレートに口にする。

 人類が、使徒と言う存在を実際に相対したのはまだ4例なのだ。

 この状況下で何かが判ると思う程に葛城ミサトにせよNERVにせよ、傲慢では無かった。

 

「厄介だな」

 

「だが最悪を想定して動く、葛城中佐の提言は正しいだろうな」

 

「ご理解頂ければ幸いです」

 

 参謀団と葛城ミサトとの対話を聞きながら、使徒に関するレポートを確認していたノーラ・ポリャンスキーは、話が煮詰まった事を察知し、口を開く。

 方針は1つ、使徒は来ると想定しての迎撃準備だ。

 

「葛城中佐、君たちが持ってきたエヴァンゲリオンの換装にはどれだけの時間が必要なのか?」

 

海洋戦(S型)装備への換装は、最短で1時間と報告を受けています」

 

 S(SEA)型は水中で使用可能な非常用通信設備の増設と、姿勢制御用を兼ねた推進器の取り付けが主と成るからだ。

 又、エヴァンゲリオン弐号機は、基本設計と各部品の製造を日本で行っているお陰で詳細が判っている ―― 設計図に記載されていない、細かな設計変更が無い事も換装を手助けしている。

 この辺りは、地味に重要なのだ。

 今、NERV本部に来たエヴァンゲリオン4号機などは、その点で問題児の塊であった。

 想定外の配線の引き方などが為されており、技術開発局第1課は局長兼課長である赤木リツコまで出張っての総出で整備用の設計図を作っていた。

 事実上の設計図の引き直しである。

 エヴァンゲリオン初号機の完成をもって、エヴァンゲリオンの建造技術は確立した。

 それを基に設計図が引かれた量産型のエヴァンゲリオン弐号機と、それ以降の機体は、本来は同一の図面から生み出された機体である筈なのだが、現実はそうではないのだ。

 エヴァンゲリオンの建造を担う各国は、その国々の都合 ―― 細かい部品の発注先の技術力その他もあって、設計を変更して建造しているのだから。

 発揮できる性能は同じでも、整備性などは全くの別物であった。

 今後は、日本国内での建造も検討して欲しいと言うのが、技術開発局の本音であった。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン弐号機の準備は順調に出来る予定であった。

 

「宜しい、ならば現時刻をもってエヴァンゲリオン弐号機の指揮権はNERVへと移管。以後は君たちの判断で適当に(最適を判断し)進めてくれたまえ」

 

 副官が時刻を確認し、書類の作成を命じている。

 葛城ミサトは背筋を伸ばして敬礼した。

 

「はっ!」

 

「ああ、作戦行動までの指揮権は、使徒の確認が出来てからだ、良いな?」

 

「有難くあります!」

 

 快活な声を張り上げながらも、葛城ミサトの表情は微妙であった。

 悪いと言う意味では無い。

 只、釈然としなかったのだ。

 正直な話として、葛城ミサトは状況がここまで簡単に動くと言うのは想定外であった。

 権限の問題(ナワバリ意識)から、ギリギリまでNERVへの権限移譲を拒否されると思っていたからだ。

 そんな感情を読み取ったのか、ノーラ・ポリャンスキーは陽性の笑みを浮かべた。

 

「気にする必要は無い葛城中佐。N²兵器、その直撃に耐える相手に油断する奴は我が部隊には居ないというだけだ」

 

 現代兵器として最強クラスの威力を持ったN²兵器(ノー・ニュークリア・ウェポン)、それが通用しない以上は片意地を張る意味も無いと言うものであった。

 A.Tフィールドは戦場を変えた、そう言うべきかもしれない。

 

「その代わり、君たちNERVの手腕を見せてもらうぞ?」

 

「全力を尽くします」

 

 

 

 

 

 シンジの前から走り去ったアスカ。

 だがそれは、羞恥による逃亡などでは無かった。

 戦略的撤退であり、状況を変える為の行動であった。

 

 自分の部屋に戻ったアスカは先ずは洗顔して気合を入れると、クローゼットから滅多に着なかったNERVの適格者(チルドレン)用の制服を取り出す。

 デザインはシンジと同じ。

 違いは、襟元のパイピングが赤色となっている事だろう。

 アスカが専属パイロットを務めるエヴァンゲリオン弐号機の機体色に合わせてあるのだ。

 豪快な勢いで黄色いワンピースを脱ぎ捨てると、カッターシャツを着こむ。

 下は薄い黒のパンストに、膝上のタイトスカートだ。

 鍛えられ、引き締まったアスカの下半身が綺麗に出る格好となる。

 とは言え、これで蹴り(必殺)技が封じられた様なものであるが、アスカにとって次なる戦い(マウンティング)は肉体を以って行う事では無いのだから問題にはならない。

 ()()()()()()()

 日頃は重いし面倒だからと外している飾緒(モール)を取り付けて行く。

 右肩に、NERVドイツ支部で戦闘訓練の一環として受けた歩兵課程修了者用の飾緒を付けて、更には飾緒付射撃優等徽章を取り付ける。

 青と金の紐が、黒を基調とする制服に映える。

 更には、空挺降下徽章を取り付ける。

 歩兵課程はNERVドイツ支部の命令であったが、射撃優等徽章や空挺降下徽章の習得はアスカ自身の努力の賜物であった。

 中尉の階級章にずれが無いのを確認し、後は善行章の略綬(リボン)まで確認する。

 確認を終えたアスカは袖を通し、ベレー帽をかぶって鏡を見る。

 平時に於いては、誠に以って立派と言える飾りを纏った将校がそこには居た。

 笑い、そして最終チェックをする。

 

「サードチルドレン、舐めるんじゃないわよ」

 

 鏡越しの宣戦布告であった。

 さて、後はどうやって飾緒その他を見せつけてやろうかと考えた所で、ノックがされた。

 

「アスカ、居るかい?」

 

「加持さん!!」

 

 慌てて扉を開けたアスカ。

 加持リョウジだ。

 アスカの格好を見て、目を開いて、それから相好を崩した。

 

「久しぶりに見たな、その凛々しい恰好は」

 

「でしょー♪」

 

 褒められた喜びから、その場で一回りして見せる。

 アスカは、自分が特別である(ルールの上位に居る)と言うアピールの為もあって、NERVドイツ支部内部でも式典以外では私服で居る事を好んでいた。

 アピールの相手はNERVドイツ支部の適格者(チルドレン)候補生、目的は勿論ながらも威嚇(マウンティング)である。

 アスカの胸中に同期(仲間)などと言う言葉は無い。

 全ての人間が(ライヴァル)であるのだから。

 お仕着せの制服を着て、上に選ばれたがる人間とは違う位置(ステージ)にいると言うアピールなのだ。

 

「似合ってる?」

 

「ああ、アスカをとびっきりに魅力的に飾ってるよ」

 

「加持さん、わかってるー♪」

 

「これなら碇シンジ君も()()()()だな」

 

 シンジ相手に格を見せる(ドヤァする)為の格好を、魅力的に見せる為と言われて、内心でかなり微妙な気分になるアスカ。

 先に実戦を経験し撃破までした(キルスコアを稼いだ)シンジは、やはり()であるのだから。

 と言うか、常にアスカは加持リョウジにアピールしてきたと言うのに、別の奴(ポッと出て来た奴)にアピールする様な軽い人間の如くに見られていると言うのは、中々に腹立たしい話であった。

 アピールが真剣に採られていなかったと言う訳なのだから。

 

「フンッ あんなのを相手にしている訳ないじゃない」

 

「おや、違ったか。それは残念。アスカがボーイフレンドを作る折角の機会だと思ってたんだがな」

 

「バカで……バカでスケベな男なんてお断りよ!」

 

 バカで間抜けっと言おうとした所で、先ほどの事を思い出したアスカは言い直した。

 スケベ。

 とは言え、パンツに顔を突っ込んできたことがスケベ心からだと断じる訳では無い ―― その程度には攻防戦でシンジの心根のありようは理解したアスカであった。

 だがそれでも、乙女の大事な所に突っ込んできたのだ。

 当座はバカでスケベと言っても良いだろう。

 そうアスカは考えていた。

 

 尤も、それをシンジに対する格付け(見下し)に使おうとしない時点で、アスカはシンジを評価していたとも言えた。

 単独での使徒2体の撃破、及び1体の共同撃破を()()()()に評価していたのだ。

 

「ははははっ、手厳しいなアスカは。とは言え葛城から頼まれてな、改めて顔合わせをしたいって事だ」

 

「………奴、ね」

 

「そう言う事だ。来てもらえますかお嬢さま?」

 

 丁度よい機会が来たモノだ。

 天祐と言うものをアスカは感じ、ニヤリと笑った。

 それから太々しい仕草で、しおらしい声を上げる。

 それはゲームであった。

 

「エスコートをお願い出来るなら」

 

「喜んで」

 

 

 

 

 

 改めて食堂での顔合わせとなるシンジとアスカ。

 共に制帽(赤いベレー帽)まで含めてカッチリと制服を着こんで居る姿からは、先ほど甲板上で繰り広げた激しい攻防戦の残滓など漂っていなかった。

 2人とも真面目な顔を崩してはいない。

 

「改めてシンジ君、此方は貴方の先任、2番目の適格者(2nd チルドレン)である惣流アスカ・ラングレー中尉よ」

 

「惣流アスカ・ラングレーよ、よろしく」

 

「そしてアスカ、この子が貴方に次ぐ3人目の適格者(3rd チルドレン)、碇シンジ中尉待遇官よ」

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしくたのんもんで(よろしくお願いいたします、惣流さん)

 

 間に立った葛城ミサトの紹介は、TVで見たお見合いめいている。

 全くの気楽い立場でそんな風に思いながらソレを眺めていた鈴原トウジは、隣に立った相田ケンスケが静かに震えているのに気付いた。

 ツンツンっと肘で小突いて聞く。

 

「大丈夫か」

 

「凄い、凄い、凄い、凄い、凄いよトウジ!」

 

 声を抑えつつも興奮すると言う何とも離れ業めいた事をしながら、相田ケンスケは鈴原トウジの服を掴んで揺さぶる。

 

「なんや?」

 

「今気づいたけどシンジってすっげー勲章を付けてるし、あの娘はあの娘で凄い紐を下げるし!」

 

「うん。ワシ、説明してくれんとわからんで?」

 

「えっとな__ 」

 

 頭に血の昇ったマニアに説明を頼むと大変な事になる。

 その日、鈴原トウジは、その事を魂に刻まれる事となった。

 

 

 部外者を全く意識せぬままに、アスカとシンジは取り合えず握手を交わした。

 共に柔らかさの無い、鍛えられた手のひらをしていた。

 小さな傷も多い。

 共に、相手が努力を重ねている人間であると理解した。

 理解した上でアスカは力を込めて握る。

 国連軍の歩兵課程で鍛えられた握力は、14歳と言う年齢不相応な握力をアスカに与えていた。

 だが、シンジも笑顔のままで応戦する。

 暇があれば1日に千回は横木打ちを繰り返した結果、シンジの握力も14歳男子の平均値を遥かに上回る数字になっていたのだから。

 拮抗。

 2人は笑顔を顔に張り付けながら力を籠め合う。

 

「シンジ君、アスカ? あんまりそんなに本気でやると体に悪いとお姉さんは思うんだけど、どうかな?」

 

 葛城ミサトの言葉であるが、全く聞いていない。

 互いに相手だけを見ている。

 最早それは睨みあい(ガンつけ)めいていた。

 

「やるわね」

 

おはんもな(君もね)

 

「……ソレさ、止めてくれる?」

 

ソレっちぁなんな(ソレって言われても判らないよ、何の話)?」

 

「…………ソレ、その訛り言葉(さつまことば)よ。アンタ、日本語で話しなさいよね」

 

なんち(何を言ってるんだよ)おいは日本語を話しちょっが(僕は正しく日本語を話しているよ)

 

「………うっさい! 一々、意味を考える(翻訳する)のが面倒くさいのよ!!」

 

 アスカはシンジの言葉(鹿児島弁)を簡単に理解出来た訳では無かった。

 堪能な語学力と、天才的と言える知性から翻訳していたのだ。

 だが、流石に天才とは言え日常的に使っていなかった日本語で、更には強い訛りがあるとなると、それを理解(脳内で翻訳)するまでに少しばかり時間が掛かるのだ。

 有体に言って面倒くさかったのだ。

 だからシンジに注文(クレーム)を付けるのだ。

 尤も、シンジはその要求を突っぱねる。

 

おいには関係なか話じゃっが(僕には関係ないね)

 

「……ハン! 何を言っても関係ないわ!! アタシは日本語に言葉を変えて言ってるわよ、ドイツ語の分からないアンタの為に!!!」

 

そいは(それは)……ん、じゃんな(その通りだね)

 

「………だったら、アンタも同じ面倒をしろっちゅーの! この()()()()()()()()()()!!」

 

 予想外の角度から来た、切れ味の良いHENTAI(パンツ顔ツッコムマン)と言う声。

 その、あんまりと言えばあんまりな罵声に、シンジの頭が真っ白になる。

 事実無根の類では無く、事実であったが故の破壊力であった。

 性少年の純情と言うべきか。

 だが、その瞬間の空白が、握手のバランスを崩した。

 

たっ(痛っ)!?」

 

 情け容赦なく握られた結果、シンジの右手は、シンジが声を漏らす程度には酷い事になる。

 勝負あったとばかりに、握ってた手を腰に当てて勝利の笑み(ドヤ顔)を浮かべたアスカ。

 

「アタシの勝ちね♪」

 

「………」

 

 文句をシンジは口にしない。

 盤外戦(精神攻撃)の結果と言うのはシンジにせよアスカにせよ、その他、観客一同と、衆目の一致する所であったが、どの様な形であれ決着のついた事に文句を付ける(議を言う)のは見苦しい事だとシンジが思うが故であった。

 只、少しばかり恨めしい目でアスカを見てはいたが。

 

「じゃ、勝者の特権として改めて言うわ。サードチルドレン、()()()()()()

 

 ニッコリ、そう笑顔のままにのたまうアスカ。

 自分が美少女であると自覚した、計算された笑顔だ。

 残念ながらも勝負用の(準闘争モードな)精神状態であったシンジには通用しなかったが。

 アスカの要求を鼻で笑って聞き流す。

 

そげんこっを約束はしとらんがな(そんな話は、最初っからしてなかったよね?)

 

 翻訳するまでもなく、拒否されたと判ったアスカは笑顔のままシンジに顔を近づける。

 笑顔と言うものを実に巧みに、攻撃的に使いこなしている。

 

「ああん? 勝負にも負けて、アタシみたいな美少女のお願いも聞かない、しかも乙女のパンツに顔を突っ込んだのよ、詫びも無いのかつーのっ!」

 

 巻き舌である。

 その勢い(パワー)、流石のシンジもタジタジとなる。

 難癖めいているが、同時に正論めいている部分もあるのだ。

 流石のアスカ。

 何とも力任せな知的攻撃、そう評するべきであった。

 とは言えシンジも退かない。

 寄ってきたアスカの顔に、此方も頭突きをする様な勢いで顔を寄せる。

 共に、笑顔のままだ。

 

 

 ぶつかり合う2人

 その脇で、葛城ミサトはあわあわとして無力であった。

 戦場であれば如何ほどにも肝を据わらせて戦い抜く女傑ではあったが、まだ20代の若い身空なのだ。

 思春期な少年少女のぶつかり合いに出来る様な能力を持っている筈も無かった。

 

「こりゃ凄いな」

 

 だから、無神経と言うか、まるっきり部外者めいた風に感想を漏らした相手をキッとばかりに睨んだのは、ある種の逃避行動であった。

 視線の先に居るのは加持リョウジだ。

 言葉通りに、面白がっている顔をしている。

 

「加持! アンタ、何を他人事っぽく見てるのよ!!」

 

「いや、俺部外者だし? 監査部は不正や腐敗を相手にするのが仕事なんだぜ」

 

「臨時でアスカの護衛だって聞いているわよ!」

 

「いやいや、ソッチはアルバイトみたいなものだしな。しかし、凄いな()()()()

 

「は?」

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、相当だよ」

 

 嘆息した加持リョウジ。

 NERVドイツ支部に居た頃、アスカは同世代(チルドレン候補生)相手に容赦が無かった。

 否、近づこうともし無かったのだ。

 儀礼として、仲よくしようとする事も無かった。

 群れる事が無かった。

 そんな事をする時間があれば自己研鑽に勤しむ人間であった。

 そのアスカから(ライヴァル)と認められたシンジは、アスカの全力に正面から張り合っていたのだ。

 

「流石、N()E()R()V()()()()()()()()

 

「何よ、ソレ?」

 

 意味が判らないと、顔を顰めた葛城ミサトに、加持リョウジは肩をすくめて見せる。

 

「オイオイ、俺も次は本部勤め、身内に戻るんだ。碇シンジ君の事だって教えてくれたって良いだろ?」

 

「いや、普通に意味が判らないんだけど?」

 

「秘密主義か? 勘弁してくれよ。流石の俺も哀しいぞ」

 

「いや、本当に」

 

 秘密主義でも何でもない。

 部門(セクト)主義ですらない。

 盛大なる誤解であった。

 或いは加持リョウジが情報部、諜報部門に在籍するが故の深読みによる誤読とも言えた。

 

 

 

 大人組の頓珍漢なやり取りを後ろに、シンジとアスカはやいのやいのと盛り上がっている。

 しろのせん(しない)のと、もう知性が揮発し完全に子ども同士の意地の張り合いになりつつあった。

 流石に声が大きくなりすぎて、食堂中から生温かい耳目が集まっている事に気付いた加持リョウジが仲裁に入る。

 葛城ミサトでない理由は、彼女が()()()()()()()()と言う概念に頭を捻っているからであった。

 貸し1つ、そう言う気分で口を挟む。

 

「おいおいアスカ、そんなに無理を言うもんじゃないさ」

 

「加持さん! って、私は無理は言ってないわよ……」

 

 加持リョウジの言葉に、現在地を思い出したアスカは、被っている猫を呼び戻すようにして声を抑え、でも、反論はする。

 だが残念、その努力を踏みにじってくる発言者が居た(エントリーだ)

 

「そやで。というかセンセが何で標準語が話せるって思ったんや?」

 

 シンジよりはやや緩い訛りの主、鈴原トウジだ。

 その発言をアスカは心底から馬鹿にした顔を見せる。

 

「ハァ? コイツはアンタやミサトと言葉を交わしてるじゃない。()()()()()()

 

「え?」

 

 誰もがシンジを見た。

 シンジは面倒くさげに頭をかいた(惚けた)

 だがアスカは追撃の手を緩めない。

 

「改めて言うわ、サードチルドレン。私は意思疎通の為に母国語(ドイツ語)から一般的な日本語に変換して喋っているわ。ならアンタも同じようにしなさいよ。()()()()()()()()()()()()()

 

んだ(うん)フェアちな(フェアって言われると)そげん言わるっと(そんな風に言われると)………これで良い、惣流さん?」

 

 それはとても綺麗な声だった。

 綺麗な日本語であり、澄んだ響きを持っていた。

 線の細い、碇シンジと言う少年に似つかわしい声であった。

 

「えー!?」

 

 誰もが声を上げた。

 葛城ミサトも、加持リョウジも、鈴原トウジも、相田ケンスケも、大きく驚いた。

 だが、アスカは驚かない。

 不敵に笑った。

 

「大変結構」

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04-4

+

 勝利者の満足感を満面に浮かべた惣流アスカ・ラングレー。

 高所的配慮で妥協しただけであると平素を気取る碇シンジ。

 空母の食堂で歓談を続ける事となった。

 葛城ミサトは、エヴァンゲリオン弐号機の運用準備の為に席を外しており、今残っている大人は加持リョウジだけであった。

 その加持リョウジは気持ち、距離を取ってシンジとアスカの会話に耳を傾けている。

 同世代相手に優位に立ち切れないと言う珍しいアスカと、何よりもNERV本部の秘密兵器であるシンジの情報を欲したのだ。

 人間、感情的になれば本音が出やすい。

 そこを狙っていたのだ。

 情報部に所属する人間らしい、職業的態度(汚い大人仕草)であった。

 

「へぇー 第3、第4使徒との闘いが評価されて中尉待遇官へと昇進したって訳ね」

 

「それで何が変わったかなんて判らないけどね」

 

「ミサトから説明は受けなかったの? NERVが非軍事経験者に配ってる待遇官は、その階級と同じだけの待遇が与えられるわ。後は敬意」

 

「ごめん、良く判らないよ」

 

 待遇で一番わかりやすいのは給与である。

 だが、シンジの場合はエヴァンゲリオン搭乗手当と使徒戦毎の危険手当が大きいので、基礎給与な棒給が少尉(少尉待遇官)から中尉(中尉待遇官)に上昇しても注視する程の額では無かったと言うのが大きいかった。

 しかも、子どもが大金を与えられて身を持ち崩しては良くないと言う良識的人間の配慮から、その給与の大多数は定期貯金に回っているのだ。

 これで、実感しろと言われても、それは無理と言うものであった。

 今のシンジは、普通の中学生に比べて多少は金回りが良いと言う程度でしか無かった。

 

「………戦闘訓練主体で育成されてたって事? 良いわよ、ならそこら辺は()()であるワタシが教育してあげる」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

 

 一見してにこやかに会話している2人。

 だが、その2人の内心が外見通りでは無いだろうと、鈴原トウジは当りをつけていた。

 出会ったばかりのアスカは判らないが、シンジの表情であれば別だ。

 薄っぺらい笑顔を貼り付けているのが良く判る。

 アレな教師や、絡んでくるソレな連中相手に張り付けている、優等生の仮面だ。

 常日頃のシンジは、言葉(鹿児島弁)こそ難解であったが喜怒哀楽がもう少しハッキリと出る側の人間であるのだから、実に判りやすい。

 そも、その言葉も標準語となっている為、益々もって鋭利な印象を与えて来るのだ。

 

 鈴原トウジは先ほど、アスカが席を外した(花を摘みに行った)際、シンジに尋ねていた。

 何故、方言を使っていたのかと。

 アスカとの会話で使っている標準語は、美事であり、イントネーションは国営放送(NHK)アナウンサーのソレに匹敵していた。

 なのに何故、と。

 それに対するシンジの回答は簡単、『舐められんごよ(舐められない様に)』だった。

 シンジは鹿児島に移って直ぐの頃、綺麗すぎる声質故に笑われたりしていたのだ。

 幼い子供同士故の残酷さから、いじられたりもした。

 ()()()()

 最初は泣いていたシンジに、預けられた先の家(碇家の本家筋)の養父が教えたのだ。

 舐められない様に戦わねばならぬ、と。

 その一環で、2000年(セカンドインパクト)以降に復活した薩摩の地方教育 ―― 郷中教育に学校が終わると放り込まれたのだ。

 心身を鍛える、その中に薬丸自顕流の鍛錬も含まれていた。

 温かくも厳しい養父の指導に、シンジは薬丸自顕流にのめり込んだのだ。

 その際に、併せて方言を意識して使う様にしたのだと言った。

 だからシンジは、自分の言葉遣い(さつまことば)は汚いと自嘲していた。

 耳に入る言葉で学んだ結果、鹿児島の地域性に根付いた様々な鹿児島弁とは少し違う、入り混じった(ちゃんぽん)な言葉になっているのだ、と。

 

『センセも大変やのう』

 

慣れもしたが(もう慣れたよ)

 

 非薩摩人である鈴原トウジにとって、シンジの言葉遣い(さつまことば)が汚いかどうかなんて分かりはしなかった。

 だが、標準語で話すよりも柔らかく聞こえたのだった。

 

 そして今。

 鈴原トウジは、せめて別のテーブルで、会話の聞こえない場所でやってくれないものかと、胃の痛みを感じていた。

 

 にこやかに、だがその実として鍔迫り合いめいた会話をしているシンジとアスカ。

 そこにNERVの制服を着た人間がやってくる。

 エヴァンゲリオン弐号機の輸送に伴って、本第1特別輸送任務部隊(Task Forth-7.1)に同乗していた連絡官だ。

 エヴァンゲリオン弐号機の換装作業が終盤を迎えつつあるので、その専属パイロットであるアスカに、エヴァンゲリオン輸送/作戦支援艦オセローまで来て欲しいとの事であった。

 

「ヘリを用意してありますので、甲板まで来てください」

 

「了解、そうね………」

 

 そこでフト、面白い事に気付いたとばかりに視線を動かす。

 無論、見るのはシンジだ。

 

「サードチルドレン! 付き合いなさい」

 

「なに、() () () () さん?」

 

 命令めいた言葉を受けたシンジは、ゆっくりと揶揄する様な(2番目の人と云う)口調で返事をする。

 微笑(アルカイックスマイル)を崩さないシンジ。

 対するアスカも、肉食獣めいた笑いを浮かべる。

 

「面白いイントネーションね?」

 

「変だった? ごめんね、僕は英語は得意(ネイティブ)じゃないから」

 

「………おーけぇ、アンタとは一度キッチリと白黒つける必要がありそうね」

 

「フフフフフフ」

 

「フフフフフフ」

 

 実は凄く気が合うのではないか、見る人にそんな感想を抱かせる様に笑いながら睨み合う2人。

 少なくとも加持リョウジはそう感じた。

 だが、そうは思わない鈴原トウジは感嘆していた。

 

「アリャ、アカン」

 

 基本的に善良であるし、穏やかな性格のシンジであるが、負けん気はとても強い。

 そこらへん、殴り合いまでした鈴原はよく理解していた。

 その上で、使徒との闘いを見ていると、自分からは絶対に折れないだろう事も理解していた。

 そして同様に、この短い時間のやり取りで、アスカと言う少女が折れないであろう事も直感していた。

 

「センセも大変やのー」

 

 それは祈りだった。

 自分が巻き込まれませんようにと言う願いだった。

 だが、そうは思わない相田ケンスケは憤慨していた。

 

「何がだよ! あんな美少女と一緒に居られる、会話できるんだぞ!! 男なら涙を流して喜ぶべきだっ!!!」

 

 血の涙を流しそうな勢いで力説する。

 先ほど、アスカが着る制服(ドレス)飾緒等の(ミリタリーな)話題で話しかけ、けんもほろろどころか完全無視を決められていたのだ。

 当然だろう。

 甲板上の一幕で、偶然とはいえアスカのパンツを撮影してしまう、その上、その事に興奮してしまっていたのだ。

 アスカから相手にされない(HENTAI扱いされる)のも当然と言うものだ。

 とは言え相田ケンスケ当人は、その事に気付かずにシンジ相手に嫉妬の焔を燃え盛らせていた。

 

「くそ! 予備のカメラを持ってきてないのが悔やまれるっ!!」

 

「コッチもアカンな」

 

 あきらめて、手元のマフィンにかぶりついた。

 空母側(国連軍)からの案内員が、先ほどに飲み物と一緒に取ってきてくれたのだ。

 食堂は、栄養補給用にと清涼飲料水とお菓子が自由に飲み食べ放題となっていた。

 尤も、そのマフィンはクソ甘い上にぼそぼそであったが。

 実にアメリカな仕様であった。

 

「食い物もアカンか………」

 

 救いはないんかい。

 そんなことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 遠隔地へのエヴァンゲリオンの輸送と運用とを支援する目的で建造された特務艦オセローは、全長300m近い大型タンカーを改造した艦であった。

 艦橋を船体中央部に設け、その前方にエヴァンゲリオン2機搭載できる特殊ケイジが用意されている。

 船体後方はヘリ用の飛行甲板と格納庫、そしてエヴァンゲリオン用の武装その他が搭載されている。

 将来的には動力炉(原子炉なり)を搭載し、運用するエヴァンゲリオンへの電力供給も予定されていた。

 今はエヴァンゲリオン弐号機だけを搭載し、予備部品や試作装備などを満載している。

 

 アスカはシンジを連れてエヴァンゲリオン弐号機の元へと向かう。

 巨大なクレーンがあり、可動式の特殊繊維布のシャッターに閉ざされたエヴァンゲリオン格納デッキ(特殊ケイジ)、その01と大きく書かれた扉を抜けて入った。

 臭いが変わる。

 海の臭いとは違う、濃厚なL.C.L()の臭い。

 慣れないなぁ等と思いながら周りを見るシンジ。

 赤味がかったL.C.Lに浸かっているエヴァンゲリオン弐号機の姿が見える。

 L.C.Lの色に負けぬ、深紅の機体だ。

 

赤かとな、弐号機ち(赤いんだ、弐号機って)

 

 思わず漏らした感嘆であったが、アスカの耳がそれを拾う。

 

irgendetwas(んっ)!」

 

 鼻を鳴らし、不快気な一瞥。

 判らぬドイツ語であっても、その意味を理解出来ないシンジではない。

 目は口程に物を言うのだから。

 苦笑と共に言い直す。

 

「赤いんだね、弐号機って」

 

「そうよ、コレがアタシのエヴァンゲリオン! 正規量産型、本物のエヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン弐号機よ!!」

 

 胸を張って(ドヤァ顔を)みせるアスカ。

 シンジは素直に拍手していた。

 この気の強そうな同僚の、この自負に関してはシンジは敬意をもって対応するに値すると想っていた。

 少なくとも、握った手には修練の跡が残っていたのだから。

 そして姿勢と歩き方。

 体の使い方を叩き込まれた人間の所作 ―― 薬丸自顕流の先輩(達人)たちのソレに近いのだ。

 後は出会って早々の()()

 シンジは、自分がそれなりに鍛えていると言う自負がある。

 その自分と互角に動いた、反応して見せたのだ。

 アスカと言う女の子は、言うだけの事はあると認めるに足るものであった。

 

 格納庫(ケイジ)を通って、隣接しているエヴァンゲリオン管制室へと入る。

 と、入って早々に先を行くアスカの足が止まった。

 余りに急であったので、ぶつかりそうになるシンジ。

 ナニ、と見る。

 周りも見る。

 目よりも先に、鼻で判った。

 それは、臭いだとシンジは表現するモノ。

 緊張感。

 第3新東京市に来て以降に良く嗅いだ臭い、戦いを前にした人々から放たれるアドレナリンの濃厚な臭いだ。

 

「っ!?」

 

 実戦と言うモノを越えて居なかったアスカは、味わう事の無かったこの気配に圧倒されていたのだ。

 そのアスカを再動させたのは葛城ミサトだ。

 

「アスカ、どうやら出番が来そうよ」

 

 管制室の中心に立った葛城ミサトは、鋼の意思を瞳に浮かべて剛毅に笑っていた。

 壁のモニターには使徒検知(BloodType-BLUE)の文字が流れている。

 それを見たアスカは、獣性に口元を歪める。

 同時に小さく震える。

 臆病、或いは恐れでは無い。

 武者震いだ。

 

「ハン! アタシのデビュー戦のチャンスって事ね」

 

「そういう事。派手なのは好きでしょ?」

 

「大好きよ! で、コッチに向かってくるの?」

 

「ええ。接触まで約60(ロクマル)1032(ヒトマルサンフタ)って頃ね」

 

 水中を時速100㎞近い速度で突進してくるのだと言う。

 突起が多いのか、轟々と音を響かせながら海を砕くように迫ってきている。

 使徒も、何とも派手な事であった。

 

「換装の方は?」

 

「もっち、海洋戦闘の準備も終わっているわ。だから急いで支度をして」

 

「了解!」

 

 更衣室へと駆けだしていくアスカ。

 その背を見守る事無く、葛城ミサトは凛として命令を発する。

 

「総員、第1種戦闘配置! オーバーザレインボーへ状況報告。NERV本部とのリンクは?」

 

「現在、リンクは正常接続中。MAGIによる支援、問題ありません」

 

「結構! 本部の作戦第1課、日向中尉を呼び出しておいて」

 

「はっ!!」

 

 

 

 

 

 オセローからの報告に、NERV本部は揺れた。

 急いで外洋戦闘で出来る支援の検討を開始する。

 時間は無い、大急ぎだ。

 その様とは別に、NERV総司令官執務室で碇ゲンドウはSEELEに緊急召喚されていた。

 使徒の詳細を記した裏死海文書、そこに想定されていない使徒によるエヴァンゲリオンへの強襲である。

 SEELEのシナリオ(人類補完計画)は、裏死海文書を前提に組み立てられている。

 それが否定される(ひっくり変える)かもしれない事態なのだ。

 慌てないと言うのは無理な話であった。

 

『状況は正しいのか、碇』

 

「はい。現場で収集した情報は、全て、水中の未確認物体が使徒である事を示しています」

 

『バカな、使徒がリリスでは無くエヴァンゲリオンを狙うと言うのか!?』

 

『左様、信じられぬ事態だ』

 

スケジュール(裏死海文書)からすれば、次は魚を司る天使と言う。そうであれば水中の使徒がソレである事に疑いは無い』

 

『碇、君はこの事態を想定していたのかね? S号装備と初号機パイロットの派遣、聊か都合が良すぎないか!!』

 

「使徒はターミナルドグマ(NERV本部最下層秘匿区画)を目指すと言う想定で動いております。葛城中佐とS号装備は洋上での試験運用です。それが今になったのは予算の都合です」

 

 世知辛い話ではあったが事実であった。

 葛城ミサトがNERV本部を離れる余裕もだが、そもそも、NERV本部で開発製造されたS号装備を輸送する為のコストが重要視されて、今となったのだ。

 先の第5使徒との闘いによる余波、とも言えた。

 碇ゲンドウからすれば建前であったが、それでも完全無欠に事実であった。

 

『では初号機パイロット、君の息子の件はどう言い訳する積りだ!』

 

『左様。何故、対使徒に於ける最大のカード(鬼札)とも言える初号機パイロットを派遣したのかね!?』

 

「………」

 

 シンジを派遣した理由。

 それは、アスカへの信頼性をゲンドウが問題視した結果であった。

 正確に言うならば()()()()()()である。

 SEELEのおひざ元、NERVドイツ支部から来るエヴァンゲリオン弐号機の専属パイロットであるのだ。

 碇ゲンドウが警戒するのも当然の話であった。

 だが、流石にそれは言えない。

 

 故に、凄く渋い顔で事前に用意していた嘘(カバーストーリー)を口にする。

 シンジに対するサービスである、と。

 山間での生活の息抜きに、友人ともども遊び(大きなお船でクルージング)に行かせたのだと。

 

『あ、うん』

 

『そうか』

 

『家族サービスは大事だな』

 

『大事だ。関係性を正しく保持せねば()()()()()の危険は高まるからな』

 

『左様』

 

『………碇、今回の件、公私混同ではあるが、それが功を奏したと言う事で問題には問わぬ』

 

 それまでの慌てっぷりを忘れた様に、揶揄を始めるSEELE一同。

 ある意味で、現実逃避めいていた。

 だが見事に碇ゲンドウの神経をささくれ立たせた。

 

「………」

 

 非常に生温かい目、そして激励に、碇ゲンドウは机を蹴飛ばしたい衝動に必死でこらえるのだった。

 冬月コウゾウが決めた、この話。

 効果は抜群であった。

 別の効果として、碇ゲンドウの神経にも痛打を与えはしたが。

 

 何とは無く、話が止まったのでと各人は水分を摂取し、口元を潤わせてから話題を再開させた。

 

『兎に角だ。問題は何故、使徒がエヴァンゲリオンを積極的に狙うと言うのか、だ』

 

『まて、もしや__ 』

 

『もしや?』

 

『エヴァンゲリオン弐号機は、その素体はリリスでは無くアダムの体組織がベースとなっている。もしやそこに惹かれたか』

 

『その可能性は否定できぬか。元より使徒はアダムを目指すものだと言う__ 』

 

『ではエヴァンゲリオンの整備計画が__ 』

 

『しかし__ 』

 

『__ 』

 

『__ 』

 

 再び喧々諤々と大騒動になっていく。

 常日頃は自分を揶揄ってくる人間たちが慌てている様は、碇ゲンドウにすこぶる負の満足を与えた。

 先ほどの揶揄にも、寛大な慈悲の心を発揮できそうになる。

 正しく愉快。

 いっそここで、解答として艦隊(第1特別輸送任務部隊)A号封印体(Solidseal-α) ―― ベークライトで固めたアダムがいる事を教えてやりたくなる位に、愉悦であった。

 その気分を表に出さぬ為、両手を合わせ俯いている。

 非常事態を前に、物事を考えている風を装っているのだ。

 だが、余裕をもっていられたのはそこまでだった。

 

 電子音、碇ゲンドウの座席に付けられていた緊急通話システムが存在感を主張した。

 

「失礼します」

 

 怪訝な顔をして受話器を取る。

 何事があったか、エヴァンゲリオン弐号機が勝利したと言う報告には早すぎる。

 予想されていた戦闘時間まではまだ30分近くある。

 使徒が行方を眩ませたのであれば、この場に連絡をしてくる事は無い。

 何があったのか。

 あったのだ。

 予想外の事が。

 

『この非常時に会議を邪魔する程の報告だ。碇、何があったのかね』

 

 混迷する会議から一歩引いていたSEELEの議長、キール・ローレンツが重々しく尋ねた。

 対する碇ゲンドウは焦りを出さぬ為にゆっくりと受話器を置いた。

 

現場(Task Force-7.1)との通信が途絶したとの事です」

 

『何だとっ!?』

 

『バカなっ!』

 

 怒声が広がった。

 

 

 

 

 

 手早く進められていくエヴァンゲリオン弐号機の出撃準備。

 格納庫(ケイジ)からL.C.Lを抜いて、

 寝そべって固定されていた状態から、固定/安全装置を解除して起立させる。

 S型装備の装着 ―― 機体各部に取り付けられていた水中での姿勢制御用のスラスター(スクリューポッド)群が外部指示(Test Mode)によって試運転を繰り返す。

 S型装備は緊急的に用意されたユニットである為、エヴァンゲリオン弐号機向けの塗装は行われておらず、基本色の白色のままである。

 

 差し色として赤に白が加わる様は美しいな、等とシンジは格納庫の脇に設けられたキャットウォークにて呆っとしていた。

 いざ鎌倉(戦闘が近い)となって入った気合が雲散霧消していた。

 機体の無いパイロットに出来る事など何もない、と言う事に気付いての事だった。

 であれば、邪魔しない場所で見学と応援をしているのが一番となるのだ。

 そこに少しだけ面白みを感じてはいた。

 今まで当事者であったのが、観客(第3者)となったのだ。

 そこに面白みを感じるシンジは、矢張り神経が太いと言えた。

 エヴァンゲリオン弐号機が使徒に敗れれば、そのままシンジの居るオセローも含めて第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)が攻撃される可能性が高い。

 命を他人に預ける状況なのだ。

 だが、その事を理解して尚、シンジは面白みを感じていた。

 

 人間、生きていれば何処かで死ぬ。

 死ぬ可能性はあるのだ。

 たまたま、それが今日だったとして何の問題があろうや、と。

 

 そんなシンジの所に駆け寄ってくる人が1人。

 アスカだ。

 深紅のプラグスーツに着替えたアスカが、真剣な顔でやってくる。

 

「サードチルドレン! チョッと来なさい!!」

 

「なに?」

 

 シンジの問いかけ。

 だがアスカは返事をしない。

 大きく2度3度と深呼吸をしている。

 何か決意の居る事を言おうとしているのかと分かる仕草に、シンジは黙って待った。

 

「……悪いけど、アタシと一緒に弐号機に乗って」

 

なんち(何を言ってるの)!?」

 

 

 

 

 

 今、シンジは自分のプラグスーツを着込んで、アスカと共にエヴァンゲリオン弐号機のエントリープラグにあった。

 

『EVA02、コンタクト(神経接続)開始まで10分。繰り返すカウント600。各位、最終チェック実施せよ』

 

 アナウンスされる戦闘準備。

 それを聞きながら、シンジはエントリープラグの座席(エクステリア)に特設されたグリップを握りなおした。

 既にL.C.Lが充填されており、中性浮力に調整されている為、落ちたり浮いたりする心配は無い。

 何となくの行動だ。

 傍にある、アスカの顔を直視しない為の行動であった。

 改めて見れば、綺麗な女の子なのだ、アスカは。

 蒼い瞳と白い肌に映える、赤みがかった金髪。

 将来は相当な美人になりそうなアスカに、少しばかりシンジが気後れするのも仕方ない話と言えた。

 

「サードチルドレン、駄目ね。この言い方は駄目。ゴメン、碇シンジ、乗ってくれて有難う」

 

 アスカが前を睨みながらシンジに謝罪する。

 否、感謝を口にする。

 

「使徒に勝つ為だから」

 

 そう、シンジがアスカと共にエヴァンゲリオン弐号機に乗る理由は勝つ為であった。

 何故に勝つ為にであるのか。

 それは、今回の使徒が強烈な電波妨害を仕掛けてきているからであった。

 どの様な手段で行っているのか判らぬが、通信衛星を介したNERV本部との通信が完全に遮断されているのだ。

 その上、第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)間でも通信に妨害が入っていた。

 強烈な電子制圧を受けている状況であったのだ。

 有線状態であ(アンビリカルケーブルが保持されてい)れば話は別だが、外れてしまえば、最悪、エヴァンゲリオン弐号機は孤立運用(スタンドアロン)と成らざる得ない。

 NERV本部の参謀組織(作戦局作戦第1課)とは既に切り離されており、この上で指揮官である葛城ミサトとの通信が途切れる事は大きな問題であった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 エヴァンゲリオン弐号機に乗れる(適格者である)シンジを、助言役として頼んだのだ。

 

 アスカは己がエヴァンゲリオン弐号機の専属パイロットである事に強い自負を抱いている。

 だが同時に、自分が絶対でない事も理解していた。

 実戦での経験を軽視する積りも無かった。

 だから、葛城ミサトの助言(アドヴァイス)を受け、素直に従ったのだ。

 そこには1つ、シンジに対する信用があった。

 NERV本部の秘密兵器だからでは無い。

 握手をした際の手が、信用できる(研鑽を重ねた)人間である事をアスカに教えていたからだ。

 後、単純に気楽に喋れると言うのも大きかった。

 今まで周りに居た適格者(チルドレン)候補生の様に、威圧したら一気に引くような柔い相手では無かったと言うのが、大きかった。

 正面からぶつかったのは面白かった。

 口喧嘩したのも楽しかった。

 だから、()では無く、何とは無しにだが、シンジを競い合う相手(ライヴァル)と認めて居たのだ。

 だからアスカは、無意識ながらも自分の玉座(心の座)に初めて、他人を招いたのだ。

 

「それでもよ。有難う碇シンジ」

 

 アスカとて思春期の子ども(女の子)

 自分の心の動きを全てを理解している訳では無い。

 だが、だからこそ素直な感謝を口にするのだった。

 下手をすれば自分と共に果てる相手なのだから。

 

「いいよ、良いんだ惣流さん。勝ちに行こう」

 

「そうね勝ちに行くわよ」

 

 視線が交差する。

 自然、2人は笑い合った。

 

「もし、勝ったなら。ご褒美をあげるわ」

 

「何?」

 

「アタシの事をアスカって呼ばせて上げる」

 

「………ゴメン、ご褒美の意味が判らない」

 

「何言ってるの! こんな天下の美少女の名前を呼び捨て出来るのよ!! 感涙して土下座するべき事態よ!!!」

 

 そこまで真面目に力強く宣言した後、アスカは吹き出す。

 シンジもつられて笑う。

 笑ってから、澄まして返事をする。

 

「なら惣流さん、僕の事もシンジって呼んでいいよ」

 

「よく言ったわね、このバカシンジ」

 

「なら惣流さんはアホアスカかな」

 

 会話にとげとげしさは無い。

 あったのは、戦い前の緊張を解きほぐす笑いであった。

 

「勝とう、惣流さん」

 

「当然よ!」

 

 

 

 年相応めいたシンジとアスカの会話。

 それを通信機越しに聞いていた葛城ミサトも他のスタッフも、その誰もが、2人の為に出来る全てを尽くそうと思いを固めるのだった。

 と管制官の1人が指を挙げた。

 接続(2次コンタクト)1分前の合図だ。

 指揮官の仮面を被った葛城ミサトは、先ほどの会話を聞いていなかった様に言葉を連ねる。

 

「2人とも、準備は良い?」

 

『何時でも大丈夫よ』

 

よか(問題ありません)

 

「結構! ではエバー弐号機、最終接続行程、開始せよ!」

 

 

 

 

 

『EVA02、Wake-up(起動します)!』

 

 どこかドイツ語めいた訛の号令の響きと共にエヴァンゲリオン弐号機、4つ目の赤い機神が目を覚ます。

 

 

 

 

 

 




2022.02.06 文章修正
2022.04.24 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04-Epilogue

+

「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはり、これのせいですか?」

 

 机の前に立って軽薄な口調で肩をすくめて見せたのは、緩くNERVの制服を着こんだ加持リョウジであった。

 居る場所はNERV総司令官執務室。

 であれば当然、話しかけた相手はNERVの総司令官碇ゲンドウであった。

 碇ゲンドウの返事を待たぬまま、机の上に置いた荷物(ケース)の電子錠に触れる。

 加持リョウジの指紋を確認した電子錠はその役目を終えて、荷物を開く。 

 出てきたのは小さな対爆仕様の箱だ。 

 (シール)が施されており、そこには白地に血の様に赤い色で描かれたSeal-426(426号封印)の文字がある。

 

「確認を」

 

「ああ」

 

 碇ゲンドウが、先に送られてきていた封印指示書を確認する。

 此方も封がされており、それを開く。

 割り開かれたプラスチック製の封書の中には、裏にSEELEと刻まれた小さな封印番号票が入っている。

 Seal-426。

 送り主(SEELE 秘匿物資部)受け取り手(碇ゲンドウ)の数字が合致している。

 加持リョウジは自覚せぬままに安堵の息を漏らした。

 NERV情報部の諜報員(スパイ)にしてSEELE秘密監査部の特殊情報員(スパイ)も兼ねる男は、そうであるが故に慎重であった。

 碇ゲンドウの手がSEELE内部にまで浸透しているとは知っていたが、それが本物で在るかと言うのは確認できなかったのだから。

 だがそれが今の手続きで変わる。

 判ったのだ。

 S()E()E()L()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来、SEELEの秘密監査部部員(カウンターインテリジェンスユニット)として加持リョウジにはSEELEへの報告義務が発生する(首輪の鈴を鳴らすべき)事態であった。

 だが、加持リョウジはそれを鳴らさない事を選択する。

 否、選択は済ませていた。

 加持リョウジは、己の願望 ―― セカンドインパクトの真実を知りたいと言う欲望に突き動かされ、碇ゲンドウに与する事を選んでいたのだ。

 

 碇ゲンドウの手が封を切り、中身を露出させる。

 

「これが……」

 

 碇ゲンドウの後ろに立っていた冬月コウゾウが感嘆の声を漏らした。

 そこには、黄色めいた半透明の中に存在する胎児とでも言うべきモノがあったのだ。

 A号封印体(Solidseal-α)

 薄暗い総司令官執務室にあって、それは何かの曰くめいた光を放っているようにも見えていた。

 

秘蹟部(SEELE対使徒機関)の手は入ってません。自らの能力でここまで回復しています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きてますよ。間違いなく」

 

 封印されているものは第1使徒、その名もAdamであった。

 

「魂は無くとも蘇る、か。恐ろしいものだな。アダムの魂の行方はまだ判明していないのだな?」

 

「ええ。SEELEでも捉え切れていない模様です」

 

()()宿()()()()()、その可能性は?」

 

 冬月コウゾウの目が厳しくAdamを見る。

 だが、それを碇ゲンドウが否定する。

 

「宿っていたのであれば、第6使徒は迷わなかっただろう」

 

 太平洋上で発見された第6使徒は、Adam(Solidseal-α)を輸送中の第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)を襲うまでに数日の間があったのだ。

 判らなかったが故に迷走していたのだと碇ゲンドウは考えていた。

 

「それに万が一にAdamの魂が肉体に宿ったのであれば、この程度の封印など役には立つまいよ」

 

 封印はAdamとしての肉体が蘇る事を封じると共に、Adamの魂に体が発見されぬ様に施された処置なのだ。

 使徒とは(コア)を潰さぬ限り、永劫に存在し続ける事が可能な存在。

 故に、Adamはコアが形成される前の段階で封印されているのだった。

 

「最初の人間、アダムですか」

 

「フッ、S()E()E()L()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嘲笑する様に口を歪める碇ゲンドウ。

 実際、滑稽であったのだ。

 第1使徒の名がAdamであるが故に、それが人類の始まりであると認識するSEELEの老人たちが。

 宗教的由来によって、現実を歪めてしまう事を嗤うのだ。

 

「………では、教えて頂けるのであればご教授願いたい。()()()()()()()()()()()?」

 

 内なる欲望(知的好奇心)に駆られ、思わず口にしてしまった疑問。

 だがソレに碇ゲンドウは鷹揚に答えた。

 

「始まりの使徒、第1使徒アダムだよ」

 

 

 

 

 

「っとに、酷い航海だったわ」

 

 そう愚痴るのは葛城ミサトだ。

 場所は技術開発部技術開発局局長執務室だった。

 故に、愚痴った相手は赤木リツコとなる。

 洋上での、第6使徒との戦闘詳細(レポート)を出すついでに愚痴をこぼし、コーヒーを飲みに来ていたのだ。

 局長執務室には、赤木リツコの趣味で上等なコーヒーセットが用意されているのだから。

 

「あら? 第6使徒を第7艦隊と共同撃破、それも弐号機にも艦隊にも被害ゼロと言う完全勝利(パーフェクトゲーム)やったのにご不満?」

 

「作戦の主導権はシンジ君とアスカにあって、私は艦隊司令部への伝達役よ? それで自慢できるって胸張れる程に恥知らずじゃないっつーの」

 

「ふーん、てっきり加持君に会ったからかと思ったけど?」

 

「なっ!? 何で居たのを知ってるのよ!!」

 

「本人から連絡があったもの。EUから本部に異動になったって。ミサトには伝えないでって添えられてたわ。驚かしたかったみたいだけど、その分じゃ大成功したみたいね」

 

「………別に、どうって事ないわよ」

 

 そう切り捨てる葛城ミサトであったが、目は口程に物を言う。

 少しばかり緩んでいる。

 赤木リツコは、その本音の部分が見て取って優しく笑う。

 良い年こいて素直になれぬ友人(マブ)に、そして、その相方(加持リョウジ)にもだ。

 

「あらそう?」

 

「そっ、それより弐号機の実戦データ、確認は良いの?」

 

 露骨なまでの話題逸らしであったが、赤木リツコも乗った。

 追い詰めようとまでは思わぬ友情(憐憫)もあったが、個人的な好奇心でもあった。

 第6使徒との闘いは、エヴァンゲリオン初の洋上戦闘であり、それを現場で指揮し観戦していた人間の意見(ナマの感想)は極めて貴重だと思えたからだ。

 時間を置いての分析も大事だが、直感 ―― 感性もまた重要であるのだ。

 

 

 葛城ミサトの語る、エヴァンゲリオン弐号機と第6使徒との闘い。

 それは陸上戦闘とは別種の緊迫感と、詰将棋の様な頭脳戦の複合であった。

 特務艦オセローを出撃したエヴァンゲリオン弐号機は、その背中に背負式に装着したS型装備(海洋ユニット)で海中で作戦行動を開始した。

 S型は推進ユニットと大型バッテリー、そして武装として計8発の重魚雷を持つ海洋強攻装備である。

 水中速力12ノットを発揮可能であり、A.Tフィールドを加味すれば下手な潜水艦よりも強力な水中ユニットであった。

 第6使徒はエヴァンゲリオン弐号機の起動後は、一直線に狙って突進してきた。

 迎撃として惣流アスカ・ラングレーは、遠距離雷撃戦を行おうとし、葛城ミサトはその判断を認めた。

 だが碇シンジが止めた。

 

『この距離だと、多分無駄打ちになるよ?』

 

 アスカが雷撃戦を検討した時点での距離は約10,000m。

 水上戦闘の交戦距離としては近いと言えたが、相手が使徒となれば話は違う。

 使徒が保有するA.Tフィールドを中和(無力化)して打撃を与えるには、最低でも500mまで接近せねばならないと言うのがシンジの体感であった。

 使徒情報を分析しているNERV作戦局第2課(戦術情報分析班)技術開発局実証第1課(使徒情報分析班)もシンジの判断を支持していた。

 その上で、強烈なA.Tフィールドを持っていた場合には50mまで接近せねば中和出来ないと認識であった。

 

『正気!?』

 

 その数値を聞いたアスカが悲鳴めいた声を上げる。

 500mはまだしも、50mとのなれば攻撃の余波(水圧)に晒される事となるからだ。

 だがシンジは肩をすくめるだけだった。

 

『………アンタの事、見境無しの狂戦士(ベルセルク)なんて言ってた奴も居たけど、まさかその通りだったとはね』

 

 第3使徒、第4使徒との闘いも大概であったが、第5使徒との交戦が決定的だった。

 勇敢であるし、敬意も払うべきであるが、聊かもって戦意過剰では無いかと言う評価である。

 

『効かないと意味が無いよ』

 

 飄々とした言葉と相反する、断固とした表情を見せるシンジ。

 そのほっそりとした横顔をチラ見したアスカは嘆息した。

 

『効かない?』

 

『無理、かな』

 

『おーけー ならやるっきゃ無いわね。覚悟を決めてしがみ付いてて、アンタも一蓮托生って奴よ』

 

『信じてるよ』

 

 

 かくして行われた至近距離での雷撃戦。

 アスカは初手から最大火力を投げ込んだ。

 8発の魚雷、全てを発射したのだ。

 この先が白兵戦となれば故障するなりなってしまうと考えての思いっきりの良さであった。

 手動で安全距離設定(セーフティ)を解除して放たれた、500lb.級の炸薬を腹に詰めた対使徒魚雷は有線モードで誘導され見事に第6使徒に正面から命中した。

 すさまじい水柱が5つ上がった。

 残念ながら3発は命中のタイミングがずれ(遅れ)てしまい、先に炸裂した魚雷の爆発に巻き込まれて不発となったのだ。

 それでも高性能炸薬2500lb.級の衝撃である。

 接触で炸裂した3発が第6使徒の口先を叩き割り、第6使徒の下で炸裂した2発が生み出したバブルパルス現象が体をズタズタにした。

 人類の生み出した構造物であれば致命傷となる1撃。

 だが、使徒は倒れなかった。

 体はボロボロとなって赤い血を流しながらも、止まる事無くエヴァンゲリオン弐号機に突進した。

 

「この時点で弐号機との通信は途絶した訳ね?」

 

「ええ。魚雷の水中衝撃波で機器が故障したっぽいのよね」

 

「で、そんな状況下であの2人が選択したのが__ 」

 

()()()?」

 

 冗談めいて尋ねた赤木リツコに、葛城ミサトは何とも言えない表情で頷いた。

 

「白兵戦__ 」

 

 赤木リツコの表情も、何とも言えないモノへと変わっていた。

 

 PC上には、オセローの光学監視装置が捉えた映像が映し出される。

 それは、エヴァンゲリオン弐号機が凶悪な近接戦闘用の質量武器、EW-17(スマッシュトマホーク)を装備する姿だ。

 10m級のEW-17は、エヴァンゲリオン弐号機の内装兵器であるEW-11B(プログレッシブナイフ)よりも遥かに巨大で、重く、凶悪であった。

 ソレは、アスカのリクエストでNERVドイツ支部が開発したエヴァンゲリオン弐号機用の装備であった。

 エヴァンゲリオン初号機用として開発される事となった斬撃武器、後のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)にアスカが対抗心を燃やした結果の産物とも言えた。

 とは言えエヴァンゲリオン弐号機がNERVドイツ支部を出るまで、もう時間が無かった為、片手持ち装備としてEW-17は完成していた。

 只し、突貫作業で作られた為に機構機能の類は一切搭載せず、その質量をエヴァンゲリオンの尋常では無い膂力で叩きつける暴力装備(野蛮力の塊)であったが。

 尚、EW-17開発の話と詳細とを知った時、葛城ミサトはアスカがシンジと似たメンタルの人間(類友な超攻撃型人間)では無いかと危惧する事となる。

 その危惧が杞憂で無かった事を、この第6使徒との闘いでアスカは実証する事となったのだった。

 

 だが、アスカはそのまま切り込む様な単純な事はしなかった。

 より悪辣に攻撃の準備を重ねた。

 先ずは水中に潜って、突進してくる第6使徒に対してS型装備に搭載されている特殊固定装備(ハープーン)を使用する。

 その名の通り(ハープーン)を模した特殊固定装備には、特殊繊維製の(ワイヤー)巻き上げ機(ウィンチ)とが繋がっている。

 第6使徒の顎下に突き刺さった銛を巻きあげる事でS型装備は密着する事となる。

 この時点でエヴァンゲリオン弐号機はS型装備から分離している。

 仕上げは、S型装備に搭載されている緊急浮上装備だ。

 巨大なエヴァンゲリオンを水中から緊急浮上させる為の装備の生み出す浮力は圧倒的であった。

 特殊ガスによって緊急展開した空気袋(バルーン)は、第6使徒を海面に放り出し固定する事に成功した。

 アスカは、白兵戦に足る戦場(足場)を自ら作り上げたのだ。

 第6使徒の上に立ち、その足場を砕こうと言うのだ。

 何とも暴力的であり、そして効果的であった。

 振り下ろされ続けるEW-17は、鯨めいた第6使徒の体を切り裂いていく。

 海が赤く染まった。

 

「それで勝った訳?」

 

「残念ながら、それで終わる程に使徒は脆く無かったわ。だからアスカは、攻撃によって第6使徒が弱体化して無線通信が回復すると共に要請をしてきたって訳」

 

「協力」

 

「そ、直接火力支援(ダイレクト・ファイヤーサポート)

 

 葛城ミサトの指先が、レポートの写真を引っ張り出す。

 そこには第7艦隊(TaskForce-7.1)に属する戦艦群 ―― 戦艦イリノイとケンタッキー、それに信濃とバンガードの4隻が至近距離から戦艦砲を発射する様が捉えられていた。

 戦艦砲の運用としてはあり得ない直接照準による水平発砲だ。

 その様は正に暴力であった。

 エヴァンゲリオン弐号機は4隻の戦艦(レヴィアタン)を従えて、さながらに地獄の女王めいていた。

 

「戦艦って、こんな使い方をするモノだったかしら」

 

 ()()()()()そんな気分を隠さぬままに嘆息する赤木リツコ。

 対する葛城ミサトは朗らか(ヤケクソ)に笑う。

 開き直りとも言える。

 

「しないわよ」

 

 断言。

 そして続ける。

 

「兎も角! ウチのビー・キャノン、EW-23(パレットキャノン)程じゃないけど、それでも戦艦4隻分の火力はエバー弐号機ともども使徒をボッコボコにしてやって、それで終了」

 

 尚、止めを刺したのはエヴァンゲリオン弐号機だと言う。

 EW-17によって上から第6使徒を耕していったエヴァンゲリオン弐号機が、そのまま(コア)まで到達し、止めを刺したのだと言う。

 自動再生されていく()()()()

 第6使徒の爆発を背に、悠々と母艦であるオセローに帰還するエヴァンゲリオン弐号機の姿もあった。

 その様は正しく暴力であった。

 

「ドイツの頃のアスカってさ、『戦いは、常に無駄なく美しく!』なーんて言ってたんだけど………」

 

「コレを見ると、ね」

 

 無駄は無い。

 無駄は無いけども、美しいかと言われれば首を傾げざる得ない。

 そんな、純粋な暴力がそこにはあった。

 

「シンジ君の影響なのかしらね」

 

「朱に交われば赤くなる?」

 

「そう言えば弐号機も、アスカの髪も赤いわね」

 

「止めてよリツコ!!」

 

 割と本気な葛城ミサトの悲鳴。

 と、証拠写真の自動再生が最後の1枚を映し出した。

 それは記念撮影であった。

 オセローの甲板上で、エヴァンゲリオン弐号機を背景にした写真。

 シンジとアスカがプラグスーツ姿で中心に立ち、その周りにNERVスタッフや第7艦隊の将兵が集まった写真。

 何と、艦隊司令官であるノーラ・ポリャンスキーまで加わっていた。

 

 皆、笑顔であった。

 シンジもアスカも、皆が笑顔であった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市第壱中学校の朝は、何時も通りの喧騒に包まれていた。

 週末での出来事などを話し合っている子どもたち。

 多くは朗らかだった。

 出歩いた事やTVドラマの事などで元気に話の華を咲かせていた。

 だが、萎れた、疲れ切った顔をしている者も居る。

 鈴原トウジと相田ケンスケだ。

 ()()()()()()の疲労が顔に出て居た。

 

「ほーんま、顔に似合わずいけ好かん女やったなー 」

 

 帽子は踏まれるし叩かれるし、散々だったと呻いている。

 その鈴原トウジ以上に凹んでいるのは相田ケンスケだ。

 

「踏まれたのが帽子だったからマシじゃないか! 俺はビデオカメラを踏まれたんだぞ! ご丁寧に、壊れるまで、念入りに!!」

 

じゃっどん(でも)あいはケンスケが悪かったが(アレはケンスケの態度が悪かったよ)

 

 唯一、顔に(精神的な)疲れの浮いていないシンジであったが、此方はエヴァンゲリオン弐号機に同乗した事による肉体的な疲労によって元気が乏しかった。

 戦闘終了後には、アスカに個室へと引っ張り込まれて検討反省会に参加させられたのだ。

 疲れもするというモノであった。

 

「そや、センセの言う通りや」

 

「あれは不幸な偶然だぞ!? 俺だって消せって言われれば消したよ!!」

 

「言われればやろ?」

 

じゃひど(そうだよ)そいに鼻ん下まで伸ばしとれば(それに鼻の下伸ばして興奮してたんだ)仕方がなかがな(仕方が無いよ)

 

「あのビデオカメラ、まだ買ったばっかりだったんだぞ!!」

 

 第4使徒戦の際の()()()()で、相田ケンスケ愛用のカメラもビデオカメラも粉砕された。

 だからこそ、貯めていたお小遣いをはたいて買ったビデオカメラだったのだ。

 それが無慈悲にも粉砕されれば、相田ケンスケが憤慨するのも当然であった。

 無論、盗撮とは言え個人所有のビデオカメラを一方的に粉砕する権利は、本来は存在しない。

 だがアスカはその貴重な例外となる。

 秘匿されている国連人類補完委員会隷下の特務機関NERVでも情報秘匿度の高い、重要人物(チルドレン)であるのだ。

 アスカに関する情報には、特務機関NERVに関する法案に含まれたA-18条項下の情報の機密保護に関する規定が適用されるのだ。

 そしてアスカは機密保護に関わると強弁し、相田ケンスケのビデオカメラ粉砕を機密保護規定に基づくものであると葛城ミサトに認めさせたのだった。

 故に、丸々と壊され損である。

 

「撮ったんが問題なんや、新品かそうでないかなんて、あの女には関係の無い話やろ」

 

「友達甲斐を発揮してくれよ、トウジ!!」

 

「流石に盗撮めいた事を擁護するのは男らしゅう無いで」

 

じゃっど(そうだよ)

 

「薄情な友人たちだよ!」

 

 容赦の無い2人のツッコミに、風向きが悪いと見た相田ケンスケはカバンから冊子を取り出した。

 新しい2015年モデルのカメラのパンプレット群であった。

 全くへこたれていない。

 相田ケンスケはメンタル的な意味に於いて強者であった。

 問題は、反省もしていないと言う事だろう。

 良くも悪くも趣味(欲望)に全力投球と言うのが、相田ケンスケと言う少年であった。

 

「ま、おれたちはもう会うことも無いさ」

 

「センセエは仕事やからしゃーないわなぁ。同情するで、ほんま」

 

 他人事の様に笑う2人。

 2人は知らなかった、今日、このクラスに転校生が居る事を。

 とびっきりの笑顔をした美少女である事を。

 教室の外で、教師に呼ばれるのを待っていた事を。

 

 

 

 筆記体で黒板に掛かれた文字。

 胸を張って魅せる美少女。

 

「惣流・アスカ・ラングレーです! よろしく!」

 

 自己紹介。

 それはとびっきり(全力猫かぶり)の笑顔であった。

 

 

 

 

 




2022.02.12 文章修正
2020.06.01 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

伍) ANGEL-07  Israfel
05-1 Hi-Evolution


+
ふたりはひとりにまさる
彼らはその労苦によって良い報いを得るからである
すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す

――旧約聖書諸書     









+

 才色兼備と言う言葉が似あう惣流アスカ・ラングレーと言う少女は、己が世界で選ばれた才媛(エリート)であると言う自負を持っていた。

 そして、そうであるが故に、己に対して強い負荷 ―― 弛まぬ努力を課していた。

 例えば早朝の走り込み(ロードワーク)

 心肺機能もだが、身体的持久力の強化が狙いであった為、10歳になった頃から始めた習慣であった。

 心肺機能の強化がエヴァンゲリオンへの搭乗に対してどの様な効果があるか定かではなくても、体力を強化する事に過剰は無いとの考えであった。

 最初は幼い成長途上の身体に負担を掛けぬ為にと、早歩き位の速度で1㎞程だった。

 それから歳を重ね、成長すると共に段々と速度を上げ、距離を伸ばしていった。

 そして今では大人と変わらぬ速度(約10㎞/時)で毎朝、3㎞程を走る様になっていた。

 

 テンポよく手足を動かして走るアスカ。

 その姿は、躍動感に満ち溢れいた。

 色気のない灰白色のNERV印の上下トレーニングジャケットだが、それが逆に、一纏め(ポニーテール)にされた髪 ―― 赤みのある金糸の髪の美しさを際立たせていた。

 

 走って居る場所はNERV本部地下の大空間、ジオフロントだ。

 地下の箱庭。

 世界で3人しか居ない適格者(チルドレン)の安全を鑑みれば、護衛も付けずに自由に出来るのはそういう場所しかないと言うのが実情であった。

 使徒を恐れてでは無い。

 恐れるべきは人間であった。

 

 世界の守り手、エヴァンゲリオンの操縦者(チルドレン)であると言っても、先ず世界の危機(使徒の脅威)を認めない人間は世の中に少なからず居るのだから。

 宗教的な情熱、神の僕(ANGEL)が人を滅ぼすと言うのであれば受け入れるべきと言う狂信者。

 或いは、世界が滅びの瀬戸際にあると言うのは国連を隠れ蓑にした秘密結社(イルミナティ)による陰謀だと、固く信じている猜疑心の強い陰謀論者。

 稀に、世界はまだ大災害(セカンドインパクト)の被害から立ち直って居ないのに、使徒の脅威などと言う架空の敵を作って、膨大な予算を戦争準備(使徒迎撃)に浪費するのは許せないと言う、善意の人間も居た。 

 何にせよ、そう言う人間が安易な国連(権威)とNERVへの抵抗、その象徴として歳若く貴重な子ども達(チルドレン)を狙おうとするのも当然の話であった。

 計画段階で阻止した数と武器の備蓄まで出来た数とを合わせれば、10や20では済まない数の暴行(テロ)が企てられていたのだ。

 それが、人間社会の現実とも言えた。

 だからこそ適格者(チルドレン)には24時間、途切れる事のない護衛が付けられていたのだ。

 学校などでも黒服の護衛(ガード)が待機しており、それは通学時でも同じであった。

 常に誰かが見ている、ある意味で息苦しい状況。

 それをアスカは、()()()()()()()()()()と喜んで受けれていた。

 だが同時に、只一人で居れると言う機会があれば、喜んで享受したい ―― そういう気持ちも持っていた。

 だからこそ、NERVの管理空間(ジオフロント)で運動をしているのだった。

 

 

 ジオフロントの遊歩道を走り続けていたアスカが、ベンチに置いた赤いタオルが見えると共に速度をゆっくりと落としていく。

 整理運動(クールダウン)だ。

 駆け足から速足へ、そして通常の速度へと息を整えながら切り替えていく。

 

「ふぅっ」

 

 程よい汗を流したと満足げに笑うアスカ。

 タオルを取って汗を拭き、そして一緒に置いていたスポーツドリンクを煽る。

 味よりも、喉を走る冷たい液体の心地よさにアスカは、益々もって笑み崩れた。

 

「トレーニングマシンよりも、実際に走るのって良いわね」

 

 伸びをして、それから遊歩道脇の芝生の上に寝転がる。

 葉先のチクチクとした感覚すらも、こそばゆく、アスカに心地よさを与える。

 深呼吸。

 瑞々しい空気がアスカの肺を満たす。

 と、アスカの耳が何かを取らえた。

 

「……ィ…ィ………」

 

 甲高いナニカ。

 人の声の様なナニカ。

 

「……?」

 

 獣の類がこの空間(ジオフロント)に居ないのは事前に確認していた為、アスカは興味をそそられた。

 左右を見る。

 見れれば何も無い、誰も居ない。

 耳を澄ませば、遊歩道から少しばかり離れた林の方から聞こえているようだった。

 見れば、獣道めいた小さな道が見える。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「ふんっ、面白いじゃないの」

 

 アスカは意気軒昂といった感じで林へと足を進めるのだった。

 

 

 

 公式には、NERV本部の地下大空間(ジオフロント)はNERVの前身であるGEHIRN時代に発見され、運用を開始されたとしている。

 時間で言えば精々が10年と言った所だろう。

 だが不思議な事に、林の木々は植樹されて10年程度でなったと言うには大き過ぎた。

 幹は太く、枝は広がり、葉は生い茂っていた。

 その不可思議さに毛ほども関心を示さず、アスカはずんずんと歩いていく。

 歩けば歩くほどに、音は明瞭になっていく。

 ソレは、獣めいているが、甲高い人の声となった。

 併せて乾いた、堅い音が加わる。

 判らない。

 何が起きているか何て、何もわからない。

 だが退くのは癪に障った。

 大体、NERV本部の管理下にあるのだ、危険は無い()と信じて進む。

 但し抜き足差し足、音をたてぬ様に慎重に。

 

「もう、なんなのよ!?」

 

 口の中で文句を作り自分を鼓舞して足を勧めたアスカが見たのは、奇声(猿叫)と共に一心不乱に木刀 ―― 丸太棒の様な野太刀木刀を横木に叩きつけている碇シンジの姿だった。

 アスカと同じ、NERVのトレーニングジャケット姿だ。

 とは言え、上は袖を抜いて腰に巻いている。

 どこかに引っ掛けて置いておく場所も無いからだろう。

 そんなシンジは背筋を伸ばし、膝を屈めて打ち込み続けている。

 躍動感はあっても、体の軸にブレは無い。

 どれ程に続けて居たのか、黒い半袖シャツ(インナーシャツ)は水に濡れた様になって体に張り付いている。

 シンジの鍛えられた体つきが良く判った。

 

「………Hmmmm」

 

 

 アスカが思わず漏らした呟き(感嘆詞)を、シンジの耳が拾った。

 誰かが来たと判ったシンジは、丁度息があがってきたのでと横木打ちを止めた。

 木刀をトンボに取り残身として、最後に礼をして終わる。

 深呼吸。

 動きを止めた途端に、今まで以上の汗が一気に噴き出す。

 汗で湿り切った額を拭い、それから振り返る。

 

誰け(何方ですか)?」

 

 無論、アスカである。

 両手を腰に当てて仁王立ちしている。

 少しだけ不満げに、綺麗な眉を歪めている。

 その理由を把握してシンジは、軽く笑う。

 

()()()()()()()()()

 

Guten Morgen(おはよう)。アンタが()()を覚えていて嬉しいわ」

 

「出会い頭、しかも見ずになんだから仕方が無かったって事にしておいてよ」

 

「アタシの美少女(ちから)を感じ取れば、直ぐに判る筈よ」

 

「多分、それは変態だと思うよ?」

 

 軽口の応酬。

 そこに緊張感は無い。

 アスカは、自分が努力を重ねているが故に、他人が努力している事を認められる人間であった。

 そしてシンジは、そう言うアスカの敬意めいたものを理解出来ない程に鈍感では無かった。

 そういう事である。

 

 近くに停めていたシンジの自転車(クロスバイク)、そのハンドルに引っ掛けていたタオルで顔を拭き、ドリンクホルダーからボトルを引っこ抜いて飲むシンジ。

 入れていた冷やした水を一気に飲み干す。

 零れた水が喉を、胸を伝わっていく。

 汗が蒸気のように上っている様にアスカには見えた。

 

「よっぽどに真剣にやってたのね、ここがアンタのドージョー(鍛錬場)って事?」

 

「そうだよ。ミサトさんに相談して、使って良いって言って貰ったんだ」

 

「こんな奥に?」

 

 不思議そうに聞くアスカ。

 それが疑問だった。

 葛城ミサトから正式に許可を貰ったと言う事は、NERV本部と言う組織が認めていると言う事なのだ。

 にも拘らず、こんな森の奥に剣術の練習を行っている理由が判らなかったのだ。

 そもそも、家の近所でも無いのも気になった。

 態々、朝から家を出てNERV本部までやってきているのだ。

 面倒では無いのかと思うのも当然であった。

 それにシンジは、苦笑で答える。

 

「仕方ないよ」

 

 文句(クレーム)が出たからね、と。

 第3新東京市にきたての頃、シンジは(官舎)であるコンフォート17に併設されていた公園で鍛錬を行っていた。

 学校に行く前の朝練とばかりに、日も登らぬうちから猿叫と木を叩きつける音を響かせていたのだ。

 結果、ご近所の一般市民から警察に文句が出て、文句を受けた警察がNERVへと申し訳ないが何とかしてくれと要請した(泣き付いた)結果であった。

 NERV本部総務部からのやんわりと、周りが迷惑していたと言う話を教えられたシンジは、であるならば他人様に迷惑を掛けない場所をくれと言い、結果としてNERV本部地下空間(ジオフロント)でする事となったのだ。

 

「………大変だったわね」

 

 いろいろな意味で、だ。

 近隣住民も、警察も、NERV本部総務部も、そしてシンジも。

 それをシンジは笑って受け入れた。

 

「仕方ないよ」

 

 肩をすくめてみせながら。

 他人様が迷惑と言うのであれば、それに従って対応する素直さがあった。

 規律というものを重視しているとも言えた。

 これも又、シンジが受けて来た()の結果とも言えた。

 それがアスカには少し、面白かった。

 だからこそ、会話を続ける気になるのだ。

 同世代の子どもとは違う、そう思える相手成ればこそであった。

 

「じゃ、毎日来ているの?」

 

「流石に学校前に来るのは難しいかな。だからNERVに朝から呼ばれている時か、それとも学校だけの時だよ」

 

 NERVでの訓練が終わってからの、夜には出来ないと続ける。

 学校が終わり、そこからNERV本部で座学や戦闘訓練、そしてエヴァンゲリオンへの搭乗訓練まで受けるのだ。

 流石のシンジでも疲れ果てると言うものであった。

 

「そう言うアスカさん、今日は一日訓練じゃなかったよね?」

 

 汗染みの浮いたトレーニングジャケット姿から、アスカがナニガシの運動をしていたと察したシンジが、逆に問いかけた。

 今日のシンジは週に2回ほどある、学校を休んでの終日NERV本部で訓練の日であった。

 エヴァンゲリオン初号機を駆り、立て続けに3体の使徒を屠って見せたシンジだが、同時にエヴァンゲリオンの操縦者として訓練、或いは運用と戦闘に関する知識が十分とは言い難い為、超法規的措置として義務教育の権利(義務)が一部、制限されていたのだ。

 

 

 シンジから見てもアスカは評価できる相手であった。

 話したいと思う相手であった。

 コーカソイド系で、とびっきりの美少女だからというのは否定しない。

 同世代の女性(ミドルティーンの女の子)に多い湿度めいた部分が見えない為、気兼ねない口喧嘩がし易いと言うのもあった。 

 だが一番は話していて気持ちが良いと言う事だった。

 高慢な言動や喧嘩腰になりやすく、又、自分が美少女だからと鼻の高い所はあるが、人としての根っこが努力してきた人間のソレであり、同時に他人の努力と成果とを笑う類では無いのだ。

 それだけでシンジは、このアスカと言う少女を評価できると思えていた。

 少なくとも戦友としては不快では無い。

 

 更に言ってしまえば、口数が多いのも助かると言う部分もあった。

 もう一人の戦友である綾波レイは、厄介な性格をしている訳では無いのだが、口数が少なく会話(コミュニケーション)が余り弾まない。

 その上で綾波レイは、シンジよりも碇ゲンドウと仲が良いのだ。

 そもそも、いまだにシンジは碇ゲンドウが綾波レイを後妻にしようとしているのではないかと疑っていた。

 エヴァンゲリオン初号機に搭乗時に、外部監視カメラで2人が仲のよさげな感じで会話をしている所を度々見たのだ。

 ある意味で仕方のない話であった。

 シンジが思春期であり、それ故の複雑な心理状態にある事を差っ引いたとしても、そんな相手と仲良くするのは中々に難しいのも当然であった。

 

 兎も角。

 シンジにとってアスカは、色々な意味で話し易い相手であった。

 

「アタシはまだ本部住まいだもの。まだ宿舎が決まって無くてゲストハウス住まいよ」

 

「大変だね」

 

「そうよ、本部の総務って弛んでるって思わない? このアタシの宿舎がまだ決まってないってどういう事よ!! 持ってきた荷物、まだ貸倉庫に預けたまんま。可愛い服で加持さんに迫れもしないわ」

 

「ゲストハウスってホテルみたいな感じなの?」

 

「ンな訳無いじゃない! 尉官用よ? 安っぽいベットと机があるだけ、4㎡ちょっと(3畳間)位のせっまい部屋。アタシみたいなエリートを入れておく場所じゃ無いわ。これはもう虐待よ、虐待」

 

「ははっ、大変だね」

 

「なのにGymnasium、中学校って言うんだっけ、コッチだと? そんな所に放り込まれたのよ。もうNERV本部の正気を疑うってものよ。どう思う、アンタは?」

 

 余程に不満が溜まっていたのだろう。

 アスカの口調が機関銃めいてくる。

 その勢いに押されたシンジは、苦笑と共にドリンクボトルを煽った。

 短い付き合いではあるが、アスカの口にエンジンが掛かっては、止める事など出来ないと理解しての行動だった。

 せめて喉を潤したい。

 だが残念、ひっくり返ったドリンクボトルからは一滴、二滴と水滴が落ちて来るだけだった。

 飲み干していたのだ。

 その事を思い出したシンジは、アスカの口調が途切れた一瞬の間を狙って声を掛ける。

 喉が渇かない? と。

 

「お誘い? ならアンタの奢りって事よね」

 

「ん"」

 

 容赦のない切り替えしに、シンジは苦笑では無く普通に笑いながら言葉を返した。

 

「良いよ、何でも」

 

「Danke! でも、ワタシみたいな美少女を誘うんだもの、当然よね」

 

「はいはい、お嬢さま」

 

 胸を張るアスカに、笑いながら応じるシンジ。

 タオルを首に掛けて、木刀を袋に入れてから背負う。

 そして自転車を取る。

 横木はそのままにして置いておく。

 元より林の何処其処から拾ってきた枯れ枝などを束ねたモノなのだ。

 特にするべき事は無かった。

 

 忘れ物が無いか最後に確認して歩き出す。

 二人の距離は近い。

 

 

「この自転車って、アタシを乗せられないの?」

 

「日本じゃ禁止だよ」

 

「それに素直に従うの? 面白く無いオトコね。男気って言うの? それが無いわ。モテないわよシンジ」

 

「モテなくて良いよ、そんなモテ方なんて」

 

 

 

 

 

「あーあ。猫も杓子も、アスカ、アスカかぁ………」

 

 そう相田ケンスケが呟いたのは、第3新東京市第壱中学校の体育館裏だった。

 職員室のある本校舎から遠く、教師たちの目の届きにくい場所だ。

 昼休憩の時間、そこが相田ケンスケの()であった。

 そこで相田ケンスケは売り上げを数えていた。

 千円札や500円硬貨が山のようになっている。

 

 シートを広げ、その上に盗撮した第壱中学校の生徒たちの生写真を透明フィルムに入れて並べていた。

 見本だ。

 通常サイズが200円。

 大判サイズが500円。

 そして、重要顧客(守秘義務付の秘密会員)にのみ販売しているお宝写真が1000円以上でASKありと言う値段設定だ。

 有体に言って犯罪行為 ―― 更衣室の盗撮までやってる時点で論外な行為であったが、中学生らしい無思慮、或いは無分別さによって相田ケンスケはやってしまっていた。

 

 ひっきりなしに人が来て買っていくのだ。

 簡単に金が入るとなれば、やってしまうのも仕方のない話なのかもしれない。

 

「みな平和なもんや」

 

 悪友とも言うべき鈴原トウジも、その事に気付かずに、傍にいた。

 此方は別段に何をすると言う訳でも無く、そもそも級友(クラスメート)の生写真に興味など欠片も無かった。

 昼休憩、飯を食って暇だから付き合っている。

 その程度の話であり、目の色を変えて写真を見て、選んで、相田ケンスケと商談していくバカな学友たちを見ていただけだった。

 

 としていると新しい客が来て、悪い顔で相田ケンスケと笑い合って封筒を交換し合った。

 互いに中身を確認。

 相田ケンスケが手にした封筒からは千円札が3枚。

 客の側が手にした封筒からは、肌色多めな水着姿のアスカの写真が出て来た。

 鼻の穴を広げてその写真を見て、それから満足げに、そして大事にカバンに入れて去っていく。

 

「毎度ありぃ!」

 

 相田ケンスケの言葉を背中に受けながら。

 

「ホンマ、よう売れとるわ。写真にあの性格は、あらへんからなぁ」

 

「おかげでカメラも買いなおし出来そうだよ! アスカ様々!!」

 

「現金なやっちゃな。そう言えば()()()、今日はおらへんかったな。今日はセンセの日やとおもっとったんやけど」

 

「トウジは朝居なかったものな」

 

「おお、さくらの所に洗濯物やらを届けに行っとったからな。何ぞあったん?」

 

()()()()()()()、だってさ」

 

「家?」

 

「家」

 

 アスカの事情を他の生徒よりは知る相田ケンスケと鈴原トウジは、それだけで理解した。

 NERVがらみなのだと。

 単身で日本に来ているのがアスカだ。

 そんなアスカに、家の都合と言うものは無いのだから。

 

「まさか、センセにひっ付いてったんとちゃうやろな」

 

「勘弁してくれよ! 売り上げが落ちてしまうよ!!」

 

 第壱中学校でのアスカ人気は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う想像(妄想)に負う所が多かったのだ。

 そこが、鈴原トウジの、写真には性格は映らないと言う言葉にも表れていた。

 正しく偶像(アイドル)であったのだ、アスカは。

 だから、そこに男の影が出てしまえば相田ケンスケの商売は一気に終息しかねなかった。

 悲鳴を上げるのも当然であった。

 

 尚、現実は鈴原トウジの憶測に極めて近かった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-2

+

 本日、自主的にエヴァンゲリオンの訓練に参加する事とした惣流アスカ・ラングレー。

 その理由は碇シンジであった。

 森の中で見た剣術(薬丸自顕流)の修練を見て、改めてシンジの実力 ―― エヴァンゲリオンでの戦闘能力を見て見たくなったのだ。

 第3(サキエル)第4(シャムシエル)第5(ラミエル)と立て続けに3体の使徒を屠って見せたN()E()R()V()()()()()()()()、その実力をだ。

 競う相手(ライヴァル)としてシンジをアスカは強く意識しての事だった。

 

 尚、NERV本部戦術作戦部支援第1課、エヴァンゲリオン操縦者(パイロット)の管理と支援を担当する部門は、アスカの我儘(自主練習)に良い顔はしなかった。

 アスカの中学校への就学は決して安易な話では無かったのだから。

 NERVドイツ支部から届けられた人物考課表から、他人に対する攻撃性の緩和や協調性の涵養といった情操教育がアスカには必要であると判断し、戦術作戦部作戦局(訓練重視の主流派)の反対を押し切って決めた事であったのだから。

 だが、現状を危機的状況であると言い、早期に戦闘態勢(パイロット間の協調体制)確立の必要性があると言い、更にはアスカは己が学士号を所持しているのだと反論した結果、支援第1課が折れたのだった。

 

 本日のシンジが受ける訓練プログラムは、エヴァンゲリオンとのシンクロ訓練と戦闘訓練(デジタル演習)を主軸に、座学としてエヴァンゲリオンと対使徒迎撃要塞第3新東京市の機能教育が加えられたモノであった。

 訓練プログラムの内容を知ったアスカは、目を剥いて驚いた。

 その瞬間まで、シンジの事をNERV本部が非公開で用意(訓練)していた秘密兵器だと認識していたからである。

 シンジが受ける座学は、エヴァンゲリオンに習熟したアスカにとっては初歩の初歩めいた内容であったからだ。

 それでも最初は何かの意図があるのか、或いはジョークであるのかと疑っていたが、座学に対してシンジが真摯に真剣に取り組んでいるのを見て、認識を改めた。

 真実であると理解したのだ。

 NERV本部がシンジに関して行っている公開情報が正しいのだと。

 第3使徒襲来時がNERV本部に初めて訪れた日であり、第3使徒とエヴァンゲリオン初号機に搭乗して対峙した日が初めて搭乗した日であるのだ、と。

 その事にアスカは衝撃を受けた。

 同時に、シンジへの評価を改めた。

 怒りを覚えた?

 舐めるなと憤慨した?

 違う、全く違う。

 唯々感嘆し、敬意を抱いた。

 訓練も心の準備も無しに実戦に放り込まれた、只の一般人が剣術の訓練だけを頼りに世界を守らんが為に献身したのだから。

 深く頷いた。

 そして認めた。

 碇シンジとは実に天晴であり、自らの相手(ライヴァル)とするのに不足はないと満足すらしたのだった。

 全力で勝ちに行く、と。

 闘争意欲が、更に燃え上がる。

 

 尚、全くの余談ではあるが、初陣後にシンジが碇ゲンドウに鉄拳と肘を振るって重傷を負わせた事に関しては関係者各位に厳重な緘口令が出されており、NERV本部の外に漏れる事は無かった。

 結果、シンジが持つ激しい部分をアスカが知る機会は失われ、ただ勇敢な人間であるとシンジを評価する事となる。

 この少し先まで。

 

 

 

「おじゃまするわよっ!」

 

 軽い口調と共に、エヴァンゲリオンのデジタル演習管制室に入ってきたのは葛城ミサトであった。

 NERV本部戦術作戦部作戦局局長代行、即ちNERV本部の軍事部門の統括等と言う重責を担う忙しい立場にいる女性であったが、シンジが訓練を受ける際などは必ず顔を出すようにしていた。

 それは自分の責任を理解し、同時にシンジへの責任を感じているからこそであった。

 

「どう、調子は?」

 

 近くにいた、顔見知りの技術開発部スタッフ(平職員)へと声を掛ける。

 地位相応では無い、葛城ミサトの年齢相応めいた軽い調子(フランクな態度)は、NERV本部と言う年若い人間が中心となっている組織では効果的であったが、今日ばかりは違っていた。

 声を掛けられたスタッフも、それ以外のスタッフも誰もが固唾をのんで管制室中央のディスプレイを見ていたのだから。

 

「ん?」

 

 何事であるかと、釣られてディスプレイを注視した。

 其処には、紫紺のエヴァンゲリオン初号機と深紅のエヴァンゲリオン弐号機が真っ向から鎬を削る様な戦いをしている様が映し出されていた。

 一進一退、引き込まれる様な戦いとなっている。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機は、いまだ完成していない日本刀型武器(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を振り回している。

 アスカのエヴァンゲリオン弐号機は、此方も開発段階である両手持ち大型戦斧(スマッシュバルディッシュ)を振り回している。

 人の武の理を越えた、エヴァンゲリオンと言う規格外の存在(身体)によって実現した、人間では出来ない動きで戦っているのだ。

 それは、共に嵐の化身(モーターヘッド)の如き様相であった。

 

「凄いわね」

 

 こんなモノを見れば、惹き付けられてしまうのも当然。

 実戦経験も持った葛城ミサトをして、そう思うレベルの戦いであった。

 ただ同時に、違和感も覚える。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機の動きが、以前とは異なっている様に見えるのだ。

 何がと、言葉に出来る訳では無いが、何かが違って感じられた。

 指揮官として、違和感を理解する為にまじまじと戦いを注視する葛城ミサト。

 だが、把握する前にスタッフの側が葛城ミサトに気が付いた。

 

「あ、葛城さん?」

 

 少し軽い調子で驚きの声を上げたのは、このデジタル演習を統括する技術開発局第1課訓練室 ―― 訓練関連を統括する部門のトップである阿多古カズキ技術少尉であった。

 それまで手元のパソコンで何やら情報を纏めていたらしい。

 立ち上がろうとしたのを手で制する。

 

「そのままそのまま。私は珍客なんだから気にしないで。それより、中々に盛り上がってるわね?」

 

「はい、惣流さんが碇君に良い刺激を与えています」

 

「刺激って、へぇ、どんな感じで?」

 

 興味深く問いかけた葛城ミサトに、阿多古カズキは手元のパソコンを示しながら言った。

 アスカの乗るエヴァンゲリオン弐号機とのデジタル演習が始まってエヴァンゲリオン初号機の動きが、シンジの操縦が劇的に変化を始めているのだという。

 それは、従来のエヴァンゲリオン初号機を拡張された人間の如く認識し操るのではなく、汎用ヒト型決戦兵器(人造人間エヴァンゲリオン)と意識しての運用であった。

 機能を使うとも言う。

 

 エヴァンゲリオンは、汎用ヒト型決戦()()とされている様に、兵器としての様々な機能が与えられている。

 代表的なモノで言えば、両肩に設置されている兵装パイロンだ。

 通常であれば右肩側には内臓兵装としてEW-11(プログレッシブナイフ)を搭載し、左肩側には操縦者の好みに応じた装備が搭載されている。

 アスカのエヴァンゲリオン弐号機であれば近接戦闘火力である4連装ニードルガンが搭載されており、或いは綾波レイのエヴァンゲリオン4号機は準中距離兵装として開発中の単分子ワイヤーソー搭載が予定されていた。

 だが、エヴァンゲリオン初号機は違った。

 大型のEW-11C(プログレッシブダガー)を腰裏側に搭載する関係で、空いている両肩の兵装パイロンであったが、シンジの()()によって今現在は何も搭載されていなかったのだ。

 戦闘時にはアレコレと考えすぎたくない(無こよかひっとべ)と思っての事であった。

 それが、使う様になりつつあると言う。

 アスカとの模擬戦闘を重ねる中で様々なオプションを選択したりもしているのだと言う。

 

「へー、あのシンジ君が」

 

 思わず、と言った感じで感嘆を漏らした葛城ミサト。

 使徒戦は勿論、綾波レイのエヴァンゲリオン4号機との模擬戦闘でもシンジは自分の戦闘スタイルの基本を変えようとはしなかった。

 エヴァンゲリオン初号機を自分の手足の延長線上として、人間の拡張存在(巨大化した人間)として操っていたシンジが変わりつつあるのだと言う。

 だが、その感慨に浸れる様な時間が葛城ミサトに与えられる事は無かった。

 甲高く、そして特徴的な警報音が鳴り響いたのだから。

 誰もが音源であるスピーカーを見上げた。

 葛城ミサトは親の仇を見るかのように睨んだ。

 

「敵襲!?」

 

 それは、NERV本部の中央コンピューターMAGIによる判定 ―― 高確率で使徒が第3新東京市襲来する事を告げるものであったのだから。

 聞いた人間のスイッチが切り替わる。

 指揮官としての顔で葛城ミサトは矢継ぎ早に命令を発する。

 

「演習は終了! 阿多古少尉、パイロット両名に急いで休息を取らせて。詳細が判明するまでは第3種戦闘配置で良いわ」

 

「はいっ!」

 

 阿多古カズキも、それまでの優し気な雰囲気をかなぐり捨てた表情で敬礼を返していた。

 

 

 

 

 

 NERV本部第1発令所では、情報の精査確認作業が進められていた。

 今回の使徒を発見したのは洋上で哨戒(対使徒ピケット)任務にあたっていた巡洋艦はるな(UN-JF CG HARUNA)であった。

 イージスシステム搭載艦として強力な対空監視能力を有しているが、使徒 ―― 不明目標は水中で発見されていた。

 油断なく水中情報の収集にも注力していたお陰とも言えた。

 尚、本来は太平洋方面に向けた音響監視システム(SOSUS)の整備も予定されては居たのだが、予算が第3新東京市の対使徒迎撃戦闘能力の拡張に傾斜配分されていたが為、国連軍の支援を貰っている状況であった。

 

 はるなの発見した海域に、センサーを満載した高速偵察機(HF-UAV)が急行して情報を収集する。

 はるなには使徒のパターンを収集できるセンサー群が搭載されていなかった為である。

 NERVの管理下で哨戒任務に就く艦艇、特に主力となる事が予定されている新鋭のくなしり型哨戒艦(KUNASIRI-Class OPV)群には順次、搭載に向けた改修が行われていたのだが、はるなは国連軍にとって貴重なイージスシステム艦であり恒常的な供出(NERVへの出向)の予定が無い為であった。

 

 

ブーメラン05(HF-UAVの識別符号)、目標海域に入ります」

 

 高速偵察機を管制する作戦局の作戦偵察課から上がってきた情報を読み上げる青葉シゲル。

 本来は外部組織との情報共有や精査を担当する調査情報局第1課に属する青葉シゲルであったが、NERV本部の慢性的な人手不足、特に第1発令所勤務可能な第2級機密資格(GradeⅡ Access-Pass)所持者が少ない為に、手すきの場合には各種の管制官(オペレーター)役を担うのであった。

 戦略情報部所属という同世代の中では抜群の優秀選抜者(エリート街道組)と言って良い青葉シゲルであったが、気安く骨惜しみしない性格故に、自ら買って出たのだった。

 

「波長確認。ブーメラン05とMAGIの情報共有(データリンク)、正常作動中を確認」

 

 青葉シゲルに合いの手を入れる様に、日向マコトが声を上げる。

 此方は肩に力が入っていると言うか、鯱張った様な強い緊張感を漂わせていた。

 自分が使徒との闘いの口火となる、その意識があればこそであった。

 

「受信データを照合開始を確認………波長パターン、出ました! パターン青(BloodType-BLUE)、目標を使徒と確認!!」

 

「来る時は連続だな」

 

 泰然自若といった風で第1発令所第1指揮区画中央に立つ冬月コウゾウは、片目を閉じたままに呟いた。

 人の都合など使徒は気にしない、そう言わんばかりであった。

 第1指揮区画の誰もが振り返っている。

 指示を待っている。

 総司令官碇ゲンドウも、軍事総括の葛城ミサトも居ない今の第1発令所では、冬月コウゾウこそが命令権限者なのだから。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 一呼吸置いて、それから両目を開いて強く命令する。

 

「宜しい。総員、第2種戦闘配置!」

 

 大学教授を経てGEHIRNに参加、そしてNERVの副司令官と言う経歴を持った冬月コウゾウであったが、なかなかどうして見事な指揮官ぶりを見せるのであった。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)に隣接して設けられた、操縦者(チルドレン)向けの作戦伝達室(ブリーフィングルーム)

 60㎡程の空間に置かれた3つの椅子に、シンジとアスカ、そして綾波レイが座っている。

 その正面には葛城ミサトが、副官めいて日向マコトを連れて立っている。

 他、壁際には国連軍からの連絡官も立っている。

 

「先の戦闘によって第3新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は51%。実戦における稼働率はゼロといっていいわ」

 

 ハキハキとした声で説明していく葛城ミサト。

 その声に応じて、日向マコトが手元の端末を操作し、大型のモニターに第3新東京市の迎撃要塞都市としての機能群を表示させる。

 その約半分が、赤い機能不能の色に塗りあげられていた。

 第5使徒戦の影響 ―― 乱射された加粒子砲の直撃、及び余波の被害であった。

 NERVとしても最優先での機能回復を図ってはいたのだが、如何せん、余りにも被害が大きすぎた。

 その酷さは、機能回復工事を行う上で必要な工程表(ロードマップ)の作成すらにも時間が掛かったと言う点に現れていた。

 ここまではシンジ達にも伝えられている事だった。

 だが、改めて第3新東京市の迎撃システムの状況を図として見れば、その酷さは改めて良く判ると言うものであった。

 

 シンジは己がもう少し上手く出来なかったかと唇を引き締め、アスカは頼るべきモノの現状の手酷さに顔を顰めていた。

 綾波レイだけは、落ち着き払った平素の顔を崩していなかった。

 三者三様の反応。

 チラリとそれを確認した葛城ミサトは言葉を続ける。

 

「したがって今回は、上陸直前の目標を水際で叩く! 初号機ならびに弐号機が前衛を担当、交互に目標に対し波状攻撃を実施」

 

 シンジとアスカがハキハキとした声で同時に了解との声を上げる。

 戦意に不足はない。

 

「4号機は後衛を担当、中距離からの火力支援を実施」

 

「了解」

 

 綾波レイの静かな声。

 だがそれが戦意不足の類でない事は、目を見れば判る。

 この、物静かな少女は自らの成すべき事を成すだろう、そう葛城ミサトは信じる事が出来た。

 

「結構。では、出撃!」

 

 

 

 巨大なエヴァンゲリオン輸送専用の、全てが巨大に作られた鉄道。

 そもそも500tを超える、15m近い全幅のエヴァンゲリオンを輸送しようと言うのだから巨大であるのも当然であろう。

 重量を分散する必要もあって4つの線路を並列に用意されている、巨大輸送システムなのだから。

 関わる人間から、軍艦すら陸送出来ると言われる程の代物であった。

 

 エヴァンゲリオン3体とその装備が運ばれていく。

 その様を第1発令所の正面モニターで見ながら、冬月コウゾウは青葉シゲルに問いかける。

 

「そう言えばエヴァンゲリオンの、初の域外戦闘(第3新東京市外での戦闘)だが、政府の方はどうだったかね?」

 

此方の状況(第3新東京市の要塞機能低下)は理解してますから、A-18条項の発令に関しても受け入れるとは言ってます。只、渋い顔はしてました」

 

「仕方が無かろう。戦闘予定区域は一昨年に土地改良事業が漸く終了したばかりと聞いている。政府としては頭の痛い話だろうよ」

 

 使徒の襲来予想コース、その水際は水田や畑が広がる田園地帯だった。

 お陰で一般市民の人的、資産的な被害は抑える事が出来るだろう。

 だが、田畑には壊滅的な被害が出るであろう事は簡単に予想された。

 使徒とエヴァンゲリオン3体が戦うのだから。

 500tを超える存在が、第3新東京市の様に地盤改良をされていない場所で跳ねまわれば、その結果は言うまでもないだろう。

 折角、セカンドインパクトの被害から回復させた田畑が、それこそ地図を書き直すレベルで被害を受ける ―― 灰燼に帰する可能性さえあると思えば、愛想笑いすら浮かべたくなくなるのも人情と言うものであった。

 

「確かに。ようやく米の収穫がセカンドインパクト前に戻りつつあると言ってた位ですからね」

 

「そういう事だ。ここは碇の息子たちが上手くやってくれる事を祈ろうではないか」

 

 

 

 

 

 使徒の上陸を前に、エヴァンゲリオン内部で待機する3人の子どもたち(チルドレン)

 せめての憂さ晴らしに通信回線が開かれており私語が許されているのだ。

 とは言え、綾波レイは口数の少ない少女であるが為、自然と会話するのはシンジとアスカになっていく。

 アスカも、同僚と言う事で綾波レイとのコミュニケーションを図ろうとはするのだが、中々に難しい所があって、早々に匙を投げていた。

 そんな状況でのシンジとアスカの会話であるが、世間話的なものとは言いづらかった。

 それ程にお互いを知っている訳でもなければ、そもそも戦闘開始までの時間はもう限られているのだから。

 だから、お互いの得物についての話題になっていた。

 エヴァンゲリオン初号機が持つ長大な武器、EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)だ。

 

「アンタそれ、本当に振り回せるの?」

 

 挑発的、懐疑的な物言いをするアスカ。

 それも仕方のない事だろう。

 エヴァンゲリオン初号機が装備するEW-14は、余りにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重い、鋼の塊であった。

 

 デジタル演習では散々に見たし、斬られもしたが、とは言えそれが実物として見るとなればやはり違っていた。

 ()意めいたモノが漂っていた。

 

 標準的なエヴァンゲリオン用の白兵装備、例えばEW-11(プログレッシブナイフ)の様な高振動粒子の刃が対象を分子レベルで切断する様な機能は付与されていない。

 ただ只管に頑丈な、鈍器のような武器であった。

 只、アスカの声に応じてNERVドイツ支部が開発したEW-17(スマッシュトマホーク)が純然たる鈍器めいた戦斧であるのに対し、EW-14は刃先の交換が可能となっていた。

 戦闘での摩耗を前提にしての事だ。

 EW-17は使い捨て(消耗後は廃棄)を前提とし、EW-14は手入れ(メンテナンス)を考えていた。

 設計者の思想の相違、と言えた。

 

『大丈夫、この感覚なら斬れるよ』

 

「………そう、なら言っとくけど、くれぐれも足手纏いになるようなことは、しないでね!」

 

『うん、大丈夫』

 

 落ち着いたシンジの声、アスカは目を見た。

 そこに曇りは無く、強い自負があった。

 出来る、と言う。

 だからアスカは信じた。

 

 

 だが現実は非情だった。

 

 

 第7使徒が着上陸した。

 第3使徒の様な人型めいた姿、指揮官である葛城ミサトは戦闘開始を宣言。

 その命令と共に

 エヴァンゲリオン弐号機が、自らが一番槍をせんと宣言して先行、攻撃を図る。

 戦斧の如きEW-17を両手で握って疾駆する姿は、正に赤い暴力であった。

 大地を抉りながら突き進む、その背に続行するエヴァンゲリオン初号機。

 

『フィールド全開!!』

 

 シンジが吼えた。

 使徒のA.Tフィールドをエヴァンゲリオン2体がかりで弱体化させ、アスカの攻撃を成功させようと言うのだ。

 その声に背を押される様に、アスカはEW-17を一閃させる。

 真っ向正面からの唐竹割りな一撃。

 使徒は真っ二つだ。

 

『お見事!』

 

 シンジの称賛に気を良くするアスカ。

 称賛こそ自分に相応しい、そう思っているのだ。

 だが、その気分に水を差す声が。

 綾波レイだ。

 

『いえ、まだよ』

 

「はぁっ!?」

 

 アスカが視線を通信画面に動かそうとした瞬間、上半身を真っ二つにされた使徒は、そのまま裂けきって2体の使徒へとなった。

 

『なんてインチキ!!!』

 

 葛城ミサトが吼えた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-3

+

 惣流アスカ・ラングレー操るエヴァンゲリオン弐号機の一撃で真っ二つとなった第7使徒。

 だがそこで終わりでは無かった。

 真っ二つとなった体、その左右それぞれが1体の使徒へと変貌したからである。

 銀色(Color Silver)橙色(Color Orange)の2体へとなったのだ。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに、戦意に不足の無い前衛2人は一言だけで意思疎通を済ませて戦闘を続行したのだから。

 

『アンタは左!』

 

『右は任せた!』

 

 同時に放たれた言葉、攻撃対象が重ならなかったのは、最も前に居る(一番槍の)エヴァンゲリオン弐号機の挙動故の事であった。

 初手の一撃が脳天からの唐竹割りとは言え、刃先はやや左へと流れた。

 アスカが右利きであったと言う事の影響であろう。

 それを補う為に体は右への慣性があったのだ。

 だからこそ、二の矢の如く後続していたエヴァンゲリオン初号機を駆る碇シンジは、エヴァンゲリオン弐号機をカバーをする為にも左へと進むのだった。

 阿吽の呼吸、

 

 だが、()()()()()()()()()()()

 

 個としての戦闘力はエヴァンゲリオンの2体が圧倒していた。

 格闘戦闘能力は第3使徒よりも柔軟ではあった。

 粒子砲と思しき光線兵器を持っていたが第5使徒程では無かった。

 只、ダメージに対する回復力だけは別だった。

 裸眼でも観測できる程の回復速度を持ち、今までの使徒よりも優れてはいた。

 だが、その程度でエヴァンゲリオンを圧倒できる筈は無かった。

 エヴァンゲリオン初号機のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)が圧倒的な威力を以って叩き潰す。

 エヴァンゲリオン弐号機のEW-17(スマッシュトマホーク)が恐ろしいまでの速度を以って切り刻む。

 正しく暴力の様であった。

 指揮官である葛城ミサトは、後衛(支援射撃)を担当する綾波レイに対して、待機を命令する程であった。

 実績のあるシンジと、そこに食いついていくアスカなのだ。

 直ぐにも第7使徒は撃破されるだろう、そう思うのも当然であり、ある種の安心感がNERV本部第1発令所に漂ったのも仕方のない話である。

 

 だが、現実はそこまで甘くは無かった。

 1分。

 10分。

 そして30分。

 

 どれ程の暴力を振るおうとも、第7使徒は必ず復元してくるのだ。

 第7使徒の特性は、分裂と復元 ―― 回復力かと誰もが考えた。

 無論、それが無敵と言う事を意味しない。

 観測によれば回復速度は僅かずつながらも低下しており、使徒の持つエネルギー無限では無いと判断されていた。

 とは言え、MAGIの計算によれば、この戦闘のペースで第7使徒の枯死を狙った場合、最短でも9時間、戦闘を継続する必要となるのだ。

 それは流石に無理と言うものであった。

 急ぎMAGIによる分析と攻略法を探すNERV本部作戦局。

 結果、判明したのは2つ。

 第7使徒はどれ程に攻撃を受けても2体以上には分裂しない。

 同時にコアにダメージが入った場合、回復速度は鈍化する。

 ここから作戦局は2体の第7使徒、そのコアに対する同一タイミングでの致死的攻撃(クリティカルヒット)を狙う案を纏めた。

 MAGIも、この攻撃であれば撃破出来る可能性は高いと判断(撃破確率85.8%)していた。

 但し、攻撃のタイミングは0.5秒以内で合わせる必要があると言うものであった。

 極めてシビアな要請。

 だが、それであっても勝利への道が出来たとなれば話は別であった。

 シンジもアスカも、この葛城ミサトによる攻撃方法を喜んで受け入れていた。

 少なくとも、最初の内は。

 

 1分。

 10分。

 そして30分。

 

 どれ程に攻撃を重ねようとも、タイミングを合わせようとしても合わなかった。

 秒の水準までは簡単だった。

 だが、その先が難しかったのだ。

 大地を掴み切り込んでいくシンジのエヴァンゲリオン初号機。

 躍動感あふれる攻撃をするアスカのエヴァンゲリオン弐号機。

 武器の違い。

 振り回し方の違い。

 その差が縮まりきらないのだ。

 何度同時攻撃を図っても、0.5秒内の同時攻撃が成功しない。

 何度も何度も攻撃を図っても成功しない。

 それ故に、段々とイライラを貯めていくシンジとアスカ。

 

『遅いのよバカシンジ!』

 

『逸るなよアホアスカ!』

 

 何時しか怒鳴り合いを始める2人。

 視線は第7使徒からブレる事は無いが、口は別であった。

 

 

「あっちゃーっ」

 

 思わず嘆息を漏らした葛城ミサト。

 そんな総指揮官を批判的に見る人間は、第1発令所には居なかった。

 誰もが同じ意見だったからだ。

 さもありなん。

 肉体的に(エヴァンゲリオンが)戦っているのは使徒。

 だが、精神的に戦っているのは相手と言う有様なのだから。

 コレで攻撃が疎かになっていれば叱責の1つでも出来るのだが、そういう隙は無いのだ。

 どうしてくれようか、そう葛城ミサトが迷っている内に、2人の喧嘩はヒートアップしていく。

 まず最初にキレたのはアスカだった。

 

『くぉのっ……Du Arschloch(クソ野郎)!』

 

 発する言葉がお国訛り(ドイツ語)に戻る。

 戦闘をしながらの罵声だ、一々もって日本語に翻訳している余力を無くしたとも言えた。

 

『…トロイのよ!!…Fickt euch!…Fickt euch!………Du hörst mir einfach nicht zu!……Verrückt!……Mistkerl!』

 

 罵詈雑言、汚い言葉(Schimpfwort)のオンパレードだ。

 ドイツ語を理解するスタッフは、葛城ミサトを筆頭に顔を顰めていた。

 だが言われる側、シンジも負けてはいなかった。

 アスカの言葉が判っている訳ではない。

 だが、意思(怒り)は言語の壁を超えるのだ。

 誰を狙った暴言かを直感したシンジも、溜まり続けていた憤怒を激発して返す。

 お国訛り(さつま言葉)が全開となる。

 

なんちなっ(何を言ってるんだよ)!』

 

 その様は正に激昂だった。

 歯をむき出しに吠える。

 

おはんがはやかたっが(アスカが急ぎ過ぎるんだよ)なんもかんげんじ(何も考える事無く)さきばしっせいに(先走って)ないを考えちょっかっ(何を考えているんだよ)! 』

 

 怒鳴っては居ても、言葉が比較的綺麗なのはシンジの性格故なのだろう。

 対するアスカ。

 此方が、年頃の少女としては些かばかりどうだろうかと考えるレベルの、豊か過ぎる語彙で罵声を上げているのは国連軍で訓練を受けていた結果なのだろう。

 葛城ミサトは自分の経験から、そう納得していた。

 納得(スルー)していた。

 と言うか、互いに罵声暴言の類を投げ合っていても第7使徒への攻撃の手が緩まない辺り、本当に何を言えばいいのかと言う事だろう。

 常に泰然自若を装う冬月コウゾウですら、絶句の態であった。

 尚、日向マコトら一般スタッフは、仕事に取り組む事で気づかぬフリをしていた。

 

 何とも言えない空気での連続攻撃。

 それがどれ程に続いたか。

 遂に耐えかねたモノが出た、人間では無かった。

 エヴァンゲリオン弐号機の持つEW-17(スマッシュトマホーク)だ。

 余りの酷使っぷりに、自壊した(限界を迎えた)のだ。

 幾度目か判らぬ斬撃を叩き込もうとした瞬間、柄からポッキリと折れたのだ。

 

Scheiße(チクショウメ)!!!』

 

 アスカの悲鳴めいた罵声。

 その声に葛城ミサトが反応するよりも先に、アスカの前に居た第7使徒の片割れ、第7使徒乙(Color Silver)が動く。

 好機とばかりに鋭い爪をエヴァンゲリオン弐号機へと突き立てようとする。

 秒で動く世界。

 空振りに終わった攻撃の影響で咄嗟に動けないアスカ。

 緊急回避を図る。

 だが無理。

 第7使徒乙の動きの方が速い。

 エヴァンゲリオン弐号機のエントリープラグに大きく映った鋭い切っ先。

 負けてなるモノかと歯を食いしばって睨みつけ続けるアスカ。

 だが、ソレが届く事は無かった。

 それ以上にシンジが速かったからだ。

 

『アスカっ!!!』

 

 連携の為、目の端でエヴァンゲリオン弐号機の動きを確認し続けていたシンジは、振りぬく途中であったEW-14を迷うことなくぶん投げたのだ。

 乾音一閃。

 シンジの獣めいた感(Inspiration)で投げられたEW-14は、見事に第7使徒乙の胴を打った。

 窮地を脱したエヴァンゲリオン弐号機。

 だが、その代償として武器を失ったエヴァンゲリオン初号機。

 その機を逃す事無く襲い来る第7使徒甲(Collar Orange)

 だが、エヴァンゲリオン初号機は武装を全て失った訳ではない。

 無理な勢いで姿勢を整えながら、右肩部の兵装パイロンの4連装ニードルガンを放つ。

 (ニードル)と呼ぶには余りにも太く、巨大な、タングステン製のソレは、見事に第7使徒甲を貫き、動きを止めさせた。

 距離を取り、仕切り直しとばかりに大きく息を吸って吐いたシンジは、腰の兵装パイロンからEW-11C(プログレッシブダガー)を抜いた。

 アスカもまた、肩の兵装パイロンからEW-11B(プログレッシブナイフB型)を抜いていた。

 

『遅れなさんなよ、バカシンジ』

 

『そっちこそ! 逸るなよ』

 

 両雄共に戦意に不足なし。

 先ほどまでの罵詈雑言の応酬が嘘のように言葉を交わす。

 共に、戦闘継続の意思に曇りなど無かった。

 

 だが、そうではない人間も居た。

 そうではない判断を下した人間が居た。

 葛城ミサトである。

 

「2人とも、仕切り直しよ。アスカ、先に下がって」

 

Jawohl(了解)!』

 

 エヴァンゲリオン弐号機に不調が出(警告表示が点灯し)だしていた為、アスカは葛城ミサトの指示に素直に従った。

 であればシンジはどうかと見れば、ミサトが別の指示を出していた。

 少しだけ口ごもり、それからハキハキと命令する。

 

「………シンジ君、悪いけど()()()N()よ。退く前に一仕事、お願い」

 

よかっ(判りました)500っでよかな(500mで大丈夫ですよね)?』

 

「……ありがとう」

 

 余りのシンジの即答ぶりに、一瞬だけ言葉を失った葛城ミサトは、厳しい顔で頷いた。

 ナニが? そんな疑問と、そもそもCode-Nと言う作戦符号の意味が理解出来ぬアスカはお先にと言って後退した。

 後で、シンジは軽く返した。

 

 作戦符号N(Code N)、その意味をアスカが理解するのは後衛である綾波レイのエヴァンゲリオン4号機を視認した時だった。

 手には巨大な、エヴァンゲリオンであっても運用するのは一苦労と言う大きさのロケット推進弾頭砲 ―― EW-24(N²ロケット砲)を肩に背負って構えていたのだ。

 黒と黄色(警戒色)に塗られたソレは、その名の通りN²爆弾を弾頭に採用した狂気の大火力武装であった。

 

『えぇつ!?』

 

 その意味をアスカが理解するよりも先に、エヴァンゲリオン4号機が発砲した。

 ロケット推進式のN²弾頭弾は筒口を出た瞬間はゆっくりと、それから一気に回転しながら加速していく。

 閃光。

 そして衝撃波。

 

『シンジ!!』

 

 殿として残ったシンジ。

 その意味をアスカは理解した。

 着弾地(グランドゼロ)近くで2体の第7使徒、そのA.Tフィールドを中和してダメージを食らわせようと言うのだ。

 捨て身の戦術(カミカゼ)

 信じられないとばかりに振り返ったアスカが見たのは、最大ジャンプで一気に後退してくるエヴァンゲリオン初号機の姿だった。

 

『なに?』

 

 ケロッとした、緊張感も漂っていない平素なシンジの声に、アスカは思わず大きなため息をもらしていた。

 

 

 

 

 

「そして残ったのが、コレっと」

 

 自らの執務室で机の上を見た葛城ミサトは、只々嘆息した。

 紙の山脈が出来ていたからだ。

 日本政府各機関に国連人類補完委員会、果てはNERV本部各部部署からの抗議文やら報告書やらの諸々(etc)だ。

 対使徒に限って言えば日本政府をも超える絶大な権限を持つNERVであったが、権限があるからといって独裁(ご意見無用)と言う訳にはいかないのだ。

 各所各部署との折衝その他、組織を動かし、組織間で交渉する事を軽視は出来ないのだ。

 とは言え、如何に大事な事ではあっても()()()()()()()()に手を付けたい事では無かった。

 

 書類の山から目を逸らすように、引き出しから会議用のタブレットを引っ張り出すと、早々に執務室から出ていくのだった。

 

 

 第7使徒対策会議室となった、作戦局の大会議室。

 作戦局のみならず技術開発局や国連軍などから出向者まで参加しての対策会議であった。

 大事な事は次の第7使徒の侵攻予想日時、そして対応であった。

 第7使徒に関しては、大きな問題は無かった。

 駿河湾へと後退した第7使徒は海底にて回復に努めているのが判っていたし、UAV(無人偵察機)UUV(自律型無人潜水機)によって詳細な追跡が行えているからだ。

 上陸時のエネルギーの3割程を消耗し、更にはN²弾によって構成物質の28%の焼却に成功した事が判明している。

 回復速度からして、再侵攻まで1週間ほどの時間的余裕があると考えられていた。

 

 この状況に、戦意に不足の無いシンジとアスカは補給と整備を受ければ即座に再攻撃を主張したが、そちらは却下されていた。

 攻撃を仕掛けたとして、撃破できる保証はない。

 その上で、更なる深海に避難され、別方面からの上陸になってはたまったモノじゃないと言うのがその理由であった。

 駿河湾に面した農地、田畑は全滅しているのだ。

 それが相模湾沿岸域も同様の事になっては洒落にならぬ、出来る限り回避して欲しいと言うのが日本政府からの依頼(強訴めいた要求)であった。

 無論、葛城ミサトはソレを受け入れた。

 受け入れざる得なかった。

 それも政治であった。

 故に主題は、どうやって第7使徒を撃破するかであった。

 主方針(コンセプト)としては、第7使徒のコアに対する同時攻撃。

 問題は、何故にシンジとアスカは攻撃のタイミングを合わせられなかったのか、であった。

 最初に、ペアを変える事も考えられた。

 もう一人のエヴァンゲリオン操縦者、綾波レイとの組み換えである。

 だが其方は、作戦局の作戦第1課(エヴァンゲリオン運用)支援第1課(チルドレンの管理と支援)が揃って無理と早々に応えていた。

 作戦第1課は、綾波レイが近接戦闘を得意として居ない事が理由であった。

 支援第1課は、綾波レイはアスカとの交流が極めて薄く(距離感のあるスタンスを維持している)、シンジとの関係も碇ゲンドウとのいかがわしい噂(綾波レイ幼後妻説)もあって親しいとは言い難く、この様な状況では命を預け合って戦うのは難しいだろうとの事であった。

 共に正論であった為、この議論は議論になる前に終わったのだ。

 ではどうするべきかなのか。

 喧々諤々の議論の末、一つの結論が出される事となる。

 それは後に、参加した誰もがあの時の自分は果たして冷静であったのだろうかと頭を悩ませる結論であった。

 

 

 

 NERV本部に設けられた適格者(チルドレン)待機室。

 更衣室から直接繋がっているソレは、将来的なNERV本部所属適格者の人的拡張も念頭に、60㎡と言う広めの空間が用意されていた。

 4人で1ユニットが想定されている為にブリーフィング機能は別にして、各人のパーソナルスペースが確保できる様にとの配慮であった。

 パーティションで区切られた休憩部分(リラックスエリア)には、上質なソファセットやマッサージチェア、TVその他に給湯設備まで付属している。

 雑誌も、公共の良識に反しないモノであれば、リクエストさえすれば用意してくれる。

 至れり尽くせりの快適空間だ。

 

 そこで3人の子どもたち(チルドレン)は待機状態にあった。

 今後の方針決定まで、と言う事だ。

 故に格好は、拘束感のあるプラグスーツを脱いで、ラフ極まりないものとなっていた。

 シンジとアスカは訓練から直で出撃となった為、灰色のトレーニングジャケット姿。

 綾波レイは学校からの直行だったと言う事で、第壱中学校の制服を着ていた。

 思い思いに過ごす3人。

 シンジは1人掛けソファでクラシック曲の音楽雑誌を読み、綾波レイは学校図書館から借りた詩の文庫本に目を通していた。

 アスカだけが、何をする事もなく険しい顔で虚空を睨んでいる。

 

「………」

 

 時折、シンジはそんなアスカを盗み見ていた。

 それを単純に空気を窺う様な行為、或いは他人への警戒と呼ぶのはフェアでは無いだろう。

 シンジはアスカを評価していたのだから。

 先に、激しい怒鳴り合いめいた事をしたし、その時にはアスカに腹を立てていたが、ソレはソレと言うものであった。

 矜持に相応しい技量、危機にあっても悲鳴1つとしてあげぬ性根。

 感情の表現が聊かばかり激しいが、前向きな発言に終始しているのだから微笑ましいと言うものであった。

 だからこそ、気にしているのだった。

 不首尾に終わったと言って良い先の戦闘。

 そこにはシンジ自身も不甲斐なさを感じてはいたが、果たしてアスカは如何なる事を考え、顔を顰めているのだろうかと。

 

 奇妙な緊張感漂う空気。

 それを壊したのはアスカだった。

 

「シンジ」

 

「何?」

 

「その………さっきはアリガト」

 

 仏頂面で、小声ではあったが、それは確かに感謝の言葉だった。

 アスカもまた、先の口喧嘩(怒鳴り合い)の最中に助けられた事を決して軽視してはいなかったのだ。

 只、どういう態度を以って謝意を口にすれば良いのか、判らなかったのだ。

 まだまだ14歳 ―― 誕生日も迎えぬ、13歳の子どもと言う事だった。

 だからシンジは小さく笑って、答えた。

 どういたしまして、と。

 

 さてさて、謝罪を終えたアスカは気分を入れ替えてシンジに話しかけた。

 無論ながらも世間話の類では無く、先の戦闘の反省会である。

 何が悪かったのか指摘し合い、考え、答え(原因)を探すのだ。

 何時しか後衛の綾波レイにも声をかけ、外からの視点、或いは考えを求めた。

 

 ソファアセットに集まって、頭を突き合わせて喧々諤々という塩梅だ。

 紙を用意して色々と書き込んでいく。

 どれ程に検討をした頃だろうか、フト、頭を上げたシンジは葛城ミサトが来ている事に気付いた。

 

葛城さぁな(葛城さん)いつんまにきゃったとな(何時の間に来てたんですか)?」

 

「いや、さっき。だけど、皆して真剣でなによりってね」

 

「そりゃどーも。で、方針は決まったの?」

 

 アスカが口を挟む。

 急いで待てとは軍隊の常ではあるし、アスカも理解はしていたが、であっても方針位は知りたいと言うのも人間の心理であった。

 そんなアスカの質問にしっかりと頷く葛城ミサト。

 

「決まったわ」

 

 但し、凛々しいのはそこまでだった。

 そこから一転して、微妙な顔を見せる。

 何と言うか、何かを照れくさげにする様に。

 そして深呼吸。

 命令を出す。

 

「命令。碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの両名は寝食を共に行い、訓練をし、攻撃タイミングを合わせてもらいます」

 

「はっ?」

 

「はぁぁ!?」

 

 異口同音に声を上げ、それから互いを見るシンジとアスカ。

 何を、何が、いったい何を葛城ミサトは言っているのか判らないとばかりの表情である。

 そこに畳みかける様に葛城ミサトは告げる。

 

「最初に言ったけどコレ、命令だから。拒否権はないわよ、ゴミンね」

 

 

 

 

 

 当座の生活に必要な着替えなどを詰めたボストンバッグを持ってNERV本部入り口のバス停留所に立つアスカ。

 その隣にシンジも居る。

 葛城ミサトの自動車で送る事となったのだ。

 当然ながらも自転車は、NERV本部に預ける事となった。

 

「ミサトの家で共同生活、ね。広いの?」

 

 知る訳無いか、と続こうとした所にシンジが答えた。

 

「リビングとダイニングキッチンが別の、3LDKって奴だから広い方だと思うよ?」

 

「何でアンタが知ってんのよ!? もしかしてストーカー? それとも同居しているの??」

 

「止めてよ。単に隣に住んでるから間取りを知ってるだけだよ」

 

「………1人で?」

 

「1人で」

 

「親の金で優雅な暮らしって事? ナナヒカリって奴ね」

 

 シンジの父親は碇ゲンドウ、NERVの総司令官だ。

 それ位の金は簡単に出せるだろう。

 そういう、穿った目でシンジを睨むアスカ。

 シンジは心底から嫌そうな顔をして、それからNERVの都合で佐官用の官舎を宛がわれたのだと言う。

 

「主にセキュリティー問題だって、支援課の天木さんが言ってたかな」

 

 起きて半畳寝て一畳。

 流石にそこまでの(ミニマリズムめいた)事は言わないが、それでも家と言うものへの拘りの薄いシンジにとって、第3新東京市での家など興味の範疇外であったのだから。

 

「ふーん。で、広さは?」

 

「え、3LDKだよ?」

 

「面積よ面積! Square Metre(平方メートル)!!」

 

「あぁ、確か、入居時のパンフレットで………70㎡位とか書いてたかな」

 

「狭っ! なんで佐官用なのに100㎡も無いのよ!! 舐めてるのNERV本部!? 佐官(エリート)佐官(エリート)として扱いなさいよね!!!」

 

「………因みにアスカはどれくらいの広さを要求してたの?」

 

「断腸の思いで妥協して、最低でも120㎡!」

 

 ドヤァと言い切ったアスカ。

 自分の家の2倍近い広さを要求するアスカに、シンジは凄いモノだといっそ感心していた。

 と、豪快なスキール音と共に、青い車がやってくる。

 葛城ミサトの愛車、アルピーヌA310だ。

 

「す、すごいのが来たわね」

 

「葛城さんって、趣味人だからね」

 

「………何となく、判るわ」

 

 子ども2人のあきれ顔に気付かぬまま、ドヤァとばかりの顔をして降りて来る葛城ミサト。

 実に楽しそうだ(子どもっぽい)

 

「お待たせ! さぁさぁ行くわよん♪」

 

 言葉が躍ってた。

 アスカは、何とは無しに、この共同生活(訓練)が厄介な事になりそうだと感じたのだった。

 だが流石のアスカも、この期間限定の同居場所たる葛城邸がゴミ屋敷めいて荷物の散乱する汚部屋であるなど想像もしていなかった。

 

 

「ここが私の家よ!」

 

 自信満々に開けられた扉。

 最初に飛び込んできたのは、玄関スペースを半ば占拠する様に積み上げられた4本のタイヤだった。

 他にも様々な工具類が乱雑に置かれている。

 玄関から見える廊下も、ゴミやら箱やらと様々なモノで床が半分、占拠されていた。

 タイヤの出す強烈なゴムの臭いに交じって、何やら変な臭いまでする。

 間違っても女性の部屋だと胸を張れる様な場所では無かった。

 

「なっ、何よ、コレェッ!?」

 

「凄いね」

 

 一番すごいのは、この()部屋に、自信満々に他人を案内出来る葛城ミサトであるなとシンジも呆然と見ていた。

 そんな2人の反応を気にする事無く、葛城ミサトは奥に2人を誘う。

 

「ちょ~っちモノが多くて汚く見えるかもしれないけど、3人で片付ければアッと言うまよ♪」

 

 それがアスカには、地獄への誘いめいて見えたのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.05.05 文章修正
2022.05.15 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-4

+

 コンフォート17と言う佐官向けのマンションは、家族入居も前提とした広さを持っていた、

 玄関周りだけでも5㎡と言う余裕があったが、それを葛城ミサトは趣味(車の部品や整備用品)で潰していた。

 そして、家の中はもっと酷かった。

 異臭を生み出すような生ごみは流石に無いし、ゴミが散乱していた訳でもない。

 だが書類と思しきモノが積みあがった段ボール箱が何処其処に放置され、衣類や書類やらが乱雑に置かれ、ダイニングキッチンに至っては弁当がらや空き缶が所狭しと並んでいるのだ。

 ()部屋と言う言葉すらも生ぬるいと思える惨状であった。

 部屋の隅には埃なども溜まっている。

 そんな葛城邸に一歩一歩と足を進める度に、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの表情は曇って行った。

 二人の感情は一致(シンクロ)していた。

 ()()()()()、だ。

 アスカは、これで共同生活共同訓練など出来るのかと本気で訝しんでいた。

 シンジは、汗臭いモノだの何だのが無いだけ友人たちの部屋と比較すればマシだと思いつつ、割と真剣に自分の家(お隣)に戻りたいと思っていた。

 

「ねえ、ミサト、共同生活は任務上の事として受け入れるけど、コレでどうやって訓練しようって言うの」

 

 半眼で葛城ミサトを睨みながらアスカは尋ねた(詰問した)

 当然だろう。

 葛城ミサトが明るい口調で練習は此処でしますと言った、ダイニングキッチンから繋がったリビングも又、手荒い状況であったからだ。

 割と良さげな家具類、だが大きいサイドボードやTV、テーブル、そしてソファ。

 そして隙間を縫うように散乱する衣類と段ボール。

 未開封の、缶ビールの入った箱。

 当初聞いていた訓練内容、シンジとアスカが2人で同じ動作をしてリズム感覚を合わせる等は出来そうには見えないのだから。

 

「まさか、アタシに片付けまでさせようってんじゃないでしょうね」

 

「大丈夫大丈夫、訓練機材を持ってきてくれる訓練室の人たちにチョッチ頼むから。それよりアスカ、喉が渇かない? 炭酸水かオレンジジュースならあるわよ」

 

 技術開発部の第1課訓練室が用意していると言う訓練用機材、その設置に来る際に片付けて貰おうと言うのだ。

 懐柔する(誤魔化す)様に猫なで声を出す葛城ミサト。

 とてもでは無いが、作戦指揮中の才媛めいた姿からは想像も出来ない感じだ。

 と、シンジが声を挙げる。

 まだ時間があるなら自分の家に戻ります、と言った。

 洗濯や、夕食用にタイマーで炊いておいたご飯の事など、色々と遣りたい事があると言う事だった。

 

「シンジ、アンタ逃げる気?」

 

 逃がさぬとばかりに睨むアスカに、シンジは苦笑いしながら答える。

 

「逃げるも何も隣だよ。それに片付けられてない女性の部屋って、その、()()()()

 

「ハァ?」

 

 怪訝な声を挙げたアスカに、シンジは若干もって不本意めいた表情と視線とで示す。

 部屋の片隅、洗濯籠で自己主張する派手な色の下着類の事を。

 思春期故の嬉し恥かしに潔癖症めいたモノが加わった表情 ―― では無かった。

 単純に面倒くさいと言う表情をしていた。

 純情と言うよりは、まだ性に対する成長が進んで居ないと言った所だろう。

 そもそも、郷里(薩摩)ではいろいろなモノを日々の鍛錬(猿叫と共にの横木打ち)で発散していたのだ。

 そこに、更には勉強も手を抜く事無くやっていたのだ。

 疲労その他で夜は熟睡する様な生活では、悶々とする暇も無かったとも言えた。

 

「何だよ?」

 

 アスカの顔が小さく、悪戯っ気に歪んだ。

 もしかしてコイツ(シンジ)、女性に免疫が無い系男子なのか、と。

 短い訓練期間しか無いにもかかわらず、自分に匹敵する様なエヴァンゲリオンの操縦能力を持った強力な競争相手(ライバル)、それがアスカにとってのシンジであった。

 戦友として見れば背中を預けるに値するとは信じられた。

 実際、先の第7使徒戦ではアスカの窮地を救ってもくれた。

 だがしかし、である。

 それとは別の話として、アスカは負ける事が嫌いだった。

 負ける事は自己を否定されるとも感じる程に、嫌いだった。

 だからこそ、シンジの弱点情報は重要であった。

 何かの際には使えるかもしれぬとアスカは、その脳細胞にしっかりと刻み込んだのだ。

 

「何でもないわよ」

 

 弱点を掴んだ、そんな気分をおくびにも出さず澄まして笑ったアスカは、実に良い笑顔であった。

 尚、その意味をシンジは欠片も理解する事は無かった。

 

 

 

 自分の家に帰ったシンジであったが、一休みするよりも家事を行っていった。

 晩飯の準備と並行して、洗濯物の取り込みやフロの準備などだ。

 もとより自分の身の回りは自分でできる様にと躾けられていたし、第3新東京市に来てからは炊事もする様になった。

 葛城ミサトとは違って、ずぼらにせず、勉強などの気分転換になるからと言うのがシンジの弁であった。

 故に、同じ間取りの部屋とは思えぬ程にシンジの家は片付いていた。

 そして、部屋と同様に片付いているキッチンで、シンジはご飯が炊きあがるまでに味噌汁を用意する。

 サバの切り身を焼いて、これにインスタントの大根おろしを添える。

 小パックの豆腐も用意する。

 後は佃煮の小鉢まで準備して晩御飯の準備が終わる。

 実に和風だが、別段にシンジは和食党と言う訳でもない。

 只、ノルウェー産のサバが安かっただけで作られたメニューであり、それを苦も無くやって行く点で、シンジにとって食事の支度も趣味の延長線上にあると言う事であった。

 

 電子音がご飯が炊きあがったのを教えて来る。

 だが同時に、玄関のチャイムが鳴った。

 誰っとばかりにインターホンを見れば、アスカであった。

 割と深刻めな顔をしている。

 

『ゴメン、シンジ、助けて』

 

「助けて?」

 

 何が起きたのかと怪訝に思いながら玄関に向かい、扉を開けたシンジ。

 小さな画面越しでは無いアスカは、ほとほとに困ったと言う顔をしていた。

 

「どうしたの?」

 

「ミサトと………」

 

 横を見れば、少なくない機材を持ってきていたNERVスタッフ(技術開発局第1課訓練室)のリーダーと思しき人間が葛城ミサトと剣呑な雰囲気で話し合っていた。

 室長の阿多古カズキではない。

 もう少し若く、そして鼻っ柱の強そうな女性だった。

 

 何でも、彼女らは用意されている部屋に訓練用機材を設置する為に来たのだ。

 そこで何故か、葛城邸の清掃/片付けまでして欲しいと言われたのだ。

 至急と言わんばかりの勢いで機材を用意して来た所に、オマケで新しい仕事をしてくれと言われて、はいそうですかと素直に答える人間が居るだろうか。

 先ず居ない。

 しかも、葛城ミサトは簡単だと思うからと軽く言ったのだ。

 それは反発もすると言うものであった。

 或いは、最初から葛城ミサトが残業代もキチンと付けるなり、或いは謝罪を述べていれば話は違っただろうが、そうでは無かったのだ。

 片付けと設置をお願い。

 その間、ご飯を食べに行ってくるから。

 第1課訓練室のスタッフも夕食は当然、食べていないにも拘わらずである。

 それは感情的になるのも当然と言うものであった。

 結果、スタッフ側は断固としての、協力拒否を言い出したのだ。

 

「ま、あの惨状だとね」

 

 シンジは第1課訓練室のスタッフに深く同情した。

 そもそも、あのリビングの荷物をどこに置くのかと言う問題が先ずあった。

 葛城ミサトは、NERV本部に持って帰って預かって貰おうと考えていた様であったが、第1課訓練室が乗ってきた車はバンタイプであり、当然ながらもソファは勿論、TVやサイドボードすらも乗せる事は出来ないのだ。

 そこも揉めている理由であった。

 引き取る車を用意するにしても、もう非常待機(チーム)の人間以外は帰宅しているのだから。

 

 葛城ミサト。

 職務上では根回しも良くし、交渉も上手い人間であったが、私生活は本当に壊滅的な人間であった。

 

「訓練は明日からかな?」

 

 溜息交じりに言うシンジ。

 人類の存亡が掛かっていると言う割に呑気なものであるとも思いながら。

 と、そこで思った。

 何でアスカは助けて、と言ったのかと。

 視線が絡み合う。

 アスカは恥ずかしそうに俯き、乞い願う様に口を開く。

 

「ゴメン、何か食べ物無い?」

 

 キューっと可愛らしいお腹の虫が鳴っていた。

 

 

 

 日本食で良ければ、と前置きをしてアスカを自宅に迎え入れたシンジ。

 根が善良であるのだ。

 

「全部、自分でやったの? ヘルパー(家政婦)を呼んでるんじゃなくて??」

 

 整然と食卓に用意された和食の様に、アスカは本当に驚いていた。

 そして匂いにも。

 特に、焼き立てのサバと味噌汁が立てている匂いは、空腹の人間にとっては暴力そのものであったから。

 来日して日は浅いが、和食自体には抵抗感の無いアスカから見て、実に美味しそうな夕食であった。

 とは言えシンジは気を効かす。

 

「ご飯と味噌汁はまだあるけど、サバ大丈夫? ウィンナーと目玉焼きでよければ直ぐに準備出来るよ」

 

「アリガト。でもこの魚が美味しそうだから、ゴメン、まだある?」

 

「大丈夫だよ」

 

 まだ切り身は残っていたのだから。

 手早くアスカの分の食事を用意していく。

 大根おろしは要るかと聞けば、アスカは欲しいと言う。

 豆腐は? と尋ねれば、此方も欲しいと言う。

 ヘルシーで低脂肪だからと、アスカは日本食は高評価していた。

 だから、何でも食べると言う。

 流石に箸の扱い迄は習熟していなかったので、フォークとスプーンが用意されたが。

 

「日本に来て、本場の味って言うの? それを食べて見て悪く無かったのよ。それにNERVドイツ支部で栄養士から日本食のレクチャーも受けたしね」

 

 日本で十全に活躍する為の準備をしてきたのだとアスカは言う。

 エースとなるのだと言うアスカの決意は決して軽いものでは無かった。

 

「それなら良かった、お待たせ」

 

 焼きあがった新しいサバの切り身をアスカの前に用意する。

 幸いにしてシンジの家にダイニングキッチンは、安い手頃なテーブルセットを適当に選んだ結果としてイスは2つあった。

 テーブルがやや狭いのはご愛敬と言った所か。

 さて漸く食べようかと言う所で、アスカの携帯電話が鳴った。

 

「誰よっ!」

 

 漸くの晩御飯と言う所に、無粋な邪魔が入ったのだ。

 アスカが少しばかり機嫌が悪くなるのも当然であった。

 だが、電話の相手も、急いで電話する必要があったのだ。

 葛城ミサトだ。

 

『アスカ!? 何処に行ってるのよっ! 心配してるのよ、今どこに居るのよ!!』

 

 焦った声になっている。

 思わずアスカが携帯電話を耳元から離すレベルで五月蠅かった。

 

「今頃っ」

 

 無断で離れたのは悪かったが、葛城邸での埒が明かない様に離れたのは10分以上も前だ。

 今頃に焦るなとアスカが思うのも仕方のない話ではあった。

 兎も角、アスカは意図的にのんびりした声を出す。

 

「シンジの家よ? ご飯食べているわ」

 

 正確には食べる前であったが、それは些細な話だろう。

 

『シンジ君のっ? 良かった。心配させないでよね。ってシンジ君が居たっ!! そうよ、シンジ君の家が!!!』

 

「ハァ?」

 

 怪訝な声を出すアスカ。

 シンジは、取り合えずご飯を食べるのはもう少し遅くなりそうだと思った。

 

 

 

 さて、シンジの家があったと叫んだミサトの心は、要するには訓練場所の話であった。

 要するには良く片付いているシンジの家で共同生活をして貰おうと言う事だ。

 週に一度はシンジの家で赤木リツコなどと一緒に飲んでいたので、片付いているのを知っていたからであった。

 リビングの荷物は空き部屋に放り込める事も、シンジが部屋が多すぎて使い道が無いと愚痴っていた事を覚えていた。

 或いは最悪、葛城邸に預けておけばよいと考えていた。

 

「シンジ君の家は官舎、だからゴメン、悪いけどこの場を合宿所にさせてもらうわ!」

 

 命令しつつも陳謝と言った風の葛城ミサトと、疲れたと言うのを隠そうともしない第1課訓練室のスタッフを前に、シンジに断ると言う選択肢は無かった。

 そしてアスカは、()()()()()と言う点に引っ掛かりを覚えたが、あのゴミと埃にまみれた葛城邸よりマシであるし、シンジ自身への拒否感は無いので受け入れていた。

 1つ、釘を刺しながら。

 

「これも仕事(ビジネス)。受け入れるけどアタシみたいな美少女が一緒に居るからって、変な事しないでよね」

 

 

 

 

 

「センセたち、今日も休みか」

 

「学校を休みだしてもう3日だ。先の海辺での戦いの絡みだろうな」

 

 第壱中学校、昼の弁当を平らげて気だるげな昼休み時間。

 鈴原トウジも相田ケンスケも教室で呑気に過ごしていた。

 

「ああ、ゆうとったな。派手な戦闘になったけど勝ちきれんかったらしいって。ジブン、あんまり探るとまた怒られるで?」

 

 鈴原トウジのツッコミに、相田ケンスケは心底嫌そうな顔になる。

 しこたま怒られた事を思い出したのだ。

 だからこそ反論する。

 噂を集めただけだ、と。

 

「流石にもうしてないよ。只、あの大爆発が見えてないって話が流れているんだ」

 

「ああ~」

 

 使徒は、撃破された際には30㎞から離れた場所からでも判る、派手な爆発光を上げるのだ。

 幾ら政府やNERVが情報統制をしようとしても、半径30㎞四方な場所の全てで出来る筈も無かった。

 だから噂が広がる。

 そもそも、最初の第3使徒戦からしてN²兵器を街中で使用しているのだ。

 全てを隠蔽するなど出来る筈も無かった。

 

 と、学級委員長をしている洞木ヒカリが2人の所でやってくる。

 

「イインチョ、どうしたんや?」

 

「御免、鈴原。碇君って何時まで休むとか聞いてる?」

 

「センセか、聞いとらんけどどうしたんや?」

 

「今度の修学旅行の事でアンケートが明後日までなの。碇君と惣流さんがまだ未提出で、それで先生に頼まれちゃって」

 

 2人はNERVの絡みがあるからと言う言葉は飲み込んだが、その辺りを鈴原トウジや相田ケンスケも理解した。

 

「あぁ~」

 

 洞木ヒカリもアスカがNERV関係者であるとは知っていた。

 アスカが学校に来るようになって、学級委員長として世話をする中で仲良くなった結果であった。

 何とは無しに、馬があった結果であった。

 

「ワイらも知らん。センセから連絡も無いし、な?」

 

「ああ。聞いてないよ」

 

「どうしよう………」

 

 可愛らしい顔を歪める洞木ヒカリ。

 生来の生真面目さ故の悩みであった。

 だからこそ、鈴原トウジは動くべしと己に命じる。

 

「ケンスケ、ジブンってミサトさんの電話番号貰っとったよな? 連絡出来へんか?」

 

「トウジ?」

 

「惣流の奴は兎も角、シンジだけでも聞ければええやろ? あのアンケート紙を届けたいって言うてくれへんか」

 

「あぁ判った」

 

 携帯電話を手に席を離れた相田ケンスケ。

 別にマナー等と言う訳では無い。

 只、自分がNERV本部のお偉いさんとの連絡手段を持っていると言う特権意識からの、行動だった。

 会話の内容は秘密にしておくのが良いと言う意識でもあった。

 

 その背を目で追いながら、鈴原トウジは洞木ヒカリに話しかける。

 

「センセと逢えたら、惣流へも伝言を頼んどくから。それでええか?」

 

「鈴原………ありがとう」

 

「そんな畏まって言われたら、恥ずかしゅうなるで」

 

「じゃ、おおきに、かしら」

 

「そやな、おおきに()やで」

 

 少しだけストロベリーな空気を漂わせていた鈴原トウジと洞木ヒカリ。

 そこにニヤけ顔で戻ってくる相田ケンスケ。

 否、ドヤ顔だ。

 

「許可を貰った。シンジの家に行けるぞ。後、何でも惣流も一緒らしい」

 

 そこで一旦、言葉を切って小声に成る。

 NERV絡みの事だ、言葉を小さくしたい ―― 秘密は知る人間を減らしたい。

 相田ケンスケの稚気の表れとも言えた。

 

()()()()()()()()。で、ミサトさんが許可出してくれるから来て良いってさ」

 

 

 

 

 

 初めてシンジの家を訪れる事となった鈴原トウジと相田ケンスケ、それに洞木ヒカリ。

 第壱中学校から少しばかり離れているコンフォート17マンション。

 国連機関(NERV)上級職者(佐官)用の官舎と言う事で、結構な威容と厳重なセキュリティが行われている建物となっていた。

 駐車場までも含めて管理されているのだ。

 威嚇的なデザインでは無いが詰所が用意されており、中にはNERVの部内警備を担当する警備部の人間が配置されていた。

 流石に防弾衣(ボディアーマー)までは着こんで居ないが灰色を基調とした都市型迷彩のNERV警備部向け制服は、ベージュを基調としたNERV一般制服とは違う威圧感があった。

 当然ながらも実弾装填済みの護身用短機関銃(P-90)を下げている。

 その厳重さは、軍事施設的とも言えた。

 

「玄関扉、ガラスだけど重かったのって、アレ、多分、防弾ガラスだぞ。スゲーなー」

 

「さよか」

 

 緊張と共に興奮も隠せない相田ケンスケに対して、平常心と言うか興味なさげな鈴原トウジ。

 そして場違い感を自覚している洞木ヒカリは緊張にせわしく周りを見ていた。

 とは言え、マンション建物内に入ってしまえば、一般のマンションと何ら違いは無かった。

 少しばかり、エレベーターが大きいと言う事くらいだろうか。

 それ以外は実に普通だった。

 エレベーターを上がり、廊下を歩き、そしてIKARIとのプレートが掛けられた扉のインターホンを押す。

 

「はーい!」

 

 出て来たシンジとアスカの格好が普通では無かったが。

 否、動きやすそうな高機能型のTシャツと5分丈のスパッツと言うのは、体を動かすときの定番ではあった。

 問題は、色違いの同じ柄と言う事だろう。

 

「う、う、裏切りも~ん!」

 

「まさか今時ペアルック、イヤ~ンな感じ!!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-5

+

 国連特務機関であるNERV。

 その中心であるNERV本部の佐官用住居がコンフォート17は、その作りこそは普通よりは上程度のマンションと同じであったが、その警備の厳重さはけた違いであった。

 敷地はフェンスで守られ、監視装置が死角無く配置されている。

 言うまでもなく重要人物向けの施設であった。

 

 鈴原トウジや洞木ヒカリの様な、大災害(セカンドインパクト)の年に生まれたとはいえ、復興によって被害の爪痕も乏しくなった日本 ―― ()()()()()と言う意識の強い2人にとっては、その厳重さは想像外であったのだ。

 標準的な日本人からすれば、過剰と見える警備。

 だがNERVと言う国連の、国連基準とすれば妥当な話であった。

 日本ほどに平和(治安)を回復した場所は世界に余り無く、欧米ですらも何かあれば暴徒に襲われかねない。

 国連だから、世界の為の組織だから狙われない。

 ()()

 世界の為の組織であればこそ金がある、金があるからこそ狙う。

 それが世界標準であったのだ。

 世界標準で行われている警備。

 だからこそ、相田ケンスケは憧れを感じていた。

 日常とは違う世界。

 或いは、ミリタリー趣味だからと言う部分もあったが、それ以上に下士官である父親を通して見ていた世界とも別の、築30年の中古住宅に住む事とは違う世界。

 何時かは自分もそうなりたいと言う様な、ある種の願望とも言えた。

 偉くなりたい、と言う。

 それが、より明確な形となるのは碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの訓練を見た時であった。

 

「う、う、裏切りも~ん!」

 

「まさか今時ペアルック、イヤ~ンな感じ!!」

 

 

 

 アンケート書類を渡し、書いてもらった。

 回収した。

 だがそこで帰るのもナンだからと、シンジ達の休憩を兼ねての雑談をしていた所、話の流れで鈴原トウジたち3人はシンジとアスカの訓練を見学する事になった。

 リビングルームに用意された、訓練用の機材。

 その目的は同調(ユニゾン)であり、攻撃のタイミングを合わせる為の訓練であった。

 とは言え、その様はさながらダンスめいた。

 テンポを取る為に音楽を掛けて、それに合わせて体を動かしていくのだから、そう感じるのも当然かもしれない。

 

 相田ケンスケはその様に、アスカの動きを魅入られた様に見ていた。

 躍動する体と飛び散る汗、そして真剣な表情。

 言葉も出なかった。

 それまで観賞兼商売用等とニヒルを気取って考え(厨二病めいて格好つけて)ていたが、アスカがその様な枠に収まらない瑞々しい魅力を持つと感じたのだ。

 それは、鉄槌で殴られた様な衝撃だった。

 

「綺麗だ………」

 

 魂を持っていかれたかのようにアスカを見ていた。

 そんな相田ケンスケ程では無いにせよ、鈴原トウジも洞木ヒカリも感嘆しながら2人の動きを見ていた。

 2人の躍動感たるや、ダンスのプロめいてる。

 だが同じ動きに見えていて、小さな違いがあった。

 感想が異なると言うべきだろうか。

 

 アスカは、しなやかさに力を併せ持った肉食獣めいた動きであった。

 シンジは、肉食獣ながらも速度と共に豪壮な力を感じさせる動きだ。

 何が、と言語化することは難しいが、それでも似て非なると言う事は判る動きの差があった。

 にも拘らず、動きのスケジュールに狂いはない。

 一曲終わって、洞木ヒカリには完成していると見えた。

 だから素直に感想を述べた。

 

「恰好良かったわよ、惣流さん!」

 

 拍手と共に洞木ヒカリが述べた素直な感想に流石のアスカも相好を崩す。

 だが、賞賛の半分を受けるべきシンジは、少しばかり微妙な顔で壁際の計測機器を見ていた。

 表示されている誤差(タイミングの差)は0.53秒。

 1秒の壁は抜けていた。

 0.5秒まであと少し。

 だがシンジは余裕の類を顔に浮かべていなかった。

 浮かべられないのだ。

 それに気づいたアスカも頷く。

 2人の空気の重さに、首をかしげる鈴原トウジ。

 運動音痴めいた自身から見て、完璧の域に見えたのだから当然だろう。

 

「なんや、これは駄目なんか?」

 

こいはよかと(この数字は十分だよ)じゃっどん(だけれども)そうもいかんでな(実戦式だとそうでも無くてね)

 

 鈴原トウジの問いかけに、難しい顔で答えるシンジ。

 アスカも同じだ。

 テーマ曲に従って、定められた動きであれば出来る様になってきた。

 合わせられる様になってきた。

 2人の運動センスは、そういう水準に達しつつあった。

 だが、足りないのだ。

 

「使徒の動き、それが予想通りなんてありえないのよ」

 

 髪をかき上げながら憂うアスカ。

 後ろ髪はポニーテールめいて纏まられていたが、前髪は何もしていなかったのだ。

 纏めた場合の、肌が引き攣る感覚が嫌だからだった。

 と、シンジが意識を分ける事無く近くのタオルを取ってアスカに向ける。

 アスカも同じように、見る事も無く受け取ってから汗を拭いていく。

 互いに相手の事を考え、動きを合わせよう言う葛城ミサトの狙いは上手く出て来ていた。

 2人の自然な仕草に、思春期(乙女な想像力旺盛)な洞木ヒカリは頬を赤らめていた。

 大人の仕草に見えたからだ。

 少なくとも子供のソレ(自分の事を優先する仕草)では無かった。

 そして、洞木ヒカリと同様に思春期の自覚を持っていた相田ケンスケは、そこに少しだけ面白く無いモノを感じた。

 それが何であるかを自覚する前に、新しい人間が来た。

 

「あらいらっしゃい」

 

「葛城さん!」

 

 満面の笑みと共に声を挙げた鈴原トウジを、洞木ヒカリは微妙な目で見た。

 飼い主を見た犬の様なだらしない顔をしているのだ。

 仕方のない話とも言えた。

 常ならば、鈴原トウジと同じように声を挙げていたであろう相田ケンスケは、アスカに気を取られていて反応が乏しかった。

 シンジとアスカが顔を寄せて話していた事が気になっていたのだ。

 と言うか、ジト目をして葛城ミサトを見ていた。

 

「アンタの家じゃないでしょうが」

 

おいが家やっどんな(僕の家なんだけどね)

 

「シンジ?」

 

 アスカのジト目の対象にシンジが加わった。

 その意味を理解出来ない訳では無いシンジは、空咳を一つして言い直した。

 

()()()()()()

 

 標準語、自分がシンジに対してイニシアティブを握っている事を実感するたびに、アスカは満足を覚えていた。

 深く頷いてみせる。

 笑顔も添える。

 良く出来たと褒める事(信賞必罰、飴と鞭)は大事だと、アスカは士官の教育課程で学んでいた。

 

「宜しい__ しかしミサト、面の皮は厚いわよね」

 

「あの()家でやるって考えた時点で、凄いの一言だと思う」

 

「家事能力が無いのと一緒よね。加持さんも、何であんなのと付き合ってたんだか。若気の至りって奴?」

 

「さぁね」

 

 他人様の家で家主めいて強いと言う点でアスカは葛城ミサトと似ている、そんな言葉を賢明なシンジは飲みこんで居た。

 

 

 

 鈴原トウジ達が練習の時間に来ることを葛城ミサトが認めた理由は、2人の息抜きであった。

 同時に、どうにも最後の調整が上手く行かない2人の同調(ユニゾン)に、刺激を与えようと言う魂胆もあった。

 型稽古(ルーティン)めいた動作であれば、既に0.5秒台での動きは可能になった。

 シンジとアスカと言う、訓練を苦にしない努力家が昼夜を問わずに練習したのだ、当然の話と言うべきだろう。

 問題は、実際の戦闘を想定した動作であった。

 使徒の動きを想定した、ランダムな戦闘動作の方は、最初こそ誤差は1秒を切っているのが、5分10分と続けると、誤差が蓄積するのか常に1秒近い差が出る様になっていく。

 シンジもアスカも真剣であるが故に、最後は睨み合いめいた事へとなっていく。

 

「テンポがオカシイのよ!」

 

「オカシイのはソッチだろ!?」

 

 怒鳴り合い。

 毎度毎度、一通りの戦闘動作を終えての反省会(ミーティング)が怒鳴り合いになる。

 真剣であるが故に、原因が相手にある様に思えるのだ。

 手を抜いていないと言う事は判るが故に、決定的な段階に話は進まないが、そうであるが故に原因が判らず、ストレスを貯め込んでいるのだった。

 

 額を突き合わせる様な姿で睨み合うシンジとアスカに、頭を抱える葛城ミサト。

 

「あっちゃー」

 

 正に内心の吐露であった。

 尚、割と葛城ミサトは2人の気分がほぐれる様にと努力もしていた。

 この鈴原トウジらが来るのを認めた事もだが、自分が飼っているペット、温泉ペンギンのペンペンを連れて来てもいた。

 だが、それらが功を奏する事はなかった。

 

「くわっ」

 

 凹む顔をした葛城ミサトを慰める様に、ペンペンは右の羽で撫でた。

 その何とも人間臭い仕草に、洞木ヒカリはほっこり笑顔を見せていた。

 対して相田ケンスケは真剣な表情をしていた。

 

「何が原因なんだろう」

 

 上昇志向めいたモノを自覚していたが故に、NERVの有力者である葛城ミサトの前で良い恰好(ポイント稼ぎ)をしたいが故だった。

 だが残念、先に原因に気付いたのは鈴原トウジであった。

 

「ありゃ?」

 

 鈴原トウジは細かく体を動かすと言う事は得手とは言い難い。

 だが、動きを見ると言う点ではそれなりのセンスを持っていた。

 だからこそ、何度目かの、シンジとアスカの動作を見ていて気付いたのだ。

 ()()()が違う、と。

 

「センセに惣流、もしかしてやけど__ 」

 

 それはある意味で2人が積んできた修練の方向性の差であった。

 例えるならばアスカはレスリングやフェンシングに於ける攻めであった。

 どこまでも食らいついて、相手を潰す動き。

 対してシンジは違う。

 薬丸自顕流の稽古も相手を叩き斬る為に全力を発揮するが、同時に、打ち込みが終わった際の()()も重視する。

 

 言うならば、突き進むアスカに対して余力を残すシンジ。

 それが、攻撃の終点に於ける2人の違いに出ていたのだ。

 ある意味で誰もが納得する話であった。

 

「鈴原君、凄いわ」

 

 問題を見つけ出した功労者を、思わずと言った勢いでハグする葛城ミサト。

 タハハっと苦笑するシンジとあきれ顔のアスカ。

 対して洞木ヒカリは面白く無さげにペンペンを撫でまわす勢いが増していた。

 そして相田ケンスケは、少し俯き加減で顔を隠しながら鈴原トウジを睨むのだった。

 

 

 

 兎も角、するべき事、修正点が判ってからは話は早かった。

 互いに問題点に注意して訓練を再開した。

 アスカは少しだけ残身を意識し、シンジは少しだけ前に出る事を意識する。

 どちらか一方が修正すると言う事は、互いに、相手の目を見た瞬間に無理無駄無意味と理解していた。

 双方ともに妥協(Win-Winの関係を構築)するべきだと。

 相手が折れる気が無いと言う理解とも言えた。

 同時に、相手に無理に折れさせる事も良くないとも考えていた。

 そういう程度には、シンジもアスカも相手の修練を評価していたのだ。

 

 互いだけを意識し、全力で訓練に集中するシンジとアスカ。

 その姿に鈴原トウジと洞木ヒカリは唯々圧倒された。

 そして、アスカに見惚れていた相田ケンスケを連れて、邪魔をせぬ様にと帰るのであった。

 対して葛城ミサトは、頑張る2人の為に夕食の準備をする事としていた。

 買い出しである。

 雑な料理しか出来ないと言う自覚はあった為、近所のスーパーマーケットに弁当なり総菜なりを買いに行こうというのだった。

 まだ時間が早いお陰で、コンビニ以外が選択肢に上がるのは、誰にとっても幸せとも言えた。

 

 そんな外部の動きを気にする事無く、シンジとアスカは一心不乱に訓練に打ち込むのだった。

 それは連日連夜に及んだ。

 ただ只管に、報復(リベンジ)の為に爪を研ぐ日々。

 体力が尽きるまで体を動かし、そして飯をかっ喰らって寝るだけの日々。

 夜になれば葛城ミサトが泊まりに来るし、リビングで3人並んで雑魚寝しているからと言う訳でも無く、色気の無い、体育会系の正に合宿と言った塩梅の日々。

 そして、決戦の前日。

 

 翌日の報復戦を前に夕食を平らげるシンジとアスカの顔には、自負と自信とが溢れていた。

 テーブルに並んでいるのは、勝つと言う縁起担ぎにシンジが選び、料理したトンカツにビーフカツ、チキンカツだった。

 飲兵衛である葛城ミサト向けに唐揚げも用意していた。

 残念ながらも、その葛城ミサトは明日の決戦に控えての準備で、NERV本部での泊まり込みとはなっていたが。

 

「勝つわよ」

 

「勝つよ」

 

 兎も角、山盛りになったカツの山、これにご飯と味噌汁、それに漬物が用意されている。

 何とも贅沢な、壮行飯であった。

 奪い合う様に貪っていく2人、交差する箸とフォーク。

 ある程度、腹が膨れた辺りでアスカがポツリとばかりに言葉を漏らした。

 

「この料理だと、ワインが欲しいわね、赤」

 

 口元の脂分を流し込みたいと言う。

 何とも我儘な話であった。

 未成年でもある、が、流石にシンジはそう言う指摘(野暮)はしない。

 とは言え、飲用のワインは流石に無い。

 

「料理用の赤ワインならあるよ?」

 

「アレ、美味しくないわよ」

 

 既に盗み飲みしていた事を悪びれずに言うアスカ。

 苦笑しながらシンジは代案を出す。

 

「ビール?」

 

Nein(駄目)! ビール何て(Piss)と一緒よ」

 

 不穏当な単語を聞いた気がしたが、見事にシンジはスルーして立ち上がる。

 なら選択肢は1つだね、と。

 

「イモの蒸留酒ならあるよ」

 

「ショーチューでしょ。期待してるわよ」

 

 オンザロックで焼酎を用意するシンジ。

 グラスは2つ。

 自分も飲む積りだった。

 明日の決戦は昼からであり、それに芋焼酎は二日酔いする事はないと言う経験則に基づいた判断だった。

 未成年で酒精を摂取するのは健康に悪いと言う言葉もある。

 だが、命を懸けた戦争と言う、一番健康に悪そうな事を明日はするのだ。

 神様仏様だってお目こぼしするだろう。

 そんな風に思っていた。

 

「乾杯する?」

 

「もっちろん! 明日の勝利を祈るのよ!!」

 

「判ったよ。なら、明日の勝利に」

 

「勝利に、Prost!(乾杯)

 

 

 

 

 

 腹一杯に食べて、アスカ曰くの()()()()()にアルコールを摂取した2人。

 そうであるが故に、健康な体をした2人は夜に体の上げる強い生理的要求に気付く事となる。

 それはほぼ同じタイミングであった。

 同調(ユニゾン)訓練によって、体調とも生理的タイミング(体内時計)も調律してきた結果とも言えた。

 

 先に起きたのはシンジ。

 同じ部屋で寝ているアスカを起こさない様に、静かにトイレに行き、帰ってくる。

 だがアスカはもぞもぞとしているだけだった。

 単純に血圧、或いは寝起きの良し悪しに関する事であった。

 シンジが寝床に戻ってからわずかばかりの時間後。

 

「ん……」

 

 小さく呟いて、アスカは寝床から這い出す。

 暗闇に沈む中でシンジは、呆っとそれを感じていた。

 生々しい生活雑音を聞くのはデリカシーの問題ではあるとも言えたが、()()であった。

 そう言う部分を剥ぎ取った合宿めいた訓練をしていたのだから。

 寝よう、そうシンジが思った時、その背に温かいものが来た。

 アスカだ。

 寝ぼけて寝床を間違えた様であった。

 

「……アスカ」

 

 名前を呼び、体を揺すって場所を間違えていると告げるシンジ。

 だがそれが逆効果となった。

 アスカがそっと手を回してきたのだ。

 

「!?」

 

 慌てて振り返ろうとするシンジ。

 だが半分ほど振り返った所で、ギュッと抱きしめられる事となった。

 動けない。

 力を入れれば振りほどく事は無理では無いが、見えるアスカは哀し気な顔で寝ているのだ。

 そんな相手に力を出す程にシンジは無粋では無かった。

 勘弁してよ、そんな気分を溜息で吐きだして寝ようと考え目を閉じようとした。

 

「…ママ……」

 

 それは日頃とは全く違うか細い声だった。

 幼子の様な、迷子の子どもめいた声だった。

 だからシンジはそっと動く手を回して抱きしめてあげた。

 

 後で考えれば、どうしてそうしたのかと羞恥でもだえる様な行動であったが、その時、シンジはソレが最善であると想っていた。

 道に迷った幼子の様なアスカを、そっと守るかのように。

 

まっこて(全く)おはんさぁもじゃっでよ(アスカも子どもだよ)

 

 シンジもゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 




2022.05.23 文章修正
2022.06.01 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-6

+

 決戦。

 前回と同じ場所で戦の準備を進めるエヴァンゲリオン3機と、支援機(機動電源ユニット)としての改装が施されたJA。

 言うまでも無く前衛はエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機だ。

 但し、武装は前回とは異なっている。

 損壊したEW-17(スマッシュトマホーク)をエヴァンゲリオン弐号機が装備していないのは当然だが、エヴァンゲリオン初号機もEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を装備していなかった。

 両機は共に主武装としてEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を装備し、予備武装も同じ ―― (胴体後下部)兵装架(ウェポンラック)EW-11C(プログレッシブダガー)を取り付けている。

 その上で、白兵戦装備だけが違っていた。

 エヴァンゲリオン初号機は左肩甲骨部に特設した自在架(兵装パイロン)に、薩摩拵えめいた日本刀型の武装を配置していた。

 技術開発部が昼夜を問わぬ突貫工事で完成させたEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)だ。

 とは言え強度問題は解決しきれていない試作品であり、赤木リツコによれば5度ほど全力で叩き付ければ折れてしまう様なモノであった。

 故にEW-12⁻と暫定を示す正式番号が振られていた。

 何故に応急的な装備を選び、威力が実証された(バトルプルーフ済みの)EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)ではないのかと言えば、武器の重さをエヴァンゲリオン弐号機用としてNERVドイツ支部が用意したEW-17(スマッシュトマホーク)に合わせる為であった。

 技術開発部が、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの同調(ユニゾン)を支える為に行った努力とも言えた。

 対してエヴァンゲリオン4号機は、支援火器装備であった。

 但し今回はEW-22C(長砲身化パレットガン)では無く、JAが随伴しているお陰で大威力のEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を装備していた。

 万全の体制と言えた。

 少なくとも大人たちは、自分が出来る限りの努力を尽くしていた。

 

 片膝立ちで待機姿勢を取っている3機のエヴァンゲリオン。

 複数の特大型固定(クレーン)車が機体前後から固定している。

 又、エヴァンゲリオン用大容量電源車や整備ユニット車、或いは前線指揮車などが集まっている。

 その中に、大柄な搭乗員(チルドレン)待機車があった。

 巨大である理由は居住性も理由であるが、それ以上に狙撃 ―― 12.7㎜クラスの銃撃であれば全周に対して十分な防御力を発揮できる装甲が与えられているからであった。

 尤も、その車内に入ればそう言う事を理解出来ない様な、居住性があった。

 TVに冷蔵庫、簡単なキッチンは勿論、ソファセットや仮眠ベットにトイレユニットまで用意されている辺り、さながら、豪華なキャンピングカーめいた室内であった。

 エヴァンゲリオンと言う兵器が、搭乗員(チルドレン)の心理状況に左右されると言う事が重視され、用意された装備であった。

 その中でシンジとアスカ、それに綾波レイは思い思いに過ごしていた。

 綾波レイは1人掛けソファで本を読んでいた。

 シンジは簡易ベット上で座禅をし、瞑想し、禅めいた呼吸(チャド―)をしていた。

 そしてアスカ。

 3人掛けのソファの真ん中にドカッと座り、足を組んで目を閉じていた。

 当然、腕も組んでいる。

 だがその内心が戦いに向かって集中しているかと言われれば、それは否であった。

 脳内は朝の目覚めた時の事に占められていたのだから。

 

 

 朝。

 柔らかい目覚め

 温かい感触、それは何時くらいぶりか判らぬ程に穏やかさをアスカに与えていた。

 幼子の頃の思い出、もはや顔をはっきりとは思い出せない母と眠っていた頃の事を思い出す。

 優しく撫でて貰っていた頃を。

 望めば望むだけ抱きしめてくれていた頃を。

 

「……ママ…………」

 

 だからこそ哀しかった。

 急速に目覚めつつあるアスカは、コレが現実では無いと自覚出来たのだから。

 過酷な現実への帰還。

 同僚としてそれなりに信用しても良いと思えるおバカなオトコノコ(シンジ)と、そこそこに信じても良いかもしれないお気楽酔っぱらい(葛城ミサト)の居る現実。

 そこでアスカは救わねばならないのだ。

 エヴァンゲリオン適格者(選ばれしエリート)として。

 

 だが、シリアスでセンチメンタルなアスカの気持ちが維持されていたのは、目を開くまでだった。

 

 

 

「?」

 

 目が覚めれば消えると思っていた体温は、そこにあった。

 自分の手の中にある温かなモノ。

 そして、自分を抱きしめてくれている手。

 

「んん?」

 

 ゆっくりと目を開けた。

 シンジの寝顔がそこにあった。

 一瞬、綺麗なまつげだと思い、そこから一気にアスカの意識が覚醒する。

 

「!? くぁwせdrftgyふじこlp(アイェェェェェェェェェツ)!!」

 

 

 

 そして今。

 一見すれば冷静に意識集中して瞑想している様に見えるアスカであったが、その脳内は限界であった(テンパっていた)

 エリートとしての擬態(猫かぶり)故に、周りの人間が気付く事は無かったが、色々と臨界状態であった。

 

 

 朝、シンジが起きる前に四苦八苦してその腕の中を脱したアスカは、先ずは大いに焦った。

 だから深呼吸。

 深呼吸。

 深呼吸。

 深呼吸。

 大きく大きく深呼吸(coolにcoolにcoolに!)

 非常時こそ落ち着かねばならない。

 ソ連機甲師団(スチームローラー)を正面から迎え撃つときの様に、冷静でなければ何事も為せないと言ったドイツ陸軍上がりの国連軍教官の言葉を思い出す。

 老齢ではあっても、実際にソ連軍と戦った(ヴェアマハト上がりな)訳ではないだろうが、それでもセカンドインパクト後(After Holocaust)の世界的な混乱(地獄)にあって戦い抜いた機甲科のベテラン(歴戦の将校)なのだ。

 アスカは、実戦経験者の言葉を疑わなかった。

 故の自己制御。

 だから開戦劈頭(目覚めて即座)()()()使()をアスカは我慢していたのだ。

 とは言え、とても冷静にはなれなかった。

 貞淑さとか処女性とかを大事にするキリスト教、親の代(惣流キョウコ・ツェッペリン)からの信者であったからだ。

 とは言え熱心とはとても言えなかった。

 それ処か周りの空気(キリスト教信徒率80%なNERVドイツ支部)を読んで当たり障りなくカソリック教徒を装っているだけの、不可知論者であった。

 家族の事、自殺した母や再婚した父。

 何よりクソの様な現実を知ったエヴァンゲリオン適格者の選抜過程と、国連軍での士官訓練が大きかった。

 乙女の羞恥心を破壊力に変える、凶技観音脚奈落落とし(パニッシュメント・フォールダウン)を編み出しアスカに伝授した、色々と頭のネジの飛んだアーリィ・ブラスト格闘教官(国連軍中尉)に至っては、貞淑()こそが男を落とす(物理的killも含む)要訣であると言い放っていたのだ。

 その大きな影響だったかもしれない。

 兎も角。

 アスカが神様への愛を信じなくなるのも当然の話とも言えた。

 とは言え、聖書などを読んで居れば少しはその考えに染まる(汚染される)

 その結果が、先ずは日曜学校に行けなくなる事をしてしまったのかとの反応であった。

 或いはシンジが獣欲を見せたのかとも思った。

 無論、即座に否定されたが。

 体の違和感なども無いし、そもそも着衣の乱れも無いのだから。

 だからこそ、冷静になる事が出来たとも言えた。

 

 冷静に状況を把握する。

 寝床の位置はシンジのモノであり、シンジの手は欲気から抱きしめたと言うには余りにも優しげだった。

 結論として、自分が寝ぼけて抱き着いた。

 抱き着かれたから抱き返してきた。

 そんな所だろうと、アスカの虹色脳細胞は結論を出した。

 

 事故にあった様なモノ、そう処理するべきであった。

 或いは失敗したと笑うべきかもしれない。

 だがそうならなかった。

 理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アーリィ・ブラストと、その門下生(姦しガールズ)からアレやコレやと聞き及ぶ耳年増になってはいても、その本質は乙女(ティーンエージャー)でしかないのだから。

 しかも、母親と死別して以来、アスカは誰からもハグをして貰った(愛されているとの実感めいた)記憶が無いのだ。

 それはもう脳内大騒動(フットー状態)になるのも当然と言う事であった。

 アスカが常に好きだと口にしている加持リョウジであっても、アスカが迫る事はあっても返される事は当然として、親愛のキスどころかハグすらもしてくれなかった。

 大人として一線を引いていた。

 そもそも、当時の加持リョウジはNERV特殊監査部EURO局第1課主席監査官。

 特殊監査部の業務として適格者(チルドレン)候補生の待遇その他の監査を行っていた際、縁があって親しくなっただけなのだから当然とも言えた。

 

 正直な話として、NERVドイツ支部の大人たちとは違う雰囲気から、自分が大人である事の証明(トロフィー)として欲した ―― 加持リョウジはアスカの心理をそう理解していたのだ。

 そうであるが故に、加持リョウジは適格者(V.I.P)であるアスカを粗略には扱わなかったが、その気持ちを受け入れる事は無かったのだ。

 そもそも、加持リョウジと出会った頃のアスカは10代にも入ったばかりの頃なのだ。

 その頃からのアプローチなぞ受けても、加持リョウジとしては犯罪者(HENTAI)扱いされぬ為に細心の注意を払うのも当然であった。

 裏向き(世の裏側)は兎も角として、表向き(建前)のヨーロッパは性的問題(犯罪)に厳しい場所であり、噂ですら社会的致命傷になりかねないのだから。

 であるが故に、結果として純粋培養めいた(乙女を拗らせた)アスカが生まれたとも言えた。

 

 初めてハグをしてくれたヒト。

 シンジをそう認識し、それはそれで悪くないと思うアスカと、加持リョウジ(大人)とは違うと断じるアスカ。

 そのせめぎ合いめいたモノがアスカの脳内で勃発していた。

 エヴァンゲリオン適格者として先に戦果(スコア)を稼ぎ、評価も得ている(ライヴァル)であるが、同時に信頼できる僚友(バディ)と認めても良いとは思える相手。

 容姿や肩書ではなく、修練を認めて来た相手。

 そんな、内側に意識を向けて悶々としていたアスカ。

 そこにいつの間にかシンジが寄って来ていた。

 

「アスカ」

 

「何?」

 

 目を閉じたまま、鋼鉄の自制心で平素の声を出すアスカ。

 だが、そんな事に気付く事無くシンジは質問を重ねた。

 何か飲まない? と。

 目を開ければ、シンジが給湯設備の前に居た。

 

「葛城さんから、第1配置(第一種戦闘配備)までまだ1時間は掛かりそうって連絡があったんで紅茶を淹れるんだけど、飲む?」

 

「銘柄は?」

 

「えっと、リプトン?」

 

 手に持っていた黄色いティーバッグの包装をマジマジと見るシンジに、アスカは僅かばかり立っていた(毒気)を抜かれる。

 

「アンタバカァ? それはブランドだっちゅーの。銘柄ってのは茶葉の種類よ」

 

「余り考えた事なかったよ」

 

「いい加減ね、やっぱりバカシンジか」

 

 脳内の沸騰を抑える為に、意図的に汚い言葉を選ぶアスカ。

 有体に言えば暴言系。

 だがそれをシンジは、仕方がないとばかりに苦笑と共に受け入れる。

 実際、気にしてなかったのは事実なのだから。

 横木打ちで、大事なのは振るう事であり、振るう木刀に頓着しないのと一緒 ―― それこそユスの木刀が無ければ丸太棒を振るう。

 そういう事であった。

 

美味しければ(細かい事は)良いんだよ」

 

 振るえれば良いのと一緒。

 美味しく安全であれば問題は無い。

 そんな実にアバウトなシンジにアスカは処置なしとばかりに溜息をついた。

 だが内心は違う。

 何となく、こんな毒にも薬にもならぬ会話が楽しかったのだ。

 

「で、あの娘には聞いたの?」

 

 だから話を転がす意味で、流し目で3人目の同室者(ライヴァル)を話題にした。

 名を言われた綾波レイは本に集中していて反応をする事は無かった。

 対してシンジは、飲むって言ってたよと返した。

 それがアスカの癇に障った。

 ()()()()()()? と感じたのだ。

 位置関係で言えば、先に綾波レイに声を掛けるのは当たり前だと思う反面、何となく面白く無いと言う感情を自覚するアスカ。

 だがからこそ、我儘を口にした。

 

「なら、取り合えずアタシは珈琲で」

 

 チョッピリの笑顔を添えて。

 

「インスタントだけど良い?」

 

「インスタント? 豆から淹れてよ、時間があるなら」

 

「無いよ、そんな道具なんて」

 

「インスタントなんて珈琲じゃないわよ。良くそれで我慢出来たわね。バカシンジってバカ舌も兼ねてるの?」

 

「僕は緑茶党だからね」

 

「グリーンティー?」

 

「そうだよ、(鹿児島)から送って貰った知覧茶。美味しいよ」

 

「じゃ、アタシも同じで良いわよ。砂糖は3つで良いわ」

 

「………お茶に砂糖を入れるの?」

 

「ティーじゃない」

 

「アスカの方が莫迦舌だと思うよ」

 

「ハァ?」

 

 ボソッっと毒を吐くシンジに、キレるアスカ。

 無論、共に冗談でのやり取りだ。

 そうして、雑談の中でアスカは気が付けばリラックスしていた事に気付くのだった。

 

 

 

 

 

 再侵攻を開始した第7使徒。

 上陸し、水を滴らせるその姿は、少しだけ前回とは異なっていた。

 ()()()()()、葛城ミサトはエヴァンゲリオンの配置を少し下げさせた。

 前回の戦闘で荒れていない農地まで含まれる事になるが、確実に来るであろう日本政府からの抗議を覚悟した上での事だった。

 第7使徒の手札を見る為、先ずは国連統合軍(UN-JF)極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)特科(野砲)部隊による射撃を行う。

 偵察的攻撃(牽制射撃)

 国連軍装備の自走榴弾砲でも最新の部類に入る99式155㎜自走榴弾砲が全力で砲撃を開始する。

 開発されたばかりのレーザー誘導式155㎜対使徒砲弾が雨霰と降り注ぐ。

 が、当然ながらも被害は出ない。

 但し、迎撃も応射 ―― 99式155㎜自走榴弾砲の居る方向に対する射撃もしない。

 

 

「どうやら、第5使徒みたいなふざけた射撃能力は持たないみたいね」

 

 照明を落とした前線指揮車の中で、葛城ミサトがつぶやく。

 副官役の日向マコトが合いの手を入れた。

 

「後は千里眼(遠距離偵察能力)も無さそうですね」

 

「結構。偵察機(UAV)も落として来ない辺り、第3使徒程の対空能力も無さそうね。MAGIは?」

 

「作戦変更の必要性は低いと判断しています」

 

「結構。なら予定通り始めましょう。良いわねシンジ君、アスカ」

 

よか(はい)

 

Ja(はい)

 

 言葉は違えども、同じタイミングで声を返した2人。

 その顔に自負と自信があった。

 深い満足を覚え、それから綾波レイに命令する。

 

「レイ、目標が2000(2㎞)まで接近したらテンカウント、0で射撃開始。良いわね」

 

『はい』

 

 

 

 静かに進むカウント。

 その最中、アスカはシンジに声を掛ける。

 

「いいわね、最初からフル稼動、最大戦速で行くわよ!」

 

『分かってる。62秒でケリをつける』

 

「〆はアレ、アレをやるわよシンジ」

 

『いいよ』

 

 誰もが頼もしいと思うであろう表情で返事をしてくるシンジ。

 そこに深い満足を抱きながら、アスカも頷き返す。

 やるべき事はやった。

 後は結果を出すだけなのだ。

 今この時、2人の間に言葉は不要であった。

 

『目標、最終ライン突破! カウントスタート!!』

 

 カウントが始まると共に寸毫の狂いも無く、2機のエヴァンゲリオンは発進姿勢を取る。

 今、2機が配置されて居るのは第7使徒から小高い丘を挟んだ場所だ。

 第7使徒による大威力攻撃を警戒しての事だった。

 そして綾波レイのエヴァンゲリオン4号機は、もう少し離れた場所に配置されていた。

 初手を担う関係から、反撃を受けるリスクを考えて離されていたのだ。

 

『5,4,3,1……0』

 

『作戦開始! 音楽スタート!!』

 

 ゼロカウントに被せる様に吠えた葛城ミサト。

 シンジとアスカがテンポを取る為に音楽が流される。

 だが、集中していた2人の耳に音は届かない。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)02(エヴァンゲリオン弐号機)、外部電源パージ確認!』

 

 飛んで丘を越えるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 飛ぶ姿から着地時の姿勢まで、全く同じだ。

 右腕でEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を抱え持ち、左腕は大地に添えられる。

 片膝立ちのその様は、正にヒーローとプリマドンナの死線突破(エントリー)であった。

 その2機の眼前で、エヴァンゲリオン4号機の射撃が直撃し第7使徒が分裂する。

 近接した2機によってA.Tフィールドが中和されたのだ。

 

『レイ、射撃中止! 別命ある迄待機!』

 

『了解』

 

 その通りなのだ。

 既に戦場には主役が降り立ったのだ。

 であれば、他の者は全てが傍観者となるのみなのだ。

 

 射撃しながら接近。

 刺突。

 だが分裂した第7使徒は、身を捻って弱点(コア)への直撃を避ける。

 切っ先を掴んで反撃しようとするが、2機は同じタイミングで甲乙2体の第7使徒を蹴り上げ、EW-22B(バヨネット付きパレットガン)を捨てて下がる。

 ケリによる慣性を利用してのバク転だ。

 1回転。

 そこから流れるような仕草で白兵戦装備を持つ。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)02(エヴァンゲリオン弐号機)、格闘戦準備確認!』

 

 陽の光を浴びでギラリと光るEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)EW-17(スマッシュトマホーク)

 切り込む。

 2機が持つ装備の物騒さを理解してか、第7使徒側も挑みかかる様に前に出て来る。

 恐ろしいまでの切れ味を持ったモノ同士の打ち合い。

 1合、2号、3合。

 そして4合目、限界に達したEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)自壊する(折れる)

 退くシンジ。

 合わせるアスカ。

 既にエヴァンゲリオン弐号機はEW-17(スマッシュトマホーク)を投棄している。

 

 2機のエヴァンゲリオンに残されている武器は、自衛用の範疇と言う扱いのEW-11C(プログレッシブダガー)だ。

 だが、2人の顔に焦りなど何も浮かんでいない。

 

『シンジ君、アスカ、一度後退して!』

 

 ミサトの指示。

 残り時間が15.01秒と言う事を考えれば妥当な判断かもしれない。

 だが、2人の脳裏には届かない。

 既に勝利への道が見えているからだ。

 

 チラリとだけ視線を合わせるシンジとアスカ。

 2人に最早言葉は要らなかった。

 駆ける2機。

 姿勢を低くして攻撃を掻い潜る。

 そして飛ぶ、飛び蹴り。

 

『キェェェェェッ!!』

 

 シンジの咆哮に呼応する様にエヴァンゲリオン初号機は顎部ジョイントを解放して吠える。

 それは狂気めいた咆哮。

 それがアスカにもエヴァンゲリオン弐号機にも伝染する。

 

「フラァァァァッ!!」

 

 アスカの気迫を受け止めたエヴァンゲリオン弐号機は、顎部ジョイントこそ粉砕して吠える事は無かったが、頭部目保護ジョイントを開く。

 エヴァンゲリオン初号機とは違う4つの目がギラギラと光る、それは正に吠えるが如き(目は口程に物を言う)であった。

 

 回転すら加わった飛び蹴り、その切っ先たる踵は見事に2体の第7使徒のコアを捉える。

 勢いのままに、4つの巨体は海へと飛ぶ。

 粉砕。

 波打ち際でコアを砕かれた第7使徒は大爆発を起こした。

 津波すらも生む威力の爆発。

 その爆風を利用し、バク転をする様に後退し、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は着地する。

 その最後のタイミングで残念、バッテリー切れとなってしまった。

 停止する巨体。

 

 通常電源が落ちたエントリープラグ、その中で非常用電源で維持されている通信機越しにシンジに話しかける。

 

「後、5秒は欲しいわね」

 

 少し締まらないと残念がるアスカ。

 対してシンジはあきらめ顔で笑う。

 最大戦速だったから仕方がない、と。

 

「ま、そこは次に期待だよ」

 

()ね。ま、良いわ。シンジ、お疲れ』

 

「アスカもね」

 

 笑い合う2人。

 勝利の余韻に浸りながら、回収班を待つのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.06.01 文章修正
2022.07.31 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05-Epilogue

+

 見事な勝利を収めた第7使徒戦。

 被害は実質無し ―― 消耗前提であったEW-12⁻(試製マゴロックス)と、第7使徒に掴まれて投棄し、重整備が必要になったEW-22B(バヨネット付きパレットガン)だけと言う完全勝利にNERV本部は湧いた。

 それは、前線指揮車の中でも一緒だった。

 誰もが完璧な報復戦に歓声を挙げていた。

 これが初陣ともなる、NERVドイツ支部からの移籍組などは、特にそれが顕著であった。

 

 只、葛城ミサトだけは微妙な顔をしていたが。

 嬉しくない訳では無い。

 別段に、戦闘最終段階での碇シンジと惣流アスカ・ラングレーによる指揮逸脱(撤退命令の無視)を問題視している訳でもない。

 NERVと言う組織は、究極的に言ってしまえば使()()()()()()()()()()()()と言う所があったからだ。

 特にソレは、最前線で戦うシンジ達適格者(チルドレン)に対するモノであった。

 正体不明の敵と、高速戦闘をするのだ。

 発見した機、撃破のチャンスを後方へのお伺いと許可を受けて失しては良くないと言う判断である。

 齢で13歳と言う、実に子供としか言いようが無い3人に与えるには余りにも大きな作戦遂行権であったが、少なくともNERV本部の人間で反対した者は居なかった。

 第3、第4、第5、第6との戦でシンジやアスカが積み上げた実績と、信頼に基づく評価だからだ。

 世界を預ける事に異存はない、そう思えるのだ。

 故に葛城ミサトが少しばかり渋い顔になっている理由は、全く別の事だった。

 

 第7使徒が大爆発したのは洋上、即ち大威力の爆弾(ガッチン)漁法をやった様なものなのだ。

 付近の魚は確実に全滅。

 卵だって耐えられないだろう。

 しかもN²兵器並みのきのこ雲があがっているのだ、海底の地形すらも変わり果ているのも容易に想像出来た。

 まともに漁業が出来るまで、どれだけの時間が掛かるのか想像も出来ない。

 今は未確認だが、使徒撃破による汚染などがあれば、未来永劫に無理かもしれない。

 不確定な未来。

 確実なのは、水産庁や地元漁業協同組合から猛烈な批判が追加されて来るであろうと言う事だ。

 葛城ミサトが憂鬱な表情を隠しきれないのも仕方のない話であった。

 

 そんな気分を振り払う様に空咳を1つ。

 それから手を叩いて前線指揮車の中の耳目を集めると、明るい声を作って葛城ミサトは命令を発する。

 

「取り合えず、今の勝利祝いはそこまで。作戦終了はまだよ」

 

「本部に帰り着くまでが作戦です、ですね!」

 

 葛城ミサトの狙いを理解する女房役、日向マコトが空気を壊さぬ様に楽しそうに答える。

 それに水を差された(叱責された)と感じて顔色を変えていたNERVドイツ支部からの移籍スタッフも、強く笑った。

 そして、NERVドイツ支部からの移籍組の取りまとめ役でもあるパウル・フォン・ギースラー少佐が、いかにもドイツ人と言う顔を楽しそうに歪めながら中佐殿っと声を挙げる。

 

「祝勝会は本部でですかな?」

 

「そうよ? だって、戻らないと戦術作戦部の予備費は使えないんだもの」

 

「それは仕方がありませんな! では諸君、我らが葛城中佐の御命令だ。ビールが冷えるまでの時間は仕事で潰そうじゃないか!」

 

 役職は作戦局第1課課長代理。

 即ち葛城ミサトの直属となるパウル・フォン・ギースラーは、その仕事をキチンとこなすのであった。

 

 

 空気の変わった前線指揮車。

 その中で、少し厳しい顔で画面を見ている者が1人。

 赤木リツコだ。

 気になった葛城ミサトは、撤収作業を邪魔しない様に小声で話しかけた。

 

「どったの?」

 

「別に悪い話があった訳では無いわ」

 

 小声と言う事に色々と察した赤木リツコは、自身もまた小声で返す。

 手元にディスプレイを指し示しながら言葉を続ける。

 

「アスカのシンクロ率、記録更新よ」

 

「余程にシンジ君とでテンションが上がったのかしら」

 

「それだけなら良いわ。だけど、付随して__ 」

 

 ほっそりとした白魚の様な赤木リツコの指が、画面内のエヴァンゲリオン弐号機の状態情報(コンディション)を示す。

 そこにはエヴァンゲリオン弐号機の瞬間出力が、エヴァンゲリオン初号機のソレに準じるレベルに到達したと表示されていた。

 シンジの駆る、暴走めいたエヴァンゲリオン初号機の最大出力に、だ。

 指先がボタンを押す。

 最大望遠でエヴァンゲリオン弐号機を捉えた映像を呼び出す。

 そこには、全力稼働である事を教えるかの様に、爛々と4つの目を光らせたエヴァンゲリオン弐号機の頭部が映し出されていた。

 

「暴走?」

 

「違うわ。初号機用に組んだ安全装置(Safety System)は弐号機にも実装しているわ。それが破られる兆候も無い。只、あの娘(アスカ)が弐号機の潜在能力を引き出したって所ね」

 

「安心したわよ。でも、ならそんな深刻な顔をしないで欲しいわ」

 

「あら、機体としては問題が無くても、技術部としては話は別よ?」

 

「確認と整備箇所が増える。今日は残業ね」

 

「………ご愁傷様」

 

「作戦局からの差し入れを期待しておくわ。予備費があるんでしょ?」

 

「勘弁してよ。私の財布なんだから」

 

 真面目な話として祝勝会なんてやってる暇は無いし、予備費と言っても葛城ミサトの自由裁量で出せる金額など多寡が知れている。

 中佐でござい等と言っても、所詮は中間管理職なのだから。

 そもそも、動かす為の書類が面倒くさい。

 総務部の経理局からは、何時も書式だの期日などで怒られている葛城ミサトなのだ。

 だから、使徒撃退に成功した日の乾杯用(ソフトドリンク)は自腹だった。

 残業で後片づけ等をする為の栄養補給用、糖分追加の為の甘いおやつと一緒に。

 

「管理職は辛いわね」

 

「手当に羽が生えてるのよ、きっと!!」

 

 

 

 バカ話めいている葛城ミサトと赤木リツコの会話。

 だが、ソレを笑っていられない人間もいる。

 より薄暗い所に居る、世に隠れて己の目的の為に世界を動かそうと言う人間たちだ。

 SEELEであり、碇ゲンドウである。

 

『碇、これはどういう事だね!?』

 

『アダム由来の弐号機が覚醒したとなれば、とてもでは無いが許容できる事ではないぞ!!』

 

『左様。エヴァンゲリオン・第2シリーズ(アダム系エヴァンゲリオン)は使徒迎撃の為の機材であり、それが覚醒などは困るぞ』

 

『万が一にもアダムへの回帰などとなれば、安全装置はどうなっている』

 

 蜂の巣をつついたような騒動とも言えた。

 久方ぶりの雰囲気(叱責率100%)に、碇ゲンドウは懐かしさを覚えていた。

 最近は善意と言う建前(コーティング)で揶揄われる事が多かったので、直球の批判は久方ぶりであったのだ。

 当然、そういう感情は現実逃避である。

 碇ゲンドウとて頭を抱えていたのだから。

 

 アスカがシンジと同調(ユニゾン)したことで引き出されたエヴァンゲリオン弐号機との高いシンクロ率、それが齎した過剰出力稼働(Over load)は、SEELEの面々と碇ゲンドウに深刻な恐怖を与えていた。

 彼らにとって重要な予言の書たる裏死海文書には、この様な事態は載って居なかったのだから。

 それは人類補完計画の見直し(再確認)を必要とし、スケジュールが大幅に狂う事を意味していた。

 

『問題となる弐号機の破棄はどうか?』

 

『どうかな? 現段階では原因不明だな、碇』

 

「はい。機体側の機材的な異常などは見つかって居ません、それは素体もコアも含めてです。無論、重点検による詳細な報告は後日__ 」

 

『細かい事は良い。仕込みでないのであれば偶発と考えるべきだ』

 

『であれば廃棄が妥当か? 計画に不確定要素があっては困る』

 

『だが、これが報告書の推測、搭乗者(パイロット)との高シンクロによるものであっとしたら、とんだ無駄な出費と成る』

 

『左様。量産型とは言え、エヴァンゲリオンの建造費はバカには出来んぞ』

 

『経済的理由から人類の危機的状況が悪化したとなれば、笑い話にもならぬな』

 

 

 斯くして、会議は踊り進まないままに時間だけが流れていく。

 

 

 SEELEとの最高機密会議を終えた碇ゲンドウは、流石に疲弊していた。

 常より昏い顔のままに、額を撫でる。

 そんなNERV総司令官に容赦の無い声を掛けた人間が居た。

 副司令官(腹心にして共犯者)である冬月コウゾウだ。

 

「どうだった碇?」

 

「どう、と言う事は無いな。老人共も弐号機には仕掛けはしていなかったようだ、と言うのが最大の収穫だな」

 

「泡を喰っていたか」

 

「ああ。カビの生えた古文書で未来の全てを見通せるなら苦労はしない。良い薬だ」

 

「……対応はどうする?」

 

「弐号機は運用継続だ。当分と言う但し書きはあるがな。赤木君には都度都度、報告書を挙げてもらう事になる」

 

「エヴァンゲリオン、その破棄も建造も手間だからな」

 

「ああ。選抜者(チルドレン)の問題もある。ドイツの予備の質は悪い」

 

 エヴァンゲリオンの選抜者(チルドレン)と、エヴァンゲリオンの制御システム(コア)は1対であるのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機を廃棄するとなれば、当然ながらもリスク回避の為、使用されていたコアも廃棄される事となる。

 即ち、アスカは選抜者(チルドレン)から外される事となる。

 その場合には予備適格者(リザーブ)となり、或いは適格者補助員(コーチ)となるだろう。

 だが話はそう簡単なモノでは無い。

 ()()()()()()のだから。

 アスカは伊達に、幼少期に適格者として選抜された人間(ライトスタッフ)では無いのだ。

 研鑽も実力も、他の適格者予備軍とは段違いであり、おいそれと代役を簡単に用意出来る様な人間では無かった。

 そもそも、戦術作戦局が全力で反対するだろう。

 情ではなく理として、能力を発揮し、実戦で戦果を作り出した適格者(パイロット)を不明な理由で予備役にするなどは簡単に受け入れる筈が無かった。

 実績を挙げている(エースである)シンジが居るとは言え、アスカは同じレベルで戦果を期待できる人間なのだから。

 

「隠し玉は無さそうか」

 

「無いな。今は開発局のマリィ・ビンセンスが資質的には一番マシだろう」

 

「アメリカ支部、いや、アメリカ政府から悲鳴が聞こえそうだな。彼らは今、2機の追加建造で大忙しだろう」

 

「ふん、身の程を忘れた覇権国家の残骸どもの悲鳴など知らんな」

 

 碇ゲンドウの言葉に、シニカルな笑いを浮かべる冬月コウゾウ。

 と、手元を確認する。

 

「取り合えず現状維持であるならば、()()は受け入れるべきだろうな」

 

「問題ない。それまでの間は自由にさせてやれば良い」

 

「了解した。手続きを進めさせておく」

 

 

 

 

 

 第3新東京市を掛ける紫めいた蒼色のクロスバイク。

 その背を追う真っ赤なロードバイク。

 乗っているのは言うまでも無くシンジとアスカだ。

 学生服姿のシンジに対してスカートが邪魔になるアスカは長袖に七分丈のスパッツと言うサイクルウェア ―― ヘルメットまで被っての本気だった。

 

 車の少ない道路故に、2人は車道を駆け抜けている。

 抜きつ抜かれつの激しいデッドヒート。

 段々と増えて来る同級生の乗る自転車や歩行者。

 それらを置き去りにする勢いで奔る2台。

 2人の表情は本気だ。

 だが楽しそうに自転車を走らせている。

 

 奔る。

 走る。

 

 通学途中の誰もが驚いてみる中で、わき目もふらずに2人は前だけをみて自転車をこぎ続ける。

 正に戦い。

 その戦いは、第3東京市第壱中学校の門を超えるまで続いた。

 勝者はシンジだ。

 アスカよりは通学路に通い慣れていた結果であった。

 

 ガッツボーズをしてみせるシンジに、指ぬきグローブに守られた右手中指を立てて返事をするアスカだった。

 

 

 

「センセもホントに元気やのー」

 

 一連の事を教室から見ていた鈴原トウジは、呆れた様に呟いた。

 使徒との戦いの為に学校を休んでいたシンジ達が登校する様になったと言うのは、戦いが終わったと言う事であり、それは友人として素直に喜ばしいと思ったが、同時に、朝から自転車とは言え全力で走るのにはついていけない。

 そう感じたのだ。

 だが、達観した様な鈴原トウジとは違い、他の同級生の反応は違っていた。

 

「くっそー!?」

 

 望遠レンズがあればと切歯扼腕している相田ケンスケ。

 理由はアスカの、体の線が出た真っ赤なサイクルウェア姿だ。

 その艶やかな姿は、他の同級生男子一同もに歓声を挙げさせている。

 ()春であった。

 若さでもあった。

 

 尤も、女子生徒たちは愚かな同級生に同じ感情を抱いていたが。

 

「バッカみたい」

 

 そういう評価もさもありなん。

 

 

 

 時間が流れて昼飯時。

 食欲の赴くままにパンをかっ喰らおうとした鈴原トウジは、フト、アスカが近づいてくるのを見た。

 否、鈴原トウジにではない。

 隣のシンジの所にだ。

 

「シンジ」

 

「ん」

 

 差し出されるのは海老色の、深い落ち着いた赤い布に包まれたモノ。

 この時間である、もう簡単に弁当箱だと察する事が出来た。

 自炊派のシンジがもう1個作ったのだと。

 鈴原トウジも相田ケンスケも、目を剥いて驚いていた。

 

「おっ!?」

 

 だが、その事を誰が何を言う前に、アスカは離れて行った。

 女子グループ、洞木ヒカリの所へと向かって行った。

 

「弁当を作ってやったんか?」

 

1けも2けも(1個も2個も)手間は同じやっでよ(する事はそんなに増えないしね)

 

「かーっ、センセも奇特なやっちゃなぁ」

 

「で、惣流が取りに来てレースになったのか?」

 

朝な(朝の)ちごど(違うよ)出がけんときに言われただけよ(出る時に行き成り言われただけだよ)

 

「ふーん…………ん? まてシンジ、来た訳じゃないのに、出る時が一緒って、まさかお前、同居が続いている訳じゃ無いよな!?」

 

 凄い勢いで立ち上がってシンジに迫る相田ケンスケ。

 

「それは流石に、なんだ、少しイヤーンな感じだよ」

 

あいはさすがにあんときだけじゃが(同居は流石にあの時だけだよ)終わったひぃに出ていっきゃったが(使徒を倒した日に、終わったよ)

 

 同居は解消された、と言う言葉に安堵の息を漏らす相田ケンスケ。

 だが、であれば最初の話が判らない。

 なので鈴原トウジが改めて尋ねた、アスカは何処に住んで居るのか、と。

 シンジは事も無いと答えた。

 

とないやっど(お隣さんになった)

 

「イヤーンな感じぃっ!!!!」

 

 教室中の誰もが振り返る大声で、相田ケンスケは絶叫していた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

陸) ANGEL-08  SANDALPHON
06-1 GUSION REBAKE


+
友のために自分の命を捨てることよりも大きな愛はない

――新約聖書     









+

 第3新東京市は大規模な要塞機能構築の為に、表向き(一般向けのカバー)として次期首都としての整備が謳われていた。

 その額面に騙されてでも政府による勧誘(強制)と言う訳ではなかったが、様々な企業が支店を第3新東京市に出していた。

 民間企業から見て第3新東京市は箱根カルデラの中と言う聊かばかり特殊な立地ではあったが、海の玄関口として旧小田原市街を再開発した第3新東京市小田原港を擁していた為、東日本の物流拠点としての価値が高かったのだ。

 又、セカンドインパクトからの復興の中で、最優先で整備された通信や物流、そして生活インフラも大きな理由であった。

 それは、NERVの都合 ―― エヴァンゲリオンの運用や、国連軍の展開などを運用する為の事であったが、それが功を奏した形であった。

 無論、要塞都市としての機能が集中している場所を民間と共用している訳ではない。

 流石にそれは危険であると判断されているが、その藩屏である箱根カルデラの周囲 ―― 特に使徒の侵攻経路に選ばれにくい第3新東京市北部域、旧御殿場市地域が1999年以前の面影が消える程の再開発が行われていた。

 小田原港が整備された理由も、海抜の上昇と東京の壊滅で東日本の軍港群が消滅した事が理由であった。

 その際に日本政府が一計を案じて(国土交通省と通産省が共謀して)、国連予算として行われた軍港整備に民間港湾の整備も含ませたのだ。

 沿岸域の埋め立てのみならず、巨大な防波堤を作った上で大型浮遊式海洋構造体(メガフロート)による人工大地を造成し、極東最大規模の港湾を作り上げたのだ。

 

 そして今、惣流アスカ・ラングレーは買い物の為に第3新東京市御殿場繁華街に来ていた。

 洞木ヒカリたちクラスメートから聞いた、小洒落た小物や服を扱うデパート巡りだ。

 勿論、高級デパートの類では無い。

 普通の中学生でも物怖じせずに来れる様な、デパートだ。

 傍には、お供めいて加持リョウジを連れていた。

 上機嫌でお店を見て回る。

 黄色いサマードレス(ワンピース)の裾を躍らせながら、軽やかに歩いている。

 

「久しぶりに加持さんとデート♪」

 

「いやいや。お姫さまと、良くてその冴えない従者って役回りだよ」

 

 誰に言う訳でも無く抗弁する加持リョウジ。

 ただしその声色には割と焦りがあった。

 当然であろう、影で護衛しているチームに対する釈明でもあったのだから。

 そもそも、13歳の美少女とおじさん(アラサー)である。

 護衛班(NERV護衛班)は兎も角、一般の聞いた人間が変な誤解をしてしまえば事案(警察沙汰)に成りかねない。

 社会人としての危機なのだから。

 それな自衛的発言(釈明的抗弁)は兎も角として、実際、白い半そでのワイシャツと黒いスラックスと言う加持リョウジの姿は、お嬢さまめいた(バカンススタイルな)アスカの格好と全くつり合いはとれていなかった。

 仕事着と言っても過言では無いだろう。

 唯一、銀と青とのストライプなネクタイだけが仕事では無いとアピールしていたが。

 

「………もっとお洒落をして来れば良かったのに」

 

「いや、そうしたいのも山々なんだがこの後も仕事でね」

 

「部下に任せられなかったの? 昇進したんでしょ」

 

「今の俺は課長代理って言っても特命配置でね。仕事は来るけど部下は回して貰えないのさ」

 

 心の底から嘆息する。

 当初は危険な任務(SEELEからAdamの奪取)を達成した事へのご褒美として、碇ゲンドウから無任所 ―― 自由な立場を得た加持リョウジであったは、その個人的好奇心の赴くままに仕事をしていた。

 いろいろな場所に出没していた。

 だが、万年人手不足のNERV本部で、何時までもそんな優雅な仕事が許される筈が無かった。

 特に、無任所で、尚且つ高位機密へのアクセス権を持つ人材なのだから。

 最初は特殊監査局の仕事が、次には戦略調査部の仕事が。

 それらの面倒事を加持リョウジは持ち前の調整力と調査力で解決して見せたのだ。

 称賛と感謝、そして少しばかりの自尊心の充足。

 だが、それが更なる仕事を呼び込む切っ掛けとなっていった。

 そして何時しか、NERV本部全体の組織横断型の面倒くさい事は加持リョウジの元へと持ち込まれる様になったのだ。

 NERV本部の何でも屋。

 加持リョウジにとって誠にありがたくも無い話であった。

 例えそれが、影の本業(SEELE/日本のスパイ活動)に大きく資するものであったとしても。

 実に面倒くさい話であった。

 

「ま、だからこうやってアスカのお供って仕事が舞い込むのがいい気分転換になって有難いのさ。モグラだって偶にはお日様を浴びたくなるものだからな」

 

「加持さん!」

 

 男臭い笑みでフォローの言葉を回す加持リョウジ。

 これが加持リョウジであり、アスカが大人だと思う男の姿だった。

 少なくとも淑女(レディ)への遇し方を知っている、と。

 そこでフト、信じてよい同僚でありお隣さんである碇シンジを思い出す。

 アイツにはこういう配慮が足りないのだ、と。

 選ばれた人間(エリート)として年上の人間たちの中で生きて来た、NERVドイツ支部でも大学でも、ある種の腫れ物に触れるような扱いをされてきたアスカにとって、シンジの特別扱いしない(同僚であり女の子と見る)態度と言うのが心地よかったが、同時に物足りなかったのだ。

 が、アスカはその原因を深く考える前に頭を振って、シンジの影を頭から追い出す。

 新しく気の良い同僚であるが、今はどうでも良い。

 今は憧れる加持リョウジとのデートなのだから。

 今、シンジの事を考えるのは、失礼(不義理)だって思えたのだから。

 

「どうした?」

 

「何でも無いわ! それより次よ次!! 次に行くわよ!!!」

 

「おいおい、元気だな」

 

「勿論♪ 加持さんと一緒なんだもの!」

 

「お手柔らかに頼むよ、お姫様」

 

 

 

 一通り、冷やかして歩いたアスカは休憩の為にと、加持リョウジと共にデパート屋上の開放的なカフェに寄っていた。

 重工業の類が無いお陰で空はどこまでも青く、高かった。

 常夏の日差しは強いが、張られているシェードが程よく遮ってくれている。

 加持リョウジはホットコーヒーを。

 アスカはアイスコーヒーを頼んでいた。

 手元には幾つかの紙袋(包装紙)がある。

 今日の戦利品だ。

 

 

「珈琲を冷やすって、最初に聞いた時は正気を疑ったけど、飲み馴れると美味しいって感じるから人間って不思議」

 

 アイスコーヒーを上品な仕草で飲みながらアスカは感想を漏らす。

 ドイツ系アメリカ人と言う国籍的な理由からでは無いが、アスカは嗜好品としては珈琲が好きであった。

 だが珈琲ブラック党からすれば冒涜的とすら言える、ガムシロップとクリープを存分に入れた()()は味も香りも台無しになるのではないだろうか? そんな事を考えながら加持リョウジの口は適当に相槌をうつ。

 

「不思議だろ? そういう風に人生は、色々な驚きに満ちているのさ」

 

 外面(口に出す事と)内面(腹の中)が全く別に動くのは、情報に携わる人間の平常運行であった。

 それこそ素人(アスカ)が気づけないレベルでの隠蔽であった。

 蘊蓄めいた言葉に、素直に目を輝かせるアスカ。

 それは年相応の姿と言えた。

 

「ま、それは兎も角。アスカ達はもう直ぐ修学旅行じゃなかったか? その準備(買い物)は良かったのかい?」

 

「水着とか?」

 

「アレは流石に中学生にはちと早すぎるんじゃないかな、って思ったがね」

 

 アスカが冗談めかして持ってきた赤白のストライプ柄の水着は、ハイレグ気味のセパレートタイプであった。

 後、10年は未来でないとアスカには過激すぎると言うのが加持リョウジの見立てであった。

 それをアスカは笑う。

 

「加持さんおっくれてるぅ 今時あれくらい、あったりまえよ」

 

 尤も、そう言うアスカの情報は、クラスメイトから聞いた話(ティーン雑誌の受け売り)でしかなかったが。

 

「ほぉ、そうなんだ。確か、行先は沖縄だったか?」

 

「らしいわよ。メニューにはね、スキューバーダイビングも入ってるって」

 

 修学旅行のしおりと一緒に渡されたパンフレット、そこには高い透明度の美しい海があった。

 アスカの瞳の様な、蒼い海。

 それを少しだけ思い出し、小さくため息をつく。

 その事に気付いた加持リョウジは、訝し気に首をかしげる。

 

「なんだ、他人事みたいだな?」

 

「だって………行けないでしょ、私たち」

 

 寂しさすら感じさせながら断言するアスカに、加持リョウジは何も言えずにいた。

 

 

 

 

 

 シンジの家の食事時は姦しい。

 別にシンジがTVを点けっぱなしで食べている訳では無い。

 只、元気の良いお隣さんがやってくる(突撃、隣の晩御飯。実食もあるよ!)からであった。

 更にはいつの間にか、その反対側のお隣さんも笑顔でやってくる様になっていたのだ。

 それをシンジは、縁と言うのは面白いものだと受け入れていた。

 尤も、流石に食費に関しては徴収していたが。

 

 手慣れた仕草で味噌汁を炊きながら、今日の料理を用意していく。

 メインディッシュとなるのはお隣さん1号(アスカ)のリクエストで肉料理、ドイツ系だ。

 とは言えドイツ料理をする訳ではない、と言うか出来ない。

 ()である。

 スーパーにあったフランクフルトを焼いて、ケチャップとガラムマサラ(カレー粉)を振りかけただけのお手軽(インスタント)カリーブルストだ。

 1人前で2本焼いて、付け合わせに粉吹きいもチョイス。

 此方もドイツ風と言う事で仕上げに刻んだパセリとバターとを乗せてある。

 シンジからすれば正直、これでご飯を食べるのは如何なモノかと言う話であったが、NERVでのエヴァンゲリオン訓練後の限られた時間で手軽く用意出来るのがこの程度なのだから仕方がない。

 本当は日曜日なので、手遊びも兼ねて平素(平日)では出来ない手の込んだ料理でも作りたいのだがコレばかりは仕方がない。

 尚、年上のお隣さん2号(葛城ミサト)向けには、主食()のあてとしてタコワサやらイカの塩辛などを用意しておく。

 ご飯よりもビール党なので、此方の方が喜ぶのだ。

 

 後は味噌汁を注いでご飯をよそえば終わる。

 そこまでしてからエプロンを外して首を回す。

 疲れた訳でも無いのだが、何となくの癖だ。

 エプロンは冷蔵庫付けて置いたフックに掛けておく。

 しみじみと見た。

 ベージュ色のエプロンは、昔に養母の食事の支度を手伝おうとした時に養父からお下がりとして貰ったモノだった。

 年季が入り、染みもあって古ぼけた感じのするエプロンだが、何となく手放し辛くてシンジは使い続けていた。

 エプロンの裾が床に付くようだった頃。

 着られる様に見えた頃。

 そして普通に着られる今。

 そろそろ洗おうかな、そんな事を考えながらお茶の支度をする。

 急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 湯呑替わりのマグカップに注いでからリビングに移動、ソファに座る。

 喧しいTVは趣味で無いので、何かのラジオでも点けようかと考えた時、チャイムが鳴った。

 インターホンを見れば、家主よりも偉そうな隣りさん1号の赤毛が映っていた。

 

間がよかとかわりかとか(間が良いんだか悪いんだか)わからんがねぇ(どっちなんだろう)

 

 そう言って立ち上がったシンジの口元は、少しだけ優し気に歪んでいた。

 

 

 色気の無いラフな格好 ―― シャワーを浴びた風呂上りを感じさせる湿気を帯びた髪を纏め、モスグリーンな(ミリ色の強い)Tシャツとハーフパンツ、それに素足でサンダルを履いている姿からは、昼の余所行きな格好(サマードレス)など想像も出来ない。

 だが同時にそれは、家に帰ってきたと言う安堵の表れとも言えた。

 余所行きとは、即ち()を被る事と同義なのだから。

 

 笑顔のアスカにシンジも自然と相好を崩す。

 

「やぁお疲れ。楽しかった?」

 

「サイコーよ。加持さんとのデートだもの♪」

 

 実に楽しかったのだろう、シンジの問いに答えるアスカの声は踊っていた。

 憧れていた男性とのデートであれば、めくるめく時間だったのだろうとシンジも納得していた。

 異性と居る事による陶酔、或いは異性への憧れと言うモノが今一つ理解出来ないでいるシンジは、アスカの気持ちが判らない。

 判らないが、この性根の入ったお隣さんが楽しかったのは良い事だと理解していた。

 と、そんなシンジの鼻先に、アスカが紙袋を突き付けた。

 

「なに?」

 

「幸せのおすそ分け、何時もの御礼って奴ね」

 

 問いかけに澄まして返したアスカ。

 要領を得ないままに紙袋を預かり、そして開けるシンジ。

 

「何?」

 

 中からは、厚手のジーンズ生地で出来た新品のエプロンが出て来た。

 広げて見るシンジ。

 胸の所に入っている、ひよこの絵柄がユーモラスさを与えている。

 取り敢えず、出来は良い。

 

「あ、ありがとう。嬉しいよ」

 

「あったりまえ、このアタシが選んだんだもの!」

 

 褒められて胸を張るアスカ。

 鼻高々と言った塩梅だ。

 

「でも、何でひよこ?」

 

「だってシンジ、まだまだオコチャマじゃない。だからヒヨコがお似合いよ!」

 

「何だよそれ」

 

 ベロっと可愛らしく舌を見せたアスカに、毒気を抜かれたシンジは苦笑と共に肩をすくめた。

 

「アスカだって、料理が出来ないお子様だろ?」

 

「アンタバカァ? アタシは出来ないんじゃなくてしないだけ。そこにはルビコンよりも深く、大きな川があるの、Verstehen(判るかしら)?」

 

 すきっ腹を抱えて、シンジの家に我が物顔でやってきた略奪者(晩御飯強盗)は、何とも偉そうな態度で言い放った。

 只、そこに嫌味ではなく茶目っ気があった為、シンジは笑って流していた。

 

 

 アスカが来て少しばかりして、葛城ミサトもシンジ宅に突撃してくる。

 当然、手にはビール缶が、それも冷蔵庫から出したばかりでキンキンに冷えた6本パック(シックスパック)がある。

 アルコールだけ持ち込みなのは、シンジ(未成年)に買わせるはどうかと言う良識が勝った ―― 訳ではなく、たまに来るご近所さん(赤木リツコ)のツッコミの成果であった。

 兎も角、日曜日の夜()姦しくなっていく。

 人一倍に元気なアスカと、アルコールが入れば呑気陽気適当になる葛城ミサトが居るのだ。

 静かになる筈も無かった。

 それをシンジは楽し気に見る。

 大家族めいたところのあった故郷の家を思い出すからだ。

 

 夕食会。

 それが終わり、シンジが洗い物を終えた時に、葛城ミサトは2人を呼んだ。

 真顔だ。

 キッチンのテーブルで2人と相対した葛城ミサトは天井を見上げる様に大きく息を吸って、それから頭を下げた。

 

「ゴミン、2人とも修学旅行は駄目になった」

 

 葛城ミサト個人は、子供の頃の思い出は大事であるとシンジとアスカ、それに綾波レイまで修学旅行に行かせたいと考えていた。

 これには作戦局支援第1課(チルドレン担当班)も、情操教育の面で重要であると賛同していた。

 第3新東京市を離れるとは言え、高速(音速)機を用意しておけば無問題と言う事もあった。

 だがそれを碇ゲンドウが止めたのだ。

 如何に高速機であっても、搭乗までの時間も含めれば沖縄から第3新東京市までの移動は2時間以上は必要とする。

 その2時間で破壊的な活動が可能な使徒が現れたらどうするのか、と言う考えであった。

 誠に正論であり、そうであるが故に反論できる人間は居なかった。

 

「私としては行かせてあげたかったんだけど、その、ね?」

 

 直属と言う訳では無いが、それでも階級上で言えば碇ゲンドウと冬月コウゾウに次いだ葛城ミサトであったが、決定権と言う意味では2人には天と地ほどの差があった。

 そんな葛城ミサトを見たシンジとアスカは、肩を竦め、それから頷き合った。

 

よかど(良いんですよ)葛城サァ、こいも仕事じゃっでよ(葛城さん。コレも仕事って事ですよ)

 

「シンジ君」

 

「ま、元から期待してなかったしね。こういう時にババを引くのもエリートの務めってね」

 

「アスカ………2人とも、本当にありがとう」

 

「良いって事。その代わりと言っちゃなんだけど、ミサト、チョッとお願いがあるんだけど?」

 

「出来る事ならなんだってするわよ?」

 

「プールに行きたい」

 

「それ位ならお安い御用よ! 本部内にあるから貴方たち皆で楽しんできて!!」

 

 ゴネる事も無く2つ返事で受け入れたシンジとアスカに、心底から安堵した表情で葛城ミサトは笑っていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06-2

+

 NERV本部内に設けられているプール施設、地下大空間(ジオフロント)に設けられたガラス張りで開放感のあるソレは、訓練施設として設けられたモノであった。

 1つは国連軍からの出向者 ―― 選抜者(チルドレン)護衛部隊向けだ。

 護衛なのに何故、水中訓練が必要であるかと言えば、エヴァンゲリオンが(使徒の都合と言う筋金入りの理由で)何処に展開するか判らない為であった。

 ヘリなどで移動する際に、墜落、或いは遭難した際に守れるようにと言う話であった。

 この為、一般的な護衛部隊はNERVでの生え抜きスタッフ(A幹部主体の部隊)で行えても、出動する際の護衛部隊は国連軍からの出向者(P幹部による部隊)が担っていた。

 さて、もう1つは技術開発部である。

 特にエヴァンゲリオン関連の技術開発局第1課だ。

 エヴァンゲリオンをL.C.Lに漬けての冷却中にも行わねばならぬ作業がある、と言うか使徒の襲来が始まった為、冷却を行いつつ整備をする必要となり、ある種の必須技術となっていたのだ。

 水中作業艇なども用意がされてはいたが、それだけで全てが済む訳ではないのだ。

 

 その様な汗と涙と、少し言えない様なナニカが滲むようなプールであるが、今は子ども達だけの楽園となっていた。

 綾波レイはかなり深めの(足が着かない所ではない深い)プールで物怖じせずに気持ちよさげに黙々と泳いでいた。

 対して碇シンジは、胸の辺りまでの深さのプールで水中ウォーキングをしていた。

 まだアスカは来ていなかった。

 故に2人だけのプール。

 だがそこに会話どころか、互いへの興味すら存在しなかった。

 共に自分の事をしているだけであった。

 

 

 水中を往く綾波レイ。

 水、水の中に居ると言うのは、この寡黙な少女の心に安寧を与える事であった。

 いっそプールの水がL.C.Lであったなら不便な息継ぎをしなくても良いのに、そんな考えを抱く程に水中を楽しんでいた。

 とは言え、如何に綾波レイとは言え体は人間のモノ。

 喉の渇きと身体の疲れ、そして冷えを感じた為、プールから上がった。

 と、姦しい声が聞こえた。

 チラ見をする。

 弐号機パイロット(惣流アスカ・ラングレー)だ。

 泳ぐ用途には向いてなさげなデザインの、派手な色をした水着をして初号機パイロット(碇シンジ)の前で仁王立ちをしている。

 何かを喋っているのが判るが、興味も無いので聞く気が無い。

 だが、プール際での大声なので耳栓を取れば自然と飛び込んできた。

 

「……コレが大人の魅力って奴よ!」

 

「……似合ってるとは思うけど、大人ってどういう所が?」

 

「アンタバカァ!? ワタシの……」

 

「…いや、格好は良いと思うよ…」

 

「………このナイスバディを見ての感想がソレ!?」

 

 流すように聞く。

 内容を気にする気は無いが、元気であるなと納得はした。

 弐号機パイロットは本当に元気だ(五月蠅い)

 そして前は静かだった碇司令(碇ゲンドウ)の息子、初号機パイロットも五月蠅くなった。

 本当に迷惑だ。

 

 世界は碇ゲンドウと赤木リツコ、それに甘木ミツキ(作戦局支援第1課課長)やその他の人たちだけで彩られていた綾波レイにとって、使徒が襲来する様になってから変わった日々は()()()()()()()

 何よりアスカだ。

 今まで、学校は兎も角としてNERVでは物静かで、甲高い声で喋る人間は居なかった。

 それだけでも癇に障る。

 その上で碇ゲンドウの息子、碇ゲンドウを殴った息子と言う事で興味があったシンジの傍に居るのだ。

 そして、何かあれば綾波レイをライバル視した言動、使徒の撃破数を誇る様に言ってくるのだ。

 鬱陶しい。

 それが、綾波レイのアスカに対する正直な気持ちであった。

 最初に出会った時、綾波レイは仲良くしましょうと言ってきたアスカに対して、命令があればそうする(命令が無ければ仲良くしない)と返した。

 本能的な(ゴーストの囁きに従った)言葉だった。

 自分でも吃驚する位に冷たく言った気がした。

 だが今は、言い過ぎた気は全くしなくなった。

 例え命令があっても仲良くしたくない(相手にしたくない)と言う気分になっていたのだから。

 アスカが、自分の領域に対する侵略者であると感じられるからだ。

 バスタオルを羽織って用意されていた飲み物を飲みながら、綾波レイは何か出来る事を考えるのであった。

 

 

 

 

 

「これではよく分からんな」

 

 そう呟いたのは、冬月コウゾウだ。

 場所はNERV本部の作戦局大会議室。

 そこには今、NERV第1発令所の主要スタッフが集まっていた。

 20人近い人間が集まって三々五々に椅子に座り、緊張と興奮と共に、薄暗くされた部屋の中で中央の大画面を見ている。

 大型画面には浅間山地震研究所からの情報 ―― 火口部から突入させた特殊環境観測機(マグマダイバー)が捉えた影が映し出されていた。

 浅間山地震研究所は、火山活動やマグマのメカニズムの解明を通して地震を研究しようと言う施設であった。

 そこが独自に開発したマグマ内の調査機材が、先日に影を発見したのだ。

 不明瞭な映像の中でぼんやりと見えるソレは、球と言うよりも卵めいた姿に見えていた。

 

 マグマの中で存在する直径で40m近い巨大なナニカと言う事で、話が即座に日本政府からNERVへと回ってきたのだ。

 今、作戦局大会議室はNERVの情報分析対応検討室となっていた。

 第1発令所で行わない理由は、通常業務 ―― 日本全域の監視業務が継続中である為であった。

 浅間山地下の影は、現時点では使徒と判断されていない。

 この状況で、全周警戒能力を低下させる訳にはいかないからである。

 

「しかし、浅間山地震研究所の報告通り、この影は気になります」

 

 青葉シゲルが、画面上の影をMAGIによって立体モデリング化させた、それこそ卵としか良い様に無いモノを表示する。

 

「人類にとって未知の領域であるマグマ内です。コレが異常な存在ではないと言う可能性もありますが………」

 

「40m、使徒と符合し過ぎるな。である以上は無視はできん」

 

「MAGIの判断は五分五分(フィフティーフィフティー)、と言った所かしら?」

 

 赤木リツコの質問に、伊吹マヤが即答する。

 

「はい。判断は保留していますが、使徒の可能性は否定されていません」

 

「使徒と認める情報が不足している。そう言う事かね?」

 

「はい」

 

 その声に冬月コウゾウは顎を撫でた。

 本来、この様な情報分析と検討の場に臨席し、或いは取り仕切るのはNERV副司令官と言う役職に求められる事では無かった。

 だが、担うべき作戦局局長である葛城ミサトが現場に出ている ―― 浅間山にて情報収集の指揮を執っているとなれば話は違っていた。

 これが通常の対使徒であれば、次席として作戦局第1課課長代理であるパウル・フォン・ギースラーが辣腕を振るう所であったが、まだ未確認であり、外部組織との連絡もあると言う事で冬月コウゾウが担っているのであった。

 

「葛城中佐は?」

 

「現地に到着、今は新規情報の収集準備中です」

 

「………では、具体的対応は追加情報待ちとして、我々は対応の準備を進めるとしよう。ギースラー少佐?」

 

「はっ! それでは現地へのエヴァンゲリオンの展開に関しまして、手順の確認を致します」

 

 戦争(使徒との闘い)は、大人たちにとって前準備だけが出来る全てであった。

 始まれば、後は子ども達に頼るだけとなる。

 だからこそ、自分たちに出来る事の完璧を目指すのであった。

 

 

 

 自らの職務を遂行すると言う意味では、現場に出ている葛城ミサトも同じであった。

 少しばかりの私情(使徒に対する個人的復讐心)もあったが、それは別にして子ども達に対する誠意は仕事に持ち合わせてはいた。

 プレハブ構造の、浅間山地中調査機の管制所にあって、葛城ミサトは凛として立っていた。

 

「マグマダイバー、限界域です!」

 

 観測機からの悲鳴を前に、研究員が作業の中止を叫ぶ。

 既に観測機は、想定されていた降下限界を超えており、何時、破損しても可笑しくない状態になっていた。

 圧力計は、冗談みたいな数値を表示している。

 だが、葛城ミサトは認めない。

 

「いえ、後500。お願いします(プリーズ)

 

 丁寧にお願い(命令)する。

 反論は許さない、認めない。

 

『深度-1200突破。耐圧隔壁に亀裂確認』

 

 操作作業室からのアナウンスが為される。

 モニターが幾つも消える(通信途絶)

 

「葛城さん!」

 

 観測機に、概念設計の段階から携わっていた研究員が悲鳴を上げる。

 完成したばかりの観測機に、マグマダイバーと言う愛称(ペットネーム)を与えた人間であればこそ、この使い捨てにするが如き運用は耐えがたかったのだ。

 10年は使える機材として開発していたのだから。

 だが、現実は非情であった。

 

「壊れたらうちで弁償します。後200」

 

 悲痛な研究員、だが観測機はよく耐えた。

 限界深度を30%以上も耐えた。

 それは作り手の願いを受けての献身であったか、或いは葛城ミサトの気迫が乗ればこそであったか。

 何れにせよ、勤めを果たした。

 

「センサーに反応アリ!? 捉えました!」

 

 日向マコトが声を張り上げた。

 観測機の最も強固な位置に特設されたNERVの特殊センサー群が、影を捉えたのだ。

 ノイズの多い中にあって、確かに卵の様な影が見えたのだ。

 

「MAGIとの回線に異常なし。解析始めます!」

 

「解析、急いで」

 

 言うまでもない事を口にした葛城ミサト。

 だが、そう言いたくなるほどに観測機の状況は悪かった。

 分析が終わるのが先か、それとも観測機が自壊するのが先か。

 ジリジリとした時間。

 浅間山地震研究所には観測機の予備は無い。

 1回きりの勝負であったのだ。

 後は祈るだけであった。

 

『観測機圧壊、爆発を確認』

 

 無慈悲な報告。

 だが、祈りは通じた。

 アナウンスと同じタイミングで、NERVとの直通(守秘)回線に繋がったパソコンが着信を報告したのだ。

 

「解析結果?」

 

「はい。ぎりぎりで間に合いましたね。パターン青です」

 

 日向マコトのパソコンには、大きく使徒(BloodType-BLUE)の文字が表示されていた。

 大きく息を吸って吐く、そして葛城ミサトが動きだす。

 その文字を目線で殺すような顔をしながら言葉を発していく。

 

「結構、使徒ね。研究所総員の献身にNERVを代表して感謝します。そして同時に当研究所はNERVの管轄下とし、封鎖します。一切の入室を禁じた上、過去6時間以内の事象は、すべて部外秘とします」

 

 影が使徒であった場合、浅間山地震研究所を接収する ―― 対使徒作戦を実施すると言う事は事前に伝えてあった。

 この為、反発は無かった。

 只、悲鳴だけがあった。

 

「そんな、葛城さん!?」

 

 情報の部外秘化、それは今回の深々度降下情報の活用が出来ないと言う事を意味しているのだ。

 研究員が悲鳴を上げるのも当然であった。

 

「使徒の情報はNERVの特務法(特務機関NERVに関する法案)で定められているわ。悪いけど諦めて頂戴」

 

 研究員に対するその言葉にだけは、少しだけ(葛城ミサトの甘さ)があった。

 

 

 

 

 

 使徒発見、そこから対使徒戦闘へとNERVが動こうかと言う時に、強烈な待ったが掛けられた。

 掛けて来たのは日本政府である。

 浅間山、その火山現場での作戦行動は勘弁してほしいと言う強い要請(脅迫)であった。

 その念頭にあったのは、先の第7使徒による最後の大爆発だ。

 海中の地形を一変させるような爆発であり、爆心地から離れた海底に、緩衝材としての海水があったにも拘わらず直径が100m近い巨大なクレーターを作る様な爆発をした事であった。

 そんなモノが地中 ―― マグマの中で爆発した場合、どれ程の影響が出るか想像も出来ないと言うのが実情であった。

 使徒を倒せても、そうなのだ。

 その前段階の戦闘も含めて考えれば、下手すれば浅間山の噴火に繋がりかねない非常事態であった。

 日本政府が本気でキレるのも当然と言えた。

 特に浅間山の近くは前橋市などの関東平野北域であり、壊滅した東京からの避難民が漸く定住を果たし出した場所なのだ。

 しかも、再開発で機械化された高度な農作業地帯に生まれ変わっても居るのだ。

 そんな場所を危険にさらすなど、日本政府が受け入れる筈が無かった。

 日本政府の行動の素早さ、そして怒りは、即座にNERVの上位機関である国連人類補完委員会の駐日本代表部部長を外務省に呼びつけた所にも出ていた。

 常日頃は、激発した態度を見せる事のない外務省官僚が、真顔で、NERVが万が一にも浅間山領域での対使徒作戦を強行するのであれば、日本政府は座視しないと告げたのだ。

 その会談のテーブルには戦略自衛隊のスタンプが押された小冊子が用意されており、日本政府の本気(軍事力の行使)が表されていた。

 無論、その小冊子を駐日本代表部部長が見る事は出来なかったが、その小冊子の表には赤いインクで大きくA-801の文字がスタンプされてたのだ。

 その意味は、NERVの日本国内での全権限、特権の剥奪である。

 誤解する余地など無かった。

 日本政府は、特務機関NERVに関する法案によるNERVに対し、使徒との闘いに関する優越権を認めている。

 だが同時に、国連に唯々諾々と従い、国民の死ぬ可能性を受け入れる気は無かった。

 そう言う事であった。

 この反応に先ず慌てたのはSEELEだった。

 急いで碇ゲンドウを呼び出すと、対使徒作戦の停止を命令した。

 厳命した。

 

 

『碇、今回はA-17を想定していると言う。こちらから打って出るのか?』

 

「そうです」

 

『駄目だ、危険過ぎる! 15年前を忘れたとは言わせんぞ!!』

 

「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出る為の」

 

 強く反論する碇ゲンドウ。

 その発言も、一面では真実であった。

 まだ何も判らぬ使徒と言う存在を知る為、NERVは浅間山の使徒が卵状態である事を利用して捕獲を試みるとしていた。

 使徒の生体情報を得る機会との判断であった。

 

『リスクが大きすぎる』

 

 SEELEの議長を務めるキール・ローレンツが、断言する様に言う。

 生きた使徒の捕獲が成功したのであれば大きな成果と成る。

 だが、もしソレが捕獲後、観測中に使徒へと羽化しようとした場合、出来る対応は無いだろう。

 撃滅以外の選択肢は取りようがない。

 少なくとも現時点では。

 そして使徒に関する情報は、既に第3、第4、第5、第6と4体もの使徒を屠り、その遺骸からの情報の収集に成功しているのだ。

 危険を冒して、生きている状態の使徒を捕獲するべき理由が無かった。

 

