サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 (◆QgkJwfXtqk)
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壱) ANGEL-03  SACHIEL
01-01 錨は巻き上げられ炎の時代が始まる


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その子に手を下すな
あなたが神を畏れる者であることがわかった
あなたは独り子である息子ですら惜しまなかった
わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう
地上のあらゆる民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る

――創世記     









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 国際連合直属非公開組織 特務機関NERV、その総司令である碇ゲンドウは当惑していた。

 威圧的な、余り表情を浮かべない相貌一杯に理解出来ないと言う感情を浮かべていた。

 手には1枚の紙 ―― 便箋がある。

 

 来い、と書いて息子に送った手紙への返事だった。

 来いと書かれていた部分に赤いマジックペンで上書きされた文字は3つ。

 いかん(行かない)、であった。

 

「何故だ?」

 

 誰も居ないNERV総司令執務室。

 広く明るく開放的ながらも天井と床に寒色を配置する事で、来客者に対する心理的効果(プレッシャー)を計算し尽くして作られた部屋の中で、その主は誰に問うまでも無い言葉を漏らしていた。

 眼鏡を外して瞼を揉み、そしてもう一度、便箋を見る。

 間違いなく、拒否(いかん)の文字。

 

 招聘しようとした息子、碇シンジは碇ゲンドウにとって積年の大望、長い歳月を掛けて準備していた人類補完計画、その大事な、最後の鍵であった。

 それが来ないと言う。

 思春期の、親と離されていた子どもが、親からの手紙を貰えばホイホイとやってくるだろうと考えていた。

 雑に考えていた碇ゲンドウの思惑は、シンジからの明白な拒絶によって頓挫しようとしていた。

 

 

 

 

 

 NERV本部の上級者用歓談(休憩)室、通称終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)

 重職にある者が、部下の目を気にせずに休息を取れる場所として用意された場所であり、その通称は()()()()()()と言う上級者の状況への皮肉(アイロニー)めいた命名であった。

 尤も、その長ったらしい(英国趣味めいた)名前を呼ぶものは稀であり、一般には()()等と呼ばれていた。

 

 佐官以上の階級を持った人間でなければ利用できないとされている歓談室は、国際連合と言う、ある種の貴族趣味めいた組織の下部にあるが為、日本人的感覚から言えば些か以上に華美だと思う様な内装の施された大きな部屋であった。

 シンプルで上品な調度が揃えられた部屋の一角、セカンドインパクト以降では高級品を通り越して()()と言う様な冠が付く本革のソファセットで、2人の女性が言葉を交わしていた。

 机の上に散乱する資料。

 モニターの点いているノートパソコン。

 表示されているのは、線の細さを感じさせる中性的な雰囲気の少年だった。

 タグにはShinji Ikariと書かれている。

 無論、碇ゲンドウの息子、シンジの身上書であった。

 傍らには真っ赤なインクで機密との文字(スタンプ)が打たれた書類、人類補完委員会直属の諮問機関であるマルドゥック機関からの報告書も置かれていた。

 

 

 ソファに背を預け、煙草を吸っていた女性が、足を組みなおしながら尋ねた。

 

「で、ミサトが迎えに行くと」

 

「迎えと言うか()()ね」

 

 わずかばかりの苦みを添えて問いかけに応えたのは、NERVの実務部隊を統括する戦術作戦部作戦局第一課の課長、葛城ミサト中佐だった。

 まだ29歳と若い女性士官だ。

 紫がかった髪を伸ばして凛々しさと若々しさを漂わせている女性、その深紅の制服の襟元には中佐の階級章が真新しくも輝いており、彼女がエリートである事を示していた。

 実際、偉いのだ。

 実務部隊で言えば序列第1位、NERVを見渡しても各支部長クラスを除けば総司令と副司令に次いだ№3の地位に居るのだから。

 とは言え、正式な階級では無い。

 本来は大尉である。

 30歳を越えず大尉と言う時点でも十分に優秀であるのだが、中佐の配置となっている理由は、NERVがまだ設立されてから5年目と言う若い組織であるが為の人員不足 ―― 適切な戦術作戦部の部長、或いは作戦局局長クラスの人間が居ない事が理由だった。

 当初はNERVの上部組織である国際連合を介し、その実務部隊である国連統合軍(UN-JF)からの人員派遣を受ける予定であったが、UN-JF側も佐官級の慢性的な人員不足を抱えているが為、派遣要請に対応する事を先送りしていた結果だった。

 

「作戦局はお暇なのかしら?」

 

 皮肉めいた口調で言葉を重ねて来るのは、此方もNERVの重鎮である赤木リツコだ。

 綺麗に染められた金髪が特徴的な才媛は、青を基調とした技官服の上に白衣を着こんで居る。

 NERV技術開発部技術局局長であり、軍事的教練も受けていない技術部門の人間である為に階級が正式には与えられていないが、それでも()()()()技官としての待遇を得ている。

 赤木リツコは葛城ミサトに次いで、NERVの序列第4位(№4)の位置に居る。

 この2人がNERV現場統括者である為、今、この歓談室は事実上のNERVの中枢と言っても良かった。

 尤も2人の空気は重くない。

 軽いと言っても良い。

 何故なら葛城ミサトと赤木リツコは大学以来の同級生であり、同僚であると言う事以前に友人であるからだった。

 

「ま、現段階で作戦局に出来る事なんて無いもの、仕方ないわよ」

 

 葛城ミサトの口調には、納得しているという感じはない。

 赤木リツコ以上に雑な姿勢で足を組んで、ソファに体重を押し付けている姿からは、面倒くさいと言う感情(オーラ)が如実に溢れていた。

 野戦任官とは言え中佐の人間がする仕事ではないと言うのが正直な感想であった。

 適当な部下を見繕って送りたいと言うのが本音であった。

 そもそも、地味に葛城ミサトは怒っていた。

 碇ゲンドウの手紙に自身の()()()()()()()()()を添付していたのに無視されたと言う事が、地味に地味に彼女のプライドを傷つけていたのだ。

 思春期の()少年なら秒で来い、来るだろう。

 そう思っていたのだ。

 それがこないの文字(フラれたの)だ。

 面白く無いと思うのも当然であった。

 とは言え悲しい宮仕えの身。

 碇ゲンドウからの直接命令であるのだから、身を入れてせざるを得なかった。

 

「本音は?」

 

「可愛くない。ムカつく」

 

 素直で結構。

 そう笑う赤木リツコであったが、煙草の火を消すと、少しだけ真顔になる。

 

「でも失敗は駄目よ、ミサト?」

 

「判ってるわよ。碇シンジ、3人目の資格者(サード・チルドレン)。エバーに選ばれた子ども。良いわよしっかりやるわよ」

 

「貴方の可愛い部下になるのだものね」

 

「………そうね」

 

 少しばかり内面の苦々しさが浮き出てきそうだと自覚した葛城ミサトは手元のコーヒーカップを呷る。

 ヌルい、砂糖もミルクも入っていないソレは、期待通りの味だった。

 不味い。

 不味いと言う気持ちで表情を染めた葛城ミサトは、しかめっ面のままにシンジの書類を取る。

 

 葛城ミサトの言うエバー、エヴァンゲリオン。

 NERVの最大戦力、汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオンだ。

 世界を救う鍵、人類の試練に立ち向かう盾にして矛。

 その3人目の操縦者として選ばれたのだ、碇シンジと言う少年は。

 

「子どもを戦場に送る、か。ワタシらロクな死に方は出来ないわね」

 

「それで人類が生き残れるなら、悪い取引じゃないわ」

 

 新しい煙草を取り出し、咥えた赤木リツコ。

 その横顔には、偽悪めいた昏さがある ―― 少なくとも葛城ミサトにはそう見えていた。

 誰も割り切れるものでは無いのだ。

 子どもを戦場に送ると言う事に。

 

 乾音

 

 カチンっという金属音と共に、灯が点り煙草が紫煙を上げる。

 深く息を吸って吐く。

 決して美味しそうに感じさせない仕草は、さながら贖罪の如くであった。

 だからこそ、葛城ミサトは明るく言葉を紡ぐ。

 

「そうね。シンジ君も、他の子どもたちからも、後ろ指指されながら給料泥棒って罵られる未来が欲しいわね」

 

 願い。

 或いは人の夢、即ち儚さ。

 だがそれでも葛城ミサトは希望を口にしていた。

 

 

 

 

 

 ある種の悲愴な決意と共に、碇シンジを迎えに行った葛城ミサト。

 第3新東京市からヘリコプター(UH-1)で厚木の飛行場へと移動し、そこからNERV専用の人員輸送用ビジネスジェット(ガルフストリーム V)で一路、南に飛ぶ。

 行く先は碇ゲンドウの身内であり、シンジを預けた先。

 日本の西南端、鹿児島であった。

 

「暑いわね」

 

 エアコンの効いたガルフストリーム Ⅴから一歩出た途端に、葛城ミサトは愚痴っていた。

 それも仕方の無い話である。

 理由は服装にあった。

 何時もの赤い、佐官級スタッフ向けの略装ではなく、黒を基調としたNERVの礼装を着こんでいたのだから。

 襟元のボタンまで締めて、一部の隙も無い姿だ。

 だからこそ、鹿児島の暑い日差しに耐えかねたのだ。

 

 この正装、別に伊達や酔狂では無い。

 一度、召喚を拒否した相手を迎えに行くのだ。

 それも、無理にでも連れて行こうと言うのだ。

 だからこそ礼を尽くし、そして同時に威圧する目的で着こんで居るのだ。

 更には護衛と言う名目でNERV保安諜報部から2名の、厳つく背広を着こんだ保安部員(シークレットサービス)まで駆り出していた。

 

「中佐殿、車が来ました」

 

 護衛の片割れが、手配していた車を空港スタッフから受け取ってきたのだ。

 黒いセダンだ。

 豹のようなしなやかな仕草で、助手席に乗る葛城ミサト。

 ここの辺りの行動様式は、貴族趣味めいた欧州風では無く仕込まれたUSA式だ。

 

「目的地、判っているわね?」

 

「はい、確認済みです」

 

「動向に関しては?」

 

「先行していたスタッフが把握しています。学校からの帰宅後、近所の訓練所に居るとの事です」

 

 ()()()と言う言葉に、聊かの疑問を感じたが、直ぐにそれを脳裏から追い出した葛城ミサト。

 父親(碇ゲンドウ)からの召喚を断った理由が、本人にせよ周辺の家族にあるにせよ、権威と威圧で押し切る所存であった。

 恨まれてもよい。

 いっそ、恨んで欲しい。

 だが、それであってもエヴァンゲリオンに乗らせる為に、NERVへと拉致る。

 その決意があった。

 

「結構。車を出して」

 

はい、中佐殿(イェス、マム)

 

 

 

 奔る黒いセダン。

 高台にある鹿児島(溝辺)空港から降りて一路向かった先は、神社であった。

 セカンドインパクトの影響か、近隣の建物は倒壊し、或いは更地となっている中で、木々に囲まれ古い風情を漂わせた神社は往年の風格を損なわぬままに、そこにあった。

 先に言われた訓練所、と言う言葉と、この神社に何の関連性が、と思いながら車の扉を開けた葛城ミサトの耳が、異音を捉えた。

 金属的ではない乾いた音。

 乾いた木の音。

 そして何かの叫び声。

 

「ナニ?」

 

 獣めいた叫びにも聞こえた。

 とは言え、少しばかり距離があるのか、脅威には感じられない。

 とは言え念の為にとばかりに、礼装と言う事で腰に、革のホルスターに入れて差している拳銃(H&K USP)を確認する。

 それはセカンドインパクト世代(戦乱期を越えて来た人間)特有の、自然に発露した自衛行動の一種であった。

 周りは常に敵。

 そういう世界(地獄)で生きてきたのだから。

 

「大丈夫です、アレは掛け声ですよ中佐殿」

 

 先行して現地入りしていた連絡員が、苦笑と共に教える。

 この辺りの()()だと言う。

 その言葉に誘われて歩いた葛城ミサト。

 神社の境内に入れば、獣めいた声は次第にはっきりとしたものと鳴る。

 

「キィィェェェェェェェッ!!」

 

 狂声、或いは絶叫。

 甲高いソレは、かろうじて人の声 ―― 喉から発せられたとは判るが、それが何なのか、葛城ミサトには判らなかった。

 だからこそ進む。

 狂気は常に見てきた。

 飢えれば人は幾らでも凶行に走る。

 そんな日々を見てきたのだ。

 恐れるモノは何もない。

 そう思って進んだ葛城ミサトが見たのは、まだ少年少女たちが一心不乱に木刀を振るう姿であった。

 絶叫と共に一心不乱に木刀を振るっている。

 素振りでは無い。

 横にした枝の束横木へと、狂を発したと言わんばかりの勢いで一心不乱に叩き込んでいるのだ。

 声が枯れた、息が切れるや否な、後段に控えていた別の子どもと入れ替わり、又ふたたび、一心不乱に叩き出す。

 

「ナニ、コレ?」

 

 思わずつぶやいていた。

 剣、木刀を振るっているけども過去に見聞きした剣道とは絶対に違う。

 国連統合軍時代に散々に叩き込まれた銃剣道だって、もう少し文明的だ。

 隣を見た。

 案内役であった連絡員が訳知り顔で教えてくれた。

 

「剣道じゃないですよ、古流剣術です」

 

「ハァ?」

 

「薬丸自顕流と言うんだそうです」

 

「………そう、凄いわね……………ねぇ、まさかシンジ君って?」

 

「はい、あそこに」

 

 連絡員が指さしたのは、横木打ちをしている子どもたちの中にあって、一層強烈苛烈に声を張り上げて木剣を振るっている少年だった。

 鬼気迫る勢いだ。

 

「あー うん。判ったわ」

 

 生気の抜けた声で呟く葛城ミサト。

 何が判ったとは言わない。

 言えない。

 只、オンナの勘であろうか。

 猛烈に帰りたいと言う気分に襲われたのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れの中に沈むNERV総司令執務室。

 一仕事を終えて戻ってきた主、碇ゲンドウ。

 各支部との折衝や国連の上部組織である人類補完委員会への報告と言った面倒臭い仕事の数々は、この厳つい男の顔にも疲労と言う彩を与えていた。

 だが、ソレを意に介する事も無く執務室の先客、応接セットのソファに座った初老の男、NERV副司令である冬月コウゾウが言葉を掛ける。

 視線は応接セットのテーブル、そこに用意された将棋セットから動かさぬままに、まるでそれ以外は些末事であるかのような態度で()()()()

 

「碇、葛城君から連絡があったぞ」

 

「そうか」

 

 冬月コウゾウの態度を咎める事も無く、碇ゲンドウは自らの(玉座)に腰を下ろした。

 

「帰還予定は?」

 

「明日、連れて来るとの事だ」

 

「そうか…………」

 

 寂れた声で、シンジが来る事を確認した碇ゲンドウは天井を見上げた。

 NERVのロゴと、デザインされたイチジクの葉。

 イチジクが示すのは幸福、平和、豊かさ。

 それは願いでもある。

 だが、是よりNERVが進む道に、それらは無い。

 

「良いのだな?」

 

「他に道はありませんよ、冬月()()

 

 天井を見上げたままに、もはや後戻り出来る場所など無いと断言する碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウは、その姿を一瞥し、その上で答える。

 

「ならば進むほかあるまいか」

 

 それは祈りにも似た言葉であった。

 

 

 

 

 

 




尚、シリアスなのはこの話位だと思うナァ


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01-02

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 葛城ミサトが碇シンジを連れて第3東京市に戻ってくる。

 その一報を聞いた碇ゲンドウは、思いの外にシンジが素直であった事に内心で驚いていた。

 赤いインクで描かれたいかん(行かぬ)の文字、そこに強い意思が込められていた様に感じられたから、ある意味で当然だった。

 所詮は14歳の子どもであり、子どもの反抗、文字通りの児戯かと納得していた。

 

 報告を告げてきた灰色の受話器を戻した碇ゲンドウは、正面のモニターを確認する。

 巨大な20m四方はありそうな大画面。

 そこにはNERV本部の置かれた第3新東京市とその周辺300㎞の地形情報が表示されている。

 ここはNERVの中枢部、NERV本部第1発令所であった。

 要塞都市第3新東京市の全システムを統括する場所でもある。

 その第1指揮区画に碇ゲンドウは居るのだ。

 

「碇?」

 

「何でもない。それよりも ―― 」

 

 重要な事があった。

 日本列島の東南東で哨戒任務中であった国連統合軍の駆逐艦もがみ(UN-JF DD MOGAMI)が発見した未確認海中物体(Unknown)だ。

 水中を100kn近い速度で一直線に日本の東海地方を目指して泳いでいる。

 無論、潜水艦などでは無い。

 発見した資料に添付されていた音響情報は、この対象が流麗な潜水艦とは違う複雑な構造をしている事を教えている。

 そもそも、100knを超える水中速力を出せる乗り物を人類は生み出せていないのだから。

 

 詳細情報が得られぬ為、未確認という文字と一緒にオレンジ色に表示されている水中目標。

 正体は1つだろう。

 

「使徒か」

 

 誰もが口にしない推測を簡単に言い放ったのは、副官よろしく碇ゲンドウの後ろに立っているNERV副司令官冬月コウゾウだった。

 この場に居る誰よりも年かさであったが、伸びきった背筋に隙は勿論、老いすらも浮かんではいない。

 そんな冬月コウゾウの言葉に、第1指揮区画に詰めていたNERVスタッフたちは思わずざわめいていた。

 使徒(ANGEL)

 NERVが立ち向かうべき人類の脅威、或いは試練。

 その事は、NERVに所属する際に誰へもしつこく教育されている。

 だから戦う事への忌避は誰も持っていない。

 只、それが今日であったと言う事には驚きと緊張が隠せないだけであった。

 生唾を飲む者、身震い ―― 武者震いをする者。

 男女を問わずそれぞれに反応していた。

 

「恐らくはな。後は人類補完委員会の決断次第だ」

 

「そしてUN軍(国連統合軍)の活躍次第か」

 

 揶揄する様に言う冬月コウゾウ。

 その細められた視線が見るのは第1指揮区画のすぐ傍、予備の第2指揮区画を占拠している蒼い軍服(ブルー・ドレス)の集団だった。

 国連統合軍、その5つの管区軍の1つであり日本列島を中心とした領域を守護する極東軍(Far East-Aemy)から派遣されてきた連絡官であった。

 目的は、NERVと国連統合軍との密な連携の為である。

 

 日本国自衛隊を母体とした極東軍は、施設その他が自衛隊時代のモノを踏襲している。

 この為、太平洋方面への警戒と作戦指揮を預かる府中作戦指揮所があり、極東軍の全戦力を統括している。

 その府中作戦指揮所との橋渡しが主任務であった。

 

「我々の出番が無いことを祈りたいが………難しいだろうな」

 

「ああ、通常兵器が有効であるならば南極の悲劇は阻止出来ていただろうからな」

 

 此方も準備を進めつつ、お手並み拝見。

 碇ゲンドウの言葉に対応した訳では無いが、国連統合軍の攻撃が開始される。

 重魚雷、対潜N²爆雷その他、大盤振る舞いだ。

 

 無駄と言う言葉を口にのみ込み、碇ゲンドウは総司令官としての命令を発する。

 

「NERV総員へ下命。エヴァンゲリオンの出撃準備の確認、要塞部も全機能の確認を実施せよ」

 

 キビキビと動き出すNERVスタッフ。

 だが、恐る恐ると言った表情で技術開発部技術局の若手技術者、伊吹マヤ少尉が声を上げた。

 

「総司令官、意見具申致します! 現在00(エヴァンゲリオン零号機)の修復は上を見ても35%程度にしか到達していません。又、パイロットも医務局からまだ2週間は安静を要求されています、これでは__ 」

 

「慌てるな。問題は無い。実戦には初号機を当てる。パイロットは予備が届く」

 

01(エヴァンゲリオン初号機)。それに予備、ですか?」

 

「そうだ。だから技術部は気にせず戦闘準備を進めたまえ」

 

 技術局を統括する赤木リツコには伝えていたのだが、急場の事で伝え忘れたか、それとも伊吹マヤが覚えていなかったか。

 だが、どちらにせよ碇ゲンドウにはその点を指摘する積りは無かった。

 NERVの初戦であり、特に新兵が慌ててしまうのは世の常であるからだ。

 だが、認識を誤ったにせよ、自らの職掌に於いて問題ありと思えば意見具申が出来た。

 その点に於いて伊吹マヤは良い人材であると評価するのであった。

 尤も、片頬も動かさぬその表情から、その内面を余人が理解する事は無かったが。

 

 

 

 

 

「派手にやってるわね………」

 

 そうつぶやいたのは葛城ミサトであった。

 その身は碇シンジと共にUH-1の機内にある。

 戦闘を避け、だが最速で第3新東京市の郊外ヘリ拠点に向かう為、地を這う様な高度を、頭がイカレているのかと思う速度で飛ぶ。

 所謂匍匐飛行(Nap-of-the-Earth)だ。

 遊園地の絶叫マシンなど子供騙しだと言わんばかりの乱暴な飛行(Air Combat Manoeuvring)だ。

 

 手段を問わぬから最速で、とパイロットに要請(オーダー)したのは葛城ミサトであったが、離陸して10分で自らの前言を激しく後悔していた。

 縦に横にと激しく暴れる機体は、さながら悍馬であった。

 尤も、女だてらに空挺徽章まで取った女傑、葛城ミサトの鍛えられた三半規管は、更に10分後には、周囲を確認する余裕を与えて居たが。

 閉められたスライドドアに張り付いて、窓越しに外を見る。

 体が飛ばない様にとキャビン内の手すりに掴まってまで外を確認し続けるのは戦術作戦部作戦局第一課課長と言う職務への責任感、そして使()()()()()()()()()()あればこそであった。

 空を飛び交うミサイル。

 そして、光学兵器の閃光。

 使徒襲来との一大事は、乗り換えの厚木基地で聞いている。

 だからこそ、自らの目で見たかったのだ。

 父親の仇であり、自らの生きがいとも言える怨敵、使徒の姿を。

 とは言え見る事は叶っていない。

 

「上手すぎて見えないわね」

 

 機体は稜線だのビルだのを縫う様に飛び続けている。

 ヘリパイロットの技量が高い為、機体を使徒の視界 ―― 射界に1秒と入れさせなかったのだ。

 脆弱なヘリが自身を守る為には慎重さこそが肝要、そう意識しているパイロットの技量の現れであった。

 安全である事は葛城ミサトにとっても重要である。

 だがそれでも少しだけ不満の色が混じった声を漏らしていた。

 独り言。

 だがそれに、パイロットは忙しく動かす四肢とは違う、落ち着いた(クールな)声で応えた。

 或いは、釘を刺す様に。

 使徒を視認したい、偵察しなければならぬと言い出さない様に。

 

『見えない方が良いですよ。Rレスチョッパー(VTOL攻撃機/YAGR-3B)が結構落とされてます』

 

 インカムを確認すると、スイッチが入っていた。

 独り事が聞かれた事に恥ずかしさを覚えつつ、葛城ミサトは開き直って会話を転がす。

 

「レーザー? ビーム?」

 

『さぁそこまでは。どっちにせよ、当たるとヤヴァイ代物ですよ、中佐?』

 

「そっ、じゃ安全大事でたのむわ」

 

『アイアイ、中佐。後5分は耐えて下さいよ』

 

「了解、機長(キャプテン)。貴方を信じるわ」

 

 そう言って、今度はキチンとインカムのスイッチを切る。

 円熟の域に達しているヘリパイロットの技量を称えつつ、一目で良いから使徒を見たかったという不満も抱えている。

 それが葛城ミサト。

 自身でも整理しきれぬ複雑(アンビバレント)な内心、それを外に出さぬ様に注意しつつ機内に視線を戻した。

 大事な荷物を見る。

 シンジだ。

 サイズの合わない大人向けのヘルメットを被り、必死になって手すりを掴んでいる。

 顔色は青い。

 だが、葛城ミサトはその姿を評価する。

 歯を食いしばって一言一句たりとも悲鳴を上げず、それどころか顔には恐怖の色を浮かべて居ないのだから。

 なかなかどうして、肝が据わっていると思うのも当然であった。

 

「大丈夫、シンジ君!」

 

よか(問題ない)!」

 

 葛城ミサトがローターの風きり音に負けぬ様に、怒鳴る様に聞けば、シンジも怒鳴る様に応じた。

 その優し気な風貌に相応しい変声期前の柔らかな声質、それを全く台無しにする様な言い方(方言)でシンジは言っていた。

 

 

 

 

 

 国連統合軍による防衛戦闘は、完全な徒労と言う形で終わった。

 既に洋上の時点で大威力兵器 ―― N²兵器を躊躇なく投入し、地上に上がれば標的が見えやすいとばかりに本来は拠点攻撃用の高額な極超音速弾(Hypersonic Speed Missile)までも投入した。

 その全てが、効果を発揮しなかった。

 地形を変える程の、地雷へと改造した超威力N²爆弾によって侵攻の足を止める事には成功したが、外から観測できるレベルでの自己修復を開始しており、倒したなどとはとても言えたものでは無い結果となった。

 

 

「碇総司令官、人類補完委員会と日本政府が合意しました。現時刻をもってA-18条項が発令されます。NERVへの使徒対応の為の非常権限の譲渡状です。確認とサインお願いします」

 

 連絡官が敬礼を行い、事前に用意されていた書類にサインをして碇ゲンドウに手渡す。

 受け取ったバインダーで碇ゲンドウも書類の内容と日時とを確認し、サインする。

 コレで法的にはNERVは使徒迎撃に関するフリーハンドを得る事となる。

 

「ご苦労」

 

 武官ではないので、答礼として右手のひらを左胸にあてる。

 解いて握手をする。

 

「極東軍の献身に感謝する」

 

「総司令官のお言葉、前線の兵も喜ぶでしょう」

 

 

 

 自らの配置場所に戻った国連統合軍連絡官の後姿を見ながら、冬月コウゾウは独り言のように碇ゲンドウに囁く。

 

「これからが始まりだな」

 

「ああ」

 

「勝てるのか?」

 

「その為のNERVだ」

 

 碇ゲンドウは決意を込めて嘯く。

 使徒に打ち勝つ。

 その為のNERV。

 そして、その先にあるI計画(人類補完計画)の為、こんな所で躓く訳にはいかないのだから。

 

「碇総司令官! 葛城中佐及び搭乗員候補生(Candidate Children)が第2ゲージに到着したとの事です」

 

「判った。冬月、ここは任せた」

 

「ああ。此方は老骨に任せておけ。それよりも息子の顔を見てこい。7年ぶりか?」

 

「いや、9年ぶりだよ___ 」

 

 捨てたと言われても間違ってはいない別離の時間。

 妻であった碇ユイを失ってからの日々、ただもう一度会う為だけに生きてきた。

 その為に捨てた全て、その中にシンジは居たのだから。

 

「そうか、なら1発は殴られて来い」

 

「アレにそんな気概があるのならばな」

 

 笑う様に、小さく口元を歪めた碇ゲンドウ。

 シンジと言う少年は内向的であり、自罰的な傾向がある。

 それはまだNERVが成立する前、GEHIRN時代にエヴァンゲリオンパイロットの候補生として選定した際に、マルドゥック機関を通して行った調査での評価だった。

 それから随分と時間が経ってはいるが、その性分は変わりはしないだろう。

 そう甘く見ていた。

 

 

 

 

 

 碇シンジは腹を立てていた。

 顔も覚えて居なかった父親からの、来いと言う訳の分からない手紙。

 今更に親子の縁にでも思いを馳せたのか、それとも添付されていた艶姿めいた写真の女性を後妻にでもする積りで紹介しようと言うのか。

 何も判らぬ手紙。

 だからいかん(バカ抜かせ)と明確に書いて突っ返した。

 そこで話は終わった筈だった。

 シンジと碇ゲンドウの道は交わらない、そういう決意だった。

 

 それが国連と日本政府による召喚状なるもので、こんな東の外れまで連れて来られるハメになった。

 気に入る筈が無かった。

 

 シンジは葛城ミサトに連れられて第3新東京市に来るまでの間、胸の内で常に呪詛を吐き続けていた。

 父親への、そして葛城ミサトへの、だ。

 迎えに来たと自称した葛城ミサトは、偉そうな態度が気に入らなかった。

 美人だし、あんな痴女っぽい写真を送りつけて来たような人間が、今更に才女を気取られても意味が判らない。

 小父さんも小母さんも拒否しようと、抵抗してくれたけど、それを偉そうに撥ねつけた態度なんてムカつくの一言だ。

 目の前にいる分、シンジは葛城ミサトへの呪詛を重ねていた。

 

 そんなシンジの内心を想像する事も出来ぬまま、葛城ミサトはシンジを指示されたエヴァンゲリオン初号機のもとへと誘う。

 迷う。

 迷ったので信頼する同僚、赤木リツコに泣きついて迎えに来てもらう事となる。

 迎えに来て貰う為に、ここで待機だと言う葛城ミサト。

 

「ゴミンね、チョッチまだ良く分からなくて」

 

ほぅな(そうですか)

 

 愛想笑いの1つでも浮かべる気にもなれず、シンジは渡されたNERVのパンフレットを見る。

 ようこそNERVへ、と大きく書かれた明るい雰囲気のパンフレットだ。

 人類を守る為の組織だとか書かれている。

 興味が出ない。

 文字を追うだけの時間つぶしだ。

 開いて2ページ目に、総司令官と冠された碇ゲンドウの写真がある。

 シンジには悪い冗談にしか見えなかった。

 葛城ミサトはNERVを、秘密機関とか言う大上段な表現で説明した。

 その秘密機関とやらが、構成員の顔写真を出してどうするんだ? と呆れにも似た感情を浮かべつつ、パンフレットの文字を読んでいく。

 何と言うか、全てが馬鹿らしくなって、素振りの1つでもやりたい等と思った頃に、迎えが来た。

 赤木リツコだ。

 

「ミサト、こんな所で道草を食ってるんじゃないわよ」

 

「ゴミン!」

 

 赤木リツコは競泳用のようなデザインの水着を着た濡れぼそった体に、白衣を引っ掛けていた。

 もう少しシンジが成長していれば(性を知っていれば)、魅力的だと感じたであろう煽情的な格好だ。

 だが残念。

 今のシンジは、そんな感情は浮かばなかった。

 気軽い会話をする2人をしり目に、シンジは、このNERVってアレな女性しか居ないのかと呆れるだけであった。

 

 一通り、葛城ミサトを怒った赤木リツコは、視線を動かす。

 シンジを見る。

 その目力を真っ向から受け止めて、目を細めて睨み返すシンジ。

 舐められたら駄目、()()()()()()()()()()()

 

「で、この子が()()()()()()()()?」

 

「そ、碇シンジ君よ」

 

 聞いた事も無い用語、サードチルドレンと言う呼称に、シンジはますますもって自分が面倒くさい事になっているのだろうと理解した。

 訳が判らないが、取り合えずろくでもない事だけは理解した。

 だから、腹を決めた。

 NERVと言う組織に抵抗は出来ないのだろう。

 国だの国連だのを動かす連中相手に、1個人が出来る事など限られているのだから。

 だから1つ、腹を決めた。

 取り合えず元凶である碇ゲンドウを殴る、と。

 全力で。

 全身全霊を以て拳を顔面に叩き込んでやる、と。

 

「初めましてシンジ君、赤木リツコよ」

 

ほうな(そうですか)おいは(私は)碇シンジじゃっと」

 

 愛想のない返事を返したシンジ。

 何の為に連行めいて連れて来られたのかも判らぬのだ。

 友好的になろうと言う気が湧く筈も無かった。

 

 葛城ミサトを見る赤木リツコ。

 肩をすくめるジェスチャーを見て、何かを察する。

 

「個性的なのね」

 

 貴方も相当でしょうに、そんな皮肉めいた言葉を返さない程度にはシンジも大人ではあった。

 

 

 

 親子の対面まであと、少し。

 

 

 

 

 

 




あるぇ~
ペースがおせぇ___


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01-03

+

 碇ゲンドウは簡単に考えていた。

 息子、碇シンジを操る事を。

 来いと伝えた事に反発していたが、それは子どもっぽい感情の発露である、そう考えていたのだ。

 その考えが、ブチ殺される。

 

 NERVの牙たるエヴァンゲリオンを格納し整備する為の区画、初号機用の第1ケイジに立つ碇ゲンドウ。

 威圧的、心理的効果を考えてケイジ上方の機体監視所(展望ブリッジ)に立ってシンジを探す。

 見つける。

 エヴァンゲリオンの肩部を前方から固定している第1拘束ユニットのブリッジ部に、葛城ミサトや赤木リツコと共に居る。

 対爆ガラス越しに、20mからは離れて居るのだ。

 何を話しているのかは伺えないが、機体の説明をしているのだろうと辺りを付けて、碇ゲンドウは手元のマイクのスイッチを押した。

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

『……』

 

 碇ゲンドウの挨拶、だが返事はこない。

 シンジは下から見下す様に、碇ゲンドウを見ている。

 否、睨んでいる。

 口は真一文字に絞られ、何かを発しようかと言う気配は無い。

 

 沈黙。

 機械駆動音、L.C.Lを循環させる為のポンプ音だけが静かに響いている。

 

『し、シンジ君?』

 

 その余りにも重い沈黙に耐えかねた葛城ミサトが、シンジに恐る恐ると声を掛ける。

 が、無視される。

 葛城ミサトを一顧だにせず、シンジは碇ゲンドウを睨み続ける。

 呼びつけたのだ、用があるなら自分から言え。

 そう思っているが故にだった。

 無理やりに連れて来させた様な相手に挨拶など不要、それ位にシンジは怒っているのだった。

 直接顔を合わせるなら兎も角、逃げ腰めいて距離を取ってマイクで話しかけて来る。

 何かを頼む、或いは強権を以て命令しようとするならば直接するべきだろうが、そうしていない。 

 何と、男として情けないのかとも思っていた。

 

 そんなシンジの内面を理解も想像も出来ない碇ゲンドウは焦れた。

 子どもが親に歯向かっていると感じたのだ。

 別離して9年を数え、その間に親らしい事をした事も無いにもかかわらず、である。

 何とも勝手な話であった。

 さてどうするか、そう碇ゲンドウが考えた所で、手元のモニターに情報が表示された。

 

 目標が行動を再開。

 現在の進行速度であれば、第3新東京市到達まで約50分と予測。

 

 だから物事を進める事にした。

 

「出撃」

 

 

 

 何を言っているのだというのがシンジの正直な感想であった。

 意味が判らない。

 出撃? 出撃と言ったか。

 だが何のために、何故自分に言うのか。

 血縁上の父親である碇ゲンドウは気が狂ったのかとすらシンジは思った。

 

 無論、そう思ったのはシンジだけでは無かった。

 

「出撃? 零号機は凍結中でしょ!? まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 

 葛城ミサトが理解出来ないと赤木リツコを見れば、赤木リツコも常日頃浮かべている冷淡さを示すような流麗な眉を顰めさせて応える。

 

「他に道はないわ」

 

「ちょっと、レイはまだ動かせないでしょう? パイロットがいないわよ」

 

「さっき届いたわ」

 

 事更に冷静ぶって言い、シンジを見る赤木リツコ。

 碇ゲンドウの息子、碇シンジ。

 この状況で落ち着いている少年。

 マルドゥック機関が選び出した新しいエヴァンゲリオンの適格者。

 だが、まだ何も説明されていない子ども。

 にも拘らず自分は、その子を資質があるからと言う理由で戦場に放り込もうとしている。

 他に道は無い事は自覚しているし、理解もしている。

 だが、赤木リツコは自分を許せなくなる ―― そこまで考えた所で、フト、気付いた。

 最初の適格者、綾波レイの事を思い出したのだ。

 ()()だと言う事を。

 だから、全てをのみ込む。

 悪にでもなろう、と。

 

「碇シンジ君、貴方が乗るのよ」

 

 事更に冷静に、冷徹に聞こえる様に言葉を発する赤木リツコ。

 せめて憎まれたい。

 憎まれでもせねばやってられぬ、そんな気分からであった。

 

 だが、それでも説明不足であった。

 出撃と言う碇ゲンドウの言葉、乗れと告げる赤木リツコ。

 誰が何にどうしろと言うのだろうか。

 だからシンジは素直に尋ねる。

 

なんち(何を言っているのですか)?」

 

 ネイティブめいたシンジの方言(かごんま弁)であったが、赤木リツコは意図を理解する。

 

「このエヴァンゲリオン初号機、貴方に乗ってもらわねばならない」

 

ないごてよ(どういう理由か、理解出来ませんよ)?」

 

「………座っていればいいわ。それ以上は望みません」

 

 所が、そこに葛城ミサトが噛みつく。

 乗ってればよいと言うが、と。

 

「レイでさえ、エヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょ!? 今来たばかりのこの子にはとても無理よ!」

 

 最初にして、このNERV本部の所属する唯一の適格者。

 それが綾波レイ少尉待遇官。

 シンジ同様に14歳の子どもだ。

 

 幼少期からエヴァンゲリオンの操縦者としての訓練を積んできたレイですら、機体を起動(とシンクロ)するのに7ヶ月も必要としていたのだ。

 今日来たばかりのシンジに出来る筈が無い。

 そう葛城ミサトが判断するのも当然であった。

 

「今は使徒撃退が最優先事項です。そのためには誰であれ、エヴァとわずかでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法はないわ。分かっているはずよ、葛城中佐」

 

「そう……ね…」

 

 深刻な表情で会話を交わす赤木リツコと葛城ミサト。

 その雰囲気をぶち壊す様にシンジは尋ねる。

 

ないごてのっち話になっとな(どうして私が乗ると言う話になるのですか)? 」

 

「え?」

 

しらんど(知りませんよ、そんな事)

 

 止めを刺すように断言する。

 そう大きくはない、だが明確な拒絶が、エヴァンゲリオンの格納庫に響いた。

 方言に造詣の深くない葛城ミサトであったが、その言葉の意味を違えて理解する事は無かった。

 白け切った顔をしているシンジを、葛城ミサトは信じられぬモノを見る様に見る。

 対して赤木リツコは気づいた。

 その白けた顔に輝く目、そこに潜んでいる憎悪の火を。

 

「し、シンジ君?」

 

他人を攫うしの下知(他人を攫う連中の言う事)ないごて聞くとおもとな(何故、聞くと思った)?」

 

 誰もが想定していなかった反応。

 だが、事実であった。

 来いと呼んで、来ないと言ったシンジを無理矢理に連れてきたのは葛城ミサト。

 そして、連れてくる際にシンジの翻意を促すために説得をするのではなく、手っ取り早く国連と日本政府を背景にした()()を行ったのも葛城ミサトだった。

 合理的ではあった。

 只、それは人間関係を完全に破壊する行為でもあったのだ。

 

「乗りなさいシンジ君。貴方が乗らなければ世界が終わるのよ」

 

しらんちゆうがな(知った事ではありません)

 

 シンジに翻意を迫る様に睨む葛城ミサト。

 その目つきは、文字通り()()()()()()様な厳しさであった。

 この第3新東京市に迫りくる敵、使徒に対する憎悪を滾らせているこの女傑にとって、戦う術を持つにも拘わらず戦わぬと断言する人間は許しがたい存在であるからだ。

 対するシンジも、狂相めいた目つきで葛城ミサトを睨む。

 当然であろう。

 自分を、強権を以て拉致した相手に好意的になれるなど余程に特殊な人間だけであろう。

 その上で、いきなり戦えと言う。

 ()()()()の如き扱いなのだ。

 人間として、その尊厳から断じて受け入れる訳にはいかないのだ。

 

 睨み合い。

 

 聊かばかりシンジの言葉が理解できる赤木リツコは、面倒になった背景をある程度、理解した。

 与えられた権限(特権)を十全に使うと言えば聞こえは良いが、実態として調子に乗りやすい、この古い友人が物事を拗らせたのだろうと。

 無論、そのお陰でこの場にシンジが間に合っているのだ。

 功罪相半ばするといった所かと考える。

 さて、どうやってシンジを説得しようかと考えた時、碇ゲンドウが口を挟んだ。

 

『乗れ、シンジ』

 

 頭を抱えたくなった。

 矜持を傷つけられて反発しているシンジを、更に煽ってどうすると言うのか。

 だが、冷静な赤木リツコを他所に置いて碇ゲンドウは言葉を重ねて行く。

 

『今、お前が乗らねば世界は滅んでしまう。それで良いのか』

 

「………そいがほんのこっか(それが事実かどうか)だいが証明すっとか(誰が証明できると言うの)?」

 

『説明を受けろ』

 

 轟音。

 衝撃波。

 大きく建物が揺れた。

 使徒の攻撃だ。

 そして碇ゲンドウが地雷を踏む。

 

『この場所に気づいたか………もう良い、シンジ、乗らないならば帰れ。ここは()()()の居る場所では無い』

 

なんちやっ(何を言うか)!!」

 

 シンジが怒鳴った。

 本当にキレていた。

 

わぁなにさまかっ(お前は何様のつもりか)無理に連れっきっせぇ(無理矢理に連れて来ておいて)あぁ(ねぇ)?」

 

 シンジの余りに怒りっぷりに、碇ゲンドウも言葉を無くす。

 まくし立てたシンジの言葉(かごんま弁)は、殆どが理解出来なかった。

 取り合えず怒っているという事以外。

 

 正直な話として碇ゲンドウという人間は、外の人間との対話(立場を基にしたネゴシエーション)は出来ても、そうでない人間との対話(相互理解の為のコミュニケーション)は苦手としていたのだ。

 特に、この様に感情を激した人間を相手にする時は。

 だから黙り込んでしまう。

 

「シンジ君」

 

 助け舟、と言う訳では無いが口を挟もうとした葛城ミサトであったが、赤木リツコが止める。

 腕を強く掴んで、強い視線で止める。

 

「(止めなさいミサト)」

 

 小声で、耳元へと囁く。

 シンジに聞かれない様に、そういう配慮を理解した葛城ミサトも小声で応じる。

 

「(止めないでよリツコ。今、あの子を乗せないと、駄目になる瀬戸際なのよ)」

 

「(アナタの言い方では拗らせるだけよ。今は碇司令を信じましょう)」

 

 言葉通りに信じて居る訳では無い。

 と言うか無理では無いかと思っていた。

 碇ゲンドウの情婦でもある赤木リツコは、かの人間の本質に触れていたのだから。

 弱い人間。

 弱いが故に強くあろうとする人間。

 即ち、()()()()()()

 そうであるが故に社会的立場と言うモノが通用しない身内、それも親子関係が壊れている相手に碇ゲンドウが上手く立ち回れるとは思えなかったのだ。

 

 実際、親子喧嘩は激化の一途(ヒートアップ)となる。

 そして最後にシンジが言い放つ。

 

よかっ(もういい)のっがよ(乗ってやるよ)!! ひっかぶい言われてさがるっか(臆病者などと言われて黙ってられるか)

 

「え?」

 

「ゑ??」

 

 葛城ミサトと赤木リツコは顔を見あう。

 何故、喧嘩の果てで此方(NERV)の言う事を受け入れるのか全く判らない。

 互いにそう言う顔をしていた。

 

じゃっどん(その代わり)あいから降りたらなぐらせい(エヴァンゲリオンから降りたら殴らせろ)そいが対価じゃ(それで良ければ乗る)

 

 シンジの事を反抗期程度と見ていた碇ゲンドウは、その程度であればと受け入れていた。

 若い頃、荒事も好んでいた人間であるが故に、子どもの1発など蚊よりも痒い程度だと馬鹿にしていたという面がある。

 後に、その軽視の対価を自分の身で払う事になる。

 

 

『良いだろう』

 

「後1つ」

 

『何だ』

 

あんとにもあやまらせっくいやいや(あの人にも謝ってもらいたい)

 

 親指で差すのは葛城ミサト。

 強引な手法でシンジを連れてきた上で、丸一晩、昨日からの時間があったにもかかわらず、一切の説明をしてなかったのだ。

 シンジが腹を立てているのも道理ではあった。

 

『良いだろう。終わった後には一考しよう。だが、全ては使徒を倒してからだ。いいな』

 

よか(構わない)二言は無かな(約束、違えたら許さないよ)?」

 

『ああ、問題ない』

 

 睨みあうシンジと碇ゲンドウ。

 それは親子と言うよりも、漢と漢の睨み合いであった。

 

 

 

 

 

 




綾波レイ=サンフラグ、1本目、ぽっきりンゴー

2021/11/28 文章修正


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01-04

+

 敵である使徒は、水中は兎も角として、地上での進行速度は比較的遅かった。

 そのお陰で碇シンジは、出撃するに際して様々なレクチャーを受ける事が出来ていた。

 エヴァンゲリオンを操縦(シンクロ)する事を補助する、真っ白(プレーン)な男性用第1世代型プラグスーツを着込んでシンジは説明を受ける。

 とは言え、理解できるとは言わない。

 シンクロ率だの何だのとの専門用語過多で、情報を詰め込もうとしているのだから簡単に理解を超える(オーバーフロー)するというモノだ。

 故にシンジは、説明する赤木リツコを止めて要点だけを確認する。

 

思えば動くでよかな(思考制御と考えれば良い訳ですよね)?」

 

「それで間違っていないわ」

 

わかいもした(判りました)あとぁ武器じゃ、ないがあっとな(では、得物は何がありますか)?」

 

「今、準備できているのは内蔵している小型ナイフ(プログレッシブナイフ)だけね。それ以外はまだ鋭意開発中よ」

 

なんち(なんてことだ)………」

 

 頭を抱えるシンジ。

 冗談だよね? と縋る気分で赤木リツコを見るが、反応は、本当に申し訳ないと言う感じで首を横に振るだけであった。

 喉元まで汚い言葉(Four-letter word)が出て来るが、それをのみ込む。

 感情で罵声を飛ばすのは格好が悪い。

 そう素直に思っている、少年らしい矜持であった。

 代わりに溜息を1つ。

 

おはんさぁたぁ勝つ気があっとな(貴方たち、勝つ気あるんですか)?」

 

「ごめんなさいシンジ君。このエヴァンゲリオン初号機自体、ようやく完成させる事が出来た、まだそんな段階なのよ」

 

 戦えと言う。

 だが、武器はナイフ一本と言う。

 胆の据わっているシンジであるが、流石に乾いた笑いが出て来る。

 が、それ以上は口にしない。

 大人が素直に詫びて来たのだ。

 であれば、とそれ以上を言うのは野暮天だと思うからだ。

 乗ると言ったのだ。

 であれば何とかするしか無い、そう腹を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 第1発令所の中央に位置する第1指揮区画。

 そこへ戻ってきた赤木リツコは、急いでシンジとエヴァンゲリオン初号機とのマッチングを確認させる。

 

「状況報告」

 

 とは言え彼女の優秀な部下たち ―― エヴァンゲリオンを預かる開発局第1課の技官たちは、手早く作業を進めていた。

 

「赤木局長、機体各部の最終チェック、及びエントリープラグ(エヴァンゲリオン操縦槽)の最終チェック終了しました、34項目、全てに異常ありません」

 

 技術開発局第1課、その課長補佐に任じられた伊吹マヤ技術少尉がハキハキと報告する。

 まだ若いボーイッシュな雰囲気に似つかわしいキレの良さだ。

 

冷却水(L.C.L)排出準備に問題は?」

 

「今朝報告の合った第3ポンプですが、まだ不調のまま(コンディション・イエロー)です。予備機の使用で対処します」

 

「良いわよマヤ。その調子で頼むわ」

 

 肩を叩いて褒める。

 褒めて伸ばす。

 育ってもらわねばならぬのだ、伊吹マヤには。

 技術開発部技術開発局第1課とは、E計画担当部署 ―― 正確に言うならばエヴァンゲリオンの運用管理を担う部門()である。

 その管理者(課長)は、技術開発局自体を統括する赤木リツコが兼任していた。

 局長と言う立場故に、作戦中であっても局自体を管理し指示を出さねばならず、或いは作戦局第1課(実務部隊)へのアドバイザーを担う赤木リツコは極めて多忙な立場であった。

 であるからこそ、エヴァンゲリオンの運用管理に関しては、権限の譲渡が出来る程には伊吹マヤには育ってもらわねば困るのだ。

 故にスパルタ式に教育している赤木リツコ。

 伊吹マヤは、その教育に食いついてきている女傑の卵であった。

 

「ミサト、良いわね?」

 

 最終確認を、作戦局第1課課長である葛城ミサトに行う。

 汎用ヒト型決戦兵器、そう仰々しい冠の付いたエヴァンゲリオンと言う兵器は、完成したばかりであり、その運用は手探り状態であった。

 連続稼働はどれだけであるのか。

 適格者(パイロット)が何時まで搭乗していられるのか。

 そんな事も、まだ判っていない兵器なのだ。

 だからこそ慎重を期して、その起動シーケンスの開始タイミングは作戦的要求に合わせる事とされていたのだった。

 

 尋ねられた葛城ミサトは、使徒の位置を確認する。

 第3新東京市の外苑、強羅防衛ラインにまで迫っていた。

 正体不明の光学兵器を、仮面の如き部位から盛んに発射して来ている。

 遅滞戦闘に当たっている国連統合軍は、その高い練度から蹴散らされる事は無かったが、遅滞させる事に成功しているとはとても言えなかった。

 最早、一刻の猶予も無い。

 深呼吸を1つすると、命令を発する。

 

「進めて頂戴」

 

「了解、マヤ、エヴァンゲリオン出撃準備開始」

 

「はい。出撃準備、開始します!」

 

 打てば響くとばかりに、伊吹マヤは号令を出す。

 出撃準備始め! と。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)、各部正常位置にある事を確認』

 

『停止信号プラグ排出終了』

 

「機体状況は?」

 

『異常なし。トレンドグラフ、待機状態と変化見られず』

 

「宜しい、エントリープラグ挿入シーケンス開始せよ」

 

『了解。エントリープラグ挿入シーケンス開始します』

 

 初めての実戦という事で技術開発局第1課は慎重を期し、敢て準備速度よりも確実性を重視して普段通りの指さし確認と復唱を繰り返していく。

 迂遠かもしれない。

 だがしかし、急がば回れと言うのが正しい ―― 葛城ミサトもそれに同意していた。

 内心の焦燥は別にして。

 その気分を紛らわせる為に、隣に立つ赤木リツコに話しかける。

 

「シンジ君、良く乗ってくれたわね」

 

「そうね。彼、落ち着いているわ」

 

 感慨深く言う赤木リツコ。

 初めて見る事ばかりの筈なのに、全て、よか(構いません)! と言ってシンジは受け入れていたのだ。

 それが、他人の顔色を窺うなどの類でない事は彼女も理解していた。

 その直前の()()()()で、誰が何と言おうとも理屈が通らぬと思えば頑として受け入れない、そんな姿を見ていたのだから。

 胆力がある、そう評価していた。

 

「後はシンクロして、動かしてくれて、勝ってくれれば万々歳ね」

 

「気楽な上に欲深いわね」

 

「良いじゃない、人類には希望が必要よ?」

 

「そうね。なら、その時に備えて準備しておきなさいよ?」

 

「ナニを、よ」

 

()()

 

「う”………判ってるわよ」

 

 シンジがエヴァンゲリオン初号機に乗る対価として求めた事の片割れ、それが葛城ミサトによる謝罪であった。

 その事を理解はしている。

 拒否する気も無い。

 だが同時に、世界の危機であるのだから四の五の言わずに遣るべきだとも思っていた。

 要するに、頭を下げたくないと言う気分があったのだ。

 

 葛城ミサトの内心を、その付き合いの長さから容易に把握できた赤木リツコは、呆れたと嘆息する。

 それから、釘を刺す。

 

「シンジ君は鋭いわよ? 中途半端な謝罪だと逆効果になるわね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 深く深く深く、葛城ミサトはため息をつくのだった。

 

 

 

 責任者の無駄話は他所にして、NERV本部スタッフは誠心誠意、全力でエヴァンゲリオン初号機の発進準備を進めた。

 その最終段階、機体に挿入固定されたエントリープラグにL.C.Lが満たされ、そして始まるシンジとエヴァンゲリオン初号機の接続(コンタクト)

 

「第2次コンタクトに入ります………3、2、1、接続確認。A-10神経接続異常なし」

 

 伊吹マヤの宣言と共に始まった作業は、驚くほどにあっけなく成功する。

 

「L.C.L電荷率は正常」

 

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクトすべて問題なし」

 

「双方向回線開きます。シンクロ率46.3%」

 

 エヴァンゲリオンを運用する上で重要なシンクロ率も、起動(ライン)を易々と越えており、理論上での安定的な運用が可能な数値となっていた。

 

『初号機、起動します(目覚めます)!』

 

 ケイジのライブ映像で、鬼か或いは武者の兜を思わせるエヴァンゲリオン初号機の頭部、その人の目にも似たメインカメラに灯が点ったのが判った。

 エヴァンゲリオン初号機が自律的に情報収集を開始した事を示す。

 第1発令所の何処其処から歓声が上がった。

 起動確率0.000000001%、O-9(オー・ナイン)システム等とも揶揄されていた問題児が起動したのだ。

 感動もひとしおと言うものである。

 

「ハーモニクス、確認!」

 

 だが、だからこそ赤木リツコは油断しない。

 起動の先、運用に重要となってくる機体(エヴァンゲリオン初号機)とシンジの接続状況(ハーモニクス)を確認させる。

 伊吹マヤは満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「ハーモニクスすべて正常値、暴走ありません」

 

「行けるわよ、ミサト」

 

 自信を持って断言する赤木リツコ。

 その声に葛城ミサトは慌てて頷いた。

 愚にもつかぬ事を考えていたので、反応が少しだけ遅れた。

 それを誤魔化す様に、裂帛の気合を込めて発令する。

 

「発進準備始め!」

 

 その凛々しさに誰も気づかなかったが、葛城ミサトの脳内は、先のパイロットの思考形態に関する事で占められていた。

 シンジ君のアレ(方言)って日本語で良いんだ、と。

 人として図太いとも言えた。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン初号機が格納庫から出撃位置への移動を開始する。

 機体固定のロックボルトを解除し、機体を固定する拘束装置を除去。

 そして安全装置を解除していく。

 全ての作業に人が加わり、安全に、素早く、確実に行っていく。

 巨大なエヴァンゲリオン初号機の周りで走り回る人々。

 システムによる確認も大事であるが、人間による目視確認も極めて重要であるからだ。

 全高40mを超える、スーパーロボット然としたエヴァンゲリオンだが、その運用は人の力があればこそであった。

 

「EVA初号機、射出位置へ。固定確認。進路クリアー。射出システムオールグリーン」

 

「発進準備完了」

 

 伊吹マヤの報告を受け、自身でも確認(ダブルチェック)した赤木リツコが技術局第1課(エヴァンゲリオン管理部門)としての責任を負った最終的な報告を行う。

 ある種、儀式めいた行為であるが、これこそが大規模かつ複雑な物事を進める上で重要なのだ。

 

「了解」

 

 葛城ミサトは目を瞑り、深呼吸を1つ。

 それで、これから始まる、人類の存亡が掛かった大戦の重圧を逃す。

 

「かまいませんね?」

 

 目力を込めて振り返り、NERV総司令官たる碇ゲンドウに最終確認を行う葛城ミサト。

 厳しい顔で口を挟む事無く、エヴァンゲリオン初号機の発進準備を見ていた碇ゲンドウは、その目力と同等以上の気迫ある表情で、一切の躊躇なく許可を出す。

 

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。始めたまえ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 L.C.Lと言う液体に浸かると言う初めての体験に、興味深げにしているシンジ。

 実質、水の中ではあるのだが声を出す事も体を動かす事にも問題が無いと言う不思議技術の塊に、好奇心がかきたてられていたのだ。

 これより戦闘、戦うと言う事への恐怖は無い。

 否、無い訳では無い。

 だが、いやしくも(薩摩兵子)やる(ひっ飛ぶ)と決めたのだ。

 であれば突貫すれば良いと開き直っていたのだ。

 

泣こよかひっとべじゃ(進むべきは前だけだ)

 

 エントリープラグに浮かんだ操縦席(インテリア)、その操縦桿(グリップ)を握りしめる。

 刀も無ければ銃も無い。

 決戦兵器なんて御大層な名前に負ける、徒手空拳ではあったが、力はあると言う。

 ならば殴り倒そう。

 使い方の判らないナイフは使わない。

 なにがしの咄嗟の時に失敗する可能性が高いからだ。

 エヴァンゲリオンは考えれば動くと言う。

 であれば、喧嘩と一緒だとシンジは考えていた。

 違うのは命を奪うという事。

 そして、奪われる可能性があると言う事。

 

 だからシンジは笑う。

 口元を笑う形へと歪めるのだ。

 歯を食いしばって緊張していては余計な力が入ってしまう。

 笑って、笑いながら、全力を振るうのだ。

 

『シンジ君、準備は良い?』

 

 と、エントリープラグ内に通信ウィンドが開いた。

 相手は葛城ミサトだ。

 どういう原理か、シンジには理解出来ないが、通信画面が浮いている。

 しかも、アニメなどではお馴染みだが、現実には見た事のないTV電話の様に相手の顔が見える。

 素直に凄い技術だと思いながら、返事をする。

 

何時でんよかど(何時でも大丈夫です)

 

『緊張してない?』

 

なか(ありませんよ)

 

 平常心、その言葉通りの表情をしたシンジに、葛城ミサトは画面越しに頭を下げる。

 改めて見て思ったのだ。

 子どもだ。

 子どもなのだ。

 自分の命令で死地に放り込む相手は子どもなのだと言う事を。

 

『………乗ってくれてありがとう。心から感謝するわ』

 

よか(構わないですよ)自分できめたこいじゃ(自分で決めたんです)きにせんでくいやい(気にしないで下さい)

 

『それでも、よ』

 

 シンジは自分で決めたとは言う。

 だが乗れと頼み込んだのは自分だ、自分たち大人なのだ。

 その事を忘れられる程に葛城ミサトと言う女性は恥知らずでは無かった。

 深呼吸を1つ。

 そしてシンジに命令を出す。

 

『シンジ君、私の合図から10カウント(10秒後)、エバー初号機を射出します。覚悟は良いわね?』

 

よか(何時でもどうぞ)

 

『宜しい。ではエヴァンゲリオン初号機、発進はじめ!!』

 

 

 

 

 

 使徒迎撃を目的とした要塞都市として生み出された第3新東京市。

 莫大な予算と資材、そして科学技術の粋を集めて生み出された本来の役割を、今、十分に発揮していた。

 ビルに偽装した兵装システム。

 都市周辺に、丁寧に隠蔽された火点群。

 だが一番に重要なのは、箱根山観測所を中心に直径20㎞の円状に構築されている地上設置の情報収集システム群である。

 戦場の霧など許さぬとばかりに徹底して構築されたソレは、NERV本部第1発令所に鎮座する第七世代有機スーパーコンピュータMAGIによって管制管理されている。

 最大の戦力倍増要素と言えた。

 

 その情報を元に、第3新東京市近郊に展開していた国連統合軍(UN-JF)極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)は効果的に戦闘を行っていた。

 主力となるのは機械化された野砲部隊だ。

 MAGIによる演算支援とネットワーク下で運用されるが為、反撃を警戒しながら好き放題に展開/撤収し射撃を繰り返すのだ。

 その様は、行っている極東軍将兵ですら呆れ、そして恐れるレベルとなっていた。

 MAGIが派遣されてきた各部隊の砲が持つ情報を収集している為、展開場所から即座に、試射も無しに効力射が可能な諸元を送ってくるから出来る早業だった。

 山々を盾にして、目視出来ない場所から叩き込まれる155㎜砲弾群に、使徒は手を焼いていた。

 痛打を受ける訳では無い。

 だが、反撃が届かないのだ。

 ウロウロと周りを見て、砲弾の来る方向へと反撃とばかりに光線砲 ―― MAGIによれば荷電粒子砲と思われる大威力兵器を発砲する。

 だが山に阻まれて砲兵部隊には届かない。

 着弾点の地形が変わる勢いの大威力だが、幾つもの山と、その山々に作られた防護構造体(べトン・コンプレックス)が被害が出る事を許していなかった。

 

 そんな野砲部隊の目的は、無論、使徒撃滅では無い。

 可能であれば行いたいと思ってはいたが、155㎜砲弾では使徒に痛打を与える事が出来ない事も理解はしていた。

 故に砲撃は、かく乱と足止めが目的であった。

 撃ち込んでいる砲弾の約半分は、この使徒との戦いに備えて開発された各種の()()()であった。

 使徒がどの様な手段で周囲を把握しているのか判らぬ為に光学電波熱探知その他、様々な情報を遮断できそうなモノを詰め込んだモノであった。

 採算度外視どころでは無い高額弾を、砲兵部隊はバカスカと気持ちよく叩き込んでいた。

 そこに、府中作戦指揮所を介してNERV本部発令所から指示が来る。

 ネットワークによる通達も行われるが、昔ながらの通信 ―― 音声でも伝達が行われるのだ。

 

「NERVより通達! 作戦は現時刻を以て第2段階へと移行するとの事です」

 

 通信機にかじりついていた兵が声を上げた。

 その声に触発され、この場に居る将兵が感嘆の声を上げた。

 

「噂の秘密兵器(プリマドンナ)のお出ましか」

 

「N²弾にすらケロッと耐えた化け物だ、どんなモンかは知らんが大丈夫かね?」

 

「期待するしかあるまいよ」

 

 雑談めいた会話も起こる。

 だが、指揮官だけはそれに乗らない。

 冷静に仕事を命じる。

 

「宜しい。各隊へ砲撃中止、及び迎撃作戦フェーズ3への移行を伝達せよ!」

 

 慌てて止まっていた所から再動する将兵たち。

 尤も、その気持ちも分かる為、口やかましい所のある指揮官も何を言わない(叱責を口にしない)

 

「指揮所を動かしますか?」

 

 参謀の1人が確認する。

 だが指揮官はそれを、首をふって否定する。

 

「今はまだ良かろう。状況の展開速度が読めないからな」

 

 指揮所を動かしている途中で砲支援が要求されては困る。

 そう言う話であった。

 

「それに、動く事自体は簡単だからな。その時に行えば良かろう」

 

 余裕を持っていう指揮官。

 その態度もある意味で、当然であった。

 砲兵部隊の指揮所は、天幕などではなく、改造された指揮用装輪装甲車(WAPC)でもなく、専用の大型装輪指揮車であった。

 機動運用が前提の砲兵部隊、それ故の装備だ。

 弾片防護程度しか想定していない軽装甲のソレは、無骨な箱型をしたソレは窓の無いバスの様な車両であった。

 特別にそこまでしている理由は、展開速度の為であった。

 

「観測部隊から連絡! 秘密兵器視認!!」

 

 ネットワーク化された先の部隊が得た情報が、指揮所の壁に掛けられたディスプレイに表示される。

 望遠である為、小さく見える人型の決戦兵器エヴァンゲリオン。

 連携する相手として情報は渡されていたが、実際にその姿を見るのは初めてなのだ。

 指揮所の誰もが目を奪われた。

 

「NERVのお手並み、拝見だな」

 

 指揮官がひとりごちた。

 

 

 

 

 ガツンと来た衝撃に、シンジは自分の乗った機体が地表に出た事を知った。

 

「っ!」

 

 地下(ジオフロント)にあるNERV本部から地上までの行程は、リニアカタパルトによる射出的出撃と言う無茶苦茶な手段で行われており、その猛烈なG(重力加速度)は、さすがのシンジにも驚きを味わせていた。

 車などとはけた違いの、先ほどに乗ったヘリコプターとも違う、その衝撃は何とも凄いものであった。

 とは言え、ここは戦場。

 驚いてばかりは居られない。

 敵、使徒を睨む。

 彼我の距離、約1000m。

 距離があるようであるが、共に40m近い巨躯である為に指呼の距離と言えた。

 

 黒い、首の無い人型。

 そう評すべきデザインをした使徒は、エヴァンゲリオンの出撃に、動きを止めている。

 発砲すら止まっている。

 確認 ―― 此方を窺っているのだろう。

 

『いいわね、シンジ君?』

 

よか(何時でもどうぞ)!」

 

『最終安全装置、解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

 最後までエヴァンゲリオン初号機を固定していた拘束ユニットが解除される。

 自律して大地に立つエヴァンゲリオン初号機。

 

『シンジ君、今は歩くことだけ考えて!』

 

 赤木リツコの声。

 だがシンジは答えない。

 それどころではない。

 相手の、使徒の意識が此方に向いている事を感じるからだ。

 チリチリとした、針で刺される様な感触。

 殺意だ、殺意を感じるのだ。

 シンジは口元に深く笑みを刻む。

 敵。

 ならば行くのみ、そう腹を決める。

 

チェストじゃ(行く、行くぞ)

 

 滾るシンジの意志に呼応して奔り出すエヴァンゲリオン初号機。

 対応する様に使徒も動き出す。

 突進してくる。

 

『シンジ君、慌てないで!? 今は_ 』

 

『__ 』

 

『____ 』

 

 葛城ミサトや赤木リツコ、外野が何かを言っているが、意識から追い出す。

 不純物を抱えたままに戦える程、シンジは自分が出来ているとは思っていないからだ。

 意識を眼前の敵にのみ集約する。

 何も聞こえない世界。

 

「キィィィィィィィィィッ エィッ!!」

 

 猿叫。

 自然と喉から迸った叫びが、無音の世界でシンジ自身を鼓舞する。

 怖いと言う意識すら霧散する。

 

 踏み込み、殴る。

 当たらない。

 シンジは見た、拳の先に光るオレンジの壁を。

 岩にでもぶつかったかのように、勢いが止められたエヴァンゲリオン初号機。

 押し込もうとするシンジ。

 押し込めない。

 更に力を籠めようとした瞬間、突然に光の壁が消える。

 

「っ!?」

 

 バランスを崩したエヴァンゲリオン初号機。

 そこに、使徒の腕が襲ってくる。

 殴り掛かっていた右腕を、握りつぶさんばかりの力で摘ままれる。

 だが、シンジが対応しようとする前に、使徒は自らの右腕でエヴァンゲリオン初号機の頭部を掴んだ。

 掴んだままに持ち上げる。

 恐ろしいまでの力。

 シンジの眼前、エントリープラグの内壁一杯に、頭部を掴んだ使徒の腕が映っている。

 初めて味わう腕と頭の痛み。

 悲鳴を、歯を食いしばって耐えて、脱出を図る。

 が、それよりも先に使徒が攻撃を重ねて来る。

 光る(パイル)だ。

 3連撃。

 今までに味わった事の無い痛みにシンジの反応が低下した機を得て、一気に打ちぬかれた。

 吹き飛ぶエヴァンゲリオン初号機。

 

 

 

「シンジ君!」

 

 悲鳴の様にシンジの名前を呼ぶ葛城ミサト。

 だがそれが目立つことはない。

 第1発令所の誰もが声を上げて戦況画面を見ていたのだから。

 或いは呆然と見ていた。

 そうでないのは赤木リツコ、そして彼女の支配する技術局第一課、特にエヴァンゲリオンを担当するE計画担当班であった。

 出来る事があるのに、呆然としている暇はないのだ。

 

「EVAの自律防御システムは?」

 

「駄目です、作動しません」

 

 打てば響くとばかりに、赤木リツコに応える伊吹マヤ。

 ネットワークエラーの文字が、伊吹マヤの制御ディスプレイに表示されている。

 他のシンジのバイタル確認やエヴァンゲリオン初号機の状態表示も一部、おかしくなっている。

 機器故障、こんな時にと歯を噛みしめる赤木リツコ。

 どれ程に綿密に整備しても、機械的故障は発生する。

 起きて欲しくない、最悪の(タイミング)を狙ってくる。

 

「支援射撃はっ!?」

 

「無理です、初号機と使徒との距離が近すぎます!!」

 

「ミサイルは?」

 

「現在射耗分の再装填中、はやくても20分は必要との事です」

 

「ちっ、緊急回収は!?」

 

 緊急回収とは戦闘時を想定したエヴァンゲリオン回収手段であった。

 無人作業車両による牽引で大型エレベーターへとエヴァンゲリオンを移送し、回収しようと言うシステムだ。

 だが残念、今は出来ない。

 

「無理です、使徒の攻撃で回収車両庫が大破しています!」

 

 葛城ミサトの副官を務める日向マコト少尉が、確認して声を上げる。

 不運な事に、先の使徒の攻撃で吹き飛んでいたのだ。

 格納庫に用意された監視カメラも、情報が途絶している。

 

「くっ」

 

 歯を噛みしめる葛城ミサト。

 この手づまりの状況でどうするべきか。

 どうやって使徒を倒すか、そう考える葛城ミサトの表情は、いっそ般若の如き狂貌となっている。

 

 まだエヴァンゲリオンは残っている。

 エヴァンゲリオン零号機。

 とは言え戦闘用では無く、技術試験と実験用の機体だ。

 しかも、1月以上も前に事故を起こして凍結中だ。

 シンジを回収し、これを復帰させ迎撃する。

 それまでの時間を稼ぐ為、第3新東京市の地表を焼き払ってでも使徒を止める。

 腹をくくったミサトが意見具申をしようとした時、大地を揺るがす咆哮があがる。

 

-フォオォォォォォォォォォォォォオオオオオン!!-

 

「初号機です! 顎部ジョイント破損!!」

 

「まさか、暴走!?」

 

 第1発令所の主状況表示ディスプレイに大写しになるエヴァンゲリオン初号機。

 立ち上がり、天に向かって吠えている。

 一通り吠えると、使徒を睨みだす。

 睨みつけながら体をゆっくりと前かがみにする。

 走りだす。

 重心を落とした獣のような疾駆。

 使徒が光線砲で迎撃するが、その全てを掻い潜る。

 否、跳ねもする。

 低く狙われた一撃を、大地を蹴り、そしてビルを蹴って横っ飛びをする。

 そして前へ。

 まるで獣の様だ。

 赤木リツコの言った()()と言う言葉が実に似合う動きをしている。

 

 

「勝ったな」

 

「ああ」

 

 混乱のるつぼと化した第1発令所にあって、冷静さを残しているのは2人だけだった。

 NERV総司令官の碇ゲンドウ、そして副司令である冬月コウゾウだ。

 2人は太々しい表情でエヴァンゲリオン初号機を見守る。

 

「彼女の目覚め、か」

 

「ああ。全ての始まりだ」

 

 

 獣めいたエヴァンゲリオン初号機に、距離を取っての光線砲では埒が明かぬと思ってか、使徒が前に出てくる。

 両腕を突き出して前に出る。

 先ほどの様に掴んでの光槍(パイル)攻撃をしようというのか。

 

「リツコ状況はっ!?」

 

「今、機体とのリンクを回復させているから」

 

 正副の回線が共に途絶している為、緊急時用の短距離通信システムによる予備リンクを立ち上げさせる。

 第3新東京市の情報収集ネットワークに乗る形で繋がる為、非常時以外では出来るだけ使用しない様にとされている回線であった。

 

「急いで!」

 

 必死になる葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機は、伸びて来た腕を掴んで押し倒す。

 馬乗りになる。

 

-オォォォォォォォンッ-

 

 再度の咆哮。

 馬乗りに跨って(マウントを取ってから)は、手ひどい暴力が吹き荒れる。

 ただひたすらに、上から拳を叩き込むエヴァンゲリオン初号機。

 それは単純な暴力であり、凄惨さすら漂わせている。

 使徒が両手で抵抗しようとするが、それを折り、もぎ取り、投げ捨てる。

 光線砲を打てば、その発射口 ―― 仮面のような、顔のような場所を叩き割って止める。

 暴力。

 正に暴行と言うべき惨状だ。

 

「来ました! リンク回復、01(エヴァンゲリオン初号機)………あっ」

 

 絶句した伊吹マヤ。

 同じ画面をのぞき込んでいた赤木リツコも言葉を出せないでいる。

 どれ程にヤヴァイ状況なのかと葛城ミサトは冷や汗を感じざる。

 

「シンジ君は、機体は大丈夫なの!?」

 

 だが、返答は無常だった。

 無情でもある。

 

「あ、はい。あの、葛城中佐、()()()()です」

 

「ゑ?」

 

「正常なんですっ!」

 

 念を押すように報告する伊吹マヤ。

 と、日向マコトがエヴァンゲリオン初号機 ―― エントリープラグとの通信回復を報告してくる。

 

「リンク回復! モニターに表示します」

 

「シンジ君!!」

 

 伊吹マヤは、狂ったように暴れるエヴァンゲリオン初号機が正常であると言う。

 それを信じきれない葛城ミサトは、自分の目で見るのが一番であると信じ、表示されたエントリープラグを見た。

 

『キェッ! キェェッ!! キェッ!!!』

 

 シンジが居た。

 狂ったように高機動モードへ変更した操縦桿(グリップ)を振り回し、奇声を挙げている。

 狂相と言う言葉では生ぬるい程に狂気めいた顔であり、行動であった。

 

「えっと、正常?」

 

「はい。ハーモニクス、バイタル、全てが正常の範囲内です………すいません」

 

 何ともいたたまれないと言った風に肩を小さくして報告する伊吹マヤ。

 それまでの悲痛な雰囲気とは違う、微妙な雰囲気が第1発令所を支配した。

 葛城ミサトは、小さく言葉を漏らした。

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 尚、この使徒は、このリンク回復から3分後に、エヴァンゲリオン初号機の暴力によって沈黙する(撃破される)事となる。

 

 

 

 

 

 




暴走だと思った?
残念!
只の暴力でした!!


