私…生まれ変わったらモブキャラになりたいな(なれるとは言ってない) (とんこつラーメン)
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私はモブになりたい

年末に向けての二大リメイク作品の第一弾。

最近はずっとシリアスな作品ばっかり書いていたので、久し振りにギャグ系の作品が恋しくなりました。

主人公の容姿のイメージは『じょしらく』の『暗落亭苦来』ちゃんです。

最近になって一話限定で動画が配信されていたので、久し振りに再熱しました。

因みに、単行本は五巻まで持ってます。







 空はどうして青いんだろう。

 

 海はどうして青いんだろう。

 

 ドラゴンボールGTのGTってどんな意味?

 

 鬼滅の刃が大ヒットした理由ってなんなんだろう?

 

 幻想郷って本当にあるのかな?

 

 というか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして私はIS学園なんて場所にいるんだろう。

 しかも、よりにもよって一年一組に。

 

「「「「…………」」」」

 

 教室内は不気味なまでに静まり返っていて、声を出す事は愚か、呼吸をする事すら躊躇ってしまいそうなほど。

 別に静かな空間は嫌いじゃないけど、何事にも限度ってものがあるだろう。

 似たような事は誰にだって一度は経験が有る筈だ。

 私だってこれが最初じゃない。これまでにも何度となく経験している。

 

 教壇の目の前の席には、この世界の中心人物にして原作主人公でもある『ダメな方のバナージ』こと『織斑一夏』が肩身が狭そうにしながら座っていた。

 そりゃ、周りの人間全員が異性なんだから縮こまってしまうのは仕方がないけど。

 

 はぁ…今までずっと順風満帆だった私の『第二の人生』、それも15年目にして遂に破滅か…。

 今なら、私一人だけで破滅の王を復活させられるかもしれない。

 

 チラッと視線だけで周囲を見渡すと、いるわいるわ絶対に関わり合いになりたくない原作ヒロイン達が。

 せめて他のクラスだったのなら、多少の妥協は出来たかもしれない。

 だが、私が今いるのは原作キャラの巣窟とも言うべき一年一組。

 このクラス配置にした奴を私は一生許さない。

 

 …一番厄介な担任が来る前に少しだけ冷静になって、どうしてこんな事になってしまったのかを振り返ってみよう。

 

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 

 

 私は、今ではもう誰も彼もが良く知っている二次創作界隈で最もブームになっている『転生者』と呼ばれる存在であり、例に漏れずに『神様』とやらに出会って『異世界転生』をしたクチだ。

 

 別に転生自体には何も文句は無い。

 前世では本当に碌な人生を送ってこなかったし。

 もしも来世ってのがあるのだとしたら、今度こそは穏やかな人生を過ごそうと本気で思っていた。

 激しい喜びはいらない。その代り、深い絶望も無い。

 植物のように穏やかな心を持って第二の人生を全うしたい。

 それこそが私にとって最大にして唯一無二の夢だから。

 

 前世での死因は…言いたくない。

 もしも思い出してしまえば、芋蔓式に嫌なことも思い出してしまいそうだから。

 本当に…本当に…碌な思い出が無い。

 なので、前世での性別や経歴なども一切忘れることにした。

 覚えていても碌な事にならないし、私自身も忘れたいと願っていたから。

 

 転生をする時にも同じことを自称神様に言って、それを聞いて彼は聞き入れてくれた…と思っていた。少し前までは。

 なんだかんだ言っても結局、神に人間の気持ちは永遠に理解出来ない。

 その事をようやく理解する事が出来た。

 

 転生時に、神様は私がどんな世界に転生するのか、よく二次創作などにある『転生特典』とかに付いては一切言ってこなかった。

 こっちの話を聞くだけ聞いてから、呆気なく私は転生。

 

 生まれ変わってから出来た私の新しい家族は至って普通で、私自身も何不自由なく幼少期を過ごす事が出来た…あの日までは。

 

 

 『白騎士事件』

 

 そう…とあるラノベにおいて『全て』が始まって、同時に終わった事件。

 ニュースでそれを見た時、私が自分のいる世界が『インフィニット・ストラトス』の世界である事を知った。

 

 ISが誕生してから世間は一気に変貌していった…が、幸いなことに私の住んでいた地域はそこまで酷い事にならなかった。

 都会などは相当に酷い事になっているようだが。

 

 さらに幸いなのは、私が住んでいた町には原作キャラが一切いなかった事か。

 それでも決して油断は出来ないので、自宅以外ではトラブルに怯えた生活を余儀なくされた。

 それから私は幼稚園や小学校に通う事になっていくのだが……。

 

 幼稚園…原作キャラ無し。

 

 小学校…原作キャラ無し。

 

 中学校…原作キャラ無し。

 

 私は、自分自身の幸運に本気で感謝した。

 いや…この世界に転生したこと自体が不幸かもしれないけど。

 今更それを言っても仕方がないので、それについては置いておく。

 

 性格も見た目も地味な少女だった私は、思春期特有のキャッキャウフフなイベントとも無縁で過ごし、趣味の読書やゲーム、時には親孝行で家事の手伝いなどをしながら時間を使っていった。

 

 このまま何事も無く中学さえ卒業出来れば、後は本気で大丈夫。

 そう思い込んでいた私の元に一本の電話が掛かってきた。

 学校でも基本的に限りなくボッチに近く、友達は疎か会話をする相手すら碌にいない私に電話なんて誰だろう。

 呑気にそう考えていた私の頭は、受話器越しに聞いた声を聞いた途端に一瞬で凍りついた。

 

『やぁ、久し振り。元気だったかい?』

「あ…あなたは……!」

 

 それは、私を転生させた神様の声だった。

 このタイミングで神様から電話が掛かってくるだなんて誰が想像するだろうか。

 誰だって同じようなリアクションするに決まっている。

 だから、スマホ片手に自分の部屋で狼狽えてしまった私は悪くない。

 

『もうすぐ中学卒業だね。進路とかは決まっているのかな?』

「…あなたには関係ないでしょう」

『そうだね。君を転生させた時点で僕の仕事は終わり…なんていうと、本気で思っていると?』

「…何が言いたいんですか」

 

 猛烈に嫌な予感がした。

 すぐにでも通話を切ってしまいたい…というか、さっきから何度も通話を切ろうとしているが、全く反応してくれない。

 

『君がいる世界がどんな場所なのか…もう分かっているとは思うけど』

「私は何もしたくありません。自分から火に飛び込むような真似だけは絶対に御免です」

『どうして、そこまで原作を毛嫌いするかな?』

「それを私に言わせるんですか?」

『うーん…君のその『静かに過ごしたい』という気持ちが私には全く理解出来ない。どうして目の前にある楽しい事から目を背けるんだい?』

「私にとっては全く楽しくないからですよ」

『つまんない人生だね』

「詰まらなくて結構。私が一番望んでいるのは、その『つまらない人生』なんですから。その事は前にも言ったと思いますけど?」

『確かに言ったね。けど、それを理解したとは一言も言った覚えはない。だから、僕から君に向けて今更ながら色々と『転生特典(プレゼント)』を用意した。勿論、返却は不能だよ』

「ふざけないでください!! 私はあなたの玩具じゃないんですよ!!」

『ちょっとちょっと。なんでそこで怒るのさ? こっちは本気の善意でやっているのに』

「それを『余計なお世話』というんです!!」

『まぁまぁ、そう言わないで。特典が何なのかは、その時が来るまでお楽しみって事で。それと、流石にもうこれ以上はこっちから干渉はしないよ』

「信じられません」

『信用ないなぁ…』

「当たり前です。たった今から、私は無神論者になりました」

『うっわ…普通に傷つくー。ま、そーゆーことだから、さよーならー』

「ちょ…まだ話は終わって…!」

 

 こっちの意志を無視して通話は切れ、スマホは正常に戻った。

 だが、私の苛立ちは微塵も晴れなかった。

 

「あぁ~…もう!!」

 

 怒りの余り、スマホをベットに向かって投げつける。

 貧弱を体現したような私の腕力じゃ、大した威力は出なかったけど。

 

 それから少しして学校で行われた『簡易IS適性検査』によって、あろうことか私は『S』ランクを叩きだしてしまい、係の人にIS学園に進学することを強く求められた。

 それでようやく理解した。神様の言ってた『特典』の一つがこれなのだと。

 私を半ば強制的に『IS学園(原作の舞台)』へと引きずり込む為の転生特典。

 思わず怒りがこみ上げてきそうになったが、相手は神だ。

 こんな矮小な人間に出来る事なんてたかが知れている。

 

 どれだけ大金をつぎ込まれても、どれだけ好待遇を約束されても、私は全く行く気は起きなかった。

 けれど、もしここで変に抵抗とかしたら、それこそどんな目に遭うか分からない。

 私だけならばいいが、家族にも何かされる可能性だってある。

 この人達はIS委員会から派遣されてきた人間達だ。

 二次創作のイメージがあるせいか、お世辞にも私の中での委員会の印象は良くない。

 最悪の場合、両親を人質にしてくるかもしれない。

 それだけは絶対に避けなくては。

 

 大切な家族を守る為、私は渋々ながらもIS学園行きを了承するしかなかった。

 だが、それだけで終わらせない。

 物凄く緊張していたが、私は係の人達に対して私からできる精一杯の要求をした。

 分かり易く言うと取引だ。

 両親の安全を約束して欲しいとか、寮では一人部屋にして欲しいとか。

 頭の中がグルグルな状態で口を動かしていたので、その時は最も重要な事を失念していた。

 

 『私を一組にだけは絶対にしないでください』って言い忘れた…!

 

 どうして私ってばいつもこうなの…?

 肝心な時に限ってヘマばかり…。

 

 その後、担任の先生から皆の前で私がIS学園に行くことをバラされて大騒ぎになって、その日からされたくも無い注目を受けるようになったし…。

 

 結果として、私はIS委員会から『特別推薦』という形で行くことになり受験は免除。

 しかも、本来ならば掛かるであろう入学費用やその他諸々のお金は全て委員会から負担されるという事に。

 両親に金銭面での負担を掛けさせずに済んだことだけが唯一の安心だった。

 

 因みに、私がIS学園に行くことになったと知った時、両親は何故か大喜び。

 あれでも一応はかなりのエリート校なので、自分達の娘がエリートの仲間入りをしたことが嬉しかったのかもしれない。

 あの時は本当に何とも言えない感情に苛まれた。

 

 

 

 

 

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 以上、回想終わり。

 

 今ので思い出したけど、神様は私への『転生特典』は複数あるみたいなことを言っていた。

 けど、今の所それに該当するのは『S』ランクの適性だけ。

 他の特典は恐らく『専用機』に関する事だとは思うけど、どうにも嫌な予感しかしない。

 この予感が当たらない事を本気で祈りたいけど、どうせ無駄な足掻きなんだろうなぁ……。

 

 

(あ…先生が来た)

 

 あれは…山田先生か。

 そういや、原作でもまずはあの人が来て、自己紹介の途中で織斑千冬が来たんだったな。

 自己紹介か…ちゃんと出来るかな。

 ま…適当でいいか。趣味が読書とかって言っておけば。

 これから先、一体どうなるかは分からないけど、それでも私がするべき事は何も変わらないんだし。

 

 私は背景の一部…原作トラブルとは無縁のモブキャラとして生きていきたい。

 お願いだから、特典で専用機が送られてきませんように…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは主人公に付いて。

次回以降に名前の発表やギャグ寄りにしていく予定です。






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変わりゆく私の日常

百合カップルは作りたいけど、ヒロインを誰にするかは不明。

アンチは無いので、この作品内では基本的に千冬さんも束さんも真っ白です。









 色々と考えている間に山田先生が入ってきてからの、皆の自己紹介が始まった。

 勿論、あいうえお順で進んでいき、私の自己紹介は後半になるだろう。

 …と、そこまで考えてから、ある事を思い出した。

 

 そういや、これって織斑一夏が自己紹介をしている途中で織斑千冬が教室にやって来てから、そのままの流れで自己紹介が中断からの強制終了になるんじゃなかったっけ?

 ってことは、クラスメイトに対して自ら名を名乗る必要が無くなるって事?

 それはそれで嬉しいかもしれない。

 お世辞にも自己紹介が得意じゃない私的には非常に有り難い。

 変に目立たずに済むしね。

 そう考えると、原作イベントも考え方次第じゃ上手に利用できるのかもしれない。

 これからの学園生活は発想の転換が大事になってくるのかもしれない。

 なんてことを考えながらも、私は密かに両手の人差し指で耳を塞ぐのでした。

 流石に入学早々に鼓膜が破れるなんて事は避けたいし。

 

(あ。織斑一夏の番になった)

 

 カウントダウン開始の合図だ。

 指に力を入れてから顔を俯かせる。

 幸いなことに私の席は窓際の一番後ろという最も目立ちにくい場所に位置しているので、私自身の地味さ加減とも相まって、そう簡単には存在に気が付かれないだろう。

 

 …それから数分後。

 私はそんな自分の考えが甘々星人であることを身を持って思い知るのだった。

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 

「うぅ…まだ頭が痛む……」

 

 あれから時間が経ち、今は放課後になっている。

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、私は一年生の学生寮の廊下をフラフラと歩いて自分に割り当てられた部屋へと向かっていた。

 

 一番最初のホームルーム。

 原作通りに自己紹介の途中で担任の織斑千冬が入って来て、弟君の脳天に気持ちのいい一撃をぶちかました後に、自らの名を名乗って…教室内にいた殆どの生徒達が発狂した。

 

 それに備えて耳を防いでいたのに全く効果が無く、強烈な音波の一撃は私を一瞬で気絶させた。

 目が覚めたのは一時間目の授業が始まる直前。

 実際には違うけど、まるで時間が消し飛んだような感覚がした。

 これがボスのスタンド…キング・クリムゾンか! なんちゃって。

 

 その後はなんとか目立たずに授業を受け続け、休み時間には篠ノ之箒が織斑一夏を誘ったり、その次の休み時間にはセシリア・オルコットが何やら話をしに行ったりと、原作で見た光景が目の前で繰り広げられた。

 私にとっては本気でどうでもいい事なので割愛するけど。

 

 で、それから行われた『クラス代表』に関する一悶着も原作通りに進み、当然だけど私は無言のままそれを見守っていた。

 

 昼休み、午後からの授業もなんとか潜り抜け、それでようやく放課後になったという訳でして。

 はぁ…本当に長い一日だった……。

 これから先、こんなのが三年間も続くと思うと気が重くなる。

 部屋の中に置いてあるであろう私の荷物の中に『精神安定剤』があるから、後でちゃんと飲んでおかなくちゃ…。

 あれ無しでこれからの学園生活を乗り切るなんて絶対に不可能だ。

 

「あ…ここだ」

 

 長い道のりの末にやっとたどり着いた私の部屋。

 一階廊下の一番端という、実に私らしい場所にあった。

 分かり易くて助かるけど、行き来するのが普通に大変なのがデメリットだよな…。

 遅刻をしないように気を付けないと。

 

「鍵は…えっと……」

 

 ポケットの中に入れている部屋の鍵を探っていると、精神的に疲弊しきっている私にトドメを指す出来事が起きた。

 

「ん? 電話?」

 

 反対のポケットに入れているスマホに着信が入り、いつも通りにディスプレイを見て相手を確認する。

 画面には『神様♡』と表示されていた。

 

「………」

 

 正直言って出たくない。

 けど、ここで出ないと永遠に鳴り続けそうな気がする。

 電池とかが勿体無いので、仕方なく出る事に。

 

「…もしもし」

『やぁ! 久し振りだね! 元気にしてたかい?』

「少し前まで元気が取り戻せそうでしたけど、あなたの声を聞いた途端に目の前まで迫って来ていた元気が因果地平の彼方まで吹き飛んでいきました」

『そこまで言うッ!?』

「言いますよ。当たり前でしょう」

 

 何を今更言ってんだ、コノヤロー。

 

「…で、何の御用ですか? 私にはもう干渉しないって前に言ってませんでしたっけ? あれは嘘だったんですか。そうですか。上等ですよコノヤロー」

『ちょ…ゴメンって! 別に何かをする為に電話してきたわけじゃないんだって!  ただ、君の後見人的な存在としては入学のお祝いの一つぐらいは言わないといけないと思ったわけで……』

「そんなの必要ありません。入学祝も何も…ここに入る羽目になったのはアナタせいでしょうが! 本気でふざけてるんですかっ!?」

『いや…確かにそうなんだけどさ……』

 

 一体どこまで私をおちょくれば気が済むのやら…。

 なんか話してるだけでイライラしてくる。

 

「お願いですから、もう電話も掛けてこないでください。ちゃんと、そちらの思惑通りにIS学園に入学してあげたんですから、もう満足でしょう?」

『その言い方だと、まるで僕が全部悪いみたいに聞こえるんだけど』

「実際に諸悪の根源じゃないですか」

『こっちは善意のつもりなんだけどな~』

「勝手に押し付けている善意は悪意と大差ないんですよ」

 

 仮にも神なら、それぐらいは分かって欲しいもんだ。

 いや…神だから理解出来ないのか?

 

『まぁ…それは置いといて』

「置いとかないでください」

『僕がもう君や、その世界に干渉しないってのは本当だよ。というか、もうやる事は全て終わってるから、干渉する理由が無いってのが実際の所なんだけどね』

「もう終わっている? それってまさか『もう一つの特典』…即ち『専用機』の事なんじゃ……」

『なんだ。気が付いてたんだ』

「この世界。転生。特典。この三つが揃えば一番最初に考え付くのが『専用機』でしょ」

『御明察。君の為だけに用意した専用機が学園に届く手筈になっている。いつ頃になるかまでは分からないけどね』

「専用機が学園に…ね。どうして到着日時とかを指定しなかったんですか?」

『途中で面倒くさくなっちゃって』

「一回死んでください」

『神なんで無理でーす』

「ちっ…!」

『お願いだから舌打ちやめて。地味に傷つくから』

 

 いい事を聞いた。

 もしもまた電話が有ったら、真っ先に舌打ちしてやろう。

 

『君もきっと気に入ると思うよ』

「どんな機体なんですか?」

『それは見てからのお楽しみ。まぁ…かなりカッコいい機体とだけ言っておく』

「ふーん…」

 

 カッコいい機体…ねぇ…。

 

『あれ? もしかして、どんなのが来るのか楽しみにしてる感じ?』

「ち…違いますから! 別に『好みの機体が来たら少しは許してあげてもいいかも』なんて微塵も考えてないんですからね!」

『ここでまさかのツンデレ…。意外と可愛いからヨシ!』

「死ね」

『さっきよりも辛辣になってるっ!?』

「というか、本当にそろそろ休みたいので切りますね」

『分かったよ。それじゃ、これが本当に最後になると思う。さよなら』

「それを聞いて安心しました。永遠にさようなら」

『最後の最後までそれなのね…』

 

 神様と話していると、いっつも相手のペースに惑わされて長話になってしまう。

 無駄な足掻きと分かっていてはいるけど、念の為に着信拒否をしておこう。

 

「あれ?」

 

 神様との通話履歴が…全く無い?

 綺麗サッパリと消えている…。

 

「…最後ってのだけは本当だったみたいね」

 

 なんかドッと疲れた。

 今日はもう休もう…はぁ……。

 

「私がSなんて結果を出したのも…IS学園なんて場所に入学する事になったのも…全部アイツのせいなのに…少しは本気で悪びれなさいよね…バカ…」

 

 猫背になりながら扉を開き、部屋に置いてあった私物の入っている段ボールの荷解きもせずにベットにダイブした私なのでした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 本来ならば女子しかいない筈のIS学園に男子が一人いれば、本来ならば決して起こりえないようなトラブルが、当然のように頻発する訳で。

 

「まさか、入学初日からここまでトラブルが連発するとは…! これから先が思いやられるな……」

 

 なんて愚痴を言いながら一年寮の廊下を歩いているのは、一年一組の担任にして、唯一無二の男子生徒である織斑一夏の実姉、そして一年生の寮の寮長でもある織斑千冬その人。

 

 ついさっき、何故か一夏の部屋の扉が穴だらけになって破壊されるという意味不明な事件が発生し、そこに集まっていた女子生徒達を解散させつつ事件当事者たちの説教をしてきたばかり。

 入学早々から疲れが溜まって仕方がない千冬なのだった。

 

「はぁ…こんな日は酒でも飲まんとやってられんな……」

 

 無類の酒好きな千冬は、当然のように寮の部屋にも酒を持ち込んでいる。

 頭の中で冷蔵庫に保管してある缶ビールの数を数えながら廊下を進んでいくと、ふと端の方から声が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

 声のする方に顔を向けると、そこには黒く長い髪を持つ少女が扉に背中を預けながら電話をしていた。

 別にそれ自体は何も悪い事ではない。

 何かあるとすれば、それは彼女自身の方だった。

 

(あれは…私のクラスの仲森…か?)

 

 仲森佳織。

 ごくごく普通の一般家庭の出の少女であるにも拘らず、IS委員会から特別推薦枠として入学してきたイレギュラー。

 その理由は、彼女がIS適性検査にて、異例ともいえる『S』を出したから。

 

 Sランクは世界的に見ても非常に珍しく、本当に数えるぐらいしか存在していない。

 かくいう千冬のランクも『S』であるが、それには人には言えない明確な理由が存在している。

 他のSランクたちもそれは同様で、少しでも上を目指そうとした結果、人体改造や精神強化などと言った、お世辞にも正攻法とは言えないやり方で辛うじてSに至った者達ばかり。

 そんな中、ある日突然に一般人の少女が『S』ランクを叩き出した。

 これは異例過ぎる出来事であり、委員会はすぐにこの事を極秘扱いにし、彼女をIS学園に行くように誘導した。

 

 これまでの者達とは違い、何も特殊な事をしていないのにSランク。

 通常ではまず有り得ない事に、専門家たちは彼女の事を一夏と同レベルの最重要人物に指定。

 一部の者達は佳織の事を『ISの申し子』なんて言い出す始末。

 

(あの子も…今という時代とISに翻弄された犠牲者なのかもしれないな…)

 

 全ての事情を知っている千冬としては、どうしても放っておくことは出来ない。

 贔屓…は流石に出来ないが、それなりに気を使っておこうとは思っている。

 

(変に聞き耳を立てては失礼だな。ここは静かに立ち去ろう)

 

 気配を足音を消しつつ、この場を去ろうとした…その時。

 どうしても聞き逃せない単語が耳に入ってきた。

 

「…即ち、専用機の事なんじゃ……」

(な…なにっ!?)

 

 専用機。

 それは文字通り、個人用にカスタマイズされた専用のIS。

 どうしてその話を佳織がしているのか。

 反射的に物陰に隠れてから耳を澄ませることに。

 

「専用機が学園に…ね」

 

 会話自体は途切れ途切れになって全ては聞き取れないが、辛うじて重要そうな部分だけは聞く事が出来た。

 

(一夏だけじゃなく、仲森の専用機も用意されているのかっ!? しかも、それを学園に届けさせるッ!? 一体あいつは誰と話をしているんだっ!?)

 

 専用機の話をするという事は、間違いなくISに深く関わりのある人間の筈。

 だが、これまでに佳織がそれ系の相手と接触をしたという報告は受けていない。

 だからこそ分からない。誰と、どうして専用機の話なんてしているのか。

 

(誰にも知られる事無く仲森に接触できるISに深い関わりのある人間…)

 

 その条件に合致する人間を一人だけ知っている。

 だが、『彼女』が自分の身内でもない相手と自ら接触しに行くだろうか?

 

(それとも、私の知らない何者かが仲森の背後にいるとでも言うのか…? だとしたら、一体何者が……)

 

 千冬が思案に耽っていると、通話を終えた佳織が立ち上がって部屋へ入ろうとドアを開ける。

 その時に呟いた言葉の最後の部分だけ、千冬の耳にハッキリと聞こえた。

 

「…IS学園に入る事になったのも…全部アイツのせいなのに…少しは悪びれなさいよね…バカ…」

 

 扉が閉まり、佳織の姿は部屋の中へと消えた。

 けれど、まだ千冬はその場に留まったままだった。

 

「仲森がIS学園に来ることになったのは…誰かに仕組まれていた…?」

 

 だとしたら、佳織は一夏以上に望まぬ運命を辿らされている事になる。

 本人は心の底から嫌そうにしていた。

 授業中などもずっと、彼女は俯いて目立たないように努めていた程。

 

「仲森自身は、本当にどこにでもいるごく普通の少女なのだろうな…。本来ならばISとは無縁の人生を送れただろうに…何者があいつを学園に引き入れようとしたんだ…?」

 

 まず『親友』の線は薄いだろう。

 その理由が全く思いつかないし、赤の他人で遊ぶほどに酔狂な奴でもない筈だ。

 とすれば、必然的に考えられる可能性は限られてくる。

 

「まさか…IS委員会の中にいる誰かが…密かに仲森に接触して…!?」

 

 考えれば考えるほどに嫌な事を考えてしまう。

 委員会の誰かが、もしくは委員会の息が掛かった誰かによって佳織は傀儡同然の扱いをされているのではないか?

 しかも、あの様子から察するに、相手は全く悪びれる様子すらなかったようだ。

 電話をしてきたという事は、互いの連絡先を知っているという事でもあるが、佳織が進んで自分を陥れた相手に対して電話をするとは考えにくい。

 とすれば、相手から一方的に掛けてきたことになる。

 

 そこで千冬は、最も想像したくない考えに至ってしまった。

 

「仲森は…IS委員会に監視されて…いや、それだけではないかもしれん。個人の権限で専用機の受け渡しなんて離れ業が出来るほどの相手だ。もしかしたら、その権力を利用して仲森の事をストーキングして…!」

 

 幼少期からずっと目を付けていた佳織の体がある程度成熟してきた頃を見計らって、彼女の通う学校に簡易適性検査を実施、なんらかの違法な手段でSランクを出すように仕向けた後に、委員会の御膝元とも言うべきIS学園へと引きずり込んだ。

 恐らく、その際に家族などを人質に取った可能性もある。

 そこから更に専用機をプレゼントと言って与えてから、自分から逃げられないようにして、それから最後にはその体を……。

 

「な…なんてことだ…!」

 

 流石に誇大妄想が過ぎるが、一度でも悪い方に進んだ考えはそう簡単には変えられない。

 それどころか、もっと最悪の想像すらしてしまうのが人間だ。

 責任感の強い千冬がそんな事に思い至ってしまったら、当然のようにこうなってしまう。

 

「…仲森を委員会のバカ共の玩具になんてさせてたまるか…! 教師として、大人として、同じ女として、アイツの事を絶対に守らなければ…!」

 

 こうして、本人が全く知らない所で佳織は何故か『悪のIS委員会から体を狙われている悲劇のヒロイン』になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、書いてる途中で大人の女性がヒロインってのも有りな気がしてきた。








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もしかして聞いてました?

高機動。重装甲。高火力。汎用性。

この四つを無理矢理に乗っけたトールギスは浪漫の塊だと思うのは私だけでしょうか。








 入学式を終えた次の日。

 早くも生徒達は学園に馴染み始め、朝の寮の食堂は朝食を食べる生徒達で賑わっていた。

 学生にとっての朝というのは忙しく、のんびりと会話をしながら食事をするなんてことは時間が許してくれない。

 そんな者達を寮長であり教師でもある『彼女』が許す筈も無く…。

 

「何をダラダラと食事をしている! もしも遅刻をしたらグラウンド十周走らせるぞ!」

 

 もう既にスーツに着替えている千冬が、生徒達に向かって叱咤する。

 それは勿論、自分の弟に対しても向けられるわけで。

 

 

「織斑。何を他人事のような顔をしている。お前とて例外では無いぞ」

「わ…分かってるって! もうちょっとだけ待ってくれよ! って、箒っ!?」

「悪いが、私はもう食べ終えたのでな」

「ちょ…マジかよッ!?」

「先に行くぞ。お前を待っていてやりたいのはやまやまだが、遅刻はしたくない」

 

 現実は無常なり。

 学園で数少ない信頼のおける幼馴染は、スタスタと食堂から出て行ってしまった。

 

「そういえば、あいつは……」

 

 ここでふと、千冬は食堂を見渡してから『ある人物』の姿を探した。

 数秒間ほど目を動かしていると、一番右端の方で一人ひっそりと朝食を食べている黒髪の少女の姿を見つけた。

 黒くて長い髪という特徴だけでは判別しにくいが、彼女の場合はその髪がかなり長く、膝の辺りまであったりするので意外と分かり易い。

 パッと見、椅子に座った状態で後ろから見れば真っ黒な塊だ。

 

「お魚…美味しい…もぐもぐ…」

 

 朝食の焼き魚定食を食べながら、満足げにしている探し人『仲森佳織』。

 まだ友達などは出来ていないようだが、本人はそれで十分に満足しているので無問題。

 

「ふぅ…どうやら、あれから特に何かが起きたという事は無いようだな」

 

 IS委員会に連絡先が知られている(と千冬は思い込んでいる)佳織にとって、学園内に安全地と言える場所は少ない。

 ああして元気な姿を見られるだけで安心できた。

 

「千冬姉…どこを見てるんだ?」

「ここでは私の事は『織斑先生』と呼べと…何度言えば分かるっ!」

「ぶべらっ!?」

 

 ばちこーん!

 そんな音が食堂内に響き渡り、食事をしている他の生徒達を更に慌てさせた。

 因みに、佳織は長い髪に隠れて後ろからは見えていないが、ワイヤレスイヤホンで音楽を聞きながら食事をしていたので、千冬の声や突然の炸裂音は全く聞こえていなかった。

 

 その後、佳織は普通に食事を終えてからちゃんと教室へと向かい、一夏は痛む頭を擦りながら遅刻してしまった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それは、千冬が食堂に来る前の出来事。

 彼女は副担任である『山田真耶』と一緒に理事長室へと呼び出されていた。

 

「こんな朝早くから来て戴いて申し訳ありません」

 

 そう言って二人に謝罪をしている机に座っている初老の男性こそが、このIS学園の理事長である『轡木十蔵』その人である。

 表向きは学園の用務員として振る舞っているが、有事の際は理事長としての権限をいかんなく発揮する事が出来る。

 見た目は優しそうな好々爺であるが、その中身は千冬ですら敵わない程の実力者であり、誰が言ったか『封印を解き放たれたゴジラ』。

 

「いえ…それよりも、我々を呼び出したという事は、もしかして…」

「はい。一組の生徒についてです」

 

 それを聞いて二人は真っ先にある人物の事を頭に思い浮かべるが、千冬と真耶とではその人物が全く違った。

 

「まず、織斑君に対して専用機が用意されるかもしれないという事でしたが、それが正式に確定しました。データ取得用の機体が倉持技研で用意され、彼に与えられるとの事です」

「やっぱり、そうですか…」

「昨日までの段階では『もしかしたら』でしたが、政府はよっぽど男性がISを動かしたメカニズムが気になるようです」

「無理もありません。あいつに関しては誰もが想像すらしていなかった事なのですから」

 

 一夏がISを動かした時、文字通り瞬く間にその情報が世界中に広がった。

 同時に、色んな研究者たちなどが彼の元に殺到し、その身柄をなんとかして確保しようと錯綜した。

 その問題は彼が『IS学園に入る』という選択肢をしたことでご破算になったが。

 

「織斑君の専用機に付いての詳細については、後でそちらに送られてくる手筈になっています。確認しておいてください」

「分かりました」

 

 これで話は終わりか。

 真耶はそう思っていたのだが、轡木や千冬の表情から、まだ終わりじゃないと察して何も言わずに立ち尽くしていた。

 

「さて…本題はここからです」

「…仲森佳織の件…ですか」

「え?」

 

 どうして、そこで佳織の名前が出てくるのか。

 思わず真耶は間抜けな声を上げてしまった。

 

「彼女の名前を上げるという事は、織斑先生はもう既にご存じなのですか?」

「理事長が話そうとしている内容が私の想像通りならば『はい』と答えます」

「お…織斑先生? 一体何を話しているんですか?」

 

 自分だけ全く話が分からない。

 混乱しながらも千冬に尋ねると、彼女は険しい顔をしながら静かに告げた。

 

「どうやら…IS委員会から仲森に専用機が送られてくる…らしい」

「な…仲森さんに専用機…!?」

 

 真耶も、副担任として彼女の事情はちゃんと把握している。

 ある日突然に『S』という驚くべき適性を出してしまった普通の少女。

 その結果、半ば強制的にIS学園へと来ることになってしまった。

 境遇だけで言えば、一夏と最も酷似していると言っても過言ではない。

 

「織斑先生の仰る通り…どうやら、委員会直々に彼女に専用機が与えられることになりました」

「それは…彼女が『S』だから…ですか?」

「恐らくは。世界規模で見ても非常に希少な『S』ランクを放置しておくことなんて彼らには出来ないのでしょう。何としても優秀な操縦者に育て上げ活躍してほしいと思っているに違いありません」

「その言い方だと、まるで将来的には仲森さんを代表候補生にでもしようとしているように聞こえますが……」

「まだ断定は出来ませんが、企んではいるでしょうね…」

 

 どこまで彼女の人生を翻弄すれば気が済むのだ。

 ただ、ISで高い適性を出したというだけで、勝手に進学先を決められ、更には将来すらも決められて。

 佳織のこれからの事を思うと、不憫で仕方がない真耶だった。

 

「ところで、織斑先生はどこでその事を知ったのですか?」

「それは……」

 

 千冬は昨日の放課後にあった事を全て話した。

 廊下で佳織が電話をしていた事。

 その時に耳にした内容の事を、自分の知っている範囲で事細かく。

 

「恐らく、その電話の相手こそが仲森をIS学園へと招いた張本人だと思われます。専用機を渡そうとしているのも……」

「その人物である可能性が非常に高い…ですか」

「はい。仲森の口からはっきりと『専用機』と聞きましたから」

「やりきれませんね……」

 

 何から何まで大人達の掌の上。

 しかも、その相手は今の世で最も強大な権力を持っている者達の一人。

 普通の人間では相手をする事すら出来ない。

 

「実は、私の方にも今朝になってから仲森佳織さんに専用機を与える事を委員会が通達してきました」

「その理由はなんと?」

「『世界的にも非常に希少なSクラスの操縦者を守る為』…だそうですが、そんなのは表向きの理由でしょう。間違いなく、その裏には別の理由が有る筈」

 

 轡木の鋭い勘が告げている。

 このまま奴等の好きにさせてはいけないと。

 文字通り、一人の少女の全てが掛かっている事なのだ。

 教育者として、大人として、決して軽視していい事ではない。

 

「いつ頃、彼女の専用機が届けられるかはまだ不明ですが、もし到着した時は…」

「徹底的にこちらで調査をする…ですね」

「えぇ。何か危ないシステムか、もしくは盗聴器などの監視機能のある何かが仕組まれている可能性がある。例え僅かな可能性であっても、その芽は摘むべきでしょう」

「「はい」」

 

 こうして、本人が知らない所で佳織の重要度が高くなり、彼女の望む『静かな生活』から激しく遠ざかっていくことになる。

 

「ところで、専用機の事に関して本人には……」

「正直、話すべきかどうかは迷いますね。ですが、遅かれ早かれ彼女は知ることになるのですから、それならばいっそのこと…」

「早めに話してから心の準備をさせておく…ですか」

「酷かもしれませんが、ある日突然に知らされるよりはマシでしょう」

「そうですね。では、機会を見つけて私から話しておきます」

「お願いしますね。織斑先生」

 

 偶然とはいえ話を聞いてしまった手前、佳織に対して責任感のような物を感じている。

 それは何も影から通話を聞いてしまった事だけが原因ではない。

 彼女の人生を壊そうとしているISの根幹に深く関わっている人間として、どうしても放っては置けないのだ。

 

 これが切っ掛けとなり、千冬の運命もまた変わっていくことになるのだが…その事をまだ彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 入学してから二回目となる朝のホームルーム。

 通達事項は私にとっては殆ど他人事に等しい。

 途中で織斑一夏くんに専用機が与えられることになって、女子達がまたもやワーキャー騒いだり、その流れで篠ノ之箒さんが、あのISの生みの親である『篠ノ之束』の実の妹であることが発覚して、また一騒ぎあったりと賑やかさが全く収まる気配が無い一年一組。

 このお祭りテンション状態がいつまで続くか見物ね。

 

 授業は授業でまたいつも通りで、私は頑張って予習したお蔭で辛うじて着いていけている状態。

 で、原作通りに参考書をゴミ捨て場にポイするという前代未聞の不祥事をかました主人公くんは、ウンウンと唸りながら必死に頭を捻っていた。

 余談だけど、山田先生が皆に向けて『分からない所はありますか?』って聞いた時、私は手を上げなかった。

 いや…本当は手を上げたかったけど、誰一人として手を上げようとしなかったんだもん。

 あんな空気の中で一人だけ手を上げるとか絶対に無理ですから!

 私にそんな度胸なんてないから!

 

 その後も昼休みに見事な一本背負いが見られたり、意味不明な大名行列が見られたりして退屈だけはしなかった。

 あくまでモブ目線で…だけどね。

 

 このまま今日も何事も無く一日が過ぎていく…と、そう思っていたんだけど…。

 

 

 

 




専用機をゲットした辺りから勘違いが加速していく予定です。

それまでは少しだけお待ちください。







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なんか知らない間にエラい事になってた件

主人公である佳織は基本的に目立つのを嫌うので、制服は何にも改造していないノーマルなデザインになっています。

最初は着物風に改造したのを考えていたのですが、それじゃあ流石に目立つよなと思って考えを改めました。







 放課後になって、私は暇を潰す為に図書室にでも行こうかと思って教室を出る。

 こんな明るい時間帯から勉強はしたくないし、集中も出来ない。

 かといって、今の私はまだ部活に入っていないし、織斑君やオルコットさんのように試合がある身でもない。

 なので、放課後というのは暇以外のなにものでもないのだ。

 ぶっちゃけ、すぐに寮の部屋に戻っても良かったんだけど、それはそれで万が一にでも誰かに見られたら変な目で見られそうだから即座に却下した。

 どうせ、戻ってもやる事はパソコンを使ってのネット検索か読書ぐらいだし。

 

 強制的にIS学園に入れられたんだ。

 それならせめて、学園生活ぐらいは自由に堪能させて貰う。

 そう思っていた矢先、それを阻む存在が私の事を呼び止めた。

 

「あー…仲森。少しいいだろうか?」

「お…織斑先生…?」

 

 それは、一年一組の担任にして織斑一夏の実姉。

 色んな意味で世界的有名人の織斑千冬その人だった。

 

「な…何でしょうか?」

「いきなりで申し訳ないのだが、実はお前に話があってだな…」

「わ…私に話…?」

 

 話って…なに?

 割と本気で心当りが無いんだけど…。

 

「も…もしかして、入学二日目にして早くも何かしてしまいましたか…?」

「ち…違う。別にお前は何もしていない。説教などの類の話ではない」

「それじゃあ何を…?」

「それは…だな……」

「…ここじゃ話難い内容…だったり?」

「そうなるな…。もし時間があるのなら、今から生徒指導室まで着いて来てくれると助かるのだが…」

「生徒指導室……」

 

 それ絶対に厄介な話じゃないですかヤダー。

 中学時代や前世の学生時代でも、生徒指導室なんて進路指導の時以外の用事では一度も入った事無いのにー。

 多分これ…断れないやつだよね…。

 仮に断っても永遠に選択肢がループする系だよね…。

 

「…分かりました」

「そうか! では、行くとしよう」

「は…はい」

 

 どうして嬉しそうにするのかしら…。

 はぁ…担任と二人っきりで生徒指導室に行くとか、こっちからしたら緊張しかしないんですけど…。

 学校に『心の痛み止め』を持って来ておいて正解だった。

 話が終わったら、適当な所で飲んでおこう…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 先生と一緒に生徒指導室へと入ると、当然だが向かい合うように私達は座る事に。

 ぶっちゃけ、怖い印象しかない人と顔を合わせるのは色んな意味で辛い。

 緊張性の腹痛になりそうだ。

 

「こんな所まで来て貰って済まないな。だが、これだけはどうしても伝えておかないといけないんでな」

「はぁ……」

 

 一体、私なんかに何の話をするつもりなの?

 全く予想が出来ないんですが。

 

「あんまり回りくどい言い方をしても仲森が混乱するだろうし、私もそう言うのは余り得意じゃない。だから、単刀直入に言おう」

 

 何をだよ。

 

「実は…IS委員会から仲森に専用機が与えられることになった」

「あぁー…」

 

 やっぱ、神様が言ってた『干渉』ってのは委員会絡みだったのか。

 それなら専用機が用意されても違和感ないしね。

 少なくとも、何も無い所からいきなりポンと出されるよりはずっとマシだよね。

 相手がIS委員会って時点で怪しさは大爆発だけど。

 

「その様子…矢張り、知っていたか…」

「えっ!? いや、その……」

 

 しまった…! もっと驚いた反応をすれば良かった…!

 

「いや、別に怪しんでいる訳じゃないんだ。寧ろ、私達はお前の事を護ってやりたいと思っている」

「へ?」

 

 ま…護る? 何から? 誰を? どうして?

 

「仲森には悪いと思ったのだが…昨日の放課後、偶然にも見てしまったんだ。お前が誰かと電話をしているのを」

「えっ!?」

 

 き…聞かれてた? あの話をっ!?

 って事は、私が転生者である事もバレてしまって……!

 

「い…いや。流石に全部を聞いていたわけじゃないぞ? 距離が距離だったから、途切れ途切れにしか話は聞こえなかった」

「そ…そうですか……」

 

 よ…良かった…のかな?

 

「因みに、どの部分が聞こえてました?」

「専用機とか、お前が誰かの企みによってIS学園に強制的に入学させられていた、とかの部分だな」

 

 …地味に重要な部分だけをピンポイントで聞かれてるし。

 いや…確かに私はあの神様野郎の企みで強制入学に近い事をさせられたけどね。

 それが何か邪悪な計画の一部とか、そんな壮大な感じじゃ絶対ないし…。

 

「お前が誰と話していたとか…聞いても構わないだろうか?」

「えっと……」

 

 そう言われてもな…なんて説明をすればいいのか全然分からないよ…。

 神の存在なんて絶対に信じないだろうし、どう言えばいいのやら…。

 

「あの人は…その…私もよくは知らないと言いますか…」

「知らない? その割には普通に話していたようにも見えたが?」

「いえ。私が知らないってのは相手の素性に関してなんです。親すらも知らない私個人の関係者って感じで…」

「仲森個人の知り合い…」

 

 そうとしか言いようがないじゃん。

 他にどんな言い回しをしろと?

 って、なんか先生の顔が急に険しくなった?

 私、何か変な事でも言った?

 

「実際に会ったのは物心ついた頃で、今じゃもう顔もおぼろげになってて…」

「では、それ以降は?」

「今から二年ぐらい前…中学二年生の二学期後半辺りに一度だけ電話を掛けてきてきました。声を聞いてから『あの人だ』って思い出したんです。で、その時に『プレゼントがある』とかって言って、それで…」

「プレゼント?」

「私も、最初はそれが何を意味するのか分からなかったんですけど、それから少ししてから私の中学にIS委員会主導の簡易IS検査が行われたんです」

「…読めたぞ。恐らく、その検査自体がプレゼントだったのだろう」

「私も後でそう思いました」

 

 ホント…巧妙と言いますか、狡猾と言いますか。

 搦め手で攻められるのが一番腹立つよね。

 

「しかし、そうなると『その相手』は仲森が『S』適性を出すと最初から知っていたという事になる。何故だ…?」

 

 神様だからです…って言えれば苦労はしないよね。

 

「名前などは分かるか?」

「分かりません。一度も教えてくれませんでしたし」

「聞けば聞くほど、怪しさしかないな…」

「私もそう思います」

 

 頭の先から爪先まで怪しさが詰まってるよ。

 詰まってるはトッポだけでいいのに。

 

「どうして、そんな奴と知り合いなんだ?」

「あの…一応、私の名誉の為に言っておきますけど、別にこっちから知り合ったわけじゃないですからね? 向こうから勝手に近づいてきたと言いますか…」

 

 別に間違った事は言ってない。

 死んだ後に自分の意志で神様の元まで向かったわけじゃないし。

 転生させてくれた事だけは素直に感謝してるけどね。

 その後の『余計なお世話』さえなければ本当に完璧だったのになー。

 

「やっぱりそうなのか…!」

「ふぇ?」

 

 な…なんで、そこで怒りゲージがMAXになるの?

 なんだか、話せば話すほど先生の顔が怖くなっていくんですが…?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「向こうから勝手に近づいてきたと言いますか…」

 

 その言葉を聞いて、私の中に疑問が確信に変わった。

 間違いない。仲森はストーカー被害に遭っている。

 しかも、そのストーカーは普通の相手ではない。

 幼少期の頃から彼女に目を付け、いつの間にかIS委員会の一員にまで上り詰めている程の人物。

 幾ら、相手が『S』適性の少女だからと言っても、そう簡単に素人の少女に対して専用機なんて渡せる筈が無い。

 その無茶を易々とこなせる程の相手となると、相当に地位の高い人物に違いない。

 

(何も知らない仲森の優しさに付け込んで、まるで操り人形のように弄んで…!)

 

 許せる筈が無い。許していい筈が無い。

 一方的に連絡先を手に入れ、そのくせ名前だけは頑なに告げない。

 相手が何も知らない無力な少女だと知って完全に調子に乗っている。

 

(恐らく、仲森はまだ自分がストーカーされているという自覚が無いのだろう。そうでなければ、こんな顔が出来る訳が無い)

 

 まだ相手にとって今は準備段階なのだ。

 これから先、時間をかけて徐々に仲森を籠絡していき、やがては……。

 

(そんな事…絶対にさせると思うなよ…!)

 

 まだ知り合って二日しか経ってはいないが、それでもこいつは私のクラスの生徒だ。

 担任として、私には彼女を守る義務と使命がある!

 いや…違うな。仮に私が教師でなかったとしても、きっと仲森の事を護ろうとしただろう。

 同じ女として、弱者に付け込むような真似をする輩から守ってやりたい。

 

「仲森」

「は…はい?」

「何か困ったことがあれば、いつでも私や山田先生などに相談しろ。喜んで力になってやる」

「あ…ありがとうございます…?」

 

 仲森の小さな手を握りしめ、私は彼女に協力することを約束する。

 真耶がここにいても同じ事を言っただろう。

 アイツは優しさの塊みたいな性格をしているからな。

 

「あの…少し質問があるんですが」

「なんだ?」

「私に与えられる専用機に付いて分かってる事って何かあるんでしょうか…? 例えば、名前とか、いつ頃来るとか…」

「申し訳ないが、私達もお前の専用機に関する情報は何も与えられていないんだ。本来ならば、その手の情報は少なくとも学園側に公開するのが通例なのだが…」

 

 今にして思えば、その事もまた怪しい。

 だからこそ、こちらは最大級の警戒をしておかなければいけないのだが。

 

「心配するな。もし機体が届けられたら、まずはこちらの方で徹底的に調べておく。それから仲森に連絡するようにしよう」

「あ…ありがとうございます」

 

 ふぅ…後で整備班の連中の所に行って、事情を話しておかなければな。

 仲森の専用機が来た時、アイツ等の力をどうしても借りなければいけなくなる。

 

「それと、分かっているとは思うが、この事は出来る限り秘密にしておいた方がいい」

「他の子達に知られたら大変なことになるから…ですよね」

「その通りだ」

 

 現状、仲森が『S』ランクだと知っているのは担任である私と副担にである真耶を除けば、学園内のごく一部しか存在しない。

 表向きは、仲森は他の少女達となんら変わりのない一般生徒なのだ。

 それがいきなり専用機を手にすることになったらどうなるか。

 確実に仲森の学園生活に波風が立つのは明確だ。

 そんなのはこちらも望んでいないし、仲森だって同じ気持ちの筈だ。

 

(仲森は一夏とは違う。アイツの場合は『唯一の男子だから』という理由が成り立つが、彼女の場合はそうはいかない)

 

 Sランクだからどうしたと言われれば、それまでだ。

 しかし、そうなるとまた別の問題が発生してくるわけで。

 

(仲森に専用機が届いた時、他の生徒にバレ無いようにしながら各種設定などや訓練などをさせないといけないのか……)

 

 アリーナを貸し切れば、それも決して不可能ではないが…。

 今の時期、それは非常に難しいだろう。

 

「よかった…。てっきり『専用機が与えられるなら、織斑たちの試合にお前も参加して貰う』的なことを言われるかと……」

「いや…流石にそんな事は言わないぞ? アイツ等のは完全に自業自得だし、ああでもしておかないと収拾がつかなかっただろうしな」

 

 どこか楽観的な一夏にはいい薬になるだろうし、オルコットもまた『あの考え』を改めるいい切っ掛けになればいいと思っている。

 そこに試合をする理由が全く無い仲森を乱入させるような真似はさせられないだろう。

 

「私、推薦って形で入学してるから、受験もさせて貰えなかったし…。ISだって今まで一度も触れた事は愚か、見た事すらないのに……」

 

 そうだった。

 仲森が住んでいる町は他の町と比べても比較的穏やかな場所だと聞いている。

 女尊男卑の影響も殆ど無く、平穏な日常を送っているとか。

 

(そんな日常を奪ってしまったのがISとは…皮肉なものだな。よくよく考えれば、私もまた仲森をこんな目に遭わせた一端を担っているようなものか…)

 

 本当に仲森には申し訳ないと思っている。

 だからこそ、せめて学園内では少しでも平穏な日常を送って欲しい。

 これは私の偽らざる願いだ。

 

「大丈夫だ。仲森だけじゃなく、ここにいる連中は殆どがそんな奴等ばかりだ」

「言われてみれば確かに…」

「勉強や実技を繰り返していけば、おのずと実力は上がっていくさ。悩み事以外でも、勉強などで分からない事があっても聞きに来ていいぞ。教師らしく、何でも教えてやる」

 

 自己満足…かもしれないな。

 だが、私はそれでも構わない。

 誰に何と言われようとも、私はもう仲森を護ると決めたのだから。

 

 整備班の所に行った後は生徒会室にも行ったほうがいいかもしれん。

 アイツ等ならば、仲森に届けられる予定となっている専用機の事も調べられるかもしれないし、いざという時は彼女の護衛も任せられるだろう。

 幸いなことに、一組には布仏という生徒会の一員もいる事だしな。

 

 やれることがあれば徹底的にやってやる。

 それで少しでも彼女を護れるのならば。

 

 

 

 




主人公の佳織ちゃんは、別に原作キャラを忌み嫌っている訳ではありません。

トラブルの元になるとは思っていますが、感情自体はニュートラルです。

良くも悪くも、これからの関係性次第ってところですね。


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見るだけでどうにかなれば誰も苦労なんてしない

来週から、また一段と寒くなるようですね。

なんだか泣きたくなります。









 生徒指導室にて織斑先生から私に専用機が渡される事を教えて貰い、そのついでに何故か『護る』宣言をされた私。

 途中、なんか様子がおかしかったような気がするけど、一体どうしたのかな?

 

「…ま、どうでもいいんだけどね」

 

 私の頭で考えたって分かる訳が無いんだよ。

 バカの考え休むに似たり…ってね。

 

 生徒指導室を出た後、私は当初の予定通りに図書室までやって来ていた。

 割と長い時間に渡って話していたような気がしたけど、意外と時間が経っていなかったみたいで、普通に時間に余裕があった。

 流石に、入学早々に図書室を利用しようとする読書好きな新入生はいないようで、いるのは主に二年生や三年生と言った上級生ばかりだ。

 普通ならば緊張しまくるような場面だが、こんな時は気配を消しながら端の方を歩いていれば意外とバレなかったりする。

 前世&中学時代に私が学んだ数少ない事の一つだ。

 

(ん? あれは……)

 

 IS学園の図書室はかなり広く、奥には本ではなく映像資料なんかを専用のパソコンで見られる場所があった。

 

(…近い将来、不本意であるとはいえ私も専用機持ちの仲間入りをするんだし、少しは勉強しておいた方がいいかもしれない…)

 

 どうやら、使うこと自体は図書委員の人に許可とかを取らなくても大丈夫っぽいので、私は適当に開いている席に座ってからパソコンを起動させ、何か無いかと探っていく。

 

(あ…あった。これは…過去にIS学園であった試合の映像?)

 

 ここの卒業生や今の上級生たちが行った試合が記録されてるのかな?

 じゃあ、早速これでお勉強をしますかね…っと。ポチっとな。

 

(おぉ~…)

 

 備え付けのヘッドホンを耳に付けてから動画を再生する。

 すると、動画開始から数分にして既にハイスピードな試合が繰り広げられた。

 使っているのは両者とも揃って量産機のラファール・リヴァイヴ…だったっけ?

 それなんだけど、まぁなんとも動きが速いこと速いこと。

 目で追うだけでも精一杯だった。

 

(ムリ~! こんなの私には絶対にムゥ~リィ~ッ!)

 

 運動神経皆無で中学時代の体育の成績が1だった私にこんな動きをしろと?

 そんなの、宝くじで一等と前後賞を同時に当たるぐらい難しいからぁ~!

 いや、寧ろ宝くじの方が可能性が高いまである。

 

(はは……オワタ……)

 

 別に舐めてたわけじゃないけどさ……ここまでとはね。

 やっぱ、同じ素人でも織斑一夏が初陣であそこまで活躍出来て、その後もアホみたいに上達していったのは間違いなく御都合主義によって守られているからだ。

 じゃなきゃ説明なんて出来ません。

 

(なんか急に気が重くなった……)

 

 こんな事なら見るんじゃなかった…。

 私っていつもそうだ。やってから後悔してる。

 

(…………帰ろ)

 

 完全に心が折れました。佳織ちゃんのメンタルは豆腐なんかよりも遥かに脆いのです。

 

(織斑先生は『大丈夫』って言ってたけど、やっぱ成長の度合いってのはあるでしょうに……)

 

 私のこの『S』って適性も、所詮は後付けだろうしね。

 こんなのは最初からあってないようなものだ。

 ぶっちゃけ、全くアテにはならない。

 

(部屋に帰ってから寝よう。寝て、嫌な事は忘れよう。現実逃避最高)

 

 普段は優柔不断なのに、こんな時は何故かすぐに行動をする私。

 因みに、図書室を出ようとした時に妙に気になったタイトルの本が有ったので、一冊だけ借りていくことにした。

 寝て起きたら暇潰しに読んでみる事にしよう。

 『LOVE♡マッチョダンディー☆』を。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 あれからあっという間に時間は経って、織斑君とオルコットさんの試合がある日になった。

 その間、当然ではあるが私はこれといった特別な事は全くせずに、いつもの毎日を送っていた。

 え? それでもいいから様子を教えろ?

 別になんてことの無い毎日ですけど?

 

 朝起きる→朝ご飯を食べる→学校に行く→夕飯を食べる→お風呂に入る→寝る。

 

 これだけだよ?

 夕飯の後に勉強タイムが時々入ったりはしてるけど、そこまで大きな変化はない。

 本当に詰まらない庶民の生活ですよ。全く以て面白みなんてありはしない。

 

 なので、見る価値も読む価値も微塵もないので、一気に時間を飛ばしましょう。

 

 はい。キングクリムゾン。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 一週間後の第三アリーナ。

 私は、そこの観客席にてボーっとしながらクラスメイト同士の試合を眺めていた。

 別にこの試合に興味なんてのは無かったが、なんかクラスの皆が揃って行く空気を出していたので、自分だけ行かないとは言えなくなってここにいる訳でして。

 はい…周りの雰囲気に逆らえませんでした。ヘタレですみません。

 

(凄いなー…流石は代表候補生だー。性格は好きになれそうにないけど)

 

 伊達にイギリスの代表候補生はやってないって事なのか。

 非常に正確な射撃で徐々に織斑君を追い詰めていく。

 まぁ…この後の展開なんて全部知ってるんで、なんの面白味も感じないんですけどね。

 

「ねーねー、かおりんー」

「はい?」

 

 いきなり隣の人から話しかけられてビックリした。

 表情には出してないけど。

 誰かと思って振り向くと、そこにはなんだか見覚えのある女の子が。

 

(…誰だったっけ?)

 

 喉まで名前が出かかってるんだけど、あと少しって所で思い出せない。

 けど、ここで『誰ですか?』って聞くのは流石に失礼だろうから、知っているふりをしておこう。

 

「あの…かおりんって私のこと?」

「そーだよー。仲森佳織だから『かおりん』。かわいいでしょ?」

「はぁ……」

 

 私…誰かに自己紹介とかってしたっけ?

 全く記憶が無いんですけど…。

 

「かおりん。この試合さー…おりむーとセッシー、どっちが勝つと思う?」

「えっと……」

 

 なんでそんな事を私に聞くの?

 いや…試合の結末は知ってるんだけどさ。

 

「えっと…『おりむー』ってのが織斑君の事で、『セッシー』がオルコットさんの事を言ってる?」

「うん」

「そっかー…」

 

 独特な言い回しをするんだなぁ…。

 生まれてこのかた一度も『かおりん』なんて呼ばれたこと無いよ。

 それどころか、家族以外の人間に名前で呼ばれたことすら…いや、あるわ。

 

「…オルコットさんじゃないの? 代表候補生だし」

「ふーん……」

 

 ここは適当に答えておこう。

 名前すらも思い出せない相手となんて、話すのはこれっきりだろうしね。

 

「なんか喋ってるね」

「ホントだ」

 

 ISを纏ってる状態で話してるから、思いっ切りこっちにも聞こえてきてる。

 あの二人が何を話していても私には全く関係は無いんだけど。

 

「ねぇ」

「なーにー?」

「もしも宝くじが当たったら何を買う?」

「宝くじかー」

 

 向こうから話しかけてくれたから、こっちからも話しかけないといけないような気がしたので適当な話題を作る事に。

 本当の本当に適当なんですけどね。

 

「やっぱり『貯金をする』って答える人間にだけはなりたくないよね」

「あー…私もそれはイヤかなー。夢が無いよねー」

「だよね。そーゆー人間にだけはなりたくないよね」

 

 おーお。織斑君が頑張って避けてますなー。

 けど、まだちゃんと『準備』が出来てない状態じゃ厳しいっぽいね。

 

「そーゆー人ってさー『もしも生まれ変わったら何になりたい』って質問で絶対に『人間』って答えるタイプだよねー」

「私もそう思う。『将来の夢』に『サラリーマン』か『国家公務員』って答えるタイプでもありそう」

「ダメダメだよねー」

「ダメダメだねー」

 

 あら。なんかミサイルの直撃を受けて落下しちゃった。

 けど、ここから反撃開始なんでしょ?

 ほら、煙の向こうで光ってるし。

 

「…で、何に使う?」

「私はねー…借金を返すかなー」

「そっかー」

 

 なんかまたペチャクチャと喋ってからハイパー御都合主義パワーで復活しよった。

 んで、元気百倍オリムラマンになって光る剣をビヨーンって出した。

 

「カオリンはどーするのー?」

「私はー…そうねー…」

 

 おぉー…なんか凄い勢いでビットをバッタバッタと切り落としていってるー。

 すんごいねー。流石は主人公だー。

 

「二ヶ月ぐらい前から行方不明になってるお母さんを捜すわ」

「なんだか大変だねー」

「大変なのよー」

「頑張ってねー」

「うん。頑張る」

 

 あと少しでビームサーベル擬きの切っ先がオルコットさんに触れる…ところで試合終了のブザーが鳴りましたとさ。

 理由は、織斑君の専用機のエネルギーが無くなったから。

 めっちゃ驚いた顔のまま固まったお二人さんは、何が起きたのか分からない御様子。

 後で織斑先生辺りにでも聞いたらいいんじゃない?

 

「終わっちゃったねー」

「終わったわね」

「おりむー負けちゃったねー」

「みたいね」

「かおりんの予想、大当たりだねー」

「大当たりね。今度、試しに宝くじでも買ってみようかしら」

「未成年でも買えたっけー?」

「どうだったっけ…。確か、スクラッチ系なら大丈夫だったような気がする。知らないけど」

 

 実際に買うかどうかは分からないから、別に調べる必要はないけどね。

 それよりも、試合が終わったのなら、もう帰ってもいい…わよね?

 試しに周りを見てみたら、皆それぞれに帰り始めていた。

 

「…私達も帰ろっか」

「そだねー」

 

 私が席から立ち上がると、それに続くようにして隣の子も立ち上がった。

 出口まで歩いて行こうとすると、なんでか後ろからついて来てたし。

 

(いい暇潰しにはなるかもとは思ったけど、原作の一シーンを別視点で見ているような気分になれただけで、それ以外には取り立てて勉強になりそうなことは無かったわね…)

 

 もしかしたら、二人の試合を見る事で少しは自分を奮い立たせられるかもしれない…なんて淡い期待を抱いたりしてたけど、やっぱり原作キャラは私のような貧弱女とは違うわねー。

 今まで頑張ってきたオルコットさんはともかく、織斑君は才能に恵まれてるわー。

 なんつーか、運命に愛されてるよねー。

 はははー。羨ましいなー(棒読み)

 

「はぁ……」

 

 帰ったら、また心の痛み止め(精神安定剤)を飲もう…。

 飲んでから、夕食の時間まで仮眠でもしよう。

 今日はもう勉強しようって気分じゃなくなったし、夜はのんびりとスマホでも弄りますか…。

 

 あぁーあ。明日からオルコットさんのデレ期が始まるのか―。

 それ自体は別にどうでもいいけど、それに巻き込まれるのは嫌だなー。

 …机に突っ伏して寝てたらなんとかなるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今後もどこかしらで『じょしらくネタ』を放り込んでくるかもしれません。






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ハイ死んだ

主人公は凡人です。一般人です。等身大の人間です。

なので、何もしないし、何も出来ないし、何も成しません。

転生者=チート&ハーレム&俺TEEEEEなんて思ってる人は読まない事をオススメします。

どこまでも、複数の意味で振り回されているだけの人間です。

積極性なんてないし、勉強も努力も中途半端。

流されてばかりの人生を送っています。






 私が一切関わっていない(当然)、クラス代表決定戦が終わった次の日、教室ではいつものように織斑君と篠ノ之さんの夫婦漫才が繰り広げられ、そこに改心(?)して主人公君に惚れてしまったオルコットさんが介入して一気に教室の中が五月蠅くなる。

 ここで間違えてはいけないのが、『賑やか』じゃなくて『五月蠅い』ってこと。

 私は何があっても絶対にこの状態を『賑やか』なんて前向きな発言はしない。

 他がどう思おうが、私にとっては『五月蠅い』だけだから。

 原作通りに『クラス代表を譲った』とか言ってるけど、本気でどうでもいい。

 

(…私には関係ない。私には関係ない)

 

 机に突っ伏しながら薄めで様子を伺っていると、教室に織斑先生と山田先生がやって来る。

 途中で何故かISの適性ランクの話に発展していたせいで、先生が二人に向かって一喝していた。

 

「バカ共が。お前達のランクなんて私からすればどいつもこいつもが嘴の黄色いひよっこに過ぎん。まだ碌に殻すらも割れていないような段階で優劣をつけようなんぞ論外だ」

 

 ん? 気のせいかな…一瞬だけ織斑先生がこっちを見たような気がしたけど。

 

(…それは無いか。色々と話はしたけど、結局は最優先するのは愛する弟君だろうしね)

 

 どうせ、来週になれば私と話したことすら忘れてるに決まってる。

 それは他の皆も同じだろう。

 昨日話した女子も、あれから一度も話しかけてこないし。

 私は自分から話しかけたりはしない。

 リア充な連中とは精神構造が全く違うんですよ。

 

 このまま授業が始まるまで、ずっと寝たふりを決め込んでおけば大丈夫だろう。

 これからは、これを基本戦術としていくことにしよう。

 

 だが、世の中はそう甘く無かった。

 

 まさか、今日が私のとっての『運命の日』になるなんて想像もしていなかったから。

 いつでもいいように、毎朝いつも部屋を出る前に心の準備をしながら精神安定剤を飲んで、あくまで『寝たふり』だけで済ませて、いつ呼ばれてもいいように意識だけは起きたままにしておく。

 小心者の私には、いきなりの事に対して冷静に対処なんて絶対に出来ないからだ。

 

 私の平穏は……もう二度と戻らない。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 教室で騒がしくしているバカ共を大人しくさせた直後、私の携帯に着信が入ってきた。

 誰かと思いながら廊下に出て電話に出ると、相手は轡木さんだった。

 

「もしもし? こんな時間に一体どうされたのですか?」

『ついさっき私の方に電話がありました。仲森さんの専用機を輸送する準備が整ったので、今からそちらに運ぶ…と』

「遂に仲森の機体が…」

 

 一体どんなISを寄越そうというのだろうか。

 通常ならば初心者用に使いやすさ重視のISを用意するのだろうが、一夏の例もある。

 こちらの常識は通用しない事を前提に考えた方がいいかもしれない。

 

「では、到着し次第にでも整備班の連中に頼んで調査をして貰いましょう」

『それが良いでしょうね。こちらの都合で授業を休ませてしまう事になるので、参加した生徒達には特別に今回の分の単位を与えておくようにしますか』

「当然ですね。現場の監督は私がします。副担任の山田先生がいるので、多少の融通は利きますから」

『一組だけの強みですね。では、そのような形でお願いします。調査結果は…』

「後でご報告します。仲森に渡すのは調査が全て終わってからがいいでしょう」

『彼女の事も頼みます。これは非常にデリケートな問題ですので』

「はい。最善を尽くします。では、そろそろ時間ですので、これで」

『えぇ。よろしくお願いします。織斑先生』

 

 通話を切ってから、私は教室のドアを少しだけ開けてから真耶を手招きで廊下まで呼び寄せた。

 

「どうしました?」

「実は……」

 

 私は仲森の専用機の輸送準備が整い、もうすぐ学園に持ってくること。

 その調査の為に整備班を動員し、自分が現場監督をすることになった事を告げた。

 

「思ったよりも早いですね…」

「私もそれは思った。出来るだけ早く仲森に機体を渡して、一秒でも多くの時間をアイツの成長の為に使わせる気なのかもしれん」

 

 無論、仲森にそんな義務はない。

 あいつは代表候補生ではないし、ましてや一夏のように世界でたった一人という希少性も無い。

 確かにSランクは世界的に見ても非常に希少な存在ではあるが、唯一無二という訳ではない。

 ランクだけで言えば私だってSだし、他にも世界中を捜せば何人かはいる。

 だが、私もそいつらも、一度だってそんなにも専用機を無理矢理に近い形で与えられたことなんてない。

 今回の委員会の動きは明らかに異常としか言えなかった。

 

「もしかしたら、今日の授業は全て山田先生に任せることになるかもしれない。頼めるか?」

「任せてください。こんな時の為の副担任なんですから。それに、今日は実技系の授業はありませんし、問題は無いと思います」

「そうか。では、私は今から二、三年の教室まで行ってから整備班を招集しに行く。ISが来る前に準備を整えておかねばな」

「分かりました」

 

 流石に教師が廊下を走るわけにはいかないから、早歩きで二年の教室まで急ぐことに。

 

 歩いている途中、不意に教室で疲れたように机に突っ伏していた仲森の姿が頭を過った。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「これが…そうなのか…」

 

 整備室に運び込まれた一機のIS。

 それは、今では割と珍しい『全身装甲(フル・スキン)』と呼ばれるタイプのISで、数自体は多くは無いが、これと言って特殊ではないISだ。

 これは別に何も問題ではない。問題があるとすれば、それは他の部分だった。

 

「これは…見事に真っ白…ですねー…」

 

 この場に集まってくれた整備班の女子の一人が呟いた一言。

 そう…『白い』のだ。

 しかも、普通に白いわけではない。全身の殆どが白で構成されているのだ。

 

「だよねー。しかもこれさ……」

「うん。なんか西洋の鎧っぽいデザインにも見える。これじゃあまるで…」

「『白騎士』みたいだね」

 

 白騎士。

 それは、束が一番最初に開発したISであり、原初のISとも言うべき存在。

 そして、私にとっては最も因縁深く、切っても切り離せない…原罪の象徴でもあった。

 

(認めたくはないが…確かに似ているような気がする…)

 

 左肩装甲から伸びた可動フレームに懸架されている円形のシールド。

 右肩装甲から伸びた可動フレームには巨大なキャノン砲が。

 間違いなく、これがこの機体の主武装になるのだろう。

 だが、それと同じぐらいに目立つのは、背部に設置してある黒く巨大なブースターだった。

 

(機動力重視の機体…なのか?)

 

 だとしたら、増々『白騎士』を彷彿とさせてくる。

 そんな機体がISの犠牲となった仲森の専用機となるとは…皮肉としか言いようがない。

 

「いきなり呼び出して済まなかったな、布仏。黛」

「いえ、これは生徒会としても放置しておくわけにはいかない案件ですので」

「私はネタにさえなれば何でもいいですよ?」

 

 私のクラスにもいる布仏本音の実の姉にして、現在の整備班の実質的なリーダーでもあり生徒会にも所属している三年の『布仏虚』と、新聞部副部長にして整備班のナンバー2でもある『黛薫子』。

 どちらも学生にしておくには勿体無いほどの腕前を持つ生徒達だ。

 

「言っておくが、今回のこれは他言無用だからな。もしも学校新聞に載せようとしたら…」

「わ…分かってますって。そりゃ…本当は載せたいなーって気持ちがありますけど、あんな事情を聞かされちゃ…ねぇ…」

 

 一応、ここにいるメンバーにだけは今回の目的をちゃんと伝えておいた。

 仲森の事情を。彼女に怪しい専用機が無理矢理に近い形で譲渡されようとされている事を。

 それを調べる為に彼女達を集めた事を。

 皆、何も言わずに協力を約束してくれた。本当に有り難い。

 

「機体名は分かるか?」

「はい。整備マニュアルの入ったデータカードを輸送係の人に貰いましたので」

 

 虚が手元にある小型端末を操作すると、そこには機体の全身を描いた3D映像に加え、型式番号と機体名が表示してあった。

 

「型式番号『OZ-00IS トールギス』…か」

「恐らく、『降霊術師』を意味する『トールギスト』が名前の由来かと」

「降霊術師…か」

 

 まるで、白騎士の魂をトールギスに憑依させて運用しているかのようなネーミングだな。

 全く以て気に食わない…。どこまでもIS委員会は私を不快にしかさせない。

 

「カタログスペックなどは何故か表記されていませんね。こうして整備マニュアルは用意しているのに」

「あいつ等の事だ。そこにどうしても隠したい『何か』があるに違いない」

「隠したい何か…ですか」

 

 一見するとトールギスは全身装甲という点以外は普通のISとそこまで遜色は無い。

 だが、私の勘が言っているのだ。この機体には何か大きな秘密があると。

 

「布仏」

「承知しています。正直、今回は興味も半分混じっていましたが…こんなにも露骨に怪しい代物を見てしまったら動かない訳にはいきません。この事はお嬢様にもお伝えした上で『私達』でトールギスの別方面を調査していきます」

「立て続けに頼みごとばかりだが…任せた。そっち方面はお前達の方が専門分野だからな」

「お任せください」

 

 現在の生徒会メンバーは所謂『暗部』と呼ばれる者達で構成されている。

 今回のような意図的に隠蔽された情報を調査することに掛けては間違いなくプロフェッショナルと言っていいだろう。

 

「お前達、今のところで何か怪しい部分などは見つかったか?」

「まだ何も~」

「盗聴器とか監視カメラとかはどこにも無いですね~」

「怪しいシステムがある様子も無いです」

「OSの方も問題は無いっぽいです。流石にISコアはここにある設備じゃ調べようがないんですけど……」

「そうか……」

 

 見る限りでは、トールギスにこれといった問題は存在していない。

 怪しいのはISコアの方だが…コアは完全にブラックボックスとなっているので、何かを仕込む事が出来るのはコアの製造方法を知っている束しかいない。

 少なくとも、委員会の連中にコアをどうこうする事は絶対に不可能だろう。

 もしもそれが出来ていたのならば、今頃はISコアが大量生産されて世界中に出荷されている筈だ。

 

「念の為、可能な限りで構わないから細部まで調べてみてくれ」

「「「「はーい」」」」

 

 幾ら後輩の為とはいえ、赤の他人の専用機を調査するなんて彼女達からすれば複雑な気持ちだろうに。

 それを文句一つ零さずに行ってくれる。

 …後で全員にデザートを奢るぐらいの事をしてもいいかもな。

 

 この調査は放課後まで続いたが、結局トールギスの内部からは怪しい部分は何一つとして発見されなかった。

 矢張り、怪しむべきは機体内部ではなく開示されなかった『情報』の部分。

 

 こんな状態で仲森に機体を渡さないといけないのか…。

 本当ならば、情報もちゃんと調査してから渡すべきなのだろうが、だからと言っていつまでも整備室に置いておけばトラブルの元になりかねない。

 委員会の奴らめ…その事まで見越してから学園に持ってきたな…!

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 放課後になり、私は寮にある自分の部屋のクローゼットの中から、まだ使わない筈のISスーツを取り出していた。

 というのも、実は今日の昼休みに織斑先生とこんな話をしたからだ。

 

『実は今朝、お前の専用機が届いてな。今、整備班の連中が徹底的に機体を調査している最中だ。このペースで行けば放課後には終わるだろう。なので、放課後になったらISスーツを持って第6アリーナへと来てくれ。あそこは普段から余り使われる事が少ない場所だし、念の為に生徒会が『緊急整備』という名目で人払いもしてくれる予定になっている。誰にも見られることなく機体の設定などが出来る。お前も不本意なのは分かっているが、あのまま機体を置いておくわけにもいかないんだ。本当に申し訳ないとは思っているが…分かって欲しい。頼む…!』

 

 はぁ…あんな顔されたら『イヤです』なんて言えないでしょうよ…。

 ったく…何が悲しくて、こんなスク水同然のスーツを着なきゃいけないのやら。

 この学園の生徒には羞恥心ってのは無いの?

 素っ裸にでもなって椅子に座ったままキリッとした顔をして『ワイが男塾一号生筆頭、剣桃太郎じゃい!』って感じをしてれば羞恥心を克服できるの?

 私、男塾って一度も見た事無いから全く分らないんだけど。

 

「行くしかないか……はぁ……」

 

 私、この学園に来てから何回、溜息を吐いただろう…。

 溜息を吐いたら、その分だけ幸せが逃げるって聞いたことがあるけど、それが本当なら私の幸せはもう全部無くなって完全にマイナスの域に到達してるだろうね。

 ハハハ…なにそれ、凄く面白い。

 

「…一応、手持ちバッグに入れてから行こうかな…。ISスーツをまんま持って歩くのは流石に恥ずかしすぎるし」

 

 バッグの中にスーツを入れて、廊下に出てからドアの鍵を閉めてから、制服の下にISスーツを着ていけば荷物にもならないし着替える手間も省けるという事に気が付き、自分の馬鹿さ加減に本気で泣きそうになった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 言われた通り、第6アリーナまで来た私は、更衣室で制服を脱いでからISスーツに着替えた。

 こうして露出の多い格好になると、まぁ自分の貧相な体が露わになる。

 女としての魅力なんて微塵も無い私がこんな場所にいて、こんな姿になっている。

 割と冗談抜きで誰特だよ。

 

「……憂鬱。なんかお腹痛くなってきた」

 

 ここまで来たらもう…引き返せないよなぁ……。

 そもそも、私の専用機ってどんなのだろ?

 二次創作とかじゃ、転生者の専用機ってガンダムを初めとするロボットアニメに登場する超高性能なヤツだよね。

 あの神様の事だから、面白半分でとんでもないのを送ってきてそう。

 念の為に、寮を出る前に自販機で精神安定剤を飲んできたけど、どれだけ効果があるやら。

 

「……行こ」

 

 というか、行かなきゃ始まらない。

 アリーナの…なんだっけ。そうそう、ピットに続く自動ドアを潜って行くと、そこにはいつものスーツ姿の織斑先生と山田先生が一緒にいた。

 そして、その近くには移動式のハンガーっぽいのに固定されている大きくて白い塊が。

 あれが私の専用機? 遠目からだとよく分からないけど。

 あの形状…どこかで見た事があるような…無いような…。

 

「来たか、仲森」

「お待たせしました」

「よく似合ってますよ、仲森さん」

「はぁ…どうも」

 

 なにそれ皮肉? 二人揃ってスタイル抜群だからって皮肉ですか?

 

「これが私の専用機…です……か……?」

 

 え…? ちょ……は?

 ま…待ってよ…冗談だよ…ね?

 け…けど…これは間違いなく……あの『殺人的加速』で御馴染みの…!

 

「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!???」

 

 アイエエエエエエエエッ!? トールギスッ!? トールギスナンデッ!?

 どうして、よりにもよってトールギスなのよッ!?

 あの神様は私の事を殺す気なのッ!? 例え冗談でも笑えないんですけどッ!?

 こんなの、乗って動かした途端に私なんか一瞬でバーニィみたいに消し飛んじゃうに決まってるでしょうがっ!!

 別に私はコロニーを核攻撃から守る為にガンダムと戦う気は無いんですけどッ!?

 ミンチ肉確定だよ! ミンチ肉!! あぁ~…今日の夕飯はハンバーグが食べたいなー。

 イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤッ!! こんなの絶対乗りたくない!!

 ムリムリムリムリムリムリムリムリッ!! 私はゼクスやトレーズ閣下みたいな超人じゃないから!!

 こんなの乗りこなせるわけないでしょうが!! その前に確実に死んじゃうから!!

 ハイ死んだー! 私死にましたー! ゲームオーバー確定ー!

 だって15Gだよっ!? 15G!! 普通に考えても100%無理ゲーでしょうが!!

 幼稚園児でも一発で分かるぐらいに簡単なロジックだよっ!!

 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 神様のばぁあぁぁかぁぁぁ~!!

 こんなの殺人兵器じゃんかぁ~!! 私を殺すって意味での殺人兵器じゃんかぁ~!!

 もういやぁぁ~!! 誰か助けてよぉ~!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔改造なのは『機体だけ』。

どういう意味で『魔改造』なのかは後々に明らかに。


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原初にして最強

近所のスーパーにて最新のGフレームが大量販売されていたので、思わず衝動買い。

イフリート改がカッコ良すぎて興奮しました。








「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」

 

 移動式ハンガーに固定されているトールギスを見た途端、仲森が発狂したかのように悲鳴を上げた。

 余りにも突然の事に一瞬だけ呆気にとられたが、すぐに正気に戻って彼女の元まで走って行った。

 

「な…仲森!? いきなりどうしたんだっ!?」

「大丈夫ですか仲森さん!? しっかりしてください!!」

「イヤッ!! イヤァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 私達が傍まで駆け寄っても、仲森は全く落ち着く様子が無い。

 どうして彼女がこんなにも怯えているのか、私達には全く分らない。

 仲森佳織という少女について、私達は何も知らないから。

 

「どうしてっ!? どうして『この機体』なのっ!? どうしてぇぇぇっっ!?」

「お前はトールギスに…いや、もしかして『IS』そのものに怯えているのか?」

「こんなのになんて乗りたくないっ!! 私はまだ死にたくないぃぃぃっ!!」

「死にたくない…? 何を言っているんだ…!?」

 

 ISが開発されてから現在に至るまで、ISに搭乗した人間が死亡したという事件は報道されてはいない。

 もしかしたら、裏側では死んでいた者達がいたかもしれないが、一般人である仲森がそんな事を知っている筈も無い。

 それなのに、どうしてトールギスを見て『死ぬ』という発想になる?

 

「大丈夫だ。お前が来る前にコレは徹底的に調査したが、怪しい部分や危険物などは一切発見されていない。ISはお前が思っているよりも、ずっと安全だよ」

「そういう問題じゃないっ!! そんな問題じゃないのよっ!!」

 

 そんな問題じゃない? 

 

「殺される……もうおしまいよ……!」

「仲森……」

 

 遂にはその場に座り込んでから頭を抱え込んで全身を震わせ泣き始める。

 その姿が余りにも気の毒過ぎて、言葉が出なくなった。

 

(どうして仲森はトールギスを此処まで怖がる…?)

 

 必死に原因を考えていると、ふとトールギスの調査中に整備班の一人が零した一言を思い出した。

 

『白騎士みたいだよね』

 

 ま…まさか…仲森は……!?

 

(あの時…『白騎士事件』の時……どこかで『あの光景』を目撃していた…!?)

 

 幾多のミサイルを迎撃する白騎士の姿を見て、それで怯えて…?

 いや、それだけでここまで怖がるとは考えにくい。

 それ以上の『何か』が必ずある筈だ。

 

(もしや…!?)

 

 あの時、政府は『犠牲者は一人も出ていない』と発表していたが、もしも私達が知らない所で誰かが死んでいたとしたら…?

 仲森が住んでいる場所と事件が起きた場所とは遠く離れているから、なんらかの理由であの近くを訪れていて、そして……。

 

「……山田先生。ちょっと」

「織斑先生…?」

 

 今の仲森から離れるのは不安ではあったが、この話題は彼女の前では話せない。

 真耶を手招きしてから、ピットの端の方まで移動してから確認してみる事に。

 

「…ちょっと気になった事がある」

「なんですか…?」

「…仲森の家族は今…どうしている?」

「普通にご存命の筈ですけど…」

「家族構成は?」

「お母様とお父様、それからお婆様が一人だと書いてありましたが…」

「仲森が実は養子だった…とかは…」

「無いと思いますけど…」

 

 となると、他に理由があるとすれば……。

 

(現地で知り合った、仲森の親しい人間が事件で被害に遭って、それで…?)

 

 いや…流石にそれは飛躍させ過ぎか。

 だが、そうなると増々、仲森があそこまで怯える理由が不明になる。

 私が見た限りでは、仲森は大人しいイメージのある少女だったが、今のアイツはそんな面影なんて微塵も感じさせない程に恐怖に震えている。

 一体…白騎士と仲森との間に何があったというんだ…?

 

「どうしましょうか…。あんなにも怯えている仲森さんをISに乗せるのは良心の呵責があると言いますか…余りにも可哀想すぎると言いますか……」

「あぁ……」

 

 仲森の怯えている原因は不明のままだが、このままトールギスを放置しておくのもまた危険だ。

 私だって、本当は泣いている彼女をISに乗せるような真似はしたくない。

 だがしかし、このままだと仲森もトールギスも両方危険な目に遭う可能性があるのだ。

 せめて、どうにかして仲森の恐怖心を少しでも和やらげる事が出来れば…。

 

(……そうだ)

 

 前にどこかで、混乱している人間を落ち着かせるには人肌の温もりが一番いいと聞いたことがある。

 ならば、今の私がするべき事は……。

 

「仲森……」

「イヤだ…イヤだよぉ…。死にたくない…まだ死にたくないぃぃ…助けてよ…誰かぁ……ヒック…ヒック…」

 

 嗚咽をしながら泣く事しか出来ない仲森を見ていると、痛々しくて胸が苦しくなる。

 もしかしたら…仲森こそが私と束の犯した罪の象徴とも言うべき存在なのかもしれない。

 だからこそ、私は……。

 

「大丈夫だ」

「ふぇ……?」

 

 彼女をこれ以上、怯えさせないように気を付けながら、そっとその小さく華奢な体を抱きしめた。

 すると、体の震えは止まり、真っ赤に腫れた目でこちらを見上げている仲森と目があった。

 

「こんな事で免罪符になるだなんて微塵も思ってはいないが…これだけは言わせてくれ。お前を絶対に死なせはしない。私が…私達が、必ずお前の事を守ってみせる」

「織斑…先生……?」

 

 ようやく落ち着いてくれたのか、仲森は私の腕の中で静かに深呼吸を繰り返していた。

 私という人間はどこまで…罪深い人間なのだろうか。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 『凡人パイロット絶対殺すマシン』であるトールギスに対する恐怖で幼児退行していた私を、織斑先生がそっと抱きしめてくれた。

 その意図は全く以て不明だけど、その温もりのお蔭で不思議と落ち着くことが出来た。

 やっぱ、人肌って偉大なんだな……。

 なんか免罪符とかって言ってたけど、それってどういう意味?

 

「す…すみませんでした。いきなり大声なんか出しちゃって…」

「いや、構わないよ。こっちこそ本当に済まなかった。お前を守ると言いながらも、結局は怯えさせてしまった」

 

 いや…これは先生のせいじゃないって言うか。

 100%神様のせいですから。あの野郎がトールギスなんて超級にヤバい機体をチョイスするのが一番悪いんだから。

 

 そりゃね? 私だってトールギス自体は好きだよ?

 めっちゃカッコいいし、劇中でも大活躍だったしね。

 けど…それはあくまで『第三者目線』で見てたからだよ!

 実際に乗るとなったら話は全然別だから!

 将来的にトールギスを完全完璧以上に乗りこなしてみせたゼクスだって、最初は文字通り血反吐を吐きながら戦ってたんだよ?

 ガンダム界屈指の最強クラスのパイロットであるゼクスでその有様なんだから、私なんかが乗ったらどうなるかなんて言うまでもない。

 神様だから、その辺の事が全く理解出来てないんだろうね。

 

「…どうして私が泣いたのか…とか、聞かないんですか?」

「聞きたいのは山々だが…だからと言って生徒のトラウマを刺激するような真似は出来ない」

 

 トラウマ…じゃないんですけどね。

 だって、トールギスは本当に危険すぎる機体で、素人が乗ったが最後、ほぼ確実にあの世行きになる曰く付きのブツなんですよ。

 相手の命よりも先にパイロットの命を奪うって本末転倒でしょ。

 けどまぁ…言わなくていいのなら、別に言う気は無いけどね。

 IS絶対安全神話が浸透しまくっているこの世界で私の言い分を信じてくれるとは思ってないし。

 

「そんな仲森に非常に言い難い事ではあるのだが……」

 

 織斑先生は、物凄く言い難そうにしながらも少しずつ今の状況を説明してくれた。

 トールギスを調べた結果、怪しいと思われる物は一切確認できず、全身装甲である事を除けば至って普通のISであること。

 本当は、もっと他にも色んな事を調査し終えてから私の渡したいと思っていたのだが、そうなると必然的にこの整備室に置きっぱなしになるわけで。

 そんな事をしていたら、ほぼ確実にトラブルの種になるのは目に見えている。

 なので、ここで各種設定をしてから正式に私の専用機にしてから待機形態にしておいた方が色んな意味で安全だってこと。

 

「…つまり、ここでするのは設定とかだけであって、動かす必要は全く無い…んですよね?」

「勿論だ。織斑みたいに目の前に試合が待っているのならばいざ知らず、仲森は別に試合をする予定なんて無いだろう? ならば、ここで無理に動かす必要はない。ゆっくりと慣れていけば、それでいいんだ」

「そうですよ、仲森さん。ここには私も織斑先生もいます。何かあったら必ず助けますから」

 

 必ず助ける…か。

 基本的にコミュ障な私だけど、先生達なら信用してもいいかも…。

 

「や…約束ですからね? 絶対ですからね?」

「あぁ。約束する」

「指切りしてください! もしも破ったら針千本…は危ないから、えっと…その…」

「ははは…心配するな。生徒との約束を無下にするような真似はしない」

 

 はぅ…頭を撫でられた…。

 両親にも最近は撫でられてないのに…。

 

「ひっひっふー…ひっひっふー…よし。佳織…いきます」

「「なんでラマーズ法?」」

 

 その方が落ち着くから。他意はありません。

 

「それじゃあ、今から装甲を開きますからね?」

 

 山田先生がなんか端末っぽいのを操作すると、いきなりトールギスの前面の装甲が観音開き状態に。

 うわ…IS版のトールギスってこんな風になるんだ…。

 

「ゆっくりでいいから乗ってください」

「自分の身体を機体に預けるようにして…そうだ。それでいい」

「うんしょ…っと…」

 

 うぐ…中々に難しいな…。

 これでいい…のかな? かな?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 仲森がトールギスに乗り込んでから全身の装甲が一気に閉じる。

 ここまで来れば、あと一息だ。

 

「乗り心地は大丈夫か?」

『な…なんとか…』

 

 まだ戸惑っている様子ではあるな。無理も無い。

 生まれて初めて目にする機械に乗っているのだから、緊張して当然だ。

 

「後は自動で設定が開始される。そのままじっとしていれば大丈夫だ」

『わ…分かりました』

 

 真耶に目配せをすると、彼女が頷いて設定が開始されたことを確認した。

 少しの間暇になってしまうが、こればかりは仕方がないか。

 

『わ…わわわっ!? なんか時間が表示されたっ!? なにこれっ!? もしかして自爆しちゃうッ!?』

「そんなわけないだろう…。それは、設定終了までの残り時間を表しているだけだ」

『そ…そうなんだ…』

 

 やれやれと思いながら真耶の方を見ると、今度はこっちが驚いていた。

 

「どうした?」

「お…織斑先生…これを見てください…」

 

 震える手で端末をこちらに向けると、そこには普通では有り得ない事が表示してあった。

 

「設定完了まで…残り1分だとっ!?」

「は…はい。こんなの有り得ません…。織斑君の時でさえも30分もかかったのに…」

「それが普通の事だ…。それなのに1分だと…? 幾らなんでも短すぎるぞ…!」

 

 これが『S』ランクの成せる技なのか…?

 私の時はどうだった? ええい…この肝心な時に限って、どうして思い出せないんだっ!

 そうこう言っている間にも時間は過ぎて行き、気付けば残り十秒ほどになっていた。

 

『な…なんかドキドキしてきた…』

 

 装甲越しに仲森の声が聞こえてくる。

 ドキドキしているのはこっちも同じだ。

 

 カウントがゼロになると同時に、トールギスの全身が白式の時と同じように光り輝く。

 その光が収束すると、目の前には先程よりも更に輝きが増した純白のトールギスが屹立していた。

 

「黒かったバックパックまで真っ白に染まってる…。本当に全身が白くなってますね……」

「これが…トールギスの本来の姿…なのか…」

 

 白式以上に白い部分が多く、心なしか艶まであるようにも見える。

 ここまで美しいISもそうないだろう。

 

『お…終わったんです…かね?』

「そのようだ。どこか具合が悪くなったりはしてないか?」

『それは大丈夫ですけど…これってどうやって待機形態にすればいいんですか?』

「頭の中でISを外すように思い浮かべるんだ。そうすれば自動的に解除される」

『外す…ISを外す……』

 

 瞬間、トールギスの全身が粒子化して消えて行き、中からISスーツ姿の仲森が出てきた。

 着地し損ねたのか、倒れそうになっていたが。

 

「わ…っと…」

「お疲れ様でした。といっても、すぐに終わっちゃいましたけどね」

「っぽいですね……」

 

 どうやら、仲森自身も設定完了までの時間が短すぎた事に驚いているようだ。

 あれだけ覚悟を決めて挑んだのに、いざ蓋を開ければ一分で終わってしまったんだからな。

 拍子抜けしてしまっても仕方がないだろう。

 

「ん? こんなペンダント…持ってたっけ?」

 

 仲森の首元には、トールギスのシールドに描かれていた鳥のエンブレムに酷似した首飾りがぶら下がっていた。

 

「恐らく、それがトールギスの待機形態になるのだろう」

「これが……」

 

 何事も無く無事に設定が完了したのは良いが、これで名実共に仲森も専用機持ちの仲間入りを果たしてしまったわけか…。

 その事を知っているのは、私達と生徒会のメンバー、それから整備班の連中だけだがな。

 担任教師としては複雑な気持ちになる…。

 

「これからは、仲森さんの意志でいつでもISを呼び出せますけど…」

「規則があるんですよね?」

「はい。それが書かれてある本も用意はしてあるんですが…持てます?」

「多分…無理です。少なくとも素手じゃ絶対に。鞄とかがあれば別でしょうけど」

「なら、明日にでも改めて渡すって事で良いですか?」

「それでお願いします」

「分かりました。もう帰っても大丈夫ですよ」

「はい…お疲れ様でした…」

 

 背中を丸くしながら、仲森は更衣室まで戻って行く。

 肉体的にというよりは、精神的に疲弊したという感じか。

 あれだけ泣き叫んだんだから当たり前か。

 

「仲森さん…大丈夫でしょうか…」

「さぁな…。本人は無理をして頑張っているようにも見えるが…」

 

 これから先…仲森はどうなってしまうのだろうか。

 一介の教師に過ぎない私に、どこまで守れるのだろうか。

 

「後で、仲森自身に付いても、もっと詳しく調べてみる必要があるかもしれないな…」

「そうですね……」

 

 仲森…あれだけISを…白騎士を怖がったお前の過去に、一体何があったというんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初期状態(テレビアニメ版トールギス)→第一形態(EW版トールギス)。

では、第二形態になると…?






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薬はいつも飲む癖に病院とかは苦手という矛盾

マジで一気に寒くなりましたね。

にしても、幾らなんでもこれは急激すぎるのでは?

普通に体調を崩してもおかしくはありませんよ。







 私が専用機『トールギス』を受け取ってから少しだけ時間が経った。

 あれから一度も機体を展開なんてしてはいない。

 だって、一度でも動かしたが最後、その日が私の命日確定ですから。

 というか、冷静に考えると今の私って、常日頃から死亡フラグをぶら下げているようなものなのでは?

 死亡フラグと一緒に暮らす学園生活って何よ。一体どんな地獄?

 勿論だけど、原作メンバーのように訓練なんて以ての外。

 練習で死ぬとか洒落にもなってないでしょ。

 もしも、そんな事が起きたらIS学園の評判が地の底まで下がってしまうわ。

 いや…最初からそこまで高い方とは言い難いけどさ。

 それでも、仮にも自分が通っている学校の評判を下げてしまうのは罪悪感があると言いますか…。

 

 …と、意味不明な話をゴチャゴチャと話して文字数を稼いだところで、今の私達が何をしているのかを話しておかないといけないわね。

 えー…現在、我々が何をしているのかと申しますとですね…。

 

「よし、飛べ」

 

 グラウンドにて実技の授業の真っ最中でございます。

 織斑君とオルコットさんが専用機を展開して、今からお空へと向かってピョーンと飛ぼうとしているのですね。

 勿論、私はそこには加わっておらず、列の真ん中辺りの中途半端な場所でポケーとしながら、その光景を眺めている訳でして。

 

(あ…飛んだ)

 

 白と蒼の塊が凄い勢いで、あっという間に上空まで昇って行った。

 わー…凄いなー。

 

「速いねー」

「そうねー」

 

 私の隣にいる布仏本音さん(授業前に向こうから名乗ってきた)がのんびりとした口調で話しかけてきた。

 この子のこの雰囲気は決して嫌いじゃない。

 何故だか知らないけど、不思議な安心感があるんだよね。

 けど…こんな子、原作に居たっけ?

 他のキャラのインパクトが強すぎて印象に残ってないや。ごめんね。

 

(…もし仮にトールギスが同じことをしたら、どんな風になるんだろう)

 

 少なくとも、あんな程度じゃ済まないんだろうな…。

 最大出力でぶっ飛ばせば、文字通り一瞬で上空まで到達するんじゃなかろうか。

 

 あ、何か織斑先生が言ってる。

 もしかして、急降下と急停止のやつか。

 ってことは、まず最初に降りてくるのは…。

 

「あふ…」

 

 オルコットさん…と。

 綺麗に着地をしては見せたけど、その際に起きる風だけはどうしようもない。

 お蔭で、私の髪が一瞬だけ凄く逆立ったし。

 なんか変な声まで出してしまった。恥ずかしい。

 

「今度はおりむーだねー」

「そうねー。布仏さん」

「なにー?」

「ちょっと離れてた方がいいかも」

「え?」

 

 彼女の手を引いてから少しだけ後ろに下がることに。

 今から起きるのは急降下からの急停止なんて生易しいものじゃない。

 単なる『落下』だ。

 周りの女子達も私達の様子を見て、真似をするように少しだけ下がっていった。

 集団心理って、こんな時には便利だよね。

 

「「あ」」

 

 何かを言う暇も無く、織斑君が見事に落ちてきた。

 ズドーンって音が響いて、さっき以上の土煙に皆が顔を覆い隠す。

 それは私と布仏さんも同じなのだけど、私の場合は腕を動かそうとした瞬間に目の前に何か小さい物が飛んできていた。

 

「へ?」

 

 人間の脳ってのは不思議な物でして。

 本当なら一瞬の出来事の筈なのに、なんでか完全にまで迫って来ていた『ソレ』のことが鮮明に見えていた。

 極限状態のボクサーの目には相手のパンチが止まって見えたり、交通事故とかで撥ねられた人が見ている光景がスローに見えている的な現象の類なのだと思う。

 名前は忘れてしまった。誰か知ってるなら教えて。

 

 それは『石』だった。

 多分、織斑君が落下した衝撃でこっちまで飛んできてしまった物だろう。

 当たり前だけど、私には飛んできた石を回避できるような反射神経なんて持ち合わせていない。

 ってことは、この結末はもう決まっている。

 

「ぴにゃっ!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一夏がド派手に墜落をして、グラウンドに巨大なクレーターを作ってしまった事を叱っていると、いきなり誰かの叫び声が聞こえてきた。

 

「キャーッ!? かおりーんっ!?」

「布仏?」

 

 この妙に間延びした声は、布仏本音か。

 以前、トールギスの調査に参加してくれた布仏虚の二つ下の妹。

 あいつが叫んだ『かおりん』とは、まさか…?

 

「どうしたっ!?」

「せ…先生! 仲森さんが!」

 

 他の生徒が指さしたところには、必死に叫ぶ布仏と……。

 

「かおりん! かおりん! しっかりして!」

「はぅ~…」

 

 額から血を流して地面に倒れ、目を回している仲森の姿があった。

 

「仲森っ!」

 

 私も急いで彼女の元まで駆けつけてから容体を確かめる。

 確かに血を流してはいるが、そこまで傷は深くは無いようだ。

 だからといって、このままにしておいていい理由は無い。

 

「布仏、一体何があった?」

「た…多分ですけど…」

 

 若干の混乱が見られたが、それでも布仏はゆっくりと仲森の身に起きた事を説明してくれた。

 一夏が墜落した時の衝撃で飛んできた石が仲森の頭に命中し、そのせいで血を流し倒れてしまったことを。

 

「あのバカが…!」

 

 後で徹底的に言っておかねばならないようだな…!

 今回はこの程度で済んでいるが、今度もこれで済む保証はどこにも無い。

 下手をすれば死人が出ていた可能性だってあるのだ。

 

「山田先生!」

「は…はい!」

「私は今から仲森を保健室まで連れて行く! ここを頼んだ!」

「分かりました! では授業は…」

「中止に決まっている!」

 

 念の為、私は仲森に体を出来るだけ揺らさないようにしながら横抱きにし、未だにクレーターの中にいる一夏に一言言う為に、クレーターの外周まで近づいた。

 私が仲森の元に行っている間に、いつの間にかオルコットと篠ノ之までもがクレーターの中に入り込んで口喧嘩をしていた。

 全く…どいつもこいつも…!

 

「織斑!!」

「ち…ちふ…じゃなくて、織斑先生…?」

「授業は中止だ! とっとと上がって来い! 篠ノ之! オルコット! 貴様たちもだ!!」

「ちゅ…中止っ!? なんでだよっ!?」

「お前がバカをやったせいに決まっているだろうが!!」

「え…?」

 

 そこで初めて、あいつは私が抱きかかえている仲森の存在に気が付いたようで、一気に驚きの表情が青く染まった。

 そのタイミングで、仲森の顔が横向きに倒れ、一夏にも見えるようになる。

 

「お前が派手に墜落した衝撃で石が飛んできて、それが頭にぶつかったせいでこうなっているんだ!!」

「そ…そんな……」

 

 言いたい事は言った。急いで保健室まで行かなくては!

 

「織斑…後で生徒指導室まで来い。今回、お前がどれだけ危険な事をしたのかをたっぷりと教えてやる」

「は…はい…」

 

 走ってしまっては却って危険かもしれん。

 怪我をしているのは頭なのだ。ここは慎重に行動しなくては!

 もう少しの辛抱だからな…仲森!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 あ…ありのままに私の身に起きた事だけを話すぜ…!

 授業中におでこに大きな衝撃が起きて意識が真っ黒になったと思ったら、いつの間にか保健室に移動していてベッドの上に寝かされていた…!

 何を言っているのか分らないと思うが、私にも何が起きたのか全く分からない…。

 

「仲森…大丈夫か?」

「なんとか…」

 

 ガーゼが貼ってあるおでこを擦りながら、私は織斑先生と一緒に保健室を出る。

 どうやら、先生が私を此処まで運んでくれたらしい。

 大した怪我じゃないとは思うのに、そこまでしてくれるとはねぇ…。

 もしかして、私は織斑先生の事を誤解してた?

 

「…今回は本当に済まなかった。うちの愚弟が……」

「いや…もう過ぎた事ですから。この怪我も、痕は残らないって話ですし…」

 

 まぁ…残ったら残ったで少しだけカッコイイと思ったりなんかして。

 おでこに傷跡とか、フェニックス一輝みたいでカッコいいじゃない。

 あんなお兄ちゃんだったらマジで欲しいよ。

 

「あいつには、後で私からしっかり言っておく」

「そうですか…」

 

 織斑君…ご愁傷様。

 けど、授業が中止になったって聞かされたのには驚いたなぁ…。

 山田先生が私の制服やら荷物やらを持って来てくれて、その時に時間も確認したんだけど、まさかもう放課後になっているとは思わなかった。

 道理で、お腹が空いて、妙に眠い筈だよ…。

 さっきからずっと欠伸を噛み殺してるし。

 

「私は今から生徒指導室まで行かなければいけないのだが…一人で帰れるか?」

「それぐらいはなんとか……ん?」

 

 廊下を歩いていると、向こうから布仏さんが焦った顔で近くまで来ていた。

 もしかして…私の事を迎えに…? いや、まさかそんなこと…。

 

「か…かおりんっ!? もう大丈夫なのッ!?」

「うん。この通り」

 

 おでこを指差すと、彼女は心から安心したかのように私に抱き着いてきた。

 うぉ…この子…見た目に反して大きい代物を持ってるじゃないのよ…!

 

「よかった…よかったよぉ…!」

「布仏さん…」

 

 まさか、ここまで心配してくれるとは。

 これまた意外過ぎる展開ですこと。

 

「…どうやら、無用の心配だったようだな」

 

 織斑先生? それはどーゆー意味ですか?

 

「布仏。仲森の事を頼めるか?」

「はい! かおりん、私に掴まって!」

「う…うん。ありがとう…」

 

 こうして、私は布仏さん同伴で寮へと変えることになりました。

 意外な交友関係が生まれてしまった予感…?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 佳織と本音が寮へと向かって校舎の中を歩いていると、廊下の向こうから非常に見覚えのある顔がやって来た。

 いつもの元気はどこへやら。IS学園唯一無二の男子『織斑一夏』その人だった。

 

「あ…おりむー…」

「布仏さん…それに、隣りにいるのは……」

「ん…?」

 

 顔色が悪く、目汁に涙を貯めている佳織を見て、一夏の表情は更に暗くなる。

 彼にとって女生徒は須らく守るべき対象であり、その相手の顔に傷を付けて詩うなんて言語道断だった。

 

(私…保健室の匂いって苦手なんだよね…。あの独特の匂いを嗅いでると気分が落ち込むというか…。はぁ…なんか眠いし、とっとと部屋に戻りたいな…)

 

 目の前にいる一夏は佳織にしてしまった事に対する罪悪感で今にも潰れそうになっているが、そんなことは佳織の知った事ではない。

 彼女にとって一夏はどこまで行っても赤の他人であり、彼がどうなろうと全く関係が無いからだ。

 

(な…泣いてる…!? そう…だよな…。俺のせいで顔に怪我をして、授業まで中止になって…その元凶が目の前にいるんだもんな…)

(どうでもいいけど、とっととそこをどいてくれないかな…)

 

 佳織が本音に『早く行こう』と声を掛けようとした瞬間、いきなりいつもの本音とは思えないような低い声が出てきた。

 

「おりむー…かおりんに何か言う事があるんじゃないの?」

「あ…あぁ……」

(え? なに? 布仏さんってブチ切れるとこんな声を出すの? マジで?)

 

 【普段から大人しい人間ほど、本気で怒った時は非常に怖いものである】

            民名書房刊【神山高志の清き一票!】より抜粋。

 

「仲森さん! 今日は本当に済まなかった!!」

「あ…うん」

 

 なんと、いきなり廊下のど真ん中で土下座。

 遠まわしに謝れとは言ったが、誰もここまでしろとは言っていない。

 言った張本人である本音も、思わず固まってしまった。

 

「俺が変に調子に乗ったせいで…仲森さんに取り返しのつかない事をしちまった!!」

「いや…この怪我ならもう気にしてないって言うか…。保健室の先生も『傷跡は残らない』って言ってくれたし…」

「そ…そうなのか…? よかった…じゃない! 全然よくない!! 傷跡が残る、残らないの問題じゃないんだ!」

 

 真っ直ぐ過ぎる性格も考えものだ。

 彼の態度から本気で謝っているのは理解出来るが、佳織的にはこれ以上の余計なトラブルを回避する為にも、一刻も早く自分の部屋に避難をしたかった。

 

「仲森さん…何でも言ってくれ! 今の俺に出来る事なら何でもする!」

「あぁ…もう……」

 

 流石にイライラしてきた。

 ここは適当に流して済ませてしまおうか。

 まだ頭が正常に戻っていない佳織は、短絡的思考に至ってしまった。

 

「そこ…どいて」

「え?」

「何でもするって言ったじゃない。だから、そこをどいて」

「あ…そうだよな。邪魔してゴメン…」

 

 またやってしまった。

 佳織は怪我人なのだ。それなのに、自分勝手な都合でその相手を足止めしてしまった。

 本当は速く部屋に戻って休まないといけないのに。

 

「布仏さん…行こ?」

「そうだね」

 

 いつもならば『じゃあね』の一言ぐらい言いそうな本音が、一夏の事を軽く一瞥するだけで何も言わずに傍を通り過ぎる。

 その時の彼女の視線は、まるで別人のように鋭かった。

 

「織斑君…」

「な…なんだ?」

「私の事はさ…もう気にしなくていいから。だから…」

 

 その一言は、彼の心に深く突き刺さった。

 

「もう私に構わないで」

 

 それだけを言い残し、佳織と本音は静かに立ち去って行った。

 残された一夏は、最後に言われた一言の意味を噛み締めていた。

 

「構わないで…か」

 

 それは拒絶の言葉。拒否の言葉。

 自分のやってしまった事の大きさを改めて理解した一夏は、意気消沈のまま千冬が待っている生徒指導室まで行くことに。

 無論、そこで行われた姉による大説教によって更に激しく落ち込んだのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とうとう原作主人公と本格接触。

それとは別に、千冬と本音に対する好感度が上昇。

ヒロイン候補が増えました。





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端っここそが私の居場所

今日、お髭が立派な山羊さんに出会いました。

何とも言えない愛らしさがありましたね。

あの子達って、思った以上に気配に敏感な事が分かりました。








「はぁ…思ったよりも面白くて、ついつい読み耽ってしまった…」

 

 溜息を吐きながら、私は図書室から出た。

 外はすっかり暗くなっていて、月も星もバッチリ見えている。

 

「こんな事になるのなら、素直に借りて部屋で読もうとすればよかったな…」

 

 今回もまた後で後悔をしたパターン。

 結局、全部読んでから普通に借りてきちゃったし。

 

「うぅ…夜風がまだ地味に怪我に染みる…」

 

 私の額にはまだあの時の怪我を隠す為のガーゼが張られている。

 出血自体はとっくの昔に止まってはいるけど、怪我自体は中々に治らない。

 まぁ…治癒が遅いのは私にも原因があるんだけどね。

 ほらさ、誰にだって一度は経験はあるでしょ?

 頭じゃ『駄目だ駄目だ』って分かってはいるけど、気が付いた時には自然と治りかけているカサブタに手を伸ばしてペリペリ~って剥がしちゃうこと。

 治りが遅いのはそれが原因。

 それでもちゃんと完治には近づきつつはあるんだけどね。

 

「早く部屋に戻って暖かいココアでも飲みながら、この『シスコン番長の事件簿 ~お嬢様生徒会長の湯煙処刑場~』をまた読もう」

 

 同級生の親友と部活の先輩達と一緒に間違って女湯に入って、大量の桶を投げられるところが一番面白いんだよね。

 しかも、その内の一人は哀れにも氷漬けにされちゃうし。

 

(そういや、この額の怪我で思い出したけど、あの後で織斑先生や山田先生からもめっちゃ謝られたっけ…)

 

 『自分達の危機管理が甘かった』とか『弟の責任は私の責任でもある』とか。

 こっちとしては、あんまし大袈裟にされるのは面倒くさくて嫌なので、一言謝ってくれればそれだけでよかった。

 というか、そこで終わりにさせないと最終的には理事長とか出てきてとんでもない事に発展しそうな気がしたから、強制的にそこで終わらせた。

 私にしては珍しく力技だったと思う。

 

「ほんと…どうでもいいんだけどね」

 

 寧ろ『お前が避けないのが悪い』ぐらい言ってくれた方が気楽でいいんだよね。

 自分一人が悪役になって済む話なら、私はそれで一向に構わないし。

 

「ん…?」

 

 考え事をしながら渡り廊下を歩いていると、ふいに一階にある『総合事務受付』の灯りが付いている事に気が付いた。

 別にそれ自体はどうでもいい事なんだけど、気になったのはそこに小さな人影が見えた事だ。

 

(あぁ…そっか。この時期は……)

 

 また学園が五月蠅くなるな……。

 私に近づきさえしなければ、好きなだけ暴力と鈍感に溢れた青春を満喫してくれていいよ。

 

「かおり~ん!」

「あ」

 

 歩くのを再開しようとした時、渡り廊下の向こうから非常に聞き覚えのある声が。

 暗くて見えにくいが、それでも割と特徴的な間延びした声なのですぐに正体が分かった。

 

「どうしたの、布仏さん」

「かおりんが遅いから迎えに来たんだよ~」

「迎えに来た?」

 

 迎えにって…何? ちょっと話が見えない。

 

「今から、おりむーの『クラス代表就任パーティー』があるんだよ~」

「……なにそれ?」

 

 クラス代表ってアレでしょ?

 普通の学校で言うところの学級委員長でしょ?

 なんで、そんなのに就任しただけでパーティーなんてするの?

 今時の女子高生の考えている事は全く理解に苦しむよ…。

 いや…私は例外ですから。体はともかく、中身は女子高生って歳じゃないし。

 

「もうとっくに始まってるから、早くいこ~よ~」

「いや…私は今から、部屋に戻ってこの本を…」

 

 というか、この前はあんなにも織斑君の事を目の敵にしてなかったっけ?

 もう仲直りしたの? 前から思ってたけど、布仏さんってコミュ力の化身なの?

 

「ほ~ら! こっちだよ~!」

「あ~れ~」

 

 貧弱、脆弱、惰弱を三体融合させたような私が布仏さんに力で勝てる訳も無く、呆気なく腕を引っ張られながらパーティー会場へと連行されていくことに。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「織斑君、クラス代表決定おめでと~!」

「「「「おめでと~!」」」」

 

 一体何がどうめでたいのか詳しく聞かせてほしい。いや、やっぱいいです。

 

 テーブルの上に大量の料理が並べられ、その前にあるソファの中央には織斑君、その両隣には篠ノ之さんとオルコットさんが座っていた。

 いいですね~。両手に花ですね~。

 私なら絶対にゴメンな光景だけど。

 

 因みに、今いる場所は一年生寮の食堂で、私はその隅で床に座ってホットココアをチビチビと飲みながら、さっき借りた本を再読している。

 んで、なんでか私の隣にはニコニコ笑顔の布仏さんも一緒。

 

「皆の所に行かなくてもいいの?」

「私はかおりんの傍がいいんだ~」

「ふーん…」

 

 ずっと思ってたけど、布仏さんて随分と物好きよね。

 私みたいな根暗な女と一緒が良いだなんて。

 

 現在、私が心を許しているのは家族を除けば、中学時代に友達だった四人だけ。

 だけど最近になって、そこに布仏さんと織斑先生が加わろうとしている。

 まだ決定じゃないけど、もしかしたらって感じ。

 

「おりむー、なんか大変そうだね~」

「挙動不審な男子…傍から見てると怪しさ全開ね…」

 

 あれだけ周りに大勢の人間がいれば無理も無いけど。

 今だけは彼に対して同情する。

 

「こんな所にいたのか」

「「あ」」

 

 ここでまさかの織斑先生登場。

 大事な弟さんを祝いに来たのかしら?

 

「…まだ治っていないんだな」

「焦っても仕方ないですから」

 

 ちょっと怪我の事を引きずり過ぎでは?

 とっとと忘れた方がお互いの為ですよ。

 

「お前達は向こうに行かないのか?」

「私はかおりんと一緒がいいで~す」

「…賑やかな場所は苦手なんです」

「…そうか」

 

 だから来たくなかったのよ。

 こんな風なのは別に今に始まった事じゃない。

 昔から…正確には前世からずっと苦手だった。

 友達少数でワイワイと楽しむのは好きだけど、その人数が二ケタに突入するともうダメだ。

 なんというか…普通に鬱になる。

 何にも喋りたくなくなって、頭の中で妄想を初めて自分の世界に浸るようになる。

 最終的には、隙を見てその場から出ていく。

 それがいつもの佳織ちゃんのルーティーンです。

 けど、今回はそれは不可能っぽいね。布仏さんと織斑先生がいるし。

 

「…織斑に聞いたが、アイツとも話をしたらしいな」

「少しだけ。なんか急に廊下のど真ん中で土下座して謝ってきましたけど」

「あのバカが……」

 

 弟さんの奇行に頭を悩ませている御様子。

 これだけは普通に理解出来る。

 

「…何か愚痴りたい事があれば、私で良ければ聞きますよ?」

「なに?」

「なんだかストレスが溜まってるみたいだし。先生だって人間なんですから、時には誰かに愚痴を聞いてほしいって思う時もあると思って」

「仲森……」

「それに、先生には色々とお世話になってますから。こんなことぐらいしか出来ませんけど……」

 

 私だってね、恩返しをしようって言う精神ぐらいは流石にある。

 例え、毎年母の日に送っているカーネーションが次の日にはごみ箱に捨ててあっても、ちゃんと来年も送るぐらいには。

 

「その気持ちだけでも十分だ。ありがとう」

「礼を言うのはこっちなんだけど…」

 

 あ。なんか上級生っぽい人がやって来て、織斑君達に対してインタビューしてる。

 もしかして、新聞部の人とかだったりするのかな?

 

「あいつは…黛か」

「知ってる人なんですか?」

「あぁ。黛薫子。二年の整備班であり、新聞部の副部長も務めている」

「ほぇ~…」

「そして、お前のソレの調査も手伝ってくれた生徒の一人でもある」

「わぉ……」

 

 あの日から念の為に肌身離さず持っているトールギスの待機形態を見ながら、織斑先生が説明をしてくれた。

 まさか、他にもお礼を言わなければいけない相手がいたとは。

 

「あ。なんかこっちに気が付いた」

「来るみたいだね~」

「嫌な予感がする…」

 

 そして、その予感は見事に的中することになる。

 黛先輩がウキウキ顔でこっちまで来てから視線を合わせる為に座り込んだ。

 

「あなたが話に聞いてた仲森佳織ちゃん?」

「はぁ…まぁ…はい」

「ふ~ん…思っている以上に大人しそうな女の子なのね」

「どうも…」

 

 そこで『根暗』って言わないのが優しさなのか。それともワザとなのか。

 

「おい黛」

「げ…織斑先生」

「なんだ、その顔は。一応言っておくが、仲森に変な事を聞こうとするなよ? 勿論、捏造なんて以ての外だ」

「はぁ~い…」

 

 織斑先生の一言で急に大人しくなった黛先輩。

 この反応…もし先生がいなかったら、こっちのプライベートに踏み込もうとしてたって事?

 

(先輩がこっちに来たせいで、皆の視線が私達に向けられてるし…)

 

 くそ…思わぬ伏兵の登場によって一気に居心地が悪くなった…。

 一刻も早く、この場から立ち去ってベッドの上で寝たい。

 

「隣にいるのは虚先輩の妹さんの本音ちゃんよね? もしかして仲いいの?」

「お姉ちゃんを知ってるの~?」

「知ってるも何も、虚先輩は整備班のリーダー的存在だもの」

 

 本音ちゃんってお姉さんがいたんだ…。

 しかも、整備班の人達のリーダー的存在って…リーダーバッチとか持ってるのかしら?

 

「どうして、こんな端っこにいるの?」

「賑やかな場所は苦手なもので」

「じゃあ、どうしてパーティーに来たの?」

「布仏さんに連行されました」

「かおりんを連行しました~」

「そのおでこはどうしたの?」

「色々とありまして」

「ありまして~」

「…成る程ね」

 

 なんか急に布仏さんが腕に抱き着いてきたんですけど。

 お願いだからどいてくれる? 普通に倒れそうなのよね。

 

「この後、集合写真でも撮ろうかと思ってるんだけど…」

「魂が吸い取られるのでパスで」

「そんな理由で写真を拒否されたの初めてだわ…」

 

 流石に真っ赤な嘘だけど、普通に写真を撮られるのは好きじゃない。

 だから、私が映っている写真なんて本当に数えるぐらいしかない。

 家族写真に至っては一枚も無いような気がする。

 私はそれでもいいんだけどね。

 前世の時に比べれば、今の家庭環境は天国みたいなもんだし。

 

「私には遠慮せず、学園唯一の男子の写真でも撮ってきて下さいな」

「最初から織斑君の写真は撮るつもりだったけど、出来れば佳織ちゃんの写真も欲しかったな~」

「私の写真なんか撮ったりしたら呪われて不幸な目に遭いますよ」

「そこまで言う? はぁ…分かったよ。そこまで頑なに嫌がってるのに無理強いする訳にはいかないもんね」

 

 やっと黛先輩は諦めてくれたのか、皆がいる場所へと戻って行った。

 ようやく私に安息が戻ってきた…。

 

「見事に撃退したな」

「それほどでも」

 

 話している間にホットココアが冷えてアイスココアになっちゃった。

 仕方がないので一気に飲み干してから、皆の視線が再びこっちに向かないように、そろそろ食堂から退散する事に。

 

「もう戻るのか?」

「はい。なんかお開きになりそうな雰囲気ですし。なんか本気で眠たくなりました」

「かおりんが帰るなら、私も帰ろ~っと」

 

 ゆっくりと立ち上がってからお尻の部分をパンパンと払い、織斑先生に一礼だけしてから、このリア充の溜り場からオサラバした。

 はぁ…やっと休める…。

 布仏さんや織斑先生と話せたのだけは…少しだけ良かったかもだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 



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女子高生は毎日がお祭り騒ぎ

随分と気温が下がり、私の季節…即ち『ラーメンの季節』が来ましたね。

基本的に麺類全般が大好物な私ですが、やっぱり一番はラーメン一択です。

豚骨も味噌も醤油も塩も皆大好きです。








 開催目的が本気で意味不明だった織斑君のクラス代表就任パーティーから次の日。

 

 私は教室の自分の机にてゲーム&ウォッチのスーパーマリオをやっていた。

 いつものように、隣りには布仏さんも一緒だ。

 

「なんだか教室が騒がしいけど、何かあったのかな?…っと、危うくぶつかる所だった…」

「隣のクラスに中国からの転入生が来るらしいよ~。あ、そこに1UPキノコあるよ~」

「隣のクラスって二組の事だよね? 自分達のクラスじゃないのに、どうしてああも盛り上がれるんだろう?」

「さぁ~? かおりん、時間が危なくなってきたよ~」

「やば。ちょっとスピードアップね」

 

 そういや昨夜、一階で手続きしてたっけ。

 私には関係ないから忘れてたや。

 

「ギリギリセーフ…」

「なんとかゴール出来たね~」

 

 小休止する為にポーズをかけると、教室の入り口の所にツインテールの女の子が腕を組んで立っていた。

 別に今来る必要性は全く無いのに、どうしてやって来るんだろう?

 惚れてる男に一秒でも早く会いたいから?

 その感覚…微塵も理解出来ないわ。

 

「なんか言ってるね~」

「織斑君達と話してる…知り合いかな?」

 

 なんて、本当は全部知ってるんだけどね。

 関わりたくないから、敢えて知らんぷりを通させて貰う。

 

 ポケーっと様子を眺めていると、彼女達の話がこっちにまで聞こえてきた。

 

「中国の代表候補生…ねぇ…」

「凄いねー」

「世界で1、2を争うぐらいに多くの人口を誇る大国で代表候補生になれたんだから、その実力は本物かもしれないね」

 

 ただし、実力が高いから性格もいいとは限らないとする。

 もしもそうなったら、この世界にいる国家代表や代表候補生は皆揃って聖人君子って事になるから。

 実際はそんな事、全く無いんだけどねー。

 

「ちらっと聞こえてきたけど、クラス対抗戦ってのがあるんだ…」

「興味あるの?」

「全然」

 

 それどころか、当日に試合会場に足を運ぶかどうかも怪しい。

 確実に襲撃されるって分かっている所に行くとか正気の沙汰じゃないしね。

 

「「あ」」

 

 そんな事を話していると、チャイナガールの背後に織斑先生が腕を組んで立っていた。

 あれは…普通に怒ってますな。

 

 バチコーン!!

 

 そんな炸裂音が教室の中に響き渡り、全員の動きが一瞬だけ止まった。

 

「うわー…痛そーだねー…」

「いつも思うけど、あの出席簿ってどんな材質で出来てるのかしら…」

「超合金Z?」

「普通に有り得そう」

「かおりんは何だと思う?」

「オリハルコンかヒヒイロカネ」

「どっちも伝説の金属だー」

「もしくはミスリルとか」

「それも有り得そうだねー」

 

 半分冗談だけど、それでも相当に固い材質なのは間違いなさそう。

 あれだけ鈍器として使ってるのに、罅割れどころか曲がったりもしてないんだし。

 

「そろそろ席に付かないと」

「そだねー」

 

 先生が来たことで流石に危機感を覚えたのか、布仏さんは自分の席に戻って行った。

 といっても、そこまで離れてる訳じゃないんだけど。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 なんか授業中にチョロイン×2が織斑先生からの有り難い打撃属性の攻撃を受けてたけど、私には関係ないので放置する。

 ちゃんと授業を受けていればいいだけなのに、どうしてそれが出来ないの?

 

 そんなわけで、お昼です。

 

「かおりーん。お昼どうするー?」

「そうだなー…」

 

 なんかもう最近は恒例になりつつある、布仏さんと一緒に食堂へと向かう道すがら、なにやら中で騒いでいる一団がおりましたとさ。

 

「あれって……」

「今朝の子とおりむーたちだねー」

 

 どう考えても碌な事じゃない。

 私のゴーストが告げている。今日は食堂に行くべきではないと。

 一刻も早くタチコマに乗って逃げるべきだと。

 タチコマ…いないんだけどね。

 

「…今日は売店で適当に何か買ってから、中庭で一緒に食べようか…」

「さんせー。私も、なんだか嫌な予感がするんだよねー」

「気が合うね」

「えへへ…」

 

 可愛いなコノヤロー。天使か。

 いや、同級生だったわ。

 

「ということで……」

「回れ―…右!」

 

 私達はすぐに来た道を戻ってから、食堂から離れて売店まで行くことに。

 ここの売店のメニューも中々に侮れないから恐ろしいんだよね…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 俺が注文の品を待ちつつ並んでいると、ふと人込みに紛れて見覚えのある後姿を見つけた。

 

「あれは…仲森さんか……」

 

 あの授業以降、俺は全く彼女と話していない。

 布仏さんが近くにいるから行き難いってのもあるが、本当はあの時に言われた一言がずっと胸に刺さっていたからだ。

 

(私に構わないで…か)

 

 今までの人生の中で、あんなにも誰かから拒絶されたことは一度も無かった。

 無かっただけに、物凄くショックだった。

 別に、自分が全ての人達から好かれるような人間だなんて自惚れてはいないが、あんな風な事を言われたのが初めてだった。

 

(…女の子の顔に傷をつけたんだから、一言謝れば済むって話じゃないよな…)

 

 千冬姉の腕の中でぐったりとして、頭から血を流していた彼女の顔は今でも思い出せる。

 ワザとしたわけじゃないけど、それでも自分のしたことが結果で彼女を傷つけた。

 その事実だけは絶対に覆らない。

 

「どうすれば…仲森さんに許して貰えるかな……」

 

 あの時、仲森さんは『気にしなくていい』と言った。

 それはつまり『どうでもいい』ということだ。

 俺はまだ…彼女から許されてはいない。

 

「おい一夏。何をボーっとしている?」

「一夏さん? 注文の品が来ましたわよ?」

「え? あ…あぁ。そうだな」

 

 箒とセシリアに話しかけられてから我に返る。

 目の前にあるトレーを受け取りながら、俺はある事を思い出していた。

 

(そういや…仲森さんって千冬姉と妙に仲が良かったよな…)

 

 千冬姉は、その性格とかからよく二種類の反応をされる事が多い。

 一つは尊敬。もう一つは畏怖。

 この学園にいる大半の女子達は千冬姉の事を尊敬しているみたいだけど、仲森さんだけは違ったように見えた。

 なんというか…まるで昔からの知り合いの近所のお姉さんと話をしているような、そんな感じ。

 

(…千冬姉に聞けば、何か分かるかな…)

 

 もしも時間が空けば、放課後にでも千冬姉に聞きに行くか…?

 

 その後、席を取って待っていてくれた鈴とも合流をして、食事をしながら色々と話をしたが、その間もずっと俺の頭の中はどうしたら仲森さんに許して貰えるかを考えていた。

 

 そして、放課後の時間が箒やセシリアとの特訓で潰れた事を知って地味に落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「むぅ…このカツサンド…舐めてたわね…」

 

 中庭に設けてあるテラス席にて、私は布仏さんと向かい合うようにして座って昼食を食べていた。

 私が買ったのはカツサンドと緑茶。

 メニュー自体には別におかしな部分は無いけど、味がぶっ飛んでた。

 めちゃくちゃ美味しい。

 カツは揚げたててサクサクしてるし、それを挟んでいるパンもモチモチふわふわ。

 掛かっているソースも濃厚で申し分なし。

 

「この焼きそばパンも美味しいよ~」

「うん。見た目で分かる」

 

 麺の一本一本にまで染み渡っている濃厚ソース。

 こっちのとはまた別の種類のソースの匂いが鼻孔を刺激する。

 これは間違いなく、売り出す直前まで焼きそばを焼いていたと確信できる。

 ここまでやって美味しくない訳が無い。

 

「かおりんのカツサンドも美味しそうだねー…じゅるり」

「…一口食べる?」

「いいのっ!?」

「うん。その代り、そっちの焼きそばパンも一口食べさせて」

「もっちろん! はい!」

「……え?」

 

 唐突に焼きそばパンをこっちに向ける布仏さん。

 これはもしやアレですか? 一昔前のカップルが良くやっていた『アーン』というやつなのでは?

 ぬ…布仏さん…中々の策士……。

 

「どうしたの?」

 

 …じゃないか。これは普通に天然でやってるわ。

 彼女は裏と表の顔のギャップが激しすぎるのよね…反応に困る。

 

「い…いただきます…」

 

 なんだか妙に注目を受けているような気もするけど、ここで断ったら悪いような気がするし、なにより断る勇気が無いヘタレな佳織ちゃんなのです。

 

「あむ……んんっ!?」

 

 う…美味い! 焼きそばパンって初めて食べるけど、炭水化物×炭水化物のカップリングがここまで抜群だったなんて!

 これは…お好み焼きをおかずにして白米を食べる大阪の人達の気持ちが少しだけ分かったかもしれない…。

 

「じゃ…じゃあ…こっちも」

「わーい! あむ!」

 

 私も布仏さんを真似して、カツサンドを彼女の方に向ける。

 すると、何の躊躇いも無くパクッと食べた。

 この子に羞恥心は無いの…?

 

「美味しい~! カツがサクサクだよ~!」

「それはなにより」

 

 食べさせ合いっこなんて生まれて初めてだよ…なんか今になって急に恥ずかしくなってきた…。

 

(百合だ)

(中庭に美しい百合の花が咲いてる)

(尊い…♡)

 

 やっぱ注目されてない? 視線が生暖かいような気がするんだけど。

 

「あら? そこにいるのは…本音?」

「お姉ちゃん?」

 

 お姉ちゃんとな?

 そう言えば、黛先輩が布仏さんにはお姉さんがいる的な事を話してたような気が。

 ってことは、この人がそうなんだ。

 

「本音と一緒にいるのは…もしかして、あなたが仲森佳織さんですか?」

「あ…はい。初めまして」

 

 三つ編み眼鏡とは、またなんとも妹さんとは真逆な姿ですこと。

 だけど、似ている所は似ている感じがする。

 

「初めまして。本音の姉で三年の布仏虚と申します」

「これはどうもご丁寧に…」

 

 優雅に挨拶をされてしまって、思わず恐縮。

 同じ高校生でも、一年と三年でここまで差が出るものなのね…。

 

「本音からいつも話は伺っています。この子と仲良くしてくれて、ありがとうございます」

「い…いえ…こっちの方こそありがとうと言うか…」

 

 どうも上手に言葉が出てこない。

 昔から、上級生や会社の上司とかと話のは苦手だったしなー。

 

「仲森さん、そのペンダントは……」

「これですか?」

 

 そういや、この人も整備班だって織斑先生が言ってたっけ。

 だとしたら、トールギスの調査にも協力してくれたのかな?

 

「…どうやら、無事にあなたの手に渡ったようですね」

「お蔭様で」

 

 やっぱりそうなんだ。

 ここは一言お礼を言っておかないといけないだろうけど、事情を知らない布仏さんの前で言うのはどうなんだろう?

 

「大事にしてあげてくださいね」

「…努力します」

 

 大事にする云々以前に、私が機体に殺される可能性の方が高いですけど。

 いや、高いって言うよりは確定と言った方が正しいかも。

 

「それでは、そろそろ行きますね」

「おねーちゃん。またねー」

 

 去りゆく先輩にお辞儀をしながら、ふと疑問に思った。

 『またね』とは、これいかに?

 幾ら姉妹とはいえ、一年と三年とじゃプライベート以外じゃ中々に会う機会なんて無いんじゃないの?

 

「布仏さん。またねってどういう意味?」

「放課後に生徒会室で会おうねって意味だよー」

「え? 布仏さんって生徒会に入ってるの?」

「そだよー」

 

 …意外だ。意外過ぎる。

 まさか、布仏さんが生徒会メンバーだったとは。

 

「因みに役職は?」

「書記だよー」

 

 そ…想像が出来ない…。

 

「よかったら、放課後に遊びに来る?」

「いや…生徒会室って、そんな気軽に行っていい場所じゃ…」

「大丈夫だと思うよ?」

「…そこまで言うのなら」

「やったー!」

 

 まぁ…あれだよね。布仏さんのお姉さんにまだちゃんとお礼を言ってないしね。

 それを言うついでに、ちょっとだけ見学でもすればいいよね。

 

 だが、この時の私はまだ知らなかった。

 この『ちょっとだけ』の油断が招く悲劇を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また変なフラグが立ちました。

そして、本音ちゃんとは着実にラブラブに。


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生徒会室って一種の聖域だと思う

寒すぎてガクブルな毎日ですが、少し前に古着屋で購入をした大きなジャンバーが猛威を振るってくれているので、辛うじて耐えられている今日この頃です。

冬にはやっぱりモコモコ最強節。






 放課後になり、布仏さんとの約束通りに私は彼女に連れられる形で生徒会室までやって来ていた。

 幾ら原作既読済みとはいえ、今となっては細かい部分は余り覚えていないので、普通に『どんな場所かなー』なんて呑気な事を考えていた。

 そこかしこにハイテクが満載のIS学園の生徒会室なんだから、きっと他に負けず劣らずの近未来的な部屋に違いない。

 

 …なんて考えていたら、割と普通の洋式なドアがそこにはあった。

 ザ・生徒会室って感じのいかにもな場所。別の意味で予想が裏切られた。

 

 それで今、私が何をしているのかというと……。

 

「ふーん…貴女が話に聞いてた仲森佳織ちゃんね。初めまして。私がこのIS学園の生徒会長にして二年の更識楯無よ。よろしくね」

「…初めまして。仲森佳織…です」

 

 6人目の原作ヒロインの楯無さんと対面をしていましたとさ。

 …生徒会って聞いた瞬間に、どうしてこの人の事を思い出さなかったのかな私は…。

 トールギス騒動ですっかり忘れてた…。

 

「本音ちゃんと仲がいいとは聞いてたけど、まさかここに連れてくるとは思わなかったわ」

「まぁ…社会科見学だと思って来ました」

 

 生徒会室なんて普通に考えても滅多にはいる機会なんてないしね。

 実際、中学時代には一度も入った事は愚か、近づいた覚えすらない。

 

「布仏さんも生徒会メンバーで、しかも書記をやってるって聞いたんですけど…」

「それは本当よ」

「そう…なんだ…」

 

 この人の口から言われたら信じるしかないでしょ…。

 因みに、その布仏さんは今、お姉さんである虚先輩と一緒にお茶の準備をしている。

 名前で呼ぶのは、単純に紛らわしいから。

 本当は布仏さんの事を名前で呼べないいんだろうけど、まだ私にはその勇気は無い。

 もっと親しくなれれば、或いは……。

 

「あの…さっき『話に聞いてた』って言ってましたけど、それって…」

「生徒会だもの。特別な事情を抱えた生徒ぐらいはちゃんと把握してるわよ。あなたと同じクラスの織斑一夏君然り。佳織ちゃん然り」

「その『事情』ってのは、やっぱり…」

「…佳織ちゃんが適性検査でSを出して、その結果として半ば強制的に推薦入学させられた挙句、専用機まで持たされてしまった事…とか?」

「随分と具体的に言いましたね…」

 

 更識先輩のお蔭で、図らずも初見の読者さんに簡単なあらすじが出来てしまった。

 流石は生徒会長にしてロシア代表、そして暗部の当主をやってる事はある…恐るべし。

 

「あれからISには乗ってるの?」

「いやまさか…怖くてとてもじゃありませんけど……」

 

 もう何度言ったかは分からないけど、もう一度だけ言っておく。

 トールギスは乗って動いた瞬間に死亡確定なのよ!!

 圧倒的なGによって人肉のミンチの出来上がりなの!!

 転生者だからって死に対する感情が希薄になると思わないですよね!

 生まれ変わっても死ぬのは怖いのよ!!

 

「よかったら、お姉さんが色々と教えてあげて…」

「結構です」

「即答…少しへこむわね」

 

 猛烈に嫌な予感しかしなかったので断らせて貰う。

 それでも来るというのならば、こっちも奥の手である『D4C・ラブトレイン』を使うしかない! 使えないけど。

 

「かおりーん! お待たせ―!」

「お待たせしました」

 

 おっと。ここで布仏姉妹のご登場だ。

 正直、更識先輩のようなグイグイ来るタイプは苦手なので助かった。

 

「仲森さん、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 虚先輩が私の前に紅茶の入ったティーカップを置いてくれた。

 普段は緑茶とかしか飲まない私だけど、これは匂いを嗅いだだけで分かる。

 絶対に美味いでしょ。間違いないよ。

 

「ケーキもあるよー」

 

 そして、布仏さんが置いてくれたのはイチゴのショートケーキ。

 スタンダードではあるけど、だからこそいい。

 原点こそが頂点とはよく言ったものね。

 私が首からぶら下げてるトールギスだって、原初にして最強って機体なんだし。

 

 紅茶とケーキは人数分用意されて、私だけでなく布仏さんや楯無先輩、虚先輩の分も配膳された。

 もしかして、これがこの生徒会の日常なのかしら?

 これが本当の『放課後ティータイム』か…。

 …後にこのメンバーでバンドとか始めないわよね?

 

 しれっと布仏さんが私の隣に座ってくれたけど、地味に有り難い。

 見知った相手が近くにいるだけで安心できるよね。

 

「い…いただきます」

「はい。どうぞ」

 

 まずは紅茶を一口。ゴクリとな。

 

「ん…!」

 

 熱すぎず、かといって温すぎず。

 実にいい塩梅の熱さに加え、仄かな苦さと僅かな甘みが何とも言えない…。

 紅茶には全く詳しくない私だけど、これだけは断言出来る。

 この紅茶…絶対に最上級クラスの美味しさでしょ…。

 砂糖とかミルクとか全く必要が無い程の美味…。

 

(ここでショートケーキを食べる…っと)

 

 こっちも美味しいけど、この紅茶との相性が抜群過ぎる…!

 甘みと苦みの繰り出すハーモニーがここまでの破壊力を持つなんて…!

 今までは緑茶党だったけど、紅茶党に鞍替えしたくなる。

 

「ん~…♡」

 

 ケーキを食べて、紅茶を飲む。

 この繰り返しだけで永遠に時間を潰せる自信がある…。

 やばぁ……これは魔性の組み合わせだわ…。

 

「美味しそうにはしてるけど、リアクションが薄いわね…」

「かおりんだからね~」

「私だからね~」

「「ね~」」

 

 う~ん…理解者がいるって素晴らしい。

 布仏さんも非常に美味しそうな笑顔でケーキを食べてるし。

 なんだろうね。この顔を見ているだけで気持ちがほんわかしてくる。

 

「本当に仲がいいのね。二人とも」

「かもですね。最近じゃいつも一緒にいますし」

「私とかおりんは仲良しさんなのだ~」

 

 仲良しさん…ね。昔なら即座に否定してたけど、今は悪い気分じゃないかも。

 嘘はついてないし。

 

「あ、そうだ。思い出した」

「何を?」

「ここに来た本当の理由。虚先輩にお礼を言おうと思ってたんだ」

「私にお礼…ですか?」

「はい」

 

 姿勢を正しながら振り向き、ちゃんと頭を下げてから一言。

 

「この子の調査を手伝ってくれて、本当にありがとうございます」

「な…仲森さん! 頭を上げてください! あの時は私個人の興味も有りましたし、そこまでご丁寧にお礼を言われるような事は決して…」

「だとしても、感謝の気持ちを伝えない訳にはいきませんから」

 

 これは、私が中学の時に学んだ事の一つだ。

 向こうにとっては些細なことであったとしても、感謝の気持ちだけは絶対に忘れずに伝えなければいけない。

 

「…お嬢様も、仲森さんぐらいにお淑やかな部分があれば……」

「うぐっ…!」

 

 あぁ~…それは何か分るかも。

 更識先輩って、お嬢様ってよりは近所に住んでるお節介焼きのお姉さんって感じがする。

 私の場合は『お淑やか』ってよりは『根暗』と言った方が正解だけど。

 表現方法は人それぞれだから気にしない。

 

「なんか、かおりんのほうがお嬢様よりも『お嬢様』って感じがするよね~」

「本音ちゃんまでっ!?」

 

 ここで意外な人物からの追撃入りましたー。

 この一撃は痛いでしょー。

 

「ま…まぁ…確かに佳織ちゃんは和風美少女だし…黒くて長い髪も綺麗に整ってるし…深窓のお嬢様ってイメージがピッタリだし……」

 

 なんか卑屈な顔になって色々と言い出したんですけど。

 別に私は美少女じゃないし、この髪質も天然ですから。

 特に何か特別な事なんて全くやってないし。

 中学時代にそれを言ったら、クラスメイトに物凄く羨ましがられた。

 

「…そういえば、佳織ちゃんって部活はもう何か入ってたりするの?」

「いえ、まだ何も」

 

 このIS学園は部活への入部が必須という、これまた意味不明な校則が有ったりする。

 別に部活に入ること自体には問題は無いが、入りたいと思わせるような部活が何一つとして存在していないのが現実なのだ。

 まず、前提条件として運動部系は体力的な意味と運動神経的な意味で完全アウトだし。

 文化部系も種類によっては普通にアウト。

 なので、必然的に入部できそうな部活が厳選されてしまうのです。

 

「だったら、生徒会に入ってみない?」

「生徒会…ですか」

 

 これもなんかパターンな気がする。

 どの部活に入ろうか迷っている間に、いつの間にか生徒会のメンバーになってる的な。

 

「そう。このIS学園じゃ、生徒会も部活動として扱われているのよ」

「ほへー…」

「ここなら佳織ちゃんと仲のいい本音ちゃんもいるし、虚ちゃんの紅茶も飲めるわよ? どう? 悪い提案じゃないとは思うけど?」

「うーん…」

 

 悪いどころじゃない。私にとっては非常に魅力的な提案だ。

 最初から仲のいい知り合いがいるのは本当に助かるし、そこに美味しい紅茶までプラスされる。

 原作ヒロインの一人がいるのが最大にして唯一のネックではあるけど、そこはもう諦めて臨機応変に対応していくしかないでしょう。

 というか、私にはもう生徒会に入る以外のいい方法が全く思いつかない。

 余りにもメリットが大き過ぎる。

 なにより……。

 

「かおりーん…生徒会に入ろーよー…」

 

 布仏さんの、このウルウルな瞳に勝てる気がしない。

 これに抗える人間がいたら紹介して欲しいぐらいだ。

 

「…そちらが良いのでしたら、入らせて貰います。大して役には立たないかもしれませんけど…」

「やった! これでメンバー追加ね! それじゃ早速、佳織ちゃんには生徒会副会長になって貰って…」

「いやなんでっ!? まだ何もしてないのにいきなりすぎなのではッ!?」

「冗談よ。冗談。一先ずは本音ちゃんと一緒の書記ってことにしておきましょ」

「ひ…一先ず…?」

 

 なんだか不穏な言葉の響き…嫌な予感しかしない。

 ホントにこれで良かったのかしら…。

 

「これからはカオリンも一緒だ~!」

「…すみません、仲森さん。なんだか強要するような事をしてしまって…」

「あ…いえ。大丈夫ですよ。寧ろ、これぐらい強引にして貰わないと、ずっと迷ってそうでしたし…」

 

 最悪の場合、適当な部活に入れられそうだしね。

 その時は幽霊部員を決め込むけど。

 

「担任の織斑先生には、こっちから伝えておくわ。多分、後で入部届を渡されると思うから、それを記入したら正式に佳織ちゃんは生徒会のメンバーね」

「分かりました」

 

 こーゆー所だけは普通の高校と変わりないのね…。

 中途半端な近代化って、逆に不便なのかも。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 佳織と本音が帰った後、楯無と虚は真剣な顔になってから話し合っていた。

 

「虚ちゃんから見て、佳織ちゃんはどんな感じだった?」

「印象通りの、丁寧で優しい少女と言った感じでしょうか。特に、私にお礼を言ってきた時は本当に驚きました。なんて義理堅い性格なんだろうと」

「そうねー。あれには私も驚いたわ」

 

 本音から彼女に対する印象などは予め聞いてはいたが、実際に会ってからその印象はいい意味で変わった。

 二人の想像以上に佳織は好印象を持てる少女だったのだ。

 

「だけど、なんだか感情表現が希薄なような気もしたわね…」

「彼女の家庭環境を考えれば無理も無いかと」

「そうよねー…」

 

 ふと手に取った書類には、佳織の顔写真と一緒に彼女に関する諸々の情報が記載されていた。

 

「お嬢様はどう感じられたのですか?」

「大まかな部分は虚ちゃんと一緒。だけど、一つだけ気になった事があって」

「気になった事?」

「うん。あの子…ISに乗る事を怖がっていたのよね」

「それは…織斑先生が仰っていた事と…」

「一緒だった。私が『色々と教えてあげようか』っていっても即座に断ってたし」

 

 本人は誤魔化している様子だったが、あれは余りにもあからさまだった。

 だからこそ気になって仕方がない。

 

「やっぱり佳織ちゃんはISに関する、人には言えないような辛い過去があるのかもしれないわ。普通に調査をしても出てこないような部分で」

「トールギスの事と並行して調べていくしかありませんね」

「あれもあれでまた、謎が多すぎるISだものねー。想像以上に情報が少なすぎて、本家の方でも困り果ててるぐらいだし…」

「それだけの秘密がトールギスにはある…という事なのでしょうが…」

「どうして、そんな機体が佳織ちゃんに譲渡されたのか。そして…」

「一体誰が仲森さんに目を付けたのか…ですね」

「そいつこそが、佳織ちゃんをストーキングした挙句、IS学園に無理矢理に入れさせた人物。普通に考えても許せることじゃないわよね…!」

「はい。どんな事情があろうとも、何も知らない仲森さんを振り回していい理由にはなり得ません」

「守らなきゃね…絶対に」

「そうですね。もしかして、その為に仲森さんを生徒会に?」

「それもあるけど……」

 

 書類を置いてから、カップに残った紅茶を一気に飲み干し、目を細めながら優雅に笑った。

 

「佳織ちゃんに私も興味が出てきちゃったのよね……」

 

 それは、佳織も一夏も知らない物語。

 裏で繰り広げられる三つ目の話。

 

「お嬢様。分かってはいるとは思いますが、織斑君の件も忘れないでくださいね?」

「勿論よ(今、言われて思い出したとか絶対に言えない…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり入った生徒会。

だけど、それは同時に本音と更に仲を深めるフラグでもあるわけでして…。






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強引な人は苦手です

今回は『彼女』とまさかの交流。

といっても、向こうから一方的になんですけどね。

どんな扱いになるかはまだ未定。











 生徒会室を後にした私は、そのまま布仏さんと一緒に少し早目の夕飯(ソースかつ丼)を食べてから、一緒に寮まで戻ってきたから中で別れて自分の部屋へと歩いていた。

 

(部屋に戻ったら、寝る前に少しだけ明日に備えての予習でもしておこうかな…)

 

 我ながら殊勝な事を考えながら廊下を進んでいくと、廊下と階段が交差している踊り場に設置してあるソファに誰かが顔を伏せた状態で座っているのが見えた。

 あの小柄な体に特徴的なツインテール…どこかで見た事がるような気がしたが、ここは敢えて無視した方がいいと私の妄想の中のDIO様が仰っていた。

 

(出来るだけ足音を消してから歩いて行こう…)

 

 歩行速度を落としてから、爪先からゆっくりと床に付き、踵を落としていく。

 これを繰り返していけば大丈夫な筈だ。そう思っていた。

 

「…ちょっと待ちなさいよ」

「!!?」

 

 ばれたッ!? この私のハイパーウルトラ気配消し消し走法がっ!?

 おのれ…何者だっ!? 新たなスタンド使いかッ!?

 

(いや…まだだ。まだ大丈夫だ。明確に私を指名している訳じゃない。ここは気が付かない振りをしてから乗り切ろう。だって、私以外にもこの場には他に誰かが…)

 

 そう思って視線を動かして周囲を確認したけど、まぁ見事に誰もいません。

 いつもは無駄に騒がしくしている癖に、どうしてこんな時に限って大人しいのよっ!

 

「待ちなさいって言ってるんだけど?」

(待てと言われて待つ奴はいないんですよ)

 

 私は早く部屋に戻ってからお勉強をしなくちゃいけないんだから。

 こんな所で時間を無駄にするわけにはいかないんですよ。

 

「無視するんじゃないわよ! そこの日本人形みたいな奴!」

 

 日本人形となっ!? 流石に初めて言われたわ!

 呪いの人形みたいとは言われたことあるけど!

 

「人がこんな場所で泣いてんのよ? 少しは慰めようとか思わないの?」

「いや…そんな事を言われても…」

「何よ?」

「…この場で初めて会った上に名前も知らない赤の他人に話しかけるとか普通に考えて有り得ないと言いますか……」

 

 というわけで、私はここらでさようなら―。

 

「あんたには人の心が無いわけ?」

「私の考えの方が普通だと思うんですけど? このご時世、一体何がどう自分の破滅に繋がるか分かったもんじゃないし。下手すると話しかけただけで『セクハラー!』って言われる可能性だってあるし」

「ンなわけないでしょうが! アンタにはあたしがそんな風に見えてるっていうのっ!?」

「見えてます」

「んなっ!?」

 

 見えるに決まってるでしょうが。原作の所業を見ていれば一目瞭然だわ。

 

「あんた…擦れてるわね」

「擦れてません。そちらの考えの方が私には異常に見えます」

「なんですって?」

「そもそも、私は聖人君子じゃないしスーパーヒーローでもありません。どこにでもいる一般人です。そちらの理想を勝手にこちらに押し付けないでくれませんか?」

 

 私はどこまで行っても私だ。それは絶対に変わらないし、変えるつもりも無い。

 その必要性が皆無だからね。

 

「この歪んでしまった世界で人間の善性とか正義感なんて下らない物を求めない方がいいですよ? 後で後悔するのは絶対に自分なんですから。という訳で、さようなら。名前も知らない誰かさん」

 

 本当は知ってるんだけどね。だけど、ここは知らない振りをしよう。

 なんか雰囲気に流されてらしくない変な事を言ってしまったが、とっとと忘れて自分の部屋に戻るのが吉でしょう。マチカネフクキタルもそう言ってる。

 ハッピーカムカム福よ来ーい。

 

「逃がさないわよ…」

「はへ?」

「そこまで言われて黙って言われるわけないじゃないの…! 絶対にあたしの話を聞いて貰うんだから!」

「なんでそうなるの?」

 

 そう言うと、彼女はいきなり立ち上がってからガシっと私の細い腕を掴んだ。

 

「ちょ…痛いんですけど?」

「あ…ゴメン。じゃなくて!」

「なんですか…」

 

 ちゃんと力を緩めてはくれたけど、離してはくれないのね…。

 

「アタシの話を聞いてくれないと、このまま部屋までついていくから」

「それを人は横暴と言う」

「なんとでも言いなさい。もう決めたんだから」

 

 全く…これだから原作ヒロインは自分勝手で嫌いなのよ!

 幾らこっちが近づかないように努力していても、向こうから強引に来られちゃ回避のしようが無いじゃない!

 おいこら原作主人公! こんな時ぐらい自慢のご都合主義でどうにかしてよ!

 

「離してください」

「いや。っていうか、あんた腕細すぎじゃない? ちゃんと食べてるの?」

「余計なお世話よ」

 

 なんとか力づくで離させようと試みるけど、全くビクともしない。

 ちくせう…代表候補生だからって偉そうにしやがって…!

 

「はーなーしーてー」

「いーや」

 

 あーもー! 誰か助けてー!

 この小さな暴君をどうにかしてー!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ふーん。一番端の部屋なのね。しかも一人部屋?」

 

 結局、あの後も手を離してはくれず、部屋までついて来てしまった。

 はぁ…もう泣きそう…。

 

「…で、お茶とかは出してくれないの?」

「出すわけないでしょう。客でもないのに」

「ひどっ」

 

 酷くない。事実を言ってるだけ。

 なので私は悪くない。悪いのはあっち。

 

「そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったわね。あたしは…」

「あぁ…別に言わなくてもいいですよ。別にそちらに興味なんてないんで」

「どうして、そこまで拒否すんのよ…」

「あんな言い方や態度をされれば、誰だって同じような事を思うと思うけど?」

「それは……」

 

 ドカッとベットに座ってから前に図書室から借りてきた『トネガワ先生の人生の勝ち方』のページを開く。

 かなりのベストセラーになってるらしいので、一度でいいから読んでみたかった。

 本当は勉強したいけど、彼女がいるんじゃしたくても出来ないし。

 

「…中国代表候補生の凰鈴音よ。今日、二組に転入してきたの」

「そうですか、そうですか。それは美味しそうねー」

「適当な反応をするんじゃないわよ!」

「はいはい」

 

 ちゃんと話を聞いてやってるんだから大人しく話だけをしててよね。

 私が返事をする必要なんてないじゃない。

 

「そっちは?」

「そっちとは?」

「名前よ。教えてよ」

「え。イヤですけど」

「なんでよッ!?」

「覚えられたくないから」

 

 そして、これ以上の関係になりたくないから。

 ここで徹底的に嫌われれば、これ以上の接近は無いでしょう。

 

「教えてくれないと、今日はここに泊まるからね」

「はぁ…分かったわよ」

 

 今思ったけど、この事を後で織斑先生に報告しておけば万事解決なのでは?