『左様。しかも捕獲作戦、エヴァンゲリオンをマグマ内へと直接投入すると言う話ではないか! 此方のリスクも看過できん』

 

 前人未踏どころではない極地で、高価極まりないエヴァンゲリオンの喪失リスクが高い作戦など受け入れたくも無いと言うのがSEELEの本音でもあった。

 しかし、碇ゲンドウとて折れない。

 人類補完計画に於ける最大の障害となる使徒を知る機会を、みすみす見逃したくは無かった。

 知る事は対応に繋がるのだから。

 

「しかし、生きた使徒のサンプル、その重要性は、すでに承知の事でしょう」

 

 それに、卵から使徒が羽化しようとしても封印技術は実用化されつつある。

 SEELEも碇ゲンドウも口にしないA号封印体(Solidseal-α)、Adamの活性化封印技術は存在しているのだ。

 これを前提に考えれば、使徒を生きたまま捕獲し、安定させると言うのは絵空事では無いのだから。

 

 電子化された仮想空間で睨み合う、碇ゲンドウとSEELEの一同。

 誰も視線を揺るがす事はない。

 真っ向からのぶつかり合い、その勝者は言うまでも無かった。

 

『碇、君の任務に対する誠心は評価しよう。だが今回は折れよ』

 

『左様。これがSEELEの決定である。良いな?』

 

「………はっ、全てはSEELEの決定の儘に」

 

 

 

 意識が現実世界に回帰すると共に、碇ゲンドウは大きく息を吐いた。

 傲岸不遜、交渉者(タフネゴシエーター)として知られる漢とは言え、SEELEの意向に真っ向から逆らうが如き行為は実に大きな負担を与えていたのだ。

 目を閉じて、椅子に背中を預ける。

 

「冬月」

 

 名を呼ばれた冬月コウゾウは、長かったSEELEとの仮想会議の間中、碇ゲンドウの後ろで直立不動と言う姿勢で立ち続けていた。

 その疲労を表に出す事無く、碇ゲンドウの欲した情報を口にする。

 

「どうやら松代が動いた様だ」

 

「政治屋か」

 

「ああ。国に寄生する手合いどもではあるが、なかなかどうして、宿主(日本国)を気遣っているようだよ」

 

「交渉は可能か?」

 

「今回に限れば無駄だな。調査情報局の伝手(パイプ)でも、かなり態度が強硬だと言う。如何にお前であっても、今回は難しかろう」

 

 交渉と言う行為は、相互にその意思があって始めて成立する。

 今回の日本政府の様にシンプルに(Yes or Noと)要求を呑む(使徒捕獲作戦の中止)死ぬ(日本政府との全面衝突)かと腹を決めて来られた(選択を尋ねられるだけの)場合、出来る事など何も無かった。

 辣腕の交渉者であるが故に、碇ゲンドウはその事を良く理解していた。

 だから静かに受け入れる。

 

「そうか、なら、仕方があるまい。葛城中佐には監視と情報収集を命令するとしよう」

 

「仕方があるまいよ」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06-3

+

 日本政府が見せた()()によってNERV初の、使徒に対する攻勢作戦は頓挫する事となった。

 その事に面白く無いモノを感じつつ、葛城ミサトは受け入れていた。

 使徒撃滅こそを人生の目的、存在意義と感じている復讐者(バーサーカー)ではあったが、世界を受け入れない程にトチ狂っては居なかったからだ。

 とは言え、使徒を野放しには出来ないとして、継続的な監視を主張した。

 コレに関しては日本政府としても否定する要素は無いので、NERVの誰もが驚くほどに簡単に同意が得られた。

 

「なーんか、ネェ」

 

 腑に落ちないとばかりに愚痴る葛城ミサト。

 その横で苦笑する赤木リツコ。

 

松代(日本政府)が危惧したのはエヴァと使徒の交戦、その余波だもの。戦闘で無ければと言う事でしょ」

 

「そりゃ、分かるけどさー」

 

 そこにはNERV実戦部隊の指揮官、女傑(マム)葛城ミサトの姿は無かった。

 大学時代と変わらぬ、腑に落ちない事に文句を言う(ブー垂れる)学生めいた態度であった。

 この場に居るのが親友(マブ)だけだと言うのが大きかった。

 2人が居るのはNERV本部の技術開発局施設、その管理室だ。

 管理室から見下ろせる工作室では、大急ぎでの機材製造が行われていた。

 第8使徒として認定されたマグマ内の使徒、その使徒を捜索する際に壊した浅間山地震研究所の観測機の代わりを作っているのだ。

 葛城ミサトがNERVが弁償すると啖呵を切ったから、と言うだけではない。

 そもそも、現時点では損壊した観測機の他はマグマ内の状況を把握する手段が無かったのだ。

 NERVは渡世の義理以上に、自分の都合で観測機を用意しようとしていた。

 国の機関とは言え、予算カツカツな浅間山地震研究所が作った先代とは違う、NERVがエヴァンゲリオン用などで用意していた資材を流用して作られる観測機は、以前のモノよりも遥かに性能の向上した深々度特殊環境観測機(スーパーダイバー)であった。

 圧壊した先代観測機の運用情報を元に設計を再検討し、構造計算にはMAGIまで駆り出しているのだ。

 

「で、どれくらいで完成しそう?」

 

「このペースなら明後日には持ち込める筈ね」

 

「そっ、ならコッチも展開させておくか」

 

「展開?」

 

「展開。観測機の護衛って事でエバーを1機、配置させるわ」

 

「………大丈夫なの、そんな事して?」

 

「やねー 潜らせないって。地上配置よ」

 

 流石にそこまで無茶はしないと笑う葛城ミサト。

 只、日本政府に止められるまで、エヴァンゲリオンの出動準備を進めていたのだ。

 折角だから、訓練を兼ねて行おうと言う腹積もりであった。

 

 浅間山地震研究所のある一帯は、第7使徒と交戦した太平洋岸とは違いエヴァンゲリオンの運用基盤は一切ない。

 ()()()()()、であった。

 将来的な広域展開、第3新東京市からより遠方で使徒に対する邀撃戦を行う為の情報収集と言うのが目的であった。

 

「エバーもだけど………」

 

 言葉を濁した葛城ミサト。

 言われなくとも、理由を赤木リツコは理解した。

 支援機(機動電源ユニット)、JAだ。

 元が日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)の技術実証試験機 ―― 反応炉(ニュークリア・リアクター)を持つ人型ロボットを作ってみたと言うだけの機体である為、その運用は簡単ではないのだ。

 現在、JAと共にNERVへと出向して来ていた時田シロウ技術官を中心にしたチームによってJAの後継機、エヴァンゲリオンの支援機として1から設計された機体の開発が進められている。

 反応炉(ニュークリア・リアクター)よりも新世代の、より安全なN²反応炉(ノー・ニュークリア・リアクター)を搭載した支援機だ。

 とは言え、まだ概念設計の段階である為、如何に予算や人員を手配しても就役は当分先と見られていた。

 無茶なスケジュールを組んではいるが、それでも改良型JAが就役するのは最短で年末、そう見られていた。

 

 兎も角。

 折角の準備命令を発したのだから、せめて有効活用はしたいと言うのが葛城ミサトや作戦局の総意であった。

 それを碇ゲンドウも理解し、日本政府に対しても了承を求めた。

 日本政府も、観測と実働試験の範疇であればと受け入れたのだった。

 

「生体情報の収集と継続的な観測の実施は大きいわね」

 

「ええ。アレが使徒として羽化する際に何らかの反応を示すのであれば、それを元に地球全体への監視網の構築が可能になるんだもの。日本政府としても万々歳の筈よ」

 

 卵状態の使徒を察知できれば、或いは羽化情報を得られれば、日本の国土の外で対使徒戦闘(邀撃戦闘)を行う事が可能になるのだ。

 日本政府としても、是非にやって欲しいと言う話であった。

 

 

 

 

 

 浅間山一帯への出動訓練。

 それに際して投入できるエヴァンゲリオンは1機のみであった。

 3機(保有全機)は勿論、2機でもあらぬ疑いを招く為の処置であった。

 問題は、誰を連れていくかであった。

 トップスコアを誇る碇シンジ。

 抜群の操縦才覚を見せる惣流アスカ・ラングレー。

 沈着冷静さに優れる綾波レイ。

 非常時への対応力で言えば前者2人が圧倒的であるが、同時に()()()()()()

 とは言え、非常事態に冷静に対応できるが、同時に対応力と言う意味では2人に劣るのが綾波レイなのだ。

 一長一短と言う塩梅であった。

 さて、どうするか。

 指揮官(最高責任者)である葛城ミサトは、エヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)傍に設けられている操縦者待機室で頭を悩ませた。

 眼前には、その3人が揃っている。

 作戦伝達を行う為、集まらせていたのだ。

 状況説明。

 手順説明。

 そこまでは良かった。

 後は配置発表と言う所で、止まってしまったのだ。

 

「で、どうするのよ?」

 

 いい加減、焦れたアスカが葛城ミサトに言葉を促す。

 同意する様にシンジも頷いている。

 即座の第8使徒との交戦が消えた結果、2人は勉強の為(修学旅行中向けの課題)に第3新東京市の市立図書館に行っていたのだ。

 そこで呼び出し(緊急呼集)を受けたのだ。

 戦意旺盛なアスカからすれば、とっとと決めろ。

 動くなら動こうと考えているのだから、当然の反応とも言えた。

 

「そうね、じゃ、折角だから__ 」

 

 アスカとエヴァンゲリオン弐号機を派遣しようか、そこまで言いかけた時に綾波レイが手を挙げた。

 

「決まって居ないのなら、私が出るわ」

 

「レイ?」

 

 誰もが綾波レイを見た。

 沈着冷静で寡黙であり、同時にエヴァンゲリオンにそこまで積極的(戦闘への意欲が旺盛)ではないと思われていた所に、この態度である。

 当然の反応であった。

 そして、綾波レイからしても当然の反応であった。

 もし、派遣されるのがシンジとなればアスカと2人で待機する事になる。

 ()()()()()()()()()()()()

 五月蠅い、と。

 お喋りなアスカは、何かと話しかけてきたりする。

 それが嫌だった。

 自分の世界を崩しに来ると綾波レイには見えたのだ。

 派遣されるのがアスカであれば、シンジと残るのであるが、此方であれば問題は無い。

 只、確率は五分五分(シュレーディンガーの猫)

 であれば、確定前に動くのが良い。

 そういう判断であった。

 黙って待っていては、状況は自分の好みから離れてしまう。

 欲するのであれば動かねばならない。

 それは、ある意味で綾波レイがアスカに学んだ事であった。

 

 

「ファーストって、どうしたのアレ?」

 

「さぁ? 僕に聞かれても困るよ」

 

「……それもそうね。それよりお昼のお弁当、ケバブ(ドネルケバブ)出来た?」

 

「無茶言うなよ。羊肉なんて、ここら辺だと売ってないんだから」

 

 それはお弁当のリクエストだった。

 勉強会での昼食、弁当を用意する際に何か食べたいものはあるかと尋ねたシンジに、アスカが思いついたのは、加持リョウジを護衛に街へ出た時の思い出の味だった。

 露店で食べた味。

 一流の味ではない(ジャンクフードではあった)が、数少ない遊びとしてドイツの街にでた思い出と共にあった。

 だから咄嗟にリクエストをしたのだ。

 問題は、日本では羊肉の流通量は極めて少ないと言う事だだ。

 今日明日と、短時間で用意出来る様なものでは無かった。

 

「そこを何とかするのが男の甲斐性って言うんでしょ、日本じゃ」

 

「男が困ってると、そっと助けてくれるのが内助の功(女性の嗜み)だって聞いたけど?」

 

「へぇー わタしってソウ言う日本語、語彙を知らナクて判らないワ」

 

 シンジの反論を鼻で笑って、如何にもな胡散臭いイントネーションで返事をするアスカ。

 口では勝てぬと、何度目かの敗北を理解したシンジは、深いため息をついた。

 それからそっと言い添える。

 

「一応、スパイシーに味付けをしたチキンのサンドイッチを用意したから、勘弁しておいて」

 

Danke(ありがとう)

 

 

 こそこそと会話していたシンジとアスカを見て、葛城ミサトは何となく綾波レイの心情を理解するのだった。

 2人が惚れた腫れた(steadyな関係)の類では無い事は、会話に親密さがあっても糖度(love)が感じられない事や碇家(プライベート)での姿を見ていて判っているし、そもそもアスカは常に加持リョウジが大好きだと公言しているのだ。

 だが、それでも誤解しそうな距離感がシンジとアスカにはあった。

 共に努力家であり目的の為には骨を惜しまぬ性格をしている。

 正に馬が合った、と言う事なのだろう。

 そんな風に納得した葛城ミサトは、綾波レイの上申を受け入れる事とした。

 

「ならレイ、今回はお願いね」

 

「判りました」

 

 

 

 

 

 地上を往くエヴァンゲリオン。

 展開用の専用システム ―― 鉄道輸送システムが浅間山付近までは無い為、陸上輸送専用車(エヴァンゲリオン・キャリー)に乗せられて運ばれる。

 幸い、高速道路であれば対向車線も含めて4車線占拠する事で移動が可能な為、浅間山近くの小諸市までは移動が可能であった。

 無論、その様は完全に高速道路を封鎖しての移動である為、移動するエヴァンゲリオンの姿はマスコミの手を借りる迄も無く民間に広がっていった。

 高速道路入り口を封鎖している警察や戦略自衛隊の車両、隊員の姿。

 赤色灯を回したパトカーに先導され、高速道路を移動していく超大型車両(エヴァンゲリオン・キャリアー)の姿。

 搭載しているモノの詳細は、薄灰色(都市型迷彩色)の防水カバーに隠されて判らぬが、尋常ではないモノを運んでいる事だけは、その物々しい雰囲気から、理解出来ると云うものであった。

 そもそも、それ以前の、第3使徒との闘いから日本の地図を書き換える勢いでの戦闘が続いていたのだ。

 隠蔽しようと言うのが無理、と言うべきであった。

 結果、NERVは日本政府と協議のうえで、NERVの事と使徒の事とを慎重に公開していく事としたのだった。

 だが、エヴァンゲリオンに関してはまだ良かった。

 少なくとも専用の輸送手段は整っていたのだから。

 問題は支援機、JA(ジェットアローン)である。

 元は技術実証機を改造した機体である為、そもそも、移送と言うモノを考慮に置いた構造になっていなかったのだ。

 幸い、エヴァンゲリオンに似た寸法であった為、分解して輸送する事となった。

 全幅をコンパクトにする為に両腕を肩部分から分離させたのだ。

 それ以外にも、作業支援用として増設されたクレーンの類も分解されている。

 結果として、輸送後には機能確認も含めて半日は必要と言う大仰なシステムとなっていたが、支援機としての利便性と、何よりも電力供給能力が評価されている為、現時点では仕方がない事とNERV作戦局としては是非も無いと受け入れていた。

 

 

 煌々とライトに照らされた高速道路を走る、大名行列めいた(NERV御一行様と言った塩梅の)車列。

 その様をNERV本部の上級者用歓談室に持ち込んだノートパソコンで見ながら、葛城ミサトは物思いに耽っていた。

 別に仕事はしていない。

 第3新東京市から小諸市までは、車列の長さもあって半日近く必要となるのだ。

 その間中、気を張っているのも面倒くさいと言うものであった。

 そもそも作戦局の部下が思い思いに休憩できる様にと、此方に来ていた。

 

 手には珈琲を淹れたカップがある。

 それが冷めきっている辺りに、葛城ミサトの思索が長い事が判る。

 考えているのは、部隊の移動であった。

 JA程ではないにせよ、エヴァンゲリオンも移送には手間が掛かっている。

 今回の事では移動に時間が掛かっても大きな問題とはならぬのだが、()()であればそう云う訳にはいかない。

 さて、どうするべきかと考えていたのだった。

 そこに赤木リツコがやってきた。

 

「あらミサト、まだ居たの?」

 

 疲れた顔をして、手には書類の束を抱えている。

 赤木リツコも又、仕事に来たのだった。

 

「移動は明日のあさイチ、レイと一緒にチョッパー(CMV-22B)で現地入り予定。四六時中、責任者が傍に居たって迷惑ってモンよ」

 

 チョッパーとは本来はヘリコプターのスラングであったが、葛城ミサトのいい加減さもあってNERVでは垂直離着陸機(飛行機)であるCMV-22Bの事を、そう呼んでいるのだった。

 尤も、軍事的素養の無い赤木リツコは知らなかったが。

 

「そうね。しかめっ面した指揮官何て鬱陶しいだけでしょ」

 

「へー へー その通り」

 

 葛城ミサトの隣のソファに座る赤木リツコ。

 天井を見上げる様にして溜息をつく。

 

()()()()?」

 

「ええ。何とか。予定通り明日の朝には現地に送れるわよ」

 

 尋ねたモノは勿論、NERV技術開発局で製造していた観測機だ。

 当初は余裕で完成し現地へと送り届ける予定だったのが、製造が遅れていたのだ。

 それは、通常の観測だけではなく、使徒の卵に接近できる様に限定的であっても機動力が付与されていて欲しいとの要望が追加で出た為、機体構造の再検討から始まって設計変更が行われた結果だった。

 責任者である赤木リツコの負担は極めて大であった。

 

「ゴミン、助かったわ」

 

「せいぜい感謝する事ね」

 

「しますします、神様仏様赤木リツコ様!」

 

 拝む様な仕草を見せる葛城ミサトに、赤木リツコも噴き出す。

 とは言え葛城ミサトの謝意は本気であり本音であった。

 観測機が無ければ、浅間山にまで行く意味が全く無いのだから当然であった。

 

「ホント、ミサトは現金ね」

 

「感謝しているのは本当よ? だから珈琲だって赤木リツコ様の為に淹れちゃうわよ」

 

「結構よ。ミサトが淹れるより自分でやった方が美味しいもの」

 

「ゑ~」

 

 気楽い会話を繰り広げる2人。

 葛城ミサトの分まで淹れてあげる赤木リツコ、珈琲が趣味だと言うのが良く判る仕草であった。

 豊かな香りが歓談室に満ちる。

 気分転換の雑談、その話題に関しては途切れる事は無かった。

 と、話題の中で特に盛り上がったのは綾波レイに関してであった。

 積極性を見せたその姿は、葛城ミサトは勿論、()()()()()()()赤木リツコすらも知らない姿であった。

 

「驚いたわね」

 

「ええ」

 

「あの後、ミツキから改めてレイの処遇の改善を図るべきだって強い調子で言われたわ」

 

「ああー」

 

 葛城ミサトと赤木リツコの大学同期で、NERVでは作戦局支援第1課課長として子ども達(チルドレン)の全般を支えるのが天木ミツキだ。

 その職務は、訓練と同時に生活全般も含まれている。

 そう、今の綾波レイの住環境その他の改善は、支援第1課が常に問題として考えている事であったのだ。

 隣人の住まない、廃墟同然の単身者用マンションに1人で住む綾波レイ。

 幼少期から()()であり、()()であるが故に、生活環境の変化による心理面への影響を考えて、手が出されていなかった聖域であったのだ。

 エヴァンゲリオンを動かすのは心。

 ()()であるが故に、心に影響が出る事にNERVは慎重であったのだ。

 

「それでミサトとしては?」

 

「受け入れるべきって思ってるわ。正論だし、何より他の2人(シンジとアスカ)と生活環境に差があり過ぎるってのは、正直、どうかって思うもの」

 

「そうね………」

 

「そういうリツコはどう見る?」

 

「ま、情動の発育が遅れていたレイが、そうね、成長し始めたって事ね」

 

 良い話だと、他人事の様に言う。

 とは言え本音は別だった。

 赤木リツコの情夫 ―― NERV総司令官である碇ゲンドウは、その野望故に受け入れないのではと思っていた。

 人類補完計画の鍵となる存在、それが綾波レイなのだ。

 そうであるが故に綾波レイの成長と言う名の変化、言ってしまえば()()を受け入れるだろうか、と。

 

「兎も角、そこは最後は碇司令の判断ね」

 

ミツキの所(支援第1課)が子どもの環境全般は担当しているから、そこまでの決裁は要らないでしょ?」

 

「あっ、そ、そうね」

 

 そう言えば、建前の為にそう言う風に(チルドレン関連の権限譲渡を)した事を思い出した赤木リツコ。

 どうやって止めるか。

 そもそも止めるべきなのか。

 怜悧な赤木リツコでも即決しえない問題であった。

 だから、最後には匙を投げた。

 或いは棚上げした。

 天木ミツキの要請を、葛城ミサトが自分の権限で受け入れて決定した。

 その事を自分は知らない。

 関係ない、と。

 

 そもそもとして、情夫の別の女の事まで考えてやる義理は無いでは無いか。

 疲れていた赤木リツコの理性的な脳細胞は、そう言う俗めいた結論を出し、女性としての感情がそれを支持した。

 後で知って、碇ゲンドウが慌てる様を見るのも楽しみだ。

 どれ程に慌てるだろうか。

 日頃澄ましている髭面をどれ程に歪めるのだろうかと、そんな手酷い未来予想図を赤木リツコは少しウットリと想像してしまって(駄メンズを愛でる母的な感情を抱えて)いた。

 

「ん? リツコ、どった?」

 

「何でも無いわ、何でも」

 

 

 

 

 

 関係各位の様々な努力や心労、疲労を乗り越えて第8使徒を偵察する機材、部隊の準備は整った。

 最初の機材よりも高性能、更なる深々度まで潜れる機材を得た浅間山地震研究所はホクホク顔であった。

 しかも、使徒の偵察任務での運用は、その費用をNERVが持つ事と定められたのだ。

 笑顔にならぬ方が不思議と言うものであった。

 

 そしてエヴァンゲリオン4号機とJAであるが、此方は少し離れたスキー場跡地に展開していた。

 直線距離で10㎞以上も離れていたが、浅間山地震研究所の敷地は全高40m級と言う巨大で重量のあるエヴァンゲリオンを配置する余力が無いから仕方がない話であった。

 或いは当然の話とも言えた。

 兎も角として、エヴァンゲリオンを含めたNERVの実働部隊は取り敢えずは数日、現地にて待機して撤退するモノとされた。

 使徒と向かい合うが、実戦の危険性はないと誰もが考えていた。

 最終日には手早く片づけを行い、近くの温泉宿に宿泊して英気を養う事も考えられていた。

 無論、NERVの予算で行う事を作戦局局長代行(葛城ミサト)が自らの権限で決定し、決裁していた。

 葛城ミサトは経費の使い方を心得ていたと言うべきであろう。

 

 誰もが気楽に構えていた。

 深々度特殊環境観測機(スーパーダイバー)がマグマに潜るまでであった。

 以前に計測した深さに潜った観測機が見たのは、以前とは異なる形へと変容していた使徒の卵であった。

 観測機のセンサー群は、その変化が急速に続いている事を示していた。

 それは信じられない速度であった。

 卵の内側に影も形も無かったものが急速に生まれていく。

 それは生命の成長にも似ていた。

 

「まずいわ、羽化を始めたのよ。計算より早すぎるわ」

 

 赤木リツコが信じられないとばかりに声を挙げる。

 科学者としての常識が、目の前の現実を処理しきれなかったのだ。

 信じられない、ただそれだけであった。

 だが、実務屋(軍人)である葛城ミサトは違った。

 

「まさか、コッチに気付いたって事!? エバーは離して置いてあるのに!」

 

「恐らくは観測機ね、あの極地に来た存在を敵として認識したんだわ」

 

「ちっ」

 

 忌々し気に舌打ちした葛城ミサトは、凛とした声を張り上げる。

 それは有無を言わさぬ命令であった。

 

「総員撤退! 浅間山地震研究所は放棄! それからエバーに連絡、レイに搭乗待機を伝達! 急いで!!」

 

 誰もが予想しなかった形で、第8使徒との闘いが始まる。

 

 

 

 

 

 




2022.06.19 文章修正
2022.06.25 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06-4

+

 浅間山にてエヴァンゲリオン4号機が第8使徒と交戦を開始する。

 その一報を聞いた誰もが、NERVの現場指揮官が暴走した(葛城ミサトがやらかした)と思い込んだ。

 特に、葛城ミサトの性(使徒に対する高い戦意)を知る人間であればある程に、その独断専行を疑ったのだった。

 そして同時に、葛城ミサトを管理する碇ゲンドウ(陰謀屋の策動)を疑った。

 それはある意味で、実績や評判による評価と言うべきものであった。

 

 

 葛城ミサトには直接命令を下し、釘を刺した碇ゲンドウ。

 日本政府も国連人類補完委員会も、今回の使徒に対する攻勢作戦は認めなかった事を伝え、キチンと納得と同意も得ていた。

 実際、浅間山に持っていく機材を確認した際、エヴァンゲリオンがマグマに潜れる装備は無かった。

 開発中の特殊環境装備の所在も確認したが、所定の位置から動かされていなかった。

 だからこそ、碇ゲンドウは困惑していた。

 現場からの報告は、混乱したモノとなっており要領を得ない。

 腹心と言って良い赤木リツコも現地に居るのだが連絡が取れないのだから仕方がない。

 NERV総司令官執務室でジリジリと、続報を待っている碇ゲンドウ。

 その手元の電話機が鳴る。

 漸くの続報、詳細かと急いで取れば、予想外の相手であった。

 

「私だ」

 

『私だ、ではない!! 碇君! 君、これはどういう事だね!?』

 

 SEELEであった。

 NERVの部内回線に割り込んで来た上位者 ―― SEELEの構成員(メンバー)の中で、対外交渉の類を担当する人間であった。

 当然、()()()()()()()()()()()()()()()

 怒髪衝天と言わんばかりの勢いで、怒鳴っている。

 受話器を少しばかり離さねば、耳鳴りがするほどの大声だ。

 顔を顰めつつ、ご意見を拝聴と言う風に返事をする碇ゲンドウ。

 常日頃の、閉鎖回路仮想会議でなかったお陰で、顔を取り繕う必要が無いのが有難い。

 そんな事を思いながら。

 

「申し訳ございません。我々としてもまだ詳細が入っておりません、入り次第、即座にご報告いたしますので、それまでお待ちいただければ」

 

 慌てるなハゲ、と言う様な本音を幾重にもオブラートに包み込んで返事をする。

 

『情報操作は君の得意とする所ではなかったかね!?』

 

「そう言う懸念を抱かれている事は理解します。ですので、解析前の情報を提出致します。宜しいでしょうか?」

 

 生情報の海に溺れて溺死しろ、分析と解析と評価は面倒くさいのだと言う本音を飲み込んで、淡々と上申する。

 と、別の電話機が鳴った。

 部内の非常用回線だ。

 恐らくは浅間山での報告なのだろうと、手を伸ばす碇ゲンドウ。

 ついでに、この面倒くさいSEELEへの対応を終わらせる事が出来るとばかりに電話を終わらせようとする。

 

「失礼します」

 

『切るな! 報告なら私にも聞かせたまえ!!』

 

「はい ――」

 

 上位者(SEELEメンバー)に言われては仕方がないと、通話機を切らずに非常用回線を取る。

 ついでに、スピーカーモード(ハンズフリー)ボタンを押す。

 小さな嫌がらせと言う事も考えたが、聞こえないと怒鳴られても面倒くさいと思ったのだ。

 中間管理職の悲哀的なモノを感じつつ、組織トップらしい声を作る。

 

「―― 私だ」

 

『失礼します碇総司令官。作戦局第1課ギースラーです。現場との連絡が回復した報告が上がりました』

 

「ご苦労。で、ギースラー少佐。状況はどうなっているのかね?」

 

『はっ、葛城中佐ら現場スタッフは現在、使徒の羽化に伴って浅間山の観測ポイントから撤退。現在、山麓の実働(エヴァンゲリオン)部隊との合流を図っているとの事です』

 

「通信途絶は、使徒による妨害か?」

 

『はっ、詳細は不明ですが、第6使徒での前例がありますので、その可能性は高いかと』

 

「理解した。確認だが、葛城中佐はエヴァンゲリオンを浅間山の研究所付近へは持ち込んでは居ないな?」

 

 無論、この質問の目的は、SEELEに対する釈明であった。

 

『事前の計画通り支援機と共にポイントα、接収したスキー場跡地で迎撃準備を進めさせています』

 

「判った。A-17の発令、及び近隣住民の避難に関しては此方から日本政府に手を回す。作戦局として何かあるか?」

 

『今回、長距離移動訓練と言う事で国連軍(火力支援)部隊が現地におりません。至急、本部待機の2機を投入するべきと判断します』

 

「良かろう。作戦局の判断に口は挟まぬ。全力でやれ」

 

『有難うございます、全力で__ 』

 

 そこまで言った時、パウル・フォン・ギースラーの電話機の向こうで声が上がり、言葉が止まった。

 受話器(マイク)を手で遮り、会話する気配。

 少しばかりの時間の後、改めて話し始めた。

 

『現地からの報告です。地中から使徒が出現、空を()()()()()との事です」

 

 

「空を ―― 」

 

『―――― 泳いでる?』

 

 余りにも想定外の言葉(報告)に、異口同音にオウム返しをする事となった碇ゲンドウとSEELEのメンバー。

 それから、まるで目線を合わせる様に碇ゲンドウはSEELEと繋がる受話器を見たのだった。

 

 

 

 

 

 大急ぎで進められるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の空中輸送準備。

 第3新東京市郊外の軍民共用型の大規模国際空港(第3新東京市空港)へ、直結された地下輸送路(ルート)を使って2機のエヴァンゲリオンを輸送。

 そこからエヴァンゲリオン輸送用の超大型全翼機、CE-317(Garuda)に積み込んでいく。

 その作業の傍ら、格納庫内の片隅で碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの2人は現地情報と作戦内容の告知(ブリーフィング)を受けていく。

 共に既にプラグスーツを着込み、上にはポンチョ風の待機上衣(オーバーコート)を着ている。

 椅子に座り、現地に居る葛城ミサトに変わって指揮を執るパウル・フォン・ギースラーの言葉を聞いていく。

 第8使徒の情報。

 エヴァンゲリオン4号機の状態。

 そして近隣住民の避難状況。

 戦闘に必要な情報を叩き込んでいく。

 

「正直な話として、今回、あの現場での戦闘は想定されていなかった。故に、国連軍部隊の展開と住民の避難が遅れている。戦闘が始まった場所は過疎地であった事は幸いだが、戦闘を継続しながらも戦闘エリアはゆっくりと南下している」

 

コッチ(第3新東京市)を狙って動いているって事?」

 

「恐らくは。4号機との戦闘を継続しつつ、それを忘れていないと言った所だろう」

 

じゃっとなら(そうなら)こけをあけてよかとな(2機とも出撃してしまって大丈夫なんですか)?」

 

 シンジの訛のキツさに閉口しつつ、だが、それが正論であると認めて頷くパウル・フォン・ギースラー。

 歴戦(ベテラン)の機甲将校らしい果断さで、結論を口にする。

 逃がさなければ良い、と。

 

「第8使徒がどの様な能力を隠し持っているかは判らない。もしこのまま第3新東京市を狙ってきた場合、その過程でどれ程の被害が地上に齎されるか判らない」

 

 浅間山一帯から第3新東京市を狙う際、人口密集地帯としては甲府盆地がある。

 迂回された場合、関東平野北部が含まれる可能性もある。

 或いは日本の中心、首都第2東京(松代)に被害が出る事も想像される。

 逃す訳にはいかなった。

 そもそも、再度マグマにまで潜られてしまえば位置を捕捉する事は不可能になる。マグマを介した攻撃など行われれば、その被害は想像も出来ない事になるだろう。

 

「よって、今、あの場で使徒を仕留める。判ったかい?」

 

わかいもした(判りました)!」

 

Jawohl(任せて)!」

 

 力強い返事をした2人に、パウル・フォン・ギースラーは深い満足を覚えながら頷いた。

 それから細かい注意点を述べていく。

 最大のモノは、事前に物資の集積が行えていないので、携帯していく以上の武器の補充には時間が掛かると言う事であった。

 現在、大型輸送機は2機が就役している。

 その2機でエヴァンゲリオンを輸送後に、改めて武器を輸送する手筈となっているのだ。

 どれ程に急いでも1時間は必要と考えられていた。

 

「だって。シンジ、気を付けなさいよ?」

 

「最後に壊したのはアスカだと思うよ?」

 

「言うわね………」

 

「注意と、事実は大事だからね」

 

「オーケェー なら、この使徒との闘いで白黒つけようじゃないの」

 

 好戦的な顔を見せるアスカに、シンジも退かない。

 笑い合う。

 

「フフッフフフッッ」

 

「ま、僕が勝つよ」

 

「言ってなさい。その代わり負けたらFleischkäse(型焼きソーセージ)、出してよね」

 

「フラッ、ってアレ? 前に一緒に探した時に無かったじゃないか、納得したんじゃなかったの!?」

 

 2人で自転車にのって第3新東京市縦横に探したのだ。

 芦ノ湖周辺だけではなく北は甲府、南は小田原まで1日かけて走り回ったのだ。

 思い出して食べたくなったアスカが、案内役と称してシンジを引っ張り出し、何軒回っても見つからず、もはや引けぬとばかりに肉屋をしらみつぶしにしたのだ。

 ヤケクソと言える行動であった。

 その日の走行距離は100㎞を越えていた。

 それを可能とする2人の体力、そして根性であった。

 尚、そこまでしたにも拘わらず、フライシュケーゼは見つからなかったが。

 

「大丈夫、レシピを見つけたから作ってくれれば良いわ♪」

 

 我儘を、実に楽しそうに言うアスカ。

 シンジはため息と共に受け入れた。

 一度言い出したら引かない性格だとは、もう理解していたのだ。

 

「………出来には余り期待しないでよ?」

 

「そこは信じているわよ、シェフシンジ?」

 

「はいはい」

 

 

 子猫のじゃれ合いめいた2人の会話を、パウル・フォン・ギースラーは頼もし気に見ていた。

 それは2人が此れから挑む作戦を思えばこそだった。

 高高度から動力降下(パワーダイブ)しての戦闘。

 それも敵の能力は未知数。

 そして支援は少ない。

 大の大人でも、並の人間ではしり込みする様な難易度の高い作戦だ。

 軍事的に言えば、映画など(パルプフィクション)なら兎も角、現実であれば作戦内容の再検討を上申される内容(ミッション)だ。

 だが2人は、直ぐそこに命の危機と隣り合わせのソレが迫っているにも関わらず、緊張感のない常の態度を続けていた。

 否、緊張をしていない訳ではない。

 シンジは少しばかり口数が減っていた。

 アスカはいつも以上に饒舌 ―― 挑発的になっていた。

 だがそれは難易度故の事であり、責任感に由来するものであり、決して怯懦の類では無かった。

 それをパウル・フォン・ギースラーが判るが故の事であった。

 軍人にとって実戦経験を持つ事は重く、無条件で敬意を向けられる事がある。

 パウル・フォン・ギースラーは、自身も戦車乗りとして14年前の日々(アフター・セカンドインパクト)で数限りない戦闘をしていた。

 ()()()()()、数は少なくとも人類という重圧を背負い、濃密な戦闘を経験している2人を評価していたのだ。

 だからこそ、子どもであると侮らない。

 

 と、少佐! と連絡員が声を挙げて手を振った。

 親指を立てている。

 準備完了を意味するハンドサインだ。

 パウル・フォン・ギースラーも手を挙げて応じる。

 

「さて、小さき戦友(カメラ―ド)。戦争の時間だ。勝利を、そしてなにより無事の生還を祈る」

 

 シンジとアスカは立ち上がって背筋を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 第8使徒。

 マグマ内で羽化し地上へと飛び出してきたソレは、一見すれば腕のある甲殻類か魚の融合体とでも言うべき姿だった。

 或いはマグマを泳いでいたのかもしれない。

 だからこそ、葛城ミサトは撃破(料理/処理)は簡単であると思った。

 陸に上がった河童、或いは地面でピチピチとする姿は釣り上げられた魚めいていたからだ。

 だが、そんな楽観が通じたのは、地上に出現して数十秒の間だった。

 多関節の蛇腹めいた腕が変容したのだ。

 先ず骨が伸びて、それを覆う様に被膜が広がった。

 まるで翼の様になったのだ。

 腕の先、5本の爪も大きく巨大になる。

 

 変容が終わると金切り声めいた咆哮をあげた。

 或いはソレは産声か。

 

 

「またインチキ!?」

 

 浅間山地震研究所から離れた場所から避難し、近くの遮蔽物から双眼鏡で監視していた葛城ミサトが罵声めいた大声を上げる。

 隣で、同じように双眼鏡を見ていた赤木リツコは、嘆息する様に言う。

 

「あそこまで行くと、進化とでも言うべきね」

 

「神の眷属、その権能とでも言うつもり!?」

 

「さぁ? 科学者としては唯々、信じられないってだけよ」

 

 もう、諦めすら漂う貌で煙草を吸っている。

 本来であればもう少し遠くまで後退するべきであったが、第8使徒が地上に飛び出した影響で車が脱輪し、動けなくなっていたのだ。

 人の足の速度では逃げようとしても危険。

 下手な場所で地震めいた事が起これば危険。

 である以上は、身を隠せる場所に居る方が安全と言う考えであった。

 

「レイは?」

 

「先ほどの、本部(NERV本部第1発令所)との通信で、上がらせるとの事です」

 

 少し離れた場所に、通信機を抱えて来た日向マコトが声を張り上げる。

 そうでないと言葉が聞こえないのだ。

 第8使徒の吠え声と、羽ばたき音が響いているのだ。

 

「結構! さすがギースラー少佐、良い判断ね」

 

「後は支援機様々って所ね」

 

「そうね」

 

 エヴァンゲリオンが十分に活動する為には電気が必要なのだが、そうであるが故に僻地での運用には縛りが発生するのだ。

 それが、自走する電源としての支援機(ジェットアローン)によって運用の自由度は劇的に向上したのだ。

 ジェットアローンは当然で、それと時田シロウと日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)の開発チームには足を向けて寝られないと葛城ミサトは笑った。

 

「見えました4号機です!」

 

 

 

 

 今のエヴァンゲリオン4号機は火力戦を指向するG型(砲戦)装備、その最強の姿である第3形態であった。

 予算的余裕によって生み出された重火力形態である。

 B型(標準)装備との最大の差は、背負っている大型のバックパックであろう。

 これは電力安定供給用の蓄電器(キャパシタ)であり、そして弾倉であった。

 主武装となるEW-23B⁺の480㎜弾は、砲側に用意しようとした場合、どうしても携帯できる弾数に問題を抱えるのだ。

 それ故の、機体側に取り付けた大型弾倉(ドラムマガジン)だ。

 又、それだけではなく、G型装備には1対2本の支援腕(サブアーム)があり、肩に近い場所から伸びていた。

 右の腕は砲を支え、安定した射撃に助けるのだ。

 そして左の腕は、重量バランスも目的とした大型の盾を掴んでいた。

 射撃戦装備と言う事で、足を止めての殴り合い(砲撃戦)が発生するだろうとの想定であった。

 全身を覆える大型盾(カイトシールド)を持つ姿は、大型の槍めいた大口径砲(EW-23⁺)と相まって騎士を彷彿とさせていた。

 尚、EW-23Bが⁺と付くのは、改良が為されているからであった。

 威力に、では無い。

 砲身及びその周辺を補強し、より白兵戦(筒先のバレットでのド突きあい)に適応させた改良品であった。

 これによってEW-23B⁺は砲身で相手を殴っても簡単には歪まず、その後の射撃を可能としているのだ。

 

「本部のエバーは?」

 

「到着まであと15分程の筈です」

 

 先ほどの通信で得た情報と時間経過を加味して報告する日向マコト。

 中々の士官ぶりである。

 

「結構。後は信じて待ちましょう」

 

 

 

 綾波レイにとって第8使徒との闘いは、初めて1人で(前衛無しに)立ち向かう戦いであった。

 シンジが第3新東京市に来るまでは、それが当たり前であり訓練も受けていた。

 だが、訓練と実戦は別物であった。

 その事を認めつつ、エヴァンゲリオン4号機を操っていく。

 EW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)を発砲する。

 480mmと言う空前絶後の大口径砲、その装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が空気すら破砕するが如き轟音と共に吐き出される。

 直撃。

 だが、残念ながらも効果を発揮できない。

 真横から見れば平べったく流線形めいた体が、特殊鋼材で作られた侵徹体(弾頭)の侵食を許さなかったのだ。

 それどころか、攻守が入れ替わる。

 EW-23B⁺の次弾発砲への時間(インターバル)を利用して、第8使徒は吶喊してくる。

 

「っ!」

 

 盾を構え、はじく。

 此方も攻撃を直撃させる(痛打にする)事は許さなかった。

 

 射撃戦闘を主とするエヴァンゲリオン4号機と、空を自由に飛びながら自身を弾丸として突撃する事と主とする第8使徒の戦闘は、千日手めいた状況に陥りつつあった。

 だが、綾波レイは状況の悪さを感じていた。

 そもそも、エヴァンゲリオン4号機のEW-23B⁺は自由な発砲が出来ない。

 ()()()()()()()()()()()

 下手に発砲すれば山を貫通して周囲の、まだ避難の終わっていない居住区に着弾する恐れがあった。

 何より、付近には避難できなかった葛城ミサトや赤木リツコらも居るのだ。

 故に、ネットワーク先のMAGIによる射撃管理を受け入れていた。

 

 では射撃武器を捨て、白兵戦に移行しようとすれば良いかと言えば、そうそう世の中は甘くない。

 射撃武器と比較して射程が無いと言える格闘戦闘は、相手もその気で無ければ発生しえないのだから。

 今、第8使徒はエヴァンゲリオン4号機を敵として認識し攻撃してくる。

 だが、射撃武器を捨てた為に脅威と認識されなくなれば、或いはエヴァンゲリオン4号機を無視して第3新東京市に向かわれる可能性があるのだ。

 簡単に出来る決断では無かった。

 自分だけでは勝てない。 

 その事を理解した時、綾波レイは、L.C.Lとは違う液体、汗が肌を伝わるのを自覚した。

 自分は驕っていたとも思った。

 自分があれば良い。

 自分であれば出来る。

 一撃必殺めいた威力の武器を持つエヴァンゲリオン4号機があれば、勝てない相手は居ないとすら思っていた。

 初号機パイロット(碇シンジ)弐号機パイロット(惣流アスカ・ラングレー)も要らない、自分が居れば何とでも出来るのだと。

 そんな風に思っていたのだ。

 その事を自省した時、綾波レイはスッと肩の力を抜いていた。

 己を嗤う。

 弐号機パイロットの元気の良さ(五月蠅さ)に、自分らしくない事を考えていたのだろうと。

 勝てばよいのだ。

 自分でなくとも、最終的に使徒を倒しさえすれば目的は果たせるのだから。

 

 チラりと時計を確認する。

 先ほど聞いた援軍到達時間が近かった。

 口の端を少しだけ歪んだ。

 笑み。

 その瞬間、通信機が自己主張をした。

 綾波レイはますます笑った。

 

 それは小さな小さな、だが笑みであった。

 

 

 

 大空を往く2機のCE-317(エヴァンゲリオン輸送機)

 その腹の内でシンジとアスカは最後の確認をしていた。

 

「覚悟は良いわね?」

 

『やるよ、やってみせるよ』

 

「そこまで堅くなる事はないわ。難しい事なんて何も無い。アンタはアタシと同じようにすればよいだけだから。カウントから調整から全部、アタシがやる。決めてみせるわ」

 

『信じてる』

 

 緊張は無い。

 只々、覚悟だけがあった。

 シンジはアスカを信じると決めていた。

 その信頼を現す瞳を見たアスカは、深い満足感を覚えて笑った。

 笑いながらに全力で計算をしていた。

 MAGIによる支援はある。

 だが、減速では無く加速しながらの動力降下(パワーダイブ)をするのであれば、MAGIによる計算支援は()()()()()()

 

「あのファースト(綾波レイ)だって、お願いって言った。なら全てをこの惣流アスカ・ラングレーがやってみせる」

 

 それは宣言であった。

 先に行った3人だけの意思疎通(作戦ブリーフィング)、その結果として背負う事となった重圧を、アスカは楽し気に受け入れていた。

 

『ポイントC(チャーリー)通過! 投下予定エリアにカウント30!!』

 

 輸送機の投下管理官(ロードマスター)が通信を入れて来る。

 同時に、エントリープラグ内にカウンターが表示された。

 

「位置情報に変更は?」

 

『無い、機位および対地速度、1号機の位置も含めて合わせてある。リクエスト通りだ。存分にやってきてくれ中尉殿?』

 

「オッケー、パイロットには感謝を言っておいて」

 

『ソイツは終わってから、自分でやってくれるかい?』

 

 捻くれた、無事の帰還を祈る言葉にアスカは益々もって笑った。

 

「んじゃ、戦果を期待しておいて」

 

アイ(了解)! カウント、3…2…1……Good Luck(幸運を)!』

 

 その瞬間、エヴァンゲリオン2機は空中へと放り出された。

 其処から先はアスカの独壇場であった。

 高度から対地速度、その他の情報を読みながら機体を操っていく。

 その過密な情報処理に、アスカは歯を食いしばりながら笑うと言う器用な真似をしていた。

 そしてシンジは、アスカの操作、その一挙手一投足の全てを真似た(ユニゾン)

 

 

 高高度からの降下と言う、危険極まりない作業を、まるで赤子のように只、アスカを信じて真似るシンジ。

 全身全霊をもってアスカを見ていた。

 みるみる迫ってくる地上を見ても、恐怖など覚えてもいなかった。

 

『シンジ! ブースター(加速機)、点火、20秒後!!』

 

「了解!!」

 

 信頼するが故に、本来は減速用のブースターを加速に使おうと言う事に躊躇はしない。

 只、先に言われていた足元に円錐形にA.Tフィールドを展開する事に注力するだけであった。

 

『シンジ!』

 

「アスカ!」

 

 頷き合う。

 そしてアスカは宣言する。

 

Jatzt()!』

 

 その瞬間、寸秒の狂いも無く2機のエヴァンゲリオンは降下を加速させた。

 

 

 

 エヴァンゲリオン4号機のレーダーが降下してくる2機のエヴァンゲリオンを捉えた。

 アスカは宣言通りにやってみせている。

 であれば今度は自分自身(綾波レイ)の番。

 綾波レイは先の作戦会議を思い出す。

 

 アスカの立てた作戦は単純であった。

 綾波レイ(エヴァンゲリオン4号機)が第8使徒を受け止め、その瞬間を狙ってシンジ(エヴァンゲリオン初号機)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)が降下攻撃を敢行する。

 如何にマグマ下でも無傷で動ける様な、驚異的な強度を誇る第8使徒の外殻であっても、動力降下攻撃(エナジー・フォールダウン)を喰らえば無傷では済まないだろう。

 それでも健在であれば、降下吶喊した2機のエヴァンゲリオンで第8使徒を拘束し、3機がかりでA.Tフィールドを中和した上で、エヴァンゲリオン4号機の火力を零距離射撃で叩きつけると言う段取りであった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やってみる」

 

 自分を鼓舞する様に呟く。

 加速して突進してくる第8使徒。

 それを前にして、エヴァンゲリオン4号機は盾を構える。

 だがそれは防御としての構えでは無い。

 大型盾の尖っている下側を、第8使徒へ突き付ける様に構える。

 腰を入れる。

 左のサブアームに加えて左腕でも盾を掴み、更に右腕も添える。

 

「パワー戦、4号機行くわよ」

 

 綾波レイの宣言に従って盾の裏側に潜んでいた巨大な歯、或いはペンチめいた物(相手を噛みしめ拘束する機構)が出て来る。

 凶悪なソレ()が、開く。

 

 隠されていた狂()

 ソレは綾波レイの戦意の象徴とも言えた。

 

「往くっ」

 

 

 

 

 

 其処から先を多く述べる必要は無いだろう。

 真っ向から力で挑み、第8使徒を見事に掴まえたエヴァンゲリオン4号機。

 後方に居たジェットアローンまで出て来て、2機掛で拘束する。

 そこに勢いよく突っ込んできたエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 大地へと串刺しにする一撃。

 痛打を受け、だが致命傷にはならなかった第8使徒。

 恐るべき強度、そして再生力。

 だが、もうお仕舞であった。

 

ファースト(綾波レイ)!』

 

綾波サァ(綾波さん)!』

 

 異口同音に放たれた言葉に背中を圧される様に、綾波レイは機体を駆る。

 第8使徒の口先にエヴァンゲリオン4号機は長大なEW-23B⁺を槍めいて突き刺し、そしてありったけの弾を口腔内へと叩き込んだからだ。

 如何に外殻が堅くあっても、内側はそうではない。

 そうでは無かったのだ。

 

 第8使徒はズダズダとなって終わった。

 尚、危惧された自爆も無かった。

 

 

 

 

 

 




2022.06.22 誤字修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06-Epilogue

+

 第8使徒を見事に撃破する事に成功したエヴァンゲリオンと子ども達(チルドレン)

 だが撤退は、展開程に簡単に出来る訳では無かった。

 エヴァンゲリオンを陸送可能な陸上輸送専用車(エヴァンゲリオン・キャリー)は1台のみであるからだ。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機を運んだCE-317(Garuda)であるが、運用するには長い滑走路を必要とし、その上で路面荷重が大きい為に運用可能な空港は限られているのだ。

 そして浅間山の近隣で言えば松本空港があるが、残念ながらも運用不可能であった。

 結果、3機のエヴァンゲリオンが全て第3新東京市に撤収するまでは約1週間が予定されていた。

 

 

「ここら辺は、今後の検討課題よね」

 

 戦塵(砂埃)にまみれたまま、葛城ミサトは椅子に座って珈琲を啜る。

 打ち身に捻挫を抱えているが、特に大きな怪我は負っていなかった。

 エヴァンゲリオンの戦闘を間近で見てこの程度で済んでいるのだから、幸運と言うべきだろう。

 持ち込んでいた大型装輪指揮車は、落石で半壊しているにも関わらずなのだから。

 幸い、それは葛城ミサトに限らずであった。

 車を降りて、近くの遮蔽物などの陰に隠れていたお陰だった。

 

陸送車(陸上輸送専用車)3号機分、補正予算で欲しい所ですね」

 

 合いの手を入れる日向マコト。

 此方は少しばかり運が悪かったのか、頭に血の滲んだ包帯を巻いている。

 それを改めて見て、葛城ミサトは苦笑と共に言葉を発する。

 

「先ずは、ヘルメットの用意かしらね」

 

「ははははっ、いや確かに。私以外でも軽傷が5名出ましたからね」

 

「仕方がないって言うのは(指揮官失格)だけど、でも、今回は予想外よね」

 

「ええ、全くで」

 

 そもそも、大型装輪指揮車を浅間山地震研究所に持ち込んだのも、演習だからだったのだ。

 そこからシームレスに実戦に接続されると言うのは、確かに想定外ではあった。

 無論、それは油断()であり、その点を葛城ミサトは強く自省していた。

 自分たちが選択(攻撃)する側に居ると言う、思い込みが原因であった、と。

 

「取り合えず、今日は骨休めよ。近くの温泉宿を取らせているから、日向君も手持ちの仕事が終わったら、ソッチに行ってて」

 

「葛城さんは?」

 

「行くわよ? 指揮官(責任者)のお勤めが終わったら…だけどね」

 

 取り敢えず、日向マコトらが集めた情報を元に碇ゲンドウに報告せねばならないのだ。

 最悪、詰め腹かと思いつつも、そんな内心をおくびにも出さずにこやかに笑って答えていた。

 

 

 

 

 

 部隊集積場所に指定された菅平高原の廃スキー場。

 巨大と言って良いエヴァンゲリオン3機とJAが並ぶさまは壮観の一言であった。

 とは言え、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機はうつぶせに寝そべった姿勢となっていた。

 トラブル(機体故障)が原因だ。

 高高度からの動力降下(パワーダイブ)による飛び蹴り(スーパー稲妻キック)を敢行したのだ、足周りに不調が出るのも当然であった。

 足回りに不調が出ているのはJA(支援機)も一緒だ。

 此方は別に無理をした訳ではないのだが、そもそもが実験機(技術実証機)

 山岳地帯で運用する様には作られていなかったのだ。

 それをMAGIと技術開発局の総がかりで作られた運用プログラムで、無理矢理に動かしている部分があるのだ。

 そうなるのも仕方がないと言う話であった。

 此方も酷い恰好で座っている。

 擱座と言うのが相応しい有様であった。

 とは言え、時田シロウを筆頭にしたJA運用班は、今回の作戦行動での実績(運用データ)に大喜びであったが。

 エヴァンゲリオンを支え活躍したと言うのも大きい。

 だが何より実用的なJAへの改良の為に、或いは後継機として計画されているX-JA2(スーパージェットアローン)に役立つ貴重な情報である、との事であった。

 

 そんな3機と比べ、無理をしなかったエヴァンゲリオン4号機は余裕があった。

 誘導員の持つ誘導用ライトに従ってエヴァンゲリオン4号機を動かし、指示された平地で駐機姿勢を取らせる綾波レイ。

 そこにエヴァンゲリオン4号機に機体固定作業車と整備ユニット車とが取り付いていく。

 巨躯を誇るエヴァンゲリオンは、単体での姿勢維持は簡単ではないのだ。

 特に補強がされていない、地盤強度の不明な場所では。

 

『機体各部、ロック(固定)確認。パイロットは野外マニュアルBに従って降機せよ』

 

「了解。04パイロット、降機します」

 

 野外に於いては機体管制官(コントロール)も担当するエヴァンゲリオン4号機機付き長の高砂アキの(仕事向け言葉)に従って、降機手順を進める綾波レイ。

 野外マニュアルBとは、その名の通り野外でのエヴァンゲリオンの運用に関するパイロット用のマニュアルであり、L.C.Lの機体への回収や、エントリープラグの排出停止位置などが定められている。

 特に重視されるのはL.C.Lの回収と再利用だ。

 L.C.Lも野外 ―― 第3新東京市の外では貴重品なのだ。

 

 

 綾波レイが機体の外に(エントリープラグから)出れば野外搭乗デッキ ―― エヴァンゲリオンの首元の高さに展開された整備ユニット車のデッキで、高砂アキが大きなバスタオルを持って待っていた。

 真っ白でフワフワのタオルだ。

 そっとL.C.Lに濡れた綾波レイに掛けてあげる高砂アキ。

 口調からは想像も出来ない、優し気な仕草だ。

 

「気を付けて降りてね」

 

「了解」

 

 

 

 専用の昇降ユニット(ゴンドラ式エレベーター)で地面に降りた綾波レイ。

 バスタオルで顔を拭きながら周りを見る。

 搭乗員(チルドレン)待機車を探した。

 タオルで顔や髪を拭いたとはいえ、乾きかけのL.C.Lは不快であるからだ。

 そもそも、血めいた臭いなのだ。

 好んで纏っていたいモノでは無かった。

 それに装いも。

 拘束感のあるプラグスーツも快適とは少し言いづらい。

 

 シャワーを浴びて、着替えがしたい。

 そう思っていた綾波レイの目に飛び込んできたのはプラグスーツのまま腕を組み、威風堂々と言った塩梅で立つ惣流アスカ・ラングレーと、碇シンジの姿だった。

 2人とも、バスタオルは当然としても体のラインを隠せる待機上衣(オーバーコート)すら着ずに何かを話している。

 議論している風にも見える。

 が、綾波レイにとって興味は無い。

 そこに近づくのは、2人が居るのが搭乗員(チルドレン)待機車のそばだからだ。

 

 と、綾波レイに気付いたアスカが良い笑顔で近づいてくる。

 

ファースト(綾波レイ)!」

 

「なに?」

 

「手」

 

 そう言いながらアスカは右手をかざす様に自らの顔の横に挙げた。

 

「……なに?」

 

「ほら、綾波さん、困惑したじゃないか」

 

 シンジが苦笑めいたものを浮かべつつツッコむ(指摘する)が、アスカは気にも留めない。

 プィっと顔をシンジとは別の方向に向けて悪態をつく。

 

「うっさいバカシンジ」

 

 其処に悪意めいたモノや反発などないのは綾波レイにだって良く判る。

 少しだけ拗ねた様な言い方だ。

 それから綾波レイに改めて話しかける。

 

「ね、こうやって真似して」

 

 にぎにぎっと右手を開いて閉じて、それを真似しろと言う。

 何がしたいのか判らない。

 判らないが、取り合えずしなければ気が済まない様だと理解する。

 

「………それで良いなら」

 

 綾波レイが右手を挙げた瞬間、アスカの右手が一閃する。

 快音。

 綺麗な音と共にアスカの右手は綾波レイの手を捉えた。

 ハイタッチ。

 

「使徒へのトドメ、良い根性を見せたわね。動きを止めさせた事と言い、ホント、アリガト」

 

 満面の笑みで言うアスカ。

 何故なら、動力加速キック(エナジー・フォールダウン)を喰らわせる直前、使徒の運動性能はアスカの読みよりも加速していた。

 綾波レイが根性を入れて正面から抑え込まねば命中しなかった可能性があったのだ。

 それは、或いはアスカのミス(計算違い)であった。

 綾波レイの献身が、それをひっくり返したのだ。

 謝意と感謝、そして勝利の情動をアスカが発散しようとするのも、ある意味で当然の話であった。

 

 只、綾波レイの反応は想定外であっただろうが。

 

「痛い」

 

 初めてしたハイタッチ。

 右の掌は、ジンジンとした痺れを綾波レイの脳みそに伝えた。

 

「ジンジンするわ」

 

「それが勝利の感慨ってモノよ」

 

「そう、勝利の。なら弐号機パイロット(アスカ)………」

 

 先ほどのアスカと同じ仕草を見せる綾波レイ。

 その意図を理解したアスカは同じように右手を差し出した。

 予想通りに右手を振るう綾波レイ。

 予想外であったのは、スナップが効いた()()は、間違ってもハイタッチなどでは無かったと言う事。

 あからさまに平手打ちであった。

 

「った!?」

 

「どうしたの? 勝利の感慨なんでしょ」

 

「オーケェ、アンタとは一度、じっくりと話し合う必要があると思ってたのよ」

 

「そう。アナタがそう思うのならそうなのでしょうね」

 

 綾波レイの言葉に、シンジは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などの含意を聞いた気がした。

 そして、甲高い金属音(戦いのゴング)が鳴った風にも。

 

 只、自分が何か出来ると思う程に傲慢でなかったシンジは、それを口に出す事は無かった。

 義父の薫陶通り行儀良く、傍観者に徹するのだった。

 曰く、怒ってる女性は怖い。

 これが2人で喧嘩している時など怖さは二乗以上になってくる。

 そこに干渉などしたら自分に来るのだから、と。

 静観静観、息を潜める。

 男に出来るのはそれ位だ。

 実に亭主関白(カカァ天下)な鹿児島の漢らしい意見であり、妻や母、それに娘などの女傑(おごじょ)に囲まれて生きる男の処世術であった。

 シンジは勿論、一緒に居た義兄も素直に頷くしかない金言であった。

 

 悟りめいた表情のシンジの前で、10の20のと平手の叩き合い(殴り合い)を繰り広げたアスカと綾波レイ。

 女性と言うモノに対する幻想が剥げ落ちていく、事は無かった。

 そもそも、鹿児島で薬丸自顕流の鍛錬の場には妙齢から幼女まで居たのだ。

 護身やらストレス発散やら、理由は色々とあっただろうが、揃いもそろって奇声(猿叫)を挙げて、横木を折れろと言わんばかりに振るっていたのだ。

 そんな環境に居たシンジに、女性と言うものに幻想など抱けるはずが無かった。

 

 はたして。

 30を超えた辺りで、叩き合いはピタリと止まった。

 アスカは不敵に笑っている。

 綾波レイは無表情に見えて口元を歪めている、それは笑みの類だろうか。

 

「良い根性よ」

 

「そう、判らないわ」

 

「褒めてんだから、素直に受け取っときなさい」

 

「そっ、ありがとう」

 

「改めて綾波レイ、惣流アスカ・ラングレーよ。仲良くしましょう」

 

「あなたがそうするなら。綾波レイ」

 

 散々に叩き合った右手で握手するアスカと綾波レイ。

 それを見ていたシンジは、誰に言うまでもなく呟いていた。

 

まっこて(アスカも綾波さんも)

 

 それは只の感嘆詞であったが、シンジの内心を良く表していた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漆) ANGEL-09  MATRIEL
07-1 Asterism


+
知恵ある者とともに歩む者は知恵を得る
愚かな者の友となる者は害をうける

――箴言     









+

 綾波レイの日常は、浅間山の山中で自分の殻 ―― 自分だけで何とでもできると言う自負が壊れた日から激変する事となった。

 1つは家。

 廃墟めいた団地の1K部屋からNERVの官舎、割と広めの尉官級向けの1LDKに移る事となったのだ。

 最初は転居を主導した天木ミツキが、綾波レイの生活をサポート(情緒の育成を)しやすいと言う事で自宅と同じ官舎に転居させようとしたのだが、生憎と家族向けの3DKであった為に断念。

 検討を重ねた結果、白羽の矢が立ったのが伊吹マヤ、そして赤木リツコの居る女性尉官向け官舎(マンション)であった。

 以前から関係があった事もあって、綾波レイはその両名との距離感は比較的親しかった事が決め手であった。

 赤木リツコは仕事がら、家に居る事は少ないが、伊吹マヤはそうでもない。

 そこが、ある意味で()()()()()()

 

 そして今日。

 引っ越しをする際に判明した綾波レイの私物の余りの乏しさに憤慨した伊吹マヤは、これはイケないとばかりに天木ミツキに連絡。

 あれよあれよと話を付けて翌日、綾波レイを家具一式から食器その他の買い漁りに連れ出したのだ。

 家具屋に始まって雑貨屋、アパレルショップまでの大梯子だ。

 

「レイちゃん、次は部屋服も買っちゃいましょう♪」

 

「………必要なら」

 

「勿論、必要よ! 女の子は可愛いが正義なんだから」

 

 そう言ってガッツポーズめいた動きを見せる伊吹マヤ。

 その姿はNERVでは見る事のない年相応の、或いは子どもっぽい仕草であった。

 ストレス発散に買い物が好き。

 特に可愛いモノは大好な伊吹マヤは、自分自身の可愛らしさに無自覚な綾波レイのコーディネートに燃えていた。

 深く(NERV以外で)係わる事の無かった以前は、伊吹マヤから見て綾波レイと言う女の子は、シンプルなモノが趣味(ミニマリスト)に見えていた。

 だが違っていた。

 買い物に出て可愛いモノを見た時、綾波レイは少しだけ表情を動かし、興味深げにしていたのだ。

 伊吹マヤは理解した。

 綾波レイは可愛いモノを、世界を知らないのだ、と。

 だからこそ、燃えているのだった。

 

「可愛いって元気をくれるのよ! 仕事で疲れて果てても、家に帰って可愛いぬいぐるみを抱っこしたら、それだけで元気が湧いてくるもの!!」

 

「そう………」

 

 力強く力説する伊吹マヤに圧倒された綾波レイは、唯々、頷いていた。

 とは言え唯々諾々と従っているだけ、な訳ではない。

 綾波レイも、可愛いモノを見れば少しだけ口元を緩ませて喜んでいた。

 だからこそ伊吹マヤは盛り上がっていたとも言える。

 いろいろなモノを買いあさっていく。

 その膨大な買い物 ―― 綾波レイの新生活に向けたそれらを購入する予算はNERVから出ていた。

 今までの綾波レイの境遇が余りにも酷過ぎたと言う事で、支援第1課(チルドレン福祉担当)の天木ミツキが本気になって(ガチギレして)手を回した結果であった。

 幼少期からNERVに縛られていた綾波レイに、人間らしい生活をさせねばならぬ、と言う主張が、組織を動かしたのだ。

 その余りの正論は、碇ゲンドウですら抵抗出来なかった。

 NERVは国連(SEELE)直轄の特権を有した秘密機関ではあるが、同時に、独裁組織では無いのだから。

 碇ゲンドウの権限は強大でありある種は独裁的でもあったが、怒れる雌トラ(天木ミツキ)を正面から抑えつけられる訳では無かった。

 特殊監査局(諜報戦部隊)なりを使い天木ミツキを失脚させる事も可能であったが、この時点で行ってしまえば痛くも無い腹を探られる事に繋がる。

 公式に綾波レイは、全経歴を抹消済みであり、碇ゲンドウとの深い関係性は無い。

 そしてSEELEですら、綾波レイはエヴァンゲリオンと融合した碇ユイの縁者を引き取ったとしか理解していなかったのだ。

 最初の、エヴァンゲリオンとの接触者である碇ユイと資質が近いからこそ選抜されたのだと理解していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 綾波レイに、SEELEの目を向けさせない為にも。

 

問題ない(問題しかない)好きにやりたまえ(コノヤロー チクショーメ)

 

 綾波レイの待遇改善に関する予算措置、その稟議書を持ってNERV総司令官執務室に突撃して来た天木ミツキに対して、碇ゲンドウは非常に渋い顔で決済印を押したのだった。

 尚、その後小一時間は碇ゲンドウはNERV総司令官執務室から出て来る事は無かった。

 そして秘書は、中から聞こえて来る音に対して職業的に求められる能力(見ざる聞かざる、アーアー キコエナーイ)を存分に発揮したのだった。

 

 

 閑話休題。

 兎も角、綾波レイの為であれば好き勝手に買える魔法のカード(ブラックカード)を与えられ、気分(テンション)が上がった伊吹マヤは恐ろしい勢いで綾波レイ、それに荷物運び用(お供)にと呼び出された青葉シゲルの3人で第3新東京市のホームセンターを回っていた。

 そう、青葉シゲルである。

 戦術作戦局支援第1課(チルドレン担当)でも技術開発局第1課(伊吹マヤの同僚)でも無く調査情報局第1課の、伊吹マヤと親密(steady)な訳ではない青葉シゲルである。

 にも拘わらず、青葉シゲルが居る理由は車であった。

 バンドやその他の趣味の関係性から大きめのワゴン車を持っているのだと、以前の雑談時に話した事が運の尽きとばかりに伊吹マヤに頼まれたのだから。

 後は、基本的に異性と距離を取りたがる伊吹マヤにとって青葉シゲルは、貴重な例外(拒否感が余り出ない相手)というのも大きかった。

 青葉シゲルは、この日、予定が無かった事も相まって、快諾し今に至っているのだ。

 折角の休日を潰される事となっているにも関わらず、気の良い青葉シゲルは不平不満を口する事無く、笑顔で荷物を持ちながら伊吹マヤと綾波レイを追っていた。

 ここら辺の()の大きさが、NERVの若手未婚男性衆にあって女性陣からの人気が高い理由と言えた。

 尚、当然ながらも綾波レイの護衛班(ガードユニット)も居るが、此方はその職責上、荷物持ちなどはしないのだ。

 荷物などを持てば、()()()()()()()()()からだ。

 

 

 取り敢えず、当座は必要と思える家具一式を揃え終わり、次は小物や普段着の類 ―― 綾波レイを可愛くコーディネートする本番に取り掛かろうかと伊吹マヤが鼻息を荒くして複合商業施設(ショッピングモール)に入った所で、青葉シゲルがストップを掛けた。

 少し休憩をしよう、と。

 それは荷物の重さに耐えかねてではなく、色々な店舗を回って少し疲れた風の綾波レイを慮っての事であった。

 第3新東京市郊外にある複合商業施設は、シネマコンプレックスまで備えた大規模なモノであり、人の賑わいたるや圧倒的であった。

 規模を言えば、NERV本部地下施設とは比べるのもおこがましい程に小規模であり、人員と言う意味でも圧倒的な差があったが、密度が違っていた。

 密度が齎す圧。

 少なくとも綾波レイの今までの人生で見た事の無かった圧であり、圧倒されていたのだ。

 

 それに、言われて気付いた伊吹マヤは、おやつタイムとばかりに珈琲を主体としたお洒落なチェーン店に行き先を変えたのだった。

 伊吹マヤの趣味と少し離れていたが、中高生(ティーンエイジャー)も良く利用しているお店であり、コレも()()()()()()()()と言う事であった。

 目をまん丸にした綾波レイが、伊吹マヤの長い呪文の様な注文を終えて出て来た甘い珈琲を手に取った所で、声が掛かった。

 

「アレ、綾波さん?」

 

 恐る恐ると言った塩梅で声を掛けて来たのは、市立第壱中学校2年A組の女の子達(クラスメイト)であった。

 

「こんにちわ」

 

 綾波レイが返事をしたとたん、一気に寄ってきた。

 制止しようかと伊吹マヤが迷った瞬間、その動きを青葉シゲルが止めた。

 そして、見上げて来る伊吹マヤに視線だけで護衛班を見る様に促す。

 少しだけ離れた場所に居た2人の黒い背広姿の男は頷いている。

 1人が、右手の指を耳に充てる仕草(ジェスチャー)をしている。

 既に照会済みだったのだ。

 MAGIに。

 第3新東京市は高度な監視網が構築されており、監視カメラなどの映像で誰が何処に居るかと言うのが即座に把握できる体制となっているのだ。

 

 尚、別段に高度管理社会(デストピア)めいたモノを目指している訳ではない。

 主として避難誘導向けに構築されたシステムであった。

 最初の第3使徒との闘いで負傷者(鈴原サクラ)が出た事への反省と、対応であった。

 後、その兄たる鈴原トウジの影響(避難シェルターからの無許可外出)もあった。

 使徒との闘いを第3新東京市という人口密集都市で行おうとするのは、伊達や酔狂で出来る事ではないのだから。

 

「やっぱり綾波さんだ! 可愛い服着てるから見違えちゃった!!」

 

「わー 似合ってる」

 

「こんな所であったなんてね!」

 

 綾波レイを取り囲んでの姦し3人娘と言った塩梅だ。

 3人はよそ行き(お洒落服)と言うには簡素だが、それなりに可愛らしい恰好をしていた。

 

「あの2人ってお姉さんとお兄さん?」

 

「ロックンロールって奴なの?」

 

「お姉さんのあのバック、可愛い!!」

 

「えっと………」

 

 公園でハトに襲われた人の如く圧倒される綾波レイは、どうすれば良いのかと困惑顔のままに伊吹マヤを見た。

 対する伊吹マヤは凄い良い笑顔で、行っておいでと答えていた。

 

 心なしか肩を落として連れていかれる(ドナドナされる)綾波レイ。

 

「青春ね。最初は疑ってたけど、本当に仲良くなってて」

 

「仲良く? うん、まぁそうとも見えるけどな」

 

 ほっこりしている顔の伊吹マヤ。

 対して青葉シゲルは綾波レイの姿に、友好的肉食獣の檻に放り込まれた兎を幻視していた。

 とは言え、別段に悪い事だと思っていた訳でもない。

 コレも綾波レイの日常の変貌、そのもう1つの理由なのだから。

 友達が出来ました。

 そう言うべき状況であった。

 第8使徒との闘いを経て行われた、劇的な惣流アスカ・ラングレーの関係改善。

 それによって綾波レイをアスカが引き回す様になった結果だった。

 独立独歩的と言えば良いが、その実、孤立気味であった事にアスカが気を効かせた結果とも言えた。

 

 先ずは、アスカの親友(マブ)な洞木ヒカリの所に連れて行った。

 昼食を一緒に食べる様にした。

 洞木ヒカリも独りで居た訳ではないので、自然と複数の女の子と話す様になった。

 その上、クラス委員長を担う程には生真面目な洞木ヒカリと頭の切れる文武両道型のアスカが居る為に他所からの相談事が持ち込まれる事が多くあり、自然と綾波レイも他のクラスメイトとコミュニケーションを取る様になったのだ。

 それでも最初は少ない口数での応対であった為に距離を測り兼ねられていたが、アスカによるツッコミと洞木ヒカリによるフォローによって、いつの間にか女子の輪に綾波レイも入る様になったのだ。

 超然とした、と形容されるような一方的なイメージは叩き壊され、素の、世間知らずで純朴な(純粋培養系な)女の子としての部分をクラスメイト達が知り、そのまま受け入れた形であった。

 同時に、綾波レイの持つ包容力(母性的部分)が、それらを受け入れたと言う事も大きい。

 兎も角。

 ある意味で、素直な、クラスの妹分的に見られ綾波レイはクラスの本当の意味で一員になっていた。

 

 それを知ればこそ、伊吹マヤは綾波レイに行く事を勧めたのだ。

 少しだけ離れたテーブルに座る伊吹マヤと青葉シゲル。

 世間話をしながら微笑まし気に綾波レイを見守る。

 

「ホント、青春って感じ」

 

「おばさんのセリフだぜ、それ」

 

「ひどい! まだ20代前半の乙女相手に言う言葉じゃないですよ」

 

「あの子たちからすれば年上だ」

 

「それを言うと青葉さんだって、オジサンですよ?」

 

「それは、辛いな。参った、ゴメンよ」

 

 降参と両手を挙げながら笑う青葉シゲルに、伊吹マヤは緊張感も無く笑った。

 笑いながら、甘いカフェラッテを口に含む。

 

「子どもが子どもしているのは良い事さ。平和の証拠だ」

 

「出来ればシンジ君()も、もっと子どもらしくあってくれて良いんですけどね」

 

 暇があれば自主訓練してたりする碇シンジとアスカ。

 そこに痛ましさを伊吹マヤは感じているのだった。

 だが、青葉シゲルの感想は少しばかり違う。

 訓練ではあるし、それは本気ではある。

 だが、ソレだけでは無いのだと言う。

 

「2人だからな」

 

「と言うと?」

 

「要するに体育会系の部活の延長にあるって事さ。競う相手が居て練習すれば結果も出る。1人だけだったら違うだろうが、あの2人なら違うさ。訓練を見てて、そう思わないか?」

 

「………そっか。確かにあの2人って、楽しそうに訓練やってた」

 

「遊びとしてやってない。本気だからこそ、競い合うからこそ、楽しんでいるのさ。それに今日はあの2人、何しているか知ってる?」

 

「え、自主訓練ですか?」

 

「外れ。ジオフロントで自転車部(NERV自転車同好会)の連中と周回レースさ」

 

 NERV本部施設の使用申請書、そこにあった参加者一覧に2人の名前があったと言う青葉シゲル。

 ジオフロントの遊歩道を使って、総数50と余人ばかりでのレース大会なのだと言う。

 いつの間にかシンジとアスカは自転車を趣味にしていた。

 服だの靴だの自転車専用のモノを競う様に買い、アスカに至っては凝り性を発揮して部品の交換などまでやり始めていた。

 それに釣られてか(負けん気を発揮して)シンジも、自転車の手入れを熱心する様になっていた。

 部品交換に手を出すのも間近というのが、自転車同好会メンバーの言である。

 沼に、競って活きの良いのが来てご満悦(ニッコリ)と言う風である。

 

「な、あの2人も青春しているのさ」

 

「レイちゃんが疎外されてなければ良いけど………」

 

「そこは体育系と文科系の違いが出るから、ま、フォローしてやるしかないな」

 

「アスカは学士号持ちだし、シンジ君だって学業優秀だって葛城(葛城ミサト)さんが言ってたのに、何であそこまで体を動かすのが好きなんだろう」

 

「素直に脳筋って言っても良いと思うぞ?」

 

「もー 青葉さん!」

 

 綾波レイが青春をしているように、此方もどこかしら甘い雰囲気を漂わせている伊吹マヤと青葉シゲル。

 尚、その近くで黒い背広の護衛班は、ただ無心に無糖の珈琲を啜っていた。

 

 

 

 

 

 




2022.10.3 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07-2

+

 修学旅行が終わった第3新東京市市立第壱中学校2年A組は、次なる学校イベントとして秋の文化祭を迎えつつあった。

 クラスごとに発表会を行うという催しだ。

 歌、或いは寸劇。

 クラス委員長である洞木ヒカリを中心に2年A組は話し合いを行い、寸劇をする事となった。

 歌は楽だけど、人前で歌いたくないと言う人間が多かったからだ。

 その点、劇であれば裏方などをすれば人前に出なくて良いのだ。

 只、主演や助演になった奴らは運が悪くてご愁傷様。

 そう言う感じであった。

 問題はそこから先。

 何の劇をするか、であった。

 当たり障りのない、昨日見たドラマを題材にした劇を主張する(洞木ヒカリ)が居た。

 どうせならシェークスピアを基にすれば良いと声を挙げた強者(惣流アスカ・ラングレー)も居た。

 ミリタリーな劇がやりたいと大声を出す阿呆(相田ケンスケ)まで居る始末。

 声を挙げる人間が出れば、それなら自分も意見を言いたいとばかりに、男女問わずにアイディアを挙げていく。

 学級会は盛り上がっていく。

 が、その流れから少しばかり離れているモノも居た。

 例えば碇シンジ。

 正直、劇自体に興味がないのだ。

 クラスの一員として参加はするけども、自分から何かをしたいとは思っていないからだ。

 だから、隣で同じく文化祭に興味の薄い鈴原トウジとグダグダと駄弁っていた。

 尚、劇に積極的なのはクラスの約半分位であったので、シンジ達の行動が特別に目立つ様なものでは無かった。

 

「ほー チャリも部品を変えると、そんなに性能が上がるんやナァ」

 

ほいでよ(本当に吃驚したよ)

 

 話題は先の日曜日にNERVのジオフロントで行った、自転車走行会だ。

 散々にカスタムしたアスカの自転車に午前中はぼろ負けも良い所だったシンジが、昼休憩の時間に見かねた人から貰った部品を取り付けた所、午後からは良い勝負が出来る様になったのだ。

 アスカも驚いたが、勝ったシンジもかなり驚いていた。

 

 尚、そんな2人の周りの大人たちは、悪ガキめいた笑顔(してやったり顔)を浮かべていたが。

 

「なら週末は、センセも自転車の部品や巡りかいな?」

 

そいもよかどん(それも良いんだけど)かえやんせっち話があってな(乗り換えた方が良いって言われたんだ)

 

 当然のアドバイスと言えた。

 シンジが乗っているのはクロスバイク。

 アスカが乗っているのはロードバイク。

 路面状態の良い整地を疾走する事に特化しているロードバイクに比べ、クロスバイクは若干タイヤやフレームが太く出来ていた。

 実生活での普段使い、実用性を重視している自転車と言えた。

 そして同時に、そうであるが故に()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 無論、乗り手次第という部分はあるし条件次第という部分もある。

 特に、公道での交通法規を守れば、性能の差は誤差めいてくるし、そうであるが故に第壱中学校名物化しつつある、シンジとアスカのバトル(通学競争)は成り立っていたのだ。

 ジオフロントでの競争は、そういう諸状況で隠されていた純粋な自転車の差をシンジに教える事となったのだ。

 

「アノ紫っぽい奴やな。コッチに来た時に買ったんやなかったんか?」

 

あいはもらったとよ(いや、貰ったんだ)

 

 尚、その贈ってくれた人たちが、自転車は買い替えろ(乗り換えろ)と口を揃えているのだ。

 である以上は買うしかないと言うのがシンジの気持ちであった。

 その様な話を聞いた鈴原トウジは、酷く楽しそうな顔でシンジに問うた。

 

「買うたん?」

 

 負けず嫌いで即断即決(迷ったら突撃しろ)派と言うシンジの性格を知るが故の、それは質問ではなく確認だった。

 対するシンジも凄く楽しそうな顔で返事をした。

 シンジは、シンジ達(チルドレン)を生活全般の支援や管理を担当している支援第1課の天木ミツキに、学生と言う事で一定の使用が制限され貯金に回されているお金の使用申請を出し、許可を得ていた。

 エヴァンゲリオンのパイロットになりはや数ヶ月。

 その間だけでも結構な額の貯金が出来ていた。

 少なくとも、普通に売ってるロードバイクであれば、現金で買える程度のお金はあった。

 

 とは言え、衝動買いめいた行動は自制していた。

 

じゃっでよ(もう少ししたらね)

 

 昨日の今日と言う短時間で決めたら勿体ないと言う自転車同好会(ワルい大人たち)の言葉に従った結果だった。

 性能もだが、色や形などを色々と考えて選ぶべきだとの弁である。

 それはそうだと思い、シンジは先ずはロードバイクの情報を集める事とした。

 

「センセなら、けっこうエエのが買えるんちゃう?」

 

そげん高かとは選ばんど(そんなに高いのは買わないよ)まずは乗ってみらん事にはじゃっでな(乗って見ないと判らない事も多いからね)

 

「ほうか………」

 

 自転車に乗る事に強い興味がある訳では無い鈴原トウジであったが、そこにシンジが尋ねた。

 

いらんな(乗ってみない)?」

 

 無論、クロスバイクの方である。

 近々にロードバイクを購入するので余るのだ。

 かといって貰い物である為、売るのは気が退けるから、誰か大事に乗ってくれる人は居ないものかというのがシンジの心情であった。

 その問いかけに、鈴原トウジも慌てる。

 

「ええんか?」

 

乗らんともいかんでよ(乗らないのも駄目だしね)くれやったとに聞いたが(くれた人に聞いたら)よかち話じゃった(僕の好きにすれば良いって言われたしね)

 

「なら、貰うわ。乗ってみるものええやろしな」

 

たのしかど(楽しいよ)

 

 

 

 自転車の話題がひと段落したが、まだまだ学級会は紛糾していた。

 特に壇上のアスカと相田ケンスケの応酬は凄い状態である。

 

 現代劇が道具が要らない、衣装も要らない。

 だけど小道具の銃器(エアガン)は僕のコレクションから出すとか熱く語っている相田ケンスケ。

 眼鏡が輝く勢いで圧がある。

 それに洞木ヒカリでは弱いと見てか、アスカが受けて立って(片っ端から論破して)いる。

 そんな感じだ。

 嬉々として意見を述べている相田ケンスケに対して、アスカがウンザリと言った感じなのはご愛敬、そう言うべきであった。

 興味の無いシンジは聞き流していた。

 アスカがコッチに来いとばかりにシンジに目線を送って(アイコンタクトをして)くるが、シンジは気づかないフリをして教室内を見た。

 3人ばかり相田ケンスケの仲間(同好の士)が声を挙げ、クラスの半分位は面白がってみている。

 だが残り半分は、興味なさげだ。

 と、綾波レイは興味の無い側の女子のグループに居た。

 何かの本、雑誌を見ながら喋ている(話を聞いている)風だ。

 

平和じゃっが(平和だよね)

 

 壇上とその周辺を見ない限りは。

 と、鈴原トウジがそう言えばと声を掛けて来た。

 

「そう言えばセンセの進路相談、オトン来るんか?」

 

相談しちょっどんからん(相談はしているけど)かごんまはとおかで(鹿児島は遠いからね)きっくいやいちは言えんど(来てほしいなんて言えないよ)

 

 そもそも、エヴァンゲリオンと言う代物に乗って使徒と闘うのが仕事だ。

 進路選択の自由なんて、あるのだろうかと言うのが義父との共通見解であった。

 逆に言えば、選択肢は消えたけども就職不可能(喰いっぱぐれ)は無いのは良いと開き直っている始末だった。

 そもそもこのシンジ、その躾もあって()()()()()()()()()()()()()()()()等と現状を考えていたのだ。

 状況に特段の不満など抱く筈も無かった。

 只、シンジは自分の事をエヴァンゲリオンを動かす事が上手い(上手く戦える人間である)などとは思ってはいなかった。

 良く判らないシンクロ率等と言うものは兎も角として、称賛するべき(見事な)アスカの操縦や戦術の組み立てなどを見ていれば、そう思うのも当然であった。

 だがそれでも、何か出来る事があるのであれば、骨身を惜しまずに務めたいとは思っているのだった。

 

「いや、ソッチやのうてほら、ネルフの__ 」

 

あいな(ああ、碇ゲンドウ)

 

 心底嫌そうな顔を見せるシンジ。

 父親と言われて即座に思いつかない相手なのだ。

 進路相談をしろと言われても、正直、困ると言うのが本音であった。

 と言うか、顎を砕いた時以来、別段に顔を会わせる事も無かったのだ。

 シンジから会う必要は無かったし、碇ゲンドウから歩み寄ってくる事も無かったのだ。

 そんな状況で父親面されても、嫌だとすら言えた。

 

「小遣いとか、生活費とか貰わんかったんかいな?」

 

おやっどん(義父さん)つっかえしとったち話じゃっど(全部突っ返していたって話だったよ)じゃっで(だから)うちんとじゃちね(ウチの子どもだって言ってくれたんだ)

 

 ほぼ、絶縁と言って良い状況に、流石に顔を顰める鈴原トウジ。

 仲が悪いとは思っていたが、ここまでとは想定外であった。

 

じゃっで(だから)___ 」

 

 そこまでシンジが言った時、壇上の司会進行である洞木ヒカリが大きな声を挙げた。

 

「注目して!」

 

 クラス中の耳目が教壇に集まる。

 黒板に書かれているのは現代劇との文字。

 但し、題材には()()()()と書かれている。

 配役と書かれている所は洞木ヒカリとアスカの体に隠れて見えない。

 ま、どうでもいいやとシンジは興味を失った。

 

「これで行きたいから最後に挙手で賛否をお願い」

 

 だが、誰もが適当に手を挙げて賛意を示した。

 シンジも手を挙げた。

 鈴原トウジも眠たそうな顔で手を挙げた。

 と、シンジを見て笑いながら相田ケンスケが手を挙げていた。

 

ないけな(何だろう)?」

 

 意味深げな行動への疑問は、すぐに晴れた。

 賛成多数で決まった金色夜叉を基にした現代化劇、発表会で使える時間の問題があるので有名な貫一お宮の熱海での訣別のシーンに絞った寸劇とすると発表された。

 そして疑問の氷解は、その配役を洞木ヒカリが読み上げた事で得られた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()で行きたいと思います」

 

なんち(はっ)?」

 

 唖然として声を漏らしたシンジを、クラス中が見ていた。

 表情を消した顔(ブッダスマイル)で、シンジを見ながら洞木ヒカリがお願いしますと言った。

 頑張れよと相田ケンスケが声を掛けた。

 そしてアスカ。

 

「賛成に手を挙げたんだから、拒否は出来ないわよ」

 

 それは、とてもとても良い笑顔であった。

 

 

 

 

 

「シンジ、コレ、少し大人げなくない?」

 

 そうアスカが零したのは、その日の夕食の事だった。

 シンジ宅での、アスカの机の前に置かれた晩餐はふかし芋(ジャガイモ)だけであった。

 大き目のジャガイモは丁寧に十字に切り開かれ、ほかほかと湯気を挙げるその真ん中に大きなバターが乗せられている。

 実に美味しそうだ。

 問題は、後はボイルしたソーセージ1本とグリーンピース。

 それにトーストしたパンの1枚だけと言う事だろう。

 

「偶然だよ?」

 

 しれっと言うシンジ。

 そのシンジの前にはご飯と味噌汁、それに大ぶりのコロッケ2個を主役にしたおかず皿があった。

 揚げたてで、実に美味しそうだ。

 無論、ミサトも一緒だ。

 アスカの前だけが違っていた。

 

「帰りのスーパーで美味しそうな北海道産のジャガイモを見たから、ドイツ風にアレンジしてみたんだ。懐かしいでしょ?」

 

 善意ですよと笑うシンジ。

 但し、目だけが違っていたが。

 

「どったの?」

 

 言いながらも葛城ミサト、ほくほくそうなコロッケが辛抱堪らんとばかりに手元のビール、正確には発泡酒のステイオンタブを起こす。

 ビールで無い理由は第8使徒との闘いのアレコレ、その想定外の出来事の責任を取って(詰め腹を切らされて)の処分 ―― 減給3割1ヶ月が理由であった。

 第8使徒による被害の原因は、葛城ミサトにもNERVにも大きく重いモノがあった訳では無いのだが、こればかりは政治と言うものであり、仕方のない話であった。

 無論、NERV(碇ゲンドウ)としてもその点は理解しているので、減らされた棒給分は冬のボーナスで補填するとの旨、通達があったが。

 とは言え、将来の補填があったとしても、今現在で金が無いのだ。

 

「ご飯は美味しく食べるものだと思うわよ?」

 

 嫌そうに不味そうに、葛城ミサトは発泡酒を一口呷ってから言う葛城ミサト。

 

「ハン! どうせミサトは飲めればいいんでしょ?」

 

「まさか。シンジ君の美味しい料理は最高よ? これでビールならもっと最高なんだけど」

 

「………まぁ、そこはご愁傷様」

 

 事情を理解しているアスカは、少しだけ葛城ミサトに同情した。

 

 兎も角、何と言うか追及する気がそれたので黙ってふかしたジャガイモを食べるアスカ。

 ムカつくのは美味しいと言う事。

 ボイルされたソーセージも、何時もの奴よりは良い奴らしく美味しい。

 だけども自分だけ別メニュー、それも手抜きっぽいとなれば面白く無い。

 もしゅもしゅっと食べながらシンジをジト目で見るのだった。

 

 

 

「何かあったの?」

 

 シンジとアスカの関係に致命的な影響が出そうでは無い、雰囲気からそう踏んだ葛城ミサトは、食後にほろ酔い気分と言う表情のままにリビングに移ったアスカに尋ねた。

 手には3本目の発泡酒がある。

 対してアスカの手には、シンジが洗い物に行く前に淹れてくれた紅茶があった。

 残念ながらも、アスカの好みであるミルクと砂糖がタップリと言う訳では無かったが。

 と言うか無糖である。

 それを文句も言わずに飲むアスカに、ミサトはどうやらアスカの側に原因があるっぽいと理解するのだった。

 

「ん、ちょっとばかし___ 」

 

 昼の事を説明するアスカ。

 文化祭でだまし討ちの様にヒロイン役をシンジにしたと言う。

 その上で最後にアスカは、トドメの様に、見事に蹴っ飛ばしてあげると言ったのだと言う。

 

「それは言い過ぎ」

 

「そ、そう?」

 

 呆れた口調と表情をした葛城ミサト。

 指摘を受けて、アスカは恐怖にも似た感情を抱いた。

 (ライヴァル)であるエヴァンゲリオンの適格者候補生から憎まれたり恨まれたりするのは気にはならなかった。

 相容れないと心底から理解していたからだ。

 だがシンジは違う。

 競い合う相手、相方(ライヴァル)と言う心の場所(柔らかな位置)をアスカはシンジに与えていたのだ。

 そんな相手が自分を嫌う、或いは軽蔑するかもしれないと云うのは大事であった。

 動揺するのも当然と言えるだろう。

 

「どうしよう」

 

 その声は余りにも弱く、か細いモノであった。

 だから葛城ミサトはそっとアスカの体を抱きしめて、耳元に囁いた。

 

「大丈夫よアスカ。あのシンジ君なら、素直に謝ったら許してくれるわよ」

 

 それは本音であり、ある意味で実感の籠った言葉だった。

 真剣に謝ったから赦された。

 謝る気も無かった碇ゲンドウは顎を砕かれた。

 割と感情は素直に出すシンジなのだ。

 修復不能であれば、素直にそうするだろう。

 そもそも、聞いた昼の話など葛城ミサトから見て深刻さなど欠片も無い。

 痴話喧嘩の類でしかない。

 先ほどのシンジの態度だって、拗ねた様なモノなのだから。

 

「うん、アリガト」

 

 今はボタンの掛け違いみたいなものだ。

 だから、それを拗らせさせない秘訣は、謝るのであれば出来るだけ速くと言う事であった。

 だからアスカの背を葛城ミサトは押す。

 

「仲直りは早い方が良いわよ」

 

「そう、かな」

 

「そっ、そう言うモノ。こう言う事って後になればなるほど言いづらくなるし、それにシンジ君側だって受け入れるのも難しくなったりするから」

 

 考えすぎてしまうのよね、と葛城ミサトは言う。

 その表情を見たアスカは決断する。

 紅茶のカップを下し、それから鍛えているのに、まだ見るモノに柔らかさを思わせる両のほっぺたを強く叩いて気合をいれた。

 

「謝ってくる」

 

「行ってらっしゃい♪」

 

 

 

 シンジはアスカの謝罪を受け入れた。

 但し、後ろから抱き着いてと言う行動が伴っていた結果、慌てたシンジが洗剤まみれのスポンジを投げてしまい、2人とも泡塗れになったが。

 

「ひっどーい! 何よバカシンジ!?」

 

「アスカこそアホだよ、急に変な事をするから!!」

 

「アホってなによ! 美少女であるアタシが来たんだから喜びなさいってぇの!!」

 

「忍び足で来られたら驚くのも当然だろ!!」

 

「後ろに目をつけておくべきね」

 

「家の中でまで、そんなに気を張らせたくないよ」

 

「なによ__ 」

 

「なんだよ__ 」

 

 やいのやいのと盛り上がるキッチン。

 2人の喧嘩(じゃれ合い)を耳にしながら葛城ミサトは、若いって良いわねと呟いていた。

 

 

 

 

 

 




2022.7.12 文章修正
2022.7.13 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07-3

+

 異常の始まり、その時間軸上で最も古いモノは野島崎東海域に於いて哨戒任務中であったフリゲート、逢甲であった。

 航行中に突如として艦内に火花が走り、主機やバッテリーまで全電源が喪失状態に陥ったのだ。

 負傷者も全乗員の5割に達する大被害が発生した。

 幸いな事に艦齢30年を超えた古い船体に異常は発生せず、通信の途絶を把握した国連極東軍の府中作戦指揮所が捜索救難部隊を派遣するまで乗り切る事には成功していた。

 そして2番目。

 相模湾に面した市、港町で停電が発生。

 連鎖的に東京湾周辺にまで及ぶ巨大な電源喪失状態(ブラックアウト)が発生する事となる。

 大崩壊(セカンドインパクト)以来、電気化の進められていた日本に甚大な影響を及ぼす事となる。

 無論、そこには通信システムも含まれていた。

 

 人の営みの音が消えた町。

 その壮大さとは裏腹に、静かに、破壊は始まった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市の地下全域に広がる地下大空間(ジオフロント)に設けられたNERV本部は、その巨大さ故に縦横にエレベーターやトラムの様な移動手段が整備されていた。

 エヴァンゲリオンと言う全高約40mと言う巨大なる兵器を運用する拠点であり、同時に対使徒迎撃システムその他の基盤が整備されているのだ。

 ある意味で当然の話であった。

 地下大空間(ジオフロント)の中枢、NERVの基幹ともなるNERV基幹施設(セントラルドグマ)に第1発令所やエヴァンゲリオンの整備区画などが集中しているが、ではそれ以外は余禄の様なモノかと言えば、違うのだから。

 NERV基盤施設(セントラルドグマ)はNERV本部と同一と呼べる重要施設だが、視点を対使徒迎撃要塞都市第3新東京市(フォートレス・トウキョウⅢ)として見た場合、その周辺設備が無ければ裸の王様(エスコートの居ないクィーン)でしかないのだから。

 

 そんなNERV本部の付帯施設に設けられた(トラム・ポート)で、葛城ミサトは首から下げていた自らのIC(ID)カードを非接触式パネル(カードリーダー)に当てる。

 軽やかな電子音と共に、第1級機密資格(GradeⅠ Access-Pass)の文字が表示さる。

 同時に、MAGIと直結している監視カメラが葛城ミサトを確認する。

 尚、指紋や網膜での確認方式が採用されていない理由は、この駅は最盛期(出勤時)には時間辺りで2~3000人も利用する場所であるからだった。

 一々もって確認するのは時間的に難しい。

 だからこそ、金を掛けて顔認証装置が導入されているのだった。

 尚、葛城ミサトが居るのは大人数向けではない、閑散期用の個人(ゲート)であった。

 

 兎も角。

 外部の人間も来る事がある場所の駅故の厳重な(2段階の)認証が終わると、厳つく太いステンレス管で封鎖(バリア)された(ゲート)の脇にあるランプが赤から青へと変わる。

 

Welcome To NERV(ようこそNERVへ)!』

 

 どの様な相手を想定しているのか判らぬ、電子合成された軽やかな女性の声と共にステンレス封鎖菅が左右へと開いた。

 先ほどまで行われていた、国連軍要人たちとの会議内容を反芻しながら門を潜る葛城ミサト。

 その顔に険は無い。

 現在、NERV本部と国連極東軍(Far East-Aemy)との関係が良好であるお陰であった。

 とは言え面倒が無い訳では無い。

 それが疲れとして顔に出ていた。

 ビールが飲みたい。

 そう言う顔をしていた。

 

 NERVと国連軍。

 国連と言う大看板の下で一緒に居るとは言え別の組織故に、組織の面子や意地と言ったモノが簡単に絡みついてくるからだ。

 故に、それなりの緊張感を帯びた会合となるのは仕方がない。

 特に今回は、定期ローテーションによって伴う内容であり、人命も関わってくる為に、いつも以上に大きかった。

 先ず定期ローテーションであるが、コレはNERV付き()である第3特命任務部隊(FEA.TF-03)常に戦闘準備態勢(オールウェイズ・オン・デッキ)である為、定期的に長期間の休息と訓練とを必要とする為であった。

 完全な休息も大事であるが、訓練も重要な事である。

 意外な話かもしれないが、実戦と言うモノは部隊の練度を下げてしまう。

 雑に言ってしまえば、実際に戦闘している時間外は待機状態にある為、訓練が出来ないからである。

 又、人員が死傷する事で強制的な入れ替わりが発生する事も見逃せない。

 故に、国連軍ではNERVに派遣している部隊 ―― 特命任務部隊の指揮下にある部隊を定期的に交代させているのだ。

 そして、特命任務部隊にもナンバリングされている通り、部隊の指揮官たちも定期的に交代するように設定されていた。

 使徒との闘いと言う、先の見えない生存戦争(サバイバルゲーム)である為に構築されたシステムであった。

 そして、入れ替わりに伴った部隊改変、派遣されて来る部隊構成に関する話し合い(ディスカッション)が先ほどまで行われていたのだ。

 NERV(戦術作戦部)としては、先の第8使徒との闘いの様なNERV本部からの遠隔地での任務に即応できる部隊を増強して欲しいとの願望があった。

 対して国連極東軍(Far East-Aemy)としては特科(野砲)部隊の増強に重点を置いていた。

 FH70や99式155㎜自走榴弾砲だ。

 方や牽引式野砲。

 方や装軌式野砲。

 共に、即応性と広域機動性と言う意味で難点を抱えていた。

 国連欧州軍(Europe-Aemy)になら装輪式のカエサル155㎜自走榴弾砲と言う装備もあったが、軍の管区的な問題その他があり、欧州から即座に部隊を極東まで持ってくると言うのは非現実的であった。

 

 喧々諤々の議論。

 正式な異動の指示が出る迄はまだ時間があったが、そうであるが故に議論が白熱したとも言えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 未来を見据えた地均し、そういう表現も出来るだろう。

 そして、そこに組織の面子などが乗ってくるのだ。

 どれ程に親しくとも、議論が面倒になるのは当然の話であった。

 

 

「もう早退したい気分だわ」

 

 怨嗟の声を漏らす葛城ミサト。

 クソの様に熱い風呂に入って、キンキンに冷えたビールをかっ喰らいたい。

 そこに碇シンジ手製の揚げたての唐揚げなどのおつまみがあれば最高だ。

 最高の気分で1日を終える事が出来るだろう。

 だが現実は非情だ。

 風呂は兎も角としてビールは発泡酒であり、シンジは学校(授業中)であるのでおつまみも無理。

 そもそも、まだ仕事(第8使徒戦の書類)が山積しているのだ。

 管理職特権での早退など出来る筈も無かった。

 

 トラムに乗り込み始動ボタンを押そうとした時、少しばかり緩い声が聞こえた。

 

「おーい、ちょいと待ってくれぇっ!」

 

 その声に聞き覚えのあった葛城ミサトは目元をひくつかせるや、躊躇なく扉の閉鎖ボタンも兼ねた始動ボタンを叩く為に腕を振り上げた。

 

「んっ!!」

 

 不快感めいた感情に基づいた行動。

 だが、それが逆効果となる。

 押すと言う1アクションでは無く、振り上げて下すと言う2アクションと言う差が、声の主の足をトラムの扉にまで届かせる時間となったのだ。

 扉の感圧センサーが()()を察知し、扉を開かせた。

 ひょっこりと言った感じで、開いた扉からするりと入ってくる男。

 

「よ、葛城」

 

 加持リョウジであった。

 NERVの制服を着崩し、無精ひげまで生やしている。

 とてもマトモに仕事をしている風には見えないが、これでも特殊監査局第1課課長代理であり少佐の階級を帯びている有能な人間なのだ。

 特に()()()()としては。

 又、判断力も高い。

 トラムに入るや否や、そっと始動ボタンを押したのだから。

 

「イヤー、走った走った! こんちまたご機嫌斜めだね」

 

「あんたの顔見たからよ!」

 

 軽妙に笑う加持リョウジと機嫌を急降下させた葛城ミサトを乗せ、トラムは地下へと走り出す。

 

 

 

 

 

 NERV本部、エヴァンゲリオンの開発と整備を担う技術開発局第1課。

 未だ全てを理解したとは言い難いエヴァンゲリオンと言う存在を解き明かす為、そして使徒との闘いでより効果的に運用する為の技術研究が常に行われる部署であった。

 現在、行っているのはアメリカで建造されたエヴァンゲリオン4号機に装備されていた運用補助システムだ。

 システムの概念構築を成した人物名を取って葉月Systemとも、或いはBモジュールとも呼ばれるソレは、搭乗者の獣性を刺激する事で攻撃力に転化させようと言う何とも理解しがたいコンセプトで作られたモノであった。

 コンセプト自体は怪しげであるが、操縦者の意識を人間の枠から解放する事で、エヴァンゲリオンをより自由に扱う事が可能になると言うのが謳い文句であった。

 人間には3本目や4本目の腕は無いが、腕があると思えば、使える。

 極端に言えば、そう言うシステムであった。

 

 使いこなせればエヴァンゲリオンの可能性は広がる。

 だが、その運用は実に難しいモノであった。

 

 

「実験中断、回路を切って」

 

 冷静に言う赤木リツコの目の前で、固定されたままに暴れているのは技術試験機として改造されたエヴァンゲリオン零号機。

 かつての姿との相違は、兵装パイロンなどの一切が撤去され、情報センサーが体の各部に大量に増設され、それらからの配線が冬毛の猫めいて伸びていると言う事だろう。

 今、エヴァンゲリオン零号機にはエヴァンゲリオン4号機のBモジュールを解析し、再現されたモノが搭載されていた。

 Bモジュール自体が搭載されていないのは、アメリカ支部から実物が送られてこなかったという事と、エヴァンゲリオン8号機建造に多忙である為、開発者である葉月コウタロウが来日しなかったという結果だった。

 では実物のあるエヴァンゲリオン4号機のBモジュールで実験しようとすれば、此方は物理的に簡単ではない。

 Bモジュールは複雑な構造をしている為、エヴァンゲリオン4号機から降ろそうとすれば、首回りは解体する勢いで分解を覚悟する事態となってしまい、数週間は戦闘配置に就ける事が不可能になる。

 それは止めてくれと、戦術作戦局から泣き付かれた。

 シンジ(エヴァンゲリオン初号機)惣流アスカ・ラングレー(エヴァンゲリオン弐号機)組み合わせ(ツー・トップ体勢)は強力無比であるが、支援火力を兼ねた予備戦力が無いと言うのは恐怖以外の何物でも無いのだからだ。

 

「回路切り替え、急げ!」

 

 伊吹マヤが第1課課長補佐(管理者)らしい凛とした声で命令を発する。

 その声に各オペレーター達が動いていく。

 電気が遮断されたエヴァンゲリオン零号機の動きが止まる。

 

「電源遮断実施」

 

「実施確認。第2回路、遮断確認」

 

00(エヴァンゲリオン零号機)、停止行程に入ります。入りました」

 

「では、機体固定状態の再確認まで実施せよ!」

 

 伊吹マヤ。

 はつらつと声を出す様は見事だった。

 まだ若いながらもなかなかの指揮官ぶりと言えた。

 だからこそ、並み居る第1課のスタッフの中で課長補佐(赤木リツコの右腕)に抜擢されたのだとも言えた。

 研究の才能があるだけでは、管理者にはなれないのだから。

 

 部屋が一瞬、暗くなる。

 実験棟を含めた区画の電気系統が再起動されたのだ。

 エヴァンゲリオンを動かすには大量の電気が必要故の事だった。

 

「電源、回復します」

 

 オペレーターの報告(コール)

 それを無視して赤木リツコはモニターを睨む。

 

「問題はやはりここね」

 

「はい、変換効率が理論値より0.008も低いのが気になります」

 

 モニターにはエヴァンゲリオン零号機と、その外側に仮設される形で取り付けられたNERV本部技術開発局第1課製のBモジュールの情報伝達回路、そのバイパス部分に問題が発生している事を示していた。

 赤木リツコらの手で作られたBモジュールが原因なのか、それとも接続部分に問題があるのか。

 慎重な調査、研究が必要な所であった。

 

「ぎりぎりの計測誤差の範囲内ですが、どうしますか?」

 

「もう一度同じ設定で、相互変換を0.01だけ下げてやってみましょう」

 

「了解」

 

 設定を変えていくオペレーター達。

 併せて機体側に異常が出ていないかの確認もしていく。

 

「局長、準備完了です」

 

 公私を分ける意味で、部下の前では赤木リツコを局長と呼ぶ伊吹マヤ。

 その生真面目さに内心で可愛らしさを感じながら、赤木リツコは命令を出す。

 

「では、再起動実験、始めましょう」

 

 凛と命令した瞬間、実験棟の電気が落ちた。

 

「あら?」

 

 

 

 

 

 唐突に、葛城ミサトと加持リョウジを乗せたトラムが止まった。

 丁度地下大空間(ジオフロント)の外壁路に差し掛かった辺りなので、NERV本部の情景が一望できていた。

 その全てから電気が喪われているのが判る。

 

「故障、いや停電か?」

 

「まさか、ありえないわ」

 

 NERV本部は、大電力を必要とするエヴァンゲリオンを複数運用する前提でシステム設計が為されている。

 2系統の回線、そして補助の3つだ。

 その全てが遮断されると言う事は物理的にあり得ない話であった。

 

「変ねぇ、事故かしら?」

 

「赤木が実験でもミスったのかな?」

 

「それなら煙でも上がっているわよ」

 

 トラムの窓に張り付いて、NERV本部を睨む葛城ミサト。

 だがその目には異常は見えなかった。

 寝静まったかのように、静けさに沈んでいる。

 

「どうだろうな。換気システムまで止まってしまえば」

 

「手動の強制換気システムがあるわよ。それにまぁ、すぐに予備電源に切り替わるわよ」

 

 楽観的に言う葛城ミサト。

 だが現実は、そう甘くは無かった。

 

 

 

 暗がりの中にあるNERV本部第1発令所。

 僅かばかりの明かりは、非常用補助電源装置の力で生きている第1指揮区画の非常用制御システムのモニターだけであった。

 

 その前に座った青葉シゲルが堅い声で報告を挙げる。

 

「だめです、予備回線つながりません」

 

「バカな!? では、生き残っている回線は何がある?」

 

 葛城ミサトの不在と言う事で、緊急の指揮を執る冬月コウゾウ。

 常であれば沈着冷静な態度を崩さぬ、この学者上がりの男が言葉を荒げている時点で、状況の容易で無さを示していた。

 

「2567番からの9回線だけです!」

 

「25系か、工事用の仮設回線だな?」

 

 25系とは第3新東京市の工事開始時に特設された太陽光発電システムの仮称(ナンバー)であり、67は回線の経由地を示していた。

 25太陽光発電システムが撤去されていない理由は、その位置が箱根の山中にあり、撤去せずとも第3新東京市の要塞機能に影響がないからであった。

 

「はい。太陽光発電システムです」

 

「供給力はどうか?」

 

「本施設の要求量の1.2%です」

 

 絶望的な数字であった。

 さてどうするべきか。

 冬月コウゾウが判断に迷った瞬間、声を挙げた人間が居た。

 

「生き残っている回線はすべてMAGIとセントラルドグマの維持に廻せ」

 

 碇ゲンドウだ。

 沈着冷静と言うよりも鉄面皮と言う表現こそふさわしい顔で、断じる。

 

「しかし、その場合ですと全館の生命維持に支障が生じますが………」

 

 恐る恐るといった感じで青葉シゲルが確認の声を出す。

 NERV本部は地下空間にある為、空調システムが止まれば空気の動力循環が不可能になる。

 更には温度調節も不可能になる。

 過酷な事となると言う確認であった。

 或いは死者が出る可能性すら危惧されると言えた。

 だが、碇ゲンドウは揺るぐ事無く命令を下す。

 

「構わん。優先順位を間違えるな」

 

「判りました!」

 

 

 

 

 

んだよ(あれ)?」

 

 シンジが停電に接したのは授業中の事であった。

 唐突に授業用のパソコンが電源断(ダウン)したのだ。

 見れば表示灯(ランプ)が消えていた。

 故障かと、隣を見ればアスカも電源ボタンをしきりに押している。

 

「駄目?」

 

「シンジのも?」

 

「うん。どうにも駄目っぽい」

 

「安物って事かしら」

 

 電源ボタンを押すと言うよりも叩くと言う塩梅に移行しているアスカ。

 だがパソコンが動く気配はない。

 

「アカンわ」

 

 と、近くの鈴原トウジも声をあげていた。

 そこでシンジは気づいた。

 パソコンが落ちているのはシンジやアスカのだけではなくクラス中であり、そして電灯もエアコンも止まっていると言う事に。

 何やらガチャガチャやっている綾波レイや、変な笑い声をあげて各種ドライバーをカバンから取り出した相田ケンスケなど。

 異変への対応は人それぞれと言う感じだ。

 

 

「困りましたね」

 

 教壇の先生が、まるで困って居ない様な口調で嘆息していた。

 人の営みが生む音の消えた第3新東京市は、只、セミの鳴き声が響いていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07-4

+

 夏の日差しの中で、眠った第3新東京市。

 だが、眠らない街の微睡みは極々短い時間だけであった。

 防災スピーカーから独特の波長をした、国民保護サイレンとも違う甲高く人の不安を掻き立てる警報音が鳴り響き、街は本来の姿を取り戻す。

 対使徒迎撃要塞都市としての姿を。

 

 

「警報!?」

 

 惣流アスカ・ラングレーは、教室の窓から身を乗り出して聞く。

 その勢いの良さは、隣に居た碇シンジが咄嗟にアスカのほっそりとした腰に抱き着かせる程であった。

 翻ったスカートに顔をツッコむような形となったシンジ。

 だが、アスカにせよ表情は真剣であった。

 

「シンジ」

 

「見えた?」

 

Nein(見えない)

 

 使徒、との言葉は発しない。

 一応は機密であると言う躾の結果であった。

 

「取り敢えず本部?」

 

「ん」

 

 目と目で会話する様な2人。

 そこからの行動も素早いの一言だった。

 

「トウジ! すんもはんどん(御免だけど片付けてて)

 

「ヒカリ! ゴメン」

 

 2人は、異口同音に(授業用具)の片づけを頼みながら貴重品を引っ掴む。

 持って行くのは携帯電話に財布、その程度だ。

 

「気を付けてな!」

 

「アスカ、頑張ってね!」

 

 それぞれの深い友人(ダチ)の言葉を背に、アスカはもう1人の仲間へと振り返る。

 

「レイ!」

 

 綾波レイ。

 此方は携帯電話を手に立ち上がっていた。

 

「アスカ。迎え。裏口に車を用意したって」

 

Danke(ご苦労様)!」

 

 教室の入口へと歩き出す2人。

 と、綾波レイの隣の席の女子生徒が慌てて呼び止める。

 

「綾波さん、コレ」

 

 そばかすの可愛い(チャーミング)女の子が差し出したのは、まだ新しい猫の絵柄がプリントされたポーチだった。

 伊吹マヤがプレゼントとして買ってくれた、綾波レイの貴重品入れだ。

 机の上に忘れていたのだ。

 

「ありがとう」

 

「頑張ってね!!」

 

「判った」

 

 大事そうにポーチを両手で持つ綾波レイ。

 それをアスカは流し目で、少しだけ口元で笑って見ていた。

 それは少しづつ綾波レイの事をアスカが理解しだした結果の笑みであった。

 冷血冷静と思っていた同僚(ライヴァル)がそうでない事を知り、そしてそこから育とうとしていると理解した結果であった。

 

「なに?」

 

「何でも無いわよ、それより急ぐわよレイ」

 

「判ったアスカ」

 

 アスカは、綾波レイが何でもない事でも面白いと思えるのではないかと思えるのだった。

 

 

 対してシンジは教師に対して手短に状況を報告(伝達)していた。

 

すんもはんどん(すいません先生)家んこっでかえいもす(家族の事情で帰ります)

 

 100%の嘘ではないが、事実の全てを現している訳でもないシンジの言葉。

 だが教師も事前に状況は教えられている。

 だからシンジの言葉を否定も肯定もせず、達観した顔で送り出す。

 

「気を付けて行ってください」

 

 それは、或いは万感の思いが籠った言葉だったのかもしれなかった。

 

 教室から出かけ(出征し)ていく3人。

 教室の誰もが状況は理解している。

 頑張れと声を掛ける人間もいる。

 手を振ってる奴もいる。

 そんな中に埋もれながら相田ケンスケは、シンジを羨んでいた。

 映画の中の1シーンの様に、凛々しく格好良く出撃する姿。

 美少女(アスカ)との距離の近さ ―― ガン見していた、捲れたアスカのスカートから見えた白い太もも。

 自分もエヴァンゲリオンパイロットだったら。

 そう思ってしまうのが思春期らしさとも言えた。

 同時にそれは、自分が何者であるかを示したいとの男らしい欲望とも言えた。

 エヴァンゲリオンのパイロットになりたい。

 ビックになりたい。

 大望と言えるだろう。

 だが、今の相田ケンスケは群衆に埋没する1人の個人でしかなった。

 

 

 

 

 

 電気の戻ったNERV本部第1発令所。

 だが全てと言う訳では無い。

 常ならば煌々としている照明も半分以上が消され、それはディスプレイも同じであった。

 空調設備も、弱くヌルい風を送り出してくるだけに留まっていた。

 電力が不足していたのだ。

 逆に言えば、電力の不足で留まって居た。

 それは非常用電源供給システムのお陰、では無かった。

 通常であればNERV本部施設の需要、その1割からは賄える筈のディーゼル発電設備があったのだが、起動する事が出来ずにいた。

 否。

 1度は起動できたのだ。

 停電が発生した際(最初の電圧低下時)に全自動で起動まではしたのだが、何故か、その瞬間にディーゼル発電機群が全台停止してしまったのだ。

 原因不明の異常事態であった。

 だが、その代わりをするモノがNERV本部にはあった。

 エヴァンゲリオン支援機。

 日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)製の反応炉(ニュークリア・リアクター)を搭載した技術実証試験機だ。

 一般的な商用炉(原子力発電施設)に比べれば弱いが、それでもエヴァンゲリオンを運用を支えるだけの発電出力は持っていたのだ。

 今、それがNERV本部施設の機能の一部を支える事に使われていた。

 

 

「ジェットアローン様々ね」

 

 そう言うのは葛城ミサトだ。

 手にはヌルい珈琲のマグカップがある。

 淹れてから時間の経過した珈琲であるが、砂糖とミルクをタップリと放り込んだソレはこの様な状況では値万金の甘露であった。

 

「来週なら、換装用の新型炉まで来てたわよ」

 

 合いの手を入れるのは赤木リツコだ。

 此方はトレードマークめいた白衣を埃などで黒く汚している。

 顔にも疲れがある。

 NERV本部の移動システムの類は、ほぼ全てが停止状態である為、広大な施設内を動くのは大変な労力を必要とするのだ。

 研究屋(デスクワーク主体)の赤木リツコには、特に大きい負担であった。

 

「あ、リツコ。お疲れ」

 

「ええ」

 

 空いていたオペレーター席に、座り込む勢いで腰を下ろす。

 溜息をついく。

 汗まみれになっている。

 

「原因、と言うか復旧は出来そう?」

 

「難しいわね。機械的なトラブルは見られないもの」

 

「何者かの破壊工作?」

 

「或いは、使徒ね」

 

 襲来してくる使徒。

 既に第3新東京市から20㎞圏内にまで侵攻していた。

 国連極東軍(Far East-Aemy)第3特命任務部隊(FEA.TF-03)が迎撃を行い、時間稼ぎを行っているが、戦闘領域での一般市民の避難が十分ではない為に苦戦を強いられていた。

 攻撃精度の問題から榴弾砲の投入が認められず、精密兵器に攻撃手段が絞られているが、使徒側が険しい山を侵攻ルートに選んでいた為に戦車砲などが重火器が持ち込めない状況であったのだ。

 手持ちの火器や誘導弾では十分な打撃を与えるのは難しかった。

 航空部隊に関しては、大急ぎで爆装を行わせているのだが準備にまだ時間を必要としていた。

 通常は即応体制にある第3新東京市(NERV本部)に付随する空港(航空基地)も、NERV本部同様に謎の停電状態に陥っており、作業が遅れていたのだ。

 そしてそれ以外の航空基地の場合、距離的な遠さが時間を必要とする理由となっていた。

 

「使徒にそんな能力があるのかしら」

 

 使徒だからにしても、何でもアリにも過ぎると葛城ミサトが苦笑すれば、真面目くさった顔で冬月コウゾウが笑った。

 

「なら人間による破壊工作とでも言うかね?」

 

 戯言に反応が出るとは思っていなかった葛城ミサトは、慌てて背筋を伸ばしていた。

 だが、そんな事に冬月コウゾウは構う事は無かった。

 それなりの冗談の積りだったからだ。

 

「偶然にも使徒侵攻時を狙って破壊工作が行われた、とするのは余りにも恣意的に過ぎるだろう。推理小説などでその様なトリックを考案したら、作者はファンに叱られる前に、出版させてはもらえまいよ」

 

「………ですよね」

 

 出版の下りで、叱責では無く冗談であると理解した葛城ミサトは苦笑いをしていた。

 対して赤木リツコは楽し気に返す。

 

「使徒が空を飛ぶだけではなく電気まで喰うとなれば、下手な架空(フィクション)よりも現実感がありませんわね」

 

「何、現実というモノは常に創作者の上を往くものだと聞く。ならば使徒が現実離れするのも当たり前だと言えるだろう」

 

「そんな、使徒が子供向けの絵本(おとぎ話)でなら、使徒は最後まで無敵の怪物でしょうね」

 

 珍しく世間話めいたモノを続けた赤木リツコ。

 その意図を図り兼ねていた冬月コウゾウであったが、誘う話の着地点を理解するや、それまでの訝し気な表情を一変させた。

 そして赤木リツコに共犯者めいた目配せをして、言葉の先を変えた。

 

「だが、そんな怪物も人間の手で討たれる。そうだね葛城中佐?」

 

「はっ! 必ずや」

 

 要するに赤木リツコが狙ったのは、微妙な気分になった葛城ミサトの気分転換であった。

 指揮官が戦闘を前にして気分が乗ってないのは困る。

 そう言った所であった。

 

「宜しい。ではその言葉が果たされる事を期待するとしよう」

 

 

 

 安全係数ギリギリの速度で奔るNERV本部館内トラム。

 何故なら、そこにはシンジ達3人のチルドレンが乗っているからであった。

 

『使徒は本第3新東京市からみて南西、距離は約10㎞よ。現在の侵攻速度なら会敵まで約30分と言った所ね。状況は理解出来たわね?』

 

 通信パネルに映された葛城ミサトがシンジ達に状況を伝えていく。

 だが、誰も見てはいない。

 当然だろう。

 シンジ達は今現在、トラムの中で急いで学生服から搭乗服(プラグスーツ)に着替えているのだがら。

 護衛班がどこかで調達したカーテンで即席の垣根を作っては居るが、正直、心もとない薄さしかない。

 影が体のラインを丸ごとに映している。

 そもそも、外からも窓ガラス越しに丸見えだ。

 普通の()少年であれば辛抱堪らんとなりそうな、或いは普通の少女であれば羞恥心に足がすくむ様な状況だが、生憎とここには普通の少年少女は居なかった。

 目的が定まればわき目もふらぬのがシンジであり、アスカは軍隊で(国連欧州軍時代に)非常時に羞恥心を殺す訓練を積んでいた。

 そして綾波レイ。

 この少女、その生まれと育ちの結果、羞恥心がまだ備わって居なかった。

 護衛班が即席の垣根を作る前に脱ぎ出す程であったのだから。

 

 全くの余談だが、この際の報告書を見た天木ミツキは、綾波レイに対する情操教育の重要性を確信し、更なる教育を行っ(碇ゲンドウの頭痛のタネを増やし)ていくのだった。

 

 

そいでどげんすっとな(それで僕たちはどうすれば良いんですか)?」

 

 一番早く着替え終わったシンジが通信機の横に付いていた監視カメラに縛り付けていたタオルを取りながら葛城ミサトに問いかける。

 シンジは、自分自身が見られる分には別にどうでも良いが、女の子2人は別だろうと気を回していたのだ。

 そんなシンジに葛城ミサトはニコリともせずに、いつも以上に厳しい顔で()()を出す。

 

『シンジ君とアスカだけで出撃。悪いけど通信状態が無線だと不安定だからいつも以上に任せる事になるわ』

 

 トラムの通信は電源と同様に有線回路で行われている。

 だから通信が出来ているが無線による情報ネットワークの再構築は上手く出来ていなかった。

 使徒の妨害と考えられていた。

 そしてジェットアローンの電力供給であるが、エヴァンゲリオン3機を動かす量は流石に無理であった。

 そもそも、ジェットアローンを地上に出す手段が今は無いのだ。

 エヴァンゲリオンの発進だけであれば、常のリニアカタパルトを非常手段 ―― ロケット出撃システムでのリフトごとの射出と言う手段が取れるのだが、流石にこのような乱暴な手段をジェットアローンに用いる事は不可能なのだ。

 機体構造が射出時の衝撃に耐えられるのか不明だし、そもそも動力源(反応炉)の問題がある。

 如何に葛城ミサト(使徒ブッコロスウーマン)であっても、その様な選択肢を選ぶほどに血迷ってはいなかった。

 

 兎も角。

 通信は無く、支援も無く、いつも以上に時間制限の厳しい状況での戦い。

 しかも投入するのはエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のみだ。

 これは、エヴァンゲリオン4号機の主装備が電力を喰う射撃系であると言うのと同時に、万が一に地表から侵攻してくる使徒が囮だった場合に備えての事であった。

 使徒が地中を自由に動ける可能性と言うものは第8使徒によって実証されている。

 であれば、通信が繋がりにくく、地上にエヴァンゲリオンを展開させれば再配置(地下本部施設への回収)が困難な現状で全てのカードを切る(エヴァンゲリオンを出撃させる)事は不可能な事であった。

 葛城ミサトが厳しい顔(自罰的な表情)をする理由としては十分であったと言える。

 

「はん! その程度の問題、何でもないわよ」

 

 カーテンを開いてアスカが顔を出す。

 まるで道は自らの手で開いて見せると言わんばかりの、威風堂々とした仕草だ。

 綾波レイも続いている。

 

「格闘戦なんて、指示も支援も要請なんて出来ないじゃない。()()()()()()

 

『………御免ね、アスカ』

 

「しおらしい声を出すんじゃないわよ。それともアタシ達を信用できない?」

 

『信じてるわ、アスカを。シンジ君だって』

 

「なら、今日もそうだって事。何時もと同じよ。少しだけ違うけど、殆ど同じよ!」

 

『ありがとう、アスカ』

 

「どういたしましてって、シンジもそうでしょ?」

 

 相方はどうかと振り返れば、シンジも又、アスカの期待通りの顔をしていた。

 不満不安などの一切が混じって居ない、只ひたすらに()意のみで組みあがった顔だ。

 この顔が隣にある限り自分に、自分たちに失敗はあり得ない。

 そんな自信がアスカに湧いてくるのだった。

 

「大丈夫。不安は無いよ」

 

「それでこそ、よ。そう言う事でミサト、出撃準備はそのまま続行よ!」

 

おねがいしもんで(宜しくお願いします)

 

『オッケー。2人とも、信じてるわ。レイ、悪いけど聞いての通り。貴方はお留守番』

 

「判りました」

 

 方針は決まり、後は走るだけとなったその時、葛城ミサトの側で動きがあった。

 葛城ミサトがマイクを握ったらしく、無音となった画面の向こう側で誰かとやり取りをする姿が写る。

 そして画面が変わった。

 葛城ミサトではなく、碇ゲンドウが顔を見せた。

 

『初号機パイロット及び2号機パイロット』

 

 シンジ達が返事などの何かのリアクションを取る間もなく、前置きも無く話し始める碇ゲンドウ。

 薄暗いディスプレイの向こう側であっても、表情が険しいのは見て取れた。

 

『すまないが作戦会議の時間を少しだけ貰う。先ずは不明の事態を総司令官として詫びる。君たち2人だけに我々NERVと第3新東京市。そして人類の存亡を掛ける事となった。我々の失態だ。償いはしよう。だが必ずや勝利を収めてきてくれ。それだけだ』

 

 シンジと碇ゲンドウの視線が交差する。

 そこに意思疎通は無い。

 交流などあり得ない。

 ただの睨み合いとしか言いようが無い。

 

 だがシンジは碇ゲンドウが詫びたと言う事実のみを受け取った。

 シンジは漢として立とうとする男の子であるのだから。

 

よか(やるよ)

 

 シンジの短い了承。

 碇ゲンドウも頷くだけで受け取った。

 そしてアスカを見る。

 チンピラの類とは違う、サングラス越しでも判る険しい目にアスカの背筋は自然と伸びた

 だが、掛けられた言葉は願い(希望)であった。

 

『2号機パイロット。君もだ。任せる』

 

Jawohl! Herr Kaleun!(はい、判りました)

 

 言葉の内容よりも、その迫力(雰囲気)故にか、アスカは思わずお国言葉を話(敬礼を)していた。

 碇ゲンドウは鷹揚に受け入れた。

 

Anvertrauen(任せる)

 

 通信は終わった。

 何気に初めて会話したのではないかと思ったアスカ。

 厳つい顔の割に、大きな組織のトップなのに素直に頭を下げて来るとは凄い人間だと思っていた。

 対してシンジは、別にコレを理由に殴らせろと言うのは、冗談でも良くないなと思っていた。

 にぎにぎっとシンジが右手を動かすと、黒い服の護衛班は面白いように顔色を悪くした。

 その気持ちを代弁する様に、綾波レイが口を挟んだ。

 

「碇君。殴るのは駄目」

 

せんど(しないよ、そんな事)

 

 緊張感の無い顔で否定するシンジ。

 だがシンジと言う少年は、笑顔のままに殴る事の出来る男でもあるのだ。

 故に、その言葉が真実である事を綾波レイも護衛班も祈るのだった。

 

 

『到着します』

 

 電子合成された声。

 トラムがNERV本部地下施設へと到着する。

 

 

 

 

 

 前進を続ける使徒。

 第3新東京市の要塞都市部にまで達するが、国連軍部隊による応戦は低調であった。

 住人の避難こそは出来ていたが、電源不足によって非戦闘区画の収納や戦闘区画の運用が行えないからである。

 大威力兵器など使える筈も無かった。

 だが戦う将兵の顔に焦燥も不安も無かった。

 不満すらない。

 何故なら、彼らは自分の果たすべき役割を成し遂げたのだと知って居るからだ。

 時間を稼ぐ事が出来たのだと知らされているのだ。

 警報が鳴る。

 その瞬間、動きが変わった。

 真打の登場だからだ。

 

「総員後退! 後退しろ」

 

「装備は捨てても構わん! だが負傷者を忘れるな!!」

 

 そう、エヴァンゲリオンの出撃だ。

 

 

 

『使徒、設定された目標戦闘エリアに侵入を確認!』

 

『住人の避難、再確認終了! 異常見られず!!』

 

第3特命任務部隊(FEA.TF-03)、後退の通達あり』

 

 積みあがっていくエヴァンゲリオンの戦闘態勢。

 既にエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は、発射位置にまで移動済みだ。

 エヴァンゲリオン4号機が固定機構(ロック)を解除させたドーリーを押して移動させたのだ。

 そのエヴァンゲリオン4号機は、射出ロケットの影響 ―― 最悪の場合に発生するロケットの爆発と誘爆とを考えて避難していた。

 無論、操作員も居ない。

 この場に居るのは 共に全身に、増加装甲と見紛うばかりに非常電源バッテリー(高エネルギー危険物)を搭載した2機のエヴァンゲリオンとパイロットのみである。

 

 怒鳴り合いめいた報告の他は、実に静かな空間。

 誘爆すれば骨も残らないだろう。

 そんな事を考えながら、アスカは相方(シンジ)を呼ぶ。

 

「シンジ、緊張してる?」

 

『不思議だけど、してないよ』

 

 言葉通りに平坦な、余計な感情の混じって居ない声。

 その前まで目を瞑ってい居た事から、それってゼン()って奴なのか等と考えながら、アスカは言葉を連ねる。

 

「いいわ。なら出たらする事は1つ。最大戦速で一気に行くわよ」

 

『判った』

 

 いつも通りのシンジ。

 だからアスカもいつも通りに居られていた。

 

 シンジが居るから。

 だがそれはシンジも同じだった。

 

 1人であれば迷いもする。

 だが、アスカが居る。

 自分が判らない事であってもアスカは判る。

 判った事を伝えてくれる。

 それが有難かった。

 碇ゲンドウの言葉ではないが、今、シンジ達は世界を背負う事となった。

 傷つく事は怖くない。

 戦いに倒れる事も仕方がない。

 だが、切り込んで失敗したらサパッと死ぬだけ ―― そんな無責任が許されないと言うのは重いのだ。

 だからこそ、アスカの存在はシンジにとって救いであった。

 

 

 

「使徒! 目標地点に到着!! 全作戦準備完了です!!!」

 

 日向マコトの報告。

 戦いの歯車は全て揃った。

 後は葛城ミサトが命令を発するだけであった。

 第1発令所の耳目が集まる。

 その事を意識しながら、努めて優しい声を絞り出す。

 

「2人とも、準備は良い?」

 

よか(大丈夫です)

 

Jawohl(大丈夫よ)

 

 異口同音。

 正にシンジとアスカの為にある言葉であった。

 共に落ち着いた表情だ。

 だからこそ葛城ミサトは、自らの目の届かぬ、手の届かぬ場所へと征く子どもたちに、精一杯に 声が震えぬ様に注意して祈る(命令する)

 

「勝ってきて。信じてるわ」

 

 祈り。

 だから返事は待たない。

 葛城ミサトは声を張り上げる。

 裂帛の気合。

 

「エヴァンゲリオン出撃! カウントダウンは5より省略!! 復唱不要!!!」

 

 戦が始まる。

 

 

 

 最初はゆっくりと、だがそこから一気に加速する2機のエヴァンゲリオン。

 常のリニアカタパルト式とは違うロケットの加速。

 それは正に打ち出される勢いであった。

 

 

 数秒で地上に達し、その勢いのままに空へと飛び出す。

 リフトへの固定装置を爆破撤去し、エヴァンゲリオンに取り付けられていたブースターに点火する2人。

 空を往く為? 違う。

 降りる為だ。

 空にあると言う事は見える程に自由ではないのだから。

 

 轟音と共に着地。

 その時点で邪魔になる装備を排除。

 ビルの陰に飛び込む。

 2機の動きに狂いはない。

 

『使徒視認!』

 

 アスカが声を挙げた。

 電子的な意味で結合(エンゲージ)されているエヴァンゲリオン初号機にも、エヴァンゲリオン弐号機が捉えた情報が表示される。

 多脚の、クモにも似た姿をしていた。

 

『事前情報通りね』

 

「攻撃が無い。第5使徒並みの攻撃手段は持ってないみたいだ。なら小手調べ、行くよ」

 

『任せるわ』

 

 時間が勿体ないとばかりに動くエヴァンゲリオン初号機。

 遮蔽物(ビル)身を乗り出してEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を発砲する。

 A.Tフィールドに阻まれる ―― 無い。

 だが同時に、弾丸が使徒に届く事も無かった。

 劣化ウランの弾丸は、使徒の放つ液体によって迎撃されたのだ。

 使徒の体にある目の様な模様から、如何なる原理によってか真横に打ち出された水滴によってだった。

 否、迎撃されただけではない。

 礫の如く、雨霰の如く、液体が投げつけられたのだ。

 液体は劣化ウランの弾丸同様に、遮蔽物となっているビルを溶かしていく。

 

 攻撃を仕掛けるシンジ。

 その反応を見るアスカ。

 2人とも冷静に自らの役目(行動)を続ける。

 と、シンジが声を挙げた。

 

「アスカ!」

 

『了解』

 

 攻撃を受けたビルを離れて別のビルを盾にする様に動く。

 液体による攻撃は、その回避の動きに追随している。

 

『状況分析力もあり、A.Tフィールドが弱い代わりに、攻防一体の武器を持つって事ね』

 

「あの液体、A.Tフィールドを抜けて来る?」

 

『来たわ。フィールド圏内の筈のビルも溶けてたもの』

 

 実に厄介な敵であった。

 類似する使徒としては第5使徒が居るが、その暴力的な火力と防御力に比して弱いと言えるが、だがそれは決して弱いと言う意味では無い。

 火力(威力)が小さい分、常に放ち続ける事が可能であるのだ。

 当然、A.Tフィールドを抜けて来る。

 

 言うならば、同じ水量としても集中している滝は避ければ被害は少ない。

 だが、土砂降りを避ける事は出来ない。

 そういう事だ。

 ビルが溶解した速度を見れば、液体は、エヴァンゲリオンの持つ1万2千層にも及ぶ特殊装甲であっても余裕があるとは言えなかった。

 そして液体の射撃速度と精度は、EW-22B(バヨネット付きパレットガン)の弾幕並なのだ。

 間違っても侮れる相手では無かった。

 だが、攻略法を悠長に考える時間は無かった。

 バッテリーの残量だ。

 増設された分の半分以上を使っており、残されている時間は少ない。

 

「行こう、アスカ」

 

『シンジ』

 

 だがアスカが止める様に手を上げている。

 その意図をシンジは誤解しない。

 

「ん」

 

 同じように手を上げる。

 ジャンケンだ。

 2度3度とあいこを繰り返し、最後にシンジが勝った。

 

『じゃ、先鋒(前衛)はアタシって事で』

 

 腹を決めている同士だ。

 そこに無駄な言い争いは発生しない。

 だが、相手の無事を願う気持ちはあるのだ。

 

「気を付けてアスカ」

 

『ふん、バカシンジ。アンタはアタシを信用できない?』

 

「………信じている」

 

『なら、アタシのお尻だけを見ながらついてきなさい。行くわよ』

 

「うん」

 

Gehen(行くわよ)!』

 

 

 アスカの合図に2機のエヴァンゲリオンは吶喊を始める。

 前を往くのはエヴァンゲリオン弐号機。

 EW-22B(バヨネット付きパレットガン)を、両腕を盾にして真横へと降り注ぐ溶解液を受け止める。

 みるみる溶けていくEW-22B(バヨネット付きパレットガン)

 そして腕。

 腕を抜けて顔や体までが溶けていく。

 機体との接続(シンクロ)によって、それはアスカの痛みともなる。

 だがアスカは、一言たりと悲鳴を漏らす事無く前を睨み、進む。

 進む。

 頭部が溶け、視野が狭まる。

 だが止まらない。

 

「ウゥゥゥゥゥゥオォォォォ!!」

 

 それは悲鳴では無い。

 勝利への渇望、咆哮だ。

 そのアスカの意思に応える様に、エヴァンゲリオン弐号機は瞳を開く。

 4つの目が、戦意を宿して輝く。

 歯を食いしばって進む。

 開かれた視野は直ぐに閉ざされていく。

 だが止まらない。

 機体(エヴァンゲリオン弐号機)がアスカに応えようとしている。

 それが判るからだ。

 だから前に進む。

 使徒を視認する事すら難しくなっても止まらない。

 続くシンジを、赤子が親を信じるが如く無心に前へと進む。

 使徒との距離すら測れなくなっても進む。

 

『アスカッ!!!』

 

 待っていた合図が届く。

 その瞬間、アスカは機体を横っ飛びに跳ねさせた。

 小さく残された視野には、エヴァンゲリオン初号機が正に鬼神の如き勢いで打ち込む姿が見えた。

 使徒は真っ二つとなる。

 当然だろう。

 只の1撃でEW-12⁻(試製マゴロックス)が折れた程なのだから。

 

「してやったり、ね」

 

 満足感と共に目を閉じたアスカ。

 機体が倒れていくのが判るが仕方がない。

 もう足が言う事を効かなかった。

 溶解液による被害(ダメージ)は、エヴァンゲリオン弐号機の機能に深刻な影響を与えていたのだから。

 

 が、待てども衝撃がアスカを襲う事は無かった。

 エヴァンゲリオン弐号機をそっとエヴァンゲリオン初号機が支えたからだ。

 EW-12⁻(試製マゴロックス)を投げ捨てて、両手で抱き上げる様にしていた。

 それはさながら、お姫様抱っこの様であった。

 

「お見事」

 

『アスカもね』

 

 回収班を待つ間、2人はゆっくりと笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07-epilogue

+

 第9使徒撃滅後、第3新東京市を中心とした謎の停電状態は復帰する事となった。

 やはり異常と言えた電力の消失は使徒が原因であったとNERV上層部は安堵していた。

 だが、安堵出来ない人々も居る。

 現場の復旧対策班だ。

 電気系統の再チェックに始まって各種電算装置(コンピュータ)群の動作確認までする事は山盛りなのだ。

 非常電源供給システムの構築などにより、元より停電と言う状態を想定していなかった諸々が、完全に電気を失っていたのだ。

 それも正規の手順を踏んでの終了ではなく強制的に(強制シャットダウンなの)だ。

 電気が戻った、それで大丈夫などとてもではないが言えることでは無かった。

 唯一の救いはNERVの本丸たる第7世代型有機コンピューターMAGIが健在だったと言う事だろう。

 

 そして同時進行として第9使徒による被害対応があり、此方も相当に厄介であった。

 世の全てを溶かす様な力を持った溶解液は、第9使徒が活動を止めた瞬間、無害化(溶解力を喪失)しており、赤木リツコはこの点から第9使徒の溶解液はA.Tフィールドの何らかの操作によって生み出された特殊化溶解液だろうと判断していた。

 何らかの操作(何も判らないと言う話)は、現場の人間は誰もが無視(スルー)した。

 赤木リツコすら匙を投げた。

 只、無害化に必要となる中和剤、その為の調査分析などをせずに済んだ事は良かったと誰もが割り切っていた。

 問題は原因的なものよりも、その効果であった。

 第9使徒が撃滅され無害化する迄の間、ビルから地表から散々に溶かしていたのだ。

 使徒とエヴァンゲリオンが交戦した直径1㎞圏内は、下手に修理するよりも全廃棄して再建した方が早いと言われる程の有様だった。

 しかも現在、所々で火災が発生していた。

 溶解液で断線した電路や、その他の理由によるものであった。

 第9使徒が噴射した溶解液がどこまで広がっているか、完全に調査せねば通電すら出来ないと言う有様だ。

 結果、安全をみて戦闘区域から直径で5㎞圏内の全ての施設や設備は、点検終了まで通電は行わない事とされたのだった。 

 相当に厄介と言う言葉でも、まだ手ぬるいと言うべき惨状であった。

 

 第5使徒との闘い以来の大損害。

 NERVの人間にとって、眠れぬ日々が始まったとも言えた。

 

 

 

「ま、それでも人的被害がほぼ無いと言うのが救いよね」

 

 疲れ果てた顔で、それでも希望を望ん(心が折れぬ様にとの防衛行動)で言葉を漏らしたのは、NERV本部で随一と言える楽観主義者の葛城ミサトであった。

 指揮官と言うものは最悪を想定した上で楽観的に動くべきである、そんな訓練の結果とも言えた。

 珈琲カップを両手で持って、魂の抜けた様な顔をしている。

 責任者として、上がってきた情報を片っ端から処理していたのだ。

 疲れ果てると言うものであった。

 否。

 ()()()()()()()()()()、葛城ミサトは。

 故に、戦闘終了後から先ほどまで働きづめであった。

 

「そうね。国連軍も死者重傷者は出なかったって話だったかしら」

 

 合いの手を入れるのは無論、赤木リツコだ。

 此方も疲労の色が濃ゆい。

 復旧計画の概案を作る為、被害状況を必死に纏めていたのだから仕方がない。

 その上、甚大な被害を受けたエヴァンゲリオン弐号機の修復もあるのだ。

 NERV本部の技術部門の統括官としては、今日もだが明日も明後日も当分は眠れぬ日々となりそうであった。

 そんな葛城ミサトと赤木リツコが居るのは、口さがないモノからは第2執務室(佐官用監獄)などとも言われている終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)だ。

 部屋の広さ、机の多さを存分に生かして書類を置き散らしている。

 

「その通り! 重火器も使えない状況でよくやってくれたわ」

 

「そうね、超大型特殊機材部(ジェットアローン運用チーム)と併せて部隊感状を出して良いと思うわ。後は個人感状が………」

 

「アスカね」

 

 言葉を濁した赤木リツコ。

 罪の告解をする様に、惣流アスカ・ラングレーの名前を呼ぶ葛城ミサト。

 使徒撃滅に於いて己の乗るエヴァンゲリオン弐号機を盾として突撃し、第9使徒の元へとエヴァンゲリオン初号機を無傷で突入させたと言う献身。

 それは、間違いなく個人感状に値する。

 只、葛城ミサトが言葉を重くしているのは、その代償であった。

 或いは反動(バックラッシュ)だ。

 突撃の際にアスカは、損傷によるエヴァンゲリオン弐号機の機能低下を補う為に殆ど反射的にエヴァンゲリオンとの深々度同調(オーバーシンクロ)を行い、エヴァンゲリオン弐号機の全力稼働状態を引き出していたのだ。

 全力稼働自体は問題ではない。

 赤木リツコを筆頭にした整備担当が泣くだけで終わる話だ。

 残業代と上司の金で飲みながら怨嗟の声を上げれば晴れる程度の憂さでしかない(赤木リツコの財布は死ぬ)

 問題は、深々度同調(オーバーシンクロ)の状態で中破以上の被害をエヴァンゲリオン弐号機が受けたと言う事だ。

 過度な機体との同調(シンクロ)は、その影響をパイロットに与える事となっていた。

 

「取り合えず、診察した限りでは体に異常は見えないわ」

 

 赤木リツコの言葉は事実だった。

 被害を受けたのはエヴァンゲリオン弐号機であり、アスカでは無いのだ。

 只、過度な同調によってアスカの体が被害を受けたと誤認した(ファントム・ベイン)状態なのだ。

 四肢に痺れが出ており、特にひどいのは顔などの神経が麻痺状態になっていた。

 葛城ミサトが自罰めいて疲労し果てるまで働いた理由だ。

 自分たち大人がしっかりと役目を果たせていれば、そこまで過酷な任務を強いる必要は無かった。

 そう思えばこそであった。

 多かれ少なかれ、どの部署の人間が思う事であった。

 少なくとも、うめき声も上げずに担架で運ばれる姿を見た人間であれば。

 或いは、常の鋭さを含んだ顔を輝きが失せた、表情の乏しい顔を見た人間であれば。

 

「アスカは、それこそ気楽に()()()()()()()()()()()なんて言ってたわね。ねぇリツコ、治るまでどれくらい掛かりそうなの。そもそも治るの?」

 

「気休めは言わないわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。エヴァンゲリオンの、特にこの分野の研究はまだまだだもの」

 

「………」

 

「正直、良くあの娘は耐えたわ。ログを見る限り、それこそ体を焼かれる様な痛みを感じていた筈なのに………」

 

「ごめん。止めてよリツコ」

 

「そうね、悪趣味だったわ」

 

 両手で顔を覆う葛城ミサト。

 重い沈黙が終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)を覆う。

 気分を入れ替える様に、赤木リツコが言葉を紡いでいく。

 

「取り合えず1週間は様子見ね。その間は学校も訓練も中止って事ね」

 

「そうね。後はシンジ君も」

 

 碇シンジはアスカの付き添いとして休む事となっていた。

 本来は、子供たち(チルドレン)の生活支援も担当する支援第1課からアスカの日常生活支援の人材を派遣するのだが、アスカが嫌がったのだ。

 良く知らぬ人間が、例えそれが同性であっても自分の私的空間(プライベート)に入り込んでくる事が嫌だと言ったのだ。

 とは言え強く拒否した訳では無い。

 何とは無くの、抵抗感があると言う風に言った。

 だから、シンジが手を上げたのだ。

 隣人として何時もご飯の世話をしていたのだ。

 風呂だのの世話などは流石に勘弁だけれども、それ以外はアスカが良ければ手伝うよ、と。

 それにアスカは飛びついたのだった。

 シンジで良い。

 否、シンジが良い、と。

 

「取り合えず、神様にでも祈りましょう」

 

天使(使徒)を打ち倒す私たちが? 受け入れてくれるかしらね」

 

「日本の八百万の神々(メニーメニーゴッズ)なら、きっと受け入れてくれる柱があるわ。多分」

 

「………そうね」

 

 

 

 

 

「シンジ、お腹すいた。お肉が食べたい」

 

 葛城ミサトらの深刻な風とは裏腹に、アスカの表情は明るかった。

 恐れていた麻痺であるが、時間と共に勢いよく回復しているからだ。

 NERV本部を出た頃は、送られる車中でシートベルトをして座っているにも拘らず隣のシンジに支えられねばならぬ有様であったが、己が城と植民地(シンジ宅)に戻った頃には、痺れなど殆ど消えていたのだ。

 少なくとも歩く事の支障は消え失せていた。

 

 満面の笑みで晩飯を要求するアスカに、シンジは逆に表情の消えた顔で同意していた。

 

「はいはい」

 

 診断の結果として1週間の自宅休養が命じられたアスカ。

 その弱った姿にシンジは()()を感じ、出来る事は手伝いたいと手を挙げたのだ。

 だが、今は少し早まったかもしれないと思っていた。

 足を揉めだの肩を揉めだの、或いはお風呂の準備をしろだの、風呂から上がれば髪を乾かせだのと、シンジの家で我が物顔で命令してくるのだ。

 少しばかりシンジが、自分の行動に疑念を持つのも当然であった。

 

「でも、肉は昼の停電で駄目になってるから、明日かな」

 

「えー 何でよ。一時間もしないで停電は回復した筈でしょ」

 

「ブレーカーが落ちてたんだよ。僕たちが帰ってくるまで」

 

「あっ」

 

「しかも、冷蔵庫に入れてたのはひき肉だったから………」

 

「そう言えばハンバーグしてくれるって言ってたものね」

 

「そういう事」

 

 基本的にひき肉は足が速い(痛みやすい)のだ。

 夏の半日近い停電は致命傷となっていた。

 

「ねぇ、明日出来る」

 

「はいはい」

 

「二回言うのは駄目って言ってるわよね?」

 

「はーい」

 

「伸ばすな!!」

 

 シンジの家は今日も平常運転だった。

 

「ところでシンジ」

 

「何?」

 

「アンタ、アタシの介護で1週間のお休み………()()()()は辞退ね」

 

「忘れてたよ」

 

 すっとボケるシンジ。

 普通に忘れていたのだが、そう言う役得もあったのかとアスカの指摘で思い出していた。

 それを顔に出すヘマはしない。

 だが、その程度でアスカは手を緩めない。

 

「貸し、1つよね」

 

「ちょっと待ってよ!? 流石にそれは酷いよ」

 

「良いじゃない。アイスクリームで帳消しにしてあげるから」

 

「それ位、明日、お見舞いで買ってくるよ」

 

 アスカの好きな銘柄の名前を挙げていくシンジ。

 どれもこれも好きだとアスカが言えば、その全部を買ってくると返すシンジ。

 何だかんだと言っても自分に甘いシンジに、アスカは笑み崩れる。

 それを自覚せぬまま、アスカはシンジから顔を隠すように感謝の言葉を口にしていた。

 

Danke(ありがとう)♪」

 

 

 

 その翌日。

 着替えを取りに帰った葛城ミサトが、元気になったアスカを見て腰を抜かすのだった。

 

「早く言いなさいよっ!!!」

 

 泣き顔で怒鳴る(ガチギレする)と言う器用な真似をする葛城ミサトに、アスカはゴメンと頭を下げた。

 忘れてた、と。

 とは言えシンジが買ってきたアイスクリームの中で、一番の大好物な(フレーバー)のソレを舐めながらなのだ。

 悪びれないにも程があると言うものであった。

 アスカの満面の笑みには、昨日の神経麻痺めいた状態の影響(残滓)など欠片も見えない。

 かえって隣に居るシンジの方が、申し訳なさから無表情めいた顔(アルカイックスマイル)をしている程であった。

 

すんもはん(すいません)まこて普通やったもんで(余りにも普通だったんで)

 

 異常らしい異常が見られなかった。

 だから、異常と言う事を忘れてたと言う。

 

「はぁ~っ」

 

 一気に歳をとった様に、床にへたり込みながら息を吐きだす葛城ミサト。

 それは、その日、その週、その月で一番の大きなため息であった。

 

 

 

 

 

 




2022.07.24 文章修正
2022.08.13 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捌) ANGEL-10  SAHAQUIEL
08-1 Star Blazers


+
過去という井戸は深い
底なしの井戸と呼んでいいのではなかろうか

――旧約聖書     









+

「どうした、碇?」

 

 夕暮れの日差しに沈んだ巨大なNERV本部の総司令官執務室に、水面に零れた水滴の如く響いた冬月コウゾウの声。

 対象は勿論、部屋の主である碇ゲンドウである。

 

「………いや、何でも無い」

 

 応接セットのソファに座り、茶をすすりながら報告を行っていた所、碇ゲンドウが生返事をする様になったのだ。

 何事かと思うのも当然であった。

 

「何に気を取られていたんだ?」

 

「………」

 

 尋ねられ、口ごもる碇ゲンドウ。

 瞼を揉んで、何かの現実が誤認であったと願う様に手元の報告書、そこに添付されている写真を見なおした。

 だが、現実は非情だった。

 

「………ふぅっ」

 

 大きなため息を漏らした碇ゲンドウ。

 何でも無いと言いつつも、この態度である。

 その言葉自体が生返事だったのだと思わせる態度であった。

 とは言えここで声を上げても意味はない、と考えた冬月コウゾウは報告書の束をテーブルに置くと、湯呑に手を伸ばすのだった。

 

 

 沈黙。

 幾ばくかの時間の後、熟考から帰ってきた碇ゲンドウが顔を上げた。

 

「すまんな冬月」

 

「問題は無い。だが興味はある。何があった?」

 

 問いかけられた先の碇ゲンドウは、夕暮れを映したメガネによって表情の見えない顔の儘に手に持っていた報告書を冬月コウゾウへと渡す。

 

「レイの、支援第1課からの学校生活のレポートだ」

 

「ああ。お前が一本取られた話だったな」

 

 少しだけ喉を震わせる冬月コウゾウ。

 傲岸不遜な交渉者(タフ ネゴシエーター)として知られ、時には冬月コウゾウとて面倒な目にあわせてくる碇ゲンドウが凹んだのだ。

 愉快な思い出とも言えた。

 

「それが?」

 

「………見ろ。そちらの方が早い」

 

 碇ゲンドウが見せた書類。

 それは綾波レイの学校生活、最近になって行われたと言う文化祭の一幕に関するものであった。

 情緒の育成、その他の内容を斜め読みしていく冬月コウゾウ。

 綾波レイの人間性が育っていると言う吉報(悲報)であった。

 身の回りの小物なども買いあさる様になり、戦友である碇シンジや惣流アスカ・ラングレーとの関係も良好になり、更には休日に出歩く学友(ともだち)まで出来たのだと言う。

 将来的な問題、碇ゲンドウの人類補完計画にとって面倒くさい問題となる部分があったが、碇ゲンドウ程の男が絶句するのは理解出来ない。

 或いはリセット(3人目の起動)に思いを馳せてであれば、人間らしい感情の発露か。

 そんな事をつらつらと考えながら紙をめくって行った冬月コウゾウであったが、その彼もまた最後の1枚に添付されていた写真に絶句する事となる。

 ()()()()()()姿()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

「…………」

 

 冬月コウゾウも瞼を揉んで、改めて写真を見る。

 変化は無い。

 現実は非情であった。

 

「碇………」

 

「……ああ」

 

 どこかから響いてくる蝉しぐれ。

 暫しの沈黙。

 

 だが、冬月コウゾウはフト気付いた。

 ()()が綾波レイの写真であると思えば絶句するが、果たして碇ユイであればどうだろうか、と。

 碇ユイ。

 そういう所のある学生であったと思い出す。

 

「……くっ」

 

 小さく喉を震わせた冬月コウゾウ。

 

「何だ?」

 

 過去の情景を思い出していた冬月コウゾウを見とがめた碇ゲンドウ。

 だが冬月コウゾウは笑いを納めない。

 そんな不機嫌な碇ゲンドウも、その時の情景には居たのだから。

 

「いや、すまん。懐かしくてな。ユイ君もそうだったと思い出してな」

 

「………そうかな。いや、ユイは__ 」

 

 碇ゲンドウも思い出す。

 そう言えば碇ユイは、そのたおやかな雰囲気とは真逆な、手の速さがあった事を。

 

「この写真の様に蹴っ飛ばした事があったが忘れたかね? アレは誰かの歓迎会で……そうだマリ君だ。真希波マリ君の歓迎会で___ 」

 

「乱入してきた酔客が狼藉しようとして、ああ。ユイに蹴飛ばされたな」

 

 飛び級で大学入学し、冬月ゼミに入ってきた天才真希波マリ。

 その歓迎会として居酒屋で行われた飲み会。

 個室では無かった為に、酔っぱらった大学生らしき(ガタいが良くオラついた)若い男性が絡んで来たのだ。

 真希波マリが狙われたのは、高校生(ティーンエージャー)であり、その場で一番幼いが、身長以外の面で成長著しかった(豊満であった)事が原因であった。

 男性の手が真希波マリの胸に触れた瞬間、血の気の多い男衆(碇ゲンドウや冬月コウゾウ)が動く前に、碇ユイが文字通り一蹴したのだ。

 酔って赤らめた顔を、楽し気に、だが容赦の欠片も無く蹴っ飛ばしたのだ。

 排除して、それから追い打ちまで掛けていた。

 ある意味で碇シンジとそっくりだった。

 少なくとも、相手が反撃の気も無くなるまで追撃をした辺りは。

 ソレをさして()()()()()()等と言うのは、聊かばかり表現過小と言うものだろう。

 

 そこまで思い出した辺りで、碇ゲンドウは更に顔色を悪くした。

 冬月コウゾウもそうである。

 綾波レイの中に眠っている碇ユイの因子が目覚めつつある、その可能性が出て来たからである。

 

「どうする碇」

 

「………問題、ない」

 

 リセット(3人目の起動)さえすれば、人類補完計画に於ける不確定要素は消える。

 だが、碇ユイの匂いを纏う様になった綾波レイに、その様な事が出来るのか。

 そもそも、碇ゲンドウの人類補完計画とは碇ユイとの再会の為の手段だ。

 再会する為に、再誕しつつある碇ユイを否定する事は果たして正しいのかと言う事となる。

 更に言えば、再会の方策は予測によって組み立てられている。

 それが成功するのかと言えば、確実と言い切る事は出来ない。

 では、綾波レイが人間性を増す事が碇ユイと成る事を意味するかと言えば、そちらも難しい。

 碇ユイの因子を引き継ぐ事はあっても、碇ユイの魂はエヴァンゲリオン初号機の中にある筈なのだ。

 綾波レイが碇ユイになる事はありえない。

 その()であった。

 だが、もしそうでなかったとしたら? と言う疑問を全て消す事は不可能なのだ。

 碇ゲンドウは勿論、冬月コウゾウも頭を抱えるのも当然の話であった。

 

 

 

 

 

 NERV本部施設の技術開発局研究棟。

 特にエヴァンゲリオン用の装備開発を担当する第1課の管理する一帯は、巨大と言って良い施設規模を誇っている。

 全高40m級と言う、人類の生み出した兵器として規格外と言える汎用人型決戦兵器の装備の為の施設なのだ。

 当然と言えるだろう。

 

 巨大過ぎる寸法で作られた諸々の中を歩む赤木リツコ。

 ブーツめいたゴツい安全靴が、濡れてもきゅもきゅっと可愛らしい音を立てているが、ヘルメットから覗くその表情には疲れと共に満足感があった。

 

「漸く完成したのよ」

 

 そう言って胸を張る赤木リツコの相手はシンジであり、アスカであった。

 綾波レイも葛城ミサトも居る。

 皆、ヘルメットに安全靴を装備している。

 装備開発棟は様々な機材がある、危険な場所だからだ。

 そんな場所にシンジ達が来ている理由は、技術開発局第1課の労作の()()()()だからだった。

 

 赤木リツコの足が止まる。

 巨大な、エヴァンゲリオン用の装備。

 それを見せつける様に手を振るう。

 

「シンジ君、不便を掛けたわね。コレが完成した以上、もう問題は無いわ」

 

 聊かばかり演出めいているのは、第9使徒の処理問題が連日連夜に及んだ影響であった。

 有り体に言えば、疲労から気分高揚(疲労性のハイテンション)が出ていたのだ。

 それを親友である葛城ミサトは勿論、付き合いの長い綾波レイも軽く流していた。

 そういう姿を見慣れていないシンジとアスカは若干、引いていた。

 目配せ(アイコンタクト)をし合う。

 御指名よと顎で示す(言う)アスカに、シンジは凄く微妙(嫌そう)な顔をする。

 とは言え、返事をしないのも悪いものだと思って、口を開く。

 

そいゎよかこっじゃ(それは良い事、です……ね?)

 

 疑問形めいているのは仕方がない。

 だが、その事を意にも介せず赤木リツコは拳を突き上げた。

 

全力発揮(一撃必殺)だろうが打ち合いだろうが、コレならば耐えられるわ。コレで、折れた切っ先がビルに刺さったとか、そういうクレームとはおさらばよ!!」

 

 赤木リツコの疲弊の一端が伺える咆哮であった。

 NERV本部の高官(実質№4)とは言え、否、責任者の側であればこそ、クレームと言うものは届くものなのだから。

 特に、開発した武器の余波などと言うモノであれば、製造者責任とばかりに、技術開発局に話が持ち込まれるのだから。

 

EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)、その完成版よ」

 

 赤木リツコの声と共に演出好きの第1課スタッフが照明設備を操って、出来上がったばかりの真新しいEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)に照明を当てた。

 それは正しく刀であった。

 大剣(グレートソード)と呼ぶにしても余りにも巨大で厚いEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)とは違う、それは正に日本刀(打刀)であった。

 鞘に収納する為の機構が、鍔を兼ねて存在しているが、それ以外ではごく普通の形であった。

 余計なモノは存在し無い。

 これまでの試作品めいたEW-12⁻が、少しばかり機械的な機能を付けようとしていたのとは全く異なっている。

 只々、振りぬく為の武器であった。

 

「どう?」

 

よか(とても良いと思います)

 

 即答するシンジ。

 目がキラキラしている。

 速く振るってみたい、そういう顔だ。

 そんなシンジの反応に気を良くした赤木リツコは胸を張ってみせる。

 正に自慢(ドヤァ)顔だ。

 それを面白く無さそうな顔で見ながらアスカは、ゴツい安全靴の踵で床を叩く。

 ゴム製のソレは、アスカが思った程に音は立てない。

 だから、気付かなかった。

 シンジ以外は。

 とは言えその反応は、アスカが深層で思ったようなモノでは無かったが。

 

「出来が良いよ」

 

 これならどこまでも振り抜けれそうだと言う。

 欲しい玩具を買い与えて貰った子どもめいた顔だった。

 チョコッとだけカチンと来たアスカはボソっと呟いた。

 

「ガキか」

 

「そう言わないで。アスカにも新装備があるわ。EW-16(スマッシュバルディッシュ)、ドイツからようやく届いたわ」

 

 新しく光りに照らし出されたソレは、アスカがドイツ時代にエヴァンゲリオン初号機のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)に対抗して欲した大威力白兵戦装備であった。

 その名の通り、巨大な刃を持った竿状武器(ポールウェポン)だ。

 EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)と同様に、重い殺意の塊めいた武装であった。

 

「ふーん、漸くね」

 

 とは言え、ソレを見るアスカの目に熱量は無い。

 今のアスカにとっては、文字通り()()な武器であったからだ。

 シンジとの連携戦闘が主となって来ている為、威力は大きくとも連携のし辛いEW-16(スマッシュバルディッシュ)よりも、コンパクトで使い勝手の良いEW-17(スマッシュトマホーク)の方がやりやすいのだ。

 大威力武器で使徒を叩き斬る事も面白いだろう。

 だが、連携を取ってシンジと共に戦うのはもっと面白いのだから。

 

「アレま、アスカあんまりやる気出ない?」

 

「出ないと言うか、シンジとの連携戦(フォーメーション)だと使いづらいかなって感想」

 

「ふーん」

 

 と、ニマっと笑った葛城ミサトはアスカの耳元に口を寄せて囁く。

 一人で戦うより連携するって良いでしょ、と。

 

「悪くは無いわね」

 

 それはアスカにとって、ある種の最上の表現であった。

 

 と、綾波レイが手を挙げた。

 エヴァンゲリオン4号機には無いのですか、と。

 その声に思わず顔を見合わせる葛城ミサトと赤木リツコ。

 

(嘘でしょ)

 

(ホントなの)

 

 他人の事も、装備の事も特に興味を持つ事も無かった綾波レイの自己主張だ。

 驚くのも当然であった。

 それは積極性の表れであり、綾波レイと言う少女の成長を意味していたのだから。

 

「無いのですか?」

 

 その声には少しだけしょんぼりとした響きがあった。

 だからこそ、赤木リツコは慌てて答える。

 

「あるわ」

 

「とっておきね、リツコ」

 

「ええ、そうよ」

 

 綾波レイを勇気づける様に言う2人。

 その寸劇めいた会話は、シンジとアスカを置き去りにしていた。

 

「どうしたの?」

 

「わかんないよ」

 

 2人を置き去りにしたままに、赤木リツコは手を叩いた。

 本命である、と。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機向けの新装備も凄いのだが、コレが一番にNERVの技術、その総力を挙げて開発したのだと声を上げる。

 

EW-25(ポジトロンキャノン)、55口径560mm陽電子衝撃砲よ」

 

 それは余りにも巨大で、凶悪な大威力砲であった。

 近くにあるEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)が小物に見える様な、そんな巨大で凶悪な火力兵器であった。

 

「第5使徒を解体研究した事で得られた知見を基に、防衛装備庁(戦略自衛隊)とも技術協力を行って開発した人類史上最凶の火力よ。現時点でコレ以上のモノは存在しないと言い切れるわ」

 

 戦略自衛隊が独自に開発を進めていた自走460mm陽電子砲の開発データも加わって完成した文字通りの化け物であった。

 陽電子を加速させる為、55口径 ―― 30mを超える砲身を持つに至っており、その運用性は重量と相まって最悪になるだろう。

 だが、その威力は極上であった。

 山1つすらも軽く打ち抜けるだろうと推測される第5使徒の主砲(加粒子砲)にも匹敵する、そう赤木リツコや技術開発局第1課の人間は考えていた。

 葛城ミサトも興奮した面持ちで、ソレを見ていた。

 指揮官であれば誰もが夢見る火砲なのだから仕方がないと言えた。

 相手よりも先に、遠距離から一方的に相手をブチ殺せる装備なのだ。

 興奮するのも当然であった。

 とは言え、現場の人間(シンジとアスカ)の反応は違っていたが。

 

「地上に撃てるのかしら?」

 

「街が粉々になりそうだよね」

 

 夢の無い話を口にする2人。

 だが最後の現場組、綾波レイの反応は違っていた。

 

「良い」

 

 誰の耳にも届かない小さな呟き。

 口元を少しだけ歪め、満足げな顔でEW-25(ポジトロンキャノン)を見上げていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08-2

+

 大規模スポーツ用品店に買い物に来ていた碇シンジと鈴原トウジ。

 ジャンルは勿論、自転車だ。

 学校でもジャージ姿を好む鈴原トウジだが、それは服の選択が雑なのではなく拘りなのであった。

 その拘りが自転車用品、ウェアに及んだのであった。

 生地としてはスポーツ向けと言えるジャージは余裕を持ったデザインである為に動きやすくはあるのだが、自転車に乗ると考えた場合、裾などが回転部分に巻き込まれたりする事があったのだ。

 それも何度も。

 古いジャージからおろしたてまで。

 幾つもの、チェーンに巻き込まれて油まみれになったジャージの裾を手洗いした結果とも言えた。

 

「裾がバタつくしのう。惣流もぴっちりした格好をしとる筈やで」

 

 何着かを見て嘆息する鈴原トウジ。

 伸縮性と発汗性に優れた生地と言う事は、()()()()()()()()()()のだ。

 最初の頃は、登校服として上から下までサイクルウェアで揃えていた惣流アスカ・ラングレーであったが、相田ケンスケを筆頭にした観客(スケベ)どもが耳目を寄せていると気づいてからは、ウインドブレーカーとパレオめいた短いスカートまで身に着ける様にしていた。

 如何に(ボディライン)に自信があるアスカとは言え、好色な目で(莫迦でスケベどもに)見られたくは無いと言うものだからだ。

 意識していない、意識する気も無い有象無象からの視線とは言え、不快感と言う奴を覚えるのは当然なのだから。

 そこまでしてサイクルウェアを着ている理由は、偏にシンジとの勝負が楽しいからであった。

 勝負が楽しいからこそ、勝負に勝ちたい。

 勝負に勝つための条件を揃えたいと言う訳である。

 それは、シンジと競うという事が単純に楽しいが故だった。

 命も掛かって居ない、生存競争でも無い、只の競い合いが楽しいのだ。

 

 そしてソレは、実はシンジも同じであった。

 互してくる相手との闘いは、実に楽しいものだからだ。

 シンジが自転車にハマった理由の大半は、相手(アスカ)が居たからであった。

 

制服位やったら(制服位の裾なら)ベルトで固定もでくっどんな(裾ベルトで固定も出来るけどね)

 

「ワイは制服はきらん!」

 

じゃっでよ(なら、仕方ないよね)

 

 黒系のサイクルウェアを手に胸を張る鈴原トウジ。

 シンジも、新しいサイクルウェアを手に取っている。

 紫に緑と赤の差し色が入っている。

 今まで休日などでアスカと遠乗りする際、普通のTシャツとハーフパンツ姿だったのだが、荷物の携帯性(ウェアのポケット問題)などもあって買おうとしているのだった。

 だが、今日、買い物に来ているのは2人だけでは無かった。

 

 

「どう?」

 

 自慢げな(ドヤァ)顔をするアスカ。

 目にも鮮やかな赤いウィンドブレーカーを羽織っている。

 自転車に乗っている時以外でも似合いそうなスポーツウェアだ。

 

「馬子にも衣裳やな」

 

「あ”?」

 

 見せたい訳でもない相手からの塩反応に、更なる塩い声で反応するアスカ。

 

 アスカと鈴原トウジ。

 この2人、何となくと言うレベルではなく馬が合わないのだ。

 方向性が違い過ぎると言うべきかもしれない。

 態度の不遜さは別にして幼少期からNERVと言う組織の中で育てられてきたアスカは、本質に於いては品行方正であった。

 適格者(エリート)として後続の模範足れと躾けられている部分があり、そして国連軍で受けた教育の影響もあった。

 悍馬ではあっても狂犬では無いのだ。

 だが鈴原トウジは違う。

 義務教育の中学校で制服を拒否し、指定されているジャージすら拒否しているのだ。

 変な格好をする訳では無いので学校側も受け入れられているが、本質に於いては実に反抗的(ロック)であった。

 そもそも、だ。

 ()4()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 更に言えば、逸脱させ、叱られる原因となった人間(相田ケンスケ)を恨む事無く貴様俺の友人関係を維持しているのだ。

 その辺り、鈴原トウジと言う人間性が表れていると言えるだろう。

 

 尚、その中間に立つのがシンジと言えた。

 戦と成れば上下の規範(指揮系統とルール)に服従するが、だが同時に、平時であれば組織秩序を無視する(碇ゲンドウだってぶん殴ってみせる)のだ。

 本質に於いては侠客(中立にして善)とも言えた。

 アスカ(秩序にして中立)鈴原トウジ(混沌にして善)と親しくなれるのは伊達では無いと言えるだろう。

 

 何時もの口喧嘩が始まりそうになるが、それを今日は止める相手が居た。

 

「どうかな?」

 

 自分の(恰好)で精一杯、一触即発めいた雰囲気に気付かぬままおずおずと出て来たのは洞木ヒカリだ。

 アスカとは色違いの、銀に近い灰色のパーカーだ。

 何時もとは違う髪型 ―― 2つ結びのおさげ髪を後ろで一本に三つ編みにしているのと併せて、可愛らしくも初々しさが漂っていた。

 髪を仕上げたのはアスカだ。

 同時にアスカも洞木ヒカリの手で後ろ髪を、2本の三つ編みにして前に垂らしていた。

 共にお洒落の努力(乙女心の発露)であったが、残念ながらも男衆(シンジと鈴原トウジ)は内心の誉め言葉を口にする事が無かったが。

 其方も、ある意味で男心であった。

 尤も、見せに来た相手を褒める甲斐性は持っていたが。

 

「ほー 似合っとるで!」

 

 その褒め言葉に相好を崩す洞木ヒカリ。

 そしてアスカは自慢げに鼻を鳴らす。

 当たり前だ、と。

 

「アタシの見立てだもの」

 

 洞木ヒカリに似合う色は多く、スポーツ用のウィンドブレーカーは色々な色やデザインがあった。

 その中かから野暮ったくも見えやすい今の灰色を選んだ理由は、鈴原トウジだった。

 日頃から着ているジャージから、同じ黒系を選ぶだろうとのアタリをつけて、対色(コントラスト)を狙ったのだ。

 その為に、アスカは洞木ヒカリに今日の格好は黒系を選ぶように予め言っておいた程であった。

 

 今日の買い物は、最初は鈴原トウジが自転車用の服を欲した事が発端だった。

 アドバイス役をシンジが頼まれた。

 相田ケンスケも誘われたが、興味が無いと言って拒否した。

 前々から山籠り(1人サバゲ―)の予定を立てていたのだから、当然の反応であった。

 自転車で行こうかと言う話になった時に、アスカが口を挟んだ(エントリーした)のだ。

 なら私()も行く、と。

 当然ながらも主目的は洞木ヒカリだ。

 

 アスカは洞木ヒカリから鈴原トウジへの気持ちを聞いていた。

 優しい所が好きなのだ、と。

 学校ではバンカラめいた態度に終始しているが、実はそれだけではない事を知った結果であった。

 洞木ヒカリと鈴原トウジの妹が同じ小学校のクラスだったこと、そして共に片親であり2人は妹の為に親代わりに色々とやっていた事が理由であった。

 女の子モノなどの男の子(鈴原トウジ)ではし辛い買い物などで苦悩していた所に、洞木ヒカリが手を差し伸べ、その恩義に報いんと鈴原トウジが洞木ヒカリの重たいモノの買い物などを手伝った結果であった。

 鈴原トウジが、言動や外見などに現れない所で繊細で他人の為に骨惜しみしない優しさを持っていた所を知った結果とも言えた。

 とは言え、2対2の4人(シンジとアスカ、鈴原トウジと洞木ヒカリ)ではダブルデート等と思われる等して躊躇われては(恥ずかしがられては)困ると考えたアスカは、更に他人を巻き込んだ。

 洞木ヒカリとの集まり(グループ)で、暇な女子にも声を掛けたのだ。

 特に最近は仲良くなった綾波レイ。

 シンジとアスカがNERV本部の地下空間(ジオフロント)で、暇な待機時間に自転車を奔らせている事に興味を示していたので、これ幸いと誘ったのだ。

 尚、グループ女子からの方は、殆どがクラブ活動や家庭の用事があって参加したのは1人だけだった。

 対馬ユカリ。

 いわゆる洞木グループに於いて、洞木ヒカリやアスカのスカートを掴める(暴走を止めれる)常識人枠の少女である。

 美人と言うよりは愛嬌のある表現が似つかわしい少女であった。

 最近、綾波レイと席が隣であった事もあって仲良くなっている事もあって、今日は参加していた。

 普通の女の子であるが、神経は図太い。

 アスカが、人が増えたから(NERV)の車を出すと言われても行かないという選択をしない程度には。

 その対馬ユカリは今、綾波レイと共に自転車を見に離れていたが。

 

 その場でクルっと回って見せる洞木ヒカリ。

 その様は学校でのお堅い委員長ではなく、年相応の女の子であった。

 気になる鈴原トウジに褒められての嬉しさがあふれ出ていた。

 満足げに頷くアスカ。

 だが、アスカにも奇襲があった。

 

「アスカも似合ってるよ」

 

 シンジだ。

 本当に何でもない様に、素で褒められたアスカは鼻を鳴らしてソッポを向いていた。

 

「アリガト」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 色々とあった買い物は、最後に大きなイベントがあった。

 綾波レイが自転車を買っていたのだ。

 白に薄いブルーとオレンジのラインが入った海外メーカー製の小径車(ミニベロ)だった。

 ドロップハンドルを採用したスポーツな自転車だ。

 既に支払い済みで、自宅配送をお願いしている。

 黒服(NERVの護衛班)に、だ。

 

 お目付け役めいた対馬ユカリにアスカ達の目が集まる。

 止めろよ、と皆の目が言うが、対馬ユカリ両手をクロスさせて抗弁した。

 無理! と。

 その気になった綾波レイを止める事は簡単ではないのだ。

 そもそも衝動買いだと冷静になれと言えるが、欲しいと腹を決めて、自分の財布から金を出すのであれば他人が止める話では無かった。

 

 目で会話するシンジ達。

 誰が声を掛けるか、と言う所であった。

 押し付け合いは最初に男衆(シンジと鈴原トウジ)が脱落、となればアスカと洞木ヒカリとなる。

 結論は1つ。

 アスカだ。

 

「良いのを買ったわね、レイ」

 

 恐る恐ると言った塩梅で声を掛けるアスカ。

 自分のモノとなった自転車を見ていた綾波レイは、振り返って頷く。

 

「コレでアスカと走れる」

 

「そうね………」

 

 名の知れたスポーツ自転車メーカーの製品であり、高級車とまでは言わないが、決して安物では無い自転車だ。

 全身全霊(ガチンコ)なら兎も角、そうでないなら一緒に走っても置いて行くと言う様な差は出ないだろう。

 そこまで思った時、アスカは気づいた。

 綾波レイの目的を。

 

「もしかして、走りたかった?」

 

 アスカの問いかけ。

 綾波レイは首肯する。

 

「2人とも、楽しそうに笑ってたから」

 

 NERVでの待機時間にも楽し気に走っていたりしたのだ。

 ソレを見て、()()()()()()()()()と言われれば、アスカとて鬼では無い。

 というか可愛らしいと言う気分が先に来る。

 思わず綾波レイに抱き着くと、良いわよっと声を上げていた。

 

「そんな風に言われたら、レイ。ジャケット、お祝い代わりにプレゼントするわよ。一緒に走りましょう」

 

「うん、有難う」

 

 

 

 少女たちの、思春期らしい会話を聞いていた黒服(護衛班)は、ほっこりとした気分を味わっていた。

 相方と目配せをする。

 サングラス越しでも判る表情。

 頷き合った。

 尚、その護衛班からの報告書を見た碇ゲンドウの心痛胃痛沈痛を知る者は殆ど居ない。

 

 

 

 更にそれから小一時間。

 買い物を済ませて、帰るにはまだ早いと思える時間。

 だからこそ、カラオケなどに行こうかと誰かが声を上げた。

 良いねと賛同の声も上がった。

 だが、流石に買い物をしたばかりで予算の厳しい洞木ヒカリが微妙な顔になった。

 鈴原トウジに似合うと言われた服を、思わずどれもこれもと買い込んでしまっていたのだ。

 委員長、洞木ヒカリの大敗北であった。

 だがソレを、であればと自分が奢るとシンジが言い出した。

 今月分の()()()()に余裕があるから、と。

 

よかよか(大丈夫)まかせやい(問題無いよ)今月は余裕があっでよ(家具の支払いも終わったしね)

 

「アタシは自分の分は自分で出せるわよ」

 

「アスカも、何時ものお礼って事で」

 

「何時もって何よ………」

 

「元気を貰ってるって事だよ」

 

「………格好つけるなバカシンジ」

 

 ベッと舌を出して見せたアスカ。

 それから破顔し、音頭を取る様に行こうっと叫んだ。

 歓声が上がった。

 子どもたちの時間。

 子どもで居られる時間。

 だが、楽しい時は唐突に終わる。

 

 シンジとアスカ、綾波レイの携帯が一斉に鳴った。

 滅多に鳴らない警報音。

 この街に響く、8度目の音。

 使徒の襲来だ。

 

 鈴原トウジも洞木ヒカリも、対馬ユカリも見た。

 シンジ達が顔を変えるのを。

 雰囲気を変えるのを。

 

「車を回しました。5分で正面に来ます」

 

 音も無くやってきた護衛班。

 耳元の通信機を押さえながらだ。

 周辺を警戒する人も居る。

 それらの姿は、正に実戦であった。

 気持ちの切り替えが一番早かった綾波レイは、既に自転車の事を忘れ店の正面に向かう。

 同じ勢いでアスカも歩き出す。

 シンジは、後をよろしく頼むと鈴原トウジに告げた。

 切り替えが遅いのではなく、気遣いをしたのだ。

 護衛班の1人が、予備車で友人の皆さんは家まで送りますと返した。

 スッと頭を下げるシンジ。

 

 

奢ったぁ、また今度やんなぁ(また今度、遊びに行こう)

 

「おう、そん時には頼むで」

 

 ユーモアを含んだ激励を背に、シンジは玄関に向かって駆け出す。

 後に鈴原トウジは友人である相田ケンスケに言った。

 顎を引いて胸を張って進むその様は、正に正義の味方(ヒーロー)の様であったと。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08-3

+

 国連人類補完委員会隷下の非公開特務機関NERV。

 その総司令官である碇ゲンドウは、NERVに対する絶対的な権限を持っている。

 機関発足当初は、世界中に設置されている各支部は設立国政府の影響を強く受けていたが、第3使徒の出現と撃破を機に碇ゲンドウが綱紀粛正(八つ当たり)を実施した結果、碇ゲンドウとNERV本部に対して至極従順となっていた。

 その状況を維持する為にも、碇ゲンドウは月に一度は各支部の巡察(ストレス発散活動)を行っていた。

 だが、そんな碇ゲンドウでも頭の上がらぬ相手は居る。

 SEELEである。

 碇ゲンドウは定期的に、SEELEの本部が置かれているドイツ某所を訪れていた。

 

 専用の飛行場から車でSEELE本部施設まで移動する。

 隙なくNERV高官用制服を着こんだ碇ゲンドウは広いリムジンの後部座席を独りで占拠している。

 付き人 ―― 秘書は、専用飛行場に来る事すらSEELEに認められていないのだ。

 秘密主義とも権威主義とも言えるだろう。

 案内人(ガイド)も付いては居るのだが、今は間仕切りされている運転席側、助手席に座っている。

 つかの間の孤独を楽しんでいる碇ゲンドウ。

 高位来訪者向けのリムジンは調度にせよ空調せよ完璧であり、乗る人間に不快感を与えないのだが、その視線の先 ―― 分厚い防弾ガラスの窓から覗く景色は沈鬱であった。

 雪は見えないものの、空は鈍色の厚い雲に覆われ、木々は青葉を忘れた姿をさらしている。

 常冬の国。

 それが今のドイツであり、欧州亜大陸の姿であるのだから。

 セカンドインパクトによる地軸の移動(ポールシフト)が生み出した情景であった。

 

「………」

 

 或いは終焉と言う題名が似つかわしいと思える外の景色を黙って眺めている碇ゲンドウ。

 SEELEの人間が常々口にする()()()()()()()()という言葉も、ここに端を発するのだろうとも思っていた。

 大上段な言葉が示す人類とは即ち、欧州亜大陸人(ヨーロッパ系コーカソイド)を示し、危機的状況とは世界に於ける落魄を意味しているのだと。

 セカンドインパクトという人類史上最大にして最悪の厄災と、その後の戦乱は、地球の何処を問わず手酷い被害を与えた。

 常冬に沈んだ欧州は経済的活性を失った。

 覇権国家アメリカは、経済的植民地群の混乱の余波と気候変動によって混乱の坩堝と化し続けている。

 東京都の機能喪失と海面上昇による手酷い被害を受けた日本は、国土の再開発に追われている。

 気候の温暖化と言う利益を得たロシアであったが、西側経済の混乱の余波によって国土が寸断され事実上の分裂状態に陥っている。

 次世代の経済強国と目されていた中国に至っては、その経済力の根幹となっていた沿岸地域が完全に失われた結果、五胡十六国時代か清朝末期もかくやという軍閥割拠の時代に突入していた。

 依るべき先進国と呼ばれた国々を失ったアジアアフリカ諸国の惨状など、言うに及ばないだろう。

 世界人口の半数以上が冥府の門をくぐったというのは伊達ではない惨状だ。

 世界の終わりという言葉を、有識者の誰もが浮かべる様な地獄であった。

 だが、人類は存外に不屈(タフ)であった。

 災害慣れしていた日本や、国土の広さを逆手にとって移住して新しい経済活動を始めたアメリカなど、2010年代に入ればGDPは前年比を上回る事が常態化しつつあった。

 1990年代(ビフォー・セカンドインパクト)にまで戻る事は簡単ではないだろうが、夢見る事は出来る様になりつつあった。

 だが、そこに欧州は含まれていない。

 常冬化によって都市インフラが機能不全を起こし市民生活と経済活動を混乱させ、そこに治安悪化が引き起こした戦乱が及んだのだ。

 結果、多くの人々が欧州亜大陸を離れた。

 特に知識層、及び知的労働階級の離脱は、低迷していた欧州経済にとって致命打となる。

 欧州の終焉(エウロペア・アフターデイズ)とすら呼ばれた欧州の状況は、そこに根を張っていたSEELEに痛打を与える事となる。

 今はまだ良い。

 1999年(セカンドインパクト)までの経済的政治的遺産のお陰で大きな顔をしていられる。

 だが、その遺産は年々目減りしていく。

 そもそも、再生産も拡大も出来ないのが遺産であり、対して世界は復興と言う拡大再生産の途にあるのだ。

 早晩に置いて行かれるのも明白であった。

 否、既にその兆候は出ている。

 先の、第8使徒との闘いに際して発生した出来事 ―― 日本政府が国連特務機関たるNERVの行動に激怒し、それを慮ってSEELEが動かざる得なかった事など、世界と欧州(SEELE)の力関係が変わりつつある証拠に他ならなかった。

 だからこその、()()()()()()となる。

 行き詰まりを解消し、人類を新しい段階(ステージ)へと昇らせ、そして再び欧州(コーカソイド系ヨーロッパ)が人類史の中央に返り咲こうと言うのだ。

 

 誠に以って滑稽な話だと言うのが碇ゲンドウの正直な感想であった。

 何故なら、欧州の復権を狙う人類補完計画、その発案者と根幹をなしているのが碇ゲンドウなのだ。

 対使徒迎撃は仕方がない。

 使徒が狙う第1使徒(祖たる使徒)Adam、その残骸を封印する事が可能な遺構(セントラルドグマ)が日本にあるのだ。

 治安や工業力などの面から第2次E計画(エヴァンゲリオンの研究開発)の中心地が日本であった事も含めて残念ながらも当然という話であった。

 だが、人類補完計画は違う。

 使徒とAdamとを研究分析し、人が人の儘に高位存在(ハイステージ)へと昇ろうという計画なのだ。

 Adamとエヴァンゲリオンは兎も角、使徒の研究と言う意味であればNERV本部(第3新東京市)が最先端に位置するとは言え、自らの復権すらも他人(他民族)任せとは何とも惨めな話だろうか、と。

 

 そして同時に、そこに寄生し、欲深き願望を果たさんとする自分も又、哀れな存在であると碇ゲンドウは認識していた。

 妻、碇ユイはE計画をもって人類を前に進める事を考えていた。

 使徒と戦い、生き残る事を。

 だが己たる碇ゲンドウは、E計画を歪め、人類補完計画を乗っ取り、全てを合一にして邂逅する事だけを願っている。

 実に後ろ向きで惨めな、妻に置いて行かれた夫である、と。

 碇ゲンドウは誰よりも自分自身を嫌っていた。

 だからこそ、自分を人間()とした碇ユイに再会したかったのだ。

 例えそれが永遠の一瞬であったとしても。

 

 陰鬱な空の影響か、物思いに耽っていた碇ゲンドウ。

 と、肘置きに内蔵されている通話機が鳴った。

 

「どうした?」

 

『NERV本部、冬月副司令かラの通信が入ったトの事でス。お繋ぎしますカ?』

 

 母国語としないが故の歪んだイントネーションが、確認をしてくる。

 繋ぐのであれば会話内容は全てSEELEが確認(盗聴)しますよとの事だ。

 隠す事はない(SEELEへの忠誠に曇りはない)とばかりに頷く碇ゲンドウ。

 

「構わん。繋いでくれ」

 

『判りまスた』

 

 碇ゲンドウ不在時に全権を預けられているのが冬月コウゾウであり、かの人物以外は誰も、このSEELE本部との通信回線を用いる事は出来ない。

 SEELEの存在は、NERVに対しても厳重に秘匿されているのだから。

 だが、だからこそ碇ゲンドウは通信が繋がる前に直感めいたモノを感じた。

 秘匿された回線で行わねばならない事。

 1つしかない。

 

「冬月、来たか」

 

『ああ。使徒だ。恐らくはな』

 

 

 

 

 

 それが出現した場所は衛星軌道上であった。

 否、衛星軌道上で発見したと言うのが正しいだろう。

 インドのアマチュア天文家が衛星軌道上に存在する謎の物体を発見したのだ。

 そこからNERVまで報告が上がるまで2時間を要しているが、そこは仕方のない事だろう。

 2時間で謎の宇宙物体はヒマラヤ山脈上空を越えて、おおよそと言う意味で南京上空に到達している。

 その軌道の直線上には第3新東京市があり、到達まで3時間も無いだろう。

 

 軌道コースが表示されている第1発令所正面モニター。

 概算で得られた情報が表示されている。

 ソレを睨みながら葛城ミサトは、分析も終わっていないソレを断じた。

 

「使徒でしょ」

 

 反論する者はいない。

 今現在の人類には、衛星軌道上に4桁tにも達しそうな質量を打ち上げる手段は無いのだ。

 その正体に関して迷う必要など無かった。

 

「光学2号衛星からの情報、入ります」

 

 国連軍連絡官である日永ナガミが声を上げた。

 第1発令所の耳目が集まる。

 貴重な情報 ―― 国連軍の管理下にある日本製地上監視用衛星を、寿命を縮める様な運用を敢行(ハイパーゴリック推進剤を大量に消費)してまで投入して得たモノであった。

 

「MAGIへのデータ転送、確認しました。デジタル補正実施、正面モニターに投影します!」

 

 MAGIオペレーターである鳥海アツシ技術少尉が声を上げた。

 若いと言うよりもあどけないという雰囲気を持った男性であるが、MAGIの運用と整備を担当する施設維持局第1課で課長代理まで昇進している若手のホープであった。

 MAGIの制御という意味では、NERV随一の才能を持っている。

 

「おぉぉっ!?」

 

 どよめきが第1発令所に上がった。

 第10使徒と仮定される、衛星軌道上の目標は、それまで見て来た使徒とは全く異なった存在であった。

 巨大な、目玉模様のカラフルなお化け。

 そうとしか表現できない存在だった。

 第5使徒を除けば、何となく生物的なイメージも持っていた使徒だが、此方も大きく逸脱した存在であった。

 間違っても生物ではあり得ないし、人類の生み出した存在には見えない。

 

「こりゃすごい」

 

 もはや言葉に出来ぬとばかりに漏らす日向マコト。

 葛城ミサトも深く頷いた。

 

「常識を疑うわね」

 

「正に常識外、使徒ね」

 

 もう何でもアリと題名(ラベリング)された心の棚に、科学の徒としての彼是を放り込んだ赤木リツコが冷静に呟いた。

 親友(マブ)が、判らないモノが来たら取り敢えず使徒って決めつけているのではないかと深刻な疑念を抱きつつ、葛城ミサトは指示を出す。

 

「作戦局スタッフは、外見から想()可能な攻撃手段をリストアップ! 技術局は、何でもいいわ、その能力を可能な限り探って。それから、一応、パターン解析を急いで」

 

「とは言え、この距離ですから」

 

 反論と言うか、苦笑したのは青葉シゲルだ。

 物怖じしない何でも屋が、分析部隊の声を代表していた。

 衛星軌道上、正確には静止軌道(高度約36,000㎞)に目標は居るのだ。

 如何な最新鋭のパターン収集システムであっても、その範疇外と言うものであった。

 そのツッコミに、苦笑して同意する葛城ミサト。

 

「そうね。後、どれくらいで可能になりそう?」

 

「目標の軌道、恐ろしい速度で降下しつつある所から見て、1時間後には出ると思います」

 

 物理学その他、特に宇宙開発関係者が見ればフザケるなと絶叫したくなる速度を叩き出しているのだ。

 1時間後には高度を低軌道(高度約200㎞)にまで合わせて来る勢いであった。

 

「A-17はそれまで待ちって事ね。とは言え準備は進めるわよ! 子ども達は?」

 

「既にゲートは抜けているわ。本部地下施設までは後、30分程ね」

 

 葛城ミサトの問いかけには、天木ミツキが声を上げた。

 支援第1課の業務には子ども(適格者)たちの行動把握も含まれているのだ。

 護衛部隊を管理する保衛部とも綿密な連携を行っている。

 少しだけ、その端正で温和さを漂わせた顔が歪んでいるのは、そこに子ども達の私的な非干渉権(プライバシー)など皆無な現実があるからだった。

 その本質は、NERVの人間にあって極めて善良だからと言えた。

 

 とは言え子どもの側はそこまで考えてはいなかったが。

 第1の適格者(ファースト・チルドレン)たる綾波レイは超然として一切気にしていなかった。

 第2の適格者(セカンド・チルドレン)たる惣流アスカ・ラングレーは誇りと共に受けいれていた。

 第3の適格者(サード・チルドレン)たる碇シンジは先任の2人を見て、そう言うモノかと納得していた。

 大人が慮る子どもと言う奴は、あけすけに言えば、大人が思うよりも合理的(ドライ)であるのだった。

 

「結構。では各員はそのまま準備を進めて。子ども達には、悪いけど第二種戦闘配置で待機させておいて」

 

「了解!」

 

 第1発令所の総員が声を揃えた。

 一糸乱れぬようなその姿は、戦意の高さと練度とを示すものであった。

 そこに葛城ミサトは指揮官として深い満足を覚えながら頷くと、今現在のNERV本部最高責任者である冬月コウゾウの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08-4

+

 極めて限られた時間の中で進められる事となった第10使徒の分析、そして迎撃作戦の立案。

 喧々諤々と殺意すら漂う勢いで議論が交わされている戦術作戦部。

 だが同時に、そこには前向きな雰囲気があった。

 今までのようなお膳立てをするだけで、実際の現場では子ども達(チルドレン)の才覚に全てを委ねるのではなく、大人として、使徒と対峙するのだと言う事の称揚感があったのだ。

 とは言え、出来る事は少なかったが。

 それでも少しでも現実的な迎撃作戦を立案していく。

 

 と、その最中に試験的攻撃とでも言うべきモノを第10使徒が実行した。

 体の一部を分離させ、降下させたのだ。

 質量攻撃(マス・ストライク)

 ユーラシア大陸内で行われたソレは、中国の大地に大穴を作り上げたのだ。

 国連東ユーラシア軍総監部が収集した情報が、MAGIによって分析され表示される。

 

「大威力ね」

 

 呆れたとばかりの声を漏らす葛城ミサト。

 日向マコトは青い顔をMAGIの端末から上げて、補足する。

 只の、単純な質量攻撃では無いと。

 

「質量もですが、恐らくはA.Tフィールドを使ってますね。被害状況がかなりコントロールされています」

 

「何それ?」

 

「時間もありませんので概算ですが、被害半径の割にクレーターの深さが浅い、()()()()()()()

 

 この場に居る人間の耳目が日向マコトに向いた。

 概算を基にした概略図が表示される。

 通常の、同じサイズの隕石等の落下によって出来るであろうクレーターと比較して、第10使徒による攻撃は確かに浅かった。

 明らかに、制御された攻撃であった。

 

「………そうね。目的は()()()()()()? エバーを、私たちの抵抗(対使徒迎撃要塞都市)を吹き飛ばす為………なら、本命はその後に降下してくるか」

 

 納得する葛城ミサト。

 概算で全長がKm単位となる、巨大な質量体だ。

 そんな代物が高速で、それもA.Tフィールドを纏って落ちてくれば、単純であれば地表は丸ごと吹き飛びかねない。

 地殻を貫通する可能性すら考慮すべき事態であった。

 だからこそ、制御された攻撃となる事に納得できるのだ。

 そんな攻撃を敢行すれば、使徒が進行してくる理由 ―― NERV本部地下施設(ジオフロント)最深部(セントラルドグマ)に封印されている目標体(リリス)まで消し飛ぶ事になるのだから。

 

「合理ね。良し、なら使徒は二段構えで攻撃してくるって想定で迎撃作戦、組み上げるわよ!」

 

「はい!」

 

 

 

 少しでも勝率の高い作戦を立案する為に努力する戦術作戦部。

 対して技術開発部は、エヴァンゲリオンの出撃準備を進めていた。

 特に、重点的に検査されているのは新装備であるEW-25(ポジトロンキャノン)であった。

 試射こそ済ませてはいたが、実戦投入は初であり、同時に、空からの敵を討つと言う事であればうってつけと言う事も相まって、技術開発部も又、熱意をもって仕事に取り掛かっていた。

 それは改良された支援機(ジェットアローン)の点検も同じであった。

 電力を馬鹿食いするEW-25の運用支援を目的に強化されたばかりであり、実戦投入前に確認するべき項目は多岐に渡るのだから。

 再誕した、と言うべき状況の機体なのだから。

 そもそも今の支援機を見て、ジェットアローンと言う対使徒人型兵器の試作品だったと思い出すのは難しいだろう。

 塗装は、灰褐色系の都市型低視認迷彩(ロービジ塗装)が施されている。

 だがそれ以上に外観が別物と化していた。

 動力炉(ジェネレーター)をより大出力のN²反応炉(ノーニュークリア・リアクター)に換装し発電能力を強化された胴体は、重量バランスを取る為に前後に伸びていた。

 四肢も、クレーン機能などを付与されて多機能化した腕や、脚に至っては安定性を強化する為に複脚めいた複雑な構造となっている。

 お披露目された(ロールアウトした)際の姿(原型)など、何も残って居ないとすら言えた。

 この現状を、時田シロウを筆頭とした日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)からの出向スタッフは喜んでいた。

 心血を注いで生み出したジェットアローンが、現実に立ち向かい成長している事を示しているのだから。

 そして現在、その血を継ぐジェットアローン2号機の建造が始まっている。

 対使徒と言う名目で予算をひねり出した、技術者の(浪漫)としての巨大ロボットは、今、確たる人の護り手として育っているのだ。

 この状況を喜ばぬ技術者など居る筈も無かった。

 

 

 

 喧騒に満ち溢れたエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)

 既に冷却水(L.C.L)は抜き捨てられ、3機のエヴァンゲリオンも準備が進んでいく。

 その喧騒を背に、3人の子ども達は落ち着いた時間を過ごしていた。

 戦を前にした緊張を納める為、ではない。

 命が掛かっている事も、世界を背負っている事も、哀しいかなもう慣れているのだ。

 碇シンジも、惣流アスカ・ラングレーも、綾波レイも、誰もがそれを日常として受け入れ、その上で乗り越えようと考える癖がついていた。

 だからこそ、この操縦者待機室でもリラックスして過ごしていた。

 

 シンジが綾波レイ用の紅茶と、アスカと自分用の珈琲を用意する。

 この場の待機時間の暇つぶしにと、シンジは操縦者待機室の給湯室に本格的なティーポッドやらサイフォンやらを持ち込んでいた。

 自分で買った機材に、天木ミツキが気を効かせて揃えてくれた珈琲豆やら紅茶の茶葉やらがある。

 無いのは生菓子の茶請けと、洒落たティーカップやマグカップの類だろう。

 茶請けは兎も角、紙コップが使われている理由は、飲んでいる最中でも即座に動ける(捨てて走れる)ようにとの考えだった。

 常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)

 もはや染み付きつつある、シンジの癖であった。

 

「お待たせ」

 

 3つの、樹脂製のコップホルダーに差し込んだ紙コップの乗ったトレーを持って、ソファに座っているアスカ達の所に行くシンジ。

 暖かい、珈琲と紅茶のないまぜになった匂いがシンジの鼻孔を擽り、血生臭いとも評しえる、強いL.C.Lの臭いを僅かなりとも中和してくれるのだ。

 戦を前にした匂い。

 そんな感慨を抱いたシンジ。

 だが、幼少期よりソレに慣れ親しんできたアスカや綾波レイに、もはや感慨など生まれる筈も無かった。

 

Danke(ありがと)

 

 軽い調子で珈琲を取るアスカ。

 ミルクと砂糖マシマシのカフェオレめいた珈琲だ。

 綾波レイも、ありがとうと言いながら普通に紅茶に手を伸ばしている。

 此方は砂糖なしの、ミルクマシマシのロイヤルミルクティー風になっている。

 両方とも2人の趣味であり、好みの味だった。

 好みの飲み物を得た2人だが、その目はテーブルに広げられた、ジオフロント内の略図から動かなかった。

 

「どうしたの?」

 

 自分用の、ナシナシのブラックな珈琲を手に取って近くのソファに座るシンジ。

 

「ん? コレ? ツーリングのルートよ」

 

「来たら一緒に走りたい」

 

「あぁ、そういう」

 

 綾波レイが先ほどのスポーツ用品店で買った、自転車の事を思い出した。

 白を基調とした綾波レイに良く似合う、洒落た小径車(ミニベロ)

 アスカの、真っ赤な自転車(ロードバイク)と良い対色と言えるかもしれない。

 

「でも最初はゆっくりの方が良いと思うよ。綾波サァ(綾波さん)自転車にのっとったことはあっとな(自転車に乗ってた事はあるの)?」

 

「ないわ」

 

 フルフルっと可愛らしく首を左右にふる綾波レイ。

 文化系というか、余りアウトドアを好む風に見えない、その印象通りであった。

 と言うか、乗った事が無いのに安くない、本格的なスポーツバイクを買ったのだから、綾波レイもぼっけだ(肝が据わっている)とシンジは笑った。

 

「なら練習ね。レイ、アタシの指導は厳しいわよ」

 

「お願い」

 

頑張いやいな(頑張ってね)

 

「バカシンジ、アンタも他人事みたいに言うな。手伝いなさいよ」

 

「はいはい」

 

 和やかな空気。

 それを一変させたのは、1つの音であった。

 圧搾空気音。

 入口の扉が開いた音だ。

 弾かれた様に3人の目が一気に集まった。

 来たか、そう顔に書いてある表情だ。

 その予想に違わず、入ってきたのは葛城ミサトだ。

 溢れる気合が背筋を伸ばし、ヒールの音も高らかに大股で闊歩してくる。

 

「お待たせ! ブリーフィング、始めるわよ」

 

 

 葛城ミサトに続いて入ってきた戦術作戦局のスタッフの手によってテキパキと作戦指示(ブリーフィング)の準備が整えられていく。

 壁のモニターに地表の要塞機能(第3新東京市)図が映し出される。

 その前に立つ葛城ミサト。

 相対するシンジ達3人。

 共に表情は真剣(シリアス)だ。

 ケイジの喧騒が遠い世界の様に響く中、葛城ミサトから迎撃作戦の詳細が伝達されていく。

 

「さて、判ってると思うケド第10使徒は空から来るわ。有体に言えば落ちて来る。出来る事なんて逃げるか、それとも支えるかね」

 

 第3新東京市を担いで逃げられるなら、逃げたい位だと笑う。

 その葛城ミサトのジョークに、アスカが笑う。

 

「アタシはパス。逃げるなんて趣味じゃないもの」

 

「そうね。私もアスカと同じ意見よ。それに()()()()から逃げるって馬鹿馬鹿しいもの」

 

勝っとな(勝てるんですか)?」

 

「MAGIの計算ではモロモロの条件を合算すれば40.3%って所ね。ギリギリとは言え4割越えの勝率よ、野球ならエース(4番バッター)の数字ね」

 

「心強いの?」

 

「そうよ。と言う訳で、使徒にガツンと一発、喰らわせるわよ」

 

 綾波レイの質問に、自信ありげに笑う葛城ミサト。

 だが内心まで()()だった訳では無い。

 そもそも使徒との闘いは常に防衛戦であり本土決戦であり、負ければ最後の背水の陣なのだ。

 その意味において数字など無意味だ。

 戦わないと言う選択肢は取れないのだから。

 だからこそ、戦うのであれば景気の良い言葉を言うのも指揮官の仕事と割り切っての態度であった。

 胃と下腹部の痛み(指揮官故のストレス)を飲み込んで、豪快な指揮官の顔で葛城ミサト自信満々に続ける。

 

「とりあえず第10使徒への初手は弐号機よ。G型装備、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を使うわ」

 

「アタシが?」

 

 葛城ミサトがそう言った時、先鋒を指名されたアスカが覚えたのは驚きだった。

 耳がおかしくなったのかと隣のシンジを見る。

 見た。

 見られていた。

 シンジも少し驚いた顔でアスカを見ているのだ。

 自分の顔を指さすアスカに、シンジは頷いた。

 反対を見た。

 綾波レイが少しだけ表情を歪めて(不満げな顔をして)いた。

 どうやら自分の耳に異常は無いらしいと理解したアスカは、オカシイのは葛城ミサトであるかと理解して前を向いた。

 そんな剽げた様なアスカの仕草に、葛城ミサトは少しばかり好意的な笑みを浮かべながら捕足を加える。

 

「慌てないで、初手ってだけ。悪いけどアスカは前座になるわ。主役は早雲山の射撃ポイントに配置する4号機のEW-25(ポジトロンキャノン)よ。レイ、頼むわよ」

 

「はい」

 

 射撃は任せてと頷く綾波レイ。

 当然であるとか、それは少しばかり自慢げな顔だ。

 廃墟の様なアパートを出て、伊吹マヤや赤木リツコの居る女性尉官向け官舎(マンション)に済む様になってからの彩の加わった日常によって綾波レイの情緒は少しづつ、だが確実に育って居るのだ。

 

「第10使徒の能力、その全てが把握出来ないからこそ、本命であるレイのEW-25(ポジトロンキャノン)の前にアスカのEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を叩き込むのよ。だから悪いけどアスカ、反撃を覚悟してて。その代わり、発砲命令後は回避その他の全行動の自由を弐号機に認めるわ」

 

「りょーかい。要するにアタシの腕を信じたって事ね」

 

「まぁね」

 

 アスカの自負を認める葛城ミサト。

 言葉は軽いが真顔であるが故に、アスカに心地よい高揚感を与える。

 

 実際、射撃戦闘のスキルと言う意味においてシンジとアスカを比較した場合、アスカとエヴァンゲリオン弐号機の組み合わせに軍配は上がる。

 アスカの射撃に関する高い戦闘センスを持つ事とシンジが射撃武器の訓練を受け始めてまだ間もないと言う点もあるが、それ以上にエヴァンゲリオン弐号機自体が射撃戦対応した装備を持っているというのも大きかった。

 一番わかりやすいのは複眼 ―― 4つの目を持つと言う外見上の特徴だろう。

 複数の目、センサー群によって目標との距離を測る事が出来るのだ。

 そして何より、その機能に応じた制御システムがエヴァンゲリオン弐号機には組み込まれている。

 葛城ミサトが頼るのも当然であった。

 

「まっ、任せなさいってーの」

 

 自信満々(ドヤァ顔)で、だが目だけはシンジに向けて言うアスカ。

 シンジは任せるとばかりに親指を立てていた。

 だが、今回は予備戦力(様子見役)かと思ったシンジに、葛城ミサトは違うと告げる。

 

「そしてシンジ君、貴方は最後の切り札(デッドライン)よ。最後まで気は抜かないでおいてね」

 

 それはシンジへの気休めではない、戦術作戦部の判断であった。

 第10使徒は、現時点で判明している質量攻撃機能の他に地下侵攻用の能力を持っている筈だと予測しているのだ。

 どの様な形態か、どの様な能力を持つのか、全てが不明。

 憶測すらも語れない、戦場の霧の向こう側の相手。

 だが、備えねばならない。

 

「レイの4号機はG号装備第2形態、重砲撃戦仕様だから直ぐには動けないわ。アスカも反撃を受けた後であれば即座に応援には回れないかもしれない。だけどシンジ君、貴方には退かせる訳にはいかないのよ」

 

 厳しい顔をする葛城ミサト。

 忸怩たる思いを出さぬ為の指揮官としての仮面。

 だが、その相手たるシンジは委細気にする事無く快諾する。

 

よか(判りました)

 

 それは正に男子の本懐と評すべき、笑顔であった。

 

 

 

 

 

 G号装備第2形態のエヴァンゲリオン4号機がケイジから規格外用パレットに乗せられゆっくりと早雲山の射撃ポイントへ向かっていく。

 その様を見送るシンジとアスカ。

 

 エヴァンゲリオン4号機に装着された重砲撃戦仕様たるG号装備第2形態は、便宜上第2形態と仮名(ナンバリング)されているが、実態としては別物であった。

 G号装備と同じく、大型キャパシタが搭載されているが搭載数が2倍になっている。

 その重量を支える為、そして射撃の安定性を高める為、副脚が用意されている。

 射撃体勢時には4つ足となって踏ん張る様にされているのだ。

 そして重量のあるEW-25(ポジトロンキャノン)は、腰の後ろ側のジョイント部に接続する形となっている。

 サブアームは左右両方とも大型盾装備となっている。

 G号装備第2形態はEW-25(ポジトロンキャノン)専用であり、エヴァンゲリオンの持つ汎用性(余力)を最大限に使い切った装備であった。

 

「ゴツいわね」

 

「だよね」

 

 出撃を前に、言葉が少しだけ少なくなった2人。

 とは言え、表情は別にこわばって居ない。

 只、時間が少ないと言う事が長話を止めているのだった。

 

「アタシの弐号機の(G号装備)、どうせなら赤色に塗っててくれれば良かったのに」

 

「流石に過労で倒れるよ」

 

「でもこの先、G号装備がアタシ用になるなら、それ位しても罰は当たらないわよ」

 

「赤に白のコントラストって綺麗だと思うよ」

 

「アレは白じゃなくてロービジ(灰色)だっつーの。銀色をベース色にしている4号機ならまだしも………」

 

 ぶつかたと不満を漏らすアスカ。

 シンジは優し気に笑う。

 

「アスカって拘りが強いよね」

 

「バカシンジ。人間、上を目指すなら一流のモノに触れてなきゃダメなのよ。妥協何て駄目、絶対。エヴァも服も何もかもよ!!」

 

「大変だ」

 

「ハン、それが生き甲斐に繋がるっちゅーの」

 

 胸を張ったアスカ。

 と、エヴァンゲリオン弐号機付きのスタッフがやってくる。

 第3新東京市中心を挟んで、エヴァンゲリオン4号機の早雲山の射撃ポイントの反対側に配置されるエヴァンゲリオン弐号機、その移動準備が終わったとの知らせだった。

 

「シンジ、行ってくるわ」

 

「アスカも気を付けて」

 

 拳と拳とをぶつけ合う。

 頷き合い。

 それからアスカは颯爽と、後ろを振り返る事無く、待機上衣(オーバーコート)の裾を翻しながら歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 早雲山の射撃ポイントで射撃体勢を取るエヴァンゲリオン4号機。

 後ろに立つ支援機(ジェットアローン改)と第3新東京市、2つの電源線が繋がっている。

 それ程の大出力を必要とするのだ。

 否、それでも足りない。

 開発者たる赤木リツコが人類史上最大火力と胸を張るEW-25(ポジトロンキャノン)は、大都市の全電力や2基のN²反応炉(ノーニュークリア・リアクター)程度で満足してくれるほどに()()ではないのだから。

 日本全土の電力を全て食わせても尚、足りない。

 ある種、欠陥品めいた規格外兵器なのだ。

 故に、現状で発射できるのは1度に約2秒、それも最大出力の15.3%であった。

 とは言え、それで十分とも言えた。

 55口径560mmと言う途方もない大口径の陽電子衝撃砲は定格 ―― 最大出力で射撃すれば、理論上は山を溶かすどころか海を割れる火砲なのだから。

 

 今、綾波レイの前にはエヴァンゲリオン4号機のみならず、第3新東京市じゅうからの情報を元にMAGIが計算した射撃諸元があった。

 ソレに従って慎重に30mを優に超える巨大なEW-25(ポジトロンキャノン)の筒先を動かしていく。

 まだ、発砲しない。

 第10使徒は落下してきつつもまだ遥か高空にあり、EW-25(ポジトロンキャノン)有効射程内に入ってはいたが、アスカのエヴァンゲリオン弐号機が持つEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)の有効射程には入って来ていなかったのだ。

 否、入っていたとしてもまだ撃てない。

 日本政府からの許可が下りていないのだ。

 第3新東京市及びその周辺からの大規模な避難()()の可能なD-17条項、NERVの対使徒指揮権限を担保するA-17条項こそ発動が認められていたが、余りの大威力兵器であるEW-25(ポジトロンキャノン)の使用を日本政府がギリギリまで待つように()()していたのだ。

 第10使徒が、まだ使徒と識別されていない事が理由だった。

 第10使徒のその先が虚空とは言え、発砲したEW-25(ポジトロンキャノン)の余波がどうなるのか、皆目見当もつかない為だった。

 要請と云う形とは言え、日本政府が発したソレは強い意志が込められており、碇ゲンドウ不在のNERV本部では拒否する事など出来る筈も無かった。

 仕方のない話であった。

 ジリジリと耐える時間。

 最大望遠ですら、米粒の様なサイズでしか見えない第10使徒。

 深呼吸をする綾波レイ。

 その時、待ち望んだ報告が出た。

 

『目標、解析終了! パターン青、使徒です(BloodType-BLUE)!!』

 

 第1発令所に響く青葉シゲルの声だ(報告であった)

 続いて、日本政府よりEW-25(ポジトロンキャノン)の使用許可が出る。

 それを受けた葛城ミサトは仁王立ちに命令を発する。

 

エバー弐号機(エヴァンゲリオン弐号機)、射撃準備どうか?』

 

『三国山射撃ポイントにて待機状態、全状態異常なし! 何時でも射撃可能。但し、有効射程までは10,000!!』

 

 第1発令所の正面モニターに表示されるのは、戦闘配置に付いているエヴァンゲリオン弐号機。

 天を衝かんばかりにEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を構えている。

 その様は正しく赤い騎士であった。

 

『結構! エバー初号機の配置はどうか?』

 

ポイント0.0(第3新東京市中央)にて準備完了』

 

 追加して表示されるエヴァンゲリオン初号機。

 その姿には、機動性発揮を阻害させぬ為に余分な装備は付けられていない標準形態(B号装備)だ。

 とは言え肩のウェポンラックに追加バッテリーが付けられ、腰の後ろ側兵装架(ハードポイント)にはEW-11C(プログレッシブダガー)では無くEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)が鞘に納められて固定されている。

 その装備の儘、何時でも奔り出せる様に前傾姿勢(クラウチングポジション)で待機していた。

 

『結構! 第10使徒の状況、どうか』

 

『降下軌道に変化なし。速度、変化なし。カウントダウン開始まで後距離1,000m!!』

 

『結構! 命令、総員はプランA-21に基づき行動せよ!!』

 

 指揮官たる葛城ミサトの号令一下、NERV本部戦闘団は作戦行動を開始する。

 綾波レイは、MAGIからの指示に基づいて照準を合わせアスカの射撃を、何より自分への射撃命令を待つ。

 深呼吸。

 その間にも、始まったカウントが進む。

 

『9、8、7……3…2、1、0!!』

 

 その瞬間、エヴァンゲリオン4号機のエントリープラグ内に表示されたエヴァンゲリオン弐号機が発砲した。

 60口径480mmのレールキャノンが3tにも達する砲弾を撃ちだす。

 G号装備に漬けられた冷却システムが、白煙を盛大に吐きだして強制的な冷却を開始する。

 素早い2射目に備えてだ。

 

『弾着……今!!』

 

 距離故に、如何に大加速しているとは言え数秒の時間を経てAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の特殊合金製の弾体が直撃する。

 凶悪無比な破壊力を秘めた太い矢の様な弾体、だが撃たれた第10使徒は目視可能な程のA.Tフィールドを張って弾いた。

 だがアスカとて、否、NERVとて1発で効果を発揮するなど考えては居なかった。

 

『オォォォォォリャァァァァァァッ!!!』

 

 吠えるアスカ。

 その声に乗って、2射目が発射される。

 その気合にエヴァンゲリオン弐号機は答えた。

 MAGIの誘導、その先を示して見せた。

 1射目と同じ場所へと2射目を当ててみせたのだ。

 神業めいた技量であった。

 だが、第10使徒には届かない。

 再びA.Tフィールドによって弾かれる。

 だが、第10使徒も流石に無反応では居られなかった。

 

『第10使徒、反応をっ、これは射撃ぃっ!?』

 

 素っ頓狂な声を上げた日向マコト。

 そう、第10使徒は、体の一部を分離させ、矢の様な勢いでエヴァンゲリオン弐号機に向けて放ったのだ。

 EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)と同じか、それ以上の速度で撃ちだされた第10使徒の体の欠片(弾体)

 

『舐めるナァァァァァッ!!』

 

 サブアームが持つ大型盾を掲げるエヴァンゲリオン弐号機。

 否。

 真っ向から掲げるのではなく、少しだけ斜めに掲げた。

 逸らす積りなのだ。

 エヴァンゲリオンの機体の半分を超える様な巨大な弾体、その速度も合わせれば真っ向から耐えられるものではない。

 アスカの磨き上げられた戦闘センスが瞬時に判断した結果であった。

 

『反撃、02へ……っ』

 

 第10使徒の反撃、それをエヴァンゲリオン弐号機は逸らすだけでは無かった。

 弾体が大型盾に触れる瞬間、一気に外へと振らせて弾いて見せたのだ。

 正に神業であった。

 その対価として吹き飛ぶ大型盾と、支えるサブアーム。

 だがその対価は、アスカに齎された。

 3()()()

 動かなかった理由、それは諸元の再計算をせぬ為であった。

 恐るべき戦意。

 執念の乗った3射目は、第10使徒のA.Tフィールドを貫く事に成功した。

 とは言え、残念ながらも巨大過ぎる第10使徒にとって()()は痛打足りえなかったが。

 お返しとばかりに、先ほどとは違って7発もの弾体を用意する。

 面制圧射撃だ。

 だが、発射するよりも先に葛城ミサトが命令を発する。

 

『レイ!』

 

 短く呼ばれた己が名前。

 その意図を間違う事無く理解した綾波レイは、秒よりも短い速度でトリガーを引いた。

 大閃光。

 轟音。

 EW-25(ポジトロンキャノン)の、560mmにも達する巨大な筒先から放たれた陽電子は、その定格出力の20%にも満たない威力で撃ちだされたのだが、その計算通りに陽電子に乗った衝撃波が凶悪なまでの威力を発揮した。

 1発だ。

 只の1射で第10使徒のA.Tフィールドを打ち破り、たったの2秒の照射時間で第10使徒の巨体を焼き尽くした。

 豪砲一閃。

 そして大爆発。

 第10使徒は閃光に包まれた。

 

 その残照の下、EW-25(ポジトロンキャノン)が一気に水蒸気を噴き上げた。

 安全装置が働いたのだ。

 大電流を扱った支援機(ジェットアローン改)もだ。

 仲良く膝を付く姿勢となる。

 出来る限りの最高の一撃に、綾波レイは満足げに唇をゆがめた。

 

『やったか!?』

 

 日向マコトの声。

 誰もが第10使徒を仕留めたと思った。

 青葉シゲルを除いて。

 手元の計測機器が示す情報が、希望的観測を許さないからだ。

 声を張り上げる。

 

『使徒、A.Tフィールド健在!!』

 

 

 爆炎を裂いて出現する第10使徒。

 その姿は人型であった。

 地上 ―― 地下、NERV本部地下大深部封印層(セントラルドグマ)に侵攻する為の姿だった。

 第3使徒、或いはどこかしらエヴァンゲリオンを思わせる姿だ。

 A.Tフィールドを効果的に使い、光をまき散らしながら一気に地上へと降りる。

 否、真下にではない。

 早雲山の射撃ポイントを一瞥するや、一路エヴァンゲリオン弐号機の元へだ。

 エヴァンゲリオン4号機が即座に動けないと見ての事だった。

 

『第10使徒、02(エヴァンゲリオン弐号機)を狙ってます!』

 

『アスカ! 避けて!!』

 

 接触を避けろとの葛城ミサトの命令。

 だが、その命令にアスカが反応するよりも先に、人型を得た第10使徒はエヴァンゲリオン弐号機を襲った。

 咄嗟に反撃を図るアスカ。

 だが、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)は何時もアスカが操っている武器(近接装備群)と違い過ぎた。

 重すぎた。

 大きすぎた。

 その事を、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を掴まれ、握りつぶされるまでアスカは忘れていた。

 G号装備も又、エヴァンゲリオン弐号機にとって(重荷)であったのだ。

 

『こんちくしょーっ!!』

 

 EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を捨て、G号装備を爆破ボルトでエヴァンゲリオン弐号機から強制排除させたアスカ。

 近くに配置していた白兵戦用のEW-17(スマッシュトマホーク)へと手を伸ばさせる。

 だが、その赤いエヴァンゲリオン弐号機の手が紫に染まった。

 第10使徒に掴まれ、千切られたのだ。

 

『左腕損傷! 回路断線、損害不明です!?』

 

 日向マコトの悲鳴めいた報告。

 報告めいた怒号が飛び交い、騒然となる第1発令所。

 

『っ!?』

 

 だが、アスカは悲鳴を漏らす事無く歯を食いしばってエヴァンゲリオン弐号機を操る。

 そのエヴァンゲリオン弐号機の状態(コンディション)は一気に悪化していく。

 

『シンクログラフ反転、パルスが逆流しています!?』

 

『回路遮断、塞き止めて!』

 

『自立防御システムは!?』

 

『反応ありません!!』

 

 蹴飛ばされたエヴァンゲリオン弐号機。

 機体が受けた衝撃が余りにも大きく、エントリープラグ内に充填してあるL.C.Lでも中和しきれずにアスカの体が跳ねる。

 その衝撃で、インテリアで頭を打つ。

 アスカの赤い血がエントリープラグに零れる。

 

『アスカ!!!』

 

 葛城ミサトの悲鳴。

 大人たちの救助の努力。

 綾波レイは機体とEW-25(ポジトロンキャノン)を必死に再起動させようとした。

 

 だが一番速かったのは、声を一つとして挙げる事無く()意を持ってエヴァンゲリオン初号機を奔らせたシンジだった。

 既に鞘より振りぬかれ、天を衝かんとばかりのEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)

 踏み込み。

 そこで漸くシンジは声を発する。

 

『キィィィィィィ!』

 

 猿叫。

 シンジに応え、エヴァンゲリオン初号機も吠える。

 その様は正に剣鬼、戦鬼であった。

 知性無き獣ですらもおぞけをふるうであろう姿。

 第10使徒が気付いた時は、既にシンジ(エヴァンゲリオン初号機)の間合いであった。

 

『エェェェェェェイッ!!』

 

 蜻蛉の姿勢から放たれた打ち込みは、正に一撃必殺を体現していた。

 それは正に地軸の底まで叩っ斬るが如し。

 哀れ第10使徒は只の1閃をもって真っ二つとなり果てるのだった。

 

 

 

「んっ………」

 

 ズキズキとした頭痛を共にして失神から回復したアスカ。

 反射的に側頭部を押さえる。

 血だ。

 血がL.C.Lに流れ出ていた。

 だがそれ以上にアスカの目を占めたのは、己を見るエヴァンゲリオン初号機の姿であった。

 使徒の返り血を受け、真っ赤になったその様は地獄の鬼もかくやと言う有様であったが、アスカに恐怖など無かった。

 周りを見れば、通信用の窓に回線途絶(ロスト・リンク)の文字が浮かんでいた。

 誰の声も聞けない。

 誰にも声は届かない。

 だからだろうか。

 アスカは年相応の、幼げな表情をして小さく呟くのだった。

 

「遅いわよ、バカシンジ」

 

 それは、実に甘やかな音色だった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08-Epilogue

+

「何で俺にも声を掛けてくれなかったんだよぉ!!!」

 

 相田ケンスケの絶叫めいた悲鳴が、市立第壱中学校2年A組に木霊する。

 週頭の月曜日、まだ早い時間と言う事もあって出てきている生徒が少ないが、その誰もが何事かと振り返る程であった。

 だが、声を上げたのが相田ケンスケと見るや、興味を無くして視線を戻すのだった。

 奇行癖がある奴(イロモノマン) ―― とまでは行かないが、それに類似する扱いをA組の中では受けているのだった。

 

 さて悲鳴の相手だが、此方は鈴原トウジだった。

 週末に碇シンジ達と行った買い物で、新しいジャージを購入したと話した結果であった。

 今までとは違うブランドのジャージを着ていた事に目ざとく気付いた相田ケンスケが、スポーツ用品店での買い物話に食いつき、その結果、知ったのだ。

 買い物に行ったのが鈴原トウジとシンジだけではなく、惣流アスカ・ラングレーや綾波レイに洞木ヒカリ、対馬ユカリまで参加していたと言う事を。

 アスカや綾波レイは当然であるが、可愛いと言う意味においては洞木ヒカリも対馬ユカリもクラスでは上位陣なのだ。

 アスカへ懸想している分も含めて、中学()としての目覚めが進んで居る相田ケンスケが悲鳴を上げるのも当然と言う話であった。

 とは言え、怨嗟を受ける鈴原トウジからすればたまったものではない。

 何故なら買い物で最初に誘ったのは相田ケンスケだったのだから。

 

「山にこもるゆーて断ったんは、ジブンやぞ?」

 

 ジト目を添えて言われれば、如何な()少年相田ケンスケとて自分の言動を思い出すと言うモノであった。

 先の週末、鈴原トウジが自転車用のジャージが欲しいと言い出して、なら、前に行った店を案内するよとシンジが答えた。

 そこで、相田ケンスケにも声は掛かった。

 が、相田ケンスケは前から準備していたミリタリーな一人キャンプを優先して断ったのだったと。

 男3人の買い物(友情)よりも、趣味を取った。

 それだけの話だった。 

 ところがどっこい、話が複雑骨折してクラス上位陣の女子4名が加わる買い物になったのだ。

 相田ケンスケとて理屈は理解し納得しても、感情ではおさまりがつかないというモノであった。

 ある意味で、自覚のある逆切れ。

 

「それでも話が変わったなら、教えてくれても良いじゃないか!?」

 

 理論的ではない、正に生の感情の奔流。

 来ていたA組の面々は、呆れるやら笑うやらと言った塩梅となった。

 或いは、相田ケンスケだしとなっていた。

 2年A組と言うクラスが生まれてはや半年以上が経過し、その最中に第4使徒が襲来した際に籠ったシェルターから鈴原トウジを伴って勝手に出た事や、文化祭での喧々諤々(大暴走)などもあって多くの人間が相田ケンスケと言う人間を見てきた結果ともいえた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 と言う立ち位置(ポジション)である。

 是非もない、身から出た錆と言うものであった。

 とは言え、その正面に居る鈴原トウジは感情的な反発は見せなかった。

 軽い調子で流す。

 

「ま、次の機会もあるやろ」

 

「本当かよ」

 

「ホンマや。綾波の奴は自転車買っとったし、イインチョも自転車に興味を持っとったからな。なんなら皆でサイクリングもええやろ」

 

「本当か!?」

 

「ホンマやホンマ」

 

 笑う鈴原トウジ。 

 ダチ(貴様俺の関係)もあったし、そもそもそう言う人間だとして受け入れているが故だった。

 とは言え、イインチョたる洞木ヒカリが興味を持っていたのが自転車だと誤認している程度には純情であったが。

 否、察しが悪い訳では無いだろう。

 シンジやアスカと一緒に鈴原トウジが自転車で街を回ると言った時に、洞木ヒカリが自分も一緒に行ってみたいと言ったのだから。

 洞木ヒカリが遠回り過ぎたのかもしれない。

 

 兎も角。

 サイクリングと言う休みの際に一緒に居られるかもしれないと言う千載一遇のチャンスを相田ケンスケは見た。

 問題は、この相田ケンスケ。

 自転車に乗った事は無いし、そもそも自転車自体を持たないと言う事だろう。

 高度な都市化がされている第3新東京市は、その行動の殆どをバスや電車などの交通システムで賄う事が出来ている為、自転車を欲する人間は少数派の側だったのか。

 

「どうしよう?」

 

 相田ケンスケは幼少期から小遣いその他を一切合切、ビデオやカメラに放り込んで来たのだ。

 インドア派(ヒキコモリ)などでは無く、サバイバルゲームだのキャンプだのも愛好するが、その際の足は概ねバスなどなのだ。

 自転車など欲しがる筈も無かった。

 

「そこは知らんがな」

 

「シンジの自転車の前に乗ってた、古いのは無いの!?」

 

「おっおう。買い物用のママチャリ(シティサイクル)ならあるで?」

 

 古い、実用性最重視の買い出し用の自転車であり、前も後ろにもカゴを付けてある主夫仕様だ。

 同居している大人 ―― 父親も祖父もNERV絡みの仕事で忙しいので、いつの間にか、鈴原トウジが買い出しなども担うようになって用意したモノだった。

 銀色のボディに錆びは多いが、タイヤやブレーキなどはキチンと手入れされている。

 他人に貸しても問題は無いと思えていた。

 

 とは言え、鈴原トウジは少しばかり躊躇する。

 転んで傷が付くなど今更の自転車であったが、とにかく積載能力重視の自転車であり重たい(スピードは出ない)のだ。

 2桁どころか3段の変速機すら無い古い自転車だから当然と言えた。 

 シンジから貰ったクロスバイクに乗った時、世界が変わって見えた程だというのだから、その差は言うまでもないだろう。

 

「頼む、後生だから貸してくれっ!!」

 

「そう叫ばんでんええけど、でもジブン、乗れるんか?」

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 第壱中学校2年A組朝の喧騒(バカの騒ぎ)とは空気が違う、静謐さがあるのはNERV本部地下空間(ジオフロント)に設けられた大規模複合病院である。

 とは言えこの病院、実はNERV関係者専用と言う訳では無い。

 世の中には入院している事を知られたくない職業の人間も多いのだ。

 それらの口が堅いと認められ、情報を知れるだけのコネを持ち、そして何よりも金を持っている人間に対しても門戸は開けられているのだ。

 それは患者側のNERVに対するコネであるが、同時に、NERVから世界に対するコネでもあった。

 碇ゲンドウの交渉力の源泉、その1つとも言えた。

 

 日本国内のみならず、世界からも来るVIP患者の居る病院。

 その中でも一番に優遇される場所に居るのがシンジたち適格者(チルドレン)であった。

 30畳はありそうな巨大な部屋は個室、と言う訳では無い。

 調度の持つ高級感とは似合わない、機能性を重視した医療用のベットが2つ置かれている。

 1つはアスカが横になっており、もう1つの主は綾波レイであった。

 

「シンジ、珈琲飲みたい」

 

 半分起こしたベッドの上で、病院服姿のアスカは、包帯の隙間から覗く顔を気だるげに歪めながら3人目の部屋の住人に要請を出した。

 出された住人、シンジはソファに座ったまま一言で断る。

 

「まだ駄目」

 

「ケチ」

 

「碇君、紅茶が飲みたい」

 

まっちゃんせ(待っててね)

 

 と、アスカを挟んで向こう側のベッドから、綾波レイも要求を出す。

 喉が渇いたと言うよりも、要求(ワガママ)と言うモノを他人にしたい ―― アスカの真似がしたいと言う態であった。

 そもそも相部屋である事も綾波レイの可愛らしい我儘であったのだ。

 大きな部屋に独りは寂しいからと言って、相部屋を要求し、アスカも又、それを受け入れた結果であった。

 情緒の育ってきた綾波レイは、少しづつ普通の女の子になろうとしていた。

 それを理解しても、シンジは優しく受け入れる。

 アスカには、それが面白く無い。

 桜色の唇を尖らせて不平不満を口にする。

 

「何それ馬鹿シンジ! 差別と優遇は止めるべきよ!!」

 

「アスカは朝まで絶飲食って、看護婦さんに言われたじゃないか。明日まで検査入院したいの」

 

「………それはいや!」

 

