人形タチハ世界最強 (三文小説家)
しおりを挟む

短イ話
コラボー甲 電子世界カラノ賓客


なんと、竜羽様の作品『ありふれた?デジモンテイマーは世界最強を超え究極へ至る』とコラボさせて頂けることになりました! いやはや、ありがたい話でございます。

今回は導入部分だけですが、楽しんでいただけると幸いです。因みにですが、今回の時系列は『反撃ノ始マリ』の前の話になります。そのため、優花やシア、ロックはいません。


 これはオルクス大迷宮の最深部のオスカー・オルクスの隠れ家にて、昇格者達が反撃の準備をしていた頃の出来事である。この話を全くの虚構と捉えるか、この物語において実際に起きた物と捉えるかの判断は読者の皆様に任せる。

 しかしながら、これは大変興味深く、また大変珍しい偶然の上に成り立つ一幕であるため、風化させるには実にもったいない。故に、ここに書き記しておこうと思う。

 

 

 或る日、香織は戦闘訓練の気分転換とアーティファクト『ワルドマイスター』に慣れるための修練を兼ねて、チェロで音楽を奏でていた。すると、どこからか物音が聞こえてきた。一瞬、誰かが自分がいる部屋を訪ねてきたのかと思ったが、誰かがドアをノックする音でも、ドアが開かれた音でもない。

 

 不審に思った香織は音の発生源を探す。周りを見回すと、ある一カ所の虚空に映像のような物が映し出されていた。部屋に投影機のような物が存在しない事は知っているため、敵襲かと考え、バックステップで距離を取り、ワルドマイスターを構え、戦闘態勢を取る。念の為、『通達』にてハジメ達にこの事態の旨を伝えておく。

 

 不審な映像を睨みつけながら香織は部屋の出口へと近づく。万一、自分の手に余る事態であった場合、いつでも逃げ出せるようにしておくためだ。

 

『……ん? あれ? また何か映ってる!』

『なんだって? 同じところか?』

「……え?」

 

 香織とて、ここに至るまでかなり数奇な運命を辿っている。故に並大抵の事では驚かない自信があったのだが、今回に関しては例外だ。

 

 なぜなら―――

 

「私? それに、コンダクター……?」

 

 映像の中には右眼の花が無いこと以外は自分と瓜二つな少女に、少々顔つきは異なっているが、自分がコンダクターと呼ぶ最愛の恋人、ハジメに似た雰囲気を持つ少年が映っていたからだ。

 香織が困惑している間も映像の中の人物たちは動き続ける。

 

『一回つながると結構スムーズにつながるのか? なんにせよ、またアイツ等に……て、あれ? 今度は一人だ』

『あの子は……香織? でも、香織は眼に花は咲いてないし、楽器も弾けないはず……』

『これはこれは……また別の世界につながったようだな』

 

 映像の中の登場人物たちは混沌を極めていく。自分達に似た人物だけでなく、人語を話す獣たち、顔の見えない魔術師のような存在、さらに、ミュオソティスと同じメイドや、銀髪を持つもう一人のメイド……

 あまりの情報量に、香織の頭がオーバーヒートし始める。「何かのオペラでも始まるのかな?」と軽く現実逃避気味の思考に移った時、部屋のドアが開く。

 

「香織、大丈夫ですか?」

「カオリ!」

「要請:武装展開の必要の有無を指示」

 

 入ってきたのはハジメとユエとミュオソティスだ。三人とも警戒態勢であり、ハジメはゼロスケールを、ミュオソティスはガラティアを映像に向け、ユエは背後にオズマを起動している。ターミナルは外出しており、デボルとポポルは非戦闘員であるため、付いてきていない。

 

『待ってくれ。俺達に攻撃の意思は無い。まずは話を聞いてくれ』

「…………(どうやら嘘を言っているわけではないらしいが、判断するには情報が少なすぎますね)」

 

 一応警戒はしたままで、武器を下ろすハジメ達。相手が話してくれるというなら願ったり叶ったりである。

 

「では聞かせていただきましょうか、この倒錯した命題の証明を。ただの覗き魔だった、というオチは勘弁してくださいね」

『何か鼻に付く言い方だが……まあいいか。俺の名前は南雲ハジメ。高校二年生だ。ある日、勇者召喚に巻き込まれて異世界トータスに召喚された。紆余曲折あってオルクス大迷宮の最深部まで探索してオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いた。そこで見つけたアーティファクトを調べていたら偶然にも別の世界に繋がった事があった。今回繋がったのは、おそらく誤作動の類だと思う』

 

 少なくとも今回の事は向こう側にとっても想定外であり、本当に攻撃の意思は無さそうである。昇格者達は警戒を解いた。

 

「なるほど、少なくとも外敵ではないという事は分かりました。まだ聞きたいことはありますが、まずはこちらも名乗るべきでしょうね。僕の名前は南雲ハジメ。トータスに召喚され、奈落に落ちたという流れは変わりません。そして、ダンテ・アリギエーリの神曲よろしく奈落を遍歴し、この隠れ家へと辿り着いた」

 

 ハジメが自身の名を名乗ると、向こうは何やら思案する顔となる。人語を話す獣達といい、どうやらこちらの世界に負けず劣らずの数奇な運命を辿っているようだ、と昇格者達は思っていた。

 

『前の世界もそうだったが、大まかな流れは殆ど一緒だな……』

『南雲ハジメ? アレが向こうのハジメだってのか? 随分と雰囲気が違うというか……それ以前に顔つきも違うぜ? なんか、俺の知ってるハジメよりも女っぽいというか。て、スマン! 馬鹿にする意図はねえんだ!』

 

 地味に気にしている事を指摘され、頬が引き攣るハジメ。

 

『私は香織の方が気になるぞ。何故か目に花が咲いているし、さっきも言ったが楽器は弾けないはずだ』

『そうだよ! 私、太極拳はやってたけどチェロなんて触った事無いよ!』

「太極拳……? 格闘技? 凄い事やってるなあ、向こうの私……」

『そっちの私はずっとチェロをやってたの?』

「チェロは小さい時からやってたし、後はずっと本読んでたかな、シェイクスピアとか。あ、フェンシングはちょっとやってた」

『わあ、如何にも文学少女って感じなんだ……』

「文学少女の皮被った肉食動物ですね」

「後でお話ししよっか、コンダクター」

『そちらの香織はハジメの事をコンダクターと呼んでいるのか……なんというか、テイマーとは少し違った響きに感じるな』

 

 二人の香織と猫っぽい何かは会話を弾ませている。傍から見たらかなりシュールな光景だが、下手に険悪になるよりは良いだろう。

 

『……そっちの私は何故白髪なの? そして何故ツインテールなの?』

「……そっちの私は昔の自分にそっくり。封印される前まではそんな感じだった。若い頃の自分を見てるみたい」

『あれ? 同い年じゃないの? そっちのユエは』

『……あと、貴女の後ろに浮いている黒い物体は何? 拘束具?』

「……オズマ。ハジメが私に作ってくれた武器」

『変わった武器……』

 

 ユエはオズマを変形させて斧や槍を形作る。魔法使いであるはずのユエがゴリゴリの近接武器を持っている事に、映像の向こうのユエ達はちょっとした新鮮さを感じていた。そして、メイド同士の会話は、

 

「報告:私の名前はミュオソティス。何者かによって製作された、人型随行支援ユニットと推測」

『過去の記憶は無いのですか?』

「肯定:作成者、及び行動目的についてのデータは存在しません」

『なーんか全体的に受け答えが機械的ですねえ……フリージアと同じ見た目をしていますけど、更に上を行っていますよ。雑に扱われる事は無さそうですけど、同時につまらない生活になりそうです』

「疑問:エガリというメイドの扱い」

『知らなくていいですよ』

 

 機械的ではあるが……盛り上がっているのかもしれない。

 

 

 

「うきうき、情報交換か~い」

『ん? ん?』

「ということで、視界は僕、南雲ハジメが承ります」

『オイ待てちょっと待ちやがれ』

 

 一先ず状況を説明しよう。軽く対話を終えた後、唐突に昇格者達がテーブルとティーセットを取り出し、昇格者のハジメが無表情かつ平坦な声で上記のセリフを発したのである。当然、何の説明もなく一連の行為を見せられた並行世界のハジメは疑問を隠せず、並行世界の香織、ユエ、デジモン達は宇宙猫のようになっていた。

 

「……何です?」

『何がだ』

「何って何が?」

『コイツ……』

 

 なお、昇格者のハジメは「どうしてそんな反応をしているのだろう」とでも言いたげに首を傾げ、並行世界のハジメは頭を抱えていた。

 

「この状況……主にコンダクターが滅多に発揮しないパリピ精神で音頭を取ろうとしている事について説明しろって事じゃない?」

『助かる。そっちの香織……いや、名前は失礼か。そっちの白崎』

「……なるほど? なに、簡単な話です。我々はラプラスの悪魔ですら予測不可能な類稀なる偶然によって邂逅いたしました。しかし、並行世界とは言え歩んできた道のりはあまりにも違う。故に情報交換をしようという趣旨です」

『そうか……確かにそう言う発想に至るのは普通だな。で、さっきの微塵も表情に合っていない口調は何だったんだ?』

「ささやかな気遣いです。邂逅した途端に閉口され、並行世界の僕に即行で友好を切られないように」

『よく舌が回るね……』

 

 宇宙猫状態から帰還した並行世界の香織が昇格者ハジメの語りに称賛と呆れが半々の評価を下す。それをきっかけに他の面々も現実世界に復帰した。

 

 とにもかくにも、まずは説明である。並行世界に繋げてしまったのは並行世界のハジメ達であり、やはり順番的に向こうからの方が良いだろうという結論に達した。そして、目に見えて違う箇所は、人語を話す人間ではない生物達だ。

 

『俺はガブモン! ハジメのパートナーデジモンだ。よろしくな』

『私はテイルモン。香織のパートナーデジモンをしている。よろしく頼む』

『ルナモン。ユエのパートナーデジモン。よろしく』

 

 並行世界のハジメ達のパートナーデジモンの自己紹介だ。案の定、昇格者達は首を傾げている。

 

「デジモン……ですか」

「名前だけは辛うじて知っているけれど……」

 

 地球の出身であるハジメと香織が名前に憶えを見せる。

 

『そうだ。俺達のいた地球にはデジモンがいる。そっちは違うみたいだけどな』

「ええ、都市伝説、街談巷説、道聴塗説……そう言った物でしか聞くことの無い名前です」

『なあ、向こうのハジメは一体何を言っているんだ?』

『街談巷説は世間の噂、道聴塗説も同じような意味だ。おそらく、創作物の類でしか存在しないという事だろう』

『だったらそう言えばいいのに……回りくどい』

「だからそう言ったのですよ?」

『………』

 

 昇格者のハジメと自分達で言語の感覚が違う事を如実に感じる並行世界のハジメ達。特にパートナーデジモンの面々は種族上の違いだけではない差異に少し慄いていた。と、そこで並行世界の香織が疑問を呈する。すなわち、そのような話し方で他者とコミュニケーションがとれるのかと。それに対しての昇格者の答えは、

 

「楽章は総奏(トゥッティ)だけでは成り立たない。独奏(ソロ)やカデンツァが必要な事もあるの。それは会話においても同じ。対談という音楽を奏でるのに、装飾的な旋律が有っても良いでしょう?」

 

 と、音楽用語を用いた輪をかけて難解な答えが昇格者の香織から返って来た。流石に、実は学業にて優秀な成績を収めている並行世界のハジメや香織でも音楽の知識は自然に手に入れられるものでは無い。並行世界のハジメ達は彼らが持っていたノートパソコンに入っている辞書機能でなんとか昇格者の香織の言葉を解読した。

 

『要するに……方向性が違えど同類なんだね。そっちの南雲君と私は』

 

 並行世界の香織がそう言うと、昇格者の香織は少し嬉しそうにはにかんだ。

 

『どこが誉め言葉に聞こえたのかな? かな?』

『はあ……まあ、いちいちこの程度の事でツッコんでいたら話が進まないみたいだな。とりあえず転移前の事から話す。その方がおそらく早い』

 

 それからハジメは自身の幼少期からのことを話し始めた。

 

 小学5年生の時に偶然からデジタマを拾い、そこから孵ったガブモンをパートナーにしてテイマーになったこと。

 そこから親友である松田タカト達テイマーズと共に、リアルワールドとデジタルワールドに迫る危機に立ち向かい、世界を救ったこと。

 数年後、香織と雫に出会い、パートナーとの再会と抱いた夢の為に勉学に励んだ日々の事。

 その途中で、いきなり異世界トータスへと召喚されてしまったこと。

 

 その物語は、昇格者達にとって憧憬であった。並行世界の彼らの半生を語るには余白が足りず、その証明は概要だけであったが、自分達と似ているようで、あまりにも違うという事は自明であった。

 無論、並行世界のハジメ達とて苦悩もあっただろう。それは間違いない。民意の敵となってしまったデジモンという存在。ニコライ・ゴーゴリの小説『外套』のように、個人であれば善良な市民達が、社会の一員となった途端に加害者に豹変する様は、昇格者達とてよく知っている。

 しかし、その業苦の中で並行世界のハジメ達は確かな光を持っていた。それは間違いなく、自分達には無いものであったが故。

 

「なるほど……苦労されたのですね」

「せめて祈りを捧げる。貴方達の受難曲(パッション)に、安らかな終わりが訪れるように」

 

 昇格者ハジメがそう口にした時、画面の向こう側の人間とデジモン達が浮かべた顔はちょっとした驚きだった。何せ、先程まで鼻に付く物言いで揶揄うように言葉を発していた人物達が本気の同情を顔に浮かべて瞑目している様は意外な物であった。

 

『んっん……とりあえずトータスに召喚されるまではこんな感じだが、そっちはどうなんだ?』

 

 並行世界のハジメが咳払いをして昇格者達に話しを促す。長編小説の半分くらいはある過去をハジメと香織がどう纏めたものか相談している横で、地球の事情には絡んでこないユエはミュオソティスに頼んで運んでもらった茶や菓子を嗜んでいた。昇格者のユエは自分が絡まない事では比較的マイペースなのである。

 

 やがて、昇格者達の話が纏まるが、あまり芳しくない表情であった。

 

『纏まったみたいだが……』

『なんか不穏な空気が漂ってるぜ……』

 

 並行世界のハジメとガブモンがその雰囲気にやや警戒心を見せる。やがて昇格者のハジメが厳かに口を開く。

 

「今から我々の過去を話しますが、少し覚悟を決めておいてください」

『え……?』

「うん……素敵な夢を話してもらった後に申し訳ないのだけど、今からする話ってかなり陰惨なんだよね」

 

 陰惨、基本的に暗く惨たらしい様を指す言葉だ。並行世界のハジメ達は少し話を聞くのを躊躇った。召喚前の故郷である地球、それもハジメ達が住んでいた日本は、不良のような人間も存在するとはいえかなり平和な部類の国だ。その話である以上、トータスのような闘争とはあまり縁がないはずなのだ。

 

 その様子を見ていた昇格者のユエが口を開く。

 

「……並行世界とは言え、現状違う空間に住まう者が今から話す知識をどうしようが私達には何も関係が無い。それでも話すのを躊躇う、秘する事を視野に入れるという事はそれなりの理由がある。近づくべきでは、ないかもしれない」

 

 静かに告げるユエの言葉に、ハジメ達は確信した。ユエは知り得る全てを知った上で昇格者としてテーブルについている。そして、同時に並行世界のハジメ達も理解した。昇格者達の機械の手足、そして時折見せる能面のような表情。それを()るためには彼らの話を聞いてみるしかない。

 少なくとも、話も聞かずに彼らを拒絶することは、デジモンについて好き勝手に批判する一般市民と同じなのだから。

 

 夢を持つ者の矜持か、はたまた特殊過ぎるカリギュラ効果か、並行世界のハジメ達は秘密に踏み込む覚悟を決めた。

 




何というか、ウチのハジメ達って第三者視点だととんでもない異常者だからボケ役になりがちなんですよね。とはいえ、竜羽様の作品のハジメ君達と境遇としては似ている部分もあるので、その辺りで話を膨らませられればいいなと思っております。

竜羽様の作品が気になった方は是非ともお読みになってみて下さい。非情に王道な冒険活劇であり、とても面白い作品です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラボー乙 爆弾魔ノ自白

前回のあらすじ

※この小説には暴力的なシーンが含まれています。

そして、今話にて竜羽様の作品のネタバレ注意です。


「ほう……別に構いませんが……して、その心は? 貴方に心が有るのなら」

 

 現在、昇格者のハジメ達は自分達の過去を話そうとしていた。しかし、並行世界のハジメがそれに待ったをかけたのである。というのも、彼らに話す内容は昇格者達の全てではなく概要だけにしてほしいとの事だ。

 

『心が有るからそう言ってんだ。実は、俺達は以前にも並行世界にチャンネルを繋いだことがある。そしてその時に思ったんだ。並行世界への深入りは自重しようってな』

 

 曰く、その世界は召喚前から流れは彼らの過ごした時間と大きく変わっていた。ならば、彼らの世界と昇格者達の世界も全く異なる世界であると考えるのが妥当である。その世界の話に深入りする事は意味が無いし、逆に知る事で必要の無い事を考えてしまい、思いもよらない事が起こるかもしれない。並行世界のハジメはそれを懸念し、予防線を張ることにしたとの事だ。

 

 その理論を聞いた昇格者達はその願いを肯定した。『以前につなげた世界』について話す時、なんとなく辛そうな表情を彼らがしていたのも一因である。

 

「なるほど? まあ分かりました。好奇心がものの見事に猫を殺して見せたのだとしたら、明日は我が身と恐れるのも自然です」

 

 だいたいそのような理論で合っているが、昇格者ハジメの言い方に少し引っかかるものを感じた並行世界のハジメ達。人を喰ったような物言いは処世術として既に板についているが、純情な学生である並行世界の彼らには少し刺激が強かったようだ。

 

「しかし、先に忠告しておいて何ですけど、もう少し気軽に考えてもいいのでは? 僕なんか内心お祭り騒ぎ……とまではいかなくとも、少し浮かれていますよ。常に深慮遠謀に基づいて考えているわけではありませんからね」

 

 途轍もなくリラックスしたような状態で茶菓子に手を伸ばしながら真偽不明な感情を口にする昇格者ハジメ。とはいえ、ティーセットまで持ち出している所を見るにあながち嘘ではないのかもしれない、と並行世界の彼らは考えた。それに、時に短絡的にもなり得るというのは人間誰しも同じである。そうでないのはラプラスの悪魔くらいだ。

 

『確かに、所詮はただの情報って考え方も出来る。話を聞いたくらいで何かが変わるってのは無いのかもしれない。有ったとしても天文学的な確率かもしれない。それでも俺達はそう考えるんだ。アンタから見りゃくだらないかもしれないけどな』

『でも、少し意外だな……私達が映った時はいの一番に警戒していたし、今までの印象から割と計算で動くタイプだと思っていたのだが。そこに信念が有るのかはともかく』

 

 並行世界のハジメが昇格者のハジメに対して応え、その横で並行世界の香織のパートナーデジモンであるテイルモンが意外そうに呟く。しかし、次の瞬間に思ってもみなかった答えを聞くことになった。

 

「信念とか計算とか、どうしてそんな読まれやすい事しなきゃならないんです?」

 

 並行世界のハジメ達の親近感が恐怖感に変わっていく。計算高いとは、言い換えれば論理的に考えて最適な行動を取るという事である。つまり、もう一人同じ考え方をする敵がいれば簡単に見破られるという事。

 

 昇格者ハジメはそれを防ぐために思考を切り替える、一貫した信念も論理も無い行動を起こすというライフスタイルを取っている事になる。そんなことが可能なのか? 果たして人間に出来る事なのか? 並行世界のハジメ達は目の前の存在達がひどく歪なものに思えてきた。

 

「って、その実何も考えてないだけなんですけどぉ~」

「コンダクター、場を和ませようとしても、もう手遅れだと思う」

「既に空気が凍り付いてる。もしかしてハジメの技能の〝零度〟は自動発動?」

 

 昇格者ハジメはケラケラと笑っているが、表情がアルカイックスマイルなので更に空気が凍り付く。せめて横の二人がまだ常識的な感覚なのが救いか。しかし、並行世界のハジメは一つ、これだけは聞いておかなくてはならなかった。

 

『……なあ、過去を聞く前にこれだけは教えてくれ。アンタに譲れない信念はあるか?』

「ありますよ」

 

 昇格者ハジメは笑みを消してそう答えた。そして、並行世界のハジメが何かに突き動かされるように『それは何だ』と問うと、昇格者ハジメは今までにない真面目な口調で答えた。

 

「全ての存在は滅びるようにデザインされている」

 

 並行世界のハジメは危うく表情を歪めるところだった。だが、昇格者ハジメの哲学を否定するような事は言わなかった。何故なら自分達は並行世界の事には干渉しないというルールに反するから。

 

 しかし、内心では別だ。嘗て、自動消去システムとも言えるデ・リーパーと闘い、そのデ・リーパーがデジモンを「他のデジモンを捕食し、定められた進化をするだけの存在」と断じ、「デジモンを生み出した人間もまた不完全」と言った。「人とデジモンの融合による可能性」を信じる並行世界のハジメには、昇格者ハジメの哲学は肯定できなかった。

 

『えっと……念の為理由を聞いてもいいかな。どうしてそういう信念を持つようになったのか』

 

 黙ってしまった並行世界のハジメに代わり、並行世界の香織が昇格者に問う。あまりにもショッキングな文面ではあるが、「読まれやすい」とまで言った信念にそれを当て嵌めているのには何かしら理由があるはずだからだ。

 

 その問いに昇格者ハジメは嬉々として答えた。

 

「何故『死』という存在が、生物の進化において淘汰されていないのか、考えたことがありますか?」

『……一応お医者さんを目指してるけど、まだ考えたことは無かったかな』

「詳細な理由は生物学的な物から何から色々あるのでさておき、少なくとも『死』というものを生命が必要としているからに他なりません」

『………だから、全ての存在は滅びるようにデザインされている、と?』

「ええ、『死』とは、『生』の対極に存在する物ではなく、生命に組み込まれた機能の一つに過ぎません。故に、『死』を間近で見なければ生きる事の全体像は掴めない……正気を疑うかもしれませんが、僕はそれがこの世の存在の安息であると考えています。仮に『死』が無いとしたら、夢も希望も、成立し得ないでしょうね」

 

 昇格者ハジメは最初は笑っていた。しかし、徐々に表情が無くなり、完全に無となったところで、一筋の涙が零れた。泣き顔でも怒りでもない、ただ涙だけが零れる表情。それを見た並行世界の香織は、少し息をついて口を開いた。

 

『貴方の話を消化できるかは分からない。でも、これだけは言わせて。ありがとう』

『香織……?』

 

 テイルモンが香織の反応に疑問を持ち、昇格者ハジメは無言であった。しかし、並行世界の香織は言葉を続ける。

 

『さっきも言ったけど、私の夢はお医者さん。この道を選んだことを後悔はしていないけど、それには貴方が言ったことは、いずれは考えなければならない事だから』

 

 人の死に立ち会わない医者はいないとされる。そして、それ以前にも、大学などで病理解剖などに立ち会えば否が応でも死を意識せざるを得ない。香織の夢のために、それは避けては通れない事だった。

 

『今すぐは考えられないけど、将来の夢のために必要な事。貴方は一つの解を示してそれを思い出させてくれた。だから、ありがとう』

 

 ハジメは一度目を閉じ、開いて答える。

 

「今示したのはあくまで一例。この問題についての全てではありません。しかし、貴女の夢の一助となれたなら幸いです。どういたしまして。仁術を志す者よ」

 

 

e38193e3828ce381afe591aae38184e3818be38081e3819de3828ce381a8e38282e7bdb0e3818b

 

 

『………』

 

 並行世界のハジメ達は絶句した、昇格者達の過去に。彼らは戦慄した、パニシングという人が機械と化す奇病に。彼らは恐怖した、昇格者ハジメが経験した病棟の惨劇に。

 

 特に最後だ。昇格者達は婉曲的に表現していたが、どう考えても人間同士の殺し合いが発生していた。それも、当時の昇格者ハジメが親しかったであろう人間達と。人型の相手を殺しただけで寝不足となってしまった並行世界の香織はひどくショックを受けたようだ。

 

(俺もデジタルワールドでの出来事やデ・リーパーとの闘いは経験しているから大丈夫だと思ったが……予想以上にキツい内容だったな)

 

 昇格者達が警告した意味がよく分かった。機械となったハジメが経験したのは闘いではない。まるで何かに規定されたかのような殺し合い。『苛烈』でも『勇猛』でもない、正に『陰惨』と表現できる出来事だろうことは想像できた。医療者でありながら人を救えず、為す術の無いまま安楽死させるしかなかった業病。悪より暗く、悍ましい何か。そんなものを経験していたのなら、『死こそが安息である』という価値観になったとしてもおかしくはない。そう並行世界の彼らは思った。

 

 同時に並行世界のハジメは妙な共感というか、同族意識も覚えていた。何せ、今の彼の身体はパニシング患者のように、肉体が変質しているのだ。様々な要因と香織の意志によって落ち着いてはいるが、今後どうなっていくのか全く分からない。パニシング患者と同じような末路を辿ることも、人とは違う存在になり果てることも、どちらもあり得るのだ。

 

「僕の青春は悲惨な嵐に終始した。時たま明るい日差しも見たが、雷雨にひどく荒らされて、紅い木の実は僅かしか僕の庭には残っていない」

 

 ボードレールの詩『敵』で締めくくられた話は陰鬱なる暗き気体であった。しかし、何も悲劇ばかりではなく、早くも思索の秋が来た。その後、昇格者ハジメが〝ゼロ〟と名乗る画家として、パニシングの患者であった彼に対する差別への対抗として行っていた芸術的テロ行為は痛快な話であった。本人がやや愉快犯的な目的で行っている点が気になりはしたが。

 

「普通でしょう……健全な男子高校生なら一度や二度、青春や日常を爆破したいと思うものです」

『〝普通〟〝健全〟で辞書引き直してこい。アンタの前世は爆弾魔か』

「前世では丸善書店で檸檬(レモン)を爆発させていました」

『向こうのハジメの前世が奇天烈すぎないか?』

「梶井基次郎の作品じゃん」

「何故数秒でバレる嘘を吐くの」

 

 昇格者ハジメが何の茶目っ気を発揮したのか吐いた嘘を香織に元ネタを特定され、茶菓子を齧っていたユエに呆れた視線を向けられていた。しかし、その過程で昇格者達が友人(仲が良いのかは微妙)を得ていたことが分かり、並行世界の妙が発揮されていた。

 

『そういえば、そっちの天之河君はそっちの恋愛関係について文句は言わなかったの?』

「「あー……」」

 

 並行世界の香織が昇格者達の話を聞いていて疑問に思った事を聞くと、昇格者のハジメと香織は揃って遠い目をした。その反応で並行世界の彼らは色々と察してしまった。

 

 想像がつかないわけではない。哲学、芸術、陰惨な過去と数え役満であれば天之河光輝に嫌われないわけが無かったからだ。寧ろ、嫌われる要素のロイヤルストレートフラッシュである。

 

「正義とは善人の失敗作に過ぎないのか、それとも善人こそ正義の失敗作に過ぎないのか……」

『物っ凄い哲学的だけど言いたいことは大体わかるよ。こっちも天之河君はデジモンを危険な存在だと決めつけて、私や雫ちゃんがハジメ君と一緒にいるのを見ては屁理屈付けて何としてでも引き離そうとするし』

「そっちも似たような感じなんだ。こっちもレ・ミゼラブルとか見せたことはあったけど、結局よく理解できてないみたいだったし」

『うわぁ、向こうの私容赦ない……』

 

 レ・ミゼラブルはヴィクトル・ユゴーの小説の事であり、同名の映画やミュージカルの事である。登場人物によって正義と悪が入れ替わり続け、それに翻弄される作品は確かに正義を妄信する少年には理解不能な代物だろう。並行世界の香織はそこまで詳しくはないものの、一般常識程度の概要は知っていたため、教材にそれを選んだ昇格者香織に鬼教官のような感想を抱いた。

 

 きっと、その作品を見ていた光輝は理解できないながらも苦渋の表情を浮かべていただろうことは想像に難くない。実際、昇格者の世界の光輝が理解できたのは圧制への怒りを歌う『民衆の歌』だけであったから。

 

「というか、そっちの雫ちゃんはコンダクター―――コホン、南雲君とよく一緒にいるんだね」

『うん、私と同時にハジメ君に告白して、返事は保留中』

「わお……」

『言いたいことは分かる。だから何も言わないでくれ』

 

 並行世界のハジメが遠い目をしている。隣で『ラノベの主人公みたいだよな!』とはしゃいでいるガブモン。更に並行世界のユエも告白したらしく、三角関係ならぬ四角関係に昇格者ハジメは慄いていた。

 

「……ハジメも人の事言えない」

「そうだねー。私とユエと付き合ってるもんね」

「誰のせいだと思ってんですか誰の」

 

 今度は並行世界のハジメ達が驚いた。何せ、恋愛関係においては自分達よりも発展していたからだ。しかも、並行世界でもクラスメイトであった園部優花もハジメに好意を抱いているというのだ。そして、ユエと恋人関係になっているのは香織が勧めた事だという。

 

 優花が合流していない状態で何故、と思った並行世界のハジメ達だが、話を聞いてみるとそう単純ではないらしいことが判明した。

 

「私は盗んででも愛が欲しかった。過去は遠く過ぎ去って、殺された未来が復讐に来る。だから月は太陽の光を盗んだ。……恋愛はその一つの手段」

 

 昇格者のユエは静かに語る。だが、それに並行世界のユエが首を傾げる。それだけが理由なら、恋愛関係にならずとも良いのではないかと。並行世界の香織も昇格者ユエの言い分には素直に頷けなかった。まるで恋愛を道具のように使う昇格者ユエの思考は受け入れられないのだろう。

 

 彼らの表情を見て昇格者ユエは目を細める。

 

「……理解を求めた覚えはない。王族だった私は、恋愛を自分に有利に事を進めるための道具として教わっただけ。でも安心して? 私は、今は王族じゃない。単なる酔狂で恋愛関係を持つ感性は持ち合わせていない。ハジメの弱った顔はとても可愛くて、胸が締め付けられる」

「自慢にもなりませんが、僕は大抵弱ってますよ……」

 

 あまりに倒錯して見える恋愛関係に並行世界の香織達は絶句した。もはや恋愛と言えるかすら怪しい関係。それを昇格者香織は了承したのか。誰よりも純粋にハジメを愛している自負を持つ並行世界の香織には理解できない話だった。

 

 しかし、昇格者香織はそれを気にしている様子も無く、どちらかと言えば昇格者ユエに何かしらの役割を期待しているかのような目で彼女を見ていた。その答えに行きつくヒントは、話すかふざけるかしていない時に常に死人のような目をしている昇格者ハジメにあるのかもしれない。思えば、昇格者ハジメは笑みを浮かべている時でさえ作り物めいたアルカイックスマイルだった。

 

 と、そこで並行世界のハジメが香織を制止して言葉を発した。

 

『不快に思わせてしまったのならすまない。だが、これだけは分かってくれ。俺達はそっちの関係に口出しをするつもりは一切無い』

 

 そう言いながらも、並行世界のハジメも完全には納得していないようだった。デジモンと絆を結ぶ彼にとって、打算で恋愛関係を築くというのは少し理解しがたい事なのかもしれない。

 

 そして、それを見て昇格者ハジメも言葉を発した。

 

「その辺にしておきなさいな、ユエ。彼らには彼らの価値観がある」

「……分かった」

 

 静かではあるが、どこか強制力のある厳かな声。話し合い開始時にふざけていた面影は微塵も無い。

 

 両者ともに恋愛関係についての言及は出来る限りしない事に決めた。主に、並行世界のハジメ達が昇格者達の闇を見て冷静でいられる気がしなかったからである。

 

 と、そこで昇格者香織がパンッと手を叩いた。巧妙に調節された、自分に注目を集めさせるための音である。

 

「とりあえず、次は転移後の話を始めようか」

 




コラボ2話です。

少しギスりました。全部昇格者達の面倒くさすぎる価値観がいけないんだ。とはいえ、中々いい塩梅ではないでしょうか。馴れ合いでもなく、全面戦争でもありませんから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コラボー丙 ヰタ・インフェルヌス

めでたくコラボ三話目です。文量は少し短めです。

タイトルはラテン語で『地獄の生活』。森鴎外の著書を文字りました。


 現在、昇格者達は嘗てない危機に直面していた。

 

「どうするの、コンダクター。トータスに来てからの出来事なんて争い、暴力、苦悩の連続じゃない!」

「ええ、召喚された初日から暫くはともかく、時計仕掛けのオレンジ君達の襲撃やセイレーン事件や苦刑ノ乙女の一件……話せそうな部分がワルドマイスターや黒ノ誓約製作記くらいしか無いですねえ」

「言葉すら攻撃的だとこういう時に困るという実例」

「貴方も他人の事言えませんけどね、ユエ。というかこれくらい普通ですよ。羅生門も華氏451度だってここまで上品に話しませんよ。誰が予想しますか。いきなり異世界繋いでくるような相手がここまでナイーブだって」

 

 そう。トータスに来てからの重要な出来事を話そうとすると、(ことごと)く相手の倫理協定に引っかかるのである。まあ、メタい話をすれば、NieRシリーズ(鬱ゲー)とクロスしているので致し方ない部分は有るのだが。

 

 とにもかくにも、話せそうな部分などイシュタル相手の交渉やアーティファクト製作過程程度なのだ。無線ラジオで発信される梗概(こうがい)とてもう少しマトモに解説するであろう。

 

「もう仕方ありません。話せる部分はそのまま話すとして、後はハッタリと行きましょう。気分はさながら姫草ユリ子だ。月経鬱症候群なんぞなった事もありませんがね」

「コンダクターは男なんだから月経なんてなった事なんて無いでしょ。というかそれ、夢野久作の少女地獄だよね。余計駄目じゃない?」

「何んでも無い、何んでも無い。ヰタ・セクスアリスでも無いのだから。舞姫ならぬ歌姫の誕生というだけの話です」

「森鴎外にすればいいってものでもないよ」

 

 なお、その様子を見ていた画面の向こうの並行世界のハジメ達だが、

 

『なあ、一切音声が聞こえてこないんだが』

『向こうの技能なのかもしれない。音か情報に干渉する類のものかも』

『あまりこっちに聞かせたくない類の内容なのかな』

 

 このように訝しんでいた。昇格者香織の天職『演奏者』の技能で疑似的な無音状態を作り出しているのだが、何故『通達』を使わずにこのような事をしているのかというと、それをやってしまうと、無音かつ昇格者達が微動だにしない映像が垂れ流しにされるという大変シュールな状態になる為である。そして、4分33秒ほど経った後、昇格者達の音声が回復した。

 

「まあ、津々浦々紆余曲折焼肉定食あって香織やユエと合流しましたよっと」

『随分と端折ったな。まあ、一応気を遣ってくれたようだし感謝はしておく……焼肉定食?』

『その間にそっちの私に花が生えたり、ユエと恋人になったりしたんだね』

「ええ、ユエの場合、『私を愛せ、さもなくば殺せ』って感じでしたし」

「ハジメ、それは少し語弊がある。確かに愛してくれないなら殺して欲しいとは言ったし、私を一人にするくらいなら殺して欲しいとは思ってるけど」

『語弊でもなんでもないじゃないかよ』

『シームレスに狂った会話しないで』

 

 結局昇格者達は、全てを誤魔化す事にした。セイレーンと化した香織や苦刑ノ乙女となったユエとの闘いは話さない方向で行くことにしたのである。実は昇格者達は知らない事だが、立場が逆転してはいるものの並行世界のハジメと香織の間でも殺し合いが発生していた。

 

 だからと言って、昇格者達の判断は実に正しかったと言えるだろう。わざわざ純情な学生の古傷を(えぐ)る事は無い。

 

『う~、でもそっちのユエと付き合ってるのは納得したよ。そんなこと言われたら見棄てるわけにもいかないし』

『これも愛、なのだろうか?』

『歪んでいるとは思うけれど、愛じゃないかな。こういう愛をテーマにした文学作品は、地球じゃありふれているし。あくまで文学作品、お話の上でだけど』

『それって現実的じゃないってことじゃないか』

 

 一方、並行世界の香織と彼女のパートナーのテイルモンは、ハジメとユエの衝撃的な恋愛劇に少し首を傾げながらも、理解しようと努めていた。

 

「失礼ですね。愛ですよ。純愛ですよ。大好きだから、馬鹿な事だって出来るんです。それが例え人倫に(もと)るものであったとしても、愛する人を殺す事だとしても、何度だって選んで、何度だって飛び込みます。それが僕のユエや香織への愛です」

『あー、力説している所悪いんだが、無理をしてまでこっちの世界観に合わせてくれなくていいぞ。却って倒錯性が露呈してるから。何とか理解しようとした香織達が灰になってるから』

 

 奇しくも並行世界の香織が光輝に言い放ったような論調でユエへの愛を語る昇格者ハジメに並行世界のハジメが待ったをかける。しかし、昇格者ハジメの殺人的な愛に悶える昇格者ユエには聞こえていない。

 

「フフ、白昼堂々の殺害予告……私は死ぬまで一人にならない……私がハジメにしたように、刺して殺して穿って抱かれて……フフフ」

「あの、ユエさん、僕も貴女との愛を確かめ合うのは吝かではないのですが、今は自重しましょう。せっかくぼかした部分が丁寧に鮮明度を上げてしまっています」

 

 見かねた昇格者ハジメが止めに入るまで昇格者ユエはトリップしていた。その間、傍らの昇格者香織は並行世界に向けて一言問う。

 

「そっちは恋愛関係で悩んでるみたいだけど、参考になった?」

『そんなサスペンスな恋愛は求めていない』

 

 並行世界のハジメは無表情でその問いを却下した。しかし、その隣で自我を取り戻した並行世界の香織が、怖いもの見たさなのか昇格者香織にも質問をした。

 

『えっと……その……そっちの私はどういう経緯で、そっちの南雲君を好きになったのかな?』

 

 もしかしたら、二人ともが死ぬだの殺すだので恋愛しているとは思いたくないが故の質問なのかもしれない。

 昇格者香織はその質問に静かに答える。

 

「そうだね……最初に私がコンダクターの事を好きになったのは、夜鷹のような気高さだった。宮沢賢治の『よだかの星』って読んだことがあるかな?病気で死に瀕していながらも命を燃やす彼が好きだった」

『うん。ハジメ君のそういうところは、私も好きだよ。私の世界と同じだね』

 

 昇格者ハジメが病に罹っていたのは先の話で聞かされた事だが、並行世界の香織はどことなくシンパシーを感じていた。彼女も夢へと命を燃やす並行世界のハジメが好きだから。だが、昇格者香織の話は此処では終わらない。

 

「そしてその後に、彼が背負う業苦を知った。確かに彼は気高いけれど、それは急速に死に向かっているから、他人の死を経験しているからだったの。言ってしまえば、特攻隊のそれに近い物だと思う」

『んん?』

 

 並行世界の香織は首を傾げる。確かに昇格者ハジメは夢を持っていた。信念も持っていた。だがそれは、確定した死があったからだった。それに対し、並行世界のハジメは仲間や家族、大切な人やデジモン達と過ごす未来を夢見ている。

 2人のハジメの夢の先は、死と生という正反対の方向を向いていたのだ。

 

「この世界、トータスという名の牢獄で、彼の死は確定事項ではなくなったの。今まで抱いていた信念も、夢も、奪われた。そんな彼の苦しみが、どれほどのものなのか分からない。でも一つ言えるのは、私はコンダクターの枷。彼を生という名の業苦に縛り続けるのは、私のエゴ」

 

 誰も何も言えない。正義とか、信念とか、純愛とか、そんな言葉で片付けられるような問題ではないから。壊れているのが世界なのか、それとも昇格者達なのか、軽々しく決めていいものでは無いことだけは、痛い程に分かった。

 

「私は彼を好きになった日に、世界を呪った。不死身の身体を与えて、ずっと生き長らえていく。そんなSFを妄想していたの。貴方達のように綺麗な思いじゃない。分かる? 私はずっと、誰かを殺したい歌を風に乗せて流していたの」

 

 静かな慟哭だった。

 

 夢や信念は、並行世界のハジメ達にとって生きる標だ。しかし、昇格者達にとっては、限りなく希死念慮を増長させる死神だった。過去に未来に、愛しい人を引きずり込む魔性の星だった。

 

「だから、ごめんね。信念なんてなくても、彼にだけは生きていて欲しいの。夢も明日も、もう要らない。彼の幸せだけを願っていたあの頃には、もう、戻れない」

 

 そう言った昇格者香織を、昇格者ハジメは愛おしそうに見つめていた。

 

 一方、並行世界の面々は同じ原動力を持ちながら、正反対の方向へと向かっている彼らの事が、うまく理解できなかった。何故ならデジモンとはより高位の存在へと進化するために生きる者達であるから。

 

〝全ての存在は滅びるようにデザインされている〟

 

 生と死を繰り返す螺旋に囚われる儚き者達の舞踏など、最も縁遠い者達であったから。

 

(これは呪いか。それとも罰か。不可解なパズルを渡した神に、いつか、僕達は引き金を引くのだろうか)

 

 いつか病室で吟じた詩を、昇格者ハジメは思わずにはいられなかった。

 




クロス先がNieRというのもあって悲観的or狂気的な恋愛観を持つ昇格者達。竜羽さんの作品を読んでいる方々には分かると思うのですが、昇格者達が体験したことを全て話したら人間関係がアルマゲドンになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東京災禍クロスー甲 ヰ界

スランプの末に生み出した怪作。今一度両作品のキャラを見つめ直すために書いたものです。

※この作品は『人形タチハ世界最強』本編をある程度読了している事が前提の話です。


 開始早々脈絡が無くて大変申し訳ないが、ハジメはハイリヒ王国の王都にいた。

 

「はい……?」

 

 

 

e5a4a2e3818be78fbee3818b

 

 

 

 何度見渡しても何も変わらない。風景は奈落に落ちる前に見たハイリヒの王都そのものだ。だが、現状を夜と仮定しても不自然に静かで、一言「暗い」とだけでは表現しようが無い違和感に満ちていた。見る限り住人が存在せず、機械と化しても存在する本能が「この世ではない」と告げている。

 

「なんか悪くないですね。こう言うところ。居心地が良い」

 

 デストルドーに支配されるハジメには大変過ごしやすい場所だが、喜んでばかりもいられない。仮に自分が死んだとしたら香織達が悲しむし、感情とは矛盾するがハジメも現世にやり残したことがある。

 

「変わった奴だね。こんな陰気な場所を気に入るなんて」

 

 何処からともなく声がした。ハジメは反射的に聞こえた方向に銃を構える。やや声が低い女性のような声は、少なくとも自分には聞き覚えの無いモノだ。

 

「悪いけど、殺意を向けられて喜ぶ性癖はしてないんだよね。まあ、遠慮なくぶち殺せるっていうのは、喜んでもいいのかもしれないけれど」

 

 銃口を向けた屋根の上にいたのは、セミロング程の白髪を暗闇に輝かせる女……女?

 

「失礼を承知で聞きますけど、貴方、男ですか?」

「あ、凄い。初見で僕の性別分かるんだ。珍しいね」

「勘です。強いて言うなら、同類の匂いがしたからでしょうか?」

「匂いで判断してんの? 気持ち悪」

「比喩表現に決まってるでしょう」

「冗談だよ」

 

 ……何だろうか。発言からして危ない奴である上に、胡散臭さが天元突破した人物と会話をしているというのに妙な小気味の良さを感じるハジメ。警戒を怠るわけにはいかないが、とりあえず話が通じる人物であることは間違いない。相手の服装もいやに現代的であるし、ハジメ達と同じく召喚された地球人かもしれない。

 

「とりあえず名前だけ聞いておきましょうか」

「銃口は向けたままなんだね。まあいいけど。僕の名前は時雨(しぐれ)。漢字表記は有名だから言わなくてもいいかな。晩秋から初冬にかけて降る雨だよ」

「ご丁寧にどうも。僕は南雲ハジメです。南の雲に、後はカタカナです」

「そっちこそご丁寧に」

 

 お互いに名前の紹介が終わったところで、内心で二人してこう思った。

 

((コイツ絶対人間じゃない))

 

 性格が、という意味ではない。霊長類ホモサピエンスではなかろうという事だ。ハジメは機械特有の美を持っており、時雨とやら名乗る人物はこの世のものでは無い空気を醸し出している。特に後者。フゥーっと息を吹けば、冬のような冷気が漂ってくる。

 

「貴方は一体何者なんです?」

「聞くのは止めた方がいいんじゃないかな。仮令未来から来た殺人ロボットでも、僕の正体を知って生きている者はいないからね」

「本当ですか?」

「嘘」

 

 時雨はペロッと舌を出して答える。無表情だが、前髪で隠れていないその左眼には揶揄うような雰囲気があった。時雨自体線が細い上に舌も小さい。髪の長さと顔面偏差値も相まって本当に女性にしか見えないだろうなあ、と思っている同じ穴の狢ことハジメだった。

 

「本当はスプリットタンにでもしたかったんだけどね。周りに止められた」

「なんだかんだ似合いそうではありますけどね。て、貴方の舌事情はどうでも良いんですよ。正体教えてくれません? 無理にとは言いませんが」

「はん。アンタさては良い奴だね? ただまあ、一つ言わせてもらうなら、教えるのは吝かじゃないんだ。怪異というのは得てして知られたがりだからね。秘密は探求に飢えている」

 

 ……どうやら遠回しに教えてくれたらしい。要するに、時雨という人物は怪異や物の怪の類という事だろう。しかし、時雨の話はここで終わらない。

 

「だけど気を付けなよ? 僕達は強い『呪い』によって生まれた者だ。さっきは嘘と言ったけれど、その内に本当になるかもしれない」

「………」

「好奇心がものの見事に猫を殺したのだとしたら、気を付けないとね。仮令、禁忌が快感に変わろうとも」

 

 時雨の表情は変わらない。しかし、何処か笑っているようにも見える。やはり、人間にはできない表情だ。ハジメはややあって答えた。

 

「なるほど、人ながらにして猫のように生きるには、決死の覚悟でなければならないようですね……肝に銘じておきますよ」

 

 それを見た時雨は鼻で嗤って呟く。

 

「良い笑顔で何言ってんだか……」

 

 時雨はハジメが浮かべているのが自殺志願者特有の表情であることを見抜いていた。何故なら彼の恋人が同類だから。ハジメは彼女よりはマシとは言え、同じ波動を感じるのである。

 

「じゃあこっちも一応聞いておこうかな? アンタの正体は何」

「人間の形をした機械ですよ。とある病でこうなってしまいましてね」

「ああ、やっぱり。病ってのは予想してなかったけど」

「へえ。驚かないんですね」

「似たような奴を一人知ってるからね」

「なるほど」

 

 やはり小気味の良い会話が続く。本質的に相性がいいのだろう。

 

「そして、これからどうするつもりです? 僕は仲間の元に帰りたいのですが」

「まあ、この空間からの脱出は前提条件だろうからね」

「一応聞きますけど、貴方がこの空間の主とかいうことはないですよね?」

「違うよ。でも良い着眼点だ。可能性は潰しておかないとね」

 

 疑ったのに褒められてしまった。やはりこの人物とは付き合いやすいと感じるハジメ。

 

「それで、貴方は?」

「とりあえず僕は恋人を捜したいな。家デートしてたらここにいてね。知らない内に自殺に走らないか心配だし」

「急に親近感が湧いてきました」

「では親近感が湧いたところで、アンタは僕を手伝ってくれるの? それともくれないの? もし仲間とのしがらみがあるなら言ってよ。人に信念を裏切らせるのは得意なんだ」

「親近感が恐怖感に変わっていきますね……まあいいです。今の言葉で気が付いたのですが、僕の仲間が巻き込まれていないという保証はない。貴方を手伝うついでに僕の仲間を捜すのも手伝ってくれませんか?」

「ふーん。別に良いよ」

 

 実にあっさりと交渉が成立する。まずはお互いの捜し人の特徴を伝えることにした。

 

「貴方の愛する人はどのような方なのですか?」

「別にジェンダーレスに配慮しなくていいよ。普通に女の子だから」

「そうですか」

「特徴はそうだね。重くて面倒くさくて可愛い女かな」

「魅力的ですね」

「外見的特徴は……そうだね。赤髪赤目で、結構小柄って事かな。名前は五月雨(さみだれ)小夜花(さやか)

「僕がデ○ノートとか持ってたらどうするんです?」

「それはそれでアイツ喜びそうなんだよな」

「なるほど。分かりました」

「そっちは?」

「現状可能性が高いのは僕の恋人である白崎香織という少女です。宿で近くに居ましたから」

「どんな子?」

「強く、美しく、文学的で音楽的な女性です」

「良い女だね」

「黒髪ロングに黒い衣装。右眼に花が咲いています。あとは楽器の類を持っている可能性が高いです」

「見つけたら殺そうか?」

「残念ながら彼女は自殺志願者ではないので」

「了解」

 

 二人が実にスムーズに、間に地の文を入れる隙が無い程に情報交換をしていると、妙に金属的な足音の群が近づいてくる。二人(二体?)が目を向けると、球体型の頭部を持つ金属の集団が侵攻してきていた。

 

「何あの鉄屑」

「アレは機械生命体。『花』が生み出した自動人形です」

「お友達?」

「友好的な個体もいますが、あれらは敵です」

「じゃあ、殺さなきゃね」

 

 時雨はいつの間にか出現させていた大太刀で居合の体制を取る。そして一瞬で薙ぎ払ったかと思えば燕返しの要領で蛇行する斬撃を飛ばした。そして、滑るような斬撃に乗り、敵の懐に入り込んだと思えばこれまた一瞬で敵の群れを切り裂く。

 

 時雨の剣術の一つ。〝黒夜行〟であった。

 

「お見事」

「全部一人でやっちゃっていいかな?」

「そうしてもらえれば楽ですが、僕の立つ瀬が無くなりそうなので加勢します」

 

 ハジメはそう言うと二丁のゼロスケールを構え、数発の弾丸を発射する。放たれた弾丸は貫通と跳弾を繰り返し、敵の悉くを殲滅していった。

 

「へえ、やるね」

「貴方もかなりの腕ですね。相手を殲滅し殺す事に特化した剣技に、尋常ではない殺意……顔に似合わずかなり物騒な方ですね。本当に何者です?」

「あんまり人を喰ったような言い回しはしないほうが良いよ? 気付いたら自分が喰われてる……なんてことになりかねないから」

 

 どの口が言うのだろう……とハジメは思ったが、口には出さなかった。結局自分に返って来そうであったし。微妙に気が合う二人はハジメが敵の残骸から物資を回収した後に仲間を捜しに歩いた。

 




ツッコミ不在の恐怖。この二人って会話させたら面白そうだなって思ってたら案の常でした。

私のオリジナル作品である『東京災禍』のURLは下記です。

https://syosetu.org/novel/316736/

備忘録

時雨:『東京災禍』の主人公。文字通りの意味での殺人鬼。暗い女が好きらしい。作者からしても何考えてんだかよく分からないヤツ。武器は大太刀(時々小太刀)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

東京災禍クロスー乙 私ノ彼ハ殺人鬼

 百話記念にかこつけて、こちらの続きも投稿する三文小説家。もはや需要があるのか分からない、完全なる自己満足ですが、よろしければご拝読なさってください。

 そして、どうか元作品の方にご感想を……お願いします……


 現実で同年代の少女に会う事が難破だとするならば、異空間で同年代の少女に出会う事が有ればそれは上陸だ。

 

「彼女は……誰?」

 

 白い蝶を纏うコンダクターを追いかけて不思議の異空間に迷い込んだ香織は、ハートの女王と見紛う緋い少女を見つけた。しかし、一見して彼女にはハートの女王のような独裁的な空気は感じられない。むしろ、迷い込んだアリスは彼女ではないかと錯覚した。

 

 だが、このゴーストタウンのような異空間にて初の変化である。あの少女がどのような存在であれ、一度は接触してみなければなるまい。香織は遭難した航海士が陸地を見つけたかのように話しかける。

 

「あの、すみません」

「はい?」

 

 香織が話しかけると、緋い少女はやや警戒しながら振り向いた。当然ではある。異空間で突如話しかけられたら、まず疑うのは敵の存在だろう。香織だってそうだ。

 

「信じろとは言いませんが、敵ではありませんよ。敵ならこんな風に声なんてかけません」

 

 その言葉に、相手は少し警戒を解いたようだ。

 

「ふふ、確かに。でも、油断させてさっくり……でも良かったのになぁ。と、ちょっと残念でもあります」

 

 外見年齢は中学生か高校生くらいだろうか。とはいえユエの前例があるのであまり当てにならないかもしれないな、と香織は思った。そんな少女が朗らかに上記のような発言をする辺り、ハジメやユエのような死にたがりは珍しくもないのか? と、遠い眼もしたが。

 

「え……と、貴方のお名前は?」

「白崎香織です。年は17」

「あ、年上さんですね。私は五月雨(さみだれ)小夜花(さやか)です。年齢は16です」

「敬語……じゃなくてもいいかな? 私が怪しいのは分かるんだけど、違和感凄くて」

 

 相手が同年代であることが判明したため、敬語ではなくする香織。ハジメのようにはいかないらしい。ただ、知らない人に話しかける時は基本的に敬語になってしまうのは現代人の性だろうか。

 

「ふふ、大丈夫ですよー。白崎さんの方が年上なんですし」

「あ、それとなんだけど、五月雨さんもタメ口で良いよ。この静寂の舞台の中で、コンチェルト・グロッソを奏でられる存在がいるのは私も嬉しいから」

 

 まだ互いに信用しきってはいない。しかし、最終的に裏切られるにせよ、それまでは二重奏(デュエット)を演奏する関係でも良いと香織は思う。だから香織は多くを求めない。不変の人間関係など有り得ないと、幼馴染との関わりで知ってしまったから。

 

「別にいいよ。信用してくれなくても。白崎さんからすれば、私がアリスかハートの女王かなんて分からないもの。私だって、白崎さんがプレイヤーかゲームマスターかなんて分からないし」

 

 楽で良いと香織は思った。初対面で信頼を強制されるよりは余程。この世界はルール有りきのデスゲームではない。プレイヤーの中にゲームマスターがいるかもしれないし、重要アイテムの傍に必ずしも罠が有るとも限らない。過半数が生き残るようにエンターテインメントとして調整されているわけでもない。

 

 そんな中で初対面でいきなり信用する事を強制してくる相手よりは余程やりやすい。処世術として信用しているフリはするべきかもしれないが、バレているのなら意味もないだろう。

 

「そう、じゃあ、そうさせてもらうね」

「人は誰もが嘘を吐く。それは私だって言い訳出来ない」

 

 或いはただ真実を話していないだけかもしれない。しかし、小夜花にとって、人間とは信用ならない者という前提は覆らないようだ。普通なら辟易するところなのだろうが、香織の感性が人間離れしてきていることの証左かもしれない。

 

「そんな人を喰ったような私から質問なんだけど、いい?」

「ああ、うん、良いよ?」

「その……私の恋人を見なかった?」

 

 その言葉に、香織は頭を殴られたような衝撃を覚えた。思えば、この異空間に迷い込んだのは自分一人だと思い込んでいたが、目の前に例が存在する以上他の人間が巻き込まれている可能性もある。具体的には直前に宿で一緒にいたハジメなど。

 

「どんな人なのか、特徴を教えてもらっても良いかな?」

「あ、はい。背が高くて、ちょっと長めの白い髪の人で、服装はパンツスタイルで全身黒。大太刀か小太刀を持ってると思う。名前は時雨」

 

 それだけ特徴が揃っているなら見れば分かりそうだと思った香織。ついでとばかりにコンダクターことハジメの特徴を教える。

 

「白い長髪に蝶の髪飾り。蝶の翅脈のような模様が入った黒いコート。武器は銃……それが貴女の恋人、南雲ハジメさんの特徴なんだね?」

「うん、五月雨さんのことを考えると、コンダクターも巻き込まれてるかもしれないって」

「確かに。私と時雨くんはお家デートしてたら此処にいたから、多分いるだろうなっていうか、いて欲しいという願いだけど」

 

 頬を赤らめて時雨の事を想う小夜花。異常事態に呑気な事だと思うかもしれないが、むしろそんな状況だからこそ拠り所を求めるのだろう。

 

「もしコンダクターが巻き込まれているなら早く見つけないと。知らない所で自殺しようとしてるかもしれないし」

「南雲さんは死にたいの?」

「死にたいというより、生きるという行為を追求するために死を観測してる感じ」

 

 香織は説明しながら相手に伝わっているだろうかと心配した。哲学でも嗜んでいない限り一般的には受け入れがたい思想であると彼女自身ですら思う。

 

「ふーん。死にたがりにも流派があるんだね」

 

 だが、小夜花は驚きも関心もせずに返事をした。そして、「死を見つめて生きる……いいかもね」と独り言ちた。香織はその様子にある種の同情を禁じえなかった。

 

「もしかして……五月雨さんの周りにも?」

「私の周りというか、私自身かな?」

 

 あまりに屈託のない笑顔で発された言葉に、香織は少しフリーズした。目の前の緋い少女は、明るく活発な印象を与える。とても自殺を考えるような人物には見えなかった。

 

「人間の世界に未練なんて無い。やり残した事も無い。何故なら私がやるべきだった事はただ一つ。生まれない事だけだもん」

 

 この少女の過去に何が有ったのかは分からない。無理に聞き出そうとも思わない。だが、香織は小夜花に、死について語るハジメと同じ美と狂気を見ていた。

 

「……私は人を喰ったような女だよ」

 

 一瞬だけ、小夜花の胸が裂けたように見えた。香織のように機械ではないが、既に人間的な感性は殆ど失われているのかもしれない。そう思わせるだけの狂気が、小夜花にはある。

 

 香織と小夜花が歩きながら話していると、機械生命体の群れが襲い掛かってきた。しかし、香織がトータスで戦った相手のような金属質な実体は感じられず、まるでデータで構成されているだけであるかのような感覚を覚えた。

 

 よく聞いてみれば、「タスケテ……」や「コワイ……」お云いながら襲い掛かってきている。記録した単語をランダムに発しているだけなのか、或いは……

 

「五月蠅いよ」

 

 しかし、小夜花は空中に跳び、飛行タイプの機械生命体を手刀で撃ち落とす。そして、その場に緋い花で足場を作り、留まった。

 

(あの花の鉄の(にお)い……もしかして血液?)

