ガンダム? そんなことよりスーパーロボットだ! (神咲胡桃)
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その世界に降り立った日 1
ロボットは男のロマン。
どうやら僕は転生したらしい。
目の前で
プラフスキー粒子と呼ばれる特殊な粒子。それによって動くプラスチックの戦士ガンプラ。
多くの者たちが夢にまで見たそれが、僕の目の前に広がっていた。
ガンプラバトル。
テレビアニメのガンダムシリーズに出て来る
自分の手で作ったガンプラが実際に動かせ、さらには戦うということであっという間に大人気に。
世界大会が開かれるなど、ただのゲームの一言では済まないほどの熱気を見せている。
……見せてはいるんだけどなぁ。いやまあ、うん。それは良いんだよ。アニメの、架空の存在が自分の手で動かせる。大いに結構。僕もやりたい。だけど、さ。
――――なんでガンプラしかないんだよっ!!
ロボット、それはロマン。
ありとあらゆる人間が、頭の中で思い描き、しかし頭の中で完結してしまうもの。故に人はロマンと呼ぶ。
しかしこの世界なら、そのロマンを現実にできる! ロマンをより味わえるのだ! こんなに嬉しいことはない!
――この世界にあるプラモデルが、ほとんどガンプラだけであることを除けば。
「……これがネックだよなぁ。どうしてガンプラ以外がないのか」
確かにガンプラも良いと思うよ? ほとんど見なかったけど。スパロボぐらいでしか知らんけど。バルバトスの造形が俺好みなのを知ってるぐらい。
まあ? 別にガンプラバトルをしなきゃ生きていけないなんていう世紀末世界じゃないんだから、やらなくてもいいわけなんだが……めっちゃやりたい! 当たり前なんだよなぁ!
自分の手でロボットを動かせる。しかも戦わせることができる。こんなロマンを放っておけるか!
しかしこの世界は、ガンダム一強の世界だ。他のジャンルのプラモデル、というかロボットアニメがかなり少ない。
前世であったロボットアニメのほとんどを、この世界じゃ見かけない。
マクロス見たい。エウレカセブン見たい。ガオガイガー見たい。アクエリオン見たい。ダイナゼノンだって見たい。見たいみたい見たい見たい!!
……なんて駄々をこねても、無いものは無いのだ。
しかもガンダム以外でアニメが少ないせいか、スパロボもない。この世界じゃスーパーガンダム大戦になっちまうよ。
ああ、やってみてぇ……。このガンプラしかない世界で、戦闘機飛ばして、スーパーロボットで戦ってみてぇ。この世界じゃ叶いようが無いが。
ならどうするか? ある人は言いました。欲しいものが無ければ作ってしまえばいいじゃない、と。
僕は天啓を得たのだ――――
そんな野望を携えて早数年。僕ことアイゼン ハルトはまさしく挫折しかけていた。
前世の記憶を思い出してからというものの、どうにかして前世で見たロボットたちを再現できないかとずーっと考えていた。
小学生になり、ようやく父さんのパソコンを使わせてもらえるようになってから、僕はガンプラとガンプラバトルについて調べた。
ちなみにだが、僕はガンプラバトルでガンプラを使うつもりはない。
当然である。だってガンダムとか全然知らねぇ。ガンダムだけはなぁ、なんか食指が動かなかった。
話を戻して、ガンプラについて調べていた僕は、フルスクラッチというものを知った。
ガンプラのような組み立てキットで作るのではなく、素材を用意して自作する方法だ。
しかし「これだ!」と思ったのも束の間、大きな問題があることに俺は気付いた。
「どうやって作ればいいんだ……?」
フルスクラッチのやり方が分からないのだ。いや、いまどき調べれば大抵の事は分かるが、それを実践できるかどうかは別だ。僕は出来ない。
それに一から作るのであれば、設計図も必要なはずだ。設計図なんてそう簡単にかけるわけがない。
だから、詳しく言えばフルスクラッチで作れないのが正しいか。
「……どーするんだよこれ」
今日も今日とて、さっさと小学校から帰ってきた僕は父さんの部屋で頭を抱えていた。
せっかく、せっかくロボットたちを作れる手段の手掛かりが見つかったというのに、こうやって手をこまねいているだけになるとは。
「どーしたらいいんだよこれぇ……」
考えても考えても案が出ない。頭を捻っていると、ふと部屋の外から足音が聞こえて来たかと思うと、部屋のドアが開かれた。
「ハルトー! お父さんと一緒にガンプラ作らないか!?」
「やだ」
「がーん!? せっかくMGのザクを買ってきたのになぁ」
「いや、僕はガンプラ知らないし。というか、父さんは手先が器用だから一人で出来るでしょ?」
「何を言う。お父さんはな、ハルトと一緒に作りたいんだよ」
「言うて僕は不器用だよ。
うん? 任せっきり?
…………それだ!
「父さんごめん! ちょっと出て来る!」
「ええ? どこに行くんだい?」
「隣!」
呆ける父さんを置いて靴を履き替えた僕は家を出ると、すぐ隣の一軒家に向かいインターホンを押す。
そうだよ。わざわざ僕が作る必要ないじゃないか!
『はーい』
「すいません! 隣のアイゼンです!」
『あら~、ハルト君? ちょっと待っててね~』
程なくして、玄関から姿を見せたのは、色々と豊かな一人の女性。名前をイロハさんという。
のんびりとした性格の人で、心なしかのんびりとした口調で話しかけてくる。
「ハルト君、こんにちは~」
「どうも、イロハさん。ヒメいますか?」
「ヒメちゃん? いるわよ~。あがってらっしゃい~」
イロハさんに促され、後に続いて家にお邪魔する。
「あの子、2階の部屋に居ると思うわ~。ハルト君は分かるわよね~?」
「はい。何回かお邪魔させてもらってますし」
「それじゃ~ごゆっくり~」
イロハさんに見送られ、2階に上がりとある部屋の前に立つ。
逸る気持ちを落着け、ドアを3回ノックする。
『入ってくれ』
「邪魔するぞ」
返事に一言入れ、ドアを開ける。
中にはその部屋の主たる少女が、椅子に腰かけてこちらを見ていた。
「久しぶりだな。ハルト」
「そうだな。ヒメ」
優雅に足を組み、眼鏡越しにこちらを見やる少女は顎で椅子に座れと促す。
こいつの名前はヒメ。イロハさんの妹であり、僕からすれば幼馴染の関係ともいえる。数年前に、家族ぐるみで家の隣に引っ越してきてからの付き合いになる。
「ハルトが家に来るのは久しぶりだ。調子はどうだい?」
「まあ、ぼちぼちだ。お前はどうだ?」
「私も似たようなものだねぇ。講義が少々メンドクサイが」
「
僕の目の前で偉そうにふんぞり返るこの女は、なんと僕の1才歳下でありながら、大学まで
そう、ヤバい奴なのだ。これ大事ね。
小学生が飛び級してアメリカの大学で授業を受けるという摩訶不思議なこのことで、昔は随分と話題になった物である。今となっては鳴りを潜めているが。
前世の飛び級の仕組みはよく分かっていないのもあるが、この世界だとかなり制度が整っていると思う。それこそ、オンライン授業で講義を受けられるくらいには。
「それで? 今日は一体どうしたんだ?」
「ああ。実はだな、お前に頼みたいことがあってきた」
「告白なら断らせてもらう」
「ちげぇよ! なんでそうなる!?」
「男が急に異性を訪ねて来るなんて、告白ぐらいなものだろう?」
「何その偏見!?」
「まあ、条件次第では付き合ってやってもいいぞ? お前が女装して恋人になるならな? まあ、せっかくのその容姿だ。中々の好条件だとは思うが」
「人のコンプレックス抉ってくんな!」
叫ぶ僕を見て、ヒメはケラケラと笑う。くそっ。人のコンプレックスを弄ぶとは。
僕の容姿だがヒメの言ったように、中性的というか女顔である。前に母さんに女装させられたことがあったが、思わず膝をついてしまうぐらいには女装が似合っていた。
おかげで、初対面の人には必ず女に見間違われる。
かくいうヒメやイロハさんにも、初対面で間違われた。
「くっ! 今すぐにとっちめてやりたいが、まずは要件の話をしよう」
「へえ。そんなに大事なのか?」
「ああ、大事だ。ヒメ――――」
「――――作ってもらいたいものがある」
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この世界に降り立った日 2
「――――作ってもらいたいものがある」
真剣な表情で話した僕に対し、ヒメは腕を組む。
「ふむ。続けてみたまえ」
「まず前提として、お前ガンプラって知ってるか?」
「そりゃあね。生きていればよく聞く単語だ。……まさかとは思うが、私にガンプラを作れと?」
「いや、違う。作ってほしいのはガンプラじゃないんだ」
「……ならなんだ」
眉を顰めるヒメに対し、僕は頭を下げる。
「お前は天才だ」
「そうだな。私は自他ともに認める天才だ。小学生ながら飛び級し、大抵の事なら出来ると自負してる」
「何を当然のことを」とでも言いたげに、俺の言葉に同意するこいつを、一切嫌な奴だとは思わない。
自慢するでもない、悦に浸るでもない、淡々とただそれが事実だと語るヒメは、やっぱりすごい奴なんだと思う。
僕だったら、絶対に自慢気になってしまうだろうし。
そんなヒメだからこそ、僕は……。
「だからお前に作ってもらいたいんだ。
「…………」
ヒメから返って来たのは、沈黙。
やはりダメだったかと悲しい気持ちになって、それがすごく失礼なことだと気づいた。
元々、身勝手な話なのだ。むしろこうなる方が当然だ。
だから僕は、頭を上げてヒメに一言謝ろうと口を開いて――
「良いぞ」
――頭の上から聞こえてきた言葉に、動きが止まった。
「……え?」
「だから、良いと言っているだろう」
「え、いや、ちょ、マジで?」
「ああ。最近は大学の講義ばかりで飽き飽きしていたところだ。馴染みの縁でもあるし、お前の案に乗ってやろう」
そう言ってほほ笑むヒメに、僕は嬉しさのあまり彼女の両手を掴んでお礼を言った。
「本当か!? ありがとう!」
「っ!? ……まあ、せいぜい感謝してくれ」
「ああ。感謝する。メッチャ感謝する!」
その後もしばらく、ひとしきり感謝の言葉を述べて僕はようやく落ち着き、より詳しく話をすることとなった。
「それで、なんでガンプラ以外のプラモデルを作るんだ?」
「そりゃぁ、ロマンがあるから」
「……聞くが、まさか全部私に投げやりというわけではないだろうな?」
「それはない! アイディアならいくらでもある!」
そうだ。前世から知っているロボットアニメのロボットたちは、今でも風化することなく、僕の記憶の奥底にあの頃の感動と興奮を伴って存在してる。
僕の本気度が伝わったのか、ヒメの表情が少しだけ真剣味を帯びる。
「さっきまでの話からして、お前がやりたいことというのは、ガンプラ以外のプラモデルでガンプラバトルをしたい。そういうことか?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ一つ聞くが。ガンプラバトルは、プラフスキー粒子によってガンプラを動かすゲーム。これで合っているな?」
「そうだな」
「なら、ガンプラ以外でもプラフスキー粒子で動くのか?」
「それは……よく分からんが、でも元はプラスチックだ。だったら動く……はず。それに、動かなくても作ることに意味があるしな!」
そうだ。極論動かせなくてもいい。あの前世の感動を、全てとはいかなくても味わいたいんだ。
しかし僕の前世のことなど一つも知らないヒメは、呆れたのかため息をつき、シッシッともう帰れというように手を振る。
「明日は休日だ。一先ず、お前の言う案を用意してこい。話はそれからだ」
「分かった! じゃあまた明日!」
「……ああ」
何はともあれ、これでようやく足がかりが出来た。
忙しくなるぞぉ!