「でしょ? だったら朝の診察が終わるまで我慢我慢」

 

「採血なんて、とっととやってしまえば良いのに」

 

「他の検査との兼ね合いがあるからって説明されたじゃないか」

 

「ワタシは喉が渇いたのっ! 珈琲が飲みたいのっ!!」

 

 子どもめいた、否、子どもそのものの(年齢相応めいた)態度をするアスカ。

 元からアスカにとって病院は嫌な場所であった。

 思い出したくない思い出、母の最期と紐づいているのだから仕方がない話だった。

 その上に、エヴァンゲリオンの訓練などで怪我した際に入院した際にも巨大な個室で独りっきりだったのだ。

 好きになれる筈が無かった。

 だが、今は違う。

 シンジが居る(朝から見舞いに来てくれた)し、綾波レイも同室者になっている。

 それが、アスカの楽しさ(子ども帰り)に繋がっていた。

 

 シンジは、そんなアスカの事情を知らない。

 互いに、まだ、己の深い所の話をした訳では無いからだ。

 だが何となく、アスカが楽しそうだと言うのを理解し、同時に、何かがあったのだろうと察したシンジは、アスカの我儘(子どもっぽさの発露)を受け入れるのだった。

 

「退院したらとびっきりのを淹れるから、それまで我慢我慢」

 

「私には?」

 

「今、飲んでるでしょうが!!」

 

 即座に行われたアスカのツッコミ。

 それが理解出来ないで綾波レイは小首を傾げた。

 実に小動物めいた仕草に、アスカは毒気を抜かれて只、溜息をついた。

 

「アンタがそーゆー風な性格だって、思わなかったわ」

 

「そう? 判らないわ」

 

「………でしょうね」

 

 素直すぎる綾波レイに、捻くれた所のあるアスカでは勝てなかった。

 それを微笑まし気に笑うシンジを睨んで、アスカはベッドに背中を預けた。

 

「ったく、暇よ」

 

「そうね。早く自転車に乗ってみたい」

 

「言っとくけど、アンタは練習からだからね。でないと転んでケガして入院する羽目になるんだから。今回みたいな()()()()じゃなくて、ギブスでガッチガチに固定される様な奴」

 

 綾波レイの入院は、アスカの様な外傷性のモノでは無かった。

 単純な体調不良 ―― その命の特性(不安定さ)と、半年ほど前の事故の後遺症などからくる突発的な体調不良から、大事をとっての検査入院であった。

 シンジやアスカは、後者の理由は知っていても、綾波レイの真実は知らない。

 ()()()()()綾波レイの体調不良に気を使っていたのだ。

 女の子同士と言う事で、学校やNERVでの着替えなどで綾波レイの体をまじかに見て来たアスカは、その体に残る過酷な傷跡を知っていた。

 エヴァンゲリオンの最先任(開発担当チルドレン)として苦労を重ねてきている事を理解すればこそとも言えた。

 

「そう、なら気を付けるわ」

 

「そうしなさい。取り合えず、紅茶はシンジに家で淹れてもらうから、それまでは大人しくしてなさいよ」

 

「判った」

 

 尚、賢明なるシンジは、全部自分に投げられている事を理解して苦笑をしつつも声を上げる事は無かった。

 雉も鳴かずば撃たれまい、の精神であった。

 

「何を笑ってるのよバカシンジ!!」

 

 訂正。

 新世紀の猟師は鳴かずとも撃つ、撃ち落とす名手であった。

 

「はいはい」

 

「何よ、はいはいって」

 

「診察が終わったら美味しい珈琲を淹れてあげるって事だよ」

 

「ケーキも付けてよね!!」

 

 ぷっくりと頬を膨らまして不満を顔で表明するアスカに、シンジは益々笑いを深めていた。

 そして綾波レイは小さく、だが確実に笑いながら見ていた。

 そんな病室の空気は、診察用のワゴンを引いた看護婦と医師が来るまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

玖) ANGEL-11  IREUL
09(Ⅰ)-1 We Are Legion


+
求めよ、そうすれば、与えられるであろう
探せ、そうすれば、見いだすであろう
門を叩け、そうすれば、あけてもらえるであろう

――マタイによる福音書     









+

 SEELEとの会議は碇ゲンドウにとって面倒事であった。

 碇ゲンドウとNERVは誠心誠意、その手足となって人類補完計画の為に奔走しているにも関わらず何かあれば呼び出しして、在れや此れやと文句をつけて来るからである。

 無論、碇ゲンドウとてSEELEの不安は判る。

 使徒から人類を守る事も、人類を深化させる事(人類補完計画)も、決して簡単な事では無いのだから。

 だからこそ碇ゲンドウは従順な態度をとる。

 自分以外を己の飼い主とは認めない、傲岸不遜と言う言葉こそ似つかわしい男であったが、金主(スポンサー)を不快にさせないと言う程度の計算は出来るのだから。

 

「とは言え、こう何度も頻回に呼ばれては付き合いきれぬがな」

 

 愚痴る碇ゲンドウ。

 だが腹心の冬月コウゾウは笑う。

 

「老人たちに出来るのはその程度だ。計画を動かしだしてしまえば、もはや修正は効かぬ。止めるか進めるか、それだけしか出来ぬのだ。であれば日々、不安に駆られもすると言うモノだ」

 

「………ふん、何が不安だと言うのだ。E計画は順調だ。使徒との闘いに不安要素は無い」

 

 拗ねた様な物言いをする碇ゲンドウ。

 実際、使徒と言う人間の脅威を払う為のE(エヴァンゲリオン)計画、エヴァンゲリオンの整備と使徒の撃滅に関しては順調のそのものなのだ。

 不安と言われても困ると言うものである。

 

 現在、3機(01,02,04)のエヴァンゲリオンがNERV本部で実戦配置に付いている。

 アメリカ支部で進んで居る2機(03、08)の建造を筆頭に、ドイツ支部で1機(05)、ロシア支部で1機(06)、中国支部で1機(07)と5機の整備が進んで居る。

 他に、技術試験機としての1機(00)が存在するのだ。

 大災害(セカンドインパクト)による混乱、人員や物資不足が深刻であった時代を乗り越えて今のNERVを作り上げた碇ゲンドウの手腕は素晴らしいものであると言えるだろう。

 そして、E計画の目的である使徒撃退と言う意味でも、第3新東京市に襲来した7体の使徒は悉くを倒すという赫々とした功績を上げているのだ。

 文句を付ける余地など無い。

 それらを成す為に碇ゲンドウはNERVの総司令官として奔走しているのだ。

 不安と言う感情によって邪魔をされ、本来の目的が達成できなければ無意味ではないのかと憤慨するのもある意味で当然であった。

 

「裏死海文書で予想されている使徒は17、リリスまで数えるのであれば残るは7体。油断をする訳にはいくまいよ」

 

「だからこそだ。私の邪魔をして何をしようというのだ」

 

「老人、だからな。老いは全てへの猜疑と不安とを与えるものだ。この手から零れ落ちていく時と言う砂が、彼らには金の欠片の様に見えるのだろう」

 

「詩人だな」

 

「移動時の暇つぶしには本は役に立つ。そう言う事だ。それに人類補完計画に関しては順調とは言えぬのだ。老人たちには其方の方が重要なのだ。であれば仕方あるまいよ」

 

「人類補完計画とてそう遅延している訳では無い。アダムの解析も順調だ。そもそも、使徒を全て倒さぬ限りは人類補完計画の発動自体が不可能だ」

 

 冬月コウゾウの弁に、呆れる様に嘆息する碇ゲンドウ。

 NERVに求められる大切なもう1つの役割、それが人類補完計画。

 その実行責任者たる碇ゲンドウにとって、現状は順調そのものであった。

 

「とは言え、扉を開く全ての鍵が揃っている訳では無い」

 

「それは時間が解決してくれる」

 

 不満を隠そうともしない碇ゲンドウを、窘めるように笑う冬月コウゾウ。

 その時間こそが問題なのだと。

 SEELEが重大事と捉える人類補完計画。

 それは、人を人の身の儘に進化させる再誕(神への道)

 或いは、人が知恵の実と生命の実を兼ね備えた地球の正しき支配者への新生(ネオンジェネシス)と言えるだろう。

 

 SEELEは、凋落しつつある己らの再生を願った。

 碇ゲンドウは、失われた自らの妻との再会を夢見た。

 同じ人類補完計画の名が付けられていても、その到達点は全く異なる2つの欲望(ユメ)

 同床異夢。

 SEELEは自分たちの欲望を達成する道具として碇ゲンドウを見ていた。

 碇ゲンドウは己の欲望を実現するための財布としてSEELEを見ていた。

 最後には決裂する定めを負っていた両者。

 だが、少なくとも現時点では同志であった(同じ道を見ていた)

 

 兎も角として、現在進行形として凋落しつつある人類史欧州の闇(SEELE)としては、時間の経過は心穏やかに見ている事の出来ない類なのだ。

 

「老人の身には時間が無いのだ。それに、時間に焦がされているのはお前も一緒だろう」

 

「………ああ」

 

 

 冬月コウゾウとの会話で気分転換をした碇ゲンドウ。

 そして開かれたSEELEの会議は、その鉄面皮にヒビを入れるものであった。

 

『碇、新強国(ニューファイブ)が、安全保障理事会で追加のエヴァ整備計画を通した。意味は分かるな?』

 

「はぁ?」

 

 思わず変な声が出た碇ゲンドウ。

 それ程にSEELEの人間、そのトップであるキール・ローレンツの声は疲れ切っていた。

 余りの声色の悪さに驚き、次のその意味を碇ゲンドウは考えた。

 追加、エヴァの整備と言う言葉。

 そして安全保障理事会と繋がれば、結論は一つであった。

 

「………キール議長、新しくエヴァンゲリオンを整備する。そういう事、でしょうか?」

 

『他にどう捉えるというのか』

 

『左様』

 

 眼鏡のSEELEメンバーが、ズレた眼鏡を直す事無く力なく呟いた。

 メンバーの誰もが疲労しているのが判る。

 

「何があったのですか?」

 

『造反よ。安全保障理事会の新加入どもが、反旗を翻しおったのだ』

 

 地の底から響くような怨嗟の声。

 その声が続けた。

 安全保障理事会の秘匿定例会議にて人類補完委員会(SEELE)は第3新東京市に於ける使徒迎撃戦の詳細 ―― 使徒の能力や被害その他を報告した。

 今後のNERVとSEELEの予算獲得に向けた活動(プレゼンテーション)であった。

 

 人類にとっての恐るべき脅威、使徒。

 だが国連特務機関NERVは十分に活動し、成果を挙げている。

 人類は守られている。

 この状況を維持する為に、人類が生き残る為にももっと予算配分をお願いします。

 

 それは緻密とは言い難いし的確とも言い難い、有り体に言えば子供の娯楽(パルプフィクション)が行う様な宣伝であったが、NERV本部が撮影した写真や動画は、その稚拙(いい加減)さを補う程の迫力があった。

 正確に言えば、迫力があり過ぎたのだ。

 国連軍の正規装備では打破しえない使徒と言う脅威。

 倒せるのはエヴァンゲリオンのみ。

 そのエヴァンゲリオンは、使徒の目標となる第3新東京市に集中配備されている。

 NERVと人類補完委員会(SEELE)としては、それは人類を守り切るが為の最善手を成しているとの報告(アピール)であった。

 だが、これが良く無かった。

 使徒は正体不明であり()()()()()()()

 少なくともSEELEとしては使徒の目標となるアダムの情報を、例え国連安全保障理事会のメンバー国であろうとも伝える(漏らす)積りは無かった。

 莫大な予算を喰うNERVは、陰謀論の標的となりやすいからだ。

 故の秘密主義。

 これが良く無かったのだ。

 使徒の脅威を知った、安全保障理事会の新加入国 ―― 嘗ての選挙製の非常任理事国では無い正規メンバー国(新興強国)の5ヶ国が、使徒を自国の安全保障に直結する問題と捉えたのだ。

 ある意味で当然の話であった。

 その5ヶ国、オーストラリア・トルコ・インド・ブラジル・インドネシアはエヴァンゲリオンの更なる建造と自国への配備を強く要求したのだ。

 これにはSEELEも頭を抱えた。

 寒冷地と化した欧州からの移民も多く英連邦加盟国と言う事もあって影響力を発揮しやすいオーストラリアやインド、ブラジルは兎も角、縁の遠いトルコやインドネシアをSEELEが抑える事は困難であるのだ。

 そして、抑えられぬからと2ヶ国に認めれば、残る3ヶ国も黙ってはいられない。

 そして、5ヶ国が自分たちの国に配備を強いるとなれば、残る安全保障理事会メンバー国たる7ヶ国も黙ってはいられない。

 正に政治であった。

 国民世論に阿る定めとなる民主主義国家の宿命とも言えた。

 世界史を動かす民意と言う原動力(暴力)だ。

 人類史の裏側で暗躍し続けて来たとは言え、所詮は秘密結社でしかないSEELEが太刀打ちできる筈も無かった。

 

「それで、エヴァンゲリオンの第2次整備計画ですか………」

 

 流石の碇ゲンドウも絶句する。

 寝耳に水であったのだ。

 使徒迎撃戦役が始まり、NERVも組織として目標が明確化した事で安定しており、その為、国連への情報収集活動が疎かになっていた結果とも言えた。

 

『左様。12ヶ国(マジェスティック・トゥウェルヴ)は全てが自国配備を要求した』

 

『しかも、非常時以外での自国指揮権まで要求してな』

 

 従来の軍隊が保有する装備に対してエヴァンゲリオンは明らかに優越しているのだ。

 その様な危険物を国連とは言え国外部組織(NERV)にゆだねるなど出来る筈も無い話であった。

 

「………最低でも11機の追加建造」

 

 ズシんと胃に重いモノを感じる碇ゲンドウ。

 現在のE計画を倍以上にするのだ。

 必要な予算や人員その他、実行責任部門となるNERVの総責任者として碇ゲンドウが強い負担を感じるのも当然の話であった。

 冷や汗を自覚する碇ゲンドウ。

 眼鏡の位置を戻す仕草で、額のソレを拭う。

 SEELEのメンバーは心なしか、他人の悪い顔で笑っていた。

 碇ゲンドウの参加する寸前まで、その件で心労を重ねていたのだ。

 新しい()()()を歓迎するのも道理と言えた。

 

『碇よ、間違うな。11ヶ国ではない。1()2()()()()()()()

 

「日本も、と言う事ですか」

 

『左様。きやつらNERV本部とは別の、NERV日本支部の設立まで要求しおった』

 

 沈黙が舞い降りた。

 重い重い沈黙だった。

 誰もが、もう今日の会議は此れ迄としたい。

 そんな気分で居た。

 が、碇ゲンドウは気力を振り絞って確認をした。

 

「何時までに、でしょうか」

 

 5年先、10年先であれば問題は無い。

 エヴァンゲリオンの整備計画も完遂しているだろうし、そもそも人類補完計画が発動した結果、エヴァンゲリオンと言うモノを必要としない世界になっているかもしれないのだから。

 だが、その儚い希望は現実によって叩き壊される。

 

『出来る限り速やかに』

 

「………………善処します」

 

『碇君、残念ながらそう誤魔化せるものではないのだ』

 

『左様。基本計画は年内に作成、来年第1四半期(ファースト・クォーター)には最低でも2体以上の着手を行う事。それが安全保障理事会の決定だ』

 

 彼ら(安全保障理事会メンバー国)は正気ですか。

 その言葉を碇ゲンドウは飲み込む事に聊かばかり努力を必要とした。

 SEELEのメンバーが、キール・ローレンツを筆頭に誰もが疲れた顔をしている理由を理解したが故にだった。

 ある意味で、この時初めて碇ゲンドウとSEELEのメンバーは心を1つにしたとも言えた。

 

「努力します」

 

『ああ。君の献身と努力に期待する』

 

『碇君、我々も予算措置に関しては努力する。君も健康に気を付けてやりたまえ』

 

 それは皮肉では無かった。

 自己原因による家庭内暴力(碇シンジの鉄拳パンチ)を揶揄する様な程度のモノではなく、心底から碇ゲンドウを案じる ―― 過労による入院によるNERV総司令官の任務停止、或いは引退など(逃げる事)は赦さないと言う、囚人の相互監視めいた心理の言葉であった。

 

「………努力します」

 

 

 

 後に碇ゲンドウは冬月コウゾウに述べた。

 SEELEとの会議に於いて、最も最低で最悪の雰囲気であったと。

 

 

 

 

 

 




2022.09.07 文章修正
2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅰ)-2

+

 碇シンジ宅の食卓に並ぶ夕食。

 その主役はハンバーグ、肉の日であった。

 とはいえ残念ながらシンジお手製の、等と言う訳では無い。

 近所の肉屋で作られた肉ダネを買ってきたお手軽料理と言える。

 少なくともシンジにとっては。

 だが、それを供される惣流アスカ・ラングレーからすれば、焼いてからデミグラスソースで玉ねぎやマッシュルームと共に煮込んだ、手の込んだ煮込みハンバーグだ。

 否、そうでなくてもアスカにとってシンジの料理は特別だった。

 一般学業と並行してエヴァンゲリオン操縦者としての訓練と教育を受けているにも拘わらず、シンジが()()()()に作ってくれる料理なのだ。

 無条件に大事にされている感があって、とても好きなのだ。

 シンジの料理と言うものが。

 だから弁当も大好きであり、必ず完食するし、昼食時間の後に弁当箱を返す際に感謝の言葉をシンジに伝えても居た。

 

『今日も、マァマァ、美味しかったわよ』

 

 素直という言葉から相当に離れているが、綺麗に完食している容器から、丁寧に空になった容器を包んでいる小風呂敷(ランチクロス)から、何よりも言っているアスカの表情から、シンジがその真意を見誤る事は無い。

 ニッコリと笑って弁当箱を受け取り、それは良かったと返すのだった。

 第壱中学校2年A組の女子陣は、アスカを虜にしているシンジの弁当とはどの様なものなのかと興味津々であった。

 尚、アスカと昼食を共にする洞木グループの子だけは、絶対におかず交換に乗って来ないアスカに稚気(可愛さ)を感じていた。

 そして相田ケンスケを筆頭にした、アスカが歯牙にもかけない男子陣(アスカに夢見る男衆)は、ギギギっと歯ぎしりをしているのだった。

 

 

 兎も角。

 キッチンに充満する芳香。

 その主が、シチュー皿に2つよそわれて手元に来たアスカはニッコリと笑顔であった。

 付け合わせにポテトサラダと新鮮なレタスが別皿で出される。

 

「良い匂いね」

 

「結構大ぶりなマッシュルームが売ってたんだ。良い旨味が出てると思うよ」

 

「大丈夫。アンタの料理は何時も旨味が美味しいわよ」

 

 テーブル上でトースターで焼きなおしたドイツパン(ライ麦)を切り分けながら、アスカは上機嫌に言う。

 少しだけ言葉が怪しくなるのは、アスカが日本語ネイティブでは無いが故のご愛敬だろう。

 パンをバスケット(パン籠)に揃えてテーブルの真ん中に置く。

 マーガリンでは無くバターは既に用意済みだ。

 ドイツ式ともドイツ風とも言う訳では無いが、本日の碇家の食卓は洋風であった。

 

「でも2人分? 今日はミサトは来ないの?」

 

「さっき電話があって、今日は帰れそうに無いんだって」

 

「あの第10使徒の片づけ? それとも弐号機がらみ?」

 

 訝し気に言うアスカ。

 直近の使徒、第10使徒による第3新東京市への被害は事実上無かった。

 だが、後片付けは別だった。

 使徒の残骸 ―― 綾波レイのエヴァンゲリオン4号機の攻撃(照射)によって焼き尽くされた降下体、その燃えカスが広域にばら撒かれたのだ。

 都市機能を回復させる為の清掃作業は人海戦術で行う大作業であり、碇家の3人目でありNERV作戦局局長代行でもある葛城ミサトは責任者として忙殺されていたのだ。

 とは言え、山場は越えており、後は最終確認を現場で行うと言う段階であった筈だった。

 戦闘で中破したエヴァンゲリオン弐号機の修理も同じ。

 砲戦態勢で居た為に第10使徒の人型(地下侵攻)体との交戦時に被害を被ったエヴァンゲリオン弐号機であったが、一番の被害は腕部の切断だけでありシステム系に問題が発生していなかった為、修理作業は比較的単純に済んだお陰であった。

 又、第9使徒戦役時の戦訓から開発実装された、大被害(ダメージ)時のエヴァンゲリオンと操縦者のシンクロ強制遮断システムも正常に働いており、搭乗員であるアスカの被害も軽微であった事も大きい。

 エヴァンゲリオン弐号機関連で作戦局が担うべき部分は終わり、手続き等は技術開発局に引き継いでいる。

 

 今日こそはビールが痛飲出来る! そう葛城ミサトがNERV本部の執務室で吼えていたのをアスカは見ていたのだ。

 にも拘わらず帰れなくなったのだと聞けば、ナニ事であるかと思うのも当然であった。

 対して連絡(電話)を受けたシンジはナニガシの深い同情を帯びた目をしていた。

 

「赤木さんと一緒。急に仕事が増えたんだって」

 

「技術局と? 急な新装備の開発でも始めようって事??」

 

「エヴァンゲリオンを増やすんだって」

 

「ハァ?」

 

 シンジの言葉にアスカの眉が跳ねる。

 意味が判らない、そう言う顔であった。

 或いは、自分たちの戦績に不満が出たのかと言う、ある種の憤懣であった。

 

 アスカ自身がエースになると言う、ドイツ支部時代の誓いは果たせていない。

 だが、日本に来て以降の戦績にアスカは不満を感じていなかった。

 自分の上を行くシンジは、アスカをしてソレ(エース)が相応しいと認めれれる相手であり、同時に、そのシンジはアスカを高く評価しているのだ。

 背を支えてくれる相手としてのアスカを。

 背を支えたい相手としてのアスカを。

 称賛し、敬意を払ってくるのだ。

 星を獲れぬ(スコアを稼げぬ)事への不満は燻る部分も無い訳では無いが、それでも、運であったし役割分担でもあると納得できるのだ。

 だからこそアスカは不快感を感じたのだった。

 

 エヴァンゲリオンを追加する、

 自分とシンジ、それに綾波レイの戦績に不満があると言うならば、やれるモノならやってみろとも思った。

 ドイツ時代に見た適格者未満(チルドレン候補生)に、自分やシンジと同じ事が出来る筈がないとの自負でもあった。

 マリィ・ビンセント他、何人かの顔を思い出すが、どれもこれも不足だと言えるのだ。

 否、マリィ・ビンセントは良い。

 正しい誇りを持ち、努力と言う意味ではアスカの水準に付いて行こうと言う努力をしていたのだから。

 だが、ドイツ系の男子候補生、顔も名前も記憶から消し去った様など阿保で腑抜けは、アスカの事を訓練に熱心過ぎる(ワーカーホリック)などと馬鹿にしていた。

 家の無い(名家の出では無い)半端モノ(非純血ドイツ人)が努力アピールだとも嗤ってもいた。

 アスカから見れば、家柄(過去)しか誇るモノの無い、顔も名も覚える価値の無い愚物であり、同時に、だがそう言う人間が多かった。

 そんな阿呆どもが、家の力で何かをしたのか。

 そう思えたのだ。

 NERVの一員と言う事に自負を持つアスカであったが、同時に、自分の属する組織に対して過度な期待は抱いていなかった。

 ドイツ支部時代、過度な貴族趣味を持ち、他人を見下す人間の多さに閉口していた位なのだから。

 殆ど瞬間湯沸かし器めいたアスカの内側での感情激発に気付かぬまま、シンジは呑気に夕食の支度を勧める。

 自分の分の煮込みハンバーグを運び、スプーンを用意する。

 その片手間に、何でも無い事の様に続ける。

 

「世界中に配置する為なんだって」

 

「ナニそれ」

 

「知らないよ。前に聞いた計画分だと足りなくなったのかな?」

 

 E計画、NERVの第2級機密資格(GradeⅡ Access-Pass)保持者以上に公開されている人類補完計画(対使徒戦争計画)に於いてエヴァンゲリオンは8機が建造される予定となっていた。

 使徒の標的となる日本のNERV本部には5機 ―― 2機1組のペアを2セット用意し予備機1機を配備し、3機を戦略(機動展開)部隊として地球(NERV本部)の反対側であるドイツ支部に配備する予定であった。

 現時点で実戦配置に就いているのは3機。

 残り5機の内、4機は建造が最終艤装段階にまで到達しつつある。

 エヴァンゲリオン零号機の代替として追加建造となったエヴァンゲリオン8号機はアメリカ支部にて素体の培養が本格的に開始された段階であるが、艤装その他はエヴァンゲリオン3号機及び4号機の実績によって効率的に製造が出来る為、そう遅くない時期には第1次状態(非戦闘配置就役状態)までの完成が出来る見込みであった。

 最短で年内。

 ある意味で人類の危機(使徒の脅威)に接した人類の本気であった。

 

 そんな完成していないE計画の体制であっても十分な戦績を挙げており、ほころびの類も見られない。

 にも拘わらず、E計画完遂前に追加をすると言う。

 しかも目的は世界配置である。

 アスカは、どうやらアホども(適格者候補生)が家の力で何かしたと言う憶測を消した。

 次元の違う話になったと感じたのだ。

 

「上の方で何かあったのかしらね」

 

 故に、ストンっとアスカの怒りは消えた。

 自分が、自分たちの評価があれば、或いは自分とシンジが舐められていないからそれで良い。

 良くも悪くも割り切りがあった。

 であれば、視野は今現在に焦点が合う事となる。

 シンジの顔を見れば、お腹がすいたと体中から表明していた。

 

「どうなんだろ。判らないよ」

 

 心底どうでも良い。

 そういう本音で染められた言葉だった。

 アスカも同意する。

 そんな事よりも大事なことがあるのだ。

 

「じゃあさ、ミサトが帰ってこないなら、食べちゃって良いんじゃない」

 

 煮込みハンバーグ、葛城ミサトの分である。

 美味しいのだ、シンジの作る煮込みハンバーグは。

 

「駄目。明日食べたいから残しててって言ってたからね」

 

「メニュー、言ったんだ」

 

 不満を全身から表明しながらシンジを見るアスカ。

 シンジは肩をすくめる。

 聞かれたからね、と。

 

「心底残念がってたよ。あの分だと、食べたら恨まれそうだよ」

 

「チッ、ミサトなんて適当なビール飲ませておけば良いのよ!!」

 

「でもアスカ、葛城さんがビールを買ってくるから、ね」

 

 シンジは悪い顔で冷蔵庫の中のミサトとラベルの付けられた棚からビールを取り出した。

 冷凍庫で良く冷やしておいたグラスを2つ取り出してもいる。

 飲む? などと野暮な質問はしない。

 悪い遊びとして、或いは冒険心の延長でシンジとアスカは偶に、アルコールを嗜んでいた。

 葛城ミサトも誰も知らない、2人の秘密だ。

 

「………そうね、ビール担当は大事よね」

 

 アスカも悪い顔(イタズラ顔)になって同意する。

 2人は共に14歳。

 外でビールなどのアルコールを買える身の上ではないのだ。

 その点で馬鹿みたいに買い込んできて、飲んだ数も覚えていない(カウントしない)葛城ミサトと言う人間は実にありがたい存在であった。

 料理用と称して焼酎やワインは買って来れても、ビールは流石に難しいのだから。

 

 テーブルに着き、シンジが恭しい仕草で金色の泡が出るジュースをグラスに注ぐ。

 楽しそうにその様を見ていたアスカは、先ほどまでのE計画の追加分などの話を忘れて恵比須顔だ。

 キンキンに冷えたビール。

 

「シンジ、乾杯しましょ」

 

「何に?」

 

「取り合えず、可哀そうな作戦部長に」

 

 澄まして言うアスカ。

 シンジも、プッと吹き出す。

 共にグラスを軽く掲げる。

 

「可哀そうなミサトに」

 

「残業を頑張る葛城さんに」

 

「「乾杯」」

 

 チン、とガラスが鳴いた。

 

 

 

 

 

 国連安全保障理事会で決定したエヴァンゲリオンの追加整備計画は、最終的には第2次E計画として纏められる事となった。

 SEELEによる予算獲得に向けた調整、碇ゲンドウによる建造と配備に関する折衝、そしてNERV本部スタッフを中心とした現実的整備計画の立案。

 この3つが、混然一体となって進められ、約1月で素案が纏められる事となった。

 異様、異常なほどの大馬力だ。

 その原因は国連安全保障理事会での情報、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人類の脅威存在、それが使徒。

 その情報を知った安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)の閣僚、その何れかが情報をマスコミへと流したのだ。

 世界は蜂の巣を突いた様な大騒動となった。

 その結果であった。

 国連安全保障理事会は常にマスコミから注目され、監視され、そして非理事国からの折衝も多く発生していた。

 沸騰した世論を治める為、早期の対応を表明する必要に駆られたのだ。

 人類補完委員会を隠れ蓑とするSEELEも予算折衝で疲弊し、SEELEと理事国から早期計画立案を要求された碇ゲンドウとNERVスタッフは疲労困憊となった。

 対して安全保障理事会は安穏としていたかと言えばさにあらず。

 情報を漏洩した人物特定の為に国際警察(インターポール)を駆り出すだの、各国の情報機関が合同で捜査するなどの大騒動を繰り広げていた。

 旧常任理事国と新強国、その間に挟まった日本とドイツ。

 地獄の様な情景(外交と言う名の無制限戦争)が生み出されていた。

 関わった誰もが疲弊し果てる様な日々であった。

 

 

 葛城ミサトはその日々を指して、あのタイミングで使徒が来なかったのは残念であったと述べた。

 残念である。

 幸運では無い。

 議論から離れられるからではない。

 ストレスの発散先が来ないのが残念であると言うのだ。

 

「ギッタンギッタンにしてスッキリする事が出来たつーの!!」

 

 目が据わっている。

 見れば、目の下に隈も出来ている。

 

「ボッコボコになって最後は爆破して、スッキリできたのに残念よ、全く」

 

「後片付けが無ければね。それよりミサト」

 

 赤木リツコから差し出されたビールのロング缶。

 流れる様な仕草でプルタブを起こし、一気に喉へと流し込む。

 

 駆けつけ一杯。

 乾杯の前にビール缶を一気飲みしていた。

 

「ぷっはーっ、生き返るわ!!」

 

 場所は碇シンジ宅。

 第2次E計画を立案し、安全保障理事会人類補完委員会で成立が認められた、ある種の祝勝会での事であった。

 

 色々と、女性としての色々をすっとばしたかの如き仕草。

 日常業務と並行しての立案作業に追われ、禁酒状態であったが故の事と言える。

 常であれば窘める親友(マブ)たる赤木リツコも、黙ってビール缶を呷っていた辺り、両者のストレスの程が見えると言うものだろう。

 

「ミサト、居る?」

 

「もっちよ!」

 

 一気飲みでは無いが、似た様なペースでロングのビール缶を開けている辺り、赤木リツコも相当にストレスを貯め込んでいたと言えるだろう。

 殆ど家にも帰れず、飼っていた猫は綾波レイに世話を頼むような有様であったのだ。

 

「センパイ達も酷い事に……」

 

 乾杯用にと渡されたビールのコップを手にあわわっと慄いているのは、赤木リツコが連れて来た伊吹マヤだった。

 正確に言えば葛城ミサトが声を掛けたのだ。

 今日はシンジに頼んで飲める料理をお願いしているから飲もうと赤木リツコを誘いに来た際、一緒に居たので伊吹マヤもついでだとばかりに誘ったのだ。

 伊吹マヤら尉官クラスの基幹スタッフは、この第2次E計画立案には携わっていない。

 だが疲弊していないという訳では無い。

 赤木リツコや葛城ミサトと言った幹部スタッフが立案作業に忙殺された結果、どうしても仕事量が増えてしまっていたのだから。

 否、部内業務だけである分、伊吹マヤや日向マコトなどはマシな方であった。

 第1発令所第1指揮区画の三羽烏筆頭、青葉シゲルは外部との交渉も担っていたが為、残業時間は幹部スタッフ並みとなる程の激務をこなしていたのだから。

 尚、この場には当然ながらも青葉シゲルも日向マコトも居ない。

 日向マコトは哀しい事に本日の当直スタッフであった為、人気の消えた第1発令所に残って仕事をしていた。

 青葉シゲルはギター片手に「自由だ(フリーダーム)!」と叫びながら貸しスタジオに突撃していた。

 

 かくして割と広めの碇シンジ宅に、今日は6人の男女がリビングとダイニングキッチンに居た。

 家主のシンジと、半同居人のアスカ。

 隣人である葛城ミサト

 葛城ミサトが誘った赤木リツコと伊吹マヤ。

 そして伊吹マヤが、ならばと声を掛けたお隣さんの綾波レイである。

 食卓の上には買ってきた酒のつまみの(オードブル)にチーズ。

 それにシンジがハム、ボイルしたエビ、スティック野菜と言ったモノを用意している。

 唐揚げに炒飯もある。

 何処かの飲み屋かと言わんばかりのメニューだ。

 やいのやいのと愚痴をこぼしたり、上司(碇ゲンドウ)の文句を言うなどで大人組は盛り上がっている。

 いつの間にか、アスカもビール缶片手に交じっているし、綾波レイもクピクピっと伊吹マヤが持ってきたサワー缶を嗜んでいる。

 下品な笑いや、ジョークが飛び交う。

 宴会でも先頭を切る(特攻隊長を務める)葛城ミサトであるが、今日は赤木リツコも酷いし、伊吹マヤも大分酷い事になっている。

 アスカや綾波レイは、ネジが飛ぶ事は無いが、共に白身の白い肌をほんのりと朱に染めて、大人たちの会話(ダメ人間トーク)に耳を傾けていく。

 魔女の宴(サバト)もかくやと言う有様であった。

 襟元やスカートの裾が乱れもしていて、しかも男女比が1対5と言う、ある種の()少年にとっては夢の様な環境であるが、そういう方面での成長が遅い碇シンジにとっては、只々感嘆するだけであった。

 ストレス溜まってたんだな、と。

 故に、気配を消してキッチンでチビチビと焼酎を飲みながら、手製のさつま揚げを齧る。

 ネットでレシピを見つけたので、肉を好まない綾波レイ向けにと作ってみたのだ。

 初めての事であったが実に良い塩梅の塩加減になっていた。

 美味しい。

 残念なのは、その主敵標的たる綾波レイは、ニンジンやらキュウリのスティック野菜から手を離さないと言う事だろうか。

 そう言えば料理はまだ足りているだろうかと、そっと主催場となっているリビングを覗くシンジ。

 料理はまだまだ余裕があった。

 綾波レイの主食たるスティック野菜も、まだまだ余裕があった。

 辛子を混ぜ込んだマヨネーズや、チリソースに浸けては齧るをゆっくりと繰り返している。

 誰にも譲らないとばかりに、スティック野菜を詰めたコップを握り続けているのは、可愛い所作と言えるかもしれない。

 合間にクピクピっとサワー缶を傾けている。

 その周りに転がっている、空けた缶の数は数えたくないと言える惨状だ。

 と、アスカを探す。

 居た。

 此方は葛城ミサトと赤木リツコに挟まれ、赤裸々な女()トークを流し込まれ酒精に因るよりも真っ赤になっていた。

 手に持ったビール缶が歪む程に力が入っている。

 と言うか目を回している様な状態だ。

 その様が可愛いのか、益々もって葛城ミサトと赤木リツコは赤裸々な(ネタ)を飛ばしている。

 相方(バディ)の惨状を見たシンジはそっと手を合わせ(アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター)、キッチンに後退した。

 鹿児島で散々に見て来た駄目な飲み会、その範例めいた惨状で出来る事など、自分の身の安全を確保するだけなのだから。

 

 割らずに氷だけ浮かべた氷割り焼酎とさつま揚げで自分に乾杯しようとした所で、チャイムが鳴った。

 新しい客が来たのだ。

 

 

 

葛城サァ(葛城さん)お客さぁち(お客さんですよ)

 

 そう言ってシンジが宴会場(リビング)に案内した人。

 宴もたけなわと言った所にやってきた人。

 

「誰よ?」

 

「よ、盛り上がってるな」

 

 軽く言うのはNERVの制服を洒落た風に着崩している、加持リョウジであった。

 

「加持さん!?」

 

 喜色めいたものを含ませてアスカが声を上げた。

 この、一杯一杯になりそうな女子トークから救ってくれとの、ある種の悲鳴であった。

 とは言え、当人以外には判る筈も無い。

 シンジすら、そう言えば加持リョウジを好きだとアスカは言っていたよなと思い出す様であった。

 少しだけ、何となく面白く無いモノを感じて、シンジはそっと静かにキッチンに引っ込むのだった。

 

「アスカも呑んでるのか。全く。少し早いと思うぞ?」

 

 男臭いと言うよりも、保護者臭いと言うべき態度の加持リョウジ。

 それにアスカが反応するよりも先に、葛城ミサトがべらんめえな、巻き舌めいた口調で眉を逆立たせる。

 

「何でアンタがここに来てるのよ!?」

 

「いや、副司令に頼まれてね。配達人(メッセンジャー)さ。明日の休日で目を通し、明後日のあさイチで出して欲しいんだとさ」

 

 ヒラヒラっとA4サイズの封筒を振って見せる。

 先の第2次E計画絡みの書類であった。

 作戦局局長(局長代行)印鑑(承認)が必要な書類との事であった。

 真面目な話。

 仕事の話。

 野暮の極みな話に、葛城ミサトが不機嫌になる前に、爆発した人が居た。

 伊吹マヤだ。

 飲み過ぎて、熱い熱いと言って上着のボタンをはだけさせていたのだ。

 隣の妹分めいた綾波レイともどもも、気付いたら下着が丸見えめいた事になっていたのだ。

 熱いでしょ。

 熱いよねといって襟元を開けさせていたのだ。

 

「キャーっ!? 変態ですっ!! チカン!!!」

 

 誰が悪いと言えば、加持リョウジで無い事は明白ではあった。

 だが酔っぱらいと女性に理屈は通じない。

 酔っぱらった女性ともなれば、もはや無敵だ。

 故に、伊吹マヤは手に持っていたビール缶を加持リョウジに向かって投げつけたのだ。

 

「おわっ!?」

 

 見事に命中(ストライク)

 

 

 

「いやはや、酷い目にあったよ」

 

 シンジの出したタオルで頭から被ったアルコールを拭きつつぼやく加持リョウジ。

 だがそこに嫌味の類を帯びていないのは、余裕と言う奴であろうか。

 

「女子会に軽々しく顔を出したのが運の尽きって事なんだろうけどさ」

 

まこてやんな(そうかもですね)

 

 シンジはその前に、そっと湯呑を置いた。

 中身は熱いめ(お湯割り)の焼酎、などでは勿論なく熱々の緑茶だ。

 ヌルいとは言え液体を浴びた身なのだ。

 温かいモノが良かろうとの配慮であった。

 それを有難く口に運びながら加持リョウジは男臭く笑う。

 

「慣れた感じだな、シンジ君」

 

かごんまでん(鹿児島でも)よくあっでよ(飲み会でトラブルは普通ですしね)

 

「アルコールを被ったりも?」

 

外ならじゃっどん(お店なら兎も角ですけど)ウチん中ん時はハァ(家でやる時なんて)しっちゃかじゃっでよ(滅茶苦茶になる事もありますよ)

 

 無論、瓶を倒したり零したりと言う事であり、濡れるのは床で寝ていた奴が被ったりである。

 流石に飲みかけのビール缶が投げられるなどと言う事は、先ずなかった。

 取り敢えず、シンジの周辺では。

 

「はっはっはっ、何処も一緒か」

 

 余裕ある笑いの向こう側で、女子一同が片づけを始めていた。

 投げた後で伊吹マヤが泣きだし、これは飲ませ過ぎたと年長の2人が反省し、お開きとしたのだ。

 綾波レイもウトウトとし始めいた。

 アスカは先ほどまで左右から(ステレオに)聞いていた事で一杯一杯になっていた所に声を上げた結果、一気に酔いが回って眠っている。

 体が冷えるといけないからと、そっとシンジがソファに移してタオルケットを掛けていた。

 シンジが、である。

 鍛えているシンジにとってアスカの体重など軽いモノであり、その動作に危ういものは無かった。

 只、それを大人の誰かにお願いする事を思いつかない辺りに、葛城ミサトや赤木リツコと言った悪い大人組は楽しさを覚えていた。

 特に、タオルケットを掛けてやる優しい仕草などには。

 

 兎も角。

 そう言う訳で、テーブルだの空き缶だのを葛城ミサトと赤木リツコが片付けていた。

 ある種の責任払いと言えた。

 尚、片付けながら飲んで喰っている。

 実にタフな2人だった。

 

「そう言えばリッちゃん達、もうタクシーを呼んだのかい?」

 

呼んみゃったで(もう呼んでいましたんで)だいじょじゃっど(大丈夫ですよ)

 

「それは良かった。俺もアルコールを浴びてしまったんで、今日は流石に送れないからな」

 

じゃいな(そうですね)じゃんなら(そうでしたら)泊まって行くな(今日は泊まります)?」

 

「いや、ここは責任者に責任を取って貰うサ。葛城ィ、今日は泊めてくれよ」

 

「ハァ!? いきなり何を言ってるのよ!?」

 

「良いじゃないか知らない仲なんかじゃ無いんだしな」

 

「車の中で寝れば良いじゃないの」

 

「流石に俺の車は狭いよ」

 

 激しく盛り上がって行く葛城ミサトと加持リョウジ。

 その盛り上がり(じゃれ合い)は、赤木リツコご一行の迎えが来るまで続いたのだった。

 

 

 

 第2の来客。

 迎えは青葉シゲルであった。

 

「急いできたけど、遅くなったかい?」

 

 取り敢えずオフ(休日)な感じで長髪を後ろで一纏めにして、刈り上げられた頭の両サイドが露出している様は、何ともロックンロールな雰囲気があった。

 おひとり様でギターをかき鳴らして絶唱していたが故の呼び出しである。

 否、伊吹マヤが近距離でも拒否しないからと言うのも大きいだろう。

 そして、気の良さ故に頼まれれば拒否しないのだ。

 送迎を頼まれるのも、仕方のない話(残念ながらも当然)と言えた。

 

「丁度良かったわ。マヤ、レイ、帰るわよ」

 

 泣いた後は傾眠傾向が出た伊吹マヤと、元より眠たげな綾波レイ。

 綾波レイは飲酒量の少なさから、まだしっかりとした足取りだったが伊吹マヤはもう駄目だった。

 

「マヤちゃんは酒に強くないからね」

 

 慣れた仕草で伊吹マヤを支える青葉シゲル。

 その手際に、下心(エロス)は無い。

 だからこそ距離が近づくのかもしれない。

 

 と、シンジがコンビニの買い物袋に入れたタッパーを青葉シゲルに差し出す。

 オードブルなどの残りで綺麗な所を詰めたモノだ。

 

よかならどうな(良かったらどうぞ)

 

「おっ、有難うシンジ君。明日の朝飯にさせてもらうよ」

 

 

 

 葛城ミサトと加持リョウジも帰った碇シンジ宅。

 静かになった部屋。

 只、柔らかなアスカの寝息だけが音の全てとなった部屋。

 その余りにも幸せそうな寝顔を見たシンジは、後片付けをするのを諦めた。

 起こしてしまっては可哀そうだと思ったのだ。

 それ程に子どもの様な、無垢な寝顔だったのだ。

 

「おやすみ、アスカ」

 

 もう一度、しっかりとアスカにタオルケットを掛けたシンジは囁いてから部屋の電気を消した。

 暗闇に沈んだ部屋。

 アスカは目を瞑ったままに呟いた。

 

「バカシンジ」

 

 とても可愛らしい響きのある呟きだった。

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅰ)-3

+

 葛城ミサトと赤木リツコらを筆頭としたNERV本部の尋常ではない努力によって完成した第2次E計画()

 エヴァンゲリオン12体の追加建造。

 整備拠点としてNERV本部(第3新東京市)とNERVドイツ支部、NERVアメリカ支部を拡張して建造する。

 年間2乃至3体の建造に着手し、10年以内には12体を揃える。

 又、運用に関してはNERV本部を頂点にした従来のNERVと、各国に設置される平時におけるエヴァンゲリオンを管理するNERVと言う2系統体勢とする。

 建造後のエヴァンゲリオンは各国に配置する。

 但し、日本が定めている非公開法である『特務機関NERVに関する法案』に基づいたA条項群(使徒迎撃作戦行動)が発令されれば、即時無条件にNERV本部の指揮下に組み込まれるものとされた。

 故に、日本以外の国家もエヴァンゲリオンの建造と配備には同法案に準じた法律/規範の導入が要求される事となる。

 国連安全保障理事会人類補完委員会とNERVのメンツと、安全保障理事会理事国の要求をまとめ上げた、渾身の計画であった。

 問題は、この纏められた第2次E計画に必要とされる予算が高額 ―― 安全保障理事会理事国群(マジェスティック・トゥウェレブ)が想定していた額の遥かに上、1桁(10倍)以上も必要だと言う事だろう。

 エヴァンゲリオンの建造費用も法外であったが、その維持と運用周り(インフラコスト)が論外であったのだ。

 基本部分が生体部品である為、非稼働時も24時間管理された特殊冷却水(L.C.L)に浸け続けねばならず、通電も同様である。

 全高40mと言う巨体を、である。

 重量もある為、整備施設建築に掛かる費用が膨大なモノになるのも当然であった。

 しかも、運用するエリアには大電力の通電システムを用意しておかねばならない。

 現在、NERVで開発中の外付け動力炉 ―― N²反応炉(ニューノークリア・リアクター)や、或いは複数の使徒の残骸を解析した事で実用化の目途が見えて来たS²機関などもあるが、まだ完全ではない。

 支援機(ジェットアローン)もあるが、遠距離からの砲撃戦なら兎も角として近接して戦闘をする場合には向いていなかった。

 重量のある核反応炉やN²反応炉を搭載している為、安定性を重視した足回り構成となっており、どうしても運動性能は低いものとなっているのだ。

 エヴァンゲリオンの全力稼働に追従するのは難しい。

 その上、使徒の攻撃を受けた場合の耐久性と言う意味でも不安があった。

 そもそもエヴァンゲリオンは遠隔地には空挺降下投入が前提となるが、支援機にその機能は無いのだ。

 問題は他にもあった。

 エヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)問題である。

 使徒の脅威を公表出来なかったが為に、専属のマルドゥック機関が秘密裏に調査選抜を行っていた事もあって、現段階で正規適格者として登録されているのはった3人だけなのだ。

 又、エヴァンゲリオンを起動状態にまで持ち込める第2次適格者候補生が2人。

 将来的に起動可能であると期待できる第1次適格者候補生が9人と言う有様であった。

 E計画(第1次E計画)に於いてエヴァンゲリオン8体の整備と並行し、その操縦を担う適格者を休養と訓練(ローテーション)の為にも16名は用意するものと定められていたにも関わらずである。

 これがNERVとエヴァンゲリオンの現実であった。

 だからこそNERVは、現場の責任を担う葛城ミサトらは第2次E計画を策定する上で、マルドゥック機関の大幅拡張を訴えた。

 予算と人員を全て10倍として、大馬力でやらねばならぬのだと。

 現在、戦闘配置に就いている3人の適格者の負担を軽減せねばならぬとしたのだ。

 

 結果、提出された第2次E計画案の予算は、国連安全保障理事会が想定していた枠内の数倍どころか1桁上と言う表現ですらも甘い金額へとなっていた。

 その結果、安全保障理事会は大きく紛糾する事になる。

 

 財務負担の問題などで紛糾する様に人類補完委員会(SEELE)と碇ゲンドウは溜飲が下がる思いを抱いていた。

 葛城ミサトなどはより素直な反応を示していた。

 喝采、そして乾杯である。

 

 

 

「いやー ビールが旨いわっ!!」

 

 実に楽しそうにビールを呷る葛城ミサト。

 時は夕食時。

 場所は当然の様に碇シンジ宅である。

 ロングのビール缶を、自棄めいた一気飲みではなくのど越しを味わう様にしている。

 満面の笑みだ。

 

「シンジ君? 厚揚げとだし巻き卵、美味しいわ♪」

 

 揚げたての唐揚げに焼きなおした厚揚げ、だし巻き卵。

 サラダは無いが解凍した枝豆まである。

 一寸しただれやめ(薩摩式飲み屋セット)状態だ。

 ご飯は無い。

 

「駄目な大人の図よね」

 

「それだけ昼は仕事を頑張ってたって事だよ」

 

 ジト目で葛城ミサトを見る惣流アスカ・ラングレー。

 流して聞く分にはフォローだが、駄目という部分は否定していない碇シンジ。

 その手は葛城ミサトの注文(リクエスト)を手早く用意し続けている。

 小鉢でいかの塩辛とたこわさ、後は刺身盛りだ。

 自宅飲みのアテとして見れば、かなり贅沢(フルコース)な感じだ。

 無論、材料費は葛城ミサト持ちであり、割と酒の肴代として安くないお金をシンジに預けていた。

 律儀なシンジは、それらを肴の家計簿にレシートごと付けていた。

 その様をつぶさに見ているアスカは、自分の(半居候めいた)事を棚に上げてシンジは葛城ミサトから料理代を取るべきではないかと思っている程の、甲斐甲斐しさだった。

 ある種、主夫めいていると言っても過言ではない。

 だがシンジには意外に負担と言うか、不満はない。

 料理を趣味にしていると云う面があり、同時に、その対価代わりに肴はシンジとアスカの食事にも流用されてるし、何より悪い事が出来る(ビール缶をくすねている)と言う事があるからであった。

 鹿児島(薩摩)時代は焼酎党のシンジであったが、最近は、アルコールが弱いながらも炭酸を伴うビールも結構好きになっているのだった。

 葛城ミサトは、未成年者(シンジやアスカ)が買えないビールを献上してくれていると思えば、料理を作る事に腹の立つ筈も無いのだ。

 

 赤木リツコ等はこの様を見て、駄目な共生(共犯)関係であると笑っていた。

 兎も角。

 今日も葛城ミサトは上機嫌であった。

 

「そのうちアスカも判るわよ、ムカつく上が酷い目にあった時の愉快さって」

 

「………大人と言うよりも人間として駄目な気がするわ」

 

「………葛城さんだからね」

 

「分別くさい事を言わないの、老けるわよ。人生は笑ってないと」

 

 愉快愉快と笑っている葛城ミサト。

 笑ったら自動動作の様な仕草で、新しいビール缶に手を伸ばす。

 楽しそうにも見える。

 だが、シンジは気づいた。

 その目が、目だけは笑っていない事に。

 既に3本目に突入したビール缶が与えている筈の酒精の影響すら浮かんでいなかった。

 

「アスカ」

 

 小声と共に、隣席の相方(バディ)の二の腕を肘で突く。

 反応は無い。

 アスカは既に葛城ミサトを見ていなかったのだ。

 

「アスカ?」

 

 もう一度、二の腕を突こうとしたシンジの肘をアスカが掴んだ。

 

「バカシンジ」

 

 アスカと目が合う。

 碧眼がシンジを捉える。

 至近距離で、その瞳の内に自分が居た事に恥ずかしさに似た感情を抱いたシンジだったが、アスカはそこに気付かない。

 只、顎先でそっとシンジの視線を後ろに誘導する。

 TVだ。

 

 BGM代わりとばかりにリビングで点けっぱなしに成っているTVは、いつの間にかニュース番組に変わっており、そこでは特集が ―― 紛糾する国連安全保障理事会の状況がニュースとして流れていた。

 安全保障理事会の入っているビルを囲むデモ隊の姿も映されている。

 どこの理事国代表が行っているのか判らぬが、安全保障理事会人類補完委員会での会議内容は結構な精度で流出しており、日本国民のみならず世界中からナニガシの運動家が集まっていた。

 否、運動家だけではない。

 様々な宗教的活動屋なども集まってシュプレヒコールを繰り返していた。

 有り体に言えば混沌(カオス)

 日本では珍しい、暴動めいた事も発生する程であった。

 それをマスコミが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 ある種の、世界の現実(地獄)が映し出されていると言えた。

 

「昼の……」

 

「ハンッ! 馬鹿馬鹿しい」

 

 心底からの、怒りを込めて吐き捨てるアスカに、葛城ミサトも驚く。

 シンジを良き競争相手にして相方(バディ)として受け入れて以降のアスカは、メンタル的にかなりの安定をしており、怒気を発すると言う事は稀になっていた。

 それに合わせて、かつてのドイツ時代 ―― 或いはシンジと初めて会った頃まで見られた他者への攻撃性なども影を潜めていた。

 シンジは勿論、綾波レイとも友好的な関係となっていた。

 余裕を持つようになったと言うべきだろう。

 ソレは、日々の表情にも表れていた。

 人間的に成長したアスカは適格者(チルドレン)まとめ役(チームリーダー)になって来ている、そう葛城ミサトは評価していた。

 又、子供たちの導き役(戦術作戦局支援第1課課長)である天木ミツキはもう少し別の言い方をしていた。

 アスカは第3新東京市に来て初めて対等に戦える相手、シンジと出会ったお陰だと。

 正面から競い合い、競い合った事でシンジを認め、それが回り回って等身大の自分を自分で認められる様になった結果であるのだと。

 自分を認める事が出来る様になった結果、肩肘を張って一人前だと背伸びしていた子どもが無駄な力を抜いて自然体になれた事で、持っていた資質が花開いたのだと続けた。

 尚、2人のアスカ評を聞いた赤木リツコは躊躇と容赦の一切交えず(どストレートに)(シンジ)が出来たからよねと言っていた。

 

 彼是と言う大人たちは兎も角として、アスカは本当に笑う様にもなった。

 特に食事時はうっすらと楽しそうに笑っている位なのだ。

 それが今日、御飯時にも拘わらずこの態度である。

 驚くのも当然というものであった。

 

「なーに? ご機嫌斜めね。アスカ、どったの?」

 

「アレよアレ。アレのせいでヴァッカが沸き上がったのよ」

 

 全身から怒りを噴き上げているアスカに、コレでは話にならぬとシンジに話をふる。

 

「アレがアレで馬鹿? どういう事、シンジ君??」

 

ケンスケがボッケをしたち(ケンスケが学校で告白をしたんですよ)、そいが………」

 

 学校での話を口にしようとしたシンジを、アスカが止める。

 

「シンジ、アタシが言う」

 

 眦が急角度を描いているが、その相手は勿論ながらもシンジではない。

 不快である事を云う事に腹を立てているが故にであった。

 不快であるならばシンジに説明させても良いのだが、同時に、()()をシンジの口から聞きたくないと言うアスカ自身でも理解出来ない複雑な感情(乙女心)故の行動であった。

 

「昼休みに、眼鏡がアタシを呼び出して言ったのよ。自分は新しいエヴァンゲリオンのパイロットになりたいって」

 

「ほうほう」

 

 既にTVでも新しいエヴァンゲリオンの建造に合わせて、専属の適格者(チルドレン)を選抜せねばならないと言う事が報道されている。

 上昇志向と言うか、エヴァンゲリオンへの憧れ(稚気)を隠せず、その果てに葛城ミサトに誘われてNERV本部戦術作戦局の非公式学校内協力員(アンダー・オフィッサー)に成った相田ケンスケなのだ。

 NERVの情報は一切与えていないが、TV等でここまで話題となれば、志願するのも当然と言う話であった。

 少なくとも葛城ミサトにとっては。

 だが、であればこそ理解出来ない。

 他人の意欲に対してアスカは高評価すると思えていたからだ。

 相田ケンスケが第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に選ばれるかは判らないが、取り敢えず、その意欲を適格者(チルドレン)まとめ役(リーダー)に言うのは悪い事ではないとも思えたのだ。

 だが、アスカは本気で不快感を示している。

 

「………」

 

 目を瞑り口元を引き締めているアスカ。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 そう葛城ミサトはアタリをつけて、アスカが口を開くのを待つ。

 TVが、夜のニュース番組で流すには聊かばかり下らない、芸能人の話題を流している。

 お愛想の笑い声(ラフトラック)が空疎に流れる。

 待つ。

 待った。

 葛城ミサトは尋常ではない忍耐を発揮し、ビール缶を呷る事無くアスカが口を開くのを待った。

 対してアスカ。

 深呼吸をして、手に持っていた麦茶入りのコップを呷ると、唇から言葉を押し出した。

 

「アタシに付き合えって言ってきたのよ」

 

 それは正に吐き捨てるが如きであった。

 一瞬、アスカが何を言ったのか葛城ミサトには理解出来なかった。

 

「付き合うって、どこかに行きたいって? トレーニング用品を買うとか??」

 

「ミサト、そういう初心なネンネめいたボケは要らないわ。あの眼鏡、アタシのliebsten(最愛の人)になりたいって言ったのよ」

 

 エヴァンゲリオンの適格者になって努力する。

 何時かはシンジを越えて見せる。

 だから、アスカは自分を選んでくれ。

 そう相田ケンスケは言ったとの事であった。

 

「は? はぁっ!?」

 

 葛城ミサトが素っ頓狂な声を上げるのも当然であった。

 エヴァンゲリオンに乗りたいというのは良い。

 その為に努力すると言うのも悪くはない。

 第4使徒戦役での行為から、NERVと言う組織にとっての相田ケンスケの評価は極めて低い(悪い)が、目的を持って努力すると言うこと自体は悪い事ではない。

 若者らしい夢を持った行動だと称賛すら出来る。

 だが、そこから先は別の話だ。

 

「アスカは………」

 

Nine(嫌っ)! よ」

 

「………そうなるわよね」

 

 納得の言葉を漏らす葛城ミサト。

 アスカの自覚は別として、その気持ちはシンジを向いている。

 ドイツ時代のアスカを知っている葛城ミサトにとっては、自明の理でしかなかった。

 身体的な距離感もそうだが、それ以外にも傍証はある。 

 何時しか加持リョウジの話題が消え、シンジの話題が主になる様になっていたのだ。

 間違う筈も無かった。

 問題は、アスカもだがシンジも初心いと言うか、性と言うものへの意識が乏しいと言う事だろう。

 14歳の少年として相応の性欲がある筈なのだが、トンと見えない。

 天木ミツキに言わせれば、横木打ちだのスポーツ(自転車)だので発散し過ぎていて、目覚める暇が無いのではないかと言う話であった。

 

 閑話休題。

 意識が別の所に行きかけたのを、頭をふって追い出す葛城ミサト。

 

「どうしてそうなったの?」

 

「アタシが知りたい、いや、いらない。知りたくも無い。興味ないわ」

 

 バッサリと切り捨てるアスカ。

 さもありなん。

 それこそ相田ケンスケによる適格者(チルドレン)の学校生活報告書(レポート)でも、度々、アスカが告白され、それを袖にしている様が記載されていたのだ。

 不要な相手から好意を捧げられるなんて日常茶飯事で、断るのも同じなのだろう。

 

「そうよね………」

 

 アスカは丸くなった。

 一見すれば性格は穏やかにもなった。

 社交的にもなった。

 だが、本質は苛烈(攻撃的)であり、同時に人を選ぶ所があるのだ。

 選ばない(評価に値しない)相手など歯牙にもかけない所があった。

 

 だからこそ疑問を葛城ミサトは抱くのだ。

 何故、そんなに不快なのかと。

 対するアスカの回答はふるっていた。

 

「あの莫迦、よりによってアタシのシンジに勝つ気なのよ! 何の努力もしていない癖に!!」

 

 さりげなく、或いは無自覚にシンジの所有権を口にしたアスカ。

 と言うか、怒る所はそこかと呆れた葛城ミサトであった。

 

「大望を持つのは良いんじゃないのかな? なんて思うケド………」

 

「日本語で妄想って言うんでしょ、Groessenwahn」

 

「あー、うん、そうね。当たらずとも遠からず? きっと」

 

 Groessenwahnと言う言葉は、妄想と言うよりもより厳しいニュアンスがあった。

 狂気とか、そう言う類の。

 だが葛城ミサトに窘める気は無かった。

 正直な話として、アスカの主張には10割を超えて100割の勢いで頷けるからだ。

 誰が、あれ程に戦闘で献身を見せれると言うのか。

 死をも恐れずに戦って見せると言うのか。

 使徒との闘いは死線の上で踊るが如き面があった。

 後から見れば最適解を駆け抜けた風に見えても、都度都度、その決断は薄氷の上に立つが如き恐ろしさと隣り合わせであり、勝利と死とが表裏の戦場であったのだから。

 

 故に、指揮官としての葛城ミサトは、混じりっけなしにアスカに同意出来るのだった。

 同時に、相田ケンスケの蛮勇を、草野球チームの一員がプロ野球日本シリーズで勝利投手にだってなれる筈だと言うが如きだとも感じていた。

 可能性は0ではない。

 諦めない限りは0にはならない。

 だが控えめに言っても実現は不可能の親戚 ―― チンパンジーがシェークスピアをタイプ出来る日を迎えるよりも可能性は低そうであった。

 

「アスカもご苦労様」

 

「フンッ」

 

 

 尚、そんな会話の横でシンジは黙々と夕食を食べるのだった。

 自分が特別(スペシャル)だと思っていないこの少年は、相田ケンスケが魂を入れて自分以上の修練すれば自分の上を行く可能性が無い筈はないと思っていた。

 鍛えると言う事に限界は無いのだから。

 親に捨てられたと泣いていた、弱かった自分が、今の様になれたのだから。

 自分の意思を示し、碇ゲンドウに鉄拳をお見舞い出来る心の強さも得られたのだから。

 だから、自分以外でも誰でも、そう成れるのだと心底からそう思っていた。

 

 尤も、シンジは気づかなかった。

 シンジの言う自分を超える修練、それが世間一般ではどういうモノかと言う事を。

 そして大望(野望)を口にした相田ケンスケであっても、多分に、シンジの修練量を聞けば逃げ出すであろう事も。

 自己評価と言う意味でシンジは、少しだけズレていた。

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 題名修正
2022.10.31 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅰ)-4

+

 第2次E計画が齎した狂騒曲(カプリッチョ)は関わった()()()()()()()()を巻き込んだ騒動へと発展していた。

 そう、()()()()()()()()()()()()だ。

 安全保障理事会の理事国は、自分たちの野放図な要求を実現する為に必要な予算に恐怖していた。

 そして、それ以外の国家は、安全保障理事会理事国だけでエヴァンゲリオン(使徒への対抗手段)を独占しようとする事は、人道上の問題ですらあると述べる程であった。

 全人類を巻き込んだ、蜂の巣を突いた様な大騒動へと発展する。

 それ程に、Catastrophe-1999(セカンドインパクト)の記憶は人類の脳裏に焼き付いていたのだ。

 どうやってか流出した、安全保障理事会へと提出された人類補完委員会からの資料(NERVの内部資料)

 そこには各使徒が持つ破滅的な攻撃能力がハッキリと現れていた。

 人類の最終攻撃手段たるN²兵器に耐える姿が、地形を変える程の大威力光線兵器を放つ姿が、大地を溶かす溶解液を放つ姿が映っていた。

 出来の悪い娯楽映画(パルプフィクション)の怪物めいた姿。

 誰も、それを疑わなかった。

 何故なら、それらの使徒の姿の中に衛星軌道上に突如現れた全長数㎞に及ぼうかと言う使徒の姿が含まれていたからである。

 

 第10使徒。

 

 巨体を天空に置いて動いていた為にアマチュア天文家などが撮影しており、ネットなどで未確認飛行体(UFO)として知られていたのだ。

 と言うか箱根山中の第3新東京市めがけて降下してきていたのだ。

 日本列島の住人 ―― 特に関東地方を中心としたエリアの住人であれば、程度の差こそあっても、その姿を視認しており、使徒の存在に疑問を抱く余地などある筈もなかった。

 使徒との戦いの舞台となっている日本の人間が、使徒の存在を知覚していた事が知れ渡った結果、余程の陰謀論者以外は、使徒の存在に疑いを持たなくなった。

 だが同時に、それが更なる狂乱を生む事となる。

 或いは恐怖だ。

 使徒とはそれ程の、人類が持つ理論体系や知見を超える化け物(モンスター)であったのだ。

 そこに、今が書き入れ時とばかりに各国のマスコミ諸社が煽るに煽ったのだ。

 更には、宗教家や陰謀(趣味)者まで入り乱れてしまえば、自然鎮火など期待出来るモノでは無かった。

 

 

 

 TV画面には、したり顔で、使徒の脅威を口にして、同時に政府や国連の説明不足を非難するコメンテーターが映し出されている。

 それを半眼で、睨む様に見ている葛城ミサト。

 使徒が怖いのは判る。

 政府や国連、果てはNERVの動きが判らない不安も判る。

 だが、葛城ミサトは疑問を覚える。

 果たして説明とやらにNERVの使徒への対応力を裂いても良いのか? と。

 世の中、個々人の願望を充足させるだけの余裕(無限のリソース)なんて存在しないのだから。

 

「てゆうかコレ、どうなるのかしら?」

 

「さぁ」

 

 葛城ミサトの呆れを存分に含んだ疑念を、バッサリと切り捨てる赤木リツコ。

 さもありなん。

 今、赤木リツコは割と真剣に忙しかったのだ。

 場所は、もはや2人の根城となりつつある佐官級向け歓談休憩室終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)だ。

 とは言え大部屋ではない。

 第2次E計画絡みもあって最近は国連やらNERVの他の支部からも人が来るようになった為に総務部から泣き付かれ(恐る恐るのクレームを受け)て、個室 ―― 40㎡程の部屋を独占する様にしていた。

 ここら辺は、流石はNERV本部の№3&4(ニア・トップ)と言った所であった。

 それぞれ立場相応の立派な執務室もあったが、作戦局と技術局とで横断的に行う事案が多すぎたのだ。

 互いに抱えている仕事で詰まった時に、(マブ)に簡単に聞けると言うのは実にありがたいのだ。

 後、息抜きの雑談も楽と言うのがあった。

 共に、責任者として部下の前では背筋を伸ばさねばならぬ為、この手の息抜きも決して軽視出来るモノでは無かった。

 特に、今の様な赤木リツコにとっては。

 

「どちらにせよ、面倒事は此方(現場)に放り投げて来るだけよ」

 

「珈琲飲む?」

 

「今は結構よ」

 

 一言(バッサリ)である。

 目も冷たい。

 煙草を咥えながら、ノートパソコンのキーボードを叩いている。

 追加仕事だ。

 第2次E計画は予算問題その他によって安全保障理事会での採決が遅れていたが、それはそれとして、エヴァンゲリオン建造の最高責任者となっている赤木リツコに人類補完委員会(SEELE)からエヴァンゲリオン建造に関する具体的、かつ効率的な方策(プラン)の提出が要求された結果であった。

 現在、昼夜を問わずに行われている安全保障理事会では、流石に12機の建造は再検討すると言う方向で話が纏まりつつある。

 予算面が膨大と言う事もあるし、それ程の予算を掛けても防護できる範囲(エヴァンゲリオンの行動範囲)は狭いと言うのが問題視されたのだ。

 又、追加される12機が安全保障理事会理事国で分配されるのは覇権(帝国)主義であると言う批判の声も、決して座視出来るモノでは無かったのだ。

 国連は、決して安全保障理事会理事国や人類補完委員会(SEELE)が専横出来る組織では無いのだから。

 

 だから、赤木リツコに負担(しわ寄せ)が来ているのだった。

 要求されているのは可能な限り素早く、そして安くエヴァンゲリオンを建造できる手段の構築であった。

 それはもう、面倒くさい等と言うレベルでは無かった。

 そもそも第2次E計画での予算案も、馬鹿げた規模に見えても野放図には組まれておらず、それどころか必要最小限を目指していたのだ。

 自分(技術局)の手間を削ると言う意味で。

 対使徒迎撃計画としての人類補完計画では無く、SEELEや碇ゲンドウが秘密裏に行っている、言わば裏の人類補完計画を知ればこそでもあった。

 人間、誰だって無駄な事はしたくないものだからだ。

 

 にも拘わらず、更に予算を圧縮しろと命令されれば、赤木リツコも気分を害するのも当然と言う話であった。

 結果、現行の正規量産型エヴァンゲリオンの構造の簡素化と並行して、情夫兼NERV総司令官である碇ゲンドウに掛け合ってNERV本部地下に眠っている製作技術確認用の素体や各支部が抱えている物資の流用その他。

 無茶を押し付けるならば、その分の権限を寄越せと声を上げたのだ。

 そしてソレが通っていた。

 NERVの序列第4位と言う常の権限以上の、第2次E計画に絡みさえすれば碇ゲンドウに準じた権限が赤木リツコに与えられたのだ。 

 碇ゲンドウは、寝室での反乱に抵抗する術を持てなかったと言えるだろう。

 翌朝の、艶々となった赤木リツコと、げっそりとした碇ゲンドウ。

 文字通り尻に敷かれたのが判る2人の様を、NERV総司令官執務室で見た冬月コウゾウは失笑を隠さなかった。

 只、ユイ君に叱られるぞ? そんな言葉だけは飲み込む事に成功していたが。

 

 

 兎も角。

 権限を奪った上で大馬力で働く赤木リツコ。

 今、行っているのは赤木リツコと言うエヴァンゲリオンの第一人者でしか成し得ない事 ―― 汎用性と言った余力を削ぎ落した量産性最優先のエヴァンゲリオン、言わば第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの概念の構築であった。

 MAGIとの検算も繰り返しているが、概算で相当なコスト削減が図れると見ていた。

 特に4機だけならば、NERV本部地下で眠っている廃棄体(廃材)その他を流用する事で、エヴァンゲリオン弐号機の様な正規量産型エヴァンゲリオンの7割近い費用で建造が可能となるとされていた。

 但し、その対価は決して廉くは無い。

 汎用性の低下だけではなく、素体の骨格部分に廃材を流用する関係上、耐久性の低下は決して座視出来るモノではないのだから。

 例えば、碇シンジがエヴァンゲリオン初号機で行っている様な近接格闘戦は不可能と想定されていた。

 延々と、そして激しく行われる運動に足回りが耐えられないのだ。

 又、エヴァンゲリオン4号機で綾波レイが行っている射撃戦も難しい。

 機体の安定性が低い為、高精度の遠距離射撃戦も難しいのだ。

 高度な、格闘と射撃とを両立させる惣流アスカ・ラングレーのエヴァンゲリオン弐号機並みの戦闘に至っては、それを為せると思うのは妄想と呼べるだろう。

 正しく廉価版エヴァンゲリオンであった。

 だが、()()()()()()()

 使徒が出現した際に支援部隊と共に時間稼ぎを行い、NERV本部部隊乃至はドイツ支部の戦略展開部隊が現場に到着するまで被害を抑えれれば良いのだから。

 ある意味で機動人型A.Tフィールド発生装置。

 そう赤木リツコは割り切っていたのだった。

 とは言え、それは独断では無い。

 葛城ミサトを代表とした戦術作戦局のとのすり合わせで決められた仕様であった。

 これは現在の適格者候補生(リザーブ・チルドレン)たちの()の問題でもあった。

 エヴァンゲリオンを動かす上で重要な機体とのシンクロ率は起動指数ギリギリであり、シンジやアスカの2人(エース級)は勿論、2人に比べてかなり低い綾波レイと比べても半分以下と言う有様であったのだ。

 コレでは、今の様な対使徒戦術などが流用できる筈も無かった。

 だからこそ、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは簡易的な機体として建造する積りであったのだ。

 

 尚、その上申を見た碇ゲンドウやSEELEは、国連安全保障理事会理事国の管理下に入るエヴァンゲリオンが簡易的な機体である事を、積極的に評価していた。

 将来的な、自分たちの障害にはなり辛いと見ての事であった。

 碇ゲンドウにとってNERV本部所属のエヴァンゲリオンは手駒であった。

 SEELEも、儀式用エヴァンゲリオン9体の建造準備を密かに進めていた。

 尤も、ソレらはある意味で画餅であったが。

 NERV本部のエヴァンゲリオン、その筆頭(エースオブエース)は折り合いの悪い息子シンジであり、次ぐ才能を持つアスカはSEELEの影響の大きいドイツ支部出身である為、政治的に信用し辛いのが現実であった。

 そしてSEELEのエヴァンゲリオン。

 此方は、より喜劇的ですらあった。

 そう遠くない未来、第2次E計画が改訂採択された際に秘匿して集積していた建造用の資材が赤木リツコに発見されてしまい、只の余剰物資と判断されて徴発され、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン建造に流用されるのだから。

 誠にもって世の中、儘ならぬものであった。

 

 

 忙しい赤木リツコに対して、葛城ミサトが暇かと言えば、そういう訳では無かった。

 使徒が来ない状況であったが、新規の適格者訓練計画、その優先順位の策定などに関わっている為、有体に言って忙しい立場であった。

 又、外部 ―― ドイツ支部からは成果の上がらぬ適格者候補生に刺激を与える為、一度、NERV本部のエースをドイツに派遣して欲しい等と言う話も出ていた。

 ドイツ支部であるが、第2次E計画に絡んで適格者の選抜と訓練を十分に出来ていない事を批判されていたのだ。

 先ごろまでであれば、乗るべき機体(エヴァンゲリオン)が無いからと言い訳も出来たが、エヴァンゲリオン4号機が実戦投入されており、残る各機も建造を開始したばかりのエヴァンゲリオン8号機は兎も角として他の4機は艤装が最終段階に達しつつあるのだ。

 言い訳の赦される段階を越えつつあった。

 現場からシンジ、乃至はアスカをドイツ支部に訓練教官補助として引っ張りたいとの希望は、その焦りと言えた。

 無論、葛城ミサトは却下であった。

 派遣している最中に使徒が襲来して来ては問題であるからだ。

 今現在、3人の正規適格者の価値と言うモノは宝石よりも貴重であり、それは人類の存続に直結する問題でもあるのだ。

 ドイツ支部の面子を維持する為に動かせるものでは無いのだ。

 とは言え、突っぱねるだけでは意味が無い。

 3人に続く適格者を養成する事も大事なのだ。

 適格者が増えれば体調不良やその他も備える事が出来るし、何ならば少しだけならば現場(第3新東京市)を離れて休養(バカンス)を取る事も出来るだろう。

 この点に関して言えば、子ども達の全般を担う支援第1課課長である天木ミツキも、この意見を推していた。

 この為、葛城ミサトはドイツ支部の要請に対して逆に、ドイツ支部で訓練中の子ども達をNERV本部へと招聘し、見学と交流会を行う事を提案していた。

 その意味で忙しい身の上なのだ。

 責任者としての葛城ミサトは。

 だからこそ赤木リツコと同様に、この場に居るのだとも言えた。

 仕事ばかりに集中していては、ストレスは溜まるだけであり発散が出来ないのだから。

 

「怠い」

 

「そうね」

 

「使徒何てこの世から消え去れば良いのに」

 

「そうね」

 

「シンジ君の唐揚げ、食べてない」

 

「そうね………そう?」

 

 割と最近、シンジの弁当を差し入れして貰ったのだ。

 その時のおかずに唐揚げは入っていた。

 柔らかく、そしてジューシーで美味しく、だから赤木リツコも覚えていたのだ。

 が、そんな赤木リツコの意見を、チッチッチっとばかりに指を振って否定する葛城ミサト。

 

「揚げたてよ、揚げたて。アツアツを、ビールと一緒にかっ喰らいたいのよ」

 

「ミサト、太るわよ」

 

「うっ………」

 

 制服、その腰回りが少しばかり窮屈になった自覚のある葛城ミサトは、ソッポを向いた。

 その様を笑って窘める赤木リツコ。

 

「もう直ぐ結婚式でしょ、準備は大丈夫?」

 

 大学時代の同期生が、又、結婚するのだと言う。

 それだけならオメデトウで終わる。

 終わらないのは、甲府市の方で農業関係の国の仕事をしていた為に2人にも結婚式の招待状が来ていたと言う事だ。

 葛城ミサトも赤木リツコも、それに天木ミツキまで出席を決めていた。

 近場でもあったし、ハレ事で、息抜きしたいと言う思いがあればこそと言えた。

 建前として、国とのパイプ作りと維持の為を掲げてはいたが。

 

「そう言えばリツコの礼服、ほら、裾が汚されちゃってたけど直しておいたの?」

 

「してないわね」

 

 赤木リツコのフォーマル系のドレスだが、以前に出席した別の友人の結婚式の余興で汚れてしまったのだ。

 友人の結婚相手がヤンチャな、国連軍歩兵部隊の将校であった為、余興が派手(無礼講)であったが為であった。

 そして、忙しさにかまけて、赤木リツコはそのクリーニングを後回しにしてきていたのだ。

 

「新しいのを買おうかしら」

 

「買いに行く暇はあるの?」

 

「行きたい」

 

 行こうではなく行きたい。

 行きたいけど行けないような気がする。

 そんな、赤木リツコの気持ち、或いは気分が良く出た表現であった。

 

「いっそ、NERVの礼服で行く?」

 

「止めて………いや、悪くない案ね」

 

「え”!?」

 

「作ってはみたけど、着て行く先も無いNERVの礼服だもの。供養も必要よ」

 

「そうね。最近は私も袖通してなかったし、良いか」

 

「良いわよ。だって今をトキメクNERV様よ」

 

 心が躍る、そんなフレーズをウンザリと言う声色で言う赤木リツコ。

 色々と煮詰まっている様であった。

 

「リツコ、今度飲みに行きましょう」

 

「シンジ君ところで十分よ」

 

「………あんましシンジ君の処でやり過ぎると、アスカの目が怖いのよ」

 

「あら、独占欲?」

 

 シンジの家に自分以外がわが物顔で来るのが気に食わない。

 そういう事だろうかと目を細めて、可愛いものだと笑う赤木リツコ。

 

 最近のアスカは、シンジの独占欲が出て来ていた。

 大人と言う事での憧れでもあった加持リョウジの事は別にして、シンジを(パートナー)として意識しだしていたのだから。

 ある意味でドイツの人間関係感とも言えた。

 男女の人間関係を進めるためのお試し期間(プローベツァイト)を迎えつつある。

 ドイツへの留学経験もある赤木リツコはそう見ていた。

 尤も、シンジがその事に気付いてはいないだろうとも、見ていたが。

 

「も、あるだろうけど、あの娘って、ほら、割と人見知りでしょ」

 

「ストレスって事。なら仕方ないわね」

 

「もう少しリツコも来る頻度を上げれば良いわよ、きっと」

 

「まるで猫ね。でもそれはシンジ君の負担が大きいわよ。それにマヤやレイの事もあるし」

 

「そこかー なら、外ね」

 

「ま、誘ってくれた作戦局局長殿の財布に期待しましょ」

 

「幾らでも奢るわよ。給与が丸々残ってるのだもの」

 

「あら、車の方はやってないの?」

 

「乗る暇が無いので壊れないし、最近は乗る体力も無い。疲れた」

 

「………そうね」

 

「っとに、誰よ、使徒の情報を流した奴って」

 

「さぁ? 戦略調査部の、それも特殊監査局が動いてるって聞いたけど、まだ報告書は上がって来て無いわね」

 

「剣崎君の所か。あそこが本気でやってしっぽが見つからないなら、ウチ(NERV内部)の仕業じゃ無さそうね」

 

「有難い話よね」

 

「本当に」

 

 溜息をつくように言葉を漏らす赤木リツコと、同意する葛城ミサト。

 内部からの情報漏洩があったとなれば、その人員の拘束と処罰は別にして、その行動に汚染されていた人間の炙り出しその他も重要になってくるのだ。

 その間、NERV本部の業務遂行能力は劇的に低下する事になるだろう。

 何時、使徒が襲ってくるのか判らぬ状況でソレは、現場の責任者として心底から勘弁して欲しい話であった。

 

 と、葛城ミサトのPCにメールが届いた。

 

「あら、何かしら」

 

 素早く目を通していく葛城ミサト。

 最初はやる気の無い顔であった。

 が、文面を追う毎に、困惑が追加されていく。

 

「ええ!?」

 

 最後は素っ頓狂な声を上げていた。

 顔も面白い事になっている。

 

「どうしたの?」

 

「広報部からなんだけど、うん」

 

 赤木リツコの質問に、顔を向ける事無く生返事をする葛城ミサト。

 目は文面を追いかけている。

 このメールに間違いがないのか、と。

 

「正気を疑うと言うか、凄い事を言い出してて」

 

 頭を掻いている。

 実にオッサン臭い態度とも言えるが、それを指摘する人間は居ない。

 

「何?」

 

「いや、今の人心の擾乱を安定させる為に、NERVが積極的に活動を広報するべきって言ってるのよ」

 

「………」

 

「機密性の低い戦闘場面の公開や、守護者としての子ども達の公開とか………」

 

 特に子ども達の情報公開に関しては、エヴァンゲリオンを駆る適格者(ヒーロー)、或いは守護者としての偶像(アイコンとしてのアイドル)としての公表であり、人々の心を安定させようと言うのだった。

 一応、付帯して子ども達(チルドレン)に関しては、未成年と言う事もあるので教育とかプライバシーに配慮して、情報の全公開ではなく年齢や性別、目や口元を隠しての公開とか書いてあった。

 それにしても、正気を疑うと言うものであった。

 反NERV、或いは反国連。

 陰謀論に染まったテロリストに情報を与えるようなものだと言うのが正直な感想であるのだから。

 

 そもそも今の子ども達(チルドレン)には向いていない。

 顔立ちと言うか雰囲気で言えば、3人ともアイドル(偶像)には向いていた。

 だが、綾波レイに社交性を求めるのは無理だ。

 無垢すぎるのだ。

 シンジは社交性はあるけども、絶対に方言は止めてくれないだろう。

 唯一、アスカはアイドル役も出来そうではあるし、常々、選良(エリート)たる自負を口にしていたので問題も無さそうに見える。

 だが葛城ミサトの見る所、アスカは人としての性根の部分が3人で一番の子どもっぽい所があった。

 或いは人格の安定性と言っても良い。

 この点に関しては天木ミツキも同意していた。

 故に、今現在、シンジと言う相方を得て漸く安定し、成長を始めたばかりの幼子に人の欲求の標的役(アイドル)なんてさせたくないと言うのが大人としての良識であった。

 

 却下。

 それ以外の結論は無かった。

 

「NERVって、一応は秘密機関で非公開組織だって自覚、あるのかしら」

 

「暇、だったのかしらね」

 

「羨ましいわね」

 

 吐き捨てる様に、赤木リツコは言った。

 

 ()案めいた提案と言えキレた内容のNERV広報部のメールに、否定的な結論(解答)を葛城ミサトと赤木リツコは抱いていた。

 実際、この根は生真面目な性格をした2人だけで物事を決めるのであれば、話は終わっていた。

 だが、このメールは碇ゲンドウの手元にまで届いたのだ。

 SEELEと秘密会議や、何故か安全保障理事会にまで呼ばれて打開策を要求され続けて疲弊した、碇ゲンドウの元へと。

 

「構わん。それで打開できるのであればやってみれば良い」

 

 許可(ゴーサイン)を出したのだ。

 出してしまったのだ。

 狂騒曲の第2幕が始まる事となる。

 

 

 

 

 

 




アスカはドイツから来た女の子
そういう文化的な相違って美味しいですよね(満面の笑み

2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅱ)-1 XENOGLOSSIA

+

 NERV広報部が提案し碇ゲンドウが承認した、人類の盾たるエヴァンゲリオンの宣伝用動画(プロモーションフィルム)と、適格者(チルドレン)の情報の一部公開。

 その一報に接した人間は、誰もが碇ゲンドウの正気の所在を(は狂ったのかと)訝しんだ。

 それ程の決断が成された理由は、1つには疲労であった。

 国連安全保障理事会での会議では第2次E計画についての質疑応答に深夜まで付き合わされるし、人類補完委員会(SEELE)からは延々と(SEELE)の人類補完計画への影響に関する会議に付き合わされるし、日本政府からは擾乱状態の民心慰撫に関する助言を要請(協力要求と言う恫喝)を受けていたのだ。

 止めは、男女関係における下克上である。

 道具として絡め堕としたはずの女 ―― 赤木リツコに、事、寝室に於いて勝てなくなってきていたのだ。

 公私共々に逃げ場のない日々。

 如何にタフネスな交渉人として知られた強面の碇ゲンドウとて疲れ果て、判断を誤りもすると言うものであった。

 

 とは言え適格者(チルドレン)の情報公開に関しては、この方針が打ち出されるや否や作戦局支援第1課(子どもの守り手)が本気の上申(カチコミ)をNERV総司令官執務室に行っていた。

 既に大人は子ども達の自由を奪い、戦う事を強要しているのだ。

 にも拘わらず、これ以上に子ども達から自由を奪う積りなのかとの事であった。

 その際の天木ミツキの相貌は、正に般若の如きであった。

 又、激烈な上申をしたのは支援第1課だけではない。

 適格者保護任務(チルドレンガード)の保衛部第2課も、全ての情報を公開した場合、その安全性の確保は不可能となると言う旨を上申していた。

 共に、大人の矜持故の事であった。

 その勢いに負ける形で、碇ゲンドウも、自分とて世界の為に適格者(チルドレン)を犠牲にする積りは無いと発言する程であった。

 

 

「人心の慰撫の重要性は言うまでもない事だ。人々が安心して生活できる状況を守る事こそがNERVの第一義であると言える」

 

「その言葉を聞いて安心致しましたわ。人類補完計画等と言う大層な名前の、その人類に子ども達が含まれているというのであれば、本官として申し上げる事は御座いません」

 

 般若めいた(攻撃性あふれた)笑みから影が減り、何時もの慈母めいた笑みに戻して、天木ミツキははんなりと釘を刺す。

 対する碇ゲンドウ。

 自分は何故に作戦局に支援第1課を作る事を認めたのだろうか、そんな過去の自分に怨嗟の声を向けながら、それをおくびにも出さずに静かに頷くのだった。

 

「………天木君、君の業務に対する真摯さを評価する。子ども達の露出に関しては、詳細を君の手(支援第1課)で纏めてくれればよい」

 

「有難うございます碇総司令官」

 

 

 

「良かったのか碇?」

 

 天木ミツキの退室後に、漸く口を開いた冬月コウゾウ。

 その質問に碇ゲンドウは淡々と答えた。

 

「別に問題は無い。荒れ狂った(ヒステリーを起こした)大衆に餌を与えると言うだけだ。その情報が事実である必要も無い。無論、全てが嘘であれば問題となるだろうがな。後は天木君が適切に行うだろう」

 

 吐き捨てる様に言う碇ゲンドウに。

 実際問題、この多忙なNERV総司令官にとってはその程度の話でしかなかった。

 関係各部がガチギレしたのは予想外であったが、であれば、その意見を受け入れて修正すればよい。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 それ以外の全ては碇ゲンドウにとって些末事でしか無かった。

 とは言え、その右腕たる冬月コウゾウからすれば少しは言いたい事もあった。

 

「そうやって興味の無い事を丸投げするから、面倒事に育つのだと思うがね」

 

「面倒事は切り捨てるに限る。SEELEの老人共も大衆も、本質に於いては差はない」

 

「そうやって馬鹿にして切り捨てた結果が、その顎だと思わんかね?」

 

 少しばかり揶揄の籠った言葉。

 ()

 その言葉の意味を碇ゲンドウは誤解しなかった。

 碇シンジ。

 息子であり、人類補完計画の鍵であり、その為に折っておかねば(自分の駒に落とし込まねば)ならなかった相手。

 だが結果は逆であった。

 碇ゲンドウが駒にされた訳では勿論無い。

 只、折る積りが折られたのだ。

 顎は砕かれ歯も3本も折られた。

 幻痛めいたものを覚え、思わず手を顎にあてた碇ゲンドウ。

 

「計算が狂う事とてある。その程度の話だ」

 

「それが再発しない事を俺は祈るよ」

 

「………問題ない」

 

 

 

 

 

 取り敢えず、先ずはエヴァンゲリオンの戦果報告動画(プロモーションビデオ)が作成される事となった。

 NERV本部付きの広報部が作ったが、その評価は散々であった。

 NERV本部(日本人)の反応は概ね、この程度だろうと言うものであったが、その手の事に本気を出す癖のあるアメリカ支部が大反発。

 人心を慰撫し、或いは鼓舞するのは、この程度の動画などでは不可能だと断じた。

 その上で自分たちが改善すると言い出した。

 

「01と02はもう少し躍動感を見せるべきだ。そして我々アメリカ人が作り上げた04が、この動画では置物の様では無いか!!」

 

 私情が大量に混じった主張であった。

 だが、ドイツやフランスの支部からもアメリカ支部を支持する声が上がった為、碇ゲンドウは最終確認以外の全権を本部及び各支部の横断的広報部の連絡会へと予算を付けて投げ渡したのだった。

 興味が無いから。

 それ所では無いから。

 NERV総司令官と言う役職はそれ程に多忙であった。

 

 又、公開される適格者(チルドレン)の情報に関しても、年齢と性別以外の全情報を非公開とする以外は、取り合えず広報部と支援第1課で纏めてくれとぶん投げるのであった。

 

 

 

 

 

「アタシたちの事を公開するってぇの?」

 

 休憩室と作戦伝達室(ブリーフィングルーム)を兼ねた適格者(チルドレン)専用の操縦者待機室。

 そこを埋め尽くさんばかりの声を上げた惣流アスカ・ラングレー。

 表情に困惑がある。

 アスカだけでは無く、相方でもあるシンジも同じであった。

 唯一、綾波レイだけは超然とした態度を崩していなかった。

 興味が無いから、であろう。

 絆であるエヴァンゲリオン(スピリチュアルアンカー)に乗り、親しい人たちを守る為に戦う。

 それ以外の事を全て些事と認識するが故と言えた。

 

 兎も角。

 アスカの悲鳴めいた質問に、葛城ミサトは応じる。

 これこそが仏頂面と言うべき表情のままに。

 

「ま、どういう形かは未定だけども、一度は記者会見をするって思っておけば良いわ」

 

ないごてな(どうしてなんですか)?」

 

「直接的に言えば広報部が莫迦を言って碇司令がハンコを押した(承諾した)から。でも広義で言うならば、多くの人達に誰が守って居ますと言う事を伝えて安心させたいから、かしらね」

 

 自分でもそれが正しいのかと思いきれていないが為、葛城ミサトは疑問符の付く言い方をしていた。

 シンジはそう言うものなのかと首を傾げていた。

 そこに綾波レイがそっと言う。

 

「暴力は駄目」

 

なんちな(暴力)?」

 

「碇司令を叩いては駄目」

 

 碇ゲンドウの名前が出たので、そうシンジが思うと綾波レイは感じたのだ。

 とは言えシンジは、ムカついたからと安易に暴力に訴える様な粗暴な人間では無い。

 碇ゲンドウに手を挙げたのも、あの急場で寝言を言う(ディスコミュニケーション)態度に余りに腹を立てての事であった。

 その後に謝罪でもあれば別であったが、そう言うのも無い。

 であれば宣言通りに殴るのみ。

 言わば、シンジは刀を抜くと言ったのだ。

 だが、碇ゲンドウはソレを事実であると受け止めず軽く流していた。

 だからこそ、である以上は宣言通りにしなければならない。

 そういう話であった。

 シンジが理性の無い狂犬で無い事は綾波レイも理解していた。

 だが、どうしても人間と言うモノは最初の印象の影響が大きいのだ。

 それは綾波レイにとっても一緒であった。

 

そげんこっはせんど(そんな事はしないよ)

 

「そう。なら良かった」

 

 手をヒラヒラとさせて否定するシンジ。

 いい加減、シンジとも会話をする様になって時間が経過した事もあって、綾波レイもその態度を信じるのだった。

 

「……むぅ…」

 

 そんな2人をじっと見るアスカ。

 自分の判らない話で会話している2人を見て何となく面白く無いモノを感じたが為の事だった。

 その内面の感情に従って、綺麗な眦が歪んでいた。

 相方の異相に気付いたシンジが、視線を送る。

 送られたアスカはプイっと横を向いた。

 

「どうしたの?」

 

「………ナンデモナイ」

 

「そう?」

 

 行き成りに変な行動に出たアスカに、シンジも綾波レイも首を傾げる。

 その様をチラ見したアスカは益々もって機嫌が急降下する。

 何故なら曲がっている首の角度まで2人は似ていたのだ。

 何となく、そう何となく、それが面白く無かったのだった。

 

 変な風になった空気。

 それを変える為、葛城ミサトは手を叩いた。

 乾いた音に、3人の子ども達の目が集まる。

 

「仲の良い事は結構。シンジ君、アスカ、痴話喧嘩は家でゆっくりやってくれる? 取り敢えず説明を先に進めたいから」

 

「ハァ!? バッカじゃないの!!」

 

ちっ、痴話ちなんな(何を言ってるですか)!?」

 

 2人そろって真っ赤な顔にはなっていたが。

 概して早熟になりがちな女子故にアスカが理解しているのは必然であろう。

 対して、男子と言う事を抜きにしても性の目覚めが遠いシンジであったが、それでも痴話喧嘩等と言う言葉は知って居る。

 悪い友人たち(相田ケンスケ&鈴原トウジ)からの情報でだった。

 情報は得ていたが、それが自身の性に繋がらない辺り、シンジは本当にシンジであった。

 

「はいはい。ご馳走様。レイ、私には貴方だけが癒しだわ」

 

「判りません」

 

「そのうち判る様になるわよ」

 

 ウィンクをする葛城ミサト。

 そこから表情を変えて説明を続けた。

 

 3人を公表する。

 とは言え公表するのは、エヴァンゲリオンを駆る適格者(チルドレン)は男の子1人と女の子2人と言う事。

 その上で、公表の場に3人には参列が要求されるが、3人とも特殊メイクを施した上で、ウィッグを装着して目元は色の濃ゆいゴーグル型サングラスを付けて隠す。

 礼装と帽子、ベレー帽を被る事も相まって、人相は判らなくなる ―― 有り体に言えば別人になるのだと葛城ミサトは言う。

 

「取り合えず、論より証拠。チョッち見て見て」

 

 その言葉と共に、画面にはMAGIによってCG合成された3人の完成予想図が映し出される。

 3人の姿は平素とは別物になっていた。

 

「へぇ」

 

 感嘆の声を上げるアスカ。

 最近は化粧にも興味を持ってきた綾波レイも、その様に驚いている。

 シンジだけは、へー と言う感動の無い感じであったが。

 兎も角。

 アスカと綾波レイの様に葛城ミサトは満足(ドヤァ)顔である。

 

 先ずは綾波レイ。

 葛城ミサトの指示に従って、綾波レイ(Children-01)とタグの付けられたキャラクターが拡大される。

 CGで変装した綾波レイは、先ず特徴的なのは日本人的な栗毛めいた茶色いウィッグを前下がりボブにしているという事だろう。

 その上で、口元にホクロを付けている。

 目の形も少し変わっている。

 隣には対比用のモデルがある為に差が良く判る。

 

「確かに別人ね」

 

 感嘆の声を上げるアスカ。

 綾波レイに至っては声も出ないと言う感じである。

 

「でっしょー 安心してアスカ。貴方も別人よ」

 

「美人なんでしょうね?」

 

「もっちろんよ」

 

 そう言って、次に拡大されたアスカ。

 アスカはゴージャスな純金めいた透明度の高い金糸のウィッグを被っていた。

 肩まで伸びる前髪は普通に垂らしている。

 後ろ髪は後頭部で纏められている。

 それだけで印象は大きく変わる。

 その上で、鼻の周りに雀斑(ソバカス)が配置されていた。

 ある意味で白人(コーカソイド)の女の子らしい特徴(アイコン)とも言えた。

 とは言え、アスカとしては少しばかり不満点となる。

 魅力的な特徴だと言うのは、少しばかり難しいからだ。

 

「アレ、無い方が良いんじゃないの?」

 

「完璧すぎるとリアリティーが消えるって話なんで、そこは我慢して」

 

「仕方ないわね」

 

「大丈夫、アスカは美人だよ」

 

 不承不承と言った風のアスカに、シンジがフォローを入れた。

 威力は抜群(クリティカルヒット)、と言う塩梅だ。

 その火力はアスカの白磁めいた頬を染めさせ、俯かせると言う戦果を挙げる事に成功した。

 問題は、その意味をシンジはまだ知覚する事が無いと言う事だろう。

 

「あっ、アリガト」

 

「どういたしまして」

 

 罪も性も無い、それはとても綺麗なシンジの笑顔だった。

 

 

「どう思う?」

 

 体の痒さを感じて、わき腹を掻きながら隣に立った天木ミツキに小声で問う葛城ミサト。

 天木ミツキも微妙な顔をしている。

 

「教育が必要な気もするわね。アスカが可哀そうにも思えるもの。とは言え、難しいわよね。心は自然な成長でないとエヴァンゲリオンとのシンクロ率に影響があるとかリツコが言っていたもの」

 

「なのよ。だから家ではツッコミを我慢するのが大変で大変で」

 

 冷静な天木ミツキは、家って言うけれども葛城ミサト宅では無くシンジの家だったと言う事実を礼儀正しく無視して頷いた。

 

「なら、なるようにしかならないわね」

 

「そうね。こればかりはチョッちね」

 

 

 さて、最後になったシンジの変装(イメージチェンジ)だ。

 長髪は似合わないと言う事もあって、逆に短めの髪にされていた。

 側頭部を刈り上げたツーブロック風になっている。

 短いながらも残されている頭頂部の髪は整髪剤(ポマード)でサイドから後ろに流す様に固められている。

 軍人でよく見る髪型とも言えた。

 引き締まった、精悍なシンジの顔立ちに良く似合っているが、同時に、日頃のシンジを見慣れている人からすれば別人であったであろう。

 尚、髪色は濡羽色とでも言うべき、深く艶やかな黒色であった。

 素で茶色の入った地毛との違いも、別人だと思わせる効果が大きかった。

 

「シンジ、アンタも似合ってるわよ」

 

「似合ってる? そう言ってもらえると嬉しいかな。ありがとう」

 

 プイっと横を見ながらシンジを褒めるアスカ。

 頬は少しだけ朱が差している。

 シンジは衒いの無い顔で喜んでいた。

 

 

「痒いわね」

 

「そうね」

 

 珈琲が飲みたい。

 砂糖ヌキヌキのブラックが飲みたい。

 そんな顔で頷き合う葛城ミサトと天木ミツキ。

 

 その横で綾波レイも首元を触っていた。

 

「コレが痒いと言う事?」

 

 

 

 取り敢えず、3人の予想図のお披露目が終わった。

 後は礼服用の採寸と言う話になる。

 新規に作ろうと言うのだ。

 以前の、NERV制服を作る際の採寸情報も残っていたが、成長期と言う事で改めて行う事となったのだ。

 やいのやいのと言いながら総務部の制服部門に移動中、フト、アスカは一つの事に気付いた。

 

「ねぇミサト」

 

「なに?」

 

「質疑応答ってアタシ達が行うんじゃないのよね?」

 

「ええ。ミツキがアスカ達の傍に付いた上で広報部の担当がする手筈よ。声質データを採られない為にも、そうなるわね」

 

 特殊メイクも併用して面相を変えているのだ。

 にも拘わらず、地声を採取されては意味が無い。

 そういう事であった。

 情報秘匿へのNERVと葛城ミサトらの努力を評価するアスカであったが、だからこそ疑問を覚えたのだ。

 

「だったらコレってアタシ達がやる必要あるの?」

 

「ゴミン、上の指示」

 

「………うん、別に良いんだけどね」

 

 咄嗟に、アスカは葛城ミサトに謝っていた。

 それ程に葛城ミサトの顔には疲労の色が浮かんでいた。

 否、葛城ミサトだけではない。

 隣の天木ミツキも同じであった。

 

「色々とあるのね」

 

「そう言って貰えると助かるわ」

 

 

 

 

 

「くしゅん」

 

「風邪か?」

 

「いや? ああ、問題ない」

 

 通常運転のNERV総司令官執務室。

 だがそれも、この適格者(チルドレン)の変装に関する報告書を見る迄であった。

 茶色い髪に変装した綾波レイの姿を見る迄の。

 

「ユイ!?」

 

「ユイ君!?」

 

 思わず発された2人の大声は、部屋の外に居た秘書が何事かと振り返る程であった。

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 題名修正
2022.11.11 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅱ)-2

+

 国連安全保障理事会に提出された第2次E計画は紛糾し、会議は踊り続けていた。

 さもありなん。

 大災害(セカンドインパクト)から14年が経過し、漸く経済的に安定してきた国々にとって第2次E計画が必要とする予算は、国民の安全の為(政治的な理由)とは言え受け入れられる限度を越えていたのだから。

 国連の軍事関連予算は勿論、人類補完計画への篤志家(SEELE)による個人的出資を全て食い尽くしても全然足りないが為、第2次E計画を要求した安全保障理事会理事国(マジェスティック・トゥウェルヴ)にも大規模な追加予算を要求するモノであった。

 その規模は、下手な国家の国家予算に匹敵していた。

 それが複数年に渡って分割で良いのであれば、或いは渋い顔で認める事も出来ただろう。

 だが、第2次E計画の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 当然ながらも維持費は別である。

 そんなものを、はいそうですかと右から左に受け入れる(予算案を通す)事など出来る筈も無いのだかから。

 

 尚、取り敢えずの方向性としては、第2次E計画におけるエヴァンゲリオン整備数を削減する方向となっていた。

 ある意味で王道の対応であったが、問題は、何処のエヴァンゲリオンを削減するかである。

 エヴァンゲリオンの建造中止は負担の減少を意味するが、同時に、それを簡単に受け入れる事は政治的にも国民感情的にも簡単な事では無かった。

 更には、その状況を好機と見たSEELEが()()を仕掛けたのだ。

 影響力を有していた旧常任理事国(イギリス・フランス・アメリカ)に対し、第2次E計画とNERVのエヴァンゲリオン(E計画)との整理統合を提案したのだ。

 平時ではユーロNERV(旧常任理事国連合体)が管理し、戦時(使徒出現時)にはNERVへと移管する ―― そういう交渉であった。

 又、他の国々に対しても可能な限りの交渉を仕掛けていた。

 早期のE計画、及び第2次E計画の成立を図る為との建前を掲げて。

 その流れに安全保障理事会理事国も乗った。

 が、面子の為に素直に、そして即時には首を縦に振る事は無かった。

 正に会議は踊る(グダグダ)であった。

 

 故に政治的な要請から(世界の耳目と関心を誤魔化す為)、子ども達の公開(ショー)は出来るだけ前倒しで行われる事となった。

 それに先立って公開された、エヴァンゲリオンの戦闘動画(プロモーションフィルム)

 アメリカ支部を経由して、映像の専門家(ハリウッドスタッフ)を雇って作られたソレは、下手な映画よりも見事であり、魅力的であった。

 

 使徒に対して一歩と引かずに(EW-12)を振って戦うエヴァンゲリオン初号機。

 様々な武器を使いこなし、優美さと凛々しさを両立させるエヴァンゲリオン弐号機。

 銀色の追加装甲を身に纏い、槍の様にも見える火砲を持ったエヴァンゲリオン4号機。

 3機のエヴァンゲリオンはそれぞれ、異なった魅力を持っていた。

 そうであるが故に盛り上がったのだ。

 どの様な人間(子ども)が乗っているのだろうか、と。

 

 NERVの広報部は世間の期待を計算し尽くして、それが満潮(ピーク)となる頃合いを見計らって、公開日を設定した。

 その日、世界の耳目は日本の第3新東京市へと集まった。

 

 

 

 

 

「体が痒いわ」

 

 ボソッと不満を漏らしたのは綾波レイ。

 その身はスポーツブラ1つで上半身を露出し、化粧(変装)の真っただ中である。

 服から露出する場所全てにファンデーションを塗り込めて、肌色を素の白磁めいた色(アルビノ特有の透明感のある肌色)から健康的な小麦色に偽装しようとしているのだ。

 その感覚は、化粧と言うモノに縁の無かった10代の少女にとっては不快感以外の何物でも無いだろう。

 綾波レイはアジア系適格者として公表されるのだ。

 である以上、白磁めいた肌色などの特徴は隠さねばならぬと言うモノであった。

 

「掻いちゃ駄目よ………気持ちは判るけど」

 

 窘める態で不平不満を口にするのは惣流アスカ・ラングレーだ。

 此方は、肌色は染めなくても良いのだが、赤みを帯びた腰まである髪をウィッグに隠す関係で思いっきり後ろに纏めてひっつめているのだ。

 頭の地毛が痛い事になっていた。

 その上、鼻の所に雀斑(ビスノスカ)を描いているのだ。

 痒みはあり、かきむしりたくなっている。

 我慢はしているのだが、中々に辛い事になっていた。

 いや、それどころかアスカの場合は目の形を変えて見せる為に(ウィッグ)で隠される部分にテーピングしていたりするのだ。

 綾波レイ以上に辛い所があった。

 

「大体、目元はサングラスで隠す予定なのに、何でこんな事をせにゃならないのかっつーの」

 

「隠す予定だけど見える事があるから、その対応ね。だから諦めて」

 

 宥める様に言ったのは天木ミツキ。

 マネージャーめいて2人に付いていたのだ。

 支援第1課の課長で中尉と言う人間がする仕事(立場)では無いのだが、割と混乱しがちな現場で臨機応変に対応し、決断する為に居るのだった。

 碇ゲンドウやらの無理難題、或いはマスコミなどからの無理筋な要求から子ども達を守るのだ。

 その心意気が表に出てか、キツい(攻撃的な)化粧をして、NERVの正装をしている。

 襟元に輝くのは中佐の階級章。

 今回の対応の為もあって、中佐待遇中尉となっていたのだ。

 マスコミのみならず、アレコレと偉そうにしてくる人間(政治家その他)を相手にする為の箔付けであった。

 

「この1回きりで終わるのよね?」

 

「終わらせるわ。シンジ君も含めて3人の負担が大きいって私も理解しているから安心して。2()()()()()()()()()()()()

 

 そこに含まれている意志に、ヒュッとアスカのメイクを担当していたスタッフが息を飲んだ。

 幸いな事にアスカは目を閉じていた為に、気付く事は無かったが。

 

 

 

 完成した化粧(変装)

 キッチリと着こまれたNERV適格者(チルドレン)用礼装と相まって、アスカと綾波レイを別人のように見せていた。

 黒を基調として金糸のモールで飾られた礼装は、飾られた勲章や徽章も相まって迫力があった。

 何よりも視線が違う。

 アスカも綾波レイも、足元は身長を誤魔化す為もあって特別にヒール付きのパンプスを履いているのだ。

 ズボンのすそで隠れている為、簡単に見破られる事は無いだろう。

 変装は本当に、徹底していた。

 

「なかなかね」

 

 姿見を見ながら満足げに笑うアスカ。

 身長的なモノも含めて言えば、数年先の自分の姿を見る様なものなのだ。

 それが美人になる様にされていては、満足しない筈が無かった。

 対して綾波レイ。

 違和感があるのだろう、頭に乗っている赤いベレー帽をしきりに触ろうとしていた。

 右側へと垂れた、機体色に合わせた青銀色の飾房を動かしても居る。

 

「あんまり触るとズレるわよ」

 

「違和感があるわ」

 

「ウィッグを付けて、ベレー帽だものね。仕方ないわ」

 

「………窮屈」

 

「そうね」

 

 幼子めいて唇を尖らせる綾波レイに、稚気を感じつつ同意するアスカ。

 そのアスカとて不快感を感じていた。

 髪もそうだが、ヒール付きの(踵を上げた)靴はつま先に力が掛かって落ち着かない。

 綾波レイがロータイプ(2㎝アップ)であるのに対して、アスカはミドルタイプ(4㎝アップ)なのだ。

 つま先の負担を感じるのも当然であった。

 常日頃から動きやすさ優先のパンプスやスニーカー、或いはブーツ(編み上げ長靴)を履いているのがアスカなのだ。

 化粧を行った部屋から今の待機室に移動する際にも、少しばかり足元がおぼつかない感じになっていた。

 当然の話かもしれないが、不安があった。

 

「アスカも?」

 

「まぁね」

 

 頷き合う2人。

 何時もとは違う自分と言う点では面白かったし、アスカからすれば礼装の飾りは自分の実績の集大成でもある為に誇らしくはあったが、とは言え窮屈であった。

 実績や能力を強権的に示さずとも(で虚勢を張らずとも)良くなったからと言えた。

 第3新東京市へ来てからの日々、大人たちは大人として接して来たし、正しく評価してくれた。

 使徒を撃破すると言う事で自分を示せた。

 年齢相応の学校に行った。

 友人を得た。

 そして何よりも、私生活で気兼ねなく話せる相方(碇シンジ)を得たのだ。

 シンジはアスカの肩書を見ない。

 美しさを褒め称えない。

 だが、アスカの努力こそ称揚し、評価してくれるのだ。

 母を喪い父と疎遠となり、自分が自分である為には適格者(チルドレン)である事こそが全てだと思っていたアスカにとって、シンジの態度は救いとなっていた。

 適格者(チルドレン)だからアスカを見るのでは無い。

 努力を重ねた事に敬意を払ってくれているのだから。

 その確信は、ある時、酔っぱらった(アルコールの力を借りて)シンジに尋ねた事で得られたものであった。

 もし、自分が怪我や病気でエヴァンゲリオンから降ろされたら役立たずの用済みよね、と。

 それはアスカの心の弱さからの言葉であり、同時に、自覚せぬシンジへの弱音の吐露であった。

 他人を信じきれないアスカの弱さと言えた。

 だがシンジはそれを笑った。

 

『エヴァンゲリオンが無くったってアスカはアスカじゃでよ(だよ)。アスカはエヴァンゲリオンに遣り甲斐を感じているから、降りる事になったらショックやろどん(かもしれないけど)、新しい目的なんち(なんて)探せば幾らでも見つかっが(見つかる筈だよ)

 

 そう断言していた。

 酒精によって呂律が回らず、標準語と鹿児島弁が入り混じった(ちゃんぽんになった)口調で、だが真剣にシンジは言った。

 

『簡単に、言わないでよね………』

 

『簡単じゃなかやろどん(無いとは思うけど)じゃっどん(でも)、アスカの重ねて来た日々はアスカを裏切らない』

 

 だから大丈夫。

 そう断言してくれたのだ。

 アスカの手を両手でそっと支えながら。

 そこまで言われたアスカは、顔を真っ赤にしながら抗弁する。

 

『それでも、探すったってどれだけ掛かるか判らないじゃない! 簡単に言うケド、アンタ、そんなのに付き合えるって言うの!?』

 

 言ってるアスカとて無茶苦茶だと言う自覚はあった。

 この所収まっていた、お腹の底から湧き上がる情動(ヒステリー)だ。

 憤怒と悲観そして自己嫌悪。

 様々な感情がないまぜになった泣き声に、アスカは自分でも情けなさを感じつつも、叫ばずにはいられなかったのだ。

 だが、シンジは二パっと笑って答えた。

 

よか(良いよ)

 

『何が良いってのよ!!』

 

『時間が掛かるって言っても、死ぬまで(って)訳でも無かが(いからね)。それ位は付き合うよ』

 

 アスカは、シンジが意味が解って言ってるとは思えなかった。

 それでも嬉しかった。

 欲してやまなかった、自分を全肯定される言葉だったのだから。

 だから、照れ隠しに叫んでいた。

 或いは最後の確認だ。

 

『バカシンジ! 一生かかっても知らないんだからねっ!!』

 

よかよか(大丈夫だよ)、きっと大丈夫だよ。アスカだもの』

 

 適格者(チルドレン)である事への誇りに聊かの曇りは無い。

 だがそれでも、素の自分が認められたと思うのはアスカにとっては救いなのだ。

 只、それを素直に言うにはアスカは酔っていた。

 シンジも酔っていた。

 だから散文的に、心の中に湧き上がった気持ちを一言で吐きだした。

 一杯一杯で言葉など扱えなかったのだ。

 

『標準語!』

 

 林檎の様に赤くなった頬を見せぬ様に、顔を横に逸らしながら。

 シンジは唯々、楽しそうに笑っていた。

 いつの間にかアスカも笑っていた。

 笑って、更に葛城ミサトのビールを消費していた。

 そして翌日、余りの消費量から葛城ミサトにバレて小言を貰った。

 こんこんと飲みすぎ注意と怒られた。

 後、割と良いビールなので少し寸志を出せとも怒られた。

 ついぞ飲むなとは言われなかった。

 そんな説教をシンジとアスカ、2人して二日酔いで痛い頭を抱えながら聞いた。

 笑い話になる様な夜があったのだ。

 だからこそアスカは、選ばれし適格者(2nd チルドレン)としてではなく、素の、14歳の子ども(女の子)になれたのかもしれない。

 

 

 

 少しばかりしてからシンジがやってきた。

 此方も礼装姿だ。

 同じデザインの礼装に徽章類が付けられている。

 エヴァンゲリオン搭乗員徽章は兎も角、搭乗(エヴァンゲリオン)空挺徽章や剣技徽章などは礼装の箔付けとして、最近制定されたモノではあったが。

 とは言えシンジの場合は2等勇功章(シルバースター)を下げている為、箔付け(メッキ)などと侮られる恐れは無かった。

 そもそも、搭乗機を示す紫色の腕章(肩章吊り下げ腕章)に並ぶ使徒戦役参戦章及び撃破章が付けられているのだ。

 NERVの切り札(エース・オブ・エース)の証明であり、とてもでは無いが子どもだからと侮れる人間など居る筈も無かった。

 身長は年齢相応であっても体も顔も引き締まっており、歩き方ひとつ見ても俊敏であり隙が無い事を教えているのだから。

 大人の将兵に交じっても違和感が働かないであろう威風と言うものがあった。

 

 とは言え、当の本人は割と呑気な顔をしていたが。

 否。

 弱った顔をしていた。

 

首が痛てが(首元が苦しいよ)

 

 着慣れない立ち襟(チョーカーカラー)の上衣だ。

 指を入れて具合を調整して居る。

 その様は、どうみても子どもであった。

 アスカは小さく笑って、声を掛ける。

 

「余り触るものじゃないわよ。折角の仕上がりが崩れるもの」

 

「どうかな? 似合ってると良いけど」

 

「格好良いわよシンジ。で、アタシはどう?」

 

 胸を張り、手を当てて魅せるアスカ。

 だが、見るシンジは困惑の色があった。

 

「綺麗だよ」

 

 開口一番は誉め言葉だった。

 だけど、と続ける。

 

「まるでアスカじゃないみたい」

 

「当たり前じゃない! アタシだって簡単に見破られない様に変装しているんだもの」

 

 前髪をかきあげて耳に掛ける。

 可愛らしい耳たぶには綺麗な棒状の、磨き上げられた純銀のピアスが輝いていた。

 

「ピアス、開けたの?」

 

「驚いた? 似合ってる?」

 

「うん、似合ってるよ」

 

「でも残念、アンタの髪と一緒、耳の所特殊メイク(VFX)って奴よ」

 

 そう言ってアスカはほっそりとした手をシンジの刈り上げられた側頭部に伸ばす。

 短い毛の感覚。

 だがソレは、本来の頭皮と頭髪とは違っていた。

 当然だろう。

 薄い人造皮膚の上に植え付けられた、人造毛であったのだから。

 簡単なのは髪を切る事であったが、それではシンジの正体が露見しやすくなる。

 だから、このひと手間であった。

 アスカのピアスも一緒だ。

 実に手の込んだ話であった。

 

「へー 凄いや」

 

 しげしげと自らの耳を見つめるシンジに、アスカもくすぐった気に笑う。

 笑いながらシンジにジャブを放つ。

 

「そんなに似合ってるなら、そうね。シンジがプレゼントしてくれるなら穴を開けても良いわよ」

 

「う、うん」

 

 

 

「天木中佐、珈琲が飲みたいってこういう気分ですか」

 

「砂糖なしで、よね?」

 

「はい」

 

「………なら、仲間ね。私たち」

 

「はい」

 

 凄い顔で頷いた綾波レイ。

 そこには嘗て浮かべていた鉄面皮めいた、ある種の無表情さは無かった。

 女の子らしい顔とも言えた。

 伊吹マヤの隣に住ませた事や、あるいは交流のあるシンジやアスカが良い影響を与えたという事だろう。

 その事を天木ミツキは素直に喜びつつ、部屋付きの人間に珈琲を注文するのだった。

 2つ。

 否、3つ。

 部屋付きのスタッフにも振舞うのだった。

 当事者は兎も角、周囲の人間には青春の瑞々しさは甘すぎるのだから。

 

 

 

 

 

 適格者(チルドレン)のお披露目会場となったのはNERV本部であった。

 第3新東京市地下大空間(ジオフロント)

 そこで完全武装を身に纏った3機のエヴァンゲリオンと支援機(ジェットアローン)とが見守られながら行われるのだ。

 

 招待された各国の要人と厳格な身辺調査が行われた一部マスコミ、厳選された100名に届かぬ人々は、初めて見るエヴァンゲリオンの実物で圧倒されていた。

 全高40mを超える巨躯は、片膝を付く駐機姿勢であっても迫力を放っていた。

 それぞれの機体は、得意な武装を身に纏っている。

 エヴァンゲリオン初号機は、腰の兵装架(ウェポンラック)に左右1対の態で主兵装たるEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)と予備であるEW-15(カウンターソード)を差していた。

 追加武装の殆どない姿は、他の2機と比べれば貧相にも見えるが、誰も誤解しない。

 エヴァンゲリオン初号機には追加の装甲も武装も不要なのだと思わせる実績があった ―― 少なくともそう思わせる演出(プロモーション)が行われ、成功していた。

 エヴァンゲリオン弐号機は、中距離火器たるEW-22D(強化型パレットガン)を腰の兵装架(ウェポンラック)に装備し、右の腕で長大な近接武器EW-16(スマッシュバルディッシュ)を捧げ持っていた。

 穂先に棚引くリボンには赤地に白くNERVの紋章が描かれている。

 隣に駐機するエヴァンゲリオン初号機との双にして対(ユニット)である事を示していた。

 エヴァンゲリオン4号機は、槍と見紛うばかりの長大なEW-25(ポジトロンキャノン)を持ち、そして巨大なG型装備第2形態を装備した姿で展示されていた。

 サブアームが持つ盾、そして傍に従者の如く控えている支援機(ジェットアローン)の姿と相まって正に騎士と言った風格を漂わせていた。

 誰もが、人類守護の力であると思うのだった。

 

 

 始まる適格者(チルドレン)のお披露目。

 お披露目自体は単純であった。

 既に公開済みのエヴァンゲリオンの動画を流しながら各機体の情報を公開し、戦歴をアピールする。

 その上で、舞台(ステージ)に3人が上がるのだ。

 先ず呼ばれたのは綾波レイ。

 

『最初にご紹介するのはエヴァンゲリオン04と共に立つ、ブルー・フォー(綾波レイ)です』

 

 壇上中央で声を張り上げる、タキシード姿のNERV広報部スタッフ。

 特訓した、堂々とした歩き方で舞台の中央まで歩く綾波レイ。

 手を振る事も無く、愛想も無い姿だ。

 幾度ものカメラの閃光(フラッシュ)が顔を照らすが、動揺する事は無い。

 

『ブルー・フォーは人類初の適格者(チルドレン)であり、エヴァンゲリオンの基礎を築く事に大いに貢献した少女であります』

 

 用意されていた椅子に座る綾波レイ。

 続いて呼ばれたのはアスカ。

 

『続きまして紹介いたしますのはエヴァンゲリオン02を駆る、レッド・ツー(惣流アスカ・ラングレー)です』

 

 呼ばれた瞬間、緊張と慣れないヒール高が相まってよろけるアスカだったが、シンジが支えた。

 

「大丈夫?」

 

「任せなさいってーの」

 

 ニヤッと笑ってからアスカは舞台袖から歩き出す。

 威風堂々としていたが、同時に、歓声に対しては薄い笑みを浮かべ、手を振る余裕も見せていた。

 

『レッド・ツーは適格者(チルドレン)に於いて最も訓練を積んだ少女であり、エヴァンゲリオン部隊の現場指揮も担っています』

 

 履きなれない、歩きなれないミドルヒール靴でも、それを感じさせない。

 歓声に小首を傾げる事でイヤリングの存在をアピールまでする芸達達者さがあった。

 アスカが椅子に座る。

 そして呼ばれるシンジ。

 

『最後に紹介させて頂きますエヴァンゲリオン01の担い手、パープル・ワン(碇シンジ)です』

 

 背筋を伸ばし堂々と歩くシンジ。

 その姿が舞台袖から出た時、ひときわ大きな歓声が上がった。

 戦績が公開されており、エヴァンゲリオン初号機とその適格者(チルドレン)NERVエヴァンゲリオン部隊の切り札(エース・オブ・エース)である事は知れ渡っているからだ。

 もう一つは、腰に佩いた銀色の軍刀の迫力だ。

 片側の腰に軍刀を下げていても姿勢に揺るぎはなく、歩む姿に軸のブレはない。

 軍経験者はそれだけで、シンジがキチンと足腰を鍛錬している人間であると理解していた。

 同時に、この舞台の上に居る3人が偽物(アクター)ではないと言う証明ともなっていた。

 尚、武装はシンジだけではなくアスカもしていた。

 白塗りの拳銃嚢を腰ベルトに装着し、中にはNERVの士官向け正式採用拳銃であるH&K USPのコンパクトモデルを入れていた。

 綾波レイだけは、その手の個人的武装は不得手と言う事もあって非武装であり、何か問題があれば全力で逃げろと言い含められていた。

 2人との差に、人間性の成長していた綾波レイは、少しだけ不満げに頬っぺたを膨らませたが、アスカが実際に拳銃(USP コンパクト)腰ベルトに下げさせて歩かせたところ、不満を引っ込めるのであった。

 非体育会系な綾波レイには重くて歩きづらかったのだ。

 

『パープル・ワンは最も新しい適格者(チルドレン)であり、レッド・ツーがNERV本部に着任する迄の間、独りで第3新東京市を守り抜いた少年であります』

 

 爆発的な歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 世界同時中継が行われている適格者(チルドレン)のお披露目。

 当然ながらもTVでも中継されていた。

 

 携帯電話の小さな画面からその様を見ている相田ケンスケ。

 小さな画面越しであっても、その華やかさは見て取れた。

 世界に居る。

 そう感じられた。

 対して自分が居るのは、只の公園。

 鈴原トウジに頼んで借りた自転車(ママチャリ)で特訓中であったのだ。

 今はペットボトルで水を飲みながら休憩中だ。

 

「センセたち、凄いもんじゃ」

 

 呑気に感想を漏らす鈴原トウジ。

 相田ケンスケは自分のいる場所とシンジ達の居る場所の距離に眩暈めいたものを感じていた。

 

 同じ中学生。

 同じ14歳。

 同じ男。

 

 なのにどこまでも差がある。

 あの華やかなアスカの傍に居るシンジ。

 ペットボトルが軋むくらいの力を籠める。

 そして飲む。

 

「トウジ、俺、エヴァンゲリオンのパイロットになりたい」

 

 それは宣言であり、己を鼓舞する言葉でもあった。

 同じ男なのだ。

 シンジに出来て自分に出来ない筈はない。

 そう、思っていた。

 

「そうか、なら努力せんとな」

 

 取り敢えず、自転車に乗る所からかと朗らかに言う鈴原トウジ。

 相田ケンスケの決意を笑う訳では無い。

 シンジとの距離を思う訳でもない。

 相田ケンスケが決意したのであれば、友人として背中を押そうとは思っていた。

 だが同時に、目の前の事から1つづつ片付けて行かないとダメだと言う現実的な意見でもあった。

 

「エヴァンゲリオンって思考制御って話だよな? 居るのかな、この練習」

 

「知らんわ。だが、その前にセンセや惣流の奴と一緒にツーリングに行きたいんやろ?」

 

「あ、うん」

 

「先ずは足元から一歩づつやで」

 

 衒いなく笑う鈴原トウジに、釣られた様に相田ケンスケも笑っていた。

 少年たちの居る公園の空はどこまでも青く、そして高かった。

 

 

 

 

 

 




2021.09.22 文章修正
2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅱ)-3

+

 未だ、第2次E計画が国連安全保障理事会で正式決定されていなかった。

 とりあえず建造数が12機から削減される事だけは決まったが、その数や配備先が議題となって未だに決定に至れていないのだ。

 経済力が低下した旧常任理事国と経済的勃興の著しい新強国の綱引きに、人類補完委員会(SEELE)の介入があるのだ。

 簡単に決まる方が難しいだろう。

 だが使徒襲来は喫緊の問題である。

 この為、先に補正予算が組まれ周辺の整備が進められる事となった。

 具体的にはNERV本部でのエヴァンゲリオン建造準備 ―― 建造設備の補修と、新しい適格者(チルドレン)の選抜である。

 

 エヴァンゲリオンは思春期の少年少女でしか操縦できない。

 適格者(選ばれた子ども)

 

 その2つは、世界の子ども達を熱狂させた。

 使徒と闘う事の意味を正しく理解出来ぬままに、子どもらしい純粋な義侠心や名誉欲、或いはその他によって適格者となりたいと手を挙げていた。

 この状況に、人類補完委員会が管理する適格者(チルドレン)選抜諮問機関であるマルドゥック機関は機敏に対応した。

 NERV戦術作戦局(エヴァンゲリオン実働指揮部門)と綿密な打ち合わせを行い、新しいエヴァンゲリオンの能力と、適格者(チルドレン)に要求される資質的なモノを策定しなおし、新しい選抜基準を作り上げたのだ。

 それは、ドイツが作り上げた天才的適格者(2nd チルドレン)惣流アスカ・ラングレーを基準とした選抜と教育システムの廃棄を意味していた。

 アスカが余りにもまぶしい成功例であった事が原因だった。

 NERV本部の秘密兵器(3rd チルドレン 碇シンジ)に匹敵しうるエースを生み出せた基準(教育システム)なのだ、それを踏襲しようとするのも当然であった。

 だが、アスカと同様の事を要求されただけにも拘わらず、適格者候補生(リザーブ・チルドレン)は誰一人として成功できなかったのだ。

 

 ドイツの適格者教育部門は、候補生の資質の差と言うモノを考慮していなかったのだ。

 アスカの血反吐を吐くような努力も甘く見ていたのだ。

 そしてもう1つ。

 明かされる事の無いアスカとシンジだけが持つ適格者(チルドレン)としての特殊性、或いは()()()()()()()()()()も大きな理由であった。

 

 兎も角。

 エヴァンゲリオンのほぼ全ての情報を知る赤木リツコはドイツで行われているアスカを規範とした適格者候補生(リザーブ・チルドレン)の訓練は無為であったとの結論を出し、指揮官たる葛城ミサトに告げた。

 シンジとアスカ、その2人に準ずる適格者(チルドレン)を生み出す事は不可能である、と。

 

「シンジ君とアスカが特別って事?」

 

「そうね、2人と同じ要素を揃えようとはしたわ。だけど、出来なかった………そういう事よ」

 

「その理由、詳細を教えては?」

 

「機密事項よ、特1級機密資格(GradeⅠ+ Access-Pass)が無い相手に告げられる事では無いわ」

 

「………それ程の秘密が2人にはある、と?」

 

「あの2人というよりも、NERVの、そうね、()()()()()()って奴かしらね」

 

 他人払いした、2人だけの会話。

 会議室めいて使う喫煙所。

 ガラス張りであるが故に誰が傍に居るかが判り、そして空調機が立てる機械音によって盗聴器も役に立たない、秘密の会話が出来る場所。

 そもそも、最近は喫煙者が減っている為、利用者は少ない。

 都合のよすぎる秘密の会談場所。

 当然だ。

 赤木リツコが発案し、葛城ミサトが予算を通させた場所なのだから。

 

 小さな赤木リツコの声が、不思議と轟々とした空調機の音にかき消される事なく葛城ミサトの耳に届く。

 煙草を吹かしながら細めた目で葛城ミサトを見る赤木リツコの目には強い疲労が浮かんでいる。

 だが同時に、ギラギラとした光を浮かべていた。

 

「聞かないわよ」

 

 断言する葛城ミサト。

 

ウチ(NERV)が真っ当な組織だなって夢はもってないわ。使徒さえ倒せるなら私は全ての事に目を瞑ってみせるわ」

 

 たとえそれが、赤木リツコに次ぐ朋友(天木ミツキ)に憎まれるとしても。

 葛城ミサトが生きる原動力は、使徒への憎悪であった。

 世界を変えた、全てを奪った、父を奪った使徒への感情が常に葛城ミサトと言う人間の腹の底で燃え続けているのだった。

 かつて、それを誤魔化す術は加持リョウジであった。

 大学時代に、自分には判らぬ理由で自分に近づいてきた男。

 だからこそ使った。

 加持リョウジは、どこか葛城ミサトの父とも似ていた。

 だからこそ縋った。

 歪な関係は簡単に爛れた関係へと進んだ。

 昼夜を忘れる様な肉の快楽に心の底から溺れる事が出来たのであれば、或いは、葛城ミサトは使徒の事を忘れる事が出来たかもしれない。

 だが、無理だった。

 組み伏せられている間でも、或いは、尻の下に抑え込んでいる間でも、葛城ミサトの胸の何処かには使徒への憎悪が燻っていた。

 だからこそ、と葛城ミサトは思う。

 佳き人であった加持リョウジとの関係は破綻したのだろうと。

 人の本質的な部分で破綻し(壊れ)ている葛城ミサトと比べ、加持リョウジは偽悪的にふるまおうとも余りにも普通(善人)であったのだから。

 

 結局、葛城ミサトの憎悪を癒したのは、エヴァンゲリオンによって屠られていく使徒の姿だけであったのだ。

 だからこそ、今の葛城ミサトは人生で一番に心穏やかに過ごせていると言っても過言では無かった。

 過労感を誤魔化す為の酒精(摂取アルコール量)は増えているが、それは常に乾杯しているのだと思えば、苦では無かった。

 

「その割り切りの良さは好きよ、ミサト」

 

「そりゃどーも。で、結局、どうするの?」

 

「とりあえずドイツ支部の教育部門は解体。新しい基準で選抜していく事になるわ。幸い、志願者は多いから何とかなるわ。多分」

 

 吐き捨てる様に、否、紫煙を吐き捨てながら言う赤木リツコ。

 事実だった。

 募集していないにも拘わらず、NERVには適格者(チルドレン)になりたいと言う声が殺到していた。

 或いは、させたいと言う声が。

 

 使徒戦役の実際を知らぬが故の、呑気さと言えた。

 或いは適格者(チルドレン)のお披露目が上手く行きすぎたのかもしれなかった。

 適格者への立候補が届きだす前には、ファンレターが3人の子ども達に大量に届ていたのだから。

 アスカや綾波レイは勿論、シンジに宛てたモノも届いていた。

 

「……気楽なモノよね」

 

 無論、それらは全て広報部に押し付けられていた。

 確認と廃棄、その他の業務(マネージャーめいた仕事)に関して、本来であれば支援第1課(天木ミツキ)が担うべき類の事であったが、この事態を引き起こした責任は第1に広報部にあった為の事であった。

 責任払い(罰符)であると言うのがNERVの3女傑、葛城ミサトと赤木リツコ、それに天木ミツキの結論であった。

 事、子ども(チルドレン)の保護に関してであれば、天木ミツキの持つ権威はNERVの上位に匹敵していた。

 善意を持って動いている為、如何なNERV総司令官碇ゲンドウであっても、詭弁をもって抵抗する事が難しい事が理由であった。

 そもそも天木ミツキは組織人として弁えており、笑顔を作る(牙を見せる)のは任務その他では無く、生活環境や待遇に関する事だけなのだ。

 子ども達への()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 であれば、抵抗できる人間などそう居ないのだった。

 そこに、自他ともに冷血(人非人)と認める碇ゲンドウも居たという話であった。

 

 尚、余談ではあるが天木ミツキの階級は中佐待遇中尉と言う配置が継続される事となっていた。

 本来はお披露目に合わせて臨時に与えられたモノであり、終わった以上は配置は解除されるべきであったが、それを止める事態が発生していたのだ。

 子ども達(チルドレン)が、お披露目以降はNERVの中にあっても政治的な案件になる部分が出て来ていたのだ。

 例えばアスカ。

 アメリカ国籍を持つ事を梃子に、アメリカ支部へと派遣しろ(母国に戻すべきだ)とか、後進の教育の為にも生まれ育ったドイツに戻すべきだと言う人間が発生していたのだ。

 綾波レイも、国籍記録まで含めて情報の抹消されたアジア系と言う事もあって、中国支部が色々と言って来ていた。

 最前線であるNERV本部(第3新東京市)配置も大事だが、続く適格者(チルドレン)の教育も大事だ等と、正論めいた事(お為ごかし)を口にしながら。

 流石に、シンジ(エース・オブ・エース)を派遣しろと言う声は少なかったが、それでも皆無では無かった。

 組織での事ゆえに、地位を盾に横車を押す人間が発生するのだから。

 これらへの対応の為、子どもの守護者たる天木ミツキ(正論でぶん殴るウーマン)は偉くなっていたのだった。

 

 兎も角。

 天木ミツキの縦横の活躍によって、今現在の子ども達には平穏が与えられているのだった。

 

「ま、選抜する側からすれば楽な話って思っておきましょう」

 

「そうね。子ども達に詫びを入れ、ミツキに説教される未来の為に」

 

「お互い、絞られそうね………」

 

「飲酒に関しては、チョッち刺されたわよ」

 

「……数字は悪くないわよ?」

 

 定期的に行っている健康診断、その血液の情報を思い出して抗弁する赤木リツコ。

 蟷螂の斧と言う自覚はあって小声ではあったが。

 

「14歳で悪くなってれば、そりゃ問題よ」

 

 馬鹿馬鹿しい笑いが、喫煙室に充満した。

 

「取り合えずミサト、エヴァ3号機の配置が決まったわ」

 

「あれま。アメリカ支部、ようやく手放す気になったの?」

 

 元々、アメリカ支部で建造されていたエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機は、ドイツ支部で建造中であったエヴァンゲリオン6号機と共にNERV本部に配備される予定であった。

 エヴァンゲリオン初号機。

 エヴァンゲリオン弐号機。

 エヴァンゲリオン3号機。

 エヴァンゲリオン4号機。

 エヴァンゲリオン6号機。

 エヴァンゲリオン2機で1(チーム)として2個班。

 これに支援用のエヴァンゲリオン1機を足した5機が、NERV本部に配備されるエヴァンゲリオンの定数だったのだ。

 にも拘わらず、アメリカ支部はアメリカ政府の影響を受けて2機のエヴァンゲリオンの移送に抵抗し、ドイツ支部はドイツ支部で、適格者(パイロット)未決定を理由に抵抗をしていたのだ。

 その潮目が変わったのは、アメリカ支部のエヴァンゲリオン4号機の強制的なNERV本部移管 ―― 所謂、碇ゲンドウの仕置きからであった。

 それでも尚、技術開発だの何だのと言ってエヴァンゲリオン3号機の引き渡しを渋っていたのだ。

 最近は、使徒の遺骸を研究分析して再現したS²機関(スーパーソレイド・リアクター)の実証実験などの必要性を叫んでいた。

 エヴァンゲリオン3号機を実験機として運用したがっても居たのだ。

 だが第2次E計画が全てを変えた。

 建造を開始したエヴァンゲリオン8号機に加えて、2乃至3機のエヴァンゲリオンの建造が要求されると言う事態になる事が半ば決定したのだ。

 こうなってくると、整備区画を解放する為に、とっととエヴァンゲリオン3号機をNERV本部に移送しろと言う話になる。

 なった訳だ。

 尚、コレに合わせて画期的なエヴァンゲリオン用動力源、S²機関(スーパーソレイド・リアクター)の開発も凍結する事になった。

 理論上は無限大の稼働時間を持つ事になるが、その安定した稼働にはまだ課題が多かった為であった。

 実現できれば素晴らしいが、今は実用化されたN型装備 ―― N²反応炉(ノーニュークリア・リアクター)がある為、優先順位が下げられていたのだ。

 又、エヴァンゲリオン8号機を、Bモジュールを設計レベルから組み込んだ機体として建造する事とした為、開発スタッフを其方に取られたというのも大きかった。

 

「ただし、パイロットは無しよ」

 

「機体試験役の子が居たんじゃないの?」

 

「ええ。男の子。中華系の、リー君といったかしら? とはいえ起動指数にはギリギリ。戦闘任務は難しそうだというのがアメリカ支部の言い分ね。本音は8号機、それに今後の建造する機体向けと言ったところかしら」

 

「機体が増えてもパイロットが居なければ意味が無いっつーの」

 

「ま、そこはマルドゥック機関の報告待ちね」

 

「………何かアテがありそうな感じなの? ドイツの子ども達はアテになりそうにもないし」

 

 起動指数ギリギリと言う意味ではアメリカ支部が管理するリー・ストラスバーグ適格者候補生(リザーブ・チルドレン)と同じ辺りに居るのがドイツ支部の子ども達であったが、その詳細情報を見た葛城ミサトは諦めていた。

 これは駄目だと。

 11人が候補と言う形で登録されているが、実際に起動できるのは2人のみ。

 操作まで期待可能なのはマリィ・ビンセントただ1人と言う有様であった。

 残る9人は、ドイツ支部の面子の問題や、或いは家柄からの箔付け的な意味で在籍しているだけと言う有様だった。

 少なくとも葛城ミサトは、自分の指揮下には必要ないと断じる類の候補生(子ども達)であった。

 そしてマリィ・ビンセントは、ドイツ支部でのエヴァンゲリオン建造の重要スタッフでもあったのだ。

 NERV本部に於ける綾波レイの立ち位置にも似た場所に居るのだ。

 必要だからと、NERV本部に簡単に転属させられるものでは無かった。

 

「そうね。期待してて良いわよ」

 

 詳細をボカシながら告げる赤木リツコ。

 如何に親友(マブ)であろうとも、言えることと言えない事があるのだ。

 例えば、シンジ達も籍を置く第壱中学校2年A組の子ども達が、適格者(チルドレン)の候補である事などだ。

 適格者候補管理番号α-Ⅱ(コード・アルファツー)

 20余名の予備。

 とは言え、今後は世界規模での適格者(チルドレン)志願と選抜を行う方向になりそうである為、エヴァンゲリオン3号機の専属操縦者(パイロット)を出す事で役割を終える事になりそうではあったが。

 

「取り合えず、4機体制になればシンジ君たちにも少しばかり纏まった休暇を出してあげられそうね」

 

「どうかしら。完全な素人よ、きっと」

 

 

 

 

 

 通常通りの授業が行われている第壱中学校2年A組。

 日常だ。

 

 日本に来て初めて通った時、アスカにとっては退屈だった。

 分刻みめいたスケジュールで適格者(チルドレン)としての訓練を受け、或いは延長線上で大学に通い、又は国連欧州軍(Europe-Aemy)で将校教育を大人たちに交じって受けていたのだ。

 そんな人間にとって日本の義務教育は、(刺激)が足らなかった。

 だからこそ最初は、自分と対等に張り合えるシンジを(ライバル)としていたのだ。

 ある意味で自分を追い込むような所業であり、或いは常日頃から針を張ったハリネズミめいた姿でもあった。

 だがシンジとの闘いが、それを変えた。

 シンジはアスカの挑戦に真っ向から立ち向かった。

 エヴァンゲリオンにせよ、学校にせよ、日常にせよ、競い合った。

 そして笑ったのだ。

 勝てばうれしそうに笑い、負ければ悔しそうに笑った。

 てらいのない笑顔。

 競い合えば勝ちもするし負けもする。

 故に、シンジにとって笑うのは当たり前の話であった。

 勝利者としての奢った笑みでも、敗者としての卑屈な笑みでも無い。

 真剣に立ち向かうが故の、競争の結果を素直に受け入れる笑い。

 だからだろう。

 何時しかアスカも、愛想笑い(猫を被った笑い)ではなく、心から笑う様になったのは。

 そして同時に、学校生活を楽しむ様(エンジョイ学生ライフ)になっていた。

 

 

 体育の授業。

 健全な肉体を育み、体の使い方を学ぶ学習。

 今日は、その一環として男女混合のクラス対抗リレーが行われていた。

 体育会系の(スポーツが得意な)生徒にとっては晴れ舞台だ。

 各運動部所属の生徒は男女を問わず、この世の春が来たとばかりに盛り上がっていた。

 そんな生徒に交じっているのが、シンジとアスカだった。

 

「いい加減、シンジもウチに来いよ。女子にモてるぜ!」

 

 バスケ部の部長がシンジを勧誘する。

 クラス対抗戦で活躍して以降、機会があれば声を掛けていたのだ。

 走り終わった気持ちよい疲労感に、笑みをこぼしながらシンジが答える。

 

勘弁しっくいやい(勘弁してよ)忙しせぇよ(忙しくて無理だよ)

 

「いや、忙しいからバスケでストレス発散すれば良いんだよ。お前なら即1軍だ。勿論、()の事があるから毎日来いって言わないからさ!」

 

そう言っくるっとはあいがてどん(そう言って貰えるのは嬉しいけど)なかなかな(簡単にはいかないよ)

 

 昼休みなどの遊びでバスケットも楽しむシンジであったが、部活として参加すると言うのには中々にハードルが高かった。

 心理的には低いのだけれども、物理的な意味で時間が無かった。

 

「駄目か、お前が来てくれたら西中にも勝ち越せそうなんだがな」

 

負けちょっとな(負け越してるの)?」

 

「馬鹿言え、互角だ互角」

 

 体格の良いバスケット部部長は、からからと笑う。

 この陽性な態度あればこそ、シンジも気楽に応対してるとも言えた。

 対して陸上部などは、シンジは勿論、その仲の良いアスカまで欲しくて、ネットリとした言い方をしてくるので早々に逃げ出す様であった。

 尚、剣道部に関してはシンジが、流派が違うから無理(剣道は性に合わない)と言って終わっていた。

 

 と、そこに乱入する影。

 アスカだ。

 走り終わって流れる汗を赤いタオルで拭いながらやってくる。

 

「また、勧誘しているの? 無理よ。シンジはウチ()の用事で忙しいんだっつーの」

 

()()、ね。そうだな惣流が居るものな。シンジへの勧誘で女の子にモテるってのは駄目な言い方だったな」

 

 普通に女子生徒からモテるバスケット部部長は、そうであるが故に14歳と言う年齢の割に大人になって(性的な意味での成長をして)いた。

 アスカの、シンジへの距離感を理解しているとも言える。

 恐らくは2年A組の男子の中で一番に。

 だからこそアスカは、警戒しているとも言えた。

 自分よりも10㎝から身長の高いバスケット部部長を、下から睨む。

 何と言うか猫めいた姿だ。

 

「なに? スケベな事でも言ってたのっちゅーの」

 

「まさか! そんなフケツな真似はやってないよ。な、シンジ? それよりリレーは勝ちそうだな!」

 

「アタシも走ってるのよ。あったりまえよ」

 

「あはははははっ」

 

 洞木ヒカリのキメ台詞(キャッチフレーズ)とあからさまな話題変更で誤魔化そうとするバスケット部部長。

 笑うシンジ。

 そんな2人をジト目で見るアスカであった。

 

 

 

 楽し気な雰囲気は、リレー競争で2年A組がぶっちぎりで勝ちつつある事もあっての事だった。

 クラスの三分の一が参加しての競争(ゲーム)は、クラスメイト達もやいのやいのと歓声を挙げて盛り上がっていた。

 そんな中にあって相田ケンスケは、楽しくさなそうにして(すすけて)いた。

 何時もは首から下げている記念撮影用のカメラも無く、タオルだけ掛けていた。

 

「………」

 

 トラック(コース)を鈴原トウジが走っていく。

 シンジやアスカ、或いは運動部の面々に比べれば拙い体捌きであるが、それでも前走者が稼いだ余裕を十分に生かして首位を守っている。

 と言うか必死さが顔から体から湧き上がっているのだ。

 応援席からの声も増すと言うものであった。

 特に、洞木ヒカリは日頃の穏やかさを投げ捨てた様に、タオルをぶん回して応援している。

 楽しそうである。

 

 だが、相田ケンスケはその輪から離れていた。

 かといって、運動に興味の無いクラスメイトの輪にも居ない。

 その中間点に居た。

 

「あそこに居たかったな」

 

 誰に言う訳でもない言葉が零れる。

 鈴原トウジが出るならば、と、リレーの選抜で相田ケンスケは手を挙げていた。

 だが、却下されていたのだ。

 他にも速い人は居るから、と。

 そもそも相田ケンスケという少年は、何時もはこの手の事に積極的で無かったのだ。

 手を挙げても却下されるし、或いは誘われないのも当然であった。

 今までの自分を、趣味を否定する気はない。

 だが、それだけでは満足できなくなった自分を、相田ケンスケは自覚していた。

 その原因も。

 

 人の輪の真ん中で輝いている煌き、アスカだ。

 

 お披露目の時の様な、TV画面越しの距離がある訳では無い。

 だが、いま改めて感じるのだ。

 同じ場所に居ても、同じところには立てない自分と言うものを。

 

「ふぅ~」

 

 深呼吸を1つ。

 そして決断する。

 エヴァンゲリオンに乗る、と。

 適格者(チルドレン)になる、と。

 TVでは、もうすぐ募集が始まると言っていた。

 そこに立候補するのだ。

 NERVと、NERVの重役である葛城ミサトとの(コネ)を自分は持っている。

 なら、最初の選抜で落とされる事は無い筈だ。

 そういう計算もあった。

 

 やる。

 やるぞ。

 やってやる。

 

 相田ケンスケは、自分の頬を叩いて気合を入れるのであった。

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09(Ⅱ)-4

+

 今だに迷走し続けている(会議が躍り続けている)国連安全保障理事会であったが、下部組織であるNERVは、エヴァンゲリオンの追加量産の準備を進めていた。

 特にNERV本部は、閉鎖していたエヴァンゲリオンの建造区画の再使用準備に追われていた。

 幸い、使徒の出現が無かったお陰で悲劇的状況(デスマーチ)が発生する事は無かったが、それでも大変な日々であった事に変わりは無かった。

 だがそれに並行して技術開発局第1課は面倒な業務を背負っていた。

 第2次E計画で採用される予定の適格者(チルドレン)に適応させたエヴァンゲリオンの制御システムの改良である。

 綾波レイと惣流アスカ・ラングレーでの育成経験を基に作られた、エヴァンゲリオンの特性や機体性能を100%出しきれる様な現行システムではなく、技量の無い人間であってもそれなりに扱えるシステムの開発である。

 言ってしまえば、従来のエヴァンゲリオンが戦場の主役(単騎での決戦兵器)であるのに対し、第2次E計画で建造されるエヴァンゲリオンは戦闘団の戦力要素(CTに於ける戦力要素)と言う事となるのだ。

 言うならば、前線に位置してA.Tフィールドを展開する事で使徒へ通常兵器での攻撃を有効化させる事が目的とする機体となるのだ。

 一部からは簡易量産型と言う表現もあったが、機体機能の簡素化とは別に、機体に要求される役割が従来のエヴァンゲリオンとは全く別となる為、それが普及する事は無かった。

 故に、シンプルにエヴァンゲリオン2型(セカンド・エヴァンゲリオン)と呼ばれる事となる。

 

 兎も角。

 新しい制御システムの開発は技術開発部のみならず、碇シンジたち現役適格者(チルドレン)の協力の下で行われていた。

 主目的は可能な限りの自動化である。

 柔軟性が高い代償として、操作に労力を要する現行の制御システムの動作を簡素化し、自動化させる事で簡単に出来るようにするのだ。

 葛城ミサトなどは、自動車のトランスミッションのMT(マニュアル)からAT(オートマ)にする様なものだと言っていた。

 とは言え、その作業に携わる場合は話が違ってくる。

 

 

『めんどうくさい』

 

 ブスっとした顔で不満を述べるアスカ。

 何時もの赤いプラグスーツではなく、白を基調とした試験用の様々な計測機器を取り付けたプラグスーツを身に纏っている。

 当然、居る場所もエヴァンゲリオン弐号機の操縦槽(エントリープラグ)では無く、MAGIが管制する情報収集用疑体の操縦槽(エントリープラグ)であった。

 今、アスカが行っているのは、エヴァンゲリオンの基本動作パターンの収集であった。

 無論、アスカだけではなく、綾波レイも隣の擬体で同様の作業を行っていた。

 碇シンジがそこに含まれていない理由は、シンジがエヴァンゲリオンに行わせている挙動の大半が()()()()()()、動作の標準化には不適格であるとの判断の結果だった。

 シンジの戦闘スタイルは近接戦闘が主体であり、それによって撃破数(スコア)を重ねてきたのがエヴァンゲリオン初号機なのだ。

 である以上は、中距離からの射撃戦闘を行いつつA.Tフィールドの中和を担うエヴァンゲリオン2型(ネクスト・マスプロダクトモデル)に採用されるべき動作パターンに含まれる筈も無かった。

 

 居ないのだシンジは。

 だからこそアスカは不満を漏らしている(ブー垂れている)と言えた。

 少なくともその場にいる大人たちはそう理解していた。

 微笑ましい、と。

 そもそも不満を口にするのも、休憩時間をキチンと選んでいるのだ。

 作業自体は真面目にやっている。

 だからこそ作業を管制する伊吹マヤは、柔らかく笑いながら告げる。

 

「そう言わないでアスカ。後輩の為だし、回ってはアスカの為にもなるんだから」

 

『でも………こんなトロそうなエヴァで役に立つの?』

 

 特殊な給水用ボトルを口に含みながら不承不承と云う塩梅で眉を顰める。

 アスカの言う通りではあった。

 基本動作はこなせる。

 だが、思考直結(機体とのシンクロ)による柔軟な操作性は失われるのだ。

 アスカが不満 ―― 不安を覚えるのも当然であった。

 それを伊吹マヤは窘める。

 

「完璧でも居ないエヴァよりは、不十分な能力でも居るエヴァよ」

 

 そこまで言ってから少しだけ声を落とす。

 秘密を漏らす様に言う。

 

「それに、2型が実戦配備になればアスカ達にも十分な休暇を出せるわ。一寸した旅行だってシンジ君たちとも出来る様になるのよ」

 

『し、シンジと旅行って!?』

 

 たち、と言う伊吹マヤの言葉を聞き落としてか、ポンっとばかりに真っ赤になるアスカ。

 実に思春期だ。

 が、それに不満を漏らすモノも居る。

 綾波レイだ。

 

『私も行きたい。駄目?』

 

『………駄目な訳無いでショ』

 

 伊吹マヤがフォローを入れる前に、アスカが受諾していた。

 少しだけ残念そうな顔をしている。

 これで、綾波レイにシンジ相手の下心があれば拒否も出来るのだが、そうでないから仕方がない。

 純粋に、仲間と言われたのに仲間外れは嫌(置いてけぼりは寂しい)と言う思いの上での言葉なのだ。

 コレを無下に出来る程にアスカと言う少女は、我が強くない。

 

『有難う』

 

『アンタがそう言う奴だとは思わなかったわよ』

 

 嘆息めいた言葉に、両手を挙げるお手上げだ(勝てない)と言うジェスチャーを添えるアスカ。

 人との対話も拒否する、ツンケン冷血ガール。

 それがアスカにとっての綾波レイへの最初のイメージだった。

 アスカが出会った早々の頃は、そのイメージ通りであった。

 だが、日本に来たアスカがシンジの家の隣に引っ越したのと前後する形で人並みの生活を与えられた綾波レイは隣に住む伊吹マヤの影響を受けて変わった。

 第8使徒戦役以降に関係の改善したアスカとアスカから紹介を受けて関係の深まった洞木ヒカリと洞木グループ(女子班)を通じて変わった。

 大人からも子ども(同級生)からも遠巻きに見られていた綾波レイと言う幼子は、アスカと言う触媒によって劇的に変わって行ったのだ。

 他人を見るようになった。

 他人に自分から関わる様になった。

 今までが独りであった事を知った。

 他人と触れ合った事で、独りは寂しいと言う事に気付いた。

 そして今となる。

 アスカが触媒となったという事を理解するからこそ、綾波レイは幼子の様にアスカになついているのだった。

 かつては、アスカの喋り声にも不快感を覚えていたのが凄い変化とも言えた。

 人間、仲よくなれば欠点も美点に見えて来る。

 そう言う類の話であったのかもしれない。

 綾波レイも、人間なのだ。

 

「ま、その時は皆で楽しめる場所に行けば良いわ」

 

『………なら、マヤが車を出してくれるの?』

 

「私は車は持ってないもの」

 

『彼氏のがあるでしょ』

 

『青葉中尉が大きな車に乗ってる』

 

「ちょ、ちょっと止まって!?」

 

 煽り気無し、ド直球な2人の言葉に伊吹マヤも焦る。

 只、ほんのりと頬を赤らめている。

 擬体管制室のスタッフの耳目が伊吹マヤに集まった。

 概ね、驚愕であった。

 技術局第1課の出世頭(赤木リツコの愛弟子)にして不沈艦、男を寄せ付けなかった鉄の処女(アイアン・バージン)に春が来ていたのかとの衝撃だ。

 目配せし合う。

 青葉中尉って誰? ウチ(技術局)じゃないよね。

 中尉って事は年上? まって、私知ってるかも__ 等などである。

 擬体管制室に一寸した息抜きを与えながら、当事者たちの会話は盛り上がる ――事は 無かった。

 

 甲高い電子合成音。

 NERV本部に於いて、最も重要な意味を持つ警報。

 使徒の襲来が告げられたからである。

 その瞬間、全ての人間のスイッチが入れ替わるのであった。

 

「作業停止! 各員は終了手順を実行、終了次第個々に通常業務へと復帰せよ。現場班はアスカとレイの回収、待機室へと案内しておいて!!」

 

 キビキビとして命令を発する伊吹マヤ。

 その声に弾かれたかの様に、各員は動き出す。

 

 

 

 

 

 第11番目となる使徒の襲来。

 だがそれは予想外の形でのモノであった。

 

「説明を開始して」

 

 葛城ミサトの言葉から、状況の説明と分析とが始まる。

 先ずは施設維持局からであった。

 

「B棟のエヴァ生体パーツ建造(培養)槽の再検査時に発見されたものです」

 

 画面に映し出されたのは、白を基調とした蛋白壁の写真だ。

 そこに染みめいたものが映っている。

 

「異常の確認後、調査に出したUUV(水中無人作業機)が__ 」

 

「乗っ取られた、と」

 

 調査の為に侵食部分に接近したUUV、その作業アームが染みめいたモノに触れると共に、染みめいたモノはUUVへと広がり、その後に暴走。

 僚機を巻き込んで大事故となる。

 その際に検出されたのがパターン青(BloodType-BLUE)であったのだと言う。

 

「碇総司令への報告は?」

 

「実施済みです。又、緊急マニュアルに従い、セントラルドグマの物理閉鎖を実施。現在、発見されたB棟及びシグマユニットは隔離状態にあります」

 

「点呼は? 隔離内に取り残されている人間は居ないわよね」

 

「MAGIによって、本部地下設備内の人員に異常が無い事は確認済みです」

 

「結構。で、使徒は何をしているの?」

 

「不明です。現在、B棟内部、建造槽内部で大人しくして居ます」

 

 幾つかの画像が表示される。

 脇に刻まれているタイムスタンプで見る限り、発見されて30分以上が経過しているが、何かをしている気配はない。

 

「コアの確認は?」

 

「不明です」

 

「では、アレが本体で無い可能性もある訳ね」

 

「或いは、コアを持たない使徒(群体としての使徒)の可能性もあるわ」

 

 赤木リツコが忌々し気に言う。

 最近、暇な時間にはSFの類の本を読んでいるという。

 想像力を磨き、どんな使徒が来ても驚かない為だと言う。

 そんな親友(マブ)の姿に痛々しさを感じつつ、葛城ミサトは考える。

 如何にして、本部施設の被害を抑えて第11使徒を叩き潰すのか、をだ。

 

「世界の終りまでそうであれば、楽なのにね。いいわ、取り合えずエバーの出撃準備を進めさせて」

 

「どうするつもり?」

 

「取り合えず使徒のA.Tフィールドを中和してみて、そこから反応を見る」

 

 仕掛けて見て、反応を見る。

 そう葛城ミサトが判断した時、既に使徒側も動いているのだった。

 

「葛城中佐!」

 

 通話機を抱えた連絡スタッフが、信じられないというような顔で声を発した。

 ただ事ではないと見た葛城ミサトが無言で頷き、続きを促した。

 誰もが口を閉ざして静かになった室内。

 耳目が集まる。

 

第3護衛班(グループ3)が使徒と接触との事です」

 

「ハァ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる葛城ミサト。

 だが、奇異の目を向ける者は居ない。

 誰もが目を剥いて、連絡スタッフを見ていたのだから。

 第3護衛班とは即ち第3適格者護衛班(3rd チルドレン・エスコートチーム)、シンジの護衛部隊なのだ。

 NERV本部に於いて最重要護衛対象群に含まれ、現時点では間違ってもB棟付近には居ない筈であったのだ。

 それが使徒と接触したと言う。

 理解を超えるのも当然であった。

 

「どういう事!? 使徒は既にB棟を抜け出しているって事? リツコ!」

 

「ええ。監視チーム、情報の再チェックを急いで!!」

 

「で、状況は!? シンジ君はっ無事なの!!?」

 

「それが、撃破したとの事で………」

 

 返された現実は、理屈を超えていた。

 

「ハァァァァァッ??」

 

 

 纏めれば、次の様になったのだと言う。

 本日の新しい制御システムの情報収集任務が割り振られていなかったシンジは、使徒発見の一報が齎された際、通常の訓練を行っていた。

 この為、急いで操縦者待機室へと向かっていた。

 その最中に、壁に広がる染み(使徒)を発見。

 護衛班の1人が確認の為に近づいた所、染みが広がって襲われた。

 

「それで?」

 

 そこまでは判る。

 ある意味で理解しやすい話である。

 そこから、何故、撃破したと言う事になるというのかが判らない。

 

「で、襲われた班員を救う為に3rd(シンジ)が吶喊、班員を襲っていた染みの大本に手に持っていた木刀を叩き付けたら、ええ。潰せた訳で」

 

「まって、まってまってまって。()()()()()()?」

 

「木刀で潰した」

 

「………ごめん、頭痛い。リツコ、B棟の方は?」

 

「居るわね。但し、再チェックを行った所………聞く?」

 

「聞く。後、ビールが欲しい」

 

「頑張りなさい。どうやら自己増殖型みたいね。広がっているわ」

 

「それがシンジ君の所にも現れた、と」

 

「ええ。但し、増殖型といっても、弱いみたいね」

 

「弱いって言ったってUUVは乗っ取るし、襲われたスタッフも居るのよ!? それが何で木刀で潰されてるのよ、使徒を舐めてるの。人間を舐めているの!? 意味が判んないわよ!!!」

 

「使徒に意味なんてあるの?」

 

 感情の一切乗って居ない声を漏らす赤木リツコ。

 意味が判らない理不尽である。

 もはや使徒とはそういうモノだと考えるべきだと思っていた。

 その吐露であった。

 無慈悲な赤木リツコの言葉に冷静さを取り戻す葛城ミサト。

 溜息。

 改めて口を開く。

 

「そうね。でもどうして木刀で、シンジ君に潰されたの? 木刀が良かったの? 例えばアレがゲームとかである御神木とかで作られた奴だとか」

 

「馬鹿ね。シンジ君のは1本ン千円の量販品よ。大体、買ってきたの貴女だったでしょ?」

 

「じゃあ何でよ!!」

 

「推測で良ければだけど、答えみたいなモノはあるわよ」

 

「教えて」

 

 縋る様に言う葛城ミサト。

 現実の意味不明さを、酒の力も借りずに乗り切るにはナニカが必要であった。

 そういう顔をしている。

 

「意志よ」

 

「意志?」

 

「そ。最近の研究だとA.Tフィールドとは自己保持力とも見られているわ?」

 

 人を形作る力である可能性を言う。

 自我の境界線とか、動物はどうなるのかとか、植物はどうなのとか。

 そもそも物質はどうなるのとか、ある意味で超常現象(オカルト)めいているが、と付け加えた。

 全身全霊で信じていないが、そんな顔で赤木リツコは口にした。

 

「結論として、どうなの?」

 

「要するに、シンジ君の()意が上回ったから潰せたんでしょ」

 

「使徒なのに?」

 

「細菌みたいなものだもの」

 

 会議室を何とも言えない空気が満たした。

 pcの電子音や、ファンの音だけの静かな室内となった。

 

「じゃあリツコ、もしかして私たちでも?」

 

「可能性はあるわね」

 

 葛城ミサトは思わず、腰に佩いた拳銃(H&K USP)を確認するのだった。

 

 

 

 NERV本部作戦部と保衛部、それにNERV本部施設内に駐在していた国連軍の将兵との合同チームで行われた、取り敢えずの試験。

 使徒を人間が叩き潰して見ると言う実験は、見事に成功した。

 拳銃で撃った。

 死んだ。

 木刀やバールで叩いた。

 死んだ。

 死ねとの殺意を込めて行われた全ての行動で、使徒は死んでいった。

 

 報告を聞いた葛城ミサトは、狂ったように笑った。

 笑ってから叫んだ。

 

「狩りよっ! 使徒を狩れ!! 但し、銃器の使用は禁止!!!」

 

 

 使徒との闘いを子どもに押し付けていた事に忸怩たる思いを抱いていた大人たちは、その号令に歓喜し従った。

 各々、鈍器を手に使徒を探し、潰して回るのだった。

 その様は正に狩りであった。

 ハンマーやパイプレンチ、或いは銃床で。

 はたまた手袋をした手で靴で踏みにじっていく。

 それだけで第11使徒の欠片たる群体は消えていった。

 自分たちで使徒を潰せると言う喜び。

 それがNERVスタッフを駆り立てた。

 国連軍将兵を駆り立てた。

 戦闘部署の人間だけではない。

 清掃を担う人々はモップを槍の如く抱えて徘徊した。

 調理を担う人々は中身の詰まった一斗缶を鈍器の如く担いで徘徊した。

 勿論、見つけ次第にソレらを振るう事に迷う事は無かった。

 

 使徒への憎悪もあったが、最近の過重化した労働への鬱屈も又、その行動の原動力であった。

 使徒さえ居なければ、子ども(チルドレン)を戦わせる事はなかった。

 使徒さえ居なければ、こんな残業まみれの日々を過ごさなくても良かった。

 振るわれる単純な暴力は人を酔わせた(ストレス発散に駆り立たせた)

 狂乱めいた勢い。

 全てのNERVスタッフは獣の如く第11使徒を探し、潰して回っていった。

 

 

 

「冬月、ここを頼む」

 

「碇、行くのか」

 

「ああ」

 

 NERV本部総司令官執務室の隠し金庫からA号封印体(Solidseal-α)を入れたトランクを取り出す碇ゲンドウ。

 勿論、戦いに行くのではない。

 逃げるのだ。

 使徒が狙うのはアダムである。

 NERV本部地下(セントラルドグマ)のアダムに偽装したリリスであるが、碇ゲンドウの手には本物のアダムがあるのだ。

 第11使徒は細菌状であり、どこにでも入ってくる使徒なのだ。

 厳重な警戒が成されている総司令官執務室であっても、やってくる可能性は零ではないのだ。

 であれば、逃げるほか(逃げるんだヨォ しか)なかった。

 

「取り合えず、セントラルドグマに潜る」

 

「気を付けてな」

 

 

 

 個でエヴァンゲリオン(群体たる人類)に勝てないのであれば、同じ土俵に上がろう。

 使徒がそう考えたのかは判らない。

 だが、取り合えず言える事が1つ

 群体同士として見た場合の人間の殺意の大きさと言うモノは、使徒とは比べ物にならないと言う事であった。

 瞬く間に封鎖されているB棟以外の使徒が狩られていく。

 群体としてのサイズ、細菌レベルの体で張れるA.Tフィールドは余りにも貧弱であり、多少、強度をあげた所で、強烈な殺意を込められた人間(物理)力の前では無力であった。

 有意に、己が減っていく事を知覚した第11使徒は能動的に動き出す。

 群体を捨て個体へと戻ろうとするのだ。

 コアを形成し、体を作ろうとする。

 だが消えていく末端の自己の速度が速すぎた。

 出来る事など何も無かった。

 故に、逃げる第11使徒。

 細菌状の体を利用し、配管を伝って逃げる。

 閉鎖されたバルブであっても、微細な隙間はあるのだ。

 どうにでも出来ていた。

 途中、アダムの気配を感じた。

 気付けば誘導されていた。

 先ずは自己の保存を優先して動いたが、祖たるモノ(Adam)への帰還と言う誘惑は自己保存欲を上回るのだ。

 

 能動的に、攻撃的に動く第11使徒。

 だがそれは巧妙な誘導であった。

 それを理解するのは、アダムの気配を追って出た先の事である。

 エヴァンゲリオン弐号機である。

 

 それは赤木リツコによる作戦だった。

 エヴァンゲリオン弐号機の素体がアダム遺伝子ベースである事を逆手にとって、使徒を誘引しようとし、見事にソレに成功したのだ。

 

『こういうのを言うのよね。トンビに油揚げを攫われる(ごっちゃんゴール)って』

 

 最近学んでいるコトワザを口にするアスカ。

 その内容が状況を正確に表しているとは言い難いが、兎も角、物騒で何よりも楽し気であった。

 その目に油断は無い。

 獣めいた笑みを口元に刻んでいる。

 そして、使徒の全体が出たと見るや、一気に攻撃を行う。

 

『フィールド全開!!!!』

 

 空間を砕く程の勢いで放たれたA.Tフィールドは、使徒が現れた空間 ―― 地下整備区画を滅茶苦茶にした。

 勿論、その目的である第11使徒もだ。

 

『死ね』

 

 止めめいて放たれるのは焔。

 エヴァンゲリオン弐号機が持つ近接火炎照射武器EW-31(フレームランチャー)だ。

 ナンバーから判る通り、初期に開発されていた武器であったが今まで実戦投入されなかった理由は、射程距離の短さと、何よりも高温で全てを焼き尽くすソレと言う性質から付帯被害が余りにも巨大になる事が予想された為であった。

 そして今、封印を解かれたEW-31(フレームランチャー)は想定通りの力を発揮した。

 第11使徒を、その悉くを燃やし尽くして見せたのだから。

 

 使徒が燃え尽きていく轟焔の中に立つエヴァンゲリオン弐号機。

 その様はさながら焔の女王であった。

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09-Epilogue

+

 エヴァンゲリオンと団結した人の(暴力)によって沈んだ第11使徒。

 その日、第3新東京市の飲み屋街は記録的な売り上げを出す事となる。

 人間の勝利とも言えた。

 明日からは、エヴァンゲリオン弐号機のA.TフィールドとEW-31(フレームランチャー)によって滅茶苦茶にされた地下整備区画の後片付けを筆頭に、戦いによって荒れてしまったNERV本部地下設備の()()が待っている。

 だがそれでも自らも参加した戦い、その勝利の美酒に酔いたいと言うのが人情であった。

 明日、或いはその先に次の使徒が来たとしても、先ずは今日の勝利を喜ぼう。

 そう言う話であった。

 無論、NERVは24時間365日(フルタイム・フルスロットル)と言う仕事だ。

 飲める人間が居れば飲めない人間も居る。

 残業に関わる諸事は明日に回して良いと葛城ミサトが冬月コウゾウに掛け合って認めさせたが、流石に待機シフトは通常通りに行われる事になった。

 

 監視スタッフ主体となって、静かな第1発令所。

 ごく少数の不運なスタッフは席を寄せ合って晩餐としゃれこんで居た。

 とりあえず飯を喰おう。

 監視チームの班長(リーダー)を担う日向マコトの号令によってであった。

 第3新東京市(箱根山)を起点にした対使徒哨戒網は正常に作動している為、多少は息を抜いても良いだろうとの判断であった。

 

「主食のおにぎりに主菜のカップラーメン、そしてウーロン茶で乾杯だな」

 

「そうですね」

 

唐揚げ(ホットスナック)もありますよ!」

 

「春巻きもですね」

 

 第1発令所第1指揮区画の後方にある、常ならばPC(ノートパソコン)だの地図だのといったアレコレが乗っている幕僚向けテーブルに、今は大量のコンビニ袋が載せられている。

 いろいろなカップラーメンや弁当、おにぎり、様々なおかず(ホットスナック)

 或いは菓子パンの類。

 それにペットボトルのドリンクだ。

 葛城ミサトの差し入れだった。

 第11使徒対応で晩飯を買いに行く暇も無ければ、スタッフ向け食堂も()()()()()()()に閉鎖されている為であった。

 

「家で喰うより豪勢ですな!」

 

「全くだ」

 

 笑い合う一同。

 

「しかし、葛城さんの差し入れにしては、ビールが入って無いな」

 

「残念!」

 

 陽性の笑いが上がる。

 ある意味で貧乏くじめいた居残り(夜間監視業務)ではあったが、第11使徒を自らの手で倒せたと言う気持ちは前向きな元気を与えていた。

 やいのやいのと盛り上がりながら夕食を食べていた一同。

 そこに来客が来る。

 

「中々、楽しそうだな諸君」

 

 冬月コウゾウだ。

 

「副司令!?」

 

「ああ。そのままそのまま。気にする必要は無い」

 

 そうは言われても、組織の序列第2位(№2)を前にしてカップラーメンを啜れる剛の者は居ないと言うものであった。

 手で制されて立ち上がる事は無かったが。

 

「君たちの様子を見に来ただけなのだ。元気であるなら結構だよ」

 

「有難くあります。しかし副司令もこの時間まで?」

 

 代表して日向マコトが答える。

 上級者が精査決済するべき書類作成も明日以降に投げられているのだ。

 お偉いさん(冬月コウゾウ)がする事など今は無い筈であった。

 その解を冬月コウゾウは苦笑と共に述べる。

 対外折衝である、と。

 

「本部施設内への直接侵攻だったからね、人類補完委員会や日本政府との情報交換が長引いてしまってね」

 

 遠隔会議であったと言う。

 何かの役に立つ訳では無い会議ではあったが、NERV本部地下施設まで侵攻を受けたという事の重さが必要としていた。

 要するには感情失禁(ヒステリー)、その発散であった。

 

「お疲れ様です」

 

「ああ。上の老人共の愚痴を聞くのも私の俸給分と言う所だよ」

 

 心底から労わる口調の日向マコトに、何でも無いと笑う冬月コウゾウ。

 その様は大学教授の様でもあった。

 研究内容に理解の無い大学運営サイドに掛け合って、ゼミの運営資金を確保していく様とも言えた。

 

「もう少し私に力があれば、君たちにももう1品は付けられたかもしれんのだがね」

 

 サラダ位は必要だと笑う冬月コウゾウ。

 日向マコトは愛想笑いを浮かべた。

 サラダより肉が欲しい。

 脂っ気が欲しい。

 まだまだ若い(そう言う年頃)のだから。

 

「お気持ちだけで大丈夫です」

 

「そうかね? では私も帰るとする。頑張ってくれたまえ」

 

「有難くあります」

 

 手を振って去っていく冬月コウゾウ。

 流石に全員が立って見送る。

 

「副司令も大変だよな」

 

「全くだ。そう言えば碇司令も確かまだIDは本部施設内在住だったよな?」

 

「ああ。点呼の時に確認した」

 

「偉くなるのも楽じゃないよな」

 

「本当だ」

 

 

 

 背中で部下たちの声を聞いた冬月コウゾウは、小さく声を漏らしていた。

 

「あっ」

 

 忘れていた。

 そんな言葉を喉の奥に飲み込みながら。

 

 

 

 NERV本部地下、最深部(セントラルドグマ)

 使徒の標的となるアダム、を模したリリスを封印しているNERV秘中の秘たる場所。

 巨大な空間には磔にされたリリスから漏れ出た液体(L.C.L)が満たされている。

 その岸辺で、碇ゲンドウは座っていた。

 放棄され埃まみれとなった古い調査研究設備、そこにあった椅子に座っている。

 A号封印体(Solidseal-α)の入ったトランクを抱える様にして持ち、只ひたすらに巨大なリリスを見ている。

 

「まだ、地上は終わらぬのか………」

 

 空腹、のどの渇きと戦いながら碇ゲンドウは必死に耐えているのだった。

 このL.C.Lは口に含んでも大丈夫だったかな。

 そんな事を考えながら。

 

 

 

 

 

 葛城ミサトの打ち上げ。

 最早定番化しつつある碇シンジ宅が宴会場になっていた。

 年下の、中学生の、子どもの家ですると言う事に葛城ミサトに抵抗はない。

 アスカが反対しようとするがヒト睨みで黙らせる。

 シンジは最初から抵抗しなかった。

 シンジとアスカがくすねて飲んでたビールの対価だと言われれば、平伏して(へへーっと)受け入れるだけしか出来なかったとも言える。

 取り敢えず、食材代は巻き上げたし、参加者も総菜などは持ちよりとはなっていたが。

 

「しかし、俺が居ても良いものなんですかね?」

 

 そう言って肩をすくめたのは青葉シゲルであった。

 独居男子らしく、持ち込んで来た総菜は出来合いのオードブルであった。

 とは言えコンビニやらスーパーではなく、デパート地下の総菜屋で買ってきている辺り、何と言うか()()()()()()()()と言う塩梅であった。

 

「ナニを言うんだい、何時も送迎で活躍しているじゃないか。それに、居て貰わないと男率が悪くてね」

 

 男臭く笑っているのは加持リョウジであった。

 葛城ミサトの酒を飲むぞ飲むぞ発言の場に居合わせたので、俺も参加させろと参加権を確保しての最初からの列席であった。

 で、その際に上記の様な理由で青葉シゲルを誘ったのだ。

 別段に同期と飲む予定も無かった為、青葉シゲルは誘いに乗ったのだった。

 

「それに、マヤちゃんとも良い仲だって聞いてるぜ?」

 

 キラッっと歯を輝かせる加持リョウジに、青葉シゲルも苦笑を漏らす。

 仲良くはしていますよ、と。

 

「だけど加持さんが言うような男女的なって奴じゃないですよ」

 

 可愛げがあるんで手を貸してやりたいんですよ、と言う青葉シゲル。

 こういう所が、仲良くなる(警戒されない)秘訣なんだろうと加持リョウジは思っていた。

 少なくとも以前に自分がアプローチした際の不審者を見る様な態度を思い出せば、納得するとも言えた。

 

「はっはっはっ、そんなモンかな」

 

 2人が居るのはキッチンだった。

 甲斐甲斐しく料理の準備 ―― シンジの手伝いをしている。

 役割分担だ。

 女性陣は、シンジ宅の全てが手の中にあると言わんばかりの態度で出されるアスカの指示に従ってリビングの準備をしていた。

 ソファーを動かし、テーブル(ちゃぶ台)をアスカの家から持ってくるなどの一番の肉体労働だ。

 男衆(加持リョウジたち)で無い理由は、男女平等(ジャンケン)の結果だからだ。

 ぶーぶー言いながら、手袋(軍手)で汗を拭う葛城ミサト。

 無様ねと笑っている赤木リツコ。

 テラスでビールなどを氷水に浸けてせっせと冷やしている人間(綾波レイ)も居る。

 働かざる者食うべからず。

 そんな格言めいて飲み会の準備が進められていた。

 隣のアスカ宅でも、伊吹マヤが刺身盛りをやって居たりもする。

 反対隣の葛城ミサト宅を使わない理由は、言うまでもないだろう。

 使えないのだから仕方がない。

 赤木リツコなどは、リョウちゃん(加持リョウジ)が泊まりに来た時にさせれば良いじゃない等とシレっと煽るが、葛城ミサトは聞こえないふり((∩゚Д゚) アーアー キコエナーイ)で手を動かす。

 そしてアスカは指示をしながら、大人って(フケツ)っと半睨みをしていた。

 誰かが洒落で買ってきた、()()()()()と言うタスキを掛けながら。

 

 猥雑な、だか楽しい雰囲気に満ちているシンジ宅。

 その中でせっせと料理をしたり、オードブルを皿に盛りつけしながらシンジは笑う。

 楽しそうに笑う。

 

「良い笑顔だな、シンジ君」

 

楽しかでよ(楽しいですからね)人が集まっせぇに(皆で集まって)やいのやいのとやっとがまこてよか(賑やかなにするのは好きですからね)

 

「そいつは良かった」

 

ほあ、こん皿を持っててくいやい(この皿はもう持っていって大丈夫ですよ)

 

「ああ、任せろ」

 

 リビングを見ればテーブルの準備は終わっていた。

 既に葛城ミサトなどは席に座って乾物(ポテチだのスルメだの)の準備に取り掛かっているのだ。

 大皿料理を運んでも問題は無さげであった。

 

「青葉君、そろそろ全部、運んでしまうか?」

 

「良いですね。シンジ君もそろそろ行こうか?」

 

ほうな(判りました)ほいなら(でしたら)こんとが終わいもしたら行っでよ(この卵焼きが終わったら移りますよ)

 

 折角、卵を割って準備していたのだ。

 それを放置するなど勿体ない。

 そういう話であった。

 

「じゃ、大根おろしはもう少し、作っておくかい?」

 

じゃいなら(そうですね)頼んもんで(お願いします)

 

 頼まれた青葉シゲルが大根に手を伸ばそうとした、その手をアスカが止めた。

 アタシがするから、と言って。

 

「アッチの準備は終わったから、青葉さんはマヤを呼んできて」

 

 アスカの家のキッチンで忘れられていては可哀そうと言うのがあった。

 呼びに行く役を青葉シゲルに頼む辺りは、アスカも実に乙女と言う所なのかもしれない。

 シンジとの作業を取ったとも言える。

 そんなアスカの乙女心を理解した加持リョウジは、声を立てる事無く大皿などをリビングに運ぶのだった。

 

 

「卵焼きにGratedRadish(大根おろし)って良く合うわよね」

 

「うん。マヨネーズが良いって人も居るらしいけど、僕はコッチが好きかな」

 

「ママの味?」

 

「うん、義母さんが良くしてくれたよ」

 

「そっ」

 

 リビングの大人組は、キッチンで並んで料理しているシンジとアスカの後姿をそっと覗いていた。

 ニヤニヤとした悪い大人の顔をしていた。

 汚れていない綾波レイは首元を掻きながら呟く。

 

「コレも、痒いと言う気持ち?」

 

 そんな絵が、刺身の大皿を持った青葉シゲルを連れた伊吹マヤが帰ってくるまで続いていた。

 

 

「どこも女性の方が強いか」

 

「あら、私はヨワいわよ?」

 

「いやいや。一番強い側だと思うけどね」

 

「そうね、ミサトは我が強いものね」

 

「リツコ………おぼぇT」

 

「さ、乾杯乾杯」

 

「ほら、ミサトもビールよビール。レイも席に座りましょ」

 

 

「乾杯」

 

 主役と言うタスキ(御指名)に、アスカが上げる乾杯の声。

 誰もがビール缶を抱えて唱和した。

 シンジ宅で一番の賑やかな時間が始まる。

 

 

 

 

 

 




2022.10.3 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾) ANGEL-12  LELIEL
10-1 Hyperīōn


+
神は誠実である
あなたたちが耐えられない試錬に出会わせることはないばかりか、
それに耐えられるように逃れるための道も備えてくれる

――新約聖書     









+

 多くの時間。

 多くの組織。

 多くの人間の悲喜こもごもを飲み込んで成立した第2次E計画。

 その目的は広域にわたる使徒からの人類護衛が主任務と定められた。

 そしてエヴァンゲリオンの配備予定が公表される。

 防衛部隊(ユニット)が1つ。

 NERV本部のある第3新東京市に配備されるNERVエヴァンゲリオン戦闘団。

 2機のエヴァンゲリオンで小隊とし、2個小隊と予備機1機を含めた5機が配備される事と定められた。

 機動展開部隊(ユニット)が3つ。

 1つはアメリカ大陸に配置されるアメリカ隊(仮名)。

 管理するのはアメリカNERV、南北アメリカ大陸と大西洋と太平洋東側での緊急出動を担う。

 1つはヨーロッパ亜大陸に配置されるエウロペア隊(仮名)。

 管理するのはエウロペアNERV、ヨーロッパ亜大陸とアフリカ大陸、中東までの緊急出動を担う。

 1つは東ユーラシア大陸に配置されるユーラシア隊(仮名)。

 管理するのはユーラシアNERV、インド亜大陸から東のユーラシア大陸全域とオーストラリアまでの緊急出動を担う。

 それぞれに3機1組の機動小隊を構成し、配備される。

 都合14機のエヴァンゲリオンが必要となる。

 結果、第2次E計画では6機のエヴァンゲリオンが建造される形となった。

 これに合わせて支援機として、建造途中の2号支援機(ジェトアローン2)を改良した汎用支援機(ジェットアローン3)が各機動小隊に2機ずつ配備される事とされた。

 汎用支援機(ジェットアローン3)は、それ以前の支援機(ジェットアローン)とは異なり、比較的コンパクトに分解輸送が出来る様に改設計が行われる予定であった。

 目的は勿論、被輸送能力の付与である。

 エヴァンゲリオンと同様に、空中投下を可能とするのだ。

 その上で、3機分の電力を賄えるだけの発電力を付与し、又は予備の武器の輸送も担うものとされた。

 又、その操縦に関して従来は完全無人機であったが、支援の受けられない場所へと投入される可能性を鑑みて有人化される事とされた。

 何とも過大な要求(欲張りハッピーセット)であったが、使徒への対抗(予備戦力としての機能)などを諦めれば可能だと言うのが時田シロウを筆頭とした日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)超大型特殊機材部(ジェットアローン開発チーム)が出した結論であった。

 エヴァンゲリオンに代わる人類の守護者たれとの願いと共に生み出されたジェットアローンは、エヴァンゲリオンと共にある人類の守護者となっていくのだった。

 兎も角。

 機動展開部隊の拠点となるのは3ヵ所。

 アメリカNERVはNERVアメリカ第2支部に同居する形となる。

 エウロペアNERVはNERVドイツ支部に同居する形となる。

 問題はユーラシアNERVだ。

 他2ヵ所の前例を踏襲すれば、NERV日本第2支部かNERV中国支部に同居する形となる。

 日本第2支部が日本の首都(松代/第2東京)にあり、技術実験など(国連へのデモンストレーション)が主な役割である事を考えれば、エヴァンゲリオンの建造設備まで有している中国支部が配置先として妥当となる。

 通常であれば。

 だがソレにオーストラリアとインド、そしてインドネシアといった国々が反対したのだ。

 エヴァンゲリオンの安全保障理事会旧常任理事国による独占であると噛みついたのだ。

 結果、中国を含めた4ヵ国の中間辺りと言う事で決着する。

 ベトナムだ。

 問題は、現時点ではエヴァンゲリオンの運用どころか整備する設備すら無いと言う事であった。

 短期的にはエヴァンゲリオン輸送/作戦支援艦であるオセローともう1隻、洋上整備艦を建造配備して代替し、長期的には時間を掛けてユーラシアNERVとしての設備を揃えるモノとされた。

 正に政治であった。

 国連安全保障理事会12ヵ国に弄ばれる形となったNERV(碇ゲンドウ)人類補完委員会(SEELE)は、エヴァンゲリオンの純増と言う方向で決着しなかった事に安堵するのだった。

 

 

 

 日曜(休養)日の昼下がり。

 TVから流れて来る第2次E計画の方針成立と言うニュース。

 それを惣流アスカ・ラングレーは、だらしなくソファに寝ころびながら見ていた。

 

「取り合えず、決着ね」

 

 緩い、興味なさげな物言い。

 そもそも格好もだらしない。

 上は白のTシャツで、下はホットパンツと言うやる気皆無(ゼロ)の部屋着姿だ。

 手にはポテトチップスの袋がある。

 薄しお味。

 ポテトチップスを1枚とって齧る。

 齧ったついでに指先に残った油と塩を舐める。

 実に行儀が悪い。

 カウチポテトめいた姿だ。

 だが、アスカがすれば不思議と絵になっていた。

 ポテトチップスの宣伝にでも使えそうだ。

 その絵を乱す様に。アスカの持つポテトチップスの袋に手を伸ばすのが碇シンジ。

 居るのは当然だ。

 ここはシンジの家であり、同時にアスカの植民地でもあるのだから。

 此方も自宅らしいラフな格好である。

 白のTシャツに青い7分丈のズボン姿だ。

 ソファの横のちゃぶ台でノートパソコンを広げている。

 と、シンジがノートパソコンを睨んだままと言う事に気付いたアスカは、プイっとポテトチップスの袋を横に動かして手が入るのを邪魔した。

 シンジの指が空を切る。

 探す様に動く。

 その様を声を出さずに笑いながら、アスカはポテトチップスの袋を逃がしていく。

 

「アスカ!」

 

「気づくのがおっそ~い」

 

 シンジの前で美味しそうにポテトチップスを齧るアスカ。

 音まで美味しそうな、そんな仕草だ。

 シンジの顔が不満げに歪む。

 当然だろう。

 このポテトチップスを買ってきたのはシンジなのだから。

 作業の合間用のおやつの予定が、何時の間にかアスカが袋ごととって食べ始めていたのだから。

 食べるなとは言わない。

 だけど、全部喰おうというのには断固抗議といった塩梅であった。

 

「シンジ、美味しいわよ~♪」

 

 ワザとらしい仕草で袋から一枚取り出した、そのアスカの手をサッと掴んだシンジはそのまま齧りついた。

 

「うん、良い塩味だね。有難うアスカ」

 

「ほーん」

 

 解放された手。

 指先で掴んだままの、シンジの齧って持って行った残りポテトチップスを優雅に齧りながらアスカは不敵に笑う。

 シンジも笑っている。

 睨み合い(肉食動物同士の戯れ)めいた雰囲気。

 

「なら………」

 

 シンジが口を開いた瞬間、素早く袋に手を入れるアスカ。

 同時に袋ごと下がる。

 だがシンジも踏み込んで掴もうとする。

 が、今回はアスカが一枚上手だった。

 下がると見せかけて前に出して見せたのだ。

 アスカの作戦勝ちだ。

 日々積み重ねた尋常ではない修練(素振り)によって、顔立ちに似合わぬ無骨さを漂わせたシンジの手は、鍛えられた精悍さと女性らしい柔らかさを両立させているアスカの手首を掴む事に成功するが、そもそもポテトチップスを掴んで居ないのだから。

 

「外れ」

 

「そうでもないかな?」

 

 シンジはポテトチップスの袋自体に噛みつき、首から肩の筋肉を総動員して(スナップを効かせて)アスカの手から袋を取り上げたのだ。

 

「ずっこいわよシンジ!」

 

「だいたい、アスカはコンソメ味が良いって言ってたじゃないか」

 

「アッチは食べ終わったんだもの仕方ないじゃない」

 

「大袋だよ!?」

 

「美味しかったわ」

 

 

 やいのやいのとじゃれ合う2人。

 それを肴に葛城ミサトは焼酎を手酌していた。

 シンジの影響もあって、のんびりと時間を掛けて飲む時には葛城ミサトも、焼酎を湯割りで嗜む様になっていたのだ。

 特に、シンジの()()から、第3新東京市(関東圏)では珍しい鹿児島の地の焼酎が届いているのだ。

 ご相伴に預かろうというのも妥当な行動とも言えた。

 年上が年下の酒を飲むと言う事の微妙な情けなさからは目を逸らし、肴の材料費を大目に払って罪悪感からは逃げていたが。

 そもそも、自宅は隣なのだ。

 なのに休日は真昼間からシンジの家に入り浸って酒を飲む。

 実にダメ人間感満載であった。

 

「くわっ」

 

 最近は葛城ミサトのペット、温泉ペンギンのペンペンまで来る様になっていた。

 シンジの家で酔っぱらった葛城ミサトがペンペンの食事の準備を忘れた事があり、激怒したペンペンに数日間はソッポを向かれたりツンツンと嘴で突かれた結果であった。

 実に葛城ミサトであった。

 

「ペンペン、この焼酎って辛口だった筈なんだけど不思議よね」

 

 甘いわー 等と言いながらもろきゅうを齧るのだった。

 

 

 

 休日にシンジがNERV支給のノートパソコンに触っている理由は、この第2次E計画に絡んでの事であった。

 即ち、自分自身が受けた適格者(チルドレン)としての訓練内容に対する感想(レポート)作りなのだ。

 訓練内容と実戦での事を比較して、役立ったか否かなどの様々な評価を求められていた。

 尚、同様の事はアスカにも要求されていたが、此方は()()()()()と言う事でシンジに比べれば参考程度のモノでしか無かった為、とっくの昔に終わらせていたのだ。

 だからこそ、シンジの傍で寝ころんでいた(ダル絡みしていた)とも言えるだろう。

 シンジが嫌がらない(面倒臭がらない)と言うのも大きかったが。

 その様を葛城ミサトなどは、猫だと評していたが。

 

 

「追加で建造する6機に正規の6人と予備の6人。併せて12人の選出って事だったわよね?」

 

「そうね、そういう予定って聞いてるわよ」

 

 葛城ミサトが手酌するダイニングキッチンに、飲み物を取りに来たアスカがフト、と言う感じで確認する。

 

「一次選抜で素質のありそうな子を1000人。そこから性格とか協調性とか様子を見て二次選考で50人にまで絞って、訓練に取り掛かる感じね」

 

「ふーん」

 

「興味がある?」

 

「べっつにー 只、ドイツの………いや、いい。別に何でもない」

 

 言いかけた言葉が何であったか。

 それを知るのはアスカだけであろう。

 口を閉ざし、拒絶する様に冷蔵庫に向かうアスカ。

 

 だが、ドイツと言う言葉(フレーズ)が何を言いたかったのか判らぬ程に葛城ミサトも鈍くはない。

 アスカのドイツでの生活の報告書(レポート)を見ていたのだから。

 同期とも言える適格者候補生(リザーブ・チルドレン)との折り合いの悪さとでも言うべき部分への事を。

 何時までたっても適格者(チルドレン)に選ばれない、候補生止まりと見下すアスカ。

 混ざりモノ(クオーター)風情が豪そうに、と言う差別意識(エスニック・ハラスメント)をまき散らしていた適格者候補生(リザーブ・チルドレン)たち。

 その態度はアスカのみならず、ドイツ支部内での非白人(コーカソイド系)全般にも及んでいた為、正直、ドイツ支部内でも持て余すところがあった。

 同じ白人(コーカソイド系)スタッフからも白眼視されている辺り、態度の悪さ(酷さ)の度合いが判ると言うものであった。

 適格者(チルドレン)としての資質は低い事もあって、適格者候補生(リザーブ・チルドレン)の一時解散も真剣に検討された程でもあった。

 だが、その中心的な子どもが人類補完委員会(SEELE)の血縁関係者であった為、事態を面倒くさい(合理性だけで処理できない)モノにしていたのだ。

 アスカに対する男子候補生の態度は嫉妬だろう。

 同時に、好意/好感が裏返ったモノであったとも、葛城ミサトは理解していた。

 レポートの行間から見える態度、そもそもまだ子ども(ローティーン)なのだ。

 否、それ以下(ティーン未満)なのだ。

 感情の抑制が十分に出来ないし、自分の感情に振り回されて支離滅裂な態度になるのも、ある種、当然と言えるだろう。

 その湿度を含んだ子ども達(候補生)に、正式な適格者(チルドレン)と言う看板を背負って正面から殴り返していたのがアスカなのだ。

 拗れるのも当然の結果であった。

 そして拗れていたからこそ、気になったのかもしれない。

 とは言え今のアスカに、家柄しか背骨の無い適格者候補生(リザーブ・チルドレン)が太刀打ちできる筈も無かった。

 実戦を重ねた事で積みあがった実績が自負を与え、そして何よりも()()()()()のだ。

 どうでも良いと言うのもその通りなのだろう。

 歯牙にもかけぬ、と言う意味で。

 

 そもそも、今のドイツの適格者候補生(リザーブ・チルドレン)たちの()では二次選考を乗り切る事は不可能と言うのが赤木リツコの見立てであった。

 第2次E計画として建造されるエヴァンゲリオン2型(セカンド・エヴァンゲリオン)はシンジやアスカが乗る正規型のエヴァンゲリオンとは違う、様々な機能を削除(オフミット)した簡易型だ。

 その簡易型ですら、起動させるのは難しいだろうと評価していた。

 だからこそ赤木リツコは、最近になって艶やかさを増した表情で笑うのだ。

 第2次E計画は良い点もあったと。

 世界中に使徒の脅威とエヴァンゲリオンが知れ渡った結果、世界中から適格者(チルドレン)に立候補する人間が出て来たので資質面だけで選ぶ事が出来る様になった、と。

 

 だから葛城ミサトは全てを飲み込んでアスカの背中に告げる。

 

「大丈夫よ、全ては良い風になるわ。アスカは可愛い女の子だもの。可愛い女の子の努力は、神様だってきっと見てくれてるわよ」

 

「酔っぱらい。アタシ達の敵は、そのカミサマの御遣い(ANGEL)でしょうに」

 

「人類の生存を邪魔する邪悪な神様なら、問答無用でぶっ飛ばせば良いのよ」

 

「ホント、気楽ね」

 

「だって、悩んでると小じわが増えそうだもの」

 

「そう言えばミサトもお肌の曲がり角、お歳(アラサー)だものね」

 

「うっさい小娘」

 

 吐き捨てる様に言う葛城ミサト。

 睨むアスカ。

 それから馬鹿みたいに2人は笑うのだった。

 シンジが五月蠅いと声を上げるまで、笑い続けるのだった。

 そんな平和な休みの昼下がりだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10-2

+

 第2次E計画が国連安全保障理事会で成立し、即日で計画に基づいた諸々が動き出した。

 その勢いは、世界を変えるものであった。

 変わる世界の範疇には、当然ながらも第3新東京市も含まれていた。

 公開された使徒。

 エヴァンゲリオン。

 そしてNERV。

 第3新東京市に於いて公然の秘密であったNERVが、公開はされぬものの公的組織として公表されたのだ。

 

 そして世界の変革は碇シンジたちの通う第壱中学校にも及んでいた。

 2年A組の生徒数は、1月前と比較して約2/3にまで減っていた。

 NERVと関係の浅い第3新東京市生活者は積極的な避難 ―― 疎開を行っている影響だった。

 無論、人口だけを見れば国連組織足るNERVとのビジネス(ビック・トレード)を目指す流入者(ビジネス関係者)も少なからず居たのだが、流石にその手の人間も子どもや家族を連れて第3新東京市に来ては居なかったのだ。

 送別会などを行ったりもした。

 教師の許可を貰って放課後に、お菓子やジュースを持ち寄って別れを惜しんだり、再会を誓い合ったりしたのだ。

 誰かが持ち込んだカラオケマイクで歌ったり、或いは踊ったりして楽しんでいた。

 正にバカ騒ぎ。

 記念撮影も数多くなされた。

 意外、という訳では無いが女子クラスメイトからシンジは良く呼ばれ、一緒に撮影されていた辺り、地味にシンジのクラスでの人気ぶりが出ていた。

 少なくとも男子生徒の中では断トツであった。

 言葉遣いに癖はあるが、清潔感があって礼儀正しく優しい人柄なのだ(少なくとも味方には)

 そこにスポーツ全般に優れ、学業も優秀と来ればモテない筈がないと言うべきだっただろう。

 それが告白の対象にならないのは、有体に言えばシンジと対となるが如く輝く惣流アスカ・ラングレーが居たからと言えた。

 時に競争者(ライヴァル)であり、時に阿吽の呼吸(ツーと言えばカー)で協力する2人なのだ。

 そんな姿を見て割り込もうと言う勇気ある女子は居なかった。

 尚、そういうアスカを排除する動きが出なかったのは、転校して来て早々にアスカが得た親友(マブ)洞木ヒカリと洞木グループあればこそとも言えた。

 洞木ヒカリはクラスの女子からは一目置かれていた。

 学業が優等でありクラス委員長も担っていた事もだが、何よりも土壇場になれば顔を出す気の強さ(肝っ玉ガールっぷり)があった為であった。

 ある意味で、アスカの朋友(マブ)になれたのは伊達では無いと言う事だろう。

 鉄の統制(カースト)めいたモノがある女子に対し、男子にそんなモノは無かった。

 作れたとすれば文武両道のシンジか或いは鈴原トウジならば不可能では無かったが、両人共にそういう事に一切興味を示さない人間であった為、そうはならなかったのだ。

 陰でアレコレとする男子が居ない訳では無いのだが、シンジと鈴原トウジの腕っぷしの強さとバンカラめいた気性によって、強い(影響力)を持てずにいたのだった。

 だから、と言えるかもしれない。

 突発的な告白大会が発生した理由は。

 無論、男子から女子へであった。

 狙われたのは勿論、2年A組の誇る惣流アスカ・ラングレーと綾波レイであった。

 尤もアスカは告白を鼻で笑って却下した。

 お友達で居ましょうと返す事すら無かった。

 正に、歯牙にもかけずである。

 対して綾波レイは、小首を傾げて真面目な顔で「付き合うって何?」などと純粋過ぎる(イノセントな)発言を返していた。

 言質を取られぬ様に対馬ユカリなどが慌ててフォローに入る有様であった。

 

 やいのやいのと、ドタバタした送別会。

 司会進行がある訳でも無く、只、惜別の思いから仲間(クラスメイト)との触れ合う時間を楽しむ一時。

 そんな中、少しづつ日が傾きだしていく。

 窓際の席に座って紙コップを傾けているシンジ。

 別に酒精は無い。

 ごく普通のジュース(コーラ)だ。

 勉強のやり方と言う少々アレなお題目で独演会を始めたアスカの居る教壇を、優しい目で眺めている。

 場を白けさせかねないお題であったが、それをアスカがおっぱじめた理由が、中学校こそ別れ別れになるが高校で、著名な進学校で再会したいと言う(思い)を聞いての事だった。

 綾波レイとのふれあいで育った、アスカの面倒見の良さが出たと言えるだろう。

 そして、真剣な面々が熱心にソレを聞いていた。

 

「惣流はええ奴やのー」

 

 鈴原トウジだ。

 手には烏龍茶の入った紙コップと、ペットボトルがある。

 どっこらしょっとばかりにシンジの隣の席に座る。

 肴とばかりにそっとポテトチップスの袋を差し出すシンジ。

 コンソメ味だ。

 アスカの趣味で、シンジが買いこんで提供したポテトチップスはコンソメ味ばかりになっていたのだ。

 コーラの銘柄だけはシンジも妥協しなかったが、ポテトチップスでは勝てなかったのだった。

 尚、チョコレートその他に関しては、綾波レイの趣味が通っていた。

 シンジはこっそりビーフジャーキーやらも入れていたが。

 

じゃっど(そう思うよ)

 

「………寂しくなるのう」

 

じゃんなぁ(そうだね)

 

 鈴原トウジは疎開しない側の人間であった。

 親と祖父がNERV関係で仕事をしているのも理由であったが、それ以上に個人的な理由があった。

 それが、何となく鈴原トウジの口を重くしていた。

 

「ケンスケの奴も一足先にヨーロッパやしな」

 

あいは驚いたが(驚いたよね)志願したち、なぁ(エヴァンゲリオン操縦者への志願だもの)

 

 この場に居ない相田ケンスケ。

 2年A組の記念撮影担当とも言えたこの少年は、今、ヨーロッパに居た。

 第2次E計画による適格者(チルドレン)募集に手を挙げての事であった。

 本人曰く、NERVとのコネ(葛城ミサトの推薦)のお陰だと言って、必ず適格者(チルドレン)に成って帰ってくる。

 シンジに負けない、アスカの隣に立てる男になりに行ってくる。

 そう言って第3新東京市を離れたのだ。

 

「思い詰めっとったからな、アイツも」

 

「………ないごてかね(何でなんだろうね)

 

 コーラを注いだ紙コップを飲み干す。

 ヌルい(常温の)コーラを手酌する。

 シンジには、別にエヴァンゲリオンに乗る拘りがある訳ではない。

 頼まれたから乗っているだけだからだ。

 人類の為に乗ってくれと言われたれば、郷中教育(サツマンスクール)で躾けられたシンジに拒否する選択肢がある筈も無かった。

 否、男子の本懐と言うべきモノであった。

 だが同時に、別にエヴァンゲリオンに執着する事は無かった。

 偶然にもシンジに適正があったから乗っているだけで、それ以上の才覚のある人間が来れば()は譲るものだと考えていたのだ。

 

 世界で3人しか居ない適格者(チルドレン)

 世界を守るエヴァンゲリオンを駆ると言う立場。

 

 ある意味で相田ケンスケが渇望した、思春期の気持ち(厨二病めいた名誉欲)を充足する立場であったが、シンジはそれを特別なモノだと思えなかったのだ。

 ()()()()()()()

 その事を郷中教育と薬丸自顕流の鍛錬で思い知らされ続けていたからだ。

 個々の人間と言う奴は実にちっぽけな存在だ。

 だからこそ、為すべき時には身命を惜しむ(命捨てがまるを恐れるな)と思って居た。

 ()の結果だった。

 シンジの受けた、2015年の、平和な日本とかけ離れた様な苛烈極まりない(教育)

 それは嘗ての、世界が破滅の淵(セカンドインパクト)にあった頃の混乱 ―― 世界が、九州が地獄となっていた名残であった。

 

「ま、そう言う趣味やろ」

 

じゃっとやろな(そうなんだろうね)

 

「ま、それは兎も角や。シンジ、()()()()()()()()()()()()

 

 そう言った時の鈴原トウジの表情は達観の域にあり、ある種の僧めいていた。

 快活な、快男児と言って良いこの鈴原トウジらしくない表情であった。

 その声色に、シンジは鈴原トウジを見た。

 シンジの目を真っ向から見返し、頷く鈴原トウジ。

 それでシンジは理解した。

 先に、エヴァンゲリオン3号機が来ると言う話を聞いていたから繋がったのだ。

 鈴原トウジが4人目(4th チルドレン)となると言う事を。

 

「………乗っとな(乗るんだ)

 

「先週にミサトさんが来てな、おう、出来るなら乗って欲しい何て言われたんや」

 

 ガシガシと頭を掻く鈴原トウジ。

 それから烏龍茶を一気に干して、言葉を紡ぐ。

 

「センセたちが頑張っとるから今の平和じゃと判っとる。だからこそや。ワシが何が出来るかなんて判らんし、自信なんてあらへん。だけど、逃げるのは嫌やな」

 

じゃどんあ(そうだね)逃ぐっとは嫌やっどな(逃げるのは性に合わないよね)

 

「その通りや。だからセンセ、いやセンパイ。宜しゅう頼むで」

 

特訓じゃんな(特訓になるね)

 

 笑うシンジ。

 シンジは鈴原トウジの決断を批評しない。

 男が決めた事に彼是と言うなど失礼千万であると思えばこそであった。

 だからこそ、その決意を手伝うだけだと思うのであった。

 

「トウジ」

 

「ん」

 

 シンジと鈴原トウジは、拳と拳を軽く叩き合うのであった。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン3号機。

 NERVアメリカ支部で建造された、漆黒の塗装が施されたエヴァンゲリオン。

 綾波レイのエヴァンゲリオン4号機の同型機だ。

 この機体がNERV本部に配備されれば、NERV本部戦闘団は2個小隊編成が可能となる予定であった。

 

「作戦局にとっては悲願達成と言った所かしら?」

 

 エヴァンゲリオン3号機の受け入れ準備で忙しい技術局、その支配者たる赤木リツコは熱い珈琲がなみなみと注がれたマグカップを両手で支えながら笑う。

 忙しいとは言え、随分と余裕のある態度であった。

 第2次E計画のドタバタ、狂騒曲(カプリッチョ)が漸く終わったのだ。

 その上で使徒の襲来が無い。

 余裕があるのも当然であった。

 

「そうね。これで割と安心していられるわ」

 

 対して、疲れた顔で同意するのは葛城ミサトであった。

 此方は小隊編成や教育プログラムの用意その他で、本気で多忙となって居た。

 紡がれた言葉も、その内容程には安心の気配は含まれていなかった。

 深淵めいた、深い深い声色。

 ある意味で当然だった。

 エヴァンゲリオン3号機、その専任適格者としてマルドゥック機関が選抜した4人目の適格者(4th チルドレン)が鈴原トウジであるが、正真正銘の素人なのだ。

 その訓練はどれ程に手間が掛かるのか、正直判らないと言うのが実情であった。

 面接等で性根を見た葛城ミサトは、鈴原トウジと言う人間は適格者(チルドレン)に足ると判断していた。

 だが、性根は兎も角として、戦闘経験の類は一切持たないのだ。

 アスカの様な専門の戦闘訓練を受けた訳でも無ければ、シンジの様な武術の修練を重ねていた訳でもない。

 極々普通の14歳の少年(子ども)だった。

 そんな、戦火から遠い場所に居た鈴原トウジを出来る限り早期に、エヴァンゲリオンの操縦者(戦士)へと鍛え上げねばならぬのだ。

 その道の難しさと、何よりも子どもを武器にする(エヴァンゲリオンに乗せる)と言う事に大きな精神的な負荷を葛城ミサトは実感していた。

 綾波レイは既にそこに居た。

 アスカは専門の訓練を重ねていた。

 シンジは戦士(もののふ)だった。

 だから、今まで葛城ミサトが感じる事の無かった負担であった。

 

 とは言え、エヴァンゲリオン3号機と鈴原トウジを拒否すると言う選択肢は葛城ミサトには無い。

 組織人としてNERVの方針だからと言うのもある。

 だがそれ以上にシンジ達3人の負担減に繋がるからである。

 どれ程に注意していてもケガや病気と言うリスクはある。

 体調不良な状況下でも、他に適格者(チルドレン)が居なければ戦わねばならぬ。

 戦わせねばならぬ。

 幸いにも今まではその様な最悪の事態は無かった。

 だが、この先もそうであるとは限らない。

 ()()()()()()()()

 

「それでも、シンジ君ともアスカ達とも関係は良好だと言う1点だけは有難いわ」

 

「そうね。そう言う点も考慮して選抜されたのかもね」

 

「マルドゥック機関が、そこまで考慮するものかしら?」

 

「さぁ? 取り敢えず、良かったという意味で感謝しておけば良いんじゃない」

 

 我関せずと言わんばかりの態度で珈琲を楽しんでいる赤木リツコ。

 実際、最終的に鈴原トウジに決めたのは葛城ミサトだったのだから、その態度も当然であった。

 相田ケンスケ。

 鈴原トウジ。

 洞木ヒカリ。

 マルドゥック機関は適格者(チルドレン)としての資質ありと、3人の事を報告して来ていたのだから。

 葛城ミサトは相田ケンスケを真っ先に外した。

 第2次E計画に志願したから、では無い。

 単純に、その性格に不安を抱いたからであった。

 第4使徒戦役の際に相田ケンスケが示した行動は、あらゆる意味で兵士として不適格(イネリジブル)としか評し得ぬものだからだ。

 自己の趣味を優先し、危険性を正しく判断できず、上の指示を無視した。

 論外であった。

 尚、にも拘らず相田ケンスケが第2次E計画の適格者(チルドレン)応募に際して支援したのは、ある種の報酬(手切れ金)であった。

 第壱中学校でのシンジ達の動向などを報告してくれていた事に対するモノだ。

 本人が希望するチャンス、その入口への門を叩く権利(チケット)は与えた。

 その先は本人の努力次第と言う葛城ミサトの所感であった。

 己を磨き、選抜を潜り抜けるならそれも良し。

 挫折して道を変えるならばそれも良し。

 葛城ミサトにとって相田ケンスケとはそう言う相手であった。

 

 続いて、洞木ヒカリが脱落した。

 此方は純粋に、性格や性向が戦闘に向いていないと言う事であった。

 どうしても他に適格者(チルドレン)が居ないのであれば採用するべきであったが、今はまだそこまで差し迫った状況には無い。

 であれば、無理をする必要は無いのだ。

 

 だからこそ、最終的に鈴原トウジが選ばれたのだ。

 

「そうね。とは言え配備される最後の1機が問題よ」

 

「一応、ドイツの6号機かアメリカの8号機が予定されているわね」

 

「とは言え、専任の適格者(チルドレン)は未定なんでしょ? いつ来るかも判らない、パイロットも居ないエバーなんて画餅と一緒よ」

 

「そうでも無いみたいよ」

 

「ハァ?」

 

「6号機ではナニか動きがあったっぽいのよね」

 

「嘘でしょ!?」

 

 葛城ミサトの驚きは当然だった。

 今現在、NERVドイツ支部に在籍している適格者候補生(リザーブ・チルドレン)は使えないと言う評価が上がって来ていたのだから。

 その評価がひっくり返ったのであれば、訓練を積んでいた子で使えるのが居るなら寄越せ。

 獲物を聞いた猟犬めいた顔になる葛城ミサト、

 だが赤木リツコは肩をすくめて流した。

 

「詳しい事は知らないわよ? 只、難航していた6号機の建造がかなり進捗しだしたって事からの推測めいた話よ」

 

「詳細は、ドイツ支部の秘密主義で五里霧中って事?」

 

「そんな所ね」

 

「あっきれた。あそこの先代支部長って碇司令にボコられてて、まだそんな気合があったなんて」

 

「ま、ドイツですもの、妥当かもしれないわね」

 

「………ジャガイモ(クラウツ)め。リツコでも何も掴めなかったの?」

 

「判らなかったわ。只、イニシャルなのかしらね。子どもを差しているのならば、だけどもN.Kと言うフレーズが度々、出ていたわ」

 

N.K(ナイス・キッズ)とでも言う積り?」

 

「さぁ? 取り敢えず、ドイツはそうね。で、8号機はパイロットの製造もなんてアメリカ支部のレポートに書いてあったわ」

 

()()?」

 

「製造。秘匿名称(開発コード)はM²、或いはBMだそうよ」

 

 適格者(チルドレン)を製造すると言うのだ。

 絶対にマトモな話では無いだろうと理解して、何とも言えない顔になる葛城ミサト。

 

「どこもかしこもロクでもないわね。ウチだけ? ウチだけなの、マシなのって」

 

「さぁ。どうなのかしらね」

 

 関心なさげな風に葛城ミサトの言葉に同意して見せた赤木リツコは、綾波レイに関わっている事をおくびにも出さないのだった。

 かつては情夫たる碇ゲンドウの指示の下、綾波レイを製造し、メンテナンスし、道具としてだけ見ていたのだ。

 無論、今の情緒が育ちつつある綾波レイをそう見る事は難しくなった。

 綾波レイは普通の子ども(女の子)に育ちつつあるのだ。

 その成長の一端に、隣人として携わっている赤木リツコは、だからこそ自分の薄汚い部分を忘れる事が出来ないのだった。

 己を科学者だと、冷たい女だと自負する赤木リツコ。

 だが本人が思う程に冷血な人間では無いのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10-3

+

 正式に4人目の適格者(4th チルドレン)となった鈴原トウジ。

 碇シンジらと共にNERV本部に通う様になった。

 とは言え未だ、その乗機となるエヴァンゲリオン3号機に搭乗した事は無かったが。

 エヴァンゲリオン3号機自体は既に第3新東京市NERV本部に持ち込まれてはいたが、搭乗員(鈴原トウジ)に合わせた最終調整と最終確認、それに、先行するエヴァンゲリオン4号機に準じた()()()が行われているからであった。

 そして表に出せない部分としての、操作システムの改修があった。

 綾波レイの持つ特性 ―― 綾波レイと言う存在の在り方に依存するType-Ⅰ。

 シンジと惣流アスカ・ラングレーの特殊性に合わせたType-Ⅱ。

 そして、鈴原トウジのType-Ⅲである。

 当初はエヴァンゲリオン3号機以降の機体もType-Ⅱ系列のシステムで運用する事が検討されていたのだが、それは現実的で無いと判断され変更されたのだ。

 Type-Ⅱはエヴァンゲリオンと操縦者(パイロット)とを、A10神経回路のみならず深い所(魂の部分)で繋ている。

 ソレは一切が公開される事の無い、エヴァンゲリオンに関する最高機密であり、人道的とは言えぬ部分であった。

 詳細を知る赤木リツコ等は、エヴァンゲリオンの持つ()と評していた。

 無論、狙って為されたモノではなく、偶然によって()()()()()()()()モノである。

 成功例と呼べるのは2例のみ。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機、その2機のだけなのだ。

 その効果は抜群であり、2機のエヴァンゲリオンは操縦者の意思通りに動く事が出来るのだから。

 シンジがエヴァンゲリオン初号機に初めて搭乗した際に、即、動けたのも此のお陰と言えた。

 対して綾波レイ(Type-Ⅰ)が機体とシンクロするまでには数ヶ月の調整を要したのだ。

 その優位性は言うまでもないだろう。

 だが、その対価が重すぎていた。

 故にType-Ⅱのシステムを簡素化し、人道的にも利用可能なType-Ⅱ系列(Ⅱプラス)として開発が進められていたのだ。

 だが、それが実用段階に達する事は出来なかった。

 現時点で、魂の複製(デジタル・コピー)は不可能であるとされ、第2次E計画の成立に伴いType-Ⅱ系列システムの開発は凍結されたのだった。

 

 対してType-Ⅲ。

 此方は、実は概念研究に着手したのはType-Ⅱは勿論、Type-Ⅰよりも先であった。

 或いは、()()()()()()()()()()()()()()()と言えた。

 だがType-ⅡがN()E()R()V()()()()()()()()()()()()()()()()()、等閑にされたのだ。

 製造に於ける問題点以外の全てにおいて優秀なType-Ⅱがあるのだ。

 であれば、問題点さえ解決できれば問題は無いと考えたのだ。

 実にドイツ的合理性であった。

 Type-Ⅲが実用化されて考えれば、Type-Ⅱ系列の実用化は理論倒れの理屈であった。

 性能だけ見れば、Type-ⅢはType-Ⅱに比べて余りにも劣ったシステムである。

 だからこそ、Type-Ⅱの問題点を解決する事の困難さを理解しつつも、Type-Ⅱ系列の開発が継続されたとも言えた。

 だが高い目標を掲げた結果、実用化できなければ意味はない。

 その上、簡易型と言っても良いエヴァンゲリオン2型(セカンド・エヴァンゲリオン)が整備されるとなれば話が変わる。

 機体自体が簡素なのだ。

 であれば制御システムも簡素化されても問題は無い。

 状況の変化が逆転の発想を生み、Type-Ⅲの実用化を決めたと言っても良かった。

 尚、Type-Ⅲの開発は、Type-Ⅱ系列の開発に掛かっていた時間と費用がなんであったのかと問題になる程に簡単に行われたのだった。

 これは、Type-Ⅱ(シンジとアスカ)による運用情報があればこその成果であった。

 だが余りにも酷いこの状況に、NERVドイツ支部には再びNERV総司令官碇ゲンドウ直々の特別監査(ストレス発散)が入るのであった。

 

 兎も角。

 かくして、エヴァンゲリオンを用いた本格的な搭乗訓練が始まる前に、鈴原トウジに課されたのは身体トレーニングであった。

 実戦の場では基礎体力が全てを左右する、と言う事であった。

 

「エヴァンゲリオンに乗るんやったら、体力は要らんのとちゃうんかいな!?」

 

 鈴原トウジの嘆きが響いたのは適格者(チルドレン)用の操縦者待機室だった。

 操縦者待機室に居るのは適格者(チルドレン)である4人だけだ。

 とは言え綾波レイは我関せずと言った塩梅で、買い込んで来た服の雑誌を見ていたが。

 

 渡されたトレーニング内容を見た鈴原トウジは顔を真っ青にした。

 当然だろう。

 朝から晩までミッチリと汗を流す、そんな訳では無いが()()()()とされた内容は休憩や座学が盛り込まれつつも、同時にそれ以外は延々と走り続ける様な内容となっていたのだから。

 鈴原トウジが理解出来ないと云う顔になってしまうのも当然であった。

 だが、それを真っ向からシンジとアスカが否定するのだ。

 体力が大事。

 体力こそが重要になる、と。

 

「いざって時、体力の無い奴から諦めるのよ」

 

気持っも大事じゃったんどん(負けないって気持ちも大事だよ?)じゃっどん(だけど)そいをささゆっとが体じゃひとよ(体力が無いと気持ちが出し切れないんだ)

 

 シンジとアスカが異口同音に告げる。

 体が資本、そして基本。

 そういう話であった。

 

そいに(それに)待機がなげこっもあっでよ(待機が永くなる事もあるからね)

 

 狭いエントリープラグ内に何時間も居るのは流石に体がこる(石のようになる)、と珍しくシンジも嫌そうな雰囲気を漂わせていた。

 座って待機し続けるのも体力的に辛いのは事実だ。

 降りた時には全身ストレッチをせねば実に辛い。

 だがそれ以上に、精神的に辛い部分があった。

 そう、通電していない(アクティブモードではない)エントリープラグは、それなりに圧迫感があるのだ。

 シンジは閉所恐怖症と言う訳では無いが、空が広い場所(都市化されていない田舎)で育っているのだ。

 狭い場所が好きになれる筈も無かった。

 

 兎も角。

 ベテランである2人(シンジとアスカ)の言葉に、鈴原トウジは頷くしかできなかった。

 

「走り込みかいな。こら大変な仕事をワイも引き受けたもんじゃ」

 

じゃひと(そうかもね)

 

 そもそも、シンジとアスカもまた、鈴原トウジと一緒に走る積りなのだ。

 灰白色のトレーニングジャケットにランニングシューズ、それにタオルまで用意している。

 準備万端。

 独りでするトレーニングは寂しくて身が入らないだろうと、アスカが言い、シンジも同意しての事であった。

 とは言え綾波レイは居ない。

 此方は体力と言うか心肺能力の絡みもあって、プールでのトレーニング(プール・ウォーキング)が主であるからだった。

 シンジやアスカ程に頑健ではないのだ、綾波レイと言う少女は。

 

 兎も角。

 先ずはトレーニングとして、NERV本部地下空間(ジオフロント)でのランニングだ。

 アスカが威勢よく声を上げる。

 

「じゃ、行くわよ!」

 

 素直についていくシンジ。

 その背中を追いながら、鈴原トウジは改めて嘆息していた。

 

「こら、大変な事になりそうや」

 

 

 

 

 

 鈴原トウジの教練は、シンジとアスカと言う2人の先達との状況の差が余りにもあり過ぎるが故に、試行錯誤と言う部分があった。

 とは言え悪い話では無い。

 適格者(チルドレン)として選抜された素人をエヴァンゲリオン操縦者(パイロット)として仕上げると言う教育プログラムは、後に続くエヴァンゲリオン2型(セカンド・エヴァンゲリオン)の育成にも応用が効くからである。

 

 現在、ヨーロッパのNERV各支部で行われている第2次E計画向け適格者(チルドレン)の選考過程は、1000名の一次選抜者を200名に絞る為の一次選考が行われている。

 世界中から集まった志願者。

 その総数は10万を超えていた。

 世界の守り手となる名誉、或いはそれまでの生活環境から逃れる事を夢見た子ども達が手を挙げていたのだ。

 そこから、マルドゥック機関が書類審査で()()()()()()()()()()()()を1000名選抜する。

 其処から先が、本当の始まりなのだ。

 書類だけで行われた選抜から、先ず、実際の面接や学力、体力審査などを行う一次選考が行われる。

 そこで200名に絞られる。

 次が二次選考。

 様々な訓練が行われ、選考されるのだ。

 通過できるのは50名。

 そして、実際にエヴァンゲリオンに触れて様子を見る三次選考。

 ここで12名が適格者(チルドレン)として選出されるのだ。

 

 鈴原トウジが残していく事となる情報は、二次選考以降の訓練プログラムに生かされる事となるのだ。

 責任重大とも言えた。

 とは言え、疲労は別であった。

 とくに精神的な疲労は。

 

 鈴原トウジの運動神経は、正直な評価として良好では無かった。

 だが動体視力や反射神経と言う意味では、そう悪いものでは無かった。

 なのに何故かうまく出来ない。

 アスカ(訓練班長)も、葛城ミサト(訓練指導者)も首を傾げる有様だった。

 只、シンジだけが慣れだと達観した顔をしていた。

 素振りと一緒である、とも。

 一日に100回で足りなければ200回。

 200回で足りないならば1000回。

 1000回で足りないならば2000回と、体を()()()()()()()()と言うのだ。

 

「センセ、そら殺生やで」

 

 悲鳴めいた声を漏らしたのは勿論、鈴原トウジだ。

 流石のアスカもあきれ顔となっていた。

 継続的な訓練と言うモノの重要性はアスカも信じていたが、それは科学(合理性)に裏打ちされたものであったからだ。

 言わば、勝つまで続けろと言うが如き主張(極めつけの精神論)なのだから。

 尤も、アスカはアスカで科学によって人間の限界を見極め、その限界(ギリギリ)を見極めて訓練をすべしとしていたのだ。

 鈴原トウジからすればシンジもアスカも同じであった。

 

 尚、そんな3人を葛城ミサトは面白げに見ていた。

 正確に言えばシンジとアスカをだ。

 体の動かし方で言えば、合理と言う言葉を煮詰めたかのように無駄の一切ないシンジと、無駄は無いが獣めいた縦横な動きを好むアスカ。

 その根底(精神性)と真逆なのが面白い、と。

 さて、鈴原トウジはどちらに寄るのかと考えていた。

 尚、綾波レイは合理的に考えて無駄なく動く、高効率(エコ)派であった。

 

 

 

 

 

 NERVでのエヴァンゲリオンの操縦者としての訓練が始まった鈴原トウジであったが、まだその身は学生。

 義務教育の真っただ中の中学2年生なのだ。

 である以上は、所属する第壱中学校にも通わねばならなかった。

 中学校中退等と言うのは流石に、経歴として悲惨だと言うものであった。

 だがそれ以上に、NERV本部のエヴァンゲリオン部隊はシンジとアスカ、それに綾波レイと言う鉄壁の3人組(エースユニット)が完成しているのだ。

 その連携と支援は円熟の域に達しており、見る者に不安を感じさせない安定感があった。

 故に、促成せねばならぬと言う緊急性が乏しいが故の、余裕を持った訓練プログラムが組まれていた。

 

 尤も、それはシンジを基準にしたモノ(学校とNERVを交互に通う事)であり、正直、それまで一般人であった鈴原トウジにとっては過酷な日々(ハードスケジュール)であったが。

 

「アカン」

 

 魂が半分以上、口から出ている様な顔で、昼飯前だと言うのに栄養ドリンクを啜っている鈴原トウジ。

 ストローを差して飲んでいる辺り、本当に疲弊が酷い事になっていた。

 心技体とまでは言わないが、体の訓練のみならず、アレコレとした頭の教育(レクチャー)が入るのだ。

 それはもう、つい最近まで一般人だった鈴原トウジにとっては中々にギリギリ(スパルタン)な日々としか言いようがない。

 とは言え無理がある訳では無い。

 体の方は休養も十分に計算されていた。

 頭の方も判らない事は判るまで説明があった。

 ()()()()()()()()

 ギリギリまで絞られてしまう。

 体に無理はない。

 疲労感はあっても疲弊し果てた感じは無い。

 栄養ドリンクも、ある意味で元気が出るおまじない代わりに飲んで居るのだった。

 

「大丈夫、鈴原?」

 

 心配げに声を掛けたのは洞木ヒカリだ。

 授業を受けに来ているのか昼寝に出てきているのか判らない、そんな状態なのが外から見た鈴原トウジであったのだから。

 鈴原トウジがエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)に選ばれたという事は公然の秘密となっていた。

 バレていた。

 当然と言えるだろう。

 シンジ達3人と共に、()()()()と言って学校を休みがちになったのだ。

 そして何より、3人と一緒にNERVの車に乗って行くのだ。

 判らない筈が無かった。

 だが、誰も決定的な事を鈴原トウジに尋ねようとはしなかった。

 この場に相田ケンスケが居れば、空気を読まずに尋ねたかもしれないが、今は居ない。

 故に、シンジ達が戦う日々を見ていた2年A組のクラスメイト達は、そっと鈴原トウジも見守っているのだった。

 

「何とかや」

 

 虚ろっぽい(心のスタミナ0%な)目を洞木ヒカリを見ながら笑う鈴原トウジ。

 

「無理、しないでね」

 

「そやな。無理はせん範囲や」

 

 無理が掛からないからこそ延々と続く事(エンドレス・スパルタンデイズ)になって疲弊している、そんな格好良いとは言い難い部分(ホンネ)は、鈴原トウジも男として飲み込んでいたが。

 それよりも最近痛感する事への感想を口にした。

 

「とは言え、センセと惣流の奴は凄いワ。こういう事やってて元気一杯やっとるからな」

 

 鈴原トウジの目が動く。

 その先でシンジとアスカはやいのやいのと声を上げていた。

 昼飯時故に、内容は弁当だ。

 弁当のおかずだ。

 ウィンナーの味付けで、アスカがカリーブルスト風にしてくれと言い、シンジが他のおかずにカレーの匂いが移り過ぎると抵抗しているのだ。

 焼いてケチャップで味付けされたウィンナーに、やはりカレー風味が欲しいと言うのだ。

 何とも他愛ない話であったが、本人たちは真面目であった。

 

 聞いているクラスメイトの中には、カレースパイス(ガラムマサラ)の小瓶でも持って来れば良いじゃないのと思いつく人間も居たが口を閉ざしていた。

 実に賢明な態度であった。

 と言うか見れば判るのだ。

 アスカがシンジにじゃれついているだけなのだと言う事が。

 であれば誰も、馬に蹴られたくないと思うと言うものであった。

 アスカは実に悍馬(じゃじゃ馬)なのだ。

 蹴られた日にはどうなるか判らないと言うものであった。

 

「うん、まぁ」

 

 苦笑する洞木ヒカリ。

 お弁当を作ってあげたい派としては、お弁当を作ってもらいたい派のアスカの心情が全て判る訳では無い。

 内容に文句を言う前に、自分の好みで作って相手を染めてしまえば良いじゃない。

 そんな風にも思っているのだから。

 だが同時に判る事もある。

 そんな事でも会話(コミュニケーション)したいと言うアスカの心情が、だ。

 とは言え、今はアスカよりも自分の事であった。

 洞木ヒカリはそっと可愛らしい布巾に包まれたモノを鈴原トウジに差し出す。

 弁当だ。

 

「コレ。私、こんな事しか出来ないけど、鈴原の事、応援しているから。頑張って」

 

「おおきに。嬉しいで、イインチョ」

 

 

 

「春が近いわね」

 

 自家製のサンドイッチなお弁当を食べながら、何となく言う対馬ユカリ。

 据わった目でシンジとアスカ、鈴原トウジと洞木ヒカリを見ている。

 と言うか教室内を見ればどこそこで男女のペアが出来つつある風に見える。

 つり橋効果かとつぶやきは、口の中で辛子の効いた卵サンドと一緒に飲み込まれた。

 同じ席に座る綾波レイは、自分で作った大きく丸いおかかのお握りを小さく啄むように食べながら首を傾げた。

 

 常夏の国の日本。

 とは言え暦が消えた訳でもない。

 今は秋を過ぎて冬に入ったばかり。

 真夏めいた日差しが続く、冬なのだ。

 素直な綾波レイが首を傾げたのも当然であった。

 

「まだ、冬本番」

 

「そうね、私たちにはまだ遠いわね」

 

 非常に不本意そうな顔で対馬ユカリはサンドイッチにかぶりつくのであった。

 

 

 

 

 

 訓練漬けめいた鈴原トウジ。

 同じような内容(ルーティンワーク)では宜しくないだろうと、気分転換として入れられたのが最終確認が漸く終了したエヴァンゲリオン3号機との対面であった。

 NERV本部が迎え入れた5体目のエヴァンゲリオン。

 黒を基調に、随所に白と黄色のライン(差し色)が入っている。

 黒に黄色と言う組み合わせは、どこかしら()を思わせる雰囲気があった。

 無論、鈴原トウジのリクエストだった。

 

 03と書かれたケイジ(格納庫)で、L.C.L(機体冷却水)に浸かってはいてもエヴァンゲリオン3号機は威風堂々といった塩梅であった。

 その頭部はエヴァンゲリオン4号機と同じエヴァンゲリオン初号機のソレを簡素化した様なデザインとなっている以外は、正規量産型であるエヴァンゲリオン弐号機と同じであった。

 

「コレがワイのエヴァンゲリオン!」

 

「そう、実戦配備に就く世界で5番目のエヴァンゲリオン。貴方の乗機よ、トウジ君」

 

 キメ(ドヤァ)顔で言うのは、エヴァンゲリオン3号機の最終調整まで自分の手でやっていた赤木リツコだ。

 忙しい日々を送り、疲労している筈なのに艶やかさを増している肌は、NERV女性陣から羨望の眼差しで見られている。

 その眼差しが、赤木リツコに背徳めいた喜び(ゾクゾク感)を与えていたが、そこは言わぬが花であろう。

 少なくとも、日々ののアレコレから開き直った(情夫を尻に敷く喜びに目覚めた)赤木リツコに搾り取られている碇ゲンドウの名誉的な意味で。

 

 大人の事情はさておき、目を輝かせて満足げに頷く鈴原トウジ。

 

「うん、ええんやないですか」

 

 疲れも吹き飛んだ。

 そう言わんばかりの表情だ。

 そんな鈴原トウジが身につけているのは当然、プラグスーツだ。

 エヴァンゲリオン3号機に合わせて、黒地に白のラインと黄色の差し色が入っている。

 流石に此方は、虎などのイメージは無いが使用されている色は同じであった。

 