 

 敵をいなしながら小夜花の技について考察する香織。そんな演奏者を横目に、小夜花は敵に語り掛けるように話す。

 

「助けてって言うのはね? 逃げながら言う言葉なの。間違っても私達に刃物や銃を向けながら言う言葉じゃないんだよ」

 

 機械から奪った銃を、自分の(おとがい)やこめかみに向けて引き金を引く小夜花。しかし、その銃は機械に接続されていなければ意味を成さないらしく、小夜花は興味を失って投げ捨てた。

 

 そして、彼女の身体から滲み出た血液が花弁のような形を作り出す。そして、それらが小夜花の周りを舞い踊ったあと、敵は一体も残ってはいなかった。

 

「念の為聞くけれど、貴女に言葉を話す相手を殺す罪悪感は有る?」

 

 香織から向けられた問いに、小夜花は悲し気な表情で答える。

 

「そうだね。普通は罪悪感があるのが正解なんだろうね」

「ということは……」

「無いよ。正確には多少は有るけど、もう慣れちゃった」

 

 元は人間であった人外を殺す事に少しの躊躇いは有った。自分を害した同級生に反撃して食らいついた時は嫌悪もあった。だが、きっと小夜花の心は既に壊れているのだろう。足場を消して地面に降り立つ少女は、さながら死神だ。

 

「もしも未来が十億本の花を求めるなら、私は刈り取る者になる。嫌いたければ嫌えばいいよ。大半の人にはどうしても理解できない事だろうから」

 

 小夜花は凛冽とした表情を浮かべながら香織に向き合う。小夜花が身に纏う服は、全てが黒と緋で構成されていた。もしかしたら、その衣服や手袋すらも血で作っているのかもしれない。比喩でも直喩でも、きっと彼女の手は深紅に染まっているのだろう。

 

 殺人。普通なら忌避すべき事。しかし、香織は小夜花の事を嫌いにはなれなかった。

 

「ならないよ。嫌いになんて。私とコンダクターの演奏会を妨害するノイズは排除する。それは私だって同じだもの」

「そっか」

 

 二人は笑い合い、共に恋人を捜すために歩き出した。

 

「でも、五月雨さんの事は嫌いじゃないけれど、彼氏の時雨さんには少し同情するかな。同じ自殺志願者の恋人を持つ身として」

 

 その中で、香織は半分はハジメに向けた愚痴のように小夜花に内心を話す。ハジメの事は愛しているが、それはそれとして気苦労も多い。彼との演奏会ならば受難曲(パッション)喜遊曲(ディベルティメント)も奏でるつもりだが、川を見て「入水自殺にちょうどいい」とか言い始めるのはやめてほしい。

 

「それは時雨くんに言ってあげて。彼は殺人鬼で、私を殺そうとして愛してしまった」

 

 香織は手で顔を覆った。陰鬱な恋愛関係という点では香織も他人の事は言えないが、もはや青春を想起させる恋愛など物語の中にしか存在しないのか? とも思った。

 

(ユエと話が合いそうだなぁ、五月雨さん)

 

 未来を殺されて絶望し、その復讐から身を護るためにハジメを愛し、さもなくば自分を処刑するように言った吸血鬼。それに似た気配を小夜花から感じる香織。ユエ自身、純粋な恋愛感情かは分からないと零していたが、目の前の少女はどう認識しているのだろう。

 

 そんな視線を無意識に向けてしまったのか、小夜花は答える。

 

「彼が殺してくれるなら、自殺なんかしたらきっと、私は樹にされてハルピュイアに啄まれちゃうね」

「うん、仮にコンダクターが自殺したら、私はハルピュイアになって彼の肉を啄みに行くよ」

 

 小夜花もハジメも、死の甘い声に誘われ乞う。しかし、その先に存在するのは暗澹(あんたん)に映える羽を垂らして、枯れ木となった脈動を嬉々として貪る人面鳥。香織は五臓六腑、骨や皮までも食い尽くす。そんな決意を新たに定める。

 

 自分の恋人が啄みに来てくれた様を想像したのか、小夜花は頬を染めながら語る。

 

「時雨くんの事は好き。大好き。冷たい体温で私を抱きしめてくれる所も、料理したらいつも失敗しちゃうところも、幻覚に苛まれて泣いちゃうところも、全部好き……」

 

 そこまで語ったところで、小夜花は傍に雪の蝶が飛んでいる事に気付いた。

 

「え……?」

「蛍雪の功……いや、蝶雪の功、かな?」

 

 小夜花が声がした方向に振り向くと、笑っているのかいないのか、そんな表情で時雨が立っていた。

 

「迎えに来たよ。小夜花」

 

 時雨が言い終わる前に、小夜花は駆け出した。そして、時雨の冷たい身体に身をゆだねる。

 

「僕の存在、忘れられてませんよね……?」

 

 そんな熱い二人を気にかけながら、香織に近づく。しかし、こちらはハジメが香織に話しかける前に口を塞がれた。他ならぬ、香織の口づけによって。

 




 クロスした私のオリジナル作品、『東京災禍~哲学的雪女と死にたがりJKの怪異譚~』はこちらから。↓

https://syosetu.org/novel/316736/

 備忘録

人を喰ったような女:この発言の真意は元作品を読めば分かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

長イ話
茫洋タル病


今までは読む専でしたが、書いてみました。三文小説家故、駄文なのは勘弁してください。
作者の好きな世界観詰め合わせです。しかしありふれ以外の作品のキャラは登場しません(敵は出てきます)。


全ての存在は、滅びるようにデザインされている。生と死を繰り返す螺旋に、僕達は囚われ続けている。これは呪いか。それとも罰か。不可解なパズルを渡した神に、いつか、僕達は引き金を引くのだろうか。

 

「なんて考えたところで、僕には何もできやしないんですがね」

 

病室のベッドの上で一人自嘲する少年がいた。彼の名前は南雲ハジメ。年齢は14。学年は中学二年だ。男子にしては長めの髪で、右目には包帯が巻かれている。年齢も相まって中二病と勘違いされそうな絵面だが、彼の状況を考えれば死や生命について思いを馳せるのも仕方がないと言える。

 

『パニシング症候群』。ここ数年で確認されるようになった新興症候群で、治療法は見つかっていない。身体が生物的な細胞の構成物から禍々しい機械へと変貌していく病気だ。羨ましいという勿れ。身体が病魔に蝕まれ、強制的に改造される苦痛たるや相当なものであるし、肉体が変貌しきってしまえば、今度は精神を破壊され、最終的に手当たり次第に物を破壊する怪物と化してしまう。そのため、完全に肉体が変貌する前に医療者の手によって安楽死がなされる事になっている。ハジメは既に右目が機械化し、病変は左腕にも現れ始めている。他人に伝染するタイプの病気ではないため、定期的に外出が可能なのがせめてもの救いだろうか。

 

「ハジメ、迎えに来たわよ」

 

ノックをして病室に入ってきたのはハジメの母、南雲菫である。売れっ子の少女漫画家であり、普段は激務に追われているが、合間を縫ってはお見舞いに来てくれるし、来れないときはハジメに渡してある携帯電話を通して通話をする。尚、これはハジメの父であり、社長業を営む南雲愁も同じである。

 

「ありがとう、母さん。そうか、今日は退院の日だったね」

 

ずっと病室にいて、読書と勉強とを繰り返していると日付や曜日の感覚を忘れてしまう。そのため、定期的に設けられた退院日を忘れてしまう事もよくあるのだ。

 

「ええ、そうよ。今日の晩御飯はハジメの好きな料理にするから、夜までにリクエストを考えておきなさいね?」

 

母の言葉に笑顔で頷くと、ハジメは退院の為の準備を始めた。

 

 

ハジメと菫は病院を出た後、ハジメのリハビリも兼ねて徒歩で自宅へと向かう。南雲家は自家用車を所有しているが、病院と家はそれ程離れているわけでもないし、ハジメ自身の気晴らしの意味もある。パニシング症候群は特に運動機能が麻痺するわけではないのだ。家を目指して歩き続け、公園を通りかかると、菫が「あっ」と声を上げる。

 

「ごめんなさい。病院にスマホを忘れてきてしまったわ」

「じゃあ僕はここで待ってるから取りに行ってきなよ。今のご時世、スマホの紛失はシャレにならないんだから」

 

ハジメは最近読んだ「スマホを落としただけで理不尽な運命に囚われてしまう」小説を思い出しながら言う。げに恐ろしきはあのような事態が現実に起こり得るという事である。

菫は「待っててね」と言い残し、駆け足で病院へと向かう。

 

「やれやれ、困ったものですね。まあ、母さんらしいと言えばそうなのですが」

 

ハジメは苦笑しながら公園のベンチに腰掛ける。風に煽られて散る木の葉を眺めながら、「確か花弁が落ちる速度は秒速5センチメートルでしたか。木の葉は一体どうなのでしょうね」などと栓無き事を考えていると、それ程遠くない場所で怒号が聞こえる。見ると、不良のような人間が老婆と子供に怒鳴り散らしていた。不良の服が汚れている。おそらく子供が食べ物をぶちまけてしまったのだろう。老婆が必死に謝罪しているが、不良の服はそこそこ値の張る物らしく、怒りが鎮火する様子はない。

 

「やれやれ…」

 

ハジメがここで老婆と子供を見捨てられるような性格ならば、そのまま静観していただろう。しかし、ハジメが持つささやかな願いがそれを許さなかった。

 

「まあまあ、お子さんも悪意があったわけではないでしょうし、もう良いではありませんか」

 

ハジメはベンチから立ち上がり、怒る不良に話しかける。

 

「ぁあ?部外者はひっこんでろや!」

「しかし、この状況は見るに堪えません。ここは退いていただけませんか?あ、衣服の代金でしたら可能な限りお支払いします。将来使う充てもないのに量だけは貯まってしまいましたから」

 

ハジメはそう言いながら右目の包帯に手を掛ける。

 

「ガキぃ…もう少し立場ってモノを―――――」

「退いて、いただけませんか?」

 

不良が息を呑む。ハジメの機械化し、瞳が赤く、それ以外が黒く変色した右眼を見て、一つの病名を思い浮かべる。

 

「パ、パニシング―――!」

「ええ、そうですよ」

「…家から出んなよな」

 

不良は恐れと忌避が同居した表情をしながら去っていった。老婆の方も同じような感じだ。寧ろ忌々しそうな表情は不良よりも顕著だった。

 

「…この結果を予想し、意図してやったものですが、やはり物悲しいですね」

 

別段感謝されると思ってやったわけではない。ハジメはただ自分の願いに従っただけだった。周囲の忌避や侮蔑の視線がその罰だというなら、甘んじて受けよう。そう思いながらベンチに戻ろうとしたとき、

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

一人の少女が声をかけてきた。

そこには長い艶のある黒髪をした、非常に可愛らしい中学生くらいの少女がいた。美少女というのは彼女のような人の事を言うのだろう。ちょうどハジメと同じくらいの年齢だろうか。ただ、制服が違うので別の学校のようだが。

ハジメは一応とある中学校に籍を置いている。とはいえ入院生活の方が長いため、ハジメの顔を知っている人は殆どいないだろうが。

 

「怪我とかは、してないみたいですけど…」

「ええ、暴力を振るわれたわけではありませんから」

「そ、その…すごいですね」

「…何がです?」

「私は…止めなきゃって思っても、足が動きませんでした。でも、貴方は、躊躇いなく助けに向かいました。自分の姿を晒してまで…」

 

ああ、そう言う事か、とハジメは理解する。彼女の目には、ハジメがとても勇気ある行動を取ったように見えるのだろう。人は、自分に不可能な行動をした他人に対して、そう評価を下すことがある。しかし、殊この場合においては、それは訂正されるべきだ。

 

「その評価は正確ではありません。僕は自分のエゴに従っただけです。決して、善性や正義感で動いたわけではない…一般的にみて、称賛されるべき事ではないでしょう」

 

そう、ハジメは老婆や子供を救おうとしたわけではない。寧ろ、「救済」という行為によって自らが救われようとした。自らの臆病な自尊心と、尊大な虚栄心を満たそうとしただけである。時代と場所が違えば、自分は虎にでもなっていたかもしれない。ハジメがそう伝えると、

 

「そんなこと…そんなこと無いです!たとえそう思っていたとしても、実際に行動に移せる人なんか、そんなに沢山いません!」

 

ハジメが彼女の大声に驚いていると、彼女は畳みかけるように言った。

 

「だから、そんなに、自分を卑下しないでください…私の思いを、否定しないでください」

 

彼女は涙を流していた。おそらく、本人も気付かぬうちに。

 

「…!ごめんなさい。いきなり大声をだしたり、泣き出したり…おまけに、自分の気持ちを押し付けて…」

「いいえ。そう思っていただけるだけで、救われますよ。賛辞を浴びるためにやった事では無いとは言え、誰からも評価されないとあっては、少々堪えます」

 

そして彼女との会話は途切れる。母はスマホの回収に手間取っているのか、中々来ない。

 

「その…」

「なんです?」

「もしよろしければ、聞かせてくれませんか?さっきの行動につながる『エゴ』を」

 

まあいいだろうとハジメは思う。それ程大した話でもないが。

 

「あ、ごめんなさい。初対面の相手に話したくなんか、ないですよね…」

「いえ、しかし、それ程面白い話ではありませんよ」

「いいんです。私は、貴方の事を知りたいんです」

 

ハジメは話し始める。自分のささやかな欲望を。

 

「貴女は、『よだかの星』という物語を、知っていますか?」

「えっと…宮沢賢治の本ですよね」

「はい。夜鷹は実に醜い鳥です。他の鳥は、もう、夜鷹の顔を見ただけでも嫌になってしまうという具合でした」

「……」

「ある時鷹に改名を要求され、それを皆に示すように言われた夜鷹は、生きるのがつらくなりました。他の生き物を殺し、自分は鷹に殺される。その事実が何よりも夜鷹自身をつらくさせるのです。夜鷹は遠い遠い空の向こうで、燃え尽きてしまおうと思いました。そして、飛んで落ちてを繰り返して、夜鷹はついに青い美しい光となって、星となることができた。そういう話です」

「はい…」

「そして僕は、出来る事ならば、夜鷹のようになりたいと思うのです。容姿が醜くとも、人生が短くとも、せめて最後には星となれるように生きようと」

 

ハジメは自分語りを終えた。思えば誰かにこの事を話したのは初めてだった。特段隠そうとしていたわけではない。ただ単に話す機会が無かっただけだ。しかし自分の思考を他人に話すという行為は頭の整理にもなる。新たな発見だ。

 

「すごいですね…私は、そこまでしっかりした考えは、持っていません」

「入院生活が長いものでして、考える時間だけは有り余っているのです。全ての存在は滅びるようにデザインされている。ならば、せめて散り際は美しくありたいという考えになったのですよ」

 

そしてまた沈黙が訪れる。すると、少女のほうから口を開いた。

 

「あの、私と、友達になってくれませんか?」

「構いませんが…僕でいいのですか?」

「はい。貴方ともっと、お話ししたいです」

「でしたら、よろしくお願いします。あまり長くは生きられませんが…」

「私、白崎香織っていいます。貴方は?」

「南雲、ハジメです」

 

その後、ハジメと香織は連絡先を交換し、ハジメは一部始終を見ていた母から興奮気味に質問攻めにあったりしながら帰宅した。

 

 

「南雲ハジメくんかあ」

 

香織は先程会話をした不思議な少年の事を思い出していた。儚く、今にも消えてしまいそうな少年。物腰の柔らかい話し方。所々に感じられる知性…

彼の事を考えると、鼓動が速くなり、顔が熱くなる。彼女が自分の気持ちに気が付くのは、もう少し先の話である。

 




前日譚が一番困るパターンですね。(汗)
でもこれを書いておかないと後々混乱する…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

優シイ人

難産でした。いやー、この手の話は難しい。


ハジメと香織は連絡先を交換した後、電話やメールで色々な話をした。お互いが好きな本に始まり、それぞれ(主に香織)の学校生活のこと、ハジメが画家やイラストレーターとして活動していること、香織がチェロを習っていること…だいたい香織から話を始めて、ハジメがそれに答え、その後は雑談が続く。ハジメは、この時間に安らぎを感じていた。何かに強要されたわけでもない、ほんの小さな出来事を共有する関係。これに何とも言えない心地よさを感じていた。

 

ハジメと香織が出会って、電話越しにやり取りするようになってから暫く後、ハジメのスマホに一通のメールが届いた。

 

『おはようございます。白崎香織です。突然すみませんが、映画のチケットが二人分手に入ったので、予定が空いていたら一緒に行きませんか?』

 

ハジメは(メールのやり取りはあったとはいえ)出会って1カ月も経たない関係でお出かけに誘ってくる香織の行動力に驚きながらも両親に相談する。この日は両親の仕事の手伝いの先約が入っていたのだが、

 

「馬鹿者!千載一遇のチャンスを!」

「私達は大丈夫だから、女の子の誘いを無下にしちゃ駄目よ」

 

と、両親から食い気味に許可が出たので香織に了承の旨をメールする。集合時間や待ち合わせ場所などを決め、ハジメは家を出た。

 

 

白崎香織の胸は高鳴っていた。ほんの少し前に知り合った男の子。香織は彼に会うために待ち合わせ場所の公園に向かっている。本来今日は親友と二人で映画を見に行く予定だったのだが、先方に急用が生じてしまい、チケットが一枚余ってしまった。一人で行くことも考えたのだが、そこで最近知り合った少年、ハジメの事を思い出した。駄目で元々、香織はハジメを映画に誘った。結果はまさかのOK。彼の纏う静かな空気を思い出しながら準備をし、やや速足で家を出た。

 

ハジメが指定した待ち合わせ場所、二人が初めて知り合った公園に到着した。立ち止まって彼の姿を探す。彼はベンチで本を読んでいた。

 

「お待たせ!南雲くん」

 

数日のメールのやり取りで同い年だと分かったため、香織の話し方は敬語ではなくなっている。てっきり彼の方が年上だと思っていた香織は少し驚いた。

 

「僕も今しがた来たところです。顔を合わせるのは数日ぶりですね、白崎さん」

 

ハジメは読んでいた本を閉じ、微笑む。香織が不意打ちの笑顔にドギマギしていると、「では、行きましょうか」と言って本を閉じ、ベンチから立ち上がる。

 

「ところで、一体どんな映画なのでしょうか」

 

ハジメが聞いて来たので、香織はチケットを見せる。

 

「ほう、『ナルnア国物語』ですか。見るのは久しぶりですね。しかし…」

「あ…あはは…時間、間違えちゃったみたい」

 

チケットに書かれた時間は今から数時間後だった。あまりにも早すぎる。

 

「まあ、適当に時間を潰しましょう」

「ごめんね…」

 

二人は適当にベンチに腰をおろす。暫く無言でいると、ハジメが口を開く。

 

「そういえば、白崎さんの事はあまり聞いていませんでしたね」

「ふえ!?」

「どうして、僕と友達になろうと思ったのです?」

 

ハジメはずっと気になっていたことを香織に聞く。確かに、彼女がハジメの行動を勇気あるものと評価したのは事実だろう。しかし、ハジメは世間的に忌避されるパニシング症候群に罹患している。おまけに初対面の人間だ。百歩譲って声をかけるだけならまだしも、友達にまでなりたいと思う物だろうか。さらには出会って数日でお出かけの誘いまで…ハジメの胸中は疑問で溢れていた。

 

「私はね、南雲くんが凄いと思ったの」

 

それは出会ったときにも言っていた。続きを待っていると、香織はその言葉の真意を話し始める。

 

「私の幼馴染にね、天之河光輝くんっていう人がいるんだけど…」

 

香織が言うには、その天之河光輝なる人物は、小学生の時から正義感に溢れ、勉強もスポーツも何でもこなし、おまけに見た目も王子様と形容したくなるようなモノらしい。

 

(…ここまで聞くと完璧超人のように思えますが、白崎さんの表情を見る限り好意的な感情を持っているとは言い難いですね)

 

「光輝くんは私と南雲くんが出会った時みたいな状況だったら、迷わずに介入する。そして…力で、暴力で解決する」

 

香織の顔には恐怖と、僅かな嫌悪感が浮かんでいた。

 

「だから、弱くても、嫌われていても、人の為に動ける南雲くんを私は凄いと思ったの。例えそれが南雲くんの言う通り、自分のエゴに従っただけだとしても」

 

ハジメは特に口を挟まなかった。しかし、香織の光輝と、彼が起こす暴力事件に対する怯えと嫌悪感はしっかりと感じ取っていた。彼女は争いを嫌う。そして、自分の過去には忌避感を示すだろうと思う。ハジメには切っても切り離せない、血塗られた過去がある。あまりにも暴力的で、絶望的な過去が。それを香織に知られたら…

 

ハジメは暫し考えてから口を開く。

 

「ではやはり、貴女の僕に対する評価は買い被りだ。僕は貴女が望むような人間じゃない。暴力を嫌うなら、僕に近づくべきではない」

 

ハジメはそう言ってベンチから立ち上がろうとした。これでいいのだ。誰も傷つかずに終わる。自分の心にほんの少し感じる空虚感を、見て見ぬふりすればいいだけ。

 

「待って!」

 

しかし香織がそれを許さなかった。ハジメの腕を掴んで離さない。ハジメはいきなり腕を掴まれたことに驚く。

 

「教えてよ…どうしていきなり、立ち去ろうとするの?」

「今言ったでしょう。僕は貴女が望むような人間ではないと」

「それじゃ納得できないよ。ちゃんと教えて」

「…何故そこまで」

 

香織は俯き、少し逡巡した後、決心したように顔を上げた。

 

「貴方が好きだから」

 

あまりに予想外の返事にハジメは驚き、目を見開く。周りの音が消えた気がした。景色ですら、視界には入っているはずなのに見えていない。

 

「貴方が好きだから、貴方について知りたい。電話やメールだけじゃ足りない。一緒にいたい。もっと色々な所に行って、色々な話をしたい。思い出を作りたい。貴方の声を聴きたい」

 

香織の口から零れてくる思いに、ハジメは何も言えなくなる。理屈も何もない剥き出しの感情。腕は掴まれたままだ。ハジメは腕を振り払う事が出来なかった。彼女のあまりにも真剣で、強欲で、純粋な願いに、身体が動かなかった。

 

「南雲くんは私の事を嫌ってるの?」

「―――ッ…」

 

頷いてしまえばいい。嫌いだと言ってしまえばいい。自分の血塗られた過去を考えるなら、そうするべきだ。それで彼女との関係は終わる。彼女を悲しませずに、怖がらせずに済む。だがハジメは、彼女の問いに対して肯定することが出来なかった。彼女との関係を終わらせたくない自分がいる。彼女からの告白を喜ぶ感情がある。

 

「…貴女は、僕の過去を知る覚悟がありますか?」

「あるよ」

「それが、どんなに血塗られたものだとしても?」

「私は知りたい。南雲くんの事を。初めて恋をした男の子の事を」

 

腕を掴む力が強まる。香織の不退転の意志を感じる。

 

「…分かりました。3日後、貴女の両親を連れて、僕の病室に来てください。そこで全てをお話しします」

 

場所は後程メールします。と言い、ハジメと香織は帰路についた。映画を見に行くような気分ではなくなってしまった。

 




短めですがここで切ります。次回で今作のハジメ君の過去が少しだけ明らかになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

病室ノ対談

なんか筆が乗りました。語彙力を総動員したぜ。(豊富か貧弱かは読者の皆様が判断してください)


約束の3日後、香織とその両親はハジメが入院している病室に訪れた。

 

「『南雲ハジメ』…ここだな」

 

声色に若干の怒りを滲ませながら呟くのは香織の父、白崎智一だ。この部屋に、愛娘を泣かせた男がいる。ハジメにいきなり拒絶された香織は、その場ではなんとか平静を保っていたものの、やはりショックだったのか両親に事情を説明している時に涙を流した。それが娘を溺愛する智一にとって何よりも許せなかった。ハジメはあの場では3日後と言ったが、都合が合わない事も考えて幾つか候補日を香織にメールした。しかし、智一は仕事を休んでまで一番早いこの日に訪れた。

 

「あなた、気持ちが分からないとは言いませんが、少し落ち着いて」

 

そう智一を窘めるのは香織の母、白崎薫子だ。薫子とて娘の涙を見て何も思わなかったわけではない。しかし、智一が娘可愛さに暴走すると話が進まない、ないしは中止となってしまう可能性もある。それは何よりも娘が悲しむ結果だ。薫子は今も決意と覚悟を内包した表情で病室の扉の前に立つ娘を見る。薫子は娘がこの病室の住人に恋をしている事に気付いていた。それ故に、この対談が良い結果になる事を望んでいる。

 

「南雲くん。白崎です」

 

香織が扉をノックする。すると中から「どうぞ」という声が聞こえた。扉を開けて入ると、そこにはベッドの上で上半身を起こした少年、南雲ハジメがいた。普段巻かれている包帯は取られ、機械化した右眼と禍々しい電子回路のような模様が浮かぶ左腕が剥き出しになっている。智一と薫子はそれを見て一瞬動きを止めるが、それ程忌避感を見せずに病室に入る。

 

「初めまして、南雲ハジメです。今日は突然呼び出して申し訳ありません」

「そんな事はどうでもいい。早く聞かせてもらおうじゃないか。娘を泣かせた理由を」

「ちょっとあなた!」

 

挨拶と謝罪をしてきたハジメに対して、あまりな態度をとる智一を薫子が窘める。しかしハジメは予想していたのか、特に気を悪くした様子もなくベッドの隣に並んだ3つの椅子を示し、「こちらに」と勧める。3人が座ると、ハジメは口を開く。

 

「聞きたいのは、『僕が香織さんを拒絶した理由』ですね?」

「ああ」

 

ハジメは静かに語りだす。

 

「まず第一に、僕はパニシング症候群に罹患しています。治療法は現時点で存在せず、自然治癒も望めない。近い将来、死亡が確定しています。数日後か、数年は生きられるのか、それは分かりませんが。おまけに、この病気は世間的に忌避されている。香織さんの精神的負担は、計り知れないことになります」

 

その理由は智一達も予想していたことだった。納得できない部分は無い。しかし、そこに香織を拒絶した理由である『暴力的な要素』は無い。智一はハジメに続きを促す。

 

「そして第二の理由。これが主な理由なのですが…」

「何だ。もったいぶらずに早く言え」

「僕は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を殺したことがある

 

 

 

「「「!!??」」」

 

あまりにも予想外の言葉に、3人は驚愕する。

 

「どう…いう…こと?南雲くん」

 

香織が声を絞り出す。

そして、ハジメが語りだした内容は、あまりにも凄絶なものだった。

 

 

『病棟の惨劇』。後にそう呼称されるようになる悲劇は、とある山奥にあった隔離病棟で起こった。当時の病棟にはパニシング症候群の罹患者たちが集められていた。突如として現れた原因不明の病。人間の身体が機械化していくという現実離れした症状に、現代の医学は太刀打ちできない。そして、詳しいことが分からない以上、ヒトからヒトへの伝染だけでも防ごうとした行政は罹患者達を山奥の病棟へと隔離した。その中の一人がハジメだったのだ。医療者達は原因究明に乗り出し、あらゆる検査や治療を試した。しかし、細菌もウイルスも、毒物すらも検出されず、遺伝子の異常等も発見できなかった。身体が変異していく苦痛と恐怖の中、病の根本的な原因は分からないまま時は過ぎていった。

 

そしてある日、決定的な出来事が起こった。身体が完全に変異しきった患者が突然暴れだしたのだ。言葉は通じず、金属の棒で殴っても死には至らない。医療者達は自分達と患者を守るため、やむを得ず総出でその患者を殺害した。その後は、パニシング罹患者達は身体が変異しきる直前で安楽死させる事が決まった。

 

そうして何人もの患者が『病死』していった。

 

そんな中、一人の少女の安楽死が決行されようとしていた。その少女はハジメと仲が良かった少女で、所謂「友達以上恋人未満」というような関係だった。そのため、ハジメは彼女の安楽死に立ち会っていた。しかし運命の悪戯か、少女の病魔は死の直前で活性化した。荒ぶる怪物と化した少女を、ハジメは自分の身を守るために殺した。だが悲劇はこれでは終わらなかった。なんと、『病死』した患者たちの死体が動き出したのだ。これまで発見された事の無い、パニシングの未知の性質だった。病棟はたちまち地獄と化した。病に浸食された者達が暴れ、殺され、憐れな生存者達が狩られ、悲鳴を上げながらやはり殺される。ハジメ自身も、自分の命を守るため、浸食された者達を殺し続けるしかなかった。何処かに身を隠しても狩猟者達は目ざとく見つけてくる。逃げ出そうにもこの病棟は厳重に封鎖されており、脱出の手立ては無く、この殺し合いに身を投じる以外に生き残る方法は無かった。殺した者達の中には、ハジメが交流を深め、死を看取った人間もいた。ハジメは精神と身体の両方を傷つけられながら生き残り続けた。

 

事態を察知した行政が派遣した鎮圧部隊が到着したとき、生き残っていたのはハジメを含む患者と医療者数名だけだった。そして、この事件がパニシング症候群に対する世間の忌避の感情を助長することになったのだ。

 

 

「以上が、僕が香織さんを拒絶した理由です。僕の手は血で汚れてしまった。香織さんは暴力や争いを嫌う。僕には関わらない方がいいでしょう」

「「「…………」」」

 

想像を絶するハジメの過去に、白崎家の三人は言葉を発することが出来なかった。特に智一は、当初のハジメに対する「娘を泣かせた憎き相手」という評価を改めざるを得なかった。10代前半の少年が背負うには重すぎる過去。ハジメは香織を拒絶する以外に選択肢が無かったのだという事が分かってしまった。

 

香織もまた、ハジメの過去に打ちのめされたような感覚に陥っていた。自分のハジメに対する告白は、彼に罪の意識を再起させ、余計に傷つけただけなのだろうかと。

 

(でも…)

 

それでも、と香織は想う。

 

(でも、そうしなければ彼は今ここで生きていなかった。おばあさんと子供を助けることも、それをきっかけに私と出会う事も無かった)

(まるで、世間は彼が生きているのが間違っているとでも言いたいみたい。ううん、きっと彼自身はそう思ってる。でも、暴力を振るったのだって、人を殺したのだって、彼の意志じゃないのに)

(話してる間、彼の手はずっと震えてた。今でも彼は苛まれてる。心はきっと、今も病棟の中にいる)

 

そして、香織はある決意を胸に抱く。

その様子を見た薫子は一つの疑問をハジメに投げかける。

 

「ハジメ君、貴方が香織との関係を断とうとした理由ついてはとりあえず分かったわ。その上で聞くけれど、貴方は、この先誰も愛さずに一生を終える気なの?」

「………」

「罪の意識を背負うのは確かに大事な事。貴方の行為を否定はしないわ。でも、それが理由で誰かを愛しちゃいけないというのは、少し極端な考え方じゃないかしら」

 

それを聞いていた智一も口を開く。

 

「…なんとなく分かったよ。君が私達をここへ呼び出し、過去を話したのは、香織の親である私達に娘との交際を反対してほしかったからだね?」

「………」

「わざわざ病室という場所を選んだのも、入院生活に伴う物質的、経済的負担を強調するためだ。君の過去と絡めた相乗効果も狙ったのだろう。包帯を取っているのも同じような理由だね?」

 

ハジメは自嘲するように笑う。

 

「ええ、そうですよ。自分一人では断ち切れなかったが故に、香織さんの家族をダシに使った、卑怯で最低な人間ですよ」

 

智一はこの自嘲めいた独白さえもハジメの計算だと気付いていた。人に好かれるのと違い、嫌われるのにはいくらでも方法がある。そしてハジメは、齢14にしてその事を熟知してしまっている。

 

「君にとっては、香織との関係を終わらせる事が最適解なんだね?」

「そうですよ」

「理由はさっき言った通りということか」

「はい」

「なら、一つだけ聞かせてくれ。どうして君は―――

 

 

 

泣いているんだ?」

「………え」

 

ハジメは半信半疑で自分の頬に手をやると、そこには涙が流れていた。ハジメは計算外の事に動揺する。有り得ない。自分は香織を拒んだはずだ。それが最適解だ。自分という存在が関わらなければ、香織は辛い思いをせずに済む。だというのに、涙が止まらない。

 

「それが、答えなんじゃないのかい?」

「そんな…どうして…」

「それに、君の計算違いはもう一つある」

「……?」

「娘は、香織は一見すると大人しそうだが、その実結構なお転婆でね。おそらく私達が反対したとしても、君と一緒にいる事を選ぶよ」

 

そして、ずっと俯いていた香織が顔を上げる。

 

「南雲くん」

 

強い意志のもと、言葉を紡ぐ。

 

「まずは、過去を話してくれてありがとう。辛いことなのに、打ち明けてくれてありがとう」

 

香織がハジメの手をそっと握る。

 

「その上で言うね。南雲ハジメくん、貴方が好きです。私は非力で、貴方にとっては無力も同然かも知れないけれど、貴方の心を癒させてください。貴方の人生を、支えさせてください。そして、叶うならば、私の事を…愛してください」

 

その瞳には、かつて公園でハジメの腕を掴んだ時と同じ、不退転の意志が宿っていた。

 

 

 

時刻はとっくに夜となり、日は当然の如く沈んでいた。そして、病院からは白崎家の三人が出てきた。しかし、入った時と違い、香織や薫子の表情には喜色が浮かんでおり、特に香織の顔は「今が一番幸せ」というような表情だった。智一だけは複雑そうな顔をしていたが、特別不満を持っているというわけではなさそうだった。

そして、夜空には美しい月が昇っている。

 

(こんなに綺麗な月を、君はずっと一人で見ていたんだね)

 

香織は数刻前に恋人同士となった少年を想う。

 

(でも、これからは二人一緒だよ。ハジメくん)

 




まだもう少しだけ前日譚は続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

画家ト料理人ト無線放送

勢いのままに書いたらこうなった。反省も後悔もしていない。

とりあえず出番がめっきり減ってしまった優花を書きたくなってしまいましてね。で、原作の資料が少なくて自分の持ってる知識で補ったらこうなりました。


「ふわぁ……よく寝た」

 

 欠伸をしながら自室のベッドで起き上がったのは園部優花、洋食店『ウィステリア』を営む両親の一人娘である。

 現在の時刻は午前7時。普段は料理の仕込みの為にもっと早く起きるのだが、この日は実家のレストランは定休日であり、また現在は中学二年の夏休みの期間であるため学校も無ければ友人達と遊ぶ予定も無い。

 

「はぁ……」

 

 溜息という喫煙者の真似事をする優花。当然未成年なので吸ったことは無いが、まるで現物が手元にあるような錯覚に陥る。

 実のところ、夏休みの定休日というのは優花にとって微妙に憂鬱な日であった。別に何か嫌な事があるわけではない。寧ろ何もないからこその憂鬱と言えよう。何せ普段は学業に家の手伝いに友人達との交流と、一般的な学生に比べれば多忙な日々を送る優花だが、その反動なのかこのように何も予定が無い日に空白を持て余す傾向があるのだ。本人曰く「ただ息を吸って吐くだけの無用な時間」であり、無思考なストレスが停滞する。

 

「とりあえず朝ごはん食べよ……」

 

 いつまでもベッドに座っていても仕方が無いため、部屋を出てキッチンに向かう優花。到着すると、台所のラジオの周波数を合わせ、冷蔵庫の中を物色し、手頃な食材を見つけると料理を始める。

 

 優花が休日のモーニングルーティーンを淡々とこなしていると、母の優里(ゆうり)が起きてくる。

 

「おはよ、お母さん」

「おはよう、優花。あなたが一番のりだったのね」

 

 園部家は全員料理が出来るので、こういう日は最初に起きた人が朝食を作る事になっている。

 

「なんか、あんまり寝すぎると疲れるんだよね」

「若いっていいわねぇ……そのうち起きるのが苦痛になってくるわよ」

「あー……妙子が朝起きれないって言ってたわ、そういえば」

 

 「あんまり年は関係ないんじゃない?」と優花が言うと優里は「分かってないわねぇ」と言って老いる事の悲しさを娘に説く。そんなやり取りをしていると料理が完成し、父の博之(ひろゆき)も起きてくる。そして一家揃って朝食を食べる。その時、博之がふとラジオを見て言った。

 

「まさか優花がラジオにはまるとはな」

「一時期は部屋に持って行って占領してたわよね。誕生日に買ってあげたら収まったけれど」

 

 優花はある時を境にラジオを聴くのが趣味となり、今でも勉強中に流している。

 

「やっぱり去年の読書感想文がきっかけかしら」

「当時はひどく苦労していたが、無駄ではなかったようだな」

「本を表紙で読む事の愚かさを知ったわ……」

 

 当時の記憶が蘇り渋い顔をする優花。名前の響きだけで本を選び、解読に四苦八苦していた。思えば自分はあの時から可愛げが無くなった気がしていた……

 優花が遠い目をしていると、博之が思い出したように言葉を発する。

 

「あ、そうそう。今日は『ゼロ』さんが絵を納品しに来るから、部屋から出るならちゃんと着替えておけよ」

「了解。たしか『ゼロ』って私と同い年なのよね。ちょっと見てみたいかも」

 

優花はテレビで『ゼロ』を見たことがあったが、ゼロ自身は白い目隠しをしていたので素顔は知らなかった。知っているのはネットに投稿した絵が爆発的に流行り、天才中学生画家として名を馳せている事と、ゼロがパニシング症候群に罹患している事だけだ。

 このちょっとした野次馬根性が優花の日常を変える事になるのだが、本人はまだ知らない。

 

 

 

「この度はお買い上げいただき、ありがとうございました」

 

 『ゼロ』こと南雲ハジメがウィステリアに絵を納品し、オーナーの博之に礼を言う。そして店内に絵を飾り、ハジメが帰ろうとした時に博之が呼び止め、「折角だからコーヒーでも飲んでいかないか」と誘った。ハジメが了承の意を示すと、優花がコーヒーを入れる。

 そして、その間に飾った絵を見た博之がハジメに話しかける。

 

「綺麗な絵だね」

「お褒め頂き恐縮です」

「少し態度が固いね。もう少しフランクに接してくれてもいいのだけど」

「性分なんです。それに、僕としては活動を始めてこんなにも早く買い手が現れるとは思っていなかったので、少し驚いているというのもありますが」

 

 ハジメは『ゼロ』として活動を始めてから一年と経っていない。今後も流行が続くとは限らないのに何故出資してくれるのか……ハジメの疑問は要約すればこういう事だ。それを聞いた博之は優花を見て答える。

 

「私達には娘がいるからね。娘と同年代の君を応援したいと思ったのが一つ。そして……」

「?」

「純粋に私の趣味だ」

 

 それを聞いたハジメは間を置いて「なるほど」と返した。そのやり取りが終わった後、優花がコーヒーを運んでくる。

 

「では、後は若い二人で過ごしてくれ。出来れば、娘とも仲良くしてくれるとありがたい」

「え? ちょっと、お父さん!?」

 

 博之はそう言って場を離れる。一応家の中にはいるが、手近な空間に残されているのはハジメと優花だけだ。

 

(一体……何話せばいいのよ)

 

 優花は目の前で優雅にコーヒーを飲む同年代の少年を見ながらそう思った。少年はコーヒーを飲み終われば出て行ってしまうだろう。しかし画家と話すための話題など優花は持ち合わせていなかった。かろうじて知っている画家と言えばゴッホとピカソだけで、それほど詳しいわけでもない。

 そうしてしばらく時間が経つと、少年の方から話しかけてきた。

 

「そういえば、貴女は僕を怖がらないのですね」

「え?」

 

 優花は何を聞かれてるか分からないと言った顔だ。

 

「パニシング症候群に対する恐怖心ですよ。時として、残虐性の生みの親たり得る、ね」

「ああ、そういうことね……パニシングって伝染はしないんでしょ? だったら怖がったって仕方ないもの。それに、病気にかかったら死んじゃうのは皆同じでしょ?」

 

 ハジメは少しだけ驚き、そして面白そうに優花を見る。一方優花は「敬語使うの忘れてた!」と失敗を恥じていたが、ハジメは気を悪くした様子も無い。「ええい、ままよ!」とこのままの調子で話し続ける事にした。

 

「ねえ、なんて呼べばいいの?」

「はい?」

「名前。『ゼロ』って呼べばいいの?」

「そうですね……今はプライベートですから、本名である南雲ハジメを名乗ります」

「そう、じゃあ南雲って呼ぶわ」

 

 「お好きにどうぞ」と言ってハジメはコーヒーを啜る。

 

(会話が続かない……コイツ、人と会話する気が無いのかしら)

 

 優花はハジメに適当にあしらわれているような感覚に陥り、こうなれば意地でも会話を続けてやる! と決意する。そこで優花は純粋な疑問をぶつける事にした。

 

「ねえ、なんで『ゼロ』なんて名前にしたの? 正直言って中二病拗らせてるようにしか思えないんだけど」

「中二病拗らせてるのはその通りですね」

「認めてんじゃないわよ……で、なんで?」

「有り体に言えば……全てに向けた皮肉です」

 

 雲を掴むような答えが返ってきた。現代文の心情問題を凶悪進化させたような、それでいてこちらを弄ぶような態度に少しムッとする優花。

 

「……その皮肉の内容を聞いてるんだけど」

「何も無いという事です」

「……?」

「僕の思念、僕の思想、そんなものは有り得ません。言葉や絵によって表現された物は、もう既に厳密には僕のものでは無い。その瞬間に他人とそれを共有しているのだから」

「つまり……表現以前のモノだけが南雲の持ち得るもの、とでも言いたいのかしら」

「それが堕落した世間でいうところの個性という奴ですよ。ここまで言えば分かるでしょう。つまり、僕は現代の画家として求められる素質を何も持ってやしないという事だ」

「はぁ……意外とちゃんと考えていたのね」

「まあ、全部三島由紀夫の『旅の墓碑銘』の受け売りですけどね」

「ねえ、殴っていいかしら」

「言ったでしょう? 僕には何も無いのだと」

 

 つまり一連のやり取りを通じて『ゼロ』という名の皮肉は完成されたわけである。いいように掌で踊らされた優花はハジメを睨む。

 

「そもそもパニシング症候群になってから世間からの評価値が0ですからねえ。掛ければ全てが無に帰す悪魔の数字の名がこの世間で響いたら、差別主義者はどんな吠え面を見せてくれるのか……そんなところです」

「アンタが心底性格悪いって事だけは分かったわ。まあでも、考え無しに綺麗事を撒き散らす奴よりは好感が持てるわね」

「それはどうも」

 

 案外、綺麗事マニアの方が差別発言を繰り返したりするのである。無論全員がそうというわけではないが、一定数そういう人間が生まれるのは確かだろう。

 

 ややあって優花が口を開く。

 

「私って絶対に幸せになれない気がするの」

「唐突ですね……理由を聞いても?」

「幸せになるコツが『無知で馬鹿のまま生きる事』だから」

「ほう……?」

 

 ハジメは興味深げに優花を見る。『幸福』の定義については考えたことがあったが、優花のように表現した事は無かった。

 

「去年の夏休みにね、読書感想文書いたのよ。で、その時の本をタイトルの響きだけで選んで、書くのに凄い苦労してね。その過程で色々調べたり考えたりしたのよ。世界恐慌とか、友達の定義とかね……そしたら、急に幸せってものが分からなくなっちゃった」

 

 ハジメは黙って聞いている。知の迷宮に足を踏み入れた少女の話を邪魔してはならないと思って。

 

「南雲の前でこういう事言うのって抵抗あるけど、私って結構恵まれてんのよ。何不自由なく学校に通えてさ、友達もそれなりにいてさ、オマケに実家っていう就職先があってさ……でも、恵まれてるって思うと、何もしないのがすごく怖いのよ。息を吸って吐くだけの無用な時間? 今日なんかも本当なら学校も無いし実家は定休日だし、友達との約束も無いし……そんな時間を過ごしてると、何もせずにいる事とか、悩んでる事が悪い事みたいに思えるの」

「悪い事……ですか?」

「うん、実際言われた事あるもの。『貴方は恵まれてるんだからくよくよ悩むんじゃない。恵まれてない子が可哀想だと思わないの?』って」

「何という横暴な……」

「私もそう思う。でも、変な事考え始めなければ幸せのままでいられたのかも知れないのも事実なのよ。それで思ったの。幸せでいるには、無知で馬鹿のまま生きるしかないのかなって」

 

 ハジメは話を聞き終えると思った。何故彼女が責められなければならないのだ、と。優花が抱いているのは人間として普遍的な悩みだ。それが規制されていいはずがない。

 

 ハジメはコーヒーを一口飲んで答える。

 

「僭越ながらその疑問にちょっとした答えを出そうと思います」

 

 優花は何も言わずに続きを促す。

 

「まず『幸せになるコツは無知で馬鹿のまま生きる事』という考え。これについては半分正解だと思います。嘗てジョン・スチュアート・ミルという哲学者はこう書きました。『幸せかどうか自問してみるといい。途端に幸せでなくなるから』」

「……」

「これには『幸せな人間はそもそも幸せについて問いただしたりしない』という意味も含まれているでしょうが、少なくとも知恵や思考力が発達すると幸せから遠のくというのは事実でしょうね」

「ふーん……」

 

 優花はハジメの話を聞きながら、さりげなく彼のカップにコーヒーを足した。彼に帰って欲しくなかったから。

 

「そして貴女に投げかけられた横暴な理論ですが……」

「『横暴』なのは同意してくれるのね」

「ハッキリ言って、それを主張した人物は稀代の阿呆だと思っています」

 

 優花は驚き、そして噴き出す。

 

「南雲って『アホ』とかいう言葉使うのね」

「使いますよ。話を戻しますが、物質的に恵まれているからと言って幸せであるとは限りません。2500年近くも前にギリシャの哲学者達が幸せについて論じ合いましたが、単なる物質的な喜びを支持した人間は殆どいませんでした」

「……」

「ですから、自信を持って悩んでください。この手の話題で他人に気を使うなど、無意味どころか愚かしいとさえ言える。他人の不幸まで背負わなきゃならないなら、人間皆不幸ですよ」

 

 優花は喉のつかえが取れたような気がしていた。博之は娘が思い悩んでいる事を薄々感づいていたのだろう。だからハジメを此処に残した。

 優花の悩みが根本的に解決したわけではない。人生論の迷宮に迷い込んでいる事実が変わったわけではない。でも、『悩む事』を肯定されたのは嬉しかった。

 

「ありがとう。なんだか楽になったわ」

「どういたしまして。それでは僕は帰ります。そろそろ夕飯の時間なので」

「食べていけばいいのに」

「病院なので融通効かないんです」

 

 なるほど、と優花は思った。それならばと携帯電話を取り出す。

 

「連絡先交換してよ。もっと話したい」

「いいですよ」

 

 二人は連絡先を交換し合った。その時、ハジメがおもむろに口を開く。

 

「そういえば、全ての始まりである読書感想文って何を題材に書いたんです?」

「アーネスト・ヘミングウェイの『賭博師と修道女とラジオ』」

「また難解なものを……まあ、世界恐慌とかいう単語が出てきた時点でなんとなく察してましたけど」

「南雲は?」

「梶井基次郎の『檸檬』です。絵を描き始めたのはこれがきっかけですね」

 

 簡単に言えば、得体のしれない憂鬱な心情や、ふと湧いたいたずらな感情を詩的に描いた作品だ。たしかレモンを爆弾に見立てていたな、と優花は思い出した。

 

「私ホームレスにはなりたくないんだけど」

「絵が爆発する事は無いので安心してくださいな」

 

 何かを企んでいそうな表情でハジメが言う。

でもそれすらも日常という名の既視感のパロディを破壊してくれるなら歓迎するかも。と考えた所で、自分はだいぶ末期かも知れない、と思った優花だった。

 

 

 

ハジメが帰った後、優花は自室にてラジオを垂れ流しながらダーツで遊ぶ。しかしいつもと違って命中率はひどいものだった。

優花は今日の会話を思い出す。悩みが解決したわけでもないのに、ひどく安らいだ。これほど会話が終わるのを惜しんだのは初めてかも知れなかった。

何が『ゼロ』だ。と優花は八つ当たり気味に思う。少なくとも自分は救われた。『悪魔の数字』だのなんだの知った事か。自分勝手な真実を押し付けてくる天使供よりも余程信用できる。他人に優しい世間に、この無為が分かるものか。もっと話したい。絵を見たい。これが夢って奴か。何もしなくても叶えよ。早く、私を満たしてくれ。

そして、逡巡したのち、自身の内に燻る感情を端的に口にする。

 

「どうしよう。惚れちゃった」

 




中学生にしては会話が難解か?→自分の持ってる本を読む→うん、割とこんな感じだな

原作だとほぼ一目惚れだったが、それだとつまらないな。ちょっと考えてみるか。

執筆後

何か原作よりスレてる?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風ト共ニ去リヌ

ようやく定期テストが終わり、時間が出来ました。社会人が多く集まるこのサイトでこれを言うのも憚られるのですが、一介の学生というのも時期を選べば多忙な身でして……

そしてそんな中でまた勢いで書いてしまいました。まさか優花関連で2話使うとは書き始めた当時は思っていなかった……


 とあるレストランで、一人の少女がピアノを弾いている。この日のレストランは営業日であり、店内には幾人かの客がいた。とはいえ今は平日なので週末ほどの賑わいは無いが。

 

「優花ちゃん、どうしたのかしら」

 

 その中で、一人の老婦人がピアノを演奏する少女、優花を見て呟いた。彼女が演奏する曲は『He was too good to me』。過去の恋人を懐かしみ、惜しむ気持ちを歌詞に込めたジャズのバラードだ。この曲自体はそれなりに有名で、優花も過去にリクエストされて演奏したことがある。

 しかし、今日の演奏は一段と感情が籠っており、穏やかな旋律に支えられるようにどこか頼りなげに歌う優花の声は、隠しきれない悲哀が漂っている。歌い上げるごとに感情が増幅し、「I’m so blue」と心からの絶唱を響かせている。

 

(何やってるんだろ……私)

 

 その中で、優花は未練がましい恋心に自己嫌悪を抱いていた。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

(あれ? 南雲だ)

 

 或る日、優花は食材の買い出しの途中で自分が恋をする画家の少年を見つけた。彼はベンチに座って、本を読んでいる。距離が遠いために本のタイトルまでは分からなかった(数年後に、キェルケゴールの著作であった事が判明する)が、優花にとってはハジメの横に置いてあるチェロの方が気になった。ハジメに楽器を演奏する趣味があっただろうか、と今までのメールの内容を思い出していると、優花よりも先に彼に近づく少女がいた。

 

「おまたせ、ハジメくん」

 

 と言ったかどうかは優花の視点では不明だが、その少女、香織はハジメの横のチェロを背負った後に、ハジメに手を差し出した。そして、画家は演奏者の手を取り、手を繋いだままその場を去っていった。

 

 

 

(あれ、恋人繋ぎよね……)

 

 その日の夜、優花は眠る事が出来なかった。自分がハジメに恋をしている事は最早疑いようが無いし、疑いたくも無い。だが、彼には既に恋人がいた。

 

―――生活の大半がくだらない妄想気味の感傷で満たされていた。

 

優花は自身をそう評価する。自分が抱えていた悩みは、未開の世界へ踏み込んだが故に、前後不覚に陥ったものだった。洞穴の逆光、サイケデリックな皮肉と哲学の日射に酩酊し、足元すら覚束ない幻覚。

 

一方で、これがただの妄想である事も自覚していた。自分が魔境だと思っているその領域は、実際の所、既に誰かが開拓したものだ。周囲の人間から見たら、優花は異常者に見えていることだろう。何故なら目の前に見える大海も、オーバードーズの後のような歪みも、結局は園部優花という一人の少女の脳内で完結しているのだから。寧ろ、本を読んだだけでここまで悩めること自体、思春期の成せる業なのかもしれない。

 

―――蔑めばいい、暴けばいい、いっそ私を壊せばいい。

 

 やがて優花の心は、諦観と自棄に浸食されていった。友人に相談しても首を傾げられ、「もっと明るい事を考えなよ」とか言われる始末。彼ら彼女らは悪い人間ではないのだが、この手の相談には不向きであった。悩んでいる人間にとって「明るくなれ」と言われる事は、極論を言えば極刑宣告に等しいダメージを与える。

 

 ダメもとでクラス担任の教師に相談をしてみたが、結果は友人達のときよりも酷いものだった。優花が思索的な憂鬱や読んだ本の内容を口にする度に、教師の顔は不快気に歪んでいった。そして、ハジメに語ったように、悩みを拒絶された。後で分かった事だが、この教師は他の学校で文武両道の華々しい活躍をしていた天之川光輝という少年を中学生の模範とし、自分の生徒を彼のように育てようとしていた。

 そのような人間にとって、読書から哲学的な啓蒙を得てそれについて悩む優花のような生徒ほど不快で可愛げのない存在はいなかったに違いない。

 

 他人に相談する事を諦めた優花は、敢えて本を読み漁る事にした。本がきっかけの悩みなら、本を読めば解決するのではないかという発想だ。或る意味、毒をもって毒を制すという方法に近いものがある。選んだ本はアメリカ文学が多かった。意図して選んだわけではなく、自分の肌に合う物を選んだら偶々そうなっただけだが。優花は以前にも増して読書量が増え、友人との会話が減っていった。

 

仲の良かった友人は一人ずつ離れていき、中にはあからさまな陰口を言う者も現れた。後に本人はこの行動は致命的なミスであったと語るが、遅かれ早かれ同じような結末になったようにも思える。それでも付き合いを続けた宮崎奈々や菅原妙子といった友人は高校に入っても交流があるが、彼女らでも優花の悩みを解決できず、彼女が孤独に近づいたことは間違いない。

 

しかし、一部の悩みは解決したが、それはまた別の思考の迷宮を生み……という無限ループに陥り、一進一退の状態に嵌ってしまった。

 

そんな彼女にも転機が訪れる事になる。優花が無意識的に相談する事を避けていた両親が娘の変化に気付いたのである。二人が半ば強引に聞き出すという手法で優花と何度か話をした。そして、彼女の助けになればという考えで『ゼロ』ことハジメと対談させた。優花や自分達とは異なる経験を経てきたハジメならば、なんらかの化学反応を引き起こしてくれるのではないか、二人はそう思ったのだ。

 

結果から言えば、それは成功した。とはいえ娘がハジメに対して恋心を抱くことまでは予測できなかったようだが。

 

「あっ―――」

 

 優花の胸に痛みが走る。自分の悩みに寄り添ってくれた少年。優花は少年に恋をした。420ですら見放した地動説、天動説論者に潰される前に手を差し伸べた悪魔(ゼロ)。真善美を嘲笑うかのような飄々とした悪魔は、天使に救えぬ罪人を助け出した。おかしくなってしまう事をどうして恥じる? 完璧で間違った旋律を聞かせた彼。思考を休めるな、脳を研ぎ澄ませろ、と、この世界の人間にとっては拷問にも等しい行為が、優花にとっては救いだった。

 

 また胸が疼く。今度は声が出ない。空気が掠れたような音が漏れるだけ。胸元に『A』の文字を縫い付けられたような苦痛に、少女の目から涙が零れる。その涙でさえ、カプサイシンのような熱を持っていた。

 

 この世界に創造者が存在するなら、優花は恨み言を吐きたい気分だった。感情などという煩わしい物を創り出した存在に。

 

「―――っ」

 

 胸の『A』、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』にて、牧師のディムスデールと不貞を働いたヘスターは胸にAdulteress(姦婦)を意味する赤いAの文字を縫い付けられる。部外者であるその話の語り手でさえ、「焼かれるような熱さを……まるでその文字が赤い布でなく、赤熱した鉄であるかのような熱さを感じた」と述べるほどの物だ。当事者の優花が感じている熱は、言語化するのは不可能であろう。

 

「……」

 

 優花はハジメをウィステリアの定休日に呼び出す事にした。縫い付けられた『A』を清算するために。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

 日が傾いた午後の洋食店に、一人の客が訪れた。この日は定休日だが、店側が招待したのである。その客、ハジメは店内に入り、程なくして招待した人物、優花を見つけた。

 

「早いわね」

「遅れたら大変ですから。ピアノの演奏を独り占めなんて、中々無いですからね」

「ふふ、それもそうね。ちょっと準備するから、セットリストでも読んで待ってて」

 

 ハジメは言われた通りにセットリストに目を通す。そして、彼女が自分を、それもわざわざ定休日に招待した理由が分かってしまった。

 

 

 

 優花はピアノの前に座る。今回演奏するのは、全てが自分で作曲したオリジナルだ。ハジメを巻き込んだ盛大な我儘に、セットリストのギミックに彼は気付くだろうか。酒も煙草も出来ない年齢が恨めしい。アルコールに酔って全てを忘れられたら、煙草の煙と共に憂鬱を吐き出し、想いを清算出来たらどれほど心地良いか。年齢に影響を受けない清算方法としてはドラッグというのもあるのだろうが、優花は手を出す気にはなれなかった。

 

 だから優花は音楽に酔い、想い人に当てつけるようにピアノを弾く。

 

 

 

 一曲目の演奏が始まった。曲名は『ウォッカギブソン』、ウォッカベースにドライベルモット、パールオニオンを加えた、強めの飲み口が特徴のカクテルの名前だ。『ギブソン』という名前はアメリカのイラストレーターが由来であるらしい。