 あの人って割と信賞必罰を体現しているような性格してるし。

 よし。そうと決まれば明日にでも絶対に報告しておこう。

 

「寿限無、寿限無、後光の擦り切れ、海砂利水魚の水行末・雲来末・風来末、食う寝る処に住む処、藪ら柑子の藪柑子、パイポ・パイポ・パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助よ」

「長すぎるわよ!! というか、それって絶対に本名じゃないでしょうが! ふざけてんのッ!?」

「私の部屋で私がふざけて何が悪いの?」

「あんたねぇ…!」

 

 なんか眉間に皺が寄ってるわねぇ。

 そんなに怒っちゃ折角のお顔が台無しになるわよ?

 

「寿限無寿限無ウンコ投げ機一昨日の新ちゃんのパンツ新八の人生バルムンク=フェザリオンアイザック=シュナイダー三分の一の純情な感情の残った三分の二は坂向けが気になる感情裏切りは僕の名前を知っているようでしらないのを僕はしっている留守スルメめだかかずのここえだめめだか…このめだかはさっきとは違う奴だから池乃めだかの方だからラー油ゆうていみやおうきむこうぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺおあとがよろしいようでこれにておしまいビチグソ丸…よ」

「さっき以上に長くなってるから!! というか、完全に銀魂ネタになってるし!! よく全文覚えてたわねっ!? 逆に凄いわ!」

「中学時代に頑張ったから」

「どんな中学に通ってたら、そんなことになるのよ…」

「それは秘密。言う義理も義務も無いから」

「却って気になるわよ…」

 

 しまった。乙女の好奇心を甘く見ていた。

 かおりん一生の不覚。

 

「別に私に名前なんてどうでもいいじゃない。とっとと話したい事を話してから出て行って。邪魔だから」

「わ…分かったわよ…。こうなったら、思い切り愚痴を吐いてやるんだから!」

 

 はい、ここで密かに耳に仕込んでおいたワイヤレスイヤホンが真価を発揮する。

 彼女に見えない角度でスマホを操作して…ポチッとな。

 聞きたくない言葉はデスメタルで聞こえなくしてやるのぜい。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 なんだか気が削がれかけたけど、ついさっきまでの一夏達とのやり取りに関する愚痴を一気に大爆発させた。

 今は兎に角、誰でもいいから話を聞いてほしかったから。

 

「それで、あいつなんて言ったと思う? 『料理が出来るようになったら俺にメシを御馳走してくれるって約束だろ?』って! ふざけんじゃないわよ! 何をどう解釈したら、そんな考えに至るってのよっ!!」

「…………」

 

 目の前にいる名前も知らない子は、否定も肯定も共感もせずに黙って聞きながら本を読んでいる。

 反応が無いのは、まるで壁に話しているようで気味が悪いが、余計な横やりを入れられるよりはずっとマシだと思って話を続ける。

 

「あたしは…ずっとずっと…アイツにまた会える日を楽しみにしてたのに…それなのに…こんなのってないわよ…! しかも、いつの間にか知らない女の子たちまで侍らせてて…信じらんない!!」

「…………」

 

 またもや無反応。だけどもう、私の愚痴は止まらない。

 

「あたし…なんで頑張ってたんだろ…。もう分からなくなっちゃった…」

「…………」

「はぁ……」

 

 もう溜息しか出てこない。

 もしかして、これまでの事は全て独り相撲だったのかもしれない。

 自分の都合のいいように勝手に解釈して、向こうも約束を覚えてくれていると勝手に思い込んで……。

 

「日本に来るのも結構苦労したのに…どうしてこんな事になっちゃうのよ…もう…」

「…………」

 

 こっちが何を言っても無反応。

 あれだけ嫌がっていれば当たり前…か。

 

(…言いたい事を言い終えたら急に罪悪感が湧いてきたわね…)

 

 幾ら自棄になっていたとはいえ、この子には物凄く悪い事をしちゃった気がする…。

 多分、相当に嫌われてるわね…あたし。

 あ~…もう!! なんでこうも上手くいかないのよ!!

 一夏に約束は忘れられるわ! いつの間にか別の女の子が傍にいるわ!

 …知らない女の子に迷惑を掛けてしまうわ…マジ最低…。

 

「話…黙って聞いてくれてありがと。それと…ごめん。あんたには本当に悪い事をしたわね…。このお礼…というか、詫びは絶対にするから。それじゃ…おやすみ。今度はちゃんと名前を教えてよね…」

「…………」

 

 結局、最後まで全く反応は返ってこなかったが、今はそれでいいような気がした。

 それだけの事をしてしまったわけだし、そうされても当然だ。

 一夏の件ではスッキリしたけど、今度は完全に自業自得な事でモヤモヤしてしまった。

 

 明日からはちゃんと頑張らないとな……。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 あれ? なんかいつの間にかいなくなってる? 

 音楽を聞きながら本に夢中になっていたとはいえ、全く気が付かなかった。

 イヤホンを取りながら周囲を見渡すと、視界の外にいる気配も無い。

 完全に部屋から出て行ったようだ。

 

「はぁ……やっと終わったか」

 

 話の内容はなんとなく想像は出来るが、私は赤の他人の惚気話を聞かされて正気でいられるほどに上等な人間じゃない。

 聞きたくない話には蓋をする。それが私だ覚えとけ。

 

「もうこれ以上、原作ヒロインと接触するのはこりごりなのよね…」

 

 更識先輩と毎日に渡って会う可能性が生まれてしまっただけでも普通にしんどいのに、この上で更に厄介この上ない相手とまで関わりを持ってしまったら、私のメンタルが耐えられない。

 このままだと、本当にいつの日か織斑先生とかに泣きついてしまうかもしれない。

 

「…それはそれとして…っと」

 

 スマホを手に取ってからピポパってね。

 掛けようとしているのは織斑先生。

 一体いつ番号交換したとかは内緒。

 本当は明日にしようかと思ったけど、よくよく考えたら電話で報告すればいいじゃない。

 今は休んでいるかもしれないけど、時間的にはまだ大丈夫だと信じたい。

 

「もしもし? 織斑先生ですか?」

『仲森か? こんな時間にどうした?』

「実はですね…」

 

 私はついさっきまであった事を話した。

 すると、先生は受話器越しでも分かるぐらいに大きな溜息を吐きだしていた。

 

『はぁ~…本当にすまん。あいつには明日にでも私から言って聞かせておく。二組の担任である榊原先生にも報告をしておかねばな…』

「そうしてくれると助かります。じゃないと、勉強する時間すら無くなってしまいますから。本当は今日だって、明日の予習でもしておこうと思ってたのに…」

『…仲森は偉いなぁ…。一夏にお前の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ…』

「割と普通にイヤです」

『冗談だ。真に受けるな』

 

 冗談に聞こえないから怖いんですよ。

 

『兎に角、凰の事に関しては私と榊原先生に任せておけ。それと、前にも言ったが何か勉強で分からない事があれば遠慮なく尋ねてこい。必要ならば放課後に補習を行ってもいい』

「ありがとうございます。いざって時はそうさせて貰います」

『では、また明日な。おやすみ』

「はい。おやすみななさい」

 

 通話を切ってから一息。

 やっぱり、頼りになる大人が傍にいるだけで安心感が違いますなぁ。

 

「…なんかもう疲れたし、今日はもうパパッと体を流してから寝よう」

 

 その後、私は適当にシャワーを浴びてからぐっすりと寝たのでした。

 おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いてる途中で鈴ちゃんがヒロイン候補に名乗りを上げそうなエピソードが生まれかけました。

割とマジでどうしよう…。





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次の日とつぐのひって似てるよね

アンケートは見事に拮抗している様子。

そこまで長引かせるつもりはありません。

クラス対抗戦終了直後ぐらいまで、ですかね。







 思わぬ珍入者によって勉強する気力を奪われ、結局は何もしなかった次の日。

 私はいつものように布仏さんと一緒に食堂で朝食を食べていた。

 メニューは『卵焼き定食』。

 ありそうでないシンプルなメニューではあるけど、だからと言って侮るなかれ。

 醤油なんて必要ない程に濃厚な味付けがされたフワフワな出し巻き卵が食欲をそそりまくる。

 食堂のおばちゃんに頼めば、特別にTKG専用の生卵と特製醤油もくれたりする。

 控えめに言っても最高かよ。

 

「今日のかおりんは卵尽くしだね~」

「実は、このお味噌汁の中にも卵が入ってたりして」

「本当に卵尽くしだ……」

 

 布仏さんも絶句する程の拘り。

 IS学園の食堂…出来るわね。

 

「あ…こんな所にいた」

「「ん?」」

 

 いきなり誰かと思ったら、昨夜のツインテールさんではありませんか。

 まさか、また私に対して愚痴を言ってくるつもりなんじゃ。

 

「昨日はゴメン。頭に血が上り過ぎてて、アタシもどうかしてたわ」

「えっと…どなたですっけ?」

「昨日あんたの部屋に行った転入生の凰鈴音よ! もう忘れたってのっ!?」

「そうでしたそうでした。ファン・ファンファンさん」

「名字しか合ってない! ふざけてんのッ!?」

「すみません。噛みました」

「いや、絶対にワザとでしょ」

「かみまみた」

「…もういいわ。無表情でされると普通にキツいわ…」

 

 もう終わり? メンタル弱いわねー。

 そんなんじゃ上を目指せないわよ?

 

「かおりん、お知り合い?」

「ううん。正真正銘、赤の他人よ」

「うぐっ…! 間違ってはないけど、真っ向から言われるとグサってくるわね…」

 

 そうされるような事をしたのが悪いんでしょうが。

 

「そういやアンタさ…あの後、千冬さんにチクったりした?」

「千冬さん…あぁ、織斑先生の事ね。うん。言ったけど? それがどうかした?」

「ついさっき、ここに来る途中で凄い怒られたから。転入早々何をやってるんだって」

 

 おぉー…流石は織斑先生。ちゃんと有言実行してくれる。

 そこに痺れる、憧れるー。

 

「その時、ついでにアンタの名前も聞いたわ。昨日はどれだけ聞いても教えてくれなかったし」

「だって、教えたくなかったし」

「どうして、そこまで拒絶すんのよ…」

「赤の他人だから?」

 

 寧ろ、それ以上の理由なんて存在しないでしょ。

 織斑先生は担任だから別にいいし、布仏さんはもう私にとっては赤の他人じゃない。

 恐らく、生徒会もいずれはそうなっていく可能性が高い。

 だが、原作ヒロイン…テメー等はダメだ。あと、漬物も。

 

「それは…そうかもしれないけど…だからと言って…」

 

 正確には『自分にとって確実に害になる他人』を拒絶してるんだけどね。

 だから、布仏さんとの初対面でも拒絶はしなかった。

 更識先輩と織斑先生も最初は警戒してたけどね。

 

「…ねぇ、ここで一緒に食べてもいい?」

「残念。実は……」

 

 話しながらも私も布仏さんもちゃんと食事は続けていた。

 そして、箸には卵焼きの最後の一切れが。

 

「あむ。これで終わり。ごちそうさまでした」

「ごちそーさまでしたー」

「えぇっ!?」

 

 これに関しては私達は悪くない。

 しいて言えば、タイミングが悪すぎたって感じ?

 

「それじゃ、私達は行くから」

「ちょ…待っ…」

「それに、本当は私達なんかじゃなくて、愛しの王子様と一緒に食べたいんでしょ? 変に気を使わなくてもいいよ」

「べ…別に一夏となんてあたしは……」

「誰も織斑君の事なんて一言も言ってないけど。ねー布仏さん」

「うん。かおりんはおりむーの事なんて一言も言ってないよねー」

「「ねー」」

「…あんたら…本当に仲がいいわね…」

「「それほどでも~」」

「照れてるの、そっちの子だけよ?」

 

 失敬な。私だってちゃんと照れてるわよ。

 感情が表に出にくいだけで。

 

「ほら、噂をすれば来たよ」

「え?」

 

 私が出入り口の方を指差すと、そこには織斑君が今日も今日とて篠ノ之さんとオルコットさんの二人を侍らせながらやってきた。

 両手に花で羨ましいなー(棒読み)

 花は花でも毒花だけどね!

 

「布仏さん、行こ?」

「うん! それじゃーねー。えっと…リンリン!」

「あたしはパンダかっ!? それと、ちょっとだけ思い出せてなかったでしょっ!」

 

 あーあー聞こえないー。

 なんかまだ言ってるけど、気にせずに私達は食堂から出ていくことに。

 

「そういえば、もう額の怪我は治ったの? ガーゼが取れてるけど」

「みたい。朝起きたら殆ど治ってた。まだうっすらとだけ傷跡が残ってるけど、これぐらいだったら毎日オロナインでも塗っておけば治るでしょ」

「よかったねー」

「そうね。ガーゼってつけてると妙に痒くなるから大変よね。そのせいでカサブタを弄っちゃったし…」

 

 これからは今まで以上に気を付けないといけないかな。

 授業中だからと言って油断はしない。

 

「あ…仲森さん。おはy…」

「一時間目って何だったっけ?」

「えっとね~」

 

 食堂を出る直前に誰かさんが話しかけてきたけど、咄嗟に布仏さんに話しかける事で見事に回避。

 これが本当の精神コマンド『ひらめき』。

 

 手を上げかけた状態で固まってヒロイン×2が戸惑っているけど、私には関係ナッシング。

 私達と同じように朝食を終えた子達が各々の教室に向かっている流れに沿って歩いていると、ふと廊下の真ん中にある掲示板に目が行った。

 

「どうしたの? かおりん」

「あれ」

「あれー?」

 

 掲示板には、今度開催されるというクラス対抗戦のトーナメント表が貼ってあった。

 私が注目したのは、一回戦の第一試合の所。

 

「一組と二組だねー」

「うん。って事は、織斑君と凰さんが試合をするって事になるね」

「さっきの子だねー。あの子って確か、中国の代表候補生なんだよね?」

「みたい。詳しくは知らないけど」

「ってことはー…最初から専用機持ち同士の対戦になるんだねー」

「…一回戦からクライマックスってどうなんだろ」

 

 このトーナメント表を考えた奴、絶対に適当に考えたでしょ。

 ま…どうでもいいけど。どうせ、例の兎さんの無人機の介入で全部が台無しになるんだし。

 

「かおりんは見に行くのー?」

「どうしようかな……」

 

 正直に言えば行きたくない。

 今回のは間違いなく命に関わるレベルで危ないから。

 布仏さんにも行って欲しくはない。

 けど、私には彼女を引き留める理由が思いつかない。

 

「…まだ時間はあるし、その時になってから考えればいいんじゃないかな」

「それもそうだねー」

 

 …お願いだから、当日になって偶然にも風邪を引いたりお腹が痛くなったりしますように。

 この際、体調不良なら何でも可。

 

 まるで泳げない生徒がプールの授業前日に風邪を引くか雨になるように祈るような気持ちで日々を過ごす私なのでした。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 あれから数週間が経過し、今はもう五月。

 私は生徒会室にて机に座ってから参考書とノートを開いてから勉強をしていた。

 ついさっきまでは生徒会の仕事として書類の整理なんかをやっていたんだけど、意外と早く終わったので、こうして空いた時間で勉強をしているのです。

 

「佳織ちゃんは真面目ねー。空いた時間ぐらい、ゆっくりと休めばいいのに」

「休むのなら自分の部屋でも出来ますし、こんな機会でもないと集中して勉強出来ないですし」

 

 正直、現在の私はギリギリのところで授業に付いて行っている状態だ。

 分からない所があれば迷うことなく先生に聞きに行っているし、山田先生や織斑先生に頼んで補習授業をやって貰ったことも一度や二度じゃない。

 そこまでしてようやくなので、勉強できる機会だけは有効に活かしていきたい。

 

「…ところで、更識先輩はさっきから何をしてるんですか?」

「佳織ちゃんの髪が長くて綺麗だから、色んな髪型にしてみようかなーっと思って」

「…変なのにしないでくださいね」

「大丈夫よ。お姉さんに任せなさい」

 

 大丈夫かなぁ…。

 心配だけど、後で解けばいいだけの話だし、ここは放置でいいでしょ。

 それよりも勉強、勉強…っと。

 

「えっと…ここは……」

「やっぱり、王道はツインテールかポニーテールよね。佳織ちゃんはかなり髪が長いから、髪型の幅が広くていいわね」

 

 頭を僅かに揺らされるような感覚を横に、私は頭を回転させていく。

 因みに、布仏さんはさっきからそこのソファで昼寝をしている。

 

「ツインテール完成。うーん…思った以上に様になってる」

「あの…更識先輩」

「どうしたの? もしかして邪魔しちゃった?」

「いや、そうじゃなくて。実は夏の暑い日とかになると、よくツインテールに髪を纏める事があるから、これは私的にはそこまで変な髪型じゃないんですよね」

「意外ね…なんだか、佳織ちゃんがどんな私服を着るのか気になってきたわ」

「大したものは着てないですけどね」

 

 大半が自分だけのセンスで買ってる物だし。

 他人からどう見られているとか、今まで一度も聞いたことが無い。

 

「それじゃ、今度は結ぶんじゃなくて纏めてみようかしら」

「お手柔らかに」

 

 私の髪に櫛を通しながら、再び弄り出す更識先輩。

 なんか慣れてきたので、気にせずに勉強再開。

 

「ところで佳織ちゃん」

「なんですか?」

「佳織ちゃんは今度のクラス対抗戦は見に行くの?」

「どうしようか迷ってる所です。先輩も出場するんですよね?」

「一応ね。去年は優勝してるから、確実に警戒されてるでしょうね」

「そりゃ…ロシア代表を警戒しない訳が無いでしょ…」

 

 私なら、試合をする前に降参するけどね。

 同じ負けるなら、痛い思いをしない方がずっといい。

 

「どこか分からない所とか無い? お姉さんが教えてあげるわよ?」

「んー…今はまだ大丈夫です。だけど…」

「だけど?」

「その時が来たら遠慮なく頼らせて貰います」

「か…佳織ちゃんが…遂にデレた…!」

「人を気性の荒い動物みたいに言わないでください」

 

 …割と早目の段階からデレているつもりではあったんだけどね。

 もうちょっと顔に出した方がいいのかな…。

 けど、私の笑顔なんて気持ち悪いし、誰得って感じだし…。

 

「仲森さん。勉強お疲れ様です。少し休憩をなさったらいかがですか?」

「虚先輩…ありがとうございます」

 

 奥の部屋から虚先輩がやって来て、ノートの横に紅茶とクッキーを置いてくれた。

 丁度、小腹が空いてきた頃だったから有り難い。

 

「ん…お姉ちゃんの紅茶の匂いがする…」

「匂いで起きるんだ…」

「まるで犬みたいね……」

「はぁ…全くこの子は……」

 

 犬耳の布仏さん…可愛いのでは?

 少なくとも、私はそう思う。

 そして、全力で愛でる。

 

 こうして、私の穏やかな放課後は過ぎていく。

 だが、私は完全に油断していた。

 まだ一日は終わってはいない。

 最後の最後まで油断は禁物なのだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




仮にヒロインにならなくても、鈴ちゃんは最終的には良い親友ポジションぐらいにはしたいと思っています。

一夏に靡きっぱなしにするかどうかまでは分かりませんが。


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キラーガール

突然の土砂降りほど驚くことはありませんね。

しかも、落雷のおまけ付き。







「…で、アリーナまで行ってから反省しているのか問い質してみたのよ!」

「ふーん…」

 

 今、私の目の前にはツインテールでチャイナガールの乱入者がいる。

 彼女は前と同じように憤慨していて、さっきから怒りに任せてテーブルをバンバンと叩きまくっている。

 お願いだから壊さないでね?

 

「そしたら、アイツってば全く謝ろうとしないのよ! それどころか反省する素振りすらなかったわ! 本当に信じられない!!」

「布仏さん。ほっぺにクリームついてる。拭くからジッとしてて」

「かおりん、ありがと~」

 

 恋愛系の愚痴ほど、聞いていて不愉快な物は無い。

 それが不器用な男女の恋愛ならば尚更だ。

 片方は鈍感の極みであり、もう片方は強気なのに奥手。

 

「ちょっと聞いてるっ!? あたしの目の前でイチャつくんじゃないわよ!」

「はいはい。聞いてますよー。それは美味しそうですねー」

「全然聞いてないでしょうが―!」

 

 そりゃ聞いてないですとも。だって聞きたくないし。

 

「こっちの気持ちも知らないで好き勝手言って…挙句の果てに一夏ったらなんて言ったと思う?」

「「なにー?」」

「貧乳って言ったのよ! これはマジで許せないでしょっ!?」

「そうだねー。確かに、人の体に付いて何かを言うのはよくないわねー」

「ダメダメだねー」

 

 途中まではどっちもどっちだけど、最後の一言だけは完全完璧に織斑君が悪いわねー。

 こんな世界でなくても、普通に問題発言にされると思う。

 下手すると事件に発展する可能性すらある。

 

「ところで、一つ聞いてもいい?」

「なによ?」

「あのさー……」

 

 目の前にあるジュースの入ったコップを置いて、勢いに負けてずっと言えずにいた事を言う事に。

 

「…どうして私の部屋に来るの?」

 

 そう。ここは私の寮の部屋。

 生徒会室から戻ってきた私は、布仏さんの『私の部屋に行ってみたい』という要望に応える形で彼女を私の部屋に連れて行くことにした。

 そこまではいい。もう私の中じゃ布仏さんは親友一歩手前ぐらいの人間になっているし、彼女を部屋に招くことに躊躇いは無かった。

 だけど、その途中でまたもや凰さんと遭遇し、そのまま彼女の迫力に負けて部屋に上がらせてしまった。

 私ってホントばか。

 

「仕方ないじゃない。今は自分の部屋に戻りたい気分じゃないし、かといって他に部屋を知ってる子なんていないし」

「だからと言って、なんでここに来るのよ…。この間の『ごめん』は嘘だったの?」

「あ…あの時は本当に申し訳ないって思ってたわよ! でも……」

 

 急に悲しそうな顔にならないでよ。なんかこっちが悪いみたいじゃない。

 

「確かに織斑君にも非はあると思うけど、ちゃんと説明をしない凰さんも悪いでしょ。プロファイリングじゃないんだし、僅かな言葉だけで全てを察せって言う方が無理でしょ。特に、相手はあの織斑君なんだし」

「そ…そうはそうだけど……恥ずかしいのよ! 悪いッ!?」

「誰も悪いなんて言ってないでしょ」

 

 そこで逆切れしないでよね。

 しっかし、こんな状況でも全く怯えない布仏さんって何者?

 

「けどまぁ…好きな異性に告白ってのは恥ずかしいかもね。したこと無いから分からないけど」

「べ…別にあたしは一夏の事なんて…って、佳織ってば今まで誰も好きになった事無いの?」

「しれっと名前で呼ばないで。そんなの一度も無いわよ。そもそも、恋愛自体に微塵も興味とか無いし」

「佳織って…本当に女子高生?」

「失礼ね。立派な女子高生よ」

 

 ここに入学したのは本意じゃないけどね。

 なんか最近、色んな事に疲れてきたし。

 布仏さんや織斑先生がいなかったら、とっくに潰れてたかもしれない。

 

「中学時代、何回か告白されかけた事はあるけど……」

「「あるのっ!?」」

 

 そこで食いつくんだ。

 って、なんか布仏さんも交じってる。

 

「告白されかけたって事は、ラブレターを貰ったりとか?」

「うん。直接的なのじゃないけど『放課後、校舎裏で待ってます』的なもの」

「「おぉ~! で?」」

「普通に無視して家に帰った」

「「……え?」」

「いや…会いたくなかったし興味もないし、正面から断るぐらいなら、最初から行かなくても同じかなと思って」

「うわ~…」

「佳織…アンタって奴は……」

 

 あれ? なんか呆れられてる?

 私ってば変な事でも言った?

 

「別に私の過去とかどうでもいいから。今は凰さんの話でしょ?」

「そ…そうね」

 

 代表候補生の皆さまみたいなドラマチックな過去なんて私には無いんだから。

 聞いても無駄ってもんでしょ。

 

「それで? また織斑君と喧嘩をしてから、どうしたの?」

 

 知ってはいるけど、話の流れ的に一応聞いておく。

 

「もうすぐクラス対抗戦ってあるでしょ?」

「「あるねー」」

「そこでボッコボコにしてやる事に決めたわ」

「「ガーンーバーレー」」

 

 適当な応援。だって、私はどっちの味方でもないし。

 それは布仏さんも一緒なのか合わせてくれた。嬉しい。

 

「もう泣いて謝っても許さないんだから!」

「いや…泣いて謝ったら許してあげようよ」

 

 それは流石にあんまりじゃない? よく聞く台詞だけど。

 

「勿論、二人は応援しに来てくれるわよね?」

「えー? 私はー…ひぃっ!?」

「き・て・く・れ・る・わ・よ・ね?」

「は…はい…喜んで行かせて貰います…」

「よろしい」

 

 いきなり顔を掴んで超至近距離で脅してきた。

 普通にめっちゃ怖かった。

 思わず頷いちゃったよ…しくしく。

 本当は行きたくなんてなかったのに…確実に試合は愚かイベント自体が中止になるのに…。

 だけど、ここで行かなかったら後が怖いし…。

 あれ? もしかして私って詰んだ?

 

「本音は来るわよね?」

「うん! 正直、おりむーとは同じクラスってだけだしねー。仮に勝っても、優勝できるとも限らないしねー」

「意外と淡白なのね。確か、優勝賞品って学食のデザートの半年間のフリーパス券じゃなかったっけ?」

「そうだよー。でも、デザートだけじゃねー」

「そうよね。あんまり食堂でデザートとか食べないし」

 

 この心理は、何かの賞を取った時に『図書券』を貰える時に似ている気がする。

 嬉しくはある…けど、使いどころが少ない。

 デザート半年って6か月でしょ?

 あそこにどれだけの種類のデザートがあるかは知らないけど、普通に飽きるわよ。

 

「まぁ…私も、織斑君とは特に仲がいいわけじゃないし、凰さんの応援をしてもいいかも」

「え? そうなの? 何回か一夏の口から佳織の名前を聞いたことがあるから、てっきり普通に仲がいいと思ってたけど…」

「まさか。彼とは本音ちゃんと同じで単なるクラスメイトなだけだよ」

「その割には、向こうはアンタの事を気にしていたっぽいけど?」

「気のせいじゃない?」

 

 恐らく、まだあの『織斑一夏緊急墜落飛び石脳天直撃事件』を引きずっているんだろう。

 もう一ヶ月以上も前の話だよ? 私だって忘れかけてるのに。

 

「普通に勝ち目はあると思うよ? 彼の専用機って機動力全振りで剣一本の超接近戦仕様になってるし」

「随分とピーキーな機体に乗ってるのね…」

「才能はあるっぽいけど、やっぱまだまだ素人の域は出てないと思うよ? 経験が違い過ぎるでしょ」

「普通はそうよね。…つーか、どうしてそこまで知ってるのよ? まさか…」

「前にオルコットさんと織斑君との試合を見てたからだよ。あの場にいた人間なら全員が同じ意見を言うと思うけど?」

「あ…そうなんだ」

 

 普通にアドバイスしてるのに怪しまれるって傷つくんだけど。

 やっぱり無理矢理にでも追い出すべきだったかな。

 そうなった場合、私が大怪我をしていた可能性があるけど。

 

「なーんか…あたしってば転入してからずっと佳織に頼りっぱなしよねー…」

「自覚があるのなら、もうこれで最後にしてくれる?」

「なんでよ。別にこれからもいいじゃないの」

「私にだって、頼られたいと思う人間を選ぶ権利ぐらいはあるんですよ?」

「何よ。あたしには頼られたくないって言いたいの?」

「言いたい、じゃなくて言ってるの。少なくとも、二度にも渡って無理矢理に部屋までやって来る人を助けたいとは思わない」

「…それに関しては本当に悪かったわよ」

「その言葉、あと何回聞くことになるのかしらね」

「あー…もう! 分かったわよ! いつか必ずお礼はするわよ!」

「いえ。お気持ちだけで結構です」

「どっちなのよッ!?」

 

 これ以上、関わらないでって言ってるの。

 それを真っ向から言ったらどうなるか分らないから言わないけど。

 羞恥心から言うのを躊躇っている訳じゃない。怖いから躊躇っている。

 何が起きるのか本当に予想が出来ないから。

 

「そういや、二人揃って歩いてたけど、どこに行ってたの?」

「「生徒会室」」

「せ…生徒会室ですってっ!? ってことはまさか…生徒会の役員なの?」

「「うん」」

「…因みに役職は?」

「「書記」」

「二人とも?」

「「そうだけど?」」

「……………」

 

 なんでそこで黙る?

 

「私達が生徒会に所属してるのって、そんなに変?」

「いや…変というか…普通に驚いたというか…」

「「驚いた?」」

「だって、一年生のこの時期から生徒会に入れるなんて、それこそかなりの優等生じゃないと無理でしょ?」

「言われてみれば確かに……」

 

 IS学園の生徒会は他の学校とは違って敷居がゆるゆるになってるから、言われないと気が付かなかったわ…。

 だって、生徒会長からしてアレだしね……。

 本当は凄いんだろうけど、その『凄さ』を見せる機会が少ないと言うか…。

 

「ちょっと見直したわ。凄いのね、二人とも」

「まぁ…ね」

 

 本当は全く違うんだけど、なんか説明が面倒くさくなった。

 長話なんてしたら顎が疲れちゃうし。

 

「色々と話してたら少し疲れちゃった。もうちょっとだけここにいてもいい?」

「いや、帰ってよ」

「もう一歩も動きたくなーいー」

「勘弁してよ…。布仏さんからも何か言って……」

 

 布仏さんに助けを求めて横を向くと、いつの間にか姿が無かった。

 どこに行ったのかと思って探すと、私のベッドの上で寛いでいました。

 

「なんだか眠たくなってきちゃったー」

「はぁ……」

 

 布仏さんなら別にいいんだけど、凰さんまでとなるとなぁ…。

 結局、そのまま彼女は居座り続けて、三人一緒に食堂で夕食を食べたのでした。

 なんかもう…私の力じゃ、この流れを断ち切れないような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はクラス対抗戦。

ある意味、私が一番書きたかったシーンでもあります。

重要な部分以外は遠慮なくカットしていきますけど。






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混乱の最中で

この作品の中で最重要と言っても過言じゃないクラス対抗戦。

ここから主人公に対する勘違いが一気に加速します。

そして、対抗戦終了と同時にアンケートも終了します。

ここまで拮抗したアンケートって始めて見ました…。






 はーい。私が全く待っていなかったクラス対抗戦がはーじまーるよー。

 

 何度も言ったけど、本当にここにだけは来たくは無かった。

 アリーナに向かう直前に今の自分が生徒会役員であることを思い出して、一縷の望みを託してから更識先輩の元へと向かった…のだけれども…。

 

『別に手伝ってくれなくても大丈夫よ。大凡の事は先生達がやってくれてるし、まだ一年生の貴女達に大きな仕事は任せられないしね。だから、今日は一人の生徒としてイベントを満喫してきなさいな。本音ちゃんの事、よろしくね?』

 

 …なんて事を言われてしまった。

 戦力外通告を受ける事に関しては全く気にしてはいない。

 実際、私なんて全く役に立たない事は自分自信が誰よりもよく理解しているし、一年生にイベントの管理の一端を任せるなんて私でもやらせたくない。

 なので、先輩の言い分は非常に正しいし納得出来る。

 結局、私は布仏さんと一緒に対抗戦の一年生の部が開催される第二アリーナの観客席に座っていた。

 

「おりむーとりんりん、何か話してるねー」

「みたいね。いつも思うんだけど、あんな風に高速移動をしながら喋ったりして、よく舌を噛まないわよね」

 

 私が同じことをしたら、舌や唇なんかを噛みまくりそうな気がする。

 ISから降りたら口の中が血だらけになってそう。

 

「「あ」」

 

 さっきまではお互いに剣を使って戦ってたのに、織斑君が距離を取った途端に何かにぶっ飛ばされた。

 

「なんだろーねー」

「さぁ……」

 

 なんて誤魔化したけど、あれは微妙に記憶にある。

 凰さんの専用機に搭載されてる中距離戦の武装で、名前は確か…衝撃砲…だったっけ?

 詳しい原理とかは完全に忘れたけど、空気砲みたいな感じだった気がする。

 距離も威力も微妙だけど、見えないってアドバンテージがあるんだよね。

 看破しようと思えば、幾らでも方法はあるんだけど。

 そこら辺が少しだけ可哀想。

 

「完全に動揺してるね。見えない攻撃を当てられてるんだから無理も無いけど」

「おりむー…大丈夫かなー?」

「大丈夫なんじゃないの? 知らないけど」

 

 彼には『御都合主義』という最強の加護があるからね。

 主人公は絶対に負けないのだ。

 

「微妙ではあるけど、徐々に目が慣れてきたみたい。なんか回避率が上昇してきてる気がする」

「みたいだねー。さっきよりも被弾が減ってきてるねー」

 

 多分、観客の皆はこう思っているだろう。

『もしかしたら、もしかするのか?』…と。

 ところがぎっちょん。

 そうは問屋が卸さないんだよ。主に天災な兎さんがね。

 

「うぅ……」

「かおりん、大丈夫?」

「うん…来る前にちゃんと胃薬を飲んだんだけど……」

 

 なんとか耐えてたけど、流石に限界が来たかもしれない。

 ストレスでずっと胃が痛かったんだけど布仏さんの手前、頑張って我慢をしてました。

 

「ちょっとおトイレに行ってくるね…」

「分かった。気を付けてね」

「うん。ありがとう」

 

 この状況で布仏さんの傍を離れるのは不安しかないけど、今は背に腹には代えられない!

 私のお腹はもう限界だ!!

 目指すはアリーナの廊下にある女子トイレ!

 一刻も早く行くべし!!

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ジャー……。

 

「ふぅ……危機一髪。助かった……」

 

 決壊寸前だった私のお腹は、寸前の所で無事に中身の摘出に成功しました。

 これにて一件落着。第三部完!

 

「…なんだろ? 外が騒がしいような気が……」

 

 私がトイレの個室で孤独な死闘を繰り広げていた最中に何が起こったというの?

 考えられる可能性は二つ。

 一つは試合が盛り上がって観客が物凄く盛り上がって歓声がここまで響いている。

 もう一つは、原作通りに無人機が乱入して来てアリーナ全体が大パニックしている。

 一番望ましいのは一番目の選択肢だけど、そうじゃないんだろうなぁ…。

 

「念の為、そーっと覗くように扉を開いて…っと…」

 

 顔を半分だけ出してから廊下の様子を確認すると、そこには案の定な光景が広がっていた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

「そこどきなさいよ! 私が先よ!!」

「ちょ…後ろから押さないでよ!!」

「なんなのよぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 すぐに扉を閉めてからトイレに戻った。

 

「…めっちゃ混乱状態じゃない。完全に阿鼻叫喚モードになってるじゃない…」

 

 間違いない。無人機がやって来たんだ。

 じゃなきゃ説明が付かない。

 

「どうしよう…私も早く避難をしないといけないだろうけど…こんな状態じゃ下手に出て行ったが最後、確実に人の波に押し潰されてアウトだよ…」

 

 暫くの間、トイレの中でジッとしていた方がいいのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ポケットの中に入れているスマホに着信が入ってきた。

 

「こんな時に一体誰が…更識先輩?」

 

 急いで電話に出ると、あの人にしては珍しく焦燥に駆られた声が聞こえてきた。

 

『あ…出た! 佳織ちゃん無事ッ!? 今どこにいるのっ!?』

「わ…私なら無事です。今はアリーナ内にある女子トイレにいます」

『そう…良かったわ。さっき本音ちゃんに連絡をしたら、佳織ちゃんと一緒じゃないって聞いて慌てて電話をしたの』

「そ…そうだったんですね」

 

 私よりも先に布仏さんの方に連絡をしたって事は、少なくとも彼女は無事って事でいいんだよね?

 

「い…一体何が起きてるんですか? ちょっとだけトイレのドアから廊下の様子を見ましたけど、凄い事になってて…」

『私もまだ詳しい事は把握してないんだけど、どうも織斑君と凰さんとの試合中にいきなり上空から謎の黒いISがアリーナのシールドバリアーを破壊をして落下してきたのよ。で、今は二人が皆の避難までの時間を稼ぐ為に戦ってるわ』

 

 見事なまでに原作通り…か。

 知ってはいたけど、やっぱり実際に遭遇すると恐怖で手が震える。

 両手でスマホを支えてないと、今にも落としてしまいそうだ。

 

『取り敢えず、事態が落ち着くまではトイレで待機してて。見て分かったと思うけど、下手に出ると却って危険よ』

「は…はい。分かりました」

『私は虚ちゃんや先生達と一緒に避難誘導をしているから。本当は二人に加勢をしたいんだけど……』

「…先輩は先輩がするべき事をしてください。あの二人ならきっと大丈夫ですよ」

 

 だって、原作でもなんとかしてるし。

 

『…そうね。佳織ちゃんの言う通りだわ。生徒会長として、偶には後輩を信じてあげる事も大事よね』

 

 なんか都合のいいように解釈してくれたけど、今は緊急事態だから何も言わない。

 

『そろそろ切るわね。くれぐれも、そこから出ないようにね!』

 

 あ…本当に切れた。

 私もここにいた方が一番いいとは思うから異論はないんだけど。

 

「ま…また掛かってきた。今度は…布仏さんからだ」

 

 急いで出ると、布仏さんの慌てている声が受話器から聞こえてきた。

 更識先輩が彼女に連絡をしてから若干の時間が空いていたから心配だったけど、こうして通話が出来るってことは今はまだ無事って事でいいんだよね?

 

『か…かおりんっ!? 大丈夫ッ!? まだトイレにいるのッ!?』

「う…うん。私なら大丈夫だよ。布仏さんの方こそ大丈夫?」

『こっちは今から避難をするところだよ! 凄く混雑してて、出たくても出られないの!』

「そうでしょうね……」

 

 アリーナの混乱具合は、ここでも十分過ぎるぐらいに確認できたしね。

 廊下でこれなら、無人機を間近で見た観客席は推して知るべし状態になってて当然か。

 

「さっき更識先輩とも電話で話して、暫くはここでジッとしているようにって言われた」

『そうなんだ…』

「だ…だから、布仏さんは私に構わないで急いで避難して」

『うん! 絶対にまた後で会おうね! 約束だよ!』

「分かった。約束」

『それじゃあね!』

 

 通話が切れ、またもやトイレの中が静寂に包まれた。

 布仏さんの無事が確認できたことは大きいけど、まだまだピンチなことには変わりはない。

 

「……あれ? そういえば、急に静かになったような…?」

 

 もう皆、避難し終えたの?

 そう思って、確認の意味も込めて警戒しながらそっと扉を開ける。

 すると……。

 

「……え?」

 

 真っ黒な巨体を持つナニかの赤い目と視線があった。

 冗談抜きで血の気が引いた。

 

「…………」

 

 一瞬だけ体が固まった。

 状況が本気で飲み込めなかったから。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

 何も考えられず、なんでか私は扉を閉めて後ろに下がるよりも隙間から転がるようにして廊下に出た!

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!!

 どうしてコイツがここにいるのッ!?

 ステージで織斑君や凰さんと戦ってる筈じゃなかったのッ!?

 

 背後で何かが壊されたような大きな音が聞こえてきたから反射的に降り向くと、そこには巨大な鋼鉄の拳の一撃で粉々に破壊されたトイレの扉があった。

 

(も…もしも、あのままトイレの中に戻ってたら…確実に殺されてたっ!?)

 

 ガチガチと恐怖で歯を震わせていると、何か巨大な物がゆっくりと下がるような音が聞こえてきた。

 またもや反射的に音がした方を振り向くと、廊下と廊下の境目を遮断しようとしている巨大な壁が降りてきていた。

 その時、突如として私の頭の中にとある原作知識が思い出された。

 

(そういえば…無人機襲来の時、アリーナの隔壁が降りてきてたような気が…)

 

 ということは、このままジッとしてたら確実に閉じ込められるッ!?

 そうしたら最後、絶対にこの無人機に殺されるッ!!

 

(で…出なきゃっ! 急いでここから離れなきゃっ!!)

 

 こんな所でこんな奴と二人っきりなんて死んでも御免よっ!

 私は震える体を必死に起こしてから、今の自分に出来る最大の力で閉まろうとしている隔壁に向かって走る!

 幾ら無人機だと言っても、ここに閉じ込めてしまえば!

 

「間に合ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 最後の僅かな隙間に滑り込むようにしてから入って、スライディングをしながら超ギリギリのところで隔壁の向こう側へと移動することに成功した。

 思い切り倒れたから制服のお腹の部分が汚れたけど、そんな些細なことを気にしている場合じゃない。

 どうして無人機が私の目の前にいたのかは後で考えるとして、今は兎に角、更識先輩と合流するのが先決だ。

 あの人さえいればきっとなんとか……。

 

 なんて呑気な事を考えていた私の後ろで、何かがゴンゴンと隔壁を叩く音が。

 

「びにゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」

 

 慌てて後ろを振り向くと、隔壁が徐々に歪んでいき、数秒も経たない内に真ん中辺りから真っ黒な拳が突き抜けてきた。

 そこを起点にして黒い指が隔壁に開いた穴を広げていく。

 私が尻餅をついたまま後ずさりをしていると、穴は無人機の体がギリギリと通れるぐらいにまで大きくなって、当然のようにそこから這い出てきた。

 

「こ…来ないで…来ないでよ…! 私が何をしたって言うの…!」

 

 完全に詰み。

 死の一文字が頭を過る。

 これで終わり。終焉。

 元の日常に戻れないまま、私は死ぬんだ。

 

「い…いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 死にたくない!! 死にたくないよぉぉぉぉぉぉっ!! 誰か助けてぇぇぇぇっ!! 先せぇぇぇぇぇぇっ!! せんぱいぃぃぃぃぃぃぃっ!! 布仏さぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 黒く巨大な鋼鉄の死神がゆっくりと近づいてくる中、完全に頭の中がグシャグシャになって泣き叫ぶ。

 どうして、こうなっちゃったの?

 私…きっと気付かない所で悪い事をしちゃったんだ。

 それで罰が当たったんだ。

 いるだけで迷惑な転生者は絶対に死ぬ運命なんだ。

 もう…いいや。

 ごめんね…布仏さん…約束…守れないや……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『操縦者の生命の危機を感知。トールギスを緊急展開します(CV子安武人)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、トールギス起動。







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ライトニング・カウント(前編)

原初こそが最強にして頂点にして究極。

それを証明しに行こう。











 完全に死を覚悟して全てに絶望した佳織の体を、眩い光が包み込んでいく。

 生物ではない無人機には目暗ましにもなりはしないが、それでもこんな数秒の間だけ動きが止まる。

 

 アリーナにて一夏や鈴が交戦している無人機には、身動きしていない相手に反応しないという奇妙な特性があるのだが、佳織を狙って襲撃してきたこの機体に限ってはそれは無い。

 仲森佳織の生体反応を検知し、どこまでもそれを追跡するというプログラムが組み込まれているのだ。

 最も、極限の混乱に陥っていた佳織はその事を完全に忘れていたが。

 

「………!?」

 

 光が収束した途端、無人機のカメラアイに真っ黒な銃口がドアップで映し出される。

 これは一体何なのか。どこから出てきた物なのか。対象はどうしたのか。

 そんな事を分析しようとした瞬間、銃口の奥から光が放たれる。

 徐々に光は強くなり、やがて……。

 

「!!!!!」

 

 凄まじい咆哮と共に圧倒的かつ超絶的なビームの砲撃が放たれ、無人機の上半身を文字通り跡形も無く消し飛ばした。

 巨大なビームは既に閉じていた観客席と廊下を貫通し、そのまま観客席を覆っていたシールドバリアーをも易々と破壊する。

 その威力はまさに規格外。

 細い銃身からは想像すら出来ない程に強大な一撃だった。

 

 銃身からは煙が立ち上り、その後ろには緑色に怪しく光るセンサーアイが光る。

 ゆっくりと立ち上がった全身を鋼鉄に包んだ純白のISは、無残にも下半身だけとなってしまった先程まで自らの命を狙っていた漆黒の刺客の残骸を持って、アリーナへと空いた穴へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 第二アリーナ管制室。

 そこでは真耶が機器を操作しながらアリーナ全体の様子を探り、千冬が各種カメラを見ながら指示を出していた。

 

「織斑君と凰さん、苦戦しています!」

「ちっ…! 三年のシステムクラックはまだ終わらないのかッ!?」

「そちらも苦戦しているみたいですね…」

「一夏さん…鈴さん…!」

 

 画面の向こうでは、一夏と鈴の二人が謎の黒いISと交戦していて、その様子をセシリアが心配そうに見守っていた。

 本当ならば今すぐにでも現場に駆け付けたいが、アリーナの扉が全て強制遮断された状態では行きたくても行けない。

 三年生たちがどうにかして扉を開けてくれるのを待つしか出来ないのだ。

 

「あ…あら…? そういえば、箒さんは一体どこに…?」

 

 いつの間にか姿を消していた箒を捜すセシリアだったが、すぐにそんな事が気にならなくなる程に事態が急変する。

 その事に一番早く気が付いたのは、アリーナの各種センサーを操っていた真耶だった。

 

「こ…これはっ!?」

「どうしたっ!?」

「あの謎のISと同じ反応がもう一体! 恐らくはステルスで隠れ潜んでいたものかと……」

「なんだとっ!? 場所はどこだっ!?」

「これは…Bブロックの廊下にあるトイレ付近です!」

「トイレ付近だとっ!? そこには確か……まさかっ!?」

 

 千冬は頭の中で最悪の想像をしてしまった。

 つい先程、他の教師たちと一緒に生徒の避難誘導をしていた楯無から連絡を貰い、諸々の事を聞いていたのだ。

 そこで彼女はある事を教えて貰っていた。

 現在、佳織がトイレの中で一人隠れ潜んでいると。

 どうやら、トイレに行っている間に今回の事態に巻き込まれてしまったようで、そのまま出るに出られない状態に陥ってしまったのではないかと言うのが楯無の見解だった。

 

「まさか…仲森を狙っているのかッ!?」

「な…仲森さんをっ!?」

「理由は分からんが、そうとしか考えられん!!」

 

 一夏達の交戦する音で分かりにくいが、もう一体の反応があった付近で何かの破壊音がして、謎の機体が暴れているのが一発で分かる。

 

「くそ…最悪だ…!」

 

 佳織は確かに専用機を持ってはいるが、本人はISに乗る事を怖がっている上に、碌に搭乗訓練すらもしたことが無い素人中の素人だ。

 戦力として期待するのは余りにも酷すぎる。

 現状、彼女は何の力も無い一般生徒と大差ないのだ。

 

「まだ扉は閉まったまま…織斑君達も苦戦を強いられていますし…!」

「更識を向かわせたいところだが…まだ完全に避難が完了していない以上、あの場からは離れられない…!」

 

 万事休す。

 この状況をどうにかする方法が全く思いつかない。

 一夏達が今すぐにでも謎の機体を撃破して、その後に佳織の救助に行ってくれるのが一番の理想なのだが、現実はその甘い考えを真っ向から否定してくる。

 

「…オルコット」

「は…はい!」

「貴様のISのレーザーライフルを最大出力にすれば、アリーナの扉ぐらいは破壊できるな?」

「勿論ですわ!」

「…責任は私が全て取る。緊急事態故に特別にISの展開を許可する。今すぐにBブロックのトイレ付近まで急ぎ仲森を救出しろ!」

「い…一夏さんたちの援護に行くのではないのですかっ!?」

「馬鹿者が!! 貴様も代表候補生ならば優先順位を間違えるなっ!! アイツ等はISを纏っている限り死ぬことは無い! だが仲森は違う!! 全く同じ物に生身の状態で狙われているんだぞ!! 一歩間違えば確実に死ぬ!! 貴様はクラスメイトを見殺しにする気かッ!?」

 

 これまでに一度も見た事が無い程の鬼気迫る表情に怒号。

 それ程までに千冬が焦っているという証拠でもあった。

 

「もしこの場にISがあれば、貴様に頼らずに私が直に行っている。だが、生憎と格納庫への扉すらも閉じてしまっている。だから、お前に頼むしかないんだ!!」

「わ…分かりましたわ。余り気のりはしませんが…行きます」

「それでいい。今、目的地までの最短ルートを検索して…」

 

 その時だった。

 突如、反応があった所から巨大なビーム射撃が放出され、その威力で閉じていた扉どころかアリーナのシールドバリアーすらも貫通したのだ。

 

「い…今のは…まさか…!」

 

 遅かったのか。

 そう言いかけた千冬だったが、明らかに普通じゃない真耶の顔を見てから言うのを止めた。

 

「こ…この反応は…まさか…!」

「ど…どうした?」

「型式照合…間違いありません!」

 

 ビームが発射された場所から悠然と出現したのは、千冬も真耶もよく知っている全身が真っ白に染まったISだった。

 

「ト…トールギスです!!」

「そんな馬鹿なッ!?」

 

 あれだけ乗るのを嫌がっていたISに佳織が乗っている。

 幾ら緊急事態とはいえ、それが信じられなかった。

 千冬は知っている。自分の腕の中で『怖い』と言いながら体を震わせ泣いていた佳織の姿を。

 

「…くそっ!!」

 

 思わず近くにあった壁を殴る。

 その拳から血が出ても全く構う事無く。

 

(私は誓った筈だ…! ISの…大人の理不尽の犠牲となった仲森を必ず守ると!! それなのに!! それなのに私は!! 結局はあいつをISに乗せてしまっている!! 私は…私が憎い…!!)

 

 久し振りに己の無力さに心の底から腹が立っている。

 どうして自分はいつもいつも、肝心な時に限って何も出来ないのか。

 第二回モンドグロッソの時も。今回の事も。

 どれだけ悔やんでも悔やみきれない。

 

「…さっきのビームは…トールギスから放たれた物なのか…?」

「恐らくは…。謎の機体が放っているビームとは色が違いますから…」

「アリーナのバリアすらも簡単に破壊する程の威力…! 委員会の馬鹿どもは、仲森にとんでもない機体を与えたようだな…!」

 

 平穏を望む少女には明らかに過剰すぎる力。

 委員会の身勝手さに本気で腹が立つ。

 

 一方、全く状況が飲み込めないでいるセシリアは、思わずモニターを見て叫んだ。

 

「あ…あの機体が動きますわ!」

 

 ビームにて赤熱化した扉から出てきたトールギスは、その左手に何か残骸のような物を抱えていた。

 最初はそれが何なのかよく分からなかったが、真耶の分析によってすぐに判明する。

 

「あの手に持っている物は…あの機体の残骸…?」

「ま…待ってくださいまし! 一夏さん達が未だに攻めあぐねている程の者と同じ相手を一撃で倒したというんですのッ!? しかも、あの感じはまるで…」

「下半身だけになっているにも拘らず…血が一滴も滴っていない…。それどころか、至る所からコードやら部品やらが露出している…まさかあれはっ!?」

「無人のIS…! そんな物が存在するなんて…!」

 

 誰もが一度は夢想し、実行に出来ないでいた次世代の産物。

 それが目の前に実在し、無力と思われていた教え子によって撃破されている。

 余りにも現実味のない光景に、誰もが言葉を失った。

 

「ということは、一夏さん達が戦っているISも無人なんですのッ!?」

「その可能性が高いですね。それならば、あの無茶苦茶な動きや性能も納得できます」

 

 無人機最大の長所は、有人機の時のような機体の安全性を全く考慮しなくていい点と、コックピットの分だけスペースが空くので、その部分に追加で色々と載せる事が出来る点だ。

 これが超一流相手ならば、そのような要素はハンデにすら値しないが、まだまだ発展途上にいる一夏と鈴にとってはこれ以上ない程に強大な相手となっていた。

 

「トールギスが腰を低くして…もしかしてっ!」

「ステージまで飛ぶ気かっ!?」

 

 トールギスの背部にある巨大なバックパックの左右が展開し、そこから更に上下に装甲が開く。

 そこからは二対三基の巨大なブースターが出てきた。

 

「仲森…頼む…! 無茶だけはしないでくれ…!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 アリーナのステージ内にて謎の機体もとい無人機と交戦中の一夏と鈴の二人。

 だが、突如として放たれた巨大なビームに目が行って動きを止めてしまった。

 

「な…なんだっ!?」

「今のって…ビーム攻撃ッ!? 一体どこからっ!?」

 

 急いでビームが発射された場所を探す二人。

 その間、動きを止めてしまっているので無人機もその機能に従って動きを止めていた。

 

「お…おい鈴! あそこっ!!」

「白い…IS…?」

 

 一夏が指さした場所には、哀れな姿となった無人機を抱えたトールギスが悠然と立っていた。

 その姿はまさしく敵を討ち取った騎士の如く。

 

「何よ…あれ…!」

「なぁ…アイツ、なんか持ってないか?」

「え?」

 

 トールギスが持っていたのは、二人が戦っている相手に似ている残骸。

 下半身だけにはなっているが、実際に戦っている二人にはすぐに分かった。

 

「まさか…あいつが倒したって言うの…?」

「俺達が二人がかりでもまだ倒せてない奴を…たった一人で…?」

 

 驚いている間に、トールギスは腰を低くしてからの飛行体勢に入る。

 巨大なバックパックが展開し、ブースターに火が点く。

 

「く…来るわよっ!」

 

 鈴が叫んだ瞬間、トールギスは最大出力でステージへと向かって突っ込んできた!

 通常ならば観客席を覆っているバリアによって阻まれるところだが、つい先程のビームの一撃によって空いた穴から出ようとしているので問題は無い。

 それよりも驚くべきなのは、その信じられないような速度にあった。

 

「は…速すぎるッ!? 何なのよアレはッ!?」

 

 そう叫んでいる間にトールギスは一夏達の真上…即ちステージ上空に到着していた。

 トールギスが発進してから一秒も経過していない。

 

「こ…こっちに来るぞっ!」

「なんか肩にある大砲みたいのを向けてる…? そうか!」

 

 何かを察したのか、鈴はすぐに一夏へと向けて警告をする。

 

「一夏! そこでジッとしてなさい! 絶対に動くんじゃないわよっ!」

「何言ってんだっ! 避けなきゃ当たっちまうだろっ!」

「いいから言う事を聞きなさい!」

 

 言われた通りにジッとしていると、トールギスは超高速飛行をしながら主武装であるドーバーガンを無人機へと向ける。

 その際、ちゃんとカートリッジを交換する事も忘れない。

 無人機も自分が狙われている事を瞬時に察して回避行動をしようとするが、それよりもトールギスが引き金を引くのが早かった。

 

「う…撃ってきた!…けど、こっちを狙ってない…?」

「やっぱりね…!」

 

 その場でジッとしている一夏と鈴の間を縫うようにして器用にドーバーガンの実弾を連射する。

 あくまで牽制のつもりなのか、無人機のは殆ど命中してはおらず、何発かが腕部や脚部に当たっただけだ。

 だが、まるで雨霰のように降り注ぐ弾幕に無人機は上手く動く事が出来ずに立ち往生してしまう。

 その隙を狙い、さっきからずっと左手に抱えていた残骸を全力で投擲した!

 

「「な…投げたッ!?」」

 

 普段ならば容易に避けられる鉄の塊の投擲であるにも拘らず、牽制攻撃によって一瞬だけ反応が遅れた結果、その一撃を真正面から受けてしまうことに。

 

 その大き過ぎる隙を見逃す筈も無く、円形のシールド内に格納されているビームサーベルの柄を握りしめながら突貫。

 一瞬でよろめいている無人機の懐へと潜り込み、まるで居合斬りのようにすれ違いざまに一閃。

 光の刃が煌めき、刹那の瞬きの間に無人機の両腕が切断された。

 

「い…一瞬で…!?」

「攻撃する瞬間が全く見えなかった…!?」

 

 それは紛う事無き絶技。

 ISのハイパーセンサーを以てしても捉えられない程の速度の剣技だった。

 

 両腕を斬り飛ばされよろめいた無人機の背後で、トールギスは右手に握っていたビームサーベルを盾の中へと戻しながら流れるような動作で再びドーバーガンを握りしめる。

 その銃口は無人機の背中に向けられ、最初の時と同じようにビームの光が収束していく。

 それを見た鈴は、今度はさっきとは真逆の事を叫んだ。

 

「これは…! 一夏!! 早くここから離れるわよ!!」

「それは流石に分かる!」

 

 一夏にもビームが集まっているのが見えたのか、二人は残ったエネルギーを全部出す勢いで、その場から離れた。

 

 まるで二人が離れたのを確認したようなタイミングで、トールギスはそのトリガーを引いた。

 

「!!!???」

 

 別の任務を与えられた同胞と同じように、アリーナにて猛威を振るっていた無人機はドーバーガンのビームの一撃の前に下半身だけを残したまま跡形も無く消し飛んだ。

 そのビームの威力は相変わらず凄まじく、無人機を屠った後も前進を止めず、そのままアリーナの天井を覆っていたシールドバリアーを破壊してから青空の向こうへと消えていった。

 

「お…終わった…の…?」

「そうみたい…だな…」

 

 正直、今回の一番の当事者である一夏と鈴の二人には本当に何が起きているのか分らなかった。

 試合をしていたと思ったら、いきなり謎の機体が現れて襲撃を受け、それを応戦していたら今度はまた別の謎の機体が出現、呆気なく敵を倒してしまった。

 

「ま…まさか、今度は俺達とか言わないよな…?」

「そうならない事を祈りたいけどね…」

 

 無人機を撃破してからトールギスは自分が出てきた場所をじっと見つめている。

 こちらなど全く眼中には無いといった風に。

 

 一体どうすればいいのか考えていると、いきなり二人に向けて千冬からプライベートチャンネルが送られてきた。

 

『お前達、無事かッ!?』

「ち…千冬姉ッ!?」

「こっちなら大丈夫です。それよりも……」

『分かっている。心配するな。あの機体は味方だ』

「「味方…?」」

 

 二人が疑問に感じていると、トールギスは徐に飛び上がって自分が出てきた穴へと戻って行く。

 今度はそこまで速度を出していないようだが、それでも並のISよりも桁違いのスピードを出していた。

 

『ま…待ってくれ! もう大丈夫だ! 仲森っ!!』

「な…仲森って…もしかして仲森さんなのかッ!?」

「嘘でしょ…? なんで佳織があんなのに乗ってるのよッ!?」

 

 二人の疑問に答えることなく、トールギスは自分が来た場所へと姿を消した。

 勿論、それを見て何も行動をしない二人ではなく。

 

「一夏、行くわよっ!」

「あぁっ! 仲森さんに色々と聞かないと!」

 

 まだISが動くことを確認してから、二人はトールギスを追い駆けてアリーナに開いた穴へと飛び込んでいった。

 その中で目撃したのは……。

 

「はぅぅ……お鼻ぶつけた……」

 

 鼻血を出しながら鼻を押さえ、床に女の子座りをした状態で目尻に涙を溜めている佳織の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




次回は今回の舞台裏。

何がどうして今回のようになったのか。





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ライトニング・カウント(後編)

今回は、トールギス無双の影にあった真実の一片をお見せします。

あの時、佳織はどうしていたのでしょうか?







 時間は少し遡り、無人機襲来直後。

 

 突如として出現したもう一機の無人機の襲撃を受けた佳織。

 絶体絶命の危機に陥った…その時、彼女に与えられた専用機『トールギス』が緊急展開をして彼女の身を守った…までは良かったのだが、当の本人はその事に全く気が付いていなかった。

 何故なら……。

 

「は…はぅぅ~……」

 

 無人機に狙われる&トールギスの起動という死亡フラグがダブルで立ってしまったせいで、佳織はトールギスの中で白目を剥いて気絶していた。

 そんなトールギスのコックピット内部では、ある音声アナウンスが流れていた。

 

『トールギスの起動および登録搭乗者『仲森佳織』の存在を確認。これより、超高性能自動戦闘操縦殲滅成長システム『ゼクス』(CV子安武人)と…』

『搭乗者絶対完全完璧安全防護生命健康維持システム『トレーズ』(CV置鮎龍太郎)を起動します』

 

 当然だが、気絶をしている佳織には全く聞こえていない。

 

『『ゼクス』は、搭乗者に変わり全自動で全ての操縦と戦闘を行う代替システムであり、戦闘を繰り返すごとに成長をしていきます。(CV子安武人)』

『『トレーズ』は、搭乗者の体を完全完璧に防護し、例え全ブースターを最大出力にして超高機動戦闘をしたとしても、搭乗者には一切のGや揺れを感じさせずに快適な乗り心地をお約束します。(CV置鮎龍太郎)』

 

 くどいようだが、佳織には聞こえていない。

 

『なお、この両システムはISコアの最深部に秘匿されているシステムであり、外部からの解析では一切検知出来ないようになっています。(CV子安武人)』

『両システム稼働中はトールギス内は完全防音状態となっており、中から外部への会話手段はプライベートチャネルのみに限定されます。(CV置鮎龍太郎)』

 

 何度も言うようで申し訳ないが、佳織には聞こえていない。

 

『それでは、これより自機前方に存在する生命反応無検知の無人の敵機の破壊を開始します。ドーバーガン…セット。(CV子安武人)』

 

 もう一度言うが、佳織には以下略。

 

 一通りの説明を終えた後にアナウンスは終了し、佳織の意志とは全く関係なくトールギスは勝手に動き出し、右肩に懸架してあるドーバーガンを装備してから、その銃口を目の前にいる無人へと向け、そのまま容赦なくトリガーを引いた。

 

「!!!!!」

 

 少しでも距離が離れていれば回避も出来ていたかもしれないが、ほぼゼロ距離に近い今の状況ではそれも不可能であり、凄まじいまでのビームの一撃によって上半身を呆気なく消し飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 その後も自動操縦によるトールギスの無双は続いた。

 凄まじい速度でアリーナへと駆けつけ、圧倒的な戦闘力をまざまざと見せつけた。

 因みに、管制室から抜け出して密かに放送室へと向かい、愛しの一夏へと向けて激励の言葉を送ろうとしていた箒ではあったが、トールギスの圧倒的な力を目の当たりにして文字通り言葉を失って立ち尽くしていたという。

 

 無人機との戦闘が終了し、後は安全な場所へと退避してから専属パイロットである佳織を降ろすだけとなった。

 だが、そこで千冬や一夏、鈴の声によって引き留められる。

 

『ま…待ってくれ! もう大丈夫だ! 仲森っ!!』

「な…仲森って…もしかして仲森さんなのかッ!?」

「嘘でしょ…? なんで佳織があんなのに乗ってるのよッ!?」

 

 その疑問は尤もではあるのだが、未だにトールギスの中で気を失ったままでいる佳織には答えようがない。

 結果として三人の言葉を無視する形となり、そのままトールギスは最初出てきた場所へと戻って行き、一夏と鈴の二人はそれを追いかけていくこととなった。

 

 最初に襲われたトイレ付近に着地をしたトールギスは、膝立ちの状態から自動的に機体が解除され、半ば地面に放り出されるように解放された。

 その際に着地に失敗をして、そのまま床に向かって顔面アタック。

 流石に待機形態では安全機能も働かないのか、起き上がった時には鼻から血を流していた。

 皮肉にも、その衝撃で彼女は目が覚めたのだが。

 

 そして、その直後に一夏と鈴が駆けつけて今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 あ…あれ? 私今まで何をして…あれぇ~?

 なんか鼻が痛いし、激しい運動をした後みたいに全身が疲れてるし…本当にどーゆーこと?

 全く状況が把握出来ないんですけど?

 

「はぅぅ…お鼻ぶつけた…」

 

 って…うわぁッ!? ちょ…鼻血出てるんですけどッ!? なんでっ!?

 さっき顔面に何かがぶつかるような衝撃があったけど、もしかしてそれが原因…?

 

「か…佳織っ!」

「仲森さんっ!」

「はわっ!?」

 

 い…いきなり後ろから声を掛けないでよ! 本気でビックリするじゃない!

 ん? よく見たら凰さんと織斑君?

 しかも、ISなんか装備しちゃって、一体どうして……。

 

「……あ」

 

 お…思い出した…!

 今日はクラス対抗戦で、私がトイレに行っている間に原作通りに無人機が襲い掛かってきたんだけど、なんでか無人機がもう一体あって、それがどうしてか私の事を目の敵にしてて、そして……。

 

(そして…どうしたんだっけ?)

 

 そこからの記憶が妙に曖昧な気がする。

 すっごく怖い思いをしたことだけは覚えてるんだけど…。

 

「ちょ…大丈夫? 鼻…血が出てるわよ?」

「あ…うん。大丈夫。問題無い」

「で…でも、制服にも血が付いてるぞ?」

「うそ……」

 

 はぁ…後で洗濯しないと…。

 血の染みって洗剤で落ちるのかな…?

 

(手が震えてる…。まだ頭がボーっとしてるからあれだけど、もう少しして冷静になったりしたら、一気にあの時の恐怖が襲い掛かってきたりするのかしら…。それは…イヤだな…)

 

 ポケットの中にティッシュとか無いかなと探してみたけど、そんな物はどこにも無かった。

 仕方ないので、ダメ元で目の前の二人にも聞いてみよう。

 

「ねぇ…どっちかかティッシュって持ってない?」

「この格好で持ってると思う?」

「ですよね……」

 

 寧ろ、ISスーツ姿で持ってたら凄いって思うわ。

 普通にビックリ仰天人間だよ。

 

 仕方がないので、膝に手を付きながら立ち上がろうとすると、立ち眩みなのかフラっとして体勢が崩れそうになった。

 その時、誰かが私に向かって走って来て優しく抱きしめてくれた。

 

「仲森っ!!」

「ふぇ…?」

 

 それは織斑先生だった。

 全力疾走をしてきたようで、肩で息をしていた。

 なのに、私の事を第一に考えてくれているようだった。

 

「すまない……お前を守ると言っておきながら…何も出来なかった…!」

「あぁ~…」

 

 それってもしかして、あの無人機の事を言ってる?

 いや、あれに関しては殆ど事故…いや、犯人はハッキリとしてるんだし人災か。

 どっちにしても先生は何も悪くないでしょ。

 

「大丈夫ですよ」

「仲森…?」

「何も出来なかったって言ってるけど、こうして私の事を支えてくれてるじゃないですか。私的にはそれだけで十分過ぎますよ。ありがとうございます、織斑先生」

「それはこちらの台詞だ…ありがとう…仲森…。お前の勇気に私達は助けられた…」

 

 勇気? なにそれ?

 別に私はGストーン内蔵のサイボーグじゃないし、かといってエヴォリューダーでもないし。

 どこにでもいる普通の女子高生ですよ?

 

「そ…そうよ! 佳織! さっきのあの白いISはなんだったのっ!? アンタが専用機を持ってるだなんて全く聞いてないわよっ!?」

「あー…それはー……」

 

 言っていいのかな~? 私からじゃ上手に説明出来る自信もないし…。

 

「仲森が専用機を持っている事は学園内でも機密扱いとなっている。仲森は何も悪くない」

「機密って…どうして佳織がそんな……」

 

 そうだよね。そりゃ意味不明ですよね。

 つーか、トールギスの事って機密扱いなんだ。初めて知った。

 

「だが、見られてしまった以上は説明をしない訳にもいくまい。無論、誰にも話さないと約束して貰うがな」

「いいんですか?」

「こうなったら仕方があるまい…」

 

 それもそっか。

 ここから下手に誤魔化しても逆効果なのは目に見えてるもんね。

 

「ところで仲森。お前からも少しだけ聞きたい事がある。お前がトールギスを展開して戦うまでの間、何をしていた。トイレに半ば閉じ込められるような事になっていた事は更識から聞いていたが…」

 

 あぁー…会長さんからそこまでは聞いているんだ。

 だったら話は早いかも。

 

「えっとですね……」

 

 そこから私は、トイレの中でジッとしている最中に廊下が静かになって、少しだけ様子を見ようと扉を開けたら例の無人機がいた事、そこから必死に逃げた事を説明した。

 

「それは、お前の事を追い駆けてきたんだな?」

「は…はい。混乱してて記憶が曖昧なんですけど……」

「無理もあるまい。あんな不気味な奴に生身の時に追い掛けられたら、誰だって混乱で頭が真っ白になる」

 

 私の場合は真っ白じゃ済まないんだけど。

 下手したら真っ赤に染まってたかもね。あっはっはっ……はぁ…。

 

「だが、まさか仲森があそこまで戦えるとは想像していなかった。あの動きはまるで国家代表クラスを彷彿とさせたぞ?」

「そ…そうなんですか…?」

「覚えてないのか?」

「なんか…全身を滅茶苦茶に動かしてたような感じはあるんですけど…それもまた曖昧と言いますか…」

「そうか……」

 

 実際にはそんな『感覚がした』ってだけなんだけど。

 だって、本当はいつの間にか全部が終わってて、壊れたトイレの前で鼻血を出して倒れてたんだから。

 冗談抜きで何があったのかマジで知りたい。

 

「佳織ちゃん! 無事だったのね!」

「更識先輩…」

 

 今度は更識先輩と虚先輩がやって来た。

 二人もまた汗を掻いていて、ここまで走ってきたのが伺えた。

 

「あの…布仏さんは…」

「本音なら無事に避難しました。最後まで仲森さんの事を心配していましたよ」

「そうですか…よかった…」

 

 後でちゃんと謝らないとね。

 一人で怖い思いをさせてゴメンって。

 

「取り敢えず、今日の所は解散して休め。分かっているとは思うが、今回の事は口外するなよ? 一応、念の為に箝口令が出されるとは思うが」

「「「分かりました」」」

 

 織斑先生に支えられながら、なんとか立ち上がってから、更識先輩からティッシュを貰って鼻血を拭く事が出来た。

 先生のスーツに血が付いてないか心配したけど、どうやら大丈夫だったみたい。

 

「あの…織斑先生。実は報告することが…」

「どうした?」

 

 なんか後ろで織斑先生と更識先輩がコソコソ話をしてるけど、私には聞こえてますからねー。だからといって何も言わないけど。

 

「ここに来る直前、実は本家の方から連絡が来て…トールギスの事に付いての調査が完了したと」

「なに…?」

 

 トールギスに付いての調査が終わった?

 一体アレの何を調べたのかしら?

 

「もしよろしければ、この後にでも……」

「分かった」

 

 まぁ…ここは気付いてない振りをしたほうがいいよね。

 変な厄介ごとには巻き込まれたくはないし。

 

 布仏さんの所に行った後、ゆっくりと休みましょー。

 

 因みに、管制室に置いてきぼりにされたオルコットさんは後でトボトボと一人で帰ってきたらしく、原作通りに放送室に無断で行った篠ノ之さんは織斑先生にめちゃくちゃに怒られたらしい。自業自得だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、トールギスの秘密(?)と例の兎さんが…?






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もう一つの白騎士

今回は勘違いを促進させる…かも知れない説明会&兎さん視点。

彼女は何を思って行動したのか?









 クラス対抗戦中に突如として発生した『無人機乱入事件』が終結し、佳織や一夏、鈴を初めとした生徒達は体を休めるために一足先に寮へと戻させ、楯無によって呼ばれた千冬は生徒会室に足を運んでいた。

 

「あら? 山田先生はどうしたんですか?」

「彼女ならば先に例の『地下解析室』に行って貰っている」

「佳織ちゃんが倒した無人機の残骸を調べる為ですね」

「そうだ。最も、二体揃って上半身が消し飛んでいるから、碌な情報は出てこないだろうがな」

「でしょうね。確実にISコアは消滅してるでしょうし」

 

 楯無も避難誘導をしながらトールギスの無双は見ていた。

 現行のISでは有り得ない程の機動性と加速力、そして攻撃力。

 昔とは違い、今のISは『競技用』としての側面が強いので、殺傷力の高い武器なんて無用の長物なのだ。

 

「それで? 隠蔽されていたトールギスの事が判明したという話だが…」

「はい。避難誘導が少し落ち着いてきた時、虚ちゃんのスマホに布仏の本家が行っていた調査結果が送られて来たんです」

「そうか。お前はもう見たのか?」

「一応は。正直、我が目を疑いましたけど」

 

 千冬の前に紅茶を置いた虚に向けて目配せをし、説明をしてくれるように頼む。

 IS学園整備班の筆頭である虚の方が自分よりも詳しく説明できると踏んだからだ。

 

「OZ-00IS トールギス。一言で言えば、これは間違いなく『化け物』です」

「化け物…だと?」

 

 千冬からしても非常に高い性能を持っているように見えたが、それでも『化け物』と言えるようには思えなかった。

 だが、虚程の人物がそこまで断言すると言うことは、そこにはそれだけの確固たる理由が有る筈だ。

 

「順番に説明をします。まず、織斑先生にはトールギスが第何世代機に見えましたか?」

「第三世代機…じゃないのか?」

「残念ながら違います。トールギスは……」

 

 楯無の隣に座り、自分の分の紅茶を一口飲んでから、静かに答えを言った。

 

「…第一世代機です」

「なんだとっ!?」

 

 信じられない。信じられる筈が無い。

 第一世代と言えば、まだISに対する知識や技術がまだまだ未熟だった時代の頃に産み出された機体群。

 今あるISとは比較にすらならない程に性能が低い筈だ。

 なのに、実際にこの目で見たトールギスの性能は現行のISすらも軽く凌駕するほどの超性能を発揮していた。

 

「しかも、ただの第一世代機ではありません。あの機体は…最初期に産み出されたISなんです」

「最初期とは…どれぐらいの頃を指している?」

「…白騎士事件の直後…と言えば分かり易いでしょうか」

「そんな…ばかな…!」

 

 白騎士事件のすぐ後なんて、それこそISと言う呼称すらもまだ世間に浸透していない時代だ。

 一部の専門家たちしかISの存在を知らなかったような頃に、あんな高性能機が生み出されていた。

 千冬でなくても俄かには信じられない。

 

「白騎士事件の後、篠ノ之博士によってISが発表されました。各国家群に製造方法不明のISコアが規定数ばら撒かれ、そこから色んな国々が自分達のISを生み出そうとした…訳ではありません。当時の科学者たちと言うのは、どうやら私達が思っている以上に慎重だったようです。その慎重さが完全に裏目に出てるんですけど」

 

 いつも冷静な虚が苦々しい表情をしている。

 それだけで、トールギスという存在が普通では有り得ないような経緯で生み出されたことが伺える。

 

「ISの発表がされた後、世界中の名立たる科学者たちが一堂に会し、自分達の国や個人の持つ頭脳を総結集させ、まずは一機のISを試作してみようという事になったようです」

「そんな事になっていたとはな…。賢明な判断だとは思うが…」

 

 まさか、自分達の知らない所でそんな大々的な事が起きていたとは。

 暗部が調査をしなければ分からない程に隠蔽されたことなのか。

 

「その中でも特に優れた6人の科学者たちが筆頭として活躍したようです」

「6人の科学者?」

「日本から派遣されたビーム兵器技術の天才科学者『ドクターJ』。アメリカから派遣されたステルス技術の最高権威『プロフェッサーG』。イタリアから派遣された火器管制技術者の頂点に君臨する『ドクトルS』。アラブから派遣されたコクピットシステムの第一人者『H教授』。中国から派遣された機体駆動技術の生みの親『老師O』。そして、推進器、姿勢制御装置のプロフェッショナルの『ハワード博士』。この6人です」

 

 いずれの名前も全く知らない。

 楯無や虚だって、今回初めて名前を知った者達ばかりだ。

 

「世界中の科学者たちの中でも、この6名の持つ技術は完全に別次元の領域だったようで、通常では絶対に考え付かないようなISを設計、開発したそうです。それが……」

「トールギス…か」

「はい。あのトールギスのカタログスペックが意図的に隠蔽されていた理由も、それでハッキリしました」

 

 どこからか取り出した端末を操作し、ある画面を出してから千冬に向けて差し出した。

 

「トールギスは…人間が乗る事を全く想定していません。あらゆる矛盾を全て力技で解決しているんです」

「これは…!?」

 

 画面を見て、千冬は目を見開きながら絶句した。

 トールギスの性能は、どう考えても第一世代機のそれではなかったからだ。

 

「幾つもの装甲を重ねる事で圧倒的な防御力を得ることに成功しますが、そうなると今度は機動性や運動性に難が出る。ならば、それを補って余りあるほどの超高出力を誇るブースターを装備させて、無理矢理に重量以上の大出力を叩き出す大技を施す。そこへ更に、第二世代の量産機程度ならば複数纏めて一撃で葬れるほどの威力を持つ超出力の射撃兵装『ドーバーガン』を装備して攻撃力も抜かりが無い。ドクターJの持つ技術によって、今でもまだ搭載が困難とされている『ビーム・サーベル』を完璧な形で持たせていますし…」

「滅茶苦茶だな…!」

「でしょうね。なんせ、トールギスの開発コンセプトは『究極の攻撃力と無敵の防御力と最強の機動力を組み合わせ、白騎士を自分達の手で再現する』だったそうですから」

「白騎士の再現…だと…!?」

 

 つまり、トールギスとは束が全く関与していない形で生み出された『もう一つの白騎士』という事になる。

 他の者達がトールギスを白騎士に似ていると錯覚するのも当然の事だったのだ。

 

「結果として、トールギスは世界で一番最初に産み出された第一世代機であるにも拘らず、今存在している第三世代機すらも完全に圧倒する程の性能を有してしまった…」

「だけど、その強大な力の代償は非常に大きかった…」

「それが、さっき言った『人間が乗る事を全く想定していない』…と言う言葉に繋がるのか?」

「そうです」

 

 少し冷えかけた紅茶で喉を潤してから自分を落ち着かせ、虚は話を続ける。

 ここからは自分でも言葉に出すのが辛いから。

 

「トールギスは…最大出力で稼働した場合…一瞬で15Gにまで達してしまうのです」

「じゅ…15Gだとっ!? そんな馬鹿な事があるかっ! トールギスにはPICが搭載されていないのかッ!?」

「いえ…ちゃんと搭載されています。PICを最大に稼働させて15Gまで『軽減』されているんです。旋回性能もラファールの軽く三倍はあるみたいで、その気になれば鋭角的な動きすらも可能だとか」

「…狂っている…!」

 

 苦々しく呟く千冬だったが、そこである事を思い出す。

 

「ちょっと待て…仲森はトールギスをまるで手足のように操っていたぞ! あれはどういう事だっ!?」

「それは分かりません。考えられることがあるとすれば……」

「仲森が15Gという圧倒的な負荷に普通に耐えてみせていた…のか…?」

「普通では絶対に信じられませんが、それしか有り得ません」

「さっきの佳織ちゃんは、鼻血を出していたけど…」

「15Gの負荷を受けても鼻血が出る程度で済んだ…という事なんでしょうか…」

 

 それこそ絶対に有り得ない。

 普通の人間が15Gなんて威力を受ければ、即座に全身が潰れてしまうのがオチだ。

 

「当時、幾人ものテストパイロットが搭乗したそうですが…いずれも帰らぬ人になったらしいです」

「当たり前だ…!」

「良くて瀕死の重傷か致命的な障害を残し、最悪の場合は死亡しています。そんな事になったせいか、結局トールギスは試作機を一機だけ製造し、後は幾つかの予備パーツを残してから何処かへと封印されたそうですが…」

「その封印が何者かの手によって解かれ日の目を見て、仲森に手に渡った…のか…」

 

 なんという数奇な運命。

 『もう一つの原初』が自分の教え子の専用機になるとは。

 特に千冬にとっては因果を感じられずにはいられない。

 

「現代に存在している全てのISは、いずれも何らかの形でトールギスの技術を応用、デチューンされた機体だと言えます」

「本当の意味での『全てのISの原点』ってワケね…」

「原点にして頂点とはよく言ったものだが…」

 

 それの法則がISにも当て嵌まるなんて思わなかった。

 自分の教え子がそれを乗りこなしているのだから質が悪い。

 

「普通に機体自体を調査しても、この過剰な性能は分からなかったでしょうね。私も実際に見て思いましたが、見た目だけは非常に完成度が高い事を除けば、よく知っている全身装甲のISでしたから」

「仲森から回収するべきか…?」

「それは拙いかもしれません。トールギスの事は分かりましたが、まだ誰が佳織ちゃんをストーキングをしてトールギスを用意したのかまでは判明してませんから」

「下手に動けば却って仲森が危険になるか…」

「委員会から用意された機体である以上、定期的に稼働データを提出しないといけないでしょうし、そこからこちらが佳織ちゃんから機体を回収していることがバレてしまう危険性があります」

「前途多難…か…。どうしてアイツばかりがこんな…!」

 

 佳織は何もしていない。

 ごく普通の日常を送っていただけだ。

 悪意ある第三者とISによって、その日常が無残にも壊された。

 

「佳織ちゃんを生徒会に入れた事は本当に正解だったかもしれないわね…」

「そうだな。教師と言う立場上、どうしても思うように身動きが取れない状況もある。その時は仲森の事を頼む…」

「分かっています。私達にとっても佳織ちゃんは大切な後輩であり、生徒会の仲間でもありますし…」

「仲森さんは本音とも仲良くしてくれています。困っている妹の友人を助けない理由はありません」

「助かる…」

 

 千冬も改めて決意が固まった。

 これからはもう絶対に間違えたりはしない。

 必ず佳織を守ってみせると。

 

「それと、いつか機会を見て学園の設備を使って佳織ちゃんのIS適性をもっと詳しく調べた方がいいかもしれません。あの異常なまでのGに普通に耐えてみせたというのがSランク故だとしても、そう簡単には納得できませんし」

「私もそれが良いとは思っていた。あくまで仲森がSだと判定されたのは簡易的な機器によってのみ。もっと詳細に調べれば、あるいは……」

 

 千冬、楯無、虚は揃って同じことを考えている。

 佳織の真の適性値はS程度では収まらないのではないかと。

 本来、ISの最高ランクはSなのだが、実は密かにその『先』が確認されているのだ。

 未だに一人も確認されていないが、本当の意味での最高ランクは『SSS』となっている。

 因みに、千冬は『SS』ランクである。

 

「一先ずはここまでにしよう。お前達も疲れているだろう。今日はゆっくりと休んでくれ」

「分かりました。これから織斑先生はどちらに?」

「山田先生の所に行く。無人機の分析結果を聞かなければいけないし、ここで話したことも伝えないといけんしな…」

「そうですか。先生もあまり無理をしないでくださいね。佳織ちゃんが心配しますから」

「ふっ…承知しているさ」

 

 守ると誓った相手に心配されるなんて言語道断…なのだが、彼女の部屋を見られたら確実に心配されるだろう。

 頑張って部屋の掃除でもしてみるかと思う千冬なのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 辺り一面に色んなコードが散らばり、モニターの灯りだけが光源となっている真っ暗な空間。

 そこに『彼女』は笑みを浮かべながら座っていた。

 

「ふふふ……あははははは……!」

 

 何が面白いのか、彼女はさっきからずっと笑みを浮かべていた。

 モニターに映っているのは、食堂にて休憩をしている佳織の姿。

 

「天然の『S』ランクなんて聞いたもんだから、どんな奴かと思って試しに遊び半分で『ゴーレム』をもう一機だけステルス全振りバージョンで送ってみたけど……」

 

 別のモニターには、トールギスが無人機を一方的に破壊している様子が映し出されている。

 圧倒的としか言いようがない蹂躙劇であるにも拘らず、彼女の笑みは全く消えない。

 

「まさか、この束さん特製のゴーレムを完全に雑魚扱いするなんてね! だけど、生身の時は完全に怯えていたよね…? あれは一体…?」

 

 彼女…『篠ノ之束』は考える。

 否、天才ゆえに考え過ぎてしまう。

 用心深く深読みをしてしまう。

 

(まさか…あれは芝居? ゴーレムが最初から無人機であると見抜いて、何者かが自分を機体越しにモニタリングしていると判断し、油断をさせる為に…?)

 

 そこまでの考えに至った時、束は盛大に笑った。

 

「きゃはははははははははははっ! そっか…そうなんだ! あんな『白騎士のパチモン』を自由自在に操ってみせた時点で普通じゃないとは思っていたけど、そうなんだ! だって、そうじゃなきゃ説明できないよね! あの恐怖に怯えた状態から、一瞬で打って変わって一切の容赦のない攻撃を繰り出すなんてさ! 甘さなんて全く無い攻撃の数々! 『作られた天才』のちーちゃんとは違う…。私と同じ『自然に生まれた天才』…私の同類! 私の本当の仲間!」

 

 生まれて初めて、心の底からの歓喜を味わっている束。

 その喜びようはまるで、ずっと欲しがっていた玩具を買って貰った子供のよう。

 

「名前は確か…仲森佳織ちゃん…だっけ? 佳織ちゃん…かおりんか~…」

 

 まだ本人に会ってもいないのに、早くも渾名で呼び始める束。

 それだけ佳織の事を気に入ったという事なのだろうが…。

 

「はぁ……な~んか…かおりんっていう同類を見つけちゃったせいかな~。急にちーちゃんやいっくん、箒ちゃんの事なんてど~でもよくなってきちゃった~。ちーちゃんは所詮『養殖品』だし、いっくんはその『劣化品』。箒ちゃんに至っては私の事を嫌ってる癖に、都合のいい時だけ利用してくるしね~」

 

 親友とその弟と、実の妹に対する気持ちが急激に冷めていくのを感じた。

 これまでは一度もそんな事は無かったのに、三人の事を話している束の表情はどこまでも冷たくて、まるで路上の石ころでも見ているような顔つきだった。

 

「こんな事なら、いっくんなんかじゃなくて、かおりんに白式をあげればよかったかな~。もう遅いけどさ。これから先、もしも箒ちゃんに『自分専用のISを作って』なんて頼まれたらどうしようかな~。適当に打鉄でも改造して渡そうかな? それでいいよね? 実の姉の事を利用する事しか考えてない愚妹なんかに手の込んだISなんて作る義理はないし。何もあげないで文句だけを言われるのは普通にムカつくし」

 

 幾つものモニターが目の前に並んでいるが、その中から一夏と箒が映っている物だけを消した。

 まだ千冬が映し出されている物だけは残っているが、それは彼女が佳織の事を心から案じているからかもしれない。

 

「そんなことよりも! 私からかおりんに向けてプレゼントを作ってあげようっと! 何がいいかな~? あの超絶的な加速と相性が良さそうなのは……そうだ!」

 

 何かを閃いたのか、束は両手をパチンを叩いてから高々と叫んだ。

 

「槍を作ろう! それも普通の槍じゃなくて、高熱を発して攻撃力を高める槍を! 名前は……」

 

 目の前の機器を凄まじい速度で操作し、あっという間に設計図を完成させる。

 そこには、トールギスの全高とほぼ同じぐらいの大きさを誇る巨大な槍があった。

 

「『テンペスト』! トールギス専用ヒートランス『テンペスト』だ!」

 

 その設計図を見ながら、うっとりとした顔で佳織が映っているモニターを眺める。

 さっきまでとは違って、今の顔はまるで初恋を知った思春期の少女のようだった。

 

「かおりん…喜んでくれるかな~? 今から会うのが本当に楽しみだな~…」

 

 こうして、佳織の周囲は更に混迷を極めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かおりん、完全に束さんから勘違いの果てにロックオン。

次回はそんな彼女達サイドのお話です。

そして、次回で鈴ちゃんヒロイン化に関するアンケートを閉め切りたいと思います。

想像以上に沢山のご意見を下さって本当にありがとうございました。




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緑茶とおはぎの組み合わせは世界レベル

今回はかおりん達のその後。

ここから明確に佳織と周りとの関係性がハッキリとし始めますね。

勿論、鈴ちゃんも。







「ずずず……ふぅ~…」

 

 さっきまでの騒動が嘘みたいに、私達は食堂でのんびりとしている。

 いや、だからこそ…なのかもしれない。

 緑茶を飲みながら、目の前にはおはぎが小さなお皿に乗っている。

 控えめに言っても最高だね。異論は認めない。

 

 色んな意味で滅茶苦茶になった第二アリーナから戻った私達は、体を休める為に一先ずは食堂へと向かう事にした。

 その途中で布仏さんとも電話をして、食堂で落ち合う約束をした。

 私の声を聞いた途端、いきなり泣き出すから本当に驚いた。

 それだけ心配させちゃったってことなんだよね…。

 

「やっぱ、人影は疎らになってるわね…」

「無理ないさ。あんな目に遭っちまったんだ。誰だって部屋に引き篭もりたくなる」

 

 現在、私の隣には布仏さんがいて、目の前には織斑君と凰さんが並んで座っている。

 凰さんはともかく、ついこの間まで一般人だった織斑君はメンタル強すぎなのでは?

 原作主人公は伊達じゃないってか? だったら今すぐにでも落下しそうな隕石を押し返すぐらいの奇跡を見せて欲しい。

 

「うぅぅ…かおり~ん…無事で本当に良かったよぉ~…」

「うん。布仏さんも無事そうで安心した…けど、そろそろ離れてくれない?」

「ヤダ! 今日はずっとこうしてかおりんと一緒にいるって決めたもん!」

「えぇ~…」

 

 まさかとは思うけど、このまま一日ずっと一緒って事は無いよね?

 いや…布仏さんなら良いんだけど。

 

「今日ぐらい我儘を聞いてあげたら? その子、本気で佳織の事を心配してたみたいだし」

「…そうだね。私にはそれぐらいしか出来ないし…」

 

 私の身体に抱き着く布仏さんの頭を撫でつつ、首からぶら下がっているトールギスの待機形態にそっと触れる。

 遂にこれに乗っちゃった…んだよね…? よく覚えてないけど。

 なんで普通に無事だったんだろう?

 私の記憶が正しければ、ゼクスは乗る度に大怪我をしていたし、部下のオットーって人はGに耐えきれずに死んでいた。

 最終的にはゼクスの超絶的な急成長にトールギスの方がついていけなくなるという『なんじゃそりゃ』な事になってたけど、それでもトールギスが完全に十分に化け物機体であることには変わりはない。

 

 そんな機体に乗った…らしいけど…私の身体はこの通りピンピンしている。

 さっきまで鼻血を出してはいたが、それだってもう完全に止まってるし。

 強いて言えば、少しだけ体が疲れた感じがするだけ。

 骨だって折れてないし、内臓だって破裂してない。

 これ…マジでどういうこと?

 まさかとは思うけど…あの有り得ないGの過負荷に私の貧弱ボデーが耐えたと?

 いやいや…それだけは絶対に有り得ないから。

 

(あの神様が転生特典として私に無理矢理送ってきた機体だし…本来は存在しない機能とかが密かに付与されているのかもしれない…)

 

 現状、考えられる可能性があるとすればそれぐらいか。

 しっかし…あの時はマジで怖かったぁ~…(泣)

 先にトイレに行ってなかったら本当にチビってたかもしれない。

 この歳でのお漏らしだけはマジで勘弁。

 そんな特殊なプレイを好む佳織ちゃんではありません。

 

「そうだ。人が少ないから言っちゃうけどさ…」

「なに?」

「なんなのよ佳織。あの真っ白な全身装甲の専用機は」

「そうそう! めちゃくちゃ速かったよな! 見た目もカッコよかったし!」

「なんなのよと言われても、私も詳しくは分からないと言いますか…」

 

 神様から貰った転生特典ですなんて言えるわけないし。

 表向きはIS委員会から私に向けて送られてきたらしいけど……。

 織斑先生も『私が専用機を持ってる事は機密扱いだ』的な事を言ってたしね…。

 そう簡単に言っていいのかしら…?

 

「それに関しては機密だと、さっき言った筈だが?」

「「織斑先生」」

「ちふ…織斑先生」

 

 途中で言い直したね。偉い偉い。

 もしもそのまま言ってたら、またもや超合金Z製の出席簿が振り下ろされていたね。

 

「仲森は表向きは他の者達と変わらない一般生徒だ。それが実は専用機を持っていたなんて事が知られたらどうなるか…分からないお前達ではあるまい?」

「え? えっと……」

「「はぁ……」」

 

 どうやら、織斑君は本気で分かっていない御様子。

 この分だと、自分がどれだけ特殊な存在なのかも理解してないんだろうね。

 

「専用機は誰もが喉から手が出るほどに欲しがる物だ。それを何の苦も無く手に入れてしまったと知れたら…」

「最悪の場合、イジメに発展するわね」

「イ…イジメッ!? なんでっ!?」

「なんでって…そんなの決まってるじゃない。嫉妬よ」

「嫉妬……」

「そ。一夏は知らないかもしれないけど、女の嫉妬ってアンタが想像している以上に怖いのよ。それを未然に防ぐために佳織の事を秘密にしているんですよね?」

「その通りだ。お前も少しは凰を見習ったらどうだ?」

「う……」

 

 ハイ論破。織斑くんの負けー。

 流石の私もそれぐらいは分かったんだけどね。ホントだよ?

 

「そんな訳だから、知っている者同士で話すのは良いが、決して口外なんてするなよ? 勿論、今回の襲撃騒ぎもだ。そっちの方は後で正式に全校生徒に通達がある筈だ」

 

 ってことは、明日のHRとかで発表するのかな?

 

「…織斑先生」

「どうした?」

「後でちゃんと、佳織の専用機について説明してくれるんですよね? 本人から聞こうと思ったけど、なんかよく分かってない風だったし…」

「…そうだな。仲森も巻き込まれた側の人間だしな。こいつよりも私から説明をした方がいいだろう。だが、今は流石にダメだ。事後処理などで忙しいからな」

「それは分かってますって」

 

 そっか…あんな事があった直後だもんね。

 先生達も凄く忙しくて当然か…。

 

「仲森。あれから体のどこかが痛くなったりはしてないか?」

「大丈夫…ですけど」

「気分が悪くなったりは?」

「してません。なんか妙に疲れた程度です」

「そうか……」

 

 この反応…トールギスの性能を知っちゃったな?

 それで私の身体が心配になったのか。

 どうして無事なのか、私自身が一番意味不明なんですよね…。

 

「あんな事があったからな。今日はそのまま休校にするそうだ。お前達も、休んだら寮に戻れよ」

「「「はーい」」」

 

 休校…ね。この事件が切っ掛けで学校を辞めようとする子達が出てこなけりゃいいけど…。

 

「…ところで、どうして布仏は仲森に引っ付いているんだ?」

「なんか、私の事をずっと心配してくれてたみたいで、それで今日はもうずっとこのままでいるって…」

「そ…そうか。まぁ…今日ぐらいは別の部屋に泊まる事を特別に許可してやるか」

「ホントですかッ!? やった~!」

 

 うぉ…いきなり布仏さんが超元気になった。

 どんだけ私の部屋に泊まれるのが嬉しいの?

 

「そういえば、アイツ等はどうしている?」

「あそこ」

 

 織斑君が指さすと、ここから少し離れた場所にある席に篠ノ之さんとオルコットさんが並んで座っている。

 二人揃って意気消沈って感じの顔をして俯いてるけど。

 

「あのさ…ずっと気になってたんだけど、あの人達…どうしたの? いつもの覇気が無いと言うか…」

「俺も詳しくは知らないんだけど、二人してなんかをやらかしちまったみたいなんだよな……」

 

 戦場にいた織斑君が知らないのも無理は無いか。

 いや、篠ノ之さんに関してはなんとなく想像つくけど、オルコットさんは何で?

 原作でも別に悪い事とかしてないよね? 普通に援護してたよね?

 

「篠ノ之は一人で勝手に飛び出した挙句、まだ避難が完了していない放送室に飛び込んだらしい」

「なんでまたそんな……」

「本人が言うには『マイクを通じて一夏に激を送ろうとした』とのことだ」

「…マジでバカじゃないの? あんな状況でそんな目立つ事をしたら、真っ先に自分が狙われるって思わないのかしら?」

「気持ちは嬉しいけどさ……これは俺も擁護できねぇわ…」

 

 凰さんは本気で呆れて、まさかの織斑君も否定している。

 彼も少しは成長しているってことなのかしら?

 

「結果としては未遂で終わっているが、それでも決して許されていい事ではない。あのような緊急時の自分勝手な行動は、結果として自分だけでなく周りすらも危険に晒す事に繋がるのだからな」

 

 おぉ~! 流石は織斑先生…めっちゃ分かってらっしゃる。

 思わずパチパチパチと小さく拍手をしてしまった。

 

「だから、今回は厳重注意という名の説教と反省文100枚を書かせるだけにしておいた」

「だけって……」

 

 それでも相当に大変なのでは? 特に反省文。

 

「じゃあ、オルコットさんは……」

「最初は、トイレに閉じ込められた挙句『例の機体』に襲われていた仲森を救出させに行こうとさせたのだが、あろうことか奴は私達の話を全く聞いていなかったばかりか織斑たちの方に行こうとした」

「ま…待ってくれよちふ…織斑先生。ってことは、セシリアは一度は仲森さんの事を見殺しにしようとしたって事なのか?」

「そうなるな。無論、すぐに私が『説得』してから行くように促したが、それでも気乗りしないと言っていた」

「うわ…それ、代表候補生が一番言っちゃいけない台詞でしょ…」

 

 うーん…結果論ではあるけど、それで良かったと思うよ?

 もしもオルコットさんが本当に来てたら、それはそれで別の意味で危なかったと思うし。

 

「その後、仲森がトールギスで戦ってくれた事で結果としては事なきを得てはいるが……」

「それが無かったら佳織は死んでたかもしれないってことよね…。人には偉そうに言っておきながら、普通に最低じゃない。冗談抜きで軽蔑するわ…」

「今回の事は学校外には漏らせないのでイギリスにも報告は出来ないが、それも今回だけだ。二度目は無い」

「でしょうね。『仏の顔も三度まで』とはよく言うけど、あたしたち代表候補生には『二度目』なんて無いのよ。そんな甘さが通用するような世界じゃない」

 

 なんか凄く実感が籠ってるな…凰さん。

 確かこの子って、物凄い短期間で代表候補生になってるんでしょ?

 しかも、総人口が世界でも1~2を争う中国で。

 きっとあたしなんかじゃ想像も出来ないような苦労をしてきたんだろうな。

 

「オルコットにも私からちゃんと言っておいた。反省…していると良いのだが…」

 

 それは怪しいかも…。

 今の所、オルコットさんが原作キャラ以外のクラスメイトと絡んでいる姿って一度も見たことないし。

 まだ、その辺の確執がありそうだよね。

 

「では、私はそろそろ行く。織斑、凰…そして仲森。今回の最大の功労者は間違いなくお前達だ。…よくやったな」

 

 …褒められた。誰かに真正面から褒められるのって久し振りかも…。

 なんか少し照れる。

 

「あの千冬さんが褒めるなんてね…」

「意外だった…」

 

 織斑先生…普段どんなキャラをしてるんですか…。

 あ。去り際に篠ノ之さんとオルコットさんの事を無言で睨みつけてた。

 二人して超ビビってたし。

 

「ねぇ…佳織。さっき千冬さんが言ってたわよね? 今日は特別に他の部屋に泊まる事を許可するって」

「言ってたね。それがどうかしたの?」

「もしもアンタが良かったらなんだけどさ…あたしも行っていい?」

「何故に?」

「嫌とは言わないんだ?」

「…凰さんとも色々あったしね。流石にもう開口一番に否定的な言葉は使えないでしょ」

「無表情でのデレっても、なんだか新鮮ね」

「デレてません」

 

 別に私はツンデレキャラじゃありませんし。

 

「まぁ…今日は一人で寝たい気分じゃないのよね」

「同居人は?」

「ティナも他の友達の部屋で寝るってメールで言ってた。だから、戻ったらアタシ一人なのよ。だから…ね? お願い」

 

 私は別に平気だけど、凰さんはきっと寂しいんだろうね。

 そんな事を聞かされたらNOなんて言えませんよ。

 

「…いいよ。今日だけね」

「ありがと! ついでに、今後も定期的に遊びに行ってもいい?」

「ちゃんと私に連絡をしてくれたらね」

「分かってるわよ。もう二度と、勝手に部屋まで行ったりしないって」

「その言葉…信じてるから」

 

 何気に約束は守りそうだし、これで大丈夫…だと思う。

 思ったよりも冷静な子だったしね。

 決して問題が無いわけじゃないけど、根は良い子だってのは分かったし。

 

「なぁ…俺も…」

「いや。流石に織斑君はアウトでしょ。男の子が簡単に女の子の部屋に遊びに行くとか言っちゃダメだよ」

「だよな…」

「けど、なんでまた急に?」

「いやさ…前に俺のせいで仲森さんに怪我させちまったし、今回に至っては助けて貰っちまった。まだ前の怪我の事も何の詫びも出来てないってのに…」

「気にしないでって言ったでしょ?」

「仲森さんが気にしなくても俺が気にするんだって!」

 

 真っ直ぐと言うか、頑固と言うか。

 こんな所だけお姉さんに似なくてもいいんだよ。

 

「…織斑君の力が必要になった時になったら遠慮なく頼らせて貰う。それでいい?」

「あ…あぁっ! 何でも言ってくれ!」

「う…うん。その時はお願いね…」

 

 テーブルに乗り上げてグイグイ来ないでよ…普通にビビるからさ。

 

 結局、転生者である以上は原作キャラからは逃げられない…か。

 過度な付き合いでさえなければ問題は無いと信じたい。

 

 この日の夜。

 私は布仏さんや凰さんと何気ない話をして盛り上がり、一つしか無いベッドに三人で並んで川の字で寝る羽目になった。

 しかも、なんでか私が真ん中で。

 朝起きたら左右の二人が私に抱き着いていたので地味に寝苦しかった。

 

 

 

 

 

 

 




アンケートの結果……鈴ちゃんもヒロイン候補にノミネートしました!

これで佳織のヒロイン候補は千冬さんと本音ちゃんと鈴ちゃんの三人に。

楯無さんはまだ未定ですが、こっちは普通にアンケート関係無しに流れに任せようと思います。

いつの間にか自然とヒロイン候補に名を連ねてそうですが。

問題は、次に来る残り二人と簪ちゃん。

簪ちゃんは似た者同士だから大丈夫かもだけど…本当にどうしよう?

またアンケートでも取ろうかしら?



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久々のお出かけ

今回は原作通りのお休みの話。

そして、主人公の中学時代の友人たちが登場します。

その後には意外な展開も…?






「これでよし…っと」

 

 私の無駄に長い髪をツインテールに結んでから鏡で確認する。

 うん。ちゃんとなってる。

 

 6月初頭の日曜日。

 私は織斑先生に外出届を出してから、久し振りに学園の外へ遊びに行こうとしていた。

 理由はシンプルで『中学時代の友人たちと遊ぶため』。

 久し振りに会えるので地味にワクワクしている。

 

「本当は、凰さんや布仏さんも一緒に誘って皆を紹介したかったけど…それぞれに用事があるんじゃ仕方がないよね」

 

 布仏さんは実家の方でお姉さんである虚先輩と色々な用事があるらしく、凰さんは織斑君と一緒に私と同じように中学時代の友人に会いに行くんだとか。

 それで思い出したけど、あの子って昔は日本にいたんだよね。

 だから、こっちに友人がいても不思議じゃない。

 

「財布に携帯……それから、これもだ」

 

 肩から下げているポシェットに更識先輩から貰った発信機を入れた。

 なんでこんなものを私にくれるんだと尋ねたら、こう返された。

 

『このご時世、外には思っている以上に色んな危険があるものなの。特に、佳織ちゃんみたいな美少女を世に放つなんて、餓えている狼に肉を与えるようなもんよ? だから、万が一の時にすぐに居場所が分かるようにコレを肌身離さずに持っておいて頂戴。お願いね?』

 

 …私の事を心配してくれるのは純粋に嬉しいけど、ちょっと過保護過ぎませんかね?

 まぁ…一応の為に持っておくけどさ。

 因みに、その先輩も実家の用事とやらで今日は忙しいらしい。

 暗部って大変だ。

 

「あ。そろそろ行かないと」

 

 視界に入った目覚まし時計で時間を確認すると、準備に思ったよりも時間を掛けてしまっていた事が分かった。

 皆を待たせるわけにはいかないので、ちゃんと念入りに戸締りを確認してから急いで部屋を出た。

 

「寮を出たら少し走ろう……あ」

「あ……」

 

 曲がり角の所で私服を着たオルコットさんと遭遇。

 だけど、お互いにこうして近くに来るのは初めてなので会話なんて一つも無い。

 

「………」

 

 適当に会釈をしながら通り過ぎ、そのまま何も言わずに寮の出入り口まで急いだ。

 後ろから視線を感じたような気がするけど、気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 何も言われないのは分かり切っていた。

 私は彼女の事を見殺しにしようとしたのだから。

 代表候補生以前に、人間として最低の行為だ。

 

 だから、あんな風な反応をされても仕方がない事なのだ。

 

 きっと、一夏さんにも嫌われてしまったに違いない。

 彼は仲森さんとも友人のように接していた。

 不注意で怪我をさせてしまったという後ろめたさがあった筈なのに、もうすっかりその確執は無くなっている。

 その事が純粋に羨ましい。

 

 私には…そんな勇気は持てない。

 自分の感情を優先させた結果…私は大切な物を失ってしまった。

 全ては私の自業自得なのだから。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 モノレールを乗り継ぎ、そのまま待ち合わせの場所となっているコンビニまで急ぐ。

 そこには四人の少女達が楽しそうに話をしていた。

 彼女達こそが私の大切な友達。

 

「おーい!」

「お。来た来た! こっちだぞー!」

 

 ここまで来たら流石に走ってもいいよね。

 体力のない私にはちょっとした距離の小走りでも普通にスタミナを消費するけど。

 

「はぁ…はぁ…お待たせ」

「全然大丈夫よ、ククルちゃん」

「コンビニだしな。暇なら幾らでも潰せる」

「みたいだね」

 

 そう言う彼女の手にはコンビニ名物の唐揚げが。

 なんか美味しそう。

 

「これで全員集合だな」

「こうして五人で集まるのも久し振りね」

「うん。普通に嬉しいかも」

「くくるちゃんがIS学園に行って以来だもんね」

「あそこって確か全寮制だろ? 滅多に会えないのは厳しいよな」

 

 赤い長髪の男勝りなのが『マリーさん』。

 黒髪ポニーテールで大人しいのが『テトラちゃん』。

 金髪であざとく可愛いのが『キグちゃん』

 緑がかったボブカットで眼鏡を掛けた巨乳が『ガンちゃん』。

 そして、私は皆から『ククルちゃん』と呼ばれている。

 勿論だけど、全員揃って本名じゃない。渾名みたいなものです。

 

「さて…折角の日曜に集まって遊ぶのはいいけど…どこに行く?」

「つまんねーこと聞くなよ!」

「「「「おぉ~…」」」」

 

 久し振りに聞いた…マリーさんの伝統芸。

 

「適当に検索でもしてみる?」

「それが妥当だな。華の女子高生が何の目的も無くブラブラと街中を歩くってのは流石にどうかと思うしな」

 

 そんな訳で、コンビニのフリーWi-Fiを遠慮なく利用して検索を開始。

 私でも遊べるような場所はあるかな~っと。

 

「あっ!」

「どうしたキグッ!? 何か良いのがあったのかっ!?」

「あそこにゲーセンがある!」

「検索して出たんじゃないのかよっ!」

 

 キグちゃんの言う通り、道路の向こう側に渡って少し行った所にゲームセンターがあった。

 検索する意味…無かったね。

 

「……行く?」

「ここで検索しててもアレだし、まずはあそこに行こうか? その後の事はそれから考えればいいんだし」

「さんせ~! そうと決まれば早速いこーぜ!」

 

 マリーさんがはしゃいで走っていってしまった…。

 相変わらず元気いっぱいだなぁ…。

 

「でも、道路を横断しようとはしない…と」

「ちゃんと信号機の前で待ってる」

「律儀だよね…」

「オラオラ系なのに本当に真面目だよな…」

 

 けどまぁ、マリーさんっぽくて良いとは思うけどね。

 全く変わってない様子が確認できたのは嬉しいよ。

 

「お前らー! とっとと来ないと置いていくぞー!」

 

 なんか言ってる。往来で大声を出すのは止めて欲しい。

 

「だって。私達も行こうか?」

「そだねー」

「急がないと、本当にマリーさん一人で行っちゃいそうだし」

「それでも別に構いはしないんだけど。どうせ目的地は一緒なんだし」

 

 結局、私達と合流するまでちゃんと待っててくれたマリーさんなのでした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ゲーセンに入ると、さっそくマリーさんがガンちゃんに喧嘩を売って来た。

 前からずっと疑問に思ってたけど、どうしてマリーさんはガンちゃんをこうもライバル視してるんだろう?

 胸が大きいから? 確かGカップだったっけ?

 

「おいこらバイオレンスメガネ! 今日こそ決着を付けてやる!!」

「それはいいけど…何で勝負をする気?」

「エアホッケー!」

 

 あぁー…あれね。

 最近のゲーセンには必ず一台は置いてあるよね。

 動くのが苦手な私とは無縁なゲームだけど。

 

「お前らはどうする?」

「私は向こうの方を見てくる」

「それじゃ、ククルちゃんに付いて行こうかな?」

「私も~!」

「なんだ~? この私が華麗なテクで丸京を倒す瞬間を見逃してもいいのか~?」

「「「はいはい」」」

「なんだよ、その態度は~! よ~し…見てろよ~! 今回は絶対に勝つ!」

 

 そのやる気は認めるけど、マリーさんの場合はやる気が完全に空回りしてるんだよね。

 だからガンちゃんに勝てない。幾ら指摘しても頑なにその事を認めようとしないから、もう皆揃って放置している。

 

「行きますか」

「「はーい」」

  

 何か面白いゲームあるかなー。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 少し中を散策していると、ちょっと面白そうなゲームがあったのでやってみた。

 

「また当たった…」

「ククルちゃん…これで五連続で大当たりだよ?」

「昔から運が絡むゲームには極端に強いわよね」

 

 私がやっているのが競馬ゲーム。

 賭けているのは現金じゃなくてコイン。

 それでも後で景品と交換できるから無駄じゃないんだけどね。

 

「今度は何にする?」

「うーん……」

 

 5番…いや、7番? 違うな……。

 よし…決めた。

 

「4-11に全部のコインを賭ける!」

「また全賭けっ!? そろそろ止めた方が…」

「あはははははははははっ! 今が私の運が最高潮な時よ―――!!」

「折角の運をゲームに使っていいのかしら…」

 

 別にいいじゃない! 世の中にはガチャで自分の運を使い切ってしまう廃人も大勢いるんだから!

 それに比べたら私なんて可愛い方よ! あははははははははははっ!

 

「あっ! レースが始まったよ!」

「来い来い来い来い…!」

 

 今度も勝てる…絶対に勝てる!

 勝とうと思う心が勝利を引き寄せるのよ!

 勝てば負けない! 勝てば負けないんだから!

 

「ねぇ…ククルちゃん」

「ん? どうしたの?」

 

 レースに夢中になっていたら、急にテトラちゃんが話しかけてきた。

 いつも笑顔を浮かべているから何を考えているのか分らないんだよね…。

 

「IS学園での生活はどう?」

「……最初は無理矢理入れられたから普通にキツかった」

「今は?」

「…向こうでも仲のいい友達が出来たから、そんなに苦痛じゃない。頼れる先輩や先生もいるし」

「……そっか」

 

 あ…最終コーナーを曲がった!

 このままだと拙いけど……11番が後方から差しに来た!

 4番も追い込みをかけてきたし!

 

「実はね、皆心配してたんだよ。ククルちゃん一人だけでIS学園に入学する羽目になっちゃったから。だけど…思ったよりも元気そうで安心した」

「ん…ありがと」

「だけど、何かあればいつでも電話して来ていいからね? 話ぐらいはいつでも聞くから」

 

 頭を撫でながら優しい言葉を掛けてくれるテトラちゃん。

 こんな事が自然と出来る辺り、何気に一番の天然は彼女なんじゃと思う今日この頃。

 その天然に助けられたことも多いけどね。

 

「「「あ」」」

 

 ゴールした…結果は?

 

「一着が4番で…二着が11番! またまた大当たりだよ~!」

「私…今日で全ての運を使い切ってるかもしれない…」

「「いやいや」」

 

 それは流石に大袈裟かもだけど、それでも相当量の運を使ってると思う。

 今後に響かないと良いんだけど…。

 

「まだやるの?」

「ううん。そろそろ止めるよ。こういうのは引き際が大事だし」

「そうね。じゃ、そこの交換所で景品に変えて貰いましょ」

 

 大量のコインをゲットすることに成功した私は、ホクホク気分で交換所に向かって景品に変えて貰った。

 といっても、そこまで大層な物じゃない。

 精々がお菓子の詰め合わせとかだったりする…んだけど、私の場合は本当に大量のコインを手に入れたので、まさかの品と交換して貰う事に。

 

「まさか、例の最新ゲーム機と交換して貰えるだなんて…」

「何回も抽選を繰り返しても手に入らなかった人達もいるのに、こんな形で入手できるのね」

「後でソフトも買うの?」

「そうね……」

 

 ゲーム機本体があっても、ゲームソフトが無いんじゃ意味無いしね。

 何を買おうかしら……バイオハザードとか?

 

「そういえば、マリーさんとガンちゃんの勝負はどうなったんだろう?」

「見に行ってみる?」

 

 予想外の成果を手に二人の元まで戻ると、マリーさんが床に手を着いて乾いた笑いを浮かべていた。

 

「ま…また負けた…なんでだ…」

「いや…マリーさんってば攻撃に集中し過ぎる余り、防御が物凄く疎かなんだよ。だから、隙さえつければ簡単に点を入れられた」

 

 最終スコアは……まさかの21対0のワンサイドゲーム。

 マリーさん…どれだけボコボコにされたの…?

 

「ちくしょー……体動かしたら、なんか腹減った!」

「いきなりだな」

「でも、時間的には不思議じゃないよ?」

 

 キグちゃんが自分のスマホの画面を私達に見せつけると、もうすぐ12時なのが分かった。

 私達…思っている以上に夢中になってたんだ。

 

「どこかいい食事処とか無いかな?」

「また検索するのか?」

「今度は情報が絞れてるから良いんじゃない?」

 

 食べる処…か。

 この辺にそんな場所、あったかな…?

 

「あ…ここなんか良さそう」

「どこどこ?」

「ここ」

「あ」

 

 皆にも見えるようにテトラちゃんがスマホを見せてくる。

 それを見た時、私は本気で固まった。

 

「『五反田食堂』っていうんですって。偶にはこんな所で食べるのも良さそうじゃない?」

「いいね~…。所謂『隠れ家的名店』ってやつだな!」

「隠れ家! なんだかそそられる響き!」

「いいんじゃないか? ここからそう遠くもなさそうだし。歩いていれば丁度いい時間になるだろ」

「ククルちゃんもそれでいい?」

「あ……うん」

「それじゃあ、満場一致って事で」

 

 五反田食堂……聞いたことがある。

 確か、織斑君と凰さんの共通の友人の実家だった筈…。

 いや…別に皆と二人を合わせるのは構わないんだけど…心配なのは、それでどんな化学反応が起きるかなんだよね…。

 何も起きなきゃいいんだけど……。

 

 

 

 




今回は殆どオリジナル回。

友人達のモデルは勿論『じょしらく』の残りのメンバーです。

原作通り、なんだかんだと言いながらも仲良し五人組です。

次回はそんなメンバーと原作キャラが…?








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友達の友達は友達です

前回に引き続き、かおりんの休日のお話。

けど、今回は原作でもあった一夏が五反田家に遊びに行った時のエピソードとクロスしています。







 ゲームセンターを出てから皆で散歩がてらに歩いていると、そのお店は見えてきた。

 

「お! あそこみたいだぞ!」

(着いちゃったか……)

 

 マリーさんが指さす場所には、少し古めかしい食堂があり、大きな文字で『五反田食堂』と書かれてあった。

 

「へぇ~…良い感じじゃん。こーゆー店、結構好きかも」

「ふる…ごほん。シックな感じが素敵だよね!」

「キグちゃん…言い方を考えたわね」

 

 少しだけキグちゃんの腹黒い一面が垣間見えた。

 昔は普通にビビってたけど、それすらも懐かしく思える日が来るとは。

 

「どんなのがあるかな~?」

「割とスタンダードな物しかないと思うけど」

「兎に角、入ってみりゃ分かるって!」

 

 よっぽどお腹が空いているのか、マリーさんはさっきからずっと入りたがっている。

 いや…空腹なのは私も同じだけど、ここは……。

 

「ん? どうかしたのククルちゃん?」

「体調でも悪いのか?」

「う…ううん。別にそんな訳じゃないんだけど…」

 

 言えるわけがない。

 クラスメイトがいる可能性があるからなんて言えない!

 いや…待てよ。これまでにも原作通りに行かなかった事は多かった。

 今回もその可能性があるかもしれない!

 私はその僅かな可能性に賭ける! さっきの運よ…もう一回だけ私に力を!

 

「なら、とっとと行こうぜ! きっと、ククルも腹減って元気が無いだけだって!」

「また勝手な決めつけを……って、もう扉を開けてるし…」

「仕方がない。行くとしよう」

「「はーい」」

 

 結局、マリーさんの強引さに負けて皆で入店する事に。

 もしも本当に彼がいたらどうしよう…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 休みの日になり、俺は家に荷物を取りに戻ったり掃除をするついでに、中学時代の親友である『五反田弾』の家に立ち寄った。

 弾の家は食堂を経営していて、俺も千冬姉だけでなく、鈴もよく世話になった。

 昔はよく、三人で色んな場所に行って遊び回ったもんだ。

 

 そんな懐かしさを感じながら弾の家に行くと…なんでか先に鈴が来ていた。

 あいつも今日は外出するって聞いてたけど、まさか弾の家だったとは…。

 

 ゲームをしながら三人で昔話やIS学園での話で盛り上がっていると、そこに弾の一つ下の妹『五反田蘭』がやって来た。

 なんでか昔から蘭と鈴は余り仲が良くないが、今回はどうしてかそんな事が無く、鈴は余裕の態度で蘭からの話を聞き流していた。

 高校生になって鈴も成長したって事なのか?

 

 …で、もうそろそろ昼だから飯を食べようと皆で一階に下りると、そのタイミングで誰かが店にやって来た。

 時間が時間だから客が来ても不思議じゃないが、俺と鈴はその客を見て固まってしまう。

 

 そこには、見た事のない4人の女の子たちと一緒に店内へと入ってきた仲森さんがいたからだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「な…仲森さん?」

「佳織? なんでここにいるのよ?」

 

 やっぱりいた……っていうか、織斑君はともかく、どうして凰さんも一緒な訳っ!?

 

(あ…そうだ。思い出した。凰さんって織斑君と小中と一緒のクラスだったんだっけ)

 

 それなら、ここにいても不思議じゃない…不思議じゃないけど……。

 

(気まずさ50%増量!!)

 

 皆…変にちょっかいとか出したりしないでしょうね…特にマリーさん。

 あと、織斑君と一緒にいる赤い髪の男の子がこっちを見てるんだけど、どうしたの?

 

「ん? ククル、アイツ等知り合いか?」

「えっと…あの黒い髪の男の子はクラスメイトで、あっちのツインテールの子は隣のクラスの…その…友達…かな…」

 

 遂に自分から凰さんの事を『友達』って宣言しちゃった~!

 やばい…これは想像以上に恥ずかしい…!

 

「あれ? IS学園って実質的に女子高みたいな所だった気が……」

「思い出した。彼の顔…知ってる。結構な有名人だ」

「私も知ってる。確か、男性で唯一ISを動かして話題になってた子だわ」

「その子とククルちゃんがクラスメイトか~…」

 

 やっぱ、皆もあのニュースを見てたんだね。

 まぁ…私も見てましたが。

 

「ふーん…あいつがククルのねぇ……」

「マ…マリーさん?」

 

 なんかずんずんと織斑君の方に行っちゃったけど?

 な…何をする気? 猛烈に嫌な予感がするんだけど…。

 

「おいテメェ…」

「な…なんだよ……」

「あたし等のククルに変な事をしてねぇだろうなぁ…?」

「へ…変なこと? つーか、ククルって誰だよ?」

 

 やっぱりぃ~! 急いで止めなきゃ!

 なんで皆は楽しそうに傍観してるのよ!

 

「ちょ…マリーさん! 私なら大丈夫だから!」

「ホントか? 尻触られたりとか胸揉まれたりとかしてないか?」

「してませんから! ほんとにゴメンね…織斑君」

「いや…俺なら大丈夫だけど。ククルって仲森さんの事を指してたのか…」

 

 はぁ~…私が想像していた最悪の事ばかりがさっきから起きまくってるんだけど……。

 もしかして、本当に運を使い切っちゃった?

 

「ねぇ…佳織。この子…誰?」

「中学時代の友達」

「あそこにいる子達も?」

「うん。今日は久しぶりに集まって遊ぼうって事になってたの」

「佳織もなんだ……」

 

 意外と皆、考えている事は同じって事なのかもね。

 凰さんが割と冷静だったことが本気で有り難い。

 

「ならさ、アタシは佳織たちと一緒に座ってもいい? 確か、6人ぐらい座れる席があったわよね?」

「こっちは別にいいけど…って、弾。さっきから黙ってどうした?」

「おいこら一夏テメェ……」

 

 な…なんだなんだ? 嫌な予感しかしないから、マリーさんを連れて皆の所まで戻ろう。

 

「あんな美少女といつの間にお知り合いになってんだこのヤロォォォォォっ!!」

「い…いや…知り合いと言うか…仲森さんはクラスメイトで……」

「その割には普通に仲良さそうだったじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!!」

「クラスメイトと仲がいいのなんて普通だろうが……」

 

 織斑君が赤髪の彼に首根っこを掴まれてブンブンと前後に揺らされてる。

 彼の名前…なんだったっけ? 普通に忘れた。

 

「彼…どうしたのかしら?」

「気にしないで。哀れな男の哀れな魂の叫びよ」

 

 …いつの間にか凰さんが傍に来てたし…。

 このメンバーに混ざってても違和感が無いのが凄い。

 

「あいつ等の事は放っておいて、早く座りましょ? 佳織の中学の時の話とか聞きたいし。厳さんが今にも怒りで爆発しそうにしてるし」

「「「「「厳さん?」」」」」

 

 それって、ここからも見える厨房にいる筋骨隆々なおじいちゃんの事?

 確かに、眉間に皺が寄って怒り心頭って顔をしてるけど。

 

「ほらほら。巻き添えを喰らわない内に…ね?」

 

 凰さんに背中を押されながら、私達は近くにあった大人数が座れそうな席についた。

 奥から凄くいい匂いがする…急激にお腹が空いてきた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 結局その後、男子二人は厨房のお爺ちゃんの逆鱗に触れて『お玉ブーメラン』の餌食となっていた。哀れ。

 

「ご注文何にします?」

「あ…そっか。あたし達とは違って佳織たちはお客さんだものね」

 

 今度は確実に外出用と思われる可愛いワンピースを着た赤い髪の女の子が注文を取りに来た。

 髪の色的に、前の席に織斑君と一緒に座っている男の子の妹さんかな?

 

「何にしよっか?」

「お勧めメニューってあるの?」

「ウチの看板メニュー『業火野菜炒め』ですかね?」

「業火…いいじゃんか! 私それにする!」

「「「「マリーさん…」」」」

 

 本当に流されやすいと言うか…単純と言うか…。

 

「私は…そうね。この『焼き魚定食』にしようかな」

「なら、こっちは『カツ丼定食』で」

「それじゃあ、私は『チャーハンと餃子セット』にする~」

 

 ふむふむ…テトラちゃんは焼き魚で、ガンちゃんはカツ丼。

 キグちゃんがチャーハン&餃子…と。

 他の人のメニューは自分が選ぶ時の参考になるから良いよね。

 

「佳織はどうするの?」

「えっと…この『きつねうどんセット』で」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

 

 女の子が厨房のお爺ちゃんに注文を知らせに行く。

 なんか慣れてる感じがする。一杯お手伝いをしてきてるんだろうね。

 

「…で、さっきからずっと気になってたんだけど、どうして佳織は『ククル』って呼ばれてんの? 渾名?」

「渾名ってよりは芸名かな?」

「「「芸名?」」」

 

 なんか前の男子二人も食いついてきたし。

 

「そういえば、まだお互いに自己紹介をしてなかったね」

「腹減ってたからすっかり忘れてた」

 

 私も、皆を紹介する事を忘れてた。

 こいつはうっかりうっかり。

 

「私は『蕪羅亭魔梨威(ぶらっでぃまりぃ)』ってんだ。よろしくな」

「『防波亭手虎(ぼうはていてとら)』よ。今後ともよろしく」

「『波浪浮亭木胡桃(はろうきていきぐるみ)』です。初めまして」

「『空琉美遊亭丸京(くうるびゆうていがんきょう)』。よろしく」

 

 こうして皆の芸名のフルネームを聞くのも久し振りだ…。

 長いから、普段は略して呼んでるし。

 

「ちょ…ちょっと待って。それって本名…じゃないわよね?」

「当然。芸名だって言ったろ?」

「なんで芸名なのよ…」

 

 御尤もな意見。

 こんな時のテトラちゃん、説明よろしく。

 

「中学時代、私達って『落語部』をやってたのよ」

「落語部?」

「そ。最初は私とガンちゃんの二人だけの『落語同好会』だったんだけど、そこにマリーさんが加わって、そのマリーさんがキグちゃんとククルちゃんを連れてきて『落語部』に昇格して今に至るって感じ」

「その時、折角なら自分達で『芸名』的な物を作ろうって話になって、それで今の名前を名乗るようになったんだよ」

 

 そういえば、そんな事もあったね~。本当に何もかもが懐かしいな~

 

「普段の生活でも普通にお互いの事を芸名で呼んでたら、いつの間にか学校全体に広まってて……」

「先生達も私達の事を芸名で呼び始めたよね!」

「そうそう。あの時は驚いたな~」

 

 私も、IS学園行きを担任から告げられた時、普通に『ククル』って呼ばれてたし。

 別に本名を名乗ってない訳じゃないけど、今そっちで呼ばれても誰も反応しないと思う。

 

「そ…そうなのね。それじゃ、佳織はなんて芸名なの?」

「私は『暗落亭苦来(あんらくていくくる)』だよ」

「成る程ね。だから『ククル』なのね」

「別に凰さんは『佳織』でいいからね? IS学園でそう呼ばれたら逆に反応に困る」

「でしょうね。安心しなさいな。言いふらしたりしないから」

「うん。ありがとう」

 

 こーゆー所は安心できるんだよね…。

 結構、義理堅くもあるし。

 

「あたしは凰鈴音。皆にはよく鈴って呼ばせてるわ」

「その名前…もしかして中国人?」

「そうよ」

「おぉ~…ククルにも遂に外国人の知り合いが……」

 

 そこ、感動するところ?

 

「部活で思い出したけど、ウザンヌちゃんとマスクの人は元気にしてる?」

「あいつ等ね。大丈夫、無駄に元気してるよ」

 

 ウザさと謎に満ちた二人ではあったけど、離れたら離れたで寂しくなるんだよね。

 なんとも不思議なものだ。

 

「誰そいつら?」

「ウザンヌは『宇座亭(うざってい)ウザンヌ』っていう私達の後輩で、いきなり入部して来てウザさを振り撒いてたんだよな」

「皆でボコボコにしたら大人しくなったけど」

「一体何をしたのよ…」

「そりゃもう色々と」

 

 一言では言い尽くせませんなぁー。

 いやマジで。

 

「マスクの人は、普段から覆面レスラーみたいなマスクをしている謎の人で、いつの間にか普通に部に馴染んでた」

「何を考えてるのか全く分からないけど」

 

 本気で謎だらけの人だったしね。

 未だに名前すらも知らないし。

 

「二人とも寂しがってたよ。高校に上がってからも仲良くしたいって言ってたし」

「高校に上がってからも? それってどういうことよ?」

「ククル、言ってなかったのか?」

「別にいいかなって思って」

 

 私達の中学の事なんて誰も聞きたがらないでしょ?

 

「私達の学校は中高一貫のところで、中等部を卒業すれば自動的に高等部に行けるようになってるんだよ」

「エスカレーター式ってやつね。そういう系の学校ってかなり凄いんじゃないの?」

「別にそこまでじゃなかったと思いますけど…」

 

 私もそう思う。個性的な人間は多かったけど、それでもIS学園に比べれば普通のだったと思う。

 

「佳織って…実は結構なエリートだった?」

「いやいやまさか…私は普通の女子高生だよ」

 

 主人公でもなければヒロインでもない。

 ただ『転生』しただけの人間だ。

 私は特別なんかじゃない。

 

「んじゃ、佳織の中学の時のこととか教えてよ」

「いいぞ。その代り、IS学園でのククルの話とか聞かせて貰おうか」

「全然いいわよ。と言っても、アタシは少し前に転入してきたばかりで何もかも知ってるって訳じゃないけど」

「お願いだから、余計な事は言わないでよ…?」

「「分かってまーす」」

「本当かなぁ…」

 

 凰さんとガンちゃんが揃って返事をするけど、なんか心配なんだよなぁ…。

 

 そんな事を話していると、注文した品がテーブルに運ばれてきた。

 私の頼んだうどんもそうだけど、皆のも絶品だった様子。

 特にマリーさんは凄く気に入ったみたいで、また来たいって言ってた。

 こんなに美味しいのなら、今度は一人で来るのもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 一方その頃。

 完全に蚊帳の外にされた男子二人は…。

 

「すげー…後ろのあれ、完全に女子会になってるぜ…。一気に華やいで見える気がする……」

「うん…そうかもな……」

 

 弾は全員の事を何回も見まわしているが、一夏の視線は佳織だけに集中していた。

 普段は髪を降ろしている彼女が、鈴と同じようにツインテールにしているのが珍しいのだ…と本人は思っている。

 

「なぁ…一夏。お前さ、あの『佳織』って呼ばれてた子と知り合い…なんだよな?」

「一応…。さっきも言ってたけど、仲森さんとはクラスメイトなんだよ」

「それだけか?」

「え?」

「それだけかって聞いてるんだよ。明らかに普通の知り合いって感じじゃなかったぞ?」

「えっと……」

 

 佳織と自分の関係を言えば、確実に恥を晒す事になる。

 だが、ちゃんと説明をしないとこの友人はずっと変な方向に勘違いをし続けるだろう。

 

「…仲森さんには…その…時には迷惑を掛けてしまったり、時には助けられたりする仲…かな……」

 

 学園の機密があるが故に全てを話す事は出来ないが、それでも言い方というものがるだろう。

 内容的にも間違ってないのが質が悪い。

 

「ふーん……」

「なんだよ。その『ふーん』は」

「別にぃ~」

 

 佳織と仲良さそうに話している少女達は、いずれもが見目麗しい美少女だらけ。

 弾からしたら、僅か数メートル先には楽園が広がっている事になる。

 

(蘭…あんまりこんな事は言いたくないが……今回は相手が悪すぎるぞ…)

 

 兄としては妹の恋路を応援したい気持ちはある…が、彼からしても佳織は相当な美少女だった。

 許されるのなら自分がお付き合いしたいと本気で思ってしまうほどに。

 

「にしても仲森さん…友達多かったんだな…」

「知らなかったのか?」

「あぁ。彼女ってあんまり自分の事を話したりしないし…」

 

 今にして思えば、自分は佳織の事を何も知らない。

 近い内、千冬から色々と聞けるらしいが…。

 

(…あの子の事をもっと知りたいって思うのは…別に普通の事だよな…?)

 

 これから先も同じクラスで過ごす以上、少しでも佳織の事を知っておきたいと思った一夏。

 どうしてそんな事を考えたのか。彼にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は遂に第一期最後の二人が登場します。

それについて、またアンケートをしようと考えています。





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またもや波乱の予感

なんでか突発的にウマ娘のウィニングライブを聞いていたら、やっぱり神曲ばかりだと再認識していつの間にか時間が過ぎていた件。

今月中にあっちの方も絶対に書きます。

期待せずにお待ちください。







 久し振りに皆と遊んだ次の日の月曜日。

 老若男女問わず誰もが憂鬱になる週の初め。

 それは私たち学生も例外じゃなかった。

 

「はぁ…また今日から一週間が始まるのね…」

「朝っぱらから憂鬱全開って感じね佳織。昨日の元気はどこに行ったのよ?」

「昨日は昨日。今日は今日だよ。はぁ…」

 

 もし仮に私が転生者じゃなかったとしても、月曜日はこんな顔になっていたと思う。

 何故って? そんな性格をしているから。

 

「うみゅ~…」

「…で、さっきから本音はどうしてアンタの体に抱き着いているワケ?」

「さぁ…?」

 

 これは本気で分かりません。

 朝の準備をして食堂に向かう途中で出会った瞬間からずっとこんな感じが続いている。

 食事中もずっと私にベッタリだったし、こうして教室に向かう途中も同じ。

 一体、布仏さんに何が起きているのやら。

 

「今の私は『かおりん分』を補給しているんだよ~」

「「かおりん分?」」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「『かおりん分』は、かおりんの体から漂ういい匂いから摂取できる栄養分で、これを体内に入れると私は一日ずっと幸せな気分になれるのです」

「わ…私の身体から、そんな麻薬みたいな成分の匂いが…っ!?」

「いやいやいや。なんで佳織も真に受けるのよ」

 

 だって…布仏さんに言ってる事なら本当に有り得そうだし。

 

「けど、確かに佳織の近くにいると不思議と落ち着くわよね。なんでかしら?」

「私に聞かれても……」

 

 別に私の身体からマイナスイオンが出ている訳でもあるまいし。

 そんな鎮静効果があるだなんて初めて聞いたよ。

 

「そ…そういえば、なんだか今日は食堂が騒がしかったね。なんだろ?」

「あれじゃない? もうすぐ開催されるっていう『学年別個人トーナメント』」

「あぁー…」

 

 そういや、そんなのもあったねぇ~…。

 そして、その時期となれば必然的に『彼女達』がやって来るタイミングでもある訳でして。

 

「あのトーナメントって全員参加型なんだよね……」

「らしいわね。ってことは、もしかしたら佳織とも戦うかもしれないって事か」

「うぅ……お手柔らかにお願いします」

「それはこっちの台詞。代表候補生は愚か、下手したら国家代表すらも霞むレベルの実力を持ってる佳織に言われても皮肉にしか聞こえないわよ」

「あの、それは……」

 

 アレに関しては本当に全く知らないんですってば~!

 私がトールギスを駆って無人機相手に無双したって言われても、私自身が一番信じられてないんだから!

 この私がっ! あの兎さんお手製の無人機に! 勝てる訳が無いでしょうが!

 それ以前にトールギスに乗ってて無事だった理由が分かりません!

 

「ま、その時はその時か。『かもしれない』未来の事を考えても仕方ないわよね」

「そ…そうだよね…ははは……」

 

 はぁ…やっぱ私も出場しないといけないのかな……トールギスで。

 自信ないなぁ~…出たくないなぁ~…。

 当日になって偶然にも風邪とかにならないかなぁ~…。

 

 なんて話している間に教室が目の前に。

 どうも賑やかみたいだけど。

 

「なんか一組が賑やかね。なんかあったのかしら?」

「一組は基本的にいつもあんな感じだよ?」

「…なんか、佳織が静かに暮らしたくなる気持ちが少しだけ分かったかもしれない」

 

 そんな反応をするって事は、二組はもうちょっと静かなんだろうね。

 私も二組とかが良かったよ。いやマジで。

 

「それじゃ、またお昼にね」

「うん。またね」

「またね~」

 

 手を振りながら凰さんは隣の二組の教室へと入っていった。

 それを見届けてから、私と布仏さんも一組の教室へと入る事に。

 

「あ…仲森さん。おはよう」

「ん、おはよう。織斑君」

「おはよー」

 

 教室に入ると、いつものように女子に囲まれていた織斑君と目が合って挨拶。

 けど、いつもとは違う部分もあった。

 

「篠ノ之さんとオルコットさんはどうしたの? いつも一緒にいたのに」

「自分の机にいるよ。こっちから話しかけても空返事しかしないんだ」

「ふーん……」

 

 この間の事がよっぽど堪えているのかな?

 それとも、織斑先生のお説教による精神的ダメージが長引いてる?

 オルコットさんは昨日もなんだか元気が無かったみたいだし。

 

(ま…いいか。私には関係ないし)

 

 何かあれば織斑君が解決してくれるでしょ。主人公なんだし。

 

「ところで、さっきから何の話をしていたの?」

「ISスーツの話」

「ISスーツ……」

 

 あれねぇ……前にも言ったかもしれないけど、あれは苦手だなぁー…。

 私にだって人並みな羞恥心はあるんだよ?

 あの時の教訓を生かして、今じゃ学校がある時は基本的に制服の下にISスーツを着込むようにしている。

 それをやっている時、小学生の時にプールの授業が待ち遠しくて服の下に水着を着て来た子がいたのを思い出した。

 今の私は、その子達と同レベルなのか…。

 

 因みに、マリーさんには絶対にISスーツを着させてはいけない。

 何故ならば、彼女のお尻には未だに丸い蒙古斑が残っているから。

 

 ここで佳織ちゃんからの豆知識。

 蒙古斑は黄色人種独特の特徴で、余り見慣れていない西洋人のお医者さんだと虐待だと勘違いをしてしまうケースがあるらしいよ。

 

「仲森さんはどんなのを使ってるんだ?」

「皆と同じ学園指定の物を使ってる。特に拘りとかないし」

「私もかおりんと一緒~」

 

 デザインが変わった程度で何かが劇的に変化する訳じゃないんだし、そこまで拘る理由って無いと思う。

 私からしたらスク水と一緒だし。

 スク水をお洒落にしてどうするねんって感じ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「むむっ!? なんだか急にキュピーンと来た! トールギス専用の槍もいいけど、かおりん専用の束さん特製ISスーツを着させないといけないような気がした! よし! 槍を作るのと同時進行でやっちゃおう! ISスーツ程度なら片手間でも楽勝だし!! 待っててね、かおりん!」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ひゃぅっ!?」

「ど…どうした?」

「なんか今…嘗て無い程の悪寒が背中を走ったような気がする…」

 

 猛烈なまでの嫌な予感…当たらないと良いけど…。

 

「ISスーツは、肌表面の微弱な電位差を検知する事で操縦者の動きをダイレクトにISの各部位へと伝達して、ISはそこで必要とされている機動を行います。また、ISスーツは基本的に耐久性にも優れていて、一般的な小口径拳銃程度の銃弾ならば完全に防ぐことが出来るんですよ。流石に衝撃までは緩和できませんけどね」

「「「「おぉ~…」」」」

 

 見事な説明をしながら教室に入ってきたのは副担任の山田先生。

 皆から半ば馬鹿にされがちな人ではあるけど、やっぱり先生なんだなって実感できた。

 

 それでも、皆からは褒められながら渾名で呼ばれているけど。

 どれだけ優れていても、やっぱ身の内から出る雰囲気が駄目にしてるんだろうねぇ…。

 せめて、私ぐらいは普通に接してあげないと。

 補習とかで普段から織斑先生と同じぐらいにお世話になってるんだし。

 

「おはようございます。山田先生」

「はうぅ~…私を『先生』って呼んでくれるのは、仲森さんや織斑君達だけですよぉ~…」

 

 山田先生…だから、それが駄目なんですってば。気付いてます?

 

「ところで先生。さっきのISスーツの事で一つ質問があるんですけど」

「なんですか? 何でも聞いてください! 私、先生ですから!」

 

 そこで『先生』を強調しない。悲しくなるから。

 

「どれだけISスーツの耐久性が優れていても、スーツに覆われていない場所を撃たれたら意味無いですよね? その時はどうすればいいんですか?」

「あ……」

 

 ちょ…何よ、その『あ』って…。

 まるで私が悪い事を聞いちゃったみたいじゃない…。

 

「そんな事にならないようになるのが一番だが、もしもそのような事態になった場合は、撃たれるよりも前に回避運動を行うか、もしくは即座にスーツで覆われている場所で防御をするかのどっちかだな」

 

 ここで山田先生のフォローをするような形で織斑先生のご登場。

 今言った方法って…織斑先生にしか出来ないのでは?

 

「あの『じゃじゃ馬』を手足のように動かせる仲森ならば楽勝だろう?」

「えぇ~…」

 

 絶対に無理に決まってるじゃないですかヤダー。

 避ける暇も無く、防ぐ暇も無く、即座に撃たれてゲームオーバーですよー。

 

「そろそろ席に着け。朝のHRを始める」

「は…はい」

 

 優しく言っている内が華ってね。

 とっとと自分の席に行きましょうかね。

 

 私が動き始めたのを皮切りに、皆も自分の席に戻り始める。

 途中で布仏さんが凄く寂しそうな顔をしていたけど、流石にこればっかりはどうしようもない。

 お昼休みは彼女の好きにさせようか。

 

「諸君、おはよう」

「「「「「おはようございます」」」」」

 

 普段もこれぐらいしっかりしていればいいのにね。

 日本中の教師が全く同じことを考えているだろう。

 

「本日から本格的な実戦訓練を始める事にする」

「本格的な……」

「実戦訓練?」

 

 言葉だけを聞いても『?』だよね。

 私はなんとなく内容を覚えているから、そうはならなけど。

 

「具体的には、学園に配備されている訓練機のISを使っての授業を始めるという事だ」

「「「「おぉー…」」」」

 

 遂に実機を使用してのお勉強が始まるのよね。

 といっても、最初は超初歩的なことからだろうけど。

 

「授業とはいえISを使う以上、そこには少なからず危険が伴ってくる。決して油断をせずに気を引き締めるように」

「「「「「はい!」」」」」

 

 いつも思うけど、本当にいいお返事。

 

「各々に注文をしたISスーツが到着するまでは学園指定の物を使う予定なので忘れないように」

 

 私は注文なんてしてませーん。

 そんな事に割くお金なんて存在しないから。

 

「もしも忘れたりした者は代わりとして学園指定の水着で授業を受けて貰うからな。もしも、それすらも忘れた場合は…下着でやって貰う。それが嫌なら絶対に忘れない事だな」

 

 さっきも言ったけど、下から着ているので忘れようがない。

 もしも忘れた人はご愁傷さまって事で。

 大衆の面前で羞恥プレイでも楽しんでくれたまえ。

 このクラスには織斑君という男子もいるし、彼からしたら役得かもね。

 

「それと、今日はお前達に大事な報告がある。山田先生」

「は…はい! 実はこのクラスに転校生がやってきます。しかも二人です!」

「「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」」

 

 はいはい来ましたよー。

 普通の感性を持つ人間なら『どうして一気に二人も?』とか『普通は別々のクラスにするんじゃないの?』なんて疑問を持つ筈だ。私みたいに。

 だけど、このクラスの大半の女子は織斑君と言うイレギュラーの存在によって無駄に浮かれすぎて頭の中がパッパラパーになっているので、そんな常識が全く通用しない。

  

 なんて言ってる場合じゃない。早く耳栓を用意しないと。

 昨日の帰りに密かに買っておいたんだよねー。

 本当に事前準備って大事。

 

「それじゃあ、入ってきて下さい」

「失礼します」

「……………」

 

 山田先生の言葉と同時に教室の扉が開かれ、そこから二人の人影が教室内へと入って来る。

 一言で言えば、それは『金』と『銀』。

 特に『金』の方を見た女子達は、まるで時間が止まったかのように一気に静まり返った。

 だって、二人いる転入生のうちの一人が…男子の制服を着ていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは導入から。

なんかアンケートじゃ二人をヒロインにする票が一番多いみたいですね。

それは全く構わないんですけどね…。

ラウラの方は簡単にヒロインに出来るんですけど、問題はシャルロットの方。

どうやってヒロインにするべきか…う~ん…。




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遂に揃っちゃったね

まだまだアンケートは続いていますが、このままだともう結果は見えていますね。

それじゃ、そっち方面の話を考えなきゃな…。








 いきなり教室に入ってきた二人の転入生。

 その片方の姿を見た途端、教室全体が一気に静まり返った。

 

「皆さん初めまして。フランスから来た『シャルル・デュノア』です。来日したのは今回が初めてで、日本の生活には不慣れな点が多く見受けられると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

 なんか言ってるけど耳栓をしている私には何も聞こえない。

 本人には申し訳ないと思っているけど、話している内容はなんとなく想像出来るし、名前も知っているので今はそこまで聞く必要性は無い。

 

「お…男の子…?」

 

 不意に顔を向けた先で一人の女子が何かを呟いた。

 それに反応して、デュノアさん…いや、今はまだデュノア君かな?

 彼がまた何かを話しだした。

 

「その通りです。こちらに僕と同じ境遇の人物がいると聞いて海を渡って日本のIS学園に……」

 

 話は聞こえないけど、その立ち振る舞いから恐ろしく礼儀正しいことが分かる。

 礼儀正しい…いや、礼儀正しすぎる。

 まるで必死に自分の描く理想の男性像を演じているかのように。

 前にガンちゃんが面白半分で男装をしたことがあったけど、今のデュノア君はそれに最も酷似している。

 因みに、男装した時のガンちゃんは本当にカッコよくて、割と本気で胸キュンしてたりする。

 もしも、あのままIS学園に入らずに皆と一緒に高等部に上がっていたら、普通にガンちゃんに告白をしていたかもしれない。

 

「きゃ……」

 

 むむ…! この感じ…来るぞ! 私、耐ショック防御!!

 気合を入れて耐えるぞー!

 

「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」」」

 

 パァンッ!!!

 

(さ…叫び声の余りの威力に…耳栓が一瞬で破裂した…!)

 

 な…なんで…? こんな事って現実に有り得るの…?

 コストパフォーマンスを重視して、100円ショップで買ったのが拙かったの…?

 こんな事なら…ちゃんとしたのをネット通販とかで買っておけばよかった…!

 

 咄嗟に耳を手で塞いだけど、時既に遅し。

 女子達のテンションは最高潮に達していた。

 

「男子よ男子! 二人目の男子ー!!」

「しかもウチのクラスに!!」

「すっごい美形! 母性がくすぐられる系の!!」

 

 冗談抜きで…どうしてこんな事でここまで興奮できるのか本気で理解出来ない…。

 どんだけ男に飢えてる人生を送ってきてるのよ…。

 聞いてるだけでなんだか悲しくなってくるんだけど…。

 

(あんな超お粗末な男装すら見抜けないなんて…盲目的になって視野が狭くなるって本当に怖いわー…)

 

 こんなんだから日本人はよく交通事故とか起こすんだよ。

 もっと物事は冷静沈着に、視野を広く捉えるようにしようよ。

 じゃないと、いつの日か必ず取り返しのつかない事故とかに繋がりかねないよ?

 

「静かにせんかっ!! まだ自己紹介は終わってないぞ!!」

 

 ここで織斑先生の鶴の一声。

 や…やっと静かになった……。

 まだ耳がキーンって鳴ってるけど…大丈夫だよね?

 鼓膜は破れてないみたいだけど…血とかは出てない…出てないね。安心した…。

 後で絶対にスマホでヒーリングミュージックとか聞こう…。

 

「ボ…ボーデヴィッヒさん。挨拶をお願いします」

「…………」

「えっと……」

「ボーデヴィッヒ。挨拶をしろ」

「了解しました。教官」

 

 はいキター。ハイパーコミュ症ダブルツインダッシュマークⅡセカンドな銀髪ロリっ子軍人ー。

 山田先生の事を完全無視からの織斑先生に対する『教官』呼びキター。

 この一連の流れだけで、彼女が普通じゃない事が一発で分かるね。

 

「ここは軍ではなく学校だ。私は教師であり、お前は生徒。故にここでは私の事は織斑先生と呼べ。いいな」

「はっ!」

 

 そこで敬礼をしちゃ意味が無いでしょうが…。

 世間知らずもここまで行けば勲章物だわ…。

 彼女の出生が幾ら特殊とはいえ、それでも限度があるよね…。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 ハイ終了。

 最強に簡潔な自己紹介、ありがとうございました。

 なんだか、入学した時の織斑君を彷彿とさせるよね。

 

(あ…ちょっと待って。織斑君と言えば……)

 

 この後、ボーデヴィッヒさんに気持ちのいい一発を貰ってたよね…。

 あの様子からすると、きっと……。

 

 パチンッ!!

 

(やっぱり……)

 

 完全に戸惑っている山田先生の前を堂々と横切ってから、織斑君の席の前まで来てからのビンタ一発。

 聞いていて清々しさすら感じるような音が教室内に響いた。

 

 それから、お約束の『認めない』宣言からの織斑君が激昂する。

 後ろじゃ織斑先生が頭を抱えながらの盛大な溜息。

 激しく同情しますよ…先生。

 

「はぁ……では、これで朝のHRを終了する。この後、すぐにISスーツに着替えてから第二グラウンドに集合するように。今日の午前はまず、隣りの二組と合同でISを使った訓練を執り行う。以上だ」

 

 このままじゃ埒が明かないと判断したのか、織斑先生によって半ば強制的にHRが終了した。

 先生…めっちゃ英断だと思います。

 

 その後、織斑君がデュノア君の面倒を見るように言いつけられて、二人一緒に教室を出てから更衣室へと向かって行った。

 途中で色々とあるとは思うけど…まぁ頑張って。

 

 それよりも問題は……。

 

「…………」

 

 こっちの方…だよねぇ…はぁ……。

 めっちゃ仏頂面で腕組みして席に座ってるし…。

 可能な限り、近づきたくは無いな~…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 織斑君と言う男子がいるせいなのか、今日みたいに外での実習になると基本的に女子は教室で着替えて、彼は更衣室まで移動してから着替える事となっている。

 本当は逆だと思うんだけど、恐らく男女の比率が極端になっているせいなんだろうね。

 皆でゾロゾロと移動するよりは、一人がそそくさと移動をした方が時間が掛からなくて済むし。

 今回の場合は二人になってるけど。それも今の間だけだから気にしない。

 

(さて…と。それじゃあ、私も早く着替えますかね。遅刻はしたくないし)

 

 着替えると言っても、実際には制服を脱ぐだけなんだけどね。

 前にも何回か言ったとは思うけど、私は制服の下にISスーツを着用しているのでパパッと着替える事が可能になっている。

 それは何も私だけじゃなくて皆もそうで、実際に周りの女子達も制服を脱ぐと、その下からISスーツが見えてくる。

 

「かおりーん。終わったー?」

「あと少しだけ。ちょっと待ってて」

 

 先に着替え終えた布仏さんがニコニコ笑顔でこっちにやって来る。

 …いっつも思うけど、この子って顔に似合わず胸のサイズが凄いよね…。

 これが本当の『ロリ巨乳』ってやつですか…ちくせう。

 

 虚しい現実に嘆きながら制服を脱いでいく。

 スーツ姿になってから長い髪に手をやって、首を軽く振ってから整えた。

 

「…かおりんって…綺麗だねぇ~…」

「それ…布仏さんが言う?」

 

 そっちだって十分に美少女と言っても過言じゃないでしょうに…。

 皆の前じゃ、私みたいな地味女なんて一瞬で霞んじゃうって。

 髪の長さなら篠ノ之さんだって負けてないし、胸の大きさなら圧倒してるし…。

 …なんか自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「それよりも、早く行こう?」

「うん!」

 

 着替え終わった子から次々と教室を出ていく。

 私達もそれに続く形で廊下に出る事に。

 去り際にチラッとボーデヴィッヒさんの事を見たら、一人で静かに着替えをしていた。

 どうやら、彼女は制服の下にISスーツを着てこなかったみたいだ。

 

 因みに、オルコットさんと篠ノ之さんの二人は終始、黙ったまま着替えていた。

 幾らなんでも引きずり過ぎでは…?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 教室から出ると、同じタイミングで二組の教室から出てきた凰さんと合流した。

 向こうもちゃんとISスーツに身を包んでいた。

 布仏さんの胸を見ると、一瞬だけ鬼の形相になってたけど。

 

「さっき振りね、二人とも」

「そうだね」

 

 本当についさっき振りだ。

 別れてから15分ぐらいしか経ってないし。

 

「そういや、さっきの絶叫は何だったの? 二組の教室は愚か、余裕でこの階にある全部の教室に響き渡ってたわよ?」

「えっと…それは……」

 

 ここで私は魔法カード『かくかくしかじか』を手札から発動する!

 これにより、詳しく説明をしなくても、なんとなくこちらが言いたい事が伝わってしまうのだ!