 今日、初めてエヴァンゲリオンに搭乗し、繋がる(シンクロする)のだ。

 日々はこの日の為であったと思えば興奮しない筈が無かった。

 

「あんじょう、がんばりまっせー」

 

「緊張する必要はないわ。既に模擬体では起動に成功しているのだから。練習通りにするだけよ」

 

「そうは言われても、それが難しいんでっせ」

 

「フフッ、案ずるより産むがやすしよ。さぁ、行くわよトウジ君」

 

「へぇっ!」

 

 元気よく返事をする鈴原トウジ。

 その、根が陽気な態度にエヴァンゲリオン3号機付きのスタッフも温かな笑みを浮かべるのであった。

 尚、エヴァンゲリオン3号機の起動は特に大きな問題なく成功するのであった。

 そしてこの起動試験の成功をもって、エヴァンゲリオン3号機は正式に実戦配備が為される事となる。

 

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機による、NERV本部戦闘団エヴァンゲリオン第1小隊。

 エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機による、NERV本部戦闘団エヴァンゲリオン第2小隊。

 2個小隊編成が充足する事となる。

 第1小隊が前衛を担い、第2小隊が支援を行うものとされた。

 作戦局の一部からは、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の組み合わせ(ペア)を解体し、2個小隊それぞれの戦力の均質化を図るべきとの声も上がったが、葛城ミサトが受け入れなかった。

 私情ではない。

 戦力の均質化によるローテーションの実現は、操縦者(パイロット)である子ども達の疲労軽減と作戦の幅を広げる事になるが、同時に、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の組み合わせと言う近接戦闘から中距離戦闘までをカバーできる突出した戦闘力の喪失を意味するからである。

 或いは第9使徒戦の様な、咄嗟の際であっても信用できる ―― 或いは、腹の据わった戦いが難しくなるとの考えであった。

 鈴原トウジは、まだ一人前とはとても言えないからだ。

 綾波レイは肝が据わっているが、戦闘の方向性がシンジやアスカと違い過ぎて、この2人の組み合わせの様な阿吽の呼吸を期待するのは難しいのだ。

 かくしてシンジとアスカと言うNERV最強の組み合わせは維持される事となった。

 

 第2小隊の小隊長となり後輩(鈴原トウジ)を見る事となった綾波レイは、改めてNERV本部戦闘団の充足に伴う関係者各位とのあいさつの場で、鈴原トウジに拳を突きだした。

 真面目な顔だ。

 それはアスカを、アスカとシンジを真似た仕草であった。

 とは言え、学校でそういう綾波レイの側面を見た事の無かった鈴原トウジは面喰らってしまう。

 周りを見る。

 アスカが腹を抱えて笑っていた。

 シンジも口を手で抑えている。

 傍に居た伊吹マヤも他所を見ながら肩を震わせている。

 この場に居る誰もが笑っていた。

 陽性の笑い。

 

 だが、その中にあって綾波レイは真剣だった。

 

「んっ」

 

 綾波レイの顔が少しだけ不満げになった。

 怜悧な雰囲気があった顔が、少しだけ膨れて(プクッっとなって)いる。

 

「いや、あの、アヤナミさん?」

 

「んっ」

 

 差し出されていた手がプルプルと震えて来た。

 腕を上げているのが辛いのだ。

 何とも、自分が悪い事をしている様な気になった鈴原トウジは再度、シンジを見た。

 シンジも腕を挙げていた。

 それで、漸く理解出来た鈴原トウジは拳を合わせたのだった。

 

「宜しく」

 

「こちらこそ宜しゅう頼むでぇセンパイ」

 

「ん。任せて」

 

 

 

 

 

 4機のエヴァンゲリオンが揃ったNERV本部戦闘団。

 その実戦は程なくして訪れる事となる。

 第12番目の使徒、その襲来である。

 

 第3新東京市近郊、その上空に突如として現れた謎の球体。

 真球めいたソレは、白と黒のマーブルな模様をしていた。

 

「使徒ね」

 

 MAGIによる判定が為される前に、自信満々に言い切る赤木リツコ。

 正体不明は全て使徒。

 未確認飛行物体(UFO)未確認生物(UMA)も、判らないものは全て使徒。

 科学者であるが故に、合理主義者であるが故に、もう使徒に対しては匙を投げているのだろう。

 少しだけ遠い所にいった親友(マブ)の心境に少しだけ思いを馳せながら、葛城ミサトは確認の声を上げる。

 

「MAGIは?」

 

ネガティブ(BloodType-ORANGE)! A.Tフィールド未検出の為、MAGIは判断を保留しています」

 

 日向マコトの声が響く。

 その手元のディスプレイには、診断不能の文字が躍っていた。

 

「………どうせ使徒でしょ」

 

 吐き捨てる様に言う葛城ミサト。

 自分自身で気づいていなかったが、その様は赤木リツコが断言したのと同じような仕草であった。

 実に類とも(マブ)であった。

 それに実務を担う葛城ミサトには別に気になる事があった。

 

「しかし、どうして此処まで入られたの、富士の電波観測所がやられたの?」

 

 言いながら、それは無いだろうと判断していた。

 攻撃を受けたと成れば、使徒発見との警報が鳴らずとも、緊急的な戦闘配置を告げる警報が発報して居る筈だからだ。

 青葉シゲルが声を張り上げる。

 

「2度確認しました。探知して居ません。直上にいきなり現れました」

 

「………市内のレーダーは?」

 

ウチ(要塞設備)のにも、郊外の国連軍のにも映って居ません!」

 

「最悪ね」

 

 レーダーに反応が無いと言う事は、ミサイル兵器の類が使用不可能であると言う事だ。

 野砲(特科)部隊の155mm榴弾砲などは使用可能だが、此方もレーダー誘導弾頭弾が使えない。

 そうなれば面制圧射撃として行わねばならなくなり、使徒の周囲の被害が手荒いモノとなる。

 なってしまうのだ。

 厄介な相手、と言えた。

 

 少しだけ考えて、葛城ミサトは命令を発する。

 

「命令! 市内の避難誘導は地下壕(シェルター)では無く、市外区域への移動に変更。地下ルートの使用許可を作戦局局長代行権限で出します」

 

 正体不明を通り越している、この第12番目の使徒と思しき相手だ。

 どこまでの攻撃能力を持つのか不明である以上、過去最大規模と言う想定で動くと言うのが正しいと判断していた。

 市外区域であれば確実に安全と言い切れる訳では無いが、それでも今よりは確実に良いと言えるのだ。

 

「良いのですか?」

 

 最近は日本人(ネイティブ)並みの発音になった日本語で、小さく確認と言った風に訪ねて来る作戦局第1課課長代理(次席指揮官)のパウル・フォン・ギースラー。

 地下ルートはNERVの要塞部の物資輸送機能を流用する事になる為、非常事態以外での使用は禁止されているからだ。

 とは言え、別に眉を顰めると言う風ではない。

 パウル・フォン・ギースラーは護民は本懐であるとの確信を持った軍人上がり(ドイツ連邦軍出身)なのだ。

 その点に迷いはない。

 只、次席指揮官と言う職責上からの確認事項を疎かにしない(チュートン的な態度を示した)だけであった。

 

「構わないわ」

 

 パウル・フォン・ギースラーの気分が手に取る様に判るが故に、葛城ミサトは快活に笑う。

 笑って答える。

 

「NERVも非公開だけど公然組織になったんだもの。なら、市民サービスも大事よ」

 

 サービス! サービスゥ! などと陽気に言い放つ。

 正に豪胆な指揮官の姿であった。

 そこに深い満足を覚えたパウル・フォン・ギースラーは黙って頷くのであった。

 口元に笑みを刻みながら。

 

「碇司令への報告は?」

 

「残念ながら衛星を介した通信網は全て止まって居ます」

 

 青葉シゲルが答える。

 碇ゲンドウは第2回ドイツ支部仕置きで、NERVドイツ支部に出張中だったのだ。

 何とも間の悪い話であった。

 

「海底ケーブル網の再建を後回しにしているツケよね」

 

「通常なら通信衛星で十分でしたからね」

 

 嘆息する青葉シゲル。

 大災害(セカンドインパクト)によって、世界は寸断された。

 世界中を網羅していた海底通信ケーブル網も甚大な被害を受けていたのだ。

 この為、比較的復旧の容易な通信衛星によるネットワークが構築されていた。

 勿論、通信システムの多重化が軽視されていた訳では無い。

 災害対応力の向上を目的に海底ケーブル網の再構築にも予算は投じられてはいた。

 だが大災害(セカンドインパクト)に絡む戦災もあってケーブル敷設船の数が激減してしまっている為、一朝一夕には復旧させきれないと言うのが実状であった。

 

「良いわ。冬月副司令は居たわよね?」

 

「はい。現在、折衝中であった第3新東京市市庁舎から戻られる途中です」

 

「ホントに使徒って空気を読まないわね」

 

 女にモテないワ、そんな冗談(ジョーク)を口にしながら葛城ミサトは命令を出す。

 別に何でも無いのだと言わんばかりの態度だ。

 その背に、その言葉に、部下たちが注視しているのを意識した態度であった。

 

「なら、コッチの人間だけで何とかしましょう。上手くやって特別賞与(ボーナス)査定のアップを狙うわよ!」

 

 

 

 エヴァンゲリオン4機と国連軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)の戦闘配置が終わり、市民の避難が完了する迄に要した時間は約1時間であった。

 その間、第12の使徒と思しき目標は黙って第3新東京市上空に漂っているだけであった。

 

『何がしたいのかしらね、アレって』

 

 アスカが呆れた様に言う。

 使徒は本能でAdamを求めているという。

 だからこそNERV本部地下の最深部、Adamが封印されているセントラルドグマを狙っているのだとアスカは聞いていた。

 にも拘らず、この第12番目の使徒らしきモノは動く気配を見せていないのだ。

 訝しがるのも当然であった。

 

『使徒で無い可能性もあるわ』

 

『あんなフザケた物体で、そんな可能性、あると思う?』

 

『………無いと思う』

 

『でしょ』

 

 最近の綾波レイはアスカと良く会話をする様になった。

 そんな事を思いながら、シンジは静かに呼吸していた。

 己の調子(コンディション)を整える(チャド―)めいた呼吸だ。

 L.C.Lの中で行うソレは座禅を組んだ時とは違う感じであった。

 だが、それでも意識して息をすると言う事はシンジの気持ちを落ち着かせていた。

 ゆっくりと行う深呼吸。

 薄く開かれた目が、ふと、鈴原トウジを捉えた。

 

 緊張しているのだろう。

 顔をこわばらせ、浅い呼吸を繰り返している。

 初陣なのだ。

 当然の事と思えた。

 

だいじょいな(大丈夫)?」

 

『お、おぅ、大丈夫やで』

 

 只、怯えてはいないのだ。

 初陣でソレならば合格点では無いかとシンジは思っていた。

 

『ナァ、センセが初めて乗った時って、緊張はしなかたんか?』

 

緊張な(緊張って言われても)緊張ちな(どうだろう)

 

 初めてエヴァンゲリオンに乗った時を思い出すシンジ。

 黒い、人型めいた使徒。

 第3使徒。

 だが、正直な話として緊張したと言う思いではない。

 

判らん(覚えてないかな)そん前にはらがきっせてたでよ(その前に、腹が立つ事があったから)

 

 シンジは、エヴァンゲリオンに乗って使徒とやらと戦って片付けて、碇ゲンドウを殴ると言う事しか考えていなかったのだ。

 そうだ。

 シンジにとってエヴァンゲリオンに乗るのも使徒と戦うのも()()でしか無かった。

 父親だからと言って偉そうな態度で言ってくる、不快な奴(おなごんけっされ)

 何年も音信不通になる様な完全な没交渉(ディスコミュニケーション)だったのに、必要だから呼んで使うとする様な阿呆(くされびんた)

 

『センセ、センセ?』

 

 使徒もエヴァンゲリオンもどうでも良かった。

 それよりもシンジは、もしかして自分はもう少しばかり碇ゲンドウを殴っても良いのではないかと今更ながらに思い始めていた。

 それ位、思い出しただけで腹が立つのだ。

 ギュッと両手に力が入った。

 

『シンジ、シンジさーん??』

 

良かが(我慢するけどね)

 

 かつて冬月コウゾウに諭されたのだ。

 言葉を連ねる事も無く、感情だけで安易に暴力を振るうのは非文明人(子ども)のする事である、と。

 そしてソレは、君を育て上げた鹿児島の父母の顔に泥を塗る事になるのだ、とも。

 シンジは冬月コウゾウに一定の敬意を払っていた。

 何故なら、そう諭した最後に、シンジが訓練でエヴァンゲリオン初号機に乗ったから碇ゲンドウを殴ろうかと言った事は冗談であると判っているが、と茶目っ気を出して笑いながら付け加えたからである。

 只、冗談であっても周りが驚くから考えて欲しい。

 緑茶に合う羊羹を差し出しながら、そうも言っていた。

 

 実に、人の気持ちを操るのが上手いものだとシンジも感心した程であった。

 大の大人(老境に達した先達)にそこまで言われては、下手な冗談(サツマンジョーク)は口にするまいと堅く心に決めたのだった。

 

『バカシンジ!!』

 

「何、アスカ?」

 

 アスカに名を呼ばれ、意識を今に合わせて見れば、何故かアスカは自慢げに(ドヤァ顔)している。

 意味が解らない。

 と、周りを見れば、先ほどまで会話していた鈴原トウジも綾波レイもあきれ顔をしている。

 

『戦闘配置よ。ミサトから後10分程度で避難誘導が終わるって』

 

「了解」

 

 

 

『センセは嫁はんの声は良く聞くんやな』

 

『そうなの』

 

『苦労しとるんやろ、アヤナミも?』

 

『そうでもないわ。面白いもの』

 

『神経が太いな!』

 

『そう? 判らないわ』

 

 思わぬ綾波レイとの長い会話(コミュニケーション)に、こういう性格だったのかと新鮮な驚きを覚えた鈴原トウジ。

 否、違うと否定する。

 そもそも、性格が判る程には学校では話した事が無かったのだと思ったのだ。

 そして馬鹿な話が、緊張を緩和させる効果もあったと思ったのだ。

 少なくとも体の強張りは抜けていた。

 

『おおきにな』

 

『なら良かった』

 

『ワシも頑張るで!!』

 

 両の頬っぺたを叩いて、鈴原トウジは気合を入れるのであった。

 

 

 

 4機のエヴァンゲリオンの戦闘配置。

 前衛の第1小隊。

 支援の第2小隊。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機はビルに紛れる様に前進し、両機ともに第12番目の使徒と思しき目標まで約200mまで接近に成功していた。

 第12番目の使徒と思しき目標に動きは無い。

 対して第2小隊は分散配置となっていた。

 エヴァンゲリオン4号機は広い射界を得る為に高い場所、定位置となりつつある早雲山の射撃ポイントに支援機(ジェットアローン)と共に上っていた。

 そしてエヴァンゲリオン3号機。

 第3新東京市と早雲山との間にある市外区に配置されていた。

 コレは早雲山の射撃ポイントが狭いと言うのが理由が1つであった。

 だがそれ以上に、早雲山の射撃ポイントで使用する長射程射撃武器を使わせるには、まだ鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機の組み合わせに信用が足りないと言う部分があった。

 EW-23(パレットキャノン)にせよEW-24(N²ロケット砲)にせよ、下手な所に当ててしまえば着弾場所が悲惨な事になる大威力兵器なのだ。

 葛城ミサトと作戦局が慎重になるのも当然であった。 

 故の、早雲山の射撃ポイントと平野部との分散配置だ。

 とは言え、平野部だから棒立ちになっていると言う訳では無い。 

 遮蔽物と電源ユニット(バッテリー)を兼ねた配置盾を設置展開させ、その陰でEW-22C(長砲身化パレットガン)を構えているのだ。

 第5使徒並みの大威力射撃(荷電粒子砲)や55口径の560mm陽電子衝撃砲たるEW-25(ポジトロンキャノン)には耐えられないが、それ以外には十分な防護力の発揮が期待出来ていた。

 尚、EW-22がB型(バレット付き)D型(強化型)でない理由は、操作の簡単さが選ばれての事であった。

 B型(バレット付き)は格闘戦能力が無ければ無意味(デッドウエイト)であり、D型(強化型)は高威力化の対価として繊細な操作が要求されるのだ。

 初心者には単純明快である事が大事なのだ。

 尚、無印のEW-22(パレットガン)があれば良かったのであるが、此方は全てB型(バレット付き)に改修されていたのだ。

 結果、C型(長砲身型)しか無かった。

 

『エバー各機へ通達』

 

 葛城ミサトが声を上げる。

 戦闘を始めるのだ。

 L.C.Lに浸かっているにも関わらず、のどの渇きめいたモノを覚えた鈴原トウジは生唾を飲み込む仕草をした。

 実戦なのだ。

 緊張するのも当然であった。

 と、唐突に鈴原トウジの名前が呼ばれた。

 

『鈴原トウジ君』

 

「はい!」

 

『そんなに緊張しなくても良いわ。初手を貴方に任せます』

 

「わ、ワイにですか!?」

 

『そうよ。今回は国連軍部隊からの支援はチョッち難しいけど、その分、複雑に考える事は無いから安心して。それに他の3人から十分に支援してもらえるわ。だから安心して、ドーンとやっちゃって頂戴』

 

『失敗しても大丈夫』

 

 綾波レイが言う。

 安心させるように続ける。

 

『そこからなら外れても山に当たるだけ。問題は無いわ』

 

『使徒が何かしても、アタシとシンジで何とかするわ』

 

 自信と自負に溢れた顔で断言するアスカ。

 シンジは黙って頷いていた。

 

 ここでやらねば男がすたる。

 そう理解した鈴原トウジは、判りましたと、任せてくださいと言うのであった。

 

 

 遮蔽物から身を乗り出して、EW-22C(長砲身化パレットガン)を構えたエヴァンゲリオン3号機。

 レーダーによる照準は出来ないが、銃身下部に設置されたレーザーポインター(レーザー照準器)が代わりとなっていた。

 確実に当てられる形となっている。

 後は引き金を引くだけであった。

 

『エバー各機、及び国連軍部隊準備良し。良いわね、トウジ君』

 

「何時でも大丈夫でっせ」

 

『初陣と祝勝会で美味しいモノを食べましょう。では、戦闘始めっ!!』

 

 

 

 葛城ミサトの号令に合わせ、射撃を開始した鈴原トウジ。

 だが、着弾する事は無かった。

 

「目標、A.Tフィールドを展開! パターン検出(BloodType-BLUE)!! 使徒です」

 

 青葉シゲルが声を張り上げた。

 その声に被せる様に、葛城ミサトが気合の入った声を上げる。

 

「構うな! 戦闘続行、使徒の撃破確認まで総員は集中力を切らすな!!」

 

 第12番目の使徒では無いかと思われていた相手が第12使徒であると確定しただけ。

 それだけの事だと葛城ミサトは切って捨てた。

 それよりも大人(第1発令所)の気持ちが慌てていては、前線の子ども達が慌てる(不安がる)だろう。

 だからこそ、葛城ミサトはブレない。

 只、使徒となった相手を睨むのだ。

 

吶喊すっ!(突撃します)

 

『キメるわよ!』

 

 その睨む画面の向こう側でエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機が遮蔽物を出て飛び上がる。

 幾多もの使徒を葬ってきた、2機による近接攻撃だ。

 誰もが決着が付いたと思った。

 だが残念、そうは成らなかった。

 使徒とは人知を越えた存在なのだ。

 相次ぐ戦勝の結果、誰もがその事を忘れていた。

 

 葛城ミサト、NERVの誰もの思いを無視する様に自由に動き出す。

 

「使徒反応、消失!? いえ、違います、エヴァンゲリオン3号機の下に!!」

 

 瞬間移動めいて、第3新東京市中心部付近に居た第12使徒が市外のエヴァンゲリオン3号機の真上へと現れたのだ。

 

「トウジ君、退きなさい。武器を捨てても良いわ! レイ、射撃支援実施!!」

 

『了解』

 

 発砲するエヴァンゲリオン4号機。

 逃げ出すエヴァンゲリオン3号機。

 だが状況は好転しない。

 

「使徒本体に命中、命中しているのか!?」

 

 日向マコトの悲鳴めいた報告。

 A.Tフィールドなど無かったかのように、空中に浮かぶ第12使徒にエヴァンゲリオン4号機が放ったEW-23(パレットキャノン)が当たる。

 当たるがダメージを受けた気配がない。

 貫通すらせず、微動だにしない。

 それよりも問題は、第12使徒がエヴァンゲリオン3号機の真下に黒い影を広げた事だ。

 逃げるエヴァンゲリオン3号機を追って移動してくる。

 それは影では無い。

 沼めいたナニカであった。

 如何なる手段によってか、地面より下(グランドライン・マイナス)へとあらゆるモノを飲み込んでいくのだ。

 

『な、なんじゃこりゃ!?』

 

 鈴原トウジが悲鳴を上げた。

 走って逃げる、その足を取られたエヴァンゲリオン3号機は、慣性のままに盛大にすっ転んだ。

 そこにさらに広がる影。

 エヴァンゲリオン3号機を飲み込もうとする使徒の影。

 

「なっ!?」

 

 今までの使徒とは全く異なる動き、攻撃を見せる第12使徒に、葛城ミサトの判断も追い付かない。

 正に絶句だった。

 エヴァンゲリオン3号機を捨てて鈴原トウジに脱出を命じたいが、仰向けになっている為、操縦槽(エントリープラグ)の射出は無理、無意味であった。

 又、国連軍部隊に支援を要求しても、第12使徒の真下にエヴァンゲリオン3号機が居るのだ。

 攻撃に巻き込まれかねなかった。

 

 両腕の拳を握りしめ、打開策を必死に考える葛城ミサト。

 だが、考えるよりも先に動く(チェストする)人間が居た。

 シンジだ。

 エヴァンゲリオン3号機と共に沼めいた陰に沈み込みつつあるビルなどを足場に突き進む(八艘飛びを見せる)エヴァンゲリオン初号機。

 否、シンジだけではない。

 アスカのエヴァンゲリオン弐号機も少しばかり後方で追随している。

 子ども達(チルドレン)は、只、奔る。

 

 2機の位置が前後しているのは、初動の差では無かった。

 シンジとアスカの意思疎通(阿吽の呼吸)の結果だった。

 

トウジサァ(トウジ)腕をあげやい(腕を上げて)!!』

 

『シンジか! おっ、おうさ!?』

 

 ソレが成功したのは、鈴原トウジがシンジに全幅の信頼を置いていたからであった。

 アスカの言葉を信じた結果でもあった。

 ヘマをしてもなんとかすると言った事を、幼子の様に信じ、受け入れていたのだ。

 だから成功した。

 

歯ァくいしばいやい(歯を食いしばってて)!!』

 

 素晴らしい加速で、空を飛ぶように走ったエヴァンゲリオン初号機は、沈みつつあるエヴァンゲリオン3号機の腕を掴んでビルの屋上に着地。

 寸毫の時間すら掛けず、その勢いのままに回転し、エヴァンゲリオン3号機をぶん投げる。

 投げた先はアスカ(エヴァンゲリオン弐号機)だ。

 

 拾うシンジ。

 回収するアスカ。

 見事な役割分担であった。

 その奇術めいた動きに、第1発令所の誰もが驚嘆の声を上げた。

 流石はシンジ(エースオブエース)

 流石はシンジとアスカ(ツートップ)

 

 だが、驚嘆と称賛の声は悲鳴に代わる。

 何故ならば、自らも脱出しようとしたエヴァンゲリオン初号機が闇に捉まったからである。

 闇から湧き上がった触手めいた、鞭めいたモノがエヴァンゲリオン初号機にまとわりついたのだ。

 

『っ!』

 

 四肢を、胴体を包んでいく闇。

 ゆっくりと闇がエヴァンゲリオン初号機を喰らおうとしていた。

 

「パイロット保護を最優先、エントリープラグ射出! 急いで!!」

 

「駄目です! 緊急システム、起動しません!?」

 

 見れば判る話だった。

 闇より生まれた触手めいたナニカは、既にエヴァンゲリオン初号機の首の所にまで及んでいるのだ。

 出来る筈が無かった。

 

『シンジ!!』

 

 アスカが悲鳴を上げた。

 自分の痛み程度では声を上げないアスカが、悲鳴めいた声色でシンジの名を呼ぶ。

 

 

 

 混乱、恐怖、混迷。

 通信機越しにも判るソレらの中にあってシンジは落ち着いていた。

 冷静に脱出しようと試みるが、闇はエヴァンゲリオン初号機の力を吸うかの如くあり、どうにもならない。

 緊急脱出システム(エントリープラグの緊急射出)も、作動出来ない(シーケンスエラー)と表示されている。

 紛う事無き非常事態。

 だからこそ、シンジは深呼吸を一つした。

 散々に使徒を屠ってきたのだ。

 それが自分に返ってきただけだと受け入れていた。

 だから受け入れる。

 

「アスカ」

 

 相棒の名を呼ぶ。

 

『何よシンジ! 待ってなさい。今ソッチに向かってるから。何とかそれまで耐えなさい!!』

 

 だが間に合う事は無い。

 もうエヴァンゲリオン初号機の機体は肩まで闇に飲み込まれているのだから。

 手も足も出ない。

 どれ程にエヴァンゲリオン弐号機が疾駆しても間に合わない。

 そういう状態であった。

 だからシンジは笑った。

 笑って感謝の言葉を紡いだ。

 

「ありがとう」

 

『Narr! Testamentみたいな事を言うなっ!!』

 

「ごめん。後は任せ___ 」

 

 

 

 

 

 その日のNERV本部の記録には、エヴァンゲリオン初号機の行方不明と碇シンジの生死及び所在確認(MIA)が記録される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10-4

+

 暗闇に閉ざされた空間。

 角のある鬼めいたエヴァンゲリオン初号機の双の瞳に光が灯る。

 起動したのだ。

 だが鋼の巨躯は動く事無く、機体各部に設置されている各種センサーだけが情報を集める。

 何もない(ネガティブ)

 

喰われっせいに(喰われた途端に)スパッーけしんかちおもえば(直ぐに死ぬかと思ってたら)じゃいなかち(そういう訳じゃない)使徒もないをしとっとかねぇ(使徒は何がしたいんだろうか)

 

 嘆息する碇シンジ。

 流れるような仕草で機体を生命維持モード(アクティブからスリープ)へと切り替える。

 エントリープラグの内壁が素材色の灰色に戻り、室内灯がオレンジの非常灯に切り替わる。

 何もする事が出来ない。

 死ぬか、救助か、どちらにせよ待つだけの身だ。

 幸いにして、エヴァンゲリオン初号機より先に喰われていたエヴァンゲリオン3号機装備の配置盾を回収できており、その電源ユニット(バッテリー)を接続できたお陰で電力的に数日は問題は無い。

 体感温度を下げるようにすれば更に持つ。

 酸素の供給だけであれば、1週間は持つだろう。

 排泄も、常には使わない機能であるプラグスーツの非常用弁にインテリア(パイロット・シート)にある排泄用ホースを繋いで対応できている。

 不快感は仕方がないが、排泄物が口に入る様な恐ろしい事は当分は想定しなくて良い。

 問題は空腹だ。

 こればかりは耐えるほかない。

 最低限度の栄養は、L.C.Lに浸かったままでも使用可能な無針注射器(ジェット・インジェクター)で補えるが、脳みそが栄養失調にならない最低限度の補給しか出来ない為、お世話になっても、と言うのが正直な感想であった。

 嘆息する。

 

面倒臭かもんじゃっが(面倒くさいし、暇だ)

 

 シンジ。

 割と呑気であった。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン初号機、使徒に捕獲される。

 その一報に接した碇ゲンドウの内心は、嵐であった。

 鉄風雷火の限りを尽くす様な地獄の様な大嵐であった。

 NERVドイツ支部の監査(第2回ドイツ仕置き)を、ドイツ支部所長の首1つで治めてドイツ支部序列2位(ナンバー2)には、次は無いとドイツ支部の解体すら仄めかして(反逆に対する巨大な釘を刺し)、急いで単段式宇宙輸送機(SSTO)に飛び乗ってNERV本部に戻った。

 その慌てて帰還する姿を見た多くのNERVスタッフが、様々なうわさをした。

 情の面から見た人々は、あの碇ゲンドウも人の親であり、前線に立つ息子を心配していたとか、とも。

 理屈の面から見た人々は、NERV最大戦力であるエヴァンゲリオン初号機とシンジの喪失を恐れた、とも。

 様々なうわさをした。

 だが、現実の碇ゲンドウの内心にあったのはエヴァンゲリオン初号機だけであった。

 エヴァンゲリオン初号機は人類補完計画の鍵となる存在であり、その中には碇ゲンドウにとっての唯一と言って良い妻たる碇ユイが眠っているのだからだ。

 

 

 

「厄介な事になったな」

 

 NERV本部総司令官執務室で碇ゲンドウを出迎えた冬月コウゾウも、常日頃に漂わせている余裕ある雰囲気を作りえず、誰でも判る様な焦りを表情に浮かべていた。

 だからこそ、この総司令官執務室に居たとも言えた。

 この様な表情をしていては下の人間が動揺してしまうからである。

 

「ああ。だが好機でもある。初号機が危機的状況に陥れば、或いは__ 」

 

「……そうか! 彼女が目覚める可能性がある訳か」

 

「ああ。如何にシンジとは言え電力を失った初号機で出来る事などあるまい。その状況下で適切な負荷を与えればユイが目覚めるだろう」

 

 エヴァンゲリオン初号機のコアで眠っている碇ユイ。

 その眠りは果てしなく深い。

 人と言う枷を無くし、有限にして無限のエヴァンゲリオンのコアに宿っているのだ。

 それを目覚めさせるというのは簡単な事では無かった。

 当初は、エヴァンゲリオン初号機が危機に陥れば簡単に覚醒すると思っていた。

 特に、シンジが専任搭乗員となったならば、息子の危機には目覚めてくれると思っていた。

 だがその期待を嘲笑う様に、シンジの駆るエヴァンゲリオン初号機は危機に陥る事が今までなかったのだ。

 危機的な状況は幾多もあった。

 だが、その全てをシンジは実力で乗り切ってきたのだ。

 想定外も良い所であった。

 だが今回は使徒に取り込まれたのだ。

 シンジの(物理系)では対処不能な筈なのだった。

 

「これで漸く、お前の人類補完計画も階段を1つ登れるな」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 我欲に目を曇らせているお歴々(NERVの頂点)はさておき、現場の人間は本気で第12使徒の撃滅とエヴァンゲリオン初号機の回収、そして何よりシンジを生還させる事を願っていた。

 その為に努力していた。

 

「使徒の正体が判ったの?」

 

「ええ。第12使徒が何らかの理由で行動を停止してくれたお陰で十分な観測が出来た、そういう事よ」

 

()()()()()()()

 

 恐らくは取り込んだエヴァンゲリオン初号機に何らかの干渉をしているのだろう。

 そう言う推測であった。

 そして、そうであるが故にか細い希望が残るのだ。

 動けないのは干渉が終わらぬから。

 であればこそ、エヴァンゲリオン初号機とシンジは第12使徒の中にあって健在である、との希望となるのだ。

 

「後でアスカ達にも教えてあげなさい」

 

「…そうね、そうよ。シンジ君が戦っているなら、私たち大人も最後まで諦めては駄目ね」

 

 疲労が色濃く出ていた葛城ミサトの目に輝きが戻る。

 否、葛城ミサトだけではない。

 絶対の柱(エースオブエース)を失い、戦意の折れかかっていたNERV本部の人間の戦意を維持する効果があった。

 

 

 

「アスカ! シンジ君を助けるわよ!!」

 

 それまで操縦者待機室の片隅で悄然とした表情で床に座り込み、壁を睨んでいた惣流アスカ・ラングレーが、葛城ミサトの言葉に漸く振り向いた。

 操縦者待機室には他に誰も居ない。

 綾波レイも鈴原トウジも、葛城ミサトの指示に従い、それぞれに宛がわれた仮眠室で眠っていた。

 横になっていた。

 眠れる訳では無いのだが、処方された睡眠薬を飲んで眠っていた。

 鈴原トウジは、自責から休む事に抵抗を感じてはいたのだが、休む事も仕事の内だと諭されて、従っていた。

 アスカは、緊急対応で誰かが起きている(即応できる)必要があると強弁し、起きているのだった。

 とは言え、その理由など問うまでもないだろう。

 その姿を見れば、その顔を見れば一目瞭然であった。

 

「………シンジが…シンジがまだ生きて……生きて…るの?」

 

 日頃の活気が悉く消え去ったか細い声。

 その声色には信じたいと言う気持ちと、信じられないと言う気持ちの両方の色が混然一体となっていた。

 輝いていた瞳は曇り、目元にはクマが出来ていた。

 既に、第12使徒との1回目の交戦から10時間以上が経過していたが、アスカは休憩どころかまだプラグスーツすら脱いでいなかった。

 常在戦場(臨戦態勢)と言う訳では無い。

 その魂の抜け落ちた様な表情から判る様に、気力が根こそぎに奪われていたのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機の機付き長であるヨハンナ・シュトライト大尉(大尉待遇准尉)が、太目なドイツ淑女(肝っ玉お母さん)と言った風の見た目通りの力を発揮して無理矢理にでも連れて来なければ、エントリープラグから出た所で動けなかったかもしれない。

 それ程の()()であった。

 綾波レイが気づかわし気にタオルを頭から掛け、顔を拭い髪を乾かし、傍に寄り添っていたが、一顧だにする気配は無かった。

 

 そんなアスカの、呆けた目を見た葛城ミサトは、内側に湧き上がる憐憫の情を押しつぶす。

 自分はそんな女じゃない、と。

 子どもを戦地に送らねばならぬ指揮官(外道)なのだ。

 恨まれ、憎まれ、最後には石を投げられるべき非道の徒(使徒ブッコロスウーマン)なのだ。

 だからこそ、傷ついたアスカに寄り添うのではなく、炊き付ける事を選ぶ。

 石をもって糾弾される未来には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誰一人として欠けない、子ども達(チルドレン)が必要なのだから。

 

 だから笑う。

 笑って見せるのだった。

 そう、獣の様に。

 

「ええ。きっと、シンジ君は使徒の内側で抵抗しているのよ」

 

 そう言って葛城ミサトが重ねた言葉、説明。

 聡明なアスカは、それらの状況証拠からの推測が願望めいた類の言葉である事が簡単に理解出来た。

 信じられない。

 信じられるモノじゃない。

 そう断言する声が聞こえた気がした。

 自分の声で、感情的(ヒステリック)に叫ぶ声が聞こえた気がした。

 それに心から同意するアスカ。

 だが同時に、それでも、それでも信じたいと言う思いが湧き上がるのだった。

 或いは、希望にすがりつきたいとの、願いであった。

 

「助け……れるの?」

 

「助けるのよ、アスカ」

 

 力のこもった目でアスカを射抜きながら断言する葛城ミサト。

 その力はある種の狂気めいていた。

 NERV実戦部隊の頂点にいるが故の職責。

 使徒に親を殺された子どもとしての復讐心。

 戦地に追いやる子どもに対する自責。

 それらが綯交ぜになって、葛城ミサトと言う女の(溶鉱炉)でグツグツと煮え滾っているのだ。

 どれか1つが葛城ミサトではない。

 全てが1つとなって葛城ミサトなのだ。

 

「でもどうやって……」

 

「そんなモン、今から考える! リツコに考えて貰う!!」

 

 堂々と、ある種の情けない事を言う。

 それが情けないと感じさせないのは1つの才能と言えた。

 戦場で人を奔らせる為の才能。

 そういう教育も受けて来たアスカは、そうである事を理解しつつ、だが己の気分が乗って行くのが感じられた。

 そうだ。

 その通りなのだ。

 ウジウジと悲嘆にくれるよりも、1%でも救える確率があるなら、取り戻せる可能性があるならば、ソレに全力で当たるべきなのだから。

 

「ハッ……ハハ、ミサトらしいわね」

 

「だって私が葛城ミサトよ? 私よりも葛城ミサトらしい奴が居てたまるものですか」

 

 胸を張る葛城ミサト。

 そして、だからと続ける。

 

「アスカ、シャワーを浴びてスッキリしたら仮眠を取りなさい。これは命令じゃないわ。でも、そんな顔でシンジ君にあったら、あの子、卒倒しちゃうかもよ」

 

「そんなに酷い顔になってる?」

 

「何時もの魅力が15割減ね」

 

「割って確か10%に換算よね? 150%も減ったってミサト、アンタねぇ」

 

 アスカの声に張りが戻った。

 力強さも戻った。

 バカな会話こそ心の栄養剤であった。

 

「何時もの元気が消えて100%減少に、目の下のクマとかぼさぼさの髪とかで更に-50%の魅力マイナスって事ね」

 

 泣いて充血していた目に関しては言わない。

 それを指摘しないだけのデリカシーは葛城ミサトにも備わっていた。

 

「さ、だからリフレッシュに行ってらっしゃい」

 

 

 心なしか、背筋も伸びてシャワーを浴びる為に歩き出したアスカ。

 その背を見送った葛城ミサトは、後は救う作戦を立てるのが大人の仕事だと気合を入れなおすのだった。

 

 

 

 

 

 対使徒戦闘中と言う事で、第1発令所第1指揮区画にて行われる作戦会議(ブリーフィング)

 第2指揮区画から国連軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)の連絡員と幕僚(参謀)も参加していた。

 そこで得られた情報を基に、対策を組み上げていく。

 

「コレが、現時点で判明している使徒の情報よ」

 

 赤木リツコが画面に表示した情報を基に説明する。

 どよめきが広がった。

 だが、否定する声は上がらない。

 突飛極まりない情報ではあったが、それを否定できないのが、それが使徒なのだと、この第12使徒で改めて認識させられたからである。

 

「アノ影の部分が使徒の本体なわけ?」

 

 葛城ミサトが、()()()()()と言わんばかりの表情で確認の声を上げた。

 対する赤木リツコは、人を食い殺しそうな眼付きでディスプレイを見ながら説明する。

 否、殺されたのだろう。

 常識とか、そう言うモノを。

 怨嗟の目であった(科学は死んだ! この人でなし)

 都合10回目(10回目の使徒襲来)ではあるが、慣れるものでは無いと言う事だろう。

 

「そう考えているわ。直径680m、厚さ約3nmのね。その極薄の空間を、内向きA.T.フィールドで支え、内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間にしているのよ」

 

 だからこそ、エヴァンゲリオン初号機やビルその他が、地下では無い場所に送られているのだと言う。

 昔で言う所の亜空間と言った所だと断言する赤木リツコ。

 別の宇宙に繋がっている可能性すらあるとまで言う。

 

「荷物の収納には便利そうね」

 

「ミサトの部屋の荷物も全部入るわよ」

 

「そりゃ有難い! で、ならあの球体は? あそこにコアがあるというの?」

 

「影、と言うのが結論ね」

 

「影?」

 

「そう。エヴァンゲリオン4号機の攻撃が無効化された理由もそう。本体の在る虚数空間との回路が閉じれば消えてしまう筈よ」

 

 理論に想定と想像を重ね挙げた技術局の結論ではあったが、否定するべき部分は無かった。

 エヴァンゲリオン初号機を捕らえた際にも、上空の球体は何の動きも見せなかったのだ。

 攻撃も、そして避難の邪魔も。

 只ひたすらに、そこに在るだけであったのだから。

 

 葛城ミサトは傍に居る日向マコトとパウル・フォン・ギースラーを見る。

 自分に似てだが少し違う日向マコトも、ドイツで将校教育を受け実戦を経験しているパウル・フォン・ギースラーも、両名は共に同意する様に頷いていた。

 頷き返す葛城ミサト。

 それだけで作戦局の意思統一は出来た。

 次に国連軍からの連絡将校である日永ナガミと第3特命任務部隊(FEA.TF-03)幕僚(参謀)を見るが、2人とも頷いていた。

 NERVと国連軍とも意思統一に乱れはない。

 そういう事であった。

 

「なら狙うべきは影」

 

「ええ。第12使徒は内側へのA.Tフィールドに因って存在しているわ。逆に言えばA.Tフィールドを無効化さえしてしまえば__ 」

 

「俎板の鯉、といった所ね」

 

「そうね」

 

 断じる葛城ミサトと同意する赤木リツコ。

 為すべき事は定まった。

 その手段は未だ確たるモノとはなって居ないが、希望があると言う事は人に活力を与える。

 

「オッケー 流石はリツコと技術局。時間内に解決方法を有難う。後は潰し方を考えるわよ!」

 

 号令に従い、NERV戦闘団の頭脳たちが動き出す。

 その様を満足げに見ながら、葛城ミサトは呟いた。

 

「しかし、A.Tフィールドを中和したら案外、シンジ君が飛び出して来るかもね」

 

 小さな声。

 拾ったのは隣の赤木リツコだけであった。

 そっと混ぜっ返す。

 

「無い、と言えないのがあの子の怖い所よね」

 

「モチっとばかしアスカが尻に敷いてくれれば助かるんだけどね」

 

「アラ、日常だと完全に尻に敷かれてる感じだと思ったわ?」

 

「うん、マァ、噂に聞くサツマ式処世術(一番重要な事以外は相方に全委任)よね、アレって」

 

「………要するには()()()()()訳ね」

 

「シンジ君、ソッチ方面は本当に鈍いから」

 

「とは言え、下手な事をするとアスカに睨まれるわよ、きっと」

 

「なのよね」

 

 気楽な会話。

 息抜きだ。

 希望的未来予想(楽観的な願望)であろうとも、未来への展望が見えたのだ。

 その事が2人の口を少しだけ饒舌にさせていた。

 

 

 

 

 

 第12使徒のA.Tフィールドを中和する手段として考案されたのは、エヴァンゲリオン2機による対A.Tフィールド中和攻撃に合わせたEW-25(ポジトロンキャノン)による射撃であった。

 中和で弱体化させた所に、大威力兵器を撃ち込み、飽和させると言う単純極まりない作戦(シンプルイズベスト)であった。

 EW-25(ポジトロンキャノン)は、成功率を上げる為に本作戦時に関東圏向けの発電量を全て流用させると言う無茶が予定されていた。

 最大で1時間、全ての電力を第3新東京市に回そうと言うのだ。

 日本政府は極めて渋い顔をしつつも、それを受け入れていた。

 このお陰でEW-25(ポジトロンキャノン)は、第3新東京市向けの全電力と支援機(ジェットアーロン)だけの時よりも高威力攻撃が可能になるのだ。

 具体的には最大出力の30.8%。

 照射時間は1度に5秒、そう見られていた。

 攻防一帯の要塞使徒であった第5使徒ですら、A.Tフィールドを無力化(飽和)させて一撃で沈められるだろうと言う大威力と言うのが技術局の計算であった。

 

 だが、それを止める人間が出た。

 NERV総司令官たる碇ゲンドウであった。

 

 

 

「ハァ、どういう事よっ!?」

 

 激昂したアスカは獣めいた目つきで葛城ミサトを睨む。

 睨まれた葛城ミサトも、厳しい表情で淡々と言葉を紡ぐ。

 

「繰り返すわ。エバー3機によるA.Tフィールドによる中和を実施、タイミングを合わせて戦術級のN²弾頭ミサイル108発を第12使徒に同時着弾を図り、これを撃滅せよ、と」

 

 3人の適格者(チルドレン)責任者2人(葛城ミサトと赤木リツコ)しか居ない静かな搭乗員待機室で、葛城ミサトの言葉は吐き捨てる様に響いていた。

 赤木リツコも沈痛な表情で俯いている。

 唖然としているのは鈴原トウジだ。

 唯一、顔色を変えていないのは綾波レイだ。

 否、よく見ればただでさえ白い顔色が更に血の気を無くしていた。

 

「それで、シンジが助けられるの?」

 

「初号機の回収は可能になるわ。最優先事項は機体の回収、例え大破状態に陥っても問題は無い。そう言う命令よ」

 

 他人事の様に淡々と言う赤木リツコ。

 只、その感情は冷静とは遠い所にあると、手に持った第12使徒攻略作戦要綱のファイルが握りしめられてクシャクシャになっている事が示していた。

 

「命令、ね」

 

「ねぇ、どうして原案では駄目だったの?」

 

EW-25(ポジトロンキャノン)大火力(最大出力の30.8%)を地表に向けて発射すると言うのが問題視された、と言っていたわ」

 

「誰が?」

 

 淡々と言葉を連ねていくアスカ。

 だがその様は詰問するかの如きであった。

 葛城ミサトの言葉で火が点いていたアスカの感情は、シンジを見殺しにせよと言わんばかりの命令を受けて燃え盛っていた。

 轟炎ではない。

 白い、全てを焼き尽くさんばかりのプラズマめいた焔だ。

 

「日本政府、では無いわね」

 

「そもそも、関東圏の電力網の徴発には同意が為されているもの。今更に反対する理由は無い筈よ」

 

 葛城ミサトにせよ赤木リツコにせよ、碇ゲンドウの命令を唯々諾々と受け入れた訳では無かった。

 抗弁し、現在の第12使徒攻略作戦の安全性を強く訴えもしたのだ。

 そもそも戦術級N²弾頭ミサイルが第12使徒に直撃する前に炸裂した場合、直近に配置された3機のエヴァンゲリオンも危機に晒す事になるのだ。

 起爆装置がタイマー制御で行われる以上、無くならないリスクであった。

 又、第12使徒を撃滅した際に、N²弾頭がさく裂していたエネルギーの残滓がエヴァンゲリオン初号機と共に地表に出現した場合のリスクも訴えた。

 108発の、戦術級とは言えN²弾頭弾だ。

 例え、そのエネルギー総量の1%だけが戻ってきたとしても、第3新東京市の地表は全て粉砕される事が予想される。

 咄嗟に計算した赤木リツコの計算、だが却下されてしまったのだ。

 推測にしか過ぎない、と。

 碇ゲンドウは揺るぐ事無く冷徹に断言したのだ。

 

 碇ゲンドウは、この108発のN²弾頭弾によってシンジが死ぬ可能性は見ていない。

 エヴァンゲリオン初号機の秘められた能力を知るが故の事であった。

 そして同時に不仲であるとは言え、シンジの胆力に関しても評価はしていた。

 土壇場まで戦う(抵抗する)人間である、と。

 第12使徒にエヴァンゲリオン初号機が取り込まれて10時間以上が経過している今、第12使徒に異常が見られない。

 それが、エヴァンゲリオン初号機の主導権を碇ユイでは無くシンジが握っている証拠である。

 そう碇ゲンドウは判断していた。

 だからこそ、なのだ。

 EW-25(ポジトロンキャノン)ではなく、108発のN²弾頭弾を撃ち込むのは。

 そう、シンジを追い詰めてエヴァンゲリオン初号機(碇ユイ)の覚醒を促す積りであった。

 

 最終的に、NERV総司令権限による()()と言う形で指示されたのだった。

 である以上は抵抗できる筈も無かった。

 そして正規の軍人として中尉の階級章を帯びているアスカも、そこまで言われてしまえばと言う部分があった。

 アスカの冷静な部分はそう受け止めていた。

 だが感情は別であった。

 全てを焼き斬るプラズマトーチめいた輝きを瞳に載せて、聞く。

 

「その場合、シンジはどうなるの?」

 

「判らないわ。パイロットの生死は問わない。そう言われているわ」

 

「待ってくださいな!? シンジはまだ生きとるんやろ!!」

 

 堪らずに声を上げた鈴原トウジ。

 それをアスカが手で制する。

 

「………そっ、作戦は判ったわ」

 

「惣流はそれでええんかっ!?」

 

Ruhe(黙れ)!」

 

 燃えるようなアスカの青い瞳が鈴原トウジを射抜く。

 私の前に立つな(立ち塞がって邪魔をするな)、そう言う目であった。

 戦場でのアスカ ―― 学校で欠片として見せた事も無い、見た事も無かった気迫(戦意)に鈴原トウジは呑まれ、気付いたら座り込んでいた。

 だがアスカは鈴原トウジを見ていない。

 只、その頭で考えるのだ。

 使徒を殺す方法を、使徒を殺して碇ゲンドウの計画をご破算にして、シンジを助ける方法を。

 ひたすらに考えた。

 

 黙ったアスカを置いて、葛城ミサトは新しい作戦要綱を説明していく。

 配置。

 時間。

 その他、細かい事をだ。

 説明が終わりを迎えつつある時に、アスカが手を挙げた。

 

「リツコ、確認するわ。第12使徒はA.Tフィールドによってのみ存在を維持しているのよね?」

 

「現時点ではそう考えるほか無いわ」

 

Okay(判ったわ)。なら、そうね………」

 

 場の耳目がアスカに集まる。

 何を考え付いたのか。何をしようと言うのか。

 だがアスカはソレらを気にせずに、1つ頷くと葛城ミサトを見た。

 滾った瞳。

 だがそこには知性の輝きもあった。

 だから、だろう。

 聞いてみる気になったのは。

 そっと隣の赤木リツコを見る。

 目と目が合い、頷き返してきた。

 それで覚悟が決まった。

 

「ミサト、提案するわ。第12使徒のA.Tフィールド中和作戦だけど、ねぇ、先に試験的にやってみては駄目?」

 

 例えそれが、碇ゲンドウの命令から逸脱したと捉えられかねない、悪魔のささやきめいた言葉であったとしても。

 

 

 

 

 

 第12使徒への攻撃のカウントダウンが進んでいく。

 

「EVA3機、作戦位置に配置確認」

 

「機体状況に異常なし。電源供給に問題見られません」

 

「緊急避難経路の確認、伝達、良好。全Evaのエントリープラグ内に表示(マーカー表示)確認」

 

「エヴァンゲリオン最終チェック始め」

 

「国連軍航空部隊、N²弾頭ミサイル発射位置まで後30分。全機に遅れは見られず」

 

 着々と進められていく作戦準備。

 その様を第1発令所第1指揮区画内のNERV総司令官席に座りながら、眺めている碇ゲンドウ。

 対使徒戦に於いてこの場に居るのはどれくらいぶりだろうか。

 そんな事を考えながら眺めていた。

 

「A.Tフィールド、発生準備、()()()()以外の手順を残して終了しました」

 

「結構!」

 

 第1発令所第1指揮区画の中央に仁王立ちする葛城ミサトは、隣に立つ赤木リツコに最終確認とばかりに顔を向けた。

 頷く。

 頷かれる。

 

「全ての状況は想定通りよ」

 

「第12使徒に動きは?」

 

「確認されていないわ」

 

「結構。碇司令!」

 

「何だ?」

 

「作戦開始前の最終工程に移ります。宜しいですね」

 

 作戦開始前の最終工程の確認。

 その、何時もには無い葛城ミサトの動きに、碇ゲンドウはシンジを切り捨てる事になる最終確認を行おうというのだと理解した。

 エヴァンゲリオン初号機の操縦者(パイロット)、碇シンジを失う事に繋がるであろう危険な作戦を行う事への最終確認であると。

 フト、誰もが碇ゲンドウを見ていた。

 まるで碇ゲンドウに圧力を掛けるが如き静寂。

 だがそれを碇ゲンドウは嗤う。

 笑い飛ばして簡単に頷くのであった。

 

「これより先は葛城中佐、君に任す」

 

「ハッ!」

 

 踵を打ち付けての、鯱張った敬礼。

 だから碇ゲンドウは気づかなかった。

 己の腹心(情人)たる赤木リツコが他所を向いている事に。

 そして、うっすらとした笑みを浮かべている事に。

 

 そして、異変に気付くのは少しばかり遅かった。

 

02(エヴァンゲリオン弐号機)、試験位置に入ります」

 

「電力供給状況に異常なし。過負荷運転(オーバーロード)、何時でも行けます!」

 

 第12使徒となる影。

 そのギリギリの淵に立つエヴァンゲリオン弐号機。

 攻撃する為では無いのは、組まれた腕が示していた。

 仁王立ちしている。

 

「結構。聞いてたわね、アスカ」

 

『有難う、ミサト』

 

「後はあなた次第よ。シンジ君を取り戻しちゃいなさい!」

 

 

「待て、葛城中佐、君は何をするつもりだ!?」

 

「はっ! 作戦前の最終工程です」

 

「聞いてはおらんぞ」

 

「先ほど、申し上げた最終工程であり、許可は頂いたと認識しておりましたが?」

 

「その最終工程が何か、と尋ねている」

 

「最終工程は確認事項としての最終工程ですが?」

 

 慌てる碇ゲンドウに、全力で韜晦する葛城ミサト。

 その背でエヴァンゲリオン弐号機がA.Tフィールドを最大出力で発しようとしていた。

 

 

 

『02。A.Tフィールド全開です! いえ、フィールド空間係数がまだまだ上がっていきます!!』

 

 伊吹マヤの叫びめいた報告。

 だが集中しているアスカの耳には届かない。

 A.Tフィールドの強度を意味する、最近になって赤木リツコが作ったフィールド空間係数と言う測り(スケール)が読み上げられるが、アスカにとって関係の無い話だからだ。

 

「ウゥゥゥゥゥゥアアァァァァァァァ!!」

 

 鬼めいた表情で影を睨み、吠えるアスカ。

 己を鼓舞するのだ。

 鼓舞するのだ。

 第12使徒を潰し、自分の(シンジ)を取り戻そうと言うのだ。

 それ以外の全てが見えなくなっていく。

 だが、アスカは気にしない。

 気にする事無く、只、集中する。

 

 A.Tフィールドに。

 

 心の壁等と感傷的(センチメンタル)にも言われるソレは、だが同時に武器でもあった。

 多種多様と言う言葉を通り越した使徒の形や能力もA.Tフィールドが具現化させているのだという。

 ならば、使徒に出来てエヴァンゲリオンに出来ない筈がない。

 そう己を奮い立たせて、アスカはA.Tフィールドに強く強く強く願う。

 その想いに、エヴァンゲリオン弐号機が答える様に震えていく。

 2対4つ瞳が開き、輝きを放ちだす。

 

 

「02のA.Tフィールド、空間係数理論値を越えます!!」

 

 その伊吹マヤの叫びに呼応するかの如く、空間が鳴り響きだす。

 それは太鼓にも似た重い、重低音の連続であった。

 

「何が起こっているの!? エバー弐号機の状態は!!」

 

 異常があれば即、中止させる積りで声を上げる葛城ミサト。

 チラリと時計も確認する。

 作戦開始まで後19分。

 まだやり直す余裕はあった。

 

「い、異常はありません! 過負荷運転(オーバーロード)状態は継続中ですが、ハーモニクス他、全ての数値は正常です」

 

「じゃぁこの音は何!? 太鼓みたいにドンドコドンドコって鳴ってるコレ!!」

 

「判りません。02だけではなくエヴァでここまでA.Tフィールド空間係数を上昇させたのは初めてなんです!?」

 

 泣きそうな顔で怒鳴る伊吹マヤ。

 空間が上げる音が、酷くて、そうしないと意思疎通が難しいのだ。

 

「エバー弐号機に問題無いのよね」

 

「はい。全てがフラットなんです」

 

 

 

「止めろ、葛城中佐!!」

 

 碇ゲンドウの声。

 だが空間を叩く音が酷過ぎて、その声が届く事は無かった。

 否、届いていたとしても韜晦していたかもしれない。

 

 

 

『アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 只々、アスカの声だけが空間を叩く音に負けずに第1発令所に響いていた。

 と、誰かが声を上げた。

 エヴァンゲリオン弐号機の背中が、と。

 

「アレは!?」

 

 それは、2対4枚の羽めいた光の柱であった。

 それがエヴァンゲリオン弐号機の背中から出ているのだ。

 否、光が噴出しているのだ。

 

「リツコ、アレなに!?」

 

 既に空間測定機器に取り付いていた赤木リツコは、その数値の意味を読み取っていく。

 驚愕めいた顔。

 

「これはっ!?」

 

「何よ、何なのよ!?」

 

「アレは、物質へと変換されたA.Tフィールドよ」

 

「物質化って、出来るモノなのアレって!?」

 

「目の前にあるモノを否定は出来ないわ。マヤ、記録採ってるわよね?」

 

「はい、センパイ!! とんでもない情報です」

 

「弐号機のデーターと後で突き合わせるのよ? 時計に差は無いわね?」

 

「はい、確認済みです」

 

 興奮した顔になっている赤木リツコ。

 実に科学者(マッド)であった。

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

 喉よ裂けよと言わんばかりに声を上げるアスカ。

 だがその心は果てしなく凪いでいた。

 判るのだ。

 いろいろな事が見えたのだ。

 A.Tフィールドの意味が。

 感じたのだ、エヴァンゲリオン弐号機からの声を。

 助けてくれる。

 アスカの為に力を振るってくれるのを。

 だからこそ、不安なく力を籠めるのだ。

 

 と、見えた。

 掴まえた。

 第12使徒を捉えたのだ。

 亜空間を生み出す程のA.Tフィールドを持つ第12使徒。

 だが、今のエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドも負けてはいない。

 アスカの気持ちに応える様に、エヴァンゲリオン弐号機はA.Tフィールドの出力を果てしなくあげていくのだ。

 超える。

 超えるのだ。

 

 組まれていたエヴァンゲリオン弐号機の両腕が、解かれて前に差し出される。

 掴む様に。

 裂く様に。

 

「オォォォォォォッ!!」

 

 第12使徒が、第12使徒とされる影が沸騰しだす。

 エヴァンゲリオン弐号機に抵抗しているのだ。

 だがアスカは許さない。

 反撃も許さない。

 逃げる事も許さない。

 

 と、唐突に影から生まれた。

 人型の何か。

 エヴァンゲリオンにも似た何か。

 

『エバー初号機!?』

 

 通信機の向こう側で誰かが叫んだ。

 だがアスカは鼻で笑う。

 A.Tフィールドを掴んだアスカには、ソレが何であるかなど簡単に判るからだ。

 

lächerlich(笑わせるな)!!」

 

 両腕を振るうエヴァンゲリオン弐号機。

 空間が裂ける。

 飛ぶ斬撃めいた攻撃。

 それが、影で組まれたエヴァンゲリオンを襲い、真っ二つ(唐竹割り)となる。

 偽物だ。

 A.Tフィールドでエヴァンゲリオン初号機でない事が判るのだ。

 故に、その攻撃が鈍る事は無かった。

 

『アスカ!?』

 

 誰かの悲鳴。

 だがアスカは躊躇しない。

 只、吠える。

 

「さっさと帰って来なさいよ、バカシンジィィィィィィィィィ!!!」

 

 空間が裂けた。

 第12使徒が裂けた。

 影めいたものが真っ二つとなる。

 宙に浮いていた球体は四分五裂に真っ赤な体液と共に炸裂した。

 

 そして、エヴァンゲリオン初号機が帰ってくる。

 アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)の腕の中に帰ってきた。

 

『あ、アレ? アスカ?』

 

「お目覚め、バカシンジ?」

 

『その呼び方は酷いと思うよ?』

 

「使徒に取っ捉まったIdiot(マヌケ)だもの」

 

『………ゴメン』

 

「……特別に許す! お帰り、シンジ」

 

『ただいま、で良いのかな? アスカ』

 

 

 

 

 

 空間が叩かれた振動によって書類だの何だのの小物が散乱した第1発令所にあって、葛城ミサトはやれやれといった顔で肩をすくめていた。

 

「愛は地球を救うって事かしらね?」

 

 大激怒で降りて来るであろう碇ゲンドウの事を頭から追い出して、葛城ミサトは取り敢えず第12使徒撃破を喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10-Epilogue

+

 NERV本部地下にある大規模複合病院、その適格者(チルドレン)用の特別室。

 もはや見慣れた、と言って良い柔らかな色合いの壁紙を見ながら碇シンジはだらしなくソファに背中を預けていた。

 ラフな院内服である事も併せて、実にだらけていると言えるだろう。

 

「……」

 

 呆っとした塩梅で、TVを見ている。

 入院している理由は、別段にケガをしていたからでは無い。

 検査入院である。

 長時間にわたるエヴァンゲリオンへの搭乗、そして第12使徒に囚われていたのだ。

 どんな影響があるか判らない為、それはもう身体的なモノから精神的なモノまでありとあらゆる検査のフルコースであった。

 故に、シンジの顔には疲労の色が濃ゆい。

 訓練や鍛錬でねを上げた事の無いシンジであったが、病院の検査と言うモノは別格であった。

 と言うか、長時間にわたる排泄ユニットの使用の影響なども調査されたりもしたのだ。

 男の子の大事な所を医師と看護士の前で開陳するとか、実に盛大な精神的負荷(ストレス)が掛かると言うものであった。

 如何な性的な目覚めの遅いシンジとは言え、やはり思春期(ナイーブ)なのだから。

 

 汚れたとか、汚されたとか、そんな愚にも付かない言葉(フレーズ)を弄びながらTVを見ているシンジ。

 見ていると言うよりも、流している感じだ。

 目は映像を追ってないし、耳も音を拾ってはいない。

 暇なのだ、正直な話として。

 検査は一通り終わっており、その結果待ちと言う状況であり、シンジとしては家に帰らせて欲しいと言うのが本音であったが、検査結果次第では色々と治療や追加の精密検査などが発生する可能性がある為、残念ながらもソレは許されていなかった。

 シンジのリクエストで自転車とクラシック音楽の雑誌が病室に届けられていたのだが、残念ながらも全てシンジの既読号であった為、暇つぶしにもならなかった。

 

 と、いつの間にかTVには白と黒のマーブル模様の球体が映し出されていた。

 第12使徒だ。

 TVによる最新の使徒戦の特集であった。

 シンジの顔が、何とも評しがたい微妙な形に歪む。

 

『………これが今回出現した、人類の敵なんですね』

 

『ええ。恐るべき能力を………』

 

『面白い色をしていますね~』

 

『何か意味が………』

 

 番組登場者たちが意味ありげな顔をしながら、或いは能天気に言葉を口にしていた。

 使徒の襲来とNERV ―― エヴァンゲリオンの戦いが公開されて以降、こうやってTVも使徒との闘いを放送する様になっていたのだ。

 提供される映像は、殆どがNERVが撮影した(検閲済みの)モノであったが、マスコミやTV関係者は気にする事も無く垂れ流していた。

 事実か否かの検証と言う事など欠片もなされていなかった。

 マスコミやTVの関係者にとっては、視聴者の関心さえひければ良いのだから、気にする筈も無いと言った所だった。

 

 とは言えシンジにとって、そういう事はどうでも良かった。

 心底からどうでも良かった。

 問題は、エヴァンゲリオンが表示される際に必ず付いてくる()()であった。

 

『今回は赤いエヴァンゲリオンが活躍した訳ですね?』

 

『ええ。詳細はNERVの発表が無いので不明ですが、特殊攻撃によって第12使徒を撃退したもようです』

 

『凄いですね、このエヴァンゲリオン02、そしてレッド・ツー(惣流アスカ・ラングレー)さんって』

 

 あの()()()()()での、キメた化粧と格好のアスカがTV画面に映っている。

 口元によそ行きの(特大の猫を被った)笑いを張り付けている姿が。

 

『凄い美少女ですものね』

 

『ファンが多いって言われてます。NERVの方でもファンレターが多くて大変だそうですから』

 

『凄いですねー 後は、バイザーを外した素顔も見て見たいのですが』

 

『いや、そこは子どもの人権もありますからね』

 

『とは言え視聴者としては見たいでしょうから………』

 

『え、もしかして、極秘映像!?』

 

『流石にNERVの方も見せてはくれませんので、ではなくて、番組で独自にレッド・ツーさんのお顔をCGで再現してみました』

 

 白人系(コーカソイド)なイメージが強い美少女が表示される。

 下に想像図(イメージです)の文字が添付されている。

 当然ながらもアスカとは全く似ていない感じに仕上がっている。

 吊り目になっているし、全体的に線が細くて鍛えられた感じが出ていない。

 磨き上げられたアスカの魅力が欠片も出ていない。

 何より、とシンジは思う。

 そんな映画などで登場する美少女的に作られていても、尚、アスカ本人の方が可愛いと思っていた。

 見慣れても、慣れる事の無い美少女だと思っていた。

 とは言え、当然ながらもそんなシンジの雑感など気にする事もなくTVは賑やかに進行していく。

 

『何か強い感じですね』

 

『お幾つ何でしょうか』

 

『いやいや、14歳だってアナウンス(紹介)があったじゃないですか』

 

『あはははっ』

 

 アスカの事は良い。

 問題となるのは別の事だ。

 

『そして今回救助されたのはエヴァンゲリオン01、そしてパープル・ワン(碇シンジ)です』

 

 ()()である。

 エヴァンゲリオン弐号機に抱っこされたエヴァンゲリオン初号機と言う絵も恥ずかしいが、何よりも併せて画面に出る、仮装した自分の画像(パープル・ワン)が本当に居たたまれないのだ。

 

『アジア系、なんですよね、この男の子って』

 

『口元は引きしまってますけど、彫りが深くは見えませんから、日本人の可能性だってあります』

 

『それは嬉しいですね!』

 

 最早、言葉に出来ない表情(アルカイックスマイル)でTV画面を見ているシンジ。

 そこまで嫌ならばチャンネル(番組)を変えれば良いのだが、変えれない理由があった。

 具体的にはソファに座るシンジの太ももの上だ。

 アスカだ。

 シンジと同じく薄手の院内服を着こんでいる。

 それだけではない。

 シンジの二の足を独占(に膝枕を強要)し、ポテトチップスを齧りながらTVのリモコンを抱えて(支配して)いる。

 正に暴君の貫禄(カカァ天下の態)であった。

 

『さて、ここでこのパープル・ワンも素顔の想像図です』

 

 厳つめと言うか、キツい顔立ちになっている辺り似ても似つかぬと言う塩梅であったが、何処かしら男子アイドルめいた想像図になっている。

 女性の出演者が公開された途端に黄色い悲鳴をあげる。

 勘弁してくれ、そうとしか言いようがない。

 心底からの溜息が出る。

 

「凄いわね。このシンジ、ケッサクじゃない」

 

「笑えないよ。ねぇアスカ、そろそろチャンネルを変えない?」

 

「ハッ!」

 

 シンジの太ももから頭を微動させる事無く、器用にアスカは鼻で笑う。

 と言うか、シンジからは見えないが、その表情は心底から邪悪な笑いを浮かべていた。

 

「エースなのに使徒に捕まったのは誰?」

 

「……僕」

 

「そんな可哀そうなエース、格好良いシンジ様を助けてあげた美少女は誰?」

 

「…………アスカ」

 

「宜しい。では、この番組を見続けるわよ♪」

 

「………………アッハイ」

 

 枕であるシンジに拒否権など無かった。

 この特別室にアスカが居る理由は、アスカも又、検査入院を受けているからであった。

 シンジを救う為、エヴァンゲリオン弐号機の過負荷運転(オーバードライブ)を敢行し、圧倒的な出力を背景に強烈なA.Tフィールドを展開したのだ。

 その負荷(フィードバック)の有無を調べる為、と言う事だ。

 要するには、シンジが原因だったのだ。

 故にアスカは、一通りの検査が終了した後、自分にはシンジで遊ぶ(甘える)権利があると主張し、シンジに枕への転職を強要したのだった。

 

 生還して早々。

 エヴァンゲリオン初号機を降りた際に、心底から心配していたのだと涙目のアスカに詰られ、怒られ、生きているのを確認する様にハグされたシンジに、拒否できる余地など無かった。

 とは言え、だ。

 この自分と似て非なる自分(パープル・ワン)を見ねばならぬ程に、何か悪い事をしただろうかとシンジは内心で溜息をつくのであった。

 無論、リアルに溜息は漏らさない。

 そんな事をすればアスカに、更にイジられる(遊ばれる)のだ。

 故にシンジは、禅の修行めいた気分でTVを見るのであった。

 

 尚、シンジが自分の心から排除(シャットアウト)している情報には、太ももの上のアスカの柔らかさや、匂いもあった。

 性への目覚めが遅めなシンジですら、煩悩めいたものを感じる様なアスカの破壊力であった。

 だが、鋼の自制心でシンジは耐える。

 自分は変態ではない。

 信頼に応えぬのは薩摩男子(よかにせ)では無い。

 そう、念仏の様に内心で唱えながら。

 

 

 

 自制心の限界チャレンジを強いられているシンジ。

 その限界を壊してやろうとしているアスカ。

 その見えない攻防戦を終わらせる救いの主(調停者)がやってきた。

 鈴原トウジだ。

 

「センセ、元気か?」

 

 手にはビニール袋を提げている。

 ビニール袋からは、脂めいた美味しそうな匂いが漂っている。

 お見舞い(さしいれ)品だ。

 成長期男子の親友、肉類(ホットスナック)にポテトチップスの様な菓子類。

 甘味も含まれている。

 

おお(うん)元気じゃっど(大丈夫だよ)

 

「ちっ」

 

 救世者来たれり、そんな顔をするシンジ。

 舌打ちしながら体を起こすアスカ。

 正に対照的な表情の2人を笑って見ながら、鈴原トウジは2人が居るソファに用意されているテーブルにビニール袋を置くのだった。

 

 鈴原トウジの格好は、白いシャツと黒いスラックス。

 普通の学生服姿であった。

 中学生としては普通であるが、事、鈴原トウジの格好としては珍しいと言えるだろう。

 これはNERVに於いて学生服が準制服として扱われていると言うのが大きかった。

 鈴原トウジがNERVに入った際、説明されたのだ。

 (国連/国外)から(お偉いさん)が視察に来る事も今後は考えられるので、流石にラフな格好(トレーニングウエア姿)で歩き回るのは勘弁してくれ、と。

 バンカラ(権威への非服従趣味)な鈴原トウジであるが、NERVが無責任に自由に子どもで居られるではなく責任を背負う大人の組織であると言う事を判らぬ程に幼稚では無かった。

 故に、場相応の格好をしているのだった。

 

そっちはどげんやったとな(トウジの方はどうだったの)?」

 

「ワイか? ワイの検査はチャッチャっと終わったで。センセという先例があったんで、割と見る所が少なくて済んだそうや」

 

そぃは羨ましか(それは羨ましいよ)

 

 心底ウンザリと言う声を漏らすシンジ。

 鈴原トウジもアスカも笑っていた。

 

 

「ん、判ってるじゃん」

 

 鈴原トウジのお土産を漁っていたアスカは、自分の好みに近いアイスクリームを発見し、早速とばかりに封を開けるのであった。

 

「ホンマ、ジブンは自由な奴っちゃナァ」

 

「あん?」

 

 棒状の、チョコミント味のアイスクリームに齧りつきながらアスカは、不当とも不正解とも言える自分への評価を口にした鈴原トウジを睨んだ。

 本来は柔らかな印象も与える事の多いたれ目なアスカであったが、睨む時 ―― 目を細めた迫力は中々以上と言えた。

 少なくとも鈴原トウジに剣呑極まりない印象を与える程度には。

 

「コワイコワイ。コワイもんや」

 

 怯えた様な仕草で、でも笑いながら茶化す様に言う鈴原トウジ。

 その程度には反抗心は強いものを持っていた。

 

 

 しばしのやり取り(応酬)

 それは4人目の人間が来るまで続いた。

 綾波レイである。

 

「ただいま」

 

 此方は箱を持っている。

 紙の箱。

 ケーキだ。

 だがその前にアスカがツッコむ。

 

「ここはアンタの家かっつーの」

 

 鈴原トウジとの言葉の応酬の最中であった為、少しだけ荒っぽい言葉を発するアスカ。

 だが、その程度で傷つく程に綾波レイは弱くない。

 小首を傾げて、判らないと返していた。

 

「もしかして泊まる気?」

 

「駄目なの?」

 

「レイは、今日は検査項目も無かったでしょうが!」

 

「でもアスカは碇君と一緒に泊まる」

 

 のけ者は嫌と全身から訴える綾波レイ。

 その無垢な仕草にアスカもタジタジとなる。

 

 そんな女子2人の会話をよそに、シンジの傍に来る鈴原トウジ。

 小声で言う。

 

「センセ、すまんかった」

 

 謝罪。

 真顔だ。

 先の第12使徒戦で、シンジが囚われる羽目になった原因は自分にある。

 鈴原トウジと言う真っすぐな性格をした少年は、そう自分を責めて居たのだった。

 だが、シンジはそれを受け入れつつも、笑って答える。

 気にする必要はない、と。

 

そいが二才頭っちよ(僕はトウジの先輩だからね)

 

 新人の手本となるし、或いは守るのが務めだと笑うシンジ。

 そこに気負った風なモノは一切ない。

 

そいに(それに)あいは予想できんがよ(あの第12使徒は凄かったからね)

 

「………そやな。なら、次は気を付ける」

 

じゃっど(そうだね)そいが一番じゃっが(二度としないのが一番だよ)

 

「センセが辛いから、ノウ?」

 

 目配せでアスカを指す鈴原トウジ。

 誠にその通りだと、シンジは肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 

 その会議は最初から紛糾していた。

 無論、SEELEと碇ゲンドウによる第12使徒戦に於ける諸情報の共有会議である。

 

『エヴァンゲリオン弐号機の覚醒! これはSEELEのシナリオに於いて全く予定されていない事だ!! 碇君、この責任はどう取る積りかね!?』

 

『左様。しかも使徒がエヴァンゲリオン初号機を取り込もうとした。コレは使徒が人間にコンタクトを試みたとも言える』

 

『非常事態だ!!』

 

『想定外と言えよう』

 

 喧々諤々と、日頃の冷静さ(気取り)を忘れた様に怒鳴り声を張り上げるSEELEの人間。

 当然だろう。

 使徒による人間との接触はSEELEの指針の背景(基礎)となる裏死海文書にも記載されていない非常事態であるからだ。

 その上でエヴァンゲリオン弐号機の覚醒だ。

 SEELEの人類補完計画に於けるシナリオからの大幅な逸脱と言えるだろう。

 人類補完委員会及び国連安全保障理事会での質疑応答に疲弊していた、高齢のSEELEメンバーにとってある種の閥値超える出来事となったのだ。

 蜂の巣を突いた様な、大騒動めいた会議。

 

 だがその糾弾の中心に居る碇ゲンドウは口を開いて抗弁する事は無かった。

 凪いでいた。

 否、違う。

 どこか魂の抜けた様な顔で、呆然としていた。

 その事に気付いたSEELEの議長たるキール・ローレンツは手を挙げて、SEELEメンバーたちの口を閉ざさせた。

 静かになる、電子的議場(SEELEデジタルコンフィレンスホール)

 徐に、キール・ローレンツが口を開く。

 

『碇ゲンドウ』

 

「……はっ」

 

『君はエヴァンゲリオン弐号機の覚醒をどう見た』

 

 覚醒。

 その言葉を聞いた碇ゲンドウの瞳に力が戻った。

 再起動したとも言える。

 深呼吸し、それから口を開いた。

 

「アレは、弐号機の状態は覚醒の可能性は限りなく低いと言うのが技術局の見解です」

 

 電力の過供給によって行われた過負荷運転(オーバードライブ)

 その影響によってエヴァンゲリオン弐号機は常にない力を発揮した。

 A.Tフィールドが通常では無い水準で強化され、それをアスカが第12使徒へと叩きつけただけだと言う事だった。

 後方に発生した2つ4枚の羽めいたモノは、過剰なA.Tフィールドが後方に噴射(漏れ出た)したモノ。

 それが赤木リツコの見解であった。

 

 エヴァンゲリオン弐号機の稼働状況を示すレポートを見れば、エヴァンゲリオン弐号機の状況は電力供給系以外は通常通りの状況であると書かれていた。

 理屈ではあった。

 だが、それをSEELEが簡単に受け入れるかと言えば、そういう訳には行かなかった。

 

『その検証が行われたのはNERV本部。偽証で無い証拠があるのかね?』

 

 要するには、碇ゲンドウの信用と言う問題であった。

 SEELEから見て、自分の利益確保に躊躇ないのが碇ゲンドウであるのだ。

 今回の件を大事(もめ事)にしない為、情報工作を図ったのではと懸念するのも当然の話と言えた。

 身から出た錆、とも言える。

 

『大体、全力稼働が覚醒と同一では無いと言う証明があるのかね?』

 

『然り。未だエヴァンゲリオンの全てが解き明かされた訳では無いのだろう』

 

 正論であった。

 とは言え、碇ゲンドウにも反論する論拠(ネタ)はある。

 エヴァンゲリオンの覚醒で想定されているS²機関(スーパーソレイド・ジェネレーター)だ。

 使徒にあって、エヴァンゲリオンに無いモノ。

 そして今回、回収後に行われた徹底的な検査でエヴァンゲリオン弐号機にS²機関が形成された気配は無い事は判明しているのだ。

 

「お言葉ですが、弐号機にS²機関が生成されたと言う報告はありません。覚醒は為されていないと判断するべきかと」

 

『黙り給え!』

 

 激昂するSEELEのメンバー。

 ある意味で当然の反応であった。

 S²機関に関する調査を行ったのはNERV本部技術局だ。

 SEELEにとっては信用に値すると、即答できるものでは無かった。

 

『そもそも、技術局の赤木リツコ女史は君の情人だと言う。その報告書など信用できるものでは無い』

 

『左様』

 

 頑迷と言って良いSEELEメンバーの反応に、思わずため息を漏らす碇ゲンドウ。

 どうしろと言うのか。

 そういう気分であった。

 

 そこに議長であるキール・ローレンツが徐に口を挟む。

 

『碇』

 

「はっ」

 

『報告の信用、信憑性と言う意味では取り込まれた君の息子の件もある』

 

「……」

 

 エヴァンゲリオン弐号機にせよシンジにせよ、碇ゲンドウは一切の偽りなく報告していた。

 無力感からである。

 SEELEでは無く、自らの人類補完計画の為、エヴァンゲリオン初号機の覚醒を願って策謀したにも拘わらず、その狙いを外されてショックを受けたが為であった。

 しかも、事前の計画を逸脱したと現場指揮官たる葛城ミサトに懲罰人事(八つ当たり)をしようにも、出来なかった事も大きかった。

 第12使徒との戦いは、蓋を開ければ大きな被害も無いNERVの大勝利として終わったのだ。

 にも拘わらず、現場指揮官(作戦の全権責任者)を処罰しては、信賞必罰の原則(組織理論)に大きなケリを入れる事となるのだ。

 出来るものでは無かった。

 

 かくして、内心の怒りを面に出さぬ様にした結果、能面めいた無表情となった碇ゲンドウは、公衆面前で葛城ミサトを褒めるしか出来なかったのだ。

 事前に策定された作戦、その余地に機転を利かせ、より見事な(被害の少ない)勝利演出をしてみせた、と。

 そして、功績を評価して少佐と言う本来の階級はそのままに、中佐配置から大佐配置へと昇進させねばならなくなったのだ。

 又、アスカに対しては身を挺して味方を救ったと言う功績を評価し、勲功章(レジオン・オブ・メリット)を与える羽目になったのだ。

 碇ゲンドウにとって自分の邪魔をした相手を褒め、評価を与える羽目になったのだ。

 誠にもってやるせない話であった。

 

 その鬱屈を、夜に発散しようと情人たる赤木リツコを呼び出せば、良い笑顔で来たのは良いが、最後はソファで尻に敷かれ、搾り取られていたのだ。

 歳の差(性欲は若さでPower)と言えた。

 少しばかり気持ちは良かったが、支配欲の発散と言う意味では負け戦であった。

 兎も角。

 本当に、踏んだり蹴ったりであったと言うのが碇ゲンドウの本音であった。

 

『使徒は知恵を付けて来た。その一端がエヴァンゲリオン初号機を取り込もうとした原因の可能性がある。問題は決して小さくない。判るな、碇』

 

 矢張り女性は碇ユイ以外は駄目だ。

 そんな事を思いつつキール・ローレンツの言葉を聞き流す碇ゲンドウ。

 

「はっ」

 

『よってエヴァンゲリオン弐号機及び専属パイロットたる惣流アスカ・ラングレー。及びエヴァンゲリオン初号機専属パイロットの碇シンジをNERVドイツ支部に召還。此方の手でも徹底調査を行うものとする』

 

「はっ、はぁっ?」

 

 素っ頓狂な声を漏らす碇ゲンドウ。

 想定外の話になったのだ。

 驚きもすると言うものであった。

 

『これはSEELEによる決定である。碇、反論は許さぬぞ』

 

「………あっ、はっ。SEELEの思いのままに」

 

 

 

「面倒事になったな、碇」

 

 嘆息と言う言葉が似つかわしい音色で、言葉を発する冬月コウゾウ。

 碇ゲンドウもホトホトに困って ―― 居なかった。

 煤けた顔のままに、軽く返した。

 

「構わん。全ては葛城君に投げれば良かろう」

 

「本部の守りはどうする積りだ?」

 

「問題ない。イザとなれば第2小隊、レイと新人で時間を稼がせ、その間にシンジを高速機で呼び戻せば良い。それだけの事だ」

 

 碇ゲンドウの出張などでも多用されている単段式宇宙輸送機(SSTO)は、大気圏外を介して移動する事で従来の飛行機とは比べ物にならない速度を発揮出来た。

 飛行ルートなどの状況次第であるが、地球の裏側(ドイツ)から第3新東京市まで長くても数時間で到達する事が出来るのだ。

 第12使徒迄の、発見と交戦までの時間を考えれば、十分な余裕とも言えた。

 

「お前がそう言う腹積もりなら、俺は何も言わんよ」

 

「ああ。冬月、ま、何とかなるだろう。多分な」

 

「おい、碇!?」

 

 その、余りにも投げやりめいた(無気力で黄昏た気配漂う)碇ゲンドウの言葉に、流石の冬月コウゾウも慌てるのであった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート#10(こぼれ話)

 何でこうなったんだろ? と思わないでも無い第10章完結です。
 着々と尻に敷かれているシンジ君。
 とは言え父親の方も赤木リツコ=サソに下克上喰らって、もはや逆転不能の状態に陥りつつありますので、ええ。
 実に似たモノ親子なのかもしれませぬ(お
 と言うか、本作で一番Happyな人生街道邁進して言うのは赤木リツコ=サソではないかと思いだした今日この頃。
 その代わり、ゲンドー君の煤けっぷりが酷いレベルに。
 どうなるんですかね、人類補完計画(他人事発言
 諦めたらそこで試合終了ですよ?(でももう諦めたら?(かなり善意発言

 尚、太鼓の音はBGMがZINVがブラックホールをコネコネするシーンがイメージに来たからこうなった件ェェェェェ
 所で、毎度毎度のネタ切れである
 次の話はどうしましょう?
 ええ。
 本当に。
 深刻な副題不足____
 尚、話のネタも在庫zeroです。
 どうしてくれようこん畜生!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

拾壱) ANGEL-13  BARDIEL
11(Ⅰ)-1 BASTARD!!


+
患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、
錬達は希望を生み出すことを知っているからである

――旧約聖書     









+

 肌寒い。

 碇シンジにとって、手足が冷たいと言う感覚が朝の目覚めに伴うのは生まれて初めての経験であった。

 エアコン等による人工的な涼しさとは違う、体の芯から冷え込む寒さ。

 

「んん……っ」

 

 こちらも初めて触れたフカフカの、羽毛掛け布団を巻き込む様に身を動かす。

 まだ寝ていたい(微睡みたい)との思いであった。

 だが悪手となる。

 その挙動でつま先が掛け布団から出てしまったからだ。

 寒い。

 それがシンジの脳みそを活性化させる。

 諦めて目を開く。

 目に飛び込んで来たのは、普段とは全く違う部屋の様子。

 自宅(コンフォート17)でも無ければ、NERVの仮眠室でも無い豪華な壁紙、そして調度類。

 日頃と全く違う感じに、流石のシンジも落ち着かない。

 壁際には干しておいたよそ行きの服(NERV適格者制服)が見えた。

 

ドイツじゃっでやな(ドイツだものね)

 

 枕元に置いていた携帯電話を確認する。

 NERVに来てから支給された愛想の欠片も無い実用本位の頑丈な携帯電話に付けられた小さな液晶画面には6:04の文字が表示されている。

 何時もの起床する時間だ。

 習慣化した着信履歴の確認も行う。

 NERV ―― NERV本部からの着信は無い。

 悠々と寝て居られたのだからそう言う事だろうとはシンジも思っていたが、それでも確認は大事なのだ。 

 大きなあくびをして体を起こす。

 そしてベッドからも降りる。

 カーペットからひんやりとした冷気が足裏を介して上がってくる。

 それが目覚めたばかりのシンジには心地よかった。

 体をほぐす様に動かしながら、窓辺へと赴く。

 日本からはるばるやってきたドイツ。

 直線距離で約9000km。

 窓から見える外の光景は、鈍色の朝とは思えぬ曇り空。

 葉の茂って居ない木々。

 色彩が、黒を基調とするような、写真で見ただけだった冬の景色だ。

 たった半年ばかり前に、九州は鹿児島の片田舎で木刀で横木打ちをしていた日々からは思いもつかない事になったとシンジは嘆息していた。

 重厚で、年季の入った木製サッシの窓を開ける。

 第3新東京市は勿論、鹿児島の実家とも違う空気がシンジの肺を満たす。

 湿度を伴った冷い空気。

 心地よい感じだ。

 深呼吸をする。

 

「シンジ!!」

 

 と名前を呼ばれた。

 誰、と言うのは確認するまでもない。

 耳に馴染む相方の声なのだ。

 間違う筈がない。

 探せば窓の外、2階にある部屋から見下ろした庭に、灰色めいた景色に鮮やかな赤を与えるが如く立つ惣流アスカ・ラングレーが居た。

 灰白色のトレーニングジャケットを着こんでいる。

 

「アスカ、おはよう!」

 

「おはよう! 眠れた?」

 

「うん、グッスリだよ!」

 

「そうみたいね。夕べは時差ボケが顔に出てボケボケってしたけど、今はシャキッとしてるわね!」

 

「仕方ないじゃないか、初めてなんだから!」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 少しばかり含みを持って笑うアスカ。

 シンジは肩をすくめた。

 

「なれる程に来る事になるかな」

 

 そもそもシンジがドイツに、NERVドイツ支部に来た理由は先の第12使徒戦で使徒に取り込まれた事での調査、碇ゲンドウが言う所の査問であるのだ。

 1回で十分だと言うのがシンジの気分であった。

 だから話題転換とばかりにアスカに話を振る。

 

「所でアスカは?」

 

「朝のジョギング(トレーニング)よ」

 

「じゃ、今はガードの人(護衛役)待ち?」

 

「馬鹿ね、要らないわよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「………そうだね」

 

 視線を動かせば、見渡す限りは林といった塩梅の庭が広がっている。

 2階にあるシンジの部屋から見ても敷地の外、塀も門も見えない。

 場所が市街地では無いと言うのも大きいにせよ、何とも豪勢なお屋敷であった。

 

 ドイツの名家の1つであり、かつては爵位を持った地主貴族(ユンカー)でもあったランギー家に相応しい邸宅(別邸)と言えた。

 アスカは、そのランギー家の娘であった。

 惣流アスカ・ラングレーと言う名、正式には(ドイツ風に読めば)アスカ・S・ランギーであった。

 何故、Langleyの家名をドイツ語では無く英語で呼ぶのか。

 そもそも、何故にアスカはアメリカ国籍なのか。

 その理由はアスカの母である惣流キョウコ・ツェッペリンと、その(アスカの父)たるヨアヒム・ランギーの結婚にさかのぼる事となる。

 ユンカーの格を誇っていた戦前(World WarⅡ前)程ではないにせよ、1990年代でも名家に数えられていたランギー家の跡取りであったヨアヒム・ランギーが惣流キョウコ・ツェッペリンが知り合ったのは、大学での事であった。

 家の古さからくる因習に息苦しさを感じていたヨアヒム・ランギーは、惣流キョウコ・ツェッペリンの才覚の輝きとミステリアス(オリエンタル)な美貌、そして研究に対する奔放とも言える態度に魅かれたのだ。

 対して惣流キョウコ・ツェッペリンは当時、日独混血(ハーフ)と言う事でアレコレとした妨害(エスニックハラスメント)を受けていた。

 純血主義とまでは言わないが、ドイツは国粋主義の強いお国柄であるのだ。

 だからこそ、名家の嫡子たるヨアヒム・ランギーが自分に興味を示した事を奇禍と捉えたのだ。

 味方(パトロン)に出来れば良い、と。

 打算まみれの惣流キョウコ・ツェッペリンであったが、その関係の果てにアスカが生まれたのだから面白い。

 ある意味、男女関係は先が判らないと言うのを良く表していると言えた。

 兎も角として、アスカの生まれる前に愛を育んだヨアヒム・ランギーと惣流キョウコ・ツェッペリン。

 だが、その関係が結婚と言う段階に踏み込もうとした時、ランギー家が異議を申し立てたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と言い出したのだ。

 交渉が図られたが、ヨアヒム・ランギーの祖父たるランギー家当主が頑なであった。

 ヨアヒム・ランギーの父と母も口添えをしたが、一切通じなかった。

 日中戦争に中国側の立場で従軍経験(日本帝国陸軍との実戦経験)を持っていた陸軍将校であったが為、日本を蛇蝎の如く嫌っていたのだ。

 さもありなん。

 日中戦争に於いて、散々に自分たちを打ち破ってきた相手の血を半分とは言え引いているのだ。

 気に入る筈も無かった。

 見るのも嫌だし、話題にするのも嫌。

 ヨアヒム・ランギーの選んだ惣流キョウコ・ツェッペリンを全否定したのだ。

 余りにも大人げないその態度に、若きヨアヒム・ランギーが激怒し、家と縁を切ると宣言して家を出たのだ。

 ドイツからアメリカへと国籍を移すと言う徹底ぶりであった。

 その日からヨアヒム・ランギーはジョアシャン・ラングレーとなったのだ。

 国を捨てる大恋愛と言えるだろう。

 

 

『ま、そうやってアタシが、惣流アスカ・ラングレーが生まれたのよ』

 

 ドイツに来る長きのフライトの最中、手すさびとなった機内での会話で、ふとした事で宿泊先予定とアスカが言った家の名とアスカの家の名に気付いたシンジの質問への回答、その最後にアスカはドヤ顔めいて言うのだった。

 

『………凄いね』

 

 恋愛と言うモノへの実感に乏しいシンジにとって、家族を捨ててまで恋を選ぶと言う事が判らなかった。

 自分が、鹿児島の家と縁を切れるかと尋ねられれば即答出来ないからだ。

 泣いてた自分を立ち直らせてくれた大事な家族。

 義父も義母も、義兄も義姉も大事な人たちなのだから。

 

『うん、本当に凄い』

 

 ただただ感嘆するように言うシンジ。

 そんな捨てたはずのランギー家を()とアスカがするのは、複雑な事情があった。

 アスカの今と、母、そして義母。

 母の縊死。

 父の再婚。

 複雑に絡み合ったアスカと父との関係、ジョアシャン・ラングレーからヨアヒム・ランギーへと名を変えた事。

 色々と複雑な事があったが、それを口にするにはまだアスカにとって()()()()()()

 だから、その点はアスカは言葉を濁すのであった。

 シンジはアスカが語らない何かがある事を理解したが、必要があれば語るだろうと判断し、深く尋ねる事は無かった。

 傷ついた様な顔をしているのだ、アスカが。

 何でもないと言う顔をしていても、シンジにはアスカが辛い気持ちを思い出しているのが判ったのだ。

 だから、口を噤むのだった。

 

 

 

「じゃ、そろそろアタシは走ってくるから__ 」

 

「僕も行って良い?」

 

「呆れた。アンタ寝起きでしょう。体調だって……」

 

 言外に、時差ボケで体が辛いのではないかと、シンジを気遣うアスカ。

 だがシンジは快活に笑う。

 こんな空気が澄んで美味しいのに、体を動かさないのは勿体ないと返した。

 そして続ける。

 

「朝ごはん前に体を動かすのは良いと思うよ」

 

「ハン! 途中でバテて悲鳴を上げても知らないからね」

 

 悪態をつく様に言うアスカ。

 だが表情の明るさが、アスカの内面を教えてくれるのだ。

 故にシンジは、アスカの意図を誤って受け取らない。

 

「じゃ、直ぐに準備するから待ってて!」

 

 

 

 

 

 市街地から少しばかり離れた静かな場所での朝であったが故、2階と1階とに別れて大声を出しあっていたシンジとアスカ。

 だから、それを聞いていたのは2人だけでは無かった。

 

「仲が良さそうなのだな」

 

 素肌の上にナイトガウンを引っ掛けた姿の成人男性が、窓際からアスカの様子を見ながら少しだけ安堵したように呟いていた。

 ガッシリとした体格をしたこの男がアスカの父、ヨアヒム・ランギーであった。

 無論、2人の会話も理解している。

 素の頭の良さもあったが、そもそも惣流キョウコ・ツェッペリンを妻としていたのだ。

 堪能とまでは言わないまでも日本語に不自由は無かった。

 

 最初、第3の適格者(3rd チルドレン)を家に招くと聞いたヨアヒム・ランギーの内心は複雑であった。

 アスカが仕事としてドイツに帰ってくる。

 その仕事場(NERVドイツ支部)ではヨアヒム・ランギーも仕事をしている。

 家も比較的近い。

 なので折角だから宿泊先として実家を使いたい。

 ヨアヒム・ランギーはNERVドイツ支部に於いて重鎮の1人であり護衛班が付いているので、VIPである適格者(チルドレン)が泊まるのに問題は無い。

 良い話であった。

 仕方のない経緯があったとはいえアレコレとした結果、関係の拗れてしまった愛娘が帰ってくるのだ。

 問題など無かった。

 只、初めて連れて来るボーイフレンド、それが()()()()()()()()()()と言う点を除けば。

 

 2度の総司令官監査(碇ゲンドウの仕置き)によって、NERVドイツ支部の人間には碇ゲンドウへの拭い難い恐怖を抱いていた。

 その碇ゲンドウの息子である。

 何らかの狙いがあるのかとの疑念、そしてアスカが好ましからざる関係を強いられているのではないかとの疑念を抱いていたのだ。

 比率としては後者が重い。

 実に父親であった。

 だが疑念は、昨日の初顔合わせや、誰も見て(聞いて)いないと思っている状況での会話から晴れる事となった。

 どちらかと言えばアスカが主導権を握っている(カカァ天下で尻に敷いている)関係であると、一目瞭然であるからだ。

 と言うかシンジ、ヨアヒム・ランギーに対して家族の時間にお邪魔して申し訳ないと恐縮する事しきりであったのだ。

 あの碇ゲンドウの息子だとは思えぬ謙虚さであった。

 エヴァンゲリオンでの戦いぶりから想像していた、狂犬(ベルセルク)めいた性格など欠片も感じない穏やかさだった。

 取り敢えず、友人関係は認めても良い。

 そう思える程度には、ヨアヒム・ランギーはシンジを認める事になっていた。

 かつては適格者(チルドレン)としての多忙さを理由に家に寄りつく事すら厭ったアスカが、自分から家に来たのだ。

 その変化 ―― 影響を与えたのがシンジでは無いかと思えたのだ。

 無論、お付き合いとなれば話は別であったが。

 

 と、ヨアヒム・ランギーの背後で衣擦れ音がした。

 ヨアヒム・ランギーの今の妻であるベルタ・ランギーが目覚めたのだ。

 元はヨアヒム・ランギーの秘書を務めていた、知が先にある顔立ちをした女性であったが、寝起きの今はおだやかな表情となっていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。寒いわね」

 

 細い瞳も、トロンとした感じでヨアヒム・ランギーを見ているベルタ・ランギー。

 そのサラサラとした髪にキスを落とすヨアヒム・ランギー。

 惣流キョウコ・ツェッペリンを忘れた訳では無い。

 ないがしろにする積りも無い。

 だが、今のヨアヒム・ランギーにとっての大事な妻、それがベルタ・ランギーであった。

 

「ああ。寒いな」

 

 ベッドに座り、そっとベルタ・ランギーを抱きしめるヨアヒム・ランギー。

 何かがあったのだろうと察して、抱き返したベルタ・ランギー。

 それが何かと言う事を聞き返す事は無い。

 そういう時が必要なのだろうと思えばこそだった。

 

 ベルタ・ランギーはヨアヒム・ランギーを愛していた。

 惣流キョウコ・ツェッペリンを尊敬もしていた。

 だからこそ、アスカも愛していた。

 そんなヨアヒム・ランギーとベルタ・ランギーの抱擁は、女中(メイド)が起こしに来るまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅰ)-2

+

 碇シンジが日本を離れ、遠くドイツまで来た理由。

 それはSEELEの手による心身の検査、そして直接の問答の為であった。

 それだけ、第12使徒と接触したと言う事は大きかったのだ。

 使徒が人に興味を持った。

 Adamの子である使徒(エンジェル)

 Lilithの子である人間(リリン)

 相容れないとされた2つの存在。

 それが繋がろうと言う事は、SEELEの行動指針となる裏死海文書に記載の無い事態なのだ。

 慎重にもなるというものであった。

 

 NERVドイツ支部でのシンジに対する心身の調査は厳重に行われていた。

 当然、その情報は日本のNERV本部にも報告されていた。

 

 

「シンジ君の調査、やっぱり何も無しって感じ?」

 

 軽い調子で述べたのは、葛城ミサトであった。

 片手には珈琲。

 もう片手で、印刷されたシンジの調査報告を読んでいた。

 場所は何時もの上級者用歓談休憩室たる終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)、その個室(専用室)だ。

 

「当たり前よ。此方での検査でも異常所見は無かったのに、違うのが出たら驚くわよ」

 

 対して憤懣を含ませて言うのは赤木リツコだ。

 NERV本部技術開発部開発局局長 ―― NERV本部の技術部門の統括責任者としては、その調査能力や見識が疑われた様なモノなのだ。

 面白い筈が無かった。

 

「お詫びに、ドイツ支部はシンジ君たちにお土産タップリにしてくれると良いんじゃない?」

 

「バームクーヘン? 残念ながらドイツ支部ってドイツ西部域だから無理ね」

 

 日本でドイツのお菓子として有名なバームクーヘンであるが、本場はドイツ東部なのだ。

 日本で例えれば、北海道のお土産にかるかん菓子(鹿児島の銘菓)を探す様なモノであり、赤木リツコが肩をすくめるジェスチャーをするのも当然というものであった。

 とは言え、葛城ミサトにしてみれば反論はあった。

 自分は辛党(酒飲み家)だと言う主張が。

 

「いや、()()()が……」

 

「ミサト、太るわよ?」

 

「お菓子よりはカロリーは低いわよ、きっと」

 

「呆れた」

 

 何とも呑気な会話であったが、それだけ、NERV本部の雰囲気は落ち着いているのだった。

 残っている適格者(チルドレン)である綾波レイと鈴原トウジは体調良好であり、訓練を重ねていた。

 鈴原トウジは訓練に対しても積極的であり、エヴァンゲリオンの操縦も、それなりの向上を見せていた。

 比較対象がシンジや惣流アスカ・ラングレーと比べれば厳しいが、綾波レイと比較するのであれば極端に劣っている訳では無いのだ。

 実戦での心構えと言う意味では、シンジ達先任の3人が肝が据わっている(ガンギマリ過ぎる)ので比較は困難であるが、大丈夫では無いかというのが天木ミツキら支援第1課(チルドレンサポート班)の見立てであった。

 自分の後ろ(背中)には家族が居る。友達がいる。人類が在ると言う事を理解していると報告していたのだ。

 そんな鈴原トウジと綾波レイの乗騎、エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機の状況も良好だ。

 特に大きな故障などは無い。

 又、エヴァンゲリオンの運用支援機として設計を修正して開発された2号支援機(ジェットアローン2)も、建造を終えて就役しているのだ。

 エース(シンジとアスカ)の不在と言う現状だが、少なくともNERV本部の人間に不安を与えてはいなかった。

 

「後は()()か」

 

「そう聞いてるわ。今日を予定してた筈よ」

 

 微妙な顔を見せる葛城ミサト。

 赤木リツコも同じだ。

 国連の人類補完委員会(SEELE)による、シンジへの直接の面談(監査)だ。

 強面の老人による圧迫面接めいた事となる事への同情、では無かった。

 2人して思い浮かべ居るのは1つ。

 シンジが語った、エヴァンゲリオン初号機が第12使徒に取り込まれていた時の話だ。

 

「自分たちでやるって言ってたんだものね」

 

「ええ」

 

 聞き取り調査の資料は上げていない。

 自分たちですると、人類補完委員会が言ったのだ。

 であれば、直に味わえ。

 そういう事であった。

 

 

 

 

 

 NERVドイツ支部に設けられた特別室。

 入り口にはInspektionsraum(査問室)文字(プレート)がある。

 しかも扉の両脇には保衛部ドイツ局に属する警備員が、短機関銃(P-90)を脇に下げて立っている物々しさであった。

 何とも威圧的だと内心で呆れるシンジ。

 事前説明でも、人類補完委員会のお偉いさん(SEELEメンバー)が来るとは聞いていたが、にしてもNERVドイツ支部内であってもそこまでする(威圧を怠らない)と言うのは何とも臆病とシンジには見えていた、

 

 警備員とは別に立っていた背広の男性がシンジの名前とID(身分証明)カードを確認し、内側へと伺いを立てている。

 やり取り。

 それを待ちつつシンジは制帽(赤いベレー帽)の位置を正しながら、誰に言う訳でも無く漏らした。

 

ひっかぶいごろかい(臆病って事かな)

 

 だが同行者はそれを見咎める。

 

()()()()()()()は止めたまえ、Third children」

 

 コーカソイド系らしい彫りの深い顔を不快気に歪めている。

 語学力もあってシンジの案内役として選ばれたNERVドイツ支部の男性スタッフであったが、如何せんにもシンジの言葉(薩摩訛り)が判らぬのだ。

 若い、能力への自負と上昇志向を併せ持った人間らしい高いプライドを傷つけられての態度と言えた。

 

すんもはんな(すいませんね)

 

 だからこそシンジは笑顔で返すのだ。

 内心で中指を立てつつ。

 

「………日本人は謙虚だと聞いていたがね」

 

人もひといひといちごとよ(人間、人それぞれですからね)

 

 皮肉げに言われれば、他人を喰ったが如く返す。

 NERVドイツ支部はNERV本部とは違うとシンジは深く了解していた。

 

「日本語を使いたまえ」

 

つこちょがよ(日本語を使ってますよ)

 

 理解出来ないのが悪い。

 そう言外に漂わせるシンジ。

 意図的に標準語に似た言葉を避けると言う嫌がらせをしつつ、だ。

 

 露骨な態度をシンジが見せる理由は、このNERVドイツ支部のスタッフが初顔合わせ時に、シンジとアスカに付いてきた本部スタッフ ―― 支援第1課の人を馬鹿にした事が理由であった。

 子どものお守りで観光が出来て羨ましい、等とだ。

 笑顔のままに、早口のドイツ語でまくしたてたのだ。

 NERVの公式言語である英語でもなく、非公式主要言語である日本語でも無い辺り、確信犯であった。

 実際、支援第1課からの随行(マネージメント)スタッフは英語は堪能であったがドイツ語にまではそこまで得意でなかった為、その底意(悪意)に気付けなかった。

 だが、アスカが居た。

 笑顔のままでアスカはシンジの耳に口を寄せ、翻訳して伝えたのだ。

 信用しない方が良いと言い添えて。

 碇ゲンドウによる2度の仕置きを喰らったNERVドイツ支部。

 悪い人間ばかりでは無いのだが、先代と先々代の悪い意味での薫陶を受けた人間はまだまだ居たというべきであった。

 シンジは、使徒との生存戦争の最中に呑気なモノだと呆れるだけであった。

 

 一寸した会話(コミュニケーション)で時間を潰したシンジ達に、背広の男性が声を掛けた。

 中へ入れ、と。

 だがそれはシンジだけであった。

 NERVドイツ支部の案内役は止められた。

 

Your turn is over(君の役目は終わった)

 

「……Do I need an interpreter?(通訳は不要ですか)

 

No(不要だ).Your status is low(君の機密資格は低すぎる)………判りましたか?」

 

 日本語を使えるのはお前だけでは無いと、笑う背広の男性。

 英国上流階級(イートン・カレッジ出身者)めいた発音で嫌味さを乗せている辺り実に英国仕草であった。

 何も言えなくなり、立ち尽くすNERVドイツ支部スタッフ。

 それを無視して、背広の男はシンジに手を伸ばした。

 

「では第3適格者(Third Children)碇シンジ中尉待遇官、中へどうぞ」

 

わかいもした(判りました)

 

 

 

 SEELEによる、事実上の査問会。

 その舞台となる部屋は、白いペンキで塗りつぶされた100㎡程の部屋であった。

 半円形に配置された席に10人もの壮年から初老の男たちが据わっている。

 特徴は全員がサングラスを付けていると言う事だろうか。

 無論、その目的は顔を隠す為である。

 その職務の重要性ゆえに、名も顔を伏せられている人類補完委員会 ―― そう事前に説明されていたシンジは驚く事はなかったが。

 案内役の背広の男に促され、半円に配置された席、その真ん中とも言える場所に立つシンジ。

 

 椅子は無い。

 只、場所を示す様に小さなテーブルがあり、その上には水差しとコップが用意されていた。

 背筋を伸ばして立つシンジ。

 

「初めまして、だな碇シンジ中尉待遇官」

 

 半円に配置された席、その中央に座る太り気味の初老の男性が声を上げた。

 流ちょうな日本語である。

 シンジは知る事は無いが、男性の名はSEELEの首魁とも言えるキール・ローレンツであった。

 

はい、碇シンジじゃっです(はい、碇シンジです)

 

「そう緊張せずとも良い。場は厳しいものであるが、非公式なモノである」

 

「左様。君の発言内容は記録されるが、外に出る事は無い」

 

あいがとさげもす(有難うございます)

 

 鯱張った風に声を上げるシンジ。

 礼節と言うモノも躾けられていた身ゆえの事であった。

 ()で無いのであれば、年齢や地位と言うモノは決して馬鹿にしては成らぬと言う事であった。

 尚、SEELEメンバーがシンジの言葉に迷わない理由は、その耳に差しているイヤホンの力が大きかった。

 NERVドイツ支部に置かれているMAGI-Germanを介して、日本のMAGI(MAGI-Original)による翻訳を行っていたのだ。

 同時に、SEELEの日本語に堪能な人間も翻訳をしていた。

 碇ゲンドウによる情報操作を警戒しての事であった。

 だが、そこまでせずともSEELEメンバーの古参はある程度はシンジの言葉が理解出来ていた。

 シンジの母たる碇ユイとの交流の経験があったからである。

 SEELEと深い関係を作っていた碇ユイ。

 その関係は碇ユイ個人の才覚に因るものだけではなく、碇家と言うモノがそもそも、SEELEと関係を持っていたのだ。

 碇家は薩摩の家であり、その薩摩は明治維新の前より外に開かれて(欧州との密貿易に勤しんで)いた。

 碇家は貿易と外交で江戸時代から欧州に出る事もあった一族であった。

 その頃に、SEELEと関わり合う様になっていたのだ。

 尚、シンジが育った碇家の家は、その様な話は知らない。

 長女であった碇ユイが本家であり、今はその夫である碇ゲンドウが全てを握っているからであった。

 例え姉弟であっても知らされていなかったのだ。

 当主と関わる人間だけが知らされていた。

 SEELEと言う世界の裏側との関係は、それ程に厳重に秘匿されていた為、シンジの義父(叔父)は碇家の事を少しばかりお金のある地方の名家程度に見ているのだった。

 とは言えその奥方(シンジの義母)はノルウェーの名家(SEELE構成家)の出であり、全くの無関係と言う訳では無かったが。

 

 兎も角。

 シンジの訛り(薩摩言葉)を少しばかり懐かしく聞きながら、キール・ローレンツは言葉を重ねた。

 

「さて、時間は有限だ。碇シンジ、君が第12番目の使徒に吸収された時の事を説明してもらおう」

 

 

 シンジは自分の見聞きした事を素直に口にした。

 第12使徒に吸収された際の事。

 吸収されて以降の事。

 とは言え、いうべき事は殆どなかった。

 

 短くはない時間を第12使徒の中で過ごしたとは言え、そのほとんどは待機するだけであったのだから。

 

「では、使徒は何もしてこなかったというのかね?」

 

じゃっとです(その通りです)戦闘んごちゃっとは無かったです(戦闘みたいな事は発生しませんでした)はずかしどん(恥ずかしい話ですけど)ねむいかぶっせぇおっただけです(眠ったりしながら過ごしてただけです)

 

 そしていつの間にかアスカに呼ばれ、そして気付いたら()に居た。

 そうシンジは締めていた。

 少しだけ恥ずかしそうなのは、外でアスカ達が必死だったのに自分は中で寝て過ごしていたからであった。

 

「………だが碇シンジ。君は夢を見たのだな?」

 

つがんねとじゃですよ(意味の分からないモノですよ)?」

 

 余りにも馬鹿馬鹿しい、正に夢であったとシンジは思って居た。

 だが、それこそがSEELEメンバーが欲した情報であった。

 

「構わぬ。言って見たまえ」

 

 少しだけ身を乗り出したキール・ローレンツが命令する。

 その言葉に促される形でシンジはゆっくりと口を開いた。

 

 気が付いたら、古い電車っぽい場所に居た。

 座っていた。

 気が付いたら正面にも自分が座っていた、と。

 

 

だいな(君は誰)?」

 

「碇シンジ」

 

そいはわいじゃっが(それは僕だ)

 

「僕は君だよ。人は自分の中にもう一人の自分を持っている。自分と言うのは常に2人でできているものさ」

 

ないがよ(何をいってるんだ)おいがそげん言うかっ(僕がそんな言葉を使う筈がない)

 

「………実際に見られる自分とそれを見つめている自分だよ。碇シンジと言う人物だって何人もいるんだ。君の心の中にいるもう一人の碇シンジ、葛城ミサトの心の中にいる碇シンジ、惣流アスカの中のシンジ、綾波レイの中のシンジ、碇ゲンドウの中のシンジ」

 

せからし(五月蠅いよ)議をこゆんな(屁理屈を言うな)そも(そもそも)わぁだいよ(君は誰)?」

 

「………………みんなそれぞれ違う碇シンジだけど、どれも本物の碇シンジさ」

 

わいがだいかちきいちょったっが(君が誰かと聞いているんだ)わいがおいなら(君が僕なら)なんを言んなならんかわかっどな(何を答えなければならないか判るよね)

 

「………君はその他人の中の碇シンジが恐いんだ」

 

 

 シンジの説明 ―― もう一人のシンジとやらの会話を聞いたSEELEメンバーはヒソヒソと言葉を交わす。

 もう1人のシンジとやらが使徒である、と。

 それ以外の理解は無い。

 使徒の人間への干渉、接触、人を知ろうとしている。

 恐るべき事態であった。

 少なくともSEELEのメンバーにとっては。

 

「それで、碇シンジ。君はどう返したのかね」

 

もう言わんでよか(もう問答は無用だ)そげんゆっせえ殴いもした(そう言って殴りました)

 

「あ”っ?」

 

「え”!?」

 

 正に絶句であった。

 SEELEメンバーも、案内していた背広の男性も誰もが口をポカンと開けてシンジを見ていた。

 だがシンジは気にする事も無く続けた。

 取り敢えず蹴った、殴った、その上で首元を掴んで尋ねた、と。

 自分だと主張するにも関わらず、質問に答えない。

 そんな戯け、礼儀知らずは自分では無い。

 だから先ず教育をしてやったとシンジは言った。

 

「……いや……………碇シンジ。何故、手を出した?」

 

聞かれたたなら(聞かれた事の1つも)こたえんた駄目じゃっとですよ(答えないのは駄目です)

 

 卑しくもシンジだと名乗るなら、最低限度の礼節は守るべきだとシンジは断言していた。

 だから教育したと言う。

 とは言え、シンジ以外の人間からすれば手が早過ぎていた。

 唖然としたSEELEメンバー。

 その中で、キール・ローレンツは必死になって自分を再構築してシンジに尋ねる。

 

「…………………それで、そのもう1人の碇シンジは何と返したのだ?」

 

傷つくとか怖かたろち(傷つくのが恐いんだよ)そげんこっを言ったで(そんな腑抜けた事を言ったので)

 

「言ったので?」

 

 SEELEメンバーの1人が恐る恐るといった塩梅で先を促した。

 シンジは莞爾と笑った。

 

びんたしもした(平手打ちしました)

 

 シンジであると、碇シンジであると言うならば、そして薩摩兵児(へご)であるならば決して言っては成らぬとシンジは断じた。

 そして、そうであるが故に自分では無い。

 シンジは断言するのだ。

 だから殴ったと言う。

 使徒に喰われて、情けない事を思う自分が出て来たのかと思ったのだとも。

 

 自分の癖に情けない事を言うな。

 そう言う話であった。

 

「………碇シンジ。君の気持ちは判った」

 

あいがとさげもした(ありがとうございます)

 

 朗らかなシンジに対し、SEELEメンバーや他の室内の人間は誰もが絶句状態であった。

 どう反応すれば良いのか。

 戦意を褒めるべきか、そもそも対話をしなかった事をどう評価すれば良いのか。

 そんな表情であった。

 ただ1つ言える事は、碇ゲンドウの顎を砕いたのは伊達では無いと言う事であった。

 

 SEELEメンバーの1人が、ナニカを振り絞って質問を加えた。

 

「使徒、その、もう1人のシンジとやらは、他に何も言わなかったかね?」

 

「………どげんやったか(どうだったかな)……生きていくとはつらかち(生きていくのは辛い)そげんよかぶった事をいっとった気が(そんな格好付けた事を言ったような)?」

 

 情けない事を言うなと怒鳴っていたので、聞いてなかった。

 その解答に脱力したSEELEメンバー。

 シンジに対話する力がない訳では無い。

 只、敵と見た時、或いは不要と断じた時には()()()()()()()

 

「………あい判った。ご苦労だった碇シンジ中尉待遇官」

 

 面談の終了を告げるキール・ローレンツの声には、隠しきれない疲労が含まれていた。

 

 

 

 

 

 




2023.5.26 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅰ)-3

+

 第12使徒に捕食され接触する事となったエヴァンゲリオン初号機と、その適格者(チルドレン)である碇シンジ。

 使徒が人間に興味を持った可能性が警戒され、その査問が行われたが、その結果と言うべきモノは何とも脱力する(ゲンナリさせられる)代物となった。

 そもそも、警戒と同時に期待もあったのだ。

 使徒との対話があったのであれば、そこから使徒の精神構造(思考形態)その他を把握できるのではないかと、だ。

 シンジの言葉から使徒の状況を分析する為、心理学博士などもNERVドイツ支部に招聘していたのだ。

 その全ては無駄となったのだ。

 名前を聞いて答えない。

 質問にも答えない。

 だから殴った(肉体言語)

 

「碇シンジ。初号機の適格者、やはり碇ユイの息子であったと言う事か」

 

 嘆息するキール・ローレンツ。

 椅子に体重を預けたその姿は、一気に10歳は歳を加えたかの様に見えていた。

 

「ですな。口よりも手が早い時点で、碇ゲンドウとは違うと言えるでしょう」

 

 SEELEメンバーの1人が相槌を打った。

 狷介な性格で知られている碇ゲンドウであるが、物理的な意味で手を出す事は最後の最後まで温存する所があるのだ。

 だが碇ユイは違った。

 必要があれば躊躇なく、そして一切の容赦なく、無慈悲に振る舞っていたのだ。

 結婚したと聞いた時に情報源の正気を疑い、良妻になったとの評価に接すれば自らの耳が不調になったのかと思うような女傑。

 科学に魂を売ったと思われていた才媛。

 それが碇ユイであったのだ。

 

「………彼女がエヴァンゲリオンに消えたのは人類100年の損失であったのかもしれん」

 

 エヴァンゲリオンと言う存在の基礎概念を組み上げた碇ユイ。

 そしてもう1人の天才、同世代で同じ女性と言う事での対抗心と功名心 ―― 家庭的事情から成果を欲した惣流キョウコ・ラングレーがエヴァンゲリオンの実用化に執念を燃やし、発展させて居なければ、或いは第3使徒の襲来時にエヴァンゲリオンが完成していない可能性すらあったと言われている。

 碇ユイ。

 惣流キョウコ・ラングレー。

 NERVの記録に、金字で名を刻む程の才能の輝きを見せていた2人であった。

 

「人類補完計画が成った暁には、或いは碇ユイも惣流キョウコ・ラングレーと共に()()()()()やもしれませんな」

 

「左様。そうなれば人類革新の立役者として厚遇せねばなりますまい」

 

「全ては我ら(SEELE)が為。だが、その為には先ずは残る5つの使徒を打ち破らねばならぬ」

 

「アダムの子を根絶やしにしてこそ、我らの願いは果たされる」

 

「知恵と命、その融合による人類の革新。夕暮れの迫る我らエウロペアの復権。それが成った暁には人類は我ら先進化せし者(善き羊飼い)の手で1000年の繁栄の道を歩む事になるであろう」

 

 人類の夕暮れ。

 大きな言葉であるが、実際の人類の状況はそこまで悪くはない。

 少なくとも、地球を激変させた大災害(セカンドインパクト)での致命的状況からは復興しつつある。

 油断は大敵である。

 だが食料と物資、或いは農地や漁業の漁場を奪い合う様な戦乱は遠のき、秩序と繁栄を取り戻す目途が立とうとしているのだから。

 先進国は勿論、発展途上国でも出生率の低下が起きている事が問題視もされてはいるが、それは食料と医療の供給体制(システム)の崩壊が呼び込んだ事であり、一部の特殊な政治家や運動家が主張する、地球環境の激変に適応できない人類 ―― 奢れる人類に下された神罰などというものでは無かった。

 にも拘らずSEELEが高い危機意識を持つのは、その権力基盤である欧州が凋落しつつあると言う事であった。

 

 大災害(セカンドインパクト)による地軸の変化による気象の変動は、SEELEの寄生する欧州の(経済力)を大きく奪っていた。

 1999年以前であれば経済力のみならず外交資本をもって、アメリカや日本の様な欧州外の大国を相手にする事(グレート・ゲーム)が出来た。

 冷戦に敗れたソ連 ―― ロシアや東欧諸国を取り込む事で、アメリカ覇権体制(ファイブアイズ+日本)とそれ以外の第3世界と対峙する(バランスを取る)事が出来た。

 ()()()()()

 だが、今は違う。

 政治の中心と言える国連本部は日本に移って久しく、経済に至っては南米を筆頭とする第3世界の勃興が著しい。

 そして欧州には、それらに対抗する力は常に先細りしているのだ。

 それを示すのは人口統計であった。

 大学などの高等教育機関は健在であり、それなりに人気ではあったのだが、そうでない人々は欧州を離れつつあるのだ。

 欧州は移民の来る場所では無く、移民を出す側へとなっていた。

 それが意味する事は即ち、人的資源の将来的な払底である。

 将来的に欧州は世界の片田舎と言う扱いに成るだろう等と言う悲観的な未来予測(レポート)が有識者から出されている程であった。

 それが、老人たち(SEELE)の焦りに繋がったのだ。

 人は栄華を、繁栄を失う事を簡単に受け入れる事は出来ないのだから。

 

 人類補完計画。

 神への道。

 それは、或いはバベルの塔を建造するが如き、奢りの果ての行為とも言えた。

 

「まあ良い。残る使徒は5つ」

 

「使徒との共存は認められぬ」

 

「左様、使徒の殲滅こそ人類が階梯を登る鍵となる」

 

「………その意味では碇シンジ、その戦意はうってつけと言えるだろう」

 

 そもそも、使徒との戦いは絶滅の危機を孕んだ生存戦争である以上、和解を目的とした使徒との対話はあり得ないのだ。

 使徒が人と合一する事を選ぶなら兎も角として、地球と言う星で繁栄を可能とするのはAdamの子かLilithの子か、そのどちらかでしかないのだから。

 

「問題は1つ」

 

「儀式の贄、ガフの扉を開く鍵に成りえるかと言う事ですな」

 

 人類を進化させる為の人類補完計画。

 その鍵に求められるモノは絶望、そして希死念慮。

 今への否定であるのだから。

 

 重い沈黙が部屋を満たした。

 誰もが口を開けなかった。

 エヴァンゲリオン初号機の搭乗者となったが故に、儀式の中心に立つ事になったシンジ。

 だがSEELEの誰もが、今の様なシンジで儀式が行えるとは思えなかったのだ。

 

「……………まだ時間はある。諸君、良案を探すとしようではないか」

 

「異議なし」

 

 唱和する(問題の先送りを決める)声。

 仕方のない話であった。

 だが、SEELEの議長であるキール・ローレンツは、それだけでは駄目であろうと考え、思索し、彼個人にとっては良案を考え付くのだ。

 

「………碇ゲンドウに腹案を考える様に命令するとしよう」

 

 仕事は、下に振る事こそが上役の務めである。

 そんな事を考えながら。

 

 碇ゲンドウ。

 国連人類補完委員会直轄の特務機関NERVの総司令官。

 人類に於いて上位に入る地位を持った人間であったが、大きな目で見れば、所詮は中間管理職であった。

 尚、SEELEの決定を知った碇ゲンドウは、シンジへの怒りを込めて机を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

「査問会ってどうだったの?」

 

「良く判んないよ。取り合えず普通、なのかな?」

 

 興味津々との態で尋ねたのは惣流アスカ・ラングレーであった。

 相手は勿論、シンジである。

 時は夕方。

 場所はNERVドイツ支部では無くランギー家の邸宅、その応接室(リビング)であった。

 赤々と薪が燃える暖炉の前に置かれたソファで、2人は夕食を前に寛いでいた。

 スラックスとシャツと言うシンジとパーカーとスカート姿と言うアスカ。

 共に、家と言う事でラフな格好になっていた。

 その手には、少しだけブランデーが注がれた珈琲カップがあり、暖炉と相まって体を温めてくれる効果を発揮していた。

 

「怒られたりしなかったの?」

 

「別にそういう感じじゃ無かったよ」

 

 葛城ミサトを筆頭に、大人組からは散々にお偉いさんからの査問だの何だのと言われていたのだ。

 にも拘わらず、別段に険しい雰囲気では無かったのだ。

 シンジが拍子抜けを感じるのもさもあり何と言う所であった。

 

「じゃ、終わったの?」

 

「判んない。まだ検査を続けるって言ってたから」

 

「誰が?」

 

「ほら、アスカが警戒(マーク)しなさいって言ってたドイツ支部の……ヨハンさんだっけか」

 

「ああ、ヨハン・エメリヒね。あの陰湿な奴」

 

「………ま、良い人には見えないよね」

 

 余り興味なさげに言うシンジ。

 実際問題、何かすれば実力行使で片を付ければ良い(サツマン・クォリティー)と思って居るのだから、ある意味で気楽なのも当然と言えた。

 自分の良心に従う人間(ニュートラルグッド)らしいとも評する事が出来るだろう。

 

「というかアレ、シンジは気づかなかっただろうけど少尉だからね。アンタの方が上よ」

 

 顎で使えば良いと笑うアスカ。

 とは言え、流石にそれは好みでは無いとばかりにシンジは肩をすくめて流していた。

 碇シンジと言う少年は敵味方の分類と敵に対する扱いは峻厳であるが、同時に、完全に敵でない相手であれば年齢相応の距離感を守るべきだと躾けられていたのだ。

 ある意味で当然と言えた。

 痩せても枯れても日本と言う先進国(法治国家)で生まれ育っているのだから。

 見ず知らず(NERV本部以外)の人間から、その戦いぶりと逸話(碇ゲンドウの顎割り)から狂戦士めいて見られる事の多いシンジであるが、その根は郷中教育(文武の躾)でもって上下関係の重視が叩き込まれているのだ。

 決して、社会や組織の秩序を無視する様な野蛮人ではないのだ。

 無論、()()()()()()()()()()()

 

 とは言えアスカには少しばかり歯がゆい所があった。

 だが同時に、ある種の安堵もあった。

 シンジが別に超人(万能の人)では無いと言う事が、である。

 それは、自分がシンジに対して優越している所があると言う事は、別の言い方をすればシンジとの補完関係の構築が図れると言う事なのだ。

 シンジをアスカは認めている。

 自分の唯一にしたいと言う欲求を最近は自覚していた。

 だか同時に、今までの生き方がアスカの心に染み付かせたモノ(気の強い態度)が、万が一にもシンジとの関係で劣位になる事を嫌がっていたのだ。

 対等な、今の相方(バディ)と言う関係性を失いたくなかったとも言えた。

 

 そんな気分が表に出たのか、アスカはにんまりと笑った。

 それは、肉食獣めいた笑みでもあった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………お手柔らかに」

 

 シンジは両手を挙げる(降参する)様に肩をすくめた。

 何となく自分はアスカには勝てない(アスカに尻に敷かれている)気がしていた。

 だがそれが、シンジにとって不思議な事に嫌では無かったのだ。

 今までのシンジの周りには居なかったタイプの女の子であり、そして距離が近い女の子。

 この宝石めいた焔めいた輝きを持った赤毛の、ご近所さん、戦友、なによりも相方との会話は心地よいのだ。

 楽しいのだ。

 

「訓練って好きでしょ? ビシバシと行くわよ」

 

「ありがとう」

 

 そんな内心をシンジは素直に口にするのだった。

 衒いの無い笑顔と共に言われた言葉は、アスカを真っ赤にするのだった。

 その赤さは、直後に夕食の時間を教えに来たアスカの弟であるハーラルト・ランギーが、アスカの体調不良を疑う様なものであった。

 

Ist alles in Ordnung bei dir(だ、大丈夫なの)!?」

 

 まだ幼いと言って良いハーラルト・ランギーは、年の離れた、滅多に会えない姉であるアスカに抱き着いて、心配そうに声を上げた。

 そのマシュマロめいた頬っぺたに顔を寄せて、アスカは楽しそうに答えたのだった。

 

Kein Problem(問題ないわ)

 

 それは実に柔らかな笑顔であった。

 色恋沙汰にまだ目覚めていない(無自覚であった)シンジであっても見惚れる程の、実に愛らしい笑い顔であった。

 

 

 

 

 

 アスカがシンジと一緒にNERVドイツ支部に来た。

 その情報を鈴原トウジとのメールで知った相田ケンスケは、歓声を挙げていた。

 

「まじかよ!?」

 

 与えられた4人部屋の、軍隊めいた狭い自分の個人的空間(プライベートスペース)だ。

 即ちベッド上での事であった。

 下がっている室温に耐える様に、毛布に包まっている相田ケンスケは何度も何度も無骨な携帯電話に写されているメールを見ていた。

 

 相田ケンスケの居る一次選抜者の選抜訓練校はNERVドイツ支部から離れた場所、廃校となっていた学校施設をNERVで接収し、仮設で訓練校とした場所であった。

 世界を守るエヴァンゲリオンの適格者 ―― 第2次E計画向け適格者(セカンド・エヴァンゲリオン・チルドレン)を選び、或いは育てる場所として余りにも侘しい場所であった。

 カーテンの裾は綻び、ベットやロッカーも錆の目立った中古品揃いであり、とてもではないが優遇されているとは思えない待遇だ。

 食事も、日本(豊かな先進国)で育った相田ケンスケにとっては貧相極まりなく、量はあって(胃袋は満足して)舌は満足出来(味は大味極まり)ない言うのが現実であった。

 趣味であるカメラなどの持ち込みは勿論ながらご法度であり、そもそも、趣味をする時間があれば学ぶべきだ。

 そう言う雰囲気があった。

 実際、相田ケンスケの同部屋たる3人の候補生は、図書館に行っていた。

 

 それは、世界の守護者(エリート)と言う相田ケンスケの想像を打ち破る現実とも言えた。

 そんな予算の乏しい軍隊のソレめいた訓練の場。

 とは言え、それも仕方のない話であった。

 この1000名の選抜と訓練と言うものはNERV側にとっては突発的に発生した事態であるのだ。

 応急的な、仮設であるのは仕方のない話であった。

 とは言へ、華やかな舞台(アスカの居る場所への階段)との夢を見て来た相田ケンスケにとっては過酷な現実であった。

 だからこそ、小さく無骨なNERV支給の携帯電話が教えてくれた事は救い(蜘蛛の糸)めいたモノであった。

 何とかアスカとシンジに話をつけて、待遇を改善して貰おう。

 噂で聞く、上級選抜者向けの施設への移籍をして貰おう。

 そう考えたのだ。

 自分はNERV本部の英雄的指揮官、葛城ミサトの知己も得ている。

 何よりシンジとアスカの友人なのだ。

 それ位の配慮は貰っても悪くない。

 そんな、夢を見ていた。

 

「これは、これはチャンスだ!!」

 

 鼻息も荒く、メールの文面を読む相田ケンスケ。

 興奮していたが故に気付けなかった。

 一次選抜に受かった結果、自分の情報がそれなりの機密に指定されており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 とは言え、学校との両立を図りながら行われている鈴原トウジの訓練と違い、志願者と言う事もあって連日連夜に及んで訓練を受けていたのだ。

 考えが回らぬのも当然とも言えた。

 

 と、部屋のスピーカーが音楽を奏でた。

 夕飯の時間を教えてくれていた。

 慌てて飛び起きる相田ケンスケ。

 靴を履いて、服装を整えて駆け出す。

 食事時間は短く、そして食堂と相田ケンスケの部屋はやや離れているのだ。

 走って行かねば喰える時間が無くなってしまう。

 食事も又、訓練と言わんばかりの状況だ。

 

 相田ケンスケの頭は今宵のメニューで一杯になっていた。

 ある意味で健全極まりない話であり、先ほどまでの事など抜け落ちていた。

 

「米喰いてぇ!!」

 

 腹の底からの感情を叫ぶ。

 正確に言えば米は食事のメニューに含まれる事はある。

 だが、日本からの選抜者は相田ケンスケを含めて3名しか居なかった為、ジャポニカ米が出る事は滅多ないのだ。

 日本人としては、実にストレスな話であった。

 そんな欲しいモノを叫ぶ姿は実に少年らしい姿であった。

 相田ケンスケは、自分が思うのと少しばかり違うし自覚も無いが、それでもミリタリー趣味者にとって夢めいた青春を謳歌していたのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.11.16 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅰ)-4

+

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレーのNERVドイツ支部への派遣。

 幸いな事に使徒が襲来する気配もない事もあって、期間は未定とした上で様々な作業(プログラム)が組まれる事となった。

 アスカとエヴァンゲリオン弐号機は言うまでも無いが、第12使徒と接触したシンジの心身の調査も、予定よりも厳重かつ慎重に行われる事となった。

 これは、エヴァンゲリオン初号機とシンジの高い同調(シンクロ)能力が興味深かったからであった。

 エヴァンゲリオン初号機の暴走めいた力を引き出すシンジ。

 その能力の一端でも調べる事が出来れば、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの制御システムに応用し、或いは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜と訓練に使えるのではないかと言う話になっていたのだ。

 この点に関してNERV本部は、使徒への対応とエヴァンゲリオンの開発と強化が優先された為であると、技術部門の総責任者(技術開発局局長)である赤木リツコが公式に陳謝(アナウンス)していた。

 無論、その本音(正しい理由)は別である。

 シンジとエヴァンゲリオン初号機の関係の特殊性を表沙汰に出来ない為であったが。

 エヴァンゲリオン初号機だけではなく、エヴァンゲリオン弐号機も同じである。

 この2つのエヴァンゲリオンの特殊性は、当時の関係者には厳重な緘口令が敷かれており、新規に接する事が許されるのは特1級機密資格(GradeⅠ+ Access-Pass)保持者のみとされているのだ。

 尚、エヴァンゲリオン弐号機と惣流キョウコ・ラングレーの()()の際にNERVドイツ支部に居た人間もまだ残ってはいたが、その事件に関わるアレコレの陰惨さ等から誰もが口を閉ざしていた。

 それ故の、シンジの心身調査とも言えた。

 作業はNERVイギリス支部で行われる事となり、シンジはアスカと離れて単身でイギリスに渡るのだった。

 

 

 

 北大西洋海流のお陰で、ヨーロッパ亜大陸にあるNERVドイツ支部よりはまだ暖かいイギリス。

 とは言え常夏の日本に比べれば極地めいた寒さであり、イギリスの誇るテムズ川も多くの日々では凍り付いていた。

 心理テストの待機時間、手持ち無沙汰から温かい室内で珈琲を片手に外を眺めていたシンジは、誰に言う事も無く呟いた。

 

さみもんじゃ(本当に寒いや)

 

 NERVイギリス支部の窓から見える外は、寒々しいの一言であった。

 幾何学的に手入れされていた嘗ての姿が想像できる、だが新緑の色彩を失って久しい庭園が広がっている。

 第3新東京市は勿論、シンジの魂の故郷たる鹿児島でも見ない光景は寂寞たる感想をシンジに与える。

 だがシンジが何とは無く寒さ、否、寂しさを覚えるのは景色の問題では無かった。

 最近は自分の隣に居るのが当たり前になった赤い相方の不在だった。

 良く笑い、良く喋り、文句を言われ、文句を言い返す。

 出会ってまだ1年も経ていない、だが今は傍に居るのが当たり前となった存在。

 ドイツからイギリスに移動してまだ3日目であったが、今のシンジは何とも言い難い、心のどこかがぽっかりと欠けた様な気分を味わっていた。

 アスカ。

 

「惣流アスカ・ラングレー」

 

 背もたれに体重をかけ、天井を見上げながらポツリとその名を舌に載せるシンジ。

 そして考える。

 赤い女の子。

 同僚。

 隣人。

 戦友。

 自分とアスカの関係性を考え始めたシンジ。

 学校で、NERVで、そして使徒との戦いの時に、当たり前の様に隣にあってくれる存在。

 何時も居る。

 同居にも似た距離感で傍に居る。

 空気の様に、水の様に、そこに居て当たり前であったから気づかなかった。

 思索する必要も無かった、アスカとの関係。

 だが今は違う。

 だからこそ考えるのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 架空の想定では無い。

 アスカとシンジの結びつきは、エヴァンゲリオンの操縦者と言う事だけだ。

 使徒を倒しきれば。

 もう、使徒が来ないとなれば結びつきは消える。

 そうなれば住む世界は判れる。

 天才と自称する通りの才女であり、正規の軍人であるアスカ。

 対して自分(シンジ)は、エヴァンゲリオンを動かせるからと呼ばれただけの臨時雇い(アルバイト)

 使徒が来なくなればお役御免になるだけのしがない、普通の人間でしかない。

 会う事は無いだろう。

 例えシンジが適格者(チルドレン)を除隊後にNERVへと志願したとしても、人並みでしかないので精々が一兵卒(三等兵)だろう。

 そんな下っ端(三等兵)から尉官(アスカの中尉)を見れば雲上人だと、ミリタリーに詳しい相田ケンスケが言っていたことをシンジは思い出す。

 そんな立場の差が出れば会う事は出来ないだろう。

 

「ふぅぅ………」

 

 深い深いため息をつくシンジ。

 何時か、忘れた頃にアスカから挨拶の手紙が来るかもしれない。

 結婚しました、と。

 そこまで想像した時、シンジの胃袋めいた部分にズンっとばかりに重いモノを感じた。

 相手は誰だろうか

 前は良く好きだと言っていた加持リョウジか。

 アスカが好きだと言った相田ケンスケだろうか。

 想像だ。

 妄想にもにた話だ。

 シンジとてその自覚はあった。

 だが、そうであると判っても、重さが和らぐ事は無かったが。

 

 自分はアスカをどう思って居るのか。

 アスカとどうなりたいのか。

 それは、木刀を振るって居れば満足していた薩摩兵児(よかにせ)が初めて向き合う事となった己の心であった。

 

 深く思索するシンジ。

 それは客が来るまで続くのだった。

 

「こんにちわ。碇シンジ」

 

 その相手はヨアヒム・ランギー。

 思索していた相手の、父親だった。

 流石のシンジも表情が止まった。

 だがその事を考慮する事も無く、ヨアヒム・ランギーは言葉を重ねる。

 

「悪いとは思う。だが、少し君と話したい」

 

 強い目力を見せるヨアヒム・ランギー。

 その姿はNERVドイツ支部の№3らしい力強さがあった。

 例えそれが、シンジと余人(アスカや妻)を交えず話す為に私情でNERVイギリス支部に出張してきたのだとしても、であった。

 

 

 

 

 

 第12使徒に関わる事後処理の1つとして行われているアスカとエヴァンゲリオン弐号機の徹底した調査はシンジのソレとは異なっていた。

 何故ならシンジの側の焦点がシンジと言う人間であるのに対し、アスカの場合はエヴァンゲリオン弐号機が焦点とされていたからである。

 エヴァンゲリオン弐号機は、()()()()()()()()であったからだ。

 この為、アスカの心身の調査も大事であったが、エヴァンゲリオン弐号機の状態を徹底調査する為に重整備 ―― 1万2千枚の特殊装甲を含めた第1次装甲の分離は勿論、構造体に絡む第2次装甲まで分解する大掛かりな整備が行われていた。

 尚、NERV本部(赤木リツコ)からは作業費用がNERVドイツ支部持ちと言う事で、これ幸いとばかりに消耗品の交換のみならず各機器の交換などまで要請されていた。

 電子装備や内臓兵器の一新のみならず、最新型であるエヴァンゲリオン4号機のデータを基にアスカの戦闘スタイルまで勘案した第1次装甲の形状変更まで含まれている。

 前腕部に近接戦闘用のハンドガードを追加し、更にはハードポイントの追加などなどである。

 骨格部までは触らないものの実に大規模な近代化改修であり、それは時間も掛かるというものであった。

 

 エヴァンゲリオン弐号機が生まれた建造ゲイジの中で、分解されていく赤い巨躯。

 それをアスカは手持ち無沙汰とばかりに見ていた。

 綺麗な眉が不機嫌を示す様に歪んでいる。

 

「………」

 

 既にアスカの心身のチェックは終わっていた。

 次はエヴァンゲリオン弐号機の徹底調査と確認を行い、1週間後に予定されている整備完了後に機体に搭乗とシンクロが予定されている。

 暇、と言えた。

 何も無ければシンジを誘ってドイツ観光(デートでも)と洒落込みたい所であったが、生憎とNERVドイツ支部は融通が効かない。

 手隙の正規適格者(チルドレン)が居るならば、やって欲しい仕事は山ほどあるとばかりにアスカに押し寄せたのだ。

 そもそもシンジはNERVイギリス支部に呼ばれている。

 (ランギー家)に帰っても会えないのだ。

 アスカが不機嫌な顔をする様になるのも仕方のない事であった。

 ピリピリとした雰囲気を漂わせているアスカ。

 その姿は、かつてのNERVドイツ支部時代のアスカそのものであった。

 適格者(2nd チルドレン)として選ばれたばかりの、尖っていた頃のアスカだ。

 それ故に、アスカの既知なNERVドイツ支部スタッフすらアスカに寄りつかなかったのだった。

 

 だが、そんなアスカに近づく人影が1つ。

 僅かばかりの足音。

 だがいら立ちが過敏化させたアスカの聴覚はしっかりと拾った。

 

「君がアスカ・S・ランギーさん?」

 

「そう呼ばれるのは嫌いって、アタシのリポートには書いてなかった」

 

 ギロリっと音のしそうな仕草で、接近者を睨むアスカ。

 睨まれた側の男、否、少年は、おどける様に両手を胸元でひらひらとさせる。

 

「ゴメン、そこまでは目を通してなくてね」

 

 綺麗な顔をした少年だった。

 銀色の髪に赤い瞳。

 どこかしら綾波レイに似た風の少年だ。

 アスカの見た事の無い相手であり、何よりも重要なのはその恰好であった。

 黒を基調としたNERVの制服を着ているのだ。

 NERVに於いて黒い制服は特別な意味を帯びている。

 即ち、適格者(チルドレン)を意味するのだ。

 

「誰?」

 

 短い誰何と共に、重心を変える。

 待機(アイドリング)から戦闘(コンバットモード)へと。

 不機嫌そうであった表情は消え、油断のない鋭さが瞳に宿る。

 自分の知らない適格者(チルドレン)

 葛城ミサトから、鈴原トウジに続く5人目(5th)の話は聞いていない。

 であれば敵、スパイ、工作員。

 様々な正体の予想がアスカの脳裏を走る。

 だが、アスカの意識はそこに囚われない。

 捉えてしまえば、幾らでも聞きだせるからだ。

 自分も、そして相手も無傷の状態で掌握する為の手段を一気に構築していくアスカ。

 その物騒さに気付かぬままに、少年は朗らかなままに自己紹介を始める。

 

「僕はカール、カール・ストランドって名前なんだ。()は、ね。宜しく、先輩」

 

「………適格者(チルドレン)って事?」

 

「そうだよ」

 

 とびかかる為の準備動作として、膝を曲げたアスカ。

 その肉食獣めいた仕草を見ても尚、少年は笑っていた。

 

「アタシは知らないけど?」

 

「仕方ないよ。僕が適格者(チルドレン)に正式に決められたのって昨日だもの」

 

「それを本当だと示す証拠は?」

 

身分証(IDカード)で良いのかな。ランギーさん」

 

 胸ポケットに手を入れるカール・ストランド。

 その動きをアスカが抑える。

 

「ゆっくりとよ」

 

「そんなに警戒されると傷つくよ」

 

「不審人物よ、今のアンタは」

 

「傷つくなぁ」

 

 呑気に笑う。

 笑いながら取り出したNERVの身分証(IDカード)は、アスカの手によってひったくられた。

 まじまじと見るアスカ。

 偽造を見破る為に作られた警戒部位(ポイント)をチェックする。

 異常は見られない。

 顔写真にも、歪みやカスレなどは見えない。

 発行元はNERVドイツ支部。

 発行日は本人の言う通り昨日付け。

 異常はない本物のNERVの身分証だ。

 只、1つの問題を除けば、であった。

 

「………名前、違うじゃない」

 

 警戒する様に眦を細めたアスカ。

 一触即発、そう言わんばかりの警戒感を漂わせている。

 書かれている名前は渚カヲル。

 カール・ストランドなどと云うドイツ人らしい名前は欠片も載って居なかった。

 だが、アスカの反応など気にする事も無くカール・ストランド、渚カヲルは笑った。

 

「だって、僕は日本に行くんだからね。だから日本風の名前にして貰ったんだ」

 

 カールは音が近いからカヲルに。

 ストランドは意味が近いから渚に。

 日本に馴染む為の努力何だと言う。

 

 アスカには全く以って意味が判らない行動に見えた。

 だから、面倒くさくなって携帯電話を取り出して、警備を呼び出す事とした。

 不審者アリ、と。

 だが通話ボタンを押すよりも先に、渚カヲルはアスカの欲する名前を呟いた。

 

「本当はランギーさんもだけど、碇シンジ君に会いたかったんだ。彼は何処?」

 

 良し、不審者で良い。

 アスカは決めた。

 決めつけた。

 身分証(IDカード)は本物だから、事前鎮圧は赦してやろう。

 だが護衛が来る前に動こうとしたら即座に鎮圧してやる。

 シンジに影響されてか、アスカは実に即断即決速攻めいた()意の高い決断を下すと、油断なく渚カヲルを監視するのだ。

 

 何ともらしいと言える出会い。

 後に、シンジが絡めば終生の不倶戴天(水と油なライヴァル)などと鈴原トウジが笑う、アスカと渚カヲルの出会いであった。

 

 

 

 

 

 




2022.11.27 文章修正
2023.04.08 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅰ)-5

+

 自分の持つ惣流アスカ・ラングレーに対する感情を自覚した碇シンジ。

 迷い、そして思索する。

 考えた事の無かった男と言う事と、女性と言うこと。

 他人を好きだと言う事。

 正に思春期であった。

 

 問題は、シンジが初めて意識した感情によって混乱した所に、その理由(アスカ)の父親たるヨアヒム・ランギーがやってきたと言う事だろう。

 思春期の衝撃(アスカリアリティショック)であった。

 取り敢えず顔だけは平素を装い、内心の混乱(ナンデ!? アスカのお義父さん!?)を出さぬ様にするシンジ。

 挨拶。

 座って行うのは、家に泊めさせて貰っている手前失礼であるとばかりに立ち上がろうとするが、それをヨアヒム・ランギーが手を挙げて止めた。

 

「慌てる必要はない」

 

 笑みめいたものを顔に張り付けながら告げて、そしてシンジの対面に座る。

 上品な作りの革張りのソファは、音もたてずに長身のヨアヒム・ランギーを受け入れた。

 手早く、部屋付きのスタッフが珈琲を用意して並べた。

 シンジの前の珈琲も、新しいモノへと変えられる。

 湯気の上るカップ。

 

「仕事の話ではない。君と2人だけで話がしたかったのだ」

 

 そう言ったヨアヒム・ランギーの後ろでは、部屋付きのスタッフが部屋から出て行く。

 あれよあれよとなった不可解な流れに、シンジが反応するよりも先に正真正銘の2人っきりとなる。

 とは言え、とりあえずは敵意は感じられないが為、シンジは鷹揚に構えていた。

 少なくとも外見上は。

 内面の混乱は収まりきらないが、郷中教育としての(自制心の鍛錬)が成果を見せている。

 そう評するべきかもしれない。

 

「私的な話をする為、席を離して貰った」

 

 最初の妻である惣流キョウコ・ラングレーが日系(ハーフ)ドイツ人であった事も影響し、ヨアヒム・ランギーは日本語を習得していた。

 流暢にも話せる。

 とは言え、聊かばかり堅い調子ではあったが。

 

「話を始める前に頼みがある。1つだ」

 

 何であるかと心持ち身構えたシンジに、ヨアヒム・ランギーは少しばかり苦笑いめいた表情を顔に浮かべながら続けた。

 

()()()。私は日本語、全てを理解している訳では無い。君と正しい意思疎通を目的に、君が娘に話す言葉を使って欲しい」

 

 ヨアヒム・ランギーとてシンジの方言(薩摩言葉)を理解出来ない訳では無い。

 表情から読み取れる情報もあれば、訛り(方言)と同様のイントネーションに近い言葉をシンジが使う事からも意図を理解する事は出来た。

 だが、それはあくまでもヨアヒム・ランギーの想像でしかない。

 だからこそ頭を下げて頼むのであった。

 真摯な態度。

 今の自分を作ったと言う意味で薩摩言葉(方言)に拘りを持っていたシンジだが、同時に、子どもである自分相手にすら頭を下げた大人の気持ちを汲めぬ人間ではない。

 1つばかり頷いて、喉を撫でた。

 そして言う。

 

「わかりました。これで大丈夫ですか」

 

「有難う。碇シンジ」

 

 

 

 さて、改まって何を言われるかと身構えたシンジに放たれた第一声は感謝、であった。

 

「改めてお礼を言う。有難う碇シンジ。私たち家族は家でアスカを見る事が出来た。家族の時間を得た」

 

 首を傾げたシンジにヨアヒム・ランギーは説明をする。

 アスカは惣流キョウコ・ラングレーが死して、そしてヨアヒム・ランギーが再婚した後には1度として家に泊まりに帰る事は無かったのだと。

 適格者(チルドレン)としての訓練、責務の重さがあるからとアスカは言っていた。

 だが、ヨアヒム・ランギーはNERVドイツ支部の中核的人間である為、そのアスカの弁が事実ではないと知っていた。

 幾らでも訓練その他の予定は変えられるにも拘わらず、アスカは休暇をランギーの家で取ろうとはしなかったのだ。

 隔意。

 それが判らぬ程にヨアヒム・ランギーは愚かでは無い。

 己の行いが、アスカの心を離れさせる事になったと理解していた。

 

 1つは惣流キョウコ・ラングレーがエヴァンゲリオンの実験で人事不詳となって即、ヨアヒム・ランギーは国籍をアメリカからドイツに移し、ラングレーでは無くランギーの姓を名乗る様になった事。

 1つは惣流キョウコ・()()()()が縊死した際、ランギー家から籍を抜き、惣流キョウコ・ツェッペリンとして葬儀を行った事。

 そして葬儀から1年も経ないうちにベルタ・クレマーを後妻として迎え入れたと言う事。

 理由はあった。

 ランギー家に戻った理由は、人事不詳となってしまった惣流キョウコ・ラングレーを守る為 ―― 開発途中であったエヴァンゲリオンでの事故と言う事で、惣流キョウコ・ラングレーを()()()()()と見る人間がNERVドイツ支部に居たのだ。

 ソレらを排除する為、ヨアヒム・ランギーは力を欲した。

 その為に、祖父に頭を下げもしたのだ。

 葬儀の際、籍を抜かれ家名を変えられたのは、ヨアヒム・ランギーが惣流キョウコ・ラングレーの死によって判断力が低下していた時に、葬儀を取り仕切っていた祖父が勝手に手配した事であった。

 後妻を得た事に関しては、惣流キョウコ・ラングレーの人事不詳からの縊死で傷ついていた所を秘書であったベルタ・クレマーが救ったと言うのが大きい。

 だがそれ以上に、クレマー家はランギー家の分家筋であり、純血主義であった(ナチズムの残党めいた)祖父による強要でもあった。

 ヨアヒム・ランギーは、残されたアスカを守る為にランギー家の力を欲し、それらを受け入れたのだ。

 大人の理由と言えた。

 そして、幼い子どもであったアスカが到底受け入れられないであろう話でもあった。

 そもそも、余りにも生臭い話であり、とうてい説明できるものでは無かった。

 愛するアスカからの憎悪の目を受けながら、ヨアヒム・ランギーは全てを受け入れた。

 それが、愛した惣流キョウコ・ラングレーを守れなかった悔恨、そして己への罰であろうとの思いからであった。

 

 その他の家族。

 アスカは後妻であるベルタ・ランギーと社交的態度(大人の距離感)に終始した。

 ランギー家の奥様、と言う事である。

 ベルタ・ランギーはアスカに歩み寄ろうとした。だがアスカは自分はただ一人ではあるがラングレー家の人間であると、姓を、国籍を変える事を拒んだのだ。

 自分までラングレー姓を捨てれば母である惣流キョウコ・ラングレーが悲しむと言って拒んだのだ。

 そこまで言われてしまえば、ヨアヒム・ランギーにもベルタ・ランギーにも出来る事など無かった。

 そして(異母弟)であるハーラルト・ランギー。

 この少年はアスカと比較的親しくなっていた。

 幼さ故にアスカの儀礼的(よそ行きの)態度を理解せずに接し、それにアスカが根を上げていたからである。

 無邪気さの勝利とも言えた。

 だが、それもあってアスカはランギー家に戻る事が無かったとも言えた。

 

 だが、そんなアスカが変わったのだ。

 日本に行って変わったのだ。

 

「アスカに週に一度、妻が電話をしていた。最初は世間話にもならなかった。だが第7使徒を倒してから少しづつ変わった。私の事もVater(儀礼的呼称)では無くPapa(愛称的呼称)と呼んでくれた。それがどれだけ嬉しかった事か」

 

 涙を流さんばかりの表情を見せるヨアヒム・ランギー。

 だがシンジは俄かには信じられなかった。

 シンジから見たアスカは、この半年余りの月日で変化した様には見えなかったからだ。

 距離感は変わったかもしれないが、でも態度は同じであった。

 そう感じられたのだ。

 だから言う。

 アスカが変わったのは自分のお陰では無いのだと。

 

「故郷を離れ、使徒と戦った事がアスカを変えたんだと思います。学校で友達も出来ましたから」

 

「聞いている。中等の学校(市立第1中学校)だったな。Prideの高いアスカが通うとは思わなかった。だが碇シンジ。教えよう。アスカが妻と話す一番が君だったのだ。君と競う事、勝利、敗北。色々な事を妻に話した。妻は言う。電話1回毎にアスカは楽しそうに話すようになったと。感謝を受け取って欲しい」

 

「………っ、そう言って貰えたなら嬉しいです。僕もアスカと居る時間は楽しいです。助けられてます」

 

「そうか………」

 

 感極まった表情で笑うヨアヒム・ランギー。

 それからシンジに珈琲が冷める前に飲むように続ける。

 自分も上品な仕草で珈琲カップを摘まみ、飲む。

 

「正直な感想だ。碇シンジ。アスカの欧州一時帰還でアスカが家に来るとは思わなかった。泊まるなど想定外だった」

 

 巨大なランギー家の邸宅(別邸)

 そこにあったアスカの部屋は、余りにも生活臭が無かった。

 整えられていた。

 清掃もされていた。

 だが、人の匂いが無かった。

 第3新東京市の、コンフォート17の、シンジの家の隣にあるアスカの家とは全く違っていた。

 掃除の手伝い、或いは映画が見たいからと付き合いなさいと呼ばれていった時に見たアスカの部屋は、エネルギッシュなアスカと言う存在が感じられる部屋だったのと対照的なのだ。

 それだけでシンジは、アスカが住んだことの無い事を理解した。

 

「有難う碇シンジ。アスカを返してくれて」

 

 それは父親の、誠心からの言葉であった。

 自分が何をした、何が出来たかなどシンジには判らない。

 故に、まだ自分は子どもだと理解した。

 だからこそ、ヨアヒム・ランギーの言葉に頭を下げるのであった。

 

あいがとさげもした(こちらこそ有難う御座います)

 

 アスカと言う少女を生み出した事を。自分が出会えたと言う事への感謝であった。

 

「ハハッ、君も感謝するのかね」

 

「はい。感謝してますから」

 

 好きだと言う気持ち。

 それ以前に、自分に刺激を与えてくれる存在。

 そして何よりも使徒との戦いで、全幅の信頼を持てる相手。

 その気持ちを素直に口にするシンジ。

 ヨアヒム・ランギーは苦笑と共に、ソレを受け取った。

 

「君は本当に武者(ファイター)なのだな」

 

「?」

 

 碇シンジと言う少年が、NERV本部の秘密兵器(特殊訓練を受けた存在)どころか軍人としての訓練を受けた訳でもない、只の少年だと言う事はヨアヒム・ランギーも知っていた。

 だが、それは誤りでは無いのかと思う程にシンジは、戦向きであった。

 血腥い臭いをさせている訳では無い。

 だが、腹を決めた人間の顔をしているとヨアヒム・ランギーは評価するのであった。

 NERVの対使徒決戦兵器たるエヴァンゲリオン。

 その、最も高い評価を与えられて(スコアを稼いで)いるエヴァンゲリオン初号機の専任操縦者らしいとも言えた。

 同時に、その態度に高潔さを感じても居た。

 アスカの傍に居る男の子。

 アスカの傍に居る事を許せる男の子。

 そういう評価でもある。

 だからこそ、ヨアヒム・ランギーは最後に大事な事を確認した。

 或いは、この最後の確認こそがNERVドイツ支部の高官(№3)と言う身でありながらヨアヒム・ランギーをNERVイギリス支部に行かせたとも言えた。

 

「碇シンジ。君はアスカを愛してくれるのかね?」

 

「ゴフッ!?」

 

 思わず珈琲を咽させたシンジ。

 それ程にヨアヒム・ランギーの言葉は合理的かつ直球的な質問であった。

 嘘は赦さぬ。

 詭弁などもってのほか。

 この日一番に厳しい目でシンジを射抜くヨアヒム・ランギー。

 

「あっ………」

 

 口元に零れた珈琲を拭いながら、シンジは真っ向からヨアヒム・ランギーを見る。

 その強い目力に既視感を覚えた。

 そう、それは故郷たる薩摩での事。

 義姉が血のつながらない義兄(元戦災孤児の養子)と結婚すると言い出した時の家族会議での義父と義母の目だった。

 ごねた義父を鎮圧した義母が、義姉の性根を見た時の目。

 直感的にシンジは自分では、この目 ―― ヨアヒム・ランギーに勝てないと理解した。

 だから、まるで告解するかのような気分で、今のアスカへの気持ちを口にしたのだった。

 

「好き。好きです」

 

 顔を真っ赤にしながら。

 生まれて初めて、好きだと思った相手。

 その相手の父親に、その事を告白するのだ。

 どんな悪い事をすれば、こんな目にあうのかとシンジは思って居た。

 ANGEL(使徒)と戦ったのが罪だとでも言うのか、とばかりに天を逆恨みもしていた。

 

 だが、ヨアヒム・ランギーの反応はシンジに想像も出来ないものであった。

 

「良い。良い回答だ」

 

 それは莞爾とした笑いでもあった。

 

 

 

 

 

 




2023.1.7 文章修正

+
デザイナーズノート#11(Ⅰ)(こぼれ話)
 流れ的に決まった欧州編()
 実にてけとー に決まったこの流れ。
 合言葉が、読者サソの想像の斜め上に逝こうぜ? or 真下に逝こうぜ! なので、ええ。
 もうね、どうなるんだろう? と思ってたら、こうなった。
 シンジ君、もうね、大爆発めいた思春期突入感ェェェェェ
 いや本当に。
 テンパってアッパって、もうダメポ(お

 尚、現時点で11章は3部構成予定です。
 前後編の欧州編()と、第13使徒戦____
 予定は未定で、ネタが浮かぶとぶっこんでく予定(え
 プロット!
 プロットちゃんが行方不明です!!
 だれかご存じの人は居ませんカァ!?(割とマジに







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅱ)-1 Iron-Blooded Orphans

+

 エヴァンゲリオンの第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)としてドイツに居る相田ケンスケ。

 その待遇は劇的に変化(好転)していた。

 

「スゲェ」

 

 着替えその他を詰め込んだボストンバックを抱えて新しい部屋に入った相田ケンスケは驚いたように声を上げていた。

 さもありなん。

 かつての廃校を手直ししただけの以前の宿舎とは全く別の、近代的な建物だからだ。

 錆びたパイプベットではなくピカピカの、新品の様なベットとなっていた。

 寝具も真っ白なシーツが付けられている。

 ロッカーに至っては上品な木製品となっていた。

 本棚も備えた机だってある。

 流石に個室と言う訳では無いが、それでも大部屋(8人部屋)ではなく2人部屋なのだから、私的空間(プライバシー)もそれなりと言えるだろう。

 

「人間扱いされる様になった気がするぜ!!」

 

 陽性の、ガッツポーズをしている相田ケンスケ。

 部屋は高級ホテルの様な、と言う訳では無かった。

 だが、ビジネスホテル程に手狭と言う訳でもない。

 相田ケンスケがTVドラマや映画で見た、高級(ハイソ)な寄宿舎めいた内装ではあったのだから感嘆するのも当然であった。

 自分が碇シンジや惣流アスカ・ラングレーが居る場所 ―― 夢見た場所(TV画面の向こう側)に近づけたと感じられたからである。

 とは言えその待遇変化は、相田ケンスケが考えていた自身の持つ個人的関係(コネ)によるモノではなかった。

 そもそも、外部との連絡が一切出来なかったのだ。

 与えられていたGPS機能付きの携帯電話は電話にせよメールにせよ受信専用となっていたからだ。

 それがどの様なモノであれ一切の情報を外部に漏らす事を禁止する措置であった。

 分別の出来ていない子供を相手とするのであれば、ある意味で当然の処置と言えるだろう。

 

 では、何故に待遇が変わったのか。

 ソレは資質によるモノであった。

 相田ケンスケは一次選抜で集められた1000名から200名へと篩い分けされる、実に5倍もの狭き門である一次選考を通過したが故の事だ。

 上位通過とは言わないが、2桁番台での評価で合格していた。

 資質と言う意味では、本人のあずかり知らぬ話であるが、適格者候補(第壱中学校2年A組生)であって実証されていた。

 その上で、一次選考での訓練に対して真剣に努力していたと言うのが評価された結果だった。

 ふるい落とす為の一次選考。

 その課題に含まれていた軍事教練的な内容を、愚痴や不平不満は休憩中に零しても、その内容から逃げる事無く、それどころか嬉々としてやっていたと言うのが大きかった。

 相田ケンスケの身体能力は決して高くはない。

 だが、高くはなくとも一次選抜の課題から逃げようとはしなかったのだ。

 多くの一次選抜通過者は、巨大ロボット(エヴァンゲリオン)乗る(座る)のに何でこんな汗と泥に塗れる様な選考過程を受けるのだと言う愚痴を零し、選考課題(内容)に対して真剣には当たらなかったのだ。

 趣味者(ミリタリーマニア)として軍事訓練的なモノを嗜好していたと言うのも大きい。

 又、日本人であるが故に(日本の教育システムで育った為)の、軍事訓練的なモノに対する順応性が高かったと言うのもある。

 だが何よりも、シンジとアスカを見ていたと言うのが大きかった。

 学校でとびぬけて高い身体能力を持った2人。

 その2人には劣るが、だが同世代の平均よりかは身体能力の高い綾波レイを見ていた。

 綾波レイは決して活動的、運動的な少女では無い。

 だが、その体は筋肉質(スポーツをするソレ)であり、体力測定の際には上位に居た。

 スポーツ系の部活がアスカと並んで欲し続けた逸材(特別帰宅部)であった。

 であればこそ、相田ケンスケは歯を食いしばって乗り越えたのだった。

 それ以外にも燃え上がったモノがあった。

 アスカへの懸想、そして何よりもシンジやアスカの居る場所に行きたいと言う強い思い。

 特別な自分でありたいと言う願い(厨二病心)

 NERV高官(NERV本部№3)である葛城ミサトとの個人的繋がり(コネ)

 此方は聊かばかり不純な理由が多くを占めているが、14歳と言う子ども(思春期の少年)らしいとも言えた。

 

 兎も角。

 一次選考合格通知書が配られ、合格者が集められた部屋で試験監督官であったNERVのスタッフは告げた。

 一次選考からが本番である、と。

 一次選抜の1000名 ―― 正確には1043名の合格者と言うものは、志願者の情報をマルドゥック機関が紙上調査(ペーパーテスト)しただけの結果であり、エヴァンゲリオンとのシンクロ能力さえ持っている可能性があるならば片っ端から合格させる様な()()()()()であったのだ。

 中には、将来(履歴書)への箔漬けとして、親が手土産付きで(タップリの寄付金と共に)子どもを一次選考合格()()()子どもも含まれていた。

 そもそもが、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の候補生では無いのだ。

 相田ケンスケが羨ましがっていた高待遇の一次選考合格者とは、そういう子ども達であった。

 正に政治(ヨーロッパ仕草)であった。

 これに対して一次選考合格者の200名は違う。

 ヨーロッパにある各NERV支部にて一次選抜合格者をそれぞれ見て資質を確認した、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)としての選考と訓練(コスト)を掛けるに値すると期待できると判断された人間であるのだ。

 ここから先が、本当の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜と訓練の始まりと言えた。

 その証拠に、200名は1つの施設に集められ、NERVの身分証(IDカード)や訓練生の制服その他が配られたのだ。

 正式にNERVと言う組織に所属するのだと、誰もが判ると言うものであった。

 

 ロッカーを開けた相田ケンスケ。

 そこには真新しい、黒を基調としたNERV適格者(チルドレン)用制服が吊るされていた。

 正式に任務に就いているシンジ達とは違って徽章の類は無く、白地に青色のラインが入った候補生腕章が付けられている。

 

「俺、俺もチルドレンだ!」

 

 感極まったとばかりに声を漏らす相田ケンスケ。

 鼻孔を擽る真新しい服の匂いは、改めて自分が階段を1つ上がった事を実感させた。

 

Aida(相田) ガンバロ?」

 

「Yes だぜ!」

 

 相部屋となった同じ候補生と頷き合う

 NERVの公用語である英語と日本語を片言の上で交じりで会話する相手はヨナ・サリム、エチオピア出身の候補生だった。

 線の細い少年であったが、その外見に見合わぬガッツを持っていた。

 適格者(チルドレン)に志願した理由も、NERVのスタッフになれれば治安の安定していない母国の家族に仕送りが出来ると言う実に健気な理由であった。

 エチオピアはセカンドインパクト(Catastrophe-1999)の影響による戦乱に荒らされた国家の1つであり、その経済状況はお世辞にも良好とは言えなかった。

 だからこそ国連特務機関NERVに志願したと言えた。

 二次選考まで突破した志願者は、例え適格者(チルドレン)に選ばれなくともNERVのスタッフとして就職できる事が約束されているのだ。

 経済的な支援欲しさで適格者(チルドレン)を志した子どもは、ヨナ・サリムだけでは無かった。

 否、それどころか一次選抜に手を挙げた3000名近い子どもの大半は、そうであったと言えるだろう。

 それを知った相田ケンスケが、自分の割と不純気味な動機を反省したのも当然の事であった。

 

 ともあれ、ヨナ・サリムと相田ケンスケは比較的仲良く過ごしていた。

 苦難の多い人生を送ってきたヨナ・サリムに比べればぬるま湯と言って良い環境で生きて来た相田ケンスケとが親しい友人関係となれたのは、1つは相田ケンスケの人懐っこい性格(コミュニケーションスキル)にあった。

 ある意味で趣味者らしい部分 ―― 多少、棘のある言葉を使っても意に介さない大らかさに、ヨナ・サリムや周りの人間は毒気を抜かれたと言うのがあった。

 そして実用だ。

 相田ケンスケが持ち前の知識(ミリタリー趣味)を生かしたアドバイスを、他の一次選考受験者相手に行ったりしていたからである。

 本来は競争相手に塩を送る行為であるのだが、コネのお陰で自分は一次選抜合格間違いなしと思って居た相田ケンスケは、その事に気付けなかった結果であった。

 何とも大らかと言うか、濃ゆい人間(シンジや鈴原トウジ)との友人関係を持った相田ケンスケらしい態度とも言えた。

 と、そこでアナウンスが場された。

 

attention(傾聴)Cadet Assemble(候補生集合せよ) The place is a lecture room(集合場所は講義室だ) Soonest(急げ)!』

 

 英語が常用語(ネイティブ)ではない人間向けに平坦な、ゆっくりとしたペースで行われた内容。

 それは、この施設に移動中のバス内で教えられていた今後の集団説明会を教える放送であった。

 200名の一次選考突破者が揃い、それぞれの居室に荷物を置いたでろう時間を計っての事であった。

 ヨナ・サリムと頷き合う相田ケンスケ。

 猛烈な勢いで今着ている服を脱ぎ捨てて、ロッカーの適格者(チルドレン)制服を着るのだった。

 服装の指定は無かった。

 だが折角の制服だ。

 着ないなんて勿体ない! そう以心伝心に2人は思って居たのだ。

 

「Hurryだ!」

 

「ソダ! Hurry Up! Hurry Up!」

 

 急かしあう2人。

 それは実に年齢相応の子どもの姿だった。

 

 

 

 

 

 一次選考を突破できた第2期適格者候補生(2nd-リザーブ・チルドレン)達の訓練に向けて、施設に集められた教官たち。

 その中には、かつてはアスカも含まれていた適格者候補生(リザーブ・チルドレン)の訓練を担当した人間も含まれていた。

 エヴァンゲリオンの操縦や、緊急時の護身術を教えていたNERVドイツ支部に設けられた支援ドイツ第1課の格闘(身体操作術)教官、アスカの師父とも言えるアーリィ・ブラストとその部下(一門)だ。

 非常時には適格者(チルドレン)の護衛も担当する為、アーリィ・ブラストの部隊は高い練度を誇っている。

 女子にも教育をすると言う関係上、デリケート(性的)な問題を発生させ辛いとして女性が主となっているチーム(部隊)であった。

 隊長であるアーリィ・ブラストの趣味と言う側面もあったが。

 

Accompanied by a man(アスカが男を連れて来たって)!?」

 

 魂消たと言わんばかりの表情で声を上げたアーリィ・ブラスト。

 その視線の先に居る副官が重々しくも頷いた。

 

Yes,ma'am(事実です)

 

It's unbelievable(嘘でしょ)!?」

 

No, it's a fact(残念ながら事実です)………」

 

Oh, my God(信じられない)!」

 

 アメリカの映画めいた仕草で、両手を自分の頬に宛てるアーリィ・ブラスト。

 アスカに対して乙女(処女)仲間等と言う強い共感(一方的シンパシー)を感じていたが故の事だった。

 そんなアーリィ・ブラストを微笑まし気に見ながら、副官はアスカを思い出す。

 NERVドイツ支部時代の、自分以外は誰も信じないとばかりに肩肘を張っていた姿を。

 母を喪い、父を信用できないとしていた姿を。

 だから早く大人にならねばならないと自分に言い聞かせていた姿を。

 可愛い外見を裏切る高い攻撃性は、実に野生動物(マヌルネコ)めいていたのを思い出す。

 下手に触れば、擁護であっても噛みついてくるのだ。

 

 ()()()()()()()()

 

 隊長であるアーリィ・ブラストと、アーリィ(ユニット)の総意であった。

 勝気と言う意味ではアーリィ・ブラストも負けてはいない。

 と言うか、何故かそういう人間の集まりなのだアーリィ班と言うものは。

 故に、アスカを勝手に妹分として見ていた。

 だからこそアスカが連れていた男であるシンジに興味を持つのだ。

 アーリィ・ブラストも、その副官も。

 そして恐らく(確定で)アーリィ班の面々も。

 

と、アーリィ・ブラストが腹を決めた顔で笑った。

 

Ok(いいわ),If so, let's check(考えるよりも確認すれば良いわ)

 

 副官は、アーリィ・ブラストの隣に立つようになって長いが為、その意味を誤る事はなかった。

 そっと1人の名前を口にする。

 

「Sinji Ikari」

 

Yes(その通りよ)

 

 それは、実に肉食獣めいた笑いだった。

 

 

 

 

 

 アスカに対する恋愛感情を自覚したシンジ。

 しかも、その想いをアスカの父親であるヨアヒム・ランギーに言ってしまったのだ。

 ようやくの思春期に突入したと言ってもよいだろうシンジにとって、羞恥心が限界を突破する行為であったが、目に前に居るヨアヒム・ランギーが真剣であったのだ。

 そこに、娘を思う気持ちを見たシンジに、韜晦する様な選択肢が浮かぶ筈も無かった。

 

 頬を赤く染め、羞恥心に塗れたシンジを見ながらヨアヒム・ランギーは笑う。

 笑いながら決定を下す。

 

「碇シンジ。君の残る予定はキャンセルだ。少し話たい」

 

 卓上の呼び鈴(ベル)を鳴らして秘書を呼んだヨアヒム・ランギーは、本日の自身とシンジの予定を明日以降に延期する様に支配者(NERVドイツ支部№3)の顔で命令した。

 そして、続けて父親の顔で言う。

 

「イギリスだが旨い鴨料理の店がある。ワインの品ぞろえも良い。アスカの日本での姿を教えてもらおう」

 

 シンジ的には、羞恥時間の延長戦確定の宣告であった。

 自分に拒否権が無い事を空気で察して降伏する様に少しだけ天井を仰いだ。

 清潔な青色のクロスが張られた天井は、当然ながらもシンジの救いを求める仕草に応える事は無かった。

 アスカは今、何をしているんだろう。

 そんな現実逃避めいた事を考えるのだった。

 

 

 

 

 シンジが味も理解出来ない料理とワインと共に絶望的苦境の時間に突入した頃、(ドーバー海峡)を隔てたヨーロッパ亜大陸で相方(アスカ)も又、苦境の時間を過ごしていた。

 シンジがヨアヒム・ランギーであれば、当然ながらもアスカはベルタ・ランギーである。

 義理とは言え愛する娘たるアスカが男の子(ボーイフレンド)を連れて来て、家に泊まらせたのだ。

 アスカが()()()()()と思うのも当然であった。

 であるからこそ、ベルタ・ランギーはアスカにシンジとの出会い(馴れ初め)から、想いから、その全てを聞きだしに掛かって居たのだ。

 シンジもヨアヒム・ランギーも居ない。

 であればこそ、女の時間だと言う事であった。

 

 夕食後、気楽な格好でリビングに居る2人。

 ベルタ・ランギーがアスカを誘っての時間だった。

 珈琲を手にソファに並んで座る2人。

 女中(メイド)がクッキーを用意して、そっと下がった。

 豊かな珈琲の匂いが立ち上る。

 それをアスカが堪能しようとした時、ベルタ・ランギーが言葉を発する。

 

Gefällt es dir(好きなの)?」

 

 直球と言うよりも剛速球(殺人ボール)めいた発言だ。

 アスカは手に持っていた珈琲カップを落としそうになる。

 

Huch(くぁwせdrftgyふじこlp)!?」

 

 慌ててベルタ・ランギーを見たアスカは、そこに逆らえぬ何か(母力)を見た。

 

 

 後に、親友たる洞木ヒカリと洞木グループに言うのだった。

 家に(鈴原トウジなり)を連れていく時は、色々と質問攻めに遭う事を想定し、そして想定問答集まで作っておいた方が良い、と。

 それは、洞木ヒカリが初めて見る様な、疲労困憊となった顔のアスカであった。

 尤も、洞木ヒカリはアスカの表情の根っこにはシンジと仲良し(Süß)になった喜びがあり、その照れ隠し(惚気)ではないかとも思っても居たが。

 実に甘い、と。

 アスカのヨーロッパ土産であるお菓子 ―― シュトロイゼルクーヘンよりも口の中が甘く感じる、と。

 季節のフルーツを使ったお菓子で、美味しいのに、美味しく感じられなく(糖分の摂取過多に)なった気がする。

 明日は珈琲でも用意しておこうかしらと等と洞木ヒカリが思う程の甘さであった。

 

 尚、余談ではあるがシンジとアスカの距離感に慣らされていた綾波レイは、普通に美味しくシュトロイゼルクーヘンを食べていた。

 畏怖の念めいたモノを抱いて、その様を見ている対馬ユカリ。

 それは第3新東京市が平和である事を示す光景であった。

 

 

 

 

 

 




2022.12.8 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅱ)-2

+

 NERVドイツ支部はドイツ西部域、ハンブルク市郊外に設けられた大規模な複合施設であった。

 世界に6台しかない第7世代有機コンピュータたるMAGI-System。

 その1台を持ち、エヴァンゲリオン関連の開発、それに建造を担っている組織だ。

 エヴァンゲリオンを建造した設備を用いて、日本から持ち込まれた使徒の生体材料の研究も担っていた。

 主に対使徒に於いて重要な意味を持つA.Tフィールド(防護シールド)の分析、そしてNERVアメリカ支部と協力して(スーパー・ソレイド)機関の研究だ。

 使徒の動力源でもある(スーパー・ソレイド)機関は、葛城ヒデアキ博士が存在を予言していた無公害の無限エネルギー機関であった。

 (ノー・ニューク)反応炉よりもコンパクトで高出力となる事が予想されていた。

 実用化が為されれば、エヴァンゲリオンは運用制限と言う頸木から離れる事が出来る。

 だがそれ以上に、重要な役割 ―― 人類のエネルギー事情を劇的に改善させる事が期待出来るのだ。

 研究機関でも力が入ると言うモノであった。

 そして、今はそこに第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の養成と言う役割があった。

 一次選抜で選ばれた1000人。

 その1000人から、面談(メンタルの査定)と知力体力を見て200人(5人に1人)にまで絞る一次選考。

 訓練による伸びしろを見て、50人(4人に1人)にまで絞る二次選考。

 そして最後に、人間性(チームワーク)などから行われる三次選考。

 三次選考で6機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに乗る12人が第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)として正式に決められる予定であった。

 機体が6機であるのに12人とされている理由は、第1次E計画のエヴァンゲリオンと異なり、ローテーションでパイロットとなる事が計画されているからであった。

 第2次E計画のエヴァンゲリオンは広域展開遊撃任務に就く事が予定であり、故にパイロットは常に緊張状態に置かれる事が想定される為であった。

 拠点(第3新東京市)防衛任務が主である適格者(チルドレン)と全く違う仕事であると言えていた。

 

 兎も角。

 そんな第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の育成も担っているNERVドイツ支部。

 一次選考を通過した200名の候補生。

 その200名の1人である相田ケンスケは、教育/訓練プログラムの一環で運動場で汗を流していた。

 体力の涵養である。

 その内容は軍事教練(ブートキャンプ)めいていたが、本職のソレと比べればかなりヌルいものであった。

 例えば長距離走。

 距離は短めであり、同時に負荷として持つのも実銃では無く軽量な樹脂製(模擬ライフル)だった。

 当然だろう。

 候補生は、まだ体が完成して(成長しきって)いない子どもなのだ。

 人類を守る為とは言え、過大な行為をさせる訳には行かないとなるのも当然であった。

 そして何よりも、碇ゲンドウらNERVの要人とSEELEメンバーがソレを必要としなかったのが大きい。

 それは、無論ながらも子どもへの愛情、或いは友愛だのそういう理由では無い。

 即ち、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンにも第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)にも、()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 使徒の目標となるのは第3新東京市地下のNERV本部、その最深部(セントラルドグマ)に封印されている。全ての使徒の父たる存在Adam(白き月の祖)への帰還であると判っているからだ。

 であるからには政治の要求、民心慰撫と言う目的で整備の決められた第2次E計画に期待どころか関心を寄せる筈も無かった。

 国連安全保障理事会の決定であればこそ、国連の特務機関としてのNERVは、給与分は働きます。

 露悪的に言えば、そう言う事であった。

 

 尤も、そんな大人の都合など意に介する事無く、子ども達は汗を流していた。

 コレが未来に繋がると信じればこそ、であった。

 

「ハァハァハァ………ァア、っ、疲れたぁ」

 

 膝を付き、顔から倒れ込むように前かがみになる相田ケンスケ。

 相田ケンスケだけでは無い。

 軽くはない荷物を抱えて10㎞もの距離を走り終えた候補生たちの誰もが、息も絶え絶えといった風に地面に寝転がっていた。

 正に死屍累々。

 対して、同じ距離を走った筈の教官(助教)たちはケロッとした顔で候補生たちの状態を見ていた。

 無理をした候補生は居ないか。

 終わった途端に緊張感が途切れて体調を崩した人間が居ないか、見て回っていた。

 

Take a break(休憩だ)!」

 

Drink water(水を飲め)! Don't forget(忘れるな)!!」

 

30 minutes(30分は休んで良し)!」

 

 判り易い様に単語で、休憩を命じている教官たち。

 その慈悲深い(30分と言う無慈悲な)声に、感謝の声(うめき声)を上げる候補生たち。

 汗を、熱さを捨てる為に訓練服の(チャック)を開け、或いは靴を脱ぐ者も居る。

 その姿に、訓練生の男女差など無かった。

 インナーシャツを脱いで、裾から白い(日焼けしていない)肌を晒す女の子の候補生も居たが、誰もそれに視線を送る様な余裕は無かった。

 かつては小遣い稼ぎに他人に言えない事(盗撮と写真の売買)もしていた相田ケンスケですら、()()であった。

 そんな事よりも休憩。

 候補生は誰もが声も出せずに居た。

 誰かが声を上げる、その時まで。

 

Ah(アレッ)!?」

 

 誰かの候補生の声。

 それに応える声。

 

Who would be(誰だろう)?」

 

a beautiful woman(綺麗な人だな)

 

Wearing a uniform(適格者用制服を着てるな)

 

People I've never seen(見た事ない人だ)

 

 ポツポツっとした声。

 拙い英語力(リスニングスキル)で拾った言葉から、どうやら近くに見たことの無い美人の候補生が居たらしい。

 追加なのかもしれないと相田ケンスケは呑気に考えていた。

 先週、10人近い候補生が体調不良その他で脱落していっていたのだ。

 その補充だろう等と考え、それから意識を外していた。

 只、元気な奴も居るモンだと呆れていた。

 そんな相田ケンスケが飛び起きたのは、赤い髪(Red-haired)と言う単語が聞こえたからであった。

 美人で赤髪の適格者。

 その言葉が合致するのは1人しか居ない。

 他に居る筈がないのだ。

 

「惣流かっ!?」

 

 飛び起きて周りを見る相田ケンスケ。

 候補生男子衆が見ている方向を見る。

 見た。

 居た。

 相田ケンスケたちの居るグランド周りから少し離れた場所のベンチに座っている、黒いNERV適格者制服を着ている女の子。

 赤い髪が風に揺れている。

 目元は濃ゆい色のサングラスで隠されている。

 少しばかり距離がある事と相まって、顔は見えない。

 判らない。

 女の子だと判るのは、タイトデザインのスカートを履いているから。

 

Maybe a second(もしかして2ndチルドレン)!?」

 

Red-two(2nd チルドレンの公表偽名)!?」

 

But she's not blonde(でも、あの子は金髪じゃないぞ)!」

 

 深紅のエヴァンゲリオン弐号機を駆る適格者(2nd チルドレン)、惣流アスカ・ラングレーの名は候補生である相田ケンスケたちに公開はされていない。

 とは言え、別に秘密にされている訳でもない。

 候補生達も一次選考を通過して末端とは言えNERVに加わっており、守秘義務に関する書類にもサインしていたのだから問題は無いのだから。

 只、訓練生のカリキュラム内容的に、現役適格者の情報公開を行う必要が無かったからであった。

 

Wow(おい)! Wearing sleeve pins(袖章付けているぞ)!!」

 

Red(赤だ)! Red(赤だ)!」

 

 適格者用の制服に肩から吊るす形で装着する腕章は、その立場を教えるモノであった。

 白地に青色のラインが入るのは候補生の立場である事を教えている。

 ラインが1本であれば一次選考合格者。

 2本であれば二次選考の合格者。

 そして三次選考の合格者、即ち正式な第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)となれば白地ではなく、機体色に基づいた腕章となる。

 そう、教えられていた。

 そして件の候補生が左の二の腕に巻いている袖章は赤、エヴァンゲリオン弐号機である事を示すのだ。

 男女を問わず、候補生(子ども達)から歓声が上がった。

 

 全世界に公開された3人の適格者(チルドレン)は、候補生にとって憧れの相手(アイドル的な存在)であった。

 世界を、たった3人で守ってきたと言う、凄さ。

 そしてPV(映像)で明かされた戦歴、その戦闘の様の鮮やかさ。

 強さ。

 その魅力に、家族の為、立身出世の為と言った理由で志願して来た候補生であっても、逃れる事など出来ずに、当然の如くに囚われていたのだ。

 

 その中にあって相田ケンスケは、俺の激励に来てくれたのか等と調子のよい事(自分に都合の良い事)を考えていた。

 無論、そんな筈はなく、事態は相田ケンスケなど相手にする事も無く進行していく。

 

Oh(おい)! Don't have a sleeve badge(失格野郎たちだぞ)!?」

 

 唾棄する様に、そして恐れるように言った()()()()と言う言葉。

 それは腕章の無い適格者制服を着た適格者候補生を指す言葉だった。

 勿論ながらも、一次選考どころか一次選抜を通過した候補生と言う訳では無い。

 即ち、第1次E計画で適格者となる事を期待され、しかし成る事の出来なかった子ども達である。

 

 結構な予算と時間を掛けて訓練されていたにも関わらず適格者(チルドレン)に成れなかったと言う事で、実力を持って這い上がって行こうとする第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生からは馬鹿にされていたのだった。

 同時に、恐れられている理由は、彼らの家が余りにも太いから(SEELEに近い家柄)であった。

 目の前で馬鹿にした第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生が殴られ、それを近くに居た教官たちが見て見ぬフリをしたのだ。

 そして殴られた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は、その日の内にNERVドイツ支部から適格者不適格との烙印を押され居なくなったのだ。

 そういう権力を持った、恐ろしい相手(愚連隊)だった。

 

「や、ヤヴァイだろ、アレって」

 

 怯えた様に言葉を漏らした相田ケンスケ。

 アスカはエヴァンゲリオン初号機を駆る絶対的なエース(エースオブエース)碇シンジと並ぶ適格者(チルドレン)であるが、その(神通力)は果たして通じるのか。

 自分に何かできる事は無いのか、必死になって考えながら固唾をのんで状況を見守るのであった。

 

 

 

 

 

 アスカの機嫌は極めて悪かった。

 NERVイギリス支部への出張から帰ってきたシンジが、アスカに対して微妙な距離を取る様になったのだ。

 但しソレが、悪い種類のものでは無い事は顔を見れば判っていた。

 シンジはアスカが顔を近づければほんのりと頬を染め、或いは必死になって顔をそむけるのだ。

 ()()()()()()()()()

 それ自体は実に良い事だった。

 だが同時に、シンジがアスカを意識する様になった結果として、物理的な意味でのシンジとの距離が遠くなったのだ。

 これが許しがたい。

 隣で珈琲を飲もうとすれば、微妙に距離を取られる。

 食べているモノを差し出せば、真っ赤になって首を左右に振る始末。

 意識したのなら距離を詰めて来れば良いのにそうしない。

 義母(ベルタ・ランギー)から、シンジは凄く良い子(最後の一線以外は全部良いじゃない)とも言われて居たのだ。

 そもそも、シンジだってアスカの家(ランギー家)に来たではないか。

 にも拘わらず、である。

 実に許しがたい。

 

 殆ど支離滅裂な事を考え、或いは怒っているアスカ。

 シンジとアスカの関係はキスどころかそう言う意味でのハグすらまだしたことも無い、言わば手前(寸前)なのだ。

 深い関係(romantische beziehungen)でも無いのに何を望んでいるのかと、何をシンジに不満を抱いているのかと言うべき所であった。

 シンジの側に立つ人物、例えば鈴原トウジ辺りであれば、「無茶言い過ぎや!」と言ってくれたであろう。

 だが残念。

 此処には、それを指摘してくれる人間は誰も居ないのだ。

 故にアスカの思考(暴走特急)は只、加速していくのみであった。

 

「っ!」

 

 否、急に止まった。

 親友(洞木ヒカリ)が嘗て言った言葉が蘇ったのだ。

 それはアスカが聞きなれない、告白と言う単語に絡む事だった。

 そう、日本式の人間関係の進化に関する情報を、アスカの虹色脳細胞は思い出したのだ。

 区切りなく関係を深めていくドイツ式に比べ、告白と言う区切りを大事だと思う日本式という文化の違い(カルチャー・ギャップ)

 その事に気付いたアスカは、閉じていた目を開く。

 文化の違いなら仕方がない。

 であれば、扉を叩いて開かねば(ジャジャジャジャーン と鳴らさねば)ならぬだろう。

 碇シンジと言う人物は、惣流アスカ・ラングレーの人生に於いて最早必要不可欠なのだから。

 誰に盗らせる事など許せない。

 距離があるなど認めない。

 今夜、告白をしてシンジを掴まえよう。

 そこまでの決断をアスカがした時、その目と耳が周辺の情報を拾った。

 

Bitte antworten Sie(返事をしろっ)!!」

 

 ベンチに座っている自分を囲む影に気付いた。

 

「あっ?」

 

 不機嫌な顔で影の主を睨むアスカ。

 見れば興味を無くした。

 3人の第1次E計画適格者候補生(なりそこない)、だったからだ。

 相手をするのも阿呆くさい雑魚でしかないからだ。

 どっかに()()とばかりに睨めば、3人のうち、雑魚な2人は腰が引けた様にたたらを踏んで下がった。

 本当に雑魚であるとアスカは嗤う。

 だが、笑われた側はそうは思っていなかった。

 

Machst du dich lächerlich(馬鹿にしているのか)?」

 

 唯一、下がらなかったギード・ユルゲンスがドイツ人らしい彫りの深い、額の高い顔を憎々し気に歪めて言う。

 それをアスカは鼻で笑って答える。

 自分は正しい対応をしているだけだ、と。

 顔を真っ赤にするギード・ユルゲンスであったが、激発する事は無かった。

 今日、アスカに接近した理由があったからである。

 ()()である。

 

Asuka(アスカ) Begleiter sein(仲間になれ) Ich mache es zu meiner Freundin(俺の彼女にしてやるから)

 

 理解不能、そして何様の積りかとアスカが眉を歪める。

 だがギード・ユルゲンスは良い対価を口にしたとばかりに頷いている。

 その上でアスカが聞いても居ない事をペラペラと口にしていく。

 

 曰く、第2次E計画に基づいて粗野で雑多な人間(第2期適格者候補生)がNERVドイツ支部に来る様になった。

 結果、高貴なるギード・ユルゲンスら第1次E計画の適格者候補生の扱いが悪く(重要度が低く)なった。

 教官からは期日は未定ながらも第1次E計画候補生の解散と、帰宅の予定が告げられると言う屈辱的状況となった。

 だからこそ、アスカを仲間にする事で回避しようと言うのだった。

 

Ist es Mo(馬鹿)?」

 

 心底呆れた様に言うアスカ。

 要するに、アスカのスコア(使徒撃墜数)を第1次E計画適格者候補生の解散回避に使おうと言うのだ。

 何とも他人任せ極まりない話であった。

 長き訓練をしてきたのに適格者(チルドレン)に選ばれなかった()()()風情が、何を図々しい事を言うのかと心底から呆れていた。

 しかも対価は、アスカをギード・ユルゲンスが彼女にすると言う。

 アスカの理解力。知性をもってしても理解出来ない、正に寝言であった。

 

 ギード・ユルゲンスは悪くない顔をしている。

 身長も高く、引きしまった均整の取れた体をしている。

 家柄に至っては欧州全域を見ても上位(SEELEメンバーに繋がる家)なのだ。

 上昇志向の強い女性(トロフィー指向ガール)であれば、実に魅力的な物件であった。

 それ故に、自信満々であったとも言える。

 

Komm schon, antworte mir(さぁ、俺の手を取ってくれ)

 

 取り巻き(イエスマン)を従え、手を指し伸ばしたギード・ユルゲンス。

 だが残念ながらギード・ユルゲンスの魅力は、アスカにとっては魅力的では無かった。

 そもそも、かつてのギード・ユルゲンスはアスカを半端モノ(混血の二流品)と揶揄していたのだ。

 努力もしないし、結果も無い。

 そんな(家柄)だけの脳無し人間(エアヘッドレイシスト)の手を取る必要など、アスカには一切感じられなかった。

 だから一言で切り捨てる。

 

Nein(嫌よ)!!」

 

Ich weiß nicht, wovon du sprichst(何を言っているんだ)!?」

 

Geh nach Hause, du dummer Bastard(とっとと家に帰れ、クソ野郎)!」

 

 ニッコリと笑顔を添え(コレが最後だからと猫を被って見せがら)、心の中で中指を立てて言い放つアスカ。

 アスカの人生に於いてギード・ユルゲンスは不要だ。

 相方(未来の恋人)を得て、家族との関係は修復され、そして適格者(チルドレン)として実績(評価)を積んでいるアスカには、全く不要なのだ。

 

 だが、それがギード・ユルゲンスには判らなかった。

 顔色を変えて手を振り上げる。

 

Habe ich mich lächerlich gemacht(馬鹿にしたっていうのか)!? Ich(俺を)! Metis(混血児が)!!」

 

 正に激昂であった。

 だが振り上げたこぶしが振り下ろされる事は無かった。

 

おはんサァ()ないをしちょっか(何をしようとした)?」

 

 シンジだ。

 シンジの手がギード・ユルゲンスの腕を掴んでいたのだ。

 走ってきた事を示す様に、その灰白色のトレーニングウェアからは湯気が上がっている。

 そう。

 アスカが此処に居た理由は、()()に出ていたシンジを待っていたからであった。

 ギード・ユルゲンスの腕を掴んで居ない手には、木刀 ―― 丸い只の棒を持っている辺り、横木打ちもしてきたのかもしれない。

 

「ナイスタイミングよ、シンジ」

 

 笑うアスカ。

 それは、ギード・ユルゲンスたち候補生(チェリーボーイ)が知れない貌、実戦経験者(血の味を知った肉食獣)の笑みであった。

 

 

 

 

 

 




2023.1.7 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅱ)-3

+

 碇シンジは惣流アスカ・ラングレーとの距離を取り切れずにいた。

 好きだと言う気持ちの自覚は、アスカの父親であるヨアヒム・ランギーの手によって完全な形で為された。

 為されてしまった。

 好きと言う気持ち。

 言葉にして、口にだして認めてしまえば、後は楽になった。 

 アスカと一緒に居たい、そして離れたくないと言う想い。

 だからこそ迷ったのだ。

 自分が、アスカを好きだと口にして良いのかと言う思い。

 

 アスカと仲が良いと言う点は自信を持っている。

 が、それは友人(気の置けない相方)としてなのではないかとの疑念とも言えた。

 かつてアスカが常々言っていた、加持リョウジへの好きと言う言葉が、シンジの足を止めたとも言える。

 人一倍に、羞恥心と言うモノが強いが故にとも言えるだろう。

 

 兎も角。

 自覚してからというもの、()()()()()()()()()()()()に常に誤解するなと自分に言い聞かせていた。

 煩悩を払う様に、一心不乱に木剣(適当な木の棒)を振るった。

 横木が用意出来なかったので、適当な木を選んでの立木打ちをした。

 猿叫と共に振るう木剣。

 100回と200回と振っても消えなかった。

 アスカの顔が脳裏から消えなかった。

 だから1000回と振るった。

 木が折れた。

 そこまでしてもアスカの顔は消えなかった。

 消えなかったからこそ、一心不乱では無く雑念交じりに振るってしまったのではないかとシンジは思い、戻って休憩する事を選んだ。

 正に()春の悩み。

 だが、そんなシンジの悩みもアスカが見ず知らずの他人(ギード・ユルゲンス)に腕を振り上げられている姿を見た瞬間、消え失せていた。

 

おはんサァ()ないをしちょっか(何をしようとした)?」

 

 

 

 アスカに対して躾けてやるとばかりに腕を振り上げ、そして掴まれたギード・ユルゲンス。

 銀のスプーンを咥えて生まれた(実家が太く、配慮されて生きて来た)が故に、その様な物理的な邪魔をされたのは初めての経験だった。

 親からの教育、或いは家庭教師による教育は別として、NERVでの適格者(チルドレン)候補生として扱われていた日々に、そんな事などなかった。

 だからこそ、最初、腕を掴まれたと言う事に驚いた。

 睨まれると言う事にも、驚いた。

 驚きの余り、反応が出来なかった。

 

Huch(何だと)!?」

 

 とは言え、その声に仲間(とりまき)が反応する。

 

Lassen Sie Ihre Hände los(手を離せ)!」

 

Massenprodukte(第2次適格者候補生風情が)!」

 

 シンジを相手に殴り掛かった。

 今、シンジが着ているのは候補生が来ているモノと同じ灰白色のトレーニングウェアであり、適格者(チルドレン)を示すモノは何も身に着けていない。

 だから、なのだ。

 取り巻きの2人はシンジを、義侠心(蛮勇)を持ってギード・ユルゲンスに歯向かった愚か者(第2次適格者候補生)だと思い込んだのは。

 殴って躾けてやる。

 そういう()()であった。

 暴力は禁じられている。

 だが、多少の暴力沙汰は自分たちの(実家)でもみ消せる。

 そう思えばこその慢心であった。

 快音。

 堅い木の音と共に、慢心は止まる。

 2つ拳は、シンジが盾とばかりに動かした木剣によって止められた。

 2人分の重さを、シンジは腰を入れ、肩を入れ、真っ向から封じてみせる。

 

ないがちよ(それがどうした)

 

 笑うシンジ。

 殴り掛かられたと言う事で、正当防衛の様式は揃ったのだ。

 立木打ちでも発散できなかった()()を発散するには丁度良いとばかりの、正に獣の笑いだった。

 両手を離す。

 ギード・ユルゲンスからも木剣からも手を離す。

 踏み込み。

 利き手の側、先ずは右手に居た取り巻きから潰しに掛かる。

 1足で距離を詰め、避ける事も回避も許さず肘打ちを放ったのだ。

 コンパクトな軌道の、抉る様な一撃は、見事に吹き飛ばした。

 

Barnabas(バルナバス)!?」

 

 一見すれば優男風のシンジが、割と大柄な取り巻きBことバルナバス・ネッツァーを吹き飛ばした。

 その事に残った取り巻きAことアルヴィン・マイネッケは驚き、同時に、己を諫めた。

 相手はギード・ユルゲンスに手を出す様な馬鹿だが、格闘術(バリツ)を学んでいたバルナバス・ネッツァーを殴り飛ばした相手だ。

 決して油断は出来ぬと認識を改め、真剣にシンジを潰そうとする。

 アルヴィン・マイネッケはシンジよりも細身であるが、ボクシングを学んでいた。

 ギード・ユルゲンス程では無いが、アルヴィン・マイネッケも良い所(良家)の出であるが、そうであるが故に格闘技を学んでいるのだった。

 ある種の伝統として、体を鍛える事が義務めいているのだった。

 

 小刻みにステップを踏みながらシンジに迫るアルヴィン・マイネッケ。

 近代的な、科学を背景にして育てられたボクシングと言う闘術。

 牽制の為の小刻みなジャブ。

 そして踏み込み。

 だが、踏み込みと言う意味に於いてはシンジもまた決して劣る所は無かった。

 被弾上等とばかりに顎を引いての吶喊。

 

Tu()!?」

 

 アルヴィン・マイネッケのジャブは確かにシンジを捉えた。

 だが伸びきる前の拳が、堅い額に当たっただけなのだ。

 であれば威力を発揮する(シンジに痛みを与える)よりも、拳を痛めるだけに終わる。

 そしてもう1つ。

 シンジに間合いに踏む込まれたのだ。

 ジャブで伸びた右腕を掴み、そのまま一気に左に相手を巻き込み、そして押し倒す。

 肩を極める。

 NERVで、戦闘訓練の一環として学んだ格闘術、その応用だった。

 シンジはボクシングを舐めなかった。

 拳の応酬と言う意味では格上だろうと思い、であるからこそ関節を潰す動きを選んだのだった。

 

Was denn(何だよ)!?」

 

 悲鳴を上げるアルヴィン・マイネッケ。

 ボクシングでの痛みに馴れてはいても、関節を締め上げられる痛みと言うのは未体験だったのだ。

 さて、これからどう()()してやろうかとシンジが手段を考えた時、アスカが笑って

 停めた(レフリーストップだ)

 

「シンジ、そこでaufhörenよ。もう十分だもの。それから、Du bist ein Idiot.(馬鹿よね) Ihr könnt Shinji nicht schlagen(アンタたちがシンジに勝てる訳がない)

 

 後半は、ギード・ユルゲンスが相手だった。

 拳を握って、アルヴィン・マイネッケを助けに入ろうかと窺っている、その機を制した形だ。

 不快気に鼻で笑い、答える。

 

Was sagst du(何を言ってる)? Der Azubi ist frech(訓練生風情が生意気だ)!」

 

Ich disqualifiziere dich(失格にしてやる)

 

 殴り飛ばされ、顔に芝の枯れ草を纏わせたバルナバス・ネッツァーが吠えた。

 が、それがアスカの笑いをより深くする。

 

Auszubildenden(訓練生)? Fehler(間違いね) Disqualifikation(失格)? Das ist unmöglich(無理よ) Sein Name ist SINJI-IKARI(カレの名前は碇シンジ) Offizieller Kinder(正式なチルドレン)

 

 その紹介をするアスカは、その日一番の自慢顔(ドヤァ顔)であった。

 

 

 

 

 

 シンジとギード・ユルゲンス及び取り巻きとの一幕(暴力沙汰)

 おっとり刀でやってきた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生の教官たちや、スタッフが慌ててシンジとアスカ、そしてギード・ユルゲンスたちの間に入って隔離して終わる事となる。

 其処から先は大人の時間となる。

 公衆面前、沢山の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生が見ていたと言う事もあって有耶無耶になる事は無かった。

 同時に、その決着(裁定)はギード・ユルゲンスが今まで出来ていた様なモノでは無かった。

 最初に動いたとされるシンジは、VIP(重要人物)であるアスカが襲われているのを守ろうとしたと言う事でお咎めなし。

 否、小言は言われた。

 シンジも又、VIPである適格者(チルドレン)なのだから、自分を守る事も大事にして欲しいと説教された。

 ある意味で冗談(武勇伝)の範囲、或いは土産話程度の事だろう。

 対して洒落にならない事となったのはギード・ユルゲンスと取り巻き2人であった。

 子どものした行為とは言え、碇ゲンドウら組織トップを除いて()()()()()()()である適格者(チルドレン)に暴力を振るおうとしたのだ。

 否。

 未遂ではない。

 振るっているのだ。

 それが未遂めいているのは、振るわれた側(シンジとアスカ)が自衛する力を持っていた事、そして発揮したお陰であった。

 その意味に於いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 特にアスカの父親であるヨアヒム・ランギー(NERVドイツ支部 №3)が激怒しているのだ。

 生半可な処置では許されないと言う勢いであった。

 尚、対してシンジの父親である碇ゲンドウは、NERVドイツ支部の人間からすれば空恐ろしい程に無反応であった。

 その本音的な部分としては、少しシンジが痛い目にあったのであれば良いし、適格者(チルドレン)保護と言う意味での制裁はシンジ自身がやっただろうから問題は無い ―― そんな極めていい加減なモノであったが。

 とは言え、周囲はそう取らない。

 特にNERVドイツ支部としては、この少し前にも処断(ゲンドウの仕置き)を受け支部長以下、数名の首が飛んでいるのだ。

 試されている、と思うのも当然であった。

 結果として尋常では無く重い処分が下る事となる。

 ギード・ユルゲンス以下3名の、NERVからの追放。

 及び経歴の抹消である。

 NERVに所属していたと言う経歴が消えるのだ。

 その上で、追放処分と言う事でNERVはおろか国連機関にも再就職する事は不可能になる。

 経歴に付いた染みと言う意味では、極めて厳しいものであった。

 

 当然ながらも、ギード・ユルゲンスは強く反発し、処分の撤回を要求した。

 ユルゲンス家を介してSEELE(ユルゲンス家の本家筋)にまで話を回したが、撤回が通る事は無かった。

 それどころか、以前からの素行の悪さを指摘され、更には第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生を追放した事を言われる始末であった。

 今までの、ちやほや(腫れもの扱い)されてきた状況との落差に驚くギード・ユルゲンス。

 だが驚いている間にも情勢は動いていく。

 現実は過酷であった。

 正式にNERVからの追放が決まるまでの時間。ギード・ユルゲンスはせめてと1つの願いを口にしていた。

 自分とシンジの試合である。

 暴力沙汰で追放されるのは受け入れよう。

 だが、自分はシンジに何もしていない。

 だからこそ、一度、白黒を付けさせてほしいとの事であった。

 自分が優れていると言う事に自負を持っているが故の。態度であった。

 適格者(チルドレン)と、その候補生。

 NERV総司令官の息子と、SEELEメンバーの縁者。

 肩書では負けているかもしれないが、男としては負けていない。

 そう言う話であった。

 

 誠にもって子どもの気分(癇癪)でしか無かった。

 シンジとの試合などありえなかった。

 ()()()()()()

 

 

 

Es ist eine interessante Behauptung(面白い主張をするじゃないの)

 

 そう笑って言うのは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生の格闘教官であったアーリィ・ブラストであった。

 ギード・ユルゲンスは自負を持つ程度には強い。

 だがアーリィ・ブラストの見る所、シンジには先の暴力沙汰で見せた()よりももう一段、深い何かを持ってて見えた。

 だから良い。

 シンジの本質を見極めるのに丁度よいと言うものであった。

 アーリィ・ブラストとその一党(アーリィ班)にとってアスカは大事な、可愛い末の妹めいた存在なのだ。

 だからこそ、シンジを見極めたかったのだ。

 

 正に私情。

 私情をもって、ギード・ユルゲンスの訴えを認める様に手回しをするのだった。

 かくして、シンジとギード・ユルゲンスの試合が認められる事となる。

 

 

 

 

 

 




2022.12.13 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅱ)-4

+

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生の寮は男女別となっている。

 200名を2人部屋に分ける為、都合100部屋を必要としている。

 とは言え、男女が綺麗に100名づつ選ばれたと言う訳では無いので、100部屋あれば良いと言う訳にはならなかった。

 そもそも、寮は新設ではなくNERVドイツ支部にほど近い閉鎖された(潰れた)ホテルを買い取って改装したモノであった。

 護衛部隊の配置その他も必要である為、大規模なリゾートホテルが選ばれていた。

 その由来故に設備の整った厨房があり、提供される料理は中々の旨さとなっていた。

 

 

Delicious(旨い)!」

 

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の候補生であるヨナ・サリムは思わず声を漏らしていた、

 今日の主菜はボイルしたソーセージであったが、肉々しく、実にジューシーであったのだ。

 未だ大崩壊(セカンドインパクト)の余波が抜けきれない祖国に居る親兄弟に喰わせてやりたいと思う程に。

 とは言え、こちら(NERVドイツ支部)で食べ物を買って送る等は出来ない。

 途中で()()に遭う事が確実だからだ。

 それよりは、支給される生活費(給与)を家族の口座に振り込んだ方がまだ届くと言うものであった。

 

 ソーセージを齧り、ザワークラウトを平らげていく。

 これにシチューとパンが付くと言う実にドイツなメニューだ。

 安定した国(先進国)から来た候補生は、揃って飽きる等と文句を言っていたが、ヨナ・サリムからすれば何と贅沢な事を言うモノだと呆れる限りであった。

 と、ソーセージの最後を齧ろうとした所で、テーブルに新しい人間がやってきた。

 

Hi(お疲れ)

 

 咀嚼中だったので、軽くフォークを握っていた手を少しだけ動かして返事とした。

 食に五月蠅い候補生(贅沢舌)の筆頭と言うべき日本人の候補生、霧島マナであった。

 ヨナ・サリムの相部屋が日本人の相田ケンスケと言う事もあって、霧島マナとは割と会話をする(コミュニケーションを取る)関係にあった。

 

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は最終的に12人が選ばれると言う事は公開されている。

 この一次選考通過した立場から見ても、実に6%しか残れない過酷な選考となる。

 全ての人間が(ライヴァル)となるのだ。

 適格者(チルドレン)としてエヴァンゲリオンに乗ると言う意味では。

 だが今となっては、そこまで思い詰めている人間は少数派だった。

 ヨナ・サリムを含めて大半の子どもは良い環境と、家族を支えたいと言う思いで手を挙げた人間が多かった為だ。

 一次選考を通過したお陰で、NERVでの採用が決まった(未来へのチケットを得た)と言う事が大きいと言えるかもしれない。

 とは言え、一次選考が行われるまでの対立的な人間関係(ギスギスとした雰囲気)が尾を引いおり、完全に融和的(フレンドリー)になったかと言えば難しい所があったが。

 

Not really.(そうでもないよ) I'm eating delicious food(御飯が美味しいからね)

 

Ok(それは良かった) Bat(でも) This person is not energetic(コレは元気が無さげよね)

 

 そう霧島マナが指したのは、しょぼくれた顔でスプーンを動かしている相田ケンスケだった。

 死んだ魚の様な目をしている。

 霧島マナがテーブルに来た事にも気付いていない。

 

Since what time is it in this state(何時からこのザマなの)?」

 

It is from noon(昼のアレからだよ)

 

Aha(そう言う事ね)

 

 深く頷く霧島マナ。

 同郷のよしみ(日本語が通じるから)と相田ケンスケとは雑談をする仲である為、ある程度は()()を知っていたのだ。

 相田ケンスケがRed-Two(2nd チルドレン)と同級生であった事、本名と素顔を知っている、と。

 こっそりと(満面の笑みで)自慢されていたのだから。

 そして、その話しぶりから特別な感情を抱いている事も察していた。

 別に霧島マナが敏いからと言う訳では無い。

 あからさまに語る際の熱量が、男であるPurple-One(3rd チルドレン)は勿論、相当な美少女に見えたBlue-Four(1st チルドレン)とも違っていたのだ。

 誰の目にも判ると言うものだろう。

 久々に会えたけど、顔を合わせるどころか声も掛けて貰えず凹んだと言った所だろうかと当たりを付ける。

 少しばかり楽し気な顔をする(悪い笑みを浮かべる)霧島マナ。

 

「ふーん」

 

 他人の恋路程に、愉快なモノは無い。

 そう言う顔であった。

 年頃の子ども(思春期の乙女)らしいとも言えるだろう。

 だから、俯いていた相田ケンスケの耳をそっと引っ張った。

 

「凹んでる?」

 

「………霧島か」

 

 上目遣いの相田ケンスケ。

 前髪から覗くその目は死にそうな色であった。

 

「セカンドさん、会えたけど逢えなかったから残念?」

 

「そんなんじゃ、ないよ………」

 

 ボソボソとした声で反論する。

 とは言え、目は即座に下におろされていたが。

 頭ごと俯いていた。

 深い溜息もついている。

 その様は正に傷心と言った所だろう。

 

「遠目でも美人ぽかったものね、セカンドさん。それにサードさんも格好良かったね」

 

Purple-One(3rd チルドレン)?」

 

 サードの言葉に誘われて、ヨナ・サリムが会話に入ってきた。

 相田ケンスケのお陰で少しだけ日本語が判るのだ。

 

Yes(そうだよ)! イカスよね!!」

 

He was strong(彼は強かった) ツヨイ! スゴイ、ね」

 

 相田ケンスケを放り出し、碇シンジの話題で盛り上がる霧島マナとヨナ・サリム。

 日本語と英語、それにアラハム語(エチオピアの公用語)が入り混じっている辺り、実に第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生たちらしいと言えるだろう。

 それに、近いテーブルの面々も集まって来て、昼に見たシンジの格闘力を評価しあっていた。

 強いとか早いとか、躊躇が無かったというのもあった。

 皆が皆、二次選考に向けた訓練の中で格闘術も習っている為、シンジの動き(ワッザ)がある程度は理解出来たのだ。

 男子陣は、シンジの身のこなし(2人を瞬殺した事)を主に評価した。

 

He used KARATE(彼は空手を使ったんだ)! He's a KARATE-Master(空手の達人だよ)!!」

 

Not(違うよ)! Judo(柔道だよ)!!」

 

Yes(そうだよ) joint technique(関節技だった) He's a Learning JUDO(彼は柔道を学んでるんだ)

 

 対して女子陣は、王子様の様に襲われる姫(惣流アスカ・ラングレー)を守ってみせた事を主に評価した。

 

Appeared cool(格好良く来たものね)!」

 

Like a prince from a fairy tale(おとぎ話の王子様みたいだったわ)

 

And it's strong(しかも強かったわよ)!」

 

Perfect(完璧よ)!!」

 

I also want him to protect me(私もあの人に守ってもらいたいな)

 

 総じて言えるのは、誰もギード・ユルゲンスら適格者候補生に対して同情しないと言う事だろう。

 言葉に載せようともしない。

 身分を笠に着た横暴、暴言、そして暴力。

 嫌うのも当然だった。

 一方的に馬鹿にしてくるのだ、阿る人間は出なかった。

 だからこそ、()()()()などと陰口を叩いていたとも言える。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生が汗と涙、少しばかり血を滲ませて得た腕章(一次選考合格章)を持っていない、と。

 

 そんな盛り上がった食堂を他所に、相田ケンスケはポツリと呟いた。

 

「そんなんじゃないさ」

 

 遠目で見て近づけなかったから? 違う。

 会話が出来なかったから? 違う。

 そんな事で傷つく程に、相田ケンスケは自分とアスカとの距離が近いなんて夢は抱いていない。

 告白し、Nine(嫌っ)! と返された思い出は、まだ胸に痛みと共にある。

 だからこそ、あの懐かしい第3新東京市市立第壱中学校2年A組を抜け出て第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に志願したのだ。

 エヴァンゲリオンの操縦者になりたいと言う願望(厨二病めいた情動)は確かにある。

 だが、それ以上に、このままではシンジに勝てないとの思いもあっての行動だった。

 シンジはアスカの直ぐ傍に居るのに、アスカの魅力に気付いていない。

 大事にしていない。

 だが自分は違う。

 アスカを大事にする。

 大事にしたい。

 そう思って居たのだ。

 

 それは相田ケンスケの胸にある、キラキラとした想いだった。

 初恋の煌きとも言えるだろう。

 だが今日、相田ケンスケは動けなかったのだ。

 アスカが素行不良の適格者候補生に絡まれた時、助けに動く事が出来なかったのだ。

 ()()と思って、足が竦んでしまったのだ。

 ギード・ユルゲンスら残っている適格者候補生たちは皆が武術を嗜んでいた。

 威圧する様に殴られた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生も居たし、試合と称して弄られた奴も居た。

 相田ケンスケも殴られた事があった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 強い適格者候補生が3人も居るのだ、と。

 だが、シンジは違っていた。

 アスカに暴力が迫ってる(拳が振り上げられている)と気付くや、最速で駆け抜けていって、それを止めた。

 止めただけで無く、1対3をものともせずにアスカを守り切ったのだ。

 出来る出来ないの前に、自分は最初の一歩が踏み出せなかった。

 そう、それは正しく敗北感だ。

 相田ケンスケもまた男の子であり、自分に嘘をつく事は出来ないのだ。

 だからこそ打ちのめされたと言えるだろう。

 

「元気ないわね」

 

「あるわけねーよ」

 

 ほっといてくれ、と言う思いを乗せて霧島マナを否定する相田ケンスケであったが、そうは問屋が卸さなかった。

 根が陽性な霧島マナは、暗くなった人間を見捨てないのだ。

 

「よし、おっぱいで元気出そう!」

 

「ハァ!?」

 

 オッパイと言う単語に思わず顔を上げた相田ケンスケ。

 実に思春期だ。

 だが、目の前に立っているのは霧島マナでは無かった。

 大きな影。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生で一番の大胸筋を持つ()、アルフォンソ・アームストロングであった。

 

Leave it to me(任せてもらおうか)

 

Nooooooooo(嫌だァァァァァ)!!」

 

 ムキっとした大男に抱きしめられるッという事に、相田ケンスケの感傷的(センチメンタルな)気分は吹き飛ぶ。

 大声で全力拒否を表明するのだった。

 

Don't hold back.(遠慮はするな)

 

No(違うって)!」

 

 必死になって逃げ出す相田ケンスケ。

 笑いながら追いかけるアルフォンソ・アームストロング。

 そんなコミカルな2人に、霧島マナや他の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生は腹を抱えて笑うのだった。

 

「チキショーメ!!」

 

 そして相田ケンスケも、逃げながら何時しか笑うのだった。

 

 

 

 

 

 笑って居られる第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生たちと比べ、大人(教官)たちは笑っている暇は無かった。

 アーリィ・ブラストの働きかけで決まったシンジとギード・ユルゲンスの試合準備があったからである。

 準備、と言うか試合のルールをどうするかであった。

 ギード・ユルゲンスは男らしいフェンシングでの試合を口にしていたが、それはシンジが難色を示した。

 当然である。

 フェンシングの道具は勿論、ルールの類も一切知らないのだから。

 対してギード・ユルゲンスは全欧州ジュニア大会でのベスト4に入っているのだ。

 何ともあからさま過ぎる狙いに、血の気の多いアスカですら怒る前に失笑する話であった。

 だからシンジの代わりとばかりに、笑いながらEntlassung(却下)と言うのであった。

 この反応にギード・ユルゲンスは男の戦いから逃げるつもりかと声を上げていたが、シンジは勿論として教官たちも、そんな()()を相手にする事は無かった。

 そもそもとして、決闘めいた試合を欲した(決闘しろと手袋を投げた)のはギード・ユルゲンスだ。

 そして、古来より決闘は、手袋を投げられた側が戦いの内容を決める権利があるとされているのだ。

 故に、実家であるユルゲンス家すらもギード・ユルゲンスを支持する事は無かった。

 では防具を付けて無手での格闘戦、もしくヨーロッパでも愛好者の出ている剣道の道具(竹刀)を用いてはどうかと云う話となった。

 日本の伝統的な製法で作られている竹刀は、銃剣格闘訓練用の小銃を模したウレタン製のバトン(最新式の訓練道具)に比べれば少しばかり危険度が高いと言う部分があった。

 だが、試合をする両者が受け入れれたのだ。 

 シンジからすれば木刀に似た形なので問題は無かった。

 ギード・ユルゲンスにとっても、握れる所が制限されているバトンに比べれば、竹刀は剣と言う形であるので使いやすいと受け入れたのだ。

 とは言え教官陣からすれば、竹刀は少しばかり危険過ぎた。

 シンジにせよギード・ユルゲンスにせよ、怪我などされては困るのだ。

 結果、竹刀にウレタンを巻いたモノが使用される事となった。

 

 

 ウレタンを巻いた、試合向けの竹刀。

 重さも重量バランスも別物になったソレを振るうシンジ。

 その動作に別段の乱れはない。

 

「大丈夫なの?」

 

 見守るアスカが、秀麗な眉をまげて尋ねる。

 実に不機嫌そうであるが、ある意味で仕方がない話だった。

 シンジに告白する(シンジを自分のder Freundにする)と決めていたのに、邪魔者(ギード・ユルゲンス)邪魔(試合を要求)したのだ。

 アスカはシンジが負けるなど露ほども思っていない。

 だが、試合前に邪魔をするのは良くないと我慢したが故の事だった。

 盛り上がって()()()()()()をやってしまい、寝坊とか寝不足になっては駄目だと言う事だった。

 アスカ。

 真面目である。

 同時に、試合に勝った後にはご褒美(Heißer Kuss)をするべきか等とも考えていた。

 試合の発端は自分だ。

 シンジはアスカを守るが為に、試合になったと言えるのだ。

 であれば、褒美を下賜するのも当然ではないかと思ったのだ。

 同時に、公衆面前で実行する事で、大きな効果を狙う積りでもあった。

 ()()()()

 アスカは件の際、見ていた。

 気付いていた。

 自分に対して向けられた熱い視線、それと同じ位に熱い視線がシンジに向けられていた事に。

 乙女の感(恋敵レーダー)は万能にして完璧なのだ。

 自分はシンジと共にいる。

 シンジは自分の為にいる。

 そう満天下に示すべきだと、アスカの女の部分(アイギスめいた乙女の戦闘システム)が告げているのだ。

 シンジ以外の男は全て邪魔。

 世の女は全てが敵と敵の予備群。

 実にアグレッシブな恋愛観と言えるだろう。

 ある意味でアーリィ・ブラストの影響とも言えた。

 

 兎も角。

 そんなアスカの熱視線を背中に受けながら、シンジは熱心に素振りを行うのだった。

 振る速度。

 重量バランス。

 竹刀は勿論、木刀や木剣の類とも違う感じ。

 だがシンジは頓着しなかった。

 弘法筆を選ばずと言う訳では無いが、振りぬいて壊れないのであれば問題は無いと言うのが正直な感想だったからだ。

 刃の長さは間合いに直結するから重要ではあるが、極簡単に言えば飛び込んで得物を振ると言う単純明快な(シンプル極まりない)戦い方をするシンジにとっては、それは踏み込み具合を調整する事で何とでもなる事なのだから。

 横木打ちでも立木打ちでも無い、只の素振り。

 だからシンジは猿叫を上げない。

 素早くも行わない。

 只々黙々と、このウレタンを巻いた竹刀の具合を自分に馴染ませる為に行う。

 ドイツに来て色々とあった。

 アスカの家族にあった。

 アスカへの気持ちに気付いた。

 アスカを傷つけようとした阿呆が居た。

 

「………」

 

 竹刀を握るシンジの手の力が増した。

 不快だ。

 不快極まりない。

 アスカが自分を選ばないなら、それは仕方がない事だ。

 悲しいけども。

 細身な自分よりも、がっしりとした筋肉のある男らしい人が好きかもしれない。

 或いは加持リョウジの様な飄々とした態度の、大人が好きなのかもしれない。

 アスカにも好みはあるのだ。

 である以上は、辛いけど仕方がない。

 好かれる様に努力したい。

 だからこそ、ナニガシの暴力などでアスカを好きにしたいなどと云う奴は赦しておけぬ。

 アスカとの空気が好きだが、それと同じ位にアスカの放つ煌きが好きなシンジにとって、それを曇らせよう(力で手折ろう)と言うのは赦し難い行為であった。

 ギード・ユルゲンス。

 今日の試合相手、その実にドイツ人と言うべき風貌を思い出す。

 実家が良家(富豪)なのだと言う。

 国連に関係する家柄なんだとも言う。

 だから、NERVドイツ支部で傲慢に振る舞っていたと言う。

 アスカからも、昨日は俺の女にしてやる(Ich mache es zu meiner Freundin)等と言われたと聞いた。

 赦せるものでは無いのだ。

 

 素振りの速度が上がる。

 只、その顔は凪いでいた。

 息を乱す事無く、唯々、上下に振るう。

 

「シンジ!」

 

 と、アスカがシンジの名を呼んだ。

 素振りを止めたシンジが振り返れば、アスカの傍にはNERVドイツ支部のスタッフが来て居る。

 

「時間だって」

 

「判った」

 

 アスカが差し出したタオルで顔を拭い、そして水を飲むシンジ。

 

「熱心だったわね。やり過ぎてない?」

 

「丁度いいくらいに温まった感じかな」

 

 別に強がりなどではない。

 多い時には1000回からの、それも立木打ち(全力での振り抜き)叫びながら(猿叫を上げながら)するのがシンジだ。

 如何に数が多くとも、或いは早く見えても、余力があると言うモノであった。

 

「なら良いわ。防具を付けて試合の場(ステージ)に上るわよ」

 

 

 

 

 

 ギード・ユルゲンスは不快だった。

 不満だった。

 赦し難い状況であると思って居た。

 家柄も才覚も持った、選ばれた身である筈の自分がNERVを追放されると言う。

 あり得ない。

 シンジがNERV総司令官碇ゲンドウの息子と言う立場を利用し、卑劣な事をやったとしか思えなかったのだった。

 今まで問題になっていない軽い事を、さも大事であるかのようにした卑劣漢。

 確かに正規適格者(チルドレン)であるアスカに手を挙げたのは紳士的で無かった(ノンフェミニストな態度であった)が、男女関係には()と言うモノも大事なのだ。

 その意味では、ごく普通の事でしかない。

 にも拘わらず、自分はNERVから追放される(栄光の道を断たれる)

 ()()()()()()()()()()()()()

 男としての格の差を見せつけ、シンジの力は親の七光りでは無いかと突き付けてやる積りであった。

 

 全身の防具、そしてウレタンを巻いた竹刀を確認するギード・ユルゲンス。

 自分だけではなく、付き添いに志願してくれた分家筋の親戚であるヨハン・エメリヒと一緒にする。

 たった2人だった。

 最後まで一緒に居た仲間であるアルヴィン・マイネッケもバルナバス・ネッツァーも、拘束されていて、試合会場には来れない。

 試合会場の上にある観覧席で、NERVスタッフに監視されながら見ているのだから。

 フト、感じた寂しさにギード・ユルゲンスは2人の居る方向を見上げる。

 目と目が合う。

 大きく腕を振っていた。

 忠臣(取り巻き)の反応に気を良くしたギード・ユルゲンスは、日頃から慣れ親しんでいるフェンシング用のソレ(エペ)に比べて田舎くさく、デカく、重く、そして不細工にしか思えない武器擬き(ウレタンを巻いた竹刀)を掲げて応じた。

 勝って自分たちの正しさを示してやる。

 改めて、そんな気持ちが湧き上がる。

 

sie müssen vorsichtig sein(気を付けないと駄目です)

 

 と、ヨハン・エメリヒが注意を促す様に言う。

 その意図をギード・ユルゲンスも受け入れる。

 

Ich verstehe(判っている)

 

 シンジ、或いはシンジに阿ったNERVドイツ支部の卑劣漢が何の小細工をしたか判らないと思えるからであった。

 偵察とばかりにシンジの所へ送った人間は入り口で追い返されている。

 ユルゲンス家の名前を出しても無駄だった。

 入口に居たスタッフも買収か何かをされているのだろう。

 何か後ろ暗い事があるから、そうするのだ。

 決まっている。

 だからこそ、勝たねばならない。

 ギード・ユルゲンスの気分は、ただひたすらに盛り上がっていた。

 

Ich bin hier(来ました)!」

 

 見ればシンジが対面に来ていた。

 ヨハン・エメリヒの様に、介添え人としてアスカを連れている。

 実に許し難い。

 混血児だが、否、混血児だからこそアスカには純血のドイツ人には無いオリエンタル(日本人の血由来)な美しさがあった。

 だからこそ選ばれた人間である自分、ギード・ユルゲンスの傍にあるべきなのだ。

 それをNERV総司令官の息子だからと傍におくシンジ。

 実に許し難い。

 対使徒戦の英雄(エース)等と言われているが、野蛮な武器でただ殴り掛かっているだけではないか。

 あの様なモノ、使徒が弱いから倒せたのだ。

 自分ならもっとうまくやれるだろう。

 今日は良い日だ。

 英雄(エースオブエース)等と持て囃される3番目の適格者(3rd チルドレン)、碇シンジの化けの皮を剥がしてやる日なのだから。

 

Es ist Zeit für Bildung(教育してやる)

 

 鼻息も荒く言い放っていた。

 

 

 

 シンジとギード・ユルゲンスの試合。

 それは、形式としては武器ありの総合格闘戦となった。

 ウレタンを巻いた竹刀が最初に与えられるが、それを捨てて素手で戦っても良い。

 関節技や寝技も許される。

 但し、急所攻撃は禁止。

 試合の終了は降参(aufgeben)と声を上げるか、地面を2度叩く事とされた。

 正に無差戦(気がすむ迄、殴り合え)であり、実に実戦的(シュート)であった。

 その説明を外野 ―― 試合会場となる多目的体育館のテラスで聞いた相田ケンスケは呆れる様な気持ちとなった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生も、後学の為として見学を許されていた。

 今後本格化する格闘訓練の為、であった。

 第2次E計画の下、建造が進められている第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、運用可能な適格者(起動し運用できる適格者)を増やす為に制御システムのみならず機体の構造なども徹底的な簡素化を行っていた。

 結果、現行の各エヴァンゲリオンに比べると全くと言って良い程に格闘戦闘に向いていない。

 だからこそ、運用計画も格闘戦闘を前提としない形で立案されている。

 とは言え戦闘となれば何が起こるか判らない。

 人類の理解力を越えた所があるのが使徒だからだ。

 NERVの科学技術部門のトップ()となる赤木リツコ技術開発部部長代行は使徒に対して曰く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 実に現実的な話であった。

 だからこそ、可能性の格闘戦闘もカリキュラムに含まれるのであった。

 

 格闘技の基礎的な訓練はもう受けだしている相田ケンスケは、シンジとギード・ユルゲンスの試合のルールが持つ意味を誤解しなかった。

 必殺的な攻撃以外が許された、実質、何でもアリの喧嘩じゃないかと。

 

「ま、シンジだから勝つだろうけどさ」

 

「でも腕章無し(第1次E計画)でユルゲンスって、剣術(フェンシング)で凄いって話だったじゃない?」

 

「ソウダ。Top prowess in GERMANY(国内上位の腕前) Was bragging(自慢してた) ダヨ?」

 

 ヨナ・サリムの疑問。

 それを相田ケンスケは否定する。

 

If this match is played in fencing(これがフェンシングの試合ならね)

 

 この試合がフェンシングのルール下で行われる競技(スポーツ)であれば話は違う。

 だが、この試合は事実上の無差別格闘戦(ケンカ・ファイト)だ。

 である以上は、話が変わってくる。

 

Let's focus(注目しよう)

 

 周囲にそっと声掛けをする相田ケンスケ。

 シンジの性格を知り、そして実際にエヴァンゲリオン初号機での戦いを見たが故に判るのだ。

 決着は直ぐにつくだろうと。

 

 

 

 試合の場、その中央に立つシンジとギード・ユルゲンス。

 審判にはアーリィ・ブラストが立っている。

 何か在れば実力で止められる(制圧できる)からであった。

 

 既に、禁止事項の再確認などは終わっている。

 儀礼的な握手も済ませている。

 握手の際、見ていた周りの人間はハラハラとしていたが、()()()()()が起こる事は無かった。

 シンジは言うまでも無い。

 路傍の石の如く踏みつぶす、立木の様に倒す(叩き斬る)だけの相手に何かをするなんて無駄に興味など無かったのだ。

 ギード・ユルゲンスも、無駄な事をするよりも(ウレタン巻き竹刀)で殴った方が良い、気持ちが良い。

 そう言う話であった。

 2人の闘志は満ち満ちている。

 もはや言葉は不要と言う所であった。

 

 2人の目を見て最終確認を済ませたアーリィ・ブラストは二歩ほど下がって、右手を高々と掲げた。

 

Fight(始めっ)!」

 

 振り下ろされた手。

 その瞬間、シンジとギード・ユルゲンスの動きは全く同じだった。

 突進である。

 シンジは蜻蛉の姿勢では無く、八相の構えで腰を落として突進する。

 

「キィィィィィィィィィィ!!」

 

 狂を発したが如き猿叫が、体育館じゅうに響き渡る。

 対するギード・ユルゲンスは、ウレタン巻き竹刀をエペ(フェンシング用武器)の如く構えて奔る。

 

「Yaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 シンジ同様に、声を上げ己を鼓舞しての突進だ。

 狙うのはシンジの喉元。

 如何に防御しようとも、当たれば1発で悶絶する場所だ。

 ギード・ユルゲンスがドイツのフェンシング大会で上位入賞した原動力となった、必殺技であった。

 

 広くはない試合場。

 両名、全速で前にでている為に3歩目で接触する。

 先に相手に命中(HIT)したのはギード・ユルゲンスの攻撃であった。

 竹刀を付きだしての突進なのだから当然と言えるだろう。

 だが、その切っ先がシンジの喉元を捉える事は出来なかった。

 八相に構える、そのシンジの左腕が盾となったのだ。

 これがフェンシングであれば有効であっただろう。

 或いは剣道の試合であれば小手打ちとなってギード・ユルゲンスが勝利していたかもしれない。

 だが、これはフェンシングでも剣道でも無いのだ。

 その事をギード・ユルゲンスは、シンジの突進 ―― 左腕に受けた突技をものともせず迫られた事で思い出していた。

 試合であって試合(スポーツ)では無い。

 咄嗟に逃げる事を選ぼうとするが、その様な時間を与えるシンジでは無かった。

 突進。

 その儘の勢いでギード・ユルゲンスの顔面に竹刀を握ったままの両拳を叩き込んだのだ。

 