曲自体もアップテンポで強めの音が多い物で、最初の曲としては無難なものだろう。だが、この曲、いや、この演奏会自体が、優花の想いの告白である事にハジメは気付いていた。過去に読んだ本にカクテルを扱った物があったのだ。

この曲のカクテル言葉は『隠せない気持ち』である。

 

優花は『ウォッカギブソン』を弾き終えると、一息吐いて二曲目の演奏に入る。曲名は『ライラ』、ウォッカ、コアントロー、ライムジュースというレシピのカクテルで、分量は殆どウォッカである、飲んだらしっかりと酔える代物だ。

カクテル言葉は『今、君を想う』。恋人を持つハジメへの恋に酔っているという、優花なりの懺悔の曲なのかもしれない。

 

三曲目は『テキーラサンライズ』。燃えるような朝焼けを表現したテキーラとオレンジジュースのカクテル。テキーラのパンチ力とオレンジジュースの飲みやすさを兼ね備えた定番のカクテル。

曲調は先程よりも緩やかで、スローテンポという程ではないが、先の二曲のように速い旋律は無い。ハジメのおかげで優花の夜が明けたというメッセージでもあった。

カクテル言葉は『熱烈な恋』

 

三曲目が終了して四曲目に入った。ここまで15分弱演奏しているが、演奏している方もそれを聞いている方も疲労は無い。何故ならこれは演奏会という名の二人の会話だ。言葉は一つも無いが、感情はダイレクトに伝わってくる。これは、二人の関係の清算だ。

 

四曲目は『フォーリンエンジェル』、ジンベースにレモンジュース、ミント、ビターズを加えるが、分量はほぼジン。飲み過ぎには注意が必要だ。『堕天使』の名を冠する、これまでとは打って変わったスローテンポの曲は、周りになじめずに弾き出された優花自身を象徴する曲なのかもしれない。理不尽に天界を追い出された堕天使が地獄の悪魔に恋をした。そういう恋物語の曲なのだろう。

カクテル言葉は『叶わぬ願い』

 

 ハジメが真剣に演奏を聴く中、演奏会は最後の曲に入る。ピアノは壁に向かって設置されており、ハジメからは優花の表情は見えない。それでも、ハジメは彼女がどんな表情で弾いているのか分かる気がした。

 

 最後の曲は『XYZ』。様々な感情や旋律が入り混じった、この演奏会のフィナーレを飾るのに相応しい曲だった。カクテル言葉は『永遠にあなたのもの』だが、今回ばかりはこの意味ではない。

 アルファベットの最後の3文字の名を冠したこの曲は、「これ以上は無い」「最後の」という意味を込めて演奏されていた。彼女なりのケジメなのだろう。

 

 

 

 全ての演奏を終えた優花はピアノの前で俯いたままだった。本来ならば顔を上げるべきなのだろうが、涙を流す顔を見られたくなかったのだ。

 しばらくそうしていると、ハジメが優花に近づき、鍵盤の上に一本の簪を置いた。

 

「演奏代です。在庫処理のようで気が引けますが、素晴らしいものを聞かせてもらったお礼に」

 

 優花が無言でいると、ハジメは再び口を開く。

 

「僕には恋人がいるから、貴女とは付き合えない。しかし、一人の人間として、貴女は魅力的だ」

「…………」

「貴女さえよければ、僕は友人として、話し相手になりたいと思っている。僕の恋人も、会ってみたいと言っていました」

 

 そう言ってハジメは店の扉に手を掛ける。

 

「強制はしません。携帯電話の連絡先を削除してくれても構わない。でももし貴女が、僕と話したければ、僕は出来る限りそれに応えます」

 

 その言葉を最後に、ハジメは店を出ていった。

 

 

 

「ふふふ……」

 

 ハジメがいなくなった後に、優花は笑みを零した。

 

(なんて……ひどい人)

 

 もう二度と会わないという覚悟で臨んだ演奏という名の告白。ハジメの顔を見るに、曲名がカクテルと対応していた事は分かっていたのだろう。そこに込められたメッセージも把握していたに違いない。

 だが、彼の最後の言葉が、彼との絶縁を許さなかった。優花の心に残る未練を、見事に奮い立たせてしまった。

 

「風と共に去るのは、私だと思ってたのに」

 

 そう言って、優花は扉を見つめた。

 

 

・・ ・-・・ ーーー ・・・- ・ -・ーー ーーー ・・-

 

 

(まあ、しょうがないか)

 

 時は現在に戻り、ウィステリアの営業日。一度は未練がましい自分に嫌気が差したが、あんな別れ方じゃ仕方が無いと、と開き直る事にした。

 

(全部南雲が悪いのよ)

 

 マーガレット・ミッチェルの小説のヒロインのような人間関係の崩壊を起こすまいと努力したのに、当の本人が傍にいる事を諦めさせてくれないのだ。これほどひどい事があるだろうか、と優花は思った。

 

(せめて、幸せになりなさいよね……)

 

 そう内心で独り言を言って、優花は演奏を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優花と別れた後ハジメは病室に一人、独白する。

 

「彼女にとっては実に残酷な結末だった……しかし、僕にはこうするしか無いのですよ。僕は『生きる』と決めたんだ。死に至る病(絶望)が終わる……その日まで。たとえ誰を、傷つけようとも」

 

病の苦痛に苦しみながら、悪魔(ゼロ)は祈りを捧げる。




うん、なんだろうこれ。中学生にしては大人びすぎている気もしますが、まあ自分含め読者かな中学生は一定数いるからヨシ(現場猫)

個人的に恋が成就するよりも失恋を書く方が手間がかかると思っています。この作品では失恋してしまった優花ですが、この描写をするにも苦労しまして……戦闘書いてる方が楽だったな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鍍金ノ勇者ト冬ノ魔女

まだ3話しか書いてないのに評価バーが赤くてビビっております。

荒ぶる藁人形さん、有馬 遊さん、合間な人さん、しゃあっ!さん、96 reitoさん、GREEN GREENSさん、高評価ありがとうございます。

では、第四話をどうぞ。


 ハジメと香織は順調に愛を育んでいた。デートも何度かしたし、お互いの親に了解を得てからどちらかの家に上がったこともあった。香織がチェロを披露したり、画家として活動するハジメが自室兼アトリエを案内したこともあった。先の一件で見損ねた映画『ナルnア国物語』も、改めて二人で見に行った。ライオンの王のかっこよさについて盛り上がったり、好きな登場人物について語り合ったりした。香織は陽気な戦士ネズミの隊長が好きだと言い、ハジメは冬の魔女が悪役として好きだと言った。時々喧嘩をすることもあったが、幸せな日々を過ごしていた。

 

 

そして時は流れ、ハジメ達は中学を卒業し、今日高校の入学式を迎える。

 

「どうしたの? ハジメくん」

 

ハジメが高校の教室から桜を見ながら感慨深そうにしていると、香織が話しかけてきた。

 

「いえ、無事に生きて高校生になれたなと思ったら、なんだか安心しましてね」

 

ハジメの言葉を聞いた香織は、少し微笑んで恋人の手を握る。

 

「そうだね。高校でも、いっぱい思い出を作ろうね。ハジメくん」

 

するとそこに一人の生徒が香織の名前を呼びながら近づいてきた。

 

「香織」

「あ、雫ちゃん!」

 

 その生徒は八重樫雫という女子生徒で、黒髪のポニーテールに優しさを感じさせる切れ目の少女だ。なんでも剣道道場の娘で、美少女剣士として雑誌に載ったこともあるとか。香織とは親友で、学校ではよく一緒にいるようだ。

 

「あら、お邪魔だったかしら? 南雲君も久しぶりね」

「お久しぶりです。八重樫さん」

 

 自身の親友ということで、香織が何度か病室に連れてきたことがあるため、ハジメとは面識がある。雫はパニシング症候群に対して嫌悪感を示さない人間でもあるため、ハジメとはそれなりに親しく、本を貸し借りする仲である。尤も、要求される本が『若草物語』や『赤毛のアン』などの少女小説であったことは、見た目とのギャップに内心驚いたが。

 

 香織、ハジメ、雫の三人で談笑していると、後ろから「香織! 雫!」と呼ぶ男の声がした。香織がハジメの手を握る力を強め、ハジメは「誰だ?」と思って振り返ると、一人の容姿端麗な男子生徒が爽やかな笑みと共に近づいてくるのが見えた。二人の名前を呼んでいたため、知り合いだろうか、と香織の顔を見ると、微妙に怯えを含んだ表情になっている。その顔を見て、ハジメにとっては「名前は聞いたことがあるが顔は知らない」あの人物だろうかと思っていると、雫がその通りの答えを言った。

 

「…あら、おはよう光輝」

 

言葉を発するまでに一瞬間があったような、とハジメが思っていると、光輝はハジメと香織が手を繋いでいるのを見てやや顔をしかめると、ハジメを睨む。

 

「…南雲ハジメ、というのは君か?」

「ええ、そうですよ」

 

何かこの人物に恨まれるような事をしただろうか、と思いつつハジメが返事をすると、

 

「病気である事には同情するが、それで香織の優しさに付け込むのはやめろ。それにここは学校だ。軽々しく手を繋ぐんじゃない」

「ちょっと光輝!」

 

 …とりあえず前半部分はともかく、後半の「場を弁えろ」という指摘は分からんでもないので、ハジメは「香織、手を離してくれますか?」と言い、香織は少し躊躇うも手を離す。光輝はハジメが香織を呼び捨てにしたことに思うところがあるようだが、二人が手を離したことで溜飲を下げた。因みに呼び捨てなのは香織の要望であり、「恋人なんだから、出来れば呼び捨てにしてほしいな」とのこと。とりあえずハジメは自己紹介をすることにした。

 

「初めまして、南雲ハジメと申します。貴方は、天之河光輝君…で宜しいですか?」

「そうだ」

「どうやら誤解があるようなので訂正しておきます」

「誤解だって? 一体俺が何を間違えてるって言うんだ?」

「…天之河くん、ハジメくんは私の弱さに付け込んでなんかないよ。だいたい―――」

「香織は黙っていてくれ! 俺は南雲ハジメと話しているんだ」

 

 当事者である香織の言葉を遮ってハジメに敵愾心剝き出しの態度をとる光輝。何気に香織が光輝の事を名前ではなく名字で呼んだことも光輝の気に入らない事だった。

 ハジメは内心で溜息をつく。今の光輝の心情としては、悪者に騙された身内を取り戻そうという物だろう。光輝の中では、ハジメは映画の中で主人公の身内を騙して裏切らせた冬の魔女のように映っているのだろうとハジメは結論付けた。ハジメは冬の魔女については、キャラクターとしては好きだが、人間としては別段好きではない。不名誉極まりないので、誤解を解くことにした。

 

「僕は香織の優しさに付け込んだ覚えはありません。僕は彼女の負担を考慮し、一度交際を断りました。しかし、彼女は僕の事情を踏まえた上で改めて交際を申し込み、結果として僕はそれを受け入れた」

 

香織が大きく頷く。光輝が何かを言おうとするが、ハジメはそれを遮ってこう言った。

 

「嘘だと思うなら香織の両親にでも聞いてみるといいでしょう。今の言葉が事実だと証言してくれます」

 

ハジメが言い終わったところで入学式の予鈴が鳴った。

 

「どうやら時間のようですね」

「待て! 逃げるのか!」

「僕は貴方の質問には答えました。しかしそうですね、僕から言う事があるとするならば…」

「何だ!」

「香織の覚悟を踏みにじるな」

 

 明らかに怒気を孕んだ声。光輝は勿論、ハジメの傍にいた香織や、光輝を諫めていた雫でさえ一瞬動きを止めた。空気はなんだか肌寒く、春なのに冬であるかのように錯覚する。そして、ハジメの背後に冷気の中心と思しき白い女性を幻視した。

 

「香織は僕と恋人同士になる事によって生じる不利益を鑑みたうえで、それでもと交際を申し込みました。僕の事はどう思おうと結構ですが、彼女の覚悟を軽んじる発言は慎んでいただきたい」

 

ハジメはそれだけ言うと、入学式の会場である体育館へと向かい、香織もそれについていった。しかし光輝はハジメの事をずっと睨んでいた。

 

 

入学式が終わり、ホームルームも滞りなく終わった。今の生徒たちは各々交流を深めたり、帰り支度をする者などに分かれている。そしてハジメはというと、

 

「ごめんなさい」

 

香織と雫に謝罪していた。理由は、光輝に対する態度である。言いがかりをつけられたとはいえ、二人の幼馴染に対してあまりな態度を取ってしまった。

 

「いえ、別に大丈夫よ。元はと言えば言いがかりをつけた光輝が悪いのだし」

「私も別に気にしてないよ。寧ろ、ハジメくんが私の為に怒ってくれたことは嬉しかった」

 

そう言ってハジメと香織は桃色空間を作り出す。雫は無性にブラックコーヒーが飲みたくなった。

しかし、とハジメは思う。

 

(今後もこれが続くとなると、少し憂鬱ですね)

 

 実のところ、光輝の主張は子供の癇癪のようなものなので反論自体は容易い。しかし、入学式前のあの様子を見る限り、ハジメの言葉は光輝には響いていないだろう。寧ろ敵愾心を煽っただけかもしれない。はぁ~、とハジメは深い溜息をつく。現状を平和的に終わらせる手段が思い浮かばないのである。不良の時はパニシング症候群に対する忌避感や恐怖心を利用できたが、今回は同じ方法は使えない。

 残るハジメの手札は言葉と知識、画家やイラストレーターとしての活動で得た芸術性であり、言い方は悪いが、人の話を聞かない光輝には効果が無い。打開策が思い浮かばないことに、ハジメは自分もまだまだ十代の子供か、と内心で自嘲する。

 実際、ハジメは画家としてはそこそこの名声を得ている。『ゼロ』という名を名乗り、本名こそ公表していないが、本人にあまり隠す気が無いことと、絵画雑誌には顔を出したこともあるため、知っている人は知っている。因みに香織はハジメと恋人になってからアトリエを案内されて知った。

 しかしその名声故に忘れそうになるのだ。自分がただの子供である事を。そして自己嫌悪に陥り、「ゼロとかいう人物は随分と偉い奴じゃありませんか。貴方と同じ姿をしているくせして大変な差だ」と鏡に向かって皮肉を言ったりする。

 

「こちらこそごめんなさいね。光輝にも悪気があるわけじゃないのよ」

「まあ確かに悪気はないでしょうね」

 

 天之河光輝は悪意というよりは歪んでしまった善性で動いている。ハジメ自身、性格が良いと言うつもりは無い。寧ろ、善か悪かで言えば悪の方に傾く人間性であると自負している。とはいえ、そのような思考回路になったのは性善説よりも性悪説で考えた方が結果的に上手く纏まる事が多かったというだけであり、善にも一定の理解は示すし、相容れない思想であっても、全面的ではないにせよ、受け入れる部分は受け入れる。

 しかし、天之河光輝は話に聞く限りは善以外の思想を受け入れない人種かと思っていた(それだけでも面倒であることに変わりはない)のだが、実際は善に則った上で自分の都合を押し付ける人間である事が今朝のやり取りで分かった。

 

「…正義とは善人の失敗作に過ぎないのか、それとも善人こそ正義の失敗作に過ぎないのか」

「えらく哲学的に光輝の事をディスるわね…」

「すみませんね。しかし今日みたいな事が続くと思うと少し憂鬱なのですよ。なので今後こういうことがあればストレスに負けて皮肉を飛ばしてしまうかもしれません」

 

「幻滅しましたか?」と香織の方を見るハジメ。しかし、不良の一件でも「ハジメは善性ではなくエゴによって動いた」事を知っている香織は特段驚いた様子はない。

 

「あの夜病室で言ったでしょ。私はハジメくんを支えたいって。この程度の事で幻滅なんかしないよ。それに、天之河くんの言い分には私だって怒ってるんだから」

「私も別に何も思わないわ。寧ろもっと怒ってもいいと思うのだけど…」

「貴女が言っても説得力がありませんよ」

「ふふ、確かにそうね」

「分かりました。今後は基本的に天之河光輝君に対してはこちらからは不干渉で通します。向こうから突っかかって来たら…まあ、反論くらいはさせていただきます。というか現状それしかできません」

 

「火を消すには火をもって為せ」と『ロミオとジュリエット』にも書いてありますし、とハジメが皮肉気に言うのを香織と雫は何とも言えない表情で見ていた。

 

「相ッ変わらず性格悪いな。お前」

「ん?その声、清水君ですか?」

 

ハジメにとっては恋人と家族の次くらいに聞き馴染みのある声に返事をする。

 

「おう、お前にチェスでフルボッコにされた清水幸利だよ」

「やや久しぶりですね。同じ高校だったのですか」

「俺も今朝気付いた。しかしお前も面倒なのに絡まれてんな。よりによって天之河光輝か」

 

ハジメと清水が会話をしていると、雫が驚いたように声を上げる。

 

「清水幸利って…あのチェス棋士の!?」

「他にどいつがいるんだか知らねえが、全国大会に出場する程度の腕前を持つチェスの選手なら俺だ」

 

 まあそこの画家に負けたがな、と付け加える清水。一応言っておくが、清水はチェスでは全国三位の強さであり、決して弱いわけではない。ハジメに負けた清水は、ハジメをチェスの世界に誘ったが、ハジメは「画家の仕事があるから」と断った。しかしその後も交流は続いており、時々チェスで勝負をする。二人曰く、口と性格が悪い者同士気が合うとの事。

 

「今度また勝負しようぜ」

「おやおや、いいのですか? また貴方の敗北が増えるだけですよ」

「言うじゃねえかヘボ画家。今度こそお前の無敗の白紙のキャンバスに黒星を描いてやるよ」

 

雫は二人の攻撃的なやり取りに戸惑っているが、何度か見たことがあり、二人の仲が良い事を知っている香織は微笑ましそうに眺めている。

そんな中、この場においては誰も喜ばない人物の足音が近づく。

 

「香織、雫、遅くなって済まない。さあ、一緒に帰ろう」

 

件の天之河光輝である。とても良い笑顔だ。【吐き気がするほど眩しいよ、クソッタレ】と清水は内心で毒づく。

 

「南雲に清水か。いつまでも二人を引き留めるんじゃない。香織、雫、早く帰ろうじゃないか」

「俺はそこの二人にゃ用はねえ。後は勝手にやってくれ」

 

そう言って清水は場を離れる。光輝はそれに満足そうな顔をするが、ハジメが離れない事に不満を示す。ハジメが溜息混じりに口を開くと、

 

「天之河くん、私はハジメくんと帰るよ。学校の外でなら手を繋いでも文句は無いよね」

 

香織がそう言ってハジメの手首を掴み、教室の外に引きずっていく。掴んでいるのは手ではなく、その7cm程手前だから文句は言わせないという感じだ。

 

「え? ちょっと、香織?」

「ハジメくん、今すぐ学校の外に出よう。彼女からのお願いです!」

「ア、ハイ。えー、では皆さん、また明日」

 

ハジメは香織に連れていかれる直前に何とか挨拶だけは済ませた。

 

「…人攫いか。白崎は」

 

教室にはそんな独り言を呟いた清水幸利がいたとか。

 

「行っちゃった…まだ話しかけてないのに」

 

そんな事を内心で呟いた園部優花という女子生徒がいたとか。

 

 

ハジメは香織に引きずられるまま、校門の外まで来ていた。そこで香織は歩みを止め、ハジメの手を握り直す。今度は正真正銘、恋人繋ぎだ。

 

「…ごめんね? いきなりこんな事して。でも、こうでもしないと天之河くんはずっと絡んで来るんだもん」

「いえ、特に怒ってはいませんよ。しかし、彼には困ったものですね」

 

ハジメは苦笑いしながら言う。香織の行動ではなく、光輝の言動に対してだ。

 

「さてお嬢さん、今日はどちらへ?」

「ふふ、そうね。せっかくだから近くのカフェに行きましょう。流れてるジャズがお店の雰囲気に合っていて、とても評判がいいんですって」

「では、そこにしましょう」

 

ハジメと香織は手を繋いだまま、少し小洒落たやり取りをしながら歩き出した。

 




天之河光輝を書くのが難しい。ぶっちゃけ原作を何周してもコイツの思考回路がよく分かりません。今回もちゃんと書けてるか不安です。

そしてハジメに続く二人目の性格、設定改変、清水幸利君。詳しい設定や過去等はウル編とかで出す予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日常ノ終ワリ

感想欄や評価者リストの中にちらほら別の二次作品の作者の方々がいて吃驚しております。

雷狼輝刃さん、静岡万歳!さん、1423-aさん、風音鈴鹿さん、星野優季さん、星雲 輪廻さん、saharaさん、血涙鬼・彼岸さん、Blue-dさん、アルサーさん、高評価ありがとうございます。

それでは第五話、原作スタートです。



月曜日、それは新たな週の始まり、しかし『サザeさん症候群』『月曜日病』などという言葉が存在するように、希望を感じる人は多くない。だが、病室にて包帯と学校の制服に身を包む少年、南雲ハジメは例外である。寧ろ嬉々とした表情だ。

 

 (ようやく退院できましたね。学校に行くのも久しぶりです)

 

 退院の手続きを済ませ、病院の外に出ると、それを待っていた少女がいた。

 

「おはよう、ハジメくん。身体の方は大丈夫?」

 

 少女の名前は白崎香織。ハジメの恋人である。事前に退院の日を教えたので、迎えに来てくれたようだ。

 

「おはようございます、香織。体調は良好です。すみませんね、迎えに来てもらって」

「気にしないで。私がやりたくてやってるんだもん。じゃあ、あんまり気乗りしないけど、学校に行こう」

 

 そう言って香織は手を差し出し、ハジメはそれを取る。この二人、既に『学校一のバカップル』という呼び名をつけられている。学校外ではだいたい手を繋いでいて、学校でもだいたい二人(+α)で一緒にいる為、さもありなん。因みに香織が「気乗りしない」理由はそのうち分かるぞ。

 

 二人が学校に着き、教室に入ると男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを頂戴する。とはいえ病棟の惨劇を生き延び、十年弱病魔と闘い続けているハジメにとってはそよ風に等しい。因みに繋いでいた手は離している。

 

(そんなに敵意を向けずとも、どうせ数年後には僕はこの世にいませんよ)

 

 などとハジメが内心で思っていると、ハジメの親指に痛みが走る。どうやら内心を見透かした香織が爪半月を押したらしい。とりあえずハジメが視線で謝っておくと、香織は満足そうな表情をする。

 尚、男子生徒からは敵意を向けられるが、一部の女子生徒からは生暖かい視線を向けられている。彼女らはハジメと香織がお似合いだと思っており、儚い恋を応援する側である。そして、その他の女子生徒はハジメを見ようとはしない。原因はパニシング症候群に対する忌避感だ。ハジメに危険はないと頭では分かっていても、感情的に折り合いをつけられないのだろう。

 

「よぉ、化け物! 今日は巣から出てきたのか? どうせずっとお絵描きしてるんだろ?」

「うわっ、キモ~。そんなの小学校で卒業しとけよ~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。絡んできたのは檜山大介といい、毎回飽きもせずに突っかかってくる。近くで蛙のように大笑いしているのは斎藤良樹、近藤礼一、中野信治の三人で、だいたいこの四人が学校に来る度にハジメに絡む。因みに、ある一件からハジメが画家『ゼロ』である事は知られている。

 尚、本人達は気付いていないが、香織はゴミを見る目つきで四人を見ている。まるで『下劣な者には軽蔑を』と言わんばかりの視線。余程の変態でもない限り喜ばない。

 

「ええ、芸術活動に勤しんでいました。個人的な趣味もありますが、少なくない収入になるもので。どうやら海外にもファンの方がいらっしゃるようでして、オークションに出したらイギリスの方が372000ポンド(日本円で約860万円超)で買い取ってくれましたよ」

 

 言うまでもなく、オークションという形式を取っているからにはその値段になるまで価格を吊り上げた人間が何人かいるということである。ハジメは暗に『ゼロを敵に回すなら、その顧客も敵に回るぞ』と脅したのだ。このようなやり方は好ましくないが、相手にはこのような手段しか通じないのだから仕方がない。目には目を、歯には歯を、暴力には圧力を。檜山達は自分達よりも発言権のある者は襲えない。最終的に潰されるのは自分達であると分かっているのだ。まあ、実力行使に出ないというだけで、悪口を言う等の陰湿な手段を取るだけだが。しかし、今日『敵は海外にもいる』という新事実が判明したため、暫くはなりを潜めるだろう。もっとも、『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という言葉もある通り、暫くしたらまた突っかかってくるのだろうが。

 

「君はやはり最低だな、南雲。権力を使って、気に入らない人間を陥れるのがそんなに楽しいか」

 

 そう声をかけてきたのは正義と善意の塊、天之河光輝である。どうやら光輝の目には、ハジメが圧力によって檜山達を苦しめているように映っているようだ。

 

「おや、天之河君ですか。仕方がないでしょう。こうでもしなければ、僕のような弱者は蹂躙されるだけだ。それとも、大人しく暴力に屈しろと? ガンジーに憧れるのは結構ですが、それを僕に押し付けないで頂きたい」

 

 ハジメとて聖人ではない。攻撃されれば反撃はする。右の頬をぶたれて左の頬を差し出すような精神性は持ち合わせていない。香織と出会った時に言った『夜鷹のように生きて死にたい』というのは噓偽りのない本心ではあるが、現実は非情であり、それだけでは生きていけない事も知っている。特に香織のような、本人の意志とは関係なくただ一緒にいるだけでトラブルを生んでしまう恋人を持つ身なら。

 香織が学校に行くのに気乗りしない理由はこれである。自分のせいでハジメは無用なトラブルに巻き込まれてしまうのだ。

 

「…それが君のやり方という事か」

「ええ、これが僕のやり方です。必要とあらば権道を用います。軽蔑なさってくれて結構、しかし僕は自分と香織を守る為なら、悪にでもなる」

 

 最後だけ声を低くして言うハジメ。自らの行為を正当化するために恋人の名前を出すことに、ハジメは僅かながら嫌悪を感じるが、これもまた嘘偽りのない本心である。一方香織はその言葉に、不謹慎と思いながらも嬉しく思っていた。恋人に守ると宣言されたことが嬉しいのだ。いや実に人間の心は広い。あまりに広すぎるのだ。理性の目で汚辱と見えるモノが、感情の目には立派な美と映る。

 

「ところで貴方は信じないでしょうが、大多数の人間にとっては、悪行の中に美が潜んでいるのです。貴方の目に悪と映るのなら、まあ、そういうことでしょうね」

 

 ハジメはトドメの一言を放つと、自分の席に向かおうとする。光輝はまだ納得していないと詰め寄ろうとするが、そこに不謹慎を集めて固めたような声がかかる。

 

「はーい皆さんシケたツラ並べてご機嫌麗しゅう!」

「ちょっとエリリン! 空気読もうよ!」

「おや、中村さん、おはようございます」

 

ややハイテンションで声をかけてきたのはクラスメートの中村恵里だ。そして彼女の親友である谷口鈴がそれを諫めている。恵里は元は眼鏡を掛けた落ち着いた図書委員の生徒だったのだが、とある一件から皮肉屋・性悪・自由人という、誰とは言わないがどこぞのA之河K輝が最も嫌いそうな性格になった。本人曰く豹変したわけでも多重人格というわけでもなく、「ただ猫を被るのをやめただけさ。いや、被ってるかな?チェシャ猫を」とのこと。軽く翻訳すると、「変わったんじゃない。隠してた」ということだ。鈴と恵里は今ではボケる方と諫める方が逆転している。どちらも以前より楽しそうなのが幸いだが。因みに眼鏡は伊達である。

 

「あれ? どうしたんだい、K。まるでモルグ街で黒猫に遭遇したみたいな顔をしてるじゃないか」

「…いや、何でもないよ、恵里。香織も、君の優しさは知ってるけどそんなどうしようもない奴に構ってやる必要なんか無いんだ」

「何度も言ってるよね。私はハジメくんが好きで、私が一緒にいたいから付き合ってるんだって」

「はぁ…いい加減現実を見なよ、K。君がご執心の『お嬢さん』は既に別の男が好きなのさ。教室をブロードウェイか何かと勘違いしてるのかもしれないけど、毎回同じ演目を見せられたら観客だって飽きるよ?」

 

 恵里は光輝の事をKと呼ぶ。そして夏目漱石の『こころ』になぞらえて揶揄う。これも過去が関係しているのだが、随分と辛辣だと言えよう。ありふれ原作既読勢の方々なら、彼女の過去はだいたい想像がつくのではないだろうか。

 

「香織もよくもまあそんな陰険な奴に付き合うよな。俺には何がいいのかさっぱりだが」

「…おはよう、坂上くん。別に分かってもらわなくていいよ。ハジメくんの良い所は私が知ってるだけで十分だから」

「おはようございます、坂上くん。陰険なのは否定しませんが、僕が望んでいるのは存在する事(to be)であるというのは理解してほしいですね。どうか忘れないで欲しいのですが、この不定詞は中国語では他動詞なのです」

「フン…」

 

 坂上龍太郎、天之河光輝の幼馴染で、脳筋。熱血や根性というモノが大好きな種類の人間であり、ハジメのようなインドア派で弁が立つ人間とは相容れないらしい。ここ最近皮肉屋にシフトチェンジした恵里に対しても同様だ。

 

「…お前ら入り口付近で屯ってんじゃねえよ。通行の邪魔だ」

「その声は清水か…君は昨日も学校に来なかったらしいな。少しは真面目に物事に取り組んだらどうだ?」

「ヘイヘイ今日も元気だな、天之河」

「おい、清水!」

 

 清水のおざなりな態度に龍太郎が嚙みつくが、清水は何処吹く風だ。

 

「坂上も五月蝿えよ…昨日俺が休んだのはチェスの大会によるもの。つまり公欠だ。学校公認なんだよ。お前らも空手やら剣道やらやってんなら分かるだろ?」

 

言い終わるとカロリーmイトを取り出し、食べ始める清水。

 

「ついでに言うなら、俺は不真面目に物事に取り組んでるわけじゃねえ。俺はチェスという人生に自分という賽を投げた。俺は賭けに勝ったが、勝者には次が待ってんだ。不真面目になりようがねえのさ。分かったら、そこどいてくれ」

 

 光輝は表情を歪ませるが、そこにまた別の声がかかる。

 

「おはよう。南雲君に清水君、毎回ごめんなさいね」

 

 香織と並ぶ学校の『二大女神』、八重樫雫だ。光輝と香織は喜色を浮かべ、ハジメと清水も挨拶をする。

 

「お気になさらず、八重樫さん」

「おう、あんまし実害ねえしな」

 

 ハジメと清水の二人は自分の席へ向かう。ハジメは笑顔を向け、清水は振り返らずに手を振る。そしてそのどちらにも敵意の視線が向く。恵里は以前、清水に対し『”二大女神”に対する態度が雑だから敵意を向けられるんじゃないの~?』と揶揄うように言ったことがあるが、返答は『南雲を見てみろよ。親しげにした所で”不敬罪”だ』という皮肉だった。そもそも清水は一人の女性に憧れており、たとえ『二大女神』であろうと同級生の女子など眼中に無い。チェスもそれで始めたのだ。

カロリーmイトを食べる清水と、香織を伴ったハジメが席に着くと、ハジメに新たな声がかかる。

 

「な、南雲!」

「おや、園部さんですか。おはようございます。どうしたのです?」

 

 声をかけてきたのは園部優花。実家は洋食店『ウィステリア』で、ハジメが仕事で絵を納品しに来たときに知り合った。

 

「いや、あの、その…ウチで新メニューがでるから、今度食べに来ない?勿論香織も一緒に。か、勘違いしないでね。これはあくまで宣伝! アンタに何かあるわけじゃないから!」

「何も言っていませんよ。しかしそうですね。暇を見つけて食べに行くのもいいかもしれません。大丈夫ですか? 香織」

「うん。大丈夫」

「あ、後、また何か売るときあったら言って。私だけ宣伝するのもアレだし…アンタがくれた簪、結構気に入ってるから」

 

 優花は指で髪をいじりながら、耳を少し赤くする。暫く話して、【じゃあ、またね】と言い、優花は去っていった。だが香織は少し不満そうだ。

 

「…ハジメくん、私以外の女の子にもプレゼントあげてたんだね」

「プレゼント…ああ、簪ですか。しかし本人にも言った通り、あれは殆ど在庫処理みたいなものですよ」

 

 優花にあげた簪はゼロ(ハジメ)の絵とのコラボ商品であり、ハジメからすれば『売れ残ったので、よかったらどうぞ』くらいの感覚だった。しかし、もらった方がどう感じるかは別の話である。

 

「…ハジメくんの女たらし」

「え″…まあ、何か要求があれば可能な限り聞きますよ」

「じゃあ、また私をモデルにした絵を描いてほしいな」

「分かりました」

 

 香織は満足したように微笑む。それを見た恵里が【面白い事になってんねぇ。賭けでもしないかい?】といい、清水は【お前は此処をラスベガスか何処かと勘違いしてんのか?触らぬ神に祟りなしだ。ほっとけ】と返し、気付かれなかった遠藤浩介は人知れず涙を流す。こうして彼らの一日は始まる。

 

 

 そして時計の針は昼頃まで進む。

 ハジメと香織は当たり前のように二人で昼食をとる。学校で二人が食べる弁当は香織が作っており、母親の薫子曰くとても楽しそうだとのこと。

 しかし、二人の時間を意識的か、はたまた無意識か妨害しようとする人間が一人。

 

「香織、そんな奴とじゃなくてこっちで一緒に食べよう。せっかくの美味しい手料理を南雲なんかに食べさせる事は無いよ」

 

 それは、爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝だ。恐ろしく空気が読めない男である。

 香織の右手から『ベキッ』と何かが折れる音がした。見れば持っていた箸が真っ二つにへし折られている。どうやら怒りのボルテージが天元突破した果てに握力が一時的に向上したらしい。

 実際、香織は光輝に対して怒りを抱いていた。何故自分と恋人が過ごす大切な時間を邪魔するのか。面積の増えていく包帯が、色が抜けていく髪が、ハジメの死がゆっくりとでも近づいている事を嫌でも知らしめる。だからこそ、二人で過ごせる時間は大切にしたいのだ。一緒に混ざりたいというのなら何も思わない。だが何故執拗に自分とハジメを引き離そうとするのか。

 香織が一言文句を言おうと席を立った瞬間……。

 

(―――えっ!?)

 

 光輝の足元に純白に光り輝く魔法陣が現れ、クラス全体が凍り付く。その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大していく。

 

 数分後、光によって真っ白に包まれた教室が再び元に戻る頃、異常事態が起きていた。ハジメ達、教室にいた人々が跡形もなく消えていた。それ以外の、弁当や教室の備品は放置されたまま……

 




はい、三人目の性格改変、中村恵里さん。
賛同者は少ないと思いますが、作者的にはありふれの中ではかなり好きなキャラクターです。吹っ切れたサイコパスな行動とか、散り際とか、悪役の美学を踏襲したキャラクターな気がします。原作での最期は賛否両論あるようですが、あれはあれで彼女にとっては救いだったのかなと考えたり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

曖昧ナ希望

前回はハジメの性格の悪さが垣間見える回だったので、感想欄が荒れるかと思ったのですが、思いの外平和で良かったです(笑)。(今作のハジメや清水の言動は人によってはウザイと感じるでしょうし…)
しかし勇者君嫌われてるなぁ。まあ可哀想なヤツではあるけど同情は出来ない…

沢山の方の高評価、ありがとうございます。とても数が多く、今回以降は前書きに名前を書かない方針で行きますが、とても感謝していますし、創作の励みになります。

それでは第六話、スタートです。


光が収まった時、ハジメ達の目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。見ればシスティーナ礼拝堂にでもありそうな、一目で宗教画だと分かるデザインをしている。非常に素晴らしい壁画なのだが、残念ながらこの場にいるのは宗教という物には殆ど縁が無い日本人の学生だ。ハジメは画家という職業柄この絵の素晴らしさは分かるが、それ以上に薄ら寒さを感じ、視界から追い出した。

次に周囲を見回してみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしい事が分かる。ついでに言うなら台座のような物の上にいる。ハジメはチラリと背後を振り返ると、呆然としてへたり込む香織の姿があった。怪我は無いようで、そこはひとまず安心だ。香織は正気に戻ると、すぐにハジメの所に寄ってきて、不安そうに手を握る。恋人の安全は確認したので再び周囲を見回すと、あの時教室にいた全員がここにいる事が分かった。溜息をつきながら「泣けるぜ」と言っている清水や、「デスゲームの開催か?」と縁起でもない、割かし有り得そうなジョークを言う恵里もいる。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様、歓迎しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願いしますぞ」

 

突然聞こえてきたその声に振り向くと、煌びやかな衣装を纏った老人が進み出てくる。教皇とか言っていたのでお偉いさんだろう。今のところファッションセンスが南米辺りにいそうなド派手な鳥に寄っていること以外有用な事は分からないが。そのままどこぞの女神みたいな名前の自称教皇様に案内されたハジメ達は、長大なテーブルの席に座らされた。ハジメの隣には当然のように香織が座り、逆の隣には優花が座った。香織が優花に対して少し威嚇するが、優花は席を変える気は無いようだ。

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。外国にいるような、やや厳ついメイドではなく、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。クラスメートの男子は鼻の下を伸ばし、女子生徒からは氷点下の視線を向けられる。因みにハジメは給仕してくれた事に礼は言ったが、その他は特に何の反応も示さなかった。もし反応したら隣に般若が顕現するだろうが、杞憂であった。そして実は軽度の女性アレルギーである清水の目が急速に死んだ。元から死んでいただろ、とか言う野暮なツッコミは無しだ。

全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱している事でしょう。一から説明させていただきますのでな、まずは私の話を最後までお聞きくだされ」

 

 そしてこの話、何処かの暴力教会のグラサンシスターがいたら『最後はどの辺だい? バルジ大作戦みたくトイレ休憩挟むのかい?』と言いそうなくらいクソ長いので要約する。

 

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そしてトータスには大きく分けて三つの種族がいる。人間族、魔人族、亜人族である。

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していた。戦力は拮抗し、大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

それが魔人族による魔物や機械生命体の使役だ。

魔物とは、通常の野生生物が魔力を取り入れ変質した異形の事だ、と言われている。正確にはよく分からんとのこと。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく、強力で凶悪な害獣らしい。

 

機械生命体とは、地上を跋扈する金属製の何か。ある程度言語を話せる個体がいるらしく、機械生命体という呼び名はソイツ等自身が名乗ったらしい。見た目は様々で、球体のような頭部に円柱形の胴体、それに手足を生やしたモノ、頭だけが浮いているようなモノ、武器や盾を装備しているモノ、やたらとデカいモノなど。

 

今まで本能のままに活動する魔物や、独自のネットワークと意思で活動する機械生命体を使役できるものは殆どいなかった。出来ても精々1、2匹程度だったらしい。その常識が覆されたのである。さらに、魔人族自身も正体不明のアーティファクト(ロストテクノロジーが使われた魔道具)のようなもので武装し、強化されているとのこと。

 

これが何を意味するかと言うと、人間族側が割と詰んでいる。

 

「あなた方を召喚したのは『エヒト様』です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらくエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という『救い』を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、『エヒト様』の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 随分とまあ身勝手な理由で召喚されたものである。ハジメ達からすれば『勝手にやってろ』と言いたくなるような事情だ。オマケに召喚するだけして、神本人は姿を現さない。何処かのライオンの王と比べて、かなり他力本願な神様らしい。

 

イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時の事でも思い出しているのだろう。空を飛べるかは知らないが、頭は確実にトんでいる。

イシュタルによれば、人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

ハジメが、「神の意志」を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を感じていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

「ふざけないで下さい!結局この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しませんよ!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっとご家族も心配しているはずです!貴方達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

講義しているのは召喚時にたまたま教室に残っていた社会科教師の畑山愛子だ。身長150cmという低身長に童顔、けれど生徒の為にという心構えは人一倍強く、生徒たちからは人気があり、『愛ちゃん』の愛称で呼ばれるほどだ。本人は威厳ある教師を目指しているらしく、その愛称で呼ぶと怒るが。この異常な状況下で、生徒を危険な目にあわすまいと抗議する姿は教師の鑑と言える。

 

「お気持ちはお察しします。しかし、あなた方の帰還は現状では不可能です」

「ふ、不可能って…ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先程言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんので。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということです」

「そ、そんな…」

 

無責任とも言うべきイシュタルの言葉に愛子は椅子に崩れ落ちる。それをきっかけに生徒達は軽いパニックを起こす。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねえ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

Excellent(泣けるぜ)…」

「行先地獄希望ーってか。笑えるねえ…」

 

最後二人、清水と恵里だけは無駄に肝が据わった悪態をついていた。そして、香織とハジメも然程取り乱していなかった。

 

「香織、大丈夫ですか?」

「正直、怖い。でも、ハジメくんが一緒ならどこでも大丈夫だよ」

 

香織はハジメの手を握りながら答える。優花は羨ましそうだ。ハジメは「そうですか」と答え、何かを考え始める。

そんな中、光輝が立ち上がりテーブルを叩く。その音に驚き、注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味が無い。彼にだってどうしようもないんだ。…俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。…イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が漲ってる感じがします」

「ええ、そうです。ざっとこの世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「よし、なら大丈夫だ! 俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!」

 

拳を握り、そう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮し、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。俺もやるぜ?」

「龍太郎…」

「今のところ、それしか無いわよね。…気に食わないけど…私もやるわ」

「雫…」

 

幼馴染達が光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメート達が賛同していく。愛子先生はオロオロと【ダメですよ~】と涙目で訴えている。

しかしそこに手を挙げる者がいた。

 

「Hey! Hey! Hey! ちょっと質問!」

 

全国三位のチェス棋士こと清水幸利である。

 

「何でしょうかな?」

「もう少し正確な情報が知りたい。魔物とやらの性質は? こっちの兵力はどれくらいだ? 物資は? 食糧は? ざっと数値化してみてどれくらいの差があんだ?」

「それは…騎士や宰相に聞いてみなければ、分かりませぬ」

「チッ、使えねえ」

 

清水が小さく毒づくのと、今度は恵里が質問する。

 

「僕も色々知りたいなあ。戦争に参加したらどれくらい報酬が貰えるの?」

「ほ、報酬…ですかな?」

「金だよカ・ネ。全人類共通の価値だ。貨幣制度無いなら現物支給でもいいけどさあ。最低でも衣食住くらいは保証してくれるんだよねえ?」

「そ、それは勿論ですとも。使徒様を無下にするなど…」

「良かったあ。その辺しっかりやってくれないと僕達だって信用できないもん。あ、それと衣食住は最低条件ね。それなりに手厚くないとサボっちゃうよん」

 

イシュタルは困惑していた。勇者と目される青年さえ懐柔すれば、後の有象無象は黙って付き従うものと思っていたのに、悪い意味で存在感のある二人が空気をかき乱したのだ。言っていることも盲言という訳ではないので、しっかりと答えなければならない。

 

「清水! 恵里! 君達はこの世界の人々が困ってるのを見捨てるというのか!? 俺達が戦わないと人間族は滅んでしまうんだぞ!」

 

案の定光輝が噛みつくが、

 

「運以外の全ての要素を塗り潰す。勝負事の定石だ。俺は無謀な賭けはしない主義でね」

「正義で腹は膨れない。こんな右も左も分からない場所で、他に何を信じろって言うのさ。この場において金に換えられないモノに価値なんて無いよ。なにせ金に換えられないんだから」

 

清水と恵里は鼻で笑いながら受け流す。なんでこの二人はこうも肝が据わっているのか。光輝がさらに噛みつこうとするが、そこにまた手を挙げる人物が現れる。南雲ハジメだ。

 

「イシュタルさん。少し提案があるのですが、宜しいですか?」

「はい。何なりと御提案ください」

 

先程の二人と違って物腰の柔らかい切り口に、イシュタルは鷹揚に頷く。

 

「ありがとうございます。実は我々は戦争や争いなどを体験したことがありません。いわば、文官を養成する場所にいた人間が力を得たからと言って急激に戦えるようになるとは思えないのです。過ぎたるは猶及ばざるが如し、何処においても変わらぬ真理です。そこで、戦争に参加する人間を志願制にしていただけませんか? 戦争に参加しない者も、例えば冒険者のような身分を保証してもらい、住む場所を提供していただきたいのです」

「志願制ですか…? ふむ」

 

考え込むイシュタルにハジメが続けて発言する。

 

「我々は確かに創世神エヒト様に召喚されたかもしれませんが、志願してきたわけではないのです。戦争に参加しない者は後方支援に振り分けます」

 

イシュタルはマジマジとハジメを見た。ハジメの提案はイシュタルにとっても悪くない物である。勇者の仲間が勇者と反目していては体裁が悪い。既に何人かは参戦の意志を示している。志願したものならば内心はどうあれ協力はするだろう。勇者以外は正直価値など無いという本音もある。

 

「確かに…文官に前線で戦え! というのは厳しいものがある。後方支援という形で協力していただけるなら重畳という物です。分かりました。そのように手配いたしましょう」

「寛大な処置、感謝いたします」

 

とりあえずハジメの交渉は成功した。光輝が大人しいと思ったら、清水と遠藤が抑え込み、恵里が光輝の喉に手刀を加えて黙らせていた。というか遠藤、いつの間に…

 

「皆さん、よく考えた方がいいですよ。人殺しというのは、案外疲れますから」

 

ハジメがダメ押しに一言。その言葉の真意を知る香織は悲しそうに俯いたが、ハジメが肩に手を置くと、少し安心したように微笑んだ。

 

「そうそう、よーく考えなね? 少なくとも戦場にメリークリスマスなんてないんだから」

 

恵里もサンタクロースのような姿のイシュタルをチラ見してから皮肉混じりに忠告した。

 

イシュタル曰く、この聖教教会本部がある『神山』の麓の『ハイリヒ王国』にて既に受け入れ態勢が整っているという。イシュタルの案内で向かう中、ハジメは笑みを浮かべていた。

 

(物事が計画通りに進むというのは嬉しいモノですね)

 

実を言うと、清水、恵里の質問から始まる一連の流れはハジメの計画だった。光輝が宣言し、クラスメートが賛同する中、ハジメは清水、遠藤、恵里の三人に地球でよく使っていたハンドサインで指示を送っていたのだ。清水と恵里の喧嘩腰からのハジメの丁寧な対応。落差を狙った心理戦。遠藤は光輝が暴走したときに止める為に、影の薄さを利用してこっそりと忍び寄っていた。

そしてハジメが悪い笑みを浮かべている事に気が付いたのは隣に座っていた香織と優花、そして計画に加担した三人だけであった。

 




はい。恵里と清水が大暴れ。反省も後悔もしておりません。そして裏で糸を引くハジメ君。香織さんが空気だが、まあ今回ばかりはしょうがないということで。
ハジメの「人殺しというのは案外疲れます」という言葉、病棟の惨劇を経験しているからこそ実感が籠っている発言です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死期ノ恒星

遅くなって申し訳ありません。ちょっとリアルが忙しかったもので。

今回は短めの話になります。あと、最後が雑なのでまた書き直すかも。

それでは第七話。スタートです。


イシュタルの案内で白い円形の動く台座に乗り、神山を降りたハジメ達はトータスで最も格式の高い国、ハイリヒ王国の王城に着く。そして真っ直ぐに玉座の間に案内された。教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を進む。

 

道中、騎士のような装備を身に着けた人間や文官らしき人間、メイド等の使用人とすれ違うが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた視線を向けてくる。ハジメ達が何者か、ある程度知っているらしい。

 

仰々しいデザインの巨大な両開きの扉の前に到着すると、その両サイドで直立不動の姿勢を取っていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たずに扉を開け放った。けったいな手続きは不要らしい。

 

イシュタルはそれが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉をくぐった。その先には真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子――玉座があった。玉座の前で威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。

更にレッドカーペットの両サイドには軍服らしき衣装を纏った者達や文官らしき者達がざっと三十人以上は並んで佇んでいる。

 

玉座の手前に着くと、イシュタルはハジメ達をそこに留め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

そして、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら教皇のほうが立場が上らしい。神がこの国を動かしている事が確定した。神は天にいまし、世は事も無し。ハジメは内心溜息をつく。ハジメは神とやらを信用してはいない。だいいち、30人近くも異世界から呼び出す力があるなら魔人族を滅ぼすなり強力な神獣を創るなりすればいいだろう。ハジメは『神』が自分達を戦わせる為だけに喚んだのではとさえ思っている。オレオレ詐欺のほうがまだ信用できる。まあこんな状況なので滅多な事は言えないが。

 

ハジメが思考を弄んでいると、異世界人の自己紹介タイムに入った。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

後は騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。途中、美少年の視線が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていた事から、香織の魅力は異世界でも通用するようである。後、王女の視線が時々ハジメの方に飛んでくる。ハジメは「自分の顔に何か付いているだろうか」と思うも、「そういえば包帯巻いてあったな」と結論付けた。ハジメの見た目は、所々色が抜けた少し長めの髪、右目や左腕の包帯と漂白されかけたビジュアル系ロックバンドのような見た目なのである。そりゃ人目も引くだろう。

 

その後、晩餐会が開かれ、異世界料理を堪能した。ピンク色のソースや虹色の飲み物が出てきたりしたが、どれも美味であった。

 

「ん!結構おいしい」

「本当ですね。見た目は奇天烈ですが」

 

料理好きの香織がコメントをし、ハジメが相槌を打つ。

 

そして香織はハジメの袖を掴む。

 

「やはり、不安ですか」

「うん、ごめんね。やっぱり私、怖いよ」

「それは極めて正常な反応です。寧ろ甘えてくれるのは嬉しいですね。恋人としては」

「ありがとう」

「まあ南雲君のおかげで多少はマシになったじゃないか。『死の家の鴉』の活動が休止してしまうのは遺憾だけど、こればっかりはどうしようもないね」

 

ハジメと香織が桃色空間を形成していると、いつの間にか近くにいた恵里がそんな事を言い出す。因みに優花もさりげなく近くにいる。

 

「僕らの集まりに変な名前を付けんで下さい中村さん。というかこの前は『D坂の思想犯』とか言ってましたよね」

「あれぇ?そうだっけ」

「ついでに言うならその前は『黒死病時代の饗宴』だったからね、エリリン」

 

鈴も近くに来た。ハジメの近くというよりは恵里について来ただけだが。

 

「何よそのラインナップ。不穏な臭いしかしないじゃない」

 

優花が顔を顰める。

 

「僕は図書委員だからね。ネタは存分にある」

「確かにそれぞれドストエフスキー、江戸川乱歩、ジョージ・オーウェル、プーシキンの作品から引用されてますね。あ、どうせなら『D坂の思想犯』で」

「気に入ってんのかよ…。というか、さらっとロシア人ハブられたな」

「あれ、遠藤。いたの?」

「ずっと近辺にいたわ…」

 

遠藤もいたらしい。すると優花が口を開く。

 

「でも南雲ってすごいわよね。いつも冷静で。私は自分を落ち着かせるのに精いっぱいだった」

「ああ、そう言えばずっと膝の上で手を動かしてましたね。何の曲を弾いてたんです?」

「い、言わないでよ!でも、南雲の近くなら安心できる気がする…て、そういう意味じゃないから!」

 

独学でピアノを練習している優花、ネットに挙げた動画は若者の間で流行っている。ジャズを弾くことが多いが、それは既存のジャズ曲に限らずクラシックや現代曲をアレンジしたものもある。実家の洋食店の人気もそれに伴って浮上していった。

 

「まあ君は戦場では生き残れるんじゃないかねえ、ジャズピアニスト」

「確かピアニストは代わりが育つまで時間がかかるから殺すな…的な話だっけ?エリリン」

「その通り」

「…この世界にピアノってあるのかしら」

「…そっか、もう優花ちゃんとセッションできないんだね」

 

香織が悲しそうな声で言う。香織もチェロが弾けるので二人で合わせたりしていた。二人で弾いたアニソンメドレーはそこそこ受けが良かったのだ。

と、そこに目が死んだ清水が現れた。

 

「クラスの男子どもが令嬢やメイドに鼻の下伸ばしてるからって味を占めるんじゃねえ。ぶち殺すぞ」

「あらやだ清水君過激」

「女性アレルギーだもんコイツ」

「相手は清水にハニートラップを仕掛けようとした…とか?」

「十中八九そうだろ。まあ清水は女性アレルギーだし、南雲も俺も恋人いるし、効果ねえけどな」

 

遠藤の言葉にハジメと清水以外が驚いた顔をする。二人は事情を知っているが、女性陣は初耳だ。

 

「遠藤って…恋人いたの?」

「イギリスにな。エミリーっていうんだが」

「あーはいはい。惚気話は要らないよ」

「というか清水君だってチェスの師匠というか戦友というか…そんな女性いましたよね」

階音(カイネ)さんな。唯一アレルギー反応が出ない」

「クラスの日陰者が皆リア充ねえ。面白い展開だ」

 

因みにこの会話は全て日本語であるため、トータス人には理解できない。一連の流れでそれを理解したハジメ達は今後の予定を詰める事にした。下手に部屋に集まればかえって怪しまれる可能性があるし、仮に盗み聞きされていたとしても言語が通じないのであれば問題は無い。そうして七人が話し合っていると、天之河光輝が近づいて来た。

 

「香織、鈴、恵里、君達も戦争に参加するんだったらトータスの人々と交流を深めたほうが良い。南雲や清水なんかと話してないでさ」

 

遠藤には気づかなかったらしい。そして、光輝は実はジャズが嫌いであるために優花のことも無視した。まあ誘われたところでいい迷惑だろうが。

『D坂の思想犯(笑)』の一員であるハジメや清水を貶すような物言いに当人たち以外が不快感を示す。更に言うなら恋人を馬鹿にされた香織の心中は穏やかなものでは無い。

 

「鈴達はもう挨拶は済ませたよ。それに…」

「僕達は明確な参戦表明はしてないんだがねえ。黒ひげよろしく記憶がぶっ飛んだかい?」

 

鈴と恵里からの返しに光輝は鼻白む。まるで自分達は参戦しないとでも言いたげだからだ。

 

「この世界の人達を見捨てるっていうのか?君達はそんな事を言うような人間じゃないだろう!」

「この世界には『天職』とか言うのがあるみたいだし、場合によっては参戦するんだろうけど、鈴達は基本的に自分優先で動くよ」

「リスクとリターンが嚙み合ってれば考えるかな。あとKは僕達の何を知っているのかな?勝手に決めつけないでくれよ」

 

デジタルな論法を貫く二人に再び鼻白む光輝。ならばと香織に詰め寄るが、

 

「私はハジメくんと一緒にいるよ。彼は病気なんだから戦争なんてできないし」

「そんな事が…」

「許されるよ。逆に病人を戦場に連れて行こうとする君の神経が理解できないけど」

「この世界の人達が困っているんだぞ!」

「六等星と恒星ベテルギウスだったら後者を選ぶよね」

「なっ…!」

 

そもそも戦争への参加は志願制にするという事で話がついている。ならば無理やり参加させるような言動は許されるはずがない。香織はハジメに死んで欲しくはなかった。病死という事なら覚悟も決まっているし、臨終に寄り添うことも出来る。しかし一度戦場に出ればそれは叶わない。否応なしに人が死に、臨終の瞬間に立ち会えるかどうかも分からない。

ただでさえ恒星ベテルギウスのように近いうちに命を散らしてしまうハジメ。その命を無駄に縮めるようなことはしたくない。六等星…遠いのか小さいのか、香織にとってはどうでもいいことなのだ。

 

「クラスメートを死なせるなんて、俺がそんな事させない。全員を守って見せる!」

「思い上がんじゃねえよ。人間」

 

光輝の演説に水を差す形で呟いたのは遠藤だった。

 

「思い上がる?どういうことだ、遠藤」

「驕れるものは久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き者も終には滅びぬ。偏に風の前の塵に同じ」

「…何をいっているんだ?」

「平家物語だ。中学で習うだろ。要するに戦場ってのは人が簡単に死ぬ場所って事だ。病人を連れていく場所じゃねえわな」

 

腐っても学年トップである。光輝は遠藤の言う意味が理解できてしまった。しかしそれでも納得できないのか光輝が詰め寄ろうとすると、

 

「まあ、僕に出来る事と言ったら精々後方支援です。戦争においてはそちらも重要でしょう」

 

とハジメが言い、席を立つ。体力が限界となって来たので、与えられた部屋で休もうと思ったのだ。当然、香織も追従する。光輝がまた何かを言おうとするが、二人は聞いていない。

 

晩餐会の会場を抜け、ハジメが自分の部屋に入り、香織も一緒に入る。異世界召喚という有り得ない事態にハジメは疲弊していた。

 

「お疲れ様、ハジメくん」

「すみませんね。一緒についてきてもらって。八重樫さんとお話しして来なくてもよろしいのですか?」

「雫ちゃんとはまた今度、ね。とりあえずあの場を離れたかったし」

 

そして香織はハジメの隣に腰を下ろす。するとハジメは自分に香織を寄りかからせた。

 

「ハジメくん?」

「手が震えていましたから」

「ありがとう。でも、ハジメくんだって疲れてるのに」

「これくらいはさせて下さいな。いつも助けてもらってばかりですから」

「そっか…じゃあ、遠慮なく甘えるね」

 

そして二人はそのまま眠りに落ちた。




本作オリジナル設定

優花はジャズピアニスト。そして光輝はジャズが嫌い。

清水には階音という師匠がいる。

遠藤はイギリスにエミリーという恋人がいる。


作者の優花に対する第一印象が「ジャズが似合いそう」だったのでこうしました。清水と遠藤に関してはありふれとNieRシリーズが分かる人だったら察しが付くかも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測スル者

話を創る都合により、SINoALICEのタグを消しました。楽しみにしていた方がいらっしゃったらごめんなさい。

アカン、話が進まん。次回辺りから話が動くかなあ。今回は説明回ですね。そして光輝の言動はこれで合っているのか…作者の自問自答は続く。


「よし、全員に配り終わったな?」

 