 

「かくかくしかじか…」

「まるまるうまうま。成る程ね。こっちのクラスでも噂になってた転入生が来た影響だったのね」

「うん…本当に耳が壊れるかと思った…。実際に耳栓は壊れちゃったし…」

「あぁー…あの100円耳栓ね。幾ら安物だからって、耳栓が壊れる絶叫ってどんだけよ…。よく無事だったわね…」

「自分でも奇跡的だと思う」

 

 もしかして、私の知らない所でまたトールギスが守ってくれたのかな?

 

「しっかし…まさか一夏以外の男性操縦者がいるとはね……」

「そう…だね……」

 

 立ち止まったまま話をしていては遅刻をしてしまうので、私達は歩きながら情報共有をすることに。

 

「何よ。妙に歯切れが悪いじゃない。どうかしたの?」

「かおりん…?」

「ん…ちょっとね……はぁ……」

 

 これからの事を考えると普通に憂鬱になると言いますか…。

 あの二人は今まで以上のトラブルを運んでくるしね…。

 織斑君と普通に話す仲になってしまった以上、もしかしたら私の所に頼ってくる可能性も無きにしも非ずなわけで…。

 それを思うと溜息が止まらないんだよね…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 佳織の顔色が妙に優れない。

 別に体調が悪いって訳じゃないでしょうし…。

 実際、今朝は普通に朝食を食べていた。

 

(もしかして、例の転入生が関係しているのかしら…?)

 

 聞いてる限りじゃ、明らかに訳ありっぽい感じだし…。

 一つのクラスに二人って時点でおかし過ぎでしょ。

 しかも、うち一人は男で? もう一人はいきなり一夏に向かってビンタをした?

 …佳織じゃなくても溜息をつきたくなるわ。

 

「ねぇ…本音」

「どーしたのー?」

「一組に来た二人の転入生って、どんな感じの奴等だったの?」

「うんとねー……一人はフランスから金髪の男の子?…で、もう一人は銀髪で眼帯をしててー…すっごくビシッって感じのちっちゃな女の子」

「どうして男の子の所だけ疑問形?」

「なんでかなー…私には彼が男の子には見えにくかったんだよねー」

「男には見えない…? その根拠は?」

「なんとなくかなー」

 

 …本音にちゃんとした説明を求めたあたしが馬鹿でした。

 この子はあれね。直感で何かを感じたんでしょうね。

 

(まだ本人を見ていない段階じゃ何とも言えない…か)

 

 まずは実物を見てから判断しましょ。

 そうすれば、どうして佳織が落ち込んでいるのかも分かるだろうし。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 グラウンドに出てから、あたしは既に来ていた二組の子達の列に並ぶことに。

 佳織と本音も同じように、一組の列に並んで整列をしていた。

 

 まだ落ち込んでいる様子のセシリアと箒を余所に、一組の子達はさっき来たという転入生たちの話題で持ちきりの様子。

 それは二組にまで伝染し、ウチのクラスの子達も一組の転入生について話し始めた。

 といっても、話の内容は主に例のフランス男子についてだけど。

 

(…で、もう一人の転入生が……あいつね)

 

 本音から聞いた特徴を参考に探してみると、すぐに見つかった。

 銀髪で眼帯で小柄な体格。

 ここまでのヒントがあれば見つけるのは容易だ。

 

(…まるで軍人みたいに綺麗な立ち姿ですこと)

 

 他者を完全に寄せ付けない立ち姿。

 あれは意識的に壁を作ってるわね。

 自分はお前達とは違うって顔をしてるわ。

 

(あんなのが自分のクラスに転入して来れば、そりゃ溜息の一つも吐きたくなるか……)

 

 佳織には凄く同情するわ。

 よし。今夜も遊びに行って、あの子のストレス発散に協力してあげよう。

 

(けど、こっちの子は基本的に自分から近づかなきゃ問題は無いわよね? 問題がありそうなのは……)

 

 あっちの方か。

 そんな事を考えていると、最後に一夏が見慣れない子と一緒に走ってきた。

 もう既に千冬さんの眉間はピクピクしている。

 

「「遅れました!」」

「遅い! とっとと並べ!」

 

 金髪の男子って、あの子の事よね…。

 なんか一夏と仲が良さそうにしてるけど、あれって……。

 

(体付きや線の細さ…歩き方とかもそうだし、なにより喉仏が無い…。どう見ても男装をした女の子じゃないのよ!!)

 

 いや…あれはもう男装なんてレベルじゃない。コスプレよ!

 ううん…コスプレでも、もっと上手に化けるわよ!

 どうして一組の子達は気が付かないのッ!?

 はっ!? ちょっと待ってよ…?

 

(もしかして…佳織はクラスの中でただ一人だけ、アイツの正体に一目で気が付いてしまって、それを言いたくても言えないから落ち込んでいたのっ!?)

 

 それなら全ての辻褄が通る!

 あれだけの実力を持つ佳織なら、候補生以上の優れた観察眼を持っていても決して不思議じゃない!

 あたしたちが気が付いてるんだから、まず間違いなく千冬さんだってアイツの正体を感づいている筈…。

 なのに何も言わないって事は、何か考えがあるって証拠…。

 それを分かっているから、佳織も黙ってるんだわ!

 

(…今夜、遊びに行った時にでも聞いてみようかしらね。それで少しでも佳織の心の負担が軽くなれば……)

 

 性別を偽ってまで転入してくるって事は、かなりの大きな理由が有る筈。

 佳織もそれを分かっているから、ああしてもどかしい気持ちになっているに違いない。

 つーか、どうして一番近くにいる一夏が気が付かないのよッ!?

 遠目から見たあたし達でさえ一発で分かったってのに!

 そんなんだから昔から『鈍感神』って呼ばれんのよ!

 なんか思い出したら急に腹立ってきた…!

 

 

 

 




鈴ちゃん、地味に強化。主に精神的な部分が。

これなら、もしかしてラウラとのイザコザも…?






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先生だって頑張ってるんです

変な所でまた微妙な勘違いを生んでしまった佳織。

このまま、どこまで彼女は突き進んでいってしまうのか?








「それでは、これより実際に訓練用のISを用いた実践訓練を始める」

「「「「「はい!」」」」」

 

 織斑先生の一言で午前の授業が開始される。

 授業前に一悶着が無かったのが幸いしてか、毎度御馴染みの出席簿アタックは回避された。

 あれって見ているだけでも痛そうだもんね。

 

(ねーねーかおりん)

(布仏さん? どうしたの?)

 

 授業中に彼女が私に対してヒソヒソ話をしてくるなんて珍しい。

 一体どうしたのかな?

 

(山田先生がいないけど、どうしたのかな~?)

(そういえば……)

 

 原作の通りだと、この後に山田先生がラファールを装備した状態で落下してきて、その落下位置にいた織斑君が見事なラッキースケベをかましてからヒロイン達の怒りを買っちゃうんだよね。

 うーん…一応、彼に注意を促しておくべきかもしれない。

 この程度なら変化しても影響は無いだろうし、何かが間違って大怪我とかしたら大変だ。

 

「まずは手本として専用機持ち達に軽い模擬戦をやって貰う。丁度、この場には専用機を持っている者達が『三人』もいることだしな」

 

 あ…私の事は含まれてないのね。そりゃそっか。

 もしも私が数に入っていたら『四人』って言ってる筈だしね。

 

「凰。オルコット。二人とも前に出ろ」

「はい」

「…………」

 

 あれ? なんかオルコットさんだけ無反応? なんで?

 

「オルコット! 返事をせんか!」

「あ…はい! なんでしょうかっ!?」

「今から模擬戦をやって貰う。前に出ろ」

「わ…分かりました」

 

 申し訳なさそうにしながらオルコットさんが列から離れて前に出た。

 なんだか『心ここに非ず』って感じだったけど…。

 

「織斑先生。もしかして、模擬戦ってこの二人でするんですか?」

「残念だが違う。今回は、お前達二人で即席のタッグを組んでから『ある相手』と戦って貰う」

「ある相手…ね」

 

 あの顔…凰さんにはなんとなく予想がついてるのかな?

 それに比べてオルコットさんは小首を傾げているけど。

 

「申し訳ありませんけど、やるならあたし一人でお願いします」

「ほぅ…?」

「な…なんですって…?」

 

 あらら。いきなりのタイマン宣言。どうしたのかしら?

 

「あんまりこんな事は言いたくないけど…この際だからハッキリと言わせて貰います」

「なんだ」

「こんな訃抜けた顔をしてる奴とコンビを組むなんてお断りです。あたしの実力じゃ、まだ『お荷物』を抱えたまま戦うなんてことは無理ですから」

「お…お荷物ですって…!?」

「あら、違うの? それじゃあ言い方を変えてあげるわ。あたしの大切な親友を見殺しにしようとした奴の手なんか絶対に借りたくない。死んでも御免よ」

「くっ……!」

 

 凰さんが言った『大切な親友』って、もしかして私の事…だよね…?

 凄く嬉しいけど…凄く照れる…。

 しかも、オルコットさんには大ダメージみたいだし。

 私はそんなに気にしてはいないんだけどなー。

 目の前で何かを言われた訳じゃないんだし。

 

「…そうだな。凰の言い分も一理ある」

「お…織斑先生ッ!?」

「オルコット。そんな精神状態で全力を…ベストパフォーマンスが出来ると言えるのか?」

「そ…それは……」

「ISだけに限らず、何事も最高の動きをするには精神状態と言うのは非常に重要なファクターの一つだ。今のお前の精神状態は良好だと断言出来るのか?」

「…………」

「出来ないのなら、ここは大人しく下がれ。余計な怪我をするだけだ」

「…分かりましたわ」

 

 自分で呼び出しておいて下がれとは、これいかに?

 でもまぁ…最初は織斑先生もオルコットさんの状態を良くは知らなかったんだから仕方がないか。

 

「…で、さっき言ってた『ある相手』さんはどこにいるんですか?」

「慌てるな。もうすぐ来る」

 

 …そろそろか。んじゃ、織斑君に少しだけ近づいてから肩をポンポンってね。

 

「仲森さん? どうしたんだ?」

「織斑君。今すぐにそこから少し離れた方がいいと思う」

「なんでだ?」

「鉄の塊が落下してくるかもしれないから」

「て…鉄の塊?」

「うん」

 

 そうだよね。何言ってんだって顔になるよね。

 もうちょっと具体的に言えばよかったかな。

 それとなく伝えるつもりが、逆に意味深な言葉になってしまった。

 

「あああああ~っ!? 織斑くん! 仲森さ~ん! そこをどいてくださ~い!!」

「上から聞こえてくる聞き覚えのあるこの声は…ってっ!?」

 

 はい。正解は『ラファールを装備した山田先生』でした。

 分かったら、すぐに言われた通りにどきましょうね。

 

「仲森さんっ!! 危ないっ!!」

「きゃあっ!?」

「佳織っ!?」

「かおりんっ!?」

「仲森っ!!」

 

 なんかいきなり織斑君に押し倒されたッ!?

 突然すぎて全く反応出来なかった…。

 

 その直後、背後では何か重たい物が地面に落下したような音が。

 間違いなく山田先生ですね。はい。

 けど、今はそんな事よりも……。

 

「ふぅ……危機一髪だったな。仲森さんが教えてくれなかったら本気で危なかったぞ…。大丈夫か?」

「う…うん。驚きはしたけど、怪我とかはしてない。してないけど……」

「けど?」

「……手。どけて」

「手?」

 

 私が睨み付けると、彼は自分の手がどうなっているのかを知った。

 押し倒された拍子に偶然にも彼の手が私の慎ましやかな胸に触れていた。

 いや…触れるってよりは完全に揉んでますな。

 

「うわぁっ!?」

「ひゃうっ!? う…動かさないで…」

「ご…ごめんっ! 決してそんなつもりじゃなかったというか…」

 

 急いでどいてくれたのは良いけど、一言だけ言わせてほしい。

 …どうして山田先生じゃなくて、私に対してラッキースケベが発動するのよ!!

 自分のスタイルの自信が無い私に対する嫌がらせかっ!?

 

「……織斑君のスケベ」

「ち…違うって! 本当にそんな事をするつもりじゃなかったんだって!」

「…私の事を助けようとした結果なのは分かってるし、感謝してる。けれど、それとこれとは話は別」

「…ですよねー…」

「それよりも周りを見た方がいいと思う」

「ま…周り…?」

 

 織斑君が周囲に視線を向けると、そこには憤怒の炎を燃やしている阿修羅すらも凌駕した存在になっている凰さんと織斑先生と布仏さんがいた。

 

「一夏…! あたしの目の前で佳織を押し倒すとか…いい度胸をしてるじゃないの…!!」

「お~り~む~…!」

「よりにもよって大衆の…教師の目の前で女子を押し倒すとは…覚悟は出来ているんだろうな…! 私は出来ている…!」

「ちょ…鈴? 布仏さん? ち…千冬姉…?」

 

 冷や汗ダラダラになりながら引き攣った笑いをする織斑君。

 申し訳ないけど、流石にこればかりはどうしようもないわ。

 大人しく罰を受けて頂戴な。

 

「凰、布仏。ここは教師として、こいつの姉として私に任せてくれないか?」

「「分かりました」」

 

 あ~あ。織斑先生が代表して制裁をするみたい。

 手にはいつもの出席簿があるけど…。

 

「…私の趣味がレトロゲームをする事なのは知っているな?」

「あ…あぁ…。家にはファミコンとかあるしな……」

「そんな私にとって、高橋名人はヒーローのような存在だった。彼のようになりたいと憧れて、彼の代名詞である『1秒間16連射』を会得しようと試みたのだが…私には不可能だった。私に出来たのは精々……」

 

 スパパパパパパパパパパパパパパパンッ!!!!!

 

「1秒間に15連射だった」

「そ…それでも十分過ぎるだろ……ガク」

 

 い…1秒間15連発の出席簿アタックですと…!

 これはまた強烈な一撃を…。

 

「仲森、大丈夫だったか?」

「は…はい。なんとか……」

「こいつは息を吐くようにセクハラをしてくるからな。気を付けるんだぞ」

「わ…分かりました」

 

 織斑先生に手を貸して貰いながら立ち上がったけど、未だに地面には気を失った織斑君が。

 頭にはギャグ漫画みたいに何重にも重なったタンコブがあった。

 余計な事を言ったせいで、これまた変な方向に行ってしまった…。

 なんか織斑君には申し訳ない事をしてしまったかもしれない。

 

「よかったわ…佳織の貞操が無事で」

「うんうん」

「よりにもよってソッチの心配?」

 

 彼に限ってそれは無いとは思うけど……。

 

「にしても、あんなにも一夏に対してお熱だった二人が大人しいのは珍しいわね」

「本当だね~」

「言われてみれば……」

 

 篠ノ之さんは織斑君と私を交互に見て落ち込んでるし、オルコットさんに至っては体を震わせながら俯いていた。

 本気であの二人が何を考えているのかが分かりません。

 

「はぁ…山田先生。本気で気を付けていただきたい。あと少しで怪我人が出るところだった」

「すみませ~ん……」

 

 ラファールを纏ったまま立ち上がる山田先生だったけど、なんだか弱った小動物を彷彿とさせた。

 今回、山田先生を相手に選んだのって、普段のあの人の教師としての威厳を少しでも取り戻させる為でしょ? これで本当に大丈夫かな…?

 

「けど、山田先生がISを纏ってるって事は、もしかしなくても模擬戦の相手ってのは……」

「山田先生だ」

「やっぱり……」

 

 なんか別の意味で心配そうにしている凰さんだけど、それは無用とだけ言っておこう。

 単なる眼鏡なドジッ子だと思って侮るなかれ。

 ああ見えても実力『だけ』は本物だから。

 

「凰…準備は大丈夫か?」

「はい。いつでも行けます」

「そうか。時間も押しているしな…早速、試合開始だ」

「「了解!」」

 

 専用機である『甲龍』を纏った凰さんが、山田先生と一緒に上空へと昇って行く。

 原作じゃ、オルコットさんと二人掛かりでも完全に圧倒されてたけど…。

 

「先生。織斑君はいいんですか?」

「心配はいらん。放っておけ」

「えぇ~…」

 

 哀れ織斑君。他の子からの心配も呆気なく一蹴されてしまった。

 

「それよりも、二人が模擬戦をしている間に…そうだな。デュノア」

「はい」

「山田先生が使用しているIS『ラファール・リヴァイヴ』について説明してみろ」

「分かりました。山田先生が使用しているラファールと言う機体は……」

 

 ここで原作通りにデュノア君の説明という名のナレーションが入るけど、私は完全に右から左へと受け流しながら、上空で繰り広げられている模擬戦に見入っていた。

 

「あの山田とか言う教師…中々にやるではないか」

「え?」

 

 誰かと思って振り向くと、それはボーデヴィッヒさんの台詞だった。

 驚いた…この時期の彼女が誰かを素直に褒めるだなんて…。

 

「武器の切り替えタイミング…リロードのスピード…そして、命中精度。どれを取っても申し分ない実力。成る程…織斑教官が副官として置きたがるのも納得だ」

(…時期とか関係無しに、この子は純粋な感性の持ち主なのかもしれない)

 

 良くも悪くも真っ白な子だしね…。

 変な風に染められていないだけ、まだずっとマシか…。

 

「あの凰という候補生も悪くは無いが…機体の相性と相手が悪すぎたな。完全に相手のペースに乗せられて、自分の距離を保てないでいる。奴自身もそれを自覚しているのか、肩から発射される衝撃砲で対処しようとしているが…それだけでは決定打に欠ける。勝負あったな」

 

 完全な独り言なんだろうけど、図らずもボーデヴィッヒさんの分かり易い解説のお蔭で私達も試合を見る事に集中出来た。ありがとう。

 

(あ……)

 

 凰さんが武器を引っ込めてから両手を上げて降参のポーズをした。

 どうやら負けを認めたみたいだ。

 

「ははは…ぜ~んぜん駄目だったわ。山田先生、普通に強すぎ。IS学園の教師は伊達じゃないわね。さっきのドジが嘘みたい」

「きょ…恐縮です…」

 

 照れ顔の山田先生が普通に可愛い。

 原作でも織斑君が言ってたけど、本当に制服を着てたら生徒に間違われるよ。

 

「こう見えても、山田先生は元日本の代表候補生だ。これぐらいの実力は持っていて当然だ」

「こ…こう見えてもって……」

 

 そこに反応しちゃうんだ。

 そして、自分が幼く見られてる事を気にしてるんだ…。

 

「これでIS学園の教員の実力は分かっただろう。今後はちゃんと敬意を持って接するように心掛けろ。いいな?」

「「「「「はい!」」」」」

 

 もう何回言ったかは分からないけど、もう一度だけ言わせて。

 …本当に返事だけは良いよね…。

 それと、私は最初から先生達には敬意を払って接してますよ?

 織斑先生だけじゃなくて、山田先生の事だってちゃんと尊敬してるし。

 

 

 

 

 

 




次回も授業内のお話。

因みに、一夏はまだ気絶中です。





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守りたい 守られてる

今年も終わりが近づいてきましたね。

といっても、年末も小説を書いているか、もしくはガンプラでも作りながら過ごしていると思います。

去年もそうでしたしね。







 山田先生の墜落から始まって、織斑君の伝統芸となっているラッキースケベ(私に)からの凰さんと先生との模擬戦。

 まだ授業が始まって十数分しか経ってないのに、物凄く濃密な時間を過ごしたような気がする…。

 

「織斑。そろそろ起きんか」

「ぐえ」

 

 おふ…軽く小突いたとはいえ、あの出席簿を縦にして叩いてるし…。

 あれなら一発で起きるわね…。

 

「あ…あれ…? なんで俺ってば地面で寝てるんだ…?」

 

 15連射攻撃を受けてからの記憶が無くなってるーっ!?

 どんだけのダメージを脳に与えたんですかーっ!?

 

「とっとと立ち上がってから列に戻れ」

「は…はい……」

 

 訳分からんって感じの顔をしながら、織斑君は一組の列に戻ってきた。

 元を辿れば私が余計な事を言ったせいでこんな事になったんだよね…。

 そう思うと、急に罪悪感が湧いてきた。

 けど、もし仮にあのまま山田先生が織斑君の所に墜落して来て、彼がISを展開して最悪の事態を防ぎ、そのまま原作通りのラッキースケベをしていたら…。

 

(…なんだろう。どっちにしても結果はそこまで変わらないような気がする)

 

 ラッキースケベされるのが私か山田先生かの違いだけなんじゃ…?

 

「全員注目。今いる専用機持ちは…織斑にオルコット、凰にデュノア…それからボーデヴィッヒの五人だな」

 

 やっぱり私は専用機持ちには数えないのね。そりゃそっか。

 

「では、これからそれぞれ八人ずつグループに分かれてから実習を行う。各グループのリーダーは専用機持ちが務める事。分かったな? では、早速分かれろ」

 

 分かれろ…ね。

 私は今、布仏さんと一緒にいるけど、ここは敢えて二人でこの場から動かない選択肢を取った。

 その理由はすぐに分かる。

 

「織斑く~ん!」

「そっちの班に入れて~!」

「デュノア君に色々と教えて欲しいな~」

「私も私も~」

 

 …こーゆーこと。

 見事に織斑君とデュノア君の二人に生徒が超集中しております。

 それを見て凰さんは大きな溜息を吐き、オルコットさんは髪を弄りながら俯き、ボーデヴィッヒさんに至っては無表情のまま立っていた。

 意外だったのが篠ノ之さん。

 彼女の事だからてっきり、すぐに織斑君の所に行くと思っていたのに、実際にはその場から微動だにもしていない。

 意外過ぎる事が多すぎて、なんだか頭が付いていかない。

 

「はぁ…全く…あいつらは…」

 

 ですよね。お気持ちお察しします。

 

「ところで、仲森と布仏はどうして動いていない?」

「こうなる事がなんとなく想像出来てたので」

「かおりんと同じでーす」

「賢明な判断だよ…」

 

 疲れた様子で私と布仏さんの頭を撫でた織斑先生。

 なんか…見ていて本当に不憫だな…。

 

「馬鹿みたいに一極集中なぞするな! 出席番号順に一人ずつ各グループに並べ!順番は先ほど言った通りだ! もし同じような事を次もしたら、その時はISを背負わせた状態でグラウンド百周させた上に放課後に特別補習授業を受けさせるぞ!!」

 

 ついに織斑先生の堪忍袋の緒が切れた。

 先生の怒号によって皆はすぐに言われた通りにバラバラに散って行った。

 どうして最初からそれが出来ないんだろう?

 

「やっぱ、私も普通に並ぶべき…ですよね?」

「そうだな。表向きは仲森は一般生徒扱いになっているからな」

「ですよねー。それじゃ布仏さん。行きましょうか」

「うん」

 

 さーて…出席番号順ってことは、まず間違いなく布仏さんとは離れる事にはなるよねー。

 この順番で行くと、私は……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「あはは……よろしくな?」

「まさかの展開…」

 

 まさか、仲森さんが俺の班に来るとは思わなかった。

 さっきの事もあるし、物凄く気まずい…。

 しかも、こっちに来たのは仲森さんだけじゃなくて…。

 

「かおりんと一緒だね~」

「そうだね」

 

 …布仏さんも一緒です。

 来たこと自体は本当に偶然なんだろうけど、完全に仲森さんのお守役になってる…。

 さっきからチラチラと俺の方を見てギュピーンって目を光らせてるし。

 それをやってるのは彼女だけじゃなくて、少し離れた場所にいる鈴もしきりにこっちに目を光らせていた。

 うん…あれは完全に俺が悪かったから仕方がないんだけどね?

 

 そういや、他の皆の所はどうなってるんだ?

 

「オルコットさんか~…本当に大丈夫かな…」

 

 セシリアの所は何とも酷い感じに。

 当人も何も言い返せてないし。

 これが授業中じゃなければ、傍まで行ってフォローぐらいはするんだけど…悪いなセシリア。

 流石の俺も、今は自分の命が惜しい。

 これ以上、余計な事をしたら今度こそ千冬姉に頭蓋骨を陥没させられそうだ。

 

「さっきの凄かったよね凰さん! なんか安心できる感じがする!」

 

 鈴の方は、さっきの模擬戦の効果で見事に皆の信頼を得ていた。

 確かにあれは凄かったもんな。

 どう見ても、俺との試合の時よりもいい動きをしてたし。

 

「……………」

 

 …で、あの俺にビンタをしてきたボーデヴィッヒとかいう奴の所は、ここから見ていても気の毒なほどに空気が重苦しい。

 まるで、あの周囲にだけ重力系の魔法が掛けられているみたいだ。

 

「デュノア君と一緒だなんて…この名前で本当に良かった…!」

 

 シャルルの所は見事に大盛況。

 もしかして、あそこと鈴の所が一番雰囲気が明るいのでは?

 

「みなさーん! いいですかー! これから各班に付き訓練機を一体ずつ取りに来てくださーい! 数は『打鉄』が三機で、リヴァイヴが二機ですよー! 好きな方を皆で話し合ってから決めてくださいねー! 勿論、早い者勝ちですからねー!」

 

 山田先生が皆に向かって使うISの事について説明してくれている。

 リヴァイヴってのが、さっき先生が使ってた奴だよな?

 で、打鉄が普段から箒が訓練で使ってる奴だ。

 箒と言えば、確かあいつもウチの班に居たっけ…。

 

「…………」

 

 クラス対抗戦以降、妙に箒とは気まずい感じになっている。

 別に喧嘩をしたとかじゃないけど、向こうからコッチを拒絶しているような感じがするんだよな…。

 そのせいか、俺の方も自然と近寄り辛くなっているわけでして。

 結局そのまま、殆ど会話をすることなく部屋が別々になってしまった。

 

(この機会に何かを話せたら…って、何を話せばいいのか分からねーよ!)

 

 身近すぎたが故に、却って今まで以上に話しにくくなってる…!

 箒には本当に申し訳ないとは思うが、正直言って仲森さんと話している時の方が楽しく思ってしまうんだよな…。

 はぁ…何やってんだか…俺って奴は…。

 

「織斑君? 何をボーっとしてるの?」

「うわぁっ!? な…仲森さんか……」

「人の顔を見て驚かないでよ。普通に傷つくから」

「あ…ごめん」

 

 殆ど表情を変えない仲森さんが、少しだけ頬を膨らませて怒ったような顔になる。

 う…凄く可愛い……。

 

「それで、どっちにするの?」

「ど…どっちって?」

「訓練機。リヴァイヴか打鉄か」

「あー…そうだった」

 

 山田先生は皆で話し合えって言ってたけど…。

 

「えーっと……皆はどっちがいい?」

「「「織斑君が選んだのならどっちでも!」」」

 

 マジかよ…それが一番困るんだって…。

 

「な…仲森さん達はどっちがいい?」

「個人的にはラファールが良い。なんか見た目が好き」

「かおりんがいいなら、私もそっちー」

「ラファールか…」

 

 理由はどうあれ、こんな風にちゃんと意見を言ってくれた方が本当に有り難い。

 皆には本当に悪いけど、この班に仲森さんがいてくれて良かった…。

 もしもいなかったら本気で途方に暮れていたかもしれない。

 

「ほ…箒はどっちがいい?」

「……どっちでも」

「そ…そっか…」

 

 会話終了。仲森さんがいなかったら心が確実に折れてた…。

 

「それじゃ、リヴァイヴにするか。幸い、こっから見た限りじゃ後一体残ってるみたいだし」

「なら、早く取りに行かないとね。手伝うわ」

「私もー」

「いいのか?」

「うん。早くしないと授業が終わっちゃうし。それに…」

「それに?」

「…あの子達、さっきから『か弱い女の子アピール』しかしてない。あの感じじゃ何を言っても手伝ってくれそうにないわ」

「…確かに」

 

 別にか弱い女の子が嫌いって訳じゃないが、個人的にはいつも一緒にいて自分の事を支えてくれるような子の方が親しみやすいとは思う。

 丁度、今の仲森さんみたいに。

 

「まぁ…実際には、私の方があの子達よりもずっとか弱いんですけどね」

「ははは……」

 

 仲森さん、布仏さんを連れて山田先生の所まで行く途中、俺は昨日…千冬姉から聞かされた話を思い出していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 昨日の夕方。

 外から帰ってきた俺と鈴の二人は、いきなり千冬姉から『話がある』と言って呼び出しを受けた。

 呼ばれた場所は寮にある千冬姉の部屋。

 それを聞いた時、別の意味で凄まじく嫌な予感が過った。

 

「入れ。もう他の連中は来ている」

「他の連中?」

 

 他の連中って誰だよ?

 そう思いながら入ると、部屋の中にはセシリアと布仏さんが既に揃っていた。

 因みに部屋の中はちゃんと片付けられていた…ように見えたが、散らかっていた物を適当にそこらのクローゼットとかに押し込んだだけなのが一発で分かった。

 これを『片付けた』と言い張るんだから…我が姉は色んな意味で凄い。

 

「それで、話って何だよ?」

「仲森の事だ。あいつがどうして専用機を持っているのか。そもそも、どうしてIS学園に入学したのか。それを説明しておこうと思ってな」

「佳織が入学した理由って…。専用機の事なら前にも説明してくれるって聞きましたけど、どうしてそこまで……」

「あいつの専用機の話をするとなると、必然的にその話もしなくてはいけないんだ」

 

 鈴が皆の意見を代弁してくれたが、まさかそこまで根が深いとは思ってもみなかった。

 

「そういや、どうしてセシリアもここに来てるんだ?」

「こいつもあの時、私達と一緒に仲森が戦う姿を目撃しているからな。変に黙っているように言うよりは、ここで説明をしておいたほうが後々に手間が掛からなくて済む」

「そうだったのか……」

 

 因みに箒はあの時、ちゃんとは目撃をしていなかったらしく、ならば変に話さなくてもいいと判断されたようで、ここには呼び出されてはいなかった。

 

「今から話す事は、仲森自身も知らない事であり、同時に学園内では最高機密に触れる事でもある。そのことを肝に銘じて聞いておけ」

 

 千冬姉からの最後の忠告を聞き、俺達の間に緊張が走る。

 そして…聞かされた。仲森さんが専用機を持っている理由。

 IS学園に入った訳。そして…あの専用機『トールギス』の恐るべき性能を。

 

「あの佳織が『S』ランクで…しかも…」

「IS委員会の幹部に幼い頃からストーキングされてた…だって…!?」

「そうだ。仲森自身は自分がストーキングされているという自覚は無いようだったが、まず間違いないだろう」

 

 あの仲森さんが、まさかそんな目に遭っていたなんて。

 普段の様子からは全く想像出来なかった。

 

「かおりんを狙ってる人が誰なのか…分かってるんですか…?」

「まだ調査中だ。仲森もそいつの名前を知らないらしい」

「知らないって……」

「それだけ用意周到なのだろう。なんせ、幼少期を皮切りにかなりの長期間に渡ってコンタクトをしてこなかったらしいしな。その間はずっと…」

「佳織の私生活を覗いて辱めてたのね…!」

 

 怒りの余り、思わず握りしめた拳に力が籠る。

 聞いた限りだと、仲森さんは本当にどこにでもいる普通の女の子だ。

 彼女が一体何をした? どうしてそんな目に遭わないといけない?

 

「そして、そいつは中学二年の時にいきなりまた連絡をしてきて、仲森に『プレゼントを渡す』と言ってきた。それが…」

「佳織のいた中学で行われた『簡易IS検査』…か」

「そこで仲森さんが『S』だって判明した…んだよな?」

「あぁ。どうやってかは知らんが、ストーキングしていた奴は検査がされるよりも前に仲森が『S』ランクであることを知っていた事になる。そんな謎に満ちた奴だからこそ、こちらも思うように調査が進んでいない」

 

 そのストーカー野郎が、仲森さんの隠れた才能を無理矢理に引っ張り出して、彼女の平穏をぶち壊した。

 俺は知っている 五反田食堂で見せていた彼女の笑顔を。

 中学時代の友達と本当に楽しそうにしていたのを。

 それを見てしまったから、増々許せないと思った。

 自分勝手な理由で仲森さんの人生を狂わせた野郎を。

 

「そいつが佳織をIS学園に入学しなくちゃいけないような流れを作って…」

「あの真っ白な専用機を渡したってことか…」

「あれって一体……」

「あの機体の名は『トールギス』。調査によると、あれは第一世代機であり…全てのISの原点とも言える機体なんだそうだ」

「だ…第一世代って…そんなの、もう世界には僅か数機しか残ってないって…」

「その数機のうちの一機がトールギスだ。しかも、その機体性能は今の時代においても群を抜いている。完全に別次元と言ってもいいだろう」

 

 そこから千冬姉はトールギスの説明をしてくれたが、あんまり俺にはよく分からなかった。

 隣で聞いていた鈴や布仏さん、さっきからずっと黙っているセシリアは大きく目を見開いて驚いていたが。

 

「じゅ…15Gって嘘でしょっ!?」

「しかも…PICを全開にして使ってソレだなんて…信じられませんわ…」

「そうよ! 普通なら一発であの世行きじゃないの! あらゆる矛盾を力技で解決しようとした結果がそれだなんて……」

「け…けど…かおりんは鼻血だけですんでたよね……」

 

 そうだった。

 鈴が言うには『一発であの世行き』らしいが、実際には仲森さんは鼻血を出して鼻を押さえていただけで済んでいた。

 あれはどういう事なんだ?

 

「…考える可能性は一つ。普通に仲森が15Gという超過負荷に何事も無く耐えてみせた…という事だ」

「それは…『S』ランクだから?」

「かもしれん…」

 

 『S』ランクってのは、それだけ凄いって事なのか…。

 千冬姉も『S』ランクで、確かにめちゃくちゃ強いしな…。

 

「しかも、15Gと言うのはあくまで『初速』に掛かる負荷に過ぎん。最大加速時にはそこから更に負荷が掛かり20Gに至るという話だ」

「に…20Gって…もうそんなの…絶対に人間が耐えられる次元じゃないわよ…」

 

 仲森さんは…あの小さな体にどれだけの力を秘めているんだ…。

 本人は全くそんな力なんで望んでいないのに…。

 

「あの超人的な戦闘技術も、恐らくは無我夢中にやっている事なんだろう。あいつはISに対して謎の恐怖心を抱いていた。そんな奴が冷静にISを操れるとは思えん。戦闘後に記憶が曖昧だったのも、無意識下で動いていたからだったが故だろう。これは誰もが一度は経験したことがあるんじゃないか?」

 

 千冬姉にそう言われて思い出す。

 俺も昔は無我夢中で竹刀を振り回していて、いつの間にか時間が過ぎていたなんてことは頻繁にあった。

 で、その間の時の事は余りよく覚えていなかったりする。

 仲森さんもそれと同じだって事か…。

 

「私達の説得や本人の努力も相まって、徐々にではあるがISに対する苦手意識は克服出来てはいるが…それでも彼女が『被害者』であることには違いない」

 

 その通りだ。

 俺の場合は自分のドジのせいでここにいるが、仲森さんの場合は完全に大人の悪意によって無理矢理にIS学園へと入学させられた。

 

「前に食堂でも話したが、仲森が専用機を持っている事は機密扱いとなっている。今回の話もそうだ。下手に漏れれば、確実に仲森は表舞台へと立たされることになる。それは私達も望んではいないし、本人もまた望んでいない。だが、お前達はトールギスを含め色々と目撃をしてしまった。それに加え、凰と布仏は仲森と仲が良いようだしな。どうしても話しておかなければいけないと判断した」

 

 俺には千冬姉がいるけど、仲森さんにはIS学園で頼れる人間が本当に少ない。

 あの子の秘密を知って、あの子に迷惑を掛けてしまって、助けられもした。

 だから……。

 

「私達以外に佳織の秘密を知っているのは?」

「生徒会の二人と山田先生。それから私が個人的に信頼している教員たちと学園長。それぐらいだ」

「意外と多いんですのね……」

「かおりん……」

「言うまでも無いとは思うが、これからも仲森の事を支えてやってくれ。特にオルコット。お前はあいつに対して取り返しのつかない事をしようとした。そのことを詫びる気持ちで行動しろ。いいな?」

「はい……」

 

 仲森さんの事を守ってあげたいと思うのは…当たり前の事だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思った以上に授業が長引く長引く。

私の悪い癖、全力で発揮中。


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意外な才能?

まさか、この実習が二話に跨るとは…。

私の作品あるあるですね。







 ISを運ぶ織斑君を私と布仏さんの二人で手伝ってから、本格的に実習が始まる事に。

 取りに行った時、山田先生から心配されたけど、まぁ…大丈夫なんじゃない?

 知らないけどさ。

 

『各班長は皆が訓練機を装着するところまで手伝ってあげてくださーい。全員にやって貰う予定でいるのでフィッティングやパーソナライズは切ってあります。午前中には最低でも動かすところまではやってくださいねー』

 

 ここで山田先生からのお知らせ。

 午前中に動かす所まで…ね。

 普通にやっていれば楽勝だろうけど……。

 

「だって。どうする?」

「それじゃ、出席番号順にISの装着と起動をやって、そこから歩行までやってみるか。まず最初は……」

「はい! 私でーす!」

 

 誰よ。なんか無駄に元気がいい子が挙手しながら兎みたいに何度もジャンプしてる。

 何がしたいのか分かりません。

 

「出席番号一番の相川清香です! 現在はハンドボール部に所属してて、趣味はスポーツ観戦とジョギングだよ!」

「そ…そっか……」

 

 …どうしていきなり自己紹介なんて始めるの?

 本気で理解に苦しむわ…。

 

「ねぇ…布仏さん。なんで、あの子達は唐突に自己紹介なんて始めたんだろ?」

「皆で一緒にアピール合戦でもしてるんじゃないのかなー?」

「そんな事をしても逆効果だと思うけど」

「どうして?」

「多分だけど、織斑君って前時代的な思想の持ち主だから、あんな風に自分からグイグイいくようなしつこい女の子は苦手なんじゃないのかな」

「…かおりんはおりむーのことをよく見てるんだね」

「そんなんじゃなくて、シンプルに私もグイグイくる子が苦手なだけ。布仏さんや凰さんみたいに、ちゃんと節度を理解して適度な距離感を保ってくれる人が一番だよ」

「かおりん…♡」

 

 ちょっとだけ布仏さんに睨まれたけど、すぐにキラキラした目に変わった。

 コロコロと表情が変わって、まるでサイコロみたいで面白いね。

 

 なんて言ってる間も、織斑君が困った顔で女子達のアピール合戦に戸惑っている。

 このままじゃ、いつまで経っても実習が終わらない。

 それどころか、最悪の場合は織斑先生がやって来る可能性だってある。

 実際に、デュノア君の所もこっちと似たような状況になっている所に織斑先生がやって来てからの自慢の1秒間15連射を女子達にお見舞いしてから睨みを利かせていた。

 

(なんか知らないけど篠ノ之さんも全く動きそうにないし…仕方がない)

 

 はぁ…こんなのは本来、私の役目じゃないんだけどな~…。

 でも、あの子達のせいでペナルティを受けるのはもっと嫌だ。

 

「織斑君。ちょっといい?」

「ど…どうした?」

「このままじゃ、いつまで経っても先に進まないから、まずは私がするよ。で、その後に布仏さんと篠ノ之さんがする。それでいいよね?」

「「「「え…?」」」」

 

 何が『え?』な訳?

 別に私は何もおかしなことは言ってないつもりだけど?

 

「どうやら、その子達は実習よりも織斑君に自分をアピールする方が重要みたいだし。だったら、私達は私達で先にやってる。大丈夫。搭乗と起動ぐらいなら多分できると思うから。行こ? 布仏さん。篠ノ之さん」

「はーい」

「あ…あぁ……」

 

 言いたい事を言い終えると、私は二人の手を引っ張ってからISの近くまで行くことに。

 相川さんを初めとする女子達はポカーンとした顔でこっちを見ていたが、そんな事は気にしない。

 君達は好きなだけアピール合戦をしていればいいよ。

 確実に自分の首を絞めることになると思うけどね。

 

「かおりーん…アレで良かったの~?」

「いいのよ。回りくどく言っても聞く耳持たなかっただろうし。それに…」

「それに?」

「篠ノ之さん、あの場から離れたいって思ってたでしょ?」

「いや…別に私は……」

「嘘が下手過ぎ。思い切り顔に書いてあるから」

 

 伊達や酔狂で中学の時に『落語部』なんてのに入ってなかったんですよ。

 人間の表情の機微には敏感なのですよ。

 

「何があったのか知らないけど、あんまり無理はしない方がいいよ」

「お前には関係ないだろう…」

「そうだね。全く関係ない」

「だったら……」

「だけどね、無関係な人間だからこそ言える言葉ってのもあるんだよ」

「仲森……」

「ま。自分でも余計なお節介だって理解はしてるんだけどね。私も、あそこにあのまま居続けるのは嫌だったし。あれが原因で授業が延長になるなんてもっと嫌」

 

 あーゆーのは授業中以外の時間でやって欲しい。

 完全に真面目にやっている人達への迷惑にしかならないって理解出来ないの?

 

「お話はここまでにして、本当に始めようか。織斑君はまだ、あの包囲網から逃げられそうにないし」

「そーだねー」

「わ…分かった」

 

 まずは私からか。

 ISに搭乗するところからだけど…これはトールギスの時と同じ要領でやれば大丈夫かな?

 実際に戦闘をした時の事は全く覚えてないけど、初めて起動をした時の事は鮮明に覚えているからなんとかなると思う。

 

(座るような感覚で…体を預けて…っと)

 

 うん。意外となんとかなるもんだ。

 今回だけはトールギスに感謝だね。

 

「ここで外部のコンソールを開いてから起動をして…っと。よし、出来た」

 

 トールギスの時とは全く違う感覚だけど、なんとかなりそう。

 後は、このまま動いて……ん?

 

「ど…どうした? 何か問題でもあったのか?」

「ううん。そうじゃないけど…」

 

 試しに右掌を何回か開いたり閉じたりしてみる。

 うん。やっぱりそうだ。

 

「ISってこう…もっとぎこちない動きをするって思ってたけど、意外とそうじゃないんだね」

「かおりん…?」

 

 右足を踏み出して、次に左足を踏み出す。

 自分の意志でISを動かすのはこれが初めての筈なのに、驚くぐらいにスムーズに動けた。

 流石は最新技術の塊……私のようなハイパー素人でも、こんな動きが出来るとは…普通に感服した。

 まるで自分の身体の一部のように動かせる。

 お散歩気分で歩いてから、呆気なく私の番は終了した…けど、最後に一言だけ言わせてほしい。

 

「……疲れた」

「「えぇ――――っ!?」」

「動くこと自体は苦も無く出来たけど…やっぱISを纏った状態で地面を歩くのは疲れるよ……」

 

 とっとと降りてから布仏さんに交代しよう。そうしよう。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 クラス対抗戦の時、自分の無力さを知った私は、せめて一夏へ向かって激励の一言をあげたいと思った。

 それは完全に自分勝手な我儘。

 あの時は、それがどんな結果を招くか理解すらしていなかった。

 衝動的に体が動いてしまう。昔からの私の悪い癖だ。

 今回は、それが最悪の方向に傾いてしまった。

 

 結果として未遂では終わったが、だからと言って許される事ではない。

 もしかしたら、私だけではなくて大勢の人達を死なせてしまっていたかもしれない。

 いきなりいなくなって先生達にも迷惑を掛けた。

 緊急事態であるという自覚が全く無いまま身勝手に動いてしまった。

 

 織斑先生から物凄い形相で怒られた時、初めて私は自分がしてしまった事を自覚した。

 本当は反論をしたかった。

 私だって何かに役に立ちたかったと。一夏に何かしてやりたかったのだと。

 その言葉は全て、織斑先生の迫力によって封殺されてしまったが。

 

 それからだった。一夏との間に気まずい雰囲気が流れ始めたのは。

 

 クラス対抗戦の後、食堂にて一夏は鈴や見知らぬ生徒達と一緒に話をしていた。

 その時、織斑先生から私やセシリアの話を聞いていた時の一夏の顔が今でも忘れられない。

 絶句。

 大切な人にそんな顔をさせてしまった。自分のせいで。

 

 部屋に戻ってからも碌に会話をする事など無く、そのまま眠りについた。

 申し訳なかった。謝りたかった。心配を掛けて済まなかったと。

 けど、自分の中にある醜いプライドがそれを邪魔する。

 どうして自分が謝罪をしなければいけないのだと。

 一夏の事を思ってやった事なのに、どうして。

 

 …分かっている。それは全て言い訳だ。最低の言い訳だ。

 

 私が素直になれさえすれば、それで解決する話なのに…なんて返されるかが怖くて話しかける事が出来ない。

 一夏に拒絶されたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。

 いつしか、そんな事ばかりを考えるようになっていき…一夏の傍にすら近づくのが怖くなり始めた。

 

 そうなれば当然、二人の間の会話はみるみるうちに激減していき、部屋割りの変更で私が部屋を去る日が来ても、これと言った会話は無く『それではな』ぐらいしか言えなかった。

 

 なんでか、一夏と離れ離れになれたことに対して心からの安堵をしている自分がいた。

 あんなにずっと恋焦がれて会いたいと願っていたのに…どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 

 そして今。

 実習にて一夏と同じ班になってしまった時には本気で焦ってしまった。

 一刻も早く実習が終わって欲しい。それだけを願っていた。

 他の女子達に取り囲まれている奴を見ても、何の感情も浮かび上がらない。

 前までなら、すぐに怒りがこみあげてきていたのに。

 

 そんな私の手を引っ張ってくれた女子がいた。

 仲森佳織。

 あの時、食堂で一夏や鈴と話をしていた女子だ。

 

 知らない間に一夏達と親しくなっていたようで、一夏に対して他の女子のように媚びるような口調ではなく、友人同士のような会話をしていた。

 さっきもそうだ。全く臆することなく自分の意見を言って、こうして私とあの場から引き離してくれた。

 

 何も言っていないのに、こっちの心情を察してくれただけでなく、私が一番言って欲しかった言葉を言ってくれた。

 

「あんまり無理はしない方がいいよ」

 

 そんな何気ない一言が…とても嬉しかった。

 私がいつもの調子で思わず言い返してしまっても、彼女は怯む事は無かった。

 

「無関係な人間だからこそ、言える言葉ってのもあるんだよ」

 

 無関係だからこそ言える言葉。

 私には絶対に思いつかない事だ。

 だからこそ、仲森の事を本気で凄い奴だ思った。

 

 それから仲森は慣れた様子でISに乗り込み、起動をしてからゆっくりと歩き出す。

 途中で何かあったようだが、全く気にはしていないようだ。

 

(こ…これは……!)

 

 普通に歩行をしているだけ。

 それだけなのに、不思議な凄みを感じた。

 まるで生身で動いているかのような滑らかさ。

 本当に私と同じ一般の生徒とは思えない動き。

 セシリア達、専用機持ちでもここまでスムーズに動けるかどうか。

 私が初めてISに乗った時は、力任せに動かしていたせいか、どこか動きにくいと感じていたが…。

 

 だが、そんな凄みも歩行が終わった瞬間に消えてなくなった。

 

「……疲れた」

「「え――――っ!?」」

 

 歩いた距離は僅か数メートル。

 なのに、もう疲れてしまったという。

 もしかして、余り体力が無いのだろうか?

 

 凄いのか、凄くないのか。

 仲森と言う人間が分からなくなるが、これだけはハッキリと言えた。

 

 彼女は他の奴等とは違う。

 私や一夏といった『特殊な事情』を持った人間にも、色眼鏡無しで分け隔てなく接してくれる人物なのだと。

 

 その後、仲森の友人である布仏が続くようにしてISに乗り、三番目に私も乗って動かした。

 布仏もそうだったが、やっぱり仲森のようにスムーズには動けない。

 仲森は隠れた実力者なのかもしれない。

 

 結局、一夏は女子達を振りきれず、最終的には織斑先生の雷が落ちる事となった。

 私達の班の実習が終わったのは授業終了直前で最後から二番目。

 一番最後だったのは、ボーデヴィッヒとか言う二人いる転入生の一人が班長をやっている所だった。

 

 

 

 




今回の箒の事を簡単に説明すると……。

クラス対抗戦で完全にやらかして気まずい空気になった。
           ↓
謝らなくてはと思っているけど、プライドが邪魔してなかなか言えない。
           ↓
そのままズルズルと引きずって時間だけが過ぎていく。
           ↓
最終的には会話すらも無くなって部屋移動になってしまう。
           ↓
そのまま今に至り、実習にて一夏と同じ班になった。

…って感じですかね。
よく『時間が解決する』って言いますけど、その時間が長かったりするんですよね。
似たような経験をした人は多いんじゃないんでしょうか?
因みに、私は過去に何回もあります。
その時は本気で死にたくなる程に後悔しました。





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カレーは一晩寝かせるに限る

今週末から一気に全国的に気温がガクッと下がるみたいですね。

寒すぎて、今もガクブルしながらキーボードを叩いています。

あぁ…鍋料理が恋しい…。








 切っ掛けとなったのは、午前の実習が終了した時だった。

 

「午前中の実習はここまでとする。午後からは、今回使った訓練機の整備の練習を行うので、昼休み終了後にはグラウンドではなく格納庫に班別に集合すること。専用機持ち達は訓練機と自分の機体の両方を見て貰うので、そのつもりでいるように。それでは解散!」

 

 成る程…午後からは整備の実習ってわけね。

 極秘扱いとはいえ、私もいつか必ず自分の手でトールギスの整備をしなくてはいけないんだろうし、その時に備えて色々と勉強しておくことは悪くない。

 流石に全部が全部、そのまんま技術が使えるって訳じゃないだろうけど、それでも基礎的な部分さえ把握しておけば、そこからは応用が効く…と信じたい。

 

 因みに、あれから私達の班のIS起動&搭乗&歩行の実習はギリギリの時間で終わらせることが出来た。

 織斑君に対して謎アピールをしていた子達によって完全に遅くなったから。

 無論、そんな事をしてなにもお咎めが無い筈も無く、私達が真面目に実習をしている横で厳しいお説教を受けつつ、放課後に居残りで強制補習を受ける事が確定していた。

 彼女達には悪いけど、私は全く可哀想だとは思わない。

 授業を真面目に受けようとしない彼女達の自業自得だ。

 

「ん?」

 

 実習が終わった以上、ここではもう使わないISは片付けておく必要がある。

 運んできたISは専用の移動式ハンガーに固定をして動かすんだけど、悲しい事にこれは自動では動かない。

 格納庫まで運んでしまえば、そこからはベルトコンベアが運んでくれるので問題無いらしいけど、そこまでは人力で運んで行かなくちゃいけないらしい。

 因みにこれ、全て虚先輩から教わった事だったりする。

 流石は整備班のリーダー。めっちゃ頼りになる。

 

「織斑君…一人で運ぼうとしてる?」

「みたいだね~」

「他の子達は……あ」

 

 もう帰り始めてるし…。

 どうやら、彼女達は全く懲りてはいない様子。

 IS学園みたいな専門学校では、授業以外の部分もちゃんと見られていて、そこもまた立派な内申の評価に直結したりする…らしい。

 これは、前世で知り合いだった専門学校生の子が言っていた事だ。

 全部が全部、そう言う訳じゃないだろうけど、少なくともそんな所もあるって事を知っているだけでもかなり違う。

 

「…何やってんだか。布仏さん」

「はいはーい」

 

 一緒の班なのに、あのまま織斑君一人に任せっぱなしってのは流石に悪い気がするので、ここは二人で手伝ってあげる事に。

 

「織斑君。手伝うよ」

「仲森さんに布仏さん…」

「しゅっぱつしんこ~!」

 

 織斑君を挟むようにしてから並んで、一緒に押していく。

 三人で押せば、かなり楽になるね。

 

「二人とも…さっきは本当にゴメン。俺がちゃんと出来なかったばかりに、仲森さんに全部任せるような事になって…」

「あの事なら全然気にしてないよ。寧ろ、アレに関して言えば織斑君だって立派な被害者じゃない」

「おりむー、凄くオロオロしてたよね~」

「あはは…面目ない…」

 

 いきなり、あんな事になれば大抵の人は似たような反応をするでしょ。

 あの状況で普通でいられるのは、根っからのナンパ野郎ぐらいだよ。

 

「なんつーか…あれじゃ、仲森さんが班長みたいだったよな…」

「私は普通にゴメンだけどね」

 

 班長もリーダーも私の柄じゃないんだよ。

 私は常に皆の影の中にいれば、それでいいんだから。

 

「ま…待ってくれ。三人共」

「「「ん?」」」

 

 私達を後ろから呼び止めるのは…篠ノ之さん?

 向こうから話しかけてくるだなんて、また珍しい事もあるもんだ。

 

「わ…私も一緒に手伝う。いや、手伝わせてくれ!」

「箒……」

 

 理由は知らないけど、さっきよりは表情が明るくなってる…気がする。

 

「別にいいんじゃない? 人数が増えれば、それだけ早く終わるんだし」

「それもそうだな。箒…頼めるか?」

「あ…あぁっ! 任せてくれ!」

 

 強気な表情で頷くと、篠ノ之さんは私の隣に来てからハンガーを押し始める。

 いや…織斑君の隣じゃないんかい。

 

「そこでいいの?」

「あぁ…今は仲森の隣がいい」

「…そう」

 

 本人はそう言っているのなら、私はそれを尊重する。

 どうこう言う権利なんて初めから存在してないんだし。

 

(…仲森)

(篠ノ之さん?)

 

 なんか急に小声で話しかけてきた。これまた意外な展開。

 

(…さっきは本当にありがとう。お前がいなかったら、どうなっていたか分からなかった)

(私は何もしてないよ)

(ふふ…今はそういう事にしておこう。いつの日か必ず、この恩は返す。約束だ)

(…お好きにどうぞ)

 

 恩返しねぇ……私、彼女に何かしたっけ?

 本気で身に覚えが無い。

 私はただ、やるべきだと思った事をして、言うべきだと思った事を言っただけだし。

 

「なぁ…仲森さん」

「今度は織斑君か…何?」

「(今度?)昼休みってさ…どこで飯を食う予定なんだ?」

「んー…今日は布仏さんや凰さんと一緒に中庭かな。天気もいいし」

「だったらさ、偶には俺も一緒に食べてもいいか? …まだ何もお礼が出来てないしな」

「気にしなくていいって言ってるのに……」

 

 ここまで頑固な義理堅さも逆に珍しい気がする。

 彼の場合、そこに何にも裏が無いのがまた質が悪い。

 

「…布仏さんが良いって言うのならいいよ」

「私なら全然いいよ~。かおりんと一緒ならどこまでも~」

「…だってさ」

「よっし! そうだ! 折角だし箒も一緒にどうだ?」

「わ…私もだとッ!?」

 

 おう…一気に積極的になりましたな。

 原作じゃ、篠ノ之さんの方から誘ってなかったっけ?

 完全に立場が逆転しとりますがな。

 

「そう…だな。仲森たちと一緒ならば…構わんが…」

 

 どうして私の名前が出てくるの?

 どうしてこっちをチラッとだけ横目で見たの?

 

「決まりだな。それじゃ、とっととコイツを運んでしまおうぜ」

 

 急にやる気を出した織斑君の活躍によって、あっという間にISの片づけは終了した。

 やっぱり、力仕事の時は男の子って頼りになるなぁ~。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 昼休みになり、俺は仲森さん達と一緒に昼食を食べることになった。

 ただし、食べる場所は中庭じゃなくて別の場所なんだけど。

 

「直射日光が眩しいわね…」

「ポカポカしてて気持ちがいいねー」

 

 俺達が今いる場所…それは学校の屋上だった。

 他の学校とかとは違い、IS学園の屋上は基本的に人の出入りが自由になっているみたいで、普通にベンチやらテーブルが設置してあるだけじゃなく、人工芝まで敷いてある徹底振り。

 

(…ちょっと一夏)

(なんだよ鈴?)

 

 俺の隣に座っていた鈴がヒソヒソ声で話しかけてきた。

 いきなりどうしたんだ?

 

(確か、アンタが誘ったのって佳織と本音なのよね?)

(最初はな)

(まぁ…その場にいたから箒も一緒に誘ったってのは、百歩譲って納得はしてあげる。佳織の顔を見ながら笑みを浮かべているのは本気で謎だけど)

 

 そういやそうだ。

 いつの間にか、あの二人が仲良くなっている事は普通に嬉しい。

 クラス対抗戦以降、なんか妙に話しにくい雰囲気になってたからな…。

 

(あのデュノアって奴を誘ったのもアンタなのよね?)

(あぁ。転校した手でまだ友達だっていない状態なんだし、少しでも仲良くなれればと思ってな)

(…その気持ちは理解出来るけどね。そこもまぁ…千歩譲って納得はしてあげる。けど……)

 

 鈴が視線を向けると、そこにはずっと俯いているセシリアが。

 

(どうして、よりにもよってセシリアまで誘うのよ! あんた、あいつが佳織に何をしようとしたのか忘れたわけじゃないでしょうッ!?)

(当たり前だ。けど、だからと言って、いつまでもこのままって訳にはいかないだろ? セシリアと仲森さんが少しでも仲良くなれたら、それに越したことは無いじゃないか)

(はぁ…全く…アンタって奴はどこまで……)

 

 なんでそこで溜息を吐かれないといけないんだ?

 別におかしなことなんてしてないつもりだが?

 

「…もういいわ。それよりも早く食べましょ。本気でお腹空いてきたし」

「そうだな。…って、仲森さん? そのリュックから取り出した保温性能がありそうな鍋は一体…?」

「私のお弁当だけど?」

「それをお弁当と言い張るか…」

 

 大きさ自体はそれなりだけど、学校で食べる昼食で鍋を持ってくるなんて聞いたことが無い。

 

「かおり~ん、それはなんなの~?」

「今日のお昼はカレーライスです」

「「「「「カレーライスッ!?」」」」」

 

 いやいや…食堂で食べるのならいざ知らず、自作したのを普通持ってくるかッ!?

 仲森さん…大人しそうな顔に似合わず大胆な事をするんだな…。

 

「一応言っておくけど、この程度は普通だよ。中学の時なんて、お昼に友達みんなで鍋料理とか食べてたし」

「…あのメンバーなら普通にやりそうね」

 

 弾の家で見た、あの子達か…。

 確かに個性豊かな面々ではあったけど。

 

「な…仲森。どうしてカレーなんだ…?」

「昨晩、急にカレーが食べたくなったんだけど、どうせなら少しだけ我慢をして明日のお昼にでも食べようと思ったの。じっくりコトコト煮込んでから一晩寝かせてあるから美味しくなってると思う」

「ほ…本格的なのね…」

 

 カレーは次の日に食べる方が美味しいとは聞いたことはあるけど、それを実践している人は初めて見た…。

 因みに俺は、作ったその日に食べてしまう派だ。

 

「に…日本の女の子って凄いんだね」

「いや…佳織を基準に考えるんじゃないわよ。この子がぶっ飛んでるだけ」

「…これぐらい普通だと思うんだけどな」

 

 仲森さん。申し訳ないけど、君の普通と俺達の普通は違うと思うぞ?

 中学時代、どんな学生生活を送ってきてるんだよ…。

 色んな意味で気になってきたぞ。

 

「てなわけで…はい。布仏さん」

「わーい!」

 

 ちゃんと市販のお弁当箱にご飯を用意して、そこにカレールーをかける形で食べるみたいだ。

 布仏さんに渡されたやつは…匂いからして絶対に美味い事が確定できた。

 具が入っていない…いや、煮込んだって言ってたから、溶け込んでるのか?

 

「凰さんにもあげる」

「いいの? ありがと。驚きはしたけど、佳織の料理の腕も気になってたから良い機会だと思って有り難く頂くわ」

 

 そんな事を言っている鈴が持参しているタッパーには得意料理の酢豚があった。

 いや…酢豚は良いけど、それは白米とセットになってる方がいいんじゃないのか?

 そう言う意味じゃ、仲森さんのカレーとの相性はいい…のかな?

 

「それと…はい。デュノア君にも」

「え? ボクにも?」

「うん。こんな事もあろうかと思って、ライスもルーも少し多めに作ってきたから。お弁当…無いんでしょ?」

「う…うん。食堂か購買部で何かを買う事を考えたんだけど、まだちゃんと詳しい場所とかを把握してないから…」

「だと思った」

 

 それもそっか。

 同じ男同士として色々と勉強を教わろうと思っていたけど、その前にまずは校舎の案内を先にした方が良さそうだな。

 

「本当に…仲森は気遣いの天才だな」

「そんな事は無いよ。料理を作る際、念には念を入れて予定よりも少し多めに作っておくのは当たり前の事だし」

「そうなのか?」

「うん。もしかしたら、予想以上にお腹が空いてお替りをするかもしれないし、誰かお客さんがやってくるかもしれない。誰かの事を思って料理を作るって言うのは、別に気持ちを込める事じゃなくて『もしも』の時を想定して作る事を言うんだと私は思うよ」

 

 気持ちじゃなくて『もしも』を想定する…か。

 そんな事、今まで一度も考えた事が無かったな…。

 やっぱり仲森さんは凄いな…。

 

「では、この世の全ての食材に感謝を込めて…いただきます」

「「いただきます」」

「い…いただきます?」

 

 どこぞの美食屋みたいな事を言ってから食べ始める仲森さん達。

 こ…これは匂いだけでもお腹が空くヤツだ…!

 

「んっ!? かおりんのカレー…ちょーちょーちょー美味しいよ~♡」

「ちょ…これマジで美味過ぎなんですけどッ!? 完全にお店の味じゃないのっ!」

「うん。凄く美味しいよ! 仲森さん…だったっけ? 料理が上手なんだね」

「普通だと思うけど? 家じゃ私が主に家事をやったせいか、自然と作れるようになったってだけだし」

 

 うわ…なんか他人事とは思えない台詞。

 俺もある意味、似たようなもんだしな…。

 

「な…なぁ…仲森さん。よかったら俺にも少し分けてくれないか? 参考に食べてみたいんだ」

「別にいいよ。まだ少しだけなら残ってるから」

「ありがとう!」

 

 こんな事すらも想定していたのか、仲森さんは紙の小皿に少しのご飯をよそってからルーをかけてからスプーンも用意してくれた。

 それを受け取ってから、我慢できずに一口パクリ。

 

「う…美味っ!」

 

 カレールーの中に野菜の旨味がこれでもかと凝縮されてる!

 よく見たら牛肉らしき物も入ってるけど、それは本当に少しだけ。

 これは完全にプロの味だ…!

 

「もしかしてとは思うけど…これって摩り下ろしたリンゴとか入れてる?」

「よく分かったね。大正解」

「やっぱり…」

「隠し味として仕上げに入れたの」

「カレーの隠し味と言えばリンゴとハチミツだよなって思って」

「それは私も同感。ソースとかも入れるけど」

「俺も時々、入れたりするな」

 

 まさか、仲森さんと料理談義が出来るとは思わなかった。

 共通の趣味がある人ってのは、それだけで貴重だよな。

 鈴に続いて二人目になるな。

 

「な…仲森…もしよかったら…その…私にも少し分けてくれないか?」

「このカレーを?」

「あぁ…ダメだろうか?」

「別にいいけど…もう予備は無いんだよね…。一口だけでもいい?」

「も…勿論だ! 弁当ならば持参はしているからな!」

「そうなんだ」

「うむ! だから安心してくれ……んぐっ!?」

 

 お…おぉ…マジか…。

 

「か…かおりん…?」

「佳織…?」

「うわぁ……」

 

 いきなり、箒の口に自分が使っていたスプーンを捻じ込んだ仲森さん。

 普段の彼女からは想像も出来ないような大胆な行動に皆がポカーンとなっている。

 特に箒は自分の身に何が起きたか分からないって顔になっていた。

 

「どう? 美味しい?」

「う…うん…美味しい…です…」

 

 驚きの余り、あの箒が敬語になってる。

 本人に言ったら絶対に怒られるだろうけど、珍しい物を見たなー。

 

「それは良かった。あむ」

「な…仲森っ!? それはそのまま使うのかっ!?」

「そりゃ使うでしょ。使わないと食べられないし」

「そ…それはそうだが…その…汚いとか思わないのか…?」

「…篠ノ之さんは、ちゃんと朝に歯磨きはしてるんでしょ?」

「も…勿論だ。毎朝欠かさずにやっている」

「それなら別に汚くはないでしょ」

「いや…そう言う問題じゃなくてだな…」

 

 けどこれ、完全に間接キスになってるよな? 大丈夫なのか?

 いや…女の子同士は流石にノーカウントか。

 仲森さんも気にしてないっぽいし。

 

「かおりん! 私も! 私も『あーん』ってして~!」

「布仏さんも? もしかして足りなかった?」

「うん! 足りなかった! だから『あーん』!」

「はいはい。お口を開けて…あーん」

「あーん♡ ん~♡」

 

 布仏さん…よっぽどお腹が空いてたんだな。

 あんなに嬉しそうな顔をして。

 

「あ…あたしも…あれぐらいした方がいいのかしら…」

「鈴? 何をブツブツと言ってるんだ?」

「なんでもないわよ!」

 

 怒られた。なんでだ?

 俺…なんか変な事でも言ったかな?

 

 それからも、仲森さんが話題の中心となって昼食は賑やかに進んでいった。

 箒に元気が戻ったようで本当に安心した。

 

 それとは別に、セシリアは終始俯いたまま無言を貫いていた。

 …少し事を急ぎすぎたかもしれないな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




箒、完全に攻略一歩手前状態に。

佳織自身は全くの無自覚ですが。






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こんなのは私の役目じゃないでしょ…

今回は繋ぎ&フォローのお話。

箒に切っ掛けを与えたんだから…ね?







 外も暗くなり、皆は寮の自室にて過ごしている時間帯。

 それは私も例外じゃないんだけど、今回は少し違った。

 

「織斑先生。いますかー?」

 

 私は織斑先生の部屋のドアをノックしていた。

 本当はもっと早くに訪れるつもりだったが、色々とあって今になってしまった。

 

「こんな時間に誰だ…って、仲森か?」

「はい。仲森です」

 

 ドアを開けて出てきた織斑先生は、まさかのジャージ姿。

 着たくなる気持ちは分かるけど…予想の斜め上を行っていた。

 部屋着がジャージとか、まるでマリーさんみたい。

 

「一体どうした? また勉強で分からない所でもあったか?」

「いいえ。今回はそう言うのじゃなくてですね…はい」

 

 私は、手に持っていた小さなタッパーを織斑先生に手渡した。

 タッパーの中には、お昼に食べたカレーの残りが入っている。

 全部食べきれると思ったけど、少しだけ余ってしまったので、良い機会だから先生達に御裾分けしようと思ったのです。

 

「これは?」

「私がお昼に食べた『手作りカレー』の余りです。良かったらどうぞ」

「ひ…昼に手作りカレー? 食堂のじゃなくて…か?」

「はい。私が作りました」

「色んな意味で凄いな……」

 

 それ、織斑君や凰さん達にも言われたけど…教室でいきなり鍋を始めようとするマリーさん達に比べればはるかにマシだと思うんだけど…。

 時には落語部部室で闇鍋をやった事もあったし。

 

「しかし、仲森は料理が出来たんだな」

「一応。実家じゃ家事の殆どを私がしてましたから」

「そうか……」

 

 最初は四苦八苦してたけど、数をこなして慣れてしまえばこっちのもの。

 今じゃ普通に色んな料理が作れるようになった。

 

「普段から先生達にはお世話になりっぱなしですから、これぐらいのお礼はしないとと思って」

「本当に…お前は良い奴だなぁ…仲森。他の生徒達にも見習わせたいよ…」

「尊敬する年上の人に敬意を払うのは当たり前の事だと思いますけど…」

 

 この精神は中学の頃に徹底的に叩き込まれてきた。

 私自身、この考えは決して間違ってはいないと思っているし、それはマリーさん達も同様。

 なので、改めて言われなくても普通に受け入れていた。

 

「…ところで、さっきからずっと気になっていたのだが……」

「なんですか?」

「…お前が着ているソレは…なんだ?」

「実家から持ってきた愛用の『牛さん着ぐるみ風パジャマ』ですけど?」

「パジャマだったのか…それ」

 

 そういや言い忘れていたけど、今の私は風呂上り後という事もあってパジャマ姿になっている。

 この牛さんパジャマ、見た目以上に着心地が良いんだよね。

 因みに、頭を模したフードに付いている目と角がチャームポイント。

 

「…思ったよりも触り心地が良いんだな」

「でしょ? 私のお気に入りなんです。これを着てると朝までグッスリです」

「それはそれで羨ましいな」

 

 織斑先生が徐にフードの上から私の頭を撫でてきたけど、その程度じゃもう怯まない。

 

 って…おっと。織斑先生の貴重なプライベート時間なのに長居をし過ぎてしまった。

 

「あの…山田先生の部屋ってどこにありますかね?」

「山田先生の部屋? もしかして、彼女の所にも持っていくのか?」

「はい。あの人にもお世話になってますから」

「そうだな。きっと喜ぶだろう。持って行ってやると良い」

 

 それから、教員寮にある山田先生の部屋の場所を教えて貰ってから織斑先生に『おやすみなさい』をした。

 山田先生の部屋まで行って同じ事を言ったら、先生は喜びに打ち震えながら私に抱き着いてきた。

 巨乳って…時には凶器にもなり得るのね……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「く…苦しかった……」

 

 危うく、山田先生の巨大メロンによって窒息死をするところだった…。

 世の男子からすれば最高に幸せな死に方かもしれないけど、実際にされる方は溜まったもんじゃない。

 

「ん?」

 

 自分の部屋に戻る為に寮の廊下を歩いていると、廊下と廊下を繋ぐ十字路の所に設置してあるソファーに誰かが座っていた。

 さっきここを通った時には誰もいなかったよね?

 ということは、私が教員寮に行っている間に来たって事?

 でも、一体誰が……。

 

(あ…)

 

 ソファに座って俯いていたのはオルコットさんだった。

 こんな所でどうしたって言うの?

 しかも、まだ制服を着ているって事は…お風呂にも入ってないんだよね。

 

(なんか…物凄く落ち込んでる…?)

 

 もしかして、お昼の事が原因かな。

 織斑君が連れてきたとはいえ、私も悪い事をしてしまったとは思ってるし…。

 

「はぁ……」

 

 今回の事は私にも少なからず非はあるし、あんな空気を明日以降も出されるのは普通に困る。

 無駄に騒がしいのは苦手だけど、それと同じぐらいに空気が重くなるのも苦手なのです。

 というか、重苦しい雰囲気が得意な人なんてこの世のどこにもいないでしょ。

 

(こういうのこそ本当は織斑君の出番なんじゃないの?)

 

 きっと彼は今頃、自分の部屋でデュノア君とキャッキャウフフしてるんだろうね。

 あれからちゃんと一言謝るぐらいはしたのかしら?

 まぁ…それに関しては私も人の事は言えないけど。

 

(行くしかない…よね…)

 

 ここを普通にスルー出来る人間がいたら、それこそマジで鬼畜だわ。

 流石にそこまでは落ちぶれてはいない。

 あくまでも自然に…自然な感じで近づいて行って……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 同じ部屋の子は『今日は友達の部屋に泊まる』といって出て行ってしまい、残されたのは私一人だけ。

 あの広い部屋に一人と言うのは、今の私にとってかなり辛かった。

 なので、気分転換にと思って廊下に出たのだけれど…。

 

(誰もいない…ここでも一人なんですのね…)

 

 今思えば、私の学園生活は最初から波乱の連続だった。

 愚かな考えを持っていたせいで一夏さんや日本を侮辱するような真似をしてしまっただけでなく…あろうことか命の危機に陥っているクラスメイトを見捨てようとしてしまった。

 それは人として、力を持つ代表候補生として絶対にあってはならない事。

 結果として仲森さんの専用機の圧倒的な力と彼女自身の卓越した技量のお蔭で一夏さんも鈴さんも無事で事なきを得た…けど、私が仲森さんの命を軽視してしまったという事実は永遠に覆らない。

 

 それから、私はクラスメイトだけでなく一夏さん達とも碌に話さなくなった。

 いや…違う。私が一方的に避けているだけだ。

 あんな事を考えてしまった私にはもう、一夏さんをお慕いする資格が無いと…そう思って。

 

 鈴さんの怒りが特に凄かった。

 大切な親友の事を私が見捨てようとしてしまったのだから当然だ。

 私だって同じような事をされれば決して許さないだろう。

 その気持ちを知った今だからこそ理解出来る。

 もしも何かが一つだけでも掛け違っていたら、取り返しのつかない事態になっていたということを。

 

 謝らないといけない。鈴さんに…布仏さんに…なにより仲森さんに。

 だけど…拒絶されるかもしれないと思うと…私は怖い。

 怖くて…何も言いだせない。

 今日のお昼だってそう。

 折角、一夏さんが機会を設けてくれたのに…私は何も出来なかった。

 ただ、皆が楽しそうに話している姿を見ていただけ。

 本当に…心の底から自分の事が嫌になった。

 

「…オルコットさん」

「っ!? な…仲森…さん…?」

 

 いきなり声を掛けられて過剰な反応をしてしまった。

 誰かと思って慌てて振り向くと、そこには牛を模したパジャマ(?)を着ている仲森さんが立っていた。

 今、最も会わなくてはいけなくて、同時に会いたくない人物。

 それが向こうから話しかけてくるなんて…。

 

「そんな所に座ってどうしたの?」

「べ…別になんでもありませんわ…」

 

 …どうして私はこうも素直じゃないのか。

 本気で自分が嫌いになる。

 

「…今日のお昼はゴメン。完全にオルコットさんの事を無視するような形になっちゃった」

「な…なんで貴女が謝るんですの…」

「だって、私もあの場にいた当事者だし。あんな状況を作ってしまったのは私だし。謝るのは当たり前だと思うけど」

 

 あぁ…情けない…! 本当に情けないですわ…セシリア・オルコット…!

 本来ならば私の方こそが謝罪をしなければいけないのに…その相手に気を使われた挙句に謝られるなんて…!

 

「織斑君は謝ってくれた?」

「え…えぇ…。あの後すぐに…『セシリアの気持ちを蔑にしてしまった。本当にゴメン』…と」

「ふーん…ちゃんと最低限の事はしたんだ」

 

 一夏さんも何も悪くは無い。

 悪いのは、謝る勇気すら持てない私。

 

「…もしかしてさ、まだクラス対抗戦の時の事を引きずってる?」

「そ…れは……」

 

 いきなり核心を付かれてしまった。

 どうしよう…何を言われる?

 混乱で頭が上手く回らない…!

 

「あの時の事なら織斑先生に一通りは聞いてる」

「…………」

「だけど、あれはもう過ぎた事…終わった事だよ。気にし続けているって事は、オルコットさんの中に良心の呵責があるってこと。後悔をして、反省をしているんなら…それで十分でしょ」

「十分じゃありませんわ!」

 

 仲森さんの一言に反応して、思わず大声を出しながら立ち上がってしまった。

 自分でも何をやっているんだという自覚はあるけど、己の意志じゃ止められそうにない。

 

「私は…私はあの時……貴女の事を…!」

「うん。知ってる。聞いたから」

「だったら!」

「でも…私が直接、オルコットさんから言われた訳じゃない」

「だとしても…!」

 

 そんな理屈が通用すれば誰も悩んだりはしない。

 聞いていないからなんて単純な話じゃないのだから。

 

「紆余曲折はありはしたけど、結果として皆無傷で助かってる。それでいいじゃない」

「それは結果論ですわ…」

「そうだね。結果論だよ。それの何が悪いの?」

 

 フードからはみ出している長い髪を弄りながら、仲森さんはいつもと変わらぬ口調で話をしながらこちらを見た。

 その真っ直ぐな瞳に、私は思わず見入ってしまった。

 

「周りが何かを言ったとしても、少なくとも私はもう気にしてない。『もしも』の事なんて考えても意味無いじゃない。オルコットさんは結局は未遂で終わっている。私に対してオルコットさんは何もしてないんだよ。これ以上、気に病む必要はどこにも無い」

「どうして……どうして貴女は…そんな事が言えるんですの…」

「さぁね。もしかしたら、私が15歳って言う年齢だからなのかもしれない」

「15歳だから…?」

「そう。15歳って半分子供で半分大人なんだよ。だから、大人を頼りにしながらも、色んな事を一人で考えていくようにならなくちゃいけない…と私は思ってる」

 

 半分子供で…半分大人…。

 幼い頃に両親を亡くして以降、ずっとオルコット家を守る為に頑張ってきたけど…そんな風に考えた事なんて一度も無かった…。

 

「でも…私は……」

「まだ自分を許せないって顔をしてるね」

「当然ですわ…。仲森さんが幾ら許してくれても…そう簡単には……」

「ふぅ…仕方がない。ちょっと来て」

 

 そう言うと、いきなり仲森さんは私の手を引っ張ってから、どこかへと連れて行こうとした。

 突然の事に戸惑ったが、不思議と抵抗しようと気は起きなかった。

 

「ど…どこに連れて行くつもりなんですの?」

「私の部屋」

「仲森さんの…お部屋…?」

「そ。本当は余程の事が無い限りは他人を自分から招き入れるなんて真似は絶対にしたくない」

「なら…どうして…」

「今回は『余程の事』だからだよ」

 

 程無くして廊下の端にある仲森さんの部屋に到着した。

 彼女の部屋がこんな場所にあったとは知らなかった。

 

「入って」

「し…失礼しますわ」

 

 仲森さんの部屋にはベッドが一つしか無く、彼女が一人部屋であることが伺えた。

 部屋自体はそこまで散らかっている訳ではなく、かといって殺風景というわけでもない。

 良くも悪くも『歳相応』といった感じだった。

 

「そこに座って、少しだけ待ってて」

「は…はい」

 

 備え付けの椅子に座ってから仲森さんの行方を目で追うと、彼女はキッチンに移動して何かをしていた。

 

「よし。出来た」

 

 そう言って彼女がトレーに乗せて運んできたのは、二人分のコーヒーカップ。

 中には真っ黒なコーヒーが入っていて湯気を出していた。

 

「ミルクと砂糖はお好みでどうぞ」

「あ…ありがとうございます…」

 

 事態が急転直下すぎて訳が分からなかった。

 仲森さんは私とは向かい合うような形で座り、コーヒーの中に角砂糖とミルクを入れていた。

 

「…嘗て、とあるお医者さんが、こんな言葉を残してる」

「お医者さん…?」

「『大概の問題は、コーヒー一杯飲んでいる間に心の中で解決するものだ。後はそれを実行出来るかどうかだ』」

 

 コーヒーを飲んでいる間に心の中で解決…?

 まさか、それを言う為だけに私を部屋に入れて、コーヒーを御馳走して…?

 

「オルコットさん。あれから一度でも、こんな風にお茶を飲んだりした?」

「いいえ…そんな気分でもなかったので……」

「だと思った。だから、いつまで経っても気分が落ち込んだままなんだよ」

「どういう意味…ですの?」

「心をリラックスしろってこと。多少、無理矢理にでもいいから心を休ませてあげないと、本当に潰れちゃうわよ?」

 

 心を…休ませる…。

 彼女が言った事を反芻しながら、私は角砂糖と一つとミルクを少し入れてから、そっと仲森さんが淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。

 

「美味しい…」

「どこにでも売ってる普通のインスタントだけどね。それでも工夫次第じゃ意外と化けたりするんだよね」

 

 そういえば…コーヒーを飲んだのなんていつ以来だろう…。

 普段は紅茶しか飲んでいないから、なんだか懐かしく感じる…。

 

(そういえば…お父様がよく淹れてくれたコーヒー…美味しかったですわね…)

 

 まだ両親が二人とも生きていた頃。

 休みの日になると父が時々、私と母にコーヒーを淹れてくれた。

 料理は出来ないのに、なんでか父のコーヒーだけは幼かった私にも分かるほどに絶品だったことをよく覚えている。

 

「オ…オルコットさん? どうしたの? なんか涙出てるけど…ゴミでも入った?」

「え…?」

 

 仲森さんに言われて頬に手を当てると、そこには確かに涙が流れていた。

 コーヒーを飲んで、昔を思い出したから?

 あの頃が懐かしくなんて泣いているの…?

 

(もう…お父様もお母様もいない…。私は…自分と同じような悲しみを仲森さんのご家族にも味あわせるところでしたのね……)

 

 今…本当の意味で思い知った。自分が犯しかけた罪を。己の愚かさを。

 これまでは上辺だけの罪悪感から気落ちしていたけど…それはどこまで行っても表面的なことに過ぎない。

 あのまま謝っていたら、また同じ愚行を繰り返していたかもしれない。

 けれど…もう私は迷わない。立ち止まらない。

 人間として一番大切な事を思い出せたような気がするから。

 

「仲森さん」

「なに?」

「あの時…私はあなたの事を見捨てようとしてしまいました。本当に…申し訳ございませんでした…」

「…うん。その謝罪は受け取るよ。上辺だけの言葉じゃない。今のオルコットさんは心の底から謝ってる感じがしたような気がしたから」

「ありがとう…ございます…」

 

 言えた…やっと言えた…。

 誰かに対して心からの謝罪をするのは…本当に勇気と覚悟がいる行為なんですのね…。

 今…知りましたわ…。

 

「なんか…今のオルコットさん。凄くスッキリした顔になってる。まるで憑き物が取れたみたいに」

「そ…そうですか?」

「うん。やっぱり、オルコットさんにはそっちの方がいいと思う。落ち込んでるオルコットさんは、なんていうか…らしくないような気がするから」

「らしくない…そうですわね」

 

 自分らしくない…か。確かにそうだったかもしれない。

 私はオルコット家当主にしてイギリスの代表候補生。

 もう二度と、家の名と杭を汚すような真似はしないと誓いますわ!

 そして……。

 

「仲森さん。私の全てを賭して、必ずやあなたの事を守ってみせますわ」

「え? あ…うん。ありがと…」

 

 織斑先生の仰っていた事が真実ならば、仲森さんは常に危険と隣り合わせという事になる。

 どこの誰が彼女を狙っているかは知らないけれど、これ以上好きにはさせない。

 私が…仲森佳織さんの騎士になってみせますわ…!

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 




まだ…まだヒロインにはなってない。

本格化するのは『あのシーン』以降になってからだ…!







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嫌な予感ほど、よく当たる

もうすぐクリスマス…だけど、当然のように予定なんて無いわけで。

その代わりと言っちゃなんですけど、自分自身に労いの意味も込めてクリスマスプレゼントを送ろうと思っています。

主にプラモとかを。特にガンプラを。

そうでもしないと…やってられないんだぜ!!






 フランス&ドイツから転入生がやって来て五日が経過した。

 今日は土曜日なんだけど、IS学園は普通の学校とは違って土曜もちゃんと授業がある。

 まぁ…授業と言っても午前だけだし、やるのは論理学習なのでそこまで難しくは無い。

 午後からは完全に自由時間となっていて、生徒達はそれぞれに自由な時間を過ごしている。

 図書室や自室にて勉強したり、部活動に精を出したり、全面開放されているアリーナを使って特訓をしたり、本当にやる事は様々だ。

 勿論、私も皆と同じように『活動』をやっていたりする。

 

「会長。こっちの書類終わりましたよ」

「ありがと、佳織ちゃん。いやー…本当に助かるわー」

「どういたしまして」

 

 私だって一応は生徒会メンバーの一人。

 特に予定が無ければ、こうして生徒会室に顔を出してお仕事のお手伝いぐらいはしないといけない訳でして。

 

「私に出来る事なんてたかが知れてますけどね。書類の整理をしたり、必要事項に記入をしたりするだけで」

「それだけでも十分過ぎるわよ。ねぇ、虚ちゃん?」

「その通りですよ仲森さん。世の中にはその『たかが知れている』ことすらしようとしない生徒会長だっているんですから」

「うぐ…!」

 

 私の前に紅茶を置きながら、会長に向かって鋭い一撃を放つ虚先輩。

 見た目に反して、意外と攻撃的な人なのかな…?

 

「けど、生徒会室に来てよかったの? 確か、いつも一緒にいる凰さんや同じクラスの織斑君達は今、アリーナに行ってるんでしょ?」

「全然いいんですよ。ほら…私の機体は人前じゃ展開できないですし…」

「そうでしたね…」

 

 本当は、定期的にトールギスに乗ってから、私があの超負荷にどうして耐えられたのかの疑問の答えを出さないといけないんだろうけど…。

 

(アリーナって殆どの場合、色んな人が頻繁に出入りして使ってるのよね…)

 

 今じゃ『乗らない』ではなくて『乗れない』状態になっている。

 これもまた皮肉な話ですよ…全く。

 

「かおり~ん…お仕事終わったぁ~…?」

「うん。今さっき終わったよ」

 

 そして、今日も今日とてソファーで寝ていた布仏さん。

 生徒会としての仕事をしなくても大丈夫なのだろうか…?

 最近になって割と本気で心配になってきた。

 

「ふぅ~…この紅茶を飲んでると、疲れも吹き飛んじゃうなぁ…」

「ふふ…そう言って貰えると、こちらも淹れ甲斐がありますね」

 

 ほんと、この紅茶があるから生徒会室に来るのも苦じゃないのよね。

 これ一杯飲むだけで残りの時間を『がんばるぞ』って気になるし。

 

 生徒会室が、そんな和やかな空気に包まれている時、いきなり更識会長のスマホに電話が掛かってきた。

 何事かと皆が会長に注目する中、彼女はいつも通りに電話に出た。

 

「もしもし? あ…お疲れ様です。何かあったんですか? え? 第三アリーナで? 本当ですか?」

 

 第三アリーナ? そこって確か、凰さん達が行ってる場所じゃ…。

 なんか嫌な予感がしてきたんですけど。

 

「…分かりました。誰かを向かわせます。はい…はい。では、失礼します」

 

 通話が終わり、会長がなんだか疲れた表情で頭を抱えている。

 どうやら、私の『嫌な予感』が当たってしまったようだ。

 

「お嬢様? いかがなされました?」

「第三アリーナ担当の先生から電話が来たの。一年一組に来た二人の転入生の一人の、ドイツから来た子がいきなりステージのど真ん中に向けてレールガンをぶっ放したって」

「なんと……」

「で、その後にもう一人の転入生の子…例のもう一人の男子って言われてる子と一触即発の空気になってて、応援が欲しいって」

「先生がそう言ってきたのですか?」

「そうよ。どうも、そのドイツの子…完全にこっちを見下してるみたいで話を聞こうとする空気じゃないんですって」

「ドイツ軍の特殊部隊の隊長にして、あの織斑先生の教え子らしいですからね……」

「色々と言ってるけど、要は怖いのよ。だから、生徒会に丸投げしようとしてるんでしょうね」

「はぁ…いつもの事とはいえ、頭が痛くなりますね…」

「全くだわ…」

 

 あ~…なんとなく分かった。

 これはあれだ。ボーデヴィッヒさんが最初に喧嘩を売って来た時のやつだ。

 

「誰かが行かないといけないのなら、私が行って来ましょうか?」

「佳織ちゃんが? 大丈夫?」

「はい。第三アリーナには織斑君達もいますし、ボーデヴィッヒさんの事なら多分大丈夫です」

 

 今こそ原作知識を最大限に活かす時なんじゃないの?

 彼女の精神的な弱点はよーく知っているからね。

 真正面から戦うならともかく、こういった搦め手なら私でもどうとでもなる。

 

「…そうね。生徒会長の私が行っても警戒されそうだし…お願いできる?」

「お任せあれ」

「かおりんが行くなら私も行く~」

「そう言うと思ったよ。布仏さん、一緒に行こ?」

「うん!」

 

 さっきまで寝ていたのに、もうすっかり元気になった。

 若いって素晴らしいわね~。いや、今は私も若いか。

 

「それじゃ、行ってきます」

「いってきま~す」

「いってらっしゃい。気を付けるのよ」

 

 先輩二人に見送られながら、私達は第三アリーナへと急ぐことに。

 その前にちょっと寄る場所があるけどね。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それは突然の事だった。

 俺がシャルルや鈴たちと一緒に第三アリーナで練習をしていると、いきなりもう一人の転入生であるラウラとかいう奴がやって来て、こっちに向けて大砲みたいなのを撃ってきやがった。

 間一髪のところでシャルルが防いでくれたから良かったが、それでもまだ気が収まらないのか、さっきからずっとシャルルと睨み合ったまま動けないでいる。

 

(そういやアイツ…転入初日にも俺に向かってビンタをしてきたよな…意味不明な事を言って。本当に何なんだよ…)

 

 叩かれる理由なんて思い当たらないし、こうして襲撃を受ける謂れも無い。

 どうしてアイツはこうも俺にばかり突っかかって来るんだ?

 理由を言ってくれ、理由を。

 

 今日に限ってここは無駄に人が多い。

 そんな場所で暴れたりしたら、それこそ本当に怪我人が出かけない。

 どうすればいいのか考えていると、いきなりアリーナ内のスピーカーから非常に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『はいはいそこ。こんな密集地帯で暴れたりしちゃダメですよー』

「誰だ貴様は」

『アリーナ担当の先生に呼ばれてきた生徒会の者よ』

「ふん。生徒会か何だか知らんが、関係ない者が口出しするな。目障りだ」

『へー…そんな事を言っちゃうんだー…』

 

 この声…間違いなく仲森さん…だよな?

 生徒会だって言ってたけど…まさか生徒会に所属してたのか?

 

『布仏さーん。先生を呼んできてー』

『どっちのー?』

『勿論、私達と一緒に来てくれた織斑先生をだよー』

 

 え? 千冬姉も一緒なのかッ!?

 よく来てくれたな…。

 

「きょ…教官だとッ!?」

 

 おぉ…分かり易く動揺してやがる。

 どうやら、流石のあいつも千冬姉にだけは逆らえないみたいだな。

 

『仲森。状況はどうなっている?』

『案の定、こっちの話は全く聞く気ないみたいです。どうします?』

『ここは私に任せてくれ』

『分かりました。お願いします』

 

 ここで仲森さんが引っ込んで、その代わりに千冬姉が放送室のマイクを手に取ったようだ。

 

『ボーデヴィッヒ…貴様は何をしている!! こんな場所でいきなり発砲など…それでも代表候補生か!! 恥を知れ!! この大馬鹿者が!!』

「は…はっ! 申し訳ありませんでした!!」

 

 千冬姉の怒りの一喝によって態度が急変。

 いや…あれはアイツじゃなくても普通に委縮するわ。

 自分が怒られている訳じゃないのに怖いし。

 

「…今日の所は教官に免じて見逃してやる。だが、次は無いと思え」

 

 完全に悪役な捨て台詞を吐きながら、ボーデヴィッヒは去って行った。

 マジで何かしたかったんだよ…あいつは。

 

「にしても、まさか仲森さんが生徒会役員だったなんてな…知らなかったぜ」

「でしょうね。佳織って普段から自分の事は余り話したがらないから」

 

 鈴が腰に手を当てながらこっちに来た。

 この感じ…まさか?

 

「鈴は知ってたのか? 仲森さんが生徒会に入ってるって」

「まぁね。前に本人から教えて貰ったし。因みに、本音も生徒会の一員よ」

「ウチのクラスから二人も生徒会メンバーが出てるのかよ…」

 

 前々から仲森さんは凄いと思ってたけど、俺の想像以上に凄い子なのかもしれない。

 

「仲森はとても面倒見がいいからな。そう言った点で生徒会に抜擢されたんだろう」

「きっとそうですわね。優秀なだけでは意味が無い。他者への気遣いが出来る優しさが無ければ学園の中枢たる生徒会に属する事は出来ない…。仲森さんはまさに適任ですわ」

 

 ここで箒とセシリアもやって来た。

 今までずっと落ち込んでいた二人が、最近になって急に元気を取り戻した。

 それ自体は俺も嬉しい限りなんだけど、何が原因で元気になったんだろう?

 

「…ほんと、佳織ってば損な性格をしてるわよね。そんな所が好きなんだけど」

 

 ん? 鈴が何か言ったような気がしたけど…気のせいか?

 声が小さすぎてよく聞き取れなかった。

 

「仲森佳織さん…か」

 

 シャルルも仲森さんが気になるのか?

 うーん…なんでかな。

 他の子達が何か言ってても気にしないのに、同じ男子であるシャルルが仲森さんの事を口にすると、何と言えない複雑な気持ちになってしまう。

 

『みんなー。大丈夫だったー?』

「おー! 仲森さんのお蔭で助かったよー!」

『どういたしまして。何事も無くて良かったよ』

 

 また仲森さんの声がスピーカーから出てきた。

 ってことは、もう千冬姉は戻ったのか。

 

『それと、もうそろそろ閉館時間になるから、戻った方がいいと思うよ』

「もうそんな時間か」

 

 時間が過ぎるのはあっという間だな。

 それだけ集中してやってたって証拠なのかもしれないけど。

 

『私達も戻るね。お疲れ様』

「そっちこそ。態々、来てくれて助かったよ。本当にありがとう」

『うん。また後でね。布仏さん、行くよー』

『はーい』

 

 今度こそ完全に声が聞こえなくなった。

 きっと、生徒会室に戻って行ったんだろう。

 

「また…仲森さんに助けられちまったな」

 

 一体いつになったら、仲森さんにお礼が出来るんだろうか…。

 

 その後、皆で戻ってからシャルルと一緒に着替えよう誘ったら鈴に怒られたりしたり、妙にシャルルの機嫌が悪かったり、大浴場が使えるようになったりとしたことが立て続けに起こったが…そんな事なんてどうでもよくなるレベルの出来事が俺を待ち受けていた。

 

 そしてまた…俺は仲森さんに情けなくも頼ってしまうのだった。

 

 

 

 

 




次回はもう…言わなくても分かりますよね?

さてはて…本当にどうしよう?





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なんでやねん!!(魂の叫び)

今回は例の大事な話。

勿論ですが、主人公は何もしないし出来ません。

流石に話ぐらいは聞いたり、話したりはしますけどね。







 夕闇が空を覆い始める時間帯。

 私は自分の部屋にて友人達とのんびりとしたひと時を過ごしていた。

 

「にしても、今日のアレは本当に助かったわ佳織。まさか織斑先生を連れてくるとは思わなかったけど…っと、5ね。えーっと…『宝くじで高額当選したけど、銀行強盗に遭ってから当選くじを紛失。一回休み』…って、なんでよッ!?」

 

 あらら。これはまた可哀想に。

 けれど、容赦はしないよ?

 

「本当ですわね。あの様子から察するに、佳織さんや私達の言葉では全く意味をなさなかったでしょうし……3ですわ。『困っていたお爺さんを助けたら、その人は実は大会社の社長で多額のお礼を貰った。1000万円を手に入れた』。やりましたわ!」

 

 うぉ…ここで一気に逆転ですか。

 実際にお金持ちだと、こう言ったゲームでも金運が強いのかな?

 

「緊急を要する状況であっても冷静沈着に状況を把握して、最善の一手を導く。流石は佳織だな。……6か。なになに? 『川に溺れていた子供を救出して警察に表彰されたが、体が冷えて風邪を引いてしまった。5マス進んだ後に一回休み』。…喜んでいいのか、どうなのか反応に困るな…」

 

 …最近のには意外なマスも存在するんだね。

 よくネタを思い付くもんだよ。

 

「織斑先生もかおりんをとっても褒めてたよね~。あ、私は4だ~。『地下違法カジノで大儲け。警察から逃げる為に遠くに行く。1億円を手に入れてから10マス進む』だって。これで一番だ~」

「「「えぇ~っ!?」」」

 

 い…一気に大逆転しやがりましたですことよ…!

 この強運だけは勝てる気がしない…。

 

「というかさ…さっきからずっと言いたい事があるんだけど…」

「「なに?」」

「なんだ?」

「なんですの?」

 

 凰さんってば、どうかしたのかな?

 眉間に皺なんて寄せちゃって。

 

「なんで佳織の部屋に箒とセシリアがいるのよッ!?」

 

 その通り。

 今、この部屋にいるのは五人。

 私に布仏さんに凰さん。それから篠ノ之さんとオルコットさんだ。

 

 布仏さんと凰さんは、アリーナの一件の直後から、そのまま一緒に部屋まで戻ってきて一緒に『人生ゲーム』で遊んでいたんだけど、そこに篠ノ之さんとオルコットさんがいきなりやって来て今に至る。

 前に部屋まで連れてきたオルコットさんはともかく、どうして篠ノ之さんが私の部屋の場所を知っていたんだろう…って思って聞いてみたら、普通に織斑先生に教えて貰ったんだって。

 

「佳織は私にとって大切な恩人だ。部屋を訪ねて何が悪い?」

「一体、アンタと佳織との間に何があったのよ…」

 

 それは私が聞きたい。

 彼女に対して何かしたっけ?

 

「それよりもセシリア…あんた、自分が佳織に何をしようとしたのか忘れたわけじゃないんでしょうね?」

「忘れる訳はありませんわ。私は今までも、これからもずっと己の罪と向き合っていくつもりです。あの時の私は本当に愚かとしか言いようがありませんでした。けれど、佳織さんはそんな私の事を許してくれました。本来ならば恨まれても仕方がない筈なのに。それから決意をしたのです。佳織さんの優しさとご恩に報いる為に、これから先、例え何があろうとも必ずや佳織さんの事を絶対に守り抜くと決意したのです」

 

 いや…あの時は単純に、あのまま落ち込まれたままじゃこっちも参るから自分なりに慰めようとしただけであって…。

 そこまで深く考えて行動したわけじゃないんだけどなぁ~…。

 

「なんつーか…本当にお人好しと言うか…」

「かおりんだしね~」

 

 私だしねってどういう意味?

 

「ま…あたしも、その優しさに惚れたクチなんだけど…」

「凰さん? 何か言った?」

「べ…別になんでもないわよっ!?」

 

 どうして、そこで激しく動揺するの?

 逆に気になってくるじゃないのよ。

 

「ん?」

「どうした?」

「私のスマホにメールが来た。相手は…織斑君?」

「一夏さんから…ですの?」

「そうみたい」

 

 一体全体、私なんかに何の御用があるのかしら?

 えーっと…?

 

「なんて言ってるの?」

「『緊急事態発生。今すぐに俺の部屋まで来てくれ』…だって」

 

 この文章はまさか…起きてしまったのか? 例の暴露事件が。

 いや…実際にはそこまでド派手なことじゃないんだけど。

 

「緊急事態って…佳織、もしかして…?」

「多分、凰さんの考えてるので正解だと思う。私も同じ意見だから」

「ってことは、やっぱり佳織も気が付いてたのね。流石だわ」

 

 原作じゃそんな素振りを見せてなかったのに、私の知ってる凰さんは『彼女』の正体にいち早く気が付いたのか。

 ヤバいな…普通にカッコいいと思ってしまって、少しだけ胸キュンした。

 

「二人とも、何の話をしてるんだ?」

「デュノアの事よ。恐らくだけど、アイツの件で何かが起きたのよ」

「それはもしや……」

「あの方が男装をしていた事と何か関係がありますの?」

「「……え?」」

 

 も…もしかして…この二人も?

 

「あ…あんたらも…気が付いてたの?」

「「勿論」」

 

 こんなところで息が合うお二人さん。

 何気に仲良いでしょ。

 

「仮にも私だって候補生の端くれなんですのよ? あれぐらいは一発で見抜けますわ」

「武道をやっている以上、人体の構造などには詳しいからな。頑張って隠してはいたようだが、あの体格や重心移動の仕方などは誤魔化せてはいなかった」

 

 言われてみれば、その通りだわ。

 うん。なんて絶大な説得力。

 

「じゃあ、どうして黙ってたのよ?」

「我々が気が付いているという事は、佳織たちも絶対に気が付いている筈。だが、特に言及するような様子が見られなかったのでな」

「私達もそれに合わせて暫くは傍観の姿勢でいようと思ったのです」

 

 篠ノ之さんとオルコットさんの思考が何気に織斑先生と酷似している件。

 飼い主にペットが似るように、教師に生徒も似てくるんだろうか?

 

「因みに、本音は?」

「なんとなく予想はしてたよ~」

「でしょうね…そんな気がしてたわ」

 

 布仏さんは顔に似合わず鋭い感性の持ち主だからね。

 勘だけで迷路とか突破できそうだし。

 

「確か、デュノアは一夏と同じ部屋だったな…」

「あー…何が起きたのか予想出来たかもしれない」

「凰さんも? 実は私も」

「私もですわ」

「それじゃあ、おりむーのお部屋に行ってみるー?」

 

 布仏さんの言葉に私も合わせた全員が頷く。

 皆の予想は非常に高い確率で当たっていると思うよ…。

 行きたくても、私って織斑君の部屋の場所なんて知らないし。

 あれ? それじゃあ、どうして彼は自分の部屋まで来てほしいなんて言ってきたの?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 い…今、起こった事をありのままに説明するぜ…。

 ついさっき部屋に戻ってきた俺は、先に帰ってきていてシャワーを浴びているシャルルに、中身が無くなっていた筈のボディーソープの詰め替えパックを渡してやろうとシャワー室の扉を開けてから声を掛けようとした。

 すると、中から出てきたのはシャルルにそっくりな見た目の女子。

 頭が混乱して、彼女とシャルルが同一人物であると認識するのに時間が掛かってしまった。

 

 シャルルは今、シャワーから出てジャージに着替えてからベッドに座っている。

 物凄く気まずそうにしながら俯いているが、気まずいのはこっちも同じ。

 どうすればいいのか分からず、思わず俺は頭の中にふと思い浮かんだ仲森さんにメールでこっちに来てくれるように伝えた。

 

「い…一夏…」

「な…なんだ?」

「今さ…メールをしたでしょ? 誰にしたの?」

 

 ばれてたか。

 

「…仲森さん。彼女なら良い知恵を貸してくれると思って…」

「それって、昼間に助けてくれた、あの…?」

「そうだ。本当はこういうのはよくないと分かってるんだけどな…。俺は今までにも仲森さんに迷惑をかけたり、この前も助けられたりしたし…」

 

 なんか、言っている内にこっちの方が落ち込んでくる。

 

「本当に…俺はどこまで仲森さんに借りを作れば気が済むんだって話だよな…。まだ何一つとして礼も出来てないのに……」

 

 はぁ…仲森さんには一生、頭が上がらないなぁ…。

 

「一夏って…仲森さんの事が好きだったりするの?」

「好き…か。そうだな…前はともかく、今は割と普通に話せるようになったし、とてもいい友人だとは思う」

「いや…そうじゃなくて……」

「じゃあ、どういう意味なんだ?」

「…いや。もういいよ」

「…そっか」

 

 シャルルは一体何が言いたかったんだ?

 間を繋ぐための話だとしても、意味が分からなかったぞ?

 

 コンコンコン

 

 いきなり扉がノックされた。

 仲森さんが来てくれたのかもしれない。

 

「織斑君? 言われた通りに来たよ」

「待ってました! 鍵は開いてるから、遠慮なく入ってきてくれ!」

「…分かった」

 

 ドアが開き、仲森さんが入ってきた…と思ったら、彼女の後ろに見覚えのある人影が四つあった。

 あ…あれ? なんで一人じゃないんだ?

 

「ほ…箒っ!? それにセシリアと鈴もっ!? 布仏さんまでっ!? どうして皆が仲森さんと一緒にいるんだよッ!?」

「そんなの、あたしたち全員が佳織の部屋にいたからに決まってるからでしょうが」

「な…仲森さんの部屋にいた…?」

 

 も…もしかして、俺は物凄いタイミングで呼び出しをしちまった…のか?

 

「その通り。私の部屋でみんなで遊んでいる最中に織斑君からメールが来て、一緒に行こうって話になったんだよ」

「マジかよ……」

 

 仲森さんだけに話すつもりだったのに…まさか、こんな事になるだなんて…。

 完全に予想外だった…どうしよう…。

 

「あぁー…佳織。あの子を見て」

「…予想的中…って感じだね」

 

 よ…予想? 何を言ってるんだ?

 なんか不安な感じがする言葉だけど…。

 

「織斑君。ここで何が起きたのか。どうして私を呼び出そうとしたのか。当ててみせようか?」

「え?」

 

 あ…当てる? いきなり仲森さんが名探偵みたいな事を言いだしたぞ?

 じっちゃんの名にかけたり、麻酔針で眠ったりしなくていいのか?

 

「いつものラッキースケベを発揮して、シャワーに入っていたデュノア君…いや、デュノアさん(・・)の裸を何らかの形で覗いてしまって、そこで彼女の正体を知ってしまい、どうすれば分からなくなった結果、まずは私に相談しようとメールをしてきた…って感じでしょ」

「す…凄い…まるで見てきたかのように当ててる…! というか、今『デュノアさん』って言ったかっ!? 仲森さん…シャルルが女だって知ってたのかっ!?」

「知ってたと言うか、一目見た瞬間から気が付いたというか」

「ひ…一目見た瞬間から…?」

 

 う…嘘だろ…? 俺なんて全く分からなかったのに…?

 シャルルの裸を見た今でも信じられてないのに…?

 仲森さん…どこまで凄い子なんだよ…。

 

「ついでに言うと、他の皆もデュノアさんが男装している事に気が付いていたみたいだよ?」

「ま…マジで?」

「大マジよ。あたしは、その子が転入してきた日にあった実習で姿を見た瞬間に本当は女だって気が付いたし」

「私とセシリアも、最初から気が付いてはいた」

「ですけど、IS学園に性別を偽って入学するなんて余程の事。そう簡単に切り出していい話ではないので、何か起きるまでは静観の構えを取っていたのです」

「かおりん達が何も言おうとしなかったから、私も黙ってたんだよ~」

 

 シャルルの一番近くにいたのに俺だけが全く気が付かなかっただなんて…幾らなんでも恥ずかしすぎる!!

 どうやらシャルルも似たような心境のようで、顔を真っ赤にしてから俯いていた。

 

「一応、これも言っておくけど…多分、織斑先生も彼女が男装をしているだけの女の子だって気が付いてるよ」

「千冬姉もッ!?」

「そりゃそうでしょ。冷静に考えてみてよ。私達でさえ分かった事を、あの織斑先生が分からないと思う? もしかしたら、彼女が転入する前…書類とかに添付されてた顔写真を見た段階から気が付いていた可能性だってあるよ」

「言われてみれば確かに……」

 

 あの千冬姉なら、何をしても全く不思議じゃない…。

 これ以上ない程に説得力に溢れた言葉だ。

 

「まずは念には念を入れて…篠ノ之さん。そこのドアを閉めてくれる?」

「了解だ」

 

 あの箒が仲森さんの言う事に従ってる…。地味に凄い光景だ…。

 

「それじゃあ、デュノアさん。まずは色々と事情を聞かせて貰える? 織斑君にも分かるように簡潔かつ丁寧にね」

「うん…分かったよ。こんなにも大勢の人達にバレた以上…話さない訳にはいかないしね…」

 

 俺にも分かるようにって…いや、専門用語とか言われたら頭が確実にパンクするけどさ……。

 

「あ…その前に大切な事があった」

「大切な事?」

 

 そんなのあったか? 全く思いつかないんだが…。

 

「お茶」

「は?」

「私達は織斑君に呼ばれてきた。つまり、私達はお客さん。なら、お茶の一つでも出すのが常識だよね」

「俺が呼んだのは仲森さんだけなんだけどな…まぁいいか」

 

 仲森さんだけならともかく、他の皆にも茶を出すのはどうも納得いかないような……。

 

「一夏。あたしはオレンジジュースね」

「一夏さん。私はコーヒーをお願いしますわ」

「一夏。烏龍茶を頼む」

「おりむー。コーラおねがーい」

「注文多いなっ!? 少しは遠慮しろよなっ!? 俺の部屋は喫茶店じゃないんですけどッ!?」

 

 完全に調子に乗ってないかッ!? どうして全員バラバラなんだよッ!?

 せめて一つに絞ってくれよ!

 

「織斑君。私はドリアンジュースをお願い」

「そんなのねぇーよ!?」

「じゃあ、アイスココアで」

「最初から、そっちで頼むよ……」

 

 なんかもう…既に精神的にドッと疲れた…。

 今回の俺…何一つとしていい所が無い…。

 

 

 

 

 

 

 




次回、本格的にお話します。

勿論、途中で未来のヒロイン候補の一人でもある頼れる助っ人を呼ぶ予定です。






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私は何もしない。何も出来ない。

さぁ…楽しい楽しいOHANASHIの時間の始まりデース!(エルちゃん口調)。

当然ですが、本当に話をするだけです。








 それぞれ、織斑君に注文したドリンクを受け取ってから、各々に好きな場所に座った。

 備え付けの椅子やベッドの上とか、そりゃそう好き放題に。

 

「普通のココアじゃなくて、気を利かせてミルクココアにするなんて…分かってるじゃない」

「それぐらいはな」

「その細やかな気遣いをデュノアさんにも使えればよかったのにね~」

「うぐっ!」

 

 いや? 織斑君が胸を抱えて蹲ってる。

 持病の『失敗したことを指摘されると胸が痛くなる病』でも発症したのかしら?

 

「それじゃあ、改めて色々と事情を聞こうか? …と言いたいところだけど、その前にまずは私達が予想したことを言ってもいい?」

「予想したこと…?」

「そ。ここに来るまでの間に私達で色々と話し合ってね。もしも合っているなら話が早く済むから」

「わ…分かったよ。聞かせて…」

「りょーかい」

 

 デュノアさんの了承を得たので、私は皆に目配せをしてから頷いた。

 それに合わせて皆も同じように頷いてくれる。

 

「まずは確認からしますわ。デュノアさん…あなたはあのフランスの大企業『デュノア社』の人間ですわね?」

「その通りだよ、オルコットさん。デュノア社社長『アルベール・デュノア』…その人がボクの実の父なんだ」

「やっぱり…。デュノアと言う名前はそう多くはありませんから、最低でも親戚ぐらいの関係とは思っていましたが、社長の子供だったとは…」

 

 オルコットさんの質問によって、彼女の血の繋がりなどに関しては原作通りであることが確認できた。

 では次だ。

 

「アンタが態々、男装なんてことをしてまでIS学園に乗り込んできたのは…デュノア社の経営危機が原因…でしょ?」

「…その通りだよ。良く知ってるね」

「この程度の事は、ネットを調べればすぐに出てくるわよ。デュノア社の事に関しては割と大きなニュースになってたしね」

 

 それは私も知ってる。

 テレビのニュースは勿論、ネットニュースでも割と頻繁に話題に上がっていた。

 

「ま…待ってくれよ鈴。デュノア社って確か、量産型ISのシェアが世界第三位の大企業なんだろ? なんでそんな会社が経営危機になんてなるんだよ?」

「それは……」

「デュノア社で製造しているIS『ラファール・リヴァイヴ』が第二世代機だからだよ」

「仲森さん……」

 

 凰さんから交代して、今度は私のターンだ。

 長話は疲れるから苦手だけど、頑張るぞー。

 

「第二世代の何が悪いんだ?」

「今や、IS業界全体の流れは第三世代機が主流になりつつある。そんな中、未だに第二世代止まりというのは余りにも致命的なの」

「時代に遅れているってことか…」

「その通り。そもそも、IS一台を製造するにも莫大な資金が必要になってくる。量産機は当然、それが専用機ともなれば尚更ね。だから、デュノア社に限らず世界中の殆どの企業は国からの資金援助を受けながら辛うじて開発が成立しているの」

 

 うぅ…ISについて改めて猛勉強した甲斐があったよぉ~!

 山田先生…虚先輩…本当にありがとう!!

 

「現状、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』というのから除外されてる。その理由は単純明快で『次世代機である第三世代機を開発できていないから』。だからこそ今のフランスにとって第三世代機の開発は国家をあげての急務になっている。勿論、そこには国を守る為って言う名目もあるけど、それ以上に資金力で劣っている国が一番最初の一手を取れなかった場合…その後に見るも無残な事になってしまうの」

 

 ひ…一息で言えた…。

 お蔭で凄く喉が渇いた…ごくごく…。

 

「佳織さんの仰った通り、欧州連合では現在、第三次イグニッション・プランの自機主力機の選定中なのです。トライアルに参加中なのは、私の故郷であるイギリス…ブルー・ティアーズを初めとする『ティアーズ型』。ボーデヴィッヒさんが所属しているドイツの『レーゲン型』。そしてイタリアの『テンペスタ型』の三機で、今のところはギリギリのところでイギリスがリードをしていますが…それでもまだまだ厳しい状況であるのには変わりはありませんわ。その為の実戦データを少しでも多く取って今後に生かす為に、私がこうしてIS学園へと派遣されて来たのです」

 

 こっちが体力回復している間にオルコットさんが補足をしてくれた。

 ナイス! という意味を込めてサムズアップをすると、なんでか顔を赤くしてしまった。なんで?

 

「…で、ここからがあたし等の予想なんだけど……」

「デュノア社でも第三世代機の開発をしようとした…が、他の国々とは違って致命的なまでにスタートダッシュに出遅れている。故にデータや時間などが圧倒的に不足していて明確な形にする事すら難しい状態だった。そんな最中に政府から通達が開発に関する予算が大幅にカットされてしまった。しかも、万が一にも次回のトライアルに選出されなかった場合…援助そのものを完全に打ち切られる上にISの開発許可すらも剥奪されてしまう…と言う感じか?」

 

 ここでまさかの篠ノ之さんが説明役に。

 いや…確かに彼女も話し合いには参加してたけどさ…ここまでちゃんと説明してくれるとは思わなかった。

 なんだかんだ言っても、こんな所はお姉さんに似てるんだね。

 

「はは…皆、凄すぎるよ…。見事に全部当たってる。大正解だ」

「おぉ~。正解した私達に織斑君は賞品として茶菓子を提供してください」

「シリアスな話を一瞬で壊すのは止めてくれないかッ!? まぁ…別にいいけどさ」

 

 いいんだ。しかも、ちゃんと用意してるんだ。マジでやるな…。

 

「仲森さん達の説明でなんとなくは理解した。けど、それとシャルルが男装することに何の繋がりがあるんだよ? というか、そもそも誰がそんな事をしろって言いだしたんだ?」

「もう分かってるんじゃないの?」

「…………」

 

 茶菓子を用意しながら織斑君が尋ねるけど、途中で黙り込んでしまった。

 流石の彼も、彼女に男装を命じたのが誰なのかは分かったみたい。

 

「親父さん…か?」

「うん。こんな風に使うには丁度良かったんじゃないかな? なんせボクは…愛人の子供だから」

 

 ここからの話は原作通りだからちょっとだけ省略。

 聞いていても胸糞な気分になるだけだしね。

 事実、織斑君はめっちゃ怒ってるっぽいし。

 

「そして、ボクが男装をしていた理由は大きく分けて二つ。一つは世界中から注目を浴びる為の広告塔としての役目。もう一つは……」

「同じ男子なら、織斑君とも接触しやすいから…でしょ?」

「…その通りだよ。仲森さん」

「織斑君と接触する理由は、彼が使った機体そのものを…最低でも稼働データを手に入れて、あわよくば織斑君自身の遺伝子情報を持ち帰る…かな?」

「…うん。機体のデータは今後の開発の為に、一夏自身のデータは他国との差を少しでも縮める為に必要なんだ。『自分達の国には男性IS操縦者の遺伝子データがあるんだぞ』ってアピールしてね」

 

 なんともまぁ…聞いているだけで頭が痛くなりそうだわ。

 やってることは、まんま子供じゃないのよ。

 私達が知らないだけで、上の連中でこんなのばかりなのかもしれない。

 

「なんだよそれ…! そんなの…そんなの…!」

「…織斑君。気持ちは分かるけど今は抑えて」

「でも!」

「ここで大声を出して外に漏れたりしたらどうするの?」

「うっ…!」

 

 実際には防音処理ぐらいはしてそうだけど、念には念を入れてね。

 こーゆーのはどこから漏れてるか本当に分からないから。

 

「…あんまりこういう事は言いたくないけどさ…今の世の中、脛に傷が無い人間なんて本当にごく少数なんだよ。誰だって一つや二つ、人に言えない…言いたくない事情を抱えているものだよ」

「それは…仲森さんも?」

「さぁ…どうだろうね」

 

 いや…ぶっちゃけて言うと、私なんて後ろめたい事情の塊みたいな人間ですからね?

 言えない事なんて、それこそ山のようにありますがな。

 

「な…なぁ…」

「何よ?」

「もしも…もしもだぞ? このままだったら…シャルルはどうなっちまうんだ?」

「多分だけど…まず間違いなく候補生の称号は剥奪されるでしょうね。その後に裁判に掛けられて…良くて投獄。最悪の場合は……」

「…もういい」

「…そう」

 

 凰さんの容赦のない口撃に織斑君は静かに怒りを堪えている感じがした。

 流れ的に、そろそろ彼が『あれ』を言いだす頃かな…。

 

「そ…そうだ。思い出した! 特記事項第21! あれならなんとか…」

「ならないよ」

「……え?」

 

 はぁ…言うと思ったよ。

 それこそが最大の罠だとも知らずにさ。

 

「織斑君が今言おうとした特記事項第21…それはデュノアさんには使えないよ」

「なんでだよっ!?」

「『本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されない』…これが第21の内容。普通に考えれば、これでなんとかなるかも…なんて考えてしまう。けど、それこそが罠」

「わ…罠って…なんだよ…」

「オルコットさん」

「はい」

 

 ここは、私なんかよりもデュノアさんと同じ代表候補生の一人であるオルコットさんに説明をして貰った方が分かり易いし、説得力もあると思う。

 

「まず、代表候補生がなんなのかはご存知ですか?」

「そりゃ…あれだろ? 国家代表の候補生…」

「その通りですわ。ですが、候補生とはいえ国の名を背負っている事には変わりはない。そして、私がつい先ほど言った『IS学園に来た理由』をもう一度言えますか?」

「えっと…『ISの実戦データを取る為に派遣されてきた』…だよな?」

「そう…『派遣』です。つまり、半分は『国の仕事』で訪れている訳なんです。これが何を意味するのか分かりますか?」

「何をって……」

「『代表候補生と言う存在は、IS学園に入る前から既に国に所属している』…ということですわ」

「は…はぁっ!? なんだよそれっ! そんなのおかしいだろっ!? IS学園は国の介入とかが出来ないんじゃないのかッ!?」

「普通ならばそうですわ。だけど、何事にも『例外』は存在する。その例外こそが……」

「代表候補生ってわけか……」

「正確には『国家代表』もですけど」

 

 そう…それが重要。忘れちゃいけない項目。

 これを無視したら、痛い目を見るのは自分自身。

 

「織斑君。IS学園は立派な学校法人…分類上は高等学校になってる。それはつまり『義務教育』じゃないってこと。学校経営という名の商売をやってるんだよ。特に、IS学園は日本だけじゃなくて世界各国から色んな生徒が入学してくる。別にそれ自体は何の問題も無い。けど、中にはオルコットさん達みたいに『最初から国に所属している人間』だって入学してくる場合もある。けど、それだとさっきの特記事項が邪魔をしてしまう。じゃあ、どうすれば彼女達は入学できると思う?」

「それは……」

「答えは簡単。国の介入を認めればいい。そうすれば候補生でも入学できる。もしかしたら、その際に学園側は多額の金とか貰ってたりしてね」

 

 これは私がずっと疑問に思っていた事の一つだ。

 国や企業の介入を許さないと言いつつも、実際には様々な国から候補生が入学して来ている。

 余りにも矛盾してるんじゃないかって。

 

「一夏…アンタがさっき言おうとした特記事項第21ってのは、あくまで『一般生徒』を守る為のものなのよ」

「一般生徒のもの…?」

「そ。一般生徒の中には練習次第で候補生クラスの優秀な実力を持つ人間が出てくる可能性がある。佳織や箒なんかがその最たる例じゃない。それは一夏だってよく知ってるでしょ?」

「あ…あぁ……」

「あたし達のような候補生には『国』という強力な後ろ盾があるから手が出せないけど、他の生徒はそうじゃない。その気になれば口八丁手八丁で幾らでも好きに出来る。そういった時の為に『いざと言う時はIS学園が無所属の子達の後ろ盾になりますよ』って言ってるのが、さっきの特記事項第21なのよ。分かる? あたし達『代表候補生』は『一般生徒』として最初からカウントされてない。所謂『特別枠』として入学して来てるの。だから、代表候補生の生徒にさっきの特記事項は適用されない」

 

 凰さんが物凄く分かり易く説明してくれた。

 …今度、勉強でも教わろうかしら。

 

「デュノアさんに至っては『国』と『企業』の両方にデフォルトの状態で所属している。これをどうにかするのは普通じゃ絶対に無理だよ」

「そもそも、事は既に私達だけでどうにか出来るレベルを遥かに超越している。お前の『誰かを守りたい』という気持ちは立派だが、それだけではどうにも出来ない事も世の中には沢山存在している」

 

 おぅ…篠ノ之さんがトドメを刺しおった…。

 織斑君は項垂れて完全に意気消沈になってる。

 

「ちくしょう…! 俺じゃ…シャルルを助けてやることは…救ってやることは出来ないのかよ…!」

「少なくとも、個人の力だけじゃ天地がひっくり返っても絶対に不可能だよ」

 

 あ…私もつい言っちゃったゼ。

 

「ありがとう…一夏。その気持ちだけでも嬉しかったよ。でも、もう…」

 

 …なんか急に腹立ってきた。

 私達はあくまで『説明』をしただけ。

 全ての希望を摘み取ってはいない。

 どうして最後まで足掻こうとしないの?

 そんな簡単に諦めちゃうの?

 

「…確かに、私達には何も出来ない。けど…どうにか出来るかもしれない可能性を秘めた人物を『紹介』する事は出来る」

「「…えっ!?」」

 

 これこそが私の奥の手…じゃなくて、実は最初から想定していた事だったりします。

 本人からも『その時になったら自分を呼んで』って言われてるし。

 

「今から、その人物をこの部屋まで呼ぶ。けど、その前に2つだけデュノアさんに尋ねたい事があるんだけど…いい?」

「な…何を聞きたいの?」

「まず一つ。まだ織斑君の機体からデータとかを抜き取ってはいないよね?」

「う…うん。何もしてないよ…」

「んじゃ次。今回の事はデュノアさんのお父さんの独断? それとも国から命令?」

「お父さんの独断…だと思う」

「国からお父さんが命令されて…とかでもないんだね?」

「多分…詳しい事は分からないけど、それっぽい事は一度も聞いてないから…」

「ん…分かった。それさえ聞ければ十分だよ」

 

 あの人が来る前に判断材料は揃えた。

 後は私が電話をするだけだ。

 ピポパ…ってね。

 

「もしもし? 仲森です」

『佳織ちゃん? そっちから掛けてきたって事は…』

「はい。例の件で知恵を貸してほしくて掛けました」

『了解よ。でも、思ったよりも早かったわね』

「織斑君が自慢の特技を披露しまして。それで判明しました」

『あぁ…なんとなく理解したわ』

「流石です。今は織斑君の部屋にいるんですけど、来れますか?」

『大丈夫よ。彼の部屋の場所はちゃんと把握してるし、別に何かをしていたって訳じゃないしね』

「助かります」

『さぁーて…佳織ちゃんが頼ってくれたんだし、お姉さん張り切っちゃうわよー!』

「ほ…程々にお願いします…」

『それじゃ、今すぐにそっちに行くからー! またねー!』

「お待ちしてます」

 

 これでよしっと。後は待つだけだね。

 

「なぁ…仲森さん。一体誰に電話したんだ?」

「私達生徒の頂点に君臨してる人。それで、織斑先生と同じぐらいに私がめっちゃ頼りにしてる人でもある」

「あの佳織が…」

「頼りにしている人…」

「一体誰なんですの…?」

「あー……」

 

 凰さんと篠ノ之さんとオルコットさんは、どうして怪訝な表情になるの?

 さっきから難しい話だったからずっと傍観してた布仏さんはすぐに誰なのか分かったみたいだけど。

 

「それよりも織斑君。お茶もう一杯用意して。お客さんが増えるんだから」

「お…おう。それもそうだな」

 

 彼をキッチンに向かわせた直後、部屋の扉がノックされた。

 この部屋の主は忙しいので、代わりに私が返事をしますか。

 

「佳織ちゃん? 来たわよー」

「どうぞー。遠慮なく入ってくださいなー」

「それじゃ遠慮なく…失礼しまーす」

 

 呑気な声と共に入ってきたのは、我等がIS学園の生徒会長『更識楯無』その人だった。

 暗部の長として裏の事情にも必要以上に詳しい、この人ならばきっといい知恵を貸してくれるに違いない。

 私なんかとは頭の出来が違うからね。

 

 

 

 

 

 

 




次回、たっちゃん大活躍?

もう完全にヒロイン候補の一人になってますね…。

割と好きなキャラだからいいんだけど。


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焦りは禁物

年末に差し掛かるにつれて、やる気が吸い取られていく気がします。

一年の疲れが一気に押し寄せてきてるんでしょうか?







 更識先輩がやって来て、布仏さん以外の全員が大きく目を見開いて彼女の事を見ていた。

 無理も無い。まさか、生徒会長が直々にやって来るだなんて誰も想像もしていなかっただろうから。

 

「え…えっと…仲森さん? この人は一体…」

「この人は二年生の更識楯無先輩。IS学園の生徒会長にして、自由国籍って制度を使って日本人であるにも拘らずロシアの国家代表も務めている凄い人だよ」

「せ…生徒会長でロシア代表ッ!? この人って、そんなにも凄いのかよッ!? っていうか、なんで皆はたったそれだけのリアクションなんだっ!?」

 

 なんでと言われてもね…なんとなく想像はつくけど。

 

「いや…この人についてはIS学園のHPにも堂々と載ってるわよ?」

「IS委員会の公式サイトにも記載されていましたわ」

「私達が驚いたのは、佳織がこの人を呼んだことについてだ」

「生徒会所属は伊達じゃない…ってことなんだね…」

「かいちょーだもんね~」

 

 これが普通のリアクション。

 生徒会長って一年生に取っては遠い存在に等しいしね。

 私にとっては、かなり身近な存在になってるけど。

 

「ほ…箒も知ってたのか…?」

「当たり前だ。自分の通っている学校の生徒会長の顔と名前ぐらい知っていくのが常識と言うものだろう」

「うぐっ…!」

 

 篠ノ之さんから織斑君に対してのダイレクトアタック。

 これは手痛い一撃だわ…。

 

「いや~…佳織ちゃんに『凄い』って言われると照れちゃうわね~」

「口には出してないけど、常日頃から凄いとは思ってますよ」

「…佳織ちゃん。その言葉は反則だと思うわよ…」

「何故に?」

 

 私はシンプルに自分が思った事を言っただけなんだけど。

 多少の照れぐらいはあるかもだけど…先輩の顔がめっちゃ真っ赤になってるのはなんで?

 

「あ…えっと…お茶です。どうぞ」

「あら。ありがとう、織斑一夏くん」

「俺の事…知ってるんですか?」

「知ってるも何も、今の君は世界一の有名人よ? この学園の中だけじゃなくて、IS関係で織斑君の名前と存在を知らない人間は一人もいないんじゃないかしら」

「マジかよ……」

 

 残念ながらマジだよ。

 君の存在は、それだけ世界的にも貴重だって事を認識しようよ。割と本気で。

 

「それで……話はどこまで進んでいるのかしら? 出来るだけ具体的に教えてくれる?」

「了解しました」

 

 そこから私は、さっきまでの話の事を説明した。

 といっても、流石にイグニッション・プランについての話とかは略したけどね。

 重要なのはそこじゃないし。

 

「どうやら、今回の事は国からの命令じゃなくてデュノア社の社長である彼女のお父さんの独断みたいです」

「やっぱりね。なんとなく、私もそうじゃないかとは思ってたのよ」

「ですよね。もしもこれに国が絡んで来ていたら、この時点で完全に詰みですもんね」

 

 幾ら『暗部』とはいえ、国と真っ向から対峙できるほどの力は持ち合わせてはいない。

 精々が場を混乱させるぐらいしか出来ないだろう。

 

「な…なぁ…。さっきから思ってたんだけど、どうして生徒会長なんだ? 頼りにはなるかもしれないけど、それでもこれは……」

「大丈夫。訳あって、この人は私達でさえも絶対に知りえないような色んな『裏事情』にも非常に詳しい人なんだよ。ね? 布仏さん」

「うん。かいちょーは頼りになるよ~」

「二人がそこまで言うんなら……」

 

 そうそう。それでいいんだよ。

 何事も素直が一番なんだから。

 

「…で、あなたが今回の一件の中心にいるシャルル・デュノアさん…いえ、もう女である事がバレているのだから『シャルロット・デュノア』ちゃんと呼ぶべきかしら?」

「な…なんでボクの本当の名前を…!」

「お姉さんに掛かれば、これぐらいは朝飯前なのよ」

「今は夕飯前ですけどね」

「一本取られちゃった。流石は元落語部ね。座布団を一枚あげたいわ」

 

 いいわねー。いつの日か、私も皆と一緒に『あの舞台』に上がってみたいもんだよ。

 その場合、司会は誰になるんだろう?

 

「シャルロット…それがシャルルの本当の名前なのか?」

「うん…お母さんが付けてくれた、僕の名前だよ」

「そうか…」

 

 ここでようやく本名発覚…ってか。

 でも、それを堂々と名乗れるのは、まだ先の話なんだけどね。

 

「あ…あの…仲森さんが言ってたんですけど…本当にシャルル…じゃなくてシャルロットを助けられるんですか?」

「佳織ちゃん…なんて言ったの?」

「『どうにかできる可能性を秘めた人』って言いました。なんか期待し過ぎて拡大解釈しちゃってるみたいですね」

「はぁ……」

 

 流石の先輩も溜息。

 そりゃ、変な期待を掛けられちゃそうもなるか。

 

「言っておくけど、私はあくまでも『可能性を提示』するだけよ? 絶対に助けてあげられる保証はどこにも無い…というか、そんなものは誰にも保証なんて出来ないわよ」

「分かってます…それでも…少しでもこいつが助かる可能性があるなら…」

 

 …本当にわかってるのかな?

 そもそも、さっきから織斑君ばかり話して、当の本人は殆ど喋ってないし。

 

「…シャルロットちゃんもそう思ってる? 貴女の言葉で聞かせて頂戴」

「ボクは…ボクは……」

 

 ボクは? その先は?

 

「もう…皆に嘘をつき続けたくない…! 女の子に戻りたいです…!」

「…その言葉を聞きたかったのよ。ね、佳織ちゃん?」

「そうですね。織斑君の『彼女を支えたい』って気持ちは理解出来るけど、一番最後に必要なのは『本人の意志』だし。それが無いと何も始まらない」

 

 まずは『自分の足』で前に進もうとする意志が必要なんだよ。

 そうじゃないと、いつまで経っても彼女は成長しない。

 原作の彼女が、その最たる例じゃない。

 

「だけど、行動する前にやる事がある…ですよね。先輩」

「そうね」

「やる事とは何なんですの? 佳織さん」

「デュノアさんの家族についての詳しい調査」

 

 それをしない事には、先輩だって行動の指針すら決められない。

 闇雲に動いても何の成果も得られないんだよ。

 私達は調査兵団じゃないんだからさ。

 

「なんで、そんなのを調べるんだよ? シャルル…じゃなくてシャルロットをこんな目に遭わせた奴だぞ? 悪い奴等に決まってるじゃねぇか!」

「織斑君。それは幾らなんでも短絡的すぎるよ。完全に子供の発想になってる」

「こ…子供……」

 

 別に落ち込むような事じゃないでしょ。

 実際に私達は子供なんだからさ。

 

「この世の中には色んな可能性が転がっている。例えば…実はデュノアさんのご両親がしていた事は全部お芝居で、本当は別の意図があった…とか」

「そんな馬鹿なっ! そいつらはシャルロットの事を殴ったんだぞ!」

「殴った…ねぇ…」

「な…なんだ? 何か変な事でも言ったか?」

 

 …やっぱり、織斑君は『理解』をしていないんだ。

 『今の世の中』がどんな事になっているのか。

 だから、こんな違和感にも気が付かない。

 

 私以外にも皆も『あ』って顔になってるし、更識先輩に至っては私の話を聞いている時点で気が付いたっぽい。

 何にも気が付いていないのは、織斑君とデュノアさんの二人だけだ。

 

「デュノアさん…君は継母さんに『この泥棒猫の娘が』って言われながらビンタされたんだよね?」

「う…うん……」

「なんと言うかまぁ…随分と『優しい』こと」

「優しいって…なんだよ…! どこが優しいってんだよ!」

 

 おぅ…なんか怒り出したし。

 ちょっとだけビビったけど、無人機に追われた時の恐怖に比べたら割と平気。

 私って昔からそうで、最上級の痛みとか恐怖とかを経験すると、耐性が付いて生半可なことじゃビクともしなくなるんだよね。

 

「優しいよ。優しすぎる。もしも本当に彼女の事を心の底から憎んでいるのなら…その場で殺すか、どこかに人身売買とかしていると思うよ。なのに、実際にしている事は罵倒とビンタだけ。どう考えても本気で憎んでいる人間の行動じゃない」

「こ…殺すって…人身売買って…なんだよそれ…」

 

 …そんな反応が許されるのは『旧時代』までだよ…織斑君。

 

「ISが誕生して以降、世界は明らかにおかしな方へと歪んでいった。その一番の例が『女尊男卑』だよ」

「女尊男卑……」

 

 私は自分のスマホを操作して、最近のニュース記事を出してから画面を彼に見せた。

 刺激が強いかもしれないけど、ISに関わっている以上はいつの日か必ず直面しなくちゃいけない事だ。

 

「これを見て」

「『32歳男性…地下鉄にて痴漢の冤罪で逮捕…そのまま死刑に』…!? 嘘だろ…!?」

「本当よ。こんなのは一部の例に過ぎないわ。もっと酷いのは…」

「生まれたばかりの赤ん坊を殺してるってヤツね。あたしも知ってるわ」

「鈴…!?」

 

 ここで凰さんが口を挟んできた。

 その表情は苦虫を噛んだようだったけど。

 

「生まれた子供が男だったから…そんな理由で胎児が殺されている事例が山ほどあるらしいわ」

「男だったから…生まれたばかりの赤ん坊を殺す…? なんだよそれっ! そんなの…うちの近所じゃ全然…」

「当然じゃない。あそこら辺は比較的、女尊男卑の影響が少なかったんだから。でも。都会に行けば違ってくる。あっちの病院には鳴き声すら出せずに死んでいった赤ちゃんの死体の山があるって聞いたことがあるわ…」

「そんな……有り得ない……」

 

 流石にショックだったかな。

 けど、これは同時にどれだけ織斑先生が彼に対して『ソレ系』の情報を知らせないようにしていたかっていう証拠にもになる。

 

「有り得ない。その言葉が出ている時点で、織斑君がどれだけ世間知らずなのかが伺えるね」

「べ…別に俺はそこまで世間知らずじゃ…ニュースだってちゃんと見てるし…」

「ニュースの種類にもよるけどね」

 

 どうせ、ISや女尊男卑には一切関係のないニュースでしょ?

 一発で分かるよ。

 

「織斑君の『常識』は、今の世の中じゃもう『非常識』になってるんだよ」

 

 はぁ…言ってて自分で嫌になる。

 私って、こんなキャラじゃなかったような気がする。

 

「そんなのが普通にある今の世の中だからこそ、普通じゃ考えられないような事があっても不思議じゃない。それこそ映画やドラマみたいに『何らかの事情で娘を守る為に、敢えて憎まれ役を案じて娘を逃がそうとした』…とかね」

「父さんたちが…そんなことを…?」

「いや。今のはあくまで『そうかもしれない』ことを言っただけだから。本当かどうかは分からないよ。でも『事実は小説よりも奇なり』って言葉もあるぐらいだしね…」

 

 …どうやら、私にも織斑君の楽観主義がうつってしまったみたい。

 けど…話を聞く限りじゃ割と濃厚ではあるんだよね…。

 

「そもそもさ、ISの存在だって半分はフィクションみたいなものじゃない。女だけが動かせる、空を自由に飛ぶことが出来るパワードスーツなんて普通じゃ考えられないよ?」

「それ…は…そうかも…しれないけど……」

 

 もう完全にSFの世界に足を突っ込んでるよね。

 何が起きても素直に受け入れられる世の中になってきつつあるのが普通に怖い。

 

「全てを明らかにする為にも、まずは調べる事から始めないといけない。もしも佳織ちゃんが言った通りだった場合もそうだけど、違った場合にはシャルロットちゃんには文字通り『命』を賭けて貰う事になるかもしれない」

「命を…賭ける…!?」

「そうよ。もうこれはシャルロットちゃんだけの話じゃない。下手をすれば国家同士の話になる危険性も秘めているんだから。一時の感情で動いたら、それこそ取り返しのつかない事になりかねない」

 

 先輩の言う通り。

 そして、最も最悪なシナリオは…想像もしたくない。

 

「この状況を覆すには、生半可な覚悟じゃ不可能よ。織斑君が言ってた特記事項なんて論外中の論外。時間稼ぎにすらなりはしない。自分の身と故国に迫った危機を知らずに現実から目を背けていると同じ事になる」

 

 織斑君が言っていた事は、今の状況では最も危険な麻薬だ。

 デュノアさんにだけ通用する麻薬だ。

 例え、本人にその気が無くても…織斑君の言葉は本当に危険だった。

 

「流石に『死ね』と言うつもりはないけど、本気で命を賭けるぐらいの覚悟はしておいて。仮にも代表候補生なら、それぐらいは分かるでしょ?」

「は…はい」

 

 これで…どうにかはなりそうかな?

 後は調査結果次第だけど…。

 

「と言っても、実はもうかなり前から調査は始めてるのよね」

「そうなんですか?」

「うん。シャルロットちゃん達が転入してくる前に、生徒会室で佳織ちゃん達と彼女達について話をしていた時に今回みたいな話になって、念には念をと思って少し早めに動いていたの」

「知らなかった…」

 

 流石は生徒会長にして暗部の長。

 私達に出来ない事を平然とやってのける。

 そこに痺れもしないし、憧れもしないけど…普通に凄いとは思った。

 

「じゃあ、一先ずはそういうことで。万が一の時には、ちゃんとこっちでなんとかするようにしてあげるから。そこだけは安心しておいて」

「わ…分かりました」

「調査が完了するまでまだ時間が掛かるから、それまでの間は申し訳ないけど今まで通りに男装で過ごして貰うわ。織斑君、ちゃんとフォローしてあげるのよ?」

「も…勿論です!」

「よろしい」

 

 一件落着…には全くなってないけど、今回の話はこれで終わりか。

 まだ何も解決はしていないけど、それでも先が見えただけでも大きく前進したと見るべきだろうね。

 原作よりはずっとマシな状態だとは思う。

 

「それから、佳織ちゃんにもちゃんと感謝しておきなさいよ? 今回の話、この子が君達と私との橋渡し役をしてくれたから成立したんだから」

「そ…そうだよな。仲森さんがいなかったら、どうなってたか分らなかったもんな……」

 

 別に私は大したことはしてないつもりですけど?

 ただ、話を聞いて、先輩を呼んだだけ。

 それだけじゃない。

 こんなの誰にだって出来るわよ。

 

「あと、このことは私から織斑先生にも報告しておくから」

「ち…千冬姉に? それは……」

「あの人は君達の担任よ? 知る権利はあるし、聞く権利もある。違う?」

「…違いません」

「でしょ? それじゃ、そーゆーことで。佳織ちゃん、本音ちゃん、それから他の皆も…またね~」

 

 先輩を呼んだ事は正解だったね。

 私なんかよりも遥かにいい説明になったし。

 ちゃんと僅かではあるけど光明も見えたしね。

 

 調査が終わるまでは時間が掛かるから仕方がないとして…それまでの間にほぼ確実に『別の問題』も発生するよね…はぁ…気が重いなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

  

 




まずはデュノア社…と言うか、デュノア家の調査から。

語られているのはどこまでも『シャルロットの主観』での話だけですから。

ちゃんと第三者目線で物事を見ないといけません。






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私は別に何もしていないよ

なんか、このまま年末まで突っ走りそうな勢いになってきました。

一応、大晦日と新年には別の作品の更新をしようと思っているのですが。

本当は、少し更新が泊まっている作品を進ませようと思ってたのに…。







 一応の話し合いが終わり、ふとスマホで時間を確認してみると夕飯を食べるのにいい時間になっていた。

 道理でお腹が空く筈だよ。今日は何を食べようかな…?

 

「それじゃ、今日は取り敢えず解散って事で。布仏さん。凰さん。篠ノ之さん。オルコットさん。折角だし、このまま一緒に食堂に行く?」

「うん! かおりんと一緒にご飯だ~!」

「勿論、行くに決まってるじゃない」

「当然だな」

「お供致しますわ。佳織さん」

 

 ハイ決まり…っと。

 今日の私は……なんか無性に麺類が食べたくなってきた。

 ラーメン…じゃないね。蕎麦…でもない。

 この感じは…うどんだね。よし、うどんにしよう。

 

「ちょ…待ってくれ仲森さん!」

「ん? どうしたの織斑君」

 

 私がどんなうどんを食べようか考えていると、いきなり織斑君が話しかけてきた。

 あ、ちゃんとコップを返せって事か。

 それぐらいは分かってますよ。

 

「はいこれ。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした…じゃなくて!」

「だったら何? サインでも欲しいの?」

「え? 書けるのか?」

「中学時代に部活動の一環で皆と一緒に練習したことがあるの。お蔭で、無駄に上手になってしまったわ」

 

 本格的に落語の練習をする前にサインの練習をしてしまったというアホさ。

 だからこそ面白かったんだけど。

 特にキグちゃんが一番ノリノリだった。

 

「さっきは…その…ごめん! いきなり怒鳴ったりして…」

「あぁ…あれね。別に気にしてないよ。少し前に死にそうなぐらいに怖い目に遭ってるからね。あの程度じゃもうビビったりはしないって」

「うっ……」

 

 しまった。オルコットさんのトラウマを刺激してしまった。

 後でちゃんと謝っておかないと。

 

「それに、中学の頃もよく友達みんなでバカ騒ぎしてたから、至近距離で大きな声を出されても平気」

「因みに、馬鹿騒ぎって何をやってたのよ?」

「ガンちゃんとマリーさんの殴り合いの喧嘩」

「女の子同士で殴り合いッ!?」

「しかも、いつもガンちゃんの圧勝。マリーさんは一度も勝った試しがない」

「あの子…眼鏡を掛けていてクールそうな感じだったのに…意外だわ…」

 

 ガンちゃん自身は別に口よりも先に手が出るタイプじゃない。

 普通に腕っぷしが強いだけ。

 ついでにスタイルも抜群。破裂すればいいのに。

 

「だから、私は全く気にしてない。織斑君も、あんな事はとっとと忘れた方がいいよ」

「…それは出来ないだろ」

「君も難儀な性格をしてるんだね…」

 

 将来確実に損をするタイプだ。

 誰かを守って人生が破滅するタイプとも言えるね。

 

「それよりも、織斑君はもっと世間に目を向けた方がいいと思う。今の現実を見て、その上で色々と考えようよ。じゃないと、いつまで経っても今のままだよ」

 

 彼がこうなった原因には恐らく、織斑先生もほぼ確実に一枚噛んでるんだろうけどね…。

 でも、あの人の場合は織斑君の事を思っての行動だったんだろう。

 それが完全に裏目に出ている事は悲しいけど。

 

 そんな事よりも、今は夕飯の事の方が大事。

 

「篠ノ之さん。ここの食堂って、ぶっかけ系のうどんってあったっけ?」

「あったと思うぞ? 確か、専門店などに行けばあるようなメニューは一通り揃っていたと記憶しているが…」

「成る程…ありがと。お蔭で選択肢が広まった」

「この程度で佳織の助けになるのなら、お安い御用だ」

 

 となると…普段はあまり食べないような物が良いよね。

 かまたまうどんか…それとも、釜ゆでうどんってのもありかも。

 本気で迷いますな~。

 

「あ…あの…仲森さん。一つだけ…聞いてもいいかな?」

「今度はデュノアさん? なに?」

「…どうして、ボクの事を助けてくれようと思ったの?」

「どうしてって……」

「今まで、ボクは君と殆ど話なんてしたことはないし…同じクラスってだけで赤の他人も同然だったのに…なんで……」

 

 …なんかまた盛大に勘違い…いや、物事を好意的に捉えている?

 精神的に追い詰められた状況だったから仕方がないとはいえ、この誤解は解いておいた方がいい気がする。

 

「…私ってば何かしたっけ?」

「したよ! 拒む事も出来た筈なのに、一夏の呼びかけに応じて部屋まで来てくれて…色々と説明をしながらもボクの話をちゃんと聞いてくれて…生徒会長まで呼んでくれた」

「うん。確かにそうだね。けど、それって別にデュノアさんが救われる事には何一つとして直結してないじゃない」

 

 どうして皆、物事を大袈裟に捉えようとするんだろう?

 もうちょっと俯瞰した視野で見ようよ。

 

「織斑君の呼びかけに応じたのは、そうしないと後々で面倒なことになりそうだったから。それに、あの時の私は一人じゃなかったしね。皆がいてくれたから行こうって気になれた。もしも一人だったら普通に無視してたよ」

「かおりん…」

「「佳織…」」

「佳織さん…」

 

 え…え? どうしてそこで皆揃って顔を赤くするの?

 なんかもうこれ…パターンになってる気がするのは私だけ?

 

「それからだって何も大したことなんてしてない。話をして、話を聞いて、それから頼りになりそうな人を呼んだだけ。なーんにも役になんて立ってない。デュノアさんの事を本気で助けようとしてくれているのは、そこの織斑君と更識先輩だよ。私はその橋渡しをしただけ。もしもお礼を言いたいのなら、私みたいな役立たずなんかじゃなくて、その二人にした方がいいよ。きっと喜ぶから」

「仲森さん…君は……」

 

 もうそろそろ本当に食堂に行こうかしらん。

 急がないと閉まっちゃうかもしれないし。

 

「…最後に一つだけ聞かせて」

「なに?」

「仲森さんって…何者なの?」

「ただの女子高生。それ以上でも、それ以下でもないよ」

 

 これ以上、話をしていたらキリがないような気がしたので強引に終わらせてから適当に『また明日』って言っておいてか織斑君の部屋を出た。

 

 出た直後にふと頭の中で閃きがあった。

 よし…今日の夕飯は『きつね・肉・卵のミックスうどん』にしよう!

 迷った時は全部乗せにする。常識だよね?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 仲森さん達がいなくなってから、部屋には再び俺とシャルル…じゃなくて、シャルロットの二人きりになった。

 さっきまでとは違って、今はなんだか色々と気まずい…。

 

「…不思議な女の子なんだね、仲森さんって」

「そうなんだよなぁ…。本当はめっちゃ凄いのに、いっつも『何もしてない』とか『凡人だから』とか言ってるんだぜ?」

 

 …俺は知ってる。仲森さんが凄い努力家なのを。

 前に彼女が千冬姉や山田先生に頼んで自分から補習授業を受けていたのを見た事がある。

 自ら先生に勉強を教えに貰いに行くなんて、俺には全く思いつかない。

 初日に山田先生から補習の話をされたけど、結局は一度もしなかったし…。 

 今回の話だって、きっとめちゃくちゃ勉強したから説明出来た事なんだろうし…。

 

「…本当に…いつになったら俺は仲森さんに恩返しが出来るんだろうな…」

 

 いつかいつかと考えている間にも、彼女への恩が積み重なっていく。

 自分が全部悪いって分かってはいるんだけどな…。

 

「ボクも…いつの日か必ず仲森さんにお礼をしなくちゃいけないね…」

「そうだな……」

「本当なら、すぐに諦めそうなところを、仲森さんはボクが助かる可能性を模索してくれた。生徒会長との橋渡しをしただけって言ってたけど…それだって普通に考えれば生半可な事じゃないと思う。幾ら、自分が生徒会のメンバーだからって…」

 

 シャルロットの言う通りだ。

 あの二人はまるで、最初からこうなる事を想定していたような口振りだったし…。

 

「多分だけど、仲森さんはかなり早い段階からシャルル…じゃなくて、シャルロットが女だって気が付いてたのかもな。それはきっと更識先輩も同じで…だから二人は今回みたいなことになった時の事を予め話し合ってたのかもしれない」

 

 あの仲森さんなら十分に有り得る事だ。

 これまでに何回も俺の事を助けてくれた仲森さんなら…。

 

「ところで、仲森さんって友達が多いんだね」

「少し前までは違ったんだけどな。最近になってから急に箒やセシリアとも仲良くなっててさ…本気で驚いたよ。特に仲森さんとセシリアって少し前までは色々と訳ありな状態だったし…」

 

 本気で、あの二人の間に何があったのかが気になる。

 恐らくは仲森さんの方から何かをしたんだろうけど…あの状態のセシリアを立ち直らせるだなんて…。

 

「きっと、今回の僕と同じような事をしたんじゃないのかな?」

「同じような事って……」

「話をして、話を聞いた。それだけ」

「話…か」

 

 それだけと言っているけど、それこそが一番大変なんじゃないのか?

 相手がちゃんと話を聞いてくれるとも限らないし、もしかしたら暴力を振るわれるかもしれない。

 それなのに、あの子は……。

 

「誰もが当たり前だと思っていて、一番困難な事を仲森さんはやってるんだよね。本当に凄いと思うよ…」

「あぁ…そうだな」

 

 シャルロットには言えないけど、仲森さんはISの操縦技術も物凄い。

 千冬姉曰く『操縦経験自体は凄く浅い』らしいけど、もう既にあの子は俺よりもずっと強い。

 

「皆は食堂に行ったんだよね?」

「みたいだな。腹が減ったのか?」

「それもあるけど……」

「けど? なんだよ?」

「今から行けばまだ、仲森さん達と一緒に食事が出来るかなって…」

 

 さっきまでの暗い顔は消え去っていて、今のシャルロットは真っ直ぐに前を向いていた。

 自分から未来へと向かって歩き出そうとしているように感じた。

 

「じゃあ、一緒に行くか? 俺も腹が減ってきたし」

「うん。けど、その前に色々と準備だけさせてくれるかな?」

「準備って?」

「ほら…その…胸とか…」

「あ」

 

 そうだった。

 今のシャルロットはコルセットを付けてない状態。

 つまりは素の状態なんだ。

 先輩の調査とやらが終わってない状態での身バレはかなり拙い。

 

「お…俺は廊下で待ってるから!」

「お願い。終わったら呼ぶから」

「わ…分かった」

 

 こりゃ…事が済んだらまた一人部屋に逆戻りか?

 本当ならそれが当たり前なんだけど…なんか寂しいな。

 

「ねぇ…一夏」

「どうした?」

 

 俺が部屋を出ようとすると、シャルロットが服に手を掛けながら話しかけてきた。

 

「ボクも…仲森さんと友達になれるかな?」

「きっとなれるって。なんだかんだ言って、仲森さんって『来る者は拒まず』だし」

「そう…なんだ…」

 

 もしかしたら、シャルロットの同性の友達第一号は仲森さんになるかもしれないな。

 それはそれで、とてもいい事だと思う。

 

「それと…さ。一応、念の為にまだボクの事は『シャルル』でお願い」

「…分かった」

 

 自分からそんな事を言うって事は、それだけ仲森さんや生徒会長の事を信じたって証拠なんだろう。

 シャルルが信じたんなら、俺も全力で信じないとな!

 

 そういや…少し気になったけど…仲森さんって誰と同じ部屋なんだろう?

 布仏さん辺りか?