 余りにも実用的 ―― 躊躇や容赦と言うモノを切り捨てた(血も涙もない蛮族めいた)シンジの一撃にどよめきが上がった。

 だが、そこからが本番であった。

 ギード・ユルゲンスが耐えたのだから。

 想定していた全ての戦闘予測を裏切るシンジの力技(パワープレイ)であったが、ギード・ユルゲンスとてドイツのフェンシング会では同世代の中で頭一つ抜け出た才能を持っているのだ。

 想定外であっても、鍛えられた足腰はギード・ユルゲンスの体を支えたのだ。

 ()()()()()()()()()

 それ故に、シンジの追加攻撃(ターン)が始まる。

 拳による打撃からの着地。

 そのまま両足、その足の裏でしっかりと床を掴む。

 着地の勢いを殺す事と併せて、それを予備動作とする様に膝を落とす。

 同時に竹刀の持ち方を八相の構えから蜻蛉の姿勢へと変える。

 本番の始まりである。

 

「キェェェェェェェッ!!」

 

 更なる猿叫と共に放たれる斬撃。

 一言で言うならば滅多打ちであった。

 人を折ろうとする様な恐るべき打ち込み。

 1発目は耐えられた。

 2発目も耐える事が出来た。

 3発目まで、何とか手に持った竹刀で防御しようとする事は出来た。

 だが4発目。

 姿勢が崩れて防御が出来なくなったギード・ユルゲンス、その首元をシンジの一撃が捉えた。

 しかも致命的な事に、防具(プロテクター)の隙間を通る事となった。

 

Aua(痛いっ)!?」

 

 悲鳴を上げるギード・ユルゲンス。

 フェンシングではあり得ない、今まで味わった事の無い痛み。

 ウレタンを巻いているとは言え、竹刀の威力はギード・ユルゲンスが想像する以上であったのだ。

 だが、それが終わりではなかった。

 5発目。

 6発目。

 猿叫の響きと共に、シンジの斬撃は途切れる事無く続いた。

 竹刀を取り落とした手を、逃げようとする頭を、動きの少ない身体を、一切の容赦なく滅多打ちにするシンジ。

 下がるギード・ユルゲンス。

 それを許さず迫るシンジ。

 凄惨とすら言える暴力性(薩意)

 だが、シンジは止めない。

 そして、審判役(立会人)たるアーリィ・ブラストも止めない。

 当然だ。

 試合の終了条件は()()()()()()()()()()()2()()()()なのだ。

 そのどちらもギード・ユルゲンスがしないのであれば、戦闘意志があると思うのも仕方のない話でもあった。

 竹刀を落としてはいるが、仕切り直しにはならない。

 無手での格闘も認められているのが今回の試合なのだから。

 

 正に暴力。

 それが終わったのは、ギード・ユルゲンスが悲鳴を上げて一目散に逃げだしたからであった。

 

 

 

「な、Very fast(とても速い)

 

 絶句していた周りの第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生に、肩をすくめて見せる相田ケンスケ。

 その様は、数学の方程式を(当たり前の結果になったと)言うが如しと言う様であった。

 尤も、その目はタオルを持ってシンジに駆け寄るアスカの姿を追っていたが。

 とは言え、アスカがシンジに飛ぶようにして抱き着いた所で、視線を外していた。

 鈍痛。

 胸に感じる痛み。

 それは失恋を教えてくれる痛み。

 痛みを受け入れる様に笑って言う。

 

That's SHINJI-IKARI(アレが碇シンジ) Purple One(エースオブエース) Third Children(3人目の適格者だ)

 

 気取った風にも、すがすがしくも言う。

 アスカへの恋慕は忘れよう。

 だが、輝くシンジとアスカの場に行くと言う夢はまだ持っていても許されるだろう。

 だから頑張ろう。

 その決意を込めての態度であった。

 

「気取り過ぎ」

 

「そう言うなよ霧島」

 

 霧島マナの容赦ないツッコミに、ひょうけて肩をすくめる相田ケンスケ。

 少しばかり締まらない(ツッコミを受ける)のも、自分だよなと思いながら。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅱ)-5

+

 日本。

 第3新東京市地下、NERV本部技術開発局第3管理棟。

 常であればエヴァンゲリオン向けの各種装備の開発製造を担当するそこは、今、かつてのE計画第1号(エヴァンゲリオン建造)棟と呼ばれていた姿を取り戻していた。

 即ち、第2次E計画下で整備の決定した第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの建造だ。

 かつて最初のエヴァンゲリオンが生み出され、そして実験機であるエヴァンゲリオン零号機や試験機であるエヴァンゲリオン初号機が生み出された場だ。

 そこで今、新しいエヴァンゲリオンが作り上げられていく。

 制御システムの構築。

 生体部品の培養。

 装甲の形成。

 とは言えソレらは今までのエヴァンゲリオン建造と全く同じでは無い。

 エヴァンゲリオンと第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン、一見すれば外見や構造は同じである。

 だが制御システムなどの本体部分は勿論であるが、その運用構想も全くの別物なのだ。

 そして、建造の手順に関しても別物となっていた。

 今までの建造経験と、実戦投入したエヴァンゲリオンの運用実績を基にした効率化が図られた結果であった。

 特に生体部品(素体パーツ)に関しては、運用実績 ―― 破損したエヴァンゲリオンの修理作業の積み重ねによる蓄積が大きかった。

 そのお陰で個々の部品のユニット化と、組付け後の培養結合と言う新境地(ブレイクスルー)に至れたと言えるだろう。

 これによって、6機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの建造ペースは計画時よりも更なる加速を成し遂げる事となったのだ。

 尚、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに関しては2種類が整備される事となっている。

 α型。

 此方はNERV本部地下に廃棄、安置処分されていた試験素体などの部品を流用して建造するモデルであり、4機が予定されている。

 NERV本部で1機。

 建造試験も兼ね、他の3機に先行する形で建造される。

 この経過を見ながらNERV中国支部で1機、NERVアメリカ支部で2機が建造されている。

 共に順調に建造は行われていると言う。

 β型。

 此方の2機は正規量産型エヴァンゲリオン(エヴァンゲリオン4号機)を基に、各部の設計を第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの規格へと修正(簡素化)した機体である。

 建造はNERVドイツ支部が担っている。

 

 第1次E計画に基づいて建造され就役している4機のエヴァンゲリオンと、建造中4機。

 併せて14機のエヴァンゲリオンが来年度中には就役する見込みであった。

 今までの整備速度が何だったのかと思う程の速度と言えるだろう。

 技術的蓄積もあったが、何より、N()E()R()V()()()()()()()()()()()()()簿()()()()()の果たした役割が大きかった。

 特に制御系は製造コストもさることながら、精密部品の集合体であるが故に製造に極めて時間を必要とするのだ。

 そこを大幅に短縮できたのだ。

 ある意味で当然の結果であった。

 

 

「んふっ」

 

 技術開発局第3管理棟管制執務室で、作業の進捗状況を見ていた赤木リツコは思い出し笑いをした。

 NERV総司令官碇ゲンドウに対し、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの建造スケジュールは相当な前倒しが可能になりましたと告げた時の事を。

 それを可能とした原動力は、NERVドイツ支部に帳簿から抜け落ちる形で備蓄されていたエヴァンゲリオン9機分の部品の流用ですと告げた時の、何かが抜けた様な反応()をだ。

 赤木リツコは碇ゲンドウの情人として人類補完計画に関わっている。

 だからこそ、最初に9機分のエヴァンゲリオン用部品と言う帳簿外の備蓄と言う事の意味を誤解しなかった(チンと来ていた)

 だが、ソレに気付かなかった振りをしていた。

 ()()()()()()()()()()

 もっと露悪的に言えば、()()()()であった。

 第2次E計画に絡んで連日連夜の徹夜作業が続き、疲れ果てていたのだ。

 コロコロと変わる計画概要に怒りを蓄え、その焔が無定見な国連(パワーゲームの徒)の要求を唯々諾々と呑むSEELEだの碇ゲンドウにも向けられた(延焼した)結果と言えた。

 尚、9機分の機材に関して説明を受けていないので叱責される可能性は無いと計算した上での(暴挙)であった。

 そして赤木リツコの明晰な頭脳が行った計算(予測)は、現実と殆ど誤差が無かった。

 小さな誤差は、腹を立てた碇ゲンドウに襲われたと言う事であったが、何時もの如く返討にしたのだから問題は無い。

 

 情事の余韻に赤みの差した肌。

 その上に白衣だけを引っ掛けた姿でNERV総司令執務室の豪奢なソファで煙草を吸う ―― 碇ゲンドウ(ノックアウト状態の情夫)を尻に敷いた赤木リツコはまぎれもなく勝利者(捕食者)であった。 

 と言うか、今回はいつも以上に搾り取っていたのだ。

 最初は強気の顔をした碇ゲンドウが、最後は情けない顔で呻きをあげていたのだ。

 赤木リツコのオンナの部分が滾ったのも仕方のない話であった。

 男としての沽券に関わるとばかりに必死になった(情けない)姿が実に可愛らしかったと赤木リツコは、下腹部に手をあてて淫蕩に笑う。

 かつて碇ユイは碇ゲンドウを指して可愛い人だと評したと言う。

 或いは、碇ユイも自分と同じように碇ゲンドウを見ていた(愛していた)のかもしれない。

 であれば、仲良くなれるかもしれない。

 そんな事を考えていた。

 

 と、ポケットの煙草を探す。

 無い。

 

「仕方ないわね」

 

 笑う赤木リツコ。

 NERV総司令執務室で吸いつくしていたのだ。

 勝利の煙草は実に美味しかった。

 その背に投げかけられる声。

 

「機嫌が良さそうね」

 

 親友(マブ)だ。

 

「あらミサト? どうしたのこんな時間に」

 

 既に日は沈んでいる。

 日勤者の配置(シフト)は終わっている時間だ。

 NERV本部では特に用の無い場合、管理職者も早期の帰宅が命じられていた。

 使徒が来た場合、寝ずの対応すら要求されるのだ。

 その対価、とでもいうべき業務指示であった。

 今、葛城ミサトの作戦局は急ぎの仕事を抱えていない。

 であれば家に帰ってビールでもかっ喰らっているべき時間であった。

 

随伴(エスコート)でドイツに行ってる支援第1課の課員から第1弾の報告書(レポート)が来たんで、()()()()()

 

「ん?」

 

 満面の笑みを浮かべた葛城ミサトが差し出してきたのは、ヨーロッパでの碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの動向(同行)報告書だ。

 クリップボードを受け取った際の一瞥で、赤木リツコもニンマリと笑った。

 

「あら、あらあらあら」

 

「ね、んふふふふふ」

 

 悪い女の笑みをする2人。

 感情の共鳴。

 さもありなん。

 クリップボードに添付されている写真は、休暇(バカンス)で訪れたと思しきどこか高原っぽい場所の湖畔での記念撮影だった。

 上品な防寒外套を着ている2人。

 寒いのだろう、2人の間にある手はしっかりと握り合っていた。

 指と指とを絡める様に。

 

「アスカ、満面の笑みね」

 

「シンジ君も、このはにかみ顔は滅多に見られないわね」

 

 写真は他にもあった。

 200名もの第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生、そして教官たちと一緒の記念撮影もある。

 全員が制服を着ている(おめかししている)

 シンジもアスカもだ。

 表には出せないが、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生にとっては良い思い出になっただろう。

 そして一番最後に画像が荒い写真が1枚。

 

「あら?」

 

「一番の傑作よ」

 

 葛城ミサトの声に誘われ、マジマジと写真を見る赤木リツコ。

 赤木リツコは知る由も無いが、それはシンジがギード・ユルゲンスと試合した会場であった。

 シンジは試合の防具を身に着けており、手にはウレタンを巻いた竹刀がある。

 試合直後の写真だった。

 アスカはシンジからはぎ取ったと思しき防具(ヘルメット)を左手に持ち、右手でがっちりとシンジの首を掴んでいる。

 画像が荒く遠いが故に明瞭には判らぬが、2人の顔はどう見ても接触()していた。

 

「アスカ、やったわね」

 

 やらかした。

 そういうイントネーションで嘆息する赤木リツコ。

 それを葛城ミサトは指を左右に振って否定する。

 

「シンジ君の()

 

「あら、あらあらあら」

 

 じっと見れば判る。

 竹刀を持たない反対の手がしっかりとアスカの腰に回しているのが。

 

「まさか、シンジ君が覚醒した(思春期に目覚めた)というの!?」

 

「っぽいわ」

 

「まさか、そのまま!?」

 

 思わずといった勢いで、とても人前で出来ない形に指を動かす(ハンドサインをする)赤木リツコ。

 少しばかり、疲れが溜まっていた様だ。

 

「大丈夫、セーフ(清いお付き合い)っぽいわ」

 

「それは何より」

 

 割と真剣に安堵の息を漏らす赤木リツコ。

 好きあった男女の事であり、一般には下世話(大きなお世話)に類される話であるが、事、シンジとアスカに関してはそうは言えないのだ。

 2人が適格者(チルドレン)であるからだ。

 エヴァンゲリオンを動かすには、その操作システムの(Typeの違い)を問わず、適格者(チルドレン)が機体と繋がる(シンクロする)必要がある。

 心で繋がるのだ。

 心、思春期の少年少女の繊細な心。

 何らかの切っ掛けで心が変わってしまえばどうなるか判らない ―― まだ人類はエヴァンゲリオンの全てを知ってはいないのだからだ。

 その状況下で、対使徒戦の二枚看板を失う訳にはいかないのだ。

 とは言え2人を物理的に離すと言うのも論外であった。

 その結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誠に儘らぬと言うものであった。

 

「という訳でリツコ、乾杯とお神酒を捧げに行かない?」

 

「全く。仕方がないわね」

 

 理由はどうでも良い、取り合えず飲みたいと言う様な葛城ミサトの本音(副音声)、キッチリと理解して呆れる様に言う赤木リツコ。

 だが口元は笑っていた。

 笑いながら赤木リツコも仕事を終わらせる準備に取り掛かる。

 判らぬモノは、祈って忘れる。

 科学の徒たる赤木リツコも、使徒と言う常識外を見続けた結果、最近では随分と柔軟(テキトー)になっていたのだった。

 

 赤木リツコの動きの意味を違えず理解した葛城ミサトは、ウッキウキの笑いを顔に載せて部屋から出ていく。

 

「車、何時もの出入り口に回しとくわよ」

 

「宜しく」

 

 NERV本部は実に平和な時間を謳歌しているのであった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート#11(Ⅱ)(こぼれ話)
 ギード・ユルゲンス、当初の予定より拗れ果てた感のある敵役。
 最初はもう少し、こう、愛嬌のある配置予定だったんだけども、TV版の惣流アスカ・ラングレーの人格形成時に圧力掛けるなら、こういう感じだよナァ とばかりに今のキャラクター
 尚、取り巻きA(アルヴィン・マイネッケ)取り巻きB(バルナバス・ネッツァー)は絵にかいた様な三下moveをしてくれて、本当にありがとうとしか言いようが無い。
 ま、この子たちも章名(オルフェンズ)の通り、シンジやアスカ、他の候補生などと一緒で片親の居ない哀しい身の上なんだけ、何て言うか、ソレを駄目なモノで補った感。
 ムツカシーネー

 尚、リッちゃんが美味しい空気を吸い過ぎで在る(お
 だが、今なら言える。
 美女が白衣一枚引っ掛けただけの格好で、情事の余韻を漂わせるアンニュイな表情で煙草を吸うとかメッチャやばない?
 もうね、性癖に来るワー
 ドーンですわ、どーん!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅲ)-1 DANCOUGA-BURN

+

 時間は少しだけ巻き戻る。

 

 

 碇シンジは家具の質は判らぬ。

 だが、それでもランギー家の応接室に置いてある適度なクッションが体を支えてくれる布張りのソファが、値段は想像できなくとも良いモノである事だけは判った。

 彫刻も細かいし、肌触りも良いし。

 凄く良い家具なのだろうな。

 そんな現実逃避めいた事を考えているシンジの正面に座っているのはヨアヒム・ランギーとベルタ・ランギー、惣流アスカ・ラングレーの両親である。

 そしてシンジの隣にはアスカが座っている。

 女中(メイド)が楚々とした仕草で、珈琲のカップとお茶請け(クッキー)とをテーブルに並べていく。

 白磁のカップは不快な音を立てる事も無く、珈琲の匂いを漂わせている。

 だが、今のシンジに匂いの良し悪しなど判らなかった。

 緊張からくる胃の痛み、シクシクとした辛みを抱いていたからだ。

 どうしてこうなった、そんな事を考えながら。

 その原因は言うまでも無く、隣に座っているアスカだ。

 体温が感じれる様な距離に座っているアスカ。

 好きと言い、好きと言われた ―― そんな欲目無しに愛らしい(愛しい)と断言できる横顔を横目に盗み見る。

 素晴らしく落ち着いた顔(ドヤァとしか言いようのない顔)をしている。

 少しだけ恨めしい。

 誰のせいでこうなったと言うのか。

 少しだけ不満を感じるシンジ。

 だが、理由に関しては問題は無い。

 全くない。

 ある筈が無かった。

 だが、フト、シンジの意識は過去に跳んだ(現実逃避をした)

 アスカの(異母弟)であるハーラルト・ランギーが居ないとは言え、ランギー家の家族会議にシンジが居る理由、その発端は昼のギード・ユルゲンスとの試合が終了した時に。

 

 

 シンジから見ても、自負する程には強かったギード・ユルゲンス。

 だが続けざまに放たれたシンジの打ち込みを喰らい続けた結果、最後は一目散に逃げて行った。

 勝敗を決するルールに定められていない行為であったが、事実上の試合放棄(遁走)だ。

 言うまでも無くシンジの勝利であり、審判であるアーリィ・ブラストも呆れた様に笑いながらシンジに向けて手を挙げていた。

 

Nice duel(良い戦いだった)

 

 英語はまだ十分に理解し使えるとは言えないシンジだが、その言葉に含まれている賛意だけは理解した。

 だから礼をとばかりに頭を下げる。

 

Thank you(有難うございます)

 

 軍組織的な上下関係の下にあっては些かばかり()()()()シンジの言葉。

 発音も少しばかり怪しかったが、朴訥とも言える(背筋を伸ばして頭を下げる)仕草も相まってアーリィ・ブラストが不快感を覚える事は無かった。

 精一杯の礼を尽くしていると言うのが判るからである。

 

「……uh-huh(悪く無いわ)

 

 小さく笑うアーリィ・ブラスト。

 シンジがアスカを支えていると言うのは、NERVドイツ支部に来て以来の2人の姿 ―― 距離感や会話を見れば判った。

 だが、だからこそ知りたかったのだ、シンジの()()と言うモノを。

 エヴァンゲリオンでの戦いを見ていれば、その戦意(芯の強さ)が良い事は判っていた。

 だが、それ以外はどうなのかと言う部分だ。

 アーリィ・ブラストから見たアスカは、自分は1人で生きるしかないと腹を決め、そして周りの全てを腹の底で拒否しながら全力で生きようとした子どもだった。

 だからこそ強くなれたと、正規の適格者(チルドレン)として輝き続ける事が出来たとも言える。

 ギード・ユルゲンスなどの同期(適格者候補生)やNERVドイツ支部の大人たち(ヨアヒム・ランギーの政敵)など、エヴァンゲリオン弐号機からアスカを引きずり降ろそうとする人間は少なからず居たのだから。

 その痛々しさ、哀しさからアーリィ・ブラストはアスカの事を目に掛けていた。

 幼くとも胸を張って生きようとする矜持を尊重し、過度な干渉はしなかったし、そもそも出来なかったが、それでもアスカが適格者(チルドレン)としての自分を磨き上げようと言う要望の全てを通す程には甘やかしていた。

 無論、アーリィ・ブラストの甘やかすとは、普通の性根しかない子どもは勿論として大人ですら泣いて逃げ出す様な厳しい訓練の事であったが。

 

 兎も角。

 だからこそ、そんなアスカが選んだ相方(男の子)が気になったのだ。

 だがシンジは見事だった。

 アスカとは似て非なる、だが、違うようでいてよく似た、真っすぐな性根をしていた。

 少なくとも、衝突(トラブル)のあったギード・ユルゲンスが悲鳴を上げて背中を晒して逃げ出した際に、追い打ちを掛ける様な事はしなかったのだから。

 強く真っすぐな子ども。

 だからこそ、安堵したとも言えた。

 

Entrusted her(彼女を任せたわよ)

 

「はい?」

 

 満面の笑みを浮かべたアーリィ・ブラストの言葉が理解出来なかったシンジ。

 だが、尋ねる事は出来なかった。

 

「シンジ!」

 

 アスカがやって来たからだ。

 ギュッと抱きしめられたからだ。

 アーリィ・ブラストは優しく笑って、そっと離れていく。

 

「格好良かったわよ」

 

「そ、そうかな?」

 

 少しだけ疑問を感じるシンジ。

 偉ぶってた相手が最後は泣いて逃げる様な事になったのだ。

 やり過ぎたかな? 等と思って居た。

 少しは。

 

「そうよ。敵は圧倒的に叩きのめしてこそよ!」

 

「あ、うん」

 

 タオルを持った手をグッと握りしめて主張するアスカ。

 スカっとした、そう顔に書いてあった。

 その勢いの良さに面映ゆさを感じ、何とも照れくさいと頭を掻こうとしたシンジであったが、叶わなかった。

 ヘルメット(頭部防具)が邪魔なのだ。

 脱ごうにも、紐で緩まぬ様にしっかり固定してあり、それを解くには両手のミトンめいたグローブ(篭手型防具)が邪魔だった。

 故に、脱ごうかとした所でアスカが止めた。

 

「外してあげるから、アッチを向いて」

 

「あ、ありがとう」

 

 シンジのヘルメットの紐を解きながら周りを見るアスカ。

 2階の観覧席から第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生が此方を注視したりしているのが判る。

 分析しているっぽい者。

 シンジの様に剣を持った様にして見せた者。

 隣と声高に(テンションも高く)会話しているっぽい者。

 男女を問わずに色々だ。

 だが等しく言えるのは此方(シンジとアスカ)に意識を向けていると言う事。

 ニヤッとばかりに昏く笑うアスカ。

 実に良い観衆(オーディエンス)だ。

 

「取れたわよ」

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉と共に振り向いたシンジ。

 その首をアスカはヘルメット片手にガッチリと掴まえた(ホールド)

 

「なっ!?」

 

 戸惑いの声を上げるシンジ。

 その瞳にはアスカの顔だけが映っていた。

 そっと額と額とが触れる。

 真剣な顔でアスカは宣言する。

 

「シンジ、アタシはアンタが好き。アンタはアタシの事をどう思ってる?」

 

 問い掛け。

 だがそこに疑問は含まれていない。

 とは言え、それは別にアスカがシンジからの愛を確信しているからではない。

 自分にシンジが必要だと確信したが故に、アスカはシンジがまだ自分を好きになっていなかった場合、好きになるようにする。

 そう決意したが故の顔だった。

 

「え、ちょっと待ってよアスカ!?」

 

 今までとは段違いの距離にまで近づいたアスカに、シンジは慌てた(テンパった)

 立ち上るアスカの体臭。

 暖かい儘に届く吐息迄もが甘やかしく響き、その脳髄を惑わせた。

 好きと言う言葉が耳朶をとろかしたのだ。

 アスカが自分を好きだと言った。

 そんな自分に都合がよすぎる程に想定外の言葉に、シンジは顔を真っ赤にしてちょっと待ってと叫んだ。

 出来れば、落ち着く為にアスカから距離を取りたいシンジ。

 だが、アスカはそれを許さない。

 シンジの首に回した両腕は、離れる事を許さない。

 

「………不満でもあるの?」

 

「違う!! そんな訳ないっ!!!」

 

「なら……」

 

「でも、チョッと待って!!!! せめて深呼吸させてよっ!!!!!」

 

 まさか拒否かと心が冷えたアスカであったが、シンジが顔を真っ赤にして慌てる仕草を見れば違うと言う事は判った。

 だから腕を解いてシンジが深呼吸するのを待った。

 目を瞑り、何度も何度も大きく深呼吸するシンジ。

 試合会場から切り離された様な、静かなアスカとシンジだけの空間。

 何も聞こえない中で、シンジの深呼吸音だけが響いていた。

 心を落ち着けるが為の呼吸(ゼンの呼吸)

 最初は勢いがあった。

 だが、次第にゆっくりとなっていった。

 

 アスカはじっと待っていた。

 シンジの瞳がそっと開いた。

 それまでの慌てた色はすべて消え、静謐さがあった。

 アスカが好きと言う事は自覚していた。

 自覚して、アスカの父(ヨアヒム・ランギー)に告げ、そして今はアスカに告げる。

 その余りのスピード感に眩暈めいたものを感じてはいたが、シンジは逃げなかった。

 勢いと言うものがあるなら、それに乗るだけと腹を決めたのだ。

 そもそも、自分が好きな女の子(アスカ)が自分を好きと言ってくれたのだ。

 であれば逃げるのは恥だとばかりにシンジは覚悟を決めた。

 そして、心を言葉に載せて放つ。

 

「アスカ、僕はアスカが好きです。お付き合いして下さい」

 

 シンジが自分を好きだと言った。

 お付き合いをして下さいと言った。

 洞木ヒカリや対馬ユカリの言う所であれば、お付き合いをして下さいと言う奴は将来を誓う為(Heirat)の階梯だと聞いていたのだ。

 アスカの顔が今度は真っ赤になった。

 アスカにとってソレは、100点満点の200点めいた回答であったのだから当然だろう。

 鐘の音が脳内で(リンゴーン・リンゴーンと)鳴り響いた。

 思わず思考停止するアスカ。

 

「あ、あれ、アスカ?」

 

「えっと、その、シンジ………」

 

 潤んだ蒼い瞳に吸い寄せられるようになるシンジ。

 近づくシンジに、照れて下がろうとするアスカ。

 今度はシンジがアスカを逃さない。

 好きだと言ったし、好きだと言って貰ったのだ。

 ならば、とばかりに竹刀を持たない手をアスカの腰に回して捉えた。

 

「アスカ………」

 

 シンジの囁き。

 それがアスカの心に閥値を超える力を与えた。

 有り体に言えば()()()である。

 再度、シンジの首を両手でガッチリ固定する。

 

「バカシンジ、言っとくけど先に告白したのはアタシだからね」

 

 アンタは二番だと言うアスカ。

 何に対する勝利だか敗北だか判らない。

 只、とほうもなく楽しそうに笑っていた。

 

「僕だって先に言おうとしてたんだよ!?」

 

「残念。アンタはもう敗者。未来永劫、この結果は残るんだっちゅーの」

 

「ズルいよ!?」

 

「もう全て、確定したから何を言っても無駄」

 

 可愛らしく舌を出して笑うアスカ。

 憤懣やるかた無いとばかりに顔を歪めるシンジ。

 だが何時しか2人は笑った。

 笑い合った。

 

「アスカ、好きだ」

 

「アンタバカァ アタシの方がアンタの倍は好きよ。アンタのずっと前から」

 

「好きになってくれて有難う」

 

「そう言う返し方って悪く無いわよ」

 

 そして2人は静かに距離を詰め、そしてキスをした。

 1度のキス。

 はにかみながら、頷き合う2人。

 

「鼻息がこそばゆいから、息しないで」

 

「ん」

 

 深い深いキスをした。

 

 

 そして今。

 シンジはアスカの両親に、その事を報告する事となったのだ。

 昼も、気付いたら2階の候補生に大歓声と共に囃し立てられ、随員としてNERV本部から一緒に来ていた支援第1課の人からは感動したなんて声を掛けられたのだ。

 シンジは羞恥心で死にそうな勢いであった。

 だが逃げない。

 逃げられない。

 

 いつの間にか、女中(メイド)は下がっていた。

 満を持してとばかりにヨアヒム・ランギーが口を開く。

 

「話があると言う。教えてもらいたい」

 

 満面の笑みだった。

 隣のベルタ・ランギーも笑顔だった。

 だが、その笑顔が一番怖い(油断できない)

 どこかしら義母の笑みを思い出しながら、シンジは固唾をのみ込んでから口を開くのだった。

 

 

 

 

 

 シンジが胃の痛みと戦いつつある時、同時に、その血縁上の父親も鈍い痛み(強度のストレス)に耐えつつ、SEELEとの会議に出席していた。

 

『碇君。その、この事態なんだが、どうする?』

 

 覇気のない声。

 いつもならば下位者である碇ゲンドウを叱責する形で進行するのだが、今回ばかりは違っていた。

 誰もが虚ろな(死んだ魚の)目をしていた。

 NERVの存在目的にしてSEELEの悲願、人類補完計画が完全に頓挫状態だからである。

 贄となるエヴァンゲリオンと、それを(発動体)として儀式を行う9体のエヴァンゲリオン。

 10体のエヴァンゲリオンのA.Tフィールドの共鳴があって始めて人類補完計画は可能となるのだ。

 E計画とは別口で用意しなければならない9体のエヴァンゲリオン。

 その建造の為、国連人類補完委員会の予算をやりくして(流用して)備蓄していた物資が、今回の第2次E計画に流用(盗難)されてしまったのだ。

 SEELEが帳簿上の彼是をしたとは言え、公式にはNERVドイツ支部で備蓄されていた予備部品であり、その転用は罰せられるべき部類の話ではない。

 そもそもの話として碇ゲンドウもSEELE(人類補完委員会)も、転用に関する申請書を通していた(サインをしていた)のだ。

 それを後から問題行動をしたと罰を与えるなど出来る筈も無かった。

 しかも相手は、NERVの技術部門トップとして名の知られている赤木リツコであるのだ。

 無名の人間であれば処分(腹いせ)も可能であったが、今、この時点で赤木リツコが失踪というのは余りにも拙かった。

 そもそも、対使徒戦に於いて赤木リツコによって束ねられたNERV本部技術開発部は重要な役割を担っている。

 エヴァンゲリオンの運用支援、整備、そして新機材の開発だ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの建造にも携わっている。

 失踪どころか、ケガや病気もしてくれるなと言うのが人類補完委員会としての本音であるのだ。

 である以上、赤木リツコに何かできる筈も無かった。

 

「………どうしましょうか」

 

 問われた碇ゲンドウも、悄然とした声で答えにならぬ言葉で答えるだけであった。

 搾り取られ続けていると言うのもあるが、そもそも、代案が思いつかないのだ。

 そもそも、儀式用のエヴァンゲリオン建造が行われていなかった理由は、儀式の核となる(スーパーソレノイド)機関開発が進んでいないと言うのがあった。

 本来はNERVアメリカ支部で解析と研究、そして再現が行われていたのだが、突然に降って湧いた第2次E計画 ―― 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの開発建造で完全に停止していたのだ。

 ある意味で、手に負えない事態となっていた(デッドロックめいていた)

 いかな辣腕で知られる碇ゲンドウとて、出来る事は無かった。

 が、とは言え哀しいかな宮仕え。

 碇ゲンドウは、何とかしろと言う(縋りつく様な)SEELEメンバーの視線に耐えかねて言葉を連ねる。

 

「第2期6体分で消費したのは総量の7割と言った所です。現在の予算規模でコレを補うのは簡単ではありません」

 

 そもそも、だ。

 SEELEが人類補完計画を諦めてしまえば、それを利用して行う碇ゲンドウの人類補完計画(碇ユイとの再会計画)も頓挫するのだ。

 諦める訳にはいかなかった。

 過酷なる(搾り取られ続ける)日々に40代男性としては虚ろになる部分もあったが、まだ、碇ゲンドウと言う人間の芯は折れていなかった。

 気合を入れる為、深呼吸を1つ。

 そして俯き加減であった顔を上げる。

 

「ですが、不可能ではありません」

 

『おぉ』

 

『本当かね、碇ゲンドウ』

 

「はい。幸い、転用された資材の多くは()()()です。そして制御系に関して言えば、現行のシステムとは異なる概念が存在します」

 

『それはまさか!?』

 

『アメリカ支部のBモジュールか………』

 

「はい。そのBモジュールです」

 

 覇気の無かったSEELEメンバーの声に、少しだけ感情が籠る。

 それは憎悪、否、嫌悪であった。

 NERVアメリカ支部技術開発局局長の葉月コウタロウ博士が提唱し、実用試験段階にあるBモジュールは人の力では無く、その名の通り(ビースト)の野生の力を利用するシステムであったからだ。

 SEELEメンバーは本質的には人間性、或いは人間賛歌と言うべき人類至上主義者であったが為、そこに拒否感を抱いていたのだ。

 或いは警戒感とも言えた。

 人によって制御されるべきエヴァンゲリオンを、制御不能の獣に委ねる事への警戒感。

 だが、碇ゲンドウは指摘をする。

 

「極力人を介さないシステム作り、人道主義に基づいた新規制御システムの開発と言う態であれば予算請求は安全保障理事会を通りやすくなります」

 

 子どもを戦場に送らない為の努力。

 そういう万人が否定し辛い主張を建前に使おうと言うのだ。

 実に碇ゲンドウらしいやり口であった。

 

『良かろう。もはや手段を選んでいる余裕はない』

 

『然り。ならば試すのも一興かと』

 

『碇、君の努力を期待する』

 

「はい。全てはSEELEの人類補完計画の為に」

 

 

 

 NERV総司令執務室。

 SEELEとの会議、そのネットワークが終了した碇ゲンドウが疲れた顔で椅子に背を預ける。

 軋み音の1つも立てない。

 静寂に満ちたNERV総司令執務室。

 だが、傍のソファに座っていた冬月コウゾウが声を上げた。

 

「何とかなりそうなのか、碇」

 

「するしかあるまい。幸い、Bモジュールに要求されるモノは揃っている」

 

「だが(スーパーソレノイド)機関に関する研究はどうする?」

 

 儀式用のエヴァンゲリオン。

 その問題点は、制御システムだけではないのだから。

 

「………使徒の遺骸に関する情報、各支部を締め上げて研究成果を余すところまで供出させよう。予算はSEELEが何とかしてくれる筈だ」

 

 仕事をするのが現場(NERV)の務めであるならば、現場を支えるのが(SEELE)の務めだと嘯く碇ゲンドウ。

 

「そう、願うしかないか」

 

 仕事が増える未来を想像した冬月コウゾウは、聊かばかりゲンナリした顔で嘆息するのであった。

 

 

 

 

 

 




2023.1.4 題名修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅲ)-2

+

 適格者(チルドレン)として世界の為にエヴァンゲリオンを駆る子ども。

 だがそれは決して安全な事ではない。

 開発黎明期からエヴァンゲリオンに携わっていた最初の適格者(1st チルドレン)である綾波レイは、開発時から度々、重体(命に係わるレベル)規模の怪我を負う事が多かった。

 幼少期から厳しい戦闘訓練を重ねた最良の適格者(2nd チルドレン)たる惣流アスカ・ラングレーですら、使徒との戦いでは少なからず怪我をし、入院する事もあった。

 そして最強の適格者(3rd チルドレン)たる碇シンジも、使徒との戦闘後に入院する事があった。

 だからこそ、新たなる適格者(子ども)を守る為に新操作システム(Bモジュール)の開発をしなければならない。

 その様に、NERV総司令官である碇ゲンドウは、オブザーバー参加した国連安全保障理事会の対使徒特別会議で熱弁を振るったのだ。

 無論、弁舌だけではない。

 碇ゲンドウは精力的に列強各国(安全保障理事会理事国)を回り政治的交渉を持っていた。

 対象は、第2次E計画に基づいて選ばれた ―― 志願した第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生に身内が居る有力者たちであった。

 第1次選考が終わり、本格的な訓練が始まている第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生たち。

 現実的に、使徒との命がけの戦いが迫ってきていると言える。

 ()()()()()()()()

 ご子息、ご息女、お身内が晒す命の危険性を下げたくはありませんか? と言う風にだ。

 極秘での接触。

 その際に碇ゲンドウは、部外秘のエヴァンゲリオンの戦闘情報や適格者(チルドレン)の怪我、或いは死亡危険性を開示していた。

 そして、実の息子も危険に身を投じている等と臭い芝居をしてまで共感(シンパシー)を得て、Bモジュール開発予算を確保したのだ。

 巧緻とも言える手管だった。

 

 

『第2次E計画、その補正予算の確保、素早くやり遂げた事は称賛に値する』

 

『左様。これは紛う事無き成果と言えよう』

 

『………しかし、目標の8割か。現状でこれ以上は高望みであろう。見事だ碇』

 

 SEELEのメンバーも今回ばかりは碇ゲンドウの手腕をほめちぎる。

 頓挫する可能性が高まっていた人類補完計画、即ち人類の種としての進化と欧州(コーカソイド系ヨーロッパ)の世界史への復権の可能性が蘇ったのだ。

 喜ぶのも当然であった。

 尤も、褒められている碇ゲンドウの表情は微妙であったが。

 息子たるシンジを出汁に使ったのだ。

 否、使うのは別に構わない。

 問題は、さも心配している等と言う様な、言わば息子を愛しているかのようにふるまった事だった。

 愛妻家と呼ばれるのは認めてよい。

 だが、妻である碇ユイの愛を無条件で独占していたシンジを愛せるかと言われれば、難しい。

 そもそもとして、自分の顎を砕いた相手(ドメスティックバイオレンスな息子)なのだ。

 思い出した碇ゲンドウが微妙な気分になるのも当然と言えた。

 

 兎も角。

 そんな碇ゲンドウを置いて、SEELEの会議は進む。

 SEELEのメンバーは各国その他で重鎮の席にある者たちなのだ。

 暇をしている訳では無いのだから。

 

『開発は可能な限り進めている』

 

『幸い、生体部品に関しては、今回の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン向けに開発された技術で何とかなるだろう』

 

『装甲材に関しては、14機分の予備部品としてであれば如何様にも誤魔化せる』

 

 現時点で配備予定となっているエヴァンゲリオンは15体。

 正規のエヴァンゲリオンが8体。

 簡易(第2期)のエヴァンゲリオンが6体。

 そして試験用エヴァンゲリオンが1体。

 この15体のエヴァンゲリオンに於いて、真にSEELEの支配下にあると言えるのはNERV本部に配置される6体のみであった。

 残る9体は3()()()N()E()R()V()で管理される事となっていた。

 エウロペアNERV。

 アメリカNERV。

 ユーラシアNERV。

 共にNERVの名を冠しているが人類補完委員会では無く安全保障理事会(マジェスティック・トゥウェルブ)が管理するNERVだ。

 有事(使徒出現時)にはNERVの指揮下に入るとされており、運用などもNERVの各支部が人材を提供する形となっているが、予算や人事も含めてNERVとは別組織となる事が予定されている。

 即ち()

 将来の人類補完計画発動時、邪魔をされる可能性が高い組織であった。

 

 人類補完計画は、この激変した地球環境に於いて凋落した欧州(コーカソイド系ヨーロッパ)の、人類自体の強制進化による復権が最大目標であった。

 人類 ―― Lilithの子に与えられた知恵の実。

 知恵の実の力で人類は此処まで進歩し、地球の支配種となる事が出来た。

 だがそれだけでは、大災害(セカンドインパクト)によって荒廃した地球では生きていく事は難しい。

 だからこそ、Adamの子に与えられた命の実を得る必要があるのだ。

 再誕(ネオンジェネシス)

 人類は完全な存在に生まれ変わり、そして真の地球の支配者となるのだ。

 それが神への道、人類の福音となる人類補完計画。

 だが、その過程でどうしても避けて通れぬモノがある。

 再誕する為に必要な、古き人の形を脱ぎ捨てる一時的な人類のL()i()l()i()t()h()()()()()である。

 

 SEELEは狂人の集団ではない。

 だから、大多数の人類が還元と言う過程に対して拒否感を示すであろう事も理解していた。

 だから、拒否を許さずに強行する積りであった。

 だから、SEELEの僕たるNERV(碇ゲンドウ)の管理下に無いエヴァンゲリオンが脅威であるのだ。

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを儀式用のエヴァンゲリオンへと改装、転用する事も当初は考えられていたが、その作業を国連安全保障理事会理事国に悟られてしまえば、邪魔されるのは目に見えていた。

 一次的な還元を恐れるからでは無い。

 より生々しい理由があった。

 即ち、政治だ。

 旧理事国(欧米グループ)であれば賛同する可能性が高いが新理事国は違うだろう。

 新理事国が勃興できた理由は、旧理事国などの古くからの列強の没落があればこそなのだから。

 古い支配者の復権を認める愚か者は居ない ―― そういう話だ。

 

『Bモジュールによる新しいエヴァンゲリオン。完成が楽しみであるな』

 

『左様。簡易品のエヴァンゲリオンは歯牙にも掛けぬことになるであろう』

 

 自信満々に言うSEELEメンバー。

 それは論拠の無い自信などでは無かった。

 それ程の可能性をBモジュール主制御システムとして搭載したエヴァンゲリオンは秘めているのだ。

 これはBモジュールの概念発案者である葉月コウタロウや、その概念を推し進めたディートリッヒ高原。

 或いは形而上生物学からのアプローチを行って技術的問題の解決に尽力している真希波マリと言ったNERVアメリカ支部技術開発局の主要メンバーで行わせた概念検討に於ける結論であった。

 エヴァンゲリオン4号機の様にBモジュールを後から組み込むのではなく、制御システム全体をBモジュール搭載を前提とする形で改めて設計したエヴァンゲリオンは、次世代型(アドバンスド)エヴァンゲリオンと呼ぶに相応しい性能を発揮できるだろう、と。

 少なくとも第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは歯牙にもかけず、正規量産型(第1期)エヴァンゲリオンとも互角に戦えるとされていた。

 只、流石に精鋭(エース)であるシンジとアスカの駆るエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機に()戦する事は事実上不可能(無理無茶無謀を通りこす)とされていたが。

 

 最後の1点にそこはかとない不安を覚えるが、それ以外に於いてSEELEメンバーの満足のいく結論であった。

 

『問題は工期か………』

 

『年内は不可能、そういう事だな?』

 

「はい。現在、エヴァンゲリオンの製造プラントは全て稼働状態にあり、生体ユニットの培養は早くても年明け2月の着手になると思われます」

 

『第2次E計画の余波か。こればかりは仕方あるまい』

 

 予算が付いたとしても、そもそも製造に関わる部分が埋まってしまっていては不可能なのだ。

 又、(スーパー・ソレノイド)機関の研究と開発が難航している点も、儀式用エヴァンゲリオンの製造に掛かれない理由でもあった。

 出力の問題ではない。

 出力だけであれば、新開発の(ノー・ニューク)機関でも短時間であれば同じような出力を出す事が出来る。

 又、エヴァンゲリオン用として開発中のA.Tフィールドによる位相差を利用した相転移(インフレーション)機関なども有望な動力源であった。

 だが、それらでは駄目なのだ。

 出力が足りないのだ。

 機体を動かす為ではない。

 人類補完計画を遂行するのに足りないのだ。

 人類補完計画、その儀式の際には9基の(スーパー・ソレノイド)機関を同時臨界に到達させる事によって共振突破現象(ハウリング・バースト)を引き起こし、圧倒的出力によって地球全体を包み込めるA.Tフィールドを生み出さねばならぬのだから。

 

『鍵は揃いつつある』

 

『先ずはその点を喜ぼう』

 

『その日を可能な限り前倒しする事を願う』

 

『全ては人類補完計画の為、人類の新たなる夜明けの為に』

 

『碇、君の尽力を期待する』

 

「はい。全てはSEELEの為に」

 

 

 

 碇ゲンドウの他は誰もいないNERV本部総司令執務室。

 SEELEとのデジタル会議を終えた疲労感から、椅子の背もたれに力なく体重を預ける。

 何時も近くにいる冬月コウゾウも今日は出張の為、NERV本部は勿論、日本からも離れていた。

 NERVアメリカ支部だ。

 Bモジュールの開発現場の確認と、人員の再配置に関する業務の為であった。

 現在、BモジュールはNERVアメリカ支部のみで行われている。

 碇ゲンドウは勿論、SEELEの直接管理でも無い支部なのだ。

 しかも今後はアメリカNERVとの同居関係になるのだ。

 機密保持、或いはNERV本部に対して開発情報の隠蔽などをさせない為の処置が必要と言う事であった。

 

 開発の責任者である葉月コウタロウは、NERVアメリカ支部技術開発局局長でもある為、NERV本部への異動(移籍)は難しいだろう。

 現局長である赤木リツコよりも、才能は兎も角として年齢と実績が上なのだ。

 妙な軋轢が生まれかねない。

 であれば残るはディートリッヒ高原か真希波マリか。

 才覚に於いて甲乙つけがたいが、出来ればディートリッヒ高原であって欲しいと言うのが、碇ゲンドウの気分であった。

 愛妻たる碇ユイの愛弟子を自称する真希波マリは、正直な気分として面倒くさい相手だからだ。

 碇ユイがエヴァンゲリオンに消えた実験、その詳細を知った際に声高(ヒステリック)に碇ゲンドウを批判して来たのだ。

 それ以来、事務的な会話はする。

 だが常に刺々しい目で見て来るのだ。

 勘弁してくれと言うのが正直な気分だと言えるだろう。

 

 嫌な事を忘れる様に、碇ゲンドウは目を閉じる。

 

D'où venons-nous ?(われわれはどこからきたのか) Que sommes-nous ?(われわれはなにものか) Où allons-nous ?(われわれはどこへいくのか)

 

 時おり、碇ユイが呟いていた言葉。

 自分の様な凡夫と違い、先を見ていた才女だったのだと、時おり碇ゲンドウは思い出して呟くのであった。

 もう一度、碇ユイと逢う事だけが碇ゲンドウの目的だ。

 その先など考えた事も無かった。

 嘗ての野心、栄達と言う夢。

 それらの全てが、手段であった筈の碇ユイによって無価値へとなったのだ。

 薄汚い野良犬の様な六分儀ゲンドウが、人である碇ゲンドウに生まれ変わったのだ。

 成ってしまったのだ。

 だからこそ碇ゲンドウは碇ユイを求めていたのだった。

 

 思索の海に沈む碇ゲンドウ。

 と、それを現実に戻す音がした。

 圧搾空気音。

 NERV総司令執務室の扉が開いたのだ。

 

「司令、報告が御座いますわ」

 

 前触れ(アポイントメント)も無しにこの部屋へと来れるたった2人の腹心の1人。

 赤木リツコだ。

 手には書類の束があった。

 だが、その顔は少しばかり常日頃の理知的なものから離れていた。

 

「ああ、ご苦労」

 

 煤けた声で返事をする碇ゲンドウ。

 全てを察していた。

 今日も敗北の日(尻に敷かれる日(物理)であった。

 

 

 

 

 

 CGで簡略化されて表示される世界を疾駆するエヴァンゲリオン3号機。

 デジタル演習だ。

 無論、搭乗しているのは鈴原トウジである。

 動きは実に滑らかであった。

 手にはEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を装備している。

 

 その演習空間を、管制室の大画面で見ている葛城ミサト。

 大画面の隣の小さなディスプレイには、エヴァンゲリオン3号機と鈴原トウジの状態(コンディション)が表示されている。

 全てが良好であった。

 葛城ミサトは1つ、頷いてから口元(ヘッドセット)のマイクのスイッチを入れる。

 

「トウジ君、大分慣れて来たわね」

 

『はい、何とかやれとりますわ!』

 

()()()()()?」

 

『今の所、感じまへんで』

 

 ディスプレイ越しに見る鈴原トウジの顔にも緊張感は浮かんでいない。

 真剣ではあっても、力んだ風には見えない。

 安堵する様に笑う葛城ミサト。

 

「それは結構」

 

 葛城ミサトが慎重な態度を見せている理由は、エヴァンゲリオン3号機が操作システムの改修を行ったばかりの為であった。

 使徒の襲来、その間が空いていたお陰での事だ。

 所謂近代化改修。

 NERV本部で建造中の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを基にしたモノであった。

 目的はBモジュールの利用領域 ―― 制御領域の拡大であった。

 従来のType-Ⅲが思考制御(シンクロ)の補助としてBモジュールを使っていたのに対し、今回の近代化改修ではその関係が逆転したのだ。

 Bモジュールに対して曖昧な形で目的を指示し、その目的達成をBモジュールが計算し実行すると言う形になるのだ。

 Type-Ⅲbと命名されたソレは、エヴァンゲリオンの操縦を大幅に簡素化するものであった。

 言ってしまえば、Type-Ⅱは全てを操縦者の自由()に出来る手動(マニュアル)制御。

 対するType-Ⅲbは、大まかな部分をBモジュールが担う自動(オートマチック)制御であるのだ。

 訓練の短い儘で実戦投入される鈴原トウジや第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の様な促成栽培の操縦者にとってはある種の天祐であった。

 否、葛城ミサトら大人たちにとっても同じだ。

 将来的な万能(細かい制御能力)よりも、操縦者の自由になれる部分が少なくあっても戦えると言う事の方が大事なのだから。

 

「なら次の段階に進むわよ。射撃訓練、要領は前と同じだからやってみて」

 

『やってみますわ!』

 

 デジタル化して再現された第3新東京市で、過去の使徒を再現した標的(ターゲット)に攻撃を開始するエヴァンゲリオン3号機。

 その様は、シンジやアスカの動かし方に比べれば物足りないものであったが、綾波レイのエヴァンゲリオン4号機には近い動きであった。

 鈴原トウジが手本としているのが綾波レイであり、エヴァンゲリオン4号機であるのだから当然とも言えた。

 

「悪く無いですね」

 

 副官役の日向マコトは、感嘆する様に言った。

 葛城ミサトも頷く。

 

「……そうね…………」

 

 同意はする。

 だが、葛城ミサトの表情は優れない。

 簡単に戦力化が出来るとは、別の言い方をすれば簡単に子どもを戦場に放り込む事になったと言う事なのだ。

 指揮官としては割り切らねばならぬことであるが、簡単に割り切れるものでは無かった。

 葛城ミサトは私生活でも子ども達(シンジとアスカ)と距離が近い為、特にそう思う所があった。

 そして同時に、第2次E計画が実戦段階に突入する事を示していた。

 大人の、政治の都合で戦場に放り込まれる新しい(子ども達)

 何とも醜い話であろうか。

 現実の救いの無さ(クソッタレ具合)を噛みしめる葛城ミサト。

 その耳朶に無慈悲な現実を叩きつける言葉を吐く者が居た。

 

「これで、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンと第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の戦力化の目途が立ったって事になるわね」

 

 赤木リツコだ。

 その姿を恨めし気に見る葛城ミサト。

 鉄面皮でそれを無視し、日本政府からの要請(オーダー)を続ける。

 

「来月には、第2東京市のジャパンNERVでお披露目をしたいそうよ」

 

「お披露目、お披露目ネェ」

 

 馬鹿野郎(クソっ喰らえ)と言う発音でお披露目と言う葛城ミサト。

 本当に政治だった。

 

ウチの施設(NERV松代支部)にジャパンNERVの看板張り付けて、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに汎用支援機(ジェットアローン3)のお披露目か。でも適格者(チルドレン)の用意できるの?」

 

「さぁ?」

 

「ウチの子たち(チルドレン)は駄目よ、断ってるわよね?」

 

「ええ。ミツキが()()()()わ」

 

「笑って?」

 

()()()

 

 両手、人差し指をこめかみの横で立てて見せる赤木リツコ。

 意味するものはツノ。

 鬼が出た、そう言う事だ。

 

 広報部の担当が日本政府の交渉担当から先のプロモーション(適格者の情報公開)を褒められ、乗せられ、シンジやアスカの臨席を認めようとしていたのだ。

 否、口約束で認めていた。

 だから厳罰に処される事となった。

 減棒2割を6ヵ月。

 及び2階級(部長補佐から平局員への)降格処分である。

 天木ミツキは一切容赦しなかった。

 そして、口約束を盾に交渉を図った日本政府の担当者に対しては、組織としての結論であるかのように個人的願望を口にした結果、処分しましたと言って突っぱねていた。

 躊躇や容赦と言うモノが一切ない、天木ミツキの交渉術(Yesかハイ以外は認めない)であった。

 

「アホね」

 

「ええ」

 

 頷き合う2人。

 その表情は共に、子どもの為なら碇ゲンドウとも話し合う様な女傑(ブン殴ってみせる肝っ玉)相手に阿呆な事をするものだと苦笑していた。

 

「面倒ね」

 

「ええ」

 

「飲みに行く?」

 

「悪く無いわね」

 

 自分が負うべき責任の範疇は兎も角、その外にある何ともやりきれない現実のストレス。

 その発散は重要であった。

 酒と加持リョウジ、或いは碇ゲンドウで発散している2人であるが、それだけで発散しきれるものではないのだ。

 

「ミツキも呼ぼうか」

 

「そうね、褒めてあげるのは大事かもね」

 

「んじゃ日本酒が美味しい店にしましょ」

 

 笑っている2人。

 そんな2人の向こうにあるディスプレイには、縦横に駆け回ってEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を放つエヴァンゲリオン3号機が映っていた。

 NERV本部は平常運転であった。

 少なくとも、この時は。

 

 

 

 

 

 




2023.1.7 文章修正

+
 これが2022年の最終更新になります。
 読んでくださった皆様、本年ありがとうございました。
 感想までくださった方々に至っては、唯々、感謝あるのみです。
 サツマンゲリオン、来年もよろしくお願いします。

 では!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅲ)-3

+

 Bモジュールの本格的開発に際して、NERVアメリカ支部から移籍してきたのはディートリッヒ高原であった。

 名前からは判らないが日本国籍の純ドイツ人であった。

 母親が大災害(セカンドインパクト)によって夫を亡くし、ドイツを離れて難民生活をしていた中で日本人の夫君と出会い、そして再婚した事で高原姓を名乗る事となった若者である。

 性格は、一言で言えば温厚。

 そんな印象を葛城ミサトは抱いていた。

 場所は、上級者用歓談休憩室たる終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)

 

「初めまして。ディートリッヒ高原です。日本に帰ってくるのは久しぶりですので、判らない事も多いとは思いますがよろしくお願いします」

 

 如才なく操る日本語、言葉遣いにも発音(イントネーション)に狂いはない。

 非日本生まれ(ネイティブ)と言う部分を勘案すれば、実に才人と言った所だろうか。

 

「ようこそ、NERV本部へ!」

 

 場を代表してにこやかに言う葛城ミサト。

 ディートリッヒ高原は赤木リツコに次ぐ技術開発局局長代行(序列2位)となる為、課長/部長(中堅級指揮官)クラス以上の人間を集めての挨拶(面通し)が行われていたのだった。

 挨拶、そして握手をしていく。

 そして、併せて第2次E計画に関連する行事 ―― ジャパンNERVが予定している第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンのお披露目会に関する部門横断型の議論(ディスカッション)が行われて行く。

 何ともせわしない(ワーカーホリックめいた)話であったが、仕方のない話であった。

 何時、使徒が襲来するか判らぬ状況でディートリッヒ高原の歓迎会など不可能であるし、そもそも夜に集まろうとしてもローテーションで配置に就いている人間も多いが為、中々に難しかったのだ。

 だが、ディートリッヒ高原は局長代行と言う重鎮となる人間である為に顔合わせは大事である為、この様な部長級以上の人間を集めての会と相なったのだった。

 

 合理的(ビジネス的)と言う意味では日本以上のアメリカで鍛えられていたディートリッヒ高原は、余裕でこの流れに乗って会議に加わっていく。

 ジャパンNERVとNERV/NERV本部との関係性は薄い。

 だが第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを建造しているのはNERVであるし、その運用に必要な人員の供出、或いは訓練を行うのもNERVであるのだ。

 そもそもジャパンNERVたちは世界の主要国たる国連安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)の組織なのだ。

 即ち、葛城ミサトらの属するNERVを管理する人類補完委員会(SEELE)

 その人類補完委員会に対する指揮権と予算とを握る国連安全保障理事会であるのだ。

 である以上は、NERVが配慮せざるを得ないのも当然であった。

 

 取り敢えず、ジャパンNERV(NERV松代支部)で行われる第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンのお披露目は盛り上げねば(日本政府を機嫌よくさせねば)ならない。

 その為、中心となったのはNERVの新装備 ―― エヴァンゲリオン3号機と2号支援機(ジェットアローン2)が取り上げられる事となる。

 ある意味で第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンのひな形とも言える正規量産型エヴァンゲリオン(エヴァンゲリオン3号機)を並べて公開すれば、盛り上がる事になると言う主張であった。

 とは言え、両機は余り似ていない。

 本質もそうであるが、外観も似ていないのだ。

 汎用人型決戦兵器の名前通りに主力()として戦闘を担う正規量産型エヴァンゲリオン。

 対して第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、歩兵や戦車攻撃ヘリや戦闘機まで含んだ諸兵科連合(コンバインドアームズ)の構成要素であるのだ。

 構成要素としての役割は、前線にあって使徒のA.Tフィールドを中和する事である。

 目的(役割)に基づいた設計の変更、そして建造費の低減と建造の容易さ(建造速度の上昇)を行った結果、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの外観は大きく変わる事となった。

 最大の相違点は胸部装甲だ。

 厚みが3倍以上となっており、首回りの保護装甲(ネックガード)まで設置されている。

 その他も、股間や肘膝に手首回りまで分厚い装甲構造体が設置されていた。

 だがそれは重装甲化を目的としての事では無い。

 逆に、装甲防御力と言う点では正規量産型エヴァンゲリオンの7割程度に落ちていた。

 これは正規量産型エヴァンゲリオンで採用されている、防御力と可動域を両立させると言う高性能な1万2千枚もの特殊装甲を第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンでは採用していないからである。

 理由は高コストだから。

 高い装甲強度と可動域を持たせる為の柔軟性とを両立させると言うのは、途方もなく高コストなのだ。

 しかもメンテナンスも大変である。

 劣化を防ぐ為、可能な限りL.C.Lに漬けて置く必要があると言う難物でもあった。

 L.C.L環境下での保管に関しては、生体部品の劣化を防ぐと言う意味でも重要であるのだが、装甲材(特殊装甲)の維持を考慮しないのであれば、巨大な格納庫(ゲイジ)をL.C.Lで満たす必要性は大きく低減するのだ。

 赤木リツコが真っ先に削ったのも当然と言う話であった。

 全身を、全方位に対する防御力を発揮できる1万2千枚の特殊装甲で守るのではなく、今までの戦歴から被弾率の高い場所を優先的に保護できる装甲に切り替えると言うのは、実に合理性であった。

 尚、技術開発局の人間には、全体的な防御力の低下を危惧する声もあったが、予算と工期の壁がその声を封殺した。

 それよりは大型の、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを隠す様な大盾を用意した方が良いと言う考え方であった。

 近接戦闘をしない、と言う運用の前提を考えれば妥当とも言えた。

 結果、玄人からすれば(詳細を知って居れば)防御力として見れば低下しているのだが、素人目には強そう(マッチョ)な姿として第2期量産型(セカンドシリーズ)は産み落とされたのだ。

 素体(生体ユニット)はほぼ同じ規格(体格)であるにもかかわらず、それ程の違いが出ていた。

 精悍なアスリートめいた細身に見える正規量産型エヴァンゲリオン。

 対して第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、重厚なプロレスラーめいた姿であった。

 そこには、腰回りの供えられた砲射撃戦用の折り畳み式支持脚(アウトリガー)が設置されているのも大きい。

 支持脚(アウトリガー)は、展開すればエヴァンゲリオンの足ほどもある大きさなのだ。

 更に、背中には発電用の大型GT(ガスタービン)機関を2基も背負っているのだ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの外観は、正規量産型エヴァンゲリオンよりも一回り大きく見える程であった。

 

 

「出せと言われれば出すけど、余り面白く無いわね」

 

 不満顔で述べる葛城ミサト。

 出す事は別に問題は無い。

 既にエヴァンゲリオン3号機以外の正規量産型エヴァンゲリオンも公開はしている。

 機密保持と言う問題は無い。

 だが、感情は別だった。

 

「ウチのエバーが出汁(当て馬)にされてる感があるじゃない」

 

 概ね、葛城ミサトの発言に対して反論する向きは無い。

 せいぜいが肩をすくめる(そう言わなくとも)程度のモノだ。

 誰もが似た感情を抱えていた。

 性能だけを言えば、NERV本部の擁する正規量産型エヴァンゲリオンが優秀であるし、実績ある適格者(チルドレン)まで含めれば、圧倒的優位に立つと言っても良い。

 だからと言って、虚仮にされるのはごめん被ると言う気分であった。

 

「だが、碇司令からは最大限の()()を求められている」

 

 常日頃の飄々とした雰囲気の無い声で反駁したのは、多忙な特殊監査局第1課課長に代わって出席した加持リョウジであった。

 制服をキッチリと着て無精ひげも無いのは、特殊監査局第1課の看板を背負えばこその姿であった。

 尤も、この場に於いては特殊監査局第1課の人間としてではなく別の立場(碇ゲンドウの代弁者)と言う心理であったが。

 場が開かれる前、碇ゲンドウに呼び出され、直接に指示されていたのだ。

 碇ゲンドウは、最近は手綱を取れない(尻に敷かれている)赤木リツコでは、組織の間接的統制に於いて色々と無理があるのではないかと自覚しだしていたのだ。

 情婦(赤木リツコ)が信用できないと言うよりも、下手すると自分が操縦されかねないと言う事への警戒感であった。

 それ程に最近の赤木リツコは強かった。

 

「そういう意味で我々には拒否権は無いわね」

 

 赤木リツコは憂鬱げに言う。

 完成した第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの1号機(就役第1号)と、エヴァンゲリオン3号機をNERV本部(箱根)からNERV松代支部/ジャパンNERV(長野県第2東京)へと運び込まねばならぬのだ。

 エヴァンゲリオン3号機はまだ良い。

 NERVは発足以来、正規量産型エヴァンゲリオンの世界規模での展開と運用の準備を営々と行ってきた。

 だからこそ陸送も出来るし空輸だって余裕だ。

 だが、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは違う。

 陸送用の装備も建造途中であり、空輸機に至っては研究実験(建造未着手)段階なのだ。

 正規量産型エヴァンゲリオン用のCE-317(Garuda)、その建造途中にあった通算5号機を改造して第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン専用空輸機の雛形(1号機)とする予定であったが、簡単にはいかなかった。

 輸送するべき第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが正規量産型エヴァンゲリオンとは違う重さと重量バランスであったが為、構造計算からやり直す事になったのだ。

 量産性を上げる為の諸々の設計変更による結果であった。

 誠にもって赤木リツコの計算外であった。

 とは言え安全保障理事会(マジェスティック・トゥウェルブ)要求(オーダー)は、エヴァンゲリオンのお安く手早い建造であったのだ。

 その最優先要求を果たしただけだと、赤木リツコは自分に責任は無いとばかりにソッポを向いていた。

 

 兎も角。

 エヴァンゲリオン3号機を出す(公開する)のは決定事項であるが、問題は適格者(チルドレン)であった。

 エヴァンゲリオンを動かすには適格者(チルドレン)が乗り込んでいる必要がある為、専属搭乗員である鈴原トウジも随行自体は決定事項であった。

 

「公開は駄目よ?」

 

 にべもなく断言するのは天木ミツキだ。

 場に居る誰もが反論しない。

 そもそも目を合わせようとしない。

 只、広報部部長が少しだけ背筋を震わせていた。

 

「とは言え、行かねばならない。現場で強く言われたら___」

 

「私が行くから問題は無いわ」

 

「………そうだな」

 

 その為の立場(中佐配置中尉)だとニッコリと笑った。

 現場にいる佐官、それも中佐と言う上位者階級を帯びた人間が居る。

 実に暴力と言えるだろう。

 

「とは言えウチが舐められるのも困るから、トウジ君には黒服(適格者用制服)着用で過ごして貰う事になるわね」

 

「仕方がないわ」

 

 葛城ミサトの言葉に、天木ミツキも肩をすくめながら同意する。

 下手な格好を鈴原トウジにさせていた場合、日本政府(ジャパンNERV)第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)でマウントを仕掛けて来る可能性があるからだ。

 NERV本部と日本政府の関係は決して悪く無いのだが、とは言え組織と組織。

 備える事は大事なのだ。

 天木ミツキも組織人(NERVの人間)としてその理屈は理解していたし、同時に鈴原トウジが不快感を覚えない様にとの配慮でもあった。

 

 配慮の一環としてドレス(制服)を飾る為の宝飾(徽章)が必要だからと、搭乗エヴァンゲリオン空挺徽章や砲撃徽章取得の為に訓練スケジュールが変更される事になり、鈴原トウジは汗を激しく流す羽目になるのだった。

 大人の配慮と言う奴が子どもの幸せに直結する訳では無い。

 そう言う話であった。

 尚、綾波レイは余り徽章を保持していない。

 体の弱さ(脆さ)が原因であるが、それ以上に碇シンジと同格の戦歴を示す参戦徽章を腕章(肩章吊り下げ腕章)に縫い付けていたし、惣流アスカ・ラングレーと並ぶ量の善行章があり、何よりエヴァンゲリオン開発徽章(テストパイロット徽章)があるのだ。

 徽章が読める人間であれば、綾波レイを舐める事は無い。

 その意味において、鈴原トウジは舐められやすい立場であると言えるのだ。

 大人が配慮するのも当然、そう言う話であった。

 尚、配慮された鈴原トウジは、ひーひー言いながら大人は大変やナァ などと零していた。

 批判しない理由は、徽章を取れば給与が上がる(棒給に色が付く)と教えられたからである。

 子どもと言う奴も、実に現金なのであった。

 特に、最近は一緒に出歩く様になった洞木ヒカリと一緒に遊ぶ軍資金を稼ぐ必要が出たから仕方のない話であった。

 付き合っている訳ではないが、男の甲斐性として金は全部出したい。

 鈴原トウジも実に男の子であった。

 

 

 

 

 

 NERVドイツ支部に於いて第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生たちは53名にまで絞られていた。

 第2選考が行われたのだ。

 まだ正式決定では無いのだが、能力としては第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)として最低の水準には到達していると評価された53名であった。

 訓練は継続されていたが、その合間にNERVドイツ支部で建造中の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを見学に行ったり、或いは将来のNERVの構成員(エリート候補生)を目的とした教育を受けていた。

 まだ14歳前後の子ども達であったが、政情の不安定な地域から来た子どもの多くは適格者(世界の守り手)になりたいと言うよりも現状からの脱出 ―― 青雲の志を持っていた為、それらの高等教育を喜んでいた。

 対して心底から適格者(チルドレン)となってエヴァンゲリオンを駆る事を夢見る人間は、第3(最終)選考合格の為の訓練に余念が無かった。

 特に戦闘訓練を熱心に受ける者が多かった。

 シンジとアスカと言う先任(先駆者)を見たのだ。

 そしてシンジとギード・ユルゲンスの試合後に行われた懇親会で言葉を交わして知ったのだ。

 目指すべき目標として恥じぬシンジとアスカと言う2人(エース)を。

 エヴァンゲリオンを駆る世界の守り手(チルドレン)に憧れた様な純情な子ども達なのだ、2人の背中を追いたいと思うのも当然と言えた。

 その中には、相田ケンスケも含まれていた。

 

 

「久しぶり、シンジ」

 

おぉ、元気じゃひたか!(ケンスケこそ元気だった?)

 

 懇談会の終わりしなに、シンジの元に行った相田ケンスケ。

 自分とシンジが同級生であったと言う事は隠す事では無いが、大っぴらかに自慢する事でも無い。

 そう言う風に思う様になっていた結果だった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生として切磋琢磨の中で成長したお陰とも言えた。

 

「何とか、だよ」

 

 肩をすくめて、ついて行くので精一杯だと笑う相田ケンスケであったが、シンジは素直に褒める。

 

よか二歳になっちょっが(精悍な顔に成ってるよ)

 

「ぼっけじゃなくて?」

 

ぼっけははらんこいよ(ボッケは心の持ちようだよ)

 

 果敢である事も大事だが、目的の為に努力するのも大事だと言うシンジ。

 その意味を噛みしめ、頷く相田ケンスケ。

 やる気があっても体が付いていかねば無意味であり、であるからこその修練なのだろう。

 体を鍛える事は、体に余裕ができる事を意味する。

 常であれ急場であれ、体力に余裕があれば深く考えて動く事が出来るし、連続して対応する事も出来るからだ。

 自分の、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生としての訓練でそれを相田ケンスケも実感していた。

 体を使う訓練で体中の体力を使い果たし、ヘトヘトになっても座学は免除されない。

 最初は相田ケンスケのみならず多くの第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生が怨嗟の声を上げていたが、いつの間にか口に出すものは居なくなった。

 よくよく考えれば当たり前なのだ。

 エヴァンゲリオンを駆って対峙する使徒は、戦いに疲労したからと「Time!(休憩時間だ)」などと要求出来る相手では無いのだから。

 実際、シンジは気を抜けば1撃でエヴァンゲリオンを撃破可能な火力を持つ第5使徒との戦いで、幾度もの被弾と被害から尋常では無い痛みを味わいつつ、だが1時間以上も戦い抜いたのだ。

 その凄惨とも言える戦いの様は、教材(参考動画)として第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生に見せる際に教官が言外に参考にするな(この水準は要求されない)と言う程の激戦であった。

 

 兎も角。

 第5使徒とエヴァンゲリオン初号機(シンジ)の戦いを見たからこそ、相田ケンスケは深く理解したのだ。

 それは、趣味者(ミリタリーマニア)としての知識を真に理解した瞬間とも言えた。

 

 真面目な話も大事だが、シンジも相田ケンスケもまだ子どもなのだ。

 ボソッとばかりに笑う話を入れる。

 

「所でシンジ、オメデトウ。結婚まで秒読みか?」

 

 少しばかり悪い笑顔だ。

 それは相田ケンスケがアスカの事を完全に吹っ切れた証拠でもあった。

 が、言われたシンジはそれ所では無い。

 

なんち(なんだよ)!?」

 

「いやー あんな公衆面前で熱ーいキスしたんだぜ? もうお前、その道以外があるものかよ」

 

 顔を真っ赤にするシンジ。

 言われればその通りとしか言いようが無い。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)候補生の第1選考合格者200余名に監督役、或いは見物人。

 そして何より、絶対にアスカの父親であるヨアヒム・ランギーに話は届くだろう。

 NERVドイツ支部の重鎮(№3)が相手であれば、機密(部外秘)なんてものは意味を成さないのだから。

 

がんばっど(頑張るしかない)

 

 夜のランギー家家族会議を思い、深く嘆息するシンジ。

 笑う相田ケンスケ。

 それは実に青春であった。

 

 

 

 

 

 




 2023年 あけましておめでとうございます。
 今年もサツマンゲリオン、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅲ)-4

+

 NERVドイツ支部に近い大都市であり、その運用基盤ともなっているハンブルク市。

 その中央にある繁華街の一角、高級ブティックにベルタ・ランギーと惣流アスカ・ラングレーの姿はあった。

 楽しそうにアスカの服を選んでいる。

 選んでいるのは明るい色が用いられた夏服 ―― ワンピースだ。

 常冬のドイツでは滅多に着れない服がブティックに並んでいる理由は、この店に来る様な富裕層は割と頻繁に温かい地方へと旅行に行くからであった。

 そして、当然ながらもアスカにと選んでいる理由も、日本で着る為であった。

 

Gelb ist niedlich, aber Rot passt auch(黄色も可愛いけど、赤色も似合うわね)

 

 アスカが試着したワンピースを見て、ベルタ・ランギーが満足げに頷く。

 モード系の、デザイン性が優先されてデザインされたドレスめいたワンピース。

 少しばかり生地が薄い為、日常使い用と言うよりもハレ場(デート)向けだった。

 だからこそ、選んでいると言えた。

 

Rot(赤色)………」

 

 鏡の前で身をひるがえして見る。

 アスカも納得する可愛らしさがあった。

 

Es sieht toll aus(よく似合ってますよ)

 

 胸に向日葵の社員証を下げた妙齢の店員(アパレルスタッフ)が笑顔で褒める。

 その言葉が耳に入らない様にアスカは鏡に映る、赤を纏った自分の姿を見ていた。

 赤色は好きだった。

 エヴァンゲリオン弐号機を塗る色を赤と指定したのはアスカだった。

 プラグスーツの色も合わせている。

 だが、私服で赤色を纏う事は無かった。

 選べなかったのだ。

 それは惣流キョウコ・ツェッペリンとの思い出が深すぎた色だからだ。

 

 自分が判らなくなった母親に、思い出して貰おうとした時に着ていた赤い服。

 エヴァンゲリオン弐号機のパイロットに選ばれた時に、自分に気付いてほしいと思った時に着ていた服。

 だが、惣流キョウコ・ツェッペリンと言葉を交わす事は出来なかった。

 白い服で宙づりとなって果てた、惣流キョウコ・ツェッペリン。

 その時を思い出せば、何時もアスカの動悸は早くなってしまう。

 好きだ。

 好きだけど選べない。

 だから黄色や緑色のワンピースを着ていた。

 そんな立ち止まっていたアスカの背中をそっと推したのが碇シンジだった。

 

 ランギー家での雑談で、アスカって赤い私服は持ってないよねと言った。

 似合いそうなのに、とも。

 自然と漏らした言葉だったが故に、アスカへの影響力は絶大だった。

 照れて顔をほんのりと染めたアスカに、ベルタ・ランギーが気付き、今日の買い物に繋がったのだった。

 前の母親(惣流キョウコ・ツェッペリン)との思い出を今の母親(ベルタ・ランギー)との思い出が上書きしていく。

 何より、シンジが似合いそうだと言ったのだから。

 

Sieht es gut aus(似合ってるかな)?」

 

Es ist faszinierend.(魅力的よ)

 

 微笑まし気にアスカを見ているベルタ・ランギー。

 義母である彼女にとって、アスカと買い物に行く事は夢であった。

 仲良くなりたいと思って居たし、しかも娘なのだ。

 可愛いアスカ。

 色々な経緯から隔意があるのは仕方ないと受け入れていたが、それでも惣流キョウコ・ツェッペリンの忘れ形見としてアスカを大事にしたかったのだ。

 その夢が叶ったベルタ・ランギーは今日は浮かれていた。

 その浮かれ具合は、靴だのバックだのの小物店から店を梯子している所にも出ていた。

 尚、荷物は全部、付き添いに来ていた碇シンジが、付き添い2号であるハーラルト・ランギーとも協力してせっせと車に運んでいた。

 既に荷物は大きな車のトランクを一杯にする勢いとなっていた。

 

「シンジ!」

 

 ベルタ・ランギーと店員二人掛りの褒め言葉に満面の笑みとなったアスカが相方(シンジ)に振り返った。

 そこまでであった。

 

「シンジ!?」

 

 護衛役のNERVドイツ支部の人間が、シンジの耳元に口を寄せて囁いている。

 そしてシンジは真剣な顔で頷いている。

 アスカも察した。

 

()()()

 

 使徒襲来。

 疑問ではない。

 確認だ。

 

()()()

 

 シンジも静かに同意する。

 2人の雰囲気が一変した事に、ハーラルト・ランギーが目を白黒とする。

 否、ハーラルト・ランギーだけでは無い。

 ベルタ・ランギーも、ショックを受けていた。

 何時までも続いて欲しかった平穏が、突然に断ち切られたのだから。

 止めたい。

 だが、止められない。

 声が出せない。

 アスカの、シンジや他の適格者(チルドレン)が背負っているモノを理解するが故にであった。

 そんなベルタ・ランギーを尻目に、2人は己の為すべき事に動き出す。

 

「NERVの車を回すって」

 

「ん、了解__ Bis später(行ってきます)

 

 ドレスめいたワンピースでする事では無いが、アスカは背筋を伸ばし、踵を合わせて母親であるベルタ・ランギーに礼をするのだった。

 そして最後に、支払いをお願いっと笑った。

 出世払いで、とも続けた。

 まだ買っていないワンピースであるが故の散文的な言葉であり、実際、着替えている時間は無いというのもあった。

 だがそれ以上に、必ず帰ってくると言う意思表示だった。

 シンジとアスカが漂わせる空気を察したのか、不安げな顔をしたハーラルト・ランギーをベルタ・ランギーはそっと抱きしめながら出来る限りの笑顔を作った。

 

Ich wünsche Ihnen viel Glück(ご武運を祈ります)

 

Ja(はい)

 

 そしてシンジを見る。

 

「アスカ、オネガイシマス」

 

 拙くも心のこもった言葉に、シンジもまた背筋を伸ばし、そして頭を下げた。

 

まかせっくいやい(任せて下さい)

 

 

 

 

 

 NERV本部第1発令所。

 そこで葛城ミサトは厳しい顔で立っていた。

 正面の大画面には、第2東京の近郊にあるNERV松代支部(ジャパンNERV)の状況が映し出されている。

 映し出されている筈だが、そこには今、砂嵐(ノイズ)だけが映っていた。

 大至急の復旧作業が行われているが、NERV本部とNERV松代支部の情報ネットワークは寸断されていた。

 

 今日は本来、第2次E計画に基づいた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンとエヴァンゲリオン3号機のお披露目会が行われている筈であった。

 だが、その全てを使徒出現(BloodType-BLUEの検知)が吹き飛ばしたのだ。

 それも物理的に。

 NERV松代支部のセンサーが警報を発した瞬間、原因不明の爆発が発生したのだ。

 現地に派遣されているNERV本部のスタッフとも連絡不能。

 NERV本部管理下にあるエヴァンゲリオン3号機と専属搭乗員である鈴原トウジの消息不明と言うのが重大であった。

 又、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンと搭乗員に関しても、ジャパンNERVが情報を握っていた為に詳細は不明であった。

 取り敢えずNERVドイツ支部に連絡し、大至急にシンジとアスカ、それにエヴァンゲリオン弐号機の帰還を命令していた。

 CE-317(Garuda)で運ばれるアスカとエヴァンゲリオン弐号機は、非常手段 ―― 機体余命を削る事になる亜弾道飛行を実施させていた。

 ロケットを増設して成層圏まで一気に昇らせて、空気密度の薄い空間を飛ばす事で超音速を発揮させて日本列島上空まで一気に2時間で到着させ、そのまま深い角度で大気圏突入させる予定であった。

 最悪、CE-317(Garuda)が喪われかねない危険な飛行計画であったが、葛城ミサトの上申を碇ゲンドウは受け入れていた。

 対してシンジは単段式宇宙輸送機(SSTO)で帰還する。

 此方は極超音速を発揮可能である為、その航路を飛ぶ民間機の全てを下すと言う条件下では1時間での帰還が可能であった。

 否、1時間でシンジを戻す積りであった。

 NERVの特権はこの為にある、そういう事である。

 この調整に、NERVの副司令官である冬月コウゾウは掛かりっきりとなっていた。

 

 

 険しい顔をした葛城ミサトに歩み寄って来た日向マコト。

 報告と口を開く前に葛城ミサトが問いかけた。

 

「偵察機は?」

 

「小松からUNの機体が出てます。5分で現地を確認できますが……」

 

「現地との通信はまだって事ね………青葉君、日本政府から連絡は?」

 

「あちらも相当に混乱しているみたいです。何の連絡も上がってきません!」

 

「ジャパンNERVなんて御大層な看板を掲げてる癖に。戦自は?」

 

 戦自、戦略自衛隊。

 陸海空の3自衛隊が国連軍に供出されているが故に生み出された、日本が保有する4番目の自衛隊であった。

 国連軍は、大災害(セカンドインパクト)に伴う大混乱を収める為として国連加盟各国の軍組織をかき集めて生み出された組織であり、その目的は護民 ―― 人類の庇護であるが、対して戦略自衛隊は日本の利益の保護者であった。

 日本政府の意志だけで抜ける力である。

 大災害(セカンドインパクト)以降、国連総会と安全保障理事会が事実上御世界政府の役割を担っているが、そうであったとしても、国家と言う枠組みでの対立構造は維持し続けていた。

 日本で言えば、ロシアとの北方4島や韓国との竹島。

 そして中国との尖閣諸島である。

 攻守と言う意味では攻める側の北方4島や、もはや伝統めいている竹島に関わる政治的問題は、ある程度は日本政府としても話し合い(政治的プロレス)が出来る。

 だが、中国と尖閣諸島は別だった。

 戦乱などによって政情不安定な中国は、政治的理由(国民感情のガス抜き)経済的理由(海底資源による経済成長)から2010年代に入ってから人民特別警察隊を用いて侵略的行為を繰り返していたのだ。

 国連安全保障理事会で日本が度々、問題として提示してはいたが中国やロシアの拒否権行使によって対話による解決の道筋は存在していないのが実状であった。

 だからこそ、の戦略自衛隊であった。

 戦略自衛隊は他の3自衛隊に比べれば戦闘職種と後方も含めて5万人規模と、極めて小規模であったが、ふんだんな予算による十分な装備と訓練によって世界第1級の戦力に数えられていた。

 その戦略自衛隊の1個連隊、戦略自衛隊第1装甲連隊が日本の首都たる第2東京の近郊に駐屯していたのだ。

 常に備えよ(オールウェイズ・オン・デッキ)を合言葉にしている精兵部隊である以上、葛城ミサトがナニガシの対応を期待するのも妥当な話であった。

 既にNERVの指揮権(A-18条項)は発動している。

 だが指揮権があっても、情報が無ければ手の打ちようがないのだ。

 

「葛城中佐!」

 

 パウル・フォン・ギースラーが声を上げた。

 その手元のディスプレイにオレンジで描かれたLiveの文字が入っている。

 現場部隊との通信が通ったのだ。

 

「良くやった!」

 

 

 回復した通信によって改めてNERV松代支部(ジャパンNERV)の状況が明らかになる。

 爆発によって披露目会として集まって来ていた来賓や一般市民など死屍累々であり、施設設備も半壊と言う惨状であった。

 NERV松代支部の救急部隊だけでは手に負えず、第2東京の市救急隊も出動する騒ぎとなっていた。

 下を見ても3桁からの重体重傷者が発生しているのだ。

 当然の話であった。

 問題は、使徒(BloodType-BLUE)であった。

 使徒は突然に襲ってきたのではなかったのだ。

 デモンストレーションとして行われる予定であった第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの演舞、その為に起動時に発生したのだ。

 即ち、使徒は第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンであった。

 

「MAGIの誤報では無かった訳ね」

 

 忌々し気に言う葛城ミサト。

 最初の一報の時点で、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが発生源とMAGIは判定していたのだ。

 だが、詳細確認が終わる前に通信が途絶していた為、確証が無かったのだ。

 

「目標はどうなった」

 

 冷静に確認するパウル・フォン・ギースラーへの返答は、中々に想定の上を行くものであった。

 

『現在、2号支援機(ジェットアローン2)が抵抗中です!』

 

「っ!?」

 

 第1発令所の誰もが、その報告に息を飲んだ。

 2号支援機(ジェットアローン2)に武装は無い。

 だが、エヴァンゲリオンの随伴機としての役割を追求した結果、初代に比べて極めて頑強な構造を与えられていたのだ。

 打たれ強さ(タフネス)

 光学兵器などによる攻撃を受けない限り、そうそうにダウンしないだけの装甲も持っていたのだ。

 とは言え絵面は酷いものだった。

 しがみついている2号支援機(ジェットアローン2)に、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機 ―― 第13使徒は殴る蹴ると一方的に繰り広げているのだ。

 その足元で懸命な、本当に命がけの救命活動が行われているのが見えた。

 一切の躊躇も見せずに救急車やトラックが使徒の足元にまで突進し、死傷者の救助に当たっているのだ。

 その様に人として感に堪えぬとの感情を抱き、だが指揮官であると言う立場故に歯を噛みしめて耐えた葛城ミサトは、背筋を伸ばして声を発した。

 

「結構! 松代支部と時田技官達、救急隊、現場の全ての人間の献身に感謝するわ」

 

『只、時田技官が言うには__ 時田さん! 本部に繋がりました!!』

 

 画面の外に呼び掛けたNERV松代支部スタッフ。

 その声に、包帯の下からもまだ血を流していた時田シロウが顔を出した。

 乾いた血と泥にまみれた顔であったが、実に生気に溢れていた。

 だが言葉はケチる様に単刀直入だった。

 

『葛城さん悪い話です。2号機(ジェットアローン2)はそう長く持たない』

 

 度重なる打撃によって、関節部の負荷が尋常では無いのだと言う。

 しかも主機たる(ノー・ニューク)機関に不調が出ていると言う。

 最悪、緊急停止(スクラム)が発生すると言う。

 (ノー・ニューク)機関は核反応炉では無く核融合炉である為、機関が破損しても核物資をばら撒く危険性は少ないが、とは言え危険な状況であった。

 

『最悪。そう言って宜しいかと』

 

「………いえ、最悪では無いわ。貴方たちと支援機(ジェットアローン2)の活躍が稼いだ時間は値万鈞よ。胸を張って。後はホーム(第3新東京市)で迎撃するわ」

 

『ですが、途中の市民の避難は…………』

 

 長野県松代地方にあるNERV松代支部。

 そこからNERV本部までの距離は直線で100㎞以上。

 開けた道路を使えば300㎞近い距離があり、その間には幾つもの市や村があるのだ。

 時田シロウの苦悶は当然の話であった。

 

「………それは私たち作戦局が考える事よ。貴方たちは自分の役割を全うしたの。それだけを考えて後は退避して下さい」

 

 責任は指揮官に帰する、だから心配し過ぎては駄目だと言う葛城ミサト。

 正論ではあった。

 現場にいる人間で全てを解決できる、解決せねばならない。

 そんな風に思う程、時田シロウとて子どもではないのだから。

 

『判りました』

 

 悄然として頷いた時田シロウ。

 根底に人を守りたいと言う思いがあり、その思いに突き動かされる儘に手を尽くして政府を動かし、計画を立案し、企業と技術者をまとめ上げ、40m級の人型ロボットジェットアローンを生み出した鬼才科学者であるが、それでも出来ない事はあると理解する理性は残っていた。

 祈りと共に現実を受け入れようとする大人たち。

 

 だが、この場には子どもが、現実を拒否すると言う強い意志を持った人間が居た。

 鈴原トウジだ。

 

『待ってくださいっ!!』

 

 敢然と声を上げ、通信画面に時田シロウを押しのけて出て来る鈴原トウジ。

 その姿は酷いモノだった。

 着ているNERVの適格者(チルドレン)用制服は血と泥にまみれ、所々が破けている。

 時田シロウと同じく、最初の爆発に巻き込まれていたのだ。

 だが、目は死んでいなかった。

 その無事を喜ぶ声を葛城ミサトが発する前に、畳みかける様に言葉を連ねる。

 

『ワイが3号機で時間を稼ぎます! 使徒ん奴は動かん3号機に見向きもせんから、倒れとる以外は無傷なんでっせ!!』

 

「…………直ぐに支援は回せないわ。貴方1人で使徒に立ち向かうのよ」

 

 NERV本部にて待機中の綾波レイとエヴァンゲリオン4号機。

 だがその即時投入は出来ないでいた。

 NERV本部を手薄にする訳には行かない為であった。

 以前の浅間山の戦訓によって、遠隔地に投入したエヴァンゲリオンの回収には尋常では無い時間を必要とすると言う事が判明した結果であった。

 今回の第13使徒の能力、その詳細が判明していない段階でいたずらにエヴァンゲリオン4号機を投入した結果、第13使徒がエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機を無視して一気にNERV本部を強襲した場合、対応が出来ないのだからだ。

 

「シンジ君とエヴァンゲリオン初号機は早くても後___ 」

 

 日向マコトがさっと指を4本立てた。

 あと40分。

 そう言う事であった。

 既にシンジの乗る単段式宇宙輸送機(SSTO)は、平時の安全規則その他を全て蹴飛ばして宇宙(ソラ)を飛んでいる。

 ドイツからNERV本部までの征く道、その半分を越えようとしている。

 NERV本部の空港に到着する迄に後20分。

 そこから、間髪入れずにエヴァンゲリオン初号機を乗せたCE-317(Garuda)を飛ばしても20分は必要であるのだ。

 長い、長過ぎる時間と言えるだろう。

 独りで使徒と対峙した事のない鈴原トウジにとっては永遠と言える時間になる可能性が高かった。

 だが、それを鈴原トウジは快活に笑い飛ばす。

 

『センセも第5使徒ん時にやった事やと聞いとります。なら男鈴原トウジ、同じ男や。やってみせるってなモノですわ』

 

 但し、その顔は真っ青だった。

 シンジとの技量の差を理解していない訳では無い。

 只、担うべき務めがあるのであれば、逃げたくはない。

 そういう事であった。

 

 そんな鈴原トウジの腹の底までも見抜く様に、厳しい顔をする葛城ミサト。

 誰も声を挟めない寸毫にして永劫めいた時間。

 折れたのは葛城ミサトであった。

 溜息を1つ。

 そしてNERV松代支部の人間に確認する。

 

「エバー3号機の状態は」

 

『損傷は軽微です。重装甲のG3(G型装備第3形態)で用意していたお陰で、装甲が汚れた程度で済んで居ます。戦えます』

 

「電力状態は?」

 

『そちらも問題ありません。基地の供給システムは死んでいますが__ 』

 

 NERV松代支部スタッフの言葉を引き継ぐ様に時田シロウが胸を張って断言する。

 

セカンド(第2期量産型エヴァンゲリオン)向けの汎用支援機(ジェットアローン3)が生きてます。葛城さん、ジェットアローンはタフなんですよ』

 

 心なしか自慢げで(ドヤァ顔)ある。

 否、時田シロウだけではなく、鈴原トウジも他の通信画面に映るスタッフの誰もが強く笑っていた。

 その笑みが感染したかのように葛城ミサトも笑う。

 

「結構! なら反撃を始めるわよ」

 

 NERVは決して使徒を相手に退かぬ、背中に居る人々を守る。

 そういう顔であった。

 

 

 

 

 

 無事な(重症では無い)スタッフの協力を受けて、倒れているエヴァンゲリオン3号機によじ登り、搭乗する鈴原トウジ。

 手早く、機付き班とチェックをしていく。

 フト、気付いた。

 鈴原トウジとそれなりに仲の良かったアメリカ人の機付き長が居ない事に。

 互いの言葉(関西なまりとアメリカなまり)に、周りの人間が理解出来ない様な言葉で意思疎通をしていた、責任感の強い人間が居ない。

 ()()()()()()()()

 鈴原トウジは納得し、これが戦場なのだと実感した。

 今まではシンジが居たしアスカが居た。

 綾波レイの背中を前に見ていた。

 だが、今は独り。

 正しく初陣と言うべきかもしれない。

 

 深呼吸する。

 予備電源で点灯しているエントリープラグのシステム。

 外の映像が見える。

 戦って(耐えて)いる支援機(ジェットアローン2)

 四肢が半壊しても尚、使徒にしがみついている。

 それは、すぐ先のエヴァンゲリオン3号機の姿かもしれない。

 だがそれでも、鈴原トウジは乗ると、戦うと決めたのだ。

 時計を確認する。

 シンジの到着まで後30分。

 するしかない。

 するのだ。

 そう決めた事に後悔はきっとしない。

 しないだろう。

 鈴原トウジはシンジの様に、アスカの様に笑う。

 笑って自分を鼓舞する。

 

「待っとれよケンスケ。助けてやるさかいな!」

 

 エヴァンゲリオン3号機が起動する。

 

 

 

 

 

 




2023.1.9 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11(Ⅲ)-5

+

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機とエヴァンゲリオン3号機。

 ジャパンNERV(NERV松代支部)を舞台とした人類の守護者を期待された巨人たちの闘いを、人々は固唾をのんで見守っていた。

 獣めいて自由自在に動く第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機改め、第13使徒。

 対するエヴァンゲリオン3号機。

 灰褐色(都市型迷彩色)の甲冑を身に纏った様なG型装備第3形態で、その姿(イメージ)通りの闘いをしていた。

 右腕で保持するEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を振り回して牽制し、左腕と副腕(サブアーム)で保持する大型盾で身を護る。

 派手には動かない。

 まだ、()()()()

 付近ではまだ退避行動(救急救命)が行われているのだから。

 

 NERV松代支部(ジャパンNERV)司令部からは、巻き添えにしても構わない。

 対第13使徒が最優先だと言う指示は出ていた。

 だが、出来る話では無かった。

 故にエヴァンゲリオン3号機に乗る鈴原トウジは耐えるのだった。

 

 第13使徒は、伸ばした両腕を鞭のようにしならせて来る。

 それを盾で防ぐエヴァンゲリオン3号機。

 直撃。

 巨大盾は軋みを立てるが耐えた。

 間髪入れず、鈴原トウジは右腕で持つEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を振るわせる。

 エントリープラグに映し出されている、第13使徒の予測位置めがけて動かす。

 細かい制御は必要ない。

 鈴原トウジが行うのは攻撃の意志を示した事で、Bモジュールが計算し提示する選択肢の中で最良と思えるモノを選ぶだけなのだ。

 

 これがType-Ⅲb。

 これがBモジュール。

 

 初めて1人で第13使徒と対峙し、近接戦闘と言う神経を削る様な戦いを鈴原トウジが出来る理由でもあった。

 だが、鈴原トウジは不満げに声を荒げる。

 

()()()()()()()()!!」

 

 声を漏らした理由は、機体(Bモジュール)が提示した選択肢にあった。

 G型装備第3形態の固定武装 ―― 近接牽制用の5連装35.6cm無反動砲の使用である。

 設置されている位置は背部、人間で言えば肩甲骨に相当する部位に固定式に5連装のランチャーが左右各1基づつ搭載されている。

 主武装であるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)に比べればかなり威力と言う意味では低いが、至近距離でA.Tフィールドを互いに中和しあっている現状では効果的であると言う判断であった。

 だが、鈴原トウジは否定する。

 強く拒否する。

 第13使徒に囚われている相田ケンスケを心配するが故、ではない。

 地上への余波、被害を考慮するが故であった。

 35.6cm無反動砲の砲弾は広範囲に被害を与える榴弾であり、それを一度に5発を発射するのだ。

 しかも、発射時には反動消費材(カウンターマス)を後方に盛大にばら撒くのだ。

 付近で救助活動が行われる中で使える様な選択肢では無かった、

 主兵装であるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を、この戦闘に際して一度も発砲していないのも同じ理由だった。

 エヴァンゲリオンは力があり過ぎる。

 特に火砲は、使用に慎重でなければならない。

 そう鈴原トウジは理解していた。

 にも拘わらず、機体(Bモジュール)は発砲許可を常に常に求めて来るのだ。

 鈴原トウジでなくとも、声を荒げてしまうと言うものであった。

 

 エヴァンゲリオン3号機は第13使徒に怯えている。

 Bモジュールが示す攻撃性を、鈴原トウジはそう理解していた。

 恐怖を第13使徒に感じている。

 感じているからこそ、第13使徒をあらゆる(周りの被害を顧みぬ)手段で撃退しようとしているのだ。

 シンクロによって何となく、エヴァンゲリオン3号機の心を感じていたが故の理解であった。

 第13使徒と闘う中で、相手への恐怖心が伝わってくる様な気がしたのだ。

 

「そう怯えんでもええやろ」

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを乗っ取った、第13使徒と言う存在への恐怖。

 接触面から侵食してくるナニか。

 エヴァンゲリオン3号機が怯えるのも当然だと、それが悪いことでは無いと言う鈴原トウジ。

 足元を確認し、機体を大型盾に隠しながら距離を調整する。

 怖いのも当然だ。

 自分も怖い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 綾波レイとエヴァンゲリオン4号機が、碇シンジとエヴァンゲリオン初号機が、惣流アスカ・ラングレーとエヴァンゲリオン弐号機が戦ってきた相手に比べれば、無茶苦茶な能力は無いのだから。

 全てを焼き払う様な光学兵器も無ければ、分裂してダメージを無効化する事も無い。

 影に引っ張り込もうとする事も無い。

 飛んですらもいない。

 ごく普通の第13使徒だ。

 手足を伸ばすし獣めいて飛び跳ねる所は少しばかり厄介だが、それだけだ。

 物理法則の範疇に居るのだ。

 しかも、もう少し頑張ればシンジが到着する。

 怯える必要なんてないのだ。

 深呼吸して機体に話しかける鈴原トウジ。

 勝つと判ってる闘いなのだ。

 怖くても焦る必要はないんだよ、と。

 

「笑うのは無理やけどな」

 

 シンジやアスカの様に、戦いの最中に笑う事は出来ない。

 笑うまでは出来ない。

 だが、心を落ち着ける事は出来るのだと言う。

 

「シンジが言うとった、明鏡止水(鏡の如き水面の澄み切った心)ゆーやっちゃ」

 

 横木打ちの際、雑念を捨てるのだと言う。

 ありのままに受け入れ、そして対応するのだと言う。

 それが出来ると言える程に鈴原トウジも図太くは無い。

 だが、それを目指しているとは言えるのだ。

 

「だから、焦らずに行くで」

 

 その顔は笑っていなかった。

 だが、落ち着いていた。

 

 鈴原トウジは、大型盾からエヴァンゲリオン3号機の顔を出させて第13使徒を確認する。

 戦術ネットワークによって、支援機(ジェットアローン2)汎用支援機(ジェットアローン3)が収集した情報がエヴァンゲリオン3号機に提供されているが、頭部の光学センサーによる情報収集も大事なのだ。

 だが、その顔を出した瞬間を狙って、第13使徒は腕を鞭のように振るってくる。

 細く伸びた右腕、その先にある手はまるで膨れたかのように丸くなり、内側から破裂した1万2千枚の特殊装甲の素材をまき散らしながらエヴァンゲリオン3号機に迫る。

 

『触れるな、トウジ君!』

 

 NERV松代支部(ジャパンNERV)の臨時指揮所から指示が飛ぶ。

 青い光を乗せた()()がヤヴァイ事は言われなくとも判る。

 判るが言葉にしている余裕はない。

 まだ、行動の自由は得ていないが故に、払う事を選ぶ。

 膝を落とした中腰で、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)の切っ先で迎撃する。

 Bモジュールによってエヴァンゲリオンの操作に不慣れな鈴原トウジでも、簡単に神業めいた所業が可能となっていた。

 

 長くて重い、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)での切り払い。

 だが、出来ない。

 鞭めいた第13使徒の手が、振り払おうとしてきたEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)切っ先(バヨネット)を掴んだのだ。

 そのまま、腕を引っ張る第13使徒。

 腕を4本に増やし、肩甲骨辺りから増やした腕で、鞭めいた腕を引っ張っている。

 笑っている第13使徒。

 その動きは奇矯であり、道化めいていた。

 だが、全く笑えない。

 笑う事の出来ない脅威であった。

 引き合う力が拮抗状態を生む。

 その間にあるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)の砲身を、青い光が伝ってくる。

 

「なんやーっ!?」

 

 悲鳴めいた声を上げる鈴原トウジ。

 ソレが何かとは判っていた。

 侵食。

 だが、思わず声が出ていた。

 

『手放すんだ、トウジ君!』

 

「ええんか!?」

 

 思わず声を上げる鈴原トウジ。

 デカくて重いレールガンであるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)は、精密機械の塊であり、運用には注意する様に前に言われていたからである。

 だが、指示を出す現場指揮官(NERV作戦局スタッフ)からすれば、それは平時の話なのだ。

 戦闘時に於いては、EW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)すら消耗品であった。

 

『気にするな!』

 

「後で怒らんで下さいよっ!?」

 

 歯切れのよい返事(指示)に、鈴原トウジはEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)とG型装備第3形態との接続部を爆砕し、エヴァンゲリオン3号機に手放させる。

 引き合う力が消え失せた結果、第13使徒もエヴァンゲリオン3号機も後ろにたたらを踏む形となった。

 睨み合い。

 第13使徒は奪ったEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を興味なさげに放り捨てていた。

 そしてエヴァンゲリオン3号機を見る第13使徒。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンそのままの頭部は直線主体で構成された1つ目(エヴァンゲリオン零号機)めいた顔。

 その顎部ジョイントが嗤う様に歪んでいる。

 少なくとも、鈴原トウジにはそう見えた。

 

「舐めやがって」

 

 伸ばしていた腕を戻し、肩甲骨から生えた腕共々に、威嚇する様に腕を組んで見せていた。

 エヴァンゲリオン3号機が無手と見ての事だろう。

 歯ぎしりする鈴原トウジ。

 だが、通信機が朗報を届ける。

 

4時方向(右後後方)を確認!』

 

「えっ!?」

 

 言われ場をチラ見すれば、半壊して後方に下がっていた筈の支援機(ジェットアローン2)が近づいていた。

 両手でEW-17(スマッシュトマホーク)を抱えている。

 刃で斬る事も出来るが、上手く刃を当てなくとも鈍器めいて使える事から、鈴原トウジがデジタル演習で多用していた武器だった。

 

「避難者はええんかいな!?」

 

 油断なく第13使徒を見ながら、EW-17(スマッシュトマホーク)を装備する鈴原トウジ。

 足元で行われる救難活動を気にする鈴原トウジ。

 だが現場指揮官(NERV作戦局スタッフ)は快活に答える。

 

『今しがた、救難活動の終了が報告された。NERV施設内なら安心して暴れて良いんだぞ__ ん? ………』

 

 ヘッドセットのマイクを握って何かの応答をした現場指揮官(NERV作戦局スタッフ)は、さらに楽し気に言う。

 

『反撃の時間が来たぞ! シンジ君と101(エヴァンゲリオン初号機)が降着する………2、1、今っ!!』

 

 合図(カウントダウン)通りのタイミングで、豪快な音を立ててエヴァンゲリオン初号機が戦場に降り立つ。

 

待たしたがっ(おまたせ)!』

 

「おうシンジ!!」

 

 シンジ(エース)の帰還であった。

 

 

 

 着地の粉塵が舞い上がる中、肩部に装着した、機体の安全な降下用のブースターを排除するエヴァンゲリオン初号機。

 顎を引いて睥睨するその様は、戦場の支配者と言う顔であった。

 油断の無い仕草で、後ろ腰に装備していたEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を抜く。

 その後方に回った支援機(ジェットアローン2)が送電システムを接続する。

 通常のアンビリカルケーブルに比べれば短いが、それでも電力は十分であった。

 

101(エヴァンゲリオン初号機)、通電状態回復します。バッテリー充電モード、入りました」

 

 報告が上がる。

 NERV本部第1発令所では安堵の声が上がった。

 抵抗(時間稼ぎ)によって手酷い被害を受けていた支援機(ジェットアローン2)だ。

 送電システムが無事に稼働するか不安視されていたのだ。

 

「どうやら無事に第2ラウンド、と言った所だな」

 

「ああ」

 

 第1発令所の第1指揮区画、その中央にある総司令官ブースの椅子に座っている碇ゲンドウは、腹心である冬月コウゾウに頷く。

 半分は綱渡りであった。

 当初予定では、第13使徒が発見されても遠隔地で戦闘(迎撃戦)は行わず、対第13使徒迎撃要塞都市である第3新東京市(NERV本部戦闘領域)で戦う予定であった。

 だからこそシンジとアスカ、それにエヴァンゲリオン弐号機をNERVドイツに派遣していたのだ。

 それが日本の首都である第2東京の近郊、松代で第13使徒が出現し、暴れ出したのだ。

 日本政府は、その沽券の問題からNERVに対して第13使徒の早期撃滅を要求していた。

 全くの予想外であった。

 そもそも、第13使徒が第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機を侵食し支配したと言うのも想定外であった。

 

「3号機では無理でも、シンジと初号機であれば使徒の殲滅は容易いだろう。特にあの目標(使徒)に大きな特殊能力は見えない」

 

「後は、乗っている適格者(チルドレン)の問題か。シンジ君、君の息子は友人に刃を向ける事が出来るのかね?」

 

「………知らん。だが、出来ねば死ぬだけだ。それは理解しているだろう」

 

 戦闘を行うつもりがないなら、エヴァンゲリオン初号機がEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を抜く筈も無い。

 そう言う判断であった。

 

「お前らしくない、不確定さの容認だな?」

 

「第2次E計画によってダミーシステムの開発が遅れているのだ。ならば、後はシンジを信じるしかあるまい」

 

 ダミー、Dシステムとも呼ばれるソレは、Type-Ⅱで制御されているエヴァンゲリオンの無人起動/運用システムであった。

 綾波レイと言う存在の特質を利用したソレは、制御の難しいパイロットの問題(碇ゲンドウとシンジの確執)を無視出来ると言う理想のシステムであった。

 だが、碇ゲンドウの言葉の通り、第2次E計画に赤木リツコを筆頭とした技術開発局の人間を集中投入した結果、見事に頓挫していたのだ。

 Dシステムは儀式用のエヴァンゲリオン開発に必要な大事な技術であったが、如何に大事であっても、或いは重要であっても物理の問題 ―― 人材の壁(マンパワーの限界)と言うモノは突破できないのであった。

 

 と、冬月コウゾウが喉を震わせた。

 

「何だ?」

 

「いや、お前が信じると、息子を信じると言った事がな」

 

「………問題ない。計画はアレ(シンジ)の技量も含めて再計算されている」

 

「盛大な親子喧嘩にならん事を祈るよ」

 

 右手の拳で笑みの形に歪む口元を隠した冬月コウゾウ。

 その姿を憮然とした顔で睨む碇ゲンドウ。

 

101(エヴァンゲリオン初号機)及び103(エヴァンゲリオン3号機)戦闘開始します(エンゲージ!!)

 

 報告が上がる。

 葛城ミサトが指示を出す。

 

「使徒が、エバー201(第2期量産型エヴァンゲリオン1号機)に大ダメージが入ったならエントリープラグの緊急射出シークエンス再度、実行。良いわね?」

 

「はい」

 

「リツコ? MAGIの判断は」

 

「賛成1に条件付きが1つ。後は判断保留ね。第13使徒のEva201(第2期量産型エヴァンゲリオン1号機)に対する支配力が低下すればハッチ周りの拘束も緩める事が出来る筈よ」

 

 条件付きは、どれ程のダメージで第13使徒の支配力が低下するか読めない点が問題視されていた。

 判断保留は、エントリープラグの射出用の推進剤の残量十分か判断できないとの事だった。

 エントリープラグの緊急射出は既に2回試されているのだ。

 安全係数が取られている為、定格であれば3回分は射出可能とされているのだ。

 出来る筈であった。

 だが、第13使徒との戦いに絶対と言う言葉は使えないのだ。

 MAGIの1基が慎重な判断をするのも当然の話であった。

 

「なら、待ちましょう。シンジ君を信じて」

 

「はい!」

 

 唱和する声が上がる。

 状況は、碇ゲンドウたちを置いてけぼり(傍観者)にして加速する。

 

 

 

 取り敢えずの手合わせとばかりに仕掛けるエヴァンゲリオン初号機。

 第13使徒もまた、腕を鞭のように振り回す。

 踏み込み、そして1()

 交差する刃と腕 ―― 交差にならない。

 シンジは見事に第13使徒を腕を斬り飛ばしていた。

 だが追撃はしない。

 バックステップするエヴァンゲリオン初号機。

 そして油断なく第13使徒を睨みながら、EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)の刃先を手早く確認する。

 侵食を行う第13使徒、その事前情報あればの行動であった。

 表面を確認し、そして振ってみる。

 只の1合で刃先が荒れてはいたが、刀身に(亀裂)が入った気配はない。

 とは言え長くは持たない。

 予備としてEW-15(カウンターソード)も携帯してはいるが、此方は刀身が短いし、牽制用の射撃装置(200mmリボルバーカノン)が仕込まれているのだ。

 全力での使用に向いていない。

 

こいはいっきにいかんとね(短期決戦でいくしかないかな)

 

 第13使徒を倒す事は大事であるのだが、同時進行で第13使徒に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機ごと囚われている相田ケンスケを助けねばならぬのだ。

 EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)の問題もそうだが、時間を掛ける訳にはいかなかった。

 

 と、今度は第13使徒が踏み込んでくる。

 エヴァンゲリオン初号機の持つEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を警戒してか、その殺傷圏を潜り抜ける様に低い姿勢から奔る。

 

『シンジ!?』

 

「キェェェェイ!!」

 

 故にシンジは半歩だけ踏み込ませる。

 そのまま膝を落とし、蜻蛉から半月を描く様にEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を下段に移して、そのまま低い場所からの逆袈裟とする。

 切っ先が大地を切り裂く程に低く沈み、空を断つかの如き一閃。

 だが、第13使徒も黙って斬られなどしない。

 踏み込みから両手を地面に着いて、腕の力だけで空へと跳ねての緊急回避する。

 正に人外の動きであった。

 だがシンジも又、並では無かった。

 エヴァンゲリオンと言う機体への理解が進んでいるのだ。

 だからこそ動きをイメージする。

 追撃、連続攻撃。

 空へと振り上げた姿勢のままに、軸足1つで跳ねる。

 膝とつま先だけで、全高40m近い巨躯が空へと跳ねたのだ。

 人間では決して出来ない動き。

 だがエヴァンゲリオンであれば出来るのだ。

 

 空中にある第13使徒とエヴァンゲリオン初号機。

 空中であると言う事は自由では無い。

 A.Tフィールドを自在に操れるようになりつつあるアスカとエヴァンゲリオン弐号機なら話は別であったかもしれないが、シンジとエヴァンゲリオン初号機にそんな器用さは無い。

 だが、それでもシンジは攻撃を諦めない。

 NERVに来てから受けた格闘訓練を基にした動きをイメージし、エヴァンゲリオン初号機を操る。

 身を捻り、上半身を逸らせる挙動を行い、その反作用を蹴りとして第13使徒に叩き込んだのだ。

 

 轟音と共にエヴァンゲリオン初号機のつま先が、第13使徒の胸部装甲へと叩き込まれる。

 はじけ飛ぶ第13使徒。

 着地するエヴァンゲリオン初号機、

 

 残身として第13使徒を睨むシンジ。

 まだ倒せてはいない。

 感覚として判っていたが故だった。

 

『ケ、ケンスケェェッ!?』

 

 通信機越しに鈴原トウジが悲鳴を上げているのが判る。

 だがエヴァンゲリオンでの戦闘歴が長いシンジは、あの程度であればエントリープラグに大きな被害は出ていないと判断していた。

 そもそも、第13使徒を倒せる1撃ではないのだ。

 相田ケンスケに被害が出る筈も無いと言う剛毅な判断もあった。

 

 只、神の悪戯か、この1撃が予想外の結果を生む。

 第13使徒による第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機の拘束力低下である。

 それは通信機能に繋がった。

 

『聞こえているかNERV! トウジ!』

 

 とは言え映像は無く、エントリープラグの非常モード ―― 音声のみの緊急回線であったが。

 

『ケンスケ、ワシじゃ、トウジじゃ! 無事か!?』

 

『何とか無事だ。今、いきなりエントリープラグの電源が戻ったんだ! 何が起こってるんだよ、コレ!?』

 

 電源は戻ったが、外部は見えないと言う。

 何も判らないのだと言う。

 故に手早く、現場指揮官(NERV作戦局スタッフ)が状況を説明する。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機が第13使徒に乗っ取られ、今、鈴原トウジのエヴァンゲリオン3号機とシンジのエヴァンゲリオン初号機と交戦中であると言う。

 

『マジかよ………』

 

 絶句する相田ケンスケ。

 大地に穴を開ける勢いで叩きつけられていた第13使徒が起き上がろうとする。

 青い光が全身に走る。

 再度の、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機掌握に出たのだ。

 

『何だこりゃ!? た、助けてくれぇっ!!』

 

たすくっであわてんな(助けるから、慌てないで)

 

『シンジかっ、頼む!!』

 

じゃっで(だから)たえやいな(耐えるんだケンスケ)

 

『何にだよ!?』

 

けしんほどいてこいよ(死ぬほど痛い事に)

 

『………死なないなら耐えるさ! 頼むぞシンジ!! 俺、まだやりたい事が__ 』

 

 第13使徒による第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機の掌握率が上がったか、通信が途絶した。

 シンジは決意を込めて、インテリアのグリップを握りなおす。

 痛くても耐えると言ったのだ。

 男の言葉だった。

 だから、それを信じての速攻を選ぶ。

 と、鈴原トウジが口を開いた。

 

『シンジ、ワイが仕掛けるからその隙にってどうや?』

 

 組み伏せて見ると言う鈴原トウジ。

 第13使徒は、エヴァンゲリオン3号機よりもエヴァンゲリオン初号機を見ている。

 優先度の高い脅威と認識していたのだから、エヴァンゲリオン3号機による攻撃は成功する筈だと言う。

 だがシンジは、否定する。

 それは難しいだろう、と。

 

あいははやかでよ(反応速度が高いから)

 

 避けられてしまうだろうと言う。

 だから役割は逆だと続ける。

 

葛城サァ(葛城さん)!」

 

『何、シンジ君』

 

すこしじゃどんこわしもんでな(少し壊すと思いますけど、許して下さいね)

 

 結果としてエヴァンゲリオン初号機を壊す事があったが、今回は第13使徒を抑える為に壊れる事が織り込み済みになるのだ。

 先に一言、葛城ミサトに告げるのはシンジの良識であった。

 それをそっと受け止める葛城ミサト。

 

『………不甲斐ない大人で御免ね。シンジ君、ケンスケ君を助けてあげて』

 

まかしっくいやい(任せて下さい)

 

 

 

いっどがほい(行くよ、トウジ)

 

『おおや!』

 

 駆け出す2機のエヴァンゲリオン。

 エヴァンゲリオン初号機はEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を両手で握り槍の様に突き出して奔る。

 

「キィィィィィィィェェェェェェッ!!」

 

 ほとばしる猿叫。

 エヴァンゲリオン初号機も顎部を開いて吠える。

 

-フォオォォォォォォォォォォォォオオオオオン!!-

 

 人機一体の叫び。

 自らの叫びに背中を圧される様に、3歩目にはトップスピードとなるエヴァンゲリオン初号機。

 対する第13使徒、此方は4つの腕を膨らませて剛腕として迎撃を図ってくる。

 此方も、吠える事は無いが力を全力で込めているのが判る。

 両者全力となる一撃。

 

 激突。

 

 第13使徒が振るう腕よりもエヴァンゲリオン初号機が早かった。

 EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)の切っ先は、第13使徒左肩を貫通する。

 エヴァンゲリオン初号機の質量まで乗った1撃は肩から背中にまで貫通する。

 第13使徒の左の腕2本を一撃で封じて見せたのだ。

 そのままシンジはエヴァンゲリオン初号機の左腕で第13使徒の右腕を封じる。

 脚は、上半身と共に第13使徒の体を抑え込んだ。

 身動きの出来なくなった第13使徒。

 だがそれは第13使徒にとっても願っても無い事であった。

 侵食である。

 だからこそ、エヴァンゲリオン初号機を受け入れたとも言えた。

 

『シンジ君!?』

 

 通信機越しに聞こえる葛城ミサトの悲鳴。

 碇ゲンドウの声も混じっていたようにも聞こえた。

 だが、浸食の痛みを全身で受けているシンジに対応する余力は無い。

 それよりも優先するべき事があるからだ。

 

トウジサァ(トウジ)!!」

 

 吠える。

 叫びながら、残った自由に動く右腕でシンジは第13使徒の背中を殴り飛ばした。

 エントリープラグの装甲ハッチ(カバー)だ。

 灰褐色に塗られたソレが宙を飛ぶ。

 そして大地に落ちる前に、鈴原トウジの駆るエヴァンゲリオン3号機がエントリープラグを引っこ抜いた。

 

『獲ったでぇっ!?』

 

よかっ(見事)

 

 痛みに耐えながらシンジは鈴原トウジを称賛し、併せて攻撃に移る。

 

『シンジ君、浸食が激しいわ! 一度離れて』

 

 葛城ミサトの指示。

 だが、もうシンジには勝利への道が見えているのだ。

 故に笑う。

 笑っての追加攻撃一択であった。

 

もうおわっが(もう終わりです)

 

 エヴァンゲリオン初号機に残った武器、EW-15(カウンターソード)を引っこ抜いてエントリープラグが抜けた穴に叩き込む。

 エヴァンゲリオンを構成する素体、その最深部(コア)に繋がる弱点と言える場所であった。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機に侵食し、融合しているが故に第13使徒は、その痛みに震える事となる。

 滅茶苦茶に暴れようとする第13使徒。

 だが、シンジはそんな真似など許さない。

 EW-15(カウンターソード)に付けられている200mmリボルバーカノンを全弾零距離射撃を実行する。

 跳ね散る血。

 第13使徒の頭部やエヴァンゲリオン初号機を侵食していた青い光が消え、動きが止まる。

 

『使徒、活動停止! シンジ君、終わったんだ!?』

 

 日向マコトの報告めいた通信。

 だがシンジは攻撃の手を緩めない。

 まだ必要な報告が無いからだ。

 故に、止めとばかりに追加攻撃を掛ける。

 EW-15(カウンターソード)から手を離させ、その柄頭に拳を叩き込むのだ。

 第13使徒の、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機のコアを叩き潰そうと言うのだ。

 2発目、3発目、4発目。

 そして7発目でEW-15(カウンターソード)の切っ先は第13使徒の体を貫通し、コアを割るのであった。

 

使徒反応(BloodType-BLUE)、消滅を確認』

 

 欲していた報告、青葉シゲルの言葉を受けてシンジは漸く攻撃の手を止めたのだった。

 

 

 

 凄惨なまでのエヴァンゲリオン初号機の姿。

 第13使徒の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機の返り血を受け、夕暮れに威風堂々とたたずむその姿は、正に戦鬼の風格であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11-epilogue

+

 最早定番となりつつある、陰鬱な空気で行われるSEELEの会議。

 照明が暗いとか、参加者が年寄り主体だとか、そう言う次元では無い水準で空気が重かった。

 誰もが、肩を落とし、背筋が曲がっていた。

 

『碇君、第13使徒に侵食されたエヴァだが__ 』

 

 口ごもるSEELEメンバー。

 SEELEでも財務を預かる人間であった事が、()()を口に出す事を躊躇わせたのだ。

 絶望の色が乗る言葉を。

 故に、その気持ちを察した別のSEELEメンバーが引き継いだ。

 

『単刀直入に尋ねよう。復元は可能か?』

 

「………技術的な面からは、不可能では無いとの報告が上がって居ます」

 

 技術的な面から、である。

 エヴァンゲリオン初号機の攻撃によって全損した制御システム(エントリープラグ)周りや、中枢(コア)部。

 或いは使徒によって変質した腕や脚など。

 調査の上で廃棄する部位は多いが、使える部分も残ってはいた。

 具体的に言えば、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの全質量の2割位は無事であった。

 逆に言えば2割しか再利用できる部分は無い。

 丁寧に機体を解体し、部品を精査し再利用するとなれば手間は尋常でなく掛かる事となる。

 解体と精査の手間を考えれば新造した方が早いし、安いと言うのが赤木リツコの見立てであった。

 

『………あい判った』

 

『エヴァに関する処分、NERVが最良と考える判断に一任する。だが国連安全保障理事会に提出する為の書類は提出して貰おう』

 

 第2次E計画に絡んでのエヴァンゲリオンは安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)に於ける重大関心事項であった。

 碇ゲンドウも、疲労の色を濃くしながら頷く。

 国連に提出する公文書としての報告書は、作成自体は現場が行うが、最終的にはNERV総司令たる碇ゲンドウの精査と承認が要求される。

 右から左へ流せない(めくら印は許されない)のだ。

 面倒くさいと言う気分が出るのも仕方のない話であった。

 ある意味で不遜な態度の碇ゲンドウ。

 だがSEELEメンバーの誰であれ、ソレに目くじらを立てるものは居なかった。

 状況にウンザリしているのはSEELEメンバーであっても同じだからだ。

 

『内々の話だが………碇ゲンドウ、安全保障理事会は今回の事件を重く見ている』

 

 SEELEの議長たるキール・ローレンツが重々しく口を開く。

 第13使徒が国連本部(第2東京)に近い場所に出現したと言う事で、緊急理事会が開催されているのだと言う。

 人類補完委員会(SEELE)の代表として参加していたSEELEメンバーが言葉を継ぐ。

 

『NERV本部を目的としない、地球規模での使徒の出現が現実味を帯びた、と言う事だ』

 

「………しかし、地球規模で見た場合、松代支部もNERV本部も至近距離と呼べるのでは?」

 

 当然の疑問を口にする碇ゲンドウ。

 だがソレを、安全保障理事会担当のSEELEメンバーは力なく笑いながら否定する。

 

『残念だが碇ゲンドウ。それは我々の判断であり、安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)はそう思って居ない。況や、世界の世論は言うまでもない』

 

 感情的(ヒステリック)に使徒の脅威を叫ぶマスコミと、乗せられている世論。

 特に今回の闘いは、検閲も出来ない一般市民が撮影した動画や写真などがネットを介してばら撒かれたのだ。

 特に、時間的に長い、一方的に圧されていたエヴァンゲリオン3号機の姿が。

 力強い重装甲(G型装備第3形態)を纏っていたにも関わらず、である。

 その理由 ―― 操縦者たる鈴原トウジが適格者(チルドレン)として登録されたばかりであり、訓練が十分でない事や、エヴァンゲリオン3号機の足元で救急作業が行われていた為に、十分な運動が出来ないと言う事も、NERVの広報部から説明が為されてはいたが、それで治まる程に世論(感情)と言うモノは容易くはないのだ。

 

『国連安全保障理事会としては、建造途中の機体の素早い就役、そして失われた機体の補充を要求する決議が為される予定となる方向だ』

 

「はぁ」

 

『他人事の顔をするな。決議には()()()()()()()と付帯される』

 

「………これ以上の加速は難しいかと」

 

 物理的に無理。

 そう言う顔をする碇ゲンドウ。

 予算を与えられれば、失われた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの補充は可能である。

 設計図は既に存在するし、製造技術も確立しているのだから。

 とは言え、それはNERV本部で保管(廃棄)されていた部品の再利用した手早い製造の可能なα型では無く、正規量産型エヴァンゲリオンを基にしたβ型となるのだ。

 しかも、流用できたSEELEの儀式用エヴァンゲリオンの部品もそう残ってはいないのだ。

 それを急いで等と言われれば、無茶だと思うのも当然の話であった。

 その上で、NERVの本業がある。

 使徒との闘いである。

 そして、戦えば当然ながらもエヴァンゲリオンは傷つき、傷つけば修理を行わねばならない。

 実際、第13使徒との戦いでエヴァンゲリオン初号機は中破判定(侵食被害)を受け、エヴァンゲリオン3号機も小破しているのだ。

 これらの修理が最優先であるのだから。

 

『事情は分かっている。だが、それで世論は納得しない』

 

『政治だよ碇君。理解出来るな』

 

「………はい」

 

 光彩の消えた目(死んだ魚の様な目)で言うSEELEメンバー。

 その幽鬼めいた雰囲気に、碇ゲンドウも唯々諾々と同意する事しか出来なかった。

 第13使徒出現と撃破から既に1日。

 その1日の間、安全保障理事会の緊急理事会に参加していたのだ。

 疲弊もするのも当然であった。

 

『兎も角、予算については手配される事となった』

 

『約束の日まで、まだ我らは足掻かねばならぬ』

 

『だが全ては人類の為』

 

『………人類補完計画は必要だ』

 

『左様。人類の未来の為、我ら人類の導き手(大欧州)が復権の為、完遂せねばならぬ』

 

 それは、少しばかり自分自身に言い聞かせるが如き言葉であった。

 自分に言い聞かせねば挫けかねない、それ程にSEELEメンバーも疲労していたと言えた。

 不穏めいた空気を払う様に、キール・ローレンツは重々しく口を開く。

 

『左様。そして碇ゲンドウ、安全保障理事会が支援用の人形、ジェットアローンについても気にしている』

 

「はぁ?」

 

 怪訝な顔をする碇ゲンドウ。

 3カ所のNERVに配備されるエヴァンゲリオンと同数の汎用支援機(ジェットアローン3)が用意される事となっている。

 今回、実戦参加した機体は先行量産型であり、その製造経験を基に、より実用的な型が量産される予定であった。

 機体の性能自体は、今回の第13使徒との戦いで堅牢さと実用性を立証している。

 設計に問題は無いのだ。

 この上で何を欲するのかと言う表情であった。

 だが、安全保障理事会の反応は碇ゲンドウの予測の斜め上を行った。

 

『今回の闘い、最初に時間を稼いだ機体と、量産される機体は別物。そうだな』

 

「はい。量産されるのは電力の供給と武器などの運搬、後は諸作業への支援能力に機能に割り振った機体となります」

 

 NERVで運用する支援機(ジェットアローン2)が、元祖JA(ジェットアローン)構造(デザイン)を踏襲した人型であるのに対して汎用支援機(ジェットアローン3)は、安定性を重視した4脚であり、人型的な腕は無く作業用の多関節腕が設置されていた。

 目的を絞り、目的に合わせた機能を選択し、生産性を重視した結果だと開発主任の時田シロウは胸を張る機体。

 それが汎用支援機(ジェットアローン3)であった。

 

『多機能と聞く。だが、そこに()()()()は含まれていない。そうだな?』

 

「はっ?」

 

 文字通り絶句する碇ゲンドウ。

 その、聊かばかり礼を失した反応をとがめる事無く、SEELEメンバーは言葉を続ける。

 

『そこが問題視された。否、問題と言うよりも、だ。今回活躍したNERVの機体を望む声が大きく出たのだ』

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの補助()()として、支援機(ジェットアローン2)を整備するべきとの要求であった。

 

『エヴァンゲリオンよりは安かろう、とな』

 

 疲れた声のSEELEメンバー。

 その余りの声色に、碇ゲンドウも安全保障理事会に対する正気を疑うと言う言葉(four-letter word)を飲み込んでいた。

 確かにエヴァンゲリオンよりは安い。

 支援機(ジェットアローン2)は、兵器と比較すれば原子力空母と艦載機一式と同程度には()()のだ。

 正気の発言とは言い難かった。

 問題は、値段もそうであるが、支援機(ジェットアローン2)の主機である(ノー・ニューク)機関の製造である。

 旧名が熱核反応炉と言う、この新世代コンパクト高出力機関の製造は簡単な話ではないのだ。

 それも、格闘戦を前提とした耐衝撃機能を付与するとなれば、その製造の手間は常軌を逸した水準となる。

 時田シロウなどは、その製造の繊細さを指して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等と言っていたのだ。

 エヴァンゲリオン以上に量産の容易な機体では無いのだ。

 今回、お披露目された汎用支援機(ジェットアローン3)は、このお披露目の為に支援機(ジェットアローン2)2号機向けの部品で作られた特別な機体であったのだ。

 正直な話として、エヴァンゲリオン以上に物理的無理と言う部分があった。

 

「………取り合えず、努力は致します」

 

 心底からの、面倒くさいと言う気分が漂う碇ゲンドウであったが、SEELEメンバーの誰も、それを咎めなかった。

 それどころか、苦労を労わる言葉を投げかける程であった。

 横暴な民意の代弁者たる安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)を前に、SEELEメンバーと碇ゲンドウは強い連帯感を感じるようになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 中破と判定される被害を受けているエヴァンゲリオン初号機。

 四肢で健在なのは右腕だけ。

 後は頭部が無傷であったが、それ以外は浸食による被害が大きく出ていた。

 特に左腕は、作り直す必要がある ―― そう赤木リツコは判断していた。

 

セカンド(第2期量産型エヴァンゲリオン)向けの製造設備、それが流用できるのが有難いわね」

 

 場所は何時もの上級者用歓談休憩室、終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)であった。

 机に様々な書類を広げ、面倒くさげに煙草を吸っていた。

 隣の卓に座っている葛城ミサトも荒んだ目で煙草を吸っていた。

 2人の手元に置いてある灰皿は、共に吸い殻が山盛りとなっていた。

 煙草の空き箱も転がっている。

 後、缶コーヒー。

 日も暮れて久しく、既に部屋付きの給仕が帰っていた為に葛城ミサトが作戦局の備品を持ち込んできていたのだ。

 職権乱用と言う訳では無い。

 葛城ミサトが自腹で用意していた、残業者向けのモノ(備品)なのだから。

 

「どれくらいで修理は終わりそう?」

 

「そうね、左腕を含めなければ3日。左腕を含めれば2週間と言った所ね」

 

「生体部品?」

 

「ソッチはまだマシね。問題は生体パーツの中にある制御系の確認と交換よ」

 

 第13使徒の浸食によって酷い負荷が掛かっていると言う。

 予備部品が減っている為、制御系の新規部品との交換が出来ないのだと言う。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン製造、その納期の要求によって流用せざる得なくなった結果だった。

 新規の部品に関しては関連企業に対して発注済みであるのだが、精密機械である為に納入までまだ時間を必要として居た。

 

「………しゃーないわね」

 

 疲れ果てたと、ソファに背を預ける葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機を壊す許可を求めた碇シンジに、許可を出したのは葛城ミサトなのだ。

 そもそも、目的は第13使徒 ―― 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機の中に囚われていた相田ケンスケの救助であり、それは推奨こそすれども批判するべき事では無かった。

 それは人道であり、同時に、計算であった。

 NERVは適格者(チルドレン)を、子どもを見捨てない。

 そうアピールする必要があるのだから。

 最終的に17機のエヴァンゲリオンが揃うのだ。

 17人の適格者(チルドレン)、人類を左右する強大な力(エヴァンゲリオン)を駆る子ども。

 ()()()()()、大人の信用を失う訳にはいかないのだ。

 

「そうね」

 

 資料を睨みながら同意する赤木リツコ。

 情よりも知を優先する癖のある、この才媛から見ても、シンジを筆頭に、今の適格者(チルドレン)は素直であり、或いは責任感の強い子ども達であった。

 永くNERVに所属し教育を受けている惣流アスカ・ラングレーや綾波レイは言うに及ばずであり、促成の鈴原トウジも責任感を示した。

 資質に関しては葛城ミサトが危惧を抱いていた相田ケンスケも、欧州での訓練と教育によってか、肝の据わった所を見せた。

 だが、これから先に選ばれる子ども達に、同じ水準を要求するのは酷である。

 不可能である。

 そう、冷静に考えているのだった。

 

「次の使徒が来るの、少し遠い事を祈るのね」

 

「そうする。断酒でもして祈ろうかしら」

 

「あら、シンジ君が退院したら祝勝会って言ってたのは誰かしら」

 

「………さぁ?」

 

 韜晦する葛城ミサト。

 カラ元気で笑う。

 と、少しだけ真面目な顔に戻して赤木リツコに尋ねる。

 

「そう言えばシンジ君の状態、どう?」

 

「何時もの検査入院の範疇ね。神経への過負荷は見られず、バイタルはすべて正常。使徒と接触していた相田ケンスケ君も含めて異常は無いわ」

 

「それは結構! トウジ君も異常なしよね?」

 

「ええ。彼の103(エヴァンゲリオン3号機)は浸食を受けていないもの。定例検査で異常は出ていないわ。そうね、レイが不満を漏らした位かしら」

 

「え、戦いたかったって?」

 

 戦意過剰かと葛城ミサトが危惧をすれば、赤木リツコが笑って返す。

 違う、と。

 

「自分だけ置いてけぼりを味わった、そんな気分よ」

 

 寂しいと言う気分。

 そして少しの不満。

 シンジとアスカは欧州に月単位で派遣されており、鈴原トウジも第2東京(NERV松代支部)に行ったのだ。

 なのに自分はNERV本部(第3新東京市)詰めだった。

 

 赤木リツコは、少しだけ愉快な気分で、頬を少しだけ膨らました綾波レイを思い出す。

 情緒が順調に育っている証拠だからだ。

 天木ミツキが主導し、伊吹マヤや自分が関わっている綾波レイの成長。

 それは情夫たる碇ゲンドウの望まぬ事でもあった。

 ()()()()()()

 この先、碇ゲンドウがどういう選択をするのか。

 赤木リツコは生温かい目で見る自信があった。

 

「へーっ、レイも情緒が育ってるわね」

 

「そうね。あ、後、アスカがシンジ君の付き添いで泊まるって」

 

「ちょっ!?」

 

 慌てる葛城ミサト。

 シンジとアスカがお付き合いを開始したってのは察している。

 だからこそ、盛り上がる事を心配したのだ。

 だが、赤木リツコはその心配を笑う。

 

「大丈夫よ。()()()()()()()()()()()って伝えてある(釘を刺している)から」

 

「だといーけど」

 

 愛欲に塗れた自分の頃を思い出して葛城ミサトは、取り合えず首に下げている父親の遺品でもある銀の十字架に祈りを捧げるのであった(アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター)

 ここ10年ほど、教会に足を向けた事もない不信心者の祈り。

 大学時代以来の(ネタ)に、赤木リツコは柔らかく笑うと、自分も祈りを口にしていた。

 

「南無阿弥陀仏」

 

「止めてよ! それ事後(死後)向けじゃない!!」

 

「どうかしらね」

 

 疲れを少しだけ忘れられる笑いが、終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)に弾けるのであった。

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#11こぼれ話)
 迷走としか言いようが無い欧州編____
 いや、本当に、真面目に、こういうオチになるのは想定していませんでした(コナミカン
 とは言え、アレだ
 サツマンゲリオンの時間軸だと、アスカも自己肯定力Ageageなので、そら欲しいと思えば喰いに行くし、シンジはサツマンな部分を除くと原作通りのピュアッピュアで、しかも自己否定力がメッチャ乏しいので、そら、お互いの気持ちが向けば、最短ルートなのは残当。
 個人的に、勿体付けるのが面倒くさい、もとい、趣味では無いので、そこら辺は普通に流してしまう件。
 ぶちゃけ、戦闘以外は全部が全部、物語を盛り上げるためのフレーバー ですしおすし(駄目な開き直り







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第拾弐) ANGEL-14  ZERUEL
12-1 Demonbane


+

困難にあって倒れるようでは、汝の力はまだ弱い

――旧約聖書     

 

 

 

 

 

+

 その日、第3新東京市第壱中学校は久々に朝の名物が復活していた。

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレーによる自転車通学(競争)である。

 勢いよく奔っている2台のスポーツ自転車(ロードレーサー)

 人口の減った第3新東京市 ―― 使徒と言う存在があり、そして第3新東京市を狙って襲ってくると言う事実が公表されて以降、一般市民の疎開や転居が進んでいる為、通学路は往時の半分以下の学生しか居なかった。

 寂しさのある光景。

 そこに、朝の名物が復活したのだ。

 ある意味で日常だった風景に、生徒たちは歓声を挙げるのだった。

 

 朝とは思えない響きに、窓から外を見た洞木ヒカリは友人たちの帰還に気付く事になる。

 

「アスカ、帰って来たんだ」

 

 赤系で纏めたアスカの自転車用のウェア。

 刺し色となる白いヘルメットから零れて棚引く赤い髪。

 シンジの、深紫めいた青に赤色ラインの入った新しい自転車(ロードレーサー)と共に駐輪場に自転車を置く。

 スタンドが無いので壁に立てかける様にしている。

 と、校舎に来るかと思いきや、誰かを待つかのように校門を見ていた。

 

「?」

 

 授業の準備を止め、その動きを見ていると。

 校門から1台の自転車が入ってくる。

 白を基調としたスポーツ系の小径車(ミニベロ)、綾波レイであった。

 お世辞にもスマートな動きではないが、それでも必死に漕いでいる。

 到着。

 アスカがグローブに包まれた拳を出し、綾波レイも力の無い仕草で拳を当てていた。

 

 

 

「綾波さんも自転車通学?」

 

「慣れるには乗るのが一番だって聞いたから」

 

 洞木ヒカリの質問に、疲労困憊と言った態で机に肘をついて俯いた儘に応える綾波レイ。

 曰く、シンジとアスカが帰って来たのでウッキウキで自転車を持ち出して一緒に乗ったら、直ぐに疲れて乗れなくなったのだと言う。

 だから、体力づくりも兼ねて、通学に自転車を使う様にしたのだと言う。

 が、体力不足な綾波レイにとって学校前の上り坂は体力の限界を超えるものであったのだ。

 

「レイってお嬢さま(箱入り娘)感があるわよね」

 

 揶揄する様に言いながら、だが同時にアスカは、購買部にある自動販売機で買ってきたスポーツドリンクを綾波レイに差し出した。

 アスカは口調や態度で誤解されがちであるが、根が優しいと言うか世話焼き型であると洞木ヒカリは微笑まし気に見ている。

 貰ったペットボトル。

 封を切って、煽るように飲む綾波レイ。

 コクコクっと喉が揺れる。

 だが、本人としては一気飲みをしている積りであるが、その1口は小さい。

 可愛いと言う感想を、アスカと洞木ヒカリは目と目で言い合っていた。

 尚、対馬ユカリはワシャワシャっと汗に濡れた髪を拭いていた。

 お嬢さまと言うか、手の掛かる(無垢な娘)だと言うのが、最近は綾波レイの世話(プロデュース)役も任じる事になった対馬ユカリの感想であった。

 自転車の時もそうであるが、買い物で綾波レイは思い切りが良すぎるのだ。

 その上、店員の言うがままに買ってしまう幼さがある為、見ていて不安なので付いていく事が多くなり、今に至っていたのだ。

 赤木リツコや伊吹マヤと言った綾波レイの保護者分とも仲良くなって、電話番号も貰っていた。

 それは、扱いは、綾波レイのストッパー(外付け常識回路)の役割を期待されての事であった。

 本人としては誠に、責任重大(胃が痛い)と言うものであったが、今更に見捨てられぬばかりに世話を焼いたりしているのだった。

 

 朝からワイワイとやっている女子グループに対して、男子グループは静かだった。

 2年A組の男子衆が別段に真面目と言う訳では無いが、能天気(賑やかし)筆頭めいた相田ケンスケが居なくなった結果、何となく静かになっていると言う状態であった。

 

「ケンスケの奴、もうヨーロッパに行ったの?」

 

「そやで。昨日の便で戻ったそうや」

 

 騒々しい奴ではあるが、嫌われてはいなかった相田ケンスケの事を心配するクラスメートに、機密が絡みそうな詳細はボカシながらもシンジと鈴原トウジが応えていく。

 

「怪我が軽かったのが何よりだ」

 

じゃっでよ(そうだね)

 

 第13使徒との戦いで打ち身などの軽い怪我を負った相田ケンスケであったが、()()()()()もあって治療や精密検査などはNERVドイツ支部で受ける事となっていたのだ。

 シンジ達は知らぬ話であったが、SEELEが使徒と物理的に接触した人間の詳細を知りたがったと言うのも大きかった。

 兎も角。

 少しばかり特殊な立ち位置にあるシンジやバンカラめいた鈴原トウジと比べ、相田ケンスケはクラスメートにとっては身近なキャラクターであった。

 ヲタク、普通の人と言う評価とも言えた。

 だからこそ心配していたのだ。

 

「急いで行くって、アッチで美人と知り合いになったのかな」

 

「彼女を作ったとか!?」

 

「相田だぞ!?」

 

「いや、相田だぞ!」

 

「スケベだったからな」

 

 鼻息も荒く、卑猥な手の仕草をする一部のクラスメート。

 何とも俗な部分での同胞意識かもしれなかった。

 

「パッキンのボンキュッボンとかかっ!?」

 

「ありそうだ!」

 

「惣流にホの字だったしな」

 

「相田の癖に生意気だ!!」

 

「そうだそうだ!!」

 

 気付いたら、相田ケンスケにはヨーロッパで美人な彼女を作ったと言う事になっていた。

 シンジは微妙な顔で笑った。

 確かに美人な女性も居たっぽいが、総じて二次選考に向けての訓練をしている為、それ所では無いだろうとシンジは感じていた。

 それは推測では無い。

 手すきな時間、体を訛らせない為としてシンジもアスカも参加していたが故の実感であった。

 

 

「そう言えば__ 」

 

 鈴原トウジが声を潜めてシンジに話しかける。

 NERVに絡む事だからとの配慮だった。

 

「ん?」

 

「新しい奴が来るゆう話、今日やったな」

 

じゃっど(そう聞いてるよ)

 

「じゃ、ココ(2年A組)に来るんかのう」

 

じゃろよ(多分)

 

 シンジの駆るエヴァンゲリオン初号機の状況が事実上の大破である為、その穴埋めの為、当初より予定されていた5機目のエヴァンゲリオンのNERV本部へ配備が至急行われる事となったのだ。

 新しく配備されるのは、NERVドイツ支部で調整中であったエヴァンゲリオン6号機であった。

 調整とは言うが、真実はNERVドイツ支部(SEELE)が、研究と手駒として手放す事に難色を示していた機体と適格者(チルドレン)だ。

 少なくとも公式には。

 

「付き合いやすい奴やとええナァ」

 

じゃらいな(そうだね)

 

 

 

 

 

 NERV本部に空輸されてきたエヴァンゲリオン6号機。

 エヴァンゲリオン弐号機の設計を基に建造された略同型機であり、エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機と同じ正規量産型エヴァンゲリオンであった。

 特殊な部分の無い標準的(プレーンな)機体だ。

 色は濃紺色に塗られていた。

 

「これで男子は寒色、女子は暖色って事になるわね」

 

ウチ(NERV本部)のはそうね」

 

 呑気な顔で第3新東京市の航空基地、その展望デッキからエヴァンゲリオン専用輸送機であるCE-317(Garuda)からの積み下ろし作業を見ている葛城ミサト。

 対する赤木リツコも気楽な顔で珈琲を片手に手元の資料を見ていた。

 

「コレでエヴァンゲリオンが5機目、世界と戦争が出来るわね」

 

 赤木リツコの声は、呆れの色が濃ゆかった。

 実際、そう言う懸念の声が一部ながらも国連で上がっていたのだ。

 NERVによる世界支配と言う懸念。

 とは言え懸念は本音では無い。

 NERV本部にエヴァンゲリオンを集中させるよりも、可能ならば自国に配備させたいと言う政治から(スケベ心)の発言であった。

 第2次E計画に基づくエヴァンゲリオンの建造と配備計画は進んでいるのだが、第2東京市を襲った第13使徒と言う現実があったが為の事であった。

 ある種の感情的反応(ヒステリー)と言えた。

 とは言え、使徒の存在に対する戦力の集中と言う合理性が感情的意見を否定し、大きな潮流()になる事はなかったが。

 

「アホ草。ンな批判した人すら信じてない話になんて興味は無いわよ」

 

「そうね。面倒事は使徒だけで十分よ」

 

 ウンザリと漏らす赤木リツコ。

 NERV本部技術開発局では使徒の存在を探る事も任務としている。

 だが、今まで襲来した第3使徒から第13使徒迄の11体に共通するナニカ、存在理由、或いは目的、その他を一切、解明できなかったのだ。

 肉体が人類、炭素生命体に似て非なる構造をしていると言う事。

 自在にA.Tフィールドを使える事。

 その程度しか判って居ないのだ。

 判らないと言う事を理解するのが科学とは言え、何とも疲労すると言う話だ。

 その回収した遺()から様々な研究成果を得てはいたが、それだけであった。

 

「しかし、これで漸く完全充足ね」

 

 嘆息する葛城ミサト。

 本部戦闘団(NERV本部エヴァンゲリオン戦闘団)は、2機のエヴァンゲリオンで戦闘小隊とし、2個の戦闘小隊と1機の支援用エヴァンゲリオンで構成されるとしていた。

 NERV本部戦術作戦部作戦局は本来、この5機をもって使徒と闘う事を前提に作戦や部隊配置、或いは第3新東京市の要塞機能を構築する様に計算していたのだ。

 その意味では、漸く本領発揮ができると云う話であった。

 最初の実戦投入された適格者(チルドレン)、シンジとエヴァンゲリオン初号機が想定外めいた破格の実戦能力を発揮したが為、今まで無事に乗りきれたが、そうでなかった場合、第5使徒、或いは最初の第3使徒の段階で人類が終わっていたかもしれないのだ。

 葛城ミサトがシンジに対して深い配慮をするのも当然であった。

 人類が最も危機的状況であった瞬間を支え抜いたのだから。

 

 当初、作戦局で対使徒戦の切り札と期待されていたのはアスカとエヴァンゲリオン弐号機であった。

 実際、NERV本部に配置配備されて以降、第7使徒からの闘いでシンジとエヴァンゲリオン初号機に匹敵する能力(パフォーマンス)を発揮はしていた。

 撃破数()こそシンジとエヴァンゲリオン初号機に一歩譲るが、それは運と組み合わせによるモノであり、決してアスカとエヴァンゲリオン弐号機が劣るものではない。

 少なくとも作戦局では判断し、公言し、アスカにも伝えていた。

 だがそれとは別の話なのだ。

 

 第3使徒が襲来した時点でNERV本部にアスカは着任していなかった。

 エヴァンゲリオン弐号機も到着していなかった。

 そう言う話であった。

 

「整備部隊の増員、もっとやって欲しいわね」

 

「ドイツから来なかったの?」

 

「7号機と第2期分の建造で引っこ抜けないって」

 

「あー」

 

 赤木リツコに恨みがましさが無いのは、NERVドイツ支部の技術部門総括が疲れ果てた顔をしていたからであった。

 碇ゲンドウの仕置きからの意趣返し、或いは邪魔(サボタージュ)では無い事を理解すればこそとも言えた。

 NERV本部での大変さも判るが、と本当に申し訳ないと言う声で言うのだ。

 赤木リツコも同病相憐れむとなるのも当然であった。

 

「何とかなりそう?」

 

「人員増の予定はあったわ」

 

「なら__ 」

 

「只、その予定分が全て第2次E計画に喰われたのよ」

 

 陰々鬱々滅々といった塩梅の赤木リツコ。

 葛城ミサトも只、アッハイと嘆息していた。

 珈琲を飲む音だけが響く展望デッキ。

 と、葛城ミサトが声を上げた。

 

「見えたわ」

 

 誰がと言えば、エヴァンゲリオン6号機の専属搭乗員(パイロット)だ。

 CE-317(Garuda)の搭乗タラップから降りて来る、周りからみて1周りは小柄な人影だ。

 間違う筈も無い。

 NERV本部でも有数の重鎮である2人が立ち会っている理由は、エヴァンゲリオン6号機が理由では無く、新しい子ども(チルドレン)を歓迎する為であった。

 

「NERVドイツ支部の秘蔵っ子、ね」

 

「そう言えば、アスカは面識が無かったそうよ」

 

「………正規の選抜ルートとは違うって事ね」

 

「シンジ君みたいね」

 

「なら、シンジ君みたいな子である事を祈りましょう」

 

 

 

 NERVの適格者(チルドレン)制服を隙なく着こなした少年。

 それが5人目の適格者であった。

 

「初めまして、渚カヲルです」

 

 エントランスで行われる歓迎の場。

 敬礼しての自己紹介。

 にこやかな笑顔をした渚カヲルは、その顔の良さも相まって実に人懐っこい雰囲気を見せていた。

 だが、対する葛城ミサトと赤木リツコは眉をひそめていた。

 さもありなん。 

 発音は見事(ネイティブ)であったが、顔立ちは白人系(コーカソイド)めいているのだ。

 そもそも、NERVドイツ支部から送られてきた書類にはカール・ストランドとの名前が書かれていた。

 にも関わらず、自己紹介では和名である。

 首を傾げるのも当然であった。

 

Es tut mir leid(申し訳ない) Es gab Änderungen(変更がありました)

 

 随員であったドイツ人スタッフが四面四角(チュートン的)な態度で書類を差し出す。

 受け取った書類。

 そこには5人目の適格者(5th チルドレン)に関する伝達としてUmbenennen(改名)が書かれていた。

 

Bitte erläutern Sie(ナニ、コレ)?」

 

 胡乱な声を上げる葛城ミサトに、随員のドイツ人スタッフは朗らかな(ヤケクソめいた)顔で断言した。

 

Die Person selbst wünschte(本人の希望です)

 

「折角、日本に来るんですから日本風の名前に変えてみました。ほら、郷に入っては郷に従えって日本語にあると学んでいますからね」

 

 楽し気なカール・ストランド、改め渚カヲルに葛城ミサトも赤木リツコも毒気を抜かれていた。

 改名で何故に渚と言う性なのか。

 何故にカヲルと言う名なのか。

 滔々と、説明していく。

 その様は実に楽しそうであった。

 ドイツ人スタッフだけは天を仰ぎ、溜息をつくのだった。

 

huhhh(ハァツ)………Bitte haben Sie dafür Verständnis(ご理解ください)

 

Aha(そう)

 

 同情を込めて同意する葛城ミサト。

 その親友(マブ)たる赤木リツコは冷静な顔を崩す事無く、その腹の中で中々に個性的だが類は友を呼んだかと思っているのだった。

 そもそも指揮官が指揮官(葛城ミサト)だ、とも。

 

 シンジとアスカのペアを筆頭に反骨心の強い鈴原トウジに、素直そうに見えて頑固一徹な綾波レイと言う我の強い(キャラクタの濃ゆい)子ども達と、負けず劣らずの引率役だ。

 赤木リツコは騒がしくなりそうだとの予感を飲み込みながら、煙草が吸いたいと思うのだった。

 尚、他人事めいて考えている赤木リツコであったが、第3者から見れば立派な葛城ミサトの親友(マブ)だと言う評価である。

 否、それどころではない。

 組織の総司令官を尻に敷いていると言う事実が表にでれば、葛城ミサトの親友と言うよりも、葛城ミサトを親友とすると言う評価に変わるだろう。

 

 世の中、その様な(自分は普通と思う)モノであろう。

 NERV本部は今日も通常運転中であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12-2

+

 第壱中学校での学業終了後、NERV本部へと向かう碇シンジら4人の適格者。

 平時と言う事で、保衛部の護衛班による護送ではなく各個人の自転車で地下鉄第壱中学校駅を目指す事となる。

 1㎞も離れていない場所であるが、惣流アスカ・ラングレーが音頭を取って(リーダーシップを発揮して)、出る前に少し流れを話し合う事になる。

 シンジとアスカは自転車に慣れていたが、鈴原トウジは自転車通学を始めたばかりだし、綾波レイに至っては自転車にまだ乗り慣れていない状態だからだ。

 ルートに関するディスカッション。

 道路常態その他、注意点を事細かに告げるアスカ。

 正直、鈴原トウジからすればその程度は判っとる! と言うレベルの話であったが、大人しく口を噤んでいた。

 アスカが伝えたい相手が綾波レイであると判っていたからだ。

 綾波レイも真剣な顔でアスカを見て、その言葉を聞いている。

 だからこそ鈴原トウジは、そっとシンジの腹を肘で突くのだった。

 目が合う。

 

 両手の拳を重ねて見せる(センセ、尻に敷かれそうやな)鈴原トウジ。

 シンジは音をさせずに手を叩いて(アスカは立派だよと)返す。

 

 何とも評し難いシンジの返事に、鈴原トウジは天を仰ぎ、惚気られたと呆れていた。

 

「あっ、良かった。まだ残ってたわね!」

 

 そんな4人の所に洞木ヒカリがやってきた。

 4人同様に下校途中だったらしくカバンを肩から掛けている。

 そんな洞木ヒカリが校門から離れている駐輪所に来た理由は案内であった。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉を軽やかに言ったのは、アイロンの跡も真新しい学生服に身を包んだ少年であった。

 その顔を見たアスカが声を上げる。

 

「アンタ、ドイツ支部の__ 」

 

「渚カヲル、だよ」

 

 5人目の適格者(5th チルドレン)、渚カヲルであった。

 NERV本部に配属されれば学校と言う所に行く事となる。

 そう聞いていた渚カヲルは好奇心に駆られ、明日以降に先送り出来ずに碇ゲンドウへの挨拶もそこそこに第壱中学校へとやってきたのだった。

 

 新しい美形の登場に、第壱中学校の生徒たちは好奇心を隠す事無く駐輪所を注視し、或いは囁き合っているのだった。

 

 

 

 

 

「渚カヲル。老人共の手、か」

 

 手元の資料を見ながら呟く冬月コウゾウ。

 資料は見事なまでに空白だった。

 身長体重血液型、それに生年月日までは記載されている。

 名前の改名に関しては、本人の強い要求によりとも書かれていた。

 だがそれだけだ。

 それ以上の履歴などの重要情報は抹消(Erasure)の文字が書かれているだけであった。

 

「大丈夫なのか、碇?」

 

「問題は無い。老人たちの狙いは使徒対応だ。初号機が大破状態なのを危惧し(ジョーカー)を切ったと言うトコロだろう」

 

「SEELEの老人共が使徒相手に、か? 俄かには信じがたいよ」

 

 冬月コウゾウの弁も当然の話であった。

 人類補完計画以外は全てが雑事だとばかりの態度を見せるのがSEELEであったのだから。

 だが、それを碇ゲンドウはやんわりと否定する。

 サングラス越しでも判る、かなり疲れた顔をしながら。

 

「考えても見ろ。使徒迎撃に何かがあれば政治屋のバカ踊り(国連安全保障理事会の臨時会議)が始まるのだ。将来への展望は兎も角として老人たちも現実に向けて真剣にならざるを得ない」

 

 第10使徒から使徒による被害が洒落にならない事になりつつあるのだ。

 何かあれば人類補完委員会(SEELE)を呼びつけ、対処を命じる。

 第2次E計画にせよ、第13使徒戦の結果を受けて緊急的に決定した修正第2次E(ジェットアローン追加整備)計画にせよ、使徒が暴れて大きな付帯被害が発生すれば本当に大変な事になるのだ。

 否、既になっていた。

 碇ゲンドウは国連安全保障理事会の臨時会議対応で4㎏程痩せて(やつれて)いた。

 SEELEメンバーも体調不良で入院による欠席者が出る始末であった。

 この結果、それまで被害をかなり抑え込んでいたシンジとアスカ(NERV本部のツートップ)に対する評価が爆上がりしていた。

 エヴァンゲリオンの被害は出すが、周辺への被害は抑える傾向がある。

 先の第13使徒も、2人とエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機が揃って居れば簡単に撃破していただろうとも思って居た。

 だからこそ、激励の意味でも追加の勲章その他を与えようと言う話が出ていた。

 

 とは言え痛し痒しの面があった。

 安定したシンジとアスカは使徒を打ち払っていくだろう。

 だが人類補完計画と言う意味では、その発動の(トリガー)候補である2人が安定していると言う事は問題であるのだ。

 希死念慮(デストルドー)が計画発動の鍵となるからだ。

 

 未来は大事だ。

 だが、今を乗り切る為の手を抜くわけにはいかない。

 碇ゲンドウもSEELEメンバーもこの点に関しては匙を投げていた。

 どうにかなるだろう(どうにかなって下さい)、と。

 

「………何とも散文的な現実だな」

 

 鼻を鳴らす冬月コウゾウに、碇ゲンドウは興味なさげに返す。

 

「現実が幻想的な筈も無い」

 

 口調は兎も角として断じる言葉。

 碇ゲンドウにとっては当然であった。

 現実が幸せに始まり、そして終わるのであれば自分から妻たる碇ユイが奪われる筈がないのだから。

 

「だからこそ、人類補完計画を成す。人類を新しいステージへと押し上げるのだ」

 

「そうなる事を祈りたいね」

 

 そう呟きながら、フト、冬月コウゾウは思った。

 祈りと言う漢字と、折れるとの漢字は一文字違いだったな、と。

 碇ゲンドウの息子たるシンジに祈りが折られる可能性を思ったのだ。

 そう言えば碇ユイも色々と折る女性であったなとも思い出していた。

 

「どうした冬月?」

 

「いや、中々に未来は波乱万丈の先にあるなと思ってな」

 

 冬月コウゾウは人類補完計画に格別の情がある訳では無い。

 碇ゲンドウの野望の果てを見守ってやろうと言う気分、そして碇ユイから託された事あればこそ、ここに居るとも言えた。

 だからこそ、ある意味で()()()()()()と言えた。

 

 

 

 

 

 綾波レイは不満げな顔で自転車を押していた。

 否、自転車から降りて押して歩いているのは綾波レイだけでは無い。

 シンジもアスカも、そして鈴原トウジの自転車を降りて押していた。

 これは渚カヲルが一緒にNERVに行くと言い出したが為、なら仕方がないと自転車を持たない渚カヲルに合わせて歩いていくとなった結果だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 待ちに待ってた自転車通学。

 アスカやシンジと一緒に自転車に乗って移動すると言う夢を邪魔されたのだ。

 白磁めいた白い頬っぺたをプクッっとばかりに膨らましているのも当然だった。

 しかも、交通の邪魔をしない為としてアスカとシンジの傍に自分は居る事が出来ないのだ。

 2人づつのペアとなっていた。

 集団の先頭を行くのはシンジとアスカ。

 仕方がない。

 鈴原トウジが、どうせならと誘った洞木ヒカリと一緒に居るのも仕方がない。

 洞木ヒカリの鈴原トウジに対する乙女心(好きだと言う気持ち)を聞いていたのだから当然の組み合わせだ。

 だが、だからと言って自分の隣が渚カヲル(おじゃま虫)と言うのは無い話だと可愛らしく憤慨していた。

 情緒の育ちつつある綾波レイは、人並みの感情を身に付けつつあった。

 否、渚カヲルに対して良好な感情とならないのは別の理由もあった。

 

「そんなに頬っぺを膨らましていると、元に戻らなくなるよ()()()

 

 ()()だ。

 コレが綾波レイを不機嫌にさせるのだ。

 

「私は綾波レイ。リリスでは無いわ」

 

 前を見ながら、不快と言う感情を明確に口にする。

 綾波レイと言う自我(パーソナリティ)が確立しつつあるのだ。

 それは碇ゲンドウが恐れる事態であった。

 が、赤木リツコは敢えて報告していなかった。

 面白いからと言う、科学者として女としての()()に従った結果だった。

 通常であれば(クソの様に忙しくなければ)碇ゲンドウも直接綾波レイと接触する事で気付けたかもしれないが、最近は仕事の忙しさにかまけて綾波レイと会食するなどとの時間を削っていたが為、気付けなかったのだ。

 

 兎も角。

 綾波レイの本気めいた反応に、流石の(空気を読まない)渚カヲルも首を傾げた。

 

「でも、リリスだよね?」

 

「綾波レイ」

 

「………えっと……」

 

()()()()

 

 1音節毎に強調した綾波レイに渚カヲルも陥落する。

 

「ゴメン。なら、綾波レイさん。これで良い?」

 

「十分」

 

 フンスっと勝利を雄たけびめいて鼻息を可愛くならした綾波レイ。

 そんな2人の会話を聞いていたアスカと洞木ヒカリは、同じ事を考えていた。

 関係が決まった(尻に敷いた)、と。

 尚、渚カヲルは気づいていなかった。

 当然ながら、自分の状況も含めて鈴原トウジは気づく筈も無かった。

 唯一、何となく薩摩式男尊女卑(建前男尊、実権女帝)の気配を感じたシンジであったが、賢明にも口を開く事は無かった。

 

「何?」

 

 隣に居るアスカの綺麗な顔を見て頷くに留めるのであった。

 

「うん。なんでも無いよ。今日の献立を考えてたんだ」

 

「ハンバーグで良いわよ」

 

「週に1回で勘弁してよ。それより唐揚げは駄目?」

 

huhn(チキン)? それも好きよ」

 

「それは良かった。葛城さんのリクエストがあったからね」

 

「………アタシよりミサトを優先するってぇの!?」

 

 少しだけ眉を跳ねさせるアスカ。

 とは言え外見ほどに不機嫌になった訳では無い。

 夕食の献立で会話をする。

 そんな自分に、少し驚いていた。

 日常。

 エヴァンゲリオンの適格者として選抜されて以降の、あの研磨の日々からすれば考えられない程の平凡な日々。

 こんな日々がもっと続けば良いのに。

 そんな事をアスカは考えていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12-3

+

 NERV本部で行われている適格者(チルドレン)の訓練。

 本日行われている内容は、第7世代型有機コンピューターMAGIが再現した仮想空間でのデジタル演習であった。

 主目的は5機のエヴァンゲリオンによる入れ替え戦をする事での、5人の相性その他を見る事である。

 正式なNERVエヴァンゲリオン戦闘団第2小隊を組む上で綾波レイ、鈴原トウジ、渚カヲルの組み合わせの適性を見るのだ。

 そこに碇シンジと惣流アスカ・ラングレーも含まれているのは、今の様な2人のどちらかが戦闘参加不可能な状態を想定しての事であった。

 使徒は段々と強さを増している。

 そして、襲来の時期は予想出来ない。

 だからこそ、であった。

 

 最初、葛城ミサトがシンジとアスカも相性を見ると言いだした時、アスカは物凄い顔をしていた。

 思わずシンジが二度見した程の表情であった。

 

「アタシたちが信用しないってぇの?」

 

 見事な、巻き舌めいた発音をするアスカ。

 その迫力にあてられて、鈴原トウジは半歩ほどアスカから離れていた。

 理解しなかったのは綾波レイと渚カヲルの2人(ピュアピュアコンビ)

 見事の同じ角度で首を傾げてアスカを見ていた。

 とは言え年の功。

 葛城ミサトはアスカの感情を柳に風とばかりに受け流す。

 と言うか、()と言う言葉に可愛げを感じる程の余裕があった。

 

「信用と言う意味では貴方たちは絶対的、それ位には信じているわよ? 只、不測の事態に備える。その準備って所ね」

 

 今みたいな、と続ける。

 シンジとアスカの組み合わせ(第1小隊)は、実戦に於いて圧倒的な能力(パフォーマンス)を発揮している。

 ほぼ全ての使徒を2人で撃破しているのだ。

 シンジとアスカ、共に襲来する使徒の3体を単独撃破し、それぞれが5体と4体とを共同撃破している。

 綾波レイにせよ鈴原トウジにせよ、共同撃破しか経験()が無い。

 圧倒的と言う言葉は伊達や誇張では無いと言えるだろう。

 綾波レイは支援役が主であり、鈴原トウジが戦列に加わったのが極最近であると言う事を加味しても尚、圧倒的と評価されていた。

 少なくとも、葛城ミサトと作戦局の人間が、ペアの解消と組みなおしを検討しない程の評価である。

 戦技、そして戦意による戦果であり、その点に関して鈴原トウジは、アレは自分には無理と断言した程だった。

 

『あんなん求めんで下さいよ!?』

 

 それは断言と言うよりも悲鳴とも言うべき言葉であった。

 正式に適格者(チルドレン)に選出されエヴァンゲリオン3号機の専属操縦者に決まって以降に行われた教育で見せられたビデオ ―― 戦うべき使徒の脅威の開示と、その使徒に先任たるシンジとアスカが如何に戦ってきたかを知っての事であった。

 それを作戦局の教育役(ドリルマネージャー)は笑わない。

 逆に、全く同意すると頷いていた。

 

『安心してくれ。我々とてあの2人が()()だと言う事は理解している』

 

 その言葉に嘘はない。

 と言うか、鈴原トウジの反応に感動すら覚えていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()、と。

 さもありなん。

 異常と言う言葉は言い過ぎにしても、特別と言う言葉はシンジとアスカの2人を指す事実であったからだ。

 アスカはまだ良い。

 幼少期に適格者(チルドレン)として選抜され、実戦担当と言う形で営々と教育され磨き上げられた特別(エリート)なのだから。

 幸せであるべき子どもとしての時間を奪われ、その全てをエヴァンゲリオンの運用と戦闘の訓練時間に捧げているのだ。

 そこらの人間(子ども)に簡単に並ばれては立つ瀬がないと言うものであろう。

 だがシンジは違う。

 普通の少年として育ち、只、少しばかりの剣術の鍛錬をして来ただけ ―― 少なくともシンジ本人の自己申告ではそうであった。

 だが、それだけの人間の出せる成果では無かった。

 赤木リツコは言う。

 シンジにはエヴァンゲリオンを操る才能がある、と。

 だが自在に操れるからと言って、それが即座に戦闘の能力に繋がる訳では無いのだから。

 公開されている経歴、或いは能力から見れば規格外の結果を出した。

 それがシンジなのだ。

 NERV本部の秘蔵っ子(決戦存在)、各NERV支部がそう見たのも当然であり、葛城ミサトらも()()()()()()があるのではと危惧したのも当然の話だった。

 だが危惧は早々に霧散した。

 いくら調べても何も無かったし、よくよく見ればシンジはエヴァンゲリオンを自在に操れても、銃火器類の操作に関しては不慣れであったからだ。

 NERVで行われる戦闘訓練も、最初は初心者(新兵)向けの内容であったのだ。

 受ける教育に真剣であり、その内容を身に付けようと必死に訓練する姿を見ていれば、疑念など残る筈も無かった。

 葛城ミサトと赤木リツコはシンジへの評価として1つの結論を出した。

 ()()だろう、と。

 エヴァンゲリオンを操る才能。

 戦闘を行うセンス。

 それらを支える、剣術の鍛錬で培った胆力。

 葛城ミサトも赤木リツコも理由を探る事に匙を投げた程に、シンジも特別であったのだ。

 

 だが、常に2人を同時に戦場へ投入出来る訳では無い。

 今現在の様な、どちらかの乗機(エヴァンゲリオン)が修理などで動けない状況。

 或いは怪我などで動けない事も想定される。

 だから、であった。

 

「悪いけどシンジ君とアスカ。貴方たちの能力だと、そうなった場合に下げるってのは出来ないのよ」

 

 単独で見た場合でもシンジとアスカのエヴァンゲリオンでの戦闘能力はずば抜けている。

 だからこそ、相方が居ない場合でも実戦には投入するし、その場合に支援を誰がするべきかと言う話になるのだ。

 今までは綾波レイしか居なかったが為、問題には成らなかった。

 だが今は3人も居るのだ。

 であれば、相性の問題を見なければならないと言うのも当然の話であった。

 

「……フン…なら、仕方ないわね」

 

 特別だからこそ、と言う何とも自尊心をくすぐられる言葉に、アスカは可愛らしく鼻を鳴らしていた。

 そんな強いアスカの態度に、感性の一般的な鈴原トウジなどは呆れた様な感想を抱いていた。

 よくもシンジはアスカを選んだものだ、と。

 シンジとアスカの関係が一歩進んだ(ステディとなった)事を鈴原トウジは知っていた。

 と言うか知ってるのは鈴原トウジのみならず第壱中学校の面々は誰もが知っていた。

 思春期入りたての(とっぽい)シンジは隠すと言う考えが頭に無かったし、アスカはシンジの所有権を満天下に宣言する為に積極的に公表して回っていた(学校内を手を繋いで歩いて回った)のだ。

 シンジ並みに思春期の遅い鈴原トウジでも知っているのは当然の話であった。

 2時間だか3時間だが、アスカを学校近くのたまり場(ファミリーレストラン)で掴まえて根掘り葉掘りとヨーロッパでの事を洞木ヒカリとその一党(洞木グループ)は聞き出していたのだ。

 ジュースや珈琲紅茶。

 甘いパフェなどテーブル一杯に並んだソレを相伴にして、主菜はアスカの恋話。

 アスカを取り囲む洞木ヒカリに対馬ユカリ、好奇心旺盛と言った顔では無いながらも綾波レイも居た。

 3人だけでは無い。

 洞木グループでは無いが、割と仲の良い女子クラスメイトが2人加わって、アスカを逃さぬとばかりに取り囲む様になっていた。

 思春期(耳年増)の乙女に、彼彼女関係(成立したカップル)と言う奴は余りにも刺激的であるのだから仕方のない話と言えるだろう。

 とは言え、聞きだした(乙女の事情聴取)と言えるだろうか。

 翌日の艶々顔のアスカを見れば、自慢し(惚気)ていたと言うのが正しいのかもしれない。

 

 

 

 呆れる鈴原トウジを兎も角として、始まるデジタル演習。

 優先度の高い3人の相性問題の確認が実施される。

 戦闘スタイルの確認。

 戦闘への適正 ―― 判断速度の確認その他。

 確認するべき項目は多岐にわたる事となった。

 

「渚カヲル君、中々ね」

 

 感嘆する様に言ったのは葛城ミサトだ。

 近接格闘戦闘と中距離射撃戦、そして遠距離射撃戦。

 その全てで高い適性を見せていた。

 ある意味でアスカに近い所があった。

 高いシンクロ率と沈着冷静さが相まっているお陰とも言えた。

 とは言え近接格闘戦闘の面では、柔軟性(対応力)と言う側面で経験豊富なアスカに劣る感じではあったが。

 今までの戦闘経験がアスカに、戦闘に於ける判断の高速化と多様対応を教えている結果とも言えた。

 遠距離射撃戦で言えば、綾波レイに一歩及んでいなかった。

 冷静さと言う意味では同じところに居たが、戦闘への意欲(肝の据わり具合)と言う部分で及ばないのだ。

 反撃射(カウンターバッテリー)を受けるとなった際、状況を勘案して避難を選択するが退避中に撃破される事の多いのが渚カヲルだ。

 対し綾波レイ。

 一切の躊躇なく(シンキングタイムレスに)反撃を選択し、反撃射が致命傷になる前に相手を撃破し、生存する事が多かった。

 何とも評し難いと言えるし、或いはシンジとアスカの戦友らしいと言える姿(戦闘スタイル)であった。

 

 兎も角。

 尖った部分を別にすれば、渚カヲルは平均的に優れたエヴァンゲリオン操縦者であった。

 だからこそ、組み合わせを考える部分があった。

 デジタル演習などで得られた情報から作戦局のスタッフは喧々諤々の議論を行っている。

 だが、それを統括する葛城ミサトは1つ、結論めいたモノを考えていた。

 渚カヲルは綾波レイと組ませ、第2小隊とすると言う案である。

 

 近接戦闘を主軸とする第1小隊に対して、中距離戦闘を中心にした第2小隊。

 それは使徒への偵察戦闘(威力偵察)と言う役割を考えての事であった。

 如何にして、圧倒的な決着力を持った第1小隊の2機を使徒へ無傷で叩き込めるか、と言う考えであった。

 それ程に葛城ミサトはシンジの駆るエヴァンゲリオン初号機とアスカの駆るエヴァンゲリオン弐号機を信用していた。

 そして同時に、それは鈴原トウジの事を勘案すればこそと言う面があった。

 エヴァンゲリオンとのシンクロ訓練と戦闘訓練の期間が短いから ―― では無い。

 その様な後ろ向きの話では一切ない。

 逆なのだ。

 鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機の特性を前向きに勘案すればこそであった。

 即ち、Bモジュールの存在である。

 第13使徒との戦いで得られたBモジュールに関する知見、そして鈴原トウジからの操縦者としての報告を見て葛城ミサトは、このBモジュールの持つ攻撃性を高く評価しての事だった。

 綾波レイのエヴァンゲリオン4号機に搭載されているソレは、ディートリッヒ高原の手で調整された汎用型であったが、エヴァンゲリオン3号機に搭載されているソレは最終調整を真希波マリが実施した()()()であった。

 Bモジュールは操縦者の運用を支援し、B(ビースト)の文字を冠するに相応しいまでの攻撃(暴力)性を持つ事が実戦の場で実証されたのだ。

 その性能は、作戦局によるBモジュールの運用報告書(レポート)を見た国連安全保障理事会で第2次E計画のエヴァンゲリオンに搭載する事を求めた程であった。

 それは性能向上もあったが、そもそも、素人同然の鈴原トウジが乗ったエヴァンゲリオン3号機がBモジュールを搭載していた事で実戦の場で戦えたと言う事が評価されての事だった。 

 故に、エヴァンゲリオン3号機とは異なりType-Ⅲ制御システムだけであった第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンにもBモジュールの搭載が要求される事となったのだ。

 

 最も、残念ながらも真希波マリが謎の失踪していたが為、純正型Bモジュールを搭載する事は不可能であった。

 純正のBモジュールは、エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機に積まれている2つのみであった。

 攻撃(性能)増強に主眼を置いた葉月コウタロウのBモジュール。

 安定した多用途支援能力を重視したディートリッヒ高原のBモジュール。

 2種類のBモジュールは量産が可能であったが、最終調整を真希波マリが担った純正のBモジュール、群狼戦闘能力(ウルフパック)と呼ばれる対大規模()用A.Tフィールド戦闘能力を持ったBモジュールの再現は不可能となっているのだ。

 尚、同機能に関して、鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機は使用する事が出来ていない。

 その事が真希波マリをBMの開発に駆り立てたとも言えていた。

 とは言え、純正Bモジュールの特性は無くとも葉月型Bモジュールとディートリッヒ型Bモジュールは量産可能であり、極論すればその何れであれども、国連安全保障理事会の要求する能力を備えている為、大きな問題となる事は無かった。

 

 余談ではあるが真希波マリである。

 主の消えた部屋に残されていたのは「あと1片で完成する」と「ユイさん」とだけを書きなぐった1枚の紙だけであったと言う。

 ユイと言う文字は言うまでも無い。

 真希波マリが心から慕っていた碇ユイの事であろう。

 そして完成したと言う言葉。

 それが指すのはNERVアメリカ支部で開発していたエヴァンゲリオン8号機、その専属操縦者として()()された人造適格者、開発コードBMであった。

 真希波マリの遺伝子を使用して生み出されたBMは、真希波マリの失踪に前後して完成 ―― 自意識が覚醒していたのだから。

 NERVアメリカ支部の人間が最後に真希波マリを見たのは、目覚めないBMの沈むシリンダー(円筒培養槽)の前であったと言う。

 疲れ果てた顔でシリンダーに額を付けて、何かを呟いていたのだと言う。

 完成(覚醒)しないBMにノイローゼになってしまったのではないかと噂されていた。

 NERVアメリカ支部は機密保持の為、100㎞四方を荒野に包まれている場所に作られた陸の孤島であった。

 そして、人間が自分の足で出る事は不可能。

 自動車や車などは偵察衛星とUAVによって監視されている。

 そもそも、出入りは輸送機に限られているのだ。

 そんな場所で行方不明(失踪)と言う

 その意味を誰も誤解しなかった。

 かくして葉月コウタロウとNERVアメリカ支部は、BMを真希波マリの遺産にして遺児として受け入れたのだった。

 

 話を戻せば、葛城ミサトが評価していたのはエヴァンゲリオン3号機とBモジュールの組み合わせであった。

 火器管制能力とも言える。

 間違っても、海のモノとも山のモノとも判らない群狼戦闘能力(ウルフパック)では無かった。

 大量の火器を同時に操り、支援射撃を行う能力。

 牽制にもなる。

 又、鈴原トウジと言う操縦者が過度な攻撃意欲を持っていないと言う事も評価していた。

 支援を主軸とした場合、戦闘意欲と言うものは前のめりを産みやすい(撤退命令を拒否し易い)為であった。

 様々な意味において、第1第2の2個小隊を支える戦闘団の女房役は鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機しか居ないと考えるに至っていたのだ。

 

 

 

 

 

 NERV本部地下、エヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)の直ぐ近くに設けられた操縦者待機室。

 その名の通りシンジ達の待機場所であり、同時に休憩場所であった。

 ある程度であれば各人の要求に応じた設備が整えられる様になっていた。

 壁紙も明るいクリーム色でありソファなどやTVも完備。

 ジュースは勿論、珈琲紅茶の準備もあり、菓子や軽食などまで切らされる事無く用意されている快適空間であった。

 

 一応真面目な空間である作戦伝達室(ブリーフィングルーム)の役割部分はパーテッションで区切られている。

 その真面目な側の入り口から入って来る葛城ミサトと赤木リツコ。

 先のデジタル演習での分析結果と、第2小隊に関する説明の為であった。

 

「お待たせ!」

 

 軽い調子で声を出す葛城ミサト。

 だが扉から入った操縦者待機室の空気は控えめに行っても酷かった。

 立ったままアスカと渚カヲルが睨み合っているからだ。

 正確に言えば違う。

 顎を引いて睨んでいるのはアスカだけであり、渚カヲルはアルカイックスマイル(胡散臭い笑み)を浮かべていた。

 何と言うか、空気が重い。

 何があったのかと周りを見れば、我関せずとばかりに離れたソファに座って紅茶を飲んでいる綾波レイと、天を仰いでいる(アチャー と言う顔をしている)鈴原トウジ。

 シンジは居なかった。

 

「どったの?」

 

 思わずと言った風に小声で尋ねる葛城ミサト。

 答えたのはアスカと渚カヲル、同時であった。

 

「コレがヴァカを言っただけよ」

 

「僕は正論を言っただけですよ」

 

 尚、視線はお互いからずらしていない。

 何とも言い難い雰囲気となる。

 

「おっけー ナンかトラブルってのは判ったわ。んじゃ悪いけど、トウジ君、説明してくれる?」

 

「ワイでっか!?」

 

「こういう時は当事者以外が得てして冷静で俯瞰的なものだからよ」

 

 赤木リツコも合いの手を入れる。

 無慈悲な宣告。

 綾波レイであればと見れば、目を閉じて顔を隠す勢いで紅茶の紙コップを傾けていた。

 どうみても中身が零れている角度。

 その意味を鈴原トウジは誤解しなかった。

 貴方がやれと言う意味だ。

 

「はぁっ」

 

 溜息をする鈴原トウジ。

 最近、感情豊かになっているとのアスカや洞木ヒカリの評はこういう所かと思いながら、渋々と口を開いた。

 

「始まりはカヲルん奴やった__ 」

 

 フト、思いついたように口を開いたのだと言う。

 それはシンジの相棒(パートナー)を自分に変わって欲しいと言う要望であったと言う。

 当然ながらもアスカは拒否した。

 自分とシンジは最高のコンビなのだと言い放った。

 だが、それを渚カヲルが否定した。

 否定したと言うよりも、自分がもっと上手く出来ると言ったのだ。

 笑顔で。

 

「…………あー あぁ、あー うん」

 

 頭を掻く葛城ミサト。

 コメカミに指を当てて俯く赤木リツコ。

 

「アタシとシンジの連携に敵うって思うなら、笑えるわね」

 

「おっと、僕はシンジ君の動きに完全に合わせられたからね」

 

 全く違う武器で攻撃のタイミングを合わせているのがアスカ。

 対して渚カヲルは、類似の武器で攻撃を全く同じに行えていた。

 

「あ”?」

 

「僕にもやらせて欲しいな」

 

「却下」

 

 渚カヲルの懇願を、一刀両断とばかりに容赦なく拒否するアスカ。

 1mmとて妥協の余地はない。

 そういう態度(塩対応)であった。

 

「アスカの気持ちは了解したけど、何でカヲル君はシンジ君とペア(小隊)を組みたいの?」

 

「あんなに優しい人と会ったのは初めてだからですよ」

 

「やさ__ 」

 

「__しい?」

 

 思わずな異口同音となった葛城ミサトと赤木リツコ。

 思わず顔を見合わせる。

 否、それ以前に海外組(非日本語ネイティブ)なのにシンジの言葉が判るのかと言う顔となる。

 

「シンジが優しいのはその通りとして、でも、だからってアンタに譲ってやる義理は無いわ」

 

 シンジが褒められる事には満足な顔をしつつ、でも妥協はする積りの無いアスカ。

 実に見事な態度(彼女面)であった。

 

「少しは譲ってくれても良いと思うんだ。惣流さん、今までシンジ君と一緒に居たんだから。そのまま独占と言うのはズルいかな」

 

「何を言ってんだか判らないわよ」

 

 葛城ミサトらを脇にして、バチバチになったアスカと渚カヲル。

 鈴原トウジが天を仰いでいた気持ちも良く判ると言うモノであった。

 

「うん、色々と判った。で、トウジ君。肝心のシンジ君は?」

 

「センセは機付きさん(吉野マキ技術少尉)に呼ばれて出っとりますわ」

 

「整備方針の事ね。良いわ、帰って来るまで待ちましょう。私らも息抜きしてれば良いわ」

 

「そうね」

 

 勝手知ったる何とやら。

 そんな勢いでソファに座る葛城ミサトと赤木リツコ。

 先ほどまで会議などをやってたのだ。

 少しは息抜きも良いだろうと言う事であった。

 

「リツコ、珈琲飲む?」

 

「お願い」

 

「エエんですか? アレ、放っておいて」

 

 無論、アレと睨み合いと言い争いを継続中のはアスカと渚カヲルだ。

 鈴原トウジの心配を軽く流す葛城ミサト。

 

「気に入らない事はトコトンやってた方が後腐れが無いってものよ」

 

「拗れませんやろか?」

 

「気にする必要は無いわ。その時はその時。それがミサトの信条だもの」

 

「酷いわねぇリツコ。私の経験則って言っといてくれない」

 

「どうだか」

 

 極一部(2人)を除いて穏やかな空気となった操縦者待機室。

 葛城ミサトが呑気にしているのも、1つにはアスカと渚カヲルの対峙が決定的(深刻)なモノでは無いと見ればであった。

 渚カヲルは兎も角、昔から知るアスカに関しては判っていた。

 全力拒否ではあっても嫌悪感は出していないのだ。

 気持ちの詳細などは詳細は家に帰った時にでも、ビール片手に突撃すれば良い。

 そう思って居たのだった。

 

 喫茶タイム。

 暫しの時間が経過した頃、シンジが戻って来た。

 

んだもしたん(ごめんなさい)もへ葛城サァたっもきとったとな(もう葛城さん達も来てたんですね)

 

「気にしないでシンジ君。私たちが早く着いただけでしょ」

 

 軽い調子の葛城ミサト。

 だが空気が緩かったのも、そこまでであった。

 甲高い、他人の不安を書き起こす音。

 警報音だ。

 

 スイッチが入る。

 

「総員、第一種戦闘配置!」

 

 裂帛の気合で号令を発する葛城ミサト。

 シンジ、アスカ、綾波レイの3人は真っ先に更衣室へと駆け出す。

 

「えっ!?」

 

 初めてっと言う事で空気の変化に置いてけぼりになった渚カヲル、その肩を鈴原トウジは軽くたたいてみせた。

 

「務めの時間っちゅーこっちゃ。行くで」

 

「あっ、うん」

 

 そして葛城ミサトと赤木リツコも、第一発令所へ向けて走り出していた。

 第14使徒の襲来であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12-4

+

 第14番目の使徒。

 その出現は正に忽然としたものであった。

 

「強羅防衛ライン、突破されました!!」

 

「ミサイル、照準不能!?」

 

「避難誘導を急がせろ」

 

「っ!! 第34避難シェルターが通信途絶!?」

 

「火力がデカすぎる」

 

 怒号の飛び交うNERV本部第一発令所。

 第14使徒は、その仮面めいた顔造形の眼窩から四方八方へと乱射している。

 その威力、第5使徒程に凶悪さは無いが、それでも他の使徒群が持っていた光学系射撃火力の比では無かった。

 片っ端から火点が潰されていく。

 その様、正に地形が変わる(地図を書き直させる)勢いであった。

 

「状況報告!」

 

 第一発令所に駆け込んで来た葛城ミサトが状況を掌握する為に声を張り上げた。

 教育の結果と言うべきだろう。

 それまでの蜂の巣をつついたような喧騒は、一気に鳴りを顰めた。

 日向マコトが先ずは報告する。

 

「使徒、東方にて確認。現在、強羅防衛ラインを突破されてます」

 

「侵攻速度は?」

 

「目測で約50㎞/hです」

 

「迎撃は?」

 

「レーダー管制が不可能な為、現在MAGIコントロールによる迎撃戦は不可能、各火点及びTF-03(極東軍第3特命任務部隊)が任意で戦闘を実行中です」

 

プラン3(迎撃作戦3号)ね。とは言え__ 」

 

 第一発令所正面の大型モニターには、各火点、迎撃部隊の必死の努力の痕が刻まれていた。

 だが、その甲斐は無く、第14使徒の侵攻は些かも止められずにいた。

 余りにも死屍累々の様。

 チラリと見た第2指揮区画、国連軍から出向してきていた連絡将校は顔面蒼白となっているのが見えた。

 歯を噛みしめる葛城ミサト。

 火点の人員(NERVの戦闘スタッフ)や国連の将兵が悪いのではない。

 余りにも使徒が規格外過ぎるのだ。

 

「通達! 各部隊は使徒の遅滞戦闘は中止、現時刻より避難行動を第1とせよと………ギースラー少佐は?」

 

 遅い命令かもしれない。

 だが、秒にも満たぬ成果しか望めない状況で将兵を悪戯に喪わせるというのに葛城ミサトは耐えられなかった。

 だからこそ、次席指揮官(課長代理)の所在を確認した。

 歴戦の将校であるパウル・フォン・ギースラーなれば、早々にこの判断をしていたのではないか、との思いだ。

 それは、自覚無き怒りの発露であった。

 だが現実は無常だった。

 

「本日のギースラー少佐は信濃砲座への視察に行っていましたので………」

 

 砲撃支援に於ける効果的な行動の為、46cm砲と言う第3新東京市要塞部最大の火力を持つ信濃砲座 ―― その管制所で極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)の砲兵部隊との意見聴取会を行っていたのだ。

 無論、その信濃砲座は第14使徒の砲撃によって消失していた。

 

「そう………」

 

 一瞬だけ目を閉じた葛城ミサトは、それから火の噴きそうな眼付をもって命令を下す。

 

「エバー各機はジオフロント内に配置! 地表部分は諦めます」

 

「葛城さん!?」

 

「これは指揮官権限による命令よ。急いで」

 

「はっ、はい!!」

 

 慌てて伊吹マヤが出撃準備に関する命令を伝達していく。

 それを横目に赤木リツコが声を潜めて尋ね。

 

「いいの? そんな命令しちゃって」

 

「現状で出撃を図った場合、第5使徒の時みたいに出た所を狙われる危険性があるわ。全くの同時タイミングで出せなければ各個撃破されるのがオチよ」

 

 小声で返す葛城ミサト。

 既に使徒は第3新東京市要塞エリアに侵入しつつある。

 第3新東京市のエヴァンゲリオン発進口は既に第14使徒の攻撃圏内に入っていると判断しての事であった。

 第5使徒の凶悪無比な大威力粒子砲に撃たれたエヴァンゲリオン初号機は1発で大破した。

 そこから戦闘を継続し、勝利すら収めた碇シンジは称賛に値する。

 称賛しかない敢闘精神の発露であったが、先ず指揮官として葛城ミサトは、その様な事態の再発を許さぬ事が大事であると考えていた。

 誰もがシンジ(ぼっけもん)ではないのだから。

 

「仕方ないわね」

 

「そう言えば碇司令は?」

 

「ここだ」

 

 冬月コウゾウを連れて、やってきた碇ゲンドウ。

 その表情は険しい。

 手早く敬礼し、葛城ミサトは先の判断を報告する。

 第3新東京市要塞部での戦闘の放棄、そしてNERV本部本丸とも言えるジオフロントでの決戦である。

 しようとする。

 だが、それを碇ゲンドウは手で止めた。

 

「構わん。玄人(プロフェッショナル)である君の判断を尊重する。委細構わぬ。全力で対処したまえ」

 

 ジオフロントへの正面からの使徒侵攻と言う恐るべき状況であって、碇ゲンドウの表情に揺るぎなど無かった。

 只、葛城ミサトと現場を信じるとだけ告げた。

 最高指揮官のその姿に、第一発令所の誰もが、一瞬だけ背筋を伸ばして踵を打ち合わせていた。

 敬意の表明。

 

「はっ!」

 

 全スタッフを代表するかのように葛城ミサトは敬礼をするのであった。

 

 

 

 

 

 人形めいて短い手足をしたヒト型っぽい第14使徒は恐るべき勢いで光学兵器を地面へと叩きつけ、ジオフロントへの道を作っていた。

 使徒らしい馬鹿げた力技だ。

 何層にも用意されていた特殊装甲板は、その悉くが使徒の暴威に屈していた。

 ゆっくりと降下してくる第14使徒。

 立ち向かうのは4機のエヴァンゲリオン。

 

目標(第14使徒)のA.Tフィールドは圧倒的強度を誇っているわ。悪いけどアスカは攻撃よりも中和に軸足を置いておいて。攻撃はトウジ君、カヲル君で頼むわ。レイはいつも通り支援を頼むわね」

 

 第一発令所から命令を出す葛城ミサト。

 操縦者待機室まで足を延ばしている時間的余裕は無いが為であった。

 既に、シンジを除く4人はそれぞれのエヴァンゲリオンに乗り込んでいた。

 シンジとエヴァンゲリオン初号機は出せない。

 戦闘自体は可能であるが、整備の為に装甲の多くを外しており、何よりも左腕が無いのだからだ。

 故にシンジは、プラグスーツに着替えはしても、操縦者待機室にて待機していた。

 

 通信機越しに全員の顔を見る葛城ミサト。

 誰もが焦りや畏れなどを顔には浮かべていなかった。

 

『ま、A.Tフィールドはアタシが一番だってのはその通り。で、初手は?』

 

「レイにお願いするわ。被害は気にせず全力射撃よ」

 

『判った』

 

 短く頷く綾波レイ。

 エヴァンゲリオン4号機は何時ものG型装備、それにEW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)だ。

 間違っても狭いジオフロントで使うような火力では無いのだが、葛城ミサトは躊躇なく使用を選んでいた。

 地上での戦いで得た戦訓(血の情報)から、第14使徒のA.Tフィールドが圧倒的な強度を持っていると把握しての事であった。

 可能ならば、付帯被害を考慮せずにEW-25(最終兵器)を使用したい所であった。

 使用しない理由は、今回は電力を十分に供給できる余裕が無かったが為だ。

 

「トウジ君とカヲル君は、レイが射撃開始すると共に使徒へと接近し、攻撃を実行して」

 

『任せてな!』

 

『やってみる』

 

 エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン6号機は、共に軽装となるB型装備。

 右腕でEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を持ち、左腕でG型装備のモノを流用した手持ち盾(カイトシールド)を持っていた。

 第14使徒の火力の大きさを考慮しての事だった。

 戦闘用の、遮蔽物などは無いジオフロントでの戦闘だ。

 可能な限りの防御力を各エヴァンゲリオンに、子ども達に持たせたいと言う整備部隊の親心とも言えた。

 

「使徒、ジオフロント到達!!」

 

 青葉シゲルの報告(絶叫)

 葛城ミサトは裂帛の気合を込めて命じる。

 

「全機、戦闘開始!!」

 

 

 事前の予定通りに走り出したエヴァンゲリオン弐号機、エヴァンゲリオン3号機、エヴァンゲリオン6号機。

 先頭を往くのは、EW-24(N²ロケット砲)を担いだエヴァンゲリオン弐号機だ。

 流石に弾頭は通常弾では無く特別弾となっているが、それでも直径が600㎜を超えている成型炸薬弾(Shaped Charge)だ。

 非広域向けと言う意味で、馬鹿げた侵徹力を発揮する凶悪弾頭であった。

 有効射程距離は短くなるが、そこは()()()()()()()()()()()とされている。

 2歩ほど遅れて、重量物の盾を持った2機のエヴァンゲリオンが追う。

 

『惣流!? ワシらの後ろ、盾に入らんかい!!』

 

『アタシに当たる予定は無いっちゅーのっ! レイの火器が叩き込まれている間に距離を詰めるわよ!! 遅れるんじゃないわよ!!!』

 

『なんちゅーじゃじゃ馬!?』

 

『惣流さんは元気だね』

 

 文句を零す鈴原トウジに、苦笑を浮かべる渚カヲル。

 だが2人のエヴァンゲリオンはエヴァンゲリオン弐号機に遅れる事なく第14使徒へと一直線であった。

 

『射撃、開始します』

 

 そして、綾波レイのエヴァンゲリオン4号機が攻撃を開始する。

 何とかなるだろう。

 そう葛城ミサトは祈った。

 ()()、だ。

 確信では無かった。

 それ程の被害を、第14使徒は第3新東京市要塞に与えていた。

 

 口に出す事の無かった不安。

 だがそれは残念な事に実現する。

 

104(エヴァンゲリオン4号機)、被弾!?」

 

 日向マコトの絶叫。

 エヴァンゲリオン4号機が発砲した瞬間、第14使徒も発砲したのだ。

 3tを超える超重量砲弾が着弾するよりも先に、大口威力粒子砲がエヴァンゲリオン4号機に着弾する。

 吹っ飛ぶエヴァンゲリオン4号機。

 G号装備の装甲は全く意味を為さなかった。

 更なる攻撃 ―― 粒子砲がエヴァンゲリオン4号機へと降り注ぐ。

 

「レイ、逃げて!!」

 

 伊吹マヤの悲鳴めいた叫び。

 幸い、EW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)の重量砲弾が直撃したが為に第14使徒は姿勢を崩しており、追加攻撃がエヴァンゲリオン4号機に直撃している風では無いが、それが何時まで続くかは判らないのだ。

 手酷い損害を受けている様には見えない第14使徒。

 その姿を憎々し気に睨みながら、葛城ミサトは私情を殺して叫ぶ。

 

被害報告(ダメージリポート)!!」

 

 可能ならば後退。

 不可能であれば綾波レイには機体を捨てて撤退を命令する。

 判断の為の情報が欲しかった。

 だが伊吹マヤが答えるよりも先に状況は動く。

 

『おりゃぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 アスカの叫び。

 そして発砲。

 エヴァンゲリオン4号機への攻撃を妨害せんとばかりにEW-24(N²ロケット砲)を発砲する。

 

102(エヴァンゲリオン弐号機)交戦開始(エンゲージ)!!」

 

 連続攻撃。

 だが、それらは第14使徒の強靭なA.Tフィールドによって防がれていた。

 第14使徒が動く。

 

『っ!?』

 

 顔めいた第14使徒の仮面が、確かにアスカを見た。

 培ってきたアスカの戦闘勘が警告を鳴らす(レッドアラート)

 アスカは、その声に逆らわなかった。

 思いっきり良く、左へと飛ぶ。

 飛んだ瞬間、それまでのエヴァンゲリオン弐号機の進路をなぞる様に、第14使徒の粒子砲が焼き払った。

 だからこそアスカは、一度のジャンプで終わらさず、連続して飛ぶ。

 低く飛ぶ。

 それは空へと上がる事での自由度が奪われぬ為であった。

 

『上等!!』

 

 アスカもまた、獣性の笑みを浮かべていた。

 そして鈴原トウジ(エヴァンゲリオン3号機)渚カヲル(エヴァンゲリオン6号機)も参戦する。

 

『足を止めるな、走り回れ!!』

 

 アスカが2人に叫ぶ。

 その言葉を受け、2人はアスカのエヴァンゲリオン弐号機を真似る様に低いジャンプを繰り返していく。

 先に言い含められていた。

 戦場ではアスカの指揮は絶対であり、その指示には必ず従え、と。

 飛び回りながら射撃を行う。

 対して第14使徒は、微動だにせず粒子砲を発砲してくる。

 砲弾と粒子砲とが交差するジオフロント。

 その被弾の衝撃が第一発令所を激しく揺さぶる。

 だが悲鳴を上げる者は誰も居ない。

 歯を食いしばって耐え、務めに向かっていた。

 最も危険場所に居るのは子ども達であるとの意識あればこそであった。

 

 だが、状況は良好とは言えなかった。

 

『惣流! 中和はどないなっとるんや!?』

 

『やっとるっちゅーのっ!』

 

 第14使徒のA.Tフィールドは余りにも堅牢であった。

 アスカとエヴァンゲリオン弐号機が全力で中和しようとしてもしきれていなかった。

 3機のエヴァンゲリオンによる攻撃は、痛打どころか痛痒すら与える事が出来ずにいた。

 

『これはもう少し迫るしかないかな』

 

『フン! 渚、アンタの意見、採用! 渚、行くわよ!! 鈴原、アンタはそこから支援射撃!! 任せたわよ』

 

『仰せの儘に』

 

『任せい!!』

 

 加速していく状況。

 ただ、見ているしかない大人たち。

 だが朗報も1つあった。

 エヴァンゲリオン4号機だ。

 G号装備の重装甲のお陰で損害は軽微であり、綾波レイも戦意旺盛の儘であった。

 とは言え、主兵装たるEW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)は被弾によって破損しており、即座の戦闘は不可能であったが。

 急いで後退し、新しい兵装を装備しようとするエヴァンゲリオン4号機。

 装備したのは特殊兵装であるEW-31(フレームランチャー)だ。

 EW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)等に比べれば射程は短いが、連続した攻撃を相手に与える事となる為、第14使徒のA.Tフィールドを飽和させられるのではと考えての事であった。

 

「レイ、近接戦闘、行けるわね?」

 

『大丈夫』

 

「頼むわ。ソレ(EW-31)が勝敗を分ける。そう考えて頂戴」

 

『了解』

 

 G号装備を脱ぎ捨てて、身軽くなったエヴァンゲリオン4号機は些かの躊躇もなく吶喊を開始した。

 物静かではあれども戦意旺盛。

 綾波レイと言う少女らしい姿であった。

 その姿を見ながら、歯がゆげに表情を歪める葛城ミサト。

 もう、大人に出来る事は残されていないからであった。

 先の第13使徒戦で活躍した支援機(ジェットアローン2)を出す事は出来ない。

 余りにも戦闘速度が速すぎるからだ。

 支援機(ジェットアローン2)では追随する事は不可能な、高速戦闘が行われているのだ。

 要塞機能での火力支援に至っては論外であった。

 NERV本部にはジオフロントで使用する様な火器は用意されてはいなかったのだから。

 計画はあった。

 だが対使徒戦が要塞戦闘区画で終始していた為、その予算は要塞戦闘区画の強化に充てられていた。

 ある意味で合理であった。

 シンジとアスカが圧倒的である為、死蔵する可能性の高い装備は後回しにすると言う判断なのだから。

 だが今、それが裏目に出ていた。

 極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)のジオフロント投入も考えられていたが、輸送ルートが半壊しており、現実的な選択肢にはならなかった。

 そもそも、先の戦闘で甚大な被害を被っているのだ。

 戦意は旺盛なままであったが、有効な組織戦闘能力を回復させる為の再編成は必至であった。

 

 腕を組み、歯を食いしばって戦況を見ている葛城ミサト。

 その視線の先は、正しく死線上でのタップダンスであった。

 

 

 

 アスカは焦りを感じていた。

 今、この場に居る人間の中で自分が一番戦闘力が高いと言う自負があった。

 それは掛け値なしの事実であった。

 だが同時に、最もA.Tフィールドの操作が得意なのもアスカであった。

 それがアスカの焦りに繋がるのだ。

 

 第14使徒に痛打を与える事が可能なのはアスカであるが、第14使徒のA.Tフィールドを中和する為にはかなり集中する必要があるのだ。

 その状況下では、流石のアスカと言えども近接戦闘を行うだけの余力が無かった。

 そして、余力が無いのはアスカのみならず他の3人にも言えていた。

 不慣れな近接戦闘を挑んでいる綾波レイ。

 戦闘経験自体がまだ乏しい鈴原トウジ。

 只一人だけ涼しい顔を崩していない渚カヲルであったが、その操縦は最初の頃程の精度を失っていた。

 このまま戦闘を継続していては、何時かは破断する。

 それがアスカに焦りを与えていた。

 息が荒れてきているのが理解できていた。

 

 だが、状況はアスカが決断するよりも先に動いた。

 第14使徒が射撃(応射)を止めて降下したのだ。

 

「………?」

 

 地表へと降り立った第14使徒。

 思わず、といった感じでアスカも、他の3人も攻撃の手を止めていた。

 油断なく筒先を第14使徒に向けつつもトリガーを引き絞れず、様子見をしてしまっていた。

 無音(天使の間)

 だがそれは決して、第14使徒が戦闘を諦めた等と言う訳では無かった。

 否、それ所では無かった。

 パタパタと言う様な軽い音を立てて、その突起めいた両腕と思しき場所を展開させた。

 布の様な、帯の様な何か。

 

『なんや、アレ』

 

『なん、だろうね』

 

『………』

 

 誰もが見入ってしまっていた。

 それが致命的な隙となった事を理解したのは、その帯の様な腕が振るわれた瞬間だった。

 

「回避っ!!!」

 

 アスカが()()に従って叫んだ。

 だが、それに反応出来たのは綾波レイだけであった。

 横っ飛びをしたエヴァンゲリオン弐号機。

 咄嗟にしゃがんだエヴァンゲリオン4号機。

 だがエヴァンゲリオン3号機は棒立ちのままに射撃をしていた。

 エヴァンゲリオン6号機に至っては声に誘われてアスカ(エヴァンゲリオン弐号機)を見てしまっていた。

 致命的な隙。

 それを第14使徒は見逃さなかった。

 帯の様な腕が、エヴァンゲリオン6号機を薙ぎ払い、それを予備動作にして最後にエヴァンゲリオン3号機へと叩き込まれていた。

 鋭い切っ先は、エヴァンゲリオン3号機の胴体を貫通していた。

 

 

 

 エヴァンゲリオン3号機の戦線脱落を機に、戦況は悪化の一途を辿っていた。

 次に狙われたのはエヴァンゲリオン4号機であり、綾波レイの技量では連続的な攻撃から逃れる事は出来なかった。

 とは言え致命傷にはならなかった。

 アスカが渚カヲルとエヴァンゲリオン6号機に支援を命令していたからであった。

 1人(1機)では難しくとも2人(2機)であればなんとかなる。

 何とか耐えれていた。

 その対価として、攻撃の負担が全てアスカの双肩に掛かる事となっていた。

 

 槍の様な鞭の様な帯めいた第14使徒の攻撃を避け、そして可能であれば攻撃するエヴァンゲリオン弐号機。

 その献身は大人たちの心を打つが、同時に、その献身が健気であればある程に、耐えられぬ痛みを大人たちの心に与えていた。

 食いしばり過ぎて口の端から血を流している葛城ミサト。

 と、伊吹マヤが声を上げた。

 

「…」

 

 無言で睨むように伊吹マヤを見る葛城ミサト。

 その理由は予想外であった。

 シンジだ。

 

葛城サァ(葛城さん)出撃させっくいやい(出撃させてください)

 

「………死ぬ気?」

 

 整備の十分ではないエヴァンゲリオン初号機。

 片腕の無いエヴァンゲリオン初号機。

 そんな機体で出撃したい等、葛城ミサトには自殺(ヒーロー)願望にしか見えなかった。

 だからこそ、険しい声で尋ねたのだ。

 だがシンジは柔らかく否定する。

 

ないごて(そんな積りはありませんよ)

 

 逆に、と言葉を続ける。

 今であれば勝利の機が残っていると言う。

 アスカの戦える内であるならば、あの恐るべき第14使徒の喉元に迫る事が出来る、と。

 

「………」

 

 瞳を、一瞬だけ閉じる葛城ミサト。

 深呼吸。

 そして瞼を開いた時、そこに逡巡は欠片も浮かんでいなかった。

 

「行けるのね、シンジ君」

 

ないが(違いますよ)こげん時は(こういう時は)行けちゆわんなよ(行けって言ってくださいよ)

 

 不敵に笑うシンジ。

 第一発令所の全ての耳目が集まっている事を理解する葛城ミサト。

 だからこそ、揺るがぬ声で()()する。

 全ての責任は自分にあると宣言する様に。

 

「そうね。命令! 碇シンジ中尉待遇官はエバー初号機で出撃、使徒を撃滅せよっ!!」

 

「葛城さん!?」

 

 思わず声を上げた日向マコト。

 だが葛城ミサトの視線はシンジから外れない。

 そのシンジ、男子一生の快事とばかりに笑っていた。

 

よか(はい)任せっくいやいや(任されました)!!』

 

 

 NERV本部の誇る鬼札(エース)が、場へと投入される。

 第14使徒との戦闘は更なる激化を迎える事となるのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12-5

+

 NERV本部の切り札、エヴァンゲリオン初号機の出撃。

 だがそれは勇壮さなど欠片も無い光景であった。

 元より、第13使徒との戦いで大破状態に陥っており、片腕が無い。

 又、修理作業の為に装甲の大半が外されており、その代わりに保護帯が包帯の様に機体を覆っている有様であった。

 当然、肩のウェポンラックの兵装も撤去されている。

 固定武装など一切ない、只、EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を1つだけを装備して(持って)いるだけなのだ。

 

 間違っても、出撃できる状態ではなかった。

 にも拘わらず、何も出来ない儘に子どもを乗せて戦場に送らねばならない。

 それは整備に関わる人間にとっては、ある種の罪であると思える事ですらあった。

 後姿だけは、綺麗なその姿勢だけはいつも通りのエヴァンゲリオン初号機を、忸怩たる感情を抱えて見送るのであった。

 

「機付き長、急いで退避しませんと!」

 

「判ってる」

 

 部下の進言に、悔しげな表情を隠せない吉野マキ。

 不完全な状態のエヴァンゲリオンに子どもを乗せて戦場に送る。

 にも拘わらず、大人である自分は安全な場所に退避せねばならない。

 理性では、ソレが判っていても、簡単に受け入れられる話では無かった。

 大人であるが故に。

 とは言え、上からの命令を拒否する事は出来ない。

 NERV本部地下(ジオフロント)施設群も使徒の攻撃、その余波で甚大な被害を出しているのだから。

 被害の深刻さは、非戦闘配置(ほぼ全ての)スタッフに全力での避難命令が出ている所に現れていた。

 今までの使徒とは桁が違っている。

 それが第14使徒であった。

 

 ()()()()()()()()

 整備班は無事に第14使徒との戦闘を生き延びねばならぬのだ。

 整備班の人間が倒れると言う事は、エヴァンゲリオンを整備出来る人間が居なくなる ―― 次に備えれる人間が居なくなる事を意味するからだ。

 それが理解出来ない程に吉野マキは無責任では無かった。

 

「急ぐわよ」

 

 出撃するエヴァンゲリオン初号機と碇シンジに後ろ髪を引かれつつ、吉野マキは部下と共に全力で避難を始めるのだった。

 

 

 

 何時もとは違うエヴァンゲリオン初号機。

 それは外見を見てでは無い、繋がる事(シンクロ)によって操縦者のみが判る事であった。

 だがシンジはそれを受け入れる。

 

せんにゃならんたっで(やらなければならない)じゃっで(なら)チェストじゃっがよ(吶喊あるのみか)

 

 誰に言う訳では無く、呟くシンジ。

 やらねばならぬ事がある。

 人類の敵たる使徒が現れ、相方たる惣流アスカ・ラングレーと仲間が戦っている。

 4対1での闘い。

 なれど戦況は衆寡敵せずとはならず、不利となっている。

 それだけの敵なのだ、第14使徒とは。

 

『シンジ、やれるの?』

 

 アスカからの通信。

 シンジに目を合わせている余裕が無く、常にない真剣な顔で第14使徒を睨みつつエヴァンゲリオン弐号機を操っている。

 そんな状態でも尚、シンジには通信を繋いできている。

 乙女であった。

 シンジは薄く笑みを浮かべて答える。

 

「やるよ」

 

『そっ、アンタがそう言うなら、そうなんでしょう。信じたからね』

 

「任せて」

 

 発進口から出るエヴァンゲリオン初号機。

 シンジは最初から最大戦速で機体を走らせた。

 その選択が正しいとばかりに、発進口へと第14使徒の粒子砲が叩き込まれた。

 爆発。

 焔を背に走るエヴァンゲリオン初号機。

 EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)の鞘、その電磁ロックを解除して一閃させる。

 その挙動で鞘を捨てる。

 保持が片腕と言うこともあり、シンジは刀身の背をエヴァンゲリオン初号機の肩に乗せた、八相めいた構えで走る。

 

『どうする?』

 

「中和は上手く行ってる?」

 

『この距離じゃ、正直、上手く行って無い』

 

 今、エヴァンゲリオン弐号機と第14使徒との距離は約1000m前後。

 近距離から中距離の間といった具合だ。

 アスカとエヴァンゲリオン弐号機にとって得意と言える間合いでは無いが、第14使徒の近接装備 ―― 鞭めいて繰り出される帯状(幅広)の武器に対処するにはこの距離を必要としていた。

 それでも、エヴァンゲリオン弐号機は肩のウェポンラックなどのコアでは無い部分に被弾し、破損していた。

 何とも厄介な第14使徒であった。

 並の、鞭めいた武器であれば間合いの内側に潜り込むと言う対処も出来るのだが、第14使徒が振るう帯めいた鞭は伸縮を自在に出来るのだ。

 死線を飛び込えた積りで死地と言う事に成りかねない危うさがあった。

 しかも、顔と思しき造形の眼窩から粒子砲を乱射しているのだ。

 第14使徒は誠にもって厄介極まりない相手であった。

 

「行こう」

 

『行くわ』

 

 第14使徒の攻撃を回避しながら会話するシンジとアスカ。

 その会話によどみは無い。

 躊躇も無い。

 誠に厄介極まりない第14使徒。

 とは言えそれは、シンジかアスカが1人であった場合の話なのだ。

 覚悟を決めた人間が2人と揃えば、出来ない事は無い。

 それだけの自信と、そして相手への信用をシンジとアスカは共に抱いていたのだ。

 

 2人の会話を葛城ミサトは口を挟む事無く聞いている。

 全幅の信頼、そして責任者として全ての引責を覚悟しての事でもあった。

 否、せめて責任は取らせて欲しいと思って居た。

 子どもを戦場に放り込んだ、大人としての意地であった。

 

『じゃ、前衛は__ 』

 

「今度は僕が行く」

 

『正気!? そんな状態で………』

 

()()()()()。あの使徒、まだ隠し玉を持って無いとは限らないから」

 

『………Verstehe(理解したわ)

 

 

 共に口にしない事が1つ。

 間合いに切り込むまでの間、第14使徒の攻撃を吸収する前衛が無事である可能性は極めて低いと言う事である。

 まだ子ども。

 14歳と言う子どもが覚悟するには余りにも凄惨なソレを、葛城ミサトは俯いたままに聞いていた。

 会話の聞こえている第一発令所の誰もが歯を噛みしめていた。

 碇ゲンドウすらも、サングラス越しにも判る厳しい表情をしていた。

 

 

『じゃ、代わりに今夜のAbendessen(夕食)は私が作ってあげる』

 

ドイツ式(冷菜食)?」

 

『日本式よ。パンとソーセージ、それにチーズね』

 

「どこが日本式だよ」

 

『日本の、食パンを使うからに決まってるじゃない』

 

 軽口を叩き合いながら、吶喊に向けて機体を寄せていく2人。

 対して第14使徒は粒子砲を散発的に発砲してくる。

 牽制なのだろう。

 

 綾波レイと渚カヲルのエヴァンゲリオンは、その隙に遮蔽物 ―― 半壊している発進口に潜り込んでいた。

 装備の換装である。

 シンジとアスカが吶喊と腹を決めた事を阿吽の呼吸で理解した綾波レイが、武装を至近距離用のEW-31(フレームランチャー)から支援射撃の可能な(中距離戦にも対応できる)EW-22D(強化型パレットガン)への変更を決めての事だった。

 渚カヲルの方は、射撃によって弾倉が寂しくなっていたEW-22B(バヨネット付きパレットガン)の交換であった。

 常日頃は余裕ある笑みを浮かべている渚カヲルも、今は汗を掻いて真剣な表情となっていた。

 

『初陣がコレとは、いやはや、NERV本部は人使いが荒いよ』

 

『無駄口は叩かない』

 

jawohl(了解)、お姫様』

 

『………何を言ってるの』

 

 無駄口めいた事を言いつつも、作業は丁寧に、かつ素早く行っていく2人。

 その事を当然の事として受け入れているシンジとアスカ。

 最前線で戦う相棒が互いであるが、同時に、その背に綾波レイが居る事を決して疑っては居なかった。

 それだけの()があった。

 

『準備、終わったわ』

 

『なら行こうかしらね』

 

 まるで気負いのない、ピクニックでも楽しもうかと言うアスカの声。

 それにシンジは少しだけ笑って、最後に葛城ミサトに声を掛ける。

 

葛城サァ(葛城さん)よかな(良いですよね)?」

 

 儀式めいた最終確認。

 葛城ミサトは静かに受け入れる。

 

『良いわ。許可します。それからシンジ君、アスカ、レイ、カヲル君。みんな全員、無事に帰って来て』

 

 それは願い。

 葛城ミサトのみならず、子ども達の後ろに居るしかない大人たちの総意。

 アスカは笑い飛ばす。

 

『あったり前じゃない!』

 

 

 

 

 

『カウント! 3…2…1…Now! ぶっ叩け!!』

 

 威勢のいい葛城ミサトの発令。

 その瞬間、4機のエヴァンゲリオンは一斉に攻撃へと転じた。

 バラバラに動いて射撃を開始するエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 一塊となって突進するエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を背負う様に構えているエヴァンゲリオン初号機。

 続くエヴァンゲリオン弐号機はEW-24(N²ロケット砲)を右の片腕で構え、左腕でEW-17(スマッシュトマホーク)を持っていた。

 両手持ちでは無いEW-24(N²ロケット砲)では命中の精度が期待出来ないが、それは距離を詰める事で補えるとの判断だ。

 それよりは至近距離へと迫った際、即、斬り込める武器を優先しての事であった。

 

「キェェェェェッ」

 

-オォォォォォッォオォォォォォォォォン!-

 

 シンジの猿叫に合わせてエヴァンゲリオン初号機が吼える。

 顎部ジョイントは、既にロックされていない。

 対するアスカも鬨の声と共に走る。

 

『フラァァァァッ』

 

 顎部の無いエヴァンゲリオン弐号機であるが、代わりに爛々と4つの目を開いている。

 あふれ出たA.Tフィールドが実体化し、粒子の如く後ろへと流れていく。

 正に殺意が具現化したかの様な情景。

 

 一瞬だけ、第14使徒は反応に迷った。

 接近してくる2機のエヴァンゲリオンも脅威であるが、遠方の2機による射撃もA.Tフィールドが段々と中和されつつあり全くの無視をするには厄介となっていたからだ。

 

 迷い。

 ただ一瞬の停止。

 

 だが、それが第14使徒にとって最悪の結果を産んだ。

 迫られたのだ、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機に。

 迎撃の為、最大火力たる眼窩の粒子砲を発砲する。

 悪手だった。

 被弾上等と覚悟を決めたシンジは、エヴァンゲリオン初号機の()半身を焼かれながらも最小限度の動作で回避して見せていた。

 アスカは幼子の様にシンジの背を信じ、エヴァンゲリオン弐号機を右へと動かしたのだ。

 遠くのジオフロント内壁が派手に破損するが、それだけの事が全てであった。

 少しだけ進路の軸がズレたエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 それを(チャンス)とばかりにアスカはEW-24(N²ロケット砲)の残弾を一気に撃ち切った。

 

 直撃。

 

 エヴァンゲリオン弐号機による第14使徒のA.Tフィールド中和が十分な効果を発揮できる距離に詰められたのだ。

 ここぞとばかりに弾を撃ち込むエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 射線と、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の進路が重ならぬ様に細心の注意を払って動いた綾波レイの努力が実を結んだ結果であった。

 手持ちの弾を数秒で撃ちきったエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 全身を穴だらけとされた第14使徒。

 そこに先ずはエヴァンゲリオン初号機が斬り込んだ。

 八相から蜻蛉へ、そこから更に天へと伸ばしての斬撃。

 

「キィィィィエィッ!!」

 

 第14使徒を真っ二つにする勢いだ。

 だが、そこで終わらない。

 エヴァンゲリオン弐号機だ。

 

『フラァァァァァァッ!!』

 

 暴威暴力そのものと言った勢いで振り下ろされるEW-17(スマッシュトマホーク)

 その刃先が第14使徒の弱点(コア)を叩き割る ―― 割れない。

 暴露していたコアを、保護する様にカバーが護ったのだ。

 

『しゃら臭いっ!』

 

 もう一発、とばかりにEW-17(スマッシュトマホーク)を振り上げたエヴァンゲリオン弐号機。

 その瞬間、第14使徒が()()()

 閃光。

 だがアスカは委細構わず、振り抜く。

 だが当らない。

 否、振り抜けない。

 それは、誰もが目を奪われたその瞬間、第14使徒は脱皮した結果だった。

 それまでのユーモラスささえ漂わせていた準人型の姿を捨てて、エヴァンゲリオンにも似た細身の体が生まれたのだ。

 その両腕がEW-17(スマッシュトマホーク)の切っ先を掴まえたのだ。

 新形態となった第14使徒、その剛腕がエヴァンゲリオン弐号機を持ち上げ、そしてぶん投げた。

 

『なっ!?』

 

 流石に反応できないアスカ。

 だが第14使徒は一切の躊躇なく追撃を行う。

 眼窩の粒子砲だ。

 昏い眼窩がギラりと光った瞬間、アスカは自分の死を想像した。

 

『シンジィッ!?』

 

 悲鳴。

 或いは願い。

 その声は届く。

 

「アスカァッ!!」

 

 捨てられた第14使徒の体の側に切っ先を捕らえられていたEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を捨てたエヴァンゲリオン初号機が、第14使徒を殴り飛ばす。

 派手に吹っ飛ぶ第14使徒。

 逃がさぬとばかりに奔るエヴァンゲリオン初号機。

 中段、腰の横へと引き絞られた拳は、弓の如きであった。

 だが拳が放たれるよりも先に、第14使徒が振り返り、そして粒子砲を放ったのだ。

 

「っ!?」

 

 第14使徒のA.Tフィールドが中和されていると言う事は、エヴァンゲリオンのA.Tフィールドも中和されていると言う事なのだ。

 爆発した。

 

 

 

 

 

 ひと際強烈な粒子砲の射撃は、NERV本部の機能を一瞬だけ奪った(シャットダウン)

 一瞬だけ電気の消えた第一発令所。

 ジオフロントからの振動が直撃し、轟音が響く。

 悲鳴を上げる人間が多くいたが、それでも机に齧りついてまで任務から逃げなかった。

 子どもが、シンジ達がこの衝撃の爆心地で、その発生源たる第14使徒に真っ向から立ち向かっているのだ。

 大人として逃げれる筈が無かった。

 

101(エヴァンゲリオン初号機)、通信途絶!?」

 

「被害状況っ!!」

 

102(エヴァンゲリオン弐号機)、自己修復Mode入ります。パイロットのバイタル確認!」

 

 喧騒。

 

「画面、回復します!!」

 

 青葉シゲルの叫び声に、全ての人間の耳目が中央のモニター集まる。

 ノイズ交じりの画像。

 爆煙、土埃混じりの画像。

 それが風によって吹き払われる。

 そこに浮かび上がったのは右腕を失ったエヴァンゲリオン初号機であった。

 

「っ!?」

 

 悲鳴、或いは息を飲むスタッフたち。

 相互にA.Tフィールドを中和し合って無防備な状態で受けた粒子砲は、エヴァンゲリオン初号機の右腕をはじけ飛ばしていた。

 残った肩口は赤く灼熱化し、融解し果てていた。

 

「シンジ君!?」

 

 葛城ミサトすら思わず、悲鳴めいた声を漏らしていた。

 

 だが、エヴァンゲリオン初号機は外野(第一発令所)を無視して走り出す。

 その走る軌跡を追って、乱射される粒子砲。

 第14使徒は当然ながらも健在であった。

 

 轟音。

 振動。

 無尽蔵なエネルギーを感じさせる勢いで、乱射される粒子砲をエヴァンゲリオン初号機は獣めいた動きで俊敏に交わしていく。

 

-オォォォォォッォオォォォォォォォォン!-

 

 咆哮。

 

 

 シンジの操縦とは思えぬ、獣めいた動き。

 そこに冬月コウゾウは1つの回答を得た。

 

()()()()()()()()()

 

 漸くか、そう状況の危機的さを忘れて安堵めいた気分となっていた。

 だが総司令官席に座っている碇ゲンドウの表情は厳しい。

 

「そうかな」

 

「………どうした?」

 

「いや、シンジがアレくらいで()()()()()()? と思ってな」

 

「ばかな___ 」

 

 その時、伊吹マヤが声を上げた。

 101(エヴァンゲリオン初号機)との通信回復、との。

 第一発令所の耳目が集まった。

 

「状況は?」

 

 問う葛城ミサト。

 問われた伊吹マヤは、何とも言えない顔で首を縦に振っていた。

 全てを察した葛城ミサトは、

 

「でしょうね……」

 

 とだけ言った。

 エヴァンゲリオン初号機もシンジも、被害は甚大なれどもいまだ健在であった。

 

 唖然と言う表情となった冬月コウゾウ。

 

「そういう事だ」

 

 碇ゲンドウの表情、そして声は果てしない諦観の色が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 鋭い痛み、そして熱感。

 だが、シンジは止まらない。

 

「イィィィィッ!!」

 

 食いしばった歯の隙間から吠えながら、エヴァンゲリオン初号機を操る。

 逃げる為、では無い。

 まだ前に進む為に。

 自棄めいた捨て身(特攻)、では無い。

 攻撃の為であった。

 避けて。

 避けて。

 避けて避けて避けて。

 そして攻撃に転じる。

 顎部ジョイントが壊れる位に大きく開いたエヴァンゲリオン初号機の口元。

 それが細身となった第14使徒の喉元に食らい付いた。

 使徒は人間とは違う。

 喉元が弱点となるとは限らなかった。

 だが、それでも使徒の動きを止めるのであれば()()であった。

 吹き出す紫めいた使徒の血。

 だがエヴァンゲリオン初号機は止まらない。

 更に更に噛み込んでいく。

 食らい付き、肉片や血をまき散らしながら噛みついていく。

 抵抗しようと、両腕でエヴァンゲリオン初号機を排除しようとする第14使徒。

 圧倒的な膂力でエヴァンゲリオン初号機を捻りつぶそうとする。

 シンジ1人、エヴァンゲリオン初号機1機であれば勝てなかったかもしれない。

 

「アスカ!!」

 

 だがシンジは独りでは無いのだ。

 

『シンジ!!』

 

 エヴァンゲリオン弐号機が奔る。

 両腕で腰だめにEW-11C(プログレッシブダガー)を構えての攻撃。

 加速、そしてエヴァンゲリオン弐号機の全質量を乗せた一撃は、第14使徒の耐えうる限界を超えていた。

 閃光。

 

 

「使徒、沈黙__ 」

 

使徒反応(BloodType-BLUE)、消滅を確認!」

 

 日向マコトと青葉シゲルの報告。

 その瞬間、第一発令所は歓声が爆発した。

 NERV本部は最大の危機を乗り切る事に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12-epilogue

+

 勝利で終わった第14使徒戦。

 だがその対価は決して軽いものでは無かった。

 NERV本部と第3新東京市の被害は尋常では無かった。

 そしてエヴァンゲリオンの被害は甚大と言う言葉ですら生ぬるい有様であった。

 被害が最も軽かったのはエヴァンゲリオン6号機。

 最前線に立たず、慎重な運用が行われたお陰もあって消耗品の交換や一部の装甲の補修で済んでいた。

 次に被害が軽かったのはエヴァンゲリオン弐号機とエヴァンゲリオン4号機だ。

 極端な被害を受けなかったものの、派手な戦闘機動と大きな打撃(衝撃)を受けていた為に重検査が必要であると判断されてはいたが、逆に言えばその程度で済んでいた。

 問題となってくるのは、先ずはエヴァンゲリオン3号機。

 第14使徒の攻撃によって胴体を貫かれており、その復旧は容易では無いと判断されていた。

 幸いな事に制御システム周りへの被害は軽微であったが、胴体と言う事で付帯する部分が多すぎていた。

 事実上の大破状態である。

 そして言うまでも無く最も被害が大きかったのはエヴァンゲリオン初号機だ。

 元より左腕の無い大破状態であったのが、右の腕迄も融解している。

 大破と言う言葉すらも生ぬるい状態であった。

 

 

「いっそ現行の初号機は廃棄して、シンジ君向けに1から新造した方が良くない?」

 

 呆れた様に言う葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン弐号機に抱かれる様にしてケイジへと戻って来たエヴァンゲリオン初号機の姿は、そういう感想を抱くに相応しい惨状であった。

 実際、全く悪い提案と言う訳では無い。

 エヴァンゲリオン初号機からコアを分離して新しい素体、新しい機体に移植すると言うのは、手間と言う点からすれば妥当であるからだ。 

 とは言え、はいそうですかと簡単に頷ける話では無かった。

 

「そうも行かないわよ」

 

 嘆息する様に赤木リツコが言う。

 素体の成長の問題があるのだ、と。

 

「成長?」

 

「そ。素体も、今までの戦績に基づいてコアと共に成長しているわ。一番わかりやすいのは目であり口ね。素体の最初の培養状態ではソレらの器官は存在していないわ」

 

「あ、そう言えば初号機が顎部ジョイントを開いて吠えたって時、大騒動してたものね」

 

「そう言う事。そしてその成長、進化と言っても良いわ。ソレをコアは記憶している。けど、換装した場合___ 」

 

「ある筈のモノが無い、と」

 

「多分、何時かは新しい素体も馴染み、そしてコアに相応しい形へと進化するわ」

 

 これまでの各エヴァンゲリオンの修復と、その後の経過観察から赤木リツコは言う。

 でも、それは直ぐにでは無いのだ、と。

 

「似た外見、コアも同じなのでシンクロする感覚も同じ。だけど操作しても素体 ―― 機体は追従しない。そう言う可能性が高いわ」

 

「………そうなると実戦で死命に関わる可能性があるわね」

 

 厳しい顔で頷く葛城ミサト。

 赤木リツコも頷く。

 

 出来る積りで動いた。

 だが、機体がソレに追随しなかった。

 実に危険な話であった。

 一発(出たとこ)勝負の使徒との戦いで、そういうリスクは負いたくないと言うのが正直な話であった。

 

「修復、どれくらい掛かりそうなの?」

 

「1月は見ていて」

 

「………その間、使徒が来ない事を祈るしかないわね」

 

「とは言え、手が無い訳では無いわよ?」

 

「ナニそれ?」

 

 少しばかり人の悪い笑みを浮かべる赤木リツコ。

 それから説明する。

 1月と言う期間は、エヴァンゲリオン初号機用の部品を1から製造した場合だと言う。

 だが、ほぼ類似の部品が今、建造中だと続ける。

 

「第2次計画分って事?」

 

「そう言う事」

 

 今現在、NERV本部では製造が行われていないが、各支部では建造が進んでいるのだ。

 そこから仕上がっている備品を徴発すれば、2週間程でそれなりの所まで仕上げる事が出来ると断言していた。

 赤木リツコは、狩人の目をしていた。

 既に、徴発する部品は目星をつけてあり、その辺りは碇ゲンドウに提出済みでもあった。

 今日に、では無い。

 非常時徴発用リスト、としてである。

 何か在ったら、ここから部品を取ってこいと言う上申(命令)であった。

 情人としての力(尻に敷いて搾り取っているから)ではない。

 気迫、或いは迫力勝ちしていたのだ。

 第2次E計画が国連安全保障理事会で審議していた頃から、何時のまにかエヴァンゲリオンの維持に関してNERV随一の強権者となっていたのだ。

 各支部の関係者と顔を繋ぎ、折衝し、そして時折は強権発動をして第2次E計画をまとめ上げた結果、とも言えた。

 

 全てを察した葛城ミサトも、悪い顔で返す。

 

「作戦局としては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「了解したわ。後で、書類を回しておいて」

 

「お安い御用よ」

 

 美味そうに煙草を吸う赤木リツコ、そして葛城ミサト。

 それはそれは見事なまでの作戦局と技術開発局の提携(コンビ打ち)であった。

 

 

 しばしの休息。

 一服の一時。

 そう言えば、と思い出す葛城ミサト。

 

「シンジ君、今回は入院の必要性は無さそうね」

 

「バイタル、精神状態、共に平常だったから検査入院の必要も無いと言う事でアスカがお供に連れて帰ったわよ」

 

「あの娘も………そう言えば今夜はドイツ式晩御飯とか言ってたわね……」

 

 命がけの1戦が終わったら、即、切り替えて日常に帰った碇シンジと惣流アスカ・ラングレー。

 実に神経が太いとも言えた。

 綾波レイも含めて実戦経験豊富と言う事なのかもしれない。

 念のためとして入院している鈴原トウジや、少しだけ寡黙になっている為に観察の為に入院処置となった渚カヲルとは比べ物にならないと言えた。

 とは言え、であった。

 溜息をつく葛城ミサト。

 

「……あの痛みを受けて変調しないってのも凄いけどね」

 

「そう、ね」

 

 葛城ミサトが遠い目で、煙草の煙を追った。

 その耳で、エヴァンゲリオン3号機が被害を受けた際に鈴原トウジが上げた悲鳴が蘇っていた。

 訓練などでは弱音の1つも吐かない我慢強い鈴原トウジが上げた、身も世も無いとばかりの勢いの悲鳴。

 耳をふさぎたくなる程の声。

 耳をふさぐことを許されない声。

 

 今までシンジとアスカ、そして綾波レイが上げる事の無かったソレは、どんな言い訳をしても許されない、大人の罪を示す声であった。

 仕方が無い。

 他に選択肢が無い。

 幾らでも言い訳めいた事は言える。

 だが、幾らでも言葉で誤魔化せたとしても自分の心までは騙せないのだ。

 最初の3人に慣れ過ぎていた大人にとって、改めて実感(直面)する事になった大人の責任()であった。

 

「カヲル君の方も含めて、心療内科の方、宜しく」

 

「ええ」

 

 葛城ミサトと赤木リツコ。

 2人が吸う煙草は余りにも苦かった。

 

 

 

 

 

 NERV総司令官執務室の席に座り、受話器を持っている碇ゲンドウ。

 相手はSEELE、キール・ローレンツ、SEELEメンバーの最高責任者であった。

 

『碇、SEELEの総意として今回の第14使徒戦役に関するNERVの行動、それに伴って発生した被害を批判する事は無い』

 

「はっ、有難う御座います」

 

 だが、それも当然であった。

 使徒の情報公開に伴って、NERVは対使徒戦役 ―― 戦闘に関する情報を人類補完委員会(SEELE)に対して全て(第1次情報)を上げる様にしていた。

 故に、第14使徒が余りにも強大である事、そしてNERV全力での抵抗が余すことなく伝わっているからであった。

 従来は、情報を秘匿する必要性からネットワーク(インターネット)を介して報告は行っていなかった。

 専用の閉鎖回線が1つは用意出来ては居たが、それはSEELEとの直通回線であり、表の看板である人類補完委員会との業務用として使えるモノでは無かったのだ。

 だからこそ、SEELEとしても迅速な情報の把握が出来るのであった。

 かつては碇ゲンドウもNERVの内幕を余すことなくSEELEに晒す事には抵抗があった。

 当然である、SEELEの人類補完計画とは別の、碇ゲンドウの人類補完計画を進める積りであったのだから当然である。

 だが、度重なる国連安全保障理事会への対応で忙殺されるが為、そして人類補完計画がSEELEや碇ゲンドウのモノを問わず少しも進捗し無いのだから、そんな事よりも自分の身の安全だとばかりに業務の簡素化を行ったのだった。

 NERVの運営。

 国連安全保障理事会人類補完委員会との折衝。

 SEELEへの報告。

 そして、時々発生する情人(赤木リツコ)による搾り取りがあるのだ。

 仕事量を減らすしかなかったのだ。

 

『だが、安全保障理事会への報告書は早期の提出を願おう』

 

「期日としては?」

 

『無理は言わぬが可能な限り早く、来週には頼む』

 

「畏まりました」

 

『では碇、無理をせぬ範囲でな』

 

「はっ」

 

 通話が終わる。

 散文的な、仕事の通話となった碇ゲンドウとキール・ローレンツの会話。

 そこにはNERVとSEELEのトップによる腹の探り合い等と言う雰囲気は無かった。

 仕事に疲れた仕事人の業務連絡と言う風情であった。

 

 傷だらけとなっている受話器を机に入れる碇ゲンドウ。

 そして大きくため息をついた。

 

「SEELEも大変な様だな」

 

 何時ものソファに座り、揶揄する様に言う冬月コウゾウ。

 それを否定せぬ碇ゲンドウ。

 それは実に疲れた男の姿であった。

 

「此方よりはマシだ」

 

「そうかもしれん」

 

 空を見上げる冬月コウゾウ。

 天井では無い。

 ()()()()()

 NERV総司令官室は、その上部が丸っと消し飛ばされていたのだ。

 第14使徒の粒子砲による影響であった。

 逆に、よくぞ原形を留めていたなと言う話であった。

 

 執務机にある、別の電話を取る碇ゲンドウ。

 

「私だ。現時刻をもってNERV本部中枢施設の全凍結作業を開始したまえ」

 

 第14使徒が作り上げた開口部によって、今のNERV本部ジオフロントは侵入者を阻止しきれないのだ。

 であるが為、このNERV総司令官執務室を含む中枢施設は全凍結は止む無しと言う話であった。

 NERV総司令官公室も、地下の予備施設に移動する事とされていた。

 そして、現NERV総司令官公室の資料群は全てが現場所で焼却処理される事となっていた。

 機密性の高いが故に、移動と言う数多くの人間の目に触れさせる事が認められないのだ。

 全てはデジタル保存されているからこその乱暴な処置でもあった。

 

 問題はSEELEとの秘密回線であった。

 電子化された会議を開くだけの設備が用意出来ていないのだ。

 故に、先ほどの様な電話での協議となったのだ。

 

「さて、行くぞ冬月」

 

「ああ」

 

 過去を振り捨てるかのように、NERV総司令官公室を出ていく碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウを連れ、振り返る事は無かった。

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#12こぼれ話)
 仕事量でメンタル死んでる大人組
 割と艶々に生きてる子ども組(※新規参入の子どもは慣れるまでガンバ!