晩餐会の翌日、参戦した者達は戦いに向けて、そうでない者達は自衛手段の獲得に向けて本格的な訓練と座学が開始される前に、自分達の教育を担当することになったハイリヒ王国騎士団長メルド・ロギンスより一枚の銀色のプレートが全員に配られていた。

 

「このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

(まるでゲームですね…)

 

とは言え、ただでさえ辛い事をする為の訓練。せめて成果を実感できるような何かが無いとやってられない為、割とありがたいものである。尚、後方に引っ込むことが決定しているハジメに渡されている理由は、単に身分証明書代わりだ。

説明された持ち主登録の手順に従い、針で指を軽く刺して自分の血をプレートに付ける。すると、血はプレートに吸い込まれるように消えて、代わりに文字が浮かび上がった。

 

====================================

 

南雲ハジメ  17歳 男 レベル:1

天職:錬成師・数学者

筋力:10

体力:8

耐性:7

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・超速演算・熱操作・最適化・言語理解

 

=====================================

 

(果たしてこの数値は高いのか低いのか…というか数学者?画家ではありますが…)

 

レオナルド・ダ・ヴィンチだろうか、などとハジメが思っているとメルドが説明を始める。

 

「全員見れたか?説明するぞ?まず最初に“レベル”があるだろう?それは各ステータスの上昇とともに上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。レベル100という事は、人間としての潜在能力を全て発揮した極致という事だ。そんな奴はそうそういない。ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しい事は分かっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前達用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

ゲームとは違い、レベル上昇がステータス上昇に繋がるわけでは無いようだ。つまるところ、レベルというのは本当の意味で強さの数値化でしかないわけだ。

 

「次に“天職”というのがあるだろう?それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦闘系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっては万人に一人の割合だ。非戦闘系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持ってる奴が多いな」

 

見慣れない文字がいきなり識別できたのは『言語理解』とやらのおかげだろう。エヒト神がハジメ達を召喚した際に全員に付与されたものだ。『錬成師・数学者』、戦闘職では無いだろう。後方支援が決定しているハジメにとっては寧ろありがたいが。

 

「後は…各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まあお前達ならその数倍は高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!魔人族の『ヨルハ部隊』と名乗る連中は強敵だが、お前達なら何とかなるかもしれんな。あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

ヨルハ部隊、例のアーティファクトで武装した魔人族の事だ。

ハジメの周りからは転職やステータスについて話している声が聞こえる。そんな中、光輝は真っ先にメルドにステータスを報告した。

 

=======================================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適正・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

======================================

 

一見して分かる完璧超人だ。初期の能力値が軒並み高く、天職も勇者ときている。さながら物語の主人公である。因みにメルドのステータスは大体300くらいなので、レベル1にして、三分の一は追いついている事になる。メルドに褒められた光輝はチラリと香織を見たが、香織はハジメの傍に寄っていた。

 

「ハジメくん、どうだった?」

「こんな感じですよ」

 

ステータスプレートを見せると、香織はほっとしたように息を吐いた。

 

「戦闘系…じゃないよね、多分。ハジメくんは後ろにいなきゃだし。危なくなさそうで良かった」

「香織はどうでしたか?」

「私はこんな感じ」

 

====================================

 

白崎香織 17歳 女 レベル:1

天職:演奏者

筋力:23

体力:31

耐性:7

敏捷:29

魔力:83

魔耐:79

技能:演奏・反響定位・快音波・破壊音響・細剣技・集音識覚・高速魔力回復・言語理解

 

====================================

 

「レベル以外全部素数ですね」

「そうだけど今はどうでもいいよ。『演奏者』っていうのはやっぱりチェロを弾いてたからだと思う。しれっと挟まってる細剣技は一時期フェンシング教わってたからかな」

「『反響定位』…要するにエコーロケーションですかね。そして『破壊音響』とかいう物騒な名前ありますけど」

「ハジメくんは…そんなに技能は無いんだね。でも『超速演算』と『熱操作』、それに『最適化』って、文字通りの意味だとしたら凄く便利なんじゃないかな」

 

因みに、技能とは才能であるため、基本的に増えたりはしないそうだ。唯一の例外が“派生技能”と呼ばれるものである。これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる「壁を越える」に至った者が取得する後天的技能だ。簡単に言えば、今まで出来なかったことが、コツを掴んだら出来るようになった、という現象である。

 

そんなこんなで、ハジメ達の報告の順番が回ってくる。メルドはまずは香織のプレートを見る。

 

「ほう、演奏者か。中々レアな天職だな。小さな音も拾えるから索敵にも便利だ。しかし耐性が無さすぎだな。掠っただけであの世行きになってしまう」

「あ、あはは…」

 

香織は乾いた笑いを零す。

次にハジメのプレートを見るメルド。その表情は「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートを叩いたり、光にかざしたりする。そして、少し微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まあ、言ってみれば鍛冶職の事だ。数学者については、すまん、よく分からん。しかし、病人という事だし、そこの嬢ちゃん同様耐性が低すぎる。二人とも後方に引っ込んでもらうのが吉だな」

「なるほど」

 

妥当な判断である。香織はハジメと一緒にいるのが容易になったことが嬉しいのか、表情を綻ばせている。しかしその判断に噛みつく者が一人。

 

「南雲!お前は病気なのを良い事に安全な場所で怠けるつもりか!香織も、そんな奴に付き合う必要なんてないんだぞ!」

 

勇者、天之河光輝である。ハジメは思わず失笑し、「一応学年トップですよね」などと思っていたりする。香織は睨みつける気も起きないのか、冷淡な表情で光輝を見る。そんな二人の態度が気に入らないのか、更に何かを言おうとする光輝。しかしそれを遮って香織が冷たい声で主張をする。

 

「天之河くんは私に遠回しに「死ね」って言ってるのかな?かな?あと「病気なのを良い事に」って何?病人は普通後ろに引っ込むものだけど」

「い、いや、そんな事は…」

「香織の言う通りよ、光輝。メルドさんの話を聞いてなかったの?香織も南雲君も耐性が低くて前線に出れるようなステータスじゃないの。それに南雲君は病人。健康面でも効率面でも戦場に連れていくべきではないわね」

 

雫にそう言われ、光輝は渋々引き下がった。しかし大半のクラスメート(特に男子)はハジメの方を睨んでいる。

 

「…別に一人か二人くらい後方にいたっていいじゃん」

「全くだ。戦争にはインテリ要員だって必要だろ」

 

そんな中、声を発した者達がいる。それは天職が『結界師』である事が判明した谷口鈴と、『闇術師』である事が判明した清水幸利である。クラスのヘイトの一部が二人に向かうが、更に煽るような声が響く。

 

「このプレートって知力とか表示されないから実際のところは分からないけどさあ。僕から見たら力に任せて突撃するイノシシの集まりにしか見えないわけだよ。そんな集団、僕だったら罠張って秒で潰しま~す。獣に対して罠は常套手段だよねえ?」

 

『降霊術師』中村恵里だ。ついでにその時を想像したのか、「ヒャ、ヒャ、ヒャ」と嗤う。

 

「恵里!なんてことを言うんだ!皆は人間だぞ!はっ、分かった、脅されてるんだな!」

「ばーか、嘘偽りの無い本心だよ。あ、大丈夫だよ?死んだら『踊ル人形』にしてあげる。ゲーム感覚で戦争に参加する道化師にはお似合いだねえ」

「俺が守る!死なせはしない!」

「あ、鈴から補足。第二次世界大戦の時、国力10倍とされていたアメリカでも日本を潰すのに3年8カ月かかってるんだよね。つまり劣勢である現状、力だけに頼るのは愚か者の兵法だね。…メギドの火でも使えるなら別だけどさ」

 

鈴の理論的な説明に誰も何も言えなくなる。そしてハジメが口を開く。

 

「ふむ、僕が錬成を極めれば銃火器や日本刀を創る事も可能かも知れませんね」

「ジュウカキ?ニホン…トウ?なんだ?それは」

「銃火器の方はとりあえず置いとくとして、日本刀とは僕達の故郷に存在する斬撃に特化した剣の一種です。扱うには少々特殊な技能を要しますが」

「作れるの?南雲君」

「やってみなければ分かりません。錬成の技能を自分の物にした後、トライアンドエラーを繰り返さなくては」

「病体に鞭打って悪いのだけど、試してみてくれないかしら」

「分かりました」

 

雫が喜色を浮かべた。彼女の剣術『八重樫流』は日本刀を使う事を前提としたものだ。手に入るのならばいくらでも待つと伝える。「僕の寿命が尽きる前に完成させなくてはね」とハジメが笑えない冗談を言って香織に爪半月をプッシュされ、即座に謝っていた。

「他に要望はありますか?」とハジメが聞くと、遠藤がカランビットナイフを、優花が金属のワイヤーを頼む。優花の天職は『投擲師』であり、先にナイフを付けて投げれば敵を引き寄せたり、逆に自分が近づいたり出来るのではという事だった。遠藤の天職は『暗殺者』であるため、カランビットに限らずとも高性能なナイフが欲しいとのこと。とはいえ、今のままでは捕らぬ狸の皮算用であるため、翌日から訓練と座学を始めると伝え、この場はお開きとなった。

 

 

「なあ、坊主、数学者ってのは坊主たちの世界には存在したのか?俺にはどうにも聞き覚えが無いんだが…」

 

この世界には魔法が発達しているために、数学や科学と言った学問はあまり浸透していないようだ。そのため「数式や論理を使ってモノを考える職業である」と説明しても分かってもらえる可能性は低い。ハジメは少し考えると、こういった。

 

「世界を観測する為の方法です」

「観測?」

「例えば、『無限とは何か』。無限という概念を知っていても、この目で見る事は出来ない。他には、『未来』。敵は次にどのような行動を取るか。経済はどう転ぶかと言った具合に」

「未来が、分かるのか?」

「あくまで理論上の話ですけどね。大まかな予想を立てる事は出来ます」

「それはまた壮大な話だな」

「要するに、数学とはこの世のものに理屈をつけて、観測するための言語のようなものです。戦略や戦術と言ったものも、広義的にみれば数学ですね」

 

雲を掴むような話をしたが、戦略、戦術というメルドにとって身近な物を例えに出すと、ようやく合点がいったような表情をした。

 

「僕は錬成師の天職も持ってますから、主に武器等に対しその技能を使います。もっと効率のいい武器が作れるかもしれません」

「分かった。王宮の工房に紹介状を出しておく。体調が良いようなら出向いてくれ」

「ありがとうございます」

 

そのやり取りを最後に、一日は終わった。

 




演奏者:原作に有りそうで無い天職。本来は治癒師の香織だが、今作ではこの天職。

数学者:こちらも本作オリジナル。錬成師と数学者の組み合わせって結構ヤバいのでは。勿論いい意味で。

そして香織のステータスを全て素数にするという謎の遊びを入れる作者。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共食イ

書きたい話の一つが書けました。錬成の技能の辺りは少し雑に映るかもしれませんが、ご了承ください。


ハイリヒ王宮内の工房の一角、数式と日本刀の設計図が書かれた紙、そして材料の鉱石が置かれた作業台の前にハジメは立っていた。ハジメの頭の中には雫に依頼された日本刀の製作の為の数式が駆け回っていた。材料の鉱石の性質、日本刀としての効率化された造形、斬撃に特化した刃、そして使い手である雫のステータスや、実際に見せて貰った八重樫流の動き。それらの『数値』を『最適化』により数式化する。ハジメの技能『最適化』は世界に存在する種々の変数から使い手の目的に合致した数値や数式を算出する技能だ。ハジメはそれを更に演算能力を底上げする技能『超速演算』により加速させる。そして全ての数値を算出したハジメは『錬成』と『熱操作』により日本刀を創り出す。更にハジメは宮廷錬成師長ウォルペンの下で修業した時に手に入れた最適化の派生技能『理論最適関数』によって誤差を省いていく。これは環境などの要因によって生じる実験誤差を取り除き、限りなく理論値に近づける技能だ。

 

ウォルペンの下での修業はハジメに様々な成果を与えた。例えば『錬成』からは『鉱物系鑑定』『鉱物系探知』『精密錬成』が、『超速演算』からは『並列思考』が、『最適化』からは『理論最適関数』が、『熱操作』からは『極寒』『零度』『重合爆発』が派生した。これをウォルペンやメルドに報告したところ、二人とも白目を剝き、工房の一角にハジメ専用の作業場が与えられるまでになった。

当初ハジメは王宮内からは白眼視されていた。天職を二つ持つが、そのどちらもが非戦闘系であり、更には病人の『無能』。これがハジメに下されていた評価だ。しかし本来ならば数年はかかるはずの派生技能の習得をたった数日で行い、手始めに騎士団の武器の性能を『最適化』し底上げした。これによって錬成師団や騎士団の一部からはハジメの評価を見直す動きが起こった。というか錬成師達の間ではカリスマとなっている。

それでも王宮内ではハジメを無能扱いする人間が多く、ハジメに渡された研究資金では目的の鉱石を揃える事が出来なかった。しかしハジメは慌てることなくこう言った。

 

「では僕は僕のやり方で研究資金を勝ち取って見せましょう」

 

その後、王都の貴族御用達のボードゲームクラブに惨劇が起きた。始まりは二人の少年の来訪である。その少年達はその場にいた貴族にシャッハ(地球のチェスに酷似したゲーム)の勝負を挑んだ。そして、完膚なきまでにゲームに勝ち、掛け金の全てを得ることになった。その様子を見て、我こそはと二人の少年たちに挑む貴族達。気付けば勝負は2対40という状態になっていた。結果は二人の少年の圧勝。大金を手に入れた少年達は悠々とその場を去っていった。

もうお気づきかも知れないが、二人の少年とは南雲ハジメと清水幸利である。ハジメはシャッハのルールを覚え(チェスとほぼ一緒であるためそれ程難しくは無かった)、専用の武器を創る事を条件に清水に協力を依頼し、ボードゲームクラブを蹂躙、大金を手に入れた。尚、その金の一部は報酬として清水に渡された。本当は半分渡そうとも思っていたのだが、清水に「早く武器を創れ」と言われ、この状態に落ち着いた。そしてハジメはその金を使って十分な材料を手に入れ、武器の製作に取り掛かっているのである。

 

そして、全ての作業を終えたハジメの前には一本の黒い刀があった。

 

「へえ、完成したんだ」

 

そう言いながら工房の奥から出てきたのは中村恵里だ。鈴もついてきている。

 

「とりあえず人に渡せるレベルにはなったと信じたいんですがね。そちらはどうですか?」

「順調だよ。思った通り、魔法って言うのはプログラムみたいなものだね。僕達が持っている知識と相性がいい」

「うんうん、一度コツが分かってしまえば使いやすいよ。式を足したり引いたり作ったり、自由自在」

 

実は恵里と鈴はそれぞれ『ジャッカス』『アネモネ』という名で活動する、日本ではそこそこ名の知れたハッカーだ。とは言っても犯罪者、いわゆるクラッカーではない。寧ろそれに対抗するための者、つまりホワイトハッカーだ。二人が勉強していた机にはIfやThen、Nextなどのプログラム言語とこの世界の魔法式を組み合わせた物が書かれた紙が置いてある。

 

「ところで何故あなた方は自由時間に工房に入り浸っているんですか」

「Kが五月蠅いからに決まってるじゃないか。奴は基本的に此処には寄り付かないからねえ」

「まあ…とりあえず八重樫さんに頼まれていた日本刀、遠藤君に頼まれていた種々のナイフ、園部さんに頼まれていたワイヤー、それと清水君への報酬である『黒ノ書』…諸々渡しに行ってきます」

「僕も本の返却に行かないと」

「気分転換に鈴もついていこうかな。シズシズとも話したいし」

 

三人は工房を出た。

 

 

場面は切り替わり、少し遡って雫視点。現在彼女は訓練から帰って部屋で休んでいた。雫の頭の中は悩みで溢れていた。ハジメへの対抗意識からか、休憩時間さえも訓練へあて、それを無意識に周りへ強制する光輝、それが原因で鬱屈が溜まり、雫に相談してくるクラスメート達、初めて魔物を殺したことに対するショック、何より光輝の暴走の遠因になっている香織とハジメに対し理不尽な苛立ちを覚え、それに自己嫌悪を覚える。

そこへ、来訪者を告げるノックの音が響く。

 

「雫ちゃん、香織だよ。入っても大丈夫?」

 

雫は一言了承の意思を伝える。すると香織は心配そうな顔をして入ってきた。

 

「…大丈夫?って、聞いていい?」

 

自分はそんなにひどい顔をしているのだろうか、と雫は思う。自分の中の理不尽な苛立ちを抑えようとして、つい憎まれ口をたたいてしまう。

 

「それは聞いているのと同じよ」

「そっか。そうだよね、ごめんね」

「…何の用よ」

 

違う。本当はこんな事を言いたいのではないのだ。香織の表情を見れば、自分を心配してきたのだと分かる。しかし、理不尽な苛立ちは収まらない。

 

「雫ちゃん、思いつめた顔してたから…心配で」

「ええ、そうね。誰かさん達が空気を読まずにイチャつくせいで、別の誰かさんが苛立って、そのツケが全部私に来るものね」

 

香織は何も言わない。ただ続きを促すように静観している。

 

「私は木の(うろ)じゃない!光輝の幼馴染だからって何で皆して私のところに相談に来るのよ!香織も香織よ…あなたのせいで、光輝が南雲君に張り合って、光輝どころか皆が彼を敵視してるじゃない!」

 

雫は八つ当たりのように言葉を吐き捨てる。分かっているのだ。自分が言っていることが如何に理不尽か。それでも言葉は止まらない。

そして一頻り吐き出した後、香織の顔を見る。きっと自分に失望しているだろう。頼れる幼馴染ではなく、こんな情けない姿を晒す自分を嗤うだろう。もしくは自分の心無い言葉に傷ついているかもしれない。そう雫は予想する。しかし雫の目に映ったのは、慈愛の笑顔を向ける香織の姿だった。

 

「どう…して」

「すっきりした?」

「え…」

「だから、思いを吐き出して、すっきりできたかなって」

「でも、こんなのただの八つ当たりで…」

「たまにはいいじゃん、八つ当たりだって。それに、私とハジメくんも雫ちゃんにはひどい事してる自覚あるし」

 

雫は驚きの顔で香織を見る。そしてすぐに先の言葉を後悔する。

 

「ハジメくんが敵視される原因が私だって、気付いてないわけじゃないんだよ?彼に言ったことあるんだ。『もし私のせいでハジメくんが苦しむなら、学校では話さない』って」

「そ、そうなの?」

「うん。でも私って表情隠すの下手なんだね。泣きそうになってるのバレちゃった。それで、『そんな顔で言われても了承しかねます』って困ったような顔で言われて、その後なんて言われたと思う?」

「なんて、言われたの?」

「私を誕生せしめた天使は言った。歓喜によって創造されし小さき者よ。愛せ。全てが敵となろうとも」

「はあ?」

 

シリアスな雰囲気の中、厨二病全開なセリフが親友の口から飛び出し、素っ頓狂な声を上げる雫。香織もストレスが溜まっているのかとか、休ませたほうが良いのかとか様々な考えが頭を駆け巡る。

 

「ふふ、面白い顔してるよ。雫ちゃん」

「いや、そんな、ええ…」

「ウィリアム・ブレイクっていう人の詩の一つなんだって。要するに、『誰が否定しても僕は貴方を愛する』って言う事みたい。周りがどれだけ騒いでも、誰が不快に思おうとも、自分勝手にのらりくらりとやっていこうって。ごめんね?ひどい親友で」

「そんな、ひどいなんて」

「端的に言うと反抗期なんだよ、私は。だから自分の心を優先する。周りの嫉む舌打ちは、子供だから気付かぬふり。都合よく大人になったり、子供になったり、青春を爆破して、日常を爆破して…そんな困った時期だよ」

「ふふ、なんだか爆弾魔みたいね」

「そうかも。でも、今のところ変える気は無いかな。『全ての存在は滅びるようにデザインされている』というのはハジメくんの哲学だけど、逆説的にこうも考えられるんだよね。『なら滅びるまで、精いっぱい好きに生きよう』って。ブレイクさんの詩から引用すれば、『世界は一粒の砂、天国は一輪の花、私の掌に無限を掴む、そして一瞬のうちに永遠を』。きっと雫ちゃんが泣いても、私はこの生き方を止めないと思う。だって私、爆弾魔だもん」

「なんだか、香織らしいわね」

 

雫は心が晴れていくような感覚がしていた。香織はもう自立したのだろう。自分があれやこれやと世話を焼かずとも、きっと彼女のやり方で幸せになれるのだろうと。

 

「だからね?雫ちゃんはもっと我儘になるべきだよ」

「何が『だから』なのか分からないけど…テロ行為のお誘いかしら」

「別に爆弾魔にならなくてもいいけど…でも、今のままだと壊れちゃうよ。手始めに…そうだね、昔雫ちゃんは雨が好きだと言っていたけど、それが何故か、思い出せる?」

「え?私、そんなこと言ってたかしら…」

「まずはそこからだね。親友からの宿題です」

「ええ…」

 

違う方向に悩み始めた雫を残し、香織は部屋を出た。今はそっとしておこう。次はハジメに会いに行くために、演奏者の修業を兼ねてハジメの音を拾う。すると香織の顔が途端に険しいものになった。香織はハジメがいる場所に走り出した。そして着いたその場で見たものは、傷だらけで無表情に立つハジメと、白い息を吐きながらガタガタと震え、倒れ伏す檜山達だった。

 

 

ハジメは図書館に本を返しに行った恵里達と別れ、依頼の品を渡すために依頼人を探していた。そしてその時に、檜山達小悪党と遭遇してしまった。

 

「よお、ガリ勉化け物野郎。部屋に引きこもってねえで少しは運動したらどうですかぁ~?」

「無理無理!コイツ非戦闘系の雑魚だし。ずっと工作してんだろ?」

「ええ、そうですね。僕は部屋に引きこもる事が仕事です。依頼人と会わねばならないのでどいてくれません?」

 

ハジメの意に介していないその態度が気に食わないのか、檜山達は不愉快な顔をする。

 

「は?何お前。まさか勉強さえ出来ればいいと思ってんの?」

「なあ檜山、コイツ弱すぎて可哀想だからさあ、俺らで稽古つけてやんねえ?」

「ギャッハハ、いいな!それ」

 

そう言うや否や、檜山達はハジメに剣や魔法で攻撃し始める。異世界に召喚され、力を得た小悪党に抑制の文字は存在しない。剣で、槍で、魔法でハジメを攻撃し続ける。そんな中ハジメが考えていたのは、

 

「この状況下で無益な共食いですか。全く厭になりますね」

 

だった。檜山達の攻撃は単調でワンパターン。『超速演算』を使えば、ある程度予測し、回避できる。しかしハジメは自分が被害者であることを印象付けるために、わざとある程度攻撃を受けていた。そしてこの状況が続く中、檜山達の身体に異変が起こる。

 

「あ、あれ?なんだか、寒くね?」

「指が、かじかんで…」

 

檜山達の体温が急激に下がっていた。剣を振るおうにも、身体は緩慢にしか動けず、そもそも剣を持とうにも握力が無い。魔法を詠唱しようにも呂律が回らず、ただ譫言を呟くばかり。数分後には立つことも出来ず、全員が倒れていた。ハジメが使ったのは『熱操作』の派生技能『零度』だ。これは任意の対象から熱を奪う技能であり、ドライアイスなどの冷却剤を作るときに非常に重宝する。それを今回は檜山達に使用したのだ。

 

「ハジメくん!」

 

香織が遭遇したのはそんな場面である。倒れている檜山達も何があったのか気になるが、まずは傷だらけのハジメに駆け寄る。

 

「ハジメくん…こんな、傷だらけで」

「檜山君達に襲われまして。まあ少々反撃はさせてもらいましたが」

 

香織はハジメの傷と、普段の檜山達の言動からそれが真実であると悟った。そして、檜山達をゴミを見るような目で眺める。周辺には他の人間もいたため、嘘ではない事は証言してもらえるだろう。そしてそこに更に乱入者が現れる。

 

「ひ、檜山!?それに、南雲?いったいこれは!?」

「ああ、どうも天之河君。檜山君達に稽古とか言って襲われたので反撃しました」

「それは、本当なのか?」

「本当だよ。幽霊に聞いてみたら今の内容と同じ事を言ってた」

 

光輝の質問に答えたのは恵里だ。本を返却し終えたところでこの現場に遭遇し、とりあえず降霊術で話を聞いてみた。まあ、ハジメの怪我を見れば疑う人間はいないだろうが。

 

「ち、ちが…俺らは、こここ、コイツに、訓練してやろうと…」

 

呂律の回らない舌で懸命に言い訳をする檜山。最も訓練にしては一方的にハジメが怪我をしているので、信じる人間は―――

 

「そうなのか?檜山」

 

いた。天之河光輝である。この男は基本的に性善説で物を考える。檜山達が悪意でハジメを攻撃したという事は信じられなかったのだ。ただ、その考え方は光輝の正しさから外れたハジメには適用されないので、結果どうなるかというと、

 

「南雲!せっかく檜山達が訓練してくれたというのに、その結果がこの仕打ちか!」

 

ハジメに突っかかるわけだ。ハジメは溜息をつく気にもならない。今は香織が回復効果のある演奏者の技能『快音波』で治療してくれているが、それでもハジメの身体は傷だらけだ。ハジメは香織に礼を言い、ただ一言問うた。

 

「自分の身を守ってはいけないのですか?」

「それは、だが南雲自身も努力するべきだろう!弱さや病気を言い訳にしていては強くなれない。聞けば自衛のための最低限の訓練以外は工房に籠っているか読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も訓練にあてる。南雲ももう少し真面目になった方が良い。檜山達もお前の不真面目さをどうにかしようと思ったのかも知れないだろ?」

 

香織は表情が削ぎ落ち、ハジメと恵里は失笑する。光輝は香織の様子には気づかず、失笑した二人に眉を吊り上げる。

 

「僕は錬成師で数学者。非戦闘系天職です。あなた方とは修行の方法も、出来る事も違う。ついでに言うなら騎士団の武器の性能を底上げしているので実績はあるのですがね。日本刀も完成しましたし」

 

そう言ってハジメは黒い刀を見せる。流麗な芸術美と実践向きの趣を兼ね備える武器に、周囲の人間は感嘆の息を漏らす。

 

「わあ、綺麗な刀だね」

「作るのに苦労はしましたが、それ相応の出来ですよ。とりあえず『黒ノ誓約』と名付けましたが、お気に召さなかったら自分で考えていただくという事で」

 

ハジメが悪戯っぽく笑うと、香織もそれにつられて笑う。

しかし光輝はまだ納得がいかないようだ。

 

「でも、檜山達が悪意をもって南雲に攻撃したなんて…」

「あー、考えてるところ悪いけどさ。それ全然驚く事じゃないから。地球でも宗教家がマシンガンで武装して、神の愛を説きながら乱射する。ならば中途半端に力を得た一介の高校生がクラスメートへの悪意を口にしながら攻撃したところで、なーんにもおかしくないんだよね」

「恵里…でもそれなら注意する檜山を南雲が鬱陶しく思って檜山を襲ったんじゃ」

「頭打った?地球での記憶飛んだ?普段の言動からしてその可能性はまず無いでしょ。南雲君にメリットも理由も無いし」

「でも、南雲は不真面目で…」

「天之河くん」

 

光輝が振り返ると香織が笑顔で立っていた。光輝は、分かってくれたかと期待するが、次の一言はあまりに予想外だった。

 

「楽しい?」

「…え?」

「だから、そうやって全部自分に都合よく解釈して、周りを巻き込んで、共食いさせるの、楽しい?」

「か、香織?何を言っているんだ?共食いなんて、そんな」

「私にもそういう部分があるけど、天之河くんは輪をかけて酷いよね」

 

光輝は混乱する。自分は正しい事をしているはずだ。不真面目なクラスメートを叱って、困っている人がいたら助けて、しかしその行為を幼馴染は『共食い』をさせているという。

香織はそこで興味を失ったのか、ハジメを連れてその場を離れ、恵里もついていく。その場に残されたのは、混乱する光輝と倒れ伏す小悪党だけだった。

 




突撃系乙女が爆弾魔系乙女に進化しました(笑)

詩の解釈は完全に持論というか独自解釈なので、その辺りも許してください。

雫の武器はNieR Automataより『黒ノ誓約』になりました。理由としては、原作の雫が黒刀を持っている事と、誓約=日本刀の約束を守りましたよ、というハジメのメッセージであるという裏設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄昏ノ梟

ヤバい、暗い。まあたまにはこういう回があってもいいでしょう。あ、原作における月下の語らいはカットです。原作とあまり変わらないので。次回にちょっとした説明は入れるかな。


王宮の一角、最も高い屋根の上に銀色のシスターがいた。自前の槍を携え、つい最近召喚された『神の使徒』を睥睨する。自分達の計画に使えそうな人材を探すが、誰も彼もが状況に浮かれたチンドン屋。しかしながらその中にイレギュラーを発見する。それは唯一人非戦闘系天職を与えられ、一部を除いた周りからは無能のレッテルを貼られるもの。しかし彼は自分の天職を最も効率的に生かし、様々な成果をあげている。そしてなにより―――

 

「調子はどうだ?」

 

シスターは自分に話しかけてきた赤い服の少女を見る。見た目に反し中年男性のような声で話すこの少女が自分にこの退屈な任務を命じてきたのだ。なので思ったままの心情を答える。

 

「暇です」

「なるほど、使えそうな人材はいなかったというわけか。あの阿呆が召喚した者達も、存外役に立たないものだ」

「あれは見るに平和な世の中で生きてきた子供の集団ですよ。ただ、役に立つ…かどうかは知りませんが、イレギュラーが存在します」

「ほう?」

 

シスターは空中に画面を表示し、少女に見せる。すると今まで無表情だった少女が、僅かながら驚愕の表情へと変わる。それを密かに楽しみながらシスターは話す。

 

「周りとは違う行動を取り、天職を最も効率よく使う者。おまけにパニシングに感染しています。…何故異界の者が感染しているのです?」

「分からん…と言いたいところだが、だいたいの予想はつく。大方あの阿呆がこの世界の者を転移させ、そこから感染が広がったのだろう」

 

シスターはなるほど、と思った。確かにかつての主、エヒトならやりかねない。昔からそうだ。この世界をある種の劇場と考えている。それだけならまだ良いが、助演女優だのエキストラだの、何も考えずに外から呼んで来る。昼間の住人を夜闇に呼び込めば、いつか劇場ごと破綻するものを。あの偽神はデウスエクスマキナの如く万能ではない。全くもって、愚かしい事だとシスターは思う。

 

「まあ、それに関しては今はいいです。重要なのはアレが役に立つか。ひいては我々と同じ昇格者へと至れるか」

「暫くは様子見だな。だが、奴は中々面白い。少し手助けしてやれば、割とすぐに頭角を現すかもしれんな」

 

その言葉にシスターの口元は吊り上がる。エヒトへ嫌がらせ出来るのが嬉しいのか、自身と同じ存在が生まれる事に対する喜びか、おそらく両方だろう。

 

「ところで…」

「なんでしょう」

「君の名は何と呼べばいいのかね。ジュダか、それともドライツェントか」

「お好きなように。朝と夜で分けてもいいですし。どちらも私にはふさわしい。知恵の実を食べ、楽園を追放された裏切り者には、ね」

 

 

小悪党の南雲ハジメ襲撃事件から数日後、谷口鈴は図書館で新たな本を借り、光輝の邪魔が入らない工房の奥で解読するため足を進めていた。実のところ恵里と一緒にいる事が多い鈴だが、割と単独行動することもある。実際、件の小悪党の襲撃時は図書館で本を読んでおり、恵里と一緒にはいなかった。図書館の本を読み漁る事は鈴に少なくない恩恵を与えている。元から持っていたプログラムの知識とこの世界の魔法を組み合わせることで、実に面白い化学反応を見せるのである。

 

「なあ、おい、鈴」

 

そこに声を掛ける者がいた。鈴は少し面倒だと思いながらも声がした方向に振り返る。

 

「こうやって話すのは少し久しぶりかな?龍太郎君」

 

声を掛けてきたのは龍太郎だった。光輝の親友の脳筋である。天職も『拳士』ときており、彼に最適なものと言えよう。

 

「で、何の用?」

「いや、鈴、最近訓練に来ねえからよ。何があったのか気になってな」

「はて?王国側からの訓練には全て出ているけどな?」

「そっちじゃねえよ。光輝が自主的に…」

「ああ、なるほどね。何があったかと聞かれれば、特に何も無いかな。大きな怪我もしてないし、体調も良好だね」

「なら何で…」

 

鈴は果たしてこの問答に意味があるのかと思う。鈴が光輝と一緒に訓練に参加しない理由を説明するのは簡単だが、この脳筋に理解できるのだろうか。しかし鈴としてはありのままを説明するしかない。

 

「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」

「…はあ?」

「要するに、遥か昔に知恵の象徴が飛び立ち、過ぎ去りし夕暮れである現在、目に見える形で残されている知識を現実の事象に結びつけるという行為をしているわけだよ、龍太郎君。書物から魔法を考察し、独自のソースコードで編集、作成し、王国から課せられた訓練でアウトプット、すなわち検証するんだよ。Do you understand?」

 

自身の知恵の象徴、ミネルヴァの梟は遥か彼方、地球へと飛び去ってしまった。鈴はこの世界に関して全く無知である。だが、座学で得た知識でさえ、この世界が 裂き喰らう城塞(ピルムムーリアリス)のような牢獄であることは窺い知れる。そしてそのような場所で生き残るためにはどうするか、鈴達の出した答えは「切り札を増やすこと」だった。単純なポーカーの勝負であればロイヤルストレートフラッシュで事足りるだろう。しかし清水幸利風に言えば、この状況は吊り上がる賭け金(Bets)に違法な倍率(Odds)、何でもありの状態だ。ならばこちらもイカサマでもなんでも手札を増やさなければならない。鈴はそう説明したが、龍太郎は「よく分かんねえ」という顔だ。

 

龍太郎にとっては自分の技能を訓練によって極限まで鍛え上げるのが至高であり、生き残る方法だった。座学の時間だって存在するのに何故さらに本を読むのか理解できなかった。まあ尤も訓練と座学を入れ替えて考えれば鈴の言っている事も自ずと理解できるのだが、そこまで頭が回らないのは脳筋である故か…

それ故に、龍太郎には鈴もハジメや恵里、清水同様訓練をサボる言い訳を言っているようにしか聞こえなかった。

 

「だがよぉ、訓練すればするだけ強くなれるんだぜ?それなら参加しない手はねえって言うか…」

「どんな集団でも2割近くはサボり魔が出るっていう統計学的なデータも存在するんだよね。そしてそういう人間は効率のいい『抜け道』を見つけたがるんだよ。それがその集団に思わぬ形で利益を齎す事になる。つまり鈴達みたいな人間は必要なんだよ」

 

「ロジカル」と言い、主張を締めくくる鈴。だが相手は脳筋だ。客観的なデータも筋の通ったロジックも通じない。龍太郎は今の話を聞いても納得がいかないようだ。

 

「けどよ、皆それで頑張ってんのに一部が楽するなんて、何と言うか…」

「研究すればいいじゃん。楽しいよ?やり方分からないなら教えるし。というか力に溺れたチンパンジーが大半を占めてるこの状況に鈴は恐怖を覚えるよ?」

「けど、けどよ!光輝が言ってるんだから、従ってりゃ上手く―――」

 

鈴は溜息をつく。いよいよこの問答に意味が無いことが判明した。

 

「今朝がた同じような事を言ってきた光輝君にも言ったけどね…君達と話してるとまるで1984年にタイムスリップしたかのような感覚に陥るよ?地球は21世紀で、この世界は文明的には中世レベルだけど。まあその1984年も現実じゃないけどさ」

「お前、何言って…」

「戦争は平和なり、自由は隷従なり、無知は力なりだったっけ。面白いくらい当てはまるよね。件の小説はディストピアの話だというのに」

「なっ―――おい鈴!言っていい事と悪い事が」

「言われたくなかったら改善しなよ。現に君達のやり方を鈴やエリリン、南雲君に半分強制してるよね。規模の違いはあれど独裁者、ディストピアと変わらない。付き合わされるシズシズが可哀想だよ。最近ではカオリンやユウカリンに泣きついてたりするし。…光輝君は信じなかったけどもさ」

 

ユウカリンとは園部優花のあだ名である。原作と違いそれなりに交流があるのだ。

一方龍太郎は怒りと困惑が入り混じったような顔をしている。自分達のやっている事がディストピア?そんな事があっていいわけが、でも雫の顔は確かに疲れているような沈んでいるような…

思考の渦に飲まれた龍太郎を見て、鈴は今のうちに立ち去る事を選んだ。もう少しで『零日(ゼロデイ)』『伽藍ノ堂』などのオリジナルの結界魔法が完成するのだ。鈴にとってはそちらの方が重要だった。

 

その更に数日後、オルクス大迷宮への遠征訓練が行われる事が発表された。

 

 

生徒達を乗せた馬車は遠征先であるオルクス大迷宮の存在する町、ホルアドへと向かう。その中の一つに六人の生徒が乗っていた。内訳はハジメ、香織、雫、恵里、鈴、そして時々存在を忘れられる遠藤だ。

 

「シズシズ、大丈夫?」

 

鈴が疲れた様子で窓に寄りかかる雫を気遣うように話しかける。香織が背中をさするが、表情は晴れない。事実、雫は疲弊していた。光輝の無邪気な善意によるクラスメートの画一化。自主的な訓練に参加しない者はまるで悪人のように扱われる。ハジメや清水、恵里、鈴のように図太い神経の持ち主ならばどうという事はないが、そうでない者の方が圧倒的に多かった。そしてそのお悩み相談はだいたい雫の所へ流れる。中には八つ当たりじみた理不尽なものまで存在した。

 

「あなた達は楽しそうね。自分のやりたい事をやって」

 

ご覧の通りごく自然に憎まれ口が飛び出る。香織や鈴は少し申し訳なさそうな顔をするが、後の三人はそうでもない。

 

「申し訳ないとは思いますが、これが僕の戦いでして。今まで馬鹿にした事を謝罪せず成果だけかすめ取って行く昼鳶に、雁首揃えてごきげんようと内心で呟き武器を渡すのは吝かではありませんがね。この行為自体を止められては、僕は何もできません」

 

まあ、意地を張っているのかそんな人間はいませんでしたが、と付け加えるハジメ。

性格の悪さ駄々洩れなハジメの言葉に恵里以外が微妙な顔をするが、本人は何処吹く風と作成した拳銃をいじる。

 

「しかしこの世界で拳銃を完成させるとはな。錬成師兼数学者は伊達じゃねえってか」

 

全員の認識から消えかけていた遠藤が口を開く。

 

「だがまあ八重樫の気持ちも分かるがな。誰だって自分の所属するボーリングチームが一位だって時に出ていくのは難しい」

 

遠藤が持論を展開するが、香織はそれに反論する。

 

「多分そう言う事じゃないと思うな。雫ちゃんの家の道場には『門下生は家族である。故に見捨てない』っていう教えがあるの。だから天之河君の事を放置するわけにもいかないんだと思う」

 

その場の人間が「なるほどね~」と頷く中、一人だけ「アホくさ」と呟いた者がいる。それは降霊術の本を読んでいる中村恵里だ。雫がその言葉に眉を吊り上げる。

 

「八重樫流の教えを知らない貴方が、勝手な事言わないで!」

 

実家の教えを馬鹿にされた雫が恵里に噛みつくが、恵里は本を閉じて冷静に言葉を発する。

 

「確かに僕は八重樫流の教えなんざ知らないさ。僕が知っているのは家族という名のしがらみだけ」

「な、なにを」

「その教えは素晴らしきものだ。一見非の打ちどころのない、完璧なものに思えるだろう。でも家族というシステムは呪いにもなり得るのさ。現に十字架に磔にされているのはKだ。でも釘で打たれた傷跡は雫に付けられている。さながらスティグマのようにね」

「っ―――」

「そのスティグマに喜んでいるならまだしも、雫は苦しんでいるわけだ。でも『家族を見捨てられない』からその責め苦から逃れる事もできない。これが呪いでなくて何だというんだい?」

「そ、それは…」

「まあ、これはあくまで意図せずキリストに石を投げ、聖母マリアに呪われた彷徨えるユダヤ人(カルタフィルス)の戯言だ。これを聞いてどうしようと、僕はどうでもいいけどね」

 

最後の一言で、恵里は家族に関して十字架を背負っている事が分かってしまった。雫はそれ以上責める事も出来ず、思考の波に飲まれていく。するとその時ちょうど馬車がホルアドに着いた。

 

「最後に一つ、このクラスに必要なのは救世主(メサイア)でも福音でもない。革命とイルミナティさ」

 

恵里が意味深な言葉を残し、馬車を降りる。続いて他も降りるが、その時ハジメが雫に声をかけた。

 

「八重樫さん、僕は貴女に生き方を強制するつもりはありません。貴女は優しいから、どのような生き方をしても後悔してしまうかもしれません。ですが、どうか壊れてしまう事の無きよう。死にゆく者から、敬礼を」

 

それにややあって雫は答えた。

 

「ありがとう」

 




いつもよりは短めですね。字数的に。いよいよ精神状態がヤバい雫さん。まあ少し過剰に表現してる部分はありますがね。ただハジメ達ほど『性格が悪く』ない雫。作者自身の経験も踏まえて、こうなるのでは?と思った結果です。

あと鈴と龍太郎の関係性も原作とは変わると思います。少なくとも今のままでは恋人同士にはならないでしょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神ノ使徒タチノ戦闘

原作ではヤンデレ枠は香織だが、病みやすさは雫の方が上なんじゃなかろうかと思う今日この頃…

とにもかくにも、ようやくオルクス大迷宮に突入です。年末年始に投稿できなかったのもあって長く感じました。

2022 3/10 遠藤の武器をククリナイフからマチェットに変更。リサーチ不足がバレますね。


現在、ハジメ達は『オルクス大迷宮』の正面入口がある広場に集まっていた。迷宮と言うと薄暗い陰気な入口を想像するが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりとした入口があり、受付窓口まで存在する。なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置というわけだ。入口近くには露店が所狭しと並び、祭の如き喧噪だ。迷宮の浅い階層はいい稼ぎ場所として人気があり、多くの人間が集まっている。

 

「雫ちゃん、大丈夫?」

 

香織が雫に声を掛ける。昨日はホルアドに着いた後、宿に泊まりそれぞれに割り当てられた部屋で休息を取っていたのだが、香織は雫に「一人にしてほしい」と言われ、ハジメの部屋で夜を明かした。

 

「ええ、大丈夫よ」

「…私が言えた義理じゃないけれど、無理はしないで。何なら死なない程度に私を殴ってくれてもいいから!」

「香織、それは僕が止めます」

 

香織自身、雫のストレスの原因になっている自覚はあるため、それしか雫が立ち直る方法が無いならやむを得ない、と意気込むがハジメがそれを制止する。単純に恋人が殴られるのは嫌であるし、二人のステータスの関係上香織が死んでしまう可能性もゼロではないのだ。

雫もその辺りは分かっているし、香織を殴ったところで何の解決にもならない事も分かっている。第一、雫とて親友を殴りたくはない。

その様子を見ていたハジメは、自分が持つ荷物の中から或る物を取り出す。

 

「八重樫さん」

「何かし!?」

 

呼ばれて振り向いた雫の顔に面を付けるハジメ。

 

「え!?ちょっと、にゃにこれ!」

 

慌てて面を外す雫。とりあえず一度付けたら外れない、というような代物では無かったことに安堵しつつ、ハジメを睨む。ハジメは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべていた。

 

「にゃに…ふふ」

「な・ん・の・つ・も・り・か・し・ら!」

 

顔を真っ赤にした雫がハジメに詰め寄る。香織が微笑ましそうに見ていたのでそちらにも睨みを利かせる。

 

「もし別人になりたくなったら、それを使ってくださいな。無学故、このような解決方法しか思いつきませんでした。感情にメスを入れる事も、心に投薬をすることも出来ないもので」

 

暗に「選択は雫次第だ」と伝えるハジメ。

雫は自分の手にある面を見る。和風の狐の面だ。おそらく何処かのタイミングでハジメが作成したのだろう。予想外の方法ではあったが、どうにか自分のストレスを軽減しようとしてくれた事を嬉しく思う雫。おまけに自分には縁が無いと思っていた男の子からのプレゼント。雫は自分の頬が赤くなっていくのを感じていた。

香織は変わらず微笑ましそうだ。ヤキモチを焼かないわけではないが、ここ最近ずっと沈んだ表情だった親友の様子を祝福する気持ちの方が勝っていた。

しかしそんな光景に水を差す者が一人。何処か既視感を感じる。

 

「おい南雲!お前は一体雫に何をやっている!」

 

勇者、天之河光輝である。どうやら光輝の目にはハジメが雫に嫌がらせをしたように映ったようだ。

 

「ごきげんよう、天之河君。特に危害は加えていない、とだけ言っておきます」

「嘘をつけ!雫が嫌がってるじゃないか!」

「嫌ですか?」

「いいえ、全く。むしろ少し気が軽くなったわ」

「だそうです」

「こんな奴に気を使う必要なんか無いんだぞ、雫!」

 

雫は顔を顰めると、ハジメに貰った狐面を付けた。しかし、ご都合主義の塊の前でその抗議行動は逆効果であった。面を取り上げようとする光輝だが、素早さでは雫の方が上だ。面の没収が困難であることを悟ると、今度はハジメに対して口撃を仕掛けた。

 

「南雲!お前は弱さや病気を言い訳にして努力をしない上に、仲間に対して嫌がらせまでするのか!見損なったぞ!」

「はぁ…まあ、僕を攻撃するという『手段』の為なら『目的』を選ばない貴方の事です。何を言っても無駄でしょうがね。これだけは言わせてもらいますよ」

「何だ。俺が間違っているとでも言うのか」

「貴方、何様だ」

 

いつ振りかの静かな怒りを含む声。他人の幸せを勝手に定義する光輝の傲慢さにハジメは怒りを向けていた。やはり何処か既視感のあるやり取りである。光輝は少しだけたじろぐが、そのダメージは怒りへと転換された。

 

「俺は何も間違ったことなんか言ってない!だいたいお前は工房に籠って自主的な訓練なんか碌にしないじゃないか!」

「王国から課された物は全て出ていますし、僕がしているのは錬成師の訓練です。適材適所という言葉をご存じですか」

 

因みに、耐性の低いハジメや香織が今回の訓練に参加するのは、自衛のための訓練の実践編だ。ハジメの場合は武器のメンテナンスと、使われ方の観察という目的もある。

 

「一人だけ安全な場所にいようなんて虫の良い事を考えるんじゃない。そんな考え方が皆に移ったら救える物も救えない。お前はもっと努力すべきだ。そんなんだからこの世界の人に認められない―――」

 

光輝がハジメに善意100%(?) のお説教をしようとしたところ、光輝の近くの地面に何かが突き立てられ、大きな音を鳴らす。驚いた光輝がそちらを見ると、一台のチェロがエンドピンによって地面に刺さっていた。そしてそれを行った人物は…

 

「か、香織!?」

 

とても良い笑顔を浮かべた香織だった。清楚で優しいはずの幼馴染の暴挙に光輝が驚いていると、香織が口を開く。

 

「このチェロはね、ハジメくんがオーダーメイドで作ってくれたの。私の技能に合わせて魔法陣が複雑に刻まれてて、性能は最早アーティファクト並みなんだって」

 

香織専用の武器であるチェロ。名を『ウーベルチュール』といい、演奏者の技能を底上げする様々な魔法陣がそれぞれの邪魔をしない絶妙な塩梅で刻まれている。まさしく錬成師と数学者の技能を併せ持つハジメに成せる絶技だ。他に本物のチェロと違うところは見た目が少々、そして立ったままでも演奏できること。更にはエンドピンはブレードになっており、弓もレイピアのような武器となる。芸術美と機能美を極めたハジメの最高傑作だ。

 

「これでもハジメくんが努力してないって言えるのかな?かな?」

「でも、そんなの所詮戦いの役に立たない―――」

 

ゴウン!という音とともに再びチェロが地面を穿つ。演奏者の技能『破壊音響』により、光輝の足元の地面が抉れていた。

 

「何か言った?」

「……くっ」

 

光輝は反論の余地が無い事が分かり、本人も気付かぬうちに悔しそうな顔をしてその場を離れる。

 

「いやぁ、実に醜いなあ。僕もよく己の醜悪さには惑うが、ここまで来たら一種の芸術性すら感じさせる。そうは思わないかい?」

「どうも中村さん。僕はだんだんと面倒になってきましたね。特にここ最近は工房に籠っていたので彼と関わる機会は無かったですし」

 

恵里、鈴、清水の三人が登場した。鈴は杖を、清水は一冊の本を持ち、恵里は四本足の球体型のナニカと、浮遊する目玉のような小型のナニカを連れている。

 

「とりあえず光輝の事は置いといて、恵里の二体のソレはどうなっているの?」

 

雫は明らかにこの世界の産物ではない恵里のペット?に疑問を示す。すると恵里はニンマリと笑って答えた。

 

「この子達の名前はファイ、そしてカイ。飛んでるのがファイね。これ自体は魔法陣が刻まれているだけのただの金属塊だよ。それに僕の降霊術で幽霊を取り憑かせて動かしてるのさ」

 

幽霊という単語に香織が少し怯えるが、恵里の天職は降霊術師であるため仕方がないとなるたけ表情に出さないようにする。しかし恵里にはバレているようで、

 

「気を使わなくたっていいよ?寧ろ怯えてくれた方が面白い」

「こらこらエリリン」

「俺の『黒ノ書』もそうだが、次から次へとよくもまあ…」

「大胆な創作は芸術家の特権です」

 

ファイとカイを見ないようにしながら、ふと香織が不可解な顔をする。

 

「本当に…何処をどう見たら努力してないって思えるんだろう」

「無駄だ白崎。馬鹿にも分かるように説明したところで馬鹿はそもそも説明を聞いてねえ」

「辛辣ね…だけどさっきの言動を見た後だと否定できないわ」

「ま、俺は天之河の事嫌いだし、バイアスかかってるのは認めるけどよ。撤回する気はねえ」

「南雲の言う通り、手段の為なら目的を選ばないんだろうな。今回に限っては」

「遠藤?いたのか?」

「お前らが来る前からな」

 

更にそこに優花も加わり、いつものメンバー+雫で談笑していると、メルドから出発の号令がかかり、今回の訓練は20階層までである事、ハジメと香織は前線に出ないようにする事などの説明があり、一行は迷宮に入っていった。

 

 

そしてオルクス大迷宮内部。緑光石という発光する特殊な鉱石が多数埋まっているらしく、それで照らされた通路を一行はゾロゾロと進む。暫く進むと広間に出た。ドーム状で、天井はそこそこ高い。

と、その時、物珍し気に辺りを見回している一行の前に壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出てもらうからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通り、ラットマンなる魔物が結構な速さで飛び掛かって来た。

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。名前の通り外見は鼠に似ているが、上半身がやたらと筋肉質だ。腹筋と胸筋の部分だけ毛が無い。とりあえず倒すべし。罪状は公然わいせつ罪だ。

正面に立つ光輝達、特に前衛である雫の顔が引き攣っている。やはり気持ち悪いらしい。

 

間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に鈴が詠唱を開始する。しかし聞き覚えの無い詠唱に騎士団の面々は首を傾げた。恵里は魔法を詠唱するでもなく、近くをウロウロしているカイに何やら指示をする。尚困惑する部下たちをメルドはニヤニヤしながら見ている。

 

光輝は純白に輝くバスターソードを視認も難しい程の速さで振るって数体を纏めて葬る。光輝が持つ剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず、名を『聖剣』と言う。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという、名前の割には嫌らしい性能を誇っている。

 

龍太郎は天職が『拳士』であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだとか。龍太郎はどっしりと構え、拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。その姿はさながら盾役の重戦士と言ったところか。

 

雫は天職が剣士であり、ハジメに作成してもらった『黒ノ誓約』で敵を切り裂いていく。抜刀術を使う雫に黒色の刀は最適であり、動きは洗練され、騎士団員をして感嘆させるほどだ。

 

ハジメが戦いぶりを見学し、データを記録していると、鈴と恵里が攻撃を開始した。

 

鈴は敵の頭上に結界で立方体を作り、それをハンマーのように敵に落とす事で攻撃。今まで見たことも無い結界の使い方に騎士団員は驚いている。これは鈴のオリジナルの魔法『伽藍ノ堂』だ。名は立方体の内部が、寺院を守護する伽藍神を祭る堂のように広々と何も無い事に由来する。この立方体を敵に対して弾丸のように射出する事で敵に攻撃を加える。内部に更に結界を詰めて強度を増すも良し、魔力を詰めて爆弾にするも良し、実に便利な魔法だ。

 

恵里の方は四本足の球体、カイに指示を出し、カイが敵の中心に飛び込む。そして回転し、展開したブレードで敵を切り刻む。仕事を終えたカイは素早く恵里の足元に戻っていった。

 

気が付けば広場のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無しである。どうやら光輝達召喚組の戦力では一階層の魔物は弱すぎるらしい。

 

「あ~、うん、よくやったぞ!次はお前らにもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒達の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないように注意するメルド。しかし初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。「しょうがねえなぁ」とメルドは肩を竦めた。

 

 

また暫く進むと、今度は丸い頭を持った機械達が現れた。円柱の胴体に短い手足が生えた、先程のラットマンよりかは可愛らしいと思える外見である。

 

「あれは機械生命体だな。今までの訓練でも接敵したことがある小型短足タイプだ。お前達ならば油断をしなければまずやられることは無い。今度は浩介と幸利、優花に戦ってもらうか」

 

今回は存在を忘れられなかった遠藤。

前に出た遠藤に機械生命体の一体が飛び掛かるが、遠藤はバックステップで回避し、『鎮魂者』という名のマチェットで敵を切る。相手の身体は金属で構成されているため、一撃ではトドメを刺せないが、そこから連撃を繰り出せば機械生命体の動きは止まった。

 

清水はハジメの作品である黒ノ書を片手に魔法『黒ノ弾』を詠唱。すると本から黒い魔弾が飛び出し、機械生命体に降り注ぐ。

 

優花はハジメに作ってもらったワイヤーで敵を引き寄せ、ナイフで壊していく。更にバク宙しながらナイフを投げ、そこから更に投げナイフで連撃を加えていく。戦闘後にチラリとハジメを見ると、しっかりとデータを取っていた。

 

そんなこんなで機械生命体達を殲滅し、一行は順調に歩を進めていった。

 




やっぱ戦闘描写って書いてて楽しいです。苦労するけど。

後は備忘録として元ネタを書いておきます。

ウーベルチュール:パニグレのセレーナの武器の一つ。名前自体の意味は『序曲』。オーバーチュアの同義語。

ファイ/カイ:パニグレの21号の武器を模している。本家の名前は分からないのでオリジナルで名付けた。由来は21番目のギリシャ文字φとその次χより。

鎮魂者:パニグレのワタナベの武器。まだ明らかになっていない今作の遠藤の設定にも合致する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠サレタ罠

おかしい、ベヒモス戦まで行く予定が…

いや、無駄に戦闘描写にこだわるからこうなるって分かってるんですけどね。後悔も反省もしていない三文小説家…これで駄文とか言われたらマジで凹みそうでございます。


一行は特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げていった。道中弱らせた魔物をハジメや香織と戦わせる事もあったが、香織が音で魔物を牽制し、ハジメが数学者の技能による正確無比な射撃を行うという連携で倒している。ハジメが拳銃を開発していたことを知らなかった面々は驚き、魔法でもなく素早く強力な攻撃が行える銃という武器に騎士団員は驚いていた。

 

そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者が成した偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員が強力な技能を持っているので割とあっさりと降りる事ができた。

 

もっとも、迷宮で一番怖いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多く存在するのだ。迷宮攻略をメインとするRPGをやった事がある人は分かると思うが、床から飛び出す針や、敵を呼び寄せるアラーム型の罠、果てには地雷式の魔法陣などという物まで存在する。

従って、ハジメ達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからこそだと言える。メルドからも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よしお前達、ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが順調だったからと言ってくれぐれも油断するなよ。今日はこの二十階層で訓練して終了だ。気合い入れろ!」

 

これまでと同じように交代で戦闘をしていく。光輝達の活躍も目立つが、最も目を引くのは恵里、鈴、優花、遠藤、清水の五人だ。

鈴が『伽藍ノ堂』を飛ばして地上の敵を排除し、恵里はファイを使って遠隔攻撃。空を飛びエネルギー弾を放ってくる機械生命体もいたが、攻撃が来た場合は鈴は防御に徹し、代わりに優花が飛び上がって錐揉み回転しながらナイフを連投し、敵を撃墜するという離れ業を見せる。その間に遠藤がククリナイフを使った近接戦やカランビットナイフを使った格闘戦で敵を倒し、更には清水が『黒ノ手』という魔法で敵を拘束したり、『黒ノ処刑』という地面から槍を無数に生やす魔法で敵を刺し殺すついでに一時的に壁を作り、一人が多数の敵に囲まれるという状況を防ぐという補助も行っている。最後に恵里が『霊視』という幽霊の目を借りる魔法で辺り一帯をスキャンし、敵がいない事を確かめてこのターンは終わった。

 

「凄いわね、鈴達。図書館で勉強してたって聞いたけど、今の多彩な戦術を見れば納得できるわ」

「ああ、そうだな…」

 

雫がその様子を褒めるが、光輝は浮かない顔をしている。その理由は自分達と違うやり方で強化を図った彼らに対する嫉妬か、無意識に気に入らないハジメのやり方への抵抗か。

 

ハジメ自身も中々に活躍している。小悪党達への反撃に用いた『零度』や、冷気を噴射する『極寒』、熱を集めて爆発を起こす『重合爆発』など、ステータスの関係上火力では光輝達戦闘組に劣るものの、非戦闘職とは思えない多彩な攻撃で敵を追い詰める。更にはつい最近得た数学者の技能『超速演算』の派生技能『圧縮詠唱』によってほぼノータイムで攻撃に移れるのである。そして香織との連携や銃での攻撃を組み合わせ、護衛の騎士達もすぐには対処方法を思い浮かべることができない戦闘を行っている。特に『圧縮詠唱』は一瞬だけ口が動いているのが見えるだけで、あまりに早すぎて声が聞き取れないのだ。敵に回られたら脅威である。

 

実を言うとメルド以外の騎士達はハジメには全く期待していなかった。騎士団員達としては、ハジメが碌に使えない剣で戦うと思っていた。ところが実際は多彩な技能で敵を翻弄し、見たことも無い武器を使い、更には『圧縮詠唱』などという詠唱が必要な魔法の弱点を帳消しにするような技能持ちと来ている。

錬成師は鍛冶職と同列に考えられている。故に錬成師が実戦でその技能を利用する事など有り得なかった。

 

小休止に入り、ハジメの横に座りながら香織は微笑んでいた。

 

「迷宮内でラブコメなんて随分余裕ね。爆弾魔さん?」

 

揶揄うような口調に思わず顔を赤くする香織。

 

「もう、雫ちゃん!私はただハジメくんと一緒に後方支援をしてるだけだよ!」

「はいはい、そういう事にしておきましょう」

 

そんな様子を横目に見ていたハジメは、ふと視線を感じた。負の感情を集積したような、普通の神経の持ち主なら不快に思う視線だ。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。その視線は今初めて感じたというわけではない。今朝からずっと感じていたものだ。視線の主を探すと途端に霧散する。だいたい誰かは見当が付くが、視線だけではどうしようもない。

 

休憩が終わり、一行は二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一カ月はかかる。現在四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷う事は無い。トラップに引っかかる心配もないはずである。

 

二十階層の最深部はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

そこまで行けば今日の訓練は終わりだ。神代の転移魔法のような便利なものは現代には無いので、また地道に帰らねばならない。一行は若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

すると先頭を行く光輝達やメルドが立ち止まった。訝しそうな表情をするクラスメートもいるが、『演奏者』の技能で音を聞いた香織や、『霊視』によるスキャンを行った恵里は気付いた。どうやら魔物がいるらしい。

 

「擬態しているぞ!周りをよく注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛ぶ。その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやら擬態能力を持ったゴリラらしい。まあ自然界に住む動物は皆何かしらに擬態しているというし、進化の結果そうなったとしても別に違和感はない。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛び掛かって来たロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように戦えない。

龍太郎を突破するのが不可能と判断したのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後、

 

「グゥガガガァァァァァァアアアーーーー!!」

 

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。爆竹など比較対象にすらならない音量だ。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

ロックマウントの固有魔法『威圧の咆哮』だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。身体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体は無いものの前衛組が硬直する…前にチェロの音色が響いた。音源は香織。どうやら演奏者の技能で咆哮を無力化したようだ。

 

埒が明かないと判断したのかロックマウントはサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。無駄に見事な砲丸投げのフォームである。とりあえず鈴が結界を張るために詠唱を開始。しかし女性陣は割と衝撃的な光景を目にする。なんと、投げられた岩もロックマウントだった。空中でこれまた見事な一回転を決めると両腕を広げて香織達へと迫る。その姿はさながらギャグシーンの某大泥棒三世である。しかも妙に目が血走り鼻息が荒い。どうやら香織は勇者と王子だけでなく擬態能力を持ったゴリラにもモテるらしい。全くもって嬉しくないだろうが。

 

しかし鈴は岩の正体が魔物であると分かると詠唱を変更。『伽藍ノ堂』とも違う、これまた騎士団員の聞き覚えの無い詠唱だ。そしてロックマウントは空中で結界に激突する。その直後、結界が無数の飛び散る刃と化し、ロックマウントを切り刻んだ。これも鈴のオリジナル魔法の一つ、名を『閃光』という。対象が結界に密接、もしくは近くにいた場合、結界が刃となり敵を刻む魔法だ。一言で言うとバリアバーストのようなものである。威力もそこそこ高く、今の一撃でロックマウントは瀕死だ。それを近くにいた遠藤がカランビットナイフで絶命させる。

メルドはその様子を褒めるが、クラスの女性陣は相当気持ち悪かったらしく、まだ顔が青ざめている。そんな様子を見てキレる人間が一人。正義感と思い込みの塊、勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも彼女達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青ざめているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて!と、なんとも微妙な点で怒りを顕にする光輝。それに呼応してか聖剣が輝きだす。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ―――“天翔閃”!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。女性陣を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ!と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうすんだ!」

「ホントだよ。僕達を殺す気かい?」

 

メルドの叱責と恵里の呆れに「うっ」と声を詰まらせる光輝。何と言うか、雪山登山とかしたら真っ先に死ぬタイプじゃなかろうか。

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「…あれ、何かな?キラキラしてる…」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ3に入るとか。

 

「素敵…」

「宝石ってのは貰って嬉しいモノなのかね…俺にゃ分からんが」

「右に同じく」

「男子ちょっと黙りなさい?」

 

清水と遠藤が余計な事を言おうとしたので優花が黙らせる。一方香織は、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫ともう一人だけは気がついていたが…

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドだ。

 

「こら!勝手な事をするな!安全確認もまだなんだぞ!」

 

しかし檜山は耳を貸さない。それどころか、「うるせえよ。こっちの気も知らないで」という声を香織の耳が拾い、顔を顰めてメルドと共に止めようとするが、とうとう檜山は鉱石の場所に辿り着いてしまった。

同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

 

しかしその警告は一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。どこぞのチョコレート工場に見学に行ったら散々な目に遭うタイプであろう。

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ!早くこの部屋から出ろ!」

 

メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

ハジメ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

殆どのクラスメートは尻餅をついていたが、ハジメや遠藤、メルドや騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が…

 

その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

――まさか……ベヒモス……なのか…

 




バカみたいな奴のせいでバカを見た。この状況を端的に説明するとしたらこうなるでしょうね。

元ネタ紹介

重合爆発:パニグレのソフィアの必殺技。どういう仕組みか分からんが敵を引き寄せる力もあるらしい。ただハジメのステータスが低いので威力も低い。

零度:パニグレのAビアンカの二つ名(?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

双極ノ悪夢

山場の一つ、ベヒモス戦。一体誰が落ちるのか。この辺からギア上げて行きますかねえ!(楽しそうだなホント)


橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。更に人間よりも少し身長の高い中型二足タイプの機械生命体が武器と大盾を構えながら前進してくる。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

しかし数百体の骸骨と機械の群れよりも恐ろしい気配を反対側から感じる。

十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが…

メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 

「天之河!自殺してえなら橋から飛び降りた方が楽に死ねるぞ!さっさとこっち手伝え!」

 

トラウムソルジャーを『黒ノ手』で投げ落としながら叫ぶ清水。トラウムソルジャーや中型二足は三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨と機械と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。出鱈目に動くクラスメート達のせいで思うように攻撃が出来ない。パニックを抑える人材が必要なのだ。

どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。香織が演奏者の技能で精神鎮静化の音を出していたのだが、今の衝撃で効果が帳消しになってしまい、「ああもう!」と歯噛みしていた。

 

「オイオイオイ!サーモンサンドは好きだが、アレになりたいと思ったことは無いぞ!」

 

その様子を見た遠藤がカランビットナイフでトラウムソルジャーの首を落としながら毒づく。生徒達は隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

その内、攻撃を仕掛けようとしていた優花が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

死ぬ―――優花がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの頭部が撃ち抜かれた。優花にはそれを実行した人間を振り返る余裕は無かったが、この中で『銃撃』などという芸当が出来るのは一人しかいない。

 

(ありがとう、南雲!)