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01-Epilogue

+

 碇シンジは病室に寝かされていた。

 別段に怪我をしただの、失神しただのと言う理由では無い。

 エヴァンゲリオンに搭乗したから、そして生まれて初めてL.C.Lに浸かったのだから目や耳、口から始まって肺まで。

 粘膜その他に異常が無いかの確認をせねばならぬからであった。

 実に面倒くさい事であった。

 L.C.Lは人体に悪い影響はないとされている。

 実際、シンジの先任となる適格者 ―― 1人目(1st)の綾波レイにせよ2人目(2nd)の惣流アスカ・ラングレーにせよ、大きな問題が発生していると言う報告は無い。

 報告は無くとも、確認だけはしなければならない。

 何より、この先任2人は共に女の子なのだ。

 初めての男の子、又、体質の差もあるかもしれない。

 医療スタッフ、そしてエヴァンゲリオン関連技術を統括する技術局第1課E計画担当(部門)が神経質になるのもある種、当然であった。

 

 後、健康診断も兼ねて行われたソレの結果、流石に疲れたシンジは空き病室で寝入っていたのだ。

 歳の割に体を鍛えているシンジではあるが、流石に1日で鹿児島から関東へ移動し、飛行機に乗ってヘリコプターに乗り、そしてエヴァンゲリオンに乗るとなれば疲れると言うモノだ。

 特に、命の掛かった実戦をしたのだから。

 気持ちよさげに寝ているシンジ。

 監視カメラでその様を確認した赤木リツコは、少しだけ羨まし気に笑った。

 笑って、もう冷えてしまったコーヒーを飲む。

 苦みすら薄くなったソレは、彼女が長く仕事を続けている証拠でもあった。

 

 壁に掛けられた時計は、0300(午前3時)を回っている事を示している。

 技術局第1課室。

 白を基調とした壁紙が、部屋をますますもって広く感じさせる。

 伊吹マヤなどの手の空いた職員は先に帰らせている為、独りぼっちとなっている室内で赤木リツコは淡々と、各部署から上がってきた情報を精査、判断を下していく。

 自分用の執務室もあるのだが億劫になってしまい、先ほどまで議論(ディスカッション)をしていたこの部屋で指示をした為、資料を纏め、諸々の作業を行っていたのだ。

 いい加減、脳みその働きが低下している事は赤木リツコも自覚していたが、そこは明日に昼寝をしておけば良いと判断していた。

 それよりは明日、日が登って以降の各部に対する指示を纏めておく方が先決であると考えていたのだ。

 初陣を勝利で飾ったエヴァンゲリオン初号機。

 だがその次の戦がいつ起きるのか、誰も判らない。

 明日かもしれない。

 来週かもしれない。

 来月かもしれない。

 来年かもしれない。

 ()()()()()準備を怠れないのだ。

 

 責任(管理)者の仕事は、終わる事は無い。

 と、開けっ放しだった第1課室の扉をくぐって、同じ立場の人間(責任者)がやってくる。

 

「お疲れ様! コーヒーを飲みに来たわよ!!」

 

 空々のカラ元気率100%を振り撒く、戦闘部門の責任者である葛城ミサトだ。

 目元には隈が出来ている。

 とは言え、それを赤木リツコが視認する事は無い。

 資料を纏める為、パソコンのディスプレイを睨み続けているのだから。

 機械的に、口が返事をする。

 

「構わないけど自分で淹れてね」

 

「………カラって事ね。お疲れ様」

 

 コーヒーサーバーが空になっているのを確認した葛城ミサトは、手慣れた仕草で代替品(インスタントコーヒー)を用意する。

 局長の薫陶よろしくコーヒー党の多い技術局第1課であるが、であるが故に、非常用の備蓄も準備されているのだ。

 

「で、甘いものでもどぅ? 作戦局からの感謝のしるしって事で」

 

 此方も非常用と言う名目で、葛城ミサトが作戦局第1課の経費でたっぷりと買い込んでいたチョコレートバーだった。

 とは言え、作戦局第1課は飲兵衛が多い ―― 辛党の巣窟である為に甘いモノは余り気味であったので、賞味期限が近いものを()()と称して持ち込んできたのだ。

 無論、飲兵衛が多いのは()1()()()()の影響であった。

 

「あら、気が利くのね」

 

 無論、葛城ミサトと貴様俺(マブ)な関係である所の赤木リツコは、そこら辺の諸々を把握した上で受け入れる。

 休憩とばかりに席を離れ、チョコレートバーに手を伸ばした。

 

「糖分は脳みそを働かせるのに重要よ?」

 

「それは否定しないわ。ソッチは帰らせたの?」

 

「日が変わる前には強制的にね。キチンと寝ないと正しい分析は出来ないもの」

 

 初めての使徒との闘い。

 そこで得られた知見を元に、作戦局は第3新東京市をより戦いに向いた要塞都市へと生まれ変わらせる積りであった。

 主戦力 ―― 実際に稼働したエヴァンゲリオンの運用データも重要だ。

 

「あら、じゃぁミサトは?」

 

「UN及び国連向けのレポート。出来るだけ素早く上げないと厄介事に育つんだもの、やるしかないわよ」

 

「あら、私はてっきり()()だと思ってたわ」

 

「うっ…………」

 

 ばつが悪そうに頭を掻いて笑う葛城ミサト。

 流し目でソレを見た赤木リツコは、小さく笑うと、そっと、1つの機械を取り出した。

 小型の、マイクとイヤホンが一体化した小型無線機だった。

 

「出来てるわよ」

 

「リツコォ!?」

 

 感謝感激と言わんばかりに相好を崩した葛城ミサト。

 抱き着かんばかりの勢いだ。

 

「守衛局の通信機を改造して、MAGIとの専用回線を用意しているわ。当然、MAGIでも専用の計算領域を確保させてあるわ」

 

「助かったわ、リツコ、本当に感謝!」

 

 それは通信機であった。

 だが相手はMAGI。

 その主目的は翻訳だ。

 シンジの方言(かごしま弁)を理解する為の。

 

「謝罪するにしても、この後で指揮するにしても、あの子の言葉が判らないとどうにも出来ないもの。サイコーよ、リツコ! 愛してるわ」

 

「愛は返品ね。変なモノを押し付けられても困るもの」

 

「まーまー 感謝だけは本気よ?」

 

「判ってるわよ。だけど、シンジ君の言葉、全く理解出来無いの?」

 

 訝し気に聞く赤木リツコ。

 才媛と言う言葉に偽りなしの彼女にとって、シンジの言葉は難しくはあっても理解出来ない言葉では無かった。

 そして同時に、知性と言う意味では葛城ミサトを評価する面があった為、翻訳システムを揃えて欲しいと頼まれたのが意外だったのだ。

 葛城ミサトは大学進学後、NERV ―― 当時のGEHIRNを経由して国連統合軍に派遣され、そこで鍛えられているのだ。

 当然、日本語だけではなく国連の公用語扱いである英語や、果てはドイツ語まで堪能になっていたのだ。

 それが少し訛りがキツイとは言え、地方言語(方言)如きに手こずるとはと思っていたのだ。

 

「ある程度は判るわよ? でもチョッち細かい所が難しいのよね」

 

 その細かい所が、意思疎通をする上で大事だと言う。

 

「そういうものかしら?」

 

「そういうモノよん。これで明日はバッチリね」

 

 

 

 

 

 翌朝。

 目覚めた後のシンジは、普通の病室とは違う、上等な調度で纏められたゲスト(VIP)用の病室に移らされ、そこで薄味では無い、検査入院者(健常者)向けの朝食を食べていた。

 日本式の手の込んだものだ。

 米飯、味噌汁、目玉焼きに焼きサバの半身。

 一見すると質素だが、どれもこれも天然(ホンモノ)の高級品である。

 

 凄いものを食べる事になったと感動しつつ、だが生来の躾の影響で、下品では無い範囲で手早くかっ喰らっていた。

 それから病院服からNERVの訓練服 ―― 薄灰色のスウェットの上下に着替える。

 着て来た中学校の学生服は、強行軍の旅塵にまみれて居たのでNERVのスタッフの1人が気を利かして洗濯に回していたのだった。

 リラックスする格好と言う意味では、このスウェットと言うものは良かった。

 只、余りにも気楽いが故に、この部屋の調度からすると浮いてはいた。

 尤も、シンジは気にして居なかったが。

 本革にも似た合皮のソファに座ってTVを見ている。

 故郷である鹿児島とは全く異なるTV番組は、実に物珍しかった。

 或いは違和感があった。

 特に、天気予報に桜島の噴煙予想が無い事が、遠くへ来た事を実感させていた。

 昨日は強行軍であった為、長距離の移動を実感する間が無かったのだ。

 

 と、扉が叩かれた。

 

よかど(どうぞ)

 

 麦茶を片手に軽く返すシンジ。

 扉から入ってきたのは、NERVの赤い正装(佐官級作戦課制服)を着込んだ葛城ミサトだった。

 襟元までキチンとボタンを閉め、帽子まで被っており、一部の隙も無かった。

 

「朝からゴメンね、シンジ君」

 

ひまやったでよかよ(暇だったので問題ありませんよ)

 

「ありがと」

 

 出来る女の顔を崩さぬまま、内心で葛城ミサトはガッツポーズをした。

 髪で隠すようにして耳に差し込んだ透明なイヤホンが、殆ど時間差(タイムラグ)なしに明瞭な翻訳を伝えてきたからだ。

 赤木リツコに全力で感謝を捧げつつ、真面目な顔で言葉を紡ぐ。

 

「なら、ごめん。立ってもらえる?」

 

 その言葉、仕草、表情で察したシンジは丁寧な動作で立ち上がって直立不動 ―― 気をつけの姿勢を取る。

 シンジの心根を理解した葛城ミサトは、敬礼を行う。

 国連統合軍の教本に乗りそうな程に、綺麗な所作であった。

 そして、深々と頭を下げた。

 

「碇シンジ君、今回の一連の出来事に際し、貴方の意思を尊重する事無く、強引に物事を進めた事を、ここにお詫びします」

 

「………」

 

「貴方に来て貰わねば、人類に未来は無かった。昨日、人類は終わってたかもしれない。だから、強引であっても貴方を連れて来た事自体は恥じません。ですが、もう少し丁寧なやり方があったのではないか、そう昨日は考えました。だから、ごめんなさい、シンジ君」

 

 使徒との闘いは人類の存亡が掛かった事だ。

 その意味で適格者は、如何なる手段をもってしても確保しなければならない。

 全ての人類が天秤の片側に乗るのだ、であれば1人の人間の自由意志など尊重はされても優先される筈も無いのだ。

 だがしかし、であってもやり方と言うものがあった。

 葛城ミサトは自分がシンジを迎えに行った時に落ち着いて居られなかったのだと、最初の使徒戦役が終わって初めて理解したのだ。

 国連や日本政府の看板(代紋)で押しつぶすのではない、別のやり方が。

 シンジの反発を見て、そして戦闘が終わって冷静になって漸く、理解したのだった。

 だからこそ、真摯に頭を下げたのだ。

 

「………わかいもした(判りました)

 

 その事を理解したシンジは、葛城ミサトの謝罪を受け取ったのだった。

 

 

 謝罪と和解。

 そして改めて葛城ミサトはシンジに対して、NERVの事、エヴァンゲリオンの事、使徒の事を説明していく。

 どれもこれも複雑な背景その他があって簡単な話では無かった。

 幸いな事にこの部屋は、座って語るには都合の良いソファ等の調度が揃っていた。

 だから葛城ミサトはルームサービスでコーヒーを持ってこさせると、シンジをリラックスさせながら永い説明をするのだった。

 シンジはそれらを黙って聞き、時折、疑問に思った事を質問した。

 葛城ミサトは質問には真摯に答えた。

 その上で判らない事は、判らないと素直に答え、その上で後日の回答を約束するのだった。

 昨日とは打って変わっての和やかな雰囲気で行われる説明会(ディスカッション)

 それは昼を過ぎるまで続いた。

 

「ごめんね、永くなって。シンジ君、お昼を食べにいかない? 奢るわよ」

 

あいがとござさげもした(ありがとうございます)じゃっどん(ですけど)最後に1ぉあっとよ(最後に1つ聞く事があります)

 

 質問。

 いや、質問では無い。

 

ゲンドウはどこにおっとな(碇ゲンドウはどこに居ますか)?」

 

 葛城ミサトは、その言葉に撃鉄が上がるのを幻視した。

 

 

 

 

 

 NERVの総司令官碇ゲンドウは極めて多忙である。

 エヴァンゲリオンの運用や、部内での調整に関しては優秀な部下に任せる事が出来るが、そうでない部分、対外的な交渉その他は碇ゲンドウが行わねばならぬ事であった。

 特に、SEELEとのソレは、余人をもって代え難い事なのだ。

 第1報は既に上げている。

 だがそれだけでは足りない。

 葛城ミサトや赤木リツコが纏めて来た資料を基に、第2報を用意する。

 それは、本日の夕方に予定されている、ネットワークを介したリアルタイム会議に向けての作業であった。

 NERVとSEELE。

 組織の深淵に関わる部分であるのだ、碇ゲンドウが直接行う他ない所であった。

 

 そんな忙しい碇ゲンドウの下に面会の要請が舞い込んできたのは、太陽が頂点を過ぎてしばらくたった頃。

 そろそろ昼飯でも用意させようかと思った頃であった。

 

「誰だ」

 

 温度の感じられない声で、秘書官に尋ねる。

 答えは、シンジであった。

 葛城ミサトが連れて来たと言う。

 

「後にさせろ、今は忙しい」

 

 切って捨てるが如き言動をみせる。

 だが残念ながらも通らない。

 

なんちな(何を言っている)?』

 

 秘書官の居る席との直通通話機が、冷え冷えとしたシンジの声を伝えた。

 

「シンジか。私は今忙しい。子どもに付き合っている暇はない」

 

二言はなかちゆたとはだいよ(約束は違えぬと言ったのは誰だ)?』

 

「………」

 

 その言葉で、碇ゲンドウも思い出す。

 使徒を叩いた後に殴らせろと言っていた事を。

 子どもの癇癪だ、そう判断していた。

 だから、態々にやってくるとは想定していなかったのだ。

 

 面倒くさい。

 本質的に他人と言うモノを嫌っている碇ゲンドウは、例え血を分けた息子であっても、触れ合う事に恐ろしさを覚えるのだ。

 それは、世界との窓口であった碇ユイを喪って以降、特に顕著になった事であった。

 碇ユイさえいれば良い。

 それ以外は無意味であり無価値である。

 呆れるほどに凝り固まった碇ゲンドウの対人観、そう言うべきモノであった。

 

「後にしろ。今、私は忙しい。お前も子供では無い筈だ」

 

ぎをたるんな(言い訳をするな)おとなやればこそやっが(大人なればこそ、約束は守れ)

 

 シンジにひく気はない。

 頑なであり、強硬である事を声色で理解した碇ゲンドウは、問答を続けることの億劫さ、面倒くささから秘書官に案内する様に告げた。

 

 

 

「シンジ、殴りにきたのか」

 

他に何があっとな(それ以外の理由は必要を感じられない)黙って顔をだっしゃい(歯を食いしばって顔を出せ)

 

 交渉の余地など微塵も無いシンジの態度に、付き添って来ていた葛城ミサトは我が事では無いにも拘わらず背中に冷や汗を感じた。

 相対した時の迫力と言う意味で、碇ゲンドウは相当なモノがあったが、碇シンジのソレはより即物的な雰囲気であった。

 赤、血の色、暴力の匂いが漂っている顔だ。

 その右手はご丁寧に、病院でもらったバンテージでガチガチに固められている。

 本気だ。

 本気で殴る積りなのだ。

 

 その事に気づかぬ碇ゲンドウは、自分の死刑執行状にサインをする。

 

「…………良いだろう。好きにしろ」

 

 執務机から立ち上がり、シンジの(もと)へと歩いてくる碇ゲンドウ。

 若い頃からの悪癖 ―― 喧嘩っ早さからくる喧嘩慣れは、碇ゲンドウに余裕を与えていた。

 例え体を鍛えていても、齢14の子どもに何が出来る。

 そう言う気分があった。

 

 広いNERV総司令執務室で相対する碇ゲンドウとシンジ。

 彼我の距離は約3m。

 互いの後方には冬月コウゾウと葛城ミサトが、それこそ立会人の如く立つ。

 さながら決闘の風情があった。

 

顔をさげやいや(顔を下げろ)

 

「その約束はしていないな」

 

そうな(そうか)ならしかたなかな(なら仕方がない)

 

 何でもないかの様に告げたシンジが、次の瞬間に踏み込んだ。

 膝では無く、足の裏を使った無拍子の踏み込み。

 それに碇ゲンドウは対応出来ない。

 大学生の時分から喧嘩を避けなかった碇ゲンドウは、そうであるが故に自信があった。

 だがそれは()()()()()、体系化された技術によって効率化した人間の格闘術では無かった。

 故に対応しきれない。

 

 踏み込んだシンジは、膝を沈めてバネをためる。

 下から上へ打ちぬく為。

 

「キェッ!!」

 

 長身の碇ゲンドウ、その顎先を狙ったシンジの一撃は狙い誤らぬ。

 見事に打ちぬいた。

 

「ガフッ!?」

 

 堪らず、前へと膝をつくように体が折れた。

 丁度、シンジの眼前へと碇ゲンドウは顔を突き出すように四つん這いになる。

 シンジの狙い通り。

 である以上、後は一切の躊躇、一切の容赦なく拳を突き立てる。

 

「キェアッッッ!」

 

 正拳突き、ではない。

 近すぎた。

 だからシンジは、コンパクトに打ち込める肘を選択。

 その素早い判断と挙動は、冬月コウゾウにせよ葛城ミサトにせよ、止めるのが間に合わぬほどであった。

 そもそも、ここまで強烈(シュート)な一撃をシンジが(息子が父親に)行うと想像できる筈も無い。

 故に、シンジの追撃は綺麗に決まる。

 ショートなスイングと共に、右の肘は碇ゲンドウの口元へと叩き込まれるのだった。

 

 

 

 

 

 世界を牛耳るSEELE。

 その最高会議直々に行われた、NERVの使徒戦に対する()()()()()()の雰囲気は、ある種、和やかなモノであった。

 

「しかし碇君、NERVとEVA、もう少しうまく使えんのかね? 無理をしろと言っている訳では無い」

 

「零号機に引き続き、初陣で破損した初号機の修理代。そして第3新東京市の被害。国が一つ傾くよ! いや、君が良くやっているという事は理解している」

 

「それに君の仕事はこれだけではあるまい。人類補完計画、これこそが君の急務だ。無論、健康を大事にしてだがね」

 

 皮肉では無く、直接的な嫌味を言いつつも、後段にフォローを付ける。

 SEELEのメンバーは電子会議ではあっても、互いの顔を見合わせて、温情を付け加えた言葉を碇ゲンドウに与えていた。

 それ程に酷い事になっていた。

 口は包帯で固められ、目の周りには青あざが出来ている。

 眼つきも心なしか悄然としている。

 才覚があり、やり手のオトコ(タフネゴシエーター)として知られていた碇ゲンドウとは思えぬ姿であった。

 

 であるが故に、付き合いの長いSEELEのメンバーも思わず気を遣っていたのだった。

 その事が益々もって碇ゲンドウの恥辱に繋がるのだが、気付く者は居なかった。

 

 何とも言い難い雰囲気のままに会議は進行し、最後に座長であるキール・ローレンツが締め括りの言葉を告げる。

 

「いずれにせよ、使徒再来におけるスケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう。最後に碇ゲンドウ、ご苦労だった。今後の為にも体を労わる事を願う」

 

 ホログラムの形で列席していたSEELEのメンバーの姿が消える。

 暗かった室内が明るくなる。

 その明るい室内で、碇ゲンドウは恥辱に身を震わせていた。

 上位組織であるSEELEとNERVの関係性は良好であるとは言い難い。

 にも拘わらず、気を遣われた事が赦せなかったのだ。

 

 おのれシンジ

 

 怒りが碇ゲンドウを縛るが、声は発しない。

 シンジの打撃であごの骨にひびが入っていたからだ。

 前歯も3本ほど失われている。

 当分は流動食で過ごす事を覚悟してください。

 碇ゲンドウを診察したDrは、気の毒そうに告げる様な惨状であった。

 

「碇、もはや人類に後戻りする余裕はない」

 

 だから、と冬月コウゾウは続ける。

 

「体を労わる事も、大事な作業工程だぞ?」

 

 お前もか! 余りの腹立たしさに、碇ゲンドウは机を全力で叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(こぼれ話)#1

 当初のプロップと呼べるモノは2つでした。
 ① 取り合えずクソおやじからの呼び出しはブッチしようぜ!
 ② DVなゲンドウは殴ろうよシンジ君!
 までだった件。
 なのに、気分によって始めてしまったのが、本サツマンゲリオン。
 語呂感でサツマンになったけども、当初はサツマゲリオンとか色々と考えていた。
 下手な考え休みに似たり。
 何となくで決定してスタートと言う見切り発車状態。
 我ながらよーやる、と思う。
 割と本気で。

 取り敢えず、躾によって血の気の多くなったシンジ君が、割と考える事無くエヴァンゲリオンの世界を生き抜く物語です。
 コミュニケーション(肉体言語による意思疎通)は大事。



 ゲンドウの前歯=サン
 だーい
 後、綾波=サンフラグ、その2、だーい____


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弐) ANGEL-04  SHAMSHEL
02-1 Dog Fight


+
その口はなめらかにして乳あぶらのごとくなれども、その心は闘いなり

――旧約聖書     









+

 エヴァンゲリオン初号機が安っぽいCGで構成された仮想空間で戦っている。

 手には完成したばかりの武器、EW-22 パレットガン(エヴァンゲリオン武器 2種2号)を抱えている。

 パレットガンは電磁レールで加速させた重金属(劣化ウラン)弾を叩き込む凶悪装備だ。

 問題は、電磁加速システムを稼働させる為の電源が外部 ―― エヴァンゲリオン本体からの供給に頼っている為、エヴァンゲリオンが外部電源との接続を失い、内部電源(バッテリー)モードに切り替わると使えなくなることだろう。

 この為、非常時には即放棄出来る様に定められている。

 

 エヴァンゲリオン初号機を操る碇シンジは、操縦槽(エントリープラグ)内に表示される指示に従って機体を動かし、そして撃っている。

 指示を守り、丁寧な挙動をするのは、ある種の()()()()故の話であった。

 見守る葛城ミサトにとっても、新兵としては及第点が与えられる程度の動きはしていた。

 少なくとも考えながら動いていた。

 唯々諾々と指示に従うのではなく、指示の意味を考えて、状況に合わせて動こうと努力しているのが見て取れた。

 問題は1つだけである。

 

「で、あのピーガン(パレットガン)で使徒を殺せそうなの?」

 

 独特の略し方をする葛城ミサトを、呆れた様に見ながら赤木リツコは応じる。

 少なくとも、回収できた第3使徒 ―― 人類補完委員会の手でサキエルと命名された個体の外皮は貫けた、と。

 

「A.Tフィールド無しの場合、よね?」

 

 猜疑の顔をする葛城ミサト。

 先の戦闘でサキエルは、その中枢とも言えるコアをエヴァンゲリオン初号機に破壊され完全に活動を停止している。

 その意味で射撃実験は、文字通りの死体蹴りでしか無い。

 使徒の持つ絶対的な防壁、A.Tフィールドが存在しない言わば()()を撃ちぬけたとしてどれだけの価値があると言うのか。

 そういう目であった。

 

「そうね」

 

 現場の、戦う立場の人間としての意見に、赤木リツコも同意はする。

 だが同時に、物事と言うモノは段階を踏んでいかねばならぬ事もあるとは認識していた。

 使徒の防護領域(A.Tフィールド)を貫く事は大事ではあるが、最終目標であると言う認識だ。

 A.Tフィールド自体はエヴァンゲリオン側も持っており、この中和による突破が可能であるのだ。

 問題は、中和する為には近接戦闘(インファイト)を行わざるを得なくなり、戦闘訓練が未了であるシンジに要求するのは酷な面があると言う事だ。

 又、中和と言う性質上、エヴァンゲリオン側も使徒の攻撃が直撃する事も、問題と言えるだろう。

 だからこそ、葛城ミサトと作戦局第1課では、A.Tフィールドを貫通可能な大威力遠距離兵器の早期実用化を熱望しているのだ。

 それを判らぬ赤木リツコでは無い。

 だが、そんな大威力兵器など一朝一夕で、簡単に作れるものでは無いのだ。

 現在、技術開発局でも陽電子砲(ポジトロンライフル)を筆頭にした大威力兵器の開発も大馬力で行われているが、完成の目途は立っていないのが実情であった。

 だからこそ赤木リツコは、取り敢えず実用化できる装備を優先させたのだ。

 いつか出来上がる超威力兵器では無く、例え威力が低くとも必要な場所で必要な時に間に合う兵器こそが重要であると考えていたのだ。

 運用側と開発側の考えが逆転していた。

 

「取り敢えず、次の使徒が明日現れても初号機を無武装で使徒にぶつけなくても済むと言う点では良かったと思ってるわ」

 

「効かないモン、出されても意味がないっちゅーの」

 

「そこは、そうね、シンジ君と貴方たち(作戦局)の運用に期待っと言った所かしら?」

 

「…………気楽に言わないでよ」

 

「あら、希望的推測に基づくのは貴方のお家芸だと思ってたけど」

 

「悲観的に想定し、楽観的に動いているだけよ」

 

「あら、そう」

 

 旗色の悪くなったことを自覚した葛城ミサト、話題を変える。

 

「そう言えばシンジ君のリクエスト装備、完成したんだったけ?」

 

「ええ。EW-22B、銃剣付きパレットガンは第1号機が完成しているわ」

 

 シンジは、初陣後の会議(反省会)の場でエヴァンゲリオン初号機用の武器を欲した。

 出来れば刀を、そうでなくとも白兵戦用の装備を欲した。

 剣術(薬丸自顕流)に慣れ親しんでいるので、白兵戦が戦いやすいと言う主張であった。

 赤木リツコもパイロットの希望を受け入れる事に問題は無いと了承し、開発を行ったのだ。

 その第1号が改良型パレットガン(EW-22B 銃剣付きパレットガン)であったのだ。

 とは言え、別に全くの新規開発と言う訳では無い。

 EW-22にBのサブネームが付く程度の、小改良であった。

 ブルパップ型のボディに、包み込む様に強化合成フレームを取り付け、銃身下部にEW-11プログレッシブナイフ(高振動粒子ナイフ)を改造転用した銃剣(ベイオネット)を取り付けたものである。

 言わば、発砲も出来る()を作り出したのだ。

 

「アレ、何と言うか、21世紀的には見えないわよね」

 

 国連統合軍への出向時代を思い出し、げんなりとした顔で言う葛城ミサト。

 銃剣による白兵戦は歩兵の本領とばかりに仕込まれていたのだ。

 嫌になる程に叩き込まれたのだ。

 

「鈍器みたいよね」

 

「一応強化はしているけど、本体は精密機械(電磁レールガン)だから乱暴には扱って欲しくないわね」

 

「それは使徒に言っといてよね。と言うか、鈍器扱いできそうな方はどうなの?」

 

「そちらはもっと難航しているわ」

 

 純粋な質量兵器としての近接装備。

 剣或いは刀を模した武器に関して言えば、EW-12マゴロクウェポンなる仮称で開発がスタートしていたのだが、強度その他の問題から実用化が遅れていた。

 頭をかく。

 人類史上に於いて、実用の()()()2()0()m()()()()()などと言うモノは初の代物なのだ。

 簡単に作れるものでは無かった。

 コンピューター上で試作したマゴロクウェポンは、2度程にエヴァンゲリオンの膂力で振り回したと想定される力を加えたらポッキリと折れる始末だ。

 刀としての刃の細さが、その質量に耐えかねる ―― そうコンピューターは判断していたのだ。

 素材の変更、構造の変更。

 実用化、この世に生み出されるにはまだまだ時間が必要であった。

 

 エヴァンゲリオン専用の刀など、ある種()()()()()()だ。

 兵器ですらない。

 簡単に出来るだろう等と軽い気持ちで手を出して、開発チームは現在絶賛炎上中と言う有様になっていた。

 開発局の責任者として、一部参加もしていた赤木リツコは、そんな面倒事は思い出したくないとばかりに頭をふって話題を変えた。

 

「そう言えばシンジ君、学校は?」

 

「全ての手続きが終わったのが一昨日。昨日から通ってるわよ」

 

「結構、時間が掛かったわね?」

 

「住居の選定と訓練スケジュールの策定、その他もあったから仕方がないわよ。彼、乗るからにはとエバーの搭乗訓練他に積極的になってくれてるから」

 

「ゴネない? 有難いわね」

 

「そっ、ま、訓練でエバーに乗って降りたら碇司令をぶん殴るって言い出した時には冷や汗が出たけどね」

 

「Evaに乗ったら殴ると言う約束だったって話よね?」

 

「そっ、流石に彼流のジョークだったっぽいけど、話を聞いた冬月副司令が本気で止めに来たわよ」

 

 葛城ミサトも思い出し笑いをする。

 エヴァンゲリオンの訓練用エントリープラグから降りて来たシンジが、L.C.Lを吐き出すや否や、迎えに来ていた葛城ミサト相手に、にこやかに笑って言ったのだ。

 『ゲンドウんとこへあないしっくいやい(碇ゲンドウの所に案内して下さいませんか?)』と。

 碇ゲンドウNERV総司令官が全治1ヶ月の重傷を負っていた事は、その理由も含めて葛城ミサトは知っていた。

 知っていたからこそ、どう反応して良いのかと止まってしまったのだ。

 困惑する葛城ミサトの顔を見て、シンジは笑った。

 笑って『じょうだんじゃっが(冗談ですよ)』と続けた。

 だが、葛城ミサトは理解していた。

 目が違った事を。

 ()()()()()()()()と理解していた。

 シンジと碇ゲンドウの間に出来た溝は果てしなく深く、遥かに広い。

 そう理解したからこそ、冬月コウゾウNERV副司令官に報告を行い、NERVとシンジの話し合いの場を用意したのだ。

 冬月コウゾウとシンジの会話がどの様なモノであったか、葛城ミサトは知らない。

 伝えられていない。

 ただ冬月コウゾウから、今後に問題は無いだろうとだけ言われた。

 その代わり、シンジの希望は可能な限り配慮してやる様にと付け加えられた。

 配慮、配慮と来たかと頭を抱えた葛城ミサト。

 一見して判断権が与えられた風に見えるが、そこに明確な線引きは存在しない。

 責任の所在も曖昧である。

 シンジが無茶な要求をして、断るなり受け入れるなりして話が拗れると、最悪の場合、詰め腹を切らされる事もあるだろう。

 理不尽な話であった。

 だが、組織人として葛城ミサトは追求せず、黙って受け入れていた。

 

 尤も、今の時点でシンジが無茶を言う事は無かったが。

 要求は剣術の練習がしたいので場所を用意して欲しいと言った、可愛いモノで済んでいるのだから。

 木刀を振るう際に上げる猿叫、その狂ったような叫び声に鍛錬の場の近所に住む人々からクレームが来たが、その程度は笑い話でしか無いのだから。

 少なくとも刃傷沙汰が無い。

 碇ゲンドウに躊躇ない打撃を与えた事から危惧して居た様な事 ―― 四方八方へ喧嘩を売り、暴力を振るう様な事はなかった。

 シンジは実に理性的だと葛城ミサトは評価していた。

 

「そりゃね、冬月副司令も慌てるわね」

 

「仕方ないわよ。で、学校の方だけど、可もなく不可もなく、溶け込んでるみたいよ?」

 

「あら、そうなの?」

 

「そうよ。何か疑問でもあった?」

 

「彼、ほら、方言がキツいから軋轢があるかと思っただけよ」

 

「ああ、ソッチは大丈夫だったみたい。絡んできた子を〆たみたいで」

 

「〆た?」

 

「〆た」

 

 転校早々に絡んできたので、こう、キュッとね、と擬音を入れて説明する葛城ミサト。

 その表情は実に韜晦的(アルカイックスマイル)であった。

 

 

 

 

 

 第3東京市第壱中学校2年A組に所属する鈴原トウジと言う少年にとって、この2週間余りは憤懣やるかたない日々であった。

 10日程前の、公式には事故として扱われている戦闘で妹である鈴原サクラが怪我を負ったからだ。

 

 ソレがNERV絡みの事なのだとは理解していた。

 NERVに務めている父も祖父も忙しくしており、家に帰ってこないのだから。

 噂されていた()()()が襲ってきたのだろうと思っていた。

 だから、腹を立てていた。

 特別非常事態宣言が発令され、一緒にシェルターに逃げ込んでいる途中で逸れたのだ。

 人ごみの中で繋いでいた手が離れてしまい、人の流れに流されてしまったのだ。

 流れ作業な形で放り込まれたシェルターで、避難誘導に当っていた第3新東京市の職員や戦略自衛隊の隊員に必死になって掛け合って、何とか探してもらおうとした。

 だが見つからなかった。

 見つからないままに夜になり、そして明けた。

 

 そして鈴原サクラは路上で崩壊した建物に巻き込まれて重傷を負ったと知らされたのだ。

 可愛い妹。

 大事な大事な妹。

 忙しい父や祖父に代わって守ると誓った妹が、大怪我を負ったのだ。

 鈴原トウジにとって我慢できる話では無かった。

 だからこそ、妹の居る病院に連日、通っていたのだ。

 

 そんな鈴原トウジは、今、学校に向かっていた。

 通学だ。 

 流石に2週間が経過し、鈴原サクラの容体も安定したので、父親から学校に行けと厳命されたからであった。

 街を見る。

 避難所も兼ねて高台に設けられた第壱中学校への通学路は、そうであるが故に街が一望出来ていた。

 何処其処にブルーシートが張られ、或いは工事が行われている。

 派手な戦闘痕。

 巨大なビルが幾つも派手に壊れている。

 化け物は、化け物と呼ばれるにふさわしい相当な化け物だったのだろう。

 そんなモノが暴れる足元に居た妹が、生きているだけで良かったとも思う。

 思うけども納得できない。

 化け物と戦ったと言うNERVのロボット、それが上手くやっていれば妹が怪我をする事は無かったのだと思うからだ。

 

「ほんま、むかつくわ」

 

 吐き捨てる様に言った鈴原トウジ。

 言葉に出来ない、形にならない鬱屈だけが溜まっていた。

 だからこそ、10日ぶりの教室で、親友である相田ケンスケから転校生の話を聞いた時、その感情に方向性が出来てしまったのだ。

 

 

 碇シンジ。

 方言はキツイが、声や顔立ちは中性的で礼儀正しく、それ故に同級生女子一同からチヤホヤされている。

 ムカついた。

 妹を傷つけたかもしれない相手が、のほほんとしているのが許せなかった。

 自然と、授業中でもシンジを睨む様になっていった。

 そんな友人を窘めるのが相田ケンスケだ。

 その目は自分で撮影した戦闘痕や、警備に当たっている国連統合軍の将兵や装備を映したビデオを眺めている

 ミリタリーを趣味にする人間だから、と言う訳では無かったが、相田ケンスケと言う人間は少し、浮世離れしている所があった。

 戦闘、戦争で自分は怪我をしない。

 そう思い込んでいる節があった。

 だが、だからこそ軽い調子で鈴原トウジに話しかけられているとも言えた。

 

「そんなにカリカリするなよ」

 

「腹立つんわしゃーないやろ! アイツがパイロットやと思うと、ほんまに!!」

 

「だけど、決まった訳じゃないしな。違ってたらヤバイだろ?」

 

「この時期にやってきた転校生やぞ。戦争が、事故に巻き込まれるのが怖いゆーて、疎開している人間がぎょーさん出とるのに、や。もう真っ黒や」

 

「ま、それはな。俺みたいな趣味なら兎も角」

 

「そや。それにジブンみたいな趣味でも、普通は親が止めるモノやろ」

 

「まぁ、な」

 

「だから真っ黒(ギルティ)なんや。よし、もう決めたで」

 

 腹を決めた鈴原トウジは立ち上がってシンジに強い調子で言葉を掛ける。

 

「転校生、ちょっとツラ貸せや」

 

 

 

 授業を無視する形で体育館の裏側で対峙する鈴原トウジとシンジ。

 お目付け役めいて相田ケンスケも居る。

 イザともなれば喧嘩を止めよう、そう考えていたのだ。

 尤も、鈴原トウジとシンジの本気の睨み合いにあてられて、早くも、来たことを後悔していたが。

 

「転校生。パイロットなんか?」

 

 直球の問いかけに、シンジは葛城ミサトから言われた守秘義務その他を思い出して、返した。

 

知らん(知らない)

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 コイツだ! 鈴原トウジは確信した。

 確信して拳を握って殴った。

 シンジの右頬を打つ。

 が、当たった瞬間、鈴原トウジは石でも殴った気分になった。

 シンジが一歩も揺るがなかったから。

 

ないすっか(正当防衛だ、覚悟しろ)!」

 

 一発先に殴らせた。

 それはシンジの反省からの行動であった。

 第壱中学校へと転校早々に絡んできた奴(喧嘩を売ってきたバカ)を先制攻撃で〆た際に、葛城ミサトからもう少しばかり考えて行動してくれと()()された為、正当防衛 ―― 自衛の為の行動と言う様式を揃えようとしたのだ。

 舐めて来る奴は潰せ。

 世の中には理屈の通らない戯けモノ(キチガイ)が暴力を振るってくる事もあるので、先制攻撃上等である。

 それがシンジの受けた()だった。

 だからこそ、最初のバカは潰した。

 碇ゲンドウを殴ったのも同じ理屈であった。

 だが葛城ミサトから諫言、そして冬月コウゾウからの指摘を受けてシンジは考えなおしたのだ。

 この第3新東京市とは平和な場所であり、突発的に暴れる様な、殴り掛かってくるような奴はそうそうに居ない。

 そんな場所で自衛の為とは言え先制的に動いてしまえば悪者になってしまうのだと。

 

 だから先に殴らせた。

 殴られたのだから後はいつも通りで良い。

 殴られ、少しばかり腫れた頬を獣性に歪めたシンジは、お返しとばかりに鈴原トウジの右頬を殴る。

 殴り飛ばす。

 

「なんや!?」

 

 だが、殴り飛ばされた鈴原トウジも、決して惰弱の類では無かった。

 殴られたショックで座り込むなどせずに、立ち上がるや体重を掛けてシンジを殴った。

 流石のシンジも揺れる。

 揺れるが、踏みとどまる。

 

「なんち!!」

 

 全力で殴り返す。

 今度は、殴られると理解して備えていた鈴原トウジ、倒れずに踏みとどまる。

 殴り返す。

 

「なんやと!!」

 

「なんちな!!」

 

「なんちたぁなんや!!」

 

「なんやちぁなんちな!!」

 

 吠えて殴る。

 吠えて殴る。

 いつの間にか根性を掛けた殴り合戦(泥仕合)へと相成っていた。

 互いの左手で相手の襟首を掴みあい、交互に殴っているのだ。

 意地と意地のぶつかり合いである。

 

 呆然とその様(蛮族レベルMaxな殴り合い)を見ていた相田ケンスケは、ハッと大事になったと気付くや否や、慌てて止めようとする。

 

「おいおいおい、もうお前ら止めとけって」

 

 只し、あんまりにもアレな2人の形相と気合に、腰が引けている。

 殴られている訳でも無いのに、その迫力に押されて腰が引けているのは仕方がない。

 そもそも、こんな2人を仲裁せんと声を掛けられただけ立派だと言えた。

 だが、その勇気への返事は無情であった。

 

せからし(うるさい)!」

 

「じゃかぁしいわ!」

 

 両者から睨まれ、怒鳴られた。

 

 結局、2人の意地の張り合いはシンジに付けられたNERVの護衛(ガード)が割り込むまで続く事となる。

 尚、誠に以って被害者と言う他ない相田ケンスケは、後にこの事を他人に言う際に、「喧嘩はせめて日本語でやって欲しい」と零すのだった。

 

 

 

 

 

 




鈴原トウジの蛮族レベルが上がりました
上がりました
上がりました

そうなると、この曲名しか来ないヨネー
「Dog Fight」

最初は「Dog Fighter」の方だったんですけど、コッチのほうが似合いだと、こーなりますた


所で問題は、シンジとレイの顔合わせがまだないという事________

2022.02.12 文章修正


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02-2

+

 碇シンジが喧嘩した。

 相手は同級生(素人)である。

 その一報に接した時の葛城ミサトの表情は、何とも劇的であった。

 何があった、遂にやったか、何故にやったか、相手に謝罪はどうするべきか。

 雑多な事が瞬時に流れ、そして全てを投げて相方である赤木リツコに煙草を無心した。

 

「大丈夫?」

 

 細い、メンソール煙草をライターごと差し出しながら、心配げに言う赤木リツコ。

 心底心配げな表情をしている時点で、葛城ミサトは自分の表情が果てしなく酷いのだろうと理解した。

 取り合えず煙草を咥える。

 ニコチンの作用で、脳みそを鈍らせて、物事に向かい合わねばならぬ。

 本音を言えばビールが欲しいが仕事中だ。

 そこは我慢した。

 

「大丈夫に見える?」

 

 八つ当たりめいた言葉を漏らしながら、煙草に火を点けようとする。

 点かない。

 ライターを上手く扱えない。

 ただの100円ライターが2度、3度と葛城ミサトを拒否する。

 腹を立て、投げ捨てようかとまで思った所で、赤木リツコが手を差し伸べる。

 

「慌てるからよ」

 

 ライターを葛城ミサトから取り上げて、自分が咥えている煙草に着火。

 深呼吸。

 燃え上がった煙草の先を、咥えたままに火口とばかりにそっと差し出す。

 以心伝心。

 赤木リツコ(マブ)の仕草に全てを察して、自分も煙草を咥えたままに頭を寄せた。

 着火。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 スッと口の中から鼻へと抜けて行く冷たさ(cool感)が、葛城ミサトに冷静さを取り戻させていく。

 2口、3口と吸って、大きく紫煙を吐き出す。

 

「効くわね」

 

 

 

 シンジに付けられていた護衛(ガード)の報告書に改めて目を通す葛城ミサト。

 そこには、第1報の題名から得られる情報よりも少しばかりショッキングでは()()内容が書かれていた。

 同級生に殴られての反撃。

 但し、反撃は限定されたものであり、相手の被害は顔の打撲にのみ留まっている。

 シンジ自身の被害も、顔の打撲にのみ留まっている。

 学校としては、学生同士の諍いであり、血気盛んな中学生としては儘ある事である為、厳重注意及び反省文をもって処分とする。

 そう書かれていた。

 当初、脳裏に浮かんだ事よりは遥かに軽い話であった。

 深く深く深く、溜息をついた葛城ミサト。

 

「どうやら大丈夫みたいね?」

 

「ええ、ホントに」

 

 シンジの監督責任者(上官)として、葛城ミサトが学校に呼び出されていると言う点を除けば、全くもって面倒の無い話であった。

 

「鈴原トウジ君?」

 

 鈴原と言う名前に、赤木リツコは覚えがあった。

 技術開発部の下にある第3新東京市のインフラ整備を担当する施設維持局、その第2課の人間だ。

 割と実直な人間であると言う印象を抱いている。

 とは言え才気あふれると言う訳でも無い。

 只、所属する第2課がエヴァンゲリオンの出撃システムに関わる部門であった為、会議などで顔を良く合わせていたので覚えていたのだ。

 

「あら」

 

 個人情報を確認する。

 確かに鈴原トウジの父はNERVの人間であった。

 対して葛城ミサトは別の意味で、鈴原トウジの名に見覚えがあった。

 第1次使徒迎撃戦で発生した数少ない周辺被害者、その身内として記憶していたのだ。

 使徒迎撃を主任務とする作戦局は、同時に、人類の保護も担っている ―― そう自負していた。

 だからこそ、戦闘の影響で被害者などが出れば、その情報を精査分析して、出来る限り再発しない様に努力しようとしていたのだ。

 

 兎も角。

 被害者である鈴原サクラを良く見舞いに来る家族として、鈴原トウジの名前を覚えていた葛城ミサトは、突発的にシンジを殴ったと言う理由を察した。

 

「コレ、チョッち厄介ね」

 

 鈴原トウジの感情を理解する事は出来る。

 同時に、シンジに責任が無い事も当然なのだ。

 ある意味、戦争などでよくある、どうにもならない、誰が悪い訳でも無い不幸な出来事なのだ。

 簡単な対処法としては、2人を引き離せばよい。

 だが、そうすると事はより拗れるだろう。

 そもそも、シンジにせよ鈴原トウジ ―― 鈴原家にせよ、NERVとの兼ね合いから第3新東京市から離れる事は簡単では無い。

 どうやれば解決するのか。

 頭を掻きむしりたくなった葛城ミサトであったが、それをやんわりと赤木リツコが止めた。

 

「取り合えず、今日はどうするの?」

 

「今日? ああ、レイとシンジ君の顔合わせか」

 

 漸く病院を退院した綾波レイ。

 今日はシンジとの顔合わせの日だったのだ。

 可愛い子だからよろしくしてあげてね、何て下世話な事の1つでも言って空気を和ませて、そんな事を葛城ミサトは考えていたのだが、全てがご破算(パー)である。

 世の中そんなモノであるとは言え、中々に無情だと頭をかいた。

 

「延期する?」

 

「…………いや、やっちゃいましょ。レイも来ているし、シンジ君もコッチ(NERV)に向かってるらしいから」

 

 

 

 

 

 シンジにとって今日は途轍もない面倒くさい日であった。

 今日、初めて顔を合わせた同級生から、訳の分からぬ形で殴られた。

 殴り返した。

 そこは良い。

 殴られた分殴り返したのでスッキリはしたのだから。

 頬が少しばかり腫れ、唇が切れていたが、逆に言えば被害はその程度だからだ。

 だから鷹揚な気分で居られた。

 なのでシンジは相手が殴ってきた理由が知りたかった。

 聞きたいとは思ったけども、喧嘩相手とは先生につかまって叱られて、それっきりになった。

 事情聴取された時も治療を受ける時も別の部屋だったのだ。

 当然かもしれない。

 一緒に居たメガネがクラスメイトなので、明日にでも学校に行ったら聞けばいい。

 そう割り切っていた。

 

 取り合えず、殴ってきた理由が判らない。

 だが、ムカつく理由であれば再度殴って〆れば良い。

 なんと言うか、思いつめた様な顔をしてたから手加減したけど、下らない理由なら手加減抜きで潰せばいい。

 父親、碇ゲンドウの時の様に、或いは嘗ての学校で虐めをしてたような奴の時の様に、歯の数本も折ってしまえば心は簡単に折れる。

 折ってしまえる。

 そうシンジは気楽に考えていたのだ。

 シンジは、正直な話として暴力は好んではいなかった。

 だが、暴力でしか解決できない事もあると理解していたのだ。

 

 そんなシンジが面倒くさいと思う事。

 それは、NERVの応接室で互いに自己紹介をしたばかりの同僚、初めて顔を会わせた先輩(1st チルドレン)、綾波レイが自分の頬を叩こうとしてきた事であった。

 

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしゅうおねがいしもんでな(今後、よろしくお願いいたします)

 

「そう、貴方が碇司令を叩いたの?」

 

じゃっど(そうだけど?)

 

「そう……」

 

 そして叩かれそうになる。

 白い、ほっそりとした綾波レイの手。

 それをシンジは掴んで止める。

 掴まれた手を必死になって抜こうとするが、握力と膂力の差で出来ない。

 綾波レイは、不満げな、或いは泣きそうな顔でシンジを睨む。

 

ないごてか(なんでさ)

 

 

 

 立ち会っていた葛城ミサトや赤木リツコが慌てて止める。

 半分は綾波レイを落ち着かせようとして。

 もう半分は、シンジが暴力を振るわない様にと動いていた。

 それがシンジには不満だった。

 シンジには矜持がある。

 女性を殴る様な女々しい事が出来るものか、と言う矜持が。

 

 兎も角。

 冷静な赤木リツコによる説得で、手を挙げる事を止めた綾波レイはソファに悄然と座った。

 少し脱力している。

 手には葛城ミサトが用意したホットココアがある。

 横に座っている赤木リツコが、色々と耳元へと話しかけ、会話をしている。

 

 その様を、シンジは少し離れた席から見ている。

 直衛(ガード)と言う訳では無いが、此方には葛城ミサトが来ていた。

 

「吃驚したわよね、シンジ君」

 

じゃっでよ(本当に。意味が判りませんよ)

 

「ゴミン、コレは少し考えておくべき事態だったわ」

 

 頭を下げて謝罪する葛城ミサト。

 その頭頂部を見ながら、シンジは首を傾げた。

 何故、葛城ミサトが謝るのかと。

 訳の分からぬ激発をしたのは綾波レイであり、如何に葛城ミサトがエヴァンゲリオンパイロット(チルドレン)を管理するのが仕事であるとは言え、そこまでする必要があるのかと思ったのだ。

 シンジは、この10日ばかりの付き合いで、上官(上位者)である葛城ミサトに対しては相応の敬意、或いは能力への信用をする様になっていたので、特に不思議を感じたのだ。

 だが、そうであるが(能力を持っているが)故に葛城ミサトは頭を下げているのだ。

 

「あの子、レイは碇司令と仲が良くてね」

 

 綾波レイは碇ゲンドウに対して強い信頼を抱いている。

 そして碇ゲンドウも、その信頼を裏切らず、綾波レイを大事にしている。

 最近まで綾波レイが入院をしていた理由、エヴァンゲリオン零号機の事故の際に碇ゲンドウは火傷を負ってまでして綾波レイを助けたのだ。

 余人を以ては解らぬ、謂わば絆があると葛城ミサトは説明する。

 

そはよかどんからん(そこはどうでも良いけど)

 

 微妙な顔をするシンジ。

 碇ゲンドウの後妻話が、その脳裏に蘇って来ていたのだ。

 余程に親しく無ければ出会い頭に他人を叩こうとする人は居ない。

 かと言って、血縁と言うか親子と言うのはあり得ない。

 綾波レイはシンジと同じ年齢なのだから、シンジの母親である碇ユイが存命の頃に不倫をした相手の子、と言う訳では無いだろう。

 鹿児島の、碇ユイの親戚な養父母によれば、仲睦まじかったと言っていたのだから。

 となれば答えは1つになってくる。

 後妻だ。

 頭を抱えたくなるシンジ。

 死別しているのだし誰と結婚するのも自由ではあるのだが、同級生が法律上の母親になるというのは勘弁して欲しいと心底から思っていた。

 と言うか、自分の子どもと同じ年の子を嫁にしようなど、変態趣味にも程がある。

 もう2~3発は、何らかの理屈を付けて殴って、正気の所在を確認すべきかとシンジは悩む事となる。

 

 そんなシンジに気づかず、葛城ミサトは必死になって綾波レイの紹介(フォロー)を行う。

 

「素直な、良い子なのよ」

 

じゃひとな(そうなんですか)じゃっどん、そいが問題やったろな(でも、それが問題になったんでしょうね)

 

 素直であるが故に変態(碇ゲンドウ)に騙されたのだろう、と。

 シンジは深刻な顔で綾波レイを見るのだった。

 

 

 いくばくかの時間。

 赤木リツコによる声掛けの結果、気を取り直して再度の御挨拶となった。

 

よろしくおねがいしもんでな(宜しくお願いします)

 

 後輩(新参者)と言う事で頭を下げたシンジ。

 が、綾波レイはプイっと横を向いて受け入れなかった。

 

「命令があればそうするわ」

 

 その表情。

 その声色。

 副声音があるとするならば、命令が無いと仲良くしませんと言う辺りだろう。

 ここに居た誰もが、その意図を誤解しなかった。

 

 この場で一番に感情を素直に出せる葛城ミサトは、思わず天を仰いで(アッチャー と呟いて)いた。

 赤木リツコはコメカミに右の指先を当てた。

 そしてシンジは、何とも言い難い顔をして呟いていた。

 

ユニークなおごじょじゃんな(個性的な女の子だ)

 

 綾波レイは、神経が太目なシンジを唖然とさせると言う戦果を挙げたのだった。

 

 

 

 

 

 




綾波フラグ だーい
ここまで美事に折れるとは、このリハクの目をもってしても(何時もの盆暗(アンボン


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02-3

+

「シンジ君、作戦会議しましょう!」

 

 そう言ってシックスパック(ビールセット)を片手に葛城ミサトが碇シンジの家を訪れたのは、シンジが1日の疲れを癒す料理を作ろうかと取り掛かった時であった。

 具体的には帰宅直後である。

 

ないな(いきなりですね)

 

 苦笑と共に玄関を開ける。

 帰れだの何の用かだのと言う気配は無い。

 事実上の強襲を受けたにも拘わらず、軽い感じで受け入れる辺りシンジの人柄の大らか()さが出て居た。

 後、馴れであろうか。

 細かい事を考えても意味がない。

 特に()()()相手の場合には。

 突発的な飲み会が多発し、義父母の家で宴会めいた事が週に1度は発生する様な環境にあったのだ。

 酒を片手に襲撃された程度で驚く事など無かった。

 

「ごめんなさいね、シンジ君」

 

 襲撃者(葛城ミサト)とは違い、申し訳なさげに被害者(シンジ)に謝るのは赤木リツコであった。

 尚、手にはピザの箱や総菜の類が詰まったパックがある。

 晩御飯、或いはツマミとして買ってきたのだろう。

 

赤木さあもな(赤木さんもですか)ないがあったとな(何かありましたか)?」

 

「ミサトが気にしてたのよ、昼の、レイとの事を」

 

 今現在、世界に3人しかいない適格者(チルドレン)

 人類の存続と言う重たいモノを最前線で背負う事になる3人なのだ。

 その人間関係を良好にすると言うのは、決して軽視して良い話ではないのだ。

 だからこそ葛城ミサトは(アルコール)片手にシンジ宅を強襲したのだ。

 酔っ払いが絡めば本音が引き出せるだろう、そんな(スケベ)心からの行動であった。

 尚、赤木リツコが臨席する理由は、()()()()()()様にとの見張り役(ストッパー)であった。

 学生時代、酒席の撃沈王(アルコール・ゴジラ)と言う名誉なんだか不名誉なんだか判らないあだ名を持っていたのが葛城ミサトなのだ。

 それが、酒を片手の相談等と言い出せば不安を感じ、動かざるを得ないと言うものであった。

 葛城ミサトは赤木リツコにとって親友(マブ)である。

 だが、殊、酒が絡んだ場合での信用は皆無であった。

 

じゃひとな(そうだったんですか)ごくろうさぁこって(管理職は大変ですね)

 

「そーよー シンジ君。子どもたち(チルドレン)の関係を見るのも大事な事なのよ!」

 

 駆けつけ一杯を通り越し、出掛けの(帰宅するやいなやの)一杯としゃれ込んで来た葛城ミサトは赤ら顔で極めて調子が良かった。

 早々に、なんと言うか大人の人間としての恥ずかしさを感じ、苦笑いを浮かべた赤木リツコ。

 対するシンジは、よくあるよくあるとばかりに気にせずにいた。

 

なんもなかどんからん(何も用意はできませんけど)あがいやんせや(どうぞ寄って下さい)

 

 

 

 

 

 広いが故に、照明を点けても薄暗いと感じるNERV総司令官執務室。

 一通りの仕事を終えた碇ゲンドウは、その疲れを癒すためもあって、その豪奢な椅子に背を預けていた。

 その貌は痩せこけ、その鋭すぎる目つきと相まって幽鬼めいた風格を漂わせている。

 固形物を喰えない ―― 顎を砕かれたが故に流動食と水分摂取だけの日々が続いた結果だった。

 顎の傷に染みるからと、熱くも無い、冷たくも無い、常温の流動食。

 人が必要とするカロリーは得られるのかもしれないが、碇ゲンドウにとってソレは、正直な感想として豚の餌であった。

 食への拘りと言うモノを持たない碇ゲンドウであったが、いい加減、温かな食事が恋しいと思う様になっていた。

 そんな顎の傷であるが、NERV総司令官と言う特権を使って、ふんだんに再生医療だの先進医療だのを用いたお陰で治りは早まっていた。

 が、早いのだが、顎の骨折が治っても、次は前歯の治療が待っている。

 まともな食事が食べられるのは、この調子で言っても後1月は必要だろうと主治医が言っていた。

 

しぃめ(シンジめ)

 

 呪詛を漏らす。

 が、口と言うか顎が上手く動かないので間抜けな音にしかならぬ。

 最近はSEELEどころか日本政府からも、会議に際しては生暖かい目で見られる始末だ。

 碇ゲンドウにとって不本意極まりなかった。

 恐るべき敵手(タフネゴシエーター)と警戒されていた頃よりも話が通り易いのも、地味に腹立たしい。

 同情か、哀れみか。

 政敵と言って良かった、日本政府のタカ派議員から「子育ての反抗期は本当にたいへんだよな」等と慰められた時には、いっそ腹を切りたくなる程であった。

 切歯扼腕。

 その感情を全て仕事に回した。

 具体的には、各支部の綱紀粛正である。

 想定されていた使徒がとうとう出現したので、と言うタテマエでの憂さ晴らしだ。

 特にSEELEの手足となってアレコレと動いていたNERVドイツ支部や、アメリカ政府の支配色の強かったNERVアメリカ支部を〆た時が一番、碇ゲンドウを癒した。

 癒着や賄賂、不法な実験その他。

 叩くネタは幾らでも握っていたのだ。

 当初は強硬な態度を崩さなかった2つの支部であったが、NERV本部総司令官直轄の特殊監査部が集めて来た情報、それをホンの少し開帳するだけで簡単に膝を屈していた。

 それぞれの支部長は、訛りの強い日本語で碇ゲンドウに慈悲を乞い、それが通らぬとなれば怨嗟の声(豚の悲鳴)を上げた。

 その様は最高に良い気分を碇ゲンドウに齎した。

 そのオマケとして、NERVドイツ支部からは秘匿していたエヴァンゲリオン自体の兵器化研究の情報を回収。

 NERVアメリカ支部からは、建造中であったエヴァンゲリオン4号機の本部接収に成功したのだ。

 憂さ晴らしの対価としては、極めて上手く行ったと言えるだろう。

 

 だが、そんな碇ゲンドウを凶報が襲う。

 シンジと掌中の珠たる綾波レイの接触である。

 接触自体は良い。

 同じエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)だ、接触させない方が不自然になるだろう。

 だが問題は、綾波レイがシンジの頬を張ろう(叩こう)とした事だ。

 

「いやはや、綾波レイの気性はユイ君に似たのかもしれんな」

 

 凶報を持ってきた冬月コウゾウがいっそ朗らかと呼べる口調で言う。

 実際、楽しそうである。

 それを机を叩いて否定する碇ゲンドウ。

 妻である碇ユイは女神の様な女性であったのだ、少なくとも碇ゲンドウにとっては。

 兎も角。

 綾波レイがシンジを叩こうとした理由が、シンジが碇ゲンドウを殴ったからと言うのは、碇ゲンドウの正直な感想として嬉しい話であった。

 人類補完計画の鍵として綾波レイを見ているが、同時に、娘の様にも思う所があったのだから。

 だが、そうであると手放しに喜ぶわけにもいかない。

 

「だが、そう笑っている訳にはいかんぞ? 余り自我(パーソナル)が成長され過ぎてしまうと……」

 

「禁じられたアダムとリリスの融合の鍵、だからな」

 

「忘れていないのならば、何らかの手を考えた方が良いのでは無いか」

 

「……問題ない。その時は3人目を起動させるだけだ」

 

 消去(リセット)、裏技と言うよりも外道の手段。

 それを揺るがずに口にする碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウは哀れむ様に告げる。

 

「それでお前が納得できるなら、問題は無いだろうな」

 

「全ては人類補完計画の為、ユイに会う為だ。冬月、その為には全ての手段は選択肢に在り続ける」

 

「ユイ君に再会した時に、お前が怒られぬ事を祈るよ」

 

 

 

 

 

 碇シンジと綾波レイを仲良くする方法を考える会。

 そんな馬鹿馬鹿しい事を言い出したのが葛城ミサトであり、推進者も葛城ミサトであったが、同時に持ち込まれたビールとシンジの家にあった焼酎で()()されたのも葛城ミサトであった。

 好き放題に飲んで騒いで、ソファに寄りかかって寝始めた姿は、何ともアレであった。

 一升瓶を抱えてひっくり返っているのだ。

 しかも、大口を開けていびきをかいている。

 見て仕舞えば100年の恋も冷めると言う程の惨状とも言えた。

 

疲れちょったんなぁ(疲れてたんでしょうね)

 

 風邪をひかぬようにとタオルケットを掛けるシンジは、酔人の介抱に手慣れた風であった。

 

「そうね。でもやっぱり嬉しいのよ。使徒を倒せた事が」

 

10日もたっとになまだな(もう10日も経ってますよ)?」

 

「祝勝会も出来なかったから、溜まってたのよ」

 

じゃったらしかたなかな(それは仕方がないですね)お茶、いっけ(お茶淹れますけど、飲みます)?」

 

「あら、ありがとう」

 

 焼酎のお湯割り用にと用意していた湯沸かしポッドを確認するシンジ。

 そんなに減っていなかったので、故郷から送られてきた知覧茶を手早く淹れて2人前用意する。

 焼酎のお湯割りとは違う、柔らかな湯気が上る。

 

「手慣れてるわね?」

 

そげんなかはっじゃっど(そうでもないと思いますよ)

 

「家事が出来る男性って、モテるわよ、シンジ君?」

 

 そう言いながら部屋を見る。

 リビングにはカーペットとソファ、そしてちゃぶ台があるだけだ。

 割とセンス良く纏められている。

 何より、掃除が行き届いているのが良い。

 先に見た、()()()()()の葛城ミサト宅のアレ(荒れ)っぷりを見ると特に。

 この3LDKと言う男とは言え子どもが住むには広すぎるシンジの家は、民間の企業(ディベロッパー)が建設した物件を一棟丸ごとNERVが借り上げたマンションにあった。

 専門の警備まで付いている、独身から小規模世帯の尉官上位者以上向け官舎だ。

 名はコンフォート17と言う。

 シンジがそんな高級物件に入れた理由は、世界に3人しか居ないエヴァンゲリオンの適格者であると同時に、現在の身分がNERV所属中尉待遇官となっているからであった。

 尚、綾波レイは少尉待遇官である。

 後から選ばれたシンジが先に昇進している理由は、先の使徒戦での戦勲からであった。

 被害を最小限に抑えられたとの評価が成されての事であった。

 階級章を安売りするが如きだと、作戦局の一部からは批判も出たが、そちらは葛城ミサトが抑えていた。

 所詮は()()であって、俸給その他が中尉と言う階級に準じているとは言え、権限はないのだからと言って。

 

ないがないが(まさか、ですよ)かごんまのおとこしぃでんこひこはすっど(鹿児島の男でもこれくらいはしますよ)

 

 下手だからと、邪魔だからと女性陣に怒られながらしているとシンジは笑う。

 酒精が残っているのか目元がまだうっすらと赤い。

 

「あら、昔は男尊女卑の僻地って言われてたものよ? 変わったのね」

 

そぁたてまえやっと(それは綺麗事ですよ)まっこてカカァ天下のひでがばしょやっち(本当は女性が強いですからね)だいも勝てんちゆぅもんじゃっど(誰も勝てないと言ってますよ)

 

「まぁ」

 

 小さく、だが陽性を帯びて笑うシンジ。

 そこに暗さは無い。

 事前 ―― シンジが第3東京市に来る前に見た情報、内向的な少年と言う評価がどこから来たのかと赤木リツコは首を傾げた。

 とは言え、丁度良いと話を動かす。

 綾波レイの事だ。

 本来の、今日の主題だ。

 やるべきであった葛城ミサトが轟沈しているので、自分がやるしかないだろうとお節介心が出たのだ。

 常であれば他人に干渉しないのが赤木リツコのポリシーだ。

 だがそれを越えて動いたのは、赤木リツコもアルコールが回っていたからなのかもしれない。

 

「なら、彼女にも勝てないと言う事かしら?」

 

綾波さぁな(綾波さんですか)

 

「そうよ」

 

 頭を掻いて苦笑するシンジ。

 何とも言い難い、と。

 

後妻ゆぅ話がちごとはわかったどん(後妻の話が違うにしても)ま、どげんしようもなかですよ(どうにもならないですよ)きらわれたごあっでな(嫌われたみたいですし)

 

「歩み寄れない?」

 

あたいが問題じゃねど(私の側の話じゃないですよ)あん子が妥協し貰わんとな(あの子が妥協しないと無理ですよ)

 

「シンジ君、怒って無いの?」

 

あひこん事っで(あの程度の事ですからね)

 

「………優しいわね、シンジ君は」

 

 赤木リツコは言葉を探した。

 探したけれども見つからなかった。

 だから、素直な言葉をつづけた。

 

「あの子は不器用なのよ、だからお願いねシンジ君」

 

ないがな(何がですか)?」

 

「生きる事が…………」

 

 

 

 

 

 



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02-4

+

 その朝。

 鈴原トウジは、清々しい気持ちで学校へと来ていた。

 昨日は人を殴り、殴り返された。

 教師に怒られた、親には死ぬほど怒られた。

 顔は青痣だらけ、奥歯はぐらつき、夕べは熱まで出た。

 だけど、スッキリとした感があった。

 妹の鈴原サクラが重傷を負ってからの日々で、心の中に澱のように溜まっていた何かが消え失せたのだから。

 だから鈴原トウジは喧嘩の相手である碇シンジに()()をしていた。

 自分の内側で沸々としていた感情に、碇シンジは真っ向からぶつかってくれた ―― そう考えていたのだ。

 

 頭に一度血が上ってひいた結果、鈴原トウジは物事を俯瞰して見れる様になったとも言える。

 冷静に考えれば、意図して鈴原サクラが傷つけられた訳では無い。

 巨大なロボットが傷つけようとしていたのなら、先ず生きている筈が無い。

 そもそもとして、ロボットが、友人である相田ケンスケが言う所の戦争を街ですれば、街が壊れる。

 だから人を避難させたのだと考えれば、悪いのは避難できなかった(一緒に避難する事に失敗した)自分にもある。

 そこまで理解が出来たのだ。

 

 

 教室はまだ閑散としていた。

 鈴原トウジの親友(ダチ)である所の相田ケンスケが居るのを見つける。

 手に持った青の洋上迷彩と日章旗で装飾されたF-14戦闘機の模型(プラモ)を満足げに見ている。

 

「はよさん」

 

「トウジ、早いな」

 

 相田ケンスケは、様々な角度でF-14を動か(ブンドド)しながらチラっと鈴原トウジを見る。

 視線がかなり冷たい。

 喧嘩に仲裁役で立ち会っていただけなのに、巻き添えで教師から説教を受ける事になったので、少しばかり立腹していたのだ。

 それを素直に口に出す程には子どもでは無かったが。

 

「心機一転ちゅーとこや。所で例の転校生はまだ来とらんか?」

 

「おい、またヤル気なのか」

 

「ちゃうわ。詫びや詫び、詫びを入れる積りや」

 

「お?」

 

 改めて、正面から鈴原トウジの顔を見た相田ケンスケは、少しばかり驚いた。

 顔は酷い有様だったが、表情が朗らかだったからだ。

 

「反省したって所か?」

 

「ま、そんな所や。アイツ、来るのは遅いんか?」

 

「どうかな、割と遅い側だと思うけど……」

 

「何処から来てるんかのぅ」

 

「自転車で通学してるから、そう近くは無いんだろうな」

 

「ほうか」

 

 そう言った時、2人が持つ携帯が鳴った。

 2人のモノだけでは無い。

 クラスに居た全ての人間の携帯が、見事な合奏(セッション)を成す。

 

 

 

 ゴミ出しを済ませたシンジは、通学用に用意した自転車を駐輪場から引っ張り出す。

 濃ゆい蒼色の、紫にも見える色をしたクロスバイクだ。

 別にシンジの趣味と言う訳では無い。

 NERVでの訓練後、何とは無しに行っていた作戦局の人間との雑談で、通学距離があるので自転車が欲しいと零したら、作戦局に自転車趣味者が居たのが運の尽き。

 アレよアレよとあっという間に、シンジの手元にこの自転車がやってきたのだ。

 有志一同からのプレゼント、そう言うモノであった。

 シンジとしては買い物袋を乗せられる前カゴがあれば何でも良かったのに、このスポーツサイクルである。

 とは言え頂き物であると鷹揚に受け入れていた。

 速度を追うロードバイク程では無いが快速車(ママチャリ)よりは遥かにスピードが出るので、乗り始めてからは気に入っていたが。

 

 チェーンロックをシート下のポーチになおし、跨ろうとしたシンジ。

 と、その携帯がポケットで自己主張した。

 特別非常事態宣言。

 新しい使徒の襲来であった。

 

 

 

 

 

「碇司令の居ぬ間に第4の使徒襲来……意外と早かったわね」

 

 第1発令所第1指揮区画で仁王立ちする葛城ミサト。

 その目は、発令所正面の主モニターには洋上から侵攻してくる使徒(BloodType-BLUE)に釘付けとなっていた。

 ピンク色の、名状しがたい形状をしている。

 しかも飛んでいる。

 鳥のように羽で羽ばたいている訳でも、飛行機のように何かを後方へと噴射している訳でも無い。

 重力など無いかのように、或いはそれが自然であるかの様にゆっくりと空へと浮かび進んでくる。

 

「非常識ね」

 

「使徒、だもの。そう言うモノなのでしょうね」

 

 科学者としての常識、或いは物理法則を小ばかにするかの如き使徒の行動に、もはやお手上げとばかりに切って捨てる赤木リツコ。

 対して葛城ミサトはあきらめの境地(ブッダスマイル)で受け入れていた。

 

 と、前衛となる国連統合軍(UN-JF)が水際での迎撃を図る。

 戦車部隊を筆頭に野砲やミサイルその他、国連統合軍は持てる火力をありったけと叩き込む。

 だが、先の使徒と同様に効果は無さげの様であった。

 否、前回の使徒は攻撃が侵攻を遅らせる効果をある程度は発揮していたのだが、此方の使徒は痛痒にも感じないとばかりに、反撃すら気配は無い。

 威力偵察にもなっていなかった。

 唯一、速度こそ多少は遅くなったのが成果であった。

 

 使徒を倒せるのはエヴァンゲリオンのみ。

 その事実を見せつける様な状況だ。

 とは言え、護民を任とする国連統合軍として動かないと言う選択肢は無かったのだが。

 

「シンジ君は?」

 

「現在、初号機の01ケイジに向かって移動中。既にプラグスーツは装着済みとの事です」

 

 打てば響くとばかりに答えるのは日向マコト少尉。

 黒縁の眼鏡をトレードマークとする実直そうな表情をした士官であり、作戦局第1課係長として葛城ミサトを支える女房役であった。

 

「結構。赤木()()、エバーの出撃準備は?」

 

 堅苦しく役職で赤木リツコの名を呼ぶ葛城ミサト。

 出撃に向けた儀式だ。

 その堅苦しさが大事であった。

 居住まいを正し、目の前の難局に立ち向かおうと言う気持ちであった。

 

「初号機は現在、B型装備で冷却中よ。機体に異常は無いわ」

 

「結構。装備の方は十分?」

 

「取り合えず標準型パレットガンは5セット、B型(B型パレットガン)も2セットは用意出来たわ」

 

「要塞機能は?」

 

「現在、予定火力の6割までなら使用可能ね。残りは国連軍頼りと言った所ね」

 

「技術部の復旧への努力に感謝するわ」

 

 先の使徒戦で、結構なレベルで叩かれていたのだ。

 使徒とエヴァンゲリオンの格闘戦による被害はそう大きい訳では無かったが、使徒が乱射した光線砲で第3新東京市の要塞機能はかなり低下していた。

 それを2週間程度で復旧させてみせたのだ。

 不眠不休の努力の賜物であり、称賛以外の事は出来ぬと言うものだ。

 

「彼らにもそう伝えておくわ」

 

 戦闘へ向けた準備が進んでいく。

 

 

 

 プラグスーツを着込んだシンジは、エヴァンゲリオン初号機の巨躯を見上げながら静かに闘志を燃やしていた。

 使徒との闘いは命が掛かっている。

 その事への恐怖はある。

 迷いもある。

 だがシンジは、それらを意志の力でねじ伏せていた。

 人間は何時かは死ぬ、問題は死に方であると教わっていたからだ。

 なこよかひっとべ(迷ったのであれば突撃せよ)の精神であった。

 そしてもう1つ。

 使徒の事があった。

 侵攻してくる使徒が、このNERV本部の地下に存在するリリスと言う存在に接触すれば、世界を滅ぼしかけたセカンドインパクトが再び発生し、今度こそ人類は滅んでしまう。

 それを防ぐためのNERV、そしてエヴァンゲリオン。

 エヴァンゲリオンを動かす事が出来るのは限られた人間であり、今、見つかっているのはたったの3人。

 その1人が己であると教えられたのだ。

 であれば死力を尽くすほかないとシンジは腹を決めていたのだった。

 乗らなければ世界が終わり死ぬ。

 乗っても使徒との闘いに負ければ死ぬ。

 同じ死ぬであるならば、せめて前向きでありたい。

 そう思うからであった。

 

 腹を括っているシンジの脇で多くの人たちが、エヴァンゲリオン初号機の出撃準備を進めて行く。

 システム、兵装などの再チェックが行われる。

 並行して冷却用のL.C.Lが排水されていく。

 その様に鼓舞されたシンジは深呼吸をした。

 本番(実戦)を前に過度に緊張しては良くない。

 薬丸自顕流の稽古でも散々に言われた事だった。

 だからシンジは笑う。

 無駄な力を抜く為に笑う。

 

 と、シンジの傍らに駆け寄ってくる女性が1人。

 技術開発局第2課、エヴァンゲリオン初号機の機付き長(初号機専属整備班班長)である吉野マキであった。

 肩までほどの髪をひっつめに纏めた、才女の風のある女性だ。

 白いツナギに、機付き長と教える様に白衣にも似たコートを着こんで居る。

 

「碇君、発令所より出撃まで20分が発報(コール)されました。準備は宜しいですか?」

 

 鋭利そうな雰囲気に反して、柔らかな声で尋ねて来る吉野マキ。

 既に顔見知りであるシンジは軽く頷いて答える。

 

よかど(準備万端ですよ)

 

 トイレなどは既に済ませている。

 プラグスーツには排尿ユニット(パック)などの装備も付いていたが、流石にそこにすると言うのにはシンジにはまだ躊躇があった。

 万が一は無いとは言われているが、排尿したものがエントリープラグに充填されているL.C.Lに漏れだしたらと考えると、とてもではないがゾッとする話だからだ。

 男子としてのプライドから、誰に言った事は無かったが。

 

「でしたらエントリープラグ搭乗デッキまで移動お願いします」

 

わかいもした(判りました)

 

 移動しようとしたシンジ、ふと、視線を感じる。

 左右を見た。

 居ない。

 見上げた。

 居た。

 綾波レイだ。

 乗るべきエヴァンゲリオンがまだない為、待機命令の下にある綾波レイは第壱中学校の制服を着こんで居た。

 

 友好的であろうと言う思いから手を振ってみるシンジ。

 が、綾波レイはプイっと横を向いた。

 思わず苦笑してしまうシンジ。

 

「どうしたの?」

 

ないもなか(なんでもありませんよ)

 

 先は長そうだ。

 そんな言葉をのみ込みながら、シンジは吉野マキの背を追った。

 

 

 

 

 

「ええっ、まただ!」

 

 シェルターの中に持ち込んだポータブルTVを見ていた相田ケンスケは、悲鳴を上げた。

 それまでLiveで第3新東京市を映していたニュース映像が途切れたのだ。

 小さな画面越しでも判る、国連統合軍や戦略自衛隊の緊迫した動き。

 演習では無いと判る戦車や戦闘機の動きをワクワクして(他人事として楽しんで)いた矢先に、全てが途切れさせられた(シャットダウンした)のだ。

 気楽なマニアとしては当然の反応であると言えた。

 

「なんや、また文字だけかいな?」

 

 そして、そうでない鈴原トウジは合いの手こそ入れても、興味なさげであった。

 興味がないと言う訳では無い。

 昨日殴り合いをしたシンジが乗っているかもしれないのだ。

 気にならない訳は無かった。

 只、戦闘に興味が走っている相田ケンスケとの温度差があると言う事であった。

 

「ああ。報道管制ってやつだよ。僕ら民間人には見せてくれないんだ。こんなビックイベントだっていうのに!」

 

 切歯扼腕。

 憤懣やるかたないと言った塩梅の相田ケンスケ。

 戦争が日常の脇に存在する。

 日常を送る第3新東京市が戦場になる。

 その事に興奮が止まらないのだ。

 だから、気楽に非常な手段を選んでしまう。

 

「なぁ、ちょっと2人で話があるんだけど……」

 

 

 シェルターの待機室を抜け出してトイレに行く2人。

 そこで相田ケンスケは鈴原トウジに協力を要請する。

 シェルターから出たい。

 戦争をこの目で見て見たいのだと。

 

「死ぬまでに、一度だけでも見たいんだよ!」

 

「上のドンパチか?」

 

「今度いつまた、敵が来てくれるかどうか、分かんないし。なあ、頼むよ、ロック外すの手伝ってくれ」

 

「外に出たら、死んでまうで?」

 