 いやはや、酷い事になってまする
 ま、次の第15使徒が更にゲテモノなので、本当に、どうしろとというのかとありおりはべり
 つか、第16使徒が来て第17使徒
 第17使徒ダブリス君、君、コレと闘うの?(汗
 メンタル絶好調&戦績積みまくりのスペックカンストよ?
 つら、ラスボス役はどうしましょう
 カヲル君、もといダブリス君
 がんばれー
 SEELEもがんばれー
 ゲンドー君もがんばれー

 尚、頑張ったから結果が出ると言うナイーブな考えは捨てろ(無慈悲








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱拾参) ANGEL-15  ARAEL
13-1 DYNAMES


+
愛は強くして死のごとく、嫉みは硬くして陰府にひとし

――旧約聖書     









+

 甚大な被害を第3新東京市、及びNERV本部に齎した第14使徒。

 幸いであった事は、警戒されていた次なる使徒の襲来が直ぐでは無かったと言う事であった。

 そのお陰でNERVと人類は使徒への備え、その再構築に目途を付ける事が出来ていた。

 

 1つは要塞都市としての第3新東京市の再建である。

 とは言え、その機能が復旧したと言う訳では無い。

 第14使徒が作った巨大なジオフロントへの突入路は、特殊装甲材による暫定的な蓋をしたと言う程度であり、防護力は無いに等しかったが。

 又、信濃砲座を筆頭とする要塞砲群に至っては、復旧どころか破損した設備の撤去すら着手されていなかった。

 とは言え、第3新東京市の火力が低下したと言う訳では無い。

 国連軍部隊 ―― 第3特命任務部隊(FEA.TF-03)と交代で第3新東京市に配備された国連軍第4任務部隊(UNA.TF-04)が、従来の増強連隊戦闘団規模から旅団戦闘団規模へと拡大されていたからである。

 直接火力は従来と同様に戦車大隊であったが、支援火力(野砲部隊)が2個連隊規模へと無茶苦茶な増強が図られていた。

 国連極東軍(Far East-Aemy)のみならず、国連欧州軍(Europe-Aemy)からも砲兵部隊をかき集めていた。

 文字通りの全人類軍(コスモポリタン)と化していた。

 それが只の1ヵ月で臨戦態勢にまで持ち込めたのは、人類の本気と言う所があった。

 各国連軍の大型輸送機をかき集めてヨーロッパから一気に作戦部隊を日本へと送り付けていたし、各部隊指揮官から兵卒まで使徒と戦うと言う意思の下で日頃の対立、政治その他のアレコレを忘れて団結していた。

 それ程の脅威を、第14使徒は見せつけたとも言えた。

 最強の片割れたるエヴァンゲリオン弐号機では、3機のエヴァンゲリオンの支援を受けても勝ち切れず、修理途上であったエヴァンゲリオン初号機を投入せざる得なくなったと言う事実。

 そして2機掛かりで、それも甚大な被害を出しながら漸く勝てたと言う事は、極めて重かった。

 赫々たる戦果を挙げていたエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のペアをして、と世界は認識したのだ。

 エヴァンゲリオンが大被害を被ったのは第14使徒戦が初と言う訳では無いのだが、如何せん、使徒とエヴァンゲリオンの情報公開が行われてと言う意味では初であり、そして何よりも使徒との戦闘をリアルタイムで世界が見たと言う事が大きかった。

 

 胴体を貫かれるエヴァンゲリオン3号機。

 腕を消し飛ばされたエヴァンゲリオン初号機。

 

 編集された(過去の使徒戦の)動画では華々しい勝利だけを重ねてきたように見えたエヴァンゲリオンは、常に薄氷の上の勝利を重ねて来たのだと認識されたのだ。 

 使徒の脅威、使徒との戦いの過酷さが改めて認識された結果とも言えた。

 民意が動き、民意に従って政治が動き、そして総体としての人類が大きく動く事となったのだ。

 エヴァンゲリオン以外に於けるNERV本部の戦闘力が大幅に回復したのは群体としての人類、その総力が発揮される事となったお陰とも言えた。

 

 又、攻撃力だけではない。

 広域の哨戒網の構築と言う意味でも、大きな影響が出る事となる。

 使徒が忽然と現れる。

 しかも、最近の使徒は電磁波で捉えられない(レーダーに映らない)

 故に官民を問わぬ肉眼(Mark.Ⅰ アイボール)による索敵網が構築されていた。

 それは対地上や対空のみならず、宇宙をも含められていた。

 民間人主体(NPO)宇宙観測組織(スペースガード)まで国連安全保障理事会と協定を締結し、その指揮下に入っていた。

 正に人類の総力戦状態であった。

 

 

「お陰で私たちもいまだに、第3新東京市で呑気な生活が出来るって訳よ」

 

 結論としてそう述べるのは葛城ミサトだ。

 無論ながらも、気楽な口調に相応しくビール缶を片手に持っていたが。

 時は夕食時。

 久方ぶりに碇シンジ宅に、それも、食事の時間に襲撃できた幸せを噛みしめていた。

 本日の主菜はアジフライだ。

 揚げたてカリカリ、シンジが自分で作ってみたタルタルソースが添えられたソレは、市販のソレよりもピクルスの味が濃ゆく、実にビールに似合っていた。

 尚、炊きたての白ご飯。

 そして惣流アスカ・ラングレー謹製の味噌汁も実に美味しい。

 

 正に()福と言わんばかりの表情をしている。

 尚、申し訳なさそうな顔をしている赤木リツコも隣に居た。

 とは言えその内心は、表情程には申し訳なさを感じては居なかったが。

 NERV本部の再建もひと段落と言った所なので、息抜きも必要とばかりに2人で()()()となった際、ならついでに、初々しいカップルを襲撃して瑞々しい若さを吸収しようと言い出したのは何を隠そう赤木リツコであったからだ。

 連日の仕事に疲れ果て、家に帰ってもご近所(同じ宿舎棟)の伊吹マヤや綾波レイとの交流も無かった反動が出た結果でもあった。

 そもそも、常ならば良識的な発言をする(ストッパー役を任ずる)赤木リツコであるが、本質的に良識的人間であるならば、私人としては愉快過ぎる側面を持った葛城ミサトを親友(マブ)にする筈が無いのだ。

 それが、類は友を呼んだのか、それとも朱に交われば赤くなったのかは判らない。

 ただ言えるのは()は似ているからこそ、仲は続くと言う事だ。

 

「物流が安定したお陰で、生鮮食料品が普通に入手できるのは有難いわよね」

 

 アジフライの付け合わせである千切りのキャベツも、プチトマトも実に瑞々しいのだ。

 赤木リツコが舌鼓を打つのも当然であった。

 と言うか美味しそうに味わっている。

 何とも言い難い、人間の食事への感謝(温食万歳)を全身から漂わせていた。

 

 NERV施設の食堂、そのメニューに使われる食材も新鮮ではあるのだが、如何せん、調理から時間の経って冷えたり、或いは野菜類も萎れたりしているのだ。

 調理スタッフによる努力はあれども、手放しで美味しいとは言い難いのが実状であった。

 今現在の食堂が多忙なのは、第14使徒との戦闘で被害が出たNERV本部施設の中には幾つかの食堂施設が含まれていたが為であった。

 生き残った食堂施設は、その設備容量(キャパシティ)を超えるスタッフの胃袋を満たす為に努力し、その努力は実を結んでいるのだ。

 だが、口の肥えた人間(一般的日本人)にとってソレは何とも耐えがたい苦行めいた部分でもあった。

 メニューは固定されており、選択肢など無いに等しい ―― 麺類(うどん/そば)2種類の定食(A肉定食/B魚定食)の4つからしか選べないと言う有様であったのだ。

 無論、肉も魚も冷凍食品を揚げただけのモノだ。

 しかも夕食に至っては、昼の余りを詰め合わせた弁当となるのだ。

 かつてのNERV本部食堂群の、レストランもかくやという頃と比べれば絶望的状況と言えていた。

 そして赤木リツコにせよ葛城ミサトにせよ、それらをインスタント味噌汁で掻き込んで仕事をしていたのだ。

 それがこの1月の事なのだ。

 シンジの、手の込んだ料理と言うモノへの歓喜が出るのも当然であった。

 

「アスカのお味噌汁も美味しいし。言う事なしね」

 

「お代わり、まだあるわよ?」

 

「有難う」

 

「あ、私はビールで」

 

「はいはい」

 

 シンジ宅の主婦2号とばかりに甲斐甲斐しく味噌汁のお代わりを準備し、冷蔵庫からビールを取り出すアスカ。

 最初は、シンジとの時間を邪魔する闖入者めとばかりに葛城ミサトと赤木リツコを睨んでいたのだが、本当に美味しそうに、それも癒されると言って食べる姿を見ると毒気を抜かれていた。

 尚、主婦1号にして家主であるシンジは、葛城ミサトと赤木リツコに奪われた自分たちのアジフライを追加で揚げているのだった。

 三枚おろしのアジに下味を付け、パン粉にまぶして手早く揚げていく。

 その手慣れた感は実に主夫めいていた。

 手伝うアスカと並んでいる姿の初々しいさ、瑞々しさは、仕事に疲れた大人(アラサーめいた2人)には最高の肴であった。

 

「美味しいわね」

 

「でしょー」

 

 シンジとアスカに見えぬが故に、ニヤリと笑っている葛城ミサトと赤木リツコの両名。

 1000名からなるNERV本部の実務部隊トップらしい大人の仕草(ヨゴレ&腹黒さ)であった。

 

 

 

「美味しかったわね」

 

「ホント、生き返った気がするわ」

 

 貪る様に喰らい、浴びる様に飲んだ葛城ミサトと赤木リツコの両名は、勝手知ったる他人の家とばかりにリビングに移って焼酎に取り掛かっていた。

 常夏の第3新東京市に相応しいオンザロックだ。

 服の襟元を緩め、ストッキングは脱ぎ捨てている大人の艶姿は、()少年には少しばかり刺激的過ぎる所もあるのだが、そんなよそ見をアスカが許す筈も無かった。

 よそ見は許さぬとばかりにシンジの隣のソファを占拠して、シンジの視線も独占していた。

 その可愛らしい稚気(独占欲)には、流石の大人組(アラサー・コンビ)もご馳走様と言う顔をしていた。

 美味しい肴である、と。

 

「で、そんなにナニかあったの?」

 

 お土産として齎されたチーズを摘まみながら、アスカは尋ねた。

 やけに2人が元気だと言うのが、その言葉の理由であった。

 対して葛城ミサトは笑って答えた。

 

「取り合えず、1段落だからよ」

 

 そして秘密を明かす様に言う。

 対使徒用の特殊装備が支給される事となった、とも。

 

「ロンギヌスの槍?」

 

「碇司令が南極支部の特別研究機関と折衝して、回収した特別装備と言うものだそうよ」

 

 さらりと見せたソレ(資料)には、赤い槍状のナニかが写っていた。

 セカンドインパクトの原因、南極で羽化しかけた第1使徒Adamを還元して封じた喪失技巧(ヘリテージ)だと言う。

 

「使わせてくれるなら、とっととやって欲しかったわ」

 

 しゃぶると言うよりも齧ると言う塩梅でスルメを口にしながら愚痴る葛城ミサト。

 だが、と続ける。

 これで先の第14使徒の様な規格外の相手にも十分に戦えるだろうという。

 

「とは言え、使用には人類補完委員会による許可が必要なのだけどね」

 

 赤木リツコの補足。

 現在、ロンギヌスの槍は1つしかない為、おいそれと使用して喪失すると言った事になっては堪らない。

 だからこその安全策と言えた。

 

「ふーん」

 

「興味ない?」

 

「べっつに。だって初号機が直ってアタシの弐号機と万全になれば、なんだってぶちのめしてみせるわよ」

 

「………そうね」

 

 アスカの実績を背景にした自負。

 それは慢心では無かった。

 詳細不明な遺産よりも、積み上げて来た実績と言う意味では、正にアスカの言葉通りなのだから葛城ミサトとて同意するのみであった。

 実際問題として使徒が出現しなければ試射、試用が出来ないのだから、ロンギヌスの槍の性能、或いは信頼性など測れるものでは無かった。

 

 とは言え、赤木リツコは違う。

 科学者としての側からのアプローチとしては、そのロンギヌスの槍を分析して、その能力を再現した新装備を開発すれば、今後の使徒との戦いに有益だろうと考えていた。

 

「分析って、出来るの? 南極の研究所では素材の解析も出来なかったって話でしょ」

 

「やってみるだけよ。それに今のNERVは世界中の研究機関と提携を進めているから、判る事も多い筈よ」

 

「ふーん」

 

 尚、頑健な刀状の武器であれば文句を言わない(得物を選ばない)シンジは、アスカ達の会話をただ聞いていた。

 隣に居るアスカの良い匂いに意識が持って行かれている部分もあったが。

 好きと言う気持ちを交わして以降、距離が近い(濃厚なスキンシップの)日々はシンジにとって極めて刺激的であり、眩暈めいたモノを感じる所があった。

 酒精(アルコール)を摂取するよりも頬や耳を赤くしており、そこがアスカに堪らない気分を齎すと共に、周りの大人からの微笑ましい目線を貰ってもいるのだった。

 付き合いを初めてもう1月は経っていたが、いまだ初々しいシンジであった。

 尚、表には出さないがアスカも似た様なモノであった。

 幼少期にエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)として選抜され、それ以降は親から切り離されて、大人たちの間で厳しく鍛えられ、育てられてきたのだ。

 恋人(Liebhaber)と言う、無条件で自分を見てくれる、認めてくれる相手が生まれたと言う意味は、家族と共に育っていたシンジよりも大きい部分があった。

 だからだろうか。

 恋人と言う距離感よりも家族、親密な兄妹にして姉弟的な距離感となっていた。

 ソレは同時に、異性への感情に目覚めても、いまだ性欲の目覚めと言う部分では幼いシンジにとっても判りやすい距離感でもあった。

 好きだと言う気持ち。

 一緒に居たいと言う気持ち。

 離れたくないと言う気持ち。

 実に青春であると言うのが天木ミツキら、良識的かつ近い大人たちの評価であった。

 尚、そこに安堵が加わるのが葛城ミサトであったが。

 

 軽い家呑み。

 オンザロック用の氷を使い果たすころ、ぽつりと葛城ミサトが言った。

 

「そう言えば、前々から言ってたアレ。悪いけどする事になったわ」

 

 アレ。

 それは第14使徒との戦いで死傷した人々への慰霊式典であった。

 それは政治の要求であった。

 

 第14使徒との戦いでの被害は甚大の一言であった。

 NERVスタッフや国連軍将兵、それに民間の死傷者が合わせて1401名に上り、そこに1341名もの行方不明者が出ているのだ。

 しかも、世界の多くの人間は、使徒の恐ろしさを改めて実感し、政治に対して対応を要求していた。

 不安感情。

 故に、それを慰める為に1月を節目とした慰霊と、今後に向けた戦意の宣言をする式典を行う事を国連安全保障理事会が決定したのだ。

 無論、そこに華を添えると言う意味でも子ども達(チルドレン)の参加は必要であるとされていた。

 

 微妙な顔をするシンジとアスカ。

 お互いの顔を見やって頷く。

 代表する様にアスカが言う。

 

「流石にパーティとかは勘弁よ?」

 

 アスカでは無く、隙の無い化粧(変装)をしたレッド・ツーの姿は、長時間していたいモノではないのだ。

 座って笑っているならまだしも、その恰好での飲み食いも談笑も勘弁して欲しいと言うのが本音であった。

 

「ソッチは当然よ。バカがゴネたりしたみたいだけども、ミツキが本気で安保理にも噛みついたから大丈夫」

 

 シンジやアスカと言った適格者(チルドレン)は、世界の守り手などと言われ、ある種の世界的著名人に数えられる事となっているのだ。

 であれば当然、縁を繋ぎたいと言う生臭い(政治的欲望の強い)人間が出て来るのも当然であった。

 更に言えば、アスカや綾波レイはミラーシェードで目元を隠していても判る美少女なのだ。

 シンジだって美少年と言えるだろう。

 偶像(アイドル)的な意味で、男女を問わぬ政治よりも生臭い欲望を持った人間が近づこうとするのも当然の話であった。

 

 尤も、その全てを天木ミツキが叩き潰していたが。

 比喩的表現ではない。

 ()()()()()()()()()()()

 適格者(チルドレン)との親睦会開催を、自身の政治的立場強化の為に強引な形で要求してきた欧州の某国国連代表を、NERVの諜報部門(特殊監査局)を動かした上で政治的詐術を使う事で、代表の座を失う様に仕向けたのだ。

 政治的隙 ―― 敵の多い人物だったとはいえ、それを1週間でやってみせたのだ。

 剛腕をもって知られた交渉巧者たるNERV総司令官碇ゲンドウを使ったとは言え、正に辣腕であった。

 尚、物理的と言われる所は、その失脚した代表が離任挨拶と称してNERV本部に文句を付けに来た際、不埒(暴力)行為を働いたとして物理的に叩きのめした点からの事であった。

 

「なら良いけど」

 

「ま、トウジ君とカヲル君のお披露目も兼ねてるから、時間は少しばかり長いけど、許して頂戴」

 

「………そこは仕方ないわね。良いわよね、シンジ」

 

「ん。アスカが決めたんだったら、僕はそれに従うよ」

 

 シンジの言葉。

 それは自主性の放棄では無く、アスカを信じるが故であった。

 そして、それが判るからこそ、くすぐったげにアスカは笑うのだった。

 

 

「珈琲が飲みたくなるわね」

 

「もうお腹一杯よね、甘酸っぱさで」

 

 

 

 

 

 新しいNERV総司令官室、正確に言えば総司令官執務室はNERV本部地下施設の更に下部、地下中枢のターミナルドグマに近い場所に設けられていた。

 機密情報の管理などの面で効率的である事が理由だった。

 尚、使徒とNERVの情報公開後に増えた外部からのお客人を応接する為の総司令官公室は別に、地上(地表)施設側に設けられている。

 ある意味でNERVが、秘密組織(非公開特務機関)では無くなった事を象徴する処置であった。

 

 その新しいNERV総司令官執務室で碇ゲンドウは責任者らしい仕事を回していた。

 各外部組織との折衝、それはSEELEであり、国連安全保障理事会であった。

 特に日本政府との折衝は優先度の高いモノであった。

 第14使徒による甚大な被害は日本政府を震撼させるものであり、国民保護の観点から第3新東京市や御殿場市などの箱根カルデラ一帯の住民の避難計画の策定、或いは疎開に関する事が議題となっていた。

 住民の避難用シェルターなどは優先的な予算配分が行われていたお陰で十分な数が用意出来ていたが、如何せん、使徒の広域攻撃能力が高すぎるが為、避難場所として十分では無くなっているというのが実状であった。

 とは言え、シェルターの安全な場所への新規増設などは簡単ではない為に、議論は簡単に結論が出る類の話では無かった。

 本来、細かい点は実務スタッフで行われるモノであるのだが、そこに碇ゲンドウが駆り出されている理由は政治であった。

 NERV総司令官も問題解決に動いている、日本政府と足並みをそろえて行動していると言うアピールの為であった。

 

「………ふぅ」

 

 大きくため息をつく碇ゲンドウ。

 疲れが溜まっていた。

 高速鉄道(リニア)、或いはヘリを使うとは言え週に幾度も第2東京(長野県)まで出張を繰り返すのだ。

 如何に頑健な肉体をしているとは言え、疲労せぬはずが無かった。

 

「お前も疲れているな」

 

 第3新東京市の市政部分との折衝を担っているお陰で、出張の少ない冬月コウゾウが揶揄する様に笑った。

 とは言え、当人も結構な感じで疲労の色を浮かべていた。

 NERV総司令官である碇ゲンドウ不在の場合、NERVの代表代行まで担っているのだ。

 突発的な来客(VIPの来訪)などへの対応も含まれている為、気苦労と言う意味では碇ゲンドウと同じようなものであった。

 

「お前もな」

 

 責任者の仕事は責任を取る為にあるとは言え、実に大変であると言うのが2人の共通する認識であった。

 SEELEすら疲弊して、会議が減少していた。

 そもそも高齢者集団なのだ。

 過労による病気で入院したと言うのは、この1月余りの時間で3人に及んでいるのも仕方のない話であった。

 

『人類の未来。そして人類補完計画。少し考えなおすべき部分があるのかもしれんな』

 

 弱気な事をSEELEの首魁たるキール・ローレンツが零す程であった。

 日本政府との折衝で疲れている碇ゲンドウに対して、SEELEは国連安全保障理事会とEU(ユーロ)なのだ。

 1国である日本に対してEUは複数の国家の連合体であり、その意思は完全に統一されている訳では無いのだから、折衝の大変さと言うものは数段上と言う有様であった。

 碇ゲンドウとの2人だけの電話会談で弱気を見せる程には。

 

「残る使徒は3つと言う。コレを乗り切れば全ては終わる」

 

「その前に俺やSEELEの老人共の寿命が来そうだよ」

 

 寿命と言う言葉を、耐用年数と言うイントネーションで言う冬月コウゾウ。

 大学教授を前職とするとは思えない年齢不相応な強さ(タフネス)を誇っていたが、連日の折衝は、その冬月コウゾウをして己の限界を感じる所があったのだ。

 

「人類補完計画。老いも病も無いのであれば、それはそれで幸せかもしれんな」

 

「SEELEの計画であれば、人類は1つの階梯(ステージ)を上がる。そう言う結果になる可能性が無いとは言えぬ」

 

「だが、お前の計画は別なのだよな」

 

「ああ。エヴァンゲリオンを軸とした全人類の統合こそが新しい世界に繋がる筈だ」

 

「ユイ君もそこに居る筈、か」

 

「…………」

 

「まぁ良い。死ぬ前に結果が見たいモノだ」

 

「問題ない。既に使徒は14体目まで討伐する事に成功している。あと少し。あと少しなのだ__ 」

 

「そう願うよ」

 

 嘆息する冬月コウゾウ。

 それは実に実感の籠った言葉であった。

 

 

 

 尚、碇ゲンドウにせよ冬月コウゾウにせよ、行うべき仕事に忙殺されていた結果、人類補完計画の鍵となる綾波レイの成長を見落としてしまうのは、何とも大きな失敗(ポカミス)であった。

 

「ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」

 

 正式にNERV戦闘団第2小隊を組む事となったエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 その為、NERV本部での訓練に勤しんでいた綾波レイの隣に住む伊吹マヤが夕食の話を振った際、強い調子で主張するのだ。

 食べ物の主張。

 強い食べ物の主張。

 ある意味で実に日本人らしいと言えていた。

 

「駄目よ。今週はもうラーメンを食べに行ってるんだから」

 

 内臓が弱い綾波レイにとって、刺激物の多いラーメンは余り良い食事とは言えないのだ。

 だからこそ、赤木リツコは週に1回に抑える様に厳命していた。

 だが、その程度で綾波レイはへこたれない。

 抗弁だ。

 それも、キチンとした理由を添えて行う。

 

「渚君が食べてみたいって言ってたから」

 

 小隊を組む相手(パートナー)なのだから、同じ釜の飯を喰うのは大事。

 そんな言葉も続けた。

 とは言え、小動物的な仕草であり、その可愛らしさに伊吹マヤが抵抗するのは難しかった。

 

「本当?」

 

「本当」

 

 確認の為に振り返った伊吹マヤに、渚カヲルは笑顔(アルカイックスマイル)で頷いた。

 先に、綾波レイにそうしろと命令されていたのだ。

 見事に管理されていた(尻に敷かれていた)

 そんな事に気付かない伊吹マヤは仕方が無いかと受け入れるのであった。

 戦友(バディ)としての絆の為、と言われては反論も難しいのだから。

 とは言え、問題は3人で乗るには荷物の満載している伊吹マヤの車は難しかった。

 だから仕方が無いとばかりに、手慣れた仕草で遅番だと聞いていた青葉シゲルの電話を鳴らすのであった。

 少しだけ、仕方が無いからと自己弁護しながら。

 でも唇の端を緩めながら。

 だから気付かなかった。

 綾波レイが渚カヲルと覇気のない勢いでハイタッチをしていた事に。

 シンジとアスカの仕草を、綾波レイが憧れ、そして渚カヲルに仕込んでの事であった。

 

 

 

「僕も少しは本部に馴染めた気がするよ」

 

 そんな風にこの日の一幕を後日、渚カヲルはシンジと鈴原トウジに零すのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13-2

+

 ある意味で第14使徒が世界を1つにした。

 人類が10と余年もの歳月を描けて建造した対使徒迎撃要塞 ―― NERV本部たる第3新東京市を簡単に一蹴してみせ、判りやすくその脅威を示した結果であった。

 

 使徒と言う脅威は認識していた。

 人知れず人類を護っていたNERVとエヴァンゲリオンと言う存在が公表された際に人々は熱狂した。

 だがそれは、現実とは少し離れた物語(パルプフィクション)めいたモノだと考えていたのだ。

 非公開特務機関。

 全高40mの汎用人型決戦兵器(巨大ロボット)

 しかも、戦場に赴くのは子ども(美少年と美少女)だ。

 現実的だと認識するのが難しいと言うものだろう。

 だからこそ、無邪気に第2次E計画での適格者(チルドレン)募集に、大勢の人間が手を挙げたとも言えた。

 大災害(セカンドインパクト)の苦境から回復しつつある、平穏な日常に加えられた一寸した刺激(スパイス)の様に考えていたのだ。

 

 だが第14使徒によって、ソレは間違えた考えであった事を世界は認識したのだ。

 それまで幾多の使徒を屠って来たエヴァンゲリオンも辛酸を舐めるが如き苦戦をしていた。

 ()()()()()()()()1()()()()()()()()()

 使徒は現実を、日常を脅かす敵であると明確に認識したのだ。

 使徒の脅威を理解した人類は、目の色を変えた。

 

 恐怖におびえ、身を竦ませた。

 あり得ない。

 目を閉じて、神に許しを願った。

 あり得ない。

 

 そう言う人間が居る事は否定しない。

 実際、宗教者や熱心な信者が教会やモスクに集まって祈りを捧げもした。

 特殊な思想を持った人間が、NERVの活動を神の意に背く事だと言って反政府デモを繰り広げ、使徒を受け入れる事を主張もした。

 だが、それはほんの極一部であった。

 大多数の人間は、その人類の歴史が示してきた範例通りの存在である事を示した。

 即ち、人類同士ですら飽くなく殺し合いを続けてきた戦争種族としての本質だ。

 

 

 

「ま、そういう訳で、こういうモンももろとる訳や」

 

 そう言って快闊に笑うのは鈴原トウジであった。

 手に持って見せるのは、世界中から集まって来た応援の手紙(ファンレター)、その束であった。

 発信場所が国内外を問わず、内容に差し障りが無いかを支援第1課と諜報課が合同で確認し、そして翻訳したモノが渡されていた。

 子ども達に手渡されるのは、実際に送られてきたモノの6割と言った所であり、残る4割はN()E()R()V()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 人間の敵は常に、人間である。

 その事実を煮詰めた様な文面が多かったのだ。

 

 最悪を友とする人間は兎も角として、鈴原トウジが居る場所はNERV本部ジオフロントに新設された第2適格者休憩室であった。

 地下設備のケイジ(エヴァンゲリオン格納庫)に併設された操縦者待機室とは別個に設けられている、身体訓練や座学などが主体の場合に使用される休憩室であった。

 ケイジに併設されている事由来の悪影響、大量のL.C.Lによる臭いや湿度の問題を簡単に解決できる事から、出撃が迫って居ない時にはよく使われる場所であった。

 

「凄いのね」

 

 そう合いの手を入れるのは洞木ヒカリだ。

 鈴原トウジと同じ色柄のNERVのトレーニングウエア(訓練用ジャージ)を着こんでいるが、別にNERVに適格者として選ばれたからでは無い。

 鈴原トウジのリハビリ協力者(トレーニングパートナー)としてD配置職員、新しく設定されたNERVの非正規(アルバイト)スタッフとしてであった。

 

 従来のNERVは3つの立場(配置)のスタッフで構成されていた。

 1つはA配置職員。

 これはNERV本部と第3新東京市要塞機能の運用を担う、戦闘配置も担う全任務対応(フルライン)スタッフだ。

 B配置職員。

 此方は総務や情報部門その他の、非戦闘関連であるがNERVの運営に必要不可欠な部門であり、その職責の重要さから有事には避難が命令されているスタッフだ。

 C配置職員。

 此方は組織運営その他に部分的に参加している、出向者を含むスタッフだ。

 NERVは、この3つの配置と、4段階の機密資格(Access-Pass)でスタッフの業務内容や業務範囲を管理していたのだ。

 だが、第14使徒による人的被害がそれを壊した。

 第14使徒との戦闘は、十分な避難活動が行えぬ中で行う事となった為、非戦闘関連職員であるB配置職員の被害も甚大であったのだ。

 戦闘職種や整備部隊の被害も影響が大きいが、総務部門の被害も決して侮る事は出来ないのだ。

 食事が出来なくなったら、医療サービスが受けられなくなったら、給与が遅配されてしまったら。

 組織は回らなくなる。

 この点に於いてNERV ―― NERV本部は戦闘も担う組織としては余りにも小規模であったが為に、被害への耐性が余りにも乏しいと言えた。

 だからこそ、非正規職員(アルバイト)とも言えるD配置職員と言うモノが新設されたのだ。

 職務内容は多岐に渡っていた。

 その1つが医療部門の補助であるリハビリ協力者(トレーニングパートナー)、それが洞木ヒカリの身分であった。

 

 この様なモノが洞木ヒカリがNERVに居る法的根拠であったが、とは言え居る理由は学徒動員めいたモノでは無かった。

 この場に洞木ヒカリが居る理由は主に乙女心であった。

 乙女心を理解した惣流アスカ・ラングレーを筆頭としたNERVの関係者が気を回し、そこに洞木ヒカリが乗った結果であった。

 

 鈴原トウジがリハビリを必要とする理由は、ある意味で心性のモノであった。

 先の第14使徒との戦いで、鈴原トウジは怪我をしていないのだから。

 だが、乗機であるエヴァンゲリオン3号機は腹部を第14使徒の帯状の鞭で貫通されると言う大被害を受けていたのだ。

 それも2ヵ所。

 戦闘後に被害状態を確認した際、大破状態と判定される程であった。

 だからなのだ。

 エヴァンゲリオン3号機と心で繋がっていた(シンクロしていた)鈴原トウジは、自分自身が腹に大きな怪我を負ったと感じる事となった。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 結果として、鈴原トウジの肉体はリハビリを必要とする程の衝撃を再現(フィードバック)してしまったのだ。

 この問題、実は既にエヴァンゲリオン弐号機とアスカが第9使徒戦に於いて発生していた。

 故に、その様な事が再発しない様にエヴァンゲリオンと操縦者(パイロット)接続(シンクロ)には安全装置が設置されていた。

 一定以上の被害が機体に発生した場合、自動的に機体と搭乗者の接続(シンクロ)を遮断するというモノが、だ。

 その機能は、今回の第14使徒戦でも発揮された。

 只、問題は遮断する為の基準が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 戦闘中の被害、痛みを幻痛だと断じて悲鳴を上げず、歯を食いしばって使徒を叩きのめす事を優先するエース(バーサーカー)を基準としたのだ。

 尚、設定時には綾波レイにも意見を聞いていた。

 こちらも、被害上等で敵手たる使徒を叩きのめす事を優先する人間であった為、問題に気付けなかったのだ。

 ある意味で、当然の結果であった。

 鈴原トウジの後遺症を調べた赤木リツコは、その事実を理解した時、やりきれないとばかりに調査報告書を挟んでいたバインダーを壁に投げた程であった。

 そして、葛城ミサトと2人して1時間かけて1箱の煙草を吸っての気分転換を自らに強いていた。

 

 兎も角。

 軽度ながらも内臓の弱体化と四肢の痺れと言う後遺症を負った鈴原トウジ。

 だが心は折れなかった。

 否、それどころでは無かった。

 病院のベッドで、自分の体の事を伝えられた際、葛城ミサトらNERVの大人たちに謝っていたのだ。

 シンジやアスカが耐える事に自分が耐えられなかった事を。

 それは鈴原トウジと言う少年の、真っすぐな矜持でもあった。

 或いは健気さ。

 そして、責任感でもあった。

 使徒と言うモノの恐ろしさと対峙し、間近で見たからこそ、小なりとも戦う力を持っている自分が降りる訳には行かないと考えていたのだ。

 誠にもってシンジやアスカ達の戦友に相応しい心根と言えるだろう。

 だが、そうであるが故に葛城ミサトは、鈴原トウジを真っすぐに見返す事が出来なかった。

 適格者(チルドレン)を辞めると言うだろうと考えていたからである。

 だからこそ、NERVは鈴原トウジに最大限の配慮をする事を心掛ける事となったのだ。

 

 

 2週間近くタップリと時間を掛けて入院し、内臓の調子を戻してから行う鈴原トウジのリハビリ内容は、高度な内容では無かった。

 極々普通に体を動かすと言う内容であった。

 体には被害が出ていないのだから、体が、被害はないと受け入れるまでゆっくりと馴染ませれば良いと言う判断の結果だった。

 故に今、洞木ヒカリと一緒にジオフロントに居るのだった。

 安全管理の容易なジオフロントで歩いたり自転車に乗ったり。

 或いはラジオ体操をしたりと言う形で、体を動かしていくのだ。

 プールでの半身浴や水中歩行、そして水泳などもプログラムには入っていた。

 

「ま、センセと惣流のお陰やろ。アイツらは派手やからな」

 

「パープル・ワンとレッド・ツーだったわね」

 

「そうや。派手にカッコを変えとったしな。ワシもほらお披露目したけど、あんまり反応は無かったのがゴッつうムカつくわ」

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンのお披露目の際、鈴原トウジも4人目の適格者(ブラック・フォー)と言う形で変装して顔を出したのだ。

 だが、本人の言う通り余り大きな話題にはならなかった。

 男の子と言う事もあり、そして戦果もまだ挙げていない新人であるのだ。

 ある意味で当然の話でもあった。

 

 マスコミその他、無責任な聴衆はパープル・ワン(シンジ)レッド・ツー(アスカ)を出せと言い、その後は2人(エースペア)が居れば第13使徒戦は簡単に終わっただろうと噂していた。

 誠にもって無責任であり、自分たちの興味本位の態度であった。

 尚、広報部はそれらの発言があったマスコミをリストアップし、法務部と協力して()()()()()を行っていた。

 表側(法的措置)だけではなく裏側(マスコミのスポンサー)をも狙って動いた点に現れていた。

 その苛烈さは、最初に行われたNERVと国連、そして日本の金看板を背景にした()()に対して、非積極的であった一部の人間に対して更なる裏側 ―― 別件逮捕その他すら適用した辺りに出ていた。

 コレは、使徒との戦いが人類の全てを掛けるべき総力戦であると言う認識が広まった結果とも言えた。

 法的な意味では、これ等の行動は灰色(塀の上を歩く様)な行為どころではない真っ黒さであったが、NERVの大人たちはその選択を躊躇しなかった。

 子ども達を戦場に送り込んでいるのが大人であり社会である以上、その責任は取らねばならぬとの思いゆえであった。

 

 そんな世間の裏側を知らぬ鈴原トウジら子ども達は、素直な顔で笑っていた。

 

「メイクされる時に見せられたんやが、お転婆の惣流の奴なんて正に馬子にも衣裳って奴やったわ」

 

「TVだと余り判らないものね」

 

「変装がバレんように近写は許さんかったってミサトさん達がゆーとったわ」

 

 その言い様に興味津々となった洞木ヒカリ。

 女の子なのだ。

 元より美人な親友が、更に美人になったのだと聞けば興味も沸くというものであった。

 それに気づいた鈴原トウジは、今度、葛城ミサト(責任者)の了解を取ってから持ってくると言うのだった。

 一応は機密に類される写真であったが、洞木ヒカリも今はNERVスタッフであるし、そもそもアスカの親友であるのだ。

 問題は無いだろうと読んでいた。

 

「凄い楽しみ!」

 

「せやろな」

 

 和気あいあいの(青春をしている)2人であったが、そこに水を差す人間が加わった。

 

「や、仲が良いね」

 

 渚カヲルである。

 自転車に乗る為の体のラインの出る半袖半ズボン姿であり、体中から大量の汗を流していた。

 見るからに疲れていた。

 常の、余裕を持って笑っている口元も、力なく垂れる様な有様であった。

 

「渚君、タオル!」

 

 慌てて、部屋に備え付けの棚からタオルを取って渚カヲルに持って行く洞木ヒカリ。

 鈴原トウジはまだ未開封だった清涼飲料水のボトルを1つ、投げて渡す。

 

「大丈夫かいな?」

 

「いや、大丈夫だけど、少し辛いかな」

 

 貰ったタオルで顔を拭きながら、ソファに倒れ込む様な勢いで座る。

 座ってから、力の無い仕草で清涼飲料水の封を切って喉に流し込む。

 美形と言う事で、そんな乱暴な行動も様になってはいたが(色気を漏らす様であったが)、ここにそんな目で見る様な人間は居なかった。

 洞木ヒカリの趣味は野粗なれど卑の無い人間(鈴原トウジ)である為に眼中の外であり、鈴原トウジは異性性愛主義者であったのだ。

 当然の話であった。

 

「センセたちにおいて行かれたか」

 

「あの2人、元気だね」

 

 無論、自転車である。

 体力づくりの一環としてシンジとアスカは、習慣的に自転車でジオフロントを走っていた。

 それを見て渚カヲルも、ならば自分も参加したいと言い出しての事だった。

 であればと綾波レイが自転車の購入などを指南し、その日の内にスポーツ用の自転車を買ってくる様な即断即決ぶりであった。

 そして今日、始めて渚カヲルはシンジとアスカの2人と一緒に、自転車に乗ったのだ。

 

「そやな」

 

 合いの手を打ちながら、時計を確認する鈴原トウジ。

 3人が出て行ってから30分と経っていない。

 だが、鈴原トウジはその30分を、30分()と見た。

 本気で走り始めたシンジとアスカは、下手な原付よりも速いのだから。

 

 尚、綾波レイは本気モードで奔る2人には付いていけないと早々に理解していた為、現在、体力作りに精を出していた。

 黙々と自転車に乗り、或いは走り、体力を作っていく。

 その内容は、赤木リツコや医療スタッフに相談して決めていた。

 本気だった。

 何時かは一緒に奔ると言う野望の火を、胸の中で消さぬまま愚直に頑張ろうとしていた。

 

 

 ある種の猛烈女である綾波レイとは異なり、割と楽観的かつ能天気な男2人は、気楽な調子で会話していた。

 

「しかし、置いて行かれるのは悔しいやろ」

 

「良く判るね。そうだよ。僕は今、悔しいと言う感情を抱いている」

 

「当たり前や」

 

「当たり前、そうなんだね」

 

「そや。だからワイも頑張るから、ジブンも頑張ろうや」

 

「そうだね」

 

 鈴原トウジの激励に頷く渚カヲル。

 しかし、リリンの体は大変だ等とも小さく零すのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13-3

+

 第14使徒戦での発生した多数の死傷者。

 その慰霊と、そして恐るべき脅威である使徒への人類の大団結を謳う事となる慰霊祭が開催される事となる。

 それも、第14使徒戦から1月も経ずしてである。

 行方不明者も多く、その人々も含めて()()するともなれば、色々と政治的な問題が発生する速さと言える。

 そもそも、第3新東京市の傷跡はまだ生々しかった。

 立ち入り禁止(Keep-Out)も真新しいままであり、血痕すら消されていない場所もあった。

 不心得者を警戒し、警察と戦略自衛隊によるパトロールも行われていた。

 本来、第3新東京市は第7世代型有機コンピューターであるMAGIによって監視運営されており、各所の警戒カメラの情報を基に効果的な警察力の使用が出来る場所であった。

 だが、第14使徒による広範な被害は、そのネットワーク網の多くを破壊しており、その再建の目途は全く立っていないと言うのが現実であった。

 

 第3新東京市の、そんな状況で行われる祭、祭事。

 だからこそ、ソレは慰霊祭では無かった。

 そっけない合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の名前が付けられた理由であった。

 人類存続と生存の為の大団結の場であり、そして最初の使徒との接触 ―― 大災害(セカンドインパクト)からの死者行方不明者を偲ぶ場とされていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 敵を正しく認識し、人類が団結する為の祭事であった。

 

 

「まさか、議長まで来られるとは思いませんでしたよ」

 

 そう述べるのは碇ゲンドウ。

 場所は第3新東京市の地上に設けられているNERV本部関連施設の総司令官公室だ。

 接待している相手はSEELEの議長、キール・ローレンツであった。

 嘆息交じりに返している。

 

「SEELEとしては兎も角、人類補完委員会としては責任者を出さぬ訳にはいかぬからな」

 

 公式な身分たる、国連安全保障理事会人類補完委員会委員長としての訪問であった。

 言うまでも無く合同祭(TokyoⅢ-Record2015)に列席する為であった。

 何時もの制服姿では無く、仕立ての良い背広姿であるし、目立つ視力補強用のバイザーも付けてはいない。

 富裕層であれば何処にでもいそうな、小太りの老人といった姿であった。

 

「安全保障理事会、その12ヵ国の代表が揃う訳ですからな」

 

「そう言う事だ」

 

 仕方が無いと溜息をつくキール・ローレンツ。

 少しばかり疲れの色が濃く浮かんでいる。

 本来であれば、SEELEメンバーで国連対応を任されている人間が出席するのだが、今は過労による持病悪化で入院していた為、議長(責任者)であるキール・ローレンツにお鉢が回って来たのだ。

 そのキール・ローレンツとて最近は、週末には栄養剤点滴を受ける日々であり、決して体調良好とはいえるモノでは無かった。

 当然、碇ゲンドウも似た様なモノだ。

 第2次E計画絡みの修正点で国連安全保障理事会や日本政府との折衝、情婦(赤木リツコ)に追い回される日々で、栄養剤を手放せない状態であった。

 

 尚、赤木リツコに関しては、仕事が忙しいだろうから当分は|NERV総司令官執務室なりに報告に来なくても良い《Sexは健康の為に辞めて置こうと遠回しに》提案したが、ヤッた方が調子が良いのでお気遣いなくとバッサリと拒否されていた。

 最近、赤木リツコとの力関係が完全に逆転している(尻に敷かれている)のではないかと思う碇ゲンドウであったが、疲労感から深く考える事は勿論、逆転する所まで思考が及ばなくなっていっていた。

 

「そう言えば碇、君がスピーチだったな」

 

「ええ」

 

「ならば久方ぶりに、君の演説を楽しむとしよう」

 

「マギに文面は考えさせていますので、内容()ご期待ください」

 

 差し向かいで会話する2人に、特別な緊張感は無い。

 昨今の過労状態が同志的な連帯感を生みだした、と言う訳では無い。

 元より1999年より昔(セカンドインパクト以前)に、碇ユイを介して出会っており、そしてSEELEに関する活動的な意味で関係を深めていたのだから。

 SEELEの現場指揮官としてキャリアを積んでいたキール・ローレンツ。

 その下で活動するSEELEの新参者(碇家の婿養子)としての碇ゲンドウ。

 当時(セカンドインパクト前)、只の利益互助会としての秘密結社であったSEELEは、裏死海文書を得た事によって己を世界の管理者(良き羊飼い)と自認し、世界の為に活動していた。

 第1始祖民族と呼ばれる人類種の祖の痕跡を求め、来訪者たる白き月と黒き月とを探していた日々であった。

 

「拗ねるな。貴様も一大組織の長である以上、公に向けて担うべき時がある事は判ろう」

 

「………ええ」

 

 キール・ローレンツの述べる事は正論であった。

 その程度は碇ゲンドウとて理解はしている。

 だが、流石に(おおやけ)と言うモノが全世界同時配信と言うモノは度が過ぎているのではないかと思うのだ。

 第3新東京市の市民公園で行われるソレは、現場に集まる人間はそう多くない。

 警備の関係もあって遺族その他の関係者2000名と、抽選で選ばれた3000名の一般参加者と言う規模に抑えられている。

 だが、同時に、世界中に同時(Live)放送されるのだ。

 億を超える目で見られる事態と言えるだろう。

 碇ゲンドウが聊かばかりゲンナリとした気分になるのも当然であった。

 これが、例えば政治家(売名商売人)などであれば、名を売る好機とばかりに張り切りもするのだろうが、如何せん、碇ゲンドウにそういう欲求は無いのだ。

 逆に、誠にもって迷惑な話と言うのが本音であった。

 その事を理解すればこそ、キール・ローレンツは笑っているとも言えた。

 

「NERVの総司令官として、役割は果たしますよ」

 

「そうして貰おう。全て(人類補完計画)が終わり、人が新しい夜明けを迎えた先にも繋がる事になるのだ」

 

「はい」

 

 SEELEの人類補完計画。

 碇ゲンドウの人類補完計画。

 その違いに気付けぬキール・ローレンツは、碇ゲンドウを慰める様に言う。

 全てを知る冬月コウゾウは、碇ゲンドウの後ろに控えつつ、腹の中で冷笑をしていた。

 実に滑稽であると。

 とは言え現段階で2つの人類補完計画は共に実現不可能な状況に成りつつあったが。

 それも又、実に滑稽だとも思って居た。

 

 と、その時、甲高い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の参加者控室。

 世界中のVIPが集まる関係上、極めて厳重な警備が行われている。

 これは、使徒の存在公開によって生まれた新興宗教的存在 ―― 親使徒を叫び、使徒による罪の浄化こそが人類を新しい段階へと誘うと叫んでいる集団が存在するが為であった。

 特に使徒(ANGEL)が宗教的な意味を持つ宗教組織に於いて、その手の人間が少なからず発生していた。

 幸いな事は、この極東の弓状列島(日本本土)では、それらの宗教信奉者は極々少数派である事だった。

 そして、この祭事にかこつけて日本入りした人間の追跡は簡単と言うのが大きかった。

 国連安全保障理事会の要請を受けた国際刑事警察機構(ICPO)が、多国間で親使徒派の存在を追っているお陰で、入国時点で捕捉、別件逮捕(国家の力の全力発揮)まで持ち出して捕えていっているのだ。

 とは言え、油断は出来ない。

 高級ホテルを1棟まるごとに借り切った参加者控室は、敷地内には警察(機動隊)が配置され、国連極東軍(Far East-Aemy)憲兵隊が巡回している。

 無論、NERVの保衛部も人員を出しており、そして敷地の入口には各種装甲車まで配置される程の物々しい雰囲気となっていた。

 ある種の過剰反応(ヒステリー)めいた配置であり、一部マスコミなどからは独裁支配でもする積りかとの厳しい声も上がったが、仕方のない側面があった。

 この少し前、アメリカのNERV施設が襲われると言う事件が発生していたからだ。

 9人程度と小規模な、だが武装した人間がNERVの看板(イチジクのマークがついた)施設を襲撃したのだ。

 幸いながらも被害は出なかった ―― そもそも、人員が配置されていない施設であり、襲撃を察知すると共に地元警察へと連絡が行われ、早期に、そして物理的に排除されていた。

 この様な状況下で、安穏としているほどにNERVも日本政府も、国連も愚かでは無かった。

 そんな厳重な参加者控室にあって、一番に保護されていたのは、当然ながらも適格者(チルドレン)であった。

 

 他の参加者からも保護する為もあり、最上階(スイートルーム階)の全てが適格者(チルドレン)控室となっていた。

 着替えや仮眠なども取れる男女別の休息室、そして顔を揃えている待機室だ。

 

「何ぞ、首が苦しいわ」

 

 微妙な顔で首元を触っている鈴原トウジ。

 2回目の礼服姿であるが、見事に似合って居なかった。

 基本的にトレーニングウエア(ジャージ)姿で過ごしてきた為、姿勢が合っていないのだ。

 とは言え疲れたと言う顔でソファに座っている理由は、先ほどまでの惣流アスカ・ラングレーによる鬼教育によるモノであったが。

 自分たちと一緒に並ぶのだ。

 なら、敬礼などは兎も角として姿勢の一つくらいはしっかりとさせねばならぬと言う熱意であった。

 とは言え、鈴原トウジは今回、歩いたりはせず、車いすでの移動となっている。

 別に体調が悪い訳では無いのだが、これも1つの情報戦と言う事であった。

 

「鈴原も意地を張るからよ」

 

 弱ったとばかりな顔になった鈴原トウジに、そっと冷えた水が湛えられたコップを差し出したのは洞木ヒカリだ。

 コップを受け取り一気飲みして、己の頭を軽くはたいてみせた。

 

「そう言わんでくれ」

 

「そういう事するから、格好が乱れるってアスカに怒られてるのに」

 

「すまんのう、そういう癖や。しかし、そういう委員長も似おとるで」

 

「もう、誤魔化すんだから」

 

 少しだけ頬を膨らませる洞木ヒカリ。

 だが、鈴原トウジのいう様に、その恰好は決まっていた。

 NERVの適格者(チルドレン)用礼装にも似た格好をしている。

 アスカや綾波レイが着ている礼装との違いは徽章の類が無い事と、腕章(肩章吊り下げ腕章)が白地に赤十字の医療スタッフを示すモノとなっている事だろう。

 建前として、鈴原トウジの介助者であった。

 実際、鈴原トウジが座る車いすを押す役割を担っていた。

 とは言え、その髪型は凄い事になっている。

 腰まで伸びる艶やかな黒髪である。

 前髪も綺麗に揃えたお姫様カットであり、医療従事者としては些かの問題はあるが、実に美人に仕上がっていた。

 天木ミツキほか、支援第1課スタッフの暴走の結果であった。

 3人目の美少女なのだから、アスカと対を成す髪型(長さ)にしたいとか、綾波レイに近い感じで黒髪にしたいとか。

 装いたい(デコレーションしたい)と言う願望が暴走しての事と言えた。

 同じく、初披露な渚カヲルが、男子と言う事で余り弄りようがない ―― アッシュブラウンなウィッグで髪型はシンジや鈴原トウジと同様のツーブロック風であり、肌色も弄れないのだから、仕方が無い。

 

「いや、ホンマやで。これじゃ委員長と言うよりお姫様って感じや」

 

「もう! でも鈴原も似合っているわ」

 

「さよか!」

 

 褒められ、相好を崩す鈴原トウジ。

 本人たちの自覚の無い仲の良さ(イチャイチャ)に、少し離れた所に座っていた綾波レイは唇を尖らせる。

 

「痒い」

 

 掻いては駄目と言われているから我慢しているが、正直、耐えられないモノを感じていた。

 だから珈琲を飲む。

 当然ながらもブラックだ。

 だが、まだ手元には来ない。

 だから、とばかりに視線を動かせば元祖な2人、シンジとアスカが部屋に置かれていた楽器 ―― 弦楽器であるチェロを触っていた。

 仲の良い距離(イチャイチャ)だ。

 礼服姿である為に弾いたりはしていないが、シンジはチェロが出来るとか、アスカはバイオリンをやってたとか言っている。

 

「薩摩琵琶を学ぼうとしたら、お母さん(義母)コッチ(チェロ)にしてって言ったんだ」

 

「ふーん。でも何で?」

 

「御嫁入の時に持って来たけど、誰も弾く人が居なかったからって」

 

 シンジの義母は、趣味でチェロをしていた。

 だから子ども達にも教えようとしたのだが実子である長女は、フルートの方が好きだと言い、戦災孤児を養子とした長男は、父親(シンジの義父)の影響で薩摩琵琶を趣味としていた。

 だからこそ、シンジは逃がさぬとばかりにチェロを嗜む事となったのだ。

 鹿児島(薩摩)の碇家は、稀に休日には和洋合作(チャンポン)な合奏が響く事になっていた。

 

 兎も角。

 シンジが初めて口にする鹿児島の生活話に興味津々となるアスカ。

 北欧から入ったと言うシンジの義母の話にも食いついていた。

 

「でもコッチの家、ご近所さん? には煩いんじゃないの」

 

(鹿児島の家)は大きいし、庭も広いからね」

 

 霧島の裾のにある田舎だからと、500坪近い敷地があるのだと言う。

 庭には池があり、倉もあるのだと言う。

 

「へー」

 

「……………その、今度、行ける時があったら、アスカも行って見る?」

 

Weißt du, was ich meine(女の子を連れて帰る意味、判ってるの)?」

 

 思わずお国言葉(母国語)で漏らしたアスカ。

 それだけ、精神に来る一撃(クリティカルヒット)であったのだ。

 とは言えシンジは割と簡単に考えていた。

 自分もアスカの家に行ったのだ。

 なら、アスカも自分の家を、家族を見て欲しい。

 そんな素直(素朴)な感情であった。

 ガールフレンドを実家に紹介すると言う意味を、余り考えていなかった。

 何ともシンジらしい態度とも言えた。

 

「え?」

 

「楽しみって事」

 

 発生するであろう騒動 ―― 少なくとも、アスカは自分がシンジをランギー家に連れて帰った時の様な事になるんだろう事を想像しながら、でも、それをおくびにも出さず、誤魔化す様にシンジの鼻先を弾くのであった。

 

 

 アチラも、痒い。

 実に痒いと思う綾波レイ。

 

「お待たせ」

 

 そっと差し出されるマグカップ。

 ブラックの珈琲がなみなみと注がれている。

 差し出したのは渚カヲルだ。

 

「待ったわ」

 

 無慈悲な言葉と共に、マグカップを取る綾波レイ。

 だが取る仕草も、口を付ける仕草もその、内面とは異なった嫋やかなモノであった。

 

「ふふっ」

 

「なに?」

 

「君も面白いね」

 

 内面が見える渚カヲルにとって、自分を偽ると言う意味では無い表裏の違いを持っている綾波レイは面白い(リリス)であった。

 裏表に差の無いシンジや少しばかりひねくれているけども素直なアスカと言う(リリン)

 他にも鈴原トウジや洞木ヒカリ、第壱中学校のクラスメイト達。

 SEELEやNERVの大人(捻くれた人々)との対話で疲れていた渚カヲルにとって、第3新東京市での生活は、正に癒しであった。

 見たくないものまでも見えてしまう。

 そんな自分を誤魔化す為にも仮面の様に笑って(アルカイックスマイルを浮かべて)いた渚カヲルであったが、この第3新東京市に来てからの日々の中、何時しか普通に笑う様になっていた。

 

 尤も、アスカに言わせるといつも通りの顔(胡散臭い笑顔)との事ではあった。

 だが2人は、シンジが絡む際には劇的な衝突の多いと言う事があるので、割り引いて聞く必要はあるだろう。

 兎も角、渚カヲルにとっての第3新東京市での生活は充実したモノであると言えた。

 

「………そう? 判らないわ」

 

「それが良い所さ」

 

 同じソファで仲良く並んで珈琲を啜る2人。

 それを見ていた支援第1課スタッフは、只黙っていた。

 心底からコールタールの様に黒い珈琲を飲みたいと思いながら。

 

 そんな空気を叩き潰す音がなった。

 使徒襲来を告げる警報音(サイレン)だ。

 

 

 

 

 

「状況はどうかっ!」

 

 礼服姿のままに、状況報告を求める葛城ミサト。

 応じる青葉シゲルも礼服姿で制御卓(コンソール)を触りながら声を上げる。

 

「目標は衛星軌道上にあって、現在地球公転速度と同調中。NERVの望遠システムでは遠すぎる為、 NAOJ(国立天文台)経由で現在、情報確認中」

 

 礼服姿から判る通り、合同祭(TokyoⅢ-Record2015)に列席する為に第1発令所勤務から外されていた筈の青葉シゲルであったが、その本業 ―― NERVの外の各組織との意思疎通の窓口として役割から、急遽、オペレーター業務に就いていたのだ。

 NERV単独では探知困難。

 それ程の遠い位置に、使徒は居た。

 

「識別はどうか?」

 

「今だパターン青(BloodType-BLUE)、検知せず!」

 

 通常業務に就いていた日向マコトが声を張り上げる。

 遠すぎる、と付け加える。

 衛星軌道 ―― 高度約3000㎞に目標は存在するのだ。

 地球上での使徒の発見を目的に作られたセンサーには余りにも遠すぎていた。

 それはNERVの遠距離観測手段(望遠システム)にとっても同じ事であった。

 にも拘わらず発見できたのは、スペースガード計画との協定 ―― 世界中の天体観測所やアマチュア天文家による対宇宙観測通報網が出来ていたお陰であった。

 今回の使徒発見の第一報は、シベリアのアマチュア天文家の発見であったのだ。

 異物の発見と言う形で対宇宙観測通報網のネットワークに挙げられた情報を基に、各天体観測所やアマチュア天文家が詳細を確認。

 確かに非通常物(UFO)である事を確認するや、速やかに国連安全保障理事会を経由してNERVへと報告されたのだ。

 人類の総力戦。

 それが文字通りである事を示す事例であった。

 

「………レーダーによる反応は?」

 

ネガティブ(検知せず)です」

 

 と、そこで青葉シゲルが声を上げる。

 

「岡山天体物理観測所からデータ、入ります」

 

 その声に合わせて、第1発令所正面モニターに映し出される

 大型反射望遠鏡が捉えた画像、MAGIによって補正されてソレは、羽を広げた鳥の様な光り輝く存在であった。

 無論、有史以来、そんなモノが見つかったと言う例は無い。

 

「使徒ね」

 

 最近は心に使徒と書かれた棚を作り、理論的では無い事象を全部放り込む様になった赤木リツコが断言する。

 科学の敵を見る顔(女性がするには余りにも危険な表情)をしている親友(マブ)を見ないようにしながら、葛城ミサトも断じる。

 

「使徒として対処します。日本政府に対しA-18の発令を要請。及び目標を第10使徒と同等の能力を保有するものと仮定し対処します。作戦局は作戦案を至急策定しなさい。それから__ 」

 

「まだ判別できていません(BloodType-BLUE非検知)、宜しいですか?」

 

 作戦局第1課課長代理(作戦局№2)として確認の声を上げたパウル・フォン・ギースラー。

 右目に眼帯をし、右腕を吊っていると言う痛々しい姿であった。

 胸には真新しい名誉戦傷章(Purple Heart)が縫い付けられている。

 先の第14使徒との戦の際に信濃砲座での戦傷 ―― 第14使徒からの砲撃で破損した砲座から要員の避難指示を行い、その最中に、部下を落下物から庇った際に怪我をしていたのだった。

 通常であれば、治癒と療養が認められる状態であったが本人が固辞したのだ。

 前線に立つ子ども達(チルドレン)に比べれば、椅子を尻で磨くだけの仕事だから問題は無いのだと言って。

 それはパウル・フォン・ギースラーだけでは無かった。

 ベットに括りつけられる様な傷をしなかった大人たちの大多数は、異口同音にそう言って現場復帰していた。

 誰もが言う。

 子ども達の怪我(痛み)に比べれば、と。

 

 高い戦意に支えられたNERV本部は、正しく人類の砦であった。

 

「この情報、日本政府も見ているわ。なら結論は一緒でしょ」

 

 断じる葛城ミサト。

 使徒であると把握できるまで手をこまねいている方が問題であると言う。

 

「宇宙人であるかもしれないわよ」

 

 寸毫とて思って居ない声を出す赤木リツコ。

 そのジョークに葛城ミサトは乗る。

 乗ってから笑う。

 

「なら、駄目な時間に来た不運を嘆いてもらいましょ。淑女のお家訪問は時間を考えなさいってね」

 

 そこまで言って葛城ミサトは、全てを切り捨てる勢いで命令を発する。

 

「総員、第二種戦闘配置!!」

 

 

 

 キビキビと動き出すNERV本部スタッフ。

 その様を第1発令所後方の第1指揮区画、総司令官ブースで眺めているキール・ローレンツ。

 この場に居る理由は、NERV本部で最も安全であり、そして全ての情報が見えるからであった。

 背広姿を見るスタッフは誰もが訝しんでいたが、その首には臨時とも付け加えられた超VIPの証(特1級機密資格証)が下がっているのだ。

 である以上、一般のスタッフの立場で誰何など出来る筈も無かった。

 

「まさか、この私も使徒迎撃戦に直接触れる事になるとはな」

 

「避難は宜しいのですか?」

 

 碇ゲンドウの確認。

 だがソレをキール・ローレンツは笑いながら却下する。

 無用である、と。

 一般市民その他の避難活動で陸路、及び鉄道は極めて混雑していた。

 空路も似た様なものであった。

 そもそも、空路の場合、飛行機乃至はヘリコプターを準備するまで時間が掛かるのだ。

 即応できる機体は、全てが対使徒の為に動き出している。

 

 VIP(人類補完委員会委員長)の権限で席を取る事は不可能では無いのだが、非常事態でその様な行動をすれば政敵に非難の道具を与える様なものであるのだ。

 特に国連安全保障理事会の理事国には、人類補完委員会(SEELE)の権限を安全保障理事会に渡す様に主張する国家もあるのだ。

 下手な隙を見せる訳には行かないというのが本音であった。

 

「NERV諸君、そしてエヴァンゲリオンの活躍を期待させて貰おう」

 

 SEELEの議長と言う重鎮に相応しい態度で、キール・ローレンツは笑うのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13-4

+

 第15番目の使徒を遠方で発見できたお陰で、NERV側としてはある程度、余裕のある準備を進める事が出来ていた。

 第3新東京市の市民、NERVの非戦闘要員の避難。

 そして、エヴァンゲリオンの戦闘準備と作戦立案である。

 

 とは言え、作戦自体は単純(シンプル)なモノであった。

 根幹となるのはEW-25(ポジトロンキャノン)、55口径560mmと言う凶悪な人類史上最大火力たる陽電子衝撃砲による遠距離砲撃戦である。

 運用するのはエヴァンゲリオン3号機。

 G型装備第2形態、その更なる改修型を装備している。

 従来よりも更に大型のキャパシタを搭載しており、EW-25(ポジトロンキャノン)をより高出力で運用可能な形態であった。

 G型装備改第2形態だ。

 その対価として、冷却システムの巨大化その他もあったが為に副脚が更に巨大化しており、知らぬ人間が見れば4脚機と思うような姿となっていた。

 当然ながらも機動性は劣悪の一言である。

 

 このエヴァンゲリオン3号機を本命として、第2小隊であるエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機が助攻を担当する。

 主武装はエヴァンゲリオン4号機が使い慣れたEW-23(パレットキャノン)であるが、本命はエヴァンゲリオン6号機が装備するEW-26(ポジトロンライフル)だ。

 新しくエヴァンゲリオン用装備として正式化されたEW-26(ポジトロンライフル)は、正式には70口径203mm収束型陽電子衝撃砲と呼ばれる装備である。

 その名前からも判る通り、EW-25(ポジトロンキャノン)の技術を基にした中遠距離用火器である。

 火力自体はEW-25(ポジトロンキャノン)に圧倒的に劣っている為、ある種の劣化版(デチューン品)と言える。

 だがその火力の低下を代償として、使い勝手が極めて改善されているのだ。

 砲身も約半分の長さになり、重量もかなりコンパクトとなった。

 何より消費電力が段違いに改善されている。

 そもそも、山1つを融解せしめる熱量を持ったEW-25(ポジトロンキャノン)の火力が異常であるのだ。

 従来のEW-23(パレットキャノン)は勿論、EW-24(N²ロケット砲)と比較しても焦点の威力と言う意味では上を行くのだ。

 第5使徒や第14使徒級とまでは行かないが、それ以外の使徒が保有していた粒子砲に準じる火力には到達しているのだ。

 何も問題は無いと言えるだろう。

 後は射程距離であったが、超々遠距離砲撃戦は困難であっても中遠距離戦は十分に可能となっている。

 次期支援火器として期待されるのも当然だった。

 エヴァンゲリオン6号機が装備するソレは、その期待すべきEW-26(ポジトロンライフル)の量産1号機であった。

 

 この3機のエヴァンゲリオンは攻撃任務であった。

 対して、常ならば主力となる(主攻を担う)第1小隊 ―― エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機であったが、此方は攻撃では無く囮役となっていた。

 今まで襲来した使徒の悉くを討ち滅ぼしてきた両機であったが、如何せんにも近中距離戦を得手としている機体であり、乗り手なのだ。

 である以上、衛星軌道上の第15使徒への攻撃の主力には成りえないのだった。

 だからこその囮役。

 予備であり、射程距離の問題から有効な打撃を与える事の難しいEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)EW-24(N²ロケット砲)をそれぞれ装備していた。

 

 

「ま、今回ばかりは主役(プリマドンナ)を譲ってあげてね」

 

 葛城ミサトが快活に笑う。

 それに惣流アスカ・ラングレーは仕方が無いとばかりに肩を竦めた。

 

 操縦者待機室の作戦伝達室(ブリーフィングルーム)区画に置かれたホワイトボードには、Moon Shooter(月をも穿つ)作戦と書かれている。

 配置が発表される。

 大容量の給電システムが整備されている早雲山射撃ポイントにエヴァンゲリオン3号機。

 支援(予備)として、付近の早雲山第2射撃ポイントに入る第2小隊のエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 そして第1小隊は、最近になって整備の終わった湖尻峠射撃ポイントに展開するとされていた。

 湖尻峠射撃ポイントは、地面こそエヴァンゲリオンが動き回れる様にと補強されてはいたが、べトンで固められた退避壕など何もなく、給電システムも仮設のモノしか用意されていない。

 文字通り囮役の為の場所であった。

 使徒に対して先制攻撃を実施し、その反応を吸収する場所として整備されていたのだ。

 

 そして今回は、その設置目的を果たす事となった。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の手で第15使徒への先制攻撃(威力偵察)が、この場から行われるのだ。

 本来ならば第3新東京市要塞機能、その火力で偵察攻撃が行われるのだが今回は不可能であった事が、この過酷な役割を第1小隊の2機が担う事となっていた。

 人類の英知をかき集めて建設された対使徒迎撃要塞都市第3新東京市であったが、如何せん、その火力は主に水平方向に発揮されるモノとして整備されており、衛星軌道上 ―― この時点でも1000㎞を超える所に漂っている使徒に振り向ける火砲などは用意されていなかったのだから仕方が無い。

 将来的にはEW-25(ポジトロンキャノン)を要塞砲として運用する事も計画されていたのだが、30mを超える砲身を緻密に運用する事が技術的に難しい為、構想段階に留まっていた。

 EW-26(ポジトロンライフル)が開発された理由の1つでもあった。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は、第15使徒の攻撃を誘引するが、その攻撃手段も何も判らない状況である為に危険極まりない役割と言えた。

 だが、担うのは第1小隊(エースのツートップ)だ。

 誰もそこに悲壮感を感じる事は無かった。

 

「使徒の情報が無いのは何時もの事」

 

「同じ姿の使徒は居ないもの。推測する事も出来ないわ」

 

 アスカが軽口を叩けば、綾波レイも同意する様に合いの手を入れる。

 その姿に古参である碇シンジは、2人も距離感が変わったものだと呑気に考えていた。

 目の前に迫っている危険(囮役)であったが、指揮官たる葛城ミサトが勝つための手段(作戦)と言われれば仕方が無いと受け入れていた。

 

「センセは怖くないんかい?」

 

ひといじゃなかでよ(アスカがいるんだ)どげんかなっとよ(何とでもなるよ)

 

 最早一種の惚気めいたシンジの返事。

 鈴原トウジも渚カヲルも顔を見合わせて笑い合った。

 

「ご馳走様って、こういう事だね」

 

「そやで」

 

ないな、2人しっせぇ(2人とも何を言ってるんだよ)

 

「好きって事さ」

 

ないがな(何を言ってるか判らないよ)

 

「韜晦って奴やな」

 

 ケタケタと笑う鈴原トウジ。

 笑って誤魔化す(アルカイックスマイルの)渚カヲル。

 ため息交じりに2人を見ているシンジ。

 正に、子どもの姿だった。

 

 それを見ている葛城ミサトは、只、全ての子ども達が無事に戻ってくる事を祈るだけであった。

 

「そんな顔、子どもに見せないようにしなさい」

 

「判ってるわよ」

 

 本人も、何かを噛みしめる様な顔をしている赤木リツコからの苦言。

 その通りなのだ。

 指揮官と言うものは常に泰然自若と言った態度を見せ、率いる人々を安心させねばならぬのだから。

 国連軍での教育でソレ(指揮官としてのイロハ)を叩き込まれてはいたが、とはいえ葛城ミサトもまだ20代なのだ。

 指揮官と言う人間を演じるにはまだ若いと言えていた。

 否、違う。

 幼少期からの厳しい訓練によって兵士としての意識を抱いていたアスカや綾波レイ、鍛錬(郷中教育)によって肝の据わり切ったシンジの様な3人は、外見こそ年齢相応であったが、態度は子どものソレでは無かった。

 子どもに見えない時があった。

 それが今、鈴原トウジや渚カヲルと言う触媒によって、年齢相応の態度を見せる様になっていたのだ。

 ソレが、ツラいのだ。

 自分たち大人が戦場に送り込むのは、子どもであると見せつけるのだから。

 だが同時に、葛城ミサトは自分はそれで良いのではとも思って居た。

 子どもを戦場に放り込むと言う業を背負っているのだ。

 その業を忘れては、人として終わる。

 そんな風に思い、自戒するのであった。

 

 葛城ミサトは、そんな内面を出さぬ様に意識して不敵な笑みを作って言葉を続ける。

 

「緊張感が無くて結構。いつも通りやれば十分よ」

 

 全員の顔を見ていく葛城ミサト。

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)向けの化粧(変装)で何時もとは違う顔をした5人の子ども(チルドレン)

 髪が違うし、肌も違っている。

 だが目だけは、その意思の込められた瞳だけは何時も通りだった。

 その目を裏切るまいと固く決意し、葛城ミサトは笑う。

 

「みんなとっとと片をつけて戦勝パーティやっちゃうわよ」

 

「もしかして今日の奴、はよう終わらせたら、再開でっか!?」

 

「流石に今日は無理でしょ。だから、今日の為に用意されてた料理を持って帰れるって寸法よ」

 

 一流ホテルの料理を取り寄せもしているのだ。

 それを捨てるなんて勿体ないと笑う。

 赤木リツコは葛城ミサトのそんな態度に、良い引率役(指揮官)をやっていると笑うのであった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市の住人や、合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の参加者。

 その他、非戦闘員が大急ぎで逃げ出すなり、或いは避難所に身を隠し、静謐に沈んだ第3新東京市。

 特に、郊外に設けられた湖尻峠射撃ポイントは静かであった。

 そこに待機姿勢で居るエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 既にシンジとアスカは機内で待機している。

 反撃を受けるリスクがある為、整備などの人々も避難している。

 NERV本部との通信も止まっている為、静かな、相手の息遣いだけが聞こえる環境だ。

 文字通り、2人っきりであった。

 

「こういう空気って久しぶりよね」

 

 甘い声を上げるアスカ。

 シンジも静かに頷く。

 

『そうだね』

 

 第12使徒戦から色々と忙しかった。

 ヨーロッパに出張したし、或いは新人である鈴原トウジや渚カヲルへの教導もあった。

 学校だってあった。

 忙しさから家では、ヘトヘトになって飯食って寝る様な日々だったのだ。

 又、操縦者待機室も、鈴原トウジや渚カヲルが加わった事で騒がしくなっていて、静かに会話する事は減っていた。

 賑やかに声を上げる鈴原トウジ。

 渚カヲルも、興味に合わせて色々な事を聞いてくるのだ。

 静かに相手の息遣いを聞くような時間が取れるはずも無かった。

 

『賑やかなのも嫌いじゃないけど、静かなのだって悪く無いかな』

 

「そうね」

 

 フト、周りを見たアスカは楽しそうに言葉を紡ぐ。

 こういう場所を自転車で走るのも楽しそうだと言う。

 

『なら、お弁当を用意しておかないとね』

 

sandwich(サンドイッチ)? 良いわね。なら、折角だから日本式じゃなくてドイツ式でリクエストして良い?」

 

 日本の主流は薄切りの食パンを使うが、ドイツの場合は普通のパン、それも歯ごたえのあるモノが使われているのだ。

 日本の食生活も好んでいるアスカであったが、偶に、故郷の味が欲しくなる時もあるのだ。

 シンジは澄まして答える。

 

『具はハムとチーズで良い?』

 

「あとGurke(きゅうり)も挟んで!!」

 

『きゅうり? アスカってサンドイッチにきゅうりを入れるの好きだよね』

 

「瑞々しいのが美味しいのよ。駄目?」

 

 上目遣いめいた表情のアスカに、シンジは抵抗するそぶりすらない。

 喜んで、と言った勢いだ。

 洞木ヒカリからすれば、アスカも料理をしてシンジの胃袋を掴もうとすれば良いのに、と呆れる所があったが、それがシンジとアスカの人間関係とも言えた。

 違う。

 アスカの胃袋をシンジが掴んだと言うべきかもしれない。

 

『大丈夫、新鮮な野菜が入荷出来る様に成ってたから大丈夫だよ』

 

Danke(有難う)!」

 

 

 穏やかな時間。

 だが、それも終わる時が来る。

 

『こちら第1発令所。101(エヴァンゲリオン初号機)及び102(エヴァンゲリオン弐号機)。準備は宜しいか』

 

 日向マコト。

 NERV本部からの通信だ。

 

「大丈夫よ。準備はすべて完了。何時でも行けるわ」

 

じゃっど(その通りです)

 

『ならタイマーを確認してくれ。修正している。作戦開始が早まった。目標の降下速度が加速している』

 

 作戦開始時刻とラベリングされたタイマーが、最初に見た時よりも10分以上も早まっていた。

 更新されていたのだ。

 時間的猶予が消えていた。

 

「手順は?」

 

『手順に変更なし。予定通りに頼む』

 

I copy(了解)

 

 アスカはエヴァンゲリオン弐号機を待機状態から戦闘可能な態勢へと移行させる。

 立ち上がり、己の武器となるEW-24(N²ロケット砲)を構えさせる。

 通常であれば射程距離は10㎞と無いこのロケット砲であったが、今回の弾頭は特別弾だ。

 遠距離戦用としての射程増 ―― 推進剤の追加のみならず、軽量化の為に弾頭のN²弾が降ろされているのだ。

 本作戦向けの特製(スペシャル)であった。

 第15使徒側に脅威と認識させる必要から、軽量な炸薬も弾頭には仕込まれていたが、使徒のA.Tフィールドに被害を与える可能性など殆どなかった。

 その意味では花火(にぎやかし)と言えた。

 

101(エヴァンゲリオン初号機)、戦闘準備完了』

 

 シンジが報告する。

 エヴァンゲリオン初号機の兵装であるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)は、大気圏外まで含める様な馬鹿げた射程はない為、事実上の護衛(エスコート)役でしか無かった。

 だが、シンジの表情に油断は無い。

 何をしてくるか判らないのが使徒。

 そう理解しているからこそであった。

 シンジとアスカは黙って頷き合うのだった。

 

 

「作戦開始までカウント180(残り3分)!」

 

「エヴァンゲリオン各機、配置に問題無し」

 

103(エヴァンゲリオン3号機)、給電状態に問題無し」

 

 全ての情報が集まるNERV本部第1発令所。

 その空気を肌で感じながらキール・ローレンツは、今回は簡単に決着が付きそうだと考えていた。

 今回の決戦兵器たるEW-25(ポジトロンキャノン)は、増設したキャパシタと世界中からかき集めた再配置可能な(ノー・ニューク)機関によって、その計算上の定格(最大出力)の60.1%まで発揮可能となっているのだ。

 あの第5使徒すら容易に叩き潰せるであろう凶器であるのだ。

 しかも、敵第15使徒は空に居る。

 何の制約も無しに発砲できるのだ。

 苦戦すると考える事すら罪深いだろうとすら楽観していた。

 

「目標、高度1000㎞を維持中」

 

「軌道に変化なし!」

 

「結構。作戦に変更の必要なし。カウントは予定通り実施せよ」

 

「了解! …………カウント……10…7…6,5,4,3,2,1…0(Now)!」

 

102(エヴァンゲリオン弐号機)、射撃開始確認」

 

 第1発令所正面モニターに、攻撃を開始するエヴァンゲリオン弐号機の姿が映し出される。

 煙を引いて撃ち上げられロケット弾。

 連続射撃。

 それらが第15使徒へ着弾までの僅かな時間、誰もが固唾をのんで見守っていた。

 と、青葉シゲルが声を張り上げる。

 

「目標、A.Tフィールドを展開!」

 

 EW-24(N²ロケット砲)の弾頭を、A.Tフィールドが防いだのが見えた。

 弾着時の花火、その煙によって輝く、広げた翼めいた第15使徒の姿が見えなくなった。

 その瞬間、煙が一気にかき消された。

 A.Tフィールドだ。

 

「目標! A.Tフィールドを___ これは!?」

 

「報告は鮮明にしなさい!」

 

「すいません、目標、A.Tフィールドを収束させて第3新東京市、いや違う102(エヴァンゲリオン弐号機)を狙っています」

 

 目に見える程に、第1発令所正面モニターにもはっきりと見える光の柱がエヴァンゲリオン弐号機を捉えた。

 

「敵の指向性兵器っ!?」

 

「いえ、熱エネルギー反応無し!」

 

「A.Tフィールドの接触が始まってます! これは浸食!?」

 

 伊吹マヤが悲鳴めいた報告を上げる。

 それまで見られていた攻撃の為のA.Tフィールドの中和 ―― 同調による無力では無く、全てを飲み込むような何かであった。

 エヴァンゲリオン弐号機とアスカが、まるで飲み込まれる様な勢いであった。

 

『ううぅぅぅっ、こんちくしょーっ!!』

 

 通信画面の向こうで、アスカは全身に力を入れて吠えていた。

 

「心理グラフが乱れています、精神汚染が始まります!」

 

 EW-24(N²ロケット砲)を捨て、苦悶する様に体を折り曲げているエヴァンゲリオン弐号機。

 それはまるでアスカの今の心の苦しみを現しているようであった。

 

「アスカ!?」

 

 葛城ミサトの悲鳴めいた声。

 指揮官失格めいた態度。

 だが目立つ事は無かった。

 誰もが、同じような反応を示していたからだ。

 

「使徒が心理攻撃…まさか、使徒に人の心が理解できるの?」

 

「エバー103(エヴァンゲリオン3号機)、発砲はまだ!?」

 

「エネルギー伝達開始させてます。後、30秒下さい」

 

「急いで! エバー104(エヴァンゲリオン4号機)、レイ! 構わないわ、発砲して」

 

「葛城さん!?」

 

 葛城ミサトの指示に、思わずと言った感じで日向マコトが声を上げた。

 エヴァンゲリオン4号機が攻撃を開始すると言う事はEW-26(ポジトロンライフル)が発砲すると言う事であり、それはエヴァンゲリオン3号機のEW-25(ポジトロンキャノン)の電力を消費すると言う事であった。

 電力は問題では無い。

 だが、キャパシタ周りや給電系統に負担が入ってしまう。

 EW-25(ポジトロンキャノン)の発砲迄の準備(チャージ)が伸びてしまうのだ。

 文字通りの悪手。

 だが、その事実を葛城ミサトが理解し、反応するよりも先に綾波レイが動く。

 

『了解』

 

 沈着冷静を代名詞とする綾波レイであったが、滅多にないアスカの苦悶がソレをはぎ取っていたのだ。

 閃光。

 地より空を駆け上る光の柱。

 EW-26(ポジトロンライフル)は見事に第15使徒を捉える。

 だが残念。

 或いは当然の結果の如く、距離による減衰もあって撃破は出来なかった。

 とは言え第15使徒も無傷と言う訳にはいかなかった。

 防御にA.Tフィールドを使う為、エヴァンゲリオン弐号機への浸食が止まったのだから。

 

『アスカっ!』

 

 その間隙を逃さず、シンジはエヴァンゲリオン初号機をエヴァンゲリオン弐号機の元へと走らせる。

 

『シンジっ! あぁっ!?』

 

 だが、それよりも先に第15使徒のA.Tフィールドが早かった。

 エヴァンゲリオン弐号機を押し包むような第15使徒のA.Tフィールド。

 光の柱めいたナニカ。

 だが、シンジは躊躇する事無くその中へとエヴァンゲリオン初号機を飛び込ませた。

 

 自らの武器たるEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を投げ捨てて、エヴァンゲリオン弐号機の盾にならんとばかりに覆いかぶさるエヴァンゲリオン初号機。

 だが、第15使徒のA.Tフィールドは執拗にエヴァンゲリオン弐号機を、アスカを狙っていた。

 

『ああぁぁぁぁっ!?』

 

 自分内側へと手を差し入れられる様な不快感。

 嫌悪感。

 憎悪。

 

 フラッシュバックしてくるナニか。

 何かが入って来る。

 何かが見ている。

 

『ああぁぁぁぁっ!?』

 

 それが何であるか、アスカには判らなかった。

 だがヒトならざる大きなナニかであるとだけは判った。

 自分が消えていく、壊されていく。

 そんな感覚を味わう絶望感。

 

 だが、そんなアスカの耳朶に声が届いた。

 

『アスカっ!?』

 

 シンジだ。

 シンジの声。

 そして繋がっている(シンクロしている)エヴァンゲリオン弐号機から伝わってくる感触 ―― 温かさ。

 そうだ。

 エヴァンゲリオン初号機(シンジ)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)を護る為に身を投げ捨てるが如き事をしているのだ。

 それがアスカにとって全てとなった。

 相方にして恋人たるシンジが己の全てをもって自分を守ろうとしているのだ。

 であれば、それに応えねば女が廃る。

 アスカの心に火が灯った。

 物理的では無い、予想外の攻撃に受けた動揺をかき消す女の意地だ。

 

『シンジっ!!』

 

 物理的干渉力をもって降り注ぐ第15使徒のA.Tフィールド。

 その下で手を繋ごうと右腕を伸ばすエヴァンゲリオン弐号機、その動きを見たシンジはエヴァンゲリオン初号機の左腕で受け止める。

 その感触がアスカを強くする。

 

『A.Tフィールド全開!!!』

 

 宣言。

 正しくそれは宣戦布告。

 第15使徒による侵食を、逆に喰らってやるという咆哮であった。

 エヴァンゲリオン弐号機が、第12使徒戦以来のA.Tフィールドの全力発揮(フルドライブ)を開始した。

 

『ああああああああっ!!!!!』

 

 吹き上がる赤い柱。

 その照り返しが、芦ノ湖を赤く染めている。

 

 

 

 エヴァンゲリオン弐号機と第15使徒のA.Tフィールドはほぼ拮抗状態に突入した。

 余りの光景に、第1発令所の誰もが唖然として正面モニターを見ていた。

 

「凄いわね」

 

 理解を越えたとばかりな、そんな声を漏らす赤木リツコ。

 心の棚で色々と整理していた(理解不能は放り投げていた)が、それすら上回る事態といえるだろう。

 と、伊吹マヤが声を上げた。

 

「駄目です、102(エヴァンゲリオン弐号機)のフィールド空間係数、徐々に圧されてます!」

 

「なんですってっ!?」

 

 見れば光の柱は少しづつ、赤いエヴァンゲリオン弐号機のソレが天より圧されつつあった。

 流石は使徒と言うべきかもしれない。

 一転して第1発令所の空気が緊張感で固まる。

 

「エバー103(エヴァンゲリオン3号機)、発砲はまだ無理なの」

 

「給電ルートの再チェック、もう少しだけ時間を下さい!!」

 

 泣きそうな声を上げる伊吹マヤ。

 エヴァンゲリオン4号機によるEW-26(ポジトロンライフル)の使用が給電システムに負荷を掛けてしまい、幾つかの箇所で故障が発報していたのだ。

 切歯扼腕と言う表情になる葛城ミサト。

 誰が悪いと言えば誰も悪くはない。

 原因としては葛城ミサトによる綾波レイに対する発砲指示であるが、ソレが稼いだ時間でシンジとエヴァンゲリオン初号機はアスカのエヴァンゲリオン弐号機の所へと到達したともいえるのだ。

 誠にもって世の中は、難儀、或いは因果なモノであった。

 が、状況が更にひっくり返される。

 

『シンジ、アタシに合わせて』

 

『A.Tフィールド?』

 

『そう…同調(シンクロ)して……受け入れて__ 』

 

 呆っとした(トランス状態めいた)アスカの声。

 シンジも、そして葛城ミサトは勿論、赤木リツコすら理解出来ない内容であった。

 だが、言われたシンジは迷わなかった。

 迷った時は(泣こかい飛ぼかい)突撃せよ(泣こよかひっ飛べ)と躾けられてきたのだ。

 そして何より、誘ったのがアスカだ。

 迷う必要など無かった。

 

『判った』

 

「シンジ君!?」

 

 即答したシンジに、思わず声を漏らす葛城ミサト。

 だが外野を無視するかの如く、2人は動く。

 

『聞こえるの、判るの。初号機と弐号機の力を一つに合わせなさいって……懐かしい声が』

 

『うん、やってみる』

 

 目を閉ざして深呼吸をするシンジ。

 内側へと、エヴァンゲリオンの中へと意識を向けた。

 沈み込むような奥底。

 エヴァンゲリオンの、エントリープラグ内の様な水底の様な空気を味わうシンジ。

 何かがあると信じて探す。

 その果て。

 そこにあった何か、或いは意識。

 誰かが()()

 その誰かはシンジを更なる深い場所へと誘い、そして触れさせた。

 シンジがソレに触れた瞬間、()()()

 

 閃光が溢れる。

 

101(エヴァンゲリオン初号機)過負荷運転(オーバードライブ)モードに入りました!!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 葛城ミサトの悲鳴。

 だが現実は、葛城ミサトを無視して進んでいく。

 エヴァンゲリオン初号機から、エヴァンゲリオン弐号機と同様の赤い光 ―― 可視化したA.Tフィールドが吹き出している。

 それはエヴァンゲリオン弐号機のそれと混ざり合い、そして強固な光の柱となる。

 第15使徒のA.Tフィールドを一切許さない強固な光。

 

『判る?』

 

『判る。判るよアスカ』

 

『これがA.Tフィールド』

 

 

 ある種の荘厳な光景。

 誰もが見惚れてしまう、手と手を携えたエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の姿。

 

「リツコ、アレ、どうなってるのよ」

 

 困った時の赤木リツコ。

 だが、本当に困った時には、既に赤木リツコは走り出していた。

 科学者としての本質故に。

 

()()()()()()

 

 切り捨てる様な一言。

 視線を葛城ミサトに合わせもせず、第1発令所技術開発局の制御卓(コンソール)だけを見ている。

 目の色を変えているのは赤木リツコだけではなく、伊吹マヤもだった。

 

「そんな事よりも観測よ。マヤ、全ての情報を漏らさず収集するのよ!!」

 

「はい、センパイ!!」

 

 人、女としての情(下腹部由来の感情)以外の魂は科学に捧げた様な赤木リツコにとって、状況は余りにも好奇心を掻き立てるモノであった。

 そんな、興奮状態の姿にあてられて、伊吹マヤも頬を赤く染めていた。

 

「………幸せそうね(駄目だこりゃ)

 

 戦闘中であるにも関わらず、脱力感すら漂わせる葛城ミサト。

 だが、他人事めいた気分を味わえたのもそこまでだった。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドに弾かれた第15使徒のA.Tフィールドが一気の第3新東京市全域に溢れたのだ。

 光めいたナニカが、地表をも貫いてNERV地下施設たる第1発令所まで到達する。

 

「っ!?」

 

 思わず口元を抑える葛城ミサト。

 それ程に、ソレは不快感を伴っていた。

 光が、ではない。

 光に触れた事で見えた、何かが、だ。

 自分のモノでは無い何か。

 他人の心。

 それも1人2人などでは無い量の人達の感情、記憶、その他の奔流だ。

 その余りの数の多さは、真っ黒な塊のような何かであった。

 視野すらも歪み、世界が多重に見える。

 

「このっ」

 

 揺れる己を律する為、一切の容赦なく自分の頬を殴った葛城ミサト。

 反射的な行動であったが、その痛みが自分を規定した。

 少しだけ、酔った様な何かから脱し、耐える事に成功する。

 

 だが耐えられない者も多かった。

 床に倒れた者。

 吐いている者。

 のたうち回る者。

 失神している者。

 阿鼻叫喚といった有様だ。

 

「使徒の攻撃かっ!?」

 

 吠える葛城ミサト。

 その声に、必死の形相で制御卓(コンソール)にしがみついていた青葉シゲルが声を張り上げる。

 

「不明! なれど、これは目標の、A.Tフィールドですっ!!」

 

「おのれっ!!」

 

 葛城ミサト。

 だが状況は最悪であった。

 綾波レイ(エヴァンゲリオン4号機)渚カヲル(エヴァンゲリオン6号機)も戦闘不能に陥っていたからだ。

 

「両機、心理グラフシグナルが滅茶苦茶です!?」

 

 倒れている伊吹マヤの代わりにとエヴァンゲリオン各機の機体状態も把握する青葉シゲル。

 吐しゃ物で口元を汚しながら、必死の形相の日向マコトが2機のエントリープラグを確認させる。

 制御卓(コンソール)のモニターには、真っ青な顔で失神している綾波レイと苦悶している渚カヲルが映し出される。

 

「L.C.L.の精神防壁、どうなってる?」

 

 伊吹マヤの据わる椅子にしがみ付いて姿勢を維持しながら声を上げる赤木リツコ。

 椅子の主である伊吹マヤは床に倒れて肩で息をしていた。

 だが、誰も助ける余裕が無い。

 否、助けようとされれば拒否しただろう。

 子ども達を優先してください、と。

 

「効果不明!?」

 

 赤木リツコは察していた。

 渚カヲルは兎も角として、綾波レイと言う人間(パースン)のありようを理解しているが故に、使徒からの圧倒的なA.Tフィールドを浴びせられる事の影響を想像できたのだ。

 何とか対策を練らねば。

 爪を自分の手に突き立て、その痛みで正気を維持しながら頭脳を走らせる赤木リツコ。

 だが、思いつかない。

 

 エヴァンゲリオンとの接続(シンクロ)を強制遮断する。

 考えた端から無駄であると断じる。

 エヴァンゲリオンに乗っても居ない自分たちですら、第15使徒のA.Tフィールドによって酷い状態なのだ。

 意味が無い。

 

「おのれっ」

 

 らしくない、汚い言葉を吐く赤木リツコ。

 だが、救いの手は差し伸べられた。

 

『視えるわね、シンジ』

 

『ああ。見えるよアスカ』

 

『やるわよ』

 

『うん』

 

「第1小隊がっ!?」

 

 青葉シゲルの報告。

 見れば、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドが一気に広がったのだ。

 赤い、羽の様にも見える両機の後方から伸びたA.Tフィールドが第3新東京市を覆う様に広がる。

 その余波が湖尻峠の射撃ポイント周辺の山を崩す。

 大地すら掘り返される勢い。

 可視化した、物理的影響力を発揮する程のA.Tフィールド。

 それが、盾となる。

 

 それまでの暴力的、圧倒的な何かが少しだけ緩んだ。

 第15使徒のA.Tフィールドがエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドによって中和されているのだ。

 だが、その代償は決して軽くない。

 制御卓(コンソール)のモニターに映し出されたシンジとアスカが歯を食いしばり、苦悶の表情を見せている所から判る。

 

「シンジ君! アスカ!?」

 

 特にエヴァンゲリオン弐号機の心理グラフシグナルが一気に悪化する。

 悲鳴を上げないのはアスカの矜持であった。

 そして、第15使徒による精神攻撃は、エヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドに同調しているエヴァンゲリオン初号機をも襲う。

 シンジの心理グラフシグナルも一気にグチャグチャになる。

 滅多にない耐える姿。

 目を瞑り、歯を食いしばっているシンジ。

 咄嗟に、2人を止めようとする葛城ミサト。

 それを止めたのはシンジの叫びだった。

 

葛城サァ(葛城さん)

 

 それは救いを望む声では無かった。

 自分たちが稼げる時間で対応をしろと言う、叱咤激励であった。

 少なくとも葛城ミサトと言う人間にとっては。

 

 子どもが、己を顧みぬ献身を見せているのだ。

 それに応えずして大人と言えようか。

 

 鬼の様な形相で葛城ミサトが声を張り上げた。

 

「エバー103(エヴァンゲリオン3号機)、状態は!?」

 

『大丈夫や。まだ大丈夫や』

 

 エヴァンゲリオン3号機に乗る鈴原トウジの声。

 苦悶にも似たモノが声に乗ってはいるが、だがまだ元気があった。

 制御卓(コンソール)越しに見える顔は、脂汗が浮かんでいたが、それでもまだ余裕があった。

 

「行ける!?」

 

『行けまっせ!!』

 

「日向君、エバー103(エヴァンゲリオン3号機)EW-25(ポジトロンキャノン)、安全装置、強制解除」

 

 EW-25(ポジトロンキャノン)向け給電システムの再確認はまだ終わっていない。

 だが終わらせるのを待つ余裕はもう無い。

 シンジとアスカが稼いだこの時間を無為とする訳には行かないのだ。

 

「安全装置、強制解除します!! エネルギー充填率、規定値に到達します」

 

「照準システムはどうかっ!」

 

「マギ誘導、正常稼働中。誤差修正、自動モードで行えます。行けます」

 

「結構!」

 

 そこで少しだけ柔らかい表情を作り、葛城ミサトは鈴原トウジに語り掛ける。

 

「トウジ君、貴方に全てを任せるわ。派手にぶちかまして」

 

『やりますわっ!』

 

 必死の顔で吠える鈴原トウジ。

 新兵である。

 子どもである。

 だが、男の子であった。

 

 

 シンジとアスカの献身を背負い。

 大人たちの努力を背負い。

 第三新東京市を背負い。

 人類の存亡を背負って鈴原トウジ、天空の第15使徒を睨む。

 深呼吸。

 MAGIによって誘導された照準が第15使徒を捉える瞬間を待つ。

 数秒が数十秒にも数分にも感じられる時間。

 だが、遂に捉えた。

 青く光る照準。

 

「いてこましたれ!!」

 

 吠えた鈴原トウジ。

 極太の光の柱が空へと駆け上る。

 その輻射熱が早雲山の射撃ポイントを、エヴァンゲリオン3号機を焼く。

 エヴァンゲリオン3号機が纏うG型装備改第2形態、その各部に用意された強制冷却システムが全力で稼働し、機体の過熱を防ぐ。

 だが鈴原トウジの目は、はるか先の第15使徒を睨み続けていた。

 

 只、結果だけを見ていた。

 届くまでの数秒。

 そして貫通。

 

『使徒、沈黙!』

 

パターン青(BloodType-BLUE)、消滅を確認』

 

 その報告を聞いた瞬間、鈴原トウジは大きく息を吐いていた。

 

「してやったり、や」

 

 そこには大役を果たした満足感が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13-epilogue

+

 様々な意味で阿鼻叫喚としか言いようのない惨状を残した第15使徒戦。

 第15使徒と、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドの衝突の余波はそれ程に酷い状況を生み出したのだ。

 A.Tフィールド。

 その全てを人類が解明できていない、使徒とエヴァンゲリオンが持つ力が原因であった。

 今までの14体の使徒 ―― これまでの13回に及んでいる使徒との戦いで発生しなかった事態であったが、その原因に関して赤木リツコは1つの仮説を報告していた。

 場所は、上級者用歓談休憩室(A Mad Tea-Party)だ。

 要するには非公式なのだ。

 分析の公表と言う前の作戦局と技術開発局、その他関連部署での非公式検討会(1クッション)としてであった。

 故に、居るのは赤木リツコと葛城ミサトだけでは無い。

 パウル・フォン・ギースラーは当然として伊吹マヤに青葉シゲル、珍しい所では特殊監査局の諜報課から剣崎キョウヤなども、手の空いたNERVの主要メンバーが居た。

 軽い会議(ブレインストーミング)と言う訳では無い。

 只、正式な会議をすると議事録などの形式的な部分が億劫になる為、休憩中の雑談と言う態が取られているのだった。

 故に、めいめいの参加者は平素よりはラフな ―― 状況相応には疲れた顔をして、人によっては力なくソファに背中を預けている人間もいた。

 だが、その目だけは一様に真剣な力がみなぎらせていた。

 

 兎も角。

 赤木リツコによる説明(推測)は、先の状況は第15使徒が用いたA.Tフィールドが余りにも攻撃的であるから。

 と云う事であった。

 

「攻撃的?」

 

 第15使徒戦の日の夜。

 責任者としての仕事がひと段落し、シャワーと着替えを済ませたお陰でさっぱりとなった顔を傾げた葛城ミサトが、訳が分からないと眉を顰める。

 人類は使徒と戦っている。

 それ以上の攻撃的な事態と言うモノは無いだろうに、と考えていた。

 だが、赤木リツコは頭を掻きながら否定する。

 状況としての話では無く事象、運用としての話である、と。

 

「従来の使徒はA.Tフィールドを能動的には使って居なかったわ。あの第12使徒レリエルであっても、自己の保持の延長線上でしかなった」

 

「……A.Tフィールドそのものを武器としている訳では無った。そういう理解で宜しいでしょうか?」

 

 珈琲ではなく栄養剤(カフェインドリンク)を飲んでいたパウル・フォン・ギースラーが、無事な側の手を挙げて質問した。

 

「ええ。その認識で十分よ」

 

「正直信じられませんが………」

 

「状況証拠から考えれば妥当、か。マヤちゃん?」

 

「はい。第12使徒戦での101(エヴァンゲリオン初号機)のレコーダーから見ても、第12使徒が捕獲後に攻撃的なA.Tフィールドの使用をした形跡は見られません」

 

「だが、接触を試みたと言う報告もあった筈だ」

 

 伊吹マヤの補足に反論する日向マコト。

 使徒によるエヴァンゲリオン、そして適格者(チルドレン)への接触として記録されているのだ。

 アレを持って攻撃的でないと判断するのはおかしいのではないかと言う主張だ。

 だが、赤木リツコはソレを否定する。

 

「話がズレるわ。私は言ったわよね、()()()と」

 

「………確かに」

 

 不承不承として頷く日向マコト。

 不要不急を口にする事の多い人柄をしていたが、反論の為の言葉を口にしないだけの知性は持っていた。

 

「で、話を戻すと、A.Tフィールドを攻撃的に使ったから、惨劇に繋がったと言う事でいい訳ね」

 

「ええ」

 

 惨劇と言う強い言葉を使った葛城ミサトに、頷く赤木リツコ。

 惨劇である。

 第15使徒のA.Tフィールドによる精神への打撃、そして嘔吐や失禁などを発生させた体調不良を指している訳では無い。

 第15使徒戦から約半日の時点では判明している死傷者の件であった。

 126名の精神失調者。

 そして41名の死者だ。

 但し、この41名は()()()()という枕詞が付く。

 何故なら検視は勿論、死体の確認すら出来ていないからだ。

 公式には行方不明として処理されるだろう。

 だが、MAGIが管理する監視カメラには明確な証拠が残っていたのだ。

 ()()L().()C().()L()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

異常事態(L.C.L化)に遭遇した人間は多種多様。老若男女を問わないわ。共通点すら何も無い__ 」

 

「第3新東京市に居た、或いは第15使徒のA.Tフィールド干渉圏内に居たと言う事を除けば、ね」

 

「そうなります」

 

 沈黙が舞い降りる。

 各人の机の上には、[部外秘]と赤く印の打たれた幾枚かの画像があった。

 どれもこれも、オレンジ色の水に濡れた服や靴の集まりであった。

 

「どうせいっちゅうの」

 

 葛城ミサトの嘆息。

 それが参加者全員の心境でもあった。

 剣崎キョウヤが居る理由は、この情報が欺瞞されたモノでは無い事の確認であった。

 NERV本部の誇るMAGIであるが、それが何らかの情報工作をされた可能性が無いのかと警戒しての事であった。

 それだけ、人間がL.C.Lの様なモノに身が変わった事は衝撃的であったのだ。

 無論、その結果は白 ―― MAGIへの違法アクセスは勿論、現場でL.C.L化した人間の情報も事実であった。

 救いが無い状況であった。

 

 沈黙が部屋を支配する。

 

「今後もこの事象が発生する可能性は?」

 

 葛城ミサトが気が重いと言う顔をしながら言葉を紡ぐ。

 このL.C.L化、使徒との戦いと言う意味で今後は重大なファクターとなりえるのだからだ。

 どうすれば良いのか。

 どう対処するべきなのか。

 誠にもって悩ましい話であるのだ。

 対して、赤木リツコの言葉は明確であった。

 判らない。

 ただそれだけなのだ。

 

「不明ね。使徒がA.Tフィールドによる攻撃を行わない限りは、発生しないと見て良いとは思うわ」

 

「………エバーによる抵抗が惹起した事態の可能性は?」

 

「葛城さん!?」

 

 感情を排した葛城ミサトの言葉に、日向マコトが思わずといった態で声を上げた。

 だが葛城ミサトも、問われた赤木リツコも視線を動かさない。

 非常に繊細な、大きな問題を孕む質問であった。

 エヴァンゲリオン弐号機が抵抗した結果では無いのかと言う事なのだから。

 だが、それを赤木リツコは否定する。

 判らない。

 そう言う意味(ニュアンス)を乗せて言う。

 

「エヴァンゲリオンの抵抗によって圧を上げた可能性は否定しないわ。だけど、それはそもそも、使徒が有している能力の可能性が高いわ」

 

 何故、第15使徒がエヴァンゲリオンに対してA.Tフィールドによる攻撃を行ったのか。

 その意味、或いは意図は不明。

 最初に標的となったエヴァンゲリオン弐号機のレコーダーにも、使徒の意図を明確化できるものは残されていなかった。

 同じ様な被害を後から受けたエヴァンゲリオン初号機、そして余波が酷いことになったエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン6号機も同じであった。

 使徒の目的を推測する根拠となる様なモノは何1つとして残されていなかった。

 

「戦闘に必要だから干渉し、そして攻略しようとした。それ以上の事に論拠は無いわ。憶測、或いは妄想の域の話にしかならない」

 

「そうね」

 

「只、救いがあるとすれば、使徒は同じ攻撃手段を使う個体は居ないって事かしらね」

 

「………そう願いたいわ」

 

 

 

 

 

 第2東京に存在するSEELEの管理下にある高級ホテル。

 SEELEメンバーが国連などに参加する際に定宿としており、その為の通信ネットワークや機密保持その他、高度な設備が整えられている欧州系の企業が経営していた。

 その最上階、スイートルームに居るキール・ローレンツは優雅とはとても言えない一時を過ごしていた。

 碇ゲンドウを連れて来て、SEELEとのデジタル会議を行っていたのだから。

 議題は、葛城ミサトらと同じ、人のL.C.L化についてであった。

 

 L.C.L化自体が理解出来ない葛城ミサトらと違い、SEELEには1つの情報があった。

 人類補完計画である。

 行き詰った人類(ヨーロッパ)を再び歴史の表舞台に押し上げる為、人間の階梯を上げようと言う大計画。

 その過程にあったのだ。

 L.C.L化と言う事態が。

 Lilithの子たるリリンがAdamの子たる使徒(ANGEL)の力を得ると言う、神への(Lilithの子にしてAdamの子となる)道。

 その為に、一度、リリンとしての人類を解かねばならないのだ。

 それがL.C.L化であった。

 L.C.L化に於いて鍵となるのはA.Tフィールドであり、その意味においては第15使徒の攻撃は人類補完計画にも似ていた。

 だからこそ、問題となったのだ。

 

 問題点は2つ。

 1つは、L.C.L化した人間が戻って来れていないと言う事。

 こちらに関しては、人類補完計画が想定しない形でのL.C.L化である為、出来ないのではないかと言う想定は可能であった。

 問題はもう1つの側。

 L.C.L化せぬままであった人々も受けた圧倒的なまでの圧、であった。

 真っ黒な何か。

 自分の心を、魂を塗りつぶしていくような恐ろしい経験。

 それは雑多な、万を超えていた第3新東京市の人々の心 ―― 他人の心が見えた様な感覚であった。

 疑う余地は無い。

 名も知れぬ他人の感情が、人生が、記憶が、断片的に感じられたのだ。

 そういう判断以外出来る事では無かった。

 ()()()()()()()()()()

 只の個人の脳、魂、或いは心では処理しきれない情報の津波であったのだから。

 

 キール・ローレンツは感じていた。

 あの恐るべき時間、耐えられなければ自分は消えていた(L.C.L化していた)だろうと。

 L.C.L化した人々は、耐えられなかった人々の末路なのだろう、と。

 人類補完計画。

 果たして、人はその重大な過程足るL.C.L化に耐えられるのか。

 そういう疑念であった。

 

「ゲンドウ、貴様はどう見る」

 

「はっ、全ては憶測の上となりますが………」

 

 強張った顔のまま、言葉を濁す碇ゲンドウ。

 仕方のない話であった。

 人類補完計画の提唱者であったが、ソレは裏死海文書その他の資料や南極の情報(セカンドインパクトの残滓)を基にして組み上げた計画であり、何を述べるにせよ推測、乃至は理論上はと言う言葉が付きまとうのだから当然の話であった。

 

 SEELEは凋落しつつある欧州を再度、輝かせる為に人類の再誕を願っていた。

 だからこその人類()()計画だ。

 それが間違いで、人類集団自殺計画になってしまっては話にならぬと言う事であった。

 実際に第15使徒との戦いの現場に居て、L.C.L化と言う状況を見聞きしたキール・ローレンツの言葉は、重くSEELEメンバーの胸に響いていた。

 

『だが、簡単に結論を出す事はできますまい』

 

 その通りであった。

 14年の歳月を掛けて用意された人類補完計画。

 それを簡単に破棄する事は出来ない話であった。

 

『慎重な検討、熟慮が必要でしょう』

 

『左様。幸いと言うには語弊があるが、人類補完計画は現在、足踏み状態だ』

 

『或いは、神の思し召しかもしれん』

 

「良い。であれば結論は変わらぬな。我らSEELEは熟慮を重ねよう。碇。君はNERVを指揮し、使徒を打ち払いたまえ」

 

 

 

「正直な話として、()()に耐えられる人類が居るとは思えぬ」

 

 アレ。

 即ち、他人の心を見ると言う行為だ。

 1人2人であれば兎も角、千と万と億とと言う人間と一時的とはいえ合一しようと言うのだ。

 短時間であっても、耐えがたい不快感を与え、狂いそうな程の衝撃を与えて来た。

 それがL.C.L化 ―― A.Tフィールドの弱体化による、人と人との垣根の消滅なのだ。

 

「或いはエヴァンゲリオンと言う器であれば__ 」

 

 反論の為の反論めいて言葉を咄嗟に言う碇ゲンドウ。

 咄嗟の言葉。

 だがそれも当然であった。

 人類補完計画の中止、或いは破棄は、碇ゲンドウの大望(碇ゲンドウの人類補完計画)を不可能にするからだ。

 

 流石に、その本音は読めなかったキール・ローレンツは、苦笑と共に言葉を返す。

 

「慌てるな碇。例え人類補完計画が破棄される事となっても、この14年もの貴様の献身をSEELEは忘れぬ」

 

「………有難く」

 

 キール・ローレンツの恩情。

 それを碇ゲンドウは、何とも言えぬ顔で受け入れるのであった。

 

 

 

 

 

 大人たちの苦悩、苦労。

 それとは別に子ども達も惨状を見せていた。

 失神した渚カヲルと綾波レイの入院は勿論ながらも、惣流アスカ・ラングレーも又、検査入院していた。

 第15使徒によるA.Tフィールドの標的とされていたのだ。

 如何にエヴァンゲリオン弐号機から降りる際、問題の無いことをアピールしていてもNERVとしては安全策を取りたいと言うのが本音であった。

 だからこそ病院に誘導された。

 その際、アスカは黙って碇シンジを見た。

 

 少しだけ暗い顔に浮かぶ蒼い瞳。

 その気持ちをシンジは間違えずに理解していた。

 だからこそ、アスカの病室にシンジは居るのだった。

 深夜。

 少し大きめの、セミダブルベッドな病床に横たわるアスカ。

 シンジも同じベッドに上がっている。

 同じ布団に包れている。

 生まれたままの姿などと云う事は無い。

 共に病院の院内服を着ている。

 

「……………」

 

 何も言わず、只、シンジを抱きしめているアスカ。

 そっと抱きしめ返しているシンジ。

 

 怖かったのだろう。

 辛かったのだろう。

 痛かったのだろう。

 苦しかったのだろう。

 アスカの気持ちが、少しなりと第15使徒のA.Tフィールドによる攻撃を受け持ったシンジも理解していた。

 

 あるとあらゆる人から責められる事を幻視した。

 それはアスカからのモノもあった。

 義父のものもあった。

 葛城ミサトのものもあった。

 義母のものもあった。

 綾波レイのものもあった。

 義姉のものもあった。

 赤木リツコのものもあった。

 義兄のものもあった。

 知る全ての人から責められ、否定される事を幻視した。

 心が凍るような恐怖とは何かというのが良く判った。

 

 だからこそ、なのだ。

 言葉にしない。

 唯々、力強くアスカを抱きしめるのだ。

 腕の中のアスカは、目を閉じて寝ている事を装っている。

 だが、小さく震えているのだ。

 我慢強いアスカ。

 誇り高いアスカ。

 だからこそ弱音を、例えシンジであっても他人に言う筈はないと理解していた。

 だからこそシンジはアスカを抱きしめている。

 頬と頬を寄せ、涙を吸うかの様にキスをし、或いは頭を撫でている。

 味方は此処にいる。

 アスカを信じている人間が此処にいる。

 アスカを好きな人間が居るのだと証明する為に、ここに居るのだった。

 

 好きになった女性を護れずして何が男だ。

 そんな事を考えながら、眠れない夜を過ごしていくのだった。

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#13こぼれ話)
 病室での18禁√ですか?
 おせっせですか?
 其処に無ければありません(笑顔

 いや、真面目な話としてサツマンで紳士なシンジ君なので弱った乙女を手折ろうとする様な不埒な真似は致しませんですぞー
 と言う訳で(お

 ま、傷のなめ合いックスって割と好物ですけどね!
 我慢する
 した


 大体、感想欄でも言われてた第15使徒アラ公戦
 もうね、考える余地と言うか手段が無いのでこーなった
 もう少し物理的相手だったら良かったのにね!
 仕方ないね!!!

 何時ものHappyなEpilogueとは違う、少しビター(※子どものみ(大人組? 大変だね(老人組? 血反吐を吐いてどうぞ







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱拾肆) ANGEL-16  ALMISAEL
14(Ⅰ)-1 Nightmare


怒りを遅くする者は勇者に愈り、己の心を治むる者は城を攻め取るものに愈す

――旧約聖書     









+

 NERV本部戦術作戦部作戦局局長執務室に呼び出された惣流アスカ・ラングレー

 既に第15使徒との戦いから1週間が経過していたが、まだ、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。

 着ているのはアイロンをしっかりと掛けられたNERVの適格者(チルドレン)用制服だ。

 呼び出した相手が葛城ミサトであるとは言え(碇シンジ宅)での話では無く、非公式な執務室(上級者用歓談休憩室 A Mad Tea-Party)でも無い辺りに察する所があったのだ。

 

「で、何の話なの」

 

 敬礼と答礼と言う儀式を済ませたアスカは、開口一番に尋ねた。

 口調が上位者を相手にするには余りにも険しいと言う自覚はあったが、正直な話として今のアスカに余裕が無かった。

 そんな態度を前に、葛城ミサトは少しだけ笑った。

 それが含意の無い柔らかな笑顔だった。

 

「こういう形で呼び出されてなんで、何と言うか、色々と思う所もあるかもしれないけど、悪い話じゃないわよ」

 

「なら、さっさと言ってよ」

 

「いや、チョッち落ち着いて聞いてほしいから前置きするのよ。話は最後まで聞いてくれる?」

 

「そういう前置きが不安を掻き立てるんだけど」

 

「いや私は要らないんじゃないかと思ってたけど、相談したらリツコが最初に言っとけって言うから」

 

「?」

 

「取り合えずアスカ、座って。珈琲を入れるから」

 

「………判った」

 

 ソファに座るアスカ。

 柔らかなソレが、その体を包み込まれる様な感覚を与える。

 足元から這い上がって来る様な疲労感。

 第15使徒戦から今日まで、眠れない日々が続いていたが故の事だった。

 

 己を責める様な嘲笑う様な声が聞こえるのだ。

 無能であると、無力であると、父に捨てられたと、母に捨てられたと、頼るべき相手のいない孤児であると。

 知っている人間の声で笑われるのだ。

 それが幻聴であると判る。

 否、幻聴であり事実では無いと判らせてくれる相手、シンジが常にそばにいるから耐えられていた。

 欲すれば常に抱きしめてくれるし、頭を撫でてくれる。

 そうでない時、逆にシンジも又、自分を欲するかのように突発的に抱きしめてくれるのだ。

 だからアスカは、そんな時、自分がされて嬉しい事を返していた。

 力一杯に抱きしめ、或いはキスをした。

 シンジの耳に大丈夫だからと何度も何度も言葉を注いでいた。

 

 アスカとシンジは今、ある意味で相互に承認し合っている様なものであった。

 だがそれが効果を発揮するのは起きている時だけであり、寝てしまえば同じベッドに居ても意味は無かった。

 慌てて飛び起きて、隣にいるシンジに縋りつく。

 そんな夜が続いていたのだ。

 又、調子の悪さはエヴァンゲリオンの搭乗(シンクロ)訓練でも出ていた。

 第15使徒以前の半分にも満たない所にシンクロ率は下がっていた。

 それがアスカの心に負担を与えていたのだった。

 

 そんなアスカの前に置かれた珈琲セット。

 鼻孔をくすぐる、温かさを持った香り。

 

「大丈夫よ。今、アスカがツラい状況だってのは判ってるから」

 

「………そう」

 

 アスカの正面のソファに座る葛城ミサト。

 その表情も優れない。

 ドキツいとすら言える厚塗りの化粧によってすら誤魔化せない、疲労の色が浮かんでいた。

 仕事による過労もだが、シンジやアスカ同様に己を責める幻聴が聞こえたりもするからだった。

 シンジやアスカとの違いは、向精神薬による治療を受けられると言う事だった。

 

 エヴァンゲリオンの操縦は、適格者(チルドレン)と機体とをA10神経回路を通じての接続(シンクロ)によって行われる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()() ―― ()()()()()()()()()()()

 向精神薬の類は、心に触る事だからだ。

 エヴァンゲリオンの操縦に於ける難しさが出た事とも言えた。

 

 葛城ミサトはいつも以上に意識して、笑顔を浮かべる。

 楽しそうな声を作ろうとする。

 

「先ず、簡単な話から行くわよ? アスカ、貴女の階級を大尉に昇進させるわ。併せてNERVエヴァンゲリオン戦闘団に於ける現場指揮官(先任適格者)に任命するわ」

 

「大尉って、いや、そんな事より現場指揮官って何よ?」

 

「言葉通りよ。正直、使徒の能力が意味不明過ぎるし、戦闘の推移が速過ぎるからコッチ(第1発令所/作戦局)で出来る事は無いって言う、ま、現状の追認よね」

 

 あっけらかんと笑う葛城ミサト。

 それから真顔になって真摯な姿勢で頭を下げた。

 

「なっ、何よ!」

 

「いや、コレね、今更の話なんだけどさ、アスカ達の現状を考えた時に、実質的な事は兎も角として、責任とか、責任を果たす対価とかがなおざりだったって反省があったのよ」

 

 第15使徒による広域へのA.Tフィールドによる攻撃。

 多くの人間が苦しみ、そして一部の人間は帰ってこれない(L.C.L化して人の姿を失う)事になった。

 悲惨な現実。

 だが同時に、それが()()で済んだのはアスカの機転と、シンジとの2人での献身あればこそであった。

 多くの人間が救われた。

 だが、その対価としてアスカもシンジも戦闘の後遺症(心の痛み)を患う事となっているのだ。

 しかも、大人の事情(シンクロの問題)から向精神薬の投与などの治療が出来ないでいた。

 まともな大人では、耐えられない現実であった。

 だからこそ何かできないかと大人たちは考え、行動しているのだ。

 アスカの昇進と現場指揮官就任はそれらの行動の結果、その1つであった。

 責任を負わせるのは仕方が無い。

 であればこそ、対価は正しく用意しよう。

 そういう話であった。

 

「と言う訳でアスカ。現状の追認以外の何でもないけど、棒給は上がるわよ」

 

「………アリガト」

 

「後、勲章の授与。コッチはシンジ君と一緒で第15使徒戦での献身を称えると言う意味で名誉戦傷章(Purple Heart)3等勇功章(Bronze Star)ね」

 

「使徒と闘うのは私の使命(存在意義)よ。なのに__ 」

 

 何時も(第15使徒戦以前)のアスカであれば、評価された事を素直に喜んだだろう。

 だが、今のアスカは素直に受け入れきれずに居た。

 それは何とも小さな(14歳と言う子ども相応の)姿だった。

 だから葛城ミサトは自分のソファからアスカの隣に移り、そっと抱きしめた。

 

「待ちなさいアスカ」

 

「な、何よ!?」

 

「良いから少し黙ってみて」

 

 突然の事に身を固くしているアスカ。

 その緊張が途切れるまで葛城ミサトは黙って抱きしめ、そして緊張が解けたと思しき時になって漸く言葉を紡いだ。

 

「例え戦うのが義務であったとしても、その中でアスカやシンジ君が自ら傷つく事を厭わずに、他人の為に献身したと言う行動は決して輝きを鈍らせるモノでは無いわ」

 

「判ってるわよ、でも………」

 

「報告は見たわ。私だって酷い夢しかみてないもの。見てよ厚化粧」

 

「……確かに酷いわね」

 

 至近距離だから判る、戦車の装甲板めいた厚化粧にアスカも少しだけ笑った。

 その笑みに、葛城ミサトも笑う。

 

「でしょ? でもアスカ、だからこそ信じて欲しいのよ。私たちはアスカを信じているって事を。アスカは今、自分を信じられないかもしれない。だけど、アスカを信じてる私たちを信じて。直ぐ傍にいるシンジ君だけじゃない。私たちだってアスカを大事に思って居るって事を」

 

「………アリガト」

 

 俯き、湿っぽい声で頷いたアスカ。

 その顔が上がるまで葛城ミサトはそっとアスカを抱きしめていた。

 

 

「さて、で、話なんだけどね」

 

 いくばくかの時間が過ぎ、俯いていたアスカが顔を上げ、冷めた珈琲を飲み干し、そして熱いお代わりを用意した後で葛城ミサトは、改めてと声を出す。

 

「アスカとシンジ君に傷病休暇とお小遣い(傷病手当)を出す事にしたから。少し羽を伸ばしてきなさい。ああ、先に言っておくけエバー102(エヴァンゲリオン弐号機)から降ろすとかそう言う話じゃないわよ?」

 

「どういう事?」

 

ミツキ(天木ミツキ)たちの調査と判断、その結果だけどね。今のアスカ達は心が複雑骨折している様なものだからDrストップって事よ」

 

 薬物治療が出来ないのであれば、少しばかり空気の良い場所でせめての気分転換を図らせるべきだとの判断であった。

 

「エバーから離れて、少しのんびりしてリフレッシュしてきなさい」

 

「帰って来なくて良いなんて、言わないのね」

 

「悪いけどアスカ、それは無理。貴方とシンジ君のペアは戦果をバカみたいに積み上げているエースなんだから。降りたいって言っても降ろさないわよ」

 

 逃がしやしないと笑う葛城ミサト。

 その表情から冗談だと判ったアスカは、少し笑いながら返した。

 

「言う訳ないじゃない」

 

 

「でも、何で態々ここに呼んだの?」

 

「家だと、昇進とかの栄誉な話を言うにしても雰囲気が出ないんじゃないかって思ったのよ。チョッちアスカには悪い想像をさせちゃったけど」

 

「良いわよ、許す」

 

「有難うアスカ。愛しているわよ」

 

「要らない。ミサトは加持さんと宜しくやってれば良いのよ」

 

 少しだけ気が楽になったアスカは、小さく笑みを浮かべた。

 その顔をギュッと抱きしめる葛城ミサト。

 

「小娘がっ!」

 

 そんな風に笑いながらであった。

 

 

 

 

 

 NERV本部第2適格者休憩室。

 少し前は騒がしくもあったその部屋は、今、静かになっていた。

 

「アスカ達、それで居ないのね」

 

 鈴原トウジからアスカとシンジの療養を聞いた洞木ヒカリは納得すると共に、寂しそうな顔で頷いていた。

 第15使徒戦での被害対応や、非戦闘員その他の避難などもあって第壱中学校は現在休校となっていた為、これ幸いとNERVに来ていたのだ。

 小学生の妹を持つ身であったが、幸いと言うべきか今は家に大学生であった長女の洞木コダマが自宅待機中であったので、家事をお願いして(押し付けて)来ていた。

 否、快く押し出されていた。

 洞木ヒカリがNERVに行きたい理由など姉力(おねーちゃんパワー)で聞き出していたが為、今まで家事に忙殺されていた妹の恋を手助けしようと言う姉心(おねーちゃんパワー)であった。

 とは言え夕方に洞木ヒカリが帰宅してきたら、微に入り細にわたってその日の出来事を妹である洞木ノゾミと一緒に聞き出そうとする辺り、少しばかり恋愛趣味者好奇心旺盛(デバガメ精神旺盛)とも言えたが。

 

 兎も角。

 状況は安穏とはしていないが、その最中であっても青春をしている洞木ヒカリと鈴原トウジであった。

 

「おお。療養ゆーて、空気が美味しくて緑豊かな、温泉の湧いとる所に行っとる訳や」

 

「? でも、碇君は家族の所って話よね?」

 

「そや」

 

「なら、アスカもドイツの温泉地?」

 

「それが残念ながらNERV本部からは遠すぎるさかいな__ 」

 

 凄く楽しそうな顔をしている鈴原トウジ。

 何と言うか、友人の陥っている状況が楽しくて仕方が無い。

 そういう顔である。

 

「センセと一緒に鹿児島や」

 

「あっ、あらあらあらあらっ」

 

 乙女の顔というか、乙女がしてはいけない様な楽しそうな顔になる洞木ヒカリ。

 これは帰ってきたら色々と聞きださねばならぬ。

 そういう顔であった。

 

 

 シンジの実家の話を聞く洞木ヒカリ。

 鹿児島は霧島市にあると言う、そんな鈴原トウジの話を楽しそうに聞いていた。

 一通り、鈴原トウジが面白おかしく語り終わった時、又、第2適格者休憩室は静かになる。

 別に2人しか居ない訳では無いにも拘わらずである。

 綾波レイも渚カヲルも居るのだが、共にソファに座って呆っとしていた。

 

………(ぽ~~)

 

 音楽を聴くでも無く、本を読むでも無く、第15使徒のA.Tフィールド攻撃を浴びてから2人はこんな調子だった。

 会話もする。

 日常生活も問題ない。

 食事だって普通に食べている。

 シンジやアスカの様に幻聴に悩まされたり、或いは不眠になっている訳では無い。

 だが、確実に異常な状態になっていた。

 そもそも、綾波レイは兎も角としてお喋り(社交趣味)な渚カヲルが自分から話さなくなったのだ。

 それを異常と言わずしてどうする、と言う話であった。

 

「大丈夫かしら」

 

「なるようにしかならん。そんな風にリツコさんもゆーとったで」

 

 A.Tフィールドが第15使徒の攻撃によって薄くなったことで自我境界線が云々と言う説明を赤木リツコから受けた鈴原トウジであったが。

 哀しいかな、普通の中学生。

 学力優秀とは言い難い、ごく普通の子ども故に、言われた事の半分も理解出来て居なかった。

 だから説明が雑になる。

 だが、雑だからこそ他人に伝わりやすいとも言えた。

 正確ではなくても、概ね、状況が伝わると言う意味でだ。

 

「………大丈夫なの?」

 

 それは2人の状態に対するモノでは無かった。

 それはエヴァンゲリオンに関してであった。

 シンジとアスカと言う鬼札(エースのツートップ)無い(復帰未定な)状況下で、代わりの柱となるべき第2小隊の2人が人事不省めいた状況なのだ。

 洞木ヒカリが不安を覚えるのも当然であった。

 次の使徒が来た場合、鈴原トウジの乗るエヴァンゲリオン3号機が矢面に立つ事になりかねない、と。

 

 だが、そんな洞木ヒカリの心配を鈴原トウジは否定する。

 

「大丈夫やろ。アメリカから助っ人が来るゆーとったからな!」

 

 それも近日中だと言う。

 Bモジュール開発試験機であったエヴァンゲリオン8号機、そして適格者(チルドレン)が来日すると言うのだ。

 NERVアメリカ支部は、戦力の柱となる完成済みのエヴァンゲリオン8号機を手放す事を渋っていたが、NERV総司令官である碇ゲンドウが剛腕を発揮して国連安全保障理事会を動かしてまでして無理矢理に持って来させたのだ。

 かつての超大国であったアメリカならいざしらず、大災害(セカンドインパクト)によって国力の低下した今のアメリカでは、国連の要求に抵抗する事が出来なかった。

 国連安全保障理事会は碇ゲンドウの説明、使徒との最前線である第3新東京市で開発を続行した方が良い ―― 早期の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン向けBモジュール開発に成功するだろうと言う話に乗ったのだ。

 そこには少しだけ仄暗い(生臭い)感情もあった。

 万が一にもアメリカ本土に使徒が来たとしても被害を受けるのはアメリカだ。

 1999年以前には、超大国にして覇権国家として横暴な態度で世界を自由にしていた国家なのだ。

 多少、痛い目を見るのも悪くはない。

 そう言う気分であった。

 碇ゲンドウは、その様な国々の気持ちを突く事でNERVアメリカ支部からエヴァンゲリオン8号機とその専属操縦者を巻き上げる事に成功していたのだった。

 

「とりあえず、ワイと組んで第3小隊ゆーことらしいで?」

 

「男の子なの、それとも女の子なの?」

 

 何ともアレであるが、恋する乙女にとっては重大事である。

 アスカや綾波レイを見れば、エヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)は選抜条件に美少女と言うのがあるのではないかと邪推出来るのだからだ。

 だが、鈴原トウジの反応は微妙なモノであった。

 

「判らん」

 

「え?」

 

「教えて貰えんかったんや」

 

「ミサトさんから?」

 

「ミサトさん()、らしいで」

 

「…………何か、大変ね」

 

「ま、何とかなるやろ」

 

 お気楽とも言える鈴原トウジの態度。

 だが、NERVの大人たちは、そのお気楽な態度に大いに助けられているのだった。

 

 

 

「さて、今日の昼飯は何やろかな」

 

 鈴原トウジの周辺だけは、少しだけ明るい空気が漂っているのだった。

 

 

 

 

 

 




2023.05.26 文章修正
2023.06.04 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅰ)-2

+

「ん」

 

 そう自分に気合を入れたのは、錦江(鹿児島)湾の北側に位置する霧島市に存在する隼人碇家の本宅で主婦である碇アンジェリカであった。

 北欧(ノルウェー)生まれらしいしっかりとした、そして鋭さを感じさせる顔立ちには気合が満ちていた。

 腰まで伸びる金髪を手ぬぐいで纏め、動きやすい恰好となっている。

 日焼け予防の長袖長ズボンは、汚れても良いベージュ色。

 家事、その一番となる掃除に取り掛かろうというのだった。

 とは言え家の中の事ではない。

 そもそも、炊事と洗濯だけならば家電によって簡単だし、家も築10と余年ばかりのまだまだ新しい家(和モダン2階建て)である為に掃除は楽となっている。

 問題は庭である。

 この隼人碇家、敷地面積が優に400坪近い広さを持っていたのだ。

 正方形に近い敷地には家と別棟のガレージがあり、その四方は塀と石垣で囲まれている。

 元は豪農(豪族)の家屋敷であったものを買い取って家を建てたのだった。

 それ故、塀と石垣は年季の入った古風なモノであった。

 とは言え見た目不相応な防犯システムが用意されてはいたが。

 兎も角、地価の安い田舎の事とは言え、中々の広さと言えるのが隼人の碇家、碇シンジの実家であった。

 

 広い隼人碇家であるが故に、庭掃除は簡単では無かった。

 倉庫兼用のガレージはまだ良い。

 旦那である碇ケイジと長男の碇ケンジの遊び場も兼ねているので、休みの度にせっせと掃除や整理をやっているのだ。

 手を出せば失礼というものだろう。

 問題は鯉の居る池、或いは林めいた庭である。

 池は定期的に洗ってるので掃除の必要性は低いし、植えられた木々も園芸業者任せなのでまだ良い。

 剣術(薬丸自顕流)の稽古場も、雑草が出る気配はない。

 問題はそれ以外の、芝生と砂利の部分だ。

 芝生は暑い日差しを受けて雑草が元気に背筋を伸ばし、砂利も隙間から顔を出して来るのだ。 常日頃からの除草や箒掃除が必須であった。

 とは言え広い隼人碇家。

 定期的に実家からお手伝いさん(メイド)が来てもらう様になっていた。

 だが今日はそう言う訳にはいかない。

 突発的な、掃除を必要とした日であった。

 即ち、遠くに行ってた末の息子たるシンジがガールフレンドを連れて帰って来るというのだ。

 ()()()()()()()である。

 長女も長男もまだ連れてきた事のない、異性の友人である。

 であれば母親(家の支配者)として気合も入ると言うものであった。

 

 竹箒を槍の様に凛々しくも掴み、玄関から門扉を睨んだ碇アンジェリカ。

 シンジがガールフレンドを連れて帰って来る時間は未定として伝えられていたが、だからこそ、ちゃっちゃとせねばならぬと考えていた。

 が、そんな碇アンジェリカのやる気に水を差す様に、開かれていた門扉の向こう側に人影が生まれた。

 

「こんにちわ?」

 

 疑問符付きの言葉。

 日本在住歴が20年にも迫ろうかと言う碇アンジェリカは、才媛らしく日本語を発音も含めて見事に習熟している。

 だが、流石に掃除をしようとばかりに気合を入れた出端を挫かれては、微妙な気分になるのも当然だった。

 

 言われた人影は、ピクっとばかりに肩を竦ませて動きが止まった。

 子ども ―― 女の子だろう。

 白いカッターシャツと黒いベスト、それに青いひざ下までのキュロットスカートと言う姿だ。

 ショートボブの黒髪に隠れて表情は見えない。

 見覚えは無い。

 血統的な意味で純粋な日本人っぽいけども、ご近所さんにも、子ども達の友人でも見覚えは無い。

 訝しげな顔をする碇アンジェリカ。

 一瞬だけ、(義姉)である碇ユイが重なって見えた。

 それを頭を振って追い出して誰何する。

 

「どなたかしら?」

 

いっ今、帰りもした(あ、うん、ただいま)

 

 それは聞きなれた声であった。

 聞き間違う事の無い声だった。

 

「シンジ!?」

 

 そう、少女は女装(変装)したシンジであった。

 碇アンジェリカの問いかけに、渋々と言う風に頷くシンジ。

 誠にもって、不本意であると言う雰囲気であった。

 そんなシンジの後ろから、此方は少年めいた(ボーイッシュな)格好、シンジと同じ青いキュロットスカートをサスペンダーで吊って、立て襟長袖のシャツを着た栗毛(ブルネット)をボブカットにした女の子が、ぞろぞろと背広姿の成人男性を連れて現れた。

 シンジが居る事でどんな集団であるかを察した碇アンジェリカは、笑顔を浮かべてようこそと挨拶の声を挙げた。

 対する女の子 ―― 此方も変装である惣流アスカ・ラングレーも、緊張した顔で背筋を伸ばした。

 

「初めまして、惣流アスカ・ラングレーです」

 

 軍隊仕込みの、敬礼めいた仕草。

 それを碇アンジェリカは鷹揚に、目元だけを緩めて受け入れるのであった。

 

 

 

 

 隼人碇家に到着早々、シンジは着替えて来ると言って自分の部屋に駆け込んでいった。

 マスコミ(パパラッチ)対策の一環として仕方が無い事として行った変装(女装)であったが、誠にもって不本意極まりないのだと全身で主張していた。

 板張りの床を足音を立てて走っていったシンジ。

 自宅故の不作法(子どもっぽい仕草)とも言えた。

 そんなシンジに対し、アスカはお客様だからと縁側を兼ねた様な応接セットのある場所に案内されていた。

 日当たり良好であるが、常夏の日本らしい工夫 ―― 二重サッシのガラス張りであり、壁にも充填された断熱材のお陰で、エアコンの効きは良好で不快感とは無縁の空間であった。

 

 応接空間で碇アンジェリカと一人で相対しているアスカ。

 NERVからの護衛部隊(支援第1課特殊ユニット)は家に上がらず、その敷地内に業務用の大型車を停めて、その中に詰めているのだ。

 孤立無援と言って良いアスカ。

 必死にシンジの早期の帰還を祈る程に、応接場所は微妙な空気であった。

 当初、であるが。

 メンタル的に好調とは言えない所に、初対面したシンジ(Liebste)の母親であるのだ。

 それはもう緊張感で目を回しそうな状態となっていた。

 喉もからからになっていたが、手元に置かれたアイス珈琲には手を付けなかった。

 緊張感からの不作法(一気飲み)をやりかねないと自戒していたのだ。

 対する碇アンジェリカ。

 此方も会話の糸口をつかみ切れずに居た。

 得ている情報が4つしかないのだから仕方が無い。

 

 アスカはシンジの同い年である。

 アスカはシンジのクラスメイトである。

 アスカはシンジの仕事仲間である。

 アスカはシンジの第3東京市での家のお隣さんである。

 

 何も知らないのと一緒であった。

 否、もう1つ大事な事がある。

 アスカはシンジが初めて連れて来た女の子(ガールフレンド)であるのだ。

 母親として碇アンジェリカは、大事な息子が連れて来た人に悪い印象を与える訳には行かないと、此方も気をはって居たのだ。

 これはもう仕方のない事と言えた。

 そんな何とも言い難い雰囲気を壊したのは、シンジの話題であった。

 当たり障りのない天気の話題。

 暑さの話。

 そこからアスカが寒冷化したヨーロッパから来た話題になり、碇アンジェリカも大災害(セカンドインパクト)に前後して日本に来たと言う話になり。

 服装の話になり。

 そして、シンジの変装(女装)に到達したのだ。

 

「似合ってたけど、ジャンケンで負けた結果なのね」

 

「はい。男女ペアで護衛付きで出ると勘繰られるとの判断で、私の変装(男装)との二択でしたから」

 

 熱戦は6回に及び、そして最終的な勝者となったのがアスカであった。

 シンジは愕然として地に膝を付けていた。

 其処から先、死んだような目で化粧その他を受け入れ、スカート(キュロットスカート)を履いていた。

 流石に下の下着は尊厳を守ったが、上はスポーツブラめいた大胸筋サポーターを装着させられていた。

 全力で抵抗したシンジであった。

 だが、白いブラウスを着ると()()から判るのだと女性陣から(アスカや洞木ヒカリ、葛城ミサトら)の大合唱に負けていた。

 尚、栗毛のかつらを被って様子を見る際、()()()碇ゲンドウと冬月コウゾウまでやってきていたが、シンジに集中していたアスカやスタッフは気付く事は無かった。

 唯一、2人を目撃したシンジであったが、それ所では無かったので幻覚を見たのだろうと頭から追い出していた。

 

「惣流さん、良く頑張りました」

 

 ()()()()()姿()にニッコリ笑う碇アンジェリカ。

 その笑顔に、アスカの緊張も解けていくのだ。

 そして第3新東京市でのシンジとの生活と言う話題を、提供していくのだった。

 

ひどかこじゃったが(酷い目にあったよ)

 

 本当に困ったと言う顔でシンジが戻って来るまで続くのだった。

 

 

 

 

 

「碇………」

 

「ああ、問題ない」

 

「本当か?」

 

「ああ。多分な」

 

 夜無きNERV本部の総司令官執務室。

 その机の上には、長期療養配置に着いたシンジとアスカの両名に関する報告書があり、2人は精読していた。

 否。

 2人が見ているのは、添付されているシンジの写真であった。

 癒しを求める行動であった。

 綾波レイの非常事態に痛みつけられた心と胃とを癒したいと言う思いであった。

 かつて碇ゲンドウは思い出は胸の中にあれば良いと断じ、手元にあった碇ユイの写真の悉くを燃やし尽くした。

 それは、よく似た綾波レイ(遺伝子上の同一人物)と言う存在を隠すための行為であった。

 だが、今に成れば1枚程度は手元に残しておけば良かったと悔いているのだ。

 人間と言う生き物は、苦境に逢えば何かに縋りつきたくなる所があるのだから。

 そこに齎された慈雨の如きモノ。

 それがシンジの、女装した写真であった。

 

 疲労だの苦悩だのの錯綜した碇ゲンドウと冬月コウゾウは、少しだけ疲れていた。

 それは、あの赤木リツコが今日は搾り取るのを止めようかという慈悲の心を出す程の雰囲気であった。

 

 

 

 

 

 久方ぶりの実家。

 慣れ親しんだ空気に、それまで心の中に澱のように溜まっていた何かがスルリと抜けていくのを自覚するシンジ。

 大事な人が、家族と楽し気に会話していると言うのも良かったのかもしれない。

 自分の周りも仲が良いと言う事が、良い刺激となったのだろう。

 手に持っていた湯飲みを口に運ぶ。

 

「………」

 

 自分で淹れた緑茶も違って感じられた。

 小さく深呼吸をする。

 溜息と言うよりも、内側に溜まっていた何かをゆっくりと放出する仕草だ。

 その仕草に合う形で、シンジは己の内側から沸々と湧き上がってくる気持ちを自覚するのだった。

 

 振りたい。

 

 木刀を全力で振りたいと思えたのだ。

 それは第15使徒との戦いから此方、体を鈍らせない為と言う義務感ではない、正に衝動であった。

 故にシンジは、隣に座って(碇アンジェリカ)と熱心に会話しているアスカの手をそっと握る。

 握り返された。

 目と目が合う。

 アスカの目は少し揺れていた。

 だが、第3新東京市に居た時よりも落ち着いていた。

 チラリと外に視線を走らせる。

 隼人碇家の庭には、横木が用意されているのだ。

 それだけで全てを察するアスカ。

 

んん(行きたいの)?」

 

うん(良いかな)?」

 

 以心伝心。

 そんな2人の状態(仲良しな2人の姿)にあらあらと笑う碇アンジェリカ。

 

 と、そんな穏やかな空気をぶち壊す人間が加わった。

 

「シンジ!?」

 

 子ども特有の甲高い声に誘われて振り返ったアスカ。

 その青い目に飛び込んで来たのは、自分よりも小さな女の子であった。

 特徴的なのは金糸と言う言葉が似つかわしい髪だろう。

 それを左右に分けている(ツインテール)

 背負った赤いランドセルから年下である事は判る。

 アスカが知っているシンジの家族構成は、両親と姉と兄だ。

 妹は含まれていなかった。

 

 親戚か誰かかと思いシンジに尋ねようとしたが、よりも先に少女は活発(アクティブ)であった。

 シンジに飛びついていたのだ。

 

「なっ!?」

 

 思わず目を剥くアスカ。

 子どもが相手とは言え、シンジ(自分のモノ)に女性が抱き着くと言うのは腹立たしい。

 有り体にいって、反射的に声が出る程度には不快(ムカ)であった。

 だが、ソレよりも先に碇アンジェリカが動く。

 

「危ないわよ、お姉さんは何処に行ったの」

 

「大事な弟が帰って来たんだもの、コレはノーカンよ! ノーカン!!」

 

 シンジも飛びついてきた女の子を大事そうに、怪我をしない様に細心の注意を払いながら床に降ろして(立たせて)いた。

 その仕草を、偉そうに受け入れる女の子。

 親しさがある。

 

「元気してた? ご飯はちゃんと食べてた?」

 

だいじょっじゃっど(大丈夫だよ)

 

「なら良し!」

 

 ドヤっと胸を張る女の子。

 だが、そんな事よりもアスカの耳孔を叩いた言葉があった。

 ()()()()、である。

 

「おねぇ、さん?」

 

 内心の混乱をそのまま口にしてしまったアスカ。

 その言葉に、女の子はドヤ顔をアスカに向ける。

 胸に手を当てて、丁寧なお辞儀。

 

「そう、私が碇家の長女。碇アイリよ。特別にアイリーンって呼んでいいわ」

 

 アイリーンは愛称なんだろう。

 とは言え、本名よりも長い愛称って何だろう。

 そんな情報過多になったアスカは、それでも気合で背筋を伸ばして挨拶を返す。

 

「惣流アスカ・ラングレー。アスカで良いわ」

 

「なら__ 」

 

 そっと手を出して来る碇アイリ。

 

「ん」

 

 その手を握り返すアスカ。

 小さな、だが綺麗な子どもの手では無い、鍛錬の後が見える手に触れた事で、取り敢えず碇アイリと言う年下と思しき少女がシンジの身内である事に納得したのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅰ)-3

+

 布団から飛び出した足が感じる冷たさ ―― 冷房によって冷やされた(イグサ)の肌触りに目が醒めた惣流アスカ・ラングレー。

 頬に張り付いた自らの髪から逃れる様に顔をふり、そっと目を開いた。

 

「ん?」

 

 言うまでも無く隼人碇家、アスカが寝起きしている部屋であった。

 畳に敷かれた布団に広がる赤い髪。

 薄く開いた眼で周りを確認する。

 ()()()()()()()()()

 差し込んだ手が汗からジッとりとしていたが、それに不快感を覚える事無くそっと、だが強く抱き着いた。

 

「ん…」

 

 碇シンジである。

 相方(彼ピ)の家に行く。

 泊まる。

 同じ部屋で寝る。

 同じ布団で寝る。

 この場に洞木ヒカリが居れば不潔(役満だ!)と叫んだであろう状況であった。

 無論、健全である(服は乱れていない)

 

 これ程の無茶が通った背景は、シンジとアスカに随伴したNERV支援第1課のスタッフが2人の状態を懇切丁寧に隼人碇家の親御さんに説明したからであった。

 第15使徒との戦闘で心に絶大な負担を負っている為であると言う説明を、隼人碇家の人達は受け入れたのだった。

 使徒と闘うNERVの総司令官である碇ゲンドウが、使徒との戦いが始まる前にシンジを呼んだと言う事からある程度は察していた秘匿情報、シンジとアスカが適格者(チルドレン)である事を明かし、その上で専門的な説明を行った結果だった。

 又、帰宅したシンジの様子が常日頃と違っていたと言うのも大きい。

 少なくとも、第3新東京市に行く前のシンジは、女の子の隣に座って手を握ったりするような人間では無かったのだ。

 碇アンジェリカは(思春期)かとも思ったが、それは年頃(思春期通過中)の兄である碇ケンジが否定した。

 思春(煩悩)期であればこそ女性の傍にいる事の恥ずかしさ、そしてそれを家族に知られる事を恐れる筈である、と。

 訳知り顔な碇ケンジの言葉に、隼人碇家の人間は皆が納得したのだった。

 

 この様に説明した理由は、シンジとアスカが隼人碇家に逗留する事となった為であった。

 当初は、日本国管理下の保養施設を借り切って療養する予定であったシンジとアスカであったが、実家に居る事でシンジのメンタルが目に見えて回復に向かった事、そしてアスカも碇アンジェリカや碇アイリとの触れ合いでストレスを感じていなかった事から、方針を変更したのだった。

 尚、情報保全や安全性と言う意味での問題に関しては、無問題であるとされていた。

 そもそも、この隼人碇家を統括する(カカァ天下たる)碇アンジェリカが元はSEELEに連なるエンストレーム家の人間であり、そして隼人碇家の家長にしてシンジの義父でもある碇ケイジは、霧島市に根を下ろした(ヨーロッパから移住してきた)SEELE-ノルウェー系の企業群(碇グループ)代表職(会長)を担っているのだ。

 そんな人間の家が、情報保全や安全性に問題を抱えている筈も無かった。

 碇ケイジは碇ゲンドウの碇主家筋と違って、SEELEの後ろ暗い所には全く関与していなかった。

 只、江戸時代ごろから縁のあるヨーロッパ財閥名家群としてだけ、SEELEを認識していた。

 或いは、ヨーロッパに留学した際に出来た縁で結婚した(碇アンジェリカ)の実家筋と言うだけの認識であった。

 だからこそ、大災害(セカンドインパクト)の荒廃から立ち直る為の霧島市国分平野の再開発事業に関わり、ノルウェーSEELEの企業群が入植しやすい様に世話を焼いたのだ。

 その結果、企業群の代表となっていた。

 ノルウェーSEELEの企業群からすれば、地方自治体や地元住人との交渉その他で地元の有力者を立てると言うのは大事であったし、そもそもエンストレーム家はノルウェーSEELEにとって主家であったのだから話は簡単であった。

 碇ケイジは、エンストレーム家の婿(身内)なのだから。

 

 隼人碇家の敷地はその家格、或いは役職その他から見れば小さくも見える。

 又、家も普通に見える。

 だが周囲にある家は碇家古参の一族や、ノルウェーSEELEに関わる家々が軒を連ねており、一種の城下町(ゲーテッドコミュニティ)を形成していた。

 当然ながらも警備体制は厳重であった。

 であればこそ、シンジとアスカの逗留も許されたと言えるだろう。

 主家の次男としてのシンジ。

 そしてアスカ。

 一般には公開出来ない身分 ―― NERVの適格者(チルドレン)としてでは無く、ドイツの名家(ランギー家)の長女であると言う()()が大きかった。

 ()

 或いは伝統と言うモノは、時には絶大な信用に繋がる時があるのだ。

 

 かくして隼人碇家に逗留する事になったアスカ。

 寝起きをするのは、シンジの部屋であった。

 とは言え元からあったベッドで2人が眠るには狭かった為、それを撤去して、セミダブルなサイズの布団を敷いているのだ。

 他にも客間、或いは空いている部屋もあったが、出来れば、と前置きをしてシンジの部屋で眠りたいとアスカが言った結果であった。

 シンジにせよ、隼人碇家一同にせよ誰も否定しなかった。

 余りにも小さくも可愛らしい我儘であったからだ。

 否、1人だけ反論を口にした猛者が居た。

 碇アイリだ。

 折角、シンジが帰って来たのだから私も一緒に寝ると言い出したのだ。

 隼人碇家の長女、姉を自称する碇アイリであるが、生理年齢(数え年で12歳)相応の幼さであった。

 最初は難色を示したりもしたアスカであったが、此方も、上目遣いに願ってくる碇アイリの可愛らしさに負けた形であった。

 他人への恐れめいた感情(自身を否定される幻聴への恐怖)はまだ強いが、それでも子どもらしい素直な感情の表明 ―― あけすけな好意的な表情をする碇アイリの、含意の無いお願いなのだ。

 アスカに拒否という選択肢が取れる筈も無かった。

 かくして、シンジを起点に前後にアスカと碇アイリが眠る形となっていたのだ。

 

 朝。

 まだ薄暗い時間、眠ってるシンジを起こさない様にそっと仕草で腕の中から、そして布団から出たアスカ。

 穏かな顔をしているシンジと、あどけない顔をしている碇アイリを見て、小さく微笑む。

 穏かな時間がアスカを癒していた。

 と、その静寂を破る()が響いた。

 言うまでもなく猿叫である。

 

 窓から外を望め、敷地の一角に用意された修練場で木刀を振るっている人影が見えた。

 元は自衛官であったと言う前歴を感じさせる体格、シンジの義父たる碇ケイジだ。

 仕事がある為、ストレス発散(横木打ち)が出来るのは朝しかないからと言って自宅に修練場を作った豪のモノ(ぼっけもん)であった。

 1次産業主体だった鹿児島で、大災害(セカンドインパクト)以後の景気低迷の時代に非民族系とは言え大規模な工業系の企業連合として誕生したのが碇グループであり、その代表職なのだから忙しくない筈が無い。

 グループ内の各企業、グループ外の企業群との折衝その他によって実に多忙であり、であるが故にその忙しさが齎すストレスを発散する為、横木打ちは必要な日課であった。

 少なくとも、当人にとっては。

 

「父さんも元気だね」

 

 朝ごはんも食べていないのに、そう笑うのはいつの間にか起きて来ていたシンジだった。

 寝巻として藍色の甚平を着ている。

 少し眠たそうな顔で、壁の時計を見ている。

 二度寝をするには遅いが、起きるには速い時間だった。

 基準としては朝ごはんだろう。

 

「シンジも混ざりに行きたい?」

 

「………朝ごはんの後だったらね」

 

 少しだけ情けない顔で笑うシンジに、アスカも笑って返した。

 健全な14歳と言う体が元気の素を欲しているのを自覚していたからだ。

 と、そんな2人に反応したと言う訳では無いが、まだ寝ている碇アイリの腹の虫が鳴った。

 声を挙げずに笑う。

 やれやれと言う風に笑うシンジ。

 可愛いと笑うアスカ。

 

 と、そこでアスカが前日に聞けなかった事をシンジに尋ねた。

 

「そう言えばアイリって実年齢はシンジやケンジさんの年下よね? どうしてお姉さんなの?」

 

 シンジは勿論14歳。

 兄である碇ケンジは16歳。

 そして、碇アイリは12歳なのだ。

 なのに本人は2人のお姉さんだと胸を張り、シンジ達も受け入れている。

 謎。

 とは言えアスカも、それは碇家の割と繊細な問題かとの思いから聞けなかった疑問であった。

 対してシンジは笑って答えた。

 何でもない事なのだ、と。

 

「この家に一番長く居るからって事だよ」

 

「?」

 

 要するにはシンジは勿論の事、碇ケンジも実子ではないのだと言う。

 その内容は、シンジの笑いながら言うと言う態度とは相反する、かなり重い話であった。

 

 シンジが鹿児島に来た時と同じ年に起きていた、中国から非合法的にやってきた()()()()()による暴動騒ぎ。

 それは毎年頻発する騒ぎであった。

 そもそも、武装避難民とされているが実態は、日本が大災害(セカンドインパクト)で国力が混乱した隙を狙った、ある意味で強盗()であった。

 日本以上に中国は混乱しており、そうであるが故に()()()()()()()()()()()()()()であった。

 最悪なのは、時の政府が国連の要求に従って自衛隊を国連軍に供出していたと言う事 ―― そして世界中の紛争地帯に派遣されている状況であったと言う事だ。

 もう一つの、日本の海の守り手である海上保安庁は、大災害(セカンドインパクト)時の被害から回復しきれていなかった。

 それ故、武装避難民は度々、九州に上陸する事に成功していたのだ。

 正しく生存戦争(サヴァイヴァル)

 日本側にも余裕があれば、或いは彼彼女らが武装していなければ温厚な解決もありえたかもしれない。

 だが、そうでは無かった。

 そうでは無かったが故に、武力衝突が頻発する事となったのだ。

 その場に碇ケイジは派遣されていた。

 自衛官を辞め、鹿児島県が非常時であるとして組織した自警団(第2警察隊)に身を投じ、故郷を護る為に働いていたのだ。

 その時に、拾ったのが碇ケンジであった。

 戦災孤児であったのだ。

 この時代であればありふれた、珍しくも無い哀しい身の上であった。

 それが隼人碇家に貰われる理由は、幼いながらも大人に混じって戦っていた姿が碇ケイジの目に留まり、そして名前が1文字違いだからと仲良くなった結果だと言えた。

 他にも色々な話はあった。

 だが、取り合えず言えるのは、碇ケイジは碇ケンジを救いたいと思い、子供として迎え入れたと言う事だった。

 そして隼人碇家に来た碇ケンジ。

 実の親たちが死に、そして武装避難民との過酷な戦闘も経験したが為に、荒んでいた。

 否。

 心が死んでいたのだ。

 それを、幼かった碇アイリが面倒を見ていたのだ。

 先に居たのは私であり、であれば私はお姉さんであり、お姉さんは弟の面倒を見るモノだと胸を張ったのだ。

 幼いながらも、碇アイリは女傑であった。

 そしてシンジ。

 碇ケンジの後から来たが為、同じように碇アイリに2番目の弟として判断(カウント)されたのだった。

 その頃のシンジも又、碇ケンジ程では無いにせよ心がボロボロであった。

 親に死なれたと言う事とある意味で近いのだ、親に捨てられたと思う気持ちは。

 そんなシンジの尻も、碇アイリは容赦なくたたき、姉だからと甘えろと強要した(甘えて来た)のだ。

 地元を連れまわし、社会勉強だからとか言って母親の縁者な仕事場に連れて行ったりもしていた。

 取り敢えず、気分転換させようとしていた。

 その様は、大型犬を2匹連れて散歩する様にも見えており、見る人間に好意的な笑みを齎していた。

 そんな3人の関係を決めてしまうトドメは、薬丸自顕流の稽古であった。

 父親の背中を見ていた碇アイリは、自分が木剣を振るう事に疑問を持たなかった。

 そして、悩んだ時に横木を叩き続ければ、嫌な事を忘れられると言う碇ケイジの言葉を覚えていた。

 だからシンジと碇ケンジを鍛錬に連れて行ったのだ。

 

 そんな日々が1ヵ月。

 2ヵ月。

 3ヵ月。

 そして半年もした頃には立派な碇家3姉弟となっていた。

 

「だから、お姉ちゃんかな」

 

「ふーん。色々とあったのね」

 

「うん、色々とあったよ。色々とあって今の僕が居る。そう思うんだ」

 

 だからこそ、隼人碇家に帰って来たシンジの心は回復基調に乗ったとも言えた。

 哀しい思いから抜け出れた場所。

 ある意味でシンジの中で、そう分類されているのかもしれない。

 それがアスカには少しだけ羨ましかった。

 

「そう言うアンタの顔、悪く無いわよ」

 

 穏かに笑うアスカ。

 その笑顔が余りにも魅力的であった為、シンジはそっとキスをするのだった。

 

 

 

 

 

 シンジ(エヴァンゲリオン初号機)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)第1小隊(エースチーム)の帰還未定な離脱による戦力低下を補う為、NERV総司令官である碇ゲンドウは総司令官としての権限を行使した。

 具体的には、NERVアメリカ支部から建造中のエヴァンゲリオン8号機と、その専属パイロットの徴発である。

 異論は許さなかった。

 そしてSEELEも、その行動を支持していた。

 使徒と言う存在の厄介さを、SEELEのトップ(議長)であるキール・ローレンツが直接感じたと言うのも大きかった。

 人類補完計画の続行乃至は中止に関する事は未だ決定されてはいなかったが、それはさておきとして人類存続の為には使徒の撃滅は優先度の高い事項であるのだから当然の話であった。

 

 搬入されるエヴァンゲリオン8号機。

 その外観は、同じくNERVアメリカ支部で建造されていたエヴァンゲリオン3号機やエヴァンゲリオン4号機と全く変わる所は無かった。

 エヴァンゲリオンと言う兵器が余りにも巨大であるが故に、小規模な追加装備と言ったモノは内側に装備出来るが故であった。

 

「103と並ぶ、正規Bモジュールの搭載機って訳ね」

 

 エヴァンゲリオンの格納庫(ケイジ)に収められた7体目のエヴァンゲリオン。

 それを少しだけ呆れた様な目で見ているのは赤木リツコであった。

 さもありなん。

 エヴァンゲリオン8号機、その塗装は基本色を灰褐系迷彩(ロービジリティ)としているにも拘わらず、刺し色として蛍光ピンク(ショッキングピンク)を採用していたのだ。

 選んだであろう搭乗員の正気を疑うのも当然の話であった。

 

「真希波博士の遺産、と言うべきかもですね」

 

 そう合いの手を入れるのは珍しく葛城ミサトでは無い。

 優男風のディートリッヒ高原、NERV本部の技術開発部でBモジュール開発特務班班長を担う鋭才であった。

 エヴァンゲリオン8号機の特殊性もあって、受け入れに際する全確認(フルチェック)に協力させる為、赤木リツコが呼んだのだ。

 

「葉月博士と貴方でも、不明瞭な要素があるのよね」

 

「ええ。残念ながら私では彼女が目指していた到達点は見えませんでしたよ」

 

「………そう。傍にいた貴方から見ての話、感想で良いわ。真希波博士が作ろうとしてたBモジュール、どう見る?」

 

 安全に使えるのか? と言う言葉が喉元迄出かかって、そして止めた赤木リツコ。

 安全とか、そもそも理解出来たと言う言葉程にエヴァンゲリオンから遠い存在であると自覚すればの事だった。

 拾った。

 使えるから使う。

 否。

 使わなければ使徒を倒せないから使っている。

 余りにも合理的と言うか、死に物狂いの結果がエヴァンゲリオンであるからだ。

 にも拘らず、Bモジュールにだけに安全性を問うのは馬鹿臭い(ナンセンス)と思ったのだ。

 

 赤木リツコの内心を推測できるが故に、ディートリッヒ高原は触れぬ様に答えを選んだ。

 優しさであった。

 

「目的地が何か判らないけども、その技術自体は公開されています。3号機と8号機のオリジナルには特殊性がありますけど、本質的には他のBモジュールとの差はありませんから」

 

「………それ、あの娘も含めて言えるの?」

 

「ええ。アメリカ支部で私も葉月博士にも教えられてはいませんでしたが、今の、公開されている情報を見る限り、ええ()()()()()()()に類されるモノですけどね」

 

人造適格者(デザイン・チルドレン)計画、その唯一の成功例。只の人間を適格者(チルドレン)としてエヴァンゲリオンに乗せない為の、ね」

 

 遺伝子レベルでエヴァンゲリオンに適切な存在として先行する1人目(1st チルドレン)である綾波レイと2人目(2nd チルドレン)であるアスカの遺伝子情報を参考に作られた子ども(ビメイダー)、それがエヴァンゲリオン8号機を駆る適格者(チルドレン)であった。

 マリ・イラストリアス。

 成功例故に傑出せし者(イラストリアス)の名を与えられたマリ。

 

「ま、悪い子では無いようですし」

 

「そうである事を祈るわ」

 

 

 

 赤木リツコの懸念とは別にして、綾波レイら3人とマリ・イラストリアスの初顔合わせは実に普通であった。

 正確に言うならば、静かであった。

 未だに超常モード(ポーっとしている)綾波レイと、似た様な状態の渚カヲル。

 唯一、元気のある鈴原トウジであったが、自分は新参者と言う自意識から前に出ようとしないのだ。

 である以上、初顔合わせが物静かなモノになるのも当然であった。

 当事者であるマリ・イラストリアスが来るまでは。

 

「始めまして! マリです!!」

 

 マリ・イラストリアス。

 その姿は実にお子様だった。

 鈴原トウジは、その姿に一瞬だけ妹の鈴原サクラを想像した。

 ()()()()()()()()()

 

 腰まで伸びた栗毛の髪。

 身長は140cmも無いだろう小柄さ。

 目元などはまだ丸みを帯びている。

 誰が見ても、その姿は子ども(小学生)であった。

 

「これからよろしくお願いします!」

 

 元気の良い声も又、マリ・イラストリアスと言う少女が子どもである事を感じさせていた。

 その勢いを正面から受け止める形で、葛城ミサトも声を上げる。

 

「ようこそNERV本部へ! マリ・イラストリアス、マリって呼んでいい?」

 

「大丈夫! ならお姉さんは__ 」

 

 天衣無縫と言う言葉が似つかわしい態度であるマリに、NERVアメリカ支部からの随員が慌てているが、葛城ミサトは気にせずに笑顔を返す。

 

「ミサトで良いわよ。葛城ミサト、NERV本部の、貴女を含めた子ども達(チルドレン)を預かってるわ」

 

 とは言え、内心は嵐が吹き荒れていたが。

 子どもであった。

 どう見ても子どもであった。

 シンジ達も子どもであるが、今までの5人とは比べ物にならない程にマリ・イラストリアスは子どもであった。

 マリ・イラストリアスは、NERVアメリカ支部が文字通りに1から作り出したと言う情報は知っていたが、そんな事はどうでも良い事であった。

 只ただ人間の、大人の()と言うモノを実感しての事だった。

 

 だが、同時に今更の事でもあった。

 アスカや綾波レイが適格者(チルドレン)として選抜され、そしてNERVとエヴァンゲリオンに拘束されてきた期間を思えば、馬鹿馬鹿しい義憤だと自戒していた。

 何も知らぬまま、戦場に放り込まれたシンジや鈴原トウジも居るのだ。

 情報が抹消されている渚カヲルは別にして、葛城ミサトが知るどの子どもを考えても、救いが無かった。

 呪詛(ファッキン・ジーザス)を喉の下でかき混ぜながら、それをおくびにも出さずに、葛城ミサトは笑いながら、この場の3人を紹介しようとした。

 

「じゃ、先任になる3人を紹介するわね___ 」

 

 だがその前にマリ・イラストリアスは動く。

 文字通りの子どもであるが故の奔放さであった。

 

「どこかで見た事がある!?」

 

 好奇心の赴くままにタタッと走った先は(ポ~)っと立つ綾波レイであった。

 

「初めまして!」

 

「初めまして?」

 

 見てるようで見ていない、そんな表情の綾波レイ。

 それがマリ・イラストリアスのカンに触った。

 

「んっ!!」

 

 だから突撃した。

 飛びあがった。

 正確に言うならば、頭突きをしたのだ。

 ジャンプして、綾波レイの額に自分の額を叩きつけたのだ。

 誰も止める暇の無い早業であった。

 

「何しているのよマリ!?」

 

Oh,What(ナニをしたの)!?」

 

 葛城ミサトが悲鳴めいた罵声を上げ、NERVアメリカ支部からの随員は目を回した様な顔で悲鳴を上げた。

 だが大人が反応をする前に、頭突きを喰らった綾波レイは後ろに倒れる事になった。

 床に強かに後頭部をぶつける勢いだ。

 鈍い、痛い音がする。

 そんな綾波レイに対し、突撃したマリ・イラストリアスは、その勢いのままに綾波レイのお腹の上に座る事に成った。

 

「どや、勢いのええやっちゃなぁ!?」

 

「だ、大丈夫かい、レイ!?」

 

 流石の渚カヲルも慌てる事態と言えば、良いだろうか。

 悲鳴を上げたのは一瞬だけで、直ぐに自分を取り戻した葛城ミサトは、部屋付きのスタッフに対して医療スタッフを呼べと命令を出しつつマリ・イラストリアスを綾波レイから遠ざけようと駆ける。

 だがその指先よりも先に、ガシっとばかりにマリ・イラストリアスの頭を掴んだ人間が居た。

 綾波レイである。

 

「痛いわ」

 

 仰向けにひっくり返ったまま、綾波レイは下目にマリ・イラストリアスを見ている。

 言葉は荒れていない。

 だが、先ほどまでの(ポ~)っとした表情とは全く異なる目つきでマリ・イラストリアスを見ている。

 睨んでいる。

 掴み続けている。

 

()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()

 

 捕まれている事を意にも介さず、悪意も無く笑うマリ・イラストリアス。

 仰向けに倒れたまま、静かに頷く綾波レイ。

 周りが理解出来ない会話であったが、綾波レイとマリ・イラストリアスで意思の疎通は取れていた。

 周囲からすれば、正に意味不明。

 だからこそ、次の展開についていけなかった。

 腹筋の力で上体を起こした綾波レイが、その勢いのまま、その白磁の様な額をマリ・イラストリアスに叩きつけたのだから。

 

「痛ったーい!!」

 

「お礼。感謝の気持ち」

 

「こんなに痛いのはお礼じゃないよ!!!」

 

「アスカに聞いた。お礼参り」

 

 本気の顔をした綾波レイは実に恐ろしかった。

 マリ・イラストリアスは泣き出していた。

 あわわっと慌てているNERVアメリカ支部からの随員。

 そして葛城ミサトは、更なる適格者(チルドレン)同士の衝突を抑えようと綾波レイに抱き着くのであった。

 

 実に混沌(カオス)であった。

 尚、この混沌の渦に沈んだ操縦者待機室で、その地獄から離れていた鈴原トウジは自分が巻き込まれない様にと抜き足差し足で壁際に逃げていた。

 と、隣に渚カヲルも来ているのに気づく。

 

「ええんか、ほっとって? 綾波はツレ(相方)やろ」

 

 その質問に、渚カヲルは少しばかり真剣な顔をして否定する。

 

「あんな状態のレイに近づいたら、どんな目に遭うか」

 

 物静かな様に見えていて、その実、魂は根っからの武闘派なのだ。

 綾波レイと言う少女は。

 

 等と真顔で言う渚カヲル。

 そこには茶目っ気(ユーモア)があった。

 第15使徒戦からのこの数日で漂っていた、漂白された様な何かは無かった。

 

「おっ、自分、戻ったんか」

 

「うん。()()()が来たからね。目が醒めたよ」

 

「衝撃波?」

 

 日常では余り使わない言葉に首を傾げる鈴原トウジ。

 鈴原トウジの知る由も無いが、綾波レイとマリ・イラストリアスの衝突は気付く者の殆ど居ないA.Tフィールドの衝撃波、波紋とでも言うべきモノを産んでいたのだ。

 その直撃が、第15使徒によるA.Tフィールド干渉によって自分と言うモノが薄くなっていた渚カヲルに衝撃を与え、立ち直らせていたのだった。

 頭を掻く渚カヲル。

 自分を取り戻せた、とも言う。

 そして、小さく笑う。

 口元は笑いながらも、目は誰も気づく事のない鋭利さを宿していた。

 

「でもコレ、どうするんだろうね?」

 

 SEELEの御老人たちは、と言う言葉は誰の耳にも届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅰ)-4

+

 NERV本部を統括する第7世代型有機コンピューターMAGIによって管理されたデジタル演習。

 エヴァンゲリオン初号機が初めて実戦投入された頃は色気のないフレームだけで構成されていた空間が、今はかなり自然に近い環境を再現していた。

 そして、それは登場するエヴァンゲリオンや使徒にも言える事であった。

 完全再現とまでは言わずとも、パッと見た限りではそれらしい造形(モデリング)が為される様になっていた。

 

 そんなデジタル演習空間で疾駆するのは異形な姿となったエヴァンゲリオン8号機だ。

 基本的な姿は変わらない。

 だが前傾姿勢で、四肢を使って駆けるその姿は、何かが決定的に異なっていた。

 獣めいていた。

 

「Bモジュール、Bはビーストだったと言う事ね」

 

 デジタル演習の管制室でその様を見ながら呆れたようにつぶやいたのは赤木リツコだ。

 それは、目の前で再現されたエヴァンゲリオン8号機の獣めいた姿を見ての感想であり、同時に、NERVアメリカ支部技術開発局第2課 ―― 所謂真希波室(M²ラボ)の研究成果を確認しての感想でもあった。

 赤木リツコの表情には呆れとも、或いは同族嫌悪にも似たモノが浮かんでいた。

 

 そこまでするか、と。

 そこまでしたのか、と。

 

 当然だろう。

 マリ・イラストリアス。

 その幼い適格者(チルドレン)は、非人道的と言う言葉すらも生ぬるい人造人間(デザイン・チルドレン)計画として生み出された存在だったのだから。

 事前情報にあった()()と言う言葉は伊達では無かった。

 計画の根幹となるのは人道であった。

 子どもを戦場に送らないようにしたい。

 1st チルドレン(綾波レイ)2nd チルドレン(惣流アスカ・ラングレー)の様に、子どもが幼少時からエヴァンゲリオンに拘束される事が無い様にしたい。

 実に人道的発想であった。

 だが、人道を起点にしながら試行錯誤、議論の果てに戦闘専用の人間を作り出すと言う実に非人道的結論に到達し、実行してしまったのは狂気であると言えるだろう。

 

 赤木リツコは自分が綺麗であるとは思って居ない。

 科学に魂を売り、女として碇ゲンドウを欲した浅ましくも薄汚れた人間であると自認している。

 綾波レイのクローン体を管理していると言う事も、それを裏打ちしていた。

 だが、その赤木リツコをしても、真希波室(M²ラボ)によるマリ・イラストリアスの開発製造は余りにも衝撃的であった。

 

 基本となる遺伝子情報は開発責任者であった真希波マリが卵子として提供し、それを素体にBモジュールとの親和性が高くなる様に遺伝子操作が行われていた。

 遺伝子操作の成功率は極めて低く、100を超える個数(ロット)が卵子の段階で行われた検査で廃棄されていた。

 命の選別。

 資料に乗せられている数を見た唯々、戦慄していた。

 機械的とすら言える選抜を抜け、赤子として育成されたのは11体。

 だが培養槽の中で、まともに成長できたのは4体だけであった。

 そして問題が1つ。

 どの個体にも魂が宿って居なかったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 結果、現在のマリ・イラストリアスと呼称する個体を除く3体が成長後に培養槽内で腐敗する事態となり、今に至ったのだと言う。

 

 この事態、赤木リツコにも覚えがあった。

 複数の体を生み出した綾波レイ。

 だが、生み出されて10年以上が経過しても、そしてあらゆる試み(実験)を行っても、魂が宿っているのは1体のみなのだ。

 ヒト、霊長類、高等生命体、リリン。

 羊や犬などではクローンが成功しているにも関わらず、である。

 ()()()()()

 それが、科学者としての赤木リツコの認識であった。

 

 兎も角。

 人造人間(デザイン・チルドレン)計画が行き詰まった時、真希波マリは失踪し、そしてマリ・イラストリアスは覚醒したのだと言う。

 何とも胡散臭いモノを記録から感じる話であった。

 資料を精査した際この点に疑念(ブラッディなモノ)を感じ、同僚であったディートリッヒ高原などに尋ねても見たが、反応は芳しく無かった。

 真希波室(M²ラボ)は機密性が高かった為、人造人間(デザイン・チルドレン)計画は勿論、内情すらも知り得なかった(アンタッチャブル)のだと言う。

 Bモジュールの開発に関しては交流があったが、逆に言えば、それだけであった。

 日系人である葉月コウタロウは嘆息と共に言った。

 Bモジュールの開発で葉月コウタロウとディートリッヒ高原、そして真希波マリは同床異夢であった、と。

 最終的に、マリ・イラストリアスに随行して来た元真希波室(M²ラボ)スタッフに確認をする事となった。

 葛城ミサトら作戦局や、特殊監査局の人間も加わって行われた脅迫めいた確認(尋問)

 それはマリ・イラストリアスを対使徒戦に投入する上で不確定要素を消す為であった。

 だが、随員スタッフの反応は赤木リツコらの予想外であった。

 実に痛まし気な顔で、真希波マリの謎の失踪を説明したのだ。

 当時、人造人間(デザイン・チルドレン)計画の第1ロットは失敗と評するべき結果となった。

 だが、NERVアメリカ支部の上層部では第1ロットの開発に伴って齎された成果 ―― クローンに関わる生体生成技術を高く評価していた。

 再生医療への転用可能な技術であったからである。

 故に、NERVアメリカ支部の予備費とアメリカの医療関連企業からの献金で第2ロットの開発製造予算は決済されていたのだ。

 真希波マリの未来はまだまだ明るかった。

 にも拘らず行方不明となったのだ。

 心から残念だと嘆く様に言う随員スタッフ。

 犯罪に巻き込まれたのか、それとも事故にあったのか、と。

 NERVアメリカ支部は荒野の中にある関係者だけの場所であったが、全ての人間が悪意のない人間であると言う保証はないのだ。

 恨みか嫉妬か。

 謎の書置きを残しているが、ソレを遺書と言うのは余りにも不確実だと言えるだろう。

 結論としては、是非も無し(意味が判らない)と言う事であった。

 

「赤木局長?」

 

「何でも無いわ」

 

 デジタル演習の管制官からの呼びかけで、埒も無い事を考えていたと、頭を振った赤木リツコ。

 それから葛城ミサトを見る。

 頷いた。

 

108(エヴァンゲリオン8号機)のBモジュールと群狼戦闘能力(ウルフパック)機能、再現に問題は無さそうよ」

 

「負荷率、大丈夫?」

 

 赤木リツコがそのままデジタル演習管制官を見る。

 頷く。

 ディスプレイに表示されているMAGIの処理状態を自分の目で見る。

 余力が残されている。

 

「通常の範疇に収まってるわね。これなら102(エヴァンゲリオン弐号機)過負荷運転(オーバードライブ)の再現の方がよっぽどに酷いわ」

 

「なら結構! じゃエバー103(エヴァンゲリオン3号機)との戦闘演習を始めましょうか」

 

 完成されたBモジュール搭載エヴァンゲリオンと、その為の適格者(チルドレン)であるマリ・イラストリアス。

 その能力(スペック)限界を確認すると言うのが、本日の目的であった。

 

『準備は何時でも大丈夫でっせ!』

 

 元気の良い声で答える鈴原トウジ。

 搭乗するエヴァンゲリオン3号機は、H型装備が取り付けられた状態となっている。

 H型装備は完全な新規設計と言う訳でも無く、元はG型装備第4()形態であった。

 G型装備第3形態を基に過剰な遠距離砲撃戦管制能力を削除し、近接戦闘能力を加味する形で改装を行われていた。

 当初は第4形態と命名されていたのだが、さすがに型番(サブナンバー)が増えすぎたと判断され、改名されたのだった。

 

 機体色に似合った、甲冑の如きH型装備。

 主武装であるEW-23C(スーパー・パレットキャノン)は、H型装備が新型のN²機関を独自に搭載しているお陰もあって毎分6発と言う非常識な発射速度を誇る狂気の産物であった。

 

『何時でも襲っちゃうぞ!!』

 

『来んかい!!』

 

 戦意十分と言って良い鈴原トウジとマリ・イラストリアスの姿に、デジタル演習管制室に好意的な笑いが齎される。

 

「2人とも元気なのは結構! なら始めちゃいましょ!!」

 

 明るいのは良いことだ。

 そんな事を考えながら、葛城ミサトは戦闘開始の指示をだすのだった。

 

 

 エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機のデジタル演習。

 その流れは、多くの人間の予想とは異なる形となった。

 NERVアメリカ支部から来たスタッフ等にとっては不本意と言って良い形であった。

 本領を発揮できる操縦者とBモジュール搭載の組み合わせと言うエヴァンゲリオン8号機が、訓練もまだ十分に受けていない適格者(チルドレン)とBモジュールの全力発揮が出来ないという組み合わせのエヴァンゲリオン3号機に良い様にあしらわれているからだ。

 

 無茶苦茶に飛び回る様な獣めいた動きを見せるエヴァンゲリオン8号機。

 だが、鈴原トウジは冷静にソレらに対処して見せていた。

 中距離であれば、適切に5連装35.6cm無反動砲で牽制し、怯んだ所にEW-23C(スーパー・パレットキャノン)を叩き込む。

 それは真希波マリが想定したBモジュールの使い方では無かった。

 だが、ディートリッヒ高原が念頭に置いていた多目的な情報処理モジュール ―― 素人であろう操縦者に十分な戦闘支援を行うと言う機械(モジュール)と言う意味では、完全に使いこなしてみせているのだった。

 

「彼は見事(エクセレント)だね」

 

 満足げな顔をしているディートリッヒ高原。

 対して、元真希波室(M²ラボ)スタッフは歯ぎしりをしていた。

 さもありなん。

 だからこそ、声を上げた。

 自分たちの()()が劣って居ないのだと実証する為に。

 

「葛城局長! 今の№3(エヴァンゲリオン3号機)は砲戦Frame(装備)機です。これでは標準装備(B型装備)№8(エヴァンゲリオン8号機)の真価を見るのは難しいです。格闘戦の情報も集めるべきだと思います」

 

 事実ではあった。

 とは言え、面の皮の厚い主張をするモノだと葛城ミサトは呆れてもいた。

 何故ならデジタル演習に入る前の装備設定時に自慢げな(ドヤァ)顔で、マリと№8(エヴァンゲリオン8号機)であれば、例え標準装備(B型装備)状態であっても素人の乗る№3(エヴァンゲリオン3号機)には負けない等と、元真希波室(M²ラボ)スタッフは嘯いていたのだから。

 その事を揶揄しようかとも一瞬だけ思った葛城ミサトであったが、我慢した。

 目の端で赤木リツコ(マブ)が、面倒くさい事になるから止めとけと、そんな目つきをしているのを見たからである。

 以心伝心。

 赤木リツコを安心させる様に1つ、頷く。

 実際、葛城ミサトが見ても元真希波室(M²ラボ)スタッフ、能力は兎も角としてプライドは問題になりそうな意味で高そうなのだ。

 とっととNERVアメリカ支部に送り返せないものか。

 そんな事を曼成人手不足に苦しむ赤木リツコが愚痴る程なのだから。

 

「その意見具申、受け入れましょう」

 

 葛城ミサトは、内心の呆れ(ダサいとの感情)を出さない様に注意しながら言葉を発する。

 それからデジタル演習の管制スタッフに指示をだす。

 仕切り直し、そして近接格闘戦のテストに移行せよ、と。

 

「トウジ君、射撃戦は見事だったわよ。次は格闘戦、やって見せて頂戴」

 

『ははははっ、任せて下さいな!!』

 

 激励と評価。

 それに通信画面越しでのウィンク(サービス)に、判りやすく発奮する鈴原トウジ。

 正に中学生(思春期)であった。

 好意的な笑いがデジタル演習管制室に零れる。

 

「マリ」

 

『ナニ?』

 

 戦闘が思う通りに行かないストレスをため込んだマリ・イラストリアスは、少しばかり不機嫌な声を出す。

 元真希波室(M²ラボ)スタッフは顔を青くするが、葛城ミサトはそれを気にする事も無く笑顔で言葉を続ける。

 

「次は得意な格闘戦。どこまでできるか、見せてもらうわよ」

 

『よっしゃー!! 任せて!!』

 

 元気の良い返事に、此方も好意的な笑い声が上がった。

 幼い外見相応の態度と言うものは、実は凄い武器かもしれない。

 そんな事を考えながら、葛城ミサトは時計を確認してから言葉をつづけた。

 

「取り合えず、最後の1戦。それが終わったら休憩にするから頑張ってね」

 

 

 

 

 

 NERVドイツ支部で行われている第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜と訓練課程は最終段階に達していた。

 とは言え、状況は予定と少々異なっている。

 本来であれば三次選考として12名が第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)として選ばれる予定であった。

 9機のエヴァンゲリオンに、専属適格者9名と予備適格者3名と言う予定。

 だが、第13使徒や第15使徒との戦いが考慮され、修正される事となったのだ。

 考慮されるのは、適格者(チルドレン)への負担である。

 第13使徒戦で、使徒と化した第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン1号機に搭乗していた相田ケンスケの心身の疲労と負担が重視されていたのだ。

 元より、ある程度は計算していた部分はあった。

 それ故に3名の予備適格者を用意する事を決めてもいたのだ。

 だが、現実はその上を行った。

 エヴァンゲリオンに乗り、そして機体とシンクロして機体の被害を痛みとして味わうと言う事は、果てしなく巨大な負担であると言う事が、相田ケンスケの心身情報を得る事で漸く判明したのだ。

 NERV本部での対使徒戦役で主軸となっていた最初の子ども達(ファースト・スリー)、綾波レイやアスカ、碇シンジが易々と乗り越えていた為に表面化していなかったのだ。

 何とも言い難い現実であった。

 相田ケンスケは未だリハビリを受けており、その心身は完全に回復してはいなかった。

 だからこそ、予備適格者を増やす事が決定したのだ。

 そして第15使徒戦で、高い耐性(我慢強さ)を示していたシンジとアスカの両名ですらも中長期的な療養を必要とする程の心身の負担を負ったのだ。

 である以上、予備適格者を大幅に増員する事を決めるのも当然の流れであった。

 3直制と呼ばれる、1つの機体に3人の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)を用意する事となったのだ。

 泥縄めいた対応であったが、同時に、現実に即した柔軟性と表現できる話でもあった。

 結果、体調不良時の辞退者を前提とした総予備合格者を含めて31名が三次選考に合格したと決められた。

 尚、正式な辞令の交付は、延期状態にある合同祭(TokyoⅢ-Record2015)で発表される事となっていた。

 全世界に、新しい人類の守護を担う子ども達(チルドレン)と言う形で栄誉を与える積りであった。

 

 兎も角。

 正式な第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜選考が終了した事によって、候補者であった子ども達の空気は少しばかり弛緩していた。

 それはある意味、就職を決めて、卒論も終った大学生の様な空気だとも言えるだろう。

 だからこそ、教官たちは弛緩した空気を引き締める為の見学(勉強)会を開催する事としたのだった。

 見学するのはNERV本部で行われているデジタル演習だ。

 NERV本部とNERVドイツ支部のMAGI同士を閉鎖回路で繋いでいるお陰で、リアルタイムで見学する事が出来るのだ。

 見る事となったデジタル演習は、時差の問題もあって、朝一番の事であった。

 場所は映像投影設備もある中規模講義室。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)となった子ども達の誰もが、興奮と共にあった。

 否、全てがではない。

 

「眠いっ」

 

 小さな声で愚痴る様に言ったのは霧島マナだった。

 周りの空気を読んでか気合で欠伸こそしないが、何時もの起床時間よりも2時間以上も早い起床と、準備と食事などを済ませているのだ。

 眠くならない筈が無かった。

 

「おはよう」

 

Morning(おはよう)!」

 

 と、車いすに乗った相田ケンスケと、それを押すヨナ・サリムがやって来た。

 霧島マナ、ヨッとばかりに手を挙げて朝食が入った朝食袋(モーニングボックス)を渡す。

 まだ調子の良くない相田ケンスケと、そのサポートをしているヨナ・サリムでは朝食を取りに行く時間が無かろうと、先に食堂に行って取って来ていたのだ。

 

「助かるよ」

 

「せいぜい感謝してね!」

 

 ペロリっと舌を出して笑う霧島マナに、感謝感謝と拝んで見せる相田ケンスケ。

 対してヨナ・サリムはお腹がすいた(Hungry!!)と言いながら袋を開ける。

 遠隔地での早朝訓練時などででも配られる朝食袋(モーニングボックス)は、料理当番次第で内容がコロコロと変わるのだ。

 悪い時には水とリンゴなどの果物1つ。

 良い時にはジュースとサンドイッチなどと云う塩梅だ。

 

Today's Breakfast(今日の朝ご飯)Intermediate(中の中ね)

 

Oh……(残念)

 

 紙袋から出てきたのは、切ったパン(Schwarzwälderbrot)が2切れと牛乳パックが1つ、それに(ミネラルウォーター)のペットボトルが1本であった。

 ジャムなどは含まれていない。

 最悪では無いが最善でも無い。

 そう言う日であった。

 

「食パンが恋しいよ」

 

 常温に戻っていた牛乳パックで独特の香りがある南ドイツのパンをのみ込んでいく相田ケンスケ。

 他の事には大抵、耐えられるが食べ物に関する愚痴だけはどうしても漏れてしまう所があった。

 今日だけでは無い。

 割と何時もの事だった。

 そんな相田ケンスケを見て、豪快肌のアルフォンソ・アームストロングなどは、体の不調は耐える根性をしていても、事、食い物に関しては愚痴を我慢できないなんて実に日本人だなと笑う程であった。

 尚、ヨナ・サリムは、三食喰えるだけで万々歳と言う気分であった為、質に関する愚痴や文句を零す事は無かった。

 

「柔らかくて甘い、ね。焼きたてが食べたくなるから言わないでよ」

 

「悪い」

 

 もっしゃもっしゃと、愚痴に合わせてパンを飲み込んでいく相田ケンスケ。

 牛乳パックも飲み切り、口直しとばかりにペットボトルまで一気に飲み干す。

 ゴミは紙袋に纏めておく。

 訓練生として鍛えられていた日々が、趣味者(ナード)と言うよりも体育会系の仕草を相田ケンスケに与えていた。

 

Attention(注目)!」

 

 と、講義室の前で機材の調整をしていた教官の1人が声を上げた。

 準備が整ったのだ。

 NERV本部からNERVドイツ支部を通して、この講義室正面のホワイトボードに投影するのだ。

 ネットワークの確認や、機密保持確認など、する事は多岐に渡っていた。

 

It's Live(これは生の映像だ) No explanation(解説は無い) Take a closer look(先ずは注目しろ)

 

 そう言って映し出されたデジタル演習の動画。

 Live映像と(クレジット)されているその先にあったのは、エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機による近接格闘戦であった。

 Liveと言う言葉に似つかわしい程に、生々しく、そして荒っぽい戦いであった。

 

 猿か獣の様な仕草で走り回るエヴァンゲリオン8号機。

 対するエヴァンゲリオン3号機は、背面に懸吊しているEW-16(スマッシュバルディッシュ)を装備する事無く無手で膝を落として相対している。

 無抵抗と言う事はない。

 盾を構えている。

 

「3号機、耐える気?」

 

 霧島マナの分析。

 だがソレを相田ケンスケは否定する。

 

「3号機が構えている盾、アレはG型装備用に開発された大型盾だ。攻める気だぞ、3号機のパイロット!!」

 

What does it mean(どういうこと)?」

 

 ヨナ・サリムも判らなかったらしい。

 首を傾げている。

 だが、元が軍事の趣味者(ヲタク)であった相田ケンスケだ。

 性癖の様に武器の情報を収集していた。

 ソレを開陳する。

 

「アレは内側にパワー・トゥース(制圧用のこぎり歯)を仕込んであるんだ。第8使徒戦の様にする気だっ!!」

 

 霧島マナとヨナ・サリムの脳内に、エヴァンゲリオン4号機(綾波レイ)がやって見せた力技(パワー戦)の様が蘇る。

 その後でエヴァンゲリオン初号機(シンジ)エヴァンゲリオン弐号機(アスカ)がやって見せた大技、動力降下キック(エナジー・フォールダウン)のインパクトが強すぎて忘れていたのだ。

 

「3号機のパイロット、戦訓をよく研究___ ん?」

 

 とそこまで言った所で思い出す。

 エヴァンゲリオン3号機の専属適格者(チルドレン)が脳筋とも言える親友、鈴原トウジであった事を。

 

「どうしたの?」

 

「いや、考えすぎかもって思っただけさ」

 

 スンっとばかりに冷静になり、言葉をつづけた。

 そして、そんな事よりと続ける。

 

「良く見ておこうぜ、絶対に1発で終わるぞ、コレも」

 

 

 

 外野の感想は別にして、己を捕殺に来る事を理解したマリ・イラストリアスは、獰猛に笑った。

 それは強者の笑みであった。

 近接格闘戦が始まって幾度かの応酬で、エヴァンゲリオン3号機と鈴原トウジが自分の速度についてこれない事を理解しての事だった。

 であれば、先の射撃戦時の雪辱の為、圧倒的な形で勝たねばならぬと考えていた。

 だからエヴァンゲリオン8号機を加速させる。

 H型装備がG型装備から受け継いでいる攻防一体となった大型盾、その機力(パワー)は厄介極まりなかった。

 如何に獣化第1段階のエヴァンゲリオン8号機とは言え、捕まってしまえば脱出する前に致命的な一撃を受ける可能性が高かった。

 ()()()()()()()()()()()()()8()()()()()()()()()()()

 対応できない一撃で、厄介な大型盾を吹き飛ばし、射撃戦時の報復をするのだ。

 デジタル演習での上とは言え、エヴァンゲリオン3号機をバラバラにしてやる積りだった。

 鈴原トウジを嫌っている訳では無い。

 憎んでいる訳でも無い。

 ただ単純に、その外見年齢相応の単純なまでの加虐性を出そうとしていたのだ。

 

「いっくぞーっ!!」

 

 だが、戦闘と言うモノは参加する一方の都合で進むわけでは無い。

 相手にも又、都合と言うモノが、狙いと言うモノがあるからだ。

 

「どーーん!!」

 

 操縦者の自負に相応しい加速を見せるエヴァンゲリオン8号機。

 そして簡単にエヴァンゲリオン3号機の内懐に潜り込み、そして腕を振るう。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「勝った」

 

 加虐性の出た顔で笑うマリ・イラストリアス。

 だが、それこそが鈴原トウジの罠であった。

 

『捕らえたで』

 

 それは、攻撃的選択を示し続けたエヴァンゲリオン3号機のBモジュールをあやし続けた男の勝利宣言であった。

 

「えっ!?」

 

 支援腕(サブアーム)だけで保持していた大型盾。

 エヴァンゲリオン8号機を掴まえる為、エヴァンゲリオン3号機は無手(フリーハンド)で備えていたのだ。

 ソレを見抜かれぬ様に、大型盾を構えていたのだ。

 

「インチキ!?」

 

『ちゃうわい!!』

 

 マリ・イラストリアスが反応できない早業で、エヴァンゲリオン3号機がエヴァンゲリオン8号機を掴む。

 腕だけでは無い。

 H型装備に追加されていた隠し腕(コンバットアーム)も展開する。

 名前の通り隠されていた(折りたたまれていた)、戦闘も可能な出力の(サブアーム)だ。

 残っていた支援腕(サブアーム)も動かしてエヴァンゲリオン8号機を掴まえる。

 都合5本の腕に捕らえられ、逃げられないエヴァンゲリオン8号機。

 パニックめいた顔になるマリ・イラストリアス。

 だが鈴原トウジは容赦しない。

 Bモジュールに躊躇なく命令する。

 やってしまえ(パチかましたれ)、と。

 

 至近距離で放たれた5発の35.6cm無反動砲。

 それが決着だった。

 

 

 

「これは予想外」

 

 呆れた様に呟いた相田ケンスケ。

 何故なら、画面にはエヴァンゲリオン3号機の反則負けと表示されていたからだ。

 相田ケンスケなどの講義室に居る人間は知る由も無いが、近接格闘戦という条件(レギュレーション)違反と審判役のMAGIが判定した結果であった。

 

 兎も角、騒然となる講義室。

 誰もが興奮していた。

 派手な戦いに憧れる者も居れば、自分に出来るだろうかとしり込みする者も居た。

 取り敢えず教官は、今日も今日とて声を張り上げるのだ。

 

I haven't requested it so far(ここまでヤレとは言ってない)!!」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅰ)-5

+

 MAGIによる機械的判定によって戦闘規範(レギュレーション)への違反による反則負けとされた鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機。

 その判定の是非でデジタル演習の管制室が盛り上がっていたが、当人たる鈴原トウジは苦笑と共に頭を掻くだけであった。

 目論見通りにエヴァンゲリオン8号機を掴まえる事に成功し、決定的な勝利が確定したので気持ちよく、そしてBモジュールが出した選択肢を確認せずにトリガーを引いたのだ。

 正に『やってもうた』であった。

 それに実戦、使徒との生存戦争となれば話は別 ―― 全ては勝利こそ優先されると理解している事も、心の余裕に繋がっていた。

 エヴァンゲリオン8号機とのデジタル演習は、所詮は遊戯(ゲーム)の範疇との認識であるからだ。

 

「とは言え、あそこから手を離して攻撃するんも悪手ゆーもんやし、難しいわ、ホンマ」

 

 デジタル演習の終了後、操縦者待機室で休憩を兼ねた雑談(ディスカッション)の場で肩を竦めた鈴原トウジ。

 対して渚カヲルは仕方が無いからね、と応じた。

 エヴァンゲリオンとして見た時に概ね同じである以上、エヴァンゲリオン同士で相手を抑え込むのは簡単な話ではないのは、渚カヲルも経験のある話であったのだから。

 デジタル演習として行われる、機体運用習熟訓練などで組手を行い、エヴァンゲリオンが出来る事や出来ない事を教え込まれているのだ。

 相手が鈴原トウジであれ綾波レイであれ、或いは碇シンジであれ惣流アスカ・ラングレーであれ、究極的に言えば、エヴァンゲリオンの素的な意味での能力であれば違い無い。

 違ってくるのは、その使い方であるからだ。

 或いは、今回のエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機を言えば()()()()()()であった。

 

「多分、シンジ君や惣流さんだと__ 」

 

「膝で1発か、或いは頭突きやろな」

 

 手に負えないと笑う鈴原トウジに、全くだと肩を竦める渚カヲル。

 よく見れば、渚カヲルも張り付けた笑み(アルカイックスマイル)ではなく、苦笑に口元を歪めている。

 痛い思い出。

 共に、シンジとアスカの両名から、同じ様な目にあっていたからだ。

 抑え込んだと思った瞬間に、予想外の一撃を喰らって沈む、と言う経験が近接格闘戦のデジタル演習で多々あったのだ。

 

「あそこまで自由に動かせるのって、ホンマに凄いわ」

 

「僕の6号機が額を割られた時、弐号機の足の動きは本当に芸術的だったよね」

 

「せやな」

 

 それは、エヴァンゲリオン6号機でエヴァンゲリオン弐号機と戦った際の事だった。

 取っ組み合いめいて両腕同士で相手を抑え込んだ瞬間、最短にして最小の動きでアスカはエヴァンゲリオン弐号機で膝蹴りをやってみせたのだ。

 しかも、組み合った瞬間に間髪入れずにである。

 アスカは頭がオカシイ(レベルが違う)と、渚カヲルと鈴原トウジも認める手際の良さであった。

 尚、シンジの場合には、頭突きが来る。

 来た。

 そう、鈴原トウジは思い出す。

 掴み合った、その動きを予備動作にして叩きつけたのだ。

 判定は、相手機 ―― 鈴原トウジの乗ったエヴァンゲリオン3号機の頭部全損であった。

 痛かったが、同時に、シンジのエヴァンゲリオン初号機も同じ全損だろうと思って居たら違っていたのが実に理不尽だったとも思い出す。

 エヴァンゲリオン初号機は小破で済んでいたのだ。

 シンジの行う戦闘行動は、雑に見えても良く計算しているのだと理解した。

 角度とか、強度とかを。

 シンジとアスカ。

 共に、常日頃から戦闘時の体の動きを考え、そして体に染みつかせている人間であったと言えるかもしれない。

 戦意過多と言う言葉も生ぬるい、何かであった。

 そして、だからこそ第1小隊(エースのツートップ)だとも思うのだった。

 

 男子とは別にして、女子 ―― マリ・イラストリアスは3人掛けのソファで綾波レイにベッタリと引っ付いていた。

 綾波レイのお腹に小さな額を押し付けるようにして抱き着いている。

 とは言えマリ・イラストリアス。

 勝ち誇った顔をしているかと言えばさにあらずで、両方の頬っぺたを膨らましての不貞腐れ顔だった。

 

「私は負けてない」

 

 判定勝ちと言う言葉に騙される程、マリ・イラストリアスは先のデジタル演習の内容を理解出来ない戯けではないのだ。

 勝ったと言いつつも、その実、正しく、自分が勝てなかったのだと自覚しているのだった。

 その背中を綾波レイは優しく撫でていた。

 勝てない悔しさと言うのは、儘、判るからだ。

 自信と自負を持つからこその悔しさは、同時に、自分の限界を知る事でもあるのだから。

 自分は1人の人間であり、1人である限りには出来る事にも限界がある。

 それを学ぶ事は挫折では無いと思えばこその態度だ。

 

「なら、学ぶと良いわ」

 

「うん。アイツを知る。そして次は勝つ。次の次は完璧に勝ってやる」

 

「それでは駄目」

 

「何で!?」

 

「それは、練習の勝ち方だもの。それでは実戦には勝てないわ」

 

 相手を知る事は大事だ。

 だが、使徒との戦いに於いて同じ姿の使徒、或いは同じ能力の使徒が来た事は一度として無いのだ。

 常に初めての相手と戦う事を強いられる。

 だから、と綾波レイは続ける。

 

「知るべきは自分が出来る事を知る事。そして相手を観察する事を学ぶべき」

 

 マリ・イラストリアスは顔を上げて綾波レイを見た。

 否定されていたにもかかわらず、そこに不貞腐れた色は無い。

 

「相手の能力を見て、そこで自分が出来る勝ち筋を見つけろって事?」

 

「そういう事ね。理解した自分の強みを如何に使うかが大事」

 

「退く事も?」

 

「それも選択肢」

 

「判った」

 

 幼子の様な見た目を裏切るマリ・イラストリアスの理解力に、綾波レイは褒める様に頷く。

 少しばかり過剰めいた自負、自信はあれども愚かでは無いのだと。

 1つずつ学んで行けばよい。

 そう思って居た。

 だからこそ綾波レイは喉元まで上がって来た、例外めいた2人(シンジとアスカ)の例を挙げる事は無かったのだ。

 

 全身全霊全力で、相手に喰らいついてくシンジとアスカ。

 敵の能力を理解した上で、自らの力の限りで使徒の能力をねじ伏せ、叩き潰そうと前に進んでいく。

 自分の被害を度外視する事も儘、見られている。

 だが、と綾波レイは思う。

 アレは、あの2人であればこそだろう、と。

 第9使徒や第14使徒との戦いを見て居れば判る。

 己が倒れても、自分と同じ事の出来る相手 ―― 相方が居ると信じる事が出来るからこその闘いである、と。

 それは第2小隊である綾波レイと渚カヲルでは出来ない事でもあった。

 信用は出来る。

 だが、戦意と言う意味で、シンジとアスカ程の()()を出す事は難しいのだ。

 コレは性格的な問題だろう。

 だからこそ、例外だと綾波レイは思うのだった。

 

 葛城ミサトは、マリ・イラストリアス(エヴァンゲリオン8号機)鈴原トウジ(エヴァンゲリオン3号機)と組ませて第3小隊を新設する積りだと綾波レイは聞いていた。

 鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機がG型/H型装備に高い親和性を持ち、支援射撃を得意としているが、同時に近接戦闘も不得手としていない事からの判断だと言う。

 勿体ないとの考えである。

 同時に、エヴァンゲリオン8号機を、第1小隊や第2小隊に組み込むよりも、前線を支えれる手札(ユニット)を増やしたいとの考えでもあった。

 頼れる第1小隊であるが、やはり1枚看板は危険すぎるのだ。

 例えば第12使徒の様に、無力化を図られてしまった場合でも、同格では無いにせよ準じる戦闘力を持った(ユニット)があれば、打てる手は広がるのだから。

 尤も、この話はまだ口外禁止(オフレコ)と葛城ミサトに言われていた。

 鈴原トウジとマリ・イラストリアスの相性を見てからの事だ、とも。

 無理に(ペア)を組ませて、上手く行かなかったら、そこから何かの問題が発生しては困るからであった。

 悩んでいる葛城ミサト。

 だがそれは、幸せな話であった。

 ある意味でNERV本部の戦力が充足したが故の、贅沢な悩みであるからだ。

 

 ま、何とかなるでしょ。

 綾波レイは何となく、そう言う風に思うのだった。

 

「喉が渇かない? オレンジジュースもあるわよ」

 

「飲む!!」

 

 なら準備してくると立ち上がる綾波レイ。

 ここにシンジが居れば、美味しい紅茶もあったのだけれども。

 そんな事を考えながら。

 

「あ、手伝うよ」

 

「そっ」

 

 そつのない感じで手伝いを申し出た渚カヲルを、軽くあしらいつつも受け入れる綾波レイ。

 

「紅茶が良いの?」

 

「いや、僕は通だからね、緑茶をストレート(砂糖・ミルク無し)で頼むよ」

 

「………そう。良かったわね」

 

 自慢げ(ドヤァ顔)の渚カヲル。

 何も言うまいと背中で言う綾波レイ。

 そんな2人の姿に、鈴原トウジは見事な凸凹コンビだと感心するのだった。

 第壱中学校名物めいたシンジとアスカの関係と似て非なる関係。

 だが女性が強い(レディファースト)な所は同じだ等と鈴原トウジは笑っていた。

 尚、その脳裏に自分が洞木ヒカリに全く勝てない事が浮かぶ事は無かった。

 

「そう言えばセンセたちどうしとるんかのう」

 

 シンジとアスカ。

 療養と言って鹿児島に連れ立って行って既に1週間が経過している。

 元気に過ごしているし、少しづつ回復しつつあるとは甘木ミツキも教えてくれていたが、実際に会話などしていなければ、どんな感じかも判らない。

 

「センセって誰の事?」

 

 ポツリと漏らした嘆息。

 それをマリ・イラストリアスが拾った。

 興味津々と言う顔だ。

 

「ん? シンジのこっちゃ、後、惣流の奴もじゃがな。ジブン、判るか?」

 

「知ってる! パープルオーガー(3rd チルドレン)マッドレッド(2nd チルドレン)だよね!!」

 

 NERVアメリカ支部からNERV本部に向けての()()()()()()由来な、余り綺麗とは言えない綽名を口にするマリ・イラストリアス。

 そこに隔意など無かった。

 だから、鈴原トウジは聞き流して笑う。

 

「そや、知っとったか」

 

「アメリカでも有名だったよ!!!」

 

 無論、それはマリ・イラストリアスに与えられた、超えるべき目標としての教育であった。

 勿論ながらもNERVアメリカ支部からNERV本部への、と言うか碇ゲンドウに対する根深い感情に起因したモノであった。

 とは言え、そこら辺の事をマリ・イラストリアスが気にする事は無かったが。

 

「早く会ってみたい! スゴイんでしょ、2人とも!!」

 

「せや。あの2人はホンマにヤバいで」

 

 色々な意味で、と深くため息をつく鈴原トウジ。

 気分転換に行うデジタル演習の対抗戦で、せめて1度は1本取りたい。

 そういう気分であった。

 

 と、そこで気づいた。

 自分にとってアレが、シンジのエヴァンゲリオン初号機とアスカのエヴァンゲリオン弐号機が基準なのである、と。

 物理的な速さだけで言えば、2人にマリ・イラストリアスは匹敵する所がある。

 だが、気迫と言うか怖さ(凶気)が段違いなのだ。

 或いは()意。

 普通に速いだけでしかなかったマリ・イラストリアスに鈴原トウジは怖さを感じなかった。

 本人に自覚は無いが、鈴原トウジも戦火を幾たびも潜り抜け、使徒も撃破して(星を挙げて)いるのだ。

 肝が据わるのも当然の話だった。

 

「いつ帰って来るの!?」

 

「判らんわ」

 

「何で、何処かに行ってるの?」

 

「そやな、鬼の霍乱ゆー奴や。だが大丈夫や。そう遠くない頃には帰って来るやろ」

 

「たのしみー!!!」

 

「そら良かったな」

 

 それは何とも兄妹めいた雰囲気であった。

 

 

 

 

 

 話題となったシンジとアスカ。

 2人は鹿児島での日々を堪能していた。

 シンジにとって隼人碇家は魂の故郷(精神の回復ポイント)であり、そんなシンジに引きずられる形でアスカの心も回復基調に乗っていた。

 さもありなん。

 アスカにとって初めての、NERVもエヴァンゲリオンも関係のない場所での生活だ。

 肩書は1つ。

 シンジのガールフレンドと言うくすぐったくも嬉しいモノであったのだ。

 シンジの家族はアスカを簡単に受け入れてもくれた。

 そんな、心の負担と言うモノの無い生活は、アスカにとって最高のリハビリ環境であった。

 温泉や神社など観光にも行った。

 だが何より、自由に散歩が出来たりすることが良かった。

 隼人碇家のある一帯は幹線道路などからは少し離れており、村めいた規模の城下町(ゲーテッドコミュニティ)と言う構造になっているお陰だった。

 大災害(セカンドインパクト)の余波によって道路が寸断され、そして意図的に復旧させなかったのだ。

 同時に、共同で対人センサーなどを道路以外に用意しており、周囲の山々を利用しての不審者の侵入を許さない構造となっていた。

 この辺りは、北欧から来たSEELEゆかりの家々による、身に付いた自衛行動(金持ちの身の処し方)であった。

 

 1990年代辺りであれば、元からの住人 ―― 普通の日本人からすれば奇異な行動に見えていただろうが、2000年代前半は九州も中国からの武装難民()の襲撃を受けていたのだ。

 自衛は大事だと言う点で合意が出来ており、特に金満家たちの行動を異常だと見る動きは無かった。

 コレは、1つには北欧を主としてヨーロッパから移住してきた人々が、碇家と言う介在人を上手く使えたというのがあった。

 そして何より、周辺住人との軋轢回避の為、地元に金を大きく落とし続けたと言うのが大きかった。

 元からの旧家などの顔も立てつつ、地域の復興予算に寸志(安くないポケットマネー)を出すなどしていたのだ。

 何より、地元に仕事を齎したというのが大きかった。

 北欧系企業共同体(碇グループ)は、霧島市のみならず鹿児島でも有数の企業群として成長を続けており、地元に職と金を配り続けているのだ。

 嫌われる筈が無かった。

 又、世相が安定してからは祭りなどにも積極的に参加したし、神社仏閣を詣でる事も厭わなかったというのも決して小さくない。

 無論、教会は立てたりもしたが、少なくとも先住の日本人を下に見る事はなかった。

 だからこそ、隼人碇家周辺(ゲーテッドコミュニティ)もだが、1000人に迫ろうかと言う規模でのヨーロッパからの人の流入も安定して行えたと言えた。

 言葉は違うが礼儀正しい(法治に従順な)、そして大災害(セカンドインパクト)で荒れてしまった故郷を共に汗水流して立て直そうとして協力してくれる新しい隣人である、と受け入れたのだ。

 尚、自衛の一環めいた鹿児島で復活した郷中教育(課外授業)にも子弟を参加させており、有志で作られている自警消防団にも少なくない若手が加わっている辺り、この新しい隣人の、地元に溶け込もうと言う努力は本気であった。

 

 閑話休題。

 兎も角として安全である隼人碇家周辺(ゲーテッドコミュニティ)を自由に散策しているアスカ。

 勿論、隣にはシンジが居る。

 田舎らしく、車などの生活雑音よりもひぐらしの鳴き声が大きい。

 調水機能維持の観点から残されている田んぼ、或いは小川。

 一部の趣味者の畑。

 閑静な住宅街と言うよりも、正しく田舎の情景であった。

 

 歩いているアスカ。

 カランコロンと音を立てている。

 真っ赤な下駄を履いている。

 それ故に、と言う訳では無いが格好もスカートなどの洋装ではなく、碇アンジェリカ発案で街に買いに行った浴衣姿であった。

 シンジは勿論、碇アイリも一緒になって選んだソレは、涼し気な白味の強い赤を基調に藍色の(アサガオ)が描かれていた。

 紫色の帯も相まってアスカに良く似合っていた。

 だから、と言う訳では無いが実に上機嫌であった。

 シンジが少しだけ顔を赤らめながら、帯に上品な紫基調のモノを提案してきたのだ。

 紫、即ちエヴァンゲリオン初号機色だ。

 独占欲めいたモノを感じてアスカが上機嫌になるのも当然と言えるだろう。

 だからこそ浴衣が届くや否や、着付けをしてシンジと散歩に出かけたのだ。

 手には日傘を持ち、髪は結い上げている。

 実に和装な魅力があった。

 尚、シンジも今日は和装だった。

 碇アイリが、アスカが浴衣なのにシンジが洋装では格好がつかないと声を大にして主張し、碇アンジェリカが賛同。

 そしてアスカが期待に満ちた目を見せてしまえば、後はもう決まっていた(カカァ天下の碇家である)

 シンジは昨年に仕立てていた藍色の甚平は、大島紬であり、上品さも相まってシンジに良く似合っていた。

 流石に足元は下駄では無く、和柄のコンフォートサンダルであった。

 シンジだけでは無く隼人碇家の男衆は皆、甚平や浴衣は持っていても下駄は持っていなかった。

 下駄を履く女性陣に何かあったら、おぶったりする為、足に負担を与えない様にと言う考えであった。

 ソレを碇アイリは、こっそりとした態で、小声でアスカの耳元で教えたのだ。

 長女らしい感じで、負ぶってもらえたりするんだよ、と。

 そして小悪魔(ニヘラっとした)顔で、佳い女って佳い男の背中に体を預けるものよっとも続けた。

 それを聞いたアスカ、ポンっとばかりに真っ赤になったのはご愛敬と言えるだろう。

 

 

「平和ね」

 

「だね」

 

 何となくの散策。

 集落(ゲーテッドコミュニティ)の中に流れる小さな川から、子ども達の歓声が上がっていた。

 地元の子、肌の白い子や黒い子など色々と居る。

 魚とりか何かの、水遊びをしている様だ。

 綺麗な小川は、水辺に遊び場も用意されている。

 小川だけでは無く、小さな公園や林などの全てが集落(ゲーテッドコミュニティ)の庭園と言う意識で手入れがされているのだった。

 

 と、2人に気付いた子どもが手を振った。

 皆して笑顔だ。

 見知った子(薬丸自顕流の鍛錬仲間)も居る。

 この最近で顔見知りとなったアスカの名前を叫んで手を振ってる子も居る。

 皆して元気な、良い子ども達であった。

 

「こういうのをさ、アタシ達って守ってるのよね」

 

「そうだね」

 

「エヴァのパイロットに選ばれて訓練漬けだったから、人類を護るって言われても、正直ピンと来なかった。エリートだから護るんだっていう義務感? ふんわりとしたイメージで見てた」

 

「………」

 

「だけど、シンジの故郷に来て、違うわね。第3新東京市、あの中学校に通う様になって漸く、護るべき人達を見て、そして今、繋がった。今を護りたいって気付けたような気がする」

 

 4歳の頃にエヴァンゲリオンを動かす適格者(チルドレン)に選ばれたと言う事。

 そこからはNERVで訓練漬けの日々を送って来た。

 大人の中でもまれて来たのだ。

 10歳を超えてから、頭の良さも相まって、社会経験も必要だとか言われて大学にも通った。

 だがそこに、普通の人の生活は見えなかった。

 学友(クラスメート)も又、大学だけの関係であり、そして幼くともVIP(エリート)として特別待遇で来たアスカに誰もが隔意を抱いていたのだから。

 

 だがシンジは違った。

 出会った時からアスカに真っ向からぶつかって来た。

 正面からアスカを見ていた。

 そしてシンジを通して出来た第壱中学校の友達との関係。

 洞木ヒカリや対馬ユカリと言った女子だけでは無い。

 男子たちも大事な友達と思えるようになったのだ。

 

「ありがとうシンジ」

 

「………アスカ。僕もアスカに有難うって言いたい」

 

 シンジも又、アスカを真剣に見ていた。

 

「僕がエヴァに乗ったのは頼まれたからだ。他人を、人間を守って欲しいって言われたからだ。ある種の義務感だった。だけど__ 」

 

 シンジはそっとアスカの手を握った。

 日傘を持たないアスカの左手を、両手で捧げ持つ様に握った。

 

「アスカに逢えて、アスカと一緒に戦えて、僕は自分の意志で戦いたいって思う様になったんだ」

 

 アスカと競い合う事が楽しく、そしてアスカの自負と自信が眩しかったと続ける。

 だから、と続ける。

 

「有難う、アスカ。出会ってくれて。一緒に居てくれて、一緒に戦ってくれて。そして、その、あの、恋人になってくれて」

 

 アスカと恋人になり、キスをする仲となったが、それでもシンジは恋人と言う言葉を口にする時、果てしなく照れを感じていた。

 育ってきた地元だと言う事が大きかったのかもしれない。

 その、ある種のいじましいシンジの姿に、アスカも可愛く(ニヘラっと)笑うと、その顔にそっと自分の顔を近づけた。

 が、その前にそっと日傘で子ども達の視線を遮った。

 興味深々と言う塩梅であるのが、目の端に見えたからだ。

 

 藍色の日傘がシンジとアスカの顔を隠す。

 えーっだの、あーっだのと子ども達が文句を上げるが、アスカにとって知った事じゃない。

 子どもにはまだ早いのだから。

 と、シンジの手がそっとアスカの体を引き寄せる。

 

「シンジ」

 

「アスカ」

 

 互いに、相手の名前を呼ぶ際にくすぐったさを感じ、照れ笑いをする。

 キス。

 

 影で見えたのか、子ども達が歓声を上げた。

 だからアスカは日傘を畳んで1つ、投げキッスをするのだった。

 

「こういうのは大人の特権よ!」

 

 そんなアスカをシンジは眩しそうに見るのだった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(こぼれ話)#14(Ⅰ)
 登場予定の一切なかったマリ・イラストリアスのエントリー
 いや、第15使徒のアレでメンタルやられないのって嘘だヨネ?
 ならシンジ君の実家エピソードだね!!
 なら、療養期間が長めにカウントしないとね___

 シンジとアスカがNERV本部不在?
 前衛(アタッカー)不在ってこと??
 ヤヴァス!!!
 と言う事でゲンドー君がドナドナしてきましたったったー
 ま、なるよね?

 尚、本14(Ⅰ)の目的はアスカの和装です。
 浴衣姿のアスカってカワユスですよね!
 とねー
 浴衣の色
 黄色はアスカのドレス色ってな塩梅でも考えたけど、某ハチオーグと被るので止めますた
 チョイと見てて、和装系で鮮やか過ぎる黄色は色味が重すぎてナァ
 などと(お
 重ねた黒色とかの影響だろうけど、イメージが悪いのでぱーーす である
 本当は夏祭りとか、そういうモンにも参加させたかったけど、現在に身分だと駄目(アカン(警備班が死ぬ(主にストレスで
 と言う事で散歩になりますた。
 隼人碇家の元ネタは、家族構成から察して下さい(お
 とは言え、気付いたら旗派との悪魔合体ですけどね(トオイメ
 ま、気にするな!!