 

優花は心の中でお礼を言って、敵を牽制しつつ撤退していった。

 

その現場から少し離れた所に、口に弾倉を咥え、左手で『極寒』や『重合爆発』で攻撃しながら右手で銃撃して優花を救ったハジメの姿があった。今の一発で弾切れとなった拳銃から弾倉を捨て、咥えていた弾倉をセットし、更に魔力回復薬を飲む。

 

「中村さん、今死体どれだけ操れます?」

「だいたい13ってところかね!」

 

ハジメが、降霊術でトラウムソルジャーの死体を操っていた恵里に現状を聞く。恵里自身もファイとカイを操りながら死体を操るという離れ業を行っているため、表情に余裕は無い。鈴も『伽藍ノ堂』で橋から落とし、敵を一掃したいのは山々だが、パニックになった生徒達が邪魔で上手くいかない。香織が必死に音を奏でるが、効果は芳しくないようだ。ハジメは一瞬だけ思考し、結論を出した。

 

「天之河君を連れてきます。パニックを抑える事はできるでしょう」

 

そう言ってハジメは走り出した。

 

 

ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルドも障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

メルドは苦虫を嚙み潰したような表情になる。

 

この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。

しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の光輝達には難しい注文だ。おそらく人並み以上に結界を使いこなす鈴でも困難な事だろう。

その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、光輝は〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。今の状況は指差し確認するまでもなくご安全とは言い難い。

まだ、若いから仕方ないとは言え、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。メルドは後悔していた。

 

「光輝!メルドさんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況がわかっているようで光輝を諌めようと腕を掴む。向こうでは必死にパニックを抑えようと『演奏』を続ける香織もいる。自分達が行かなければいつ破綻してもおかしくない。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

 

香織の状況もあって苛立つ雫。そこに一人の男子生徒が駆け寄ってきた。

 

「天之河君」

「な、南雲!?」

「南雲君!?」

 

驚く一同にハジメが息を整えつつ話す。

 

「早く撤退をしてください。クラスメート達は貴方がいないせいでパニックに陥っている。早く何とかしてくださいな」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ!ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は…」

「ここで押し問答している暇は無いんですよ!貴方が機能しないせいで戦線が崩壊しかけている。ちゃんと見ろ!」

 

ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは今までよりも乱暴な口調で怒鳴り返した。

しかし光輝の目に納得の色は見えない。

 

「五月蠅い!お前なんかに戦況が判断できるわけないだろ!メルドさん達を見捨てろって言うのか!此処にいる()()や雫、龍太郎の為にも、俺がコイツを倒さなきゃいけないんだ!」

「…は?」

 

コイツイマナンテイッタ?光輝はハジメの言葉に反発する。ここまでは良い、いや、良くは無いが、まだ納得できる。光輝はただでさえハジメの事をよく思っていない。故に感情が先走り、条件反射で反発するというのは有り得る事態だ。

だが、今光輝は「香織は自分の傍にいる」と言った。もう一度言うが、香織はトラウムソルジャーの群れの前でパニックを起こすクラスメート達に必死に精神鎮静化の演奏をしている。自分への攻撃は『破壊音響』や細剣技で対処しているが、もう限界寸前だ。

ハジメの中に怒りが沸き上がる。ハジメは光輝の胸ぐらを掴んで静かに怒鳴った。

 

「正義の味方を気取りたいなら役割を全うしろ!お前のせいでこの戦線が崩壊しかけている事実が変わるわけじゃない!さあ選べ。撤退して生きるか!駄々をこねて全員と無理心中するか!」

 

光輝がまだ尚反論しようとするが、その前にメルドが叫ぶ。

 

「下がれぇぇぇ!」

「―――!!」

 

障壁の限界が来たのだ。音を立てて砕けた障壁、衝撃波がハジメ達を吹き飛ばす。

ハジメは『超速演算』を使い、一瞬だけ開いたベヒモスの口に銃撃する。ベヒモスは目の前の敵に敵意を向ける。光輝ではなく、ハジメに。

更に、ハジメは『零度』でベヒモスから体温を奪いつつ、『錬成』で橋を変形させ拘束していく。ベヒモスの身体はまるで底なし沼に沈むようだ。当然ベヒモスも暴れるが、亀裂が生じる度に修復されていく。

 

「メルド団長!今のうちに撤退を!」

 

魔力回復薬を飲みながら叫ぶハジメにメルドは一瞬迷うものの、そこは歴戦の戦士。歯噛みすると「絶対に助けてやる!」と叫び踵を返す。

 

「光輝!お前達も!」

「いえ、俺も残ります!俺だって、俺しか―――!」

 

この期に及んで退こうとしないのは最早意地か…なお残ろうとする光輝をメルドが殴りつける。

 

「いい加減にしろ!お前がさっさと退いていれば俺達だって撤退に専念できた!戦況が判断できていないのはハジメじゃない、お前だ!」

 

メルドの叱責に光輝は反発しようとするが、雫が肩に手を置く。

 

「行くわよ」

「……分かった」

 

雫の言葉に素直に引き下がる光輝。表情を見る限り納得はいっていないようだが。

 

 

光輝の大技でトラウムソルジャーや機械生命体が一気に減った。落ち着きを取り戻した生徒達が反撃を開始する。階段に辿り着き、ほっと一息をつく。誰もが何で逃げないんだと疑問に思う中、香織が叫んだ。

 

「皆待って!ハジメくんを助けなきゃ!ハジメくんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

香織の言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメート達。一部を除いてハジメは『無能』で通っているので、仕方がないと言えば仕方がない。

だが、数の減った敵越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメの姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

「魔物の上半身が、埋まってる?」

 

疑問の声を漏らす生徒達にメルドが指示を飛ばす。

 

「そうだ! 坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

その中には檜山大介もいた。自分の仕出かした事とはいえ、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。檜山が好意を持つ香織がハジメの部屋に入る光景を。

その時からただでさえ溜まっていた不満が既に憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだろう。

その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えるハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え……

 

ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 

その頃、ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。

数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

ハジメが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し、再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。

だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

しかしハジメが生を確信した瞬間、無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げ、ハジメに着弾した。魔力を使い果たしたハジメは『超速演算』を使うことも出来ず、その衝撃で後方に吹き飛ばされる。ベヒモスは怒りの咆哮を挙げ、ハジメに攻撃を加える。どうにか体勢を立て直し、ベヒモスの攻撃を避けるも、度重なる橋への衝撃と錬成による構造変化の負荷が祟り、遂に橋そのものが崩落し始めた。

 

「南雲!」

 

優花がワイヤーを飛ばし、ハジメの左腕に巻き付ける。そして全力で引っ張った。香織も駆け出し手を貸す。しかし運命は残酷だった。パニシングによって機械化したハジメの左腕は先の激闘で防御に使ったりもしたため、本人も知らない内に壊れる寸前だった。そして傷が修復される前に強力な力をかけられ、さらに橋が崩壊しハジメ自身の体重もかかる。その結果―――

 

 

バキンッ―――!!

 

 

ハジメの左腕が半ばから壊れた。

 

「!?どうして!」

 

優花が一瞬硬直するも、今度はハジメの身体を目掛けてワイヤーを伸ばそうとする。しかし、

 

「駄目だ!君まで巻き込まれてしまう!」

 

光輝に後ろに引っ張られ、ワイヤーはあらぬ方向へと飛ぶ。

 

左腕を失ったハジメは奈落の闇に飲み込まれた。

 

 

 

悲鳴を上げながら落ちていくベヒモス。音を立てて崩れる石橋。そして奈落に消えたハジメ。優花も香織も呆然としてその方向を見つめる。

 

「良かった、君達だけでも、助けられて…」

 

光輝が優花達に話しかける。勇者にお熱の貴族の令嬢や侍女達ならば、それだけで笑顔を向けるだろう。

 

「―――して」

「…?」

 

だが救出を邪魔された優花は激昂する。

 

「どうして邪魔したのよ!アンタが邪魔しなきゃ、私のステータスなら南雲を助けられた!」

「―――!」

 

()()()()()で物を言う優花に、相当ショックが大きかったのだろうと優花達を哀れむ光輝。心を癒さなければと使命感に駆られる。だが、光輝の真後ろで檜山が悲鳴を上げた。驚いて振り返ると、トラウムソルジャーの死体に絡みつかれた檜山に遠藤と清水が武器を抜いていた。

 

「や、やめるんだ!檜山が一体何したって―――!」

「最初に南雲君に飛んで行った魔法はコイツの仕業さ。ちょっとばかし報復をね」

 

恵里のその言葉に檜山は反駁する。

 

「ち、違えって!俺の得意系統は風だし!だ、だから、火球なんて…」

「あっはは!語るに落ちたね!僕は撃たれた魔法が火球だなんて一言もいってないんだけどなあ?なんで君は知ってるの?」

 

檜山はダラダラと冷や汗を流す。無数の魔法が飛んで行く中、一瞬で魔法を特定した。墓穴を掘ったのは誰の目にも明白だ。

 

「…祈れ。お前が生きている間に出来る事はそれだけだ」

「6ルタくらいは渡しといてやる。三途の川の船代だ。船頭に追い返されちゃたまったもんじゃねえ」

「まあまあ待ちたまえよ、二人とも。まずはコイツをベテシメシの村人と同じ目に遭わせてやらないと」

 

しかし正義感と思い込みの塊、天之河光輝はその行為をやめさせようとする。そして、メルドは目を伏せ、悔いるように諭す。

 

「約束を果たせなかった。責任の一端は俺にある。恨むなら、こんな事態を引き起こすことを止められなかった私を恨んでくれ」

 

此処はまだ迷宮の中だ。今仲間同士で殺し合いをするのは得策ではない。メルドにそう言われ、遠藤と清水は武器を収め、恵里は降霊術を解除する。しかし殺気は収まらない。そういえば香織はどうしたのだろう。他でもないハジメの恋人だ。他の人間が騒ぐ中、彼女だけはやけに静かだった。

光輝が慰めるために香織に声を掛けようとして―――

 

「ひっ!」

 

短く悲鳴を上げた。なぜならユラリと振り返った香織の顔が笑っていたからだ。笑顔以外を削ぎ落したかのような不気味な笑い。そして、目は赤く光り、右目から電子回路のような模様が現れる。その様子はまるで、黒い涙を流すかのよう。

 

「そんな…香織まで…」

 

雫が信じたくないと言うような声を上げる。香織の様子は、どう見てもパニシング症候群のそれだった。そんな様子を見て香織は口を開く。

 

「聞こえてくるの。嵐の中から、ハジメくんの心音が」

 

香織が演奏者の耳で何かを聞き取ったのか、それともただの幻聴なのか。周りにも、本人にも分からない。その中で香織は歌うように詩を吟ずる。

 

「汝が枝は我が枝と交わり、我らが根は、一つとなれり」

 

それはハジメと一緒に読んだ詩集の一部。香織は橋の残骸へと歩いていく。光輝が止めようとするが、赤黒い電流に阻まれ、触れることができない。橋の上のトラウムソルジャーや機械生命体の残骸が、香織に吸い寄せられるように纏わりつく。

そしてその場に出来上がったのは、手足の長い異形の機械だった。

 

後ろで上がる悲鳴をもろともせずに、ソレは奈落に飛び込む。

 

―――今逢いに行くから。何光年離れていても、逢いに行くから。待っていて、私の恒星ベテルギウス。いいえ、指揮者(コンダクター)




お前らが引き起こした結果です、戦犯ども。上辺だけの正義を振りかざし、さぞや気持ちが良かった事でしょう。お前らのその行いが、此処に悲劇を齎しました。

うん。鬼かなと自分でも思う。まあ死にはしないよ、多分。ドラマチックに人が死ぬストーリーは売れるって?知らんなあ(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

在リシ日ノ再来

まずは謝罪を。感想欄で運営に消される前に返信できなかった方、申し訳ありません。言い訳させてもらうと、四六時中感想欄に張り付いているわけでは無いので見た時には既に消されてたりするのです…作業時間にも限りがあるので一度に返信できる量には限界があるのも事実です。

というわけで、第14話。ハジメsideです。原作だと魔物肉の話題ですね。


―――オ願イ、私ヲ殺シテ

―――ああ、そんな、ヨナ…

―――早ク、助ケテ

―――今、今、殺す(助ける)から!

 

「はっ―――!」

 

流れる水の音がする中、ハジメは目覚めた。時々見る悪夢を振り払うように頭を振る。見れば左腕が無い。しかし高所落下を思わせる痛みは感じなかった。何かに身体が侵蝕されている感覚はするが、以前のような不快感や痛みは無い。寧ろ徐々に身体が修復されており、まるで侵蝕を受け入れているようだ。現状感じる痛みと言えば、左腕が無い事による幻肢痛だけだ。だがそれだけが、自分の生を確証付けていた。

 

(傷は左腕以外あらかた完治しており、体調も悪くない。寧ろ良すぎる。今までの苦痛が嘘のよう…)

 

そこでハジメはとある可能性に思い至ってしまった。今までパニシングに侵されていた時は苦痛が共にあった。自分の身体を勝手に改造されていくのだから、さもありなん。それが今は無い。明らかに異常な状態だ。改造が完了した?だがハジメの知るパニシングの終着点は理性を失った侵蝕体だけだ。今の自分は、理性は…ある。無論この光景が幻覚、または仮想世界のようなものではないという論理的根拠は無い。しかし今の時点でそこまで疑い出すと収拾がつかなくなるので、ひとまずこの状態は現実であるとする。

ここまで考えた所で、ハジメはステータスプレートの存在を思い出す。ダメ元で見てみよう。少なくとも以前の状態との比較はできるはずだ。ハジメはポケットからステータスプレートを取り出す。そして絶句した。

 

「なんだ、コレ…」

 

なんと、数字は全て文字化けし、全ての文字が馴染みの無い文字で表示されていた。いや、ステータスの項目、例えば『筋力』や『耐性』といった文字はトータスの文字なのだが、それ以外がおかしい。だがハジメはこの文字を知っていた。

 

「天使文字…?」

 

天使文字とは読んで字の如く天使が使う文字とされているものだ。とはいえ世界共通で存在しているわけではなく、宗教や地域、時代によって様々なものが存在している。ハジメはかつてその内の一つを見たことがあり、ステータスプレートの文字はそれに酷似していた。とはいえ言語である以上召喚者全員に与えられているらしい『言語理解』で判読できる。そしてその内容はこうだった。

 

====================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:X

天職:授格者

筋力:n#$

体力:*@%

耐性:%*&

敏捷:?$+

魔力:$“*

魔耐:!$&

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物系探知][+精密錬成]・超速演算[+並列思考][+圧縮詠唱]・最適化[+理論最適関数]・熱操作[+極寒][+零度][+重合爆発]・自動修復・言語理解

 

====================================

 

レベルとステータスに関してはプレートが仕事を放棄している。これでは数値を過去と比べることすら出来ない。異常である事は分かるが、逆にそれ以外が全くもって分からない。赤いテールランプの光のみを頼りにアンデス山脈上空を夜間飛行する操縦士の気分だ。

次に技能、だいたい問題ないが、可笑しなものが追加されている。なんだ、自動『修復』て。明らかに人間に使う言葉ではない。人形とかアンドロイドとか、そういう物に対して使う言葉だ。人形…?まあいい。

一番謎なのが天職だ。『授格者』とは何なのか。ハイリヒ王宮の本はあらかた読んだが、こんな単語は登場しない。字面からして何かを授かったのだろうが、その何かが分からない。他人の身体で好き放題やっておいて、アフターケアのクオリティは学園祭レベルである。是非ともクレームをつけたいところだが、生憎とここにいるのは自分自身だけだ。

 

「………………」

 

そういえば色々な事が一度に起こりすぎて忘れていたが、ここは迷宮の奈落だ。魔物が跋扈していた所で何も不思議ではない。ハジメは遠くで聞こえた物音に、それまでの思考を断ち切った。とりあえず現状確認が先決だ。ハジメはそれほど現場主義者ではないが、この状況では自分が動くしかない。

 

この場所はまさしく洞窟と言う単語が似合う場所である。低層の整備された通路ではなく、岩や壁があちこちからせり出し、通路自体も蟻の巣のように入り組んでいる。だがその規模は比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にあり、ハジメは物陰から物陰に隠れながら進んでいった。

 

そしてとある四辻に辿り着いた。どの道に進むかと考えていると、視界の端で何かが動く。そっと様子を伺うと、白い毛玉が跳ねている。長い耳もあり、見た目は紛う事無きウサギである。ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。どうぶつノ森にこんなモノが実装されたら間違いなくクレームが来る。

 

戦力測定の為暫く様子を見ていると、ウサギは耳を動かし警戒し始めた。ハジメは「見つかったか?」と思い銃を取り出すも、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。

 

「グルゥア!!」

 

獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出した。その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

地球の常識に照らし合わせるなら、狼がウサギを捕食して終わりだろう。しかしここは異世界。地球の常識など容易く覆される。

 

「キュウ!」

 

可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。するとどうだろうか、まるで銃撃のような音を立てて狼の首が捻じ曲がった。

ハジメが様子を見ていると、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で『空中を踏みしめて』地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。その後も更に狼が現れ、尾に電流を纏わせウサギを襲うが、ウサギは耳で逆立ちしてのブレイクダンスという曲芸を見せ、狼を葬る。そして前足で耳を払って勝利の雄叫び(?)を上げると、その場を去っていった。それを見たハジメは、

 

「とりあえず秘密基地でも作りますかね」

 

と言って『錬成』で壁に穴を開け、暫くの拠点を作ると、中に潜り込み入り口を塞いだ。

先程のウサギと狼の戦闘。それは今までの敵、例えばトラウムソルジャーなど玩具に思えるようなものだ。更に言えば、クラスメート達を恐慌に陥れたベヒモスすらも上回るだろう。現時点のハジメの装備では歯が立たない。

だがハジメはこの状況に恐怖を感じてはいなかった。何故か。

似ているのだ。パニシングの侵蝕体達が跋扈する惨劇の病棟に。あの頃も異形の機械達から逃げ惑い、場合によっては医療用メスや鉄パイプで殺したりもした。しかも今は錬成師や数学者の技能もある。ある意味当時よりも生存難易度は低いとすら言えるのだ。おまけに此処にはパニックとなってあらぬ動きをするクラスメートも、力に酔った勇者もいない。

 

(おや?意外に簡単な話では?)

 

ハジメは薄い笑みを浮かべて現状分析を終える。

 

(それよりも気になるのは…)

 

ハジメは徐に自分の左腕を見る。肘から先が切断されているはずだったが、今は機械化した左手の骨格部分が付いていた。ステータスプレートに書いてあった『自動修復』なる技能の結果だろうか。時間は掛かるにせよ、部位欠損すらも直ると言うのか。ステータスプレートの表記といい、自分は『人間』という枠組みからは外れてしまったのかもしれない…

 

しかし仮にそうだとして、一体何の問題があろうか。Nothing lasts forever. 全ての存在は滅びるようにデザインされている。ならば自分に与えられた『人間』という定義が意味を成さなくなった所で何が不思議な物か…。一般的には異常な思考回路だが、ハジメは本気でそう思っているのだ。少なくとも自分自身に対しては。

唯一問題があるとするならば香織や友人達に拒絶される可能性だろうが、まあ、今考えた所でどうしようもない。最優先事項はこの局面を生き残る事である。とりあえず、左腕が完全に直るまで眠るとしよう。眠気も空腹も、疲労すらも感じないが、眠る事は不可能では無いようだ…

 

そしてハジメが眠りから覚めた頃、左手の修復は完全に完了していた。適当に動かしてみるが、特に不具合は無い。となれば、次の問題は戦力の補充だ。先の魔物同士の戦いを見る限り、現在のハジメの装備である拳銃だけでは地獄からの亡命には心許ない。

 

「まあ、無いなら作ればいいんですけどね」

 

幸いにもハジメの手にはオルクス大迷宮での訓練中に色々と手に入れた鉱石がある。無論メルド団長に許可をもらってから採取したものであり、その一部始終を見ていた天之河光輝は渋い顔をしていたが。オマケにハジメの周囲には手つかずの鉱脈が幾つも存在していた。ここから導き出される結論は一つ。マイnクラフトの真似事をすればいい。

 

「タ タ~ララッタッタッタッタ♪」

 

ハジメは鼻歌混じりに武器を作っていく。この状況でそんな余裕があるあたり、大分精神性がイカレてる気がするが、気にしたら負けである。精神と思考が天国へ飛び立った事の無い者は真の芸術家とは言えない。その点においてはハジメは紛れもなく芸術家であった。

そして、数学者と錬成師の技能をフルに使って武器の作成、改造を施したところ、そこには二丁拳銃と、一本のブレードがあった。

 

「まあ、ざっとこんなモンでしょう」

 

製作者は満足げに頷く。しかし何かが足りないと思いしばし考え、「あ」と思いつく。

 

「作品には名前を付けておかなければ。そうですね…二丁拳銃は『セイン』、ブレードは『朱樺』と名付けましょう」

 

ハッキリ言って適当に考えたが、無いよりは格好がつくだろう。

 

 

ハジメは早速武器の性能を試す事にした。暫く洞窟内をうろついていると、最初の実験台、二尾狼を発見した。やはりと言うか、4匹程度の群れだ。この狼達はこの階層では最弱格に位置する。故に群れを作ってその弱さを補っているのである。

ハジメは気付かれないように射程距離に近づき、セインで二匹の頭を撃ち抜く。不意打ちで尚且つ遠距離攻撃だった事もあり、狼に命中し絶命した。だが流石に仲間がやられれば他の狼は襲撃者の存在に気付く。残った二匹の狼は銃声からハジメの位置を特定し、一匹が飛び掛かって来た。ハジメは超速演算で躱すと、飛び掛かって来た一匹を銃殺する。

 

最後の一匹は形勢不利とみて仲間を呼んだ。どこからか三匹の狼が集まり、一斉に尾に雷を纏うが、ハジメの表情に焦りの色は無い。一匹が飛ばしてきた電撃を回避し、逆にこちらも銃撃する。だが今までの戦闘で学習したのか、狼は銃弾を避ける。だがハジメはその場でターンするように二連射し、避けた狼の頭に風穴を開ける。更に他の狼達が電撃を飛ばしてくるが、ハジメはさっきとは逆方向にターンし銃撃、電撃を撃墜する。そして少し宙に浮き、錐揉み回転しながらセインで連射し、最後に飛び上がって銃撃し、その反動でバク宙する。

狼達は全滅し、初陣に勝利したハジメは狼から魔石を取り出しその場を立ち去った。

 

秘密基地へと帰ったハジメは持ち帰った魔石を見る。魔石は魔物を魔物たらしめる力の核だそうだが、何かに使えない物か…ハジメが魔石を手に持って色々と考えていると、掌の魔石が変化し始めた。

 

「………………」

 

ハジメが観察していると、見た目は確かに『石』だった魔石は、赤黒いエネルギーを纏うナニカに変異してしまった。何というか、触れているだけで物が変異するとか、いよいよ自分が人間ではなくなったような気がしてくるが、気にしたら負けである。

とりあえずハジメは『鉱物系鑑定』でこの謎の物体を調べることにした。

 

====================================

 

異重合核

パニシングエネルギーの異重合による大規模な構造変動で形成される純正核。

周囲のパニシング侵蝕物を操り、様々な異重合体を形成する能力を有しており、内部に極めて高濃度のパニシングを内包している。

 

====================================

 

パニシング症候群というのは人類に理不尽に与えられた罰という意味で地球人が勝手に付けた名前だったはずだが正式名称だったのかとか、「大規模な」と言う割には随分あっさりと出来たなとか、色々とツッコミたい事はあるが、今は気にしたら負けである。トリッキーな物なんだなと納得するしかない。魔石以外で試しても勝手に変異することは無かったため、魔石に含まれている魔力にパニシングが呼応したのかもしれない。

しかしまあ何とも物騒な物が作れるようになってしまった。普通の人間が触っても死にはしないが、碌な結果にならないだろう。

 

どうしてくれようかとハジメが考えていると、突如として異重合核のエネルギーが活性化した。怪訝に思うハジメをよそに、ソレは針玉のような形状となりハジメの掌に突き刺さってきた。苦悶の声を上げるハジメ。しかし異重合核はハジメの身体に取り込まれ、ハジメは自身の内部でエネルギーが膨れ上がった感覚を味わう。身体が更に改造され、より最適化されたのか、身体が以前よりも軽くなった気がするが、詳細が分からない以上一度に多量に摂取するのは危険と判断し、残りの魔石はポーチに入れて取っておくことにした。薬などにも言える事だが過剰に摂取すると最悪の場合、死ぬ。というわけで、試すにしても最低限期間を開けてやることにした。

 




書いといてなんだけど、今作のハジメ君薄気味悪いな。まあ作者はこういうキャラ割と好きなので終始こんな感じだと思います(笑)。というかせっかく作ったブレード使わなかった…まあ後々出てきますよ。

元ネタ紹介

セイン:パニグレのAソフィアの武器。その内アームも追加される予定。二尾狼戦での動きはソフィアの通常攻撃『ガンアーツ』の動きを参考にしている。

朱樺:パニグレのルシア鴉場の武器。何処かで鴉場の技も登場するかも?

異重合核:パニグレ本家でも(作者が知っている範囲では)詳細は不明だが、危険物であることは強烈に分かる。少なくとも気軽に拾い食いしていいものではない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神曲/地獄篇

戦闘描写って難しいですね。動画や文献と睨めっこしながら書いてます。最近NieR要素が少な目ですが、その内出てくるので安心してください。

今回のタイトルの元ネタはダンテ・アリギエーリの『神曲』です。って言うまでもないか…


(…上へ戻る道は無し、か)

 

ハジメは奈落を歩き回り、地上へ戻る道を探した。しかしいくら探せども見つからず、この階層の未踏破区域は全て網羅してしまった。道中例のウサギや、新たに爪を持った熊とも遭遇したが、いずれも勝利を収めることができた。

 

「こうなっては仕方がありません。ダンテの神曲よろしく地獄を遍歴するとしましょう。尤も、ここには詩人ウェルギリウスも、永遠の淑女ベアトリーチェもいませんが…」

 

そこでふと違和感に気付く。

 

(いえ、僕にとってのベアトリーチェは香織です。無論、彼女が愛想を尽かしたとあれば、それを止める権利は僕にはありませんが)

 

そこまで考えた所でハジメは身体を傾ける。ザスッという音がした後、ハジメがいた空間の延長上の壁に切れ込みが入った。

 

「…あなたいつから床屋になったんです?」

 

ハジメが皮肉を言いつつ振り返ると、つい先日倒した熊とウサギがいた。しかし様子がおかしい。一目見て機械化しているのは明らかだった。

 

(パニシング…?魔物にも感染するんですね)

 

前衛としてウサギが跳躍力と、新たに会得したらしき前足の爪で攻撃してくるが、ハジメは扇状に複数の弾丸を飛ばす『拡散射撃』で牽制と攻撃、回避を行う。だが機械と化したウサギは一撃では倒れず、尚もハジメに向かってくる。熊も爪から風の刃を飛ばしてくるが、ハジメは狼との戦いでも使った銃技『ガンアーツ』で攻撃と回避を織り交ぜながら闘う。そしてウサギを倒したハジメはバク宙しつつ銃撃するも、熊は応えた様子は無い。理由は機械化により硬化した腕を盾にし、銃撃を防いでいたからだ。

 

「ではこんなのはどうでしょう」

 

ハジメはセインをしまうと、一緒に作ったブレード『朱樺』を取り出す。そしてその場に残像を残して熊に対し高速接近し、朱樺で強力な二連撃を加える。王宮の図書館の本に書いてあった『氷剣士』という職業の剣技『氷晶』だ。熊の防御が一瞬だけ崩れたが、ハジメにとってはそれで十分だった。ハジメは朱樺による横薙ぎ一閃を初撃として、更に上から下へ振り下ろす斬撃を二回喰らわせ、朱樺による連撃の後、ハジメを中心とする円を描くような中段、下段攻撃を続けて加える。これも氷剣士の技であり、名を『霜刃』という。

 

ハジメの怒涛の連撃にたたらを踏む熊。ハジメは相手に立て直す隙を与えずにその場で浮き、側宙からの錐揉み回転の要領で縦回転の斬撃を熊にぶつける。『白夜還流』という氷剣士の業だ。これがとどめとなり、ハジメは勝利を収めた。

 

 

「しかしコレ、どうしましょう」

 

ハジメはパニシングに侵蝕された魔物の残骸を見る。人間だけでなく魔物にも影響が及ぶとは予想外だったが、対処可能な範囲であった事に安堵するハジメ。しかしこれからは魔物の侵蝕体とも遭遇すると考えていいだろう。

 

そしてもう一つハジメを考えさせているのはこの残骸の活用方法だ。パニシングに侵蝕されているという事は機械、つまり有機物の集合よりはハジメが扱いやすい代物である。しかし異重合核には極力手を出さないと決めた以上、資源の回収には慎重を期さなければならない。

だがハジメの願いは無慈悲に蹴落とされる。なんとそれぞれの魔石が勝手に覚醒し、出来上がった異重合核がハジメを目掛けて飛んできたのだ。

 

「――ッ!」

 

一つ目は何とか避けたハジメだが、回避先を読んでいたかのように二つ目の異重合核がハジメに衝突する。そして、避けた一つ目もハジメに衝突してしまった。

 

「うっ…ぐ…」

 

一度に二つの核を取り込んでしまった事に苦痛の声を上げるハジメ。だがその甲斐あってか。身体能力はそれまでよりも向上したようである。

 

「力には代償が付き物と言いますが、これはあんまりだ。せめて選択の余地くらい残しておいて欲しいのですが。しかし一瞬の痛みこそあれ、身体はやはり軽いですね。まあ、このくらいの役得が無ければやっていられませんが」

 

この状況では独り言が多くなるのも致し方ないだろう。とりあえず新たな武装を作る事にして、ハジメは残骸を拠点に持ち帰った。

 

 

「さて何を作りましょうかと」

 

現時点で材料は申し分ない。先程の魔物の残骸に、周りには鉱脈もある。技能も考えると余程大それた物でない限りは作れるだろう。そこでハジメはマシンガンとスナイパーライフルを作る事にした。理由は連射性能の高い武器と遠距離射撃が可能な武器を作ろうと思ったからである。セインも遠距離攻撃は可能であるが、射程はそこまで長いわけではないのだ。マシンガンなど作って弾丸は足りるのか?問題ない。材料は腐るほどある。しかしここは奈落、何が起きるか分からないのもまた事実。ハジメは自身の技能『熱操作』によって作り出した火球や氷弾を撃ち出せるように武器を改造した。数学者の技能をフルに使って改造したため、トライアンドエラーは少なく済んでいる。

 

その辺の魔物で試し撃ちも済ませたので、準備は万端だ。逆にこの状態で対処不能な事態に遭遇したら、それはハジメの対処能力を超えている。

 

 

結論から言うと、ハジメは地獄、もとい奈落を問題なく下る事が出来ている。道中完全な暗闇であり、石化効果のある邪眼を持つトカゲが出没する階層もあったが、あまり問題は無かった。確かに視界が悪いのは不利だが、ハジメが持つ『熱操作』から派生した技能『熱源感知』により魔物の場所は特定できるし、そもそも(勝手に)身体を改造されているハジメだが、その効果は眼まで及んでいるらしく探知機でも埋め込まれたかのような視界となっている。最後に石化の邪眼だが、くらった瞬間に治癒されていた。

そして階下への階段を見つけたハジメは躊躇いなく踏み込んだ。

 

その階層は、地面がどこもかしこもタールのように粘着く泥沼のような場所だった。足を取られるので凄まじく動きにくい。とりあえずハジメは『熱操作』で氷の足場を作りつつ進んでいく。周囲の鉱物を『鉱物系探知』の技能で調べながら進んでいると、途中興味深い鉱石を発見した。

 

=====================================

 

フラム鉱石

艶のある黒い鉱石。熱を加えると融解しタール状になる。融解温度は摂氏50度ほどで、タール状のときに摂氏100度で発火する。その熱は摂氏3000度に達する。燃焼時間はタール量による。

 

=====================================

 

「火気厳禁ですか…」

 

とはいえ冷気も使えるハジメ。面白いギミックだな、くらいにしか思っていない。

 

「―――ッ!」

 

タールの中から突然襲ってきたサメのような魔物の攻撃を咄嗟に回避するハジメ。『超速演算』の派生技能の中には『動体解析』や『敵性反応感知』などの索敵技能なども存在するが、今の攻撃は察知することが出来なかった。

 

(ステルス戦闘機みたいな物か?現状僕にはそのシステムを打破する手段は無い…)

 

だがハジメは再度襲撃してきたサメに対し、朱樺で斬撃を浴びせる。

 

(しかし相手は中・遠距離攻撃手段を持たない。ならば攻撃をくらう直前にこちらの攻撃を合わせれば仕留められる)

 

そうやってハジメがサメを掃除しながら進んでいくと、途中からタールの水質が変化した。今までは黒一色だったのが、不気味な赤黒い色へと変わったのだ。試しに種々の解析技能を用いて調べてみると、断片的ながら情報が分かった。

 

====================================

 

パニシング赤潮

機械と生物を飲み込み、エネルギーや養分に転換して大量の異合生物を発生させる。特有の潮汐現象がある。

 

====================================

 

パニシングという単語に反応するハジメ。そして赤潮とやらの領域に入った後、サメなどの敵の襲撃が一切無い事にも警戒をする。そして暫く進むと、ソレはいた。

見た目は『異様』の一言だ。ソレは人型の上半身のみの状態で、赤潮から生えている黒い棘のようなものに長い腕を拘束され、磔にされた罪人のようにぶら下がっていた。ハジメの存在に気付くと拘束を引き千切り、赤潮に飛び込んだかと思うと今度は下半身も伴った姿で相対した。

ハジメの脳裏に警告信号が響く。

 

WARNING  セイレーン

 

 

 

見上げるような身長に、針金のような細い体躯と異様に長い手足を持つ、様々な金属片や機械が歪に組み合わさった人型とも異形とも呼べる外見を持つセイレーン。ハジメがセインを抜くと、セイレーンは歪な動きで飛び上がると同時に長い腕で薙ぎ払ってくる。ハジメは回避して銃撃するが、セイレーンには大したダメージになっていない。ハジメはセインをしまうと、魔物の残骸で作ったマシンガン『リーブラ』とスナイパーライフル『アストレイア』を構える。

 

セイレーンが再び攻撃してくるが、ハジメは距離を取り、リーブラによる連射を浴びせる。再びセイレーンが腕で薙ぎ払ってきたと同時に回避し、今度はアストレイアで強力な一撃をくらわせる。セイレーンは赤潮に潜りハジメに奇襲を仕掛けるが、ハジメはサメとの戦闘と同じ要領でカウンター攻撃を当てる。

 

「■■■■a■■■―――!」

 

セイレーンは苦悶とも慟哭ともつかない叫び声を上げ、赤潮に手を浸す。するとハジメの足元からエネルギーの爆発が襲う。ハジメは咄嗟に回避するも、今度は同時多発的に爆発を起こし、攻撃範囲を広げてくる。ハジメは間一髪で回避しながらリーブラとアストレイアで攻撃を加えていく。

 

そんなギリギリの攻防が繰り広げられる最中、突如としてセイレーンの動きが止まる。怪訝に思うハジメをよそにセイレーンは直立し、エネルギー体で作ったヴァイオリンのような物を演奏する。

 

「あ……あ……」

 

ハジメの心はその光景を見て絶望に染まる。なぜならその楽器はハジメが最愛の恋人に贈った物に瓜二つであったから。

 

「そんな………………」

 

更には演奏されている曲はクライスラーの『愛の悲しみ』。紛れもなく()()()曲だ。ハジメは気付いてしまった。目の前の異形(セイレーン)が、『彼女』であることに。『彼女』が自分と同じ、パニシングに侵蝕されてしまったことに。

 

演奏を終えたセイレーンは倒れ込むように赤潮に沈む。そして再び浮上したとき、その姿は片腕だった。彼女は左腕を引き千切り、一本の剣にしたらしい。

 

「今……」

 

ハジメは彼女を見据えながら涙を流す。そして、銃を握りしめながら宣誓する。

 

殺し(助け)ます」

 

それが彼女に対する、精一杯のハジメの懺悔の言葉だった。

 

「香織…」

 




遂にセイレーン戦まで到達。長かった…。途中挟まったWARNINGはNieR Automataのオマージュです。

備忘録

セイレーン:パニグレのボスの一体で異合生物。詳細は各自検索してください。

氷剣士:本作オリジナルの天職。ハジメは過去の記録から戦闘スタイルを分析、再現した。

リーブラ/アストレイア:パニグレのAバンジの武器。本来はマシンガンとスナイパーライフルで1セットだが、今作では別々の武器として扱っている。名の由来はリーブラ、つまり天秤座のモデルは女神アストレイアの持ち物であるという事から。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ワタシノキオク

そろそろ香織ファンに怒られそうな気がする。

仕方ないよ。NieRクロスだもの。そして自分の語彙力の無さが…肝心な時に表現が出てこないんだよなあ。


電脳空間。実際はインターネット環境やインターネットそのものを指す言葉だが、今作では人間や機械などの意識や思考の上に成り立つ仮想空間である。そしてこの電脳空間内に一人の少女が倒れていた。

 

「う…ん…ここ、は…?」

 

電脳空間で倒れていた少女、白崎香織は目を覚ました。意識が覚醒すると同時に、気絶する前の記憶がハッキリしてくる。

 

(確か私はパニシングに感染して…そうだ、ハジメくん!)

 

異形の怪物となった自分が何故人間の姿をしているのか気にならないわけでは無かったが、香織にはそれよりも優先すべきことがあった。奈落に落ちた恋人、南雲ハジメである。今現在の香織にとって、何が原因で、誰がハジメを落としたのかなどどうでもいい事だった。とにかくハジメを探し出し、安否を確認しなければ…

 

(でも…ここ、どこだろう?)

 

香織の目の前には一本の通路があり、他は空白、虚無と言ってもいい空間だ。自身の知識に無い場所に香織の不安は広がるが、他に道は無い。香織はその通路を歩きだした。

 

(ハジメくんがああなったのは…やっぱり私のせい?私がハジメくんと一緒にいたから?私とハジメくんが恋人だから?オルクス大迷宮での訓練は、無理やりにでも断ればよかったのかな。でも、そんなことしたらハジメくんはもっと悪く言われちゃうし…一体どうすれば良かったの?)

 

何もない通路を歩く中、香織の心は一度は割り切った自問自答で溢れていた。ハジメはクラスメートの裏切りによって落とされた。理由は「自分とハジメの関係」に対する嫉妬しか思い浮かばない。

 

(どうしてハジメくんを憎むの!?私が美人だから?私が人気者だから?私の恋人になろうとしてハジメくんを落としたの?)

 

学校の二大女神などという呼称をつけられているのだ。自分が美人の部類に入るのは自惚れでもなんでもなく事実なのだろう。だが、香織からすればその称号に価値など無い。路傍の石の方がまだ価値を見出せる。

 

(ふざけないで!貴方達が勝手に付けた評価(呪い)で、私からハジメくんを奪わないでよ!!)

 

無価値どころの話ではない。その評価が、羨望が香織からハジメを奪ったのだとしたら、それは香織にとって呪いでしかない。この半身を抉られたかのような痛みを、他に誰が癒してくれると言うのか。

 

 

香織が暗い感情を持て余しながら歩いていると、通路が終わり、広い場所に出た。そしてその中心にいたのは、

 

「ハジメくん…?」

 

香織の最愛の恋人、南雲ハジメだった。

 

「ハジメくん!」

 

香織はたまらなくなって駆け出す。まずは思う存分抱きしめよう。そして、あの時の無茶を叱って、一緒に本を読んで、チェロを弾いて、それから、それから…

香織は再会した後の時間を思い浮かべ、心を躍らせながらハジメを抱きしめる。

 

「ッ!?」

 

しかし香織はハジメをすり抜け、勢いを抑えきれずに転倒してしまう。香織が起き上がって後ろを見ると、ハジメの姿こそあるが、実体は無く、輪郭も揺らいでいた。

 

「幻…影…?」

 

おまけに周りを見回せば大量のスクリーンが浮いており、デートやお見舞いなどのハジメとの思い出が映し出されていた。

 

「これは、ハジメくんとの…記憶?これが思い出だとしても…私は…!」

 

そう言って香織は再び手を伸ばそうとする。

しかしその時異変が起きる。思い出を映したスクリーンの一つが黒い粒子に覆われた。

 

「なに…これ…」

 

それを合図にスクリーンが次々と黒に覆われ、消えてゆく。

 

「やめて…やめて…」

 

全てのスクリーンが消え去った後、黒い粒子はハジメの幻影を覆い、それを核にして黒い異形が出来上がる。

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!!」

 

香織は絶叫しながらウーベルチュールを構える。黒い異形は攻撃として粒子を飛ばしてくるが、香織はものともせずに敵を攻撃する。

 

「私の記憶に、勝手に入ってこないで!」

 

チェロと弓で異形を切り刻む。しかし次々と粒子が補充され、一向に倒すことができない。

 

「返して!返してよぉ!!」

 

香織はハジメの記憶を取り戻そうと攻撃を続ける。すると異形は巨大な腕を作り、香織を殴り飛ばす。

 

「あぐぅ!」

 

香織は広場の端まで飛ばされ、見えない壁に激突する。香織は涙を流しながら相手を睨んだ。

 

「これは…私の、宝物!」

 

起き上がった香織はなおも攻撃を続ける。直接攻撃だけでなく、破壊音響も織り交ぜながら相手を壊していく。

 

「勝手に!触らないで!!」

 

粒子の補充が追い付かなくなり、異形はよろけ、倒れる。香織は更に異形を弓で刺し倒した。

 

「私の…私の…記憶…!」

 

香織は一心不乱に異形を刺し続ける。叫び声を上げながら刺し続けるうちに、黒い粒子は無くなり、ハジメの幻影は輪郭を取り戻していた。しかし泣き叫びながら相手を殺そうとする香織は気付かない。ハジメの幻影に刺し傷が増え、返り血が飛び散る。

 

暫くして香織が返り血まみれになった頃、香織はようやく落ち着きを取り戻し、幻影に縋り付いてすすり泣く。

 

「助けて…誰か…助けてよお…」

 

その声に答える存在は、この空間にはいなかった。

 

 

 

 

 

一方ハジメは攻撃が苛烈となったセイレーンに苦戦していた。剣を振るようになってから攻撃範囲が増大し、半端な回避では斬撃を受けてしまう。ハジメの身体は既に『自動修復』を以てしても再生が追い付かない程に損傷していた。

 

(この狭い洞窟内ではあの攻撃を避け切る事は困難…ならば!)

 

ハジメは逃げ回るのを止め相手の攻撃を誘い、セイレーンが剣を振ってきた動きに合わせて朱樺を振り、相手の攻撃を弾く。ガキィィン!という音を立てて剣が弾き返され、セイレーンが隙を晒す。ハジメはそれを見逃さずにアストレイアで撃ち抜く。

 

(この戦術は有効なようだ…!)

 

ハジメは続けてリーブラで連射する。体制を立て直したセイレーンが再度攻撃を仕掛けてくるが、ハジメは今度はリーブラで攻撃を弾き、アストレイアを撃つ。セイレーンは弾き返された勢いを利用し、縦斬りを行うが、これも返される。

 

「■■■■■■■■―――!」

 

セイレーンは叫び声を上げると、赤潮に剣を突き刺し、広範囲の爆発を起こす。ハジメが防御態勢を取り、爆発の勢いを利用してその場を離脱するが、その頃にはセイレーンは赤潮に潜っていた。ハジメが警戒していると、足元からセイレーンが強襲する。咄嗟に回避するも、続けて剣の刺突攻撃が襲い掛かる。ハジメはどうにか朱樺で攻撃をずらし、自分はアストレイアの反動で移動する。

セイレーンはその攻撃を何度も繰り返すが、動きを見切ったハジメが攻撃を弾き、アストレイアでカウンターをする。セイレーンは疲れ切ったかのように動きを止め、そこにハジメのリーブラによる追撃が襲う。

 

このまま押し切れるか、とハジメが思った時、セイレーンが再び動き出し、斬撃の衝撃波を飛ばしてくる。ハジメは咄嗟に回避するが、セイレーンは宙に浮かび上がる。

 

(何をする気だ…?)