 鈴原トウジの脳裏に浮かぶのは大怪我を負った妹の姿だった。

 死んでしまうと言うのは比喩抜きの話なのだ。

 簡単に人は傷つくし、死んでしまう。

 日常の隣に潜んでいるものなのだ。

 その事を鈴原トウジはおぼろげに理解しだしていた。

 だが、相田ケンスケの異様な迫力に、反論の言葉は弱弱しくなる。

 

「ここにいたって分からないよ。どうせ死ぬなら、見てからがいい。それに、あの転校生が乗るロボットだぞ。それがこの前も俺達を守ったんだ。なぁ、俺は思うんだ。トウジはあいつの戦いを見守る義務があるんじゃないかって」

 

 支離滅裂であり、詭弁を通り越した事を言う相田ケンスケ。

 だが、熱意だけはあった。

 熱意、或いは狂気に鈴原トウジは折れる事となる。

 それは昨日の喧嘩に巻き込んだ、そして教師に叱られさせた事への負い目もあっての事でもあった。

 

「しゃーない。つきおうたるわ。けどおまえ、ホンマ、自分の欲望に素直なやっちゃなあ」

 

 

 

 

 

 出撃するエヴァンゲリオン初号機。

 その右手の兵装ビルが動き、その装甲シャッターが解放され、中からエヴァンゲリオン用の武器が顔をだす。

 パレットガン(EW-22)だ。

 使徒との最適位置に出撃したエヴァンゲリオン初号機。

 その最も近い兵装ビルは、少しばかり規格外サイズの銃剣付きパレットガン(EW-22B)を搬出する事が出来なかったのだ。

 とは言え、葛城ミサトとしては今回、最初は射撃戦闘を試みさせる積りであったので問題は無かったが。

 

『いいわねシンジ君。敵のA.T.フィールドを中和しつつピーガン(パレットガン)の一斉射、練習通りよ。良いわね?』

 

よか(大丈夫です)

 

『宜しい、では最終安全装置、解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

 全ての軛から解き放たれたエヴァンゲリオン初号機。

 シンジは手早く、しかし手慣れたと言うには聊かばかり不足気味の挙動で、兵装ビルからパレットガンを得て装備する。

 自動的に火器管制システム(FCS)が起動する。

 と、使徒が動きを変えた。

 変形する。

 胴体の様なものが下におりて人型めいた姿になる。

 エヴァンゲリオンに対抗しようと言うのだろう。

 だが、そんな事は関係ないとばかりにシンジはトリガーを引いた。

 電磁レールで加速された209㎜の劣化ウラン弾が発射される。

 拙いながらも指切り射撃を試みて、3~4発毎に射撃を停止して遮蔽物に隠れる。

 防御用の装甲ビルはエヴァンゲリオン初号機を使徒から隠す。

 違う。

 使徒からだけでは無い。

 エヴァンゲリオン初号機側からも使徒を隠したのだ。

 

『シンジ君、回避して!』

 

 葛城ミサトの叫び。

 その深刻さを含んだ勢いに、シンジは咄嗟に機体を飛ばす。

 しゃがむ様に。

 前へと飛ぶ。

 

「なっ!」

 

 次の瞬間、エヴァンゲリオン初号機が盾にしていた装甲ビルが弾けた。

 使徒の攻撃だ。

 ピンク色めいた光る鞭を生み出し、振るってきたのだ。

 使徒の身長、40m以上も延ばされた鞭は、それなりの防御力がある筈の装甲ビルを、まるで紙のように簡単に切り裂いたのだ。

 

なんちっ(なんだと)!」

 

 反撃。

 回避に横っ飛びをしながら射撃する。

 当たらない。

 命中しないのではない。

 使徒の前に存在するA.Tフィールドが凶悪な破壊力を持つはずの209㎜砲弾を受け止めたのだ。

 だが牽制の役割と割り切ったシンジは、そのまま回避しようとする。

 問題は、焦りが指切りを忘れさせ、弾倉(マガジン)が空になるまで連射したと言う事。

 着弾に際して発生した煙がエヴァンゲリオン初号機の視野を狭める。

 だが問題は無い筈だった。

 シンジは仕切り直しとばかりに、全力で後退する積りだったのだから。

 だがそれはシンジの都合。

 使徒は、それを許さない。

 

 爆発煙を切り裂いて飛び込んできた使徒。

 その勢いのままにエヴァンゲリオン初号機を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 シェルターの非常用脱出口から抜け出した相田ケンスケと鈴原トウジ。

 そのまま学校から出ると、近くの第3新東京市を一望できる裏山へと昇っていた。

 古い神社のある山だ。

 その境内で相田ケンスケは持ち出してきた望遠鏡で、嬉々として戦場を見て居た。

 

「凄い! 凄い! これだ、これぞ苦労の甲斐もあったと言うもの!」

 

「元気なモンやナァ」

 

 対して、戦場にも戦闘と言うモノにも興味の薄い鈴原トウジは、落ち着いて戦況を見ていた。

 だから先に気づいた。

 

「あ、アカン」

 

 初号機が吹き飛ばされて来るのを。

 少しだけ遅れて相田ケンスケも理解する。

 自分たちが部外者(局外観測者)ではなく、当事者であると言う事を。

 

「こっちに来るぅ!?」

 

 2人を覆うように落ちてくるエヴァンゲリオン初号機の巨体。

 逃げる間は無い。

 出来る事は神様仏様へと祈る程度だ。

 

「うわああああああああああああ!」

 

「どわああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

やいおったが!(よくもやったな)

 

 見事に吹き飛ばされ、派手に着地したエヴァンゲリオン初号機。

 その衝撃に揺さぶられたシンジであったが、戦意は如何ほども緩んでは居なかった。

 否。

 それどころか攻撃を受けた事で、痛みを味わった事の痛みが怒りに、怒りが戦意へと転化していた。

 獣めいて笑う。

 歯をむき出しにして笑う。

 戦意に不足なし。

 まだ固定装備と言うプログレッシブナイフ(EW-11)がある。

 戦える。

 目の端で電力残量(活動限界)を確認する。

 4分38秒の文字。

 まだ動ける。

 戦える。

 そうシンジが腹を決めた時、その耳朶を葛城ミサトの声が叩いた。

 

『シンジ君、下! 貴方の同級生が居るわ!!』

 

なんちな(なんだって)!?」

 

 エヴァンゲリオン初号機の指の隙間から、怯えて頭を抱えて丸まっている相田ケンスケと鈴原トウジが見えた。

 

『何故こんな所に?』

 

『そこの2人を操縦席へ入れて回収、以後一時退却、出直すわよ!』

 

『待ちなさいミサト、許可のない民間人を、エントリープラグに乗せられると思っているの!?』

 

 発令所の混乱した空気が、スピーカーから聞こえて来る。

 だがシンジはそれにかかわる事無く、大きく笑う。

 笑い出す。

 

よか(凄い)よかぼっけじゃ(凄い無茶をしたものだ)!!」

 

 馬鹿と紙一重か、乗り越えた大馬鹿者か。

 そんな無謀な事をしでかした事が楽しかったのだ。

 臆病よりも蛮勇が貴ばれる、そういう教育()を受けてきたのだ。

 だからこそ笑った。

 その様、正しく呵々大笑。

 腹の底から楽しそうに笑った。

 

『シンジ君?』

 

葛城さぁ(葛城さん)2人を連れもどっが、どけな(2人を連れて何処に下がれば良い)?」

 

『日向君?』

 

『直近の回収ルートは34番! 山の東側です!!』

 

『聞いたわね、シンジ君! 急いで!!』

 

まかっしゃんせ(待っててください)! ふたりとめ指につかまいやいな(2人とも捉まってて)!」

 

 繊細にエヴァンゲリオン初号機の指を動かしたシンジは、地面ごとに2人を回収する。

 両手で大事に保護する。

 葛城ミサトはエントリープラグへと迎え入れろと言ったが、シンジは、それが()()だと考えていた。

 機体を止めて、エントリープラグを露出させ、2人を迎え入れる。

 その時間が致命的な隙であると考えたのだ。

 可動限界も近い。

 そんな状況で、しかも使徒が迫ってくる中で隙など見せられる筈が無かった。

 ()()()()()であっても、エヴァンゲリオン初号機の手で掴まえて下がる方が安全だと判断したのだ。

 

歯をかんみゃい(歯を噛んでて)とんど(飛ぶから)!!」

 

 早口のさつま言葉を2人が理解する前に、シンジはエヴァンゲリオン初号機を横っ飛びにした。

 緊急回避。

 使徒がツッコんできたのだ。

 

こぁ、かんたんにはいかんどな(これは簡単には下がれないか)

 

 腕の中から聞こえてくる悲鳴、その一切を無視してエヴァンゲリオン初号機を奔らせるシンジ。

 遮蔽物の少ない山の中では危険であると断じての事だった。

 

葛城さぁ、次をたのんもんで(葛城さん、次の指示を)!」

 

 八艘飛びの勢いで山肌を蹴って進むエヴァンゲリオン初号機。

 一気に第3新東京市戦闘用街区に戻る。

 それで稼げた時間で、回収班が命がけで出て来ていた非常用ビルに2人を下す。

 土塊と一緒に荷物めいているがシンジも、回収班も誰も気にしない。

 回収班が2人を引っ立てて行くまでの間、シンジは非常用ビルの前で仁王立ちをする。

 無謀な2人も、命がけで職務を全うする回収班も、共に褒めたたえるべき勇敢なる者(ぼっけもん)とシンジは認めたのだ。

 だから盾となる事に迷いは無い。

 

 電源ケーブルを再接続し、内蔵武器(プログレッシブナイフ)を装備させようとしたシンジ。

 そこに1つ、朗報が与えられる。

 

『シンジ君、貴方の右隣りの兵装ビルが見える。そこに依頼の品を用意しておいたわ』

 

 改良型のパレットガン ―― バヨネット付きパレットガン(EW-22B)だ。

 

よかっ(有難う御座います)!」

 

 掴み、そして装備する。

 通常のパレットガンとはひと味違う剛性感、そして重さ。

 シンジは満足感と共に獣性の笑みを浮かべる。

 

じゃひたら(こうなれば)後はチェストするだけやな(後は突撃あるのみか)葛城さぁ(葛城さん)行ってよかな(突貫、宜しいか)?」

 

『シンジ君、無理だと思ったら後退よ、良いわね』

 

よかっ(わかりました)!」

 

『なら突撃して良し!!』

 

 葛城ミサトの命令が出た。

 軛から放たれたシンジ、そしてエヴァンゲリオン初号機。

 

「キィィィェェェェェェッ!!」

 

 猿叫、その魂を震わせる叫び声と共に、シンジは銃剣突撃を敢行する。

 使徒の接近速度にも匹敵する速度で突っ込む。

 相対速度が100㎞/hを超える勢いでの衝突となる。

 A.Tフィールドの衝突。

 中和。

 踏み込み、そしてエヴァンゲリオン初号機の体重を乗せた銃剣を使徒の赤いコアへと一気に突き刺す。

 刺さる。

 とは言え使徒もやられるばかりではない。

 鞭を槍のように扱い、エヴァンゲリオン初号機を穿つ。

 2本の槍が突き刺さったエヴァンゲリオン初号機。

 機体から伝わってくるシンジの胸と腹とを刺す痛み。

 その痛みすら、シンジには笑いを加速させるものでしかなかった。

 歯を噛みしめず、薄く笑い無駄な緊張を乗せる事無くシンジはパレットガンのトリガーを引くのだった。

 

 極至近距離からの、電磁レールによって加速された209㎜の劣化ウラン製の徹甲弾は使徒のコアに致命的な破壊をもたらしたのだった。

 

 

 

 

 

 




2021.12.01 文章修正
2022.02.12 文章修正
2022.08.23 文章修正


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02-Epilogue

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 避難シェルターからの勝手な移動 ―― 特別非常事態宣言に含まれている避難義務を怠った事となった鈴原トウジは、酷い顔でベンチに座っていた。

 場所は第3新東京市の地表部分、NERVの一般外来者向けの応接ターミナルの面談室だ。

 特務機関として、業務の一般公開は行っていないNERVであるが、それでも国連の人類補完委員会の下にあるが故に外向けの部分が必要である為、特設された設備であった。

 同時にNERVスタッフの通勤路、駅の役割も担う場所だ。

 別段、エヴァンゲリオン初号機の機動等で怪我をしたと言う訳では無い。

 只、救助してくれたNERVの回収班(保護スタッフ)から手荒く絞られ、その上で避難実行担当である第壱中学校の教師陣からはこってりと叱られ、そして最後に親からに怒られたのだ。

 全てが終わったのは日付が変わる所か、明け方の寸前だったのだ。

 それはもう、顔色も悪くなるのも当然と言うものであった。

 

「よう」

 

 死にそうな顔をした鈴原トウジに声を掛けたのは、負けず劣らずの顔をした相田ケンスケであった。

 

「生きとるか?」

 

「ああ、何とかな」

 

「お互い、えらい目におうたな」

 

「そうだな」

 

 疲れ果てたとばかりに、鈴原トウジの隣に座り込んだ相田ケンスケ。

 同病相憐れむといった風情であるが、此方の凹んでいる理由は少しばかり違う。

 相田ケンスケは、唯一の親族である父親との関係が崩壊状態である為、今回の事でもさして怒られなかったのだ。

 学校からの叱責も馬耳東風。

 NERVから絞られた事に至っては、リアルなミリタリーとばかりに内心では喜んでいる有様であった。

 そんな相田ケンスケが凹んだ理由は、持ち出していたカメラやビデオなどが、その記録情報もろとも没収廃棄された為であった。

 戦闘機やヘリ、そしてエヴァンゲリオン初号機が写っているソレらは、とてもでは無いが返却されるものでは無かった。

 相田ケンスケの眼前で破砕され、廃棄された。

 年齢の割に少しばかり知恵の回る相田ケンスケは、財産権の侵害だと声を上げたが、相手にされる事は無かった。

 NERVに与えられた権限、特務機関NERVに関する法案の特権条項とも揶揄されるA-18、そこに付随する[情報の機密保護に関する規定]に基づく処置であった為だ。

 お年玉や()()()で稼いだ金で買い込んだ、中学生には分不相応な高級品は念入りに破壊されて返却された。

 黒いゴミ袋に入れられたソレが、一番に相田ケンスケを痛めたのだった。

 

「しかし、ワシらなんでここに置かれとるんかのー」

 

「さあな。俺も聞いてないよ…………腹減った」

 

「そやなー」

 

 そんな2人の正面の壁にあるドア、NERVの施設側入り口が軽快な圧搾空気音と共に開いた。

 

 

 

 

 

「あの子たちへの処分(処罰)、アレでよかったの?」

 

 2度目の使徒戦、その後片づけに奔走し、結果として徹夜をする羽目になった赤木リツコは、同境遇の葛城ミサトにコーヒーを手渡しながら訪ねた。

 場所は茶室(A Mad Tea-Party)だ。

 今日も今日とて、この2人の女性は上級者向けの歓談室を執務室の様に使っていた。

 他に佐官級の人間が居ないと言うのが1つ、そして何より彼女たちの執務室や仮眠室よりもこの場の方が快適と言うのが大きかった。

 

「あーん? ああ、シンジ君の同級生2人ね。良いんじゃないの」

 

 一瞬だけ考えて思い出す。

 赤木リツコが話題にしたのは、碇シンジのクラスメイトでもあった闖入者の事であると。

 眠たげな顔でコーヒーカップを受け取った葛城ミサト。

 手の中のソレを、親の仇のようにも見ている。

 カフェイン摂取(眠気覚まし)の為に、もはや何杯目ともしれない熱いコーヒーなのだ。

 過剰労働の根源とばかりに憎むのも仕方の無い話かもしれない。

 

「初犯だし、広義のNERV関係者だし、後、シンジ君のクラスメイトでしょ。情状酌量であんなモノでしょ」

 

 軽い口調の葛城ミサト。

 だが2人への処分は、言う程に軽いものではない。

 内容は兎も角として、少なくとも日本国政府による処罰を受けたと言う事は、決して軽くは無い。

 高校への進学、或いは就職時に決して無視できない重荷(ペナルティ)となるのだから。

 只、赤木リツコが更なる重罰が必要だと思っているのは、第3新東京市での戦闘に際して一般市民がこの2人の様に軽い気持ちで動かれては堪らないからであった。

 特に、第3新東京市要塞部分の管理運営を担当する技術開発局としては、機密保持に掛かる手間が増える様な事は勘弁して欲しいと言うのが本音であった。

 それ故の一罰百戒要求だ。

 

「それより問題は、情報漏洩の方よ」

 

 気怠げな口調ではあるが、目だけは鋭く言う。

 情報漏洩。

 それは相田ケンスケの尋問の際に判明した、()()()()()()()()()であった。

 仕事が忙しい為に、一部のスタッフが勝手に家に情報を持ち帰ったりしていた事が判明したのだ。

 相田ケンスケは家にあった父親のPCを勝手に覗き見て、NERVの情報を得ていたのだ。

 シェルターを勝手に出た事よりもよっぽどに大きな問題であった。

 実際、相田ケンスケの父親である相田タダスケ曹長は戦略調査部調査情報局第1課と言う、情報戦に絡む部署に居た事から問題は深刻であった。

 当の本人が、己の息子への教育の不甲斐なさの責任を取ると述べ、辞任を申し出てくる程であった。

 尚、それは葛城ミサトからの助言と碇ゲンドウの決裁により、戦略調査部調査情報局第1課課長代理である青葉シゲル中尉の権限で却下されていた。

 温情(身内意識)もある。

 だがそれ以上に、()()()()()()()()()()()と言う話であった。

 

「とは言えその原因って、人手不足の所を襲った仕事量の圧倒的な増大(使徒襲来に伴う作業の拡大)だもの。それを高圧的に叩けば人が居なくなるだけよ」

 

「そうね」

 

「だから軽い処罰でやる。今で踏みとどまってくれれば(仕事を持ち帰らない様にすれば)大目に見る。少なくとも相田曹長は戒告処分で終わらせる。その事例案内で理解させるのよ」

 

 葛城ミサトのソレは指揮官としての、或いは人を統率する為の手法であった。

 厳罰による綱紀粛正を狙う赤木リツコとは違う視点であった。

 

「碇司令の許可は取ったの?」

 

「もっち、上申済みで決裁済みよん」

 

「なら、言うだけ野暮だったわね」

 

「そういう風に言って貰えるから、足元を確認できるのよ私も。だから有難うリツコ」

 

「どういたしまして」

 

 気分転換の雑談を終えた2人は、仕事(現実)に戻る。

 14年ぶりに現れた使徒、だが2度目はたった2週間であったのだ。

 次の使徒が明日来てもおかしくは無い。

 そう言う危機感が2人を駆り立てているのだ。

 

「取り合えず碇司令が人類補完委員会からぶんどってきた第2次補正予算、アレでエヴァ用の装備開発が加速しそうよ」

 

「そう言えば、司令がドイツ支部から巻きあげた研究成果もあったっけ?」

 

「ええ。お陰でポジトロンライフルの実用化とパレットガンの更なる大威力化が図れそうよ」

 

「どっちが簡単そう?」

 

 興味本位というよりは、願望めいた顔で聞く葛城ミサト。

 その豊満な胸の内で願うのは陽電子砲(ポジトロンライフル)の実用化であった。

 

 実戦で効果を発揮して見せたパレットガンは、発砲原理が電磁レール方式である為、大威力化だけであれば比較的容易だ。

 対してポジトロンライフルに関して言えば、陽電子の収束技術に関してもう2歩程の技術革新が必要と言った塩梅であった。

 だが威力で言えば圧倒的にポジトロンライフルが優位なのだ。

 少なくとも、設計時の理論値(理想上の最小威力)であっても。

 今後の使徒が防御力を増していかないとは限らないので、エヴァンゲリオンの運用を担う葛城ミサトとしては、より大威力兵器を欲する気分があった。

 残念ながら、現実は気分を裏切る。

 

「簡単なのはパレットガンね。此方は基礎データが揃ったもの」

 

「そりゃ残念!」

 

 

 

 

 

 対使徒戦を終えてのSEELEへの報告会。

 いまだ碇ゲンドウは、自分に対する温情の類に慣れかねていた。

 疎まれ、或いは憎まれる事の多い人生だったのだ。

 この状況に適応しきれないのも当然と言えた。

 

 尚、SEELE側からすれば、小憎たらしかった碇家の入り婿がしおらしい顔をしているのだ。

 しかも、善意めいた言葉を言えば、何とも評しがたい苦い顔をするのだ。

 面白くて仕方の無いと言う部分があった。

 皮肉であれば鉄面皮となれる男が、善意めいた言葉であればわたわたとしているのだ。

 愉快極まりないと言うものであった。

 又それは、NERVが使徒との2連戦を存外に低い被害で乗り切っていると言う状況も影響していた。

 少なくとも最悪の想定、常に第3新東京市要塞機能が半壊する様な時に比べれば、必要な予算や資源は段違いに低く抑えられているのだ。

 SEELEとて人の子の集団。

 気が楽になる(気分が良くなる)のも当然とも言えた。

 

「第3使徒、そして今回の第4使徒。NERVは良くやっている」

 

「有難う御座います」

 

「今回は君の代行として、葛城中佐が指揮を執ったと言う」

 

「然り。()()()()()()()()()はあった様だが、成果自体は認めよう」

 

「だが油断してはならぬ。子育てや怪我と一緒だ。気を付けたまえ碇」

 

「はっ」

 

 油断していると打ち込まれて来る善意(善意の皮を被ったナニカ)に碇ゲンドウは奥歯を噛みしめる。

 弄ばれている。

 顔色を見て笑われている。

 被害妄想めいた気分で自分を律せねば、道化めいた事になる。

 そう自分に言い聞かせている。

 

「そういう顔をするな、歯に悪いぞ」

 

「歯が無くなっては食べる楽しみが減る」

 

「困ったものだよ碇。肉を噛み千切ると言う粗野だが、面白い行為も出来なくなるからな」

 

「左様、歯は健康のバロメーターと言う」

 

 これはSEELEの会議の筈だ。

 高齢者の寄り合い所じゃない。

 碇ゲンドウは、自分にそう言い聞かせて報告会を乗り切るのだった。

 

「全てはSEELEのシナリオの儘に」

 

「碇、計画の着実な実行、そして健康を祈る」

 

 

 会議が終わった後、碇ゲンドウは思いっきり机を蹴飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 相田ケンスケと鈴原トウジの所へ来たのはシンジだった。

 学生服とは違う、黒を基調としたNERVの適格者(チルドレン)向け制服を着こんで居る。

 それを着込むシンジはにこやかに笑っている。

 

謹慎すっち聞いたで(謹慎処分を受けると聞いたので)さきにゆとこうちおもてな(言っておこうと思ってね)

 

「なんや」

 

ぼっけじゃち言うとかんとちおもてな(勇敢だったと。褒めておこうと思ったんだ)がいたくられたやろがな(怒られたでしょ)?」

 

「しこたまにしぼられたで」

 

じゃっどがな(だろうね)

 

 にこやかに会話する2人。

 対してシンジの方言(かごしま弁)が理解出来ない相田ケンスケは微妙な顔をしていた。

 いや、別に鈴原トウジが理解できている訳では無い。

 同じ標準語を使わない同士のシンパシーか、何となく理解できたのだ。

 或いはそれは、鈴原トウジと相田ケンスケのコミュニケーション能力の差なのかもしれない。

 大まかな意思疎通が出来れば良いと思う大らかさの有無なのかもしれない。

 

 只、それでも聞き続けていたお陰で、相田ケンスケも何となくシンジの言おうとする事が理解出来る様になった。

 シンジは戦闘を邪魔されて怒ってない。

 それどころか、戦場にノコノコと出てきた事を、ぼっけ等と言って褒めてくれている。

 それが判ったからこそ、先に頭を下げる事を選んでいた。

 相田ケンスケと言うひねくれた所のある少年の、矜持とも言えた。

 

「シンジ、すまん」

 

ないがな(何が)?」

 

「褒めてくれるのは嬉しい。だけど、やっぱり戦闘を邪魔したのは短慮だったって思ったんだ。トウジは悪くない。全部、俺が悪かったんだ」

 

よか(いいよ)よかとよ(いいんだよ)ぼっけちぁそういうもんじゃっひとよ(勇敢というのはそういうものだと思うよ)

 

 損得勘定とかそういうモノを抜いて。

 やるべきと思った時にやってしまうものだと言う。

 迷った時には先ず突撃しろ(なこかいとぼかいなこよかひっとべ)、と。

 

「シンジ……」

 

「それなケンスケ、それやとワシが()()()()()()ゆー話にならんか?」

 

「いや、そういう積りじゃ無いって!」

 

よかよか(いいんだよ)おはんもぼっけやっでよ(付き合いでやるのも立派さ)

 

 笑うシンジ。

 

「なぁケンスケ。ワシ、ぼっけってバカって言ってる気がしてきたんやけどな」

 

「奇遇だな、俺もそう思う」

 

 ジロっとシンジを睨む2人。

 シンジは笑ってる。

 笑って答えた。

 

そいもぼっけよ(それもぼっけだよ)

 

「ええ加減すぎやろ!?」

 

 関西の血が、思わず鈴原トウジにツッコミをさせていた。

 笑うシンジ。

 いつの間にか鈴原トウジも、相田ケンスケも笑っていた。

 

 それを見ていたシンジの護衛役、黒い背広を着こんだ適格者(チルドレン)護衛を専門とする保安諜報部保安第2課の男2人は肩をすくめて笑いあった。

 青春だ、と言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 




2021.12.21 文章修正
2021.12.25 文章修正
2022.02.12 文章修正


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デザイナーズノート(こぼれ話) #2

 ノープランで続いてしまったが故に割と頭を抱えた部分3割。
 残りは、ま、適当に本編をなぞりつつも、何だかなー と言う部分を変えていけば良いヨネと思ったのが2割。
 そして半分以上は、ヤル気アグレッシブにシンジ君行って見よう感ががが(のーぷらん

 取り敢えず、TV版を見てて思っていたのが、シンジ君は引っ込み思案では無いと言う事
 根っこは気が強いし前向きだと言う点が大事にされない二次創作が多いナァ と思ってた不満点の解消だったりする訳で。
 後半戦でのシナリオの都合でメンタルポキポキされるまでの、育成環境によって後ろ向きになりがちだったのが健全になりつつあったのを、そのママ行けばとも言えまする。
 ま、シナリオの都合と言うか、世界の都合とかでポキポキしようとしてきたら、相手をへし折れるような鍛え方をしたったーぁ!! と言うシンジ君な訳で。
 なのでトウジ君とは全力全開の殴り合いに(オイ
 お陰で、ナニカ、シンジ君の野蛮力に合わせてトウジ君もももも(ヒデェ
 余波でケンスケ君は犠牲となりましたが、ま、仕方ないね!!
 後、#2なシナリオでエントリープラグに2人が入るのは、流石に無茶が無い? となって改変。
 ねー
 だって40m級に子どもを登らせるのってどーよ?
 そんな疑問への個人的回答でもありまする。


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参) ANGEL-05  RAMIEL
03-1 Alt Eisen


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風向きを気にすれば種は蒔けない
雲行きを気にすれば刈り入れはできない

――旧約聖書     









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 NERVアメリカ支部にて建造中であったエヴァンゲリオン4号機のNERV本部輸送のスケジュールが正式決定すると共に、エヴァンゲリオン零号機は試作機としての役割を終える事となった。

 代わりに、試験機(技術開発局の玩具)であると共に予備機(パーツ取り機)としての役割を得る事となる。

 適格者(パイロット)2人に3機のエヴァンゲリオン。

 更に将来的には適格者1名と1機の実戦用エヴァンゲリオンが加わる予定なのだ。

 これで作戦局は、第3東京市での運用に限れば余裕が出来ると安堵していた。

 

 だが、技術開発局としては安穏としていられる訳では無い。

 先ずはエヴァンゲリオン零号機の、起動実験失敗時に行われた凍結処置が解除、そして運用可能な状態への改修工事が行われる事となっているからだ。

 否、既に凍結解除処置は行われている。

 非常用の特殊ベークライトでの拘束は解除されており、エヴァンゲリオン零号機は、改装作業用の格納庫(ケージ)へと移されていた。

 エヴァンゲリオン初号機での運用実績を基に解析したお陰で、失敗した起動実験の原因を特定する事が出来ており、それに基づいた改修が行われていた。

 併せて、火器管制システムの設置や戦闘用装甲の取り付けなど多岐に渡る改修も実施されている。

 技術開発局の第1課、所謂E担当(エヴァンゲリオン)課は何とも忙しい事になっていた。

 

 その忙しい最中にあっても、決して手を抜けない事があった。

 適格者たち(チルドレン)の訓練である。

 剣術の修練は積んでいても、射撃装備なども含めた近代的な戦闘訓練を受けていない碇シンジ。

 此方はある意味で問題は無かった。

 第3と第4、使徒との連戦にて戦闘の勘所(コンバット・センス)を理解している事を実証していたのだから。

 問題はもう一人の適格者(チルドレン)、綾波レイである。

 色素の薄さが存在感の薄さ ―― 自己主張の儚さに繋がる様な、美少女と評して間違いの無い少女は、今まで開発スタッフの一員としての教育と訓練を受けていた。

 それが、戦闘スタッフとしての訓練へと変わるのだ。

 それは簡単な事では無かった。

 銃器その他の使い方は、その開発に携わっていたので理解はしていた。

 だが、それが同時に(イコールで)戦えると言う事を意味する訳では無いのだから。

 だがやらねばならぬ。

 それはNERV本部が対使徒戦闘集団へと変容するのと、ある種、軌を同じにしているとも言えた。

 

 

 

「で、どうなの?」

 

 問いかけたのは赤木リツコ。

 字面だけで言えば冷たい響きがあったが、実際には、常日頃の鋭利さがぼやけた様な疲労の色が乗った言葉であった。

 眠気を煙草(ニコチン)コーヒー(カフェイン)で散らし続けて居るが故に、目元にはどす黒いクマが出来ていた。

 技術開発局の局長として、エヴァンゲリオン4号機の受け入れ作業まで管理監督しているのだ。

 忙しさは今のNERV本部で一番であるとも言えた。

 そんな赤木リツコが問いかけたのは、作戦局の葛城ミサトであった。

 問いかけた内容は1つ。

 NERV本部を統括管理する第7世代型有機コンピューターMAGIが構築した仮想空間でのデジタル演習にて交戦訓練を行うシンジと綾波レイの事であった。

 赤木リツコは軍事的素養に関する教育を受けていない。

 そうであるが故に、デジタル演習の管制室モニターに表示されている情報からの意味が読み取れないのだから。

 とは言え、それは職務からの質問と言う訳では無かった。

 デジタル演習は作戦局が主導しており、技術開発局は第1課が協力しているだけである為、正直、赤木リツコ(局長級スタッフ)が詰めている必要は無いからだ。

 又、それは葛城ミサトにも言えていた。

 デジタル演習は通常業務の一環として行われている為、作戦局第1課課長であると共に局長代行でもある葛城ミサトにとっても手離れさせた仕事であるのだ。

 作戦局第1課の係長である日向マコト少尉が音頭を取り、技術開発局第1課の課長補佐である伊吹マヤ少尉が中心となって支えている業務とも言えた。

 

()()()って感じ?」

 

 少しばかり軽い感じで返す葛城ミサト。

 此方は手に持ったコーヒーを楽しむ余裕がある。

 ある意味で気楽な立場故であろうか。

 それを赤木リツコは咎めない。

 彼女とて、ある種の気分転換にこの演習を見に来ていたのだから。

 

「というと?」

 

 2人の前にあるディスプレイには、仮想空間内で激しくぶつかり合うエヴァンゲリオン初号機と4号機の姿が映し出されていた。

 エヴァンゲリオン初号機は大型で刀状の武器 ―― EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を振り回している。

 対して銀色のエヴァンゲリオン4号機はEW-22B(銃剣付きパレットガン)を乱射している。

 最初からエヴァンゲリオン同士の戦いをやっていた訳では無い。

 デジタル演習開始時は再現した使徒との交戦(戦闘訓練)が行われていたのだが、再現された使徒の挙動が画一化している(ワンパターンであった)為、これでは訓練として効果的では無いとの批判(クレーム)が作戦局第1課から上がった結果であった。

 そして実際、人間同士での戦闘(Player vs.Player)の方が戦闘で機知を働かせ、考える ―― 効果的な訓練となる要素が大きかった。

 シンジも綾波レイも必死になって考えて戦っている。

 だが、戦いは一進一退とはなっていなかった。

 シンジの猛攻に、綾波レイは対応するだけで精一杯と言う有様であった。

 射撃による牽制をしながら距離を取ろうとしているが、機を見ては突貫されて、銃剣で抵抗しようにも勢いの差で抗しきれないと言う塩梅だ。

 

「レイはチョッチ、冷静過ぎるって事ね」

 

「冷静なのは良い事じゃないの?」

 

「冷静自体は良いわよ? 只、冷静過ぎて状況を見すぎてしまう感がね、あるのよ」

 

「?」

 

「慎重である事は大事。だけど慎重すぎると(チャンス)を失うわ。何事もそうでしょ?」

 

 シニカルに笑う葛城ミサト。

 研究も投資も、或いはモノを買う時や男女仲でも、みんなそうだと言う。

 戦場で臆病である事は大事だけれども、慎重が過ぎるのも問題であると言う。

 その事に感じる所のあった赤木リツコは、少しだけ渋みのある顔で頷く。

 

「中々に、実体験に基づく含蓄がありそうね?」

 

「やーね。一般論よ、一般論?」

 

「大学時代とか?」

 

 ボソッと言う赤木リツコに、目が泳ぎ出す葛城ミサト。

 そんな管理職の会話(戯れ)を背に、デジタル演習は加速していく。

 踏み込むエヴァンゲリオン初号機。

 距離を取ろうとするエヴァンゲリオン4号機。

 最終的に、戦闘時間が長期化した事で綾波レイの集中力が低下、そこを察知したシンジが一気に飛び込んでの打ち込みを果たし、決着が着く事となる。

 袈裟懸けに真っ二つになったエヴァンゲリオン4号機。

 

「戦績は?」

 

「7勝1敗、1引き分けってトコ」

 

「これが最初の1敗じゃないわよね」

 

「そ。だから少し休憩ね。ぶっ通してで2時間だもの。レイが集中力を失うのも当然だわ。日向君、2人に上がる様に伝えて。休息は、昼休憩も込めて3時間の方向で。皆も、手持ちのデータを打ち込み終わったら、めいめいが休憩取って頂戴ね」

 

 後半は、赤木リツコでは無くデジタル演習統括の日向マコトに伝える。

 本来であれば葛城ミサトが嘴を挟む話ではない。

 だが、生来の真面目さ故か日向マコトには根を詰める所があるので、こうやって管理する必要があったりもするのだ。

 有事は兎も角、平時であれば休息による体調(コンディション)管理も大事な仕事なのだから。

 

「はい!」

 

 

 

 休憩。

 L.C.Lは体調調整効果も持っては居るが、それでも2時間から浸かりっぱなしとなれば疲労感が出て来る。

 特に、露出している顔周りや髪は何とも言えない不快感が出て来る。

 それをシャワーでさっぱりと流したシンジは、昼飯でも食べに行こうかと食堂に向かおうとした。

 料理が1つの趣味になっているシンジは、常日頃は自分で作った弁当を持ってきていた。

 だが、通日でエヴァンゲリオンの試験や訓練をする日などは流石に億劫であり、その限りでは無いのだった。

 昼からもエヴァンゲリオンに乗る(L.C.Lに浸かる)とあって、食事は軽めの方が良いかと思いながら通路を歩いていたシンジ。

 それを止める声。

 

「お疲れ様♪」

 

 ニコニコ笑顔の葛城ミサトだ。

 そこにシンジは、何か微妙な臭いを感じた。

 何かを腹に抱えている感じ、とでも言うべきだろう。

 シンジから見て葛城ミサトは悪い人間では無い。

 悪い人間では無いのだが、時々、その善意(行動力の空回り)から、面倒くさい事をする事があるのだ。

 

「良かったらお姉さん達とご飯しない?」

 

 ()と来た辺りで、面倒事確定である事を理解した。

 そこで無駄とは思いつつ1つのアピールをする。

 ご飯を持ってきてない。

 

食堂へたもいけ行っで、後にしてもらえんけ(ご飯の後では駄目ですか)?」

 

 だが残念、上司からは逃げられない。

 ジャン! とばかりに自分のIDカードを見せる。

 NERV本部敷地内であれば、電子マネーの支払いも出来る優れものだ。

 全て給与からの天引きで買える上に、設定された限度額以上は自動的に翌月に繰り越されると言う優れものだ。

 当然、中佐相当の給与を貰っている葛城ミサトの支払い能力はド高い。

 

「そこは任せて貰って良いわよン。奢っちゃうから」

 

わかいもした(ではお願いしますね)

 

 

 

 葛城ミサトに連れて来られたのは、高級士官用(佐官以上向け)の歓談室である終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)だった。

 初めて入るシンジは、一般の質実剛健さが表に出ているNERV本部施設とは異なった豪奢な内装に呆れにも似た表情を見せていた。

 真っ白なクロスの掛けられたテーブル。

 椅子もソファーめいている。

 壁には絵画が掛けられており、窓にはクロスオーバースタイルのレースカーテンが用意されている。

 何とも欧州的趣味が出ているが、稀に国連軍から派遣されて(出張して)来ていた非自衛隊系の佐官級以上の将校からは好評であった。

 

 特別扱いは料理にも及んでいる。

 専用のキッチンは流石に無いが専用のメニューは用意されており、一般食堂で調理して持ってくるものとされていた。

 無論、その分価格(サービス費)は高くなっている。

 佐官級の給与が無ければ満喫できない場所とも言えた。

 そんな場所で、物珍し気に内装を見ながら4人テーブルに着席するシンジ。

 葛城ミサトが洒落た手書きのメニューボードを差し出して来る。

 

「何を頼んだって良いわよ?」

 

 メニューの値段と、それを意にも介していない葛城ミサトの太っ腹ぷりに呆れつつシンジは、ボリューム感のあるクラブハウスサンドのセットを選んでいた。

 セットはフレンチフライ(ポテトフライ)とコーラだ。

 欧州よりもアメリカンな料理ではあるが、この手のパンチ力のある食べ物を望む将校も多い人気メニューであった。

 当然、葛城ミサトも好んでいた。

 

「良いのを選んだわね、それ美味しいわよ?」

 

 日中は配置されている、NERVの制服の上に純白のエプロンを付けた従卒(メイド・ガイ)に注文を出す葛城ミサト。

 だがシンジの意識は、そちらを向いていない。

 2人掛けのテーブルもあるのに、この大き目の4人テーブルが選ばれた事に、誰かが来るのだろうし、それが()()なのだろうと勘案していた。

 果たして、注文が終わった頃に赤木リツコがやってきた。

 

「お待たせ」

 

 赤木リツコは1人では無く、綾波レイを連れている。

 それが本意では無いというのは、綾波レイの整った、アルビノ故の色素の薄さから冷たげに見える顔がほんの少し不満げに歪んでいる事で判る。

 大人組が気を利かしたのだ。

 シンジと綾波レイが交流できる場の用意だ。

 2人には対話が必要と言う判断だった。

 

 先ずは食事。

 肉っ気の多いシンジに対して、綾波レイは肉無しが良いとリクエストした為、フランスパン(ガーリックトースト)ジャガイモのスープ(ヴィシソワーズ)となった。

 とりあえず黙食。

 他人の顔色を窺わないシンジと我が道を行くタイプの綾波レイ。

 そんな2人で、しかも距離があるのだ。

 そりゃ、そうなると言うものであった。

 食事を一緒にすれば勝手に仲も少しは良くなるだろう、そう当て込んでいたのに少しばかりアテが外れたと言う表情の葛城ミサト。

 そんな友人(マブ)をブザマねと言わんばかりの表情を見せる赤木リツコであった。

 

 

 大人の下心など意にも介さぬと言う風であった子どもたちであるが、食後は意外な展開を見せる事となる。

 対話だ。

 それぞれの手に緑茶と紅茶を持って言葉を交わす。

 

「どうして叩いたの?」

 

 初手は綾波レイであった。

 ティーカップを置いて、シンジに真っ向から切り込む。

 内容は言うまでもないだろう。

 碇ゲンドウの事だ。

 

ひっぱたかんな、ならんかったでよ(叩かねばならない事をしたから)

 

「……どうして?」

 

 リアクションが少し遅れたのは、シンジの言葉(かごしま弁)を脳内で反芻翻訳したからであった。

 

つがんねぎをゆて(適当な理屈を言って)ひとをうごかそしたとがゆるせんかったがよ(命令してきたのに腹が立ったからだよ)そいも(しかも)ひっかぶいちゆたでな(最大限の侮辱をしてきた)

 

「……?」

 

よかな(良いかい)おいは乗るちゆた(僕はエヴァンゲリオンに乗ると言った)じゃっでかわりになぐらっしゃいちゆた(代わりに殴らせろと言った)で、あいはそいをうけいれたったが(それを碇ゲンドウは受け入れた)そひこんこっよ(それだけの話だ)

 

「…………ごめんなさい、言っている言葉が判らないの」

 

 困惑した顔を見せた綾波レイに、流石のシンジも苦笑いを浮かべる。

 湯呑で口を湿らせて、それからかみ砕く様に言葉をゆっくりと発する。

 

おいが殴らせちゆた(僕は殴らせろと言った)あいが殴られるちゆた(碇ゲンドウは殴らせると言った)そひんこっよ(それだけの話だよ)

 

「……そう」

 

 今度は理解出来た。

 シンジが叩かせろと言ったし、碇ゲンドウは受け入れた。

 そう言っている事を。

 でも、矢張り許せないものを綾波レイは感じた。

 だから真剣な目でシンジを睨む。

 その眼圧をシンジは受け止める。

 やられたらやり返す。

 だがそれは正義では無いと言う事を理解していたから。

 

 自分が納得できない事には(No!)を突き付けると決めていたが、別の視点に立った人間に無条件で受け入れられると思っては居なかったのだから。

 立場、主義主張、或いは利益の相違による対立なんて普通だからだ。

 だから綾波レイの怒りを、拒否しようとは思わないのだ。

 無論、受け入れる気は更々に無かったが。

 だが、フト、思い立って尋ねた。

 

おはんさぁは(綾波さんは)あいが大事やっとな(アレが大事なの)?」

 

「?」

 

碇ゲンドウよ。大事やっとな(碇ゲンドウが大事なの)?」

 

「……大事。絆だから」

 

絆ちな(絆、ね)

 

 中々に無い表現にシンジは、碇ゲンドウはやはり綾波レイを後妻に据えようとしているのではないかとの疑念を感じたのだった。

 NERVの総司令官と現場担当(パイロット)

 それ位しか接点(理由)が思いつかなかったのだ。

 

 シンジには手に持った湯呑の緑茶が、渋みを増した気がした。

 

 

 

 

 

 NERV本部、その地下にある技術開発局第1課の建物内で1つの新装備が完成しようとしていた。

 NERVドイツ支部から接収した情報を元に、EW-22パレットガンを強化した中遠距離用の火砲だ。

 全長で30mを超える超大型火砲。

 発展型パレットガン、EW-23パレットキャノン(60口径480mmレールキャノン)だ。

 通称はバスターランチャー(ビー・キャノン)

 葛城ミサト曰くの『使徒をぶっ飛ばす武器よ!』という言葉が由来であった。

 運用には専用のキャパシタを複数用意しなければならず、連続射撃も難しいが、同時に、条件さえ整えば第3使徒クラスの構造体であれば簡単にぶち抜く事が可能な大威力装備だ。

 

 多くの技術開発局第1課のスタッフが誇らしげに見上げている。

 

「何とか次の使徒までには間に合いましたね」

 

「後は試射ね。海にでも向けてやりますか?」

 

「伊吹課長補佐の話だと、日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)で管理している関東射爆場を借りる予定との事だ」

 

「ウチにエライ対抗心燃やしてませんでしたか、あそこ?」

 

「連中の玩具、ほれ例の首無し(ジェットアローン)。アレの開発に協力する対価に取り付けたとか言う話だ」

 

 日本政府の肝いりで防衛省と防衛企業が合同で開発を進めていた、対使徒人型兵器。

 それがJA(ジェットアローン)

 現在、NERV以外が開発した唯一の40m級人型兵器であった。

 正確には、その技術実証機である。

 

 問題は、実戦投入するには余りにも動作がドン臭いと言う事だろうか。

 そもそも使徒が持つ特殊防護能力(A.Tフィールド)を突破乃至は中和する技術が実現していないのだ。

 その意味では、対使徒等という看板を掲げるのは、無謀を通り越す話であった。

 だからこそNERVの技術開発局に属する人間は軽く見ていた。

 

「へー」

 

「使徒の残骸撤去に便利そうだって事で、運用(実稼働)試験を兼ねてウチが借りだす(レンタルする)って事になったんだとさ」

 

「あー、デカいブツ(使徒の残骸)2つですからね」

 

「Evaでやれれば良いのだろうけど、アレ、時間当たりの運用コストが金貨をばら撒く様なモンだからな」

 

 その嘆息は事実であった。

 エヴァンゲリオンは文字通りの金食い虫なのだ。

 特に今現在は、まだ確とした運用システムが構築されておらず、全てが手探り状態でやっているのだ。

 金が掛かって仕方がないと言うものであった。

 稼働には有線での電源供給を必要とする事もマイナスと言えよう。

 対してJAは、対使徒以外の局面を考えた場合、反応炉(ニュークリア・リアクター)を持つお陰で僻地でも長大な連続稼働能力を持っているのだ。

 ある意味でエヴァンゲリオンの支援機として有望な存在と言えるだろう。

 又、搭載されている反応炉の出力は、一般的な大型商用原子炉には劣るとは言え、十分な発電力を持っており、非常時のNERV本部の電源として期待できるのも大きい。

 

 この点に着眼した作戦局で話が纏まり、下からの提案に葛城ミサトが動き、そして碇ゲンドウが承諾したのだ。

 J.H.C.I.Cは当初、抵抗しようとしていた。

 当然だろう。

 NERVに対抗して開発していたものがNERVに持っていかれるなど言語道断であるからだ。

 だが、最終的には国連と言う権威と札束がモノを言った。

 莫大(エヴァンゲリオンに比べれば割安)な製造コストにJ.H.C.I.Cが悲鳴を上げてた点を、碇ゲンドウが巧妙に突いた結果とも言えた。

 又、第3と第4と経て続いた使徒の襲来を、比較的軽微な損害で乗り切れたお陰で、予算的に余力があったと言うのも大きい。

 結果、JAは完成披露どころか、完成前にNERVに派遣される事となったのだった。

 

 殆ど接収めいていたが、それでも共同開発であった。

 有能な技術スタッフまで駆り出す(派遣させる)と言う本音を隠す為の看板は大事であった。

 政治的正しさ、或いは欺瞞と言うモノは決して軽視されるべきモノではないのだから。

 

「人も来るんでしたっけ?」

 

「おお、開発支援って事もだしな。聞いてなかったか、仙石原の施設に受け入れる予定だ」

 

「あすこって、使徒の残骸を収容する予定じゃなかったでしたっけ?」

 

()()()()()?」

 

 目の前にニンジン(研究対象)がぶら下がっていれば、やる気もでるだろうと笑う。

 笑っていた。

 

 

 

 

 

+

EW-14 ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ

 

【挿絵表示】

 

 エヴァンゲリオン初号機の専属パイロット、碇シンジの要請を受けて開発された斬撃装備。

 当初はA.Tフィールドを展開して斬撃力を強化するマゴロク・E・ソードの開発が行われたのだが、強度不足の問題が指摘された為、急遽、開発された。

 プログレッシブナイフと同様に超振動によって相手を分子レベルで切り裂く能力を付与する予定であったが、使用時の衝撃で機能が故障する可能性が強く指摘された為、断念された。

 最終的には、重量と速度だけをもって相手を叩き切る質量兵器めいた装備として完成する。

 尚、ⅩⅢとは試作開始から13番目の、と言う意味である。

 当初は記録上では十三とされていたが、誰かがドウタヌキ+3(プラス・スリー)などと読んだ為に、ローマ数字に変えられたのだ。

 尤も、正式化ナンバーと数字が近く、紛らわしい為に、早々に消される事となる。

 

 

 

 

 

 



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03-2

+

 第3使徒、第4使徒を立て続けに見事に撃破したNERV。

 だがこれは現実。

 おとぎ話では無いので、撃破しましためでたしめでたしで終わらない。

 戦闘で被害の出た建物の復旧と、残された使徒の残骸の片づけと言う大事が待っているのだから。

 

 そもそも、残骸の片付けとは言うが、その使徒自体も正体不明の謎の多い存在なのだ。

 分析と研究まで同時進行で行わなければならない。

 可能であれば使徒の持つ武器 ―― 第3使徒であれば光の槍(パイルバンカー)、第4使徒であれば光の鞭(レギオンビュート)などを解析し、エヴァンゲリオンの武装として再現したい。

 それが、第1課(エヴァンゲリオン班)第2課(使徒研究分析班)と所属を問わぬ技術開発局の総意であった。

 尤も、それは簡単な事では無かった。

 その苦難を、だからこそ面白いと嘯ける人間がNERVの技術開発局には多かったのだが。

 

 仙石原に設けられた。巨大なNERV本部技術開発局第2研究施設は活気に満ち満ちていた。

 鉄板だけで組み上げた様な無骨な収納棟に搬入された2つの巨大な使徒の残骸。

 そこに多くの人間が集まっていた。

 エヴァンゲリオン初号機が、碇シンジが鮮やかに使徒を仕留めていた為、ほぼ完全な形で確保された使徒は、研究を趣味にする人間にとって最高の獲物であった。

 人類史上初の存在を、未知の存在を好き放題に研究できる機会なのだ。

 興奮しない筈が無いと言うものであった。

 誰も彼もが寝食を忘れて、目の色を変えて分析している。

 その中に、少し毛の色違う人間が混じっていた。

 白衣の下に、NERVの制服では無く背広を着こんで居る一団だ。

 時田シロウを代表とする日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)からの派遣グループであった。

 当初は、NERVからの業務委託を受けて40m級超大型人型機材(ジェットアローン)を用いた協力が主であったのだが、いつの間にか一緒になって研究分析をする様になっていた。

 これは組織の緩さでは無く、技術開発局を管理する赤木リツコが日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)から研究員を引き抜く為の()()であった。

 使徒の研究をするのであればNERVが一番。

 NERVに所属すれば、もっと研究が出来ますよ。

 そう言う、ある種の罠を仕掛けているのだった。

 J.H.C.I.Cから来た研究者も、人類の為、人型機材(ジェットアローン)を作ろうと言う情熱を持っている人間なのだ。

 同時に、研究への情熱を持った人間なのだ。

 代表者である時田シロウなどは、何時かは使徒の絶対防護壁(A.Tフィールド)すら解析を重ねれば中和して見せると豪語した人間だった。

 であればこそ、耳元へと囁くのだ。

 使徒を叩きのめす為の機材を生み出すならば、NERVに所属した方が容易いのだと。

 無論、開発中のジェットアローン自体は、そのパテントその他をJ.H.C.I.Cが抑えている為、まったく別個のモノを作る事になるかもしれないけれども。

 人類の守護者を自分たちの手で作りたいと言う情熱は叶う事になる。

 使徒との闘いが始まった事で慢性的な人手不足に陥ったNERV技術開発局は、邪悪さ一杯の工作を行っているのだった。

 

 

「でも、そんなに上手く行くの?」

 

 缶コーヒー片手に呑気に言うのは、調査現場に見学にやって来た葛城ミサトであった。

 

「さぁ?」

 

 問いかけに応じたのは赤木リツコ。

 此方は、自家製のコーヒーが淹れられた紙コップを持っている。

 聊か、疲労の色が濃ゆい。

 パイプ椅子に座って、背もたれに体重を掛けている。

 それも仕方の無い話であった。

 使徒の体を切開して中の構造を確認する為に、宇宙服めいた閉鎖系加圧型全環境耐久服(オレンジ・スーツ)を着ているのだ。

 一応は冷却ユニット(クーラー)が設置されているとは言え、熱さや圧迫感は人を簡単に疲弊させるのだから。

 

「ダメ元だもの、ドイツ支部やアメリカ支部からも研究員を転属(徴発)しているけど足りない。だから__ 」

 

「藁にも縋るってコト?」

 

「ええ、仕方の無い話よ。NERV本部の技術開発局はEva2機の維持運用に最適化した規模でしかなかったのだもの。足りない分はどこかから引っ張らないと」

 

「自分で抱え込もうとしないだけ、リツコは立派よ」

 

「………褒めてくれるのは有難いけど、己の分(才能の限界)を弁えているだけよ」

 

「色々と大変ね」

 

ウチ(NERV)は先人が有能過ぎるのよ………」

 

 紙コップのコーヒーを一気に飲んで、それからゴミ箱へと放り込む。

 外れる。

 気に入らない、と言う感情を鼻から吐き出した赤木リツコは、新しい煙草を取る。

 汗臭い自身の臭いを誤魔化す為、大事な事であった。

 

「ゲヒルン時代の、だったっけ?」

 

「そうよ」

 

 大きく息と共に吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出す。

 その様は線香の様であると赤木リツコには見えていた。

 

 NERVの前身である人工進化研究所(GEHIRN)時代の3傑女。

 エヴァンゲリオン開発の基礎を1人で仕上げた碇ユイ。

 エヴァンゲリオンの運用システムを構築した惣流キョウコ・ツェッペリン。

 MAGIシステムを開発した赤木ナオコ。

 その何れもが鬼籍に入っているが、()()()()()()()()名声は高くあり続けているのだ。

 

「今はまだ、その背中を追うだけね」

 

 何時かは乗り越えてやる。

 そういう意気を持って赤木リツコは呟いていた。

 

 

 人間と言う生き物は常に真面目で居られる訳では無い。

 又、仕事だけを向いて生きられる訳でも無い。

 息抜きは必要なのだ。

 仕事が忙しければ忙しい程に。

 

「で、シンジ君とレイはどうなの?」

 

 冷静さを親友とする科学者、そんな赤木リツコも興味津々と聞くシンジと綾波レイの関係性。

 赤木リツコは綾波レイの秘密に関わっている。

 そうであるが故に興味が湧くのだ。

 どう関わっていくのか、と。

 

「ま、チョッチビミョーに関係改善中?」

 

 そう言って葛城ミサトは数枚の写真を取り出した。

 それは学校と思しき場所で会話する2人の写真だった。

 他にも教室での姿が写っている。

 どうやら喧嘩沙汰にはなる気配は無さげであった。

 それらの写真の表情から見て、好意的とは決して言えないまでも、やや友好的寄りの中立位にはなってそうな感じだ。

 最初の頃の様な、機会があればシンジの頬を張ろう(を引っ叩こう)とする様な事は無さそうだ。

 

「ふーん、シンジ君は兎も角としてレイも落ち着いたのね」

 

「前のお茶会から態度が軟化したっぽいわね。会話も、シンジ君が話を振れば、それなりに応答する様になったみたいだし」

 

 大人の態度で妥協をしてくれるシンジに、心底から感謝の念を抱く赤木リツコ。

 綾波レイは情緒の育成面の遅れから、そういう()()()()()()()()()が難しい所があるのだ。

 である以上、シンジに頑張って貰わねばならぬと言うのが、大人の困った立場であった。

 差し出された2人が交わした会話のレポートを読みながら、ふと赤木リツコは気になる事が発生した。

 写真は細部がくっきりとしており、至近距離からの撮影である事が判る。

 推測めいたものではなく、会話のレポートも近くで聞き取った様な出来になっている。

 ()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()

 第壱中学校にはNERVスタッフは詰めていない。

 外部に第壱中学校とNERVとの関係(適格者が所属している事) ―― そしてマルドゥック機関(適格者選抜組織)が関わっている事を悟らせない為の処置だ。

 その疑問に葛城ミサトは笑って答える。

 

「生徒の中に、チョッチ、協力者をね」

 

 そう言ってから説明する。

 先の第4使徒戦役で出来た伝手、協力者とはシンジの同級生である相田ケンスケだった。

 葛城ミサトは、兵器の写真などを提供する対価として、シンジや綾波レイに最も近い場所で、彼らの写真や発言を収集する様に依頼していたのだ。

 保安諜報部からも報告は上がるのだが、別角度からの情報も欲した結果であった。

 

「呆れた。子どもを巻き込んだのね」

 

「彼、嬉々としてたわ。()()()()()()なのよ」

 

()()()()()()()

 

「………かもね。なりふり構ってられないのよ、作戦局としては」

 

 個人的人間関係に端を発した問題(後ろ玉)は、軍と言う組織に於いては極端に珍しい事では無いのだ。

 特に、実戦に際した場合には。

 恐怖やストレスが、人間を素直にさせてしまう事があるからだ。

 

「救いのない話ね」

 

「ま、後で全部開陳して、2人には詫びるわ」

 

「なら、顎まで割られない様に祈っとくわ」

 

「碇司令の?」

 

「そうね、一番の責任者だものね」

 

 最高責任者だからと言って、下の仕出かしの責任を全て被っていては、碇ゲンドウの顎の骨は砂に成りかねない。

 思わず2人は噴き出していた。

 

 和らいだ雰囲気。

 それをぶち壊す靴音。

 開いていた扉から飛び込んでくる、NERVスタッフ。

 

「葛城中佐!」

 

 血相を変えている様から、葛城ミサトと赤木リツコは一気に気持ちの箍を引き締めた。

 頷き合って声を挙げる。

 

「ここよ! ナニ事?」

 

 そこに居たのは、若干20代で中佐の地位を得た事が相応しいと誰もが思う傑女(戦士)であった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市市立第壱中学校。

 神奈川県箱根町を含む芦ノ湖北岸が、次期日本国首都(対使徒迎撃要塞都市)第3新東京市として整備されるのに伴った人口増に対応する為に新たに設立された。

 この為、学校の歴史は極めて浅い。

 それ故に教育カリキュラムや、学校設備には最新のものが用意されている。

 尤も、校舎の外観などは、納期とコスト優先によって、直線主体の味も素っ気もないものになっていたが。

 又、対使徒戦闘時の防護シェルターを併設する関係上、小高い山の上に建てられている。

 

 そんな第壱中学校の体育であるが、今日は男女別のカリキュラムになっていた。

 女子はプールでの水難対処訓練。

 南極の消滅(セカンドインパクト)の余波 ―― 海面上昇によって生活環境と海とが近くなった現代社会に於いては、水に馴れ、溺れにくくすると言う教育は、重要であるのだ。

 割と真剣な内容になっている。

 特に今日等は濡れた服で泳ぐ練習と言う実に実際的な内容になっていた。

 尤も、()()()()()男子は別のカリキュラムになっていたが。

 思春期の少年に、濡れた私服を身に纏った同級生の女の子と言うのは刺激的過ぎると言う判断であった。

 健全な判断とも言える。

 尤も、ヨコシマな心を持った(カメラ片手の相田ケンスケの様な)人間は血の涙を流す勢いで落胆していたが。

 

 対して男子の体育は、レクリエーションを兼ねたクラス対抗のバスケットボールであった。

 第壱中学校は1クラス約40名、1学年は4クラスで構成されている。

 その4クラスからABの2チームを選出しての対抗戦だ。

 理由は、女子の水難対処訓練にあった。

 男女比はほぼ半々であるので女子の合計は約80名、だから学年毎に一緒にやってしまえとなっていたのだ。

 消防署からも救難隊に来て貰う本格的な水難訓練は、そうであるが故に教師陣も動員される(マンパワーが要求される)為に、男子の授業は手の掛からないモノが選択されたのだった。

 何とも世知辛い話ではあったが、人手不足は仕方が無い(ない袖は振れぬ)と言う話であった。

 尤も、男子は対抗戦と言う事で盛り上がってはいたが。

 先ずは総当たり、そして上位4チームでトーナメント戦をするのだ。

 シンジは、2年A組のAチームで参加していた。

 体育の授業の一環としての為、明確なポジションと言うものは無い。

 遊びの延長線上だからだ。

 

 

 最前線で敵チームの選手を集めた鈴原トウジは、ボールを後方へと投げる。

 

「シンジィ!」

 

 狙ったのは相方であるシンジだ。

 やや中段(センターライン付近)でボールを受け取ったシンジは、3歩目からトップスピードに乗せる勢いで一気に前に出る。

 

「止めろ!」

 

 相手チームの誰かが声を挙げ、呼応する様にシンジは囲まれる。

 だが止まらない。

 見事な体捌きで敵チームの選手を抜いてゴールに迫る。

 スリーポイントラインを越えて更に前へ。

 

「おぉっ!」

 

 観客から歓声が上がった。

 シンジの狙いを察したのだ。

 何としても止めたい、その一心で飛び掛かる様に動いた相手選手を、シンジは踏み込みと共に身をかがめて抜く。

 飛ぶ。

 剣術の稽古で鍛えられた踏み込みのお陰か、中学生離れした高さに飛ぶシンジ。

 ダンクシュートだ。

 ボールは見事にゴールへと叩き込まれた。

 

「ピィィィィィィィ!」

 

 ゴールと前後する様に、ゲーム終了を告げる笛が鳴った。

 歓声が爆発した。

 シンジの一投が決勝点となったのだ。

 1点差を逆転し、A組Aチームがバスケットボール大会で優勝する事になったのだ。

 右腕に力こぶを作って見せる(ドヤァ顔をする)シンジ。

 だがキメてられたのはごく短時間だった。

 コートの外からクラスメイト達が集まってもみくちゃにされたから。

 尤も、もみくちゃにされながらシンジは楽しそうに笑っていたが。

 

 

 

「見事やな!」

 

じゃろが(どういたしまして)!」

 

 ハイタッチしてコートから出るシンジと鈴原トウジ。

 子どものころから体を動かしてきたお陰もあって割とスポーツ万能なシンジと、上手いとは言えないがスタミナがあって体を動かす事が大好きな鈴原トウジは、その明るさ(陽性な性格)も手伝って、この手の授業(ゲーム)に於いてクラスのムードメーカーであった。

 

「あそこで逆転できるとは思わんかったわ」

 

よう引っ張っちくれたお陰よ(トウジが囮役を見事にやってくれたからね)お陰でとっこめたっが(お陰で仕掛ける事が出来た)

 

「センセは煽てるのが上手いのう」

 

ないごてよ(事実を言っただけだよ)

 

 タオルを引っ掛けて、やいのやいのと笑い合う。

 目の前ではB組AチームとC組Bチームでの3位決定戦が行われようとしていた。

 と、シンジは最近よく一緒に居るもう1人、相田ケンスケを探した。

 運動神経が良好とは言い難い相田ケンスケはABのチームには入らず、応援役をしていた。

 カメラを持ち出して、雄姿を撮ってやる等と言っていたのだ。

 その相田ケンスケが行方不明になっていた。

 応援組のクラスメイトに聞いたら、意味深げに笑って返事にしていた。

 

「?」

 

 だが、付き合いの長い鈴原トウジはそれだけで理解した。

 

()()()

 

()()()

 

 女子艶姿を盗撮、写真に収めに行ったのだと言う。

 

「そう言えば、壊されたカメラの代わりを買うんや! っと張り切っとったな」

 

 盗撮したモノは、秘密裏にクラスメイト達に高値で売りつけているのだという。

 生写真、1枚300円からの値段だという

 その売り上げで、副業代わりに第3新東京市第一中学校の美少女人気ランキングまで運営しているという。

 その商売っ気にあきれるシンジ。

 

がられんとな(見つかって怒られ無いの?)

 

「写真を欲しがる奴も、口は堅いからな」

 

「と言うか、そう言う奴しか商売相手にしてないよな、アイツ」

 

「よう客を見とるわ」

 

「違いない!」

 

 笑い合っている鈴原トウジとクラスメイトをしり目に、呆れかえるシンジ。

 1枚300円として、5万だか6万だかのカメラが欲しければ200枚だの300枚だのと売らねばならない。

 簡単な話ではない。

 

普通のバイトじゃ駄目やっとかね?(地道に稼いだ方が良いだろうに)

 

 シンジからすれば、真面目に新聞配達のアルバイトでもやった方が()()に思えた。

 事が露呈した時のリスク ―― 怒られるし、或いは稼いだバイト代もカメラも没収されるかもしれない。

 そんな無駄なリスクを背負い過ぎている様に見えたのだ。

 だが、鈴原トウジは笑って否定する。

 リスクの問題じゃない、と。

 

「ケンスケにとってカメラは命の次に大事なんや。趣味だって胸をはっとったで」

 

誇れる趣味ちゆてん(誇れるって言ったって)盗撮やっどが(盗撮だよね?)

 

「碇には難しいかもしれんが、それが男のロマンって奴さ」

 

「そや」

 

 クラスメイトと鈴原トウジの言葉を理解しかねるシンジ。

 と、水が滴る音がした。

 小さいが、何故か人の気を引く音に、シンジは振り返った。

 

「碇君」

 

 そこに居たのは綾波レイであった。

 水難対処訓練から直接来たとおぼしき、濡れぼそった制服姿だ。

 濡れて、制服は体に張り付き、体の線がくっきりと出て居る。

 水の妖精めいた儚さと可憐さとを振り撒いている。

 現実感の乏しい美しさに、クラスメイト達は誰もが黙り込んだ。

 だが、その手にある真っ赤な携帯電話が現実を伝えて来る。

 

「非常呼集。碇君、3分で迎えが来るわ」

 

 何が、と聞き返す程にシンジは鈍くない。

 使徒だ。

 使徒が来たのだ。

 戦意を高ぶらせる為に笑うシンジ。

 

「シンジ?」

 

 問いかけて来る鈴原トウジに右に拳を作って見せる。

 

よか(ああ、楽しくなってきた)

 

「ほか、ほな頑張れよ」

 

 全てを察した鈴原トウジは、シンジの拳に自分の右拳をぶつけた。

 激励だ。

 

まかっしゃい(任せて)

 

 と、そこでシンジは改めて綾波レイを見た。

 水難対処訓練の最中から飛び出してきたのが判る。

 だからこそ、自分のタオルを肩から被せた。

 

風邪をひっでかぶっとっきゃい(濡れたままだと駄目だと思うよ?)