そして翌日。
僕はデザイン案という名のノートを手に、再びヒメの元を訪れていた。
「入るぞ、ヒメ……ってなんだこれ!?」
ドアを開けて部屋の中に入ると、異様な光景が広がっていた。
本棚の前には大量の箱が積まれており、昨日まで参考書だとか気難しそうな本ばかりが目立っていた棚には、人型のプラスチックの人形が置かれている。
「これ……もしかしてガンプラか?」
「そうだ。昨日、お前が帰ってから買いに行った」
「俺が作ってほしいのはガンプラ以外のプラモデルなんだけど」
「分かってる。これは研究のためだよ。私は今までプラモデルに触ったことがないからな。手っ取り早くガンプラで試してみた」
話を聞きながら、棚に飾ってあるガンプラの一体を手に取る。
しかし僕もガンダムについては点で知らない。なんとなく眺めていると、積み重なっている箱の一つに、同じ絵が描かれているものを見つけた。
「ガンダム……キュリ、オス……。変形するのか、こいつ」
「ああ。とりあえず目についたものを買ってきたものでね。それで、昨日言っていたアイディアとやらは?」
「それなら、これだ」
ヒメに促されノートを渡す。
このノートは俺が前世の記憶を思い出してから、前世で見たロボットたちを忘れないために、そしていつか作るために書き残していたものだ。
もっとも、記憶というのは段々薄れていくもので、いくらロボットが好きな俺でも細部のデザインやいくつかの設定を忘れていたりするのだ。そこはまあ、どうにかしよう。
そんなノートをパラパラと見ていたヒメは、ノートから顔を上げる。
「ふむ。なかなか興味深いな。ガンプラとは違う、こういう意味か」
「だろう! これを
「(再現……?)しかし、作るのはいいがこれを形にするとなると……もう少し簡単なのはないのかい?」
「簡単……?」
僕が首を傾げると、ヒメはノートを突き付けてくる。
開かれているページには、主にマクロスフロンティアに登場してきたVF-25 メサイアが描かれている。
「言っておくが、いくら私が天才だからと言ってもいきなり何でもできるわけじゃない。このノートによれば、この戦闘機?は3段階に変形するらしいな? まずガンプラでもそこまで変形するものはなかなかない。フルスクラッチの経験があればなんとかなるが……」
「じゃあ、他のやつにするか?」
「……いや、もっと簡単なのはないか? 構造が簡単な奴」
……? なんでマクロスシリーズにこだわって……ははぁん?
「お前、魅了されたな?」
「……何の話だ?」
「いやなんでもない」
分かる。分かるぞぉ。マクロスの機体はハマるやつにはとことんハマる。マクロスだけがそうとは言わないが、僕はマクロスには一目ぼれした口だし。
「もっと簡単なのかぁ。簡単とは言わないが、こいつよりもと言うなら……こいつはどうだ?」
僕が開いたページに書かれているのは、ヒメが魅了されたVFー25 メサイアと同じくマクロスフロンティアに登場したVF-171 ナイトメアプラス。
作中に登場する新統合軍の主力可変戦闘機で、後の作品であるマクロスΔにも登場した。
性能で言えばVF-25の方が良いだろうが、軍の主力ということで多くのVF-171が奇麗に編隊を組んでいるのは、すごくかっこいい。
量産機のかっこよさは、やっぱりこういった徒党を組むところだと思う。
話を戻して
「こいつなら、どうにかならないかな?」
「ふむ……ナイトメアプラス、か」
「頭にVF-171をつけてね」
「随分と細かいところに口を出すな。まあいい。確かにこれくらいならどうにかなるだろうね」
え、マジで? ぶっちゃけこれでもきついかなぁとか思ってたんだけど。変形機構あるし。
「私は天才だ。これくらいなら、どうにかなるさ」
「まじかよ。おまえすげえな」
「それじゃ、出来るまでお前はこれを使え」
「え?」
ヒメから渡されたのは、さっき僕が手に取ったガンダムキュリオス。
「ガンプラバトルやったことないんだろう? 少し練習しておけ」
「気が乗らないんだけど……」
「良いから行け。出来上がったら連絡する」
そう言われ、僕は半ば追い出される形で部屋を後にするのだった。
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この世界に降り立った日 3
「ガンプラ、ねぇ……」
ヒメがVF-171 ナイトメアプラスを作り始めてから早一週間が経った。
「……やぁっぱり、やる気でないなぁ」
放課後の学校に残って、練習して来いと渡されたキュリオスを眺めながら、僕は他のロボットたち並にやる気が出ないことに項垂れる。
別に、ガンダムが嫌いなわけじゃない。ガンダムだって、立派なロボットアニメだ。
何年も続いただけに、多くの人を魅了してきたアニメだというのに、何故か僕の食指は動かない。
逆張りしてるわけじゃなくて、こればっかりは相性の問題なのだろう。
「問題は、一度も練習に行ってないってことなんだよなぁ……ん?」
ピコンと携帯から着信音が聞こえた。取り出してみると、ヒメからのメッセージが届いていた。
その内容を見た瞬間、僕は慌てて学校を飛び出した。
「ヒメ! ヒメ! できたってホントか!?」
「騒がしい。落ち着きたまえ」
「これが落ち着いていられるか!」
ヒメの部屋にお邪魔した僕は、届いたメッセージをヒメに突き付ける。
「『例の物が出来たから、すぐにこい』……ほんとなんだな!?」
「ああ。これが、私が作ったVF-171 ナイトメアプラスだ」
そう言って、ヒメが視界を塞いでいた机を見せるようにその場から動いた。
机の上にはプラモデル用のカッティングマットが敷かれており、その上には、色塗りまで終えられているVF-171が鎮座していた。
ガンダムキュリオスの高機動形態とは異なったディテール。より
「感動、感動ものだ……目の前にあのVF-171 ナイトメアプラスがいるんだ……」
「どうだ? 最初ということもあってなかなか苦労したが……それなりに楽しめたよ」
「ありがとう!! めっちゃ感謝してる!」
「……フフ。そうかそうか。それじゃあ、早速行くとしようか。ガンプラバトルに」
「え、でもいいのか? 壊れる可能性だってあるんだぞ?」
「一応予備パーツは準備してるし、一度作れば同じものを作るのに、最初ほど時間はかからん。私は天才だからな」
珍しく小さくどや顔を披露するヒメ。
予備パーツまで準備していることには驚いたが、詰まるところ……ヒメも見たかったのだろう。VF-171が飛ぶ姿を。
……というわけで、僕たちはVF-171を持って近くのゲーセンに赴いた。
ゲーセンには代替ガンプラバトルをするための筐体GPベースが置いてある。
故にゲーセンに来たのだが、既に数人の子供が並んでおり、僕たちもその最後尾に並ぶ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……それなりにいるな。やっぱ」
「それは仕方がないだろう。ちょうど良いから、マニュアルを読んで基本操作を覚えておけ。ところで、ちゃんと練習はしてきたか?」
「やってな……あ」
会話の中で自然と聞いてきたヒメに、僕は思わず正直に答えてしまい、口を紡ぐも時すでに遅し。
その反応で察したのであろうヒメは大きくため息をついた。
「まあ、良いだろう。ナイトメアプラスに関しては、練習をしていない方が良いかもしれないしな」
「どういうことだ?」
「ナイトメアプラスのブースターは、お前のノートに書いてあったように偏向ノズルだ。操作性を簡易にしてあるキュリオスのブースターとは、また勝手が違う。練習をしていないのだから、操作自体に慣れないかもしれないが、そこはまあ、頑張りたまえ」
「そっか。確かにキュリオスはそんな感じがないな」
偏向ノズル。
マクロスを見たことがある人ならこれだけで察しが付くが、あのブースターがグィングィン動くやつだ。
あれのおかげで、直角曲がりみたいな芸当もできるわけである。
「それと、ピンポイントバリアも搭載されていない。さすがの私でも、あれを作ろうと思うと時間がかかる」
そ、そんなにか……。まあ、確かに僕も前世で興味本位で調べた時は、何だこれと思いはしたが。
それでも時間を掛ければ作れると言っているあたり、さすがの才能マンである。いや、この場合は才能ガールか?