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-1 Valkyrie

+

 第15使徒の襲来によって延期されていた合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は、第15使徒襲来によって出た死者、行方不明者を含める形で行われる事となった。

 幸いにして第15使徒による物理的被害は少なかったお陰もあって、極端に内容が変更となる事は無かった。

 だが政治面は別であった。

 民心慰撫と言う面から順次完成していた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを大々的にお披露目するべきだとの意見が、国連安全保障理事会で上がったのだ。

 第15使徒の物理的ではない被害 ―― 人が(L.C.L)と化してしまうと言う事態は、それだけの大きな衝撃を世間に与えていたのだ。

 特に第15使徒戦直後は、TVなどでは連日に渡って使徒の脅威が宣伝され、深刻そうな顔をした芸人(コメンテーター)が意味のない言葉を連ねていた。

 それは日本だけでは無く世界中でも起きていた。

 だからこそ日本のみならず各国政府も無策では無く宣伝を行って民心慰撫に勤め、又、報道機関に対しても報道制限を要請(命令)したのだった。

 言論の自由、報道の自由を口にする人間も一部には居たが、各国政府などが現実と(銃口と権力)を突き付けて黙らせていた。

 実際問題として使徒を口実にした暴動が、アジアアフリカなどを中心とした未だ不安定な地域で多発する事になったのだ。

 無辜な被害者が大量に、それこそ各暴動で3桁単位で発生しているのだ。

 その資料に生々しい死者の写真を添えて行われた()()は、少なくとも不安を煽る事で視聴者の関心を集めようとしたマスコミ(売文屋)の口を黙らせる事には成功していた。

 無論、鞭だけでは無く飴も与えていた。

 硬派な人間には、現時点で判明している使徒の情報 ―― NERVと国連安全保障理事会が出して良いと判断した内容となったモノが与えられた。

 無論、資料を基に記事を作れるのは政府関係機関の了解の下(国際世論のヒステリー沈静化後)でとなっていたが、それでも値千金の内容であった。

 そして、そうでない大多数の人間には第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に関する情報が与えられていた。

 今まで公開されていた4人の適格者(チルドレン)と違い氏名、性別、国籍、そして顔写真などである。

 これは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が元から公募制であり、又、志願者の情報がある程度であるが公開されていた事が理由であった。

 この情報に大多数の報道機関(マスコミ/ワイドショー)は飛びつき、使徒の不安を煽る番組は収束する事となる。

 かくして第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は「新しい人類の守り手!」等と言う仰々しい冠を付けてTV番組などを賑やかす事となった。

 

 

 

 

 

 改めて行われる事となった合同祭(TokyoⅢ-Record2015)

 その会場は、第3新東京市に設けられている。

 何故、第3新東京市で開催されるかと言えば、地盤が理由であった。

 総重量500tを越えるエヴァンゲリオン、その重量が2つの脚に掛かっているのだ。

 並の場所では地面に穴が開くと言うものであった。

 そんなエヴァンゲリオンを複数、配置しようと言うのだ。

 戦闘中ならまだしも、そうでなければ出来れば遠慮したいと言うのが日本のみならず世界のイベント施設などの本音であった。

 

 重要来賓(VIP)向けに確保されたホテル。

 NERVが裏で手を回しているソレは、特にNERV外部の重要人物が第3新東京市に来た時の定宿であった。

 安全確保と特別扱いの為、最上階には通常宿泊客は使えない特別なエレベーターで行き来する様にされていた。

 そんな一般人では立ち入れない、豪奢なホテル最上階。

 防弾能力も付与された厚いガラス越しに見下ろせる会場は、準備万端といった有様である事が手に取る様に判るのだった。

 特設されたステージ。

 天幕。

 そしてエヴァンゲリオン。

 10機ものエヴァンゲリオンが並び、その脇を固める支援機(ジェットアローン2)汎用支援機(ジェットアローン3)の群れ。

 壮観と言う言葉すらも生ぬるいナニカであった。

 

「いやはや、何とも迫力のある眺めですな」

 

 軽薄な感じでそう述べたのは加持リョウジ。

 着ているNERVの制服も、何時もの着崩しておらず来賓者(VIP)案内役らしいアイロンの効いたモノとなっていた。

 無精ひげも無い。

 NERV本部スタッフと言う立場(エリート)らしい姿だ。

 尤も、表情だけは何時もと違いは無かったが。

 

「人類の総力、或いは本気を示していると言えるでしょう」

 

 加持リョウジの居る場所からは見えないが、全高40m級と言うエヴァンゲリオンの足元には、エヴァンゲリオンと共に使徒と闘い抜いている国連統合軍(UN-JF)の派遣部隊の主要装備も並べられているのだ。

 日本のみならず、世界中から集められた装備の群れ。

 正に全人類総力戦(コスモポリタン)と言う塩梅であった。

 

「そういう話を私は聞きたい訳ではない」

 

 だが、加持リョウジの言葉を聞いている恰幅の良い日本人 ―― 日本の国会議員は、不満足であると言う感情を隠そうともせずに言う。

 国連との折衝などを担う外務省の大臣補佐官であり、そして国粋主義者であった。

 大災害(セカンドインパクト)以降に起きた世界の変貌で調子に乗った日本人、その1人と言えた。

 国連本部が日本に来た事や、旧列強たる欧米が影響力を低下させている事が、彼彼女らに新秩序(パクス・ジャポニカ)を夢見させていたのだ。

 日本にとっても世界にとっても幸いであったのは、その様な人間は日本の政府関係者にあってごく一握りであると言う事だろう。

 とは言え、この外務省大臣補佐官の様に影響力を発揮できる場所に居る場合もある為、国際協調派である日本国総理大臣としては油断出来ない話であったが。

 

 兎も角。

 政治指向としては問題児であっても能力も相応に高い為、総理大臣に首輪を嵌められて使われている外務省大臣補佐官は、その政治的指向からNERVの保有するエヴァンゲリオンが強力過ぎる事が問題であると考えているのだった。

 日本国内に日本政府以上の(ミリタリーパワー)を持つ相手が存在するなど宜しくないと言う、正に感情であった。

 しかも、NERVの管理下に無いエヴァンゲリオンも日本の管理下には入らないのだ。

 この類の人間が感情的にならない筈がない。

 そんな条件が揃ってしまっていた。

 

「この光景こそ、NERVの持つ驕りの表れだ」

 

 エヴァンゲリオンと言う決戦兵器を10機も揃え、自分たちの権力を誇示している。

 そう喚いている。

 加持リョウジは肩を竦めて返事とした。

 そんなにNERVは傲慢じゃありませんよ、と。

 

「10機の中でNERV本部管理下にあるのは6機だけですし。ま、今回、ここまで派手にヤる理由だって、世界の人達に対するアピールだって企画書に書いてますよ」

 

 NERVの予算は国連安全保障理事会でも審議される。

 特に額の大きい場合には、監査が行われ問題が無い事の確認をした上で決済される。

 NERVが何らかの政治的意図(スケベ心)を入れた企画をしたならば、その審議の段階で修正を命令すれば良いのだ。

 それだけの権限を国連安全保障理事会は有しているのだから。

 そもそも、今回の合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は国連安全保障理事会の命令から始まった祭り(祀り)なのだ。

 NERV側として、開催に対する意欲など欠片も無い所か、第15使徒戦を理由に延期では無く中止したかったというのが本音だった。

 少なくともNERV内部に居る加持リョウジは、その空気を存分に理解していた。

 

「君は誰の味方だ! 加持リョウジ()()()()()()()()!!」

 

 飄々とした加持リョウジに、思わずといった塩梅で声を荒げる外務省大臣補佐官。

 加持リョウジの本業、その1つである日本国内務省の工作員(スパイ)であるのにと言う。

 この部屋が()()()()()()()と言われていたとは言え、そもそもNERVの影響下にある施設なのだ。

 何とも迂闊な行為と言えるだろう。

 ま、一事が万事でこの調子(マヌケ)だから、国粋主義が日本で主流になる事はないのだろう。

 そんな内心をおくびにも出す事無く、NERV特殊監査局スタッフ(ダブルスパイ)としての加持リョウジは慇懃に頭を下げた。

 全ての発言は記録されている。

 それがNERV総司令官たる碇ゲンドウの()となるのだ。

 

「私は日本の、日本の利益の味方ですよ」

 

「………ならば何故、あのエヴァのパイロットを日本に引き抜こうとしない! あの2名こそがNERVの権威を支えているではないかっ!!」

 

 2名のパイロット。

 適格者(チルドレン)

 即ち、NERVエヴァンゲリオン戦闘団第1小隊(エースオブエース)たる碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの事であった。

 とは言え、この外務省大臣補佐官にはシンジとアスカの個人情報の詳細は与えられてはいなかったが。

 

「両名共に我が国と縁が深いと言う。ならば何とでもなる筈ではないか」

 

 なんとかしろ、と言外に言う外務省大臣補佐官。

 政治家(お山の大将気質)らしい態度と言えるが、その程度の腹芸にもならない含み(要求)など加持リョウジにとって相手にするまでも無い事であった。

 内心で嘲笑しつつ、だが表面的には慇懃な態度を崩さずに答える。

 

「仰る事は判りますけどね。とは言え(内務省)からの指示がありませんと何とも」

 

「そこを融通を利かすのが有能な人間と言うモノではないのか。君は同期で一番の有望株だと聞いているぞ」

 

「評価は有難いのですが、何分にも私も宮仕えですから」

 

「………だから出せるのはこの写真が精一杯だと?」

 

 顎でテーブルを指す外務省大臣補佐官。

 そこに在るのは、隠し撮り風に荒く加工された人物写真だ。

 無論、シンジとアスカの。

 とは言え判るのは男の子は短髪で、女の子は長髪と言う程度。

 白黒なのだから念が入っている。

 それぞれが01と02と描かれたプラグスーツを着ているからこそ誰であるかは判るが、だがシンジとアスカを知らぬ人間には判り兼ねる。

 そういう写真だった。

 

「NERVの防諜能力は決して侮れませんから。持ち出せたのはこの1枚だけです」

 

「持って帰っても良いな?」

 

「出来ればご勘弁頂きたい所ですが__ 」

 

「私は日本の衆議院議員であり、外務省大臣補佐官でもあるのだぞ」

 

「まだ内務省にも送る事の出来ていない奴ですので、ええ」

 

 恐縮すると言った風に言う加持リョウジ。

 だが実際の話としてシンジとアスカの個人情報は、NERVと関係の深い防衛省(戦略自衛隊)経由で極秘裏に内務省にも通達されていた。

 エヴァンゲリオンが第3新東京市の域外で運用した際、万が一に機体が撃破され、適格者(チルドレン)が脱出した際には捜索活動で協力を要請せねばならないからである。

 

「構わんだろ。私が責任をもって届ける」

 

「仕方ありませんな」

 

 渋々っといった態で受け入れる加持リョウジ。

 ある意味で外務省大臣補佐官は良い道化であると言えた。

 

「で、だ。この2人、どちらかでも良いが日本に引き入れる事は本当に難しいのか?」

 

 後生大事にといった仕草で、ハンカチに包んでポケットに仕舞いながら、外務省大臣補佐官は先の話を蒸し返した。

 シンジとアスカの移籍。

 誠にもって馬鹿馬鹿しい話だった。

 最優の、使徒を最も撃破して来た2人。

 だが、だからこそ政治はNERVから離す事を許さない ―― その事を理解できていないのだから。

 

 デジタル演習での対抗戦(ゲーム)で、他の適格者(チルドレン)の操るエヴァンゲリオンを赤子の手をひねるかの如く叩きのめしていく紫の剣鬼(エヴァンゲリオン初号機)赤い戦姫(エヴァンゲリオン弐号機)

 余りにも強い2人であるが故に、国連直轄のNERVから、何処かの安全保障会議理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)影響下に入るなどあり得なかった。

 アメリカの影響が強いアメリカNERVにせよ、ヨーロッパ各国の影響が強いエウロペアNERVにせよ、日本や中国の影響力が強いユーラシアNERVにせよ、2人しか居ないのだ。

 その配置で納得も同意も取れる筈が無かった。

 NERVの、国連と言うどの国からも建前として等距離である組織に居る事が強いられる立場とも言えた。

 

 エヴァンゲリオンと言う国際関係(パワーバランス)を乱す存在の、更に力関係をぶち壊すイカサマ(ルールブレイカー)がシンジとアスカなのだ。

 ある意味で当然の話であった。

 その程度の政治が理解出来ない外務省大臣補佐官は、そして国粋主義者の派閥は、その程度の相手と言う事であった。

 

「そちらは、ええ。正直、この使徒との戦争が終わってからではないと、何とも無理な話だと思いますよ」

 

「君、有能かもしれんが愛国心が不足しておらんかね?」

 

「いやはや、私なりに故郷は愛しているんですけどね」

 

「なら、努力不足だな」

 

 何とも傲慢な態度の外務省大臣補佐官、さて何と答えようかと加持リョウジが内心で首を捻った頃、丁度、携帯電話が時間を知らせた。

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の開催準備時間だ。

 

「失礼」

 

 電話でNERVの来賓(VIP)管制室に確認をする。

 答えは移動をお願いしますとの事であった。

 

「準備も終わっているみたいですので、移動をお願いします補佐官殿」

 

 馬鹿馬鹿しい会話を打ち切る事の喜びを隠し、加持リョウジは慇懃に頭を下げるのであった。

 

 

 

 

 

 元々は会議室と思しき、広い第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)用の待機室は、持ち込まれたソファその他のインテリアによってそれなりの快適さとなっていた。

 最も、晴れの舞台と言う事で着こんでいる礼装の窮屈さが、気楽とまでは言わせなかったが。

 基本的なデザインはNERVの適格者(チルドレン)向けと同じであったが、此方が黒を基調としているのに対し、灰色(フィールドグレイ)を基調としていた。

 NERVとは違う(国連安全保障理事会直接管理)と言う事のアピールと言えた。

 尚、徽章なども全員、エヴァンゲリオン搭乗員徽章だけは縫い付けているが、それ以上のモノ ―― 例えば搭乗(エヴァンゲリオン)空挺徽章と言ったモノを付けている猛者は居なかった。

 勿論ながらも歩兵課程修了者用飾緒や飾緒付射撃優等徽章も無い。

 勲章も無い。

 先ずはエヴァンゲリオンに乗れる事。

 エヴァンゲリオンに慣れる事。

 それだけを目的として促成されているからだ。

 とは言え徽章以外のモノを付けている子ども(チルドレン)も居た。

 第13使徒戦役と刺繍された参戦章(リボン)を袖に縫い付け、そして名誉戦傷章(Purple Heart)もぶら下げて居る。

 相田ケンスケだ。

 紛う事無き実戦経験者の証と言えるだろう。

 この部屋に居る29名の子ども達(チルドレン)にあってただ1人だけであった。

 最終的に31名が選ばれた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン搭乗員。

 その中で唯一の実戦経験者の為、2人の元適格者候補生(リザーブ・チルドレン) ―― エヴァンゲリオン開発チームからの移籍組であると並んで一目置かれていた。

 とは言え、当の本人は痛い思いをしただけと笑っていたが。

 

 

「何も出来なかったのに、痛いだけだったんだぜ? これで尊敬されるって言われてもジョークかよってしか思えないよ」

 

 格好つけた(厨二病めいた)仕草で、指先で名誉戦傷章(Purple Heart)を触る相田ケンスケに、ヨナ・サリムは肩を竦めて返事としていた。

 紙コップの珈琲を飲み、そして返す。

 

Still, it's a track record(だが、実績は実績さ)

 

 褒められる事を喜ばない必要は無いと言うのが、素直なヨナ・サリムの感想だった。

 評価されると言う事は給料に関わる。

 給料が上がれば、故郷への仕送り額も増やせる。

 誠にもって素直な少年の感想であった。

 

I know too(判ってるさ)、でも___ 」

 

 もう少し、派手に使徒を倒したりして褒められたい。

 口には出せない相田ケンスケの本音だった。

 第13使徒に乗っ取られ、エヴァンゲリオンとの闘いも経験した。

 戦う事の恐ろしさを知った。

 だが、だからといって憧れが消える訳じゃない。

 立派になりたいと言う思いが消える訳でもない。

 此方も又、素直な少年らしい気持ちであった。

 だからこそ、大人たちから暗に勧められた傷病による退役と言う道を選ばず、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)となる事を選んでいたのだ。

 

 とそんな2人の所へと霧島マナがやってきた。

 一分の隙も無い位に身だしなみを整えている。

 

どう?(ドヤァ)

 

 制帽(ベレー帽)の角度にすらゆるみが無い、そんな完璧な格好は先ほどまでの時間を全て鏡の前で確認に費やしていた結果だった。

 

I'm doing my best(本気だね)

 

「あ、うん、agree(マジだな)

 

 微妙な顔で頷き合う相田ケンスケとヨナ・サリム。

 さもありなん。

 そこまで本気で身だしなみに気を配った理由が()なのだから。

 第1目標がシンジ(3rd チルドレン)、第2目標はリー・ストライクバーグ(7th チルドレン)と公言していた。

 曰く、いい男をゲットしようとするのは乙女の本能なのだと言う。

 

 相田ケンスケなどから見れば、NERVドイツ支部での一件(公衆面前でのシンジとアスカの熱烈キッス)を見ているのに、よくもまあ言えるものだと感心する程の元気(バイタリティ)であった。

 

「リー君は兎も角、サード君は久しぶり。この一瞬をもって私は刻み込まなければならないのよ!」

 

「が、頑張れ?」

 

 無理だと思うけども、と言う言葉を飲み込みながら相田ケンスケは頷いていた。

 

 

 

 

 

 適格者(チルドレン)用待機室。

 立場の差と言う訳では無いが、別の待機室が用意されていた。

 とは言え内装などに差はない。

 同じ位の広さと調度。

 違いは人口密度だろう。

 正規の適格者(チルドレン) ―― NERVエヴァンゲリオン戦闘団の6人に補助役の洞木ヒカリ、それにリー・ストライクバーグとマリィ・ビンセントの9人だけなのだから。

 元は適格者候補生(リザーブ・チルドレン)であった2人だが、今回の合同祭(TokyoⅢ-Record2015)に合わせる形で適格者(チルドレン)として認められ、この場に列席しているのだ。

 7番目の適格者(7th チルドレン)としてのリー・ストライクバーグ。

 8番目の適格者(8th チルドレン)としてのマリィ・ビンセント。

 エヴァンゲリオンの開発と建造と言う、言わば裏方であったがその功績は大であるが為、この際に表にだして称揚しようと言う話になったのだ。

 胸には、作戦経験は無くともエヴァンゲリオンとNERVを支えたと言う事で特例と言う形で3等勇功章(Bronze Star)、そして防衛功労勲章(DMSM)が下げられている。

 3等勇功章(Bronze Star)の授与に関してはややこじつけめいた部分もあったが、同時に2人の献身あればこそ、第2次E計画によるエヴァンゲリオンの整備は順調に進んだ側面がある為、国連安全保障理事会が授与を定めていたのだ。

 尚、今後の配置に関して言えば機動展開部隊であり、それぞれの元からの配置であるNERVアメリカ支部(アメリカNERV)NERVドイツ支部(エウロペアNERV)に所属し、今後も技術開発を主任務とするとの事であった。

 

 そんな8人の部屋は、新しい顔合わせと言う部分からの探る様な距離感があっても、それなりの騒がしさがあった。

 コミュニケーション能力と言う意味で強者と言って良い鈴原トウジがおり、そしてそれぞれにそれなりの面識があったからだった。

 新任と言って良い鈴原トウジと製造されたばかりのマリ・イラストリアスは兎も角、シンジやアスカ、そして綾波レイも直接では無いにせよエヴァンゲリオンの開発時に電話にて会話した事があったのだ。

 尚、渚カヲルは初対面の側だった。

 本人曰くの、NERVドイツ支部の秘蔵っ子だったから、と。

 

「スカしてるのよね」

 

 微妙な(鼻の穴を開いた様な)顔をアスカがすれば、マリィ・ビンセントも顔を寄せる。

 

Pompous(尊大って事)?」

 

Das ist richtig(そういう事ね)

 

 アスカは英語が出来ない訳ではない。

 マリィ・ビンセントはドイツ語が出来ない訳ではない。

 だが、何となく意地を張っていた。

 昔からの知り合いと言う甘えもあったが、何よりアスカにとってはシンジがマリィ・ビンセントに割と親し気に挨拶をして見えたのが気に障っていた。

 シンジからすればNERVイギリス支部で顔を合わせた相手と言う程度であったが、恋する乙女と言う事であろう。

 尚、マリィ・ビンセントからすれば、NERVの公用語は英語なのでドイツ語に合せて堪るかと言う、何と言うか微妙に稚気めいた英国人心の発露であった。 

 そんな、英語とドイツ語が入り混じった(チャンポンな)会話を聞きながら、綾波レイは興味深いと言う顔で紅茶を飲んでいた。

 隙を見れば膝枕を強請って来るマリ・イラストリアスが、横にならぬ様に注意しながらであった。

 尚、特別枠(鈴原トウジの介助役)で居る洞木ヒカリは、アスカも元気が出て良かったと云う安堵と共に、此方は緑茶を楽しんでいた。

 

 

 対して男衆。

 此方は声を潜めた鈴原トウジがシンジを詰問していた。

 

「センセ、嫁はんを実家に連れてったんや、進展したんやな!? Aはやっとるって聞いたが、Bまで行ったんか! それともCまでもかっ!?」

 

 声は小さいが目の色が違う。

 ()春の色に染まっている。

 嗚呼、思春期だ。

 シンジはその勢いに圧され、思わず両手を前に出す。

 防護の姿勢だ。

 

ないな(何だよいきなり)!?」

 

「声が大きいわっ!!」

 

なんち(何だよ本当に)!?」

 

 誠にもって子どもな(年齢相応めいた)2人の会話をニコニコと見ている渚カヲル。

 そしてリー・ストライクバーグは、武名を轟かせている(暴力の化身めいて見られている)シンジの意外な姿に驚いていた。

 

Were you surprised(驚いたかい)?」

 

Was surprised(吃驚したよ)

 

「何を気取っとるんや!?」

 

「はははははっ、僕はそこにあるだけで気取って見えるのさ」

 

「わ、今日のはウザッ」

 

 バカ話。

 バカな男の子の会話。

 いつの間にかリー・ストライクバーグも巻き込まれていた。

 めいめいが、のんびりと時間を待っていた。

 

 

 

 

 

 NERV本部地下施設、第一発令所。

 NERV本部の中枢と言って良い其処に、緩みは無かった。

 誰もが真剣であった。

 

「第1索敵ラインの情報に異常は無いか」

 

「ありません」

 

「レーダーは?」

 

「綺麗なままです」

 

 打てば響くと返って来るやりとり。

 重圧に耐え、背筋を伸ばして中央に立っているのは日向マコトであった。

 作戦第1課の序列第3位として、今、NERV本部の指揮系統を預かっているのだった。

 これ程までに緊張している理由は前例であった。

 或いはジンクスとも言える。

 今までNERVが関連する形で行ったイベントは、その悉くで使徒が出て来たと言う。

 馬鹿馬鹿しい話ではあったが、決して無視出来る話でも無かった。

 だからこそNERV本部は真剣に使徒の接近に注意しているのだ。

 

「目視部隊との連絡に齟齬は無いな」

 

「確認実施します…………31カ所の全てから返事が入りました」

 

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は、全ての内容が滞りなく終われば、懇親会も含めて6時間だ。

 長いとも言える。

 短いとも言える。

 日向マコトは、この3時間に全てを掛けるが如く集中する意気であった。

 敬愛する葛城ミサトに任されたのだから、と。

 日向マコトにとって人生で最も長く感じる6時間が始まる。

 

 

 

 

 

 




2023.09.17 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-2

+

 様々な思惑、願い、そして欲望などが入り混じった合同祭(TokyoⅢ-Record2015)であったが、内容自体は問題など欠片も無く進行していった。

 死者行方不明者の名前を読み上げ、哀悼を捧げた。

 そして使徒との戦いに於いて献身した人間が呼ばれて表彰される。

 避難誘導その他で献身した民間人(ボランティア)

 政府機関関係者。

 国連統合軍(UN-JF)、NERV派遣部隊関係者。

 日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)支援機(ジェットアローン)関連部門。

 NERV関係者。

 そして子ども達(チルドレン)

 全員が等しく表彰されていく。

 誰もが人類の英雄であると称えられていく。

 だが一番に拍手と歓声が挙がったのは、言うまでも無く碇シンジと惣流アスカ・ラングレーへの勲章の授与であった。

 事実上、たった2人でエヴァンゲリオン3号機以降のエヴァンゲリオンと適格者(チルドレン)が来るまで最前線で闘い、傷つき、それでも尚も退かなかった英雄なのだ。

 当然の反応と言えた。

 子ども達(チルドレン)とは更に特別な枠として名が呼ばれ、NERVを管理する国連安全保障理事会人類補完委員会の委員長であるキール・ローレンツの手で、礼装に勲章が付けられる。

 勲章は殊勲十字章(DSC)

 国連軍にあって事実上の最上位と言って良い勲章であった。

 事前に知らされていなかったアスカは、鯱張った姿勢こそ崩さないものの、自らの胸に輝く殊勲十字章(DSC)に理解出来ないとばかりに目を白黒とさせていた。

 正規の軍籍(階級)を持つ為、その意味を理解しているからだ。

 対してシンジ。

 正規の軍人としての教育を受けていない為、与えられたモノがどの様なモノかと判らぬ為に自然体の、平素な顔をしていた。

 そんな変装(カモフラージュ)をしていても判る、シンジとアスカの対照的な表情に、観衆は好意的な笑みを浮かべるのであった。

 キール・ローレンツすら、好々爺めいた笑みを浮かべていた。

 それは正に儀式(セレモニー)であった。

 

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は粛々と進行していく。

 

 荘厳な空気。

 呆れる程の快晴と日差し。

 多くの列席者は、テントの下に座っているお陰で凶悪な程の暑さを感じる事は無かったが、主賓向けのステージ上は違っていた。

 特設の壁と屋根が用意されてはいたが、列席者向けのテントによる照り返しが、その効果を無効化していた。

 

「暑いわね」

 

 表情を崩す事無く、小声で愚痴を零すアスカ。

 隣のシンジも首を動かす事無く同意する。

 

「暑いよね」

 

 メイクが落ちそうな勢いで汗が出ているアスカ。

 如何に軍隊式に鍛えられていたとは言え、元は常冬のヨーロッパ育ちなのだ。

 常夏の日本で外に、夏用とは言え厚手な上着の第1ボタンまで締めて居続けると言うのは辛さがあった。

 現在、合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は始まって2時間が経過している。

 懇親会(立食パーティー)の2時間を差っ引いても、まだ半分と言う所であり、拷問めいたモノをアスカは感じていた。

 そして、辛さはシンジも同じだった。

 常夏の日本で、更に暑い九州南端育ちとは言え、運動であれば適時水を飲めるし、休息も出来る。

 そもそも、過度に暑い場合には冷所に逃げる様にしていたのだ。

 微動だにせず耐えると言うのは中々に辛いものがあった。

 

「逃げたいわね」

 

「だよね」

 

 背筋を伸ばしたまま、器用に嘆息を零す2人。

 そんな2人の周囲には誰も居なかった。

 適格者(チルドレン)席と言う事で9人いたにも関わらず、残っているのはシンジとアスカだけだった。

 最初に脱落したのはマリ・イラストリアスだ。

 小さい身体だから体調不良になったのは仕方が無い。

 そのマリ・イラストリアスを、仲が良い(同じ支部所属だ)からとリー・ストライクバーグが抱き上げて舞台袖に下がった。

 次に鈴原トウジが、洞木ヒカリに車いすを押されて退場した。

 偽装として付けていた義足が、直射日光で熱を帯びて大変な事に成りかけたから仕方が無い。

 そして体を鍛えていたとは言い難いマリィ・ビンセントと綾波レイが相次いで脱落した。

 ある意味でDrストップだった。

 そんな2人を優しく介抱しながら舞台袖に連れて行ったのが渚カヲル。

 

 気が付けばシンジとアスカだけが居た。

 鈴原トウジや女子陣は兎も角、リー・ストライクバーグと渚カヲルは宜しくやりやがった(逃げやがった)と怨嗟の気持ちを腹に沈めて耐えるのだった。

 

「終わったらビール」

 

「それ位はご褒美欲しいよね」

 

 必死になって頷くのを我慢し合う2人。

 実は最近、禁酒令が出されていたのだ。

 無論、出したのは子どもの守護者(作戦局支援第1課課長)天木ミツキだ。

 渚カヲルやマリ・イラストリアスなどの新規編入組の生活状況を管理する上で、シンジ達も抜き打ちで生活環境が調査された結果だった。

 シンジとアスカの快癒(第3東京市復帰)歓迎会で飲んでいた所に踏み込まれ、現場を抑えられてしまえば誤魔化す事は出来なかった。

 保護者役の葛城ミサトと赤木リツコ、余波で加持リョウジまで怒られて始末書と厳重注意となっていた。

 尚、伊吹マヤと青葉シゲルに関しては、3人が責任を取ったお陰で叱責と反省文で終わっていた。

 上役がやってれば止めづらいと言う点と、そもそも巻き込まれているだけと言うのが考慮されての微罪扱いであった。

 

 兎も角。

 葛城ミサトらが営々とシンジの家に蓄積していたビールや発泡酒、サワーの段ボール箱は撤去(没収)させられていた為、シンジとアスカにくすねて飲むと言う選択肢が消えていた。

 別段に2人ともアルコールへの嗜好が強いと言う訳ではないのだが、暑く喉が乾いた時の選択肢として、甘くない、切れ味の良い炭酸飲料というものは良いと、味を覚えてしまっていたのだ。

 

「キンキンに冷えたのを一気に飲むって想像したら__ 」

 

「止めてよアスカ。生唾を呑んだよ」

 

「シュワシュワで、甘くないのが重要よね」

 

「でも、精々がジンジャーエールだよ」

 

「………バカシンジ、夢を壊さないでよね」

 

 正面から視線をずらす事無く、そして口を余り開く事無くグダグダと会話する2人。

 暑さから頭が茹っている様子であった。

 キンキンに冷えたビールが飲みたい。

 この暑い日差しの下でそう思ってしまう程に、何とも()()()とも言えた。

 周囲の大人たちが危惧した方向(性愛の暴走方面)とは違う所で、少しばかり駄目な所のある2人だった。

 尚、次善の手段と言えるノンアルコールビールであったが、美味しくない、不自然な味だと2人は拒否していた。

 困ったお子様2人であった。

 

 そんな内面のおくびにも出さず、じっと背筋を伸ばしているシンジとアスカ。

 尚、舞台の中央を挟んだ反対側に居る第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の状況も酷いものであった。

 7割もの人間が脱落しているのだから。

 もはや非常時とばかりに子ども達を舞台から袖に退かせても良い筈なのだが、如何せんにも演台に立つ国連事務総長が自画自賛、そしてNERVと子ども達(チルドレン)への称賛に酔った演説を延々と行っている途中であるのだ。

 天木ミツキを筆頭とした大人たちも、舞台の袖から休憩の(タイミング)を窺っていたが出来かねていた。

 一般の来客者たちすら、櫛の歯が欠ける様に脱落していく子ども達(チルドレン)に休憩をした方が良いのではとハラハラとしたモノを思わせる有様であった。

 だが、止まらない。

 何故なら、演説をしている国連事務総長はアフリカ出身であったからだ。

 その出自故に暑さには大変に強くあったが為、演説に熱中して周りの状況を読めていないのだ。

 何とも言い難い状況は、その後も20分も続く事となるのだった。

 

 死屍累々といった塩梅になった子ども達(チルドレン)

 最終的に耐えられたのはシンジとアスカを含めて11名であり、全員が全員とも何らかの経験者であった。

 後に、国連軍などで従軍経験のあるNERVスタッフは、この11人を促成では無い(Real Children)と評していた。

 尤も、上手く逃げた子ども達も居るのだから、それが全ての評価となる訳ではない。

 訳ではないのだが、見る上での一つの評価軸とはなるのだった。

 

 

『途中ではありますが、ここで合同祭(TokyoⅢ-Record2015)は一旦休憩と致します。Attention please(ご傾聴願います).This TokyoⅢ-Record2015(本合同祭は) Enter a temporary break(臨時の休憩時間となります)

 

 国連事務総長の演説後、司会進行役は途中休憩を宣言していた。

 補水とトイレ休憩だ。

 尚、そつの無いNERV広報部の人間は、近所のスーパーから急いで買って来たお茶のペットボトルを配っていた。

 良く冷えたソレは甘露めいており、列席した人々からのNERVへの好感度に直結するのであった。

 同時に、国連事務総長の評価は劇的に低下する事になるのだった。

 現時点で使徒に唯一抗戦可能なエヴァンゲリオン、それを操る適格者(チルドレン)は、人類の存続に直結するのだ。

 その子ども達(チルドレン)の安全性を無視したかの様な演説をしたのだ。

 評価が下がるのも仕方のない話であった。

 

 舞台から降りた子ども達(チルドレン)は、先ず真っ先に医療室に案内され、医療スタッフが体調を確認していく。

 シンジやアスカも含めて体調を崩してはいなくとも全員が軽い脱水症状になっていた為、この後の合同祭(TokyoⅢ-Record2015)への参加は禁止(Drストップ)と相成った。

 そして、礼装を脱いで、支給された気楽な院内服を着て待機室で過ごす事となった。

 夏用として薄手の、風通しの良い素材で出来ていた礼装であるが、日差しの下で2時間から居たのだ。

 懇親会(レセプション)への参加もせずに良いと言う事となった為、めいめいが気楽に過ごす事となる。

 ある意味、子ども達(チルドレン)の懇親会と相成っていた。

 シンジとアスカも人気なのだが、最初の適格者(1st チルドレン)たる綾波レイやミステリアスな雰囲気のある渚カヲルも人気であったし、一番に子どもっぽい外見をしたマリ・イラストリアスも人に囲まれていた。

 見ず知らずの人間に囲まれたマリ・イラストリアスはヒシッとばかりに綾波レイに抱き着いており、それが益々もって囲む子ども達を盛り上げさせていた。

 とても可愛い仕草なのだ。

 当然の話であった。

 とは言え、頼られている綾波レイも、この様に(アイドルめいて)囲まれるのは初体験であった為、何と言うか、腰が引けていた。

 

「渚君_ 」

 

 故に、相方を呼ぶのだった。

 1番に仲が良いアスカはシンジと一緒に囲まれて、しかも一番の重包囲状態なので無理。

 2番目な洞木ヒカリも居るが、流石にこの場では一歩下がっている。

 それで鈴原トウジと2択となれば、綾波レイにとってソレは選択肢とはなり得なかった。

 

「ん、どうした?」

 

 綾波レイの周りの女子陣が更に大きな声を挙げた。

 コーカソイド系めいていて、常に笑みを浮かべている渚カヲルは、文字通りのアイドルめいていた。

 歓声はシンジよりも大きい。

 これはシンジが、NERVドイツ支部での()()()によって、常であれば柔らかな雰囲気であっても、その本質的な部分は戦歴相応のモノ(圧倒的な武/暴力の権化)であると知れている事が大きかった。

 後、大多数の女の子にとっては売約済み(常に隣にアスカが居る)という事も大きかった。

 

 盛り上がっている待機室。

 その歓声は隣に設けられた休息室にも届いていた。

 体調不良となった子ども達(チルドレン)を寝かせておく場所だ。

 隣りに用意された理由は、警護の為である。

 シンジ達適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が同じ部屋となっているのも警護の為である。

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の流れが変わってしまった為、不規則な人の移動が発生するリスクが考えられていたのだ。

 実際、報道関係者を自称する盗撮屋(パパラッチ)が施設内に潜り込もうとして摘発されると言う事が多発していた。

 立ち入り不能と言う意味では、より厳重な地下本部(ジオフロント)への移動が望ましいのだが、残念ながらも今現在、余裕のある人間は合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の支援に駆り出されている為、移動と言う不安要素を取るべきではないと考えられた結果だった。

 NERV本部。

 それなりの数の人間が所属してはいるが、如何せん、この様な大規模イベントを運営するには人手が足りなかった。

 機密の無い事であれば外注(民間業者の利用)も出来るのだが、機密の塊であるエヴァンゲリオンがある以上、無理な話であった。

 

「大丈夫か?」

 

 ベッドに寝込んでいる霧島マナ。

 お見舞いとばかりに清涼飲料水(スポーツドリンク)のペットボトルを持って来たのは相田ケンスケだ。

 霧島マナは、差し出されたペットボトルを取って1口は飲む。

 飲むが、飲めたのはその1口だけだった。

 温くなってきた額の冷却材(アイスノン)代わりにして、再びベットに倒れ込む。

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「怠い………」

 

「お前、よく頑張ったよ」

 

 しみじみとした風に霧島マナを褒める相田ケンスケ。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)で一番キッチリと制服を着込んで、気合を入れていたのだ。

 シンジの前で無様は晒したくないとばかりに、体調が悪化しても我慢していたのだ。

 その結果が、今のベッドでのダウンであるのだから、世の中、儘ならない。

 

「煩い。褒められたいのは相田じゃ無いもの」

 

「判ってるって」

 

 不貞腐れた様に言う霧島マナ。

 それを相田ケンスケは笑って受け入れる。

 だから1つ、お見舞いとしての情報を告げる。

 

「だから、シンジの奴は囲まれ過ぎてて無理だったけどストラ(リー・ストライクバーグ)の奴には見舞いに来る様にお願いしといたぜ」

 

「うそっ!?」

 

「マジだ」

 

「馬鹿、こんなザマなのに!!」

 

「頑張った勲章だろ? 奴も、お前が頑張ってたってのを見てたからな。二つ返事だったよ」

 

 実際問題として霧島マナは体が強いとは言い難いが為、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜訓練の際に何度も体調不良になっていたのだ。

 にも拘らず、最後の方まで耐えていたのだからリー・ストライクバーグとしても見舞ってやれと言われれば、そらはもう反論する迄も無いというものだった。

 

「化粧も崩れているのに!」

 

「ま、頑張れよ。俺、他の連中の見舞いをしてくるから」

 

「馬鹿っ!!」

 

 

 

 

 

 子ども達(チルドレン)の体調不良による途中退場と言うハプニングこそあったが、大きな問題無く終わる事となった合同祭(TokyoⅢ-Record2015)

 そして懇親会(レセプションパーティー)まで無事に終了する。

 途中、国連軍関係者がシンジとアスカに挨拶がしたいと言い出し、慌てて歓談の場を用意するといった小さな出来事はあったが、こればかりは仕方が無い。

 何故なら、言い出したのがノーラ・ポリャンスキー少将を筆頭とした、シンジとアスカと共に戦った経験者だったのだ。

 そんな人々が、折角NERV本部まで来たのだからと殊勲十字章(DSC)が授与された事に敬意を払いたい等と言い出せば、NERVサイドとしては人情として抵抗する事は難しかった。

 とは言えシンジにせよアスカにせよ礼装は既に洗濯に出していた為、NERVの適格者(チルドレン)制服を着ての非公式な歓談としてであったが。

 2人の勇気と献身を褒め称え、そして殊勲十字章(DSC)の授与を祝う大人たち。

 勲章自体の価値よりも、己を見知っている人々からの混じりっけなしの敬意と称賛にシンジもアスカもこそばゆくするのであった。

 記念撮影も行われた。

 部外秘とする事を前提に、シンジもアスカも偽装(変装)をする事無く顔を晒して撮影するのだった。

 そんな微笑ましい一件(イベント)はあっても、特に問題は無く終わった。

 使徒が襲来する事も無く終わったのだ。

 

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の完全な終了、人員の通常配置への復帰完了を聞いた日向マコトは、歓声を上げた。

 

「よっしゃーっ!!」

 

 思わずといった声。

 だが第一発令所に居るスタッフ、この、延長した分も含めて8時間にも達した緊張する時間を共に過ごした人間は誰も奇異の目を向ける事は無かった。

 

「諸君! 今日の配置が終わったら飲むぞ!!」

 

「おぉっ!!!!」

 

 力強く拳を作り、天に掲げるその姿は、日頃の日向マコトとは別人めいていた。

 日向マコトの宣言後、好き勝手に飲みたい店を言い合うスタッフ達の姿を見た葛城ミサトは、この1日のストレスに思いを馳せた。

 合同祭(TokyoⅢ-Record2015)の現場に居たのも大変だったけど、コッチのストレスも凄かったのだろう、と。

 故に、今日の飲み分は部員交流費(コミュニケーション費)として作戦局として出してあげよう。

 そんな事を考えていた。

 

「けぷっ」

 

 懇親会で飲まされたビールで可愛らしく喉を鳴らしながら。

 濃密なアルコール臭を漂わせながら、自分も気楽に飲みたいと思って居た。

 尤も、上司(碇ゲンドウ)やら国連軍将官(ベタ金)やら政治家やらと歓談しながら乾杯などをして、杯を干していたのだ。

 それはもう、酔える様な話では無かった。

 

 家に帰ったら、礼装を全部脱ぎ捨てて、シャワー浴びてビールを飲みたい。

 だから、だからどうか頼むから使徒よ、今日だけは来ないでくれ。

 そんな個人的欲望のままに神に祈る(アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター)のであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-3

+

 関わる者の多くに負担を強いた合同祭(TokyoⅢ-Record2015)であったが、無事に終わる事となった。

 とは言え、関わる全てが終わった訳ではない。

 特に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、高い経費を使って世界中から集めている為、その有効活用が行われる事となった。

 即ち、エヴァンゲリオン運用の最前線であるNERV本部での訓練である。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが配備される3カ所、その内のアメリカNERVとエウロペアNERVは、共にエヴァンゲリオンの為の設備自体はあるものの、それは実験や開発の為のモノであり、実戦投入は勿論、訓練すらもそこまで考えられてはいない。

 ユーラシアNERVに至っては、建造が始まったばかりと言うのが実状であった。

 この為、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを用いた実践的な訓練を経験していないのだ。

 だからこそ、今回のNERV本部への派遣は良い機会となっていた。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、既に実戦投入されているエヴァンゲリオンと異なる部分が多いものの、その運用設備に関しては共有できる様に配慮して設計されている。

 この為、NERV本部の設備を利用して、将来的な、実戦を想定した搭乗訓練や、輸送機への搭載訓練などが行えるのだ。

 そしてこれは、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)のみならず、支援部隊や指揮官の訓練でもあった。

 NERV本部による大規模訓練会となる。

 

 それはもう、訓練生を受け入れる各部門は大忙しであった。

 特に技術開発局は、各NERVの公用語マニュアルの作成が、実機を使った整備訓練と並行して行われる為に地獄めいた忙しさになっていった。

 アメリカNERV関係者はまだ良い。

 使用される英語は、日本語とならぶ国連公用語である為、既に用意されているからだ。

 問題はユーラシアNERV。

 日本や中国、その他東南アジア諸国からの出向者の寄り合い所帯となるが、それぞれの国の言語が全く異なるのだ。

 悪夢めいた事になっていた。

 第7世代型有機コンピューターMAGIによる監修が行われているとは言え、最後の確認は人間が行わねばならないのだ。

 その状況の手酷さは、エウロペアNERVに居た()()フランス人スタッフが、フランス語版を要求しないと言う辺りに現れていた。

 

 兎も角。

 酷い技術開発局の状況であったが、作戦局も負けず劣らずであった。

 顔を突き合わせて出来るのだからと、対使徒戦術に於ける議論(ディスカッション)が連日連夜行われ、それに合わせた実働テストなども随時実施されているのだ。

 それだけ、使徒への警戒心と言うモノが大きくなっていた。

 更には第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の訓練までも管理するのだ。

 葛城ミサトも疲弊する(ヘロヘロになる)と言うモノであった。

 

 

「と言う訳で、2人とも、明日は宜しく」

 

 そう言って頭を下げたのは葛城ミサト。

 夕食時の事であった。

 場所は言うまでも無く碇シンジの家。

 席を同じにするのは勿論、シンジと惣流アスカ・ラングレー。

 何時もの光景だった。

 以前と違うのは、厳命めいた甘木ミツキによる碇シンジ宅への酒類持ち込み禁止令によって、手に持っているのがノンアルコールビールと言う所だろう。

 

整備班(技術開発局第2課)の活躍でデジタル訓練、予定通りやる事になったから」

 

 怨嗟めいた声でエヴァンゲリオンの管理と整備を担当する技術開発局第2課の名を口にする。

 これはシンジ達の正規型エヴァンゲリオンと第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンをMAGIによって連結し、デジタル演習を行おうと言う事であった。

 技術的な問題があって延期される可能性があった為、明日は予備日として休息をする予定とされていたのだ。

 それが流れたのだ。

 葛城ミサトが恨みとか疲れなどで微妙な顔になるのも、ある意味で仕方のない話(残当)であった。

 根が素直なために同情するシンジに対して、アスカは、半眼で葛城ミサトを見ていた。

 どうせ、事実上の禁酒令で機嫌が悪いだけでしょ、と。

 そして上手に箸を操って、揚げたての唐揚げを食べる。

 カリッとした外側と、ジューシーな内側。

 良く効いたニンニクと相まって実に美味しい。

 ()()()()()()()()()()()()()()と思う位の美味しさ、と言う事だった。

 要するにアスカは、葛城ミサトの不満を概ね推測出来たのだ。

 代わりにとばかりに炊き立ての白米を口に運ぶ。

 十分に美味しい。

 そもそもアスカ、ビールは嗜む程度であったので禁酒されてもさして辛い訳ではない。

 只、ドイツでは子どもだってビールを飲むとの理論的主張が却下されたのが腹立たしかったのだ。

 少なくともアスカにとっては、そういう理由であった。

 

「っ」

 

 緑茶で口腔内を綺麗に流し込んだアスカは、徐に口を開く。

 

「判ってるわよ。()()()()()()って事でしょ?」

 

「やり過ぎって?」

 

「アタシは上手く手加減してやれるけど、アンタはヤッちゃうって事で釘刺されてるのよ」

 

「何だよソレ」

 

「一昨日の身体訓練(スパーリング)、泣いてたじゃない」

 

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)も加わって、実戦形式で行われている格闘訓練。

 とは言え実戦 ―― 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが組み込まれる諸兵科戦闘団で要求される役割で、格闘戦闘が占める部分は低い。

 エヴァンゲリオンが主力となるNERV本部のNERVエヴァンゲリオン戦闘団と違い、基本は、他の兵科が持つ火力を使徒に叩きつける為の補助役、前線で使徒のA.Tフィールドを中和する役目であるからだ。

 故に、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに求められるのは使徒の攻撃から身を守る防御が主体であった。

 故に主武装は牽制用としてEW-22(パレットガン)の最新型であるE型。

 運用実績を基に再設計を施して強度を上げ、銃剣(バヨネット)による攻撃のみならず銃床での打撃戦も可能にしていた。

 正式名称はEW-22E(再設計型パレットガン)

 これに、EW-11C(プログレッシブダガー)よりも更に刃渡りの長いEW-11D(プログレッシブグラディウス)を装備する事とされている。

 新規にEW-11D(プログレッシブグラディウス)が開発された理由は、操縦する第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に十分な格闘戦訓練を施す事は難しい為、せめて射程距離(リーチ)が取れる様にとの考えであった。

 

 兎も角。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に要求されているのは、EW-22E(再設計型パレットガン)EW-11D(プログレッシブグラディウス)を模したウレタン製の模造武器を使った型稽古であった。

 だが昨日、それなりの格闘訓練(経験)を持っていた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の一部が、気分転換にシンジやアスカなどの先輩と模擬戦(ゲーム)がしたいと言い出したのだ。

 実に勇者(蛮勇)と言えた。

 その勇者(ぼっけモン)の名はアーロン・エルゲラ。

 アルフォンソ・アームストロングと並んで第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)で筋骨隆々との得体を持った子どもであり、そして格闘技(カポエラ)を学んでいた。

 とは言え別段にシンジを舐めていると言う訳では無く、単純に負けず嫌いな性格(他人が強いと評されていると面白く無い)と言う理由であった。

 後、ギード・ユルゲンス等を嫌っては居たが同時に、その()()を評価していたが為に、易々とシンジがぶちのめした事に興味があったと言う事が理由であった。

 ある意味で、実に年齢相応の子どもらしさと言えた。

 とは言え大人からすれば、想定外過ぎる出来事(トラブル)などたまったものではない。

 特に第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)教官役(随員)が慌てて止めに入る事となる。

 だが、シンジがアーロン・エルゲラの気分を良い心構え(ぼっけ)だと受け入れた為、試合(模擬戦)をする事となった。

 

 その試合で、シンジはアーロン・エルゲラを泣かしてしまったのだ。

 試合開始当初はウレタン製の刀と木銃での戦いとなった。

 だがアーロン・エルゲラは素手での格闘技経験はあってもこの手の武器を使った訓練は未熟であった為、リーチの差があったにも拘わらず何も出来ずに一方的に叩かれる事となる。

 ここで、これでは良くないと判断したアーロン・エルゲラは、ウレタン製の木銃を捨てて、シンジに格闘戦を挑んだのだ。

 体格の差を生かす為、寝技に持ち込もうと言う腹積もりもあった。

 実に思いっきりの良い判断であった。

 実戦を前提として、目つぶしや金的攻撃以外は全てが良いと言う交戦規則(ルール)であった事も後押ししての事だった。

 低い、腰から下を狙ったアーロン・エルゲラのタックル。

 問題は、シンジが思わず本気で迎撃したと言う事だろう。

 アーロン・エルゲラの気迫に触発されてしまったと言える。

 間髪入れずに、()()()()()()()()()()()()

 勿論、アーロン・エルゲラの顔面に突き刺さる事となる。

 多少の迎撃(ダメージ)は想定していても、流石にコレ(膝の顔面直撃)は想定外。

 派手に鼻血と涙とを流して悶絶。

 当然、審判役のNERVスタッフが慌てて間に入って止める一幕となった。

 

「あれは、うん、咄嗟だったから仕方が無いよ」

 

 頭を掻いているシンジ。

 反省はしていた。

 アーロン・エルゲラの本気な気迫に、ついつい本気になってしまったと。

 

 尤も、試合後に遺恨が残る事は無かった。

 シンジは勿論、アーロン・エルゲラも格闘技を習う際には打ち身捻挫は日常茶飯事であった為、互いに運が悪かったねと言う形での共感があったのだ。

 それを、相田ケンスケなどは蛮族感覚(バンゾク・アトモスフィア)等と笑っていた。

 

「シンジ君? あの、もう少し優しくしてあげないと駄目だってお姉さんは思うわ」

 

 戦々恐々と言った態で改めて釘を刺す葛城ミサト。

 こめかみには冷や汗が浮かんでいた。

 忙しさもあって書類での報告書は見ていたが、ほぼ流し読み状態。

 それでも結構な出来事と見ていたが、その実際はそれ以上(バイオレンス)だったと知っての事だった。

 そんな葛城ミサトの尻に乗るアスカ。

 

「先輩なんだから優しくしないと。そっ、アタシみたいに華麗にね」

 

 猫めいて(ニシシっとばかりに)笑うアスカ。

 だがシンジも黙って聞いてはいない。

 唇を尖らせて反論する。

 

「アスカだって、寝技で相手を落としちゃったじゃないか」

 

 事実だった。

 シンジとアーロン・エルゲラの試合とは別に、アスカも又、試合を挑まれていたのだ。

 当然ながらも相手は女の子。

 ディピカ・チャウデゥリーと言う、インド系らしい浅黒い肌に黒い髪と言う神秘的(オカルティズム)な雰囲気の子どもだった。

 長い髪を三つ編みにして後ろに垂らしている。

 

「あ、うん、アレはチョッと、うん」

 

 アスカも言葉を濁す。

 シンジと同様に、相手の本気に触発されての事であった。

 

 ディピカ・チャウデゥリーの実家であるチャウデゥリー家は、元はインドでも上位の家柄であったのだが大災害(セカンドインパクト)の混乱によって没落してしまっていた。

 だからこそ、アスカに戦いを挑んだのだ。

 家族に楽をさせる為、チャウデゥリー家を復興させる為、NERV総司令官の息子で実家の太いシンジを落とさねばならぬと言う気迫(バイタリティー)からの事であった。

 欲望に忠実とも言える。

 その欲望の為、シンジがアスカに失望させる為に自分が勝つ。

 勝ってやると考えていたのだ。

 原動力は欲気であっても、ロクでも無い手段を考えるのではなく、真っ向から戦いを挑む辺り、何とも気風の良い女の子と言えた。

 

 とは言え、そんな事情などアスカは知らぬし、知って居ても酌量する気はない。

 アスカとはそういう乙女であるのだ。

 挑まれた戦いは全力で立ち向かう、叩き返す。

 叩き返さねばならない。

 格闘技教官であったアーリィ・ブラストにそう教え込まれていたのだから。

 だから、仕方が無いのだ。

 如何に貧困な環境からの這い上がらんと言う獣めいた気迫を持とうとも、そもそも、10年を超える時間、使徒をブチ殺す為の心身の訓練を重ねて来たアスカの戦意、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アスカこそやり過ぎだよ。あの子、そんなに経験してなさそうだったもん」

 

「…あんっ? ……アンタ、ああいうのが好きなの?」

 

 アスカが少し、眉を曲げる。

 活舌が巻き舌めいてくる。

 ディピカ・チャウデゥリーはアスカとは方向性の違う美少女ではあった。

 白人(コーカソイド)めいた豊満な体への萌芽が見えるアスカに対し、ストンっとした体には清楚さに似た魅力があった。

 そう言えばシンジ、あんまり自分に()を出して来ないわね等と、ドロリとした粘性の高い感情を抱くアスカ。

 

「あっ、アレ、アスカさん??」

 

 同性ゆえに、アスカの感情を敏感に察知した葛城ミサトが恐る恐ると声を挙げる。

 が、丸っと無視される。

 アスカの蒼い目はシンジだけを見ている。

 シンジを貫く勢いだ。

 だが、シンジは気づかない。

 美味しそうに自分の作った唐揚げをほおばりつつ、何でも無い事の様に返す。

 

「ま、他人の好みなんてそれぞれだしね」

 

「………アンタの好みは?」

 

「ゑ、それ、言わないと駄目?」

 

「是非、聞きたいわね」

 

 一触即発めいた雰囲気。

 室温が一気に10度から下がった気分になる葛城ミサト。

 或いはいきなり地雷原に放り込まれた気分だ。

 

 だが、そんな外野を無視して、シンジはある種の天真爛漫な笑顔で答えを返す。

 

「アスカだよ」

 

 チョッピリとシンジの耳元が赤いのはご愛敬。

 そして100点満点の回答に、アスカの白磁の肌は真っ赤に染まった。

 

「あ…………アリガト」

 

 

 

 

 

「どう思うリツコ!!!!」

 

 翌日、憤懣やるかたないとばかりな態度を赤木リツコ(マブ)にぶつける葛城ミサト。

 とは言え赤木リツコの反応は、行くのが悪いと言うモノであった。

 

「新婚家庭にお邪魔すれば、それはお邪魔虫になった気分になるのも当然だわ」

 

「し、新婚じゃ無いし! 後、シンジ君の唐揚げって美味しいし!!」

 

「無粋ね」

 

「んっ」

 

 口では絶対に勝てない事を改めて理解した葛城ミサトは、手元のまだ熱い珈琲を一気飲みすると紙コップをゴミ箱に投げていた。

 それから気分を変える為に、目の前の現実を見る。

 2人が居るのはデジタル演習の管制室、そのやや後方であった。

 適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の操るエヴァンゲリオンがぶつかっている様が見える。

 今は、エヴァンゲリオン8号機が2機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンと戦っている。

 無論、戦闘状況は一方的だ。

 エヴァンゲリオンであってエヴァンゲリオンではない。

 そんな獣めいた戦い方をするエヴァンゲリオン8号機に、ひたすら翻弄されていた。

 

「そう言えばリツコ」

 

「何かしら?」

 

「何でエバー108(エヴァンゲリオン8号機)のアレ、群狼戦闘能力(ウルフパック)って言うの?」

 

「はっ?」

 

「いや、だって群狼って言うけど、1機だけじゃない」

 

「ああ、そういう事ね。そこは前に葉月博士に聞いたけど、どうにも、元は別の形だったみたいなのよね。8号機に付与する能力。その時に立案されたシステムを流用しているから、そのままの名前らしいわ」

 

「と言うと?」

 

「文字通りの群狼、数で使徒を圧倒しようと言うコンセプトだったらしいわ。8号機を指揮管制機として、その下に簡易量産型のエヴァンゲリオンをサブユニットとして配置する。そういう構想だったみたいよ」

 

「………ちなみに、その簡易量産型エバーって何機くらい作る積りだったの?」

 

 恐る恐ると尋ねる葛城ミサト。

 赤木リツコは良い笑顔で答えた。

 

「9機を予定してたらしいわ」

 

「馬鹿じゃないの!?」

 

 今現在、NERVが四苦八苦しながら建造を進めている第2期量産型(セカンドシリーズ)と同じ数のエヴァンゲリオンを、1機のエヴァンゲリオンの支援機として建造しようと言うのだ。

 実に頭のネジが跳んでいる話であった。

 思わず大声を出す葛城ミサト。

 管制室の目が一気に集まった。

 誰もが無言。

 機器類の立てる音だけが響いている。

 が、声を出したのが葛城ミサトと知って誰もが、作業に意識を戻すのだった。

 戦闘時の指揮の突破力に相応しい突飛さがある。

 そんな評価が付いているからであった。

 

 とは言え、相方である赤木リツコはそこまで太い神経をしていない。

 慌てて葛城ミサトを連れて後ろ、自分の専用席(技術開発局局長席)にまで下がる。

 

「ゴミン」

 

「貴女ねっ!!」

 

 流石に怒りの声を挙げる赤木リツコ。

 とは言え、この程度でキレる様な人間であれば、葛城ミサトと10年来の友人などやっては居られない。

 溜息1つで怒りを吐き捨てる。

 そもそも、葛城ミサトが怒る理由には赤木リツコとて実に同意する気分であったのだから。

 

「取り合えず、見事に潰れたらしいわ、簡易量産型」

 

「それはオメデタイわね。アメリカ人って馬鹿?」

 

「余り否定する事は出来ないわね。そうね、コレを見て」

 

 自分のパソコン、そのE-08と名前の付けられたフォルダを開く。

 エヴァンゲリオン8号機の資料関連が全て入っているのだ。

 その中でも群狼戦闘能力(ウルフパック)と書かれた資料を選んで開く。

 

「コンセプト的には第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンよりも更に簡易的ね。操縦者すら特別とする予定だったみたいよ」

 

 第1級機密資格(GradeⅠ Access-Pass)持ちの人間にのみ閲覧を許される資料には、作られた適格者(ビメイダー)たるマリの量産型を配置するとされていた。

 又、(スーパー・ソレノイド)機関を搭載し、その出力によって実験室レベルで成功している可変装甲(モーフィング・アーマー)を流用した飛行翼を搭載する事が考えられていた。

 副次効果として、使徒めいた回復力が得られるとも計算されてもいた。

 何とも空恐ろしい能力を持った、エヴァンゲリオン8号機の支援システムとしての簡易量産型エヴァンゲリオンであった。

 暴走を警戒して重火器の類は搭載される事は無いとしていたが、半永久に稼働できる、ほぼ無限に回復できるのだ。

 白兵戦能力だけで十分に脅威であると言えた。

 ()()()()()()()()()

 

 建造費用を低減させる為か、のっぺりとした外観である簡易量産型エヴァンゲリオン。

 頭部すら無い。

 

「頭っていうかセンサー部が見えないわね」

 

 完成予想図を見て眉を顰める葛城ミサト。

 少なくとも人間的な意味での頭部と言うモノは無かった。

 前向きのカバーめいたナニカ、円錐の突起的なものが前に伸びてはいる。

 

「一応、それが頭部になっているわ」

 

「センサーとかは?」

 

「情報システム、人間の搭載を考えていないから特殊だって事らしいわ」

 

「へー」

 

「で、この形が狼っぽいから、群狼戦闘能力(ウルフパック)だったらしいわ」

 

「狼? どっちかと言うとウナギじゃない」

 

「そうね。否定しないわ」

 

 笑い合う2人。

 ひとしきり笑った後、葛城ミサトは確認する。

 

「無理だったわけね、コレ」

 

「そうよ。マリの、こういう言い方は嫌になる表現だけど量産に失敗した事、それに(スーパー・ソレノイド)機関の実用化が遅れていると言う事で頓挫したわ」

 

「マリの、人為的適格者の方は兎も角、(スーパー・ソレノイド)機関と回復力は実現して欲しいわね」

 

「飛行の方は?」

 

「エバー101(エヴァンゲリオン初号機)102(エヴァンゲリオン弐号機)に実装したアレで十分でしょ」

 

「そうね」

 

 それは技術開発局が新規に開発したF型装備の事であった。

 全力発揮(フルドライブ)時に発生するA.Tフィールドを利用した飛翔用装備であった。

 とは言えエヴァンゲリオンを全力発揮(フルドライブ)させる為に必要な電力(出力)は莫大であり、今現在のエヴァンゲリオンが搭載している機体内のバッテリーでは不可能であった。

 最善であったのは(スーパー・ソレノイド)機関の実装であったが、まだ実用化には時間が必要であった。

 この為、赤木リツコは次善の策としてA.Tフィールドによる空間断相(相差)を利用した相転移(インフレーション)機関を作り出し、搭載したのだ。

 相転移(インフレーション)機関自体は、A.Tフィールドの存在が推測された段階の頃から検討されていた。

 そしてエヴァンゲリオンによってA.Tフィールドが実際に観測される様になって、実用化が考えられる様になったのだ。

 但し、その目的は補助動力源としてであった。

 出力的には(ノー・ニュークリア)機関と互角以上であり、軽量と言う一見すれば良いこと尽くめの相転移(インフレーション)機関であったが、問題はその発電システムであった。

 使徒との戦いに於いては、近接戦闘であればA.Tフィールドは互いに中和し合うのだ。

 発電が不可能になる。

 では遠距離での戦闘となれば、となると、今度は相転移(インフレーション)機関の構造が問題になる。

 即ち、A.Tフィールドの相差を作り出す為、相転移(インフレーション)機関は構造の半分をA.Tフィールドの外側に突き出さねばならないと言う問題だ。

 遠距離での射撃戦で、防護壁たるA.Tフィールドの外側に構造体を出すと言う事を意味し、射撃戦の余波で簡単に壊れる事が予想されていた。

 だからこそ、研究室レベルでは理論が実証されていても、エヴァンゲリオンの装備として採用される事が無かったのだ。

 その前提条件をF型装備が壊した。

 即ち、戦場にまでエヴァンゲリオンを輸送すると言うシステムと考えれば、この欠点は目を瞑れるのだ。

 

「今、どこまで動ける?」

 

「安全係数を取っているから全力稼働は10分と言う所ね。色々と無茶をすれば15分かしらね」

 

ライトフライヤー(最初の飛行機)よりは随分マシね」

 

「有難う。ま、来期の予算で色々と試すから、その時には2時間位は行けそうよ」

 

「差がエッグ―」

 

 笑う葛城ミサト。

 赤木リツコも笑う。

 それだけ、今年の予算はカツカツになったと言う事であったが、同時に、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の専用装備と言うのが予算執行に待ったが掛かった理由であった。

 汎用、他のエヴァンゲリオンも使えるならまだしも、今は2機だけの装備となる。

 であれば、どのエヴァンゲリオンでも使える装備が優先しろと国連安全保障理事会が判断するのも妥当な話であった。

 NERV本部に配置されているエヴァンゲリオンも大事であるが、手元に来るエヴァンゲリオンも大事。

 そういう話であった。

 

「しゃーないか。2機が何処にでも投入可能って便利だと思うんだけどね」

 

「コレも政治って事でしょ」

 

 シレっと言う赤木リツコ。

 寝物語で情人たる碇ゲンドウが云々と悩んでたりするのを見て来た結果であった。

 

 ある意味で呑気な空気の流れているデジタル演習の管制室。

 デジタル演習自体も上手く行っている。

 だが、その空気が終わる。

 電子合成音が鳴り響いたからだ。

 

 使徒襲来を告げる音だ。

 表情を変える一同。

 NERVスタッフは手慣れた事の様に有事体制へと移行する。

 技術開発局のスタッフはデジタル演習の強制終了、そして搭乗していた子ども達(チルドレン)の保護等を指示していく。

 葛城ミサトは赤木リツコを見る。

 頷き合う(アイコンタクト)

 

「任せる」

 

「ええ」

 

 それからケジメの様に声を張り上げた。

 

傾聴(Attention)! 総員、第二種戦闘配備!!」

 

 その張りのある声に、NERV本部所属では無いスタッフ達も慌てて己の仕事に取り掛かるのであった。

 第14回目の使徒との死戦が始まる。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-4

+

 碇シンジは、フト、時代の流れめいたモノを感じた。

 居る場所はNERV本部地下、エヴァンゲリオのケイジの傍に設けられている操縦者待機室だ。

 作戦伝達室(ブリーフィングルーム)も兼ねている為、使徒襲来に関する警報が発報された場合には適格者(チルドレン)に最優先で向かう義務が課されている場所でもある。

 

「どうしたの?」

 

 少しだけシンジが呆っとしていたのに気づいたのだろう、同じソファに座っていた惣流アスカ・ラングレーが声をかけて来る。

 戦闘前に、と言う気分が半分。

 私が隣に居るのに、と言う気分が半分と言った所だろう。

 

「うん、何て言うか、増えたなって思って」

 

「ああ、そう言う__ 」

 

 その物言いには、アスカも少し笑った。

 笑いながら周りを見た。

 シンジとアスカが座っているソファ。

 テーブルを挟んだ向かいのソファセットで綾波レイや渚カヲルが静かにお茶を飲み、鈴原トウジが妹をあやす様にマリ・イラストリアスの相手をしていた。

 ある意味で1纏まりであった。

 だがそれだけではない。

 適格者(チルドレン)のみならずリー・ストライクバーグやマリィ・ビンセント、それに相田ケンスケたち第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)まで揃っているのだった。

 操縦者待機室の人口密度が、アスカが初めて足を入れた時に比べて10倍以上となっていた。

 臨時にデジタル演習の待機室となっていた会議室から全員が第二種戦闘配備の発令に伴って直行した結果だった。

 総員が、実戦の気配が間近い事に緊張感を感じざわついている(わいわいがやがやと言う)訳ではないが、それでも常日頃とは段違いの雰囲気と言えるだろう。

 何となく分かれている適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)

 リー・ストライクバーグとマリィ・ビンセントは中間と言った所だろうか。

 NERVの歴の長さもあって、割とリラックスする形で居た。

 最初、相田ケンスケがシンジや鈴原トウジらに話しかけようとしていたのだが残念、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)で唯一の実戦経験者と言う事で周りに囲まれてアレコレと根掘り葉掘りと聞かれていた。

 適格者(チルドレン)側に聞きに来ないのは、拒絶されているから等では無い。

 只、実戦間近となった事でシンジ達5人の空気が本質的に張っている(ピリついている)が為であった。

 有り体に言って、()()()()()()のだ。

 

 戦闘経験者の放つ雰囲気、それはある意味でアドレナリン臭とも言えていた。

 それに、実戦経験の無い第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は呑まれていたのだ。

 

「ま、アタシたちがする事なんて変わらないわよ」

 

「そっか、そうだね」

 

 笑い合う2人。

 己を最前線で切り込み役を任じるシンジ。

 シンジと共に前衛に立ち、周りを見て指示を出すアスカ。

 そこに違いはない。

 何時も通りに行うだけである。

 そう、考えるのであった。

 

 

Attention(傾聴)!」

 

 気を引き締める為もあって、声を張り上げたパウル・フォン・ギースラー。

 打ち合わせられた踵が、金属板で補強されている事もあって良く響いた。

 眼帯を付け、傷だらけとなった相貌は実に迫力がある。

 その迫力に負けた訳ではないが、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は口を閉ざして慌てて背筋を伸ばし、正面を見た。

 無論、シンジ達も立ち上がる。

 

Salute to Colonel Katsuragi(葛城大佐に敬礼)!」

 

 気を利かせた誰かが声を上げたが、それを葛城ミサト自身が手で止める。

 厳しい顔と声で言葉を発する。

 

「敬礼は結構。時間が惜しいわ」

 

 咄嗟に出た言葉だった。

 当然ながらも敬礼を虚礼と見ている訳ではない。

 この場に居るのが子どもでしかない、子どもなのだ。

 その子どもが仕込まれた敬礼をすると言う事に耐えられないモノを感じての事だった。

 

 子どもが戦場に行く。

 子どもを戦場に行かせる。

 その醜悪さを直視するには、少しばかり疲れた今の葛城ミサトにとっては辛かったのだ。

 

 日向マコトに頷く。

 室内灯の輝度を落として、画面のディスプレイを見やすくする。

 映し出されたのは空飛ぶ輪とでも言うべきモノであった。

 ざわめきが湧き上がる。

 

「現在、甲府方面から第3新東京市へ侵攻中。コレが第16使徒よ」

 

 ディスプレイに地図が表示され、第3新東京市を中心とした100㎞四方が映し出される。

 赤い輝点に使徒(16th ANGEL)の名と矢印が書きくわえられている。

 その情報に、アスカがポツリと漏らした。

 

「内陸から?」

 

「毎度の事ながらどこから湧いてくるかは不明。ある意味で何時も通りの使徒ね」

 

 もう色々と諦めた口調で赤木リツコが説明をする。

 飛んでいるのも、もう普通。

 使徒だから。

 そう書かれた心の棚に科学者として大事なモノを放り込んだ表情であった。

 

「監視網、民間協力者(ボランティア)が発見してくれたのが25分前。現在の侵攻速度は約50㎞/hと言う所ね」

 

「威力偵察は? 使徒の能力とか判ってるの?」

 

 矢継ぎ早に質問するアスカ。

 その姿は、正に前線指揮官の姿であった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の尊敬、或いは崇拝めいた目を受けながらアスカは立つ。

 正に責任感であった。

 

「現時点での攻撃は無理。人口密集地の上空を選んで飛んでいるのよ。だから発見が早かったとも言えるけども」

 

 痛し痒しと苦笑いを浮かべる葛城ミサト。

 是非も無しと言う塩梅で溜息をつくアスカ。

 

「じゃ、アタシとシンジが前衛の何時もの組み(フォーメーション)で良いの?」

 

「そちらは。ええ、今回は別の態勢を試してみる事になったわ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする葛城ミサト。

 微妙な顔となっているのはパウル・フォン・ギースラ―などのNERV本部の作戦局スタッフに共通していた。

 対して、満足気と言うか、欲望に炙られた様な顔をしていたのは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の随行スタッフであった。

 誰もが頷き合っていた。

 

Ach was!?(えっ)?」

 

なんちな(なんで?)

 

 シンジとアスカは目をぱちくりとして思わずお互いの顔を見ていた。

 

 

 

 葛城ミサトの言う別の態勢。

 それは、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの実戦投入であった。

 前衛は第3小隊、エヴァンゲリオン3号機(鈴原トウジ)エヴァンゲリオン8号機(マリ・イラストリアス)で行う。

 支援(後衛)は第2小隊、エヴァンゲリオン4号機(綾波レイ)エヴァンゲリオン6号機(渚カヲル)が担う。

 そして第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン3機を特設第4小隊として、第16使徒のA.Tフィールド中和役と言う想定される形で運用したいと言う事であった。

 シンジとアスカが投入されない理由は、()()()()()()()()()()であった。

 無論、葛城ミサトらNERV本部の作戦局スタッフ(実戦経験者)らによる判断では無い。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の随行スタッフ、正確に言えば国連安全保障理事会の意向であった。

 

 シンジとアスカの第1小隊が余りにも強力である為、第1小隊を出撃させては第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの能力評価が出来ないとの考えであった。

 とは言え後方にも配置しない理由は、物理的問題であった。

 電力供給力である。

 NERV本部の電力供給力は当初の配備予定であった5機分、では無い。

 そこまで配備されるのは難しいだろうと、電力供給力の整備よりも要塞機能が優先されて居た為、4機分に何とか到達すると言う水準であったのだ。

 エヴァンゲリオン8号機の配備に伴って、最優先で送電網が増設される事となっていたが、工事は未了と言う状況であった。

 とは言え、これは怠慢と言う訳では無かった。

 何故なら(ノー・ニュークリア)機関を搭載した支援機(ジェットアローン2)が居たからだ。

 1機の支援機(ジェットアローン2)で2機のエヴァンゲリオンが通常稼働する事が可能なのだ。

 無論、2機のエヴァンゲリオンを同時に支えようとした場合、アンビリカルケーブルの都合上どうしても機動能力は低下するが、そこは後方支援部隊向けと割り切りさえすれば良い。

 そう作戦局では考えていた。

 この結果、第3新東京市(NERV本部)では実質7機のエヴァンゲリオンの同時運用が可能となっていた。

 ここに、更に汎用支援機(ジェットアローン3)がNERV本部に残されていれば話は違ったのだが、残念ながらも先の合同祭(TokyoⅢ-Record2015)に参加した3機は全て、NERV本部は勿論、日本からも移動 ―― 各支部へと輸送されていたのだ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンとは別に、先に送られる理由は輸送手段が海路に限定されるからであった。

 汎用支援機(ジェットアローン3)の搭載する(ノー・ニュークリア)機関が繊細な所のある精密機器であり、同時に貴重である為、事故リスク回避の為に空輸が出来ない事が理由であった。

 故に、現在第3新東京市圏内で運用できるエヴァンゲリオンは7()機が上限となっているのだ。

 葛城ミサトが第1小隊を配置しないのも道理であった。

 

 とは言え、電力に余力が無いとは言え後方に起動させずに待機させる程度の事であれば可能であった。

 それをしないのは人類史上初の大戦力、7機ものエヴァンゲリオンの同時投入である為、余程の相手で無ければ負ける事は無い。

 エヴァンゲリオン5機によるA.Tフィールドの中和だ。

 その干渉力は、例え全力稼働(フルドライブ)時のエヴァンゲリオン弐号機が纏うA.Tフィールドであっても中和出来る筈。

 そう考えていた。

 第7世代型有機コンピューターMAGIも、可能確率を72.3%と計算していた。

 A.Tフィールドさえはぎ取ってしまえば、後は対処は容易である。

 そう考えていた。

 だからこそ国連安全保障理事会の意向を受け入れたとも言えた。

 

 推測の上に推測を重ねる行為。

 それは、ある意味で慢心であった。

 

 

 本作戦に於いて総予備と言う立場となったシンジ(エヴァンゲリオン初号機)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)

 配置は待機。

 プラグスーツの着用義務のある第三種戦闘配備ですら無い。

 故に、2人は操縦者待機室に残っていた。

 他の、乗るべきエヴァンゲリオンの無い第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は見て学べとばかりに、戦況の全てを把握できる第一発令所に移動していた。

 だからこそ、平素の静かさを操縦者待機室は取り戻していた。

 訓練服のまま、上品とは言いづらい仕草で足を組んでいるアスカ。

 シンジも、目を瞑ってはいるが組んでいる腕、その指先がリズムを取って居て、緩んで居ると言う風は無い。

 

「シンジ」

 

「ん」

 

 シンジはアスカの目を見た。

 アスカもシンジの目を見た。

 頷き合う。

 以心伝心。

 2人は同時に立ち上がり、隣の更衣室に向けて歩き出す。

 

「最悪は想定するべきよね」

 

「そうだね」

 

 戦場に投入されるエヴァンゲリオンは7機。

 だが、実際に戦闘可能なのは4機だ。

 デジタル演習で戦ってみた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、現時点で戦闘行動が可能とはとても言えないと言うのがシンジとアスカの評価だった。

 無論、葛城ミサトらもその点は同意するだろう。

 只、A.Tフィールドの中和は出来る筈だと考えていたのだ。

 だがシンジもアスカもそうは考えない。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が持つA.Tフィールドは弱い。

 そもそもが、エヴァンゲリオンに比べて脆弱と言う問題はある。

 だがA.Tフィールドに関しては、機体と第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)のシンクロに依る問題であった。

 否、そもそもとしてエヴァンゲリオンと比べて第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)には専用機と言うものが無いのだ。

 乗る第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に負担を掛けぬ為、ローテーション制となっていた。

 これでは機体とのシンクロが深まる筈も無かった。

 その点を、感覚として理解しているシンジとアスカは、この戦場に於ける第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが戦力に数えられるとはとても思えなかったのだ。

 

「シンジ」

 

「アスカ」

 

 男女別の更衣室に入る前に手を叩き合う(ハイタッチ)する2人。

 

 自動化された入り口扉が閉まるよりも先に、訓練服を脱ぎ出すアスカ。

 鼻息1つ。

 脳みそを占めているのは、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンと並ぶ不安定要素、エヴァンゲリオン8号機とマリ・イラストリアスの事だった。

 アスカが前線指揮官として見た時、余りにも未熟であった。

 戦闘力と言う意味では無い。

 戦場に立つ人間としてのメンタルが、であった。

 感情的になりやすく、過度に攻撃に寄り過ぎている。

 自分が1人で何とでも出来ると思っても居る。

 

「ふっ」

 

 実用性が高いが故に色気の無いOD色(国連軍支給品)のパンティーを脱いで乱暴に自分のロッカーに叩き込みながら、ふと、笑うアスカ。

 そうだ。

 ()()()()()()

 マリ・イラストリアスは、NERVに来るまでのアスカによく似ているのだ。

 自分への自負。

 過大と言って良い自信。

 だからこそ、なのだ。

 違いがあるとすれば、甘えん坊と言う事だろう。

 そんな風にアスカは考えていた。

 無論、それは自分が他人からどう思われているか(シンジとじゃれ合う姿がどう見られているか)と言う事を考えていないが故の判断であった。

 

 兎も角。

 アスカは笑う

 自信満々に笑う。

 

「ま、なんかあったらアタシ()が助けてやれば良いって事よね」

 

 指揮官は大変だ。

 そんな風に嘯きつつ、アスカはプラグスーツ左手首のスイッチを入れるのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-5

+

 第16使徒の迎撃戦。

 葛城ミサトを筆頭としたNERV本部作戦局スタッフは、国連安全保障理事会の指示を受け入れつつも柔軟な対応を行う事としていた。

 国連安全保障理事会としては、可能な限り機動展開部隊の戦闘を模した形で行って欲しいとしていたのだが、現実問題として第16使徒は攻撃目標として余りにも小さかったのだ。

 全体として見れば直径で200mの輪であり、輪を構成する紐状の()は5m前後と推測されているのだ。

 現在、第3東京市近郊に展開している国連軍第4特命任務部隊(FEA.TF-04)の主要火砲である155mm砲などでの痛打は難しいのが実状であった。

 ミサイルなどの誘導兵器であれば話は別であるが、残念ながらも第16使徒は対レーダー(ステルス)能力を有しており、ミサイル攻撃は現実的選択肢に上がる事は無かった。

 無論、レーダーのみに頼らないレーザー誘導方式や赤外線画像誘導方式などを複合的に採用した新しい対使徒ミサイル装備の開発もNERVや各国軍事企業の世界規模での協力の下で精力的に行われてはいたのだが、如何せんにも今はまだ試作品の段階に留まっており、少なくとも今の第3新東京市には存在していなかった。

 よって、使徒のA.Tフィールドの中和こそ第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが担い、その後の攻撃はエヴァンゲリオン(NERVエヴァンゲリオン戦闘団)が担う事となったのだ。

 

「各員、準備は良いわね?」

 

 既に7機のエヴァンゲリオンは配置についていた。

 

 最前線に居るエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機による第3小隊。

 そのすぐ後ろでA.Tフィールドの中和を担う3機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンによる特設機動展開小隊。

 そして全般支援の為、前線に近い場所に展開するエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機の第2小隊。

 

 都合7人の子ども達。

 綾波レイと鈴原トウジ、それに渚カヲルも一応の実戦経験者だ。

 だが残る4人は違う。

 マリ・イラストリアスはまだ良い。

 幼過ぎると言う部分はあるにせよ、戦闘を前提とした訓練をメンタル面も含めて受けているからだ。

 問題は3人の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)だった。

 正確に言えば適格者(チルドレン)であるリー・ストライクバーグ。

 そして霧島マナとヴィダル・エレーンと言う北欧の少年だ。

 日本人と中国系アメリカ人、それにスウェーデン人。

 設立されたばかりの各NERVに所縁のある人間がバランスよく選出されている辺り、政治的背景が見え隠れする人選と言えた。

 建前としては、機体とのシンクロ率から選ばれたとされているが、それにしても偶然としては恐ろしいと言う話であった。

 

 NERVアメリカ支部でエヴァンゲリオン開発に携わり、訓練めいた事も受けているリー・ストライクバーグはまだ良い。

 ある程度の覚悟もしていたのだから。

 だが、十分な訓練を受けているとは言い難い霧島マナとヴィダル・エレーンの顔色は悪かった。

 シンクロ率こそ上位に入っているが、戦闘訓練の成績は良好とは言いづらく、又、身体頑健からは遠い人選であるからだった。

 

 葛城ミサトはため息を噛み殺し、その全員の顔を見ながら精一杯に自信のある態度を崩さずに告げる。

 

「予定通り闘い、予定通りに勝つわよ」

 

 だが子ども達の雰囲気は堅い。

 だからこそ、鈴原トウジがナニかを口にしようかとした時、最も危険な前衛を担うマリ・イラストリアスが元気に声を上げた。

 

『私が勝つよ!』

 

 甲高く、そして衒いの無いその声に葛城ミサトは影の無い笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうね、期待しているわマリ。一発かまして来て」

 

『任せて!』

 

 少しだけ空気が明るくなった7人の子ども達(チルドレン)

 そこに無粋な声が入る。

 青葉シゲルだ。

 

「目標、戦闘開始地点に到着!! タッフィー04(第4特命任務部隊)、砲撃を開始します」

 

 砲撃を開始する第4特命任務部隊(FEA.TF-04)

 155mm砲弾による面制圧射撃だ。

 いまだ時速50㎞/hを維持していた第16使徒の脚を止める為の攻撃。

 降り注ぐ砲弾の雨。

 調整破片榴弾が降り注ぐ。

 日本やフランスなど、各国から精鋭と言って良い人間が集っているのだ。

 その射撃は見事の一言であった。

 A.Tフィールドによって第16使徒自体に被害は出ないものの、その動きが鈍った。

 その隙を見逃す事無く、葛城ミサトは命令を発する。

 

「良し。特機(特設機動展開)小隊は特科(野砲)の射撃を盾に使徒に接近、中和を開始せよ! 第3小隊は中和効果の確認後、攻撃を開始。良いわね?」

 

 葛城ミサトの言葉に、めいめい、頷くなり声を上げるなりして了解の意を示した。

 予定通りに戦い、予定通りに勝つ。

 人類の最大戦力であり、NERV始まって以来のエヴァンゲリオン7機の集中投入なのだ。

 勝てる。

 第1小隊の未投入と言う事に多少の不安は抱きつつも、誰もが勝利を疑わなかった。

 

 だから忘れていたのだ。

 相手が使()()である事を。

 使徒とは理不尽の権化であり、世の理から外れた存在である事を。

 

 

 

Special Mobile Deployment Platoon(特設機動展開小隊)Forward! Go!(前進、前に)!!』

 

 母音を強調する(日本式)発音で行われた日向マコトの命令。

 それを受け、前進を開始する特設機動展開小隊の3機。

 ある意味で、これが初めての実戦投入であるのだ。

 

「ふぅぅっ」

 

 緊張に満ちた声を漏らしたのは、小隊2号機(SMDP-02)となる第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンE2a-03の中に居る霧島マナであった。

 本物の使徒を目にし、戦いを挑むと言う事に緊張していた。

 喉がカラカラになった様な感覚。

 生唾を呑む仕草をして、第16使徒を睨む。

 輪の様な形をした空に浮いている存在と言う、本当に使徒(理外の存在)だと判る相手だ。

 

「やってやるんだから」

 

 自分を鼓舞する様に言う霧島マナ。

 その小さな声を臨時の小隊長を担っているリー・ストライクバーグは拾い、そして返した。

 

『いつも通り、訓練通りにやれば良い。Copy(了解した)?』

 

「あっ、アイ・コピー(了解した)!!」

 

 何時も通りにリー・ストライクバーグはぶっきらぼうな口調だが、だがそれが霧島マナを奮い立たせた。

 自分を見てくれてたと思ったのだ。

 気合が入った(乙女心に火が付いた)

 

「やってやるんだから」

 

 それは先ほどの言葉と同じで違う、過度な緊張感の無い宣言であった。

 

 そんな霧島マナも乗った第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが前に出る。

 長方形の大型盾たるEW-311(タワーベイル)で全身を隠しながらEW-22E(再設計型パレットガン)を構えている。

 動きが悪い。

 だがそれは、構えているEW-311(タワーベイル)が、総重量100tを越える重量級である為であった。

 使徒の攻撃を正面から受け止める為、重合金と複合装甲の塊となった結果だった。

 殴れば鈍器としても使える。

 暴力の塊みたいな存在とも言えた。

 尚、複雑な構造は採用されておらず、只、置き盾が可能な様にアンカーと折り畳み式の脚が採用されているだけであった。

 

『フィールド空間係数、使徒とSMDP(特設機動展開小隊)の接触を確認! 作戦予定地点に到達を確認しました』

 

『作戦、第二段階へ移行実施。Notify(通達!) Special Mobile Deployment Platoon(特設機動展開小隊) Neutralize Operation, Start Action(A.Tフィールドの中和戦を開始せよ)!!』

 

 伊吹マヤの報告に、日向マコトが命令を発する。

 第16使徒戦に於いて葛城ミサトは、複数の部隊、複数のエヴァンゲリオンを統括する必要から何時もより上の段階での指揮を執る事としていたのだ。

 或いは、対使徒迎撃要塞としての第3新東京市戦闘部隊の総司令官、その本来の立ち位置とも言えた。

 兎も角。

 命令は発せられた、4機のα型第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは第16使徒に対してA.Tフィールドの中和を仕掛ける。

 

「フィールド全開します!!」

 

 声を張り上げる霧島マナ。

 野砲による支援射撃の爆炎で使徒を見る事は出来ないが、第3新東京市各所の観測施設からの情報を基に、赤黒い爆炎の中に輝線(デジタルフレーム)で描かれている使徒の予測位置に意思を向ける。

 その瞬間だった。

 赤黒い爆炎の塊から、白く輝く何かが飛び出してきたのは。

 

『使徒、行動を開始しました!』

 

『目標、SMDP(特設機動展開小隊)!?』

 

 真っすぐに向かってきているのだ。

 目標にされているなど言われるまでも無い。

 そんな事を考えながら、霧島マナは自分の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを操る。

 防御姿勢だ。

 予め、攻撃をする必要は無い事、そして攻撃をする際には指示に従って行う事が言われて居ての行動だった。

 間違っては居ない。

 だが、それは通常の戦闘に於ける行動規範(Rules of Engagement)であった。

 対使徒戦と言う極限下での(イレギュラーが基本となる)戦いに於いては、余りにも消極的過ぎていたのだ。

 葛城ミサトらNERV本部作戦局スタッフが定めた行動規範(Rules of Engagement)は、碇シンジを筆頭とした適格者(チルドレン)の対応力を前提にしたモノに仕上がっていた。

 即ち、消極的である事の弊害の発生を現場で(チルドレンが)対応できるという前提だ。

 

 

「うわぁぁつっ!?」

 

エヴァ202(SMDP-02)、被弾!?』

 

『盾が抜かれたのかっ!?』

 

『いえ違います! 浸食を受けています!!』

 

『侵食!?』

 

 

 

 通信に悲鳴めいた報告が、パニックに陥った様に錯綜する。

 だが使徒は、そして現実は人間の混乱など歯牙にも掛けずに突き進んでいく。

 霧島マナの乗った第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンE2a-03を襲う第16使徒。

 その輝る柱の如き体は、真正面から盾に取り付き、そして装甲を貫いた。

 咄嗟に盾を捨てて身を守る様に差し出した左腕、左の手のひらだ。

 冗談の様に簡単に、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの腕へと喰らいつく様は、正に侵食であった。

 

『あ”あ”あ”あ”あ”!?』

 

 悲痛な悲鳴を上げる霧島マナ。

 その悲痛さは、大人たちの動きすらも止めるモノであった。

 

「慌てるな霧島マナ! それは君の腕では無い!! 聞こえているか霧島マナ!?」

 

 叱咤激励をする様な第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の随員。

 教官役もやっていたが為、自分の教え子が失態を晒すが如き状態である為に、思わず声が出た形であった。

 だが、それに応える余裕は霧島マナには無かった。

 

『あ”あ”あ”あ”あ”!?』

 

 止まらぬ悲鳴。

 そして第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンへの侵食は、左の手のひらから手首、腕、二の腕へと侵食部が這い上がっていく。

 恐ろしい速度であった。

 否、恐ろしいのは侵食部を軸にする形で第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが振り回されていると言う事だった。

 特設機動展開小隊の残る2機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを弾き飛ばしていた。

 派手に吹き飛ばされる姿。

 それは冗談の様な、非現実的な光景であった。

 

 故に、手を出しきれないマリ・イラストリアス(エヴァンゲリオン8号機)鈴原トウジ(エヴァンゲリオン3号機)

 歴戦と言って良い第1小隊の碇シンジと惣流アスカ・ラングレーであれば躊躇なく仕掛けていたであろうが、流石にその域にまでまだ到達していなかった。

 

 子どもの悲鳴を前に、どう対応するべきかと逡巡する大人たち(NERVスタッフ)

 その混乱を一刀両断する声が第一発令所に響いた。

 

エバー502(セカンドシリーズエヴァンゲリオンE2a-03)の左腕、強制パージ実行!!」

 

 葛城ミサトである。

 指揮官たるに相応しい、凛としたその声が混乱を収めたのだ。

 

「Synchroを切ってからでは無いと、Shock症状が出る危険があります!!」

 

 慌てて静止の声を上げたのは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の随員だった。

 だが、葛城ミサトは揺るがない。

 そんな余裕は無い、と。

 一分一秒すら惜しい、と。

 顔を窺ってきた伊吹マヤに頷いた。

 

「急いで」

 

「はいっ!」

 

 非常時用緊急遮断コマンドの物理スイッチを押す伊吹マヤ。

 左腕全体を、肩から分離するのだ。

 喰われていた左腕から自由になった霧島マナの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、振り回されていた勢いの儘に吹き飛ばされる。

 

「ああああああああっ!?」

 

 侵食の痛みとは別種の痛み、そして衝撃に目を回す霧島マナ。

 だが指揮官である葛城ミサトは鋼の自制心をもって無視する。

 同情するよりも、心配するよりも、救うべく手を打つ事が仕事なのだから。

 矢継ぎ早に命令を出していく。

 

エバー108(エヴァンゲリオン8号機)、マリ! 近接戦闘をお願い。でも接触は最小限にして攻撃なさい」

 

『判った!!』

 

エバー103(エヴァンゲリオン3号機)、トウジ君、火力支援宜しく」

 

『やってみますわ!』

 

 牽制としての攻撃。

 第16使徒と霧島マナの乗る第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンE2a-03とを分断しようというのだ。

 奔りだす2機のエヴァンゲリオン。

 それを尻目に、霧島マナの救助にリー・ストライクバーグを動かす。

 

エバー501(セカンドシリーズエヴァンゲリオンE2a-01)、ストライクバーグ君、マナの救援、動ける?」

 

 問い掛け。

 それは或いは心配でもあった。

 初陣の新兵に掛ける言葉でもある。

 その問い掛けに、リー・ストライクバーグは真っすぐに声を上げる。

 

Yes, ma'am(拝命しました!)

 

 経歴としてはエヴァンゲリオン開発に居たが、正規の適格者(チルドレン)としての教育も受けているのだ。

 訓練の長さで言えばアスカにも並ぶリー・ストライクバーグは、この程度で怯懦となる程に弱くは無かった。

 強い意志を浮かべているその目を見て、葛城ミサトは満足げな顔をした。

 

「結構」

 

 だが、リー・ストライクバーグは強くても、残るヴィダル・エレーンはそこまで強くなかった。

 

Sorry(悪いけど) Can you do your best alone?(マナを下げられるまで耐えられる?)

 

Hva?(えっ!?)

 

 思わず、お国言葉で返してしまったヴィダル・エレーン。

 元より白い顔を更に白くして葛城ミサトを見る。

 小柄な、マリ・イラストリアス以外の誰よりも子どもっぽい外見をしたヴィダル・エレーン。

 その様は、葛城ミサトに自責の念を更に味合せるものであった。

 出来るだけ優しい声を作り、言葉を続ける。

 

If you can't do it, please withdraw.(無理なら撤退しても良いわよ)

 

 指揮官では無い人間としての、子どもを前にした大人の言葉。

 だが、ヴィダル・エレーンとて自分から第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)に立候補した、そして選抜を乗り越えて来た子ども(ライトスタッフ)であった。

 

I will do my best(やってみます)!』

 

 引き攣った様な顔、震えるような声。

 だが、意志は折れていなかった。

 その儚くも強い表情に、耐えがたいナニカを感じつつ葛城ミサトは頼りになる大人を演じる。

 

Good(結構) I'm looking forward to(期待してるわ)

 

Yes, ma'am(任せて下さい!)

 

 

 

 

「悪いけど仕事をして頂戴。初号機と弐号機の出撃準備、F号でお願い」

 

 既にプラグスーツを着込んでいたアスカがケイジの管制室で技術開発局第2課課長、エヴァンゲリオンの整備と管理を統括する伊勢カミナ技術少佐に声を掛けた。

 エヴァンゲリオンの整備と言う面での、赤木リツコの右腕的な存在であった。

 現場の人間らしい線の太さ、そしてふてぶてしさを持った男だ。

 

「発令所からの指示はまだ出てませんよ?」

 

「今の状況じゃミサトだって指示を出しきる余裕は無いわ。それに出撃準備、出撃前点検なら訓練の名目でも出来るでしょ」

 

 事実であった。

 前線の采配に掛かりっきりになっていた葛城ミサトの脳裏から、最後の切り札たるシンジとアスカの事が抜け落ちていた。

 そもそも、最近まで葛城ミサトの手札に、まだ切って居ない札と言う状況は無かったのだ。

 目の前の状況に集中してしまうのも、ある種、当然の話であった。

 だからこそ、アスカが気を利かしているとも言えた。

 その点に関して伊勢カミナとて反論がある訳ではない。

 問題は別の所にあった。

 

「F号、まだ試作段階ですから葛城さんだけじゃなくて赤木さんの許可も要るんですけどね」

 

 F型装備、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機専用の飛翔ユニットは、運転試験までは行われていた。

 だが耐久テストがまだであり、その為、実務担当の技術開発局第2課に移管されておらず、開発を担当する第1課の管理下にあった。

 要するに伊勢カミナの権限(ハンコ)で動かせる範囲外なのだ。

 一応、接続準備は行われていたが、コレを実際に繋ぐとなれば話は別なのだ。

 本来であれば。

 だが、そこをアスカはすっとぼける。

 

「仕方ないわよ、非常時なんだもの」

 

「要ります?」

 

「アタシのカン、かな」

 

 カンと言うが、より正確に言えば戦闘に関する距離感であった。

 現在の戦闘区域と、エヴァンゲリオンの発進口の距離だ。

 第3新東京市の市街地区画を中心に、発進口は設置されている為、今回、戦闘区域となっている第3新東京市外周部には設置されていなかった。

 だからアスカは、早期に支援に入る為、F型装備が必要と判断していた。

 

「今戦乙女(ワルキューレ)のカンと言われては、拒否できませんね」

 

「大丈夫。アタシは前線指揮官なんて配置だもの。怒られるのはアタシだけで済むわよ」

 

 命令を出したのは惣流アスカ・ラングレー大尉である、と言う事である。

 だがそれを従順に受け入れる程、伊勢カミナの矜持は安くない。

 鼻で笑って答える。

 

「冗談でしょ。子どもに責任を取らせる程にウチら機付き隊は腑抜けじゃないんですよ」

 

 だから一緒に怒られましょう。

 そう笑うのだった。

 たたき上げ(ベテラン)らしい、厳つい顔に子どもの様な陽性の笑みを浮かべる伊勢カミナ。

 その善意を、アスカは素直に受け入れていた。

 

「………アリガト。シンジは何かある」

 

「そうだね………でくっだけはえほうがよか(準備は急いだほうが良いかも)あいはいかんど(状況が悪いよ)

 

 戦況を見ていたシンジは画面から目を逸らす事無く返した。

 小さな画面。

 そこには苦戦する5機のエヴァンゲリオンの姿があった。

 今回、主戦力として考えられていたのはマリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機だ。

 単純な戦闘能力、センスなどの面ではシンジやアスカに次ぐ力を持っていると目されているのだが、如何せんにも格闘戦闘を主体としている為、侵食能力を持った第16使徒との相性が悪すぎていた。

 つばぜり合いをすれば、その瞬間から侵食を仕掛けて来る様な相手なのだ。

 仕方のない話であった。

 相方である鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機は、エヴァンゲリオン8号機と第16使徒との戦闘のテンポが早すぎる為、射撃支援を行いきれずに居るのだった。

 目まぐるしく動き回って戦っているのだ。

 下手なタイミングで発砲しては、最悪でエヴァンゲリオン8号機への被弾があり得る上、そうでなくとも生命線たるアンビリカルケーブル(電源)を傷つける恐れがあった。

 この為、少し後方に位置していた第2小隊のエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機も前に出て来ていた。

 

「………ヤヴァイ?」

 

「うん。ナニか悪い予感がする」

 

 第16使徒、蛇めいて侵食能力を持った先端部が自在に動いてエヴァンゲリオン8号機と戦っている。

 だが、その体の半分以上と思しき場所は、まだ晴れぬ野砲の砲煙にあるのだ。

 

 使徒がその程度の単純な相手だろうか。

 特に最近の使徒は、そんな素直な相手では無かった。

 そうシンジには思えるのだ。

 隠し玉があるのではないか、と。

 

「急いだ方が良さそうね」

 

「ええ。急ぎます」

 

 真顔で頷く伊勢カミナ。

 最前線、死線の上で踊るが如く戦い抜いてきた戦士2人のカンを信じないと言う選択肢は無かった。

 だが、少しばかり遅かった。

 否。

 違う。

 第16使徒は、使徒であり、人が思うよりも先に往く存在なのだ。

 

んだ(何てことに)!?」

 

 思わずシンジが感嘆の声を上げた。

 アスカは声を上げられない。

 ある意味で当然の話だった。

 戦況を表示する画面には、前に出ていたエヴァンゲリオン4号機の腹に突き刺さる、第16使徒の2本目の先端が映し出されていたのだから。

 

「アスカ」

 

 名を呼ぶ。

 それだけで伝わる2人。

 以心伝心。

 待機上衣(オーバーコート)を脱ぎ捨てながら、自らのエヴァンゲリオンの元へと走り出す。

 勿論、大人たる伊勢カミナも負けては居ない。

 

「急げ、2機の発進準備! 手順、カテゴリー2以下は破棄して構わん。F号も忘れるな! 非常発進準備!」

 

 伊勢カミナの怒鳴り声に背中を推されたかの如く、技術開発局2課のスタッフは駆け出していくのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14(Ⅱ)-6

+

 第16使徒、その輝る鞭状の本体による浸食攻撃がエヴァンゲリオン4号機を襲った。

 それはある意味で油断であった。

 鞭状の存在が、その両端から攻撃するなどあり得ないと言う先入観が齎したものとも言えた。

 

 灰色を基調とした、エヴァンゲリオン4号機の腹部に喰らいついた第16使徒。

 G型装備の追加されていた装甲を潜り抜く様は、正に蛇めいていた。

 

『レイ!?』

 

 常日頃は冷静な態度(アルカイックスマイル)を崩さない渚カヲルすら声を上げた。

 だが攻撃を受けた当の本人、綾波レイは冷静であった。

 冷徹ですらあった。

 己の腹を貫く痛み、そしてそこから広がっていく何とも言えない侵食感。

 それらを綾波レイはねじ伏せる。

 

「フィールド全開!!」

 

 それは身を守る為では無かった。

 第16使徒の浸食を防ぐ為では無かった。

 耐えるのではなく、殴り返す為の使い方であった。

 両腕で第16使徒を掴み腰を落とし、そしてG型装備の射撃戦時用の副脚(アンカー)を展開する。

 荒れ狂っていた第16使徒の動きが止まった。

 

「捕まえた」

 

 綾波レイは喰らいつかれた事を奇貨として、攻守を逆転させてみせたのだ。

 

「支援を」

 

 鋭さのある綾波レイの声。

 誰もが状況の逆転に驚く中、この場で最も早く反応してみせたのは鈴原トウジであった。

 

『喰らったれぇ!!』

 

 綾波レイとの連携訓練も行っていたお陰で、その性根を理解していたと言うのが大きい。

 全力攻撃。

 第16使徒が荒れ狂って暴れていたが為に行えなかった、H型装備であるエヴァンゲリオン3号機の全火力一斉射撃(フルウェポン・フルファイヤ)だ。

 両手に持った2つのEW-22B(バヨネット付きパレットガン)、そして固定武装の5連装35.6cm無反動砲まで一気に放つ。

 エヴァンゲリオン3号機の射撃を号砲に、他のエヴァンゲリオンも弾かれた様に動き出す。

 渚カヲルのエヴァンゲリオン6号機も射撃を開始する。

 ヴィダル・エレーンの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは第16使徒のA.Tフィールドの中和をしながら攻撃を開始する。

 訓練通り、盾からEW-22E(再設計型パレットガン)の筒先だけを出す形だ。

 とは言え霧島マナの乗った第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、盾を打ち抜かれる形で浸食を喰らっていたのだ。

 盾に食いつかれたら直ぐに捨てられる様に、EW-311(タワーベイル)は折り畳み式の脚を展開させ、半置き盾としていた。

 そしてマリ・イラストリアスのエヴァンゲリオン8号機。

 

『ああああああああっ!!』

 

 使い捨てても構わないとばかりに、両手で持ったEW-17(スマッシュトマホーク)を狂乱めいて叩き込む。

 それだけではない。

 群狼戦闘能力(ウルフパック)、本来は対大規模()用のA.Tフィールドによる攻撃を敢行する。

 第16使徒のA.Tフィールドを中和、と言うか対処能力を飽和させようと言うのだ。

 

 

 5機ものエヴァンゲリオンによる攻撃、A.Tフィールドの中和が第16使徒を襲う。

 その様は正に原始時代見られたであろう、巨大な獣に襲い掛かる人類(リリンの群れ)の姿であった。

 だが、相手たる第16使徒は、巨大な獣如きとは違う。

 天使(使徒)の名を与えられた存在であり、それは人知を超えた存在であった。

 攻められているその体が、支援砲撃の砲煙からその全てを表す。

 暴れる2つの先端、その中間点が大きく膨れ上がっている。

 それは解かれた輪というよりも、まるで両腕の様な姿であった。

 

「コア、確認できません!!」

 

 伊吹マヤが悲鳴めいた報告を上げる。

 だが葛城ミサトは揺るがない。

 

「構わないわ。なら全部叩いてしまえば良いだけよ! アレだけ的がデカければ155mmだって当たる。国連軍(FEA.TF-04)に要請、本体への支援砲撃、各砲3発づつ!! ウチのミサイルは可能?」

 

「今ならマギによる光学誘導モードが出来ます」

 

「結構、射撃を開始して!」

 

「了解です!!」

 

 戦意を溢れさせて笑う葛城ミサト。

 その戦意が第一発令所に感染したかのように誰もが折れては居なかった。

 当然だろう。

 状況逆転の為の鬼札(エースカード)が切られていたからだ。

 

 だが、状況を自らに都合よくする為に動くのは、決して人間(リリン)だけが持つ特権などでは無いのだ。

 

「使徒がっ!?」

 

 本体の如き太い中間点から新しい、触手めいた光の鞭を打ち出していた。

 その数は4本。

 鈴原トウジのエヴァンゲリオン3号機を。

 渚カヲルのエヴァンゲリオン6号機を。

 マリ・イラストリアスのエヴァンゲリオン8号機を。

 ヴィダル・エレーンの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンを襲う。

 正に鎧袖一触と言った塩梅で吹き飛ぶエヴァンゲリオン6号機。

 獣めいた反射神経で避けたエヴァンゲリオン8号機。

 H号装備が持つ重装甲を巧みに扱って耐えて見せたエヴァンゲリオン3号機。

 そして第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 弱いと見抜かれてか、弾くのでは無く光の鞭に貫かれていた。

 

『あ”あ”っ!?』

 

 悲鳴を上げるヴィダル・エレーン。

 置き盾めいたEW-311(タワーベイル)を回避して、その右脚を貫いたのだ。

 そして、一気に侵食が始まる。

 間髪入れず、葛城ミサトは処理を命令。

 

エバー503(セカンドシリーズエヴァンゲリオンE2a-02)の右脚、強制パージ!! 急いでっ!!」

 

「はい!!!」

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの向う脛を貫いた光の鞭は、そのまま右脚の全てに巻き付こうとしているのだ。

 一刻の猶予も無かった。

 

「パージ実行します!!」

 

『あ”あ”あ”あ”!!!』

 

 悲鳴を上げるヴィダル・エレーン。

 悲痛なその声を歯を食いしばって耐える伊吹マヤ。

 だが、指揮官である葛城ミサトにその様な()()は許されなかった。

 

「トウジ君、エバー503(セカンドシリーズエヴァンゲリオンE2a-02)の回収、出来るわね?」

 

 鈴原トウジの指名。

 それは、幾度もの実戦を経験したがお陰で心身(バイタル)が安定している事を瞬間的に評価しての事であった。

 

「まかしてやっ!!」

 

 その期待に応える鈴原トウジ。

 重量級となっていたH号装備、その緊急回避用に増設されているブースターを一気に点火して救援に跳ぶ。

 第一発令所の耳目がヴィダル・エレーンの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに集まった、その間隙を突かれる形で事態が一気に悪化する。

 狙われたのはエヴァンゲリオン4号機。

 残る3本の新しい光の鞭がエヴァンゲリオン4号機に襲い掛かったのだ。

 

104(エヴァンゲリオン4号機)がっ!?」

 

 戦況を俯瞰していたが故に、一番最初に状況に気付いたのは青葉シゲルだった。

 だが、その声が警報としての意味を持つ前に、第16使徒の攻撃はエヴァンゲリオン4号機を貫く。

 

『っ!!』

 

 綾波レイが悲鳴を漏らす。

 狙われたのはエヴァンゲリオン4号機の四肢。

 動けない両脚と右腕が貫かれたのだ。

 最初の光の鞭を抑え込んでいた左腕以外の全てだった。

 保持していたEW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)がバラバラに弾け飛ぶ。

 立ったまま、はりつけされたかの様にも見えるエヴァンゲリオン4号機。

 何も出来ない。

 

『レイ!!』

 

 相方(バディ)の危機に、慌てて立ち上がってエヴァンゲリオン4号機の危機を救わんと走るエヴァンゲリオン6号機。

 だが、第16使徒はそれを許さない。

 更なる小さな光の鞭を生み出して迎撃する。

 その数、実に12本。

 数による面制圧を狙うが如き攻撃だった。

 緊急回避するエヴァンゲリオン6号機。

 簡単にエヴァンゲリオン4号機のもとへとたどり着けそうに無かった。

 

 孤軍奮闘の態となっているエヴァンゲリオン4号機。

 全力でA.Tフィールドに力を入れ、抵抗はしているが何時まで出来るのか。

 そう言う風に見える状況であった。

 そこへ、第16使徒が接近を開始する。

 丸みを帯びた中間点に線が入り、上下へと開く。

 さながら、顎の如きであった。

 

「まさか!? 4号機を捕食しようと言うのっ!?」

 

 驚愕の声を上げる赤木リツコ。

 初めて見る使徒の動きに、誰もが呆然と第一発令所中央のモニターを見上げた。

 慌てて葛城ミサトが声を上げる。

 

「レイ、機体を捨てて緊急離脱をなさい!!!」

 

 切羽詰まった状況。

 だが、綾波レイの表情に苦悶はあっても絶望は無い。

 

「聞こえている、レイ!?」

 

 焦りの声を上げる葛城ミサト。

 応えない。

 応えられない綾波レイ。

 全力でA.Tフィールドに力を込めて、抵抗しているからだ。

 だがそれでも浸食域はジリジリと広がっていく。

 にも拘らず綾波レイは抵抗を止めない。

 逃げない。

 コレが無駄では無いと判っているからだ。

 

 そして、努力は正しく報われる。

 

『キィィィィエェェェェェェェイイ!!』

 

 猿叫を響かせる碇シンジ。

 

『フラァァァァァァァァァァァァッ!!』

 

 咆哮を上げる惣流アスカ・ラングレー。

 NERVの誇る第1小隊(エースオブエース)が戦場に降り立ったのだ。

 

 

 赤い光をまき散らして着地したエヴァンゲリオン初号機が、エヴァンゲリオン4号機を襲っていた触手の全てにEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を叩き込む。

 それまでの苦戦が冗談の様に簡単に千切れる第16使徒の体。

 さもありなん。

 新開発されたEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)は、エヴァンゲリオンの全力稼働(フルドライブ)モードに発生するA.Tフィールドの物質変換現象を利用して、切れ味を上げる凶悪兵装なのだ。

 理論上、このEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)に斬れない物質は存在しない等と、開発した葉月コウタロウは断言する程であった。

 使い手たるシンジが修練を積めば()すらも()()、とも。

 

 そしてエヴァンゲリオン弐号機。

 此方は更に暴力的であった。

 取り付けられていたF型装備の推進力に、更に緊急時用のブースターまでも乗せた加速をもって第16使徒の本体相手に跳び蹴り(イナズマキック)をかましていたのだ。

 つま先に幾重ものA.Tフィールドを乗せた凶悪な一撃は、第16使徒を打ち抜く。

 シンジ以上にA.Tフィールドを理解したアスカは、EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)の様な専門装備を必要とせず、物質変換現象を操れるのだ。

 轟音と共にKm単位で吹き飛ばされる第16使徒。

 対峙する様に着地するエヴァンゲリオン弐号機は、腕を組み堂々とそして不敵であった。

 それを許さぬとばかりに第16使徒は新しい光る触手をエヴァンゲリオン弐号機に向けて放つ。

 その数、実に12本。

 

『アスカッ!?』

 

 葛城ミサトが悲鳴を上げる。

 だがアスカは、只、エヴァンゲリオン弐号機の右腕を振るうだけであった。

 それだけで、生成されたA.Tフィールドが光の触手を弾き飛ばす。

 使徒本体なら兎も角、そこから飛び出た、ある種の分体のA.Tフィールド如きにアスカとエヴァンゲリオン弐号機が負ける筈は無かった。

 

『アタシにそんな攻撃が効く訳ないでしょ』

 

 堂々とした物言い。

 実にアスカらしい言葉に、シンジは笑みを浮かべる。

 そして振り向く。

 解放されたエヴァンゲリオン4号機を確認する。

 本体から断たれた光の鞭は光の欠片となって消えており、膝をついている。

 だがシンジは手を差し伸べない。

 綾波レイと通信機越しに顔を合わせる。

 共に、余計な事は言わない。

 

 綾波レイ。

 知り合ってからの時間はアスカ以上の戦友であるのだ。

 シンジにとってアスカとは別の意味で、以心伝心が成る部分があった。

 即ち、戦意(使徒ブッコロス)

 頷くシンジ。

 頷く綾波レイ。

 それで終わりだった。

 

カヲルサァ(カヲル君)!!」

 

 任せるとばかりに渚カヲルの名を呼ぶシンジ。

 そんなシンジと綾波レイの姿に、苦笑めいた浮かべて、渚カヲルは頷くのだった。

 リリンは凄いね。

 そんな言葉を飲み込みながら。

 

 

 

 エヴァンゲリオン弐号機の横に並ぶエヴァンゲリオン初号機。

 その様は使徒を前にしているとは思えぬ程に緊張感が無かった。

 正しく自然体。

 

「アスカ」

 

『ン。アタシ(エヴァンゲリオン弐号機)のケリを受けたのにケロっとしているのよ』

 

「コアは?」

 

『確認出来ないわね』

 

「なら?」

 

『1つよね。アレをやるわよ』

 

「いいよ。でも__ 」

 

 アスカの提案に了承しつつ、シンジはF型装備の稼働時間を確認する。

 表示されているのは約120秒。

 

「1撃して、失敗したら一回、下がろう」

 

『アタシとアンタが?』

 

 自信満々に言うアスカ。

 自負。

 対するシンジとて、自信が無い訳ではない。

 只、前のめりな気の多いのが相方、アスカなのだ。

 である以上は自分が、万が一に備える事も考えねばならぬと思って居たが故の事だった。

 ある種の保護者的感覚。

 尤も、それはアスカも同じ事であった。

 一度抜けば、相手が倒れるまで止まらないのがシンジだと思い、イザとなれば自分が退く事を考えておかねばと思って居た。

 実によく似た2人。

 それが第1小隊(エースオブエース)

 

 其処から先は、ある意味で散文的な結末となった。

 F号装備の推進力で飛び上がったエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機による高加速キック攻撃が敢行されたのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機に合わせた(シンクロした)事で、エヴァンゲリオン初号機もA.Tフィールドをつま先へと展開させる事に成功する。

 多重のA.Tフィールドを纏った、正に過重跳び蹴り(スーパーイナズマキック)

 弱点(コア)が見えないのであれば、全てを潰せば良い。

 実にシンプルな発想。

 だが、その実行力がシンプルさを凶悪な威力へと昇華させる。

 空気圧縮によって灼熱化した2機のエヴァンゲリオンの足先。

 致死の一撃を前に、第16使徒とて必死となる。

 抵抗の為にありったけの数、光る触手を生み出して迎撃する。

 が、その悉くを弾き飛ばし、2機のエヴァンゲリオンの足先は第16使徒を捉える。

 着弾。

 非常識なまでの加速、過重とが第16使徒を潰し、そのまま山へと押し込む。

 爆発。

 

 

 

「また、地図を書き直さねばならんな」

 

 ポツリと感想を漏らす冬月コウゾウ。

 第一発令所正面モニターには、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機による攻撃と、第16使徒の爆発によって山が1つ消し飛んでいるのが映し出されていた。

 

「使徒の被害に比べれば安いものだ」

 

 何でもないとばかりに言う碇ゲンドウ。

 その顔は、ある種の漂白されたが如く脂っ気が無くなっていた。

 搾り取られているからでは無い。

 只、この己にとって救いの無い現実を受け入れつつあるだけであった。

 どうしよう(アーメンハレルヤピーナッツバター)、等との嘆息の言葉すら出ない有様の碇ゲンドウ。

 その姿に冬月コウゾウは、この世の儘ならなさを感じるのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14-epilogue

+

 弱点たるコアの無い、変幻自在の体とエヴァンゲリオンへの浸食が可能と言う恐るべき能力を持った第16使徒

 その最後は、山1つを巻き添えにして文字通りの爆砕であった。

 否、違う。

 山を金床として、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機と言う金槌によって叩き潰されたのだ。

 コアが無い ―― その全身の全てがコアであったとしても、その全てを文字通り焼尽(燃え尽き)させてしまえば問題は無いと言う、正に力技(パワーオブジャスティス)であった。

 

 金床となった山は大きく抉れ、火山ではないのに火口の如く灼熱化し、周辺の木々はなぎ倒されていた。

 正に惨状。

 或いは、第16使徒の脅威とエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の武威とを示す痕跡であった。

 

 

 

「温泉でも湧いてくれれば良い観光スポットになるんだけど」

 

「第3新東京の湯、かしら」

 

「そんな感じで」

 

 第16使徒戦を終えた日の深夜、現場責任者の二大巨頭たる葛城ミサトと赤木リツコは、気分転換としての珈琲ブレイクと洒落込んでいた。

 勿論ながらも場所は()()()()()()終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)の個室の一つであり、入り口に長期使用中とのプレートが下げられている部屋だ。

 かつては上品にまとまっていた室内も今では2人の仕事用の書類が乱雑に置かれ、パソコン用の様々な配線が床のカーペットを見えづらくしていた。

 止めは結構な大きさの、仮眠も出来るソファであろう。

 言うまでも無く私物、正確には赤木リツコが閉鎖されたNERV総司令官公室から持って来た高級革ソファである。

 実に座り心地が良く、仮眠にも最適である。

 尚、相方の葛城ミサトが何も私物を持ち込んで居ないのかと言えばさにあらず。

 大きめのイーゼルスタンドを持ち込み、今は走りに出られぬ愛車(アルピーヌ・ルノー A310)の油彩画を飾っていた。

 何とも言い難くなった内装に、この上級者用歓談休憩室を管理する総務部スタッフは部屋に掃除に入る度にモノ申したい気分にはなるのだが、何も言えずに居るのだった。

 この独占(ワガママ)が可愛いレベルであると言うのもあるし、原状復帰も簡単。

 そもそも、適正な占拠料を払っていると言うのも大きかった。

 とは言え2人のポケットマネーでは無く、作戦局と技術開発局の局経費ではあったが。

 

 取り敢えず、ぐだぐだな気分で雑談を交える2人。

 さもありなん。

 今回の第16使徒戦役が、当初想定されていた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンによる広域邀撃戦と言うモノが机上の空論であったと示す事となったのだ。

 それはもう大問題に発展すると言うものであった。

 国連安全保障理事会は第16使徒の能力の詳細、及び戦闘の推移に関する情報を早急に報告する様に人類補完委員会(SEELE)に対して厳命。

 SEELEはNERVに対して、可及的速やかに報告をまとめる様に厳命。

 そしてNERVの総司令官である碇ゲンドウは、葛城ミサトと赤木リツコに対して不眠不休の勢いで速報としての第1次報告書を纏める様に厳命したのだ。

 宮仕えの哀しさ。

 玉突き事故めいた状況であった。

 尚、厳命連鎖の発端となった国連安全保障理事会であるが、此方も安穏として居られるかと言えばさにあらず。

 各国の国会やらなにやらが紛糾しており、余裕がある訳では全く無かった。

 

 軽い分析入りの憶測率8割な第1報をまとめ上げた葛城ミサトと赤木リツコが気を抜いているのも仕方のない話であった。

 尚、使徒との戦いの事後処理に関して言えば、作戦局はパウル・フォン・ギースラーが局内を差配していた。

 軍部隊の様な第2位の権限者が居ない技術開発局は、事実上の第2位であった伊吹マヤが音頭を取って回していた。

 20代前半と言う、まだ若輩と言われても過言ではない伊吹マヤであったが、赤木リツコを尊敬し、その背中を見続けているのだ。

 赤木リツコの真似(擬き)をするのは難しいことでは無かった。

 又、完全な移籍をしていないが為、組織運営と言う意味ではご意見番めいた立場となっていた葉月コウタロウの協力を得ていたというのも大きいし、技術開発局のスタッフの平均年齢も若いと言う事も大きかった。

 

 兎も角。

 何とか回していますと言う状況報告(メール)を見て、赤木リツコは伊吹マヤを大尉配置辺りへの昇進と、技術開発局局長代行補佐と言う役職を与えようかと考えていた。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに関わる業務、調整やら協議やらが増えているのだ。

 であれば、自分を慕ってくる有能な人間を使うと言うのは悪い判断では無かった。

 

「マヤちゃん、潰れない?」

 

 心配げに言う葛城ミサト。

 階級が上がると言う重圧は、そうそう軽いモノではないと思えばこそであった。

 スナック感覚めいて、1年にも満たない時間で大佐にまで昇進した事からの感想とも言えた。

 だが、赤木リツコの反応は違う。

 

「潰さない為に、よ」

 

 取り敢えず、()に対しては肩書と言うのが効くのだ。

 舐められないようにすると言うのは大きな事であった。

 それも又、事実であった。

 

「今更にウチ(NERV)の看板相手に居丈高に来るバカっているの?」

 

「ウチは無理でも、出て来るのがマヤよ? まだ若い、階級も高いとは言えない相手であれば、ええ。責任者と話をさせろって言う奴も結構居るのよ」

 

「うわっ」

 

 技術開発のみならず、第3新東京市関連の設備の管理も担当する技術開発局は、それ故に外部との接触が多かった。

 NERV内であれば赤木リツコの愛弟子と言う事で一目置かれていても、外にまでは神通力は通じない。

 だからこそ、であった。

 

「そういう馬鹿を黙らせる一番簡単な方法が、階級って事よ」

 

 何かを思い出し、不快感に耐える様に額に深いしわを産んだ赤木リツコ。

 親友(マブ)のガチギレめいた姿に、何とも言えない表情となる葛城ミサト。

 

 と、そんな淀んだ空気となった個室(隔離室)に新しい客がやって来た。

 甘木ミツキだ。

 

「元気している?」

 

 何時もは余裕ある姿と言葉とを崩さない甘木ミツキであったが、今現在は疲れた顔で、学生時代の言動に戻っていた。

 

「元気な訳、無いでしょ」

 

 ソファに座ったまま、葛城ミサトが嘆息する。

 

「でも、1回目の報告書は終わったから良いじゃない」

 

 各部局に、確認の為としてメールで出したのだ。

 それを見て甘木ミツキはやってきたのだった。

 管理下に置いている子ども達の報告、と言う態での此方も息抜きであった。

 だから、部屋に入るや否や、ポケットから煙草を取り出し、何も言わずに火を点していた。

 繊細な子どもを相手にするのだ。

 甘木ミツキは、仕事中は禁煙する事を己に課していた。

 だが、喫煙者(ヘビースモーカー)たる赤木リツコと会って報告などをして来たのだから、煙草臭は仕方が無い。

 そういう話(カバーストーリー)であった。

 ストレスと言う事だろう。

 

「2人は大丈夫だった?」

 

「医務局の見立てでは、特に大きな心因性の問題は出ていないとの事よ。幻傷感による神経のパニック症状はあるけども、少しづつ回復傾向にあるとしていたわ」

 

 2人とは、即ち初陣である第16使徒戦で乗機に大きな被害を受けた霧島マナとヴィダル・エレーンである。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンから降りる際、大人の手を借り、タンカに乗せられていたのだ。

 

 魂が潰れた様な悲鳴を上げていた姿が脳裏に刻まれている葛城ミサトは、居たたまれないと言う風に顔をしかめていた。

 悪い。

 そう言って、逃避するが為に、甘木ミツキの持つ煙草に手を伸ばす。

 メンソール系の赤木リツコと違い、甘木ミツキのソレは香りが強いがタールも重い煙草だ。

 故に、こういう時には丁度良かった。

 香りに続いて、ガツンとしびれる様なニコチンが葛城ミサトを揺さぶる。

 

「取り合えず、ええ。良かったって事で」

 

「そうね」

 

「………ちなみに、レイの方は?」

 

「強いわよ。()()()()()

 

 エヴァンゲリオン4号機から降りる際、心配してやって来た渚カヲルに平素通りの(鉄面皮)で何? と首を傾げてみせたのだ。

 甘木ミツキの言う通り、実に強かった。

 自分の脚でしっかりと歩き、そしてケイジの入り口で待っていた惣流アスカ・ラングレーと勢いの良いハイタッチをしてみせていたのだ。

 四肢のいずれかの切断(断線)と言う衝撃が無かったとは言え、腹と腕脚の3カ所で浸食を受けていたのだ。

 にも拘わらずと言う辺り、文字通り格が違っていた。

 心配してまとわり付いてくるマリ・イラストリアスの頭を撫でる辺り、本当に何の影響も受けていないと理解させるものであった。

 

 担架で運ばれていく霧島マナとヴィダル・エレーンの姿を見ていた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は、第1小隊(ダブルのエース)たる碇シンジとアスカのみが別格な訳ではないと、改めて感じていた。

 否、綾波レイだけではない。

 渚カヲルやマリ・イラストリアスも戦いに際して別格の動きをみせていた。

 そして鈴原トウジ。

 鈴原トウジが搭乗するエヴァンゲリオン3号機は、その制御システムは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が乗る第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンとほぼ同じものであるのだ。

 にも拘らず全く別の、柔軟な動きをしてみせたのだ。

 訓練の時間の差などあるにせよ、敬意を抱くと言うのも当然であった。

 流石は適格者(チルドレン)である、と。

 

 とは言え、使徒の実物を見て、その出鱈目さを感じ、そして実戦で何も出来なかった事が深刻な無力感に繋がってもいた。

 自分たちは戦えるのか、と。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)士気(モラール)は最低の所に落ち込んでいた。

 だからこそ甘木ミツキ、支援第1課であった。

 

 突発的に、祝勝会の開催を決め込んだのだ。

 当然、子ども達の為だけのである。

 ジオフロントで、バーベキューと花火をやろうと言うのだ。

 甘木ミツキの上司にして豪胆さで知られた葛城ミサトも、流石に、一瞬、今するの? と絶句する荒業であった。

 

 だが、計算すれば悪い話ではない。

 保護監督のスタッフを入れても50人を越えない程度でのバーベキュー。

 しかもジオフロント内だから、警備も最小限度で良い。

 肉や野菜から食器類などの用意は総務部 ―― 食堂で用意すれば問題ない。

 その上でエヴァンゲリオンに絡んで顔を合わせている作戦局や技術開発局第2課スタッフなどにも、暇を見て言って貰って会話迄させれば第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の気分転換にもなるだろう。

 そもそも、先輩たる適格者(チルドレン)も参加するのだ。

 良い刺激ともなる筈。

 

 誠にもって悪い話ではない。

 今日に決めて夕()で開催すると言う超々強行スケジュールと言う事を考えなければ、であった。

 

『大丈夫なの?』

 

 バーベキュー開催に関する許可書類へハンコを押せとやって来た天木ミツキに、心配げに言う葛城ミサト。

 だが天木ミツキは座った目(ガンギマリ顔)で答えていた。

 

『大丈夫、大丈夫では無い、などは関係ないわ。やるのよ。子ども達の為に』

 

 嗚呼、正に子どもの守り手(母性のバーサーカー)であった。

 

 

「ミツキが来たって事は無事に終わったの?」

 

「取り合えずひと段落、今は花火と雑談の時間よ」

 

「……楽しそうね」

 

 少しだけ羨まし気に言う赤木リツコ。

 深く頷いている葛城ミサト。

 珈琲と、作戦局で備蓄していたお菓子だけで昼以降、頭脳労働(報告書作成)を乗り切って居たのだ。

 如何な赤木リツコとて、そう思うのも当然と言うモノであった。

 

「そう言えば、シンジ君とかウチの子(NERV本部所属チルドレン)たちってどうだった?」

 

「大人気よ」

 

 シンジや渚カヲルと言った美男子組は勿論、実戦で動いて見せた、そしてカラッとした空気を纏っている鈴原トウジも、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)女子組から人気だった。

 当然、アスカや綾波レイの方も、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)男子組から大人気であった。

 比率としては綾波レイが多い。

 これは、アスカが公衆面前でシンジとキスまで披露(の所有宣言を)していたと言うのが大きかった。

 対して綾波レイは、公式には独り者(フリー)であるのだから。

 それでもアスカにもシンジにも人が集まっている辺り、魅力的と言う事だろう。

 

「うわっ、行きたかったわー」

 

「そうね」

 

 若さ(青春のラブ)を見るのは心の健康に大変に良い。

 それが葛城ミサトと赤木リツコの共通見解であった。

 

 

 

 

 薄暗くなったジオフロント、その湖畔。

 そこでシンジとアスカはバーベキュー会から少しばかり離れていた。

 正確に言えば逃げていた。

 無礼講と言う事で、ぐいぐいと第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が絡んで来た為、アスカが限界を感じて離脱を決断。

 その際、鼻の下を伸ばしては居ないが、女の子集団に囲まれて困った風であったシンジの手を掴んで逃避行を実行したのだ。

 指笛やら、Evacuation de l'amour(愛の逃避行)なんて言葉を聞きながら、シンジの手を掴んだまま逃げ出す(一心不乱にランナウェイ)アスカ。

 

 少しだけ離れたお陰で薄くなった喧騒をBGMに、シンジとアスカは2人で湖を眺めていた。

 何か会話をする訳ではない。

 只、繋がっている手と手のぬくもり。

 小さくも聞こえる、相手の吐息が互いを穏かな気分にさせていた。

 

「こういうのも悪く無いわよね」

 

「そうだね」

 

 他人と居るのも嫌いではない。

 だけど、2人だけで居るのも悪くはない。

 シンジは、そっとアスカに体を寄せた。

 だがそれ以上にアスカが、手でシンジの体を固定する様に引き寄せた。

 手のひらだけではなく、触れ合った体が互いの体温を感じさせる。

 

 上を見上げるアスカ。

 星空は見えない。

 とは言え星々の様にも見える、天井都市(設備)の光が見える。

 

「アレじゃ、ロマンチックは無いわね」

 

「又、鹿児島に行こう」

 

 シンジの実家、隼人碇家のある一帯は霧島市市街地から少しだけ山の側にあり、星空が実に綺麗であった。

 

「そうね。でも、ドイツの冬の空も綺麗よ」

 

「そうだね」

 

 同意するシンジ。

 経済活動が不活発化した結果、ドイツを含めたヨーロッパの空気は産業革命以来の清浄さを取り戻していた。

 肌所か肺まで冷える様な冬の空は、それはもう綺麗であった。

 だが1番は、何処であろうとアスカと一緒に見る星だと思うシンジであった。

 

「一緒にね」

 

「そ、一緒ね」

 

 影は既に1つだった。

 そんな甘酸っぱい空気を漂わせている2人。

 

 そんな2人を、薄闇を貫く様に見ていた渚カヲルは独り呟く。

 

「さて、僕はどうするべきかな?」

 

 とは言え、別に1人と言う訳では無かったので、言葉を他人が拾った。

 鈴原トウジだ。

 

「ん? どうしたんや?」

 

「いや、平和だねって思っただけだよ」

 

 周りには第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は居ない。

 シンジとアスカが逃げ出した事で、監督役だった支援第1課のスタッフが、適格者(チルドレン)の側も気楽になれるようにと気を回した結果だった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の多くは今、花火に興じていた。

 

「そか。所でワシのお好み焼きはどうや!?」

 

「美味しいよ」

 

「そか!」

 

 バーベキューならお好み焼き(関西式)も居るだろうと強く主張し、鉄板を用意させての事だった。

 勿論ながらもソースやマヨネーズに主となる粉、小麦粉を溶いたモノや紅ショウガその他などは自分で用意していた。

 実にお祭り騒ぎ好きと言えるだろう。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)にも振る舞われており、好評を得ていた。

 渚カヲルの隣ではハムハムとマリ・イラストリアスが齧りついている。

 口周りをソースでべったり汚しているが、実に幸せそうな顔となっている。

 

「ああ、本当に。平和って良いよね」

 

 渚カヲルが零す言葉。

 それは心の底からの本音であった。

 とは言えその平和(幸せ)は、如何なる流れかいつの間にか花火大会に巻き込まれていた綾波レイが、集団から逃げ出してきて、何故、助けなかったのかと厳しい目(座った目)で見られた事で霧散する事になったが。

 

 否。

 それすらも、この孤独で生み出された渚カヲル(カール・ストランド)にとって幸せと言えた。

 自分を特別扱いしない友。

 ヒトとして扱ってくれる友。

 戦友。

 相方。

 それは、この渚カヲルと言う少年の魂にとって初めて得た、得難いモノであった。

 

 

 

僕はどうするべきか(To be Or Not to be  That is the question)、な」

 

 それは、心の底からの悩みとも言えるモノであった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#14こぼれ話)
 漸く終わった第16使徒戦。
 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)/第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの活躍の場って欲しいよナァ と思ってたらこーなりました。
 活躍した?
 うん、マァ、何だ。
 活躍はしたと思う。
 多分。
 きっと。
 めいびー。
 と言うか、当初プロットとは結構変わっているんですよねー
 もう少し綾波レイとエヴァンゲリオン4号機がピンチになると言うか、エヴァンゲリオン零号機が復活する予定だったりしたんですけど、作者の魔の手を見事に逃げ抜きやがりましたよエヴァンゲリオン4号機。
 え、レイですか?
 シュートなレイですので、自爆以外の選択肢が無いなら躊躇なく自爆りますけど、正直、今回の状況だと、そういう選択肢(ヒロイック)をする必要は無い訳でして。
 ええ。
 尚、当初プロットはSEELEのオジサンたちとゲンドー君の楽しい楽しい会議(↴↴↴)の予定でしたが、何と言うか、情報の揃わない当日に会議をする必要も無いっぺよー と言う事で今回の如く。
 ストロベリーな適格者(チルドレン)たち以外が酷い目に遭うのは本作の仕様ですったら仕様です。
 後、ストロベリーを優先した結果、シンジとアスカがこっそり発泡酒をくすねて飲んで、バレて怒られてと言うシーンが消えました。
 仕方ないね!
 ストロベリー最優先(えっへん

 ではでは。
 次の章にてお会いしましょう~







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱拾伍) ANGEL-17  TABRIS
15-1 Nightingale


+
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。

――旧約聖書     









+

 碇ゲンドウは今、ヨーロッパの秘密の場所に居た。

 言うまでも無くSEELEの本拠地である。

 薄暗いヨーロッパの空に抵抗する様な白亜に塗られた古い城館であったが、その中は最新のモノに手を入れられていた。

 その最たるモノが会議室である。

 SEELEの伝統を示す様な重厚な内装の部屋。

 黒地に赤抜きのSEELEの紋章は、最上位席たる議長キール・ローレンツの後ろの壁に掲げられている。

 SEELEの最下位(非常任議員)と言う事もあって、最初に会議室に入る事となった碇ゲンドウ。

 何時もの黒を基調としたNERV総司令官制服ではなく、SEELE上位者の制服たる緑色を基調とした正装をしていた。

 新しく与えられた正装は正しくSEELEメンバーたる碇家の当代(当主)を示すモノであり、この正装が与えられたと言う事は碇ゲンドウが正式にSEELEの一員として認められたと言う事を意味していた。

 国連安全保障理事会常任理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)に影響力を持ち、国際社会の裏側で縦横に力を振るっていたSEELEと言う組織の最上位に碇ゲンドウが昇りつめたと言う事だ。

 六分儀家と言う裕福とも言えぬ、名家の類には含まれぬ家の出の、上昇志向の強かった(野心に溢れていた)若かりし六分儀ゲンドウであったのならば、この上も無い到達点と言えるだろう。

 だが、今の碇ゲンドウはその様な心持ちを残して居なかった。

 碇ユイと結婚して足りるを覚え、そして奪われて以来は只々只管に夢見ていた。

 世界を天秤に乗せる野望と言うには、余りにもささやかな願い。

 地位も権力も、その願いを果たす為の道具でしかなかったのだから。

 だが、その願いは潰えつつあった。

 碇ゲンドウの願い(人類補完計画)

 それはSEELEの人類補完計画があればこそであり、その乗っ取りによって果たされるモノであったのだから。

 

 (生贄)となる神器としてのエヴァンゲリオン。

 そして9機の祭器(A.Tフィールド増幅器)としてのエヴァンゲリオン。

 2種類のエヴァンゲリオンがあって始めて人類補完計画は成ると言う計算だった。

 

 だが、祭器としてのエヴァンゲリオンは影も形も無かった。

 SEELEが秘密裏に用意しようとしていたが、その努力 ―― 備蓄していた資材その他は見事に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに食い散らかされていた。

 そもそもA.Tフィールドの増幅、地球全体を呑み込める程の事を成す為には主機として使徒の持つ(スーパーソレイド)機関を内臓させる必要があった。

 だが現在、(スーパーソレイド)機関の開発は未了と言う有様であった。

 別に頓挫した訳ではない。

 第3使徒から、多くの使徒のサンプルをNERVとしては確保しており、分析自体はそれなりに行えていた。

 原理、或いは理論構築までは見えて来ていた。

 とは言え、その先に進む事が出来ないでいたのだ。

 理由はただ1つ、単純な人手不足であった。

 当然である。

 使徒由来の技術である(スーパーソレイド)機関の開発技術者は、エヴァンゲリオンの開発/製造技術者と兼任している。

 使徒とエヴァンゲリオンとを良く知らねば、(スーパーソレイド)機関の開発は不可能なのだ。

 そして今、それらの科学者と技術者達は第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの製造と()()に掛かりっきりになっていた。

 技術開発である。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、実戦をする毎にNERV本部のエヴァンゲリオンとは異なると言う事を露呈し、限界を示し続けていた。

 だからこそ、現状打破の為に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの性能向上は常に国連安全保障理事会から厳命されていたのだ。

 そして監視もされていたのだ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの手を抜いて(スーパーソレイド)機関の開発など出来る筈も無かった。

 又、贄たるエヴァンゲリオンの側にも問題があった。

 贄の予定とされていたエヴァンゲリオンは、エヴァンゲリオン初号機かエヴァンゲリオン弐号機とされていた。

 少なくともSEELEとしては、であった。

 碇ゲンドウとしては、己の人類補完計画の為にはエヴァンゲリオン初号機で行われねばならぬのだが、現時点で、そこは問題ではない。

 重要なのは機体ではなく、機体に乗る適格者(チルドレン)であるのだから。

 即ち、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーである。

 儀式に使われるエヴァンゲリオンに乗った適格者(チルドレン)の絶望 ―― 希死念慮(デスドルトー)(トリガー)として、人の持つ個体保持力(A.Tフィールド)を世界規模で分解し、1つにしようと言うのが人類補完計画であるのだから。

 そして、SEELEの人類補完計画では、1つとなった人類は知恵の実を持ったシト(リリスの子たるリリン)として純度を高め、そこに命の実を持ったシト(アダムの子たるマルアハ)と合一する事で、知恵の実と命の実を兼ね備えた新しいヒト(原罪なき命)として再誕する予定であった。

 無理である。

 今のシンジとアスカに絶望など欠片も見られないのだから。

 碇ゲンドウは断言すら出来た。

 この2人、絶望的状況になっても()()()()()()()()()()()()と。

 己の子飼いたるNERVの暗部(アンダーグランドユニット)、戦略調査部特殊監査局諜報2課からの報告書でそれを痛感していた。

 シンジは、躊躇なく己の顎を叩き割るような性根をしているのだ。

 絶望する様には見えなかった。

 第12使徒に取り込まれた際の行動を見れば、それが誤って居ないだろうと確信すら出来た。

 ではアスカはどうかと言えば、此方も難しかった。

 NERV本部に赴任して来るまでは、不安定な部分を持っていた。

 生みの母の縊死を起点とした自己の存在肯定力の低さと、低さに由来する過度なまでのエヴァンゲリオンへの依存。

 SEELEが人類補完計画の鍵として選ぶのも当然と呼びうる、()()()が済んでいた。

 だが、それらは全て過去形である。

 不安定な面を持っていたアスカと言う少女は、シンジと言う相方を得た事で高い人格的な安定性を見せていた。

 自己肯定力の改善である。

 自己を肯定できるからこそ他人に対する寛容を生じさせ、攻撃性を治めさせる効果を発揮したのだ。

 それは、諜報2課による報告書にも表れていた。

 アスカがNERVや学校などで会話(雑談)をする相手が増えていっているのだ。

 喧嘩沙汰は、口喧嘩すらも減少していた。

 他人との関係性が良好なモノへと転じていっていたのだ。

 だがそれは弱くなった訳ではない。

 それは、第13使徒襲来に前後してNERVドイツ支部に出向していた際の出来事、愚かなギード・ユルゲンスとの衝突に現れていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう言う話であった。

 とは言えシンジと違い女性(女の子)であるのだ。

 碇ゲンドウは趣味ではなかったが、心を折る為として最悪の手段(性的な暴行)を行った場合も検討させた。

 答えは(ネガティブ)であった。

 一時的な傷は追う事になるが、決して折れる事は無いだろう、と。

 自己否定(デスドルトー)に繋る事無く、躊躇する事無く、容赦する事無く、一遍の容赦もなく報復を実行すると纏められていた。

 本当の意味で強かった。

 そして、相方(バディ)たるシンジはそんなアスカの背を支え、全力で報復に協力するだろう、と。

 だからこそアスカは折れないだろうとも書かれていた。

 諜報2課からの報告書では、シンジとアスカはクソ甘い青春(ストロベリーライフ)を送っている。

 碇ゲンドウをして、この報告書を読む際には砂糖抜きの珈琲を用意する始末であった。

 鬱屈の多い青年期を送っていた六分儀ゲンドウと言う人間からすれば、怨嗟の的(死んでくれ、どうぞ)ですらあった。

 だからこそ、2人が鈍る事を碇ゲンドウも期待していたのだが、先の第16使徒戦を見れば、その考えが如何に甘いか良く判ると言うものであった。

 シンジとアスカ。

 2人は最良の相方を得た事でONとOFFの劇的な切り替えが出来る様になったと言うだけであった。

 

 是非も無い(どうにもならぬ)

 

 情婦である赤木リツコのストレス発散で絞られていると言う事もあったが、碇ゲンドウがある種の厭世的な気分になるのも当然であった。

 否、絞られるだけならば逆転を狙えば良い。

 男の尊厳を守る薬は多いのだから。

 だが、問題は絞られるだけではないのだ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに関して国連安全保障理事会との折衝で奔走していたのだ。

 朝令暮改めいて出されて来る色々な要求。

 要求を実現する為の実行計画を立案し、部下を指揮し、或いは各NERV支部や各国のNERV(NERV本部非管理下のNERV)との折衝を繰り広げていたのだ。

 SEELEが比較的静かだからまだマシであったが、如何な碇ゲンドウとて消耗すると言うものであった。

 

 

 漂白された様な顔でSEELEの円卓、その席に座っている碇ゲンドウ。

 薄く空いた口の隙間から魂が抜け出た様な顔であり、色の濃ゆいサングラス越しであっても、表情が悪いと判る姿であった。

 

 呆然自失めいた状態にある碇ゲンドウ。

 対して、碇ゲンドウに続いて会議室に入って来たSEELEのメンバーたちの表情は良かった。

 顔にも全身にも疲労が強くこびり付いていたが、表情は明るかった。

 それに気づく事無く、碇ゲンドウは呆っとしていた。

 

「全員、揃ったようだな」

 

 SEELEの議長たるキール・ローレンツが重々しく口を開いた。

 いつの間にか円卓は全ての席が埋まっていた。

 何時ものデジタル会議に出席するキール・ローレンツSEELE議長を含めた5人の常任理事だけではなく12名ものSEELEメンバーが揃っている。

 碇ゲンドウを含めれば13人。

 それがSEELEの最高意思決定機関、評議会の総員であった。

 

 碇ゲンドウの意識が今に焦点が合う。

 キール・ローレンツを見た。

 

「…?」

 

 気付いた。

 驚く碇ゲンドウ。

 キール・ローレンツが、特徴的な視野強化バイザーを外していたのだ。

 SEELEの議長としての権威付け(威圧目的)でもあって目元を隠していたのだが、それを外していたのだ。

 何か在ったのかと内心で慌てる碇ゲンドウであったが、SEELE評議会は粛々と進行した。

 改めて、SEELE評議会の正式メンバーとなった碇ゲンドウ紹介。

 各メンバーの業務の報告。

 それらは、文字通りに可もなく不可もなしと言う塩梅であった。

 だからこそ碇ゲンドウは内心で首を傾げた。

 このSEELE評議会の定例会が、常のデジタル会議の形式で行われない事を訝しんだのだ。

 碇ゲンドウに、滅多に無いSEELE本部への召集命令が出ていたにも関わらず、と。

 

 その理由が最後に開示された。

 

「さて、同志諸君。最後に最終決定を宣言する」

 

 キール・ローレンツの言葉に誰もが居住まいを正した。

 12対の目。

 その全てに見返し、そして言葉を発する。

 

「SEELEは現時刻を持って人類補完計画、その現行案を放棄する」

 

 歓声が挙がった。

 誰もが限界(マヂもう無理)を察していたのだ。

 碇ゲンドウが持っていた情報は、SEELEも持っていた。

 そして国連安全保障理事会常任理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)にやいのやいのと圧される日々にも疲れを貯めていたのだ。

 人類補完計画を放棄すると聞いて、ヨーロッパの未来を心配するよりも安堵の声を漏らしてしまうのも仕方のない話であった。

 しかも、である。

 人類補完計画が()()()()()()()()()()が高い事が判明していたのだから、この反応も当然であった。

 それは第15使徒との戦いの事であった。

 第15使徒戦時、第15使徒とエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の2機の間で行われた大規模なA.Tフィールドの衝突。

 互いのA.Tフィールドを打ち消し合おうとして、そして余波が大きく広がった。

 それが齎したのは、影響下にある人間のA.Tフィールドの減衰/消失現象であったのだ。

 最悪の状態となった人はLCL化したソレは、ある意味で人類補完計画と同じであった。

 個を捨てて一へと統合された姿。

 だがそれは安寧を齎すモノでは無かった。

 その場に臨席し、経験したキール・ローレンツは言う。

 気が狂いそうになった、と。

 他人と心が繋がると言う事は、ある意味で牧歌的なSEELEが考えていた様な人と人との垣根が低くなるなどの様な甘いモノではなかったのだ。

 あまたの感情。

 あまたの気持ち。

 あまたの思考。

 何の制限も無い儘にぶつけられる他人の心と言うものは途方もなく大きかったのだ。

 心が真っ黒に塗りつぶされるが如く。

 個が潰されるが如く。

 しかも、人類補完計画のキモである所の一から個への復帰が為されない可能性も、判明していた。

 第15使徒との戦いで発生した人間のLCL化、そこから帰って来た人間は現時点で一人として居ないのだ。

 である以上、人類補完計画は壮大な自殺になりかねない。

 そういう分析がSEELEの人類補完計画研究部門から上がって来ていた。

 疲労だけではない、理屈としても現行の人類補完計画は実行不可である。

 それがSEELEの決定であった。

 

 キール・ローレンツの宣言に穏やかな表情となったSEELEのメンバー、だが碇ゲンドウは、予想されていたとも言える衝撃に呆然としていた。

 そんな碇ゲンドウを労わる様にキール・ローレンツが声を掛ける。

 

「新しきSEELE、ゲンドウよ。君の今までのSEELEへの献身と努力を評価する。それが徒労として終わる事は衝撃であろう。今は暫し休むと良い。だがSEELEは歩みを止めない。これからも君の献身を期待する」

 

「……はっ、はい。全てはSEELEの為に」

 

「おいおいゲンドウ。忘れているぞ。今は君もSEELEだ」

 

「左様。SEELEの一員として今後は献策ではなく、提案をしていかねばならぬ」

 

「ゆめゆめ、忘れる事の無い様にな」

 

「はっ、有難く………」

 

 状況の変化が飲み込み切れない碇ゲンドウは、唯々、掛けられる言葉に呆然とした態で謝意を口にするのだった。

 

 

 

 SEELEの評議会員が去った評議会室。

 そこにはキール・ローレンツと碇ゲンドウだけが残っていた。

 

「ビジネスの話だ、ゲンドウ」

 

 手元に用意された珈琲、その匂いを味わいながらキール・ローレンツが口を開く。

 その意図を碇ゲンドウも誤解しない。

 

「使徒対策ですな。しかし__ 」

 

「そうだ。裏死海文書から読み取れる使徒の数は1()4()体。故に使徒の襲来は先の第16使徒で終わる話となる」

 

「………はい」

 

 南極大陸の地の底にあった白き月。

 その白き月にアダムと共に眠っていた使徒と呼ばれる存在(アダムの子たるマルアハ)は14体であるとされていた。

 結果として大災害(セカンドインパクト)を引き起こした葛城調査隊でも、それは確認されていた。

 最早、使徒は来ない。

 それは事実の筈であった。

 キール・ローレンツは、それを否定する。

 

「だが、例外が生まれる。第17の使徒だ」

 

「と仰られますと?」

 

「アダムの欠片、それを基に人間(リリン)の遺伝子を組み込む形で生み出された試験体。アダムの人為的な再現を図った、言わば人造の使徒だ」

 

「その口ぶりからするに人型、人間に見える使徒と言う事ですか………厄介な存在ですな。であれば、そのアダムの再現体の撃滅を持ってNERVはその歴史的役割を終えると言う事ですか。所在はSEELEの研究所でしょうか?」

 

 最後の使徒を相手に、如何にして楽に勝つか。

 碇ゲンドウもNERV総司令官、使徒と闘う現場の人間であった。

 だが、キール・ローレンツは凄く渋い顔をする。

 何とも言えない顔をする。

 

「………に居る」

 

「は? どの研究所でしょうか??」

 

「研究所では無い。第3新東京市だ」

 

「はぁっ?」

 

「カール・ストランド、今は渚カヲルと名乗っていたな」

 

「6号機パイロットですな?」

 

「察しが悪いなゲンドウ。そのフィフスチルドレンたる渚カヲルが使徒だと言っているのだ」

 

「………第3東京市に、NERV本部に、ジオフロント(リリスの前庭)に居る?」

 

 恐る恐ると確認する碇ゲンドウ。

 顔が青い。

 キール・ローレンツの言葉が正しければ、NERV本部は既に使徒(第17使徒)に侵攻されている様なものなのだ。

 当然の反応であった。

 対するキール・ローレンツは重々しく頷く。

 

「そうだ。当初は使徒としての意識、その覚醒の兆しも無かった。そしてパイロット不足と言う事もあって戦線投入をしたのだ」

 

「なんと………」

 

「だが先ほど、渚カヲルから連絡があってな。使徒としての意識が目覚めた、と」

 

「!!!!!!」

 

 言葉にならない声で碇ゲンドウは絶叫していた。

 

 

 

 

 

 第3新東京市ジオフロント。

 NERV本部の本丸と言って良い場所だ。

 時間は夜。

 夕闇に沈んでいる人が完全に管理している空間。

 その中でシンジは渚カヲルに誘われて夜の散歩をしていた。

 

「んん~ん~ん♪」

 

 鼻歌交じりに歩く渚カヲル。

 シンジも風呂上りの良い気分転換だとばかりに付き合っていた。

 共に、薄灰色の訓練服(スウェット)姿だ。

 伸縮性の高い素材で出来ているので、寝間着としても使われていた。

 こんな時間にシンジがNERV本部に居る理由。

 それは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が原因であった。

 シンジだけでは無い。

 アスカや他の適格者(チルドレン)も最近はNERV本部に泊まり込みをする事が多かったのだ。

 待機としてではない。

 先の第16使徒との戦い、その影響であった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、文字通りの初陣であったとは言え不甲斐ない結果(3機参戦中2機中破)を残したが為、NERV本部での訓練が決定していたのだ。

 シンジ達適格者(チルドレン)と一緒に訓練し、練度上昇を狙おうというのだった。

 そして、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)には夜の座学などもある為、地表に家があるシンジ達も泊まり込みをする事があったのだ。

 現在、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の選抜者9名がNERV本部に滞在していた。

 全員で無い理由は、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンをNERV本部が収納(ケイジで整備)できる限界からであった。

 

「歌は良いね。歌は心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ」

 

まっこて好きなこっちゃが(本当に好きなんだね)

 

 渚カヲルの鼻歌はクラシック曲(ベートーベン交響曲第9番)に始まり、各種のポップやラブソング、果ては演歌までも網羅していた。

 アスカを筆頭にした第3新東京市市立第壱中学校のクラスメイト達が面白半分に教えた結果であった。

 とは言え本人はとても楽し気であった。

 そして楽しそうだからと、誰もが音楽を持ち寄って居たのだ。

 歌は文化(ヤック・デカルチャー)

 最近は第壱中学校の合唱部に顔を出したり、或いは弦楽器(チェロ)を弾けるシンジを巻き込んでバイオリンを片手にジオフロントの片隅で二重奏(ディオ)を楽しんでもいた。

 否、最近は弦楽四重奏(カルテット)に成りつつあった。

 アスカが自分を忘れるなとばかりにバイオリンを持って乱入し、アスカに連れられて綾波レイも参加する様になったのだ。

 アスカは嗜み(教養)の一環として学んだことがあったが、綾波レイはズブの素人であった。

 だが、アスカやシンジが楽しそうにするのにおいて行かれるのは寂しいと参加する様になっていたのだ。

 4人でとなるとシンジがチェロ、バイオリンがアスカとアスカに師事する綾波レイと言う形となり、渚カヲルは玉突き事故めいてヴィオラとなっていたが。

 だがそれでも渚カヲルは笑顔だった。

 歌が、音楽が好きだし、その歌を誰かと共に作り出すと言う事が楽しかったからだ。

 

「僕はシンジ君に逢えて幸せだったよ。君に、君たちに逢えたと言う事は僕にとって何にも代えがたいモノだ」

 

 渚カヲルの脚が止まった。

 それはジオフロントにある湖、その手前の事だった。

 漏水が溜まった湖は生き物の気配が殆ど無く、どこまでも静謐であった。

 

「シンジ君」

 

 シンジの名を呼び、そして口をつぐむ渚カヲル。

 常とは違う雰囲気。

 常であればうっすらと笑っている口元(アルカイックスマイル)が、堅く引きしまっている。

 目つきが違っていた。

 攻撃的と言う訳ではない。

 只、緊張感をシンジは感じた。

 だからこそ、声を発する。

 

ないな(どうしたの)?」

 

 沈黙。

 沈黙。

 沈黙。

 そして、ゆっくりと言葉を吐いた。

 

「僕が使徒だって言ったらどうする?」

 

 シンジが静かに眉を跳ねさせた。

 

 

 

 

 

 




2023.09.03 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15-2

+

 夕闇に沈むNERV本部ジオフロント大空間。

 その浸出水が生み出した湖の畔で対峙している碇シンジと渚カヲル。

 

「僕が使徒だって言ったらどうする?」

 

 渚カヲルの言葉。

 シンジは、その意味を考える。

 冗談の類では無い事は、その真剣なまなざしを見れば判る。

 使徒だって言ったらと言う事は、即ち、自分は使徒だと言っているのだ。

 だから判らなくなる。

 

 使徒、人類の敵でありシンジが相方たる惣流アスカ・ラングレーや他の仲間たちと共に打ち滅ぼしてきた相手。

 即ち()

 単純に考えれば自分は敵であると言う宣言になるかもしれない。

 だが同時に考えるべき事がある。

 敵を討ち滅ぼす為に協力した仲間には渚カヲルも含まれて居たのだ。

 渚カヲルが星を挙げた(使徒を単独撃破した)事はない。

 だが、その戦いぶりは誠実であり、その戦意に疑う余地等なかった。

 少なくともシンジには感じられなかった。

 だからこそ、自分が使徒であると言う言葉の目的が判らなくなる。

 敵であると言うならば、こんなタイミングで告げる理由が判らない。

 今、この場でシンジを使徒の力(A.Tフィールド)で排除したとしても、即、そのA.TフィールドはNERV本部のセンサー群によって察知され、他の(チルドレン)が乗るエヴァンゲリオンによって排除されるだろう。

 シンジは使徒撃破に於いて多数を討ったエースだ。

 そのシンジを真っ先に排除するのは正しい所があるのだが、だがシンジと同格のアスカが居るのだ。

 である以上、シンジだけを討つと言うのはある意味での()()()()と言えるだろう。

 だから判らない。

 そもそも、渚カヲルの目に、雰囲気に敵意めいたモノは見られない。

 判らない。

 判らないからシンジは、素直に渚カヲルに尋ねた。

 

ほいでカヲルサァ(ならカヲル君)おはんは敵やっとな(君は僕の敵なの)?」

 

 対して、尋ねられた渚カヲルは安堵する様に大きく息を吐いた。

 何時もの笑み(アルカイックスマイル)ではなく、胡散臭さの無い笑みを浮かべて口を開く。

 

「ホント、シンジ君はシンジ君だよ」

 

ないがな(何をいってるんだよ)?」

 

「好きって事さ」

 

 首を傾げるシンジ。

 とは言え、感情の読める(A.Tフィールドで感じられる)渚カヲルからすれば本音であった。

 

 シンジは渚カヲルの言葉に疑問を持った。

 だが同時に、無条件で渚カヲルを敵だと警戒しなかった。

 敵と定めればどこまでも苛烈に戦えても、同時に、敵か味方かが定まる迄は相手に攻撃しようとしないシンジは()()()()()()()()()だと言う事だ。

 シンジは、シンジだけではなくアスカや他の子ども達。

 子どもを戦いに使いつつも心を砕く葛城ミサトや赤木リツコ、或いは天木ミツキといった大人たち。

 無論、悪い人間は居る。

 渚カヲルを生み出したSEELEや、碇ゲンドウといった人々を全肯定するのは無理だ。

 だがそれでも、否、そこも含めて人間(リリン)とは素晴らしい。

 そう渚カヲル(第17使徒)は思って居たのだ。

 その思いが実証された。

 人間(リリン)は優しい。

 そう言う願いが実証されたのだから。

 

 とは言えシンジからすれば首を傾げる話であった。

 付き合いが深いながらも永いとは言えない癖のあるこの友人が、割と素っ頓狂な事を仕出かす、言うのは平常運転であったからだ。

 自分が使徒とか言い出すのは限度を超えると言うのが本音であった。

 雰囲気から察するに敵では無さそうだと思いつつ言葉を連ねる。

 確認は大事だからだ。

 但し、正面から返されぬ為に少しばかり目つきが厳しくなっているのはご愛敬。

 

ほいで何やっとな(それで何が言いたかったの)?」

 

「ん、ごめんごめん」

 

 シンジの感情が読める渚カヲル。

 流石に詫びを口にして、それから説明する。

 文字通りである、と。

 渚カヲルたる自分は、同時に使徒である。

 使徒として目覚めたのだが、シンジや人類への害意は無いとも続けた。

 

「………最初からじゃなかったとな(最初から使徒だった訳じゃないって事)?」

 

「うん。ハッキリしなかった」

 

 作り出された適格者(ビメイダー・チルドレン)と言う自覚はあった。

 親の記憶は勿論、幼少期の記憶すら無いのだ。

 当然と言えるだろう。

 

 渚カヲルと言う存在の意識は、2つの側面から成り立っていた。

 人間としての素直な部分。

 使徒としての観測者としての部分。

 どちらか一方で渚カヲルと言う訳では無い。

 どちらかが主従として優先される訳でも無い。

 繋がっているようでいて繋がっていない。

 そんな曖昧模糊とした部分があった。

 だからこそ、感覚的に近いモノを感じていた綾波レイと薄ぼんやりとではあったが通じ合った部分があった。

 自分の中に、自分では無いモノが存在する感覚。

 それが、急に繋がったのだ。

 だからこそ、適格者(チルドレン)として使徒を敵と意識してきていた人間としての渚カヲルの意識が一杯一杯になった(オーバーフローした)のだ。

 

じゃっとな(そうなんだ)じゃったら良かがな(なら、問題無いんじゃないかな)

 

 ある意味でシンジに自分が使徒だと告げたのは、ヤケクソめいた行為(もうどーにでもナーレー)であったのだ。

 それをシンジは、軽く受け入れたのだ。

 ()()()()()()()()()()()

 実にシンジと言う少年らしい言葉であり、ある種の(敵か味方かしかない)乱暴な言葉であったが、渚カヲルと言う寄る辺の無い少年の背中を支えてくれる言葉であった。

 

ないな(どうしたの)!?」

 

 慌てるシンジ。

 さもありなん。

 渚カヲルは笑いながら涙をこぼしていたのだから。

 

 

 

 

 

 渚カヲルは使徒である。

 シンジにとっては付帯的な情報(最優先は敵か味方)であったが、他の人間はそうも行かない。

 その程度はシンジとて理解していたので、先ずは相方たるアスカに報告した。

 アスカの反応は、渚カヲルを頭の天辺から爪先まで数往復する勢いで見て頷くのであった。

 さもありなん。

 変わった所があったので、ま、そう言うモンだろうなと言う事であった。

 NERVドイツ支部で秘匿的に製造された人造(ビメイダー)と言う部分に関しては、もう先にマリ・イラストリアスと言う先輩格が居るのだ。

 どこも非人道的なのねと呆れるだけで終わっていた。

 渚カヲル、何とも拍子抜けした顔で受け入れられたことに感謝を述べるのだった。

 最大の難関とも言えたアスカが拍子抜けする感じで終わった為、後の適格者(チルドレン)にはシンジもサクサクと公開していった。

 綾波レイは今更に何を言っているのかと首を傾げ、マリ・イラストリアスは仲間が増えたと笑っていた。

 只、鈴原トウジだけが、そんなに簡単に受け入れるものであるかと自分以外の仲間たちを見るのであった。

 渚カヲルは良い友人であるし、野球(トラ)話も嫌な顔一つせずに聞いてくれる得難い奴であり、それを受け入れる事に否定は無いが今まで戦ってきた相手だぞ。

 殺し合いをしていた相手だぞ。

 良いの(ええんかい)? と。

 ある意味で実に常識的反応を見せていたが、状況はそんな鈴原トウジを置いてけぼりにして加速していく。

 

 上長への報告である。

 即ち葛城ミサトへの報告。

 これに関して少しだけシンジは悩んだ。

 葛城ミサトと言う人間の、使徒と言う存在に対する敵意をよく理解するが故であった。

 使徒である。

 だが、敵では無い。

 さてさてどう説明するべきかと頭を寄せ合おうとした時、渚カヲルは綺麗な笑顔で言った。

 

Go for broke(当たって砕けろ) だよ」

 

 満ち足りた笑み。

 シンジを筆頭に縁を繋いだ適格者(チルドレン)の誰もが渚カヲルを認め、信じてくれたのだ。

 純粋な所のある、この渚カヲルと言う人間(使徒)にとって、それだけで十分に満足できる話であった。

 だから、もう、後はどうでも良かったのだ。

 故にシンジ達が自分の言葉を理解する前に、頭を突き合わせて相談をしている間に渚カヲルは内線電話を取った。

 宛先は勿論ながらも戦術局、葛城ミサトの机だ。

 

 1コール。

 

 2コール。

 

 3コール。

 

『なに?』

 

 葛城ミサトが出た。

 機嫌が良いとは言えない声なのは、残業三昧(ビールの飲めない日々)であるが故の事だった。

 

 第16使徒との戦いで不甲斐なさを満天下に示す事になった第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 故に、国連安全保障理事会は状況是正(戦闘力強化)の指示を出してきた結果だった。

 葛城ミサトからすれば、馬鹿かと阿呆かとと言う話である。

 建造前より既に、()()()()()()()()()()()()である事を示し、運用計画も上げていたのだ。

 にも拘らず、今更に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが正規エヴァンゲリオンとは違うのは困るだの、出来れば同じ水準で戦える機体にして欲しいだのなぞ、無茶を言うなと言う話であった。

 今、赤木リツコは第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの性能向上に必要とされる予算、工期、その他を見繕っていた。

 否、赤木リツコだけでは無い。

 技術開発部エヴァンゲリオン関連部署の人間は、怒り心頭で見積もりを作り上げていた。

 そして葛城ミサト。

 此方は、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの操縦者たる第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の再訓練プログラム作成に関して作業であった。

 旧訓練プログラムや現訓練プログラム。

 だが、何とはなしに国連安全保障理事会は嘴を挟んでくるのだ。

 お陰で、都合5回目の訓練プログラム修正作業と相成っていた。

 初期計画。

 鈴原トウジの訓練内容を基にした第2計画。

 第2計画の訓練スケジュールが遅い(のんびりし過ぎている)し、到達点をもっと高くするべきと、精兵(エリート)たるアスカの訓練内容を基にした第3計画。

 だが、立案してみると付いていけない内容(合格率0.1%のふるい落とし式)となったので計画の概要段階で第3計画を中止し、より穏当な第4計画が立案された。

 第4計画は、比較的初期計画に近い内容に戻って居たが、国連軍との共同戦闘が余り考慮されていないのが問題であると指摘され、今、第5計画を必死になって立案中となっていたのだ。

 紆余曲折、七転八起、朝令暮改が多すぎて、それはもう葛城ミサトもヤサグレると言うものであった。

 

「少し報告があったから」

 

 声だけでも判る不機嫌な葛城ミサトに、それでも笑顔で言葉を紡いでいける渚カヲル。

 実に強い男の子であった。

 とは言え、それはある意味で葛城ミサトが折れると思えばこその部分もあった。

 

『あ、カヲル君? どうかしたの??』

 

 声は急に穏やかになる葛城ミサト。

 適格者(チルドレン)の6人で一番の常識人枠を渚カヲルは得ているのだから。

 否、全員が良い子である事には間違いはない。

 だが同時に、少しばかり癖があるのだ。

 

 知性派であるのだけども根っ子で脳筋気味(舐める奴ァ潰せ)なシンジとアスカ。

 時々、突飛な事をする綾波レイ。

 関西なノリに、どう反応するべきかを考える時がある鈴原トウジ。

 人間としての常識を学習しようねと思うマリ・イラストリアス。

 葛城ミサトがある種の渚カヲルに安心を抱くのも当然の話であった。

 だが、その安心を今、渚カヲルが叩き壊す。

 

「報告する事が出来まして」

 

『何が?』

 

「僕、どうやら使徒だったみたいです」

 

 テヘッという(オノマトペ)が付いてそうな、呑気な声。

 だがそれは、N²爆弾級の破壊力を持っていた。

 

『ハァッ!?』

 

 

 

 

 

 渚カヲルのN²爆弾級カミングアウト。

 それがNERV本部を揺らす ―― 事は無かった。

 余りの重大事に葛城ミサトが緘口令を敷いたからだ。

 知っているのは適格者(チルドレン)5人と葛城ミサト、それに泣きついた赤木リツコだけであった。

 作戦局のスタッフは勿論、天木ミツキにも教える事はなかった。

 取り合えず、先ずは確認。

 確認してから、と言う事だ。

 当初は、即、NERV本部で尋問となっていたが、NERV本部の主要施設は地下空間(ジオフロント)にあるのだ。

 使徒を迎え入れてする事ではないと、冷静になった赤木リツコがツッコみを居れていた。

 だから、尋問場所に選ばれたのは地上、それもNERV本部内にも情報の出ない場所が選ばれた。

 葛城ミサトの自宅である。

 

 散乱するビール瓶。

 ビール缶。

 下着。

 チラシやら新聞紙。

 弁当がら。

 最近の葛城ミサトの生活の荒れっぷりが良く判る有様であった。

 ストレスと手早い入眠手段としてアルコールを摂取し、食事もシンジ達と合わない(シンジ宅に突撃出来ない)のでコンビニ飯と言う有様。

 風呂は入るけども洗濯が出来ないので、制服はNERV近くのクリーニング屋に放り込み、下着に至っては量販店で安物を買っての使い捨てめいた状況。

 正に寝る為にだけ帰る家。

 同居人たる温泉ペンギンのペンペンは、只今、NERV本部D配置職員(アルバイター)たる洞木ヒカリに預けていた。

 

「チョッち、散らかってるけど御免ね」

 

 葛城ミサト。

 その面の皮の厚さは本当に見事なものであった。

 そして、同行していた赤木リツコは親友(マブ)のこのザマに、唯々、溜息をついていた。

 

 チョッとばかし揮発したアルコール臭いの強い室内で、始まる渚カヲルの尋問。

 キッチンの4人掛け机の上だけが片付けられ、座る4人。

 渚カヲル、葛城ミサトと赤木リツコ。

 最後の1人は、渚カヲルに付き添いとしてのシンジであった。

 尚、アスカや他の適格者(チルドレン)はNERV本部での待機であった。

 ()()()()()()()()、である。

 今までの実績もあるので渚カヲルを信用しない訳では無いが、それでも、葛城ミサトにも責任があったのだ。

 

「さぁ始めましょうか」

 

 宣言する葛城ミサト。

 表情だけはキリっと引き締まって居たが、壁際に乱雑に置かれたビールの空瓶が何とも言えない風情を醸し出していた。

 

 

 

 渚カヲルの尋問。

 当人が語った内容はシンジ達に言った事、そのままであった。

 NERVドイツ支部で生まれた(作られたた)

 人造適格者(ビメイダー・チルドレン)として、エヴァンゲリオン6号機を操る為にNERV本部に派遣されてきた。

 使徒と闘う事に疑問は無かった。

 時々、自分が自分では無いと感じる様な事があった。

 等々である。

 そして今日、急に自分が使徒、最後の使徒であると言う自覚をもったと締めていた。

 

「…………使徒、ね」

 

 ふわりと浮いている渚カヲルの姿を見れば、それを疑う事など出来なかった。

 A.Tフィールドも張ってみせたりもしている。

 赤木リツコが、その権限に於いてMAGIの緊急点検と再起動を命令し、一時的にNERV本部の対使徒探知網を無力化させての事であった。

 

「で、人類にナニか思う事が浮かんだりするの?」

 

 確認といった形で尋ねる葛城ミサト。

 もう色々と面倒くさくなって、実直に聞いていた。

 とは言えある程度は確信していた。

 もし、その気があったならばNERV本部内で起こしていただろう、と。

 それに渚カヲルも答える。

 使徒としての、内側の気持ちを正直に吐露する。

 それは寂しさであり、同時に敗北感である、と続けた。

 

「寂しさ?」

 

 赤木リツコが口を挟んだ。

 敗北感は判る。

 先の第16使徒すら、シンジとアスカによって一方的かつ圧倒的に叩き潰されているのだ。

 それまでも、酷い目に遭い続けているのだ。

 そういう気持ちを抱くのも当然かもしれない。

 だが、寂しさは判らなかった。

 使徒とは個であると言う推測が為されていたからである。

 

「父たるアダム、その懐たる白き月が失われた。その結果、使徒は寄る辺の無い存在になり果てている」

 

 黒き月、NERV本部へと遣ってくるのは、寄る辺を求めての事だというのだ。

 それから色々な事を渚カヲルは赤木リツコに語った。

 知の暴走めいた質問の数々。

 それを横目に葛城ミサトは深い深いため息をついていた。

 

だいじょんな(大丈夫です、ミサトさん)?」

 

「ま、良いわよ。敵対的でない使徒ってだけで十分よ」

 

 労わるシンジに返す、葛城ミサトのヤケクソめいた言葉。

 渚カヲルは使徒であるが敵対的では無い。

 しかも最後の使徒だというのだ。

 であれば残業なども来なくて万々歳だと、面倒くさいと言う気分を全身から出しつつ零す。

 

「後は___ 」

 

 責任者は責任を取る為に居る。

 葛城ミサトは作戦局の責任者とは言え、使徒撃滅を使命とするNERVの責任を取る人間では無い。

 碇ゲンドウNERV総司令官にぶん投げれば良い。

 そう、締めるのであった。

 

 

 

 

 

「どうであった、ゲンドウ?」

 

「………渚カヲルが投降してきたとの事です」

 

「そうか」

 

「指示を仰いできています」

 

「であろうな」

 

「議長、SEELEとしてはどういう方針を出すおつもりですか」

 

「忘れているぞ、ゲンドウ。貴様も又、SEELEの一員であるのだ」

 

「…………………はっ?」

 

 キール・ローレンツの言葉の意味を理解するまで、たっぷりと思考が止まった碇ゲンドウ。

 理解した。

 だが、理解したくない。

 そう言う気持ちが、碇ゲンドウの思考を止めた。

 だからこそキール・ローレンツは、その背中を推す様に言葉を紡ぐ。

 

「お前が方針を示すが良い。責任はSEELEが取る」

 

「!?」

 

 責任以外の、対応の立案と実行。

 その全てをなげやがった!! そんな怨嗟を何とか飲み込む碇ゲンドウであった。

 

 中間管理職ではなくなった碇ゲンドウ。

 それでも矢張り、シタッパには仕事が回ってくる。

 その現実を噛みしめていた。

 

「全てはSEELEの為に」

 

 Sie ist ohne Ehre!(チキショーメ!!)

 そんなドイツ言葉を飲み込みつつ、碇ゲンドウは第17使徒となった渚カヲルへの対応を拝命するのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15-3

+

 SEELEの全権を背負い、ヨーロッパのSEELE本拠地から急いで帰還した碇ゲンドウ。

 ある意味で世界を左右する様な権威を握った訳であったが、その顔には疲労感が顔にべったりと染み付いていた。

 儘ならなすぎる人生故、と言えた。

 それは第3新東京市への帰還を迎えた冬月コウゾウをして、少しばかり休養を取ってから行動してはどうかと言う程であった。

 だが、その進言を碇ゲンドウは受け入れなかった。

 SEELEの人類補完計画が頓挫し、そして自身の人類補完計画(碇ユイとの再会計画)が潰えた今、動いていなければ何も出来なくなる。

 そんな危惧を自身に抱いていたからだった。

 

 暖かい布団に包りたい。

 枕を抱えて目を瞑りたい。

 

 寄る辺を失った幼子めいた気分を振り切る為、動き続けなければならなかった。

 あらゆるモノを奪われた碇ゲンドウ。

 だがそれでも人としての矜持は残っていた。

 NERV総司令官としての意地。

 或いは、果たされた若かりし頃(苦学生であった頃)に抱いた立身出世の野望の残滓であった。

 野犬の様だとも言われた頃の、碇ゲンドウを駆り立てた野心の残り火であった。

 SEELEの評議会序列第13位。

 国家代表や国連総長と言った表の社会の地位を除けば、或いは良家の出では無い(非ブルー・ブラッド)としては位人臣を極めたと言っても過言ではないだろう。

 だからこそなのだ。

 せめて、自分自身は裏切るまいと言う気持ちが碇ゲンドウを動かす最後の力となっていた。

 そしてもう1つ、下世話な話もあった。

 それは男女関係。

 矜持すら失ってしまえば、動けなくなってしまえば、完全に赤木リツコに支配される(尻に敷かれる)のが目に見えていたというのも大きかった。

 愛人(道具)として支配していたのに、今では大分力関係が逆転(下克上)されているのだ。

 これ以上は御免極まると言うのは素直な所であった。

 かなり切実に。

 

 

 

「さてエヴァンゲリオン6号機パイロット。話をしようではないか」

 

 渚カヲルと相対した碇ゲンドウ。

 場所は勿論、第3新東京市の地表部分にあるNERV総司令官公室に備え付けられた面談室だ。

 情報を漏らさぬ為であった。

 

 対する渚カヲルに緊張の色は無かった。

 A.Tフィールドから見える碇ゲンドウの気分が判っていたからだった。

 穏便な形で交渉を纏めようとしているのが判っていたのだ。

 だからこそリラックスしていた。

 何時もの笑み(アルカイックスマイル)を浮かべて応じる。

 

「よろしく」

 

 偉そうな言葉遣いと言えるだろう。

 だからこそ、ツッコむ人間が居た。

 パコンッと言う軽い音。

 その銀色めいた髪に守られた頭頂部が叩かれる。

 叩いたのは、保護者宜しく付いてきていた綾波レイだった。

 

「言葉遣い」

 

 細められた赤い目が渚カヲルを射抜く。

 その力強さに居住まいを正して、頭を下げた。

 

「宜しくお願い致します」

 

 心持ち肩を狭めている辺り、何とも渚カヲルと綾波レイの力関係(カカァ天下)が見て取れる所があった。

 

「コレで良いのかな?」

 

「礼儀は実際、大事」

 

「ん、了解」

 

 関係が良好そうなのはその会話に現れていた。

 とは言え、碇ゲンドウからすれば穏やかざる話であった。

 事前に、物事に疎い渚カヲルを危惧し、親しい適格者(チルドレン)から付き添いがあるとは聞いてはいた。

 だが、それが綾波レイとは聞いていないし、そもそも、綾波レイとの距離感が近すぎてるのだ。

 枯れかけていた碇ゲンドウの心の火が大きくなった。

 

「エヴァンゲリオン6号機パイロット、お前のレイとの関係は何だ」

 

 それは、この場に居る誰も気づかないが、娘を持った父親の言葉であった。

 そして、対応も似た様なモノであった。

 

「碇司令。()()()()()()()()6()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目力の籠った赤い瞳に射抜かれる碇ゲンドウ。

 何かを思い出し、碇ゲンドウも居住まいを正してしまっていた。

 

「……………あぁ。渚カヲル、でよいな」

 

「はい」

 

 絞り出す様に渚カヲルの名を呼んだ碇ゲンドウを、良く出来ましたとばかりに微笑む綾波レイ。

 それが更なる衝撃を与える。

 ()()()()()()()、と。

 最近の忙しさにかまけて綾波レイの状況を見ていなかった碇ゲンドウは、この人としての情緒の育った綾波レイの姿は、衝撃的であった。

 愛する妻、碇ユイの遺伝子を再現した存在。

 大事にしたい相手。

 その笑みは碇ユイの在りし日のソレと全く同じであったのだ。

 だからこそ衝撃を受けたのだ。

 綾波レイは碇ゲンドウの人類補完計画に於いて鍵となる、リリスの制御システムとして厳格に管理せねばならぬ相手でもあったのだから。

 嘗ての、第3使徒襲来前までの綾波レイ、その人としての部分の未成熟さと、その成熟(成長)を許さぬ環境は、その為であったのだ。

 それが、碇シンジが来て、天木ミツキが動き、そして今、この綾波レイである。

 恐らく今の綾波レイではその日を迎える事(碇ゲンドウの人類補完計画の発動)は出来ないだろう。

 絶望する碇ゲンドウ。

 現実に立ち向かい足掻いている間に、己の人類補完計画は既に頓挫していたのだと理解したのだ。

 徒労感、そして敗北感を感じる碇ゲンドウ。

 

 力なく言葉を紡ぐ。

 それは何となくの、碇ゲンドウと言う男が発するには余りにも世間話めいた言葉だった。

 

「君はレイと仲が良いようだな」

 

 返事は余りにも暴力であった。

 

「親しくお付き合いさせてもらっています」

 

 渚カヲルに他意はなかった。

 綾波レイに言われ、言葉遣いを直して丁寧な言葉遣いを選んだだけだった。

 だが、その物言いは義父たる人に娘さんを下さいと言う時めいた言葉であった。

 

 碇ゲンドウは、どこかでピシッという音を聞いた気がした。

 衝撃。

 眼鏡が割れたと思う位の衝撃。

 

「…………………そうか」

 

 碇ゲンドウは真っ白な顔で力なく頷くだけ(テクニカルノックダウン)であった。

 交渉は始まる前から終わって(負けて)いた。

 

 

 

 

 

「今頃、やってる頃よね」

 

 惣流アスカ・ラングレーは、落ち着かないと言う顔でシンジの居れた紅茶の淹れられたカップを両手で持っていた。

 ソファに座っている。

 当然、隣にはシンジが居る。

 身を寄せ合っている2人。

 場所はNERV本部の操縦者待機室。

 そして、既にプラグスーツを着込んでいる。

 

 体の線を隠す待機上衣(オーバーコート)を着込んで居ないのは、見せて恥ずかしくない相手(パートナー)しか居ないからではない。

 第一種戦闘配備に準じた待機状態(レディネス)であったからであった。

 勿論、第17使徒(渚カヲル)への備えであった。

 シンジにせよアスカにせよ渚カヲルと言う人間は信用に値するとは思って居た。

 そして、指揮官である葛城ミサトも同じであった。

 だが、人間としての渚カヲルへの評価は別にして、備えるべきであるとの判断も出来る程には冷静であった。

 

「だね」

 

 複雑な顔をしてNERV本部エヴァンゲリオン戦闘団第1小隊(シンジとアスカ)に準第一種戦闘配備での待機命令を出した葛城ミサトの顔を思い出しつつ頷くシンジ。

 渚カヲルへの信用と同時に、使徒と言う存在である事に起因する憎悪と言うモノがない交ぜになっていたのだ。

 葛城ミサトの使徒への憎悪。

 その由来をシンジは聞いていた。

 渚カヲルのカミングアウト(使徒である宣言)の夜、夕食時、無理矢理に帰宅していた葛城ミサトがビールを持ち込んでシンジ宅を襲撃して吠えた(くだを巻いた)のだ。

 やってられるかとばかりに鯨飲し、シンジとアスカにも飲ませながら言ったのだ。

 父親が大災害(セカンドインパクト)の際に南極で死んだ、と。

 

 父親を、父として愛していた訳ではない。

 だが、不当に自分から奪われたと言う事を受け入れるには葛城ミサトは余りにも幼かったのだ。

 

 最初は葛城ミサトに同情していたシンジ。

 実父である碇ゲンドウとの関係は兎も角、尊敬できる養父たる碇ケイジが不当に奪われてしまえばと思えば、判ると言うものであった。

 当たり前の顔してシンジ宅に居たアスカも、親子関係が微妙であったと言う意味では他人事では無かった。

 喪うと言う意味では、アスカの実母である惣流キョウコ・ツェッペリンが居たのだ。

 葛城ミサトの心境を慮るのも当然と言えた。

 尚、そんな対応も、葛城ミサトが持ち込んだビールが切れる迄であった。

 持ち込んだ全て(シックスパック)のビールを飲みほした葛城ミサトは、勝手知ったる他人の家とばかりに、シンジが秘蔵していた焼酎村尾を鯨飲し始めたのだ。

 黒霧島や伊佐錦なら兎も角、秘蔵は堪らぬとばかりに慌ててシンジは葛城ミサトの保護者、加持リョウジを呼びつけたのだった。

 おっとり刀で駆け付けた加持リョウジ。

 かくして大虎(葛城ミサト)(加持リョウジ)と共に(葛城ミサト宅)へと放り込む事となる。

 尚、翌朝の葛城ミサトはかなりスッキリした顔をしていた。

 加持リョウジは少しやつれて居た。

 その意味を子ども(スレていない)なシンジとアスカは理解する事は無かった。

 

 兎も角。

 渚カヲルへの信用とは別の意味で、葛城ミサトの気持ちも理解しているシンジとアスカは、今の状態に不満を抱いては居なかった。

 同時に、エヴァンゲリオンに乗る事はないだろうとも思って居た。

 それよりも問題は、渚カヲルが第17使徒と言う事であった。

 最後の使徒であると言う事だ。

 

「どうなるのかな」

 

 不安げに言葉を紡ぐアスカ。

 渚カヲルの処遇がどの様な形となるにせよ、もはや使徒は来ないのだ。

 それはシンジとアスカが、適格者(チルドレン)としてエヴァンゲリオンに乗る必要がなくなる事を意味するのだ。

 シンジにエヴァンゲリオンに乗る事に拘りは無い。

 アスカも又、過日とは違い、拘ってはいない。

 問題は、アスカが日本に居る理由がエヴァンゲリオンに乗って使徒と闘う為、と言う事なのだ。

 戦う理由が消え、エヴァンゲリオンに乗らないとなればアスカが日本に居る理由が消える。

 そしてドイツには、関係の修復した家族が居るのだ。

 帰らないと言う選択肢を簡単に選べるはずも無かった。

 又、アスカは正規の階級章を帯びる軍人でもあるのだ。

 軽々しく自分の進退を決めれる立場では無かった。

 

 自らのマグカップを机に置き、不安げなアスカの方に手を回すシンジ。

 体を寄せ合う。

 

「判んないよ」

 

 闘いとなれば勇敢でありさえすれば良い。

 ただ1振りの刀として使徒に喰らいつければ良い。

 当たって砕けろ(ゴー・フォー・ブロークン)

 砕け散るのが相手であれ自分であれ、問題はなかった。

 失敗したとしても相方たるアスカが居るのだから。

 

 だが、人生と言うモノは違う。

 シンジは自分が子どもであった事を痛感した。

 こういう時にアスカに言える言葉が思いつかなかったし、何をするべきかも考え付かなかったのだ。

 だからこそ、一緒に居たいと言う気持ちを込めてアスカに体を寄せるのだ。

 

 言葉が出せないシンジ。

 だが、その行動が雄弁であったがお陰で、アスカは不満を覚える事は無かった。

 気持ちは伝わるのだ。

 別れがたいと言う心。

 好きと言う気持ちが。

 

「シンジ。もし、アタシがドイツに帰らされる事になっても__ 」

 

「うん。必ず会いに行く」

 

「…………フン、アンタはコレが終わったら中学生?」

 

「判んない。でも、多分、そうなるんじゃないのかな」

 

 アスカと違って一般人だから。

 そんな気持ちが、シンジの心の活性を奪う。

 顰められたシンジの顔にアスカはそっと自分の頬を寄せる。

 

「なら、当分はアタシから逢いに来てあげる。何たってアタシは大尉なんだからそれなりに棒給が良い筈だモノ」

 

 ベェっとばかりに舌を出して笑うアスカ。

 その可愛らしい仕草にシンジも元気を貰う。

 

「何だよそれ! 僕だってアルバイトすればドイツに行けるはずだろ!?」

 

「無理よ。チケットは高いモノ」

 

 学生が出来るバイトだと、せいぜいが荷物扱いのエコノミーねっと笑うアスカ。

 何だよとすねるシンジ。

 

 と、そんな甘酸っぱい空間への侵入者が現れた。

 勇者の名は日向マコト。

 葛城ミサトからの使者であった。

 

「2人とも、待機命令は解除だ」

 

 伝令役(メッセンジャー)

 渚カヲルの事をまだ公表できないが為、MAGIを介するNERV本部のシステムを使えないが故の事だった。

 真実、それまでの空気など判らぬが故の朗らかさがあった。

 

「取り合えず総司令との会談は無事に終わったって事だ」

 

「ン」

 

 少しだけ不満げに鼻を鳴らすアスカ。

 そんなアスカに苦笑しつつ、シンジも声を上げる。

 

わかりもした(了解です)

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15-4

+

 碇ゲンドウと渚カヲルの対談。

 人間と使徒との和解は、ある種の淡白さをもってなされる事となった。

 

 使徒たる渚カヲルとしては、人間の中に居たが為、今更に使徒だと自覚した所で友人知人を敵に回す所が殺さねばならないと言うのに抵抗が大きかった。

 又、そもそもとして殺す前に殺される確率が激しく高かった。

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの駆るエヴァンゲリオンを間近で見て来たのだ。

 技量も、その戦意も。

 何をやっても最後は殺される未来しか見えなかった。

 であれば降伏するのが一番と言うモノであった。

 とは言え、コレが出来たのは渚カヲルが純然たる使徒では無く人為的な使徒であった事が大きいだろう。

 使徒(白き月の子)としての本能は有していたが、同時に人間としての意識を持っているのだから。

 元々として渚カヲル、カール・ストランドは大災害(セカンドインパクト)前に採取されていた第1使徒の生体サンプルを元に作り出された人造適格者(ビメイダーチルドレン)であった。

 その目的は、人類補完計画時に於いて祭器たるエヴァンゲリオンを駆動させる為の道具であった。

 通常の適格者(チルドレン)であった場合は自我がある為、人類補完計画発動時に(チルドレン)希死念慮(デストルドー)に余分な()を付けてしまう事が恐れられたのだ。

 故に生み出された人造適格者(ビメイダーチルドレン)

 その技術責任者の名前を取ってストランド計画とされていたソレは、元は真希波マリの人造人間(デザイン・チルドレン)計画で開発された技術が流用されていた。

 違いは、使徒(Adam)由来の遺伝子情報の有無であった。

 そして渚カヲルはストランド計画の第3(C)案で生まれたのだ。

 だからこそカール・ストランド(ストランド計画C案体14号)

 決して人の名前と言えるモノでは無い。

 だからこそ渚カヲルと名を変えていたのだ。

 

 兎も角。

 そんな渚カヲルが使徒となった理由は、SEELEが世界に残されていた第1使徒(Adam)の魂を消滅させる為に調整したと言うのが大きかった。

 量産されたカール・ストランド。

 第1使徒の生体情報を利用していたお陰で、Adamの魂の残滓が宿りうっすらとした意識を宿していたのだ。

 だからこそ、人類補完計画の儀式用エヴァンゲリオンを駆動できると判断されていたのだ。

 それは、SEELEや渚カヲルが知らぬ話であったが、似て非なる綾波レイと同じであった。

 開発の凍結されている無人化プラグ(ダミープラグ)計画も、数限りなく生み出された綾波レイの()()に、うっすらとした魂があればこその話であったのだから。

 量産されたカール・ストランド、その14番目のカール・ストランド(渚カヲル)が第17使徒、番外使徒(第17使徒)となった理由はAdamの魂の問題であった。

 Adamの魂が存在していた場合、SEELEの人類補完計画を実行する際に祭器たるエヴァンゲリオンが乗っ取られる可能性が危惧されたのだった。

 障害(不純物)となるAdamの魂。

 それを第17使徒として処理する為、渚カヲル(カール・ストランド No.14)は生み出されたのだ。

 

 だからこそ、渚カヲルは人類への降伏を選ぶ事が出来たのだ。

 使徒としての本能の薄さが()()を可能としていた。

 生命の安堵。

 それは使徒と言うよりも人間としての要求であった。

 

 対する碇ゲンドウ。

 人類補完計画が潰えた今、渚カヲルを殺す意味はない。

 その上で、渚カヲルが示したメリット ―― 技術は果てしなく重要なモノであった。

 即ち、使徒の保有していた技術体系の提供であるからだ。

 (スーパーソレイド)機関や、A.Tフィールドの利用に関する情報だ。

 渚カヲルが示した対価、その情報にSEELEは沸きあがった。

 何故ならA.Tフィールドの利用して可能な事の中に、複数のエヴァンゲリオンによるA.Tフィールドの共鳴現象によって地球の地軸を改善出来る可能性が含まれていたからだ。

 地軸の改善。

 それは即ち、人類の生存圏として困難地と化していた欧州(ヨーロッパ亜大陸)の環境回復を意味するのだ。

 人類補完計画の目的であったソレ。

 それが為されるのだ。

 歓喜しない筈が無かった。

 SEELEに報告した際、歓喜に爆発する一堂を碇ゲンドウは醒めた目で見ていた(へーへー ヨカッタネと腹の中で呟いていた)

 とは言え、碇ゲンドウが他人事であったのは其処までであった。

 差し出される技術の中に、()()()()()()()が含まれていたのだ。

 

 

 

 

「お前は知っているのか………」

 

()()()()()()()()()()()

 

 その情報を示された時、碇ゲンドウは渚カヲルの笑み(アルカイックスマイル)に恐ろしさを感じていた。

 ああ、その様はANGEL(使徒)と言うよりもMEPHISTO(悪魔)めいていた。

 少なくとも碇ゲンドウにとっては。

 だがソレは1発で運算霧消する。

 パコンと言う余りにも軽い音と共に。

 

「そう言う態度は駄目」

 

 赤い瞳の絶対者(綾波レイ)だ。

 渚カヲルと碇ゲンドウの最初の面談以来、抑え(ツッコミ)役として常に同席していたのだ。

 手には安っぽい樹脂製のメガホンがある。

 青いソレには、100円と言う値札がまだ残っており、そこに持ち込み許可の赤も鮮やかなNERV印のスタンプが押されている。

 何と言うか真面目な面談に向いていない渚カヲルと云う人間を修正する為の武器(ツッコミ・ロンギヌス)であった。

 こんな馬鹿げたモノを持ち込まざる得ない程に、渚カヲルはツッコミどころが満載であったのだ。

 一般にミステリアスな美形などと言う扱いを受ける渚カヲルであったが、その実態としては浮世離れした暢気者と言う塩梅であった。

 綾波レイから見てもソウである辺り、実に重症であった。

 だからこそ綾波レイは、その事を適格者(チルドレン)の集まりで相談したのだ。

 武断派のシンジは拳骨で叩けばよいと言った。

 流石に可哀そうだと意見が一致して却下された。

 軍隊式にアスカはお尻を蹴飛ばせば良いと言った。

 洞木ヒカリが女の子のする事では無いと強く諭して却下された。

 鈴原トウジはツッコミならハリセンであると言った。

 一瞬だけ考えた綾波レイであったが、売って無いと言う事で却下された。

 幼い(ピュア)なマリ・イラストリアスは鞭で叩くのって教育って聞いたよと言った。

 余りにも暴力的で人権()の問題があると思った一同、黙って聞かなかった事にした。

 最終的に洞木ヒカリの提案、オモチャのメガホンであれば視野的なインパクトと音が鳴りやすいと言う主張が通ったのだった。

 

 青いメガホン(ツッコミ・ロンギヌス)は胡散臭い渚カヲルと顔の怖い碇ゲンドウとの面談の悪い空気をぶち壊す、実に良い道具となっているのだ。

 ツッこまれる渚カヲルは勿論、それを振るう綾波レイに碇ゲンドウは何とも言えない顔(酢を呑んだ様な顔)になってしまうのだ。

 もう陰険漫才だの陰謀などが成立する余地など無かった。

 笑うしかないそんな面談を見た冬月コウゾウは、過去の碇ユイの所業(力による裁定行動)を思い出して遠くを見ていた。

 お茶が美味しいなどと言いながら。

 

 兎にも角にも、腹を割った(グダグダな)面談に於いて差し出されたソレは、本来であれば劇薬めいた部分があった。

 エヴァンゲリオンに眠る魂の回収、そして人間としての再現。

 それだけであれば素晴らしい事と言えるだろう。

 人道的にも正しい。

 只、その魂が眠っているのがエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機、第1小隊(エースのツートップ)の機体で無ければ。

 最も使徒を屠って来た機体が無力化されると言う話であるのだ。

 おいそれと受け入れられる話では無かった。

 互いの腹の探り合いになる事態であった。

 本来であれば。

 

 だが裁定者たる綾波レイの振るう神器(メガホン)によって、その様な雰囲気は粉砕される。

 渚カヲルが汗を掻きながら補足する。

 

「要するに、出来ますって話です。心の色(A.Tフィールド)から初号機に眠っているのはシンジ君のお母さんと言うのが判ったので、なら碇司令の奥さんですよね?」

 

 要するには純粋な善意であった。

 それに、と加える。

 

「もう初号機も弐号機も、シンジ君と惣流さんとに馴染んじゃってるからね」

 

 それぞれのコアが覚醒し、受け入れているのだと言う。

 未覚醒状態であったエヴァンゲリオンがシンジやアスカに繋がる為には、その仲介者としての魂を必要としていたが、今はそうでは無いのだと続けていた。

 

「言ってしまえば今の初号機と弐号機は、エヴァンゲリオンと言う存在の本来の能力を発揮しだしているって言えると思う。思います」

 

 最後に綾波レイの顔色を伺う辺り、何と言うか、本当に力関係(カカァ天下)が見て取れていた。

 とは言え碇ゲンドウにとってはそれ所では無かった。

 現実的な意味で、碇ユイが帰って来ると言う事は恐るべき衝撃を与えていた。

 

「ユイ………」

 

 悄然と椅子に力なく背を預ける碇ゲンドウ。

 この10年余りの時間は全て、妻である碇ユイとの再会が願いであった。

 それが碇ゲンドウの人類補完計画。

 息子も、人類の全てをも贄として、永遠なる一瞬の邂逅を夢見ていたのだ。

 一瞬である。

 それから先など考えていなかった。

 それは、言ってしまえば碇ゲンドウが己の行い、その()を理解すればこそであった。

 人類補完計画で喪われるモノに己自身も加えていたのだ。

 碇ゲンドウは碇ユイに再会し、末永く幸せに暮らしました ―― そんな結末は考えていなかったのだった。

 だからこそ、非道を行えたとも言えた。

 息子であるシンジを手荒く扱い、碇ユイの現身とも娘とも言える綾波レイを道具の様に扱い、赤木リツコは道具とする為に非道に穢した。

 罪深いが故に、命と言う対価を払わねばならぬのだ、と。

 現実として、シンジからは手荒く扱われ、綾波レイは我が道を往き始め、赤木リツコには下克上を受けていたが、それは別の話なのだ。

 それを覚悟していた。

 だが、それが否定される。

 対価など無いままに、碇ユイが帰って来る。

 それは碇ゲンドウが想像した未来に存在しない話であった。

 そうであるが故に、碇ゲンドウは苦悩する事となる。

 

 

 

 

 

 渚カヲルが使徒であったと言う話は、厳重に秘匿されていた。

 葛城ミサトらは勿論、シンジ達の誰もその事を口にする事は無かった。

 だが人間の集団、組織なのだ。

 何となく、空気と言う奴は判るのだ。

 故に、どうやら使徒との戦いは終わりそうだという話はNERVの中で流れていた。

 勿論ながらも、それでNERV本部スタッフの働きぶりが変わると言う訳では無い。

 NERV本部のスタッフは大半が日本人であり、日本人と言う人種は基本的に生真面目であり、特に仕事に対して何とはなしに手を抜かないと言う性を持っているのだから。

 だがそれは大人の話。

 子どもは、エヴァンゲリオンに乗る為に集められた子ども達は別の話であった。

 特に第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)だ。

 促成で行われていた訓練内容が修正され、訓練内容の適切化という名目で過度と考えられていた詰め込み式の内容が中止される事となった。

 その上で、年齢相応の情操教育が重視される事となる。

 即ち、学校教育である。

 その裏には勿論、天木ミツキ ―― 非戦闘面で誰も逆らえぬ、実質NERVの№5様の暗躍があった。

 碇ゲンドウNERV総司令官が副司令官たる冬月コウゾウと共に渚カヲルとの面談に掛かりっきりとなっており、制止出来る人間が居なかったのだ。

 葛城ミサト(NERV序列第3位)赤木リツコ(NERV序列第4位)は、子ども(チルドレン)案件だものと早々に白旗を挙げていたのだ。

 である以上、NERVに逆らえる者がいる筈も無かった。

 丁度と言う訳では無いがNERV本部の半管理下に第壱中学校があった為、そのA組にNERV本部に居た9人が編入される事となったのだ。

 帰国子女めいた先輩役としてアスカや渚カヲルが居て、尚且つ第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)9名の内の2名が日本人(相田ケンスケと霧島マナ)であったので、言葉の壁の部分は余り問題にならぬと考えられていた。

 又、パソコン(デスクトップPC)で学習が行われる為、翻訳をMAGIが全力支援するとされていた。

 又、授業内容の主体は体験学習とされていた。

 正に情操教育であった。

 

 知っている人間は第壱中学校2年E()組等と言う特別クラスA組。

 尚、教師陣からはある程度歓迎されていた。

 外国の子ども達と触れ合うと言うのは面白い体験であると言うのが1つの理由であった。

 そして同時に、生徒の多くが疎開で離れていたお陰と言うには少しばかり微妙な理由で人手的な意味での余力があった事も、この編入(体験学習)を受け入れる余力に繋がっていた。

 

 

「まさか、また日本の学校に通えるなんて思ってもいなかったな」

 

 そう言って姿見の前で第壱中学校の制服姿を確認しているのは霧島マナだった。

 場所はNERV本部の尉官用ゲストハウス、その歓談室(リビングルーム)だ。

 歓談室は、ゲストハウスが個室とは言え4㎥(三畳)と言う手狭さ故に設けられている場所であった。

 それなりのソファやTV、喫茶設備などが用意されており、適格者(チルドレン)専用の操縦者待機室や第2適格者休憩室程では無かったがそれなりに快適な空間となっていた。

 勿論、ゲストハウス自体は男女別々になっており、9名の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)も男女別で纏められている。

 

 鏡を見ながら、顔の表情を確認したりする。

 今日は第壱中学校への編入を前にしての説明会(ブリーフィング)が行われるのだ。

 最近、距離を詰める事に成功しつつあるリー・ストライクバーグは居るだろうし、上手くすればシンジも居るかもしれない。

 無論、シンジがアスカと一歩進んだ(ステディな)関係である事は認めるし、正直な話としてお似合いだとも思って居るが、ソレとコレは別話なのだ。

 渚カヲルと並ぶイケメン枠なのだからお近づきになりたいと言う(アイドルに憧れるミーハーな)気分になるのも当然であった。

 とは言え、まだまだディピカ・チャウデゥリーなどはまだまだ本気でシンジを狙ってはいたが。

 ガッチガチに化粧をし、近くの鏡で出来栄え見ているディピカ・チャウデゥリーの後姿からは鬼気迫るモノが漂っていた。

 その様を、視野に入れぬ様にしながら霧島マナは同じ第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)仲間と一緒に、呆れめいた溜息をもらすのだった。

 アスカはシンジ(自分のモノ)に手を出す奴を許さない。

 故に、またディピカ・チャウデゥリーが何かやらかして涙を流す羽目になるんだろうとの、確定した未来が見えたのだ。

 と、そんな事を思って居たのが影響したのか、アスカが歓談室に現れる。

 

「お待たせ、迎えに来たわよ」

 

 意識の外からの声に、この歓談室に居た4人は皆して飛び上がっていた。

 只、ディピカ・チャウデゥリーだけが不敵に笑うのであった。

 

「何?」

 

There is nothing wrong(何でも無いですよ)

 

 笑い、そして敬礼をしてみせる。

 それはほれぼれする位に見事な姿勢だった。

 只、底意がアスカには見えた。

 だからこそ不敵に笑って答礼する。

 

Es ist toll(悪く無いわね),Herausforderungen anzunehmen(その意気だけは)

 

!?(ふみゅーーん)

 

 笑みと言うモノが如何に攻撃的かを示す様なアスカの笑みに、部外者な霧島マナや他の女子第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)もドン引きしていた。

 そして、ディピカ・チャウデゥリーも腰がかなり引けているのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15-5

+

 人類(黒き月の子)使徒(白き月の子)との講和。

 その話が人類補完委員会を介して秘密裏に国連安全保障理事会に上げられた時、各国の代表は誰もが歓喜の声を上げた。

 その歓声の大きさは、第2東京市にある国連ビル ―― その一番に機密性の高い(防諜もあって壁もドアも分厚い)部屋から音が漏れそうな程であった。

 

 とは言え、最初の一報による熱狂が去って冷静に事態を考えだすと、1つ大きな問題が挙がって来た。

 大金をはたいて第2次E計画に基づいて整備が進められている第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンである。

 第2次E計画の定数として9機。

 それに第13使徒戦で損耗分の補充と、NERV本部(NERVエヴァンゲリオン戦闘団)の定数増の分である1機。

 都合11機のエヴァンゲリオンだ。

 更には周辺設備への投資。

 NERVドイツ支部とNERVアメリカ支部の実戦向け大規模拡張と、ベトナムには新規に整備拠点を設ける為の配電や給水と言った基礎的インフラからの投資しているのだ。

 その巨額さは、国が1つ傾くなどと言う生易しいレベルでは無かった。

 それが無駄になるとなれば、それぞれの国の有権者が怖いとなるのも当然の話であった。

 正に降って湧いた苦悩と言えるだろう。

 この為、一時的に使徒との講和を公表せず、10年ばかりは()()()()を維持して誤魔化してはどうかと言う提案が為される程であった。

 

 そこに待ったを掛けたのは追加情報であった。

 第17使徒たる渚カヲルによる説明。

 それは、使徒を生み出した白き月、そして人類の祖である黒き月、それらは始祖民族による宇宙播種計画として始まりの星から放たれた命の運び手であったのだと言う事であった。

 何故、同じ計画で白き月と黒き月と言う差が生まれたかと言えば、それは主義の相違だった。

 生命体の、生命力による環境対応力を重視した白き月派と、知性とその蓄積による環境対応力を重視した黒き月派である。

 使徒と人間の構成(遺伝子)情報が近くて非なるのは、同一技術が元となっていたからであった。

 兎も角。

 問題はその数であった。

 この銀河系(Milky Way Galaxy)にばら撒かれた命の月は、総数で実に10万を超えているのだと言う。

 その全てが脅威となる訳では無いだろう。

 だが、脅威となる可能性は全くない訳では無かった。

 そもそも、謎の始祖民族と言う始まりの種族が存在するのだ。

 何の目的で、これ程に手間暇と時間の掛かった宇宙播種計画を成したのか、全く判らないのだ。

 使徒(渚カヲル)も知らないと言う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 お小遣い(国連予算)の使い道を(納税者)に怒られる事は回避される事となった。

 その代わりに、永劫とも言える備え(血反吐を吐いても続けるマラソン)となったのだ。

 使徒との生存戦争に関する情報開示時よりも重い絶望感が、国連安全保障理事会の会議室に齎されるのであった。

 

 

 

 国連安全保障理事会は苦悩する事となる。

 将来に襲来する恐れのある現実的地球外勢力に対し、どの様な対処するべきなのか。

 準備をするべきなのか。

 方針を定める為の前提情報の策定に苦慮する事となった。

 

「偶には下の人間の苦悩を理解すれば良いのよ」

 

 そう吐き捨てたのは現場の最高責任者とも言える葛城ミサトだ。

 性格の悪い顔をして、ビールジョッキを片手にご満悦と言う塩梅をしている。

 場所は何時もの宴会場所(碇シンジ宅)では無い。

 NERVの御用達とされている、創作居酒屋だった。

 戦略調査部特殊監査局による()()が行われている店であり、今日は作戦局主催の慰労会であった。

 大部屋で、好き好きに集まって酒を片手に漫談に勤しんでいる。

 平和と言える情景であった。

 

「後は常識的内容の結論と方針を出してくれれば良いのだけど」

 

 嘆息する様に言うのは赤木リツコだ。

 本日の慰労会で、声掛けを受けた関係部署代表と言う事であった。

 お陰で、お土産と称してビールをケース単位で差し入れする羽目になっていた。

 その前の技術開発部の慰労会に、葛城ミサトが日本酒をダース単位で差し入れた返礼を兼ねていた。

 

「時間も予算も、余裕が大事だわ」

 

 御猪口をクイッと傾けて日本酒を飲み、口の中に残っていた魚の後味を胃へと流し込む。

 その様は、ほんのりと酒精によって赤くなった頬も相まって色気が駄々漏れとなっていた。

 相槌を打つのは天木ミツキ。

 

「そうよね。E2(第2次E計画)みたいな無茶は勘弁して欲しいわね」

 

 此方は、普通に作戦局の人間なのだ。

 とは言え中佐(中佐配置中尉)と言う大身故に、お土産を持ってきていた。

 此方は洋酒であった。

 参加する全員にいきわたる量では無い為、慰労会(宴会)の最後でプレゼント会(じゃんけん大会)をしようと言う事になっていた。

 何とも和風な趣向は、パウル・フォン・ギースラーなどの日本国外からの出向者に大いにウケていた。

 

「大丈夫っしょ、今までと違って先の長い話だから」

 

 太平お気楽な表情でビールジョッキを傾ける葛城ミサト。

 ジョッキになみなみと注がれたビール。

 揚げたての唐揚げ。

 それだけで幸せを感じられていた。

 

 若く美しいNERVの3女傑が居るテーブル。

 だが男衆は誰も寄り付こうとはしなかった。

 全員が佐官の、それも上位であると言うのは少しばかり畏れがあったし、何より酒癖が余り宜しくないのだ。

 気が付けば()談まっしぐらの葛城ミサト。

 いつの間にか難しい話題(専門用語の塊)を始める赤木リツコ。

 常識人であるのだが時々に世話焼きおばさんになる(お見合い斡旋趣味が出る)天木ミツキ。

 誰が近づきたいと思うだろうか。

 兎角、そう言う話であった。

 誰だって酒の席は自由で、楽しく過ごしたいのだから。

 

 どこかで笑っている奴がいる。

 歌ってる奴がいる。

 趣味の話をしている奴がいる。

 誰もが楽しいひと時を過ごしていた。

 NERV本部は今、最初の第3使徒襲来時以来の余裕がある体制になっていた。

 それは、渚カヲルに関する案件は機密レベルが余りにも高い為、関与する事が無かったお陰でもあった。

 

 

「そう言えば」

 

 フト、と思い出したように言葉を口にする天木ミツキ。

 その話題は、NERVドイツ支部からお偉いさんの出張(来訪)に関する事だった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の教育環境に関する視察と言う態でNERVドイツ支部第2副部長、惣流アスカ・ラングレーの父親でもあったヨアヒム・ランギーが来ていたのだ。

 

「教育プログラムは全て公開しているし、施設は以前に出していたと思うのだけど、ナニかあったかしら」

 

 疑念。

 と言うか単純に判らないと首を傾げた姿に、葛城ミサトが笑う。

 

「ミツキにしては珍しいわね」

 

 理由は単純だと言う。

 即ち、アスカなのだと。

 

「前のドイツ出張時に関係が回復したって事らしく、だから今度のアスカの誕生日を祝いたいって事らしいわ」

 

 私情なのだと言う。

 その私情を実現する為、緊急度の低いNERV本部での第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の教育現場視察が行われたのだとも。

 

「あら、凄い良い事ね」

 

「それだけならね」

 

 人の悪い(ニチャァとした)笑みを浮かべる葛城ミサト。

 ヨアヒム・ランギーは当然の如く家族、妻であるベルタ・ランギーと息子のハーラルト・ランギーを連れて来ていたのだ。

 そして、アスカの誕生祝をすると同時に、休暇を取って日本の観光もする話となっていた。

 鹿児島、霧島市(隼人)にも行くのだと言う。

 

「あら、あらあらあら」

 

「これはこれは __ 」

 

 似た様な笑みになる天木ミツキと赤木リツコ。

 シンジの実家、隼人碇家にご挨拶に行くと言う模様であった。

 

「シンジ君も若い身空で大変よね」

 

 言外に、外堀どころか内堀まで埋められる勢いだと笑う葛城ミサト。

 

「幸せそうだから問題は無いわよ。それよりミサト、貴方も他人事っぽく笑ってるけど、呑気にやってるとヤバイわよ?」

 

 加持リョウジをしっかりと掴まえておかないと、と言う天木ミツキ。

 今更にヨリを戻した事を隠しはしない葛城ミサトは、余裕の態度で笑う。

 とは言え恥ずかしさもあって声は小さくなっていた。

 色々とあってフッた筈の相手だったのに、いつの間に攻略された形なのだ。

 それはもう、小声になるのも当然であった。

 なし崩し。

 だがソレが為された背景には、葛城ミサトの日常に余裕があった事が大きかった。

 第16使徒までの討伐も順調であり、その他の仕事も安定していた。

 第2次E計画などで仕事が過密化した事もあったが、それは一過性であった。

 概ね、安定していた。

 

 だからこそ、加持リョウジに喰われる(オトされる)まで気分が弛緩していたと言えた。

 

「ハァ? 私は今、仕事で盛り上がってるだけだもの」

 

 出来ないのではない。

 しないのではないのだと言う。

 寝物語(ピロートーク)で、そういう話も少しはしていた。

 だからこその余裕とも言えた。

 

「それより問題はリツコでしょ。男の話なんてトンっと出て来ないじゃない。学生の頃からよ。大丈夫?」

 

「フッ、心配は要らないわ」

 

 だが葛城ミサトの疑念に、余裕をもって答える赤木リツコ。

 艶やかな笑み。

 そこには全くもって虚勢の色は無かった。

 あるのは色気。

 思わず葛城ミサトも天木ミツキも頬を染めるばかりの、溢れんばかりの色香があった。

 一瞬、動きが止まった2人。

 思わず顔を見合わせ、そして頷き合う。

 

「うっそでしょ!?」

 

「ホントなの!?」

 

 慰労会は、さらに騒がしくなって(カオス化して)いく。

 

 

 

 

 

 何故、自分はここに居るのだろうか。

 ある種の哲学的な疑念を抱くシンジ。

 

 場所は、鹿児島で一番のデパート。

 その婦人服売り場だ。

 視野の端には下着なども売っているのが見える。

 アスカとお付き合いを始めた結果、漸く的に年齢相応の思春期へと突入したシンジにとってつら過ぎる環境であった。

 

 居る理由と言うモノを散文的に纏めれば、簡単だった。

 アスカの誕生日を知ってお祝いをしたいと思っていた。

 アスカの両親が関係回復祝いも込めて来日すると言う話になった。

 どうせ祝うなら何処かのレストランでと言う話になった。

 シンジもアスカも、第3新東京市のそういう場所は知らない。

 その際、鹿児島のであれば幾つか知っている店があると漏らした。

 それを聞いたヨアヒム・ランギーが、そう言う事なら鹿児島に行こうと言い出した。

 アスカがお世話になったシンジの両親にも会ってお礼をしたいと言う話になった。

 鹿児島に帰って来た。

 アスカの誕生日の話を聞いて、碇アンジェリカがアスカへプレゼントとして服を買いに行こう(着せ替えしたい)と言い出した。

 それを聞いてベルタ・ランギーが、それなら同行して碇アイリに服を買い与えたい(着せ替えしたい)と言い出したのだ。

 アスカも碇アイリも美少女であり、着飾りたいと思うのもさもありなんと言うものであった。

 そして今だ。

 

 この場に男はシンジしか居ない。

 碇ケイジは仕事だと言って逃げた。

 碇ケンジはヨアヒム・ランギーとハーラルト・ランギーを観光案内をすると言って逃げた。

 逃げれなかったのはシンジだけだった。

 圧のある顔でアスカと碇アイリが、一緒に来るわよね? と異口同音に言われてしまえば拒否できる筈も無かった。

 哀れなるかなシンジ。

 薩摩式男女関係(女性に全戦必敗)は伊達では無いのだから。

 

 ああ無常(Les Misérables)

 男には要領の良さ(逃げ上手)も大事であるとの、父たる碇ケイジの言葉を思い出しながら天井を見上げていた。

 と、影が来る。

 

「シンジ!」

 

 アスカだ。

 碇アンジェリカやベルタ・ランギーが厳選した服を着ては、必ずシンジに見せに来るのだ。

 実に乙女心であった。

 そして、シンジもそれを見て顔をほころばせる。

 アスカは美少女であり、そして服も厳選しているのだ。

 正に眼福であった。

 

「うん。可愛いよ」

 

 今回、アスカが着ているのは上品なモスグリーン系のワンピースだ。

 金糸の唐草模様が袖やスカートの裾に、華美過ぎない範囲で縫い込まれている辺り、実にお嬢さまめいた雰囲気があった。

 良く似合っていて、可愛い姿だ。

 ただ問題は、可愛いで終わらない事であった。

 

()()()()()()()?」

 

 先ほどから何度も着替えては、シンジに感想と順位を尋ねて来るのだ。

 多弁では無く、思春期に入ったばかりで褒め言葉の語彙も少ないシンジにとって、綺麗とか似合っている以外の感想が出ないのだ。

 実にシンジにとってつらい時間であった。

 とは言え尋ねるのはアスカ。

 最初の3回ほどでシンジの内面を理解し、それ以降は尋ねられた時のシンジの顔 ―― 眉毛の角度などで把握する様にしていた。

 

「ふん、コレも上位か」

 

「ごっ、御免」

 

「アタシが魅力的過ぎて選べないってなら、仕方が無いわよ」

 

 ご満悦のアスカ。

 当然であろう。

 お披露目をするたびにシンジは顔を真っ赤にしているのだ。

 褒め言葉が虚飾ではないのは誠に良く判ると言うものであった。

 キスをする仲になってはいても、それでも頬を染めて来る初心さ。

 何とも、アスカに加虐心めいたモノを感じさせる所があった。

 

「私はどう?」

 

 やってくる碇アイリ。

 此方は、紫を基調にしたドレスめいた服だ。

 良く似合っている。

 

「可愛いよ」

 

 只、シンジの笑みは違っていた。

 親愛と優しさがあった。

 

 自分はシンジの特別。

 そう自覚できる情景。

 だからこそ、碇アンジェリカと一緒に服を大量に選ぶ楽しさが増すのだった。

 シンジの受難はまだまだ続きそうであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15-epilogue

+

 広い和モダン様式のリビング。

 壁際に置かれているのは、内装に相応しいシンプルなデザインのTV。

 だが、そこに映し出されているのは、部屋の雰囲気に似つかわしくないモノであった。

 顔を真っ赤にして興奮状態に陥っている報道関係者の姿だからだ。

 

『何と言う事でしょう!! これ程の吉報が___ 』

 

 さもありなん。

 画面に付けられた(キャプション)には()()()()使()()()()()()の文字が踊っているのだから。

 

「公開されたわね」

 

「うん」

 

 そんなTVを、少し大きめの1人用ソファにチョコンと座って見ているのは碇シンジと惣流アスカ・ラングレーだ。

 右の手と左の手が握り合っている。

 平素な顔であるが、握られている手には力が籠っていた。

 世界が変わる。

 今まで(戦時体制)とは違う世界(平時体勢)になる。

 その事に対する緊張感であった。

 そして、相手を離したくないと言う思いの表出でもあった。

 

 リビングに居るのはシンジとアスカだけではない。

 今日は週末と言う事で碇ケイジが用意した車で出掛ける予定となっており、碇家は勿論ながらもホテルに宿泊しているランギー家の一同も集まっていた。

 真剣な顔でTVを見ている碇ケイジ。

 ヨアヒム・ランギーはリビングから出て携帯電話で何かを連絡していた。

 対して母親である碇アンジェリカとベルタ・ランギーの表情に浮かんでいるのは明確な安堵であった。

 戦争が終わったと言う事は、即ち、子ども達が戦場に行かずに済むと言う事だからだ。

 それは正に母親の表情であった。

 

「終わったの?」

 

 誰もが思う疑問を口にしたのは碇アイリであり、問いかける先は番犬宜しく隣に座っていた碇ケンジだった。

 

「判らねぇ。政府か国連が正式に発表しねぇと何も言えねぇな。TVは信用が出来ねぇから」

 

 幼少期の苛烈な経験から、TV(報道番組)と言うモノを信用していない碇ケンジは目を細めて厳しい顔をしていた。

 

「信じる、駄目?」

 

 子犬めいて不安げな顔をして居るのはハーラルト・ランギーだ。

 碇アイリを挟んで碇ケンジの反対側に座っている。

 今回の来日しての短い時間の内に、いつの間にか碇アイリ第3の弟分に収まっていた。

 シンジも碇ケンジも屈した碇アイリの姉力だ。

 尚、ハーラルト・ランギーがアスカの隣に居ないのは、碇アイリが訳知り顔で「2人の間に入っては駄目」と言ったからであった。

 

「ここまで派手にやる、あー 何だ。Tatsache(事実)Möglichkeit(可能性)groß(大きい)aber(しかし)Ibo(過信)nutzlos(駄目)。こんな感じか?」

 

 日本語に堪能ではないハーラルト・ランギーに向け、拙い発音でドイツ語を操る碇ケンジ。

 大人である碇ケイジ程では無いにせよ、筋骨隆々で肉体派(脳筋)に見える碇ケンジであるが、馬鹿では無かった。

 勉強嫌いの気はあるが、碇アンジェリカに哀しそうな顔をされたり碇アイリに怒られ(尻を叩かれ)、そして碇ケイジにシンジの()として悪い影響を与えてはいけないと諭された結果、それなり以上の水準で勉強をしていたのだ。

 その結果であった。

 尚、最後の言葉は碇アイリに向けられたモノであった。

 碇家3姉弟で一番の出来物めいた頭脳を持つのが碇アイリであるのだ。

 故郷のノルウェー語は碇アンジェリカが教えていたが、それ以外の言語だの何だのを教えているのは碇アイリであった。

 その頭脳に関しては、天才を自認するアスカすら一目置く程であり、ランギー家とのドイツ語の会話にも不自由が一切無かった辺りに、その程と言うモノが判る話であった。

 

Nicht schlecht(悪くは無いわね)。でも、単語を並べるだけで満足したら駄目よ?」

 

「怖い先生だ」

 

 

 自慢げな顔(ドヤァ顔)の碇アイリに、碇ケンジは器用に肩を竦めるのであった。

 ハーラルト・ランギーは、そんな2人をキョトンと見ていた。

 

「シンジは、勉強しなかったの?」

 

 何でドイツ語を仕込まれていなかったのかと、握り合っていた手に二度三度と力をこめて尋ねるアスカ。

 シンジは少しだけ空を見上げて、惚けた。

 

「英語が中心だったから__ 」

 

 勉強では無く鍛錬に時間を使っていたのだ。

 勉強が嫌いな訳では無い。

 ただ、重ねた修練が形になる剣術(薬丸自顕流)が楽し過ぎたのだ。

 

「楽しかったの?」

 

「うん。楽しかったんだ」

 

 握り合った手。

 重ねて来た修練、そして訓練の痕が残るシンジとアスカの手。

 

「楽しかったから今がある」

 

「そうね。だからアタシと一緒に居るのよね」

 

「………そう、そうだと思う」

 

 シンジとアスカ。

 NERV本部の誇る切り札(エースオブエース)、最も使徒を屠って来た最強の双、NERV本部戦闘団エヴァンゲリオン第1小隊であるのだから。

 2人の会話に甘さは乏しい。

 実績に基づいた自負と自信、その相互承認とも言えるからである。

 だが、周りの人間はそう見ない。

 

 ニヨニヨと見ている碇アンジェリカとベルタ・ランギーの母親組。

 思春期真っ盛りとして、兄として、弟と弟の彼女の親密さを見て見ぬふりをする碇ケンジ。

 そして耳年増たる碇アイリは満足げな顔(後方姉貴顔)で見ているのだった。

 

「ラブラブね」

 

Liebe(love)?」

 

Genau(そういう事)

 

 隼人碇家は今日も平常運転であった。

 

 

 

 

 

「とうとう正式公開ね」

 

 嘆息する様にTVの速報を眺めている赤木リツコ。

 仕事は一休み。

 そう言わんばかりに、今日の珈琲を淹れているのは上品な珈琲カップであった。

 NERV本部内では、内々に使徒との停戦 ―― 使徒襲来の終焉が開示されており、各種業務の緩和が図られていたお陰とも言えた。

 最近の過密スケジュール対策として、代休や有休の消化が推奨されていたのだ。

 とは言え、赤木リツコの服装はNERVの制服であり、居る場所は上級者用歓談休憩室(A Mad Tea-Party)であったが。

 

「仕事が増えるのは先にして欲しいわよね」

 

 合いの手を入れるのは葛城ミサト。

 此方は、すこしばかり緊張感の無い顔になっていた。

 仕方が無い。

 この何日も、シンジがアスカの誕生祝いでアスカと共に鹿児島に帰って居て独り身であったが為、晩飯に加持リョウジを連れて飲み屋を梯子し、そして加持リョウジを喰らっていたのだ。

 使徒、最後の使徒たる渚カヲルが白旗を振り(敗北を認め)、復讐の完遂を実感し、その上で食欲その他が充足したのだ。

 NERVへと入隊し、そこから張りつめて駆け抜けていた日々が終わったのだ。

 緊張感が消えるのも仕方のない話であった。

 

「先ずは太陽系全域の哨戒網の構築でしょうね。ウチには振られないんじゃないかしら」

 

「流石に宇宙だと国連宇宙軍(UN.SPACY)が主役しょ」

 

 大仰な宇宙軍と名付けられた国連宇宙軍であるが、その主任務は地球上の情報収集(偵察衛星群の運用)と地球に接近する隕石などの捜索であった。

 その意味では、別の惑星からの接触への警戒を国連宇宙軍(UN.SPACY)が担うのは、ある意味で本業とも言うべきモノであった。

 

「でも、安保理(国連安全保障理事会)よ?」

 

 無理難題を吹っ掛けて来る邪悪の伏魔殿、そう言うイントネーションで言う赤木リツコ。

 第2次E計画、追加で都合11機ものエヴァンゲリオン整備と言うとっておきの爆弾(厄ネタ過労案件)を持ち込んで来た相手なのだから、赤木リツコが嫌な顔をするのも当然であった。

 本当に嫌そうな顔で、煙草を咥え火を点ける。

 深呼吸。

 肺の奥底まで紫煙を吸い込み、そして吐き出す。

 ニコチンが脳に効く感じを味わいながら、瞳を閉じる。

 歪んでいる眉毛のラインが、その内心を葛城ミサトに教えていた。

 

「流石に今日明日は無理でしょ。取り合えず今は休みましょ」

 

「そうね、休むのも仕事ね」

 

「そーそー。てゆうかレイのリクエストもあるから、当分は平和であって欲しいのよね」

 

「レイの?」

 

「そっ。最近、シンジ君とアスカがヨーロッパとか鹿児島とかに行ってるでしょ。だから自分も旅行してみたいって言い出してね」

 

「レイが!?」

 

「レイが」

 

「驚いたわね」

 

ミツキ(天木ミツキ)も喜んでたわ。情操が育ってきた証拠だって」

 

「………でしょうね」

 

 呆然としたっという態で同意する赤木リツコ。

 そう言えば、と思い出していたのだ。

 綾波レイの情操の成長は、そう言えば碇ゲンドウの人類補完計画にとって大きな障害となったであろう事を。

 実に、今更の話であったが。

 赤木リツコも、悄然とした情人(碇ゲンドウ)からSEELEの人類補完計画も、碇ゲンドウの人類補完計画も放棄された事を聞いていたのだから。

 野望に燃えていた男の、全てを奪われた姿は実に滾るモノであったとも思い出す。

 実に可愛らしい、と。

 

「で、レイは何処に行きたいって言ってたの?」

 

「それが、取り合えず旅行がしてみたいって話で終わってるのよね」

 

「誰かと行きたいとか、1人で行きたいとかも」

 

「それもナシ」

 

「………そう。可愛いものね」

 

「そっ、実に可愛いのよ。だから、その夢を果たすまで、仕事の追加は勘弁して欲しいって本気で思うわ」

 

「そうね」

 

 ゆっくりと煙草を吸う赤木リツコ。

 目が天井の染みの数を数えていた。

 と、視線が地上に戻る。

 

「ナニ?」

 

「そう言えば第17使徒。彼は今、何処に居るの?」

 

「あ、カヲル君。今は、この時間は学校ね」

 

「………使徒が学校、ね」

 

「やーね、今更にクールぶって第17使徒とか言わないでよ」

 

「そうね」

 

 呑気に手をひらひらと振る葛城ミサト。

 その姿からは、かつてあった使徒への憎悪は欠片も見られなかった。

 色々と受け入れたって事よね。

 そんな風に親友(マブ)の変化を受け入れた赤木リツコは、ゆっくりと煙草を吸うのであった。

 

 

 

 

 

 ある程度の緊張感を持っているシンジとアスカ。

 祈っている葛城ミサトと赤木リツコ。

 だが、全くの緊張感の無い人間たちも居た。

 第3新東京市に居残っている子ども達(チルドレン)である。

 エヴァンゲリオンの訓練ペースが落ち着いた為、学校に通っていた。

 とは言え学校だが、所謂E(エヴァンゲリオン)組と呼ばれる第壱中学校2年A組も含めて多くの学生たちが疎開をしている為、開店休業状態であった。

 結果、海外からの留学生たる第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)向けの特別カリキュラム(日本の体験学習)が主体となっていた。

 或いは交流会である。

 洞木ヒカリや対馬ユカリと言った親の都合で居残っていた子ども向けの通常カリキュラムの授業も行われてはいたが、それが主流にはなっていなかった。

 

「平和やのう」

 

「平和だね」

 

 そう言い合っているのは言うまでも無く鈴原トウジと渚カヲルであった。

 2年A組の教室であったが、他に人は少なかった。

 多くの人間が学校にあったTVに突撃していたからである。

 言うまでも無く使徒戦役終了に関する特別番組が行われているからである。

 一般生徒は勿論、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)もだった。

 

「授業が潰れるんはありがたいが、ええんかな、こんな風で」

 

「良いんじゃないかな。こんなに風が気持ち良いんだから」

 

 ニコニコと笑っている渚カヲルと、諦めた風に笑う鈴原トウジ。

 2人は、何とはなく並みの中学生の姿からは出ている様に見えていた。

 それは余裕であろうか。

 

「俺さ、何でああ成れないのかな」

 

 窓際の渚カヲルと鈴原トウジに対して、教室の入り口側でネットで情報を集めていた相田ケンスケがボソっと零した。

 不平不満と言うには薄いが、では違いを受容しているかと言えば否定する。

 そんな声色であった。

 適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)

 立場に差は無い筈なのだが、何かが至れない。

 隔意とは言えない。

 だが、何であるか判らない何かを抱いていた。

 そんな感情がバッサリと断じられる。

 

「相田が相田だからでしょ」

 

 一刀両断めいた一言。

 言うのは対馬ユカリである。

 使徒との戦争が終わるなら、終わったで良いやとの何とも割り切った考えで、人が集まるTVに行かなかった剛の者であった。

 

「俺、実戦も経験しているんだぜ?」

 

「それで自分が変わったの? 変われたの?」

 

「………どうかな」

 

 自分の言う通り、実戦は経験していた。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)としての訓練でも色々と学べたと思っていた。

 だが、変われたかと言われれば自信が無い。

 それが相田ケンスケと言う人間であった。

 そんな相田ケンスケを笑う対馬ユカリ。

 笑ってから、肯定する。

 

「表情は良くなったわよ」

 

「そ、そうか!」

 

 褒められて嬉しい相田ケンスケ。

 実に素直(単純)であった。

 

 

「青春やな」

 

「青春だね」

 

 少しだけ距離の近い感じで女子と会話する相田ケンスケを、鈴原トウジと渚カヲルはニコニコ(にやにや)と見ているのであった。

 シンジとアスカに触発され、自分の感情(好意)を自覚し思春期に突入している鈴原トウジ。

 そんな周りの姿に、好きとか愛とかを勉強しているのが渚カヲルであった。

 第壱中学校は実に平和であった。

 

 

 

 

+

デザイナーズノート(#15こぼれ話)

 使徒(渚カヲル)が勝っても良いじゃない!

 ま、勝った相手は碇ゲンドウですけどね!! な第15章で御座いました。

 カヲル君生存√!

 いや、死ぬ理由とかが見えないし、と言う事でこうなりますたった。

 

 つか、アレだ。

 シンジとアスカがもう鉄板かしてしまっていて、揺らぎ部分な面白さが回りに頼らざる得ないのが本作の辛み。

 ま、群雄劇スタイルだから仕方ないね!