 

「………有難う」

 

じゃ、いってくっで(行ってくるね)

 

 では、と手を振ったシンジ。

 それからNERVからの迎えが来る、目立たぬ通用門へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 



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03-3

+

 第3新東京市に接近する正体不明の存在。

 第1発令所の正面モニターに表示されたソレは正八面体をした、青い水晶のような存在であった。

 駿河湾に敷かれた哨戒ライン、その第2警戒域に忽然と表れたのだと言う。

 使徒であろう。

 使徒以外は無いと言える、理解を超えたと言う言葉すら生ぬるいナニカであった。

 

「ナニ、アレ」

 

 呆然と言葉を漏らした葛城ミサト。

 それに対する赤木リツコの返事は、何とも酷薄なものであった。

 

「知る訳無いじゃない」

 

 否、不機嫌だった。

 さもありなん。

 閉鎖系加圧型全環境耐久服(オレンジ・スーツ)を着込んで汗をかいた体で、そのままに第1発令所へと駆け戻っているのだ。

 不快感から不機嫌になるのも当然であった。

 移動する車内(トラックの荷台)で無理やりにスーツを脱いで、それから手早く予備で用意されていた作業着(ツナギ服)を着込んだのだから。

 トレードマークめいた白衣を上から着ているが、着た理由は、そこに精神安定剤(予備の煙草セット)を忍ばせているからであった。

 不快感やら汗の臭いを誤魔化す為にも煙草が吸いたい。

 そんな事を赤木リツコは頭の片隅で考えていた。

 

 ご機嫌斜めね、とばかりに赤木リツコをチラ見した葛城ミサトは、自分の本分を進めて行く。

 

使徒確認は(Blood Pattern Check)?」

 

 葛城ミサトの問いかけに、日向マコトは叫ぶように答える。

 

「パターン青、確認しました!」

 

「進行速度は?」

 

「時速約30㎞。一直線にコッチ(第3新東京市)へ向かっています」

 

「最短で1時間後に来るわね。判り易くて結構! 国連極東軍(Far East-Aemy)からは?」

 

 日本の法律 ―― 特務機関NERVに関する法案に於けるA-18条項が発動するまでは、地域の防衛は国連軍が担うのだ。

 現在、第1発令所正面モニターに表示されている使徒の望遠画像も、収集しているのは国連極東軍の哨戒艦(OPV)が収集したものであった。

 哨戒艦が直接接触するのではなく、安全の為に艦載情報収集機(UAV)が当たっていた。

 そもそも、A-18項は常時発動している様なものではない。

 使徒迎撃の為として強大な権限をNERVに与えるが故に、その運用(発動)は慎重に行われる事とされていた。

 日本国内で日本政府に対する指揮権を与える様なものだからだ。

 そんなモノが常時発動していては、日本政府の主権問題となってしまう。

 故に、A-18項の発動には、国連の人類補完委員会の助言に基づいて日本政府が()()()()()()()()()が必要となっていた。

 政治(マツリゴト)であった。

 

府中(UN-JF 府中作戦指揮所)からはNERVの()()に基づいて行動するとの(ことづけ)が入っています」

 

 そう告げるのは、第1発令所第2指揮区画に陣取っている国連軍(UN-JF)連絡官であった。

 少佐の階級章を付けた壮年の日永ナガミ連絡官は、その仕事故にか柔らかな雰囲気を漂わせている。

 A-18項が発動されるまでは国連軍が主体。

 だが、既に敵は使徒と判明しているのだ。

 であれば専門屋(担当チーム)の指揮下に入るのは吝かではない。

 何とも柔軟な判断であった。

 

「……有難う御座います」

 

 少しだけ葛城ミサトの反応は遅れた。

 国連極東軍、要するには元自衛隊であり日本の防人と自認していた連中が、素直に指揮権を寄越して来るなんて、そんな気分があった。

 それが顔に出て居たのだろう。

 日永ナガミは、苦笑めいたものを浮かべながら言葉を足した。

 

「餅は餅屋、それを素直に受け入れる位には我々も柔軟ですよ?」

 

「失礼しました」

 

 謝罪の意味を込め、葛城ミサトは丁寧な仕草で背筋を伸ばし踵を合わせ(敬意を示して)ていた。

 

 

 

 全力で進められていく戦闘準備。

 エヴァンゲリオン初号機の状態は万全であった。

 予備機扱いのエヴァンゲリオン零号機も状態(コンディション)は良好であった。

 既に綾波レイによる起動試験は実施されており、起動指数(シンクロ率)はシンジと比べて高いとは言えないものの起動値には到達しており、必要であれば戦闘が可能となっていた。

 手札は2枚。

 それをどう使うか。

 指揮官である葛城ミサトの手腕に掛かっていた。

 

「取り合えずシンジ君が前衛(オフェンス)、必要であればレイによる支援射撃(ダイレクトサポート)って所ね。リツコ、例のビー・キャノン。使える?」

 

「ビー? ああ、EW-23(パレットキャノン)ね。試射はまだよ?」

 

 480㎜と言う大型弾を30m近い長大な砲身で加速させて叩き込む、通常の火器としては人類史上初クラスの大暴力兵器だ。

 ()()()()()()()実際に運用して見たら、どの様な問題(トラブル)が出るか判らぬ所があった。

 

「……リツコ達技術局を信じるわ」

 

「………筒内爆発にならない事を祈っとくわ」

 

 渋そうな顔で断言する赤木リツコに、葛城ミサトは祓詞(ハラタマキヨタマ・アーメン)を口にしていた。

 

 ある種の気楽さが漂っている葛城ミサトと赤木リツコの会話。

 それは、言ってしまえば演技であった。

 戦闘を前にして、無駄な緊張を解きほぐそうと言う配慮でもあった。

 実際、葛城ミサトのジョーク(無茶苦茶な祓詞)に第1発令所の空気は少しだけ緩んだのだから。

 

「目標、沼津市上空を通過」

 

 男性ながらも肩まで伸ばした髪が特徴的な青葉シゲル中尉が声を挙げた。

 軽い雰囲気の男性ではあるが、第1発令所の第1指揮区画を管理する若手三羽烏(伊吹マヤと日向マコト、青葉シゲル)で最も昇進しているのは伊達では無い。

 NERV副司令官である冬月コウゾウ直轄の戦略調査部、その中でもNERV管轄外の組織やシステムを統括する調査情報局第1課の課長代理であるのだから。

 

 今回の報告は、沼津市に配置されていた国連軍の哨戒部隊からの情報であった。

 葛城ミサトは使徒への通常兵器での攻撃は、徒に被害が出るだけであるとの判断から、情報収集に徹する様に国連軍に()()をしていたのだ。

 そして国連軍も、ソレを真摯に受け止めて行動したのだった。

 だからこそ、使徒の詳細な情報が得られているとも言える。

 

「周辺への被害は?」

 

「現在の所、確認されていないとの事です」

 

「結構!」

 

 やはり使徒は、敵と認めた相手にしか(攻撃を受けない限り)反撃はしないのだと葛城ミサトは認識した。

 であれば、戦場をリング(第3新東京市)に限定できるのだ。

 1つの朗報であった。

 

「葛城中佐! 日本政府、A-18項の発動を宣言しました!!」

 

「結構!」

 

 NERVの軛が解かれた事を意味する報告。

 葛城ミサトは責任の重さを思い、目を瞑って深呼吸をする。

 振り返る。

 見るのは第1発令所第1指揮区画後方、赤いカバーの掛けられた総指令官席に座るNERV総司令官碇ゲンドウだ。

 目に力を込めて尋ねる。

 

「宜しいですね?」

 

 碇ゲンドウも又、その視線を揺るぐ事無く受け止め、そして返す。

 それはNERV本部の総員、そして全人類の存亡を肩に乗せた漢の顔であった。

 

「ああ。葛城中佐、君に本戦闘に於ける全権限を与える」

 

「はっ! 日向少尉、全館放送。総員、待機から第1種戦闘配置へ移行!」

 

 

 

 

『総員、第1種戦闘配置! 総員、第1種戦闘配置! 急げ!!』

 

 戦闘が迫っている事を告げる放送を聞きながら、シンジはエヴァンゲリオン初号機の機付き長である吉野マキ技術少尉からエヴァンゲリオン初号機の説明(レクチャー)を受けていた。

 場所はエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)に付属した、作戦伝達室(ブリーフィングルーム)も兼ねた操縦者待機室だ。

 シンジは搭乗服(プラグスーツ)に着替えている。

 搭乗30分前待機の命令が発報されているからだった。

 とは言え、体の線が出るダイビングスーツの様な搭乗服の儘と言う訳では無い。

 青を基調とした搭乗服の上に、白い前開きのポンチョにも似た待機上衣(オーバーコート)を着こんで居る。

 思春期の少年少女(適格者)の羞恥心を慮って、搭乗服を着こんだ際などで着る為に用意されたものであった。

 制服の代用としても使える様に、配慮されている。

 右肩にはNERVのマーク(赤いイチジクの組織章)と共に、機体色に合わせた紫色で03と描かれている。

 襟元には中尉待遇官である事を示す徽章まで付いている。

 尚、パーカーなどの袖のあるデザインで無い理由は、搭乗服が、その肩や腕回りなどにも保護材や様々な計測機器などが取り付けられている関係上、動きにくいだろうと判断しての事であった。

 

 ひっつめ髪にメガネ、薄い化粧で白い技術官向けツナギ(現場)服と言う、色気と言うモノをどっかに捨てた吉野マキであったが、そうであるが故に仕事に対しては真摯であった。

 

「初号機の改修点3つ。うち、2つは事前の予定通りですが__ 」

 

 シンジにもA4紙で纏められた説明書を渡し、それを説明していく。

 エヴァンゲリオン初号機は、小規模ながらも改装が行われているからであった。

 小さなものはシステム周りの小変更。

 大きなものは格闘戦に向いた装甲配置の変更、そして内蔵兵器の交換である。

 従来は右側の肩に配置されていた至近距離向け刺突装備であるEW-11(プログレッシブナイフ)を撤去し、(胴体後下部)兵装架(ウェポンラック)を新設して大型の(7m級の刃渡りを持つ)切断装備EW-11C(プログレッシブダガー)が装備されていた。

 EW-11Cは元々がEW-11開発時の試作品の一つであった。

 威力耐久性共に運用可能な域に達していたのだが、正式採用されていなかった理由は大きさにあった。

 切断性能を重視して設計された結果、肩のウェポンラックへの内蔵が困難な大きさとなってしまった為、試作で終わり死蔵されていたのだ。

 それを、シンジ向けの近接武装EW-14(ドウタヌキ・ブレード)が完成する迄の代替装備として運用する事としたのだ。

 EW-11Cはエヴァンゲリオンが持てばやや大きなナイフ、乃至は少しだけ短い小太刀といった塩梅(スケール感)である為、シンジから見ても扱いやすい()()であった。

 

 それらの事は、改修が立案された段階でシンジにも伝達(ブリーフィング)されていたのだが、いざ実戦ともなれば再度、確認の為に伝えるのだった。

 第1種戦闘配置の発令は、丁度、それが終わった頃であった。

 第1種戦闘配置の発令に伴い搭乗員はエヴァンゲリオン(ケイジ)の後方に設けられているエントリープラグ搭乗室に移動する事になる。

 ここから先は悠長に会話している余裕は無い。

 

「第1種戦闘配置発令か。シンジ君の操作に関わりそうな所はここまでよ。大丈夫?」

 

 吉野マキによる最終確認。

 シンジは頷く。

 

よかど(もんだいありません)

 

「落ち着いているわね? 今回も期待しているわよ」

 

 誰もが不安を感じていた使徒との闘い。

 それを2戦連続で圧倒的勝利を収めたシンジなのだ。

 吉野マキだけでは無く、多くのNERVスタッフがシンジに期待の目を寄せていた。

 

努力はしもんで(努力はします)いきもんそや(いきましょう)

 

 そう言ってシンジは、手に持っていたスポーツドリンク(清涼飲料水)のカップを呷った。

 

 

 

 

 戦闘準備の最終段階になったNERV。

 その実戦部隊の指揮官である葛城ミサトは最後の決断を下す。

 作戦は、使徒直近の出撃口からエヴァンゲリオン初号機を投入。

 奇襲、そして強襲によって一気にケリをつけようと言うのだ。

 使徒の能力は未知数である

 だが同時に、手を出さなかった事で、NERV ―― 第3新東京市側の機能も相手は判らないのだ。

 出撃寸前に、攻撃を開始して攪乱。

 その機を突いてエヴァンゲリオン初号機を、その最も得意とする格闘戦闘域(インファイト・ゾーン)へと投入し、撃破を図る。

 何とも乱暴な作戦であったが、同時に、初見殺し(見た時が死ぬ時だ)と言う意味に於いては合理的であった。

 それ程の信用を葛城ミサトはシンジの駆るエヴァンゲリオン初号機に与えていたとも言える。

 

 そもそも、戦闘に時間が掛かれば第3新東京市の被害は甚大なものになるだろう。

 相手はN²兵器すら平気で耐える化け物なのだから。

 速戦即決は、可能な限り死守するべき方針であった。

 尚、この葛城ミサトの作戦方針を第7世代型有機コンピューターMAGIで計算した所、使徒の情報が不明瞭ではある為に被害予想は困難であるが、勝率は77%と言う数字が出されていた。

 参謀役の作戦局でも、基本的に異論は出なかった。

 

「マギによる状況シミュレーション、便利ね。これ(計算診断速度)だと実戦で十分に頼れるわね」

 

「そうね、判断補助としては役立つと思うわ」

 

技術部(技術開発局)が精通しているからって思うわよ」

 

「あらありがとう」

 

 第1発令所第1指揮区画の中央に仁王立ちする葛城ミサトと、その後ろに参謀然として立つ赤木リツコ。

 まだ若い2人であるが、その凛とした様は第1発令所に居る人間に安心感を与えた。

 

「目標、移動停止! NERV本部直上です!!」

 

 日向マコトが報告の声を上げる。

 葛城ミサトが命令を発する。

 

「エバー初号機、発進位置へ! 戦闘用意!!」

 

「初号機、発進準備に入ります!」

 

「ミサイルは?」

 

「射撃準備良し!」

 

「野砲は?」

 

「射撃、妨害(煙幕)弾で初弾用意。命令あり次第何時でも可能」

 

「電子戦?」

 

「各種システム異常なし。何時でもどうぞ」

 

 打てば響くと、葛城ミサトの声に、第1発令所の各所から声が上がる。

 儀式めいた作業。

 決戦(イクサ)が始まるのだ。

 

「エバー初号機」

 

「第2拘束具、解除状態で停止中」

 

 NERVと言う暴力装置の鯉口は切られた。

 後は抜くだけであった。

 最後に、それまでの凛々しい声では無く優し気な声でシンジに言葉を掛ける。

 

「シンジ君、準備は良い?」

 

よかど(何時でもどうぞ)!』

 

 緊張感を乗せていない、何時も通りの落ち着いたシンジの声。

 それに葛城ミサトは小さく笑う。

 では始めましょう、と。

 

「発進は10秒後に射出開始! 各隊はエバー到達4秒前より行動開始せよ!」

 

 裂帛の気合と共に命令を発する。

 始まる。

 

 

 

 固唾をのんで見守るエヴァンゲリオン初号機の出撃。

 リニアカタパルトで一気に地表へと向かう。

 その動きに合わせてミサイルが降り注ぎ、煙幕弾が視野を殺し、強烈な電子戦によって各種電波帯が殺される(ブラックアウト)

 

 だが、使徒はそれらに反応しなかった。

 

 対応できないから ―― 誰もがそう思った。

 困惑しているのかとも思った。

 違う。

 対応すべき相手を理解していたからだ。

 

「目標内部に、高エネルギー反応!」

 

 第1種戦闘配置後は、第3新東京市各地とその周辺に配置されている観測機器の統括を仕事とする青葉シゲルが声を張り上げた。

 

「なんですって!?」

 

 振り返った葛城ミサト。

 青葉シゲルのモニターを覗き込めば、使徒の胴体中央部 ―― 円周部を粒子が加速していく様が表示されていた。

 

「収束していきます!」

 

「まさか!?」

 

 初見殺し(デス・トラップ)めいたものを狙っていたのはNERV側だけでは無かったのだ。

 その様は、西部開拓時代の決闘めいていた。

 先に抜いたのはNERV。

 だが先に撃てたのは使徒であった。

 

 地表を融解させぶち抜いて、エヴァンゲリオン初号機を穿つ使徒の大威力粒子砲。

 だが、幸いなことに出撃の為の加速が付いていたお陰で大破は免れる事となる。

 

『がぁぁぁっ!!』

 

 シンジが悲鳴めいた声を漏らす。

 エヴァンゲリオン初号機のエントリープラグ灯が非常モードの赤色灯に切り替わる。

 

「シンジ君!?」

 

 悲鳴めいて名を呼ぶ葛城ミサトの前で、モニターに表示されているエントリープラグではL.C.Lが気泡化して上がる。

 異常状態。

 だが何の手を打つ前に、エヴァンゲリオン初号機は機体各部に被弾しながら地表へと出る。

 

状況報告(ダメージリポート)!」

 

 赤木リツコが声を張り上げる。

 その職掌から機体、そして操縦者(パイロット)が最優先だからだ。

 

「駄目です! 01(エヴァンゲリオン初号機)、システム応答がありません」

 

 悲痛な伊吹マヤの報告。

 補強された、エヴァンゲリオン初号機との外部(NERV本部)との通信システム。

 その中でも最優先で行われたエントリープラグとの情報接続系は無事であったが、それでも直撃した粒子砲などの影響もあってか、接続状況は手ひどいモノとなっていた。 

 だが葛城ミサトはそこに意識を回さず、状況を改善する為に命令を出す事を優先する。

 

「機体回収、急いで!」

 

「駄目です! 被弾による被害、回収システム応答しません!!」

 

 次の悲報は日向マコトからであった。

 状況を映したモニターには、今し方エヴァンゲリオン初号機が使った出撃ルートの被害が表示されいる。

 使用不能(Warning)の文字。

 配線が断たれていた。

 レールも歪んでいる。

 射出システムによる回収は不可能であった。

 誰もが絶望感を抱いた。

 一縷の望みを掛けて葛城ミサトが声を張り上げる。

 

「シンジ君、逃げてシンジ君!!」

 

 だが回答は無情であった。

 

退かん(僕は逃げない)!』

 

 気合の入ったシンジの声が、第1発令所に響いた。

 

「シンジ君?」

 

 葛城ミサトが状況を理解する前に、シンジも使徒も動く。

 

「初号機、最終安全装置を起爆排除!」

 

 日向マコトの報告。

 対抗する様に青葉シゲルも声を張り上げる。

 

「目標内部、再度、高エネルギー反応を確認! 第2射来ます!!」

 

 まるで飴細工の様に、使徒からエヴァンゲリオン初号機の射線上にある装甲ビル群を撃ち溶かしながら放たれた大威力粒子砲。

 だが、間一髪でエヴァンゲリオン初号機は回避に成功する。

 周囲の装甲ビルや戦闘支援ビルを蹴って、上下左右とジグザクに機動するエヴァンゲリオン初号機。

 使徒の粒子砲は第3新東京市を焼くが、無茶苦茶に動くエヴァンゲリオン初号機を追いきれない。

 

 葛城ミサトは、ミサイルと妨害弾の射撃停止を命令。

 シンジの邪魔になると判断したのだ。

 

 数秒、或いは数分の攻防。

 誰もが息を潜めて見守った戦い。

 そして途切れる粒子砲の光の奔流。

 合わせるかのようにエヴァンゲリオン初号機は地面に降り立つ。

 モニター越しに見ても、被害が出ているのが判る。

 紫を基調とした胸部装甲は黒く焼け焦げており、中破状態。

 又、左腕部分は更に酷かった。

 装甲は黒焦げどころか融解し、破壊され、構造()体が露出している。

 内部から血液めいて赤い液体が流れ出ていた。

 シンジは胸部への射撃から身を護る為、左腕を犠牲にさせていたのだ。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)とのリンク、回復します!」

 

 荒れ狂った荷電粒子が消えて、エヴァンゲリオン初号機との通信システムが復帰する。

 だが、それを希望が灯ったとは言いづらかった。

 エヴァンゲリオン初号機の状況が詳細に表示された(理解出来た)からだ。

 外見以上に、機体各部には被害が出て居た。

 各部から大量の異常発生(Warning)の文字。

 左腕など動かす事も難しいだろう。

 赤木リツコは、短時間とは言え粒子砲の直撃を受けた割には被害が軽微だとも思っていたが。

 だがそれでも戦闘継続は難しい(ネガティブ)と判断していた。

 大破状態と言える。

 異常はシンジのバイタルにも出て居た。

 血圧や脈拍に異常値がでており、シンクログラフも乱れていた。

 正しく惨状であった。

 だがシンジの戦意は折れていない。

 

「初号機、EW-11C装備!」

 

 腰のEW-11Cを右腕で逆手に抜き、そのまま半回転。

 順手に構える。

 被害など、痛みなど何もないと言わんばかりの仕草だ。

 

「聞こえるシンジ君、退いて」

 

 葛城ミサトはシンジが血気に逸って(頭に血がのぼって)撤退を拒否していると思い、出来るだけゆっくりと声掛けをする。

 新兵であればよくある事だからだ。

 

そいはいかんど(それは悪手ですよ)

 

 だが、その予想は外れる。

 帰ってきたシンジの声は極めて落ち着いていた。

 油断なく使徒を睨みながら、言葉を操る。

 

今じゃっでここにおったっが(左腕1本で使徒に迫れているんです)そいを生かさんでどげんすっとな(この好機を手放してどうするんですか)

 

 更に言葉を連ねる。

 そもそも、今退いて、この強力な使徒がNERV本部に侵攻するまでにエヴァンゲリオン初号機は修理が出来るのですか? と。

 攻撃手段を見つけられますか? とも。

 道理ではあった。

 エヴァンゲリオン初号機出撃までに行われていたミサイル攻撃 ―― 音速の質量弾も、或いは大径の成形炸薬弾頭弾であっても、被害を与える事が出来なかったのだから。

 回避行動の最中でも、それを見ていたシンジは戦うしかないと判断していたのだ。

 粒子砲の内側、極至近距離で戦うしか攻略の道は無い、と。

 ビルを大地を融解せしめる粒子砲に、正面から格闘戦闘を挑むと言うシンジ。

 冷静な判断であった。

 同時に、狂いきった判断(シグルイ)でもあった。

 

 その様に圧倒された様に声が出ない葛城ミサト。

 否、葛城ミサトだけではない。

 第1発令所の人間は誰もが息をのんでいた。

 否。

 只一人だけ、圧倒されなかった人間が居る。

 

「初号機パイロット」

 

 NERV総司令官碇ゲンドウだ。

 巌の如き顔、感情を感じさせない平坦な声で言葉を操る。

 

ないな(何の用)

 

「勝算はあるのだな?」

 

あっが(あるよ)

 

「具体的には?」

 

あんとは時間が掛かっで(使徒は攻撃の再発射まで時間が要る)そこをいっとよ(その隙を突いて攻撃する)

 

「そうか。ならば良い」

 

 キチンとした合理(計算)による攻撃。

 碇ゲンドウもそれを認める事となる。

 

「葛城中佐、私は初号機パイロットの判断を()()()()

 

 少しばかり回りくどい言い方であるが、これは戦闘に関する全権を葛城ミサトに与えているからであった。

 この状況下で碇ゲンドウが葛城ミサトに命令する事は、慎まれるべきだからだ。

 葛城ミサトの権利と権限、そして何よりも権威を傷つける事になるからだ。

 だからこその、尊重すると言う言葉。

 その意図を葛城ミサトも過たずに理解する。

 

「シンジ君、慎重な攻撃を。後、攻撃が通じなかった場合には撤退もあると判断して動いて頂戴。いいわね?」

 

よか(わかりました)

 

 視線は使徒に固定されたまま、獣性の笑みを浮かべるシンジ。

 葛城ミサトは、その様を頼もしげにも、或いは正気の所在(狂気)を疑う様にも見ていた。

 

 かくしてエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との戦闘は継続される事となる。

 

 

 

 

 

 




+
※補足
 本世界に於ける第1発令所はTV版とは少し構造が違います
 国連軍スタッフが常駐している事もありますが、ミサト達NERV基幹スタッフが居る場所とゲンドウと冬月の居る場所がフラットとなっています。
 総責任者と最高指揮権者とを兼任する人間と、現場指揮官が距離遠くてどーすんよと言う話です
 なので、雰囲気としては、護衛艦のブリッジなどをご想像下さいませませ







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03-4

+

 エヴァンゲリオン初号機と第5使徒との闘いは、熾烈ではあるが互いが決め手に欠く形で推移していた。

 エヴァンゲリオン初号機が装備しているのは格闘戦闘用で小ぶりなEW-11C(プログレッシブダガー)であった為、踏み込んで切り付けても痛打を与える事が難しかったからだ。

 物理的な問題だ。

 刃渡りが短すぎて、第5使徒の中核部分に届かないのだ。

 こんな場合に備えるかのように開発されたEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)であったが、地表まで射出する事が出来ない ―― 規格外寸法過ぎて、(余りにも大きく、厚く、重いが為)標準用武装ビルはおろか規格外向け武装ビルの武装輸送能力でも輸送できない(キャパオーバーな)のだ。

 更に言えば、第5使徒の攻撃で戦闘域の兵装ビルが軒並み損壊しているが為、武装の補充が出来なくなっていたと言うのも大きい。

 エヴァンゲリオン初号機は攻撃力に欠いた状態で戦闘を継続していた。 

 対して第5使徒である。

 此方は、主要攻撃手段である大威力粒子砲は粒子の加速と収束に時間が掛かる為、(ましら)の如く飛び回ってみせるエヴァンゲリオン初号機に命中させる事が難しかったのだ。

 この為、3射目以降は、短い加速時間と緩い収束での小威力粒子砲を連射する事で、激しく動くエヴァンゲリオン初号機に対応しようとしていた。

 だが、簡単ではない。

 四方八方へと放たれる小威力粒子砲は、第3新東京市の中心部(戦場域)を焦土と化させていたが、エヴァンゲリオン初号機に痛打を与える事には成功していなかった。

 激しく動いていると言う事も理由ではあるが、それ以上に、操縦者である碇シンジが気合を入れていたというのが大きい。

 即ち、頭部や胸部、或いは脚と言った致命傷に繋がり(継戦能力を喪失し)兼ねない部位への攻撃は最優先で回避しようとするが、同時に、それ以外の場所への被害は看過する様にしていたのだ。

 結果、全てを避けようとするよりも回避行動に移る余裕が生まれた。

 余裕は過度な緊張を生まない。

 緊張しなければ、回避を確実に行える。

 良い循環を生んでいた。

 尤も、その対価としてシンジは、致命傷に繋がらないとは言えかなりの痛みを味わう事になったが。

 シンジは痛みを怒りに変えて、エヴァンゲリオン初号機を操っていく。

 

 

「イィィィィィィッ!!!」

 

 食いしばった歯の隙間から、押し出す様に痛みへの怒りを放つ。

 凶相をもって第5使徒を睨みつつ、シンジはエヴァンゲリオン初号機を走らせる。

 避けるだけではない。

 機を見て踏み込んでは切り付ける。

 第5使徒とて永続的に粒子砲を放てる訳では無いのだから。

 射撃と射撃の合間を、シンジは縫う様にして仕掛ける。

 

「キィィィィエェェェェェッ!!」

 

 猿叫の響きと共に打ち込み。

 エヴァンゲリオンの強大な力によって振りぬかれた一撃は、並の装甲であれば簡単に叩き斬る事が出来る。

 第3使徒級の構造を持った相手であれば、一撃必殺も可能だとMAGIも判断していた。

 だが、()()()()

 第5使徒の外殻を叩き割って見せるが、使徒の弱点であるコアは疎か殻の内に潜む柔らかな部分に斬撃が届かない。

 只、その外殻を傷つけるだけに終わった。

 そして外殻の傷は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 シンジとエヴァンゲリオン初号機にとっては、分の悪い消耗戦であった。

 

 本来であれば、決め手に欠く事が判明した時点でエヴァンゲリオン初号機は退くべきであった。

 何らかの作戦を考案し、この要塞めいた第5使徒を攻略するべきであった。

 それをシンジが選ばない理由は本人の戦意 ―― ではない。

 勿論ながらも戦意自体に不足は無いが、そもそも指揮官である葛城ミサトからの命令(オーダー)があった為だ。

 エヴァンゲリオン初号機の攻撃力不足が判明すると共に、葛城ミサトが動いたのだ。

 可能な限り現在の戦闘を継続し、時間を稼いでほしい、と。

 その命令をシンジは忠実に守ろうとしていた。

 状況打開策を葛城ミサトが用意出来ると信じるが故に。

 

 追加の斬撃は行わない。

 行えない。

 第5使徒が報復の粒子砲を四方八方へと放つからだ。

 

『シンジ君! 粒子加速だ! 対象方向は……全域!?』

 

 通信が繋がっている(ネットワーク先の)、エヴァンゲリオンの専属オペレーターでもある日向マコトがシンジに情報を送る。

 併せて、第5使徒の射撃範囲予想がエントリープラグ内に表示される。

 赤く示された射撃範囲は、ほぼほぼ第5使徒の全周であった。

 エヴァンゲリオン初号機の運動性に、照準速度が追従しきれないと判断した第5使徒は、面制圧射撃(MAP攻撃)を敢行したのだ。

 エネルギーを一気に消耗する手段(射撃モード)であったが、いい加減、第5使徒も焦れていたのだ。

 

なんち(当ってたまるか)!」

 

 吠えながらシンジはエヴァンゲリオン初号機をバックステップさせて対応とする。

 既に被害の大きい左腕左半身を盾にする形でだ。

 直撃。

 衝撃と共にエントリープラグ内の照明が、一瞬だけ赤色灯(非常事態モード)に変わり、復帰する。

 だがシンジにはそれに割く意識の余裕は無い。

 致命打では無いが、それでも尋常ではない痛みがシンジを襲うからだ。

 

「っ、くっ!!!」

 

 歯を食いしばって悲鳴を殺すと、そのまま回避しやすい距離まで下がる。

 要塞めいた第5使徒との闘いは、第3使徒第4使徒よりも遥かに激しい運動戦の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 激戦となっているエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との闘い。

 子どもであるシンジが身命を削って稼いでいる時間をもって、葛城ミサトは直接的なシンジへの運用支援全般を日向マコトに預け、自身はより大きな枠での第5使徒を打倒する為の手筈を整えて行く。

 全ては第5使徒を倒す為。

 葛城ミサトはシンジもNERVも、自分自身すらも駒として状況(盤面)を見ながら最適な準備を揃えて行く。

 シンジとは別のベクトルで葛城ミサトも戦意の塊(シグルイ)使徒撃滅だけを腹に決めた女傑(シトゼッタイブッコロスウーマン)であった。

 

 

 先ずは支援火力。

 当座は軽多目的ミサイル(LMM)ATM-4Advancedを投入する。

 形式名から判る通り元が対戦車ミサイルであるLMMは、対使徒としてみれば威力が限定的(物足りない)ながらも機動性が高いお陰で、射点や射線を問わぬ自由な射撃が可能である為、牽制役として最適であった。

 第3新東京市各地の武装ビル群に大量に用意されているLMMを、MAGIにコントロールさせて運用する。

 それも全自動(フルオートモード)だ。

 機械的に判断し射撃する為、素早い対応が出来る事を葛城ミサトは重視したのだ。

 

 その上で、第5使徒の要塞を打ち砕く火力を積み上げて行く。

 温存していた対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)の射撃準備を進める。

 誘導能力と運動性が今一つである為、遮蔽物の多い第3新東京市で運用するには問題があって投入されて来なかったが、今の様に戦闘区域(第3新東京市の中心部)が半ば焦土化した今であれば問題は無い。

 又、国連統合軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)野砲(特科)部隊に対しては、とっておき(高価格)であるレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)効力射(全力射撃)準備を指示する。

 久々の妨害弾以外を射撃する機会に、部隊指揮官は楽し気に笑っていた。

 だが葛城ミサトの本命はエヴァンゲリオン零号機だった。

 早雲山の射撃ポイントへと移動させ、大威力兵器であるEW-23(パレットキャノン)で狙撃しようと言うのだ。

 60口径480mmと言う大口径の電磁投射砲(レールキャノン)は理論上、実体弾としては非常識なまでの威力を発揮する事が想定されている。

 これが葛城ミサトの本命であった。

 とは言え、早雲山の射撃ポイントは造成途中であり、本来であればエヴァンゲリオンの運用に必要な配電設備がまだ完成していなかった。

 だが、今のNERV本部には移動式動力源とも言える原子炉搭載の人型機材、JA(ジェットアローン)が在るのだ。

 問題は何も無かった。

 準備が終わるまでシンジが耐え抜く事を信じて、葛城ミサトは作戦準備を進めて行く。

 

 葛城ミサトはシンジを信じた。

 シンジも葛城ミサトを信じた。

 互いを信じて、第5使徒を打倒する準備を進めて行く。

 

 実戦投入と言う想定外の事態に驚く時田シロウら日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)からの派遣要員を拝み倒して動かし、同時に、赤木リツコには最優先でエヴァンゲリオン零号機用の射撃支援プログラムを作らせる。

 指揮官として、八面六臂と言わんばかりに動いていく。

 

 

「台ヶ丘観測所より入電! 補助観測システム、MAGIとのリンク正常作動確認との事です」

 

 青葉シゲルが良く通る声で報告を上げる。

 日向マコトを筆頭に、作戦局第1課がエヴァンゲリオン初号機に掛かりっきりになっている為、葛城ミサトの補助役となっていた。

 元より、外部との連絡役が青葉シゲルの役職でもあった為、ある種の本業とも言えた。

 

「結構。これで3カ所とも問題無いわね。MAGIによる補正はどうなってる?」

 

「正常に作動中です。補正プログラムに関しては赤木局長より後5分で仕上げるとの連絡が来てます……あ、3分だそうです!」

 

 青葉シゲルが訂正したのは、第1発令所第1指揮区画の下にあるMAGI管制区画の赤木リツコが右手を掲げていたのを見たからだ。

 指を3本起こして。

 恐ろしい勢いでタイピングしながらも、そうやって見せる赤木リツコ。

 掛け値なしに天才の類であった。

 

「結構。エバー零号機とJAの移動はどうなってる?」

 

「待ってください………予定地に到着。最終準備に取り掛かっているとの事です」

 

 ディスプレイを確認して報告する青葉シゲル。

 突貫で作られた手順表(フローチャート)が次々と青く(準備完了と)表示されていく。

 それは、この戦いに関わっている全ての人間が死力を尽くしている事を示しているのだ。

 シンジが稼いでいる(子どもが命を掛けて稼いだ)、1分1秒と宝石よりも貴重な時間を無駄にせぬ為に皆、必死になっているのだ。

 そんな第3新東京市の全ての情報が集まる青葉シゲルの制御卓(コンソール)は、この第3新東京市で行われている戦闘に関する諸行動、その全ての詳細が全てあった。

 

「結構。全ての準備が終わるのは、最短でも15分と言った所ね」

 

「それも試射無しでですから__ 」

 

 言葉を濁す青葉シゲル。

 もう少し時間を掛けたいと言うのが、成功率だけを見た時の気持ちだった。

 だが同時に、今この時間も身を削ってでも時間を稼いでいるシンジの為に、1分1秒でも速く準備を完了させたいと言うのが、人としての情であった。

 シンジは、見る者の背中を押す程の奮戦を見せていた。

 

「シンジ君! 後15分、15分だけ耐えて!!」

 

 伊吹マヤが戦闘周辺の情報で重要な点をシンジへと伝えていた。

 人間、先の見えない状況こそが最も消耗しやすいからだ。

 だからこその目標時間の設定だ。

 

 エヴァンゲリオン初号機の被弾状況は悪化の一途を辿っており、又、回避も戦闘開始直後に比べれば遅くなりつつある。

 シンジの集中力が途切れつつあるのと同時に、蓄積してきたダメージがエヴァンゲリオン初号機の能力発揮を明確に阻害しだしていたのだ。

 それは弱さでは無い。

 能力の低さでも無い。

 機体が脆弱な訳でも無い。

 現時点で既に()()()()()()1()()()()()()()()()()()()のだ。

 逆に、シンジは非凡なまでの集中力を発揮し、エヴァンゲリオン初号機は操縦者の期待によく応えていると評するべき状況であった。

 

 NERV本部スタッフは一丸となって、シンジの献身に応えようと努めていた。

 

 

 

 

 

 早雲山で大馬力で行われている射撃ポイントの準備。

 元より、第3新東京市全域を射界に収められるこの場所は、エヴァンゲリオンによる中距離射撃箇所として整備が進められていた。

 近くにエヴァンゲリオン発進口まで用意されており、又、地盤も大量のべトン(鉄筋コンクリート)で強化されていた。

 特殊装甲板を封入した掩体も設置されている。

 にも拘わらず電源設備などの工事が完了していなかった理由は、この射撃ポイントを使用する武器が完成していなかったからであった。

 電気工事周りは、第3新東京市戦闘街区の整備が最優先されていたと言うのも大きい。

 

 兎も角。

 整備未了な早雲山の射撃ポイントであったが、今は多くの人間が集まってエヴァンゲリオン零号機での戦闘準備を進めていた。

 特に入念に行われていたのは、エヴァンゲリオン零号機の火器管制システム周りであった。

 予備機としての整備が優先され、火器管制システムの更新などは後回しにされていたからだ。

 火器管制システムに基づいた射撃諸元をエントリープラグ内に表示するシステム。

 或いは、機体が集める射撃に必要な情報と第3新東京市各所からの情報とのすり合わせなど、突貫で行うには余りにも煩雑な作業であった。 

 だが、逆であった場合よりは遥かに問題が小さくあった。

 

 

「システム周りは仮想演習用04(デジタルエヴァンゲリオン4号機)と基本的に同じよ、大丈夫?」

 

「はい。大丈夫」

 

 エヴァンゲリオン零号機機付き長である高砂アキ技術少尉との機能確認(ブリーフィング)は、淡々と進んで居た。

 ショートカットの綾波レイと、坊主と見まがうばかりのベリーショートな高砂アキとが並ぶと、どこかしらフェミニンよりも中性的な雰囲気を漂わせている。

 そもそも、口調の音色にも色気が無い。

 共にハキハキとして喋る人間である為、実に事務的である。

 それでいて両者の関係は悪いという訳では無い辺り、面白いと言うのが男性NERV整備スタッフ陣の感想であった。

 尤も、2人を良く見ている人間が居れば、両者ともに緊張している事が判っただろう。

 唐突に決まった初の実戦と言う事は、どれ程に冷静な人間であっても緊張させるものなのだ。

 ()()()()()、高砂アキはいつもと同じ口調、同じ行動(ルーティン)を心がけていた。

 己を奮い立たせる為に。

 最前線に立たせる事となる綾波レイ、子どもに緊張を与えない為に、だ。

 

 実戦の様に訓練し。

 訓練の様に実戦で動く。

 

 その意味で、()()()()()()と言う事であった。

 

「いつも通りね、良いわ。最後までcoolに決めましょう。何かあったら我々(機付き整備チーム)が直ぐに片を付ける。だから任せるわ」

 

「退避はしないの?」

 

「貴方も、そして向こうでは碇君も命を掛けているのに、大人が退くのは好みじゃないわ。エヴァンゲリオンに乗れる訳じゃないけど一緒に居るから」

 

「……判った。だけど出番が無い様に努力する」

 

「良いわ、その覚悟」

 

「そう? 判らない」

 

「その内に判る様になるわ」

 

 特に意味の無い対話(コミュニケーション)も、緊張を解きほぐすのに役立つ。

 だからこそ無駄話を高砂アキは続けていた。

 と、駆け寄ってくる整備スタッフ。

 

「機付き長! 全確認終了です」

 

 差し出されたクリップボードを確認。

 赤ペンで全項目が二重に確認されている事を把握し、腕時計を見て頷く。

 予定時間よりも2分は短縮できている。

 

「宜しい、発令所へ報告! 早雲山、準備完了と」

 

「はい!!」

 

 裂帛の気合が込められた命令。

 そこから声の調子(トーン)を変えて、高砂アキは綾波レイに話しかける。

 優しく。

 その背中を支える声を出す。

 

「出撃準備、最終工程に行くわよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

「エヴァンゲリオン零号機、最終準備完了を確認しました。これで全部隊、最終準備完了です」

 

「結構。リンクに異常は無いわね?」

 

「現時点で誤差なし、問題ありません」

 

「結構!」

 

 葛城ミサトは、心地よい興奮と共にあった。

 否、彼女だけでは無い。

 誰もが真剣さと共に興奮を覚えていた。

 ある意味で当然であった。

 第3使徒や第4使徒の撃滅は、ほぼほぼシンジの個人的技量に帰する事であった。

 だが、この戦いはNERVの総力戦であり、誰もが傍観者ではなく当事者と言う自覚をもって臨む事となっていたからだ。

 

 第1発令所は、そこに詰めている人間が発散するアドレナリンによって異様な熱気に包まれつつあった。

 その中心に居る葛城ミサトは1つ、深呼吸をする。

 目を瞑って大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐く。

 開く。

 目に力を込めて命令を発する。

 

「合図10秒後に全部隊射撃開始。エヴァンゲリオン初号機は被害半径を離脱。但し、A.Tフィールド中和圏内には待機。少し難しいけど、シンジ君、貴方なら出来るわ」

 

 エヴァンゲリオン初号機のエントリープラグが映している外部映像には、予想される被害半径とA.Tフィールドの中和可能圏が併せて表示される。

 その二つ円はかなり近い。

 20mにも満たない幅、そこにシンジはエヴァンゲリオン初号機を寄せねばならぬのだ。

 長時間による機動がエヴァンゲリオン初号機の足回りに大きな負担を与えており、その反動(フィードバック)がシンジを苛むが、それをおくびにも出さず快諾してみせる。

 

よか、まかしっくいやい(大丈夫です、任せてください)!』

 

「信じてるわ…………カウント開始!」

 

 

『10、9、8、7、6、5___ 』

 

 同時攻撃の為、MAGIが行っているカウントが第1発令所、各部隊、エヴァンゲリオン両機のエントリープラグに響く。

 

『___ 4、3、2、1、0』

 

「作戦開始!!」

 

 巨大な対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)が盛大な噴煙と共に放たれる。

 国連統合軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)野砲(特科)部隊は、その練度の高さを示すように同時着弾のタイミングでレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)を叩き込む。

 そしてエヴァンゲリオン零号機。

 直径480㎜弾頭重量3tと言う特殊重弾頭を初速2.5km/sで発射すると言う凶悪無比なEW-23(パレットキャノン)を放つ。

 まるで竜が火を吐くが如き焔を引いて放たれた轟弾。

 その反動を受け止めるが為、支援機であるJA(ジェットアローン)は全力でエヴァンゲリオン零号機を支える程であった。

 天を裂くが轟音と共に放たれた一撃。

 NERVの総力を掛けた一大攻撃は、だが第5使徒には届かなかった。

 

 

「使徒、健在です!!」

 

 悲鳴めいた報告を上げる日向マコト。

 第1発令所の正面モニターにはA.Tフィールドによる相転移空間が肉眼で確認できる程に映し出されていた。

 

「バカな……」

 

 誰もが言葉を失った。

 碇ゲンドウすらも絶句している。

 機械的な音だけが、多くの人間が詰めている第1発令所を支配する。

 絶望感。

 だがそれを許さぬ者が居る。

 葛城ミサトだ。

 その途切れえぬ戦意が、心が折れる事を赦さない。

 

「まだよ! 再攻撃用意!!」

 

 その叱責に、多くの人間が己の職責を思い出して慌てて動き出す。

 赤木リツコは、A.Tフィールドの中和圏内設定に向けた計算が誤っていたかと歯噛みして再計算を指示した。

 葛城ミサトはエヴァンゲリオン零号機に弾丸の再装填を命令した。

 第3特命任務部隊に対しても再度の射撃準備を伝える。

 

 1撃目で駄目であれば2撃目を放ち、2撃目で駄目であれば3撃目。

 絶望に折れて立ち止まりさえしなければ、何時かは勝てるのだ。

 それ程の戦意(狂気)が葛城ミサトと言う女性の背骨であった。

 

 だが問題が1つ。

 1撃目で突破できなかったA.Tフィールドを2撃目が通るのか。

 崩壊させる事が出来るのか、と言う事だ。

 先の中和可能圏の算出は、事前の、エヴァンゲリオン初号機との交戦を観測して得られたモノだった。

 それが通じないとなれば、第5使徒にはどれ程の余力があるのか、底が見えないと言うものだ。

 その点、どうするべきかと脳みそを振り絞った葛城ミサト。

 そこにシンジが笑って告げる。

 ()を口にする。

 

チェストすればよか(吶喊すれば良い)

 

 縦横にエヴァンゲリオン初号機を奔らせて第5使徒の攻撃を吸収しながら、シンジは穏やかに言う。

 エヴァンゲリオン初号機を突撃させ、ゼロ距離となればA.Tフィールドは中和出来ると言う。

 確かにその通りであった。

 格闘戦闘を仕掛けてもいるエヴァンゲリオン初号機、その攻撃は第5使徒を傷つけてはいるのだから。

 

「意味、判ってるの?」

 

 流石に葛城ミサトも表情が険しくなる。

 シンジは、自分ごと撃てと言っているのだから。

 

わかちょっ(判ってますよ)じゃっどん、もう足がまわらん(だけどもう初号機の脚は限界です)じゃっで、泣こよかひっ跳べじゃ(なら、やるしかないじゃないですか)

 

 その言葉に葛城ミサトは伊吹マヤを見る。

 エヴァンゲリオン各機の状態を管理している、この少女めいた雰囲気のある女性技術少尉は泣きそうな顔で頷いていた。

 ディスプレイ上のエヴァンゲリオン初号機の状態(コンディション)は、動くのが不思議と言うレベルで真っ赤に表示されている。

 覚悟を決めた。

 

「シンジ君、恨んで良いわよ」

 

よか(言い出したのは僕ですよ)

 

 静かに顔を見あったシンジと葛城ミサト。

 共に、そこには静かさがあった。

 静かな狂気があった。

 シンジは、その躾故に。

 葛城ミサトは、その教育 ―― 人の命を掛札(チップ)にして勝利を追求する、全体の為に個を犠牲にする事を躊躇わぬ教育された人間故の決断でもあった。

 

 勝つのが本にて候(勝利こそすべて)

 共通するのは、勝たねば何も出来ぬと言う事が骨の髄まで叩き込まれていると言う事だ。

 

()()()()

 

じゃひな(ですね)

 

 それだけで言葉は終わった。

 獣めいて笑う葛城ミサト。

 己が畜生めいている事を自覚した笑みであった。

 子どもたち(チルドレン)を使い、血も涙もない作戦を遂行していく。

 自分は地獄に落ちるだろう。

 地獄に堕ちねばならない。

 だが、()()()()()()()()、使徒の悉くを地獄に叩き落して賑やかにしてやろうと決意する。

 静かなのは嫌いだから。

 

 裂帛の気合を込めて声を上げる。

 

「全責任は、私、葛城ミサト中佐が取る。総員、第2撃用意!!」

 

「ミサト!」

 

 冷徹ではあっても、人の情を失っていない赤木リツコが堪らずに声を上げる。

 だが、それを葛城ミサトは手で止める。

 

「勝たねば明日は来ないわ」

 

「………」

 

 否、赤木リツコも判っていたのだ。

 その冷静な計算力が、葛城ミサトとシンジの決断が合理であると教えているのだ。

 だがそれでも、ソレを瞬時に決断する事は出来なかったのだ

 

 

 

「第2撃、準備完了です!」

 

 青葉シゲルの報告に、葛城ミサトは深く頷く。

 そして命令を出す。

 子どもに死線を越えさせる命令を、出す。

 

「行動開始!!」

 

 エヴァンゲリオン初号機が、それまでの機動を捨てて、最速で第5使徒へと迫る。

 電源(アンビリカルケーブル)すらも捨てて駆ける。

 迎撃に放たれた粒子砲をシンジは左腕で受け、払う。

 その対価で左腕が千切れ飛ぶ。

 エヴァンゲリオン初号機との繋がり(シンクロ率)が、シンジにそれを己が腕が切り落とされたかの様に感じさせる。

 だがシンジは止まらない。

 一度放たれた矢が止まらぬように。

 振りぬかれた刀の切っ先が、振りぬかれるまで止まらぬ様に。

 

『キィィィィエェェェェイィィィィィィィィッ!!』

 

 猿叫と共に駆けるエヴァンゲリオン初号機。

 踏み込み毎に、脚が弾けて行く。

 ダメージの重なっていた装甲が剥がれ、そして生体循環液(Circulation Liquid)を血煙の様にたなびかせて征く。

 正しく吶喊。

 

-オォォォォォッォオォォォォォォォォン!-

 

 シンジの猿叫に呼応するが如く、エヴァンゲリオン初号機は顎部ジョイントを引きちぎって吠える。

 吠えながら奔る。

 最後の踏み込みで飛び、そして第5使徒の円周部へと最後の一撃を叩き込む。

 

 そしてその瞬間に合わせて葛城ミサトは命令する。

 

「撃てっ!!」

 

 

 

 エヴァンゲリオン初号機によってA.Tフィールドを中和された第5使徒は、守る術を奪われたまま、人類の凶器に晒される。

 NERVが用意したありったけが降り注ぐ。

 対使徒用大径ミサイル(成形炸薬弾頭弾)が豪快に第5使徒に大穴を開ける。

 大量に叩き込まれたレーザー誘導徹甲弾(対使徒弾頭弾)は、その表面を片っ端から砕いていった。

 そして止めとばかりに放たれたエヴァンゲリオン零号機のEW-23(パレットキャノン)

 特殊重弾頭は見事に第5使徒のコアをぶち抜いた。

 

 

 

 轟音と爆炎。

 第1発令所の正面モニターから見る戦場は何も判らなくなる。

 

「パターン青、消滅を確認……」

 

 悄然とした風の青葉シゲルの報告。

 勝利を告げる言葉。

 だが、誰も歓声を上げない。

 誰もが固唾をのんで正面モニターを見ていた。

 濛々と上がる煙の向こうにある筈の、エヴァンゲリオン初号機を望んでいた。

 

「リンクは?」

 

「途絶、しています」

 

 力なく報告する伊吹マヤ。

 有線(アンビリカルケーブル)は切り離されており、無線は電波状態が安定していないのか、それともエヴァンゲリオン初号機側のシステムが損傷しているのか、情報連結(ネットワーク)は途絶状態にあった。

 誰もがシンジの生還を願っていた。

 碇ゲンドウですらも、歯を噛みしめた顔で正面モニターを見ていた。

 

 風が吹く。

 煙が晴れた。

 

「えっ、エヴァンゲリオン初号機、健在です!!」

 

 日向マコトが感極まったとばかりの声を上げる。

 歓声が上がった。

 

 崩れ落ちた第5使徒。

 対して、自らの脚で立つエヴァンゲリオン初号機。

 仁王立ちめいたその機体は、攻撃の余波で酷い有様になっている。

 特に頭部。

 頭部装甲は完全に脱落し、その素体が姿を見せている。

 本来は無い目と口とが形成されている。

 その唇の無い、薄い口が獣めいた笑みを形作っている。

 威風堂々。

 傷だらけであっても、その姿は正しく勝利者のものであった。

 

 

 

 内部電源まで切れて、薄暗くなったエントリープラグでシンジは全身から力を抜いて笑う。

 取り敢えずは勝てたな、と。

 嘆息。

 顔を拭えば、L.C.Lと混ざり合わぬ脂汗が拭えた。

 

じゃっどん(だけど)いてもんじゃ(痛いもんだ)

 

 小さな笑い。

 それは年相応でもあった。

 シンジは痛みが好きな訳では無い。

 痛みが感じられない訳でも無い。

 只、必要があれば我慢するべきと躾けられているだけなのだから。

 インテリアにそっと背中を預け、目を閉じるのだった。

 

 かくして第5使徒戦は終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 




葛城ミサト=サンが使徒ゼッタイ殺すウーマンなのは原作通り
イイネ?


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03-Epilogue

+

 第3新東京市、その要塞都市としての中枢部に残骸として残る事となった第5使徒。

 半壊し、ゴロリとばかりに大地に身を横たえた正八面体は、戦いの激しさとは相反するユーモラスさがあった。

 そして美しくもあった。

 そう思えるのは、少なくとも人的被害が無かったからだろう。

 面倒ではあるが悲劇は無いのだから。

 意識的に(精神コントロールとして)物事を呑気に考えるようにしている葛城ミサトは、第5使徒の残骸を前にして、宝石だったら良かったのに、と呟いてみせていた。

 

「宝石だったら売り飛ばして臨時ボーナスが期待出来たんだろうけど」

 

 技術開発局を中心に組まれている第5使徒被害調査班は、陽性の笑いを浮かべて反応した。

 そして、葛城ミサトの内面を理解している赤木リツコは、同じ調子(ノリ)で返していた。

 

「宝石だったとしても、これだけあると値崩れするわね」

 

「そりゃ残念!」

 

「とは言え、この残骸を分析して新しい論文を発表出来れば、或いは何かのパテントに繋がれば儲かるかもね」

 

 赤木リツコは全くそう言う事を考えていない事を口にする。

 換金できそうな研究結果が出たとしても、機密と言う壁がそれを阻止するだろうと理解しているから。

 そしてソレは、英才揃いの調査班も判っていた。

 判っていたが、笑って見せていた。

 人は明るいと言う事が力となる事を理解していたが故に。

 

 

 

 現場の苦労。

 それに対応する様に、上には上の苦労があった。

 NERVの総司令官碇ゲンドウは、使徒撃退に伴ったSEELEへの報告に苦労していた。

 内容にでは無い。

 事実を全て開陳すれば良いだけなので、そちらに関しては問題は無い。

 只、彼らの態度が気にいらない。

 只々、彼らの言い方がストレスなのだった。

 現場に出て、それこそ第5使徒の残骸を手で運んでいた方がはるかにマシだと思う程度には。

 

『碇君、今回の戦いでの被害、余りにも大きい』

 

『左様。大破したエヴァンゲリオン初号機、壊滅的被害が出た第3新東京市要塞街区、補正予算が年度予算を大きく上回る事になるよ』

 

 概算ではあるが被害状況を纏めて、提出しているのだ。

 その額たるや、NERV本部の1年間の運用経費を遥かに上回っていた。

 碇ゲンドウですらも、上がってきた数字を二度見し、担当者に確認の電話を入れた程であった。

 そして同時に、SEELEのメンバーすら絶句する数字ではあった。

 

『とは言え、君の判断、葛城中佐の指揮、そして君の息子の戦闘に問題は無い』

 

『多少なり判断の順序を考える部分はあっても、概ね良好と言える』

 

『信賞必罰を考えればこれは評価する必要があるだろう。葛城中佐および碇中尉待遇官に対し戦勲を認め、葛城中佐は本来の階級を昇進させる』

 

 中佐待遇大尉である葛城ミサトを中佐待遇少佐へと昇進させる事は、現在の待遇で見れば差は無いし、処理的にも簡単な話であるが、恩給その他には大きな影響が出て来るので、決して軽い評価では無い。

 手間の掛からない割に、楽な褒美とも言えた。

 

『問題は碇、君の息子だよ』

 

「はっ」

 

『左様、余り子どもの内から褒章の類を与えてしまっては()()()()()からな』

 

 奥歯を噛みしめる碇ゲンドウ。

 コレだ、コレなのだとばかりに苦虫を噛み潰したような顔となる。

 

 そもそも、先の第5使徒戦で碇ゲンドウは噛みしめすぎて奥歯を痛めていた。

 ()()()()()()()()()()()を死地に平然と投入する葛城ミサトの指揮にも、雑にエヴァンゲリオン初号機を扱うシンジにも、口に出せぬ不満を抱いていた。

 大事な妻、碇ユイの事。

 人類補完計画に於ける大事な鍵である事。

 口には出せぬ事をのみ込む為の対価であった。

 葛城ミサトにせよシンジにせよ。

 その作戦なり方針なりに問題があれば、総司令官としての強権発動も可能であったが、両名共に限られた状況下においては最善であろうと言う行動をしめしてたのだ。

 コレでは止められない。

 それ故の痛みであった。

 

 そんな碇ゲンドウの表情をにこやかに見つめるSEELEの指導者たち。

 最高の気分を味わっていた。

 

『まぁ良かろう。初号機操縦者碇シンジには2等勇功章(シルバースター)を与えるとしよう』

 

『異議なし』

 

『妥当かと思われます』

 

『碇君、少しは喜びたまえ。君の息子が評価されたのだからね』

 

 

「………はっ、有難う御座います」

 

 全く以って嬉しくも無い話で感謝を述べざるを得ない。

 その事が益々もって碇ゲンドウの顔を歪ませる。

 それがSEELEの人間を喜ばすと理解しているが、抑えきる事が出来ないでいた。

 

『今回の被害対応に必要な予算も、早急に国連総会を通す。問題は無い』

 

『エヴァンゲリオン弐号機及び4号機の配備に伴う人員の増員についても一考しよう』

 

『碇君。NERVと君の息子の奮闘、我々は高く評価しているのだよ』

 

「……有難う御座います」

 

 怒りが限度を超えて、もはや能面めいた顔で感謝を碇ゲンドウは口にしていた。

 それが更に笑いを誘っていた。

 

 報告会は他に、早雲山の射撃ポイントに立ち会った者たちへも3等勇功章(ブロンズスター)が配られる事を決めて閉会した。

 立体映像が消えて、真っ黒になったNERV総司令官執務室。

 その執務机に座った碇ゲンドウはしばらく動かないでいた。

 噛みしめすぎた奥歯の痛みに故にであった。

 鬱屈晴らしめいて机を蹴る元気すら出ないでいた。

 

「シンジめ」

 

 怨嗟の声だけが、NERV総司令官執務室に響いていた。

 

 

 

 

 

 少しばかり時間は巻き戻る。

 

 第5使徒を撃破したシンジは、回収されるまでの時間、眠っていた。

 流石に1時間以上も命を掛けた集中をしていたのだ。

 シンジは、如何に鍛えているとは言え基本(生理年齢)は14歳の子どもなのだ。

 集中が途切れれば気絶もしようというものであった。

 又、回収してもらうまで暇であったと言うのも大きい。

 その意味では、気絶と言うよりも昼寝であった。

 とは言え、それを見た回収班がどう思うかは別の話であった。

 

 救急班が呼ばれて緊急調査入院と相成り、そしてシンジは暇となる。

 検査問診etcと。

 夜は、ぐっすり眠れとばかりに、TVも本も無い特別病室(VIPルーム)に放り込まれる。

 誠にもって暇であった。

 天井の染みでも数える位しか出来る事の無い夜。

 だが、疲労を蓄えた14歳と言うシンジの体は、消灯と共に速やかな眠りに沈むのだった。

 そして朝。

 レースのカーテン越しに朝日を感じたシンジが目を覚ます。

 と、体を起こせば、寝すぎの影響か体中に痛みがあった。

 後は空腹だ。

 若い身体が根源的な渇望を訴えて来る。

 昨晩は身体調査で時間を取られて、軽食(サンドイッチ)が晩飯であったのだ。

 腹も減ると言うものであった。

 

腹が減ったが(腹減った)

 

 ベットサイドのテーブルに置いておいた水のペットボトルを取って飲む。

 と、ノックがされた。

 シンジが起きるのを待っていたのだろうか。

 勤勉な事だと内心で呟きながらシンジは許可を出す。

 

よかど(入っても良いですよ)

 

 扉から入ってきたのは看護婦でも無ければ医者でも無く、ましてやNERVスタッフ(作戦局の人間)でも無かった。

 同僚にして同級生、綾波レイであった。

 

「おはよう」

 

 平坦な声色(トーン)での挨拶が来た。

 その朝駆けっぷりに、流石のシンジも驚く。

 朝日を後光の如く纏った綾波レイは、その驚きに興味を示さない。

 否、謝罪していた。

 

「驚かせてごめんなさい。聞きたい事があって待ってたの」

 

 何時から? と言う言葉が喉元まで上がってきたが、シンジはそれを飲み干した。

 この病院はNERV本部施設内にあり、NERVのB級以上のスタッフであれば(IDカードを持っていれば)自由に来る事が出来ると聞いている。

 であればB級職員枠(準中枢スタッフ)であるエヴァンゲリオンの適格者(チルドレン)、綾波レイが居るのはおかしい話では無い。

 朝から居ると言う点だけはおかしいけれども。

 

よかどん、なんな(良いけど、何を聞きたいの)?」

 

「どうしてあそこまで、したの?」

 

ないがな(何の話)?」

 

 別段にシンジがとぼけていると言う訳では無い。

 只、綾波レイの疑問が理解出来無かったのだ。

 

 綾波レイにとってエヴァンゲリオンは、自分が自分として居る為の絆(スピリチュアルアンカー)であった。

 だからこそ拘りがあった。

 又、()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ、死すらも恐れるものでは無い。

 だがシンジは違う。

 別段にエヴァンゲリオンに拘りがないシンジが、先の第5使徒戦で命を掛けて見せた理由が判らなかったのだ。

 死ねば終わる、普通の人間(モータル)なのだから。

 

「あなたは、何のために戦っているの?」

 

 何の為にと言われたが、そんな事を言われても正直困ると言うのがシンジであった。

 使徒を倒さねば人類は終わる。

 使徒を倒すのにはエヴァンゲリオンが居る。

 エヴァンゲリオンに乗れる人間は限られていて、シンジはその限られた人間の1人だった。

 であるならば、戦わないと言う選択肢など最初から無い ―― それがシンジの感覚であったのだから。

 それを、できるだけゆっくりと伝える。

 

理由ちな(戦う理由って言われても)……そうな(そうだね)戦ってくいやいちいわれたでよ(戦って欲しいって頼まれた)そひこんこいよ(それだけの話だから)

 

「………それだけで、戦えるの?」

 

 綾波レイの脳裏に浮かぶのは、1時間以上にも及んだエヴァンゲリオン初号機と第5使徒との熾烈な攻防戦だ。

 そして第5使徒の防御(A.Tフィールド)を中和する為に吶喊したエヴァンゲリオン初号機の姿だ。

 どちらにせよ頼まれたからと言う程度の理由で出来る事では無いと感じられた。

 

じゃっど(うん、出来るよ)

 

 納得できない綾波レイの気持ちを、軽く流すように頷くシンジ。

 

「怖く、無いの?」

 

怖いはあっが(怖いと言うのはあるよ)じゃっどん(だけど)他人に頼っせぇに(誰かに頼って)隠れっとはすかん(隠れているのは好みじゃないかな)

 

 しかも戦うのは綾波レイ、女の子だ。

 いやしくも男子たる者が、自分も戦えるのに戦わず、女の子を戦わせると言うのは最低だ。

 臆病者の卑劣漢(おなごんけっされ)だと、シンジは確信していた。

 だから戦うのだ。

 流石にシンジは、女性である綾波レイ相手に鹿児島(さつま)で一番の罵倒表現、それも男相手のソレ(女の腐った様な奴)を口にしようとは思わなかったが。

 

 兎も角、シンジが戦う理由は矜持であると言えた。

 脅威を前に、戦う力があるのに誰かの陰に隠れるなど男子のする事では無いと言う()の結果とも言えた。

 

「そう………」

 

 赤い綾波レイの目がシンジを凝視する。

 シンジも又、その目を真っ向から見る。

 

 綾波レイが碇シンジと言う同僚を理解したとは言えない。

 だが、シンジと言う人間の本質を見た気がした。

 

「教えてくれてありがとう」

 

 感謝の言葉。

 対するシンジは笑って受け取った。

 

よかど(どういたしまして)

 

 

 

 

 

 




+
※補足
 国連軍の勲章は、基本的に米軍基準デス
 国連軍の骨格を成しているのがアメリカ連邦軍なので残当__
 それに各国の良さそうな勲章が加わってマス
 騎士十字章が、デザインを変えて加えられてますが、割と非ドイツ系は削ろうとして、政治的暗闘がががが

 ■

 綾波レイとのフラグが微妙に折れきれませんでした。
 でもコレ、どうみても戦友フラグヨネ__
 多分
 きっと
 ンナ希ガス







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設定情報
登場人物一覧 第拾肆章時一覧


+

○子ども達

適格者(チルドレン)/エヴァンゲリオンに選ばれた子ども達

綾波レイ 中尉待遇官

 1人目の適格者(1st チルドレン)

 エヴァンゲリオン4号機専属搭乗員

 

惣流アスカ・ラングレー 大尉

 2人目の適格者(2nd チルドレン)

 エヴァンゲリオン弐号機専属搭乗員

 

碇シンジ 大尉待遇官

 3人目の適格者(3rd チルドレン)

 エヴァンゲリオン初号機専属搭乗員

 

鈴原トウジ 中尉待遇官

 4人目の適格者(4th チルドレン)

 エヴァンゲリオン3号機専属搭乗員

 

渚カヲル(カール・ストランド) 中尉待遇官

 5人目の適格者(5th チルドレン)

 エヴァンゲリオン6号機専属搭乗員

 

マリ・イラストリアス 少尉待遇官

 6人目の適格者(6th チルドレン)

 エヴァンゲリオン8号機専属搭乗員

 

リー・ストライクバーグ 中尉待遇官/技術開発官兼任

 7人目の適格者(7th チルドレン)

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)予備、及び技術開発担当

 

マリィ・ビンセント 中尉待遇官/技術開発官兼任

 8人目の適格者(8th チルドレン)

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)予備、及び技術開発担当

 

 

第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)/エヴァンゲリオンに乗る事を選んだ子ども達

 相田ケンスケ 少尉待遇官

 ヨナ・サリム 少尉待遇官

 アルフォンソ・アームストロング 少尉待遇官

 アーロン・エルゲラ 少尉待遇官

 ヴィダル・エレーン 少尉待遇官

 霧島マナ 少尉待遇官

 ディピカ・チャウデゥリー 少尉待遇官

 

 

―第3新東京市市立第壱中学校

 洞木ヒカリ

 対馬ユカリ

 

 

 

〇国連人類補完委員会直属非公開特務機関NERV

 碇ゲンドウ

 特務機関NERV 総司令官

 

 冬月コウゾウ

 特務機関NERV 副司令官/戦略調査部部長兼任

 

 

―NERV本部

――戦術作戦部

―――作戦局

 葛城ミサト大佐(大佐配置少佐)

 作戦局局長代行 及び第1課課長を兼任

 

――――作戦第1課《ref》

 パウル・フォン・ギースラー少佐

 作戦局第1課課長代理

 

 日向マコト少尉

 作戦局第1課係長

 

 

――――支援第1課

 天木ミツキ中佐(中佐配置中尉)

 支援第1課課長

 

 

――技術開発部

―――技術開発局

 赤木リツコ中佐相当(待遇)技術官

 技術開発部部長代行/技術開発部技術開発局局長/第1課課長兼任

 

 ディートリッヒ高原博士/少佐相当(待遇)技術官

 技術開発局局長代行/Bモジュール開発特務班班長

 

――――第1課

 伊吹マヤ技術少尉

 技術開発局第1課課長補佐

 

――――第2課

 伊勢カミナ技術少佐

 技術開発局第2課課長エヴァンゲリオン管理統括

 

 吉野マキ技術少尉

 技術開発局第2課初号機班班長 エヴァンゲリオン初号機 機付き長

 

 ヨハンナ・シュトライト大尉(大尉待遇准尉)

 技術開発局第2課弐号機班班長 エヴァンゲリオン弐号機 機付き長

 

 高砂アキ技術少尉

 技術開発局第2課4号機班班長 エヴァンゲリオン4号機 機付き長

 

 

―――施設維持局

――――第1課

 鳥海アツシ技術少尉

 施設維持局第1課課長補佐

 

――――第2課

 鈴原タクマ中尉相当(待遇)技術官

 

 

――戦略調査部

―――調査情報局

――第1課

 青葉シゲル中尉

 調査情報局第1課課長代理

 

 相田タダスケ曹長

 

 

―――特殊監査局

――――第1課

 加持リョウジ少佐

 第1課課長代理

 

――――諜報課

 剣崎キョウヤ少佐(少佐配置大尉)

 諜報第1課課長

 

 

――保衛部

――広報部

――法務部

――総務部

 

 

――NERV出向要員

 日永ナガミ中佐

 国連軍連絡官

 

 時田シロウ大尉相当(待遇)技術官

 NERV技術開発局外課課長/JA班班長兼任

 日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C) 超大型特殊機材部部長

 

 

―NERVドイツ支部

 ヨアヒム・ランギー

 NERVドイツ支部第2副部長

 

――支援ドイツ第2課

 アーリィ・ブラスト大尉

 支援ドイツ第1課格闘技教官

 

――総務局

 ヨハン・エメリヒ少尉待遇官

 

 

―NERVアメリカ支部

――技術開発局

 葉月コウタロウ博士

 NERVアメリカ支部技術開発局局長

 

―――第2課

 真希波マリ博士

 NERVアメリカ支部技術開発局第2課課長

 

 

 

―国連軍

――第7艦隊

 ノーラ・ポリャンスキー小将

 

 

 

 

○一般人

ベルタ・ランギー アスカの義母(旧姓/クレマー)

ハーラルト・ランギー アスカの義弟

 

碇ケイジ(義父/碇ユイの弟)

碇アンジェリカ(義母/SEELEの北欧メンバーたるエンストレーム家出身)

碇アイリ/アイリーン(実子・長女12歳)

碇ケンジ(戦災孤児養子・長男16歳)

 

 

 

 




2022.02.02 新規投稿
2020.06.01 追加修正
2020.06.04 全面改訂 /vor2.01
2020.07.11 画像追加 /vor2.02
2020.08.15 人物追加 /Vor2.03
2022.12.13 全面改訂 /vor3.01
2023.06.01 人物追加 /vor3.02
2023.06.03 人物追加 /Vor3.03
2023.06.04 人物修正 /Vor3.04
2023.08.17 人物追加 /Vor3.05


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四) ANGEL-06  GAGHIEL
04-1 BREAK-AGE


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たとえ私が死の影の谷を歩もうとも、災いを恐れない
あなたが私と共にいるからだ

――旧約聖書     









+

 NERV本部ジオフロント内部の設備で一番巨大と言って良いエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)

 今まではエヴァンゲリオン零号機とエヴァンゲリオン初号機の2機だけが居た場所に、新たに3体目のエヴァンゲリオンが収容されていく。

 銀色の下地を兼ねた特殊塗装だけが施されたエヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン4号機だ。

 NERVドイツ支部が完成させた正式配備型(プロダクトモデル)エヴァンゲリオンであるエヴァンゲリオン弐号機の設計図を基に、様々な修正が施された機体である。

 とは言っても、別段に大規模な設計変更が行われた訳では無い。

 エヴァンゲリオン弐号機の建造経験に基づいた、建造効率の向上に主眼の置かれた設計変更である。

 この為、技術開発局の一部にはエヴァンゲリオン弐号機を先行量産型であるとし、エヴァンゲリオン3号機以降の機体こそが正規量産型であると言う意見もあった。

 実際、エヴァンゲリオン弐号機は頭部カメラに特殊な4つ目型を採用しており、他にもNERVドイツ支部の手で幾つかの実験的な設計変更が行われている為、強ち間違いでは無かった。

 

 兎も角。

 就役したばかりのエヴァンゲリオン空輸用超大型輸送機(CE-317 Garuda)にてNERV本部へと運び込まれたエヴァンゲリオン4号機は、そのままD整備が行われる事となる。

 修理や大規模改修以外では最も手間を掛けた整備であるD整備を、塗装以外はアメリカで竣工状態にあったエヴァンゲリオン4号機に行う理由は、アメリカでの建造工程に関する情報収集があった。

 今後、運用していく上で重要な、エヴァンゲリオン初号機等(NERV本部にて基本設計と建造が行われた機体)との差異の確認とも言えた。

 又、表沙汰に出来ない理由が1つ、あった。

 移管に関する経緯(碇ゲンドウによる恫喝)が経緯である為、NERVアメリカ支部上層部関係者によるサボタージュ等が警戒されたのである。

 なんにせよ、機体各部の入念な確認と整備とを行い、コアの換装と専属パイロットとなる綾波レイとのマッチング(シンクロ調整)を実施、そして最後に塗装をして就役となる。

 

 全身を銀色の特殊塗装で染められたエヴァンゲリオン4号機は、ケイジにあっても中々に異質感を漂わせていた。

 機体各部に取り付いた機付き整備班が丁寧に、だが手早く仕事をしていく。

 半分はエヴァンゲリオン零号機の機付き整備班であり、もう半分はNERVアメリカ支部からの移籍組 ―― エヴァンゲリオン4号機の建造スタッフであった。

 半分しか来ていない理由は、NERVアメリカ支部で更なるエヴァンゲリオンの建造が計画されているからである。

 エヴァンゲリオン8号機だ。

 5、6、7の番号(ナンバー)は使用済み ―― 各支部での建造が開始されている機体に使用されていた。

 NERV中国支部でエヴァンゲリオン5号機が建造されている。

 エヴァンゲリオン弐号機を建造したNERVドイツ支部では更に2機、エヴァンゲリオン6号機とエヴァンゲリオン7号機の建造が行われていた。

 いずれも2013年に策定された、エヴァンゲリオン第1次整備計画に基づいたものであった。

 

 エヴァンゲリオンは当初から8体の整備が予定されていた。

 使徒が目標とするであろうNERV本部の防衛に専属する3機と世界に配備する5機だ。

 ユーラシア大陸の東西、南北のアメリカ大陸、そしてアフリカ大陸に配備し、人類の存続に務めると言う予定である。

 その意味では本来、エヴァンゲリオン8号機まで建造されるのが正しい。

 だが現実は厳しい。

 予算的な問題からエヴァンゲリオン8号機の建造はキャンセルされ、エヴァンゲリオン零号機を実戦向け改装によって8機揃えるものとされたのだ。

 だが、先の碇ゲンドウによるNERV総司令官による査察(アメリカ支部仕置き)によってエヴァンゲリオン4号機はNERV本部へと移管し、そして新規にアメリカ政府の予算でエヴァンゲリオン8号機の建造が命令される運びとなっていた。

 アメリカ政府は、このエヴァンゲリオン8号機の建造予算に悲鳴を上げる事となる。

 国連の人類補完委員会(SEELE)管理下のNERVアメリカ支部を、アメリカ政府は自らの支配下に収めようとしていた事への()()であった。

 旧世紀(1999年以前)と比較して、国力低下の著しいアメリカにとっては尋常では無い負担であった。

 

 

「チョッち、バタついてるけど、取り合えず何とかなりそう?」

 

「悪くは無い感じね。アメリカのスタッフも()()()()()()()()()()()()

 

 作業状況を確認に来た葛城ミサトに対し、赤木リツコはパソコンのモニターから目を逸らす事無く答える。

 耳にはイヤホンを差して、機付き整備班班長などからの報告も受けている。

 忙しくしていた。

 

「それは良かった。作戦部としては戦力が増強されるのは有難いけど、この様を見ると気楽には言えないわね」

 

「裏方の苦労を理解してくれてありがとう? 制御プログラムに問題は無いわね」

 

「そこまで確認するの?」

 

「確認と言うよりも改修(バージョンアップ)ね。シンジ君のお陰で初号機の運用データが取れたから、それを基にした改良版を開発してたのよ。その4号機への実装よ」

 

「シンジ君のだと白兵戦ばっかよ? 大丈夫??」

 

 割と真剣な顔で疑念を口にする葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機のデータを移設していくと、後の機体まで白兵戦特化(脳筋ゲリオン化)されては困るのだ。

 諸兵科連合(コンバインドアームズ)は無理でも、せめて前衛(近接戦闘)後衛(支援戦闘)と言う程度には役割分担をさせたいと言うのが作戦局の願いであった。

 

「バカね。機体の運動の効率化よ? パイロットへの教育で何とかして頂戴」

 

「でも最近はレイまで突撃するじゃない?」

 

 事実だった。

 碇シンジの駆るエヴァンゲリオン初号機とのデジタル演習に際して、綾波レイは武装を主にEW-23(パレットキャノン)と設定されているが、この長大な装備を持って隙あらば吶喊しようとする様になっていた。

 正確に言えばEW-23では無い。

 綾波レイたっての希望で改造(改修)された装備、筒先に銃剣(ブログレッシブダガー)を装着したEW-23Bである。

 30m近い砲身を持ったEW-23Bを、まるで騎兵槍(ランス)の様に保持して突撃するのだ。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機がEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を構えて突貫するのも暴力的であったが、此方も負けず劣らずと言う有様であった。

 流石に綾波レイは奇声(猿叫)を上げる事は無いが、それも時間の問題では無いかと葛城ミサトなどは見ていた。

 実に頭の痛い問題である。

 

「以前の、後退しようとした所に踏み込まれて負けていたのが相当に気に入らなかったみたいね? 問題はないでしょ」

 

「問題だらけよ。戦意があるのは有難いんだけど、支援を主とするなら冷静に退いて欲しいんだけどね」

 

「あら、泣き言?」

 

「愚痴よ愚痴。1対1での演習が続けば、人間だれしもそれに最適化していくのは判るんだけど、判るんだけど、チョッちね」

 

 デジタル演習は、極端に言ってしまえばゲーム(遊戯)でしかない。

 決まった相手との、殆ど同じ条件、装備での戦い。

 それは実戦とは全く異なる。

 使徒は、どの様な相手が来るのか判らないのだから。

 第3使徒と第4使徒は、人型めいている点で類似点はあった。

 南極に眠っていた第1使徒もそうであった。

 だが、使徒は人型を基とすると言う想定を、第5使徒が完膚なきまでに粉砕したのだ。

 その意味に於いて葛城ミサトの苦悩は深い。

 戦闘では無くエヴァンゲリオンを動かす事、或いは武器の操作に習熟するのは役立つのだから。

 何とも難しい話であった。

 

「なら、アスカ待ちって所かしらね」

 

 アスカ、惣流アスカ・ラングレー。

 NERVドイツ支部からエヴァンゲリオン弐号機と共にやってくる、NERV本部が迎える3人目の適格者(パイロット)だ。

 幼少時より過酷な選抜と訓練を乗り越えてきた、正しくエリートである。

 しかも学士号(大学卒業)を持っている天才でもある

 様々な点が評価され、適格者たち(チルドレン)の中で唯一、正式に中尉(中尉待遇少尉)の階級章を帯びていた。

 

 葛城ミサトも、NERVドイツ支部に出張した際に顔合わせを行っている。

 勝気な所はあるが努力家であり、正式な階級章を持てる程には戦術面での訓練も受けているのだ。

 葛城ミサトとしては、現場指揮官役として期待する部分があった。

 

「船団はもう太平洋に入った頃かしらね?」

 

「明日あたりの筈よ? 国連軍の誇る第7艦隊の護衛(エスコート)付き、スケジュールに狂いはないだろうから」

 

 空母3隻と戦艦4隻を中心とする27隻の第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)だ。

 空母は勿論、戦艦も駆逐艦も潜水艦までも精鋭揃いであり、護衛されているエヴァンゲリオン輸送船は艦齢も新しい為、揃って20Knotからの速力を連日発揮出来ていた。

 現在、南シナ海を航海中であり、明日にもバシー海峡を越えるだろうという状況であった。

 これだけの戦力が投入されているのは、その予定航路を先行哨戒していた駆逐艦が不明水中存在(Unknown)を発見したからであった。

 使徒の可能性が高いと判断されていたからである。

 

「しっかし、次の使徒は水中から? どうやってここまで来る気なのかしら」

 

「空を泳いでくるかもね」

 

「アンタ、科学者がそれを言う?」

 

「使徒に関して………私は諦めたの」

 

 深い深いため息とともに、赤木リツコは呟いていた。

 否、諦めていた。

 

 

 

 

 

 太平洋に使徒と思しきモノが出現した。

 その一報は、葛城ミサトなどの人間にとっては朗報であった。

 第3新東京市の遠方で発見できたと言う事は、それだけ準備を行う余裕に繋がるからだ。

 或いは精神的な余裕。

 だが、そう思っていられない人間も居るのだ。

 使徒の狙いが読める人間、使徒が輸送船団(TF-7.1)を狙うであろう理由を想像できる人間には。

 

「どうする碇、使徒が船団の付近に出現したというぞ」

 

 困ったと言う表情を隠さない冬月コウゾウ。

 対する碇ゲンドウは、NERV総司令官執務室の机に両肘をついて考え込んでいる。

 

「ああ。狙っているのはA号封印体(Solidseal-α)だ。間違いはあるまい」

 

「弐号機では誤魔化せなかったか」

 

「………老人共は誤魔化せたがな。まぁ良い。移送中の弐号機は確かB装備(Basic)だったな。ならば丁度良い。弐号機による洋上作戦()()として迎撃準備をさせる」

 

「洋上戦装備を積んでいたか? いや、そもそも船団にはエヴァの運用に必要な人員は載せて居なかった筈だぞ」

 

 ()()()()に備える為として、エヴァンゲリオン弐号機の操縦者であるアスカは機体と共に居たが、その運用を支える機付き整備班などは殆どが飛行機でNERV本部へと来ていた。

 エヴァンゲリオン弐号機は、起動する事は出来ても運用する事は出来ない。

 そういう状況であった。

 

「問題ない。此方で手配すればよい。コレも緊急展開訓練として行えば、SEELEの老人共に対する目くらましにはなろうだろう」

 

「お前の屁理屈には呆れるよ」

 

「理屈など軟膏と一緒だ。確とした理由さえあれば屁理屈でも道理であるかのように聞こえるものだ」

 

「お前らしい意見だな。では日本政府の方へはワタシが手を回しておこう」

 

「ああ、頼む」

 

 

 

 

 

 空を往く垂直離着陸機(CMV-22N)

 国連海軍向けの輸送機型であるCMV-22Bを基に、NERVが長距離緊急人員輸送用として開発配備した機体だ。

 飛んでいるのは東シナ海。

 沖縄で給油後、一路、南を目指していた。

 1機だけでは無い。

 2機のCMV-22Bを随伴を連れて飛んでいる。

 

 緊急人員輸送用と言う事でCMV-22Nは、普通の輸送機型のCMV-22Bとは比べ物にならない程に快適なものとなっていた。

 十分な防音(エンジン音対策)と、空調設備まで完備されている。

 座席も、民間航空機のビジネスクラス並とまでは言わずとも、NERV高官が搭乗する事を想定して良質なモノが設置されている。

 そんな、ある意味で贅沢な機内で1人、大きくはしゃいでいる人間が居た。

 

「あぁ凄い凄い凄い! CMV-22B!! こんな事でもなけりゃあ、一生乗る機会ないよ!」

 

 相田ケンスケである。

 シンジ経由で葛城ミサトに誘われて、鈴原トウジと共に来ていた。

 許可を貰って、機内の何処をビデオカメラで映していく。

 何とも趣味者らしい態度と言えた。

 このCMV-22Nに乗って既に1時間から経過しているにも拘わらず、この興奮状態(高いテンション)である。

 何とも元気であった。

 

「まったく、持つべきものは友達って感じ! なぁ、シンジ!!」

 

「あ?」

 

 相田ケンスケの隣の席に座っていたシンジ。

 暇つぶし用にと持ち込んで居た音楽雑誌、クラシック系のソレを読んでいて返事が出来ない。

 何を言っているのか、聞いて居なかったのだ。

 だが、相田ケンスケはそんな事に頓着しないし、そもそも、別の人間が返事をしていた。

 

「毎日同じ山の中じゃ息苦しいと思ってね。たまの日曜だから、デートに誘ったのよ♪」

 

 向かい側の席に座っていた葛城ミサトだ。

 呑気そうに笑っている。

 だが、誘った理由は正確に言えば違う。

 ご褒美なのだから。

 相田ケンスケはNERV(葛城ミサト)に対する()()()として、シンジや綾波レイの学校での動向を報告する仕事を担っていた。

 だからなのだ。

 軍事趣味者である相田ケンスケの様な人間にとって、こういう風にミリタリーに触れられる事は最高の報酬であった。

 金銭などよりもよっぽどに嬉しい報酬であった。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 赤木リツコが言う通り、悪趣味であった。

 

「ええっ! それじゃ、今日はほんまにミサトさんとデートっすか? この帽子、今日のこの日のためにこうたんですわ!」

 

 尚、相田ケンスケだけを誘っては違和感をシンジに与えるだろうからと、シンジと相田ケンスケとも仲の良い鈴原トウジまで誘われていた。

 建前としては遊びであった。

 

「ミサトさぁん!!」」

 