それからもヒメとナイトメアプラスについて話していると、僕たちの順番が回ってきた。
「ふむ。どうやら相手は女子か」
ヒメの言葉に相手を見ると、なるほど確かに女の子が相手だった。このご時世、女の子がガンプラバトルをするのも珍しくない。だからと言って手加減しないけどな。俺初心者だし。
そう思いつつ準備をしていると、ヒメが対戦相手と何か話していた。ヒメの言葉に対戦相手が頷くと戻ってきた。
「ハルト、喜べ。お前が初心者だと話したら、動きに慣れるまで待ってくれるとのことだぞ」
その報告に思わず対戦相手の子を見ると、ホントだというように頷いた。
どうやら本当らしい。礼もかねて軽く頭を下げる。
さて、そろそろ始めようか。
ナイトメアプラスをセットすると、衆人からどよめきが聞こえてくる。
GPベースが緑色に発光しながら起動すると、それに呼応するようにナイトメアプラスにも光が灯る。
いける……いけるぞぉ!
「いくぞ……VF-171 ナイトメアプラス。出るぞ!」
緑色の球体のレバーを握り、思いっきりブースターを吹かす。
その操作に反応して、VF-171が宇宙ステージへと飛び立った。
「すげぇ……本当に飛んでる……!」
「感動してる暇はないぞ。相手は待ってくれているんだ。操作感を確かめろ」
「分かって……っとと。なかなか難しいな」
偏向ノズルという仕様上、機体の姿勢が安定させにくい。
しかしシステムのアシストもあるのか、数十秒もあれば慣れ、姿勢が安定した。
「よし……!」
『……そろそろいい?』
聞こえてきた声に前を向けば、青い一機のガンプラ?飛行機が向かってきていた。
「あれは……」
「イナクトカスタムか。お前と同じ可変機だ。抜かるなよ」
「分かってる!」
ブースターの出力を上げ、イナクトカスタムに向けて前進する。
それに応えるようにイナクトもこちらに向かってくる。
互いに互いへと向かっていき、そのまますれ違った。それがバトルの合図となった。
「先手必しょうぉっ!?」
Uターンしようとした瞬間、機体の近くを実弾が通り過ぎていく。
後ろを確認すれば、さっきまでいなかったはずの人型……元飛行機のイナクトがそこにいた。
「そういや可変機か……!」
『その機体面白そうだけど、手加減しない』
スピードを上げ一旦距離を取ろうとするが、イナクトがピッタリと張り付いてくる。
こいつ、はやい! そういう機体か!?
「なるほど。ブースター周りを強化してるのか。確かにナイトメアプラスに追いつけるだろうな」
「どういうことだ、ヒメ!?」
「ガンプラバトルはガンプラの出来がもろに現れる。常識だろうに」
「って言われてもさ!」
「安心しろ。この私が作ったんだ。出来に関しては引けを取らん。あとはハルト次第だ」
「だったらぁ!」
僕はレバーを操作して、ナイトメアプラスを戦闘機型のファイターから、足と手が生えたようなガウォークへと変形させる。
「こなくそぉ!」
脚部の先端のブースターを前方に向け、そのまま機体を下がらせつつ上昇させる。
イナクトはその動きに対応できないまま通り過ぎていき、ナイトメアプラスがイナクトの背後を取る。
「これでぇ!」
『……甘い』
ガンポッドをイナクトの背部に向け、ロックオンと共に引き金を引く。ギュィィィンという特徴的な音と共に発射された弾丸は、しかしイナクトを捉えることなく外れた。
「まじかよ!? 避けられた!」
「反撃来るぞ」
ヒメの言葉に気付き、すぐさま左にそれる。
次の瞬間、さっきまでいた位置を弾丸が通っていった。すぐさま反転して撃ってきたらしい。
しかしイナクトが足を止めたため、これ幸いとファイターに変形し距離を離す。
『逃がさない』
とはいえ、相手が易々と見逃してくれるはずがなく、変形して追いかけてくる。
ピッタリと張り付きながらライフルを撃ってくるイナクトを引きはがしたいが、どうにもうまくいかない。
「おい、どうした。このままだとやられるぞ」
「分かってる! でもなんか、上手くいかないんだ……!」
「やはり技術は相手が上だな。ハルト、デブリが見えるか?」
「デブリ? あ、そういうことか!」
ヒメの言葉の意味を察した俺は、ブーストしデブリに突っ込む。
相手は障害物の多いデブリを嫌ったのか、背後から離れる。僕はガウォークになってデブリの陰に隠れる。
さて、どうするかな……。
「……どうする?」
「奇襲を掛けろ。長期戦はこちらが不利だ。短期決戦で決めろ」
「よし」
僕を探しているのか、イナクトはデブリには入らずに飛行している。そのイナクトが、僕が隠れているデブリを通り過ぎた瞬間、飛び出して背後からガンポッドによる奇襲を仕掛ける。
しかしそれを予想していたのか、イナクトは余裕をもってかわす。
だが俺だってそれだけでは終わらない。ガンポッドが避けられるのは想定済みだ。マイクロミサイルを発射すると同時に、ファイターで突撃する。
イナクトはミサイルを振り切ることは難しいと判断したのか、MS形態に変形し次々と撃ち落としていく。
僕は爆発の煙を引き裂いて、イナクトに突撃。同時に人型のバトロイドへと変形する。
『なっ!? 三段階変形!?』
「もらったぁ!」
『くっ……!?』
急接近した勢いのまま、イナクトを蹴り飛ばす。姿勢を崩したイナクトに向けてガンポッドを構え、引き金を引く。ガンポッドから放たれた銃弾が、イナクトをハチの巣にする。
一瞬のスパークの後、イナクトは爆発。
《HARUTO WIN》の文字がモニターに浮かんだ。
「いよっしゃ!」
「初めてにしては上出来じゃないか?」
「そうだろそうだろ!」
「……ねぇ」
初勝利の余韻を噛みしめていると、対戦相手の女の子から声をかけられた。
GPベースを挟んでいるときは余り観察していなかったが、よくよく見れば十分に可愛い。さらりと流れる短い銀髪に、どこかぼんやりとした顔立ち。眠そうな表情を浮かべていて、どことなく儚さを感じる。クールという言葉が似合いそうではある。
学校じゃさぞモテるんだろうなぁとか思ってたら、少女が不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたの?」
「あいや、何でもない」
慌てて返事を返して、ついでだからとさっきのバトルのことで礼を言う。
「さっきはありがとう。操作、慣れるまで待ってくれて」
「……別に構わない。それよりあなたのガンプラ、そんなの見たことない。どうやって作ったの?」
「え? ああ、これは――」
「帰るぞ、ハルト」
「ガンプラじゃない」と言おうとしたところで、険しい表情をしたヒメに手を引かれる。
「すまないね、君。少し用事を思い出してな」
「ん。それなら仕方ない。私はここでよくガンプラバトルしてるから、またやろうね。バイバイ」
「ああ、失礼させてもらう」
「お、おい! あ、じゃあなー!」
手を振る少女に別れを告げて、僕たちは足早にゲーセンを出る。
しかし依然とヒメの表情は険しいままだ。
「おいヒメ。どうしたんだよ?」
「私としたことが、うっかりしてたよ。さっきのバトル。GPベースの録画機能がデフォルトでオンになっていた」
「だからなんだよ」
「あのバトルの映像が録画された。おそらくSNSにあげられる。操縦者の顔は映らないだろうから、そこは問題ないだろうが……分かってない顔をしてるな、ハルト」
ヒメの言うように、僕は何が問題なのかさっぱりわからない。
説明してもらったところ、GPベースには録画機能というものがあるらしい。なんでも、バトルの様子をGPベースが自動的に記録しているのだとか。その記録は、近くにある端末でいつでも見返したり、自分の携帯にコピーして持って帰れる。当たり前だが、操縦者の顔や声などが入ることもない。
そしてここからが、ヒメの言う問題だ。
僕たちは、従来のガンプラとは全く異なる機体を使ってバトルした。しかも、GPベースの録画機能をオフにせずにだ。
ナイトメアプラスの特異性は目を引いただろう。確かにバトルが終わった時、周りにいた人の数が多かった気がする。
「ガンプラ一強のこの時代に、まさしくガンプラとは思えない作りのプラモデル。騒がしくなるよねぇ」
「僕が言うのもなんだけどさ、そこまでか?」
ヒメが言ったように、この世界はガンプラ一強の時代だ。そんな中で、VF-171が出てきたところでそこまで話題になるだろうか? しかも、単なる町の一ゲーセンで起こったことなのに。
そう思っていると、ヒメが携帯の画面を見せてきた。映っているのはSNSの画面。そこにはついさっきのバトルの映像が載せられ、すでにコメント数が3桁に昇っていた。
「……マジ?」
「フルスクラッチな上に、従来のガンプラとは似ても似つかない……これで分かったか? 私が言いたいことが」
呆れたように聞いてくるヒメに、僕はひたすらに頭を縦に振る。
いや、知らなかったんだって。珍しがられるとは思っていたけどここまでとは。
でも、ナイトメアプラスでさえこうなるのなら、これからは人前で動かすのはやめた方が良いだろうか。
あのゲーセンには俺だけじゃなくて、ヒメもいた。さすがに目の前の友人に迷惑をかけるわけには……と考えていたら、いきなりチョップされた。
「とう」
「あいた!?」
「妙な気遣いはしないでほしいな。ハルトの案に乗ると決めたのは私だ。今更止めるなんて言うなよ?」
「ヒメ……」
「すでにVF-25を含め、他の機体の作成の目途をつけているんだ。無駄してほしくないなぁ」
どうやら僕の考えは気づかれていたらしい。だけど……とてもうれしい。
ヒメの言葉に頼もしくなった僕は、右手を差し出す。
「なら、約束だ。ヒメが作ったロボットたちで、僕が戦う。二人で一人、一心同体ってやつ」
僕の右手を見て目を丸くしていたヒメも、やがて右手を差し出してきた。