 

 

 




取り敢えずはスタートラインには立たせました。

もうさ…マジでシャルロットの話は大変…。

書きながら頭の中がごっちゃになってます。





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だからなんだって気が付けよ

もうすぐ今年が終わる…。

本当に色んな事がありましたね。

と言っても、ちゃんと明日も投稿するつもりなんですけど。

まだ私の2021年は終わりません。







 デュノアさんに関する諸々の問題が取り敢えず、良い意味で前進してから週を跨いだ月曜日。

 私はいつものように皆と一緒に登校をしていた。

 少し前までは布仏さんだけだったのに、最近では凰さんだけじゃなくて篠ノ之さんやオルコットさんも一緒になっている。

 最初は原作キャラに関わりたくないと思っていたのに、変われば変わるものね。

 自分自身に一番驚いてる。

 

「なんだか学園全体が賑やかになってるような気がするんだけど…」

「多分、もうすぐ学年別トーナメントが開催されるからですわ」

「トーナメント開催自体は知ってるけど、もうそんな時期になってるの?」

「確か…今月末ではなかったか?」

「月末……」

 

 そっか…今月の末にあるのか…。

 んで、途中から個人戦からタッグマッチに変更されるんだよね。

 まぁ…私は最初から布仏さんと組むって決めてるんだけど。

 それなら一回戦に起きる『例の事件』に巻き込まれないで済むだろうし・

 …と思っているけど、無人機の例があるからなぁ…。

 あの一件で、こっちが原作介入を望んでいなくても、なんらかの理由で半ば無理矢理に近い形で強制介入させられる可能性が出てきてるんだよね…。

 油断は禁物。慢心ダメゼッタイ。

 

「あれってさ…全校生徒強制参加なんだよね…」

「流石に強制じゃないでしょうけど…成績には大きく影響すると思いますわ」

「うへぇ~…」

「がんばろうね! かおりん!」

「う…うん…」

 

 布仏さんの笑顔が眩しい…。

 これ見たら『本当は出たくなんてありません』なんて言えないよね…。

 

「な…仲森さん!」

「ん?」

 

 後ろから私の名を呼ぶこの声は…あの子か。

 

「お…おはよう…仲森さん」

「ん。おはよう、デュノアくん(・・)

 

 これまでと同じように、男子の制服を着たデュノアさんが挨拶をしてきた。

 昨日までのカラ元気な顔から一変して、今日の彼女はなんだか表情に余裕がある。

 偶然とはいえ、誰かに自分の秘密を話したことで心が軽くなったのかもしれない。

 

「織斑君は?」

「一夏なら後ろから来てるよ」

 

 そう言われて振り向くと、早歩きでこっちまで来た織斑君が。

 どうやら、途中までは一緒に来ていたけど、私達の姿を見た途端に彼女がこっちまで急いだって感じっぽい。

 

「ったく…仲森さんの背中を見つけた途端に急いで行っちまうんだもんな…」

「あはは…ごめんね」

 

 なんか織斑君が振り回されてる?

 彼らしいと言えば彼らしいかも。

 

「あ、仲森さん。おはよう」

「おはよう、織斑君」

 

 私に挨拶をした後、二人は他の皆にも挨拶をした。

 一周回ってから、いつもの日常に戻ってる?

 トーナメントの後には、デュノアさんの服装が女子の制服に変わるんだけどね。

 

「ところで織斑君。土曜日の三時間目に出された課題はちゃんと終わった?」

「な…なんとか…シャルルに教わりながら頑張ったよ…。仲森さんはどうなんだ?」

「ここにいる皆で勉強会的なことをしながら無事に終わらせた」

 

 主に教わるのは私と篠ノ之さんで、教えてくれるのがオルコットさんと凰さん、そして布仏さんだった。

 入試首席で候補生でもあるオルコットさんはともかく、布仏さんの意外過ぎるスペックを目の当たりにして、本気で驚かされました。

 整備班志望ってのは伊達じゃないんだね…。

 

「んじゃ、あたしはこっちだから。またお昼にね」

「うん。またね」

 

 教室を目の前にして、二組の凰さんと一旦別れる。

 そしてから一組の教室を開けてから適当に挨拶をしてから席に向かおうとすると、いきなり名も知らぬ女子生徒数人から手を引っ張られて教室の端の方まで連れて行かれた。

 

「ちょ…仲森さん! こっち来て!」

「あーれー」

 

 色んな意味で『こんな事』には慣れっこだったので、そこまで驚いたりはしなかったが、それでも一応はそれっぽいリアクションをする。

 なんでこんな事をされているのかは本当に分からないしね。

 

「いきなり何? 言っておくけど、お金なら持ってないよ」

「べ…別にカツアゲをしようとしてるんじゃないよッ!?」

「じゃあパシリ? いいよ。何を買ってくればいいの?」

「それも違うから!」

「あぁ…分かった。特に理由も無く私の事がムカついたからボコボコにしたいんだ。まだ先生は来てないし、顔さえ殴らなきゃ問題無いもんね。大丈夫。殴られるのは慣れてるから」

「私達は何もする気は無いって! どうしてイジメをすることを前提に話をしてるのッ!?」

「いや…いきなり手を引っ張られて教室の端とか…普通に考えてもまず間違いなくイジメの前兆でしょ」

「仲森さん…今まで、どんな人生を送ってきたのよ…」

「ごく普通の人生ですけど?」

 

 全く以て話が見えない。

 彼女達はマジで何がしたいの?

 

「私達は、ただ話が聞きたいだけなのっ!」

「話?」

 

 こんな私から聞きたい話って…本気で何?

 全く想像が出来ないんですけど。

 

「仲森さんってさ…織斑君やデュノア君と仲良いよね?」

「仲がいい…ね。それを言ったら篠ノ之さんやオルコットさん達もそうだと思うけど?」

「あの子達はなんていうか…私達とは違うじゃない!」

「違うって何が?」

「代表候補生だったり、篠ノ之博士の妹だったりとか…」

 

 …これ、私が嫌いな話だ。

 一刻も早く、この場から立ち去って自分の席に戻りたい。

 

「でも、仲森さんは私達と同じじゃない? だからこそ聞きたいって言うか…」

「いや…同じじゃないでしょ」

「「「え?」」」

「私は私。あなた達はあなた達じゃない。一般生徒ではあるけど、同じ人間じゃない。だから、その表現は不適切だよ」

「そう言う意味じゃなくて……」

 

 じゃあ、どういう意味だよ。ちゃんと説明しなさい。

 出来れば原稿用紙10枚ぐらいに纏めて。

 提出は明日ね。

 

「そもそもさ…オルコットさん達の事を『違う』って言ってる時点で間違ってるって気付いてる?」

「へ?」

「篠ノ之さんは好きで篠ノ之博士の妹になった訳じゃない。オルコットさんや凰さんは必死に努力をして代表候補生になった。確かに普通とは立場が違うかもしれないけど…だから何? 誰だって事情の一つや二つは抱えているもんでしょ? なのに、それを理由に彼女達を『差別』するの?」

「べ…別に私達は差別なんて……」

「してるじゃない。さっきの発言がいい証拠。無意識下で言ったんだとしたらさ…相当に質が悪いよ。分かってる?」

 

 なんか今、納得してしまった。

 これはボーデヴィッヒさんがキレるわけだわ。

 織斑先生に対する執着は理解出来ないけど、この学園の一般生徒達に対する憤りに関しては物凄く共感できる。

 

「多分、あなた達が聞きたいのって『どうやったら織斑君達と仲良くなれるか?』ってことなんでしょ?」

「う…うん…」

「あのさ…それを私に聞くこと自体が間違ってるって、どうして気が付かないの?」

「ま…間違ってる?」

「そうでしょ。この学園において数少ない男子生徒ではあるけど、それでも彼らはクラスメイトなんだよ? クラスの仲間と仲良くするのに理由がいるの? 普通に話しかければ、それで済む話じゃない」

「それが出来れば苦労しないって!」

「織斑君もデュノア君もカッコいいし…なんだか遠い存在って言うか…」

「はぁ……」

 

 …この子達、本気で彼らと仲良くなる気…無いな。

 

「あの二人と仲良くしたいのは、彼らが『カッコよくて希少な男性操縦者』だから? それとも『彼ら』だから?」

「え? そりゃあ…なんたって片方は織斑先生の弟で、もう片方はデュノア家の御曹司だし? もしお付き合いとか出来れば皆にも自慢できるし…ねぇ?」

「う…うん。私達みたいのには数少ないチャンスだし?」

 

 …論外だ。ふざけ過ぎてる。

 聞いているだけで胸糞が悪くなってくる。

 

「昨日、見かけたんだけどさ…仲森さんってあの二人と仲がいいじゃない? 織斑君とは前からだったけど、デュノア君ともよく話してたし…」

(彼女の裏事情を知っちゃってるからね)

「その仲森さんからなら、あの二人と仲良くなれる秘訣みたいのを聞けるかな~って思って……」

 

 もう自分の席に着いてもいいですか?

 いや…どうせなら、自分の言いたい事を言ってから席に着こう。

 

「どうして私が彼らとよく話をするのか…教えてあげようか?」

「「「是非っ!」」」

「…あなた達みたいな『差別意識』を持ってないからだよ」

「「「はい?」」」

「分かり易く言ってあげる。あなた達は彼らの事をどこまでも『世界的にも希少な男性IS操縦者』としてしか見ていない。だけど、私にとっての彼らはどこまで行っても『普通のクラスメイト』なの」

 

 あぁ…なんかもう止まらなくなってきた。

 このひと時だけで凄くストレス溜まったし、一気に発散させて貰おうか。

 

「デュノア君はともかく、織斑君はISを動かす前まではどこにでもいる普通の男の子だったんだよ? それがいきなりISを動かしたことで一気に時の人になって、挙句の果てに女しかいないIS学園に入学させられた。その時のプレッシャーは半端じゃなかっただろね。それに加えて、周りの女子達が自分に対して媚を売るように近づいてくる。彼はそんな事なんて全く望んでないのに。ごく普通の高校生活さえ満喫出来れば満足なのに。よりにもよって、それをクラスメイトがぶち壊す。私がもしも彼らのような立場だったら迷わず『ウザい』って思ってただろうね」

「「「あ…う……」」」

 

 なに黙りこくってるのよ。

 そっちが聞きたいって言ってきたんでしょうが。

 だったら、ちゃんと最後まで聞きなさいよね。

 

「本当は織斑くん達だってみんなと仲良くしたいと思ってる筈だよ。でも、それは『異性』としてじゃなくて『友人』として。なのに、そっちがそれを拒絶してる。だって、アナタ達が欲しているのは『クラスメイトとしての織斑一夏やシャルル・デュノア』じゃなくて『織斑千冬の弟にして男性IS操縦者としての織斑一夏とデュノア家の人間にしてフランスの代表候補生としてのシャルル・デュノア』なんだから。立場が立場だから多少の意識はして仕方がないけど、それでもクラスや学園にいる間ぐらいは、そんな事を忘れさせて『一人の友人』として接してあげるのが本当の優しさなんじゃないの? 織斑君と仲良くなりたい? ふざけないで。彼らのことを一人の人間として見ずに、自分を輝かせるアクセサリー程度にしか見ていない人間に、彼らと仲良くする資格なんてありはしないよ。あの二人の優しさを馬鹿にしないで」

 

 言ってしまった…とうとう言ってしまった。

 完全にお口のブレーキが外れてしまっていた。

 かおりん…一生の不覚…。

 

「これ以上、何も話す事は無いよ。彼らと本気で仲良くなりたいのなら、まずはそのふざけた先入観を捨てる事をお勧めするわ」

「「「………」」」

「それと、最後に一言だけ言わせて貰うけど…」

 

 ヤバい…これは完全にトドメになるやつだ。

 でも、もう止まらない。止められない。

 私はかっぱえ○せんか。

 

「あなた達のそれ…完全に『女尊男卑』の思考だよ」

「「「!!!?」」」

 

 ちょっとだけ腹の虫が収まった…かな?

 って…なんかクラスの皆がこっち見てる?

 もしかして、思ってるよりも大きな声で話してた?

 うぅ…今更ながら、めっちゃ恥ずかしい…!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 仲森さんがいきなり女の子たちに教室の端まで連れて行かれて、そこで何かを話していた。

 最初はヒソヒソ声だったけど、徐々にヒートアップしてきたのか声が大きくなってきた。

 

 話の内容は『ボク達と仲良くなる方法』について。

 それ自体は別に何も問題は無いと思う。

 問題があるとすれば、それは彼女達の思想の方だった。

 あの子達は、ボク達が『男性操縦者』だから仲良くなりたいと思っているようで、それを聞いた仲森さんが静かに激高して、怒涛の口撃で完全論破してみせた。

 しかも、見事にボクが思っている事を代弁してくれた。

 それだけでも十分過ぎるのに、彼女はボクの心に向かってとっておきの一撃をお見舞いしてくれた。

 

「あの二人の優しさを馬鹿にしないで」

 

 仲森さん…その言葉は完全に反則だよ…。

 ボクの隣で一夏も両手で顔を隠しながら、顔を真っ赤にして無言で悶絶してるし。

 多分、ボクの顔も同じように真っ赤になってるに違いない。

 

 君は分かってないかもしれないけど…それは完全に殺し文句だよ…!

 

 そんな事を言われたら…友達以上の関係になりたいって…思っちゃうじゃないか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あ…あれ?
 
最後の最後までかおりんが勝手に動いて喋ってました…?

もっとスマートにするつもりだったのに…。



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私の黒歴史がまた一つ増えました

どうも、こちらではお久し振りです。

今年に入ってから全く更新が出来ずに申し訳ありませんでした。

別に作品の執筆に夢中になり過ぎてしまい、別の作品の更新が滞ってしまいました。

3月に入ったという事で、今日からは更新が出来ずにいた別の作品を並行して書いて行こうと思います。

いいリフレッシュにもなりますしね。






 今朝の教室で起きた『かおりんのお説教事件(布仏さん命名)』により、私は色んな意味で目立つ存在となってしまった。

 1組には過度な差別主義者はいないので、そこまで大袈裟なことにはなっていないが、それでもなんだか変な目で見られるようになったのは事実。

 尊敬の眼差しもあれば、こっちを見て顔を赤くする人たちもいる。

 特にデュノアくんと織斑君がおかしい。

 私の顔を見た途端に恥ずかしそうな顔をするんだもん。

 恥ずかしいのはこっちの方だッつーの!

 本当は、あそこまで話す気は無かったんだよッ!?

 適当に流せればいいと思ってたんだけど…あの子達の余りの馬鹿さ加減にお口のリミッターが外れてしまったと言いますか…。

 はぅ~…穴があったら入りたいとは、まさにこのことだよぉ~…。

 

 え? 布仏さんと篠ノ之さんとオルコットさんはどうしたのかって?

 あの子達はいつも通りの平常運転だよ。

 なんか距離が近いような気がするのは気のせい…だと信じたい。

 

 で、その話は他のクラスにまで伝わっている事がお昼休みの昼食時に発覚するのです。

 

「聞いたわよ? 今朝、調子に乗った女子達に対して佳織が説教をしたんですって?」

「にゃ…にゃんでそれをっ!?」

 

 これまた毎度のようにいつものメンバーで一緒に食事をしていると、いきなり凰さんがブッ込んできた。

 危うく、飲みかけた味噌汁を吹き出しそうになっちゃったよ…。

 

「なんでって…もう既に一年生全体に広がってるわよ?」

「嘘でしょっ!?」

「ほんと。あと、『にゃんで』ってのは止めなさい。可愛過ぎて思わず抱き着きそうになるから」

 

 たった数時間の間にもうそこまで広まっているとは…!

 一体どこの誰がそんな事を…!

 それとは別に、なんか最後の方に鳥肌が立ちそうな事を言わなかった?

 

「あんたらは直に聞いてたんでしょ? どんな感じだったの?」

「本当に凄かったぞ。完全に一夏達の事を『男性IS操縦者』としか見ていない連中を怒涛の言葉で見事に論破してみせていたからな。お前にも見せてやりたかった」

 

 篠ノ之しゃん…お願いだからもうやめて…。

 恥ずかしすぎて死にそうになるから…。

 

「あれは素晴らしい演説でしたわ…。流石は佳織さん…このセシリア・オルコット、心の底から感動いたしました。感動したので、密かに録音しておりますの」

「にゃんですとぉっ!?」

 

 ろ…録音って言ったか? 嘘でしょ? 嘘だと言ってよバーニィ!

 

「あの時のかおりん…本当にカッコよかったよねぇ~」

「いや…布仏さん? あれは何というか…口が滑ったと言いますか…我慢が出来なかったと言いますか…」

 

 あう~…これもう絶対に私の黒歴史ワースト5にランクイン確実だよ~!

 まさか、こんな形で一生に渡って忘れられなさそうな思い出が出来てしまうとは……かおりん不覚でござる…。

 

「なぁ…仲森さん」

「ひゃ…ひゃいっ!? ど…どうしたの織斑君?」

「えっとさ…今朝はありがとな」

「ふぇ?」

 

 あ…ありがとう…とな?

 

「本当は、ああいった事は俺自身が言わないといけないのに、仲森さんは俺達の気持ちを代弁してくれた。聞いてて恥ずかしくもあったけどさ…それ以上に嬉しかったんだ」

「そ…そう…なんだ…」

 

 そんな真剣な顔をしながら言われたら、狼狽えたくても狼狽えられないじゃないのよ…。

 

「僕も一夏と同じ気持ちだよ」

「デュノアくん…?」

「あんな風に言われたことなんで一度も無かったからさ…凄く嬉しかった。仲森さんにはどれだけお礼を言っても言い足りないね」

「ど…どういたしまして?」

 

 うーん…なんだか恥ずかしがってる自分がアホらしくなってくる…。

 それでも精神的ダメージは凄いんですけどね?

 

(にしても、本当に誰が話を広めたんだろう…? 気になるな~…)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「おトイレおトイレ~…っと」

 

 昼食が終わり、残りの時間は基本的に自由時間となるのはIS学園も同じ。

 私は急激な尿意に耐えかねて、急いで御花摘みに行って、帰っている最中なのです。

 でも悲しいかな、場所が悪かったみたいで、中庭に面している渡り廊下を通らないといけないのであります。

 はぁ…割と素で思うけど、IS学園ってトイレの設置場所が悪くない?

 どうして廊下の端の方にあるのかな?

 

 急いで教室まで帰って、次の授業の準備をしなくちゃな~…なんて考えながら渡り廊下に続く扉をくぐると、いきなり聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「どうして、このような場所で教師などと!」

(おやおや? この場面はもしや…?)

 

 急いで物陰に隠れて様子を伺ってみると、そこには後ろを向いたまま仁王立ちをしている織斑先生と、そんな先生に向かって何かを言っているボーデヴィッヒさんの二人がいた。

 うん…間違いないわ。

 これって原作で織斑君が遭遇したシーンじゃない。

 まさか、彼じゃなくて私が見届ける羽目になるとは…。

 

「はぁ……」

 

 織斑先生も凄く疲れた様子で大きな溜息を吐いている。

 そりゃ、一組は問題児ばかりだから、その担任ともなれば心労は計り知れませんわなぁ…。

 え? 私? 私は問題児じゃないよ~。

 所詮は背景の一部に過ぎないような女だよ?

 格ゲーとかだと、顔グラすらも用意されずに腕だけ振ってるような存在だよ?

 

「私に一体何度、同じ事を言わせるつもりだ? 今の私には絶対にやらねばならない事がある」

「こんな極東の地で何をやるというのですかッ!?」

 

 きょくとーって…ゲームとか以外でそんな言葉、初めて聞いたよ。

 それとも、ドイツの人って皆が日本の事を『極東』って呼んでるのかな?

 日本は日本で呼んでほしいけどな~。

 

「お願いします教官。我がドイツで再びご指導を。こんな場所では教官の能力は存分に活かされません」

 

 え~? ボーデヴィッヒさんがそれを言っちゃダメでしょ~。

 向いてる、向いてないは本人が判断する事であって、少なくとも赤の他人が勝手に判断していい事じゃないと思うな~。

 

「そもそも、この学園の生徒など教官が教えるに足る人間だとは到底思えません」

「何故そう言い切れる?」

 

 それを決めるのもまた織斑先生自身だと思うんだけど…。

 こうして実際に見てると、想像以上に自分本位というか…自己中心的と言いますか…。

 幾らなんでもひねくれ過ぎです。これは酷い。

 

「自意識が甘く、危機感に乏しすぎる。挙句の果てはISをファッションか何かと勘違いをしている始末。そんな程度の低い連中に教官が時間を割くなど決してあってはなりません」

 

 織斑先生には申し訳ないけど、ここの部分だけはボーデヴィッヒさんに超同感。

 ここの生徒…正確には一般生徒はだけど、本当に危機感が無さすぎる。

 自分達が学ぼうとしているのが何なのか、理解しているとは全く思えない。

 一歩間違えば怪我じゃ済まないのに。死人が出る可能性だってあるのに。

 確かにISに乗っていれば自分自身は安全かもしれないけど、ISに乗っていない周りの人間は違うんだよ?

 その気になれば生身の人間なんて簡単に殺せてしまえるのがISって存在なのに、微塵も緊張感が無い。

 この前の実技の時も思ったけど、ここの生徒はもしかして、IS学園にさえ入学出来れば後は安泰とか思ってるんじゃないの?

 だとしたら甘すぎるでしょ。銀さん特製の宇治金時丼ぐらい甘いよ。

 寧ろ、入学してからこそが本番でしょうが。

 ここは名目上、高等学校扱いなんだよ? 義務教育じゃないんだよ?

 暢気に構えていたら落第や留年だって普通に有り得る場所なんだよ?

 それを本当に理解しているの?

 少なくとも、私には理解しているようには全く見えない。

 もしかしたら、その事も織斑先生の心労の原因かもしれないね…。

 また機会があれば、何か持ってきてあげようかな…。

 

「その辺にしておけよ…小娘」

「うっ…!」

 

 ひゃうっ!? 余りの迫力に思わず声が出そうになっちゃったよ…。

 かおりん、地味に涙目です。

 

「お前の言う事にも一理ある。確かに、ここの生徒の大半は危機感が足りない。それは認めよう」

「ならば……」

「だが、それは私がドイツに行く理由には成り得ない。ここでの私は教師だ。教師である以上、そのような生徒を導く事こそが仕事であると思っている」

 

 うん。グゥの音も出ないぐらいに正論ですな。

 そうだよね。先生である以上はどれだけ困った生徒でも見捨てるわけにはいかないもんね。

 これはボーデヴィッヒさんの負けだわ。

 

「もうそろそろ授業が始まる。とっとと教室に戻れ」

「了解…しました…」

 

 意気消沈って感じでボーデヴィッヒさんは俯きながら、この場から早歩きで去って行った。

 さて…それじゃ、私もそろそろ…。

 

「そこにいる奴、出てこい。盗み聞きとは感心せんぞ」

「ふぇっ!?」

 

 ば…ばれてた? いや…あの織斑先生に私程度が隠れられるわけがないか…。

 

「す…すみませんでした。別に悪気があった訳じゃなくて、偶然聞いてしまったというか……」

「仲森だったのか。すまん、言い方がキツかったな」

「いえ…盗み聞きしていたのは事実ですし…」

 

 非があるのはこっちだしね…。

 

「因みに、どこから聞いていた?」

「えっと…ボーデヴィッヒさんが『どうして、このような場所で教師などと』って言ってたところからです」

「ほぼ最初からじゃないか……」

「あはは……」

 

 本当に申し訳ないです…はい。

 

「お前は、ボーデヴィッヒの話を聞いてどう思った? 素直な感想を聞かせてくれ」

「そうですね……」

 

 私は、聞きながら思っていた事をそのまま口にした。

 随分と自分勝手だと思ったこと。

 織斑先生の自由意思を完全に無視していること。

 でも、この学園の生徒の危機意識が低いという点だけは共感できたことを。

 

「仲森も、そんな風に思っていたのだな…」

「はい。前々から思ってはいたんですけど、それをより強く意識したのはこの前の実習の時ですね」

「実習…というと、デュノア達が転校してきた日の事か?」

「そうです。正直、あの時の殆どの生徒達の授業態度には本気で呆れました。あれを見てボーデッヴィッヒさんが憤る気持ちだけは理解出来るんです」

「そうだな…特にお前の場合は事情が事情だから、他の生徒達以上に危機感には敏感になっているだろうから、そんな風に思うんだろうな…」

 

 トールギスなんてそれこそ危険の塊みたいな機体だしね。

 だって『一般人絶対殺すマシン』の代名詞的な機体だし。

 特殊な能力なしでも乗れてしまえる敷居の低さが更に危険さを助長してるよね。

 必要なのは『超絶的に丈夫な体』だけだし。

 

「一般生徒の危機感の薄さに関しては、IS学園の教師共通の課題とも言えるな。実際、私もそれで頭を悩ませている…」

「そう…なんですね…」

 

 辛そうにしながら先生が頭を抱える。

 先生じゃなくても、誰もが同じように頭が痛くなりますよ。

 私だって見ていてイライラしてたし。

 だから、今朝みたいなことになっちゃうわけで…ってあ~! 

 また思い出しちゃったよ~!

 

「そういえば今朝、私が教室に来る前に女子達に説教をしてくれたらしいな」

「えぇっ!? 織斑先生も知ってるんですかッ!?」

「私だけじゃないぞ。山田先生も知ってるし、他の先生方も知っている」

 

 にゃ…にゃんでそんにゃことに…?

 この話…マジでどこまで広まってるのよ…?

 

「話を聞かされた時、私は嬉しさと申し訳なさが入り混じった気持ちになった。本来ならば担任である私がしなければいけない事を仲森がしてくれた。本当に感謝している。お前のような生徒を教え子に持って、私も鼻が高いよ」

「そ…それ程でも……」

 

 流石に織斑先生からお礼を言われると普通に照れるね…。

 あれ~? なんだか暑くなってきたぞ~?

 

「もうそろそろ午後の授業が始まる。早く教室に行くといい。廊下は走るなよ?」

「はい。分かりました」

 

 言われなくても廊下なんて走りませんよ。

 だって、そんな体力なんて私には無いから。

 

 さてはて…ボーデヴィッヒさんはこれからどうする事やら。

 原作みたいに凰さんとオルコットさんに喧嘩を吹っ掛けるのかな…?

 もし、その場面を私が見てしまったら…その時、私はどうするんだろう…。

 

 

 

 

 




久し振りなのにスムーズに書けました。

ISは書き慣れているからなのかな?





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私に本気を出させないで

今回、やっとセシリアのヒロインフラグが本格的に立ちます。

これまでは『友人』でしたが、ここからは完全に別の感情が芽生える事になります。








 最近の私はいつも放課後の予定が生徒会室で過ごすことになりつつある。

 いや…生徒会役員なんだから、ある意味では当然のことなんですけどね?

 

「あの…今日はお仕事をしなくてもいいんですか?」

「大丈夫よ。佳織ちゃんが手伝ってくれてるお蔭で、溜まっていた仕事は殆ど終わったから。今日ぐらいはのんびりしてもバチは当たらないわ」

「そうなんですねー…」

 

 なんか、私の中のイメージだと生徒会っていつも何らかの仕事しかしていないイメージしかないけど、それは単純に私が日常系アニメを見過ぎているから?

 

「お嬢様の場合は学校生活の大半をのんびりと過ごしてますけどね」

「ぐはぁっ!?」

 

 あ。虚先輩の遠慮なき一言が更識先輩の精神に改心の一撃を与えた。

 これもまたIS学園生徒会のいつもの光景だ。

 

「かおり~ん。お口拭いて~」

「はいはい」

 

 んで、布仏さんがクリームだらけの口をこっちに向けて、それを私がティッシュで拭いてあげる。

 これは私と彼女の間にある日常風景だ。

 

「はぁ…全く、本音ったら…」

「いいじゃないの。仲睦まじくて」

 

 最初は戸惑いはしたけど、今じゃもうすっかり普通になってきてるしね。

 慣れってのは本当に恐ろしいもんですたい。

 

「ごく…ごく…ふぅ…」

 

 いつ飲んでも、虚先輩の淹れてくれる紅茶は絶品ですにゃ~…。

 本当に心からリラックスできるよね~。

 入学前まではあんまり紅茶とか飲まずに緑茶ばっかり飲んでたけど、これからは紅茶派になりそうだよー。

 

(けど…なんだろう? 何か重要な事を忘れているような気が…なんだっけ?)

 

 喉まで出かかってるんだけど…上手く思い出せない。

 因みに、期末テストの時などに同じ現象に陥ったら、最後の最後まで諦めない事をお勧めする。

 意外と必死さが活路を開く事もあるかもしれないから。

 

「そういえば、デュノア君の事って何か進展がありました?」

「少しずつではあるけどね。もしかしたら、佳織ちゃんの予想…当たってるかもしれないわ」

「マジですか」

「大マジ。それっぽいことを示唆する証拠が出始めてるのよ。ちゃんとした結果が出るのは、もう少し先になるとは思うけど」

「学年別トーナメントが終了する頃には明確な結果が出ているかと」

 

 更識先輩の説明を補足する形で虚さんが追加で言ってくれた。

 学年別トーナメントって言えば、やっぱり私も出場しなくちゃいけないのかな~?

 イヤだな~…出たくないな~。

 開催日当時になって都合よく病気になったりしないかな~。

 

 なんて小学生みたいな現実逃避を脳内で繰り広げていたら、いきなり生徒会室にある内線が鳴り出した。

 ここにも職員室みたいな内線用の電話がありはするんだけど、基本的には各人のスマホに連絡が来るから余り使用はされれない。

 ぶっちゃけ、これが鳴っているのを見たのは今日が初めてだ。

 

「内線が鳴るだなんて…何事かしら?」

 

 更識先輩も疑問に感じながらも受話器を手にする。

 誰が何の用で掛けてきたのかな?

 

「もしもし? ……なんですってっ!?」

 

 え? なんか急に真剣な顔になったんですけど…?

 

「うん…うん。分かったわ」

 

 受話器を置いてから、先輩は珍しく真剣な顔になって私の忘れかけていた事を一気に呼び起こす一言を放った。

 

「…第3アリーナで例のドイツから来た子が暴れて、凰さんとオルコットさんが危ないらしいわ。急いで現場に向かわないと…!」

「………え?」

 

 そうだ…思い出した…!

 織斑先生との会話の後に発生する事件…!

 ボーデヴィッヒさんが凰さんとオルコットさんに対して一方的に喧嘩を吹っ掛けてズタボロにしていた…!

 なんで、こんな重要な事を忘れていたのよ私は!!

 

「凰さん…オルコットさん…!」

「ちょ…佳織ちゃんッ!?」

「かおりんっ!?」

「仲森さんッ!?」

 

 いても経ってもいられず、私は立ち上がってから生徒会室を出て、急いで第3アリーナへと向かって走って行った。

 正直、自分でもどうしてこんな事をしたのはよく分らない。

 けれど…絶対に放っては置けない…そんな気がした。

 だから私は、自分の体力なんてお構いなしに廊下を全力疾走していった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

 間違いなく、今までの人生での新記録を叩き出している程の速度で走った。

 膝は爆笑しているし、全身から汗が噴き出している。

 でも止まれない。止まってはいけない。

 そんな衝動が私の心を支配し、体を突き動かす。

 

「オルコットさん…凰さん…!」

 

 震える手でピットの扉を開き、中へと入る。

 そこから見えた光景が視界に入った時、私の頭は真っ白になった。

 

 ティアーズの装甲が破壊され地に伏しているオルコットさん。

 ワイヤーによって首を絞められて苦しそうにしている凰さん。

 そして、二人を痛めつけて楽しそうにしているボーデヴィッヒさん。

 

 二人が傷ついた姿を見て、ようやく私は自覚をした。

 

 少し前までは鬱陶しい人達だと思っていたけど、一緒に過ごすうちに私の中で彼女達の存在は想像以上に大きくなっていたのだと。

 

 人間というのは、怒りの感情が振り切れると逆に何にも考えられなくなる。

 生まれて初めて…私は本気で怒髪天を突いた。

 

 無意識のうちに、首からぶら下がっている専用機の待機形態を握りしめて呟いた。

 

「トールギス…!」

(友を傷つけられ怒りを露わにする君の感情は人として非常に正しい…。いいだろう。私も喜んで力を貸そうではないか)

 

 自分の身体が光る瞬間、どこかで聞いたような声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それに気が付いたのは鈴が最初だった。

 朦朧とする意識の中、うっすらと開いた目に映ったのは想い人の乗る純白の騎士の姿。

 

「あ…あれは…まさか…!」

「ト…トールギス…なんですの…!?」

 

 原初に産み出されし最強にして頂点に君臨する、もう一つの白騎士。

 それが凄まじい速度で自分達が出てきたところから反対に位置するピットから発進し、こちらに向かって来ていた。

 無論、それに気が付かないラウラではなく、すぐに敵機の接近に彼女の専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』が警告を出す。

 

「なんだ? 高速接近反応だと?」

 

 ワイヤーで拘束していた鈴をゴミのように地面に放り投げ、そのまま見向きもせずに背後を向く。

 

「全身装甲…だと? あんな機体がこの学園にあったのか。だが、このシュヴァルツェア・レーゲンの前では有象無象の雑魚に過ぎん。貴様もこの『AIC』で……」

 

 自分の勝利を確信した笑みでゆっくりと右手を上げる。

 だが、それは完全な悪手だった。

 

「か…佳織!! そいつに近づいちゃダメよ!!」

「彼女との接近戦は絶対に避けてください!!」

 

 必死に叫ぶ鈴とセシリア。

 このままでは佳織もAICの餌食になってしまう。

 そんな彼女達の心配を知ってか知らずか、なんとトールギスは更に速度を上げた。

 そして知る。

 トールギスの真の恐ろしさ…その片鱗を。

 

「な…なに…!?」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの腕部に装備されている『慣性停止結界』こと『AIC』。

 文字通り、あらゆる慣性を完全停止させる空間を作り出す事が出来る特殊装備ではあるが、それだけ優れていても所詮は人間が作った装置。

 起動から発動までの間にはコンマ数秒ではあるが、確かなタイムラグが存在している。

 AICを完全に過信しているラウラは、この事実を当然のように知らない。

 もし仮に知っていても彼女は自慢げにこう言うだろう。

『そんな短い時間で攻撃できる人間など、織斑教官以外に存在しない。弱点を知られていても、それを突かれる前に私によって倒されているだろう』

 

 だからこそ想定しない。

 織斑千冬以外にAICの弱点を付ける存在を。

 その『心の隙』を見逃すほど、今の『彼女』は慈悲深くは無い。

 

「嘘…でしょ…!?」

「発動前に…斬った…!?」

 

 それは神速の抜刀術。

 シールド内にあるサーベルラックから引き抜くと同時に刀身を展開。

 刹那の煌めきの間にレーゲンの腕部を一刀のもとに斬り裂いてみせた。

 

「AICが発動しない…だとっ!? まさか、発生装置のみをピンポイントで斬ったというのかっ!?」

「…………」

 

 返事は無い。する必要が無いから。

 

「この私を無視する気か…貴様ぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 まだ破損していなかった両手首のプラズマ手刀で斬り掛かろうと試みるも、次の瞬間には懐に潜り込まれてから、その腹部に強烈な蹴りを喰らった。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 その威力によって大きく吹き飛ばされ、それを追い駆けるようにトールギスのスーパーバーニアが完全展開、過剰とも言うべき大型ブースターに火が点き、超絶的で殺人的な速度で未だに吹き飛んでいる最中のラウラを追い抜き急速転回。

 ほぼ直角的な動きで背後に回り込み、無防備な背中を一閃する。

 

「ば…かなぁ…!?」

 

 自分が完全に翻弄されている。

 名も知らぬ機体と操縦者に。

 自分こそが強者で勝者であると信じて疑っていなかったラウラにとって、それは絶対に受け入れられないことだった。

 

 だが、確固たる事実として自分は手も足も出ない状態で一方的に蹂躙されていた。

 先程まで彼女が鈴やセシリアにしていたように。

 

「私が…この私が…織斑教官に指導して頂いた私が…こんな輩に敗れるなどと…!」

 

 ビームサーベルで斬られた衝撃で地面に転がり、顔に砂を付けながら上を向くと、目の前には光の剣の切っ先が。

 逆光になって暗くはなっているが、トールギスのカメラアイだけが光り、まるで中にいる佳織の怒りを表現するかのように反応した。

 

「…二人とも…大丈夫?」

「う…うん。カッコ悪いところを見せちゃったわね…」

「申し訳ありません……」

 

 背中を見せたまま佳織が話しかけてきた。

 騎士のような装甲の姿から彼女の声が聞こえてくるのにはかなりのギャップがあった。

 

「ううん…二人が無事なら、それに越したことは無いよ」

 

 友たちのことを確認した後に、今度は目の前のラウラと向き合う。

 そこでラウラはある事に気が付いた。

 トールギスの右肩にあるドーバーガンを。

 さっきまでの戦闘で佳織が一切、射撃武器を使っていない事実を。

 

(ま…まさか…奴は…!)

「ボーデヴィッヒさん。今日の所は大人しく引いてくれるかな?」

「なんだと…!?」

 

 自分は手加減をされていた。

 あれ程までの攻撃をしていながらも、佳織は…トールギスはその兵装の一部しか使っていなかったのだ。

 

「お願いだから…私に…この機体に本気を出させないで。命の保証…出来なくなっちゃうから……」

 

 命の保証。

 それは即ち、その気になればいつでも自分を殺せるということ。

 普通ならば冗談か虚仮脅しとしか考えないだろうが、それが出来ると裏付ける事実をこの身に刻まれている。

 

「仲森の言う通りだ」

「「「「!?」」」」

 

 いきなり第三者の声が聞こえてくる。

 誰かと思い全員が振り向くと、そこには腕組みをしていつの間にか近くまで来ていた千冬だった。

 

「織斑先生……」

「駆けつけるのが遅くなって済まない。よく、ボーデヴィッヒを止めてくれたな。感謝する」

「いえ……」

 

 千冬を顔を見て『もう大丈夫』と判断したのか、サーベルの刀身を消してからラックに収納。

 それからISを解除させてから制服姿の状態で地面に着地した。

 

「ここは私に任せて、お前はアイツ等の所に行ってやれ」

「はい…ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げてから、佳織は倒れている鈴とセシリアの元まで駆け寄った。

 それを見つつ、千冬はラウラの事を鋭く睨み付ける。

 

「貴様…自分が何をしたのか理解しているのか?」

「わ…私は…教官に戻って来て貰おうと……」

「それに関してはさっきも言った筈だ。同じことを二度も言わせる気か?」

「い…いえ……」

 

 さっきまでとは違い、完全に委縮するラウラ。

 彼女は恐れていた。尊敬する千冬に見捨てられることを。見放される事を。

 

「他国の候補生を痛めつけ、専用機まで破損させた。この事はドイツに学園側から報告しておく。後にイギリスや中国から正式な抗議がドイツに向かってされるだろうな」

「なっ…!?」

 

 どうしてそんな事になるのかラウラには分からなかった。

 自分は正しい事をした筈だ。

 強者である自分が弱者である彼女達を痛めつけて何が悪いというのか。

 奴等こそ、自分達の弱さを断じられるべきなのではないかと。

 

「それと、お前に対して手加減をしてくれた仲森に感謝しておくんだな」

「矢張り…あの女は手を抜いて…!」

「もしも仲森が…いや、トールギスが最初から全開で戦っていれば……」

 

 離れた場所で鈴とセシリアを心配している佳織を見ながら、千冬はハッキリと言った。

 

「…お前は確実に死んでいた」

「……っ!?」

「仲森は大人しい性格をしているから本気を出す事は無いかもしれんが…それでも、お前程度ならば剣一本でも圧倒できる程の実力は備えている」

 

 ラウラは興味のない存在には目もくれない。

 仲森佳織という名前も今初めて知ったし、顔だって初めて見た。

 そんな少女に自分が倒された。しかも、手も足も出ずに。

 

「今日から学年別トーナメントまでの間、一切の私闘の類を禁止とする。それとボーデヴィッヒ、貴様はトーナメントまで反省室にて謹慎処分とする」

「そ…そんなっ!?」

「退学にされないだけ、まだマシだと思え。ちゃんと反省文も書いておけ。では、とっとと戻れ」

「は…はい……」

 

 倒れたラウラに手を貸そうともせず、千冬は彼女を一瞥すらせずに佳織たちの元まで歩いて行った。

 一人取り残されたラウラは、視線の向こうにいる佳織に対して強い怒りの感情を燃やした。

 

「おのれ…仲森…佳織ぃ…!」

 

 そうして、事態が一応の収束を見せた頃…一夏と箒、シャルルの三人は話を聞きつけてアリーナまでやって来たのだが…。

 

「あ…あれ? 千冬姉に…仲森さんもいる?」

「オルコットさんと凰さんが倒れていて、その傍に仲森さんがいるって事は…」

「どうやら、私達よりも先に佳織が駆けつけて、この場を収めてくれたようだな…」

 

 完全に出遅れて唖然となっていたという。

 

 こうして、なんとか最悪の事態だけは避けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、セシリア完全にヒロイン入り?

そして、ラウラと戦っていた時の佳織の心情などが明らかに?










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何はともあれ

今回でようやく、佳織はトールギスの秘密の一端に気が付きます。

意識を保った状態で乗りましたからね。








 第三アリーナで起きた一件から約一時間後。

 私達は保健室に移動していて、ベッドの上には怪我をした場所に包帯を巻いて気まずそうにしている凰さんとオルコットさん。

 そして、事が済んだ直後にやって来た織斑君&篠ノ之さん&デュノア君のトリオに加え、今回の事に関する事情を聴くために織斑先生も一緒にいた。

 

「恥ずかしい姿を見せちゃったわね……ごめん」

「佳織さんをお守りすると誓った矢先に、この体たらく…自分が情けないですわ…」

「そんな事を言わないで」

 

 私は彼女達の弱音を聞くために助けたんじゃない。

 そんな理由で私は動かない。

 

「二人が無事で本当に良かった…。今はそれだけで十分だよ…」

「佳織……」

「佳織さん……」

 

 図らずも自らの意志で原作介入をしてしまったわけだけど、今回だけは全く後悔していない。

 もしも、あの場で自分の事だけを考えて何もしないでいたら、それこそ絶対に後で後悔していただろうし、それ以上に自分自身を本気で許せなかったと思う。

 だから、今回はこれで良かった。

 

「な…なぁ…一体何がどうなったんだ? 俺達は話だけを聞いて急いで駆け付けたんだけど……」

「私達が到着した時には既に事は終わっていた…」

「正直、未だによく事情を飲み込めてないんだよね…」

 

 そっか…この三人は原作とは違って、今回は遅れてやって来てるから、何にも分かってないんだ。

 まずはそこら辺を説明しないといけないのかな…?

 

「そうだな。凰、オルコット。あんな事が起きた直後で申し訳ないとは思うが、事情を説明してくれないか?」

「「分かりました」」

 

 そこから二人の口から語られる今回の話。

 原作と同じように、二人が揃って第3アリーナで訓練をしようとすると、そこにいきなりボーデヴィッヒさんが乱入。

 彼女の口から出てくる罵詈雑言の数々。

 だが、二人はそんな挑発に乗ることは無く、彼女を無視して訓練を始めようとすると……。

 

「あいつ、いきなり佳織の悪口を言い始めたのよ!」

「私の悪口?」

「そうですわ! 『あんな人形のように気持ちの悪い女と一緒にいるような連中が私と同じ候補生とは笑わせる』と言ったんですのよ! 絶対に許せませんわ!」

 

 そこは織斑君じゃないんだ…。

 別に私は何を言われても気にしないんだけどな…。

 中学時代もよく『日本人形みたい』って言われてたし。

 

「それは許せんな…!」

「仲森さんの良さを全く理解していない証拠だね…!」

 

 ちょ…どうしてそこで篠ノ之さんとデュノア君がマジ切れするのっ!?

 君達は全く関係ないよねッ!?

 

「それに頭に来たあたし達は……」

「ボーデヴィッヒと戦う事になった…という訳か」

「はい。ですが、彼女の機体と私との機体とでは想像以上に相性が悪かったようで……」

「殆ど手も足も出ずに、あのザマってわけ」

「その直後に仲森が駆けつけ、お前達を救出した…か」

「そうですわ」

 

 あの時は本当に我を忘れてたって自覚があるわ…。

 傷ついている二人を見た途端に頭が真っ白になって、気が付いた時にはトールギスを呼んでたし。

 

「流石は佳織…と言いたいが、一体どうやってアイツを止めたんだ?」

「そ…それは……」

 

 まだ篠ノ之さんとデュノア君には、私のトールギスについて話してないからな~。

 どうやって説明をしたらいいものか…。

 

「…仲森はこう見えて、天才的な操縦技術を持っている。例え訓練用の量産機であってもボーデヴィッヒを圧倒できるぐらいにはな」

 

 ここでまさかの織斑先生からのフォロー。

 咄嗟の言い訳が思いつかない私に変わって言ってくれて、ありがとうございます。

 今度また絶対にまた何かを差し入れに行きますね。

 

「そうだったんだ……」

「あの実習の時の動きを見た時から普通ではないとは思っていたが……」

「あはは……」

 

 訓練機じゃ同じような動きはまず不可能だと思うけどね…。

 

「…………」

「織斑君?」

 

 なんかさっきからずっと黙ってるけど…どうしたの?

 顔が怖いよ? 大丈夫? お腹でも痛いの? 正露丸でも飲む?

 

「許せねぇ…!」

「え?」

「鈴やセシリアを一方的に傷つけただけじゃなく、仲森さんの悪口まで…絶対に許せねぇ…!」

 

 あ…怒ってたのね。

 そうだね。凰さんやオルコットさんに暴力を振るった事は許せないよね。

 正直、幾ら原作ヒロインでもそう簡単に許す事は出来なさそうだよ…。

 彼女は決して越えてはいけない一線を自らの意志で易々と越えてしまったから。

 

「織斑…お前の気持ちは理解出来るが、今は落ち着け。ここは保健室で、目の前には怪我人がいるんだぞ」

「ちふ…織斑先生……」

「その怒りは学年別トーナメントまで取っておけ」

「…分かったよ」

 

 おぉ~…流石の織斑君も、先生からの鶴の一声には素直に従うんだね。

 やっぱり、お姉さんには敵いませんって事なのかな?

 

「そうだ。その学年別トーナメントで思い出した」

「何をですか?」

「実はな、今度の学年別トーナメントは例年とは違い特別ルールで開催される事になった」

「「「「「特別ルール?」」」」」

 

 あ~…あの事ね。

 でも、織斑先生が言っちゃうんだ。

 なんだか意外な展開ですな。

 

「より実戦的な模擬戦闘を行う為に、二人組…つまりタッグ戦での試合をする事になった」

「「「「「タッグ戦…」」」」」

「因みに、期日までにペアが決まらなかった者は、当日になって抽選という名のランダムで決定される事になっている。無論、この方法で決められたコンビは圧倒的に不利になるだろうな」

 

 そうだよねー。

 だって、ちゃんとした連携練習も出来ない状態でぶっつけ本番を迎える訳でしょ?

 それは無理ゲーってもんですよ奥さん。

 

「……………」

「どうした仲森? じーっと入口の方を見て」

「いや…これまでのパターン的に、今回のトーナメントがタッグ戦だと知った女子達が織斑君やデュノア君を目当てに一斉に保健室に殺到しそうな気がして…」

「それならば抜かりはない。こんな事もあろうかと、予め保健室の扉にこれを張っておいた」

 

 私たち全員に見えるように、織斑先生が一枚の紙を取り出た。

 そこには力強い筆跡でこう書かれてあった。

 

『現在、怪我人がいるので関係者以外は立ち入り禁止とする。織斑千冬』

 

((((((最強の抑止力だ……))))))

 

 成る程…これならば馬鹿な女子達は入って来れないわ。

 そもそも、怪我人が二人もベットに寝ているのに大勢で押し寄せるなんて常識の欠片も無い行為だもんね。

 もしも原作と同じようなことが起きたら、またもや私はブチ切れていたかもしれない。

 

「タッグ戦かー…。まだ自分の操縦でも大変なのに、誰かと連携とか出来るのかな……」

「それこそ訓練次第だな。素人でも、戦い方次第で意外と化けるものだ」

 

 なんて説得力のある言葉ですこと。

 

「分かっているとは思うが、凰とオルコットはトーナメントには出られんぞ。体の怪我もそうだが、それ以上にISの方が深刻だからな」

「「はい……」」

 

 織斑先生から言われたら、この二人も黙るしかないか。

 自分の状態は自分自身が一番よく理解している筈だしね。

 

「その通りですよ」

「山田先生……」

 

 ここで端末片手に山田先生のご登場。

 先生は破損した凰さん達のISのチェックをしていたらしい。

 でも、やって来たのは先生だけじゃなかった。

 

「かおり~ん!!」

「布仏さん?」

 

 完全に泣きじゃくっている布仏さんが入ってきて、いきなり私に抱き着いてきた。

 そういえば、あの時は何も言わずに生徒会室を飛び出して来ちゃったからな…心配させちゃったか。

 

「大丈夫ッ!? 怪我とかしなかったッ!?」

「うん。私なら大丈夫。でも、保健室だから静かにしようね」

「ん……」

 

 彼女を慰めるように頭を撫でると、大人しくなって目を細めた。

 なんつーかもうさ…まるでワンコだよね。ワンコ系女子だ。

 

「…羨ましい…」

「私も佳織さんに……」

 

 そこの怪我人二人、何か言った?

 

「佳織に抱きしめられながら頭を撫でられる…か」

「いいなぁ……」

 

 そっちもかい。

 

「んん…山田先生。そっちの方はどうだった?」

「あ…はい。案の定でした」

「矢張りか……」

 

 空気がおかしくなりそうなところを咳払いで元に戻した織斑先生は、山田先生から端末を手渡されてデータを見ていた。

 

「ブルー・ティアーズ。甲龍。共にダメージレベルがCを超えています。当分の間は修復に専念させないと……」

「後々に重大な欠陥が生じる可能性が非常に高い…か」

「はい。ISや彼女達を休ませるという意味でも、今回はトーナメント参加を辞退するべきでしょうね」

 

 こればっかりは本当に仕方がないよね。

 まずはISも凰さん達も怪我を治すことが先決…ってね。

 

「そう言えば、仲森は一体どうしてあの場に駆け付けたんだ?」

「実は……」

 

 今度は私が説明をする番になった。

 生徒会室にいきなり内線で連絡が入り、ボーデヴィッヒさんが暴れている事。

 それに凰さんやオルコットさんが犠牲になっている事を知った私は、思わず立ち上がって急いでアリーナへと向かい、そこで二人が暴力に晒されている光景を目撃して……。

 

「そのまま二人を助ける為にボーデヴィッヒと一人で戦い、制圧した…というわけか」

「そうなります……」

「フッ…流石のアイツも、仲森相手では分が悪かったか」

 

 私相手ってよりは、正確にはトールギス相手って言った方が正しいけど。

 

「ボーデヴィッヒさんはどうなるんですか?」

「まずは学園からドイツへと連絡をする事になっている。あいつ自身はトーナメントまで反省室にて反省文付きの謹慎処分だ」

「なんだか軽すぎるような気が……」

「分かっているさ。だが、今回のこれは下手をすれば国際問題にも発展しかねん。慎重に対処するしかないんだ」

 

 国と国の問題を出されたら、一国民でしかない私は黙るしかありませんな。

 こればっかりは、どうしようもないし。

 

「本当に心配したんだよ、かおりん…。いきなり陸上選手も顔負けなスピードで生徒会室を飛び出して行って…お姉ちゃんもかいちょーもびっくりしてたんだから…」

「そっか…迷惑を掛けちゃったね。後でちゃんと謝らないと……」

「かおりんは何も悪くないよ……」

 

 だとしても、心配させたのは事実だし…ちゃんと謝罪の意は示さないと。

 

「本音の言う通りよ。佳織は何も悪くないわ」

「そうですわ。佳織さんは私達を助けてくれました。私…その雄姿に見惚れましたわ…♡」

「そ…そう……」

 

 なんだろう…オルコットさんからの視線が別の意味で熱い…。

 言葉で言い表すのは難しいけど…嫌な予感しかしないとだけ言っておく。

 

「さて…これ以上、ここにいる訳にもいくまい。凰、オルコット。今日はここで休んでいけ。先生はこっちから伝えておく。仲森たちももう部屋に戻れ。いいな?」

 

 こうして、何とも言えない形で一先ずは幕を閉じたのだった。

 まぁ…こっちとしては丁度良かったけど。

 少し一人で考えたい事もあったしね。

 

 タッグ…誰にしよう?

 やっぱり布仏さんが良いかな…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 部屋に戻り、私は特に何をすることもなくベットに寝転がってボーっと天井を見つめながら考え事に耽っていた。

 

(あの時…トールギスを使ってボーデヴィッヒさんと戦った時…完全に理解した。どうして見知らぬ所で無人機相手に無双出来ていたのか…)

 

 ゴロンと身体を動かして横になって目を瞑った。

 

(トールギスが勝手に動いていた…私の意志とは全く関係なく…体が動かされていた。恐らくは自動操縦機能的な物だろうな…。多分、トールギスの圧倒的Gに耐えられてるのも、機体自体に何らかの細工がされているに違いないね…。あの神の与えた転生特典の一つだし、それぐらいの魔改造が施されていても不思議じゃない…)

 

 全く…皮肉ってもんじゃないよ。

 少し前まで忌み嫌っていたトールギスのお蔭で、今日は大切な友達を救えたんだから…。

 

「はぁ……」

 

 これから先もトールギスの自動操縦に助けられるのかな…。

 いや、私自身は完全なハイパー素人だから有り難いんだけど…。

 

(しかも、トールギス発動の際に聞こえてきた謎の声。あれは…)

 

 絶対に気のせいなんかじゃなかった。確かに聞こえてたもん。

 こや…じゃなくて、ゼクス・マーキスの声…だった。

 ISのコアには人格みたいなものがあるって話だけど、やっぱりトールギスのコア人格はゼクスなんだろうか…。

 

「なんか…今日は色んな意味で疲れた……」

 

 瞼が重くなる…猛烈に眠たい…。

 このまま夕飯まで寝てしまおうか…。

 

 その後、私は自分の欲求に従って素直に仮眠をする事にした…のは良いんだけど、仮眠のつもりが思い切り寝てしまったらしく、目が覚めた時は次の日の朝でした。

 夕飯を食べ損ねて本気で後悔したのは内緒。

 

 

 




かおりん、ようやくトールギスの秘密に気が付く。

そして次回は学年別トーナメント…の前の話になるかも?





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私の相棒は?

お久し振りの更新。

色んな意味で峠は越えたので、後は今までの感覚を取り戻すだけです。

それが一番大変なんですけどね…。






 ボーデヴィッヒさん暴走事件があった次の日の放課後。

 私は布仏さんと一緒に生徒会室に行って、心配させてしまった更識先輩と虚さんに謝った。

 

「何と言いますか…御心配お掛けして、本当に申し訳ありませんでした」

「べ…別にいいのよ? お友達が酷い目に遭っていると聞かされれば、誰だって同じような事をするわよ。ね? 虚ちゃん」

「そうですね。寧ろ、仲森さんの優しさが垣間見えて嬉しくも思いました。いきなり走り出したことには驚きましたけど」

「普段から大人しい佳織ちゃんからは想像も出来ない行動だったわよね。お姉さんもびっくりしちゃった」

「あはは…お恥ずかしいところをお見せしました」

 

 我ながら、まさかあそこまで過剰な反応をするとは思ってませんでした。

 間違いなく、あの時が生涯最速の力を発揮してたと思う。

 

「簡単な報告は私達も聞いたけど、出来れば当事者である佳織ちゃんからも話が聞きたいのよね。お願いできるかしら?」

「私のつたない説明で良ければ…」

「十分よ」

 

 というわけで、私は自分の言葉であの時あった事を説明した。

 ボーデヴィッヒさんが半ば一方的に凰さんとオルコットさんを痛めつけていた事。

 ギリギリのところで私が駆けつける事が出来て、トールギスを使って暴れている彼女を制圧した事。

 その後にボーデヴィッヒさんは反省室にて謹慎処分となり、凰さんとオルコットさんはなんとか大丈夫ではあったが、二人の専用機のダメージがかなり深刻な状態だったようでトーナメント出場を辞退せざる負えなくなった事。

 

「…てな感じです」

「成る程ね。全然つたなくなんて無いじゃない。凄く分かり易かったわ」

「はい。流石は中学時代に落語部をしていただけはあります。文章の構成、話のペース、全てが素晴らしいの一言です」

「そ…それほどでも…」

「かおりん…すごぉ~い…」

 

 なんでもやっておくもんだね…ホント。

 昔取った杵柄とはよく言ったもんです。

 

「けど…残念ね。代表候補生が二人もリタイヤだなんて」

「大会当日に来訪する方々の中には、候補生達の様子を見に来ている方々もいますからね」

「これが学園内で起きた出来事だったから、まだよかったけど…これがもしも外で起きた事だったら、かなりのスキャンダルになってたわよ?」

「まず間違いなく、ドイツは中国とイギリスから批難をされるでしょうね」

「全く…自分がどれだけの事をしたのかって自覚があるのかしら…」

「仲森さんがいなかったら本当に危なかったですね」

「本当ね……」

 

 ど…どうやら、今回のアレは冗談抜きでヤバかったみたいでゴザル。

 トールギス様々ですな。

 

「ま…トーナメントまで反省室行きになってるなら、暫くは大人しくしているでしょうけど…」

「問題はそれから…ですね」

「今から考えても頭が痛いわ…はぁ……」

 

 先輩二人が頭を抱えていらっしゃる。

 後輩としてどうにかしてあげたいけど、私に出来る事なんてたかが知れてる。

 今度、何か手作りのお菓子とか差し入れてみるか?

 

「そうだ。トーナメントで思い出したけど、佳織ちゃんはもう今度のトーナメントがタッグ戦に変更になったのは知ってる?」

「はい。あの後、織斑先生に教えて貰いました」

「そう…なら話が早いわね。佳織ちゃんは誰とタッグを組みつもりでいる?」

「あ~…」

 

 そうですよねー。やっぱ組まないとダメですよねー。

 本当は出場とかしたくないんだけどなー。

 

「あ…あのー…トールギスで出場とかしちゃ拙いんじゃ…?」

「佳織ちゃんなら出力制御とか楽勝でしょ?」

「うぇあっ!?」

 

 そんなの出来る訳が無いでしょーが!

 私は乗ってるだけなんですよ! トールギスが勝手に動いてるだけなんですよ!

 左手は添えるだけなんですよ! そんなんじゃゴール下の戦場は制せないですよっ!?

 …途中から何言ってんだ私は。

 

「大丈夫。当日は私と虚ちゃんがどうにかするから!」

「お任せください」

「は…はぁ……」

 

 ふ…不安しかない…虚さんがいるから大丈夫だと信じたいけど。

 

「で、タッグ相手はどうする?」

「うーん……」

 

 織斑君とデュノアさんは論外として。

 よくある二次創作だと、篠ノ之さんを押しのけてボーデヴィッヒさんと組んでたりしてるよね。

 でも、個人的に彼女とは波長が全く合いそうないので却下。

 篠ノ之さんもいいかもだけど…その場合、一体誰がボーデヴィッヒさんとのランダムくじに選ばれるか分からない。

 ここは原作準拠を心掛けながら、最も妥当な選択肢を選ばないと。

 となるともう…タッグ相手は一人しか思いつかない訳で。

 つーか、さっきからずっとその相手が私に向けて期待の目を向けまくっているのです。

 

「…布仏さんが良ければ…私と組む?」

「いいのっ!? やった~!」

 

 いや…絶対に最初からその気だったでしょ。

 あの視線を無視出来るほど私のメンタルは超合金で出来ていない。

 私の精神はべちょべちょに濡れた習字紙よりも脆い。

 

「タッグを組むのは良いですが…問題はトールギスの性能に本音が合わせられるかですね…」

「その辺はなんとかなるんじゃないの? こう見えて本音ちゃんって意外とやるし」

「えっへん!」

 

 マジか…あの更識先輩がここまで言うって事は、本当に布仏さんって凄いのかもしれない。

 

「それは私も知ってます。ですが、それとこれとは話が別なんです」

「「どゆこと?」」

 

 ハモった。

 私も心の中で同じことを思ったけど。

 

「そもそも、仲森さんのトールギスは僚機と行動することを前提にしていないんですよ」

「そ…そうなの?」

「思い出してください。トールギスが第何世代機であり、いつ頃生み出されたのかを」

「あ……成る程」

 

 え? 今の説明だけでかいちょーは答えに辿り着いたの? 凄くない?

 

「トールギスはまだISという存在すらまだ曖昧だった時代に誕生している。つまり、全てのISの試作機とも言うべきトールギスに『連携』という概念は存在していない」

「その通りです」

 

 そういや…原作でもトールギスっていっつも単独で行動してばっかりだったような気が…。

 それだけ機体性能が化け物だっていう証拠なんだけど。

 

「トールギスはISの『兵器としての側面』の可能性を極限まで追求する為に『単独での敵戦域への介入する能力』と『単独で拠点制圧を行える圧倒的戦闘力』と『確実に帰還できる能力』を備えられています」

「改めて聞くと、トールギスってとんでもないわね…」

「それだけじゃありません。トールギスは一切のパッケージ換装無しで陸海空、果ては宇宙空間でも活動が可能な程の究極的なまでの汎用性があるんです」

 

 そうなんですよねー。

 トールギスってつまるところ『こいつ一人でいいんじゃね?』を本気で実現しちゃった機体だからね。

 そりゃガンダム相手にも互角以上に戦えますわ。

 

「考えうる全ての状況に完全完璧に対応できる能力…要はトールギスは単機で何でも出来てしまえるんです。だからこそ、その所有者である仲森さんとタッグを組む際に最も重要なのは『いかに仲森さんに合わせられるか』になると思います」

「どれだけ機体制御が出来ても、トールギス自体が破格すぎる性能を持っているせいで生半可なことじゃ相棒が付いて来れないって事なのね…」

 

 うぉぉい…トールギスよ…お前さんはどれだけ暴れ馬なんですか…。

 これが本当の『私の愛馬は凶暴です』ってか?

 って、私はトールギスとうまぴょいする気は無いんだよ!

 いや…ゼクスやトレーズ閣下との3Pなうまぴょいならアリかも…?

 

「となると、トーナメントまでの間に二人の特訓は必須だけど…まだトールギスは機密扱いになってるから、放課後に普通にアリーナで練習…なんて不可能よねー」

 

 そこなんだよなー…現在のトールギス最大のデメリットは。

 かといって『実は私も専用機持ちでしたー!』なんて言えるわけないし…。

 

「仕方がないので、そこは学園にある『シミュレーター』を使うしかないかと」

「あー…あれね。搬入したのは良いけど、使ってる子が殆どいないやつね…」

「そんなのがあるんですか?」

「一応ね。本当は実機に乗る前にシミュレーターで習熟訓練するのが一番だろうけど、誰もそれを嫌がって使いたがらないのよね…結構本格的で面白いんだけど」

 

 知らんかった…。

 でも、この学園の生徒達ならば『シミュレーターとかだっさーい(笑)』とか言って使わないだろうな。

 危機感の欠片も無いような人間達の集まりだし。

 

「専用機の待機形態を装置に設置すれば、ちゃんとシミュレーター内でも使えるようになるので個人的にはお勧めですよ?」

「ですね…私達は基本的にそれで練習しようか?」

「うん! かおりんとならきっと大丈夫だよ!」

「その根拠はどこから来るのか聞きたい…」

「かおりんだからだよ!」

「答えになってないし…」

 

 その100万ドルの笑顔がかおりんには眩しいでござんすよ…。

 私には一生掛かっても出来ない笑顔だわ。

 

 こうして、私は布仏さんとタッグを組むことになったのでした。

 非常に高い確率で無意味に終わりそうな気がするけどね。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 夕飯時になって食堂で食事をしていると、いつものように織斑君達も傍にやって来た。

 しかも、怪我をして安静にしている筈の凰さんとオルコットさんも一緒に。

 なんでも、怪我自体はISに守られていたお蔭でそこまで酷くは無かったようで、一晩寝たお蔭でいつも通り動けるようにはなったらしく、明日から授業にも復帰すると言っていた。

 

「そっかー…仲森さんは布仏さんと組んだんだな」

「うん。そっちは?」

 

 もう分かり切ってる事だけど、話の流れ的に一応ね?

 

「俺はシャルルと組むことにしたよ。ほら…同じ部屋だから作戦を立て易いし…」

「ボクのラファールなら接近戦特化の一夏の白式のフォローもし易いしね」

 

 だと思った。理由もかなり妥当です。

 やっぱ仲間の欠点をフォローする役は必要だよね。

 

「しののんは~?」

「私はまだ決めかねているな。もしかしたら、当日のランダム決定に委ねるかもしれない」

 

 ネタバレになるから言えないけど…それだけはやめた方が良いと思うな~。

 100%に近い確率で『大凶』を引くことになると思うから。

 

「そういえば、あのボーデヴィッヒさんを仲森さんはたった一人で制圧したんだよね? どんな風に戦ったの?」

「あの時の佳織は凄かったわよ~。まさか剣一本で無双するなんて思わなかったし」

「相手の弱点のみをピンポイントで狙い、凄まじい機動力で圧倒する…。あれこそまさに絵画に書かれているような『天駆ける騎士』そのものでしたわ…」

「そうなんだ…ボクも見てみたかったかも…」

 

 なんか凰さんとオルコットさんが惚気てるけど、実際にはそんないいもんじゃなかったからね?

 こっちはマジで大変だったんだから。色んな意味で。

 

「トーナメントが開催されれば嫌でも見れるわよ」

「他の皆さんは想像もしていないでしょうけど、優勝候補筆頭は間違いなく佳織さんが率いるコンビですわね」

「だよなぁ~。仲森さんの実力って素人の俺でも分かるぐらいに頭一つ分以上に飛び出してるからな…。ぶっちゃけ、全く勝てる気がしないし…」

「この三人にそこまで言わせるほどだなんて…今から楽しみになってきたよ」

「あはは…お手柔らかにね?」

「私とかおりんは無敵のコンビなのだ~」

「ちょっ!?」

 

 下手に相手を煽るような発言は止めてッ!?

 プレッシャーでまた『心の痛み止め』のお世話になるから!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 反省室のベッドの上。

 シーツにくるまって体を縮めこませながらラウラは考える。

 

(どうしてだ…どうして私は負けた…。私は織斑教官の教えを受けた栄光あるドイツの軍人…。そのはずなのに…!)

 

 ギリッ…!

 悔しさに歯を食い縛り、顔がゆがむ。

 

(何も出来なかった…! 文字通り、手も足も出なかった…! あんな、どこにでもいそうな女がどうしてあれ程までに強い…!? あの凄まじい機動力を持つ白い機体は一体何なのだ…!)

 

 ISのハイパーセンサーを以てしても追い切れない程の速度。

 それは最早、ISという存在そのものすらも凌駕するほどの性能。

 

(AICを完全に破壊され、本国にて本格的に修復しなくては再生は不可能な程のダメージを負わされた…! 何故…奴はあれ程までの動きが出来る! 軍人として教官の教えを受けた私を完全に圧倒する程の動きを何故ッ!?)

 

 どれだけ考えても答えは出ない。

 瞼を閉じれば、暗闇に浮かぶのは殺気を出しながらビームサーベルの切っ先を突き付けてくる佳織の姿。

 

(奴は言っていた…その気になればいつでも私を殺せると…だから手加減をしていたのだと! 教官もそれを理解していた! まるで…奴の事を認めているかのように……)

 

 その時ふと思い出す。

 千冬が佳織に向けていた視線を。

 

(そういえば…あの時、教官はあの女に変な視線を送っていた…。慈愛に満ちた…優しい視線を…私は一度でもあんな視線を向けられたことがあっただろうか…)

 

 分からない。覚えていない。

 あの頃は強くなることに夢中だったから。

 だからこそラウラは、自分の感情が制御できなくなる。

 

「織斑一夏だけでなく…仲森佳織…貴様もなのか…! 貴様も私から教官を奪おうと言うのか…!」

 

 シーツを握りしめ、ラウラは決意をする。

 自分の大切なものを奪おうとするものを駆逐すると。

 

「仲森佳織…貴様だけは必ず…この手で…!」

 

 怒りに染まった少女の呟きは、静かに部屋の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はトーナメントになる…かも?

大凡は原作通りになるとは思いますけど。





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白と黒

月曜日は日曜日とは別の意味でやる気が出ません。

日曜日は『休み気分』が大きいので書く気が起きず、逆に月曜日は純粋に怠いです。

でも、こんな時にこそ頑張れるのが凄い事だと何かの本で読んだような気がするので頑張ります。







 学年別トーナメントがタッグバトルに変更され、全校生徒は急いでチームを組むことになった。

 織斑君はデュノアさんと、私は布仏さんと組むことに。

 ここまではいい。問題はあのドイツから来た問題児がどうなるかだ。

 原作では彼女はランダムで選ばれた篠ノ之さんとタッグを組み、トーナメント一年生の部の一回戦でぶち当たるという明らかに意図的に仕組まれた試合を行った。

 

 まぁ…私が今いる場所は原作じゃないし、もう既に私が持っている原作知識はほとんど役に立たないと身を持って思い知っているので、あくまで参考程度なんだけど。

 

 どうなるか分からない事なんて気にしても仕方がないので、私は布仏さんと一緒にシミュレーターとやらを使って特訓をする事に。

 これがまぁ凄いのなんのって。

 語彙力皆無な私の説明じゃ上手く説明できないから簡単に言うと、再現力がハンパないです。

 まさか、待機形態を設置しただけでトールギスの自動操縦機能まで忠実に再現するとは思わなかった。

 最初から訓練をしても付け焼刃じゃねと思ってはいたけど、これでじゃあ殆ど布仏さん一人の特訓って感じだった。

 

 因みにだけど、布仏さんはあの性格に反して意外と動ける女の子でした。

 人は見かけによらないとはよく言うもんだけど、まさかそれが自分の友人が該当するとは…。

 自分が出来る事。出来ない事をちゃんと把握して、状況が変化する度に今の自分が出来る最適解を頑張って行おうとする。

 なんつーか…本気でビックリしました。

 

 え? その描写を詳しく教えてくれ?

 そんな事をしたらそれだけで話が終わっちゃうからダーメ。

 

 つーことで…ボスー、出番ですよー。

 キンクリお願いしまーす。

 

『キングクリムゾン!!』

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 6月の最終週。

 ここから一気にIS学園はトーナメントに備えて急激に慌ただしくなる。

 生徒会なんてものに所属していると、その変化を如実に感じる事が出来た。

 もう本当に忙しいのなんのって。

 更識会長は勿論、虚さんだって大忙し。

 普段は書類仕事の手伝いしかしていなかった私だって、勇気を振り絞って関係各所と電話のやり取りをする羽目に。

 まさか、高校時代にOLの真似事をする羽目になるとは思わなかった…。

 いつもはソファーで寝ている布仏さんにも今回は色々と頑張って貰ったし。

 

 凰さんとオルコットさんは殆ど怪我も治り、いつも通りの日常を送れるようにはなったけど、まだISの方が修理できていないという事でトーナメントは普通に見学する側になった。

 こればかりは仕方がないよね。

 

 …で、そんなこんなで気が付けばトーナメント当日。

 ついさっきまで生徒会主導で他の生徒達と一緒に雑務や会場の整理、来賓客の誘導とかをやっていた。

 この私が誰かに指示をするようになるとは…世の中、何が起きるのか分からないもんですたい。

 

 大体の仕事を終えた私達は、急いで更衣室へと入って試合に向けてのお着替えタイムへと突入。

 無論、女子と男子でちゃんと分かれていて、織斑君とデュノアさんは二人で広い更衣室を半ば貸切状態。

 では女子はどうなっているのかというと……。

 

「ちょっと! もう少しそっちに行ってよ!」

「無茶言わないで! どこもかしこもギュウギュウ詰め状態なんだから!」

 

 そこの女子が言った通り、こっちの更衣室は明らかに過剰な人数が入っている。

 普通に使えばそれなりの広さなんだろうが、今回はどう考えてもキャパオーバーになってる。

 

 お蔭で、『今の私の姿』もそこまで目立ってはいない。

 不幸中の幸いというか、なんというか…はぁ…。

 

「…布仏さん。着替えたら廊下に出よう。廊下にもモニターはあるから、ここに居続ける理由は無いよ」

「そーだねー」

 

 こんな場所に長居したら、試合をする前にダウンしちゃうよ。

 流石にそれは恥ずかしすぎるので勘弁願いたい。

 

「「ふぅ…」」

 

 込み合う人の波を越えて辛うじて廊下に出て、ようやくホッと一息。

 別の意味で疲れました……。

 

「かおりん。その『マスク』…意外と似合ってるね~」

「そ…そう?」

 

 布仏さんが言った通り、私は今とある物を頭から被っている。

 

 私とトールギスの存在をどうするか。

 更識会長が考えたのは『逆転の発想』。

 試合が始まれば嫌でもトールギスの姿は大衆に晒される。

 ならばいっそのこと、トールギスの事を隠すんじゃなくて、私の方を隠せばいいんじゃないかと。

 どうせ、全校生徒の顔を把握している人間なんて学園には誰もいない。

 それならば、見た事の無い生徒が一人ぐらい紛れていても違和感は無い…とのこと。

 最初聞いた時は『なんじゃそりゃ』と思ったけど、あろうことか織斑先生もこの案に同意をしちゃったから、さぁ大変。

 一体どうやって私の事を隠そうかと考えた結果…『マスク』を被ることで私の顔を隠す事にしたというわけだ。

 

 なんでも『演劇部』から借りて来たらしいんだけど、このマスクさ……。

 完全に『ゼクス・マーキス』が被ってたマスクじゃないのよ!!

 しかも、しれっと金髪ロン毛のウィッグ付きで!!

 

 自分の長い髪は後頭部で纏めて、その状態でマスクを被り素顔を隠す。

 するとあっという間に謎の金髪少女の出来上がり…という訳です。

 しかも、選手登録の際に書いた名前が『ゼクス・マーキス』になってたし…。

 どうしてその名前にしたのかと聞いたら、演劇部の部長さんがゼクスと同姓同名の俳優のファンだかららしい。ふざけんな。

 一応言っておくと、本名は『ミリアルド・ピースクラフト』だからね。

 

「布仏さん。これを被っている間は私の事は『ゼクス』って呼んでね。じゃないと意味無いから」

「はーい」

 

 ちゃんと分かってるのかな…? なんか不安だ…。

 

 これからの事を考えて胃をキリキリさせていると、もう一つの更衣室から織斑君達が出てきた。

 

「お? 布仏さん…と、誰だ?」

「かおりんだよー」

「かおりんでーす」

「「えぇっ!?」」

 

 そうだよね。そんな反応をするよね。分かります。

 

「ど…どうしてそんな事になってるんだ?」

「逆転の発想。機体の方は普通に晒して、操縦者の方を謎にすればいいって」

「成る程…なのか?」

「そこで疑問形にならないで。私だってすっごく恥ずかしいんだから」

 

 確実に黒歴史確定だよね…。

 これを被るのは、もう絶対にこれっきりにしよう…。

 

「因みに名前も変えてあったりする」

「どんな?」

「ゼクス・マーキス。だから、二人ともトーナメント中は私の事は『ゼクス』って呼ぶようにしてね。じゃないと変装した意味が無いから」

「わ…分かったよ。でも、それじゃあ……」

「うん。さっき見たトーナメント表で見た名前…だよね」

「え? もう出てたの?」

「あぁ。そこのモニターにも出てるぞ」

 

 織斑君が指さしたモニターを布仏さんと一緒に見ると、そこには既にトーナメント表が表示されていた。

 

「俺達はAブロックの二組目なんだよ」

「二組目? それじゃあ、一組目は……」

 

 もしかたらとは思っていたけど、やっぱり改変があったか。

 二次創作とかだと、ここは織斑君とオリ主組んで戦ったり、もしくはデュノアさんとオリ主が組んで戦うか、篠ノ之さんの代わりにボーデヴィッヒさんと組んだりするパターンが多い。

 けど、まさか丸々入れ替わるとは想像もしていなかった。

 

「えっと…Aブロック一回戦の一組目『ゼクス・マーキス&布仏本音』VS…えっ!?」

「おぉ~…」

 

 私達の対戦相手は勿論『彼女達』…なんだけど……。

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ&相川清香』…?」

 

 な…なんで篠ノ之さんじゃないの?

 まさか、ランダム要素がここに来て功を奏したって事?

 にしても……。

 

(相川清香って……誰?)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 試合直前。

 大観衆で賑わうアリーナのステージには、既に私達の他に目の前にボーデヴィッヒさん達が待機をして試合開始を今か今かと待っていた。

 

 布仏さんは前に実習でも使った『ラファール・リヴァイヴ』を使用し、向こうのえっと…相なんとかさんは『打鉄』を使っている。

 ボーデヴィッヒさんも専用機である『シュヴァルツェア・レーゲン』を装備しているが、私が…というかトールギスが以前に与えた腕部のダメージが完全に修復できていないようで、明らかな応急修理の跡が見られた。

 

「おい貴様…どういうつもりだ!」

「どういうって?」

「何故まだISを展開しない! しかも、そのふざけた仮面は何だ! 私を馬鹿にしているのか!」

「馬鹿になんてしてないよ。こっちにも事情があるってだけ」

「事情…だと? その為に偽名まで使っているというのか!?」

「そうだよ。今の私は『ゼクス・マーキス』。それ以上でも、それ以下でもない」

「上等だ…! こうして一回戦で勝負することになったの何かの運命…ここでこの間の決着をつけてくれる!!」

「ご勝手に」

 

 勝手に因縁つけてくれちゃって。

 悪いのは全部そっちでしょうが。まさか、その自覚すらないワケ?

 

「うぅ~…なんでこんな事になっちゃったのよぉ~…」

「よーし! がんばるぞー! おー!」

「どうして本音はそんなにヤル気なのよ~!?」

「大好きな人と一緒だからに決まってるよ~」

 

 …うん。なんか恥ずかしい言葉が聞こえたような気がしたけど、今だけは聞かなかった事にしよう。

 それよりも、そろそろ試合が始まる頃かな?

 

 私がこうして試合開始直前までISを展開しないのも織斑先生や更識会長からの指示で、こうして皆の目の前でISを展開する事で『ゼクス・マーキスこそがトールギスの操縦者である』と知らしめるため…なんだそうだ。

 確かに、自分の目で見た事ってのは最高の判断材料になるからね。

 

「出るがいい…トールギス!!」

 

 首からぶら下がっている待機形態を握りしめ、態と大きな声で叫ぶ。

 めっちゃ恥ずかしいけど、これも後々の私の平穏の為!

 今だけは羞恥心を克服する!!

 

(フッ…君の決意、確かに受け取った! 行くぞ!!)

 

 え? なんかまた声が聞こえてきた?

 しかも、今回はまた偉く気合いが入ってないゼクス特尉!?

 なんて考えている間にトールギスが光と共に展開される。

 

「現れたな…白いIS!!」

「このトールギスに、私は自分の可能性を賭ける!」

 

 なんて調子に乗ってカッコつけたりして。

 もうすぐ試合が開始される。

 心臓がバクバク鳴って止まりません。

 

『これより、学年別トーナメント一年生の部、Aブロック一回戦を開始します!』

 

 アナウンスが流れると同時に布仏さんが拡張領域からアサルトライフルを取り出し、ボーデヴィッヒさんも腰を低くして身構える。

 この中で唯一怯えまくっている相なんとかさんも、震えながらもライフルを展開した。

 んで、私はというと……。

 

「直立不動のまま構えもしないだと…? 舐めているのか!?」

「…………」

 

 今から試合をするのに、そんなに無駄口を叩く暇がよくあるね。

 割とマジでどうして君が軍人になれたのか疑問しかないよ。

 だから私は無視します。返事をする義務はないし、そんな余裕も無いから。

 

『試合……開始!!』

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本格的な戦いに。

今回の話、最後の最後までどうしようか迷ってました。

最初は原作通りに一夏達とぶつけようと思っていましたが、そうなるといざって時の介入理由が上手く思いつかないんですよね。

いや…その気になれば幾らでも理由はつけられるんですが、そうなると明らかに話の流れ自体に違和感が生まれるし、クラス対抗戦と殆ど同じような流れになる可能性が大きかったので、ならばいっそのこと最初から佳織たちとラウラをぶつければよくね? というある種の開き直りに近い考えに至りました。




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激突

さーてはて、ラウラちゃんはかおりん(ゼクス)に勝てるのかな~?

そして、その後にどうなってしまうのか?








 アリーナのステージにて対峙している両者。

 ラウラは殺意マシマシで佳織ことゼクスの事を睨み付け、その佳織は全くの無反応。

 本音はいつも通りのニコニコ笑顔のまま待機していて、この中で完全に場違い感を放っている相川はもうさっきから泣きそうな顔で狼狽え捲っていた。

 

 そして、その様子を一夏を初めとした面々が神妙な面持ちで眺めていた。

 勿論、すぐに着替えられるようにISスーツの上から制服を着た状態で観客席に来ている。

 

「あれが…なか…じゃなくて、ゼクスさんの専用機なんだね」

「あぁ。その名も『トールギス』だ」

「ト…トールギスだってっ!?」

 

 名前を聞いた途端、柄にもなく大声を出して狼狽えるシャルル。

 それを見て、一緒に観客席にいた鈴とセシリアは納得したように頷いた。

 

「流石はデュノア社から来たってだけはあるわね。やっぱり知ってたか」

「も…勿論だよ! 全てのISの原型となった最初期に産み出された最強のIS! この世界に存在しているISは全て、トールギスの子供とも言うべき存在なんだから!」

 

 どうやら、シャルルは一夏達よりもトールギスに付いて詳しい様子。

 実際、彼らも千冬から聞かされただけの情報しか持っていないのだ。

 

「で…でも、トールギスが最大出力で稼働した場合…殺人的なまでの負荷が掛かるって聞いてるけど…」

「その通りですわ。でも、あの方はそれを難なく乗りこなしている」

「最初の時でさえも鼻血程度で済んでたしね」

「二回目以降はもう何事も無かったかのようにしてますわ」

「嘘でしょ…!? あのトールギスを乗りこなすには通常の人間ではもはや不可能とされていて、文字通りの『人間を超越した存在』でなければいけないとさえ言われているのに…」

 

 その理論で言えば、佳織はまさしく人間を超越した存在であると言えた。

 実際には人間を超越どころか、常人以下の運動能力しかないのだが、そんな事なんて全く知らないシャルルは改めて佳織ことゼクスの凄さを実感していた。

 

「やっぱり…物凄い子なんだね…彼女は…」

 

 この試合、もう既に鈴とセシリアには勝敗が見えていた。

 以前にもラウラと佳織が少しだけ対戦した光景を目撃しているが、それだけで両者の間にある圧倒的なまでの実力の隔たりを感じていた。

 しかも、今回に至ってはラウラは謹慎していたが故に特訓などは一切出来なかった状態で、逆に佳織は本音と一緒にコンビネーションの練習を重ねてきた。

 唯でさえ最初から実力差があるのに、更にそこへ特訓の有無という要素が加わればどうなるか。

 代表候補生でなくても分かる簡単なロジックだった。

 

「待たせてしまって済まない」

「大丈夫よ。辛うじてまだギリギリで試合は始まってないわ」

 

 少しだけ遅れて、制服の下にISスーツを着た状態の箒が皆に合流した。

 因みに、今回の彼女は見事にランダム抽選の罠から逃れ、別の生徒とコンビを組むことに成功していた。

 

「あの白いのが…そうなのか?」

「そうよ。でも、名前で呼んじゃダメよ?」

「分かっている。ちゃんと織斑先生に教えて貰っているからな」

 

 まるで白い鎧を着た騎士のような姿となっている佳織を見て、胸の辺りで拳を握りしめながら心の中で彼女の勝利を祈った。

 

(お前ならば、必ずやアイツに勝利し、その上で奴の心すらも救ってみせると信じているぞ…佳織!)

 

 そして…運命の試合が始まった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 試合開始のブザーと共にラウラは激情と共に咆哮し、レーゲン最大の武装である大口径リボルバーカノンをゼクスへと向ける。

 

「今度こそ貴様を倒す!! 覚悟しろ…ゼクス・マーキスっ!!!」

 

 ご丁寧にちゃんと今回限定の偽名で呼んでくれるラウラ。

 変な所で律儀な性格をしている。

 

(布仏さん…作戦通りにお願い)

(お任せ~!)

 

 プライベートチャンネルにて最終確認をし、ゼクスはラウラに視線を向ける。

 それに合わせるようにして、本音は高速移動でラウラのパートナ(仮)である相川へと向かって行った。

 

「とぉ~! 私が相手だよ~!」

「ちょ…マジッ!? いや…本音ぐらいなら、なんとかなるかもしれない…」

 

 普段の本音しか知らない彼女は楽観的に考えるが、それは大きなミステイク。

 本音は暗部の人間。その見た目に反して身体能力は高いし、操縦技術も整備技術も決して一年生の中では侮れない。

 

(よし…ちゃんと向こうに行ったね。それじゃ、こっちも行きますか)

 

 二人が考えた作戦というのはズバリ、原作で一夏&シャルルコンビがやったのと同じ。

 要は、まずは佳織がラウラを足止めしている間に本音が彼女のパートナーを撃破し、その後に二人でラウラを倒すというもの。

 トールギスのお蔭で原作以上に安定してラウラの相手が出来るが故の作戦だった。

 

『これより、戦闘補助システム【ゼクス】による外部への代理発言を開始します』

(へ? い…いきなり何? 代理発言って?)

 

 突如として意味不明な事を言いだしたシステムに困惑しつつも、彼女の意志を少しだけ反映してトールギスが突撃体勢へと入った。

 

 背部のスーパーバーニアが完全展開し、同時に腰部などにあるブースターも展開。

 ラウラの武装であるリボルバーカノンがガコンと鳴った直後に全力での高速突撃を開始!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

(ちょ…ゼクスっぽい台詞が私の声で再生されてるんですけどぉぉぉッ!?)

 

 完全に周囲からは変な奴だと思われてしまう。

 唯でさえゼクスのコスプレをしているのに、ここで羞恥心が倍プッシュ状態だ。

 

「真正面から突っ込んでくるとは…勝負を捨てたかゼクス・マーキスッ!!」

 

 勿論、こんな絶好の機会を見逃すほどラウラも間抜けではなく、正面目掛けてリボルバーを発射する!

 どれだけ凄まじい速度であろうとも、目の前から迫って来ている相手に外しようがない!

 

 だがしかし! トールギスが優れているのは決して、その爆発的な加速性能だけではない事をラウラは身を持って思い知ることとなるっ!

 

「甘いっ!」

「なんだとっ!?」

 

 電磁加速によって威力が増した弾頭を、あろうことかゼクスはトールギスのシールドによって易々と防ぎ、そこから更なる加速をしてみせた!

 しかも、リボルバーカノンの一撃を受けた筈のシールドには傷一つすらついていない!

 

「そこだっ!!」

「しまっ…!」

 

 一気に懐まで潜り込まれたラウラは体勢を崩し、その隙を付いてゼクスはビームサーベルを抜刀、その勢いのままリボルバーカノンの砲身を光の刃にて一刀両断してみせた!

 

「レーゲン唯一の射撃武装が…おのれっ!!」

 

 ゼクスの方を向きながら後退をしつつ、相手の追撃を防ぐ為に肩部と腰部に搭載れた四基からなるワイヤーブレードを射出するが、そんな事になんて一切構わずに再びスーパーバーニアを最大出力で動かし突貫!

 迫りくるワイヤーブレードを、まるで最初から来る場所が分かっているかのような動きで全て回避をし、しかもそこからビームサーベルを使ってワイヤーそのものを切断、またもやラウラの武器を一つ封じた。

 

「ワイヤーブレードもだとっ!?」

「その程度の動き…見切れないとでも思ったか!」

「き…貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 後退して体勢を整えようとしていたラウラだったが、ゼクスの安い挑発にまんまと乗せられ、すぐに両手にプラズマ手刀を展開して逆に突撃してきたっ!

 

「遠距離武装やAICなど無くとも貴様程度…この手で切り裂いてくれる!!」

「フッ…愚かな」

 

 ここでゼクスは直進を止め、急に右へと曲がってラウラから離れるような行動をした。

 

「怖気づいたかゼクス・マーキスッ!!」

「勘違いをするな。もう忘れたのか?」

「何をだっ!」

「この試合はタッグ戦…つまり、私は一人で戦っているのではないという事だっ!」

「一人では…ない…!?」

 

 言っている事の意味がよく分からずに一瞬だけ動きを止めてしまった。

 それがラウラにとって最大の過ちとなる事も知らずに。

 

「熱源接近……はっ!?」

 

 気が付いた時にはもう時既に遅し。

 ラウラの眼前にまで四基もミサイルが迫ってきていた。

 

「い…いつの間にっ!? ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 普段ならば簡単に避けられる筈の攻撃が直撃してしまった。

 ラウラはずっとゼクスにばかり執心し、彼女の事しか見ていなかった。

 だからこそ気が付かなかったのだ。

 とっくの昔に相川を倒した本音が自分を狙ってミサイルを撃とうとしていた事を。

 

 爆発を見届けながら本音の所へと戻ると、彼女は空となった四連装のミサイルランチャーを肩に担いでいた。

 

「ナイスアシスト。よくやってくれた」

「えへへ…それほどでも~」

「ところで彼女は?」

「あそこにいるよ~」

 

 自分を援護してくれた本音を労いつつ、彼女が相手をしていた相川がどうなったかを尋ねると、本音が指さした場所…ステージの右端の方にてISのエネルギーが尽きた事で身動きが取れなくなり座り込んでいる相川の姿があった。

 

「うぅ~…本音があんなにも強いだなんて聞いてないわよ~…」

 

 完全に相手を見た目や普段の言動だけで侮った結果だ。

 彼女と戦っていた筈の本音は息一つとして乱していないのに対し、倒された相川はもう疲労困憊と言った様子。

 嘗てはハンドボール部に所属していたらしいが、スポーツをしていた彼女よりも暗部の本音の方が体力があるというのは皮肉な話だ。

 

「さて…まだ試合終了のブザーは鳴っていない。ということはつまり、彼女はまだ戦えるという事だ」

「そーだねー。どーするの?」

「決まっている。私が前衛を務める。だから…」

「私は援護をするんだねー。りょーかいです!」

「いい返事だ。いくぞっ!」

「おー!」

 

 お互いに頷くと、ゼクスは左右に蛇行しながらの低空飛行にてラウラに接近して行き、一方の本音は拡張領域から三脚が装着された固定式大型マシンガンを取り出し、それを地面に置いてからグリップを握りしめた。

 

「ラウラウには悪いけど~…今日の私は本気モードだよ~!」

 

 本音が狙いを定めた瞬間、ラウラの周囲を覆っていた煙が掻き消され、中から怒りで血管を浮かび上がらせてるラウラが出現した。

 

「おのれ…おのれぇぇぇぇぇっ!! 有象無象の雑魚の分際で…よくもこの私をぉぉぉぉっ!!」

「その傲慢さこそが貴様の敗因であると何故、気が付かん!!」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!! 貴様と織斑一夏…お前達さえいなければ私がっ! 私がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 もう戦法も何もあったものではない。

 完全に怒りで我を忘れたラウラは、我武者羅にプラズマ手刀を振り回しながら突っ込んでくる!

 だが、それに素直に応じるような馬鹿な真似をするゼクスと本音ではなかった。

 

「邪魔はさせないよぉ~!」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 もう回避という考えすらも無くなっているのか、本音の撃ったガトリングが全弾命中し、それでもまだ止まる気配が無い。

 もうレーゲンのSEは無くなりかけている筈なのに。

 

「いい加減に目を覚ませ!! ラウラ・ボーデヴィッヒっ! 貴様が歩こうとしているのは破滅への道であると!!」

「この程度ぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 今のラウラを動かしているのは『執念』という名の炎。

 それを燃料にして、本当ならばとっくに動けなくなっている筈の体を動かしていた。

 トールギスのドーバーガン(実弾)を喰らっても一切怯まず、その目は血走った状態でゼクスだけを見つめている。

 その姿はまさに狂戦士バーサーカー。

 何が彼女を此処まで掻き立てるのか。それをゼクスは全て知っている。

 知っているが故に、この悲しい戦いに終止符を打たなければいけない。

 その後に待ち受けているであろう、本当の戦いに備えて。

 

「いいだろう…それ程までに私との決着を望むのであれば、この手で引導を渡してやろうっ!」

 

 本音の方を振り向いて目配せをすると、彼女は笑顔のまま納得したかのように頷いて攻撃を止めた。

 

「この一撃で終わりにしよう…私達の戦いを!」

 

 ブースターを吹かしてアリーナ上空まで昇っていき、そこでドーバーガンを構える。

 その銃身には光の粒子が収束し、エネルギーがチャージされていく。

 

「これで……終わりだっ!!」

「ゼクス…マーキスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 無情にも引き金が引かれ、ドーバーガンから嘗て無人機たちを一撃で葬ったビームが放たれる!

 回避不可能な速度で真っ直ぐにラウラへと向かい、眩い光が彼女とレーゲンを包み込む。

 

 巨大な爆発と共に地面が抉り取られ、周囲に土煙が立ち込める。

 すぐにアリーナの排煙機構によって取り除かれ、煙が晴れた場所には地面に出来た巨大なクレーターの中心付近でボロボロになった状態で横たわるラウラの姿。

 

『し…試合終了ッ!! 勝者…ゼクス・マーキス&布仏本音!』

 

 試合終了のブザーと共にアナウンスが流れ、それと同時に一気に観客達が盛り上がる。

 初戦から凄まじい試合を見せつけられたのだから無理もないが。

 

「どうして止まれなかった…。何がお前をそこまで歪ませた…」

 

 地面に降り立ちながら呟くゼクス。

 その口調こそ戦闘補助機能によるものだが、言葉自体は佳織が本気で思った事だった。

 

(なんとかなった…けど、本当に大変なのはここから…だよね…!)

 

 未だにピクリともしないラウラを警戒し続けるゼクス。

 それを見て本音は不安そうに彼女の近くへと寄っていった。

 

「どうしたの? もう試合は終わったよ?」

「あぁ…そうだな。だが……」

「だが?」

「…嫌な予感がしてならないのだよ」

「それって……」

 

 その『予感』はすぐに的中する事となる。

 しかも…佳織が想像している以上の事態によって。

 

 歪んだ戦乙女は最早、戦乙女に有らず。

 それは無念と妄執によって蘇る『暗黒の破壊将軍』なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回…本当の戦い。

まさかの『あの機体』が登場。

私…めっちゃ好きなんですよね…アレ。






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偽りの破壊将軍

無事にラウラを撃破したかおりん&本音コンビ。

でも、またもや原作とは違う展開になってしまう事をかおりんはまだ知らない。








 アリーナの管制室。

 そこでは千冬と真耶の二人が試合の様子をモニター越しに眺めていた。

 

「大凡の予想はしていたが…矢張り仲森たちの圧勝か」

「ボーデヴィッヒさんも実力はあるんでしょうけど……」

「あいつは協調性が皆無に等しい上に、相方がな…」

 

 そう呟く千冬の視線の先にあるモニターに、ボロボロとなったラウラをドーバーガンで狙うトールギスの姿が映し出される。

 

「決まったな」

「はい。仲森さんの一年生とは思えない程の実力に加え、トールギスの持つ異次元の性能。そして……」

「サポーターとしての布仏の実力だな。実に上手い立ち回り方をしていた。見事に仲森の動きの隙間を縫うように攻撃を仕掛けるだけではなく、己という『一般生徒』に攻撃される事でボーデヴィッヒの精神にも揺さぶりをかける。意外なように見えて中々…いいコンビじゃないか」

 

 ドーバーガンの高出力ビームが直撃し、爆発と同時にラウラの専用機『シュヴァルツェア・レーゲン』のSEが一気に尽き、大きなクレーターの中心に彼女が横たわっていた。

 

「決着だな」

「仲森さん達の完全勝利ですね」

「一回戦から派手な試合をしてくれる。これならば委員会の連中も文句は言うまい」

 

 満足げな顔をしながら頷く千冬。

 だが、その顔はすぐに元に戻ることとなる。

 

「ん? 試合はもう終了したというのに、どうして仲森はまだ戻らない?」

「さぁ…? こちらから通信しますか?」

「そうだな。仲森、聞こえるか?」

 

 管制室からプライベートチャンネルを使ってトールギスに通信を送る。

 すると、返ってきた返事は意外なものだった。

 

『来る……』

「来る? 何の事だ?」

『冷や汗が止まらない…ヤバいのが来る…!』

「なんだと?」

 

 日常生活の時ならともかく、試合中の佳織は冷静沈着そのもので、ここまで動揺した事なんて一度も無い。

 そんな彼女がこんな声を上げている。

 通信越しに不安が伝染してしまったのか、千冬は真耶に目配せをした。

 

「山田先生」

「いえ…特に変わった事は……えっ!?」

 

 突然の事に真耶の目が大きく見開かれる。

 彼女がそんな反応をするのも無理は無く、それは通常では決して有り得ない現象だったからだ。

 

「どうしたっ!?」

「て…停止した筈のボーデヴィッヒさんのISに反応を検知! 再起動しています!」

「そんな馬鹿なっ!? エネルギーの補給もしていないのに自動で再起動するなど有り得ん!」

「あ…ボーデヴィッヒさんの身体が……」

「これは…まさか…!?」

 

 それは、目を疑うような光景。

 佳織はこの事を感じてアリーナから出ようとしなかったのだと千冬は理解をした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 佳織たちの勝利で幕を閉じ、一回戦は終了した。

 だが、当の本人達は全くステージから動こうとはしなかった。

 その様子を不可思議に感じる者は多く、それは当然彼女達もだった。

 

「かお…ゼクスさん…どうしたのでしょうか?」

「試合に勝ったってのに全く嬉しそうじゃないわね…」

「まぁ…あいつが大袈裟に喜んでいる姿も想像は出来ないが」

 

 観客達の中でも佳織の事を良く知っているセシリア達も、試合終了後の彼女の様子がおかしいことに気付く。

 幾ら普段からも物静かな性格をしているとはいえ、今の彼女は明らかに様子が変だ。

 

「一体どうしちまったんだ…?」

「あれ? トールギスからプライベートチャンネルが来てる?」

「こっちもだわ」

「私にも…」

「俺にも来てる」

 

 全く状況が飲み込めない一行ではあるが、一先ずは通信に出てみる事に。

 

『佳織? いきなりどうしたのよ?』

『凰さん…みんな…』

 

 彼女にしては珍しく切羽詰まったような声。

 因みに、プライベートチャンネルなので偽名ではなく本名で呼んでいる。

 

『突然こんな事を言って頭がおかしくなったと思われるかもだけど…よく聞いてほしいの』

『別にそんなこと思ったりしないって。で、なんなんだ?』

『…さっきから猛烈に嫌な予感がするの』

『嫌な予感…ですか?』

『うん…。万が一に備えて、避難誘導が出来るようにしておいてほしい。最悪の場合、ISを展開して観客の人達を守って欲しい』

『最悪の展開って…今から何が起きるっていうの?』

『それは……』

 

 佳織が説明を始めようとした瞬間、全員のISがほぼ同時に何かを検知した。

 検知先は…シュヴァツツェア・レーゲンだった。

 

「これ…どういうことよ? どうしてSEが無くなったISから反応が出てるのよッ!?」

「再起動をしようとしている? けど、どうやって…」

「なんとなく…仲森さんが言ってた『嫌な予感』ってのが分かった気がするぜ…! 確かにこれはヤバそうだ…!」

「…お前達が通信越しに佳織と何を話していたのか、なんとなくだが理解したぞ…。私にも分かる…猛烈に嫌な感じがするのを…!」

「反応が段々と大きくなっていく…! このままじゃ…!」

 

 そして…最悪の存在が降誕した。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 倒れているラウラを見たまま、いきなりプライベートチャンネルをし始めた佳織を見て、流石に怪訝に思ったのか、本音が彼女に近づいていった。

 

「かおりん? もう試合は終わったよ?」

「あぁ…そうだな。だが……」

 

 どうもハッキリとしない態度。

 まるで、何かを恐れているような、そんな感じがした。

 

「…最悪の事態になる前に彼女を回収すれば、或いは……」

 

 そう言って倒れているラウラに近づこうとした…その瞬間!

 

「が…はぁっ!? がぁぁぁぁああぁぁあああぁぁああぁぁっ!!?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒっ!?」

「ラウラウっ!?」

 

 突如として、ラウラの身体が浜辺に打ち上げられた魚のように全身をビクビクと痙攣しているかのような動きをし出した。

 もしや彼女が息を吹き返したのか?

 通常ならばそう思うかもしれないが、未だにラウラは白目を剥いたまま。

 つまり、気を失ったままという事だ。

 

「ちぃっ! だがまだ!」

「かおりんっ!?」

 

 急いでトールギスのブースターを吹かしてラウラに近づこうと試みるが、まるでそれを阻むかのようにラウラの身を覆っていたシュヴァルツェア・レーゲンの装甲が溶けるように融解し、ドーム状になって彼女の体をその周囲を覆い隠してしまった。

 

「ラウラウのISが…溶けちゃった…?」

「遅かったか…!」

 

 悔しさを滲ませながら本音のいる場所まで戻る。

 もう最悪の事態は避けられないと悟った佳織は、本音の肩を叩き隅の方で座り込んでいる相川の方を見た。

 

「頼みがある」

「きよっぺと一緒に避難をしてほしい…でしょ?」

「分かっていたのか…」

「かおりんの事だしね」

「…すまない」

 

 フルフェイスであるが故に表情は見えないが、その仮面の下では本当に申し訳なさそうな顔をしているのだろう。

 今までずっと佳織と一緒に過ごしてきた本音には、彼女が今考えている事がなんとなく分かっていた。

 

「その代わり、一つだけ約束して」

「なんだ?」

「絶対に無事に帰ってきて…ラウラウと一緒に」

「無論だ。必ず君の元へと帰ってみせる。約束する」

「ん…約束…」

 

 最後に本音の頭を撫でてから、彼女の背中を軽くポンと叩いて行くように促す。

 それに応じるように、本音は急いで相川を回収した後にピットへと戻って行った。

 

「…これで後顧の憂いは無くなった。後は…」

 

 ゆっくりを背後を振り向くと、まるで羽化直前の繭のように身動き一つしない。

 突然すぎる出来事に会場全体は騒然とし、誰も何も喋らずにシーンとしていた。

 

「…そろそろ姿を現したらどうだ?」

「……………」

 

 黒い繭に声を掛けるが返事は無い。

 律儀にこのまま誕生を待ってやる義理はないし道理もない。

 中に取り込まれたとされるラウラの安否も気になるので、ここは一刻も早くケリを付けなくては。

 完全に『発動』するまえに破壊出来れば御の字だ。

 

 シールド内にあるサーベルラックからビームサーベルを取り出し、いつでも刀身を出せるようにしてから近づいていく。

 その時、再び千冬からプライベートチャンネルが来た。

 

『仲森! これは一体どういう状況だっ!?』

『見ての通り…としか言えません』

『ボーデヴィッヒは…どうなった…?』

『不明です。だからこそ、一刻も早く救出しなくては。外からでは何も分からない以上、ぐずぐずしている暇はない』

『そ…そうだな。…頼めるか』

『最初からそのつもりです』

『……すまない。私は…大人としても…教師としても最低だ…!』

『あまりご自分を卑下しない方が宜しいかと。大丈夫。貴女はよくやっている』

『仲森…』

『では、通信を切ります』

『あぁ……』

 

 プライベートチャンネルが切れ、再び静寂が場を支配した。

 因みに、さっきまで話していたのは佳織ではなく、佳織の声をした『ゼクス』である。

 

「……来るか!」

 

 僅かだが繭が動いたかのように見えた佳織は、すぐに腰を低くしながらサーベルを構えた。

 形状変化した瞬間を狙ってラウラを救出しようという腹積もりだ。

 だが、その作戦は彼女達が全く想像すらしていなかった事態によって脆くも崩れ去る事となった。

 

「な…なんだ…これは…!?」

(この形って…まさかっ!?)

 

 先程までドーム状になっていた黒い物体がスライムのように形態変化していく。

 しかし、それは佳織が知っているような姿ではなかった。

 

 本来、ここでは千冬の専用機である『暮桜』が再現されるはずだった。

 しかし…現実は全く違った。

 暮桜とは到底思えないような角ばった形状。

 爪先や頭部といった各部が鋭く尖り、その姿はまさしく『破壊の化身』そのもの。

 トールギスよりも一回り大きくなったソレを…佳織はこの場にいる誰よりもよく知っていた。

 

(ハイドラ…ガンダム…!)

 

 嘗て『暗黒の破壊将軍』の異名で呼ばれた男が駆る専用機。

 凄まじい性能と破壊力で幾度となくグリープを追い詰めた異形の身体を持つ漆黒の悪鬼。

 

 一体誰がこんな事を予想するだろうか。

 流石の佳織も、一瞬だけ動きが止まってしまった。

 

「くっ…! どんな形になろうとも…やることは変わらん!」

 

 気を取り直して再び突撃しようとした時、ハイドラガンダムから声が聞こえてきた。

 

「…レーズゥ…!」

「なに?」

 

 最初は僅かな声量だったそれは、次の瞬間には黒い感情が籠った怒号へと変化した。

 

「トレェェェェェェズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!」

「なんだとっ!?」

 

 凄まじい声に再び足が止まる。

 まさか、ハイドラが声を出すとは思わなかったのだ。

 

(…ゼクス。そして姫…)

(トレーズ?)

(え? もしかして『姫』って私の事を言ってる?)

 

 いきなり脳裏に響くよく知った声。

 これまでに色んな事が起きすぎて、大半の事じゃもう驚かなくなった。

 もしかしたら、佳織の心臓に毛が生え始めたかもしれない。

 

(いきなりで申し訳ないが、今回だけは私に譲ってはもらえないだろうか)

(お前に…?)

(そうだ。あの偽りのハイドラは、我が友『ヴァルダー・ファーキル』の無念と怨恨と妄執が具現化した存在だ。嘗て、私は彼と手合せ出来ないままに終わってしまった。だからこそ、私がこの手で彼を開放しなくてはならない)

(トレーズ…お前は……)

(まぁ…私には何も出来ないですし? ぶっちゃけどっちでもいいんだけど。ちゃんとボーデヴィッヒさんさえ助けられれば)

 

 なんかいきなり原作パイロットを再現した人工知能同士が話し出しても気にしなくなった。

 今ならば一人でお化け屋敷に入っても平気かもしれない。

 

(…いいだろう。トレーズ…ここはお前に任せる)

(感謝する。そして誓おう。必ずや偽りの破壊将軍を倒し、囚われの少女を救ってみせると。だが……)

(ん?)

(真の意味で彼女を救う事が出来るのは君しかいない…我が姫、仲森佳織よ)

(私だけが…?)

(そうだ。私に出来るのはヴァルダーの怨念が宿りしハイドラガンダムを倒すことのみ。そこから先は君の仕事だ…頼んだぞ)

(マジですか…)

 

 一体自分に何が出来るのかサッパリ分からないが、それでも『やれ』と言われた以上はやるしかない…というか、もう状況的に断れない。

 

 一瞬だけトールギスのカメラアイが消え、再び点灯する。

 今、機体を操っているのは嘗てライトニングカウントと呼ばれた者ではない。

 誰よりも平和を願い、そして人間を愛した戦士。

 

「待たせたな…我が友ヴァルダー・ファーキル。さぁ…今こそ決着をつけようではないか」

 

 トレーズ・クシュリナーダ…推参。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、トレーズ様対VTSハイドラガンダム





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友として

丸々一ヶ月もお待たせしてすみませんでした。

別に更新しないって訳じゃなくて、単純に個人的な問題です。

一言で言えば、歳は取りたくないなーってことです。







 暗い暗い闇の中。

 

 少女は漆黒の空間に蹲っていた。

 

 彼女は戦いに負けた。

 

 完膚なきまでに負けた。

 

 言い訳のしようが無い程の完敗だった。

 

 敗北の屈辱を味わっている彼女に『声』が語りかける。

 

(汝、力を欲するや?)

「力…?」

 

 それは甘い誘惑。

 

 誰よりも『力』を欲し、『力』に溺れた彼女には甘美の一言だった。

 

(汝、力を欲するや?)

 

 また同じ質問。

 今度は尋ね返すことはせず、手を伸ばす。

 

「欲しい…いや、寄越せ! 私に奴を…ゼクス・マーキスを、仲森佳織を倒せるだけの力を!!」

 

 それは、紛れもない少女の本心。

 『力』さえあれば望むものが必ず手に入る。

 そう信じているが故の渇望。

 

 だが…それは最大にして最悪の悪手だった。

 

(よかろう…汝の望み、しかと聞きいれた)

「おぉ…!」

(受け取るがいい)

 

 途端、少女の全身に『何か』が這いずり回る。

 細く、長い『何か』。

 まるで鱗のような感触に本当的な気持ち悪さを覚えた少女は、思わず顔を引き攣らせながら自分の体を見下ろす。

 

「ひぃっ!? こ…これはっ!?」

 

 それは『蛇』だった。

 赤く光る『眼』を持ち、黒く蠢く鱗を持つ『蛇』。

 少女の体を締め付けるかのように長い体を動かし、彼女と一つになろうと真紅の舌を出しながら、その気持ち悪い顔を少女の顔まで持っていった。

 

(これこそ汝の欲した『力』。怨恨妄執に取り込まれた『暗黒に堕ちし破壊の蛇』なり)

 

 後悔した。

 自分が欲したのはこんな『力』じゃない。

 こんな気持ち悪いものなんて要らない。

 だが…もう遅い。

 少女は受け入れる旨を述べてしまった。

 自らの意志で『破壊』を受け入れてしまった。

 

「や…やめ…やめ…やめ…!」

 

 涙を流しながら必死に首を振るも、少女の身体は全く動こうとしない。

 『蛇』の顔が徐々に近づき、そして……。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

『蛇』は少女を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 アリーナの管制室。

 機能停止したはずのラウラのISに突如として起こった変化に、千冬と真耶は戸惑いながらも冷静に勤めようとしながら状況判断していた。

 

「なんなんですか…アレは…!?」

「分からん…! だが、確かな事が二つだけある」

「二つ…?」

 

 自身の無力さに苛立ち、それを抑え込むために拳を握りしめるが、その手からは血が滲み出ていた。

 

「ボーデヴィッヒのISに何らかの仕掛けが施されていたから、あのような事が起っていて、それを止められる唯一の存在が仲森しかいないということだ…!」

「そんなっ!? 凰さんやオルコットさんは無理でも、このアリーナには織斑君やデュノア君もいます! それに、他のアリーナから上級生の専用機持ちも呼んでくれば…」

 

 真耶の必死の考えも、すぐに千冬が首を横に振って否定する。

 

「山田先生…あなたも知っているだろう…仲森の実力を。織斑やデュノアは言うに及ばず、上級生たちすらも凌駕するほどの実力を誇るあいつと即席の連携を出来る者が一人でもいると思うか?」

「それは……」

「恐らく、あの更識でも難しいだろう。試合中は仲森が布仏の動きを計算していたからこそ連携が出来ていた。だが、これは試合ではなく『死合』だ。一瞬の隙、油断が文字通り命取りになる戦闘…仮に私が介入したとしても『戦闘モード』になった仲森に追従は出来ないだろう…」

「織斑先生…」

 

 千冬から見ても、既に佳織の実力は十分過ぎるほどに世界でも通用するレベル…いや、その気になれば世界の頂点に立てるほどの能力を秘めていた。

 だからこそ分かってしまう。

 どれだけ操縦者の実力が高くても、乗っているのが量産機では確実に佳織の足手纏いになると。

 

「腹立たしいが…私達はここで仲森の勝利を信じて見守る事しか出来ない…」

「そんな……」

 

 教師として、こんなにも悔しいことがあるだろうか。

 大切な教え子が死地に立っているというのに、何も出来ずに指を咥えて見ているだけしか出来ないとは。

 

「ス…ステージで動きがありました!」

 

 真耶が急いでモニターを切り替える。

 すると、そこにはビームサーベルを構え、漆黒の巨人と化したISと対峙する佳織の姿が映し出された。

 

『いくぞ!!』

 

 トールギス十八番のスーパーバーニアを使った突撃。

 その速度は通常のISなど比較にすらならない。

 圧倒的スピードから繰り出される斬撃は、あらゆるものを一刀両断する!

 

 だが、敵はあろうことかそれを同じビームサーベルと思わしき武器で受け止め、鍔ぜりあった!

 白と黒。対照的な二体のISが激しく火花を散らす!

 

『すまない…』

「仲森…?」

 

 戦闘中だと言うのに、突如として謝り出した佳織。

 何を言っているのだと訝しんでいると、その言葉に千冬は思わず涙を流した。

 

『我が友よ…私は君をこれ程までに追い詰め、苦しめ、傷つけてしまった…。それは決して許されるべき事ではない…いつの日か必ず我が身を持って贖罪すると誓おう…。だからこそ今は戦おう! この剣で君をその妄執の呪縛から解放する為に!!』

「仲森…お前は…友を傷つけられ…自分に憎しみすら向けていたボーデヴィッヒの事を…それでも『友』と呼んでくれるのか…? お前は一体…どこまで優しいんだ…!」

 

 たった今確信した。

 本当の意味でラウラを救えるのは佳織しかいないと。

 例え、どんな目に遭っても手を伸ばし続ける事を止めない彼女しかいないと。

 

 今、少女の運命は一人の誇り高き白き騎士に託された。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ビームサーベルを持ち突撃したトールギスの一撃を、同じサーベル系の武器で防いだ再現ハイドラ。

 最初に見た時から『もしかして』とは思っていたが、こうして実際にぶつかりあった事で絶対的な確信を得た。

 

「やっぱり…間違いない!」

(どうした姫よ?)

「このハイドラはVTシステムによって再現された劣化品…真っ赤な偽物だよ。見た目は真っ黒だけど」

 

 機体の操縦は全てトレーズに任せているからこそ、佳織は佳織で冷静に今回の状況を推理する事が出来た。

 何気に彼女も色んな事に慣れてきているのかもしれない。

 

「もしも本当に、このハイドラがオリジナルを忠実に再現しているのなら、トールギスとこんな風に互角に渡り合っている筈がないのよ。ハイドラの出力は、あのウィングゼロすらも凌駕する程なんだから」

(姫の推理が正しければ、我らにも十分に勝機がある…という事か)

「うん。恐らくだけど、オリジナルにあった武装とか機能とかは全てオミットされていると思っていいと思う。その気になれば、最初の一手から高出力ビーム兵器である『バスターカノン』を使ったり、『高機動モード』になってこっちを圧倒出来た筈なのに、こいつはそれをしようとしない…」

 

 正直、オリジナルと同等じゃななくて本気でホッとしていた。

 幾らトールギスが高性能な機体とは言え、単純な出力の違いだけはどうしようがない。

 それが僅差の違いならばまだしも、本物のハイドラの出力はそれこそ化け物級だから。

 

「あのサーベルも、レーゲンが持ってた『プラズマ手刀』を変化させた物だろうし。どれだけ形状が変化しても、物理的に存在していない物までは再現不可能なんじゃないかな?」

(フッ…所詮は偽りの破壊者ということか)

「けど、ワイヤークローはあるかもしれない。レーゲンにもワイヤーを使った武器があったから…」

(油断は禁物というわけか。我が友相手に最初から油断も慢心もする気はないがな)

「流石はトレーズ様…」

 

 どんな状況でも堂々としている姿は、本当にエレガントとしか言いようがない。

 強くて、カッコよくて、カリスマ性もあって、しかも超天才。

 非の打ち所が無さすぎて逆に困る。

 完璧超人もここまで極めれば、なんかもう清々しさすら感じてしまう。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 トールギスと偽ハイドラの真っ向勝負は、再現力不足に加えて佳織(トレーズ)の実力と相まって優勢に進んでいた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 トールギスのバーニアが更に火を吹き、徐々にではあるがハイドラを押していく。

 この状態を最大限に利用する為に、ここでもう一手追撃を掛ける!

 

「友よ…忘れたか? トールギスのビームサーベルは一本だけではないということを!」

『!!?』

 

 シールドを引き寄せ、左手で器用にサーベルの柄を掴んでからビームの刀身を展開、そのままの動きで下から切り上げた!!

 

「これでっ!」

『トレェェェェェェェェェズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!』

 

 ファーストアタックを許してしまったハイドラは野獣のように怒りの咆哮を放つ。

 今のハイドラは液状のようになってはいるが、流石に刀身が高熱であるビームサーベルの一撃はそう簡単に再生が出来ないのか、まるで火傷で化膿したかのようなグジュグジュな切り傷となっていた。

 

「成る程…これならば…!」

 

 まるで融合するかのように取り込まれたラウラをどうやって救出するかを考えていた佳織であったが、この一撃による結果を見て一筋の光明を見い出した。

 これなら、どうにか出来るかもしれない。

 

『ウガァァァァァァァァァァァッ!!!』

「ちぃっ!」

 

 暴れるかのような横薙ぎの攻撃を回避する為に少しだけ距離を取る。

 通常ならばなんて事の無い動きではあるが、そこは流石のヴァルダー・ファーキルと言うべきか。

 たった一瞬の隙すらも決して見逃さずに、肩部を展開して追撃のクローアームを放ってきた!

 

「矢張りか…だが、そのような緩慢な動きでは!」

 

 オリジナルのハイドラのクローアームはビームを撃ってきたが、元となったレーゲンにビーム兵器は搭載されていない。

 それ故にクローからビーム砲を撃ってくることは無かった。

 

「甘い!!」

 

 自分に向かってくる二対のクローをドーバーガン(実弾)にて呆気なく撃破。

 だが、その瞬間に己に向かって飛んでくる何かを感知して、咄嗟にシールドを構えて防御の態勢を取った。

 

「くっ…! これは…」

 

 シールドに直撃したのは実弾…レールガンの弾丸だった。

 何事かと思い前方を見ると、そこにはバスターカノンを構えた偽ハイドラの姿が。

 それを見て、相手が何をしたのかを察した。

 

「そうか…レーゲンのリボルバーカノンを変化させてバスターカノンにしたのか…!」

 

 オリジナル程の威力は無いとはいえ、それでも相手が遠距離攻撃の手段を得たのは普通に脅威だった。

 

「見事だ…我が友よ。だが、こちらにも負けられぬ理由があるのだ!」

 

 右手にはドーバーガン。左手にはビームサーベル。

 出力、武装構成はほぼ互角。

 勝敗を分けるのは互いの技量だけ。

 

「嘗て、私は敗者になりたいと思っていた。例え敗北したとしても、戦う意思を…前へと歩もうとする意志があれば敗者であっても美しいと…そう思っていた」

 

 腰を低くし、再び突貫する構えを取る。

 

「だが、今の私に求められているのは絶対的な勝利。それでしか得られぬ物…救えぬ者がいる。だからこそ…」

 

 スーパーパックが最大出力で解き放たれる。

 トールギスが一筋の光となって、黒き異形へと立ち向かう!

 

「私は必ず勝利する! 悲しき妄執に捉われた君の魂を救い出す為に!!」

 

 白き騎士と黒き蛇の戦いは激しさを増していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着&ラウラヒロインフラグ?


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この手だけは離さない

もうすぐ台風接近とのこと。

一番怖いのは雨じゃなくて停電だったり。







 それは、本来ならば誰もが怯え戸惑うような光景。

 黒き異形が少女の体を取り込み、破壊の化身となって暴走する。

 阿鼻叫喚。

 それが起きていても決して不思議ではない。

 

 だが…実際には違った。

 

 少女を吸収した黒き破壊の化身と戦っているのは、白き鎧を纏った騎士。

 宙を縦横無尽に飛び回り、光の剣を手に持ち果敢に立ち向かう。

 それはまるで、かの『白騎士事件』を彷彿とさせた。

 

 違うのは、相手が異形の化け物か、ミサイルかということだけ。

 騎士が誰かを守るために戦っているという事実は全く変わらない。

 

 誰も逃げなかった。誰も悲鳴を上げなかった。誰も目を逸らさなかった。

 目の前にある『白い希望』を信じていたから。

 彼女が勝つと信じていたから。

 彼女の勝利を願っていたから。

 

 人々が、友が、恩師が見守っている中、少女騎士は飛翔する。

 妄執に憑りつかれた暗黒の破壊将軍に捕らわれた少女を助け出す為に。

 

 彼女はもう…迷わない。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

「まずは…そのライフルを破壊する!!」

 

 その異常なまでの速度を活かし、トールギスが偽ハイドラへと目掛けて突貫する!

 まず最初に破壊すべきは、相手の唯一の遠距離武装であるバスターカノン(レールガン使用)。

 それさえどうにか出来れば、戦況は一気にこちらへと傾く。

 

 だが、相手も黙ってやられてはくれない。

 

『トレェェェェェェェェズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!』

 

 獣のような咆哮を上げながら、偽ハイドラがバスターカノンを両手で構える。

 こちらに突っ込んでくるトールギスを狙い撃つ算段だ。

 だが、そんな事は彼女達も既に承知している。

 

「甘いぞ友よ! 私の知っている君は、そんな愚直な攻撃はしない筈だ!」

 

 引き金が引かれ、凄まじい速度で実弾が飛んでくる。

 並の者達ならば、そのまま直撃は免れないだろう。

 しかし彼女達は違った。

 

「はっ!」

 

 あろうことか、命中する寸前に僅かに鋭角的な機動をする事でバスターカノンをギリギリのタイミングで回避、一切の無駄が無い動きを見せつけた。

 

 そんなに優れた機体でも、射撃後には必ず僅かな隙が生じてしまう。

 その勝機を見逃すほど、今の彼女達は甘くは無い。

 

「今だっ! そこっ!!」

 

 トールギスがその気になれば、相手の懐に潜り込むのなんて本当に一瞬だ。

 ビームサーベルの距離にまで近づくことに成功し、斬り上げるような一撃で右腕ごとバスターカノンを胴体から切断する!

 

『ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!』

 

 右腕を斬られたことで激高したのか、左腕にビームサーベルを展開して斬り掛かろうと試みるが、咄嗟に動いたトールギスの左腕によって阻まれた。

 

「悪いが…これ以上、君を暴れさせるわけにはいかんのだ」

『トレェェェェェェェェェズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!』

 

 トールギスは偽ハイドラの左肘の部分を掴み、それ以上もう腕を下げられないようにした上で、空いた方の手で自分のビームサーベルを掴んだ。

 

「生体反応…確認! そこかっ!! はぁっ!!」

 

 反応があった場所を縦一文字斬りすると、そこには体を丸めた状態で意識を失っているラウラの姿があった。

 僅かに体が外に出た事で太陽光が彼女の網膜を刺激したのか、僅かではあるが意識を回復させてこちらを見つめる。

 

「あ…ああぁ…!」

 

 その時、彼女達は見た。

 涙を流しながらも、必死に自分に向かって手を伸ばすラウラの姿を。

 

「た…す…けて……」

 

 瞬間、トールギスの全ての制御が『トレーズ』から『佳織』へと移行した。

 

(チャンスは今しかない!! 姫!!)

(うんっ!!)

 

 トールギスのカメラアイが一瞬だけ力強く光り輝く。

 佳織は何も考えず、伸ばされたラウラの手を掴み、そのまま偽ハイドラの中から引きずり出す!!

 

「これでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 刹那、二人の意識が遠い場所へと飛ばされた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 どうして…私のことを助けようとする…?

 

「そんなのコッチだって分からないよ。というか、ここ何処?」

 

 私はお前の友を傷付けた。

 

「…そうだね」

 

 お前や織斑一夏に対して、一方的な憎しみをぶつけた。

 

「そうだね」

 

 さっきの試合の時もそうだ。

 私はお前への憎しみだけで戦っていた。

 それなのに、お前はずっと私に対して全く負の感情を抱いていなかった。

 

「うん…だね」

 

 何故だ…何故、お前はそうなんだ。

 自分の身の危険も顧みず、なんで助けてくれようとしたんだ…?

 

「…そりゃね、私だって何にも思ってないって言えば嘘にはなるよ」

 

 そう…なのか…。

 

「けど、それはそれ。これはこれじゃない」

 

 …どういうことだ。

 

「目の前に涙を流して、必死に手を伸ばして『助けて』って言ってるクラスメイトがいるんだよ? それを見捨てる道理なんて何処にもない」

 

 …それだけ? たったそれだけの理由でお前は戦ったのか?

 

「誰かを助けるのに御大層な理由なんて必要ない。それに…」

 

 それに?

 

「私がそうしたいと思った。そうするべきだと思った。しないと絶対に後悔すると思った。私は綺麗事は好きじゃない。だからハッキリと言う。私は私の勝手でボーデヴィッヒさんを助けた。ここで助けなきゃ、私はきっと自分で自分の事を一生許せないから。極論を言えば、完全な自己満足だよ」

 

 自己…満足…。

 

「そう。そこら辺はボーデヴィッヒさんと大差ないよ。だから、私に礼を言う必要はない」

 

 だが…私はお前に命を救われた。

 その事実に変わりは無い。

 

「…仮に私がしなくても、どこかの誰かさんがきっと同じことをやってくれたよ」

 

 確かにそうかもしれない。

 けど、実際に助けてくれたのはお前だ。

 だから…言わせてくれ。

 

「何を…」

 

 私を…『助けて』くれて…ありがとう…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 何も無い空間。

 そこで、二人の男が向かい合っていた。

 

「私は…敗れたのだな」

「そうだ。我が友よ」

「トレーズ…」

 

 赤髪の男…ヴァルダー・ファーキルは、まるで憑き物が取れたかのようにスッキリとした顔をし、トレーズの顔を見続けた。

 

「私は…ずっとお前に勝つ事だけを考えていた。あの『ハイドラ』も、お前が製作した『エピオン』に勝利する為だけに産み出された。だが……」

「MO-Ⅴで起きた事は私も『知っている』。私達はお互いに『ガンダム』に敗れた。だが、それは決して無駄な敗北ではない筈だ」

「トレーズ…?」

 

 微笑を浮かべ、トレーズはヴァルダーの手をそっと握りしめる。

 

「我等の命は尽きても、その思いは、志は、必ず次の世代へと受け継がれる。私も君も、最初は同じように平和を願い戦場に立っていた筈だ」

「あぁ…そうだな」

「我等の道は…一体どこで違えてしまったのだろうか…」

 

 トレーズには友と呼ぶ者達が多くいる。

 トールギスの本来の操縦者であるゼクスもそうだし、この場にいるヴァルダーも同じであり、主君として守ると誓った佳織もまた彼にとっては掛け替えのない友人だった。

 

「我が友ヴァルダー…君は存分に戦った。もうそろそろ、ゆっくりと休むべき時ではないのかな?」

「…そうだな。あの時からは考えられない程に、今はとても晴れやかな気分になっている。何故だろうな…」

「それはきっと、少女達の想いに触れたからだろう」

「想い…?」

「そうだ。君はあの『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の妄執に、私は我が姫『仲森佳織』の友を守りたいと願う友愛に触れた。戦いの果てに君は己の負の感情から解き放たれ、私は改めて、彼女の強さを知った」

「…今…理解した。俺はお前に負けたのではなく、友を助けたいと願う一人の少女に敗れたのだな」

 

 生きている頃ならば、そんな思いは一笑に付していただろうが、何故か今はそんな事は微塵も思わない。

 寧ろ、彼女の事を誇らしいとさえ思った。

 

「…俺はもう逝こう。お前はどうするのだ?」

「私にはまだやらねばならない『使命』がある」

「使命?」

「我が姫を想う『神』から与えられた使命だ。無論、神などと言う曖昧な存在に従うつもりは毛頭ないが、そんな事は抜きに私は彼女を守りたい。我が友ゼクスも同じ考えだ」

「ゼクス・マーキス…あの『ライトニング・カウント』か」

 

 ゼクスの名はヴァルダーもよく知っていた。

 あのトレーズに比肩する程の、超人的なまでの操縦技術を持つ士官。

 

「…我が友ヴァルダー・ファーキル。いずれ…私も君の元へと逝くだろう。その時まで…さらばだ」

「あぁ…さらばだ。俺の唯一無二の好敵手…トレーズ・クシュリナーダ…」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それは、有り得ない『奇跡』。

 存在しない『記録』。

 

 『トールギス』『仲森佳織』『トレーズ』

 

 この三つの『要素』が揃った事により発生した『偶然』。

 

 ラウラは今、『融合』した『真実』にて『偽り』の記憶を垣間見る。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 とある研究所の格納庫。

 そこに一台の真っ白なISが鎮座し、その目の前に一人の老人が立っていた。

 

「完成…したか。だが、この機体は……」

 

 怪訝な表情を見せる彼の前に、士官候補生の軍服を着た一人の幼き少女がやって来る。

 黒く長い髪を靡かせ、人畜無害そうに見えて、その目の奥には常人では計り知れない『何か』を宿す少女が。

 

「素晴らしい機体ですね。ハワード博士」

「…お嬢さんはどなたかな?」

「失礼。士官候補生の『カオリ・ナカモリ』であります」

「…こんなにも幼い日本人の少女が候補生にいるとは初耳だが…」

 

 カオリはハワードの言葉に返事をせず、そのまま目の前にある『白いIS』を眺める。

 

「とてもエレガントな機体ですね。素晴らしい」

「見た目はそうかもしれんが、中身は…」

 

 ハワードが機体の説明をしようとすると、いきなりカオリが柵から乗り出すようにしてISの装甲に触れる。

 

「博士。一つだけお願いがあります」

「ほぉ?」

「この機体にはいずれ、私が搭乗したいと考えます」

「お主が…この『トールギス』に? 正気か?」

「正気です。ところで、この機体色はどうなさるおつもりで?」

「実用性を考慮し、迷彩色にする予定ではあるが…」

「迷彩…それでは、この機体の良さを生かし切れません」

「というと?」

 

 まだ幼女とも言うべき年齢の少女に見つめられ、ハワードは思わず固まった。

 その目は紛れも無く『戦士』だったから。

 

「戦場に必要なのは、機能不全に陥りがちな大部隊の兵士ではなく、圧倒的な力を持った、たった一人の『英雄』さえいればいい」

「『英雄』…それがお主だと?」

「さぁ? それは私ではなく時代が決める事です」

 

 愛おしそうにトールギスを撫でるカオリからは、幼き少女とは思えない迫力を感じた。

 ハワードは確信した。

 この少女はいずれ、必ず歴史に名を残すような人物になると。

 

「迷彩色なんて『英雄』の色には相応しくは無い。もっと相応しい色がある筈です」

「…それはワシも同感だった。お嬢さん、君はどんな色が良いと思うね?」

「無論…エレガントな色に……」

 

 こうして、『もう一つの白騎士』こと『トールギス』は完成したのだった。

 

 

 

 

 

 




最後の回想シーンは、トレーズの記憶を佳織の姿で再生した感じです。

当然ですが佳織の過去には、こんな出来事は全くありません。

けど、ラウラはこれを見てしまったわけですね。

ということは…?





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悪夢からの目覚め

更新頻度を早くしたいと言いながらも、この体たらく…。

本当に自分自身がお恥ずかしいです。はい。







 IS学園保健室。

 ラウラはそこにあるベッドの上で目を覚ました。

 

「う…んん…?」

「気が付いたか」

 

 目を開けると同時に誰かに声を掛けられ、自然とそちらの方に顔を向ける。

 そこには、腕組みをしたまま椅子に座った千冬がいた。

 

「きょ…教官…?」

「織斑先生と呼べ…と言いたいが、今ぐらいは良いだろう」

 

 無事に死地から戻って来たばかりなせいか、流石の千冬の声色もどこか柔らかい。

 

「私は…一体何が……?」

「本来ならば機密事項ではあるのだが…お前は当事者だからな。知る権利ぐらいはあるだろう」

 

 一瞬、どう説明するべきか考えた千冬だったが、回りくどい言い方をしても意味が無いと判断し、ストレートに伝えることにした。

 

「VTシステム」

「え?」

「整備班の分析の結果、それがお前の機体に巧妙に隠された状態で内蔵されていた形跡があった」

「ヴァルキリー・トレース・システム…あれは確か、あらゆる国家や研究機関などで開発・研究・使用の全てがが禁止されている代物では…」

「その通りだ。あれは機体に無理矢理、過去のモンドグロッソにおける『ヴァルキリー受賞者』のデータを盛り込み、その動きを再現する装置。発動した場合、操縦者の意志を完全に離れシステムの傀儡となってしまう事から『非人道的装置』として禁じられている。だが、お前の機体にそれがあった。何か心当りなどはあるか? 例えば、整備の際にどこぞの施設に預けたりなどは…」

「そう言えば……」

 

 自分の顎に手を当てつつ過去の出来事を紐解いていく。

 すると、たった一つだけ該当しそうなことがあった。

 

「…日本に来る直前、レーゲンを開発した研究所で本格的なオーバーホールをすると言って預けた事があります」

「そうか。戻ってきた機体を調べはしたのか?」

「本当はそうしたかったのですが、戻ってきたのは日本行きの飛行機が出る日の朝だったのです。なので、碌な調査は出来ず、そのまま……」

「もしかしたら、そうなることも想定した上で搬送時刻を調整した可能性があるな…」

 

 だとすれば、どこまでも巧妙に仕掛けられたこととなる。

 昔の事とはいえ、自分の教え子を実験動物扱いされて何も思わない程、千冬は人間が出来ていない。

 冷静な顔をしながらも、その心の中は憤怒の炎で燃え上がっている。

 

「どうやら、操縦者の精神状態や機体のダメージ、そこに操縦者自身の意志が加わることがシステム発動のキートリガーになっていたようだ」

「私が望んだ…いや、『望んでしまった』から…なのですね…」

 

 あの時、圧倒的な力を持つ佳織に敗北しそうになった時、その悔しさから更なる力を求めてしまった。

 その際、ラウラは『黒い蛇』に飲み込まれてしまったのだが、その時のことは覚えてはいないようだった。

 

「教官…私は彼女に…仲森佳織に命を救われた…のですね」

「あぁ。別に、仲森に勝てなかった事を恥じる必要はない。アイツの実力は、この学園は愚か、世界規模で見ても最上位に位置している。なんせ…あの『トールギス』を易々と使いこなしているのだからな…」

 

 佳織の実力は最早、常人のそれを遥かに凌駕しつつあった。

 暴走したVTシステムに単独で立ち向かい、それを無傷で制圧してみせた事がそれを物語っている。

 

「トールギス…そうか…あれが噂で聞いた『原初のIS』…」

「お前も知っていたか。ならば、私から特に説明する必要はないな」

 

 IS関係者…特に軍人であるラウラは、当然のようにトールギスの事を知っていた。

 とはいえ、その情報はこれまた極秘事項扱いとなっていて、ラウラ自身も名前と簡単な話を知っているぐらいだった。

 

「現在、学園からドイツに対して問い合わせをしている最中だ。恐らく、近日中にIS委員会からも調査の手が入るだろう」

「そうでしょうね…」

「お前に関しても、色々と聞かれるかもしれん。今回のことだけを見れば、お前は完全な犠牲者だが、それ以前に好き放題し過ぎてしまったからな。それ相応の処分は覚悟しておいた方が良いだろう」

「承知…しております」

 

 こうして物事を冷静になって考えられるようになって、ようやく自分がどれだけの事をしてきてしまったのかを自覚したラウラ。

 暴言を吐き、自分勝手な理由で他国の候補生を傷つけ、挙句の果てに…。

 

「そうだ。教官、仲森佳織は今、どこにいるのですか?」

「仲森か? アイツならば、今頃は食堂で休んでいる筈だ。なんせ、休む暇もなく二連続で全力の戦いを繰り広げたんだ。その疲労は相当のようでな。ISを解除した直後に倒れそうになっていた。本当ならば、あいつも保健室で休ませるべきなのだが、本人が頑なに遠慮してな。多分、お前にゆっくりと休んで貰う為だろう」

 

 どこまで自分は佳織に借りが増えていく。

 自分がどれだけ彼女の事を罵倒しても、佳織は絶対に差し出した手を引っ込めようとはしなかった。

 今回、自分はその底抜けの優しさに救われた。

 

「…仲森佳織に救出された直後、不可思議な夢を見ました」

「夢…もしや、『クロッシング・アクセス』か?」

「かもしれません。そこで、私は彼女と話しました。あいつは言っていた…私を助けたのは自分勝手な理由だからだと。けど、そんなことで命を掛けてまで戦おうとするとは思えない…」

「…仲森は自分の事を過小評価しているからな。自分がどれだけの事をしたのか自覚をしていないんだろう」

 

 どれだけの偉業をなしても『自分は何もしていない』と言い放つ。

 それらを言えば、誰もが認めるような英雄になれるというのに。

 ラウラには全く理解が出来ない感情だった。

 

「あいつは『平穏』を望んでいる。自分が騒動の中心にいる事を嫌がっている。だからこそ、今回も仮面を被り、偽名を名乗ってから出場したのだからな」

「平穏……」

 

 軍人である自分が最も守らなければいけないもの。

 本分であり使命でもあること。

 

「私…は……」

 

 軍人として、一人の人間として、こうして命を救って貰った以上、絶対にその礼はしなくてはいけない。

 だが、その前にまずは彼女や、その友人達に謝罪をしなくては。

 勇気がいる事ではあるが、それでも必ずしなくてはいけない。

 

「そういえば……」

「どうした?」

「いえ…夢の中で仲森佳織と話をした後、また別の変な夢を見たのです」

「ふむ…その内容は?」

「それは……」

 

 尋ねられ、一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに自分が見た事をそのままに話し始めた。

 

「…私が見た夢の中では…仲森佳織がどこかの軍の士官候補生の軍服を着ていました」

「あいつが…軍服を…?」

 

 それは一体どういう事だ。

 あの虫も殺せないような大人しい少女が軍に所属していたなどと。

 

「かなり幼く、恐らく7~8歳ぐらいかと」

「そんな馬鹿な…! まだ10にも満たないような子供を軍人にするなどと…」

 

 どんな非常識な軍隊だと言うのだろうか。

 それとも、幼い頃から佳織の能力が高かったか。

 

「そして…彼女は科学者と思わしき白衣を着た老人と話をしていました……格納庫に固定してあるトールギスの前で」

「なんだとっ!?」

「仲森はこう言っていました。『いずれ、このトールギスに乗ってみたい』…と」

「信じられん……」

 

 千冬は知っている。トールギスを見た時の佳織の表情を。

 あれは決して芝居などではなく、本当に心の底から恐怖している顔だった。

 もしも、あの時の反応が『白騎士に恐怖していた』のではなく、『最初からトールギスの恐ろしさを知っていた』からなのだとしたら…。

 

(まさか…仲森はトールギスのテスト飛行の光景を幼い頃に目撃していた? 流石の開発陣も幼女をISに乗せようとしはしない筈だから、見学と言う形で見せていたが…そこで仲森は見てしまった。未来の自分とは違い、トールギスの殺人的加速に耐えられずに無残な姿となった操縦者を。それがトラウマとなって軍を辞めさせられ、その際に当時の記憶をショックで失い、そのまま一般家庭に預けられて…?)

 

 今までバラバラになっていたピースが一つに組み合わさっていく感覚。

 千冬の中に謎めいた確信が生まれつつあった。

 

(仲森をずっとストーキングしていたのは、当時のトールギスの開発に携わっていた何者かで、実際にはストーキングではなくトールギスの事を知っている仲森を監視する為に…? その後、その人物はIS委員会の幹部になり、成長した仲森を今度こそトールギスに乗せる為に色々なお膳立てをして…!)

 

 思わず千冬は自分の手で顔を覆う。

 何と言う事だ。こんな事で全ての真実が明らかになるとは。

 まだこれが絶対に正しいとは限らない。

 だが、それでも納得が出来る答えでもあった。

 

「もしも…お前が見た『夢』が真実ならば…仲森の人生は私達の想像を遥かに超えるレベルで波乱万丈すぎる…!」

 

 まだ『どうして佳織が幼少期から軍に属していた』とかの疑問は残るが、それらを突き止める事は非常に難しいだろう。

 もう何年も前の話だし、連中だってとっくの昔に記録は抹消している筈だ。

 それに加え、肝心の佳織が何も覚えていない(と思っている)。

 これでは流石にお手上げだ。

 

「仲森佳織とは…何者なのでしょうか…」

「それは私の方が聞きたい。一応、一般家庭のごく普通の少女なのだが…」

「常人を遥かに超える戦闘能力に加え、あの夢の内容を考えると、絶対にごく普通の一般人とは思えないのですが…」

 

 まさかのラウラからの正論パンチ。

 千冬だってそう思わずにはいられない。

 本当は『違う』と言って欲しいが。

 

「仲森の過去などについては非常に高い確率のでの推測は出来たが…そのお蔭で増々、謎が増えてしまった気がする…」

 

 仲森佳織という少女には、どれだけの秘密が隠されているのか。

 守りたい。救ってやりたいと常日頃から思っている千冬ではあるが、事件が起きる度に結局は佳織の力に頼ることになってしまう。

 これ程までに自分の無力さを痛感したことは一度も無い。

 世界最強だ。ブリュンヒルデだと周囲から持て囃されても、結局は自分が教え子一人すらも守れない情けない人間であることを思い知らされてしまうのだ。

 

「…ボーデヴィッヒ。お前はこれからどうするつもりだ?」

「…分かりません。ただ…」

「ただ? なんだ?」

「あいつを…仲森佳織の力になってやりたいと…思っています。私はアイツに助けられた。命を掛けて救ってくれた。その恩返しがしたいのです」

「……そうか」

 

 佳織の周りには、不思議と人が集まっていく。

 最初は全く接点も無かったのに、会話すらもしたことが無かったのに、佳織の優しさに触れ、いつの間にか自然と彼女の周囲が賑やかになっていく。

 

「全く…罪な女だな…あいつも」

「教官…?」

 

 そして、自分のまた『その一人』なのだという事を千冬は知っている。

 教師としてではなく、今の時代を生み出してしまった『原因』の一人として、なにより一人の人間として今度こそ守ってやりたい。

 あらゆる理不尽から。あらゆる悪意から…必ず。

 

「ならば、存分にアイツの事を支えてあげてくれ。もうこれ以上…仲森を『戦場』に立たせないために…」

「了解であります」

 

 こうして、本人が知らない所でまた盛大な勘違いが生まれ、それと同時に一人の少女が佳織の周囲に集う事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当は佳織たちの様子とかも一緒に書く予定だったのにぃ~!

ま~たキャラ勝手に動きやがりましたのよ~!

チックショ~!











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疲れた時ぐらいはゆっくりしよう

戦いが終わっても、まだまだ一日は終了しないんじゃよ。

寧ろ、ここからがある意味で本番かも知れない。







「ちゅかれたぁ~…」

 

 大騒動となったハイドラガンダム(偽)暴走大事件が無事に終わり、私は織斑君や布仏さんや凰さん、篠ノ之さんやオルコットさんやデュノア君と一緒に食堂で蕩けていた。

 

「本当にお疲れさま、かおりん」

「布仏さぁ~ん…」

 

 テーブルにベターとなっている私の頭を布仏さんが優しく撫でてくれる。

 これだけでもすっごく癒されますにゃ~。

 

「しっかし、結局アレって何だったのかしらね? いきなりラウラのISが変な形になっちゃってさ」

「その辺りは先生方が調べてくれるでしょうけど…」

「まず間違いなく、この間と同じように学園内に箝口令が敷かれるだろうな」

「こればかりは仕方がないよ。外に漏らしたら色んな意味で大変だし」

 

 そーだよねー。

 もし知られたりしたら、マスコミとかが一斉にやって来てあることないこと書きまくられるに決まってる。

 それがネットにも広がって、挙句は世界中に…。

 トドメに、各国からクレームの嵐が来る可能性だって十分に有り得る。

 それらの事を考えると、ここは貝のように口を閉じておくことが一番正解だと思うでゴザル。

 

「そのラウラはどうしたんだ?」

「ボーデヴィッヒさんなら、私から織斑先生に引き渡した後に保健室に連れて行かれたよー」

「本当はかおりんも一緒にって話も出てたんだけど、かおりんが遠慮したんだよね」

「ん…まーねー」

 

 前にも言ったかもだけど、私はあの保健室独特の雰囲気や薬の匂いとかがあんまり好きじゃないのよね。

 なんつーかこう…匂いをずっと嗅いでると『トリップ』しそうになるって言うか…。

 

「ご自身もお疲れでしょうに…ラウラさんの事を考えて敢えてここは遠慮をしたんですのね。流石は佳織さん…騎士道精神に溢れていますわ。もしもここが我が祖国であったなら、絶対に佳織さんには『騎士(ナイト)』の称号が授与されていたに違いありません」

「ナイトねぇ…」

 

 私なんかよりも、今回は全面的にトレーズ閣下のお蔭なんだよね。

 個人的にも、あの人こそが真の騎士と呼ばれるに相応しいと思う。

 声や容姿もめっちゃナイトっぽいし。

 

「トールギスも、どことなく騎士っぽいデザインだしね。確かに似合ってるかも」

「あの異形のISと戦っていた時の佳織の剣捌きも見事だったしな。西洋の剣術にはあまり詳しくは無いが、それでも確実に熟達の領域に達していると感じた」

「あはは…無我夢中だっただけだよ」

 

 その辺に関するご感想も是非ともトレーズ閣下に言ってくださいな。

 私がしたことなんて、最後の最後にボーデヴィッヒさんの身体をハイドラの中から引きずり出したことだけだし。

 

(そういや…あの時、ボーデヴィッヒさんに触れた瞬間、変な夢を見たような気がする…。まるでニュータイプ同士の感応現象みたいな…そんな感じ。あれって結局は何だったのかな…?)

 

 うーん…分からん!

 疲れていなければじっくりと考えている所なんだけど、今はムリ!

 

「お腹へったー…甘いもの食べたーい…おーりーむーらーくーん…」

「はいはい。今日は仲森さんのお手柄だったしな。なんでも持って来てやるよ。何がいい?」

「私は和菓子系を所望しますでゴザル。ちゃんとお茶もセットでよろ」

「了解だ。すぐに持ってくるよ」

 

 やったー。

 今日は織斑君を好きなだけこき使ってやろー。

 歩く気力も無いから、後で部屋までおんぶして貰おう。

 

「佳織は甘い物が好きなの?」

「そりゃ、私も女の子ですし? かといって甘すぎるのは却下だけど。甘みと僅かな苦みが共存してるようなお菓子が一番好き。例えば抹茶アイスとか。宇治金時とか超大好き」

「良く分かるぞ佳織。矢張り、和菓子こそが日本文化の産み出した至高の一品だな」

「おー…篠ノ之さんとは趣味が合うみたいだねー」

「ふふん…!」

 

 共通の話題があるのは良いことだよね。

 篠ノ之さんがドヤ顔で皆の顔を見渡してるのは謎だけど。

 

「けど、今回の事で仲森さんがどこかの国にスカウトされる可能性が出てきたね」

「「そーなのー?」」

 

 あ。布仏さんと普通にハモった。

 

「あんな形で中止になったとはいえ、今回のトーナメントを見に色んな国の政府関係者や研究機関の人間達が来ていたから。最初の試合でも圧倒的な実力を示していた上に、その直後に発生したISの暴走事件すらも速やかに鎮圧してみせた。僕が政府の人間なら、こんな逸材は絶対に見逃さないよ」

 

 そういや、前とは違って今回のイベントじゃ外からも色んな人達が見に来てたんだっけ。

 顔バレを防ぐ為に仮面を被って偽名を名乗ってたんだけど、大暴れし過ぎて効果が薄かったかな?

 実際、食堂の喧騒に耳を傾けると……。

 

「さっきのさ…めっちゃ凄かったよねー!」

「うんうん! あの白いIS…ゼクスって子…だったっけ? もう何から何までカッコ良すぎ! 私、一発でファンになっちゃったよ!」

「私も! でも…何組の子なんだろ? あんな名前の子…今まで一度も見た事が無いんだけど…」

「「「うーん…?」」」

 

 あぁ…ゼクス・マーキスの名前だけが勝手に独り歩きしてる…。

 いや、実際に途中まで戦っていたのはゼクスなんだから間違っちゃいないんだけどね。

 

「もしかしたら、佳織さんも私達と同じように代表候補生になるかもしれませんわね」

「仮に候補生になっても、佳織の実力なら即座に代表にまで上り詰めそうだけど」

「現時点で既に代表クラス…いや、それ以上の実力を持っているからね」

 

 わー…皆が私の事をめっちゃ持ち上げてるー。

 色々とツッコみたい事はあるけど、今は疲れててむぅりぃー。

 

「なんか盛り上がってるな。どうしたんだ?」

「佳織があたし達と同じ候補生になるかもって話」

 

 織斑君のご帰還だー。

 手に持ってるのは…アツアツの緑茶とみたらし団子のセットでおまんがなー!

 ちみ…もしや超能力者か?

 あろうことか、私が今最も食べたいと思っていた物を持ってくるとは…。

 

「ほら。これで良かったか?」

「100点。そんな織斑君には座布団を差し上げよう…後で」

「おう…流石は元落語部…」

 

 ちゃーんと部屋には家から密かに持ってきた愛用の座布団があるのだよ。

 かなり使い古してるけど、あれが無いとどうも落ち着かない。

 

「布仏さーん…食べさせてー…」

「いいよー。あーん」

「あーん」

 

 あー…IS学園のみたらし団子…めっちゃ美味しー…。

 ここですかさず、熱ーいお茶をズズズ―と流し込む。

 

「はぁ~…♡ 日本に生まれてよかったぁ~…♡」

「そこまで言うか…」

 

 言っちゃいます。日本大好き。日本最高。

 もう私、日本無じゃ生きていけません。

 皆さんもいかがですか? 一家に一つ日本。

 

「そういや、トーナメントって中止になったけど、これからどうなっちまうんだ? あれって確か、今後の指針の為にもやっておかないといけないんだよな?」

「それなら、さっき他の方々が話しているのを聞きましたわ」

「全てのトーナメントの一回戦だけはちゃんとするつもりなんだそうだ」

「と言っても、流石にすぐって訳じゃないみたいだけど」

「日程や時刻に関しては、後で報告するらしいよ」

 

 成る程ねー。

 そりゃ、ここまで大々的に準備をしておいて『全部中止にして終わりでーす』とはならないか。

 これがトーナメントの最終戦とかならまだ話が変わってたかもだけど、一回戦の第一試合で起きちゃってるからね。

 序盤も序盤、超序盤。

 流石にそれじゃ『中止』とはいかないか。

 

「って事は、俺達も一回は試合をしなくちゃいけないって事か」

「そうなるわね。その時までにはISも修復できてると良いんだけど」

「もしも間に合った場合は、私と鈴さんも参戦いたしますわ」

「誰と当たるかはまだ分からないけどね」

 

 盛り上がりには欠けちゃうけど、そんなのは本人達次第でどうとでもなる…か。

 これが若さって奴なのね…。

 

「そーなると、私やかおりんは何にもしなくてもいいのかなー?」

「多分ね。二人はもう十分に試合をしたし。データも取れてるでしょ」

「佳織さんのデータは凄いことになってそうですけど…」

 

 言わないで…私もそう思ってるから…。

 一応、気を失ってはいなかったからずっと見てはいたけど、どれだけ安全だと分っていても普通に怖かったわ。

 だって、冗談抜きでとんでもない速度を出してるんだよ?

 ぶっちゃけ、世界一怖いジェットコースターとか目じゃないわ。

 今の私なら、どんな絶叫マシンに乗っても平気な自信がある。

 その自信がトールギスによって鍛えられてるのが皮肉だけど…。

 

「あら。こんな所にいたのね皆」

「ふぇ…? 更識先輩…?」

 

 これまたどうしてこんな所に?

 生徒会長として忙しい筈だけど…。

 あ、もしかして私達を呼びに来た感じ?

 忘れかけてたけど、私と布仏さんも立派な生徒会メンバーだしね。

 

「まずはお疲れ様、佳織ちゃん。また貴女に助けられる形になっちゃったわね」

「いえいえー…お気になさらずー。流れでやっちゃったって感じですからー」

「どれでも、佳織ちゃんのお手柄であることには違いないわ。生徒を代表してお礼を言わせて。本当にありがとう」

「どういたましてー」

 

 普段は飄々としている癖に、こんな時だけ真剣な顔でお礼とか言われると…その…照れちゃうじゃないですのよ…。

 

「にしても佳織ちゃん…蕩けてるわねー。相当に疲れてるのかしら?」

「疲れてまーす…」

 

 触れた相手を爆弾に変える、どこぞのサイコパスな猟奇的連続殺人鬼じゃないけど、今日だけは本気の本気でゆっくりと熟睡できる自信があります。

 きっと、一度でも寝たら明日の朝までぐっすりすりすり出来るでしょう。

 

「それだったら、明日とかにした方が良いかしら…?」

「何かあったんですか?」

「えぇ…実はね……」

 

 な…なんか急に場の空気が張りつめた?