 感極まった様に声を上げた鈴原トウジに、サービスとばかりにウィンクを返した葛城ミサト。

 使徒が傍に居る可能性があると言う状況であったが、葛城ミサトは戦闘に繋がるとは思っていなかった。

 使徒は第3新東京市を狙ってくるモノであると言う先入観があったからである。

 故に、碇ゲンドウから命じられたこの仕事(出張)を、将来的なエヴァンゲリオンの広域展開任務に向けた情報収集としか考えていなかったのだ。

 貴重な適格者(パイロット)であるシンジを連れて行く様に命じられたのも、護衛をしながらの移動試験であった。

 又、万が一にも葛城ミサトやシンジが不在の状況で使徒が第3新東京市を襲った場合は、緊急移動の訓練も出来ると言う腹積もりでもあった。

 今までの使徒の侵攻速度から着上陸から第3新東京市までの到達時間を算出した所、船団(TF-7.1)からCMV-22Nを最大速度で飛ばせば十分に間に合う結果が出て居たのだから。

 

「豪華なお船で太平洋をクルージングよ」

 

 誠に以って呑気であった。

 

 

 

 葛城ミサトの言う豪華なお船、第71任務部隊(TF-7.1)の旗艦であり目的地でもある拡大ニミッツ級大型原子力空母のオーバーザレインボー。

 その艦上で1人の少女が挑発的な表情で空を見上げていた。

 赤い髪に青い瞳。

 整った顔立ちが特徴的なこの少女こそが、第2の適格者(2nd チルドレン)アスカであった。

 

「早く来なさいよサードチルドレン、NERV本部の秘密兵器。どっちがエースとして相応しいのか白黒つけてやるんだから」

 

 黄色いワンピースを着て自分の魅力と言うモノを十分に計算したオシャレをしているのだが、仁王立ちと言う辺りが色々と台無しであった。

 軍服や作業着姿の人間が多い空母の甲板上で激しく浮いていた。

 だが、だからこそ格のつけ合い(序列争い)と言う意味では重要であるのだ。

 服1つとっても意味が出る。

 自分は、その場のルールの上に居るのだと主張する道具となるのだから。

 

 

 様々な人間の運命が交差するまであと少し。

 

 

 

 

 

 



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04-2

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 広大なオーバーザレインボー(拡大ニミッツ級大型原子力空母)の甲板を見渡せる、ウィング(見張り用デッキ)に立って空を睨んでいる惣流アスカ・ラングレー。

 その目は爛々と輝いていた。

 引き絞られた口元は、その内側に獣性を隠していた。

 アスカが思っている事は1つ。

 碇シンジ、NERVの秘密兵器だ。

 最も新しく適格者(パイロット)として登録された、最も戦果を挙げている適格者(ライヴァル)だ。

 登録されたのは第3使徒が襲来した日であり、その日、技術試験機(テストタイプ)でありながらも起動確率が極めて低い(起動確率0.000000001%)とされていたエヴァンゲリオン初号機を即座に起動(シンクロ)させてみせた。

 疑ってくださいと言う表現すらも生ぬるい、隠す気の更々に無いNERV本部の態度に、秘密主義にも程があるとNERVドイツ支部の人間の一部が批判の声をあげた程であった。

 尤も、その手の人間は、NERVドイツ支部支部長と一緒に、NERV総司令官碇ゲンドウの手によって更迭されていったが。

 何にせよ、シンジはその後、エヴァンゲリオン初号機を駆って第3使徒を簡単に屠った。

 その戦いの様相は、アスカから見て華麗さの無いものであった。

 武器を使わず、素手で殴り続けた果てに撃破した事など、原始人かと思う程であった。

 だが無駄だけは無かった。

 それは第4使徒との闘いでもそうであった。

 戦闘のスタイル自体は華麗さどころか技巧すら感じられない、暴力の体現であったが、そこに無駄と言うものは一切含まれていなかった。

 そして第5使徒との闘い。

 被弾して中破、乃至は大破相当の被害が出て居るにも拘わらず戦闘行動を継続し、勝利に貢献した戦意の高さ。

 これを偶然だと思える程にアスカはおめでたくない。

 起動すら満足に出来ない開発担当の先任(1st チルドレン)綾波レイ(テストパイロット)を隠れ蓑にしてNERV本部が使徒との闘いに備えて用意していた秘密兵器、それがシンジなのだろうと。

 隠していた理由は恐らく、各国のNERV支部に対する牽制だろうか。

 NERVドイツ支部でも、NERV本部に秘密裏にエヴァンゲリオン専用兵装の開発を行っていたのだ。

 ()()()()()()()()()()

 かつてアスカの出会ったNERV本部の幹部員、葛城ミサトが出来たとは思わない。

 交流した時間は短かったが、概ね大雑把な性格をしている事は見て取れたから。

 陽性な言動を好み、獣めいた戦局を見抜くセンスがあり、劣勢にあっても戦意の折れる事の無い根っからの戦士気質ではあったが、()()()()()()、その手の策謀めいた事が出来る様には思えなかったのだ。

 そもそも、葛城ミサトが作戦局第一課課長(運用方のトップの地位)に就いたのは、ごく最近なのだ。

 出来る筈が無い。

 である以上、仕掛けたのは1人しか居ない。

 誰もがその性格を批判するが、その手腕を批判する者の居ない碇ゲンドウNERV総司令官だ。

 その采配によって用意されたのだろう。

 そもそも、その碇ゲンドウの息子と言うのも怪しい。

 髭面強面のNERV総司令官と、女顔めいた繊細な雰囲気のある最新の適格者(3rd チルドレン)だ。

 全く似ていない。

 恐らくは養子縁組の類なのだろう。

 だからこそアスカは、出会い頭でシンジに対して己が格上であると教え込む(出会ったその場で白黒つける)積りであるのだ。

 NERV本部に所属する事になるアスカだが、指揮系統は別にして、誰かの風下に立つ気は無かったのだから。

 

 赤い腕時計を確認する。

 先ごろに聞いていたシンジ他、NERV本部からの人間が到着する時刻が近づいているのを確認する。

 と、それが切っ掛けと言う訳では無いが、空に黒い点が生まれた。

 航空機だ。

 

「どうやら日本人が時間に正確だってのは、噂通りっぽいわね」

 

 勝気に呟くアスカ。

 アスカが知っている日本人は片手にも満たない程に少ないが、その少数の筆頭である葛城ミサトなどは、些かとは評しがたいレヴェルで呑気(ルーズ)な所があるので、何と言うか信用し兼ねていたのだ。

 

 と、そんなアスカに近づく人影、背広をラフに着崩した男性だ。

 ネクタイすらも崩している。

 只、その目だけは鋭かったが。

 

「ここに居たのかアスカ。楽しみしていた葛城達だが、もうすぐ着くみたいだぞ」

 

「加持さん!」

 

 アスカの呼んだ加持、加持リョウジ少佐はNERV特殊監査部EURO局第1課主席監査官だ。

 正確には()()()と言うべきだろう。

 先の碇ゲンドウによるNERVドイツ支部仕置きに於いて監査官と言う役職に相応しく縦横に活躍し、その結果、NERV本部への転属と相成ったのだから。

 NERV本部では戦略調査部特殊監査第1局第1課、NERV全支部を飛び回って調査する部門に所属する事となる。

 とは言え、労務の対価と言う訳では無いが1月程は無任所であった。

 又、課長代理と言う地位にも昇格している。

 それだけ、NERVドイツ支部の内部を碇ゲンドウが握る際に活躍した男であった。

 

「おいおい、そんな薄着で海風に当たり過ぎると冷えるぞ」

 

「魅力的に見える?」

 

「心配しなくてもアスカは何時だって魅力的だよ」

 

「そう言う割に加持さん、私をデートに誘ってくれないじゃない!」

 

「仕事が中々に忙しくてな。豪華なお船のクルーズで勘弁してくれ、お嬢さま」

 

「立派なフネだけど、もう少し可愛げが欲しいわね」

 

「はっはっはっ、そこは次の機会に期待って所だな」

 

 軽い調子での会話。

 だがその実でアスカは、加持リョウジから自分がはぐらかされている事を理解していた。

 好きだと言っても流され、性的なアプローチを試みても無視される。

 大事だと言われても、魅力的だと言われてもその程度だ。

 だからアスカは加持に挑むのだ。

 そして、まだ見ぬシンジ(エース候補)にも。

 自分が自分である為に、エヴァンゲリオン操縦者としての確たる地位と、自分に愛を捧げてくれる相手を掴まねばならない。

 そう考えているのだった。

 

 

 

 

 

 定刻通りにオーバーザレインボーの飛行甲板に着艦したCMV-22N。

 その機内から出たシンジは大きく伸びをした。

 CMV-22Nの機内(キャビン)が狭い訳では無いが、窓の1つも開けられない空間に2時間以上も居たのだ。

 閉塞感を感じるというものであった。

 だが、そんなシンジの隣では、元気一杯にはしゃぎまわる者が約一名。

 相田ケンスケだ。

 

「おぉーっ! 凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄すぎるーっ!」

 

 ビデオカメラで周り中を撮っている。

 軍事機密などが写っても良いのか? 等とシンジなどは思ったが、周りを見て納得した。

 友人の()()を目にしたオーバーザレインボーの甲板要員が、生温かい目(ニヤニヤ顔)で見守っていたのだから。

 

「男だったら涙を流すべき状況だね! これは! はぁーっ、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄ーい!!」

 

 絶叫めいたものを叫んでいる相田ケンスケは、本当に狂態としか言いようがなかった。

 だが、興味の無いシンジからすれば誠に以ってどうでも良い話であったが。

 友人が何をするのも自由であるし、或いは、相田ケンスケが熱狂している対象に関してもそうであった。

 戦友と言う意味で軍 ―― 国連軍には(シンパシー)は抱いているが、その使っている道具は、正直、どうでも良かったのだ。

 大事なのは使徒をぶちのめす事であり、それ以外は些末事なのだから。

 横木打ちで振るう丸棒が、実際の刀と同じくらいの重さや長さであれば何でも良い様に。

 或いは、銃が引き金を引けば弾が飛ぶ。

 飛びさえすればどんな銃であっても良いのと同じ話なのだから。

 

 葛城ミサトが、オーバーザレインボー側の連絡将校と挨拶を交わしている。

 答礼と敬礼を見て、自分もするべきなのかな? と言う事を考えていた。

 挨拶には参加してもらう、そう最初に言われていたからだ。

 だからシンジは、今日はNERVの男性適格者用制服、所謂常装を着こんでいたのだ。

 尉官級一般職員用とは異なる、黒を基調としたジャケットに、下は同じベージュ色のスラックスを着ている。

 まだおろしたての制服は、アイロンの跡が強く残っていて、着慣れない感じがしていない。

 だがそれも当然だった。

 一日、NERVに居る日は兎も角、学校帰りでNERVに行く時などは、学校の制服のままで過ごしているからであった。

 そんな、着ていると言うよりも服に着られている感の漂うシンジであったが、胸元には中尉の階級章と適格者(パイロット)である事を示す徽章、それに2等勇功章(シルバースター)の略綬を付けている。

 理解できる人間は決して侮らないであろう格好であった。

 其処にベレー帽もキチンと被っている。

 どこに出しても恥ずかしくは無い恰好となっている。

 

 と、その横をジャージ姿の鈴原トウジが駆けて行く。

 

「待て! 待たんかい!!」

 

 帽子が風に飛ばされたのだ。

 幸い、甲板を転がっているだけだが、急いで掴まえねば海にも落ちるだろう。

 慌てて拾おうとするも、するりと転がっていく。

 中々に難しい様だ。

 

「くっそぉ、止まれ! 止まらんかい!!」

 

 逃げる様に転がっていく帽子、が海へと飛ぶ前に甲板に刺し止めたものがあった。

 赤いパンプス。

 ほっそりとした脚。

 鈴原トウジの帽子は、踏みつぶされたのだ。

 

「なっ!?」

 

 余りの暴力に、絶句する鈴原トウジ。

 その声にシンジと相田ケンスケも視線が向いた。

 

「凄い!」

 

 相田ケンスケが感嘆の声を上げた。

 さもありなん。

 空母と言う無骨な存在の上に居るには似つかわしくない、黄色いワンピースを纏ったの金髪碧眼の美少女が仁王立ちしていたのだから。

 言うまでも無くアスカだ。

 

「なんや! 何をするんや!!」

 

 鈴原トウジの抗議を鼻で笑い、アスカはシンジだけを見ている。

 加持リョウジ経由で得たシンジの写真を事前に見ていたと言う事もあったが、何より、格好が違う。

 鈴原トウジは黒いトレーニングウェアの上下であり、相田ケンスケは学校指定の制服 ―― 白い半袖シャツと黒系のパンツ姿だ。

 対してシンジはNERVの制服姿なのだから。

 3人の内で誰が適格者(3rd チルドレン)であるかなど、一目瞭然というものであった。

 

「Hallo! 貴方が碇シンジね」

 

ほうじゃ(その通りだけど)で、おはんは誰じゃっと(そう言う君は誰?)

 

 シンジの訛りの強さに、一瞬だけ眉を顰めたアスカ。

 だがこの美少女の頭脳の明晰さは、日本語を主言語としないにも拘わらず、その意図を推測し理解する。

 天才からすればフランス語も英語もドイツ語とはラテン語を介した親戚 ―― ある意味でそう言う括りをされていたのだ、日本(標準)語と鹿児島弁も。

 さてさて。

 アスカがシンジに対して自分の格を見せつけ(マウントし)ようと笑った時、運命が動く。

 否、()()

 悪戯っ気を出した風が、アスカのワンピースの裾を弄んだのだ。

 派手に巻き上がる。

 

「あっ!」

 

 間近で見た鈴原トウジは目を皿の様にしていた。

 

「え!?」

 

 婦女子の名誉があるとばかりに反射的に目を瞑ったシンジ。

 

「おお!」

 

 そして相田ケンスケは興奮しきってビデオカメラを回し続けていた。

 無論、スカートの中身までバッチリだ。

 

「おおおおおおおおおお! 俺は神秘を見たっ!!」

 

 興奮の儘に叫ぶ相田ケンスケ。

 盗撮までも趣味の範疇に収めていたが、それでも同年代と思しき少女の下着を真っすぐに見たのはコレが初めてであったのだ。

 それをバッチリとビデオカメラに収めたのだから、そうなるのも必然であった。

 だが、それ故に、自ら悲劇を招く事となる。

 

「…っ!」

 

 アスカは攻撃的笑顔のまま、先ずは鈴原トウジの頬を引っ叩いた。

 

「あたっ!?」

 

 続いては相田ケンスケ。

 カッカッカッっとばかりに歩み寄って右手で首を締め上げ、左手で自分を撮り続けたビデオカメラを叩き落とす。

 

「んなっ!?」

 

 何をするんだと抗議の声を上げようとするが、声が出せない相田ケンスケ。

 アスカに、軍隊仕込みの格闘術由来な体捌き(ワザ)で喉元を押さえられているのだ。

 そのアスカは笑顔のままに飛行甲板上に叩きつけたビデオカメラを更に踏みつける。

 二度三度と全力で踏む。

 足裏の感覚で、ビデオカメラが再起不能になったのを確認するや神速の、鞭めいた素早さで右手を振りぬいての平手打ちを敢行する。

 

「ギャッ!?」

 

 ぶっ倒れる相田ケンスケ。

 さもありなん。

 本人の意図したものでは無いとは言え、公衆面前で盗撮まがいの事になったのだ。

 しかも、それを詫びる事無く興奮していれば、この様も当然とも言えた。

 

「変態」

 

 吐き捨てる様に言葉を投げかけながら手を相田ケンスケから離す。

 不潔なモノを触ったとばかりに手を払う様に振る。

 そしてシンジだ。

 維持し続けた笑顔のままに口を開く。

 

「アンタの対応が一番マシ。だけど、世の中って公平性が大事だと思わない?」

 

 獣性の笑みに、流石のシンジも若干ひいている。

 此処まで強く来る(Powerを前に出して来る)女性は、鹿児島でも見なかったからだ。

 基本、賢い鹿児島の女衆は力で男衆を抑えるのではなく、実権を巻きあげる方向で薩摩の男尊女卑(ガッツリ女性上位)を成し遂げているのだから。

 その意味でアスカは、シンジにとって初めて見る女性であった。

 

ないがよ(なに言っているのか判らないよ)!?」

 

「……言うじゃない、日本語で、問答無用って」

 

 そして放たれた最後の一閃。

 だがその手のひらがシンジを叩く事は出来なかった。

 振り抜きの起こり、その際の手首にシンジが掌底を合わせたのだ。

 アスカの顔から笑いが抜け落ちる。

 シンジも力の入っていない顔を作る。

 

叩かるっ道理はなかど(黙って叩かれる理由は無いよ)

 

 だが、2人の間にあるのは紛れも無い緊張感であった。

 

「ふーんっ」

 

「………」

 

 図ったかの様に、同じタイミングで動く。

 叩きたいアスカ。

 止めるシンジ。

 見る者の息が止まる様な攻防は、段々と速度を増していく。

 一合二合、そして十合二十合。

 何時しか意地と意地のぶつかり合いとなる。

 騒動めいた事になって、周囲から暇人(ギャラリー)が集まってくる。

 葛城ミサトも慌てて来た。

 

「2人とも何をやってるのよ!?」

 

 任務では情を欠片も見せぬ鉄の女(アイアンコマンダー)葛城ミサトが、珍しくも悲鳴めいた声を上げる。

 だがアスカもシンジも一瞥もしない。

 只、相手だけを見ていた。

 

「何があったのよ、鈴原クン!?」

 

「いや、あのおなごのパンツをセンセが見てしまってですな」

 

 自分も見たし、何なら一番初めに報復(ビンタ)を受けたと言う話をおくびにも出さない鈴原トウジ。

 彼にもプライドと言うものはあったのだ。

 尚、相田ケンスケは粉砕されたビデオカメラに涙していた。

 

「ふふふふふふ、やるわね」

 

おはんサァもな(君も良く続くよ)

 

 互いだけに意識を集中している2人。

 隙を見ているアスカ。

 動きの起こりを探り続けるシンジ。

 

「ねーねーアスカ? シンジ君? そろそろ止まってくれるとおねぇさん、すごーくうれしいんだけど、聞いてる? ていうか聞いて、お願いだから」

 

 泣き付く勢いになる葛城ミサト。

 喧嘩沙汰と言うには少しばかり平和なため、()()をするには良心が咎める状況なのだ。

 と言うか、治安維持担当のMP(憲兵)と言う腕章を釣っている将兵まで、口笛を吹いて囃し立てている始末だ。

 真剣ではあっても殺意の無い、少年少女じゃれあい(ボーイミーツガール)にしか見えないのだから仕方がない。

 間に入ると、馬に蹴られて何とやらと言う事だろう。

 

 では、葛城ミサトが直々に動けるかと言うと、此方も難しい。

 と言うか、変な刺激を与えてしまい暴力沙汰に成られても困るのだ。

 2人が頭を冷やして、自分から止まってくれる事を願う。

 願いたいといのが葛城ミサトの気分(本音)だった。

 

とめっくいやれば(止めてくれるなら止まりますよ!)

 

 シンジは冷静だった。

 アスカも冷静さは保っていた。

 目の端で周りを確認する。

 観客が多い(騒動になっている事を)理解する。

 外面を重視する(猫かぶりの)アスカにとって、この状況は失態そのものであった。

 だが、今更に何も出来ぬままに退く訳にはいかない。

 ここで退いてしまっては、自分はシンジに劣る様では無いか! と。

 だから深呼吸。

 葛城ミサトに告げる。

 

「最後にもう一回」

 

「最後よ、お願いだから最後ね」

 

 泣きそうな声を出す葛城ミサトであったが、シンジは勿論ながらもアスカまで一顧だにしなかった。

 2人は共に真剣であった。

 

「二言は無いわ」

 

 だからこそアスカは、ドイツの格闘教官であったアーリィ・ブラストに習った女性専用の奥義(初見殺し)を使う事を決断する。

 その名も観音脚奈落落とし(パニッシュメント・フォールダウン)

 

「えぇぇいっ!」

 

 裂帛の気合を入れての足技、かかと落とし。

 それはスカートの時でしか使えぬ、乙女の必殺攻撃。

 天に伸びた脚によってスカートが捲れ、パンツがあらわにする事で相手の視線を釘付けにする事で相手の油断を誘い、脳天へと踵を叩き込む大技だ。

 この技の為、アスカはスカートを履く時は何時も新品の死装束(決戦パンツ)をキメている程であった。

 

 並の相手であれば一発で決まった大技。

 だが残念。

 シンジは些かばかり並、普通では無かった。

 

 純白の乙女のパンツをガン無視して、只々、防御(戦い)だけを考えていたのだから。

 最上段からの踵落とし。

 最善の手は退く事であるが、それは趣味じゃない(そういう躾は受けていない)

 故に前進する。

 距離を詰める事で、勢いと力ののった踵では無く膝より上の部分が当たる様にするのだ。

 

 だが、それがある種の悲劇(喜劇)を生む。

 その事に咄嗟のシンジは気づかなかった。

 考えぬままに前進する。

 瞬きの間めいた時間、そして衝突。

 

「あぁっ!」

 

「Oh!」

 

「あらま、大胆」

 

 再度言う。

 シンジは前に出ていた。

 アスカも踵を叩き込む為に前に跳ねていた。

 その結果は距離の消滅。

 即ち、シンジはアスカのパンツに顔を突っ込みながら押し倒したのだ。

 

「つぅ……」

 

「あいたたた」

 

 呻きながらも目を開けた2人。

 激突の衝撃が抜け、互いの姿勢を理解した時、その顔色は共に真っ赤に染まった。

 

んな、んだ(ご、ごめん)!?」

 

「キャー! エッチ!! チカン!!! 変態!!!!」

 

 乙女の絹を裂くような悲鳴が、オーバーザレインボーの甲板に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.01.30 文章修正
2022.01.31 文章修正
2022.02.02 文章修正
2022.10.31 文章修正


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04-3

+

 葛城ミサトの願い通りに最後となった碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの攻防。

 その結末を散文的に表現するならば、シンジがアスカを押し倒し、そのパンツに顔を突っ込んだ、であった。

 想定外と言える結末に、シンジの同級生である鈴原トウジと相田ケンスケは異口同音、タイミングすら一緒の一言を放ったのであった。

 

「「イヤーンな感じっ!」」

 

 羨望と嫉妬が入り混じった魂の言葉であった。

 さもありなん。

 出会い頭の事から厄介な人間であるとは衆目の一致する所のあるアスカであるが、その外見だけを言えば極上の美少女である事も事実なのだから。

 2人の反応もある意味で妥当であった。

 

 兎も角、ある意味で失態を演じたシンジとアスカの反応はそれぞれであった。

 パンツに顔を突っ込まれたアスカは脱兎のごとく逃げ去った。

 パンツに顔を突っ込んだシンジは自分がやった事に凹んでいた。

 共に思春期(14歳の子ども)らしい反応と言えた。

 

 そして葛城ミサトは、神に感謝していた。

 怪我は勿論、後に問題を残しそうな暴力沙汰にもならなかった。

 取り合えず、現時点で世界に3人しか居ない適格者(チルドレン)が決定的対立へと陥りそうな事態を避けられたのだから、そう思うのも当然であった。

 無論、ある種のセクハラめいた状況(ラッキースケベ)であった点は、後に対処(ケア)する必要があるが、想定し得る最悪の事態に比べれば軽い話であった。 

 尤も、首からゴッツい十字架を下げてはいても葛城ミサトは自覚的な不可知論者であり、同時に無自覚な(骨の髄からの)日本教徒であってキリスト教徒と言う訳では無かったので、祈る神は唯一神(ゴッド)では無く神々(ヤオヨロズ)であったが。

 

「シンジ君、大丈夫?」

 

 呆然としていたシンジも、葛城ミサトの声掛けを受けて再起動がかかる。

 常日頃の所作からは想像も出来ない、よろよろとした仕草で立つ。

 少し、顔が赤い。

 当然だろう、シンジとて思春期真っ盛りの14歳の純情少年なのだ。

 それがコーカソイド系の頗る付きの美少女のパンツに顔を突っ込んだのだ。

 それはもう精神的に一発喰らった感(100MegaShock)なのも当然であった。

 奇しくも、アスカが狙っていたシンジに対し印象付ける(衝撃を与える)事には大成功していた。

 尤も、それがアスカの格の誇示(マウント)に繋がるかと聞かれれば、否としか言えない。

 パンツなのだから。

 

ちょ、まっくいやんせ(少しだけ待ってください)

 

 頭の中を占めている白い布切れを追い出す為、立ち上がったシンジは大きく深呼吸をする。

 2度、3度とする。

 と、花めいた香り(アスカの残り香)を感じた気分になって、慌てて首を横に振る。

 それから気合を入れる為に頬を自ら叩いた。

 甲板に、中々に良い音が響く。

 目力が戻る。

 

よかど(も、問題ありませんよ)

 

「良いわシンジ君、なら艦隊司令官と艦長の所に挨拶に行くわよ!」

 

わかいもした(分かりました)

 

 

 

 

 

 挨拶の為、連絡将校に案内されて入り組んだ空母の艦内を歩くシンジと葛城ミサト。

 乗員が5000人にも達しようかと言う、1つの都市めいた洋上構造物である空母はその船内も、相応に入り組んでいた。

 目的地は空母で一番の場所、司令官公室だった。

 尚、公務の一環である為、流石に鈴原トウジと相田ケンスケは居残りだ。

 話の分かる将校が売店(PX)へとお土産でも買いにと、連れて行ってくれていた。

 後で、食堂で合流する話となっている。

 

 船体に入ってしばらく歩く。

 

「ここです」

 

 示された部屋の入口には、木目調の不燃樹脂で飾られた司令官公室のプレートがある。

 ノック、そして形式的なやり取りの後に、部屋へと入る。

 と、その前にシンジは自分の格好を確認する。

 襟元や袖、裾などに指を這わせる。

 相手はお偉いさんなのだ、礼儀として身だしなみをチェックするのも当然と言うものであった。

 

 部屋に居たのは、国連軍の誇る最大の海洋戦力集団である第7艦隊、その主力である空母や戦艦群を抽出して編成されている第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)の指揮官であった。

 ノーラ・ポリャンスキー少将。

 スラブ系らしい透明さと厳しさを両立させた、若い頃はさぞやモテただろうと思わせる女性提督だ。

 だが、シンジを見る目は少しだけ優しい。

 敬礼と答礼。

 動きが少しばかりぎこちない。

 見様見真似、横目で葛城ミサトの動きを見て真似ているのだから当然だ。

 シンジはNERVに入ってから様々な訓練を重ねてはいたが、そこに敬礼の練習などは含まれていなかったのだから仕方がない。

 NERVが礼節を軽視しているのでもなければ、虚礼廃止などを考えている訳でも無い。

 只、使徒との闘いの為の各種訓練が最優先されていたのだ。

 その事をノーラ・ポリャンスキーは資料で知っていた。

 だからこそ、シンジを労わる。

 

「楽にしてください。君の身の上は聞いています。だから、私は敬意(敬礼)よりも勇気を評価します」

 

 ハスキーな声の英語を、ノーラ・ポリャンスキーの脇に立った通訳が訳して伝えて来る。

 友好的と言うよりも敬意めいた評価にシンジは面映ゆげに小さく笑う。

 礼を失しない範囲での笑いと共に、背筋を伸ばしたままに感謝の言葉を告げる。

 

あいがとさげもした(ありがとうございます)

 

 通訳は、凄い複雑そうな顔で少し硬直し、それから小さな声でノーラ・ポリャンスキーの耳元に寄せて言う。

 ()()()()()()()()()()()、と。

 通訳官とて、専門で通訳の教育を受けていた意地はあったが、それでも地方言語(さつまことば)を理解するのは簡単ではなかったのだった。

 その様を見た葛城ミサト、同病相憐れむと言った風に生温かい顔をしていた。

 

 通訳の困惑を聞かなかった様に、ノーラ・ポリャンスキーは言葉を紡ぐ。

 

「碇シンジ()()。君は十分な訓練を受ける事も無いにも拘らず勇気と献身を果たして見せた。名誉(シルバースター)に相応しい」

 

 誰が、攻撃を使徒に当てる為とは言え使徒に密着できると言うのか。

 鋼鉄の雨、一撃で使徒を屠る ―― エヴァンゲリオンすらも倒しえる大威力兵器(EW-23 パレットキャノン)の先に立てると言うのか。

 故に、ノーラ・ポリャンスキーはシンジを中尉待遇官では無く中尉と呼んだのだ。

 誤訳では無い。

 

 その言葉に、自然とシンジは頭を下げていた。

 

 

 

 一種の表敬訪問を終えたシンジと葛城ミサト。

 だが葛城ミサトの本題はこれからであった。

 艦隊の近くを遊弋している正体不明の水中目標、使徒と推測される相手への対応である。

 この水中目標、今だハッキリと(センサー等で)相手を認識した訳では無かったが為、使徒と断定しかねていたのだ。

 

「NERVとしては使徒である、と?」

 

「はっ! 此方に来る際、ヘリのセンサーが微弱ですが、使徒のパターンに近いものは拾えています」

 

 CMV-22Nに試験的に取り付けていた、対使徒の情報収集センサーが飛行中に捉えた情報であった。

 問題は、専任のオペレーターも乗って居なかったが為に詳細を掴む前に、反応は消失(ロスト)していたと言う事だろう。

 

「ノイズの可能性は?」

 

 参謀の1人が厳しい顔で問いかける。

 通常兵器でも使徒に対抗する事は可能、それが第5使徒との闘いで実証されていた。

 だが、対抗する為には使徒の防壁(A.Tフィールド)を中和する必要があり、そう簡単に出来る話では無い。

 特に、今回探知した目標が来るとなれば戦場は海となる。

 困難な条件が積み増される事となる。

 葛城ミサトも厳しい顔を崩さないままに口を開く。

 

「その可能性はゼロではないと思われます。探知した機材(機載センサー)は今回が初の実戦投入ですので。ですが………」

 

「最悪を想定して動くべき、そういう事だな」

 

「おっしゃる通りです。水中での使徒がどれ程の脅威なのか、我々NERVでも把握しきれておりませんから」

 

「そもそも、使徒が此方に向かってくるのか? NERVの本部を狙って動くと聞いているが?」

 

 別の参謀も声を上げる。

 詳細は公表されていないものの、使徒が狙うべきモノ、或いは場所が第3東京市に存在している。

 NERVは、ソレを守る為に存在している ―― そう伝えられているのだ。

 参謀の疑問も至極真っ当な話であった。

 

「それに関しては正直判りかねます。只、最初に検知された海域と、今回、センサーが探知した海域を比べますと」

 

 テーブルに広げられている海図に、赤鉛筆で2つの情報を加える。

 確かに、接近していた。

 NERV本部を狙うのであれば、離れている筈なのに逆となっていた。

 

「………部隊に近づいているな」

 

「はい。或いはエバー弐号機を狙っている可能性も否定できません」

 

「自らの脅威対象を先に潰そうと言うのか? 使徒はそれ程の知能を持つと言うのか!?」

 

「正直な所、判らないとしか申し上げられません。使徒の能力、或いは知性と言うモノも含めて、我々は使徒を調べ始めたばかりですので」

 

 判ったのは、判らない相手であると言う事。

 それをストレートに口にする。

 人類が、使徒と言う存在を実際に相対したのはまだ4例なのだ。

 この状況下で何かが判ると思う程に葛城ミサトにせよNERVにせよ、傲慢では無かった。

 

「厄介だな」

 

「だが最悪を想定して動く、葛城中佐の提言は正しいだろうな」

 

「ご理解頂ければ幸いです」

 

 参謀団と葛城ミサトとの対話を聞きながら、使徒に関するレポートを確認していたノーラ・ポリャンスキーは、話が煮詰まった事を察知し、口を開く。

 方針は1つ、使徒は来ると想定しての迎撃準備だ。

 

「葛城中佐、君たちが持ってきたエヴァンゲリオンの換装にはどれだけの時間が必要なのか?」

 

海洋戦(S型)装備への換装は、最短で1時間と報告を受けています」

 

 S(SEA)型は水中で使用可能な非常用通信設備の増設と、姿勢制御用を兼ねた推進器の取り付けが主と成るからだ。

 又、エヴァンゲリオン弐号機は、基本設計と各部品の製造を日本で行っているお陰で詳細が判っている ―― 設計図に記載されていない、細かな設計変更が無い事も換装を手助けしている。

 この辺りは、地味に重要なのだ。

 今、NERV本部に来たエヴァンゲリオン4号機などは、その点で問題児の塊であった。

 想定外の配線の引き方などが為されており、技術開発局第1課は局長兼課長である赤木リツコまで出張っての総出で整備用の設計図を作っていた。

 事実上の設計図の引き直しである。

 エヴァンゲリオン初号機の完成をもって、エヴァンゲリオンの建造技術は確立した。

 それを基に設計図が引かれた量産型のエヴァンゲリオン弐号機と、それ以降の機体は、本来は同一の図面から生み出された機体である筈なのだが、現実はそうではないのだ。

 エヴァンゲリオンの建造を担う各国は、その国々の都合 ―― 細かい部品の発注先の技術力その他もあって、設計を変更して建造しているのだから。

 発揮できる性能は同じでも、整備性などは全くの別物であった。

 今後は、日本国内での建造も検討して欲しいと言うのが、技術開発局の本音であった。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン弐号機の準備は順調に出来る予定であった。

 

「宜しい、ならば現時刻をもってエヴァンゲリオン弐号機の指揮権はNERVへと移管。以後は君たちの判断で適当に(最適を判断し)進めてくれたまえ」

 

 副官が時刻を確認し、書類の作成を命じている。

 葛城ミサトは背筋を伸ばして敬礼した。

 

「はっ!」

 

「ああ、作戦行動までの指揮権は、使徒の確認が出来てからだ、良いな?」

 

「有難くあります!」

 

 快活な声を張り上げながらも、葛城ミサトの表情は微妙であった。

 悪いと言う意味では無い。

 只、釈然としなかったのだ。

 正直な話として、葛城ミサトは状況がここまで簡単に動くと言うのは想定外であった。

 権限の問題(ナワバリ意識)から、ギリギリまでNERVへの権限移譲を拒否されると思っていたからだ。

 そんな感情を読み取ったのか、ノーラ・ポリャンスキーは陽性の笑みを浮かべた。

 

「気にする必要は無い葛城中佐。N²兵器、その直撃に耐える相手に油断する奴は我が部隊には居ないというだけだ」

 

 現代兵器として最強クラスの威力を持ったN²兵器(ノー・ニュークリア・ウェポン)、それが通用しない以上は片意地を張る意味も無いと言うものであった。

 A.Tフィールドは戦場を変えた、そう言うべきかもしれない。

 

「その代わり、君たちNERVの手腕を見せてもらうぞ?」

 

「全力を尽くします」

 

 

 

 

 

 シンジの前から走り去ったアスカ。

 だがそれは、羞恥による逃亡などでは無かった。

 戦略的撤退であり、状況を変える為の行動であった。

 

 自分の部屋に戻ったアスカは先ずは洗顔して気合を入れると、クローゼットから滅多に着なかったNERVの適格者(チルドレン)用の制服を取り出す。

 デザインはシンジと同じ。

 違いは、襟元のパイピングが赤色となっている事だろう。

 アスカが専属パイロットを務めるエヴァンゲリオン弐号機の機体色に合わせてあるのだ。

 豪快な勢いで黄色いワンピースを脱ぎ捨てると、カッターシャツを着こむ。

 下は薄い黒のパンストに、膝上のタイトスカートだ。

 鍛えられ、引き締まったアスカの下半身が綺麗に出る格好となる。

 とは言え、これで蹴り(必殺)技が封じられた様なものであるが、アスカにとって次なる戦い(マウンティング)は肉体を以って行う事では無いのだから問題にはならない。

 ()()()()()()()

 日頃は重いし面倒だからと外している飾緒(モール)を取り付けて行く。

 右肩に、NERVドイツ支部で戦闘訓練の一環として受けた歩兵課程修了者用の飾緒を付けて、更には飾緒付射撃優等徽章を取り付ける。

 青と金の紐が、黒を基調とする制服に映える。

 更には、空挺降下徽章を取り付ける。

 歩兵課程はNERVドイツ支部の命令であったが、射撃優等徽章や空挺降下徽章の習得はアスカ自身の努力の賜物であった。

 中尉の階級章にずれが無いのを確認し、後は善行章の略綬(リボン)まで確認する。

 確認を終えたアスカは袖を通し、ベレー帽をかぶって鏡を見る。

 平時に於いては、誠に以って立派と言える飾りを纏った将校がそこには居た。

 笑い、そして最終チェックをする。

 

「サードチルドレン、舐めるんじゃないわよ」

 

 鏡越しの宣戦布告であった。

 さて、後はどうやって飾緒その他を見せつけてやろうかと考えた所で、ノックがされた。

 

「アスカ、居るかい?」

 

「加持さん!!」

 

 慌てて扉を開けたアスカ。

 加持リョウジだ。

 アスカの格好を見て、目を開いて、それから相好を崩した。

 

「久しぶりに見たな、その凛々しい恰好は」

 

「でしょー♪」

 

 褒められた喜びから、その場で一回りして見せる。

 アスカは、自分が特別である(ルールの上位に居る)と言うアピールの為もあって、NERVドイツ支部内部でも式典以外では私服で居る事を好んでいた。

 アピールの相手はNERVドイツ支部の適格者(チルドレン)候補生、目的は勿論ながらも威嚇(マウンティング)である。

 アスカの胸中に同期(仲間)などと言う言葉は無い。

 全ての人間が(ライヴァル)であるのだから。

 お仕着せの制服を着て、上に選ばれたがる人間とは違う位置(ステージ)にいると言うアピールなのだ。

 

「似合ってる?」

 

「ああ、アスカをとびっきりに魅力的に飾ってるよ」

 

「加持さん、わかってるー♪」

 

「これなら碇シンジ君も()()()()だな」

 

 シンジ相手に格を見せる(ドヤァする)為の格好を、魅力的に見せる為と言われて、内心でかなり微妙な気分になるアスカ。

 先に実戦を経験し撃破までした(キルスコアを稼いだ)シンジは、やはり()であるのだから。

 と言うか、常にアスカは加持リョウジにアピールしてきたと言うのに、別の奴(ポッと出て来た奴)にアピールする様な軽い人間の如くに見られていると言うのは、中々に腹立たしい話であった。

 アピールが真剣に採られていなかったと言う訳なのだから。

 

「フンッ あんなのを相手にしている訳ないじゃない」

 

「おや、違ったか。それは残念。アスカがボーイフレンドを作る折角の機会だと思ってたんだがな」

 

「バカで……バカでスケベな男なんてお断りよ!」

 

 バカで間抜けっと言おうとした所で、先ほどの事を思い出したアスカは言い直した。

 スケベ。

 とは言え、パンツに顔を突っ込んできたことがスケベ心からだと断じる訳では無い ―― その程度には攻防戦でシンジの心根のありようは理解したアスカであった。

 だがそれでも、乙女の大事な所に突っ込んできたのだ。

 当座はバカでスケベと言っても良いだろう。

 そうアスカは考えていた。

 

 尤も、それをシンジに対する格付け(見下し)に使おうとしない時点で、アスカはシンジを評価していたとも言えた。

 単独での使徒2体の撃破、及び1体の共同撃破を()()()()に評価していたのだ。

 

「ははははっ、手厳しいなアスカは。とは言え葛城から頼まれてな、改めて顔合わせをしたいって事だ」

 

「………奴、ね」

 

「そう言う事だ。来てもらえますかお嬢さま?」

 

 丁度よい機会が来たモノだ。

 天祐と言うものをアスカは感じ、ニヤリと笑った。

 それから太々しい仕草で、しおらしい声を上げる。

 それはゲームであった。

 

「エスコートをお願い出来るなら」

 

「喜んで」

 

 

 

 

 

 改めて食堂での顔合わせとなるシンジとアスカ。

 共に制帽(赤いベレー帽)まで含めてカッチリと制服を着こんで居る姿からは、先ほど甲板上で繰り広げた激しい攻防戦の残滓など漂っていなかった。

 2人とも真面目な顔を崩してはいない。

 

「改めてシンジ君、此方は貴方の先任、2番目の適格者(2nd チルドレン)である惣流アスカ・ラングレー中尉よ」

 

「惣流アスカ・ラングレーよ、よろしく」

 

「そしてアスカ、この子が貴方に次ぐ3人目の適格者(3rd チルドレン)、碇シンジ中尉待遇官よ」

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしくたのんもんで(よろしくお願いいたします、惣流さん)

 

 間に立った葛城ミサトの紹介は、TVで見たお見合いめいている。

 全くの気楽い立場でそんな風に思いながらソレを眺めていた鈴原トウジは、隣に立った相田ケンスケが静かに震えているのに気付いた。

 ツンツンっと肘で小突いて聞く。

 

「大丈夫か」

 

「凄い、凄い、凄い、凄い、凄いよトウジ!」

 

 声を抑えつつも興奮すると言う何とも離れ業めいた事をしながら、相田ケンスケは鈴原トウジの服を掴んで揺さぶる。

 

「なんや?」

 

「今気づいたけどシンジってすっげー勲章を付けてるし、あの娘はあの娘で凄い紐を下げるし!」

 

「うん。ワシ、説明してくれんとわからんで?」

 

「えっとな__ 」

 

 頭に血の昇ったマニアに説明を頼むと大変な事になる。

 その日、鈴原トウジは、その事を魂に刻まれる事となった。

 

 

 部外者を全く意識せぬままに、アスカとシンジは取り合えず握手を交わした。

 共に柔らかさの無い、鍛えられた手のひらをしていた。

 小さな傷も多い。

 共に、相手が努力を重ねている人間であると理解した。

 理解した上でアスカは力を込めて握る。

 国連軍の歩兵課程で鍛えられた握力は、14歳と言う年齢不相応な握力をアスカに与えていた。

 だが、シンジも笑顔のままで応戦する。

 暇があれば1日に千回は横木打ちを繰り返した結果、シンジの握力も14歳男子の平均値を遥かに上回る数字になっていたのだから。

 拮抗。

 2人は笑顔を顔に張り付けながら力を籠め合う。

 

「シンジ君、アスカ? あんまりそんなに本気でやると体に悪いとお姉さんは思うんだけど、どうかな?」

 

 葛城ミサトの言葉であるが、全く聞いていない。

 互いに相手だけを見ている。

 最早それは睨みあい(ガンつけ)めいていた。

 

「やるわね」

 

おはんもな(君もね)

 

「……ソレさ、止めてくれる?」

 

ソレっちぁなんな(ソレって言われても判らないよ、何の話)?」

 

「…………ソレ、その訛り言葉(さつまことば)よ。アンタ、日本語で話しなさいよね」

 

なんち(何を言ってるんだよ)おいは日本語を話しちょっが(僕は正しく日本語を話しているよ)

 

「………うっさい! 一々、意味を考える(翻訳する)のが面倒くさいのよ!!」

 

 アスカはシンジの言葉(鹿児島弁)を簡単に理解出来た訳では無かった。

 堪能な語学力と、天才的と言える知性から翻訳していたのだ。

 だが、流石に天才とは言え日常的に使っていなかった日本語で、更には強い訛りがあるとなると、それを理解(脳内で翻訳)するまでに少しばかり時間が掛かるのだ。

 有体に言って面倒くさかったのだ。

 だからシンジに注文(クレーム)を付けるのだ。

 尤も、シンジはその要求を突っぱねる。

 

おいには関係なか話じゃっが(僕には関係ないね)

 

「……ハン! 何を言っても関係ないわ!! アタシは日本語に言葉を変えて言ってるわよ、ドイツ語の分からないアンタの為に!!!」

 

そいは(それは)……ん、じゃんな(その通りだね)

 

「………だったら、アンタも同じ面倒をしろっちゅーの! この()()()()()()()()()()!!」

 

 予想外の角度から来た、切れ味の良いHENTAI(パンツ顔ツッコムマン)と言う声。

 その、あんまりと言えばあんまりな罵声に、シンジの頭が真っ白になる。

 事実無根の類では無く、事実であったが故の破壊力であった。

 性少年の純情と言うべきか。

 だが、その瞬間の空白が、握手のバランスを崩した。

 

たっ(痛っ)!?」

 

 情け容赦なく握られた結果、シンジの右手は、シンジが声を漏らす程度には酷い事になる。

 勝負あったとばかりに、握ってた手を腰に当てて勝利の笑み(ドヤ顔)を浮かべたアスカ。

 

「アタシの勝ちね♪」

 

「………」

 

 文句をシンジは口にしない。

 盤外戦(精神攻撃)の結果と言うのはシンジにせよアスカにせよ、その他、観客一同と、衆目の一致する所であったが、どの様な形であれ決着のついた事に文句を付ける(議を言う)のは見苦しい事だとシンジが思うが故であった。

 只、少しばかり恨めしい目でアスカを見てはいたが。

 

「じゃ、勝者の特権として改めて言うわ。サードチルドレン、()()()()()()

 

 ニッコリ、そう笑顔のままにのたまうアスカ。

 自分が美少女であると自覚した、計算された笑顔だ。

 残念ながらも勝負用の(準闘争モードな)精神状態であったシンジには通用しなかったが。

 アスカの要求を鼻で笑って聞き流す。

 

そげんこっを約束はしとらんがな(そんな話は、最初っからしてなかったよね?)

 

 翻訳するまでもなく、拒否されたと判ったアスカは笑顔のままシンジに顔を近づける。

 笑顔と言うものを実に巧みに、攻撃的に使いこなしている。

 

「ああん? 勝負にも負けて、アタシみたいな美少女のお願いも聞かない、しかも乙女のパンツに顔を突っ込んだのよ、詫びも無いのかつーのっ!」

 

 巻き舌である。

 その勢い(パワー)、流石のシンジもタジタジとなる。

 難癖めいているが、同時に正論めいている部分もあるのだ。

 流石のアスカ。

 何とも力任せな知的攻撃、そう評するべきであった。

 とは言えシンジも退かない。

 寄ってきたアスカの顔に、此方も頭突きをする様な勢いで顔を寄せる。

 共に、笑顔のままだ。

 

 

 ぶつかり合う2人

 その脇で、葛城ミサトはあわあわとして無力であった。

 戦場であれば如何ほどにも肝を据わらせて戦い抜く女傑ではあったが、まだ20代の若い身空なのだ。

 思春期な少年少女のぶつかり合いに出来る様な能力を持っている筈も無かった。

 

「こりゃ凄いな」

 

 だから、無神経と言うか、まるっきり部外者めいた風に感想を漏らした相手をキッとばかりに睨んだのは、ある種の逃避行動であった。

 視線の先に居るのは加持リョウジだ。

 言葉通りに、面白がっている顔をしている。

 

「加持! アンタ、何を他人事っぽく見てるのよ!!」

 

「いや、俺部外者だし? 監査部は不正や腐敗を相手にするのが仕事なんだぜ」

 

「臨時でアスカの護衛だって聞いているわよ!」

 

「いやいや、ソッチはアルバイトみたいなものだしな。しかし、凄いな()()()()

 

「は?」

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、相当だよ」

 

 嘆息した加持リョウジ。

 NERVドイツ支部に居た頃、アスカは同世代(チルドレン候補生)相手に容赦が無かった。

 否、近づこうともし無かったのだ。

 儀礼として、仲よくしようとする事も無かった。

 群れる事が無かった。

 そんな事をする時間があれば自己研鑽に勤しむ人間であった。

 そのアスカから(ライヴァル)と認められたシンジは、アスカの全力に正面から張り合っていたのだ。

 

「流石、N()E()R()V()()()()()()()()

 

「何よ、ソレ?」

 

 意味が判らないと、顔を顰めた葛城ミサトに、加持リョウジは肩をすくめて見せる。

 

「オイオイ、俺も次は本部勤め、身内に戻るんだ。碇シンジ君の事だって教えてくれたって良いだろ?」

 

「いや、普通に意味が判らないんだけど?」

 

「秘密主義か? 勘弁してくれよ。流石の俺も哀しいぞ」

 

「いや、本当に」

 

 秘密主義でも何でもない。

 部門(セクト)主義ですらない。

 盛大なる誤解であった。

 或いは加持リョウジが情報部、諜報部門に在籍するが故の深読みによる誤読とも言えた。

 

 

 

 大人組の頓珍漢なやり取りを後ろに、シンジとアスカはやいのやいのと盛り上がっている。

 しろのせん(しない)のと、もう知性が揮発し完全に子ども同士の意地の張り合いになりつつあった。

 流石に声が大きくなりすぎて、食堂中から生温かい耳目が集まっている事に気付いた加持リョウジが仲裁に入る。

 葛城ミサトでない理由は、彼女が()()()()()()()()と言う概念に頭を捻っているからであった。

 貸し1つ、そう言う気分で口を挟む。

 

「おいおいアスカ、そんなに無理を言うもんじゃないさ」

 

「加持さん! って、私は無理は言ってないわよ……」

 

 加持リョウジの言葉に、現在地を思い出したアスカは、被っている猫を呼び戻すようにして声を抑え、でも、反論はする。

 だが残念、その努力を踏みにじってくる発言者が居た(エントリーだ)

 

「そやで。というかセンセが何で標準語が話せるって思ったんや?」

 

 シンジよりはやや緩い訛りの主、鈴原トウジだ。

 その発言をアスカは心底から馬鹿にした顔を見せる。

 

「ハァ? コイツはアンタやミサトと言葉を交わしてるじゃない。()()()()()()

 

「え?」

 

 誰もがシンジを見た。

 シンジは面倒くさげに頭をかいた(惚けた)

 だがアスカは追撃の手を緩めない。

 

「改めて言うわ、サードチルドレン。私は意思疎通の為に母国語(ドイツ語)から一般的な日本語に変換して喋っているわ。ならアンタも同じようにしなさいよ。()()()()()()()()()()()()()

 

んだ(うん)フェアちな(フェアって言われると)そげん言わるっと(そんな風に言われると)………これで良い、惣流さん?」

 

 それはとても綺麗な声だった。

 綺麗な日本語であり、澄んだ響きを持っていた。

 線の細い、碇シンジと言う少年に似つかわしい声であった。

 

「えー!?」

 

 誰もが声を上げた。

 葛城ミサトも、加持リョウジも、鈴原トウジも、相田ケンスケも、大きく驚いた。

 だが、アスカは驚かない。

 不敵に笑った。

 

「大変結構」

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 文章修正


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04-4

+

 勝利者の満足感を満面に浮かべた惣流アスカ・ラングレー。

 高所的配慮で妥協しただけであると平素を気取る碇シンジ。

 空母の食堂で歓談を続ける事となった。

 葛城ミサトは、エヴァンゲリオン弐号機の運用準備の為に席を外しており、今残っている大人は加持リョウジだけであった。

 その加持リョウジは気持ち、距離を取ってシンジとアスカの会話に耳を傾けている。

 同世代相手に優位に立ち切れないと言う珍しいアスカと、何よりもNERV本部の秘密兵器であるシンジの情報を欲したのだ。

 人間、感情的になれば本音が出やすい。

 そこを狙っていたのだ。

 情報部に所属する人間らしい、職業的態度(汚い大人仕草)であった。

 

「へぇー 第3、第4使徒との闘いが評価されて中尉待遇官へと昇進したって訳ね」

 

「それで何が変わったかなんて判らないけどね」

 

「ミサトから説明は受けなかったの? NERVが非軍事経験者に配ってる待遇官は、その階級と同じだけの待遇が与えられるわ。後は敬意」

 

「ごめん、良く判らないよ」

 

 待遇で一番わかりやすいのは給与である。

 だが、シンジの場合はエヴァンゲリオン搭乗手当と使徒戦毎の危険手当が大きいので、基礎給与な棒給が少尉(少尉待遇官)から中尉(中尉待遇官)に上昇しても注視する程の額では無かったと言うのが大きいかった。

 しかも、子どもが大金を与えられて身を持ち崩しては良くないと言う良識的人間の配慮から、その給与の大多数は定期貯金に回っているのだ。

 これで、実感しろと言われても、それは無理と言うものであった。

 今のシンジは、普通の中学生に比べて多少は金回りが良いと言う程度でしか無かった。

 

「………戦闘訓練主体で育成されてたって事? 良いわよ、ならそこら辺は()()であるワタシが教育してあげる」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

 

 一見してにこやかに会話している2人。

 だが、その2人の内心が外見通りでは無いだろうと、鈴原トウジは当りをつけていた。

 出会ったばかりのアスカは判らないが、シンジの表情であれば別だ。

 薄っぺらい笑顔を貼り付けているのが良く判る。

 アレな教師や、絡んでくるソレな連中相手に張り付けている、優等生の仮面だ。

 常日頃のシンジは、言葉(鹿児島弁)こそ難解であったが喜怒哀楽がもう少しハッキリと出る側の人間であるのだから、実に判りやすい。

 そも、その言葉も標準語となっている為、益々もって鋭利な印象を与えて来るのだ。

 

 鈴原トウジは先ほど、アスカが席を外した(花を摘みに行った)際、シンジに尋ねていた。

 何故、方言を使っていたのかと。

 アスカとの会話で使っている標準語は、美事であり、イントネーションは国営放送(NHK)アナウンサーのソレに匹敵していた。

 なのに何故、と。

 それに対するシンジの回答は簡単、『舐められんごよ(舐められない様に)』だった。

 シンジは鹿児島に移って直ぐの頃、綺麗すぎる声質故に笑われたりしていたのだ。

 幼い子供同士故の残酷さから、いじられたりもした。

 ()()()()

 最初は泣いていたシンジに、預けられた先の家(碇家の本家筋)の養父が教えたのだ。

 舐められない様に戦わねばならぬ、と。

 その一環で、2000年(セカンドインパクト)以降に復活した薩摩の地方教育 ―― 郷中教育に学校が終わると放り込まれたのだ。

 心身を鍛える、その中に薬丸自顕流の鍛錬も含まれていた。

 温かくも厳しい養父の指導に、シンジは薬丸自顕流にのめり込んだのだ。

 その際に、併せて方言を意識して使う様にしたのだと言った。

 だからシンジは、自分の言葉遣い(さつまことば)は汚いと自嘲していた。

 耳に入る言葉で学んだ結果、鹿児島の地域性に根付いた様々な鹿児島弁とは少し違う、入り混じった(ちゃんぽん)な言葉になっているのだ、と。

 

『センセも大変やのう』

 

慣れもしたが(もう慣れたよ)

 

 非薩摩人である鈴原トウジにとって、シンジの言葉遣い(さつまことば)が汚いかどうかなんて分かりはしなかった。

 だが、標準語で話すよりも柔らかく聞こえたのだった。

 

 そして今。

 鈴原トウジは、せめて別のテーブルで、会話の聞こえない場所でやってくれないものかと、胃の痛みを感じていた。

 

 にこやかに、だがその実として鍔迫り合いめいた会話をしているシンジとアスカ。

 そこにNERVの制服を着た人間がやってくる。

 エヴァンゲリオン弐号機の輸送に伴って、本第1特別輸送任務部隊(Task Forth-7.1)に同乗していた連絡官だ。

 エヴァンゲリオン弐号機の換装作業が終盤を迎えつつあるので、その専属パイロットであるアスカに、エヴァンゲリオン輸送/作戦支援艦オセローまで来て欲しいとの事であった。

 

「ヘリを用意してありますので、甲板まで来てください」

 

「了解、そうね………」

 

 そこでフト、面白い事に気付いたとばかりに視線を動かす。

 無論、見るのはシンジだ。

 

「サードチルドレン! 付き合いなさい」

 

「なに、() () () () さん?」

 

 命令めいた言葉を受けたシンジは、ゆっくりと揶揄する様な(2番目の人と云う)口調で返事をする。

 微笑(アルカイックスマイル)を崩さないシンジ。

 対するアスカも、肉食獣めいた笑いを浮かべる。

 

「面白いイントネーションね?」

 

「変だった? ごめんね、僕は英語は得意(ネイティブ)じゃないから」

 

「………おーけぇ、アンタとは一度キッチリと白黒つける必要がありそうね」

 

「フフフフフフ」

 

「フフフフフフ」

 

 実は凄く気が合うのではないか、見る人にそんな感想を抱かせる様に笑いながら睨み合う2人。

 少なくとも加持リョウジはそう感じた。

 だが、そうは思わない鈴原トウジは感嘆していた。

 

「アリャ、アカン」

 

 基本的に善良であるし、穏やかな性格のシンジであるが、負けん気はとても強い。

 そこらへん、殴り合いまでした鈴原はよく理解していた。

 その上で、使徒との闘いを見ていると、自分からは絶対に折れないだろう事も理解していた。

 そして同様に、この短い時間のやり取りで、アスカと言う少女が折れないであろう事も直感していた。

 

「センセも大変やのー」

 

 それは祈りだった。

 自分が巻き込まれませんようにと言う願いだった。

 だが、そうは思わない相田ケンスケは憤慨していた。

 

「何がだよ! あんな美少女と一緒に居られる、会話できるんだぞ!! 男なら涙を流して喜ぶべきだっ!!!」

 

 血の涙を流しそうな勢いで力説する。

 先ほど、アスカが着る制服(ドレス)飾緒等の(ミリタリーな)話題で話しかけ、けんもほろろどころか完全無視を決められていたのだ。

 当然だろう。

 甲板上の一幕で、偶然とはいえアスカのパンツを撮影してしまう、その上、その事に興奮してしまっていたのだ。

 アスカから相手にされない(HENTAI扱いされる)のも当然と言うものだ。

 とは言え相田ケンスケ当人は、その事に気付かずにシンジ相手に嫉妬の焔を燃え盛らせていた。

 

「くそ! 予備のカメラを持ってきてないのが悔やまれるっ!!」

 

「コッチもアカンな」

 

 あきらめて、手元のマフィンにかぶりついた。

 空母側(国連軍)からの案内員が、先ほどに飲み物と一緒に取ってきてくれたのだ。

 食堂は、栄養補給用にと清涼飲料水とお菓子が自由に飲み食べ放題となっていた。

 尤も、そのマフィンはクソ甘い上にぼそぼそであったが。

 実にアメリカな仕様であった。

 

「食い物もアカンか………」

 

 救いはないんかい。

 そんなことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 遠隔地へのエヴァンゲリオンの輸送と運用とを支援する目的で建造された特務艦オセローは、全長300m近い大型タンカーを改造した艦であった。

 艦橋を船体中央部に設け、その前方にエヴァンゲリオン2機搭載できる特殊ケイジが用意されている。

 船体後方はヘリ用の飛行甲板と格納庫、そしてエヴァンゲリオン用の武装その他が搭載されている。

 将来的には動力炉(原子炉なり)を搭載し、運用するエヴァンゲリオンへの電力供給も予定されていた。

 今はエヴァンゲリオン弐号機だけを搭載し、予備部品や試作装備などを満載している。

 

 アスカはシンジを連れてエヴァンゲリオン弐号機の元へと向かう。

 巨大なクレーンがあり、可動式の特殊繊維布のシャッターに閉ざされたエヴァンゲリオン格納デッキ(特殊ケイジ)、その01と大きく書かれた扉を抜けて入った。

 臭いが変わる。

 海の臭いとは違う、濃厚なL.C.L()の臭い。

 慣れないなぁ等と思いながら周りを見るシンジ。

 赤味がかったL.C.Lに浸かっているエヴァンゲリオン弐号機の姿が見える。

 L.C.Lの色に負けぬ、深紅の機体だ。

 

赤かとな、弐号機ち(赤いんだ、弐号機って)

 

 思わず漏らした感嘆であったが、アスカの耳がそれを拾う。

 

irgendetwas(んっ)!」

 

 鼻を鳴らし、不快気な一瞥。

 判らぬドイツ語であっても、その意味を理解出来ないシンジではない。

 目は口程に物を言うのだから。

 苦笑と共に言い直す。

 

「赤いんだね、弐号機って」

 

「そうよ、コレがアタシのエヴァンゲリオン! 正規量産型、本物のエヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン弐号機よ!!」

 

 胸を張って(ドヤァ顔を)みせるアスカ。

 シンジは素直に拍手していた。

 この気の強そうな同僚の、この自負に関してはシンジは敬意をもって対応するに値すると想っていた。

 少なくとも、握った手には修練の跡が残っていたのだから。

 そして姿勢と歩き方。

 体の使い方を叩き込まれた人間の所作 ―― 薬丸自顕流の先輩(達人)たちのソレに近いのだ。

 後は出会って早々の()()

 シンジは、自分がそれなりに鍛えていると言う自負がある。

 その自分と互角に動いた、反応して見せたのだ。

 アスカと言う女の子は、言うだけの事はあると認めるに足るものであった。

 

 格納庫(ケイジ)を通って、隣接しているエヴァンゲリオン管制室へと入る。

 と、入って早々に先を行くアスカの足が止まった。

 余りに急であったので、ぶつかりそうになるシンジ。

 ナニ、と見る。

 周りも見る。

 目よりも先に、鼻で判った。

 それは、臭いだとシンジは表現するモノ。

 緊張感。

 第3新東京市に来て以降に良く嗅いだ臭い、戦いを前にした人々から放たれるアドレナリンの濃厚な臭いだ。

 

「っ!?」

 

 実戦と言うモノを越えて居なかったアスカは、味わう事の無かったこの気配に圧倒されていたのだ。

 そのアスカを再動させたのは葛城ミサトだ。

 

「アスカ、どうやら出番が来そうよ」

 

 管制室の中心に立った葛城ミサトは、鋼の意思を瞳に浮かべて剛毅に笑っていた。

 壁のモニターには使徒検知(BloodType-BLUE)の文字が流れている。

 それを見たアスカは、獣性に口元を歪める。

 同時に小さく震える。

 臆病、或いは恐れでは無い。

 武者震いだ。

 

「ハン! アタシのデビュー戦のチャンスって事ね」

 

「そういう事。派手なのは好きでしょ?」

 

「大好きよ! で、コッチに向かってくるの?」

 

「ええ。接触まで約60(ロクマル)1032(ヒトマルサンフタ)って頃ね」

 

 水中を時速100㎞近い速度で突進してくるのだと言う。

 突起が多いのか、轟々と音を響かせながら海を砕くように迫ってきている。

 使徒も、何とも派手な事であった。

 

「換装の方は?」

 

「もっち、海洋戦闘の準備も終わっているわ。だから急いで支度をして」

 

「了解!」

 

 更衣室へと駆けだしていくアスカ。

 その背を見守る事無く、葛城ミサトは凛として命令を発する。

 

「総員、第1種戦闘配置! オーバーザレインボーへ状況報告。NERV本部とのリンクは?」

 

「現在、リンクは正常接続中。MAGIによる支援、問題ありません」

 

「結構! 本部の作戦第1課、日向中尉を呼び出しておいて」

 

「はっ!!」

 

 

 

 

 

 オセローからの報告に、NERV本部は揺れた。

 急いで外洋戦闘で出来る支援の検討を開始する。

 時間は無い、大急ぎだ。

 その様とは別に、NERV総司令官執務室で碇ゲンドウはSEELEに緊急召喚されていた。

 使徒の詳細を記した裏死海文書、そこに想定されていない使徒によるエヴァンゲリオンへの強襲である。

 SEELEのシナリオ(人類補完計画)は、裏死海文書を前提に組み立てられている。

 それが否定される(ひっくり変える)かもしれない事態なのだ。

 慌てないと言うのは無理な話であった。

 

『状況は正しいのか、碇』

 

「はい。現場で収集した情報は、全て、水中の未確認物体が使徒である事を示しています」

 

『バカな、使徒がリリスでは無くエヴァンゲリオンを狙うと言うのか!?』

 

『左様、信じられぬ事態だ』

 

スケジュール(裏死海文書)からすれば、次は魚を司る天使と言う。そうであれば水中の使徒がソレである事に疑いは無い』

 

『碇、君はこの事態を想定していたのかね? S号装備と初号機パイロットの派遣、聊か都合が良すぎないか!!』

 

「使徒はターミナルドグマ(NERV本部最下層秘匿区画)を目指すと言う想定で動いております。葛城中佐とS号装備は洋上での試験運用です。それが今になったのは予算の都合です」

 

 世知辛い話ではあったが事実であった。

 葛城ミサトがNERV本部を離れる余裕もだが、そもそも、NERV本部で開発製造されたS号装備を輸送する為のコストが重要視されて、今となったのだ。

 先の第5使徒との闘いによる余波、とも言えた。

 碇ゲンドウからすれば建前であったが、それでも完全無欠に事実であった。

 

『では初号機パイロット、君の息子の件はどう言い訳する積りだ!』

 

『左様。何故、対使徒に於ける最大のカード(鬼札)とも言える初号機パイロットを派遣したのかね!?』

 

「………」

 

 シンジを派遣した理由。

 それは、アスカへの信頼性をゲンドウが問題視した結果であった。

 正確に言うならば()()()()()()である。

 SEELEのおひざ元、NERVドイツ支部から来るエヴァンゲリオン弐号機の専属パイロットであるのだ。

 碇ゲンドウが警戒するのも当然の話であった。

 だが、流石にそれは言えない。

 

 故に、凄く渋い顔で事前に用意していた嘘(カバーストーリー)を口にする。

 シンジに対するサービスである、と。

 山間での生活の息抜きに、友人ともども遊び(大きなお船でクルージング)に行かせたのだと。

 

『あ、うん』

 

『そうか』

 

『家族サービスは大事だな』

 

『大事だ。関係性を正しく保持せねば()()()()()の危険は高まるからな』

 

『左様』

 

『………碇、今回の件、公私混同ではあるが、それが功を奏したと言う事で問題には問わぬ』

 

 それまでの慌てっぷりを忘れた様に、揶揄を始めるSEELE一同。

 ある意味で、現実逃避めいていた。

 だが見事に碇ゲンドウの神経をささくれ立たせた。

 

「………」

 

 非常に生温かい目、そして激励に、碇ゲンドウは机を蹴飛ばしたい衝動に必死でこらえるのだった。

 冬月コウゾウが決めた、この話。

 効果は抜群であった。

 別の効果として、碇ゲンドウの神経にも痛打を与えはしたが。

 

 何とは無く、話が止まったのでと各人は水分を摂取し、口元を潤わせてから話題を再開させた。

 

『兎に角だ。問題は何故、使徒がエヴァンゲリオンを積極的に狙うと言うのか、だ』

 

『まて、もしや__ 』

 

『もしや?』

 

『エヴァンゲリオン弐号機は、その素体はリリスでは無くアダムの体組織がベースとなっている。もしやそこに惹かれたか』

 

『その可能性は否定できぬか。元より使徒はアダムを目指すものだと言う__ 』

 

『ではエヴァンゲリオンの整備計画が__ 』

 

『しかし__ 』

 

『__ 』

 

『__ 』

 

 再び喧々諤々と大騒動になっていく。

 常日頃は自分を揶揄ってくる人間たちが慌てている様は、碇ゲンドウにすこぶる負の満足を与えた。

 先ほどの揶揄にも、寛大な慈悲の心を発揮できそうになる。

 正しく愉快。

 いっそここで、解答として艦隊(第1特別輸送任務部隊)A号封印体(Solidseal-α) ―― ベークライトで固めたアダムがいる事を教えてやりたくなる位に、愉悦であった。

 その気分を表に出さぬ為、両手を合わせ俯いている。

 非常事態を前に、物事を考えている風を装っているのだ。

 だが、余裕をもっていられたのはそこまでだった。

 

 電子音、碇ゲンドウの座席に付けられていた緊急通話システムが存在感を主張した。

 

「失礼します」

 

 怪訝な顔をして受話器を取る。

 何事があったか、エヴァンゲリオン弐号機が勝利したと言う報告には早すぎる。

 予想されていた戦闘時間まではまだ30分近くある。

 使徒が行方を眩ませたのであれば、この場に連絡をしてくる事は無い。

 何があったのか。

 あったのだ。

 予想外の事が。

 

『この非常時に会議を邪魔する程の報告だ。碇、何があったのかね』

 

 混迷する会議から一歩引いていたSEELEの議長、キール・ローレンツが重々しく尋ねた。

 対する碇ゲンドウは焦りを出さぬ為にゆっくりと受話器を置いた。

 

現場(Task Force-7.1)との通信が途絶したとの事です」

 

『何だとっ!?』

 

『バカなっ!』

 

 怒声が広がった。

 

 

 

 

 

 手早く進められていくエヴァンゲリオン弐号機の出撃準備。

 格納庫(ケイジ)からL.C.Lを抜いて、

 寝そべって固定されていた状態から、固定/安全装置を解除して起立させる。

 S型装備の装着 ―― 機体各部に取り付けられていた水中での姿勢制御用のスラスター(スクリューポッド)群が外部指示(Test Mode)によって試運転を繰り返す。

 S型装備は緊急的に用意されたユニットである為、エヴァンゲリオン弐号機向けの塗装は行われておらず、基本色の白色のままである。

 

 差し色として赤に白が加わる様は美しいな、等とシンジは格納庫の脇に設けられたキャットウォークにて呆っとしていた。

 いざ鎌倉(戦闘が近い)となって入った気合が雲散霧消していた。

 機体の無いパイロットに出来る事など何もない、と言う事に気付いての事だった。

 であれば、邪魔しない場所で見学と応援をしているのが一番となるのだ。

 そこに少しだけ面白みを感じてはいた。

 今まで当事者であったのが、観客(第3者)となったのだ。

 そこに面白みを感じるシンジは、矢張り神経が太いと言えた。

 エヴァンゲリオン弐号機が使徒に敗れれば、そのままシンジの居るオセローも含めて第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)が攻撃される可能性が高い。

 命を他人に預ける状況なのだ。

 だが、その事を理解して尚、シンジは面白みを感じていた。

 

 人間、生きていれば何処かで死ぬ。

 死ぬ可能性はあるのだ。

 たまたま、それが今日だったとして何の問題があろうや、と。

 

 そんなシンジの所に駆け寄ってくる人が1人。

 アスカだ。

 深紅のプラグスーツに着替えたアスカが、真剣な顔でやってくる。

 

「サードチルドレン! チョッと来なさい!!」

 

「なに?」

 

 シンジの問いかけ。

 だがアスカは返事をしない。

 大きく2度3度と深呼吸をしている。

 何か決意の居る事を言おうとしているのかと分かる仕草に、シンジは黙って待った。

 

「……悪いけど、アタシと一緒に弐号機に乗って」

 

なんち(何を言ってるの)!?」

 

 

 

 

 

 今、シンジは自分のプラグスーツを着込んで、アスカと共にエヴァンゲリオン弐号機のエントリープラグにあった。

 

『EVA02、コンタクト(神経接続)開始まで10分。繰り返すカウント600。各位、最終チェック実施せよ』

 

 アナウンスされる戦闘準備。

 それを聞きながら、シンジはエントリープラグの座席(エクステリア)に特設されたグリップを握りなおした。

 既にL.C.Lが充填されており、中性浮力に調整されている為、落ちたり浮いたりする心配は無い。

 何となくの行動だ。

 傍にある、アスカの顔を直視しない為の行動であった。

 改めて見れば、綺麗な女の子なのだ、アスカは。

 蒼い瞳と白い肌に映える、赤みがかった金髪。

 将来は相当な美人になりそうなアスカに、少しばかりシンジが気後れするのも仕方ない話と言えた。

 

「サードチルドレン、駄目ね。この言い方は駄目。ゴメン、碇シンジ、乗ってくれて有難う」

 

 アスカが前を睨みながらシンジに謝罪する。

 否、感謝を口にする。

 

「使徒に勝つ為だから」

 

 そう、シンジがアスカと共にエヴァンゲリオン弐号機に乗る理由は勝つ為であった。

 何故に勝つ為にであるのか。

 それは、今回の使徒が強烈な電波妨害を仕掛けてきているからであった。

 どの様な手段で行っているのか判らぬが、通信衛星を介したNERV本部との通信が完全に遮断されているのだ。

 その上、第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)間でも通信に妨害が入っていた。

 強烈な電子制圧を受けている状況であったのだ。

 有線状態であ(アンビリカルケーブルが保持されてい)れば話は別だが、外れてしまえば、最悪、エヴァンゲリオン弐号機は孤立運用(スタンドアロン)と成らざる得ない。

 NERV本部の参謀組織(作戦局作戦第1課)とは既に切り離されており、この上で指揮官である葛城ミサトとの通信が途切れる事は大きな問題であった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 エヴァンゲリオン弐号機に乗れる(適格者である)シンジを、助言役として頼んだのだ。

 

 アスカは己がエヴァンゲリオン弐号機の専属パイロットである事に強い自負を抱いている。

 だが同時に、自分が絶対でない事も理解していた。

 実戦での経験を軽視する積りも無かった。

 だから、葛城ミサトの助言(アドヴァイス)を受け、素直に従ったのだ。

 そこには1つ、シンジに対する信用があった。

 NERV本部の秘密兵器だからでは無い。

 握手をした際の手が、信用できる(研鑽を重ねた)人間である事をアスカに教えていたからだ。

 後、単純に気楽に喋れると言うのも大きかった。

 今まで周りに居た適格者(チルドレン)候補生の様に、威圧したら一気に引くような柔い相手では無かったと言うのが、大きかった。

 正面からぶつかったのは面白かった。

 口喧嘩したのも楽しかった。

 だから、()では無く、何とは無しにだが、シンジを競い合う相手(ライヴァル)と認めて居たのだ。

 だからアスカは、無意識ながらも自分の玉座(心の座)に初めて、他人を招いたのだ。

 

「それでもよ。有難う碇シンジ」

 

 アスカとて思春期の子ども(女の子)

 自分の心の動きを全てを理解している訳では無い。

 だが、だからこそ素直な感謝を口にするのだった。

 下手をすれば自分と共に果てる相手なのだから。

 

「いいよ、良いんだ惣流さん。勝ちに行こう」

 

「そうね勝ちに行くわよ」

 

 視線が交差する。

 自然、2人は笑い合った。

 

「もし、勝ったなら。ご褒美をあげるわ」

 

「何?」

 

「アタシの事をアスカって呼ばせて上げる」

 

「………ゴメン、ご褒美の意味が判らない」

 

「何言ってるの! こんな天下の美少女の名前を呼び捨て出来るのよ!! 感涙して土下座するべき事態よ!!!」

 

 そこまで真面目に力強く宣言した後、アスカは吹き出す。

 シンジもつられて笑う。

 笑ってから、澄まして返事をする。

 

「なら惣流さん、僕の事もシンジって呼んでいいよ」

 

「よく言ったわね、このバカシンジ」

 

「なら惣流さんはアホアスカかな」

 

 会話にとげとげしさは無い。

 あったのは、戦い前の緊張を解きほぐす笑いであった。

 

「勝とう、惣流さん」

 

「当然よ!」

 

 

 

 年相応めいたシンジとアスカの会話。

 それを通信機越しに聞いていた葛城ミサトも他のスタッフも、その誰もが、2人の為に出来る全てを尽くそうと思いを固めるのだった。

 と管制官の1人が指を挙げた。

 接続(2次コンタクト)1分前の合図だ。

 指揮官の仮面を被った葛城ミサトは、先ほどの会話を聞いていなかった様に言葉を連ねる。

 

「2人とも、準備は良い?」

 

『何時でも大丈夫よ』

 

よか(問題ありません)

 

「結構! ではエバー弐号機、最終接続行程、開始せよ!」

 

 

 

 

 

『EVA02、Wake-up(起動します)!』

 

 どこかドイツ語めいた訛の号令の響きと共にエヴァンゲリオン弐号機、4つ目の赤い機神が目を覚ます。

 

 

 

 

 

 




2022.02.06 文章修正
2022.04.24 文章修正


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04-Epilogue

+

「いやはや、波乱に満ちた船旅でしたよ。やはり、これのせいですか?」

 