ガンプラ以外のプラモデルを作り、戦う。
そのための協力関係が、握手と共に固く結ばれた。
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この世界に降り立った日 幕間
試しに戦闘シーンを三人称視点にしてみました。最後にアンケートがあるのでお願いします
GPベース、宇宙ステージ。
広大な小惑星群が中央に配置されたステージに、二つの光源が飛んでいた。
否、片方の光源がもう片方の光源に踊らされていると言った方が正しいか。
そんな踊らされている光源――白く塗装されたアッシマーを操縦しているファイターは、見えなくなった相手を気にして、しきりに背後を確認していた。
「くそ……どこに行ったんだ……っ!? 上!?」
上から降り注いだ銃弾の嵐を避けると、アッシマーはMS形態へと変形。銃撃してきた相手――VF-171 ナイトメアプラスへと大型ビームライフルを撃つ。
ガウォークだったナイトメアプラスは軽快な動きでビームを躱すと、ファイターへと変形する。MA形態へと変形して逃げるアッシマーを追いかける。
アッシマーはデブリが邪魔をして思うように速度が出せない。それとは対照的にナイトメアプラスはブースターの偏向ノズルの特性を生かし、時には脚部を展開してデブリを回避しつつアッシマーを追う。
「もらった!」
ナイトメアプラスがアッシマーの背後につくと、上部左側にマウントされている『対空母用大型対艦ミサイル センチネルAVM-11R』から4つのミサイルが放たれる。
アッシマーがミサイルを避けようと急に方向を転換したことで、デブリに衝突してしまう。
その隙を逃さず、ナイトメアプラスはバトロイドへ変形し、右腕にマウントされた『バジュラ用MDE粒子反重力砲』を構える。
次の瞬間、一条の閃光がアッシマーを貫いた。
◇◇◇
「ふぅ、ようやくナイトメアプラスの操縦にも慣れてきた……」
「アーマードパックの出来はどうだった?」
「さいっこう!」
ヒメと一緒に帰り道を歩く。話の話題は、ついさっきのアッシマーとのガンプラバトルについてだ。
初めてガンプラバトルをした2日後。ヒメが新たに作ったナイトメアプラスの装備、アーマードパックの具合を確かめるために、ガンプラバトルをしに来た。
アーマードパックは歴代マクロスシリーズにおける後付けの武装だ。
基本的には火力の増強の面で用いられ、VF-171を運用していた新統合軍では基本的に指揮官機が使用している。もっとも、激情版マクロスFだと普通にみんな使ってたりするんだけど……。
「それにしても、良かったの? こうやって普通にガンプラバトルしてて」
あの日、ヒメからガンプラ以外のプラモデルを使うことに関して、苦言を呈された……のだが、何事もなかったかのようにこうしてガンプラバトルをしている。というより、アーマードパックを試すことを誘ってきたのもヒメからである。
「別に構わないよぉ? むしろ、いくらか話題になってもらいたいくらいだからねぇ?」
「どういうことだ?」
「まあ、それはまた言うさ。それより、次のロボットなんだがね」
「VF-25でしょ?」
「そうしたいのは山々だが、もう少し待ってくれ。ピンポイントバリアがまだ作れなくてね」
「別になくても良いんだぞ? 攻撃は避けることがメインだしな」
「私が納得いかないんだ。ナイトメアプラスには妥協したからな。メサイアは妥協したくない」
うーむ。メサイアはまだ使えないのか。ここまでヒメを手こずらせるとは……恐るべしピンポイントバリア。
だがそれなら仕方ない。しばらくはVF-171でがんばるかーと思っていると、それは良い意味で裏切られた。
「VF-25はまだかかるが……代わりにこいつを作成するつもりだ」
そう言って見せられた、ヒメの携帯の画面に映った完成予想図。
それを見た瞬間、VF-25がまだできないことへの小さな不満は、完全に吹き飛んだ。
次のロボットのヒント
空飛ぶたまご
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歌とたまごと純情と 1
「はぁ……かったるい……」
帰ろうとした直後に、運悪く先生から野暮用を頼まれてしまい、帰るのが遅れてしまった。
一応、学校じゃそれなりに優等生として過ごしているため、断ることもできずに引き受けてしまったわけなんだけど……。
こういう時は、ヒメが羨ましい。小学校どころか大学だけど。しかもアメリカの。あ、やっぱいいですわ。
そんなこんなで先生からの頼みごとを終え、帰ろうと廊下を歩いているとふと、どこからか誰かの声が聞こえた。いや、これ声っていうか……。
「歌、か? ……こっちからか」
普段なら「わーすごいなー」で終わってるというのに、歌に惹かれたかのようにその場所を探していた。
「ここか……?」
やがてたどり着いたのは、音楽室。どうやら歌の主はこの中にいるようだ。
窓から中をそっと覗きこむ。
「―――、――――、――――」
夕日が差し込む音楽室には、一人の女子生徒が居た。
サラリと流れる長い黒髪。スラリとしたスタイル。そして何よりも、聞く者全てを虜にしそうな歌声。
触れてしまえば壊れてしまいそうなほど儚く、だけど聞いた途端に身体を揺さぶるほどの力強さ。
思わず鞄を、正確にはその中にある物に目を向ける。
あの人ならもしかしたら……。
僅かな期待を抱いていると、ふと中にいる女子生徒と目が合った。
やっべ。このままだと完全に怪しい人になる!
どう弁解するか慌てていると、意外なことに手招きされた。入ってこいと言うことか?
この場から逃げるわけにもいかないので、仕方なく音楽室に入る。
「……あら。窓から可愛い顔が覗いていると思ったら、あなた男なのね?」
「グフッ!」
開口一番、コンプレックスを抉られ、膝をつく。
そんな僕がおかしかったのか、目を丸くしていた女子生徒はクスクスと笑う。
やめてくれ、こんな俺を見ないでくれー!
「ごめんなさい。気にしてたのね」
「いえ、大丈夫です。いつもの事ですから」
「そうなのね。それで、あなたはどうして外から覗いていたのかしら?」
「その……とてもきれいな歌が聞こえたので、気になって」
「あら、ありがとう。ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私はヒイラギ ミクモ。あなたの一つ上ね」
「え? なんでそんなことが……」
「あなたの鞄から見える教科書、それ去年使っていたもの。懐かしいわね」
見れば、少しだけ開いていた口から教科書が見えていた。ちょっと恥ずかしいな。
「えっと、僕はアイゼン ハルトです。その、ヒイラギ先輩はいつもここで歌ってるんですか?」
「ミクモでいいわ。毎日というわけではないけれど、たまにね。歌うことは好きだから」
いつもは放課後になるとすぐ帰ってたから、気づかなかったわけか……。
それにしても、こうして話していると不思議な先輩である。なんというか、言葉にできない魅力というか、オーラを感じる。ミクモ先輩の周囲だけ、世界が違って見える。
「いつもは一人で歌うのだけど、観客がいるのもたまにはいいわね」
「……あ、あの!」
「あら? どうかしたの?」
「見てもらいたいものがあるんです……」
鞄からノートを取り出し、ミクモ先輩に差し出す。
それはヒメに渡しているロボットたちのアイディア帳ではなく、それとはまた別の事が書かれているもの。
「これは…………歌詞?」
パラパラとノートをめくるミクモ先輩の顔が、驚いたものに変わっていく。
そうだ。このノートに書かれているのは、歌の歌詞。
しかもただの歌詞じゃない。これは、前世で作られたロボットアニメの主題歌や劇中歌の歌詞である。
戦闘シーンや重要なシーンで流れ、ロボットアニメを盛り上げてきた歌の歌詞が、このノートには詰まっている。
さすがに全部というわけにはいかなかったが、覚えている分は全部書いたのでかなりの量がある。
「……いい歌詞ね。それで、私にこれを見せた理由は何かしら?」
「歌ってほしいんです。先輩に」
「あら、素敵な口説き文句ね」
「ふざけて言ってるわけじゃありません! 僕は先輩に……!」
「でもごめんなさい。あなたの願いは叶えられそうにないわね」
目を伏せて申し訳なさそうに言われる。
この結果は……当然だろう。渡したのは歌詞だけ。それに今日初めて会った人間のお願いを、ミクモ先輩が聞く理由はない。
「確かにこの歌詞は良いものだわ。でも……これはあなたが書いたものではないでしょう?」
「っ……!?」
何でそれを知って……!
「歌詞というのは、ただの言葉の羅列ではないの。聞かせたい人へ向けた愛の言葉。さっき、あなたに口説き文句と言ったけれど、それが歌詞であり歌よ。聞いた人全てを歌の虜にする力を持っている。歌が人を魅了するのはね、もちろん歌う人間もそうだけど、一番は歌詞に思いが籠っているから」
開いたノートを掲げ、それを眺めながらミクモ先輩は話を続ける。
「この歌詞からは思いを感じるわ。まるで何かを際立たせるかのように、引き立たせるように。とても好きよ。でも、あなたからはそれを感じない」
それもそうだ。アニメの主題歌は、アニメを意識した歌詞が入ってたりするものだ。
だけどその歌詞を作ったのは、僕じゃない。
「この歌詞をだれが作ったのかは興味ないわ。でも、今のあなたからこの歌を歌ってほしいと言っても、自己満足にしか聞こえないの。ごめんなさい。期待に沿えなくて」
そう言ってミクモ先輩は帰って行った。
僕は、しばらくその場から動けなかった。
戦闘シーンで主題歌流れるロボットアニメって、意外と少ない気がする。
マクロスのイメージが強いからかな?
もちろん、戦闘BGMも好きですよ?