 頼むから勘弁しておくれよー。

 

「ついさっき…フランスのデュノア社に派遣していた更識家のエージェントから連絡が来たの」

「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

 ちょ…それマジ? よりにもよってこのタイミングで?

 なにそれ…偶然にしても笑えない…。

 

「いつでも向こうと通信できるようにはしてあるんだけど…どうする? 無理そうなら明日にして貰う事も可能だけど…」

「…行きます。こーゆーのは後回しにしたら行けないと思うし。それに…」

 

 チラッとデュノア君…じゃなくて、デュノアさんの方を見る。

 彼女はいきなりの事で驚きと緊張が混ざり合ったような顔になっていた。

 

「善は急げって言いますし」

 

 残っていたみたらし団子を全部食べてから、お茶を一気に飲み干す。

 本当はもっと味わって食べたかったけど、それはまたの機会にするとしよう。

 

「…分かったわ。他の皆はどうする?」

 

 試しに先輩が尋ねると、全員が揃って『行く』と答えた。

 こんな時の連帯感は本当に凄い。

 

「それじゃあ、今から生徒会室に行くわよ。そこで通信することになってるから」

 

 一難去ってまた一難。

 デュノアさんに関する問題に決着をつける時がやって来たのだった。

 

 

 

 

 

 




次回はシャルロットに関する話の決着。

その次は勿論、もう一人の話に…?


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後始末(フランス編)

今回の話を経て、本格的にシャルロットがヒロイン入りになります。

ここに至るまでの過程で既に落城寸前でしたけどね。







 生徒会室に到着すると、中ではすでに虚先輩がモニターの準備を行っていた。

 ほんと…この人って万能だよね…。

 マジで欠点らしい欠点を今までに一度も見た事が無いんだが?

 この人、人生何度目なんだろう。

 もしかしたら、転生者としても先輩かも知れない。

 

「佳織ちゃん達を連れてきたわ、虚ちゃん」

「お待ちしておりました。こちらも準備が完了した所です」

 

 虚さんの後ろには、普段の生徒会室には無い中型ぐらいのモニターと、それに繋がった機器があった。

 実に今更だけど、これってどこから持ってきたんだろう。

 IS学園…何気にまだまだ謎が多いよね…。

 

「ねぇ…佳織。この人は?」

「布仏虚先輩。三年生で生徒会の役員…というか、殆ど更識先輩の側近的存在で、整備班の班長で、トドメに布仏さんのお姉さん。あと、紅茶淹れるのがめっちゃ上手い」

「話には聞いてたけど、この人が本音のお姉さんなのね…」

 

 そういや、私と布仏さん以外の皆が虚さんと会うのはこれが初めてか。

 凰さんには今までに何度か話だけはしてきたけど。

 

「皆さん、初めまして。本音の姉の『布仏虚』と申します。いつも妹がお世話になっております」

「「「「「ど…どうも…」」」」」

 

 うん。皆揃って遠慮しがちにお辞儀をした。

 なんて予想通りのリアクション。

 

「本音には姉君がいたのだな…。なんて礼儀正しい方なのだ。まさしく大和撫子の化身のような女性ではないか」

「このような事には慣れているつもりでしたけど、不思議とこちらの方が恐縮してしまいますわね…」

「ぼ…僕も。やっぱり三年生ともなると大人びてるんだね…」

「学年が二つも違うと、流石に緊張しちまうな…」

 

 そうだよね。それが普通の反応だよね。

 二年生の時だったら、そこまでじゃないんだろうけど、私達は一年生。

 下級生と最上級生とじゃ流石に差があるし。

 私も普段から凄くお世話になってるしな~。

 何と言いますか、色んな意味で頭が上がらないよね。いやマジで。

 

「おねーちゃーん。私とかおりんの試合、見ててくれたー?」

「勿論。上手に仲森さんのサポートが出来ていたわね」

「わーい! お姉ちゃんに褒められたー!」

 

 疲れた体に布仏さんの笑顔。

 いい薬になりますわ…。

 まるで心が洗われていくようだ…。

 私ってば完全に布仏姉妹の虜になってますな。

 

「生徒会って、いっつもこんな感じなの?」

「割と。お仕事してる時も似たような空気だし」

「あたしの中の生徒会に対するイメージが変わっていくわ…」

 

 その気持ち、超分かる。

 こんなにもアットホームな生徒会ってアニメの世界にしかないって思ってたし。

 少なくとも、紅茶が飲める現実の生徒会なんて私は知らない。

 

「お話はここまでに。デュノアさん、そして仲森さん。もう向こう側の準備は出来ているとの事です。心の準備は良いですか?」

「「は…はい」」

 

 つーか、なんで私も名指し?

 私がここにいる必要ってあるの?

 完全に部外者でしょ。

 だって、デュノア社にもフランスにも何にも関係なければ、代表候補生って訳でもない。

 あ、それを言ったら篠ノ之さんとかも同じか。

 

「では…いきます」

 

 虚さんが機器を操作すると、何にも映っていなかったモニターが暗転し、すぐにスーツを着た中年の外人男性と、その傍に並ぶように佇んでいる女性がいる光景が映し出された。

 この人達が、デュノアさんのお父さんとお義母さん?

 

『…シャルロットか』

「お…お父さん…」

 

 さてはて…私の予想はどこまで当たっているかな?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

『…まずは謝罪をさせてくれ。お前を守るためとはいえ…私たち夫婦は決して許されない事をしてしまった』

「待ってよ…『守る為』ってどういうこと? 二人は僕の事を憎んでいたんじゃ…」

『そんなわけないじゃない!』

 

 わっ!? び…びっくりしたぁー…。

 これ、ちゃんと音量調節してある?

 

『貴女は私の親友の娘なのよ? 愛することはあっても、憎むなんてある筈がないわ…』

「じゃ…じゃあ、どうしてあんな事を…」

『それは……』

『無理をするな。私から話す』

 

 なんだろう…このまま私達は完全に聞くだけの『観客』になりつつある?

 それはそれで別にいいんだけど。

 

「アナタのご両親はね…とある連中に脅迫された上で監視をされていたのよ」

「きょ…脅迫っ!? 監視っ!? 一体どこの誰がそんな事をッ!?」

「女性権利団体…ですか?」

 

 あ。思わず口を挟んじゃった。

 テヘペロ。

 

「流石は佳織ちゃんね。そこまで分かっていたなんて」

「単なる予想ですよ。今の時代、表立って堂々と悪事を働く連中なんて、それこそ権利団体しか思いつかない。日本でも、その傾向は顕著ですしね」

 

 『裏側』で悪事を働いている連中は、また別の意味で知ってるけどね。

 

『…その鋭い慧眼…そうか。君が話に聞いていた『カオリ・ナカモリ』君か』

「え? なんで私の名前を?」

『日本から派遣されてきた暗部の方々に聞いたのだ。君の行動が日本の暗部が動く切っ掛けを作り、同時に私達の大事な娘の友人になってくれていた…と』

 

 …にゅ? ど…どゆこと?

 私の行動が暗部を動かした?

 え? かおりん、おじさまの言ってる意味が良く分からない。

 

「…日本語、お上手ですね」

『デュノア社の顧客には日本人も多くいる。これぐらいは社長として当然の嗜みだよ』

 

 うわーん! なんとかして話を逸らそうとしたのに普通に返されたー!

 これが大会社の社長の実力かー!!

 

「佳織ちゃんが動いてくれたお蔭で、結果として私達が動くに値する理由が生まれ、同時に今までずっと渋っていたフランス政府も本気で動く決意をしてくれた」

「フ…フランス政府?」

 

 あのー…なんか話が大きくなってる気がするんですけど…。

 私は全くフランス政府となんか関わりを持ってませんよ?

 

『ISが誕生して以降、今までずっと鳴りを潜めていた女性権利団体が表舞台に台頭し、爆発的に勢力を拡大し始めた。それこそ、国によっては政治の中枢にまで潜り込めるほどに』

「そーゆー台詞が出るって事は、フランスも例外じゃないって事ですか?」

『…その通りだ。だからこそ、お偉方も思うように動けないでいた。今までは…な』

「と言うと?」

『フランスもそうだが、ISの開発が盛んな国々は基本的に余程の事が無い限りは他国の介入を認めない。もし認めてしまえば、自国の技術を盗まれる可能性があるからだ。それは同時に、何か不測の事態があっても他国に救援を求めない…という事でもある。頭では『そんな事を言っている場合ではない』と分かっていても…だ』

「大人って…」

 

 子供に出来る事が大人には出来ない…か。

 某有名ゲーム漫画で言ってた『見えないけど見える物』って意外と『国境』の事を指してたりして。

 

『だが、日本はそれでもフランスに暗部を派遣してくれた。無論、将来的な事を見据えてのことだろうが、それでもこちらにはこれ以上ない程に有り難いことだった。昔から、日本はよく自衛隊やボランティア団体などを海外に派遣して援助活動をしていたが、まさかそれが『暗部』という形で現れるとは予想もしていなかった』

「でしょうね。それが普通ですよ」

 

 …あれ? いつの間にか私と社長さんとの会話になってる?

 今回の主役はデュノアさんじゃなかったの?

 

『君が…日本とフランスの橋渡し役をしてくれた。そのお蔭で、私達もデュノア社も、ひいてはフランスも救われる結果となった。本当に…なんて礼を言えばいいのか分からない…』

 

 ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!??

 私が知らない所で事態が凄まじいレベルで巨大化してるんですけどぉぉぉっ!?

 少し前までは幼年期だったデジモンが、少し見ない間に一気に究極体にまで進化しちゃったような感じなんですけどぉぉッ!?

 

「結局、権利団体は何をしようとしてたんですか?」

『買収だよ。デュノア社のな』

「ば…買収ッ!?」

 

 なんともまぁ…量産ISシェア世界第三位の大会社を買収とか…随分と大胆な事をしてますこと。

 割と冗談抜きで調子に乗って増長してますな。

 

『奴らはデュノア社を乗っ取り、その暁には今の社員たち全てをクビにし、その代わりに自分達の息が掛かった者達ばかりにしてから我が社のISを思うがままに使うつもりだったらしい』

「あー…なんか分っちゃったかも」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 はぁ…イヤだなぁー…。

 悪者の思考が分かってしまうだなんて…普通に自己嫌悪ですわ。

 

「さっき言ってた『監視』ってのは外からじゃなくて内部…つまり、お二人も知らない間に会社内にスパイとして権利団体の連中が送り込まれていて、四六時中に渡って監視されていた…とかじゃないんですか?」

『君は一体何者なのだ…。全く以てその通りだ…』

 

 ヤベ。マジで当たってしまった。

 ここまで来たら、もっと言っちゃえー。

 

「スパイを送り込んだ理由は、娘である彼女…シャルロット・デュノアを人質にして貴方達に対する交渉材料にする為。それと、恐らくですけど貴方たちは連中から聞いていたんじゃないんですか? 『会社内のどこかに監視役を送り込んだ』…と。それにより『常に見張られている』というストレスに晒す事で精神的疲弊を誘い自分達を優位に立たせようとした…的な?」

『…まるで全てを見透かされているような気分になるな』

 

 またまた当たりですかい。

 後ろで見ている皆がめっちゃギョッとした顔でこっちを見てくるし。

 布仏さんだけは全身をモジモジさせながらハートマークを出してるけど。

 

『私達は大いに悩まされた。シャルロットは守りたい。だが、同時に社員たちも守らなくてはいけない』

「社長という立場上、アナタは社員全員の人生を背負っているに等しい。幾ら大切な娘を守るためとはいえ、そう簡単に切り捨てられるわけがない」

『あぁ…だから我々は、せめて奴らに示す必要があったのだ。『娘は私達に対する人質には成り得ない』…と』

「その為に敢えて自ら憎まれ役を演じ、監視の目を必死に誤魔化そうとした…」

『…そんな理由で許されていいことではないのは我々も承知の上だがな。この償いは必ずするつもりだ』

「余り早まった事だけは考えないでくださいね。それは誰も幸せにはならない結末になる」

『あぁ……』

 

 本当に分かってるのかな…普通に心配になる。

 

『娘と社員たち…どうにかして両方を助ける術がないかと必死に模索していた頃…私達の耳に驚くべきニュースが入ってきた。それが…』

「男である織斑君がISを動かしたというニュースですか」

「え? 俺?」

 

 そうだよ。いい加減に自分の立場を正確に把握したら?

 今の君は、絶滅危惧種の動物以上に希少価値が高い存在なんだってことをさ。

 

『それこで私たち夫婦は、咄嗟にあることを思い付いた。『男装をして男の振りをして、日本にいる男性IS操縦者のデータを盗んでくる』という名目で、シャルロットを日本に逃がす事だ』

「僕を…日本に逃がす?」

『あぁ。本当はデータとはいえ盗みなんてさせたくはないし、させるつもりもないが、そうでも言わないと連中は首を縦に振らない。正直、苦渋の策ではあった』

「娘さんを日本に逃がし、彼女がIS学園に在籍している三年間の間になんとかして権利団体をどうにかするつもりでいたってことですか。本当に男って…」

『「うっ…」』

 

 モニター越しのデュノアパパと織斑君が同時に苦しそうな声を出した。

 だって、この二人って考えている事が殆ど一緒なんだもん。

 

「あわよくば、今のように彼女が誰かに保護されてくれれば最高…って考えてもいたんでしょ?」

『…楽観的だと言ってくれて構わない。だが、我々もそれ程までに追い詰められていたのだ』

「それは分かりますよ。本当に苦肉の策だったって事は」

 

 これはこの夫婦にとって最も辛い選択だった筈だ。

 全てにケリが付いた暁には、それこそ二度と娘の前に姿を現さないぐらいの覚悟があったと思う。

 

『だが…それももう終わりだ。日本から来てくれた暗部の活躍により、社内にいた監視は排除され、パリ市内に潜伏していた権利団体のフランス支部も壊滅したと聞いた。政府内に潜んでいる者達が排斥されるのも時間の問題だろう。今までずっと動きたくても動けなかった政治家連中も、デュノア社の事を聞いてからまるで水を得た魚のように活気を取り戻し、次々と政界の浄化をし始めたらしい』

「完全に改革じゃないですかヤダー」

『全て…君の行動が切っ掛けとなった事だ』

 

 …つーか、今までずっと我慢してたけど、私発進で動いたことがエラいことになってストレスで胃がずっとキリキリ痛んでおります。

 お願いだから、誰か胃薬持ってきて…。

 

「じゃ…じゃあ…もう…?」

『あぁ。男装をする必要もないし、日本にいる理由も無い。その気になれば、今すぐにでも戻ってきて構わない。勿論、まだそっちにいたいというのであれば、我々はその意思を尊重する。ちゃんと長期の休みの日になどに戻ってきてくれればな』

「僕は……」

 

 ん? なしてコッチを見るんじゃい。

 

「…僕はまだこっちにいるよ。まだ学びたい事も沢山あるし、それに…」

「ふぇ?」

「…大切な友達も出来たしね」

『そうか…。図らずも、お前を日本に送った事は正解だったようだな』

 

 完全に不幸中の幸いだけどね。

 これもう殆ど賭けに等しいじゃん。

 

『シャルロット…戻ってきたら、今度こそゆっくりと話をしましょう。アナタのお母さんの思い出話とかをね』

「うん…その日を楽しみに待ってるよ…お義母さん」

『ありがとう…シャルロット…』

 

 取り敢えず、これでハッピーエンド…かしらね?

 よかった。よかった。

 

『カオリ・ナカモリ君』

「はい?」

『我々夫婦の感謝の気持ちは、とてもじゃないが言葉だけでは言い尽くせない。だから…デュノア社から君個人に物資を送りたいと思っている』

「物資…?」

『そうだ。実は、君が非常に優れたIS操縦者という話もこちらには届いているのだよ。あの禁忌とされた原初のIS『トールギス』を乗りこなせた唯一無二の人間であることもね』

「マジですか…」

 

 流石はIS関連の大企業…ソレ系の情報収集能力は半端じゃないか。

 

『実は、トールギスの開発には我がデュノア社もスポンサーとして関わっていた事があってね。その名残として社内の格納庫にはトールギスの予備パーツが幾つか残されている。それを全てそちらに送ろう。きっと役に立つ筈だ』

「えぇっ!? い…いいんですか?」

『構わんさ。君はデュノア家、デュノア社、フランス全土の恩人とも言うべき存在だ。これでも足りないと思っているぐらいだ』

「大げさすぎますって…」

 

 そもそも、幾らパーツとはいえ一個人に送るのはどうかと思いますよ?

 私じゃ完全に持て余しますから! 整備の仕方もまだ碌に勉強してないのに!

 

『シャルロット。お前が女として再編入する手続きの方はこっちでやっておく。ほんの少しだけ時間が掛かるが、今までに比べればあっという間だ。すぐに本来の姿、本当の名前で皆と同じ学園生活を送れるようになる。それが…私達夫婦の最初の償いだ』

「大丈夫だよ。僕はもう一人じゃないし。遠い空の向こうで家族が待ってると思うと、それだけで頑張れるから」

『そうか…強くなったな。それでこそ…私達夫婦の愛娘だ』

 

 …これが本当の家族愛ってやつか。

 ウチには無縁のものだな…。

 

『では…これで失礼する。シャルロット…元気でな』

『アナタが帰って来る日を待ってるわ。またね』

「うん…またね。お父さん…お義母さん…」

 

 最後に感動的な挨拶をしてから通信は終わった。

 ふぅ…なんかもう…疲れが倍になった気分だ。

 

「仲森…こんな所にいたのか。探したぞ」

「織斑先生?」

「千冬姉?」

 

 先生が生徒会室に来るなんて珍しい。

 一体何の御用なのかしらん?

 

「お前達。少しだけ仲森の事を借りるぞ」

「へ? 私?」

「そうだ。ボーデヴィッヒの事でちょっとな。頼む、一緒に来てくれ」

「はぁ……」

 

 普段からお世話になってる以上、断ることは出来ない。

 私がゆっくりと休めるのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




デュノア社から来るトールギスの予備パーツ…。
 
これでトールギスⅡのフラグが立ちました。

次回はラウラの後始末のお話。




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後始末(ドイツ編)

今回はラウラの話。

少しだけ鬱な描写があるかもですがご容赦を。






 いきなり生徒会室に現れた織斑先生に連れられて向かったのは今まで一度も入った事が無いエリアだった。

 なんだか薄暗く、見るからに『関係者以外立ち入り禁止』的な雰囲気が漂っている。

 

「えっと…ここは?」

「通信室だ。普段は滅多な事が無い限りは私達も用事は無いし、基本的に生徒は立ち入り禁止となっている場所だ」

「そんな場所に私を連れてきても良かったんですか?」

「今回は特例だ。事情が事情だからな」

「はぁ……」

 

 ボーデヴィッヒさんに関することって言ってたけど、私を禁止エリアに連れてくるほどの事ってマジで何なの?

 予想が出来るような…出来ないような?

 少なくとも、良い予感は全くしない。

 

「中には既にもうボーデヴィッヒが入っている」

「彼女…動いても大丈夫なんですか?」

「激しい運動さえしなければ問題は無い。あいつも候補生として体は鍛えているからな」

 

 そうでした。

 普段のあのロリボディからは想像もつかないけど、彼女だって立派な代表候補生なんでした。

 

「…入るぞ」

 

 織斑先生が静かに通信室の扉を開けると、中は暗くなっていて、椅子に座ったボーデヴィッヒさんが大きなモニターに映し出されている軍服を着た強面のおじ様と何やら話をしていた。

 

「しょ…少将閣下……今…なんと…?」

『聞こえなかったのか? ならば、もう一度だけ言ってやろう』

 

 あー…これはアレか。

 今までの事に対する処分を言い渡されてる感じ?

 これ…私が聞いてもいいのかな?

 

『転入初日に一般人に暴力を振るい』

 

 織斑君にビンタをしたアレですな。

 

『クラスの和を乱すような行為を意図して行い』

 

 うん…確かにボーデヴィッヒさんは完全に浮いてましたな。

 

『周囲に生徒達がいるにも拘らず砲撃をしただけに飽き足らず』

 

 そんな事もあったねー。

 あれか。私が布仏さんと一緒に織斑先生を呼びに行った時の事ね。

 

『挙句の果てには、他国の代表候補生を一方的に襲撃し、操縦者に重傷を与え、機体を大破させるという愚行! 例え、貴様がドイツの候補生であり【シュヴァルツェア・ハーゼ隊】の隊長とは言え絶対に許されぬ行為と知れ! お蔭で政府にはイギリスと中国からの抗議の電話が鳴り止まん日々が続いている!!』

 

 あぁ…私が生まれて初めて『激おこプンプン丸』へとメタモルフォーゼした時の事件ね。

 頭に血が上るってあーゆーことを指すんだなーって思い知りました。

 

『VTシステムの一件にしてもそうだ。確かに一見すると貴様は利用された被害者であるが、それでも対処のしようはあった筈だ。IS操縦者たる者、こまめに機体の整備や調整などは行って然るべきの筈。もしもお前がそれを行っていれば、その時にでも確実にVTシステムの存在を把握出来た。それが出来なかった理由は何故か。簡単だ…お前が自分の実力と機体に慢心し、整備や調整などせずとも勝てると驕った馬鹿な考えのせいだ!!』

「ひぃっ!?」

 

 うわぁ…正論だー…。

 もしもこのおじさんがいなかったら、私が言ってただろう台詞だー。

 

『しかも、お前が隊長になってからこっち、部隊内の空気は非常に険悪であると報告が上がっている』

「そ…それは……」

 

 もうこれ完全に公開処刑ですな。

 なんつーか…哀れだ。そうとしか言いようがない。

 

『よって…ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。今この瞬間より、貴様からドイツ代表候補生としての地位を剥奪、及び除隊、国外追放処分とする。もう二度とドイツの土を踏む事は許さん。無論、専用機は回収させて貰う。レーゲンに搭載されていたVTシステムの調査をする為にもな。これはもう既に軍上層部で決定されたことであり、何があっても決して覆らない事と思え』

「あ…あぁ……」

 

 マ…マジか…。

 除隊処分ぐらいは普通にあるかもとは思っていたけど、まさか国外追放とは…。

 けど…なんだろう…この処分…妙な違和感があるような………あ。そゆこと。

 

「少将。国外追放はやり過ぎなのではないか?」

『やり過ぎ? そいつのやった事は本来ならば銃殺刑に処されても不思議ではないのだぞ? それでもやり過ぎだと抜かすのか? ブリュンヒルデ』

「くっ…!」

 

 ですよねー。

 織斑先生には申し訳ないけど、今回だけはこの『少将さん』の意見に全面的に同意だわ。

 

『話は終わりだ。下がれ』

「は…はい……」

 

 ボーデヴィッヒさんは焦点が合ってない虚ろな目をしながら立ち上がり、フラフラとした足取りで通信室を後にした。

 

「…織斑先生はボーデヴィッヒさんに付いててあげてください」

「仲森はどうする気だ」

「この人と少しお話がありますから。先生も、その為に私を呼んだんでしょう?」

「あぁ…聡明なお前ならば、もしかして…と思ってな…」

「聡明なんかじゃありませんって。ほら、行ってあげてください」

「…分かった。それと…今回もよくやった。お前には感謝しかないよ…佳織」

「え?」

 

 出ていく瞬間、私の事を名前で呼んだ?

 いや…まさかね。

 

『…ナカモリ…そうか。貴様があの噂で聞いた『トールギス(殺人マシーン)』の正式な操縦者か』

 

 なんつー嫌なルビを振ってくれるんだ、この人は。

 あながち間違いじゃないから文句も言えない。

 因みに、この『殺人マシーン』ってのは『操縦者を殺す』って意味ね。

 

「少将さん。私と少しお話をしませんか?」

『なに?』

 

 さーて…話を聞いていてめっちゃ気になった事があったから、思い切り聞き出してやる。

 この人の真意をボーデヴィッヒさんや織斑先生にちゃんと伝えないと流石に不憫すぎる。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 さっきまでボーデヴィッヒさんが座っていた椅子に座り、今度は私が少将さんと対面するような形になる。

 うーん…めっちゃ緊張するー!…って訳でもないんだよね。

 無人機に殺されそうになってオシッコちびりそうになった時に比べたら大抵の事じゃ緊張なんてしないって!

 …何気に私ってIS学園に来てから着実にメンタルが鍛えられていってるな…。

 

『それで? この私に話とは一体何だ?』

「いえね…さっきの話を聞いていて思った事がありまして」

『なんだそれは?』

「…日本語、お上手ですね」

 

 まずはお約束のジャブ。

 これは聞いておかないと、気になって話に集中出来ない。

 

『軍人たる者、他国の言語を学んでおくのは当然の義務だ。特に日本は今や、世界でも有数の国家となって決して無視できない存在だ。実際、外交的な意味でも日本とドイツは無関係ではない。私も過去に何度か日本に来日したことがある』

 

 さ…流石は天下のドイツ軍人…なんつー立派な心掛け。

 普通に感心しちゃったわ。

 

『まさか、聞きたい事とはそんな事ではあるまいな?』

「いえ…今のは単なる冗談ですよ。あなたとは肩肘張らないで話をしたいので」

 

 本当は私の方が肩肘張りたくないだけです。

 

『ふん…まぁいい。では、本当にお前が聞きたい事とは何だ?』

「さっきのとは別の意味で凄く気になった事がありまして」

『ほぅ?』

 

 さーて…今から少し喧嘩を売るぞー。

 怒鳴られても泣かないように、かおりん頑張るぞ!

 えい! えい! むん!

 

「何と言いますか…随分とお優しいなぁ(・・・・・・)…と思って」

『優しい…? この私がか?』

「そうです。さっき言ってましたよね? ボーデヴィッヒさんは銃殺刑にされてもおかしくなかったって。それなのに除隊&国外追放程度で済ませている。それって物凄く優しいじゃないですか」

 

 よし…ここから一気に畳み掛けよう。

 相手にペースを握られたら駄目だ。

 

「候補生の地位剥奪は彼女をこれ以上、ISの深部に関わらせない為。専用機の没収も同じ理由。除隊&国外追放は、立場が弱くなった彼女を軍の玩具にさせない為。もしもあのまま軍にいさせ続けたら、まず間違いなく碌な目に遭わない。しかも、少将さんはさっきの会話の中で一度も彼女に対して『IS学園の強制退学』的な事を言わなかった。それはつまり、軍や候補生としてのしがらみを一切捨てて、遠い日本の地にて一人の少女としての人生を歩んで欲しいと思ったから…じゃないですか?」

『…参考として聞いておこう。どうして、そのような考えに至った? 貴様の言い分では、まるでラウラ・ボーデヴィッヒが特別なように聞こえるぞ?』

「いや…実際に特別でしょ」

『なに?』

 

 今から話す事は、恐らくは原作知識なんて無くても至る考えだ。

 私もボーデヴィッヒさんに付いて改めて考えた時、明らかに不審な点が多々見受けられた。

 

「若干『15歳』の『少女』が『軍隊』の…しかも条約で禁じられている筈の軍用ISを所持している『特殊部隊』の『隊長』をしていて、その階級があろうことか『少佐』…これだけ怪しむべき材料が揃っているのに『何も疑うな』と言う方が無理があるでしょ」

『…………』

 

 急に黙り込んだな。

 こーゆー時、沈黙は肯定とイコールなんだよ。

 

「それに、ボーデヴィッヒさんの体付きが更に彼女の存在の怪しさを助長させている」

『アイツの身体が…だと?』

「そうです。ボーデヴィッヒさんの身体は同年代の少女達と比べても余りにも幼い。まるで彼女が『何らかの理由で成長が遅れている(・・・・・・・・・・・・・・・)』ように見えるほどに」

『…何が言いたい。回りくどい言い方は止めて、ハッキリと言ったらどうだ』

「では遠慮なく」

 

 言ったな? 言っちゃったな?

 はい。かおりん知~らない。

 

「…ボーデヴィッヒさんは違法な研究で生み出された『人工生命体』なんじゃないんですか? 別の言い方をすれば『鉄の子宮で生まれた子供』…ですかね。国や地域や場所などによっては『フラスコの中の小人(ホムンクルス)』や『人造人間』とも言うかもですね。人工的に生みだされた人間だからこそ、普通の人間よりも発育が遅れている…そう考えると色々と納得がいくんですよ」

『…お前はIS操縦者よりも探偵の方が向いているようだな』

「お生憎様。こう見えても私は探偵じゃなくて落語家(コメディアン)志望でして」

『それこそ笑えん冗談だ』

 

 こっちは本気なんだけどなー。

 

「そもそもの話、こんなにも怪しい情報と言う名の手札が勢揃いしていたら、それこそ少し勘のいい小学生ですら分かりますよ。絶対に裏に何かあるって。まるで情報のフルコース…もしくは満漢全席。ロイヤルストレートフラッシュだ」

 

 機密だろうから絶対に言えないだろうけど、私は最初からこの人の口から真実を聞くつもりはない。

 会話の中で私なりの確証さえ得られれば、それだけでこっちの勝利なのだ。

 

『…もし仮にお前の言っている事が真実だとして、貴様はどうする気だ? それを世間に暴露でもしてドイツの立場を地に落とすつもりか? もしくは、それをネタにして我々を脅迫でもするか?』

「まさか。私にそんな度胸はありませんし、興味も無いですよ。ただ普通に気になった…それだけですって」

『それを信用するとでも?』

「はい。信じてくれるって思ってます」

 

 ここで再びの沈黙。

 これが一番、精神的にキツいんだよなぁ…。

 

『…まぁいい。どちらにしろ、お前の推測したことが真実であるという証拠はどこにも無いのだからな』

「御尤も」

『それに我々も、迂闊な発言で『一騎当万(トールギス)』を敵に回すような愚行は犯さん』

「酷いなぁ…私はどこにでもいるごく普通の女の子なのに…」

『今までで最も信用ならん言葉だ』

「流石に傷つくんですけど」

 

 どうして皆して私を超人扱いするの?

 ISに関してはゼクスやトレーズ閣下が凄いだけで、私自身は何にもしてないし、考察パートでも私は単純に自分の考えを言ってるだけ。

 どこにも凄い要素なんて無いと思うんだけど?

 

『…一つだけ聞かせろ。貴様は一体何者だ』

「IS学園一年一組の生徒にしてトールギスの操縦者。それ以上でもそれ以下でもないですよ」

『…そうか』

 

 もうそろそろいいかな。

 この一連の会話で、少将さんの真意は分かった気がするから。

 もうめっちゃボーデヴィッヒさんの将来を心配してるじゃん。

 頑張ってポーカーフェイスを作ってるけど全部丸分りだし。

 

『最後に一つだけ聞かせろ。学園側の報告によると、お前はボーデヴィッヒ元少佐に友人達を傷つけられれ、その後に圧倒的な力で奴を倒したと聞く。どうしてそんな相手を暴走したVTシステムから救い出そうと思った?』

「誰かを助けるのに理由がいるんですか? 軍人として、それこそ愚問では?」

『…そうだな。お前の言う通りだ』

 

 あら。ここで肯定の姿勢。

 

「では、ここらで失礼します。疲労がピークでフラフラなんですよね。本気で休みたい。そちらもお忙しいでしょうし」

 

 さーてと…通信機のスイッチはこれかな~?

 ポチッとな。

 

『…ボーデヴィッヒ少佐の事を…頼む』

「へ?」

 

 ちょ…なんで通信を切る瞬間にいきなりデレるんだよっ!?

 いい歳したオッサンのツンデレなんて全く需要ないんですけどッ!?

 

「はぁ…最後の最後にやられたなぁ…。私が絶対に断れないタイミングを見計らってさ…本当に大人って卑怯だ…」

 

 そんな事を言われたら…嫌ですなんて言えないじゃない…。

 後でちゃんと、ここでの話をボーデヴィッヒさんと織斑先生に伝えないとなぁ~…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで完全にラウラのヒロインフラグが立ちました。

後は早朝にラウラが佳織のベットに忍び込むだけだ!

その前にお風呂イベントがあるけどね!





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もうそろそろ本気で休みたい

原作第一期ヒロインがようやく揃いました。

ここから佳織の周囲は今まで以上に賑やかになっていくことでしょう。

それと、まだまだ先にはなるかもなのですが、夏休み編にて佳織の問題にも踏み込もうかと思っています。

あくまで予定ですけどね。







 ドイツ軍のお偉いさんと一対一で話をしたというのに、そこまで緊張しなかった上に普通の会話が出来てしまった私は一体何なんだろう。

 この短い間に数多くの修羅場を潜り抜けすぎたせいで、精神的マッチョになってしまったのかもしれない。

 

「ふぅ…一先ずは報告しとかないとだよねぇ…」

 

 通信室を出てから首をコキコキと鳴らしつつ廊下を歩いていると、遠くの方で織斑先生とボーデヴィッヒさんの二人が立っていた。

 案の定と言うか、ボーデヴィッヒさんは超絶落ち込んでいて、織斑先生はそんな彼女になんて声を掛ければいいのか困っている様子。

 うん。その気持ちはよ~く分かりますとも。

 

「織斑先生。ボーデヴィッヒさん」

「お…おぉ…仲森か。終わったのか?」

「はい。お話は終わりました」

 

 そういや、さっき去り際に私の事をしれっと名前で呼んでいたよね…。

 実はあれが猛烈に気になっていたりして。

 いや…恥ずかしいから聞かないけどね。

 

「えっと…大丈夫?」

「あぁ……」

 

 全身から負のオーラが滲み出てますがな。

 こりゃ、かなりの重傷ですな。

 

「…ボーデヴィッヒさん。そこまで気落ちをする必要は無いよ」

「…どういう意味だ?」

「さっき、アナタの上官…元上官か。あの人と話して分かった事がある。私の推測にしかすぎないけど、ほぼ間違いないと思う」

 

 そこから私は、あの少将さんと話して感じた事、思った事を話した。

 彼が本当はボーデヴィッヒさんの事を気遣っていた事。

 それ故に『追放&除隊処分』と言う形で合法的にドイツと軍隊と言う組織から離れさせ、彼女の命と尊厳を守った事。

 その為に、敢えて自分が憎まれ役を演じた事を。

 

「あの男がそんな事を…?」

「はい。流石に馬鹿正直に『そうだ』とは言いませんでしたけど、あの反応から察するに、まず間違いは無いかと思います」

「少将閣下が…私を…」

 

 まさか、処分を利用して自分が守られたとは想像もしていなかったのか、ボーデヴィッヒさんはさっきとは別の意味で呆然としていた。

 

「問答無用で国外追放とか除隊処分とかにしたのは、半ば無理矢理にでも上層部や軍内部を納得させる為。それと同時に、自分自身にヘイトを集中させてボーデヴィッヒさんを『悲劇のヒロイン』に仕立て上げる為でもある。『知らず知らずの内に軍の違法な人体実験に参加させられ、その犠牲になったにも拘らず上官から見捨てられてしまった可哀想な女の子』…これが彼の書いた筋書なんじゃないですかね」

 

 本当に…この世の中には不器用な人間が多すぎる。

 それには勿論、私の事も含まれているけどね。

 

「確かにボーデヴィッヒさんはもう軍人でもなければ候補生でもなくなってしまったけど、まだIS学園の生徒ではある。って事は、少なくとも三年間は時間があるってことにもなる」

「三年間…」

「そ。短いようで意外と長いよ、三年間って時間は。その間に自分の将来に付いてゆっくりと考えればいいんじゃないかな? 困ったことがあれば遠慮なく誰かに聞いたりしてもいいんだし。ね、織斑先生?」

「あ…あぁ! 仲森の言う通りだ! まだまだお前の人生はこれからなんだ! 寧ろ、心機一転するいい機会かもしれんぞ!」

「教官……」

 

 少しだけ目に生気が戻ってきた?

 いつまでも暗い表情にでいられると、こっちも落ち込んじゃうからね。

 

「とにかく、今はゆっくりと休んだ方が良いよ。まだキツいんでしょ?」

「あぁ…そうだな…その言葉に甘えさせて貰うとしよう…。教官…失礼します…」

 

 弱々しくペコリとお辞儀をしてから、ボーデヴィッヒさんは歩いて行こうとする。

 その途中で立ち止まり、急にこっちを振り向いた。

 

「仲森佳織」

「ん? どしたの?」

「…お前には沢山の大きな借りが出来てしまったな。少将閣下の真意を教えてくれたり、命まで救って貰った。私の一生を掛けても返しきれるかどうかは分からないが、それでもこの恩は絶対に返すと約束しよう」

「…別にそこまで気にする事は無いよ。こっちは好きでやっただけなんだからさ」

「フッ…そうか」

 

 今度こそ、ボーデヴィッヒさんは一人静かに去って行った。

 本当は彼女に付いていってやった方が良いんだろうけど、今は一人にしてあげた方が良いような気がした。

 

「実はさっき、一つだけ言わなかった事があるんです」

「なんだ?」

「通信を切る瞬間、あの人…私にこう言ったんです。『ボーデヴィッヒ少佐を頼む』…って」

「今日、出逢ったばかりの軍人にそこまで言わせるとは…」

 

 言われた私自身が一番驚いてますよ。いやマジで。

 

「仲森はあれだな。私などよりもずっと教師に向いている気がするな」

「御冗談を。私の将来の夢はどこまで行っても『落語家』一本ですよ」

「そうか…落語が出来てISにも乗れる教師と言うのもありな気がするがな」

「いや…流石に属性盛り過ぎだから」

 

 落語とISを組み合わせてる時点で胸焼けしてるのに、そこに更に教師なんて属性を加えたら、それこそ私の方がパンクしちゃいますから。

 

「ボーデヴィッヒもそうだが、お前もかなり疲れているだろう? 今日はもう何も無いから、ゆっくりと休んでくれ」

「言われなくてもそうしますよ。ずっと我慢してましたけど、割とマジで限界なんですよね。というわけで、私もここで失礼します」

 

 ペコリとお辞儀をしてから私も帰ることに。

 このまま寮に直行するのもいいけど、その前に食堂にでも寄ってみようかな?

 もしかしたら、生徒会室から皆が戻ってきているかもしれないし。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 食堂に足を運んでみると、やっぱり案の定、皆が何かの会話をして盛り上がっていた。

 けど、生徒達の集団に一人だけ制服じゃない人物が。

 まぁ…普通に山田先生なんだけどね。

 童顔な上に背が小さいから、私服を着てないとマジで見分けがつかない。

 

「なんか賑やかだけど、何かあったの?」

「あ! 佳織!」

「もういいのか?」

「うん。やったのはさっきと同じで通信越しのお話だけだったし」

 

 というか、しれっと更識会長も一緒なのは驚き。

 あのまま生徒会室に戻るかと思ってた。

 

「仲森さん、お疲れ様でした。今日もお手柄でしたね!」

「無我夢中だっただけですって。それよりも、何の話をしてたんですか?」

「えっとですね……」

 

 山田先生の話と言うのは、男子の大浴場使用許可が出たと言うことだった。

 そういや、そんなのもありましたね~。

 今までの出来事に比べたら本当に些細な事だけど。

 

「それで、織斑君達を呼びに来たんですけど…」

「特に疲れてない俺達よりも、一番頑張った仲森さんが先に入った方が良いんじゃないかって言ってたんだよ」

「私が?」

 

 これまた意外な展開ですな。

 確か彼は無類のお風呂好きじゃなかったっけ?

 それなのに私に譲るとは…明日は雨かな?

 

「佳織ちゃんは今日のMVPなんだから、ここは甘えてもいいと思うわよ?」

「更識先輩の言う通りよ佳織。いっつも皆の為に頑張ってるんだから、こんな時ぐらいは贅沢してもバチは当たらないし、誰も文句も言わないわよ」

「そうですわ佳織さん。偶にはご自分を労う事も大切ですわ」

「うむ。休息もまた立派な鍛錬であると言うしな」

 

 なんちゅー怒涛の畳み掛け。

 そこまでして私を風呂に入れたいのか。

 

「そう言えば…私って今までに一度も大浴場を使った事が無いんだよね…」

「「「あ…やっぱり?」」」

「やっぱり?」

 

 篠ノ之さんとオルコットさんと凰さんがシンクロしてる…。

 その『やっぱり』ってどういう意味?

 

(言えるわけないわよね…。佳織と『裸のお付き合い』をしたいが為に…)

(何度となく大浴場に足を運んで佳織さんの姿を捜していただなんて…)

(恥ずかしすぎて、とてもじゃないが口には出せん…)

 

 三者三様で別方向を向いて思い切り誤魔化しとるがな。

 あからさま過ぎて逆にツッコめないわ。

 

「なんつーか…人が多い場所で肌を出すのが恥ずかしいと言うか…」

「同じ女として気持ちは分かるけど、あの大浴場は一度ぐらいは使っておかないと損よ?」

 

 噂ぐらいで聞いたことはあるんだよねー…大浴場の事は。

 なんでも、物凄く広い湯船があるとか、それ以外にも多種多様のお風呂が用意されているとか。

 ぶっちゃけ、女の子として興味が無いと言えば嘘になるのです。

 

「俺達は仲森さん達の後でも全然構わないよ。確かに風呂は好きだけど、恩人を無下にしてまで入りたいとは思わないしな」

「そ…そうだね。僕も一夏と同意見だよ?」

 

 …デュノアさんや。同意見ならどうして冷や汗を掻きながら目線を逸らしているんですか?

 あと、どうして疑問形?

 

「って事は…私が一番風呂になるんだ…。いいねぇ…一番風呂…良い響きの言葉だねェ…」

 

 実家にいる時は一番風呂なんて本当に年に一回あるかどうかって感じだったしね。

 普段はいつも一番最後に入ってたし。

 

「あ…そうだ。どうせなら布仏さんも一緒に入らない?」

「「「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!????」」」」

「え? いいの?」

「勿論。だって、今日は布仏さんも試合で頑張ってくれたし、それに…パートナーだしね」

「か…かおりぃ~ん……」

 

 私だけが一番風呂を独占すると言うのはちょっとアレな気がする。

 ここはやっぱり、一緒に試合を頑張った布仏さんも一緒に労われる権利はあるでしょ。

 それはそれとして、どうして篠ノ之さん達は目を見開いてめっちゃ驚いてるの?

 

「かおりん大好き~!!」

「大袈裟だなぁ~」

 

 頬を赤くしながら抱き着いてこられても普通に困るよ?

 今の私にゃ、それを受け止めるギリギリの体力と気力しか残されてないし。

 

「それじゃあ、仲森さん達が最初に入るということでいいですか?」

「そう…ですね。それでお願いします。ちょっと申し訳ないけど」

「気にしなくても大丈夫ですよ。織斑君達も言ってましたけど、仲森さんは凄く頑張ってくれてますから、こんな時ぐらいは我儘を言ってもいいんですよ?」

「山田先生……」

 

 なんか急に山田先生が先生をし始めた。

 実力はともかく、中身も普段からこれなら普通に尊敬されていると思うんだけど。

 因みに、私は山田先生の事もちゃんと尊敬はしてます。

 

「そう言えば、織斑先生がどこにいるか知りませんか?」

「織斑先生なら、通信室近くの廊下にいると思いますけど。さっきまで一緒でしたし」

「そうですか。後で呼びに行かないと…」

 

 どうやら、先生達はこれからの時間こそが本番のようだ。

 やっぱ私達が労ってあげないと。

 

「じゃあ、私は大浴場前にいるので、準備が出来たらそこまで来てください。場所は分かりますよね?」

「一応は」

 

 入った事は無いけど、入り口前は何度も通った事はある。

 どんな場所なんだろーって思った事があるぐらいで。

 

「かおりん! 早く準備をしてお風呂に行こー!」

「うん…そうだね。遠慮なく一番風呂を堪能しよっか」

 

 そんなわけで、原作とは違って私と布仏さんの二人でお風呂に入ることに。

 うわ…どうしよ。地味にワクワクしてる自分がいるし…。

 

 

 

 

 

 

 




次回…遂に待望(?)の入浴シーン!

女の子だらけでキャッキャウフフする可能性が高いので、男である一夏の出番は皆無な可能性が高いです。





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ばばんばばんばんばん

待望のお風呂回。

そして、意外なキャラが乱入してくるかも…?








「「わぁ~…」」

 

 準備を終えた私と布仏さんは、一緒に半ば貸切状態となった大浴場へとやって来た。

 勿論、長い髪は後頭部で纏めて、体にはちゃんとバスタオルを巻いている。

 

(…やっぱり布仏さん…すんごい胸だな…)

 

 普段の彼女からは想像出来ないけど、本当にスタイル抜群なんだよね…。

 そう言えば、篠ノ之さんやオルコットさん、楯無先輩もスタイルが良いし…織斑先生や山田先生に至っては論外だしな…。

 ってことはあれか。私に近いのは凰さんとボーデヴィッヒさんなのか。

 よし。いつの日か三人で一緒に『貧乳同盟』を結成しよう。

 

「そういえば、布仏さんって大浴場初めてなの?」

「うん。来る来ないは自由だったしね~。大きなお風呂は大好きだし、皆と一緒に入るのも好きだけど、だからと言って人が多すぎるのはね~」

「あー…なんとなくその心理は分かるかもしれない」

 

 友達数人とワイワイとしながらお風呂に入るのは確かに楽しい。

 それは凄く理解出来るし共感も出来る。

 けど、それが途端に多くなると今度は逆に落ち着かなくなってしまう。

 それどころか、寧ろ『早く上がりたい』って気持ちにすらなってくる。

 これじゃあお風呂なんて全く堪能できない。

 

「凄い広いねー…なんじゃこりゃ。どこかの高級ホテルかっつーの」

 

 冗談抜きでこれは文字通りの『大浴場』だわ。

 一度に相当な人数が入浴出来るように設計してありますな。

 

「かおりん。この大きいのだけじゃないみたいだよ?」

「ほえ?」

 

 布仏さんが指さす場所には、大きさこそ中央にある湯船よりは小さいが、その代わりに多種多様の種類のお風呂が設置されていた。

 え? ここって健康ランドとかでしたっけ?

 

「ね! まずはあっちのに入ってみようよ!」

「んー…そだね。滅多に出来ない体験だし、エンジョイしないと損でしょ」

「やったー!」

 

 つーわけで、私と布仏さんは一緒に色んなお風呂に入ってみる事にした。

 

 まずは聞いたことはあるけど全貌は全く知らない『電気風呂』から。

 

「ふわぁぁぁぁぁぁぁ…! し~び~れ~る~…けど…気持ちが良いかも…?」

「びりびりするね~」

 

 電圧自体は低く設定されているみたいで、そこまで痛くは感じない。

 本当に肌が微妙にピリピリするぐらいの刺激がある感じ。

 慣れてくれば癖になるかもしれない。

 

 電気風呂の次は、これまた庶民には全く馴染みのないジェットバス。

 

「おぉ~…。泡が破裂して肌がプルプルするでござるよぉ~」

「ほんとだ~。体全体がプルプルするよ~」

 

 これはこれでまた電気風呂とは違った気持ち良さ。

 心なしか肌の艶が良くなったような気もする。

 つーか、布仏さんの身体で全身がプルプルするのは流石に刺激が強すぎ。

 織斑君みたいなむっつりスケベが見たら、絶対に鼻血ブー案件だね。

 

 三番目に見つけたのは、まさかの『薔薇風呂』。

 なんでこんなのまであるねん…。

 

「キレイっちゃーキレイだけど…なんか落ち着かない。っていうか、想像以上に薔薇の匂いがキツイ」

「薔薇の花びらでいっぱいだねー。お湯もちょっぴりピンク色だー」

 

 こーゆーのは私みたいなチンチクリンじゃなくて、オルコットさんみたいな美人さんが入るべきお風呂でしょ。

 うん。これにはもう二度と入らないでおこう。

 場違い感が半端じゃないから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「「はぅ~…♡」」

 

 あれからも色々な種類のお風呂を堪能し、最後に一番大きな湯船に入ることに。

 やっぱこれが一番だわ~…スタンダード最高。シンプル・イズ・ベスト。

 

「王道こそが最強…はっきり分かるんだね…」

「結局、最後にはこれに行きつくよね~」

「どーかん」

 

 色々と細工を施しても、やっぱり何もしないのがいい。

 これはきっとお風呂だけに限らないんだろうなぁ~…。

 

「…かおりん」

「ん~?」

「今日はかおりん、大活躍だったね」

「大活躍かどうかは分からないけど、今日は珍しく自分でも本当に良く頑張ったって自覚はあるかなー」

 

 トーナメントでボーデヴィッヒさんと試合をして、そこかな流れるようにしてVTシステムバージョンのハイドラガンダムと戦って、それが終わってからもデュノアさんのお父さんと話をしたり、ドイツ軍のお偉いさんと一対一で対面したり…冗談抜きで滅茶苦茶長い一日だった…。

 お願いだから、今日はもうこれ以上のトラブルだけは勘弁してよね…。

 後はもう寝るだけにしたいんだからさ。

 

「私…また、なんにも出来なかったね…」

「…そうでもないよ」

「え?」

 

 なんか落ち込んでるっぽいので、ここは友人として励ましの言葉を送るのが当然だろう。

 私も…布仏さんの暗い顔は見たくは無いから。

 

「試合の時も私の事を何度もフォローしてくれたし、ボーデヴィッヒさんのISが暴走した時も、えっと…名前は忘れたけど、もう一人の子をすぐにステージから退避させてくれたじゃない。布仏さんの素早い行動のお蔭で、私も全力で立ち向かえたんだし。それに…」

「それに?」

「…誰かが自分を応援してくれている。無事を祈ってくれている。後ろで待ってくれている。帰りを待ってくれている。それだけで私はどんな怖いことにも立ち向かえるんだよ」

「かおりん……」

 

 う…うわー! うわー!

 私ってば一体いつから、こんなクサい台詞を言えるようになっちゃんだー!?

 未来の落語家たる者、ここでひとつ面白い事を言っておかなければ…。

 

「ありがとう……本音ちゃん」

 

 ちょ…私の口ー! ギャグを言うんじゃなかったのかーっ!?

 そうじゃないだろー!! ちーがーうーだーろー!

 

「かおりん…今…私の事を名前で…?」

「え? そ…そうだっけ?」

「う…うん! 呼んでくれたよ!」

 

 マジか…全く言った自覚が無かった。

 完全に自然と口から出た…。

 

「これからも名前で呼んでくれる…?」

「えっと…そっちがいいのなら…」

 

 名字で呼んでたのだって、今までの人生の中でクラスメイトとかをしたの名前で呼んだ事が無かっただけだし。

 仮にあったとしても、その時は同じ苗字の人がいたりした場合だけだし。

 でも…虚さんがいるんだった。

 今思えば、お姉さんである虚先輩だけ名前で呼んで、妹である本音ちゃんだけを名字で呼んでたってのは中々に失礼だったかもしれない…。

 これは冗談抜きで反省しなくちゃいけないかもしれない。

 え? 織斑君の場合はどうなんだって?

 あの場合はちゃんと『先生』呼びで判別できるでしょ。

 だからノーカン。OK?

 

「えへへ……かおりんに名前で呼んでもらっちゃった…♡」

 

 可愛い。

 それ以外の言葉が見つからない。

 しかも、満面の笑みを浮かべながら私の隣まで移動してきて、肩に頭を乗せてるし。

 やヴぁい…さっきからずっとドキがムネムネしてる…。

 

「ならば、私の事も名前で呼んでくれないか?」

「ぴょっ!?」

「ふぇ?」

 

 いきなり大浴場の出入り口が開く音と一緒に、物凄く聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 も…もしかして…?

 

「ボ…ボーデヴィッヒさん…なんで…? 部屋に戻ったんじゃ…」

 

 そこに立っていたのは、湯気に隠れて良くは見えないけど、間違いなく全裸の状態で、しかも眼帯を外した珍しい姿で仁王立ちをしていた。

 

「確かに、ついさっきまで部屋いた。だが、少し喉が乾いてしまってな。廊下にある自販機で何かを買おうと部屋を出て歩いていたら、大浴場へと向かうお前達を見つけてな」

「それで後を着けた…ってこと?」

「正確には、部屋に戻って入浴の準備をしてから…だがな」

 

 さ…流石は元軍人…尾行の技術もあるってことですか。

 全く気が付かなかった…。

 

「ふむ…話には聞いていたが、かなり広いな。これは驚きだ。流石はIS学園と言うべきか…」

「感心する気持ちは分かるけど、いつまでもそんな所にいたら風邪を引いちゃうよ。早く湯に入った方が良いよ」

「それもそうだな。では、失礼する」

 

 ボーデヴィッヒさんはそのまま湯船に入り、何故か私の真横にやって来た。

 

「えっと…どうして私の横に? こんなに広いんだから、好きな場所に行っていいんだよ?」

「ここがいい」

「え?」

「私がお前の横が良いんだ。お前は私が隣にいるのは嫌か…?」

「べ…別にそんな事は無いけど…」

 

 捨てられた小猫みたいな顔でこっちを見るのは反則だよ~…。

 何にも言えなくなっちゃうじゃないのよぉ~…。

 

「ボーデヴィッヒさんって、眼帯を取るとそんな顔をしてるんだね」

「変…だろうか…」

「ううん。そんな事は無いよ? オッドアイって普通に可愛いと思うし」

「か…可愛い…か……」

 

 ありゃりゃ。顔を真っ赤にして口元をブクブクさせながらお湯に入れちゃった。

 ま、私は彼女の目の色が片方だけ違う理由を知ってるから、敢えてツッコまないけどね。

 

「かおりんって…もしかして『たらし』?」

「なんでそうなるの?」

「だって…リンリンにセッシーでしょ? しののんにかいちょー…デュッチーにラウラウまで…」

「私は普通に仲良くしてるだけなんだけどなぁ…」

 

 そもそも、私みたいな凡人が同性にモテるとか有り得ないし。

 IS学園ではたまたま、仲のいい友人が沢山出来たってだけの話でしょ?

 

「仲森…いや、佳織はモテモテなのだな。流石だ」

「どこでそんな言葉を覚えたの?」

「副官…元副官に教えて貰った。実は、ついさっきまでその元副官とも話をしていたんだ。今までの詫びと、今日起きた事の報告を兼ねてな…」

 

 申し訳なさそうにしながらも、その顔はどこかスッキリしたようにも見える。

 少しだけ目が赤くなっていることから、きっと部屋で一人泣きまくったに違いない。

 だからこそ喉が渇いてしまったんだろうし。

 

「その元副官は日本の文化にも詳しくてな。日本では『裸の付き合い』というものがあるのだろう?」

「あ…ありはするけど……」

 

 それは女の子同士でするものなのかな…?

 少なくとも私は聞いたことない。

 

「だから、最初の第一歩として、まずは佳織の背中を流そうと思ったんだ」

「その気持ちは嬉しいし、立派だとは思うけどね…」

 

 なんだろう…何かが致命的に間違っているような気がする…。

 これから先も日本で暮らす事になっている事が確定している以上、ここは私や篠ノ之さんのような日本人が色々と教えないといけないのでは…?

 

「布仏も済まなかった…。試合中、私はお前にも敵意を向けてしまっていた…」

「別に私は気にしてないよ~」

「そうか…お前も佳織と同じように強いのだな…」

 

 そうかもね。

 誰かを許すってのはそう簡単にできる事じゃない。

 本音ちゃんはきっと『心』が強いんだと思う。

 そういうのは普通に羨ましい。

 

「後で凰とオルコットにも謝らないとな…」

「そうだね。ちゃんと誠心誠意謝れば、きっと許してくれるよ。二人とも、そんなに心が狭い人達じゃないから」

「お前が言うのなら…そうなんだろうな…」

 

 昨日までの孤独なクールビューティーはどこへやら。

 完全に自信喪失&意気消沈してる。

 これは相当に重傷だな…無理も無いけどさ。

 心のケア…ちゃんとしてあげないと。

 

「ところで本音ちゃん?」

「なーにー?」

「さっきから、どうして私の首元ばかりを凝視してるの?」

「な…なんとなくだよー」

「そう…」

 

 私の首なんか見ても何にも面白くなんて無いと思うけど。

 

(普段は後ろ髪に隠れているかおりんのうなじ…大人の色気たっぷりでセクシーだよぉ~…♡ 本当にドキドキする…)

 

 ボーデヴィッヒさんが謝る時、私も一緒にいてあげた方が良いかな…?

 謝るのはボーデヴィッヒさん本人がした方が良いし、その方が本人の為にもなるとは思うけど、だからと言ってそのまま一人ぼっちの状態にしたら謝る事すら出来ないかもしれない。

 黙って傍にいるだけでも精神的にはかなり違うだろう。

 

 それにしても…結局、原作ヒロイン全員と友達になってしまった。

 最初、絶対不干渉を貫こうとした私はどこに消えた?

 …思ってた以上に良い子達で、日常が楽しくなったから良いけどさ…。

 

 はぁ…それにしても気持ちが良いなぁ~…。

 油断してたら、このまま寝てしまいそうだ…。

 そんな事をしたら風邪を引くから我慢するけどね。

 お風呂上りにフカフカのベッドで寝るのが最高に気持ちが良いんだから。

 それだけは絶対に譲れないよ。

 

(一件落着…かな?)

 

 あくまで『一先ずは』…だけど。

 ここからが本当に大変な事が起きまくる…と思う。

 特にもうすぐある『臨海学校』は。

 例の『機械天使』との戦いで、私とトールギスはどうなってしまうんだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ラウラ、完全にヒロイン入り。

そして、本音との仲も進展。

ヒロインレースに大きくリードしましたね。


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一先ずは一件落着?

ヒロイン全員集合してからの日常回。

あとは第二期のヒロイン姉妹だけですが、姉の方はもう既に陥落寸前なので、妹だけになりますね。

アンケートでは夏休み中のフラグ建設が有力になってますが…。







 モニターの灯りだけが光源となっている真っ暗な空間。

 束は沢山あるモニターの一つを眺めながら、満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「いやー…流石は私のかおりんだねー。あの変な形になったVTシステムすらも一方的にボコるだなんて…お見逸れしたよー」

 

 相変わらず、束は学園で起きている事の一部始終をモニタリングしていた。

 少し前までは千冬や箒、一夏のことばかりを見ていたが、最近ではすっかり佳織一筋になったらしく、彼女のことばかりを眺めていた。

 ある意味、質の悪いストーカーである。

 

「けど…もっと凄いのは、その優しさにあるよね…。私でさえも不可能だった、箒ちゃんの心と真っ直ぐに向き合って、あの子の心を解き放ってくれた。ほんと…参っちゃうよねェ…お姉ちゃんとしての面目、完全に丸潰れだよ~…」

 

 言葉とは裏腹に、彼女は優しい笑みを浮かべており、佳織に対して感謝の意を示しているのが良く分かった。

 

「しかもさ、デュノア社の問題やドイツの事も解決する切っ掛けになっちゃうし…。もしかして、かおりんって私よりも凄い?」

 

 もし本人が聞けば速攻で否定するだろうが、例え独り言とはいえ、束は滅多なことでは他人を褒めたりはしない。

 それは裏を返せば、束が本気で佳織のことを認めたという証拠にもある。

 

「私じゃ精々、力技での解決しか出来ないしなぁ~。そこら辺は私もちーちゃんの事は責められないや」

 

 どうやら、似た者同士の友人のようだ。

 今頃、千冬は自分の部屋でくしゃみでもしているかもしれない。

 

「あぁ~…早く、かおりんに出来立てほやほやの『テンペスト』を直接、渡してあげたいなぁ~。どんな顔をするかなぁ~…喜んでくれるかなぁ~?」

 

 まるで遠足の前の日の小学生のようにドキドキしながら、佳織との邂逅の日を待ち続ける。

 束の中ではもう既に、佳織と直接会う日は決めてある。

 こういうのは只、闇雲に会いに行けばいいというものではない。

 タイミングこそが最も重要なのだ。

 

「それはそれとして……」

 

 カタカタカタ…とキーボードを操作してモニターの映像を切り替える。

 そこには、寮の自室のベッドの上でスヤスヤと静かな寝息を立てている佳織の姿が映し出されていた。

 

「この『牛さん着ぐるみパジャマ』を着たかおりんが可愛過ぎて生きてるのが辛い。っていうか本当に可愛い。可愛過ぎ。マジで天使の寝顔じゃん」

 

 ここで束の顔が急に真剣になる。

 彼女がこんな顔をした時は、大抵が碌な事を考えていない。

 

「なんとかして部屋に忍び込んで、かおりんに添い寝するか…? こんなにも可愛い生き物を独占したいと思う私は何も悪くない。これは人間として当然の感情。うん。良し決まり。決定。そうと決まれば早速…」

 

 佳織の貞操の危機が迫った瞬間、いきなり束のスマホに着信が入る。

 誰かと思い画面を確認すると、なんと千冬だった。

 

「も…もしもし? ちーちゃん…?」

『もしも佳織に手を出そうとしたら、この私が容赦せんぞ』

「な…ナンノコトカナ~?」

『とぼけるな。お前の事だ。あれ程までの戦闘力を持つ佳織に興味を持たない筈がない。どこかで必ず、アイツの事を監視していると思ってな』

 

 鋭い。

 伊達に束と十年以上に渡って友人関係をしていなかった。

 

「ど…どうして私がかおりんに何かしようとしているって思ったのかな~?」

『只の勘だ』

 

 鋭すぎる。

 勘だけで天災の動きを止められるのなんて千冬ぐらいだろう。

 

『もしも佳織の貞操を脅かそうとしたら……』

「したら……?」

『コンクリートの上でスクリューパイルドライバーの刑だ』

「流石の私も絶対に死んじゃうんですけどッ!?」

『死にたくなかったら何もするな。あの子はお前が思っている以上にデリケートなんだ』

 

 あの千冬が本気で佳織の事を心配している。

 千冬が束の事を分かっているように、束にもまた千冬の事が良く分かっていた。

 

 最初こそは教師として、一人の大人としての義務感で佳織の身を案じていたのだろうが、最近になってその感情が徐々に変わりつつある。

 今の千冬は『一人の人間』として佳織の事を想っている。

 何の仕掛けも無く、対話と行動で周りの人間を良い意味で変えていく。

 これこそが『仲森佳織』という少女の本当の凄さなのではないか。

 束はそう思い始めていた。

 

「…大丈夫。私だってかおりんを悲しませたいとは思ってないし。あの子が不幸になるような事だけは絶対にしないよ」

『…いいだろう。今だけはその言葉を信用してやる』

「ありがと」

 

 やっぱり親友には敵わない。

 この短い会話の間に、きっと自分の真意は見抜かれてしまっているだろう。

 

『ついでだ。少し私の愚痴に付き合え』

「え~? 長い間話してたら、通話料も馬鹿にならないよ~?」

『IS学園教師の給料を舐めるなよ。これでも私は高給取りなんだ』

「ちーちゃんの自慢なんて初めて聞いたかもしれない…」

 

 結局この夜、束は久し振りに友人との会話に花を咲かせたのであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「うぅ~ん…?」

 

 日の光と思われるものが瞼を貫通して網膜を刺激する。

 これが朝の来た合図であると私は知っている。

 知っているけど…この体全体に感じる謎の柔らかい感触は何?

 私…別に抱き枕とか買った覚えないんですけど…。

 

「ふわぁ~…」

 

 意を決して目を開けて起き上がる。

 すると、なんだか私の掛布団がいつも以上に膨れ上がった。

 え? マジでなにこれ?

 

「なんだろ……えぇっ!?」

 

 掛布団を捲りあげて正体を確かめようとしたら、そこには全裸の状態で猫のように体を丸めて寝ているボーデヴィッヒさんの姿が。

 

「な…なんでボーデヴィッヒさんが私の部屋にいるのッ!? は…え?」

 

 寝ぼけていた頭が一発で覚める衝撃に混乱していると、その原因であるボーデヴィッヒさんが瞼を擦りながら起き上がった。

 

「もう朝か…?」

「『もう朝か…?』じゃないから! どうしてボーデヴィッヒさんが私の部屋にいて、私と一緒に私のベッドで寝てるのッ!?」

「うん…? 夜中に忍び込んだからだが?」

「『何を言ってるんだ』的な顔で言われても困るんですけど…。というか、ちゃんと鍵は締めてた筈…だよね?」

「勿論、普通に開けた。軍でピッキングの技術を叩きこまれていたからな」

 

 なんちゅーことを教えてるんだドイツ軍は!!

 お蔭でボーデヴィッヒさんが不法侵入するような子になっちゃったじゃないのよ!

 

「あとさ…なんで裸なの?」

「こうじゃないと眠れないんだ」

「気持ちは分からなくはないけどさ……」

 

 今はまだこの『牛さん着ぐるみ風パジャマ』を着てるけど、暑くて寝苦しい夜とかは流石の私も服を脱いで寝たりする。

 だけど、それは本当の本当に追い詰められた時の最後の手段であって、日常的にはしないんだよな~…。

 

「と…兎に角、まずは服を着ないと! 制服は?」

「自分の部屋にある。後で取りに行くつもりだ」

「裸の状態でッ!?」

「あ…そうだったな。迂闊だった」

「どんな格好でここまで来たとか…聞かない方が良いよね…」

「聞きたいのか? 別にいいぞ。私は……」

「無理して話さなくてもいいから! ク…クローゼットの中にある適当な服を…」

 

 急いでベットから飛び出して、クローゼットの中を漁ることに。

 あぁ~…もう! どうして朝からこんな事になってるのよ私!?

 

「か~おり! 一緒に朝ご飯を食べに行きましょ!」

「おはようございます、佳織さん」

「ちゃんと起きてるか? 起きていなければ、この私が直々に…」

「かおり~ん! おはよ~…お?」

 

 ちょ…このタイミングで呼びに来ますかッ!?

 しかも、いつもは誰か一人なのに今日に限って凰さんとオルコットさんと篠ノ之さんと本音ちゃん四人揃って来てるし!

 

「「「「…………」」」」

「「…………」」

 

 重苦しい沈黙が部屋を支配する。

 うぅ…私が一体何をしたってのさ…。

 

「「「佳織(さん)の牛さんパジャマが可愛い…♡」」」

「まさかのそっちっ!?」

 

 あぶねー! 何か知んないけど気付かれずに済んだッ!?

 

「…なんでラウラウがかおりんの部屋にいるの?」

 

 本音ちゃんだけはちゃんと気が付いてたー!

 そうだよね! それが普通の反応だよね!

 

「あ! ほんとだ!」

「ラ…ラウラさんっ!? な…ななななんで裸なんですのッ!?」

「こ…これは一体どういうことなんだ…?」

 

 あ…良かった。三人も普通の反応してくれた。

 原作みたいに、ここでいきなり殴り掛かられたら一溜りもないし。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

「…というわけなんだよ」

 

 取り敢えず、皆を中に入れてからの説明タイム。

 ボーデヴィッヒさんにはクローゼットの中にあった適当な服(胸の所に『スタープラチナ・ザ・ワールド』って書いてある)を着させてある。

 流石に下着までは貸せなかったけど…。

 

「成る程…佳織が寝ている間にラウラの奴が部屋に忍び込んで…」

「そーゆーことなの。一番驚いたのは私の方なんだから…」

 

 IS学園に来て色んな目に遭ったけど、精神的な意味で驚いたのは今回が初めてだったよ…。

 うぅ…この部屋だけが私にとっての安息の地だったのに…。

 

「佳織。本当にこの服は貰ってもいいのか?」

「うん。別にいいよ。一着ぐらいなら」

「そうか…うん。嬉しいぞ」

 

 似たような服は他にもいっぱいあるから。

 例えば『クレイジー・ダイヤモンド』とか『ゴールド・エクスペリエンス』とか。

 

「か…佳織さんの服…なんて羨ましい…」

「いや。ちゃんと洗濯した服をあげてるからね?」

 

 その言い方だと、まるで私が服を洗ってない奴みたいに聞こえるじゃない。

 こう見えても私は割と綺麗好きな方なんですよ?

 

「あのさ…ボーデヴィッヒさん。昨日、話してたこと…今言ってみたら? 割とナイスなタイミングだと思うけど」

「そ…そうだな……」

 

 うーん…ちょっと無茶振りだったかな。

 ボーデヴィッヒさんもなんか言い難そうにしてるし…。

 

「…セシリア・オルコット。凰鈴音…済まなかった。私はお前達に酷いことをしてしまった…心から謝罪する。この通りだ」

 

 うんうん…ちゃんと謝れて偉い…って、なんかベッドの上で土下座してるっ!?

 いやいやいや! 幾らなんでも、そこまでしろとは言ってないからねッ!?

 

「ちょ…ちょっと待ってって! 確かにムカついてはいたし、謝ってほしいと思った事もあるけど、土下座までしなくていいから!」

「そ…そうですわ! 顔を上げてくださいまし!」

「しかし……」

 

 愚直で真面目な部分が悪い方向で暴走しちょる…。

 つーか、土下座なんて何処の誰に教わった?

 例の『日本文化に詳しい副隊長さん』とやらか?

 

「アンタの謝罪はちゃんと受け取ったから! もうあたし達も気にしてないし! ね? セシリア!」

「鈴さんの仰る通りですわ! ですから、そこまでしなくても大丈夫ですから!」

「うん…ありがとう…二人とも…」

 

 ふぅ…二人がちゃんと言ってくれたお蔭でなんとかなった…かな?

 こーゆーのって部外者が口を挟んでも意味無いからね。

 当事者同士で話し合って解決しないと。

 

「ふっ…一先ずは落ち着いた感じだな」

「そーだねー」

 

 やっと部屋の空気が軽くなった…。

 自分の部屋なのに落ち着かないとか、一体どんな地獄だよ。

 

「取り敢えず、ボーデヴィッヒさんは部屋に戻って着替えてきた方が良いよ。それから皆と一緒に朝ご飯を食べに行こ?」

「了解だ。すぐに着替えてこよう」

 

 言うが早いが、ボーデヴィッヒさんはそそくさと部屋から出て行き自分の部屋へと戻って行った。

 行動力があるのが本当に助かる…。

 

「なんか佳織…あの子のお姉ちゃんみたいね」

「お姉ちゃんって…同い年なんだけどな~…」

 

 同じ歳のクラスメイトのお姉ちゃんって…キャラ濃過ぎでしょ…。

 純粋無垢な彼女の目の前で今みたいな話をしたら、即座に私の事を『お姉ちゃん』って言ってきそうで怖い。

 あの子がここにいなくて本当に良かった…。

 

「んじゃ、私も着替えるから廊下で待っててくれる?」

「「「手伝おうか?」」」

「結構です! 本音ちゃん!」

「はいはーい。みんな~廊下に行こうね~」

「ちょ…本音ッ!?」

「お…押さないでくださいましッ!?」

「分かった! 分かったから!」

 

 はぅ~…本音ちゃん…マジでサンクス。

 この借りはいつか絶対に返すと約束するでござるよ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もまだまだ朝のお話が続くんじゃよ。

ここからは原作通りに『臨海学校編』まで一直線に行く予定なので、その間の買い物の話とかもするつもりです。

なので、暫くは戦闘シーンなどは無いと思っていてください。




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戻ってきた日常

疲れが…疲れが取れない…。

季節の変わり目が原因なのかな…?

これでも一応、ちゃんと休んでいるつもりなんですけど…。







 制服に着替えた後、部屋に戻って同じように制服へと着替えたボーデヴィッヒさんと合流し、その途中で織斑君とも出逢ったので、そのまま一緒に食堂へと向かって一緒に朝食を食べることにした。

 

「今日はなんとなくご飯な気分~」

「かおりんがご飯なら、私もご飯~」

 

 と言う訳で、私と本音ちゃんは一緒に日替わり定食を注文することに。

 今朝のメニューは焼き魚定食(納豆付き)。

 うーん…これぞ日本人の朝ご飯ですな~。

 因みに、篠ノ之さんも朝はご飯派なのか、私達と同じ日替わり定食を注文していた。

 

「おや。織斑君は今日はパンなんだね。てっきり私達と同じご飯系かと思ってた」

「別に俺はそこまで拘りとかって無いんだよな。その日の気分で決めてる感じだ」

「ふーん…じゃあ、一緒に住んでる織斑先生も同じ感じなの?」

「そうだな。千冬姉もそこまで拘ってる感じじゃないな。強いて言えば、俺と同じのを食べるって感じか。理由は『考えるのが面倒くさいから』」

「実に『らしい』理由だねぇ~…」

 

 ぶっちゃけ、織斑先生ならどっちを食べてても違和感は無いよね。

 急いでる時なんからトースト片手に出かけてそう。

 

「ドイツでも、織斑教官はそこまで食に拘っている様子は無かったな。よく酒は飲んでいたが…」

「千冬姉……」

 

 織斑先生は無類の酒好きって聞いてたけど、それは他の国に行っても変わらないのね…。

 というか、寧ろ外国に行った時の方がテンション上がるのかな?

 まだ見ぬお酒に巡り合える…的な?

 

「そう言えば、まだお前にも謝罪をしていなかったな。色々と突っかかってしまって申し訳なかった。この通りだ」

「い…いや。もう気にしてないッつーか……」

 

 だよね。やっぱり戸惑うよね。

 いきなりの態度の急変だし。皆じゃなくても驚くと思う。

 

「ねぇ…佳織」

「ん? どうしたの凰さん…わっ!?」

 

 いきなり凰さんに首根っこを掴まれて少し離れた場所へと強制連行。

 しかも、なんでかボーデヴィッヒさん以外の皆も一緒に来た。

 

「さっきの部屋でもそうだったけど、ラウラの奴…幾らなんでも変わり過ぎじゃない? 一体何があったのよ?」

「大人しくなったのは良いことだが…それでも驚いてしまうな。佳織はアイツがああなった理由を知っているのだろう?」

「うん…まぁ…一応は」

「言える範囲で構いませんので、私達にも教えてくださいませんか?」

「そう…だね。皆も少なからずボーデヴィッヒさんには関わってるし…」

 

 詳しく話していけばまた長くなって時間が無くなっちゃうので…ここは例の必殺奥義かくかくしかじか、かくかくうまうまを発動。

 

「…というわけなの」

「ちょ…それマジ?」

「候補生をクビになった上に軍も辞めさせられて…」

「その上で更に国外追放って…」

「こっちの想像を遥かに超えてたな…そりゃ落ち込みもするか…」

「らうらう…可哀想…」

 

 話せる範囲っていうか、もう殆ど話しちゃった。

 国家機密って訳じゃないし、ここにいるメンバーなら理解してくれるでしょ。

 

「確かに自業自得な部分もあるかもしれんが…それでも少し厳しすぎやしないか…?」

「ところがそうでもないかもしれないんだよ。篠ノ之さん」

「それはどういう意味だ?」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらこっちを見てくる篠ノ之さん。

 軍の事情とかを知らないと、こんな反応もするよね。

 

「これはあくまで私個人の推察なんだけど…恐らく、今回の処分はボーデヴィッヒさんの身を守るために行われたことだと思うんだよ」

「あいつを守る為に? どういうことだ?」

「成る程…そう言う事ですのね…」

 

 お? ちゃんとオルコットさんは言わなくても分かってくれたみたい。

 

「そこに至るまでの事情に関係なく、不祥事を起こした候補生の末路はどれもこれもが悲惨の一言に尽きますから…。しかも、ラウラさんは現役の軍人。もしも大人しくドイツに戻っていたら、どうなっていたか…」

「つまり、ラウラにとっての最悪の事態を防ぐ為に、敢えて軍と候補生をクビって形にして、国外追放までしてドイツと軍の両方から遠ざけたって事なのね」

「そゆこと。事実、軍のお偉いさんは『学園を退学』的な事は一言も言ってなかったし、それに……」

「それに? どうかしたの、かおりん」

「うん……」

 

 言うべきかどうかは迷ったけど…言わないとダメな気がする。

 今回の事に関して隠し事はしたくないから。

 

「私さ…ボーデヴィッヒさんの上官さんと通信越しにだけど実際に話をしたんだ」

「す…すげーな…モニター越しとはいえ、現役バリバリの軍人と一対一で話すって…」

「ちょっち緊張はしたけどね。で、最後にあの人はこう言い残したの。『ボーデヴィッヒ少佐を頼む』って。そーゆーことを言われちゃったら…ねぇ?」

 

 もう何も言えなくなるっていうか…卑怯だよね。

 只でさえ目の前で精神的に弱っている姿を見てるんだから、支えてあげなくちゃって気になっちゃうじゃない。

 

「そう…ですわね。お気持ちは分かりますわ」

「まぁね…。命を守るためとはいえ、表向きは何もかもを失ってるわけだし…」

「見て見ぬふりは出来ない…か。このご時世だ。私達も決して他人事ではないからな」

「だねー…。らうらうを一人ぼっちには出来ないよね…」

「けど、仲森さんだけが全部する必要はねぇよ。俺達も一緒にラウラの事を支えてやろうぜ」

 

 あはは…お人好しだなー…。

 けど…うん。皆のそーゆーとこ…普通に好きだよ。

 なんて言うのかな…居心地がいいっていうか…暖かいよね。

 

「お前達、いつまでそうやって話している気だ? 時間が無くなってしまうぞ?」

 

 あらら。言われちった。

 

「だって」

「ラウラの言う通りだな。急いで食べないと、また千冬姉の雷が落ちてくる」

「それだけは御免だな。出席簿アタックを喰らうのは一夏だけで十分だ」

「そうですわね。早く食べてしまいましょうか」

「さんせー」

「なんで俺だけ出席簿を喰らうことが前提になってるんだ?」

 

 もう、そういうキャラで定着しちゃってるんだよ…きっと。

 

 そういえば、今朝はまだデュノアさんの姿を見てないな…。

 何処に行ってるんだろ? 織斑君に聞いても『今朝から姿が無かった』って言ってたし…。

 編入し直しの件で色々と忙しいのかな?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 なんとか朝のHR前に朝ご飯を食べ終え、準備をしてから教室へと向かった。

 成績は微妙でも、無遅刻無欠席ぐらいはしたいからね。

 

「今日の一時間目は何だったかな~っと。おや?」

 

 鞄の中から教科書やノートを出そうとしていると、教室のドアが開いて疲れた顔の山田先生がやって来た。

 なんかすっごい顔になってるんだけど…ホントに大丈夫?

 昨日の事件の事後処理で大変だったのかな?

 

「みなさ~ん…おはよ~ございま~す…」

「「「「明らかに元気が無いッ!?」」」」

 

 いつも元気な山田先生があんな表情を見せるのは本当に珍しい。

 もしや、織斑先生も似たような状態だったり?

 

「今から朝のホームルームを始めるんですけどー…その前に皆さんに報告がありまーす…」

「はい。それってデュノア君がいない事と関係があるんですか?」

 

 おっと。誰かは知らないけどズバっと聞いてきたね。

 図星な質問を言われて山田先生がめっちゃ動揺してまんがな。

 

「そう…ですね。その事で大事なお話があるんです」

 

 さてはて…どんな風な台本を用意したのかな?

 流石に原作みたいにストレートな事は言わないと信じたいけど…。

 

「実はですね、いきなりではあるんですけどデュノア君が急遽、フランスに帰国することになりました」

「「「「「え―――――――――っ!?」」」」」

 

 一番最初ほどではないけど、それでもそれなりの悲鳴が聞こえた。

 私や織斑君を初めとした『事情を知る面々』は全く驚いてないけど。

 

「なんでも、デュノア君がこちらにいられるのは『自分が搭乗した際のISの稼働データを十分なくらいに収集しきるまで』だったみたいで、そのノルマが達成されたことでこちらにいる理由が無くなった…との事です。突然ではありますけど、これに関しては最初から決まっていた事のようで、本人も『別れの言葉も言えずに申し訳ありません。皆さんと過ごした日々はとても楽しかったです』と言っていました」

 

 この後の展開を容易に想像できる身としては…全く感慨深くない。

 ぶっちゃけ『とっとと出てこいやぁ!』ってのが本心です。

 

「その代わりと言っては何ですが、彼と入れ替わる形でデュノア君の双子のお姉さんがフランスから転入生としてやって来ることになりました。彼女もまたフランスの代表候補生らしいです」

 

 成る程…そう来ましたか。

 あくまで『シャルル・デュノア』の存在を無かった事にせず、適当な理由を付けて帰国したことにして、そこに『双子』という設定を盛り込んでからご本人の登場…ってことにしたのか。

 家系図とかを調べられたら一発だけど…このクラスにそこまでして調べようと思う一般生徒は一人もいない。

 それどころか、疑うって事すらも知らない頭がお花畑の連中しかいないから勿論……。

 

「デュノア君って双子だったんだ…」

「玉の輿が~…」

「こんな事になるなら、もっと積極的に動いてればよかった…」

「デュノア君の双子ってぐらいだから、きっと美少女なんだろうなぁー」

 

 …ほらね? だーれも疑ってない。

 色んな意味で将来が心配な人達です。

 オレオレ詐欺とかに引っかかったりしないよね…?

 

「はぁ…また部屋割りとか考え直さないといけないし…その他にもトーナメントの一回戦の準備もやり直ししなくちゃだし……」

 

 …よし。今日の夜、絶対に山田先生に何か差し入れに行こう。

 私ぐらいは労ってあげないと流石に可哀想だ。

 精の付く料理とかが良いよね…となるとニンニク系?

 ニラのたっぷりと入った餃子とかいいかも。

 

「それでは、入って来てくださーい…」

 

 心なしか山田先生の目の下に隈があるような気がする。

 せめて今晩だけはゆっくりと休んでくださいな。

 なんてことを考えている内に、再び教室の扉が開いて、そこから女子の制服を着た正真正銘の『デュノアさん』が入ってきた。

 

「シャルルの代わりに日本に来ました『シャルロット・デュノア』です。弟がお世話になりました。これから、よろしくお願いします!」

 

 弟て…心にもない事を普通に言えたもんだ。

 デュノアさんにはお芝居の才能があるのかもしれない。

 それはそれとして…うん。女子の制服、凄くよく似合ってるじゃない。

 全然違和感なんて無いよ。寧ろ、こっちの方が自然なまである。

 

(あ…一瞬だけこっち見た)

 

 取り敢えず、サムズアップでもしておくか。

 良かったね、デュノアさん。

 

「姉弟揃って候補生とは…やるな。しかし、山田先生は何を疲れているのだ?」

 

 おう…流石はボーデヴィッヒさん…微塵も疑いを知らない純粋無垢な瞳…。

 私は別の意味で君の将来も心配だよ…。

 

 こうして、私達の日々に束の間の日常が帰ってきたのだった。

 

 

 




まだラウラの『ヒロイン度』が出せてませんが、それは追々魅せていこうと思います。

私の中ではもう、ラウラの立ち位置は決まりかけていまして…。

これから、佳織の周囲は今まで以上に賑やかになりますが、同時に一学期一番の難所である『臨海学校』が控えている訳で。

色々とあるけど…まずはその前にお買いものイベントじゃぁ~!!





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朝から賑やかなIS学園

ここから暫くはトールギスきゅんの出番は無し。

ゼクスと閣下は泣いていい。








 新しい朝が来た。希望の朝だ。

 カーテンから差し込む朝日が眩しくて気持ちが良い。

 うん。今日も素晴らしい日本晴れだ。

 

「…なんて現実逃避をしながらのー…お布団オープン!」

 

 ……いない。

 ほっ…本当に良かった…。

 

 デュノアさんが女子として再編入し、またもや少しだけ寮の部屋替えが発生した。

 まず、今までずっと織斑君と一緒だったデュノアさんはボーデヴィッヒさんと相部屋になり、織斑君はついに念願の一人部屋となった。

 噂では、部屋替えの際に織斑君と私、一人部屋同士で一緒にすればいいんじゃないか的な話も出たらしいが、織斑先生が鬼のような形相で猛反対した…らしい。

 それについては普通に感謝してるし、私も流石に男の子と一緒の部屋と言うのはかなり抵抗がある。

 どうして鬼の形相になったのは分からないけど。

 

「デュノアさんと一緒ならボーデヴィッヒさんも大丈夫だよね。もう二度と私の部屋に不法侵入とかしないよね?」

 

 これは確認と言うよりは願望に近い。

 朝、起きたら自分以外の人間の温もりを感じた時の精神的衝撃は本当に凄い。

 一撃必殺で目が覚める。いやマジで。

 

「やっぱり一人部屋こそ至高だよねぇ~……起きよ」

 

 鏡の前に立ち、櫛で軽く髪を整える。

 私って凄い髪が長いせいか、寝て起きると髪がかなり乱れてる事が多いんだよね。

 だったら切ればいいじゃないって思われるだろうけど、ここまで伸ばすと逆に愛着が湧いてくる。

 これが女心と言う奴なのか…?

 

「こんなもんかな。よし」

 

 髪も整え終わったし、とっとと着替えて食堂に行きますか。

 昨日はご飯を食べたし今日は……ご飯だ!

 でも、偶には日替わりじゃないのにしようかな?

 何が良いかな~? どれにしようかな~?

 IS学園の食堂はメニューが豊富過ぎるから困りますなー。

 中には『なんじゃこりゃ』って感じの見た事も聞いたもとも無いメニューもあったりするし。

 こんなにも色んな国の食事を扱っている食堂なんてここぐらいだろうね。

 

「いつも皆に迎えに来て貰ってるし、今日ぐらいは私が待つ立場になってもいいでしょ。ってことで、お着替えターイム」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 『彼女』は、本当の意味で僕の事を救ってくれた。

 僕自身だけじゃなく、デュノア社や家族まで救ってくれた。

 本人は否定するかもしれないけど、その『切っ掛け』を作ってくれたのは間違いなく『あの子』だった。

 どれだけ感謝してもしきれない。

 彼女の事を考えていると、いつも脳裏に『あの言葉』が浮かび上がる。

 僕があの子を本格的に意識する切っ掛けになった言葉を。

 

『あの二人の優しさを馬鹿にしないで』

 

 今思えば、あの言葉は正しく『一撃必殺』の威力があった。

 あんな言葉を言われて何も思わない人間はいないと思う。

 事実、あの日からずっと僕は『彼女』を視界に入れると心臓の鼓動が早くなる。

 そう…僕にとって…あの子は……。

 

「お待たせ…シャルロットちゃん。迎えに来たよ」

 

 白馬の王子様ならぬ…白馬のお姫様なのだから……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 目が覚めると、そこは学生寮の自分の部屋。

 窓の外では小鳥たちが鳴き、朝を告げている。

 

「ゆ…夢…?」

 

 新たな自分の部屋となった場所のベットの上で、シャルロットは頭を真っ白にしながら顔を真っ赤に染める。

 夢なのに、最後の光景だけはハッキリと思い出せる。

 白く美しい馬に乗った佳織が、男装をした状態でバラの花びらをまき散らしながら登場し、自分に向かって手を伸ばし、そのまま……。

 

「はわわわわわわわわ……」

 

 大切な恩人で何という妄想をしてしまったのか。

 けど、思い出すとそれだけで顔がにやけて…。

 

「んにゅ~…? シャルロットォ~…? どうして朝から騒いでいるんだ~…?」

「あ! ご…ごめんねラウラ! 起こしちゃった?」

「起こされたというか…今ので目が覚めたというか…」

 

 隣のベッドでは、瞼を擦りながらラウラが起き上がる。

 流石に裸は止めたのか、その小さな体には佳織があげたTシャツが着られている。

 因みに胸の部分には『ソフト&ウェット・ゴービヨンド』と書かれてある。

 

「なんだか顔が赤いぞ? 体調でも悪いのか?」

「え? だだだだだ大丈夫だよ! うん! ちょっと掛布団を被って寝ちゃってただけだから! すぐに良くなるから!」

「…そうか。なら別にいいが…」

 

 助かった…。

 純粋無垢なラウラが同室で本当に助かった。

 もしもこれが鈴辺りならば、まるで警察の事情聴取並に色んな事を聞かれていたに違いない。

 

「そ…それよりも、早く朝ご飯に行く準備でもしよ? きっと皆も待ってるから」

「確かにそうだな。佳織を余り待たせてはいけないな」

 

 ラウラの口から佳織の名前が出た途端、再び夢の光景が自動的に脳内再生された。

 

「な…なんだかまだ体が火照ってるなぁ~! ちょっとシャワーでも浴びて頭を冷やしてくるよ! ラウラは先に準備でもしてて!」

「…? 了解だ」

 

 ラウラにと言うよりは、自分に対する言い訳のように誤魔化しながら、シャルロットは慌ててシャワー室へと入っていき、服を全部脱いでからの冷水で文字通り頭を冷やした。

 

「何をやってるのさ僕は…もぉ~…」

 

 まだまだ青春真っ盛りなシャルロットであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 食堂に行く途中でいつもの皆と合流。

 今日は待たせないで済んだ。偉いぞ私。

 

「おはよう、皆」

「おはようございます、佳織さん」

「おはよー、かおりーん」

「おはよう、佳織」

 

 まずはオルコットさんや本音ちゃん、篠ノ之さんと会って、その後に凰さんと織斑君と会った。

 どうやら、まだデュノアさんとボーデヴィッヒさんは来てないみたい。

 時間には余裕あるし、問題は無いけど…。

 

「もう既に全員揃っていたか」

「ボーデヴィッヒさん。おはよう」

「おはようだ、佳織」

 

 噂をすれば何とやら。

 一番最後にボーデヴィッヒさんとデュノアさんがやって来た。

 デュノアさんはなんだか顔が赤いけど…どったの?

 

「今日も和食で箸の練習だな。日本で暮らすと決まった以上、一刻も早く慣れなくては…」

 

 嘗ての厳格っぽい彼女はどこへやら。

 今のボーデヴィッヒさんは完全に無邪気の化身だ。

 もしかしたら、これこそが本当の彼女なのかもしれない。

 

「デュノアさんも、おはよ」

「お…おはよ! 佳織!」

 

 Oh…完全に声が裏返っておりますがな。

 割とマジでどうした?

 

「「「「………」」」」

 

 そして、篠ノ之さんと凰さんとオルコットさんと本音ちゃんはどうしてすごい形相でデュノアさんの事を見つめてるの?

 なんか怖いので、織斑君に尋ねてみる事に。

 

「ね…ねぇ…皆どうしたのかな?」

「俺にもサッパリ…。ただ一つだけ言えることは…」

「言えることは?」

「『君子危うきに近寄らず』…ってことだな」

「激しく同感」

 

 こんな時、藪蛇だけは絶対に御免被るからね。

 大人しく歩みを進めるが吉と見ました。

 

「食堂…行こっか?」

「…だな」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 朝の食堂は本当に賑やかだ。

 生徒達が入れ替わり立ち代わりに出入りを繰り返している。

 私達も急いで席を確保しないと、食べる時間が無くなってしまう可能性が高い。

 どれだけ時間に余裕を持って出ても、ここで浪費してしまっては何の意味も無い。

 

「食券の販売機も並んでるね」

「そこまでの行列じゃないけど…それでも少し時間が掛かっちまうな」

「人間が多いことの弊害というやつだな。こればかりは仕方あるまい」

 

 席数はかなり多い筈なんだけど、それ以上に生徒数が多いんだよね…。

 お蔭で、毎朝皆で椅子取りゲームだ。

 お昼とかは食堂以外で食べる人も多いから、そこまで苦じゃないんだけど。

 

「素早くメニューを決めて並ばないとね」

「じゃないと、折角注文したメニューが冷えちまう。それだけは勘弁だよ」

「よ…よし。今日は『焼き魚定食』とやらに挑戦だ。上手く食べれるかどうか不安はあるが…」

 

 焼き魚定食かー。

 箸に慣れてない人にはかなり難易度が高いんじゃないかな?

 けど、本人がやると言っている以上は温かく見守らないと。

 チャレンジ精神は大切だし。

 

「ところで…あいつらはいつまで睨み合っているのだ?」

「「さぁ…?」」

 

 つーか、まだやってたんだ。

 密集してコソコソ話してるっぽいけど。

 

「お前らー。早くしないと食べ損ねちまうぞー。言ったからなー」

 

 織斑君の忠告を聞き、やっと皆こっちに来た。

 一体何の話をしてたんだろう?

 

「シャルロット…さっきの話、後でもっと詳しく聞かせなさいよ?」

「う…うん…分かった…」

 

 さっきの話とな?

 いや…気にしない方が良いな、これ。

 わーたーしーはーなーにーをたーべーよーかーなー?

 ……よし。決めた。

 ずっと気になってた『卵定食』にしよう。

 そうと決まったら、早速食券を購入でゴザル。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 卵焼きに目玉焼き。

 それに錦糸卵が振り掛けられていて、味噌汁には溶き卵が入っている。

 卵豆腐もセットになっていて、トドメに『卵掛け御飯もどうぞ』と言わんばかりにドンと生卵も一個ついてきた。

 TKG専用の醤油のおまけ付き。

 

 …うん。これこそ、どこに出しても恥ずかしくない立派な『卵定食』だ。

 

「仲森さん…すげーの注文したな…」

「完全な卵オンリーじゃないの…」

「ここまで卵だらけだと、却って清々しいな…」

「前に一度見て、ずっと注文してみたかったんだよね」

 

 なんか普通に引かれてるけど気にしない。

 そんなのは今更なのです。

 

 因みに、あれからちゃんと全員が座れるぐらいの席は確保できた。

 割と奇跡的じゃないかと思う。

 

「か…佳織さん? その…生卵をライスに掛けて食べるのですか?」

「そーだよ? シンプルかつ最高の食べ方。これが卵を一番美味しく味わえる食べ方なんだよ。ね、本音ちゃん」

「TKGは日本が生み出した卵料理の最高傑作だよ…」

 

 イギリス生まれのオルコットさんには衝撃的な光景だったのか、普通に驚かれた。

 そういや、外国の人は日本人の『生食』って文化がイマイチ理解出来ないって聞いたことがある。

 今じゃ刺身とかも受け入れられてるみたいだけど、最初はそりゃもうドン引きされたって。

 これは完全に日本独自の文化だよねぇ~…。

 

「ふにゅ? ボーデヴィッヒさん? どうして私の頬を触るの?」

「いやな。こんなにも卵料理を食べているから、佳織の肌はこんなにも綺麗なのかと思ってな」

「別に普段から頻繁に食べてる訳じゃないよ?」

 

 にしても大胆ですな…普通に驚いたよ。

 織斑君以外は恐怖新聞見た時のリアクションみたいな驚き方してるけど。

 

「卵掛け御飯かー…いいよなー…。迷った時は取り敢えず食うって感じだよな。絶対にハズレ無いし」

「そうよねー。ホカホカの白米に卵を掛けて、その上に醤油を垂らしてるだけなのに、なんでか物凄く美味しいのよねー」

「一度でも味わったら最後、この魅力にはそう簡単には抗えんしな…」

「これだけでもう十分過ぎるよねー」

 

 卵焼きをおかずに、卵焼きご飯を食べる。

 傍見てると変な光景かもだけど、これは想像以上に美味しい。

 この『卵定食』を生み出した人は天才だな。

 ノーベル平和賞を受賞してもいいでしょ。

 

「むぅ…魚を食べようとすればするほど、魚の原型が無くなっていく…なんでだ?」

 

 ボーデヴィッヒさんも悪戦苦闘しながら頑張って箸で焼き魚を食べようとしてるけど、お皿の上の焼魚はまぁ見るも無残な姿に。

 逆に食べやすそうではあるけどね。

 

「えっと…佳織は卵料理が好きなの?」

「卵料理が好きってよりは、卵料理『も』好きって感じ? 自分で言うのもアレだけど、私ってあんまり食べ物の好き嫌いってないから」

「そう…なんだ…良い事聞いちゃった…」

「ふぇ?」

 

 最後の方…なんか言った?

 

「そっか…佳織は好き嫌いが無いのね…」

「これは重要な情報だな…」

「それならば……」

 

 なんだろう。

 急に背中に悪寒が走りましたよ?

 

「前に屋上で食べた時に思ったけど、仲森さんって料理が得意なのか?」

「得意ってよりは、必要に迫られた結果、自然と上手になっていったって感じ?」

「俺と一緒だ。千冬姉が家事がからっきしだったから、俺が出来るようにならなくちゃって…ってさ」

「…苦労してるんだね」

「色んな意味でな…」

 

 前に一回だけ部屋の前まで行って、まだ室内は見たことないけど織斑先生の部屋って相当な『汚部屋』なんでしょ?

 それを一人で掃除していると考えると…なんか急に同情の念が出てくる。

 

「今度、織斑先生の部屋を掃除する機会があったら教えてよ、私も一緒に手伝うから」

「いいのか?」

「勿論。普段から凄くお世話になってるんだし、ちゃんといつか恩返しをしたいなって思ってたの」

 

 こういう機会でもないと、マジで恩返せないし。

 チャンスは最大限に生かす。それが私の主義なのですよ。

 

「もう十分に恩返ししてると思うけどな…」

「何か言った?」

「な…なんでもないよ。ほら、とっとと食っちまおうぜ。朝のHRに遅刻しちまう」

 

 またなんか言われたような気がしたけど…別にいいか。

 

 因みに、原作とは違ってちゃんとHRには遅刻しないで間に合いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から臨海学校に向けて本格始動。

佳織にはどんな水着を着せようかな?






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水着問題

体型によって似合う水着ってあると思うんです。

今作のオリ主である佳織は、他のヒロイン達みたいなモデル体型じゃなく、どっちかと言うとスレンダーだったりします。

そうなるともう、必然的に色々と限定されてきますよね…。






 原作のように遅刻しそうにはならず、時間に余裕を持って教室に着く事が出来た。

 ってことは、当然のようにISを使っての全力疾走なんてしていない訳で。

 

「あ。チャイムだ」

「ちゃんと間に合ってよかったですわね」

「もしも遅刻でもしたら、また出席簿が一夏の頭の上に落ちてくるからな」

「なんで俺だけが叩かれること前提なんですかねっ!?」

「「「「「「え?」」」」」」

「どうして全員揃って『何言ってんだ』的な顔をするんだよ…」

 

 だって、出席簿アタック=織斑君のイメージが完全に定着しているというか…。

 ぶっちゃけ、割とマジで卒業までに織斑君の頭蓋骨が陥没しない事を祈ってると言いますか。

 

「織斑君。休みの日でいいから、病院で頭蓋骨のレントゲンとか撮った方が良いかもしれないね」

「仲森さんに言われると途端にマジっぽく聞こえてくるっ!」

 

 これに関してはマジで心配して言ってるんですけどね。

 流石にクラスメイトが頭を骨折しましたとか洒落にならないし。

 

「そうならない為にも、今は早く自分の席に着きませんこと?」

「それもそうだね」

 

 オルコットさんの言う通り、出席簿アタックが現実にならないようにするためにも、やるべき事はちゃんとやっておかないとね。

 

 私達を含めたクラス全員が着席したタイミングで、織斑先生が教室へと入ってきた。

 毎回毎回思うけど、本当に凄くいいタイミングで入って来るよね。

 どれだけ正確な体内時計を持っているのやら。

 

「ちゃんと全員揃っているな。では、これより朝のSHRを開始する。日直」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 織斑先生が来た事で一気に教室内の空気が引き締まる。

 いつもとは言わないけど、せめて実習時間ぐらいはこうであって欲しいんだけどね。

 

「今日は通常授業の日だったか。IS学園は一種の専門学校ではあるが、名目上は立派な高等学校だ。分かっているとは思うが、テストなどで情けない結果などは出してくれるなよ?」

 

 朝からプレッシャーを掛けてくれますな…。

 そうならない為の努力はしているつもりだけど、それでも一抹の不安はあるんだよね…。

 こればっかりは、いつの世も決して変わることは無いと思う。

 

「今の成績に不安がある者は遠慮なく言ってきて構わない。いつでも補習授業を行ってやる」

 

 実際、私もお世話になりまくってますからね。

 補修が無かったら本当にどうなっていた事か…。

 

「それと、来週から始まる『校外特別実習期間』だが、全員忘れ物などしないように。たった三日間だけとはいえ学園を離れることになる。自由時間に羽目を外し過ぎないように気を付けろ。いいな?」

 

 校外特別実習期間…なんて小難しい言い方をしてるけど、要は『臨海学校』の事を指してるのよね。

 七月の初頭にあって、確か初日は一日丸々が自由時間になっていて、一年生全体が完全に浮かれ捲っているのが手に取るように分かる。

 まぁ…七月の海だし、興奮したり燥いだりする気持ちは理解出来るけど…まだ先の話だよ?

 ちょっと気が早くない?

 

(あ…でも、海となると水着を持って行かないといけないのか…。水着ねェ…)

 

 お世辞にも私は余りスタイルが良い方じゃない。

 特にガンちゃんの隣にいると凄く自分が惨めになってくる。

 その事に一度、キグちゃんがマジ切れして、ビキニを着たガンちゃんのおっぱい目掛けて全力ビンタをしてたっけ。

 んで、その後になんでかマリーさんが殴られるまでがワンセット。

 

「何か今日の事に関する質問などはあるか? 無いのならば、このまま朝のSHRを終了する」

「はい。山田先生の姿が見えないんですけど、お休みなんですか?」

「あぁ…そのことか。そう言えば言うのを忘れていたな」

 

 あの子は確か…篠ノ之さんの新しいルームメイトの鷹月静寐さん…だったっけ?

 真面目な性格をしていて好感が持てるって言ってたっけ。

 彼女の質問で私も初めて気が付いた。

 そういや確かに山田先生がいないや。何処に行ったんだろう?

 

「山田先生は今度の校外実習の現地視察に行っているので今日は休みとなっている。なので、山田先生の分は今日だけは私が担当することになる」

 

 つまりは諸々の下見に行ってるって事なのか。

 そりゃ、自分の生徒達を泊まらせる旅館なんだから、下見ぐらいは行って当然か。

 

「他に質問が無いのなら、これでSHRは終了する。日直」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 お昼休みになり、朝の時と同様に皆一緒に食堂で食事をする。

 この時間帯は朝とは違って人が分散するので、そこまで込み合ってはいない。

 

「臨海学校かぁ~…。私、何気にソレ系のイベントって初めてかも知れない」

「そうなの? 中学の時とかに無かった?」

「無かったかな~…」

 

 今思えば、ウチの学校もIS学園に負けず劣らずの特殊な学校だったしね。

 別のイベントなら有りはしたけど。

 

「あたし達はあったわよね。林間学校」

「あったな~。夕飯の時にお約束のカレーを作ったんだけど、なんでかウチの班だけ皆から凄い目で見られてたんだよな…」

「一夏が気合い入れすぎて凄いカレーを作ったからでしょうが。じっくりコトコト煮込みまくって具材が溶けたカレーなんて美味いに決まってるんだし」

 

 そりゃ誰だってドン引きするわ。

 気持ちは凄く分かるけど。

 

「かおりんの学校じゃ何をやったの~?」

「一週間の職業体験」

「それもそれで凄いじゃないか。普段は決して出来ない貴重な体験が出来る」

 

 篠ノ之さんの言う通り、このイベントはかなり人気があり、私も普通に楽しかったうえに非常に勉強になった。

 あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。

 

「佳織さんはどの職業の体験をなさったんですの?」

「仲良し五人組で一緒に落語家をやった。正確にはプロの落語家さんの弟子みたいなことをやってたんだけど」

「そっか…仲森さんは落語部に入ってたんだもんな。そりゃ、プロの人の元で勉強して当たり前か」

「まぁね。さっき篠ノ之さんが言った通り、凄く貴重な経験や話をする事が出来たよ」

 

 あの時、使ってたメモ帳…まだちゃんと実家の机の中にあるんだよね。

 地味に私の大切な宝物だったりします。

 

「佳織は立派に将来の夢に向かって頑張ってるんだね。凄いなぁ…」

「IS学園にいるからと言って、まだ完全に諦めてる訳じゃないしね」

 

 卒業後に芸能系の専門学校に通うって手もあるし。

 マリーさん達と一緒に立派な落語家になるって夢は、そう簡単には捨てきれないよ。

 

「将来の夢…か。私にはまだ何にも思い浮かばんな…」

「今はまだそれでもいいと思うよ? 人生これからなんだし」

「ふむ…そういうものなのだろうか…」

 

 色んな意味でボーデヴィッヒさんはこれからが大変だしね。

 前にも言ったけど、ゆっくりと考えていけばいいんだよ。

 

「それはそれとして…佳織」

「ん? どったの凰さん」

「アンタ…持って行く水着ってあるの?」

「「「「!!??」」」」

 

 …なんで本音ちゃんとボーデヴィッヒさん以外の女子四人が過剰な反応をするの?

 

「水着自体はあるんだけど…」

「だけど?」

「多分、学園には持って来てない。実家にあると思う」

 

 入学の時には色々とテンパってて、臨海学校のことなんてすっかり頭の中から抜けてたからね。

 私の記憶が正しければ、今も実家の私の部屋のクローゼットの中に眠っていると思う。

 

「そっかぁ…持って来てないんだぁ…」

「な…なに…?」

 

 凰さんの目が完全に悪巧みをする悪役令嬢になってますがな。

 嫌な予感がするでゴザルよ…。

 

「だったら、今度の日曜にでも一緒に水着を買いに行かない?」

「水着を? 私と一緒に?」

「そ。あたしも丁度、日本に戻ってきたのを機に水着を新調しようと思ってたのよね。どう?」

「うーん…」

 

 今度の日曜は特にこれといった予定もないし、断る理由も無いんだよね。

 気晴らしに外に行くのも悪くは無いかも…。

 

「おほほほ…鈴さん?」

「目の前で堂々と抜け駆けとは…やってくれるな…!」

「僕達もいる事を忘れて貰っちゃ困るんだけどな~?」

 

 おっふ…ニコニコ笑顔だけど、眉間に青筋を立ててるオルコットさんと篠ノ之さんとデュノアさんが凰さんの肩をガシッと摑んでる…。

 

「分かってるわよ。んじゃ、アンタ等も一緒に来る?」

「「「当然!!」」」

 

 当然なんだ。そっか。

 

「仕方ないわねー。なら、本音とラウラも一緒に来なさいよ。っていうか、本音の場合は何も言わなくても一緒に来そうだけど」

「行くー!」

「佳織が行くのならば、私も行かぬわけにはいくまい」

 

 …成る程。最初からこれが目的だったな?

 私を誘えば、必然的に皆も一緒に行くと言い出すと見越して、敢えてあんな言い方をしたんだ。

 ストレートに言わない辺り、なんとも凰さんらしいなぁ…。

 

「ついでだし一夏も荷物持ちとして一緒に来なさい」

「ついでかよっ!? しかも荷物持ちッ!?」

「なによ。女の子に重い荷物を持たせる気?」

「水着なんだから別に重くは無いだろ…」

「他にも何か買うかもしれないじゃない」

「寧ろ、そっちの方が主目的なんじゃないのか?」

 

 私もそんな気がしてきた。

 けど、女の子の買い物って往々にして、割とそんな感じだったりするよ?

 

(結局、全員参加になるのね…)

 

 分かっていた事ではあるけど、かなりの大所帯で買い物に行くことになるな…。

 これ絶対に目立つでしょ…誰も彼もが美少女揃いだし。

 逆に私の方が際立つかもしれないなー。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「…てなわけで、今度の日曜日に皆で臨海学校用の水着を買いに行く事になりました」

 

 放課後の生徒会室。

 今日はこれといった仕事も無いので、皆でのんびりとお紅茶タイム。

 

「あら、いいじゃない。佳織ちゃんは本当に良く頑張ってくれてるんだし、偶には思い切り羽を伸ばさないとね」

「そうですね。本音、余り皆さんに御迷惑を掛けないようにするのよ?」

「はーい」

 

 虚さん…完全にお姉さんを通り越してお母さんになりつつある件。

 

「それにしても臨海学校かー。懐かしいわねー」

「そうですね。IS学園の一年生は毎年必ず行ってますからね」

 

 毎年なんだ…流石はIS学園。

 お金だけは本当に有り余ってますなー。

 

「佳織ちゃんは、臨海学校のスケジュールって知ってる?」

「一応は。一日目が一日ずっと自由時間で、二日目がISの各種装備の試験運用とデータ取りをする…んですよね?」

「その通り。特に専用機を持ってる子達はかなり大変よ?」

「マジかー…」

 

 あれ? って事は私もその『忙しい人達』に分類されるの?

 トールギスってシンプル・イズ・ベストを体現したような機体だし…何かする事ってあるのかな?

 追加装備とか無くても十分にチートなのに?

 

「ま、佳織ちゃんには関係ないかもしれないわね」

「トールギスは、あの時点で既にこれ以上ない程に完成され尽くされています。これ以上、何かする事は却ってあの機体の特性を失わせることになるかもしれません」

 

 トールギスの特性って…超高機動&超重装甲&超攻撃力?

 こうして羅列するだけでもトールギスの異常性が際立つよね…。

 完全に『ぼくの作ったさいきょうのIS』だし。

 

「けど、もしもトールギスに追加武装をするとすれば…」

「槍…が良いかもしれませんね」

「そうね。しかも、普通の槍じゃなくて『ランス』辺りがいいかも」

「あの超加速から繰り出されるランスチャージは、間違いなく一撃必殺の威力があるでしょうね」

「鬼に金棒とは、まさにこれのことよね」

 

 トールギスに槍…か。

 それ、どこかで見た事があるような気が…どこだっけ?

 

 そうして、今日の生徒会活動は臨海学校の話で盛り上がって終わるのでした。

 これで良いのかな…生徒会…。

 

 

 

 

 

 




次回、皆で一緒にお買いもの。

美少女軍団大行進の巻?






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お買いもの♪ お買いもの♪

やってきました買い物回。

パッと見は完全に一夏ハーレムですが、実際には違うと言う皮肉。

でも、彼はそこまで気にしていないかも?

これ…確実に数話に跨いだ話になりますわ。

花京院の魂を賭けてもいい。











 今日は皆と一緒に臨海学校行きに備えての買い物に行く日。

 前に休みの日にマリーさん達と一緒に遊びに行ったことがあるけど、こうしてIS学園の友人達と一緒に出掛けるのは何気に初めてだ。

 うーん…地味に緊張するなー…。

 一応、恥ずかしくない服装を選んだつもりだけど、これで大丈夫かな…?

 なんて、うだうだ考えてても仕方ないか。

 早く、待ち合わせとなっている寮の入り口前に急ぎましょ。

 

「お待たせしましたー」

「おぉー…かおりんだー」

「まだ大丈夫よ。皆来たばかり…だ…し…」

 

 って、もう私以外の皆、全員集合しとるやないかーい。

 というか、なんか皆して私の方を見て固まってない?

 

「佳織……」

「なに?」

「前に着てた私服とはまた違うのね…」

「あ…うん。あの時はあの時で少しはしゃいでたしね。今日はまぁ…無難な服を選んだと言いますか…」

 

 今回の私の服は真っ白なワンピースに、同じく白いリボンが付いたカチューシャのセット。

 これぐらいなら特に変な事も無いでしょ。

 

「なんでかしらね…本物のお嬢様が二人もいるのに、佳織の方がずっとお嬢様っぽく見えるのは…」

「鈴さん…何気に失礼ですわね。けど、言いたい事は分かりますわ」

「やっぱり佳織には『白』って色が良く似合うよね」

 

 うーん…これって褒められてる…のかな?

 あんましよく分からないや。

 

「本音ちゃんは私服でも袖がダボダボしてるんだね」

「こっちのほうが落ち着くんだ~。かおりんはウチのお嬢様よりもずっとお嬢様してるね~。すっごく可愛いよ~!」

「そ…そう? ありがと」

 

 ストレートな褒め言葉はやっぱり照れますな~。

 それはそれとして、しれっと更識先輩のことをディスった?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ぶえっくしょん!! あぁ~…佳織ちゃんが私の話でもしてるのかしら~?」

「どうでもいいですけど、女子高生として、生徒会長として、そのくしゃみは流石にどうかと思いますが?」

「し…仕方がないじゃない! 自然と出ちゃったんだから!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 気のせいかな?

 生徒会室方面から、女子高生が絶対にしちゃいけない声がしたような気がする。

 

「私で最後なのかな?」

「確かにそうだけど、別に気にする事は無いわよ。そんな急ぐわけでもないし」

「それもそっか」

 

 待ち合わせの場所は指定していても、時間指定は無かったしね。

 友人と遊びに行くなんて、こんなもんで良いのか。

 

「…あれ? ボーデヴィッヒさん…」

「どうした?」

「えっと…どうして何故に制服?」

 

 皆は思い思いの私服を着ているのだけど、どうしてかボーデヴィッヒさんだけがいつもの学園の制服を着ていた。

 これが平日なら、そこまで違和感は無かったかもしれないけど、流石に休日だとかなり目立つ。

 

「私が持っている服はこれしかないからな」

「そ…そうなの? 私服とかは?」

「無い。他に持っている服と言えば、前に佳織から貰ったTシャツぐらいだ」

「あれかー…」

 

 あのシャツはどっちかというと部屋着専用だからなぁ~。

 外出時には着ていけないよねぇ~…。

 

「元から他に服なんて持っていなかったし、持っていたとしても軍服ぐらいだった。だが、今の私はもう軍属でもなければ代表候補生でもない。となると、必然的に残る服は制服しかなくなる」

 

 これは割とマジで深刻なのでは…?

 早めにどうにかしないと、ボーデヴィッヒさんが変なことになってしまいそうな気がする。

 

「僕も部屋で佳織と全く同じことを尋ねて、同じように返されちゃったよ…」

「そうなんだ…」

「ラウラ。今回は仕方ないから良いとして、今度は何処か一緒に服でも買いに出かけようね。女の子として、私服の一つも無いのは流石にアレだと思うし」

「ふむ…そうなのか?」

「そうだよ。ねぇ、佳織」

「ん?」

「ラウラの服を買いに行く時、一緒に来てくれる? 佳織のオススメなら素直に着てくれそうだし」

「そうだね。私は全然いいよ」

「やった!」

 

 まだまだ軍人時代に癖が完全に抜けきっていないのか、少し頑固なところがあるからねー。

 私が付いていくことで、ぞれが少しでも緩和されるのなら喜んでご一緒させて頂きましょ。

 

(ぐぬぬ…やるわねシャルロット…!)

(ラウラさんをダシに使って、見事に佳織さんとお出かけをする約束を取り付けるとは…!)

(しゃるるん…恐るべしだ~…)

(私にもシャルロット程の積極性があれば…)

 

 そこの四人はどうして悔しそうに唇を噛み締めているの?

 

「というか、さっきから織斑君がずっと静かだけど、どうかしたの?」

「いい……」

「はい?」

 

 何が『いい』なの?

 急に意味不明過ぎて逆に怖いよ?

 

「仲森さん…凄く良い……」

「はぁ……」

 

 いつもと違って静かに凝視されて普通に変。

 男女比率が7対1って事実を見てどうにかなっちゃった?

 

(前見た時とはまた違う仲森さんの魅力…目が離せない…あ…あれ? 俺、マジでどうしちまったんだ? さっきから心臓がバクバクして五月蠅いんだけど…)

 

 織斑君が棒立ち状態になってしまった。

 目の前で手を振っても完全な無反応だし。

 マジでどした?

 

「こら一夏! とっとと出発するわよ!」

「いでっ!? 何も脛を蹴る事はねぇだろっ!?」

「アンタが佳織の事をいやらしい目で見てたからでしょうが!」

「い…いやらしい目でなんて見てねぇよっ!」

「じゃあ、どんな目で見てたのよ」

「そ…それは…」

 

 そこで言葉に詰まらないでよ。

 こっちが反応に困るから。

 

「とにかく、早く行くわよ。モノレールの時間があるんだから」

「お…おう…」

 

 そういやそうだった。

 IS学園って人工島の上に建築されてるから、外に出るには車専用の海底トンネルか、もしくはモノレールの駅から行く必要があるんだよね。

 私達は運転免許なんて持ってないから、勿論皆一緒にモノレール。

 

(モノレールに乗るの、これで二回目になるけど…卒業する頃にはすっかり慣れてたりするのかな~…)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 人生二度目のモノレール~。

 流石に人数が多いので二つの座席に分かれる事に。

 私と一緒に座っているのは、凰さんと本音ちゃん、それから織斑君の三人だ。

 なんでか座る場所はじゃんけんで決めていたけど、私だけは『シードだからしなくていい』って言われた。なんで?

 

「そういや佳織。持ち合わせって大丈夫? 最近の水着って結構高いから、いざとなればアタシが奢るわよ? 候補生って普通に稼いでるから」

「んー…お金なら大丈夫…だと思う」

 

 あんまり俗っぽい話題で好きじゃないから、敢えて避けてきたけど、実は私の財布や通帳って昔では考えられないような状態になっている。

 その原因はいくつか考えられるけど…。

 

「あんまり大きな声じゃ言えないんだけど、トールギスに乗るようになってから私の通帳に毎月、お金が振り込まれるようになったの。しかも、すんごい額のお金が」

「凄い額のお金?」

「うん。どう考えても0の数が多すぎるでしょって思うレベルの金額。私も最初見た時は本気で我が目を疑ったぐらいだし」

 

 前世でも、あんな数字のお金なんて一度も見た事が無かった。

 もしもギャグ漫画の世界だったら絶対に目玉が飛び出してたよ。

 

「それって多分、佳織に支払われた『給料』なんじゃないの?」

「給料?」

「そ。佳織って候補生でもなければ企業に所属してる訳でもない。ある意味じゃ一夏と似たような立場になってる。一夏もお金貰ってるんでしょ?」

「まぁな。仲森さんほどじゃないけど、いつの間にか俺の持ってる通帳にかなりの額の金が振り込まれてたな」

 

 そうだったんだ…。

 言われてみれば、織斑君がお金に困っているシーンって一度も見た事が無いかも。

 

「二人とも、名目上は『テストパイロット』って事になってるんじゃないの? だから、ISを動かせば動かすほどにデータ収集料としてお金が振り込まれたんじゃないかしら?」

 

 私の二度目の人生初のお給料がこれとは…。

 皮肉と言うか、何と言うか…。

 

「佳織の場合は『危険手当』も含まれてそうだけど」

「それはあるかもなー…」

 

 トールギスは常人には超絶危険な機体だしねー。

 なんせ『パイロット絶対殺すマシン』ですから。

 殺人的な加速は伊達じゃないってね。

 

「そのお給料って、どれぐらいだったのー?」

「んー…聞きたい?」

「聞きたーい」

「教えるのは良いんだけど…あんまり大声じゃ言いたくないというか、言えないと言いますか…。本音ちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」

「はーい」

 

 ちょっち恥ずかしいけど、本音ちゃんの顔に自分の顔を近づけて、耳元でひそひそと教えてあげた。

 

「…まじ?」

「マジです」

「かおりん…まさかのブルジョアさんだー…」

 

 ブルジョア…私には最も縁が無い言葉の一つだ。

 

「ね…ねぇ…アタシにも教えてよ」

「俺も聞きたいかも…」

「それじゃあ…顔を近づけてくれる?」

「「分かった」」

 

 またもや恥ずかしいけど、なんかもう二回目にして少し慣れた。

 慣れって怖い。

 

「こしょこしょこしょ…だよ」

「…嘘でしょ?」

「そう思いたいのは私の方だよ…」

「俺に振り込まれてた額の軽く十倍以上はあるじゃねぇか…」

「ぶっちゃけ、アタシの給料よりも貰ってる…」

 

 え? 私…候補生よりもお給料が上なの?

 流石にそれは冗談だよ…ね? そうだよね?

 

「まさかとは思うけど…全額持ってきた…なんてことは…」

「いやいやいや。私にそんな度胸なんて無いって。必要最低限の額しか出してないよ。怖くて持ち歩けないもん。私自身は至って普通のどこにでもいる小市民なんだよ?」

「もうその台詞…全く説得力ないわよ?」

「うそーん…」

 

 もう既に私は一般人の域を逸脱してしまっているのか…?

 いいや…まだだ! まだ終わらんよ!

 まだ一般人に戻れるチャンスは必ずどこかにある筈だ!

 

「ま…まぁ兎に角、お金に関する心配だけは無いってことね。なら、思いっ切り高級な水着でも買ったら?」

「どれだけ高級な水着を買っても、私に似合わなきゃ意味無いよー」

「かおりんなら、どんな水着も似合いそうだけどな~」

 

 それは本音ちゃんのスタイルが抜群だから言える事だよ…。

 私のような慎ましやかな女は、それ相応の水着を着ているぐらいが丁度いいんだよ。

 自分で言ってて悲しくなってきた…。

 

「ま、実際に店に行ってから考えればいいか。どんなのがあるのかも、まだ分からないしね」

「それもそっか」

 

 何にするかは、行ってみてからのお楽しみ…か。

 

「それはそれとして一夏。佳織の水着姿を妄想して鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ」

「の…伸ばしてねぇしっ!? つーか、そこはせめて『想像』って言ってくれないかなっ!?」

「どっちも一緒でしょうが。佳織の事を視姦したら、あたしたち全員が許さないわよ」

「し…しねぇよ…」

「目を逸らしながら言っても説得力ないわよ」

 

 どれだけ鈍感でも、やっぱり織斑君も男の子なんですな~。

 けど、私みたいな貧相な体の女なんて見て何が楽しいの?

 それともまさか…織斑君って特殊な性癖の持ち主だったり?

 それはそれでちょっと引くなー…。

 

「ほら。佳織も引いてるじゃない」

「ち…違うんだ…! 決して、そんな意味で見たりなんて…」

「おりむ~?」

「変に弁解なんてしようとしたら却って怪しいわよ」

「俺に救いは無いのか…?」

「無いんじゃない?」

「ぐはぁっ!?」

 

 織斑君が血反吐を吐いてぶっ倒れた所で、もうすぐ目的地に到着する旨のアナウンスが車内に聞こえてきた。

 駅前のショッピングモールかー…どんな場所なんだろうなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ほらね? 言った通りでしょ?

次回は原作通り、千冬さんや山田先生も登場するかも?






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アオハルかよ。アオハルです。

なんか凄く久しぶりに感じる投稿です。

思い切り休めたお蔭で、すっかり体調も良くなりました。

今日からまた頑張っていきますね。







「「ほぇ~…」」

 

 私とボーデヴィッヒさんが一緒に同じ声を上げる。

 モノレールを降りて到着した場所は、駅前にあるショッピングモール『レゾナンス』

 駅前と言って侮るなかれ。

 ここはちょっとしたテーマパークレベルの広さがあった。

 

「凄いね~…こんな所、来たのは初めてだよ~…」

「私もだ。至る所に店舗が入っているのだな」

 

 ボーデヴィッヒさんの言う通り、所狭しと多種多様なお店が軒を連ねている。

 絶対に一日だけじゃ見て回ることは不可能でしょ…。

 今日が休日と言うこともあって、物凄く人で賑わっているし。

 いやはや…久し振りに本気で驚きましたな…。

 

「佳織とラウラは、これ系の場所には来た事が無いわけ?」

「近所の商店街とかぐらいしか行ったことが無いかな~…。遊びに行く時も、滅多に遠出とかしないし…」

「私は基本的に基地内から出た事が無かったからな」

 

 ウチの近辺ってかなりの田舎だったしな~。

 ある物はあるけど、そこまで多くは無いって感じ?

 分かる人には分かると思う。

 

「凰さんや織斑君は、こういう場所にはよく来てるの?」

「そうだなぁ~…。中学の頃はよく皆で遊びに来てたよな」

「そうね。お互いに特に用事が無い時なんかは、ほぼ確実にここに寄って遊んで帰ってたわよね」

 

 やっぱ、中央区に住んでた子達は違うんだな~…。

 オルコットさんは祖国でもショッピングモールには行き慣れているのか、そこまで大きなリアクションはしていなかったし、それはデュノアさんや本音ちゃんも同様。

 逆に篠ノ之さんは、私達以上に珍しいのか、大きく口を開けた状態で固まっていた。

 

「なんだこれは…そこらにあるデパートよりも大きくないか…?」

「っていうか、ここには普通にデパートもあるわよ?」

「「デパートも入ってるのっ!?」」

 

 あ。驚きの余り、篠ノ之さんと同じリアクションをしちゃった。

 でも普通に驚くでしょ。駅前にデパートがあるって誰が想像する?

 

「んじゃ、色々と見て回る前に、まずは当初の目的を果たしましょうか」

「佳織さんの水着選びですわね」

「その通り」

 

 あ…あれ? 私だけじゃなくて、皆の水着選びじゃなかったっけ?

 どうして私だけの一極集中状態になってるの?

 

「確かここって、水着専門店が二階にあった筈よね?」

「そうだった…と思う。あんまし、ソレ系の店には立ち寄らないからな…記憶が曖昧だ」

「まぁ…普通はそうよね。そこまで頻繁に行くような店じゃないし、仕方ないわ。いざとなったら案内板でも見ればいいし、今は兎に角、ここから移動しましょ」

「はーい」

 

 凰さんに先導されるような形で、私達は巨大ショッピングモール『レゾナンス』の中を進んでいくことに。

 ちゃんとついていかないと、簡単に逸れて迷子になっちゃいそうで怖いな…。

 この歳で迷子センターのお世話にだけはなりたくないよ…?

 確実に一生レベルの黒歴史になるから。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 やっぱり都会って凄い。

 水着だけの専門店があるなんて思わなかったから。

 実家にある水着だって、デパートの水着コーナーで買ったやつだよ?

 店の全部が水着だらけって凄くない?

 右見ても水着。左見ても水着。どこを見ても水着。

 

「なんだか目移りしちゃうね…」

「これ全てが水着なのか…?」

「信じられん…水着だけでこれだけの種類が存在しているのか…」

 

 私と同じように、水着専門店なんて始めて来た篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんも、目を丸くして店の中を見渡していた。

 

「一夏とはここで一旦お別れね。ここって男女別で水着が売られてるから」

「そーゆーこった。買い物が終わったら、店の前で待ち合わせしようぜ」

「それが良さそうだね。じゃ、また後で」

「おう。また後でな」

 

 そんな訳で、ここから男女別…と言っても、実際には織斑君だけが離脱した状態でお店の中へと入ることに。

 

「来る途中で色々と頭の中で考えてはいたけど…実際にこうしてお店まで来ると、どれにしていいか分からなくなってくるね…」

「そう? こう…『ビビッ!』と来たのを選べばいいんじゃない?」

「ビビッって…」

 

 ニュータイプじゃないんだから…私にはそんな感応波なんて出せません。

 そもそも、自分に似合う水着なんてものがあるかどうかすら不明だし…。

 

「う~ん…かおりんには、こう…派手な色の水着よりも大人し目な水着の方が似合いそうな気がするな~」

「本音の言う事も一理あるわね。佳織は普段から大人しい子だから、黄色とかピンクみたいな色は却って似合わないかも」

「佳織さんが今、着ていらっしゃる服のように白か…もしくは水色辺り…?」

「そうだね…佳織には清楚な色が良く似合いそうな気がするよ」

「普段は控えめにしつつも、いざと言う時には自ら剣を持って前に出る…佳織こそ、大和撫子の理想形だな」

 

 なんか皆が勝手な事を言ってる…。

 あと、私は別に大和撫子なんかじゃないからね、篠ノ之さん。

 

「およ? ボーデヴィッヒさん、どうしたの?」

「なぁ…佳織。私にはどんな水着が似合うと思う?」

「んー…そうだなぁ~…」

 

 私服と同じように、水着もまた全く持っていないボーデヴィッヒさん。

 最初は普通に『支給されたスクール水着でいいのでは?』なんて言っていた。

 いやいや…流石にそれは勿体無いでしょ。

 こんなにも綺麗な肌をして、可愛い顔をしてるんだから。

 ちゃんと彼女に似合う可愛い水着で着飾ってあげないと世界の損失だ。

 

(原作通りにフリフリなフリルが付いた可愛い系の水着が一番似合いそうだよね~。ロリとフリルを組み合わせた時の相乗効果は核兵器に匹敵するから)

 

 なんだろうね、あの異常なまでの相性は。

 この世に『フリル』って存在を生み出した人はロリコンだって私は未だに信じてるから。

 

「そうだ…パレオを着させるのはどう? 絶対に佳織に似合うわよ?」

「「「「それだ!」」」」

 

 で、そこはそこで何を意気投合してますかね。

 パレオがなんだって?

 

「はっ!? ちょ…ちょっと待ってくださいまし!」

「どうしたんだセシリア?」

「今…私の脳裏に天啓が降りましたわ…!」

「天啓?」

「えぇ…以前、このような言葉を聞いたのを思い出しましたの…」

 

 またぞろ嫌な予感がしてきたぞ~。

 これは、ボーデヴィッヒさんの水着の心配をしている暇じゃないかもしれない。

 

「『黒は…女性を美しくする』…と」

「発想の転換…その手があったか…!」

「専用機の色と性格ばかりを見て、佳織には清楚系の色が似合うと錯覚していたけど…」

「それも十分にあり…だな…!」

「黒い水着を着たかおりん…絶対にセクシーだよぉ~…♡」

 

 黒い水着ねぇ…選択肢に入れた事すらないや。

 挑戦的なのは良いけど、だからと言って似合わな過ぎるのもなぁ~…。

 

「こ…ここで話していても埒が明かないわ。ここであたし達も一旦解散して、各々で佳織に似合いそうな水着を見繕って来て、そして本人に決めて貰いましょ」

「「「「賛成!」」」」

 

 あー…もうそれでもいいや。

 割とマジな話、私ってかなり優柔不断だから、もし仮に一人で決めようとするもんなら確実に決められない。

 特に、今みたいに至る所に水着があるような空間だと特に。

 

「佳織もそれでいいわよね!?」

「え? あ…うん。一人じゃ決められる自信もないし…皆に任せるよ」

「よしきた! 佳織に似合う最高の水着を選んでくるからね!」

 

 いや…私の水着を選んでくれるのは純粋に嬉しんだけどさ…ちゃんと自分用の水着も忘れずに選んでね?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ボーデヴィッヒさんには、こーゆー水着が似合いそうな気がする」

「こ…これか? 少し派手なような気がするが…」

 

 皆が私の水着を選んで店の中を奔走している中、私はボーデヴィッヒさんの水着をゆっくりと選んでいた。

 優柔不断人間の不思議な習性として、自分の事は中々に決められないのに、なんでか他人の事になるとすぐに決められてしまう。

 …それだけ他人に対して冷淡だって証拠なのかな…。

 

 因みに、私がボーデヴィッヒさんに対して選んだのは、原作のビキニタイプとは違う、薄い水色のワンピースタイプの水着。

 勿論、足の付け根とかにフリルがちゃーんとついている。

 これを見た途端、額の辺りからキュピーンって効果音と共に閃光が走って、地球連邦軍の高官に反省を促したくなりそうになる衝動を押さえ込んで、不思議と『これだ!』って思って手に取っていた。

 

「ボーデヴィッヒさんみたいに可愛い女の子は、これぐらいの可愛い水着が似合うんだよ」

「か…かわ…!?」

 

 あらら。お顔を真っ赤にしちゃってまぁ。

 お可愛いこと。

 

「しかし…水着とはこんなにも高価な物だったのだな。今まで余り買い物自体をした経験が無いので全く知らなかった」

「買い物云々はともかく、水着の値段に関しては私も同感」

 

 そういや、ボーデヴィッヒさんって軍人時代からお給料は貰っていたけど、その使い方を余り理解していない節があったっけ?

 これは色々と教えていくことが多そうで大変ですなー。

 にしても、マジで最近の水着って高くね?

 ボーデヴィッヒさんの水着を選んだ時も、思わず値段を見て本気で驚いたんだけど。

 

(まさか、この水着一着で最新ゲームと同じぐらいの値段がするとは…恐るべし…)

 

 トールギスの危険手当が無ければ、まず間違いなくここで詰んでた気がする。

 IS学園に通うようになって初めてトールギスに感謝をしたかもしれない。

 

「けど大丈夫。今の私は限定的ではあるけどお金持ちになってるから。これぐらいは余裕で奢れるよ」

「い…いや、流石に奢って貰う訳には…私にも一応、金はあるぞ!? 財布も持って来ているし…」

「それは、今後の自分の為に取っておいた方が良いよ。何があるか分からないんだし…ね?」

「う…うむ…そうだが…」

 

 やばいなー…ちょっと拗ねてるボーデヴィッヒさんが可愛過ぎるわー…。

 今、ちょっとだけ妹を可愛がる更識先輩の気持ちが分かった気がするー…。

 

(でもー…ボーデヴィッヒさんは同い歳な上にクラスメイトなんだよなー…)

 

 何とも複雑な心境。これで良いのか仲森佳織。

 

「ま…まぁいいや。兎に角、これをレジまで持って行こうか」

「他の奴等は良いのか?」

「いいんじゃない? 用事があれば向こうから来るよ…きっと」

 

 なんとなくだけど、そんな気がする。

 自分で言ってて悲しくなってくるけど。

 

 そうして私とボーデヴィッヒさんの二人でレジに向かって歩いていると、意外な人物と遭遇することになった。

 

「ん? 仲森と…ボーデヴィッヒ? また珍しい組み合わせだな。一緒に水着でも買いに来たのか?」

「織斑先生?」

「教官…?」

 

 そこにいたのは、いつもと同じように黒いスーツを着て棚に飾られている水着と睨めっこをしていた織斑先生の姿だった。

 原作でも水着を買いに来ていたけど、まさか私達の方で遭遇するとは思わなかった…。

 

 

 

 

 

 




次回、織斑先生のターン。





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お姉ちゃんって呼んで

今回は珍しく千冬さん視点。

現実は冬ですが、劇中では夏なので、更にヒロインレースが加速する?








 臨海学校に備え、山田先生…真耶と一緒に駅前にあるショッピングモール『レゾナンス』へとやって来ていた。

 真耶の強い希望により、私達は水着売り場へとやって来て、彼女は意気揚々と奥へと入っていき、一人残された私も店内を見渡しながら中を歩いて行く。

 最近は色んな水着があるんだな…知らなかった。

 水着に対して特に拘りとか無かったしな。

 

 折角だし、私も何か買おうかと辺りを物色している時だった。

 

「織斑先生?」

「教官?」

 

 なんと、佳織とラウラが一緒に並んで歩いてきた。

 こんな場所で出会うと思っていなかったから、流石に驚かされた。

 しかも、まさかの組み合わせだったからな。

 

 学年別トーナメントの一件以降、ラウラは佳織によく懐いていると聞いた。

 自分の命を救って貰っただけでなく、元上官との確執も解き解して貰ったのだから当たり前か。

 今思えば、佳織の周囲にはラウラだけに限らず、色んな生徒達が集まってきている。

 その殆どが、佳織の手によって救われて来た者達ばかり。

 本人はすぐに否定するだろうが、それでもこいつが大勢の心と命を救ってきたのは紛れもない事実だ。

 私も…その苦労に少しでも報いる事が出来ればいいのだがな…。

 

「まさか、お前達が二人一緒とはな。他の連中はいないのか?」

「一応、一緒に来てはいますけど…」

「別の場所に行っているのか?」

 

 佳織の話によると、どうやら鈴を初めとする連中は、佳織に似合う水着を探して店内を奔走中との事らしい。

 その間に、佳織はラウラに頼まれて彼女に似合う水着を探していた…とのことだ。

 

「と言うことは、まさか一夏も一緒なのか?」

「はい。今は隣の男性の水着売り場に行ってます」

「そうか」

 

 あいつのことだ。

 恐らくは鈴辺りに『荷物持ちとして来い』的な事を言われて来たんだろう。

 実際は、佳織と一緒に出掛けられる機会を逃したくない一心だったに違いないが。

 

 それはそれとして…私は佳織の私服が猛烈に気になっている。

 真っ白なワンピースに真っ白なリボンが付いたカチューシャ。

 ハッキリ言おう…か・わ・い・す・ぎ・る…!

 

 制服も白、専用機も白と言うこともあって、佳織には『白』という色が非常に良く似合う。

 もういっそのこと、佳織のパーソナルカラーにしてもいいんじゃないかと思う。

 え? それだと一夏と被る? そんなのは知らん。

 

 もしも、この場にラウラがいなかったら私は自分の感情を抑える事が出来なかったかもしれん。

 そういう面で、ラウラには本気で感謝したい。

 

「あー…なk…佳織はプライベート用の水着を持っていないのか?」

「一応、持ってはいるんですけど…臨海学校があることをすっかり忘れてて実家に置いてきちゃったんですよね…たはは…」

 

 …成る程な。だから、こうして臨海学校に備えて水着を買いに来た訳か。

 と言うことは、目的自体はこっちと同じなんだな。

 しれっと名前で呼んだ事には気が付かれていないか。

 嬉しいような、悲しいような…。

 

「奇遇だな。実は、私も臨海学校に備えて買い物に来たんだ」

「そうだったんですね」

 

 今思えば、こうして学校外で佳織と出会うのなんてこれが初めてだ。

 この機に少しでも佳織との距離を縮めておきたい。

 

「か…佳織は自分で水着を選ばないのか?」

「うーん…自分にどんな水着が似合うのか、良く分からないんですよね…」

「実家にあるという水着はどんなのなんだ?」

「普通のワンピースタイプの水着ですよ。色は確か…水色だったかな?」

 

 水色の水着か…。

 清楚なイメージの強い佳織にはぴったりだな。

 

「なら、私が佳織の水着を選んでやろう」

「え? いいんですか?」

「構わんさ。お前には普段から頼りきりになってしまっているからな。こんな時ぐらい、私に頼ってくれ」

「割と日常的に織斑先生には頼ってるんだけどな…」

「それでも…だ。気になるのなら、佳織が私の水着を見繕ってくれないか?」

「わ…私でいいんですか?」

「勿論だ」

 

 よし!! ナイスな事を言ったぞ私!!

 今のは自分で自分を褒めてやりたい!!

 

「教官の水着を選定する役に選ばれるとは…流石は佳織だな」

「流石…なのかな…?」

 

 少しラウラがいた事を忘れかけたが…まぁいいだろう。

 他の奴等と違って、今のこいつは全く害は無い。

 しかし…あれだな。

 こうして佳織とラウラが並んでいると、まるで姉妹のように見えるな。

 ラウラの背が低いから猶の事。

 

 ということで、ここから私と佳織とラウラによる水着探しが始まった。

 ラウラはもう決まっているようなので、探すのは主に私と佳織の分になるが。

 小娘共には悪いが、ここは私に譲って貰うぞ。

 

「矢張り、佳織には白い水着が似合うと思うんだが…」

「白…ですか?」

「あぁ。今もそうだが、佳織はよく白い衣服を着ているイメージが強いからな」

「それに、佳織は専用機も白だしな」

 

 よく言ったラウラ。ナイスフォローだ。

 ご褒美に、後でお菓子でも買ってやろう。

 

「ふむ…これなんかどうだ?」

「白い…ビキニ…ですか?」

「そうだ。良く似合うと思うぞ」

 

 ふと目に着いた水着を手に取り、佳織に見せつける。

 すると、顔を赤くしながら水着を凝視し始めた。

 

「わ…私みたいのにビキニなんて大胆なの…似合うのかな…」

「何事も挑戦だぞ? それに、佳織ならきっと似合うさ」

 

 というか、私が佳織のビキニ姿を見たい。

 

「もし恥ずかしいのなら、パレオも一緒に買ったらいい。セット販売のやつだけじゃなく、個別に売っているのもあるみたいだしな」

「パレオ…それなら大丈夫かも…?」

 

 よし! 佳織もその気になってくれた!

 本当はここで試着も勧めたいのだが、流石に今はまだそこまで踏み込むのは拙い。

 何事も段階が重要なのだ。

 

「なら、今度は私の水着を選んでくれないか?」

「分かりました。えっと…」

 

 まぁ、佳織が選んでくれた水着ならば、どんな物でも着るつもりだがな。

 だがここは敢えて、佳織のセンスに期待してみようと思う。

 

「ふふふ……」

「どうした?」

「いえ…少し変な事を考えちゃって」

「変な事?」

 

 佳織がこうして笑うのは割と珍しい。

 普段の彼女は、いつも暗そうにしているからな。

 

「ご存じだと思いますけど、私って一人っ子なんですよ」

「らしいな」

「兄弟姉妹が一人もいないんで、クラスメイトがそっち系の話をしているのが羨ましかったんですよね。で、織斑先生とこうして水着を選んでると、ちょっとだけ『もし私に歳の離れたお姉ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな』なんて思っちゃって…変ですよね。織斑先生は織斑君のお姉さんなのに…」

 

 ズッキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 か…佳織…その顔と、その台詞の組み合わせは反則だぞ…!

 呼んでいい…好きなだけ呼んでくれて構わんぞ佳織!!

 お前が望むのならば、私は喜んでお前の『お姉ちゃん』になる!!

 

「えっとな…佳織。私とお前はその…教師と生徒という関係だ。それは分かるな?」

「は…はい」

「けど、それはあくまで『学園内でのみ』に限定される。今はお互いにプライベートで、ここはIS学園じゃない。だからだな…お前がそう望むのであればだな…私の事を『お姉ちゃん』と呼んでk…」

「織斑先生~!」

「「「あ」」」

 

 こ…この声は…まさか…!

 

「あれ? もしかして仲森さんとボーデヴィッヒさんですか? お二人も来てたんですね~!」

「「「山田先生…」」」

 

 ま…真ぁ~耶ぁ~!!

 どうして! よりにもよって! このタイミングで戻って来るんだ!!

 

「さっき、そこで凰さんや篠ノ之さん達も見かけたんですけど、もしかして一緒に来てたんですか?」

「はい。と言っても、店の中に入った途端に別れちゃったんですけど」

「そうだったんですね。あ、その水着可愛いですね! きっと仲森さんに似合いますよ!」

「あ…ありがとうございます」

 

 まるでマシンガンのように畳み掛ける真耶。

 そうだった…すっかり忘れていた。

 真耶は仕事中は頼りなさそうにしているが、プライベートとなると途端に饒舌になるんだった。

 

「「「佳織~!!!」」」」

「かおり~ん!」

「佳織さ~ん!」

 

 げ。ここで更に小娘共もやって来た。

 はぁ…私だけの時間はここで終わりか。

 仕方あるまい…。

 

「「「「「この水着はどうっ!?」」」」」

 

 やって来たのは凰と篠ノ之とオルコットと布仏とデュノアの五人。

 各々に佳織に似合うと思った水着を握りしめているが…残念だったな。

 もう既に佳織の水着は、この私が選んでいる。

 

「って…あれ? 佳織がも既に水着を持ってる? それって…」

「私が選んだ水着だ」

「「「「「織斑先生ッ!?」」」」」

 

 ここでようやく私に気が付いたか。

 あと、真耶も一緒にいるんだから気が付いてやれ。

 流石に可哀想になってくる。

 

「ど…どうしてここに…?」

「お前達と同じだ」

「ってことは、水着を買いに…?」

「そうだ。その最中に佳織たちと遭遇したんだ」

 

 なんだろうな…大人げないと分かっちゃいるが、それでもこいつらの驚く顔を見ているとその…込み上げてくるものがあるな。

 

「白いビキニのパレオ付き…」

「悔しいが…良いセンスをしている…!」

「やっぱり佳織には白が似合うんだよね…」

「かおりぃ~ん…」

「お見事ですわ…織斑先生…!」

 

 フッ…偶には私も一本取るぐらいの事はしなくてはな。

 

「あ…あぁ~…成る程。そういう事ですか」

「山田先生?」

 

 真耶の奴…何を一人で納得している?

 

「皆さん、ちょっと私と一緒に向こうに行きましょうね~。ほら、ボーデヴィッヒさんも」

「う…うむ…了解した…」

 

 なんと、真耶が佳織以外の全員を引き連れて何処かへと去って行ってしまった!

 結果として、私と佳織の二人っきり状態に。

 なんて気遣いの塊…やるな真耶!

 今度、私の持っている最高の酒を振る舞ってやろうじゃないか!

 

「そ…そういえば、まだ佳織に水着を選んで貰ってなかったな」

「あ…そうだった。えっと…」

 

 佳織は近くにある棚を見渡してから、一着の水着を手に取った。

 

「織斑先生には、これが似合うと思います」

「黒のビキニか…」

「えっと…織斑先生って普段から黒いスーツを着てるから、水着も黒が似合うかなーって思ったんですけど…」

 

 か…佳織…そんなにも私の事を見てくれていたのか…!

 不覚にも感動してしまった…!

 

「では、これにしよう。折角、佳織が選んでくれた物だしな」

「あ…はい。では、どうぞ」

 

 佳織から水着を受けとり、一緒にレジへと向かう事に。

 ここでまた大人にしか出来ない戦法を取るか。

 

「どうせ一緒に払うのなら、その水着は私が奢ってやろう」

「えっ!? 流石にそこまでして貰う訳には…」

「心配するな。IS学園の教師はかなりの高給取りなんだ。それに、普段から余り金を使う機会が無くてな。こういった時じゃないと使わないんだ」

 

 佳織がトールギスの稼働データ料と称して、IS委員会経由でかなりの金を受け取っているのは知っているが、それはそれ。

 金を使う機会が無いとは本当だし、私が佳織に奢ってやりたい。

 

「大丈夫だ。ここで私に奢って貰ったからと言って、何かペナルティがあるわけじゃない。だから、遠慮なんてするな。お前には今まで何度となく学園の危機を救って貰ってるんだ。これはその礼とでも思ってくれてればいい」

「…そこまで言うのなら…お願いします…」

「それでいい」

 

 ちょっと強引だったかもしれないが、佳織を説き伏せることに成功した!

 どうなるかと思ったが、なんとなかったな…。

 

「あ…あの…」

「どうした?」

「…ありがとうございます…えっと…お姉ちゃん…」

「!!!???」

 

 い…今…なんと…?

 わ…私の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれたのか…!?

 

 その後、恥ずかしそうに俯きながら佳織はレジへと早歩きで行ってしまう。

 余りの衝撃に、少しの間だけ私は本気で呆然としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千冬さん、まさかの本格参戦。

色んな意味で最強のライバルの出現です。










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一度でも 言った言葉は 消せません

今回はちゃんと佳織視点に戻ります。

前回、とんでもないことを言ってしまった彼女の心境は?








 な…な…な…何を言ってんじゃ私は――――――――――――!!!

 

 幾ら普段からお世話になってるとはいえ『お姉ちゃん』は無いでしょうよ!!

 自分でも、どうしてあんな言葉を口走ってしまったのかよく分かりませんよ!

 あれか? 普段とは全く状況で浮かれていた所に織斑先生と出会ってしまって頭がパニック状態になってしまったせいなのかッ!?

 いや、それでもアレは普通に有り得ないわ!

 お姉ちゃんはお姉ちゃんでも、織斑先生は織斑君のお姉ちゃんですから!

 私のお姉ちゃんじゃ決してありませんから!!

 そりゃね? 兄弟姉妹がいない一人っ子なせいで寂しい思いをしたことが無いと言えば嘘にはなりますよ?

 なりますけどね! それでもこれはないわー!

 あ…もう! マジで超絶ハイパー恥ずかしい!!

 恥ずかしすぎて死ぬ!! マジ死ぬ!!

 私の死因『恥ずか死』になるわ!!

 なんだよ恥ずか死って! 意味分らんわ!!

 

(うぅ…数分前の自分を思い切りぶん殴ってやりたい…。バイツァ・ダストが出来るようになりたい…時間よ戻れ…)

 

 あのー! 店内のお客様の中に吉良吉影さんはいらっしゃいませんかー!?

 もしいらしたら、時間を消し飛ばして戻して貰えませんかねー!?

 

 なーんて…いるわけないつーの。

 はぁ…マジで恥ずかしい…。

 いつから私は、あんな事を言うようなキャラになってしまったんだろうか…。

 

「…早くレジまで行こ」

 

 とっとと買い物を済ませて、とっとと帰るのだ!

 それがきっと一番なのだ!

 

 あ…でも、さっきの会話の流れで織斑先生が水着の代金を払ってくれる的な事を言ってたような…。

 一体どんな顔をすればいいんだよぉ…。

 後悔先に立たずとはよく言ったもんだよ…全く…。

 

「佳織」

「ひゃう!?」

 

 噂をすれば何とやらですよ…。

 いや、すぐ後ろにいたんですけどね。

 というか、ずっと気になってたけど、織斑先生ずっと私の事を名前で呼んでね?

 

「すまない…驚かせたか?」

「だ…大丈夫デスよ?」

 

 言葉がカタコトになってしもうた…。

 今日一日だけで爆速で黒歴史が量産されてますがな。

 これは御大将もびっくりして髪をストレートヘアーにしちゃいますわ。

 めっちゃツヤツヤになっちゃいますがな。

 

「その…だな…さっき言いそびれた事なんだが…」

「は…はい?」

 

 言いそびれた事って…なに?

 

「えっと…プライベートでなら…私の事は『お姉ちゃん』と呼んでくれても構わない…ぞ? それで少しでもお前の寂しさを癒せるなら…な」

 

 それは反則だよぉ~!!

 恥ずかしそうに目を逸らしながら、顔を赤くしつつのその台詞は反則だよぉ~!

 私じゃなくても胸がトキメキトキスしちゃうよぉ~!

 ヤヴァイ…こっちもなんだかマジでドキがムネムネしてきた…。

 

「じゃ…じゃあ…早くレジに行くか」

「は…はい…」

 

 結局、レジに到着して支払いを済ませるまで、私達はお互いにずっと口数が少ないままだった。

 これ…意識しない方が無理あるでしょ…。

 明日から大丈夫かな…色んな意味で…。

 

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 

 無事(?)に支払いを終えた私達はお店の外へと出る事に。

 すると、もう既に自分達の買い物を終えたと思われる皆が待ってくれていた。

 

「ごめんね…待った?」

「こっちなら全然平気よ。それよりも…」

「ふぇ?」

 

 なんか凰さんの顔が近いんですけど…なに?

 妙に表情が険しいような…。

 

「な~んか顔が赤くなってない?」

「そ…そう?」

「千冬さんと…なんかあった?」

 

 うぐぅっ!?

 す…鋭い…鋭すぎる…!

 君は一体どこの名探偵さんですか…?

 

「別に何も無い。ただ、お互いに水着を選び合って、そのついでに私が佳織の分も水着を奢っただけだ」

「そうですか……」

 

 織斑先生が説明してくれたけど、それでも凰さんはなにやら訝しんでいる。

 これだけじゃ納得してくれなかったか…?

 

「全員集合」

「「「「了解」」」」

 

 なんか急に山田先生とボーデヴィッヒさん以外の皆が集合したんですけど。

 この一致団結感は一体何なの?

 

「さっきの…聞いた?」

「あぁ…バッチリと聞いた。この耳でな」

「織斑先生…佳織さんの事を名前で呼んでましたわ…」

「プライベートだからって言えばそれまでだけど…・僕達の事はちゃんとファミリーネームで呼んでるし…」

「ぜ~ったいにあやし~よね~…」

 

 あのー…めっちゃ聞こえてますからねー…?

 あと、すっごい目立ってますからねー。

 

「仲森さん。どんな水着を買ったんですか?」

「えっと…こんなのを…」

「わぁ…可愛いじゃないですかー! きっと凄く似合いますよー!」

「そう…かな…?」

「はい! 間違いありません!」

 

 こんな時に空気を読まずに話しかけてくれる山田先生がマジ尊い…。

 普通に助かるわー…。

 

「そう言えば、ボーデヴィッヒさんもちゃんと水着を買ったの?」

「うむ。佳織に選んで貰ったやつをな。買い物自体、中々しない事なので少し緊張したが…山田先生が一緒にいてくれたお蔭で助かった」

「あの調子なら、これから先もきっと大丈夫ですよー」

 

 なんだろう…『はじめてのおつかい』で子供がちゃんと買い物できた時のような謎の感動が私の胸を包み込んでくる…。

 そうか…これが母性か…。

 

「というか、さっきからずっと話題に出さなかったけど、織斑君は一体どこに?」

 

 少しだけ彼の存在を忘れかけてたけど、織斑君は確か隣にある男性用水着コーナーに行ってるんだよね?