 机の前に立って軽薄な口調で肩をすくめて見せたのは、緩くNERVの制服を着こんだ加持リョウジであった。

 居る場所はNERV総司令官執務室。

 であれば当然、話しかけた相手はNERVの総司令官碇ゲンドウであった。

 碇ゲンドウの返事を待たぬまま、机の上に置いた荷物(ケース)の電子錠に触れる。

 加持リョウジの指紋を確認した電子錠はその役目を終えて、荷物を開く。 

 出てきたのは小さな対爆仕様の箱だ。 

 (シール)が施されており、そこには白地に血の様に赤い色で描かれたSeal-426(426号封印)の文字がある。

 

「確認を」

 

「ああ」

 

 碇ゲンドウが、先に送られてきていた封印指示書を確認する。

 此方も封がされており、それを開く。

 割り開かれたプラスチック製の封書の中には、裏にSEELEと刻まれた小さな封印番号票が入っている。

 Seal-426。

 送り主(SEELE 秘匿物資部)受け取り手(碇ゲンドウ)の数字が合致している。

 加持リョウジは自覚せぬままに安堵の息を漏らした。

 NERV情報部の諜報員(スパイ)にしてSEELE秘密監査部の特殊情報員(スパイ)も兼ねる男は、そうであるが故に慎重であった。

 碇ゲンドウの手がSEELE内部にまで浸透しているとは知っていたが、それが本物で在るかと言うのは確認できなかったのだから。

 だがそれが今の手続きで変わる。

 判ったのだ。

 S()E()E()L()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来、SEELEの秘密監査部部員(カウンターインテリジェンスユニット)として加持リョウジにはSEELEへの報告義務が発生する(首輪の鈴を鳴らすべき)事態であった。

 だが、加持リョウジはそれを鳴らさない事を選択する。

 否、選択は済ませていた。

 加持リョウジは、己の願望 ―― セカンドインパクトの真実を知りたいと言う欲望に突き動かされ、碇ゲンドウに与する事を選んでいたのだ。

 

 碇ゲンドウの手が封を切り、中身を露出させる。

 

「これが……」

 

 碇ゲンドウの後ろに立っていた冬月コウゾウが感嘆の声を漏らした。

 そこには、黄色めいた半透明の中に存在する胎児とでも言うべきモノがあったのだ。

 A号封印体(Solidseal-α)

 薄暗い総司令官執務室にあって、それは何かの曰くめいた光を放っているようにも見えていた。

 

秘蹟部(SEELE対使徒機関)の手は入ってません。自らの能力でここまで回復しています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きてますよ。間違いなく」

 

 封印されているものは第1使徒、その名もAdamであった。

 

「魂は無くとも蘇る、か。恐ろしいものだな。アダムの魂の行方はまだ判明していないのだな?」

 

「ええ。SEELEでも捉え切れていない模様です」

 

()()宿()()()()()、その可能性は?」

 

 冬月コウゾウの目が厳しくAdamを見る。

 だが、それを碇ゲンドウが否定する。

 

「宿っていたのであれば、第6使徒は迷わなかっただろう」

 

 太平洋上で発見された第6使徒は、Adam(Solidseal-α)を輸送中の第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)を襲うまでに数日の間があったのだ。

 判らなかったが故に迷走していたのだと碇ゲンドウは考えていた。

 

「それに万が一にAdamの魂が肉体に宿ったのであれば、この程度の封印など役には立つまいよ」

 

 封印はAdamとしての肉体が蘇る事を封じると共に、Adamの魂に体が発見されぬ様に施された処置なのだ。

 使徒とは(コア)を潰さぬ限り、永劫に存在し続ける事が可能な存在。

 故に、Adamはコアが形成される前の段階で封印されているのだった。

 

「最初の人間、アダムですか」

 

「フッ、S()E()E()L()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 嘲笑する様に口を歪める碇ゲンドウ。

 実際、滑稽であったのだ。

 第1使徒の名がAdamであるが故に、それが人類の始まりであると認識するSEELEの老人たちが。

 宗教的由来によって、現実を歪めてしまう事を嗤うのだ。

 

「………では、教えて頂けるのであればご教授願いたい。()()()()()()()()()()()?」

 

 内なる欲望(知的好奇心)に駆られ、思わず口にしてしまった疑問。

 だがソレに碇ゲンドウは鷹揚に答えた。

 

「始まりの使徒、第1使徒アダムだよ」

 

 

 

 

 

「っとに、酷い航海だったわ」

 

 そう愚痴るのは葛城ミサトだ。

 場所は技術開発部技術開発局局長執務室だった。

 故に、愚痴った相手は赤木リツコとなる。

 洋上での、第6使徒との戦闘詳細(レポート)を出すついでに愚痴をこぼし、コーヒーを飲みに来ていたのだ。

 局長執務室には、赤木リツコの趣味で上等なコーヒーセットが用意されているのだから。

 

「あら? 第6使徒を第7艦隊と共同撃破、それも弐号機にも艦隊にも被害ゼロと言う完全勝利(パーフェクトゲーム)やったのにご不満?」

 

「作戦の主導権はシンジ君とアスカにあって、私は艦隊司令部への伝達役よ? それで自慢できるって胸張れる程に恥知らずじゃないっつーの」

 

「ふーん、てっきり加持君に会ったからかと思ったけど?」

 

「なっ!? 何で居たのを知ってるのよ!!」

 

「本人から連絡があったもの。EUから本部に異動になったって。ミサトには伝えないでって添えられてたわ。驚かしたかったみたいだけど、その分じゃ大成功したみたいね」

 

「………別に、どうって事ないわよ」

 

 そう切り捨てる葛城ミサトであったが、目は口程に物を言う。

 少しばかり緩んでいる。

 赤木リツコは、その本音の部分が見て取って優しく笑う。

 良い年こいて素直になれぬ友人(マブ)に、そして、その相方(加持リョウジ)にもだ。

 

「あらそう?」

 

「そっ、それより弐号機の実戦データ、確認は良いの?」

 

 露骨なまでの話題逸らしであったが、赤木リツコも乗った。

 追い詰めようとまでは思わぬ友情(憐憫)もあったが、個人的な好奇心でもあった。

 第6使徒との闘いは、エヴァンゲリオン初の洋上戦闘であり、それを現場で指揮し観戦していた人間の意見(ナマの感想)は極めて貴重だと思えたからだ。

 時間を置いての分析も大事だが、直感 ―― 感性もまた重要であるのだ。

 

 

 葛城ミサトの語る、エヴァンゲリオン弐号機と第6使徒との闘い。

 それは陸上戦闘とは別種の緊迫感と、詰将棋の様な頭脳戦の複合であった。

 特務艦オセローを出撃したエヴァンゲリオン弐号機は、その背中に背負式に装着したS型装備(海洋ユニット)で海中で作戦行動を開始した。

 S型は推進ユニットと大型バッテリー、そして武装として計8発の重魚雷を持つ海洋強攻装備である。

 水中速力12ノットを発揮可能であり、A.Tフィールドを加味すれば下手な潜水艦よりも強力な水中ユニットであった。

 第6使徒はエヴァンゲリオン弐号機の起動後は、一直線に狙って突進してきた。

 迎撃として惣流アスカ・ラングレーは、遠距離雷撃戦を行おうとし、葛城ミサトはその判断を認めた。

 だが碇シンジが止めた。

 

『この距離だと、多分無駄打ちになるよ?』

 

 アスカが雷撃戦を検討した時点での距離は約10,000m。

 水上戦闘の交戦距離としては近いと言えたが、相手が使徒となれば話は違う。

 使徒が保有するA.Tフィールドを中和(無力化)して打撃を与えるには、最低でも500mまで接近せねばならないと言うのがシンジの体感であった。

 使徒情報を分析しているNERV作戦局第2課(戦術情報分析班)技術開発局実証第1課(使徒情報分析班)もシンジの判断を支持していた。

 その上で、強烈なA.Tフィールドを持っていた場合には50mまで接近せねば中和出来ないと認識であった。

 

『正気!?』

 

 その数値を聞いたアスカが悲鳴めいた声を上げる。

 500mはまだしも、50mとのなれば攻撃の余波(水圧)に晒される事となるからだ。

 だがシンジは肩をすくめるだけだった。

 

『………アンタの事、見境無しの狂戦士(ベルセルク)なんて言ってた奴も居たけど、まさかその通りだったとはね』

 

 第3使徒、第4使徒との闘いも大概であったが、第5使徒との交戦が決定的だった。

 勇敢であるし、敬意も払うべきであるが、聊かもって戦意過剰では無いかと言う評価である。

 

『効かないと意味が無いよ』

 

 飄々とした言葉と相反する、断固とした表情を見せるシンジ。

 そのほっそりとした横顔をチラ見したアスカは嘆息した。

 

『効かない?』

 

『無理、かな』

 

『おーけー ならやるっきゃ無いわね。覚悟を決めてしがみ付いてて、アンタも一蓮托生って奴よ』

 

『信じてるよ』

 

 

 かくして行われた至近距離での雷撃戦。

 アスカは初手から最大火力を投げ込んだ。

 8発の魚雷、全てを発射したのだ。

 この先が白兵戦となれば故障するなりなってしまうと考えての思いっきりの良さであった。

 手動で安全距離設定(セーフティ)を解除して放たれた、500lb.級の炸薬を腹に詰めた対使徒魚雷は有線モードで誘導され見事に第6使徒に正面から命中した。

 すさまじい水柱が5つ上がった。

 残念ながら3発は命中のタイミングがずれ(遅れ)てしまい、先に炸裂した魚雷の爆発に巻き込まれて不発となったのだ。

 それでも高性能炸薬2500lb.級の衝撃である。

 接触で炸裂した3発が第6使徒の口先を叩き割り、第6使徒の下で炸裂した2発が生み出したバブルパルス現象が体をズタズタにした。

 人類の生み出した構造物であれば致命傷となる1撃。

 だが、使徒は倒れなかった。

 体はボロボロとなって赤い血を流しながらも、止まる事無くエヴァンゲリオン弐号機に突進した。

 

「この時点で弐号機との通信は途絶した訳ね?」

 

「ええ。魚雷の水中衝撃波で機器が故障したっぽいのよね」

 

「で、そんな状況下であの2人が選択したのが__ 」

 

()()()?」

 

 冗談めいて尋ねた赤木リツコに、葛城ミサトは何とも言えない表情で頷いた。

 

「白兵戦__ 」

 

 赤木リツコの表情も、何とも言えないモノへと変わっていた。

 

 PC上には、オセローの光学監視装置が捉えた映像が映し出される。

 それは、エヴァンゲリオン弐号機が凶悪な近接戦闘用の質量武器、EW-17(スマッシュトマホーク)を装備する姿だ。

 10m級のEW-17は、エヴァンゲリオン弐号機の内装兵器であるEW-11B(プログレッシブナイフ)よりも遥かに巨大で、重く、凶悪であった。

 ソレは、アスカのリクエストでNERVドイツ支部が開発したエヴァンゲリオン弐号機用の装備であった。

 エヴァンゲリオン初号機用として開発される事となった斬撃武器、後のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)にアスカが対抗心を燃やした結果の産物とも言えた。

 とは言えエヴァンゲリオン弐号機がNERVドイツ支部を出るまで、もう時間が無かった為、片手持ち装備としてEW-17は完成していた。

 只し、突貫作業で作られた為に機構機能の類は一切搭載せず、その質量をエヴァンゲリオンの尋常では無い膂力で叩きつける暴力装備(野蛮力の塊)であったが。

 尚、EW-17開発の話と詳細とを知った時、葛城ミサトはアスカがシンジと似たメンタルの人間(類友な超攻撃型人間)では無いかと危惧する事となる。

 その危惧が杞憂で無かった事を、この第6使徒との闘いでアスカは実証する事となったのだった。

 

 だが、アスカはそのまま切り込む様な単純な事はしなかった。

 より悪辣に攻撃の準備を重ねた。

 先ずは水中に潜って、突進してくる第6使徒に対してS型装備に搭載されている特殊固定装備(ハープーン)を使用する。

 その名の通り(ハープーン)を模した特殊固定装備には、特殊繊維製の(ワイヤー)巻き上げ機(ウィンチ)とが繋がっている。

 第6使徒の顎下に突き刺さった銛を巻きあげる事でS型装備は密着する事となる。

 この時点でエヴァンゲリオン弐号機はS型装備から分離している。

 仕上げは、S型装備に搭載されている緊急浮上装備だ。

 巨大なエヴァンゲリオンを水中から緊急浮上させる為の装備の生み出す浮力は圧倒的であった。

 特殊ガスによって緊急展開した空気袋(バルーン)は、第6使徒を海面に放り出し固定する事に成功した。

 アスカは、白兵戦に足る戦場(足場)を自ら作り上げたのだ。

 第6使徒の上に立ち、その足場を砕こうと言うのだ。

 何とも暴力的であり、そして効果的であった。

 振り下ろされ続けるEW-17は、鯨めいた第6使徒の体を切り裂いていく。

 海が赤く染まった。

 

「それで勝った訳?」

 

「残念ながら、それで終わる程に使徒は脆く無かったわ。だからアスカは、攻撃によって第6使徒が弱体化して無線通信が回復すると共に要請をしてきたって訳」

 

「協力」

 

「そ、直接火力支援(ダイレクト・ファイヤーサポート)

 

 葛城ミサトの指先が、レポートの写真を引っ張り出す。

 そこには第7艦隊(TaskForce-7.1)に属する戦艦群 ―― 戦艦イリノイとケンタッキー、それに信濃とバンガードの4隻が至近距離から戦艦砲を発射する様が捉えられていた。

 戦艦砲の運用としてはあり得ない直接照準による水平発砲だ。

 その様は正に暴力であった。

 エヴァンゲリオン弐号機は4隻の戦艦(レヴィアタン)を従えて、さながらに地獄の女王めいていた。

 

「戦艦って、こんな使い方をするモノだったかしら」

 

 ()()()()()そんな気分を隠さぬままに嘆息する赤木リツコ。

 対する葛城ミサトは朗らか(ヤケクソ)に笑う。

 開き直りとも言える。

 

「しないわよ」

 

 断言。

 そして続ける。

 

「兎も角! ウチのビー・キャノン、EW-23(パレットキャノン)程じゃないけど、それでも戦艦4隻分の火力はエバー弐号機ともども使徒をボッコボコにしてやって、それで終了」

 

 尚、止めを刺したのはエヴァンゲリオン弐号機だと言う。

 EW-17によって上から第6使徒を耕していったエヴァンゲリオン弐号機が、そのまま(コア)まで到達し、止めを刺したのだと言う。

 自動再生されていく()()()()

 第6使徒の爆発を背に、悠々と母艦であるオセローに帰還するエヴァンゲリオン弐号機の姿もあった。

 その様は正しく暴力であった。

 

「ドイツの頃のアスカってさ、『戦いは、常に無駄なく美しく!』なーんて言ってたんだけど………」

 

「コレを見ると、ね」

 

 無駄は無い。

 無駄は無いけども、美しいかと言われれば首を傾げざる得ない。

 そんな、純粋な暴力がそこにはあった。

 

「シンジ君の影響なのかしらね」

 

「朱に交われば赤くなる?」

 

「そう言えば弐号機も、アスカの髪も赤いわね」

 

「止めてよリツコ!!」

 

 割と本気な葛城ミサトの悲鳴。

 と、証拠写真の自動再生が最後の1枚を映し出した。

 それは記念撮影であった。

 オセローの甲板上で、エヴァンゲリオン弐号機を背景にした写真。

 シンジとアスカがプラグスーツ姿で中心に立ち、その周りにNERVスタッフや第7艦隊の将兵が集まった写真。

 何と、艦隊司令官であるノーラ・ポリャンスキーまで加わっていた。

 

 皆、笑顔であった。

 シンジもアスカも、皆が笑顔であった。

 

 

 

 

 

 第3新東京市第壱中学校の朝は、何時も通りの喧騒に包まれていた。

 週末での出来事などを話し合っている子どもたち。

 多くは朗らかだった。

 出歩いた事やTVドラマの事などで元気に話の華を咲かせていた。

 だが、萎れた、疲れ切った顔をしている者も居る。

 鈴原トウジと相田ケンスケだ。

 ()()()()()()の疲労が顔に出て居た。

 

「ほーんま、顔に似合わずいけ好かん女やったなー 」

 

 帽子は踏まれるし叩かれるし、散々だったと呻いている。

 その鈴原トウジ以上に凹んでいるのは相田ケンスケだ。

 

「踏まれたのが帽子だったからマシじゃないか! 俺はビデオカメラを踏まれたんだぞ! ご丁寧に、壊れるまで、念入りに!!」

 

じゃっどん(でも)あいはケンスケが悪かったが(アレはケンスケの態度が悪かったよ)

 

 唯一、顔に(精神的な)疲れの浮いていないシンジであったが、此方はエヴァンゲリオン弐号機に同乗した事による肉体的な疲労によって元気が乏しかった。

 戦闘終了後には、アスカに個室へと引っ張り込まれて検討反省会に参加させられたのだ。

 疲れもするというモノであった。

 

「そや、センセの言う通りや」

 

「あれは不幸な偶然だぞ!? 俺だって消せって言われれば消したよ!!」

 

「言われればやろ?」

 

じゃひど(そうだよ)そいに鼻ん下まで伸ばしとれば(それに鼻の下伸ばして興奮してたんだ)仕方がなかがな(仕方が無いよ)

 

「あのビデオカメラ、まだ買ったばっかりだったんだぞ!!」

 

 第4使徒戦の際の()()()()で、相田ケンスケ愛用のカメラもビデオカメラも粉砕された。

 だからこそ、貯めていたお小遣いをはたいて買ったビデオカメラだったのだ。

 それが無慈悲にも粉砕されれば、相田ケンスケが憤慨するのも当然であった。

 無論、盗撮とは言え個人所有のビデオカメラを一方的に粉砕する権利は、本来は存在しない。

 だがアスカはその貴重な例外となる。

 秘匿されている国連人類補完委員会隷下の特務機関NERVでも情報秘匿度の高い、重要人物(チルドレン)であるのだ。

 アスカに関する情報には、特務機関NERVに関する法案に含まれたA-18条項下の情報の機密保護に関する規定が適用されるのだ。

 そしてアスカは機密保護に関わると強弁し、相田ケンスケのビデオカメラ粉砕を機密保護規定に基づくものであると葛城ミサトに認めさせたのだった。

 故に、丸々と壊され損である。

 

「撮ったんが問題なんや、新品かそうでないかなんて、あの女には関係の無い話やろ」

 

「友達甲斐を発揮してくれよ、トウジ!!」

 

「流石に盗撮めいた事を擁護するのは男らしゅう無いで」

 

じゃっど(そうだよ)

 

「薄情な友人たちだよ!」

 

 容赦の無い2人のツッコミに、風向きが悪いと見た相田ケンスケはカバンから冊子を取り出した。

 新しい2015年モデルのカメラのパンプレット群であった。

 全くへこたれていない。

 相田ケンスケはメンタル的な意味に於いて強者であった。

 問題は、反省もしていないと言う事だろう。

 良くも悪くも趣味(欲望)に全力投球と言うのが、相田ケンスケと言う少年であった。

 

「ま、おれたちはもう会うことも無いさ」

 

「センセエは仕事やからしゃーないわなぁ。同情するで、ほんま」

 

 他人事の様に笑う2人。

 2人は知らなかった、今日、このクラスに転校生が居る事を。

 とびっきりの笑顔をした美少女である事を。

 教室の外で、教師に呼ばれるのを待っていた事を。

 

 

 

 筆記体で黒板に掛かれた文字。

 胸を張って魅せる美少女。

 

「惣流・アスカ・ラングレーです! よろしく!」

 

 自己紹介。

 それはとびっきり(全力猫かぶり)の笑顔であった。

 

 

 

 

 




2022.02.12 文章修正
2020.06.01 文章修正


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伍) ANGEL-07  Israfel
05-1 Hi-Evolution


+
ふたりはひとりにまさる
彼らはその労苦によって良い報いを得るからである
すなわち彼らが倒れる時には、そのひとりがその友を助け起す

――旧約聖書諸書     









+

 才色兼備と言う言葉が似あう惣流アスカ・ラングレーと言う少女は、己が世界で選ばれた才媛(エリート)であると言う自負を持っていた。

 そして、そうであるが故に、己に対して強い負荷 ―― 弛まぬ努力を課していた。

 例えば早朝の走り込み(ロードワーク)

 心肺機能もだが、身体的持久力の強化が狙いであった為、10歳になった頃から始めた習慣であった。

 心肺機能の強化がエヴァンゲリオンへの搭乗に対してどの様な効果があるか定かではなくても、体力を強化する事に過剰は無いとの考えであった。

 最初は幼い成長途上の身体に負担を掛けぬ為にと、早歩き位の速度で1㎞程だった。

 それから歳を重ね、成長すると共に段々と速度を上げ、距離を伸ばしていった。

 そして今では大人と変わらぬ速度(約10㎞/時)で毎朝、3㎞程を走る様になっていた。

 

 テンポよく手足を動かして走るアスカ。

 その姿は、躍動感に満ち溢れいた。

 色気のない灰白色のNERV印の上下トレーニングジャケットだが、それが逆に、一纏め(ポニーテール)にされた髪 ―― 赤みのある金糸の髪の美しさを際立たせていた。

 

 走って居る場所はNERV本部地下の大空間、ジオフロントだ。

 地下の箱庭。

 世界で3人しか居ない適格者(チルドレン)の安全を鑑みれば、護衛も付けずに自由に出来るのはそういう場所しかないと言うのが実情であった。

 使徒を恐れてでは無い。

 恐れるべきは人間であった。

 

 世界の守り手、エヴァンゲリオンの操縦者(チルドレン)であると言っても、先ず世界の危機(使徒の脅威)を認めない人間は世の中に少なからず居るのだから。

 宗教的な情熱、神の僕(ANGEL)が人を滅ぼすと言うのであれば受け入れるべきと言う狂信者。

 或いは、世界が滅びの瀬戸際にあると言うのは国連を隠れ蓑にした秘密結社(イルミナティ)による陰謀だと、固く信じている猜疑心の強い陰謀論者。

 稀に、世界はまだ大災害(セカンドインパクト)の被害から立ち直って居ないのに、使徒の脅威などと言う架空の敵を作って、膨大な予算を戦争準備(使徒迎撃)に浪費するのは許せないと言う、善意の人間も居た。 

 何にせよ、そう言う人間が安易な国連(権威)とNERVへの抵抗、その象徴として歳若く貴重な子ども達(チルドレン)を狙おうとするのも当然の話であった。

 計画段階で阻止した数と武器の備蓄まで出来た数とを合わせれば、10や20では済まない数の暴行(テロ)が企てられていたのだ。

 それが、人間社会の現実とも言えた。

 だからこそ適格者(チルドレン)には24時間、途切れる事のない護衛が付けられていたのだ。

 学校などでも黒服の護衛(ガード)が待機しており、それは通学時でも同じであった。

 常に誰かが見ている、ある意味で息苦しい状況。

 それをアスカは、()()()()()()()()()()と喜んで受けれていた。

 だが同時に、只一人で居れると言う機会があれば、喜んで享受したい ―― そういう気持ちも持っていた。

 だからこそ、NERVの管理空間(ジオフロント)で運動をしているのだった。

 

 

 ジオフロントの遊歩道を走り続けていたアスカが、ベンチに置いた赤いタオルが見えると共に速度をゆっくりと落としていく。

 整理運動(クールダウン)だ。

 駆け足から速足へ、そして通常の速度へと息を整えながら切り替えていく。

 

「ふぅっ」

 

 程よい汗を流したと満足げに笑うアスカ。

 タオルを取って汗を拭き、そして一緒に置いていたスポーツドリンクを煽る。

 味よりも、喉を走る冷たい液体の心地よさにアスカは、益々もって笑み崩れた。

 

「トレーニングマシンよりも、実際に走るのって良いわね」

 

 伸びをして、それから遊歩道脇の芝生の上に寝転がる。

 葉先のチクチクとした感覚すらも、こそばゆく、アスカに心地よさを与える。

 深呼吸。

 瑞々しい空気がアスカの肺を満たす。

 と、アスカの耳が何かを取らえた。

 

「……ィ…ィ………」

 

 甲高いナニカ。

 人の声の様なナニカ。

 

「……?」

 

 獣の類がこの空間(ジオフロント)に居ないのは事前に確認していた為、アスカは興味をそそられた。

 左右を見る。

 見れれば何も無い、誰も居ない。

 耳を澄ませば、遊歩道から少しばかり離れた林の方から聞こえているようだった。

 見れば、獣道めいた小さな道が見える。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「ふんっ、面白いじゃないの」

 

 アスカは意気軒昂といった感じで林へと足を進めるのだった。

 

 

 

 公式には、NERV本部の地下大空間(ジオフロント)はNERVの前身であるGEHIRN時代に発見され、運用を開始されたとしている。

 時間で言えば精々が10年と言った所だろう。

 だが不思議な事に、林の木々は植樹されて10年程度でなったと言うには大き過ぎた。

 幹は太く、枝は広がり、葉は生い茂っていた。

 その不可思議さに毛ほども関心を示さず、アスカはずんずんと歩いていく。

 歩けば歩くほどに、音は明瞭になっていく。

 ソレは、獣めいているが、甲高い人の声となった。

 併せて乾いた、堅い音が加わる。

 判らない。

 何が起きているか何て、何もわからない。

 だが退くのは癪に障った。

 大体、NERV本部の管理下にあるのだ、危険は無い()と信じて進む。

 但し抜き足差し足、音をたてぬ様に慎重に。

 

「もう、なんなのよ!?」

 

 口の中で文句を作り自分を鼓舞して足を勧めたアスカが見たのは、奇声(猿叫)と共に一心不乱に木刀 ―― 丸太棒の様な野太刀木刀を横木に叩きつけている碇シンジの姿だった。

 アスカと同じ、NERVのトレーニングジャケット姿だ。

 とは言え、上は袖を抜いて腰に巻いている。

 どこかに引っ掛けて置いておく場所も無いからだろう。

 そんなシンジは背筋を伸ばし、膝を屈めて打ち込み続けている。

 躍動感はあっても、体の軸にブレは無い。

 どれ程に続けて居たのか、黒い半袖シャツ(インナーシャツ)は水に濡れた様になって体に張り付いている。

 シンジの鍛えられた体つきが良く判った。

 

「………Hmmmm」

 

 

 アスカが思わず漏らした呟き(感嘆詞)を、シンジの耳が拾った。

 誰かが来たと判ったシンジは、丁度息があがってきたのでと横木打ちを止めた。

 木刀をトンボに取り残身として、最後に礼をして終わる。

 深呼吸。

 動きを止めた途端に、今まで以上の汗が一気に噴き出す。

 汗で湿り切った額を拭い、それから振り返る。

 

誰け(何方ですか)?」

 

 無論、アスカである。

 両手を腰に当てて仁王立ちしている。

 少しだけ不満げに、綺麗な眉を歪めている。

 その理由を把握してシンジは、軽く笑う。

 

()()()()()()()()()

 

Guten Morgen(おはよう)。アンタが()()を覚えていて嬉しいわ」

 

「出会い頭、しかも見ずになんだから仕方が無かったって事にしておいてよ」

 

「アタシの美少女(ちから)を感じ取れば、直ぐに判る筈よ」

 

「多分、それは変態だと思うよ?」

 

 軽口の応酬。

 そこに緊張感は無い。

 アスカは、自分が努力を重ねているが故に、他人が努力している事を認められる人間であった。

 そしてシンジは、そう言うアスカの敬意めいたものを理解出来ない程に鈍感では無かった。

 そういう事である。

 

 近くに停めていたシンジの自転車(クロスバイク)、そのハンドルに引っ掛けていたタオルで顔を拭き、ドリンクホルダーからボトルを引っこ抜いて飲むシンジ。

 入れていた冷やした水を一気に飲み干す。

 零れた水が喉を、胸を伝わっていく。

 汗が蒸気のように上っている様にアスカには見えた。

 

「よっぽどに真剣にやってたのね、ここがアンタのドージョー(鍛錬場)って事?」

 

「そうだよ。ミサトさんに相談して、使って良いって言って貰ったんだ」

 

「こんな奥に?」

 

 不思議そうに聞くアスカ。

 それが疑問だった。

 葛城ミサトから正式に許可を貰ったと言う事は、NERV本部と言う組織が認めていると言う事なのだ。

 にも拘らず、こんな森の奥に剣術の練習を行っている理由が判らなかったのだ。

 そもそも、家の近所でも無いのも気になった。

 態々、朝から家を出てNERV本部までやってきているのだ。

 面倒では無いのかと思うのも当然であった。

 それにシンジは、苦笑で答える。

 

「仕方ないよ」

 

 文句(クレーム)が出たからね、と。

 第3新東京市にきたての頃、シンジは(官舎)であるコンフォート17に併設されていた公園で鍛錬を行っていた。

 学校に行く前の朝練とばかりに、日も登らぬうちから猿叫と木を叩きつける音を響かせていたのだ。

 結果、ご近所の一般市民から警察に文句が出て、文句を受けた警察がNERVへと申し訳ないが何とかしてくれと要請した(泣き付いた)結果であった。

 NERV本部総務部からのやんわりと、周りが迷惑していたと言う話を教えられたシンジは、であるならば他人様に迷惑を掛けない場所をくれと言い、結果としてNERV本部地下空間(ジオフロント)でする事となったのだ。

 

「………大変だったわね」

 

 いろいろな意味で、だ。

 近隣住民も、警察も、NERV本部総務部も、そしてシンジも。

 それをシンジは笑って受け入れた。

 

「仕方ないよ」

 

 肩をすくめてみせながら。

 他人様が迷惑と言うのであれば、それに従って対応する素直さがあった。

 規律というものを重視しているとも言えた。

 これも又、シンジが受けて来た()の結果とも言えた。

 それがアスカには少し、面白かった。

 だからこそ、会話を続ける気になるのだ。

 同世代の子どもとは違う、そう思える相手成ればこそであった。

 

「じゃ、毎日来ているの?」

 

「流石に学校前に来るのは難しいかな。だからNERVに朝から呼ばれている時か、それとも学校だけの時だよ」

 

 NERVでの訓練が終わってからの、夜には出来ないと続ける。

 学校が終わり、そこからNERV本部で座学や戦闘訓練、そしてエヴァンゲリオンへの搭乗訓練まで受けるのだ。

 流石のシンジでも疲れ果てると言うものであった。

 

「そう言うアスカさん、今日は一日訓練じゃなかったよね?」

 

 汗染みの浮いたトレーニングジャケット姿から、アスカがナニガシの運動をしていたと察したシンジが、逆に問いかけた。

 今日のシンジは週に2回ほどある、学校を休んでの終日NERV本部で訓練の日であった。

 エヴァンゲリオン初号機を駆り、立て続けに3体の使徒を屠って見せたシンジだが、同時にエヴァンゲリオンの操縦者として訓練、或いは運用と戦闘に関する知識が十分とは言い難い為、超法規的措置として義務教育の権利(義務)が一部、制限されていたのだ。

 

 

 シンジから見てもアスカは評価できる相手であった。

 話したいと思う相手であった。

 コーカソイド系で、とびっきりの美少女だからというのは否定しない。

 同世代の女性(ミドルティーンの女の子)に多い湿度めいた部分が見えない為、気兼ねない口喧嘩がし易いと言うのもあった。 

 だが一番は話していて気持ちが良いと言う事だった。

 高慢な言動や喧嘩腰になりやすく、又、自分が美少女だからと鼻の高い所はあるが、人としての根っこが努力してきた人間のソレであり、同時に他人の努力と成果とを笑う類では無いのだ。

 それだけでシンジは、このアスカと言う少女を評価できると思えていた。

 少なくとも戦友としては不快では無い。

 

 更に言ってしまえば、口数が多いのも助かると言う部分もあった。

 もう一人の戦友である綾波レイは、厄介な性格をしている訳では無いのだが、口数が少なく会話(コミュニケーション)が余り弾まない。

 その上で綾波レイは、シンジよりも碇ゲンドウと仲が良いのだ。

 そもそも、いまだにシンジは碇ゲンドウが綾波レイを後妻にしようとしているのではないかと疑っていた。

 エヴァンゲリオン初号機に搭乗時に、外部監視カメラで2人が仲のよさげな感じで会話をしている所を度々見たのだ。

 ある意味で仕方のない話であった。

 シンジが思春期であり、それ故の複雑な心理状態にある事を差っ引いたとしても、そんな相手と仲良くするのは中々に難しいのも当然であった。

 

 兎も角。

 シンジにとってアスカは、色々な意味で話し易い相手であった。

 

「アタシはまだ本部住まいだもの。まだ宿舎が決まって無くてゲストハウス住まいよ」

 

「大変だね」

 

「そうよ、本部の総務って弛んでるって思わない? このアタシの宿舎がまだ決まってないってどういう事よ!! 持ってきた荷物、まだ貸倉庫に預けたまんま。可愛い服で加持さんに迫れもしないわ」

 

「ゲストハウスってホテルみたいな感じなの?」

 

「ンな訳無いじゃない! 尉官用よ? 安っぽいベットと机があるだけ、4㎡ちょっと(3畳間)位のせっまい部屋。アタシみたいなエリートを入れておく場所じゃ無いわ。これはもう虐待よ、虐待」

 

「ははっ、大変だね」

 

「なのにGymnasium、中学校って言うんだっけ、コッチだと? そんな所に放り込まれたのよ。もうNERV本部の正気を疑うってものよ。どう思う、アンタは?」

 

 余程に不満が溜まっていたのだろう。

 アスカの口調が機関銃めいてくる。

 その勢いに押されたシンジは、苦笑と共にドリンクボトルを煽った。

 短い付き合いではあるが、アスカの口にエンジンが掛かっては、止める事など出来ないと理解しての行動だった。

 せめて喉を潤したい。

 だが残念、ひっくり返ったドリンクボトルからは一滴、二滴と水滴が落ちて来るだけだった。

 飲み干していたのだ。

 その事を思い出したシンジは、アスカの口調が途切れた一瞬の間を狙って声を掛ける。

 喉が渇かない? と。

 

「お誘い? ならアンタの奢りって事よね」

 

「ん"」

 

 容赦のない切り替えしに、シンジは苦笑では無く普通に笑いながら言葉を返した。

 

「良いよ、何でも」

 

「Danke! でも、ワタシみたいな美少女を誘うんだもの、当然よね」

 

「はいはい、お嬢さま」

 

 胸を張るアスカに、笑いながら応じるシンジ。

 タオルを首に掛けて、木刀を袋に入れてから背負う。

 そして自転車を取る。

 横木はそのままにして置いておく。

 元より林の何処其処から拾ってきた枯れ枝などを束ねたモノなのだ。

 特にするべき事は無かった。

 

 忘れ物が無いか最後に確認して歩き出す。

 二人の距離は近い。

 

 

「この自転車って、アタシを乗せられないの?」

 

「日本じゃ禁止だよ」

 

「それに素直に従うの? 面白く無いオトコね。男気って言うの? それが無いわ。モテないわよシンジ」

 

「モテなくて良いよ、そんなモテ方なんて」

 

 

 

 

 

「あーあ。猫も杓子も、アスカ、アスカかぁ………」

 

 そう相田ケンスケが呟いたのは、第3新東京市第壱中学校の体育館裏だった。

 職員室のある本校舎から遠く、教師たちの目の届きにくい場所だ。

 昼休憩の時間、そこが相田ケンスケの()であった。

 そこで相田ケンスケは売り上げを数えていた。

 千円札や500円硬貨が山のようになっている。

 

 シートを広げ、その上に盗撮した第壱中学校の生徒たちの生写真を透明フィルムに入れて並べていた。

 見本だ。

 通常サイズが200円。

 大判サイズが500円。

 そして、重要顧客(守秘義務付の秘密会員)にのみ販売しているお宝写真が1000円以上でASKありと言う値段設定だ。

 有体に言って犯罪行為 ―― 更衣室の盗撮までやってる時点で論外な行為であったが、中学生らしい無思慮、或いは無分別さによって相田ケンスケはやってしまっていた。

 

 ひっきりなしに人が来て買っていくのだ。

 簡単に金が入るとなれば、やってしまうのも仕方のない話なのかもしれない。

 

「みな平和なもんや」

 

 悪友とも言うべき鈴原トウジも、その事に気付かずに、傍にいた。

 此方は別段に何をすると言う訳でも無く、そもそも級友(クラスメート)の生写真に興味など欠片も無かった。

 昼休憩、飯を食って暇だから付き合っている。

 その程度の話であり、目の色を変えて写真を見て、選んで、相田ケンスケと商談していくバカな学友たちを見ていただけだった。

 

 としていると新しい客が来て、悪い顔で相田ケンスケと笑い合って封筒を交換し合った。

 互いに中身を確認。

 相田ケンスケが手にした封筒からは千円札が3枚。

 客の側が手にした封筒からは、肌色多めな水着姿のアスカの写真が出て来た。

 鼻の穴を広げてその写真を見て、それから満足げに、そして大事にカバンに入れて去っていく。

 

「毎度ありぃ!」

 

 相田ケンスケの言葉を背中に受けながら。

 

「ホンマ、よう売れとるわ。写真にあの性格は、あらへんからなぁ」

 

「おかげでカメラも買いなおし出来そうだよ! アスカ様々!!」

 

「現金なやっちゃな。そう言えば()()()、今日はおらへんかったな。今日はセンセの日やとおもっとったんやけど」

 

「トウジは朝居なかったものな」

 

「おお、さくらの所に洗濯物やらを届けに行っとったからな。何ぞあったん?」

 

()()()()()()()、だってさ」

 

「家?」

 

「家」

 

 アスカの事情を他の生徒よりは知る相田ケンスケと鈴原トウジは、それだけで理解した。

 NERVがらみなのだと。

 単身で日本に来ているのがアスカだ。

 そんなアスカに、家の都合と言うものは無いのだから。

 

「まさか、センセにひっ付いてったんとちゃうやろな」

 

「勘弁してくれよ! 売り上げが落ちてしまうよ!!」

 

 第壱中学校でのアスカ人気は、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う想像(妄想)に負う所が多かったのだ。

 そこが、鈴原トウジの、写真には性格は映らないと言う言葉にも表れていた。

 正しく偶像(アイドル)であったのだ、アスカは。

 だから、そこに男の影が出てしまえば相田ケンスケの商売は一気に終息しかねなかった。

 悲鳴を上げるのも当然であった。

 

 尚、現実は鈴原トウジの憶測に極めて近かった。

 

 

 

 

 

 



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05-2

+

 本日、自主的にエヴァンゲリオンの訓練に参加する事とした惣流アスカ・ラングレー。

 その理由は碇シンジであった。

 森の中で見た剣術(薬丸自顕流)の修練を見て、改めてシンジの実力 ―― エヴァンゲリオンでの戦闘能力を見て見たくなったのだ。

 第3(サキエル)第4(シャムシエル)第5(ラミエル)と立て続けに3体の使徒を屠って見せたN()E()R()V()()()()()()()()、その実力をだ。

 競う相手(ライヴァル)としてシンジをアスカは強く意識しての事だった。

 

 尚、NERV本部戦術作戦部支援第1課、エヴァンゲリオン操縦者(パイロット)の管理と支援を担当する部門は、アスカの我儘(自主練習)に良い顔はしなかった。

 アスカの中学校への就学は決して安易な話では無かったのだから。

 NERVドイツ支部から届けられた人物考課表から、他人に対する攻撃性の緩和や協調性の涵養といった情操教育がアスカには必要であると判断し、戦術作戦部作戦局(訓練重視の主流派)の反対を押し切って決めた事であったのだから。

 だが、現状を危機的状況であると言い、早期に戦闘態勢(パイロット間の協調体制)確立の必要性があると言い、更にはアスカは己が学士号を所持しているのだと反論した結果、支援第1課が折れたのだった。

 

 本日のシンジが受ける訓練プログラムは、エヴァンゲリオンとのシンクロ訓練と戦闘訓練(デジタル演習)を主軸に、座学としてエヴァンゲリオンと対使徒迎撃要塞第3新東京市の機能教育が加えられたモノであった。

 訓練プログラムの内容を知ったアスカは、目を剥いて驚いた。

 その瞬間まで、シンジの事をNERV本部が非公開で用意(訓練)していた秘密兵器だと認識していたからである。

 シンジが受ける座学は、エヴァンゲリオンに習熟したアスカにとっては初歩の初歩めいた内容であったからだ。

 それでも最初は何かの意図があるのか、或いはジョークであるのかと疑っていたが、座学に対してシンジが真摯に真剣に取り組んでいるのを見て、認識を改めた。

 真実であると理解したのだ。

 NERV本部がシンジに関して行っている公開情報が正しいのだと。

 第3使徒襲来時がNERV本部に初めて訪れた日であり、第3使徒とエヴァンゲリオン初号機に搭乗して対峙した日が初めて搭乗した日であるのだ、と。

 その事にアスカは衝撃を受けた。

 同時に、シンジへの評価を改めた。

 怒りを覚えた?

 舐めるなと憤慨した?

 違う、全く違う。

 唯々感嘆し、敬意を抱いた。

 訓練も心の準備も無しに実戦に放り込まれた、只の一般人が剣術の訓練だけを頼りに世界を守らんが為に献身したのだから。

 深く頷いた。

 そして認めた。

 碇シンジとは実に天晴であり、自らの相手(ライヴァル)とするのに不足はないと満足すらしたのだった。

 全力で勝ちに行く、と。

 闘争意欲が、更に燃え上がる。

 

 尚、全くの余談ではあるが、初陣後にシンジが碇ゲンドウに鉄拳と肘を振るって重傷を負わせた事に関しては関係者各位に厳重な緘口令が出されており、NERV本部の外に漏れる事は無かった。

 結果、シンジが持つ激しい部分をアスカが知る機会は失われ、ただ勇敢な人間であるとシンジを評価する事となる。

 この少し先まで。

 

 

 

「おじゃまするわよっ!」

 

 軽い口調と共に、エヴァンゲリオンのデジタル演習管制室に入ってきたのは葛城ミサトであった。

 NERV本部戦術作戦部作戦局局長代行、即ちNERV本部の軍事部門の統括等と言う重責を担う忙しい立場にいる女性であったが、シンジが訓練を受ける際などは必ず顔を出すようにしていた。

 それは自分の責任を理解し、同時にシンジへの責任を感じているからこそであった。

 

「どう、調子は?」

 

 近くにいた、顔見知りの技術開発部スタッフ(平職員)へと声を掛ける。

 地位相応では無い、葛城ミサトの年齢相応めいた軽い調子(フランクな態度)は、NERV本部と言う年若い人間が中心となっている組織では効果的であったが、今日ばかりは違っていた。

 声を掛けられたスタッフも、それ以外のスタッフも誰もが固唾をのんで管制室中央のディスプレイを見ていたのだから。

 

「ん?」

 

 何事であるかと、釣られてディスプレイを注視した。

 其処には、紫紺のエヴァンゲリオン初号機と深紅のエヴァンゲリオン弐号機が真っ向から鎬を削る様な戦いをしている様が映し出されていた。

 一進一退、引き込まれる様な戦いとなっている。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機は、いまだ完成していない日本刀型武器(マゴロク・エクスターミネート・ソード)を振り回している。

 アスカのエヴァンゲリオン弐号機は、此方も開発段階である両手持ち大型戦斧(スマッシュバルディッシュ)を振り回している。

 人の武の理を越えた、エヴァンゲリオンと言う規格外の存在(身体)によって実現した、人間では出来ない動きで戦っているのだ。

 それは、共に嵐の化身(モーターヘッド)の如き様相であった。

 

「凄いわね」

 

 こんなモノを見れば、惹き付けられてしまうのも当然。

 実戦経験も持った葛城ミサトをして、そう思うレベルの戦いであった。

 ただ同時に、違和感も覚える。

 シンジのエヴァンゲリオン初号機の動きが、以前とは異なっている様に見えるのだ。

 何がと、言葉に出来る訳では無いが、何かが違って感じられた。

 指揮官として、違和感を理解する為にまじまじと戦いを注視する葛城ミサト。

 だが、把握する前にスタッフの側が葛城ミサトに気が付いた。

 

「あ、葛城さん?」

 

 少し軽い調子で驚きの声を上げたのは、このデジタル演習を統括する技術開発局第1課訓練室 ―― 訓練関連を統括する部門のトップである阿多古カズキ技術少尉であった。

 それまで手元のパソコンで何やら情報を纏めていたらしい。

 立ち上がろうとしたのを手で制する。

 

「そのままそのまま。私は珍客なんだから気にしないで。それより、中々に盛り上がってるわね?」

 

「はい、惣流さんが碇君に良い刺激を与えています」

 

「刺激って、へぇ、どんな感じで?」

 

 興味深く問いかけた葛城ミサトに、阿多古カズキは手元のパソコンを示しながら言った。

 アスカの乗るエヴァンゲリオン弐号機とのデジタル演習が始まってエヴァンゲリオン初号機の動きが、シンジの操縦が劇的に変化を始めているのだという。

 それは、従来のエヴァンゲリオン初号機を拡張された人間の如く認識し操るのではなく、汎用ヒト型決戦兵器(人造人間エヴァンゲリオン)と意識しての運用であった。

 機能を使うとも言う。

 

 エヴァンゲリオンは、汎用ヒト型決戦()()とされている様に、兵器としての様々な機能が与えられている。

 代表的なモノで言えば、両肩に設置されている兵装パイロンだ。

 通常であれば右肩側には内臓兵装としてEW-11(プログレッシブナイフ)を搭載し、左肩側には操縦者の好みに応じた装備が搭載されている。

 アスカのエヴァンゲリオン弐号機であれば近接戦闘火力である4連装ニードルガンが搭載されており、或いは綾波レイのエヴァンゲリオン4号機は準中距離兵装として開発中の単分子ワイヤーソー搭載が予定されていた。

 だが、エヴァンゲリオン初号機は違った。

 大型のEW-11C(プログレッシブダガー)を腰裏側に搭載する関係で、空いている両肩の兵装パイロンであったが、シンジの()()によって今現在は何も搭載されていなかったのだ。

 戦闘時にはアレコレと考えすぎたくない(無こよかひっとべ)と思っての事であった。

 それが、使う様になりつつあると言う。

 アスカとの模擬戦闘を重ねる中で様々なオプションを選択したりもしているのだと言う。

 

「へー、あのシンジ君が」

 

 思わず、と言った感じで感嘆を漏らした葛城ミサト。

 使徒戦は勿論、綾波レイのエヴァンゲリオン4号機との模擬戦闘でもシンジは自分の戦闘スタイルの基本を変えようとはしなかった。

 エヴァンゲリオン初号機を自分の手足の延長線上として、人間の拡張存在(巨大化した人間)として操っていたシンジが変わりつつあるのだと言う。

 だが、その感慨に浸れる様な時間が葛城ミサトに与えられる事は無かった。

 甲高く、そして特徴的な警報音が鳴り響いたのだから。

 誰もが音源であるスピーカーを見上げた。

 葛城ミサトは親の仇を見るかのように睨んだ。

 

「敵襲!?」

 

 それは、NERV本部の中央コンピューターMAGIによる判定 ―― 高確率で使徒が第3新東京市襲来する事を告げるものであったのだから。

 聞いた人間のスイッチが切り替わる。

 指揮官としての顔で葛城ミサトは矢継ぎ早に命令を発する。

 

「演習は終了! 阿多古少尉、パイロット両名に急いで休息を取らせて。詳細が判明するまでは第3種戦闘配置で良いわ」

 

「はいっ!」

 

 阿多古カズキも、それまでの優し気な雰囲気をかなぐり捨てた表情で敬礼を返していた。

 

 

 

 

 

 NERV本部第1発令所では、情報の精査確認作業が進められていた。

 今回の使徒を発見したのは洋上で哨戒(対使徒ピケット)任務にあたっていた巡洋艦はるな(UN-JF CG HARUNA)であった。

 イージスシステム搭載艦として強力な対空監視能力を有しているが、使徒 ―― 不明目標は水中で発見されていた。

 油断なく水中情報の収集にも注力していたお陰とも言えた。

 尚、本来は太平洋方面に向けた音響監視システム(SOSUS)の整備も予定されては居たのだが、予算が第3新東京市の対使徒迎撃戦闘能力の拡張に傾斜配分されていたが為、国連軍の支援を貰っている状況であった。

 

 はるなの発見した海域に、センサーを満載した高速偵察機(HF-UAV)が急行して情報を収集する。

 はるなには使徒のパターンを収集できるセンサー群が搭載されていなかった為である。

 NERVの管理下で哨戒任務に就く艦艇、特に主力となる事が予定されている新鋭のくなしり型哨戒艦(KUNASIRI-Class OPV)群には順次、搭載に向けた改修が行われていたのだが、はるなは国連軍にとって貴重なイージスシステム艦であり恒常的な供出(NERVへの出向)の予定が無い為であった。

 

 

ブーメラン05(HF-UAVの識別符号)、目標海域に入ります」

 

 高速偵察機を管制する作戦局の作戦偵察課から上がってきた情報を読み上げる青葉シゲル。

 本来は外部組織との情報共有や精査を担当する調査情報局第1課に属する青葉シゲルであったが、NERV本部の慢性的な人手不足、特に第1発令所勤務可能な第2級機密資格(GradeⅡ Access-Pass)所持者が少ない為に、手すきの場合には各種の管制官(オペレーター)役を担うのであった。

 戦略情報部所属という同世代の中では抜群の優秀選抜者(エリート街道組)と言って良い青葉シゲルであったが、気安く骨惜しみしない性格故に、自ら買って出たのだった。

 

「波長確認。ブーメラン05とMAGIの情報共有(データリンク)、正常作動中を確認」

 

 青葉シゲルに合いの手を入れる様に、日向マコトが声を上げる。

 此方は肩に力が入っていると言うか、鯱張った様な強い緊張感を漂わせていた。

 自分が使徒との闘いの口火となる、その意識があればこそであった。

 

「受信データを照合開始を確認………波長パターン、出ました! パターン青(BloodType-BLUE)、目標を使徒と確認!!」

 

「来る時は連続だな」

 

 泰然自若といった風で第1発令所第1指揮区画中央に立つ冬月コウゾウは、片目を閉じたままに呟いた。

 人の都合など使徒は気にしない、そう言わんばかりであった。

 第1指揮区画の誰もが振り返っている。

 指示を待っている。

 総司令官碇ゲンドウも、軍事総括の葛城ミサトも居ない今の第1発令所では、冬月コウゾウこそが命令権限者なのだから。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 一呼吸置いて、それから両目を開いて強く命令する。

 

「宜しい。総員、第2種戦闘配置!」

 

 大学教授を経てGEHIRNに参加、そしてNERVの副司令官と言う経歴を持った冬月コウゾウであったが、なかなかどうして見事な指揮官ぶりを見せるのであった。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)に隣接して設けられた、操縦者(チルドレン)向けの作戦伝達室(ブリーフィングルーム)

 60㎡程の空間に置かれた3つの椅子に、シンジとアスカ、そして綾波レイが座っている。

 その正面には葛城ミサトが、副官めいて日向マコトを連れて立っている。

 他、壁際には国連軍からの連絡官も立っている。

 

「先の戦闘によって第3新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は51%。実戦における稼働率はゼロといっていいわ」

 

 ハキハキとした声で説明していく葛城ミサト。

 その声に応じて、日向マコトが手元の端末を操作し、大型のモニターに第3新東京市の迎撃要塞都市としての機能群を表示させる。

 その約半分が、赤い機能不能の色に塗りあげられていた。

 第5使徒戦の影響 ―― 乱射された加粒子砲の直撃、及び余波の被害であった。

 NERVとしても最優先での機能回復を図ってはいたのだが、如何せん、余りにも被害が大きすぎた。

 その酷さは、機能回復工事を行う上で必要な工程表(ロードマップ)の作成すらにも時間が掛かったと言う点に現れていた。

 ここまではシンジ達にも伝えられている事だった。

 だが、改めて第3新東京市の迎撃システムの状況を図として見れば、その酷さは改めて良く判ると言うものであった。

 

 シンジは己がもう少し上手く出来なかったかと唇を引き締め、アスカは頼るべきモノの現状の手酷さに顔を顰めていた。

 綾波レイだけは、落ち着き払った平素の顔を崩していなかった。

 三者三様の反応。

 チラリとそれを確認した葛城ミサトは言葉を続ける。

 

「したがって今回は、上陸直前の目標を水際で叩く! 初号機ならびに弐号機が前衛を担当、交互に目標に対し波状攻撃を実施」

 

 シンジとアスカがハキハキとした声で同時に了解との声を上げる。

 戦意に不足はない。

 

「4号機は後衛を担当、中距離からの火力支援を実施」

 

「了解」

 

 綾波レイの静かな声。

 だがそれが戦意不足の類でない事は、目を見れば判る。

 この、物静かな少女は自らの成すべき事を成すだろう、そう葛城ミサトは信じる事が出来た。

 

「結構。では、出撃!」

 

 

 

 巨大なエヴァンゲリオン輸送専用の、全てが巨大に作られた鉄道。

 そもそも500tを超える、15m近い全幅のエヴァンゲリオンを輸送しようと言うのだから巨大であるのも当然であろう。

 重量を分散する必要もあって4つの線路を並列に用意されている、巨大輸送システムなのだから。

 関わる人間から、軍艦すら陸送出来ると言われる程の代物であった。

 

 エヴァンゲリオン3体とその装備が運ばれていく。

 その様を第1発令所の正面モニターで見ながら、冬月コウゾウは青葉シゲルに問いかける。

 

「そう言えばエヴァンゲリオンの、初の域外戦闘(第3新東京市外での戦闘)だが、政府の方はどうだったかね?」

 

此方の状況(第3新東京市の要塞機能低下)は理解してますから、A-18条項の発令に関しても受け入れるとは言ってます。只、渋い顔はしてました」

 

「仕方が無かろう。戦闘予定区域は一昨年に土地改良事業が漸く終了したばかりと聞いている。政府としては頭の痛い話だろうよ」

 

 使徒の襲来予想コース、その水際は水田や畑が広がる田園地帯だった。

 お陰で一般市民の人的、資産的な被害は抑える事が出来るだろう。

 だが、田畑には壊滅的な被害が出るであろう事は簡単に予想された。

 使徒とエヴァンゲリオン3体が戦うのだから。

 500tを超える存在が、第3新東京市の様に地盤改良をされていない場所で跳ねまわれば、その結果は言うまでもないだろう。

 折角、セカンドインパクトの被害から回復させた田畑が、それこそ地図を書き直すレベルで被害を受ける ―― 灰燼に帰する可能性さえあると思えば、愛想笑いすら浮かべたくなくなるのも人情と言うものであった。

 

「確かに。ようやく米の収穫がセカンドインパクト前に戻りつつあると言ってた位ですからね」

 

「そういう事だ。ここは碇の息子たちが上手くやってくれる事を祈ろうではないか」

 

 

 

 

 

 使徒の上陸を前に、エヴァンゲリオン内部で待機する3人の子どもたち(チルドレン)

 せめての憂さ晴らしに通信回線が開かれており私語が許されているのだ。

 とは言え、綾波レイは口数の少ない少女であるが為、自然と会話するのはシンジとアスカになっていく。

 アスカも、同僚と言う事で綾波レイとのコミュニケーションを図ろうとはするのだが、中々に難しい所があって、早々に匙を投げていた。

 そんな状況でのシンジとアスカの会話であるが、世間話的なものとは言いづらかった。

 それ程にお互いを知っている訳でもなければ、そもそも戦闘開始までの時間はもう限られているのだから。

 だから、お互いの得物についての話題になっていた。

 エヴァンゲリオン初号機が持つ長大な武器、EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)だ。

 

「アンタそれ、本当に振り回せるの?」

 

 挑発的、懐疑的な物言いをするアスカ。

 それも仕方のない事だろう。

 エヴァンゲリオン初号機が装備するEW-14は、余りにも大きすぎた。

 大きく、分厚く、重い、鋼の塊であった。

 

 デジタル演習では散々に見たし、斬られもしたが、とは言えそれが実物として見るとなればやはり違っていた。

 ()意めいたモノが漂っていた。

 

 標準的なエヴァンゲリオン用の白兵装備、例えばEW-11(プログレッシブナイフ)の様な高振動粒子の刃が対象を分子レベルで切断する様な機能は付与されていない。

 ただ只管に頑丈な、鈍器のような武器であった。

 只、アスカの声に応じてNERVドイツ支部が開発したEW-17(スマッシュトマホーク)が純然たる鈍器めいた戦斧であるのに対し、EW-14は刃先の交換が可能となっていた。

 戦闘での摩耗を前提にしての事だ。

 EW-17は使い捨て(消耗後は廃棄)を前提とし、EW-14は手入れ(メンテナンス)を考えていた。

 設計者の思想の相違、と言えた。

 

『大丈夫、この感覚なら斬れるよ』

 

「………そう、なら言っとくけど、くれぐれも足手纏いになるようなことは、しないでね!」

 

『うん、大丈夫』

 

 落ち着いたシンジの声、アスカは目を見た。

 そこに曇りは無く、強い自負があった。

 出来る、と言う。

 だからアスカは信じた。

 

 

 だが現実は非情だった。

 

 

 第7使徒が着上陸した。

 第3使徒の様な人型めいた姿、指揮官である葛城ミサトは戦闘開始を宣言。

 その命令と共に

 エヴァンゲリオン弐号機が、自らが一番槍をせんと宣言して先行、攻撃を図る。

 戦斧の如きEW-17を両手で握って疾駆する姿は、正に赤い暴力であった。

 大地を抉りながら突き進む、その背に続行するエヴァンゲリオン初号機。

 

『フィールド全開!!』

 

 シンジが吼えた。

 使徒のA.Tフィールドをエヴァンゲリオン2体がかりで弱体化させ、アスカの攻撃を成功させようと言うのだ。

 その声に背を押される様に、アスカはEW-17を一閃させる。

 真っ向正面からの唐竹割りな一撃。

 使徒は真っ二つだ。

 

『お見事!』

 

 シンジの称賛に気を良くするアスカ。

 称賛こそ自分に相応しい、そう思っているのだ。

 だが、その気分に水を差す声が。

 綾波レイだ。

 

『いえ、まだよ』

 

「はぁっ!?」

 

 アスカが視線を通信画面に動かそうとした瞬間、上半身を真っ二つにされた使徒は、そのまま裂けきって2体の使徒へとなった。

 

『なんてインチキ!!!』

 

 葛城ミサトが吼えた。

 

 

 

 

 

 



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05-3

+

 惣流アスカ・ラングレー操るエヴァンゲリオン弐号機の一撃で真っ二つとなった第7使徒。

 だがそこで終わりでは無かった。

 真っ二つとなった体、その左右それぞれが1体の使徒へと変貌したからである。

 銀色(Color Silver)橙色(Color Orange)の2体へとなったのだ。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに、戦意に不足の無い前衛2人は一言だけで意思疎通を済ませて戦闘を続行したのだから。

 

『アンタは左!』

 

『右は任せた!』

 

 同時に放たれた言葉、攻撃対象が重ならなかったのは、最も前に居る(一番槍の)エヴァンゲリオン弐号機の挙動故の事であった。

 初手の一撃が脳天からの唐竹割りとは言え、刃先はやや左へと流れた。

 アスカが右利きであったと言う事の影響であろう。

 それを補う為に体は右への慣性があったのだ。

 だからこそ、二の矢の如く後続していたエヴァンゲリオン初号機を駆る碇シンジは、エヴァンゲリオン弐号機をカバーをする為にも左へと進むのだった。

 阿吽の呼吸、

 

 だが、()()()()()()()()()()()

 

 個としての戦闘力はエヴァンゲリオンの2体が圧倒していた。

 格闘戦闘能力は第3使徒よりも柔軟ではあった。

 粒子砲と思しき光線兵器を持っていたが第5使徒程では無かった。

 只、ダメージに対する回復力だけは別だった。

 裸眼でも観測できる程の回復速度を持ち、今までの使徒よりも優れてはいた。

 だが、その程度でエヴァンゲリオンを圧倒できる筈は無かった。

 エヴァンゲリオン初号機のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)が圧倒的な威力を以って叩き潰す。

 エヴァンゲリオン弐号機のEW-17(スマッシュトマホーク)が恐ろしいまでの速度を以って切り刻む。

 正しく暴力の様であった。

 指揮官である葛城ミサトは、後衛(支援射撃)を担当する綾波レイに対して、待機を命令する程であった。

 実績のあるシンジと、そこに食いついていくアスカなのだ。

 直ぐにも第7使徒は撃破されるだろう、そう思うのも当然であり、ある種の安心感がNERV本部第1発令所に漂ったのも仕方のない話である。

 

 だが、現実はそこまで甘くは無かった。

 1分。

 10分。

 そして30分。

 

 どれ程の暴力を振るおうとも、第7使徒は必ず復元してくるのだ。

 第7使徒の特性は、分裂と復元 ―― 回復力かと誰もが考えた。

 無論、それが無敵と言う事を意味しない。

 観測によれば回復速度は僅かずつながらも低下しており、使徒の持つエネルギー無限では無いと判断されていた。

 とは言え、MAGIの計算によれば、この戦闘のペースで第7使徒の枯死を狙った場合、最短でも9時間、戦闘を継続する必要となるのだ。

 それは流石に無理と言うものであった。

 急ぎMAGIによる分析と攻略法を探すNERV本部作戦局。

 結果、判明したのは2つ。

 第7使徒はどれ程に攻撃を受けても2体以上には分裂しない。

 同時にコアにダメージが入った場合、回復速度は鈍化する。

 ここから作戦局は2体の第7使徒、そのコアに対する同一タイミングでの致死的攻撃(クリティカルヒット)を狙う案を纏めた。

 MAGIも、この攻撃であれば撃破出来る可能性は高いと判断(撃破確率85.8%)していた。

 但し、攻撃のタイミングは0.5秒以内で合わせる必要があると言うものであった。

 極めてシビアな要請。

 だが、それであっても勝利への道が出来たとなれば話は別であった。

 シンジもアスカも、この葛城ミサトによる攻撃方法を喜んで受け入れていた。

 少なくとも、最初の内は。

 

 1分。

 10分。

 そして30分。

 

 どれ程に攻撃を重ねようとも、タイミングを合わせようとしても合わなかった。

 秒の水準までは簡単だった。

 だが、その先が難しかったのだ。

 大地を掴み切り込んでいくシンジのエヴァンゲリオン初号機。

 躍動感あふれる攻撃をするアスカのエヴァンゲリオン弐号機。

 武器の違い。

 振り回し方の違い。

 その差が縮まりきらないのだ。

 何度同時攻撃を図っても、0.5秒内の同時攻撃が成功しない。

 何度も何度も攻撃を図っても成功しない。

 それ故に、段々とイライラを貯めていくシンジとアスカ。

 

『遅いのよバカシンジ!』

 

『逸るなよアホアスカ!』

 

 何時しか怒鳴り合いを始める2人。

 視線は第7使徒からブレる事は無いが、口は別であった。

 

 

「あっちゃーっ」

 

 思わず嘆息を漏らした葛城ミサト。

 そんな総指揮官を批判的に見る人間は、第1発令所には居なかった。

 誰もが同じ意見だったからだ。

 さもありなん。

 肉体的に(エヴァンゲリオンが)戦っているのは使徒。

 だが、精神的に戦っているのは相手と言う有様なのだから。

 コレで攻撃が疎かになっていれば叱責の1つでも出来るのだが、そういう隙は無いのだ。

 どうしてくれようか、そう葛城ミサトが迷っている内に、2人の喧嘩はヒートアップしていく。

 まず最初にキレたのはアスカだった。

 

『くぉのっ……Du Arschloch(クソ野郎)!』

 

 発する言葉がお国訛り(ドイツ語)に戻る。

 戦闘をしながらの罵声だ、一々もって日本語に翻訳している余力を無くしたとも言えた。

 

『…トロイのよ!!…Fickt euch!…Fickt euch!………Du hörst mir einfach nicht zu!……Verrückt!……Mistkerl!』

 

 罵詈雑言、汚い言葉(Schimpfwort)のオンパレードだ。

 ドイツ語を理解するスタッフは、葛城ミサトを筆頭に顔を顰めていた。

 だが言われる側、シンジも負けてはいなかった。

 アスカの言葉が判っている訳ではない。

 だが、意思(怒り)は言語の壁を超えるのだ。

 誰を狙った暴言かを直感したシンジも、溜まり続けていた憤怒を激発して返す。

 お国訛り(さつま言葉)が全開となる。

 

なんちなっ(何を言ってるんだよ)!』

 

 その様は正に激昂だった。

 歯をむき出しに吠える。

 

おはんがはやかたっが(アスカが急ぎ過ぎるんだよ)なんもかんげんじ(何も考える事無く)さきばしっせいに(先走って)ないを考えちょっかっ(何を考えているんだよ)! 』

 

 怒鳴っては居ても、言葉が比較的綺麗なのはシンジの性格故なのだろう。

 対するアスカ。

 此方が、年頃の少女としては些かばかりどうだろうかと考えるレベルの、豊か過ぎる語彙で罵声を上げているのは国連軍で訓練を受けていた結果なのだろう。

 葛城ミサトは自分の経験から、そう納得していた。

 納得(スルー)していた。

 と言うか、互いに罵声暴言の類を投げ合っていても第7使徒への攻撃の手が緩まない辺り、本当に何を言えばいいのかと言う事だろう。

 常に泰然自若を装う冬月コウゾウですら、絶句の態であった。

 尚、日向マコトら一般スタッフは、仕事に取り組む事で気づかぬフリをしていた。

 

 何とも言えない空気での連続攻撃。

 それがどれ程に続いたか。

 遂に耐えかねたモノが出た、人間では無かった。

 エヴァンゲリオン弐号機の持つEW-17(スマッシュトマホーク)だ。

 余りの酷使っぷりに、自壊した(限界を迎えた)のだ。

 幾度目か判らぬ斬撃を叩き込もうとした瞬間、柄からポッキリと折れたのだ。

 

Scheiße(チクショウメ)!!!』

 

 アスカの悲鳴めいた罵声。

 その声に葛城ミサトが反応するよりも先に、アスカの前に居た第7使徒の片割れ、第7使徒乙(Color Silver)が動く。

 好機とばかりに鋭い爪をエヴァンゲリオン弐号機へと突き立てようとする。

 秒で動く世界。

 空振りに終わった攻撃の影響で咄嗟に動けないアスカ。

 緊急回避を図る。

 だが無理。

 第7使徒乙の動きの方が速い。

 エヴァンゲリオン弐号機のエントリープラグに大きく映った鋭い切っ先。

 負けてなるモノかと歯を食いしばって睨みつけ続けるアスカ。

 だが、ソレが届く事は無かった。

 それ以上にシンジが速かったからだ。

 

『アスカっ!!!』

 

 連携の為、目の端でエヴァンゲリオン弐号機の動きを確認し続けていたシンジは、振りぬく途中であったEW-14を迷うことなくぶん投げたのだ。

 乾音一閃。

 シンジの獣めいた感(Inspiration)で投げられたEW-14は、見事に第7使徒乙の胴を打った。

 窮地を脱したエヴァンゲリオン弐号機。

 だが、その代償として武器を失ったエヴァンゲリオン初号機。

 その機を逃す事無く襲い来る第7使徒甲(Collar Orange)

 だが、エヴァンゲリオン初号機は武装を全て失った訳ではない。

 無理な勢いで姿勢を整えながら、右肩部の兵装パイロンの4連装ニードルガンを放つ。

 (ニードル)と呼ぶには余りにも太く、巨大な、タングステン製のソレは、見事に第7使徒甲を貫き、動きを止めさせた。

 距離を取り、仕切り直しとばかりに大きく息を吸って吐いたシンジは、腰の兵装パイロンからEW-11C(プログレッシブダガー)を抜いた。

 アスカもまた、肩の兵装パイロンからEW-11B(プログレッシブナイフB型)を抜いていた。

 

『遅れなさんなよ、バカシンジ』

 

『そっちこそ! 逸るなよ』

 

 両雄共に戦意に不足なし。

 先ほどまでの罵詈雑言の応酬が嘘のように言葉を交わす。

 共に、戦闘継続の意思に曇りなど無かった。

 

 だが、そうではない人間も居た。

 そうではない判断を下した人間が居た。

 葛城ミサトである。

 

「2人とも、仕切り直しよ。アスカ、先に下がって」

 

Jawohl(了解)!』

 

 エヴァンゲリオン弐号機に不調が出(警告表示が点灯し)だしていた為、アスカは葛城ミサトの指示に素直に従った。

 であればシンジはどうかと見れば、ミサトが別の指示を出していた。

 少しだけ口ごもり、それからハキハキと命令する。

 

「………シンジ君、悪いけど()()()N()よ。退く前に一仕事、お願い」

 

よかっ(判りました)500っでよかな(500mで大丈夫ですよね)?』

 

「……ありがとう」

 

 余りのシンジの即答ぶりに、一瞬だけ言葉を失った葛城ミサトは、厳しい顔で頷いた。

 ナニが? そんな疑問と、そもそもCode-Nと言う作戦符号の意味が理解出来ぬアスカはお先にと言って後退した。

 後で、シンジは軽く返した。

 

 作戦符号N(Code N)、その意味をアスカが理解するのは後衛である綾波レイのエヴァンゲリオン4号機を視認した時だった。

 手には巨大な、エヴァンゲリオンであっても運用するのは一苦労と言う大きさのロケット推進弾頭砲 ―― EW-24(N²ロケット砲)を肩に背負って構えていたのだ。

 黒と黄色(警戒色)に塗られたソレは、その名の通りN²爆弾を弾頭に採用した狂気の大火力武装であった。

 

『えぇつ!?』

 

 その意味をアスカが理解するよりも先に、エヴァンゲリオン4号機が発砲した。

 ロケット推進式のN²弾頭弾は筒口を出た瞬間はゆっくりと、それから一気に回転しながら加速していく。

 閃光。

 そして衝撃波。

 

『シンジ!!』

 

 殿として残ったシンジ。

 その意味をアスカは理解した。

 着弾地(グランドゼロ)近くで2体の第7使徒、そのA.Tフィールドを中和してダメージを食らわせようと言うのだ。

 捨て身の戦術(カミカゼ)

 信じられないとばかりに振り返ったアスカが見たのは、最大ジャンプで一気に後退してくるエヴァンゲリオン初号機の姿だった。

 

『なに?』

 

 ケロッとした、緊張感も漂っていない平素なシンジの声に、アスカは思わず大きなため息をもらしていた。

 

 

 

 

 

「そして残ったのが、コレっと」

 

 自らの執務室で机の上を見た葛城ミサトは、只々嘆息した。

 紙の山脈が出来ていたからだ。

 日本政府各機関に国連人類補完委員会、果てはNERV本部各部部署からの抗議文やら報告書やらの諸々(etc)だ。

 対使徒に限って言えば日本政府をも超える絶大な権限を持つNERVであったが、権限があるからといって独裁(ご意見無用)と言う訳にはいかないのだ。

 各所各部署との折衝その他、組織を動かし、組織間で交渉する事を軽視は出来ないのだ。

 とは言え、如何に大事な事ではあっても()()()()()()()()に手を付けたい事では無かった。

 

 書類の山から目を逸らすように、引き出しから会議用のタブレットを引っ張り出すと、早々に執務室から出ていくのだった。

 

 

 第7使徒対策会議室となった、作戦局の大会議室。

 作戦局のみならず技術開発局や国連軍などから出向者まで参加しての対策会議であった。

 大事な事は次の第7使徒の侵攻予想日時、そして対応であった。

 第7使徒に関しては、大きな問題は無かった。

 駿河湾へと後退した第7使徒は海底にて回復に努めているのが判っていたし、UAV(無人偵察機)UUV(自律型無人潜水機)によって詳細な追跡が行えているからだ。

 上陸時のエネルギーの3割程を消耗し、更にはN²弾によって構成物質の28%の焼却に成功した事が判明している。

 回復速度からして、再侵攻まで1週間ほどの時間的余裕があると考えられていた。

 

 この状況に、戦意に不足の無いシンジとアスカは補給と整備を受ければ即座に再攻撃を主張したが、そちらは却下されていた。

 攻撃を仕掛けたとして、撃破できる保証はない。

 その上で、更なる深海に避難され、別方面からの上陸になってはたまったモノじゃないと言うのがその理由であった。

 駿河湾に面した農地、田畑は全滅しているのだ。

 それが相模湾沿岸域も同様の事になっては洒落にならぬ、出来る限り回避して欲しいと言うのが日本政府からの依頼(強訴めいた要求)であった。

 無論、葛城ミサトはソレを受け入れた。

 受け入れざる得なかった。

 それも政治であった。

 故に主題は、どうやって第7使徒を撃破するかであった。

 主方針(コンセプト)としては、第7使徒のコアに対する同時攻撃。

 問題は、何故にシンジとアスカは攻撃のタイミングを合わせられなかったのか、であった。

 最初に、ペアを変える事も考えられた。

 もう一人のエヴァンゲリオン操縦者、綾波レイとの組み換えである。

 だが其方は、作戦局の作戦第1課(エヴァンゲリオン運用)支援第1課(チルドレンの管理と支援)が揃って無理と早々に応えていた。

 作戦第1課は、綾波レイが近接戦闘を得意として居ない事が理由であった。

 支援第1課は、綾波レイはアスカとの交流が極めて薄く(距離感のあるスタンスを維持している)、シンジとの関係も碇ゲンドウとのいかがわしい噂(綾波レイ幼後妻説)もあって親しいとは言い難く、この様な状況では命を預け合って戦うのは難しいだろうとの事であった。

 共に正論であった為、この議論は議論になる前に終わったのだ。

 ではどうするべきかなのか。

 喧々諤々の議論の末、一つの結論が出される事となる。

 それは後に、参加した誰もがあの時の自分は果たして冷静であったのだろうかと頭を悩ませる結論であった。

 

 

 

 NERV本部に設けられた適格者(チルドレン)待機室。

 更衣室から直接繋がっているソレは、将来的なNERV本部所属適格者の人的拡張も念頭に、60㎡と言う広めの空間が用意されていた。

 4人で1ユニットが想定されている為にブリーフィング機能は別にして、各人のパーソナルスペースが確保できる様にとの配慮であった。

 パーティションで区切られた休憩部分(リラックスエリア)には、上質なソファセットやマッサージチェア、TVその他に給湯設備まで付属している。

 雑誌も、公共の良識に反しないモノであれば、リクエストさえすれば用意してくれる。

 至れり尽くせりの快適空間だ。

 

 そこで3人の子どもたち(チルドレン)は待機状態にあった。

 今後の方針決定まで、と言う事だ。

 故に格好は、拘束感のあるプラグスーツを脱いで、ラフ極まりないものとなっていた。

 シンジとアスカは訓練から直で出撃となった為、灰色のトレーニングジャケット姿。

 綾波レイは学校からの直行だったと言う事で、第壱中学校の制服を着ていた。

 思い思いに過ごす3人。

 シンジは1人掛けソファでクラシック曲の音楽雑誌を読み、綾波レイは学校図書館から借りた詩の文庫本に目を通していた。

 アスカだけが、何をする事もなく険しい顔で虚空を睨んでいる。

 

「………」

 

 時折、シンジはそんなアスカを盗み見ていた。

 それを単純に空気を窺う様な行為、或いは他人への警戒と呼ぶのはフェアでは無いだろう。

 シンジはアスカを評価していたのだから。

 先に、激しい怒鳴り合いめいた事をしたし、その時にはアスカに腹を立てていたが、ソレはソレと言うものであった。

 矜持に相応しい技量、危機にあっても悲鳴1つとしてあげぬ性根。

 感情の表現が聊かばかり激しいが、前向きな発言に終始しているのだから微笑ましいと言うものであった。

 だからこそ、気にしているのだった。

 不首尾に終わったと言って良い先の戦闘。

 そこにはシンジ自身も不甲斐なさを感じてはいたが、果たしてアスカは如何なる事を考え、顔を顰めているのだろうかと。

 