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歌とたまごと純情と 2
「ついに完成だ! 新たな機体……アーハン!」
興奮するヒメが、鼻息荒く叫ぶ。
作業机の上に立っているのは、ずんぐりむっくりとした丸みを帯びている一体のプラモデル。白い装甲で覆われてはいるものの、所々その内部のフレームが見える。
そんなこいつの名は『アーハン』。
『楽園追放 -Expelled from Paradise-』という劇場アニメに登場した機動外骨格スーツだ。
主人公のアンジェラ・バルザックと共に前半主人公機として登場するも、登場から僅かで売り払われ、さらには終盤で同型機が敵として登場するという、不遇な期待だ。
ただスーパーロボット大戦Tで初登場した際は、アンジェラの搭乗機として戦闘ムービーが拝める。最初は敵で出て来るけどな。
だけどそのアーハンを見ても、ヒメと違っていまいち気分が盛り上がらなかった。
「……どうした? ナイトメアプラスの時はあんなに騒いでいたじゃないか?」
「嬉しくないわけじゃないんだ。嬉しいんだけどさ……ごめん。これは俺の問題だから」
「ふむ……まあいい。さっそく試しに行くぞ」
「あ、ああ」
そんな訳でゲーセンに赴くと、久しぶりの顔を見かけた。
「ん……また会った」
「あの時の……」
そこに居たのは、ガンプラバトルを初めてした時の相手だった銀髪少女だった。
「久しぶり」
「ああ、久しぶりか。えっと」
「……レン」
「え?」
「コトノハ レン。レンの名前」
そう言えば、お互いの名前は知らなかったな。
「ああ! 僕はアイゼン ハルト。それでこっちは……」
「ハナウミ ヒメだ。よろしく頼むよ」
「ハルトとヒメ。覚えた。それで、二人はガンプラバトル?」
「ああ、そうだけど」
「それなら……」
レンがごそごそと腰のポーチから、一体のガンプラを取り出した。
「私とやろ? この子なら、あのガンプラにも負けない……!」
「ふむ。いいんじゃないか? 知らない人間よりはやりやすいし」
「そうだな。やろうか、レン」
「ん……!」
ちょうどGPベースが開いたので、僕たちは向かい合って準備を始める。ナイトメアプラスの時のバトルを見ていた人が居るのか、少しだけ騒がしくなる。
GPベースが起動し、プラフスキー粒子がプラモデルたちに命を吹き込む。
「……アーハン、出るぞ」
アーハンのブースターを吹かし、空へ飛び立つ。
「……荒野ステージか」
草木一つない地面に巨大な岩が転がっている。
地面に着陸すると、センサーが近づく反応をキャッチした。
反応が現れた方向を見ると、赤い光を散らしながら飛んでくる機体が見えた。
「……ブレイブ。また可変機か。好きだな」
ヒメがポツリとつぶやく。
そして相対するヒメは、困惑した様子を見せる。
『違うガンプラ……?』
「悪いが、今日はこいつだ。手加減無くやらせてもらう」
『少し不満だけど、勝つのはレン』
ガンプラバトルが始まった。
◇◇◇
「先手は貰う……!」
アーハンはブーストし、地面を滑るようにして粒子ビームをかわす。そのまま頭上を通り過ぎていったブレイヴを撃とうと、突撃用マシンガンを向ける。
しかし次の瞬間、アーハンの周辺の地面から次々と土が跳ねた。
「くそっ! 完全に背後を向けていたのに、一体何が……」
歯噛みしながらレバーを引くと、立ち込める土煙からアーハンが出て来る。
「腕部に収納されているGNビームマシンガンだろうねぇ。ブレイヴは後方迎撃が優秀だ」
「正解」
ハルトが上空を見上げると、そこにはブレイブが
「……このまま勝つ!」
「ちぃ!」
サイドバインダーからGNビームサーベルを取り出し、ブレイヴ勢いよく突貫する。
それに対しアーハンは左手に装着されているブレードを振り上げる。
二つの剣がぶつかり、火花が散りながら不快な音が響き渡る。
「なんて出力……!」
「ん……!」
しかし微かにアーハンが押されているようで、踏ん張っている両足が下がる。
その様子をヒメが険しい表情で見ていた。
「(あの程度の鍔迫り合いで押される? そんなはずはない。確かにアーハンはガンプラと比べても比較的小型だが、それでも出力的には負けていないはずだ)」
「ッ!? ブレードが!」
ヒメが考えている間に、状況が動いた。
アーハンのブレードが弾かれ、離れた地面に突き刺さる。その隙を逃さずブレイブが斬りかかるも、アーハンが咄嗟に下がったことで装甲を掠めるにとどまる。
しかしこれも、ヒメにとってはおかしなことだった。
「(やはりおかしい。あの程度の攻撃など簡単に躱せる。それだけの機動力がアーハンの特徴……やはりハルトに何かあるのか)」
このヒメの考察は間違っていなかった。
実際、ハルト自身もこの違和感を疑問に思っていた。
「なんだこれ……どうして……!」
「もらった」
「しまっ!?」
マシンガンで牽制したにも関わらず、易々とブレイヴの接近を許してしまい、構えていた右腕を切り飛ばされる。
そしてそのままGNビームサーベルを振り上げ、アーハンを一刀両断しようとした瞬間の事だった。
◇◇◇
「……え?」
「なに?」
「…………」
目の前で起きていることが、理解できなかった。
結果として、アーハンは斬り飛ばされた右腕以外は無傷だった。
そして、勝敗を伝えるモニターは僕が勝者であることを告げていた。
「なん、で……」
「ん。私が直前で降参したから」
目の前の疑問に答えを提示したのは、ブレイヴを回収したレンだった。
「どうしてそんなことを」
「だって、ハルトの動きが悪かったから。このブレイヴでリベンジがしたかったのに、そんなハルトに勝っても嬉しくない」
「ぁ……」
確かに、今回のガンプラバトルでのアーハンの動きは良くなかった。それはつまり、僕が集中しきれていなかったことを示している。
「何でなのかは聞かないけど。今のハルトとは、戦いたくないかな」
ぼんやりとしたレンの言葉が、重くのしかかる。
レンはリベンジをしたかったと言った。そのためのブレイヴで、だけど僕は集中できてなくて。
罪悪感が、心を蝕む。
「……来週、隣町のゲームセンターで行われるガンプラバトルの大会。レンは出るつもりでいる」
そこで再び戦おうと言うことなのだろうか。そんな資格が、僕にあるのだろうか。
「待ってる。じゃ」
結局その日はそれ以上ガンプラバトルをする気になれず、ヒメに手を引かれて帰った。
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歌とたまごと純情と 3
アーハンの初陣から一日経ち、僕たちはヒメの部屋にいた。
机に向かいアーハンの右腕を直しているヒメと、床に座り込んでベッドに寄り掛かる僕。どこか気まずい雰囲気が漂っていた。
「……何があったんだい」
流石に耐えかねたのか、ヒメが口を開く。飛び出てきた内容は、言わずもがな僕のことであった。
「……僕たちのやってることってさ、自己満足なのかな?」
「そりゃぁ、自己満足だろう? せっかく作った物を、戦わせては壊しているんだ。どう考えたって自己満足以外の何物でもない」
「それはガンプラバトルだろ? そうじゃなくてさ、こうやってガンプラ以外のプラモデルを作って、戦わせてる。それが動いても、そのことに感動するのは僕たちだけ」
「だから自己満足だと? 私はてっきり、それが分かっていて言ってるもんだと思ってたけどな」
あけすけのないやり取りが、僕たちの間で飛び交う。
「誰に何を言われたか知らないが、どれだけ筆舌に尽くそうと、結局は遊びだ。プロとなれば話は別だが、たかだか遊びの一つに、あーだこーだ言ったところで、大して意味があるとは思えないな」
遊び、か……。
「よし、直ったぞ。それで? レンとの勝負はどうするんだ」
隣町のゲームセンターのガンプラバトル大会か。あの様子だと、レンは必ず参加するだろう。
無視することもできるが、さすがにそれは憚られる。
「まあ、出るよ。レンにもああ言われちゃったし」
「……そうか。なら、練習に行くとしよう」
もやもやとした気持ちが晴れないまま、時間が過ぎていった。
「デカいな……」
「ああ、デカいな……」
大会当日。隣町に来た俺たちは、会場となるゲームセンターを見上げていた。
三階建ての建物すべてがゲームセンターらしく、煌びやかな光が、真夜中の蛍光灯に群がる虫の様に人を集める。
ボケーっと立っているわけにもいかないので、中に入り受付を済ませる。
「……ハルト」
「レンか」
「今日は大会。言っておくけど、先週みたいに止めないから」
「……ああ」
それだけ言葉を交わすと、レンは去っていった。今日は大会だから、馴れ合いは不要だ。
その後、トーナメントが発表された。
それなりに大きい大会ということもあって、A、B、C、Dの4つのブロックで予選がある。その後、Aブロックの一位とBブロックの一位で、そしてCブロックの一位とDブロックの一位で準決勝が行われ、その勝者で決勝が行われる。
自分の名前を探していると、トーナメント表にあり得ない名前があるのを見つけた。
「ハルトはBブロックか。レンはCブロック。当たるとすれば決勝だな……おい。聞いているのか?」
ヒメの声が聞こえるが、それに返事を返す余裕がない。
だって、なんであの人の名前が……
「――あら、久しぶりね。ハルト君」
背後からかけられた声に振り向く。
そこには、私服に身を包んだミクモ先輩がいた。
「あなたもこの大会に参加していたのね。私はDブロックなの。お互い、頑張りましょう」
「え、ええ……」
まるであの日のことなどなかったかのような振る舞いを見せるミクモ先輩に、僕は曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
ミクモ先輩が去った後も、姿が消えた方向見続ける僕にヒメが声をかけた。
「あの女とハルトがどういう関係かは知らないが、急に自己満足だの言いだしたのはあの女が原因だな?」
「……言われたんだ。プラモデルの方じゃないけど、まるで自己満足だって」
「ふん。なら良いだろう。当たるとすれば決勝だが、もし当たったら、あの女の言う自己満足で倒してやれ」
「ああ……」
えも言えぬ不安が渦巻いたまま、ガンプラバトル大会の幕が開いた。
◇◇◇
一回戦 敵機 ガンダムアストレイレッドフレーム(フライトユニット装備)