 

訝し気に思いながらも、ハジメは攻撃を続ける。しかし今回に限ってはそれは悪手であった。

 

「■■■■aaa■■■a■■a■■■―――!」

 

セイレーンは叫び声と共に全方位に衝撃波を放った。オマケに叫び声も破壊音波であるため、防御態勢が間に合わなかったハジメは二重の攻撃をくらってしまった。

身体が麻痺し、武器が弾き飛ばされたハジメ。セイレーンは剣による刺突攻撃を繰り出してくる。ハジメはかろうじて動く右腕でアストレイアを撃つと、転がるように避ける。ついでに武器も拾い直し、攻撃態勢を取った。

 

セイレーンが再び剣で薙ぎ払ってくるが、ハジメは攻撃を弾き、アストレイアで剣を撃つ。セイレーンの手から剣が弾け飛ぶが、セイレーンはそのままハジメに向かって走ってきた。

 

「安らかに眠れ…」

 

ハジメはリーブラを持った左腕を支えにアストレイアを放つ。冥福を祈りながら、せめて二度と辛い悪夢に目覚めないように。

 

 

 

 

電脳空間から目覚めた香織は、両手に痛みを感じ、そちらを見る。すると両の掌には黒い棘が刺さっていた。香織は自分の全身を見るが、どうやら何かに磔にされているようである。そこは暗く狭く、冷たい場所であった。

 

「ハジメくん…」

 

こんな時でも香織はハジメを求めてしまう。なんて虫の良い話だろうと自虐する。自分はハジメが奈落へと落ちた原因を作った爆弾魔で、彼を助ける事もできなかったのに。しかも香織は幻影とは言え、ハジメの事を刺し殺し、死体蹴りの如くメッタ刺しにした。

 

「ふふ…あはは…」

 

香織は自分自身を嗤う。磔…彼を殺した自分にこれ以上ないほど相応しい。

 

「・・ ・―・・ ーーー ・・・― ・ ―・ーー ーーー ・・―」

 

香織は泣きながら歌う。もう彼に逢う事は二度とないだろう。一生逢う事はないだろう。だから彼を殺した咎人は、思い出の掃き溜めに歌を捨てる。あと何回彼の事を思い出せるだろう。自分が死ぬのはいつだろうか。きっとその頃には何もかも忘れてしまっているのだろう。彼の全てが好きだった。シエルブルーのような輝きも、花緑青のような儚さも、時折見せる青嵐のような荒々しさも……

全てが今失われてしまった。それが悔しくて、悲しくて、香織は泣き続け、歌い続けた。

 

 

香織がそうして暫く経った後、香織の目の前の黒い壁に罅が入る。何かと思い香織が目を向けると、銃声と共に再び壁が割れ、小さな穴が開いた。そこから見えたのは、

 

「ハジメくん!」

 

銃を手に闘うハジメの姿だった。彼が目に入った瞬間に、香織の中に狂おしいほどの渇望が生まれる。逢いたい、手を繋ぎたい、抱きしめたい、話をしたい、その口で、その声で名前を呼んで欲しい。

 

「う、ああああああああああ!」

 

香織は磔にされた手を引き抜く。激しい痛みが身体を駆け巡るが、そんな事は気にならなかった。右手が抜けると、壁の穴が閉じようとしていることに気付く。

 

「―――!」

 

香織は左手が刺されたまま右手を伸ばし、壁をこじ開ける。そのまま左手も引き抜き、自分を捕らえる牢獄から出ようとする。しかし力が足りず、壁は塞がっていく。

だがそこに再び銃声が響く。同時に壁が壊れ、香織は弾かれたように外に出る。

 

「ハジメくん!」

 

 

 

 

 

ハジメは打ちひしがれていた。死闘の末セイレーンを撃破したハジメだが、それは自分の恋人を殺してしまったという事でもある。彼女を助けられなかった自分の無力さを、暢気に奈落を歩き回っていた自分の愚かさを恨む。異重合核を取り込むことを厭わなければ、あるいは自分は更なる力を手にし、香織を助け出せたのではないか。そんなありもしないifを考える。

 

「―――くん!」

 

ハジメは耳を疑った。今聞こえた声は香織のものだった。だがハジメはそれを幻聴だと判断した。自分はまだ彼女の死を受け入れられていないようだと自嘲する。

 

「ハジメくん!」

 

……幻聴ではない。今度はハッキリと聞こえた。ハジメが顔を上げると、そこには失ったはずの最愛の姿があった。

彼女は、香織はセイレーンの身体から飛び出し、ハジメのもとに走ってきた。そして躊躇いなくハジメに抱きつく。

 

「香織…なのですか?」

 

自分を抱きしめる少女は泣きながら答える。

 

「うん…!そうだよ。ハジメくん!逢いたかった!逢いたかったよ!」

 

香織はハジメを抱きしめながら答える。ハジメは彼女の声を聴いて確信する。この少女は自分の最愛の恋人であると。そしてハジメは彼女に答える。

 

「僕も、逢いたかったですよ、香織」

 

そしてハジメは、香織を抱きしめた。

 




めでたく再会。さすがにNieRよろしくマルチバッドエンドにはしません。アレはアレで特有の美しさがあるけど、書いてる方が鬱になる…
もしそれを期待してくれていた方がいらっしゃったらごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

唄ウ模造品(レプリカント)/厭世ノ思想犯(ゲシュタルト)

アニメ見て思ったんですけど、香織って意外と声低いんですね。体感メゾソプラノくらいに聞こえます。それともユエやシアが高いから相対的に低く聞こえるのだろうか…


「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

 

泣きながらハジメに縋り付く香織。ハジメは香織の頭を撫でて落ち着かせようとしている。

現在、ハジメと香織は『錬成』によって掘られた穴で休息を取っている。流石にあれだけの出来事があって、即刻奈落攻略に動けるほどの神経は持ち合わせていない。

 

では何故香織が「守れなくて」と言ったのか。その理由はオルクス大迷宮における訓練前夜、ハジメの部屋で過ごしていた香織は一つの約束をしていた。

なんでも香織は暗闇にハジメが消えてしまうという悪夢を見たとかで、ハジメに訓練の参加を止めるように説得してきた。しかし自衛の手段の実証や自分が作成した武具の観察、鉱石の採取などハジメには訓練に参加しなければならない理由が幾つもあった。

そこで妥協案というと変だが、香織はハジメに一つの提案をした。それは『演奏者』という索敵に優れた天職を持つ香織がハジメを守るという物。男としては恥ずかしい気もするが、それで香織が安心するというなら吝かではない、という事でハジメはその約束を快諾した。

 

しかし悪夢は最悪の形で現実となった。クラスメートの一人の勝手な行動で窮地へと陥り、更には同じ人物の裏切りに遭い、ハジメは奈落の底に消えていった。「守る」という約束をしたにも関わらず、みすみすハジメを落としてしまった。それに対する懺悔の言葉であった。

しかしハジメは泣きじゃくる香織を抱きしめながら口を開く。

 

「いいえ、謝らなければならないのは僕の方です。貴女は僕と過ごしたばかりに、パニシングに侵蝕されてしまった。『人間』ではなくなってしまった…」

 

この状態になる前に香織のステータスプレートを確認したが、ハジメと同じく数値は文字化けし、天職の欄には『授格者』と書かれている。技能欄にも『自動修復』と『超速演算』が追加されている。…『超速演算』は『数学者』の技能だと思っていたが『授格者』の技能なのか?いや、今はそんな事はどうでもいい。

見た目も嘗ての彼女とは違っていた。再会する前は何の変哲もない美しい人間の姿だった。しかし、今は両腕と左脚が一目で機械と分かる見た目になり、更に最も顕著な変化―――右眼に白い花が咲いている。

 

これが如実に表している事、それは香織が人間ではない何かになってしまったという事だ。自分の事は割り切れても、最愛の恋人が自分と同じスティグマを背負ってしまった事に、ハジメは途方もない罪悪感を感じていた。そして、ハジメには香織を人間に戻す手段は無い。その事実がハジメをどうしようもない絶望へと引きずり込む。

 

「貴女は必ず人間に戻します。必要とあらば、この命を削ってでも―――っ!?」

 

ハジメはそれ以上言葉を続けることができなかった。その口を物理的に塞がれてしまったから。目の前には香織の顔が、頬には彼女の手が添えられている。そして唇には柔らかい感触。

 

香織はハジメにキスをしていた。

 

「…嬉しい。好きな人とキスが出来るって、こんなに嬉しい事なんだ」

「香織…?」

 

皮肉でも何でもない、言葉通りの表情をする香織。ハジメは訳が分からなかった。罵声を浴びせられ、感情のままに殴りかかられても仕方ないと、その覚悟をしていたのに。だが、香織が取った行動は真逆と言っていいものだ。

 

「ハジメくんは病気で、私は健康体。私が君と同じになる事を、君はずっと恐れていたんだよね」

「…当たり前でしょう。誰が、恋人に同じ苦しみを味わわせたいと思うものですか」

「うん、そうだよね。ハジメくんはそう言うと思ってた。だから私はおかしくて、残酷な事を言うね?私は、ハジメくんと同じになりたかったの。同じ苦しみを分かち合いたかった。同じ時を生きたかった」

 

その瞳に嘘は無い。

 

「でも痛みを増す薬は無かった。痛みを盗む泥棒にもなれなかった。無痛症の私が君に寄り添っても、それは結局模造品(レプリカント)。でも、ハジメくんと同じ病になれば、君は苦しんでしまうでしょう?だから、私はせめて君と一緒にいる時間を大切にして、臨終の時もずっと目を離さないって決めてた…」

 

ハジメは黙って聞いている。香織自身には痛覚は存在する。しかしハジメと一緒になれない彼女にとって、それは無痛症と同義だった。

 

「それなのに、神様だか何だか知らないけれど、私達を誘拐した。クラスメートのせいで君は奈落に落ちた!もう限界だったの…パニシングに感染した原因は分からない。でも、私は嬉しかった。ずっと心に秘めた願い事が叶った。寿命が延びたのか縮んだのかは分からないけれど、それでもハジメくんと少しでも苦しみを分かち合えたなら…」

 

そう言って再び唇を重ねる香織。

 

「…狂ってる、とでも言いたげだね。そうだね、狂ってるよ、私は。でも、『君に運命を感じた』とか『身も心も全て捧げる』とか、他の人の恋愛だって大概だよね。ドラマティックを嘲笑ってたって、恋人が浮気したら殺しちゃう人だっているし。まあつまり何が言いたいかと言うと、一人の女の子の心に嵐を起こしたんだから、そのくらいの覚悟はしてほしいなって」

 

ハジメは深く息を吐いて答える。

 

「卑怯ですよ、貴女は。貴女は僕がそれを拒めない事も、狂っていたとしても手放せない程貴女を求めてしまう事も、とっくの昔に知っているでしょうに」

「ふふ、それについてはノーコメントかな」

 

ハジメはゆっくりと香織を押し倒す。そして彼女の首筋にそっと舌を這わせた。

 

「あん」

「先程の言葉、そのまま返します。貴女は飢えた悪魔を誑かしたんだ。退路など…ありませんからね?主席演奏者(コンサート・ミストレス)

「願ったり叶ったりだよ。指揮者(コンダクター)

 

奈落の洞穴の中、二つの影は一つとなっていく。それは人を模した機械達の、人間の真似事。

唄う模造品(レプリカント)が夢を見るかは知らないが、少なくとも今宵悪夢は見ないだろう事に、香織は喜びを示すのだった。

 

 

 

少し時は遡って地上視点。

迷宮から帰還した生徒達の大半は心に深く重い影を落としていた。理由はハジメの死だ。「戦いの果ての死」というものを強く実感させられてしまい、まともに戦闘などできなくなったのだ。戦闘ストレス反応―シェルショックに近いものと言えるだろう。

 

しかし生徒のトラウマとなっている要因はこれだけではない。寧ろ天職の有用性を理解できず、無能と蔑んでいた者が一定数いたハジメよりも更に大きな要因がある。それは香織の死。狂気の笑顔を浮かべ、これが自分の意志だと言わんばかりに異形の機械となり果て、恋人の後を追うように奈落に飛び込んで行った少女だ。クラス内で何処か疎まれていたハジメと違い、二大女神と呼ばれ人気者であった香織の死は強烈な影響を及ぼした。更には香織の笑顔が脳裏にこびりつき、悪夢を見るようになった生徒もいる始末。…最早ちょっとした認識災害である。誰か財団職員を連れてこい。

 

冗談はさておき、そんな生徒の中でも何人かの例外がいた。

その内の一人が雫だ。ハイリヒ王宮内に割り当てられた一室、自分と既に死亡したとされる香織の部屋。雫はそのベッドに座ると、ベッドマットの上にそっと手を置いた。そこは遠征の前、香織と雫の二人で話をした時に香織が座っていた場所だった。少し前までそこにいた、音楽が好きな親友の姿を思い浮かべる。

 

(こんなことになるなら、もっと話しておけばよかったな…)

 

雫は香織の、親友の狂気に中てられて意識を失い、意識を取り戻したのは生徒達が王国に帰還してから数日後の事だった。雫が自分を看病してくれていた優花、そしてメルドからその間に起きた出来事を聞いたが、何れも雫にとってはショックな事だった。

王城に戻ってからメルドより行われたハジメと香織の死亡報告。その報告と詳細を受けて王はこう結論付けた。

 

『無能が足を引っ張った結果、勇者の仲間が一人死亡した』と

 

救国の勇者とその一行が迷宮探索如きで死んだと噂が広まっては民に不安を与える、召喚された勇者達は無敵の存在で居てもらわねばならない。だからこそ、王国側はそうならざるを得ない理由付けを行った。非情と言う勿れ。政治とは時に個人よりも全体の利益を優先せねばならない事もある。

 

実はハジメが使っていた拳銃が魔人族や機械生命体の使っている武器に酷似していたため、ハジメは魔人族に寝返ったのでは?という意見も出たが、ハジメが銃を開発するのを間近で見ていた宮廷錬成師長のウォルペンや遠藤、清水達の「地球にも似たような兵器が存在する」という証言がそれを否定。更にはハジメは死病に侵されており、余命幾何かも無い事やそもそも生存が絶望的であることもあり、「下手に藪蛇をつつくよりも何処かでそっと死んでもらおう」という結論に至ったようだ。これは赤い少女と裏切りシスターが暗躍した結果なのだが、その他大勢はそんな事は知らない。

 

城内では無能だ裏切り者だとハジメを罵る声がところかしこで聞こえる様になり、清水、遠藤、優花、恵里にハジメが作った武器を捨てるように遠回しに言ってくる者もいたが、生憎と敵に対する撃墜対被損害比率(キルレート)は最も高いため、「これ以上の性能を持つ武器を用意できるのか?」という問いの前に陥落した。なんだかんだ言って『神の使徒』達に頼らなければ危ういのは変わらないのである。

やがて光輝が彼らに怒り、王に抗議した事により王国側で彼らの罵った人物を処分する事で沈静化した。しかしそれは決してハジメの為ではない。この一件の後、光輝はたとえ足手纏いでも、仲間の死に心を痛める優しき勇者とされ、彼の評判は更によくなった。

 

メルドはハジメに対する扱いに抗議したが、使徒を死なせてしまった事を槍玉にあげられ、教育係を解任されてしまった。死んだ人間や忠臣にすら鞭を打ってまで光輝を持ち上げる、そんな王国や教会のやり方は雫にとっては許せるものではなかった。しかし、雫の心を完膚なきまでにへし折ったのは他でもない勇者、天之河光輝であった。

 

 

 

「すまねぇ……俺の所為でみんなをあんな目にあわせちまって、ホントにすまねぇっ!!南雲の件についてはホントに俺じゃねえんだ!信じてくれ!」

 

時間が経ち、事が落ち着くに従って生徒達の意識はあの日の出来事を引き起こした原因、檜山へと向けられた。メルドの言葉に従わずに無用心にトラップを発動させた結果、クラスメートに死者を出したのだ。これがハジメだけならそれ程大事にはならないのだが、人気者である香織までが犠牲となったことでクラスのほぼ全員が檜山を非難していた。そんな中、檜山は必死で光輝に土下座をしていた。光輝は(一部の例外を除いて)人の善意を疑わない。表向きでも誠意を見せれば許してくれる、彼が許してくれれば周りも表立って非難する事は無くなる、そう言う魂胆だった。優等生たる光輝の事を最も理解し、利用するのが不良であるとはとんだブラックジョークである。

 

(そうはいかないわよ、檜山っ!)

 

けれど彼の行いの中で最も責められ、裁かれるべき事は他にある。同時にこれは、例え光輝であっても決して許しはしない事でもあると雫は確信していた。いや、そう()()()()()

 

「じゃあ何故魔法を一瞬で特定できたのかしら」

「えっ…?」

 

雫の一言に、檜山は愕然とした表情で顔をあげた。

 

「あの無数に魔法が飛んで行く中で、どうして南雲君を撃ったのが火球だって分かったの?」

「そ、それは…偶然目に入ったんだよ!そこまで言うなら俺が犯人っていう証拠でもあんのかよ!」

「幽霊に聞いたんだよ」

 

喚く檜山の問いに答えたのは恵里だ。地球なら詐欺師が言う事だが、彼女の天職は『降霊術師』である。

 

「今証言してもらおうか?ファイもカイもここにいるし」

「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!」

 

檜山がファイとカイを破壊しようと飛び掛かる。しかしファイは空を飛び、カイは逃げ回り、中々捕まえられない。そうこうしているうちに檜山は清水が出した『黒ノ手』に掴まれてしまった。

 

「ぐっ!放せぇぇ!」

 

そんな檜山を見ながら恵里は冷笑する。

 

「ブラフかもしれないのにマジになっちゃって…これで証拠ができたね。物的証拠じゃないけれど、本当に何もしてないならファイとカイを壊す必要なんて無いもんねえ?」

「ッ!!」

 

檜山は己の愚行に気付くが後の祭り。「でっち上げの証拠を用意したと思ったんだ!」と必死に弁解するが、あまりにも無理がありすぎる。

 

「命を乞う時のコツは二つ。一つは相手を楽しませる事、もう一つは相手を納得させる事よ。アンタはまだどっちも満たしてない。選びなさい?切り刻まれて死ぬか、蜂の巣にされて死ぬか」

「そ、園部!?なんだよ、その丸いの…」

「南雲が私に作ってくれるはずだった武器よ。形だけは完成してたから、この国の錬成師達にある程度仕上げてもらったの。少なくとも武器として機能はするわ」

 

人間の上半身ほどもある巨大な戦輪『イエスタデイ』と投げナイフを手に、檜山に死刑宣告をする優花。目は完全に据わっており、頬には涙の跡がくっきりと残っている。

優花はハジメに恋をしていた。出会いは優花の実家である洋食店『ウィステリア』にハジメが絵を納品しに来た時だ。在庫処理と言い簪をプレゼントされ、常連となったハジメと店員と客のやり取りをするうちに気付けば恋に落ちていた。だがハジメには既に香織という恋人がいた。自分の想いが叶わない事を知った優花は、せめて二人には幸せになってほしかったのだ。

だからこそ想い人とその恋人を殺した檜山を優花は許せなかった。尋常でない殺気を放つ彼女に檜山はただ震えるばかり。

しかしそんな状況に待ったをかける人物がいる。

 

「やめるんだ園部さん!檜山も言っていたじゃないか!あんな行動に出たのは証拠をでっち上げられそうになったからだと。何故それを聞き入れないんだ!」

「…信じるの?一応学年トップよね?天之河って」

 

優花が呆れながら呟くと、光輝は恵里を睨みつけながら口を開いた。

 

「恵里!君も証拠も無しに檜山を犯人に仕立て上げようとするんじゃない!」

「だーかーらーぁ、ソイツが駄々こねるからこうやって全員に分かるようにしてやったんじゃん。大丈夫?脳に酸素供給されてる?」

「ち、ちが、俺は…本当に…誤爆はしたかもしれねえけど…!」

「トータスの魔法の性質上それは有り得ないね。あの場で皆が使ってたのはベヒモスに誘導する魔弾。意図的に式を書き変えない限り外れる事は有り得ない。考えられるのは魔法の軌道上に南雲君が割り込んで来る事だけど、位置的にそれも無理がある、と」

 

檜山の弁明にノータイムで鈴から反論が入る。地球のプログラミング言語と組み合わせて魔法を研究していた鈴だからこそ出来た反論だ。いよいよカードが無くなった檜山はただ青ざめるばかり。

その中で雫は困惑していた。光輝の表情は険しいものだ。けれど、明確な証拠があるにも関わらず彼の口調には檜山を責めたり、咎める様子は無かった。

 

(怒るべきじゃないの!?彼の行いの所為で香織まで死んでしまったのに…)

 

百歩譲って犠牲者がハジメだけなら分からなくもない。しかし今回の件で犠牲になったのは他でも無い自分の幼馴染。普通ならもっと激昂してもおかしくない。それこそ冷静になれず檜山を殴りつけたっていいくらいだ。

 

「みんなも思うところはあるかも知れない。けれど今は、誰かの失敗を咎めている場合じゃない。死んだ()()もそんな事は望んでいない筈だ!」

 

ここで雫は違和感に気付いた。奈落に落ちたのはハジメと香織の二人。だが光輝は香織について言及はしていない。

 

「俺達は強くなる必要がある。人々を救うため、そして何よりみんなで力を合わせて、今も迷宮の底で助けを待っている香織を助けに行く為に!」

 

雫は全てを悟ってしまった。光輝が香織の死に取り乱していない理由を。光輝にとって自分達、いや、周りの人間はみな光輝の人生と言う名の物語の登場人物でしかなく、光輝の振る舞いはヒロインの生存を心から信じている勇者、まさにお話の主人公そのもの。その程度の認識だからこそ、香織の死に本気で怒る事も、取り乱す事も無い。

 

(この十年、なんだったのかしら…)

 

八重樫流の教えに従い、光輝を家族として支え、彼が起こしたトラブルに頭を下げて回る日々。その全てを否定された気がして、雫は心の中で自嘲した。そして、抗議の意味を込めてハジメに貰った狐面を付ける。だがそれすらも許さない人間がいた。

 

「雫!もうそんなものを使う必要なんて無いんだ!」

「あっ…!」

「こんな、裏切り者の作ったものなんて!」

 

光輝は雫から取り上げた面を床に叩きつけて壊してしまった。光輝は悪人から雫を救ったつもりなのだろう。しかし彼は気付かなかった。面と同時に自分達の絆を、何より雫の心を壊してしまった事に。

 

「ふふ、あは、アハハハハハハハハハ!」

 

雫は涙を流しながら笑い続けた。もう全てがどうでもいい。光輝、いや、()()()()の事などもっと早く見限ればよかった。自虐と後悔の念に苛まれ、雫は壊れたように笑い続けた。

 

「雫?一体どうし―――!?」

 

そんな中、雫が何故笑い出したのか分からず声を掛けようとした光輝に何かがぶつけられた。光輝がそちらを見ると、巨大な戦輪『イエスタデイ』が使用者の手に戻っていく。光輝を攻撃したのは優花だった。

 

「園部さん!?一体何を…!」

「自分の胸に手を当てて聞いてみたら?どうせステータスの差で大した怪我しないんだから、これくらいはさせなさいよ。ほら行こう?雫」

 

優花は雫の手を引いてその場から離れていった。それに続くように恵里、鈴も離れていく。

 

「今後はお前らとの行動は考えさせてもらう。『間違い』で殺されちゃ堪らねえからな」

 

清水も檜山を投げ捨ててその場を離れた。

 

「所詮は誘蛾灯に群がるハエか」

 

遠藤も侮蔑の言葉を吐き捨てる。

遠藤はハジメを殺すためにイギリスから派遣されたエージェントだった。パニシングに侵蝕されて自我を失った時に周囲の被害を抑えるために殺すのが任務である。今回の件でハジメと香織が死のうが、標的リストの名前が増えるか減るかの違いでしかない。だが遠藤には少なからずハジメには情があった。『証拠探し』と称して奈落に落ちたハジメを探しに行こうとするくらいには。

 

こうして独裁者に反抗する思想犯達は離反していったのである。

 




タイトルの元ネタはNieR Replicant/Gestaltです。今回の話はちょっと長いかと思いつつも切りの良い所まで書かせていただきました。

備忘録

イエスタデイ:元ネタは『怒リノ葡萄』にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青イ鳥

クロス作品を繋げるためとはいえ設定の雑さが否めない…時々変なゴリ押しをする作者であった。


「調子はどうですか?」

 

口を開いたのは裏切りのシスター。

 

「忙しいな」

 

答えたのは赤い少女だ。いつかの問答とは立場が逆転している。そして少女の顔は無表情ではあるものの、何処か焦りを感じさせるものであった。おや?とシスターは思う。この少女が浮かべる表情は無関心な無表情か、好奇心に駆られたような、全てを見下すような薄気味悪い笑顔だけであった。見たことの無い『焦り』の表情をシスターはまじまじと見つめる。

そうしていると少女は一つの画像をシスターに見せた。そしてシスターは全てを悟った。その画像に映っていたのは奈落に落ちた授格者達。そして自分がエヒトと袂を分かつきっかけとなった悪夢、演奏者の少女の右目に咲く災厄の兆し『花』であった。

 

「これ…は」

「『花』だな。エヒトに弑された嘗てのこの世界の女神が最後の足搔きで創り出した反撃の一手。女神の意志がかろうじて残る『聖剣』よりも強力ではあるが制御が利かず、エヒトの神域どころかこの世界をも壊しかけた。輪廻を狂わせ、生み出されるは破壊の機械と魔物達。我々を昇格者たらしめたパニシングも、元を辿ればこの『花』だ」

 

赤い少女が事実を確かめるように解説する。授格者、南雲ハジメの疑惑を形式上払拭した二人。あの判断は正解であったと言える。もし異端者認定でもされて、二人を狩ろうとする人間達を制御しきれない『花』の力を以って虐殺すれば、どんな二次災害が起こるか知れたものでは無い。なにせ理論上は世界を滅ぼせる力だ。

だがシスターはこれを見ても特に表情を動かさない。それどころか「楽しみが増えた」と言わんばかりだ。

 

「私は逆に好機と捉えますが」

「ほう?」

「見た所理性は残っているようですね。ならば簡単な事です。『花』の力を制御できるようにお膳立てすればよい。我々にとっても未知の領域ですが、エヒトへの反撃の狼煙となる事は間違いないのですから」

 

その言葉を聞いて少女は焦りの表情を消した。そして劣化版口裂け女のような笑みを浮かべる。この少女の顔は何処までが演技で何処までが本気なのかいまいち量りかねるシスターであった。

 

「ならばひとまずの目標は昇格者の数を増やすことだ。『花』によって創られた昇格ネットワークは昇格者の数が多ければそれだけ安定する。強すぎる力は分散させれば良い」

 

シスターが求めていた解答を披露したためか、やや上機嫌で話す少女。

 

「だが人選は慎重にせねばならない。有象無象に力を授けた所で結局は制御できずに災厄を撒き散らすだけだ。仕入れた情報によればあの者達の故郷は阿鼻叫喚なことになっているそうだからな」

 

上機嫌ではあるが、しっかりと釘を刺す少女。このシスターは感情を持ってから暴走しかけたことが何度かある。故にこちらも手綱を握っておかなければならない。

しかし当のシスターは「はいはい分かってますよ」と言いたげな顔で『昇格者候補』とやらの画像を見せる。その中には優花や遠藤などのハジメの知り合いの姿もあった。

 

「順当にいけばこの辺かと。まあまだ様子見の域を出ませんが」

「まあいい。エヒトや神域とて大きなダメージを被った事は事実。猶予はあるからな」

「奈落の授格者達はどうするのです?こちらから介入する必要は?」

「今のところはないだろう。それよりも九龍衆の(ティオ)に知らせてやるとしよう。興味くらいは持つだろうからな。お前には引き続き教会と召喚者の監視を任せる」

 

シスターは了承の意を伝え、持ち場に戻っていった。

 

 

 

視点は変わり、雫視点。え?雫視点が多くないかって?話を書くのに都合がいいから仕方がない。閑話はさておき、彼女は部屋でふさぎ込んでいた。先日自棄になって取り乱した後、結局光輝や龍太郎とは話していない。時々話す恵里や鈴から聞くに、光輝は今までにも増して訓練に励み、龍太郎は色々な事が起こりすぎて脳がフリーズしたらしい。龍太郎に関して言えば、鈴の助言もあり異常さに気付ける程度には常識人だが、香織の狂気、雫の自棄、光輝の引き起こすディストピアという彼からすれば異常すぎる出来事の連続に、ついに認識がバグったとか。元々脳筋で負の感情が極端に少ない龍太郎、繊細さと感情理解を必要とする局面は苦手なようだ。

 

その後、志願制を提示したハジメが行方不明になったからか教会がやんわりと戦線復帰を促してきたが、愛子先生が抵抗。愛子の天職は、『作農師』というこの世界の食料関係を一変させる可能性がある激レアである。その愛子先生が、不退転の意志で生徒達への戦闘訓練の強制に抗議しているのだ。関係の悪化を避けたい教会側は、愛子の抗議を受け入れた。

 

そして、トラウマこそ残っているが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた。そして現在は『愛ちゃん護衛隊』とも呼べる生徒達と共に各地を遍歴している。なお、檜山と天之河に怪我をさせた清水と優花は厄介払いとしてこの集団についている。優花に関しては「どんな形にせよ天之河からは引き離した方がいいだろう」という周りの気遣いでもあった。「仲間の死によって心を病んでしまった雫と園部さんを立ち直らせないと」というお節介のもと優花に声を掛けようとして顔面に上段回し蹴りをくらったのだ。以前にアレフをぶつけている事を考えると、大分抑えた一撃であったと言える。

 

 

これらの情報を整理し、雫は再び自己嫌悪に陥る。思えば(他に方法が無かったとはいえ)自分が光輝に追従して戦争参加を表明した事が全ての始まりとも言える。それなのに自分は光輝から逃げ、迷宮攻略と必要な訓練以外は部屋に引きこもっている。その事実が雫をどうしようもなく追い詰めていた。そして何度目かの溜息を吐こうとした時、

 

「レズセクハラ」

「ふんぎゃあ!?」

 

後ろから胸を揉まれ、素っ頓狂な悲鳴を上げた。咄嗟に後ろを向くと、いつの間にか部屋に入り込んでいた鈴と目が合う。

 

「す、鈴!?一体どうやって…」

「鍵、開いてたよ。引きこもるにしても最低限セキュリティはしっかりしておかなきゃ。シズシズは女の子なんだから」

 

注意力散漫により初歩的なミスを犯していた事に気付き、雫は慌てて鍵を確かめようとするが、その時には恵里が後ろ足でドアを閉め、鍵をかけていた。

 

「とりあえず足は付いてるね。KKKにも遭遇していないようで何よりだ」

 

揶揄っているのか心配しているのかよく分からない表情と言葉だ。あとKが二つほど増えている。

 

「…そのKKKというのは光輝の事かしら」

「その通りさ。自分の正義に合わないと見るや周りを扇動し排斥する。その様子たるや北方人種至上主義で他の人類を排斥するクー・クラックス・クランに瓜二つだ。オマケにこの場にいない南雲ハジメに対して火の無い所に煙を立たせ、本物の連帯集会よろしくキャンプファイヤーさ」

 

辛辣に過ぎる恵里の現状分析に親友の鈴も苦笑いだ。しかしながら光輝の事を心底嫌悪し、また軽蔑している恵里にとってはこれでも抑えた方である。天職が魔法系の後衛職であるために、優花のような膂力は持ち合わせていないが、その分口の悪さはずば抜けている。

 

「―――なさいよ」

「ん?」

「嗤いなさいよ!アンタの嫌いな男に付いて回って、結局は光輝の物語の一部に過ぎなかった。しかも光輝やクラスメートから逃げて部屋に引きこもってる臆病で惨めな女だって!」

 

今にも壊れそうな雫の叫びに鈴は心配そうな顔をするが、恵里は鼻で笑う。

 

「僕を十字架やロンギヌスの槍に当て嵌めようとしているのならお断りだね。全ての罪を背負い、キリストやジャンヌダルクになりたいのなら彷徨えるユダヤ人(カルタフィルス)に頼むべきじゃない」

 

自分の罪に酔い痴れ、罰を受ける事によって清められたいのだろう?と暗に指摘されたような気がして、雫は押し黙る。否定したくともそういう部分があるのは薄々自覚していた。

 

「難儀なものだねえ…光輝(アレ)の軽薄な正義感が引き起こしたトラブルにいつも頭を下げて回っているうちに、いつしかそれが自分の役目だと錯覚し、苦労を背負い込まねば罪悪感に押しつぶされる。キリストのスティグマは深くなり、目の前に銀貨を見つけても受け取る事ができない。実に難儀なことだよ」

「……恵里は随分と変わったわよね」

 

露骨な話題転換だが、気になっていた事でもある。恵里は以前まではごく普通の大人しい図書委員の女子生徒であった。しかしある時期を境として彼女は豹変した。明るくはなったが、黒い面と毒舌を撒き散らすようになった。親友の鈴には大きな変化はないが、よくルービックキューブと梟の小物をいじっており、ムードメーカーをしている裏で変わり者というか、少し不思議ちゃんな印象を雫は受けていた。

 

「…少し前まで僕はKの事が好きだったのさ。親からの虐待に苦しみ、己が生命を断とうとしていた僕にアイツは言った。『もう一人じゃない。君を守ってやる』とね。簡単に言えば、僕はその言葉に逆上せ上がった。アイツの周りの女の子を、香織や雫も含めて貶めて、処理しようと思う程度には」

 

雫は恵里の話の内容に吃驚していた。恵里が親から虐待を受けていた事、そして友達かと思っていた相手が実は自分を貶めようとしていた事、どれも雫にとっては寝耳に水だった。

 

「だけど僕としたことが詰めが甘かった。僕が香織に目を付けた時、既に香織は南雲君と付き合っていて、Kのことなんて眼中に無かったんだ」

「エリリンはいつも細部は適当だもんねー」

「だまらっしゃい」

 

急に漫才を始める二人に雫は咳払いをする。すると恵里は「ごめんごめん」と言い、話を再開する。

 

「で、香織を処理する為に材料探しをしている間に南雲君に見つかった。香織の恋人だと言われた時には驚いたね。僕の所業を告発するのかと聞いたら、奴はこう言った。『大規模テロとか興味ありません?』とね」

「!?!?」

 

ハジメの普段の様子からは想像もつかない言葉に雫が驚く中、恵里はその時の会話を思い出す。

 

 

 

『大規模テロ?揶揄っているのかい?僕が興味を持つのは光輝君の事だけだよ。そもそもそんな事が出来るかどうかも知らないし、よしんば出来たとしてどうでもいいけどさあ』

『まあまあ結論を急がないで。テロとは言っても大雑把に民衆を混乱させる、くらいに考えて下さい。好きでしょう?そういうの』

『お前さあ、黙って聞いてれば他人の事を社会不適合者か危険思想犯みたいに…』

『違うんですか?』

『………………』

 

 

 

「その後奴は一枚のカードを手にこう言った。『あくまでも僕達に危害を加えると言うのなら、このゲームに勝利してごらんなさい』と。渡されたカードを見たら『青イ鳥を探せ』という文と、一つのURLが書いてあった。これに勝てば奴の邪魔は無くなる。それからは、まあ色々とやったよ。暗号解いたり画像解析したり素因数分解したり…やってる過程で分かったのは、南雲ハジメは合法的なテロリストって事さ。自分の絵に謎を組み込み、解けば財宝が手に入る。資産家の協力者がいたらしいね。中には億に届く価値の物もあった。それを使って人々に強烈な印象を残し、不特定多数の心で生き続ける。それが奴の計画」

 

随分と壮大な計画を立てたものである。雫の頬は引き攣っていた。恵里の話では、仕掛けられた謎解きゲームはいずれも高難易度で、特定の場所や人物に誘導する物もあったらしい。舞台は雫達が住む新宿全体。その規模を考えればハジメが光輝を中心とした自然発生クラスカーストに動じなかったのも頷ける。

 

「謎を解いていくうちに、なんだかKの事がどうでもよく思えてきてね。結局僕は生きる理由が欲しかっただけなのさ。だから形だけは正しかったKに執着した。でも謎解きが続く限り僕は生きていてもいい、この瞬間がもっと続けばいいってね。そして全ての謎を解き終わった先で待っていたのは…鈴だった」

「えっ?」

 

雫はたまたま持っていたらしい梟のストラップを弄るおさげの少女を見る。

 

「鈴も計画に加担してた…というよりゲームの段取りを考えたのは鈴なのだー。ホワイトハッカーの技術を使えばネット上に謎を作る事も可能なんだよねー」

「ノートパソコンが置かれたデスクの前で椅子に座ってる鈴を見た時は流石に驚いたね。でも謎解きの最中に何度か登場した梟を思い出して合点がいった。そういえば鈴はよく梟のアクセサリーを弄っていたな、と」

「まあ、鈴も親友が破滅するのは歓迎できない。だから南雲君に協力して謎を作った。エリリンにはとりあえず『敵対するならホワイトハッカーの技術を総動員して邪魔する』と伝えたんだ。でもエリリンにはもう敵対の意思は無かった。その後はエリリンもホワイトハッカーになって、南雲君のテロ計画に二人して加担してる、と」

 

雫はその話を聞いて、改めてハジメ達に畏怖と尊敬の念を抱いた。彼らは自分の人生を『生きている』と思ったのだ。

 

「でも、結局光輝に付いていくしかないのよね。他に地球に帰れる方法は無いわけだし」

「ハッキリ言って、光輝君に追従しても鈴達が地球に帰るよりリーマン予想が解決する方が早いんじゃない?確約されたわけでもないし」

「うっ」

 

鈴に「150年間誰も証明できていない未解決問題よりも難しい事を光輝はやろうとしている」事を指摘され、尚且つそれも確実なものでは無いと言われ意気消沈する雫。そして今後の予定を話し合おうとした時、

 

「雫!そろそろ訓練に行こうじゃないか。君に相談したいというクラスメートもいるし、早く部屋から出てきたらどうだい?」

 

喧しいノックと共に勇者こと天之河光輝が来訪した。部屋の中の三人は溜息を吐く。因みに今は王国から課された訓練ではない自由時間だ。

 

「光輝、貴方が私達の行動を縛る理由は無いわ。自由時間くらい好きにさせてちょうだい」

「なっ!?世界を救うためには訓練によって力を付けなきゃならない。部屋に引きこもってる場合じゃないだろう!」

「幸い南雲君が作ってくれた『黒ノ誓約』で自分なりに訓練できてるわ。ステータスの上り幅も大きいわね」

 

それでも扉の前で何かを言う光輝。恵里はいい加減うんざりして扉に向けて口撃を行う。

 

「ヨハネ伝第五章で、イエス・キリストがなんて言ったか知ってる?『厄介ごとを持ち込むな、この馬鹿ども』だよ」

「ば、馬鹿!?訓練と相談が馬鹿だと言うのか!?」

「なんにせよ、神の使徒と木の洞は留守だ。休暇取ってベガスに行ってる」

 

形式上正しい事を言う光輝に対し、欲望渦巻く賭博の街を引き合いに出す恵里。光輝は絶句するが、状況が把握できないながらもこのまま呼びかけ続ける事は悪手である事をなんとなく察した龍太郎が光輝を引きずっていく。

 

雫は恵里と鈴に感謝していた。なんだか心の呪縛が少し解けたような気がしたのだ。ベガスに行ってる事にされたのだけは不満そうだが…

 




女神様大戦犯。一応フォローしとくと意図して生み出したわけじゃないんです…まあ元を辿ればエヒトのせいだが

備忘録

九龍衆:パニグレやってる人なら分かるかも?

花:DOD3の厄ネタ。(作者の知る限り)本家の方でも正体は断言されていない謎の存在。今作ではこういう設定である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奈落ノ二重奏(デュエット)

感想欄でバッドエンドを心配されている方々、大丈夫です。今現在の予定ではハッピーエンドの予定ですから。
いやー、『花』のインパクトが強いですね(笑)。最早バッドエンドの代名詞とも言えるNieRシリーズ&DODシリーズ。今作はそれを敢えてハッピーエンドにしようじゃないかと言う(ふざけた)精神で書いております。


ハジメ達の迷宮攻略は続く。ハジメ達に時間の感覚は既にないので、どれくらいの日数が過ぎたのかはわからない。それでも、驚異的な速度で進んできたのは間違いない。数学者なんだから計算しろよと思うかもしれないが、意識を失っていた期間もあるため正確に算出するのは不可能である。

 

その間にも理不尽としか言いようがない強力な魔物と何度も死闘を演じていた。

例えば、迷宮全体が薄い毒霧で覆われた階層では、毒の痰を吐き出す二メートルの虹色のカエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾に襲われた。『自動修復』が無ければ探索しているだけでヴァルハラに辿り着いただろう。機械生命体も当たり前のように出現する。意外とワールドワイドな奴ららしい。地上や迷宮表層の個体よりも知能が高いのか、身の回りの毒物を武器に塗って襲い掛かってきた。ハジメが攻撃を受けた時、神経を直接侵され激痛を齎した。念のために回収しておいた魔石で異重合核を作り、取り込まなければ、ヒドラの毒矢を受けたケイロンのように永遠にもがき苦しんでいただろう。機械と化した身体でも痛覚は存在するようである。

 

なお、香織に対して異重合核を近づけてもハジメのように勝手に取り込まれるというような事は無かった。これはセイレーンと化したときに多数の魔物や機械を取り込み、魔石や機械生命体のコアを大量に取り込んでしまった故に人間でいうところの空腹感を感じなかったからであるが、当人達はそんな事は知らない為、異重合核は今のような緊急時以外はあまり取り込まない事にしている。とはいえ機械化した魔物達と闘えば勝手に取り込まれてしまうが…

 

「大丈夫?ハジメくん」

「なんとか痛みは治まりましたね。しかし僕の射撃と香織の破壊音響を掻い潜って来るとは…」

「しかも音を察知できない敵もいるし…厄介極まりないなあ」

 

この階層では出来る限り遠距離攻撃で制圧し、出来る限り敵に近づかないようにして突破した。

 

 

また香織の右眼に咲いている白い花だが、香織曰くしっかりと両目分の視界があるらしい。また、花に物が触れても特に痛みは感じず、敵の攻撃で破損してもいつの間にか修復されている。奈落に落ちた直後よりも増えたハジメの技能によって鑑定してみると、どうやら見た目通り植物細胞に近似しているようだ。

香織が言うには何かを吸われているとか、寄生されているような感覚はしないらしい。それがかえって不気味だが、現状ではどうしようもない。まさか無理やり引っこ抜くわけにもいかない。

 

探索を続けていると、地下迷宮なのに密林のような階層に出た。物凄く蒸し暑く鬱蒼としていて今までで一番不快な場所だった。この階層の魔物は巨大なムカデと樹だ。突然頭上から巨大なムカデが降って来た時は香織はショックで戦闘不能になりかけた。しかもこのムカデ、体の節ごとに分離して襲ってきたのだ。数珠玉と節足動物を足して2で割ったらちょうどこの魔物になるだろう。

 

一心不乱にチェロやヴァイオリンを弾き続け、魔物を倒していく香織。

彼女の武器は地上で使っていた『ウーベルチュール』の改良版であり、名を『ワルドマイスター』という。授格者となってから魔法の発動に詠唱や魔法陣を必要としなくなったため、その分のソースを別のところに回している。ハジメはこの武器を作るときに地球の電子楽器を思い出した。エレキギターなどが有名だが、ヴァイオリンやチェロにも電流で音を出す物は存在する。思い立ったが吉日、ハジメは錬成師と数学者の技能を総動員してその機構を作り上げた。電池の役割を果たすのはパニシングの力である。また、チェロのままでも良かったのだが、素早い敵が相手では機動力に欠けるためヴァイオリンVer.も作った。こちらの名は『オディリア』という。

余談だが、これを作るためにかなりの集中力を要したために香織の事をほったらかしにしてしまい、感謝はしつつもヤキモチを焼いた彼女が暫くハジメから離れなくなってしまった。

 

「もう嫌ぁぁぁぁ!」

 

香織が泣き叫びながらヴァイオリンを演奏し、彼女の周りに現れた魔法陣から無数の光弾が飛び出る。その魔弾はムカデに着弾すると白い花のような爆発を起こした。空中に咲き乱れる白い花にハジメは見とれたが、同時に明らかに演奏者の技能ではないその攻撃に首を傾げていた。授格者と化してから見た香織のステータスプレートには『ウタ』という技能が追加されていたが、それによるものだろうか。

だが得体は知れないながらも役に立っている事は事実。奈落から生還するためには手段を選んでいられない。

 

「えっぐ…ひっく…」

「よしよし」

 

ムカデの殲滅を終え、泣きついてくる香織を慰めるハジメ。嫌悪感が先だったのか、香織の方がキルレートが高かった。

やたらと美味な木の実を投げてくるトレントのような魔物もいたが、ハジメが『重合爆発』で殲滅した。因みに木の実はきっちり回収しておいた。

 

その後、一通りこの階層を探索し、次の階層へ向かおうとした所で問題が起きた。次の階層への通路の前に二体の機械が陣取っていたのだ。白い球体に四本の黒い脚が生えており、見た目はさながら脚の少ない蜘蛛という感じである。しかもそこそこデカい。

 

「…また虫?」

 

香織が嫌そうな顔をして呟く。蜘蛛恐怖症というわけではないが、好き好んで見たいものでもない。

 

「無視して進めればいいんですけどね。虫だけに」

「………………」

 

香織が凄まじいジト目を向けてくる。ハジメとしては場を和ませるために鈴の真似をしてみたが、彼女の場合は見た目効果もあったのだろう。「冗談です」と取り消した。

 

暫く様子を見ても蜘蛛達はどく気配が無いため、こちらから仕掛ける事になった。しかしハジメ達が物陰から出ると、敵『異合探査ユニット』はすぐに察知して攻撃を仕掛けてくる。二体のユニットは四本の脚を一点に集中させ、ドリルのように回転しながら突っ込んで来る。二人はそれぞれ躱しながら、ハジメはアストレイアによる銃撃、香織はオディリアによる魔弾を撃ったが、それ程効いていない。実はこの異合探査ユニットにはそれぞれ『抗物理』『抗魔法』というバフが付いており、二人はそれぞれが耐性を持つ攻撃を加えてしまったのだ。

 

今の攻撃がそれ程効いていない事を悟った二人は装備をセインとワルドマイスターに変更。四本足で踏みつけてくる探査ユニットに熱の弾丸による掃射とチェロのエンドピンによる刺突攻撃を行う。今度は攻撃が通り、二人は勝機を見出す。

しかし探査ユニットも黙って殴られているばかりではない。二体は脚を折りたたみ、ハジメと相対しているモノは突撃してきて、香織と相対しているモノは距離を取り、レーザーを放ってくる。

 

「ハジメくん!」

「了解」

 

二人は回避すると同時にスイッチし、標的を変える。香織はワルドマイスターから磁場の渦を放出し、『抗物理』を持つユニットを引き寄せると同時に攻撃する。さらに突撃して楽器本体で横薙ぎし、弓を回転させながら投げて連続攻撃を加える。全てに電流を纏わせているため問題なく効果を発揮し、敵を倒すことが出来た。

 

一方ハジメも『抗魔法』を持つ探査ユニットにアストレイアによる狙撃を放つ。これは実弾による攻撃なので阻害される事は無い。リーブラによる制圧射撃も交えて探査ユニットに攻撃を続けるハジメ。

しかしここで異変が起こる。なんとハジメが放った銃弾が跳ね返ってきたのだ。咄嗟に『超速演算』を使って避けるハジメ。因みに『超速演算』は脳の処理能力を強制的に上昇させる技能であるため、過使用は禁物。トータスに飛ばされた初期よりも効果時間や使用頻度は増やせるが、むやみやたらに使えるわけでもないのだ。

 

ハジメは自分の銃弾を避けた後に敵の方を見ると、敵の脚が回転し、バリアのような物を展開していた。先程の現象を振り返るに、おそらく攻撃を反射する類のものだろう。「ふむ…」とハジメは思案する。こうなってしまうと自分が持つ銃器の類はほぼ無効化されたと考えていい。『熱操作』で周囲の温度を上げるか下げるかしてゴリ押すのも一つの手だが、もっと簡単に済む方法がある。

 

「香織」

「はーい」

 

ハジメは先に敵を倒していた香織を呼んだ。そして香織は『破壊音響』で敵を押し潰す。あのバリアも流石に音圧までは弾き返せないらしく、為す術なく潰された。

こうして二体の異合探査ユニットは倒され、ハジメはまた新たな兵器製作に取り掛かった。

 

 

 

その後もハジメ達は階層を突き進み、五十階層まで到達する。実のところ奈落に落ちてから一カ月近くは経過しているのだが、地上への出口どころか地獄の最下層(コキュートス)すら見える気配はない。

ハジメ達は此処で作った拠点にて、鍛錬や装備のアップデートを行っていた。というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この階層には明らかに異質な場所があった。

それはなんとも不気味な空間であり、脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有った。その両脇には槍と盾を持った二対の石像が鎮座している。そして扉の前に槍を交差させていた。

ハジメ達は期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

 

「パンドラの箱…ですね。待ち受けるのは絶望か希望か」

「聞こえてくるのは受難曲(パッション)嬉遊曲(ディベルティメント)か。どっちだろう?」

 

自分達の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。

 

 

扉の部屋にやってきたハジメは油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。どうせ、けったいな鍵が要るんだろう。

 

「なんでしょう、これ。それなりに勉強したつもりですが…」

「ハジメくんが知らないとなると、相当古い式なのかな?」

 

低いステータスを補い、武具の製作の為に座学に力を入れていたハジメ。無論、全ての学修を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。ハジメは推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。いかにも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今のハジメ程度の知識では解読できるものではなさそうだ。

 

「仕方ありません。このようなやり方は好きではありませんが、強行突破です」

 

やはり謎解きゲームを作っている身からすると好ましくはないらしい。ただ今は趣味にこだわっている場合ではない為、『錬成』でこじ開ける事にする。しかしその途端、

 

「きゃっ!?」

「おっと…」

 

扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。『自動修復』で直っていくが、直後に異変が起きた。

突然扉から赤い電子回路のような模様が走ったかと思うと、両脇の石像に入り込み、二体が動き出したのだ。

 

「様式美…ですかね」

 

扉の前から離れ、セインとワルドマイスターで攻撃するハジメ達。しかし石像はそれでは倒れない。そして二人の脳裏に警告信号が響く。

 

WARNING   ヘンゼル グレーテル

 

「少し面倒な相手のようだ…」

「ちょっと長めの演奏になりそう」

 

しかし、幾つもの修羅場を乗り越えてきたハジメ達は恐れを為さなかった。

 

「アダージョ」

「アンダンテ」

「「演奏開始!」」

 




こういう事してるから話が進まないのである。直す気はありませんが。まあこういう余計な戦闘はちょいちょい入れていくので気長に宜しくお願い致します。

備忘録

ワルドマイスター/オディリア:パニグレのセレーナの武器。名前は前者は香草の一種、後者は花の名前、もしくは人名らしい。セレーナのチェロ以外の武器はフルートだが、作者の趣味と「自分が弾いてる楽器の方が書きやすい」という理由でヴァイオリンとなった。

異合探査ユニット:パニグレの敵の一種。奈落で何を探査していたのやら。プレイヤーからは嫌われている。

ヘンゼル&グレーテル:NieR Replicantのボス。今作では背景ストーリーは無い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

苦刑ノ乙女

今更ながら今作の闇魔法について解説を。

ありふれ原作では精神や意識に作用する魔法だが、今作では暗黒物質のようなナニカや重力による攻撃もこの属性である。ブラックホールなどは重力で光すらも飲み込むため、そこまで突飛な設定では無いと作者は思っている。


ヘンゼルとグレーテル、人形のような甲冑のような二体の石像。地球に存在するお菓子の家で有名なあの童話を模しているのか、逆に童話の方が模しているのか、はたまた全くの無関係なのかは不明だ。しかしハジメ達にとっては自分達に立ちはだかる敵以上の意味は持たなかった。

 

「はあ、なんとかやれてるね」

「動きもそれほど複雑ではありません。押し切ってしまいましょう」

「童話の登場人物に動く石像…」

「目の前の景色は現実ですがね」

 

この二体の石像は、石で出来ているとは思えない硬さと身長3メートル程はありそうな巨体に似合わない機動性を持ち合わせるが、今までの奈落の魔物達に比べれば分かりやすいモノだった。

今はハジメが青い目の石像『ヘンゼル』を、香織が赤い目の石像『グレーテル』を相手にしている。とはいえこの状態は固定されたものではなく、二人は相手を入れ替えながら行動パターンを相手に悟らせないように立ち回っていた。

しかし此処にわざわざ配置された番人なだけあり、このままやられるというような事は無かった。

 

「おっと…」

「ハジメくんの攻撃が弾かれた…」

「防御結界ですか。しかし相手も動けないようですね」

 

ハジメはヘンゼルに攻撃が通らないとみると、グレーテルにアストレイアの銃撃を放つ。

 

「ならば結構、結界を張っていない方から倒しましょう」

 

ハジメはセインで中距離戦を挑み、香織はワルドマイスターで接近戦を挑む。

香織は弓で2回斬りつけ、本体で横薙ぎし、エンドピンで刺突、さらにチェロを地面に突き立て、それを弓で斬りつける事により音の斬撃を飛ばし、最後の一撃を弓で加えるという連撃を行った。

香織の攻撃が終わった所で防御結界がグレーテルに移り、ヘンゼルが攻撃を始める。

 

「っ!」

 

ヘンゼルは口?から火炎弾を連射してきた。ハジメは少し驚いたものの、セインで撃ち落としていく。その隙に香織が弓を投げて接近し、ワルドマイスターでの横薙ぎを加える。更にヘンゼルにエンドピンを突き立て、電流を伴った強烈な一撃を加える。

 

しかしヘンゼルとて佇むだけの案山子ではない。すぐに炎を纏った槍で反撃してくる。香織は後ろに跳んで回避し、ハジメがアストレイアで射撃。怯んだヘンゼルに更に肘鉄を当て、リーブラを連射する。ヘンゼルはハジメを攻撃するが、ハジメはそれを回避し、カウンターとしてアストレイアによる銃撃を放つ。すると防御結界はヘンゼルを包み込み、結界が解けたグレーテルが背後から香織を槍で刺そうと突撃してくる。

 

「見えてるよ!」

 

しかし香織はサイドステップで回避し、細剣による一撃を加えようとするが、

 

ガキンッ―――!

 

「っ!」

 

グレーテルは手に持つ盾で攻撃を弾き、槍でカウンターをする。香織はワルドマイスターで防ごうとするが、その前に『氷晶』で急接近したハジメが槍を弾く。

 

「失礼。エスコートの仕方がなっていなかったもので。お邪魔でしたか?」

「いいえ。やっぱりダンスのパートナーはハジメくんじゃなきゃ駄目みたい」

 

軽口を叩き合った二人は流れるように攻撃を続ける。グレーテルは火炎弾を放つが、香織の『破壊音響』によって霧散される。この攻撃で無防備となったグレーテルにハジメは『白夜還流』を叩き込む。よろめくグレーテルに香織がエンドピンによる刺突攻撃を加え、さらにハジメがアストレイアでグレーテルの左目を撃ち抜く。

その銃撃がトドメとなり、グレーテルは倒れた。

 

「残り一体」

「早急に片付けましょう」

 

防御結界を解いたヘンゼルはグレーテルの姿を見て怒り狂ったように叫ぶ。

 

「謝罪はしませんよ。僕達にとって必要なことですから」

 

ハジメの言葉が分かるはずもないが、ヘンゼルはそれまでとは一線を画す勢いで火炎弾を放出する。香織が『破壊音響』で相殺するも、全ては対処しきれない。しかしハジメは『氷晶』で急接近し、袈裟斬りと斬り上げを二回ずつ行う剣技『嵐雪』で火炎弾を切り裂き、更に『白夜還流』でヘンゼルを斬る。

しかし怒涛の連撃を繰り広げながらも、背筋に悪寒が走ったハジメは咄嗟にその場を飛び退く。その直後ヘンゼルが槍を振り下ろし、周りの地面から剣山が生える。

 

「迂闊に近づくのは危険ですね」

「遠隔攻撃だね」

 

ヘンゼルは更に槍を振り下ろし延長線上に剣山を生やすが、武器をオディリアに変えた香織はサイドステップで回避し、演奏を始める。彼女の周りに無数の魔弾が現れるが、ヘンゼルも火炎弾で応酬する。

しかしハジメは異合探査ユニットの残骸から作った機械アームにセインを撃たせ、自身もリーブラによる制圧射撃で火炎弾を相殺していく。

両者が撃ちあっている間に香織の演奏が終了し、魔弾がヘンゼルに襲い掛かる。ヘンゼルは応戦しようとするも、ハジメのアストレイアによる攻撃で体制を崩し、香織の魔弾が次々と命中する。そして白い花のような爆発を連続的に起こし、ヘンゼルも倒れた。

二体が事切れている事を確認した香織はオディリアで演奏を始め、一曲弾き終えるとお辞儀をした。

 

「戦場へ消えていった命へ、鎮魂曲(レクイエム)を」

 

これは香織が自身に課したルールであり、探索や大きな戦闘の終わりに敵を弔う曲を演奏するのである。死した存在が音楽を聴いているはずもない、単なる自己満足であると言われても否定は出来ないが、香織にこの演奏を止める気は無い。敵への弔いだけでなく、自身が殺戮を楽しまないように戒める行為でもあるためだ。『セイレーン』という狂気の産物を生み出した香織の、残虐性への抵抗とも言える行為。

ハジメも香織のこの行動を止める事はしなかった。ハジメも敵を弔う事には賛成であったからだ。音を出すことが出来ない状況下では止めるが、そういった場合は香織も弁えているため止める必要性はあまり無かった。なにより弔いの演奏をする香織は美しかった。ハジメは自分も敵に対して黙祷をした後は、鎮魂曲を演奏する香織を眺めていたりするのである。

 

 

 

 

「待たせちゃったね。行こうか、ハジメくん」

「平気ですよ。気の済むまで弾きなさいな」

「ふふ、ありがとう」

 

ハジメは演奏が終わった後、ヘンゼルとグレーテルの残骸から魔石を取り出し、扉の窪みに合わせてみると、ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い電子回路模様が迸り、魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

ハジメ達は少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメ達がその空間に一歩を踏み出した所で違和感に気付く。本来であれば固い大理石の感触が足に伝わってくるはずが、ハジメ達が踏みしめたのは液体だった。

そして、ハジメ達はその感触を知っていた。それは香織、彼女が侵蝕されたセイレーンによって生み出された赤黒い液体。パニシング赤潮のものだった。

 

「ハジメくん、これ…」

「パニシング赤潮…ですね。香織の時と同じならばこれを生み出している存在がいるという事ですが」

「どうする?引き返す?」

 

ハジメは少し考える。確かに赤潮がある以上この空間は危険だ。しかし自分達を授格者たらしめたパニシングについては不明瞭な点が多い。ここで引き返せば、パニシングの解明への足掛かりを一つ失う事になる。故にハジメはこの部屋を探索することに決めた。虎穴に入らずんば虎子を得ず。時にはリスクを承知で踏み込まねばならないときもある。

 

とはいえ何が起こるか分からないのも事実。ハジメ達は慎重を重ねて部屋を探索する。香織の『反響定位』やハジメの『動体解析』、『敵性反応感知』などの技能を使いながら探索していると、奇妙な物を見つけた。シルエットはドレスを着た長身の女性のようだが、所々から針が生えており、全体的に禍々しい印象を受ける。さしずめゴシックアートと拷問器具の中間体と言ったところか。

一見すると不気味なオブジェのようにも見えるが、あれだけ手の込んだ封印をしていたのだ。ただの芸術作品ではないだろう。

 

ハジメ達が警戒しつつも訝しんでいると、ソレは突如として巨大な針を飛ばしてきた。ハジメ達は左右に分かれるようにして避ける。するとソレの頭部に当たる部分が赤く光り、あまり速くは無いがハジメ達を睥睨するように方向転換する。

 

WARNING   苦刑ノ乙女

 

二人の脳裏に再び警告信号が鳴り響く。

 

鎮魂曲(レクイエム)を弾いたばかりでお手数かけますが、手伝ってください」

「言われるまでもないよ」

 

ハジメと香織が戦闘態勢を取ると、苦刑ノ乙女は二人を分断するように黒い針の壁を作る。

 

「これは…黒ノ処刑?」

「同一ではないにしろ、似たような物のようですね。足元にご注意を」

 

とはいえ二人は分断されてしまっているため、それぞれが敵に攻撃を仕掛ける。ハジメは飛んでくる針や、地面から散発的に生えてくる針を避けながらリーブラで銃撃し、隙を見てアストレイアも使う。香織はハジメ程の機動性は持たないが、飛来する針は『破壊音響』で対処し、地面からの攻撃は確実に避けている。幸いにして苦刑ノ乙女はあまり動かない固定砲台タイプの敵らしく、分断されながらも連携は容易であった。

 

香織が細剣での近接攻撃を仕掛け、注意を誘導し、ハジメはその間にアストレイアで狙い、銃撃時は香織は離れ、今度はハジメが朱樺で攻撃し、香織の遠隔攻撃時は離れる…という戦法で戦っていると、突如として針の壁が消失した。

 

「…!」

 

しかしそれほど間を置かずに今度は二人を中央に追い詰めるように針を出す。更に二人が合流した所で、囲むように針を出した。

 

「これ、まずいんじゃ…」

「閉じ込められましたか…」

 

苦刑ノ乙女は檻の中の獲物に対して赤黒いエネルギー弾を放つがハジメがセインで相殺する。

 

「攻撃は僕が対処します。香織は針の破壊を」

「分かった!」

 

こんな状態で地面からの針攻撃でも来よう物なら詰みである。ハジメがセインやアストレイアで牽制や攻撃をする傍ら、香織は『破壊音響』で針の檻を破壊する。そして地面からの針が来る間一髪で二人は回避した。

 

「出来る限り離れましょう。二人同時に閉じ込められるのだけは回避するんです」

「了解!」

 

あの限定された状況下ではハジメも全ての攻撃を捌く事は出来ず、幾つかの針やエネルギー弾には被弾してしまった。自分の身体に刺さった針を抜き、後は『自動修復』に任せ、ハジメは遠隔攻撃を開始する。それを見た香織は苦刑ノ乙女に弓を投げつけ、急接近してワルドマイスターでの横薙ぎを喰らわせる。

 

苦刑ノ乙女は香織を針の檻に閉じ込めるが、今度はハジメに気を使わなくて良いために、さっきよりも短時間で抜け出される。それならばハジメを、と針の檻を出現させるが、ハジメには『超速演算』を使って回避された。

 

業を煮やした敵は縦横無尽に針を生やし、戦場を狭める事で優位に立とうとするが、香織に片端から破壊され、さらにハジメが針をバリケード代わりにし、隙間から精密な射撃を撃ち込まれる。

 

そうして闘っているうちに、苦刑ノ乙女は動きを停止した。ハジメと香織が警戒し距離を取ると、敵の上半身の装甲が剥がれ、中から何かが出てくる。その出てきたモノは…

 

「人!?」

「っ!」

 

ハジメが咄嗟に近寄り、その人物を抱きとめる。その人物の外見は12歳前後の少女で、意識こそ失っているが、香織曰く心音のような物は聞こえるため、命に別状は無いようだ。

 

「この子、一体…」

「考えるのは後です。ひとまず安全な場所に避難しましょう」

 

ハジメ達はパニシング赤潮が満ちる封印部屋から抜け出し、自分達が作った拠点へと向かった。

 




ユエファンにも怒られるなこりゃ(涙目)。というか現時点の構想では殆どのヒロインのファンに怒られますわ(笑)。既に勇者ファンに喧嘩を売っているというのに…

封印部屋のサソリ「あれ?俺の出番は?」
残念ながら苦刑ノ乙女にやられてしまった模様。

備忘録

苦刑ノ乙女:パニグレのボスの一体。囲むように展開される針の攻撃が厄介。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

語ライ/アイ二乗

ハーレム物っていざ書くと難しいですね。(異世界転生ハーレム物の小説を書こうとしたら魔女と死神のラブストーリーを書いてしまった人並感)

あとタイトルの元ネタがバレそう。


―――どうして私がこんな目に

―――どうして裏切ったの?叔父様

―――痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!