 奇妙な緊張感漂う空気。

 それを壊したのはアスカだった。

 

「シンジ」

 

「何?」

 

「その………さっきはアリガト」

 

 仏頂面で、小声ではあったが、それは確かに感謝の言葉だった。

 アスカもまた、先の口喧嘩(怒鳴り合い)の最中に助けられた事を決して軽視してはいなかったのだ。

 只、どういう態度を以って謝意を口にすれば良いのか、判らなかったのだ。

 まだまだ14歳 ―― 誕生日も迎えぬ、13歳の子どもと言う事だった。

 だからシンジは小さく笑って、答えた。

 どういたしまして、と。

 

 さてさて、謝罪を終えたアスカは気分を入れ替えてシンジに話しかけた。

 無論ながらも世間話の類では無く、先の戦闘の反省会である。

 何が悪かったのか指摘し合い、考え、答え(原因)を探すのだ。

 何時しか後衛の綾波レイにも声をかけ、外からの視点、或いは考えを求めた。

 

 ソファアセットに集まって、頭を突き合わせて喧々諤々という塩梅だ。

 紙を用意して色々と書き込んでいく。

 どれ程に検討をした頃だろうか、フト、頭を上げたシンジは葛城ミサトが来ている事に気付いた。

 

葛城さぁな(葛城さん)いつんまにきゃったとな(何時の間に来てたんですか)?」

 

「いや、さっき。だけど、皆して真剣でなによりってね」

 

「そりゃどーも。で、方針は決まったの?」

 

 アスカが口を挟む。

 急いで待てとは軍隊の常ではあるし、アスカも理解はしていたが、であっても方針位は知りたいと言うのも人間の心理であった。

 そんなアスカの質問にしっかりと頷く葛城ミサト。

 

「決まったわ」

 

 但し、凛々しいのはそこまでだった。

 そこから一転して、微妙な顔を見せる。

 何と言うか、何かを照れくさげにする様に。

 そして深呼吸。

 命令を出す。

 

「命令。碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの両名は寝食を共に行い、訓練をし、攻撃タイミングを合わせてもらいます」

 

「はっ?」

 

「はぁぁ!?」

 

 異口同音に声を上げ、それから互いを見るシンジとアスカ。

 何を、何が、いったい何を葛城ミサトは言っているのか判らないとばかりの表情である。

 そこに畳みかける様に葛城ミサトは告げる。

 

「最初に言ったけどコレ、命令だから。拒否権はないわよ、ゴミンね」

 

 

 

 

 

 当座の生活に必要な着替えなどを詰めたボストンバッグを持ってNERV本部入り口のバス停留所に立つアスカ。

 その隣にシンジも居る。

 葛城ミサトの自動車で送る事となったのだ。

 当然ながらも自転車は、NERV本部に預ける事となった。

 

「ミサトの家で共同生活、ね。広いの?」

 

 知る訳無いか、と続こうとした所にシンジが答えた。

 

「リビングとダイニングキッチンが別の、3LDKって奴だから広い方だと思うよ?」

 

「何でアンタが知ってんのよ!? もしかしてストーカー? それとも同居しているの??」

 

「止めてよ。単に隣に住んでるから間取りを知ってるだけだよ」

 

「………1人で?」

 

「1人で」

 

「親の金で優雅な暮らしって事? ナナヒカリって奴ね」

 

 シンジの父親は碇ゲンドウ、NERVの総司令官だ。

 それ位の金は簡単に出せるだろう。

 そういう、穿った目でシンジを睨むアスカ。

 シンジは心底から嫌そうな顔をして、それからNERVの都合で佐官用の官舎を宛がわれたのだと言う。

 

「主にセキュリティー問題だって、支援課の天木さんが言ってたかな」

 

 起きて半畳寝て一畳。

 流石にそこまでの(ミニマリズムめいた)事は言わないが、それでも家と言うものへの拘りの薄いシンジにとって、第3新東京市での家など興味の範疇外であったのだから。

 

「ふーん。で、広さは?」

 

「え、3LDKだよ?」

 

「面積よ面積! Square Metre(平方メートル)!!」

 

「あぁ、確か、入居時のパンフレットで………70㎡位とか書いてたかな」

 

「狭っ! なんで佐官用なのに100㎡も無いのよ!! 舐めてるのNERV本部!? 佐官(エリート)佐官(エリート)として扱いなさいよね!!!」

 

「………因みにアスカはどれくらいの広さを要求してたの?」

 

「断腸の思いで妥協して、最低でも120㎡!」

 

 ドヤァと言い切ったアスカ。

 自分の家の2倍近い広さを要求するアスカに、シンジは凄いモノだといっそ感心していた。

 と、豪快なスキール音と共に、青い車がやってくる。

 葛城ミサトの愛車、アルピーヌA310だ。

 

「す、すごいのが来たわね」

 

「葛城さんって、趣味人だからね」

 

「………何となく、判るわ」

 

 子ども2人のあきれ顔に気付かぬまま、ドヤァとばかりの顔をして降りて来る葛城ミサト。

 実に楽しそうだ(子どもっぽい)

 

「お待たせ! さぁさぁ行くわよん♪」

 

 言葉が躍ってた。

 アスカは、何とは無しに、この共同生活(訓練)が厄介な事になりそうだと感じたのだった。

 だが流石のアスカも、この期間限定の同居場所たる葛城邸がゴミ屋敷めいて荷物の散乱する汚部屋であるなど想像もしていなかった。

 

 

「ここが私の家よ!」

 

 自信満々に開けられた扉。

 最初に飛び込んできたのは、玄関スペースを半ば占拠する様に積み上げられた4本のタイヤだった。

 他にも様々な工具類が乱雑に置かれている。

 玄関から見える廊下も、ゴミやら箱やらと様々なモノで床が半分、占拠されていた。

 タイヤの出す強烈なゴムの臭いに交じって、何やら変な臭いまでする。

 間違っても女性の部屋だと胸を張れる様な場所では無かった。

 

「なっ、何よ、コレェッ!?」

 

「凄いね」

 

 一番すごいのは、この()部屋に、自信満々に他人を案内出来る葛城ミサトであるなとシンジも呆然と見ていた。

 そんな2人の反応を気にする事無く、葛城ミサトは奥に2人を誘う。

 

「ちょ~っちモノが多くて汚く見えるかもしれないけど、3人で片付ければアッと言うまよ♪」

 

 それがアスカには、地獄への誘いめいて見えたのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.05.05 文章修正
2022.05.15 文章修正


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05-4

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 コンフォート17と言う佐官向けのマンションは、家族入居も前提とした広さを持っていた、

 玄関周りだけでも5㎡と言う余裕があったが、それを葛城ミサトは趣味(車の部品や整備用品)で潰していた。

 そして、家の中はもっと酷かった。

 異臭を生み出すような生ごみは流石に無いし、ゴミが散乱していた訳でもない。

 だが書類と思しきモノが積みあがった段ボール箱が何処其処に放置され、衣類や書類やらが乱雑に置かれ、ダイニングキッチンに至っては弁当がらや空き缶が所狭しと並んでいるのだ。

 ()部屋と言う言葉すらも生ぬるいと思える惨状であった。

 部屋の隅には埃なども溜まっている。

 そんな葛城邸に一歩一歩と足を進める度に、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの表情は曇って行った。

 二人の感情は一致(シンクロ)していた。

 ()()()()()、だ。

 アスカは、これで共同生活共同訓練など出来るのかと本気で訝しんでいた。

 シンジは、汗臭いモノだの何だのが無いだけ友人たちの部屋と比較すればマシだと思いつつ、割と真剣に自分の家(お隣)に戻りたいと思っていた。

 

「ねえ、ミサト、共同生活は任務上の事として受け入れるけど、コレでどうやって訓練しようって言うの」

 

 半眼で葛城ミサトを睨みながらアスカは尋ねた(詰問した)

 当然だろう。

 葛城ミサトが明るい口調で練習は此処でしますと言った、ダイニングキッチンから繋がったリビングも又、手荒い状況であったからだ。

 割と良さげな家具類、だが大きいサイドボードやTV、テーブル、そしてソファ。

 そして隙間を縫うように散乱する衣類と段ボール。

 未開封の、缶ビールの入った箱。

 当初聞いていた訓練内容、シンジとアスカが2人で同じ動作をしてリズム感覚を合わせる等は出来そうには見えないのだから。

 

「まさか、アタシに片付けまでさせようってんじゃないでしょうね」

 

「大丈夫大丈夫、訓練機材を持ってきてくれる訓練室の人たちにチョッチ頼むから。それよりアスカ、喉が渇かない? 炭酸水かオレンジジュースならあるわよ」

 

 技術開発部の第1課訓練室が用意していると言う訓練用機材、その設置に来る際に片付けて貰おうと言うのだ。

 懐柔する(誤魔化す)様に猫なで声を出す葛城ミサト。

 とてもでは無いが、作戦指揮中の才媛めいた姿からは想像も出来ない感じだ。

 と、シンジが声を挙げる。

 まだ時間があるなら自分の家に戻ります、と言った。

 洗濯や、夕食用にタイマーで炊いておいたご飯の事など、色々と遣りたい事があると言う事だった。

 

「シンジ、アンタ逃げる気?」

 

 逃がさぬとばかりに睨むアスカに、シンジは苦笑いしながら答える。

 

「逃げるも何も隣だよ。それに片付けられてない女性の部屋って、その、()()()()

 

「ハァ?」

 

 怪訝な声を挙げたアスカに、シンジは若干もって不本意めいた表情と視線とで示す。

 部屋の片隅、洗濯籠で自己主張する派手な色の下着類の事を。

 思春期故の嬉し恥かしに潔癖症めいたモノが加わった表情 ―― では無かった。

 単純に面倒くさいと言う表情をしていた。

 純情と言うよりは、まだ性に対する成長が進んで居ないと言った所だろう。

 そもそも、郷里(薩摩)ではいろいろなモノを日々の鍛錬(猿叫と共にの横木打ち)で発散していたのだ。

 そこに、更には勉強も手を抜く事無くやっていたのだ。

 疲労その他で夜は熟睡する様な生活では、悶々とする暇も無かったとも言えた。

 

「何だよ?」

 

 アスカの顔が小さく、悪戯っ気に歪んだ。

 もしかしてコイツ(シンジ)、女性に免疫が無い系男子なのか、と。

 短い訓練期間しか無いにもかかわらず、自分に匹敵する様なエヴァンゲリオンの操縦能力を持った強力な競争相手(ライバル)、それがアスカにとってのシンジであった。

 戦友として見れば背中を預けるに値するとは信じられた。

 実際、先の第7使徒戦ではアスカの窮地を救ってもくれた。

 だがしかし、である。

 それとは別の話として、アスカは負ける事が嫌いだった。

 負ける事は自己を否定されるとも感じる程に、嫌いだった。

 だからこそ、シンジの弱点情報は重要であった。

 何かの際には使えるかもしれぬとアスカは、その脳細胞にしっかりと刻み込んだのだ。

 

「何でもないわよ」

 

 弱点を掴んだ、そんな気分をおくびにも出さず澄まして笑ったアスカは、実に良い笑顔であった。

 尚、その意味をシンジは欠片も理解する事は無かった。

 

 

 

 自分の家に帰ったシンジであったが、一休みするよりも家事を行っていった。

 晩飯の準備と並行して、洗濯物の取り込みやフロの準備などだ。

 もとより自分の身の回りは自分でできる様にと躾けられていたし、第3新東京市に来てからは炊事もする様になった。

 葛城ミサトとは違って、ずぼらにせず、勉強などの気分転換になるからと言うのがシンジの弁であった。

 故に、同じ間取りの部屋とは思えぬ程にシンジの家は片付いていた。

 そして、部屋と同様に片付いているキッチンで、シンジはご飯が炊きあがるまでに味噌汁を用意する。

 サバの切り身を焼いて、これにインスタントの大根おろしを添える。

 小パックの豆腐も用意する。

 後は佃煮の小鉢まで準備して晩御飯の準備が終わる。

 実に和風だが、別段にシンジは和食党と言う訳でもない。

 只、ノルウェー産のサバが安かっただけで作られたメニューであり、それを苦も無くやって行く点で、シンジにとって食事の支度も趣味の延長線上にあると言う事であった。

 

 電子音がご飯が炊きあがったのを教えて来る。

 だが同時に、玄関のチャイムが鳴った。

 誰っとばかりにインターホンを見れば、アスカであった。

 割と深刻めな顔をしている。

 

『ゴメン、シンジ、助けて』

 

「助けて?」

 

 何が起きたのかと怪訝に思いながら玄関に向かい、扉を開けたシンジ。

 小さな画面越しでは無いアスカは、ほとほとに困ったと言う顔をしていた。

 

「どうしたの?」

 

「ミサトと………」

 

 横を見れば、少なくない機材を持ってきていたNERVスタッフ(技術開発局第1課訓練室)のリーダーと思しき人間が葛城ミサトと剣呑な雰囲気で話し合っていた。

 室長の阿多古カズキではない。

 もう少し若く、そして鼻っ柱の強そうな女性だった。

 

 何でも、彼女らは用意されている部屋に訓練用機材を設置する為に来たのだ。

 そこで何故か、葛城邸の清掃/片付けまでして欲しいと言われたのだ。

 至急と言わんばかりの勢いで機材を用意して来た所に、オマケで新しい仕事をしてくれと言われて、はいそうですかと素直に答える人間が居るだろうか。

 先ず居ない。

 しかも、葛城ミサトは簡単だと思うからと軽く言ったのだ。

 それは反発もすると言うものであった。

 或いは、最初から葛城ミサトが残業代もキチンと付けるなり、或いは謝罪を述べていれば話は違っただろうが、そうでは無かったのだ。

 片付けと設置をお願い。

 その間、ご飯を食べに行ってくるから。

 第1課訓練室のスタッフも夕食は当然、食べていないにも拘わらずである。

 それは感情的になるのも当然と言うものであった。

 結果、スタッフ側は断固としての、協力拒否を言い出したのだ。

 

「ま、あの惨状だとね」

 

 シンジは第1課訓練室のスタッフに深く同情した。

 そもそも、あのリビングの荷物をどこに置くのかと言う問題が先ずあった。

 葛城ミサトは、NERV本部に持って帰って預かって貰おうと考えていた様であったが、第1課訓練室が乗ってきた車はバンタイプであり、当然ながらもソファは勿論、TVやサイドボードすらも乗せる事は出来ないのだ。

 そこも揉めている理由であった。

 引き取る車を用意するにしても、もう非常待機(チーム)の人間以外は帰宅しているのだから。

 

 葛城ミサト。

 職務上では根回しも良くし、交渉も上手い人間であったが、私生活は本当に壊滅的な人間であった。

 

「訓練は明日からかな?」

 

 溜息交じりに言うシンジ。

 人類の存亡が掛かっていると言う割に呑気なものであるとも思いながら。

 と、そこで思った。

 何でアスカは助けて、と言ったのかと。

 視線が絡み合う。

 アスカは恥ずかしそうに俯き、乞い願う様に口を開く。

 

「ゴメン、何か食べ物無い?」

 

 キューっと可愛らしいお腹の虫が鳴っていた。

 

 

 

 日本食で良ければ、と前置きをしてアスカを自宅に迎え入れたシンジ。

 根が善良であるのだ。

 

「全部、自分でやったの? ヘルパー(家政婦)を呼んでるんじゃなくて??」

 

 整然と食卓に用意された和食の様に、アスカは本当に驚いていた。

 そして匂いにも。

 特に、焼き立てのサバと味噌汁が立てている匂いは、空腹の人間にとっては暴力そのものであったから。

 来日して日は浅いが、和食自体には抵抗感の無いアスカから見て、実に美味しそうな夕食であった。

 とは言えシンジは気を効かす。

 

「ご飯と味噌汁はまだあるけど、サバ大丈夫? ウィンナーと目玉焼きでよければ直ぐに準備出来るよ」

 

「アリガト。でもこの魚が美味しそうだから、ゴメン、まだある?」

 

「大丈夫だよ」

 

 まだ切り身は残っていたのだから。

 手早くアスカの分の食事を用意していく。

 大根おろしは要るかと聞けば、アスカは欲しいと言う。

 豆腐は? と尋ねれば、此方も欲しいと言う。

 ヘルシーで低脂肪だからと、アスカは日本食は高評価していた。

 だから、何でも食べると言う。

 流石に箸の扱い迄は習熟していなかったので、フォークとスプーンが用意されたが。

 

「日本に来て、本場の味って言うの? それを食べて見て悪く無かったのよ。それにNERVドイツ支部で栄養士から日本食のレクチャーも受けたしね」

 

 日本で十全に活躍する為の準備をしてきたのだとアスカは言う。

 エースとなるのだと言うアスカの決意は決して軽いものでは無かった。

 

「それなら良かった、お待たせ」

 

 焼きあがった新しいサバの切り身をアスカの前に用意する。

 幸いにしてシンジの家にダイニングキッチンは、安い手頃なテーブルセットを適当に選んだ結果としてイスは2つあった。

 テーブルがやや狭いのはご愛敬と言った所か。

 さて漸く食べようかと言う所で、アスカの携帯電話が鳴った。

 

「誰よっ!」

 

 漸くの晩御飯と言う所に、無粋な邪魔が入ったのだ。

 アスカが少しばかり機嫌が悪くなるのも当然であった。

 だが、電話の相手も、急いで電話する必要があったのだ。

 葛城ミサトだ。

 

『アスカ!? 何処に行ってるのよっ! 心配してるのよ、今どこに居るのよ!!』

 

 焦った声になっている。

 思わずアスカが携帯電話を耳元から離すレベルで五月蠅かった。

 

「今頃っ」

 

 無断で離れたのは悪かったが、葛城邸での埒が明かない様に離れたのは10分以上も前だ。

 今頃に焦るなとアスカが思うのも仕方のない話ではあった。

 兎も角、アスカは意図的にのんびりした声を出す。

 

「シンジの家よ? ご飯食べているわ」

 

 正確には食べる前であったが、それは些細な話だろう。

 

『シンジ君のっ? 良かった。心配させないでよね。ってシンジ君が居たっ!! そうよ、シンジ君の家が!!!』

 

「ハァ?」

 

 怪訝な声を出すアスカ。

 シンジは、取り合えずご飯を食べるのはもう少し遅くなりそうだと思った。

 

 

 

 さて、シンジの家があったと叫んだミサトの心は、要するには訓練場所の話であった。

 要するには良く片付いているシンジの家で共同生活をして貰おうと言う事だ。

 週に一度はシンジの家で赤木リツコなどと一緒に飲んでいたので、片付いているのを知っていたからであった。

 リビングの荷物は空き部屋に放り込める事も、シンジが部屋が多すぎて使い道が無いと愚痴っていた事を覚えていた。

 或いは最悪、葛城邸に預けておけばよいと考えていた。

 

「シンジ君の家は官舎、だからゴメン、悪いけどこの場を合宿所にさせてもらうわ!」

 

 命令しつつも陳謝と言った風の葛城ミサトと、疲れたと言うのを隠そうともしない第1課訓練室のスタッフを前に、シンジに断ると言う選択肢は無かった。

 そしてアスカは、()()()()()と言う点に引っ掛かりを覚えたが、あのゴミと埃にまみれた葛城邸よりマシであるし、シンジ自身への拒否感は無いので受け入れていた。

 1つ、釘を刺しながら。

 

「これも仕事(ビジネス)。受け入れるけどアタシみたいな美少女が一緒に居るからって、変な事しないでよね」

 

 

 

 

 

「センセたち、今日も休みか」

 

「学校を休みだしてもう3日だ。先の海辺での戦いの絡みだろうな」

 

 第壱中学校、昼の弁当を平らげて気だるげな昼休み時間。

 鈴原トウジも相田ケンスケも教室で呑気に過ごしていた。

 

「ああ、ゆうとったな。派手な戦闘になったけど勝ちきれんかったらしいって。ジブン、あんまり探るとまた怒られるで?」

 

 鈴原トウジのツッコミに、相田ケンスケは心底嫌そうな顔になる。

 しこたま怒られた事を思い出したのだ。

 だからこそ反論する。

 噂を集めただけだ、と。

 

「流石にもうしてないよ。只、あの大爆発が見えてないって話が流れているんだ」

 

「ああ~」

 

 使徒は、撃破された際には30㎞から離れた場所からでも判る、派手な爆発光を上げるのだ。

 幾ら政府やNERVが情報統制をしようとしても、半径30㎞四方な場所の全てで出来る筈も無かった。

 だから噂が広がる。

 そもそも、最初の第3使徒戦からしてN²兵器を街中で使用しているのだ。

 全てを隠蔽するなど出来る筈も無かった。

 

 と、学級委員長をしている洞木ヒカリが2人の所でやってくる。

 

「イインチョ、どうしたんや?」

 

「御免、鈴原。碇君って何時まで休むとか聞いてる?」

 

「センセか、聞いとらんけどどうしたんや?」

 

「今度の修学旅行の事でアンケートが明後日までなの。碇君と惣流さんがまだ未提出で、それで先生に頼まれちゃって」

 

 2人はNERVの絡みがあるからと言う言葉は飲み込んだが、その辺りを鈴原トウジや相田ケンスケも理解した。

 

「あぁ~」

 

 洞木ヒカリもアスカがNERV関係者であるとは知っていた。

 アスカが学校に来るようになって、学級委員長として世話をする中で仲良くなった結果であった。

 何とは無しに、馬があった結果であった。

 

「ワイらも知らん。センセから連絡も無いし、な?」

 

「ああ。聞いてないよ」

 

「どうしよう………」

 

 可愛らしい顔を歪める洞木ヒカリ。

 生来の生真面目さ故の悩みであった。

 だからこそ、鈴原トウジは動くべしと己に命じる。

 

「ケンスケ、ジブンってミサトさんの電話番号貰っとったよな? 連絡出来へんか?」

 

「トウジ?」

 

「惣流の奴は兎も角、シンジだけでも聞ければええやろ? あのアンケート紙を届けたいって言うてくれへんか」

 

「あぁ判った」

 

 携帯電話を手に席を離れた相田ケンスケ。

 別にマナー等と言う訳では無い。

 只、自分がNERV本部のお偉いさんとの連絡手段を持っていると言う特権意識からの、行動だった。

 会話の内容は秘密にしておくのが良いと言う意識でもあった。

 

 その背を目で追いながら、鈴原トウジは洞木ヒカリに話しかける。

 

「センセと逢えたら、惣流へも伝言を頼んどくから。それでええか?」

 

「鈴原………ありがとう」

 

「そんな畏まって言われたら、恥ずかしゅうなるで」

 

「じゃ、おおきに、かしら」

 

「そやな、おおきに()やで」

 

 少しだけストロベリーな空気を漂わせていた鈴原トウジと洞木ヒカリ。

 そこにニヤけ顔で戻ってくる相田ケンスケ。

 否、ドヤ顔だ。

 

「許可を貰った。シンジの家に行けるぞ。後、何でも惣流も一緒らしい」

 

 そこで一旦、言葉を切って小声に成る。

 NERV絡みの事だ、言葉を小さくしたい ―― 秘密は知る人間を減らしたい。

 相田ケンスケの稚気の表れとも言えた。

 

()()()()()()()()。で、ミサトさんが許可出してくれるから来て良いってさ」

 

 

 

 

 

 初めてシンジの家を訪れる事となった鈴原トウジと相田ケンスケ、それに洞木ヒカリ。

 第壱中学校から少しばかり離れているコンフォート17マンション。

 国連機関(NERV)上級職者(佐官)用の官舎と言う事で、結構な威容と厳重なセキュリティが行われている建物となっていた。

 駐車場までも含めて管理されているのだ。

 威嚇的なデザインでは無いが詰所が用意されており、中にはNERVの部内警備を担当する警備部の人間が配置されていた。

 流石に防弾衣(ボディアーマー)までは着こんで居ないが灰色を基調とした都市型迷彩のNERV警備部向け制服は、ベージュを基調としたNERV一般制服とは違う威圧感があった。

 当然ながらも実弾装填済みの護身用短機関銃(P-90)を下げている。

 その厳重さは、軍事施設的とも言えた。

 

「玄関扉、ガラスだけど重かったのって、アレ、多分、防弾ガラスだぞ。スゲーなー」

 

「さよか」

 

 緊張と共に興奮も隠せない相田ケンスケに対して、平常心と言うか興味なさげな鈴原トウジ。

 そして場違い感を自覚している洞木ヒカリは緊張にせわしく周りを見ていた。

 とは言え、マンション建物内に入ってしまえば、一般のマンションと何ら違いは無かった。

 少しばかり、エレベーターが大きいと言う事くらいだろうか。

 それ以外は実に普通だった。

 エレベーターを上がり、廊下を歩き、そしてIKARIとのプレートが掛けられた扉のインターホンを押す。

 

「はーい!」

 

 出て来たシンジとアスカの格好が普通では無かったが。

 否、動きやすそうな高機能型のTシャツと5分丈のスパッツと言うのは、体を動かすときの定番ではあった。

 問題は、色違いの同じ柄と言う事だろう。

 

「う、う、裏切りも~ん!」

 

「まさか今時ペアルック、イヤ~ンな感じ!!」

 

 

 

 

 

 



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05-5

+

 国連特務機関であるNERV。

 その中心であるNERV本部の佐官用住居がコンフォート17は、その作りこそは普通よりは上程度のマンションと同じであったが、その警備の厳重さはけた違いであった。

 敷地はフェンスで守られ、監視装置が死角無く配置されている。

 言うまでもなく重要人物向けの施設であった。

 

 鈴原トウジや洞木ヒカリの様な、大災害(セカンドインパクト)の年に生まれたとはいえ、復興によって被害の爪痕も乏しくなった日本 ―― ()()()()()と言う意識の強い2人にとっては、その厳重さは想像外であったのだ。

 標準的な日本人からすれば、過剰と見える警備。

 だがNERVと言う国連の、国連基準とすれば妥当な話であった。

 日本ほどに平和(治安)を回復した場所は世界に余り無く、欧米ですらも何かあれば暴徒に襲われかねない。

 国連だから、世界の為の組織だから狙われない。

 ()()

 世界の為の組織であればこそ金がある、金があるからこそ狙う。

 それが世界標準であったのだ。

 世界標準で行われている警備。

 だからこそ、相田ケンスケは憧れを感じていた。

 日常とは違う世界。

 或いは、ミリタリー趣味だからと言う部分もあったが、それ以上に下士官である父親を通して見ていた世界とも別の、築30年の中古住宅に住む事とは違う世界。

 何時かは自分もそうなりたいと言う様な、ある種の願望とも言えた。

 偉くなりたい、と言う。

 それが、より明確な形となるのは碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの訓練を見た時であった。

 

「う、う、裏切りも~ん!」

 

「まさか今時ペアルック、イヤ~ンな感じ!!」

 

 

 

 アンケート書類を渡し、書いてもらった。

 回収した。

 だがそこで帰るのもナンだからと、シンジ達の休憩を兼ねての雑談をしていた所、話の流れで鈴原トウジたち3人はシンジとアスカの訓練を見学する事になった。

 リビングルームに用意された、訓練用の機材。

 その目的は同調(ユニゾン)であり、攻撃のタイミングを合わせる為の訓練であった。

 とは言え、その様はさながらダンスめいた。

 テンポを取る為に音楽を掛けて、それに合わせて体を動かしていくのだから、そう感じるのも当然かもしれない。

 

 相田ケンスケはその様に、アスカの動きを魅入られた様に見ていた。

 躍動する体と飛び散る汗、そして真剣な表情。

 言葉も出なかった。

 それまで観賞兼商売用等とニヒルを気取って考え(厨二病めいて格好つけて)ていたが、アスカがその様な枠に収まらない瑞々しい魅力を持つと感じたのだ。

 それは、鉄槌で殴られた様な衝撃だった。

 

「綺麗だ………」

 

 魂を持っていかれたかのようにアスカを見ていた。

 そんな相田ケンスケ程では無いにせよ、鈴原トウジも洞木ヒカリも感嘆しながら2人の動きを見ていた。

 2人の躍動感たるや、ダンスのプロめいてる。

 だが同じ動きに見えていて、小さな違いがあった。

 感想が異なると言うべきだろうか。

 

 アスカは、しなやかさに力を併せ持った肉食獣めいた動きであった。

 シンジは、肉食獣ながらも速度と共に豪壮な力を感じさせる動きだ。

 何が、と言語化することは難しいが、それでも似て非なると言う事は判る動きの差があった。

 にも拘らず、動きのスケジュールに狂いはない。

 一曲終わって、洞木ヒカリには完成していると見えた。

 だから素直に感想を述べた。

 

「恰好良かったわよ、惣流さん!」

 

 拍手と共に洞木ヒカリが述べた素直な感想に流石のアスカも相好を崩す。

 だが、賞賛の半分を受けるべきシンジは、少しばかり微妙な顔で壁際の計測機器を見ていた。

 表示されている誤差(タイミングの差)は0.53秒。

 1秒の壁は抜けていた。

 0.5秒まであと少し。

 だがシンジは余裕の類を顔に浮かべていなかった。

 浮かべられないのだ。

 それに気づいたアスカも頷く。

 2人の空気の重さに、首をかしげる鈴原トウジ。

 運動音痴めいた自身から見て、完璧の域に見えたのだから当然だろう。

 

「なんや、これは駄目なんか?」

 

こいはよかと(この数字は十分だよ)じゃっどん(だけれども)そうもいかんでな(実戦式だとそうでも無くてね)

 

 鈴原トウジの問いかけに、難しい顔で答えるシンジ。

 アスカも同じだ。

 テーマ曲に従って、定められた動きであれば出来る様になってきた。

 合わせられる様になってきた。

 2人の運動センスは、そういう水準に達しつつあった。

 だが、足りないのだ。

 

「使徒の動き、それが予想通りなんてありえないのよ」

 

 髪をかき上げながら憂うアスカ。

 後ろ髪はポニーテールめいて纏まられていたが、前髪は何もしていなかったのだ。

 纏めた場合の、肌が引き攣る感覚が嫌だからだった。

 と、シンジが意識を分ける事無く近くのタオルを取ってアスカに向ける。

 アスカも同じように、見る事も無く受け取ってから汗を拭いていく。

 互いに相手の事を考え、動きを合わせよう言う葛城ミサトの狙いは上手く出て来ていた。

 2人の自然な仕草に、思春期(乙女な想像力旺盛)な洞木ヒカリは頬を赤らめていた。

 大人の仕草に見えたからだ。

 少なくとも子供のソレ(自分の事を優先する仕草)では無かった。

 そして、洞木ヒカリと同様に思春期の自覚を持っていた相田ケンスケは、そこに少しだけ面白く無いモノを感じた。

 それが何であるかを自覚する前に、新しい人間が来た。

 

「あらいらっしゃい」

 

「葛城さん!」

 

 満面の笑みと共に声を挙げた鈴原トウジを、洞木ヒカリは微妙な目で見た。

 飼い主を見た犬の様なだらしない顔をしているのだ。

 仕方のない話とも言えた。

 常ならば、鈴原トウジと同じように声を挙げていたであろう相田ケンスケは、アスカに気を取られていて反応が乏しかった。

 シンジとアスカが顔を寄せて話していた事が気になっていたのだ。

 と言うか、ジト目をして葛城ミサトを見ていた。

 

「アンタの家じゃないでしょうが」

 

おいが家やっどんな(僕の家なんだけどね)

 

「シンジ?」

 

 アスカのジト目の対象にシンジが加わった。

 その意味を理解出来ない訳では無いシンジは、空咳を一つして言い直した。

 

()()()()()()

 

 標準語、自分がシンジに対してイニシアティブを握っている事を実感するたびに、アスカは満足を覚えていた。

 深く頷いてみせる。

 笑顔も添える。

 良く出来たと褒める事(信賞必罰、飴と鞭)は大事だと、アスカは士官の教育課程で学んでいた。

 

「宜しい__ しかしミサト、面の皮は厚いわよね」

 

「あの()家でやるって考えた時点で、凄いの一言だと思う」

 

「家事能力が無いのと一緒よね。加持さんも、何であんなのと付き合ってたんだか。若気の至りって奴?」

 

「さぁね」

 

 他人様の家で家主めいて強いと言う点でアスカは葛城ミサトと似ている、そんな言葉を賢明なシンジは飲みこんで居た。

 

 

 

 鈴原トウジ達が練習の時間に来ることを葛城ミサトが認めた理由は、2人の息抜きであった。

 同時に、どうにも最後の調整が上手く行かない2人の同調(ユニゾン)に、刺激を与えようと言う魂胆もあった。

 型稽古(ルーティン)めいた動作であれば、既に0.5秒台での動きは可能になった。

 シンジとアスカと言う、訓練を苦にしない努力家が昼夜を問わずに練習したのだ、当然の話と言うべきだろう。

 問題は、実際の戦闘を想定した動作であった。

 使徒の動きを想定した、ランダムな戦闘動作の方は、最初こそ誤差は1秒を切っているのが、5分10分と続けると、誤差が蓄積するのか常に1秒近い差が出る様になっていく。

 シンジもアスカも真剣であるが故に、最後は睨み合いめいた事へとなっていく。

 

「テンポがオカシイのよ!」

 

「オカシイのはソッチだろ!?」

 

 怒鳴り合い。

 毎度毎度、一通りの戦闘動作を終えての反省会(ミーティング)が怒鳴り合いになる。

 真剣であるが故に、原因が相手にある様に思えるのだ。

 手を抜いていないと言う事は判るが故に、決定的な段階に話は進まないが、そうであるが故に原因が判らず、ストレスを貯め込んでいるのだった。

 

 額を突き合わせる様な姿で睨み合うシンジとアスカに、頭を抱える葛城ミサト。

 

「あっちゃー」

 

 正に内心の吐露であった。

 尚、割と葛城ミサトは2人の気分がほぐれる様にと努力もしていた。

 この鈴原トウジらが来るのを認めた事もだが、自分が飼っているペット、温泉ペンギンのペンペンを連れて来てもいた。

 だが、それらが功を奏する事はなかった。

 

「くわっ」

 

 凹む顔をした葛城ミサトを慰める様に、ペンペンは右の羽で撫でた。

 その何とも人間臭い仕草に、洞木ヒカリはほっこり笑顔を見せていた。

 対して相田ケンスケは真剣な表情をしていた。

 

「何が原因なんだろう」

 

 上昇志向めいたモノを自覚していたが故に、NERVの有力者である葛城ミサトの前で良い恰好(ポイント稼ぎ)をしたいが故だった。

 だが残念、先に原因に気付いたのは鈴原トウジであった。

 

「ありゃ?」

 

 鈴原トウジは細かく体を動かすと言う事は得手とは言い難い。

 だが、動きを見ると言う点ではそれなりのセンスを持っていた。

 だからこそ、何度目かの、シンジとアスカの動作を見ていて気付いたのだ。

 ()()()が違う、と。

 

「センセに惣流、もしかしてやけど__ 」

 

 それはある意味で2人が積んできた修練の方向性の差であった。

 例えるならばアスカはレスリングやフェンシングに於ける攻めであった。

 どこまでも食らいついて、相手を潰す動き。

 対してシンジは違う。

 薬丸自顕流の稽古も相手を叩き斬る為に全力を発揮するが、同時に、打ち込みが終わった際の()()も重視する。

 

 言うならば、突き進むアスカに対して余力を残すシンジ。

 それが、攻撃の終点に於ける2人の違いに出ていたのだ。

 ある意味で誰もが納得する話であった。

 

「鈴原君、凄いわ」

 

 問題を見つけ出した功労者を、思わずと言った勢いでハグする葛城ミサト。

 タハハっと苦笑するシンジとあきれ顔のアスカ。

 対して洞木ヒカリは面白く無さげにペンペンを撫でまわす勢いが増していた。

 そして相田ケンスケは、少し俯き加減で顔を隠しながら鈴原トウジを睨むのだった。

 

 

 

 兎も角、するべき事、修正点が判ってからは話は早かった。

 互いに問題点に注意して訓練を再開した。

 アスカは少しだけ残身を意識し、シンジは少しだけ前に出る事を意識する。

 どちらか一方が修正すると言う事は、互いに、相手の目を見た瞬間に無理無駄無意味と理解していた。

 双方ともに妥協(Win-Winの関係を構築)するべきだと。

 相手が折れる気が無いと言う理解とも言えた。

 同時に、相手に無理に折れさせる事も良くないとも考えていた。

 そういう程度には、シンジもアスカも相手の修練を評価していたのだ。

 

 互いだけを意識し、全力で訓練に集中するシンジとアスカ。

 その姿に鈴原トウジと洞木ヒカリは唯々圧倒された。

 そして、アスカに見惚れていた相田ケンスケを連れて、邪魔をせぬ様にと帰るのであった。

 対して葛城ミサトは、頑張る2人の為に夕食の準備をする事としていた。

 買い出しである。

 雑な料理しか出来ないと言う自覚はあった為、近所のスーパーマーケットに弁当なり総菜なりを買いに行こうというのだった。

 まだ時間が早いお陰で、コンビニ以外が選択肢に上がるのは、誰にとっても幸せとも言えた。

 

 そんな外部の動きを気にする事無く、シンジとアスカは一心不乱に訓練に打ち込むのだった。

 それは連日連夜に及んだ。

 ただ只管に、報復(リベンジ)の為に爪を研ぐ日々。

 体力が尽きるまで体を動かし、そして飯をかっ喰らって寝るだけの日々。

 夜になれば葛城ミサトが泊まりに来るし、リビングで3人並んで雑魚寝しているからと言う訳でも無く、色気の無い、体育会系の正に合宿と言った塩梅の日々。

 そして、決戦の前日。

 

 翌日の報復戦を前に夕食を平らげるシンジとアスカの顔には、自負と自信とが溢れていた。

 テーブルに並んでいるのは、勝つと言う縁起担ぎにシンジが選び、料理したトンカツにビーフカツ、チキンカツだった。

 飲兵衛である葛城ミサト向けに唐揚げも用意していた。

 残念ながらも、その葛城ミサトは明日の決戦に控えての準備で、NERV本部での泊まり込みとはなっていたが。

 

「勝つわよ」

 

「勝つよ」

 

 兎も角、山盛りになったカツの山、これにご飯と味噌汁、それに漬物が用意されている。

 何とも贅沢な、壮行飯であった。

 奪い合う様に貪っていく2人、交差する箸とフォーク。

 ある程度、腹が膨れた辺りでアスカがポツリとばかりに言葉を漏らした。

 

「この料理だと、ワインが欲しいわね、赤」

 

 口元の脂分を流し込みたいと言う。

 何とも我儘な話であった。

 未成年でもある、が、流石にシンジはそう言う指摘(野暮)はしない。

 とは言え、飲用のワインは流石に無い。

 

「料理用の赤ワインならあるよ?」

 

「アレ、美味しくないわよ」

 

 既に盗み飲みしていた事を悪びれずに言うアスカ。

 苦笑しながらシンジは代案を出す。

 

「ビール?」

 

Nein(駄目)! ビール何て(Piss)と一緒よ」

 

 不穏当な単語を聞いた気がしたが、見事にシンジはスルーして立ち上がる。

 なら選択肢は1つだね、と。

 

「イモの蒸留酒ならあるよ」

 

「ショーチューでしょ。期待してるわよ」

 

 オンザロックで焼酎を用意するシンジ。

 グラスは2つ。

 自分も飲む積りだった。

 明日の決戦は昼からであり、それに芋焼酎は二日酔いする事はないと言う経験則に基づいた判断だった。

 未成年で酒精を摂取するのは健康に悪いと言う言葉もある。

 だが、命を懸けた戦争と言う、一番健康に悪そうな事を明日はするのだ。

 神様仏様だってお目こぼしするだろう。

 そんな風に思っていた。

 

「乾杯する?」

 

「もっちろん! 明日の勝利を祈るのよ!!」

 

「判ったよ。なら、明日の勝利に」

 

「勝利に、Prost!(乾杯)

 

 

 

 

 

 腹一杯に食べて、アスカ曰くの()()()()()にアルコールを摂取した2人。

 そうであるが故に、健康な体をした2人は夜に体の上げる強い生理的要求に気付く事となる。

 それはほぼ同じタイミングであった。

 同調(ユニゾン)訓練によって、体調とも生理的タイミング(体内時計)も調律してきた結果とも言えた。

 

 先に起きたのはシンジ。

 同じ部屋で寝ているアスカを起こさない様に、静かにトイレに行き、帰ってくる。

 だがアスカはもぞもぞとしているだけだった。

 単純に血圧、或いは寝起きの良し悪しに関する事であった。

 シンジが寝床に戻ってからわずかばかりの時間後。

 

「ん……」

 

 小さく呟いて、アスカは寝床から這い出す。

 暗闇に沈む中でシンジは、呆っとそれを感じていた。

 生々しい生活雑音を聞くのはデリカシーの問題ではあるとも言えたが、()()であった。

 そう言う部分を剥ぎ取った合宿めいた訓練をしていたのだから。

 寝よう、そうシンジが思った時、その背に温かいものが来た。

 アスカだ。

 寝ぼけて寝床を間違えた様であった。

 

「……アスカ」

 

 名前を呼び、体を揺すって場所を間違えていると告げるシンジ。

 だがそれが逆効果となった。

 アスカがそっと手を回してきたのだ。

 

「!?」

 

 慌てて振り返ろうとするシンジ。

 だが半分ほど振り返った所で、ギュッと抱きしめられる事となった。

 動けない。

 力を入れれば振りほどく事は無理では無いが、見えるアスカは哀し気な顔で寝ているのだ。

 そんな相手に力を出す程にシンジは無粋では無かった。

 勘弁してよ、そんな気分を溜息で吐きだして寝ようと考え目を閉じようとした。

 

「…ママ……」

 

 それは日頃とは全く違うか細い声だった。

 幼子の様な、迷子の子どもめいた声だった。

 だからシンジはそっと動く手を回して抱きしめてあげた。

 

 後で考えれば、どうしてそうしたのかと羞恥でもだえる様な行動であったが、その時、シンジはソレが最善であると想っていた。

 道に迷った幼子の様なアスカを、そっと守るかのように。

 

まっこて(全く)おはんさぁもじゃっでよ(アスカも子どもだよ)

 

 シンジもゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 




2022.05.23 文章修正
2022.06.01 文章修正


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05-6

+

 決戦。

 前回と同じ場所で戦の準備を進めるエヴァンゲリオン3機と、支援機(機動電源ユニット)としての改装が施されたJA。

 言うまでも無く前衛はエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機だ。

 但し、武装は前回とは異なっている。

 損壊したEW-17(スマッシュトマホーク)をエヴァンゲリオン弐号機が装備していないのは当然だが、エヴァンゲリオン初号機もEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)を装備していなかった。

 両機は共に主武装としてEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を装備し、予備武装も同じ ―― (胴体後下部)兵装架(ウェポンラック)EW-11C(プログレッシブダガー)を取り付けている。

 その上で、白兵戦装備だけが違っていた。

 エヴァンゲリオン初号機は左肩甲骨部に特設した自在架(兵装パイロン)に、薩摩拵えめいた日本刀型の武装を配置していた。

 技術開発部が昼夜を問わぬ突貫工事で完成させたEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)だ。

 とは言え強度問題は解決しきれていない試作品であり、赤木リツコによれば5度ほど全力で叩き付ければ折れてしまう様なモノであった。

 故にEW-12⁻と暫定を示す正式番号が振られていた。

 何故に応急的な装備を選び、威力が実証された(バトルプルーフ済みの)EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)ではないのかと言えば、武器の重さをエヴァンゲリオン弐号機用としてNERVドイツ支部が用意したEW-17(スマッシュトマホーク)に合わせる為であった。

 技術開発部が、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの同調(ユニゾン)を支える為に行った努力とも言えた。

 対してエヴァンゲリオン4号機は、支援火器装備であった。

 但し今回はEW-22C(長砲身化パレットガン)では無く、JAが随伴しているお陰で大威力のEW-23B(バヨネット付きパレットキャノン)を装備していた。

 万全の体制と言えた。

 少なくとも大人たちは、自分が出来る限りの努力を尽くしていた。

 

 片膝立ちで待機姿勢を取っている3機のエヴァンゲリオン。

 複数の特大型固定(クレーン)車が機体前後から固定している。

 又、エヴァンゲリオン用大容量電源車や整備ユニット車、或いは前線指揮車などが集まっている。

 その中に、大柄な搭乗員(チルドレン)待機車があった。

 巨大である理由は居住性も理由であるが、それ以上に狙撃 ―― 12.7㎜クラスの銃撃であれば全周に対して十分な防御力を発揮できる装甲が与えられているからであった。

 尤も、その車内に入ればそう言う事を理解出来ない様な、居住性があった。

 TVに冷蔵庫、簡単なキッチンは勿論、ソファセットや仮眠ベットにトイレユニットまで用意されている辺り、さながら、豪華なキャンピングカーめいた室内であった。

 エヴァンゲリオンと言う兵器が、搭乗員(チルドレン)の心理状況に左右されると言う事が重視され、用意された装備であった。

 その中でシンジとアスカ、それに綾波レイは思い思いに過ごしていた。

 綾波レイは1人掛けソファで本を読んでいた。

 シンジは簡易ベット上で座禅をし、瞑想し、禅めいた呼吸(チャド―)をしていた。

 そしてアスカ。

 3人掛けのソファの真ん中にドカッと座り、足を組んで目を閉じていた。

 当然、腕も組んでいる。

 だがその内心が戦いに向かって集中しているかと言われれば、それは否であった。

 脳内は朝の目覚めた時の事に占められていたのだから。

 

 

 朝。

 柔らかい目覚め

 温かい感触、それは何時くらいぶりか判らぬ程に穏やかさをアスカに与えていた。

 幼子の頃の思い出、もはや顔をはっきりとは思い出せない母と眠っていた頃の事を思い出す。

 優しく撫でて貰っていた頃を。

 望めば望むだけ抱きしめてくれていた頃を。

 

「……ママ…………」

 

 だからこそ哀しかった。

 急速に目覚めつつあるアスカは、コレが現実では無いと自覚出来たのだから。

 過酷な現実への帰還。

 同僚としてそれなりに信用しても良いと思えるおバカなオトコノコ(シンジ)と、そこそこに信じても良いかもしれないお気楽酔っぱらい(葛城ミサト)の居る現実。

 そこでアスカは救わねばならないのだ。

 エヴァンゲリオン適格者(選ばれしエリート)として。

 

 だが、シリアスでセンチメンタルなアスカの気持ちが維持されていたのは、目を開くまでだった。

 

 

 

「?」

 

 目が覚めれば消えると思っていた体温は、そこにあった。

 自分の手の中にある温かなモノ。

 そして、自分を抱きしめてくれている手。

 

「んん?」

 

 ゆっくりと目を開けた。

 シンジの寝顔がそこにあった。

 一瞬、綺麗なまつげだと思い、そこから一気にアスカの意識が覚醒する。

 

「!? くぁwせdrftgyふじこlp(アイェェェェェェェェェツ)!!」

 

 

 

 そして今。

 一見すれば冷静に意識集中して瞑想している様に見えるアスカであったが、その脳内は限界であった(テンパっていた)

 エリートとしての擬態(猫かぶり)故に、周りの人間が気付く事は無かったが、色々と臨界状態であった。

 

 

 朝、シンジが起きる前に四苦八苦してその腕の中を脱したアスカは、先ずは大いに焦った。

 だから深呼吸。

 深呼吸。

 深呼吸。

 深呼吸。

 大きく大きく深呼吸(coolにcoolにcoolに!)

 非常時こそ落ち着かねばならない。

 ソ連機甲師団(スチームローラー)を正面から迎え撃つときの様に、冷静でなければ何事も為せないと言ったドイツ陸軍上がりの国連軍教官の言葉を思い出す。

 老齢ではあっても、実際にソ連軍と戦った(ヴェアマハト上がりな)訳ではないだろうが、それでもセカンドインパクト後(After Holocaust)の世界的な混乱(地獄)にあって戦い抜いた機甲科のベテラン(歴戦の将校)なのだ。

 アスカは、実戦経験者の言葉を疑わなかった。

 故の自己制御。

 だから開戦劈頭(目覚めて即座)()()()使()をアスカは我慢していたのだ。

 とは言え、とても冷静にはなれなかった。

 貞淑さとか処女性とかを大事にするキリスト教、親の代(惣流キョウコ・ツェッペリン)からの信者であったからだ。

 とは言え熱心とはとても言えなかった。

 それ処か周りの空気(キリスト教信徒率80%なNERVドイツ支部)を読んで当たり障りなくカソリック教徒を装っているだけの、不可知論者であった。

 家族の事、自殺した母や再婚した父。

 何よりクソの様な現実を知ったエヴァンゲリオン適格者の選抜過程と、国連軍での士官訓練が大きかった。

 乙女の羞恥心を破壊力に変える、凶技観音脚奈落落とし(パニッシュメント・フォールダウン)を編み出しアスカに伝授した、色々と頭のネジの飛んだアーリィ・ブラスト格闘教官(国連軍中尉)に至っては、貞淑()こそが男を落とす(物理的killも含む)要訣であると言い放っていたのだ。

 その大きな影響だったかもしれない。

 兎も角。

 アスカが神様への愛を信じなくなるのも当然の話とも言えた。

 とは言え、聖書などを読んで居れば少しはその考えに染まる(汚染される)

 その結果が、先ずは日曜学校に行けなくなる事をしてしまったのかとの反応であった。

 或いはシンジが獣欲を見せたのかとも思った。

 無論、即座に否定されたが。

 体の違和感なども無いし、そもそも着衣の乱れも無いのだから。

 だからこそ、冷静になる事が出来たとも言えた。

 

 冷静に状況を把握する。

 寝床の位置はシンジのモノであり、シンジの手は欲気から抱きしめたと言うには余りにも優しげだった。

 結論として、自分が寝ぼけて抱き着いた。

 抱き着かれたから抱き返してきた。

 そんな所だろうと、アスカの虹色脳細胞は結論を出した。

 

 事故にあった様なモノ、そう処理するべきであった。

 或いは失敗したと笑うべきかもしれない。

 だがそうならなかった。

 理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アーリィ・ブラストと、その門下生(姦しガールズ)からアレやコレやと聞き及ぶ耳年増になってはいても、その本質は乙女(ティーンエージャー)でしかないのだから。

 しかも、母親と死別して以来、アスカは誰からもハグをして貰った(愛されているとの実感めいた)記憶が無いのだ。

 それはもう脳内大騒動(フットー状態)になるのも当然と言う事であった。

 アスカが常に好きだと口にしている加持リョウジであっても、アスカが迫る事はあっても返される事は当然として、親愛のキスどころかハグすらもしてくれなかった。

 大人として一線を引いていた。

 そもそも、当時の加持リョウジはNERV特殊監査部EURO局第1課主席監査官。

 特殊監査部の業務として適格者(チルドレン)候補生の待遇その他の監査を行っていた際、縁があって親しくなっただけなのだから当然とも言えた。

 

 正直な話として、NERVドイツ支部の大人たちとは違う雰囲気から、自分が大人である事の証明(トロフィー)として欲した ―― 加持リョウジはアスカの心理をそう理解していたのだ。

 そうであるが故に、加持リョウジは適格者(V.I.P)であるアスカを粗略には扱わなかったが、その気持ちを受け入れる事は無かったのだ。

 そもそも、加持リョウジと出会った頃のアスカは10代にも入ったばかりの頃なのだ。

 その頃からのアプローチなぞ受けても、加持リョウジとしては犯罪者(HENTAI)扱いされぬ為に細心の注意を払うのも当然であった。

 裏向き(世の裏側)は兎も角として、表向き(建前)のヨーロッパは性的問題(犯罪)に厳しい場所であり、噂ですら社会的致命傷になりかねないのだから。

 であるが故に、結果として純粋培養めいた(乙女を拗らせた)アスカが生まれたとも言えた。

 

 初めてハグをしてくれたヒト。

 シンジをそう認識し、それはそれで悪くないと思うアスカと、加持リョウジ(大人)とは違うと断じるアスカ。

 そのせめぎ合いめいたモノがアスカの脳内で勃発していた。

 エヴァンゲリオン適格者として先に戦果(スコア)を稼ぎ、評価も得ている(ライヴァル)であるが、同時に信頼できる僚友(バディ)と認めても良いとは思える相手。

 容姿や肩書ではなく、修練を認めて来た相手。

 そんな、内側に意識を向けて悶々としていたアスカ。

 そこにいつの間にかシンジが寄って来ていた。

 

「アスカ」

 

「何?」

 

 目を閉じたまま、鋼鉄の自制心で平素の声を出すアスカ。

 だが、そんな事に気付く事無くシンジは質問を重ねた。

 何か飲まない? と。

 目を開ければ、シンジが給湯設備の前に居た。

 

「葛城さんから、第1配置(第一種戦闘配備)までまだ1時間は掛かりそうって連絡があったんで紅茶を淹れるんだけど、飲む?」

 

「銘柄は?」

 

「えっと、リプトン?」

 

 手に持っていた黄色いティーバッグの包装をマジマジと見るシンジに、アスカは僅かばかり立っていた(毒気)を抜かれる。

 

「アンタバカァ? それはブランドだっちゅーの。銘柄ってのは茶葉の種類よ」

 

「余り考えた事なかったよ」

 

「いい加減ね、やっぱりバカシンジか」

 

 脳内の沸騰を抑える為に、意図的に汚い言葉を選ぶアスカ。

 有体に言えば暴言系。

 だがそれをシンジは、仕方がないとばかりに苦笑と共に受け入れる。

 実際、気にしてなかったのは事実なのだから。

 横木打ちで、大事なのは振るう事であり、振るう木刀に頓着しないのと一緒 ―― それこそユスの木刀が無ければ丸太棒を振るう。

 そういう事であった。

 

美味しければ(細かい事は)良いんだよ」

 

 振るえれば良いのと一緒。

 美味しく安全であれば問題は無い。

 そんな実にアバウトなシンジにアスカは処置なしとばかりに溜息をついた。

 だが内心は違う。

 何となく、こんな毒にも薬にもならぬ会話が楽しかったのだ。

 

「で、あの娘には聞いたの?」

 

 だから話を転がす意味で、流し目で3人目の同室者(ライヴァル)を話題にした。

 名を言われた綾波レイは本に集中していて反応をする事は無かった。

 対してシンジは、飲むって言ってたよと返した。

 それがアスカの癇に障った。

 ()()()()()()? と感じたのだ。

 位置関係で言えば、先に綾波レイに声を掛けるのは当たり前だと思う反面、何となく面白く無いと言う感情を自覚するアスカ。

 だがからこそ、我儘を口にした。

 

「なら、取り合えずアタシは珈琲で」

 

 チョッピリの笑顔を添えて。

 

「インスタントだけど良い?」

 

「インスタント? 豆から淹れてよ、時間があるなら」

 

「無いよ、そんな道具なんて」

 

「インスタントなんて珈琲じゃないわよ。良くそれで我慢出来たわね。バカシンジってバカ舌も兼ねてるの?」

 

「僕は緑茶党だからね」

 

「グリーンティー?」

 

「そうだよ、(鹿児島)から送って貰った知覧茶。美味しいよ」

 

「じゃ、アタシも同じで良いわよ。砂糖は3つで良いわ」

 

「………お茶に砂糖を入れるの?」

 

「ティーじゃない」

 

「アスカの方が莫迦舌だと思うよ」

 

「ハァ?」

 

 ボソッっと毒を吐くシンジに、キレるアスカ。

 無論、共に冗談でのやり取りだ。

 そうして、雑談の中でアスカは気が付けばリラックスしていた事に気付くのだった。

 

 

 

 

 

 再侵攻を開始した第7使徒。

 上陸し、水を滴らせるその姿は、少しだけ前回とは異なっていた。

 ()()()()()、葛城ミサトはエヴァンゲリオンの配置を少し下げさせた。

 前回の戦闘で荒れていない農地まで含まれる事になるが、確実に来るであろう日本政府からの抗議を覚悟した上での事だった。

 第7使徒の手札を見る為、先ずは国連統合軍(UN-JF)極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)特科(野砲)部隊による射撃を行う。

 偵察的攻撃(牽制射撃)

 国連軍装備の自走榴弾砲でも最新の部類に入る99式155㎜自走榴弾砲が全力で砲撃を開始する。

 開発されたばかりのレーザー誘導式155㎜対使徒砲弾が雨霰と降り注ぐ。

 が、当然ながらも被害は出ない。

 但し、迎撃も応射 ―― 99式155㎜自走榴弾砲の居る方向に対する射撃もしない。

 

 

「どうやら、第5使徒みたいなふざけた射撃能力は持たないみたいね」

 

 照明を落とした前線指揮車の中で、葛城ミサトがつぶやく。

 副官役の日向マコトが合いの手を入れた。

 

「後は千里眼(遠距離偵察能力)も無さそうですね」

 

「結構。偵察機(UAV)も落として来ない辺り、第3使徒程の対空能力も無さそうね。MAGIは?」

 

「作戦変更の必要性は低いと判断しています」

 

「結構。なら予定通り始めましょう。良いわねシンジ君、アスカ」

 

よか(はい)

 

Ja(はい)

 

 言葉は違えども、同じタイミングで声を返した2人。

 その顔に自負と自信があった。

 深い満足を覚え、それから綾波レイに命令する。

 

「レイ、目標が2000(2㎞)まで接近したらテンカウント、0で射撃開始。良いわね」

 

『はい』

 

 

 

 静かに進むカウント。

 その最中、アスカはシンジに声を掛ける。

 

「いいわね、最初からフル稼動、最大戦速で行くわよ!」

 

『分かってる。62秒でケリをつける』

 

「〆はアレ、アレをやるわよシンジ」

 

『いいよ』

 

 誰もが頼もしいと思うであろう表情で返事をしてくるシンジ。

 そこに深い満足を抱きながら、アスカも頷き返す。

 やるべき事はやった。

 後は結果を出すだけなのだ。

 今この時、2人の間に言葉は不要であった。

 

『目標、最終ライン突破! カウントスタート!!』

 

 カウントが始まると共に寸毫の狂いも無く、2機のエヴァンゲリオンは発進姿勢を取る。

 今、2機が配置されて居るのは第7使徒から小高い丘を挟んだ場所だ。

 第7使徒による大威力攻撃を警戒しての事だった。

 そして綾波レイのエヴァンゲリオン4号機は、もう少し離れた場所に配置されていた。

 初手を担う関係から、反撃を受けるリスクを考えて離されていたのだ。

 

『5,4,3,1……0』

 

『作戦開始! 音楽スタート!!』

 

 ゼロカウントに被せる様に吠えた葛城ミサト。

 シンジとアスカがテンポを取る為に音楽が流される。

 だが、集中していた2人の耳に音は届かない。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)02(エヴァンゲリオン弐号機)、外部電源パージ確認!』

 

 飛んで丘を越えるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機。

 飛ぶ姿から着地時の姿勢まで、全く同じだ。

 右腕でEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を抱え持ち、左腕は大地に添えられる。

 片膝立ちのその様は、正にヒーローとプリマドンナの死線突破(エントリー)であった。

 その2機の眼前で、エヴァンゲリオン4号機の射撃が直撃し第7使徒が分裂する。

 近接した2機によってA.Tフィールドが中和されたのだ。

 

『レイ、射撃中止! 別命ある迄待機!』

 

『了解』

 

 その通りなのだ。

 既に戦場には主役が降り立ったのだ。

 であれば、他の者は全てが傍観者となるのみなのだ。

 

 射撃しながら接近。

 刺突。

 だが分裂した第7使徒は、身を捻って弱点(コア)への直撃を避ける。

 切っ先を掴んで反撃しようとするが、2機は同じタイミングで甲乙2体の第7使徒を蹴り上げ、EW-22B(バヨネット付きパレットガン)を捨てて下がる。

 ケリによる慣性を利用してのバク転だ。

 1回転。

 そこから流れるような仕草で白兵戦装備を持つ。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)02(エヴァンゲリオン弐号機)、格闘戦準備確認!』

 

 陽の光を浴びでギラリと光るEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)EW-17(スマッシュトマホーク)

 切り込む。

 2機が持つ装備の物騒さを理解してか、第7使徒側も挑みかかる様に前に出て来る。

 恐ろしいまでの切れ味を持ったモノ同士の打ち合い。

 1合、2号、3合。

 そして4合目、限界に達したEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)自壊する(折れる)

 退くシンジ。

 合わせるアスカ。

 既にエヴァンゲリオン弐号機はEW-17(スマッシュトマホーク)を投棄している。

 

 2機のエヴァンゲリオンに残されている武器は、自衛用の範疇と言う扱いのEW-11C(プログレッシブダガー)だ。

 だが、2人の顔に焦りなど何も浮かんでいない。

 

『シンジ君、アスカ、一度後退して!』

 

 ミサトの指示。

 残り時間が15.01秒と言う事を考えれば妥当な判断かもしれない。

 だが、2人の脳裏には届かない。

 既に勝利への道が見えているからだ。

 

 チラリとだけ視線を合わせるシンジとアスカ。

 2人に最早言葉は要らなかった。

 駆ける2機。

 姿勢を低くして攻撃を掻い潜る。

 そして飛ぶ、飛び蹴り。

 

『キェェェェェッ!!』

 

 シンジの咆哮に呼応する様にエヴァンゲリオン初号機は顎部ジョイントを解放して吠える。

 それは狂気めいた咆哮。

 それがアスカにもエヴァンゲリオン弐号機にも伝染する。

 

「フラァァァァッ!!」

 

 アスカの気迫を受け止めたエヴァンゲリオン弐号機は、顎部ジョイントこそ粉砕して吠える事は無かったが、頭部目保護ジョイントを開く。

 エヴァンゲリオン初号機とは違う4つの目がギラギラと光る、それは正に吠えるが如き(目は口程に物を言う)であった。

 

 回転すら加わった飛び蹴り、その切っ先たる踵は見事に2体の第7使徒のコアを捉える。

 勢いのままに、4つの巨体は海へと飛ぶ。

 粉砕。

 波打ち際でコアを砕かれた第7使徒は大爆発を起こした。

 津波すらも生む威力の爆発。

 その爆風を利用し、バク転をする様に後退し、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は着地する。

 その最後のタイミングで残念、バッテリー切れとなってしまった。

 停止する巨体。

 

 通常電源が落ちたエントリープラグ、その中で非常用電源で維持されている通信機越しにシンジに話しかける。

 

「後、5秒は欲しいわね」

 

 少し締まらないと残念がるアスカ。

 対してシンジはあきらめ顔で笑う。

 最大戦速だったから仕方がない、と。

 

「ま、そこは次に期待だよ」

 

()ね。ま、良いわ。シンジ、お疲れ』

 

「アスカもね」

 

 笑い合う2人。

 勝利の余韻に浸りながら、回収班を待つのだった。

 

 

 

 

 

 




2022.06.01 文章修正
2022.07.31 文章修正


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05-Epilogue

+

 見事な勝利を収めた第7使徒戦。

 被害は実質無し ―― 消耗前提であったEW-12⁻(試製マゴロックス)と、第7使徒に掴まれて投棄し、重整備が必要になったEW-22B(バヨネット付きパレットガン)だけと言う完全勝利にNERV本部は湧いた。

 それは、前線指揮車の中でも一緒だった。

 誰もが完璧な報復戦に歓声を挙げていた。

 これが初陣ともなる、NERVドイツ支部からの移籍組などは、特にそれが顕著であった。

 

 只、葛城ミサトだけは微妙な顔をしていたが。

 嬉しくない訳では無い。

 別段に、戦闘最終段階での碇シンジと惣流アスカ・ラングレーによる指揮逸脱(撤退命令の無視)を問題視している訳でもない。

 NERVと言う組織は、究極的に言ってしまえば使()()()()()()()()()()()()と言う所があったからだ。

 特にソレは、最前線で戦うシンジ達適格者(チルドレン)に対するモノであった。

 正体不明の敵と、高速戦闘をするのだ。

 発見した機、撃破のチャンスを後方へのお伺いと許可を受けて失しては良くないと言う判断である。

 齢で13歳と言う、実に子供としか言いようが無い3人に与えるには余りにも大きな作戦遂行権であったが、少なくともNERV本部の人間で反対した者は居なかった。

 第3、第4、第5、第6との戦でシンジやアスカが積み上げた実績と、信頼に基づく評価だからだ。

 世界を預ける事に異存はない、そう思えるのだ。

 故に葛城ミサトが少しばかり渋い顔になっている理由は、全く別の事だった。

 

 第7使徒が大爆発したのは洋上、即ち大威力の爆弾(ガッチン)漁法をやった様なものなのだ。

 付近の魚は確実に全滅。

 卵だって耐えられないだろう。

 しかもN²兵器並みのきのこ雲があがっているのだ、海底の地形すらも変わり果ているのも容易に想像出来た。

 まともに漁業が出来るまで、どれだけの時間が掛かるのか想像も出来ない。

 今は未確認だが、使徒撃破による汚染などがあれば、未来永劫に無理かもしれない。

 不確定な未来。

 確実なのは、水産庁や地元漁業協同組合から猛烈な批判が追加されて来るであろうと言う事だ。

 葛城ミサトが憂鬱な表情を隠しきれないのも仕方のない話であった。

 

 そんな気分を振り払う様に空咳を1つ。

 それから手を叩いて前線指揮車の中の耳目を集めると、明るい声を作って葛城ミサトは命令を発する。

 

「取り合えず、今の勝利祝いはそこまで。作戦終了はまだよ」

 

「本部に帰り着くまでが作戦です、ですね!」

 

 葛城ミサトの狙いを理解する女房役、日向マコトが空気を壊さぬ様に楽しそうに答える。

 それに水を差された(叱責された)と感じて顔色を変えていたNERVドイツ支部からの移籍スタッフも、強く笑った。

 そして、NERVドイツ支部からの移籍組の取りまとめ役でもあるパウル・フォン・ギースラー少佐が、いかにもドイツ人と言う顔を楽しそうに歪めながら中佐殿っと声を挙げる。

 

「祝勝会は本部でですかな?」

 

「そうよ? だって、戻らないと戦術作戦部の予備費は使えないんだもの」

 

「それは仕方がありませんな! では諸君、我らが葛城中佐の御命令だ。ビールが冷えるまでの時間は仕事で潰そうじゃないか!」

 

 役職は作戦局第1課課長代理。

 即ち葛城ミサトの直属となるパウル・フォン・ギースラーは、その仕事をキチンとこなすのであった。

 

 

 空気の変わった前線指揮車。

 その中で、少し厳しい顔で画面を見ている者が1人。

 赤木リツコだ。

 気になった葛城ミサトは、撤収作業を邪魔しない様に小声で話しかけた。

 

「どったの?」

 

「別に悪い話があった訳では無いわ」

 

 小声と言う事に色々と察した赤木リツコは、自身もまた小声で返す。

 手元にディスプレイを指し示しながら言葉を続ける。

 

「アスカのシンクロ率、記録更新よ」

 

「余程にシンジ君とでテンションが上がったのかしら」

 

「それだけなら良いわ。だけど、付随して__ 」

 

 ほっそりとした白魚の様な赤木リツコの指が、画面内のエヴァンゲリオン弐号機の状態情報(コンディション)を示す。

 そこにはエヴァンゲリオン弐号機の瞬間出力が、エヴァンゲリオン初号機のソレに準じるレベルに到達したと表示されていた。

 シンジの駆る、暴走めいたエヴァンゲリオン初号機の最大出力に、だ。

 指先がボタンを押す。

 最大望遠でエヴァンゲリオン弐号機を捉えた映像を呼び出す。

 そこには、全力稼働である事を教えるかの様に、爛々と4つの目を光らせたエヴァンゲリオン弐号機の頭部が映し出されていた。

 

「暴走?」

 

「違うわ。初号機用に組んだ安全装置(Safety System)は弐号機にも実装しているわ。それが破られる兆候も無い。只、あの娘(アスカ)が弐号機の潜在能力を引き出したって所ね」

 

「安心したわよ。でも、ならそんな深刻な顔をしないで欲しいわ」

 

「あら、機体としては問題が無くても、技術部としては話は別よ?」

 

「確認と整備箇所が増える。今日は残業ね」

 

「………ご愁傷様」

 

「作戦局からの差し入れを期待しておくわ。予備費があるんでしょ?」

 

「勘弁してよ。私の財布なんだから」

 

 真面目な話として祝勝会なんてやってる暇は無いし、予備費と言っても葛城ミサトの自由裁量で出せる金額など多寡が知れている。

 中佐でござい等と言っても、所詮は中間管理職なのだから。

 そもそも、動かす為の書類が面倒くさい。

 総務部の経理局からは、何時も書式だの期日などで怒られている葛城ミサトなのだ。

 だから、使徒撃退に成功した日の乾杯用(ソフトドリンク)は自腹だった。

 残業で後片づけ等をする為の栄養補給用、糖分追加の為の甘いおやつと一緒に。

 

「管理職は辛いわね」

 

「手当に羽が生えてるのよ、きっと!!」

 

 

 

 バカ話めいている葛城ミサトと赤木リツコの会話。

 だが、ソレを笑っていられない人間もいる。

 より薄暗い所に居る、世に隠れて己の目的の為に世界を動かそうと言う人間たちだ。

 SEELEであり、碇ゲンドウである。

 

『碇、これはどういう事だね!?』

 

『アダム由来の弐号機が覚醒したとなれば、とてもでは無いが許容できる事ではないぞ!!』

 

『左様。エヴァンゲリオン・第2シリーズ(アダム系エヴァンゲリオン)は使徒迎撃の為の機材であり、それが覚醒などは困るぞ』

 

『万が一にもアダムへの回帰などとなれば、安全装置はどうなっている』

 

 蜂の巣をつついたような騒動とも言えた。

 久方ぶりの雰囲気(叱責率100%)に、碇ゲンドウは懐かしさを覚えていた。

 最近は善意と言う建前(コーティング)で揶揄われる事が多かったので、直球の批判は久方ぶりであったのだ。

 当然、そういう感情は現実逃避である。

 碇ゲンドウとて頭を抱えていたのだから。

 

 アスカがシンジと同調(ユニゾン)したことで引き出されたエヴァンゲリオン弐号機との高いシンクロ率、それが齎した過剰出力稼働(Over load)は、SEELEの面々と碇ゲンドウに深刻な恐怖を与えていた。

 彼らにとって重要な予言の書たる裏死海文書には、この様な事態は載って居なかったのだから。

 それは人類補完計画の見直し(再確認)を必要とし、スケジュールが大幅に狂う事を意味していた。

 

『問題となる弐号機の破棄はどうか?』

 

『どうかな? 現段階では原因不明だな、碇』

 

「はい。機体側の機材的な異常などは見つかって居ません、それは素体もコアも含めてです。無論、重点検による詳細な報告は後日__ 」

 

『細かい事は良い。仕込みでないのであれば偶発と考えるべきだ』

 

『であれば廃棄が妥当か? 計画に不確定要素があっては困る』

 

『だが、これが報告書の推測、搭乗者(パイロット)との高シンクロによるものであっとしたら、とんだ無駄な出費と成る』

 

『左様。量産型とは言え、エヴァンゲリオンの建造費はバカには出来んぞ』

 

『経済的理由から人類の危機的状況が悪化したとなれば、笑い話にもならぬな』

 

 

 斯くして、会議は踊り進まないままに時間だけが流れていく。

 

 

 SEELEとの最高機密会議を終えた碇ゲンドウは、流石に疲弊していた。

 常より昏い顔のままに、額を撫でる。

 そんなNERV総司令官に容赦の無い声を掛けた人間が居た。

 副司令官(腹心にして共犯者)である冬月コウゾウだ。

 

「どうだった碇?」

 

「どう、と言う事は無いな。老人共も弐号機には仕掛けはしていなかったようだ、と言うのが最大の収穫だな」

 

「泡を喰っていたか」

 

「ああ。カビの生えた古文書で未来の全てを見通せるなら苦労はしない。良い薬だ」

 

「……対応はどうする?」

 

「弐号機は運用継続だ。当分と言う但し書きはあるがな。赤木君には都度都度、報告書を挙げてもらう事になる」

 

「エヴァンゲリオン、その破棄も建造も手間だからな」

 

「ああ。選抜者(チルドレン)の問題もある。ドイツの予備の質は悪い」

 

 エヴァンゲリオンの選抜者(チルドレン)と、エヴァンゲリオンの制御システム(コア)は1対であるのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機を廃棄するとなれば、当然ながらもリスク回避の為、使用されていたコアも廃棄される事となる。

 即ち、アスカは選抜者(チルドレン)から外される事となる。

 その場合には予備適格者(リザーブ)となり、或いは適格者補助員(コーチ)となるだろう。

 だが話はそう簡単なモノでは無い。

 ()()()()()()のだから。

 アスカは伊達に、幼少期に適格者として選抜された人間(ライトスタッフ)では無いのだ。

 研鑽も実力も、他の適格者予備軍とは段違いであり、おいそれと代役を簡単に用意出来る様な人間では無かった。

 そもそも、戦術作戦局が全力で反対するだろう。

 情ではなく理として、能力を発揮し、実戦で戦果を作り出した適格者(パイロット)を不明な理由で予備役にするなどは簡単に受け入れる筈が無かった。

 実績を挙げている(エースである)シンジが居るとは言え、アスカは同じレベルで戦果を期待できる人間なのだから。

 

「隠し玉は無さそうか」

 

「無いな。今は開発局のマリィ・ビンセンスが資質的には一番マシだろう」

 

「アメリカ支部、いや、アメリカ政府から悲鳴が聞こえそうだな。彼らは今、2機の追加建造で大忙しだろう」

 

「ふん、身の程を忘れた覇権国家の残骸どもの悲鳴など知らんな」

 

 碇ゲンドウの言葉に、シニカルな笑いを浮かべる冬月コウゾウ。

 と、手元を確認する。

 

「取り合えず現状維持であるならば、()()は受け入れるべきだろうな」

 

「問題ない。それまでの間は自由にさせてやれば良い」

 

「了解した。手続きを進めさせておく」

 

 

 

 

 

 第3新東京市を掛ける紫めいた蒼色のクロスバイク。

 その背を追う真っ赤なロードバイク。

 乗っているのは言うまでも無くシンジとアスカだ。

 学生服姿のシンジに対してスカートが邪魔になるアスカは長袖に七分丈のスパッツと言うサイクルウェア ―― ヘルメットまで被っての本気だった。

 

 車の少ない道路故に、2人は車道を駆け抜けている。

 抜きつ抜かれつの激しいデッドヒート。

 段々と増えて来る同級生の乗る自転車や歩行者。

 それらを置き去りにする勢いで奔る2台。

 2人の表情は本気だ。

 だが楽しそうに自転車を走らせている。

 

 奔る。

 走る。

 

 通学途中の誰もが驚いてみる中で、わき目もふらずに2人は前だけをみて自転車をこぎ続ける。

 正に戦い。

 その戦いは、第3東京市第壱中学校の門を超えるまで続いた。

 勝者はシンジだ。

 アスカよりは通学路に通い慣れていた結果であった。

 

 ガッツボーズをしてみせるシンジに、指ぬきグローブに守られた右手中指を立てて返事をするアスカだった。

 

 

 

「センセもホントに元気やのー」

 