草木が揺れる草原ステージの上空をアストレイとアーハンが飛び回る。
「落ちろ!」
「……」
アストレイがビームライフルを撃つも、アーハンはそれらを躱して肉薄。両腕に装備されたブレードで、ビームライフルとシールドを切断する。
爆発。
武装と盾を失ったアストレイは、ビームサーベルを取り出すとアーハンに斬りかかる。
しかしビームサーベルの薙ぎ払いを、アーハンは飛び込むようにして頭上を飛び越えて回避。同時に上下逆さまの状態で背後に回り込む。
「落ちるのは、お前だ!」
「フライトユニットが!?」
アーハンが振るったブレードによって、フライトユニットが×の字に切り刻まれる。
慌ててフライトユニットを切り離したアストレイが地面に着地し、それと向かい合うようにアーハンも降り立つ。
アストレイは左腰部の鞘から日本刀『ガーベラ・ストレート』を引き抜き、アーハンに向かって走り出す。
対するアーハンもブレードを構え、一瞬の交差。
胴体を切断されたアストレイが、爆散した。
二回戦 敵機 ドム
「ふはははは! くらえ、ジェットストリームアタックだ!」
3機のドムが隊列を組み、アーハンへ一斉にジャイアント・バズを撃つ。
この大会はチーム戦ではないため、相手ファイターは必然的に一人で3機のドムを動かしていることになる。
ハルトは相手の技量に警戒するあまり、持ち込んでいるマシンガン2丁で牽制しつつ、攻撃を回避しながらどう攻めるか悩んでいた。
アーハンの機動力のおかげで無傷のままだが、このままでは埒が明かない。いっそのこと接近してかき回してやろうかと考えたハルトが、アーハンを接近させる。
「おおっとアブねぇ!」
ドムのファイターがアーハンが向かってくることに気付くと、
その動きに違和感を感じたハルトは、その正体に気付いた。
「そういうことか!」
ブーストを全開にして跳躍。先頭のドムの目の前に着地する。
変な動きをされる前に、先頭のドムにマシンガンを突き付け弾丸の雨をお見舞いする。
破壊されたドムの爆発を目くらましに、残りの2機がアーハンから距離を取る。
「ちぃ! このぉ!」
しかし、接近するアーハンはまるで未来を読んでいるかのように悠々と回避し、ドム2機に接近する。
「な、なぜだ!?」
「ドムを3機操作してたんじゃなくて、一機のドムに残りのドムの動きを連動させてたんでしょ? タネが分かれば!」
「くそぉ!」
苦し紛れに拡散ビーム砲を撃とうとするが、それより早く先頭のドムの胸部左側にある発射口に、弾丸を叩きこむ。それと同時に、隊列の後ろにいた最後の一機の拡散ビーム砲の盾にする。
「じゃあね」
アーハンのマシンガンが、最後の一機の頭を吹き飛ばした。
決勝トーナメント 準決勝
VS Aブロック一位 敵機 V2バスターガンダム
宇宙ステージに漂う小惑星を、V2バスターの『メガ・ビーム・キャノン』のビームが砕いた。
吹き飛ぶ破片に紛れて現れたアーハンに、今度は『スプレー・ビーム・ポッド』で拡散ビームを放つ。さらに一基18発の『マイクロミサイルポッド』6基から、合計108発のミサイルがアーハンを襲う。
それに対し、アーハンの両腕に内蔵されているビームガンをミサイル群に向ける。ハルトのモニターに映るミサイルが、次々とロックオンされていく。
「演算照準、動作予測、弾道補正、セットアップ――オートマチック、スマートファイア!」
アーハンが回転しながら放つ正確無比なビームが、次々とミサイルを撃ち落としていく。
さらに爆発の隙間を縫って、V2バスターに突撃。一回戦、二回戦の時以上のスピードを持って接近する。
慌てて迎撃しようとしたV2バスターのビームライフルを奪い、銃身下部に接続されている『マルチプル・ランチャー』のグレネード弾を撃つ。
グレネード弾は直撃するが、完全に動きが止まっていないV2バスターを、ビームライフルの一撃が貫いた。
◇◇◇
『準決勝、第一試合の勝者はBブロック一位のアイゼン ハルト君』
勝者を告げるアナウンスに沸く観客たちを尻目に、第二試合の方へと向かう。
この大会までの間に、ヒメとトレーニングした成果を出せている。そのおかげで現段階で無傷のまま突破できた。
レンに挑戦状を叩きつけられる原因となったバトルのときのような、変な違和感は特に感じていない。
そういえば、レンがCブロックを勝ち抜いたのは知っているが、Dブロックの一位は誰なのだろうか。まあ、レンの実力なら勝ち抜いているとは思うが……。
そう考えて、第二試合を行っているGPベース周辺に着くと、丁度GPベースが発する緑色の光が途絶えた。
丁度試合が終わったらしい。だが、何かおかしい。
第一試合の盛り上がりに比べて、あまりに静かすぎるのだ。
そんなに圧勝で終わったのかと疑問に思い、何とか人の壁をすり抜けて何故か一番前にいたヒメの隣に並ぶ。
「ヒメ? どうしたんだ、ヒメ?」
「…………」
「いったい何が……」
あのヒメですら、どこか唖然としていることに驚きつつ、GPベースを見るとやはりヒメ同様に唖然とした。
「……私が、負けた」
今回のためにか、青く塗装され先週のとは所々形状が異なるブレイヴ。それがバラバラに破壊された状態でGPベースに転がっている。
そして、呆然とした表情でそれを見るレン。
「中々楽しかったわ。まさか三分も持たされるなんてね」
そんな悲壮感を気にすることなく、勝者の語りを話すのは……ミクモ先輩だった。
「それじゃあね。私は、次があるから」
「……ッ!」
ミクモ先輩の言葉に歯噛みするレン。
『準決勝、第二試合の勝者はDブロック一位、ヒイラギ ミクモさん。十分後、決勝戦を開始します』
淡々としたアナウンスが、フロアに響き渡った。
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歌とたまごと純情と 4 前編
ちょっとアズレンで退屈から救われてたので……
今回、長くなりそうなので前後編に分けます
レンがミクモ先輩に負けた。
彼女の力量はよく知っている。それこそ、何度か戦った中なのだ。
その彼女が一方的に負けた。
「……レン」
GPベースから離れたレンに声をかける。
ゆっくりと振り返ってはくれたが、深く被ったフードに顔が隠されていた。
「その……」
何て声をかけるべきか分からない。
僕らがやっているのはガンプラバトルだ。バトルである以上、勝ち負けは当然あるのだ。だからこそ、次のバトルで勝てばいい。
……本来なら、それで済む話だ。だが今回は訳が違う。
レンは僕と戦うためにこの大会に出たのだ。それが、その前に負けてしまった。
彼女の悔しさは、僕には図ることができない。
「……ごめん」
呟かれたのは、その一言だけだった。
そしてまるで逃げるかのように走り出した。
「っ! レン!」
慌てて呼び止めるも、すでにレンの背中は見えなくなっていた。
――自己満足にしか聞こえないの。
――どれだけ筆舌に尽くそうと、結局は遊びだ。
ミクモ先輩とヒメの言葉が脳裏をよぎる。
そしてレンの震える背中。
「(分からないよ)」
二人から言われた言葉と、レンのあの姿が一致せずに、頭の中をぐるぐると回る。
「ここにいたのか。もうすぐ始まるぞ。アーハンの整備は済ませたが……どうした?」
「ヒメ。頼みたいことがある」
「……?」
僕を探しに来たヒメが現れたことで、答えのない問いに蓋をするしかなかった。
◇◇◇
『これより決勝戦を開始します』
アナウンスと共にGPベースから緑色の光が発光する。
これが3分ほど前のこと。
巨大なビルが立ち並ぶ街中を模したステージでは、一切の戦闘が起きることなく膠着状態が続いていた。
そんな中、ビルに隠れながら移動する機体の影があった。右手にブレード、左手にマシンガンを装備したアーハンである。
「(未だにミクモ先輩の機体の姿が見えない。向こうも警戒しているのか、それとも僕を探してすれ違ったのか……)」
ビルの影から覗き込み、この先にある大きな交差点を確認する。
しかし、敵機の影がないと分かるとすぐに引っ込める。
……ほとんど胴体と頭が一緒となっているアーハンでそれをすると、何ともシュールな光景になるのだが、幸か不幸かハルトは気付かない。
「(すでに4分ほど経過している。このまま手をこまねいているわけにも……いや、いる!)」
アーハンのセンサーが微かな反応をキャッチした。
場所はさっき見た交差点。急いで確認すると、丁度交差点を横切っていく影が見えた。
全貌が見えたわけではないが、ミクモの機体だと確信したハルトはアーハンを操作し後を追う。
「(背後から奇襲を狙う!)」
レンとミクモの試合を見ていたヒメの話では、ミクモは試合開始直後に速攻で攻め立てたという。それ以降、レンに一切の主導権を渡さないまま、ブレイヴを撃破したらしい。
ならばと、奇襲を仕掛けることで主導権を得ると判断したハルトは、見失わない内に影を追って角を曲がる。
それと同時にマシンガンを向け、背後から攻撃しようと引き金を――
「なっ!?」
――引こうとしたところで
重量感を一切感じない、ふわふわとした動きでひたすら直進するそれは……紛れもない人型のダミーバルーンだった。
「(偽も――)」
次の瞬間、アーハンの足に何か細長いものが引っかかったような感触。
直後、アーハンを囲むように爆発が起きた。
アスファルトの破片を打ち上げ、派手な音を響かせる……にもかかわらず、アーハンは無傷だった。
「何が……まさか!?」
ハルトが上を向くと同時に、コンクリの崩壊する音を鳴らしながら、両サイドのビルがアーハンめがけて倒れてくる。
先ほどの爆発はアーハンの足を止めると同時に、その両サイドのビルの根元を破壊するためだったのだ。
アーハンを押しつぶさんとばかりにビルが倒壊するも、それより早くアーハンのブースターが火を噴き、何とか倒壊範囲から離脱する。
「くそっ! なんで急に爆発が……なんて、聞くまでもないよな!」
再び足に何かが引っかかるのを感じると、今度は高く跳躍。
その眼下では、再び爆発が起こっていた。
新たに倒壊するビルを尻目に離れた位置に着地し、すぐにビルの影に姿を隠す。
「トラップによるゲリラ戦? 今までそんな戦い方はしていなかったはずだ」
ハルトが言うように、ミクモは予選からこの決勝まで戦い方をあの手この手と変えていた。
ある時はロングレンジでの狙撃で、ある時はクロスレンジで、そしてレンとのバトルでは速攻を決めることで、ミクモは勝ち上がってきた。