 織斑君の事だし、適当に選んで、とっとと買って、ベンチで大股開きで座りつつコーラを飲んで『ゲフー』ってゲップでもしてるのかと思ってた。

 

「一夏? あいつならさっきトイレに行ったわよ? もうそろそろ戻って来るんじゃない?」

「あ…そうなんだ」

 

 なんて感動もクソも無い展開。

 実にごく普通の生理現象でどっかに行ってやがりましたよ。

 

「ちょっと。そこのあんた」

「ん?」

 

 なんだ? 誰か私のことでも呼んだ?

 

「そこのアンタに言ってるのよ。そこの男!」

 

 私じゃないんかい。

 って、なんかすぐそこで誰かが誰かに絡まれてる。

 いや…ちょい待ち。あの絡まれてる方の人物って…。

 

「あ? いきなりなんだよ?」

 

 織斑くんだ――――――!

 知らない間に普通に喧嘩売られとる―――!

 

「そこの水着、片付けといて」

「なんでだよ。これ、やったのアンタだろ」

 

 完全に売り言葉に買い言葉状態。

 気持ちは分かるけどねー。

 

「へぇ…そんな事を言うんだ。どうやら自分の立場が良く理解出来てないみたいね」

 

 それはそっちだっつーの。

 あの女の人…さてはニュースとか見てないタイプだな?

 もしちゃんと見てたら、彼が世界で唯一の男性IS操縦者の『織斑一夏』だってすぐに分かる筈だもん。

 未成年なのに普通にニュースで顔出ししてたし。

 多分、無許可で。

 

「仕方がない…」

「佳織?」

 

 織斑君じゃ、あの人を口で負かすのは難しいでしょ。

 ここはこの佳織ちゃんがお助けしますか。

 偶にはトレーズ閣下やゼクスに頼らないで頑張りたいしね。

 

 

 

 

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・・

 

 

 

 

 突然だけど、トイレから戻って爽やかな気持ちになっていると、いきなり変な女に絡まれた。

 道端で絡まれるのは野良ヤクザと野良ポケモントレーナーだけで十分だッつーの。

 

「ほら。とっとと片付けないと警備員呼ぶわよ?」

 

 別に呼んでも良いよ。

 その時は普通に今起きた事を話すだけだし。

 

「はいはい。そこまでですよーおばあちゃん」

「誰がおばあちゃんじゃゴラァッ!! こちとらまだピチピチのさ…二十代じゃ!!」

 

 今、確かに『三十代』って言い掛けたぞ。

 って、割り込んできたのは、まさかの仲森さん!?

 もう買い物終わったのか…どんな水着を買ったのかな…。

 

「大丈夫だった? 織斑君」

「俺なら平気だよ。ありがとな、仲森さん」

「いやいや。これぐらいお安い御用だよ」

 

 はぁ~…やっぱ仲森さんは優しいなぁ~…。

 こんな女とは比較にすらならねーよ。

 

「というか、幾らなんでも世間知らずすぎやしません?」

「どういう意味よ?」

「そのまんまの意味ですけど。女尊男卑主義者の人達が馬鹿丸出しで威張り散らしてるのって『男がISに乗れないから』なんですよね?」

「そうよ! だから、男なんて全員が私達の足元に跪いて…」

「じゃあ、その相手が『ISを動かせる男』だった場合は何にも言えないって事になりますけど?」

「……え?」

 

 あ~…そういうことか。

 流石は仲森さん。考えたな。

 

「ってことで、まずは手初めてに生徒手帳を見せたげて」

「はいよ…っと」

「な…!? ア…IS学園ですってっ!? それじゃあ…まさか…!」

「ついでに本名も言ってあげて」

「織斑一夏だ」

「その名前…は…あの噂の…!」

 

 この反応を見る限り、俺ってもしかして自分が思っている以上の有名人になってる?

 割と人並みにはニュースとか見ているつもりだったけど、俺の名前を見ないのって単に俺が見逃してるだけだったのか?

 

「あ。因みに織斑君の名前はIS関連のニュース記事のページに飛べば腐るほど見れるよ」

 

 仲森さんが俺の心を読んでなんか言ってきた。

 気のせいか、段々と仲森さんが千冬姉に近づいているような気がする。

 このまま行けば、仲森さんからの出席簿アタックとか喰らうかもしれない。

 うーん…それはそれでありだな。寧ろ大歓迎だ。つか、して欲しい。

 いや、してください。

 

「ここらでトドメの一撃と参りましょうか」

「トドメの一撃?」

「うん。つーわけで世界最強の召喚獣をお呼びします」

 

 あ…なんかそれだけで分かったわ。

 

「私の弟がどうかしたのか?」

「お…お…お…織斑千冬!? どうしてこんな所にッ!?」

「私がどこで何をしていようと、そんなの私の勝手だろうが。なぁ佳織」

 

 しれっと仲森さんの肩を抱き寄せてる千冬姉。

 ここに千冬姉がいる時点で驚きだけど、それ以上に仲森さんと二重の意味で急接近していた事実に驚きが隠せねぇよ。

 

「おばあちゃんが喧嘩を売ったのは、実は織斑千冬さんの弟にして世界で唯一のISを動かせる男性でしたとさ。この時点で貴女は織斑君に威張り散らすことは不可能になりましたね」

「うぐぐ…!」

「ついでに言うと、女だからと言って誰も彼もがISを動かせるとは限らないんですよ?」

「な…なんですってッ!?」

「その脳みそ空っぽそうな頭にも分かるように説明すると、ISには操縦適正ってのがあって、それが低すぎたりすると上手に動かせないし、それ以前に適正自体が存在しない女性だって決して珍しくないって授業で習いました。ところで、おばあちゃんは実際にISに乗った事があるんですか? それ以前に自分の適性を検査とかしたことがあるんですか? 何にも知らない癖に分かった振りをしている人って見ているだけで滑稽すぎて笑えるんですけど。ねぇねぇ、教えてくださいよー。そんなに威張り散らすって事は、さぞかし上手にISを乗りこなせるんでしょうね? 適性値はどれぐらいなんですかぁ~?」

「う…うがぁ~!!」

 

 うを…なんつー怒涛の言葉のラッシュ…。

 ゴールド・エクスペリエンスも思わず真っ青になっちまう勢いだな…。

 

「そういえばー…最近は非常に便利なアプリがあるの知ってますかー? その名も『ボイスレコーダーアプリ』って言うんですけどー」

「それって……!?」

「勿論、今までの一連の会話は全て録音させて貰いました。証拠としては十分過ぎますよねー。警備員さん…呼びましょうか? 呼んで不利になるのはそちらになると思いますけど」

「このガキ……! 言わせておけばぁ…!」

 

 やばい…このおばあちゃんがマジ切れしそうだ。

 仲森さんが危ない…いや、大丈夫かもしれない。

 下手したら仲森さんって生身でも俺よりも強い可能性あるしな…。

 

「警備員さーん! こっちですよー!」

「なぁっ!? お…覚えてなさいよー!!」

「絶対に嫌でーす」

 

 まるで昔のアニメの悪者みたいな捨て台詞だったな…。

 冗談抜きでなんだったんだよ…。

 

「あれ? 警備員は?」

「来ないよ。だって、言っただけだし。そう都合よく近くに警備員さんがいたら、誰も苦労とかしないよね」

 

 ブ…ブラフだったのかよ…。

 あの状況で堂々とそれを言えるって…仲森さん…度胸あり過ぎだろ…。

 伊達にラウラの一件でドイツの偉い軍人さんとタイマンで話をしてないってことか…。

 

 それにしても、また仲森さんに助けられちまったな…。

 借りばかりが増えていく一方だ。

 必ずどこかで返したいと思ってるけど…機会に恵まれないんだよなぁ…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 束のラボにて。

 

「お姉…ちゃん…! その発想は無かった…! 完全に盲点だった…!」

 

 いつもの通り、監視カメラをハッキングして覗き見…もとい監視をしていた束は、ショッピングモールの一件を見て頭を抱えていた。

 

「確かに私は箒ちゃんのお姉ちゃんではある…。けど、それはちーちゃんも同じ事…。それなのに敢えてかおりんに『お姉ちゃん』と呼ばせる背徳感…! これはもう…やるしかないね…!」

 

 拳を強く握りしめ、束は勢いよく立ち上がった。

 

「私も…かおりんのお姉ちゃんになる!!」

 

 なんか急に変な決意を勝手に固めてしまった天災さま。

 誰も見ていないからこそ出来る事なのかもしれない。

 

「そしていつか…かおりんと禁断の姉妹姦を…ぐへへ…♡」

 

 仲森佳織。知らない所で貞操消失の危機。

 

 そんな彼女と束が出会うまで…あと少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かおりん、下手したら大人女性キャラ全員の義妹になる可能性があり?

最悪の場合、そこに楯無も参戦してくるかもしれない。







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いざ行かん 臨海学校へ

今回からやっと臨海学校編に突入。

そして、ここから佳織の運命も本格的に動き始めます。







 窓の外を凄い勢いで景色が横切っていく。

 私は、臨海学校へと向かうバスの中にいた。

 

「何と言いますか…まだ到着すらしてないのに皆…元気だねェ~…」

「いや…これが普通なんじゃないか?」

「そーゆーもんなのかな? よく分からないや」

「仲森さんの言葉が凄い老齢してる気がする…」

 

 誰が精神的に老けてるだコノヤロー。

 私の隣に座っている織斑君が困った顔でこっちを見ている。

 

「ところでさ…」

「ん~? どったの?」

「さっきから箒たちが凄い形相でこっちを睨み付けてるんだけど…」

「あぁ~…」

 

 バスの座席はくじ引きで決定されて、私の隣は織斑君となった。

 他の女子達には羨ましがられたが、私は普通に無視した。

 それよりも、いつもの皆が織斑君を見る目が怖かったから。

 一言で言えば『阿修羅のような形相』をしていた。

 これが俗に言う『阿修羅をも凌駕した存在』ってやつか。

 

「特に千冬姉の顔が一番怖いんだが…」

「ここまで負のオーラが届いて来てるみたいだしね…」

 

 気のせいか、織斑先生の全身から紫の気が出てるような気さえしてくる。

 このまま殺意の波動にでも覚醒しないでしょうね。

 

「ところで仲森さん」

「なに?」

「さっきから何をやってるんだ?」

「ゲーム。ウィザードリィ」

「また随分と渋いゲームを…」

 

 このシリーズ普通に好きなんだよね。

 ゴチャゴチャしたグラフィックよりも、この深い迷宮に潜る何とも言えない緊張感が溜まらんのです。

 キャラメイクだけでも十分に時間を潰せるしね。

 

「あ」

「どうした?」

「敵の修験者の気合いの手刀で、織斑君の首が吹っ飛んで即死した」

「ゲームの中の俺――――――!?」

 

 うーむ…これは地味にピンチだ。

 後で復活させるのにも金が掛かるしな…。

 

「因みに、俺の職業って?」

「戦士。ゴリゴリの重装備で前衛に立って、敵のヘイトを稼ぎつつ攻撃してくれる。だけど、今回はそれが裏目に出ちゃったね」

「戦士の俺か…」

 

 割と金掛けてた分、少しショックだな。

 ここは残りのメンバーに頑張って貰おうか。

 

「まずは魔法使いのオルコットさんに攻撃魔法を撃って貰って、その後にビショップのデュノアさんに回復をして貰って…」

「ビショップ?」

「ドラクエで言う賢者だよ。ゆっくりと魔法使いと僧侶の魔法を全て覚えていって、しかもアイテムの鑑定能力も持つ上位職。色んな武器を扱えるデュノアさんに似合ってると思って」

「意外と考えてるんだな…」

 

 後は…ここをこうして…こうかな。

 

「お。格闘家の凰さんがクリティカル出した」

「それだけは、なんとなく分かる気がする…」

「でしょ?」

 

 まんま中国イメージから格闘家にしました。

 本人も普通に得意そうだし。

 

「すげ…侍の篠ノ之さんが居合斬りで敵を一掃した」

「箒は侍なのか…」

「けど、織斑君がイメージしてるような侍じゃないよ。このゲームにおける侍は、魔法使いの魔法も覚えられる魔法剣士的なポジだから」

「迷宮世界の侍は強いんだな…」

「勿論、上級職です」

「だと思った」

 

 なんとか危機を乗り切った。

 もう今回は町に戻って休憩しよう。

 

「思い切ってパーティー編成を変えるか」

「誰を誰に?」

「戦士の織斑君を、忍者の織斑先生に」

「千冬姉が忍者なのか」

「だって最強なんだもん。盗賊の能力を持っていて、レベルが上がる度に爆発的に防御力が上昇。一撃必殺のクリティカル攻撃が使えて、ステータスも全職業の中でも一番高い。その代り、なるのは中々に難しいけどね」

「その説明だけですぐに理解した。千冬姉は忍者だわ」

 

 なんて分かり易い説明なんでしょう。

 私ってばエライ。

 

「あれ? なんか歌ってる?」

「このバス、カラオケが設置されてるっぽいな」

「ふーん…織斑君って歌が上手な人?」

「どうだろうな。カラオケって行った事無いし。仲森さんは?」

「中学時代に良く皆と遊びに行ったけど、私は基本的に聞いてるだけかな。自分の歌唱力にはあんまり自信ないし」

「俺は…仲森さんの歌を聞いてみたいけどな…」

「ん?」

 

 なんか言ったか?

 バスの走行音のせいで良く聞こえなかった。

 

「おのれぇ~…! 佳織と仲睦まじく会話を楽しみおって…!」

「まだですわ…まだ焦る時間じゃないですわ…!」

「一夏…ボクは負けないからね…!」

「かおりん…私…」

「しゅぴ~…むにゃむにゃ…」

 

 なんかまた聞こえてきた気がするけど…。

 あと、約一名だけ寝てませんかね?

 

「フッ…私はここで焦るような愚行は犯さん。大人の余裕で華麗に勝利してやろう」

 

 …で、織斑先生はなんでコッチをみながらニヒルな笑顔を見せてるの?

 

(あ…海だ)

 

 何にも知らなければ無邪気に楽しめたんだろうけど…私は知っている。

 この臨海学校は、私達にとって大きな事件になる事を。

 機械仕掛けの天使との戦いが待っている事を。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「「ほぇ~…」」

 

 バスを降りて私達が見上げたのは、明らかに『ザ・高級旅館』と言った感じの場所だった。

 中学の時はホテルだったから、なんだか新鮮だなー。

 

「ここが、今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の皆さんに迷惑を掛けないように注意しろ」

「「「「はい!」」」」

 

 普通にしていれば特に迷惑を掛けるような事はしないと思うけどね。

 ま、いつも無駄にはしゃいでいる子達には難しいことかもだけど。

 

「私がこの花月荘の女将の『清州景子』です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 うーむ…和服美人…。

 私もよく昔は和服を着てたけど、お世辞にも着こなせていたとは言い難いしな…。

 やっぱり、似合う人は似合うなぁ~…。

 結構マジで羨ましいかもしれない。

 

「ふふふ…今年の一年生も活気があっていいですね」

 

 活気と言うか、無駄に元気と言うか。

 何事も言い様だよね。

 

「それで、こちらが例の…?」

「えぇ。今回は男子が一人いるせいで面倒なことになってしまい申し訳ありません」

「いえいえ。そんなに気にしないでください。こちらも仕事ですので。それに、なんだかしっかりしてそうな男の子じゃありませんか」

「そんな気がするだけですよ。ほら、お前も挨拶をしろ」

「は…はい」

 

 大人な会話だ~。

 その中に強制的に放り込まれる織斑君…哀れな。

 

「お…織斑一夏…です。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 おやおや…織斑君も緊張している御様子。

 女に抵抗力が少ない彼に、年上の和服美人は刺激が強すぎたかしらん?

 

「それでは皆さん。どうぞ中にどうぞ。海に行かれる方は別館の方に更衣室がありますので、そちらを利用してください。もし場所が分からなかったり、困ったことが有ったら遠慮なく従業員に尋ねてくださいね」

 

 それが出来たら苦労はしないんだけど…いざって時は勇気を振り絞るしかありませんな。

 

 因みに、初日は完全自由時間になっている…んだけど、どうせみんなは海に行くんでしょうな。そうでしょうな。

 はぁ…流れ的に私も海に行かないといけないんだろうなぁ…。

 私のようなインドア派の女の子に常夏…にはまだ少し早いけど、海自体が眩しすぎる。

 

 ま…取り敢えず、部屋に荷物を置きに行きますか。

 何をするにしても、まずはそこからですよ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 旅館における部屋割りもくじ引きで決まった。

 最初は話し合いで決めようと思ったんだけど、そうなると殆どの女子達が織斑君との相部屋を希望し始めると織斑先生が判断し、すぐにくじ引きへと変更された。

 その後、実は織斑君は『教員室』にて先生達と一緒に部屋になると聞かされた時の女子達の阿鼻叫喚には本当に草が生えた。ザマァ。

 

「私達の部屋は~…っと」

「こっちではないか?」

「お部屋がいっぱいだね~」

「これがジャパニーズ・ホテルか。なんだか不思議な匂いがするな…」

 

 寮の時とは違い、今回は一班に付き4人となっていて、ウチの班は私に篠ノ之さん、本音ちゃんにボーデヴィッヒさんとなっている。

 これに決まった時、デュノアさんとオルコットさんが悔しそうにしていたのは内緒。

 

「あ…ここだ。預かってる鍵を使って…っと」

 

 そういや、班長を決める際にどうして満場一致で反論の余地も無く私に決まったんだろう。解せぬ。

 しっかりしている篠ノ之さんか、隊長経験のあるボーデヴィッヒさん辺りが妥当だと思うんだけどなぁ~。

 

「「「「おぉ~…」」」」

 

 そこは、学園の寮部屋にも勝るとも劣らないような広い部屋だった。

 

 外側の窓が一面窓になっていて、そこから見渡せるのは見事なオーシャンビュー。

 トイレや備え付けのユニットバスもセパレートになっていて、洗面所まで専用の個室になっている徹底っぷり。

 特にこの浴槽さ…私一人じゃ大き過ぎるぐらいの広さじゃない?

 その気になれば、私とボーデヴィッヒさんと本音ちゃんの三人同時に入っても余裕でしょ。いや…入らないけどね。

 

「これはまた見事なものだな…実に素晴らしい…」

「ほわぁ~…言葉を失うねぇ~」

「不思議と落ち着く空間だな…」

 

 いやはや…こいつは参った。

 この部屋を四人ってのは普通に凄いや。

 流石はIS学園…金が掛かってますにゃ~。

 しかも、ここって毎年のように使ってるんでしょ?

 どんだけ金が余ってるんだって話だよ。

 

「そう言えば、ここには大浴場もあるんだったな」

「うん。普段は時間で男女割りをしているらしいんだけど、今回の場合は男子は織斑君一人だけでしょ? だから、彼は基本的に決められた時間帯しか使えないようにしてあるらしいよ」

「それは仕方あるまい。恐らくは、それでも相当に妥協をしたのだろうな」

「かもしれないね。旅館側の負担とかも考えないといけないし」

 

 こっちの我儘で迷惑を掛けるのは論外中の論外だしね。

 どう考えても、譲るのはこっち側なんだし。

 

「ということは、我々は一夏が入る時間以外はいつでも好きなタイミングで入浴可能と言うことなのか?」

「そうなんじゃないかな? 一般開放されている時は普通に24時間使える仕様みたいだし」

 

 だからと言って、そこまで何回も入る趣味は無いけどね。

 一回か二回入ればいい方でしょ。

 

「では、荷物を置いたら早速、海の方に向かうか」

「さんせ~!」

 

 あぁ…やっぱし行くのね…。

 ボーデヴィッヒさんも目をキラキラさせながらワクワクしてるし…。

 

「その為にはまず、更衣室のある別館に行かなくてはな。どう行けばいいのだ?」

「どこかに館内案内図があると思うから、それを見て調べればいいと思う。もしくは、旅館の入り口にあるパンフレットを見るとか。最後の手段は従業員さんに聞く…だけど。可能な限りは自分達で調べた方が良いと思う」

 

 なんて言い訳をしてみたけど、実際には従業員さんに話しかける勇気が無いだけです。はい。

 だって、普通に緊張しない?

 特に仕事中とかだったりしたら。

 

「それもそうだな。まずは己の力でなんでもやってみなくては」

「旅館の中を探検だ~!」

「なんだか昔を思い出すな。よくこうして捜索任務の訓練を行ったものだ」

 

 ほっ…どうにか説得に成功したようだ。

 

 けど、この時の私は知らなかった。

 まさか、『あの人』が私に接触して来ようとしてくるとは…。

 それが私にとって大きな人生のターニングポイントになるとは、まだ想像すらしていなかった。

 

 

 




次回、遂にウサギさんと接触…?





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天災兎、登場

この寒い時期に夏の話を書く矛盾…悲しい。







 前にレゾナンスで買った水着を手に、私達は更衣室へと向かっていた。

 最初こそは『ちゃんと行けるかな~』と心配になっていたけど、そこは流石に高級旅館。

 親切丁寧に更衣室への案内板がちゃんとあって、結果として私達は迷わずに進む事が出来た。

 その途中で別の班となったオルコットさんやデュノアさん、凰さんとも合流し一緒に行くことに。

 それはそれとして、さっき旅館の売店で見たキーホルダー…ちょっと可愛かったかも。

 夜にでも買いに行こうかな…。

 

「ん?」

「どうした佳織?」

「あそこ…更衣室に続く渡り廊下の所に織斑君が立ってる」

 

 どうやら、彼も私達と同様に海へと行くつもりのようだけど…さっきからどこを見てるの?

 なんか廊下の横…というか、中庭的な場所を見つめてない?

 

「ホントだ。あいつ、あんな場所で何をやってんのかしら?」

「行ってみれば分かるだろう」

「そうですわね」

 

 そんなわけで、皆で彼とも合流することに。

 一気に大勢で迫ってきたので、いつもは鈍感な織斑君も流石に気が付いた。

 

「うぉっ!? な…仲森さんたちか…普通にびっくりした」

「織斑君。さっきから何を見てんの? ツチノコでもいた?」

「なんでそこで幻の生物の名前が出る? いや…あそこ」

「「「「「「「あそこ?」」」」」」」

 

 そう言って織斑君が指さした場所には、なにやら機械染みたデザインのウサギの耳…? みたいな物が突き刺さっていた。

 

「しののん? なんか顔色が悪いよ~?」

「いや…なんでもない…気にしないでくれ本音…」

 

 篠ノ之さんが明らさまな反応をして、機械のようなウサ耳。

 しかも、ご丁寧に『抜いてください』と地面に書いてある。

 

(まさか…いや…そんな事が…?)

 

 なんかもう殆ど原作知識が薄れ、こんなシーンがあったかどうかすらあやふやだ。

 けど、この臨海学校で『あの人』が介入してくるのは確実。

 とすれば、やっぱりこれって…。

 

「…確かめてみますか」

「佳織?」

 

 渡り廊下から降りて、地面に埋まっているウサ耳へと近づいていく。

 見た感じでは特に害は無さそうだけど…。

 

「ふーむ? ん?」

「何か分かったの佳織?」

「これって…もしかして…?」

 

 試しにウサ耳をチョンと突いてみると、ウサ耳は簡単に倒れた。

 

「これ…最初から刺さってない。地面に置いてあるだけじゃん」

「その下には何にもないのか?」

「……ないね。マジで種も仕掛けも無い」

「なんじゃそりゃ…」

 

 それはこっちの台詞だよ織斑君。

 取り敢えず、これは無視して更衣室へと急ぎますか。

 時間は限られてる事だしね。

 

 そう思って皆の元へと戻ろうとすると、ずっと上の方からヒュルルル~…と何かが落下してくるような音が。

 

 

「な…何かが落ちてくる! 佳織、急いでこっちに来るんだ!」

「う…うん!」

 

 篠ノ之さんに言われて、我ながらの全力疾走。

 廊下に戻る寸前にこけそうになって、思わず篠ノ之さんに体に抱き着くような形になってしまった。

 

「わわ…ゴメン!」

「いや…全然構わない…寧ろ、大歓迎だ…」

「ふぇ?」

 

 篠ノ之さん…なんか鼻血出てない?

 本当に大丈夫?

 

 なーんて心配していたら、例の落下物が中庭にズド―――ン! という音と衝撃と共に中庭へと落ちてきた。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」」」

 

 落下の勢いのせいで凄い風が巻き起こり、当然のようにスカートが捲りあがろうとする。

 咄嗟に皆でスカートを押さえたけど…大丈夫…だと信じたい。

 

「うぅ…本気でビックリしたぁ……んん?」

 

 閉じていた眼をそ~っと開けて落下してきた物体を確認する。

 それは『にんじん』だった。

 人一人ぐらいは余裕で入れそうなぐらいに大きなにんじん。

 ただし、これは絶対に食べれそうにはない。

 見た感じでは子供向けの漫画とかに登場するデフォルメされたにんじんだけど、細かい場所をよーく観察していくと、至る所が精密な機械で作られ、これが現代技術の結晶として生み出されたことが一発で分かる。

 

「な…なんですの…? これは…」

「これって…にんじん…よね?」

「見た感じはそうだけど…でも…」

「この大きさの人参が存在すること、それが空から落下してくること自体が明らかに異常だ」

「ふぇ~…まるでギャグ漫画みたいな展開だねぇ~…」

 

 ある意味、本音ちゃんの言葉が真理を突いてるかもしれない。

 私の中じゃ、こんな破天荒な事をする原作キャラなんて一人しかいない。

 その事は篠ノ之さんや織斑君もすぐに理解したようで、二人揃って驚くと言うよりは呆れた顔をしていた。

 

「なぁ…箒…これって絶対……」

「言うな…認めたくはないし、信じたくもないが…それしか有り得ないのが悲しい…」

 

 悲しいって。

 中々に凄い感想を言うね…。

 

「に…にんじんが開きますわ!」

 

 にんじんが開くって。

 いや…言ってる事は正しいんだけど、字面にすると凄くシュールなんだよね…。

 オルコットさんみたいなお嬢様が言うと特に。

 

 プシュー…という音を出しながら機械のにんじんが真ん中から割れて、その中から一人の成人女性が姿を現す。

 

 その頭には機械のウサ耳を着け、その服装は奇抜の一言に尽きる『不思議の国のアリス』を彷彿とさせるワンピース。

 そして、無駄に凄まじいグラマースタイル。

 うん…間違いないわ。

 これは絶対に『あの人』だ。

 まぁ…どうせ妹である篠ノ之さんや、親友である織斑先生、その弟である織斑君に会いに来たんだろうけど。

 つまり、こっちから何もしなければ、同時に何もされないという訳だ。

 彼女からしたら、他人は全て『路傍の石』も同然だからね。

 

「……アイルビーバーック…」

 

 …なんでそこでターミネーター?

 しかも、ちゃんとしゃがみながらの登場だし。

 

「なーんちゃって! 驚いた? 驚いた?」

「「驚く以上に怖かったわ!!」」

 

 おぉ~…ここでまさかの織斑君&篠ノ之さんのダブルツッコミ炸裂ですか。

 流石は幼馴染同士。見事に息が合ってますな。

 

「えへへ…久し振りに会うから、ついついハッスルしちゃった♡」

 

 ハッスルて。

 それちょっと意味が違いませんかね?

 

「それにしても、二人とも久し振りだね~! 特にいっくん! 前に会った時からかなり背が大きくなってますな~!」

「そりゃ…最後に会ったのって、かなり昔だしな…」

 

 そういや、この二人が天災兎さんと最後に会ったのっていつ頃になるんだろ?

 別にどうでもいいことではあるけど、地味に気になりますな。

 

「箒ちゃんも元気そうで何よりだよ!」

「お蔭様で…」

 

 さっきのツッコミから一変して、急に複雑そうな顔に。

 やっぱ、まだまだお姉さんに対して色々と思う事があるんだろうなぁ…。

 

「けど、ごめんね! 実は束さんは、今日は箒ちゃんの傍にいる子に会いに来たんだよね~!」

 

 篠ノ之さんの傍にいる子…?

 この中で篠ノ之さんの一番近くにいる人物と言えば…?

 

「初めまして! 仲森佳織ちゃん! ようやく会えたね! この時をず~っと待ってたよ!」

 

 って、私か~い!!

 どうして、よりにもよって私!?

 別にこの人に注目されるような事はして……るわ。

 あの時は気を失ってて全く知らない事だけど、なんかトールギスが無人機相手に無双ゲームしてたっぽいし。

 無人機の製作者はこの人だし、当然のようにその事を知っててもおかしくない。

 

 自分の知らない所で起きた事で興味を持たれるってのは、非常に複雑な気分なんですけど…。

 後で織斑先生に相談とかした方がいいのかしら…。

 

「は…初めまして…? えっと…どこかでお会いしましたっけ…?」

「またまた~! どうせ私が誰なのか、とっくに気が付いてるんでしょ~?」

 

 うぐっ!? す…鋭い…!

 流石は世界に名立たる天才科学者…!

 こっちの頭の中も既に御見通しって事か…。

 

「それにしても……」

「な…なんですか?」

 

 見た目通り、凄くグイグイ来る人だな…。

 めっちゃ顔が近くにあるんですが…うぅ…美人特有のいい匂いがする…。

 

「直に見ると想像以上の美少女で驚きだよ~! もぉ~…たまらん!」

「ふぎゅっ!?」

 

 い…いきなり抱きしめられた…!?

 凄い怪力…全く抗えない…!

 バタバタしてるのに全く無意味だし…!

 つーか、さっきから顔面が大きな胸に圧迫されて息が出来にゃい…!

 

「やば~…かおりんの匂い…最高なんですけど~…♡ これだけで濡れる~…♡」

「ね…姉さん! 佳織の匂いが素晴らしいのは同感ですが、そろそろ離してやってください!! 佳織の顔が洒落にならない色になってますから!!」

 

 なんか…篠ノ之さんが私の事を助けようとすると同時に、とんでもない爆弾発言をしているような気がする…。

 

「おっと。興奮の余り、ついつい暴走しちゃった。それもこれも、かおりんが可愛過ぎるからだね!」

「「「「「「「うんうん」」」」」」」

 

 はいそこ。どうして皆して同時に頷いてるんですかね。

 天災さんの意見に同意しない。

 

「本当は明日、会う予定だったんだけど…我慢できずにフライングしちゃった」

「フライングって…」

 

 案の定、明日の実習の日に来るつもり満々だったんだな…。

 やっぱり、原作の運命は変えられないって事なのか…。

 

「実は~…」

「ふぇ?」

 

 い…いきなり顔を耳元に寄せてきて、私にしか聞こえないようにそっと呟いてきた。

 

「かおりんに最高の『プレゼント』を用意してあるんだよ♡」

「プ…プレゼント?」

「そ。私と同じ『本物の天才』のかおりんなら絶対に喜んでくれるプレゼント」

 

 私が喜ぶプレゼントって…一体なんぞや?

 想像がつくような…つかないような?

 表現が曖昧すぎて良く分からない。

 

「本当は一つだけで済ませるつもりだったんだけど、かおりんの日々の活躍を見ていたら興奮が収まらなくって、思わずもう一つも作っちゃった」

「もう一つ…?」

「かおりん専用のISスーツ♡」

 

 わ…私専用のISスーツゥ…?

 

「かおりんの専用機に合わせたデザインにしてあるから、きっと気に入ると思うよ」

「はぁ…ありがとうございます…?」

 

 もう色んな意味で訳が分からないけど、一応はお礼を言っておくべき…だよね?

 それがどれだけぶっ飛んだ人物であっても。

 

「おっと! もうそろそろ行かないと! ちーちゃんがやってくるかもしれないしね! いっくん! 箒ちゃん! かおりん! また明日ね~!」

 

 突然離れたかと思ったら、手を振りながらの全力ジャンプで柵を飛び越えていった。

 色んな意味でドキドキさせられた、嵐のような人だったなぁ…。

 

「あ…あの…箒さん? 先程の方は一体…?」

「…私の姉…と言えば分かるか?」

「しののんのおねーさんって…」

「まさか…!」

「あれがISの生みの親の『篠ノ之束』博士なのっ!?」

 

 さっきまでずっと空気を読んで静かにしていた皆が再起動。

 そして、即座に正体を知って驚きまくる。

 それが普通の反応だよ。

 

「で…でも、どうして佳織の事を知っていたんだろう? 凄く嬉しそうにしてたけど…」

「それは俺達が聞きたいぐらいだよ。仲森さんもビックリしたんじゃないか?」

「うん…めっちゃ驚いてる…」

 

 さっきからドキがムネムネしっぱなしで止まらない。

 美人に抱き着かれたことが理由ってよりは、原作屈指のサイコパスに顔と名前を知られていた事実に驚いたことが原因の方が大きい。

 

「ところで織斑君」

「なんだ?」

「このニンジン…どうする?」

「「「「「「「あ」」」」」」」

 

 あの人…これ置きっぱなしにして去って行ったよね…。

 回収する気…は無いのか?

 あったら、外に出た瞬間にしてそうだし。

 

「俺等じゃどうしようもないし…後で千冬姉辺りにでも報告しとけばいいんじゃないかな?」

「それが一番妥当か…」

 

 こんなの、こんな場所に置いておいたら旅館としても迷惑極まりないかもしれないけど、こればかりは仕方がない。

 学園側がどうにかしてくれるまでは我慢して貰おう。

 

「あの地面に置いてあったウサ耳も放置されたままだし…」

「試しに佳織、付けてみたら? 意外と似合うかもしれないわよ?」

「えぇ~?」

 

 そう言うと、徐に凰さんがさっきの機械ウサ耳を手に取ってから私の頭に付けた。

 このウサ耳は見た目が奇抜なだけのカチューシャだったみたいで、本人が持っている物とは違い、完全なるフェイクであることが分かる。

 

「よいっしょっと。あら…結構可愛いじゃない」

「そう?」

「ウサギの耳を付けた佳織さん…可愛らしいですわ…♡」

「オ…オルコットさん…?」

 

 そんな風に目をキラキラさせながら見られると、流石に恥ずかしいのですが…。

 

「とっても良く似合ってるから、かおりん貰っちゃえば~?」

「ん~…」

 

 生来の貧乏精神のせいで、このまま捨てるのは勿体無いと私のゴーストが全力で叫んでるし…まぁいいか。

 別に死ぬわけじゃあるまいし。

 

「それよりも、思ったよりも時間食っちゃったし、早く着替えて海に行きましょうよ」

「それもそうだな。もう既に皆、向かっているだろうしな」

 

 天災さんの予想だにしない登場により驚かされた私達は、気を取り直して更衣室へと向かう事にした。

 はぁ…海に行く前から凄く疲れた…。

 せめて、綺麗な海を見て癒されよう…。

 

 

 

 

 

 

 




次回、やっと海に行けます。





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水着姿に自信がある人はいいですよねぇっ!

今の時期に水着の話…めっちゃ矛盾してますね。







「ほぇ~…」

 

 予想外かつ衝撃的な遭遇の後、水着に着替えた私は旅館の近くにある浜辺へと来ていた。

 因みに、さっき手に入れた『天災印のウサ耳カチューシャ』は更衣室に置いてきた。

 あれを人前で頭に着ける度胸は私には無いから。

 

「はぁ…にしても、まさか私がビキニを着ける日が来るとは思わなかったなぁ~…」

 

 前に織斑先生が選んでくれた真っ白なビキニ&パレオのセット。

 このパレオは薄い水色の生地に、これまた白い百合の花が描かれている。

 因みに、髪の毛はなんか邪魔になりそうだったので、前に出かけた時みたいにツインテールに纏めてある。

 普段はともかく、今みたいな場合はこっちの方がなんとなく楽だ。

 

「みんな…良く似合ってるなぁ~…」

 

 私の視界には、至る所に可愛らしい水着を着た女子生徒達がはしゃぎながら遊び回っている。

 スタイルが良いと、どんな水着を着ても絵になるから凄いよねぇ~。

 

 この場にいるのは私一人。

 羞恥心やその他諸々の要因が原因で水着に着替えるのが遅れてしまった私は、流石に待たせるのは申し訳ないと思って皆を先に行かせた。

 実際には、偶には一人でのんびりと海を堪能するのも悪くは無いかもなぁ~…なんて考えがあってのことだったんだけど。

 本音ちゃん達には申し訳ないけど、これからの事を考えると心の準備とかはしておきたいんだよね。

 

「さーて…ここから、どうしますかねぇ~…」

 

 取り敢えず、宛てもなく彷徨い歩いてみますか。

 浜辺の散歩ってのも偶にはいいでしょ。

 

「かーおり!」

「きゃあぁっ!?」

 

 いきなり背後から抱き着かれたッ!?

 って、この声は凰さん?

 

「随分と遅かったじゃない。そんなに水着を着るのに手間取ってたの?」

「ま…まぁ…そんな感じ」

 

 本当はビキニを着るのが恥ずかしかっただけです。

 

「白いビキニにパレオ…いいんじゃない? 清楚な感じがして凄く似合ってるわよ。しかも、ちゃんと髪をツインテールにしてるだなんて…分かってるじゃない」

「そう?」

 

 単にこうした方が楽だから纏めてるだけなんだけど。

 部屋にいる時とかは逆に結んでない方が楽だしね。

 

「佳織とお揃いの髪型…クフフ…♡」

 

 なんだろう…一瞬だけ凰さんが悪い顔になったような気がする。

 

「と…ところでさ、アタシの水着姿はどう? 似合ってる?」

 

 凰さんの水着はオレンジ色のスポーティーな感じタンキニタイプのやつだ。

 普段から元気いっぱいの彼女の性格を表しているかのような水着だ。

 

「うん。なんか凰さんらしくて良いと思う。オレンジって色も似合ってるよ」

「に…似合ってる…そ…そうなんだ…エヘヘ…♡」

 

 んで、今度は謎のニヤケ顔。

 今日の凰さんはいつにも増しての百面相だなぁ~。

 

「ね…ねぇ佳織? 実は今から泳ぎに行こうかな~なんて思ってるんだけど、一緒に行かない?」

「泳ぎに? うーん…非常に申し訳ないけど…多分無理」

「無理? 断るとかじゃなくて?」

「うん…私さ…実はれっきとしたカナヅチなんだよね…」

「普通、カナヅチって単語に『れっきとした』って枕詞は使わないと思う」

 

 まさかのガチレス。

 

「けど意外ね。てっきり佳織は向こうに見える小島までクロールで泳ぎ切るぐらいの事は余裕でしそうなイメージがあったけど」

「凰さんの中での私はどんな超人なの?」

 

 完全に私の間違ったイメージが周囲に伝染している気がする…。

 いい加減にマジで気が付いてください。

 

「けど…そうね。だったら、アタシが佳織に泳ぎ方を教えてあげようか?」

「え? いいの?」

「もっちろん!」

 

 おぉ~…流石は代表候補生。

 国の看板を背負うようにもなれば、その辺のことも余裕で出来るようになるのか。

 実際、もうそろそろ本気で泳げるようになりたいとは思ってたんだよね。

 

「そ…それじゃあ、まずは一緒に準備運動をして…ウヒヒ…♡」

 

 …気のせいだ。気のせいだと信じたい。

 そうですよねトレーズ閣下。

 

(全てはエレガントに。ということで、準備運動もまたエレガントに)

 

 せめて擁護ぐらいはしてくれませんかねぇっ!?

 エレガントな準備運動って何ッ!?

 

「リ~ン~さ~ん~!」

「げ」

「あ」

 

 なんとも恨めし気な声を出しながらやって来たのはオルコットさん。

 専用機と同じように青いビキニとパレオを身に付け、実に見事なスタイル。

 マジでモデル顔負けだわ、こりゃ…。

 

「一体そこで何をしようとしていますのッ!?」

「何って…準備運動?」

「だったら、その顔はなんですのッ!?」

「この顔は生まれつきよ」

「そういう意味ではなくて!!」

 

 おっと? いきなり凰さんとオルコットさんのコントが始まりましたよ?

 この二人って本当に仲が良いよなぁ~。

 

「ん? オルコットさん。その手に持ってるのは何? パラソル?」

「そう! そうですわ! 佳織さん!! もう日焼け止めはお塗になりましたの!?」

「日焼け止め? そういや、まだ塗ってなかったっけ…」

 

 あんまし日焼けはしたくは無いから塗らないとって思ってたんだけど、割と素で忘れてた。

 日焼けした後に入るお風呂が地獄みたいなんだよね~!

 もう超痛い。

 

「でしたら!」

「「おぉ~…」」

 

 オルコットさんが凄まじい手際で、あっという間にパラソルを立てて、シートを引き、私に日焼け止めをバン! と見せてきた。

 

「わ…わ…私が佳織さんに日焼け止めを縫って差し上げますわ!」

「ホント? ありがと~」

 

 日焼け止めって自分だけで塗ろうとすると、どうしても塗り残しが出ちゃうんだよね。

 特に背中とか、腰辺りとか。

 そのまま気が付かないで放置していたら、後々に無残な事になってしまうし。

 多少の羞恥心には我慢してでも、これは誰かにやって貰うべきだと思う。

 中学の時はよくテトラちゃんに塗って貰ってました。

 何故か無駄に日焼け止めを塗るのが上手だったんだよね…。

 

「ちょっと! アンタの方が酷いじゃないのよ!!」

「何処かですの! 私は善意で佳織さんの体に日焼け止めを塗ろうとしているだけですわ!」

「だったら、そのワキワキした手つきはなんなのよっ!」

「こ…これは…手の運動ですわ!」

「そんな手の運動があるか!」

 

 再びのコント開始。

 そんなに変な手つきかなぁ?

 

「佳織! セシリアに塗らせたら確実に変な目に遭うわよ!!」

「うーん…でも、日焼け止めは塗りたいしなぁ~…」

「だ…だったら…!」

 

 あ。凰さんがオルコットさんから日焼け止めを取り上げた。

 

「あたしも塗るのを手伝うわよ!」

「な…なんですってッ!?」

 

 おー…まさかの二人掛かりですか。

 これはまた贅沢ですな。

 まるでブルジョアにでもなったような気分。

 けど、ここで『自分が塗る』とは言わないんだね。

 そこが普通に意外だった。

 

(本当は佳織の肢体を独占したかったけど…ここで敢えて我慢よ! セシリアの事もちゃんと立てる事で佳織からの好感度アップ間違い無しね!)

(ぐぬぬ…! 佳織さんと二人っきりで日焼け止めを塗り合うという私の作戦が台無しですわ…!)

 

 …なんだろう…二人の間で火花が散ってるような気がする。

 こんな陽気の中で更に気温が上がるような事はしないでね?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 パレオを取り、背中のビキニの紐を解いてシートの上にうつ伏せになる佳織。

 うぅ…ISスーツの時もずっと思ってたけど…こうして水着姿を見て完全に確信したわ…。

 

 佳織…あんたマジでエロいから!!

 スレンダーはスレンダーなんだけど…こう…エロさを感じるスレンダーなのよ!

 

(こうして改めて見ると…佳織って全体的なスタイルは寧ろ良くない? かなり整ってない?)

 

 確かに胸の方は控えめかもしれないけど…それ以外が高水準なのよ!

 この体に今から触るのよね…本気でドキドキしてるんだけど…。

 うぅ~…どうして、あんな事を言っちゃったのかしら…。

 

「か…佳織さん…いきますわよ…」

「う…うん。よろしく」

 

 ぬあぁっ!? セシリアに先制攻撃を許してしまった!?

 あたしも早く準備しないと!

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

 両手にオイルを付けながら、めっちゃ息が荒いセシリア。

 口から涎が出てるわよ。気持ちはすごーく理解出来るけど。

 

「か…佳織…あたしもやるから…」

「わ…分かった…」

 

 多分だけど、佳織もドキドキしてるのよね…。

 こっちを見た時の佳織の顔、なんだか赤くなってたし。

 照れてる佳織も可愛過ぎるのよぉ~!!

 本当はオイルなんて塗らなくて、今日一日ずっと佳織とイチャイチャし~て~た~い~!

 

「こ…こっちは足をするから…」

「で…では、私は背中をやりますわ…」

 

 心臓がさっきからバクバクいってる…!

 顔がめっちゃ熱い…!

 やば…なんか逆に興奮してきたかも…!

 

「…えい」

「ひゃう! ちべたい!」

 

 うが~!! 佳織ぃ~!!

 もう~…愛でたい!! 超愛でたい!!

 ちべたいって何よ! 可愛いの化身か!!

 早く終わらせないと…マジでキュン死する…!

 もしくは萌え死する…!

 

(か…佳織の肌…凄くスベスベしてる…綺麗だなぁ…)

 

 凄く真っ白で…足も細くて…。

 こんな綺麗な体なのに…ISに乗ったら最強なのよね…。

 ほんと…人間って見た目じゃないわね…。

 

「あー…佳織? 今から足の裏を塗ろうと思うんだけど…我慢できる?」

「が…がんばりゅ…」

 

 …うん。なんだこの可愛い生き物は。

 え? 妖精? 天使? あ…人間か。

 

「じゃ…じゃあ…塗るから」

 

 足の裏って何をしてもくすぐったいし、手早く終わらせてあげないと。

 我慢をして一番辛いのは佳織なんだから。

 

「はにゅぅぅ…♡ ふみゅぅぅ…♡」

 

 ちょ…佳織! その声は反則だから!

 完全に喘ぎ声になってるから!

 下手をすればR-18な声になるから!

 

「ふぎゅぅぅぅ…♡ これ…らめらよぉぉ…♡」

 

 それはこっちの台詞ですから――――――!!

 そんなエロい声を目の前で聞かされる、あたしの方が別の意味で大変ですからー!!

 

「お…終わったわ。大丈夫?」

「にゃ…にゃんとか…はぁ…はぁ…♡」

 

 トロ~ンとした目に赤くなってる頬。

 そして、口の端から垂れている涎に加え、黒い髪の毛が一本だけ口にくっついている。

 

 やっべー…めっちゃ抱きたい。

 もうこんなの興奮するなって方が無理でしょ。

 大人っぽいエロスを見せつつも、髪型は子供っぽいツインテール…。

 …いつか絶対にチューしてやる。

 

 

 

 

 

 

 




次回はセシリア視点から。

その後に他のヒロイン達も登場?





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海は人間を大胆にする

前回言った通り、まずはセシリア視点から。

その後は…?







 鈴さんが佳織さんに目の前で大胆なアプローチをしているのを目撃し、起死回生を狙い私は予め計画していた『私と佳織さんとのラブラブサンオイル大作戦』を早めに実行に移す事に。

 だが、それは奇妙な形で裏目に出て、結果として私と鈴さんの二人で佳織さんの体に日焼け止めを塗ることに。

 うぅ…本当は佳織さんと二人きりでオイルの塗り合いなんかをしたかったのに…。

 いえ、ここでめげてはダメよセシリア!

 どんな形であれ、こうして佳織さんとお近づき(物理)になることは出来たのだから!

 ここから挽回していけばいいだけですわ!

 

 なんて言っている間に鈴さんが始めようとしている!?

 そうはさせるもんですか!

 

「か…佳織さん…いきますわよ…」

「う…うん。よろしく」

 

 ま…まずは手にオイルを塗って、それから佳織さんの身体に…身体に…!

 

(…こうして改めて観察すると…佳織さんはとても綺麗な体をしているんですのね…)

 

 全く日に焼けていない真っ白な肌…。

 線が細く、少しでも力を入れたら壊れてしまいそうなか弱さ…。

 だけど、その身には私たち全員をも軽々と凌駕するほどの強大な力を秘めている…。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

 興奮しすぎて息が荒くなって…!

 顔がニヤケるのが止まりませんわー!

 

「こ…こっちは足をやるから…」

「で…では、私は背中をやりますわ…」

 

 うぅ…本当は私が下半身をしたかったのに…(意味深)。

 けど、背中も十分にやる価値はありますわ!

 

「…えい」

「ひゃう! ちべたい!」

 

 鈴さんがオイルを足に塗った途端、佳織さんが可愛らしい声を上げた。

 それは流石に反則ですわ…!

 

(…ハっ!? 何を考えていますの私は!? 早くこちらも攻勢に出なくては!)

 

 手に付けたオイルをそ~っと佳織さんの背中に塗り始める。

 その瞬間、彼女の全身がビクッとなった。

 

「だ…大丈夫ですの?」

「う…うん。平気だよ。ちょっと驚いただけだから」

 

 そう言っている佳織さんの顔は僅かに赤くなっていて、明らかに感じているのが分かった。

 佳織さんが…あの佳織さんが…私の手で感じている…!

 

「はぅ…!」

「え…? ちょ…え?」

 

 あら…興奮の余り、思わず変な声を出してしまいましたわ。

 オルコット家の女として恥ずべき行為…けど、それだけ佳織さんが魅力的だという証拠ですわね♡

 

「こちらの事はお気になさらず。続けますわ」

「うん…分かった」

 

 少し心配そうな顔をしながらこちらを見た後に、佳織さんはまた目を瞑って横になった。

 

 そこからは、掌から感じる佳織さんの感触を微塵も逃さない為に、両手に全神経を集中させながらオイルを塗っていった。

 途中、何度も佳織さんの扇情的な喘ぎ声を聞いて鼻血が出そうになったのは内緒。

 そして、あらかた背中を塗り終えた時、私は驚愕の光景を目撃することとなった。

 

「な…なぁ…!?」

 

 なんと、鈴さんが足だけでは飽き足らず、お尻にまで手を伸ばそうとしているではありませんか!

 確かに、佳織さんのお尻はとても可愛らしく、思わず触りたくなってしまうのも理解出来ますけど!

 それだけは…そこだけは!

 分かっていますの!? それは本当に『最後の一線』なんですのよッ!?

 

(……ちょっとお待ちになって?)

 

 ここでふと私は冷静な自分に立ち返る。

 私は上半身を。鈴さんは下半身を担当していた。

 だから、鈴さんは佳織さんのお尻にもオイルを塗ろうとしている。

 ここまではいい。ここまでは。

 

 それなら…上半身を担当している私には…佳織さんの胸にオイルを塗る権利があると言うことなんじゃありませんのッ!?

 

 そうですわ! 後ろばかりにオイルを塗って、前にオイルを塗らないなんて言語道断!

 ちゃんと全身をくまなく塗って差し上げなくては全く意味が無いじゃありませんの!

 柔らかそうなお腹や…その両腕…そして胸…。

 それらをちゃんと塗ってこそ、私の役目が果たせるというものじゃあなくて!?

 そうですわ! きっとそうに違いありませんわ!

 

「か…佳織さん? 少し…よろしいかしら?」

「ん…? どうしたの?」

「そ…その…もしよろしければ…前の方も塗って差し上げましょうか?」

「えっ!?」

 

 流石は佳織さん。

 『前』という言葉を聞いただけで、それが何を意味するのかを理解した御様子。

 そして、それは同時に鈴さんにも『覚悟』を決めさせた瞬間でもあった。

 

「そ…そうね! そうよね! ちゃんと前の方も塗らないとダメよね! セシリアも偶にはいい事を言うじゃないの!」

「偶には余計ですわ」

 

 下半身で前を塗るとなれば、必然的に股を開く必要が出てくる。

 あの儚げな乙女である佳織さんが私達の前で股を開く…なんというギャップ…!

 もう…そんなの…頭の中で想像しただけで…!!

 

「「あわびゅ!」」

「ちょ…ちょっとぉっ!?」

 

 しまった…興奮が限界にきて…遂に鼻から『愛』が噴き出してしまいましたわ…。

 それは鈴さんも同じようで、彼女もまた『愛』を出していた。

 

「あわわわわ…えっと…え~っと~…」

 

 倒れ逝く中、佳織さんは私達の事を心配してか、オロオロとした様子で周囲を見渡していた。

 そして、何を思ったのか私と鈴さんの身体を、さっきまでご自分が寝ていらしたシートの上に並べて横にした。

 恐らく、私達が熱中症か何かになってしまったと勘違いをしてしまったに違いない。

 そんな優しさも素敵ですわ…♡

 

「こ…これでよし…っと。こうして休ませておけば大丈夫…だよね? 何か飲み物でも買ってくるから!」

 

 そうして、佳織さんは小走りで何処かへと去って行った。

 そんな彼女の後姿を見ながら、私は鈴さんと熱い握手を交わしていた。

 

「最高の体験を…してしまいましたわね…」

「うん…早くも、この夏の一番の思い出が出来てしまったわ…」

 

 今日の事は…本気で一生忘れませんわ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 急に鼻血を出して倒れてしまった凰さんとオルコットさんに冷たいドリンクを持っていくために、どこかに自販機でも無いかなーと探していると、何やら見覚えのある人影がこっちに歩いてくるのが見えた。

 

「あ…佳織。こんな所にいたんだね」

「デュノアさん…と…誰?」

 

 専用機と同じオレンジ色のビキニを着たデュノアさん。

 うん。見事な正統派金髪美少女ですな。

 その隣にいる全身をバスタオルで覆った謎の人物。

 なんとなく想像はつくけど、一応は尋ねてみる事に。

 

「えっと…タオル星雲からやって来たタオル星人か何か?」

「いやいや…違うから。これはラウラだよ」

「え? ボーデヴィッヒさん?」

 

 いやはや…確かに原作でも、こんなシーンがあったのは記憶にあるけどさ…実際にこの目で見ると想像以上に奇妙奇天烈な姿をしておりますな。

 これじゃあもう、ある種の苦行になるんじゃあなかろうか。

 

「ほーら。早く、それを取りなって。絶対に大丈夫だから」

「…本当か? 本当に大丈夫か?」

「本当だよ。折角、可愛い水着に着替えたんだから、ちゃんと佳織に見て貰わないと…ね?」

「そ…それはそうかもしれないが…その…こっちにも心の準備というものがあってだな…」

「さっきからず~っと同じ事を言ってるよね。早くしないと、自由時間が終わっちゃうよ? それでもいいの?」

「そ…それは困る!」

「でしょ? だったら…」

「わ…分かった。ええーい…ままよ!!」

 

 バババ! ってな感じでボーデヴィッヒさんの全身を覆い隠していたタオルが浜辺へと投げられる。

 その中から出現したのは…。

 

「おぉ~…」

 

 フリルが付いた黒いビキニを着たボーデヴィッヒさんの姿だった。

 どことなくゴスロリな感じがするけど、彼女にはコッチ系のファッションの方がよく似合うような気がする。

 眼帯を付けているからなのかな?

 しかも、髪をツインテールに纏めてあるし…これはまた…。

 

「わ…笑いたければ好きに笑えば……」

「可愛い!!」

「……え?」

「笑う所なんて全然ないよ! すっごく可愛いと思う!」

「そ…そうか?」

「そうだよ!」

 

 これはまた破壊力絶大だわ~…。

 世のロリコン共を一撃必殺で破壊するね。うん。

 いや…マジでお世辞抜きでめっちゃ可愛いから。

 

「そうだよね佳織。ね? 僕が言った通りだったでしょ?」

「あ…あぁ……」

 

 やヴぁい。

 普段の凛々しい一面を知っているせいか、この恥ずかしがりながらのモジモジとした仕草のギャップが凄いことになってる。

 控えめに言って最強です。ありがとうございました。

 

「佳織も、その白いビキニ、凄く良く似合ってるよ」

「さっきも言われたけど…本当に似合ってる? 自分的には水着に負けてるような気がしてるんだけど…」

「そんな事無いって! なんかこう…佳織のイメージにぴったりって感じがするよ!」

 

 私のイメージって…どんなんよ?

 

「それに、佳織のツインテール姿なんて初めて見たし。凄く役得な気分」

「割とプライベートだと色んな感じで髪を纏めてるんだけどね」

 

 ポニーテールとか、お団子とか、三つ編みとか…ね。

 

「あ…そうだ佳織。いきなりですまないが、写真を一枚撮らせて貰っても良いだろうか?」

「え? 私の?」

「あぁ。実は更識生徒会長から頼まれごとをしていてな。佳織の水着姿の写真を撮影して送って欲しいと言うことだった」

「えぇ~…まぁ…いいけど」

 

 私の水着の写真なんてあっても意味なんて無いと思うけど…。

 

「では…失礼する。パシャリとな」

 

 おっと、いきなり。

 別に気にはしないけど。

 

「送信…っと。これで任務完了だ」

 

 おっと。

 雰囲気に流されて話し込んじゃったけど、今はそんな事をしている場合じゃなかったんだった。

 早く二人に飲み物を買って行ってあげないと。

 

「そういえば、なんだか慌ててるみたいだったけど…どうかしたの?」

「実は……」

 

 妙に鋭いデュノアさんのお蔭でスムーズに急いでいる理由を話す事が出来た。

 ってことで…かくかくしかじか。かくかくうまうま。

 

「あぁ~…成る程ね。鈴とセシリアが向こうで…」

「そうなの。もしかしたら熱中症かもしれないし、飲み物でも買ってこようかと思って…」

「ん~…大丈夫じゃないかな?」

「え? でも……」

「あの二人はそんなにヤワじゃあないよ。仮にも代表候補生なんだし」

「そうかもだけど…」

「それに」

「ん?」

「二人の気持ちは僕もよーく理解出来るしね」

「んん~?」

 

 理解出来るとはどゆこと?

 もちっと分かり易く説明を求むでゴザル。

 

「でも、そんなに心配なら~…そうだ! ねぇ~! ちょっといいかな~?」

「どうかしたの~?」

 

 ん? デュノアさんがいきなり、通りすがりの女子生徒に話しかけたぞ?

 あの顔は同じ一組の生徒みたいだけど…。

 

「……ってことなんだけど、頼めるかな?」

「OKOK。任せといて頂戴な。確かに、好意を抱いている女の子とそんなことをしたら、そうもなりますわな」

 

 なんか一発で理解を得ているんですが…なして?

 よく聞き取れなかったけど、デュノアさんはなんて説明したの?

 

「大丈夫だよ、仲森さん。凰さんとオルコットさんの事は…」

「「「私達に任せて!」」」

「わっ!?」

 

 いきなり人が増えたんですけど!?

 マジで一体どこから来たッ!?

 

「てなわけで……」

「「「行ってきまーす!」」」

 

 あ……行っちゃった…。

 どこにいるかも教えてないのに…。

 

「二人の事は皆に任せて、佳織は僕達と一緒に行こ?」

「う…うん…」

 

 皆の善意を無下には出来ないけど…本当に大丈夫かな…?

 なんか別の意味で心配になってきたんだけど…。

 

 

 

 

 

 




次はシャルロット&ラウラのターン。

けど、どこまで続くのやら…?






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夏の少女達は元気一杯

 デュノアさんやボーデヴィッヒさんと合流した私は、二人と一緒に浜辺をぶらぶらとしていた。

 

「最初見た時から思ってたけど、日本の海って本当に綺麗だよね」

「そうかもしれないねぇ~。けど、ここからもっと南…沖縄の海とかは桁違いに綺麗だけどね。海水が透き通っていて、浜の砂も不純物が殆ど無いから凄くサラサラしてるって聞いたことがある」

「それ程とは…凄いな。それではもう殆ど、南国の楽園ではないか」

 

 でも、日本の海は本当にピンキリだからね。

 綺麗な所は物凄く美しいけど、汚い所は目を覆いたくなる程だから。

 

「にしても…こうして久し振りに海に来たは良いものの、何をすればいいのか微妙に迷うね…」

「そうなんだ?」

「うん。海に来る機会自体が非常に少ないし」

 

 それこそ、すぐ近くに海がある環境なら色々と思い付くんだろうけど、私達のような現代の都会人には何をして遊べばいいのか分からなくなる。

 何とも悲しい現実…。

 

「あ~! かおりん見~つけた!」

「「「ん?」」」

 

 この元気な声は…本音ちゃん?

 どこにいるのかな…って。えぇぇっ!?

 

「お~い! かおり~ん!」

 

 満面の笑みを浮かべながら、手を振りつつこっちに走ってくる本音ちゃん。

 そこまでは良い。何も問題は無い。

 問題があるとすれば、それは彼女の『格好』だった。

 

「「着ぐるみっ!?」」

 

 そう。着ぐるみだった。

 フードのように頭までスッポリを覆い尽くしているキツネの形をした着ぐるみ。

 似合っているし、可愛らしくもあるとは思うけど…それ以上にインパクトが凄すぎる。

 明らかにこの場で目立ちまくっているよ…。

 

「おぉ~! かおりんの水着…セクシ~だねぇ~♡」

「本音ちゃんは…その…凄いね…」

 

 ぶっちゃけ、それしか感想が思いつかない。

 もっと国語を勉強しよう…。

 

「ありがと~! でもでもぉ~…この『中』はも~っと凄いんだよ~!」

「中?」

 

 中って…着ぐるみの中身って意味?

 そりゃあ…確かに本音ちゃんは、かなりのグラマースタイルだけど…。

 

「かおりん。ちょっと、こっちに来てくれる?」

「う…うん」

 

 言われるがままに本音ちゃんに近づいていくと、いきなり彼女は着ぐるみの首の部分をビヨーンと伸ばしてから、中にある自分の身体を見せつけてきた。

 それを見た途端、マジで心臓がドキってなった。

 

「こ…これって…!」

「えへへ~…」

 

 完全に『点』と『線』じゃないか!

 具体的に言えば確実にR-18になるから言えないけど、これもう殆ど裸に近いじゃん!

 絶対に人前じゃ見せられない水着じゃないの!!

 一体どこでこんなのを見つけてきたのッ!?

 まさか…あのお店で?

 こんなのまで置いてあったっていうの…?

 

「…本音ちゃん」

「なに~?」

「例え何があっても、人前…特に織斑君を初めとする男の子の前じゃ絶対にこの着ぐるみを脱いじゃダメだからね」

「なんで?」

「本音ちゃんの『水着』を見たら、織斑君がワンピースのサンジみたいに鼻血をジェット噴射させて出血多量状態になっちゃうから」

「佳織の中の一夏のイメージが変なことになってるっ!?」

 

 最後になんかデュノアさんがツッコんでるけど、私の言ってることは何も間違っちゃいないでしょ。

 男の子はみ~んな飢えた狼なんだよ。

 こっちがほんの少しでも隙を見せたが最後。

 す~ぐにエロ同人誌みたいな事をしてくるに決まってるんだから。

 織斑君のようなラノベ系主人公は特に。

 

「そう言えば、その一夏はどこにいるのだ? さっきから姿が見えないが…」

「おりむーなら、あっちで皆にビーチバレーに誘われてたよ~」

「ビーチバレー…」

 

 それって…いいのかな?

 普通に男女で身体能力で差があると思うから、バランスが悪くなると思うんだけど…。

 それとも、審判でもしているのかな?

 

「どうする佳織? どうせ暇だし、行ってみるか?」

「そうだね……ん?」

「どーしたのー?」

「いや…あそこ」

 

 ふと視界の端に見えた物を指でさす。

 そこには『海の家』と書かれた建物が。

 

「うわぁ~…海の家だ~」

「私…何気に初めて見たかもしれない」

 

 過去にマリーさん達に連行されてきた海には、あんなのは無かったしねー。

 しかも、あれはまるで漫画にありそうな海の家だ。

 地味に感動しているかもしれない。

 

「どうせなら、あそこで何か飲み物でも買ってから織斑君の所に行かない?」

「それいいかもね。水分補給は大事だし」

「うむ。買える時に買っておくに越したことはないな。喉が渇いた時にはもう遅いと言うし」

 

 その通り。

 この季節、少しの油断が本当に命取りになりかねないからね。

 こーゆーのは気を付けておかないと。

 

 というわけで、私達は一先ず海の家に立ち寄ってから、その後に織斑君達がいる場所へと向かう事にしたのでした。

 

 そういや、あの海の家…中で食事も出来るみたいだったけど…あそこでお昼を食べてもいいのかな…?

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 皆が作ったと思われる即席のビーチバレーコートまで行くと、女子の皆が楽しそうにキャッキャウフフとビーチバレーを楽しんでいた。

 けど、その中に織斑君の姿は無い。

 

「あれ? 織斑君がいないんだけど…」

「おかしーなー…どこにいったんだろー?」

 

 皆でキョロキョロと辺りを見渡していると、砂浜に突き刺さっているパラソルの下に座っている織斑君を見つけた。

 なんでか、顔面が丸い形で赤く腫れてるけど。

 

「見つけた。あそこで休んでる」

「あ…ホントだ。…なんで顔が赤くなってるの?」

「さぁ…」

 

 取り敢えず、まずは彼の元まで行ってみる事に。

 結局、皆バラバラに行動してるな~。

 夏だから良いけどね(謎理論)。

 

「おーりむらクン。どーしたの?」

「あ…仲森さ…ん…」

「ん?」

 

 こっち見た瞬間に固まったんだけど。

 割とマジでどうした?

 

「綺麗だ……」

「へ?」

 

 今、なんつった? 綺麗? 誰が?

 

「あ! いや…その…別にそーゆー意味で言った訳じゃなくて…えっと…」

 

 動揺し過ぎだぞ男の子。

 

「その顔はどうしたの? ビーチバレーをしてるって聞いたんだけど」

「あー…それな。確かに、ついさっきまでビーチバレーをしてはいたんだけど…」

 

 チラッとコートの方に視線を向ける。

 別に何の変哲もない普通の試合ですな。

 あれがどうかしたの?

 

「刺激が強すぎるんだよ! 俺みたいな年頃の少年には!!」

「「「あー…」」」

「???」

 

 なんとなくだけど分かった。

 ボーデヴィッヒさんは分かってないみたいだけど。

 

「ただでさえ普段よりも薄着なのに、それに加えて飛んだり跳ねたり…こんな状態でまともな試合なんて出来る訳ねーだろ!?」

「「「確かに」」」

 

 15歳の男の子には強烈な刺激だったかもしれないねー。

 でも、ここで敢えて私は一言物申したい。

 

「けどさ、私達が普段から着てるISスーツだって似たようなもんじゃない?」

「それはそうなんだけど…ほら、ISスーツって基本的にワンピースタイプじゃないか」

「うん。そうだね」

「けど、ここにいる女子達の殆どがビキニを着ているから…普段よりも布面積が小さいんだよ…」

 

 うーん…言われてみれば確かに。

 実際、私達も着ているのはビキニだしね…。

 人の事は強くは言えないわ…。

 

「だから、変なことになる前に俺は早々とリタイアをして、ここでのんびりとしているってわけさ」

「成る程了解相分かった」

 

 まぁ…こればかりは仕方がないか。

 下手をすれば織斑君に『変態』のレッテルが張られたかもしれないと考えると、これはある意味で妥当な判断とも言えるかもしれない。

 

「そういや、セシリアと鈴はどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

「あー…あの二人ならー…」

 

 かくかくしかじか。

 かくかくうまうま。

 

「てな感じで、向こうのパラソルで二人仲良く休んでるよ」

「そっか。ま、熱中症とかになったら大変だしな」

 

 一応、変な所は誤魔化して説明しました。

 流石に『さっきまで二人に体にオイルを塗られてました』とは言えない。

 恥ずかしくて私が死ぬ。

 

「そういう一夏こそ。箒と一緒じゃなかったの?」

「あぁ…箒なら…」

 

 織斑君が後ろを振り向くと、そこには二人分の飲み物を持っている水着姿の篠ノ之さんがいた。

 やっぱ…滅茶苦茶にスタイルいいなー…。

 同性ながら惚れ惚れするわ…。

 

「買ってきたぞ一夏。って…佳織? こっちに来ていたのか…」

「うん」

 

 あれ? 篠ノ之さんが着てるビキニって…色や形的に私と一緒?

 違うのはサイズぐらいか…。

 

「佳織たちが来ると分かっていれば、皆の分も買ってきたんだがな」

「大丈夫だよ。ちゃんと、こっちに来る前に自分達で飲み物は買って来てるから」

「そうか。無用な心配だったか」

 

 これでようやく全員と会った事になる訳か。

 今回は意外と、皆バラバラになっていたから妙に新鮮だった。

 

「しかし…あれだな。佳織の水着姿ってだけでもかなり新鮮なのに、普段とは違う髪型なのは凄い衝撃があるな…」

「そうだよね! 箒もそう思うよね!」

「あぁ。なんというか…ツインテールになった事で清楚なイメージから、一気に元気そうな感じに変化したというか…」

 

 髪型一つでそこまで変わるもんかね?

 そこら辺はイマイチよく分かりません。

 

「それで…本音はまたどうしてそんな恰好をしている? というか、それは水着…なのか?」

「あ…そこをツッコんじゃうんだ」

 

 今までずっと、私以外は敢えてスルーしてたのに…流石は篠ノ之さん。やるな。

 

「これも立派な水着だよー。こう見えて、意外と着心地は良いし、通気性も抜群なんだからー」

「そ…そうなのか…」

 

 それが普通のリアクションです。

 何も間違ってはいませんとも。

 

「そう言えば…海に来たのに、まだ入ってはいないんだよね。少しぐらいは入った方がいいのかな…? カナヅチだけど」

「そうなのか? 私はてっきり…」

 

 またかい。

 凰さんといい、篠ノ之さんといい、皆の中の私ってどうなってるの?

 凄いのはトールギスなだけであって、私は全く凄くは無いんだからね?

 そこのところ、ちゃんと理解してる?

 

「今からだと時間的にも難しいだろう。入るとすれば午後からにした方が良いだろうな」

「え? そうそんな時間?」

 

 篠ノ之さんに言われて、スマホで時間を確認すると、現在の時刻は11時55分。

 いつの間に、こんな時間になってたんだ…?

 それだけ色んな事が目まぐるしく起きていたって事なのかな?

 

「ん? お前達…まだこっちにいたのか。もう昼を食べに行ったのかと思ったぞ」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 後ろから聞こえてきたのこの声は…織斑先生?

 反射的に振り向くと、そこには…。

 

「おぉ……」

 

 真っ黒なビキニを着た織斑先生が立っていた。

 なんじゃこりゃ…凄いことになってますがな…。

 とてつもない破壊力だ…。

 

 

 

 




次回、大人のターン。





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これが大人の魅力だ!

 もうすぐお昼に差し掛かろうとする時間にやって来た、水着姿の織斑先生。

 す…凄いですな…! なんちゅー破壊力だ…!

 普段から美人だとは思ってたけど、水着に着替えた事で美人力が倍増しておりますぞ!

 

「織斑先生…今、来たんですか?」

「まぁな。色々と仕事をしていたら遅れてしまった」

「仕事?」

「旅館の人達との打ち合わせなどさ。事前に話をしているとはいえ、当日にしか出来ない話などもあるからな」

「成る程…」

 

 本当に教師って職業は大変だな~…。

 私達なんて自分のことだけで精一杯なのに、先生達は生徒達の事まで考えないといけないんだもんね。

 いやはや…マジで頭が上がりません。

 

「それよりも佳織」

「は…はい?」

 

 あ…あれ? また名前で呼ばれた?

 

「その水着、良く似合ってるぞ。矢張り、お前には白が良く似合うな」

「ありがとうございます。織斑先生も、それってあの時に私が選んだ水着…ですよね?」

「そうだ。有り難く着させて貰っているよ」

「凄く良く似合ってると思います」

「ふふ…そうか。ありがとう」

 

 ん~? なんだろう…前よりも緊張しなくなってきてる気がする…?

 プライベートで色々と話したりしたせいなのかな?

 

「織斑せんせ~!」

「「ん?」」

 

 少し遠くから聞こえてくる、この声は…山田先生?

 そっか。織斑先生が来てるんなら、当然のように山田先生も来てるよね。

 

「あ! 仲森さんも一緒にいたんですね!」

 

 それは…『スイカ』だった。

 レモンイエローのビキニを着た山田先生の身体から、その存在を主張するかのように飛び出た、その巨大で丸い物体は間違いなく『スイカ』の如き大きさを誇っていた。

 こ…これが山田先生の真の実力なのか…!?

 割とマジで、一体何カップぐらいあるんだろう…。

 

「わぁ! その水着、とてもよく似合ってますよ!」

「あ…アリガトウゴザイマス…」

 

 アナタから言われても皮肉にしか聞こえないんですけどッ!?

 なんだ、この規格外のデカさは!?

 

(この間、ネット通販で見た『モデルバスト』の購入を本気で考えないといけないな…)

 

 手段を選んでいる場合じゃないのかもしれない…。

 幾らなんでも、これは反則過ぎる。

 

「あ…そうだ。織斑先生。一つ聞きたい事があるんですけど」

「どうした?」

「さっき、あそこで『海の家』を見つけたんですけど、お昼ってそっちで食べても良いんですか?」

「ふむ…そうだな。別に旅館の食堂でのみという縛りは無いしな。我々の目が届く範囲であれば、どこで食べても構わんだろう。あっちに行くのか?」

「はい。初めて見たので、いい機会なので試しに行ってみようかなって思って」

「そうか。なら、遠慮なく行ってくるといい。私達は、もう少しだけ海を堪能してから食事にする事にする」

「分かりました。それじゃ、行ってきます」

 

 ちゃんと許可も貰った事だし、皆を誘って海の家に行ってみようか。

 …そういや、さっきから皆の声が聞こえないけど…何処に行った?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 突如として現れた千冬と仲良さそうに話している佳織を後ろからジト目で見つめている少女達+α。

 彼女達の心境としては非常に複雑なものとなっていた。

 

「仲森さん…いつの間に、千冬姉とあんなに仲良くなってたんだ?」

「いや一夏。指摘するのはそこじゃないよ」

「え? どーゆーことだ?」

 

 シャルロットの言葉が上手く理解出来ない一夏。

 こんな所でお得意の鈍感を発揮してしまった。

 

「まさか、ここで織斑先生が台頭してくるとはね…!」

「意外…いや、違うな。織斑先生は前々から佳織の事をずっと気に掛けていた。だがそれはあくまで『教師』としてだった筈だが…」

 

 今、目の前で会話をしている二人の様子は『教師と生徒』というよりは、まるで気心が知れた友人同士…否、これは…。

 

「佳織と織斑教官…ああしていると、まるで本当の『姉妹』のようだな」

「「「それだ!」」」

「ふぇ?」

 

 ラウラが何気なく言った一言に激しく反応するシャルロット&箒&本音。

 なんて言い表していいのか分からずにいたが、ラウラに寄ってそれが一気に氷解する。

 

「うぅ~…かおりん…すっごく楽しそうだよぉ~…」

「これは…強敵だね…!」

「うむ…由々しき事態だな…!」

 

 最強の好敵手は実は最も身近にいるもの。

 まさか、それが自分達にも適応されようとは。

 しかも、その相手はあろうことか『担任』にして『世界最強』。

 だからと言って簡単に諦めるような彼女達ではなかったが。

 

「千冬さんか~…少し前から、そんな予感はヒシヒシと感じてはいたけど…」

「こうして自分の目で見ると、それを強く実感しますわね」

「「「「おわぁっ!?」」」」

 

 これまた、いつの間にか復活していた鈴とセシリアが合流していた。

 お蔭で変な声を上げてしまったが。

 

「い…いたんだ…本気でビックリした…」

「ついさっき来たのよ。なんとか復活してね。それより…」

「ここに来て一番の強敵登場とは…大変なことになりましたわね…!」

 

 ラウラと一夏以外の全員が炎を燃やす中、佳織が皆の元まで戻ってきた。

 

「おーい…って、凰さんとオルコットさん? もう大丈夫なの?」

「当然じゃない!」

「これでも代表候補生。軟な鍛え方はしておりませんわ!」

 

 意中の相手が来た瞬間に態度が急変する。

 これはこれで凄いことかもしれない。

 

「さっき織斑先生に聞いたんだけど、あそこにある海の家でもお昼を食べても良いって。だから、皆で行かない?」

「「「「「行く!!」」」」」

 

 満場一致。

 一夏とラウラは彼女達の迫力に負けて何も言えずにいたが、意見に関しては普通に賛成だった。

 

「そうと決まれば早速行きましょ! あ~…お腹空いた~!」

「そうですわね! 一体どんなメニューがあるのかしら?」

「海の家か…私もあそこで食事をするのは初めてだな!」

「何を食べよ~かな~? 今から楽しみだね~!」

「舞い込んできたチャンス…! ここで一気に…!」

 

 各々にアピールや思惑を含みながら海の家へと向かっていく。

 そんな彼女達の背中を見つめつつ、残されてしまった一夏とラウラ。

 

「…一体何だったんだ…?」

「さぁな…」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 やって来ました海の家。

 どうやら、私達以外にも目を付けていた子達はいるみたいで、結構な人だかりが出来ていた。

 なので、私達はテラス席で食事をする事になった。

 

「なんつーか…見事に『海の家』って感じのメニューだったね」

 

 そんな事を言ってる私が食べているのはカレーライス。

 しかもシーフードじゃなくてビーフカレー。

 なんか普通に美味しい。

 

「漫画やドラマとかに良く出てくる海の家とまんま同じだったわね。ま、美味しいから文句は無いけど」

 

 凰さんが食べているのは醤油ラーメン。

 これもこれで美味しそうだな~…。

 

「けど、それだけじゃなかったよな。セシリアが食ってる『海鮮パスタ』とか」

「魚介の出汁が出ていて美味ですわ…」

 

 やっぱり海の近くなだけあって、ちゃんとソッチ系のメニューもあったりはするんだよね。

 スタンダードな奴と海鮮系が半々って感じ?

 因みに、織斑君は海鮮焼きそばを食べてる。

 

「ねぇ…佳織?」

「ん? どったのデュノアさん」

 

 隣でエビピラフを食べてたデュノアさんが急に話しかけてきた。

 な…なんか目が座ってない?

 

「佳織ってさ…なんか織斑先生と話してる時って雰囲気が違うよね」

「そっかな…」

 

 そんな事を言われても私には分からないしな~。

 別に普通だと思うんだけど…。

 

「シャ…シャルロット…さっきの今でぶっこむな…!」

「大胆だね~…」

 

 天丼を食べてる篠ノ之さんと、シーフードピザを食べてる本音ちゃんがびっくりしてる。

 そんなに驚くような要素ってどこかにあった?

 

「雰囲気って言うか、仲森さんと千冬姉って普通に仲良くなってないか? なんかあったのか?」

「ん~…特別な事は何もないと思うけど…」

 

 私から見た織斑先生は『尊敬する恩師』って感じだし。

 普段から凄くお世話になってるし、相談にも乗ってくれたり、補習をして勉強を教えてくれたり。

 …こうして改めて考えると、私ってめっちゃ織斑先生に世話になりまくってるじゃん。

 これ絶対に恩返ししなくちゃいけないでしょ。

 

「普段の地道な積み重ねが今になって花開いたってことかしら…」

「今にして思えば、織斑先生は入学した時から佳織さんの事を気遣っていましたから…」

「スタート地点の差…か……くっ!」

「時間は関係ない…って言いたいけど、その差はかなり大きいよね…」

「やっぱり、ここはこれを脱いで一気に…」

 

 なんか皆でブツブツと話している中、本音ちゃんが物騒な事を言いだしてないっ!?

 それはマジで禁断の果実だから!

 確実に織斑君が悪い意味で出血多量になっちゃうから!

 

「お前達、さっきから何をブツブツと話しているのだ?」

「そんなの決まってるじゃない…って、そっか…アンタは数少ない『例外』だったっけ…」

「何の事だ? モキュモキュ…」

 

 あら可愛らしい咀嚼音。

 ボーデヴィッヒさんが食べてるのはシーフードグラタン。

 トローリと解けたチーズが美味しそうだ。

 

「あ…ボーデヴィッヒさん。チーズが口についてるよ。ほら、こっち向いて」

「ん…」

 

 テーブルに備え付けられていたナプキンで彼女の口元を拭いてあげる。

 なんだろーねー…この何とも言えない感情の渦は。

 胸が別の意味でキュンキュンしますね。

 

「…こっちもこっちで本当の姉妹っぽいわね」

「というより、ラウラの奴が妹キャラになりつつあるのでは…?」

 

 篠ノ之さんから、まさかのご指摘。

 彼女の口から『妹キャラ』なんて単語が飛び出してくるとは。

 けどさ…そういう篠ノ之さんも立派な妹キャラだよね?

 実際にお姉さんがいるんだし。かなり破天荒だけど。

 

「昼はこうして海の家で洋食とかを食べて、夜は旅館で海鮮の和食を食べる…か。やっぱ、出てくるのは刺身とかかな?」

「そうじゃない? 取れたて新鮮のピチピチのやつが出てくるの違いないよ」

 

 なんせ、目と鼻の先に大海原が広がってる訳だしね。

 あーゆー高級旅館って、懇意にしている地元の漁師さんとかもいそうだし。

 いーよねー…海鮮料理…お刺身とか最後に食べたのいつだっけ…。

 最近じゃ、スーパーのパックのお刺身すら食べた記憶が無い。

 お寿司なんて論外中の論外だ。

 

「料理もそうだけど、それと同じぐらい楽しみなのは『温泉』だよな。やっぱり」

「旅館のパンフレットにも記載されてたねー。源泉かけ流し…なんだっけ? 効能とかあるのかな?」

「あるんじゃないか? どんなのかは知らんけど」

 

 普段から溜りに溜まった疲れを取るいい機会かもしれない。

 全身の凝りを是非とも解したいですにゃ~。

 

「「「「「お…温泉っ!?」」」」」

「温泉?」

 

 うわっ!? ま…またなんか反応してるし…どったの?

 

「そうか…その手があったか…!」

「まだ希望は残されてますわ…!」

「今まではタイミングが悪かったけど…今度こそ…!」

「佳織とお風呂…佳織と温泉…デュフフ…♡」

「かおりんとまた一緒にお風呂…楽しみだなぁ~…♡」

 

 な…なんだろう…皆から変なオーラが出てるような気が…。

 同時に、物凄い悪寒が背中を走ったんですけど…。

 

(これ…福音云々以前に、私の貞操の危機なのでは…?)

 

 最も恐ろしいのは、暴走した機械天使よりも、暴走した友人達でしたってか?

 流石に洒落にならないオチなんですけどっ!?

 私…別の意味で無事に臨海学校を乗り越えられるのか心配になってきたよ…。

 

 

 

 



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臨海学校は夜こそが本番

まだまだ青春の一ページを掘り下げます。

嵐の前の静けさですね。

因みに、山葵に関する話は完全に俄か知識なのでご容赦を。











 夢中で遊んでいると、時間ってのはすぐに経ってしまうものでして。

 それは子供も大人も変わりは無いのです。

 

 なーんて落語家志望っぽい導入にしてみました。

 

 今は夕食の時間で、大広間を三つも繋げた大宴会場にて一年生全員揃っての夕飯と洒落込んでいた。

 因みに、先生達は別室にて夕飯を食べている。

 と言っても、部屋はすぐ近くにあるので、何かあればすぐに駆けつけてくる。

 

 そういや、なんでか『夕飯時は浴衣着用』とかいう、これまた謎の規則が旅館に存在し、私達は揃って浴衣を着ていた。

 私達のような生粋の日本人ならばいざ知らず、IS学園は色んな国から生徒がやってきているので、この場面だけでも相当にレアな光景に感じる。

 少なくとも、普通に日本で暮らしていたら、こんな風に大勢の外国人の子達が浴衣を着ている風景なんて絶対に見れなかっただろうし。

 

「ん~…♡ お刺身がプッリプリで美味しいねぇ~♡ 流石は高級旅館。スーパーのお刺身とはレベルが違うであります」

「全くだな。もう見ただけで『獲れたての海の幸』って分かるもんな」

 

 私の隣にと向かい合うように織斑君が座り、右隣りにはデュノアさん、左隣にはオルコットさんが座っていて、斜め右前には本音ちゃん、左前には篠ノ之さんがいた。

 因みに、ボーデヴィッヒさんは正座が上手く出来ずに特別に用意されたテーブル席で食べていて、凰さんは単純に違うクラスなので普通に離れ離れに。

 

「「「「………」」」」

「ん? なんか…さっきから本音ちゃん達に凝視されてるような気がするんだけど…どうしたの?」

「えっとね…かおりん…」

「部屋で着替えている時から思っていたんだが…」

「佳織って…浴衣が似合いすぎじゃない?」

「自然すぎる着こなしですわ…」

「そう?」

 

 別に普通だと思うんだけどなぁ…。

 そんなに不思議がるような事?

 

「そう言えば、佳織は手慣れた手つきで浴衣を着ていたな。どこで覚えたんだ?」

「中学の時の部活で…かな?」

「部活?」

「そ。私が前に落語部に入っていた事はもう話したよね?」

「えぇ。そこで仲の良い方々と一緒に楽しく活動をなされていたと」

「うん。で、その時に雰囲気作りって事でユニフォーム代わりに、よく皆それぞれに色違いの浴衣を部活中は着用してたんだ。ほら」

 

 大切な思い出としてスマホの中に保存してある中学の時の部活の集合写真を皆に見せる。

 マリーさん達と一緒に並んで撮影したものだ。

 

「この水色の着物を着ているのが私ね」

「「「「「おぉ~…」」」」」

 

 懐かしいな~…。

 また皆で落語を見に行きたいねぇ…。

 

「成る程な…三年間も着続けていれば、慣れるのも道理というものか」

「上手く着れなかったラウラウのことも手伝ってあげてたしね~」

「和服の佳織さんも素敵ですわ…」

「っていうか、寧ろこっちの方が自然な気がする」

「日常的に着物を着てたのか…スゲーな…」

 

 完全な雰囲気づくりなんだけどね。

 三年生になった頃にはもう私服同然になってたけど。

 この着物、まだちゃんと丁寧に保存してあります。

 というか、学園に持って来てるし。

 寮の私の部屋にあるんだよ。

 

「ん? この山葵って…もしかして『本わさ』だったりする?」

「やっぱ仲森さんもそう思ったか。普段、口にしてる山葵って言えば、スーパーとかで売ってるチューブの奴だしな。学園の食堂に出てくるのだって『練りわさ』だし」

「ほ…本わさ? 練りわさ? え?」

 

 あー…そっか。

 デュノアさんやオルコットさんには流石に分からないか。

 こればっかりは仕方がない。

 

「『本わさ』って言うのは、獲れたての山葵をそのまま摩り下ろした物を指すんだよ」

「これって『水山葵』かな? それとも『畑山葵』?」

「『水山葵』だと思うよ? 主に生食用として栽培されてるのが水山葵だから」

「み…水ワサビ? 畑ワサビ?」

 

 おっと。ついつい織斑君と二人で山葵談義をしてしまった。

 完全に皆を置いて行ってしまった。

 

「水山葵ってのは、豊富で綺麗な水や砂地などの綺麗な透水性が良い土壌が必要な種類で、今回出されているような生で食べる用の山葵なんだよ」

「そんでもって、畑山葵ってのが加工用の山葵な。さっき言った『練りわさ』とかも、こっちに部類に入るな」

「ということは、食堂にあるお刺身定食の山葵って…」

「色んな種類の山葵を混ぜて合成して、それっぽくしてあるやつね。そーゆーのって外国産の山葵が多かったりするんだよね」

「そうそう。こう言っちゃアレだけど、やっぱ山葵は日本の水山葵が一番だよな。なんたって、山葵自身が刺身になるぐらいだし」

 

 今回は無いけど、機会があればまた山葵のお刺身を食べたいなー。

 中学の時の修学旅行の時に行った旅館には出てきたんだけど。

 

「幾ら美味しいと言っても、一気に食べたりしたら駄目だからね? 流石に辛いから」

「な…なんで僕の方を見て言うの?」

「なんか、デュノアさんは調子に乗って山葵を全部一口で食べそうだったから」

「ギク…」

 

 口で言わない。口で。

 なんか原作でも、そーゆー事があったような気がするから念の為の忠告だったんだけど…やっぱりしようとしてたんだな…。

 何が悲しくて、そんなリアクション芸人みたいな事を自分からしたがるのかね。

 デュノアさんはそんなキャラじゃなかったでしょうに。

 

「山葵の美味しい食べ方は、こうして少しだけお箸で取ってから、刺身醤油に混ぜて、お刺身を少し付けてから…ぱくり」

 

 うん。美味しい。

 この他にも赤出汁のお味噌汁や小鍋なんかもあって凄く豪華。

 IS学園はちゃんと金を掛けるべき部分を分かってらっしゃる。

 

「そう言えば、本音ちゃんは山葵とか平気なの?」

「平気だよ~。お刺身やお寿司やざる蕎麦を食べる時には欠かせないよね~」

「通だね…」

 

 普段からお菓子ばかりを食べているイメージが強かったから、山葵や唐辛子みたいな辛い系の調味料は苦手だと思ってたけど、意外とそうじゃないみたい。

 なんだかんだ言って本音ちゃんも『お嬢様』の部類には入るしね。

 舌は肥えている方かも知れない。

 

「あ…ホントだ。ピリ辛で風味があって美味しいや…」

「でしょ?」

 

 私が本音ちゃんと話している間に、デュノアさんは私が言った事を実践してみた模様。

 これで少しでも彼女が和食を好きになってくれたら幸いだ。

 よく外国の人が日本食を食べて感動しているシーンがあるけど、あーゆーのを見ていると不思議とこっちまで嬉しくなってくる。

 

「う…くっ…!」

「あー…えー…大丈夫? オルコットさん」

「こ…この程度…なんてことは無い…ですわ…!」

 

 どこがじゃない。

 どう見ても足の痺れを我慢しているのが見え見えじゃない。

 そんなに正座が苦手なら、ボーデヴィッヒさんみたいに素直にテーブル席に行けばいいのに。

 

「オ…オルコット家の者として…これしきのこと…乗り越えてみせますわ…!」

「いやいや」

「オルコット家云々は関係ないでしょ…」

 

 自分を奮い立たせる為に言ってるんだろうけど、その一文にツッコみ所が満載だからね?

 ちゃんと自覚してる?

 

「ほ…箒さんは…どうして、そんなにも平気そうにしていられますの…?」

「私は幼少期から正座をして過ごしているからな。剣道を嗜む者として当然の事だ」

 

 流石は篠ノ之さん…。

 剣道場の娘ってのは伊達じゃないね。

 

「で…では…佳織さんも…?」

「そーだねー。落語家なんて長時間正座をして当たり前みたいな職業だしね。寄席に行けば皆揃って正座してるし、高座に行けば正座の状態から動けないし。練習として一時間や二時間ずっと正座をして過ごす…なんてよく皆でやってたっけ」

「専門用語が多くて何を言っているのかサッパリですけど…一時間や二時間…!? この状態でそんな長時間を過ごせるなんて…流石は私の敬愛する佳織さん…ですわ…!」

 

 い…いや…マジで大丈夫?

 冗談抜きで辛そうなんですけど。

 

「んー…別に、少しぐらいは足を崩しても問題は無いと思うんだけど…」

「そうだな。旅館の方々も特に指摘はしていないようだし。あそこにも、足を崩して座っている者がいるぞ」

「え?」

 

 篠ノ之さんの言う通り、チラチラと正座を崩して所謂『女の子座り』をしている子達が出てきている。

 流石に胡坐とかはアウトだろうけど、あれぐらいだったらいいでしょ。

 パッと見は正座と大して変わらないし。

 

「で…では…遠慮なく…」

 

 オルコットさんも彼女達を見て少しは安心したのか、迷う事無く女の子座りになった。

 すると、途端に顔色が変わって安堵していた。

 割と本当にヤバかったんだろうなぁ…。

 

「ふぅ…これで、ようやくまともに食事にありつけますわ…」

「「「そこまでか」」」

 

 思わず、私と織斑君と篠ノ之さんとでシンクロツッコミをしてしまった。

 オルコットさんの、この執念だけは普通に尊敬するわ…。

 これが代表候補生というものか。

 

「この後は夜の自由時間になってるんだっけ?」

「就寝時間まではな。その前にまずは『温泉』に入って、今日の疲れでも癒したいな」

「「「うんうん」」」

 

 どうして篠ノ之さんは温泉の部分だけ強調するように言ったの?

 どうして、本音ちゃんとオルコットさんとデュノアさんは揃って頷いたの?

 かおりんにはさっぱり分かりません。

 

「ここの温泉は、確か時間ごとに男湯と女湯が切り替わるんだったよね」

「ならば、行く時は皆で一緒に行った方が旅館の従業員の方々のご迷惑にならんだろう」

「全く以てその通りですわね箒さん!」

「箒の言う通りだよ!」

「しののん、良いこと言った!」

 

 まぁ…言ってる事は正しいんだけどさ…なんだろう…織斑君以外の皆の目が一瞬だけギュピーンって光ったような気がするのは私だけ?

 昼間に感じた危惧は私の杞憂…だと信じたい。

 

(こ…こんな時は心を落ち着かせる為にお味噌汁を飲むのだ)

 

 暖かい汁物はホッとさせてくれるからね。

 ズズズ…あぁ~…美味し~…。

 

(夜はまだまだ始まったばかり…か)

 

 …今思い出したけど、ちゃんとマリーさん達にお土産とか買って帰った方が良いよね…?

 テトラちゃんやガンちゃんは別に気にしないだろうけど、マリーさんやキグちゃんはめっちゃ根に持ちそうだしな…。

 

(四人纏めてお菓子系の奴に…じゃダメか。ちゃんと全員それぞれに買って帰らないと五月蠅そうだ)

 

 ここの旅館のお土産屋さん…何があったかな?

 温泉に入った後にでも、試しに見に行ってみようか…。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、待望の温泉回。

今度は皆で入ります。


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温泉は心の洗濯です

「「「はふぅ~…♡」」」

 

 夕食後。

 生徒達は部屋に備え付けのお風呂に入るか、もしくは時間ごとに男湯と女湯に切り替わる温泉に入るかをしなくてはいけない。

 面倒くさがっている子達は適当に部屋のお風呂に入っているが、私達は違った。

 折角、こうして高級温泉旅館まで来たんだから、温泉に入らなきゃ損ってもんでしょうよ。

 だって、こんな機会でもないと、これから先ずっと入るチャンスなんて訪れ無さそうだし。

 

「気持ちいいねぇぇ~…♡ まるで本当に体が蕩けちゃいそうだよぉ~…♡」

「これがジャパニーズ・オンセンなのか…なんという心地よさだ…」

「心も体もぽかぽかするねぇ~…♡」

 

 この温泉は中々の広さを誇っていて、それを知ってか知らずか、何故か織斑君を除く、いつものメンバー全員も一緒に入っている。

 これはこれで賑やかでいいかもだけど…。

 

「えっと…どうして、さっきからこっちを見てるの?」

「か…佳織のうなじ…」

「佳織さんの裸体…ゴクリ…」

「やっと…やっと念願の佳織と一緒の温泉…!」

「うわぁ…やっぱり、佳織の肌って綺麗だなぁ…」

 

 うーん…同性同士とはいえ、こうして凝視されると流石に恥ずかしい。

 今までは、そんな事って一度も無かったしね…。

 

「けど…なんつーかアレだね。皆揃って見事に『お団子』だね」

「それは仕方あるまい。温泉には『湯船に髪を付けてはならない』というマナーがあるのだからな」

 

 ここにいるメンバー全員が揃いも揃って長髪揃いなせいか、色んな色のお団子が頭の上に形成されている。

 特に私の髪なんて、それこそ膝下ぐらいまで伸びてるからね。

 皆よりも一回り大きな『お団子』になっちょります。

 

「なんつーか…日々の疲れが取れていくような気がするねぇ~…比喩でなく」

「確かにそうかもしれないわねぇ~…。あぁ~…佳織じゃないけど、マジで蕩けるわぁ~…」

 

 そういや、トールギスに乗るようになってから肩こりが酷かったんだよねぇ~。

 一応、持参しているマッサージ器(エロくないやつ)を使ってはいたんだけど、それでもやっぱり限界はあるんだよね~。

 入口の所にはマッサージチェアーもあったよーな。

 よし。上がったら絶対に使おう。

 これを機に全身から疲労を全て取り除いてやるのです。

 だって、明日には過去最大級の大事件が発生するんだし。

 今の内に全回復しておかないと。

 

「大人になったら、こうして温泉に入りながらお酒とか飲んだりするのかなぁ~…」

「なに? 日本では、そういう事が出来るのか?」

「サービスの一環でね。旅館にもよるけど、ここではそーゆーサービスがあるみたい」

 

 お風呂に入りながらのお酒って、そんな感じになるのかな~…。

 きっと、織斑先生とかは迷わず注文するんだろうな~。

 あの人、お酒大好き人間みたいだし(織斑君談)。

 

「千冬さん辺りが入ったら、一瞬の躊躇もなくお酒を頼むでしょうね」

「そうなんですの?」

「うん。あの人、かなりの酒豪だし。ビールとか超大好物よ?」

「知らなかった…」

「そういえば…教官はドイツにいた頃も、よく成人した隊員たちと一緒に酒を飲んでいたな」

「私は甘いお酒が良いな~」

 

 未成年なのに、何故かいきなりお酒談義に発展。

 まだ飲めないからこそ、こういう話をしたがるのかもしれない。

 

(…いつの日か、私達も大人になって…皆と一緒にお酒を飲んだりするのかな…)

 

 成人したら、きっと皆はバラバラの道を進んでいくことになるだろう。

 それでも、年に一回ぐらいはこうして集まってお酒でも飲みながら、下らない話をして盛り上がりたい。

 私は…やっぱりまだ落語家への道を諦めきれないな~…。

 無事にIS学園を卒業出来たら、その時こそは改めて落語家目指して頑張ろうかな。

 

「温泉を出たら、ちゃんと水分補給もしておかないとね」

「それなら『コーヒー牛乳』一択ね」

「売店には『フルーツ牛乳』もあったよ?」

「…マジ? 甲乙つけがたいわね…」

 

 どっちも美味しいからね~。

 ちゃんと腰に手を当てながら、肩幅に足を広げ、天井を見ながら一気に飲み干す。

 これが正しい入浴後の水分補給の仕方ってもんだ。

 

「コーヒー牛乳? フルーツ牛乳?」

「それは…普通の牛乳とは違うんですの?」

「あ…そっか。アンタ等は知らないんだっけ。なら、あたし達がちゃんと教えてあげないとね」

「そうだな。あれもまた立派な日本の伝統だ」

「「うんうん」」

 

 これでまた一段と日本への理解を深めてくれたら幸いだ。

 銭湯の湯上りに飲む一本でさえも極上なんだから、こんな場所で温泉に入った後に飲むコーヒー牛乳やフルーツ牛乳は、きっと言葉に出来ない程の美味しさに違いない。

 なんか、今から楽しみになってきた。

 

「皆が美味そうな話をするから、私も飲みたくなってきたぞ」

「なら、上がったら一緒に飲もうか」

「うむ!」

 

 その為にも、今はゆっくりまったりとして英気を養いますかね~。

 はぁ~…温泉…サイコー…♡

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 温泉から上がった後、皆と一緒にコーヒー牛乳&フルーツ牛乳を飲み、近くにあったマッサージチェアーで体内にある疲れにトドメを刺した後、私達はそれぞれに部屋に戻ったり、旅館内を見て回ったりと思い思いの場所へと向かった。

 そんな中、私は向かったのは…。

 

「うーん…何が良いかな~?」

 

 お土産物屋さん。

 ここでマリーさん達へのお土産を選んでいるのです。

 

「皆が喜びそうなもの…喜びそうなもの…」

 

 ぶっちゃけ、マリーさん以外はどれをあげても喜びそうだから普通に困る。

 特にテトラちゃんが一番、何をお土産にしたらいいのか見当がつかない。

 

「あ…仲森さん。こんな所にいたのか」

「織斑君?」

 

 おやおや。まさか彼が土産物屋に来るとは。

 これまた意外ですな。

 

「どうかしたの?」

「いや…別に俺が用事があるってわけじゃないんだけど、千冬姉が仲森さんのことを呼んでてさ」

「織斑先生が私を?」

 

 一体何の用事だろう?

 お説教…じゃあないよね?

 

「といっても、別に急ぎの用事じゃないらしいから。何かしているんだったら、そっちを優先して、その後に部屋まで来てくれればいいってさ」

「そーなんだ」

  

 急ぎの用事じゃない…?

 増々、意味が分からない。

 

「ところで、仲森さんは何をやってるんだ?」

「お土産探し。皆に買って帰ろうと思って」

「皆って…あぁー…あの時、一緒にいた子達か」

「そ」

 

 一度しか会ってない筈なのに覚えててくれたんだ。

 割とマジで驚いた。

 

「マリーさんは…これでいっか。男の子が好きそうな、無駄に装飾が多い剣のキーホルダー」

「なんか適当だな!?」

「そこまで適当ってわけじゃないよ? マリーさんって、れっきとした現役女子高生なのに、中身は男子小学生だから。こーゆーのとか普通に好きなんだよ。あと不整脈」

「ひでー言い草だ…っていうか、最後にしれっと、とんでもないカミングアウトしなかったか?」

「気のせいだよ」

 

 私達にとってはいつもの事だし。

 

「ついでだし、あれも追加でお土産にしようか」

「あれって?」

「あそこにある『観光地に良くある機械でガチャコーンとメダルに日付をつける』やつ」

「『花月荘滞在記念にお一つどうぞ』って書いてあるな」

「一回500円か。これぐらいなら」

「なんか俺達、ISに乗るようになってから金銭感覚が狂ってきてるよな」

「それは言わないお約束だよ。織斑君」

 

 一昔前なら500円使うのにだって凄まじい迷いがあった筈なのに、今じゃ財布から躊躇いなく千円札が出せるようになっちゃいました。

 行方不明になったお母さん。

 アナタの佳織は金の亡者になってしまったようです。

 

「明らかに0の数が違う入金を見せられたらねェ…」

「狂っちまっても仕方がないよな…」

 

 お金に困らないのは良いけど、これはこれで逆に虚しい気がする。

 やっぱ…お金じゃ幸せは買えないんだなぁ…。

 

「テトラちゃんは…このタペストリーでいいか。なんでか『大漁』って書かれてるけど」

「海沿いだから?」

 

 さて…と。

 お次はガンちゃんのお土産だけど…。

 

「ん? あれはー…」

「何かあったのか?」

 

 ガンちゃんは眼鏡キャラなのに普段着が何故かゴスロリ系一択。

 まさか、そんな彼女に相応しい逸品がこんな場所にあろうとは…。

 

「フリル付きの浴衣が売ってあった。これにしよう」

「色んな意味でスゲーなッ!? なんでこれを作ろうと思ったっ!? 売ろうと思ったッ!?」

「インパクト重視じゃない?」

「インパクトあり過ぎだろッ!?」

「あと、何故かセット販売されていた、このフリル付きメリケンサックも買おう」

「フリルの意味が無いっ! どうして、この二つをセット販売するっ!?」

 

 よし。これならきっとガンちゃんも泣いて喜んでくれるに違いない。

 我ながらナイスなチョイスだな私。

 

「最後がキグちゃんか…。なーにーがーいーいーかーなー……え?」

「今度は何を見つけたんだ?」

「…この旅館…マスコットキャラなんていたんだ」

「マ…マスコット?」

 

 私が指さした場所には、丸い目と猫の口を持つ、満月に鬣のように花弁をくっつけたマスコットのぬいぐるみが置かれたコーナー。

 因みに、その一角には『かづき君コーナー』とファンシーなゴシック体で書かれた紙が貼ってあった。

 

「…最近の旅館って、あんななのか?」

「さぁ…私も旅館なんて来るの、中学の修学旅行の時以来だし…」

「ここだけが特別なのか…?」

「その可能性もあるね」

 

 旅館にもマスコットが作られるような時代なのか…。

 来年辺り、IS学園にもマスコット…っていうか、ゆるキャラが誕生しそう。

 

「これでいいや。キグちゃん、可愛いの好きだから」

「さっきとは違って妥当なのが逆に凄い」

 

 このぬいぐるみ…1500円もするのか。

 …ぶっちゃけ、超余裕っす。

 

「後は…ウザンヌちゃんは猫飼ってるし、この浴衣の帯柄の首輪でいいか」

「適当だな」

「あの子はウザいから。マスクさんは…この浴衣柄のマスクにしよう」

「なんでもかんでも浴衣柄にすればいいってもんじゃないだろうに…」

 

 マスクが売られている事にはツッコまないんだ。

 織斑君も段々とツッコミ目線がおかしくなってきているね。

 

「最後に、皆で食べる用のお菓子でも買えば大丈夫かな。これくださーい」

「はーい」

 

 ってなわけで、さっき選んだお土産を全部一括で購入。

 中々の値段になったが、まだまだ余裕がありまくりです。

 こんなにも懐が暖かい日が来るとは…。

 

「ありがとうございましたー」

 

 これでよし…かな。

 ちゃんと部屋に置いてこないと。

 

「それじゃ一旦、部屋に戻ってこれを置いてくるから。その後に部屋に行くよ」

「分かった。千冬姉にそう伝えておくよ」

「お願いね」

 

 買い物を終えた私は織斑君と別れ、そのまま部屋に戻ることに。

 にしても織斑先生…私に何の用事なんだろう?

 冗談抜きで見当がつかないでゴザル。

 

 

 

  



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アンジャッシュ

 旅館の売店で皆への土産物を色々と買い漁ってから、私はそれを置くために一先ず、自分の部屋へと戻った。

 

「おかえり~かおりん」

「ただいま~」

 

 部屋に戻ると、本音ちゃん達は皆で仲良くババ抜きをやっていた。

 どうやら、今使っているトランプも売店に売っていた物らしい。

 

「どうやら、ちゃんと土産は買えたようだな」

「うん。思ったよりも色んな物が売ってあったよ」

「そう…みたいだな。土産物とは思えないようなラインナップだ…」

「それに関しては激しく同意するよ…」

 

 ジト目で私の腕の中にあるお土産を見つめる篠ノ之さん。

 なんつーか…私の中での旅館のイメージが変わりつつあるわ…。

 

「よいしょっと。それじゃ、またちょっと行ってくるから」

「ん? 何処に行くんだ?」

「織斑先生の部屋。買い物をしている途中で織斑君と出会ってさ、そこで先生が私のことを呼んでるって教えて貰ったの」

「教官が佳織を?」

「流石に、ここまで来てお説教って事は無いだろうし…本当になんだろうね?」

 

 いやはや…割とマジで皆目見当がつかないでゴザル。

 私の持つ原作知識は、もう殆ど役には立たないしなぁ…。

 

「兎に角、あんまり待たせちゃ申し訳ないし、今から先生の所まで行ってくるよ」

「うむ。了解した」

「いってらっしゃ~い」

「うん。いってきます」

 

 そういや、先生の部屋ってどこにあったっけ?

 ちゃんと聞いとけばよかったな…。

 でも、扉にちゃんと『教員用』って張り紙がしてある筈だから、それを頼りに探して行けばいいか。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 佳織が部屋を出て行った直後、残された三人娘は手に持っていたトランプを畳の上に置き、顔を見合わせた。

 

「…どう思う?」

「織斑教官が佳織を呼ぶ理由…見当がつくような…つかないような…」

「お昼のやり取りをこの目で見ちゃってるからねぇ~…」

 

 午前中、浜辺にてしていた佳織と千冬の会話。

 思わずラウラが『姉妹みたいだ』と言ってしまうほどに仲睦まじかった。

 それは箒たちもよく分かっている。

 よく分かっているからこそ警戒してしまうのだ。

 

「佳織には申し訳ないが…猛烈に気になる…!」

「このままじゃ、気になって眠れないよぉ~」

「私は特に気にしないが…お前達がそう言うと、私も気になってきたではないか」

 

 佳織争奪戦には特に興味が無いラウラも、場の雰囲気に流されてしまう。

 これもまた彼女が純粋無垢であるが故なのかもしれない。

 

「…どうする?」

「行くしかあるまい」

「だよねぇ~」

 

 三人揃って頷くと、一斉に立ち上がる。

 そうして部屋を出ると、遠くに佳織の後姿がチラっとだけ確認できた。

 

「あそこの角を左に曲がって行ったな」

「いや…あの佳織の事だ。我々の尾行に気が付いて攪乱するつもりなのやもしれん」

「かおりんなら、それぐらいは簡単に出来そうだよね~…」

 

 もう何度説明したかは分からないが、それでももう一回、念の為に言っておく。

 佳織は、そんな名探偵のようなスキルは持ってはいない。

 そもそもの話、佳織は箒たちが自分を尾行しているという発想すらしていないだろう。

 

「それならば猶の事、急がなければ」

「行き先が分かっているならば、先回りをすればいいのではないか?」

「先生達の部屋の場所…聞いてる~?」

「「「………」」」

 

 誰も聞いてない。

 旅館に来た時点で彼女達も例外なく浮かれてしまい、聞くのをすっかり忘れてしまっていた。

 今になって、まさかその事を後悔する羽目になるとは。

 『後悔先に立たず』とはよく言ったものである。

 

「…あんたら、そんな所で何をやってんのよ?」

 

 いきなり背後から声を掛けられる。

 誰かを思い振り向くと、そこにいたのは呆れ顔でこちらを見ている鈴と、そんな彼女と一緒にいるセシリアとシャルロット達。

 

「佳織の部屋に皆で遊びに行こうとしてたら…こんな奇妙な光景に出くわすとはね」

「皆さん、一体どうなされたのですか?」

「実はだな…」

 

 ここで箒からの事情説明。

 

「…という訳なんだ」

「成る程ね…織斑先生が佳織を名指しで部屋に呼び付けた…と」

「そうなんだ。流石に怪しいとは思わないか?」

「普段ならば、特に気にする事も無いんでしょうけど…」

「ボクたちは昼間の『アレ』を目撃しちゃってるからねぇ…」

 

 そう。彼女達もまた見ていた。

 佳織と千冬が仲良くしている様子を。

 故に放置は出来ない。

 大人の魅力の前では、自分達のような小娘では太刀打ちできないと知っているから。

 

「…急ぐわよ」

「えぇ」

「そうだね」

「みんな…」

「ふっ…お前達ならば必ず、そう言ってくれると信じていたぞ」

 

 セシリア、鈴、シャルロットがパーティーに加わった!

 

「ところで、お前達は教官の部屋の場所を知っているか?」

「それを聞くって事は…」

「アンタ等も知らないのね…」

 

 全員、同じ穴のムジナでした。

 

「べ…別に、普通に探して行けば大丈夫でしょ? ほら、行くわよ!」

「いつの間にか鈴がリーダーみたいになってるな」

「だが、こういう時はアイツのようにグイグイと引っ張ってくれる奴の方が逆の頼もしいものだ」

「ラウラウが言うと説得力があるね~」

「少し前まで、現役の軍人でしたものね」

「冷静に考えると、僕らって凄いパーティーだよね…」

 

 天才科学者の妹。

 貴族の家の若き当主。

 暗部の家の娘。

 大会社の社長令嬢。

 元特殊部隊隊長。

 

 こうして箇条書きにしただけでも迫力が違う。

 

「悪かったわね!! あたしだけ代表候補生以外の肩書が無くて!!」

「誰も何も言ってないのに…」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「へぷち!」

 

 ん~…なんだろ?

 この季節に急にくしゃみが出るなんて…。

 誰かが私の噂でもしてるのかな?

 ま、どーでもいいか。

 

「ノックしてもしもーし。仲森でーす」

「佳織か。入っていいぞ」

 

 中から先生の返事が来た。

 昔の私なら、先生がいるって分かっている場所に入るのに凄い緊張とかしてただろうに…随分と図太くなったもんだ。

 今までのイベントごとに比べれば、この程度じゃもう緊張とかしなくなってるのかもしれない。

 うーん…慣れって怖い。

 

「お邪魔しまーす」

 

 部屋の中自体は私達と全く一緒。

 別にどこかが違うってわけじゃない。

 ただ、なんでか布団が一式、既に敷いてあった。

 

「あ…そっか。織斑君は先生と一緒だったっけ」

「まぁな」

 

 こうして織斑君もいてくれるなら、少ししかなかった緊張感も更に薄れるね。

 異性とはいえ、クラスメイトがいてくれる安心感は大きい。

 

「ところで、どうして私は呼ばれたんですかね? 何かしちゃいました?」

「あぁ…別に説教をしようと思って呼んだわけじゃない。それ以前に、今の時間は夜。つまりは時間外。完全プライベートな時間だ。そんな堅苦しいことをするつもりはないさ」

「プライベート…」

 

 普段ならいざ知らず、今は臨海学校中だから関係ないのでは?

 そうは思ったけど、織斑先生がこう言ってくれているのだから、それに従うのが筋ってものだろう。

 ぶっちゃけ、私もそう思った方が気が楽だし。

 

「だから、佳織も遠慮なく私の事を『いつも通り』に呼んでくれていいぞ」

「はぁ…」

 

 これはアレですな。

 前みたいに『千冬さん』と呼べと。そう言っておりますな。

 

「分かりました…千冬さん」

「それでいい」

「え?」

 

 うん…織斑君。

 今の君の気持ち…超分かるよ。

 でも、今は特に気にしないでほしい。

 

「普段から、佳織には苦労ばかりを掛けさせてしまっているからな。偶には労ってやりたいと思ってな」

「別に私はそんなつもりはないんですけど…」

 

 私、そんなにも何かをやってるかな?

 生徒会の活動は頑張ってるつもりだけど…それぐらいなんじゃ?

 

「…クラス対抗戦での事件を皮切りに、デュノアの一件やラウラの暴走。フランスやドイツとの交渉。ちゃんと勉学も頑張っているし、それに加えて生徒会の活動も頑張っていると聞く」

「そう言われると、仲森さんってめっちゃ頑張ってるんだな…」

 

 なんか、箇条書きにされると私って何気に苦労人だったりする…?

 各種イベントに関しては、もう殆ど巻き込まれているに等しいんですけど。

 あと、別に私はフランス&ドイツと交渉した覚えはありません。

 単にデュノアさんのお父さんと、ボーデヴィッヒさんの元上官さんとお話ししただけですよね?

 

「けど千冬姉。仲森さんを労うって、一体何をする気なんだよ?」

「ふっ…何の為にお前がここにいると思っている? メンタルな部分の疲労は普段からどうにかなっていても、他の部分の疲労は未だに残ったままになっているだろう?」

「あぁ…そう言うことか。ちょっとドキドキするけど」

「え? え?」

 

 なんか織斑姉弟だけで納得してないで、ちゃんと私にも説明して欲しいのですけど?

 

「佳織。今から一夏にマッサージをして貰え」

「え…えぇ~!?」

 

 お…織斑君からマッサージ!?

 ちょ…それどんなプレイッ!?

 

「変な想像をしているようだが全く違うぞ。こう見えても一夏の奴は中々にマッサージが上手くてな。独学らしいのだが、私もよくして貰っている。お蔭で、この通りだ」

「そう…なんですね…」

 

 弟が姉をマッサージって…それどんな同人誌?

 でも、この二人の事だから、至って普通の健全なマッサージなんだろうなぁ…。

 

「実際、佳織はトールギスに乗るようになってから一度でも体を解したことはあったか?」

「そう言われてみると…無いかも…?」

 

 温泉から上がってマッサージチェアを使いはしたけど、それで全ての凝りが取れたかと言えば嘘になるしな…。

 人の手でのマッサージだからこそ、効果があるってこともあるかもだし…。

 

「だ…大丈夫だ! 変な所は触らないから!」

「もしも、そんな事をしたら即座に私が止めてやる。だから安心していい」

「うーん…そこまで言ってくれるのなら…お願いしよう…かな…?」

 

 実を言うと、肩とかが凝っているような感じがしてるんだよね。

 机に座って勉強をしているせいもあるんだろうけど、トールギスの武装って基本的に肩から懸架してるから地味に負担が掛かってるんだよね。

 IS側でどうにかしてくれているとはいえ、それでも蓄積はしていくものでして。

 

「なら、そこの布団に寝てくれないか。うつ伏せでな」

「ん…分かった」

 

 言われるがままに、敷いてある布団に横になる。

 長い髪の毛は簡単に纏めて邪魔にならないようにする。

 

(…なんかこれ…別の意味でドキドキするかも…)

 

 冷静に考えたら、織斑君に触られるのはこれで二回目になるのでは?

 一回目は実習の時に山田先生が落下して来て、それを咄嗟に助けて貰った時ね。

 あの時とは違って、今回はお互いに同意の上で…なんだよねェ…。

 

「そ…それじゃあ…いくぞ」

「うん…お願い」

 

 織斑君が私の上に来て、そっと背中に触れていく。

 そして、親指でツボらしき場所を思い切り突いた。

 

「んん~…♡」

「うっわ…なんだこれ…めちゃくちゃ凝ってるじゃないか…! よく今まで平気だったな…」

「普段…は…はぅっ♡ 寝て起きたら…きゃうっ♡ どうにかなって…ふにゃぁっ♡ からぁ…にゃうぅっ♡

 

 なにこれぇ…めっちゃ気持ちいいかもぉ…♡

 頭の中がぽわ~んってしてくるぅ~…♡

 

「ふぇ?」

 

 なんか織斑君の顔が真っ赤になって、千冬さんが鼻を抑えてそっぽを向いてる。

 

「な…仲森さん…その喘ぎ声は…反則だろ…」

「ヤバい…佳織がエロ可愛過ぎる…!」

 

 姉弟揃ってなんか言ってる…。

 けど、今はそんなのどーでもいいや…。

 まさか、織斑君のマッサージがここまで気持ちが良いとは…いい意味で予想外だった…。

 あぁ…気持ち良すぎて瞼が重くなってきたかも…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 無事(?)に千冬たちの部屋まで到着したヒロイン御一行様は、中から僅かに聞こえてくる声が気になってドアに揃って耳を当てていた。

 

『次…足…いいか?』

『うん…お願い…』

『うお…これはまた…』

『ふみゅぅっ♡ そこ…いいぃ…♡』

『えっと…この辺か?』

『ん…そこ…もっとぉ…♡』

『あの…さ…出来れば、もっと上の方をしたいんだけど…』

『いいよ…来て…♡ 私なら平気だから…』

『わ…分かった…。絶対に気持ち良くするから…』

『ん…信じてる…』

 

 声だけを聞けば完全に『行為』に及んでいる。

 ドア越しにピンク色の空気が漏れてきているような錯覚さえ覚える。

 

 そんな男女の声を盗み聞きしながら、ラウラ以外の少女達は顔を真っ赤にしながら鼻から真っ赤な『愛』をダラダラと流し続けていた。

 

「な…なんだこれはぁ…!?」

「か…佳織さんが…佳織さんと…佳織さんに…佳織さんを…」

「ヤ…ヤバ…佳織の姿を想像しただけで鼻から…」

「あわわわわわ…! か…佳織が一夏と…そんな…!」

「か…かかかかかかかおりんががががががががが…」

 

 色んな意味で大混乱に陥っている者達を余所に一人、ラウラだけが冷静に状況を考えていた。

 

(これは…マッサージでもしているのか? 私から見ても佳織の実力は間違いなく本物だ。だがしかし、それは同時に疲れが溜まり易いという証拠でもある。成る程…流石は教官だ。この機会に佳織の身体を癒してやろうと思われたのだな)

 

 ラウラ、大正解。

 この中で彼女だけが正解を引き当てるというのも皮肉である。

 

「こ…これ以上、一夏の狼藉を認める訳にはいかん! 皆、いくぞ!」

「「「「了解!」」」」

「え? 行くのか?」

 

 ラウラ以外の全員の顔にはハッキリと『佳織の痴態が見たい』と書かれてあった。

 

 意気揚々と立ち上がってドア伸びに手を掛けた瞬間…。

 

「そんな所で何をやっている。小娘共」

「「「「「げ」」」」」

「教官?」

 

 いきなり部屋のドアが開かれ、そこから我等が担任教師サマが降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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少女達の『告白』

 あ…ありのままに起こったことをお話しますのぜ…!

 織斑君にマッサージをして貰っていたら、いつの間にか本音ちゃんや篠ノ之さんを筆頭とするいつもの面々が織斑先生によって部屋に入れられて正座をさせられていた。

 何を言っているのかよく分からないと思うけど、私にもよく分からない。

 ちゃちな手品やトリックとはレベルが違う。

 もっと恐ろしいものの片鱗を感じました…。

 

「…てな感じでOK?」

「OKって…仲森さんってマジで度胸あるよな~…この状況でそんな言葉が飛び出るなんて…」

「そう?」

 

 私は単純にポルナレフの真似がしたかっただけさ。

 かといって、最終的にイタリアでディアボロに倒されるつもりは無いけど。

 

「こいつら全員、廊下から部屋に様子を伺っていたようでな。盗み聞きは流石にどうかと思い、現行犯で捕まえたという訳だ」

「えっと…ドアは開けてませんでしたよね? どうやって分かったんですか?」

「気配だ」

「「えぇ~…」」

 

 よりにもよって気配って…。

 千冬さんは一体いつの間に、そんなドラゴンボールやワンピースみたいな能力を身につけたんですかぁー…。

 まさかとは思うけど、生身で空を飛んだりは出来ない…よね?

 

「一夏の奴ぅ~…幾らマッサージとはいえ、アタシの佳織の身体にベタベタと触ってくれちゃって…!」

 

 はいこらそこ。

 私の身体は一体いつ、凰さんの物になったんですかね。

 

「か…佳織! 本当に大丈夫だったのか!? 一夏に変な場所とか触られてないかッ!?」

「うん。そこら辺は本当に大丈夫だよ? 寧ろ、すっごく体が軽くなった。ほら」

 

 皆に見せつけるかのように、両腕をグルングルンとさせる。

 少し前までは、こんな芸当なんて不可能でした。

 しようとすれば肩が悲鳴を上げてたんだよね。

 

「ほっ…よかった…。どうやら、まだ佳織の貞操は無事のようだな…。もし一夏の奴が佳織に何かをしていたら…」

「し…していたら…?」

「今から急いで、ドラム缶とコンクリートの準備をしなくてはいけない所だった」

「沈める気だー!! 目と鼻の先に海があるから、思い切り俺を海の藻屑にする気満々だー!!」

「ふっ…冗談だ。半分は」

「半分は本気なのかッ!?」

 

 うーん…流石は篠ノ之さん。

 幼馴染には微塵も容赦がありませんな。

 

「それにしても…まさか、かおりんがおりむーにマッサージをして貰っていたなんてね~。そんなに酷かったの~?」

「そりゃもう。仲森さんの全身、マジで凝りまくってたぞ?」

 

 そこまでなんだ…ある程度の自覚はあったけど…。

 マッサージされながら色々と考えてたんだけど、多分これってトールギスだけが原因じゃないよね…。

 もしかしたら、勉強のしすぎかもしれない…。

 ここ最近、部屋にいる時はずっと、机に座っている記憶しかない…。

 少しばかり焦り過ぎたのかな…。

 

「矢張りな。あの声から察して、すぐに佳織がマッサージを受けていると理解したぞ」

「ほぅ…流石だな、ボーデヴィッヒ。だ…そうだが?」

「「「「「うぐ…」」」」」

 

 ボーデヴィッヒさん以外の皆がすごーく気まずい顔をしながら視線を逸らしたし。

 

「けど、本当に気分が良くなったよ。織斑君、ありがとう」

「ど…どういたしまして…。こんな事でも、仲森さんの役に立てたんなら良かったよ…ははは…」

 

 いや~…マジで超スッキリしましたわー。

 でも、同時に眠気も凄いんだよね…なんで?

 

「ふむ…佳織。眠いのか?」

「ですね…ふわぁぁ…」

 

 あ…大きな欠伸が出た。

 マッサージ中に声を出してたから疲れちったのかな?

 

「我慢は良くないな。もう部屋に戻って、ゆっくりと休むといい」

「そうしま~す…ふわぁ…みんな~…お先に失礼するね~…」

 

 かるーく手を振りながら部屋を出ていく。

 皆は『置いて行かないで―』的な顔をしてたけど、ソレ系のお願いは部屋の主である千冬さんの上告した方がいいよ。

 多分、無駄に終わるかもだけど。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 佳織が部屋から出ていくと、途端に室内が緊迫した空気に包まれる。

 そんな中でも平気そうにしているのは、一夏とラウラの二人のみ。

 両者とも、千冬のこんな雰囲気には慣れっこなので普通にしていられるのだ。

 

「一夏。お前もマッサージをして疲れただろう。かなり汗を掻いているぞ」

「え? あ…本当だ」

「寝る前にそれでは流石にな。まだ時間的には大丈夫だろうし、温泉で汗を流して来い」

「そう…だな。そうするよ。んじゃ、行ってくる」

「あぁ」

 

 そう言ってから、現状における頼みの綱その1である一夏は着替えとバスタオルを持って温泉へと行ってしまった。

 これで残されたのは、毎度お馴染みとなったヒロインズだけ。

 正直、一夏だけが最大にして唯一の希望だったりする。

 この状況でラウラに対して過度な期待はしていなかった。

 

「さて…これで部屋には私とお前達だけになったわけだが…折角だ」

「「「「「ゴクリ…」」」」」

「ん? お前達、何を緊張しているのだ?」

 

 逆に、どうしてアンタは緊張してないんだよッ!?

 全員が無言でそう訴えていた。

 

 そんな中、千冬は備え付けの冷蔵庫の中から多種多様なドリンクを取り出して、少女達の目の前に置いた。

 

「腹を割って話でもしようじゃないか。どれでも、好きなのを取っていいぞ」

「「「「「あ…ありがとうございます…」」」」」

「では、私はこのアイスココアを貰うか」

 

 お前の辞書に『遠慮』って言葉は無いのかっ!?

 またもや、ヒロインズは顔でそう訴えた。

 

「どうした? 遠慮なく取って構わんぞ?」

 

 千冬にそう言われては取らない訳にはいかない。

 なので、ラウラ以外の面々は恐る恐ると言った感じで各々にジュースを取っていった。

 

「…取ったな?」

 

 少女達がジュースを手に取ったのを確認すると、千冬はどこからか徐に缶ビールを取り出してからプシュという小気味のいい音を出し、そのままグビグビと飲み始めた。

 

「ふぅ~…」

「あ…あのー…いいんですか?」

「別に構わんさ。これは佳織にも言ったが、今は夜で勤務時間外だ。堅苦しいことは無しだ」

「はぁ…」

 

 思わずシャルロットが質問をしたが、まさかの回答が帰ってきた。

 今の千冬は完全にプライベートな状態になっていた。

 

「因みに、お前達が手にしているソレは口止め料という奴だ。誰にも言うなよ?」

 

 ニヒルな笑みを浮かべつつ全員を見渡す。

 『しまった』と思いつつも、受け取った以上は何も言えない。

 

「…で、お前達は佳織のどこに惹かれたんだ?」

「「「「「ブッ!?」」」」」

 

 会話開始1秒でブッ込んできた。

 この女教師、本当に今は遠慮をする気は無いらしい。

 

「わ…私は…その…途方に暮れていた私の手を掴んでくれたから…」

「そうなのか。そう言えば、いつの間にか佳織と仲良くなっていたな」

 

 箒と佳織が親しくなった経緯を良く知らない千冬は、話を聞いて納得したような顔になった。

 

「私も…箒さんと似たような感じですわ。一度は見捨てようともした私を佳織さんは許してくれた。その優しさに全力で報いたいと…そう思ったのです」

「実にアイツらしいな…。例え誰であっても決して見捨てない…か」

 

 普通ならば恨まれても不思議じゃないというのに、佳織はそれを許した。

 それは佳織の心が強いからだと千冬は知っている。

 

「アタシはー…そのー…いつの間にか好きになってたとしか…」

「そう言えば、転入してきてすぐに佳織と会っていたんだったな。あの時、佳織が色々と言っていたぞ」

「あはは…本当にあの時はどうかしてました…」

 

 一夏に会いたい一心で中国から戻ってきた鈴ではあったが、呆れながらも一緒にいてくれた佳織の優しさに触れ、気が付いた時には彼女に夢中になっていた。

 

「僕は…佳織に色んな意味で救われたから…。僕だけじゃなくて、お父さんやお義母さん…会社まで…。本当に、どれだけ感謝してもしきれなくて…」

「…そうだな。本人は否定するかもしれないが、結果として佳織はフランスに住む多くの人々を救った事になる」

 

 切っ掛け自体はほんの些細な事。

 だが、それによって多くの人の輪が広がり、最終的にはシャルロットだけではなく、彼女の両親、デュノア社、ひいてはフランス全土の女性権利団体に苦しめられてきた人々をも救った。

 それはとても偉大な事であり、皆から褒め称えられても決して不思議ではない。

 

「佳織は私の命を救ってくれただけでなく、新たな道を示してくれました。故に、今度は私が佳織を全力で支えると決めたのです」

「あの時は本当に大変だったな。だが、全ては佳織の尽力のお蔭…か。ドイツ軍の高官と一対一で話したと聞いた時は流石に驚かされたが」

 

 力と知。

 その両方を駆使した結果、最悪の事態を防ぐことが出来た。

 ラウラの心を救い、彼女を『大人の悪意』からも守ってみせた。

 

「布仏はどうだ? お前は最初の方からずっと佳織と一緒にいる事が多かったと記憶しているが?」

「私は…」

 

 何かを考えるように視線を巡らせ、その手に取ったオレンジジュースを口に含む。

 

「かおりんと一緒にいると、いつも楽しくて…それだけで幸せで…かおりんが戦っている姿を見てると心がキューって締め付けられるような気持ちになって…」

「それで?」

「かおりんとずっと一緒にいたいって気持ちが…日に日に強くなって…それで…」

「ふっ…もういい。お前の気持ちは十分過ぎるほどに伝わったよ」

 

 礼とか建前とか無しに、本音は純粋に佳織の事を好いている。

 どこまでも真っ直ぐに、どこまでも只管に。

 

「だが…お前達も知っての通り、佳織の今は中々に複雑となっている。それは…分かるな?」

「「「はい」」」

「「「複雑…?」」」

 

 事情を知っているセシリア、鈴、本音の三人は強く頷き、まだ何も知らされていないシャルロット、ラウラ、箒の三人は小首を傾げていた。

 

「織斑先生。箒さんたちは…」

「…そうだったな。いい機会だし…話しておくか。佳織を支える人間は、少しでも多い方が良い。無論、今から話す事は他言無用だがな」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「幼少期からずっと、謎の男によるストーキングを受け…」

「その相手が今はIS委員会の幹部になっていて…」

「佳織を半ば無理矢理にIS学園に入学させた元凶…だと…!?」

 

 千冬から話を聞いた三人は、最初は戸惑い、次に悲しそうな顔になり、最後には怒りに満ちた顔になった。

 

「その男が…佳織にあの白い機体を授けたのか…!」

「それ自体は結果オーライだけど、それ以外は…!」

「許せん…絶対に許せん! 元軍人として…いや、一人の人間として許してはおけん!」

 

 自分達を救ってくれた佳織が、実は最も大変な目に遭っていた。

 大人達の悪意に晒され続けているのに、それでも自分達に救いの手を差し伸べてくれた佳織に、今度は自分達こそが救いの手を差し伸べる番だ。

 箒、シャルロット、ラウラの三人は今、他の者達と志を同じにした。

 

「佳織自身も多少の自覚はあるようだが、そのストーカーは巧妙に自分の正体を隠しているようでな。未だにその見当すらついていないのが実状なんだ」

「委員会の幹部ともなれば、その権限の大きさは計り知れない…」

「隠そうと思えば、それこそ幾らでも正体を隠蔽できるってワケね…」

 

 考えれば考えるほどに憎たらしい。

 佳織が一体何をしたと言うのか。

 

「佳織さんがとても可愛らしいのは共感できますけど…」

「それを理由に長い間に渡ってストーキングするなんて、絶対に許せることじゃないよ…!」

 

 まだ顔もよく知らない相手に怒りの炎を燃やす面々。

 その時、ふとラウラがある疑問を口にした。

 

「幼少期の佳織か…どんな少女だったのだろうか」

「「「「「「!!!」」」」」」

 

 全員の頭上に雷が落ちた。

 

 ストーキングされる程なのだから、かなりの美幼女であったに違いない。

 だが悲しいかな。彼女達は幼い頃の佳織の姿を全く知らない。

 となれば、やることは一つ。

 

「きっと、日本人形みたいに美しかったに違いない…」

「ほっぺはプニプニで…小さくて可愛らしくて…」

「絶対に近所でも超有名な美少女だったでしょうね」

「小さな頃の佳織か~…写真とか見てみたいなぁ~…」

「ちっちゃな頃のかおりん…想像するだけで可愛いよ~♡」

「幼い頃の佳織…か…」

 

 たった一言で、話題は憎き怨敵から、幼女時代の佳織の話にシフトした。

 結局、最後まで全員で幼女の頃の佳織の妄想をしていたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。佳織は…。

 

「うわぁ…なんか冷静になって考えたら、私ってば同い年の男の子にめっちゃ体を触られたんだよね…。ウニャ~! 急に恥ずかしくなってきたんですけどぉ~!!」

 

 布団の上で顔を真っ赤にしながらゴロゴロと転がって悶えていた。

 

(フッ…年頃の少女のように悶える君もまた可愛らしい。そして、マッサージもまたエレガントに…)

「唐突にキザすぎる台詞を言わないでください! あと、エレガントなマッサージって何なんですかトレーズ閣下~!!」

 

 その後、疲れて寝るまでずっと佳織は顔を真っ赤にしながら悶々としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか、トレーズ様が想像以上にキャラとして万能だった件。

普通にカッコよくて戦闘も最強。

おまけにボケまで出来る万能っぷり。

マジであの人に欠点って無いのかしらん?





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風なる槍『テンペスト』

今回、遂に束さんが本格登場。

ま、分かりきってたことですけど。

問題は、彼女が登場することじゃなくて、何をするかって部分ですから。












 臨海学校2日目。

 今日は遊び放題だった昨日とは打って変わって、午前中から夕方までず~っとISの各種装備試験運用と、そのデータ採取を行う予定になっている…んだけど…私は知っている。

 この2日目は、皆が思っているような予定には絶対にならないと。

 それどころか、この日こそがある意味でのターニングポイント。

 入学当初の私は、この日が訪れる日のことをガクガクブルブルとしていたが、それまでの間にこちらの想像を遥かに凌駕する展開が盛り沢山だったせいか、妙に度胸がついてしまっている。

 いや…違うな。トラブル耐性が付いてしまったと言うべきか。

 …なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 原作通り、専用機持ちの皆は織斑先生の近くに集合し、他の生徒達はその後ろにて、この日の為にこの場に運ばれてきたラファールの前に立っている。

 因みに、私達が今いる場所は、これまたこの日の為だけにIS学園が特別に貸し切ったと思われるプライベートビーチで、四方がまぁ中々に切り立った崖で覆われていて、普通の方法でここから海に出るには、一度水中に潜ってから海水の中のトンネルを潜っていく必要があるとのこと。

 うん。実に常人泣かせで、ダイバーを歓喜させそうなシチュエーションですこと。

 人によっては『これもまた修行の一環だ』とか言って、普通に潜って行きそう。

 私のようなカナヅチ星人には考えられませんな。

 

「はぁ…今朝は本当に危なかった。佳織が起こしてくれなければ確実に遅刻をしていた」

「気持ちよさそうに熟睡してたもんねぇ~」

「面目ない…」

 

 なんか忘れられてそうだから言っておくと、今の私達は他の子達と一緒に後ろでラファールの前に立っております。

 表向きは私も『一般学生』だし、今はボーデヴィッヒさんも一般生徒、本音ちゃんは言わずもがな、私達と一緒にいるって事は、篠ノ之さんはお姉さんに『専用機ちょーだい』とは言わなかったって事になる。

 原作改変みたいだけど、これはこれで良いと思う。

 変に力に溺れてるぐらいなら、最初から無い方がずっといいんだよ。

 

「寮は基本的にベットだけしかないからな。ドイツ出身のラウラには寝慣れないのだろう」

「こーゆーのってベット派と布団派に別れるよねー」

「「分かる」」

 

 私の場合は、実家では布団だけでしか眠った事が無い。

 ベッドなんてそれこそ、修学旅行の時ぐらいだったよ。

 だから、恒常的にベッドに寝るってのはかなり新鮮な体験でした。

 

「全員揃ったな。では、今から各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行って貰う。そして、専用機持ちは各種専用パーツのテストだ。全員、迅速に行うように」

「「「「はい!」」」」

 

 本当に…返事だけは良いよなぁ…返事だけは。返事だけは。

 大事なことなので3回言いました。2回じゃ足りない。

 

「なぁ…佳織。トールギスには何か追加の武装などは無いのか?」

「うーん…多分、無いんじゃないかな? これは虚さんが言ってたことなんだけど、トールギスって現時点で既に完成され尽くしてるから、ここで変に武装を追加しても意味無いんじゃないかって」

「お姉ちゃんが、そんな事を言ってたんだ…」

「ふむ…一理あるな。実際、トールギスは攻防全てが見事なバランスで構成されている。これ以上の強化は、それこそ『第二形態移行(セカンド・シフト)』でもしない限り不可能か…?」

 

 第二形態移行(セカンド・シフト)

 簡単に言えば、IS自身がこれまでの戦闘経験を元にして『進化』をする現象。

 トールギスの場合は…該当する機体が沢山あり過ぎて、どんな姿になるのか逆に想像しにくい。

 

「ま、今はそんな事はどうもいいか。私達も作業を初めようか?」

「そうだな」

「うむ」

「さんせー!」

 

 さてはて…例の天災兎さんは、どのタイミングで突撃してくるのやら…。

 実はドキドキしながら待ってたりします。

 来るのはほぼ確実だと思ってるから、心配するとしたら、いつ来るか…なんだよね。

 あの人の登場は、それだけで心臓に悪いから。

 

「えっと…まーずーは……ん?」

「なんだ? どこからか誰かが走ってくるような音が聞こえてくるような…」

「妙な寒気が背中を走った…なんだこれは…」

「しののん? なんか顔が青いよ? だいじょーぶ?」

 

 え? もしかして篠ノ之さん…何かを感じてる?

 まさかニュータイプかっ!?

 

「ち――――――――――――ちゃ―――――――――――んっ!!!!!」

「この声は…まさか…!」

 

 流石は織斑先生。

 この声だけで全てを察した御様子。

 まぁ、世界広しと言えども、織斑先生を『ちーちゃん』って呼ぶのは、この世に一人しかいない訳で。

 

「どうして貴様がいる…束…!」

 

 そう。やって来たのはISの開発者にして天性のトラブルメーカーの篠ノ之束博士。

 今更言うまでもないけど、篠ノ之さんの実のお姉さんでもある。

 胸以外は全く似てないけど、そこはツッコんではいけない。

 

「やぁやぁ、ちーちゃん! こうして直に会うのはすっごい久し振りだねぇ~!」

「そうだな。で、どうしてお前がここにいる。ここは関係者以外は立ち入り禁止だ」

「何を仰る。ある意味、私はこれ以上ない程に超絶関係者じゃああーりませんか」

 

 やってることはぶっ飛んでるけど、言ってる事は超正論。

 確かに学園の関係者ではない。

 けれど、ここは『IS学園』。

 そのISを世に産み出した人間が関係者では無いなんて言い出したら、世の中にいる全てのIS関係者が無関係になってしまう。

 IS学園には常識なんて通用しない。

 

「おっ! かおり~ん! 昨日振りだね~!」

「ははは…ども…」

 

 満面の笑みを浮かべながら、こっちに手を振るなよ!!

 必死に私達が気配を殺してたのにさ!

 皆がめっちゃ私達に注目してるじゃんか!!

 

「おやおや~? どーして、かおりんが一般生徒側(向こう)にいるのかな~?」

「おい束…貴様、何を言って…」

 

 え? ちょ…は?

 いきなり博士が私の手を引いて織斑君達がいる場所まで連れて来たんですけどッ!?

 

「折角だし、箒ちゃん達もこっちに来なよ~」

「「「は…はぁ…」」」

 

 下手に逆らっても意味が無いと判断したのか、篠ノ之さん達も困惑しながらこっちにやって来た。

 結局、こうなっちゃうのか…はぁ…。

 

「え? ど…どういうこと?」

「血縁者である篠ノ之さんはともかく、どうして他の子達まで?」

「意味分らないんですけど…」

 

 それはこっちの台詞だよ! 名も知らぬ女の子たちさん!

 一番混乱してるのは私達なんだから!

 

「箒ちゃんも久し振りだね~! って、昨日も会ったか! ははは!」

「姉さん…お願いですから、何の前触れもなく、いきなりやって来るのは本当に勘弁してください…主に私の胃の為に」

 

 篠ノ之さん…哀れだ…。

 後で私と一緒に胃薬を買いに行こうね。

 行きつけの薬局を紹介してあげるよ。

 

「昨日も…だと? どういう事だ?」

「あれ? もしかしてかおりん達から聞いてない? 私、昨日も皆が海に行く直前に会いに来たんだよ?」

「…そうなのか?」

 

 そこで何故か睨まれたのは、私じゃなくて織斑君でした。

 

「あ…あぁ…。そういや、言うの忘れてたな…」

「ど・う・し・て言わなかったんだ…この馬鹿が…!」

「いだだだだだだだだだだだだだだっ!? 割れる割れる割れるぅぅぅぅっ!?」

 

 おぅ…顔に血管を浮き上がらせながらのアイアンクロー…。

 本当に頭蓋骨陥没とかしないでしょうね…。

 

「はぁ…で、本当に何をしに来た? まさか、本気で私達に会いに来ただけ…なんてふざけた事は言わないだろうな?」

「もっちろん! 実は~…かおりんにプレゼントを持ってきました~! どんどんぱふぱふ~!」

「……は?」

 

 へ?

 今、一瞬…言われたことが理解出来なかった。

 誰が。誰に。何を持ってきたって?

 

「「「「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」」」」」」

 

 何がどうなって、そうなるのっ!?

 昨日も思ったけど、別に私とアナタって全く接点とか無いですよねっ!?

 それどころか、前に一回無人機を使って殺されかけてるんですがっ!?

 

「プ…プレゼントとは一体なんだっ!? 何の事を言っているッ!?」

「何の事って、そのまんまだけど? あ、後でいいから、いっくん。そのISをちょっと調べさせてね?」

「え? あ…はい…」

 

 織斑くんも流れで返事をしてしまう。

 うんうん…そうなるよね…分かる。

 

「まずは~…ハイこれ! 昨日言ってたのね!」

 

 すっごい嬉しそうに手渡されたのは、なにやら赤い服っぽいの。

 昨日言ってたの……あ!

 

「ISスーツ…?」

「そ! かおりんのサイズに合わせた上に、私の手で特別にデザインしました~!」

 

 ま…まぁ…ISスーツぐらいなら別に…?

 でも問題はデザインだよね…パッと見は赤いってことしか分からないけど…。

 

「ん?」

 

 バサっと広げて見てみると、なんかどこかで見た事があるようなデザイン。

 金色のフリフリが付いた肩当っぽいのが付いてて、まるで西洋の軍服っぽい感じで、所々に金色のエングレービングっぽいのが施されてて…って。

 

(これ、まんまゼクス・マーキスの着てた軍服をISスーツにしたやつじゃあないですかぁぁぁぁぁぁぁっ!?)

 

 ちゃんと律儀に下半身の部分は従来のISスーツと同じになってるし!

 幾らなんでも無駄に煌びやか過ぎませんかねぇっ!?

 

「どう? 気に入ってくれた?」

「あ…はぁ…カッコいい…ですね…ハハハ…」

「そう!? よかった~!」

 

 もう、そうとしか答えようがない。

 他になんて言えと?

 

「なんなら、今ここで着替える?」

「「「「「「「!!!???」」」」」」」

「どうして皆して動揺する?」

 

 博士の発言にボーデヴィッヒさん以外の全員が私を見た。

 幾ら見られても着替えませんからね!?

 私の生着替えなんて全く需要ないでしょうが!

 

「さ…流石にそれは…」

「そう? なら、学園に戻ってから試着してみてね!」

「そう…します。ありがとうございました…」

 

 一応、お礼は言っておく。

 この辺の礼儀はしっかりとしないとね。

 

「…で、そのスーツはあくまで『前座』。本命は……こっちだよ!」

 

 博士が指をパチン! と鳴らすと、いきなりこの場にコンテナっぽい金属製の箱が落ちてきた。

 ちゃんと地面に着く直前にブースターを吹かせて速度を殺してたのが凄い。

 

「束…これはなんだ。サイズから見て、流石にISが丸々一体入っている…と言う訳ではなさそうだが…」

 

 織斑先生の指摘通り。

 落下してきた箱は縦長になっていて、とてもじゃないがISが入っているような感じじゃない。

 原作では、ここで篠ノ之さんが頼んだ専用機『紅椿』が登場したけど…。

 

「これはね…私が一から全て製作した、かおりんの専用機『トールギス』の追加武装だよ!」

「トールギスの…」

「追加武装だとッ!?」

 

 ちょ…えっ!? マジでッ!?

 つーか、なんでそれをここで言っちゃうのッ!?

 何にも知らない他の子達の注目度が更に増しちゃったじゃないのよッ!?

 

「この…バカが! どうして貴様は我々の気苦労を全て台無しにするような事をするッ!!

「へ? 何の事? 別に隠す必要とか無いじゃん」

「なんだと…?」

「だって、かおりんは私の『同類』。『天然の天才児』だし。私みたいに誇示こそすれ、隠す必要なんて何処にも無いじゃん」

「お前と言う奴は…どこまで…!」

 

 えーっと…? 一度に色んな事が起きすぎて脳がスパークしてるんですが…。

 要するに、この天災サマも見事に勘違いをしてると見ていいのかしら…?

 

(けどこれ、逆説的に言えば、この人が私達の事を監視していたって言う確固たる証拠にもなるんだよね…)

 

 だって、中身を見ないで戦闘の様子とかだけを見ていただけなら、他の皆と同じように勘違いをしていても不思議じゃない…のか?

 なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

 

「かおりんは、私がやっと見つけた同じ『天然の天才仲間』なんだよ? その子に私がプレゼントをしたいって思うのは当然じゃない?」

「頭が痛くなってきた…」

 

 諦めないで!!

 ここで諦めたら試合終了だよ織斑せんせ―――!!

 

「はい! と言う訳で、これが私がかおりんの為に作ったトールギスの追加武装…その名も…」

 

 コンテナがゆっくりと開き、煙と共に中の物がお目見えになる。

 それは、白銀に光り輝く一本の巨大な槍。

 この槍って…まさか…あの…!

 

「大型ヒートランス『テンペスト』だよ!!」

 

 

 

 

 

 




次回、束さんが一般生徒の皆さんにモノ申します。

もしかしたら、ある意味で今までで一番真っ白な束さんになるかも。

皆さんがISと言う作品に関して思っている事を少し代弁してくれる…かも?










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天災兎が物申す!

予告通り、束さんが言いたい放題します。

その対価として、約数名の胃に甚大なダメージが入りますが。







 いきなり現れた篠ノ之束博士の爆弾発言(私にプレゼント)を聞いて、当然のように後ろに控えていた生徒達の間に動揺が走った。

 

「え? 今…なんて言ったの?」

「あの子が専用機持ち?」

「つーか、あの子って誰だっけ?」

「なんか前に、説教騒動で同じ名前の子が話題になっていたような…」

 

 あー…うん。

 なんとなく予想出来たりアクションどうも。

 それと、まだあのお説教話って生きてたんだ。

 

「トールギスって、どこかで聞いたことがあるような…」

「てか、あの仲森って子が専用機持ちってどういう事?」

「別に代表候補生でもなければ、どこかの会社のテストパイロットってわけでもないみたいだし…」

「しかも、篠ノ之博士と仲が良いみたいだし…」

「なーんか…ズルいよねェ…」

「普通に私達の立場が無いって言うか…」

「不公平だよねー…」

 

 いやいやいや。

 別に私は、この人と仲が良いわけじゃないからね?

 この人とは完全に初対面ですから。

 でもちょい待ち。

 昨日会ってるから初対面じゃない…のかな?

 けど、まだこれで二回目だし十分に初対面の範疇に入るでしょ…多分。

 

「おやおやぁ? なーんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたなぁ~? 『不公平』? 『ズルい』? お前らさぁ…あんまし調子に乗るなよ」

「「「「「!!!???」」」」」

 

 おっふ…急激に場の空気が氷点下まで下がったでゴザル。

 どうやら、彼女達の迂闊な発言が天災サマの逆鱗に触れたみたい。

 空気を読んで、私達は揃って黙っている事に。

 

「そもそもさぁ…『前提条件』が間違ってるんだよ。この宇宙が誕生して以来、ただの一度たりとも世界が『平等』であったことなんて無いんだよ。全ての人間、生き物は生まれた地も今に至るまでの経緯も全く違う。背の高さも、容姿も、顔も、手の大きさも、足の長さも、足の速さも、才能も、何もかもがぜーんぶ違う。自分達の横にいる奴の顔を見てみろよ。それは自分と同じ顔か? 同じ体か? 同じ見た目か? 違うだろ。ほら。その時点でもう既に『平等』じゃない。なのに、どーして『不公平』なんて単語が飛び出すかねぇ?」

 

 まるで『シャルル・ブリタニア』みたいな説教をし始めたぞ…。

 同じシャルルなら、私はデュノアさんの方が良いけど。

 流石に、あの声は普通に勘弁。

 威厳があり過ぎて普通に委縮する。

 

「っていうか、かおりんとお前らを一緒にするなよ。お前らは『凡人』。かおりんは『天才』。その時点で立ってる場所が違うんだっつーの。候補生じゃない? 企業所属じゃない? だからどうした。そんなの関係ないだろうが。天才は天才。それだけで十分に特別扱いされる理由になるだろうが」

 

 いや。私は天才じゃありませんから。

 平々凡々を絵に描いたかのような小市民ですから。

 なんて言い訳も、最近じゃすっかり意味が無くなってきてるんだよなぁ…。

 

「お前らさ…あれだろ? 『IS学園に入った時点で将来は安泰』とか馬鹿な勘違いしてるだろ。『自分はエリート。だから大丈夫』って。アホくさ。なにそれ? 世の中舐め過ぎじゃない? 寧ろ、こーゆーのは入学してからが本番でしょうが。IS学園は良くも悪くも実力主義って聞かされてない? どれだけ必死こいて勉強して入学しても、安心しきって慢心した時点で人生詰んでるんだよ。だから、IS学園の卒業生の就職内定率がいつまで経っても低いままなんだよ」

 

 にゃんですと? それは普通に初耳ですぞ?

 というか、IS学園の卒業生って一般就職できるの?

 割とマジでIS関係の企業に一直線だとばかり思ってた。

 

「おやおやぁ? そんなの知らないって顔をしてますにゃ~? ねぇ、ちーちゃん」

「…なんだ」

「去年のIS学園の卒業生の内、ちゃんと大学に進学出来たり、一般就職出来たりした奴ってどれだけいるの?」

「…一割にも満たん」

 

 い…一割ですか…それはまた壮絶ですな…。

 

「そーだよねーそーだよねー。IS学園卒業生って時点で世間からは良い顔されないし、寧ろ、普通に高校を卒業した子達よりも遥かに就職難易度が高くなってるんだよね。だって、お前らはISの事をちょっとしたファッションとか、流行のアクセサリーぐらいにしか見てないもんね。ISの本来の使用目的とが普通にガン無視だもんね。そんな奴等が就職とか出来る訳がないもんね。もし私が面接官だったら、ISの威を借りてアホ丸出しで増長してる奴なんて書類審査の時点で即座に払いのけるけどな~」

 

 それには私も同感。

 『自分はエリートです』って感じを出しまくってる奴なんて、場の調和を乱す原因にしかならない。

 ぶっちゃけ邪魔です。

 

「私が知る限りだと、ちゃーんと卒業後も就職できた子達は、入学前からちゃんと将来に向けて色々と準備をし続けて、入学後もその努力を惜しむことなく続けて、その成果が各種イベントでちゃんと発揮されて、その結果として『ちゃんと見ている人達の目』に留まったから、それが卒業後の立派な形となって表れてる。んで、お前らはどうよ? 今の自分がちゃんと『頑張ってる』って自信を持って言えるワケ?」

 

 なんだろう…話を聞いている内に、この人の印象が段々と変わってきた。

 最初は原作のイメージそのままに『破天荒で唯我独尊』な人だと思ってたけど、この人はこの人なりにちゃんとISや、それに関わる人の事を真剣に考えてるんだな…。

 

「かおりんだって、まさにそうなんだよ。この子は私と同じ『生まれながらの天才』なのに、入学後もちゃんと毎日毎日勉強をして、予習復習もちゃんとして、生徒会の活動だってキチンとやってる。そんなにも忙しいのに、ちーちゃん達が放課後にやってる補習授業まで自分から参加してる。お前らの中に一人でも自分から積極的に補習授業に参加した奴が一人でもいるのかよ? いないだろ。私は知ってるんだぞ」

 

 なんか急に私のプライベートが地味に暴露されてるんですけどぉぉぉぉっ!?