 一連の事を教室から見ていた鈴原トウジは、呆れた様に呟いた。

 使徒との戦いの為に学校を休んでいたシンジ達が登校する様になったと言うのは、戦いが終わったと言う事であり、それは友人として素直に喜ばしいと思ったが、同時に、朝から自転車とは言え全力で走るのにはついていけない。

 そう感じたのだ。

 だが、達観した様な鈴原トウジとは違い、他の同級生の反応は違っていた。

 

「くっそー!?」

 

 望遠レンズがあればと切歯扼腕している相田ケンスケ。

 理由はアスカの、体の線が出た真っ赤なサイクルウェア姿だ。

 その艶やかな姿は、他の同級生男子一同もに歓声を挙げさせている。

 ()春であった。

 若さでもあった。

 

 尤も、女子生徒たちは愚かな同級生に同じ感情を抱いていたが。

 

「バッカみたい」

 

 そういう評価もさもありなん。

 

 

 

 時間が流れて昼飯時。

 食欲の赴くままにパンをかっ喰らおうとした鈴原トウジは、フト、アスカが近づいてくるのを見た。

 否、鈴原トウジにではない。

 隣のシンジの所にだ。

 

「シンジ」

 

「ん」

 

 差し出されるのは海老色の、深い落ち着いた赤い布に包まれたモノ。

 この時間である、もう簡単に弁当箱だと察する事が出来た。

 自炊派のシンジがもう1個作ったのだと。

 鈴原トウジも相田ケンスケも、目を剥いて驚いていた。

 

「おっ!?」

 

 だが、その事を誰が何を言う前に、アスカは離れて行った。

 女子グループ、洞木ヒカリの所へと向かって行った。

 

「弁当を作ってやったんか?」

 

1けも2けも(1個も2個も)手間は同じやっでよ(する事はそんなに増えないしね)

 

「かーっ、センセも奇特なやっちゃなぁ」

 

「で、惣流が取りに来てレースになったのか?」

 

朝な(朝の)ちごど(違うよ)出がけんときに言われただけよ(出る時に行き成り言われただけだよ)

 

「ふーん…………ん? まてシンジ、来た訳じゃないのに、出る時が一緒って、まさかお前、同居が続いている訳じゃ無いよな!?」

 

 凄い勢いで立ち上がってシンジに迫る相田ケンスケ。

 

「それは流石に、なんだ、少しイヤーンな感じだよ」

 

あいはさすがにあんときだけじゃが(同居は流石にあの時だけだよ)終わったひぃに出ていっきゃったが(使徒を倒した日に、終わったよ)

 

 同居は解消された、と言う言葉に安堵の息を漏らす相田ケンスケ。

 だが、であれば最初の話が判らない。

 なので鈴原トウジが改めて尋ねた、アスカは何処に住んで居るのか、と。

 シンジは事も無いと答えた。

 

とないやっど(お隣さんになった)

 

「イヤーンな感じぃっ!!!!」

 

 教室中の誰もが振り返る大声で、相田ケンスケは絶叫していた。

 

 

 

 

 

 



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陸) ANGEL-08  SANDALPHON
06-1 GUSION REBAKE


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友のために自分の命を捨てることよりも大きな愛はない

――新約聖書     









+

 第3新東京市は大規模な要塞機能構築の為に、表向き(一般向けのカバー)として次期首都としての整備が謳われていた。

 その額面に騙されてでも政府による勧誘(強制)と言う訳ではなかったが、様々な企業が支店を第3新東京市に出していた。

 民間企業から見て第3新東京市は箱根カルデラの中と言う聊かばかり特殊な立地ではあったが、海の玄関口として旧小田原市街を再開発した第3新東京市小田原港を擁していた為、東日本の物流拠点としての価値が高かったのだ。

 又、セカンドインパクトからの復興の中で、最優先で整備された通信や物流、そして生活インフラも大きな理由であった。

 それは、NERVの都合 ―― エヴァンゲリオンの運用や、国連軍の展開などを運用する為の事であったが、それが功を奏した形であった。

 無論、要塞都市としての機能が集中している場所を民間と共用している訳ではない。

 流石にそれは危険であると判断されているが、その藩屏である箱根カルデラの周囲 ―― 特に使徒の侵攻経路に選ばれにくい第3新東京市北部域、旧御殿場市地域が1999年以前の面影が消える程の再開発が行われていた。

 小田原港が整備された理由も、海抜の上昇と東京の壊滅で東日本の軍港群が消滅した事が理由であった。

 その際に日本政府が一計を案じて(国土交通省と通産省が共謀して)、国連予算として行われた軍港整備に民間港湾の整備も含ませたのだ。

 沿岸域の埋め立てのみならず、巨大な防波堤を作った上で大型浮遊式海洋構造体(メガフロート)による人工大地を造成し、極東最大規模の港湾を作り上げたのだ。

 

 そして今、惣流アスカ・ラングレーは買い物の為に第3新東京市御殿場繁華街に来ていた。

 洞木ヒカリたちクラスメートから聞いた、小洒落た小物や服を扱うデパート巡りだ。

 勿論、高級デパートの類では無い。

 普通の中学生でも物怖じせずに来れる様な、デパートだ。

 傍には、お供めいて加持リョウジを連れていた。

 上機嫌でお店を見て回る。

 黄色いサマードレス(ワンピース)の裾を躍らせながら、軽やかに歩いている。

 

「久しぶりに加持さんとデート♪」

 

「いやいや。お姫さまと、良くてその冴えない従者って役回りだよ」

 

 誰に言う訳でも無く抗弁する加持リョウジ。

 ただしその声色には割と焦りがあった。

 当然であろう、影で護衛しているチームに対する釈明でもあったのだから。

 そもそも、13歳の美少女とおじさん(アラサー)である。

 護衛班(NERV護衛班)は兎も角、一般の聞いた人間が変な誤解をしてしまえば事案(警察沙汰)に成りかねない。

 社会人としての危機なのだから。

 それな自衛的発言(釈明的抗弁)は兎も角として、実際、白い半そでのワイシャツと黒いスラックスと言う加持リョウジの姿は、お嬢さまめいた(バカンススタイルな)アスカの格好と全くつり合いはとれていなかった。

 仕事着と言っても過言では無いだろう。

 唯一、銀と青とのストライプなネクタイだけが仕事では無いとアピールしていたが。

 

「………もっとお洒落をして来れば良かったのに」

 

「いや、そうしたいのも山々なんだがこの後も仕事でね」

 

「部下に任せられなかったの? 昇進したんでしょ」

 

「今の俺は課長代理って言っても特命配置でね。仕事は来るけど部下は回して貰えないのさ」

 

 心の底から嘆息する。

 当初は危険な任務(SEELEからAdamの奪取)を達成した事へのご褒美として、碇ゲンドウから無任所 ―― 自由な立場を得た加持リョウジであったは、その個人的好奇心の赴くままに仕事をしていた。

 いろいろな場所に出没していた。

 だが、万年人手不足のNERV本部で、何時までもそんな優雅な仕事が許される筈が無かった。

 特に、無任所で、尚且つ高位機密へのアクセス権を持つ人材なのだから。

 最初は特殊監査局の仕事が、次には戦略調査部の仕事が。

 それらの面倒事を加持リョウジは持ち前の調整力と調査力で解決して見せたのだ。

 称賛と感謝、そして少しばかりの自尊心の充足。

 だが、それが更なる仕事を呼び込む切っ掛けとなっていった。

 そして何時しか、NERV本部全体の組織横断型の面倒くさい事は加持リョウジの元へと持ち込まれる様になったのだ。

 NERV本部の何でも屋。

 加持リョウジにとって誠にありがたくも無い話であった。

 例えそれが、影の本業(SEELE/日本のスパイ活動)に大きく資するものであったとしても。

 実に面倒くさい話であった。

 

「ま、だからこうやってアスカのお供って仕事が舞い込むのがいい気分転換になって有難いのさ。モグラだって偶にはお日様を浴びたくなるものだからな」

 

「加持さん!」

 

 男臭い笑みでフォローの言葉を回す加持リョウジ。

 これが加持リョウジであり、アスカが大人だと思う男の姿だった。

 少なくとも淑女(レディ)への遇し方を知っている、と。

 そこでフト、信じてよい同僚でありお隣さんである碇シンジを思い出す。

 アイツにはこういう配慮が足りないのだ、と。

 選ばれた人間(エリート)として年上の人間たちの中で生きて来た、NERVドイツ支部でも大学でも、ある種の腫れ物に触れるような扱いをされてきたアスカにとって、シンジの特別扱いしない(同僚であり女の子と見る)態度と言うのが心地よかったが、同時に物足りなかったのだ。

 が、アスカはその原因を深く考える前に頭を振って、シンジの影を頭から追い出す。

 新しく気の良い同僚であるが、今はどうでも良い。

 今は憧れる加持リョウジとのデートなのだから。

 今、シンジの事を考えるのは、失礼(不義理)だって思えたのだから。

 

「どうした?」

 

「何でも無いわ! それより次よ次!! 次に行くわよ!!!」

 

「おいおい、元気だな」

 

「勿論♪ 加持さんと一緒なんだもの!」

 

「お手柔らかに頼むよ、お姫様」

 

 

 

 一通り、冷やかして歩いたアスカは休憩の為にと、加持リョウジと共にデパート屋上の開放的なカフェに寄っていた。

 重工業の類が無いお陰で空はどこまでも青く、高かった。

 常夏の日差しは強いが、張られているシェードが程よく遮ってくれている。

 加持リョウジはホットコーヒーを。

 アスカはアイスコーヒーを頼んでいた。

 手元には幾つかの紙袋(包装紙)がある。

 今日の戦利品だ。

 

 

「珈琲を冷やすって、最初に聞いた時は正気を疑ったけど、飲み馴れると美味しいって感じるから人間って不思議」

 

 アイスコーヒーを上品な仕草で飲みながらアスカは感想を漏らす。

 ドイツ系アメリカ人と言う国籍的な理由からでは無いが、アスカは嗜好品としては珈琲が好きであった。

 だが珈琲ブラック党からすれば冒涜的とすら言える、ガムシロップとクリープを存分に入れた()()は味も香りも台無しになるのではないだろうか? そんな事を考えながら加持リョウジの口は適当に相槌をうつ。

 

「不思議だろ? そういう風に人生は、色々な驚きに満ちているのさ」

 

 外面(口に出す事と)内面(腹の中)が全く別に動くのは、情報に携わる人間の平常運行であった。

 それこそ素人(アスカ)が気づけないレベルでの隠蔽であった。

 蘊蓄めいた言葉に、素直に目を輝かせるアスカ。

 それは年相応の姿と言えた。

 

「ま、それは兎も角。アスカ達はもう直ぐ修学旅行じゃなかったか? その準備(買い物)は良かったのかい?」

 

「水着とか?」

 

「アレは流石に中学生にはちと早すぎるんじゃないかな、って思ったがね」

 

 アスカが冗談めかして持ってきた赤白のストライプ柄の水着は、ハイレグ気味のセパレートタイプであった。

 後、10年は未来でないとアスカには過激すぎると言うのが加持リョウジの見立てであった。

 それをアスカは笑う。

 

「加持さんおっくれてるぅ 今時あれくらい、あったりまえよ」

 

 尤も、そう言うアスカの情報は、クラスメイトから聞いた話(ティーン雑誌の受け売り)でしかなかったが。

 

「ほぉ、そうなんだ。確か、行先は沖縄だったか?」

 

「らしいわよ。メニューにはね、スキューバーダイビングも入ってるって」

 

 修学旅行のしおりと一緒に渡されたパンフレット、そこには高い透明度の美しい海があった。

 アスカの瞳の様な、蒼い海。

 それを少しだけ思い出し、小さくため息をつく。

 その事に気付いた加持リョウジは、訝し気に首をかしげる。

 

「なんだ、他人事みたいだな?」

 

「だって………行けないでしょ、私たち」

 

 寂しさすら感じさせながら断言するアスカに、加持リョウジは何も言えずにいた。

 

 

 

 

 

 シンジの家の食事時は姦しい。

 別にシンジがTVを点けっぱなしで食べている訳では無い。

 只、元気の良いお隣さんがやってくる(突撃、隣の晩御飯。実食もあるよ!)からであった。

 更にはいつの間にか、その反対側のお隣さんも笑顔でやってくる様になっていたのだ。

 それをシンジは、縁と言うのは面白いものだと受け入れていた。

 尤も、流石に食費に関しては徴収していたが。

 

 手慣れた仕草で味噌汁を炊きながら、今日の料理を用意していく。

 メインディッシュとなるのはお隣さん1号(アスカ)のリクエストで肉料理、ドイツ系だ。

 とは言えドイツ料理をする訳ではない、と言うか出来ない。

 ()である。

 スーパーにあったフランクフルトを焼いて、ケチャップとガラムマサラ(カレー粉)を振りかけただけのお手軽(インスタント)カリーブルストだ。

 1人前で2本焼いて、付け合わせに粉吹きいもチョイス。

 此方もドイツ風と言う事で仕上げに刻んだパセリとバターとを乗せてある。

 シンジからすれば正直、これでご飯を食べるのは如何なモノかと言う話であったが、NERVでのエヴァンゲリオン訓練後の限られた時間で手軽く用意出来るのがこの程度なのだから仕方がない。

 本当は日曜日なので、手遊びも兼ねて平素(平日)では出来ない手の込んだ料理でも作りたいのだがコレばかりは仕方がない。

 尚、年上のお隣さん2号(葛城ミサト)向けには、主食()のあてとしてタコワサやらイカの塩辛などを用意しておく。

 ご飯よりもビール党なので、此方の方が喜ぶのだ。

 

 後は味噌汁を注いでご飯をよそえば終わる。

 そこまでしてからエプロンを外して首を回す。

 疲れた訳でも無いのだが、何となくの癖だ。

 エプロンは冷蔵庫付けて置いたフックに掛けておく。

 しみじみと見た。

 ベージュ色のエプロンは、昔に養母の食事の支度を手伝おうとした時に養父からお下がりとして貰ったモノだった。

 年季が入り、染みもあって古ぼけた感じのするエプロンだが、何となく手放し辛くてシンジは使い続けていた。

 エプロンの裾が床に付くようだった頃。

 着られる様に見えた頃。

 そして普通に着られる今。

 そろそろ洗おうかな、そんな事を考えながらお茶の支度をする。

 急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 湯呑替わりのマグカップに注いでからリビングに移動、ソファに座る。

 喧しいTVは趣味で無いので、何かのラジオでも点けようかと考えた時、チャイムが鳴った。

 インターホンを見れば、家主よりも偉そうな隣りさん1号の赤毛が映っていた。

 

間がよかとかわりかとか(間が良いんだか悪いんだか)わからんがねぇ(どっちなんだろう)

 

 そう言って立ち上がったシンジの口元は、少しだけ優し気に歪んでいた。

 

 

 色気の無いラフな格好 ―― シャワーを浴びた風呂上りを感じさせる湿気を帯びた髪を纏め、モスグリーンな(ミリ色の強い)Tシャツとハーフパンツ、それに素足でサンダルを履いている姿からは、昼の余所行きな格好(サマードレス)など想像も出来ない。

 だが同時にそれは、家に帰ってきたと言う安堵の表れとも言えた。

 余所行きとは、即ち()を被る事と同義なのだから。

 

 笑顔のアスカにシンジも自然と相好を崩す。

 

「やぁお疲れ。楽しかった?」

 

「サイコーよ。加持さんとのデートだもの♪」

 

 実に楽しかったのだろう、シンジの問いに答えるアスカの声は踊っていた。

 憧れていた男性とのデートであれば、めくるめく時間だったのだろうとシンジも納得していた。

 異性と居る事による陶酔、或いは異性への憧れと言うモノが今一つ理解出来ないでいるシンジは、アスカの気持ちが判らない。

 判らないが、この性根の入ったお隣さんが楽しかったのは良い事だと理解していた。

 と、そんなシンジの鼻先に、アスカが紙袋を突き付けた。

 

「なに?」

 

「幸せのおすそ分け、何時もの御礼って奴ね」

 

 問いかけに澄まして返したアスカ。

 要領を得ないままに紙袋を預かり、そして開けるシンジ。

 

「何?」

 

 中からは、厚手のジーンズ生地で出来た新品のエプロンが出て来た。

 広げて見るシンジ。

 胸の所に入っている、ひよこの絵柄がユーモラスさを与えている。

 取り敢えず、出来は良い。

 

「あ、ありがとう。嬉しいよ」

 

「あったりまえ、このアタシが選んだんだもの!」

 

 褒められて胸を張るアスカ。

 鼻高々と言った塩梅だ。

 

「でも、何でひよこ?」

 

「だってシンジ、まだまだオコチャマじゃない。だからヒヨコがお似合いよ!」

 

「何だよそれ」

 

 ベロっと可愛らしく舌を見せたアスカに、毒気を抜かれたシンジは苦笑と共に肩をすくめた。

 

「アスカだって、料理が出来ないお子様だろ?」

 

「アンタバカァ? アタシは出来ないんじゃなくてしないだけ。そこにはルビコンよりも深く、大きな川があるの、Verstehen(判るかしら)?」

 

 すきっ腹を抱えて、シンジの家に我が物顔でやってきた略奪者(晩御飯強盗)は、何とも偉そうな態度で言い放った。

 只、そこに嫌味ではなく茶目っ気があった為、シンジは笑って流していた。

 

 

 アスカが来て少しばかりして、葛城ミサトもシンジ宅に突撃してくる。

 当然、手にはビール缶が、それも冷蔵庫から出したばかりでキンキンに冷えた6本パック(シックスパック)がある。

 アルコールだけ持ち込みなのは、シンジ(未成年)に買わせるはどうかと言う良識が勝った ―― 訳ではなく、たまに来るご近所さん(赤木リツコ)のツッコミの成果であった。

 兎も角、日曜日の夜()姦しくなっていく。

 人一倍に元気なアスカと、アルコールが入れば呑気陽気適当になる葛城ミサトが居るのだ。

 静かになる筈も無かった。

 それをシンジは楽し気に見る。

 大家族めいたところのあった故郷の家を思い出すからだ。

 

 夕食会。

 それが終わり、シンジが洗い物を終えた時に、葛城ミサトは2人を呼んだ。

 真顔だ。

 キッチンのテーブルで2人と相対した葛城ミサトは天井を見上げる様に大きく息を吸って、それから頭を下げた。

 

「ゴミン、2人とも修学旅行は駄目になった」

 

 葛城ミサト個人は、子供の頃の思い出は大事であるとシンジとアスカ、それに綾波レイまで修学旅行に行かせたいと考えていた。

 これには作戦局支援第1課(チルドレン担当班)も、情操教育の面で重要であると賛同していた。

 第3新東京市を離れるとは言え、高速(音速)機を用意しておけば無問題と言う事もあった。

 だがそれを碇ゲンドウが止めたのだ。

 如何に高速機であっても、搭乗までの時間も含めれば沖縄から第3新東京市までの移動は2時間以上は必要とする。

 その2時間で破壊的な活動が可能な使徒が現れたらどうするのか、と言う考えであった。

 誠に正論であり、そうであるが故に反論できる人間は居なかった。

 

「私としては行かせてあげたかったんだけど、その、ね?」

 

 直属と言う訳では無いが、それでも階級上で言えば碇ゲンドウと冬月コウゾウに次いだ葛城ミサトであったが、決定権と言う意味では2人には天と地ほどの差があった。

 そんな葛城ミサトを見たシンジとアスカは、肩を竦め、それから頷き合った。

 

よかど(良いんですよ)葛城サァ、こいも仕事じゃっでよ(葛城さん。コレも仕事って事ですよ)

 

「シンジ君」

 

「ま、元から期待してなかったしね。こういう時にババを引くのもエリートの務めってね」

 

「アスカ………2人とも、本当にありがとう」

 

「良いって事。その代わりと言っちゃなんだけど、ミサト、チョッとお願いがあるんだけど?」

 

「出来る事ならなんだってするわよ?」

 

「プールに行きたい」

 

「それ位ならお安い御用よ! 本部内にあるから貴方たち皆で楽しんできて!!」

 

 ゴネる事も無く2つ返事で受け入れたシンジとアスカに、心底から安堵した表情で葛城ミサトは笑っていた。

 

 

 

 

 

 



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06-2

+

 NERV本部内に設けられているプール施設、地下大空間(ジオフロント)に設けられたガラス張りで開放感のあるソレは、訓練施設として設けられたモノであった。

 1つは国連軍からの出向者 ―― 選抜者(チルドレン)護衛部隊向けだ。

 護衛なのに何故、水中訓練が必要であるかと言えば、エヴァンゲリオンが(使徒の都合と言う筋金入りの理由で)何処に展開するか判らない為であった。

 ヘリなどで移動する際に、墜落、或いは遭難した際に守れるようにと言う話であった。

 この為、一般的な護衛部隊はNERVでの生え抜きスタッフ(A幹部主体の部隊)で行えても、出動する際の護衛部隊は国連軍からの出向者(P幹部による部隊)が担っていた。

 さて、もう1つは技術開発部である。

 特にエヴァンゲリオン関連の技術開発局第1課だ。

 エヴァンゲリオンをL.C.Lに漬けての冷却中にも行わねばならぬ作業がある、と言うか使徒の襲来が始まった為、冷却を行いつつ整備をする必要となり、ある種の必須技術となっていたのだ。

 水中作業艇なども用意がされてはいたが、それだけで全てが済む訳ではないのだ。

 

 その様な汗と涙と、少し言えない様なナニカが滲むようなプールであるが、今は子ども達だけの楽園となっていた。

 綾波レイはかなり深めの(足が着かない所ではない深い)プールで物怖じせずに気持ちよさげに黙々と泳いでいた。

 対して碇シンジは、胸の辺りまでの深さのプールで水中ウォーキングをしていた。

 まだアスカは来ていなかった。

 故に2人だけのプール。

 だがそこに会話どころか、互いへの興味すら存在しなかった。

 共に自分の事をしているだけであった。

 

 

 水中を往く綾波レイ。

 水、水の中に居ると言うのは、この寡黙な少女の心に安寧を与える事であった。

 いっそプールの水がL.C.Lであったなら不便な息継ぎをしなくても良いのに、そんな考えを抱く程に水中を楽しんでいた。

 とは言え、如何に綾波レイとは言え体は人間のモノ。

 喉の渇きと身体の疲れ、そして冷えを感じた為、プールから上がった。

 と、姦しい声が聞こえた。

 チラ見をする。

 弐号機パイロット(惣流アスカ・ラングレー)だ。

 泳ぐ用途には向いてなさげなデザインの、派手な色をした水着をして初号機パイロット(碇シンジ)の前で仁王立ちをしている。

 何かを喋っているのが判るが、興味も無いので聞く気が無い。

 だが、プール際での大声なので耳栓を取れば自然と飛び込んできた。

 

「……コレが大人の魅力って奴よ!」

 

「……似合ってるとは思うけど、大人ってどういう所が?」

 

「アンタバカァ!? ワタシの……」

 

「…いや、格好は良いと思うよ…」

 

「………このナイスバディを見ての感想がソレ!?」

 

 流すように聞く。

 内容を気にする気は無いが、元気であるなと納得はした。

 弐号機パイロットは本当に元気だ(五月蠅い)

 そして前は静かだった碇司令(碇ゲンドウ)の息子、初号機パイロットも五月蠅くなった。

 本当に迷惑だ。

 

 世界は碇ゲンドウと赤木リツコ、それに甘木ミツキ(作戦局支援第1課課長)やその他の人たちだけで彩られていた綾波レイにとって、使徒が襲来する様になってから変わった日々は()()()()()()()

 何よりアスカだ。

 今まで、学校は兎も角としてNERVでは物静かで、甲高い声で喋る人間は居なかった。

 それだけでも癇に障る。

 その上で碇ゲンドウの息子、碇ゲンドウを殴った息子と言う事で興味があったシンジの傍に居るのだ。

 そして、何かあれば綾波レイをライバル視した言動、使徒の撃破数を誇る様に言ってくるのだ。

 鬱陶しい。

 それが、綾波レイのアスカに対する正直な気持ちであった。

 最初に出会った時、綾波レイは仲良くしましょうと言ってきたアスカに対して、命令があればそうする(命令が無ければ仲良くしない)と返した。

 本能的な(ゴーストの囁きに従った)言葉だった。

 自分でも吃驚する位に冷たく言った気がした。

 だが今は、言い過ぎた気は全くしなくなった。

 例え命令があっても仲良くしたくない(相手にしたくない)と言う気分になっていたのだから。

 アスカが、自分の領域に対する侵略者であると感じられるからだ。

 バスタオルを羽織って用意されていた飲み物を飲みながら、綾波レイは何か出来る事を考えるのであった。

 

 

 

 

 

「これではよく分からんな」

 

 そう呟いたのは、冬月コウゾウだ。

 場所はNERV本部の作戦局大会議室。

 そこには今、NERV第1発令所の主要スタッフが集まっていた。

 20人近い人間が集まって三々五々に椅子に座り、緊張と興奮と共に、薄暗くされた部屋の中で中央の大画面を見ている。

 大型画面には浅間山地震研究所からの情報 ―― 火口部から突入させた特殊環境観測機(マグマダイバー)が捉えた影が映し出されていた。

 浅間山地震研究所は、火山活動やマグマのメカニズムの解明を通して地震を研究しようと言う施設であった。

 そこが独自に開発したマグマ内の調査機材が、先日に影を発見したのだ。

 不明瞭な映像の中でぼんやりと見えるソレは、球と言うよりも卵めいた姿に見えていた。

 

 マグマの中で存在する直径で40m近い巨大なナニカと言う事で、話が即座に日本政府からNERVへと回ってきたのだ。

 今、作戦局大会議室はNERVの情報分析対応検討室となっていた。

 第1発令所で行わない理由は、通常業務 ―― 日本全域の監視業務が継続中である為であった。

 浅間山地下の影は、現時点では使徒と判断されていない。

 この状況で、全周警戒能力を低下させる訳にはいかないからである。

 

「しかし、浅間山地震研究所の報告通り、この影は気になります」

 

 青葉シゲルが、画面上の影をMAGIによって立体モデリング化させた、それこそ卵としか良い様に無いモノを表示する。

 

「人類にとって未知の領域であるマグマ内です。コレが異常な存在ではないと言う可能性もありますが………」

 

「40m、使徒と符合し過ぎるな。である以上は無視はできん」

 

「MAGIの判断は五分五分(フィフティーフィフティー)、と言った所かしら?」

 

 赤木リツコの質問に、伊吹マヤが即答する。

 

「はい。判断は保留していますが、使徒の可能性は否定されていません」

 

「使徒と認める情報が不足している。そう言う事かね?」

 

「はい」

 

 その声に冬月コウゾウは顎を撫でた。

 本来、この様な情報分析と検討の場に臨席し、或いは取り仕切るのはNERV副司令官と言う役職に求められる事では無かった。

 だが、担うべき作戦局局長である葛城ミサトが現場に出ている ―― 浅間山にて情報収集の指揮を執っているとなれば話は違っていた。

 これが通常の対使徒であれば、次席として作戦局第1課課長代理であるパウル・フォン・ギースラーが辣腕を振るう所であったが、まだ未確認であり、外部組織との連絡もあると言う事で冬月コウゾウが担っているのであった。

 

「葛城中佐は?」

 

「現地に到着、今は新規情報の収集準備中です」

 

「………では、具体的対応は追加情報待ちとして、我々は対応の準備を進めるとしよう。ギースラー少佐?」

 

「はっ! それでは現地へのエヴァンゲリオンの展開に関しまして、手順の確認を致します」

 

 戦争(使徒との闘い)は、大人たちにとって前準備だけが出来る全てであった。

 始まれば、後は子ども達に頼るだけとなる。

 だからこそ、自分たちに出来る事の完璧を目指すのであった。

 

 

 

 自らの職務を遂行すると言う意味では、現場に出ている葛城ミサトも同じであった。

 少しばかりの私情(使徒に対する個人的復讐心)もあったが、それは別にして子ども達に対する誠意は仕事に持ち合わせてはいた。

 プレハブ構造の、浅間山地中調査機の管制所にあって、葛城ミサトは凛として立っていた。

 

「マグマダイバー、限界域です!」

 

 観測機からの悲鳴を前に、研究員が作業の中止を叫ぶ。

 既に観測機は、想定されていた降下限界を超えており、何時、破損しても可笑しくない状態になっていた。

 圧力計は、冗談みたいな数値を表示している。

 だが、葛城ミサトは認めない。

 

「いえ、後500。お願いします(プリーズ)

 

 丁寧にお願い(命令)する。

 反論は許さない、認めない。

 

『深度-1200突破。耐圧隔壁に亀裂確認』

 

 操作作業室からのアナウンスが為される。

 モニターが幾つも消える(通信途絶)

 

「葛城さん!」

 

 観測機に、概念設計の段階から携わっていた研究員が悲鳴を上げる。

 完成したばかりの観測機に、マグマダイバーと言う愛称(ペットネーム)を与えた人間であればこそ、この使い捨てにするが如き運用は耐えがたかったのだ。

 10年は使える機材として開発していたのだから。

 だが、現実は非情であった。

 

「壊れたらうちで弁償します。後200」

 

 悲痛な研究員、だが観測機はよく耐えた。

 限界深度を30%以上も耐えた。

 それは作り手の願いを受けての献身であったか、或いは葛城ミサトの気迫が乗ればこそであったか。

 何れにせよ、勤めを果たした。

 

「センサーに反応アリ!? 捉えました!」

 

 日向マコトが声を張り上げた。

 観測機の最も強固な位置に特設されたNERVの特殊センサー群が、影を捉えたのだ。

 ノイズの多い中にあって、確かに卵の様な影が見えたのだ。

 

「MAGIとの回線に異常なし。解析始めます!」

 

「解析、急いで」

 

 言うまでもない事を口にした葛城ミサト。

 だが、そう言いたくなるほどに観測機の状況は悪かった。

 分析が終わるのが先か、それとも観測機が自壊するのが先か。

 ジリジリとした時間。

 浅間山地震研究所には観測機の予備は無い。

 1回きりの勝負であったのだ。

 後は祈るだけであった。

 

『観測機圧壊、爆発を確認』

 

 無慈悲な報告。

 だが、祈りは通じた。

 アナウンスと同じタイミングで、NERVとの直通(守秘)回線に繋がったパソコンが着信を報告したのだ。

 

「解析結果?」

 

「はい。ぎりぎりで間に合いましたね。パターン青です」

 

 日向マコトのパソコンには、大きく使徒(BloodType-BLUE)の文字が表示されていた。

 大きく息を吸って吐く、そして葛城ミサトが動きだす。

 その文字を目線で殺すような顔をしながら言葉を発していく。

 

「結構、使徒ね。研究所総員の献身にNERVを代表して感謝します。そして同時に当研究所はNERVの管轄下とし、封鎖します。一切の入室を禁じた上、過去6時間以内の事象は、すべて部外秘とします」

 

 影が使徒であった場合、浅間山地震研究所を接収する ―― 対使徒作戦を実施すると言う事は事前に伝えてあった。

 この為、反発は無かった。

 只、悲鳴だけがあった。

 

「そんな、葛城さん!?」

 

 情報の部外秘化、それは今回の深々度降下情報の活用が出来ないと言う事を意味しているのだ。

 研究員が悲鳴を上げるのも当然であった。

 

「使徒の情報はNERVの特務法(特務機関NERVに関する法案)で定められているわ。悪いけど諦めて頂戴」

 

 研究員に対するその言葉にだけは、少しだけ(葛城ミサトの甘さ)があった。

 

 

 

 

 

 使徒発見、そこから対使徒戦闘へとNERVが動こうかと言う時に、強烈な待ったが掛けられた。

 掛けて来たのは日本政府である。

 浅間山、その火山現場での作戦行動は勘弁してほしいと言う強い要請(脅迫)であった。

 その念頭にあったのは、先の第7使徒による最後の大爆発だ。

 海中の地形を一変させるような爆発であり、爆心地から離れた海底に、緩衝材としての海水があったにも拘わらず直径が100m近い巨大なクレーターを作る様な爆発をした事であった。

 そんなモノが地中 ―― マグマの中で爆発した場合、どれ程の影響が出るか想像も出来ないと言うのが実情であった。

 使徒を倒せても、そうなのだ。

 その前段階の戦闘も含めて考えれば、下手すれば浅間山の噴火に繋がりかねない非常事態であった。

 日本政府が本気でキレるのも当然と言えた。

 特に浅間山の近くは前橋市などの関東平野北域であり、壊滅した東京からの避難民が漸く定住を果たし出した場所なのだ。

 しかも、再開発で機械化された高度な農作業地帯に生まれ変わっても居るのだ。

 そんな場所を危険にさらすなど、日本政府が受け入れる筈が無かった。

 日本政府の行動の素早さ、そして怒りは、即座にNERVの上位機関である国連人類補完委員会の駐日本代表部部長を外務省に呼びつけた所にも出ていた。

 常日頃は、激発した態度を見せる事のない外務省官僚が、真顔で、NERVが万が一にも浅間山領域での対使徒作戦を強行するのであれば、日本政府は座視しないと告げたのだ。

 その会談のテーブルには戦略自衛隊のスタンプが押された小冊子が用意されており、日本政府の本気(軍事力の行使)が表されていた。

 無論、その小冊子を駐日本代表部部長が見る事は出来なかったが、その小冊子の表には赤いインクで大きくA-801の文字がスタンプされてたのだ。

 その意味は、NERVの日本国内での全権限、特権の剥奪である。

 誤解する余地など無かった。

 日本政府は、特務機関NERVに関する法案によるNERVに対し、使徒との闘いに関する優越権を認めている。

 だが同時に、国連に唯々諾々と従い、国民の死ぬ可能性を受け入れる気は無かった。

 そう言う事であった。

 この反応に先ず慌てたのはSEELEだった。

 急いで碇ゲンドウを呼び出すと、対使徒作戦の停止を命令した。

 厳命した。

 

 

『碇、今回はA-17を想定していると言う。こちらから打って出るのか?』

 

「そうです」

 

『駄目だ、危険過ぎる! 15年前を忘れたとは言わせんぞ!!』

 

「これはチャンスなのです。これまで防戦一方だった我々が、初めて攻勢に出る為の」

 

 強く反論する碇ゲンドウ。

 その発言も、一面では真実であった。

 まだ何も判らぬ使徒と言う存在を知る為、NERVは浅間山の使徒が卵状態である事を利用して捕獲を試みるとしていた。

 使徒の生体情報を得る機会との判断であった。

 

『リスクが大きすぎる』

 

 SEELEの議長を務めるキール・ローレンツが、断言する様に言う。

 生きた使徒の捕獲が成功したのであれば大きな成果と成る。

 だが、もしソレが捕獲後、観測中に使徒へと羽化しようとした場合、出来る対応は無いだろう。

 撃滅以外の選択肢は取りようがない。

 少なくとも現時点では。

 そして使徒に関する情報は、既に第3、第4、第5、第6と4体もの使徒を屠り、その遺骸からの情報の収集に成功しているのだ。

 危険を冒して、生きている状態の使徒を捕獲するべき理由が無かった。

 

『左様。しかも捕獲作戦、エヴァンゲリオンをマグマ内へと直接投入すると言う話ではないか! 此方のリスクも看過できん』

 

 前人未踏どころではない極地で、高価極まりないエヴァンゲリオンの喪失リスクが高い作戦など受け入れたくも無いと言うのがSEELEの本音でもあった。

 しかし、碇ゲンドウとて折れない。

 人類補完計画に於ける最大の障害となる使徒を知る機会を、みすみす見逃したくは無かった。

 知る事は対応に繋がるのだから。

 

「しかし、生きた使徒のサンプル、その重要性は、すでに承知の事でしょう」

 

 それに、卵から使徒が羽化しようとしても封印技術は実用化されつつある。

 SEELEも碇ゲンドウも口にしないA号封印体(Solidseal-α)、Adamの活性化封印技術は存在しているのだ。

 これを前提に考えれば、使徒を生きたまま捕獲し、安定させると言うのは絵空事では無いのだから。

 

 電子化された仮想空間で睨み合う、碇ゲンドウとSEELEの一同。

 誰も視線を揺るがす事はない。

 真っ向からのぶつかり合い、その勝者は言うまでも無かった。

 

『碇、君の任務に対する誠心は評価しよう。だが今回は折れよ』

 

『左様。これがSEELEの決定である。良いな?』

 

「………はっ、全てはSEELEの決定の儘に」

 

 

 

 意識が現実世界に回帰すると共に、碇ゲンドウは大きく息を吐いた。

 傲岸不遜、交渉者(タフネゴシエーター)として知られる漢とは言え、SEELEの意向に真っ向から逆らうが如き行為は実に大きな負担を与えていたのだ。

 目を閉じて、椅子に背中を預ける。

 

「冬月」

 

 名を呼ばれた冬月コウゾウは、長かったSEELEとの仮想会議の間中、碇ゲンドウの後ろで直立不動と言う姿勢で立ち続けていた。

 その疲労を表に出す事無く、碇ゲンドウの欲した情報を口にする。

 

「どうやら松代が動いた様だ」

 

「政治屋か」

 

「ああ。国に寄生する手合いどもではあるが、なかなかどうして、宿主(日本国)を気遣っているようだよ」

 

「交渉は可能か?」

 

「今回に限れば無駄だな。調査情報局の伝手(パイプ)でも、かなり態度が強硬だと言う。如何にお前であっても、今回は難しかろう」

 

 交渉と言う行為は、相互にその意思があって始めて成立する。

 今回の日本政府の様にシンプルに(Yes or Noと)要求を呑む(使徒捕獲作戦の中止)死ぬ(日本政府との全面衝突)かと腹を決めて来られた(選択を尋ねられるだけの)場合、出来る事など何も無かった。

 辣腕の交渉者であるが故に、碇ゲンドウはその事を良く理解していた。

 だから静かに受け入れる。

 

「そうか、なら、仕方があるまい。葛城中佐には監視と情報収集を命令するとしよう」

 

「仕方があるまいよ」

 

 

 

 

 

 



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06-3

+

 日本政府が見せた()()によってNERV初の、使徒に対する攻勢作戦は頓挫する事となった。

 その事に面白く無いモノを感じつつ、葛城ミサトは受け入れていた。

 使徒撃滅こそを人生の目的、存在意義と感じている復讐者(バーサーカー)ではあったが、世界を受け入れない程にトチ狂っては居なかったからだ。

 とは言え、使徒を野放しには出来ないとして、継続的な監視を主張した。

 コレに関しては日本政府としても否定する要素は無いので、NERVの誰もが驚くほどに簡単に同意が得られた。

 

「なーんか、ネェ」

 

 腑に落ちないとばかりに愚痴る葛城ミサト。

 その横で苦笑する赤木リツコ。

 

松代(日本政府)が危惧したのはエヴァと使徒の交戦、その余波だもの。戦闘で無ければと言う事でしょ」

 

「そりゃ、分かるけどさー」

 

 そこにはNERV実戦部隊の指揮官、女傑(マム)葛城ミサトの姿は無かった。

 大学時代と変わらぬ、腑に落ちない事に文句を言う(ブー垂れる)学生めいた態度であった。

 この場に居るのが親友(マブ)だけだと言うのが大きかった。

 2人が居るのはNERV本部の技術開発局施設、その管理室だ。

 管理室から見下ろせる工作室では、大急ぎでの機材製造が行われていた。

 第8使徒として認定されたマグマ内の使徒、その使徒を捜索する際に壊した浅間山地震研究所の観測機の代わりを作っているのだ。

 葛城ミサトがNERVが弁償すると啖呵を切ったから、と言うだけではない。

 そもそも、現時点では損壊した観測機の他はマグマ内の状況を把握する手段が無かったのだ。

 NERVは渡世の義理以上に、自分の都合で観測機を用意しようとしていた。

 国の機関とは言え、予算カツカツな浅間山地震研究所が作った先代とは違う、NERVがエヴァンゲリオン用などで用意していた資材を流用して作られる観測機は、以前のモノよりも遥かに性能の向上した深々度特殊環境観測機(スーパーダイバー)であった。

 圧壊した先代観測機の運用情報を元に設計を再検討し、構造計算にはMAGIまで駆り出しているのだ。

 

「で、どれくらいで完成しそう?」

 

「このペースなら明後日には持ち込める筈ね」

 

「そっ、ならコッチも展開させておくか」

 

「展開?」

 

「展開。観測機の護衛って事でエバーを1機、配置させるわ」

 

「………大丈夫なの、そんな事して?」

 

「やねー 潜らせないって。地上配置よ」

 

 流石にそこまで無茶はしないと笑う葛城ミサト。

 只、日本政府に止められるまで、エヴァンゲリオンの出動準備を進めていたのだ。

 折角だから、訓練を兼ねて行おうと言う腹積もりであった。

 

 浅間山地震研究所のある一帯は、第7使徒と交戦した太平洋岸とは違いエヴァンゲリオンの運用基盤は一切ない。

 ()()()()()、であった。

 将来的な広域展開、第3新東京市からより遠方で使徒に対する邀撃戦を行う為の情報収集と言うのが目的であった。

 

「エバーもだけど………」

 

 言葉を濁した葛城ミサト。

 言われなくとも、理由を赤木リツコは理解した。

 支援機(機動電源ユニット)、JAだ。

 元が日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)の技術実証試験機 ―― 反応炉(ニュークリア・リアクター)を持つ人型ロボットを作ってみたと言うだけの機体である為、その運用は簡単ではないのだ。

 現在、JAと共にNERVへと出向して来ていた時田シロウ技術官を中心にしたチームによってJAの後継機、エヴァンゲリオンの支援機として1から設計された機体の開発が進められている。

 反応炉(ニュークリア・リアクター)よりも新世代の、より安全なN²反応炉(ノー・ニュークリア・リアクター)を搭載した支援機だ。

 とは言え、まだ概念設計の段階である為、如何に予算や人員を手配しても就役は当分先と見られていた。

 無茶なスケジュールを組んではいるが、それでも改良型JAが就役するのは最短で年末、そう見られていた。

 

 兎も角。

 折角の準備命令を発したのだから、せめて有効活用はしたいと言うのが葛城ミサトや作戦局の総意であった。

 それを碇ゲンドウも理解し、日本政府に対しても了承を求めた。

 日本政府も、観測と実働試験の範疇であればと受け入れたのだった。

 

「生体情報の収集と継続的な観測の実施は大きいわね」

 

「ええ。アレが使徒として羽化する際に何らかの反応を示すのであれば、それを元に地球全体への監視網の構築が可能になるんだもの。日本政府としても万々歳の筈よ」

 

 卵状態の使徒を察知できれば、或いは羽化情報を得られれば、日本の国土の外で対使徒戦闘(邀撃戦闘)を行う事が可能になるのだ。

 日本政府としても、是非にやって欲しいと言う話であった。

 

 

 

 

 

 浅間山一帯への出動訓練。

 それに際して投入できるエヴァンゲリオンは1機のみであった。

 3機(保有全機)は勿論、2機でもあらぬ疑いを招く為の処置であった。

 問題は、誰を連れていくかであった。

 トップスコアを誇る碇シンジ。

 抜群の操縦才覚を見せる惣流アスカ・ラングレー。

 沈着冷静さに優れる綾波レイ。

 非常時への対応力で言えば前者2人が圧倒的であるが、同時に()()()()()()

 とは言え、非常事態に冷静に対応できるが、同時に対応力と言う意味では2人に劣るのが綾波レイなのだ。

 一長一短と言う塩梅であった。

 さて、どうするか。

 指揮官(最高責任者)である葛城ミサトは、エヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)傍に設けられている操縦者待機室で頭を悩ませた。

 眼前には、その3人が揃っている。

 作戦伝達を行う為、集まらせていたのだ。

 状況説明。

 手順説明。

 そこまでは良かった。

 後は配置発表と言う所で、止まってしまったのだ。

 

「で、どうするのよ?」

 

 いい加減、焦れたアスカが葛城ミサトに言葉を促す。

 同意する様にシンジも頷いている。

 即座の第8使徒との交戦が消えた結果、2人は勉強の為(修学旅行中向けの課題)に第3新東京市の市立図書館に行っていたのだ。

 そこで呼び出し(緊急呼集)を受けたのだ。

 戦意旺盛なアスカからすれば、とっとと決めろ。

 動くなら動こうと考えているのだから、当然の反応とも言えた。

 

「そうね、じゃ、折角だから__ 」

 

 アスカとエヴァンゲリオン弐号機を派遣しようか、そこまで言いかけた時に綾波レイが手を挙げた。

 

「決まって居ないのなら、私が出るわ」

 

「レイ?」

 

 誰もが綾波レイを見た。

 沈着冷静で寡黙であり、同時にエヴァンゲリオンにそこまで積極的(戦闘への意欲が旺盛)ではないと思われていた所に、この態度である。

 当然の反応であった。

 そして、綾波レイからしても当然の反応であった。

 もし、派遣されるのがシンジとなればアスカと2人で待機する事になる。

 ()()()()()()()()()()()()

 五月蠅い、と。

 お喋りなアスカは、何かと話しかけてきたりする。

 それが嫌だった。

 自分の世界を崩しに来ると綾波レイには見えたのだ。

 派遣されるのがアスカであれば、シンジと残るのであるが、此方であれば問題は無い。

 只、確率は五分五分(シュレーディンガーの猫)

 であれば、確定前に動くのが良い。

 そういう判断であった。

 黙って待っていては、状況は自分の好みから離れてしまう。

 欲するのであれば動かねばならない。

 それは、ある意味で綾波レイがアスカに学んだ事であった。

 

 

「ファーストって、どうしたのアレ?」

 

「さぁ? 僕に聞かれても困るよ」

 

「……それもそうね。それよりお昼のお弁当、ケバブ(ドネルケバブ)出来た?」

 

「無茶言うなよ。羊肉なんて、ここら辺だと売ってないんだから」

 

 それはお弁当のリクエストだった。

 勉強会での昼食、弁当を用意する際に何か食べたいものはあるかと尋ねたシンジに、アスカが思いついたのは、加持リョウジを護衛に街へ出た時の思い出の味だった。

 露店で食べた味。

 一流の味ではない(ジャンクフードではあった)が、数少ない遊びとしてドイツの街にでた思い出と共にあった。

 だから咄嗟にリクエストをしたのだ。

 問題は、日本では羊肉の流通量は極めて少ないと言う事だだ。

 今日明日と、短時間で用意出来る様なものでは無かった。

 

「そこを何とかするのが男の甲斐性って言うんでしょ、日本じゃ」

 

「男が困ってると、そっと助けてくれるのが内助の功(女性の嗜み)だって聞いたけど?」

 

「へぇー わタしってソウ言う日本語、語彙を知らナクて判らないワ」

 

 シンジの反論を鼻で笑って、如何にもな胡散臭いイントネーションで返事をするアスカ。

 口では勝てぬと、何度目かの敗北を理解したシンジは、深いため息をついた。

 それからそっと言い添える。

 

「一応、スパイシーに味付けをしたチキンのサンドイッチを用意したから、勘弁しておいて」

 

Danke(ありがとう)

 

 

 こそこそと会話していたシンジとアスカを見て、葛城ミサトは何となく綾波レイの心情を理解するのだった。

 2人が惚れた腫れた(steadyな関係)の類では無い事は、会話に親密さがあっても糖度(love)が感じられない事や碇家(プライベート)での姿を見ていて判っているし、そもそもアスカは常に加持リョウジが大好きだと公言しているのだ。

 だが、それでも誤解しそうな距離感がシンジとアスカにはあった。

 共に努力家であり目的の為には骨を惜しまぬ性格をしている。

 正に馬が合った、と言う事なのだろう。

 そんな風に納得した葛城ミサトは、綾波レイの上申を受け入れる事とした。

 

「ならレイ、今回はお願いね」

 

「判りました」

 

 

 

 

 

 地上を往くエヴァンゲリオン。

 展開用の専用システム ―― 鉄道輸送システムが浅間山付近までは無い為、陸上輸送専用車(エヴァンゲリオン・キャリー)に乗せられて運ばれる。

 幸い、高速道路であれば対向車線も含めて4車線占拠する事で移動が可能な為、浅間山近くの小諸市までは移動が可能であった。

 無論、その様は完全に高速道路を封鎖しての移動である為、移動するエヴァンゲリオンの姿はマスコミの手を借りる迄も無く民間に広がっていった。

 高速道路入り口を封鎖している警察や戦略自衛隊の車両、隊員の姿。

 赤色灯を回したパトカーに先導され、高速道路を移動していく超大型車両(エヴァンゲリオン・キャリアー)の姿。

 搭載しているモノの詳細は、薄灰色(都市型迷彩色)の防水カバーに隠されて判らぬが、尋常ではないモノを運んでいる事だけは、その物々しい雰囲気から、理解出来ると云うものであった。

 そもそも、それ以前の、第3使徒との闘いから日本の地図を書き換える勢いでの戦闘が続いていたのだ。

 隠蔽しようと言うのが無理、と言うべきであった。

 結果、NERVは日本政府と協議のうえで、NERVの事と使徒の事とを慎重に公開していく事としたのだった。

 だが、エヴァンゲリオンに関してはまだ良かった。

 少なくとも専用の輸送手段は整っていたのだから。

 問題は支援機、JA(ジェットアローン)である。

 元は技術実証機を改造した機体である為、そもそも、移送と言うモノを考慮に置いた構造になっていなかったのだ。

 幸い、エヴァンゲリオンに似た寸法であった為、分解して輸送する事となった。

 全幅をコンパクトにする為に両腕を肩部分から分離させたのだ。

 それ以外にも、作業支援用として増設されたクレーンの類も分解されている。

 結果として、輸送後には機能確認も含めて半日は必要と言う大仰なシステムとなっていたが、支援機としての利便性と、何よりも電力供給能力が評価されている為、現時点では仕方がない事とNERV作戦局としては是非も無いと受け入れていた。

 

 

 煌々とライトに照らされた高速道路を走る、大名行列めいた(NERV御一行様と言った塩梅の)車列。

 その様をNERV本部の上級者用歓談室に持ち込んだノートパソコンで見ながら、葛城ミサトは物思いに耽っていた。

 別に仕事はしていない。

 第3新東京市から小諸市までは、車列の長さもあって半日近く必要となるのだ。

 その間中、気を張っているのも面倒くさいと言うものであった。

 そもそも作戦局の部下が思い思いに休憩できる様にと、此方に来ていた。

 

 手には珈琲を淹れたカップがある。

 それが冷めきっている辺りに、葛城ミサトの思索が長い事が判る。

 考えているのは、部隊の移動であった。

 JA程ではないにせよ、エヴァンゲリオンも移送には手間が掛かっている。

 今回の事では移動に時間が掛かっても大きな問題とはならぬのだが、()()であればそう云う訳にはいかない。

 さて、どうするべきかと考えていたのだった。

 そこに赤木リツコがやってきた。

 

「あらミサト、まだ居たの?」

 

 疲れた顔をして、手には書類の束を抱えている。

 赤木リツコも又、仕事に来たのだった。

 

「移動は明日のあさイチ、レイと一緒にチョッパー(CMV-22B)で現地入り予定。四六時中、責任者が傍に居たって迷惑ってモンよ」

 

 チョッパーとは本来はヘリコプターのスラングであったが、葛城ミサトのいい加減さもあってNERVでは垂直離着陸機(飛行機)であるCMV-22Bの事を、そう呼んでいるのだった。

 尤も、軍事的素養の無い赤木リツコは知らなかったが。

 

「そうね。しかめっ面した指揮官何て鬱陶しいだけでしょ」

 

「へー へー その通り」

 

 葛城ミサトの隣のソファに座る赤木リツコ。

 天井を見上げる様にして溜息をつく。

 

()()()()?」

 

「ええ。何とか。予定通り明日の朝には現地に送れるわよ」

 

 尋ねたモノは勿論、NERV技術開発局で製造していた観測機だ。

 当初は余裕で完成し現地へと送り届ける予定だったのが、製造が遅れていたのだ。

 それは、通常の観測だけではなく、使徒の卵に接近できる様に限定的であっても機動力が付与されていて欲しいとの要望が追加で出た為、機体構造の再検討から始まって設計変更が行われた結果だった。

 責任者である赤木リツコの負担は極めて大であった。

 

「ゴミン、助かったわ」

 

「せいぜい感謝する事ね」

 

「しますします、神様仏様赤木リツコ様!」

 

 拝む様な仕草を見せる葛城ミサトに、赤木リツコも噴き出す。

 とは言え葛城ミサトの謝意は本気であり本音であった。

 観測機が無ければ、浅間山にまで行く意味が全く無いのだから当然であった。

 

「ホント、ミサトは現金ね」

 

「感謝しているのは本当よ? だから珈琲だって赤木リツコ様の為に淹れちゃうわよ」

 

「結構よ。ミサトが淹れるより自分でやった方が美味しいもの」

 

「ゑ~」

 

 気楽い会話を繰り広げる2人。

 葛城ミサトの分まで淹れてあげる赤木リツコ、珈琲が趣味だと言うのが良く判る仕草であった。

 豊かな香りが歓談室に満ちる。

 気分転換の雑談、その話題に関しては途切れる事は無かった。

 と、話題の中で特に盛り上がったのは綾波レイに関してであった。

 積極性を見せたその姿は、葛城ミサトは勿論、()()()()()()()赤木リツコすらも知らない姿であった。

 

「驚いたわね」

 

「ええ」

 

「あの後、ミツキから改めてレイの処遇の改善を図るべきだって強い調子で言われたわ」

 

「ああー」

 

 葛城ミサトと赤木リツコの大学同期で、NERVでは作戦局支援第1課課長として子ども達(チルドレン)の全般を支えるのが天木ミツキだ。

 その職務は、訓練と同時に生活全般も含まれている。

 そう、今の綾波レイの住環境その他の改善は、支援第1課が常に問題として考えている事であったのだ。

 隣人の住まない、廃墟同然の単身者用マンションに1人で住む綾波レイ。

 幼少期から()()であり、()()であるが故に、生活環境の変化による心理面への影響を考えて、手が出されていなかった聖域であったのだ。

 エヴァンゲリオンを動かすのは心。

 ()()であるが故に、心に影響が出る事にNERVは慎重であったのだ。

 

「それでミサトとしては?」

 

「受け入れるべきって思ってるわ。正論だし、何より他の2人(シンジとアスカ)と生活環境に差があり過ぎるってのは、正直、どうかって思うもの」

 

「そうね………」

 

「そういうリツコはどう見る?」

 

「ま、情動の発育が遅れていたレイが、そうね、成長し始めたって事ね」

 

 良い話だと、他人事の様に言う。

 とは言え本音は別だった。

 赤木リツコの情夫 ―― NERV総司令官である碇ゲンドウは、その野望故に受け入れないのではと思っていた。

 人類補完計画の鍵となる存在、それが綾波レイなのだ。

 そうであるが故に綾波レイの成長と言う名の変化、言ってしまえば()()を受け入れるだろうか、と。

 

「兎も角、そこは最後は碇司令の判断ね」

 

ミツキの所(支援第1課)が子どもの環境全般は担当しているから、そこまでの決裁は要らないでしょ?」

 

「あっ、そ、そうね」

 

 そう言えば、建前の為にそう言う風に(チルドレン関連の権限譲渡を)した事を思い出した赤木リツコ。

 どうやって止めるか。

 そもそも止めるべきなのか。

 怜悧な赤木リツコでも即決しえない問題であった。

 だから、最後には匙を投げた。

 或いは棚上げした。

 天木ミツキの要請を、葛城ミサトが自分の権限で受け入れて決定した。

 その事を自分は知らない。

 関係ない、と。

 

 そもそもとして、情夫の別の女の事まで考えてやる義理は無いでは無いか。

 疲れていた赤木リツコの理性的な脳細胞は、そう言う俗めいた結論を出し、女性としての感情がそれを支持した。

 後で知って、碇ゲンドウが慌てる様を見るのも楽しみだ。

 どれ程に慌てるだろうか。

 日頃澄ましている髭面をどれ程に歪めるのだろうかと、そんな手酷い未来予想図を赤木リツコは少しウットリと想像してしまって(駄メンズを愛でる母的な感情を抱えて)いた。

 

「ん? リツコ、どった?」

 

「何でも無いわ、何でも」

 

 

 

 

 

 関係各位の様々な努力や心労、疲労を乗り越えて第8使徒を偵察する機材、部隊の準備は整った。

 最初の機材よりも高性能、更なる深々度まで潜れる機材を得た浅間山地震研究所はホクホク顔であった。

 しかも、使徒の偵察任務での運用は、その費用をNERVが持つ事と定められたのだ。

 笑顔にならぬ方が不思議と言うものであった。

 

 そしてエヴァンゲリオン4号機とJAであるが、此方は少し離れたスキー場跡地に展開していた。

 直線距離で10㎞以上も離れていたが、浅間山地震研究所の敷地は全高40m級と言う巨大で重量のあるエヴァンゲリオンを配置する余力が無いから仕方がない話であった。

 或いは当然の話とも言えた。

 兎も角として、エヴァンゲリオンを含めたNERVの実働部隊は取り敢えずは数日、現地にて待機して撤退するモノとされた。

 使徒と向かい合うが、実戦の危険性はないと誰もが考えていた。

 最終日には手早く片づけを行い、近くの温泉宿に宿泊して英気を養う事も考えられていた。

 無論、NERVの予算で行う事を作戦局局長代行(葛城ミサト)が自らの権限で決定し、決裁していた。

 葛城ミサトは経費の使い方を心得ていたと言うべきであろう。

 

 誰もが気楽に構えていた。

 深々度特殊環境観測機(スーパーダイバー)がマグマに潜るまでであった。

 以前に計測した深さに潜った観測機が見たのは、以前とは異なる形へと変容していた使徒の卵であった。

 観測機のセンサー群は、その変化が急速に続いている事を示していた。

 それは信じられない速度であった。

 卵の内側に影も形も無かったものが急速に生まれていく。

 それは生命の成長にも似ていた。

 

「まずいわ、羽化を始めたのよ。計算より早すぎるわ」

 

 赤木リツコが信じられないとばかりに声を挙げる。

 科学者としての常識が、目の前の現実を処理しきれなかったのだ。

 信じられない、ただそれだけであった。

 だが、実務屋(軍人)である葛城ミサトは違った。

 

「まさか、コッチに気付いたって事!? エバーは離して置いてあるのに!」

 

「恐らくは観測機ね、あの極地に来た存在を敵として認識したんだわ」

 

「ちっ」

 

 忌々し気に舌打ちした葛城ミサトは、凛とした声を張り上げる。

 それは有無を言わさぬ命令であった。

 

「総員撤退! 浅間山地震研究所は放棄! それからエバーに連絡、レイに搭乗待機を伝達! 急いで!!」

 

 誰もが予想しなかった形で、第8使徒との闘いが始まる。

 

 

 

 

 

 




2022.06.19 文章修正
2022.06.25 文章修正


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06-4

+

 浅間山にてエヴァンゲリオン4号機が第8使徒と交戦を開始する。

 その一報を聞いた誰もが、NERVの現場指揮官が暴走した(葛城ミサトがやらかした)と思い込んだ。

 特に、葛城ミサトの性(使徒に対する高い戦意)を知る人間であればある程に、その独断専行を疑ったのだった。

 そして同時に、葛城ミサトを管理する碇ゲンドウ(陰謀屋の策動)を疑った。

 それはある意味で、実績や評判による評価と言うべきものであった。

 

 

 葛城ミサトには直接命令を下し、釘を刺した碇ゲンドウ。

 日本政府も国連人類補完委員会も、今回の使徒に対する攻勢作戦は認めなかった事を伝え、キチンと納得と同意も得ていた。

 実際、浅間山に持っていく機材を確認した際、エヴァンゲリオンがマグマに潜れる装備は無かった。

 開発中の特殊環境装備の所在も確認したが、所定の位置から動かされていなかった。

 だからこそ、碇ゲンドウは困惑していた。

 現場からの報告は、混乱したモノとなっており要領を得ない。

 腹心と言って良い赤木リツコも現地に居るのだが連絡が取れないのだから仕方がない。

 NERV総司令官執務室でジリジリと、続報を待っている碇ゲンドウ。

 その手元の電話機が鳴る。

 漸くの続報、詳細かと急いで取れば、予想外の相手であった。

 

「私だ」

 

『私だ、ではない!! 碇君! 君、これはどういう事だね!?』

 

 SEELEであった。

 NERVの部内回線に割り込んで来た上位者 ―― SEELEの構成員(メンバー)の中で、対外交渉の類を担当する人間であった。

 当然、()()()()()()()()()()()()()()()

 怒髪衝天と言わんばかりの勢いで、怒鳴っている。

 受話器を少しばかり離さねば、耳鳴りがするほどの大声だ。

 顔を顰めつつ、ご意見を拝聴と言う風に返事をする碇ゲンドウ。

 常日頃の、閉鎖回路仮想会議でなかったお陰で、顔を取り繕う必要が無いのが有難い。

 そんな事を思いながら。

 

「申し訳ございません。我々としてもまだ詳細が入っておりません、入り次第、即座にご報告いたしますので、それまでお待ちいただければ」

 

 慌てるなハゲ、と言う様な本音を幾重にもオブラートに包み込んで返事をする。

 

『情報操作は君の得意とする所ではなかったかね!?』

 

「そう言う懸念を抱かれている事は理解します。ですので、解析前の情報を提出致します。宜しいでしょうか?」

 

 生情報の海に溺れて溺死しろ、分析と解析と評価は面倒くさいのだと言う本音を飲み込んで、淡々と上申する。

 と、別の電話機が鳴った。

 部内の非常用回線だ。

 恐らくは浅間山での報告なのだろうと、手を伸ばす碇ゲンドウ。

 ついでに、この面倒くさいSEELEへの対応を終わらせる事が出来るとばかりに電話を終わらせようとする。

 

「失礼します」

 

『切るな! 報告なら私にも聞かせたまえ!!』

 

「はい ――」

 

 上位者(SEELEメンバー)に言われては仕方がないと、通話機を切らずに非常用回線を取る。

 ついでに、スピーカーモード(ハンズフリー)ボタンを押す。

 小さな嫌がらせと言う事も考えたが、聞こえないと怒鳴られても面倒くさいと思ったのだ。

 中間管理職の悲哀的なモノを感じつつ、組織トップらしい声を作る。

 

「―― 私だ」

 

『失礼します碇総司令官。作戦局第1課ギースラーです。現場との連絡が回復した報告が上がりました』

 

「ご苦労。で、ギースラー少佐。状況はどうなっているのかね?」

 

『はっ、葛城中佐ら現場スタッフは現在、使徒の羽化に伴って浅間山の観測ポイントから撤退。現在、山麓の実働(エヴァンゲリオン)部隊との合流を図っているとの事です』

 

「通信途絶は、使徒による妨害か?」

 

『はっ、詳細は不明ですが、第6使徒での前例がありますので、その可能性は高いかと』

 

「理解した。確認だが、葛城中佐はエヴァンゲリオンを浅間山の研究所付近へは持ち込んでは居ないな?」

 

 無論、この質問の目的は、SEELEに対する釈明であった。

 

『事前の計画通り支援機と共にポイントα、接収したスキー場跡地で迎撃準備を進めさせています』

 

「判った。A-17の発令、及び近隣住民の避難に関しては此方から日本政府に手を回す。作戦局として何かあるか?」

 

『今回、長距離移動訓練と言う事で国連軍(火力支援)部隊が現地におりません。至急、本部待機の2機を投入するべきと判断します』

 

「良かろう。作戦局の判断に口は挟まぬ。全力でやれ」

 

『有難うございます、全力で__ 』

 

 そこまで言った時、パウル・フォン・ギースラーの電話機の向こうで声が上がり、言葉が止まった。

 受話器(マイク)を手で遮り、会話する気配。

 少しばかりの時間の後、改めて話し始めた。

 

『現地からの報告です。地中から使徒が出現、空を()()()()()との事です」

 

 

「空を ―― 」

 

『―――― 泳いでる?』

 

 余りにも想定外の言葉(報告)に、異口同音にオウム返しをする事となった碇ゲンドウとSEELEのメンバー。

 それから、まるで目線を合わせる様に碇ゲンドウはSEELEと繋がる受話器を見たのだった。

 

 

 

 

 

 大急ぎで進められるエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機の空中輸送準備。

 第3新東京市郊外の軍民共用型の大規模国際空港(第3新東京市空港)へ、直結された地下輸送路(ルート)を使って2機のエヴァンゲリオンを輸送。

 そこからエヴァンゲリオン輸送用の超大型全翼機、CE-317(Garuda)に積み込んでいく。

 その作業の傍ら、格納庫内の片隅で碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの2人は現地情報と作戦内容の告知(ブリーフィング)を受けていく。

 共に既にプラグスーツを着込み、上にはポンチョ風の待機上衣(オーバーコート)を着ている。

 椅子に座り、現地に居る葛城ミサトに変わって指揮を執るパウル・フォン・ギースラーの言葉を聞いていく。

 第8使徒の情報。

 エヴァンゲリオン4号機の状態。

 そして近隣住民の避難状況。

 戦闘に必要な情報を叩き込んでいく。

 

「正直な話として、今回、あの現場での戦闘は想定されていなかった。故に、国連軍部隊の展開と住民の避難が遅れている。戦闘が始まった場所は過疎地であった事は幸いだが、戦闘を継続しながらも戦闘エリアはゆっくりと南下している」

 

コッチ(第3新東京市)を狙って動いているって事?」

 

「恐らくは。4号機との戦闘を継続しつつ、それを忘れていないと言った所だろう」

 

じゃっとなら(そうなら)こけをあけてよかとな(2機とも出撃してしまって大丈夫なんですか)?」

 

 シンジの訛のキツさに閉口しつつ、だが、それが正論であると認めて頷くパウル・フォン・ギースラー。

 歴戦(ベテラン)の機甲将校らしい果断さで、結論を口にする。

 逃がさなければ良い、と。

 

「第8使徒がどの様な能力を隠し持っているかは判らない。もしこのまま第3新東京市を狙ってきた場合、その過程でどれ程の被害が地上に齎されるか判らない」

 

 浅間山一帯から第3新東京市を狙う際、人口密集地帯としては甲府盆地がある。

 迂回された場合、関東平野北部が含まれる可能性もある。

 或いは日本の中心、首都第2東京(松代)に被害が出る事も想像される。

 逃す訳にはいかなった。

 そもそも、再度マグマにまで潜られてしまえば位置を捕捉する事は不可能になる。マグマを介した攻撃など行われれば、その被害は想像も出来ない事になるだろう。

 

「よって、今、あの場で使徒を仕留める。判ったかい?」

 

わかいもした(判りました)!」

 

Jawohl(任せて)!」

 

 力強い返事をした2人に、パウル・フォン・ギースラーは深い満足を覚えながら頷いた。

 それから細かい注意点を述べていく。

 最大のモノは、事前に物資の集積が行えていないので、携帯していく以上の武器の補充には時間が掛かると言う事であった。

 現在、大型輸送機は2機が就役している。

 その2機でエヴァンゲリオンを輸送後に、改めて武器を輸送する手筈となっているのだ。

 どれ程に急いでも1時間は必要と考えられていた。

 

「だって。シンジ、気を付けなさいよ?」

 

「最後に壊したのはアスカだと思うよ?」

 

「言うわね………」

 

「注意と、事実は大事だからね」

 

「オーケェー なら、この使徒との闘いで白黒つけようじゃないの」

 

 好戦的な顔を見せるアスカに、シンジも退かない。

 笑い合う。

 

「フフッフフフッッ」

 

「ま、僕が勝つよ」

 

「言ってなさい。その代わり負けたらFleischkäse(型焼きソーセージ)、出してよね」

 

「フラッ、ってアレ? 前に一緒に探した時に無かったじゃないか、納得したんじゃなかったの!?」

 

 2人で自転車にのって第3新東京市縦横に探したのだ。

 芦ノ湖周辺だけではなく北は甲府、南は小田原まで1日かけて走り回ったのだ。

 思い出して食べたくなったアスカが、案内役と称してシンジを引っ張り出し、何軒回っても見つからず、もはや引けぬとばかりに肉屋をしらみつぶしにしたのだ。

 ヤケクソと言える行動であった。

 その日の走行距離は100㎞を越えていた。

 それを可能とする2人の体力、そして根性であった。

 尚、そこまでしたにも拘わらず、フライシュケーゼは見つからなかったが。

 

「大丈夫、レシピを見つけたから作ってくれれば良いわ♪」

 

 我儘を、実に楽しそうに言うアスカ。

 シンジはため息と共に受け入れた。

 一度言い出したら引かない性格だとは、もう理解していたのだ。

 

「………出来には余り期待しないでよ?」

 

「そこは信じているわよ、シェフシンジ?」

 

「はいはい」

 

 

 子猫のじゃれ合いめいた2人の会話を、パウル・フォン・ギースラーは頼もし気に見ていた。

 それは2人が此れから挑む作戦を思えばこそだった。

 高高度から動力降下(パワーダイブ)しての戦闘。

 それも敵の能力は未知数。

 そして支援は少ない。

 大の大人でも、並の人間ではしり込みする様な難易度の高い作戦だ。

 軍事的に言えば、映画など(パルプフィクション)なら兎も角、現実であれば作戦内容の再検討を上申される内容(ミッション)だ。

 だが2人は、直ぐそこに命の危機と隣り合わせのソレが迫っているにも関わらず、緊張感のない常の態度を続けていた。

 否、緊張をしていない訳ではない。

 シンジは少しばかり口数が減っていた。

 アスカはいつも以上に饒舌 ―― 挑発的になっていた。

 だがそれは難易度故の事であり、責任感に由来するものであり、決して怯懦の類では無かった。

 それをパウル・フォン・ギースラーが判るが故の事であった。

 軍人にとって実戦経験を持つ事は重く、無条件で敬意を向けられる事がある。

 パウル・フォン・ギースラーは、自身も戦車乗りとして14年前の日々(アフター・セカンドインパクト)で数限りない戦闘をしていた。

 ()()()()()、数は少なくとも人類という重圧を背負い、濃密な戦闘を経験している2人を評価していたのだ。

 だからこそ、子どもであると侮らない。

 

 と、少佐! と連絡員が声を挙げて手を振った。

 親指を立てている。

 準備完了を意味するハンドサインだ。

 パウル・フォン・ギースラーも手を挙げて応じる。

 

「さて、小さき戦友(カメラ―ド)。戦争の時間だ。勝利を、そしてなにより無事の生還を祈る」

 

 シンジとアスカは立ち上がって背筋を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 第8使徒。

 マグマ内で羽化し地上へと飛び出してきたソレは、一見すれば腕のある甲殻類か魚の融合体とでも言うべき姿だった。

 或いはマグマを泳いでいたのかもしれない。

 だからこそ、葛城ミサトは撃破(料理/処理)は簡単であると思った。

 陸に上がった河童、或いは地面でピチピチとする姿は釣り上げられた魚めいていたからだ。

 だが、そんな楽観が通じたのは、地上に出現して数十秒の間だった。

 多関節の蛇腹めいた腕が変容したのだ。

 先ず骨が伸びて、それを覆う様に被膜が広がった。

 まるで翼の様になったのだ。

 腕の先、5本の爪も大きく巨大になる。

 

 変容が終わると金切り声めいた咆哮をあげた。

 或いはソレは産声か。

 

 

「またインチキ!?」

 

 浅間山地震研究所から離れた場所から避難し、近くの遮蔽物から双眼鏡で監視していた葛城ミサトが罵声めいた大声を上げる。

 隣で、同じように双眼鏡を見ていた赤木リツコは、嘆息する様に言う。

 

「あそこまで行くと、進化とでも言うべきね」

 

「神の眷属、その権能とでも言うつもり!?」

 

「さぁ? 科学者としては唯々、信じられないってだけよ」

 

 もう、諦めすら漂う貌で煙草を吸っている。

 本来であればもう少し遠くまで後退するべきであったが、第8使徒が地上に飛び出した影響で車が脱輪し、動けなくなっていたのだ。

 人の足の速度では逃げようとしても危険。

 下手な場所で地震めいた事が起これば危険。

 である以上は、身を隠せる場所に居る方が安全と言う考えであった。

 

「レイは?」

 

「先ほどの、本部(NERV本部第1発令所)との通信で、上がらせるとの事です」

 

 少し離れた場所に、通信機を抱えて来た日向マコトが声を張り上げる。

 そうでないと言葉が聞こえないのだ。

 第8使徒の吠え声と、羽ばたき音が響いているのだ。

 

「結構! さすがギースラー少佐、良い判断ね」

 

「後は支援機様々って所ね」

 

「そうね」

 

 エヴァンゲリオンが十分に活動する為には電気が必要なのだが、そうであるが故に僻地での運用には縛りが発生するのだ。

 それが、自走する電源としての支援機(ジェットアローン)によって運用の自由度は劇的に向上したのだ。

 ジェットアローンは当然で、それと時田シロウと日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)の開発チームには足を向けて寝られないと葛城ミサトは笑った。

 

「見えました4号機です!」

 

 

 

 

 今のエヴァンゲリオン4号機は火力戦を指向するG型(砲戦)装備、その最強の姿である第3形態であった。

 予算的余裕によって生み出された重火力形態である。

 B型(標準)装備との最大の差は、背負っている大型のバックパックであろう。

 これは電力安定供給用の蓄電器(キャパシタ)であり、そして弾倉であった。

 主武装となるEW-23B⁺の480㎜弾は、砲側に用意しようとした場合、どうしても携帯できる弾数に問題を抱えるのだ。

 それ故の、機体側に取り付けた大型弾倉(ドラムマガジン)だ。

 又、それだけではなく、G型装備には1対2本の支援腕(サブアーム)があり、肩に近い場所から伸びていた。

 右の腕は砲を支え、安定した射撃に助けるのだ。

 そして左の腕は、重量バランスも目的とした大型の盾を掴んでいた。

 射撃戦装備と言う事で、足を止めての殴り合い(砲撃戦)が発生するだろうとの想定であった。

 全身を覆える大型盾(カイトシールド)を持つ姿は、大型の槍めいた大口径砲(EW-23⁺)と相まって騎士を彷彿とさせていた。

 尚、EW-23Bが⁺と付くのは、改良が為されているからであった。

 威力に、では無い。

 砲身及びその周辺を補強し、より白兵戦(筒先のバレットでのド突きあい)に適応させた改良品であった。

 これによってEW-23B⁺は砲身で相手を殴っても簡単には歪まず、その後の射撃を可能としているのだ。

 

「本部のエバーは?」

 

「到着まであと15分程の筈です」

 

 先ほどの通信で得た情報と時間経過を加味して報告する日向マコト。

 中々の士官ぶりである。

 

「結構。後は信じて待ちましょう」

 

 

 

 綾波レイにとって第8使徒との闘いは、初めて1人で(前衛無しに)立ち向かう戦いであった。

 シンジが第3新東京市に来るまでは、それが当たり前であり訓練も受けていた。

 だが、訓練と実戦は別物であった。

 その事を認めつつ、エヴァンゲリオン4号機を操っていく。

 EW-23B⁺(強化型バヨネット付きバレットキャノン)を発砲する。

 480mmと言う空前絶後の大口径砲、その装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)が空気すら破砕するが如き轟音と共に吐き出される。

 直撃。

 だが、残念ながらも効果を発揮できない。

 真横から見れば平べったく流線形めいた体が、特殊鋼材で作られた侵徹体(弾頭)の侵食を許さなかったのだ。

 それどころか、攻守が入れ替わる。

 EW-23B⁺の次弾発砲への時間(インターバル)を利用して、第8使徒は吶喊してくる。

 

「っ!」