 多分

 きっと

 めいびー

 

 さて物語は最終章に突入しまする

 大団円(フィナーレ)

 大大団円(ティロ・フィナーレ)

 いえいえ

 とびっきりのオチがまっておりまするのよ(おほほほほ

 

 では次章

 ゲンドウ、酷い目に遭う

 ゲンドウ、酷い事になる

 シンジとアスカはエンダァァァァァァァ

 の三本立てとなっております

 お楽しみに(まてや

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

壱拾陸) ALPHA et OMEGA
16-1


+
我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう
そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう
神にかたどって創造された
男と女に創造された
神は彼らを祝福していわれた
産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ
海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ

――旧約聖書     









+

 国連第2東京本部ビル総会室。

 かつてニューヨークにあった国連本部ビルのソレと同じように、すり鉢めいた作りをした巨大な部屋。

 その中央の演台に碇ゲンドウは、国連安全保障理事会人類補完委員会特務機関NERVの総司令官として堂々と立っていた。

 NERV高官用制服を身に纏い、使徒との生存戦争の終結を人類に報告するのだ。

 それは、特別報告会と題された公式発表の日の事であった。

 

 その姿を小さなTV画面越しに見ている少年たち。

 適格者(チルドレン)、碇シンジと鈴原トウジだ。

 場所は何時ものNERV本部地下、操縦者待機室だ。

 

「コレで、公式には終わりっちゅう事やな」

 

じゃろよ(そうなるよね)

 

 尚、惣流アスカ・ラングレーら女子組は男子組禁制の心身管理プログラムに参加していて不在であった。

 ()()()()()()、と言う奴であった。

 アスカの女性特有の生理問題に綾波レイが関心を持ち、最近はアレコレと質問をする様になっていたが為に質問を受けるアスカが悲鳴を上げて大人に泣きつき、結果として天木ミツキが教育をするべきとした結果であった。

 マリ・イラストリアスも、チト早いかもしれないけども構わないとばかりに連行されていった。

 尚、アスカは綾波レイに腕を掴まれていて参加の拒否権不在であった。

 綾波レイ、最近は女性的な事に関してはアスカを頼る様になっていた。

 これも情緒が育った結果と言えるかもしれない。

 

 兎も角。

 突発的な事情でアスカ達が不在であっても、シンジ達の訓練は継続されていた。

 それはこの、特別報告会の日であっても同じであった。

 とは言え操縦者待機室に第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は居ない。

 女の子はまとめて天木ミツキの女の子教室に放り込まれているのだから当然の話であったが、男子陣はそうではない。

 居ない理由は教育方針の転換その他、訓練内容(カリキュラム)の変更が行われた結果だった。

 それは第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の教育水準が再検討された事が理由の1つであった。

 適格者(チルドレン)6人の中で最も普通(平凡)と評価されている鈴原トウジであっても、エヴァンゲリオンを自在に操る事が出来るが、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は出来ていない。

 エヴァンゲリオン3号機と第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは、機体構造と外装に違いがあっても制御系はほぼ同じであるにも拘わらずである。

 そして、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は促成であるとは言え、それは鈴原トウジも同じであるにも拘わらずである。

 軽視して良い話では無かった。

 操縦する人間の練度不足で高価な機体が簡単に破損させられては堪らないのだから。

 同時に、機体的な問題も調査される事となっていた。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの()()()()()と言うモノは、実戦配備時より問題点として認識されては居た。

 正規(第1次整備計画)エヴァンゲリオンに比べ第2次E計画のエヴァンゲリオンが簡易量産型である事は織り込み積みの話ではあった。

 だがそれでも、予想された能力よりも動きが悪かった。

 だが、対使徒戦力と言う観点からNERV本部配備エヴァンゲリオンが優先されていた為、問題の原因究明と対応は後回しにされていた。

 そもそもとして、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンは政治的要求で整備された戦力であり、使徒との本格的な戦闘は前提にされていなかったのだ。

 第16使徒戦に投入された事がNERVからすれば想定外であった。

 だが、その使徒襲来が止まった事で赤木リツコら技術開発局が原因の調査と研究に本腰を入れられる事となったのだ。

 機体とのシンクロ ―― 制御にBモジュールを介していると言う特性からエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン8号機、そして第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンが比較され調査されているのだった。

 

 兎も角。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は、改めて鈴原トウジが受けていた教育プログラムを元にしたカリキュラムに則った訓練を受ける事となったのだ。

 最初は、その成果からシンジの受けた訓練内容が基になっていた。

 適格者(チルドレン)になる前に培っていた基礎が違い過ぎていた。

 2番目には、アスカの受けた訓練内容が基になっていた。

 選抜に選抜を重ねた果ての選ばれた人材(ライトスタッフ)向け過ぎていて、論外であった。

 そして今回の改訂前の内容は、前2例の反省を基に標準的な適格者向けとして綾波レイの受けていた訓練内容を基にした内容であった。

 幼少期から適格者(チルドレン)として在籍していた綾波レイの受けていた内容である。

 冷静に考えれば普通の筈が無かった。

 その点に気付いた時、葛城ミサトは天を仰いで(アッチャーと零して)いた。

 だが、気付かないのも仕方のない話であった。

 その内容は鈴原トウジが受けた訓練内容でもあったのだ。

 そして鈴原トウジは見事にエヴァンゲリオン3号機を操り、使徒と戦い抜いてきたのだから。

 それは、普通と見られている鈴原トウジも、資質を持った人間であったと言う証拠であった。

 Bモジュールの非搭載機向けの訓練内容を受け、その上でエヴァンゲリオン3号機と実際にシンクロし実戦を潜り抜ける中でコツを掴んだのだから。

 

「当分、実戦は無いちゅーんは有難いわな」

 

「平和って良いよね」

 

 何時もより緩い(太平お気楽な)顔をして合いの手を打つのは渚カヲルだ。

 割と切実に命の危機があったのだから、ある意味で当然の反応であった。

 珈琲カップに砂糖をマシマシに注いでる。

 が、ソレを見るシンジと鈴原トウジは驚きの表情をしていた。

 

なんでおっとな(どうしてここに居るの)!?」

 

 滅多に無いシンジの驚きの声。

 さもありなん。

 事前に公開されたプログラムには、本日の特別報告会に()1()7()使()()が列席するとされていたからだ。

 

「フフフフフ、2人とも驚いたね。その顔が見たくて」

 

「何を言っとるんじゃ!?」

 

出らんとな(出ないの)?」

 

「一寸したA.Tフィールドの応用でね」

 

 そう渚カヲルが呟いた瞬間、TVの向こう側でどよめきが上がった。

 碇ゲンドウの隣に、光輝く人めいたナニカが出現したのだから。

 

『紹介しよう、我々人類が接する17番目の使徒、使徒の代表でもある』

 

 淡々と説明する碇ゲンドウ。

 チカチカと点滅する光り輝くナニか。

 挨拶のつもりだろうか。

 総会に参加している各国代表は勿論、TVのリポーターすら絶句しているのが判る。

 唯々、カメラ音だけが響いている。

 

『このような場で我々と彼らの意思疎通には少しばかり、まだ乗り越えねばならぬ壁がある。翻訳者を用意してある』

 

 碇ゲンドウの言葉を合図に、脇から登壇する小柄な人影。

 NERVのチルドレン用の制服を着ている。

 とは言え徽章の類は無い。

 又、顔は黒い頭巾で完全に覆われている。

 長い銀色の髪が腰まで伸びている。

 とは言え性別は判らない。

 ズボンを履き、胸は無いのだから。

 

「誰や、アレ?」

 

だいけな(誰だろう)

 

 顔を見合わせるシンジと鈴原トウジ。

 特徴的な銀色の髪は、青味があって渚カヲルの特徴と言えるだろう。

 綾波レイはアルビノ系の白味が強いからだ。

 

「僕の()()だよ」

 

 事も無げに説明する渚カヲル。

 人造適格者(ビメイダー・チルドレン)として完成したのは、今の渚カヲルであるが、Adamの魂が宿らず極めて薄い自我しか宿らずとも成体として完成した個体は居るのだ。

 ストランド計画の第3(C)案は、渚カヲルを含めて10体が製造されたのだ。

 とは言え、乗るべき儀式用エヴァンゲリオンが形とならなかったが為、その駆動用プラグユニットへの()()が施されずに残っていたのだ。

 その1体、カール・ストランド=CⅧ(ストランド計画C案体8号)であった。

 自我が薄い為、渚カヲルがA.Tフィールドで操っているのだと言う。

 

「SFやな」

 

じゃんな(だね)じゃっどん(だけど)あいはなんな(アレは何なの)?」

 

 シンジが指し示したのは碇ゲンドウとカール・ストラント=CⅧの傍に居る光る人型である。

 

「アレもA.Tフィールドの一寸した応用だよ」

 

 空間を屈折させ、そこに何かが存在し、光っているように見せているのだと言う。

 揺らぎ。

 或いは影。

 質量も無く、光すら本来は存在していないのだと言う。

 

判んな(判った)?」

 

「わからん」

 

じゃっでよ(だよね)

 

 割と深刻な顔で首を傾げるシンジと鈴原トウジ。

 シンジは一般的な学業と言う意味では優秀と言ってよかったし、鈴原トウジとて適格者(チルドレン)と成って以降はシンジほか頭の良い連中と一緒に勉強したりもしたお陰で学業は良好になりつつあったが、流石にA.Tフィールドに絡むアレコレと言うのは範疇外であった。

 と言うか、感覚でやっている事であり、理屈など赤木リツコですら何となく理解したと言うレベルであるのだ。

 判る方がオカシイと言う話であった。

 

「フフフフフ」

 

「何や、楽しそうやな」

 

「だって、僕にだって特技があって、自慢できるって、それは嬉しいって事だよ」

 

よぅゆうが(良く言うよ)

 

「そや」

 

 素の中学生らしい雰囲気の会話をする3人。

 そんな3人など相手にもせず、国連総会の報告会は加速していく。

 

 

 

 渚カヲル(カール・ストラント=CⅧ)が語っていく、言葉。

 それは使徒の人類への降伏宣言であった。

 強大無比なエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 使徒を屠り続けたNERV本部のエヴァンゲリオン戦闘団。

 そして人類の(文明)を示す、9体もの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 使徒は強力である。

 使徒は強大である。

 だが、使徒は単独にして単体でしかないのだ。

 使徒にとって都合15体ものエヴァンゲリオンと言うのは正しく横暴(数の暴力)であったと言う。

 故に、講和の道を選ぶ事となったと続ける。

 それは地球の人々と、何よりも国連安全保障理事会常任理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)を満足させる言葉であった。

 恐るべき敵が人類の武威に畏れを抱き、講和を呼び掛けて来た。

 何とも喜ぶべき話であるのだ。

 無論、政治(大人の都合)である。

 莫大な予算を急遽組み上げた第2次E計画が無駄だったなどととてもでは無いが言える話ではないのだから。

 その辺りの報告会で言うべき内容を詰める際、碇ゲンドウからリクエストされた事を渚カヲルは笑顔1つ(アルカイックスマイル)で受け入れていた。

 その笑み。

 素直な渚カヲルは、自分の安全が保障されたので後は何でも良いと言う気分での事だった。

 だが、性根の曲がっている碇ゲンドウは、それを脅し(貸し1つ)と捉えたのだった。

 

 碇ゲンドウを除く、全ての人間を満足させる言葉。

 そしてカール・ストラント=CⅧの口が代弁していく言葉は、更に満足させた。

 使徒の持つ技術の全開示である。

 渚カヲルの内側に眠るAdamの欠片()、そこに刻まれていた始祖民族の情報と言えた。

 同時にNERV本部、その地下空間の大本となっている黒き月に残されている情報の解析なども行うのだ。

 使徒の無尽蔵の動力源である(スーパーソレイド)機関は、人類のエネルギー問題を簡単に解決に向かわせる事が出来るだろう。

 使徒との講和が齎す明るい未来の提示。

 それは大災害(セカンドインパクト)以来の様々な人類の傷を癒す力があった。

 明るい未来と言うものは、それだけの力があったのだ。

 

 様々な言葉で、万歳と歓声が上がる国連総会。

 興奮した人々が壇上に握手を求めて近づき、SP(護衛員)が制止すると言う一幕すらあった。

 

 

 

「楽しそうね」

 

 少しばかり白けた顔で呟くのは葛城ミサトであった。

 勿論、見ているのはTVであり、国連総会での報告会である。

 場所は作戦局大会議室だ。

 作戦局の主要スタッフと技術開発局の主要スタッフが集まっていた。

 

「希望は必要ですからな」

 

 合いの手を入れるのはパウル・フォン・ギースラーである。

 とは言え、若干の苦笑が唇には浮かんでいる。

 仕方のない話であった。

 この作戦局大会議室に2つの部局の人間が集まっている理由、議題が議題であったからだ。

 太陽系外からの襲来、他の星系に降着した白き月、黒き月の末裔が攻撃的な意図をもって襲来した場合への対処に関する検討であったのだから。

 始祖民族の手で宇宙に拡散された大迷惑。

 総数10万にも達する白き月、黒き月の民と言う脅威への対応である。

 とは言え、具体的な話は何も出来ずにいた。

 

 いつ来るのか。

 本当に来るのか。

 来たとしてそれが友好的なのか、それとも攻撃的なのか。

 攻撃的な意図をもって来たとして、それはどれ程の規模で来るのか。

 

 一切合切が不明であるのだ。

 正に雲をつかむような話であった。

 

「勘弁して欲しいわね」

 

「情報が何もないですからね」

 

 アメリカ人めいて肩を竦める仕草をするパウル・フォン・ギースラー。

 だが、その言葉を発端に、集まった人間が会話(ディスカッション)を再開させる。

 

K情報(渚カヲル)によれば、白き月と黒き月との連絡システムは勿論、黒き月同士でも情報共有は無いと言う話です」

 

「敵を知らないと言えるかもしれません。ですが、我々の情報も敵は知らないとも考えられます」

 

「先ずは情報だな」

 

「恒星系外に向けた太陽系全域の探知網など、現時点では絵空事も良い所だ」

 

「光速の壁、人類には太陽系は広すぎる」

 

「いっそ近隣の恒星系に偵察を行うか? 宇宙研究者は大喜びしそうだが」

 

「そもそも、そんな宇宙船をどうやって開発する__ 」

 

(スーパーソレイド)機関があればエネルギー源としては__ 」

 

「正にSFだな。しかし、近くのアルファ=ケンタウリにすら遠すぎるのだぞ?」

 

「今の人類には火星すら遠い__ 」

 

 喧々諤々と言った塩梅の議論。

 とは言え、結論の出る話ではない。

 そして主催たる葛城ミサトにとっても、結論の欲しい話では無かった。

 今日の会議も、ある種、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う態で行われているのだからだ。

 

「何にせよ、政治サイドが予算枠と目的をくれないと何も出来ないわよね」

 

「宮仕えの哀しさね」

 

 葛城ミサトの隣に座っている赤木リツコも嘆息していた。

 

「そう言えば、10万だかの月の話、何時、公表される事になるの?」

 

「少し先ね。使徒技術の解析によって判明したって態で行われるとは、碇司令が言っていたわ」

 

「………少し先にして欲しいわね」

 

「そうね」

 

 憂鬱な顔で頷き合う2人。

 世論が沸騰し、沸騰した世論が国連を動かし、国連が無茶ぶりする相手がNERVとなるのは、事、使徒がらみであれば最早決定事項。

 或いは様式美であると言えるのだから。

 

 確定した未来に暗澹たる思いを抱きながら、そう言えばと葛城ミサトは言葉を繋ぐ。

 

「そう言えば地球移動計画、アレ、何時だったっけ?」

 

「そういう略し方もどうかと思うわよ」

 

「上の組織名に肖って(媚びを売って)、人類補完計画って名付けたのもどうかと思うのよ」

 

「あら、地球の地軸が1999年以前に戻るっていうのは、正に、人類の補完、生きる為の環境回復計画としては妥当じゃないかしら」

 

「名前の規模が大きすぎるっちゅーの」

 

「そこは同意するわ」

 

 葛城ミサト曰くの地球移動計画、正式名称は人類補完計画。

 それはエヴァンゲリオンのA.Tフィールドの共振による地球の地軸移動計画(ポールシフト)計画であった。

 核となるのは4機のエヴァンゲリオンだ。

 強力なA.Tフィールドの出力を持った機体。

 エヴァンゲリオン初号機。

 エヴァンゲリオン弐号機。

 エヴァンゲリオン4号機。

 エヴァンゲリオン6号機。

 この4機のエヴァンゲリオンが南極でA.Tフィールドを発振し、それを地球各地に展開させた8機のエヴァンゲリオンで共振させて安全に地軸を基に戻そうと言う大計画であった。

 

「大計画よね。都合12体ものエヴァンゲリオンでやるんだから」

 

「大仰とも言えるわね。セカンドインパクト時にはたった1体のアダムが成し遂げた事なんだから」

 

「で、あのざま、と」

 

「そっ。その大災害を再発させないための調律を8機のエヴァンゲリオンで行うわ」

 

「調律ね。本当に出来るの?」

 

「その為のBモジュールと言えるわ。マリの8号機を起点にして、MAGI5台による支援があるんですもの。可能よ。それに3号機のバックアップがあるんだもの」

 

 共振による調律を行う8機のエヴァンゲリオンは、全ての機体にBモジュールが搭載されている。

 そのBモジュールの秘匿機能、同調戦闘(RAID-GIG)システムの応用であった。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムはエヴァンゲリオン8号機に搭載されていたオリジナルBモジュール、そのブラックボックス部分をディートリッヒ高原を中心としたBモジュール解析チームが精査した際に判明した、封印されていた機能であった。

 余人では存在すらも判らなかった天才、真希波マリによる封印。

 それを解いてみせたディートリッヒ高原もまごう事無き天才であった。

 兎も角。

 この機能が封印されていた理由は、過度なエヴァンゲリオン同士の同調は、その操縦者への負担が大きすぎると言う事であった。

 基点となるエヴァンゲリオンに乗っている操縦者の意識が、エヴァンゲリオンを介して流れ込む危険性が危惧された結果だった。

 データ上に残されていたメモに、人道的と言う言葉を母親の胎内に忘れて来たような狂的科学者(マッドサイエンティスト)である真希波マリであっても流石に躊躇した。

 その様な文言が残されていた。

 削除されなかったのは、この機能がBモジュールの根幹にかかわっているからであった。

 

 尚、今回は、その辺りを5台のMAGIによって調整し、同時に、A.Tフィールドの共振と言う事にのみ集中させる事で行われる事となっていた。

 ディートリッヒ高原の手腕である。

 不運な事は、この作業中にディートリッヒ高原は大病を患っている事が判明し、緊急入院して治療する羽目に成ったと云う事だろうか。

 幸い、NERVの再生医療技術の高さから命に係わる事は無かったが、本人は最後までやりたかったとぼやいていたと言う。

 

「Bモジュール、群狼戦闘能力(ウルフパック)と名付けられていたのも当然の話だった訳ね。でも、こういう風に役立つとは思わなかったわ」

 

「そうね真希波博士も驚いているかもね」

 

 笑う赤木リツコ。

 葛城ミサトも笑いながら、真希波マリへの感謝を述べていた。

 

 

 

 

 

「女の子って大変」

 

 自分のほっそりとしたお腹を見ている綾波レイ。

 そしてアスカのお腹も見た。

 天木ミツキの教室であった。

 それなりの知識を持っていた霧島マナは余裕顔であったが、改めて聞いたアスカも顔を少しだけ赤らめていた。

 NERVドイツ支部で幼少期から育ってきて、外の事を余り知らない純粋培養であったのだ。

 こういう反応になるのも、ある意味で当然であった。

 尚、アスカに対して当たりの強い(マウントをしたがる)ディピカ・チャウデゥリーであったが、アスカ同様に純真(うぶ)であったが為、真っ赤になって沈没していた。

 

「それで済ますからレイ、強いわね」

 

 呆れた様に言うのはこの部屋で唯一の非適格者(チルドレン)である洞木ヒカリであった。

 NERV本部のD配置職員(アルバイター)は継続中である為、適格者(チルドレン)の世話役と言うか、グループの常識担当的なポジションで呼ばれる事が多かったのだ。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は、基本が一般人上がりではあったが、それでも世界各地から集まっているのだ。

 やはり、常識担当は必要と言うモノであった。

 

(フンス)

 

 鼻息も強く自信のある(ドヤァ)顔する綾波レイ。

 それを少しだけ恨めしい顔で見るアスカであった。

 

 とは言えアスカ。

 その左手薬指に小さく輝く銀の指輪が、これ以上ない程の(マウント)を発揮しているのであったが。

 それを最初に見つけた洞木ヒカリが黄色い悲鳴を上げ、綾波レイは首をコテっと傾け、マリ・イラストリアスは似合ってると素直に褒め、霧島マナは歯ぎしりし、ディピカ・チャウデゥリーは奇声(あばばばばばば)を漏らしていたが。

 適格者(チルドレン)の女の子衆。

 世界情勢を尻目に、今日も姦く平常運転であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-2

+

「さて、洗いざらいに吐いてもらうわよ」

 

 雄々しくも背筋を伸ばし、顎を引き、座った目(ガンギマッた目)で宣言するのは霧島マナであった。

 

 場所はNERV本部の地表施設に設営されている食堂だ。

 正確には軽食スタンドだ。

 著名なフランチャイズカフェ(軽食&珈琲店)が入っている為、その内装は一般向けの店舗と同様に、お洒落感が強かった。

 無論、店員は正式なNERV職員であり、この店舗の為にフランチャイズグループに研修に派遣され勉強をしていた。

 勤務中は施設外への自由な外出が出来ないNERVスタッフ向けの福利厚生施設と言う塩梅であった。

 故に24時間営業となっている。

 とは言え、今の時間はお昼過ぎ。

 ランチタイムも終わり客もまばらになっていた事から、霧島マナの宣言も周りに迷惑を与える事は無かった。

 だからこそ、この店舗に来たとも言えた。

 兎も角。

 首元のボタンまでチキンと締めた制服姿と相まって、霧島マナの姿は実に力強かった。

 その雄姿に、素直なマリ・イラストリアスは手を叩いて喜んでいた。

 無論、それ以外の子ども達(女子チルドレン)も居る。

 俯き加減で顔に陰が入って居て、ブツブツと呟いているディピカ・チャウデゥリーもいる。

 自分が此処(チルドレンと一緒)に居て良いのだろうかと悩みつつも、知りたいと言う欲望に炙られた洞木ヒカリも居る。

 尚、綾波レイだけは興味半分と言うか、霧島マナを筆頭に盛り上がっている理由が理解出来ず、甘い甘いカフェオレを堪能していた。

 そして惣流アスカ・ラングレー。

 被告人宜しく、6人の中で一番奥の席 ―― 逃げられない席に座らされていた。

 何とも言えない表情をしている。

 

「いや、聞かれたら応えるけど、何でアンタ達、そんなに盛り上がってるのよ?」

 

 素直に言えばドン引きしていた。

 アスカはその人生の大半を適格者(チルドレン)としてNERVと国連軍で、同世代の女の子の居ない環境で訓練漬けの日々をおくっていた為、ある意味で女の子的な感性と言うモノが育っていなかったのだ。

 だからこそ、自分が付けている指輪の威力(対乙女限定)に気付けないのである。

 

「それ勝利者の余裕? 余裕なのよね!」

 

 だからこそ、ヒートアップする(鼻から猛烈に息を吐き出す)霧島マナに付いて行けなかった。

 と言うか、ディピカ・チャウデゥリーもギンッとばかりにアスカを見た。

 本当に目力が強い。

 

engagement(婚約)、デスか?」

 

 個性的なアクセントの(インド訛の強い)英語で尋ねて来る。

 俯き加減故に黒い髪の隙間から見える目は、その浅黒い肌と相まって深淵めいてアスカには見えていた。

 迫力である。

 或いは気迫。

 ディピカ・チャウデゥリーの圧に少し身を逸らしながらアスカは抗弁する。

 

「残念ながら違うわ」

 

 チョッとだけ残念そうに指輪に触れるアスカ。

 白魚の様なとはとても言えない傷跡の多い鍛えられたアスカの指。

 そこに嵌められた銀の指輪は傷一つ無く、磨かれた純銀らしい渋い煌きを放っている。

 否、1本 ―― 1線だけ引かれた紫の色。

 それを誤解する人間は、ここには居ない。

 紫色とは即ちエヴァンゲリオン初号機の、碇シンジの(パーソナルカラー)であると言う事を。

 

「アタシはソレ(婚約)で良かったんだけど、反対されちゃって__ 」

 

「え? 誰が反対したの?」

 

 驚きの声を上げたのはアスカの親友(マブ)と自他ともに認める洞木ヒカリだ。

 誰がと声を上げているが、誰が反対したのかと言うよりも、誰の反対に対してアスカが折れたのかと言う点での驚きであった。

 洞木ヒカリはアスカに聞いていた。

 惚気半分に、アスカの実家でシンジは認められているし、シンジの実家でもアスカは良くしてもらったと言う事を。

 だからこその疑問であった。

 そんな洞木ヒカリの声、誰もが見守る中でアスカは困ったような、照れた様な顔をしてみせた。

 

Papa(パパ)が__ 」

 

「お父さんが?」

 

「婚約でも、あんまり早くされると寂しいって言ったのよ」

 

 漸くながら、仲が修復したのだ。

 その関係修復を助けてくれたシンジの事をヨアヒム・ランギーとて評価していたし、アスカが好きだと言う気持ちも尊重したいと思っても居た。

 だが、まだ14歳だ。

 まだ早い。

 もう少しだけ我が家の娘というだけで居て欲しい。

 親だと言う思いをさせて欲しいと、男泣きに泣きながら、主張されてしまったのだ。

 アスカに、その思いを無下に出来る筈もなかった。

 

 アスカの誕生日祝いと言うだけの気分で鹿児島は隼人碇家を訪れていたヨアヒム・ランギーにとって、妻であるベルタ・ランギーとシンジの母親である碇アンジェリカが世間話の態で婚約話などを始めてしまったのは想定外であった。

 無論、ベルタ・ランギーにせよ碇アンジェリカにせよ、シンジとアスカの善意だけでの話だというのは理解出来た。

 でも、愛娘との心の距離が漸く縮まった所なのだ。

 それはもう、泣くと言うモノであった。

 ヨアヒム・ランギーが強硬に、そして感情的に反対するのではなく泣いて寂しいと嫌がっているのだ。

 アスカも誰も、その思いに反対も反発も出来なかった。

 だから、である。

 

 尚、ヨアヒム・ランギーの感情(男親の男泣き)に、碇ケイジも碇アイリが嫁に行く時を思って深い同意を覚え、夜の街へと呑みに誘い、男親同士で痛飲するのであった。

 そして翌日。

 さっそく買って来たペアリング、相手の色と自分の名を刻んた1対の指輪を嵌めたシンジとアスカを見た碇アイリが憧れ、自分も碇ケンジとで欲しいと言い出して碇ケイジが心理的大ダメージを負い、今度はヨアヒム・ランギーが飲みに誘うと言う一幕があるのだった。

 

 兎も角。

 

「コレは只のペアリング」

 

 天井に翳すように己の指輪を見せるアスカ。

 只の親密さを示すだけの指輪だと言う。

 1対の指輪(ペアリング)

 シンジが持つ指輪は、同じデザインで同じ純銀製。

 違いは赤いラインが1条入っている事と、シンジの名前が掘られていると言う事。

 とは言えシンジは指に嵌めるのではなく、革紐で首から下げる事を選んでいた。

 アスカとしては親密さのアピール(虫よけ)も兼ねている指輪を指に嵌めていない事に不満があったが、指輪は()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われては仕方が無かった。

 常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)

 いついかなる時であれ、保衛部第2課の護衛班(ガードチーム)が居たとしても、アスカや皆を守れるなら自分ででも守りたい。

 守れる様に居たいとシンジが言ったのだ。

 それはそれで、アスカの乙女心と言うモノを打ち抜く発言であった。

 

 そんな、隼人碇家での一幕を俯き加減で、頬を桜色に染めてアスカは説明するのであった。

 自覚は無い。

 だが、糖度の高さは果てしなかった。

 

「コーヒーが飲みたいわね」

 

「口の中が甘い感じがする」

 

「………Heat(暑い)

 

「アイスのブラックで良いわよね? 私、買って来る!」

 

「私、甘い奴!」

 

 

「ナニよ、その反応!?」

 

 襟元にパタパタと風を送る娘が居たり、アイス珈琲を買いに行く娘が居たり、俯いてたままへばってる娘が居たり、幻の甘さを口腔内に感じている娘が居たり。

 約1名、全く関係なしに甘い珈琲をリクエストしたマリ・イラストリアスが居たが、概ね、何とも言い難い雰囲気になり果てていた。

 

「なによ!?」

 

 唐突の変化に驚いたアスカに、洞木ヒカリはトドメを刺す様に言った。

 

「ご馳走様って事よ、アスカ」

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 

 

 人類補完計画。

 一番上の紙に大きく書かれている、クリップで綴じられた紙の束。

 そして、機密(アイズオンリー)の文字が赤いスタンプで打たれている。

 A4紙で印刷されたソレは、正直な話として薄い。

 10枚も無いページ数だ。

 だが、葛城ミサトには重く感じられた。

 

「集大成、ね」

 

 背もたれに背を預け、力を掛ける葛城ミサト。

 その程度できしむ程に安い椅子では無い。

 だが、座り心地が良いとは言い難かったのだ。

 場所は葛城ミサトの自室 ―― 作戦局局長執務室だった。

 人類補完計画関連は機密レベルが高い為、関連書類などの執務室からの持ち出し禁止となっていたが故の事だった。

 

「後片づけよ」

 

 感慨深い葛城ミサトに対し、さしたる感慨も無く言い切ったのは赤木リツコだ。

 さもありなん。

 第17使徒(渚カヲル)が開陳した情報を知ったSEELEが国連安全保障理事会人類補完委員会を動かし、そしてNERVへと命令した事で作成された人類補完計画。

 その実務的な部分をまとめ上げたのは赤木リツコと技術開発局であったのだ。

 人類に置いてA.Tフィールドを理論的に理解すると言う意味で随一の人間であるのが赤木リツコであり、赤木リツコに率いられたNERV本部技術開発局であったのだ。

 ある意味で当然の結果であった。

 当然ではあっても、大変な計算その他を担う事になったのだ。

 赤木リツコがウンザリした気分になるのも当然というものであった。

 しかも、である。

 国連安全保障理事会での説明会等で、責任者を呼んで説明させろ等と国連本部(第2東京)まで呼びつけられる事が多々発生していたのだ。

 これは人類補完計画と言うモノが持つ影響の大きさが理由であった。

 大災害(セカンドインパクト)による地軸の歪みは、地球に甚大な影響を与え、人類に塗炭の苦しみを与えては居た。

 だが、既に14年からの月日が経過し、今の世界(社会)に適応した国家や人間が出ているのだ。

 今更に基に戻すと言われて、はいそうですかと簡単に納得できる話では無かった。

 特に、この環境で利益を得る様になった国々にとっては。

 海面上昇と地軸の変化(緯度のズレ)はアフリカの大地を、人間に優しく変えた部分があったのだ。

 水位の上昇は沿岸域で莫大な規模の人的被害が発生させ、10年を超える戦乱を引き起こす原因となったが、同時に、海水が内陸側に入った(及んだ)事で内陸部にも雨が良く降る様になったのだ。

 しかも、気温は低下したのだ。

 地軸の復旧と言う人類全体としての意義は理解しても、この環境を手放したくないと思うのは仕方のない側面があった。

 とは言えヨーロッパを筆頭に、日本も現状の気象環境その他で現状に耐えがたいと言うのが本音であるのだ。

 正に民意(政治)であった。

 国連安全保障理事会で議論(衝突)となるのも当然の話と言えるだろう。

 とは言え巻き込まれる側の人間にとっては堪ったモノではない。

 赤木リツコは政治の被害者であると言えるだろう。

 尤も、その対価と言う訳ではないのだが、国連安全保障理事会の人類補完計画特別関連会議には碇ゲンドウもNERV総司令官として出席しているのだ。

 往復ではCMV-22N(垂直離着陸機)の機内で、或いは会議が二日に渡る際などはホテルの1室で一緒に時間を過ごす事が出来るのだ。

 ある意味で労働に飴も用意されている感があった。

 とは言え同行者たる碇ゲンドウ。

 こちらは実務部隊代表(NERV総司令官)であると同時に各組織代表との間で交渉役(緩衝材)として役割を日々求められており、疲弊して顔色はあまり良くなかった。

 口数も日頃よりも大きく減っていた。

 が、痘痕も靨(恋は万能)

 赤木リツコはソレはソレで良いと、常よりも陰影の加わった碇ゲンドウに美味しさを感じていたが。

 

 兎も角。

 精神的な余裕は兎も角、肉体的な疲労は蓄積している赤木リツコ。

 喫煙量はうなぎ登りになっていた。

 

「で、元に戻るの?」

 

「戻るわよ、多分」

 

「多分?」

 

「実証試験とか出来ないんだもの。だから()()()()以外に言い様は無いわよ」

 

「そうなるカァ」

 

 紫煙を盛大に吐き出しながら嘆息する葛城ミサト。

 相方(マブ)同様に最近は喫煙量と共にニコチンの重い煙草を吸う様になっていた。

 此方は疲労が原因では無かった。

 使徒を倒すと言う人生の目標が終わってしまい、仕事へのヤル気(モラール)が壊滅しており、酒と煙草でかろうじてNERV本部作戦局局長代行の大佐(大佐配置少佐)と言う外面を維持している有様であったのだ。

 切実に癒しを欲していた。

 肉欲と言う意味では、よりを戻した(焼け木杭に火)な加持リョウジも居たのだが、最近は何かと忙しくしており、余り楽しめて居なかったのだ。

 と言うか、加持リョウジの状況は洒落になっていなかった。

 親使徒派(エンジェル・マフィア)とでも言うべき連中が、第17使徒(渚カヲル)の情報公開と共に活動を活発化させており、何をトチ狂ったか使徒と戦ったNERVを創造主(始祖民族)への叛逆者だとか言い出していたのだ。

 それはもうNERVの情報部門(戦略調査部)も各国の情報機関と連携して動くと言うモノであった。

 現時点でテロ等の兆候は無かったが、決して油断できるモノでは無かった。

 

「まさか、使徒との戦争が終わってからが面倒になるとは思わなかったわ」

 

「そうね。人類の敵と言う箍が外れてしまい、めいめいが自分の利益を求めだしたって事かしらね」

 

人類皆兄弟(ラブ&ピース)ってどこ行ったのよ、全く」

 

「あら。キリスト教自体でも四分五裂のいがみ合い。親戚な筈のイスラムとユダヤなんて酷い事になっているのよ? 例え親兄弟でも殺し合うってものでしょ」

 

「そう言えばカインとアベルもあったわね」

 

それが人類(ケセラセラ)

 

死ねば良いのに(アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター)

 

 肩を竦めた赤木リツコに対し、葛城ミサトはヤサグレた祝詞(呪詛)を口にするのだった。

 

 

「しっかしエバー4機、全部南極で飛ばすって豪快な話よね」

 

「環境がどうなるか判らないのだもの、仕方が無いわよ」

 

 人類補完計画の要となる4機のエヴァンゲリオン。

 最初は、安定して作業を行う為に船舶に乗せて4方に配置する予定であったが、共振させるA.Tフィールド ―― その全力稼働によって南極の環境がどうなるか予測が難しかった為、F型装備で4機とも飛ばすと言う話になっていた。

 外装式に(スーパーソレイド)機関を搭載した事で戦闘での実用性と稼働時間が劇的に向上したF型装備、FⅡ型装備(F型ステージⅡ)だ。

 FⅡ型装備は(スーパーソレイド)機関を発生させる為の使徒由来の生体(ソレイド)部分と、その管理(コア)ユニットを有する、言わば小さなエヴァンゲリオンであった。

 とは言えFⅡ型装備は暴走への安全策として自律は出来ても、単独で自立でき無い様に設計されていた。

 全てが、接続したエヴァンゲリオンの管理下行う様にしてあったのだ。

 そこまでしているのにエヴァンゲリオン本体に(スーパーソレイド)機関を搭載しない理由は、エヴァンゲリオンを使徒化(無限稼働体)させない為であった。

 人類は自らの手で自らの支配者を生み出さない様に注意していたと言えるだろう。

 そして同時に、ある程度の自律性あればこそFⅡ型装備が開発された目的、人類補完計画発動時に空中を飛びながらA.Tフィールドの全力稼働(フルドライブ)が可能になる。

 そう言う設計思想であった。

 

 尚、α型とω型の2つのバリエーションが予定されていた。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機向けのα型と、エヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機向けのω型である。

 違いは、オプションパーツの差となる。

 α型は近接白兵戦への対応力を高める為の高機動型であった。

 ω型は遠距離砲戦を効果的に行う為の安定重視の重装甲型であった。

 

「完成しそうなの、Ⅱ型(ステージⅡ)って?」

 

「目途はついてるわよ? 制御周り、Bモジュール開発特務班の所でやってもらったけど。良い仕上がりになりそうだもの」

 

「Bモジュール班? あそこ、班長入院で開店休業状態じゃなかったの??」

 

「Dr高原ね。治癒の経過が良好過ぎて暇だから仕事が欲しいって言って来たのよ」

 

 定期診断でガンに侵されている事が判明したディートリッヒ高原。

 だが渚カヲルの貰らした情報を基に劇的な進歩を遂げる事となった再生医療によって峠は越していたのだ。

 A.Tフィールドが持つ、人が人の形を維持しようとする力の側面を利用しての事であった。

 現時点では医療コストがバカ高いと言う側面はあったが、それでもA.Tフィールドの医療分野への応用は人類の医療業界に革命的と言う言葉でも生温い、とてつもない光量で現れた希望であった。

 ()()()()()、ディートリッヒ高原は暇になってしまい、仕事を求めたのだ。

 

「高原班長が仕事の鬼(ワーカーホリック)なのか、リツコが鬼なのか」

 

「あら? 私は本人の希望に沿っただけよ」

 

 開発されるFⅡ型装備。

 それは技術的な意味で人類補完計画実行の土台となるモノであった。

 であればこそ、ディートリッヒ高原も燃えていたのだ。

 ディートリッヒ高原には家族が居る。

 敬愛する母、愛すべき婚約者と大事な妹が居る。

 その大事な人々が今後も健やかに暮らしていける一助に自分が成れると思えば、力も入ると言うものであった。

 

「ま、なら後はシンジ君たちの連携訓練ね」

 

「連携、と言うか同調?」

 

「なる訳よ。只、シンジ君とアスカでやったアレ(シンクロ訓練)は物理面からの同調調整だから今度はメンタル面優先__ 」

 

「それで音楽?」

 

「そっ。幸いに4人で休みな日に楽器持ち寄ってやってたから、それを業務で四重奏(カルテット)やってもらうのよ」

 

文化(カールチューン)的ね」

 

「人類は自らの全てで苦難を乗り切るのよ」

 

「それでコレ__ 」

 

 赤木リツコは葛城ミサトの机の上に置かれていた予算書を見ていた。

 バイオリンなどの練習に必要な消耗品などが記載されている。

 

「あら?」

 

 と、赤木リツコの鋭利な目が驚きに丸くなった。

 その予算書には、音楽の練習とは関わり合いが少ないモノが乗せられていたからである。

 ペンダント1式と書かれていた。

 

「あ、それ? ほらシンジ君とアスカがペアリングしてるじゃない。それで、自分たちもそう言うのが欲しいってレイが言い出して、で、カヲル君まで乗っちゃって2人して主張したから、チョッち碇司令にお伺い立てて付けた訳よ」

 

「あー」

 

 それでか、と納得した赤木リツコ。

 最近落ち込み気味の情人(碇ゲンドウ)が、昨日はもう死んでしまうんじゃないのかと心配になるレベルで落ち込んでいたのだ。

 宥め賺して蕩かして、搾り取って聞き取ろうとしても頑として口を割らなかった理由。

 それを把握したのだった。

 紫煙に塗れても尚、艶やかな唇を楽し気に歪める赤木リツコ。

 親密ではあっても親娘めいた距離感ではなかったにも拘わらず、情緒の育ちつつある(綾波レイ)歩き出した事(異性と親密な事)に男親めいたショックを受けている事に愉悦を感じたのだ。

 さて、と内心で呟く。

 今宵、如何にして情人(碇ゲンドウ)を慰めてやろうか。

 そんな俗な事の為に、その虹色の脳細胞が全力で回るのであった。

 

 今、赤木リツコは人生を心底から謳歌していると言えるだろう。

 復活の予定されている碇ゲンドウの嘗ての妻、碇ユイの問題はある。

 碇ゲンドウが何を選ぶか。

 碇ユイが何を選ぶか。

 先は全く判らない。

 だが、先が判らないからと言って今を楽しまない理由は無いのだから。

 

 

 

 

 

 御殿場の繁華街にある楽器屋に来て、必要な消耗品を一通りそろえたシンジ達。

 そして徐に向かったのは銀細工店であった。

 意気揚々と歩く綾波レイ。

 ぞろぞろとその後ろを歩くのが渚カヲルにシンジとアスカ。

 そして鈴原トウジが居た。

 

「しかしトウジ君が一緒に来るなんてね」

 

 含みのある形で笑いながら言葉を紡ぐ渚カヲル。

 

じゃっでよ(そうだね)男らしく無かっち言っちょったとにね(男のする事じゃないとか言ってたからね)

 

 胸元に下げた指輪(ペアリング)に触れながら、シンジも少し笑って返す。

 その反応に少しだけばつの悪そうな顔をする鈴原トウジ。

 シンジが指輪を首から下げていたのを見て散々に、軟派だ何だと言って(弄って)いたのだ。

 そう言う風に返されるのも仕方のない話であった。

 

「いや、()()()の奴が欲しいゆうて__ 」

 

「ヒカリ?」

 

「ヒカリ?」

 

 異口同音に名を呼ぶシンジと渚カヲル。

 口元は同じ角度で歪んでいる。

 愉悦の感情が漏れ出る形だ。

 常日頃、鈴原トウジに揶揄われる側であったのだ。

 今日はこれ幸いとばかりに揶揄い返すのも当然と言うモノであった。

 

「五月蠅いワイ」

 

 頬を染めて言う鈴原トウジ。

 

「委員長じゃなくても良いのかい?」

 

「名前を読んで欲しいゆうて言われたんや__ 」

 

トウジさぁは優しかでな(トウジは優しいよね)

 

 ニッコリ笑顔(ニヤニヤ顔)の、言葉程には優しい顔で無いシンジ。

 

「うっ、五月蠅いわい! 何時も世話になっとるんじゃ!! それ位は、頼まれたんやったらするのが男ちゅうもんや!!!」

 

 顔を真っ赤にして吠える鈴原トウジ。

 それでも尚、好きだと言う気持ち。

 愛しいと言う思い。

 そういうモノが溢れていた。

 

 鈴原トウジと洞木ヒカリはまだ付き合っては居ない。

 そういう言葉を交わしてもいない。

 だが心はもう、繋がっている部分があった。

 だからこそ今日、鈴原トウジはシンジ達に付いて一緒に銀細工店に行くのだ。

 洞木ヒカリがアスカの指輪を羨ましく見ていたと言う理由で。

 店の場所を知り。

 店舗内を見て、品ぞろえを()()()()()と言うのだ。

 実に健気であった。

 

「ホント、実に君は優しい男だよ」

 

じゃっでよ(そうだよね)先回りしっせぇやっで(気を回しているんだから)オイよかよっぽど尻にしかれちょっがよ(僕よりよっぽど尻に敷かれているよね)

 

「おんどりゃ、覚えとれ」

 

「こわいこわい」

 

よかにせが台無しじゃっど(顔が怖いよ)

 

 男衆は実に馬鹿な会話をしていた。

 対する女衆、アスカと綾波レイの会話も水準(レベル)と言う意味に於いては似た様なものであった。

 

「改めて言っとくけど、指輪は駄目だからね?」

 

「駄目?」

 

 懇願。

 上目遣いな綾波レイの顔。

 だが今日は、この事だけは譲れないとばかりに拒否するアスカ。

 

「駄目!」

 

 アスカの指輪、シンジとの(ペアリング)が羨ましいと言うのは良い。

 だが、だからと言って自分達まで含めて4人揃いの指輪(カルテットリング)は何と言うか違うのだ。

 何より、綾波レイは良いが、()()渚カヲルと同じデザインの指輪をするなんて鳥肌が立つと言うものであった。

 或いは、渚カヲルがシンジと同じ指輪を身に着けると言う事も、頑として許せぬ事態であった。

 綾波レイは可愛い。

 頼み事は大抵は何でも受け入れて良いとすらアスカは綾波レイを受け入れていた。

 だが、この件だけは別であった。

 それは正に、乙女の意地であった。

 

「どうしても駄目?」

 

「どうしても駄目!」

 

 

 昼過ぎの時間。

 それは適格者(チルドレン)の貴重な子どもとしての時間であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-3

+

 人類補完計画(ポールシフトリターン・プロジェクト)

 その遂行には3つの段階があった。

 1つ目は、南極と言う極地で、動力源となるA.Tフィールドを生み出す4機のエヴァンゲリオン用装備だ。

 エヴァンゲリオンを空に飛ばすFⅡ型装備である。

 共鳴する4つのA.Tフィールドによって環境が極度に荒れる事が予想される為、必須であった。

 2つ目は、世界中に8機のエヴァンゲリオンを配置する事である。

 8機のエヴァンゲリオンは世界中に配置され、南極で共鳴し生み出された巨大なA.Tフィールドを調律するのだ。

 だからこそ、世界中にエヴァンゲリオンの運用環境を用意せねばならないのだ。

 そして3つ目。

 ある意味でコレが一番に難しい段階であった。

 人類の合意。

 市民の代表たる各国政府の全権委任の取り付け、即ち、人類補完計画に反対する国家の翻意を図ると言う事である。

 地球の地軸を移動させる程に莫大なA.Tフィールドを、地球に悪い影響を与えない様に調律する為に配置されるエヴァンゲリオンは、正に世界中である為、反対されてしまっては配置する事が難しいのだ。

 セカンドインパクト後に再編された国連は、それ以前と比べて圧倒的 ―― 別組織と言って良い程の権威と実行力を兼ね備えていた。

 だが、それでも尚、国家と言う枠組みを壊すまでには至っておらず、地球の統一的な政府とはなっていないのだ。

 だからこそ、強権をもって各国政府を従えるのではなく、説き伏せねばならないのだ。

 

 1つ目は簡単であった。

 2つ目も時間が必要なだけで問題は無かった。

 だが3つ目は難問であった。

 

 その難問に取り組んだのが人類補完委員会であり、同委員会の特命全権代表となったNERV総司令官碇ゲンドウであった。

 

 

 

「大丈夫か、碇」

 

 久方ぶりに第3新東京市のNERV総司令官執務室に来ていた碇ゲンドウ。

 その頬は窶れ、目力すら萎び、幽鬼めいた雰囲気となっていた。

 その余りの憔悴っぷりには冬月コウゾウすら愉悦をする事無く、その様を憂う程であった。

 

「ああ」

 

 問題ない、とは続けない。

 溜息の様に言葉を漏らして、執務席に合わせられていた革張りの椅子に全身を預ける。

 その全身から疲労が漂っている。

 さもありなん。

 碇ゲンドウの出張は全世界に及んでいたのだ。

 人類補完委員会(SEELE)の予算で特命全権代表専用機(プライベートジェト機)を用意し、人類補完計画に反対する国々を駆け回り、説得して回って居た。

 感情に寄り添い、国益問題であれば代替を用意する様にしていた。

 SEELEからは全力で応援は受けていたし、利益調整と言う意味では欧米を自由に操れると言う事は大きかったが、それでも1月で地球を10週はする様に日々が続けば疲れると言うものであった。

 元が富豪の個人所有機という来歴を持った特命全権代表専用機は、それ故に巨大で、広く、そしてベット付きの個室があると言う高い居住性を持っていた。

 だが、それでも移動と言う行為の持つ疲労、そして時差ボケと言うものからは逃れられないのであった。

 尚、単段式宇宙輸送機(SSTO)を足として使わない理由は、その運用の為に必要なインフラが余りにも巨大である為であった。

 強大な国連安全保障理事会常任理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)クラスですら、運用可能なのは半分以下であるのだ。

 故に、それ以外の国家への訪問(ドサ周り)が主となる碇ゲンドウにとっては、選択肢になり得なかったのだった。

 

「どうだった?」

 

「ああ。最大の壁であったサウジアラビアもなんとか首を縦に振った。これで全ての配置予定場所に問題は無くなった」

 

 背もたれに身を預けながら呟く碇ゲンドウ。

 それに冬月コウゾウも驚きに目を張る。

 サウジアラビアという国家はセカンドインパクトでの混乱を乗り切る為、イスラム教による統制を強化していた。

 ()()()()()、エヴァンゲリオンの配置が問題となっていた。

 宗教である。

 神の御使い(ANGEL)を屠って来たモノ。

 人の形をした人を越えるモノたるエヴァンゲリオンが、神を象るが如きと批判されていたのだ。

 使徒を倒さねば ―― 使徒と黒き月(リリス)の接触を阻止していなければ人類は滅んでいた。

 そういう合理を越える所にあるのが宗教であり、宗教的情熱であり、言わば狂信であったのだ。

 

「よくも首を縦に振ったモノだな」

 

「幾つかの手段は必要となった。だがSEELE、国連にとっては安い出費に収まった」

 

 サードインパクトによる混乱、そして世界の再編成は中東に溢れんばかりの富を与えていた石油資源を基礎とする経済体制を根底から変えていた。

 否、石油資源に頼らない経済へと移行していたのだ。

 それは中東諸国、否、産油国による自業自得の結果であった。

 世界経済の混乱下で、国民を喰わせる為に石油の値段を吹っ掛けた事。

 或いは、中東のみならずロシアその他の複数の産油国で治安が悪化(内乱が勃発)し、石油を輸出出来なくなった事があり、結果、石油製品に依存しない経済体制の構築が図られていたのだ。

 自動車で言えばEV化であり、水素エンジンの普及であった。

 水素エンジンは、危機的状況の打破等と言う錦の御旗をもって行われた、無茶苦茶な予算投入とスケジュールで実用化された新世代発電システムたる(ノー・ニュークリア)発電システムあればこそと言えた。

 その無尽蔵な電力で生み出される水素による社会インフラの構築である。

 尚、日本がセカンドインパクトによる海面上昇によって関東平野などの大部分を失って尚も列強、国連安全保障理事会常任理事国(マジェスティック・トゥウェルブ)の地位を保持出来ているのも、この(ノー・ニュークリア)機関の開発に主導権を持ち、多くのパテントを持てばこそであった。

 兎も角。

 電力的な意味だけではなく素材的な意味でも石油は重要な立場を喪失していた。

 石油由来のプラスチックを代替する合成プラスチックが実用化されていたからだ。

 勿論、石油が経済活動に於ける役割を終えた訳では無い。

 だが経済活動の中心の座からは降りていると言うのが2015年時点での実状であった。

 そして、だからこそサウジアラビアは宗教による箍をもって国家をまとめ上げようとしていたのだ。

 主要産業の停滞。

 難民流入による社会混乱を、イスラム教と言う柱で乗り切ろうとしてたのだった。

 

 様々な理由もあり、結果として強い宗教的統制の効いた国家となっていたサウジアラビアがエヴァンゲリオンを受け入れたのは実利であった。

 碇ゲンドウは国連を動かし、アラビア半島に大規模な(ノー・ニュークリア)発電施設の設置を約束させたのだ。

 莫大な電力による真水の生成、そして水を用いての大規模な緑化計画をぶち上げさせていた。

 それも又、人類補完計画(アゲイン・テラフォーミング)

 そういう形で予算を引き出していたのだ。

 又、妥協もあった。

 サウジアラビアで人類補完計画の任務に就くエヴァンゲリオンは、巨大なケープを被って人型としての姿をさらさない様にするとしていたのだ。

 ある意味、共に政治であった。

 政治であればこそ、碇ゲンドウはその交渉人としての本分を存分に発揮したとも言えた。

 

「来年度早々に人類補完計画は実行が可能になるだろう」

 

「ユイ君との再会も見えて来たな」

 

「…………ああ」

 

 エヴァンゲリオン初号機に眠る碇ユイ。

 エヴァンゲリオン弐号機に眠る惣流キョウコ・ツェッペリン。

 その人間としての復帰は現実的なスケジュールとして計画されていた。

 只、人類補完計画の為、地軸を動かす程のA.Tフィールドを生成する上で影響が出ない様にと考えられ、2人のサルベージ計画は地軸の回復後と定められていたのだ。

 

「どうした? 声に元気が無いな」

 

「いや、何でも無い」

 

 碇ゲンドウは力なく首を振る。

 元気が無い訳では無い。

 只、この現状でどの面下げて碇ユイに逢えば良いのかと考えていたのだ。

 永遠の一瞬。

 その邂逅だけを夢見、そして果てる積りであったのだ。

 非道な手段を重ねて来た。

 人の手によって命を、綾波レイを生み出すなどをした。

 息子である碇シンジも計画の邪魔と見れば追いやり、必要となれば呼んだ。

 外道の誹りすら喜んで受け入れる覚悟であった。

 その全てを一瞬の先に、己は無いと思えばこそ行っていた。

 歪み切った覚悟であった。

 だが、その覚悟が否定される。

 碇ユイは普通に帰って来るのだと言う。

 

 ()()()()()()()()()

 

 碇ユイは碇ゲンドウにとって至高であった。

 生きる理由であったとすら言えるだろう。

 だが、では今を支えてくれる(尻に敷き、尻を叩いてくれる)赤木リツコを切り捨てれるかと言えば、それは難しかったのだ。

 特に、SEELEと碇ゲンドウの人類補完計画を破棄して以降の、萎びれてしまった自分を支えたと言う事を理解すればこそだった。

 碇ユイと再会する為の、新しい人類補完計画の事。

 道具ではなくなった綾波レイの事。

 様々な事で赤木リツコは気を回し、碇ゲンドウを支えていたのだ。

 碇ゲンドウは己を冷徹な策士、冷酷な謀略家であると自認していた。

 だが、ここで悩んでしまう事が示す様に人としての甘さを持っているのだった。

 答えの出ない悩み。

 額を掻き、ゆっくりとため息をつく碇ゲンドウ。

 だからこそ冬月コウゾウは肩を竦めるのであった。

 

「お前がそう言うのであれば、俺は何も言わんよ」

 

 何かを察した様な言葉。

 だが同時に追求する事は無かった。

 

「ああ、そうだ。問題はない。人類補完計画を次の段階に進めるだけだ」

 

 己が何をしたいのか。

 何を為すべきなのか。

 碇ゲンドウの心は五里霧中であった。

 だからこそ前に進もうとしていた。

 それは自覚無き碇ユイの影響(薩摩仕草)であった。

 迷った時は、取り合えず前に進め、と言う。

 

 かくして、世界の歯車は回っていく。

 

 

 

 

 

 様々な準備が進んでいく人類補完計画。

 南極に近いオーストラリアのトリントンにエヴァンゲリオンの整備拠点が設営された。

 そして世界の8カ所に、エヴァンゲリオンが稼働可能な運用拠点が設置された。

 年を越し、そして年度を跨ごうとしていた。

 

「ま、盛大な事になったもんや」

 

 そう呟くのは鈴原トウジであった。

 場所は第3新東京市、NERV本部だ。

 より正確に言えば操縦者待機室である。

 今、操縦者待機室にあるディスプレイにはそれら合わせて9カ所の状況が表示されている。

 世界中のエヴァンゲリオンの状況が判る様にされていた。

 ()()が何処に居るのか。

 どうなっているのかを知らせる為である。

 とは言え、かつての春先まで第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の訓練もあって賑わっていたのが、今では閑散としていた。

 当然である。

 その多くが画面の向こう側、世界中に配置されていたからだ。

 オーストラリアのトリントン基地に居るシンジたち4人を筆頭に、世界中の8カ所には選抜搭乗員と体調不良などへの予備搭乗員が2名ずつ16人の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が配置されているのだ。

 今、地球の命運のかかった人類補完計画、その発動準備は大詰めを迎えていた。

 

 NERV本部も各部隊に人員を派遣する事になっており、ごく少数の基幹人員だけと言う有様であった。

 そんな中にあって鈴原トウジがNERV本部に居る理由は居残り組(不参加)だからではない。

 文字通りの予備であった。

 それもかなり重要度が高い予備だ。

 何故なら、予備に対する正規となるのが、マリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機だからだ。

 A.Tフィールドの調律は、Bモジュールによる同調戦闘(RAID-GIG)システムを流用して行われる。

 その調律の音頭を取る(ホスト機となる)のがエヴァンゲリオン8号機なのだ。

 エヴァンゲリオン8号機が選ばれた理由は2つあった。

 1つは搭載しているBモジュールが真希波マリが手掛けた純正品(オリジナル)と言って良いユニットであると言う事。

 そしてもう1つは、マリ・イラストリアスがBモジュールへの適正を重視して製造された人造適格者(ビメイダー・チルドレン)である為であった。

 だからこそ、この大役が生理的年齢からの情緒的な意味で幼いと言って良い(安定性に疑問符が付く)マリ・イラストリアスに充てられたのだ。

 そのマリ・イラストリアスの予備に鈴原トウジが指定されたのも、このBモジュールが理由であった。

 鈴原トウジの駆るエヴァンゲリオン3号機が搭載するBモジュールも、貴重な真希波マリ謹製のBモジュールであるのだ。

 現在、真希波マリの純正Bモジュールの機能解析と再現(リバースエンジニアリング)も進められてはいたが、いまだ実用のレベルにまでは進んで居なかった。

 故に、マリ・イラストリアスの細い双肩に期待を乗せざる得ないのだ。

 幸いと言うべきか、純正Bモジュール搭載機を駆るマリ・イラストリアスと鈴原トウジの仲は良かった。

 マリ・イラストリアスを妹分めいて扱っており、マリ・イラストリアスも良く懐いていた。

 そして何より、鈴原トウジは情緒面での安定性も高い。

 だからこそ鈴原トウジは、マリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機にナニかあった場合に即座に干渉する役割を担うの選ばれたのだった。

 

 そのマリ・イラストリアスは今、この場には居ない。

 エヴァンゲリオン8号機とMAGIとのシステム的な連接の最終調整に参加しているからだ。

 通常は有線回線(アンビリカルケーブル)か無線回線で行われているソレを、専用の太い通信回線で結ぶのだ。

 通信回線は衛星通信網を介して世界中の7機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンとも繋げられていた。

 この作戦の為にNERV本部ケイジ(エヴァンゲリオン格納区画)を改装して専用の接続場所を作っていた。

 接続場所となった広い空間の真ん中でエヴァンゲリオン8号機は固定され、大小様々なケーブルを全身にまとい付けているのだった。

 

 とは言え、エヴァンゲリオン8号機が人類補完計画を実行する際に居るのはNERV本部では無い。

 第2東京のNERV第2支部(ジャパンNERV)である。

 これは政治的理由があると同時に、物理的な理由 ―― NERV第2支部にあるMAGI2号機が理由であった。

 MAGI2号機は人類補完計画時、第2班(タスク2ユニット)に属する8機のエヴァンゲリオンの同調戦闘(RAID-GIG)システムの運用に専念させる為の措置であった。

 人類補完計画を総括する業務に、NERV本部のMAGIを専念させる為でもあった。

 第7世代型有機コンピューターであるMAGIは、本来はその程度の業務を並列処理する事は余裕であるのだが、人類補完計画は人類の存亡が掛かった大計画であるのだ。

 であれば慎重を期すというのも当然の話であった。

 

 NERV本部で同調戦闘(RAID-GIG)システムとMAGIの接続テストを行い、それが終了次第、エヴァンゲリオン8号機は第2東京へと送られる手筈となっていた。

 尚、その隣でエヴァンゲリオン3号機も同じように接続されていた。

 予備機であり、機能的には同一であるので接続手順の再現試験に供されているのであった。

 NERV本部技術開発部のスタッフは心血を注いで、作業を進めていた。

 怒声すらも飛び交っている現場。

 にも拘わらず、鈴原トウジがゆっくりしていられるのは、先に終わったからであった。

 情緒面での安定性、即ち作業への積極性故の(メンドクサイ作業を我慢出来た)お陰であった。

 マリ・イラストリアスから非難の声を浴びつつ(ずるいずるいと言われつつ)、休憩に上がって来ていた鈴原トウジ。

 手には炭酸飲料(コカ・コーラ)のペットボトルがあった。

 一気に半分ほどを飲み干す。

 

「たまらんわ」

 

 感に堪えぬと零す鈴原トウジ。

 L.C.Lを流したシャワーによって火照った体が内側から冷えていくのを心地よく味わっていた。

 それに合いの手を入れたのが1人。

 

「ここは静かになったけどな」

 

 相田ケンスケだ。

 

「世界で戦うっちゅうこっちゃから、仕方ないやろ」

 

「戦うって言うか、任務だけどな」

 

 子ども(軍事趣味者)らしい拘りで、言葉を選ぶ相田ケンスケ。

 少しだけ鼻を膨らませている(ドヤ顔めいている)

 とは言え、そういう拘りの無い鈴原トウジは肩を竦めるだけだった。

 

「使徒と戦わんで済むのはええこっちゃ」

 

5th(フィフス・チルドレン)渚カヲルだよな。俺、あんまり会話した事ないけどサ、良い奴なんだろ?」

 

 第16使徒までの闘いを思って居た鈴原トウジは、相田ケンスケの言葉に目を瞠っていた。

 驚いた。

 正にそう言う顔であり、同時に、意識から外れていた事だった。

 最初は警戒もした。

 使徒と言う言葉、意味はそれなりに鈴原トウジにとって重かった。

 だが、渚カヲルは渚カヲルであり、戦闘時は兎も角として平時はボケ(抜けた)た所のある良い奴なのだ。

 しかも、何かをやらかすと即座に、綾波レイがツッコむのだ。

 碇ゲンドウ総司令官との面談内容など、鈴原トウジでもツッコみたい話がゴロゴロとしていた。

 もう、緊張するのも馬鹿馬鹿しいと言うものであった。

 

「そやな。そう言えば奴さんも使徒やったわ。しかしジブンも同じクラスやしって、そうか、()()()()()()()()()()

 

「ああ」

 

 適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)

 集団で行う基礎訓練、体力トレーニングは兎も角として、乗るべきエヴァンゲリオンの違いもあって、訓練内容は大きく異なっているのだ。

 その上で渚カヲル。

 顔が良い事もあって割と女子陣に囲まれやすく、自由時間の多くでは相田ケンスケは渚カヲルに近づけず、個人的会話をした事が無かったのだ。

 

 尚、女子陣に囲まれるとは言え、そこにベタベタとしたモノは無かった。

 シンジ同様に、と言うかシンジ程では(明確な恋愛関係になってい)ないにしても相方(尻に敷くヒト)が居るのだ。

 アスカと並ぶ歴戦の適格者(チルドレン)、綾波レイだ。

 赤い瞳で見られては堪らない。

 そこに感情が乗って居なくても、それはそれはもう、怖くて出来ないと言うモノであった。

 

「ま、今回の任務が終われば呑気に会話も出来るやろ。遊びにも行こうや」

 

「良いね。俺も最近は自転車に乗れる様になったんだぜ」

 

「お、買ったんか!」

 

「買ったぜ!!」

 

 以前は鈴原トウジから借りて、自転車に乗る練習をしていた相田ケンスケであったが、今では自分の自転車を乗る様になっていた。

 とは言え持っているのはマウンテンバイク(オフロード車)であったが。

 休日等で、NERVドイツ支部の備品となっていた自転車を借りて練習をしていた相田ケンスケ。

 その備品が国連軍部隊のモノであり、ソレで練習し、そしてソノ無骨なフォルムにほれ込んだ結果だった。

 無骨な、漢らしいフレーム。

 どこまでも走れる不整地走破能力。

 軍事趣味者としては、華奢に見えるシンジ達のロードバイクよりも魅かれるのは当然の話でもあった。

 

「ホンマ、ジブンらしい自転車やな」

 

 見せられた写真には、笑顔でピースサインする相田ケンスケとその愛車 ―― ブッといタイヤと濃緑色(オリーブドライブ)に塗られたフレーム(ボディ)のマウンテンバイクが写されていた。

 日焼けして、良い笑顔を見せている。

 鈴原トウジは実に相田ケンスケらしいと笑うのであった。

 

「だろ?」

 

 

 気楽な会話。

 人類補完計画を前に誰も、心配はしていなかった。

 出来る。

 為せる。

 人は、地球は蘇る。

 情報と言う意味では末端に居る鈴原トウジや相田ケンスケであっても、ソレが簡単では無いにしても不可能だと思っては居なかった。

 

 

 

 

 

 オーストラリアのトリントン特設エヴァンゲリオン基地。

 砂漠の中に作られたソレは元々が、NERVの南極(白き月)監視部隊の為の基地であった。

 人口密度の低いオーストラリアと言う事もあって、馬鹿げたと言う言葉が似つかわしい広大な基地に、現在、エヴァンゲリオンの整備区画が特設されていた。

 特に目立つのは巨大な4つのプール。

 エヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドによって大まかに掘られ、そしてエヴァンゲリオンの持つ器具によって形成され、防水ゴムを吹き付けて作られたソレは、L.C.Lで満たされたエヴァンゲリオンの待機場所(特設ケイジ)であった。

 屋根も作られているが、鉄骨構造にビニル製の覆いを付けると言う簡単仕様だ。

 勿論、これもエヴァンゲリオンの手によって組み立てられている。

 エヴァンゲリオンと言う存在の持つ汎用性を示すモノと言えた。

 

 

「暑いわね」

 

 そう愚痴ったのはアスカだ。

 砂漠の乾いた空気に包まれたトリントン基地で過ごすにはNERVの適格者(チルドレン)用制服は勿論として訓練用のスウェット上下ですら暑い為、綿で出来たNERV印の白いつなぎ服を着ていた。

 とは言え、上は脱いで腰に巻いている。

 帽子にタンクトップと言う艶姿だ。

 

 軍事基地には似つかわしくないカラフルなピーチパラソルが日陰を作っては居たが、駆け抜けていく熱く乾いた風によって蟷螂の斧と言う塩梅であった。

 ピーチパラソルに似合った白い樹脂製のビーチチェアに気だるげに座り、アンニュイな表情をしていた。

 任務中ではどれ程に暑くても愚痴一つ零さないアスカであったが、流石に休憩中は別であった。

 

 独り言の積りだった愚痴。

 だが、それを拾った人が居た。

 

「第3新東京市とは別の暑さだよね」

 

 シンジだ。

 此方は濃緑(OD)色のカーゴパンツに、日焼け予防に黒いハイネックなトレーニングシャツ姿だ。

 汗で湿って変色している。

 先ほどまで廃材置き場の片隅で立木打ちに勤しんでいたのだ。

 砂漠ゆえに木材は無いが、廃棄されるゴムタイヤは山ほどあるのだ。

 それを固定して、此方は持ち込んでいた木刀を振るっていた。

 

「ん」

 

 アスカが手元にあったクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出して投げる。

 トリントン基地に来て以降、大分見慣れてきた、でも違和感しかない蛍光ピンク色をしたスポーツドリンク、そのキャップを取って一気に飲み干すシンジ。

 

「今日はキチンと早めに切り上げたわね。結構結構」

 

「タイマーを用意したからね。流石に脱水症状を繰り返すのは__ 」

 

「日向少佐に怒られる、って事ね」

 

 流石のシンジも恥ずかし気に頭を掻く。

 日向少佐とは勿論、日向マコト少尉の事である。

 別に3階級特進したと言う訳では無い。

 このトリントン基地にエヴァンゲリオン部隊を派遣する際、指揮官とする為に少佐配置少尉となっていたのだ。

 そして、怒られると言うのは一昨日の事が原因だった。

 立木(廃タイヤ)打ちに本気になり過ぎたシンジが、水分補給を忘れてしまい脱水症状の一歩手前までなってしまっていたのだ。

 ダウンして日陰に退避していたシンジ。

 シンジが帰って来るのが遅いと心配したアスカが様子に見に行かなければ、確実に悪化していただろう。

 それはもうアスカを筆頭に日向マコトに怒られるし、心配した綾波レイや渚カヲルに睨まれると言う塩梅であった。

 実に面目ないというのがシンジの本音だった。

 

「でも、先ずアタシが怒るっちゅーの」

 

 唇を尖らせるアスカ。

 そして、何でもない仕草で手首に巻いた時計のタイマーを停止させていた。

 女物とはとても言えないゴッツいデジタル時計は、トリントン基地の売店(PX)でアスカが慌てて買ったモノであった。

 正に優しさ(気遣い)だ。

 

「ごめん」

 

 それを判るが故にシンジは素直に頭を下げるし、又、今日は早めに切り上げたのだった。

 シンジの左腕にもアスカと同じ腕時計が巻かれている。

 お揃いの腕時計。

 そのタイマー機能を今日は使っていた。

 アスカのタイマーよりも10分短くしていたのがシンジなりの気遣いであった。

 

「好きなのは判るけど体が大事よ。特に大一番が近いんだから」

 

 アスカの言葉にシンジが同意しようとした瞬間、轟音を立てたナニかが空を駆け抜けていく。

 大きな影。

 そして突風。

 

「もう!」

 

 風に弄られた髪に手を添えながらシンジの目線を追って空を見上げたアスカ。

 

「あそこ!」

 

 シンジは、アスカに空を指さして場所を教える。

 見えているのは人型をした影、エヴァンゲリオンだ。

 正確に言えばFⅡ型装備(F型ステージⅡ)、そのω型を装備したエヴァンゲリオンだ。

 深い青色を基調としたエヴァンゲリオン6号機。

 勿論、渚カヲルの乗機だ。

 遠距離砲戦用の安定性を重視した重装甲型であったが、それを思わせぬ俊敏さがあった。

 

「慣れて来た感じね」

 

 少し不満げに言うアスカ。

 最初の頃、渚カヲルは何ともおっかなびっくりと言った感じでFⅡ型装備を纏ったエヴァンゲリオン6号機を飛ばしていたのだ。

 覚醒した使徒としての能力とは別の、自分の体による浮遊ではなく装備による飛翔であったのだ。

 その違いは余りにも大きく、それ故に慣れなかったのだ。

 

 遠慮容赦なく笑ったアスカに、流石に不満げな顔を渚カヲルもしていた。

 

「綾波さんはもう少しかな」

 

 綾波レイのエヴァンゲリオン4号機は、まだまだと言った塩梅でエヴァンゲリオン6号機に付いていっていた。

 人間は飛ぶように出来てない。

 FⅡ型での飛行が上手く行かない事を指摘された綾波レイは、凄く不満げに反論するのであった。

 シンジやアスカ、渚カヲルと一緒で良いと思って居るが故の不満と言えた。

 何とも可愛い、稚気でもあった。

 

 兎も角である。

 

「まだ少し訓練時間はあるし、それに最悪、レイのペースに合わせて展開すれば良いだけだもの」

 

「だね」

 

 

 人類補完計画。

 その発動までもう少しであった。

 

 

 

 

 

 




2024.01.14 文章修正


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-4

+

 トリントン基地の上空を4機のエヴァンゲリオンが飛んでいく。

 紫色のエヴァンゲリオン初号機。

 赤色のエヴァンゲリオン弐号機。

 銀を基調として蒼く塗られたエヴァンゲリオン4号機。

 黒を基調として蒼く塗られたエヴァンゲリオン6号機。

 赤くA.Tフィールドを散らせながら、赤い光を曳いて、それぞれが1対となって飛んでいく。

 Liveと(クレジット)された映像。

 今現在、全世界へと放送されているのだ。

 

 それをプロジェクターで投影され、巨大な画面で見ながら重々しく呟く老人。

 

「人類補完計画、閉塞状態となった人類の希望が始まる」

 

 キール・ローレンツであった。

 部屋に居るのはキール・ローレンツだけではない。

 投影の為、薄暗くされた広い部屋には13の独り掛けソファが用意されており、それぞれにキール・ローレンツも含めて12人が座っていた。

 SEELEメンバー全員が揃っている。

 空席となっている1つは、現場指揮を担っているSEELEたる碇ゲンドウのモノであった。

 誰もがリラックスした表情を見せていた。

 

「宿願、それが叶う日がきましたな」

 

「左様」

 

「正に今日と言う日は人類再興の良き日となりましょう」

 

「ならばする事は1つ」

 

 キール・ローレンツが横に用意されていたテーブルからワイングラスを取る。

 その意図をSEELEメンバーは誤解しない。

 誰もがワイングラスを持ち、掲げる。

 

「人類に!」

 

「人類に!」

 

 唱和。

 それはSEELEにとって絶頂の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 蒼い空を気持ちよく空飛ぶエヴァンゲリオン初号機。

 まだオーストラリア上空と言う事で全力発揮(極超音速飛行)はしていないが、エヴァンゲリオン初号機の表面を流れていく風が、シンクロを通してシンジにも伝わっている。

 高いシンクロ率がシンジに、自分の体で飛んでいる気分が味わせてくれる。

 挙動を確認する様に体を傾ける様に意識すればエヴァンゲリオン初号機も傾き、加速もするし減速もする。

 正に鳥になった気分を味わえた。

 己の意志に従って自由に飛べると言う事は搭乗している碇シンジに万能感めいたモノを与えてくれるのだ。

 飛行予定経路を外れる事は無いが、逆に言えば、その範疇でシンジは楽しそうにエヴァンゲリオン初号機を操っていた。

 それはシンジにしては珍しい、ある意味で14歳と言う生理年齢に相応しい(年齢相応の子供らしい)姿であった。

 最終調整の終了したエヴァンゲリオンの飛翔用特別装備であるFⅡ型装備(F型ステージⅡ)は、それ程のモノを与えてくれたとも言えていた。

 

『遊びすぎ』

 

 笑ってツッコんできたのは、シンジとペアを組んで飛ぶエヴァンゲリオン弐号機の惣流アスカ・ラングレーだ。

 

「何だよ、アスカだって好きに飛んでたじゃないか」

 

『アタシのは試験飛行だったもの』

 

 シンジの反論にツンっと澄まして答えるアスカ。

 言葉は事実ではあった。

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)の開発のテストは、A.Tフィールドへの造詣の深いアスカとエヴァンゲリオン弐号機が担当していたのだ。

 A.Tフィールドを自在に使えると言う意味では渚カヲルも似た所にあった。

 だが渚カヲルは先天性(使徒としての権能)由来の能力である為、言語化しての他人へと説明する能力に難があったのだ。

 感性主体の曖昧な表現になってしまい、この手の説明力の高さが要求される技術開発のスタッフ(テスト・パイロット)には向いていなかったのだ。

 結果としてアスカが選ばれ、FⅡ型装備(F型ステージⅡ)の試験と称して空を自在に飛び回っていた。

 

「ずるいよ」

 

『残念でした』

 

 そんなシンジとアスカのじゃれ合いに首を突っ込む勇者が1人。

 

『楽しい?』

 

 綾波レイである。

 純朴な目をしている。

 

『楽しくないの?』

 

 逆に問いかけるアスカ。

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)の運用試験の際、散々に好き放題に飛んだのだ。

 シンジを揶揄した(からかった)が、それはアスカ自身も楽しかったからでもあったのだ。

 

『………判らない』

 

『今、飛んでいる気持ちは?』

 

『…………………普通』

 

 水中を泳ぐのとも変わりないのだと言う綾波レイ。

 

『だけどレイ、君は水の中を泳ぐのを好きって言ってたよね?』

 

 渚カヲルも加わって来る。

 その問い掛けに、ハッとなった表情をした綾波レイ。

 それから小さく頷いた。

 

『同じかもしれない』

 

『ソレって好きって事じゃない!』

 

 

 

 雑談をしながら、でも、飛行の予定経路を大きく乱す事も無く飛ぶ4機のエヴァンゲリオン。

 そして4人の子ども達(チルドレン)

 その姿をNERV本部第一発令所から葛城ミサトは眺めていた。

 それは、使徒戦役を通してする事のなかった柔らかな表情であった。

 

「仲が良くて良いわね」

 

「リサイタルも予定されているそうです」

 

 合いの手を入れるのは葛城ミサトの女房役である日向マコトでは無く、伊吹マヤだ。

 日向マコトは今現在、トリントン基地で現場指揮を執っていた。

 そして伊吹マヤの上長たる赤木リツコも同じであった。

 (スーパーソレイド)機関を持ったFⅡ型装備(F型ステージⅡ)は、ある種のエヴァンゲリオンであり、そうであるが故に調整は難航しており、エヴァンゲリオンを最も良く知る赤木リツコが現場に引っ張り出される事態となっていたのだ。

 

 そして、だからこそ伊吹マヤは赤木リツコの代わりに、NERV本部の技術開発局を局長代行として取りまわしていたのだ。

 赤木リツコを真似てNERVのベージュ色の制服の上に白衣を着た姿は、背伸びしている風でもあったが、中々にどうして、背筋を伸ばして立っているお陰で様になっていた。

 そんな伊吹マヤが言うリサイタルとはシンジ達南極に立つ4人、第1班(タスク1ユニット)がA.Tフィールドを合わせる為に行っていた四重奏(カルテット)の成果発表であった。

 かなり上手く演奏できる様になっていた為、身内で演奏会を遣ろうかと言う話になっていたのだ。

 丁度、適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の全ての子ども達を集めた打ち上げを行う話もあったので、丁度良い余興であった。

 

「そう言えばミツキ(支援第1課)は何て?」

 

「ノリノリです」

 

「ノリノリ、ね__ 」

 

 子ども達が喜ぶなら何でも良いと言う所があるのが天木ミツキであったのだ。

 ()()()()()()()と言う事だろう。

 葛城ミサトからすれば納得しかない。

 

「結構。ま、全てが平和に終わって遊ぶのは大事よね。そう言えば第2班(タスク2ユニット)の準備に問題はないわね?」

 

「はい! 現在、最終確認の第3回目を実施させています。全8機のエヴァに問題は見られません」

 

「予備機は?」

 

 問われたのは第2班(タスク2ユニット)、その中核となるエヴァンゲリオン8号機の非常用予備、エヴァンゲリオン3号機だ。

 勿論、伊吹マヤに抜かりはない。

 

「機体状態に異常は見られません。既にトウジ君もエヴァ103(エヴァンゲリオン3号機)にて待機中です」

 

「もう? 作戦開始までまだ30分はあるわよ?? 予備役なんで、そこまで張り切らないでも良いのに__ 」

 

「話し相手になってやるんだそうです」

 

「あー マリの」

 

 納得の声を上げる葛城ミサト。

 マリ・イラストリアスの乗るエヴァンゲリオン8号機は、外部からの干渉を恐れると言う意味で他の第2班(タスク2ユニット)エヴァンゲリオンと共に、作戦開始時まで通信回線が閉鎖されていた。

 それだけ、Bモジュールで行う同調戦闘(RAID-GIG)システムは繊細であったと言えた。

 そして各国に配置されている7機のエヴァンゲリオンは最終調整と確認に忙殺されており、マリ・イラストリアスと雑談が出来る程に暇な第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は居ないのだ。

 だからこそ、鈴原トウジは同じBモジュール搭載エヴァンゲリオンであり、同調戦闘(RAID-GIG)システムを介しての通話が可能なエヴァンゲリオン3号機に乗り込んでいるのだった。

 

「ホント、トウジ君ってお兄ちゃんよね」

 

「そうですね」

 

 軽口を叩き合う2人。

 と、誰かが踵を打ち合わせた。

 敬礼。

 上位者が第一発令所に入って来たのだ。

 葛城ミサトも伊吹マヤも表情を整え、振り返り、敬礼をする。

 入ってきたのは他でもない、NERV総司令官たる碇ゲンドウであるからだ。

 

「ご苦労」

 

 掠れ気味の声と共に、碇ゲンドウは軽くて手を挙げて応じる。

 服務規程的な意味で正しくは無いが、その服務規程を決める側である碇ゲンドウにとって別段に問題では無かった。

 とは言え、その軽く見える態度で碇ゲンドウを甘く見る人間は居ない。

 国連安全保障理事会人類補完委員会直轄の特務機関NERV。

 その全てを支配する人間であるのだ。

 甘く見れる筈も無かった。

 又、外見的にも甘く見れる要素は無い。

 人類補完計画に向けた連日連夜に及んだ調整作業、折衝によって頬は削れ、瞳は窪み、果ては髭である。

 最近は碇ゲンドウの私生活の管理までしていた赤木リツコが出張中と言う事で、平時以上に伸びている顎髭と無精ひげによって幽鬼めいた迫力を漂わせていたのだ。

 

「状況はどうか」

 

「はっ! 第1班(タスク1ユニット)第2班(タスク2ユニット)共に準備状態は良好です。現在南極各地に展開中の第1班(タスク1ユニット)が配置に就き次第ですが、スケジュールに遅延は見られません」

 

 第一発令所正面の大画面には、偵察衛星によって集められている4機のエヴァンゲリオンの位置情報が表示されている。

 極超音速と言う、音速の10倍を超える速度で飛翔しているのが見えている。

 A.Tフィールドを機体前面に展開する事で、空気圧縮による高温から機体を守る事が出来る為、これ程の速度が出せているのだ。

 又、G(重力加速度)もA.Tフィールドと専用に調整したL.C.Lによってパイロットの負担を低減させていた。

 これによってFⅡ型装備(F型ステージⅡ)を搭載したエヴァンゲリオンは、輸送機による空輸を必要としないと言うのが作戦局での見立てであった。

 

 兎も角。

 人類補完計画の現段階でのスケジュールに異常は欠片も存在していなかった。

 

「そうか」

 

 頷く碇ゲンドウ。

 誰もがその挙動に注目している中で、何を気負う事無く薄く笑う。

 

「ならば良い。葛城大佐、後は任せる」

 

「はっ! 微力を尽くします!!」

 

 改めて敬礼する葛城ミサト。

 碇ゲンドウは、鷹揚に、それを受け入れる。

 そして後ろに控える冬月コウゾウに対して声を掛ける。

 

「見守るとしよう」

 

「ああ。その為に全ての手筈を整えて来たのだ。碇、お前も少し落ち着いて見守ればよかろうさ」

 

「………そうだな」

 

 取り憑かれたように仕事に邁進していた碇ゲンドウ。

 愛妻たる碇ユイとの再会が近いが故に、そう冬月コウゾウなどは見ていた。

 だが現実はより複雑であった。

 碇ユイの生還と言う事態を前にして、色々と考える事が重なってしまい、考えない為に必死で働いていたのだ。

 一言で言えば、落ち着かないのであった。

 

「…………ああ。冬月、ここを頼む。ターミナルドグマに降りて来る」

 

「どうした?」

 

「いや、少し、そうだな………静かな場所で落ち着きたいのだ」

 

 疲れ果てた表情のまま、薄く笑う碇ゲンドウ。

 他意など欠片も無い、幸と精の乏しい表情に冬月コウゾウも痛まし気に眉を潜めた。

 ターミナルドグマ。

 それはこのNERV本部施設の中心にして、黒き月の中心である。

 そしてリリスを封印する場所であるが故に厳重に、一切から離された空間であった。

 暗闇に薄く白い輝きを見せる巨大なリリスと、リリスが生み出すL.C.Lだけが存在する空間なのだ。

 確かに静かな場所であると言えた。

 

「大丈夫か?」

 

「ああ。少し、そうだな。少し落ち着いてくる。人類補完計画の完遂時までには帰って来る。3時間だったな」

 

「ああ」

 

「ここは任せた」

 

「任されよう。少し休んで来い」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 障害となる使徒は居ない。

 全ての関係国、関係部署へと話はつけた。

 それが碇ゲンドウが第一発令所を離れた理由であった。

 人類補完計画。

 それが、もはや碇ゲンドウが手を掛けずとも無事に完遂されるだろうと考えての事であった。

 だがそれは、余りにも甘い考えであった。

 或いは、人類と言う存在を余りにも知的であると考えていたと言う事であった。

 

 破綻は最悪の予想通りに、予想もしない所から始まる。

 

 

 

 

 

 基点となる南極。

 嘗ての大陸の残骸、その中央に残る白き月(アダムの揺り籠)の残滓。

 そこに眠っている権能 ―― 地球環境の管制能力(テラフォーミング)を、4機のエヴァンゲリオンが行う全力稼働(フルドライブ)によって作り出された莫大なA.Tフィールドによって行使するのだ。

 生み出された4つの赤いA.Tフィールドの柱。

 だがそれでは足りない。

 (スーパーソレイド)機関による無尽蔵な動力が生み出したソレは、だが4つの、別々の力でしか無いからだ。

 それを、4機のエヴァンゲリオンが波長を連携する事で、巨大なA.Tフィールドへと育て上げるのだ。

 正に四重奏(カルテット)であった。

 

 その様は、遠く第3新東京市のNERV本部からも観測出来ていた。

 

「フィールド空間係数、第2ラインを突破しました。A.Tフィールドハーモニクス、誤差、0.1を下回ります」

 

 伊吹マヤの報告。

 だが誰の耳もソレを素通ししてしまう。

 それ程の光景が南極で発生しており、そして偵察衛星の画像でNERV本部へと届いていた。

 

「セカンドインパクト__ 」

 

 その日、その場にいた葛城ミサトが思わずつぶやく程に、それはセカンドインパクトに良く似ていた。

 

「特別観測機、バーミリオン1が南極領域に接近します」

 

 青葉シゲルが声を張り上げる。

 現時点で人類最速の乗り物である単段式宇宙輸送機(SSTO)に観測用機材を山ほどに乗せ、亜宇宙空間を無理矢理にすっ飛ばすと言う無茶をしてまで、偵察衛星では得られない情報を集めている特別観測機バーミリオン1。

 その運用寿命を削ってまで行っているソレは、人類補完計画と言う大仕事の為に必要な事であった。

 NERV本部や偵察衛星と言う、距離のある観測機器で集める情報と、現場で得られる観測情報。

 その誤差を確認する為であった。

 未知と言える、荒れ狂う空間を飛ぶと言う危険極まりない任務。

 だがそれをベテランと呼べる機長はやり遂げていた。

 

「観測データ入ります。マギによる誤差確認開始します」

 

「結構。青葉中尉、繋がってる?」

 

「はい。通信状態、安定しています」

 

「結構。機長、状況を知らせよ」

 

『アイマム。アイアムテディベア。バーミリオン1。ノーアブノーマル。インザフライト(飛行状態に異常なし)

 

 少しと言わず日本語の訛が強い英語で話し出す特別観測機の機長。

 小さく笑った葛城ミサトは、日本語で良いわよと告げた。

 

『助かります。どうも苦手でしてね』

 

 軽い口調で告げて来る機長。

 私も英語は得意じゃ無いわっと笑う葛城ミサト。

 緊張をほぐす為の雑談であった。

 

「大事なのは報告内容だもの。そこは気にしなくて良いわ。状況を説明して」

 

『はい。現時点で機体(バーミリオン1)に異常はなく、空間状況も事前ブリーフィングと変わりはありません』

 

「結構」

 

 飛行状態も安定しており、機長のバイタルデータも安定していた。

 それらの情報が報告者が安定して報告している事を示しているのだ。

 だからこそ葛城ミサトは機長の言葉を信じた。

 未曾有の事態であれ、人の目と勘というモノはバカに出来ない。

 そう思えばこそであった。

 

「テディベア、悪いけど最後まで付き合ってもらうわよ?」

 

『了解です。燃料が尽きるまでお付き合いしますよ』

 

 

 

 暫しの時間。

 MAGIがNERV本部や偵察衛星が収集した情報と、特別観測機が収集した情報に誤差が無い事を確認した。

 

「葛城大佐」

 

 伊吹マヤの声に頷く葛城ミサト。

 そして後ろ、第一発令所後方にある第1指揮区画の総司令官ブースを見る。

 冬月コウゾウが重々しく頷いた。

 碇ゲンドウNERV総司令官の代理として、NERV副司令官の権限で許可を出す。

 

「始め給え葛城大佐」

 

「はっ!!」

 

 人類補完計画、その本体が動き出す。

 

 

 

 4機のエヴァンゲリオンが1つとなったA.Tフィールドを作り出す。

 それが地球を包み込んでいく。

 だが、それは優しさだけでは無かった。

 歪んでしまった地軸を戻そうと言うのだから、当然である。

 風が恐ろしい声をあげ、大地は揺れ、海が吼える。

 空間が悲鳴を上げるが如く轟音を鳴らせていた。

 それは正にセカンドインパクトを思い出す光景であり、地球最後の日を思わせるナニかであった。

 

 NERV本部でコンソールにしがみ付きながら葛城ミサトは指揮を飛ばす。

 

「マリへ連絡! 第2班(タスク2ユニット)作戦行動(フェイズ2)を開始せよ!! 復唱不要!!!」

 

「了解です!!!」

 

 伊吹マヤが絶叫する様に答える。

 この様な状況も、全ては予定通りであった。

 

エヴァ108(エヴァンゲリオン8号機)、サクラサクラ。作戦開始せよ」

 

『待ちくたびれた! 任せて!!』

 

 このA.Tフィールドの嵐を治めるのが第2班(タスク2ユニット)のエヴァンゲリオン8機の役割であるのだ。

 想定内の状況であり、であるが故に予定通りの対応を行う。

 ただそれだけの話であった。

 

 だが、そうでない人間も居るのだ。

 それが、破局の始まりであった。

 

 同調戦闘(RAID-GIG)システムによって7人の第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)と繋がったマリ・イラストリアス。

 8つのエヴァンゲリオンが生み出すA.Tフィールドをもって、この異常状態を軽減するのだ。

 深呼吸をしていく。

 8人で息を合わせていく。

 MAGIが支援する中で役割分担を行い、8つA.Tフィールドで調律するのだ。

 

「難しい事じゃない。いつも通りにやれば簡単に終わるよ」

 

 安心させるように囁くマリ・イラストリアス。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムは機械的接続であると同時に、搭乗者(パイロット)たちの心を繋ぐのだ。

 戦闘となれば、只、戦闘本能に従って戦えば良いだけなので簡単であるが、事、調律となれば話は違う。

 繊細な行為であるのだ。

 地球を傷つけない為の繊細さ。

 8つの心を1つにまとめようとするマリ・イラストリアス。

 だが、そこにノイズが乗る。

 

 それは痛みであった。

 それは恐怖であった。

 

 閉じていた目をハッと開くマリ・イラストリアス。

 エヴァンゲリオン8号機のエントリープラグに浮かんでいた7つのエヴァンゲリオンとの通信画面、その一つが揺れた。

 

『Aaaaaa!?』

 

 少しだけ遅れての悲鳴。

 荒れている通信画面に付けられている文字はEva-204 Deepika Chowdhury。

 ディピカ・チャウデゥリーの乗る第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン204号機であった。

 配置場所は中東はアラビア半島、紅海沿岸域であった。

 その近くにメッカと言う都市がある。

 

 

 

「何があった!!!」

 

 険しい声で吠える葛城ミサト。

 その眼前のモニターには同調戦闘(RAID-GIG)システムが一気に安定性を失っていく様がグラフで表示されていた。

 

「信じられない!? エヴァ204(セカンドエヴァンゲリオン4号機)が攻撃を受けています!!」

 

 目を丸くして呆然とした顔で、それでも轟音に負けぬ様にと声を張り上げる伊吹マヤ。

 

「使徒!?」

 

 使徒の反応(BloodType-BLUE)の確認の声を上げようとした葛城ミサト。

 その声に被せる様に青葉シゲルが吼える。

 

「現地チームから緊急報告!! 攻撃は現地国連軍、護衛班からです」

 

「何ですって!?」

 

 理解出来ない。

 そんな風に叫ぶ葛城ミサトに現実を叩きつける様に、第一発令所の巨大なモニターの一角にディピカ・チャウデゥリーが乗った第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機が攻撃を受ける様が表示されていた。

 護衛としていたのだ。

 至近距離と言って良い場所から、戦車や野砲がつるべ打ちに砲火を差し向けて来る。

 それだけでは無い。

 人間が持つ火力、小銃や機関銃。

 果ては手榴弾から無反動砲、携帯対戦車火器と言ったものまでもが叩きつけられていた。

 只、それらは整然としたモノでは無かった。

 撃っているのは半分以下であり、多くの将兵は逃げまどって居たりしていた。

 

「なっ、何が起こってるの!?」

 

 それは豪胆な葛城ミサトすらも呆然としてしまう、そんな光景であった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-5

+

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機が攻撃され、搭乗するディピカ・チャウデゥリーが悲鳴を上げる少し前に時間は巻き戻る。

 

 

 人類補完計画に基づいて中東に配置された第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機は、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに共通する白を基調とした塗装に搭乗者(ディピカ・チャウデゥリー)の希望から紫が刺し色となっていた(乙女の叫びを示していた)

 地軸の歪み(ポールシフト)によって緯度が変わり、過ぎし日々の如き強い日差しは消え、人が過ごしやすくなった大地であるが、それでも砂漠である。

 大地の照り返しによる日の強さはあった。

 それ故もあり、砂塵の中にあって尚、輝くエヴァンゲリオン。

 見える限りを埋め尽くす砂漠にあって尚、威風堂々と目立つ巨躯は人類の福音(エヴァンゲリオン)と言う名に相応しい佇まいと言えた。

 

「凄いものだ」

 

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機を見上げ、呆れたように呟いたのは国連軍アラビア方面軍第1特別部隊の兵士であった。

 兵士だけでは無い。

 この場に配置されている第1特別部隊は増強装甲連隊規模の、戦車や装甲車の集団であった。

 テロと言うモノを想定するには物々しいが、その実として実戦的な訳でも、真剣な訳でも無かった。

 素直に言ってしまえば軽薄(ミーハー)な理由だ。

 即ち、国連軍アラビア方面軍司令部が、今を時めく存在であるエヴァンゲリオンと共に部隊の記念撮影をしようと言う訳である。

 先ほどまで国連軍アラビア方面軍の一部参謀までもが、激励(記念撮影)に来ていた程であった。

 何とも呑気な話とも言える。

 理由はあった。

 イスラム教の導師(ハティーブ)がエヴァンゲリオンを、神に弓引くモノでは無いとの布告(ファトワー)をしていたのだ。

 布告には、人を守るために神が遣わした救う者(マライカ)であるとの事も添えられていた。

 

 故に、大多数の中東の人間もエヴァンゲリオンを良きモノと見ていた。

 見上げている兵士は、そんな人間の1人であった。

 ヘルメットと立派なあごひげの隙間にある目元にも優しさが浮かんでいた。

 セカンドインパクトで地獄を経験して以来、兵士は信仰に対する疑念を持っていた。

 だがそれ故に、エヴァンゲリオンを素直に評価出来ているのだった。

 だが、全ての人間がそう言う訳では無い。

 

「神を象る積りか」

 

 憎々し気にエヴァンゲリオンを見上げながら、言葉を吐き捨てる兵士も居るのだ。

 否、それどころかエヴァンゲリオンに対して否定的な感情を抱いている兵士は多かった。

 

 セカンドインパクトによる地軸の変化(ポールシフト)は中東と呼ばれる地域の気候を過ごしやすいモノへと変えていた。

 だが同時に、海面の上昇がそれまであった海沿いの生活圏を奪われる事にもなっていた。

 重要なのは港湾施設の喪失である。

 その結果、食料品の輸入が止まってしまい中東もまた恐ろしい程の飢餓と、飢餓に起因する食料争奪戦が勃発していたのだ。

 セカンドインパクト後の日々(After the Holocaust)

 何とも救いのない現実。

 だからこそ神に縋ったと言える。

 神に祈り、神の試練として受け入れ、消化していた。

 ()()()()()、神の試練である使徒に戦いを挑んだエヴァンゲリオンを憎む事になっていた。

 複雑骨折した様な心理と言えるだろう。

 他人から見れば試練に立ち向かう事を否定している様に見える。

 だが、当人たちにとって話は違っていた。

 首をたれ、神に祈り、そして耐えねばならぬ試練にエヴァンゲリオンを以って立ち向かうのは、神への挑戦と見えていたのだ。

 更に言えば、エヴァンゲリオンの開発を行ったのが日本や欧米(列強であり神に従わぬ地)であると言う事も、話を複雑にしていた。

 20世紀の時代、中東が列強に踏みにじられていた時代に繋がって見えるのだから。

 無論、導師(ハティーブ)からエヴァンゲリオンを認める布告(ファトワー)が出されているので、正面から否定する事は無い。

 だが理屈では無いのだ。

 感情であり、素朴な納得でもあるからだ。

 そしてエヴァンゲリオン。

 そもそもとして()()と言うのも良く無かったと言えるだろう。

 

 何故、そんな人間までもがエヴァンゲリオンの護衛に居るのかと言えば、理由は政治であった。

 それも、かなり生臭い話であった。

 国連軍アラビア方面軍の高級将校(王族ベタ金)が、将来の政界転進に備えてエヴァンゲリオンとの記念撮影を希望した。

 それだけであれば問題は無かった。

 問題は、高級将校の部下(太鼓持ち)が、記念撮影をするのであれば将兵も多い方が立派に見える(映える)と考えたのだ。

 結果、増強連隊(1000人)規模が動員される事となったのだ。

 とは言え精鋭部隊が派遣される訳にはいかなかった。

 中東と言う地域は、国家間で言えば比較的安定している(本格的な戦争の兆候は無い)とは言え、それ以外での難民問題、それと宗教問題などに起因した騒乱は終息したとはとても言えない状況なのだ。

 イスラエルとパレスチナの関係、シリアなどでの独裁者による圧政。

 火種は地域中に存在している為、高練度の(高い教育を受けた)将兵による部隊はそれらが出火せぬ様に走り回って居るのだ。

 暇な高級将校(閑職のベタ金)とその腰巾着が右から左に動かせるものでは無かった。

 だからこそ用意されていたのが第1特別部隊であった。

 

「真面目な奴らは大変だ」

 

 エヴァンゲリオンに肯定的な兵士は肩を竦める。

 現実的な(宗教への幻想を失った)彼は元精鋭部隊に所属していた。

 だが任務で負傷し、休養配置として第1特別部隊に配属されていたのだ。

 同じような人間はそれなりに配置されており、第1特別部隊はそれなりの部隊となっているのだった。

 

 警報が鳴る。

 人類補完計画の発動まで10分を切った事を告げるモノであった。

 

「仕事の時間だ!!」

 

「急げ急げ! 所定の場所に集まれ!!」

 

「点呼を忘れるなよっ!?」

 

 部隊の背骨、先任下士官たちが声を張り上げていく。

 その多くは人類補完計画が何であるか理解しているとは言い難かったが、大災害(セカンドインパクト)以降の混乱期で軍歴を重ねて来たベテランである。

 何食わぬ顔で、整列し、待機命令を出していた。

 不測の事態に備えてである。

 とは言えソレは戦闘では無い。

 高空偵察によって、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機を中心にした直径20Km程の場所に不審な人間の集団、或いは戦車などの装備が無いのが確認されているのだ。

 であれば、後は()()()()と言う仕事を終えた部隊を無事に基地に戻すのが仕事となる。

 それだけの話であった。

 

 

 周囲の人間の動きなど意にも介さぬとばかりに、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機が起動した。

 目に火が点った。

 固定されていたクレーン類が離れ、片膝をついた駐機姿勢から立ち上がる。

 人類補完計画が始まるのだ。

 

 

 国連軍アラビア方面軍第1特別部隊の誰もが、各集合場所から呑気に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機を見ていた。

 その呑気な気分が、悲劇の引き金となる。

 人類補完計画は地球の地軸を1999(セカンドインパクト)年以前に戻す作業である。

 その為に、都合12機のエヴァンゲリオンがA.Tフィールドを全力で展開するのだ。

 4機のエヴァンゲリオンが過負荷運転(オーバードライブ)を同調し強大なA.Tフィールドを生み出し、地球を動かす。

 そして、4機のA.Tフィールドを同調戦闘(RAID-GIG)システムで調律し、地球を守る8機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 それらは説明されてはいた。

 だが理解出来ていなかった。

 否、実感を持てなかったと言える。

 8機の第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンで調律して地球を守らねばならぬ程に、4機のエヴァンゲリオンによるA.Tフィールドは強大であると言う事を。

 その(暴力)が今、顕現する。

 

 大地が揺れた。

 空が轟々と啼いた。

 巻き上がった砂が視野を白く染めていく。

 正に世界の異変。

 判らぬモノにとってソレは、世界終焉であった。

 そして神を信じる者にとっては、()()に他ならなかった。

 

 第1特別部隊の誰かが悲鳴を上げた。

 砂塵を振りまく風がかき消した。

 誰かが神の名を唱えた。

 大地の軋みに紛れた。

 だが、誰かが銃を撃った音だけは不思議と多くの人間の耳に届いたのだ。

 只の人の武器。

 AK-47とも呼ばれる小銃。

 その筒先が向けられていたのは第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機だった。

 

 後の調査によってソレは宗教的情熱は勿論、何らかの意図をもって行われた凶行などでは無く、単純な、恐怖による行動であったと判る。

 不幸であった事は1つ。

 最初に発砲した人間が、戦場でも無いのに自身の小銃に実弾が装填された弾倉(マガジン)を挿していた愚か者だったと言う事だ。

 

 1発目の銃声によって箍が外れたかのように、多くの人間が小銃を第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機に発砲した。

 酷い者になると、戦車砲すらも発砲していた。

 正に集団による恐慌(パニック)であった。

 

 尚、第1特別部隊の全ての人間が加わった訳では無く、大多数の人間は暴走する人間から逃げる様にしゃがみ込んだり、或いは可能な人間は遮蔽物に逃げ込むのであった。

 

 

 

 正に人類にとって乾坤一擲となる人類補完計画が始まって早々に上がったディピカ・チャウデゥリーの悲鳴。

 そして、現地からの第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機が攻撃を受けたとの報告は、NERV本部第一発令所に混乱を与えた。

 理解出来ない。

 意味が解らない。

 都合14体との使徒との戦いの場に挑んだ、歴戦と言って良いNERVスタッフであったが、エヴァンゲリオンが人間に攻撃されると言う事態は想定外であった。

 テロで狙われるとしても、それはNERVの施設であり、或いは適格者(チルドレン)であろうと考えていたのだ。

 それが、エヴァンゲリオンが攻撃されていると言う。

 それも護衛部隊(第1特別部隊)からである。

 意味が解らぬと混乱するのも道理であった。

 

 そこに更なる悲報 ―― 悲鳴が届いた。

 警報が鳴り、緊急事態(Red Alert)の文字が第一発令所各部のディスプレイに映し出される。

 使徒戦役の際にも出なかったNERV本部始まって以来の第1級非常事態警報だ。

 

エバー204(第2期量産型エヴァンゲリオン4号機)!?」

 

「ちっ、違います! 201、202、203__ ぜ、全機です!!」

 

「ハァ!?」

 

 伊吹マヤのヤケクソめいた叫び。

 それが示した全てとは、人類補完計画に投入されている第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン7機全てだと言う事だった。

 否、7機だけではない。

 エヴァンゲリオン8号機、マリ・イラストリアスも悲鳴を上げているのだ。

 甲高い幼子の声で、身も世も無い悲鳴は耳では無く心に刺さるモノであった。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムに繋がった8機全てのパイロットが苦悶していた。

 

「葛城大佐! 危険ですっ!!」

 

 怒鳴り声。

 その声を上げたのは、第一発令所に増設した人類補完計画向けの(コンソール)に着いていた技術開発部のスタッフだった。

 反射的に判っていると返そうとした葛城ミサトであったが、何とか踏みとどまった。

 何故なら怒鳴った技術開発部スタッフは第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンに関わっていないからだ。

 人類補完計画で重要な、A.Tフィールドの空間係数を観測し報告する事を任務としているスタッフであった。

 それが意味するのは更なる非常事態だ。

 

「何があったっ!?」

 

 ギラギラとした目で、言葉よりも視線で射抜く様に吠える葛城ミサト。

 だが技術開発部スタッフも負けてはいない。

 

「空間係数が無茶苦茶になってます!!」

 

 A.Tフィールドは、その全てを人類が理解している訳では無い。

 故に、扱いには細心の注意が必要とされていた。

 特にNERV本部スタッフは注意していた。

 誰もが、何人もの人間が消えてしまった第15使徒戦の惨劇を忘れて居なかったのだから。

 

「………っ」

 

 舌打ちをする葛城ミサト。

 或る意味で当然の話であった。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンによるA.Tフィールド調律班の状況は南極のA.Tフィールド同調班には伝えられていない。

 状況の進行が速すぎて、誰も気を回していなかったのだ。

 だからこそ、碇シンジたちは当初予定通りに4機のエヴァンゲリオンの同調して強力なA.Tフィールドを作し続けていたのだ。

 最悪と言って良い事態と言えた。

 

 人類補完計画の緊急停止。

 その単語が葛城ミサトの脳裏に踊った。

 が、即座に口には出せなかった。

 人類補完計画は莫大な予算と手間を掛けて準備されており、如何な葛城ミサトとは言え簡単に停止と言えるモノでは無かったのだ。

 そもそも、発動した人類補完計画によって地球の地軸は少しずつ動き出しているのだ。

 惑星1つが動いているのだ。

 慣性まで乗っており、物理的にも簡単に止める事が出来る筈もなかった。

 逡巡。

 対応を考える葛城ミサト。

 だがその間にも状況は悪化を続ける。

 

 悲鳴、怒号が交差する第一発令所。

 衝撃緩衝装置(ショックアブソーバー)があって尚も大きく揺れているその中央で、葛城ミサトは仁王立ちのままに歯を食いしばる。

 そして1度だけ目を瞑むり開くと、自身の後方で司令官席に座っていた冬月コウゾウに振り向く。

 その意図、意味を冬月コウゾウは誤認しない。

 静かに問う。

 

「止めるかね?」

 

「はっ。現状はまだ中止可能です。碇司令に至急連絡を」

 

 第一発令所中央の大画面に設定されていた時計(カウンター)は、事前に定められていた人類補完計画の中止可能時間内であった。

 甚大な被害が出る事が予想されては居るが、それでも強行するよりはマシ。

 葛城ミサトの決断。

 原因、或いは状況などへの興味の一切を切り捨てたソレは、使徒戦役によって培ってきた決断と行動に特化した(即断即決速攻の)指揮官たる姿であった。

 葛城ミサトは自分が罷免されるだろうと理解していた。

 だが、それでも世界をグチャグチャにしてしまうよりはマシ。

 シンジ達子どもの手を汚させるよりマシ。

 そう腹をくくっていたのだ。

 

 だが、葛城ミサトの決意に冬月コウゾウが応える前に、声を上げる人間が居た。

 ディートリッヒ高原だ。

 NERV本部に於いて、同調戦闘(RAID-GIG)システムの根幹を為すBモジュールに一番に詳しい人間だ。

 

「3分下さい」

 

 己の席から、そう叫んでいた。

 声は硬質となっていたが、その表情は常と同じような余裕が浮かんでいる。

 

「何とかなるの!?」

 

「任せて下さい。同調戦闘(RAID-GIG)システムの確認、原因が判りました__ 」

 

「原因の説明、今は結構。それより取り掛かって!!」

 

 進んでいる時計(カウンター)

 だがそれでも、中止不可能までは300秒以上あるのだ。

 ディートリッヒ高原の対応が失敗しても、中止する時間はある。

 そういう計算であった。

 

「了解」

 

 ディートリッヒ高原の指が信じられない速度で打鍵を始める。

 この状況の原因の把握、そして対応案は完成しているのだ、故に迷いは無い。

 

 調律班の壊乱は、ある意味で同調戦闘(RAID-GIG)システムが原因であった。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムが余りにもBモジュールを介してパイロットを深く繋ぎ過ぎていた為、ディピカ・チャウデゥリーの心が他のパイロットにも()()してしまったのだ。

 攻撃による第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機の被害は少なからずあったが、同時に深刻なモノは無かった。

 人類補完計画の為にA.Tフィールドの全てを振り向けている第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機であったが、それでも装甲は十分 ―― エヴァンゲリオンが持つ1万2千枚の特殊装甲は無いにしても高品位の均質圧延装甲で基幹部位(バイタルパート)は守られているのだ。

 当然の話であった。

 だが、機体(第2期量産型エヴァンゲリオン)が無事であっても痛みはある。

 そして衝撃もある。

 何より、人から攻撃されると言う恐怖がディピカ・チャウデゥリーの心を襲っていたのだ。

 その気持ちが同調戦闘(RAID-GIG)システムを介して調律班の他の7機に伝わり、同調戦闘(RAID-GIG)システムのネットワーク内部で増幅(エコーチェンバー)してしまったのだ。

 

 本来であればマリ・イラストリアスが調律班班長(ホスト機パイロット)として抑える役割を背負う部分があったのだが、如何せんにも()()()()()()

 人造適格者(ビメイダー・チルドレン)として戦闘行動に関しては訓練されており、痛みへの耐性などは得ていたのだが、痛みを感じた同僚の混乱(パニック)を抑える術までは得て居なかった。

 稼働時間、と言う意味でマリ・イラストリアスと言う少女は肉体の外見よりも更に幼いのだ。

 だからこそディートリッヒ高原は同調戦闘(RAID-GIG)システムのネットワークの情報伝達力を低下させ、調律班のパイロット間での感情の増幅を抑えようとしていたのだ。

 とは言え、機械的な対応だけで出来る話では無かった。

 だが切り札があった。

 

 鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機だ。

 エヴァンゲリオン8号機と同じ、純正のBモジュールを搭載したエヴァンゲリオンであり、同じように統率(ホスト)機としての役割を担えるのだ。

 だからこそ、ネットワークの調整を行うと共に役割をマリ・イラストリアスから鈴原トウジに交代させるのだ。

 

「後1分で準備が終わる。覚悟は良いかい?」

 

『何とかやって見せますわ』

 

 予備として待機していた鈴原トウジは笑って答えた。

 とは言え緊張感が無い訳ではない。

 それどころか世界を背負うと言う重責に、緊張感でガチガチになっている部分があった。

 だが、先任たるシンジを真似ていたのだ。

 上手く笑えているか、鈴原トウジには判らない。

 それでもシンジの様に笑って重責に立ち向かおうと考えていた。

 

「頼むよ」

 

 子どもが歯を食いしばって世界を背負おうとする事にやりきれない事を感じながら、ディートリッヒ高原は指を奔らせる。

 不甲斐ない自分への怒りが、その勢いを増させるが、その頭脳は冷徹であった。

 打ち間違いなどする事もなく終える。

 

「葛城さん!」

 

「やって!!」

 

 以心伝心で、許可を出す葛城ミサト。

 最後の一打を打つディートリッヒ高原。

 

 そして、鈴原トウジは吠える。

 慌てている8人の少年少女に向けて活を入れる。

 

『じゃかぁしぃわっ!』

 

 その声は咆哮めいていた。

 叫び。

 或いは怒声。

 それが同調戦闘(RAID-GIG)システムのネットワークを介して8人に心ごと伝わり、衝撃を与えた。

 誰もが一瞬、止まった。

 ある意味で、心の()()()

 それで同調戦闘(RAID-GIG)システムは一気に正常化に向かう事となる。

 

 

 状況の改善が始まる。

 地球を動かす程のA.Tフィールドは、調律班のエヴァンゲリオンによって安定性を取り戻す。

 世界が終わる様な振動が終息に向かう。

 

「見事よ、トウジ君」

 

 安堵の溜息めいて鈴原トウジを褒める葛城ミサト。

 だが、状況はまだ、最悪の始まりを迎えたばかりでしか無かった。

 青葉シゲルが叫んだのだ。

 最早叫ばれる事のないと思われていた言葉を。

 

パターン青(BloodType-BLUE)!?」

 

 焦り、恐怖、その他。

 様々な感情がないまぜになった青葉シゲルの言葉(One Word)であった。

 

「ハァッ!?」

 

 目を見開いた葛城ミサト。

 誰もがその言葉の意味を理解する前に、NERV本部が激しく揺れるのだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-6

+

 NERV本部が使徒(BloodType-BLUE)を検知したその時、南極に居た4人の適格者(チルドレン)も又、異常を理解していた。

 

「なに?」

 

 綾波レイは遥かな声を聴いたかのように空を見上げた。

 

「あ”?」

 

 惣流アスカ・ラングレーは不快気に眉を顰め、目を細めた。

 

んだ()?」

 

 碇シンジは静かに左目を瞑り、右眉を跳ねさせた。

 

「おや?」

 

 渚カヲルは胡散臭さの混じらない驚きの顔で自分の両手を見た。

 

 4人の適格者(チルドレン)は、誰もが同じ瞬間に気付いていた。

 異変の地たるNERV本部(日本列島-箱根)から直線距離で2万Kmを越えようと言う場所であるが、距離など問題では無かった。

 A.Tフィールドがあり、A.Tフィールドで繋がっているからだ。

 4人の乗る4騎のエヴァンゲリオンは、それぞれが発した大出力のA.Tフィールドの波長を合わせ、共振させ、世界を覆っているのだから。

 

 物理的な壁であると共に、心の壁であると言われるA.Tフィールド。

 使徒(渚カヲル)の全面協力によってある程度の実態が人類でも理解出来始めた事で、シンジ達エヴァンゲリオンパイロットも又、A.Tフィールドをより深く使いこなせ始めているのだった。

 

カヲルサァ(カヲル君)?」

 

 シンジが渚カヲルの名を呼ぶ。

 同時にアスカも又、その名を呼んだ。

 

『渚、アンタ__ 』

 

 何が判っての事ではない。

 無意識の反応であった。

 何故なら、NERV本部と思しき場所で発生したA.Tフィールドの感覚が、渚カヲルの駆るエヴァンゲリオン6号機のA.Tフィールドに余りにも似ていたからだ。

 対する渚カヲルは2人の声に反応するよりも先に己の手を見ていた。

 黒を基調として青が入った渚カヲルのプラグスーツ。

 その手に異常はない。

 そして手を開いて閉じる。

 動きにも異常はない。

 それを確認して、顔を上げた。

 

『うん、僕じゃない』

 

 目には力があった。

 意志が宿っていた。

 

じゃっとな(そうなの)?」

 

『うん。僕じゃない、僕以外の(Adam)

 

 その言葉の意味をシンジ達が理解するよりも先に、新しいA.Tフィールドによる波紋が発生した。

 渚カヲルのエヴァンゲリオン6号機にも似たA.Tフィールドに重なる様に広がっていく。

 それはどこか懐かしい、優しさを感じてしまう様なモノであった。

 

「!?」

 

 だからこそ違和感を感じたシンジ。

 心に触って来る感覚。

 異常である。

 だが、シンジが何かを言うよりも先に、断じた人間が居た。

 綾波レイだ。

 

『貴方は私ではないわ。私は私。私は綾波レイ__ 』

 

 確固たる意志の言葉であった。

 不満げな、嫌そうな顔をしている。

 

『レイ、何か感じたの?』

 

 アスカにしては珍しい、曖昧模糊とした物言い。

 だが表情は真剣であった。

 A.Tフィールドと言う存在を言うのであれば、そうなってしまうのだ。

 言葉や理屈では無く、感覚であり(意志)の領域であるからだ。

 

『オカエリナサイって言われたわ』

 

『どこから?』

 

『私ではない(Lilith)。呼んでいたの、でも嫌』

 

Okay(いいわね)

 

 ニヤリと笑ったアスカ。

 他人は他人、自分は自分であると言うのはとても大切だと言うのだ。

 当然であると頷き返した綾波レイ。

 そこにはかつての人形めいた少女の姿は無かった。

 

 と、そこに大人が加わった。

 

Attention(傾聴してくれ)!』

 

 適格者(チルドレン)の会話を断ち切る様に強い調子で発された言葉、発したのは日向マコトだ。

 トリントン基地にあってシンジ達南極にあってA.Tフィールドを同調させる任を負った人類補完計画エヴァンゲリオン第1班(タスク1ユニット)の責任者だ。

 責任者としての仕事 ―― 情報をかき集めていたのだ。

 葛城ミサトやパウル・フォン・ギースラーと言った上位者の居ない状況で、押しつぶされそうな重責に、背筋を伸ばして耐えながら己の職責を果たしていく。

 大人の姿であった。

 但し、背筋は伸ばせても顔色は隠せない。

 そういう真っ青な表情で言葉を紡ぐ日向マコト。

 

『落ち着いてみてくれ。UNの偵察衛星が拾っているLive映像だ』

 

 前置きの後に表示された衛星軌道上からの第3新東京市、NERV本部周辺の映像。

 

「っ!?」

 

 思わす息を呑んだシンジ。

 シンジだけではない、アスカも、そして綾波レイすらも驚いていた。

 それ程の画像だった。

 平野の中に悠然と聳える山は特徴的なコニーデ山体であり、富士山以外には無い。

 第3新東京市のある箱根地方で間違いはない。

 だが、今、富士山よりも巨大な、真っ白な、人の様な何かをしたとてつもない巨大な存在が生えてきているのだ。

 

 頭は1つ。

 だが、顔の様なモノが2つ。

 体は1つ。

 だが、腕の様なモノが2対4本。

 

 異形の存在であった。

 ゆっくりと羽化する様に体を起こしていく。

 余りにも巨大であるが故に、ゆっくりとしている様に見えるが、その実、恐ろしく素早く動いていると言えるだろう。

 

『NERV本部との連絡は!?』

 

 アスカが問う。

 回答は非情。

 (ネガティブ)、だ。

 

『推定だがNERV本部は、あの存在、仮称ティーターンの中心部にある。通信は有線無線を問わず不可能。光学及びレーダーでも状況は把握できない』

 

『ティーターン、古の神って命名ね』

 

 洒落臭い、そんな表情で呟くアスカ。

 綾波レイは何とも言い難い表情でティーターンを睨んでいた。

 否、綾波レイだけでは無い。

 渚カヲルも同じであった。

 とは言えシンジも含めて意識の全てがティーターンに向けられている訳では無かった。

 今だ地球の地軸を動かす為の人類補完計画は継続中であり、4人は心をより合わせ、巨大なA.Tフィールドを紡ぎ出しているのだから。

 

『で、アレは何なの』

 

「そうだよ。どげんすっとな(どうすれば良いの)?」

 

 アスカの疑念。

 シンジの同意と問いかけ。

 NERV本部から突如として発生した使徒反応(BloodType-BLUE)と謎の存在ティーターン。

 シンジが悩まし気に確認するのも当然であった。

 敵であるなら討てばよい。

 だが、最後の使徒であった渚カヲル(第17使徒TABRIS)は人類に下っているのだ。

 である以上はティーターンを敵と即決し、討つ事は正しく無い。

 下った相手に確証も無く仕掛けるのは道理では無い。

 そう思う程にはシンジは冷静であった。

 

『………』

 

 口を噤んだままの日向マコト。

 情報が足りな過ぎていた。

 ティーターンが敵か味方かすら判らない。

 中でどうなっているかも判らない。

 日向マコトが指揮権を持つ戦力は南極の第1班(タスク1ユニット)、即ちNERVエヴァンゲリオン戦闘団の主力であるのだ。

 (スーパーソレイド)機関を搭載したFⅡ型装備(F型ステージⅡ)を持つ4機のエヴァンゲリオンは、その展開力も含めて考えれば()()()()とすら言える部分がある、現時点で人類最強の戦力()だ。

 だからこそ悩むのだ。

 

 ティーターンを敵と定め、第1班(タスク1ユニット)を討伐に投入するべきなのか。

 討伐をするとして、現時点で軽々しく投入してしまって良いのか。

 伏兵を想定し、第1小隊と第2小隊で分けて投入するべきではないのか。

 だがティーターンは余りにも巨大であり、分けて投入した場合、それは愚行(戦力の逐次投入)にならないだろうか。

 そもそもティーターンは敵なのか。

 現在実行中の人類補完計画を中断して大丈夫なのか。

 

 4人の適格者(チルドレン)、そしてトリントン基地の作戦指揮所に詰めている誰もが日向マコトを見ていた。

 その圧を、日向マコトは歯を食いしばって受け止める。

 歪んだ、笑う様な顔をしている。

 指揮官は責任を背負うものである。

 とは言え人類の存続と言うモノは日向マコトと言うまだ青年としか言えない若者が背負うには余りにも巨大な、重責であった。

 

『………』

 

 沈黙。

 即座に実行可能な、現実的な案を考え出せる人間は誰も居なかった。

 刻一刻と巨大化していくティーターン。

 その大きさは、優に衛星軌道を越えている。

 何かをするべきではないのか。

 致命的な何かをティーターンがする前に対応するべきではないのか。

 だが、ティーターンは本当に人類に害を与える存在であるのか。

 答えの出ない問題。

 

 苦悩する日向マコトに1つ、朗報が齎される。

 発信者はマリ・イラストリアス。

 第2東京市のNERV松代支部(ジャパンNERV)でMAGI2号と有線接続して同調戦闘(RAID-GIG)システムの中枢(ホスト)を担っているエヴァンゲリオン8号機からであった。

 

『トージと繋がったよ!!』

 

 それは同調戦闘(RAID-GIG)システムのお陰であった。

 開発者たる真希波マリは、同調戦闘(RAID-GIG)システムが高速戦闘にも対応出来るようにする為、従来の無線や有線による情報伝達では無く、エヴァンゲリオンが持つ固有の存在 ―― A.Tフィールドによる即時性の高い情報共有システムを開発、実装していたのだ。

 群体の様に繋がって戦う群狼戦闘能力(ウルフパック)の名は伊達や酔狂では無いのだ。

 ティーターンのA.Tフィールドに妨害され、直ぐに繋がる事は出来なかったが、

 

「でかした!!!!!」

 

 日向マコトは感情を爆発させていた。

 

 

 

 

 

 常には無い匂い、むせかえる様な硝煙の匂いが漂うNERV本部第一発令所。

 否、硝煙だけではない。

 著しい緊張感が溢れていた。

 第一発令所には今、通信機に齧りついて様々な情報収集や命令を題しているNERVスタッフ達と同時に、NERVスタッフや国連軍からの出向者など様々な肌の色や制服背広を着た人間達による即製の戦闘集団が詰めていた。

 戦闘集団は隙なく第一発令所の入り口に銃口を向け、通信をしているNERVスタッフを守る様にしている。

 非常事態(内乱)等では無い。

 何故なら、戦闘集団の中心には葛城ミサトが居るのだから。

 赤い制服(ジャケット)に紫色の血にも似た何かが返り血として浴びており、それは顔も同じであった。

 硝煙と共に彩っているソレを拭う事無く凛々しく仁王立ちしている。

 手に持っているNERVで正式採用されている非戦闘スタッフ向けの自衛用火器(P.D.W)であるFN P-90だ。

 M4や89式小銃などに比べて操作に癖があるが、戦闘訓練を十分に詰む時間の無いスタッフが非常時に扱うには火力と取り回しが良く、更にはコンパクトであるから収納性も高いとして採用された個人用火器であった。

 使う機会が無ければ良い。

 そう願われ、常日頃は鍵の掛けられた保管庫(ガン・ロッカー)に収納されていたのだが、今は予備の弾倉もろともに引き出され使用されていた。

 

 と、第一発令所の入り口で足音がした。

 即製の戦闘集団は、テーブルなどの雑多なモノで作った出来合いのバリケードに身を隠しながら緊張した面持ちで筒先を入り口に向ける。

 だが発砲する様な盛った人間は居ない。

 非常事態であっても、良く訓練された成果は人を裏切らない。

 唯一、指揮官としての立場(意地)から背筋を伸ばして立っている葛城ミサトの指示を待つ。

 影となっている入り口から声が上がった。

 

「サクラ! サクラ!!」

 

 合言葉だ。

 葛城ミサトも声を返す。

 

「サイタ! サイタ!」

 

「チューリップ!」

 

 ある意味で素っ頓狂な組み合わせであるが、それは警戒からであった。

 簡単な合言葉では真似られる危険性がある。

 だからこそ、であった。

 安堵する様に息を吐き、銃を下げる様に手で指示しながらも声を出す。

 

「撃つな。良いわよ」

 

 葛城ミサトの許可を得て、入り口から戻って来る武装した4人。

 第一発令所から出て周辺を確認しに出ていた周辺捜索班だ。

 国連軍からの出向者で、レンジャー徽章持ちであった為、他の人間がするよりはと志願し、3名ほどのスタッフを連れて第一発令所に繋がるエレベーターと非常階段まで確認していたのだ。

 

「ルート3、現状、クリアです」

 

 ()は居ないと言う。

 悪く無い報告であった。

 

「異音、それに異臭の類もありません。後、予定外でしたが第二発令所も確認しましたが無事でした。なので予備の弾薬を持ってきています」

 

 顎でしゃくって指したのは、4人の後ろから資材搬送用の台車(L車)に乗せられた大量の弾薬箱であった。

 ある意味、今、第一発令所で一番に必要なものであった。

 

「有難いわ」

 

 葛城ミサトも思わず相好を崩す。

 自身の持つFN P-90も、弾切れ寸前であったのだから当然だろう。

 

「気が利くわね。流石は精鋭(ナラシノバスターズ)かしら」

 

 軽口を叩きながら葛城ミサトは、国連軍で叩き込まれた仕草で手早く、一般的な小銃(アサルトライフル)とは異なる形状と位置にある弾倉を交換する。

 そして槓桿(コッキングレバー)を操作し、初弾を薬室(チャンバー)へと送り込む。

 最後に安全装置(セーフティー)を確認する。

 

「はははははっ、弾が無ければ戦えませんからね」

 

 銃が無ければナイフなどで。

 ナイフなどが無ければそこら辺の凶器として使えるモノで。

 それすら無ければ素手で闘う。

 そんな風格の漂う周辺捜索班班長(ベテラン)の言葉に、酷いジョークを聞いたものだと笑う葛城ミサト。

 正に歴戦の将校の態度であった。

 即製された戦闘集団は、多くが銃器を日常的に扱った事の無い人間であった為、そんな上の態度に何となく、安心するモノを感じていた。

 

 勿論、演技であったが。

 

ルート56(メインシャフト)には行けそうだった?」

 

 小声で確認する葛城ミサト。

 あまり良くない報告が帰って来るだろう。

 そういう事を想定した確認。

 無論、周辺捜索班班長も小声で返す。

 

()()()()()()()()()()()

 

 事実上、無理と言う返事だ。

 ルート56,メインシャフトとはNERV本部最下層秘匿区画(ターミナルドグマ)に繋がる道であり、そこにNERV総司令官である碇ゲンドウが居る筈であった。

 問題は、敵は、その地下から湧いてきていると言う事であろう。

 

「現時点で碇の救助は不可能。そういう認識で良いな」

 

 念を押して確認する様に言うのは冬月コウゾウだ。

 碇ゲンドウNERV総司令官が所在不明と音信不通となっている現状では、最上位の責任者と言えるだろう。

 とは言え冬月コウゾウ、組織運営は兎も角として荒事は不得手である為、現状では葛城ミサトに全権委任をしていたが。

 

「残念ながら」

 

「………そうか」

 

 嘆息する冬月コウゾウ。

 最後に碇ゲンドウと連絡が取れたのは1()()()()()の事だった。

 敵が発生する少し前、使徒パターン(BloodType-BLUE)をMAGIが検知した事を報告する為、最下層秘匿区画(ターミナルドグマ)へと緊急回線を開いた時であった。

 魂の抜け落ちた(漂白された)様な顔をしていた碇ゲンドウであったが、非常事態の報告を受けるや、即座に第一発令所へと戻ると言って回線を切った。

 それが最後であった。

 碇ゲンドウが第一発令所に戻るよりも先にNERV本部は電波や光学、その他の一切を通さぬ何かに閉ざされ、そして敵が発生したのだった。

 

「なに、碇の事だ。何とか生き延びていると信じよう。それよりも此方の問題だな」

 

 床に転がっている敵、その遺体と言うか残骸を見る冬月コウゾウ。

 それは人めいたナニカであった。

 服めいたモノも着ていない、白いノッペリとしたナニか。

 頭はあった。

 口もある。

 四肢も揃っていた。

 だが眼窩も耳も無く、体にも乳房や陰茎といった性器も無く男女すらも判らない。

 赤木リツコも調べて早々に匙を投げた、使徒(正体不明の物体X)と言われれば納得するナニカであった。

 それが大量に、大挙して発生して襲ってくるのだ。

 恐怖と言う言葉そのもの(コズミックホラー)であった。

 参謀として来ていたアメリカ人の国連軍将校などは、ゾンビ映画などと叫んでもいたが。

 

 だが救いはあった。

 比較的簡単に殺せる、と言う救いが。

 出現した際、銃 ―― 携帯の許されている高級指揮官たる葛城ミサトが咄嗟に腰に佩いていたH&K USPを抜いて対応した時、或いは青葉シゲルが咄嗟に椅子をぶん回して殴り飛ばした際に、実は格闘徽章持ちだった国連軍連絡官の日永ナガミが拳を振るった際、何れも簡単に絶命していた。

 だが、数が多すぎていた。

 1人2人と言う数では勿論ない。

 10や20ですら甘い。

 三桁にもなろうかと言う数字で、通路を埋め尽くす勢いで襲い掛かって来るのだ。

 殺せても殺される。

 囲まれ殺される。

 噛み殺される。

 体を千切り殺される。

 そう言う類の脅威であった。

 故に、敵はレギオン(群れ為すモノ)と命名されていた。

 

 実際、第一発令所でも少なからぬ人間が死傷していた。

 又、対応の遅れた第一発令所以外でも多くの被害が出ていた。

 更に最悪なのは、人類補完計画への備えとしてNERV本部に繋がっている地下シェルター群に一般市民が避難していたと言う事だ。

 敵がNERV本部を通過して地上に溢れようとした時、その経路に人が居る様なモノなのだ。

 最悪と言って良いだろう。

 だが現状、それ程の事 ―― 致命傷めいた被害に拡大してはいなかった。

 自爆(ヤケクソ)めいて葛城ミサトがNERV本部構造の多くのシャフトに硬化ベークライトを流し込んだというのも大きい。

 だが何よりもエヴァンゲリオンが居たからだった。

 エヴァンゲリオン3号機。

 人類補完計画の為としてジオフロントに配置されていた鈴原トウジの乗るソレが、A.Tフィールドをもってレギオンがジオフロントを超えて上に昇る事を阻止していたからだ。

 人間サイズのレギオンと戦う事は、全高40mに達するエヴァンゲリオンにとっては大変な事であったが、ソレを鈴原トウジは何とかやりこなしていた。

 その成果は、鈴原トウジの技量も大きい理由であったが、それ以上にエヴァンゲリオン3号機が装着していた装備のお陰であった。

 砲戦用のH型装備の最新モデル、H型装備第2形態である。

 景気づけにとばかり(広報用の写真撮影目的)に装着していたH号装備第2形態は、使徒襲来が終わって余裕の出来た技術開発局が、将来を見越して開発した実験的な装備であった。

 目的は()()

 将来的に想定されている、外宇宙からマルアハ(Adamの子)乃至はリリン(Lilithの子)が襲来した際に備えての事であった。

 使徒の能力を持った、人間サイズの敵、その群れである。

 無論、完成品と言う訳ではないのだが、それでも今のレギオン相手には十分であった。

 その上でエヴァンゲリオン3号機は巨大な燃料タンクを背負ってEW-31(フレームランチャー)を運用しているのだ。

 人間の範疇を出ないレギオン如きが対抗できる筈も無かった。

 エヴァンゲリオン3号機は最後の盾(デッチライン)として死と破壊とを振りまいていたのだ。

 その様、その塗装と相まって黒い悪魔めいていた。

 

 兎も角。

 レギオンが発生して1時間以上が経過していた。

 外、NERV本部や第3新東京市の外の状況は何も判らなくなっていた。

 通信も全て通らなくなっている。

 どうなっているか判らない状況。

 只、南極にはNERVエヴァンゲリオン戦闘団が居る。

 使徒の天敵とすら言えるシンジとアスカ(エースオブエース)が居るのだ。

 世界が滅んでいるなどあり得ないと、葛城ミサトは確信していた。

 

「状況改善の見込み、弾薬とて無限では無かろう」

 

「はい。現在、我々が動ける範囲の保管庫から弾薬をかき集めています。現状__ 」

 

 葛城ミサトは一旦、言葉を切る。

 そして周辺捜索班が回収してくれた弾薬の山を見て、先の戦闘で消費した分とを考える。

 

「3回は先ほどのレベルの襲撃に耐えられると思われます」

 

「3回か………再度確認する。第一発令所に籠城するのが最善なのだな」

 

「はい。開口部を減らしている現状では最善ではありませんが次善にはなります」

 

「最善は3号機の後方に下がる(地上に脱出する)事か」

 

 渋い顔で言う冬月コウゾウ。

 問題は、第一発令所はそれなりにNERV本部の深部にある為、その脱出行に際してレギオンの襲撃を受けた場合、集団が分断され各個撃破される可能性があると言う事だった。

 又、第一発令所はNERV本部の全てを管理する第7世代型有機コンピューターMAGIが設置されているのだ。

 第一発令所の放棄はNERV本部の放棄と同義であると言えるだろう。

 故に、簡単に選べる選択肢では無かった。

 

「ですので、今は耐えるべき時かと」

 

 支援は来る。

 救援は来る。

 確信をもって言う葛城ミサト。

 ある種、葛城ミサトのシンジとアスカへの信用は信仰めいた域に達していた。

 その狂信は、正しく報われる事となる。

 冬月コウゾウが何かを口にする前に、エヴァンゲリオン3号機の支援を行っていたNERVスタッフが大きな声を上げたのだ。

 

「葛城さん! 繋がりました!! 3号機の特殊回線(RAID-GIGシステム)です!!!」

 

「でかした!!」

 

 至誠天に通じるとばかりに葛城ミサトは莞爾に頬を歪めていた。

 尤も、冬月コウゾウから見れば(戦意の塊)めいた笑いであったが。

 NERVの反撃が始動する。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-7

+

 蒼穹、それよりも更なる高みを駆け抜けるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 それは高度5万m以上の果て、宇宙(ソラ)に近い場所であった。

 何Kmにも及ぶ、流星の如くキラキラとした光芒を残して飛ぶ2機。 

 速度は、マッハと言う単位を使ってすら馬鹿馬鹿しい程の数字が出る速度となっている。

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)、そのα型の高機動型の名に相応しい力であり、同時にA.Tフィールドによる空気圧縮による熱を遮断できるがからこその力技(暴力)と言えた。

 とは言え、エヴァンゲリオンにもFⅡ型装備(F型ステージⅡ)にも航宙設備は搭載されていない。

 全環境対応能力こそあるが、本来は汎用人型決戦兵器。

 戦闘に投入される場所の限定された局地戦闘ユニットである為、広域での移動に必要となる自機の位置確認機能などが十分ではないのが実状であった。 

 にも拘らず真っすぐに日本列島、箱根地方、第3新東京市へと突き進めるのは誘導者(パスファインダー) ―― 先導する単段式宇宙輸送機(SSTO)あればこそであった。

 2機のエヴァンゲリオンよりも更に上、高度10万mの高さを往く特別観測機(バーミリオン1)が、詳細な進路情報を伝え、それを基に惣流アスカ・ラングレーが細かい進路を設定。

 そして碇シンジは、アスカの全てを信じてエヴァンゲリオン初号機を操っているのであった。

 

 南極から日本列島へと突き進む、赤い流星。

 人類の誰もがソレを見ていた。

 TVが、ソレが何であるかを伝えていた。

 故に誰もが、2人(エースオブエース)の活躍を願うのであった。

 だが、状況は人類の手だけで進むモノでは無かった。

 

 

 それは振動。

 地震。

 空震。

 そして最初に言葉があった。

 

― 我は(全にして一)なり ―

 

 それは声ではななった。

 音では無かった。

 只、伝わるナニかであった。

 

α(Adam)にしてω(Lilith)なり ―

 

 地球上の全ての人に伝わるナニか(言葉)であった。

 

― 全ての祖であり終焉である ―

 

 不安げに空を見上げる人々。

 空に居るのではない。

 何かを感じるのだ。

 

― 始まりと終わりを繋ぎ、世界を孵すモノなり ―

 

 動物たちすらも、空を見上げていた。

 或いは昆虫たち。

 魚すらもであった。

 地球の、生きとし生けるモノの全てが、2頭4腕2翼のソレを視ていた。

 恐れ慄いていた。

 

 

 だが畏れぬモノ、怯えぬモノも居た。

 

『どう思う?』

 

 尋ねるのはエヴァンゲリオン弐号機に乗ったアスカ。

 その表情に緊張感は無い。

 特別観測機(バーミリオン1)からの情報を基に、(全にして一)とやらを自称するナニカを()()()()()()()

 そうなのだ。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機が征く場所は、巨大な、全高1万mを超えそうな巨大な存在の遥かに高みなのだ。

 故に、巨大さは畏怖に繋がらない。

 神を気取ろうとしても地球に比べれば、月に比べれば、太陽に比べれば、宇宙に比べれば、ああ全く以ってチッポケな存在でしかないのだからだ。

 

 アスカが問いかけた先はシンジ。

 空力加熱によって生み出された高温 ―― プラズマに包まれているエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は地上との電波による通信が不可能となっていたが、特別観測機(バーミリオン1)との情報連結(リンク)にも使われているレーザー通信が可能なのだ。

 特別観測機(バーミリオン1)との回線が距離の問題もあって不安定であるのに対し、至近距離であるが故に齟齬(タイムラグ)などそこには無かった。

 

 シンジは、アスカはアスカだよな。

 この非常時でもアスカらしい。

 そんな事を思考の端で思いながら答える。

 

「良く判らないけど、段平(マゴロクソード・ステージ2)なら切れると思うよ」

 

 断言するシンジ。

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)兵装架(ウェポン・ラック)に、お守り的に搭載されていたEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)が役に立つと笑っていた。

 既にシンジの意識は戦闘に備えていた。

 どの様な事になっても対応できる平常心と、そして倒すまで喰らいついていくと言う戦意とが表情には充満しており、アスカ同様に緊張感は無い。

 

 そう、命令は発せられているのだ。

 エヴァンゲリオン8号機とエヴァンゲリオン3号機を介して行われた、短時間での葛城ミサトとの通信。

 エヴァンゲリオン部隊の指揮官として命令を発した。

 見敵必戦(Catch and Kill)

 ノイズの入った画面の向こう側で、葛城ミサトは断言した。

 既に対象はNERV本部内で人類に対して敵対的行動を行っており、第3新東京市に出現したモノは使徒に類されるモノであるが、第17使徒(渚カヲル)が代表する使徒とは違うと言いきっていた。

 そして、NERVの権限をもって対象を撃滅対象と認定したのだ。

 日向マコトがそれを手早く国連(第2新東京市)の安全保障理事会と人類補完委員会に上申し、決済を受けた。

 A-17条項の発令である。

 その時間、約5分。

 14度にも及んだ使徒との実戦が生んだ、呆れる程にスムーズさであった。

 

 かくして、神を自称したナニカは暫定的に18番目の使徒とナンバリングされた。

 第18使徒。

 そう定められればする事は1つしかないのだ。

 

『アンタもシンプルよね』

 

「そういうアスカはどうなんだよ?」

 

『接敵の際の、最初に一発をとっておきのにしてやろうって思ってるわよ』

 

「同じじゃないか」

 

『違うわよ』

 

 何時も通りのシンジとアスカ。

 そこに通信が入る。

 特別観測機(バーミリオン1)だ。

 

『よ、お2人さん。仲良くやってる所を悪いね』

 

 軽い口調、軽い雰囲気で話しかけて来る国連極東軍(Far East-Aemy)の機長。

 若いと言うよりも若々しい雰囲気をしている。

 だが、大災害(セカンドインパクト)の際の戦乱で実戦を経験している熟練のパイロットだ。

 国連極東軍(Far East-Aemy)では5本の指に入る撃墜王(エース)でもある。

 だが、そんな雰囲気を感じさせずに言葉を続ける。

 第3新東京市方面からの不明な電磁波を確認した、と。

 

『索敵、或いは照準用って事?』

 

『恐らくはね__ 』

 

 だから、と続ける。

 特別観測機(バーミリオン1)がエヴァンゲリオンの先に出る、と。

 

危なかど(危ないですよ)

 

『仕方が無いかな。第18使徒だけど一切が不明、第3新東京市周辺の部隊も交戦を開始してはいるけども、情報が上がって来るにはまだまだ時間が必要だからね』

 

 情報の収集と分析の柱となるのが第3新東京市周辺ではNERV本部第一発令所に置かれたMAGIであるのだ。

 MAGIは第18使徒の中にあって十分な通信は不可能となっている。

 これでは、収集した情報を短時間で整理する事など無理と言える。

 だからこそ特別観測機(バーミリオン1)は前に出ると言う。

 囮となる積りだった。

 既に日本列島が見えており、第18使徒もエヴァンゲリオンから認識出来ていた。

 であれば誘導(水先案内)は不要。

 その先の戦闘の為の情報収集に当たろうと言うのだ。

 

「………」

 

『………』

 

 その危険性を想像し、シンジとアスカは口を噛みしめた。

 使徒は危ない。

 エヴァンゲリオンに任せろ。

 そう言うのは簡単であった。

 だが言えなかった。

 使徒の持つ危険性(初見殺し)の恐ろしさを知悉するが故に、事前情報の収集の重要性を理解するが故の事であった。

 

『こう言っちゃなんだけどさ、こう見えて俺、結婚しててね。子どもも居るんだ。女の子なんだけど、未来が欲しくてね。だから、頑張ってくれよ__ 』

 

任せっくいやい(任せて下さい)

 

 シンジの言葉に、莞爾と笑う特別観測機(バーミリオン1)の機長。

 そしてアスカの敬礼に軽い仕草で答礼をして通信を切った。

 静寂に包まれたシンジのエントリープラグ。

 

 信念を、漢の意地を、親の矜持を見た。

 NERVに関わる大人たちの多くは、こういう人達だと改めて思うシンジであった。

 

『シンジ………』

 

「うん、アスカ」

 

 多くの言葉は要らない。

 シンジはアスカの目を見れば判った。

 戦意が滾った顔。

 それは笑顔。

 アスカは笑っていた。

 緊張その他、無駄な力の抜け落ちた笑みだ。

 そしてシンジも笑っていた。

 ()意。

 預かった事を背負い、そして果たす。

 そういう顔であった。

 

 

 

 加速しながら第18使徒の場所へと降りていく特別観測機(バーミリオン1)

 残っていた燃料を最大に吹かして加速していく。

 その様を脅威と捉えたのか、第18使徒はその双貌を仰ぐ様に動かす。

 

― 抵抗を図るか、Lilithの子たるリリン ―

 

 男性の様に見える顔。

 女性の様に見える顔。

 その2つで特別観測機(バーミリオン1)を捉える。

 

― 逆らうのであれば神罰を与える ―

 

 2つの顔、その口が開いて光る。

 レーザー兵装(プルトンビーム)だ。

 空に走る2つの光轍。

 だが、ソレが特別観測機(バーミリオン1)を捉える事は無かった。

 馬鹿げた速度の儘に、機体を翻したからである。

 単段式宇宙輸送機(SSTO)と言う性質上、航空機として言えば非常識なレベルの強度のある構造を採用していたお陰での事であった。

 10G所では無い重力加速度が掛かり、機長以外は胃袋がひっくり返りそうな顔をしていたが機長は笑っていた。

 

「機長!?」

 

 ひっくり返りそうな胃袋を呑み込んで叫ぶ副機長(コ・パイロット)

 その悲鳴を笑って聞き流しながら、機体を操る。

 

「大丈夫、何とかするって」

 

 緊張の色など無い声色。

 呆れる様な実戦経験を持ち、鼻歌交じりでスタント飛行(アクロバット)を遊びにする様な人間にとって、威力はあっても精度の粗い攻撃は脅威の内に入らなかった。

 2度、3度と機体をロールさせ、第18使徒の攻撃を避ける。

 

「光学兵器、距離があると直線的過ぎるよな」

 

「もう、脱出しましょうよ!!」

 

「もう少しだ。子どもらの為にアレのベールをはぎ取りたいから ―― ミサイルの1つ、機銃も無いのが残念だ」

 

 喋りながら操縦桿を操り、手品の様に第18使徒の攻撃を避けていく特別観測機(バーミリオン1)

 

「機長ぉぉぉっ!?」

 

 

 

 

 

 威力偵察を行い、その上で生還(離脱)に成功した特別観測機(バーミリオン1)

 

「凄いね」

 

『何よアレ』

 

 純然たる感動を示したシンジに対してアスカの声に呆れの色が混じっているのは、特別観測機(バーミリオン1)がやった事の凄さの質が理解出来るからであった。

 NERVドイツ支部でエヴァンゲリオンの作戦訓練を受けていた際、航空部隊との連携訓練も行っていたのだ。

 だから判るのだ。

 アレが普通ではないと言う事を。

 

『シンジ。あんなの見せられて、何も出来ないなんて私は嫌よ』

 

 その1言でシンジはアスカの望む事を理解した。

 笑うシンジ。

 積極的である事は望むところであるからだ。

 

「やる?」

 

『やる!』

 

 アスカの指が動き、エヴァンゲリオン初号機に最新の飛行ルートと攻撃案が送られて来る。

 エヴァンゲリオン弐号機と共に、真正面から高速で一撃を喰らわそうというのだ。

 実に積極的、攻撃的であった。

 

「なら、同調は僕が」

 

『調整はアタシが』

 

 A.Tフィールドの同調による威力の強化。

 そして、過度に突入し過ぎない為の調整。

 第18使徒に接触した時点までが最高速で、それから30㎞程で減速出来る様にするのだ。

 現在、全高が凡そで35kmに成ろうかと言う第18使徒の巨躯。

 その9割を消し飛ばしてやろうと言うのだ。

 

「やろう」

 

『やるわよ』

 

 更に加速する2機のエヴァンゲリオン。

 第18使徒の直上に移動し、そのまま一気に逆落としにする。

 鏡写しの様な姿勢となるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 揃ったつま先の先には幾重にも重なったA.Tフィールドが展開される。

 

 圧縮空気による過熱。

 灼熱化したA.Tフィールド。

 プラズマを纏うが如きその姿。

 天から大地へと振り落とされる鉄槌。

 その様、正に太陽が落ちていく(ソーラー・フォール・ダウン)が如き威風を持っていた。

 

― 抵抗を赦さぬ ―

 

 第18使徒の迎撃。

 口からのレーザー兵装(プルトンビーム)が空を焼き、エヴァンゲリオンを打ち倒そうとする。

 直線軌道となっている2機のエヴァンゲリオン避ける術はない。

 そして誘導するアスカに避ける気はない。

 自分とシンジが同調し強化したA.Tフィールドに絶対の自信を持っているが故の事であった。

 慢心では無い。

 判るのだ。

 A.Tフィールドを深い所まで理解出来たアスカには、何となく、己のA.Tフィールドと他者 ―― 第18使徒のA.Tフィールドの強度差と言った事が。

 故に、絶対の自信をもって吶喊する。

 

 寸毫の間。

 そして衝突。

 

 果たして、結果はアスカの思った通りであった。

 シンジとアスカの同調し強化されたA.Tフィールドは第18使徒のレーザー兵装(プルトンビーム)を真っ向から蹴り飛ばしていた。

 四散する光線。

 否、光すらも消し飛ばし、その光塵をも巻き込み、流星の如く墜ちゆく2機のエヴァンゲリオン。

 

「キィエェェェェェ!!」

 

『フラァァァァァァ!!』

 

 シンジとアスカの咆哮が、A.Tフィールドを更に強化する。

 加速する。

 

― 赦さぬ ―

 

 第18使徒もまた、吠える。

 2対の腕と1対の翼を天に振り上げ、六芒星めいた形でA.Tフィールドを展開する。

 

― 赦されざる ―

 

 吠える第18使徒。

 笑いながら吼えるシンジとアスカ。

 

「ェェェェェェェ!」

 

『ァァァァァァァ!』

 

 激突。

 光芒。

 太陽が生まれた。

 

 4腕2翼双貌、そして上体と派手に吹き飛ぶ第18使徒。

 2機のエヴァンゲリオンの爪先がその体を削っていく。

 だが、第18使徒もそこで終わる事は無かった。

 10km程が削られた辺りで、吹き飛んだ体を一気に集約させる。

 焦点は勿論、2機のエヴァンゲリオンだ。

 

「あっ」

 

 見ていた誰もが声を漏らした。

 旧東京都域に展開していた国連極東軍(Far East-Aemy)部隊の将校は日記に、この様をエヴァンゲリオンが喰われたが如しと書き残していた。

 

 

 

 

 

 




 2024年
 新年、明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-8

+

 人類最強戦力との呼び声が誇張では無いと誰もが認めるNERVエヴァンゲリオン戦闘団第1小隊、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 それが、第18使徒との衝突に際して喰われたと言うのは大きな衝撃を世界に与えた。

 情報統制は出来なかった。

 余りにも巨大な第18使徒を追っていたマスコミが生中継していたからだ。

 本来であればNERVは国連の与えた特権 ―― 特務機関NERVに関する法案に基づいて、対使徒に於いては人心擾乱のリスクを避ける為、情報を統制する権限を有していた。

 だが、その権限を行使するNERV本部が、今現在、第18使徒に包まれているのだ。

 情報統制など出来る筈も無かった。

 

 阿鼻叫喚の様を呈した世界。

 或いは絶望。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の喪失と言う状況は、民間人だけではなく軍関係者にすら巨大な打撃を与えていた。

 只、NERV本部スタッフ及び第3新東京市での実戦経験を持った国連軍将校だけは別だった。

 使徒と言う存在の出鱈目さを知り、だが、その出鱈目な使徒を正面から叩き沈めて来た第1小隊(エースオブエース)を知っているのだ。

 喰われた程度で負けるようであれば、既に人類は負けている。

 そう思っていたのだ。

 情報の収集と反撃戦力の集積、第1小隊へと可能な限り出来る支援を積み上げようとする大人たち(チルドレンの戦友)

 だが、より直截的な反応をする人も居た。

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレーを良く知る者、即ち適格者(チルドレン)である。

 

 渚カヲルは何とも評し難い顔をしていた。

 それは、使徒に対する同情めいたモノであった。

 第18使徒の正体は判らないが、取り合えずは、()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()

 そういう感情であった。

 どうして第17使徒足る自分が人類に全面降伏したのか、知らないと言うのは幸せなのかもしれない。

 その様にも考えていた。

 

 対して綾波レイ。

 此方も、似た様な顔であった。

 とは言え思っている事は少し、違う。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機、共に喰うと言うのは悪手も良い所であり、あの2人に腹の内から暴れられるって最悪だろうと思っていたのだ。

 否。

 暴れると言う所でフト、1つの事に気付いた。

 何方かを喰うよりはマシかもしれない、と。

 シンジとアスカ、互いに自分を相手の保護者めいて考えているのだ。

 そんな2人を分断しては、保護するべき相手の為にと常以上の力を発揮するのは確実で、であればあの第18使徒とやらは酷い目にあうだろう。

 ならば、喰わなければどうであるかと言えば、その前の、あの無茶苦茶な攻撃(ソーラー・フォール・ダウン)を見れば、一方的にボコボコにされるだけであろう。

 小さく笑う綾波レイ。

 結局、あの使徒()、シンジとアスカの前に立ち塞がったのが運の尽きと言う事だろう。

 

『レイ?』

 

「何でもないわ」

 

 シンジとアスカ。

 あの2人が無茶苦茶をやって第18使徒を殴り倒して生還するまで世界を支えよう。

 そんな事を考えながら、綾波レイは薄っすらと笑うのであった。

 

 

 付き合いの永さから余裕のある2人に対して、信用してはいるが情緒面の幼さもあって心配を爆発させたのはマリ・イラストリアスであった。

 第2東京のジャパンNERV(NERV第2支部)にあって人類補完計画第2班(タスク2ユニット)管制任務(ホスト機)となっていたエヴァンゲリオン8号機から吼える。

 

「日向マコト! 同調戦闘(RAID-GIG)システムの稼働level、Stage2への移行許可!! アイツのA.T FieldをSplatter(バラバラ)にしたやる!!!」

 

 奔っている感情のまま、舌ったらずに日向マコトへと要請を行う。

 命令めいた強い口調。

 一瞬、マリ・イラストリアスが感情的に無茶をしようとしているのかと危惧し、抑制しようとした日向マコト(エヴァンゲリオン運用指揮官代行)であったが、通信画面越しに見たマリ・イラストリアスの目に知性の煌きを見て、否定の言葉を飲み込んだ。

 

『やれるのか?』

 

Yes(やる)!」

 

 断言。

 マリ・イラストリアスは、エヴァンゲリオン8号機を介して8機のエヴァンゲリオンと同調戦闘(RAID-GIG)システムで繋がり、率いて、エヴァンゲリオン4号機(綾波レイ)エヴァンゲリオン6号機(渚カヲル)が生み出している地球を動かすA.Tフィールドを調律し、安定化させているのだ。

 その能力を少しばかり流用し、第18使徒をA.Tフィールドでぶん殴ると言うのだ。

 第18使徒は、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の連携攻撃(ソーラー・フォール・ダウン)で大きくサイズを縮めたとは言え、それでも富士山を優に超える全高10Kmに達しようかと言う巨大さを持っていた。

 その巨躯は、恐らくはA.Tフィールドによるものだろう。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の攻撃で、砕かれた部分が光となって解けた所から、そう推測されていた。

 ()()()()()()

 マリ・イラストリアスは、第18使徒のA.Tフィールドに痛打を与える事で、2人を救い出そうと考えているのだった。

 

 血気に逸ったマリ・イラストリアスは、その理論的な部分を口にする事は出来なかった。

 だが、それでも意志は日向マコトに通じた。

 葛城ミサトの傍で適格者(チルドレン)を見て来たが故に、マリ・イラストリアスが外見同様の幼い意識では無い事を理解していた。

 言葉にする事は下手ではあるが、それでも、事、戦闘に関しては信用に足る判断力を持つ事を理解し、胆力もある事を認めていた。

 それは、日向マコトの独断では無い。

 葛城ミサトを筆頭としたNERV本部作戦局の総意、評価であった。

 だからこそ大役、第2班(タスク2ユニット)指揮官役(ホスト機任務)が任されていたのだ。

 状況は流動的であり、状況の危機的度合は加速度的に悪化していく。

 だからこそ、日向マコトは即断した。

 

『ゴー!!』

 

「任された!!」

 

 日本語の訛はあれど、歯切れの良い日向マコトの言葉(許可)に、莞爾と笑うマリ・イラストリアス。

 そして即座に動く。

 エヴァンゲリオン8号機が、第2班(タスク2ユニット)の8機のエヴァンゲリオンがA.Tフィールドの大槌で第18使徒に殴り掛かった。

 

 

 地球を動かす程のA.Tフィールドが長野の地に、エヴァンゲリオン8号機の直上に集約する。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 喉を振るわせるマリ・イラストリアス。

 その意思を受けたエヴァンゲリオン8号機が両手を掲げ、同調戦闘(RAID-GIG)システムによって同調した7機のエヴァンゲリオンが支える。

 

 A.Tフィールドの集束。

 目を焼かんばかりの輝き。

 大気が轟々と吼える。

 

 生み出されたのは輝く、槍の様な長方形めいたナニか。

 ソレをマリ・イラストリアスは第18使徒へと放つ。

 

Fuck off(ぶっ飛べ)!」

 

 アメリカンな罵声(four-letter word)と共に放たれたソレは、正にA.Tフィールドの収束砲であった。

 轟音。

 音速を優に超えて放たれたソレは、数秒で第18使徒に着弾し、その上半身を消し飛ばす。

 強烈無比な1撃。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機による1撃に、勝るとも劣らない威力だ。

 だが、結果は同じであった。

 痛打に至らない。

 第18使徒はエヴァンゲリオン8号機の攻撃によって砕け散った体の中から、1周り小さな体を表す。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機が解放された気配も無い。

 舌打ちするマリ・イラストリアス。

 更なる攻撃を行おうと決意した時、又、第18使徒も動く。

 反撃だ。

 

― 神たる我に逆らう愚か者よ ―

 

 4本の腕、それぞれがエヴァンゲリオン8号機と同じように光を掴む。

 

― 罪には罰を、神罰をその身に刻め ―

 

 吠えた。

 そして4発の光弾を放つ。

 エヴァンゲリオン8号機のソレと同等めいた速度、轟音、風さえも粉砕して第2東京に迫ったソレ。

 着弾すればエヴァンゲリオン8号機と周辺とを焼き尽くさんばかりの力が込められた光弾は、A.Tフィールドを圧縮する事によって生成された反物質弾だった。

 凶悪無比な一撃(神話めいた情景)

 神を名乗るのに相応しい第18使徒の攻撃であった。

 だが、使徒(神の御使い)と戦う事を定めとして生み出されたのがマリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機なのだ。

 その程度の事で折れる程に弱く無かった。

 

「Aaaaaaa!!!」

 

 まだ幼子めいた外見通りの、甲高い咆哮。

 だがその意思を受けたエヴァンゲリオン8号機が野太く吼える。

 

-オォォォォォォォォォォッ!!-

 

 エヴァンゲリオン初号機ともエヴァンゲリオン弐号機とも違う咆哮。

 開き切った顎が、反物質光弾の着弾の瞬間に閉じた。

 そして、()()()

 吸い込むように反物質光弾を吸い込み、かみ砕いたのだ。

 口元から光る砂の如きがかぜ撒いて散っていく。

 自慢げに笑みを浮かべるマリ・イラストリアス。

 

 規格外の光景に誰もが目を瞠った。

 綾波レイすらも瞠目していた。

 だが第18使徒だけは、マリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機が為した力技の所以を見抜いた。

 嗤う。

 

― そを人の力、群体の力と言うか ―

 

 第18使徒の、光にぼやけた体が分裂する。

 浮遊する第18使徒めいた、或いはエヴァンゲリオンめいた巨人。

 その数、実に9体。

 反撃だ。

 

― 群れには群れを充てるとしよう ―

 

 狙ったのは世界中に散った第2班(タスク2ユニット)9()機のエヴァンゲリオンだ。

 エヴァンゲリオン8号機が見せた力。

 規格外のA.Tフィールド。

 それは同調戦闘(RAID-GIG)システムによって直結された8機のエヴァンゲリオンが調律したA.Tフィールドであり、南極の渚カヲルとエヴァンゲリオン6号機が生み出し、綾波レイとエヴァンゲリオン4号機が増幅している(A.Tフィールド)であった。

 だからこそ、第18使徒は応撃せんが為、9つの分体を生み出したのだ。

 エヴァンゲリオン8号機を頂点(ホスト機)とした8機のエヴァンゲリオン。

 そして支援機 ―― 一部人間の暴走によって攻撃を受けた第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機とディピカ・チャウデゥリーを支える為に急遽投入された相田ケンスケが駆る第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン3号機だ。

 空挺投入された相田ケンスケは、怯えていたディピカ・チャウデゥリーを宥め賺し、そして同時に第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン3号機を盾として第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機を守っていたのだ。

 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン4号機の投入から少しの時間で、現地国連アラビア方面軍第1特別部隊の発砲(ヒステリー)は収まっていた。

 状況を把握した現場指揮官が、練達の下士官(ベテラン)に殴らせてでも鎮圧させたのだ。

 尚、謝罪だの何だのと言う話もあったが、今で行うのは悠長過ぎるとして、全ては(第18使徒対処)が終わってからとされていた。

 兎も角。

 現場指揮官 ―― 部隊長からの詫びの通信が入ったが、それ所では無いと早々に通話を終わらせ、油断なく周辺を見ている相田ケンスケ。

 使徒が何をするか判らぬ、トンでも無い相手だとよく理解しての事だった。

 割と古典的な趣味者(ヲタク)として、ミリタリーは勿論ながらもSFとかも履修していたが為、使徒が物理法則を無視し、或いは距離を無視して出現(量子テレポーテーション)する危険性までも考えていたのだ。

 自分を守ってくれた相手の真剣な、油断の無い歴戦の戦士めいた横顔をディピカ・チャウデゥリーは見とれた様になっていた。

 

What's happen(どうなると思う)?』

 

Don't know(判らないよ)

 

 判らないが禄でもない事だろう。

 そんな推測を口の中で殺した相田ケンスケ。

 その想像が正しく実現する。

 

― 疾く消えよ ―

 

 第18使徒の言葉。

 その響きが消えるよりも先に、第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン3号機と4号機の直上に、羽の生えたエヴァンゲリオンめいたナニカが出現する。

 不確定なのはナニカの全身が薄く輝いており、その輪郭が明確となっていないからである。

 それも1体や2体では無く複数、ざっと数えて10を超える数が出現したのだ。

 

Wow(えっ)!?』

 

 

 使徒の様な何かが出現したのは中東だけでは無かった。

 マリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機が居る第2新東京を筆頭とした、世界中の第2班(タスク2ユニット)のエヴァンゲリオンの所へと現れていた。

 特にエヴァンゲリオン8号機の周囲には、10や20では済まない数の使徒/エヴァンゲリオン擬きが現れていた。

 第18使徒が脅威と認めての事、と言えた。

 だが、まだ見積もりが甘かった。

 

「日向マコト! 獣化第2段階、同調戦闘(RAID-GIG)System戦闘Mode使用許可!!」

 

 油断なく周囲を確認しながら吼えるマリ・イラストリアス。

 最早、エヴァンゲリオン以外の手段で変わるとは思えぬ程の状況 ―― 状況の危険さを理解する日向マコトは即答する。

 

Go for broke(やってしまえ)!』

 

 同調戦闘(RAID-GIG)システムは、その全容が明らかとなっている訳では無い為、使用すれば適格者(チルドレン)にどの様な影響が出るか不確定であった。

 この為、戦闘投入はNERV本部基幹人員(第1級機密資格保持者)による承認を必要としていた。

 NERV本部№4(序列4位)たる赤木リツコ以上を意味し、そしてその全員がNERV本部に居たのだ。

 現在、第18使徒と思しき存在の腹の中である。

 日向マコトの即答、決断は越権行為であった。

 だが、迷いは無かった。

 叱責されたり軍法会議などに掛けられる未来があったとしても、その未来に今が繋がる為には適格者(チルドレン)掛ける(全BET)必要があると信じたのだ。

 

Roger(任せて)同調戦闘(RAID-GIG)System、Chord4(全力稼働)Action(起動)!!」

 

 実戦で、初めて使われる事となった同調戦闘(RAID-GIG)システム。

 元よりBモジュールを介した戦闘に自負のあったマリ・イラストリアスは日向マコトの信頼を受け、爛々と瞳を輝かせて吠える。

 エヴァンゲリオン8号機も吼えた。

 そして、世界中に散らばった第2班(タスク2ユニット)9機のエヴァンゲリオンが、吼えた(ハウリング)

 

 そこからの闘いは、正に死闘であった。

 数で圧そうとする使徒擬きを、9機のエヴァンゲリオンは真っ向から粉砕していた。

 その様は獣染みており、正に暴力の権化であった。

 だがそれは個の力では無い。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムによって繋がった9人の適格者(チルドレン)と9機のエヴァンゲリオン、そしてジャパンNERV(NERV第2支部)のMAGI2号あればこそであった。

 MAGIと9人の頭脳が繋がり、背中すら誰かが見て、得意な誰かの動きを再現する。

 世界中に散らばっていても独りでは無いのだ。

 正に全にして個。

 個にして全であった。

 第18使徒がαにしてω(全にして一)を自称する個であるのと、実に対称的であった。

 

 

 だが第18使徒も又、普通では無い。

 どこかのエヴァンゲリオンが1体の使徒/エヴァンゲリオン擬きを滅ぼせば、どこかで2体が生まれていた。

 人理を越えた、神話めいた闘い。

 恐ろしい迄の消耗戦(削りあい)でもあった。

 100体の使徒/エヴァンゲリオン擬きが消し飛ばされ、200体の使徒/エヴァンゲリオン擬きが生まれても、全ての意志が戦闘に塗りつぶされていたマリ・イラストリアスと8人の適格者(チルドレン)は迷わなかった。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムで繋がっている9人だけでは無いからだ。

 使徒/エヴァンゲリオン擬きを産みだす第18使徒の強大なA.Tフィールドに、真っ向から拮抗しうるA.Tフィールドを作り出している南極のエヴァンゲリオン6号機(渚カヲル)エヴァンゲリオン4号機(綾波レイ)が居るのだから。

 否。

 力の問題では無い。

 A.Tフィールドを介して、渚カヲルと綾波レイが衷心より自分たちを案じてくれているのが判るからだ。

 それは大いなる愛とも言えた。

 それ故に、寸毫とて心の休む間もない中にあって尚、9人は折れる事無く戦い続けられたのだ。

 

 だが、第18使徒は違った。

 絶望せず、慌てる事も無く、機械的に己の分体(使徒/エヴァンゲリオン擬き)が消し飛ばされている現状に怒りを覚えたのだ。

 超越者たる己(αにしてω)に弑逆する事が赦せなかったのだ。

 

― その力は南極より生まれしか ―

 

 第18使徒は4本の腕を組み、遥か南極を睥睨する。

 

― 神に逆らう愚か者よ、距離が神罰から免れる事を許すと思う事なかれ ―

 

 閃光。

 南極の空に湧き出る使徒/エヴァンゲリオン擬き。

 その数は10を超え、100を超え、1000を超えていた。

 第18使徒は神を自称するだけの傲慢な意識を持っていた。

 だが同時に慢心する事は無かった。

 南極に居るのは、己に拮抗しうるA.Tフィールドを作り出した相手であると正しく理解していた。

 

― 消え去れ ―

 

 だが、それでも尚、甘かった。

 

 

 空を埋め尽くさんばかりの使徒/エヴァンゲリオン擬きを見て、綾波レイは目を細めた。

 深呼吸。

 そして一たび目を瞑り、開く。

 赤い瞳が常ならざる輝きを魅せる。

 尤も、それを見ているのは渚カヲルだけであったが。

 

『Lilith、宜しく頼むよ』

 

 何時もの余裕たっぷりの顔、では無く、少しだけ辛そうな顔で、綾波レイをリリスと呼ぶ渚カヲル。

 それも当然であった。

 渚カヲルは今現在、エヴァンゲリオン6号機の力を借りている(で増幅している)とは言え、事実上、1人でA.Tフィールドを生み出しているのだ。

 現在、綾波レイとエヴァンゲリオン4号機は調整だけを担っていたのだ。

 シンジ(エヴァンゲリオン初号機)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)が居ないが為、2人(2機のエヴァンゲリオン)ではバランスが悪かった為であった。

 とは言え、負担は果てしなく大きかった。

 地球を安定させると同時に、第18使徒と戦う事にもA.Tフィールドを使われているからである。

 

 綾波レイは、何時もであれば訂正を口にした呼び名(Lilith)を受け入れる。

 作り物めいた貌で言葉を紡ぐ。

 それは、ある意味で超越者の姿であった。

 

「暫し耐えなさい」

 

『りょーかい』

 

 そしてLilith(綾波レイ)は宣言する。

 

― 従え ―(「従え」)

 

 それは神言めいて世界に響いた。

 水面に落ちた波紋の様に広がった。

 世界は変わる。

 世界中に在った使徒/エヴァンゲリオン擬き、その半数が光と共に弾け、2頭4腕2翼と言う第18使徒に似た使徒/エヴァンゲリオン擬きの姿から、1頭2腕4翼のエヴァンゲリオンによく似た姿へと変貌したのだ。

 

私は私(Lilithはワタシ)。Lilithを喰らっても貴方は私では無い」

 

 人としての意識の下で眠っていたLilithとしての(権能)を綾波レイは行使する。

 それは第18使徒が行使していたω(Lilith)の力を封じるモノであった。

 人類の側にあった鬼札が場に放り込まれたのだ。

 南極の空にあってエヴァンゲリオン4号機が、その背から10枚の赤い光翼を生やし、Lilithの僕が集う。

 それは終末の光景めいていた。

 光の柱が幾つも昇る。

 使徒/エヴァンゲリオン擬きとLilithの僕が戦闘を開始したのだ。

 

 状況は更なる加速を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-9

+

 第18使徒に喰われる形となったエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 その喰われた先、そこは全てが白かった。

 何も見えない。

 白い闇(ホワイトアウト)

 視界は0mであり空も地も判らぬ状況(バーティゴ)だ。

 だが、エヴァンゲリオン弐号機の惣流アスカ・ラングレーから見れば違っていた。

 戦意過多と言えるが為、自分達は()1()8()使()()()()()()()()()()()

 巨体を誇る第18使徒であるが、であればこそ内側からの攻撃が有効になるだろう。

 内側から食い破る。

 そういう意気であった。

 

「シンジ! A.Tフィールドを!!」

 

 声を張り上げるアスカ。

 四方八方から迫る第18使徒のA.Tフィールドを正面から殴りつけ、中和してやろうというのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機だけでは無理だろう。

 だが、エヴァンゲリオン初号機と一緒であれば、2機のA.Tフィールドをもってすれば不可能は無い。

 そう考えていたのだ。

 だが、その想定がひっくり返された。

 

「えっ……」

 

 思わず、己の手を見たアスカ。

 エヴァンゲリオン弐号機と手をしっかりと握り合っていた筈のエヴァンゲリオン初号機が、まるで手品の様に消えたのだ。

 手を離した訳では無い。

 フッと消えたのだ。

 

「シンジ!?」

 

 慌ててレーダーを確認する。

 反応が無い(シグナル・ロスト)

 

()()()()()()()()()!!」

 

 罵るアスカ。

 とは言え、罵っている相手は言葉と違いシンジでは無い。

 シンジがミスをしたと思っている訳でもない。

 直感したのだ。

 第18使徒にさらわれたのだと。

 

「アンタはお姫様かっつーのぉ!!」

 

 周囲の白い闇を吹き飛ばさんとばかりに、エヴァンゲリオン弐号機の手を振るい、乱暴にA.Tフィールドを放つ。

 閃光。

 白い闇よりも輝くナニカが、アスカの視野を埋め尽くした。

 

『おわっ!?』

 

 誰かの悲鳴を無線が拾った。

 エヴァンゲリオン専用回線、誰であるのかとかアスカが確認するよりも先にスイッチが切り替わった様な感触が襲ってくる。

 それは、言わば目を閉じて開く、そんなコンマの隙間。

 それで視野が開けた。

 アスカの目の前に飛び込んで来たのは茶色 ―― 大地であった。

 流石のアスカも顔が引きつる。

 エヴァンゲリオン弐号機は頭っから真っすぐに地面に突っ込もうとしていたのだ。

 それも全速力でだ。

 

「くぉっのぉっ!!!!」

 

 360度、自在に回転出来るFⅡ型装備(F型ステージⅡ)の推進ユニットを逆転させ、一気に急減速を掛ける。

 視野一杯に広がる地面。

 呆れる程のG。

 振動。

 悲鳴など漏らすモノかと歯を食いしばり、エヴァンゲリオン弐号機を操るアスカ。

 その甲斐あって間一髪、エヴァンゲリオン弐号機はギリギリの所で地面に突き刺さるのを免れる。

 噴射されている、物質化されたA.Tフィールドによって大地を荒らしながら浮かぶエヴァンゲリオン弐号機

 

「どこよここ」

 

 第3新東京市まで降りたかと周囲を警戒しつつ、目の端で急いで高度計を確認する。

 表示は、地下(-752m)であった。

 慌てて周りを見れば見慣れた場所、NERV本部地下空間(ジオフロント)だ。

 

「ハァ!?」

 

 正に異常事態。

 何が起こったのか、第3新東京市の地表部分を自分とエヴァンゲリオン弐号機はどうやって抜けて来たのか。

 判らない事だらけであった。

 木が、草原が吹き飛ばされたジオフロントの地表に、ゆっくりと着地するエヴァンゲリオン弐号機。

 敵は、状況は、素早く周囲を索敵するアスカ。

 と、その動きを支える様に敵味方識別装置が自己主張した。

 少し離れた場所で、エヴァンゲリオンが居る事を示したのだ。

 表記(クレジット)されたのはエヴァンゲリオン103、人類補完計画第1班(タスク1ユニット)の3号機を意味する。

 エヴァンゲリオン3号機だ。

 

「鈴原っ!?」

 

 その視線の先で、エヴァンゲリオン3号機が白い人型(ナニカ)と戦っている。

 アスカが知る由も無いが、世界中で発生している使徒/エヴァンゲリオン擬きだ。

 エヴァンゲリオン3号機は複数の使徒/エヴァンゲリオン擬きに囲まれながら戦っており、格闘戦となっているが、その戦いぶりには不安定さは無い。

 阿修羅めいていた。

 比喩では無く言葉通りの意味だ。

 装備しているのは外装が傷つき、歪み、失われ、殆ど残骸と化しているH型装備であったが支援腕(サブアーム)隠し腕(コンバットアーム)の2対4本の腕は健在であり、鈴原トウジはエヴァンゲリオン3号機の自前と併せて6つの腕にそれぞれにEW-11(プログレッシブナイフ)EW-11D(プログレッシブグラディウス)EW-302(ベイル)

 或いは残骸となっているEW-26(ポジトロンライフル)を鈍器の様に巧みに操って戦っているのだ。

 

 通信が繋がる。

 エヴァンゲリオン間専用の光学(レーザー)通信システムが通ったのだ。

 

『おぉ、惣流か!』

 

 目元に刻まれた隈や脂汗 ―― 疲労が浮かんでいても戦意の途切れていない顔で、油断なくて使徒/エヴァンゲリオン擬きを睨みつけながら戦っている鈴原トウジ。

 良い顔だと褒めるアスカ。

 

『そういうのはセンセ(旦那)にだけゆっとれ』

 

「ヒカリから言われたい?」

 

『じゃかましいわい!!』

 

 一寸した雑談(コミュニケーション)

 戦闘への意識を弛緩させるのではなく、途切らせぬ為の息継ぎめいた会話。

 それで鈴原トウジの顔の疲労は少しだけ軽くなる。

 対してアスカは、己の戦闘への意欲を集中させる。

 

 疾駆するエヴァンゲリオン弐号機。

 飛ばない。

 使徒/エヴァンゲリオン擬きによる迎撃 ―― 射撃を警戒しての事だった。

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)によって空を自由に飛べる様に見えるが、慣性や航空力学その他、そうそうに自由と言う訳では無いからだ。

 

「支援に入るわ!」

 

 FⅡ型装備(F型ステージⅡ)の後方に搭載されていた2本のEW-17(スマッシュトマホーク)を両手に装備する。

 奔る。

 奔る。

 奔る。

 4歩目には最高速に達したエヴァンゲリオン弐号機が、右手で持っていたEW-17(スマッシュトマホーク)をぶん投げる。

 回転し、豪々と風すらも砕き斬って飛ぶEW-17(スマッシュトマホーク)

 その切っ先が見事に使徒/エヴァンゲリオン擬きの頭部を叩き斬る。

 否。

 潰す。

 その勢いは、使徒/エヴァンゲリオン擬きの上半身までも真っ二つにした。

 

『無茶苦茶やな!?』

 

「それがアタシだっつーの! って!?」

 

 自慢げ(ドヤ顔)めいたアスカの顔が凍る。

 EW-17(スマッシュトマホーク)で叩き斬られた使徒/エヴァンゲリオン擬きが光の粒子となって消えていくからだ。

 

「無茶苦茶ね!?」

 

『使徒やぞ!!』

 

「そりゃそう…だっ!!」

 

 戦闘開始(エンゲージ)

 駆けつけ一杯の勢いで、踏み込みと共にEW-17(スマッシュトマホーク)を振るい、使徒/エヴァンゲリオン擬きを上下で胴体泣き別れにする。

 

Erst(1つ目)

 

 蹂躙者の笑い。

 それは正に暴力の化身(エースオブエース)、その片割れに相応しい姿であった。

 

 

 

 容赦呵責の無い戦闘を見せる赤いエヴァンゲリオン弐号機の姿は、周囲が炎上している事も相まって正に地獄の赤鬼めいていた。

 対するエヴァンゲリオン3号機は、色も相まって言うなら幽鬼と言った所であろうか。

 だが幽鬼は幽鬼であっても、オーディンの宮殿(ヴァルハラ)に集う死せる戦士(エインヘリャル)である。

 エヴァンゲリオン初号機程に豪胆では無い。

 エヴァンゲリオン弐号機程に華麗では無い。

 エヴァンゲリオン4号機程に冷徹では無い。

 だが、冷静に、落ち着いて戦うエヴァンゲリオン3号機の姿は、歴戦の言葉に恥じぬモノであった。

 エヴァンゲリオン3号機と鈴原トウジも又、選ばれし適格者(1st.チルドレン)であるのだ。

 

 寸毫の時間で、使徒/エヴァンゲリオン擬きをせん滅したエヴァンゲリオン弐号機とエヴァンゲリオン3号機。

 光となって消えていく使徒/エヴァンゲリオン擬きを意識の外から追い出し、アスカは現状を鈴原トウジに問う。

 

「で、状況は?」

 

 だが先に、鈴原トウジが声を上げる。

 

『ワシより適任がおる。通信をミサトさん繋いだから___ 』

 

「ミサト、無事なの?」

 

 問い掛けへの返事は当人であった。

 

『アスカっ、無事なのっ!』

 

 通信機越しに見える葛城ミサト、その姿は痛々しいモノであった。

 顔の半分を、血の滲んだ包帯で多い、服も何処其処が破れ、或いは煤めいた汚れが付着していた。

 だが精気に溢れていた。

 チーク替わりの硝煙、半乾きとなった血でひかれたルージュが葛城ミサトに、凄惨と言う言葉の伴った美しさをも与えていた。

 アスカをしてハッとする匂いを感じさせている。

 だが、何よりも力強いのは目であった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 正に葛城ミサト(使徒ブッコロスウーマン)であった。

 

「コッチは無事。ミサトは酷いみたいだけど」

 

『唾つけとけば治るわよ、この程度。それよりシンジ君は?』

 

「また使徒に捕まったみたい」

 

 その一言で色々と察した葛城ミサトは苦笑する様に顔をゆがめた。

 否、葛城ミサトだけでは無い。

 画面越しに見える第一発令所の人達も苦笑いを浮かべていた。

 何時もの様に頭に指先を充てている冬月コウゾウ。

 青葉シゲルはグチャグチャに歪んだライフル(89式5.56mm小銃)を鈍器の様に銃口側を両手で握りながら、器用に肩を竦めていた。

 伊吹マヤはノートパソコンを抱えながら仕方がないなと笑っていた。

 誰も心配はしていない。

 使徒が何をするかなんてわからないが、シンジであれば戦う。

 戦って勝つと信じているのだ。

 

『まるでお姫様ね。結構。それでアスカ、状態(コンディション)は?』

 

All Green(異常なし)、よ。兵装は寂しい状態だけど」

 

 以心伝心と言わんばかりに、エヴァンゲリオン弐号機の状況を報告するアスカ。

 エントリープラグ内に表示されているエヴァンゲリオン弐号機の状態表示パネルは全て良好(Blue Collar)となっている。

 問題は、言葉通りに兵装類であった。

 エヴァンゲリオン弐号機が装備しているFⅡ型装備(F型ステージⅡ)α型はある種の突貫作業で作り上げられていたが為に基幹となる飛行機能こそ十分であったが、兵器として完成しているとは言えなかった。

 空気抵抗や重量バランスなどの問題から、兵装の搭載が満足に行えないでいた。

 結果、現時点でエヴァンゲリオン弐号機が携行しているのは、内蔵兵装を除けば近接装備のEW-17(スマッシュトマホーク)が2本だけと言う有様であった。

 遠近の両方に対応可能なアスカにとっては不十分というのが本音と言えるだろう。

 A.Tフィールドを攻撃的に、そして遠距離に投射可能なアスカであったが、使い勝手の良いEW-22(パレットガン)系の標準的火器を欲する気持ちがあった。

 

「でも、リンクは出来ないの?」

 

 通常、第3新東京市で運用されるエヴァンゲリオンは有線接続が無くとも自動的に専用の無線回線が接続される様になっている。

 MAGIによって管理されている第3新東京市の情報や推測される(使徒)情報、或いはエヴァンゲリオンの状態情報が共有される様になっているのだ。

 だが今、エヴァンゲリオン弐号機は接続途絶状態になっていた。

 

『システムの4割が喰われててね、チョッち、無理なのよコレが』

 

 笑えない状況を、朗らかに言う葛城ミサト。

 有り体にいって状況は危機的であった。

 怪我を負っているのは葛城ミサトだけではなく、画面に映っている誰もが大なり小なりの怪我をしていた。

 エヴァンゲリオン8号機とエヴァンゲリオン3号機との同調戦闘(RAID-GIG)システムによる通信が行えた時より、この第18使徒の内側では3時間以上の時間が経過しており、その間、断続的に戦闘が続いていたのだから。

 そして押し寄せ続けるナニカとの闘いは、人類側が押し込まれる結果となっていた。

 通常の銃器で倒せる相手ではあったが、数が多すぎたのだ。

 それでも人類は奮戦した。

 弾薬が尽きるまで戦い、弾薬が消えれば白兵戦でもって戦っていた。

 後1度か2度、大規模な攻撃を受ければ全滅しかねない。

 そんな状況になる迄、抵抗していたのだ。

 にも拘らず葛城ミサトが笑っているのは、戦意故だけでは無かった。

 報われたからだ。

 己の、NERVスタッフの、この場に居る全員の闘い、献身が報われたからだ。

 

『ンな事よりアスカ、有難う。ここ(第一発令所)とケイジが落とされる前に間に合ってくれて。リツコ、説明をお願い__ 』

 

 軽いノイズ音と共に、通信回線が切り替わる。

 但し、此方は画像が無い。

 黒い画面(No Signal)越しに、何時も通りの声色で赤木リツコが言葉を発する。

 

『聞こえているわねアスカ。Eva弐号機用のとっておき、突貫工事で完成させたわ』

 

「え?」

 

『詳しい話をしている暇は無いから手短に言うわ』

 

 そう前置きして行われた赤木リツコの説明。

 ソレはエヴァンゲリオン弐号機専用の新装備であった。

 武器、EW-18(スピアー・オブ・カシウス)

 南極で発見された対使徒決戦存在たるロンギヌスの槍を解析し、再現し、そして生み出したエヴァンゲリオン用の大型決戦兵装であった。

 A.Tフィールドによって自在に形を変えられる装備。

 EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)と対となる武器として開発が進められていた。

 だがA.Tフィールドの使い方が斬る事(刃を作り出す事)に特化したEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)に比べ、自在に形を変えると言う特性故に開発が難航し、その上に人類補完計画に人員が奪われていた為、開発が遅れていたのだ。

 それを、突貫工事で赤木リツコとNERV本部技術開発局の人間で仕上げたのだ。

 強度その他、試験もしていないが為にどこまで使えるかは不明瞭である。

 だがそれでも、この危機的状況を切り抜ける一助になれるだろう。

 なって欲しい。

 それが赤木リツコら、製造に携わったスタッフの総意であった。

 

「了解。後はコッチでやってみる」

 

『ありがとう。正直、これ以上はもう無理ね。全てはアスカに任せるわ』

 

 時々、銃声などによって聞き取り辛い所もあったが、概ねはアスカは理解した。

 どれ程の努力を重ね危険を圧して最後の希望たるEW-18(スピアー・オブ・カシウス)を赤木リツコらが作り上げたのか、理解した。

 アスカの心が奮い立つ。

 

「任されたわ」

 

 短い言葉。

 だがそこには強い意志が込められていた。

 

『派手にやって頂戴。ルート7Bで射出するから、後は任せたわ』

 

「了解!」

 

 アスカの言葉に呼応する様に、NERV本部施設からやや離れた場所にあるジオフロント内戦闘用のエヴァンゲリオン射出口が炸薬によって吹き飛ぶ。

 警告灯(ランプ)が光り、警報音が鳴る。

 そして、EW-18(スピアー・オブ・カシウス)が射出されてくる。

 使徒/エヴァンゲリオン擬き等に邪魔されぬ様にと勢いよく出されたソレを、苦も無く回収したエヴァンゲリオン弐号機。

 

 エヴァンゲリオンの身長サイズはあろうかと言う黒い、棒の様な、槍めいたモノ。

 それがEW-18(スピアー・オブ・カシウス)であった。

 

意思を持って命令しろ(A.Tフィールドを喰わせる)、ね」

 

 武器となれ。

 その意思を受け、EW-18(スピアー・オブ・カシウス)は姿を変える。

 変容(モーフィング)

 ものの数秒で完成する。

 

『ものゴッツい武器やのう』

 

 呆れた様な声を漏らす鈴原トウジ。

 変容したEW-18(スピアー・オブ・カシウス)は正に両刃の凶器であった。

 死神の大鎌の様な刃と、全てを断ち切る様な戦斧の如き刃を両側に備えているのだ。

 実にエヴァンゲリオン弐号機に似合いの武器であった。

 

『アスカ、聞こえてる!? 恐らく第18使徒の本体は地下、ターミナルドグマと推測されるわ。シンジ君も恐らくはそこね。物資の搬入路だったメインシャフトの最終装甲板、第一発令所を退避する際に爆破するから。突入、お願いよ』

 

「了解。じゃ、シンジを助けて、ついでに世界を守りにいってくるわ。ミサトも気を付けて退避してて」

 

『アリガト。じゃ武運を祈ってるわ、惣流アスカ・ラングレー大尉』

 

「感謝します、葛城ミサト大佐」

 

 敬礼。

 答礼。

 同時に破顔する2人。

 笑いながら通信が切れる。

 

 そして爆発。

 ピラミッドめいていた蒼いNERV本部地下中央建物が吹き飛び、巨大な穴が顔を出す。

 

 電源が失われ真っ暗となった縦穴は、地獄へと続くと言われても納得しそうな雰囲気があった。

 だが、アスカは一切の躊躇なく、エヴァンゲリオン弐号機を躍らせる。

 

Eintrag(吶喊)!」

 

 エヴァンゲリオン弐号機、進軍を開始する。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-10

+

 エヴァンゲリオン弐号機と引き離されたエヴァンゲリオン初号機。

 その中にあって碇シンジは、己を呼ぶ何かを感じていた。

 

― ……… ―

 

 声、では無い。

 ナニカ。

 としか言いようのないナニカだ。

 

 視野は全てが白く塗りつぶされ、己が機体すらも胸元あたりまでしか見えない。

 通信も途絶している。

 だが、機体の状況に異常はない。

 センサー群の報告は勿論、エヴァンゲリオン初号機と繋がっている己の感覚でも、異常は無い事は判っている。

 その上で、ナニカの呼び声である。

 又、機体の慣性センサーが下方向へとエヴァンゲリオン初号機が動いている事をしめしているのだ。

 故に、シンジは焦る事は無かった。 

 かつての第12使徒に取り込まれた様に、封印されている訳では無いのだから。

 ナニカ、恐らくは第18使徒が仕掛けてきているのは判っている。

 であれば顔を突き合わせた時に、確実に屠れば良い。

 その為の武器 ―― EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)も確認してあるのだ。

 A.Tフィールドを込めて振るえば空すらも斬る刀だ。

 であれば恐れるモノは何も無い。

 

 そばに居た惣流アスカ・ラングレーが奪われた事が、唯一の不安であった。

 無茶をしないか、と言う点である。

 赤い髪の少女。

 その髪、プラグスーツ、赤い色を羽織った相方(恋人)は、その色に相応しい激情屋の部分を秘めており、焔の様に燃え上がる所があるのだ。

 今、エヴァンゲリオン初号機が装備するFⅡ型装備(F型ステージⅡ)の大本となった過負荷運転(オーバードライブ)を最初にやった(無茶した)のもアスカなのだから。

 死力を尽くし、(アスカ)自身も燃やし尽くすまで前に向かって疾駆する所があるのだ。

 心配をするのも当然であった。

 

 アスカを想い、自然と籠った腕の力を抜く。

 深呼吸(チャドー・ブリージング)

 ゆっくりと、深く行う。

 俯き、薄目として口を一文字にし、或いは微笑んでも見える顔で()を待つシンジ。

 明鏡止水。

 無駄な力を抜き、あらゆる状況に対応できる準備をするのだ。

 

 暫しの時間。

 光が白い闇を切り裂いた。

 視野が開ける。

 明るく、そして暗い場所。

 

「っ」

 

 その中央に立つ、赤く巨大な十字架めいたナニカ。

 シンジが知る由も無いが、この場所の名はターミナルドグマ。

 リリスが封印されている場所であった。

 

ここはどけな(何処、ここは)?」

 

 シンジの疑問。

 それに応えるかのように、天井より降って来る白いナニカ。

 全身が白い。

 胸の中央部、乳房めいたもののある雌体と筋肉質的な雄体の真ん中に黒い点が見えた。

 だが、シンジの意識は集中しない。

 少し後ろ側に重心を寄せる心持ちで全身を見る。

 1つの体に男女めいて見える2つの頭、4つの腕。

 そして背中から生えた2つの翼 ―― 否、更なる翼が開いた。

 4対8翼となる。

 それこそが第18使徒であった。

 

おはんな、よっびゃったとぁ(お前が僕を呼んだのか)

 

 油断なく睨むシンジ。

 既にEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)は、流れる様な仕草で搭載していたFⅡ型装備(F型ステージⅡ)から抜かれている。

 

― ………エヴァンゲリオン初号機 ―

 

 盛大にL.C.Lの水しぶきを上げ、着地する第18使徒。

 2つの頭がエヴァンゲリオン初号機を見る。

 シンジを見る。

 

― 何故、ここにいる。ここは()の座ぞ ―

 

 困惑した様な響き。

 

― 消えよ ―

 

 腕を振るってくる。

 右の2本の腕、その先にA.Tフィールドが乗って赤い旋風となる。

 水を砕き、空を切る。

 だがそれを馬鹿正直にシンジは受けない。

 剛腕一閃。

 同じタイミングで攻撃を行う。

 斬撃。

 A.Tフィールドを乗せたEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)だ。

 閃光。

 そして爆発。

 空を断つ1撃は、第18使徒の攻撃を相殺する。

 

― 伏して神へ恭順せよ ―

 

 第18使徒、であればとばかりに今度は左腕を振るう。

 生み出されるのは赤いA.Tフィールドの塊、斬るではなく質量攻撃めいた攻撃だ。

 巨大な、エヴァンゲリオンにも匹敵するサイズの塊が迫る。

 破烈の一撃。

 

 だがシンジは、南無阿弥陀仏と戯れを口にしながら笑う。

 

聞くっか(聞けないよ)おいげぇは浄土真宗じゃっが(ウチは浄土真宗だよ)

 

 シンジが信徒と言う訳では無い。

 そもそもシンジは、寺に行った数よりも正月辺りで神社に行った回数の方が多い。

 否、下手をすれば教会の方が多い。

 碇アンジェリカに日曜礼拝に誘われて通っていたのだ。

 浄土真宗の門徒としてシンジが()()()()をするのは、顔も知らぬ曾祖父の、或いは親族の法事で鹿児島市の寺へ行く程度であった。

 

 兎も角。

 郷中教育の躾によって、シンジは闘いとなれば肚を決める。

 意識を切り替え、己を一振りの刀とするのだ。

 人としての情(八徳)を捨て、神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬る。

 であれば、神を自称する使徒如きに刀の切っ先が鈍る事などありえなかった。

 

 EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)による突きが、A.Tフィールドの塊を穿つ。

 爆散。

 

― LILIN風情が ―

 

 第18使徒は、雌雄の顔を憤怒に染めるのだった。

 

 

 

 激しく行われるエヴァンゲリオン初号機と第18使徒の戦闘。

 その攻勢側(イニシアティブを握っている)のは、第18使徒であった。

 エヴァンゲリオン初号機が保有する中長距離攻撃手段が無い ―― EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)はA.Tフィールドを乗せる事で攻撃範囲(射程)を広げる事は出来るのだが周辺の状況が判らない為、シンジは出来ずに居るのだった。

 エントリープラグ内に表示されている数字が正しいのであれば、現在、エヴァンゲリオン初号機は地下(GL下)1700mに居る。

 その数字はシンジが知るNERV本部地下構造の最下端を越えており、そうであるが故に、慎重になっているのだった。

 対して第18使徒は、好き放題に攻撃してくる。

 右の2本の腕で斬撃を。

 左の2本の腕で塊撃を。

 そして4対8翼のそれぞれの先端から光線(レーザー)砲を放ってくるのだ。

 手数と言う意味に於いて圧倒的であった。

 

 尤も、数が圧倒的であるからと言って、エヴァンゲリオン初号機を圧倒できる訳では無いのだ。

 第18使徒の攻撃をエヴァンゲリオン初号機は見事にいなしていた。

 エヴァンゲリオン初号機は走り、跳ね、或いはFⅡ型装備(F型ステージⅡ)によって飛んで避け、直撃しそうなモノだけを迎撃しているのだ。

 秒も同じ場所に居ない瞬微さは、曲芸めいた機動であった。

 素晴らしきエヴァンゲリオン初号機の機動性能。

 そして、その性能を発揮させ続けられる、恐るべきシンジの集中力であった。

 ターミナルドグマは全高40mを越えるエヴァンゲリオンにとって狭い空間と言えた。

 だがその狭さを感じさせない動きをエヴァンゲリオン初号機は成していた。

 

 恐ろしいまでの集中力を発揮しているシンジ。

 だが、真にもって強いのは自制心であった。

 シンジが学んだ薬丸自顕流は、攻撃こそが(本懐)としている。

 打ち込み前の刀を持った姿勢を、防御を意味する()()()とは言わず()()と言う、そこまで徹底した攻撃 ―― 先制攻撃を重んじるのだ。

 一の太刀を疑わず、二の太刀は負けとの精神なのだ。

 にも拘わらず、シンジは今、耐えていた。

 第18使徒の攻撃が苛烈で、手が出せない等と言う事は無い。

 第5使徒や第14使徒に比べれば、第18使徒の攻撃は威力が甘く手数が多いだけでしかないのだから。

 被害を覚悟して(被弾上等で)吶喊すれば肉薄する事は余裕。

 そして、差し違えとなる事を覚悟すれば撃破は余裕。

 シンジの戦闘勘は、物事を冷静に判断していた。

 だが同時に、後先を考えぬ愚を戒めていた。

 相手は使徒。

 何をするか、何が出来るか理解出来ない、想像できない程に無茶苦茶な相手なのだ。

 目の前に立つ存在が、真なる第18使徒でない可能性がゼロでは無いのだ。

 

― 神罰からいつまで逃げる積りか ―

 

 倒れるのが恐ろしいのではない。

 差し違えた事で、相手に勝利への道を与えるのが恐ろしいのだ。

 だからシンジは待っていた。

 己の相方の到着を。

 

 だが、運命は少しだけ皮肉に動く事となる。

 偶然の重なりの上で、シンジの都合、第18使徒の都合、それらとは全く別の人間の思惑によって動くのだった。

 鍵となったのは、この場にあり、この場の誰もが忘れている神器であった。

 その名をロンギヌスの槍、と言う。

 

 

 派手に乱射される第18使徒の攻撃。

 大地を蹴って飛び跳ねるが如く機動するエヴァンゲリオン初号機。

 その2つの動きが重なった時、その振動によってロンギヌスの槍が跳ねたのだ。

 それは丁度、エヴァンゲリオン初号機と第18使徒の真ん中であった。

 偶然(神の悪戯)

 そして同時に、第18使徒がA.Tフィールドを用いた攻撃を実行し、エヴァンゲリオン初号機も又、EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)にA.Tフィールドを纏わせて迎撃をしたのだ。

 即ち、エヴァンゲリオン初号機と第18使徒はある意味で、A().()T()()()()()()()()()()()()()()()()()

 寸毫の偶然。

 そこに意味を出す存在が居た。

 利用する者が居た。

 この場に存在する3つ目のモノ、即ち碇ゲンドウだ。

 

 乾音。

 

 棒状の(投擲槍めいた)ロンギヌスの槍、その一端が一挙に伸びてエヴァンゲリオン初号機を襲う。

 残身はあれども、如何なシンジとは言え攻撃動作をしたばかりの瞬間を狙われては、如何とも出来るものでは無かった。

 咄嗟に回避行動を取ろうとはするが、間に合うモノでは無かった。

 

「っ!?」

 

 痛みは感じない。

 何とも言い難い違和感が、自分の腹部から広がるのを感じたシンジ。

 ロンギヌスの槍はエヴァンゲリオン初号機の腹を貫いていたのだ。

 

 対して第18使徒へは、槍の一端が解けて貫く。

 2つの頭部、4本の腕、8枚の翼、そして胴体中央部だ。

 否、胴体を貫くのは更に9つに分かれて刺さる。

 円を描かず。

 線ともならず。

 知る者が居れば、セフィロトの樹(9つの座)と呼ぶであろう位置に刺さる。

 

― 何だ ―

 

 神を名乗る第18使徒までもが驚いた。

 世界が暗転する。

 

 

 

 

「シンジ………起きろシンジ」

 

 名を呼ばれたシンジは、その事で意志の焦点があった。

 暗闇の中に浮かぶ己。

 正面から相対するのは、暗闇の中に上半身が浮かび上がっている碇ゲンドウだった。

 

こけおったとな(こんな所に居たんだ)

 

 眉を顰め、呆れた様に言うシンジ。

 行方不明と聞いてはいたのだから当然の反応だった。 

 対して碇ゲンドウ。

 萎びたような憔悴したような顔であったが、目には驚くほどの精力的輝があった。

 

「居たというのは正確では無いな。だが、その様な事は些事だ。それよりもシンジ__ 」

 

議を言う暇はななど(長話をする暇はないよ)

 

 戦っている最中だと言うシンジ。

 だが、碇ゲンドウはそれを諫める。

 

「問題ない。今、この使徒の中で時間の流れは変わっている。そしてシンジ、初号機に乗るお前は全てを知って行動するべきだろう」

 

 エヴァンゲリオン初号機は今、NERVのみならず世界的に見ても象徴的存在(シンボル)になっているのだと言う。

 だから聞けと言う碇ゲンドウ。

 時間の流れの差と言うモノは、第18使徒内部の葛城ミサトとの通信で実際に理解していた為、シンジは碇ゲンドウの言葉を受け入れた。

 

そいでなんな(それで何を言いたいの)?」

 

「順を追って話そう。先ず、敵の正体だ。初号機のログにある名前、便宜上、第18使徒とするコレだが、厳密に言えば18番目の使徒と言う訳では無い。始祖民族が生み出した、だが、始祖民族が禁じたアダム(第1使徒)リリス(第2使徒)の融合体だ」

 

 証拠は、頭が二つあり、雌雄となっている事を告げる。

 そして末端が消えている己の腕を振るう碇ゲンドウ。

 湧き上がる第18使徒。

 光が消え、その輪郭が明瞭化する。

 それまで何となく男性的、女性的と見えていた雌雄の顔が、シンジにハッキリと見えた。

 

なんちや(これはどういう事だよ)!?」

 

 シンジが動揺の声を上げるのも仕方のない話であった。

 その雌雄は見慣れたモノであったからだ。

 雌の顔は渚カヲル。

 雄の顔は綾波レイ。

 

「知るべき理由、その1つだな」

 

 激昂したシンジに対し、平素の傲岸不遜とでも言う態度の儘に説明する碇ゲンドウ。

 或いはソレは、この2人にとって初めてのぶつかり合い(対話)であるとも言えるのだった。

 尤も、それを見る人も、考える人も居ないのであったが。

 

 碇ゲンドウは説明する。

 第18使徒が生まれた理由を。

 それは、人類補完計画の実行が齎したモノであったが、同時に、運の悪さが齎したモノでもあった。

 原因の1つはアダム。

 碇ゲンドウが己の人類補完計画の為にSEELEから奪ったアダムの欠片であるA号封印体(Solidseal-α)だ。

 碇ゲンドウはソレを機密保持の兼ね合いもあってターミナルドグマに安置していた。

 人目に付かなければ良い。

 干渉され無ければ良い。

 A号封印体(Solidseal-α)は魂の無いアダムの残骸でしかない為、それで本来は十分の筈であったのだ。

 そこに原因の2となる人類補完計画によって地球規模のA.Tフィールドを展開した事が影響を出す。

 否、A.Tフィールドが原因と言うのは正しくはない。

 問題は、地球をA.Tフィールドを覆った際に発生した揺らぎ ―― 中東で発生した現地国連軍による暴走(エヴァンゲリオンへの攻撃事故)であった。

 地球規模に展開したA.Tフィールドの調律を行っていた所に攻撃を受け、操縦するディピカ・チャウデゥリーが混乱した結果(パニックになり)、短時間ながらも世界規模で転換されているA.Tフィールドに()を与えてしまったのだ。

 波、波紋も最初は小さかった。

 だが個々の調律班(タスク2ユニット)のエヴァンゲリオンまでもが同調戦闘(RAID-GIG)システムによって同調し、混乱したが為に、増幅されてしまったのだ。

 ソレが、A号封印体(Solidseal-α)を目覚めさせてしまったのだ。

 とは言え封印下にある以上、通常であれば目覚めたとして影響力を発揮する事は出来ない。

 そもそも自我も無く、魂と呼べるモノも内包していないのだ。

 本能(自動的反応)めいた行動意識が動いただけであった。

 それがひっくり返る。

 A号封印体(Solidseal-α)の近くに()の無いリリス(第2使徒)の肉体が存在していたからだ。

 非なるとは言え本質は似ているアダム(第1使徒)リリス(第2使徒)

 そうであるが故に干渉する事が出来てしまっていた。

 リリス(第2使徒)の力を喰らい、アダム(第1使徒)封印を解除したのだ。

 

 本来であれば始祖民族による抑止機構が働く筈であった。

 アダム(命の実)リリス(知恵の実)が繋がる事は、始祖民族にとって看過しえない事態だからである。

 SEELEが所持した裏死海文書には禁忌とすら書かれていた。

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()と言うモノは、銀河の覇権種族たる始祖民族の座を脅かす可能性を秘めているからである。

 だが、そこに碇ゲンドウが居た。

 リリン(リリスの子)である碇ゲンドウは当然ながらもリリス(第2使徒)では無い。

 そして、そうであるが故にアダム(第1使徒)リリス(第2使徒)()となりえたのだ。

 覚醒し、封印から出たアダム(第1使徒)は碇ゲンドウを取り込み、そして物理的にリリス(第2使徒)と融合したのだ。

 それが、第18使徒の正体であった。

 

ほいで(だから)そん議はいっとな(そう言う話、今、必要なの)

 

 全ての説明を聞いたシンジが、不思議そうに尋ねる。

 どの様な経緯であれ、使徒と言うか敵である限りは討てばよい。

 その説明など、後で良い筈だと言う。

 正に戦闘向けの割り切りであった。

 

 だが碇ゲンドウは慌てるなと言う。

 

「アダムの持つ始祖の祖と言う能力、そしてリリスの力。それは使徒の比では無い。お前が弐号機パイロット ―― 惣流君と協力したとして今まで通りに勝つのは難しい。それだけの再生能力と増殖能力を兼ね備えている」

 

増殖ちな(増殖)?」

 

「そうだ。見ろ」

 

 碇ゲンドウが世界を見せる。

 見るでは無い。

 シンジは理解したのだ。

 世界の状況を。

 それは碇ゲンドウと一体化している第18使徒の権能だった。

 

 感じた。

 そこでは大量の使徒/エヴァンゲリオン擬きと戦っている仲間(エヴァンゲリオン)たちの姿だ。

 世界中で、獣めいて戦っている第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの群れ。

 南極で物量で使徒/エヴァンゲリオン擬きと正面から殴り合っているエヴァンゲリオン4号機。

 

「………?」

 

 首を傾げたシンジは碇ゲンドウを見た。

 有り体に言って、世界中で互角以上の闘いとなっていた。

 否、南極(エヴァンゲリオン4号機)を言えば優勢とすら言えた。

 

「………」

 

 無言の碇ゲンドウ。

 二度見するシンジ。

 

「……?」

 

「……慌てるな」

 

 碇ゲンドウは言う。

 今はまだ戦えている。

 だがエヴァンゲリオンは永遠に戦える訳では無い。

 対して第18使徒は永遠に戦い続ける事が出来る。

 

じゃっでん(そうであっても)斬ればけしんたろがな(コアを切れば倒せるんでしょ)

 

「そうだな。だが、もっと楽な方法がある。だから私は、今、この場を作ったのだ」

 

 碇ゲンドウの言葉に、何かを感じたシンジは居住まいを正す。

 正面から顔を見るシンジ。

 碇ゲンドウも又、シンジを見ている。

 

ないな(何が)

 

「私を殺せ、シンジ。私が死ねば第1使徒と第2使徒が繋がる事は出来なくなる」

 

「………よかとな(それで良いの)?」

 

 この戦いの前、シンジは赤木リツコから碇ゲンドウを助けて欲しいと言われていた。

 縁、或いは思いを感じていた。

 だからこそ尋ねたのだ。

 だが、碇ゲンドウは全てを断ち切る様に言う。

 

「問題ない。事、この事態となった原因の一端は私にある。であれば責任を取らねばなるまい」

 

 だが、第18使徒に囚われている自分は責任を取る(腹を召す)事が出来ない。

 だからこそシンジに頼むと言うのだ。

 シンジは碇ゲンドウの目に至誠を感じた。

 覚悟を見た。

 だから、受け入れる。

 

わかいもした(判った)

 

 それ以上の言葉は無い。

 ある意味で漢と漢の会話だからだ。

 只、敬意を抱いていた。

 碇ゲンドウ。

 親と言う意識の持てない相手であったが、末期には漢を見せたと思っていた。

 

 シンジの体、その後ろにエヴァンゲリオン初号機が現れる。

 振り上げられるEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)

 

立派じゃったち伝ゆっで(立派な最期だったと伝えるから)

 

「すまなかったな、シンジ」

 

 振り降ろされるEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)

 だが、その切っ先が振り抜かれる事は無かった。

 碇ゲンドウに届く事も無かった。

 

 碇ゲンドウの前に立つ輝く人影が、ソレを止めたからだ。

 

使徒なっ(第18使徒)!?」

 

「違う。奴はまだこの場を知覚していない」

 

 驚く2人。

 その2人の前で人影を隠す輝きが薄れていく。

 四肢、その末端から人の身である事を教えてくれていく。

 現れたのは女性であった。

 小柄っぽく見える、短い髪の女性だった。

 綾波レイに似ていた。

 

だいな()?」

 

 判らぬシンジ。

 だが、碇ゲンドウは判らぬ筈が無かった。

 

「ユイ、ユイなのかっ!?」

 

 声が震える碇ゲンドウ。

 対して碇ユイはにっこりと笑った。

 笑いながら右手で碇ゲンドウの頬を()()()()

 

「っ!?」

 

 碇ユイの腕に筋が浮き出ている。

 全力で摘まんでいた。

 シンジから、コメカミがヒクツイているのも見えていた。

 

「………」

 

 滅多に無いガチギレした碇アイリを思い出し、賢明なるシンジは口を噤んでいた。

 何が起こったかは判らない。

 だが、口を挟むと自分にも被害が来る。

 薩摩隼人の直感(カカァ天下に生きる防衛本能)が安全策を選ばせていた。

 

 碇ユイは、そんなシンジの態度を流し目で見て、それから視線を碇ゲンドウに合わせる。

 涼やかな声を出す。

 

「少し、気が早いですよ。ゲンドウさん」

 

 

 

 恋焦がれた碇ユイとの再会。

 だが、碇ゲンドウは少しだけ、色々と後悔していた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-11

+

「今の貴方にとっては、初めましてって事になるかしらね」

 

 嫋やかに笑っている碇ユイ。

 それを碇シンジは酢を呑んだような表情で見ていた。

 さもありなん。

 碇ユイの右腕が、がっしりと碇ゲンドウの頭を掴んでいるからだ。

 ほっそりとした指先が食い込んでいる。

 見事な技(アイアンクロー)だ。

 碇ゲンドウはうめき声すらも上げられていない。

 

じゃいな(そうだと思う)

 

 口は自動めいて答えるが、脳裏には碇ケイジの言葉(評価)が蘇っていた。

 酔っぱらった時にポツりと零したのだ。

 才色兼備との呼び声も高かった(碇ユイ)は、事、鍛錬と言う意味では自分よりも上だった、と。

 学問その他、色々なストレスの発散に横木打ちをしていた、とも。

 只し、猿叫を上げず、笑顔めいたもの(アルカイックスマイル)を浮かべながら黙々とユスの木刀を叩きつけていた、と。

 

 正直な話としてシンジは信じなかった。

 さもありなん。

 自衛官時代に実戦を経験していた碇ケイジの鍛錬()を間近で見ていたのだ。

 上回ると言われて素直に信じれる筈も無かった。

 

 だが今は信じられた。

 腕の力 ―― 雰囲気や所作がシンジに、碇ユイが強者である事を伝えているからだ。

 この不思議空間だから強いのではない。

 ()()()()()()()()

 

「色々と話したい事があるけども、今、優先するべき事ではないわね。だからシンジ、使徒を倒しなさい」

 

そいはよかどんからん(それは良いんだけど)だいじょいじゃっとな(大丈夫なの)?」

 

 少しだけ案じる声を出すシンジ。

 碇ゲンドウは自分と一緒に使徒を滅せよと言った。

 そして碇ユイは碇ゲンドウと共に居る。

 シンジと会話し続けながらも、その右手は碇ゲンドウの顔を握り続けているのだ。

 そのほっそりとした、だが力強い指の下で小さく呻いている碇ゲンドウ。

 ある意味で家庭内暴力(DomesticViolence)の図であり、そして実にシュールだ。

 教育に悪そうな絵であるが、この場の誰も気にしては居ない。

 シンジは、相手は碇ゲンドウだしと割り切っていた。

 碇ユイは、少しとは言わないレベルで()()() ―― 2人の愛の結晶とも言える愛息シンジへの保護放棄(ネグレクト)をするわ、人類補完計画(ゲンドウ案)と言う非科学的かつ非合理的で願望(出来たらいいな)を計画とか言う様ないい加減なモノを作ってやる様な真似をしているのだ。

 有り体に言えばガチギレであったのだ。

 これはもう仕方のない話であった。

 

 そもそもの話として、だ。

 碇ユイがエヴァンゲリオン初号機となったエヴァンゲリオン(素体)との人類初の対話(シンクロ)実験を行ったのは、襲来が予想されている使徒(アダムの子ら)から人類を守る為であったのだ。

 その為のエヴァンゲリオンであったのだ。

 それを碇ゲンドウは碇ユイに逢う為の人類補完計画(すっとこどっこい)に変えたのだ。

 碇ユイの女性としての部分は動いた(キュンキュンした)が、それ以外の部分が碇ゲンドウを支持する筈も無かった。

 科学者としての碇ユイ。

 母親としての碇ユイ。

 人類の管理者(SEELEメンバー)としての碇ユイ。

 そのいずれもが大激怒していたのだ。

 

 碇ユイの指先と碇ゲンドウの顔面、その2つが人として出してはイケない様な音を立てている。

 

 元来、碇ユイは暴力的人間では無い。

 だがしかし、エヴァンゲリオンの中にあって碇ゲンドウの無体な真似を見て、止めようとして止める事の(声を届ける事が)出来なかったストレスがこの行動に繋がっているとも言えた。

 とは言え碇ユイの目的は碇ゲンドウを〆る事では無い。

 そんな事は()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「少しアレ(第18使徒)が抵抗しているけど、でも大丈夫よ」

 

 碇ゲンドウの体が、ゆっくりと引き出されて来る。

 出た。

 真っ裸だ。

 誰が見たいのかと思うようなモノまで見えて(ポロン)しまい、少しだけゲンナリした表情になるシンジ。

 だが、碇ユイは慈母めいた表情で碇ゲンドウを抱きしめた。

 

「おかえりなさいゲンドウさん」

 

「ああ、済まなかった」

 

 おずおずと抱き返す碇ゲンドウ。

 そんな2人の姿が少しづつ光になって解けていく。

 

「シンジ」

 

 碇ユイに名を呼ばれたシンジが頷く。

 

ないか(何?)

 

「ごめんなさい。今の私ではゲンドウさんを使徒から引きはがし、神を僭称するのを止めさせる事で精一杯なの。エヴァも世界も貴方にお願いする事になるわ」

 

「………よかが(大丈夫)ひといじゃなかでよ(アスカが居るから)

 

 莞爾と笑うシンジ。

 世界を守ると言うのは決めていた。

 守りたい人達が居る。

 鹿児島の義父義母、義兄義()

 第3新東京で知り合ったクラスメイト。

 NERVの大人達と仲間(チルドレン)

 そして惣流アスカ・ラングレーが居るのだ。

 ならばやってみせよう。

 シンジの腹は決まっていた。

 そして、一度決めれば揺るぐ事は無いのだ。

 

「キョウコさんの娘さんね。直接会うのが楽しみだわ」

 

 碇ゲンドウも脂の抜けきった顔でシンジを見ていた。

 目を細めた、恥じる様にも見える薄い笑み。

 

「報いは全て己で受ける積りだった。だが、お前に全てを背負わせる事になった。済まないシンジ」

 

「………よか(良いよ)こいもオイのこっでもあっでよ(僕の事でもあるから)

 

 碇ゲンドウの謝罪に、小さく笑みを浮かべて返すシンジ。

 但しその右手がシンジの本音を、後で()()()()()()()()とばかりに握られてはいたが。

 その意味を誤らずに理解して碇ゲンドウは、碇ゲンドウらしく鼻で笑った。

 

「フッ、好きにしろ」

 

 それは、この2人で初めての家族らしい距離感の会話とも言えるのだった。

 

 

 跡形もなく、光となって消えた2人。

 ただ1人となったシンジは深呼吸をする。

 目を閉じて、己の内側 ―― エヴァンゲリオンへと話しかける。

 

いっど(行こう)

 

 

 エヴァンゲリオン初号機がカッとばかりに目を光らせた。

 

 

 

 

 

 ジオフロント内部。

 第1発令所から脱出していた葛城ミサト達は、エヴァンゲリオン3号機に守られながらジオフロント内を避難していた。

 避難民やNERVの非戦闘要員を守りながら、出来る限りジオフロント中心部 ―― ターミナルドグマ(リリス封印の場所)から離れようと言うのだ。

 

 着のみ着のまま。

 各々の手にはラップトップパソコンや通信機、銃器(弾切れの鈍器)鈍器(バールのようなモノ)が握られていた。

 幸いに後者の出番はまだ来ていない。

 問題は通信ネットワークがダウンしている現在、前者も使い物にならないと言う事だろう。

 とは言え技術(技術開発部)スタッフからすれば、それこそが彼彼女らの武器であり、である以上は如何に重くとも手放せないと言うモノであった。

 

「ナニか判る?」

 

 双眼鏡を片手に周囲を油断なく睨んでいる葛城ミサト。

 問いかけたのは相方(マブ)である赤木リツコだ。

 とは言え此方は、呆けた顔でNoSignal(通信不能)と画面に表示されているラップトップパソコンを流し見しながら煙草を吸っている。

 

「判らないわよ」

 

 捨て鉢めいた、とまでは言わずともそこに情は無かった。

 情報の収集手段も分析手段も手の中に無いのだ。

 万策は付き、賽は投げられた後なのだ。

 であれば、祈るだけ ―― シンジが勝つ事と、行方不明の碇ゲンドウが無事である事を只々、希うだけしかないと思っているが故の事だった。

 大きな事態の前には、個の人間はちっぽけた。

 そんな風にも思っていた。

 

「それより問題はこの空間からの脱出よ。ミサトの言う使徒モドキの出現が今は止まっているとは言え103(エヴァンゲリオン3号機)の稼働、そろそろ限界を考えておかないと危ないわよ」

 

「ヤヴァイの?」

 

「ここじゃ機体状況は把握できてないから確たる事は言えないわ。だけど連続戦闘が3時間を越えつつあるのよ? ロクな事になってないのは推測できるわ」

 

 葛城ミサトやNERVスタッフ、避難民を守る最後の壁足るエヴァンゲリオン3号機は、搭乗する鈴原トウジの奇跡的な献身、或いは気合によって今だ闘い続けて居られた。

 だが、鈴原トウジは普通の少年なのだ。

 シンジの様に幼少期から一意専心とばかりに馬鹿げた鍛錬を重ねたり、アスカの様に潰れない限界を科学的に計算した訓練を重ねて来た訳では無いのだ。

 唯々、個人の資質だけで耐えている、戦い続けているのだ。

 その事に赤木リツコは敬意すら抱いていた。

 だが、だからこそ過信してはいけないし、過度な期待をしてもいけないと戒めているのだ。

 鈴原トウジが訓練でエヴァンゲリオン3号機へ搭乗した耐久訓練は、最長で2時間。

 現状は既に、その訓練時間を遥かに超過しているのだ。

 状況を甘く見る事など出来る筈も無かった。

 少なくとも科学の徒、合理の人たる赤木リツコには。

 

「ハァ、状況は最悪に近いわね」

 

 部下の類が声の届く所に居ないが為、葛城ミサトは弱音めいた声を漏らした。

 だがその言葉に赤木リツコは首を傾げる。

 

「近い? 最悪では無いの?」

 

「アスカとエバー102(エヴァンゲリオン弐号機)101(エヴァンゲリオン初号機)に合流に行ってるのよ? それで第18使徒が墓穴から出てきているなら兎も角、今はそうでないんだから。だからあの2人が何とかしているでしょ」

 

「呆れた。相変わらず凄いわねミサトの楽観主義」

 

「おほめにあずかり___ えっ」

 

 少しばかりの気分転換めいた軽口の応酬。

 その最中に、事態が動いたのだ。

 

 光の柱が、ジオフロントの中心部から立ち上ったのだ。

 NERV地下施設が吹き飛び、それはさながら噴火の様であった。

 

「総員っ、防御姿勢!! 急いでっ!!!」

 

 声の限り葛城ミサトは叫び、そして黄色い非常用(折り畳み)ヘルメット掴んで率先して地面に身を投げるのだった。

 大地が、世界が揺れる。

 

 

 

―フォォォォォォォォォォォォォォン―

 

 エヴァンゲリオン初号機が咆哮する。

 地を揺るがし、空間をも揺さぶる。

 聞く者に恐怖すら与えるソレ。

 ソレは、碇ユイが消え、シンジと直接繋がった(シンクロした)事によるエヴァンゲリオン初号機の再誕の叫びであった。

 エヴァンゲリオン初号機の四肢が、体が、内側から弾ける様な勢いで膨れる。

 機体各部の装甲板 ―― 拘束装甲が吹き飛び、その本体とも呼べる素体がシンジに合わせる様に進化していくのだ。

 

 ある意味で隙でもあった。

 死戦の最中で発生するには余りにも致命的な状況。

 だが、第18使徒の側は、その隙を突く余力が無かったのだ。

 

― ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア” ―

 

 汚いとしか言えぬ咆哮(悲鳴)を上げ、雌雄2つの顔は苦悶に歪んでいる。

 4本の腕で体を抱きしめる様にしている。

 第18使徒としての根幹、アダム(第1使徒)リリス(第2使徒)を繋ぐ()であった碇ゲンドウが奪われたが為、第18使徒(alpha-omega)は体を維持できなくなっていたのだ。

 

― 人が、リリン如きが ―

 

神ちゆうとったが(神を自称していた割に)弱かなぁ(弱いものだね)

 

 煽る意図は無いシンジであったが、その言葉は覿面に第18使徒の感情(プライド)を傷つけていた。

 

― 舐めるなぁっ!!! ―

 

 吠える第18使徒。

 雌雄の頭をエヴァンゲリオン初号機に向け、口を大きく開く。

 粒子砲(プルトンビーム)だ。

 だが苦悶が影響してか照準が甘い。

 雌の顔が放った光芒は明後日の方向へと放たれ、雄の顔が放つソレも直撃とは言い難かった。

 それをシンジはEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を振るって斬る。

 叩き落す。

 轟音。

 一閃した切っ先は音速を越えており、大気毎に粒子砲(プルトンビーム)を破砕したのだ。

 

― 人間如きがっ ―

 

 吠える第18使徒。

 だがシンジは言葉を発しない。

 真速の踏み込みをもって答えとした。

 

「キィィィィィィィィ!」

 

 既に刀は抜かれ、闘いが起きているのだ。

 その最中に会話する様な呑気さ、その様な緩さはシンジには無い。

 

「エェェェェッ!!」

 

 エヴァンゲリオン初号機の両腕が二倍の太さとなってEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を握っている。

 天を衝けと伸ばされた切っ先が振り抜かれる。

 刃先に乗った赤いA.Tフィールド。

 轟っと響くが残念、即死めいて当たる事は無かった。

 4対8翼にA.Tフィールドを乗せて多重防御をしていたのだ。

 とは言え無傷では無い。

 6枚を切り飛ばす事に成功していたが。

 

 斬り込まれた勢いを利用し、後方へと飛ぶ第18使徒。

 シンジは追撃 ―― 出来ない。

 残身も考えず、必殺の一撃(二の太刀要らず)とばかりに全力で踏み込んでいたのだ。

 流石に、間髪入れずの追撃に掛かれなかった。

 

 そして同時に、斬り落とした6枚の羽が人型へと転じたのだ。

 それはシンジの知らぬ使徒/エヴァンゲリオン擬きにも似たナニかであった。

 とは言え形は不定形めいていたが。

 

― 神であり神では無い。我の分け身によって亡びを受け入れるが良い ―

 

 6体の分け身(依り代)が、大きく口を開く。

 粒子砲(プルトンビーム)だ。

 6つの光芒。

 打ち出された光の柱が狙うはエヴァンゲリオン初号機の弱点、胴体中央(コア)部 ―― では無い。

 照準を少しづつずらした、面制圧(MAP)攻撃だ。

 エヴァンゲリオン初号機に逃げ場を与えまいとしての事だ。

 第18使徒とて一方的に神を自称する程の存在、リリス(第2使徒)の複製体たるエヴァンゲリオン初号機如きに負けてなるモノかとの意識があった。

 

 乱れ打ちとなった6本の粒子砲(プルトンビーム)

 その余りの熱量によって足元の溜まっていたL.C.Lが気化し、蒸気が上がる。

 白い闇めいた蒸気を引き裂いて前に出るエヴァンゲリオン初号機。

 腰を落とした踏み込み。

 そして突きを放つ。

 放てない。

 攻撃をするのはエヴァンゲリオン初号機だけでは無いのだから。

 6体の分け身(依り代)が迫る。

 正に窮地。

 だからこそシンジは笑う。

 獣めいて口元を歪め、顔には恐怖など欠片も浮かばぬ。

 只、戦意だけを友として進むのだ。

 踏み込みを変える。

 そのシンジから見て一番右側へと進路を変える。

 距離が狂ってしまったので打ち(斬り)込めないが為、右の肘からの打撃となる。

 吹き飛ぶ分け身(依り代)

 だが倒せていない。

 追加攻撃が出来ないのだ。

 6対1と言う数の不利、これが分け身(依り代)が並みの相手であればシンジにとって問題にはならなかったかもしれない。

 だが、今、この場に居るのはエヴァンゲリオンにも匹敵する能力を持ち、そして個ではなく集団として戦える相手であるのだ。

 大本が第18使徒であり、そこから分岐した存在であるが故に繋がっているのだ。

 ある意味で同調戦闘(RAID-GIG)システムと似ているとも言えた。

 だからこそシンジは過剰なまでに警戒をしていた。

 

 今、この場は自分独り。

 倒れる訳にはいかない。

 捨て身は許されない。

 6体の分け身(依り代)の悉くを切り伏せ、そして第18使徒を討つまでは身を捨てる様な()()は許されないのだ。

 血反吐を吐き、泥を啜ってまでしても勝つまで続ける。

 耐える。

 そして勝つ。

 それがシンジの覚悟。

 

 

 だが、その覚悟が報われる事は無かった。

 轟音と共に天井が抜かれる。

 落ちて来る赤い巨躯。

 

『お待たせ、バカシンジ!!!』

 

 そうシンジの相方、アスカとエヴァンゲリオン弐号機が参戦したのだ(殺戮者のエントリーだ)

 着地と同時に振り抜かれたA.Tフィールドを纏った大鎌、EW-18(スピアー・オブ・カシウス)分け身(依り代)の1体を切り飛ばす。

 コアを打ち抜いたその一撃は、分け身(依り代)を消滅させる。

 

― なっ ―

 

 驚きの声を上げた第18使徒。

 だがそれが致命的な隙に繋がる。

 シンジだ。

 エヴァンゲリオン弐号機の動きに合わせて動き、そして自らも又、斬撃を放ったのだ。

 (スタンドアローン)で無いが故に、第18使徒に引っ張られたその個体は、シンジのエヴァンゲリオン初号機に対応しきれず、見事に真っ二つになっていた。

 そして光となって消えていく。

 

 

『何でこんなのに圧されてるのよ』

 

「事情があったんだよ」

 

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 背を預け合いながら倍の敵、分け身(依り代)と対峙する。

 そこに隙は無い。

 

『取り敢えずシンジ、地上は無事。ミサト達も無事。なのでする事は1つよ』

 

「ここに居る敵を撃滅()?」

 

Richtig(そういう事よ)

 

 

 笑うシンジ。

 笑うアスカ。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機による第18使徒撃滅戦、その第2ラウンドが始まる。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16-12

+

 ジオフロント中心に位置していたNERV本部。

 その建屋を吹き飛ばし、天井都市をぶち破って上がる光の柱は神々しくもあり、同時に禍々しさを兼ね備えていた。

 崩落する天井都市。

 ジオフロントは丸見えとなりつつあった。

 

 幸い、NERVスタッフその他の避難民はジオフロントの外延部にある地上への非常用脱出通路に集まっていた事と、直近にA.Tフィールドを咄嗟に展開した鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機が居たお陰で、大きな落下物に襲われてはいなかった。

 とは言え多くの人々は、小さな破片などは降り注いでいる事も相まって、この世の終わりめいた状況であると感じていた。

 激震の中で動く事も出来ず、その場に蹲っている(防御姿勢を取っている)人々。

 各々が信じる神の名、或い家族の名を呼びながら体を丸め、頭を保護するヘルメットを掴んでいる。

 だが、その中にあって葛城ミサトは呆けた様に見上げていた。

 そして、魅入られた様に言葉を漏らしていた。

 

「………お父さん」

 

 オレンジ色にも赤色にも見える光の柱に見覚えがあったのだ。

 15年の昔。

 当時14歳だった時に見たモノと同種めいていたのだ

 第1使徒事件(セカンドインパクト)

 南極を消滅させ、人類に塗炭の苦しみを与え、そして何よりも葛城ミサトから父を奪った大災害が脳裏によみがえったのだ。

 PTSD(フラッシュバック)めいた状況。

 親友(マブ)の言葉に現状を理解した赤木リツコは驚愕する。

 この状況が、葛城ミサトに当時を思い起こさせる程に()()()()()()()()()()()()()()と言う事なのだから。

 

「嘘でしょ」

 

 当然だろう。

 ターミナルドグマ(NERV本部最下層秘匿区画)には第18使徒が居た。

 同時に碇シンジとエヴァンゲリオン初号機が居て、そこに惣流アスカ・ラングレーとエヴァンゲリオン弐号機が殴り込みを掛けていたのだ。

 にも拘らず第18使徒が出て来た。

 それはNERV本部が誇る最強戦力、NERV本部エヴァンゲリオン戦闘団第1小隊(エースオブエース)が敗れた事を意味するからだ。

 呆然としてしまう赤木リツコ。

 NERV本部随一の頭脳を誇るこの才媛も、余りにも非常(不合理)と呼べる事態にどうするべきか考えつかなかったのだ。

 勝敗は兵家の常とは理解していた。

 だがあの2人に限っては別枠である ―― 赤木リツコをして、それ程の信用をしてしまう程の戦歴を重ね、戦果を上げて来たのがシンジとアスカ(NERVのツートップ)であった。

 

「使徒だ!!」

 

 誰かが声を上げた。

 赤木リツコも見た。

 幼子の悲鳴めいた甲高い音を響かせながら、異形の人型が飛び出してきたのを。

 

― ファァァァァァァァァァァ ―

 

 2頭4腕、そして2枚の翼を持っていた。

 だが4本の腕で自らを縛り、2つの頭が落ち着きなく動いていた。

 ジオフロントへと出た途端に翼を広げ、動かす。

 飛ぶ。

 落ち着きのない仕草。

 更にジオフロント中央の大穴(メインシャフト)から2体の使徒/エヴァンゲリオン擬きも出て来る。

 恐るべき光景。

 だが使徒/エヴァンゲリオン擬きも又、慌てた仕草で横へと飛び出す。

 

「ん?」

 

 首を傾げたくなった赤木リツコ。

 その眼前で、直ぐにその理由が判明した。

 

- オォォォォォッォオォォォォォォォォン! -

 

 異常だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()、だが聞き馴染んでしまった咆哮だった。

 赤木リツコは乾いた笑みを浮かべていた。

 隣の葛城ミサトも、意識が今に戻って来た。

 

「え、エバー101(エヴァンゲリオン初号機)?」

 

 葛城ミサトの言葉に誘われる様に勢いよく飛び出す2つの影。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機だ。

 それぞれが持つEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)EW-18(スピアー・オブ・カシウス)で使徒/エヴァンゲリオン擬きを突き刺しながら登場する。

 

 振り抜かれたEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)

 上下で真っ二つになって消える使徒/エヴァンゲリオン擬き。

 大身槍の態で貫いたEW-18(スピアー・オブ・カシウス)

 貫かれた場所から消滅していく使徒/エヴァンゲリオン擬き。

 

 

「うわぁ」

 

 それまでの辛気臭さを忘れる様に、呆れた様に言葉を漏らす葛城ミサト。

 それ程の、正しく暴力の権化めいた姿であった。

 対して第18使徒は悲鳴めいた声を上げ、ソレを守る様に使徒/エヴァンゲリオン擬きが前に立つ。

 とは言え、若干、人間で言えば腰が引けている様にも見えていた。

 何とも人間臭く感じられる姿だ。

 対してエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 此方は2機共に堂々たる立ち姿を見せていた。

 EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を蜻蛉に取っているエヴァンゲリオン初号機。

 EW-18(スピアー・オブ・カシウス)を左半身に構えているエヴァンゲリオン弐号機。

 その姿に隙は無い。

 使徒と言う存在を蛇蝎の如く嫌っている葛城ミサトをして、少しだけ第18使徒に同情してしまう様な雰囲気があった。

 

「てゆうかエバー101(初号機)、何かゴッツく無い?」

 

 フト、葛城ミサトが気付いた。

 眉を顰めて繁々と見る。

 間違いではない。

 

「そうね___ あら?」

 

 双眼鏡でエヴァンゲリオン初号機を観察した赤木リツコも目を見開いた。

 確かに違和感のある姿であった。

 エヴァンゲリオン初号機各部 ―― 肩や肘、膝などにある兵装架(ウェポンラック)も兼ねた固定(安定化時)用装甲が無い。

 戦闘中の破損で喪われる事は多いが、その全てが無いと言うのは初と言えた。

 

「拘束装甲が全て脱落しているわ!?」

 

 唖然とした声を出す赤木リツコ。

 対して葛城ミサトは、その言葉に含まれた単語に反応した。

 

「拘束?」

 

「そうよ。エヴァの機体各部に付けられたアレは単なる装甲板ではないの。エヴァ本来の力を私たちが押え込むための拘束具でもあったのよ」

 

 安全装置であったとも言う。

 南極で拾った神様の残滓(始祖民族の文明の欠片)、それがエヴァンゲリオン。

 それを使徒との戦いに使う為、人が操れるようにする為の呪縛。

 それが拘束装甲であったのだ。

 その全てが失われていると言う事は、人類にはエヴァンゲリオンを止める手段が無くなった事を意味する。

 建前、と言うか額面だけで言えば。

 

「エヴァ初号機が覚醒した。そうとも言えるわ」

 

「でもリツコ、アレ、シンジ君よね?」

 

「そうね」

 

 制御できなくなった(Uncontrollable)、と言うにはエヴァンゲリオン初号機は余りにも落ち着いた姿であり、EW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を持つ姿は平素通りであった。

 否。

 違う。

 格闘訓練を受け、そしてシンジの鍛錬(立木打ち)も見ていた葛城ミサトは気付いた。

 エヴァンゲリオン初号機の姿が()()()()()()()()姿()()()()()、と。

 エヴァンゲリオンは人型と言うが、厳密に言えば人間の四肢のバランスとは違っており、どこか非人間的な部分があるのだ。

 注意深く観測し、葛城ミサトはエヴァンゲリオン初号機の四肢が太くなった事に気付いた。

 そして姿勢が、背筋を伸ばしたモノとなっている事にも。

 故に、初号機は余りにも普通となっているのだ。

 隣に立つ、エヴァンゲリオン弐号機が何時も通りである為、その差は歴然としていた。

 

「ミサト?」

 

「リツコ。エバー101(エヴァンゲリオン初号機)、余りにも普通に見えない?」

 

「ん?」

 

 首を傾げる赤木リツコであるが、仕方のない話でもあった。

 格闘だのの知見も無ければ立ち姿の差を見る事も責任の範囲外だからである。

 エヴァンゲリオンが十分に活動できる。

 戦える状態にする。

 維持する。

 それに赤木リツコは責任を持っており、集中しているが故なのだから。

 

 葛城ミサトが、エヴァンゲリオン初号機に起きている変化を伝えようとしたその時、2人の頭上に居るエヴァンゲリオン3号機が声を上げた。

 

『ミサトさん、シンジが仕掛けるとゆーとりますんで、ワシァ前に出ます』

 

 気を回した作戦局のスタッフが通信機を操作するが、ノイズが乗っていて会話が出来る様な状態になかった。

 第18使徒による妨害か濃厚なA.Tフィールドが空間の電波をかく乱しているのか判らぬものの、人が携帯出来るサイズの通信機では満足な通信など出来なかった。

 そもそもNERVには、その部隊の性格上、この様な野戦用の通信機は殆どないのだから仕方のない話と言えた。

 だから葛城ミサトはエヴァンゲリオン3号機に乗る鈴原トウジが誤解しない様に親指を立てた右の拳骨を大きく振り上げ、そして振り降ろさせた。

 ハンドサイン。

 葛城ミサトが込めた意味は単純明快、やっちまえ! であった。

 幸い、落下物は減っているのだ。

 であれば盾であるエヴァンゲリオン3号機が動く事は問題ない。

 そう言う話であった。

 

 豪快な動きから葛城ミサトの鈴原トウジは誤らずに受け取った。

 

『任せて下さいや!!』

 

 朗らかな声で叫ぶ鈴原トウジ。

 エヴァンゲリオン3号機に3時間を超えて連続して乗っていると言う事の負担(ストレス)は鈴原トウジを蝕んで居たが、友たるシンジが戦う為に協力しろと言うのだ。

 である以上は微力なれども合力する。

 既にエヴァンゲリオン3号機やH型装備は満身創痍であり、武装の大半も喪失していたが、それでも退く(イモる)と言う選択肢は無かった。

 それが、鈴原トウジの思う男であったからだ。

 

 

 駆け出したエヴァンゲリオン3号機。

 だが戦力を集めると言う意味では第18使徒も諦めては居なかった。

 

― 神の力を思い知れ、愚かなるリリンよ!! ―

 

 2体にまで撃ち減らされた使徒/エヴァンゲリオン擬きを盾としてエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機から距離を取った第18使徒は、2枚の翼を天に大きく伸ばした。

 翼が幾つもの線めいて枝分かれし、天へと延びる。

 

 何かをする積り。

 だが、それを黙って見ている程にシンジとアスカもお人好しでは無い。

 

「キェェェェェッ」

 

 間髪入れずに猿叫と共に踏み込むシンジ。

 

『フラァァァァッ』

 

 アスカもまた、鬨の声と共に走る。

 阿吽の呼吸。

 アイコンタクトすらもナシに、シンジとアスカは全くの同一タイミングで踏み出す。

 斬撃と突撃。

 狙うのは勿論、第18使徒だ。

 その射線上に使徒/エヴァンゲリオン擬きがしゃしゃり出る。

 

「っ!」

 

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機にとって使徒/エヴァンゲリオン擬きは鎧袖一触となる程度の相手であるが、同時に、無視を出来る様な相手ではないし、背中を見せて良い相手でも無い。

 

『邪魔ァァァ!!』

 

 勢いのままにエヴァンゲリオン弐号機はEW-18(スピアー・オブ・カシウス)にて穿つ。

 エヴァンゲリオン弐号機の質量に加速と言うエネルギーが加わっているのだ。

 喰らった使徒/エヴァンゲリオン擬きは胴体の大半が消し飛んでいた。

 シンジも又、加速を踏み込みに変えてEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)を振るわせる。

 使徒/エヴァンゲリオン擬きは抵抗も出来にままに体に線が入り、真っ二つだ。

 圧倒的なまでのエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 

 だが、使徒/エヴァンゲリオン擬きは己の務めを果たしたのだ。

 時間を稼ぐと言う。

 分になどならぬごくわずかな時間。

 だが第18使徒にとって、それで十分であった。

 

― 集え、我が分け身(依り代)よ! 我が軍団よ!! ―

 

 空に大穴が開く。

 空間が砕ける。

 その先に開いたのは亜空間であった。

 

「…っ」

 

 シンジに、ソレがナニか等と言うのは判らない。

 シンジだけではない。

 アスカにせよ鈴原トウジにせよ判らない。

 だが、直ぐに理解する事となった。

 空の割れ目から続々と使徒/エヴァンゲリオン擬きが降り注いで来たのだから。

 亜空間は空間転移の為の門であった。

 

 10の20のと言わず100を超えて1000を超えて現れる使徒/エヴァンゲリオン擬き。

 世界中の使徒/エヴァンゲリオン擬きが、この第3新東京市へと終結しようとしていた。

 

 シンジが見上げる空は、青さよりも使徒/エヴァンゲリオン擬きに埋め尽くされようとしていた。

 恐るべき彼我の兵力差。

 絶望するべき状況。

 だが、シンジは笑う。

 絶望など知った事かとばかりに笑う。

 

『イイ笑顔ね』

 

 アスカが言う。

 そう言うアスカも良い笑顔をしていた。

 共に戦意は十分であり、全く以って折れて居なかった。

 

「そりゃね。アレって世界中に現れたって言う第18使徒の眷属って奴だよね。第18使徒を潰したら世界中を回るのかなって思ってたのが、この場で一切合切を解決できるんだ。楽になったかなって思って」

 

『Goodよシンジ』

 

 戦意に不足の無い2人。

 だが、普通の人である鈴原トウジは、この大量の使徒/エヴァンゲリオン擬きを前に、襲来してくるのは大歓迎だと宣う2人の姿に少しと言わずドン引きしていた。

 面倒臭いやろ、と。

 恐れてはいない。

 鈴原トウジは同調戦闘(RAID-GIG)システムを介して世界中で行われたエヴァンゲリオン8号機や第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン ―― Bモジュール搭載エヴァンゲリオンの戦闘記録(ログ)を受け取っていたのだ。

 その知識が、侮るのは危険だが恐れる必要はない事を教えていたのだ。

 否。

 同調戦闘(RAID-GIG)システムが伝えて来たのはソレだけでは無かった。

 

『シンジ!』

 

 鈴原トウジが声を上げた。

 その声に触発される様に、空の割れ目で爆発が発生する。

 亜空間の門を通してきたのは使徒/エヴァンゲリオン擬きだけではなかったのだ。

 エヴァンゲリオン8号機と第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 世界中の使徒/エヴァンゲリオン擬きが通れるのであれば、自分達も通れるとばかりに突っ込んで来たのだ。

 何とも言えぬ蛮勇であった。

 

7th Cavalry Arrives(援軍の登場だ)!!』

 

 周りじゅうの使徒/エヴァンゲリオン擬きをぶっ飛ばしながら宣言するマリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機。

 否、エヴァンゲリオン8号機と第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンだけでは無かった。

 使徒/エヴァンゲリオン擬きは南極も襲っていたのだ。

 ならば当然の如く、エヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機もやってくる。

 当然、Lilithの僕も連れてきている。

 否、Lilithの僕だけではない。

 Lilithの僕とは異なった形の翼を持った存在 ―― Adamの僕すらも混じっていた。

 第18使徒が碇ゲンドウと言う鎹を失った結果、Adamとしての権能すらも低下させていた結果だった。

 

『アスカ』

 

 綾波レイが真剣な顔で頷く。

 

『シンジ君』

 

 珍しくも真剣な顔をした渚カヲルも来た。

 誰もが第3新東京市 ―― NERV本部へと集まったのだ。

 

よか(凄い)よかぼっけじゃっが(ホントにトンデモないよ)!!」

 

 シンジは心底から愉快に笑っていた。

 

 亜空間と言う訳の判らぬモノに、敵を逃すかとばかりに突入したエヴァンゲリオン8号機と第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオン。

 自らの僕とした使徒/エヴァンゲリオン擬きを連れて来たエヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機。

 第3新東京市の全てを舞台とした闘い。

 最初から激烈なモノ(トップスピード)になっていた。

 

『笑ってんじゃないわよ! 遅れる訳にはいかないっつーの!!』

 

 叱咤を1つ。

 そして。アスカがエヴァンゲリオン弐号機を飛ばす。

 巨大な大鎌へと変じさせたEW-18(スピアー・オブ・カシウス)が1閃させれば、複数の使徒/エヴァンゲリオン擬きが吹き飛ぶ。

 シンジも遅れまいと飛ぶ。

 A.Tフィールドを纏い、赤く長大な刃渡りを得たEW-12B(マゴロクソード・ステージ2)が振り抜かれ、多くの使徒/エヴァンゲリオン擬きがみじん切りになる。

 鈴原トウジのエヴァンゲリオン3号機が、遅れまいと追随する。

 

 戦うエヴァンゲリオン。

 圧倒的な敵に正面から立ち向かう適格者(チルドレン)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)

 それらの様をマスコミのカメラが全て捉えていた。

 巨大な使徒(ティーターン)が消えたお陰だ。

 

「エヴァンゲリオンが! 我々の希望が行きます!!」

 

 轟々と風が吹く危険の最中、美人のレポーターが、ヘルメットとスカートの裾を抑えながら叫んでいる。

 世界の耳目が集まるなかで全てを決着させる闘い、その最終章が始まった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。