そして今、この決勝戦ではトラップを多用している。
一戦ごとに戦い方を変えることで、相手を混乱させることが目的なのかとハルトが考えるのは当然のことだった。
そして、ミクモがトラップを使うのであればどこかに潜伏しているはずだ。
急いでミクモの機体を探そうとした時、マシンガンが何かに撃ち抜かれた。
「なにっ!?」
爆発するマシンガンから離れつつ、狙撃場所を逆算する。
「あそこか!」
ひと際巨大なビルの屋上。そこに片膝ついた体勢の機体を見つけると、その場所に向けて飛翔する。
迎撃するように再び狙撃されるが、弾丸が実弾なのは確認済みである。ブレードを盾にすれば、狙撃は防げる。
そのことを向こうも察したのか、ライフルを捨て奥に消える。
それを追ってアーハンがビルの屋上に降り立つと、向かい合うようにミクモの機体が立っていた。
無骨な姿に、青い塗装。背部には大きなウェポン・コンテナが。そして緑色の複眼の視線がアーハンを貫く。
「『ブルーディスティニー1号機 ファンタズム』。どうかしら? 私のガンプラは」
「その余裕も……ここまでだ!」
ブレードを構えてアーハンが突貫しようと動き出した直後に、左右から弾丸の嵐がアーハンを襲った。
100mマシンガンとワイヤーを使った簡易的なトラップ。
この場にアーハンが来たこともすでにミクモの策だったことに、今更気づいたハルトは、しかしアーハンを
それなりにダメージをもらったが、まだ許容範囲内。
マシンガンを失ったために、ブレードしかないアーハンでは接近するしかない。そしてマシンガントラップを避けること。この2つを一度に達成する方法が突撃することである。
だがミクモもそのことは知っていたのか。シールドから取り出した何かをばら撒いた。
それらは地面や壁に引っ付くと、アーハンとブルーディスティニーを引きはがすように次々と爆発していく。
ダメージはほとんどない見掛け倒しだが、爆発の煙が煙幕となり、ブルーディスティニーはその煙に紛れて距離を取る。
ミクモとのガンプラバトルは、始まったばかりである。
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歌とたまごと純情と 4 後編
ガンプラバトル大会 決勝戦。
GPベース上の戦いを映すモニターでは、ミクモの操るブルーディスティニー1号機 ファンタズムのトラップ戦法に、ハルトが駆るアーハンが追い詰められていた。
ミクモはあえて完全に姿を隠すことはせず、チラチラと姿を見せることで誘き寄せ、トラップに引っ掛からせている。
しかしハルトとて馬鹿ではない。ミクモが姿を見せるたびに、動きを変えて攻撃を仕掛ける。
だがミクモはそれをすべて読んだかのように対処する。その動きは、彼女の技量の高さを如実に表していた。
否、数々の戦法で勝ち抜いた時点で、彼女の強さは証明されている。
そして、大会会場の2階から見ている――大会が行われている1階天井部分は吹き抜けとなっている――少女もまた、その証明役となってしまった一人だ。
「やあやあ。奇遇だねぇレン」
「……どうしてヒメがここにいるの? ハルトの応援は良いの?」
「別にここからでも応援できる。それに、集中しててどうせ声は聞こえないだろう。それなら、偶然見つけた知り合いと観戦したって構わないさ」
にへらとした笑みであっけらかんと話すヒメに、レンは呆れた顔をする。しかしすぐに曇った表情に戻る。
レンは許せなかった。リベンジすると言っておいて、戦えてすらいない自分に。負けたレンを心配していたハルトから、半ば逃げるように立ち去ったことに。
「あの人は強い」
「そうだねぇ。今のハルトじゃ勝てるかどうか、分が悪い」
ヒメはレンの言葉を否定することなく、むしろ肯定する。なにせ、ヒメから見てもハルトの動きが悪すぎるのだ。
焦っているようにも見える、とも言えるだろう。
ミクモの技量からして、闇雲に突っ込んでも手玉に取られるだけだ。だというのに、ハルトはバカの一つ覚えのように突撃を繰り返している。
傍目からしてみれば、様々な動きでトラップを対処しようとしているように見えるだろうが、それなりの実力のファイターからすれば、それが焦燥感からの動きなのは明白だ。
それがトラップを駆使した戦術によるもの、ではない。
「(いったい何を焦っているだい? ハルト……)」
さきほどまでのレンとの会話とは違い、真剣な表情で見つめるGPベースでは、アーハンが爆弾で吹き飛ばされていたのだった。
ブルーディスティニーが投擲した爆弾が爆発し、アーハンがビルに叩きつけられる。
顔を苦渋に歪め、ガチャガチャとレバーを動かすハルトは、どう見ても冷静ではなかった。
「なんで、なんで……!」
「……呆れたわ。歌の件だけじゃないなんてね」
「何の話を……!」
「その機体、とても良いわ。込められた思いが伝わってくる。だけど、あなたからは何も感じない。もしかして、この大会に出る気はなかったのかしら?」
「っ!?」
ミクモの指摘は図星だった。しかし同時に、ハルトに怒りがこみ上げる。
誰のせいだと思っているのか。『歌を歌ってほしい』と言って、断られるだけなら良かった。初対面でそんなことを頼まれても困ると、そう言われたならば素直に引き下がった。
だが実際はどうか。
感動をくれた歌を聞きたかった。だけどその思いを自己満足と言われた。
前世の歌を聞きたい、再現したいという思いを否定された。
なら前世のロボットたちを再現したいのも自己満足なんだろうか。
ガンプラバトルで、ガンプラ以外のプラモデルを使って、周りの人たちに噂されたかった、ただの承認欲求なのか。
「僕は……」
レバーから手が離れる。
この世界におけるアイデンティティを見失ったハルトは、バトルを諦めた。
「……そう。所詮は
ミクモの声に失望の色が滲む。
ブルーディスティニーがビームサーベルを取り出し、ビルを背に座り込むアーハンへと斬りかかる。
その光景が、ハルトにはゆっくりと見えた。否、聞こえてくる周りの歓声も、どこかゆっくりと聞こえてくる。
「(ああ、僕の負けか……ヒメに、謝らないとな……)」
破壊されるアーハンを思い浮かべ、しかしハルトは何もしない。
振り下ろされるビームサーベルを、当然の天罰だと受け入れた。
「がんばれ……!」
――はずだった。
誰のものか分からないほど小さな応援。しかしハルトはそれが聞こえた瞬間、ブースターの出力を引き上げた。
「うぁぁああああああ!」
その行動にミクモは面食らうも、即座にレバーを操作。
次の瞬間、突貫したアーハンが背後からの衝撃で吹き飛ばされた。
「背後から!? またトラップか!」
「いいえ。違うわ」
《EXAM SYSTEM STANDBY》
背後から聞こえたミクモの声に振り返ると、そこにはウェポン・コンテナをパージし、複眼を赤く光らせたブルーディスティニーが立っていた。
ガンプラの知識に乏しいハルトには知りようがなかったが、外から見ているヒメは作業の合間に頭に詰め込んだ知識から正しい答えをレンに提示した。
「対ニュータイプの戦闘用OS、EXAMシステムか。ガンプラバトルじゃ、機体の運動性の向上効果だ」
「うん。でもその分、機体の操縦がとても難しくなる。だけど……」
二人にはEXAMシステムを起動したブルーディスティニーが、アーハンの背後に回り込み蹴り飛ばしたのが見えていた。そして、ハルトの勝ちの目がさらに少なくなったことも。
だがここで、二人の考えがずれた。
レンはハルトの勝ち筋が潰えたことを。そしてヒメは戦っている2体の機体ではなく、ステージの全く別の場所を睨んでいた。
一方で、ハルトは再びピンチに追い込まれていた。
ブレードしかない状況では迂闊に距離を離すわけにもいかず、かといって近づけばEXAMシステムを起動したブルーディスティニーに翻弄される。四肢の一部が破壊されてはいないが、このままではじり貧である。
そして今、投擲された爆弾で足が止まったところをビームサーベルの一撃が襲い、盾にしたブレードが断ち切られた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「これ以上は無駄よ。武器もなくなって、あなたの機体じゃ私のスピードに対応できない。終わりね」
「……確かに……」
「……? なにかしら?」
「確かに僕のやっていることは、自己満足なのかもしれない。でも……」
話しながら、断ち切られたブレードの刃を拾う。
ハルトの脳裏に、涙をこらえて走り去っていったレンの後ろ姿が映る。何度も戦ってきた彼女は、間違いなくガンプラバトルに真剣だった。
ヒメが言うように、ガンプラバトルは遊びだ。でも、それでも真剣に戦う人たちがいる。
ハルトは前世のロボットたちをこの世界で普及させたいだとか、そんな大それた夢は持っていないけど、それでも間違いなく好きなのだ。
「どれだけ自己満足でも好きなものは好きなんだ! だから!」
ブレードの刃を投げ、同時にアーハンも突撃する。
どこからどう見ても、最後の悪あがきと思われるそれを、ミクモは正面から受け止めた。投げられたブレードの刃をシールドで弾き飛ばし、アーハンをビームサーベルで貫こうと突きを放つ。
しかしアーハンは直前で体を捻るようにして右側に逸れる。ブルーディスティニーが振り返った時には、アーハンは天高く上昇していた。
撃ち落とそうとマシンガンを向けるも、アーハンの姿が丁度太陽と重なった。偽物の太陽とはいえ、その強すぎる光は複眼越しにミクモの目を焼き、一瞬の隙を晒す。
ハルトにはそれで十分だった。
このステージは巨大なビル群が特徴だが、その郊外には木々が乱立する林がある。その林の木々の隙間を縫って、黒い何かがアーハンへと飛んできた。四角い形に引き金がついたそれを受け止めると、一つ二つと続けて飛んできた物が、アーハンが持つパーツにぶつかるように合体していく。
「それは……一体……」
「最後まで手の内を隠してたのは、あなただけじゃないということだ!」
振り返ると共にそれを構える。光が灯り、
『ロングバレル・レールガン』
楽園追放の劇中、主人公アンジェラの後半主人公機である新型アーハンの武装だ。ロングバレル・レールガンは。商品展開上でニューアーハンと名付けられている新型アーハンの武装の一つである。つまり、このアーハンの武装ではない。