 止めてぇぇぇぇぇぇぇっ!! 割とマジで恥ずかしいからやめてぇぇっ!?

 そして、篠ノ之さん達を初めとした皆揃って、こっちを見るのも止めて貰えませんかねぇぇぇぇぇっ!?

 つーか、補習授業を受けてるのは私だけじゃないでしょっ!?

 途中参加だけど、最近は篠ノ之さんや織斑君だって頑張って参加してるじゃない!

 私だけを矢面に立たせるのは勘弁してくれませんかねぇっ!?

 

「お前らが呑気に放課後や夜に遊び呆けたり、ISの操縦訓練と称して、実際には遊び半分でやってたりしてる間も、かおりんはその天才的な才能を更に伸ばし続けてる。分かる? かおりんは『生まれながらの天才が努力をした結果』ってのを身を持って証明してくれてるの。お前らみたいのよりも良い評価や良い待遇を受けて当たり前の立場にいるんだよ。理解したか? この間抜け共が」

 

 もう…私の顔は真っ赤に燃えて、お前を倒せと轟き叫んでます…。

 褒められてるのは分かるんだけど…前世も含めて今までの人生でここまで誰かにベタ褒めされたのって冗談抜きで初めてだからさ…慣れないんだよぉぉぉっ!!

 

「かおりんだけじゃない。ここにいる代表候補生達の子にしてもそうだよ」

 

 え? 候補生の子達って…もしかして、オルコットさんや凰さん達の事を指してる?

 ま…マジで? この人が候補生の皆の事を擁護しようとしてる?

 

「お前らは『専用機を持ってて羨ましい』って言ってるけどさ、それだって彼女達がお前達以上に、文字通り血反吐を吐くような必死の努力を勉強をした末に手に入れる事が出来た『勲章』みたいなもんなんだよ。『候補生は専用機があってズルい』? 寝言は寝てから言えよな。本当に専用機が欲しいなら必死に足掻けよ。命以外の全てを賭けるぐらいの根性見せろよ。石に齧りついてでも絶対に手に入れるぐらいの意志を見せろよ。泥水を啜ってでも必ず成してやるぐらいの根性見せろよ。ま、お前らには無理だろうけど。専用機だって所詮は『自分を引き立てる特別なアクセサリー』ぐらいにしか見てないんだろ。そんな安い考えしか持ってない奴に専用機なんて永遠に与えられるわけがねぇじゃん。努力つっても所詮は、必要最低限の事しかせずに、ISに乗れるだけで満足して、挙句の果てはIS操縦の腕をあげたり勉強する事よりも、いっくんに言い寄ることを優先する始末。お前らぁ…マジでいい加減にしろよ? そんな、お遊び気分でISに乗られると作った側としても非常に迷惑なんだわ。かおりんみたいに真剣に頑張ってる奴の邪魔にしかならないって理解出来ない? あ…出来ないか。お前らみたいな色ボケした連中にはさ」

 

 …私が常日頃からずっと思ってる事を一字一句漏らさず全て言ってくれたよ…。

 あ…あれぇ? 私の中の篠ノ之博士の印象が180°変化したんですが?

 もう私の中じゃ、この人は『ISに関わる全ての人の意思を尊重する人格者』には見えないわ…。

 なんだろ…無人機の一件も不思議と許そうって気になるわ…。

 

「私はね、お前らのクソどうでもいい自尊心を満たす為にISを開発したんじゃないんだよ。人類の宇宙進出を自分なりに本気で模索して、それを形にしたのがISなの。ISの正式名称分かるよね? 『インフィニット・ストラトス』だよ? 『無限の成層圏』って意味なんだよ? 宇宙での活動を目的としたパワードスーツなんだよ? IS乗ってー…空飛んでー…わー凄ーい…楽しかったー…で満足するんならさ…とっとと学園なんか辞めちまえよ。お前らのやってる行動全てが、本気でISに自分の人生を捧げようとして頑張ってる子達の邪魔にしかなってないんだからさ。今のお前らみたいに、頑張ってる人間を羨ましがることは別に学園にいなくても出来るだろ。誰かを羨ましがる暇があるなら、自分が誰かに羨ましがられる立場になる為に努力しろよ。まだ自分達は一年生だからって油断とかしてると、あっという間に時間だけが過ぎ去って行くだけなんだから。気が付いた時には、何の成果も残せないままに学園を卒業して、どこにも行けずに実家に戻ることになるよ。いや…その前に学園を辞めるかもしれないね。だって、もう既にかおりん達とお前達とじゃ大き過ぎる差が出来てるんだから」

 

 完全に他の子達の精神はズタボロですな…。

 誰もが俯いて何も喋らないし。

 けど、擁護は出来ないし、するつもりもない。

 だって、前の実習の時に君達は自分達の手で篠ノ之博士の言ってる事が全て正しいって証明してみせてるんだから。

 あの時は私も本気で呆れて何も言えなかった。

 少し前のボーデヴィッヒさんが一部の生徒達に対して憤っていたのも同じ理由だし。

 

「今の自分達がいる場所と、私達がいる場所を良く見てみろよ。大きく分かれてるだろ? これが『境界線』だよ。お前らとかおりんたちを分ける『境界線』。自分の才能に胡坐を掻かずに頑張った側と、学園に入学した時点で満足して努力を辞めてしまった側との『境界線』」

 

 …ちょっと前までは、オルコットさんとかも『言われる側』だった。

 けど、最近の彼女達は全く違う。

 少なくとも、原作のようにはなっていない。

 あくまで私が知る限りではあるけど、みんな頑張って放課後の練習とかしてる。

 自分なりの課題を見つけ、それを克服する為に足掻いている。

 そんな彼女達だからこそ、私は皆を本気で尊敬しているし、そんな子達と友達になれた自分を誇らしいと思っている。

 …入学時からは考えられない程に心境が変化してますな。

 だけど…悪くない。寧ろ、これで良かったとさえ思ってる。

 

「束…もういい。その辺で勘弁してやれ」

「え~? もっとも~っと言いたい事があるんだけどな~?」

「だとしても…だ。だが…」

 

 だが?

 

「…感謝する。過激な言い方だったとはいえ、お前が言った事は私達も常日頃から思っていた事だった。だが、私達は教師と言う立場故に言葉を選ばなければいけない。しかし…それは間違っていたのかもしれないな」

「ちーちゃん…」

「時には、どんなに嫌われようとも、生徒の将来を左右することなのだから、私達もちゃんと『自分の言葉』で言わなければいけなかった。かなり言い過ぎではあったが…それでも、それぐらいをしなければあいつらの『価値観』はそう簡単には変えられない…のかもしれんな…」

 

 織斑先生だってずっと悩んでた。

 候補生を初めとした一部の生徒達以外のISに対する歪んだ考え方に。

 図らずも、篠ノ之博士の長々としたお説教が、先生の背中を押してくれた…って事になるのかな…。

 

「姉さん…」

「ん? どーしたのかな? 箒ちゃん」

「正直…見直しました。まさか、姉さんがあそこまで真剣に誰かに何かを言う瞬間に立ち会うとは思わなかったから」

「酷いな~。束さんだって、真剣にISの事を考えている人間の一人なんだよ? それに、全てのISは私にとって子供も同然なんだから。それを『ファッション扱い』されたら怒って当然でしょ」

「ふふ…そうですね」

 

 あら…? なんか篠ノ之姉妹の仲が良くなってる…?

 これはまた意外な展開…。

 

「って、なんか思わず話し込んじゃったね! かおりん!」

「は…はい」

「トールギスにテンペストを装備して、試しに使ってみようか? というわけで、トールギス出して?」

「わ…分かりました」

 

 この空気の中で普通に自分のペースを貫くとは…心臓強すぎでは?

 篠ノ之博士は、頭脳や身体能力だけじゃなくて、そのメンタルもチートでしたってワケなのね…。

 

 

 

 

 

 

 

 




やヴぁい…殆ど束さんかしか喋ってない…。

今まで出番が無かった分の鬱憤を晴らすかのように。

でも、不思議と書いてて楽しかったです。






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鬼に金棒 騎士に槍

前回の束さんのお説教が想像以上に反響を呼んでいた事に驚きを隠せません。
まさか、主人公の出番を完全に奪い取った束さんの演説(?)が、こんな事になろうとは…。
こうなりゃ、これからもどこかで定期的に演説回を入れていくか?
私が良い演説を思い付くか次第ですが。








 まぁ…何と言いますか…。

 突然現れた束さんの口から放たれた怒涛のお説教(?)にて、目の前にいる一般生徒の皆さんのメンタルが完全崩壊して死屍累々な状態に。

 私も束さんも気持ちは非常に良く理解出来るので、彼女達の事を擁護しようとは思わないし、寧ろこれをバネにしてこれから頑張ってほしいと言う淡い願いもあったりするわけでして。

 …割とマジな話、ここまで言われて意識改革出来なかったら、本気でIS学園を自主退学することを勧めたい。

 あの演説で何も思わなかった時点で、その人は学園にいても何も成せないし、その先の人生は真っ暗になると思うから。

 

「ほらほら、かおりん! あ~んな『身勝手』な連中の事は無視してさ、早く君のトールギスを見せてよ~!」

「え? あ…はい…」

 

 本当なら見せられないんだけど、この人がもう全てを暴露しちゃったんだよなぁ…。

 試しに織斑先生の方を振り向くと、困ったような顔をしながら溜息交じりに頷いてくれた。

 この人にも苦労を掛けっぱなしだなぁ…。

 

「き…来て…トールギス…」

 

 首から掛けているトールギスの待機形態である首飾りを握りしめ、静かに頭の中で念じる。

 もうすっかり慣れたもんで、あっという間にトールギスが展開されましたとさ。

 織斑先生曰く、私の展開時間は0.1秒ほどらしい。

 これは国家代表クラスらしく、それを言っていた時の織斑先生は自分の事のように嬉しそうにしていたのをよく覚えている。

 

「おぉ~! これが本物のトールギスなんだね~! うんうん! 見ただけでよく分かるよ。これは明らかに『普通のIS』じゃない。凡人共には乗ることすら叶わない…文字通り『選ばれた人間』だけしか乗ることが許されない玉座だ」

 

 玉座って…そんな大袈裟な。

 確かに、トールギスの本来のパイロットであるゼクスことミリアルドは本物の王子様だったけどさ。

 

(トールギスが玉座か…フッ。言い得て妙な表現だな)

 

 なーんかゼクスも私の頭の中で皮肉ってるし。

 流石に、これに関しては黙ってた方が良いような気がする。

 つーわけで、交代お願いしまーす。

 

(承知した。任せておけ)

 

 わー頼もしいー。

 

「う…嘘…あれって…」

「あの時、学年別トーナメントの時の…」

「って事は…本当に、あの仲森って子が…?」

 

 あーあ。とうとうバレちゃった。

 こうなったら、ここでゼクスの本気で度肝を抜かせて、イジメに発展させないようにしよう。

 それでも、もしされたら即座に織斑警察に通報してやる。

 

「んじゃ早速、トールギスにテンペストを装着してみようか? いいよね、ちーちゃん?」

「はぁ…どうせ言っても聞かないのだろう?」

「とーぜん!」

「堂々と胸を張って言うな」

 

 一応、織斑先生に確認を取る辺り、またマシな部類…なのかな?

 先生は頭を抱えているけど。

 

「仲森…いきなりで申し訳ないが頼む…」

「了解しました」

 

 しっかし、このテンペストとかいう大型ヒートランス。

 どこに装着すればいいのかしらん?

 やっぱ、原作通り左腕のシールドの部分?

 

「そーだねー…右肩にはドーバーガンがあるし、ここは左腕に装着しようか! その円盾にくっつけるような形が良いかもだね! 絵的な意味でも!」

 

 ですよねー。

 流石に、これ以上右側に武装を積んだらバランスが悪くなっちゃうよね。

 

「でも大丈夫? かおりんって右利きだよね?」

「心配は無用だ。剣などならば難しかったかもしれんが、槍…特に『突撃槍(ランス)』ならばどうにかなるだろう」

 

 ここで、かおりんの豆知識のコーナー!

  

 ランスと言う名前は、ラテン語で『軽い槍』と言う意味の『ランシア』という言葉が語源になっていて、このランシアは6世紀頃にフランスで用いられた槍で、歩兵も使用していたんだって。

 けど、本格的な騎兵用のランスが登場したのは、それから1000年以上先になる16世紀頃で、この頃には騎馬戦用に考案された『ランスチャージ』と呼ばれる騎兵突撃が良く使われていたの。

 これは、ランスを腋に抱えるようにして構えてから、その状態で馬ごと相手に突撃して、そのまま突き倒すという戦法だったの。

 非常に攻撃力が高い反面、一直線にしか攻撃出来ない上に、側面からの強襲には非常に弱いと言う致命的な弱点も抱えていたんだね。

 ま、トールギスの場合は全身の装甲がアホみたいに固いから、その弱点も十分に補えると思うけど。

 それ以前に、トールギスの全速力のランスチャージとか、普通に誰も避けれないし、同時に防ぐことも出来ないでしょ…。

 

 なんて話している間に、トールギスの左肩から伸びたシールドにドッキングする形でテンペストが装着されていた。

 

「おぉ~! 中々に良い感じだね~! トールギス自体が騎士っぽいデザインだから、より一層これ系の武装が似合う気がするよ~!」

「そうかもしれんな」

「トールギスに乗ってる時のかおりんはクールだね~。もしかしてアレかな? ハンドルを握ると性格が変わる的な?」

「…そんな所だ」

 

 半分正解で半分ハズレだから怖い。

 一瞬マジで心臓がドキってなった。

 

「あ、そうだ! 後で良いから、いっくんのISも見せてね。一応、色々と調べておきたいからさ」

「え? あー…分かりました」

 

 完全に空返事。

 無理もないけどね…だって、他の皆も見事に蚊帳の外状態だし。

 あの篠ノ之さんだって、さっきから空気を読んで静かにしてるしね。

 けど、ここで彼女に対して何の反応もしてないって事は、本当に専用機『紅椿』が開発されてないんだなぁ…。

 あれはあれで色んな意味で厄災の元となるから、本当は無い方が良いんだけどね。

 

「んじゃ、実際に使い勝手を試してみようか。空に上がってくれる?」

「了解だ。では…いくぞ!」

 

 安全の為に皆から少し離れてかーらーの…スーパーバーニア全開!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 なんか束さんが叫んでるけど、ここは流石に無視して飛ぶ。

 文字通り一瞬でかなりの高さにまで到達した。

 皆は大丈夫だったかな?

 

「あ…ははは…成る程ね…確かにこれは『化け物』だわ…」

 

 およ? ISであるトールギスのお蔭で、地上で束さんが言っているのが聞こえるぞ?

 

「束…? どうした?」

「いやね…実際に、この目で見て確信したよ…。あれは…トールギスは本当に人間…っていうか『人類』が搭乗することを全く想定していない…。あれに乗って全速力なんて出そうものなら、私やちーちゃんでも、下手したらミンチ肉になるかもしれない…」

「トールギスが異常なのは私も知っているが…それ程なのか?」

「うん。あんなに全ての問題を力技で解決したISはこの世に一機も存在しないんじゃないかな? 幾ら、開発時期がISの技術がまだまだ未成熟な頃だったとはいえ、あの当時にこんな機体を生み出した連中は、確実に良い意味で頭のネジが捻じれまくってるよ。普通なら『操縦者を保護する為のIS』なのに、あのトールギスは『操縦者をISのパーツの一つとして計算している』ように感じるよ」

 

 私がトールギスと言うISを動かす為のパーツ…か。

 ある意味で、その解釈は合っているのかもしれない。

 事実として私は一度もトールギスを動かしたことは無い。

 実際に動かしているのは、ゼクスやトレーズ閣下だし。

 

「そんなトールギスをまるで自分の手足のように軽々と扱えるかおりんはきっと、私達以上に『選ばれた存在』なのかもしれないね」

「そう…かもしれんな…」

 

 いやいや。流石にそれは大げさすぎ。

 私は単なる転生者で、それ以上でも、それ以下でもありませんから。

 いつの世も、私はどこにでもいる一般人Aに過ぎない…と思っている時期もありました。

 今となっちゃ、その自称も完全に無意味になって来てるよなぁ~…。

 

「かおり~ん! 今からそっちに向けてミサイルを撃ってみるから、それを全てテンペストで迎撃してみせてね~!」

「いいだろう…来い!」

 

 なんだろう…昔なら『アイエェェェェェッ!? ミサイルナンデ!?』ってなってたのに、今となっちゃ『ミサイルなら、まずはここはこんな風に移動して…』って、冷静な頭で真っ先に対処法を考えようとしている自分が怖い。

 私も本当に変わったなぁ…。

 いや、この世界観に染まってしまったと言うべきか?

 つーか、他の皆も私に向けてのミサイルに対して何にも言ってないし。

 もう私は、ミサイル程度じゃビクともしないって認識になってるのかしら…。

 

「気合入ってるね~! んじゃ…いっくよ~!」

 

 そう言うと、拡張領域内に入っていたと思われるミサイルコンテナが了し空間から物質化され、岩の上にドンと置かれた。

 んでもって、それらが一斉にパカパカパカと開いて、全てのミサイルが私…というか、トールギス目掛けて飛んでくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 全てのバーニアが展開し、テンペストを前方に向けながらミサイル目掛けて突撃!!

 あっという間にトールギスとミサイルは接敵し、一番先頭にあったミサイルをすれ違いざまに貫いて破壊。

 背後では真っ二つになったミサイルが派手に爆発した。

 

「続けてミサイルを破壊する!」

 

 もう、ここからは完全にトールギス無双の始まり。

 急加速、急停止からのほぼ直角な急旋回をしまくり、ハイパーセンサーから見たトールギスの動きはまるでUFOそのもの。

 だってもうカーブしてないもん。

 軌跡だけならモロに真ゲッターだしね。

 そんな状態で大型ヒートランスであるテンペストを前方に向けて、そのままの速度で突撃なんてしてるから、場合によっては本当にミサイルが止まって見えた。

 もう私…どんなジェットコースターに乗っても怖がらない自信があるわ。

 

「ミサイルが次々と破壊されていきますわ…」

「まさか、トールギスとランスとの組み合わせが、ここまで相性が良いなんてね…」

「これは…あれかな。佳織との差が増々、広がっちゃう感じかな…?」

「さ…流石は佳織だ…。あれ程の動き…世界でもどれだけ出来る者がいるか…」

 

 なんか言ってますけど、それに反応する余裕はありませんのよ。

 あ、あと三つぐらいで終わりだ。

 このまま一気に終わらせますか。

 

「一気に決める!! 行くぞ…トールギス!!」

 

 全てのバーニアを全開にして、遂にはミサイルを後ろから追い抜くという芸当を披露してしまった。

 トールギスという機体がつくづく化け物だと気付かされる瞬間だ。

 

「これで…終わりだ!!」

 

 ミサイルを追い抜いた後に、堂々と真正面から迎え撃ち、ズババ!っと一瞬の内に三基のミサイルを一度の動きで貫き破壊。

 『怖かったー』って感想よりも『終わったー』って感想が普通に思い浮かぶ私はもうダメかもしれません。

 

「もう終わったのッ!? 時間はー…まさかの1分ジャスト! 凄いじゃん!!」

 

 え? 一分? 嘘でしょ?

 私には一時間にも二時間にも感じられたけど?

 うわー…何この現象。普通に怖い。

 

「かおり~ん! もう降りてきても良いよ~!」

 

 許可が出たので、とっとと降りますか。

 たった一分間とはいえ、なんか地上が恋しい。

 

 空に昇る時とは違い、降りる時はゆっくりと静かに降りていく。

 あんだけ派手に動いても、まだまだSEに余裕があるのは普通に凄いなーって思う。

 なんて言ってる間にIS解除…っと。

 

「どうだった? テンペストの使い勝手は?」

「えっと…凄く良いと思います。ランス系の武器はトールギスの速度とは相性がバッチリですし」

「そうだよね! そうだよね! かおりんなら、きっとそう言ってくれると信じてたよ~!」

 

 まるで子供みたいにはしゃぐ束さん。

 純粋なのか、それともお芝居なのか。

 

「か…かおりん!? 大丈夫だった!?」

「うーん…特に怪我とかはしてないよ? ちょっと疲れたけど」

「あれだけの動きをして『ちょっと』なのか…佳織は凄いな…」

「流石は仲森さん…体力も規格外だぜ…」

 

 いや、普通に乗ってるだけで疲れただけですが。

 実質的に自分の身体が自分の意志とは関係なく動かされてるに等しいし。

 それでも、最初の頃と比べてマシになってるから凄い。

 最近じゃ、トールギスを動かした日の夜はぐっすりと眠れます。

 安眠効果抜群です!

 

「ご苦労だったな仲森。喉が渇いただろう。これでも飲むといい」

「ありがとうございます」

 

 織斑先生から、労いの言葉と同時にスポドリが手渡された。

 それは嬉しいし、非常に有り難いんだけど…。

 

(なんだろう…これ、気のせいか飲んだ形跡があるような…)

 

 気のせい…だよね? 私の勘違いだよね? ね?

 

「何よ…あれ…」

「あんなの…人間の動きじゃない…」

「しかも…本人は全く疲れた様子じゃないし…」

「どうなってんのよ…これ…」

 

 どうと言われましても。

 全てチミたちの勘違いなのだよ。

 と言っても、信じて貰えないんだろうなぁ…今じゃもう。

 

「やっぱり…かおりんは凄いね。君に会いに来て大正解だったよ。私は一人じゃないって確信できたから」

「はぁ…」

 

 『一人じゃない』とは?

 最初から束さんは一人じゃないでしょうが。

 妹である篠ノ之さんもいれば、親友である織斑先生もいる。

 それだけでも相当に恵まれてると思うけど?

 世の中には『ぼっち』と言う名の孤独を愛する人種もいるんだし。

 

「念の為に、トールギスの事を少し見せてくれる? いっくんは、その後でね~」

「お構いなく~」

 

 完全に他人事だね織斑君!

 よーし…絶対に君にも番を回してやるんだからね!

 

「お…織斑先生~! 大変です~!」

「山田先生? 一体どうした?」

 

 旅館の方向から山田先生が慌てた様子で走ってきた。

 …遂に来てしまったか…この時間が。

 覚悟…決めた方が良い…よね…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、遂に福音編のクライマックスに突入する…?






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おや? なんだか様子が…

これから始まる大決戦~♪(走れマキバオーのリズムで)

ですが、そう簡単に行かないのがかおりんサイド。

人生ハードモードなのかイージーモードなのか、分からなくなる瞬間ですね。










 束さんに貰ったトールギスの追加武装である大型ヒートランス『テンペスト』の使い勝手を確かめて、それが終わって地上に降りてきた瞬間、山田先生が凄く慌てた様子で旅館の方向から走ってきた。

 私は『コレ』を知っている。この『光景』を知っている。

 『コレ』が何の前触れなのかも。

 

「一体どうした山田先生、そんなに慌てて。追加の貨物が来るまで旅館の方で待機をしているんじゃなかったのか?」

「私もそのつもりだったんですけど…まずはこれを見てください」

「ん…? こ…これは…!?」

 

 場が急に不穏な空気に包まれ始める。

 傍にいる私達もどうだけど、それ以上に後ろにいる他の皆も困惑して無言でオロオロし始めていた。

 

「なんと言うことだ…!」

 

 山田先生が持ってきた小型のタブレットを見て織斑先生が顔を青くして呟く。

 まぁ…実際問題、それぐらいの事態ではあるよねェ…。

 

「特務任務レベルA…現時刻より早々に対策を始められたし…だと…?」

「はい…そ…その……あ」

 

 山田先生が私達の視線に気が付いて、すぐに口を使った会話ではなくて、なんか見た事が無い手話…っていうか、恐らくは軍用のハンドシグナルを使って話を続けた。

 二人とも、昔は国家代表や代表候補生だから、その時にこれ系の技術も勉強したんだろうな。

 あれ? って事は、ここにいる候補生の皆も先生達の会話の内容が分かるって事になるんじゃ…?

 

「そ…そんな…!?」

「冗談…でしょ…?」

「だったらいいけどね…」

「教官や山田先生のあの顔から察するに…我々の想像以上にヤバい状況のようだな…」

 

 あ…やっぱり、皆分かるんだ…。

 特にボーデヴィッヒさんは、少し前までは現役の軍人さんだったから、他の皆以上に詳細に読み取れるんだろう。

 

「な…なんだ? いきなりどうしたんだよ?」

「ちんぷんかんぷんだな…」

「う~?」

 

 で、織斑君や篠ノ之さん、本音ちゃんは当然のように首を傾げる。

 うんうん。それが普通の反応だよ。

 

「ねぇ…佳織。アンタも分かるんじゃない? 先生達が手話で何を話しているのか」

「え? ま…まぁ…一応…」

「やっぱりね。流石はあたしの佳織だわ」

 

 いや…手話の内容はマジで分からないけど、これから何が起きるのかは知ってるからね…。

 あと、別に私は誰のものでもないよ凰さん。

 

「…専用機持ちは?」

「それは…仲森さんもカウントして…ですか?」

「……あぁ」

「四組の子が欠席していますが、それ以外は全員揃っています」

「そうか…」

 

 あ。なんか小さくだけど聞こえた。

 もしかしてとは思っていたけど、やっぱ私もカウントされるんですねハイ。

 それと、山田先生が言ってた『四組の子』ってのは、間違いなく『更識先輩の妹さん』の事だよね。

 姿を見ないとは思っていたけど、やっぱり臨海学校に来てないんだ…。

 

「…あれ?」

「どうした佳織?」

「いや…さっきまでソコにいた束さんがいつの間にかいなくなってて…」

「なんだと? …本当だ。なんだか大変なことが起きそうだというのに、一体どこに消えてしまったんだ姉さんは…全く。やりたい事だけや言いたい事だけを言ってから…相変わらず神出鬼没と言うか…はぁ…」

 

 篠ノ之さんが頭を抱えながらの大きな溜息。

 普段から苦労をしてるんだろうなぁ…ってのが良く分かる光景ですな。

 

「じゃ…じゃあ、私はすぐに他の先生方に連絡をしてきます!」

「頼んだぞ。全員注目!」

 

 わっ! び…ビックリした…。

 山田先生が再び旅館に向かって全力ダッシュをしていき、それを見届けた後に織斑先生が手を叩きながら叫んで皆を注目させる。

 

「現時刻を持ってIS学園は特殊任務行動へと移行する。本日のテスト稼働は中止とし、各班速やかにISや各種機材を片付けてから旅館の部屋に戻れ。こちらから連絡があるまで部屋からは決して出ずに待機しているように。以上! 行動開始!」

 

 織斑先生からの『命令』が下るが、一般の子達は何が何だか訳が分からずに上手く行動に移せないでいる。

 無理もないけど、早くしないと普通にヤバいと思うよ?

 

「え? ちゅ…中止? 特殊任務行動って…?」

「な…何がどうなってるのよ…?」

 

 はいはい。まずは口よりも手を動かした方が良いよ。

 じゃないと…。

 

「何をやっている! 早く片付けて部屋に戻れ! もしも許可なく室外へと出た場合、容赦なく強制拘束する! 分かったら早くしろ!」

「「「「は…はい!」」」」

 

 ここまで言われて初めて弾かれるように動き始める生徒達。

 さーて…私達はどうするのかな?

 

「専用機持ちは全員、私に着いて来い。篠ノ之、布仏。お前達はアイツ等を手伝ってから部屋に戻っていろ」

「わ…分かりました」

「はい…」

 

 今回の篠ノ之さんは一般枠だから仕方がないか。

 それに本音ちゃんもそれは同様。

 幾ら暗部とはいえ、専用機を持ってはいないからね。

 二人にはなんだか申し訳ないから、学園に戻ったら埋め合わせぐらいはしてあげようか。

 

「ボーデヴィッヒ。今のお前は専用機持ちではないが、それでも元候補生で軍隊経験者だ。アドバイザーとして同行して貰う。いいな?」

「了解しました」

 

 おぉー…ボーデヴィッヒさんはこっちに来るんだ。

 ま、普通に頼りになるから当然か。

 

「…それと…仲森。お前も一緒に来てほしい」

「ですよねー…」

「済まない…だが、場合によってはお前とトールギスの力を借りなければいけないかもしれないんだ…」

「分かりました。だから、織斑先生が気に病む必要は無いですよ」

「…すまない」

 

 あうぅ~…なんかめっちゃ心苦しんですけど~…。

 まだ何もアクションが起きていないのに、もう既に暗いムードになって来てるし…。

 

「よし。では行くぞ」

 

 こうして、私達は片づけをしている皆を余所に織斑先生の後に付いて行くのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「それでは、状況の説明を開始する」

 

 私達が連れてこられたのは、旅館の一番奥に位置している宴会用の大座敷である『風花の間』と呼ばれる場所。

 本来ならばお偉いさんが歌えや騒げやの大賑わいであったであろう部屋は、今は簡易的ではあるが各種機器やレーダーなどが設置された即席司令室と化していた。

 そのの中心に置かれた長テーブルの周りに私達は座り、そのテーブルの上に大型の空中投影型のディスプレイが静かに浮かんでいた。

 

「今から約二時間ほど前、ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカとイスラエルが共同開発した第三世代の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が突如として軍の制御下を離れて暴走を開始し、軍の監視空域から離脱、姿を消したとの報告がIS学園から入ってきた」

 

 最初から分かっていても…改めて誰かの口から聞かされると緊張するな…。

 冷静に考えたら、いや…冷静に考えなくても大変な事態だってのは子供でもよく分かるからね…。

 

 試しにチラっと横目で皆の様子を見てみると…。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 目に見えて困惑しているのは織斑君だけで、他の皆は非常に険しい顔をしている。

 彼女達は知っているんだ。

 今の状況の大変さを。恐ろしさを。

 

「監視空域から姿を消した後、すぐに監視衛星を使っての追跡を開始した。その結果、暴走した福音はここから約二キロ先の空域を通過することが判明した。時間にすれば約五十分程度。学園上層部からの通達に従い、我々がこの事態に対処をする事になった」

 

 普通に考えれば『どうして一介の学生にそんな事を任せるんじゃい』ってなるんだろうけど、生憎とこの世界は『普通』じゃないからなぁ…。

 悲しいことに『専用機』って戦力は、既存の兵器は愚か、その辺の量産機よりも高い性能を誇っているから質が悪い。

 こんな緊急事態の場合、否が応でも専用機持ちは最前線に送られてしまう。

 だって、自軍の最高戦力を持てあます理由なんて何処にも無いから。

 

「学園の教員たちは持ってきた訓練機を使って戦闘空域及び海域の封鎖を行う。つまり、今回の作戦の最大にして唯一の要は専用機持ちであるお前達と言うことになる」

 

 うん。知ってた。

 

「それでは、これから緊急の作戦会議を行う。意見がある物は遠慮なく挙手するように」

 

 意見…か。

 私が何も言わなくても、他の皆が色々と聞いてくれる…よね?

 

「はい」

「オルコットか。なんだ」

「今作戦のターゲットであるISの詳細なスペックデータの開示を要求します」

 

 だよね。

 まずはそこからだよね。

 『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』…ってね。

 

「いいだろう。ただし、今から見せるデータは二ヵ国の最重要軍事機密となっている。決して口外などはしないように。もしも何らかの形で情報が漏れた場合、お前達には査問委員会による裁判と、最低でも二年の監視が付けられることになる」

 

 裁判や二年の監視は嫌だな~。

 ま、どうせこの作戦が終わったらすぐに忘れるだろうけどさ。

 そもそも、普段の勉強ですら苦労している私が、軍用機のスペックを覚えるのに脳の容量を割ける筈がないでしょうが!!

 出来たとしても精々が一時的に覚えるのが精一杯だよ!

 

 なんて言ってる間に福音のデータがディスプレイに移し出された。

 ちゃんと私や織斑君にも分かるように日本語訳してある。優しい。

 

「広域殲滅を目的とした特殊射撃特化機…私の機体と同じオールレンジ攻撃を主体としているようですわね」

「攻撃力と機動力の両方に特化した機体…か。それだけを聞くと、まるで佳織のトールギスの下位互換機みたいに感じるけど…」

「実際には全く違うだろうね。確かに佳織のトールギスは全方位に置いて万能に近い性能を有しているけど、一度に複数の相手に攻撃は出来ない」

「攻撃範囲だけで見るならば、どのISをも完全に凌駕しているな。しかも、このデータだけではまだまだ未知な部分が多い。例えば接近戦時の性能や所有しているスキルなどがな。もしも接近戦が苦手ならば、佳織のトールギスを主力に出来るのだが…。偵察行動などは出来ないのですか?」

 

 え? なんか私を中心戦力にする的な話になってません?

 ここは一撃必殺の攻撃力を誇る『零落白夜』を持つ織斑君が主役になるんじゃ?

 

「我々も偵察をしたいのは山々なのだが…残念ながら不可能だ。福音は現在進行形で超音速飛行を続けている。これに追従できるのは恐らく仲森のトールギスだけだろうが…」

「佳織は間違いなく、今回の作戦の要となる。安易に偵察をさせて消耗させるわけにはいかない…ですね」

「その通りだ。故に、こちらからの接敵は一回…奇跡的な偶然が重なったとしても二回が限界だ」

「実質的に交戦可能なのは一回が限界…。高い機動力と高い攻撃力を持つ機体が必須ですね」

 

 原作ならば、この状況でその条件に該当するのは織斑君の白式だけだった。

 だけど、今回は全く違う。

 皮肉なことに、零落白夜に匹敵する攻撃力と、白式以上の機動力と運動性を誇る機体が目の前に存在している。

 そう…それは…。

 

「私のトールギスか、織斑君の白式…ですね」

「そうなる。だが、織斑の操縦技術では、暴走した超高機動機に直撃させるのは至難の技だろう。違うか?」

 

 おっふ…織斑君に注目が集まってるですよ。

 さぁて…この状況で男の子がどう答えるのかな?

 

「やってみなくちゃ分からない…って言いたいけど、あんまし自信は無い。なぁ…それって、全力で動くトールギスに攻撃を当てるのと、どっちが難しい?」

「…正直、どっちもどっちだ。トールギスの異次元級の機動力と速度は言わずもがな。通常時ならばともかく、暴走状態となっている今は機体のリミッターが外れている可能性がある。単純な速度や機動力だけで言うなら、トールギスとほぼ互角と考えた方が良いだろう」

「やっぱりか…」

 

 機動力だけなら互角…か。

 でもそっか。

 『暴走』ってのは、そういう事だもんね。

 制御が効かないからこそ、凄まじい事になってるんだし。

 

「やりたい…やってみせるって言いたい…けど…!」

「自信が無いか?」

「…ごめん」

「謝らなくていい。寧ろ、それが普通だ。お前は他の連中とは違う一般人だ。無理に作戦に参加をする必要は無い」

 

 織斑君が普通の感性になってる…。

 いつもなら『やってやるぜ!』的な感じなのに…。

 

「すまねぇ…仲森さん…君に押し付けるような事になっちまって…」

「ううん。気にしてないよ。織斑君は悪くない」

 

 私としては、その『怖い』って感情を大事にしてほしい。

 その気持ちはこれから生きていく上で絶対に大事になるから。

 恐怖心を忘れてしまったら…本当の意味で人間は終わりだよ。

 

「…佳織。お前はどうする?」

「…正直に言うと、私も凄く怖いです」

「…そうか」

「でも、私は織斑君に託されました。だから…行きます。私とトールギスが力になるのなら」

「…本当に済まない……ありがとう…」

 

 …織斑先生…唇を噛み締めながら体を震わせてる…。

 これは意地でも頑張らなきゃダメだな。

 

(よく言った姫よ)

(お前の勇気に敬意を表する。我々も全力でお前を守り、任務を遂行すると約束しよう)

 

 トレーズ閣下…ゼクス…ありがとう…。

 

「大丈夫よ佳織」

「佳織さんの事は私達が全力で援護しますわ」

「だから、佳織は福音を止める事だけを考えてて」

「うん…お願い」

 

 私は一人じゃない。心強い仲間がいる。

 皆の力を合わせれば…きっと…!

 

「…よし。では、これより本格的な作戦内容を考えていく。現在、この中で佳織のトールギスに最も追従できる可能性のある機体はどれだ?」

「恐らくは、私のブルー・ティアーズかと。本国から強襲用高機動パッケージである『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも内蔵されています。それでも、佳織さんのトールギスの背後に着くのがやっとですけど…」

「それでも十分だ。トールギスは設計思想自体が通常のISとは異なっている。比べる必要は無い」

 

 ですってよトールギス。

 強ち間違ってないから悲しい。

 因みに『パッケージ』ってのは、所謂『換装パーツ』ってやつね。

 ガンダムの世界なら、もう御馴染みのアレです。

 ストライクとかインパルス、V2とかについてたブツです。

 え? F90? あれは例外だよ。

 幾らなんでも多すぎるわ。

 

「オルコット。超音速下での戦闘訓練時間はどれぐらいだ?」

「約20時間ぐらいです」

「少し心許ないが…背に腹は代えられんか。ならば、佳織のバディはオルコットに任せ、デュノアと凰は後ろから…」

 

 作戦の内容がほぼ決まった…と思われたその時。

 皆は愚か、私すらも微塵も想像していなかった展開が待ち受けていた。

 

『待て』

「なに?」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 いきなりモニターが切り替わり、そこに謎の人物が姿を現す。

 見るからに高級そうな派ではスーツに身を包んだ太ったオッサン。

 毛むくじゃらな指には無駄に豪華な金の指輪まで付けちゃって。

 ま~…成金趣味。

 

『代表候補生の作戦参加は認められん』

「なんだと…!? 貴様は何者だっ!?」

『私か? 私は…』

 

 謎の男は葉巻に火を着け口に加え、思い切り煙を吐いた。

 うわー…めっちゃ健康に悪そー。

 大人になっても絶対に煙草だけは吸わないぞー。

 

『IS委員会日本支部の幹部の『原田』という者だ』

「原田…だと…!?」

 

 原田って…え? マジで誰?

 冗談抜きでこんなオッサン知らんのだけど…どーなってるの?

 ここは束さんが乱入してくる場面じゃないの?

 

 この時の私はまだ何にも知らなかった。

 この『原田』と名乗る謎のオッサンの出現が、私の第二の人生を更に波乱に満ちたものにするということを…。

 

 

 

 




ここで宣言しておきます。

この『福音編』が終わりまで、暫くは連続してこの作品を投稿していこうと思っています。

ここの場面は、この作品を書くに当たって最も書きたかったシーンなので、普通にテンションが上がってるんですよね。

なので、少しの間だけどうか佳織とトールギスの戦いにお付き合いください。









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複数の意味でマジですかッ!?

謎のオッサン登場で皆さんもざわついている様子。

うーん…実に私の好みの反応。

そして、ここから更に福音編は加速する…!







 えっと…暴走した福音を止める為の作戦を皆でしている最中、なんか急にモニターにIS委員会の日本支部の幹部を自称する謎のオッサン『原田』が出現した。

 何を言っているか分からないと思うけど、私達が一番何が起きているのかサッパリ分からない。

 

「候補生の作戦参加が認められないだと…どういう意味だっ!?」

『そのままの意味だ。今回の暴走した福音を止める為の作戦に、他国の候補生の参加は何があっても決して認められん。これは私の独断ではなく、日本支部全員の総意だ』

「なん…だと…!?」

 

 …このオッサン…マジでいきなり何を言い出してるんだ?

 冗談抜きで意味が不明なんですけど。

 私以外にも、他の皆もいきなり過ぎて鳩が豆鉄砲を受けたような顔をしているし。

 

『そこにいる者達は、IS学園の生徒である以前にそれぞれの国の代表候補生だ。分かるか? そいつらは『国』に属しているのだよ。彼女達の作戦参加に伴い、ちゃんとイギリスと中国とフランスの支部に正式な許可は取ったのか?』

「そんな暇など有る訳がないだろう!! 今の状況を分かっているのかッ!?」

『当たり前だ。だからこそ言っている。お前こそ分かっているのか? もしも正式な許可も取らず、無断に作戦に参加させた挙句、彼女達に万が一の事があった場合の事を』

 

 あー…このオッサンが言おうとしている事が何か分かった。

 世の中、正論をぶつけていればいいってわけじゃないだろうに。

 辞書で『臨機応変』って言葉を調べてから出直して来い。

 

『候補生や国家代表…そして専用機。それは今の時代では国の財産に等しい。それらに何かがあった場合、まず間違いなくIS学園は各国から激しいバッシングを受けるだろうな』

「それは…!」

『あの学園が治外法権の場とはいえ、所詮は単なる学校法人。国からの圧力には決して耐えられん。実際、どこぞのドイツの候補生が好き放題に暴れて中国とイギリスの候補生を傷つけた時、ドイツは随分な目に遭ったそうだしな』

「……っ!」

 

 うわぁ…ここでボーデヴィッヒさんの心の傷を抉ってくるとか…。

 この時点で、私からこのオッサンに対する好感度はマイナス無限だよ。

 

「大丈夫…大丈夫だから…」

「うん…すまない…佳織…」

 

 ちょっと泣きそうになっていたボーデヴィッヒさんの頭を撫でて落ち着かせる。

 こんな可愛い子を泣かせるとか…お前の血は何色だー!

 

『命を落とす…とまではいかないが、致命的な重傷や専用機を失うような事があった場合、貴様は責任を取りきれるのか? 言っておくが、お前を初めとする教師共のクビ程度では済まされんぞ? 学園関係者は全員揃って仲良く投獄。IS学園も即座に閉校だろうな』

「なっ…!?」

 

 …なにこれ…めっちゃ頭の悪い脅しじゃない。

 聞いてるだけで頭痛が痛いわ。

 

「あの野郎…!」

「織斑君…落ち着いて」

「でも…!」

「悔しいのは皆同じ。けど耐えてる。だから…」

「…ごめん」

 

 好き放題言いまくるクソオヤジにブチ切れた織斑君が立ち上がろうとしたけど、咄嗟に彼の肩を掴んで静止させる。

 ここで怒りに任せて行動したら、それこそこの原田とかいう同じオヤジの思う壺だ。

 それだけは何があっても絶対に避けなくちゃいけない。

 

『それにな、ここで下手に他の国に借りを作ってデカい顔をされるわけにはいかんのだよ。これは日本だけでなく、アメリカとイスラエルも同じ考えのようだ』

「馬鹿どもが…! この緊急事態に政治家共の思惑に付き合っている暇は無い!」

『ふん…所詮は剣を振るしか能が無い女か。事が終わった後の事を考えるような、大局を見据える事すら出来んとは。ブリュンヒルデだなんだと言われても、結局は貴様も単なる『女』に過ぎんかったという訳か』

 

 かっちーん。

 今のは普通にかおりんの逆鱗に触れましたよー。

 よりにもよって、私がめっちゃお世話になってる織斑先生を罵倒するとか…いつの日か必ず、この世に生まれてきた事を後悔させてやる…!

 

「な…仲森さん…顔怖い…」

「え?」

 

 あ…あらら…なんか無意識の内にブッツンしてみたみたい。

 おほほほ…ごめんあそばせ。

 

『このご時世、そこにどのような理由があろうとも、他国の介入を許す事は自国を危機に晒す事に繋がる。どこで、どのような形で自国の技術や情報が盗まれるか分からないからだ』

 

 そういや…デュノアさんのお父さんもそれっぽいことを前に言ってたな…。

 あれ? ってことは、このオッサンって更識家がフランスに人間を派遣したことを全く知らないのかな?

 だとしたら、こいつってば相当に小者なのでは?

 

「ではどうしろと言うんですか!? こうしている間にも福音は…」

『そんな事は私も分かっている。確かに候補生の出撃が許可出来ないが…候補生以外にも専用機持ちは他にいるだろう?』

「ま…まさか…!」

 

 うん…その『まさか』…だろうね…。

 

『一応言っておくが、そこにいる織斑一夏は論外だぞ』

「な…なんでだよっ!?」

『貴様はこの世にたった一人しかいない男性IS操縦者だ。特別天然記念物や絶滅危惧種などとは比較にすらならない程に貴重な存在なのだ。それをあろうことか、命の保証すら出来ない戦場に送り出す? 冗談ではない。もしも、そんな事をしたら世界中のIS関係の科学者たちから総攻撃を受けるぞ? そうなればIS学園など一瞬で崩壊だ』

 

 言ってる事は分かる…分かるけど…!

 もっと言い方ってもんがあるでしょうが…!

 

『だが…問題はあるまい? なんせ、そこにはあのトールギスを駆る事が出来る唯一無二の人間がいるのだからな』

「…佳織をたった一人だけで出撃させろと言う気が…!」

『別に問題はあるまい? そもそも、トールギスは単機であらゆる戦場に介入して制圧することが可能と言われているISだ。そして、仲森佳織には確かな実績がある』

 

 実績って…え? まさか…全部知ってるの?

 

『クラス対抗戦にて謎のISが乱入してきた時に、それを単機で撃破してみせるだけでなく、学年別トーナメントではVTシステムの暴走すらもたった一人で食い止めてみせた。これだけの実績があれば十分過ぎるだろう』

「な…何故、貴様のような者が知っているッ!? あれらには全て箝口令が敷かれていた筈だ!」

『IS委員会を舐めるなよ? 学園内で起きた出来事で、我々に隠し事が出来ると思うな』

 

 まぁ…その大元だからねェ…。

 

『もしも、仲森佳織以外に誰にも文句を言われずに作戦に参加出来る者がいるとすれば、それは今回の被害者とも言うべき日本の人間と、福音の開発を行ったアメリカとイスラエルの人間だけだろうな。勿論、そんな奴がいれば私とて何も言うつもりは無い。候補生であっても問題はあるまい。もしも、この場にいたらの話だがな。はっはっはっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、お望みどおりにしてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『へ?』

「え?」

「「「「「は?」」」」」

 

 いきなり室内に聞こえてきたこの声は…もしかして!?

 

「お…お前は…いつの間にか姿を消していたと思っていたら…!」

 

 徐に襖が開いて、そこから姿を現したのはウサ耳を付けたお馴染みの…。

 

「束! 一体どこに行っていたんだっ!?」

「え? あの人が篠ノ之博士!?」

 

 あ…そっか。山田先生は初対面だったっけ。

 あの人が海岸に来た時にはもう束さんはいなくなってたし。

 

「ちょっちIS学園までひとっ飛びしてきたんだよ」

「IS学園だとっ!? なんでまた…」

「それは今から説明してあげるよ」

 

 おぉ…なんか流れが変わって来ましたよ?

 ここからは私達のターンですか?

 

「おい、そこのお前」

『な…なんだ…いくらISの開発者とはいえ、我々の考えは変わらんぞ! これは非常に重要な国際的な問題であってだな…』

「さっきさ、『アメリカとイスラエルの人間なら作戦に参加しても良い』って言ってたよな。その言葉に二言は無いよね」

『そ…それがどうした!? あぁ! 二言は無い! だからこそ、そこにいる…』

「だってよ。入って来ても良いよ」

 

 入って来ても良い?

 誰かを廊下に待たせてるの?

 でも…誰を?

 

「あいよ。ったく…どうして『このオレ』を強制連行しやがったのか意味不明だったけどよ…今ので全部理解したぜ」

 

 この声はー…誰?

 少なくともオレっ子であることは分かるけど。

 

「お前は…ダリル・ケイシーかっ!?」

「そうでーす。IS学園三年生にしてアメリカ代表候補生のダリル・ケイシーでーす。お前ら、よろしくな」

「「「「「「ど…どうも…」」」」」」

 

 ダリル・ケイシーって…どこかで聞いたことがある気がする。

 でも、良くは思い出せないんだよな~…。

 つーか今、アメリカの候補生って言ったッ!?

 

『ば…馬鹿なッ!? アメリカの候補生だとッ!?』

「そうだよ。ちーちゃんたちが手話で福音の暴走の話をしていた時に、もしかしたらって思って超特急でIS学園まで飛んで、急いでこの子を連れて来たの」

「だから、いつの間にか姿を消していたのか…」

 

 すげー…流石は天才科学者…。

 このオッサンが無理難題を言ってくることを想定して先に動いていたなんて…。

 

「おう、オッサン!」

『ひぃっ!?』

「オレは正真正銘のアメリカの候補生だ。ウチの国の不始末を処理するのに文句はねぇよなぁ? テメェ自身が言った事だもんな?」

『あ…あぁ…』

 

 現役JKに思いっ切り怒鳴られてビビってるし…。

 こんな時になんだけど、めっちゃおもろー。

 

「お前が、あのトールギスのパイロットの仲森佳織だな?」

「は…はい」

「大方の事情は篠ノ之束から聞かされてる。安心しな。お前の背中はオレが守ってやるよ」

 

 やば…割とマジで胸キュンした…。

 こーゆーワイルドな姉御肌系の女性って周りにいなかったから新鮮だ…。

 

「これで戦力は二人になったな。これだけでも大きな前進だろ」

「いや…三人だ」

「え?」

 

 織斑先生…?

 三人って…まさかっ!?

 

「全く…我ながら自分が情けない。まさか、束に教えられる日が来るとは…」

 

 バチンっ!!

 

 いきなり織斑先生が自分の頬を両手で叩いた。

 すっごいスッキリした顔になってるけど。

 

「もう二度と、佳織を大人の悪意に晒したりしないと言っておきながら、実際にやっている事は口で命令するだけ…これでは何も守れはしない。何も成せはしない。私には『覚悟』が足りなかった。自ら『剣』を取る覚悟が」

「ちーちゃん…」

 

 お? 織斑先生が織斑君の所に言って…手を出した?

 

「おり…いや、一夏。お前の白式を貸してくれ」

「白式を…千冬姉に?」

「そうだ。お前の代わりに…私が出撃する」

「なんだってっ!?」

 

 お…織斑先生…いや…千冬さんが一緒に出る…?

 ちょ…え? マジで?

 

「今までは後ろで吠える事しか出来なかったが…それももう終わりだ。出る事が出来ないお前の代わりに、今は私が佳織を傍で守る。だから…頼む」

「…分かったよ。白式を千冬姉に預ける。俺の代わりに…仲森さんを守ってあげてくれ」

「ふっ…任せておけ」

 

 自分の腕から白式の待機形態であるガントレットを外して、それを千冬さんに手渡す。

 千冬さんは、それを自分の右腕に装着した。

 その時、心なしか白式が僅かに光ったような気がした。

 

「これで三人だな」

「いえ…四人です」

 

 今度は山田先生?

 いつもの優しい顔とは違って、めっちゃ真剣な表情になってる。

 

「織斑先生が行くのなら、私も一緒に行きます。リヴァイヴの高機動パッケージを装着すれば、援護ぐらいは出来る筈です」

「…頼めるか?」

「勿論です。仲森さんは、私にとっても大切な生徒ですから」

 

 や…山田先生…なんかカッコいい…。

 普通に尊敬できる人になってる…。

 

「待ってください山田先生」

「デュノアさん?」

「行くのなら、僕のリヴァイブ・カスタムⅡを使って下さい」

「いいんですか?」

「はい。僕は一緒に行くことは出来ませんけど…機体だけなら。それに、山田先生なら安心して預けられますから」

「…分かりました。デュノアさんの想い…確かに受け取りました」

 

 な…なんか段々と凄いことになって来た…!

 これってつまり、三年生の先輩と千冬さん、山田先生と共闘するってことでしょ?

 

「文句は無いだろう? 原田とやら。私も山田先生も日本人であると同時に、今はIS学園の教員だ。国家代表でも代表候補生でもない。出撃するのに何の支障も無いと思うが?」

『うぐぐ…!』

 

 なんて典型的な悔しがり方。

 何もかもが全て矮小に見えてきた。

 

「では、私も問題は無いな」

「ボーデヴィッヒさん?」

「佳織。私も織斑教官や山田先生と同様に『元候補生』だ。つまり、今は単なる一般生徒。そして、国外追放を受けた身でもある。今ここで私が出撃をしてもドイツには何にも支障はないし、国際問題に発展することは無いと言うことにもなる。違うか? 原田とやら」

『そ…それは…!』

 

 良いぞ良いぞ~! もっと言ってやれ~!

 はっはっはっ~! これは気分が良いですな~!

 

「これで合計5人だな。頭数だけなら十分過ぎる数だ」

「結局、メンバーが変わっただけで出撃する人数自体は変わらなかったわね」

「でも、織斑先生達ならば私達以上に安心ですわ」

「旅館は僕達が守ります。だから…」

「分かっている。福音は私達に任せろ」

 

 そして、最後に皆揃ってモニターに映っている原田のオヤジを睨み付ける攻撃!

 

『か…勝手にしろ! だがしかし、もしも失敗したらタダでは済まんぞ!!』

「最初から失敗することを想定して出撃する馬鹿がどこにいるのよ。バッカじゃないの?」

『く…くそっ!!』

 

 トドメに私からの一言で原田はめっちゃ悔しそうにしてモニターを切った。

 いやー…マジでスッキリした。

 

「では、これから作戦準備に入る。出撃は今から一時間後だ」

「「「「了解!」」」」

 

 一時間後か…なんか急に緊張してきた。

 

「皆の機体の整備は私に任せて。白式とリヴァイヴ・カスタムⅡも、即席ではあるけど二人が扱いやすいように調整しておくから」

「頼んだぞ、束」

 

 そして、束さんもなんか当然のように手伝ってくれる。

 これなら…本当になんとかなるかもしれない!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 

 IS委員会日本支部 会議室

 

 原田はそこで息を荒くしながらモニターが乗っている机を怒りに任せて叩いていた。

 

「くそっ! くそっ! くそっ! あの小娘共が!! 調子に乗りやがって!!」

「原田」

「ひぃっ!? あ…貴方様は…!?」

 

 背後から突然、声を呆気られて原田の怒りが一瞬で萎んでいく。

 後ろにいる相手は、胸から上が影になって顔が見えないが、それでも体型から性別が男であることが分かった。

 

「もういい。よくやってくれた」

「ほ…本当にこれで良かったのですか? 仲森佳織一人の出撃ではなくなってしまいましたが…」

「別に構わないよ。これはこれでまた面白い展開だ」

「はぁ…貴方様がそう仰られるのなら…」

 

 どうやら怒っていないと分かると、原田はホッと胸を撫で下ろした。

 

「じゃあ、お前には次の『役目』を与えよう」

「や…役目? それは一体…なっ!?」

 

 いきなり、原田は男からアイアンクローをされ、何事かと大きく目を見開く。

 

「原田。お前には『必要悪』になって貰うよ」

「ひ…必要悪…?」

「そうだ。目が覚めた時、お前は『何の罪もない幼気な女の子を突け狙う、最低最悪のストーカー野郎』になっている事だろう」

「な…何を言って…がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 原田が突如として苦しみだし、全身が激しく痙攣する。

 数秒後、原田は白目を剥いて机の上に倒れた。

 

「これでよし…と」

 

 男は近くにある椅子に腰かけると、静かに天井を見上げた。

 

「ごめんねぇ…佳織ちゃん。本当の本当に、僕は君がIS学園に入学した時点で、君やこの世界に対する干渉をしないつもりでいたんだけど…事情が変わってしまったんだよね。まさか、あんな風に些細なことから始まった『勘違い』が、ここまで肥大化するなんて想像もしなかったんだ。このままだと、どこかで何かが『破綻』してしまう可能性が出てきた。だから、それを防ぐ為にも、これからは僕も積極的に干渉をしていくことにするよ。約束を蔑にした償いは、いつか必ずするからね」

 

 男は千里眼を使って花月荘での佳織たちの様子を伺う。

 それを見て微笑を浮かべた。

 

「にしても、流石は篠ノ之束。原田の馬鹿が言った無理難題を、まさかIS学園からダリル・ケイシーを連れてくることで解決し、そこから原作とは別のメンバーの参戦を連鎖発生させるとは恐れ入ったよ。彼女はまだ登場する予定が無い人間。それを先行登場させるという力技で、この事態を乗り切るなんて。しかも、彼女は原田の後ろにいる『僕』の存在にも薄々とではあるけど気が付いている節がある。本当に…油断がならないな。でも、だからこそ面白い」

 

 肘当てに頬杖を突いてから、男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいだろう…来るなら来いよ『天災』。お前が『神』である僕と何処まで張り合えるのか…試してやろうじゃないか。お互いに考えている事は『佳織ちゃんの安寧』の一つだけ。僕達は同志であり…同時に敵同士だ」

 

 謎の男…『神』は、椅子から立ち上がった後に背を伸ばした直後…まるで最初からこの場にいなかったかのように姿を消した。

 

 

 

 

 




次回、まさかのメンバーと一緒に福音との本格バトル開始。





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決戦開始

マジのマジで遂に始まる福音との決戦。

ようやく、ここまで来たって感じです。

まず間違いなく長くなると思うのでお覚悟を。

因みに、戦闘シーンはいつものように三人称視点でお送りします。










 なんか前にも言ったかもしれないけど、時間が経過すると言うのは本当に早いものでして。

 あっという間に一時間が経過し、出撃の時刻となった。

 

 私を含めた異例の出撃メンバーは、揃って旅館の近くにある砂浜にて待機をしている。

 

「ん? 佳織…そのISスーツは、もしや…?」

「あ…はい。あの時、束さんに貰った奴です。自分なりに気合を入れようと思って…」

 

 そうなのです。

 私が今、着ているISスーツは市販のやつじゃなくて、ちょい前に束さんから貰った『ゼクス仕様』のISスーツなのだ。

 どう考えても私には不釣り合いな煌びやかだけど、こーゆーのも偶には悪くは無いかな。

 

『おぉ~! 流石はかおりん! 思った通り、良く似合ってるよ~!』

「ありがとうございます。…ところで一つ質問があるんですけど…」

『かおりんからの質問? なにかな? なにかな~?』

「…このISスーツ、ビックリするぐらいにサイズがピッタリだったんですけど…一体どうやって図ったんですか?」

『え? それは勿論、画面越しにかおりんの身体を徹底的に観察して~…あ』

 

 おいおい…思わぬところでボロを出したぞ、この天災。

 ま…分かってたけどさ。

 

「束…」

『な…何かな? ちーちゃん』

「戻ってきたら…少しOHANASIをするか…」

『う…うん…了解です…』

 

 急に千冬さんの目がハイライトになったし。

 これはこれで不気味ですな。

 

「おいおい…まさか、あいつから専用のISスーツを貰ってたのか? 地味にスゲーな」

「あはは…どもです」

 

 ケイシー先輩がフレンドリーに話しかけてくる。

 ついさっき会ったばかりの人だから、流石にまだ微妙に緊張する。

 

「よくお似合いですよ、仲森さん。まるで代表候補生みたいです」

「そうだな。佳織ならば、実際に候補生…いや、国家代表にだってなれるだろう」

「大袈裟だよー…」

 

 山田先生とボーデヴィッヒさんが褒めてくれるけど、私は候補生にも国家代表にもなるつもりは無いんだよね。

 どこまで行っても、私は落語家志望ですから。

 それだけは何があっても曲げるつもりは無いからね。

 

 因みにだけど、専用機を持っていないボーデヴィッヒさんは真っ黒に塗装されたリヴァイヴに高機動仕様のパッケージを装着した機体を使用している。

 最初は態々、色を塗り替えたのかと思ったんだけど、束さんが言うには『相転移技術を応用して一時的に機体色を変えた』…らしい。

 要は、コズミック・イラのガンダムの装甲みたいな事?

 流石にフェイズシフト装甲ではないだろうけど。

 

『皆さん。お話はそれぐらいで。もうそろそろ出撃の時間ですわ』

 

 おっと。もうそんな時間ですか。

 今回、惜しくも出番が無いオルコットさんやデュノアさん、凰さん達はさっきまで私達がいた即席司令室にてオペレーターとかをやってくれている。

 なんでも、候補生として訓練を受けた時、この手の事も勉強させられたらしい。

 道理で、元候補生である山田先生が妙に分析とかオペレーティングとかに手慣れている訳だ。

 これを聞いた時、改めて候補生の皆って凄いなーって感心させられた。

 

「了解だ。皆聞いたな? では…行くぞ!」

「「はい!」」

「おう!」

「了解です!」

 

 千冬さんの言葉と同時に、皆がそれぞれにISを装着する。

 

 山田先生はデュノアさんから借り受けた『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を。

 ケイシー先輩は、両肩の狼の頭部を模した意匠を持つ機体『ヘル・ハウンド』を。

 ボーデヴィッヒさんは、さっき説明した黒いラファールを。

 千冬さんは弟である織斑君から借り受けた『白式』を。

 そして私は、毎度お馴染みのトールギス(テンペスト装着仕様)を。

 

「オルコット。福音の方はどうなっている?」

『少し前からピタリと動きを止め、目標海域の上空に静止した状態にいます。先程まで、あんなにも飛ばしていたのに…なんだか不気味ですわ…』

「確かにな。だが、裏を返せばこれは絶好のチャンスとも取れる。そこにどのような理由があろうとも、相手が止まっているのならばこちらから強襲を仕掛ける絶好のチャンスだ。この機会を逃すわけにはいかん」

 

 全く以てその通りだ。

 デフォの状態で、高機動&高火力な機体を相手にするんだから、せめてこちらから先制攻撃を仕掛けて流れを掴むぐらいの事はしなくちゃ。

 相手は最初から複数の敵と戦うことを想定した機体。

 数の上での有利なんて全く意味が無い。

 寧ろ、原作と同様に最大限の用心をして行かないと。

 

「暫時衛星リンク確立…情報照合完了。目標(ターゲット)の現在位置を確認。よし…いつでも行けます」

「上出来だ。流石は佳織だな」

「それ程でも…」

 

 あーあ…ほんの数か月前までは、こんな事なんて全く出来なかったのに…いつの間にか普通に出来るようになっちゃってるんだから怖いよねェ…。

 

「こっちも終わったぜ」

「こちらも完了しました」

「いつでも大丈夫です」

「よし。それでは…」

 

 トールギスの腰部のサブバーニア部分だけ展開し、機体の出力を上げていく。

 やってるのは私じゃなくてゼクスなんですけどね。

 

「全機…出撃!!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 海の上を飛行していく五機のIS。

 その中でも矢張り、一番先頭を行くのはトールギスだった。

 

「おいおい…マジかよ…。サブのバーニアだけで飛んでるッつーのに…飛んでもねェ速度を叩き出してやがるぞ…! こっちもそれなりの速度を出してるッつーのによ…全く追いつける気配がねェ…」

「当然だ。今の佳織はこちらに合わせて速度をかなり落としている。全てのバーニアを展開すれば、並のISでは追従することすら不可能だろう」

「成る程な…噂通り…いや、噂以上の化け物って事かよ…!」

 

 アメリカの候補生として、ダリルもまたトールギスの事はある程度は知っていた。

 最初期に製造されたISにも拘らず、現行の全てのISを完全に凌駕する恐るべき性能を誇る化け物機体。

 その異常とも言うべき性能故に、次々と乗り手を殺してきたIS時代における『負の遺産』であり『黒歴史』。

 自分の後輩が、それを易々と乗りこなしているだけでなく、その全力稼働状態である『殺人的加速』にすら普通に耐えている。

 ダリルからしたら絶対に有り得ない事であった。

 

「いつもは遠くから見ているだけでしたけど…こうして近くで動いているのを見たら、改めてトールギスが規格外だって思っちゃいますね…」

「今思えば、私も無謀な事をしたものだな…。佳織とトールギスの組み合わせはまさに一騎当千。それに真正面から挑もうとしていたのだから…」

 

 過去の自分の愚行を思いだし顔を振るラウラ。

 だが、もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

 自分を本当の意味で救い出してくれた佳織の為にも。

 

「どうした?」

「いや…なんでもない」

 

 少しだけ顔を動かして佳織がこちらを見てきた。

 正確には、顔を動かしたのは佳織自身の意志だが、声を掛けたのはゼクスだ。

 

「本当に、さっきまでとは違ってクールになってやがるのな…」

「恐らくは『スイッチ』が入っているのだろうな。トールギスに乗っている時の佳織は、恐ろしく冷静沈着で、同時にとても熱い性格をしている」

「クールで熱い…ね。まるでオレとフォルテみたいだな」

 

 IS学園に残してきた想い人の事をふと思い出す。

 彼女に再び会う為にも、こんな所では負けられない。

 

「…セシリア。福音はまだ動きを止めたままか?」

『は…はい! 未だにこれといった動きは見られませんわ!』

「そうか…」

 

 トールギスに乗っている時の佳織…もといゼクスは、友人達の事を名前で呼ぶ。

 この時のギャップが、更に彼女達の心をかき乱すのを二人は知らない。

 

「山田先生。貴女の腕を見込んで一つ頼みがある」

「仲森さん? なんですか?」

「福音の姿を確認し次第、こちらから先制攻撃を仕掛ける」

「具体的には?」

「トールギスのドーバーガンのビームを発射する。その一秒後に福音の右側に向けてミサイルランチャーを発射して欲しい」

「ビームの後にミサイルを…あ…そう言う事ですね。分かりました! 私に任せてください!」

「よろしく頼む」

 

 普段は頼りにしてしまっている生徒に頼られた。

 教師として、これ以上に嬉しいことは無い。

 真耶は自然と気合が入った。

 

「む…見えたぞ!」

「あれが…福音か…!」

 

 遠くに見えた全身が白銀に染まったIS。

 その頭部から一対の巨大な機械の翼を生やし、それ自体が大型スラスターと広域射撃武装を複合させた存在となっている。

 出撃前に何度も何度も確認をした『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』に間違いは無かった。

 

 だが、どうも様子がおかしい。

 まるで母体の中にいる胎児のように体を丸め、その場でじっと滞空しているだけで、それ以外は何にもしていない。

 普通ならば『これなら楽勝』と思うだろうが、相手は『暴走した軍用機』。

 こちらの常識に当て嵌めて考えてはいけない。

 

「山田先生! 手筈通りに!」

「了解です!」

 

 飛行しながらドーバーガンを片手で構え、空中静止している福音にロックオンサイトを合わせる。

 それが重なった瞬間、躊躇う事無く引き金を引いた!

 

「喰らうがいい!!」

 

 その細い銃身からは想像も出来ないような極太のビームが発射され、それが真っ直ぐに福音に目掛けて飛んで行く。

 このまま直撃か?

 千冬たちがそう思った瞬間、福音はこちらの想像を超える動きを見せた。

 

『!!!』

「「「なっ!?」」」

 

 なんと、一瞬で体勢を元に戻し、全身を捻りながら紙一重の所でドーバーガンのビームを右側に回避してみせたのだ。

 

「冗談だろッ!? 今のを避けるのかよッ!?」

「タイミング…速度…全てが完璧だった! それなのに…!」

「それを易々と避けてみせるか…! だがな!」

 

 避けた先には、真耶が予め時間差で発射しておいた四基のミサイルが眼前にまで迫って来ていた。

 そう…佳織は最初から読んでいたのだ。

 自分の攻撃が避けられることを。

 避ける方向が右側であることも。

 

 結果、回避をした直後故に上手く体勢を整えられなかった福音は、四基のミサイル全ての直撃を受ける事となった。

 

「先制攻撃成功! やりました! 仲森さんの作戦通りです!」

「や…やりやがったぜ…! すげぇ…!」

「やるな佳織…! あのドーバーガンを牽制に使うとは…」

「咄嗟の場合、人間は反射的に『利き側』の方向に避けようとする。幾ら暴走していても、操縦者の癖は染み付いている…ということか」

 

 佳織の見事な作戦に感心しつつも、すぐに気持ちを切り替える。

 あの程度の攻撃で福音がどうにかなるとは微塵も思っていない。

 寧ろ、本番はここからなのだ。

 

「流れは掴んだ…だが、余り時間は掛けられん! 短期決戦で決着をつけるぞ!」

「「「「了解!!」」」」

 

 佳織の激を飛ばしたと同時に、福音の周辺にあるミサイルの爆煙から光が溢れ出る。

 次の瞬間、光と共に全ての煙が吹き飛ばされ、僅かに薄汚れた福音が姿を現した。

 勿論、先程の待機状態ではなく、完全な戦闘態勢状態で。

 

「ミサイルでは掠り傷が精一杯か。ならば!」

 

 そして、決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずはここで一区切り。

次回から本格戦闘開始です。






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窮極之戦 ~ULTIMATE BATTLE~

今回の話には実は元ネタが存在します。

分かった人は相当なガンダムマニアだと自慢していいと思います。







 佳織(ゼクス)と真耶との連携によって見事に福音に対して先制攻撃をする事に成功した面々。

 それに気を良くしたのか、今度はダリルが前に出て攻撃体勢に入る。

 

「よぉし…このまま一気に攻めるぜ!! くらいな!!」

 

 両肩部の狼の口から超高熱の光線が放たれる。

 それはビームなどの類ではなく、自慢の炎を極限まで圧縮した『熱線』。

 まともに喰らえば大ダメージは必至。

 掠っただけでもタダでは済まないだろう。

 福音は今、さっきの攻撃でほんの僅かではあるが動きを止めている。

 その時間は僅か数秒だが、こと戦場という場所において、その『数秒』が運命を分ける事が多々あるのだ。

 

「へへ…コイツで…なっ!?」

 

 直撃は免れず、ここから更に自分達の優勢が続くと思われた…が、福音はその予想を全く想像だにしない形で裏切った。

 

「んな馬鹿なッ!?」

 

 なんと、福音は頭部から生えている一対の機械の翼で自身の体を覆い尽くしてダリルの放った熱光線を見事にガードし、しかもその状態のまま突撃してきたのだ。

 光線と言う性質上、撃っている間はダリルは身動きが出来ない。

 しかも、強烈な熱のせいで援護防御にすら行けないと言う有様だった。

 結果、ダリルは福音が自分の懐に入り込むのを許してしまう。

 

「ちっ…クソがッ!!」

 

 咄嗟に両腕をクロスさせてガードするが、そんな事などお構いなしに福音は大きく足を踏み込みパンチを繰り出す。

 

「お…重い…!」

 

 そこから更に流れるような動作で裏拳、膝蹴りからのローリングソバットを繰り出し、最後は何とサマーソルトキック。

 すぐに胴体を逸らして回避をしたが、それでも僅かながらダメージを受けてしまい、すぐに佳織たちの元まで後退をする羽目になった。

 

「クソ…すまねぇ…油断しちまったぜ…!」

「前に出過ぎだ…と言いたいが…」

「まさか、ここまでだなんて…」

 

 佳織たちは事前情報から『福音がオールレンジ攻撃を主とした高機動射撃を得意とする機体』と知っていたので、自然と『近接戦は苦手。もしくは、仮に行ったとしても緊急時のみ』と完全に思い込んでいた。

 だが、現実は全く違い、あろうことか福音は自ら突っ込んで来て近接戦を仕掛けてきたではないか。

 

「しかもよ…今のは間違いなく…」

「軍隊格闘技…マーシャルアーツか…!」

 

 アメリカの候補生として、ダリルは米軍に出向して何度か彼らと同じ訓練を受けた事がある。

 その際に、さっきの福音と似たような技を見た事があるし、教わった事もある。

 故に一発で分かったのだ。

 福音にはマーシャルアーツのモーションデータがインプットされていると。

 

「伊達にアメリカ製じゃないってことかよ…クソが…!」

「遠近共に隙は無し…か。相手が近接戦が不得手ならば、織斑教官や佳織を援護して懐に飛び込ませれば…と考えていたが…どうやら浅慮だったようだな…」

「ならば…どうする?」

「決まっているでしょう…教官」

 

 千冬から尋ねられ、ラウラの目に炎が宿る。

 相手の距離に隙が無くなった?

 だからなんだ。

 こちらには『数の理』がある。

 しかも、そのメンバーは世界的に見ても有数の実力者ばかり。

 その『利点』を最大限に活かせば十分に勝ち目はある。

 

「各機!」

 

 ラウラの叫びを聞き、全員の顔が今まで以上に引き締まる。

 

フォーメーションを組むんだ!!

「「「「了解!!」」」」

 

 全員が瞬時に自分の役割を理解し散開する。

 まさかの行動に福音は理解が追いつかず、一瞬だけ棒立ちとなる。

 その僅かな隙に、まずは真耶が拡張領域から手持ち式の6連装ミサイルランチャーを両手に装備し、福音に対してロックオンする。

 

「まずは私からです!! 当たってぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 自分に向かってくる複数の熱源を感知し、福音は瞬時に回避行動に移る。

 大空を縦横無尽に駆け抜けるが、それでもミサイルは福音を追尾してくる。

 

『!!??』

 

 仕方がないと判断したのか、福音は自身の主砲でもある両翼『銀の鐘(シルバーベル)』から放たれるビームによってミサイルの迎撃を図る。

 翼から放たれた無数の光は見事にミサイルを破壊することに成功はするが、それでも全部は出来なかった。

 破壊出来たのは6基のみで、残り半分は光の間を潜り抜けて福音の胴体に命中。

 この短時間に二度も真耶の攻撃に命中してしまった事で、福音はすぐに真耶に対する警戒を強くする。

 それが福音の油断になるとも知らずに。

 

『!!!』

 

 ミサイル命中によって生じた爆煙を払いのけ、急いで真耶の姿を探す。

 だが、そんな福音の両隣りに二体のISが姿を現した。

 

「何処見てやがんだよ…福音ちゃんよぉ…!」

「真耶に気を取られ過ぎたな…隙有りだ!!」

 

 先程とは違い、その拳に炎を纏わせた一撃を右側からお見舞いし、それと全く同時に左側からは千冬は白式の最大攻撃である『零落白夜』を発動させ斬り掛かる!!

 

 左右同時から放たれる強力な一撃に、福音も思わず回避ではなく、両腕を使った防御をしてしまう。

 バチバチと火花を散らしながら二人の攻撃を防ぐが、福音の腕はプルプルと震えている。

 

「流石は軍用機…! 競技用とはパワーが違うか…! だがしかし!」

「こうなることは最初から読んでたんだよ…そうだろ!!」

「あぁっ!! その通りだ!!」

 

 両腕が塞がり、更には身動きすらも取れなくなった福音に目掛けて、ラウラが突撃を敢行する!

 その両手には二振りの近接ブレード『ブレッド・スライサー』が握られていて、勢いを突けたままの状態で全力で振り被る!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 だが、この状態で福音は器用に頭部の翼を盾にように使用し、ラウラの一撃すらも防いでみた。

 スライサーと翼との間で激しい火花が散り、若干ではあるがラウラがパワー負けし始めた。

 だと言うのに、ラウラは『してやったり』と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべる。

 

「フッ…見事に引っかかってくれたな。今だ!! 佳織!!!」

「了解した!!」

 

 何事かと上を向く福音。

 そこには何と、自分に向けてドーバーガンを構えているトールギスの姿があったではないか。

 ここに来て福音はようやく全てを悟る。

 今までの一連の行動は全て、この最大の一撃を確実に自分に命中させるために布石でしかなかったのだと。

 その為に、他の者達はミサイルで牽制したり、敢えて近接戦を挑む事で自分の身動きを止めようとした。

 全ては、この一瞬の為だけに。

 

『!!!!!』

 

 このままでは拙い。

 ドーバーガンの威力は、もう既に見ている。

 最初に放たれた巨大なビーム砲。

 直撃だけは絶対に避けなくていけないと理解したからこそ、あの時は咄嗟に避けたのだ。

 だがしかし、今度はそうはいかない。

 自分は見動きが不可能な状態であり、相手はもう既にロックオンを完了している。

 考える。福音は必死に考える。

 どうすれば被害を最小限に抑えられるか…と。

 

『……!』

 

 なんと、福音は急激に出力を上げ、その場で高速回転をする事で自分に纏わりついている三人を無理矢理に振り解いた!

 

「クッ…! 我々三人を纏めて!?」

「振り届くほどのパワーを有しているというのかッ!?」

「この細身のボディのどこに、んな力があるってんだよ!!」

 

 三人がいなくなったことで福音は自由の身となったが、もう既にドーバーガンは発射寸前。

 体勢を崩した今の状態では回避も難しい。

 ならばどうするか。

 なんと、福音は銀の鐘の出力を最大限まで上げ、トールギスにそれを向ける。

 

 そして…両者の一撃が放たれた。

 

「ドーバーガン最大出力!! いけ!!」

『!!!!!』

 

 金と銀のビームの一撃が空中でぶつかり、激しくスパークする!!

 周囲一帯に凄まじいまでのエネルギーと衝撃波を撒き散らし、閃光が走った!

 

「相打ちだとっ!?」

 

 これ以上ないタイミングでの一撃だった。

 命中させれば、倒れるまでとはいかないものの、確実に致命的なダメージを追わせられていた筈。

 福音もそれを分かっていたからこそ、必死になって防ごうとしたのだ。

 

「流石は軍用のIS…こちらとは初期の段階からのパワーが違うか! だが!」

 

 こんな事で諦めてなどいられない。

 まだまだ勝負を捨てるには早すぎる。

 

 その時、不気味な機械音声が聞こえてきた。

 

『ターゲットを最大脅威と断定。これより迎撃行動を開始します』

「なに?」

 

 瞬間、福音の顔が眼の前にあった。

 あの攻撃の直後に、一瞬にしてトールギスの懐にまで潜り込んできたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 すぐさまスーパーバーニアを全展開し、最大出力でその場を離脱しようと試みるが、何と福音はその状態のトールギスに易々と追従して来てみせた。

 

「トールギスの最大出力に追いついてくるか! 面白い!!」

 

 盾の中からビームサーベルを取り出し、それと同時にヒートランスに熱を入れる。

 赤熱化した槍を構え、トールギスは一旦距離を取って、鋭角的な旋回をした後に福音へと目掛けて突貫していく!!

 それに合わせるかのように、福音もまた両手刀にエネルギーを纏わせ、トールギスを貫こうと突撃を敢行してきた!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 トールギスと福音が空中でぶつかり合い火花を散らす。

 それは長くは続かず、すぐに両者ともに離脱をし、再びぶつかった。

 まるで大空を舞台に二つの流星が意志を持って衝突しているかのように。

 

 その光景を、千冬たちは遥か下で悔しそうに見ているしか出来なかった。

 

「矢張り…佳織を最大の脅威としたか…!」

「野郎…オレ達の事なんて眼中にすらないってことかよ!」

「今すぐにでも援護に行きたいですけど…」

「今のトールギスと福音には、我々のISでは追いつけない…! 却って邪魔になるだけだ…!」

 

 この中でも最も飛行速度が高い白式でも、今の両者には全く追いつけない。

 こうなることを一番危惧していただけに、千冬は思い切り歯を食い縛っていた。

 

「またしても…我々は佳織に全てを賭けるしかないのか…!」

「織斑先生…」

「教官…」

「ちっふー…」

 

 今度こそ、隣りで佳織の事を全力で守ると誓ったのに、結局はこの体たらく。

 本気の本気で自分自身が情けなくなり、殴りたくなってくる。

 

「せめて…せめて私の手元に『暮桜』があったら…!」

 

 現役時代に自分が乗っていた嘗ての愛機。

 故あって、今は千冬の手元には存在していない。

 もしあったら、少なくとも佳織の援護ぐらいは出来ていたかもしれないのに。

 

「借り物のISでは…これが限界なのか…!」

 

 現役を退いても、一度だって鍛錬は怠っていない。

 それどころか、佳織と関わるようになってから前以上に体を鍛えるようになっていった。

 自分の不甲斐無さを少しでも払拭する為に。

 いざと言う時に佳織を守る為に。

 

 悔しさに拳を握りしめる千冬。

 その時、誰も気が付かなかったが、白式の装甲が僅かに光った。

 何かの意志に呼応するかのように。

 何かの呼び掛けに応えるかのように。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 速い。重い。強い。

 

 福音の強大さは想像以上だった。

 

 トールギスの最大出力を以てしても完全に引き離す事が出来ない。

 攻撃力だけで言えばほぼ互角。

 ならば、この勝負を決定づける物があるとすれば一体何か。

 

 それは『スピード』だった。

 

 佳織自身もそれは分かっていた。

 このままでは完全にジリ貧だって事が。

 長期戦になれば圧倒的にこちらが不利だと言うことも。

 

(ならば、どうする?)

 

 共に戦っている男の一人が語りかける。

 

(暴走状態の奴とトールギスはほぼ互角。この均衡状態を打破するには、決定的な『何か』が必須となる)

 

 何か。

 その正体を佳織は知っている。

 

(我等が姫よ。答えるがいい。君は何を求める(・・・・・・・)?)

(私は…)

 

 怖がる必要は無い。

 迷う必要も無い。

 求める『答え』はたった一つだけ。

 

「…『()』をください。自由に天空を駆け抜ける『』を。奴よりも速く、鋭く、強く翔ぶ為の『大いなる翼』を!!」

 

 少女の決意に『騎士』が応える。

 

『その言葉を…』

『我々はずっと待っていた』

 

 槍を構え突撃をするトールギスの全身が光り輝く。

 真っ白に、黄金に。

 

『成る程…これは、この場にいる『もう一人の原初の騎士』の意志か。嘗ての『主』と共に戦場を駆けた事が余程、嬉しかったようだな。『彼女』の想いが…力が…トールギスに『新たなる翼』を与えてくれる』

 

 そして…『天使』が降臨した。

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着。

そして、遂にトールギスが…?






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LAST IMPRESSION

前回のあらすじ。

覚醒しますた(誤字に非ず)。









 『その瞬間』、彼女達は確かに見ていた。

 

「な…なんだっ!? トールギスが急に眩しく光り輝き始めるとは…ま…まさかっ!?」

「この土壇場で…至りやがったってのかよ…!?」

「間違いありません…これは…この現象は!」

「初めて見る…これが…」

 

「「「「第二形態移行(セカンド・シフト)!!!!」」」」

 

 遥か上空にて繰り広げられていた、トールギスと福音との壮絶なドッグファイト。

 両者の速度はほぼ互角であり、総合的な火力もまた同様。

 だが、暴走している福音とは違い、トールギスは佳織の意志によって動かされている。

 長期戦になればなるほどに佳織は不利になっていく。

 完全なる時間との勝負。

 それは佳織自身もよく分かっている筈の事だった。

 

 そのような状況であるにも拘らず…否。

 そのような状況であるからこそ、佳織は自らの意志で『先』へと進む決意をした。

 

 全ては、大切な人達を守る為に。

 

 少女は…『天使』になる。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 槍を構えて突撃をするトールギスの全身が白金に光り輝く。

 それは覚醒の光。

 真の意味で『未来』を選択した者のみが到達出来る領域。

 

 福音は知っている。

 この光が何なのかを。

 故に確信をする。

 自分の判断は決して間違ってなどいなかったと。

 この純白の機体こそが最大にして唯一の脅威。

 

『!!!』

 

 光が増し、同時にトールギスの速度も増していく。

 つい先程までは、ほぼ互角と言った展開だったのに、今はもう違う。

 暴走までしてようやく互角だった福音を、眼前の白き騎士は易々と凌駕していった。

 

 一瞬にして懐まで潜り込まれ、とっさの判断で自慢の両翼で相手を包み込んでからの拘束包囲射撃を仕掛けようとするが、そんな事は相手も既に読んでいた。

 

『『「遅い!」』』

『!!??』

 

 少女と成人男性二人の声が重なって聞こえたかと思った瞬間、光の塊となったトールギスは福音をその自慢の槍で貫き通った。

 

『……!?』

 

 なんという一撃か。

 今までとは比較にすらならない。

 たった一撃で全体の半分以上のSEを削られた。

 

 すぐに反撃に出ようとする福音であったが、トールギスの姿はどこにも見当たらない。

 急いで探さなければ。

 ハイパーセンサーを全開にして速やかな捜索を開始すると、突如として頭上から『声』が聞こえてきた。

 

「何処を探している。私はここだ。ここにいるぞ」

 

 声がした方向に顔を向けると、そこには…。

 

「これが…新たなトールギスの姿…か。フッ…」

 

 頭部にある鶏冠のパーツの形状が変化し、まるで龍の鱗のよう。

 だが、それ以上に特徴的なのは、背部から大きく生えた二対四枚の翼だった。

 

 さっきまであったバックパックが変化し、全身を覆い尽くすほどの巨大な翼と成り、その間には副翼と思われる形状の違う小型の翼がある。

 主翼となる巨大な翼には、円盾と同じエンブレムが描かれていて、主翼を機体前方で合わせる事で形となるようにデザインされていた。

 

「『トールギス(フリューゲル)』…この姿となった私を…いや、私達を…そう簡単に倒せると思うな!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんな場合じゃない。

 頭では分かっていても、体が動かない。

 

 雲の隙間から漏れ出る太陽の光が生まれかわったトールギスに降り注ぎ、その純白の装甲を眩しく光り輝かせる。

 まるで、本当に天上から天使が降臨したかのような…そんな荘厳さを見せていた。

 

「あれが…進化したトールギスの姿…なのか…」

「スゲェ…マジでそうとしか言いようがねェ…」

「なんて美しいんでしょうか…まるで…本物の天使みたい…」

「なんと神々しい姿なんだ…ISとは…あんな変化も出来るのか…」

 

 その左手に純白の槍を持ち、その右手には光の剣を持つ白き天使。

 それに相対するのは、暴走して我を忘れた銀の天使。

 

 まるで聖書に描かれた一ページを見ているかの如き光景。

 もしくは、世界の終焉にて繰り広げられる神々の黄昏か。

 

「先程聞こえてきた佳織の声…トールギス・フリューゲルと言っていた…」

「フリューゲル…ドイツ語で『翼』…か」

「名は体を表すって事か…」

 

 少しの間だけトールギスと福音が睨み合う。

 それはまるで、壊れた堕天使を断罪する熾天使のように。

 

「う…動くぞ!!」

 

 千冬の叫びと同時に、トールギスの主翼のパーツがそれぞれに展開し、生物的な動きを見せる。

 それを大きく動かすと同時に、背部にある副翼内にあるブースターが展開、同時に腰部にあるサブスラスターまでもが展開した。

 

 数瞬の静寂の後、トールギスは一筋の流星となった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 福音から放たれる羽の形状をした無数のビーム。

 通常ならば回避することが困難なのは勿論、防御するなど論外。

 どっちの行動を選択しても致命傷は免れない。

 

 だがしかし、文字通りの『翼』を得た今のトールギスには、その常識は一切通用しなかった。

 

「甘い!!」

 

 急停止。急加速。急旋回。

 慣性の法則を力技で強制的に無視し、鋭角的な動きでビームの隙間を縫うようにして全ての攻撃を完全回避していく。

 しかも、凄まじい速度で回避行動をしているにも拘らず、その速度が落ちる様子は一切見受けられない。

 それどころか、更に加速しているようにすら見える。

 

「捉えたぞ!!」

『!!??』

 

 気が付いた時、トールギスが右手に握ったビームサーベルで福音の胴体を斬り裂いていた。

 

「はぁっ!!」

 

 一度目の攻撃で右肩から斜めに斬撃を繰り出し、流れるような動作で二撃目となる腹部への横一文字斬りを放つ!!

 

 トールギスの動きに合わせて主翼も動き、周囲に真っ白な羽が散る。

 福音が放つのとは違う、純粋に美しい羽根を。

 

「ここから一気に畳み掛ける!! 反撃の隙など与えん!!」

 

 すぐに福音の背後からトールギスが離脱し、一瞬で間合いを取った。

 その手にはドーバーガンが握られていて、当然のようにその銃口は福音の方を向いている。

 

「そこだ!!」

 

 あの一撃はヤバい。

 福音はドーバーガンの威力を身を持って味わっている。

 何があっても絶対に直撃だけは避けなくてはいけない。

 

 万が一に備えて少しでも相手の攻撃力を軽減させる為、銀の鐘を使った弾幕を張りながら高速で回避運動を取る。

 だが、福音の予想に反してドーバーガンは発射されなかった。

 

「お前が回避運動をする事は読んでいた。だからこそ!!」

 

 ドーバーガンの銃口が明後日の方向を向く。

 軍用ISとして合理的な指向を持つ福音には理解が出来ない行為。

 だが、福音にとっては都合が良かった…その時までは。

 

「…その程度の動きで!!」

 

 引き金が引かれ、巨大なビームが自分の放った光の羽を消滅させながら迫りくる。

 その時、初めて福音は自分の致命的なミスを悟った。

 

『!!!!!』

 

 動きを読まれた。

 トールギスは福音が回避する場所を先読みし、そこへと目掛けてビームを発射した。

 それに気が付いた時はもう遅く。福音は自らビームが来る方向へと動き始めている。

 今から緊急停止をしたら、それこそ自分の中にいる操縦者に大きな負担が掛かるのは明白。

 

 軍事用として生み出された己が、あろうことか競技用のISに完全に圧倒されている。

 その事実を受け居られないまま、福音はドーバーガンの一撃をモロに受けた。

 

「ここから一気に決める!! ヒートランス…セット!!」

 

 左手に握られた白き槍が赤熱化し、真紅に燃える。

 副翼のブースターを全開にしてから全力で飛ぶ。

 主翼が鳥の翼のように羽撃(はばた)き、大空を駆け抜ける。

 人知を超越した動きにて暴走した機械天使に迫り来る。

 

「逃がさん!!」

 

 全速力で逃げようとするが、全く引き離せない。

 もう福音とトールギスは互角ではなかった。

 天使の翼を手に入れた騎士は、福音よりも遥かな高みへと至ったのだ。

 

 そしてついに…その槍が完全に福音に突き刺さる。

 

「これで決める!! おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 槍に刺されたまま、福音はトールギスに引き摺られるような形で自身では決して到達できないような速度を体験する。

 一動きする度にSEが劇的に減っていき、このままでは確実に負ける。

 福音は最後の力を振り絞って『奥の手』を使おうと試みる。

 だが…そんなことは『転生者』である佳織には全て御見通しだった。

 

「SEを回復させると同時に一時的な機体強化をする為に『疑似的な第二形態移行』をしようとしてるんだろうけど…そうは問屋は降ろさないんだよ!!」

『この期に及んで強化などさせはしない!!』

『破壊の権化となってしまった哀れな機械天使よ。我等の手で安らかなる眠りにつくがいい!!』

 

 少女の声と二人の男の声が再び聞こえる。

 なんと強き意志を秘めた声なのか。

 成る程。

 自分では勝てないのは道理か。

 

 この者達ならば…或いは。

 

 そう判断した瞬間、福音は全ての抵抗を止めた。

 

「これで終わらせる!!」

「『『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!』』」

 

 福音を突き刺したまま、トールギスは地図にも載らなさそうな小島へと激突し、巨大な爆発が起きる。

 落下の勢いとテンペストの威力で福音のSEが遂に尽き果てようとしていた。

 徐々に福音の装甲が量子化していき、中にいた操縦者が姿を現す。

 それを確認した佳織は、テンペストの稼働を停止させた。

 

 すぐに操縦者を救助、その両腕に抱え込みながら、翼を広げて静かに浮遊する。

 戦いが終わった事をその身に感じながら。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 お…終わった…のかな…?

 なんか、途中からよく覚えてないんだけど…もしかしなくてもトールギスが第二形態移行しちゃいました?

 え? マジで?

 

「これで…終わったんだよね…」

『あぁ…そうだ』

『よく頑張ったな…姫よ』

「いや…私、マジで殆ど何もしてないんですけど」

『『フッ…』』

「なんか笑われたし…」

 

 まぁ…今はどうでもいいけどね。

 つーか、マジで冗談抜きで超絶疲れた…。

 今すぐにでも布団に倒れ込みたいです。

 

「「「佳織!!」」」

「仲森さん!!」

 

 あ…千冬さんにケイシー先輩。

 それからボーデヴィッヒさんと山田先生も。

 やば…途中から完全に三人の存在を忘れてましたわ…どーしよ。

 

「本当に…本当に良くやった!」

「千冬さん…」

「自分自身に対する情けなさと、お前が無事だった事の喜びがごちゃ混ぜになっているが…今は素直に喜びたい…! お前は私の自慢だよ…佳織…!」

「あ…ありがとうございます…」

 

 うわ…なんかストレートに凄いことを言われた。

 めっちゃ照れるんですけど。

 

「おいおいおいおい! まさか、初共闘で第二形態移行なんて超レアな光景を見せてくれるとはよ! タダの一年とは思ってなかったが…スゲェじゃねぇかお前!」

「はは…どもです」

 

 ついさっき会ったばかりの先輩からの大絶賛。

 っていうか、さっきしれっと私の事を『佳織』って呼んでませんでした?

 

「仲森さん…御無事で何よりです…! しかも、軍用ISと互角に渡り合うだけじゃなくて、倒してしまうだなんて…」

「無我夢中だったんですけどね…でも、止められてよかったです」

 

 山田先生…ちょっと泣いてません?

 心配してくれたのは嬉しいけど、ちょっとだけ罪悪感。

 

「流石は佳織だな!! よもや、ほぼ単独に近い形で軍属のISを圧倒するとは!」

「単独って…そんな事は無いよ。皆がいてくれたから、私も戦えたんだし…」

 

 少なくとも、私一人だけだったら絶対にこうはいかなかったと思うよ。

 これは間違いなく、皆で得た勝利だ。

 

「それが…福音の操縦者か?」

「みたいです。鍛えているからなのか、そこまで消耗はしてないっぽいですけど…」

「それでも、念の為に速やかに安静にさせるべきだろう。では…戻るとするか。皆の元へ…な」

「はい」

 

 こうして、意外過ぎる形で福音との戦いは幕を閉じるのであった。

 

 けど、この大きな戦いもまた、この後に起きる諸々の事件の前では単なる序章に過ぎないと思い知るのは…もう少し後になってからなのでした。

 

 

 

 

 

 

 




これにて福音戦終了!

次回は、その後に話になると思います。






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疲れた時にぐっすり寝る。これ人類の知恵。

取り敢えず、連投はここまで。

次回以降はまたいつものように気紛れランダム更新に戻ります。









 福音との戦いが終わり、私達は旅館に向かって飛んで行く。

 そういや、なんかしれっと中の人を救出したけど…この人って何て名前だったっけ?

 福音が操縦者の人を入れたまま暴走してたのは知ってたけど、その名前までは覚えてないんだよね。

 ま…別にいっか。

 原作みたいに誰も傷つかずに作戦を無事に終わらせて、しかも要救助者も保護出来た。

 作戦内容的には100点満点でしょ。

 

「あ…見えてきた」

「そんなに時間は経ってない筈なのに、何時間も戦ってた気がするぜ…」

「それだけ緊張状態だったんだろう。ん?」

「浜辺に…誰かがいる?」

「あれは…セシリアに鈴…シャルロットに一夏か」

 

 こっちにもハイパーセンサーで見えましたですよ。

 きっと、そのまま旅館の中で待ってられなかったんだろう。

 実に皆らしいよ。

 

 なんて話してたら、もう浜辺に着いちゃった。

 これでも一応、腕に抱えてる操縦者さんに気を使って超絶速度を落としてるんだけどなー。

 流石に、超鈍足飛行ならゼクスたちの助けなしでもなんとかなる。

 『門前の小僧、習わぬ経を読む』とは良く言ったもんだ。

 

「佳織! 皆!」

「千冬姉! 仲森さん! 無事でよかった…!」

「本当に…本当に…御無事で何よりですわ…」

「全くだね…って、あれ?」

 

 浜辺にゆっくりと降り立つと、皆がこっちに向かって全力ダッシュ。

 四人のうち三人は普通に私達の帰還を喜んでくれたけど、デュノアさんだけはちゃんと気が付いたみたい。

 

「えっと…一つずついいかな?」

「どーぞ」

「まず…その腕に抱えてる人は?」

「福音の操縦者さん。倒したら中からドロップした」

「「パイロットをドロップアイテムみたいに言ってるっ!?」」

 

 織斑君と凰さんのダブルツッコミ。

 これだよこれ。

 戻ってきたって感じがするわー。

 

「お前達、誰でもいいから人を呼んできてくれ。まずは彼女を寝かせてやりたい」

「そ…そんじゃ、俺がひとっ走り行って来るよ!」

「頼むぞ、一夏」

 

 流石は男の子。

 あっという間に旅館まで走って行ってくれた。

 

「あの…さ。もしかしてだけど…トールギス…第二形態移行(セカンドシフト)…した?」

「うん。した」

「あっさりと言うね!?」

 

 だって事実だし。

 

「あっ!? 言われてみれば確かに、トールギスの形が変わってるっ!? っていうか、なんかでっかい翼が生えてるっ!?」

「この翼…形が違うのが後ろにもあります。つまり、二対四枚の翼があるんだよね」

「まさか…あの巨大なバーニアが翼に変化して…?」

「多分ね」

 

 今まではシンプルだったけど、一気にド派手な姿になってしまった。

 これはこれでカッコいいから良いけどさ。

 

「織斑君…まだですかね? 私達は良いとして、このままじゃ仲森さんがISを解除できませんし…あ」

「来たみたいだな」

 

 こっちに手を振りながら、織斑君が担架を手に持った教員の人達を連れて来てくれた。

 ま、旅館の人達に手間を掛けさせるわけにはいかないもんね。

 

「はぁ…はぁ…お待たせ! 先生達を連れて来た!」

「助かる。すみませんが、佳織が抱えている彼女の事をお願いします」

「了解しました。仲森さん、その人をこっちに」

「分かりました」

 

 やって来た先生の一人に福音の操縦者さんを渡すと、彼女は広げられた担架の上にそっと寝かされてから、先生達によって運ばれていった。

 ふぅ…これでやっと降りられる…。

 

「あれ? なんかトールギス…凄いことになってね?」

「「「今更?」」」

 

 ヒロインズから冷たいツッコミ。

 ま、これも主人公の宿命だ。

 

「はぁ…疲れたぁ…」

「お疲れさん。今回のMVPは間違いなくお前だよ。良くやったな」

「ど…どもです…」

 

 私がISを解除するのに合わせて、他の皆もISを解除する。

 までは良かったんだけど、降りた途端にケイシー先輩がニコニコ笑顔で私の頭を撫でてきた。 

 

「「「………」」」

 

 んで、オルコットさんと凰さんとデュノアさんが、めっちゃ目を丸くして私達の事を見てた。

 

「えっと…? これは一体…?」

「予想外の所から予想外の伏兵が来た…?」

「なんか最近…次々と強力なライバルが出現してない…?」

 

 ライバルって何の?

 ポケモンか?

 

「一夏。お前の白式…返すぞ」

「おう。で、どうだったんだ?」

「暴走した軍用機と言うのは、私達の想像を遥かに超えていたよ。ケイシーと同時に放った渾身の一撃を簡単に防がれた時は地味に焦った」

「千冬姉と先輩の同時攻撃を防いだって…マジかよ…」

 

 一度は世界最強の座にまで上り詰めた人と、三年生の専用機持ち。

 それを呆気なく防御してみせた福音の性能は推して知るべきだね。

 原作でも皆が死ぬほどに苦戦するのも頷けたもん。

 

「デュノアさん。リヴァイヴ・カスタムⅡ…ありがとうございました」

「礼を言われる程じゃありませんよ。山田先生には、出られないボクの代わりに出撃して貰ったようなものだし…」

 

 今回改めて思ったけど、やっぱ山田先生とラファールの組み合わせが一番合ってるような気がする。

 いつの日か、山田先生専用にラファールのカスタム機とか作られたりしないのかな?

 

「一先ず、これで作戦は終了だ。佳織」

「はい?」

「疲れている所申し訳ないが、念の為に体を検査して貰え。お前の事だから大丈夫だとは思うが、もしかしたらと言う場合もある」

「そうですねー…別に痛い所とかは無いんですけど…了解です」

 

 ま、すぐに終わるだろうから別にいいんだけどね。

 検査が終わったら全力で休もう…。

 

「それとケイシー」

「なんだ?」

「今日は旅館に泊まって行け」

「いいのか?」

「あぁ。予想外だったとはいえ、お前がいなかったら作戦自体が成立しなかった上に、最悪の場合は佳織一人を出撃させていたかもしれん。それぐらいは許されても良いだろう。旅館と学園には私から話しておく」

「マジかよ! よっしゃ!」

 

 おぉ~…先輩も今日は一緒にお泊りですかー。

 でも、どこの部屋に泊まるんだろ?

 空いてる部屋とかあるのかな?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「もきゅもきゅ…」

 

 あー…昨日に引き続き、今日もまた旅館の御飯が美味しいなー。

 お刺身サイコー。魚介出汁たっぷりの味噌汁ウマー。

 

「うっめー! ハンバーガーも悪くはねぇけどよ、やっぱ日本にいる時は和食に限るよなー! 特に刺身とか、アメリカじゃ日本食の専門店にでも行かねーと絶対に食えねーもんな!」

 

 …で、私の隣で浴衣を着た状態で100万ドルの笑顔を浮かべながらパクパクと食事を食べているケイシー先輩がいるんですよ。

 しかも、浴衣はめっちゃ着崩してて、胸の谷間が丸見え状態。

 先輩…一応、男の子がいるって自覚してます?

 

(つーか先輩…箸の使い方が上手じゃね?)

 

 やっぱ、日本滞在も三年目に突入すると自然と上手くなるもんなんだろうか?

 

「お…おい…お前達…」

「何よ?」

「か…佳織の隣に座っている、あの人物は一体誰だ…?」

「「「あぁ~…」」」

 

 そうそう。

 作戦はもう終わったから、普通に篠ノ之さんや本音ちゃんと合流出来た。

 内容は話せないけど、でもこうして顔を見れただけでも普通に嬉しい。

 

「私…あの人知ってるよー」

「本当か本音?」

「うん。お姉ちゃんに聞いたことがある。三年生にアメリカの候補生の人がいるって。多分、あの人だと思う…」

「アメリカの候補生…どうして、そんな人がここにいるんだ…?」

 

 どうしても言われてもな…。

 素直に白状したら、普通に作戦の内容の話に飛び火するしね…。

 

「そうねぇ…濁しながら、かつ簡単に説明すると…」

「「すると?」」

「…助っ人よ」

「「え?」」

「空より高くて海よりも深い事情により、学園側が寄越してくれた助っ人…そうとしか説明できないのよ」

 

 おっふ…流石は凰さん…凄まじくテキトーな説明で切り抜けおったで…。

 

「そう言えば、さっきから周りの皆…静かじゃない?」

「恐らくは…昼間の『アレ』が原因だろうな…」

「アレと言えば…」

「篠ノ之博士のお説教…ですわね」

「かなりの劇薬だったからねー…」

 

 なーるほど。道理で私達以外の皆の顔が意気消沈モードになってる訳だ。

 あれからもう何時間も経過してるのに、まだ落ち込んでるって事は『こうかはばつぐんだ!』だったって証拠だね。

 あそこまで言われてもまだ能天気に騒いでたら、マジで救いようも擁護のしようも無かったし。

 

「ん? どうかしたのかよ?」

「あ…いや。実は…」

 

 ここで説明上手なデュノアさんがケイシー先輩に昼間の事を話してくれた。

 それを聞いた先輩は納得したように何度も頷いた。

 

「そっか。ま、そりゃ篠ノ之束の言ってる事が全面的に正しいわな。言い方は厳しいけどよ」

 

 最上級生の候補生も同意見となると、こりゃマジで頑張らないと今年の一年生の殆どが落第しちゃうのでは?

 IS学園で留年するってのは…どうでしょ。

 

「オレらから見ても、今年の一年はどうも浮かれすぎてたからな。ま、その原因は分かってるけど」

「え?」

 

 その『原因』である男の子は、エビの天ぷらにお塩を付けようとしている所で視線に気が付いてこっちを向いた。

 そのエビ天、美味しかったなー。

 

「先輩が一年生の時は、どんな感じだったんですか?」

「オレらか? そーだなー…少なくとも、こいつ等みたいに浮かれては無かったな。そんな暇も余裕も無かったってのが本音だけど」

「呼んだー?」

「「呼んでないよ」」

 

 そっか…そうだよな。

 二年前はまだ織斑君は普通の中学生だったんだし。

 織斑先生はー…どうだったんだろ? もう既に在籍してたのかな?

 

「それは今の二年連中も同じだ。だからこそオレら上級生は割とマジで呆れてんだよ。『今年の一年は本当に大丈夫なのか』って」

 

 先輩達が心配する気持ち…めっちゃ分かるなー。

 実技の授業中にいきなり織斑君に自分をアピールし始める時点で、微塵も真面目さなんて感じられないし。

 

「先輩個人から見て、今年の一年生はどうですか?」

「んー…佳織みたいにスゲー奴もいれば、候補生連中みたいにマシな奴等もいる。けど、それ以外との差が激しすぎるな。中間が殆どいねェ。『上』と『下』にハッキリと分かれてやがる。IS学園の本質である『実力主義』ってのを正しく理解してない証拠だ」

 

 この『実力主義』ってのは、何も『ISで強い』ことだけを指している言葉じゃない。

 本音ちゃんみたいに整備能力が優れている子も十分に評価の対象になっているし、今のボーデヴィッヒさんや篠ノ之さんのように『一芸』が優れている子も評価される。

 逆を言うと、どれだけ元の成績が優秀でスポーツ万能でも、IS学園に入学してから浮かれ捲って努力を怠ったら、その時点で落第への道を踏み出し始めている。

 IS学園は決して『テストで良い点を取れるだけの人間』や『テストは出来ないけど勉強だけは頑張っている人間』は必要としていない。

 『勉強や努力も出来て、テストでも良い点を取れる人間』を求めている。

 今の彼女達は、まさに『テストで良い点が取れるだけの人間』だ。

 どれだけ授業についていけても、普段から織斑先生以外の教師を基本的に見下していたり、学園唯一の男子にアピールすることしか考えないような人間に居場所は無いし、学園側も居場所を与えようとは思わないだろう。

 そんな人間は、本気で真面目に頑張っている人間にとって邪魔にしかならないから。

 

「…この中で果たして、どれだけの人間が学園に居続けるのかな…」

「仲森さん…しれっと怖い事を言うな…」

「言い回しが完全にホラー映画の台詞になってるわよ?」

「え? そう? 全く自覚無かった…」

 

 学園に戻ってから、もしくは二学期が始まってから。

 心機一転頑張ろうとするのか、それとも全てを諦めて現実から逃げるのか。

 少なくとも私は、もう目の前の現実から逃げるのを止めた。

 逃げても無駄だって理解したし、今の私は一人じゃないって自覚したし。

 一人じゃ無理でも、皆と一緒なら頑張れる。

 果たして、この中のどれだけの子が、私と同じような考えに至るのやら…。

 

「ふわぁ…」

「ん? 佳織…もしかして眠いのか?」

「まぁ…流石に疲れがドッと来たと言いますか…」

「流石に、メシを食ってる最中に寝るなよ?」

「大丈夫ですよ。少なくとも、ご飯を食べて、温泉に浸かって疲れを取るまでは寝ないって決めてますから」

「おぉー…良いじゃねぇか。なら、オレも後で一緒に温泉に行くとするか」

「「「「「え?」」」」」

 

 先輩と一緒に温泉かー…それもいいですにゃー。

 で、どうして織斑君以外の皆はギョって顔でこっちを見てるの?

 

「わ…私も一緒に行くぞ佳織!」

「このセシリア・オルコットも同席しますわ!」

「勿論、あたしもね!」

「僕も一緒だからね佳織!」

「皆も行くのか? なら、ついでだし私も一緒に行くか」

「かおりんが行くなら私も入る~!」

 

 なーんだ。結局、いつもの皆で入るんじゃン。

 そっちの方が賑やかだし良いけどね。

 問題は…それまで私が眠気に耐えられるかどうかですな…。

 頑張れ…私…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、千冬さんと束さんとのお話から。

二人は今回の事件をどんな風に考察しているのでしょうか?






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残る疑問と新たなるフラグ

やっと臨海学校編が終了です。

次回からは、少しだけ話を挟んだ後に夏休み編に移行するかと思います。

この夏休み編も、中々に長くなりそうな予感…。







 辺りはすっかり暗くなり、完全に夜となった。

 旅館の近くにある岬の柵に腰を掛けている束が、夜風に当たりながら夜空に浮かぶ満月を眺めていた。

 

「…やっぱり来たね。ちーちゃん」

「…束」

 

 そんな彼女に会いに来たのは、昼間と変わらぬスーツ姿の千冬だった。

 無事に戦いは終わったというにも拘らず、彼女の顔からは未だに緊張感が抜け切れていない。

 

「ここに来たって事は、私と話したい事があるんじゃないの?」

「あぁ…」

 

 束はずっと背中を向けたまま、千冬はその背中をジッと見つめている。

 久し振りに会った親友同士が二人きりの会話にしては、余りにも殺伐としていた。

 

「にしても凄かったね~。流石はかおりん。まさか、あのトールギスを第二形態移行(セカンド・シフト)させるとは思わなかったよ。しかも、あの姿。あれはまるで…」

「天使…のようだったな」

「うん。四枚の翼で自由に大空を翔る天使。もしかしたら、あれこそが私の目指したISの本当の姿なのかもしれない」

 

 ISの開発者である束も、あれ程までに美しいISは見た事が無い。

 あの時のトールギスは間違いなく、その大いなる翼で『羽撃いていた』。

 

「こうして直に会いに来て大正解だった、やっぱり、かおりんこそが私がずっと探し求めていた子なんだ。今日、それを完全に確信したよ」

 

 自分と同じ『自然に生まれた天才』。

 世界は広いのだから、自分一人だけとは限らない。

 だからずっと探し続けていた。

 それがまさか、こんな形で見つかるとは流石の束すらも夢にも思っていなかった。

 

「かおりん達はどうしてる?」

「食事をして英気を養っている。今回の最大の功労者は、間違いなく佳織だ。可能な限り、アイツの事を労ってやりたい」

「そうだね。かおりんがいなかったら、本当にどうなっていたか分からない」

 

 正史では、専用機持ち全員で戦いを挑んで、ギリギリのところで倒す事が出来た強敵。

 佳織はそれを、途中までは千冬たちの援護があったとはいえ、最終的にはほぼ単独で撃破してみせた。

 暴走した軍用機を、規格外の性能を持つ競技用機で。

 本人は自覚が無いかもしれないが、これは間違いなく歴史的な大偉業だ。

 この事が他の国やIS委員会などに知られれば、まず間違いなくスカウトの嵐になるだろう。

 場合によっては、代表候補生をすっ飛ばして、一気に国家代表に就任してしまいかねない。

 それ程の事を佳織はやってのけてしまった。

 

「…束。今回の一件…本当に単なる『暴走』だったのか?」

「と言うと?」

「余りにも都合が良すぎると思ってな。臨海学校の時に、見計らったかのように軍用ISが暴走したと言う一報が知らされ、しかもそいつが我々のいる旅館の近くに出現した。その後に、いきなりIS委員会日本支部の男が介入してきた。ここまでお膳立てをさせられて、何の意図も感じない方が難しい。口には出していないが、恐らくは佳織も同じことを感じているに違いない。アイツの勘は本当に鋭いからな」

「…そうだね。かおりんなら十分に有り得るかもね」

 

 モニター越しとはいえ、束は佳織の偉業を何度も見てきた。

 もう正直、佳織ならば何をしても全く不思議じゃない。

 

「で? まさかそれを話しに来たの?」

「違う。本題は別にある」

 

 神妙な顔をしながら、頭の中で言うべき事がを整理する。

 少し迷った結果、ストレートに言おうと思った千冬は腕組みをして真っ直ぐに束の背中を見据えた。

 

「ハッキリと言う。あの『原田』とかいう男が、今回の主犯なのではないか?」

「…普通は…そう思うよね」

「お前は違うと思うのか?」

「うん。ちーちゃんも、なんとなくではあるけど感づいてるんじゃない? あの『原田』っていうおやじは単なる『生贄(スケープ・ゴート)』だって」

 

 ここで初めて束はほんの少しだけ後ろを向いて千冬の顔を見る。

 その顔は心なしか微笑んでいるようにも見えた。

 

「私の予想じゃ、今回の本当の黒幕は…あの『原田』って奴の背後にいる奴だよ」

「なんだと?」

「そして、そいつこそがかおりんをストーキングしている奴の可能性もある」

「佳織の…ストーカーが…真の黒幕だと…!?」

 

 確かに、束の言う通りに千冬も原田が全ての元凶とは思ってはいなかった。

 だがまさか、その背後に何者かがいる事は流石に想像していなかった。

 

「そいつの正体は全く分からない。けど、そう考えると色んな事に納得が出来るんだよ」

「普段から存在を秘匿している佳織を公にする為…か?」

「多分ね。かおりんのことを世界の主役にでもしたいんじゃないの? 知らないけど」

 

 因みに、ここで束はあることを敢えて黙っている。

 実は自分も全く同じことをしようとして、佳織の凄さを有象無象の連中に思い知らせてやろうとしていたと言うことを。

 けど、もしそんな事を暴露したらまず間違いなく千冬から必殺のアイアンクローをお見舞いされるので絶対に言わない。

 この歳で頭蓋骨が変形するのは勘弁したい。

 

「実はさ、ちーちゃん達が戻ってきてから軽く福音を調べてみたんだけど…案の定だった。ISコアに何者かが干渉した形跡が見つかった」

「なん…だと…!?」

 

 コアに干渉する。

 この事実は、その気になれば全てのISを好きに出来ると言う証拠でもあった。

 

「この形跡もワザと残していったんだろうね。その気になれば幾らでも消せただろうに」

「そいつの目的は一体何なんだ? どうして、そこまで必要に佳織の事を突け狙う?」

「それは本人に聞くしかないよ」

 

 まさか、こんな形で佳織のストーカーが関与して来るとは思わなかった。

 しかも、軍用機を暴走させると言う尋常じゃない方法で。

 どう考えても常軌を逸している。

 そこまでして佳織の事を矢面に立たせたいのか?

 考えれば考えるほどに謎が増えていく。

 

「ねぇ…ちーちゃん」

「なんだ」

「かおりんのこと…守ってあげてね。どんなに強くて賢くても…あの子はまだ『子供』だから。私達のような『大人』が守ってあげないと」

「お前に言われるまでも無い。それに、今の佳織は一人じゃない。多くの友人達が傍にいる」

「…そうだね」

 

 束がそう呟いた瞬間、突如として風が吹いた。

 思わず千冬が目を瞑って、腕で顔を覆い、風が止んだ後に目を開けると…そこにはもう束の姿はどこにも無かった。

 

「…束。お前は味方…でいいんだよな?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日。

 もう後は帰るだけなので、朝ご飯を食べた後に私達はISのお片づけを初めとした撤収作業を行う。

 これがまた中々の重労働で、気が付いた時にはもう10時を回ってしまう訳で。

 そうなればもう普通にお腹が空くのが当たり前。

 因みに、この撤収作業はケイシー先輩も一緒に手伝ってくれた。

 本人曰く『こんなのはもう普通に慣れっこだから気にするな』だそう。

 更識先輩とはまた別ベクトルで頼りになる先輩…普通に憧れます。

 

 そんな私達は今、帰りのバスの中で待機中。

 後は出発するだけなんだよね。

 ケイシー先輩は四組のバスに乗って帰るみたい。

 四組には一人欠席者がいたらしく、空席があるんだって。

 それって間違いなく『あの子』…だよね?

 

「お腹空いた~…。帰りは確か、サービスエリアでお昼を食べるんだよね?」

「そうだって聞いてるな。仲森さん…大丈夫か? まだ昨日の疲れが残ってるんじゃ…」

「いや、昨日の疲れはもう無くなってるよ。凄く疲れたお蔭でグッスリと熟睡出来たしね」

 

 別にストレッチやホットミルクを飲んだりはしてないけどね。

 

「この疲れは、単純にさっきまでの作業の疲れだよ」

「あれな~…確かに疲れたよな~」

 

 織斑君は現状唯一の男手ってことで、割とこき使われてた。

 文句の一つでも言うかと思ったら、本人は全く気にせずに頑張ってたっけ。

 福音との戦いで何も出来なかった事を気にしているのか、いつも以上にテキパキと動いてたような気がする。

 

「佳織、喉乾いてない? よかったら飲む?」

「お~…デュノアさん。ありがと~」

 

 デュノアさんからお茶の入ったペットボトルを貰った。

 丁度、喉もカラカラだったし、こいつは丁度いいのぜい。

 

「むぅ…出遅れたか…!」

「けど、まだチャンスはありますわ…!」

「サービスエリアで、かおりんと一緒にお昼を食べるんだもんね~」

「皆は一体何を張り切っているのだ?」

 

 サービスエリアか~…何があるのかな~?

 今時のサービスエリアの食事って割と凝ってるのが多いらしいし…これは期待しても良いのかしらん?

 

 なんてことを考えていたら、いきなりバスの中で見覚えのある金髪美女が乗り込んできた。

 あの人は確か…。

 

「いきなりでごめんなさい。ここに仲森佳織ちゃんって子はいるかしら?」

「ふぇ? 私…ですか?」

「あぁ…あなたなのね」

 

 おう…なんかこっちに来たし。

 

「えっと…お姉さんは…」

「アナタに助けられた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のパイロット『ナターシャ・ファイルス』よ」

「あぁ…そんな名前だったんですね。顔は知ってたけど」

「みたいね。千冬に聞いたわ。貴女が私を旅館まで運んでくれたって」

「一応…」

 

 正確には旅館の近くの浜辺までなんですけどね。

 その後は先生達が運んで行ったし。

 

「うっすらとではあるけど、あの時の記憶があるのよ。純白の翼を携えた白騎士が私を抱えていた記憶が」

「え? マジですか?」

 

 おもいっきり気絶してたっぽく見えてたけど…意識あったんだ。

 なら、気を使って運んだのは正解だったかな。

 

「本当に…本当にありがとう。貴女には、どれだけお礼を言っても言い足りないわ」

「それほどでも…」

「何か困ったことがあったら、いつでも連絡して来て頂戴。佳織ちゃんの為なら、喜んで力になるから」

「いやいや…そこまでして貰わなくても…」

 

 タダでさえ、図らずもフランスの大企業の社長さんや、ドイツの軍人さんとのパイプが出来てしまったのに、ここで更にアメリカの現役軍人さんとのパイプとか、私のような一般人には重すぎますから~!

 

「それじゃ、またね。可愛い天使騎士(エンジェルナイト)さん♡」

 

 チュッ。

 

 完全に油断した隙に、ファイルスさんが私の頬にキスをしてから去って行った。

 思わずキスされた場所を手で覆って、ポケ~っとしてしまった。

 

「す…すげー…流石はアメリカ人…大胆だな…」

「うん…全くの同感…」

 

 あ…やば…顔がめっちゃ熱い…。

 ケイシー先輩といい…アメリカの女性って皆、こんなにも大胆なの…?

 

「「「「…………」」」」

 

 …で、どうしてまた篠ノ之さん達は固まってるの?

 ボーデヴィッヒさんはキョトンとしてるけど。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 佳織に礼を言ったナターシャは、バスから降りた直後に千冬から睨み付けられた。

 

「やってくれたな。純情な佳織の頬にキスなんぞしおって」

「だって、とっても可愛かったんですもの。思わずやっちゃった♡ 貴女はまだしてないの?」

「いずれ必ずする」

「する気ではあるんだ…」

 

 奥手なだけじゃなく、単にタイミングを計っているだけだった。

 

「にしても、もう動いても大丈夫なのか?」

「平気よ。こう見えて、ちゃんと鍛えてるから」

 

 現役軍人は伊達じゃない。

 暴走したISの中にいても、特に外傷などは見当たらなかった。

 

「…昨日の夜、篠ノ之束から話は聞いたわ。佳織ちゃんをストーキングしている奴が『あの子』を暴走させた黒幕の可能性が高いって」

「…そうか」

「もし本当にそうだったとしたら絶対に許さない。あの子の自由と意思を奪っただけに飽き足らず、私の大切な命の恩人を辱めている。もしも黒幕の正体が判明したら私にも知らせて頂戴。喜んで協力させて貰うわ」

「そうだな。その時は力を貸して貰うかもしれん」

 

 もう事は佳織個人の事だけに留まらなくなってきた。

 相手はISを暴走させる能力を持っている。

 この事実は充分に警戒するに値した。

 

「では、私はここらで失礼するわ。もうそろそろ迎えのヘリが来るみたいだから」

「そうか。ではな」

 

 そうして、彼女達はそれぞれの帰路に着く。

 その目には新たな決意が宿っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ふむ…まさか、これ程とは…」

「これは良い意味で予想外だな」

「よもや、あのトールギスを手足のように乗りこなすばかりか…」

「あろうことか第二形態移行(セカンド・シフト)までするとは」

「興味深い…実に興味深い」

 

 五人の『老人』が話し合っている。

 その内の一人が笑みを浮かべ、その義手をカチカチと鳴らした。

 

「仲森佳織…日本人か。確か、IS学園の生徒じゃったな」

「会いに行くつもりか?」

「行かぬわけにはいくまい。我々には、その少女を見極める義務がある」

「と言うのは建前で、実際には進化したトールギスをこの目で見てみたいだけだろうに」

「別に構わぬだろう。事実、色々と調べて見なければ」

 

 義手の老人が、不意に後ろを見つける。

 そこには一体のISが鎮座していた。

 

「もしかしたら…彼女ならば『お前』すらも乗りこなしてみせるやもしれんな。なぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウィングゼロよ」

 

 

 

 

 




最後の五人はまぁ…お察しの通りです。

ナターシャさんがどんな立ち位置になるかはまだ未定。

因みに、切っ掛けが切っ掛けなので、ナターシャさんから佳織に対する好感度はほぼMAXです。





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このタイミングでまさかの強化イベント!?①

夏休みに入る前に各ヒロインを強化しようと思います。

原作ヒロイン五人だけじゃなく、本音や千冬さん、山田先生もです。

なんせ、それを実現してくれる『お爺ちゃん達』がいますからね。








 無事(?)に臨海学校と言う名の大決戦を乗り越えてから数日。

 私達はと言うと…。

 

「えーと…ここの問題はー…」

 

 今度ある期末試験に向けてテスト勉強をしています。

 

 そうなんだよね~。

 福音暴走事件に霞んで忘れかけてたけど、臨海学校が終わったら夏休みはもう目の前に迫って来ている。

 ってことはつまり、もうすぐ一学期が終了すると言うことでもあり、同時に学期末試験があるってことでもある。

 なので、私達は食堂の快適な環境を利用してテスト勉強をしているのです。

 え? なんで図書室なんじゃないのかって?

 あそこは…とっくの昔に占拠されてましたよ…。

 結局、皆揃って考える事は同じなんだなって改めて実感した。

 

「す…すまんセシリア…ここの問題を教えてはくれないだろうか? どう計算しても答えが1になるんだが…」

「え? 流石にそれは…仕方ありませんわね。どの問題ですの? 私に見せてくださいまし、箒さん」

 

 私の目の前ではオルコットさんに数学を教わっている篠ノ之さんがいて、その隣には…。

 

「むぅ…古文というのは中々に難解な教科だな…。この文章が、どこの何を現しているのかサッパリ分からん…」

「どこどこ~? ラウラウはどこで詰まってるのかな~?」

「ここなのだが…」

「ほほぉ~」

 

 そしてなんと、あの本音ちゃんがボーデヴィッヒさんにお勉強を教えている。

 てっきり本音ちゃんは教わる側だと思ってたけど…冷静に考えたら違うよね。

 なんだかんだ言っても暗部の家の人間であることには違いないし、整備士志望なら普通に頭が良くて当たり前。

 性格だけで判断しちゃダメダメですな~。

 

「数学とか英語は大丈夫なんだけど、国語系の問題は要勉強必須だね。この辺はボク達みたいな外国組にとっての難関になるな~」

「確かにそうかもね。アタシみたいに日本に暮らしたことがあれば話は別なんでしょうけど」

 

 んで、デュノアさんと凰さんはお互いに教え合って頑張ってる。

 織斑君の話によると、凰さんは中学の時から文武両道で凄い子だったらしい。

 本当にそんな子っているんだな~。

 

 私達みたいに食堂で勉強している子達は他にもいて、別にすること自体は問題無いみたい。

 だけど、やっぱり臨海学校での『アレ』の影響は少なからずあったようで…。

 

(…心なしか、生徒の数が少なくなってるような気がする…)

 

 IS開発者直々のお説教だったからね。

 説得力は絶大だっただろうし。

 だけど、それにもめげずに頑張ろうとしている子も一定数いるのに驚いた。

 心機一転したのか、それとも単なる反骨心からなのか。

 どっちにしても、心が折れていないだけ凄いことだとは思うけどね。

 

 そうそう。

 実はこの場に一年生以外の人が約一名だけしれっと混ざってるんだよね。

 誰なのかはもう言わなくても分かると思うけど…。

 

「佳織ちゃん。どこか分からない所とかある?」

「えっと…それじゃ、ここを教えて貰えますか?」

「OKよ! お姉さんに任せなさい!」

 

 我等が生徒会長こと更識先輩です。

 実はこの人、臨海学校から戻って来てからコッチ、なんでか超過保護になってまして…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「佳織ちゃん大丈夫だったッ!? 臨海学校で暴走した軍用ISと戦ったって聞いて、ずっと心配してたのよ!?」

「え? えっと…大丈夫ですよ? 確かに危なかったですけど、なんとかなりましたし。特に怪我とかもありませんでした」

「そう…本当に良かったわ…。ダリルちゃんがいきなり篠ノ之博士に拉致られて、佳織ちゃん達の助っ人をしてたって聞いて…佳織ちゃんの貞操の危機だと思って…」

「そっちの心配ですか。普通にケイシー先輩は頼りになりましたよ?」

「全くだ。ったく…テメェはオレの事を何だと思ってんだ。一年相手にンな事をする程、オレは落ちぶれちゃいねえっつーの」

「あれ? なんか私の知らない所で二人が仲良くなってる? なんで?」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 …ってな感じで、もうずーっとベッタリ状態。

 心配してくれてたのは純粋に嬉しいけど…流石にやり過ぎ。

 

 因みに、さっきから一言も喋ってない織斑君は…。

 

「…………」

 

 ちーん…。

 ってな感じでテーブルに伏しております。

 

「えっと…大丈夫?」

「仲森さん…あぁ…基本五教科に関しては辛うじて分かるんだけど…」

「IS系の問題に苦戦している感じ?」

「その通りデス…」

 

 その気持ち…すっごく良く分かるわぁ…。

 どれだけ難しくても、五教科自体はなんとかなるのよ。

 今までの勉強の延長線上なわけだし?

 でも、今まで全くISに関わってこなかった人間がいきなりISの勉強しろとか言われても普通に無理なのよ。

 だからこそ、私は授業や自室での勉強だけじゃなく、放課後の補習授業とかも受けている訳でして。

 

「まぁ…一緒にがんばろ? これさえ乗り越えれば夏休みが待ってるんだしさ。ね?」

「そ…そうだな…これさえ終われば待望の夏休みだもんな…」

 

 夏休みに反応して織斑君のやる気が少しだけ復活した模様。

 学生にとっての夏休みはある意味、最大の活力剤ですからな~。

 

 さーて。

 私も織斑君に負けないように勉強を頑張りますかな~っと。

 

「む? 食堂にいたのか…佳織」

「織斑先生?」

 

 織斑先生が私を呼びに来た…しかも名前呼びで。

 前にも一回、こんなのがありましたな。

 あの時は確か…。

 

「あれ? 千冬姉? どうしてここに?」

「織斑先生だ…と言いたいが、今は放課後だから特別に許すか」

 

 おう…なんか寛大になってる。

 

「いきなりで申し訳ないのだが、実は佳織に客が来ていてな。呼びに来たんだ」

「私にお客さん?」

 

 割と本気で全く身に覚えが無いのですが?

 学園外にいる知り合いなんて、それこそ落語部の皆ぐらいしかいない筈なんだけど…流石に違うよねぇ?

 

「織斑先生。佳織ちゃんに客って、一体どんな人なんですか?」

「更識…お前もいたのか」

「生徒会長ですから」

 

 それは関係あるの?

 

「見た目的には科学者のようなのだが…男性の老人五人組なんだ」

「老人の五人組?」

 

 なんだろう…そのフレーズ、どこかで聞き覚えがあるような無いような…。

 

「いきなり学園にやってきてな。学園長に許可も取っているらしい」

「あの学園長に…?」

 

 一体いつどこで許可を取ったんですかね~?

 それに関してツッコんだら負けな気がするのでツッコみません。

 

「しかも、佳織を名指しだ。私もかなり怪しいと思ったのだが、だからと言って無下にも出来んのでな。だから、こうして佳織を呼びに来たんだ。無論、念の為に私も同行するつもりだ」

「成る程…事情は理解しました」

 

 あー…なんだろー…。

 また面倒くさいことになりそうな予感がビンビンしてるんですが。

 

「ならば、私も一緒に行きます。生徒会長なので」

「あぁ…まぁ、お前ならば構わんだろう。ところで、お前達は何をやっているんだ? 勉強会か?」

「正確にはテスト勉強ですね。今度の期末テストに向けての」

「そうか…それは悪いことをしたな。だが、待たせるのもあれだから、出来れば今すぐにでも行ってくれると助かるんだが…」

 

 千冬さんを困らせる訳にはいかないし、ここは仕方がないから一旦、勉強を中断してから向かった方がよさそうだ。

 つーか、さっきから他の皆も勉強の手を止めてめっちゃ聞き耳を立てているんですが。

 

「分かりました。私なら全然大丈夫なので、今から行きます」

「すまない。この埋め合わせは必ずしよう」

「ありがとうございます」

 

 ちゃんとアフターフォローしてくれるから千冬さんに好感が持てるんだよなー。

 別に他の皆に好感が持てないってわけじゃないけど。

 

「仕方ありませんわね。佳織さんが行くと仰られるのならば、この私も行かねばなりませんわ」

「ま、当然よね」

「そうだね。ボク達も一緒に行くよ」

「佳織を守ることこそが今の私の使命。無論、私も同行する」

「お前達が行くのならば、私一人だけ行かないという訳にはいかないだろう」

「かおりんが行くなら私も~」

「えっ!? 皆行くのかっ!? じゃ…じゃあ俺も!」

 

 まぁ…予想はしてたけどね。

 千冬さんもそれは同じみたいで、特に文句とかは出なかった。

 もう完全に恒例行事見内になってる気がする…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんな訳で、千冬さんに連れられてやってきたのは整備室。

 ここには滅多に足を運ばないから割と新鮮です。

 精々、整備の実技の授業の時ぐらいかな?

 ちゃんとトールギスも整備しないとって思ってはいるんだけど、その領域にはまだまだ達していないのが現状な訳でして…何とも情けないでゴザル。

 ゼクスだって、ぶっ壊れたウィングガンダムを律儀に修復してあげたってのに…。

 

(いや…別にあれは私が自分の手で修復したわけじゃないからな? ちゃんと部下たちの手を借りたからな?)

 

 なんか珍しくゼクスからツッコまれたような気がする。

 

「それで、私を呼んだって言うお爺さんたちはどこにいるんですか?」

「さっきまでそこにいたんだが……あ、あそこにいた」

「え?」

 

 千冬さんの視線の先には、超見覚えのあるお爺さん五人組が物珍しそうに整備室を見回していて、それを山田先生がハラハラしながら見守っていた。

 

「ほぉ…? 中々に良い設備じゃないか」

「ISに関する学園と言うのは伊達ではないと言うことか」

「これならば問題は無いだろう」

「後は、例の少女が来るのを待つだけだな」

「うむ。どれ程の人物なのか。会うのが楽しみだ」

「あ…あの~…勝手に触ったりしないでくださいね~…」

 

 山田先生…涙目になってません?

 ちょっとだけ可哀想になってきた。

 

「お待たせしました。仲森佳織を連れてきました」

「「「「「おぉ!」」」」」

 

 びくぅっ!

 いきなりの声に普通に驚いたんですけど!

 

「お前さんがトールギスの操縦者の仲森佳織嬢か?」

「えっと…はい。そうですけど…」

「ふむ…」

 

 いきなり全身をジロジロと見られてるし…。

 

「見た目は至って普通の少女…と言う感じだが…」

「それだけで全ての判断は出来ん」

「実際、彼女はあのトールギスを第二形態移行させたのだ」

「その偉業は紛れもない事実」

「十分に評価するに値する」

 

 …褒められてる?

 いや…この人達って頭脳はぶっ飛んでるけど、性格に関しては割と常識人だったような気がする…多分。

 

「いきなりで申し訳ない。ワシらはお前さんに会いに来たんじゃ。ワシらの作ったトールギスを唯一、乗りこなしてみせたお主に興味が湧いてな」

「はぁ…」

 

 やっぱり…この世界でも、この人達がトールギスを作ったんだ…。

 

「しかも、意外なおまけも着いて来たようじゃしな。のぉ…セシリアよ」

「はい…お久し振りですわ…ドクターJ様…」

 

 えっ!? もしかしなくても…オルコットさんとこの人って知り合いっ!?

 冗談抜きで驚きなんですけどッ!?

 

「ろ…老師O…? なんでここにいるんですか…?」

「さっき言った通りだ。しかし、まさかお前とも会えるとは思わなかったぞ。鈴音」

 

 凰さんとも知り合いなんですかぁッ!?

 

「お前さんと会うのも久し振りだな。シャルロット」

「そ…そうですね。ドクトルS…」

 

 デュノアさんも知り合いなの…?

 なに…この展開…。

 

「あの小生意気な小娘が、随分と大人しくなったもんだな。なぁ、ラウラよ」

「そ…その節はご迷惑をお掛けしました…プロフェッサーG…」

 

 ボーデヴィッヒさんも、このすっごい髪型のお爺ちゃんとお知り合い!?

 

「まさか、君とこんな場所で再会するとはな。束は元気にしているかな?」

「は…はい…姉ならば無駄に元気にしています…H教授…」

 

 え――――――――――――っ!?

 最も縁が無さそうな篠ノ之さんも知り合いなの――――――っ!?

 ある意味、これが一番の衝撃展開なんですけど―――っ!?

 

「えっと…貴女たち? この人達と知り合いだったり…するの?」

 

 聞いちゃった。

 私も千冬さんも山田先生も本音ちゃんも、ずっと聞くタイミングを伺っていた事を更識先輩が思いっ切り聞いちゃった。

 

「えぇ。こちらのドクターJ様は、私の専用機『ブルー・ティアーズ』の開発者なんですの…」

 

 マジですかッ!?

 流石に想像出来なかったわ!!

 

「この老師Oは、アタシの専用機『甲龍』の開発者であり、同時に中国にいた時に家庭教師と拳法の師範をしてくれた人なの」

 

 まさかの家庭教師&拳法の師匠!

 凰さんの意外過ぎる繋がり発覚…。

 

「こちらのドクトルSは、僕の父さんの古い知り合いの人で、デュノア社の技術主任もしてる人で、ラファール・リヴァイヴの生みの親でもあるんだよ」

 

 この人もデュノア社の関係者かい!

 世界って…私が思ってるよりも狭いのかもしれない…。

 

「プロフェッサーGは、私の嘗ての専用機である『シュヴァルツェア・レーゲン』を初めとした『シュヴァルツェア・シリーズ』の開発者であり、ドイツ軍所属の科学者でもあった御方なんだ…」

 

 もう滅茶苦茶だ…。

 頭が混乱しててきたわ…。

 

「H教授は、うちの父さんの古い友人で、姉さんの科学者としての師匠みたいな人なんだ。だからよくウチにも出入りしていてな…私もその時に知り合ったんだ」

 

 あの束さんに師匠的な人が存在したのか…。

 しかも、それがトールギスの開発に関わってる人って…。

 

「とんだ偶然もあったもんじゃ。じゃが、これはこれで良いのかもしれんな。余計な手間が省けて助かったわい」

「余計な手間…とは?」

 

 ま、当然のように千冬さんが問いますわな。

 

「ここに来たのは何も、その嬢ちゃんに会う為だけではない…と言うことじゃ」

「それは一体どういう…?」

「そもそも、今回のワシらには3つの目的がある」

「3つの…目的…?」

 

 この人達はマジで何をしに来たんだろう…?

 久し振りに緊張でドキドキしてきた…。

 

 

 




次回からヒロインズの強化計画が始まります。

勿論、ガンダムWに沿った強化です。

ヒロイン一人に付き一人の博士が担当って感じですかね。






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このタイミングでまさかの強化イベント!?②

今回から本格的に各ヒロインの強化が入ります。

これでようやく、彼女達も佳織と共闘出来るようになりますね。








「三つ…?」

「そう。三つだ」

 

 何の前触れもなく、いきなりIS学園にやって来たガンダム開発者であるお爺ちゃん五人組。

 しかも、なんか原作ヒロインズの皆とそれぞれに深い関係にあると言う意外な事実が発覚して私や先生達が驚いていると、急に『IS学園に来たのには三つの理由がある』って言ってきた。

 

「まず一つは、今まで誰もまともに乗りこなす事すら出来無かったトールギスを無傷で手足のように操ってみせたという少女に興味が湧いたから」

 

 それってモロに私の事ですねハイ。

 まぁ…立場的に興味を持っても不思議じゃないけどさ。

 にしても、私に会う為だけにここまで来たのかと思うと、お爺ちゃんながらにその行動力の凄さに驚きを隠せない。

 

「二つ目は、第二形態移行をしたトールギスを一目見て見たかったから」

 

 これもまた、ある意味では当然の事。

 だって、トールギスってこの人達が作り上げたんでしょ?

 正確には、ここにはいないもう一人のお爺ちゃんが加わるけど。

 自分達が生み出した機体がパワーアップしたら、そりゃあ知りたくなるのは当然の事だ。

 

「ここまでは、あくまで個人的な興味によるものだが、三つ目は単純に自分達が世話になっている各国から仕事を押し付けられたから…じゃな」

 

 仕事の話をした途端に五人揃って溜息が零れた。

 あぁ…そっか。今、分かった。

 この人達って、精神的な意味で束さんと同類なんだ。

 自分の興味と好奇心を最優先するタイプだ。

 

「ま、私の場合はもう一つ理由があるんだがな」

「なんじゃと?」

 

 ほぇ?

 ドクトルSのお爺ちゃんが、なにやら楽しそうにポケットを探り始めたぞ?

 

「一つ聞きたいのだが、前にアルベールの奴から『礼代わりにトールギスの予備パーツを送る』とか言われてなかったか?」

「あぁ…そう言えば、そんな事もあったような…」

 

 臨海学校のゴタゴタのせいで地味に忘れかけてた…。

 デュノアさんのお父さん…ごめんなさい。

 

「実はな、私はアルベールからその『トールギスの予備パーツ一式』を預かってきたのだ。ほれ」

 

 ドクトルがポケットから出した小さいリモコンのボタンをポチッと押すと、奥の方から大きなコンテナがゆっくりとこっちに向かってきた。

 

「成る程。無駄にデカい荷物だと思っていたが、あのコンテナに予備パーツが入っておったのか」

「そういうことだ。中身を確かめるのは、トールギスを見る時でも構わんだろう」

「「「「うむ」」」」

 

 息ピッタリだな…このじい様たち。

 

「まずは、とっとと仕事を終わらせるとするかの」

「「「「賛成」」」」

 

 そして、めっちゃ仲良しだ。

 この歳になっても、ここまで仲が良いのは地味に羨ましい。

 私も、ここにいる皆とお婆ちゃんになっても仲良しでいたいな。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一番最初にお仕事を始めたのは、ボーデヴィッヒさんと深い関わりのあるプロフェッサーG。

 原作じゃデュオの後見人的な人だったけど…。

 

「お前とこうして会うのはいつ以来になるのかな。ラウラよ」

「わ…私がレーゲンを受領した時…だと思います」

「そうだったか。あの時のお前は随分と『ワンパク』だったが…」

 

 あの頃のボーデヴィッヒさんを『ワンパク』の一言で済ますとか…。

 

「今は違うようだな。随分と良い目を見せるようになった。自分が本当にやるべき事…やりたい事を見つけた人間の目だ」

「きょ…恐縮です」

 

 しっかし、ボーデヴィッヒさんが織斑先生以外の大人に、あそこまで萎縮してるのは本当に珍しいな~。

 それだけ、あの人にもお世話になったってことなんだろうか?

 

「今のお前にならば渡しても問題はあるまい。ほれ、受け取れ」

「う…受け取る? わっ!?」

 

 いきなり白衣のポケットから何かを取り出したプロフェッサーは、それをボーデヴィッヒさんにポイっと投げつけた。

 慌ててキャッチしたそれは…えっ!? これって…。

 

「こ…これは…シュヴァルツェア・レーゲンの待機形態っ!? どうしてこれをアナタがっ!?」

「決まっておる。ワシが今のレーゲンの所有者だからだ」

「はぁっ!?」

 

 お爺ちゃんがレーゲンの所有者…?

 え? どゆこと?

 話が見えないんですけど?

 

「お前が候補生を降ろされて軍をクビになった直後、ワシもまた一連の騒動を知った。ワシは自分の開発したレーゲンにいつの間にかVTSなんて汚い代物を搭載したことに我慢がならんかった。このままドイツ軍の連中にレーゲンを預けていたら、またどんな魔改造をするか分かったもんじゃない。だから…」

「だから…?」

「ワシがドイツ軍からレーゲンを買い取った。無論、一括でな」

「か…買い取ったっ!? シュヴァルツェア・レーゲンをですかッ!?」

 

 ア…ISって、量産機でも軽く億越えの値段がするんじゃなかったっけ…?

 専用機ともなれば、ほぼ確実に十数億は行くだろうし、それを一括って…。

 流石にそれは金銭感覚がバグってるわ。

 

「そうだ。つまり、今のレーゲンは完全にこのワシ個人の所有物。それをどうしようがワシの勝手と言うことだ」

「た…確かにそうかもしれませんが…」

 

 サラっととんでもないカミングアウトを聞かされて、ボーデヴィッヒさんも頭が追いついて来てないみたい。

 無理も無いよ…こんなん誰だって普通に混乱するわ。

 

「しかし、ワシがこのまま持っていても宝の持ち腐れ。だからこそ、コアに登録されている操縦者であるお前に渡そうと思ったのよ。それに、今のお前には必要な力だろう?」

「…はい」

 

 空気が変わった。

 自分の愛機が戻ってきた事に喜んでるってよりも、決意を新たに頑張ろうとしてるって感じだ。

 

「ついでに、ワシの方で少し改修をしておいた。そこの空いているハンガーに展開してみるといい。先生方や。構わんかな?」

「え…えぇ…それはいいですが…」

 

 織斑先生達も、お爺ちゃんのぶっ飛び発言に戸惑っておられてます。

 そうこうしている間に、ボーデヴィッヒさんがハンガーにISを展開した。

 

「な…これは…レーゲンに武装が追加されている…!?」

「そうだ。まず、左腕部には攻防一体となった小型シールドである『バスターシールド』を装着してある。こいつはクローを展開することで、そこからビームの刃を出す事が出来るほかに、盾自体を誘導兵器のように射出することも可能な兵器となっている」

 

 おわー…これっておもっきしデスサイズになってるじゃないですかヤダー。

 でも、なんかカッコいいかも。

 

「背部のこの翼のような装備は…」

「こいつはワシが開発したレーゲン専用の高機動用バックパックの『ルーセット』だ。通常時、展開時、収納時の三形態に変形が可能で、最大出力を出せば理論上ではあるが、極超音速域飛行も可能だ」

「あのレーゲンが…高機動戦闘仕様に変わった…?」

「それだけではない。こいつには前まで内部に装備されていた『AIC』の代わりに別の装置を内蔵してある」

「それは一体…?」

「『ハイパージャマー』。強力な妨害電波を発生させることで、ありとあらゆるカメラやセンサー、レーダーなどといった電子機器を全て完全に無効化出来る、ステルス技術を応用してワシが開発した電波妨害装置だ。ついでに、機体の装甲には上から電波や赤外線を吸収する特殊なステルス塗料を塗布している。この二つの相乗効果により、ハイパージャマーを発動したら最後、肉眼以外の方法でレーゲンを視認することが絶対に不可能となった」

 

 …いや、アンタ明らかにドイツ軍以上の超魔改造したって自覚あります?

 これもう完全にガンダムデスサイズですからね?

 

「それと、手甲部にあったプラズマ手刀を廃止して、その代わりに射程の長いビームの鎌『ビームサイズ』を主武装としている。こいつは、かなりの高出力を誇っていてな、本来ならばビームが減衰してしまう筈の水中でも全く威力が落ちる事無く使う事が出来る」

 

 これもう完全に別物ですね。

 機体名はどーする気かしらん?

 

「さながら『漆黒に染まった死神の鎌(シュヴァルツェア・デスサイズ)』と言ったところか」

 

 ドイツ語と英語が普通に混ざってるんですけど。

 何故か語呂はいいけど。

 

「シュヴァルツェア・デスサイズ…私の新たな機体…」

「どうだ。気に入ったか?」

「はい! プロフェッサーG! 本当にありがとうございます!」

「別に気にせんでもいい。そもそも、こいつはワシが作り上げた最高の芸術品だ。これの価値も分からんような馬鹿どもの管理下に置いておくぐらいならば、こうしてお前の手元にあった方が何十倍もマシだ」

 

 静かな口調だけど、これはマジで激おこプンプン丸ですな。

 そりゃ、自分が手掛けた機体を軍の手で好き勝手に弄られたらキレるのも当然か。

 

「前のレーゲンとはかなり使い勝手が違うが、それはこれから慣れていけばいいだろうさ。今のお前には時間はタップリとあるんだ。焦らずゆっくりと、戻ってきた愛機と語り合って行けばいい」

「えぇ。是非ともそうさせて頂きます」

 

 そう言うと、ボーデヴィッヒさんは生まれ変わった愛機を見上げながらポツリと呟いた。

 

「私はもう二度と、力に溺れた愚かな自分には戻らない。だから…私に力を貸してくれ、デスサイズ。こんな私に手を差し伸べ、新たな道を示してくれた大切な人を守るために」

 

 ちょ…聞こえてますから!

 めっちゃ私にも聞こえてますから!

 な…なんかこう…自分に言われてるんじゃないって分かっていても恥ずかしくなるんですけどッ!?

 でもまぁ…。

 

(やっと、ボーデヴィッヒさんが元気になったって気がする)

 

 なんて言うか…あくまでこれは私から見た感想なんだけど、学年別トーナメントの一件以降、どうもボーデヴィッヒさんって空元気だったような気がするんだよね。

 私や皆に心配を掛けさせないように無理をしているって言うか…そんな感じ。

 時折、笑顔を見せる事もあったけど、それもまたどこかぎこちなさが見え隠れしていた。

 でも、今の彼女の笑顔は凄く自然な感じがする。

 懐かしい人物と、意外過ぎる形で自分の愛機が戻ってきたことで、ようやく心に余裕が生まれたのかもしれない。

 

(あぁ…任せとけよ…相棒)

 

 え? 今…頭の中にデュオの声が聞こえてきたような気が…?

 

(地獄への道連れは、この世にある兵器と戦争、それから女尊男卑なんていう馬鹿な思想だけにしようぜ!)

 

 やっぱ聞こえた…デュオの声が!

 生真面目なボーデヴィッヒさんとお茶目なデュオの組み合わせか~…。

 これはまた凄いコンビが誕生したのでは?

 

 

 

 




本当は二人ずつにしようと思っていたのですが、今回はラウラだけになっちゃいました。

次回以降は、ちゃんと二人ずつにしようと思います。

因みに、強化されるのは第一期のヒロイン達だけじゃなくて…?





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このタイミングでまさかの強化イベント!?③

今回の強化は、イギリス&フランスの金髪コンビ。

彼女達はどんな風になるのか?









 ボーデヴィッヒさんの機体が受け渡されてから、今度はオルコットさんの知り合いだったというドクターJが前に出てきた。

 

「さて…今度は私の番かな。なぁ…セシリア」

「は…はい…」

 

 わー…ガッチガチに緊張してまんがな。

 ボーデヴィッヒさんの時もそうだったけど、基本的に皆は開発者お爺ちゃん五人組には頭が上がらない感じ?

 

「セシリアお主…悩んでおるな?」

「な…なんでそれを…」

「そんなもん、お前さんの顔を見れば一発で分かる。伊達に幼少期からお前さんの事を見ておった訳ではないのだぞ?」

「そう…でしたわね…」

 

 二人って、そんな前からの知り合いだったんだ…。

 うーん…本当に意外過ぎる繋がり。

 

「大方、自分の専用機であるブルー・ティアーズの決定力不足が原因じゃろう。違うか?」

「そこまでお見通しなのですね…お見事ですわ…」

 

 ティアーズの決定力不足とな?

 そう言われてみれば…ブルー・ティアーズってビット兵器が印象に残る機体ではあるけど、逆を言えばそれだけな感じも否めない。

 なんつーか、MSで例えるとキュベレイに近いのかも。

 あれも主武装がファンネルで、他にはビームサーベルとビームガンぐらいしかないし。

 同じサイコミュ搭載型MSでも、サザビーやνガンダムは武装が豊富で総合的な火力が高い上に、基本的なスペックが異次元級になってるから殆ど作業で量産機相手に無双プレイしてるからね。

 

「それに関しては仕方がないじゃろう。そもそもの話、ブルー・ティアーズは『ビット兵器のデータ取得』の為に製造された試作機。設計段階の時点で試合で使用することを前提にしておらんのじゃ。ライフルやミサイルビットもIS学園に向かうに際して急遽、後付けで取り付けた代物に過ぎん。どこかで火力不足に陥るのは当たり前の事じゃ」

 

 成る程なー…。

 そもそもが公式の試合に出る事を想定していない機体を、仕方ないからギリギリ試合に使えるレベルの機体にした…そんな感じ? 知らないけど。

 

「本来ならば、ある程度のデータが取れた時点でブルー・ティアーズは実戦仕様に本格改修が行われる予定じゃったのだが…目まぐるしく変化する情勢がそれを許してはくれなかった」

 

 まぁ…マジで色んな事がありましたからねぇ~。

 無人機の乱入から始まって、VTS(偽ハイドラガンダム)の一件があって、最近じゃ軍用ISである『銀の福音』の暴走事件。

 オルコットさんが直接的な関わりが無かったとはいえ、間接的に巻き込まれたのは事実。

 政府の方も、そんなことが僅か数ヶ月の間に立て続けに発生し続けたら、そりゃ『いつ改修作業すんねん!』って言いたくもなりますわ。

 

「じゃから、こうしてワシが直接出向いてきた…と言う訳じゃ。本来ならば、ティアーズを改修するには向こうに持って帰らなくてはいけないが、このワシが足を運べばその問題は解決するからな」

 

 遠まわしに『自分は天才だから、イギリスに持って帰らなくても問題無いよ』って言ってません?

 この辺の部分は束さんの同類なのかもしれない…。

 

「無論、向こうが計画していた改修プランではなく、ワシの方で考えたプランにするがな」

「よ…よろしいんですの?」

「構わん構わん。どうせあいつ等の事じゃ。なんだかんだと言いつつ、結局は効率重視のつまらん改修しかせんに決まっておる。それではティアーズの欠点も、お前の悩みも永遠に解決せん」

「ドクターJさま…」

 

 ちゃんとオルコットさんの事も考えてあげてるんだ…。

 そういや、原作でもなんだかんだ言って、ヒイロの事を大切にしてくれてたっけ。

 

「と言う訳で、これがワシの考えたブルー・ティアーズの改修プランじゃ。見てみるといい」

「はい。分かりましたわ」

 

 そう言ってドクターJのお爺ちゃんがオルコットさんにタブレットを手渡す。

 ちょっち失礼して、私も後ろから覗き見ちゃったりして。

 

「こ…これは…!」

「まずは、背面バックパックに機動性向上の為の大型ウィングバインダーを増設し、頭部にもV字アンテナとセンサーを増加させておる」

 

 あ…これもまたモロに…。

 

「そして、左腕部には防御をすると同時に、緊急時には刺突攻撃も可能な専用シールドを装備。シールド内にはビームサーベルを一基収納してある」

「ビームサーベルを?」

「そうじゃ。お前は前々から近接武装を拡張領域から取り出すのが苦手じゃっただろう? じゃが、シールド内から直接取り出すのであれば、そんなのは関係あるまい? 苦手な物を克服しようとするのは良いことじゃが、時には違った方向からアプローチするのも大切なんじゃよ」

 

 違った方向からのアプローチ…か。

 押しても駄目なら引いてみろ…的な?