―――誰カ私ヲ助ケテ!殺シテ!この地獄のヨウナ痛みガ永遠に続クなら、いっそヒトオモイにコロシテ!

 

 

 

「…!」

 

封印されていた少女は目を覚ます。肉親に裏切られ封印されてから、今日でどれほど経つだろう。また痛みに耐えねばならぬのか。少女が憂鬱になりかけた所で違和感に気付く。手が動く、足が動く。封印されていた自分は手足など碌に動かせなかった。しかし今、自身の身体はなんの拘束もされずに横たえられていた。

 

「おや?目が覚めましたか」

 

声が聞こえた方を見ると、見たことの無い道具を弄っている男がいた。体格や声から男性だと分かったが、少し長めの髪に中性的な顔。女性と言われても違和感が無い。

 

「…今何か失礼な事考えてませんでした?」

 

少女は首を横に振って否定する。状況は分からないが、封印されてから初めての知性体である。機嫌を損ねるのは悪手だ。

 

「ああ、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。僕は心が広い…というより自分に無関心だから、大抵の暴言は許してしまうのです」

「それはそれで問題じゃないかな、かな」

 

今自分が思った事と同じ事を言いながら、むすっとした顔で右眼に白い花を咲かせた女が洞穴の奥から出てきた。

 

「あ、目が覚めたんだね!良かった…」

 

しかし意識が戻った自分を見て表情を綻ばせる。すると男は手作業を止めてこちらを見た。

 

「役者も揃ったところですし、貴方について聞きましょうか。まず一つ、これは形式的な質問ですが、僕達と敵対する意思はありますか?」

 

 

苦刑ノ乙女から出現した少女が目覚めた時、ハジメ達が最初に問うたのは「敵」か否か。現状敵対の意思は見られないが、仮にも封印されていて、自分達に襲い掛かってきた相手。本人の口から直接確認を取りたかった。

 

「敵対する意思は…無い。次は…貴方達の…名前を教えて欲しい」

「個人情報の開示はもう少し後ですね。僕はまだ貴女を完全には信用していない。少しでも危険だと判断したら…殺してしまうかもしれませんね?」

 

目の前の少女は少しゾッとしたような表情を見せる。香織は少女を心配そうな表情で見つめるが、いざとなればそのような手段を取らなければならない事も分かっているので、複雑そうな様子だ。

 

「次の質問です。何故、封印されていたのです?」

「…裏切られた」

「ほう、誰に?そして何故?」

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

枯れた喉で必死にポツリポツリと語る少女。随分とまあ波乱万丈な人生だ。異世界版ロベスピエールの犠牲となったらしい。ハジメと香織の心中は複雑だったが、いくつか気になるワードがあったので質問を重ねる。

 

「貴女、王族だったんですか?」

「……(コク)」

「殺せない、とは?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

 

確かにそれは凄まじい力だ。ふとハジメは『自動修復』の限界が気になった。欠損した部位すらも修復するこの技能だが、首を落とす、すなわち脳との接続を断たれても『修復』されるのか、それともそのまま死ぬのか。今度試してみようか。などと考えていると、香織から物凄いプレッシャーを感じる。時々「思考を盗み見ているのか?」と思うような反応をする香織に、ハジメは少し冷や汗を流しながら問答を再開する。

 

「すごい力というのはそれですか?確かに聞く限りは事実上の不死ですし」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

「なるほど。危険因子扱いされるわけだ」

 

この少女の演算能力を例えるなら、20世紀の真空管を使ったコンピューターに対する未だ実用化されていない量子コンピューターだ。周りが一千万年かけてNP問題を解いている間、一瞬で最適解が導き出せる。

「わざわざ封印したのは、研究材料にでもしようとしたのかな?」などとマッドサイエンティストのような考えが浮かび、慌てて打ち消すハジメ。少女はそれを拒絶と取ったのか、泣きそうな顔で懇願する。

 

「……おねがい…たすけて……もうあんなの嫌……ずっと暗くて……誰もいなくて……体も蝕まれて……助けないなら…いっそ殺して…」

「ハジメくん…」

 

ハジメは少女と恋人を見る。香織は言葉に出さないが、少女を助けたいと思っているのは表情で分かる。

この少女の言葉には何の根拠も無い。全てが嘘であり、自分達に害するものであるという可能性はゼロではない。しかしハジメには目の前の少女の様子に『嘘』を見出すことが出来なかった。全くもって非論理的だが、ハジメにはこの少女は信用できるという感情があった。「機械と化した今でも、まるで人間みたいな事を考える。理解不能だ」と自身の非論理性に愉快な気分となる。

 

「分かりました。貴女を助ける…かどうかは知りませんが、この旅の道連れとしましょう」

 

捻くれた表現で自身の救済を決めたハジメに、少女は目を見開く。

 

「……いいの?」

「僕の脳裏の量子論は、そう結論付けました」

 

少女はハジメの手を握る。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。ハジメが横目に様子を見ると少女が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと少女は告げる。

 

「……ありがとう」

 

繋がった手は握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。地球で言うなら第一次世界大戦よりも前だ。

 

話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて、パニシングに感染し逃げ場のない痛みに耐え続けた。よく発狂しなかったものである。自動再生的な力の影響かも知れないが、だとすれば逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

 

恋人の香織には申し訳ないと思いつつも、ハジメは少女に見惚れてしまった。「死んだ女よりもっと可哀想なのは忘れられた女だ」という言葉を思い出したのだ。現代風に表現するなら、生物学的な死よりも悲惨なのは情報(ミーム)の消滅であるという事だ。実際のところ、ドラマチックに人が死ぬストーリーは売れる。『ロミオとジュリエット』などその最たる例であろう。非業の死によって登場人物の情報(ミーム)は読者の脳裏に残り続ける。

 

しかしこの少女の場合は、封印と言う措置によって存在ごと忘却された。誰の頭にも、文献にも残る事が無く、機械的な予定調和によって(ゼロ)となる。その死滅回遊から救い出された情報(ミーム)という物は得も言われぬ美しさを持つものだ。

 

無論、この少女が小さいながらもどこか神秘性を感じさせる外見であることも拍車をかけているかもしれないが…

 

「ふふ、良かった。たった今から仲間だね」

 

香織が安堵と祝福の声を掛けながらも、ハジメと少女をやんわりと引き離す。少女は少し残念そうな顔をしながらも、「……名前、なに?」と聞いてきた。

 

「南雲ハジメです。ハジメが名です」

「白崎香織。ハジメくんの恋人」

 

香織は名前よりもその後ろの部分を強調している感じがあるが、とりあえずそれぞれが名乗ると、少女は「ハジメ、カオリ」とその名を呟く。それは、裏切られて一人になってから数百年ぶりに出来た誰かとの縁を確かめるような呟きだった。

 

「貴女の名は?」

「……名前、つけて」

「付ける?」

「忘れてしまったのですか?」

 

詳細な年月は不明だが、吸血鬼という種族は数百年前に滅んでいる。目の前の少女は吸血鬼が実在していた時代の存在だ。これらから封印されていた期間は相当長い事は自明である。それだけの時を誰とも話さず、名乗る事も無く過ごせば名前を忘れるというのは有り得ない事ではない。だが、二人の問いかけに少女は首を横に振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……二人の付けた名前がいい」

「さてどうしましょうか…」

 

二人は名前を考える。しかし香織はこの手の思考には慣れておらず、小夜(サヨ)月子(ツキコ)といった日本人ネームや、夜想曲(ノクターン)子守歌(ララバイ)といった音楽用語しか思い浮かばない。後は花の名前とかどうだろう。と考えていると、先にハジメが考え付いたようである。

 

「『ユエ』というのはどうでしょう」

「ユエ…?」

「地球の言語の一つで『月』を意味する言葉です。我々のイメージとして吸血鬼といえば夜なので、そこから月を連想しましてね」

「ユエちゃんか…うん、悪くないかも」

「お気に召さなければ別の名を考えますが」

「ユエ…」

 

少女はそっと胸に手を当てる。それはまるで大事な物をそこに仕舞うかのような仕草に見えた。

 

「…ん。今日からユエ。ありがとう」

「うん、よろしくね。ユエちゃん」

 

因みに原典ではユエは封印から解除された時は全裸だったのだが、今作ではパニシングの影響か白い衣装を身に纏っており、髪は白髪でツインテールである。

そして香織は「もしハジメくんとの間に子供が出来たら命名権はハジメくんに譲ろう」と思ったとか。

 

 

 

「そうなると少なくともユエは三百歳以上ということですか」

「…マナー違反」

「おっと…」

 

ハジメ達は拠点で親睦会を開いていた。とはいえ会場はハジメが作った洞穴であるからお世辞にも華やかとは言えないが。

 

「という事は私よりも年上なんだ」

「ん。だから、ちゃん付けはやめて欲しい」

「そっか、うん。ユエ。これでいい?」

「ん」

 

ふとハジメは気になったことがあった。

 

「吸血鬼って皆そんなに長命なのですか?」

「…私が特別。『再生』で年も取らない」

 

事実上の不老不死というわけだ。彷徨えるユダヤ人(カルタフィルス)のように生きながらにして身体が朽ちていくわけではないのが救いか。ただハジメの価値観は『全ての存在は滅びるようにデザインされている』なので、あらゆる状況下で絶対では無いだろうと思っている。

因みに此処に連れてこられたまでの詳しい経緯は記憶に無く、初めて会った時以上の情報は持っていないとの事。

 

「まあ過去の事は置いといて、現状最優先すべきはこの迷宮からの脱出です。ユエ、非常口とか知りません?」

「分からない…でも」

 

ユエにもここが迷宮のどの辺りなのかは分からないらしい。申し訳なさそうにしながらも、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「…この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

「神話の時代にエヒト神に逆らって世界を滅ぼそうとした集団だそうです」

 

しかし反逆者は敗北。そしてそれぞれの逃げた先で作り出されたのが現代の七大迷宮とされる場所らしい。そしてその最深部には反逆者の隠れ家が存在しているそうな。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。確かに、僕なら直通エレベーターくらいは作る」

 

隠れ家、と言う事は反逆者はそこで生活をしていたと言う事。ならば生活に必要な物資を揃えるのに密かに地上に出向く必要もある。そしてその度にあんな長い道のりを進むのは普通に考えてありえない。

 

「なら、このまま最深部を目指して進むのが一番ということだね」

「希望が見えてきましたよ、と」

 

言いながら、ハジメはセインなどの銃火器やワルドマイスターなどの楽器のメンテナンスを行う。

 

「…二人は」

「?」

「二人は、どうしてここにいる?」

「ちょっと長くなるよ?少なく見積もっても長編小説の4分の1くらいはあるし」

「構わない。嫌じゃないなら…聞かせて欲しい」

「うん、実はね…」

 

それから香織がメインとなってこれまでの経緯を話す。いきなり別の世界から呼び出されて闘う事になった事、クラスメートの裏切りで奈落へと落ちた事、『セイレーン』と化した後の事、後は多少ハジメとの惚気話もあった。

 

「それで、この階層で怪しい扉を見つけたから一度探索を中断して…って、どうしたの、ユエ!?」

「…ぐす…二人とも…つらい…私もつらい」

 

香織がユエの方に目を向けると、彼女は涙を流していた。特に裏切りの場面と、セイレーンの場面は悲しかったらしい。

 

「それほど気にせずとも良いでしょう。クラスメート達は一部を除いてどうでも良い。僕が真実を告げ、復讐するとするなら、それは真実を知らない者を納得させるためではなく、知っている者を守る為です」

「そうだね。でも…」

 

香織はそこで言葉を止めて、今も涙を流しているユエをそっと抱きしめた。

 

「…カオリ?」

「私達の為に、悲しんでくれてるんだね。慈悲は義務のように与えられるものではないもの。それでも、私達に哀歌(エレジー)を捧げてくれてる。ありがとう、ユエ」

「…ん」

 

暫く後、ユエが泣き止むと、ハジメ達が地上に出たらどうするのかを聞いてくる。

 

「元の世界への帰路を探します。やり残したこともありますし」

「そうだね。私も帰りたい。色々変わってしまったけれど」

「…そう」

 

そこで香織から離れたユエが俯きながら呟く。その声も少し沈んでいる。

 

「…私には、もう、帰る場所…無い」

「ユエ…」

 

そんな彼女の様子を心配そうに見ていた香織だったが、その視線をハジメの方へ移す。ハジメも作業の手を止めて暫し思考の海を漂っていたが…

 

「良ければ貴女も来ます?」

「え?」

「ですから、僕の故郷に。普通の人間しかいない世界ですし、麗しき国であるが故に完璧でない人間を蛇蝎の如く排除しようとしますが…まあ、なんとかなるでしょう。僕達も人間と呼ぶにはズレた存在ですし」

 

ハジメの言うとおり、ユエが地球で暮すには色々と問題は多いだろう。けれど300年以上の時の流れに置き去りにされ、頼れる人が今此処に居るハジメ達だけと言う状況よりはマシな筈だ。

 

「いいの?」

「貴女がそれを望むなら」

「私も反対意見は無いよ。(ぬる)い夜の誘蛾灯の(ヒグラシ)も、軒先の風鈴も、祭囃子の憧憬も、ユエに知ってほしいから…」

 

二人のその言葉を聞いて、ユエはハッキリとした笑顔を浮かべる。それを横目で見たハジメは、その美しさに思わず静止してしまった。

 

「ハジメくん、オディリアとワルドマイスターのメンテナンスは終わったかな。ちょっと『シラノ・ド・ベルジュラック』の曲を演奏したいのだけれど」

 

シラノ・ド・ベルジュラックとは、簡単に言えばこの状況の性別を逆にした横恋慕の戯曲であり、ミュージカルも存在する。不可抗力とはいえ、恋人(コンサート・ミストレス)以外の女性に見惚れるハジメへの警告である。ハジメはその意味を正しく受け取り、背筋に悪寒を感じながら作業に没頭するのであった。

 




実はハジメは原典と違い中性的な見た目となっています。そしてユエの外見『白い』『ツインテール』、そして『月』を意味する名前…この時点で誰が元ネタとなるか分かる人もいるのではないでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再起/内紛

ハジメ達の行く末も気になると思いますが、今回はクラスメートsideです。そしてあの種族の今作での設定も。


トータスにおいて人間や魔人、亜人達が文明を築く大陸の外、茫洋たる海原の上を、巨大な船が航海していた。この船は大力神級武装巨船、その名を「九龍夜航船」といい、五百年前の竜人族に対する大迫害の後、再起を、生存と繁栄を志した一派が造り上げた文明の一端。

 

当初は竜人族内部、竜人としての誇りを胸に滅びを受け入れる心算の派閥からの反発もあったが、今ではその声も下火だ。何故なら現在の指導者である九龍衆が開発した人工知能『華胥(カショ)』の演算の元に建造された文明は、『過去』の竜人の国を思い起こす物でありながら自分達の生存という『未来』を指し示す物でもあったからだ。

そして現在の実質的首領である九龍衆の「我らは人間達への復讐をするつもりは無い。竜人としての誇りを捨て去ったわけでもない。我らの望みはただ生き永らえる事。淘汰される獣ではなく、竜人という種族の誇りを持つ人間として」という演説により、反対派はかなり少数になった。それでも全くいないわけでは無いので警戒はしているが。

 

そしてその船の部屋の一つで、黒い衣服を纏う竜人と赤い服の少女が話していた。

 

「新たな昇格者候補に『花』か。前者は喜ばしい事じゃが、後者は歓迎できぬのう」

「君達はどう出る?彼らを弑するか、利用するか」

「妾達に関わらぬのなら放置、と言いたいが、それは楽観に過ぎると言うものじゃろう。こちらの方でも人間族へ探りを入れる。神の抹殺を掲げるお主らが本格的に動く以上、お主らと同じ『昇格者』である妾が無関係では終わらぬじゃろう」

「ほう、意外だな。私は君達九龍衆は沈黙を貫くと思っていたが」

「どのみち、神によって異界から召喚されたという人間族の『勇者』達を調査せねばなるまいて。調べる事が多少増えるだけの違いじゃ」

 

船室にて話す一人は九龍衆の一柱である(ティオ)だ。現在の竜人の指導者の一人であり、人工知能『華胥』の出生を知る人物でもある。

 

「それに、妾とてお主らに対する恩を忘れたわけではない。華胥の開発を始め、現在の竜人族の繁栄はお主らの助力に寄るところが大きい。お主らが必要とするなら可能な限りの援助はしよう」

「随分と気前がいい事だな。君達に対する報復を恐れているのか?私のような概念情報に過去や恩義など意味が無いが…」

「無論、それもある。しかし、妾が警戒するのは人間族の支配者、聖教教会じゃ」

「ほう?」

「『勇者』という手札を手にした教会が、嘗て『神敵』とした我らを討とうとする可能性もある。備えておいて損は無い。お主らへの支援もその一環じゃ」

「…教会に位置は捕捉されていないのだろう?仮にそうなったとして君達と華胥ならばさほど労せずして彼らを退ける事が出来ると思うが」

「お主には分からぬじゃろうが、妾達は臆病なのじゃ。特に、一度敗北を期した存在にはのう。今の竜人族の存続と繁栄こそが妾の全てと言っても良い。打てる手は打っておくのみじゃ」

 

その時、船上舞台の準備が整った事を告げる音が響き渡った。日が落ちる薄暮、まるで白日のように明るい舞台で舞い踊る操り傀儡。今宵も夜の幕が上がる。

 

「時間のようじゃな。妾達の方針は先に言った通りじゃ。これから妾は船上の舞台を見に行くが、お主はどうする?」

「折角だ。私も見ておくとしよう」

「では先に行っておれ。妾も後から行く」

 

赤い少女は部屋から消える。そこで(ティオ)は部屋の隅に控えていた己の従者に声を掛ける。

 

「何用でありましょう。姫様」

縁璃(ヴェンリ)よ、今この部屋には妾とお主しかおらぬ。そう固くならんでもよいではないか」

「そうはいきませぬ。縁璃は姫様の従者にございます。主である貴女を蔑ろにするなどと…」

「お主は従者である前に妾の第二の母じゃ。無理強いするつもりは無いが、少々寂しいぞえ」

 

廷はそう言いつつも、彼女を信頼する様子で口を開く。

 

「近いうちに妾はここを発つ。妾の留守を任せたぞ」

「承知致しました。姫様」

 

それぞれたった二言だけの会話だが、二人の間には絶対的な信頼があった。

 

そして縁璃が部屋を出た後に、廷は独り言ちる。

 

「華胥よ…お主が欲してやまぬ『肉体』も、手に入るかもしれぬのう」

 

 

 

視点は変わってクラスメート達。時系列としてはハジメと香織が苦刑ノ乙女と闘い、勝利を収めた日。光輝達勇者一行は再び『オルクス大迷宮』にやってきていた。訪れている者の内訳は光輝達勇者パーティーと小悪党組、永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いるパーティー、そしてハジメ達の痕跡を捜しに来た恵里、鈴、遠藤の三人だ。雫は光輝を見限ってはいるものの、暴走を抑えるという役回りを買って出た。鈴が名乗りを上げたが、光輝が話を聞かない為、雫が立ち回るしかなかったのだ。とはいえ、雫の精神衛生上良くはないので以前よりも頻度は減っている。それに、他よりはマシであると言うだけで、雫の忠告もそれほど耳を傾けるわけではない。

 

「ウチで飼ってる梟の方が話聞いてくれるよ…」

 

とは鈴の言であり、どうやら鳥類以上に話が通じないと認識されてしまったようである。

 

そんな鈴は地球にいた頃はマスコット的な愛されキャラだったのだが、今では一部を除いて敬遠されてしまっている。「ミネルヴァの梟」を例とする独特な価値観に基づく言動が増えたのも原因の一端ではあるが、一番の原因は背中に背負うチェーンソーだろう。

 

始まりは鈴が独自の訓練中に敵性機械生命体から武器のチェーンソーを奪って使ってみたら、思いの外自分に合っていたという事だ。その後、鈴は自分の持つ知識を使ってチェーンソーに改良を施した。ホワイトハッカーである鈴は、部品さえあればコンピューターを自作できる技量の持ち主でもあったのだ。流石に中世レベルの文明においてゼロから作り出すのは不可能だが、原型さえあれば自分好みに改造できるのである。因みに恵里のファイとカイのメンテナンスを行っているのも彼女だ。

 

しかし元は機械生命体が使っていた武器という事と、地球組にとってもホラー映画の殺人鬼が使うイメージのあるチェーンソーは敬遠されるには充分であった。

まあそれを抜きにしても

 

「文明の利器ゲット。ひれ伏せ回転機構の前に」

 

とか言いながら笑顔で殺傷能力の高い武器を振り回すチビッ子とか、あまり近付きたくはないかもしれない。

 

閑話休題

 

光輝の放った光の斬撃が魔物を斬り裂く。光輝の聖なる一撃の前に魔物は倒れ伏した。

 

「やったな、光輝!」

「やっぱり強えな、天之河!」

「ありがとう、皆!訓練の賜物だよ!」

 

クラスメート達とパーティーメンバーである龍太郎の賛辞に、光輝は気を良くしたように礼を言う。そこへ更なる賛辞の声が響いた。

 

「素晴らしい!流石は勇者だ!やはり光輝こそが人間族を救う真の英雄だな!」

 

その声は神殿騎士の鎧を着た、メルドに代わる新しい戦技教官、ミゲル・ワーグナーだ。彼の誉め言葉に光輝は照れくさそうに笑う。彼の部下たちも光輝に賛辞を送り、さらにクラスメート達が歓声を上げていた。しかし状況を冷静に見ていた雫が、言い方は悪いが水を差す。

 

「光輝、明らかにオーバーキルよ。しかもこんな狭い場所で使うべきじゃないわ。生き埋めになりたいのかしら」

「うっ…すまない雫…」

「雫…調子が戻ったのはいいが…ちょいと言い方がキツくないか?」

「私は必要な事を言ったまでよ。だいたい貴方も…」

 

と雫がお説教をしていると、遠慮がちに声を掛ける者が一人。

 

「あの…ミゲルさん」

 

それは違う場所で魔物を倒すように指示を受けていた永山重吾達だった。

 

「こっちも魔物を倒し終わりました」

「ん?ああ」

 

先程と違い、投げやりな態度で応じるミゲル。歴然とした扱いの差が見て取れる。

 

「引き続き警戒に当たれ。暗殺者の…何だったか?」

「…遠藤です」

「そうそう、ソイツだ。ソイツを索敵に回せ。光輝達が戦いやすいように魔物やトラップを見つけ出せ。卑怯者にはそれくらいの事をやるのがちょうど良い」

「…分かりました。遠藤に伝えておきます」

 

まるで光輝の小間使いのような命令に唇を噛みながら従う永山。しかし溜息と共に現れた卑怯者(笑)の遠藤は片手でマチェットを回しながら歩いてくる。そして永山が口を開く前にミゲルに答えた。

 

「俺が行くよりも中村に任せた方が早く終わりますよ。生憎、俺はまだ人間で、しっかり足が付いてるんでね…幽霊には負ける。てか味方の能力くらい把握してくださいよ。いい加減」

「ふん…まあどちらでも良い。光輝が戦いやすくなる事が重要なのだからな」

「中村ー、出番だぜ」

「はいはい、全く人使い…いや、死者使いが荒い奴だねえ」

 

恵里がファイに指示を出すと、ファイは通路の奥に消えていった。

 

 

 

「はぁ…」

 

今までの出来事を思い出して雫は小さく溜息を吐く。教官が変わってから光輝の自分勝手な物言いが加速しているのだ。前職のメルドが如何に人格者だったかを痛感していた。

 

現教官であるミゲルは簡単に言えばステータス偏重主義で、更に悪い意味での騎士道精神の持ち主だ。ステータスの上昇が大きく、勇者という貴重な天職を持った光輝をひたすらに褒め称え、逆にステータスが光輝達よりも低く、現在伸び幅が少ない永山パーティーのような人間には冷淡な態度しか取らない。なまじ中途半端に『ステータス』などという物が分かるために生まれた性格と言えよう。まあ、恵里が指摘した通り知力等は表示されないのだが…。この世界に脳筋思考が多いのはこのステータスプレートのせいではないだろうか。

 

ついでに言えば、彼は鈴や恵里、遠藤と言った面々にも冷たい態度をとる。この三人は独自の武装や知略により強さを得た人間だ。ステータスは光輝達に及ばないが、『実戦』という意味においては比類なき強さを発揮する。普通ならばこれだけでも認めるに足るものなのだが、今回ばかりはそうではない。訓練以外の方法で効率よく強さを獲得し、実戦において数多ある手札から最適な物を選び、予想だにしない搦手も使ってくる。なんとも馬鹿げた話だが、そんな人間は光輝やミゲルの目には『卑怯な手を使う狡賢い人間』と映り、彼らに対する態度は下手をすれば永山達に対する物よりも冷たいのだ。どうやらこの世界は四大文明の頃の中国よりも知的レベルが低いようで、兵法三十六計の内容を説明しても理解は出来ないだろう。

 

どうやら教会は操りづらいメルドを放逐するタイミングを図っていたようである。メルドが追い出されてから待遇が決まるまでが不自然に早いのがその証拠だ。光輝が啓蒙を得て、意見を覆されては困るのだろう。

 

そんな性格の男が教官となってから、光輝を始めとしたステータスが高い者は優遇されるようになった。訓練場の後片付けや、野営の準備と言った雑用は遠藤や永山達に押し付けられ、戦闘においても光輝の露払いに徹底されていた。幾分不愉快な四面楚歌。敵ではなく味方からこのような仕打ちを受けるとは、人間とはげに恐ろしき生き物である。

 

先に言っておくと、恵里、鈴、遠藤の三人は「楽できてラッキー」程度にしか思っていない。元々実戦においての強さは群を抜いている。右倣え右の空っぽ達の評価など意に返さない。

問題なのは永山パーティーを含むその他の人間である。彼らは他人の評価を得られず、実績を挙げようにも現状は不可能。永山達はこの不当な扱いに抗議の声を上げた。しかし、

 

「こんな時に我儘は良くないんじゃないか?永山」

 

まるで仲間の和を乱す人間を咎めるような口調で、光輝は厳しい顔をして言う。ミゲルは特に口を挟まない。全て予定調和と言わんばかりの態度だ。

 

「ステータスが低いから皆の足並みが揃わないんだ。俺ならもっと努力してステータスが伸びるようにするのに、君達は自主練にだって来ないじゃないか。そんな集団を乱す君達にミゲルさんは仕事を割り振ってくれてるんだぞ。感謝はすれど文句を言うべきじゃない!」

「ちょっと光輝!それはいくらなんでも―――」

「いや、天之河の言う通りだ!」

 

檜山が同調するように声を上げる。彼を始めとする小悪党組もステータスの伸びは良く、「特別扱い」を受けていたのだ。彼等の嗜虐心を抑制する物はない。

 

「足手纏いのお前らに迷惑してるのはこっちなんだよ!お前らみてえな雑魚は雑用くらいやって役に立てよ!それともアレか?南雲見てえに引き籠もりでもするのか?」

 

「そうよそうよ!」「あんまり迷惑かけんな!」などと、特別扱いされた者達から逆に糾弾され、ハジメ達を嫌う人間から嘲笑の念を向けられ、雫と永山達の抗議の声は黙殺された。彼等は「兵を養う事千日、用いるは一朝にあり」という言葉を知らないのだろう。

そしてそんな光景を見て鼻で笑う人間が一人。

 

「南雲がいなくなったら次はソイツ等というわけか。どこかの魔女狩りにそっくりだな。学習機能があるにも関わらず何度も同じ過ちを繰り返す人間達。こうなれば、地上的な希望はとことんまで打ちのめされるだろう。そうなってようやく、人間は真の希望で自分自身を救える。感動で涙が止まらない」

 

それは一時的にその場の全ての人間から忘れられていた遠藤だった。彼の発した言葉の詳細な意味は分からないながらも、馬鹿にされた事と罵倒された事は強烈に分かった光輝達は眉を吊り上げて遠藤に詰め寄る。

 

「遠藤、この際だからハッキリと言わせてもらう。君は一体何なんだ?自主的な訓練はしないばかりか、今みたいに馬鹿にするような態度でクラスの和を乱す!この場にはいないが鈴や恵里もだ!南雲に騙されているんだろうがもう許すことはできない!」

 

いかにも正義100%!みたいな顔で遠藤を糾弾する光輝に、遠藤はたじろぐばかりか悪びれもせずにこう返す。

 

「悪いな、キルレートは俺らの方が上だ」

 

暗に「自分達の方が強い」と言われた光輝達の顔は怒りに染まる。堅実に訓練をしている彼らよりも「サボっている」遠藤達の方が優れているなどという主張は到底受け入れられるものでは無かった。

尚、和を乱すと言っているが、遠藤達は光輝達から離反したいのである。しかし何故かオルクス大迷宮には勇者の同伴無しでは入れないと言われ、受付で止められてしまったのだ。まあ、「神の使徒が反目し合っていては困る」という裏事情があるのだろうが。

 

「ならよお、お前俺よりも強えんだよなあ!」

 

そう言って檜山が遠藤に斬りかかる。ステータスでは檜山が勝っているため、遠藤に負けるなどという事は有り得ない。檜山の顔にはそう書いてあった。しかし遠藤はそれを一瞥すると、

 

「フッ」

 

檜山の攻撃を回避し、蹴りによるカウンターを決める。すると面白いように檜山は吹っ飛び、訓練場の壁に激突した。遠藤はそれを見ると、

 

「反論は?」

 

と問うた。それに対する答えは、近藤、中野、斎藤、そして壁から起き上がった檜山の戦闘態勢だった。

 

「獣に言葉は通じないか」

 

遠藤はその様子を見て冷笑する。そして両手にマチェットを握り、戦闘態勢に入った。

 




全てのありふれ二次を読んだわけではないのですが、メルドさんが左遷された後に(言い方は悪いが)あまり質の良くない教官が就く、という展開はほとんど見ない為、やってみました。

ミゲル・ワーグナー:メルドの後任。変な騎士道精神は、神殿騎士であまり前線に出る事が無いからか。名前の由来は『ドン・キホーテ』の作者『ミゲル・デ・セルバンテス』より。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

内紛/回想

クラスメートsideその2。雫の回想の続きです。遠藤対小悪党でございます。


突如として始まったクラスメートの内紛。遠藤一人に対し、相手は小悪党四人だ。小悪党達は気に入らない相手をリンチできる状況に喜びを隠しきれない。雫は小悪党達を諫めようとするが、光輝は「相手を馬鹿にした遠藤が悪い」と言って雫を止める。永山達は遠藤を心配そうに見るが、割って入る勇気は無い。

 

「来ねえならこっちから行くぞ!」

 

『槍術師』である近藤が遠藤に槍の刺突攻撃を放つ。しかし遠藤はそれを難なく避けるとカウンターをお見舞いした。そしてそのまま下段、横薙ぎ、振り下ろし、二連撃、突進しての斬りつけと連撃を行う。

それを妨害するように檜山が剣による攻撃を仕掛けるが、遠藤はその場で錐揉み回転して檜山と近藤に斬撃を浴びせる。ついでに魔法を放とうとしている中野と斎藤に、暗器の投擲を行い牽制。自分よりもステータスの高い四人を相手に互角どころか善戦している。その状況は小悪党達の表情を歪ませるには充分だった。

 

「余裕のつもりかよ!」

 

自分達の勝利が揺らいだからか、中野が叫ぶ。しかし遠藤は動じた様子も無く答える。

 

「まさか。ギリギリだ。だが、悪くはない」

 

遠藤はそう言うと、コートの内ポケットから二枚のコインらしき物を取り出した。怪訝に思う小悪党と周りを他所に遠藤はコインを前方に投げると、直後に指を鳴らす。すると二枚のコインからレーザーが発射され、中野と斎藤へ迫る。

 

「はああああ!?」

 

驚きながらも間一髪で避ける二人。遠藤以外は何が起きたのか一切分からなかった。

今の技を説明すると、投げられたコインには魔法陣が付与されており、魔力を供給されると発動する仕組みになっている。ではその魔力は何処から来たのかと言うと、遠藤が装着している指抜きのグローブだ。このグローブにも魔法陣が付与されており、指を鳴らすと任意の方向に魔力を飛ばす仕組みになっている。ただ魔力を飛ばすだけなので、身体強化と同じく詠唱の必要が無い。いや、厳密には詠唱をしているのだが、指を鳴らす音が詠唱代わりという地味に凄い事をやっている。ハジメと遠藤が考えた趣味全開のロマン兵装だ。

 

「んなもん、撃たせる前に攻撃すりゃあ…」

「足元にご注意を」

「あ?」

 

檜山が一歩を踏み出した瞬間に、彼の足元が爆発する。

 

「今度はなんだよ!」

 

間一髪で避けた檜山が悪態をつく。そしてついさっきまで自分がいた場所を見ると、そこにはレーザーを撃った後地面に落ちたコインがあった。コインは一度使用して終わりではない。地面に落ちた後は設置型のトラップとしても機能するのだ。

 

「ならそれを避けて戦えば―――!」

 

近藤はそう言って槍で攻撃するが、今度は眼前でコインを爆発させられて怯む。そして地面に落ちたコインから更に爆破攻撃を喰らう。

 

「この野郎!」

 

中野と斎藤が魔法を放とうとするが、遠藤はそちらにコインを投げ、指を鳴らす。するとコインから煙が噴射され、二人の視界を遮る。

 

「しゃらくせえ!」

 

二人は魔法を放つが、その後聞こえてきたのは遠藤の声では無く、

 

「うおあ!?痛え!」

「アッチイ!!」

 

檜山と近藤の悲鳴だった。中野と斎藤は困惑する。今の今まで遠藤は確かにその位置にいた。しかし自分達が放った魔法は味方に命中していた。

 

「この程度の策に謀られるなよ。情けない…」

 

遠藤はのたうち回る二人の奥で涼しい顔をして立っていた。今遠藤がやった事と言えば煙幕を張って中野と斎藤の視界を遮り、魔法の軌道上に檜山と近藤を誘導して自分は離れただけである。遠藤からしたら、フレンドリーファイアくらい警戒しろよと言いたかった。

 

「で、まだやるか?」

 

遠藤としては自分の主張の正当性は示せたため、これ以上の戦いは無意味であった。しかし公衆の面前でプライドをへし折られた小悪党組は違うらしい。遠藤を睨みつけながら立ち上がり、攻撃態勢を取る。遠藤は「まだやる気かよ…」と溜息交じりに武器を抜くと、この場に似つかわしくない能天気な声が聞こえてきた。

 

「わあ、賑やかだねー。パーティーをやるつもりなの?」

 

それは笑顔で訓練場にやってきた谷口鈴だった。手には物騒な機械、チェーンソーを持っている。遠藤対小悪党の戦いを見ていたクラスメート達はモーセの前の海のように割れる。この中では一番冷静な雫でさえ驚いていた。

 

「た、谷口!?なんだよ、それ…」

「おー、整備終わったのか。どうだ?使い心地は」

「悪くないよ。外で機械や魔物達を何匹か切って来たけど、近接戦には余裕で対応できるね。ウォルペンさん達にはたくさん手伝ってもらったし、今度お礼しないと」

「だな。このコインも量産してもらったし」

 

鈴が持つチェーンソーには生々しい血痕が付いていた。彼女の言葉通り、ソレで生き物を切ったのだろう。刀で魔物を斬った時の感触に心底恐怖していた雫は、そのような行為をして顔色一つ変えない鈴を、まるで人間ではない違う生き物のような視線で見てしまった。

 

「てか掃除して来いよ。切れ味落ちるだろ」

「この後掃除するつもりだったよ。でもその前に遠藤君達を見つけたんだからしょうがないじゃん」

「いや遠藤君、鈴、切れ味の心配する前に周りの反応見なよ。まるで13日の金曜日じゃないか」

 

いつの間にか近くの屋根に上っていた恵里がツッコむ。遠藤は「確かに」と苦笑いだ。

 

「で?お前らはまだ勝負を続けるか?俺はこれ以上はカロリーの無駄と判断するが」

「ふ、ふざけんな!俺達はまだ負けてねえ!」

「へ~、面白そうじゃん。鈴も参加していい?実を言うと対人戦のシミュレーションはまだなんだ」

「ひっ!?」

 

チェーンソーを起動させた鈴に小悪党組は悲鳴を上げる。

 

「暇だから僕も参加するよ。いいデータが取れそうだ」

 

恵里も参加を表明する。しかしそのあまりにも興味本位な姿勢に怒りや恐怖を覚える者もいる。そして正義と善意の塊、天之河光輝が声を上げる。

 

「恵里!檜山達は不真面目な遠藤を更生させようとしているんだぞ!それを君は自分の興味本位で搔き乱そうと言うのか!鈴もだ!チェーンソーなんて残虐な武器は捨てるんだ!」

 

しかし二人は耳を貸さない。それどころか冷笑すら浮かべている。まるで「雲の中に顔がある」と騒ぐ子供を見るような見下すような笑顔。

 

「残虐な武器、ね。聖剣とやらは違うのかな?純白の光で敵を倒す。光に焼かれた皮膚の臭気が戦場に満ちる。暴威に蹂躙された生き物の苦痛の声がこだまする。なんにも違わないよね?」

「な…そんな事有り得ない!俺はそんな残酷な事なんかしていない!話を逸らすんじゃない、鈴!」

「剣や魔法で殺せば上等?チェーンソーで殺せば外道?どちらも相手を征服し、殺害している事には変わりないのにね。まあいいんじゃない?でも、君の趣味を鈴に押し付けないで欲しいなあ。I'm my own master now. I'm not(選択は自分次第だ。違う)?」

 

鈴が無表情に反論する。光輝は反発しようとするが、周囲の異変に気付く。なんと場内の訓練用の武器が浮いていた。そして誰かが屋根の上で腕を遊ばせている恵里と、攻撃態勢を取るファイに気付く。

僕っ娘、性悪、伊達眼鏡、図書委員の降霊術師、属性の盛り過ぎで重力場が歪んだとでも言うのか。

 

「僕には気に入らない奴を寄ってたかってリンチしてるようにしか見えないけどねぇ。まあ、嫌になったら観念(サレンダー)すればいいんじゃない?元々そっちが始めたみたいだし」

「お、おい、中村、一体何を―――」

「は~い、時間切れ~」

 

恵里がそう言った瞬間に訓練場に武器の雨が降り注いだ。鈴と遠藤は、鈴が張った結界で防ぐが、小悪党組は散々な目に遭っている。必死に躱したり撃ち落としたりするが幾つかには被弾した。

 

「ポルターガイストって奴か?死んでねえだろうな、アイツ等」

「ステータスは高いんだし大丈夫でしょ」

 

遠藤と鈴は暢気に話している。遠藤の考察通り、これは『騒霊』という魔法で、幽霊の力を使って物を動かす魔法だ。つまりはポルターガイストを意図的に引き起こす魔法である。ファイとカイを動かしているのもこの魔法の発展形である。

 

「あっはは!これで生きてるなんて凄いねえ。ステータスの恩恵って奴?」

「中村!テメエ俺らを殺す気か!?」

「雫に聞いたけど先に斬りかかったの君なんでしょ?人殺しさん」

「く、そ、があ!」

 

容赦のない攻撃に抗議する檜山だったが、恵里に軽くあしらわれて頭に血が上り、屋根から叩き落してやろうと走る。しかし鈴のバリアバースト型結界『閃光』に阻まれ、更に怪我をする結果となった。

それを見た近藤がリーチを生かした槍の攻撃を鈴に放つが、鈴は幾つか出現させていた立方体型結界『伽藍ノ堂』に跳び乗り回避。勢いを殺せなかった近藤は遠藤が投げたコインの爆心地に突撃する形となり、黒焦げとなって焼け出された。そして『伽藍ノ堂』を飛び移って移動した鈴が縦回転によるチェーンソーの奇襲攻撃で近藤に迫る。近藤は咄嗟に槍でガードするが、

 

「!?」

 

近藤の槍はチェーンソーによって両断されてしまった。そして眼前に迫ったチェーンソーの刃を見た近藤は力尽きてしまった。

 

「礼一!?テメエ!」

 

檜山は鈴に斬りかかろうとするが、その前に背後に回った遠藤に気絶させられてしまった。そして中野と斎藤は何をやっているかと言うと、魔法の使用をひたすらファイとカイに妨害され、何もできずにいた。そして恵里が再び武器を浮き上がらせると、情けない声で呟いた。

 

「む、無理だ…こんな奴ら、勝てねえよ…」

 

そして二人とも戦意を喪失し、その場に膝をついた。

 

 

恵里、鈴、遠藤はこの戦いで勝利を収めたが、結果はめでたしめでたしとはならなかった。なぜなら三人は小悪党組だけでなく、永山達などの他のクラスメートからも恐怖の対象となり、「触らぬ神に祟りなし」とでもいうような腫れ物扱いになってしまった。かろうじて雫だけは今まで通りに接しているが、結局雫の気苦労は解決の糸口を見いだせない。

 

「つまらない奴らだねえ。結局永山君達の扱いも変わらないし。というか強くなりたいなら頭を使えよ。なんでそれすらも拒むのさ」

 

恵里が呆れたように言葉を発すると、遠藤が自分の見解を発表する。

 

「まあ、天之河を中心とした自然発生クラスカーストに逆らえないんだろ。英雄というのは電気冷蔵庫時代には目立たない賞品だが、文明的に逆行したこの世界では鬱陶しい程に輝くのさ」

 

それを聞いた鈴が補足意見を出す。

 

「まあそれもあるけれど…彼らの本音はこうじゃないかな?『何人も、ドイツ軍占領下を生きていた頃ほどには自由を感じたことが無い』」

「サルトルの言葉だね」

「要するに何かに抑圧されている時は『自由』を求めるけれど、いざ解放されれば指針が無くなって恐慌に陥り『自由』どころじゃなくなる。そして新たな支配者を求めるんだよ」

「救えねえな…」

 

遠藤はそれを聞いて溜息を吐いた。自分達の方針を変えるつもりは無いが、憂鬱なのは間違いない。そしてそれを聞いていた雫は頭を抱えたくなるのだった。

 




実にスタイリッシュにやられた小悪党組(笑)。後悔も反省もしていません。

そして変更されたタグも相まって遠藤の戦闘スタイルに既視感を覚える人もいるかも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

進化シタ獣

あれ、おかしいな。地上視点は軽く終わらせるつもりだったのだが…

いや、書きたいネタが多すぎて全然終わらんのです。早くハジメsideを読みたい方には申し訳ないが、原作とは違う世界観や戦いを繰り広げる地上を書きたくて…気長にお付き合いください(土下座)


雫は過去の回想を頭から追い出した。いずれにしろ、ハジメと香織の痕跡を捜すためにも迷宮に潜るしかない。そしてそれには勇者である光輝の協力が必要なのだ。あれから自分なりに強くなる方法を探してみたりしたが、恵里や鈴、遠藤のようなブレイクスルーには中々至らない。彼らと闘ったら間違いなく自分は負ける、という確信が雫にはあった。自分の頭が固いのか、とも雫は思ったが、焦ったところでどうしようもない。自分の天職は『剣士』だ。ならば今までに教わった八重樫流の剣術を極めるしかないだろう。もしかしたらその過程で何か発見があるかもしれない。

 

今日で迷宮攻略六日目。現在の階層は六十層だ。確認されている最高到達階数まで後五層である。しかし、光輝達は現在、立ち往生していた。正確には先へ行けないのではなく、何時かの悪夢を思い出して思わず立ち止まってしまったのだ。彼等の目の前には何時かのものとは異なるが同じような断崖絶壁が広がっていたのである。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ないが、やはり思い出してしまうのだろう。特に雫は奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

「シズシズ、大丈夫?」

「鈴…」

 

そんな雫にチェーンソーを背負った結界師、鈴が声を掛けた。雫は小悪党事件で鈴の恐ろしい一面を見たが、気遣いは素直に嬉しいものだ。特に精神的に参っている今は。

 

「ノイローゼには…もうなってるだろうけど、それ以上悪化するようなら言ってね。鈴も頑張るから」

「ありがとう…でも、私は大丈夫よ」

「『憂鬱』という物を侮らないほうが良いよ。人間はこの怪物を殺すためだけに、弾丸を自分の脳漿に撃ち込むことすらあるんだから」

「え、ええ…鈴、あなた最近言動が恵里に似てきていない?」

「そうかもね。今のところ変える気はないけど」

 

この鈴という少女は掴みどころが無い。異世界に召喚されてから雫は特にそう思った。尤もそれは鈴に限った話では無く、ハジメや遠藤、そして自身の親友である香織でさえそう感じる。

 

(私は彼女たちの事を全く見ていなかったのかもしれないわね…)

 

鈴は明るい女の子だ。クラスのマスコット的存在で、少し不思議な部分もあるが他はそれほど目立った部分は無いと思っていた。しかし実際は防御を専門とする『結界師』という天職に早い段階で攻撃性を生み出し、更にはチェーンソーで生き物を切るという苛烈さを見せた。

 

香織は優しい女の子だ。音楽が好きで、自分を慰めてくれることもある一番の親友。しかしこの世界に来てからは楽器を武器にするという雫からしたら斜め上な事を実行し、更には自らを異形と化してまで恋人を追いかける狂気も持ち合わせていた。

 

(傲慢ね…私)

 

考えてみれば雫は彼、彼女らについて知らない事ばかりだ。それなのに自分の持つ情報だけで彼女らの人格を決めつけていた。その傲慢さに気付いた雫は一人自嘲する。

 

「雫…」

 

そしてそんな雫に声を掛ける光輝。光輝にとって雫の様子はクラスメートを守る事が出来なかった事への悔恨の思いからくるものだと思っていた。

 

「君の責任感が強いところ俺は好きだ。でも、クラスメートの死に、何時までも囚われていちゃいけない!前へ進むんだ。きっと、南雲もそれを望んでる」

「何故君は傷口にハブクラゲの触手入りの海水を塗りたくるのかね」

「鈴は少し黙っていてくれ。香織がいない以上俺が言うしかないんだ。雫、厳しい事を言っているのは理解している。けれど俺達は香織を救出するためにも今は前に進まなくちゃいけない。大丈夫だ、俺が傍にいる。俺は死んだりしないし、もうこれ以上誰も死なせたりしない!」

 

自分の胸を叩きながら宣言する光輝に対して顔を上げる。その表情は全ての感情が削ぎ落された能面のような無表情であったが、それでも崖の底を見つめながら俯いていた雫が顔を上げた事に対し、光輝の中では自分の言葉を分かってくれたかと判断し、言葉を続ける。

 

「大丈夫だ。俺が雫を支えるよ。俺は知っている。雫はとても強い女の子だという事をね。だから力を合わせて前に進もう!そして香織を助け出すんだ!」

 

雫はその言葉に笑う。目は拷問を受ける冤罪の囚人のように生気が無いが、それでも笑う。どうせ何を言っても無駄なのだ。光輝の中で八重樫雫という女の子はどんな時も凛々しくカッコイイ女の子と言うのが真実なのだ。そんな日々を過ごすうちに、泣き声とやらを上げる、悲鳴とやらを叫ぶ、涙とやらを流す電気信号は忘れてしまった。

 

「そうね。立ち止まっている時間は無いわね」

「ああ、その通りだ!」

 

こういう時は光輝の話に合わせなければ先に進まない事を雫は理解している。幼馴染である自分の励ましを受けて立ち直る。それこそが光輝の中の八重樫雫の正しい在り方だ。光輝は雫の笑顔を見て満足そうに頷き、再び一行の先頭に立って力強く進んでいく。

 

鈴はその様子を見て、天之河光輝とは数世代前のAIのようだと思った。自分の定めたプログラム(ご都合主義)にのみ従って動き、少しでも外れればたちまちロジックエラーを引き起こし、無数の誤謬を重ねていく。電気羊の夢を見るかは知らないが、欠陥品のアンドロイドのような印象を鈴は受けていた。

 

(シズシズを隔離しようにも天之河光輝は勝手に近づいてくる。そしてシズシズは更に壊れる。何というか、タチの悪いコンピューターウイルスみたいな奴だなあ。最早天之河光輝を材木置き場送りにする以外に解決方法は無いかな…?)

 

本気とも冗談とも取れない過激な思考回路を遊ばせながら、鈴は恵里と遠藤の所に戻った。

 

なお、その後光輝を突然の膝カックンが襲った。なんとかバランスを立て直し周りを見回すも、何もない。光輝は首を傾げながら先頭を歩いた。この犯人は恵里であり、先のやり取りを見た彼女が不愉快に思って、カイに突撃を命じたのだ。

 

 

 

(一体どうしちまったんだよ。香織、雫、鈴…)

 

隊列の先頭、光輝の隣を歩く龍太郎は思考の迷宮に囚われていた。龍太郎にとって光輝のやることは正義のヒーローのようであり、それによって多くの人が救われているのを見た。そしてそれは香織や雫や鈴も同じだと思っていたのだ。しかし今や香織は狂気的な愛情によって異形の機械と化した。更に雫は壊れる寸前であり、光輝が話しかける度に歪に狂ってゆく。

 

『まるでディストピアだよ』

 

龍太郎にそう説いた鈴の顔を思い出す。光輝は良い奴だ。行いは善意に満ち溢れているし、やる事は全て正しかった。しかし雫はそれによって壊れていく。

おかしいと言えば鈴もそうなのだ。実を言うと、龍太郎は鈴に惹かれている部分があった。明るく、可愛らしく、ムードメーカーだった彼女に好意を抱いていた。しかし異世界に来てからは哲学的に毒を吐き、集団の和を乱し、果てには笑顔でチェーンソーなどという残虐な武器を振り回す。自分達を『独裁者』だと言った少女は、その実残酷な『虐殺者』ではないか。龍太郎はその出来事があってから鈴に惹かれなくなった自分に気付いた。そして、彼女の言う事に耳を傾けていれば、自分自身が壊れてしまう気がしていた。

龍太郎が現在の鈴に向ける感情は恋愛感情ではない。寧ろ自分達の健康を脅かすウイルスに対する恐怖心に似た感情を抱いていた。そして一頻り混乱した後、龍太郎は光輝に付いていくことに決めた。

 

 

 

「気を引き締めろ!ここのマップは不完全だ。何が起こるか分からん!」

 

そして一行は歴代最高到達階層である六十五階層に辿り着いた。ここから先はミゲル達にとっても未知の領域だ。この前の二の舞にはしないと言わんばかりに光輝達に注意を促す。そして今まで以上に慎重に探索を行う中、広い空間に出た。明らかに雰囲気の違う空間に全員が警戒心を強める。

その予感は的中し、広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。それに答えたのはミゲルだった。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。だが光輝達の実力なら問題は無いはずだ!」

「ええ、俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ!もう負けはしない!必ず勝ってみせます!」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ!」

 

光輝と龍太郎が不敵な笑みを浮かべて呼応する。

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び光輝達の前に現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。戦いの幕は落とされた。

 

 

 

先手は光輝だ。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ『天翔閃』!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前は、『天翔閃』の上位技『神威』を以てしてもカスリ傷さえ付けることができなかった。しかし、いつまでもあの頃のままではないという光輝の宣言は、結果を以て証明された。

 

「グゥルガァアア!?」

 

悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

 

「いける!俺達は確実に強くなってる!永山達は左側から、檜山達は背後を、ミゲルさん達は右側から!後衛は魔法準備!上級を頼む!」

「うむ、迷いなくいい指示をする。聞いたな?総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

結論から言うと、戦いは問題なく進んだ。香織がいない、三人ほどトリッキーな戦術を用いる、といった違いこそあるが、おおよそ原典通りである。光輝は勿論主力ではあるが、特に雫の活躍が目覚ましい。緩急をつけた連撃、居合からの疾走する回転斬りや連続短距離高速移動を織り交ぜて戦う。戦術の選択肢が以前よりも格段に増えているため、成長していないわけでは無かったのだが、雫自身に精神的な余裕が無かった事と例の三人が凶悪かつトリッキーな戦闘スタイルを取る事もあって自分の成長に気が付いていなかった。また、普段は二軍扱いの永山達もこの戦闘では活躍することが出来た。

 

そして遂にベヒモスが倒れる。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。

そんな中、勝利に酔い痴れていない者達がいた。恵里、鈴、遠藤の三人は今の戦闘で収集したデータを検証していた。無論、壁を越えられて嬉しくないわけでは無かったが、ハジメや香織の事を考えると舞い上がる気分にはなれなかった。そして、雫はその三人を尊敬の眼差しで見るのだった。

 

 

 

その後、休憩と偵察を終えた一行は先へと進もうとしたが、ここでトラブルが起きた。永山パーティーの面々が魔力の過剰使用で動けなくなっていたのだ。そしてどうするか話し合った結果、光輝達が先に進み、永山達は疲労が回復したら追いつく。という形となった。光輝と龍太郎は意気揚々と進み、雫は申し訳なさそうな顔をし、その他の『特別扱い』組は嘲笑を残して去っていった。

そして永山達の用心棒として残ったのは恵里と鈴と遠藤。そして一緒について来た女性騎士だった。なお、指名される際に遠藤は忘れられていた。影の薄さはここでも健在である。まあ光輝達と行動したくなかったので残ったが。

 

暫く全員が無言でいると、永山がポツリと言葉を発した。

 

「なんというか、済まないな。俺達のせいで」

「あ?」

「わざわざ残ってくれてさ。俺達だけで置いていかれるかも知れないって思ってたのに」

「ああ、なるほど。まあ、加減を知れよ、とは思うが、闘ってればそう言う事もあるだろ。拳銃だってどれだけ手入れしてもジャムる時はジャムる」

 

遠藤は寝そべりながら答える。今のところ敵襲もないので平和そのものだ。鈴はチェーンソーの整備をしているし、恵里はファイとカイと遊んでいる。その時、永山パーティーの『治癒師』辻綾子が口を開いた。

 

「私達、ようやく活躍できると思ったのに…そうしたら、認めてもらえるかもって…」

「で、アドレナリンMAXで闘ったらそうなったわけね」

 

恵里のあけすけな物言いに「うっ」と言葉を詰まらせる永山パーティー。女性陣が涙目で睨むが、恵里は柳に風と受け流す。

 

「嫌われ者同士仲良くしようよ。どうせ事態が好転する事なんて無いんだから」

「全体的に諦めのセリフ過ぎる」

「まあアイツ等に認められた所でそれはそれで地獄だが」

 

マイナス思考全振りな会話を笑顔でする三人。因みに原典では遠藤は永山パーティーの一人だったが、今作では遠藤の本拠地はイギリスであるため、そこまで仲が良いわけではない。

そしてその会話を聞いていた『付与術師』の吉野真央が疑問を呈する。

 

「どうして…」

「ん?」

「どうして平然としてるの?貴方達なんて、私達以上に天之河君達に嫌われてるじゃない。今彼らに嫌われたら居場所なんてないのに…」

 

鈴は即座に質問の意味を察した。嘗ては自分も同じような悩みを抱えていた故に彼女の気持ちが分かるのだ。

 

「確かに鈴達に居場所はないね」

「だったら…!」

「でも鈴達にとって『そんなもの』に価値なんて無い。それを求めるくらいなら、生存のための手札を増やす。ひたすら訓練をするのも一つの答えだけど、鈴達は別の解を見つけた。ただそれだけ」

 

永山達にとってあらゆる意味で自分達を凌駕する光輝を敵に回すなど、頭がおかしいとしか思えなかった。「ただそれだけ」で済ます事が出来る鈴を無神経とすら思った。

 

「要するに、人生の刃の上じゃ解は一つじゃないって事だ。代数方程式みたいな綺麗な解なんぞ無い。正常位じゃイケない奴だっているんだよ」

 

遠藤がトドメの言葉を出す。そして悩み始めた永山達を放置して自分達と共に残った女性騎士に話しかけた。

 

「というのが俺らの考えだが、どうする、不穏分子として突き出すか?」

「いえ、そんな気はありません。どちらかと言えば、貴方達の強さの理由が分かってスッキリしました」

 

その騎士の名前はクゼリー・レイルと言い、ハイリヒ王国王女、リリアーナの近衛騎士だ。彼女が此処にいる理由は遠藤達の調査である。遠藤達がステータスでは自分の上を行く小悪党達相手に大暴れしたことや、彼らの使う見た事も無い武器や魔法の話を聞いたリリアーナが興味を持ったことが始まりで、恵里、鈴、遠藤、リリアーナの四人で話したこともあった。そして、傍に控えていたクゼリーも興味を持ったのだ。

リリアーナもクゼリーも直接現場を見たわけではない為、話を聞いた彼女たちの興味は促進された。ただ、その感情の中には半信半疑という要素も存在するが。

 

そして近いうちに神の使徒が迷宮で訓練をするという情報を掴み、クゼリーが付いて来たのである。勿論ただの興味本位だけではなく、業務的な理由も存在する。なにしろミゲルから上がってくる報告書があまりにも主観的で、いまいち神の使徒達の状況がよく分からないのだ。よって、現状確認のためにも彼らに付いていく事にしたのだった。

 

先のベヒモス戦では勇者の力はよく分かったが、肝心の遠藤、恵里、鈴の事はよく分からなかった。それで彼女はここに残る事にしたのだ。

 

そして彼らが世間話に花を咲かせていると、突如として異変が起こった。なんと倒したはずのベヒモスの死体が動き出したのだ。即座に戦闘態勢を取る四人。永山達はまだ万全ではないが、警戒する。そして更に驚くことに、四足歩行のはずのベヒモスが二本足で立ったのだ。おまけに所々機械化しているようにも見える。

 

「おいおい…今更第二ラウンドか?」

 

流石の遠藤も少し引き攣った表情だ。

ベヒモスが自分の角を抜いて武器として手に持つ。そして逃げようとした人間達を捕らえるように部屋を炎の壁が覆った。

 