……原作の設定ならば、だ。
ハルトたちがしているのはガンプラバトルであり、尊敬はすれど原作に忠実である必要はない。だからこその発想。
ヒメに頼んでレールガンを積んだコンテナを持ち込み、それを林の中に隠しておいたのだ。
「なるほどね。でも、ステージに恵まれなかったようね」
ミクモはブルーディスティニーを動かし、ビル群に紛れるように隠れてしまう。
「あなたの思いが伝わってくる……。本気、真剣、そして暖かい気持ち……だから、あなたに勝ちたい」
「僕もです。あなたに勝ちたい。勝って、この自己満足が本気だということを知ってもらう!」
「そう。でも、このステージじゃその武器は使えない。私の勝ち――」
ミクモが勝ちを確信した瞬間、唐突に響き渡る爆発音。
その発生源はビル群の中でも一番高いビルの裏側、そこにいたブルーディスティニーのシールドだった。
「爆発!? でもダメージがほとんどない……まさか、私の!」
シールドが爆発したにもかかわらず、ほとんどダメージがないことでミクモは爆発の正体を看過する。
ハルトはEXAMシステムを起動したブルーディスティニーと交戦中に、隙を見てパージされて転がっていたウェポン・コンテナから、爆弾を一つちょろまかしていた。
その爆弾は、ミクモが主に足止めやかく乱に使っていた壁や地面にくっつくもの。そのため見かけは激しいものだが実際にはダメージはほとんどない。
先ほどの突撃ですれ違った瞬間に、ブルーディスティニーのシールドにくっ付けたのだ。
そしてハルトの目的は、ダメージを与えることではなかった。
「――そこか」
ハルトが引き金を引く。
轟音と共に打ち出された弾丸がビルに風穴を開け、その穴の向こうには胴体を貫かれたブルーディスティニーの姿があった。
「…………私の負けね」
潔く負けを認めたミクモの言葉を表すように、ブルーディスティニーが爆発した。
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歌とたまごと純情と 幕間
大会の表彰が終わったあと、僕はミクモ先輩と向かい合っていた。
「さすがだったわ。まさか、あんな隠し玉を持っていたなんてね」
「買い被りですよ。EXAMシステムを温存されてたらヤバかったし、何よりレールガンを持ち込んでなかったら、確実に負けてたのは僕です。あなたは強かった」
「そう。それでも勝ったのはあなた。そうね。なんだったら、先日の話を受けても……」
「あ、その事なんですけど……」
話そうと思っていたことを先に話され、慌ててミクモ先輩を止める。
「その、あの話はなかったことにしてください」
そう言って頭を下げる。
ミクモ先輩はというと……意外にも動揺してはいなかった。
「あら、残念ね」
それだけ言うと、ミクモ先輩はクスクスと笑った。ただそれだけ。
この先輩のことだ。僕が言い出すことも分かってて、歌の件を言い出したのだろう。
ただ、この話はここで終わりじゃない。
「……だけど、諦めたつもりじゃありません。いつか、ミクモ先輩が歌ってもいいって思えるように、頑張りますから。だって、ミクモ先輩の歌声の、ファンになっちゃいましたから!」
しつこいと思われるかもしれないが、これは嘘偽りのない気持ちだ。
初めて聞いたあの時、僕は確かに感動した。そんなミクモ先輩に、歌を歌ってほしいから。
「ふ、ふふ……! 良いわ、今のあなた。とっても素敵ね。そのいつか、楽しみにしてるわ」
「はい!」
こうして、ガンプラバトル大会は終わりを告げた。
……のだが。
「――どーしてその女がここにいるんだい!?」
そう叫ぶヒメの部屋には僕と、そしてミクモ先輩がいた。
「一体何が目的だい?」
「あら、別に良いじゃない。あなたが作ったという機体が気になったのよ。確かアーハンだったかしら? それ以外にも作っているんでしょう?」
「……意外にも手が早いようで安心したよ。それじゃあ、回れ右して帰りたまえ。見たいものは見れて良かっただろう?」
「つれないわね」
笑みを浮かべながら話す女性二人。
なまじこの状況のを作った原因なために、何というか胃がキリキリしてきそうである。
「はー。来てしまったものは仕方ない。……ハルト。君はしばらく部屋から出たまえ」
「は? なんで?」
「ここからは女同士の話し合いだ。男がいるのは無粋だ。ああ、それとも女装するのであれば大人しく部屋に居てくれて構わないよ?」
「大人しく部屋から出させていただきます……」
女装は僕のトラウマが甦るのでNG。
というわけで、おとなしく部屋を出るのだった。
◇◇◇
トボトボとハルトが部屋から出て行った後、女二人となった部屋で、ヒメは先ほどとは違い真剣な眼差しでミクモを見る。
「さて、本題に移ろうじゃないか」
「何の事かしら?」
「決まっているだろう。
さっきと全く同じ問い。しかし、ヒメから向けられる圧は尋常ではない。
しかしミクモは、余裕の笑みを変わらず保っている。むしろ、それを楽しんでいる節さえ見受けられる。
「言ったでしょう? 気になったのよ」
「今更その答えで満足するとでも?」
「嘘じゃないもの」
「そうか。じゃあ次だ。あれはどういうつもりだ」
「どういう意味かしら?」
変わらず知らないふりを突き通すミクモに、ヒメがスマホの画面を突きつける。
それはとあるニュース記事。
「これは二年前の小さな記事だ。取りたてて見どころのあるものではない。しかしお前を知っていると興味深い内容でねぇ。当時、とある小学4年生がそれなりに規模のあるガンプラバトル大会で優勝した。その小学生の名は――ヒイラギ ミクモ」
「よくそんな記事を見つけたわね」
「私は天才だからな。ガンプラバトルに関する情報を片っ端から集めていた時に、この記事を見たんだ。まあ、思い出したのは昨日だったがね」
ハルトから声を掛けられたあの日、ヒメはガンプラバトルの情報を片っ端から集めては記憶して行った。
とはいえ時間に限りがあったので、出来たのは
それでも驚異的な記憶能力なのだが、重要なのはここではない。
「本来のお前の技術なら、昨日の大会には
「……確かに二年前、私はその大会に出たわ。でも、それ以降はあまりやることが無かったの。だから、鈍った腕を鍛えるつもりで出たのよ」
「嘘だな。あのブルーディスティニー、見た目こそ素組したものを多少アレンジしただけに見えるが、実際様々なところにチューンが入っている」
ミクモが使用した『ブルーディスティニー一号機 ファンタズム』。
予選や決勝で、一度も同じ戦い方をしなかったその機体には、細部に細やかな調整が成されていた。
元の機体そのままに見えて、実は全く異なると言える機体。
ハルトの見せた完成図の複雑な機構を理解し、その設計図を書き上げ、さらにはフルスクラッチで作るヒメだからこそ気づけた。
「そんな機体を作っておいて、あれが久しぶりにやりましたなわけがないだろう? ビルダーとして、あれほどの出来を誇るガンプラを動かしたくないなんて思わないはずがない。私でさえ、あれらを作った時は柄にもなく動いているところを見たいと思ったんだ。そして数日前のSNSに上げられた投稿」
再びヒメが見せたスマホの画面には、『マジモンの死神みたいなブルーディスティニー1号機がいたww』という内容でツイートが機体の写真付きで上げられていた。
さすがに操縦者の写真はなかったが、そこに移っていたのは大鎌を持ったブルーディスティニー1号機の写真。全貌が写ってい無い為判別は難しいが、それでも写っている部分からミクモの機体と考えてもいいだろう。
「……教えてもらおうか。わざわざあの大会に出た理由を」
手札を切り、問い詰めるヒメ。
そもそもなぜこんなことをしているのか。ミクモがどんな理由で大会に出ようと、ヒメにとっては関係のない話である。
別にヒメはミクモを糾弾したいわけではない。とはいえ、こんなことをしている理由も、自分でも理解していないが。
「当ててやろうか? ハルトと戦いたかった。そうだろう?」
「……どうでしょうね」
ここにきて、ミクモは答えをはぐらかす。
これ以上は問い詰めても無駄だろう。そう考えたヒメは、話を続ける。
「お前とハルトの間で何があったかはどうでもいい。だが言っておくぞ。……
その”あれ”というのが何を指しているのか、ミクモはあえて言わなかった。
なんかおもしろそうだ、とは思ったが。
「ちょっかい掛けるのは、ほどほどにしておけよ」
「でも良かったでしょ? 彼の中の何かが明確になって」
「……何?」
ミクモの言っていることが理解できない、とばかりにヒメの表情が怪訝なものになる。
「私とのバトルで彼の中にあった歪で、不安定で、不定形で、弱弱しくて、曖昧だったものが、確かな形を得た。いえ、あれは拠り所を見失っていたと言うべきかしら? 本当に面白い」
「まるでハルトの事を理解しているとでも言わんばかりだな」
「それは違うわ。私は魅せられたのよ。彼の持つ何かに。あのアーハンという機体。作ったのはあなたのようだけど、なんでもアイディアを出したのは彼という話じゃない。それにもっとあるんでしょ?」
「ハルトの奴め、余計なことを……」
「ウフフ。そう怒らないであげて。……それで思ったのよ。何故彼はガンプラバトルが、ガンダムが普及している中で、あんな機体を考え付くに至ったのかしらね?」
ミクモの流し目と共に投げかけられた言葉に、ヒメの思考が一瞬フリーズした。
確かに前から不思議に思っていたのだ。ヒメ自身、その答えは出ていない。
「……子供特有の発想力、というやつじゃないのか?」
「それは違うと、あなたも知っているでしょう?」
「ならなんだと言うんだ。ハルトが持ってきたアイディアは、実はあいつが考えたものじゃないとでもいうのか?」
「さあね」
「ふん。変な女だ」
ミクモの言うことも気にはなる。あれだけの緻密な設定。特に、完成図に到っては所々粗があるものの、とても普通の小学生が考えるものとは思えない。
しかし――
「私は、作るだけだ。あのアイディアの出所がどうであろうと、私には関係ない」
「……信頼してるのね。彼を」
「……変な女だ」
『二人とも~。そろそろ入って良い~?』
「「あ」」
次のロボットのヒント
擬人化された約15cmのロボット
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