 

「ビットの方も本格的に変更する。これを見てみろ」

「ティアーズの形状が…これは一体…?」

「『メッサーツバーク』。単純な出力自体も元々のティアーズよりも上がっておるが、それはあくまで補助的な物に過ぎん。こいつの真価は、今から見せる新武装とドッキングして初めて発揮される」

 

 かおりん、なんかもう次の展開が予想出来ちゃいましたよー。

 

「こいつが、今まで装備していた『スターライトMK-Ⅲ』に変わる新たな主武装、その名も『バスターライフル』じゃ」

「バスターライフル…」

 

 ほらきたー。

 どう考えても過剰威力な武器キター。

 

「まず、このバスターライフルはカートリッジ式になっておってな。発射の際に本体からエネルギーを奪うような事はせん。その威力も凄まじく、最大出力で撃てばスターライトの数倍以上の威力を発揮する」

「す…数倍以上…!」

「とはいえ、そう何発も無駄撃ちは出来んがな。ライフル内に搭載できるカートリッジは三基。つまり、一度の出撃で発射可能なのは最大で3発と言うことになる。無論、出力を調整すればそれ以上に撃つ事も可能じゃがな」

 

 どれだけ威力が高くても、たった3発は辛いよねー。

 でも、それだけじゃないんでしょ~?

 

「じゃが心配するな。両腕部に改造を施しアタッチメントを増設し、そこに予備のカートリッジを装着することが可能じゃ。カートリッジにはそれぞれ三基ずつのカートリッジを搭載することから、これで最大で9発撃つ事が可能になる」

「9発…」

 

 最初から約3倍ですな。

 それでも10に満たないのは中々に大変だけど。

 

「そして…先程のメッサーツバークを三基、バスターライフルに装着した形態『ドタイツバークバスター』は、三基のメッサーツバークを用いて砲身周辺に威力増大の為のフィールドを展開することが出来る。これで、バスターライフルの威力は大幅に向上する。じゃが、決して6基のツバークを全て装着することはするなよ?」

「そ…装着すると…どうなるんですの?」

「装着した場合『ドライツバークバスター・ドッペルト』と呼ばれる形態となり、その威力は計測不能じゃ。じゃが、最低でもIS学園のアリーナ程度ならば跡形も無く消滅させられるほどの威力があるとワシは睨んでおる。しかも、それをやった場合、バスターライフル自体も威力に耐えられずに自壊する可能性が非常に高い。正直、デメリットしかない。だから、決して使うな。仮に使う場合は絶対に三基までにする事。それでもかなりの威力じゃが、辛うじて公式試合でも許される威力になる…と思う」

「思うっ!?」

 

 実際に試したことは無いんですかぁッ!?

 五人の中じゃ一番マトモかと思ってたけど、このお爺ちゃんも割と大概だなっ!?

 

「機体名は…そうじゃな。『翼の落涙(ウィング・ティアーズ)』なんてどうじゃ?」

「ウィング…ティアーズ…」

 

 うん。まんまですな。

 誰もツッコまないだろうから、ここは私がツッコみます。

 

「文字通り…私の新たな翼…。そして…佳織さんを守るために新たな剣…」

 

 どうして、そこで私の名前が出てくるですか?

 

(任務…了解)

 

 ほわぁっ!?

 ま…またどこからか声が聞こえてきましたよッ!?

 しかもこれは…まさかッ!?

 

(ヒ…ヒイロ・ユイ…なのか…!?)

 

 あ…ゼクスがめっちゃ反応した。

 ライバルだから当然か。

 

(感情のままに行動することは人間として正しいことであると俺は学んだ。だから、俺はお前の『大切な誰かを守る』という気持ちを最大限に尊重する)

 

 おっふ…クールだけど、めっちゃ優しい事を言ってる…。

 これがガンダム界のクーデレ代表の実力か…。

 

「改修の為の資材も既に運び込んである。お前さえよければ、今からでも作業を開始するが?」

「…お願い致します。私のティアーズを…お預けしますわ」

「任せておけ。お前達がテスト勉強に勤しんでおる間に仕上げてみせよう」

「ありがとうございますわ」

「礼には及ばん。これも半分は趣味でやってるようなもんじゃしな」

 

 仕事が趣味になる…か。

 ある意味、一番羨ましいことなのかもしれない。

 このお爺ちゃん達…人生謳歌しまくってるな~。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「向こうは向こうで盛り上がっているみたいだな。では、こちらも仕事の話でもするか。なぁ、シャルロット」

「え? あ…はい」

 

 つーわけで、今度はデュノアさんの方にやって来ました。

 鼻当てが特徴的なお爺ちゃんであるドクトルSとデュノアさんがお話ししております。

 

「まず…済まなかったな。デュノア社の一件はワシも話を聞いた。一番大変な時に傍にいてやれなくて悪かった」

「そ…そんな! 別にドクトルが謝ることなんて…。それに、僕も会社も…佳織に救われましたから…」

「ふっ…そうだったな」

 

 いや、だから私はマジで何にもやってませんから。

 普通に橋渡し役に徹しただけですから。

 

「実はな、お前のリヴァイヴ・カスタムを前々から大幅に改造してみたいと考えてはいたんだ。だが、その為の資材やら何やらが思うように準備できなくてな。中々、実行に移せなかったのだが…」

「それらの準備が整ったから、改造するに至った…と?」

「そうなる。因みに、ワシの改造案を試しにアルベールに見せてみると、あいつは大興奮しながら二つ返事で了承してくれたよ」

「お父さん…」

 

 あぁ…デュノアさんが呆れながら頭を抱えちゃった。

 ま、ここは笑って許してあげよう。

 男って生き物は、いつまで経っても童心だけは捨てられないんだよ。

 

「口で説明するのも良いが、向こうと同じように改造後の姿を映像として見せながら説明した方が分かり易いだろう。ということで、これを見ろ」

「…分かりました」

 

 なんだろう…デュノアさんの顔に諦めの色が見えたような気が…。

 もしくは、別の意味で覚悟を決めたような顔。

 ハイライトが消えた目でドクトルSから手渡されたタブレットを見てる。

 勿論、今回も私は後ろから失礼しますよーっと。

 

「まず最初に、胸部と両肩部と腰部に装甲を増加させる」

「初っ端から飛ばしますねっ!?」

「こんなのはまだまだ序の口だ。この両肩部とサイドスカートの装甲内部には合計で52発のマイクロミサイルが搭載されいている」

「数字が明らかにぶっ飛んでるんですけどッ!?」

 

 ご…52発って…単機で要塞でも攻略させる気かな?

 

「まだまだ。両脚部にも追加でホーミングミサイルを搭載したコンテナを装着させる」

「…ミサイルの数は?」

「両足合わせて合計で36発」

「合計で88発のミサイルって…」

 

 どう考えても数字がおかしいですね。分かります。

 

「因みに…胸部の増加装甲内部には…」

「ガトリング砲を二門内蔵している」

 

 私にはもう分かっちゃいましたよ?

 この機体のコンセプトは絶対に『アレ』ですわ…。

 

「両肩にも牽制用のマシンキャノンを搭載予定だが、牽制用と言ってもIS相手にも十分に通用する威力だ」

「ソーデスカ…」

 

 あ。もう完全に諦めた。

 

「相手に近づかれた時に備えて、右腕部には折り畳み式のアーミーナイフを装着する。緊急時には即座に展開が可能な代物だ」

 

 でも、『アレ』の場合はナイフ一本になってからがある意味で本領発揮だからなぁ…。

 

「そして…改造後の主武装となるのが、この専用の小型シールドと一体化した『ビームガトリング』で、バックパックに砲身と給弾ベルトで接続された大型マガジンを背負うことになる。大幅な重量増加になるがまぁ…問題はあるまい」

 

 完全に機動力や運動性を捨てている…ように見えるだけなのが一番怖いんだよね。

 まさかとは思うけど、デュノアさんも空中に飛びあがってからのムーンサルトとかしないよね?

 

「あと、こんな物も追加で装着することにした」

「まだあるんですか!?」

「当たり前だ」

 

 当たり前なんだ…。

 どの世界の『当たり前』なの?

 

「両肩部多目的ウェポンコンテナと両脚部追加ミサイルポッドと地上での機動力増加用の脚部クローラーユニットで構成された追加装備。その名も『イーゲル』だ」

「ドクトルの辞書には『遠慮』って文字は無いんですか?」

「無いな。初めて聞いた言葉だ。何だそれは?」

 

 無いんかい。

 流石は『歩く武器庫』の製作者なだけはあるな…。

 色んな意味で思考がぶっ飛んでやがりますことよ。

 

「ついでと言っちゃなんだが、空中での機動力増加用の拡張パッケージとして、巨大なプロップローターとエンジン、降着ユニットで構成された高機動用装備『ダムゼルフライ』も作っておいた」

「ここまで超重武装化しておいて、機動力を増加させるって…もう意味が分かりませんよ…」

「分かる必要は無い。これが浪漫というものだ」

「はぁぁぁ……」

 

 なんて大きな溜息ですこと。

 もう『歩く武器庫』を通り越して『動く要塞』と化してません?

 もしも『全弾発射(フルオープンアタック)』とかしたら、マジでペンペン草も残らないのでは?

 

「強化後の機体名は『ラファール・リヴァイヴ・ヘビーアームズ』だ」

「無駄に長いし…」

「ならば気軽に『ヘビーアームズ』と呼ぶといい」

 

 結局はそこに落ち着くんだ…。

 

「というわけでリヴァイヴを預かろう。なぁに。お前が勉学に励んでいる間に終わらせてやる」

「分かりました…はぁ…」

 

 また溜息。

 今日だけでデュノアさんの幸せがどれだけ逃げただろうか。

 

(例え何があっても、最後の最後まで希望は捨てない。俺がコイツと出会って学んだ事だ。だから、お前も決して諦めるな)

 

 そだね…もう三回目だから驚かないよ。

 けど…この状況で言っても、それはギャグにしか聞こえないから。

 凄く良いことを言ってるってのは理解出来るけどさ。

 

 こうして、オルコットさんとデュノアさんの機体も無事に魔改造されるのでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、セシリアはウィングガンダム(EW版)。
シャルロットはガンダムヘビーアームズ(EW版)になりましたとさ。

残りは鈴と箒…だけだと思ったか?
 
まだまだ…考えている事は一杯あるのですよ?

原作ならばいざ知らず、本作でのヒロインは彼女達五人だけじゃないのだから。





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このタイミングでまさかの強化イベント!?④

RGガンダムエピオンを購入して、地味にテンションが上がっている私です。

なので、もしかしたらどこかでエピオンも登場させるかもしれません。









 ボーデヴィッヒさんにオルコットさん、デュノアさんと続いて、四番目は凰さんになった。

 こっちはこっちで、かなり気まずそうな顔になってるけど…凰さんだけが。

 

「ふっ…向こうは向こうで盛り上がっているようだな。年甲斐も無くはしゃぎおって」

「はぁ…」

 

 台詞だけを見れば呆れているようだけど、その顔は子供のように笑っている。

 要するに、この老師Oって人も他の皆と同じようにテンションが上がっているんだろう。

 

「…で、鈴音よ」

「は…はい!」

「IS学園では随分と『頑張っている』ようだな」

「そ…それなりに…」

 

 あ…これ普通に全部分かってる上で皮肉言ってるわ。

 よくよく考えれば、今までの凰さんの戦績ってボロボロだしね。

 クラス対抗戦じゃ初心者の織斑君に苦戦した上に、謎の無人機(束さんお手製)の乱入で試合自体が有耶無耶になってるし、ボーデヴィッヒさんにはボロ負けして、福音戦に至っては謎のおじさんのせいで戦う事すら出来なかった。

 

「まぁいい。大事なのは『過去』ではなく『未来』だ。これから挽回していけばいい」

 

 おぉ~…怖そうな見た目に反して良い事を言ってる…。

 伊達に凰さんの家庭教師をやってなかったってことなのかな。

 

「他の三人と同様に、私もまたお前の『甲龍』を強化改修するためにやって来た。政府のお偉方はかなり前から言っていたが、こっちにも準備というものがある。金勘定しか出来んバカどもには理解出来んだろうがな」

「相変わらずですね…老師の政治家嫌いは…」

「当然だ。エアコンの効いた部屋で偉そうにふんぞり返っているだけで事が全て良いように運べば誰も苦労なんぞせん」

 

 全く以てその通り。

 偉い人にはそれが分からんのですよ。

 でも、ジオングには足は必要でした。

 だってカッコいいから。

 無くてもカッコいいけどね。

 

「私はアイツ等みたいに思い出話は余り好きではない。早速ではあるが本題に移るぞ」

「わ…分かりました」

「これが、私の考えた甲龍の強化プランだ」

 

 そう言って老師Oがタブレットを手渡して甲龍の強化後の姿を表示させる。

 なんとなーく予想はついてるけど、念の為に私も横から覗いてみますよ~っと。

 

「まず、大前提として『衝撃砲』は取り外す」

「えっ!? なんでですかっ!?」

「あんな一発限りの奇襲にしか使えん欠陥兵器なんぞ、付けている意味が無い」

 

 気持ちは分かるけど、ズバっと言いますな…。

 

「不可視というアドバンテージが通用するのは、あくまで初見の相手や初心者、素人の相手のみ。二回目以降や相手が代表候補生や国家代表だった場合には全く通用しない。それどころか、簡単に弱点を看破されて逆に自分自身を危機に追い込む事にもなりかねん」

「うっ…それは…」

 

 うわー…私も日頃から常々思っていた事を全部言っちゃったー。

 この人にはマジで言葉のオブラートが存在してなーい。

 

「射程が短すぎる。威力も低い。射角がどれだけ広範囲でも命中しなくては意味が無い。それならば最初からライフルでも持っていた方が遥かに建設的だ」

「そ…それじゃあ、どうして甲龍には衝撃砲が…?」

「私の目を盗んで他の連中が勝手に取り付けた。全く…自国で開発した技術をすぐに他国に見せびらかしてマウントを取りたがる。中国人の悪い癖だ」

「一応、あたし達も中国人ですけど…」

「我々は例外だ」

「例外って…」

 

 ここで『私だけは』って言わない辺り、なんだかんだ言って凰さんの事をちゃんと認めてるって証拠なんだろうな。

 

「衝撃砲の代わりに、全身に様々な固定武装を取り付ける」

「固定武装…ですか」

「そうだ。まずは右腕部に装着する『ドラゴンハング』」

 

 うんうん。やっぱり『シェンロン』って言えば『コレ』だよね。

 でも、やっぱり伸びないんだ。そりゃそっか。

 

「接近戦時にクローが展開し格闘戦用の武装になる。最初はこれに火炎放射器でも内蔵しようと思ったのだが、流石にやり過ぎだと思って却下した」

「火炎放射器ぃっ!?」

 

 あぶなー!!

 幾らなんでもISの試合で火炎放射器はないでしょー!

 それって普通に反則なのではッ!?

 

「衝撃砲が無くなることでSEにも大きく余裕が出来るからな。そこで今までの甲龍には無かったビーム兵器を装備させる」

「アタシの甲龍にビーム兵器が…」

「その名も『ビームトライデント』。文字通り、ビームで形成された三つ又の槍だ。威力、射程共に双天牙月よりも上になっている」

 

 実体剣には実体剣だけの良さがあるけど、威力って面で言えばやっぱりビーム兵器にどうしても軍配が上がっちゃうんだよね。

 こればっかりは仕方がない。

 

「更に、防御力を向上させる為に左腕部に円形状のシールドを装着する」

「名称はなんて言うんですか?」

「名前? うーん…『シェンロンシールド』でいいだろう」

「て…テキトーだ…」

 

 これ絶対に、この場で即席で考えたでしょ。

 図らずも正解だから何も言わないけど。

 

「この盾は縁の部分が鋭利になっていて、いざと言う時は投擲武器としても使用できる」

「盾を投げるって…」

 

 別にいいんじゃない?

 世の中には盾を武器にする人なんて結構多いよ?

 ファーストの時点からそうだったんだし。

 

「…と、ここまでが当初の予定で追加・強化の予定だったプランだ。その後にもう一つ、追加で武装を作った」

「まだあるんだ…それは?」

「先程の盾に強化ワイヤーで接続される形で追加される拡張装備。青龍刀を模した実体剣。その名も『獠牙(タウヤー)』だ」

「タウヤー…」

 

 見事なまでに、徹底的に近接戦に重きを置いた設計になったね。

 でも…こっちの方が自然に感じてしまう。

 

「お前は前から銃の扱いが苦手だったからな。衝撃砲なんていう牽制にすらならんような武装を付けておくよりかは、こうしてお前の得意な距離で、得意な戦い方が出来るようにした方が良いだろう」

「そう…かもしれませんね。ありがとうございます、老師O」

 

 ふーん…凰さんって、射撃が苦手だったんだ。

 そういや、試合の時も織斑君に衝撃砲を当てられたのって、最初の不意打ちの時だけだったような気が…。

 

「強化後の機体は『神龍(シェンロン)』とした」

「それ、前と同じじゃ…?」

「漢字が違う」

「えぇ~…」

 

 それでいいのか老師さま。

 

「では、機体を私に預けろ。改修後は今までよりも扱い易くはなっている筈だ」

「あ…はい。よろしくお願いします」

 

 こうして、凰さんの機体も強化されるのでしたとさ。

 

『己を正しいと信じる者が強くなくてどうする! 正しいのだ! 俺達は!』

 

 わー…もう驚かないわー。

 なんで聞こえるのとかツッコむだけ野暮な気がするからー。

 

『フッ…また懐かしい声が聞けたな…』

 

 そっか…閣下にとって彼は…。

 これ、トールギスにとっての変なフラグとかにならないよね?

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 さて…最後は篠ノ之さんとH教授さんなんだけど…。

 ある意味、この組み合わせが最も予想が出来ない。

 

「あの…私は他の皆のように代表候補生でもないし、専用機も持っていませんが…」

「それは知っているとも。そんな君だからこそ私は頼みたいのだ」

「私だから…?」

 

 ん~? 篠ノ之さんだからって…どゆこと?

 

「箒。君は父上と同じように剣の腕に優れている。剣道の全国大会で優勝したのが、その事実を裏付けている」

「いや…あの時の私は…」

 

 そういえば、中学の時の剣道の大会って、篠ノ之さんにとっては黒歴史になっているんだったっけ。

 前に一度だけ私に教えてくれた事があった。

 感情に身を任せて剣を振るった結果、相手の子を傷つけてしまった事があるって。

 あの時の事は今でも凄く後悔しているんだとか。

 

「確かに、当時の君は精神的な意味で未熟な面もあったのだろう。だが、今の君からはそれは感じられない」

「そう…なのでしょうか。私にはよく分かりません」

「自分の変化には自分自身が一番気が付かないものだ」

 

 そういうもんなのかな?

 私もよく似たような事を言われるけど、全く自覚が無いや。

 

「きっと、大切な『何か』を見つけたお蔭だろうな」

「大切な…『何か』…」

 

 いきなり意味深な事を言いましたよ?

 顔に似合わず優しい事を言う人だな~。

 

「篠ノ之箒くん」

「は…はい!」

「君の腕を見込んで頼みたい。私の製作した試作型ISのテストパイロットをしてくれないだろうか」

「わ…私がテストパイロットを…ですか…?」

「そうだ。開発した機体の武装の関係上、君が一番適任であると判断した。無論、強制はしない。する、しないは君の自由だ」

「私は……」

 

 この人が作る機体の武器…確実に『アレ』だよね…。

 となれば、確かに篠ノ之さんとは相性が良いかも。

 ある意味、デスサイズやシェンロン以上に接近戦に特化してるからね。

 文字通り『近づいて斬る』を地で行くから。

 

「…やります。やらせてください」

「いいのか? 言い出した私が言うのもアレだが、専用機持ちになると言うことは…」

「分かっています。『力』を持つと言うことは、同時に『責任』を背負わなくてはいけなくなる」

 

 責任…か。

 私はちゃんと出来ているのかな…。

 

「正直、怖くないと言えば嘘になります。不安もある。でも…」

「でも?」

「私はもう『傍観者』ではいたくない。ほんの少しでも佳織の事を支えられるのであれば…私は『力』を持つ事を選びます」

 

 篠ノ之さん…。

 

「…良い目をするようになった。若い頃の君のお父上にそっくりだ」

「そう…なのですか?」

「あぁ。初めて出逢った時の彼も、今の君と同じように『信念』を宿した目をしていた。どうやら、私の選択は間違ってはいなかったようだ」

 

 そういや、私って篠ノ之さんから束さん以外の家族の話って全く聞いたことが無かったな。

 ま、私も自分の家族の事なんて一度も話したことは無いんだけど。

 

「それでは、今この瞬間から私が君の雇い主だ。いいね?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 武道を嗜んでいるだけあって、普通にいい返事だ。

 私も礼儀を重んじる世界を目指しているから、その辺は分かるんですよ。

 

「ではこれが、君に乗って貰う予定の機体だ。見てくれ」

 

 そういうと、H教授は空いているハンガーにISの待機形態である獅子の顔を模したペンダントをセットした。

 次の瞬間、私達の目の前に一体の武骨で強固そうなISが出現する。

 

「これは…」

「打鉄をベースに私が開発したIS。その名も『サンドロック』だ」

「サンド…ロック…岩と…砂…?」

 

 なるへそ…これがIS版のサンドロックなのか。

 カラーリングとかは『まんま』だね。

 

「見て分かると思うが、あのバックパックに装着されている巨大な二振りの歪曲した大剣が、この機体の主武装となる『ヒートショーテル』だ」

「二刀流の剣…だから私に…?」

「そういう事だ。この機体の力を最大限に発揮できるのは、剣の心得がある者に限定されるからな。探せば沢山いるのだろうが、少なくとも私の知り合いの中には該当する人物は君しかいなかった」

 

 そりゃ生粋の科学者だしなぁ~。

 剣士の知り合いなんて普通に考えてもいるわけないだろうし。

 

「刀身を赤熱化させて攻撃力を大幅に上げる事が出来る。ショーテルは本来、敵の盾を躱して相手を直接攻撃することを目的とした武器なのだが、これの場合は切れ味が鋭すぎるが故に盾ごと一刀両断できる」

「た…盾ごと…ですか…?」

 

 そうそう。そうなんだよねー。

 地味な印象が強いかもだけど、ヒートショーテルの一撃は普通に凶悪なんだよね。

 

「左腕部にはフラッシュ装置が組み込まれたシールドを装着してあり、これとヒートショーテルを組み合わせる事で『クロスクラッシャー』という形態にする事が出来る。これはクワガタのように二つの剣で敵を挟み込んで攻撃するというものだ」

「挟み切る…ショーテルの形状だからこそ可能なことなのか…」

 

 あ…バックパックは必要ないんだ。

 しれっと使い勝手が良くなってる。

 

「後は、牽制用のサブマシンガンくらいか」

「あの…私はお世辞にも射撃が上手い方ではないのですが…」

「別に問題は無い。所詮は牽制用だ。下手に命中させようとは思わず、適当に弾をばら撒くだけでも十分な効果を発揮するものだ」

「そういうものですか…」

 

 生粋の剣道少女な篠ノ之さんには分かりにくいかもね。

 その辺は追々、理解していけばいいと思うよ。

 

「それと、改造の際に余った打鉄の盾を再利用した増加装甲も作った。それがこれだ」

 

 H教授が何か操作をすると、サンドロックの全身を覆うように装甲が覆われた。

 ほへ~…これはまたなんとも…。

 

「前面に追加装甲、左右には打鉄の盾を、後部にはバックパックとシールドブースターを内蔵した『アーマディロ』だ。これでサンドロックは鉄壁の防御を誇ることになる。並大抵の攻撃ではビクともしないだろう」

「肉を切らせて骨を断つ…ですか」

「下手に避けようとするよりはいいだろう? 別に機動力が低いと言う訳ではない。その気になれば回避も容易だ。だが、仮に攻撃を受けても損傷は限りなく低くなる」

 

 ただでさえ固いサンドロックが、更に固くなっとるがな。

 ここまでガッチガチになると、普通に強そうだな。

 

「気に入って貰えたかな?」

「はい。鉄壁の装甲で相手の攻撃を受けつつ懐に飛び込み、二刀のヒートショーテルで仕留める。なんでしょうか…不思議と『自分に合っている』と思いました」

「それは結構。実は、密かに君が良く使っていたという訓練機の打鉄のコアを預かっていてな。後はこれを装着すれば、真の意味でサンドロックが君の専用機になる。その後に細かい調整などは必要になるがな」

「そうだったのですか…では、お願いします」

「あぁ。任せておきたまえ」

 

 まさか、篠ノ之さんがこんな形で専用機持ちになるとは…。

 紅椿とは全くコンセプトが違う機体だけど、これはこれでアリなのかな?

 

『この宇宙に命よりも重い物は存在しない。サンドロックは僕にそう教えてくれました。だから、今度は僕が君にそれを教える番です』

 

 はい来た。

 怒らせたら一番怖い美少年。

 ある意味、篠ノ之さんの良いブレーキ役になってくれる…かも?

 

 

 

 

 

 




ま、大体の予想通り、鈴はシェンロンガンダム(EW版)になって、
箒はガンダムサンドロック(EW版)になりました。

ヒロイン五人の強化フラグが揃って立ちましたが、今作のヒロインは彼女達だけじゃありませんからね~。






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ここからは『趣味』の時間

まーまだまだ終わりません。

自分でも申し訳ないと思っているんですが、この場面を利用して書きたい事が沢山ありまして…。







 一年生専用機組と開発者お爺ちゃん五人組とのお話が終わり、遂に話題は私に向かう事に。

 

「これでワシらの『仕事』の話は終わり。本格的な回収作業は残っているが、その前にまずは『趣味』の時間とさせて貰おうかの」

「うむ。そうだな」

「我々は本来、その為に来たのだからな」

「ようやくか」

「ある意味、ここからが本番だな」

 

 ってことは、今までのは前座でしかなかったんかい。

 随分と長い前座でしたな。

 

「早速だが、お嬢ちゃん。お前さんの専用機であるトールギスを見せて貰えんか?」

「え? あ…はい。分かりました…」

 

 ドクターJのお爺ちゃんに言われるがまま、空いているハンガーにトールギスの待機形態をセットしてから機体を展開した。

 つーか、ちょっと空きのハンガーが多すぎやしませんか?

 

「えーっと…ここをこうして…ポチっとな」

 

 はぁ…どうして普通に端末の操作が出来ちゃうのかしら…。

 少し前までは普通に機械知識には疎かった筈なのに…。

 何度も言うけど、慣れって怖い。

 

「「「「「おぉ…」」」」」

 

 ハンガーに固定されるようにして、巨大な四対の翼を携えたトールギスFが出現する。

 これ…普通に翼が干渉してません? マジで大丈夫?

 

「なんと優美な姿じゃ…」

「こいつは…本当にISなのか疑いたくなる美しさだな…」

「未だに信じられんな…。あのトールギスが、このような姿になるとは…」

「ISが第二形態移行する際は、それまでにコアに蓄積された経験だけでなく、操縦者の心情なども影響されると言われている。と言うことはつまり…」

「この姿は、操縦者である仲森佳織の心情が大きく影響を与えた…と言うことになるな」

 

 え? 私の心情? そんなのが関係してたの?

 んなことを言われても、私にはさっぱり分からんですたい。

 

「ふむ…色々と見せて貰っても構わんか?」

「は…はい。別にいいですけど…」

 

 仮にもトールギスを作ったお爺ちゃん達ですし?

 悪いようにはしないと思う…と信じたい。

 邪魔しないように、少し下がって皆の元に行った。

 

「佳織。本当に触らせても良かったのか?」

「えぇ…空気的に『ダメ』と言えなかったってのもありますけど…」

「けど?」

「トールギスの生みの親なら大丈夫かなって思いまして」

「…そうか」

 

 偶然にも近くにいた千冬さんに問われて素直な感想を述べると、なんか急に肩を寄せらせた後に頭を撫でられた。なんで?

 

「い…今の何気ない動作…」

「お…織斑先生の佳織さんに対するスキンシップが凄いことになってますわ…」

「これは…負けてられないわね…!」

「夏休みだよ…夏休みに一気に…!」

「むむむ…私も頑張るからね~…かおり~ん…」

「あ…あれ? 織斑先生と佳織ちゃんって…あんなにも距離が近かったかしら?」

 

 な~んか知んないけど、皆揃って凄い目でこっちを見ちょります。

 因みに上から、篠ノ之さんにオルコットさん、凰さんにデュノアさん、本音ちゃんに更識先輩ね。

 ボーデヴィッヒさんと織斑君はお爺ちゃん達の作業を感心しながら眺めていた。

 

「ん? こいつは…まさか?」

「どうした?」

「何かあったのか?」

「またぞろ余計な事をしたんじゃあるまいな?」

「無駄に仕事を増やすなよ」

 

 いや…マジでめっちゃ仲が良いな、このお爺ちゃん達。

 これはあれですな。

 仮に科学者を引退しても、普通にプライベートで五人揃って旅行とかに行くレベルの仲の良さだわ。

 

「そんなことなぞせんわい。それよりも、こいつを見てくれ」

「「「「ん?」」」」

 

 なんだなんだ?

 急に集まって端末を見始めたですよ?

 私が知らないだけで、何か異常な部分があったとか?

 うぅ~…そこら辺は勘弁してつかぁさいな~。

 整備に関しては、まだまだ修行中の身なんですよ~。

 

「「「「「はっはっはっ!」」」」」

 

 なして急に爆笑ッ!?

 私だけじゃなくて、皆も目が点になってるですよ!?

 

「お嬢ちゃんや」

「は…はい? なんでしょうか?」

「お前さんは本当に、ワシらの期待を裏切らん子じゃな」

「…ふぇ?」

 

 ど…どゆこと? ほわい?

 

「どうしてトールギスが第二形態移行をしたのか…実際に調べて見て、よーく分かった」

「そう…なんですか?」

 

 単純に福音に勝つ為とかじゃないの?

 

「どうやら、お前さんの急激すぎる成長速度にトールギスの性能が追いつかなくなってきているようじゃ」

「…にゃんですと?」

 

 私の成長にトールギスが追いつかにゃい?

 それって、モロに原作のゼクスと同じじゃ…。

 

「ド…ドクターJさま! それはつまり、佳織さんの実力が、トールギスの性能をも凌駕し始めていると言うことですのッ!?」

「その通りじゃセシリア。各部関節の摩耗が中々に悲惨な事になっておる。それだけではない」

 

 関節が悲惨とな?

 いつの間に、そんな事になってたの…?

 実際に動かしているのは私じゃないから、全く自覚が無かった…。

 

「そもそも、慣性の法則に真っ向から喧嘩を売るような滅茶苦茶な軌道を、さも当たり前のようにしている時点で、この結果は当然かもしれんがな」

「で…ですが…佳織は普通に乗りこなしていましたが…」

 

 正確には『ゼクスが乗りこなしてた』ですな。

 でも、実際に彼からも私は何も言われてはいないんよな…なんで?

 

「機体の多少の疲弊程度ではトールギスはビクともせんよ。あと、そんな摩耗なんぞ簡単に補えるほどの操縦技術が、そこのお嬢さんにはあった…と言うことだ」

「ちょっとやそっとの機体の不備なんて関係ない程に佳織が凄かった…ことなのか…」

 

 私じゃなくてゼクスやトレーズ閣下が凄いんだけどね。

 ま、それは別に今に始まった事じゃないか。

 

「だが、例の暴走した軍用機相手では、それすらも命取りになりかねん。だから…」

「トールギスは戦闘中に自らを進化させて、その差を埋めようとしたのね…」

 

 それに関してはマジで英断だと思う。

 実際、そのお蔭で福音を止められたんだし。

 

「その対価は中々の物だったようだがな。こいつは一度、全体的にオーバーホールでもした方が良いかもしれん」

「それ程までにトールギスは疲弊しきっていた…と言うことなのか…」

 

 オーバーホールかぁ…。

 やっぱ、そうしたほうがいいよねぇ~…。

 受け取ってから、碌な整備をしてあげられてないからなぁ~…。

 

「そうじゃ。折角なら、こいつがデュノア社から持ってきたっていう予備パーツを使ってみるのはどうじゃ?」

「ふむ…それが良いかもしれんな」

「よし。そうと決まれば、とっととコンテナの中身を確かめるぞ。早く開けんか、このジジイ!」

「お前もジジイだろうが! そう急かすな!」

「はぁ…ジジイ同士の喧嘩なぞ誰も得せんぞ…」

「「うっさい!!」」

 

 もうマジで仲良すぎ…。

 ここまで来ると逆に尊くなってくるわ…。

 このお爺ちゃん達の若い頃のエピソードとかめっちゃ聞きたい。

 そして、その話を同人誌にしてコミケで売りたい。

 絶対に世の腐女子が涎を垂らして喜びそうな本になりそうだから。

 

「ほれ、開けたぞ。中身は…」

「「「「ほほぅ…?」」」」

 

 流石に私もちょっち気になるので、野次馬根性を見せて覗き見。

 なんか皆も私に着いて来たけど。

 

「成る程。形状などから察するに、確かにこいつはトールギスの予備パーツじゃな。じゃが…」

「どうして一部の装甲が青く塗装されている?」

 

 むむ? この色は…まさか?

 

「頭頂部や顔面の形状も変わっておる。アルベールめ…密かに改造したな?」

 

 あ…これ、デュノアさんのお父さんの仕業ですか。

 もしかして、あの人も『エレガント』な事が好きな人なのかしらん?

 

『この色…実に懐かしい』

 

 あら、トレーズ閣下。

 この人が反応した時点で、もうお察しですな。

 

「しかも、それだけじゃ無いようだぞ?」

「これは…デュノア社で試作した武器の数々か。手持ち式の二連装ミサイルポッドに…」

「こっちはビームライフルか? 随分と小型化に成功しているようじゃないか」

 

 あのビームライフルって、WのOPでトールギスが持ってた謎ライフルだ!

 あんなのまで持ってきたのか…。

 

「射撃武器だけでなく、近接武器もあるのか。これは…ヒートサーベルか。黄金の柄を持つ西洋剣…サーベルと言うよりはソードと呼称すべきかもしれんな」

「ヒートランスの次はヒートサーベルか。さっきのビームライフルやミサイルポッドも含めて、随分な重武装になってきたな」

「別に構わんだろう。手持ちの武器は全て拡張領域内に入れればいいだけじゃ」

「それもそうだな。トールギスの武装は全てアタッチメントに装着している関係上、拡張領域がガラガラになっているからな」

 

 なんか楽しそうに、お爺ちゃん達が談笑してるんですけど。

 ISを話題にして、ここまで盛り上がれるお爺ちゃんは、きっとこの人達だけだ。

 

「なら決まりじゃな。こいつを使ってトールギスを大改修すると言うことで」

「「「「賛成」」」」

 

 賛成しちゃったよ。

 こういう時だけ息ピッタリで少しだけ萌えた。

 

「あの…トールギスを改修すると仰っていますが、オルコットたちの機体も改修するのではないのですか?」

 

 ここで千冬さんが、私も密かに思っていた事をズバッと言ってくれた。

 

「何を言っている。勿論、そっちの方もちゃんとするに決まっているだろう」

「いや、ですがそれでは…」

「心配は無用だ」

「この程度の作業、余裕で並行して進められる」

「ワシらにとっては日常茶飯事じゃわい」

「うむ」

「そ…そうですか…」

 

 一般的な常識が全く通用しない超人お爺ちゃん達に千冬さんがドン引きしてる。

 大丈夫。ドン引きしてるのは私達もだから。

 

「なぁ…今思ったのだが、元国家代表に元候補生の人間が揃っているのだから、彼女達に『アレ』の事を頼んでみるのはどうだ?」

「『アレ』とは…」

「『』と『』の事か?」

「あぁ…『攻撃』と『防御』に極振りした、アレか」

 

 んん? 『』と『』で、『攻撃』と『防御』に極振りした機体?

 私…それに該当する機体をめっちゃ知ってるんですが…。

 

「あの…さっきから一体何の話をして…?」

「なぁに。ついでだから、IS学園の優秀な教師であるお前さんらにも少し頼みごとをしようと思ってな」

「「頼みごと?」」

 

 今度の標的は千冬さんと山田先生か…。

 確かに、この人達はIS操縦者としては超優秀だけど…。

 片方は元世界王者だし。

 

「トールギスの危険な部分を排除し、その性能を『攻撃力』と『防御力』に分割してワシら五人が開発した試作機の運用をお願いしたい」

「「えええええぇぇぇぇぇぇっ!?」」

 

 

 

 

 




次回、教師陣の暫定的な強化が入ります。

赤と青で、攻撃と防御。

ガンダム好きで勘が良い読者の皆さんならすぐに分かると信じます。

それと、今回で完全にトールギスⅡへのフラグが立ちました。

正解は『五人のお爺ちゃん達による改修』でした。






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『紅い雷神』と『蒼い風神』

お久し振りの更新。

もうすぐ今年も終わるのに、まだ夏休みにすら突入出来ず仕舞い。

このままだと、夏休みの話は来年になりそうです。







「トールギスの危険な部分を排除して…」

「攻撃力と防御力に分割した機体を私達に…?」

 

 いきなりの衝撃発現に呆然となる我等が先生達。

 そりゃ、そうもなりますわ。

 先生達のリアクションは何も間違ってない。

 

「そうじゃ。我ら自身も、トールギスのコンセプト自体は今でも間違っていないと思っているのだが…」

「アレの最大にして唯一の欠点は『人知を超越した存在しか乗ることを許されない』という事だった。丁度、そこのお嬢さんのようにな」

 

 もう何度も言ってるけど、敢えてもう一度だけハッキリと言わせて貰おう。

 私は決して超人なんかじゃない!

 どこにでもいるごく普通の女子高生です!

 …こんな事を今更言っても、どうせ誰も信じてくれないんだろうけど。

 

「だから、トールギスの製作の時に得たノウハウをどうにかして活用出来ないだろうかと色々と考えた」

「まず最初に、トールギス最大の問題点であった機体自体の危険性を全て排除し、その上でコストダウンを図ると同時に機体の小型化と簡素化を試みた無難な汎用簡易量産型IS『リーオー』を作り上げた。だが…」

「だが? どうかしたのですか?」

「余りにも詰まらない機体に仕上がってしまった」

「詰まらない…?」

 

 うーん…私はそうは思わないんだけどなー。

 割と好きだよ? リーオー。

 

「肩、バックパック、腿の三ヵ所にハードポイントを設け、戦況や相手に応じて各種パッケージや装備を換装することで、あらゆる状況に対応できる機体になった」

「それだけを聞けば、量産型としては素晴らしい出来だと思いますが…」

「一般的にはそうじゃろうな。じゃが、ワシらは違った」

「余りにも汎用的過ぎた。あれではラファールと大した違いが無い」

 

 言われてみれば確かにそうかも。

 どっちも『突出した性能が無い』って部分じゃ共通してるかも。

 謂わば『個性が無いのが個性』みたいな感じだしね。

 

「故に考えた。一体の機体でトールギスの後継機が作れないのであれば…」

「最初から二体で連携することを前提にし、『攻撃力』と『防御力』に極振りをした機体を生み出せばいいのではないかとな」

「それならば、安全性を保ちつつもトールギスに匹敵する機体を開発できる」

「無論、トールギスのように人を選ぶような設計にはしていない。誰でも搭乗は可能じゃ」

 

 どーして、この才能をもっと別の方向に活かせないのかしらね…。

 お爺ちゃん達らしいからいいけどさ。

 

「機体の事は分かりましたが…どうして私達に?」

「お主たちの顔じゃよ」

「「顔?」」

 

 ん? 顔って…どゆこと?

 

「お主たち…生徒達ばかりを危険な戦場に向かわせ、自分達が何も出来ないことを歯痒く思っているのではないか?」

「そ…それは…」

「お前さん達の顔が、そう言っている。教師なのに情けないと。生徒達を守るべき立場の自分達が、逆に生徒達に守られていると」

「「うっ…」」

 

 千冬さん…山田先生…。

 もしかして、だから福音暴走事件の時に意を決して一緒に出撃してくれたの…?

 

「その気持ちは、ワシらも分からんでもないからな」

「我々に出来る事は機体の開発しか出来ない」

「だからこそ、君達に託してみようと思ったのだ」

「あの二機の運用は生半可なパイロットでは難しい。乗ること自体は誰でも可能だが、あれは連携こそが最大の肝となるIS。昔からの知り合いである君達ならば適任だろう?」

 

 この人達…千冬さんと山田先生が候補生時代に先輩後輩関係だった事も知ってるんだ…。

 束さんもそうだったけど、この世界の天才科学者には基本的に隠し事は出来ないと思った方がいいのかもしれない。

 

「一応、聞いておきたいのですが…」

「なんじゃね?」

「機体の方は…持ってきたりなんかはしてないですよね?」

「なんじゃ…その事か。心配は無用じゃ」

「ちゃんと学園側の許可を取った上で、既に搬入を終えておる」

「「やっぱり持って来てた!」」

 

 ですよねー。

 ここまで説明しておいて『実はまだ完成してないんですよー』なオチは無いわな。

 特に、この変人お爺ちゃん五人組に関しては。

 

「そんなに実物を見たいのであれば、今すぐにでも見せてやろうか。ほれ。ポチっとな」

 

 そのフレーズ地味に好きだな。

 さっきも同じことを言ってなかった?

 

(あ…なんかISが余裕で入りそうな大きさのコンテナが二つ、キャタピラ付きのコンテナがこっちに来たし)

 

 もう、こんな事じゃ微塵も驚かなくなってきたなー。

 慣れって怖いわー。

 

「ここをこうして…よし」

 

 ドクターJのお爺ちゃんが何か操作したら、二つのコンテナがプシューって音と共に開きだす。

 その中から出現したのは、私もよく知っている『赤』と『青』の機体。

 

「こっちの赤い方が『防御力』に特化した『メリクリウス』で…」

「こっちの青い方が『攻撃力』に特化した『ヴァイエイト』だ」

 

 ここで佳織ちゃんのガンダム豆知識ー。

 『メリクリウス』はローマ神話の神『メルクリウス(マーキュリー)』が由来で、『ヴァイエイト』の方はエジプト神話の女神『ヴァイエト(ハウヘト。またはヘヘト)』が由来になってたりするんだよ。

 

「織斑先生には、こっちの『メリクリウス』を頼もうかな」

「山田先生には、こちらの『ヴァイエイト』を運用を任せたい」

 

 それは良いチョイスかも知れない。

 メリクリウスにはちゃんと格闘武器が内蔵されてるし、ヴァイエイトの圧倒的な砲撃能力と山田先生のスキルの相性はいいかもだし。

 

「なんなら、メリクリウスのコアには、お主の『嘗ての愛機』の物を使っても構わんぞ?」

 

 千冬さんの嘗ての愛機?

 それって、まさか…。

 

「『暮桜』の事まで知っているとは…」

「職業柄…という奴じゃよ」

 

 絶対にそれだけじゃ済まされないと思う。

 

「メリクリウスは…右手に盾を持ち、左手には…牽制用のハンドガンか?」

「あれはハンドガンと言うよりはビームガンだな。どちらにしても牽制用なのには違いないが」

「では、あの盾は?」

「あれは『クラッシュシールド』と言って、盾の中央部からビームサーベルが展開できるようになっている。盾自体にも電磁場フィールドが組み込まれているので、実弾だけでなくビームやレーザーにも高い防御力を発揮する」

「では、あの背中に付いているビットのような物は?」

「あれこそが、メリクリウス最大の特徴にして、こいつを最強の盾にしている特殊武装の『プライネイト・ディフェンサー』だ」

 

 はい出た。

 ガンダムWのトラウマ最強防御兵装。

 ゲームじゃ厄介極まりない機能なんだよね。

 これに軽いトラウマを受け付けられたのは私だけじゃない筈だと信じたい。

 

「プラネイト・ディフェンサー…? 一種のシールドビットのような物…と考えればよろしいのですか?」

「正確には違うな。確かに見た目はビットに近いが、実際には自分や友軍機の周囲に遠隔操作で展開し、特殊な電磁フィールドを形成、実弾やビーム問わずにあらゆる射撃兵装を完全に防ぐ鉄壁の防御空間を生み出す事が出来る」

「ビームだけでなく…実弾すらも完全に防ぐだと…!?」

「密度を上げれば、ビームサーベルのような密度の高いビームすらも防御可能だ」

 

 改めて聞くとマジでチート性能だよな…。

 一応の弱点は存在してるけど、それでもやっぱり厄介なことには変わりない。

 これから先、千冬さんと敵対する人達が可哀想になってくるよ…。

 

「とはいえ、弱点が無いわけではないがな」

「と言いますと?」

「ディフェンサーユニット自体が非常に軽いので、強い質量攻撃には脆いのだ。ま、AI操作でもされない限りは、操縦者の技量でどうにかなる範囲ではあるがな。そこはお前さんの腕の見せどころじゃよ。ブリュンヒルデ殿」

 

 おっふ…敢えてのブリュンヒルデ呼び。

 千冬さんがその呼び名を嫌っている事を知っての発言だろうね。

 完全に煽ってます。

 

「腕の見せ所…か。面白い…!」

 

 あ。やる気スイッチがONになった。

 

「このメリクリウス…喜んでテストパイロットを務めさせて貰います」

「おぉ…やってくれるか」

「はい。この機体で今度こそ、佳織たちを守ってみせる…必ず…!」

 

 千冬さん…やっぱり、気にしてたんだ…。

 私からしたら、もう十分にお世話になってるんだけどな…。

 

「あの…このヴァイエイトって機体…武装が一個しかないようにしか見えないんですけど…」

「一個しかないように…ではなく、実際にヴァイエイトの武装は、この『大口径ビームキャノン』だけだが?」

「本当に一個だけだったっ!?」

 

 そうなんだよねー。

 でも、ヴァイエイトはこの気持ちいいまでの潔さが逆に良かったりするんだよ。

 

「一個しかない分、その出力はお墨付きじゃ」

「背部に装着してある円形の専用ジェネレーターからケーブル経由でエネルギーを供給してから使用する」

「コアとはまた別の場所からエネルギーを持ってくるんですね…。それだけ威力があるってことなんでしょうか…」

「そうだな。威力を絞ればエネルギーの節約も出来て連射も可能だが、最大出力で発射した時の威力はトールギスのドーバーガンや、セシリアのウィング・ティアーズのバスターライフルすらも軽く超える威力を発揮する」

「そんなに凄いんですかッ!?」

「うむ。最大出力時には放熱の為にジェネレーターの蓋を開ける必要が出てくるが…その辺は問題あるまいて」

「それをどうにかする為にメリクリウスが存在するのだからな」

 

 この二機の関係は、まさに中国の故事にある『矛盾』そのものだよね。

 『最強の矛』である『ヴァイエイト』と、『最強の盾』である『メリクリウス』。

 だからこそ出てくる疑問も当然のようにある訳で。

 

「つまり、私が前衛で盾となって山田先生のヴァイエイトを守り…」

「織斑先生のメリクリウスが守ってくれている間に、必殺のビームキャノンを撃つ…と言う訳ですね」

「その通りじゃ。お前さん達ならば楽勝じゃろう?」

「簡単に言ってくれますね…」

 

 まるでお手本のような煽りに山田先生の眉間もピクリと反応した。

 凄く穏やかなイメージがあるけど…怒る時にはちゃんと怒る人だしなぁ…。

 

「分かりました。私も、このヴァイエイトを受領します」

「そうか。それは良かった」

「織斑先生じゃないですけど…私だってもう…生徒達を送り出すだけなんて御免ですから」

 

 やっぱり…山田先生は優しい人だ。

 そんな人だから、私も遠慮なく教師として頼ることが出来る。

 今までも…これからもね。

 

「あのー…ちょっといいですか?」

「ん? いきなりどうした少年よ」

 

 ここでまさかの織斑君の発言。

 今までずっと空気を読んで黙ってたのに。

 

「この二体が凄い機体ってのはよく分かったんですけど…こいつらが対決した場合、どっちが勝つんですか?」

 

 言っちゃった。

 原作でもレディ・アンが尋ねた事を言っちゃった。

 

「どっちが勝つか…か。良い質問だな」

「だが、その答えは非常にシンプルで簡単だ」

「え? そうなんですか?」

「あぁ。どっちが勝つか…それは…」

「それは…?」

 

 私、この後に出てくる台詞は地味に名言だと思ってます。

 だからちょっとだけドキドキです。

 

「パイロットの技量が高い方が勝つ」

 

 デスヨネー。

 考えてみれば当たり前の答えでした。

 

「どんなに優れていても、ISは所詮『道具』に過ぎん。故に、使う人間次第で良くも悪くもなる。そういう事じゃ」

「なる…ほど?」

 

 ここで敢えて『強くも弱くもなる』と言わないのが、実にこの人達らしい。

 ISの事を『兵器』として見ていないって証拠だからね。

 

(今の発言、実はどこかで束さんも聞いてたりして…)

 

 んで、モニターの向こうで地味に感激していると見た。

 知らんけど。

 

 

 




つーわけで、教師二人には風神と雷神をプレゼントしました。

問題はここからなんだよなー…。







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その名は『ゼロ』

タグに『ガンダムW』と『G-UNIT』を追加しました。

これが一体何を意味するのかは想像にお任せします。







 何故だか恐ろしく長く感じた五人のお爺ちゃん達による新型機の説明会&トールギス見学会が終了した。

 

「これで一通りの説明とかは終わったな。では、今から早速、仕事を始めるとするかな」

「ついでだ。メリクリウスとヴァイエイトの方も調整しておくか」

 

 え? それマジで言ってます?

 

「だ…大丈夫なのですか? トールギスのオーバーホールに加え、オルコットたちの機体の改修も行うと仰っていたような気が…」

 

 千冬さんが心配になるのも無理は無い。

 幾ら超天才的頭脳を持っているとはいえ、見た目は完全なお爺ちゃんなんだから。

 良識ある大人として普通に気にはなるわな。

 

「さっきも言ったが、これぐらいならば全然大丈夫じゃ」

「ワシらにとってはいつもの事だしな」

「これに比べたら、トールギスを開発していた頃の方が遥かに忙しかったわい」

「なんせ、あの頃はまだISに関するノウハウが全く無かったからな」

「文字通り、全てを一から手探りでやっていかなくてはいけなかった」

 

 あ…そっか。

 そりゃそうだよね。

 一番最初のISである白騎士のデータなんて、この人達が持っている筈もないし、そうなると色んな事を勉強しながら機体を開発していったって事になる。

 謂わば、フルスクラッチでガンプラを作ろうとするもんだ。

 

「暫くはここで寝泊まりをさせて貰うが構わんよな? ちゃんと許可なら取ってある」

「えっと…一応聞きますけど…誰からですか?」

「「「「「学園長」」」」」

「ですよねー…」

 

 そういや、最初にあった時に言ってたっけ。

 ここの学園長とは古い知り合いだって。

 人と人の縁ってのは、一体どこで繋がっているか分からないもんですなー。

 

「それじゃあ…お邪魔してもアレなんで、私達はこれで失礼して…」

「ちょっと待った」

「ふぇ?」

 

 この期に及んでまだ何かあるんですか?

 流石に、もうそろそろ戻ってテスト勉強を再開したいんですけど…。

 

「最後にお嬢さんに渡しておきたい物がある」

「渡しておきたい物?」

 

 ドクターJのお爺ちゃんからプレゼントを頂くような理由が全く思いつかないのですが?

 私の誕生日はまだ先だし、クリスマスとかだってずっと先だし。

 

「これじゃ」

「え?」

 

 唐突にポンと手渡されたのは、機械仕掛けの翼を模したアクセサリ。

 けどなんだろう…この翼、どこかで見た事があるような気が…。

 

「えっと…これは?」

「ワシら五人がトールギスの後に製作したISじゃ」

「ふみゅう…」

 

 おっと。

 超絶的に嫌な予感がしたので、思わず変な声が出てしまった。

 

「嘗て、ワシらが生み出したトールギスは確かに他を圧倒する程の高性能を獲得したが、その対価として『並の操縦者では碌に動かす事も出来ない』という致命的な欠点も同時に抱え込んでしまう事となった」

 

 まぁ…そうでしょうなぁ…。

 実際、ゼクスと言う超人が現れるまでずっと封印されてぐらいだし。

 

「その時の反省を活かし、『操縦者の方を機体に追従させるシステム』を開発し、トールギス以上の性能を誇る機体をコスト度外視で生み出し、内部に組み込んだ」

「ト…トールギスをも超える機体だとッ!?」

 

 千冬さんが大きく反応してますが、私はそれどころじゃなかった。

 だって、私の『嫌な予感』が大当たりしちゃったんだから。

 

「だが…それは間違いだった。アレはトールギス以上に乗り手を選ぶ。故に我等も最初は設計だけしてから実機の製造はしなかった」

「しかし、今の情勢がそれを許さなかった。女性権利団体とか言うふざけた連中に加え、世界の裏で暗躍する者達」

「そいつらに対抗するためには、いつの日か必ず『コレ』の力が必要になって来ると判断し、我等は断腸の思いで製造をした。それが…」

「これ…ってことですか…」

 

 断腸の思いってのは嘘じゃないだろうな。

 劇中でも、余りの危険性に設計図すらも厳重に封印していたぐらいだし。

 

「無論、この機体は使わないに越したことはないし、ワシらとてそれが最善であると言う事は自覚している。だがな、技術の革新と言うのは想像以上に早く、大きい。それはISと言う存在が生み出されてから十年も経たずに第三世代にまで到達したことからも分かるだろう」

 

 言われてみれば確かにそうかも…。

 ついでに言えば、もうすでに束さんは第四世代機まで生み出してるしね。

 まるでグリプス戦役以降のMSの恐竜的進化を見ているみたいだ。

 

「いずれ必ず、トールギスを超えるISは出現する。それがいつかは分からないが、それだけは確実だと断言出来る」

 

 断言しちゃったよ。

 

「だからもし…もしも、トールギスの力を持ってしても対抗出来ないような敵が現れた時、迷わず『コレ』を纏いなさい。この『ウィングゼロ』を」

 

 言っちゃったー!!

 ずっと名前を呼ばないように気を付けてたのに堂々と言っちゃったー!!

 

「ウィングゼロ…それがトールギスを超えるISの名前…?」

「『虚無なる翼』とは、また仰々しい名前ですわね…」

「トールギスを超えるって言われても、全く想像が出来ないわね…」

「今の時点でも、間違いなくトールギスは全てのISの頂点に君臨していると言っても過言じゃないのに…」

「それすらも超越するISとは一体…」

 

 まぁ…うん。

 確かに滅茶苦茶に凄い機体ではあるよ…。

 色んな意味でね…。

 因みに、私はEW版よりもテレビ版の方が好きです。

 

「本来ならば危険極まりないが…不思議とお主ならば使いこなせそうな気がするんじゃよ。ゼロに搭載された禁忌のシステム…『ゼロシステム』をな」

「ゼロ…システム…」

 

 そんなん出来る訳ないでしょーが!

 幾らなんでも私の事を買いかぶり過ぎだからー!

 って言いたいけど、この場の空気がそれを許してくれないー!

 

「少し気負わせてしまったかもしれんが、これはあくまでも『保険』じゃ。トールギスをあそこまで乗りこなし、あまつさえ機体の性能すらも越え始めた今のお前さんなら、実際に使う機会は無いかもしれんな」

 

 それフラグー!!

 完全に近い未来に私がウィングゼロに乗るフラグになってますからー!!

 

「それに、ワシらが持っているよりはお嬢さんが持っていた方が安全じゃろうしな」

「は…はぁ…」

 

 どんな根拠でそう思った?

 原稿用紙3枚ぐらいで教えて欲しい。

 

「ご心配は無用ですわよ、佳織さん」

「オルコットさん…?」

 

 おっと?

 急に皆が集まって来ましたよ?

 

「私達と佳織が力を合わせれば、その機体を使う事は無いだろう」

「箒の言う通りよ。アンタは一人じゃないのよ?」

「そうだね。今までずっとボク達は佳織に助けられてきた。今度はボク達は佳織を助ける番だよ」

「あぁ。佳織の背中は私達が全力で守ってやる。だから安心しろ」

 

 み…皆…。

 

「こいつらの言う通りだ」

「織斑先生…」

「もう、お前だけに頼るような事はさせない。私がお前の盾になってやる」

「私もですよ、仲森さん。先生達に任せてください」

「山田先生も…」

 

 うぅ…不覚にも感動してる自分がいますです…。

 流石に泣いてはいないけど。

 

「セシリアちゃん達だけじゃないわ。お姉さんだって全力で佳織ちゃんを助けるんだから」

「お…俺もだ! 絶対に仲森さんの事を守ってみせる!」

「更識先輩…織斑君も…」

 

 …そっか。

 いつの間にかもう私は…ボッチじゃなくなっていたんだな…。

 

「かおりん」

「本音ちゃん…」

「私は専用機も持ってないし、お世辞にもISの操縦が上手とは言えないけど…でもね、私はずっとかおりんの傍にいるよ」

「うん…うん…ありがと…」

 

 はぁ…ホント…駄目だなぁ…。

 無意識の内にぼっち根性が根付いちゃって…。

 いい加減、自分の中にある『原作の先入観』ってのを払拭しないとだなぁ…。

 今いるこの場所は『原作』じゃなくて『現実』なんだから。

 

「どうやら…良い友を持ったようじゃな」

「はい。私には勿体無いぐらいに最高の友達たちです」

「そうかそうか。彼女達の事はこれからも大事にしてあげなさい。お前さんにとって生涯の宝となる筈じゃからな」

「勿論です」

 

 うん…ちょっと…いや、かなりモチベーションが上がったかも。

 これからはもっと前向きにトールギスに乗ろう。

 実を言うと、私もトールギスには愛着が付き始めてるんだよね。

 ここまで苦楽を一緒にすると、もう怖がることは出来ないと言いますか。

 

 だからもう…迷うのはもうやめよう。

 トールギスと、ここにいる皆と一緒に…戦ってみせるよ。

 私の大切な人達を傷つけようとする奴等と。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 夜になってから私はベットの上に寝転がりながら、ウィングゼロの待機形態であるアクセサリを眺めていた。

 

「これ…別に機体性能を調べるぐらいの事はしても大丈夫…だよね?」

(別に問題は無かろう。見てみたいのか?)

「うんまぁ…一応」

 

 ゼクスがなんか懐かしそうに語りかけてきた。

 彼にとっても因縁浅からぬ機体だから無理も無いけど。

 

「つーわけで、ちょっち見てみましょう。えーっと…このケーブルをこれとパソコンに繋いでから…っと」

 

 待機形態をパソコンに繋いでから機体の確認をするとか、こんな作業が当たり前に出来てしまえるようになっている自分が地味に悲しい。

 もう何度言ったか分からないけどさ…私もマジでISに染まってますなぁ…。

 

「はい起動…っと。どれどれ?」

 

 カタカタカタっと最近習得したブラインドタッチを駆使して確認していく。

 すぐに機体の全体像が明らかになった。

 

「これって…」

 

 見た目は完全にテレビ版のウィングゼロ…?

 いや…違う。これはテレビ版のやつじゃない!

 これは…ウィングガンダムプロトゼロだ!

 個人的にめっちゃ好きなガンダム!

 

「武装は……うげ」

 

 肩部マシンキャノンにビームサーベル。ウィングシールド。

 そして…。

 

「ツインバスターライフル…か」

 

 やっぱり、これだけは外せないよね…。

 ゼロの象徴的な武装だし…。

 

「流石にこれは安易にはぶっ放せないよね…」

 

 威力が威力だし、もし間違って最大出力で発射とかしたら、相手さんは間違いなくISごと完全消滅待ったなしだし、IS学園なんて物理的な意味で消えてしまう。

 

(まさか、トールギスだけじゃなくてウィングゼロまでもがこうしてISになってるなんてね…。皆の専用機も主役五人の機体を模したやつに強化されたし。ここまで来ると、いつかガンダムエピオンとかも登場しそうな気が…)

 

 いやいやいや。

 これは止めよう。考えちゃいけない。

 今までのパターン的に、この考え自体がフラグになりそうで怖い。

 

「…シャワーを浴びてから、もう寝よ」

 

 嫌な考えを払拭する為に、私は体をサッパリさせてから床に就いた。

 もうすぐ夏休みだってのに…休まる暇もありゃしない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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テスト終了からのまさかの展開

今年初の通常投稿です。

前回までのは年末年始特番的なのだったので。







「「「「終わったぁ~…」」」」

 

 ガンダム開発おじいちゃんズ改め、IS開発おじいちゃんズと出会ってから数日後。

 私達は、なんとか頑張って無事に(?)一学期の期末テストを終わらせることが出来た。

 流石にまだ結果は出てないけど、それなりにやれた…とは思う。多分。

 

「ふわぁ~…複数の意味で疲れたぁ~…」

「俺も~…」

「私もぉ~…」

「右に同じだ…」

 

 私と本音ちゃんと篠ノ之さんは、織斑君の席に集まって互いを労っていた。

 候補生と言うエリートじゃない私達にとって、IS学園のテストは恐ろしく高い関門だった。

 

「なぁ…三人共…古文のテストの問10の選択問題さ…何にした?」

「えっと…私は①だったかな?」

「私も佳織と同じだ」

「私もだよ~」

「マジか…俺も①にしたんだけど…これなら安心出来るかもな」

 

 怖い時の友人同士の答え合わせ。

 ここで自分だけ答えが違った時の絶望感と、皆と答えが同じだった時の安心感は物凄い。

 実際、今の私は心から安心した。

 

「そ…それじゃあさ、英語のテストの問7の英文を日本語に訳するやつは『私はジョンの家で一緒に宿題をします』であってるよな?」

「え? 私は『私はジョンと一緒に家で宿題をします』にしたけど…」

「順番が違うねー。私はかおりんと同じにしたかな~」

「私は一夏と同じ感じだ…」

 

 これ…どっちが正解なんだろ…。

 同じようで微妙に違うしな…。

 

「うーん…ここで考えても埒が明かないな…。もういっそのこと、考えるのを止めて結果が出るのを待つか…」

「それが良いかも。考えれば考えるほどに不安になってくるし」

「そだねー。今更、後悔しても意味無いしねー」

「そういうのは結果が出てからでも遅くは無い…か」

 

 篠ノ之さんの言う通り。

 今は自分達の勉強の成果を信じるしかありません。

 

「取り敢えず、今はテストから解放されたって事実を堪能した方がいいね。もうすぐ夏休みなんだしさ」

「「「賛成」」」

 

 学生にとって最大の楽しみである夏休み。

 それがもうすぐ傍まで迫ってきている。

 色んな事があったせいか、物凄く長く感じた一学期だったけど。

 

「まずは…今日の放課後はどうしようかなー…」

 

 ISの練習…は今はしたくは無いかなー。

 テストで疲れてるし…。

 

「それならば、皆さんで博士たちの所に行きませんこと?」

「オルコットさん?」

 

 話しかけて来たのはオルコットさん。

 流石は学年主席。

 一学期のテストぐらいでは動揺すらしませんか。

 その後ろには、これまた余裕な顔のデュノアさんと、ちょっぴり不安そうなボーデヴィッヒさんもいた。

 

「そうだね。あれから結構時間も経ってるし。もしかしたら、もう機体の方も仕上がってるかも」

「う…うむ…我々の為にやってくれているのだ。差し入れぐらいは持って行った方が良いだろうな…うん」

 

 なんだろうか…ボーデヴィッヒさんが微妙に挙動不審。

 

「ボーデヴィッヒさん…もしかして、テストやばかった?」

「さ…流石は佳織だな…その通りだ…」

 

 やっぱり。

 そんなイメージが無かったから意外だ。

 

「英語や数学などは余裕だったのだが…古文と歴史が…な」

「そっち方面かー…」

 

 そういや、ボーデヴィッヒさんと一緒に勉強をして分かった事なんだけど、この子ってどうやら典型的な理系みたいで、文系の教科が極端に苦手みたい。

 逆に篠ノ之さんは典型的な文系で、理系の問題が苦手だった。

 

「一応…答えは全部埋めたのだがな…」

「それだけでも上等だと思うよ?」

「「「うんうん」」」

 

 私の横にいる三人が大きく頷いてた。

 こんな事で共感できるのって…ある意味、学生らしいね。

 私達、立派な高校生なんだけど。

 今までに起きた事件のせいで地味に忘れかけてたけど。

 

「それじゃあ、オルコットさんが言った通り、お爺ちゃん達の所に行ってみようか」

 

 皆が揃って頷いてくれたので、放課後の予定は決定。

 途中で凰さんも合流して、私達は差し入れを購買部で買ってから、整備室へと向かうのでした。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「おじゃましまーす」

 

 形だけのノックをしてから、私達は整備室へとやって来ていた。

 すると、そこには意外な先客が。

 

「おぉ…お主たちも来たのか」

「なんだ。まさか、テストが終わってから直行してきたのか?」

「ちふ…織斑先生に山田先生?」

 

 え? なんでこの二人が?

 テストの採点とかしなくてもいいの?

 

「なんで私達がここにいるのかって顔だな」

 

 ばれてーら。

 

「本当は私達も今からテストの採点を行おうとしていたんだがな…」

「その直前に、博士たちから連絡を貰いまして…」

「連絡って事は…まさか?」

「そのまさかだ」

 

 老師Oのお爺ちゃんが前に出て説明をしてくれた。

 この人…いつ会っても迫力凄いな…。

 

「お前達全員の機体の整備及び回収改修作業が全て終了した。今から連絡しようと思っていたのだが、まさかそっちから来てくれるとはな。手間が省けた」

 

 割といいタイミングだったみたいね。

 整備室に来ようと思ったのは大正解だったわけだ。

 

「あ…これ。私からの差し入れなんですけど…」

「おぉ…! これは有り難いわい」

「慣れてる事とはいえ、それでも老骨に鞭を打っとることには違いないからな」

 

 まるで子供のように喜んでるプロフェッサーGとドクトルSのお爺ちゃんが、私の手から差し入れの入ってるビニール袋を受け取る。

 いや…ある意味じゃ中身は子供なのかもしれない。

 よく言うしね。『男はいつまで経っても子供みたいなもんだ』って。

 

「取り敢えず、先にこの二人にはメリクリウスとヴァイエイトは渡してある。後はお前さん達だけじゃ」

 

 ドクターJのお爺ちゃんに言われ、私達はハンガーの方に視線を向ける。

 そこには……。

 

 

「「「「「「おぉ…」」」」」」

 

 見事に完成した、私達六人の専用機が並べられていた。

 

「これが…生まれ変わった私の…『ウィング・ティアーズ』…」

 

 うん…モロにウィングガンダム(EW版)とブルー・ティアーズを融合させてますな。

 色合い的にも全く違和感が無いのが凄い。

 

「シュヴァルツェア・デスサイズ…。不思議と、禍々しさよりも力強さを強く感じる…」

 

 こっちもまたガンダムデスサイズ(EW版)とレーゲンが合体してる。

 どんな形になってもデスサイズってやっぱりカッコいいなぁ…。

 

「ラファール・リヴァイヴ・ヘビーアームズ…。こうして実物を見ると改めて思い知らさせるよ……何この動く武器庫は」

 

 いや…これはもう武器庫なんて可愛い表現じゃ済まないでしょ。

 元となったヘビーアームズの時点で既に過剰すぎる火力を持ってたけどさ。

 

「これがサンドロックか…。巨大な二振りの剣に武者を彷彿とさせる鎧…。まるで武士道を形にしたようなISだ…」

 

 その言い方だと某ソロモンの悪夢さんみたいだから。

 でも実際、割とサンドロックと篠ノ之さんの組み合わせは相性が良さそうな気がする。

 

「うっわ…あたしのシェンロンが見事に超近接仕様に生まれ変わってる…。っていうか、なんか色も変わってません? 白主体のトリコロールカラーになってるんだけど…」

 

 ある意味、最も変わったのがシェンロンですな。

 色が変わったせいで原形が分からなくなってるし。

 名前の呼びだけは微塵も変わってないのに。

 

「そして、これが…」

「うむ。お主のトールギスを改修した姿じゃ」

 

 私の目の前にあったのは、肩や胴体部、両脚部にあるブースターやシールドが蒼く染まり、頭部がまるでガンダムみたいになったトールギスFの姿だった。

 

「ワシらが言うのもアレじゃが、元のトールギスとは大きく変化した姿になったな」

「なんなら、名称も変えてみるか? お嬢ちゃんが良ければ…だがな」

 

 いや…名称も何も、今のこの姿はもう完全に…。

 

「トールギスⅡ…」

 

 あ。思わず口に出しちゃった。

 

「ほぅ…トールギスⅡか。ストレートでいいんじゃないか?」

「そうだな。それぐらい分かり易い方が良い」

 

 なんか採用の流れっぽい。

 私的には別に構わないけど。

 

「ならば、こいつの今後の名前は『トールギスF・Ⅱ』だな」

 

 略すと短いけど、ちゃんとカタカナにすると『トールギス・フリューゲルⅡ』になるから、地味に長くなってる。

 でも…カッコいいから許す。

 呼びにくくはあるけど、ロボット系の長い名前っていいよね。

 ストライクフリーダムガンダムやインフィニットジャスティスガンダムや、ガンダムバルバトスルプスレクスやガンダムグシオンリベイクフルシティとか。

 

「では、こいつ等を待機形態にしよう」

 

 お爺ちゃん達がそれぞれの機体のハンガーに向かって、コンソールを操作する。

 すると、全ての機体が眩く光り出し、一瞬で姿を消した。

 

「ほれ。受け取るがいい」

「「「「「ありがとうございます」」」」」

 

 へー…ティアーズは白い羽根のイヤーカフスになってるんだ。

 デスサイズは、まるで蝙蝠の羽と死神の鎌を模したような形状になってる。

 ヘビーアームズは…やっぱり半分になったピエロの面の首飾りだった。

 サンドロックは、ライオンの顔の付いた腕輪だった。かなりお洒落。

 シェンロンに至っては、普通に東洋の龍の顔の付いた物になってた。

 

「…で、私は特に変化なし…と」

 

 そりゃ、そこまで劇的には変わってないしね。

 強いて言えば色だけだけど。

 

(姫。ゼクス。君達に頼みたい事がある)

 

 ん? トレーズ閣下からの頼みとな?

 一体なんじゃらほい?

 

(機体がトールギスⅡになったのならば、暫くは私が動かしても構わないだろうか?)

 

 私は別に構わないけどー…ゼクスはどう?

 

(こちらも一向に構わん。元々、トールギスⅡはトレーズの機体だ。好きにするといい。今後は私が二人のフォローをするとしよう)

(感謝する。姫よ。君の事はこの私が全力で守ると誓おう)

 

 あ…ありがとうございます…。

 閣下に言われると、本気で照れますな…へへへ…。

 

「佳織? なんだか顔が赤いわよ? どうかしたの?」

「え? 別になんでもないよ、凰さん」

 

 まさか、ガンダム界屈指の超天才に守るって言われたなんて言えないしな…。

 

「これで、我々はちゃんと機体を受け取った訳ですが…皆さんはこれからどうなさるおつもりですか?」

 

 あ。私達がずっと気になってたことを千冬さんが聞いてくれた。

 

「それなんじゃがな…仕事をしながらワシらの間で話し合ったんじゃが…」

「このまま、IS学園に居座らせて貰おうと思っておる」

 

 …………にゃんですと?

 

「「「「「え――――――――――――っ!?」」」」」

 

 そりゃ驚きますわ。

 私だってめっちゃ驚いてます。

 織斑君と本音ちゃんも口がポカーンってなってるし、先生達に至っては目が点になってる。

 

「もう分かっているかもしれんが、ワシらも敵が多い身でな。色んな輩に狙われておるのだよ」

「今まではずっと、なんとかして逃亡をしたり、身を隠したりしていたが…それもそろそろ限界でな」

「そんな時に、仲森佳織嬢とトールギスの噂を聞いたのだ」

「あのトールギスがIS学園に属していると聞き、更にはその学園長が我等の古い知り合いでもあった」

「このチャンスを活かさない手は無いと思ってな。無論、ちゃんと許可は貰っているし、タダ飯食らいをする気は無い」

 

 えーっと…つまり…どゆことだってばよ?

 

「ワシら五人をここにおいて守ってくれるのならば、その見返りにISの整備や修理、改修を全力で手伝ってやる。なんなら授業をやっても良いぞ? ワシら全員、教員免許ぐらいは持っておるしな」

 

 ぐらいって…それ取るのがどんだけ大変なのか知ってます?

 さも当然みたいに言ってるけどさ。

 

「許可を取っている時点で、もう我々は何も言えないじゃないか…」

「この人達…悉く私達の先手を打ってますね…」

 

 そりゃ…ガンダム開発者のお爺ちゃん達だしね…。

 私達の常識で測っちゃダメだよ…。

 

「なんなら、ここの警備システムをワシらで強化してやろうか? 蟻の子一匹入れんようにしてやるわい」

「「…程々にお願いします」」

 

 この人達に掛かったら、IS学園が要塞みたいになっちゃいそうな気がする。

 そうなったらもう『学園』じゃなくなるでしょ。

 見た目学校な軍事基地だよ。

 

 こうして、夏休み直前にまさかの、頭脳面で超強力な味方が出来たのでした。

 本当にいいのかなぁ…。

 

 

 

 

 




お爺ちゃん五人組、まさかの完全味方に。

佳織の周囲がとんでもないことになっていってます。






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動き出す『運命』

今回からやっと本格的に『夏休み』の話に突入していくのですが、前にどこかで言った通り、基本的に夏休みは今までずっと掘り下げられてこなかった今作の主人公である『佳織のプライベート』がメインになる予定です。

予め言っておくと、もしかしたら少し鬱な要素もあるかもしれません。
この『夏休み』で、超序盤にて立っていた『フラグ』の回収をしていきます。
大半の人が忘れているかもですけど。
その時は普通に『第一話』から読み直してください。







 遂に来ました、一学期最後の日。

 明日から…否。

 今日の放課後から念願にして待望の夏休みに突入するのですたい。

 ま、同時に夏休みの宿題も出るのですが。

 それに関しては地道に頑張るしかない。

 私は最後の最後までやらないで絶望もしないし、七月の間に全集中して宿題を終わらせて、八月全部を遊びで消費するような根性も無い。

 何事も地道にするのが一番なのですよ。

 これこそ人類の知恵。

 

(フッ…夏休みの宿題もエレガントに…)

 

 久し振りに出たトレーズ閣下のエレガント。

 エレガントにしようがしまいが、宿題をすることには変わりがないけどね。

 

 ついでに言うと、今日は一学期最後の日であると同時に期末テストの結果発表日でもあったりする。

 人によっては、夏休み直前に『追試』という名の絶望に叩き落とされる事もある。

 

 因みに、頑張って勉強をしたお蔭か、私はなんとか全教科平均点を超える事が出来た。

 特に、ISのテストで89点を取った時は驚いた。

 思わず『えっ!?』って言っちゃったもん。

 

 オルコットさんやデュノアさんは普通に平均点越えをして、篠ノ之さんとボーデヴィッヒさんもそれぞれ苦手な教科(英語と古文)を赤点ギリギリで乗り越えた。

 凰さんもきっと、普通に90点台とか取りまくってるんだろうなぁ…。

 地味に驚かされたのは本音ちゃんで、まさか全部の教科で90点以上を取るとは思わなかった。

 なんだかんだ言っても、本音ちゃんも『暗部』の人間だってことかぁ…。

 

 そして、私達の中でも最も追試が危惧されていた織斑君はと言うと…。

 

「よ…良かったぁ…! 追試だけは乗り越えられたぁ…」

 

 …らしい。

 まだ点数は見せて貰ってないけど、割と危なかったのかもしれない。

 これに慢心せず、ちゃんと答え合わせとか後でやっておかないとね。

 

 それで今は、一学期最後のHRが行われていた。

 テストの返却はその最中にやったのよね。

 ぶっちゃけ、廊下に貼り出しとかされなくてよかったと思う。

 中学の時はテスト結果が廊下に張り出されてたからね…。

 

「…というわけで、夏休み中とはいえ節度を持った行動を心掛けるようにしろ。いいな?」

「「「「「はい」」」」」

 

 教壇に立っている千冬さんから、夏休み前の先生が言う定型文が聞こえる。

 これを聞くと『あと数分で夏休みが始まるなぁ~』って思います。

 

「それと、これは臨海学校の帰りにも一度言った事だが、念の為にもう一回だけ言っておく」

 

 ん? 臨海学校の時に言った事?

 それって…。

 

「このクラスの仲森は特殊な事情で専用機を所持している。その事は基本的には秘密となっており、口外することは禁止だ。一年限定で箝口令も敷かれている。これは夏休み中も決して変わらない。もしも口外した場合は、口外した当人は勿論、その関係者も全て学園側で拘束することになる。それが嫌なら、誰にも絶対に仲森の事を言うな」

 

 そうなんです。

 臨海学校の二日目で束さんが皆の目の前で超特大の爆発発言をしたせいで、私がトールギスを所持していることがバレちゃったんだよね。

 その後は暴走した福音のドタバタで何も言えずにいたけど、それが沈静化した三日目に改めて先生達からの注意喚起が行われた。

 オルコットさん達を初めとする専用機持ちの面々はともかく、一般の子達は安易な発言でどう転がるか分からないからね。

 教師として、ちゃんと釘を刺しておくことは大事って事ですな。

 

「それから、実は数日前から仲森の専用機を開発した研究者の方々が、IS学園の特別顧問として学園内におられる。もしあった時は失礼なことはせずに節度ある態度を心掛けるように。無論、彼らが学園にいる事も決して口外しないように」

 

 やっぱり、お爺ちゃん達の事もちゃんと言っておきますか。

 そりゃそうだよね。

 ある意味、あの人達って世界的な超絶VIPだもんね。

 仮に変な事を言われても普通に受け流しそうだけど。

 精神的な強さだけで言うなら、間違いなく束すらも凌駕してるでしょ。

 

「…では、これにて一学期最後のHRを終了する。日直」

 

 一年生一学期最後の挨拶が終了し、とうとう高校生活最初の夏休みが到来した。

 と言っても、特にこれといった予定は無いんだけど。

 強いて言えば、地元に戻ってマリーさん達と一緒に遊ぶぐらいかな?

 

「そうだ。仲森」

「はい?」

 

 な…なんだ?

 夏休みが始まって早々に千冬さんから直々の呼び出しですよ?

 流石にまだ校舎内だから名字呼びだけど。

 

「実は、お前宛てに荷物が届いてるんだ。突然で申し訳ないが、今から一緒に来てくれないか?」

「私宛の荷物…?」

 

 一体どこの誰がそんな物を?

 通販の類なら普通に寮の部屋に届けられるようになってるし…。

 

「分かりました。時間はタップリとありますし…行きます」

「悪いな。助かる」

 

 別に千冬さんが謝る必要はないんだけどなー。

 本当に律儀な人だなー。

 

「てなわけだから、ちょっと行ってくるね」

「分かりましたわ」

「ボク達は食堂で待ってるから」

「うん。終わったら向かうよ」

 

 皆と待ち合わせをしておいて…っと。

 さて、それじゃあ行きますか。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 外からIS学園に荷物が届けられる場合、まずはそれが危険物であるかどうかを判断する為に『荷物検査室』へと送られる。

 仰々しい名前をしているけど、要は空港なんかに良くある機械式の荷物検査をする場所のIS学園バージョンなだけ。

 やってること自体はなーんにも変わりません。

 

「ここだ」

「荷物検査室…私、初めて来ました」

「そうだろうな。普段は余り利用する機会が無い場所だしな」

 

 こういう場所に来ると、IS学園が普通の学校じゃないって実感する。

 自分は今、世間一般とはかけ離れた場所にいるんだなーって。

 

「失礼します。仲森を連れてきました」

「お待ちしてました。織斑先生」

 

 ノックの後に室内に入ると、係の人が笑顔で出迎えてくれた。

 中は見た事のない機械がいっぱいあって、普通に『ほぇー』って言ってしまった。

 

「仲森佳織さん…ですよね?」

「は…はい。そうです…」

 

 いきなり話しかけられた…。

 分かっていた事とはいえ、やっぱり完全初対面の相手と話すのは緊張する…。

 

「早速で申し訳ないんですが、荷物の確認をお願いできますか? こちらで簡単な検査はして、危険性は無いと結果は出ていますから。安心していいですよ」

「あ…分かりました…」

 

 そうして差し出されたのは、良くある中くらいの段ボールが三つ。

 ダンボールの表面には何も書いては無いけど、宅配便で送られて来たのを示す伝票が張られてあった。

 

「この住所…」

「どうかしたのか?」

「いえ…この荷物、ウチの家…実家から送られて来た物みたいです」

「佳織の家から…だと?」

 

 あ、名前呼びに変わった。

 なんて事は置いておいて。

 

(家からって…一体誰が、何を送って来たんだろう…?)

 

 伝票に書いてあるのは家の住所だけで、特定の誰が送って来たのか的な情報は書かれてない。

 送り先は『IS学園の仲森佳織』ってピンポイントで名指ししてるのに。

 可能性があるとすれば私の家族だけど…だけど…。

 

(あの人達が私に対して何かを送って来るなんて事…まず有り得ないしなぁ…)

 

 そんな余裕も無ければ、そんな事をする理由もまた無い。

 そもそもの話、私は実の両親からプレゼントの類を貰った事なんて一度も無い。

 私にプレゼントをくれたのは、いつもマリーさん達のような友人達だけだ。

 

「これって…ここで開けても?」

「はい。大丈夫ですよ」

 

 なら遠慮なく。

 貸して貰ったカッターナイフを使いテープを切って、いざ御開封…ってね。

 

「…………え?」

 

 ちょ…待ってよ…。

 は? いやいやいや…なんで…どうして…。

 

「か…佳織? どうした? 何が入っていたんだ?」

「こ…これ…」

「服…か?」

「はい…これ…私の私服です…」

「なんだと?」

 

 どうして、私の私服が送られてくるのさ…。

 いや、服だけじゃない。

 服の下にも色んな物が詰め込まれてる。

 よく聞いてた落語のCDに、よく読んでた本の数々。

 ゲーム機にソフトに漫画の単行本。

 まさかと思って別の段ボールも開けてみたら案の定、全部の箱に私の私物…より正確に言えば、実家に置いてある私物が全部入っていた。

 文字通り、一つ残らず全て。

 

「なんで…どうして…?」

「まさか…例の奴が…?」

 

 千冬さんが言う『例の奴』が誰の事を指しているのかは分からないけど、これを送ってきた相手にはなんとなくの予想が付いている。

 当たって欲しくない予想だけど。

 

「お母さん…なの…?」

「なに?」

「これ…送って来たの…ウチのお母さんかも知れません…」

「佳織の母親が…?」

 

 お父さんは、こんな面倒な事はしない…というか苦手だから除外。

 お婆ちゃんに至っては、送ると言う発想自体が思い浮かばないだろう。

 そんな事をするぐらいなら普通に捨てようとするはずだ。

 あの人、普通に私の事を毛嫌いしてるし。

 

(…さっきから心臓がドキドキして五月蠅い…。なんでか猛烈に嫌な予感がする…)

 

 無人機が来た時や、VTシステムが発動した時や、暴走した福音と対峙した時以上に激しく心臓が鼓動している。

 息が苦しくなる。視界が歪んでいく。手の震えが止まらない。

 

「大丈夫か? しっかしろ! 佳織!」

「はっ…? あ…すいません…ボーっとしてました…」

「佳織…お前は…」

 

 いつかは必ず帰らないといけないとは思っていた。

 良い思い出なんて少しだけで、殆どは碌な思い出なんて無いけど。

 それでも実家(あそこ)は私の『家』だから。

 ちゃんと『現実』と向き合う為にも…私は『家』に帰らないといけない。

 まさか、それが『今』になるとは思ってなかったけど。

 一度、この送られて来た荷物を取りに行かないといけなかったから、その時にでも…とは思っていた。

 けど、中々に心の準備が出来なかった。

 はは…情けないね…。

 人にはあれだけ偉そうな事を言っておきながら、肝心な自分自身がこんな有様なんてね…本当に情けないやら…恥ずかしいやら…。

 

「…千冬さん」

「…どうした?」

「私…実家に帰ります」

「いいのか? お前の家は…」

「分かってます。でも、こうして家に置いてた筈の荷物が届けられたってことは、その『理由』が必ずある筈なんです。私は…それを確かめたい」

「佳織…」

 

 お母さん…家にいるかは分からないけど、もし家にいたら…その時は…。

 

(どうして、こんな真似をしたのか…聞かせて貰うからね…!)

 

 場合によっては、全力で怒った上でビンタの一発ぐらいはぶちかましてやる…!

 

 




次回から完全オリジナル回『佳織編』に突入。

それと、アンケートでもあったように夏休み中に簪との出会いもどこかで盛り込んでいきます。





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失ったもの

 家に帰る。

 そう言った佳織に対し、私は言葉では言い表せない不安がよぎった。

 普段の佳織とは違う感じ…そう、今の佳織からは『怒り』の感情が垣間見えた。

 この子の家庭事情と、今のこの状況を察すれば無理もないことかもしれないが。

 

 私は佳織の…一年一組の担任教師だ。

 勿論、各々の生徒のプロフィールも知っている。

 その中でも特に佳織は一際、特殊な事情でIS学園に来ているのだから、こちらとしても特に目を光らせる必要があり、同時に彼女の家庭のことも承知していた。

 だからこそ、今の佳織を一人にしておくのは拙いと思った。

 

「…実家に帰ると言ったが…今すぐに行くのか?」

「はい。善は急げ。思い立ったが吉日とも言いますし。寮に戻って準備をして、すぐにでも出かけようかと」

「そうか…」

 

 きっと、今の佳織は焦っているんだろう。

 いきなり実家から送られてきた差出人不明の荷物。

 その中身は実家に置いている筈の自分の私物。

 例え佳織でなくても普通に焦る。

 佳織自身は母親から送られてきたものではと思っているようだが、私個人としては例のストーカーの可能性も拭いきれない。

 ほんの僅かな可能性であったとしても、佳織の身に危険が降りかかるかもしれないのならば、私は黙っている事は出来ない。

 

「佳織。私も一緒に行こう」

「へ? 千冬さん…も?」

「そうだ。今のお前を放っておくことは出来ない。大人として、教師として…人間としてな」

 

 一人では受け止めきれない事実があったとしても、傍に誰かがいれば耐えられる。

 嘗ては私が支えられる立場だったが、今度は私が誰かを支えられる立場にならなくては。

 私は佳織を守ると誓ったのだから。

 

「いいん…ですか?」

「勿論だとも。何度も言っているが、これまでに何度も佳織には助けられているからな。こんな時ぐらいは大人らしいことをさせてくれ」

「そんな…千冬さんにはいつもお世話になってるのに…」

 

 …どうしよう。

 目をウルウルさせながら見上げてくる佳織が可愛過ぎる。

 

「と…兎に角、私も佳織の実家には同行させて貰う。ちょっとした家庭訪問だとでも思えばいい」

「は…はぁ…」

 

 そうと決まれば、まずは山田先生に連絡だな。

 スマホを出して…っと。

 

「もしもし? 山田先生か?」

『織斑先生? どうされたんですか?』

「いや、実はな…」

 

 ここで私は先程までの状況を説明。

 物わかりが良い彼女は、すぐに私が言いたい事を理解してくれた。

 

「…と言う訳なんだ。だから、私は今から仲森の実家に一緒に着いて行くことにする。その間の事を任せたい」

『分かりました。こちらの事はお任せください。確かに、そんな事が起きたら見過ごすわけにはいかないですもんね』

「あぁ…その通りだ」

『コッチの事は気にせずに、織斑先生は仲森さんの傍についてあげてください』

「そのつもりだ。では、任せたぞ」

『はい。気を付けて行って来てください』

 

 これでよし…と。

 後は車の準備だな。

 

「佳織。私は今から車の準備をしてくる。職員用の駐車場の場所は分かるか?」

「一応…。千冬さん、車とか持ってらしたんですか?」

「意外か?」

「意外と言うか…車に乗っている姿を見た事が無いので…」

「だろうな。これでも車の免許自体は持ってるんだぞ」

「肝心の車は?」

「ない。だから、IS学園の車を借りるつもりだ」

「そんな事が出来るんだ…」

「ちゃんと申請をすればな」

「流石はIS学園…」

 

 私は所謂、ペーパードライバーと言う奴だ。

 運転免許を持っていれば色々と便利だからと言う理由で取得はしたが、私の場合はそこで終了している。

 別に車を欲しいと思わない訳じゃない。

 訳じゃないが…車は高い。無駄に高い。

 それだけじゃなく維持費もかかる。

 というか、そもそもウチには車庫が無い。

 駐車場を借りるにも、それにもまた金が掛かる。

 だから、いざと言う時は基本的にレンタカー頼りだ。

 

「準備が終わったら、職員用の駐車場で来てくれ」

「分かりました」

「では、また後でな」

「はい」

 

 …何気なく話していたが、これではまるでデートの約束をしたみたいじゃないか?

 こんな時に不謹慎だと分かってはいるが…佳織と二人きりで外出出来る状況にドキドキワクワクしている自分がいる…。

 いかんいかん…しっかりしなくては。

 私が佳織を支えなければ、一体誰が支えると言うんだ。

 よし。気を引き締め直して車を借りに行くか。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 …と言う訳で、私の運転する車(黒のタント)にて一路、佳織の実家がある場所へと移動をしていた。

 一応、書類で住所は知っているが、実際に行ったことがある訳ではないので、助手席に座っている佳織に道案内を頼んでいる。

 え? カーナビを使えばいい?

 そんな事をしたら佳織と話すネタが無くなるだろうが。

 

「うわ…まだ半年も経ってないのに妙に懐かしい感じがする…」

「それだけ濃密な一学期だったと言う事だろう」

「そうですね…」

 

 実際には『濃密』の一言では片付けられない程に数多くの出来事があったがな…。

 

 ある日突然、ランクSを出したと言う理由でIS学園に入学させられ、IS委員会から危険極まりない専用機『トールギス』を渡され、クラス対抗戦の時の謎の無人機襲来の際にはトールギスを見事に乗りこなして撃退。

 学年別トーナメントの際には、ラウラの奴のISに密かに仕込まれていたVTシステムの鎮圧に成功し、その後の臨海学校では軍用機の暴走と言う前代未聞の事件に遭遇し、トールギスの第二形態移行に成功したばかりか、銀の福音をほぼ単独で撃破してみせている。

 

 …こうして簡単に説明しただけでも、佳織の戦績が凄まじいことが伺えるな…。

 それと同時に、IS学園が何度も何度も佳織に救われてきたという事実に、自分自身が情けなくなってくる。

 もし佳織がいなかったら一体どうなっていた事か…。

 

「あ…そこの角を右です」

「分かった」

 

 そう言えば、私は佳織の事について殆ど何も知らないな…。

 趣味嗜好、普段は何をしているのかとか。

 個人的には物凄く知りたいが、だからと言って生徒のプライベートにズケズケと入り込むのもどうかと思うしな…。

 うーむ…こういう時ばかりは、教師と言う立場が恨めしい…。

 

「あそこの家…いつの間にか無くなってる…」

「知り合いの家なのか?」

「いえ…知り合いって程じゃないんですけど…普通にご近所ってだけで…。どこかに引っ越しちゃったのかな…」

 

 それ程親しくは無いとはいえ、それでも近所の家が無くなるのは寂しいものだな。

 これに関しては割と共感する者は多いと思う。

 

「あ……」

「どうした?」

「家…見えてきました。あれ?」

「今度はどうし…ん?」

 

 なんだ…?

 佳織の実家と思わしき建物に、何かが貼ってあるような気が…。

 

「…急ごう」

「…はい」

 

 なんだ…この嫌な予感は…。

 急に胸騒ぎがしてきた…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 佳織の実家…仲森家に到着した私達は車を降り、家の塀に貼られていた物を見て絶句した。

 

売家

 

 これは…どういうことだ…?

 どうして…佳織の家が売りに出されている…?

 

「え…? わ…たし…の家…なんで……?」

 

 佳織の顔には冷や汗が流れ、目の焦点が合っていない。

 目の前の光景を信じられず、呼吸も荒くなっている。

 私自身も佳織ほどでは無いが、それでもショックを隠しきれない。

 まさか、この家を引き払うから佳織の荷物をIS学園に送ってきたと言うのか…?

 

「ど…うし…て…家…」

「佳織!」

 

 後ろに倒れそうになった佳織の身体を急いで支える。

 その目からは大粒の涙が零れていた。

 

(これは…本当にどうなっているッ!? 佳織の家族はどうしてしまったんだっ!?)

 

 何がどうして、こうなってしまっているのか。

 事情が分からなければ、どうしようもない。

 不甲斐無くも私も混乱していた…その時だった。

 

「…アタシの予想通り、やっぱり戻ってきたね」

「「え?」」

 

 突如として聞こえてきた老婆の声。

 思わず振り返ると、そこには派手な服装をした一人の老婆が立っていた。

 

「お…お婆ちゃんっ!?」

「なに!?」

 

 この人が…佳織の祖母!?

 私が思っていたイメージとは随分とかけ離れているな…。

 

「お婆ちゃん! これってどうなってるのッ!? どうしてウチが売家になってるのッ!?」

「そう慌てなさんな。ちゃんと一から説明してやるよ」

 

 …どうやら、佳織の祖母は事情を把握しているようだな。

 

「それにしても、やっぱり佳織は賢い子だね。こっちの思惑通り、ちゃんと帰って来てくれた」

「思惑って…もしかして、あの差出人不明の荷物はお婆ちゃんが送って来た物だったのッ!?」

「そうさね。昔から勘の鋭かった佳織のことだから、こうすれば何かを察して戻ってくると踏んだのさ」

「私に…今の家を見せる為に…?」

「あぁ」

「それだったら、電話とかで教えてくれれば良かったじゃん!」

「そんな事をしても意地を張って帰ってこないと思ったから、こうして自分から戻ってくるようにしたんだよ。差出人を不明にすれば、怪しんだ佳織は荷物を送ってきた奴を確かめようとして帰ってくると思ってね」

「うぐぐ…!」

 

 さ…流石は佳織の祖母…。

 佳織の性格を完璧に把握している…!

 

「案の定、アンタはこうして帰ってきた。賢すぎるのも考えもんだね」

「う~…」

 

 こんな時に何だが…悔しそうにしている佳織が可愛い。

 

「けどまさか、佳織が誰かと一緒に戻って来るとは思わなんだ。アンタは?」

「わ…私はIS学園でお孫さんの担任を務めている織斑千冬と申します」

「織斑千冬…? どこかで聞いたことがあるような気が…まぁいいか」

 

 ほっ…流石にISにはそこまで詳しくは無いようだな…。

 変に騒がれても面倒だしな。

 

「あたしゃ佳織の祖母の『仲森サチ子』だ。あの佳織が一緒にいる事を許しているって事は、アンタとは相当に仲が良いようだね」

「一緒にいる事を許している…?」

「そうさ。この子は昔から友達作りが苦手でねぇ。そのせいで自分から積極的に誰かに話しかけたりってのが出来ないのさ。そんな子がこうして実家にまで同行を許している。それはつまり、アンタに対して心を許しているって証拠なのさ」

「私に…心を…」

「お…お婆ちゃん…その辺で勘弁して…」

 

 成る程…伊達に佳織の家族ではないと言う事か。

 ほんの少しではあるが、佳織の事を知ることが出来た。

 それとは別に、羞恥心で悶絶している佳織が可愛くて辛い。

 

「どれ。立ち話はここら辺にして、続きはあそこで話すとしようか」

 

 そう言って指差したのは、一件の喫茶店。

 行きつけ…なんだろうか?

 

「あそこで全部教えてやるよ。どうしてアタシが佳織に荷物を送ったのか。どうして家があんな事になっているのか。その他の事もね…」

「「…………」」

 

 遂に分かるのか…どうして、こんな事になってしまったのかを…。

 

 

 

 

 

 

 



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一家離散

ちょっと暗めの話になるかもなので、苦手な方はブラウザバック推奨です。








 佳織の元実家の近くにあった喫茶店に、佳織の祖母であるサチ子さんと一緒に入店する。

 外観からは古い印象を受けたが、店内は思ったよりも広く綺麗にしていた。

 幸いなことに私達以外の客は殆どいなかったが、それでも念には念をと言う事で一番奥にある席に座ることにした。

 私と佳織が並ぶように座り、サチ子さんが対面するような形となる。

 

 適当に飲み物を注文してから、早くも本題に入ることに。

 

「さて…どこから話したもんかね」

「じゃあ、私が質問して、お婆ちゃんがそれに答えるって形はどうかな?」

「ふむ…それが手っ取り早そうだね。なら、そうするか」

 

 確かに、その方が話もし易いか。

 こんな状況でも、佳織はちゃんと冷静だな。

 

「…お父さんとお母さんは、どこに消えたの?」

「分からない。本当に、いつの間にか何処かに行った…としか言いようがない」

「置手紙とかは?」

「無い。アイツ等は自分達がいた痕跡を文字通り全て消し去ってから行方を眩ましたんだよ」

「そう…」

 

 自分が知らない間に姿を消していた両親…か。

 佳織の気持ちは分かる…なんて軽々しくは言えないな…。

 どれだけ同じような境遇であろうと、佳織の気持ちは佳織にしか分からない。

 

「昔から勘の鋭かった佳織の事だ。薄々とは気が付いてはいたんじゃないかい?」

「…何を?」

「お前の両親が離婚したがっていたことを…さ」

「それは…」

 

 佳織の両親が離婚をしようとしていた…?

 私も担任として、佳織の家の家庭環境の事は文面で知ってはいたが…まさか、そんな事になっていたとは…。

 

「で…でも…お母さんもお父さんも喧嘩なんて一度も…」

「したことが無い…か。そりゃそうだ。アイツ等はお互いが嫌いになって離婚したわけじゃないからね」

「じゃあ、なんで…」

「興味が無くなったからさ」

「きょ…興味って…」

 

 無関心になった…ということか…?

 どちらかが悪かったとかではなく、お互いに無関心になっていったから…?

 

「佳織だって知ってるだろ? お前の親父…アタシの息子はいきなり会社に行かなくなったと思ったら、部屋に籠りだして古物商の免許を取るとか言い出したり、母親の方も外出が増えたかと思ったら、頻繁に朝帰りをしてくる始末。しかも、母親の知人を自称する白人の男が家にいる事もしょっちゅう」

「う…うん…。私…前にあの人から『皆で一緒にオレゴンで暮らそう』って言われたことがある…。怖くて即座に断ったけど…」

 

 こ…これは酷過ぎる…!

 まさか、仲森家の家庭環境がここまで劣悪な状態だったとは…!

 

「ま、アタシもあんまし人の事は言えないんだけどね。住まわせて貰っている手前、強く言い出せずにいたせいで佳織と話をする事も殆ど無かった…」

「え? お婆ちゃん…私の事を毛嫌いしてたんじゃ…」

「そんな訳がないだろう? あんたはアタシにとって、たった一人の大切な孫娘なんだよ? 寧ろ、アタシみたいな愛想の悪い老婆なんて近づいたら怖がられるかも…なんて思っていたぐらいさ。本当に…情けない話さ…」

「お婆ちゃん…」

 

 この人もこの人で不器用なだけだったのか…。

 心の中では、佳織の事を誰よりも大切に思っていたんだな…。

 

「お父さんとお母さんが離婚したがってたって言ってたけど…それっていつぐらいから?」

「明確に離婚って言葉を言い出したのは、佳織が学園の寮に入る為に家を出て行ってからさ。でも、それっぽい雰囲気自体はかなり前からあったね。お前も覚えがないかい? 丁度、佳織が中学に上がった頃から徐々に二人の会話が少なくなっていったのを…」

「そう言えば…最後に二人が会話をしてたのって、小学六年生の初め頃…だったような気がする」

 

 急に…ではないんだな。

 緩やかな下り坂を降りて行くように、ゆっくりと離婚へと向かっていたのか。

 

「恐らく、本当はもっと早くに離婚をしたかったんだろうね。離婚届自体は早い段階で用意していたようだし」

「そう…だったんだ…」

 

 佳織…。

 

「けど、佳織の存在がそれを許さなかった」

「私が?」

「そうさ。お世辞にもアイツ等は親として褒められたもんじゃない。けど、そんな親でも…お前は大好きだったんだろう?」

「うん…そう…だったんだと思う…」

「お前があー…あいえす? 学園…に入学するって決めたのも、アイツ等やアタシを守る為…なんだろう?」

「な…なんでそれを…?」

「やっぱりか。アタシを舐めんじゃないよ。遠巻きに見ていたとはいえ、赤ん坊の頃からずっと佳織の事を見ていたんだ。それぐらいの事は分かるさね」

「あはは…凄いなぁ…お婆ちゃんは…」

 

 これが祖母の成せる技…なのか…。

 きっと、私では分からなかっただろうな。

 それにしても、少し気になることがあったな。

 家族を守るために佳織がIS学園に入ったとは?

 

「あの時、お前は『委員会』とかいう連中からIS学園に入学しろと言われていた。時には家に直接来る時もあったね」

「そう…だね…」

「ありゃ、もう殆ど脅迫だった。直接的な言い回しはしてなかったけど、アタシには分かった。ありゃ、いざとなれば手段なんて選ばないような奴等だとね」

 

 す…鋭い…!

 今のIS委員会は、まさにそんな感じだからな。

 臨海学校の一件で、その事を身を持って思い知らされた。

 

「多分だけど、佳織はこんな事を考えてたんじゃないのかい? 『このまま断り続けていたら、いつか家族が人質にされるかもしれない』…とかさ」

「その通り…です」

「やっぱりね。佳織に余計な重荷を背負わせちまったね…ごめんよ」

「そんな! お婆ちゃんが謝ることなんて…全然ないよ…」

 

 優しいな…佳織は。

 半ば親から見放されようとしていても、それでも家族の為に動けるなんて…。

 だからこそ、IS学園でもあいつ等の心を救えたんだろうな。

 

「佳織が自分達を家に繋ぎ止めていたから離婚が出来なかった。アイツ等はそう考えていた。世間体ってのもあったんだろうね」

「まさか…私がIS学園に行くって言った時、二人揃って物凄く喜んでいたのは…」

「佳織の方からいなくなってくれる事になったからさ。もう、アイツ等にとって佳織の存在は邪魔者であると同時に、自分達を家に縛り付ける『楔』でもあった」

「だから…私が家からいなくなることを喜んだ…」

「あぁ。ったく…我が息子ながら恥ずかしい話さ。幾ら自由になりたいからと言って、自分の娘を切り捨てる馬鹿がどこにいるってんだい…!」

 

 怒っている…。

 この人は本気で佳織の為に怒ってくれている。

 どうやら、佳織は決して孤独だったと言う訳ではないようだな…。

 

「佳織が進学して家からいなくなった途端、あの二人は意気揚々と離婚の準備を進めて行ったよ。そして、あっという間に離婚調停は成立。ちょっと目を離した隙に、もう荷物を纏めていやがった」

「じゃあ、学園に送られてきた私の荷物って…」

「あれは、さっきも言った通り、佳織にも今の家の姿を見て貰う為にアタシが考えた事…なんだが、もう一つ意味があるんだよ」

「それは?」

「…あのバカ二人は、あろうことか家に残っていた佳織の荷物を捨てようとしてたのさ」

「えぇっ!?」

 

 娘の私物を勝手に捨てようとするだと…!?

 正気かッ!? とてもじゃないが普通じゃない…!

 

「だから、そうなる前にアタシが確保して、急いでダンボールに纏めてアンタの学校に送ったんだよ。本当にギリギリだった。あと少し遅かったら、今頃はゴミ捨て場に並んでただろうね」

「そうだったんだ…」

 

 これは本当にサチ子さんのファインプレーだな。

 そのお蔭で、佳織は自分の荷物を全て学園に持って来れたのだから。

 

「でも、荷物が送られて来たのって今日だったよ?」

「そりゃそうさ。敢えて遅れて送られてくるようにしたからね」

「なんで?」

「時期ってのを考えたのさ。流石に、入学したてで色々と忙しい一学期に『話したい事があるから家に戻って来い』なんて言えないさね。だから、長期の休みでゆっくりと考える時間もある夏休みに入るタイミングで荷物が届けられるように調整したってわけなのさ」

 

 す…凄い…!

 まさか、そこまで考えていたとは…!

 佳織の冷静な判断力と、いざと言う時の度胸と行動力は、もしかしたら祖母であるサチ子さん譲りなのかもしれないな…。

 

「お婆ちゃんは今はどうしてるの?」

「適当に近くのアパートの部屋を借りて暮らしてるよ。だから、こっちの事は別に心配しなくても良い」

 

 残念だが、それは無理な相談だろうな。

 なんだかんだ言いつつも、結局は心配になって手を差し伸べてしまうのが佳織だから。

 

「あの二人の事は…本当に分からないんだよね?」

「あぁ。あいつら、ご丁寧に今まで持っていた携帯も解約して、番号やら何やら全部を全部変更した上で新しい物に買い替えていたからね。アタシの方からも連絡をしたくても出来ない状態だよ」

「ってことは、私の携帯からも無理ってことか…」

「そうなるね。探したいのかい?」

「どうだろ…良く分からない。最初は、もし下らない理由で呼び出したんなら、お母さんに向かってビンタの一発ぐらいはしようって思ってたけど…その相手がいないんじゃね…。あの二人の気持ちが私から離れて行ってたのは、なんとなく察してたけど…だからと言って無下には出来なかった。あんなんでも私を生んでくれた両親だしね…。ショックだったってよりは…なんだか呆れた。何やってんだって。離婚するなら、もっと堂々としろよって。私がいたら離婚を嫌がるとか思ってたのかな…。私、そんなに空気が読めない女の子じゃないんですけど…」

 

 佳織も佳織で、気持ちの整理が必要かもしれないな。

 だが、この話が第三者経由ではなくて、祖母であるサチ子さん経由で話されたのは大きいかもしれない。

 家の中で唯一の味方だった人から話を聞けば、佳織の精神的ショックも少しは和らぐだろう。

 

「アンタ…千冬さん…だったか?」

「は…はい」

「今更こんな事を言えた義理じゃないかもしれないが…佳織の事をよろしく頼むよ」

「サ…サチ子さん…?」

「お…お婆ちゃん!?」

 

 いきなりテーブルに手を突いて頭を下げただと…!

 

「これもさっき言ったが、佳織がアンタを付き添いに選んだってことは、それだけアンタの事を信用して、同時に信頼しているって証拠だ。今のアタシにゃ何にも出来ない…けど、大切な孫娘が選んだ相手になら託すことが出来る。だから…この子の事を守ってあげておくれ…! どれだけ勘が鋭くても、佳織はまだ十五歳の女の子なんだ…。大人が守ってやんないといけない…」

 

 こ…これはもしや…家族公認というやつかっ!?

 い…いや、こんな場面で浮かれるな私!

 サチ子さんは真剣に私に佳織を託そうとしてくれているんだぞ!

 

「大丈夫です。佳織は私以外にも数多くの友人を学園で作っています。この子は決して一人ではありません」

「そうか…佳織も…頑張っているんだね…。それを聞いて安心したよ…本当に…本当に…」

 

 今までずっと厳格な顔を崩さなかったサチ子さんが初めて泣いた。

 心の底から嬉しそうに泣いた。

 それを見て、佳織の目にも涙が溜まっていた。

 

「お婆ちゃん…私…頑張るから…。だから、いつかお婆ちゃんちに遊びに行ってもいい?」

「勿論だとも。その時は、友達も沢山連れておいで」

「うん…そうする…」

 

 決して何かが解決したわけではない…が、それでも来た意味はあったな。

 佳織は家で一人では無かったと知り、祖母であるサチ子さんと分かり合う事が出来た。

 問題は、佳織の両親の行方だが…正直、調べようと思えば調べる事は出来る。

 束は佳織の事を気に入っているから、頼めばすぐに調べてくれるだろうし、それは暗部である更識も同様。

 今はまだ懸念する程ではないが、だからと言って無視も出来ない。

 一応、頭の片隅に置いておくぐらいの事はしておいた方が良さそうだな…。

 

 

 

 




まだ佳織編は終わりません。

っていうか、夏休みは丸々全部を佳織編にしようと思っています。

なので、これまた原作とは大きく乖離するかもです。

最期のヒロインである簪とも会わせないといけないですしね。





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今度は私達が

 佳織の祖母であるサチ子さんとの話を終え、私達はIS学園へと帰ってきた。

 余り、こんな事は言いたくは無いのだが…今の佳織は文字通り帰る場所を失ってしまった。

 だから、今のあいつにはIS学園に帰ると言う選択肢以外が存在しない。

 行く当てもない状態になってないのが、せめてもの救いか…。

 

 移動の最中、佳織はずっと無言だった。

 私もまた、何を言って良いのか分からずに無言を貫いてしまった。

 本当は担任として、大人として何か励ますような事を言うべきだったのかもしれないが、悔しいことに良い言葉が何も思い付かなかった。

 今までで一番、自分自身を情けないと思った。

 

 学園に戻ってきて専用駐車場に車を停めると、佳織は俯きながら助手席から降りてきた。

 

「だ…大丈夫か…?」

「…はい。でも…今はちょっと一人になりたいです…」

「…そうか。何かあったら、いつでも呼んでくれ」

「…ありがとうございます。では、失礼します…」

 

 結局、最後までずっと佳織は俯いたままで学生寮へと帰っていった。

 私はただ、その背中を見つめる事しか出来なかった。

 

(情けない話だが…これは私だけが持っていていい情報ではないな。あいつ等とも共有をしておくべきだろう)

 

 一人では無理でも、皆となら佳織を支える事が出来るかもしれない。

 そう思い、私は鈴の携帯に電話をする事に。

 候補生は長期休暇になると、母国に経過報告や機体のオーバーホールなども兼ねての一時帰国を命じられているのだが、流石に一学期が終わってすぐに日本を発っている…と言う訳ではないだろう。

 色々と準備もあることだろうしな。

 

「もしもし。織斑千冬だ」

『お…織斑先生ッ!? なんでそっちから電話をッ!?』

「今は夏休み期間中だ。いつも通りで構わん」

『そ…そうですか。でも、珍しいですね…千冬さんから電話だなんて』

「…ちょっとな。実は、佳織の事について、お前達に話しておきたい事がある」

『佳織の事で?』

「そうだ。出来れば、いつものメンバー全員を食堂辺りに集めて欲しい。まだ学内にはいるか?」

『はい。私を含めて、候補生の皆は帰国の準備やらでまだ残ってますし、箒や本音たちもまだいます』

「そうか。では、出来るだけ全員を頼む」

『分かりました。ところで佳織は…?』

「ついさっき、学生寮の自分の部屋に戻って行った。暫くの間、一人にして欲しいと言っていた」

『あの佳織が、そんな事を…』

 

 電話越しにも、鈴が驚いているのが分かる。

 無理も無いか…。

 今までずっと自分達を支えて来てくれた佳織が、それ程までに落ち込んでいるのだからな…。

 

「職員室に寄ってから、私もすぐに食堂に向かう。では、また後でな」

『はい。また後で』

 

 これでよし…っと。

 私も職員室に行くか…。

 真耶にも、ちゃんと報告をしておかないといけないしな…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「えぇっ!? 一家離散ッ!?」

「しー! 声が大きい!」

「あ…すみません…」

 

 職員室に戻り、自分の机に座りながら隣にいる真耶と話す。

 彼女が淹れてくれた茶を飲みながら、仲森家に起きた出来事を報告した。

 勿論、大き過ぎない声で。

 

「でも…まさか、私たちすらも知らない間に仲森さんのご両親が離婚していただなんて…そんな報告、全く聞いてないですよね…?」

「あぁ。私も今日、実際に佳織の家まで行って驚いたよ。離婚するだけに留まらず、娘の荷物を捨てようとしたり、家まで売り払っていた。まるで、自分達が家族であったという痕跡をも完全に消そうとしているようだった」

「余りにも酷すぎますよ…。仲森さんが一体何をしたって言うんですか…」

「全くだ…!」

 

 サチ子さんの話では、佳織は碌に家事もしなくなっていった母親の代わりに家事もしていたらしく、中学辺りから家での食事はいつもサチ子さんとの二人か、サチ子さんが用事で外出をしている時は一人で食事をする事も少なくなかったらしい。

 それでも佳織は決して両親の事を嫌いにはなれず、それどころか両親の身の安全を考えてIS学園入学を決めたほど。

 そこまで実の娘に想われながら、どうして見捨てるような真似が出来るんだ。

 私には微塵も理解が出来ない。

 

「それで…仲森さんは…?」

「寮に部屋に戻った。一人にして欲しいと言ってな…」

「そうですか…。本当は一人にしておくべきじゃないんでしょうけど…」

「だからと言って、今は下手に何かを言っても逆効果になる可能性もある。せめて、アイツの心が落ち着くまではそっとしておくべきだろう」

「歯痒いですね…。こんな時に何も出来ないのは…」

「そうだな…」

 

 私は、佳織の祖母であるサチ子さんにアイツの事を託された。

 だが、私一人で出来る事無で限られている。

 だからこそ、私だけでなく皆でアイツの事を支えてやりたい。

 

「この後、いつもの連中にさっきの事を話して情報共有しようと思っている。山田先生も来るか?」

「そうですね。私も仲森さんの事は心配なので…一緒に行きます」

「なら、これを飲んだら行くか」

「はい」

 

 はぁ…正直、かなり気が重いが…それでも話さない訳にはいかんだろう。

 では…行くか。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千冬さんに言われた通り、あたしは皆を食堂に集めた。

 集まったのは一年生の候補生組と元候補生のラウラ、箒に本音に一夏。

 あと、二年生だけど楯無さんも一緒にいる。

 『いつものメンバー』なら、ここまでなんだけど…今日はちょっと違った。

 

「かおりん…どうしちゃったのかなー…」

「心配ね…本当に…」

 

 本音と一緒にいるのは、あの子のお姉さんで三年生の布仏虚さんと言うらしく、生徒会のメンバーでもあるとの事。

 どうやら、佳織とはトールギスを調べた時に知り合ったらしい。

 それはいい。まだまぁ納得は出来る。

 あたしが驚いたのは、もう一人の方だった。

 

「ちっふーはまだ来ないのか? あいつがオレ達を呼び出したんだろ?」

 

 臨海学校の時に起きた『福音暴走事件』の際に助っ人として来てくれた、三年生でアメリカの代表候補生のダリル・ケイシー先輩。

 確かに、この人も佳織の知り合いではあるけど…まさか来るとは思わなかった。

 実際には、校舎内で話しているのを見られて、そのまま一緒に来たって感じなんだけど。

 

「千冬姉からの話か…。HRの後に呼び出されたことと何か関係してんのか?」

「そう言えば、確かに呼ばれていたな。確か、荷物がどうのと聞こえたが…」

「それだけでは、佳織さんの身に何が起きたのか全く分かりませんわね…」

「けど、あの佳織が落ち込むなんて相当だよ…」

「今は兎に角、教官が来るのを待つ事にしよう。佳織と一緒に出掛けたと言うのであれば、現状で最も詳しい事情を知っていることになるからな」

 

 一組でそんな事があったのね。

 普段から品行方正を地で行く佳織だから、お説教とかで呼び出される事はまずない。

 となると、必然的に何か大事な用事があったって事になる。

 

「…今にして思えば、私達って佳織ちゃんのプライベートなことって何も知らないわよね…」

 

 楯無さんの言う通りだ。

 佳織に色々と相談してしまっているから、向こうはこっちの事情をある程度は把握しているけど、あたし達は佳織の事を殆ど何も知らない。

 一応、アタシと一夏は佳織の中学生時代の交友関係は知ってるけど…逆を言うとそれしか知らないのよね…。

 

「仲森さんって秘密主義だったりするのか…?」

「秘密と言うよりは、単純に『聞かれなかったから何も言ってない』ってだけなんじゃないの?」

「そっか…。まぁ…普通に考えて、幾ら友人と言ってもプライベートの事なんて、そう簡単には話せないけどな…」

 

 それもそっか。

 寧ろ、あたし達の方が色々と話し過ぎてるのかもしれないわね。

 

 そうして皆で話している間に、食堂に千冬さんが入ってきた。

 

「ちゃんと全員集まっているな。…ん?」

 

 あ。山田先生も一緒だ。

 そりゃそっか。一組の副担任だもんね。

 教え子である佳織が心配なのも当然か。

 

「…どうして布仏姉とケイシーの二人がいる?」

「仲森さんの事が心配だったのと、お嬢様一人で行かせるのが心配だったので」

「心配のベクトルが違う!」

 

 別の意味で心配される生徒会長って…。

 

「オレも虚と一緒だよ。経緯はどうあれ、オレと佳織は一緒に戦った戦友であり、可愛い後輩でもあるんだぜ? 心配ぐらいして当然だっつーの」

「ふっ…そうか」

 

 この物言い…やっぱり、ケイシー先輩も佳織の事を狙ってる…?

 有り得る…あの時の佳織…妙にときめいてたし…。

 もしかして、佳織って姉御肌的な人が好みだったりするのかしら?

 千冬さんも似たような感じだし。

 

「鈴には既に軽く話してあるが、お前達に佳織の事で大事な話がある」

 

 一気に場に緊張が走る。

 一体、あの佳織に何が起きたのか。

 さっきからずっと気になっていたから。

 

 私たち全員の顔を見渡せるように、千冬さんと山田先生が真ん中に座った。

 

「まず、今から話す事は他言無用で頼む。別に重要機密とかではないが、佳織のプライベートに関わることだからな…」

「分かりました」

 

 楯無さんが代表して返事をして、あたし達全員が無言で頷く。

 

「それと、一部の者達にとっては余り良くない記憶を呼び起こしてしまうかもしれないが…その覚悟はあるか?」

「大丈夫です」

「ボク達は皆、佳織に救われてきました。だから…」

「今度は私達が佳織さんを支える番ですわ」

「…そうか。それを聞いて安心した。矢張り、お前達に話そうと思ったのは間違いじゃなかったようだ」

「そうですね。この子達なら心配ありませんよ」

 

 どうやら、山田先生は事前に話を聞いてるみたいね。

 ここに来る前に職員室に寄って来てるんだから当然か。

 

「では…話すとしよう。心して聞いてくれ。正直、実際に見てきた私もショックを隠し切れなかったほどだ」

 

 あの千冬さんが、ここまで言うだなんて…。

 本当に…佳織の身に何が起きたって言うのよ…。

 

 そうして…千冬さんの口から語られた事実に、あたし達もまた大きなショックを受け…同時に、アタシの脳裏には忘れたいと思っていた『過去の記憶』が蘇ってきた。

 どうして千冬さんが注意を促してきたのか、その意味が理解出来た。

 

 




ここから、夏休みの佳織がどんな風に過ごすかが決まって行きます。

そうなれば当然、オリジナル展開になる訳で。






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前に向かって

 千冬さんと別れた後、私は寮にある自分の部屋へと直行した。

 今日だけは、自分が一人部屋で本当に良かったと思う。

 だって…今は誰かにこの顔を見られたくはないから。

 

「はぁ~…」

 

 物凄く大きな溜息を吐きながら、私は服も着替えずにベッドにダイブした。

 色んな意味で疲れたからか、まだ明るいのに瞼が重くなる。

 

「ったく…意味分んないっつーの…。なんだよ…一家離散って…」

 

 私の全く知らない所で勝手に離婚を決めて、私がいない間に家を売り払って両親揃って蒸発して…。

 そんなに私の事が邪魔だったのなら…鬱陶しかったんなら…一言ぐらいそれらしい事を言ってくれたらよかったのに…。

 そしたら、こっちだってそれなりに付き合い方を考えたりしたのにさ…。

 お父さんもお母さんも本当に何も言ってくれなかった。

 

「はぁー…」

 

 二回目の溜息。

 溜息を吐くと幸せが逃げるってよく言うけど、今の私の場合はどれだけ溜息を吐いても問題無いでしょ。

 だって、明らかに幸せとは程遠い状況にあるんだからさ。

 

(佳織…大丈夫か?)

(ん…なんとかね。ありがと…ゼクス)

 

 あぁ…ゼクスにも心配をかけてしまった。

 それだけ今の私の状態がヤバいってことなのかもね…。

 

 お婆ちゃんと和解できたのだけは本当に嬉しかったけど…それだけだ。

 実質的に私は両親から捨てられたに等しい。

 これからマジでどうしよう…。

 IS学園を卒業したら、その瞬間からホームレス確定だし…。

 卒業までに社員寮がある企業とかに就職できたらいいのかな…。

 だけど…落語家になる夢は捨てたくないし…。

 

 あぁ~! 考える事が多すぎて頭が上手く纏まらない~!

 モヤモヤでグチャグチャになるぅ~!

 

「なんだろ…先の事を考えれば考えるほどに鬱になっていく…」

 

 取り敢えず、今は頭を真っ白にしてボーっとしたい気分。

 現実逃避と言えばそうなんだけど、今日ぐらいは別にいいでしょ。

 あんな事があった直後なんだしさ。

 つーか、何が悲しくて高校最初の夏休みの初日から、こんなヘビーな気持ちにならないといけないのさ…。

 一体私が何をした…?

 

(…姫。いや…佳織)

 

 ん? 今度はトレーズ閣下ですか。

 

(私は…私達は、君がどんな選択をしても、その意思を尊重しよう。忘れないでくれ。これから何があろうとも、我々は君の味方だ)

 

 か…か…閣下~(泣)。

 その優しさが本当に身に染みる…。

 

「…なんつーかね…今も割とマジでめちゃくちゃしんどくて…もし本当にボッチだったら絶対に心がへし折れて泣いてたと思うんだけどさ…」

 

 ゴロンと転がってから天井を見上げる。

 見慣れた天上。真っ白な天上。

 

「なんでだろうね…不思議と『ここで止まるのだけは嫌だ』って思ってる自分がいるんだよね」

(…そうか)

「自分でも訳が分からないんだけどさ…あれだけの仕打ちを受けても心の底から親の事を嫌いにはなれないんだよ。もし仮に今会ってもさ…お父さんとお母さんにそれぞれ全力でビンタをして、それで全部許してしまいそうなんだよね…。私ってば、おかしいよね…」

 

 私は転生者で、今の両親は私にとっては二組目の両親なわけで。

 普通の感性なら、そこまで思い入れとか湧かないと思う訳でして。

 何も言わずに見捨てられたら尚更。

 それなのに…私の中にある両親に対する負の感情はそんなに大きくない。

 ちょっとしたことが切っ掛けですぐに浄化されてしまいそうな…そんな感じ。

 

「今は…本当に心が苦しいし、これからの事を考えると気が重くなるけど…それでも私は『ここで歩みを止める』って選択肢だけは頭に無い。どんなに辛くても、どんなにキツくても…私は進み続けたい。無様に、惨めに、哀れなほどに足掻いて、手足をジタバタさせていてもさ…ほんの少しづつ前には進める。1センチでもいい。1ミリでもいい。脚さえ止めなければ…動き続ければ、きっとなんとかなる…なんて、柄にもなく楽観的になってます。どうしてだろうね…。いつから私は、こんなにも往生際が悪くなったのかしら…」

 

 IS学園で色んな出来事を経験して、色んな人達と出会って…メンタルが強化されたのかな?

 もしそうだとしたら、皆に感謝だね。

 

(…矢張り、君は強いな)

 

 そーかしら?

 

(常人ならば、実の両親から捨てられれば心が折れてしまっても決して不思議じゃない。歩みを止め、その場で蹲ってもおかしくないというのに…君は、その足を止めようとはしなかった)

 

 IS関連じゃ二人に頼りっぱなしだからね。

 私に出来る事と言えば、何があっても絶対に諦めないことぐらいでしょ。

 

(姫の、その強靭な精神力ならば…使いこなせるやもしれんな。幾多の戦士たちの心を蝕み、その脳裏に悪夢を見せた禁忌の力『ゼロシステム』を)

 

 いやいやいや…流石にそれは言い過ぎだから。

 私なんかがウィングゼロに乗ったりしたら、即座にゼロシステムに飲み込まれちゃうって。

 

「まぁ…今じゃすっかりトールギスに愛着も湧いちゃってるし…ゼロに乗る機会は無いだろうなぁ…」

 

 …ヤベ。

 たった今、自分の口から超特大のウィングゼロ搭乗フラグを立ててしまった。

 お願いだから、このフラグが折れてくれますように…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 千冬姉の口から、仲森さんの身に起きた事を聞かされた瞬間…俺の頭が一瞬で沸騰しそうになった。

 

「な…なんだ…それは…!」

「佳織さんがIS学園にいる間に…」

「自分達で勝手に離婚することを決めた挙句…」

「家まで売り払って姿を消したって…」

「なんと言う事だ…! それでは余りにも佳織が…!」

「酷過ぎるよ…。かおりんは何もしてないのに…」

「幾ら実の親だからって…やっていい事と悪いことがあるでしょうに…!」

「佳織さんの心境を考えると…心が痛いですね…」

「こいつはちーっとばっかしよー…笑えねぇ冗談だな…!」

 

 怒っているのは俺だけじゃなかった。

 今まで仲森さんと関わってきた皆が同じように、彼女の事を想って怒りに震えていた。

 

「佳織は…今はどうしているのですか?」

「学園に戻って来てからすぐに自分の部屋に行った。今は一人にして欲しいとの事だ」

 

 当然だろうな…。

 親から見捨てられて、帰る家まで失って…今の仲森さんには時間が必要なんだと思う。

 きっと、今の仲森さんの気持ちは、ここにいる大半のメンバーが理解出来ていると思う。

 セシリアは幼い頃に両親を亡くしているらしいし、鈴だって同じように親が離婚して中国に帰る羽目になった。

 シャルロットも、少し前まで両親と確執があった。

 ラウラに至っては生まれた時から両親の顔を知らないらしい。

 

 俺と千冬姉も…親の顔を知らないで今まで生きて来ている。

 だからだろうか…仲森さんの今の気持ちは痛いほどに共感できた。

 

「唯一の救いは、お婆さんが佳織ちゃんの味方で、ちゃんと仲直りが出来た事ね」

「…だな。それすらも無かったら…余りにも救いがねぇよ…」

 

 更識先輩の言う通り、お婆さんが仲森さんの事を大切に思ってくれている事だけが本当に救いだ。

 あの強気なダリル先輩ですら、仲森さんの事を想って悲痛な顔になっている。

 

「あの…」

「どうした、布仏」

「これから、かおりんはどうなっちゃうんですか…? 家に帰れなくなったら、これからは…」

 

 そうだ。布仏さんの言う通りだ。

 IS学園にいる間はまだ学生寮に住んでいればいいけど、卒業したらそうはいかない。

 それまでに、ちゃんとした場所が見つかればいいんだが…。

 

「そのこと…なんだがな。実は私の方で少し考えている事がある」

 

 千冬姉の考えている事?

 一体なんだ?

 

「夏休みの間だけだが…佳織をウチに住まわせたいと思っている」

 

 …………へ?

 

「佳織と一緒におお婆さんと会った時に言われたんだ。『佳織を頼む』…とな。言われた以上、何もしない訳にはいかない。それに…」

 

 それに?

 

「今は少しでも佳織の心を癒してやりたい。学生寮にいるのも良いが、アイツは一人部屋だ。最初は良いかもしれんが、一人でいたら段々と気が滅入ってネガティブな考えになっていくかもしれない。それならば、無理矢理にでも寮から連れ出してやった方が佳織の為になると思った」

 

 そっか…そうだよな。

 普段とは違う環境に身を置く事で良い気晴らしになるかもしれないし。

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 千冬姉の提案を聞いた瞬間、箒とセシリアと鈴とシャルロットと布仏さんと更識先輩の顔が凄いことになった。

 具体的には言えないが…とにかく凄いことになってる。

 

「心配するな。別に佳織をどうこうするつもりは無い。お前達も時間がある時にでも好きに遊びに来ても構わん。その方が佳織も喜ぶだろうしな」

「「「「「「是非とも遊びに行かせて貰います!」」」」」」

 

 あっという間に機嫌が直ったな。

 

「そう言う事だ。すまんな一夏。勝手に決めてしまって」

「別に気にしないでくれよ。俺も千冬姉の意見には賛成だし、何も文句は無いよ」

「そうか…助かる」

 

 唯一の問題があるとすれば…俺が仲森さんとの同居生活に耐えられるかって事だな…。

 正直、千冬姉の提案を聞いた時からずっと心臓がドキドキしてます。

 同年代の女の子と一緒に暮らすとか…普通じゃ考えられないしな!

 寮じゃ少しの間だけ箒と一緒だったけど、箒の場合は昔馴染みって事もあって、そこまで気持ち的な意味で苦労はしなかった。

 でも、仲森さんとは学園で初めて会った間柄。

 緊張するなって言う方が無理があるだろ…!

 

「佳織には、後で私の口から伝えようと思っている。お前達はまだこっちにいるのか?」

「そうですわね…。予め荷物の準備などは済ませてありますけど…」

「飛行機の関係上、まだ少しは学園にいる事になると思います」

「だね。今すぐに…ってことはないです」

「私の場合は、ドイツに帰る必要が無いから、ずっといるがな」

 

 そうだった。

 ラウラは仲森さんの活躍で、国外追放と言う名目での日本滞在状態になってるんだった。

 

「なんなら、後で佳織の様子を見に行ってやってくれないか? 私はまだ仕事が少し残っているから行けないからな。お前達と話す事で、佳織も少しは気がまぎれるかもしれん」

「そう…ね。織斑先生の言う通り、後で皆で佳織ちゃんに会いに行ってみましょうか? 勿論、全員一度にじゃなくて、一人ずつね」

 

 俺も皆の後にでも行ってみるかな…。

 はぁ…こんなの、夏休み早々にする話じゃないぞ…。

 なんとなく、今年の夏休みは波乱の予感がするなぁ…。

 

 

 

 

 

 



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私…頑張るよ

「…よし」

 

 体のバネを使ってベットから起き上がり、思い切り背中を伸ばした。

 時間も忘れて寝転んでいたから、少し体が硬くなってる。

 

「んん~……はぁ…」

 

 僅かだけど頭がすっきりした。

 まだ気持ち的には怠いけど、だからと言ってジッとしているのもなんか嫌だった。

 

(いきなりどうした?)

「ん…いやね。このまま部屋に籠ってたら、段々とネガティブな事ばかりを考えそうだったから。ちょっと気分転換に外の空気でも吸ってこようかと思って」

 

 大変な経験をしてきたのは私だけじゃない。

 世の中には私以上に不幸な人間だってたくさんいる。

 どれだけキツくても、自分だけが不幸だと思い込んで落ち込むのは間違ってる…きがする。

 さっきも言ったけど、少しずつでもいいから足掻いて前に進んで行こう。

 まずは、自分自身の気持ちに整理を付けないと。

 

(…そうか。やはり、君は強いな)

「それ言われたの二回目だけど、全く自覚が無いや」

(フッ…君はそれでいいさ)

「さよですか」

 

 ゼクスに褒められた…のかな?

 よく分からないや。

 

「ついでだし、喉も渇いたから何か飲んできますか」

(食堂に行くのかね?)

「んー…そこまで行く必要はないと思う。喉の渇きを癒すぐらいなら、自販機まで行けばいいし」

 

 IS学園内には何ヵ所も自販機が置いてある場所があるが、どれも同じのを売ってる訳じゃない。

 場所によって違うのを売ってて、種類によっては特定の場所でしか買えないようなのもある。

 自販機の種類もまた多種多様で、良く見る缶やペットボトルのを売ってるのもあれば、デパートとかにある紙コップ系もあるかと思ったら、時折見かけるアイスの自販機にお菓子が売られてる自販機もあり、教職員専用の寮内には、なんと特別に煙草やビールの自販機なども設置してあるらしい。

 最近はめっきり数を減らしてるけど、まだあったんだなー…。

 

(…学園側に要望とかしたら、前に一度だけ見たカップヌードルの自販機や、よく動画で見るうどんやそばの自販機も設置してくれるのかな…?)

 

 カップヌードルはともかく、うどんとそばに関しては純粋に興味がある。

 噂じゃ凄く美味しいらしいけど…。

 

「変な事を考えてたらお腹が空いてきたし」

 

 そういや私…まだお昼ご飯とか全く食べてないじゃん。

 そりゃ、お腹も空く筈ですわ。

 

 言ってなかったけど、一学期最後って事で今日は午前だけになってた。

 でも、私はHRが終了したと同時に千冬さんに呼び出されたから、結果としてお昼を食べそこなってるんだよね。

 色々とショッキングな事があり過ぎて完全に忘れてた。

 

「やっぱり、食堂に行こうかな…」

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 お腹が空くから落ち込む。

 よく言うよね…多分。

 

 もしかしたら食堂に皆もいるかもだけど…気にする事は無いか。

 いつも通りにしてれば問題無いでしょ。うん。

 

 さーて…いつもよりもお腹空いちゃったし、夏休みも始まったばかりだし、偶には自分自身に奮発とかしちゃおうかなー。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 食堂に到着すると、意外や意外。

 皆の姿はどこにも無かった。

 どこかですれ違ったのか、もしくは単純に食堂には来なかったのか。

 

「って言うか、割と人影もまばらだね」

 

 夏休み開始とは言え、流石に今日から遊び回るような事はしないと思っていたけど、意外とそうでもないのかもしれない。

 実際、今の食堂にいるのはいずれも海外出身の子達ばかり。

 飛行機の問題とかで今すぐに帰れるってわけじゃないからなのか。

 

(ん? そうなると、オルコットさんや凰さん、デュノアさんやケイシー先輩達もまだ学園にいるのかな?)

 

 イギリスに中国、フランスにアメリカだもんね。

 ボーデヴィッヒさんは国外追放という名の保護状態だから日本にいるだろうけど。

 でもそうなると…更識先輩はどうなるんだろう?

 あの人自身は実家が家にあるけど、自由国籍でロシア代表になってるし。

 

「…また余計な事を考えてしまった」

 

 どうも思考が別方向にシフトしやすくなってるな…。

 気持ちが不安定になってるのかもしれない。

 こんな時こそ、年頃の女の子らしく食事で嫌な事を忘れるのだ。

 

「さてはて…何を食べようかニャー」

 

 奮発するとか言っておきながら、自然と視線はいつもの定食系か麺類、丼物に行ってしまう。

 うぅ…庶民感覚が全く抜けきらない自分が悲しい…。

 トールギスのお蔭で個人資産は沢山あっても、肝心の私がザ・庶民だからお金を持て余してるんだよねー…。

 一応、好きなゲームや落語のブルーレイを買ったり、ソシャゲに課金とかして自分なりに散財はしてるつもりなんだけど…まーったくお金が減らない。

 我ながら、なんて贅沢な悩みなんだろうか…。

 少し前までは、こんな事で困ったりするだなんて夢にも思わなかったのに。

 

「はぁ…まただ」

 

 マジで精神不安定状態になってますな。

 これは本当に危ないかも。

 

「…チキン南蛮定食にしよう」

 

 迷った時は肉に限る。

 お肉最強。異論は認める。

 

「お? お主…こんな時間に昼飯か?」

「ドクターJのおじいちゃん…?」

 

 後ろからいきなり話しかけられて振り向くと、そこにはまさかのドクターJがいた。

 そういや、この人達って今は立派なIS学園の一員なんだっけ。

 

「まぁ…そんな感じです。ちょっと色々とあって…」

「ふむ…色々…か」

 

 サングラス越しで目は見えないけど、それでもなんか見通されそう。

 私の何倍もの人生を生きてる訳だし。

 

「おじいちゃんは、お一人でお食事ですか?」

「ん? そんな所じゃな。あ奴等とは腐れ縁ではあるが、だからと言っていつも一緒というわけではない」

 

 そりゃそうだ。

 でも、私の中ではいつも一緒にいるイメージの方が強い。

 

「ここで会ったのも何かの縁じゃ。ワシもご一緒してもいいかな?」

「私でよかったら、いいですよ」

 

 一人で食べるのも味気ないしね。

 だからと言って、今から誰かに電話をして呼び出すなんて論外だし。

 こっちとしても丁度良かった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「…で? 一体何があったんじゃ?」

「へ?」

 

 食事を受け取って席に着き、私の隣で熱々のお茶を飲みながらみたらし団子を食べているドクターJから、いきなりブッ込まれた。

 

「自覚が無かったか。今のお前さんは、明らかに空元気なのが分かった。顔は笑っていても、目が笑っていなかった。心なしか疲れているように見えるしな。今日から夏休みが始まると言うにも拘らず、そんな状態なのを見れば嫌でも何かあったのではないかと思うのが普通じゃ」

「あはは…凄いなー…」

 

 これが『年の功』ってやつなのか…。

 ここまで見事に見透かされると逆に清々しいや。

 

「…つまんない話ではあるんですけどね…」

 

 気が付けば、私は食事をしながらポツポツと話をしていた。

 謎の相手から急に、実家に置いてきたはずの残りの荷物が全て送られてきた事を。

 それが気になって千冬さんに付き添って貰う形で実家に帰ると、家は売り払われていた挙句、私の知らない所で両親が勝手に離婚をして姿を消していた事。

 それを教えてくれたのが私のお婆ちゃんで、荷物を送って来たのもお婆ちゃんであったこと。

 そのお婆ちゃんと話してお互いの誤解が解け仲直りできたこと。

 自分なりに言葉を選びながら話し続け、終わった時には私も食事を終えていた。

 

「…そうか」

 

 全てを聞いてドクターJが言ったのはそれだけだった。

 下手な慰めよりも、今はそんな言葉の方が嬉しい。

 

「トールギスに選ばれたことと言い、お前さんの人生は実に波乱万丈に満ちておるな」

「私なんて全然だと思いますけどね…」

 

 ぶっちゃけ、私よりもオルコットさんや凰さん、デュノアさんやボーデヴィッヒさんの方が遥かに人生波乱万丈だと思う。

 下手に原作を知っているから、そう思ってしまう。

 

「…それなりに長く生きておるとな、色んな人間と出会うもんじゃ。その中には今のお前さんのような目に遭った者もいたりする」

「でしょうね…」

 

 世界は広いからね。

 私のような目に遭った人だって探せば沢山いるでしょ。

 

「じゃが、そいつらの殆どが全てを忘れようと躍起になったり、心が折れて引き篭もってしまったりと様々な事に陥っておる」

「それが普通の反応だって思いますよ」

「かもしれん。じゃが…お主は全く違うな」

「ふぇ?」

 

 違うとは?

 あー…食後のお茶が美味しー。

 

「お主は心が折れそうな目に遭っても、自分を見失う事など無く前だけを見続け、その道がどれだけ困難であると理解していながらも歩くことを決して止めようとはしない。…本当に立派なもんじゃ。いや、常人離れしていると言っても良い」

「んー…そう言われてもなー…」

 

 私はどこにでもいる一般人ですよ?

 今じゃもう、その言葉も殆ど意味を成さなくなってきてるけど。

 

「私的に言わせて貰えば、困難でも茨があっても、目の前に『道』があるだけずっとマシだと思いますよ? だって、世の中には、その『道』すらない人だって沢山いるんだし。それがどんなところで、どこに繋がっているかは分からないけど、それでも『道』があるのなら、私はそこを突き進むべきだって思います」

「その考えに至れること自体が、既に常人を超えている証じゃよ」

「えー…?」

 

 こんなの、割と普通に誰もが考える事でしょー…?

 そこに『道』があるから歩く。

 当然の事じゃない。

 

「ま…何かあればいつでも遠慮なくワシらの所に来るといい。メカ以外のことでは話し相手になることぐらいしか出来んがな」

「それでも十分過ぎますよ。誰かに話を聞いて貰うってだけで不思議と気が楽になりますから」

「そうかそうか」

 

 なんだろうね…うん。

 気が付けば、さっきまであった暗い気分が無くなってる。

 まさか、ドクターJのお爺ちゃんにメンタルケアをして貰うとは…。

 

「それじゃあ、私はそろそろ失礼します。話を聞いてくれて、ありがとうございました」

「なに。これぐらいなら、お安い御用じゃよ。ではな」

 

 部屋に戻ってから、これからの事を真剣に考えよう。

 お父さんとお母さんの事は一旦忘れてしまおう。

 それがいい。きっと、それがいい。

 

 帰り道、私の足取りは来る時よりもずっと軽くなっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 実は、さっきからずっと佳織とドクターJとのやり取りを物陰から見ていたヒロインズ。

 意外過ぎる人物との話に目を丸くしながらも聞き耳を立てていた。

 

「…どうやら、思っているよりは心配は無さそうね」

「そうですね…でも、だからと言って何もしないのは性に合わない」

「えぇ。私もドクターJ様と同じように、佳織さんの支えになりましょう」

「賛成よ。もう二度と、佳織を悲しませるような目になんて遭わせないんだから」

「ボクも全力で協力するよ。佳織はボクの事を助けてくれた。今度はボクが佳織を助ける番だ」

「微力ながら私も手伝おう。佳織の為ならば、何でもするぞ」

「うん。かおりん…守ってあげたい」

「本音…」

「オレもやるぜ。そして、教えてやんなきゃな。お前も誰かに守られていいんだってことをよ」

 

 全員が見守る中、佳織は食事を終えて食堂を出ようとする。

 それを見た彼女達は、何故か急いで別の場所に隠れようと移動を始めていた。

 

 

 



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迷いと覚悟と決意

 アメリカ行きの旅客機に乗り、窓から流れ行く雲と晴れ渡る空を眺めながら、アメリカ代表候補生『ダリル・ケイシー』はボーっとしていた。

 

「はぁ…」

 

 普段は明朗快活を絵に描いたような彼女が、今日に限っては眉を潜めながら大きな溜息を吐いている。

 別に、故郷であるアメリカに帰ることが嫌と言う事ではない。

 かなりの長きに渡って日本で暮らしてきたが、やっぱり故国が恋しいことには違いない。

 彼女の溜息の原因は別の所にあった。

 

「どうすりゃいいんだ…オレは……」

 

 今現在、ダリルには物凄く気になっている少女がいた。

 

 仲森佳織。

 悪意ある者達の手によって運命を歪められ、強制的にIS学園へと送られ、更には危険極まりない専用機まで無理矢理に与えられた。

 

 これを聞いた時のダリルの気持ちはたった一つ。

 『ふざけんな』。

 この一言に尽きた。

 

 これは他の者達も言っていたが、一体佳織が何をした?

 彼女はただ普通に生きていただけだ。

 多くの友人に囲まれ、夢を追い駆け、真面目に生きた、どこにでもいる普通の少女。

 

 それなのに佳織は今、IS学園に在学をし、しかも学年最強クラスの実力を発揮していると来た。

 これは何の冗談だ? どうして、こんな事になっている?

 あの大人しそうな少女のどこに、こんな力が秘められているんだ?

 

 臨海学校において突如として発生した、軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の暴走事件。

 その事件の解決を手伝う為に、篠ノ之束によって現場に強制連行され、IS委員会の男の横暴によって、たった一人で戦場に送り込まれようとしている佳織の顔を見た時、ダリルは心の中で密かに衝撃を受けていた。

 

 コイツが、噂に聞いていたトールギスのパイロットなのか。

 こんな物静かで、儚げで、大人しい少女が?

 体は小さく、腕も足も細くて華奢。

 触れただけで壊れてしまいそうな感じすら覚える少女を、モニターに映っている嫌味で不細工な男は、保身の為だけに命の保証すら出来ない戦場に送り込まれようとしている。

 その時、ダリルは久し振りに本気でブチ切れた。

 そして思った。

 必ず作戦を成功させて、この野郎の鼻を明かしてやる。

 佳織の事も勿論守る。

 学園の先輩として、一人の人間として。

 何より…『()』を知る者として、可愛い後輩を『こちら側(・・・・)』に引き込むような真似だけは絶対にしたくない。

 

 だが、いざ蓋を開けてみれば、自分に出来た事はサポートだけで、実際に福音を倒したのは佳織だった。

 トールギスを第二形態移行させるというおまけ付きで。

 

 悔しかった。

 自分よりも佳織の方が強かった事に対してじゃない。

 後輩の力になれなかったばかりか、結局は頼りにしてしまった事が悔しかった。

 だからこそダリルはより強く思った。

 こんな失態はもう二度と起こさない。

 もしまた似たような事があれば、今度こそは佳織の事を全力で守り支えようと。

 それは、それだけは彼女の中にある偽らざる純粋な気持ちだ。

 

 だからこそ、ダリルは迷っている。

 これからの自分自身の身の振り方を。

 

「そういや…あいつ…」

 

 カップホルダーに置いてあるジュースを飲みながら、不意に日本を発つ前の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それを見たのは本当に偶然だった。

 

 日本を発つ日の朝。

 ダリルは空港に着くまでの間に空腹にならないように、学園で朝食を食べることにした。

 

「暫くは日本食も食えねーし、久々に定食系でも…ん?」

 

 食券を買おうと販売機の前まで行こうとした時、ふと見覚えのある黒髪の二人組が視界に映った。

 片方は学園の制服を着て、もう片方は黒いスーツを着ている。

 後姿だけだが、ダリルにはそれが誰なのかすぐに分かった。

 

「あれは…佳織とちっふー…か?」

 

 何故か、ダリルは千冬の事を『ちっふー』と呼んでいる。

 最初こそ普通に怒ったりしたが、三年になっても改善の余地が見られなかったので、遂には千冬の方が折れて、以降はもう普通に放置していた。

 

「あの二人が一緒とか珍しい…訳でもないか」

 

 ダリルから見ても、佳織と千冬は生徒と教師という枠組みを超えて仲が良い様に見えた。

 同じ黒髪と言う事もあって、傍から見ていると本当に姉妹のようだ。

 

 何を話しているのか気にはなったが、今は好奇心よりも食欲の方が勝っているので、さっさと朝のメニューを決める事にした。

 

 その後、自分の分の朝食を受け取ってから、二人の会話が聞こえるようにギリギリの距離の席を陣取ってから耳を傾けた。

 

「ところで…だな。佳織」

「なんですか?」

「夏休みの間だけ、私達の家に来ないか?」

「え? 千冬さんと織斑君の家に?」

 

 どうやら、二人は例の話をしているようだった。

 佳織のメンタルケアの為、彼女を夏休みの間だけ織斑家で預かるという話。

 ダリルとしては決して悪くない提案だと思った。

 ジッと学生寮に閉じ籠っているよりはずっと健康的だと。

 

「あぁ。折角の夏休みなのだし、ずっと学生寮にいるのも流石にと思ってな。それに、佳織にとってもいい気分転換になると思うんだ。どうだ?」

 

 ダリルが思っている事を全部言われてしまった。

 

「勿論、無理強いをするつもりは無いし、今すぐに決める必要も無い。夏休みはまだ始まったばかりだしな。時間なら文字通りタップリとある。ゆっくりと決めるといい」

「そう…ですか…」

 

 今の佳織は謂わば、帰る家を無くしているような状態。

 両親が失踪し、実家は勝手に売り払われ、根無し草のような状況。

 多少の迷いぐらいはあるかもしれないが、ダリルとしてはもう答えは決まっているも同然だと思った。

 

「あの…本当にいいんですか? お邪魔なんかしちゃっても…」

「全然構わんさ。部屋なら余っているし、自分で言うのもなんだが、あの家は私と一夏の二人で住むには広すぎるからな」

 

 食事の手を止め、ジッと虚空を見つめる佳織。

 きっと、どうするべきなのか考えているのだろう。

 

「わ…私なんかでよかったら…その…よろしくお願いします…」

「おぉ…! だが、今すぐに決めてしまってよかったのか? 急かすつもりなどは全く無かったのだが…」

「いいんです。ここで下手に迷ってたりしたら、それこそズルズルと結論を引きずって、いつまでも返事が出来なさそうで…」

「…そうか」

 

 一見すると、佳織は元気を取り戻しているようにも見える。

 だが、ダリルには分かった。分かってしまった。

 今の佳織は無理をしていると。

 明らかな空元気だと。

 

「今日の昼辺り、一夏が久し振りに家に戻るようでな。もしそれまでに荷物が纏められるなら、アイツと一緒に行ってみないか? 一夏には私の方から話しておく」

「千冬さんはどうするんですか?」

「私はまだ学園での仕事が残っているんでな。出来るだけ急いで帰ろうとは思っているんだが、流石に今日は無理そうだ」

「そうなんですか…お疲れ様です」

 

 なんだか、今の二人の間に割って入るのは申し訳がないような気がして話しかけられないが、それでもダリルは声を大にして言いたかった。

 お前はもっと人を頼っていいんだと。

 子供なんだから、誰かに助けられることを悪いと思わなくても良いんだと。

 遠慮なく甘えても良いんだと。

 お前には、そうするだけの権利がある。義務がある。

 今まで、それだけの事をして、多くの人々を助けて来たのだから。

 今度は佳織が救われる番だ。

 

(佳織…オレは…)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 あの時の佳織の表情が、顔がダリルを迷わせる。

 ダリルと佳織が出会ったのは、本当につい最近だ。

 だが、その少しの時間の間に起きた出来事は、ダリルに佳織の事を強く印象付けさせ、同時に『嘗ての自分』と重ね合わせて、自分と同じような目には遭わせたくは無いと思うには十分過ぎた。

 自分の中にある『血の宿命』を捨て去り、佳織の傍に居続ける道を選べるのか。

 例え何があっても絶対に揺るがないと思っていた決意が、生まれて初めて大きく揺らいでいる。

 

「…こんな時、もしフォルテだったらなんて言ってるんだろうな…」

 

 恋人にしてギリシャの代表候補生である『フォルテ・サファイア』の事を思い出す。

 彼女もまた、他の代表候補生の例に漏れず祖国に一時帰国している。

 

「いや…愚問だな。フォルテなら迷わず佳織の力になろうとするに違いねぇ…」

 

 明るく陽気な性格をしているが、義理堅い性格もしているので佳織の境遇を聞けば一瞬の躊躇もなく先輩として、一人の人間として佳織と共にいる事を選ぶ筈だ。

 

「それに…」

 

 最後の一押しになったのは、学園を出る直前に見た佳織の顔だった。

 

(わ…私なんかでよかったら…その…よろしくお願いします…)

 

 ある時を境に育児放棄をされてきたが故に、素直に他人からの施しを喜べないでいた佳織。

 どうして佳織がそんな顔になるのかダリルには分かる。

 嫌だからとか、そんなんじゃない。

 申し訳がないのだ。

 迷惑なんじゃないかと思ってしまう。

 その考え自体が失礼であると頭では理解していても、心の隅の方にこびりついた黴のような形で罪悪感が生まれる。

 『嬉しい』という感情を素直に表に出せない。

 意地になっているのではなく、出し方を知らない。

 出したくても出せない。

 それが当然だったから。当たり前だったから。

 

「あんな顔を見ちまったらよ…ほっとけねぇだろ…絶対…!」

 

 佳織に刃を向けたくない。

 佳織の悲しむ顔を、これ以上見たくはない。

 佳織を悲しませたくない。

 佳織の…味方でいたい。

 

「はぁ…ダメだな…オレ…。完全に絆されちまった…。でも…」

 

 少しだけ顔を伏せ、上げた時にはもうダリルの顔から迷いは消えていた。

 

「…悪くない気分だ」

 

 腹は決まった。

 覚悟も出来た。

 もう迷いは無い。

 自分は最後まで『ダリル・ケイシー』として佳織の傍に居続ける。

 

(すまねぇな…叔母さん。オレ…もうアンタの元には帰れねぇわ…。本気で守りたい奴が…命賭けでもしたいって思えるような事が…見つかっちまったからよ…)

 

 燃えるような決意がダリルの心を覆い尽くす。

 誰が相手だろうと関係ない。

 佳織の邪魔をする奴は、自分が全て消し炭にしてやる。

 

(そうなると…まずは協力者がいるよな。アメリカいる人間で佳織の味方になってくれそうな奴と言ったら……やっぱ『アイツ』しかいねぇよな…)

 

 嘗て、佳織によって命だけでなく、専用機すらも救って貰った大恩人。

 『彼女』ならば、二つ返事で力になってくれる筈だ。

 

 頭の中で今後の予定を組み立てながら、ダリルは備え付けの雑誌に手を伸ばした。

 

 

 

 



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