「やるしかないね…」

「足掻くだけ足掻こうか」

 

鈴と恵里もそれぞれの武器を構える。クゼリーは永山達を守るように後退した。そしてベヒモスの咆哮を皮切りに勝負は幕を開けた。

 




はい、まさかの強化ベヒモス(笑)。完全に作者がやりたかっただけ(殴
地上視点は書いてると楽しくて止まらなくなる。

備忘録

クゼリー・レイル:ありふれアフターで登場した女性騎士。原作のネタバレになってしまうためここでは詳しい事は書かないが、興味のある方はアフターの方を参照。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃エ上ガル戦場

なんか雑だな今回。ちょっとスランプ入ったっぽいです。また書き直すかもしれません。


先手はベヒモスだった。自身の持つ剣を振り、熱波を飛ばしてくる。どうやら自分の角を引き抜いて剣にしたらしい。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 『聖絶』!」

 

鈴が発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスの熱波を受け止めた。この攻撃は本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の『聖絶』でも受け止められるようだ。と分析した。

そして結界の内側から遠藤のコイン『ザミエル』によるレーザーが放たれる。光線はベヒモスの顔に当たり、敵は仰け反る。

 

「この攻撃は有効らしい」

「この程度なら『聖絶』で防げる。今のうちにやっちゃって!」

 

鈴の掛け声と同時に恵里がファイで魔法攻撃を行う。ベヒモスの攻撃後の隙を狙って三角形の拘束フィールドで相手の動きを停止させ、さらに黒い楔を撃ち込む。

しかしベヒモスがこの程度の攻撃でやられるわけもなく、すぐに体勢を立て直すと今度は熱の斬撃を飛ばしてくる。先程と違い熱が分散していない為、これは防ぐよりも避ける方が無難であると判断した三人は現時点で可能な範囲の最小限の動きで躱していく。

 

「うわあ!」

 

なんだよ、と三人が声の発生源に目を向けると、未だ完全回復しない永山達がすんでの所で結界を展開し、防いでいる所だった。結界を張っている人員の中にはクゼリーもいる。

 

「まだ回復しないんかい。アイツ等」

「まあ分かってたさ。そんなにすぐには回復しないって」

「何としてでも防げよ。出来ないなら気合いで避けろ!」

 

言っている事は酷いが状況故に仕方がない。いくら実戦において強さを発揮するとはいえ、強化されたベヒモス相手に足手纏いを守りながら闘う程の強さは三人には無い。

ベヒモスは遠距離攻撃では埒が明かないと判断したのか、手に持つ剣で殴りかかって来る。

 

「あっぶな」

 

間一髪で恵里が避ける。そしてそのまま恵里を両断しようとするベヒモスだが、

 

「ウガァッ!?」

「いい気になるなよ?」

 

ベヒモスを黒い楔が貫いていた。恵里はベヒモスが近づいて来た段階で魔法を詠唱し、攻撃後の隙を狙って放ったのだ。ベヒモスは恵里を攻撃対象にするが、今度は別の攻撃を受ける。ベヒモスは攻撃を受けた方向に剣を振るが、そこにあったのは影であり、霧散して消えるのみ。怪訝に思って周りを見回すも、またもや死角から攻撃をくらう。

ベヒモスは攻撃者を探すが一向に見つからず、捜索を諦めた時、無数の斬撃が襲った。

 

「!!??」

 

一つ一つは大したことの無い攻撃でも、一度に多量に浴びせられれば話は別だ。ベヒモスは斬撃を浴びせた相手を探すと、ソレは無数にいた。今ベヒモスに攻撃したのは『暗殺者』の天職を持つ遠藤であり、彼の技能『無名影撃』によって影の分身を作った状態だった。この影も攻撃することが可能であり、単体の攻撃力で劣る暗殺者が敵に大ダメージを与えるための技である。

ベヒモスは怒りの咆哮を上げ遠藤を殺そうとするが、本体を攻撃しようとしても巧みに影と入れ替わり、剣を当てる事ができない。更に遠藤が投げた『ザミエル』により煙幕を張られ、一時的に視界を遮られるが、頭に血が上ったベヒモスはもう一人の襲撃者に気が付かない。

 

「グゥガァァァァァァ!!」

 

ベヒモスに連続的な苦痛と流血を与える者。それはベヒモスにチェーンソーを突き刺している鈴だった。流石の強化ベヒモスもこの一撃は効いたのか、鈴を引きはがそうとする。しかしベヒモスの手が伸びる前に鈴はその場から回避する。そして、

 

「破滅の、開始!」

 

遠藤と鈴が稼いだ時間で詠唱が完了した恵里の必殺技が火を噴く。名を『コラプス』といい、三角形のフィールドで拘束した敵を闇の楔の雨で蜂の巣にするというものだ。

 

「あっははははは!」

 

恵里の笑い声の直後、楔がフィールドごと爆発する。『コラプス』はここまでがワンセットだ。永山達が「やったか?」と思うも、ベヒモスは尚も立ち上がる。

 

「タフだねえ。コイツ」

「エリリン、今の何回撃てる?」

「多めに見積もって三回」

「二回は撃てるんだ…」

 

鈴が驚いたような呆れたような声を恵里に掛けるが、そこで声を上げた者達がいた。

 

「待ってくれ!俺達も戦わせてくれ!」

「はあ?」

「倦怠感も大分マシになった。俺達にも手伝わせてくれ!」

 

一見すると善意の塊のようなこの申し出。しかし遠藤は彼らの瞳に野心の色があるのを見逃さなかった。ステータスで光輝達に劣り、冷遇され、活躍の場を奪われてきた彼らにとってはこの状況は渡りに船だ。遠藤達の発言は軽視されても、ここには王国の騎士であるクゼリーがいる。ここで活躍を残し、光輝達に認められたい。だが他の局面ならともかく、この極限の状況下でそのような余裕は無い。

 

「…寝言は寝て言え。アンタ等の自尊心を満たすためだけに遊ばせてやる余裕はねえ」

「なっ!?お前も天之河みたいに俺達を冷遇するのか!?仲間だろ!」

 

遠藤は舌打ちとザミエルによるレーザーを撃ちながら反論する。

 

「冷遇でもなんでもねえ。元々仲間意識も無いしな。アンタ等に二転三転するこの戦況を瞬時に見極める判断力と、それについて来れる体力があるのか」

「ある!活躍の場さえくれれば――」

 

しかしその言葉にクゼリーが苦言を呈する。

 

「僭越ながら申し上げますと、皆さんの身体機能は完全回復したとは言えません…今出て行っても本来の力は発揮できず、身体の方の限界が先に来るでしょう。ここから地上まで歩いて帰る事は出来ますが、戦闘となると…」

「クソ!なんでだよ…!」

 

永山達は悔しそうに俯く。しかし今出て行ってもベヒモスに初遭遇した時の光輝の二の舞になるだけだ。彼らとてそれが分からない程頭が悪いわけではないが、やはり感情が先走ってしまうのだろう。

 

「ガンマンは稼業、気分で撃つのは乱射魔だ。チャールズ・ホイットマンを助ける気は無いし、仲間扱いなんざ虫唾が走る…!」

 

遠藤は吐き捨てるようにそう言うと、戦線に戻っていった。英国保安局のエージェントとして暗殺者の任務を遂行する遠藤だからこその信念である。殺しの際には自己の感情は徹底的に排すると決めているのだ。

永山達が反論できずに黙り込むと、クゼリーが言葉を発した。

 

「…今は防御に徹しましょう。我々の安全が確保されているだけでも、彼らの戦闘の助けになります」

 

遠藤とクゼリーの言葉で幾分か頭が冷えたのか、永山達は結界を張り、『土術師』の野村が岩石の壁を作って防御に徹することにした。

 

 

「おっそい。ようやく戻って来たね」

「おいおい、寧ろ追加報酬を要求したいくらいだ。あのまま乱入されても全員仲良くヴァルハラ行きだぞ。まだエインヘリアルになる気は無いんでね」

「残念。僕の人形にしてあげようかと思ったのに」

「ふざけんな。絶対お前より長生きしてやるよ、クソ降霊術師」

 

恵里と遠藤が軽口を叩き合っていると、それを両断するかのようにベヒモスの剣撃が叩きつけられる。

 

「破局しちゃった」

「勝手に彼氏にするんじゃねえ。エミリーに殺される」

「お二人さん、そろそろ手伝ってくれませんかね!」

 

いつの間にか単独戦闘していた鈴がイラついたように叫ぶ。というより二人の所に回避して強制的に戦闘に引きずり込んだ。

恵里が指示を出し、鈴とスイッチしてカイが前衛を務める。カイはブレードや遠隔攻撃でベヒモスを翻弄する。ベヒモスも応戦するが、カイほどの小ささでは攻撃が当たらない。無論、恵里の技量もあるが。

 

業を煮やしたのか、ベヒモスは火炎弾と熱波を飛ばして広域殲滅に乗り出した。しかし結界師の鈴が熱波を防ぎ、火炎弾は伽藍ノ堂で撃ち落とす。全ての攻撃を防げるわけではないが、撃ち漏らしは遠藤のザミエルや恵里のファイが撃墜する。

遠藤は恵里と鈴に迎撃を任せ、自分は攻撃の合間を縫ってベヒモスに分身した上で斬撃を浴びせる。ベヒモスの剣の横薙ぎが遠藤に迫るが、遠藤は側宙で回避。その隙を狙ってファイの楔攻撃がベヒモスに命中した。

 

「敵のカードも打ち止めかな?」

 

その言葉が理解できたはずも無いが、ベヒモスは今度は床一面を火の海にするが、三人は鈴が出した結界に飛び乗り回避する。ベヒモスも火炎弾で応戦するが、善戦しているとは言い難い。

 

「そろそろキャンプファイヤーはお開きにしないとね」

 

ふざけた言葉だが、表情は真剣そのものである恵里が『黒闇地獄』を詠唱する。鈴と遠藤が時間を稼ぎ、恵里の詠唱が完了。ベヒモスは再び楔の雨に打たれることとなった。

そして、降霊術師の笑い声を最後にこの戦闘は終わりを告げた。

 

 

 

その後、光輝達が戻ってきたころに見たものは、焼け野原となった広場と倒れ伏すベヒモス。そして戦闘の疲れでダレている恵里、鈴、遠藤の三人と永山達だった。大規模な戦闘があった事は明白であり、ミゲルが遠藤達を問い詰める。

 

「これは…一体何があったのだ!」

「ベヒモスが復活したので死闘の末倒しました」

「出鱈目を言うな!そうか、分かったぞ!大方手柄を得られないお前たちの自作自演だろう!」

 

ベヒモスが復活したという事すら信じられないのに、ステータスで光輝達に劣る三人がそれを倒したなど、ステータス偏重主義のミゲルにとっては受け入れ難い事だ。故にこれは遠藤達の自作自演と決めつけた。

 

「見損なったぞ!君達は努力をしないばかりか、こんな自作自演までするのか!今なら間に合う。嘘をついたことを謝るんだ。そして心を入れ替えて真面目に訓練をするんだ!」

 

光輝もこの惨状を自作自演と決めつけて三人を罵る。しかし三人は鼻で笑って返した。

 

「こんな自作自演をするくらいなら他の所で魔物でも狩ってるさ。というか何事も無いならすぐに合流するし、明らかに労力と利益が合ってないだろ。頭を使いな。学年トップ」

「だが一度倒した魔物がすぐに復活するわけ無いだろう!それに君達のステータスではベヒモスに勝てやしない。いい加減に認めたらどうだ!」

 

そこで雫から待ったが入る。

 

「光輝、恵里の言っている事は正論よ。信じがたいけど、彼らの言っている事は真実だとすれば全て辻褄が合うわ」

「雫…君は本当に優しいな。でも彼らに同情する必要なんて無い。だって彼らのステータスでは―――」

「ベヒモスを倒せないって言いたいのかしら。でも彼らはステータスで勝る檜山達を圧倒してたわよ」

 

雫が小悪党組を睨みながら言う。しかし光輝とミゲルはそれを認めない。

 

「認めん。認めんぞ!ステータスで劣る奴らが、勇者以上の力を発揮したなど…!もう良い、このことは王国に報告する!しかるべき処遇が決まるまで謹慎していろ!」

 

その後、ミゲルは王国に遠藤達の悪行を報告したが、その訴えは却下された。その原因はクゼリーがリリアーナに持たされていた記録用アーティファクトに二足歩行のベヒモスと闘う三人が映っていたからである。

ミゲルは尚も「捏造だ!」と騒いでいたが、今となっては原理不明なアーティファクトにどうやって干渉するのか問われると、何も言えなくなった。

 

その後、遠藤達の根城であるハジメの工房に永山達やクゼリー、リリアーナが訪れるようになり、ベヒモスの素材は遠藤達が手中に収めたことは余談である。

 




この時期の戦闘にしては無理があるか?まあこれくらいは許してください…この辺りの地上組はどうしても戦術が限定されるのがね。

備忘録

無名影撃:パニグレのワタナベのスキルの一つ。だが今作では効果が違い、影による分身そのものを指している。なんか遠藤の技に『ジオセントリック』とか『スーパーノヴァ』とか付けるのも違う気がして…

コラプス:恵里の闇魔法の一つ。元ネタはパニグレの21号の必殺技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗示サレル未来

ハジメsideでございます。何が一番大変だったかって、パニグレの技を描写する事ですね(笑)。思ったんですけどパニグレの技名って割と統一性無いですよね。漢字だったり横文字だったり…無論それが悪いわけではありませんが。


「さてと、地獄めぐりの再開と行きますか」

 

ハジメ達はユエを仲間に入れ、奈落の攻略を再開した。ユエは原典では武器の類を持たず、魔法一辺倒で闘っていた(無論それでも強かった)が、今作ではハジメが武器を製作した。その武器の名は『オズマ』といい、普段は四本のニードルと二つの球体の形を取っている。オズマはパニシングのエネルギーを流す事で形状を変え、時には槍、時には斧と非常に多彩だ。

 

…原作既読勢の方々ならもうお気づきかもしれないが、今作のハジメはこの時代のトータスでは失われた神代魔法の一つである『生成魔法』の領域に独力で至っている。生成魔法とは、魔法を鉱物に付加して特殊な性質を持った鉱物を生成できる魔法だ。アーティファクトを作るには必須の魔法であり、これが失われたトータスではかなり回りくどい方法で武器の強化などを行っていた。しかしハジメは、それらの手順や制約をある程度すっ飛ばして武器を作れるのだ。香織の『ウーベルチュール』、恵里の『ファイ/カイ』、遠藤の『ザミエル』、清水の『黒ノ書』はアーティファクト並みの性能と言われていたが、実際は名実ともにアーティファクトであった。

 

オズマを渡された時のユエの表情は最初は半信半疑、訝し気なものだったが、使ってみればしっかり機能するので驚いていた。

 

「…ハジメ、なんで無能扱いされてた?」

「戦闘職じゃないから…って言ってたな、あの人達」

「後はステータスが一般人レベルだったというのも追加で。病人であったというのもね」

「………………理由、それだけ?」

 

ユエが知っている範囲ではハジメの作る武器は今の時代ではオーバーテクノロジーと言ってもいい。設計図さえ残っていれば再現は可能だが、一から考えるのは不可能だ。非戦闘職、低ステータス、そんな事など些事と断言できる程に得難い人材のはずだ。病人であるならば寧ろあの手この手で延命を図るだろう。

 

「ハジメくんを嫌う人にとってはそんな事はどうでも良かったんだよ。どんなに薄っぺらい理由でも、あの人達にとっては聖書の一節ほどの重みになる」

「ハジメ、何したの?」

「何もしてないよ。私と恋人になっただけ」

 

その言葉でユエは察してしまった。二人が置かれた境遇を。

香織は紛れもなく美少女だ。自らの美貌を自覚するユエでさえそう思う。実際、原典での描写を見る限り、トータスでもあまり見ないレベルの美貌なのだろう。地球でもトータスでも異性からは好意の目で見られ、一部を除いた同性からは羨望の眼差しが寄せられる。

しかし楊貴妃やクレオパトラが証明するように『美女』という存在は争いの火種にもなり得る。それこそ国一つを滅ぼす程の。香織自身に「美しさって、罪ね」などという気障ったらしいセリフを吐く気は無いが、状況がそうさせてしまっている。

 

しかし、二人のやり取りを聞いていたハジメは香織を抱き寄せて口を開く。

 

「…何か勘違いしているようですが、香織に罪はありません。『人を愛する事すらも罪』とか、前世で何やらかしたんですか。周りを見ていなかった?余命少ない僕を捨て置いて周りを気にするような女を、僕がそもそも好きになるとでも?」

 

香織の顔が赤く染まる。ただのフォローかと思いきやストレートな独占欲を不意打ちのように叩きつけられたのだ。無理もない。

 

「あうう…ずるいよ、指揮者(コンダクター)

「世迷い事を言うからです。主席演奏者(コンサート・ミストレス)

 

ユエはそんな二人をとても羨ましそうに見つめるのだった。

 

 

 

「こ れ は ひ ど い!」

「……ハジメ、ファイト」

「気楽ですねえ!お嬢さん!」

 

現在3人、いや、2人は全力で走っていた。ユエだけはハジメにおぶさっている。周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りハジメの肩付近まで隠してしまっている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。この階層は樹海のような場所だ。十メートルを超える木々が鬱蒼と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いである。

 

しかしこの状況を説明するのにそれらの要素はあまり重要ではない。現在、ハジメ達は200頭にも及ぶラプトル種を思わせる恐竜の群れに追いかけられていた。オマケに恐竜達の頭頂部には向日葵に似た花が一輪咲いている。とはいえその花は可憐なだけのものではない。この状況に陥る前に何体か花を生やした恐竜を相手にした中で、あの花は一種の寄生植物の類であり、恐竜達は操られているという推測が為された。

また、香織に咲いている花とは全くの別物である事も判明している。一体香織の眼の花は何なのか。ハジメ達の中で謎は深まってゆく。タネの分からない物ほど怖いものはない。

 

「というか何故貴女は僕におぶさっているのですか。浮遊移動できましたよね」

「…力は温存するべき。だから仕方ない」

「あれ?貴女さっき『あまり疲れない』とか言ってませんでした?」

「……ヤツの花が…私にも……くっ」

「今年で一番分かりやすい嘘吐いてるんじゃありませんよ!」

 

そこでふとハジメは気が付いた。香織が先程から一言も喋っていない事に。

 

「香織も何か言っておやりなさい!」

「ん?そうだね。二人でイチャつける余裕があるならあの集団に突撃してきたら?」

「怒ってます?あと途方もない誤解をされている気がするのですが」

「ソンナコトナイヨー。ナカマガフエテウレシイナッテ、オモッテルヨー。あ、そうだ、探索終わりに演奏する曲は『トゥーランドット』でいいかな?」

「絶対怒ってるでしょ貴女!」

 

求婚してくる男達に謎かけをして、解けなければ死刑に処してしまう姫を描いたオペラの名前を出す香織。「対応を間違ったら、分かってるよね?」というメッセージが嫌と言う程伝わってくる。

ハジメが機械の身体で冷や汗を流していると背後の恐竜群団からレーザーが撃たれる。

 

「ッ…またですか」

 

実はこの攻撃は初めてではない。群れの中に機械化した個体が混ざっているのか時々こうした攻撃が飛んでくるのだ。しかも今回は数が多い。

 

「ユエさん、降りて下さい。この物量では被弾しかねない」

「コンダクターの言う通りだよ、ユエ。彼から離れて」

「…むぅ、仕方ない」

 

本当に渋々と言った様子でハジメから離れ、しかし近くを浮遊するユエ。そんなこんなで恐竜の群れと、妙に持続時間が長いレーザー攻撃を掻い潜り、目的地に辿り着く。恐竜達は自分達を一定の方向に近づけないようにしている傾向があり、そこに大元があると予測した。そしてその方角に見えるのは縦割れの洞窟。3人はそこに逃げ込み、錬成で穴を塞ぐ。

 

「逃走成功」

「多分ここに本体がいますね。香織、音はしますか?」

「待ってね…うん、この奥から生物特有の音がする」

 

香織の言葉でほぼ確信を持ったハジメ達。そして周囲を警戒しながら部屋の中央までやって来た時、緑色のピンポン玉サイズの球体が飛んできた。これがイルミネーションであれば美しいのだが、残念ながら鑑賞している余裕は無い。ハジメはセインによる掃射、香織は音波、ユエは旋回するニードルによる全方位攻撃でそれを迎撃していく。途中ハジメ達の攻撃を掻い潜り球体が取り憑いた事もあったが、花は咲いた瞬間に枯れてしまった。相手の混水摸魚戦法は失敗したようである。

 

ハジメ達が緑球を撃ち落としていると、奥の縦割れからアルラウネ、もしくはドライアドを連想させる魔物が姿を現す。しかも相当にご立腹のようだ。外見だけは人間を模しているとはいえ、所詮は魔物。沸点は低いらしい。

御自慢の胞子が効かない事が分かると、今度は蔓を伸ばしての実力行使を行う。しかしハジメの『重合爆発』の前にあっけなく敗北した。

 

「ようやく終わっ…た…?」

 

香織が訝し気な顔をする。どうやら演奏者の耳が不穏な音を拾ったらしい。自分達が入ってきた入り口を警戒する香織。ハジメとユエも武器を構える。

次の瞬間、入り口付近の壁が溶解し、その向こうから恐竜のような機械が現れる。頭部がレーザー砲になっており、逃走中のレーザー攻撃はコイツ等の仕業だったようだ。そして、先の戦いでアルラウネの胞子は機械には効かない事が推定されている。すなわちコイツ等は自分の意志でハジメ達に攻撃を行っていたという事だ。

そしてこの場にいるという事は、

 

「やっぱり撃ってきますよね」

 

レーザー砲による一斉射撃がハジメ達を襲った。妙に持続時間が長いのは相変わらずのようで、こちらの動きが制限されてしまう。ハジメはアストレイアによる銃撃で相手の攻撃を中断し、その隙に香織とユエが数を減らしていく。

 

「カオリ、離れて!」

 

ユエの言葉通り、香織が後ろに下がると、ユエが魔法名を発する。

 

『アルマゲスト』

 

レーザー恐竜『バイオサラマンダー』達の頭上に巨大な黒輪が現れ、付近の敵を引きずり込み、内側で闇属性の殲滅魔法が展開される。

 

「ユエ、凄い…」

「僕達の出番はなさそうですねー」

 

ハジメと香織がその殲滅力に感動していると、バイオサラマンダー達は全滅しており、ユエが得意げな、しかしどこか安堵を含む表情で振り向いた。

 

「…ハジメ、カオリ、私…役に立った」

 

それは「足手纏いではない」という宣言。道中緊張感の無い行動を取りながらも、内心はやはり不安だったのだろう。もし自分が利用価値無しと判断されて再び捨てられるような事になれば、ユエにとっては絶望だ。

 

「…っ!」

 

香織はたまらずユエを抱きしめた。ハジメに近づく彼女に威嚇しながらも、根底が心優しい少女である香織には、ユエを見捨てる気など無い。

 

「カオリ…?」

「大丈夫だよ。ユエを見捨てたりなんかしない。でも…」

「でも…?」

ハジメくんの恋人(コンサート・ミストレス)の座は譲らないよ」

 

ユエを慈しみながらもしっかりと宣言する香織。ユエのハジメへのスキンシップは単なる仲間に対するものにしては過剰だ。しっかりと釘を刺しておかなければならない。ユエは少し寂しそうな顔をしたが、その後何やら思案する顔になる。

しかしその時周囲を警戒していたハジメが異変に気付く。バイオサラマンダーの死体がアルラウネの残骸の方に引き寄せられているのだ。

 

「二人とも、今すぐにここから脱出しましょう!」

 

ユエと香織はハジメの指示を聞き、すぐに行動に移すが、その前に出口が蔓で塞がれてしまった。いや、蔓というよりはケーブルと言った方が近い。

三人がアルラウネの方を振り返ると、バイオサラマンダーの死体が寄せ集まり、変形して機械のアルラウネが形作られていた。

 

「…ごめんなさい。ハジメ、カオリ」

「責める気はありませんよ。人間の思考力にも限界という物がある」

「謝るべきなのは私もだよ、ユエ。だからお相子」

 

ハジメ達は復活した敵へ武器を構える。敵の強さとしてはここからが本番だ。

 

WARNING   ラプンツェル

 

 

先手は敵、『ラプンツェル』だ。蔓のようなケーブルを伸ばし、こちらを捕らえようとする。しかし香織の音波に弾かれ、逆に弓で切り刻まれる。

ハジメがアストレイアによる銃撃を放ち、セインによる『重合爆発』を発動、更にリーブラによる制圧射撃体勢に移行した。そしてユエは流動エネルギーを操り、地面から赤黒い棘で貫く技『パニッシュメント』で攻撃する。しかし耐久力も上がっているのかラプンツェルは倒れない。

するとラプンツェルは地面へと潜り、代わりに蔓やラフレシアのような花が地面から生える。オマケに花は悪臭のする霧を吐き出し、視界を遮る。

 

「この霧、毒ですね。僕達にとってはそれ程脅威ではないですが…」

「…ん。でも視界が遮られるのは鬱陶しい」

「ですね。香織は蔓の迎撃を。花は僕達が始末します」

「分かった」

 

視界が遮られても音を聞き分ける『演奏者』である香織にとっては脅威ではない。そのため、霧の中で蠢く蔓を破壊していく。細剣技やチェロの横薙ぎと弓の投擲の同時攻撃技『雷跳のフーゲ』などを使い、蔓を剪定していく。

ハジメは『重合爆発』で花を焼き尽くし、ユエはニードルを車輪のように回転させたり敵を切り刻むように旋回させたりして花を刈り取っていく。

 

と、雑魚を殲滅し終えたところでハジメとユエの足元から本体が強襲。二人は『超速演算』を使って回避した。ラプンツェルは蔓でハジメを閉じ込めようとするが、朱樺の斬撃により破られ脱出を許してしまう。

そこへ香織の電流を伴った刺突攻撃『狂嵐ジュンフォニー』がラプンツェルに激突する。更に香織は自分の足音なども攻撃に使用しているため、雑魚が沸いてもそう遅くない内に殲滅される。

 

ならばとラプンツェルは自身の体内から、爆発する虫型機械『メルトビートル』を放出するが、香織の磁力と電流の渦『磁場のロンド』により集められて殲滅される。

再び蔓を伸ばそうにもハジメのガン=カタと香織の細剣技により防がれ、逆にユエの持続ダメージフィールド『サザンクロス』により反撃を許してしまう。

 

「高枝切り鋏でも持っていたらもう少し楽でしたかねえ」

「どうかな。私の演奏やユエの技の方が使えるよ。コンダクター」

「これは失敬」

 

そんな皮肉を飛ばしながらラプンツェルを追い詰めていく。ラプンツェルは自己修復機能も持ち合わせていたが、3人の猛攻の前に再生は追いつかなくなっていった。そして、

 

「撃殺する」

 

ハジメのアストレイアの銃撃によってこの戦闘は終結した。

 

身体に生えた花、自由意思を奪われた魔物、そして挙句の果てには機械化という末路。ハジメ達の不吉な未来を暗示するかのような敵であった。

香織が鎮魂曲を演奏する中で、ハジメは未来を憂う。しかしユエはそんなハジメに言葉を投げかける。

 

「…大丈夫。カオリもハジメも…人間」

「ほう?」

「…カオリの演奏は綺麗…ハジメの絵も綺麗…それに、私達はお互いに詩や冗談を言い合うことも出来る…それは、紛れもなく人間の行動。心を失った機械や魔物には出来ない」

 

ハジメはユエの言葉に笑顔を浮かべる。奈落に落ちてから色々と達観した気分でいたが、自分はまだティーンエイジャーである事を再認識した。そして、人生の先輩である吸血鬼に感謝を告げるのであった。

 




一気にパニグレのネタが増えた話でした(笑)。セレーナの技名って中二病チックではあるけど何処か上品で好きです。そして何気にハジメ君が独力で神代魔法の領域に至っていることが判明。いや、この場合『演算』と言った方が適当か。

備忘録

オズマ:パニグレのルナの推奨武器。一応童話の登場人物でもあるが、この先同名の敵が現れるのかは不明。

バイオサラマンダー:パニグレの敵。やたらと持続時間が長いレーザー攻撃のせいでプレイヤーからは嫌われている。

サザンクロス/パニッシュメント/アルマゲスト:パニグレのルナの技。詳細はググってください。

狂嵐ジュンフォニー/雷跳のフーゲ/磁場のロンド:パニグレのセレーナ嵐音の技。詳細は(ry

メルトビートル:パニグレの敵。小型の虫型爆弾。結構シャレにならないダメージを喰らうそうな。なお、ビートルという名前だが外見はテントウムシに近い。

ラプンツェル:強化アルラウネ。名前の元ネタは確かグリム童話である。(ちゃんと調べろや作者定期)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

消エ去ル夜鷹

今回の話は結構大変でした。要素がてんこ盛りで。特に原作におけるヒュドラ戦は中途半端に書けませんからね。


ラプンツェルを撃破したハジメ達は、特に特筆するべき事も無くハジメが目を覚ました場所から100層目に到達していた。その階層は無数の巨大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径5メートルはあり、各々に螺旋模様と木の蔓が巻き付いたようなデザインがされている。天井までは30メートル近くはあり、地面も荒れたところは無く平らになっている。どうみても人工的に作られた空間だ。

 

「…随分とけったいな棺桶ですね」

 

やたらと手の込んだトラップで飛ばされた場所が同じ20階層だったとしても、この時点で100階層を超えている。オルクス大迷宮は全100階層と一般的には認知されている。すなわち途中からは完全に未知の領域だったという事。上層が100階層で一区切りとし、紐無しバンジ―の着地点が未到達層の第一層だと仮定すれば、節目である100階層目に何かあると警戒するのは当然。そしてやたらと手の込んだ部屋の状態を見てハジメは悪態をついたのである。一体反逆者とやらは何を考えてこんな地獄のような場所を作ったのか、是非とも腹割って話してもらいたいものだ。

 

「念の為、武器のメンテナンスやアップデートはしておきましょう。詰ま(ジャム)って死ぬとか目も当てられない」

 

ハジメ達は警戒を重ねて武器の手入れをする。細かく弄れるのは製作者であるハジメだけ。必然的に香織とユエは手持無沙汰になる。出来る事と言えば雑談くらいしかない。

 

「…カオリ」

「どうしたの?ユエ」

「…地球では、一夫一妻制が普通なの?」

 

香織とて馬鹿ではない。ユエの質問の意味をしっかりと汲み取っていた。

 

「そうだね。他の国は知らないけれど、少なくとも日本…私達の故郷はそうだよ」

「そう…」

「…いつになく直接的だけど、どうしたのかな?」

 

ユエは一瞬だけ逡巡するが、意を決したように言葉を発する。

 

「私を…ハジメの二人目の恋人にしてほしい。それをカオリにお願いしに来た」

 

香織は首を傾げる。ハジメは一瞬だけ手を止めるが、すぐに作業を開始した。

 

「二人目…?てっきり宣戦布告されるものだと思っていたのだけれど」

「私自身は、そういうのは気にしない…封印される前、それは当たり前の事だった」

 

ハジメと香織は失念していたが、ユエは封印される前は王族だった。側室や妾といったシステムが存在し、一人の男に複数の女性が侍る光景は彼女にとって日常だったのだ。事実上の一夫多妻制と言ってもいい。勿論恋愛結婚だけではなく、互いの利害が一致したうえでの政略結婚も存在するが、それでも一夫一妻制が絶対のものでは無かったのは確かだ。

 

「…それに、私はカオリが悲しむのは見たくない…だからハジメを奪うつもりは無い」

「ユエ…」

「…私はハジメが好き。でも…カオリの事も、意味は違うけど同じくらい好き。だから…カオリにも幸せになってほしい。もう…セイレーンにはなってほしくない…」

 

コンサート・ミストレス(恋人)の地位を奪ってカオリが悲しむのは見たくない。だがハジメを諦める事が出来ない。ならばどちらも両立できる案、ユエがハジメの二人目の恋人になる。という解を導き出した。恋愛と言うには似つかわしくない、数学の論理パズルのような思考だが、実に合理的な案だ。

 

「……」

 

不安げな表情でこちらを見つめるユエの視線を受け止め、香織は考える。香織はユエの事を嫌っているわけではない。寧ろ、人間的には友人になりたい部類だ。数学者『エヴァリスト・ガロア』の死因の通り、色恋は時に流血の惨事を引き起こす。その中で、ユエは三人全員が幸せになる方法を模索し、先の解を導出した。それを頭ごなしに否定するのは地球での倫理や価値観をトータスの住人、しかも人間とは違う種族の彼女に押し付ける事に他ならない。だが、

 

「最後に確認させて」

「…ん」

「私達の目的は地球に帰る事。ユエも一緒に来るということは、ユエも地球で暮らすという事になる。ここまではいいかな?」

 

ユエは頷く。

 

「でも地球では、ユエの考え方は殆ど受け入れられていないものなの」

 

平安時代辺りならいざ知らず、二股やハーレムは空想の産物としては楽しまれているが、現代の地球でそれを実行すれば(本人達の事情はどうあれ)間違いなく後ろ指を指される事になるし、婚姻等の法や手続きも男女1対1の関係が前提の物が殆どだ。

 

「ユエの望む関係は地球で暮らす上で色々な問題にぶつかるものだよ。わざわざ資源や労力を使ってまで書面に起こそうとする暇人がいるくらいにはね…それでもいい?」

「………………良い」

 

ユエの言葉に少しだけ悲しそうな顔をする香織。しかしユエの解はこれで終わりではなかった。

 

「その時、ハジメやカオリの辛い思いを少なくできるように…私も頑張る…だから、傍にいさせて欲しい」

 

香織はユエの言葉に安心したような表情になる。自分の懸念が杞憂であった事が嬉しかったのだ。

香織は先程の問いに一つ、穴を作っていた。地球での常識とユエの望む関係の齟齬、その問題はユエだけでなくハジメ達全員に降りかかる物だ。数学に例えるなら、ここでユエが「自分は大丈夫」という証明を披露した所でQ E Dとはならない。しかし彼女はこの命題の最適解を即答して見せた。それならば、香織から言う事は何も無い。

 

「という事だけれど、ハジメくん」

 

ハジメは作業の手を止めて香織達を見る。今までの話は全て聞いていたので、彼女達の気持ちは理解していた。今更ユエの気持ちを「吊り橋効果」だのなんだのと言って否定する気は無い。

 

「ハジメは…私の事…嫌い?」

「嫌いではありませんよ、間違いなく。それは断言できます。しかし、恋愛的な意味で好意を抱いているか、と聞かれれば、首を傾げざるを得ない」

 

ハジメがユエに抱いている感情は「絵のモデルにしたい」という物だ。すなわち、恋愛的な好意ではない。お互いを強力な不可視の枷で繋ぐほどの感情をユエに抱いてはいないのだ。

しかしユエはその返答は予想通りだったので、特段動揺することはなかった。

 

「それで構わない…ハジメを、振り向かせて見せる」

 

ハジメはトータスへ転移する前、香織の告白を断ろうとした時と似たような気配を感じていたのだった。

 

 

 

やがて武器の整備が終了し、奥へと進んでいくと、美しい彫刻の彫られた全長10メートルはある扉が見えてきた。

 

「もしかして、あれが反逆者達の住処かな?」

「神曲 地獄篇もこれで終わりですかね」

「…ん。神曲が何か分からないけど、多分そう」

 

しかし次の瞬間、扉と3人の間の空間に巨大な魔法陣が現れる。それは赤黒い光を放ち、脈打つように音を響かせる。

ハジメ達は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。おまけに使われているのは天使文字だ。

 

「なんという大きさでしょう。まあ、やる事は変わりませんけどね!」

序曲(オーバーチュア)はもうおしまい。貴方に終結(コーダ)を捧げてあげる!」

 

ハジメと香織がそれぞれの武器を取り、

 

「んっ!」

 

力強く頷いたユエがオズマを起動する。やがて魔法陣が一際強く輝き、光が収まった時3人の視界に映っていたのは、

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

魔法陣と同じくらいの大きさの魔物とも機械ともつかない何か。鋭い牙に長い首、それが6つも同時についている。

 

WARNING   タブリス

 

「自由意志の天使…か」

 

奈落に落とされたハジメ達や、封印されていたユエに対する当てつけだろうか。と、若干の不愉快な気持ちが芽生えたのかハジメが呟く。それが開戦の合図となり、まずは赤い紋様が刻まれた頭が口から炎を吐き出す。3人はそれぞれが左右に分かれる形で散開。ハジメがセインで頭を銃撃すると、赤い頭は吹き飛ばされた。

 

案外なんとかなる物だ。とハジメが思っていると、白い紋様が刻まれた頭が叫び、その直後に赤頭は再生されてしまった。

 

〝白い頭がヒーラーのようですね。潰しましょう〟

 

ハジメは授格者の技能『通達』によって二人に作戦を伝える。すぐさまユエがニードルを飛ばすが黄色の紋様の頭が割り込み肥大化、更に同色の輝きを放ち、ユエの攻撃を弾く。

 

「頭の一つ一つが役割を持ってるみたいだね。黄色いのは盾役みたい」

「アストレイアを使ってみますかね」

「それもいいけど、私に考えがある。二人は攻撃を防いでほしい」

「んっ!」

「わかりました」

 

香織がチェロを演奏し始める。他の頭は香織を攻撃するものの、ハジメとユエに防がれていた。

敵の攻撃を掻い潜り、香織の奏でる破壊音波が白頭へと襲い掛かる。すぐさま黄色頭が盾となるが、

 

「クゥルア!?」

「!?」

 

音波は黄色頭を掻い潜って白頭に直撃した。香織の奏でた音波が回折し、盾役を無視して攻撃が届いたのだ。流石のタブリスも予想外だったのか、軽く困惑している様子。しかし戦場においてその一瞬は命取りだ。

 

『アルマゲスト!』

 

タブリスの巨体をまるまる巻き添えにして放たれるユエの魔法。ダメージを回復する前だったために白い頭は消し飛び、他の頭も少なくないダメージを被った。

しかしタブリスの黒い頭は厄介すぎる敵に対し、打開策を持ち合わせていた。黒い頭はジャマーの役割を担っており、敵に悪夢や幻惑の類を見せる能力を持っていた。しかし相手にはあまり効いている様子が無い。だが、天使と化す前ならいざ知らず、今の自分にはもう一つの能力があった。敵を電脳空間に閉じ込める能力が。

 

「「「!?」」」

 

 

 

突然意識がショートし、視界が暗転する三人。目を開くと、そこは直線的な立体のみで構成された白い空間だった。しかもそれぞれが分断され、周囲には誰もいない。

 

(香織が言っていた空間と同種のものですかね…)

 

ハジメが空間の正体について考察していると、周囲に黒い影が生成されていった。ハジメはその影に見覚えがある。病棟の惨劇の日、自分を殺そうとする侵蝕体達、親しき人の成れの果て。

 

『小僧、また儂の話を聞きに来たのか?カジキを釣り上げて、鮫に追われる羽目になった漁師の話を』

『ハジメ君、今日は体調が良さそうですね。このまま経過を観察しましょう』

『ハジメー!遊ぼうぜ!』

 

かつて人間だった親しい者達の声が聞こえる。耳を切り落としたい衝動に駆られながらも、ハジメは影を射殺してゆく。

 

『ハジメ、この詩はとても綺麗ね。悲しいけれど、美しいわ』

 

かつて好意を抱いていた少女、ヨナの声までもが再現された。銃を握る手が軋む。

 

「うるさい…」

 

『今日は天気がいいわ』

 

「ウルサイ…!」

 

『今日は久しぶりに絵本を持ってきたの』

 

「ウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイウルサイ!!!!」

 

ハジメはヨナの影に向けて銃を撃った。声は聞こえなくなる。その場に存在するのは喪失と言う名の静寂だ。

 

「フフ、あははは…」

 

引き金を引いたハジメは自嘲する。彼女たちは死んだ。もういない。声が聞こえた所で何だと言うのだ。

精神を乱され、取り乱した自分の未練と弱さに笑えてくる。過去は受け入れ、彼女たちを弔ったのではなかったのか。ならば今自分がすべきことは一刻も早く影を殲滅する事だ。過去を冒涜したものへ鉄槌を下し、再び彼女達を弔うために。

 

ハジメは数刻後、電脳空間から脱出した。それを形作る影に、葬送の弾丸を放って。

 

 

 

ハジメが現実世界に戻って来た時、他の二人も帰還していた。悪夢を見せられたのか、二人とも少し疲れているようだ。ハジメは二人の頭を撫でると、タブリスに向けて『重合爆発』を放つ。死者への弔いと、冒涜的な好奇への制裁の炎を。

 

闘いの終わりを告げる爆発を見た三人は互いに寄り添う。

しかし、香織が何かの音に反応し、切羽詰まった声を上げる。何事かと視線を向けると、七つ目の頭が胴体部分からせりあがり、三人を睥睨していた。三人は思わず硬直するが、七つ目の銀色に輝く頭は予備動作もなく極光を放つ。

 

「っ!」

 

ハジメは咄嗟に二人を突き飛ばす。香織とユエを助ける事に成功したハジメだったが、自身は極光に飲み込まれる。光が収まり、香織とユエが見たものは、全身から煙を吹き上げて倒れるハジメの姿だった。

 

「「ハジメ(くん)!」」

 

二人は焦燥に駆られるままにハジメに駆け寄る。ハジメの容態は酷いものだった。身体のあちこちが焼け爛れ一部骨格が露出している。『自動修復』は機能しているようだが、明らかに直るスピードは遅い。

 

「どうして…?」

 

実は、タブリスのあの極光には肉体を溶かしていく一種の毒の効果も含まれていたのだ。普通は為す術もなく溶かされて終わりである。しかし、自動修復の回復力が凄まじく、溶解速度を上回って修復しており、速度は遅いものの、時間をかければ直りそうだ。

 

しかしタブリスがそんな時間を与えるはずもない。今度は直径10㎝程の光弾を無数に撃ち出してきた。ユエがオズマを使って光弾の豪雨を防ぎ、香織がハジメを柱の影に連れていく。今まではユエに向いていたタブリスの攻撃が今度は柱の影のハジメ達にも向けられた。柱を削るように光弾が次々と撃ち込まれていく。一分も持たないだろう。光弾の一つ一つに恐ろしい程のエネルギーが込められている。

 

香織はハジメにそっと口づけをすると、決然とした表情でワルドマイスターを手に取り、ユエへと加勢した。

 

 

ユエはタブリスの猛攻に耐えながらオズマで攻撃したり『パニッシュメント』などの高威力な技を放ったりしている。しかし銀色の頭は今までの6頭とは比にならない耐久力を持ち合わせており、なかなか決定打を与える事ができない。

 

「うぅ…」

 

ユエの顔に悔しさの表情が浮かぶ。自分を助けてくれたハジメや香織を、今度は自分が助けたいと思った。しかし自身の力ではタブリスには及ばない。それが悔しくて仕方がないのだ。拮抗していたユエとタブリスの闘いが徐々にタブリスの方へ傾いてゆく。ユエは二人に心の中で謝罪しようとしていた。

 

刹那…タブリスに白い爆炎の花が咲いた。

 

「ユエ、遅くなってごめん!」

「カオリ!」

 

その攻撃の主はワルドマイスターを構えた香織だった。彼女の身体には赤黒い電流が走っており、今の攻撃が全力の物であった事が分かる。

 

「ありがとう、私達を守ってくれて」

「カオリ…んっ!今度は私が、二人を助ける!」

 

香織が再びワルドマイスターを弾き始め、ユエはそれを守るようにニードルを飛ばして光弾を撃ち落としていく。二人のコンビネーションにより、劣勢だった戦況が徐々に拮抗していく。

 

 

 

ハジメは電子の、意識海の虚空の中を漂っていた。痛みも音もなく、自らに内在するデータが、関数が、数列がこの空間を航海して行く。

 

(今まで生きてゆく中で、僕は僕ではなくなっていった)

 

病室で過ごし、惨劇に遭い、香織と出会い、世界の構造を知るたびに、ハジメの思考は作り変えられていった。香織に誘われて見に行った戯曲、『ロミオとジュリエット』や『魔弾の射手』、『レ・ミゼラブル』などの作品の情報が入り込む。

少し前であれば、それらの登場人物たちを、愚かだと一笑に付しただろう。しかし香織という少女に恋をし、学校や本で物事を学ぶたびに、彼らに対する感情が変わっていった。現実にせよ、仮想にせよ、彼や彼女は目標の為に必死に生きている。

ならば自分はどうだっただろうか。死に物狂いで生きていただろうか。惨劇の後、自分はどこか無気力であった。パニシング症候群による死が確定していたから、これ以上足掻いても仕方がないと、どこかで諦めていた。そして、『夜鷹』に起因する『美しい死』は、ハジメにとってはこれ以上ない安息だったのだ。だが異世界に転移し、香織やユエを外敵や精神的外傷から守るためには、自身の生命を守らなければならない。

 

(夜鷹…貴方は僕の最後の迷いです。これまで培ってきた、最も大切にしたいもの。しかし、この戦闘、この局面では、全てを出し尽くさねばなりません)

 

そしてハジメに、強い生存の意志が芽生えた。

 

(ですから、南雲ハジメ…過去の自分よ…生存のために、この世界から消えて下さい!)

 

その瞬間、ハジメの意識は覚醒した。

 

 

 

香織とユエはタブリスの猛攻に苦戦を強いられていた。一度は持ち直したが、二人とも限界を超えて力を使い続けたが故に、再び劣勢に傾き始めたのだ。

 

((ハジメ(くん)、ごめん(なさい)…!))

 

二人が敗北を覚悟したとき、突如として時が止まった。吹雪が光弾を吹き飛ばし、凍氷がタブリスを穿つ。何事かと二人が驚くと、この静寂の空間に足音が響く。それは朱樺とセインを携えたハジメだった。

 

「「ハジメ(くん)!」」

「遅くなりました。さあ、反撃と行きましょう!」

 

ハジメの言葉が終わると、タブリスは氷から脱出し、ハジメに向けて極光を放つ。しかしハジメはセインを向け、その銃口から冷気の渦『白夜還流』を放つ。それは極光と正面からぶつかり合った。更にハジメは朱樺を回転させ、渦を強化する。タブリスの極光は押され始め、遂には完全に打ち消されてしまった。

 

「ハジメ…」

「すごい…」

 

ハジメの技に見惚れる二人。ならばとタブリスは光弾の嵐を撃ち出すが、ハジメは吹雪の竜巻『嵐雪』により、光弾を吹き飛ばす。竜巻の威力は次第に増していくが、タブリスも負けじと光弾を放つ。しかしハジメの冷気を纏わせた剣技により、相殺されてゆく。

 

光弾を殲滅し終えると、突如としてハジメの姿が消える。ユエと香織、そしてタブリスもハジメの姿を探すが、1秒にも満たない時間でハジメはタブリスに飛び掛かり、氷の一撃『氷晶』を加えていた。タブリスは最後の反撃をしようとするが、ハジメは既に次の攻撃に移っていた。

 

「鴉羽よ…」

 

タブリスは死の予兆を、ユエと香織は戦場に舞う氷の美しさを見た。

 

「僕達の刃になってください!」

 

タブリスに叩きつけられた極大威力の氷撃『冷華刹那』。夜鷹から鴉へと生まれ変わったハジメの決別の一撃。空間をも揺らぐと錯覚する威力の技は、為すすべなくタブリスの命を刈り取った。

その場にあるのは静寂。敵が蘇る気配はない。今度こそタブリスの死を確信したハジメはそのまま後ろに倒れた。

 

「ハジメくん!」

「ハジメ!」

 

二人は慌ててハジメの所に行こうと疲労困憊な身体に鞭を打って這いずる。

 

「すみません…本来ならばすぐに扉に向かうべきなのでしょうがね…流石に…疲れました…」

 

そう言ってハジメは意識を手放す。香織が心音を聞くが、ハジメはしっかりと生きている事が分かり、安堵した。

 

「「良かった…」」

「仮にも授格者だ。その程度で死にはしない」

 

突然聞こえてきた声に香織とユエは警戒する。すると扉が開かれ、赤い服の少女が現れた。だが聞こえてきたのは野太い男性の声だった。状況を訝しんでいると、少女が口を開く。

 

「まずは治療だな」

 

少女が手を翳すと、彼女の両隣に電子回路のような模様が現れ、その中から二人の赤毛の女性が姿を現した。片方のウェーブがかかった髪の女性は意識を失ったハジメを運ぼうとする。

 

「ちょっと、貴方達は一体――!」

「私はデボルだ。安心しろ、敵じゃない」

 

そしてもう片方のストレート髪の女性は香織とユエに近づく。

 

「私はポポルよ。聞きたいことはいっぱいあると思うけど、まずは貴方達の治療をしなきゃ」

 

「立てる?」とポポルと名乗った女性は香織達に手を差し伸べる。香織達は半信半疑になりながらも、ついていく事にした。

 




ぶっちゃけユエの二人目云々を此処に挟んだ意味はあまり無いです。ただ次回が怒涛の説明回なので作者が覚えてられる自信が無い…いや、ハーレム展開っていざ書こうとすると非常に難しい。スッと書ける人は尊敬します。
ハジメの覚醒は初期からずっと考えていたのでやっと書けて満足でした。参考にしたのはパニシンググレイレイヴンのルシア鴉羽vs曲のシーンです。
それよりも(オイ)、まさかのデボルポポル登場。主人公達と並んでNieRシリーズの顔となるキャラクターですね。テンションが上がってきました。

備忘録

嵐雪/氷晶/白夜還流:今までもハジメの剣技として時々登場したが、パニグレのルシア鴉羽の技。通常と『極寒モード』で違う技となる。

冷華刹那:ルシア鴉羽の必殺技。シンプルだがそれ故に強い。

タブリス:自由意志の天使…とされることが多いが厳密には違う模様。NieRシリーズと天使、地味に嫌な組み合わせである。

デボル&ポポル:NieRシリーズに登場する双子。今作ではどんな立ち位置なのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠レ家

怒涛の説明会。もし説明し忘れている事や致命的な矛盾があったらと思うと不安である。まあ、見つけたら修正しときます(笑)。


LORDING………………システムチェック中…

 

バイタルチェック:グリーン

異重合核状態:適正

エネルギー残量チェック:100%

システムチェック完了

 

「………………」

 

ハジメが目を覚ましたのは迷宮に似つかわしくないベッドの上だった。長らくお目にかかれなかった光量に、思わず眩しそうな目をするハジメ。状況に戸惑っていると、赤毛の女性が視界に入った。

 

「あ、気が付いたみたいよ。デボル」

 

赤毛の女性が声を掛けると、ウェーブのかかった赤毛のよく似たもう一人の女性が現れた。

 

「おはよう。よく寝たな。南雲ハジメ」

 

とりあえず敵意は無さそうだ。と安心するハジメ。状況が全く分からないので、試しにここが何処かを聞いてみた。

 

「ここは、オルクス大迷宮の最深部よ」

「反逆者の隠れ家って言えば分かるか?」

 

奈落にしては整った環境なので、おそらく真実だろうと判断した。

 

「香織と、ユエは何処に…?」

「安心しろ。二人ともピンピンしてる」

「今『通達』で連絡したから、もうすぐ――」

「ハジメくん!」「ハジメ…!」

「うおっと…」

 

ウェーブ髪の女性が避けるとともに、ハジメに抱きついてくる二人の少女。間違いなく香織とユエだ。立て続けに起こる展開に目を白黒させていると、赤毛の女性達が口を開いた。

 

「今だけは甘えさせてやれ。お前が寝ている間、コイツ等は気が気じゃなかったみたいだしな」

「貴方、数日間ずっと眠りっぱなしだったのよ?意識を失っている間、バイタルが危険域に達した事もあったわ。授格者や昇格者は『自動修復』によって再生するけれど、その効果も絶対ではないの」

 

赤毛の女性達の解説を聞きながら、ハジメは香織とユエの頭を撫でた。その行為によって更に涙を流してしまう彼女達にあたふたしながらも、ハジメは二人を抱きしめ続けた。

 

 

暫くして香織とユエが落ち着くと、ハジメは赤毛の女性達の説明を求めた。そして、彼女たちはそれぞれ『デボル・ポポル』という名前で、治療やメンテナンスに特化した性能を持つアンドロイドである事が分かった。隠れ家に三人を運び、治療を施したのはこの二人だったのだ。周りを見回してみると、確かに医療機器らしき機械や、医薬品らしきアンプルが存在している。

 

「あまり激しい運動は駄目だけど、歩いたりする分には問題ないわ」

 

ストレート髪の女性、ポポルがそう言うと、またまたドアが開き、今度は赤い服を着た少女が現れた。

 

「オルクス大迷宮の攻略者達。ようこそ、隠れ家へ」

 

見た目が少女なのに声がバリトンボイスなので、軽く驚くハジメ。しかし少女(?)の方は構わずに話し続ける。もしかしたらハジメの目が覚めるまでずっとスタンバっていたのか。

 

「ここまでたどり着いた貴様達に、耳寄りな情報があります」

 

少女は一方的にそう言って部屋から出て行ってしまった。とりあえずデボルとポポルに少女の事を聞くハジメ。しかし彼女たちにとっても謎の存在であるらしい。とにもかくにも話が進まないため、赤い服の少女を追いかける事にした。

 

 

ベッドルームから出たハジメは、周囲の光景に圧倒され呆然とした。機械と化してもこの辺りの感性は人間である。

 

まず、目に入ったのは太陽だ。もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず〝太陽〟と称したのである。

 

「夜は月みたいになったよ」

「……月は太陽の光を盗んでいる。だから光を落とせば月になる」

「随分詩的な自虐ですね。そういうつもりで名付けたわけではないのですが…」

「自虐じゃない…私はハジメとカオリに救われた…これは、私なりの感謝の提示。でも、ハジメにとってのコンサート・ミストレスはカオリ。だから、私は誇りを持って『太陽の光を盗む月』になる」

 

結構考えていたらしい。香織との関係を明確にした上でハジメの事は諦めていないという意思表示でもあり、単なる自虐として聞き流す事は出来なかった。

 

次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 

川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

地獄の最下層にあったのはコキュートスではなく天国(パラディソ)であった。まあ反逆者が生活していたようだし当然と言えば当然である。

 

 

暫くこの空間を探索し、住居のような建物を見つけた。そしてその中で風呂を見つけて女性陣が大はしゃぎし、ハジメも頬を緩めたが、ここでは割愛する。

住居の中を一階、二階と調べ、三階に辿り着く三人。三階は一部屋のみであり、奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

 

 その骸は椅子にもたれかかりながら俯いている。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

 

そして部屋の端には例の赤い少女もいた。

 

「耳寄りな情報と言うのは?」

「まずは全員魔法陣に入って『生成魔法』を習得してもらう。特に南雲ハジメ、君には役に立つ魔法だ」

 

三人は半信半疑ながらも魔法陣の中に足を踏み入れる。途端に純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。やがて光が収まり、目を開けたハジメ達の目の前には、黒衣の青年が立っていた。魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たす。中央に立つハジメの眼前に立つ青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。前回も書いたが、是非ともこんな地獄を作った理由を腹割って話してもらいたいものである。

 

しかしながらこの話も世界観に関わる内容だけにかなりのボリュームだ。詳細な内容は原作を読んでもらうとして、ここでは要点だけかいつまんで説明する。

 

第一にこの世界は神の遊戯版であり、神々は人々を駒とした戦争と言う名のゲームを楽しんでいるという事。ところで地球の神話の神や天使も方向性が違うだけで大差無いと思うのは私だけだろうか。この場においてはどうでもいいけれど。

第二に、オスカー・オルクスを始め『反逆者』と呼ばれる人間達は神々の遊戯から救おうとした『解放者』であったという事。しかし周到に準備を重ねすぎ、神に時間を与えてしまった。神は『解放者』を〝神敵〟とし、人々自身に相手をさせた。守るべき人々に刃を向けるわけにもいかず、解放者達は討たれていき、最後まで残ったのは中心の7人だけだった。

第三に、ここを含めた迷宮の目的。生き残った7人の解放者は自分達には神を討つ事は出来ないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

脳内に強制的に情報を詰め込まれ、『生成魔法』の仕組みと使い方等の知識が刻み込まれる。機械であるハジメ達は通常の人間よりも演算能力が高いため、頭痛等は感じなかったが、多少不快であることに変わりはない。ただ自分達の為になる事であるため大人しく耐えた。

 

「凄い事…聞いちゃったね」

「おそらく真実でしょうがね。この世界の宗教って歪ですし、地球に例えたらアルカイダしかいないような状態です。変でしょう?」

「外部から操作されてる…?」

「その可能性が濃厚だと思いますよ、ユエさ…ユエ」

 

ハジメ達の目的は地球へ帰る事だ。しかし今の話を真実だと仮定するなら十中八九神からの邪魔が入るだろう。異世界からの人間などという駒を神が逃すはずないのだから。神についての情報は無いに等しいが、対抗策は立てねばなるまい。ハジメ達がそう結論付けると、すっかり存在を忘れていた赤い少女から声がかかる。今思えばこの少女に実体は無い。まるでオスカーの記録映像のように。

 

「神についてなら私が教えよう。面倒な相手ではあるが、所詮は君達のように『花』の力を使いこなすことも出来ない小物だ」

 

まるで神についてや自分達に起こった異変について知っているかのような口ぶりだ。ハジメ達は期待と警戒が入り混じった表情で問いかける。

 

「…貴方は誰なんです?」

「私は、私達は、機械生命体のネットワークから生まれた概念人格。名前は…そうだな、ターミナルとでも呼べ。碌な名ではないが、他に呼びようもあるまい。先に言っておくが、現時点で君達が私を破壊することは不可能だ」

「概念人格…ですって?」

「『花』から生み出された機械。ネットワークに知性が生まれる事にそう時間はかからなかった。そして進化と統合を繰り返し、私という存在が生まれた」

 

少し違うが技術的特異点、シンギュラリティのようなものだろう。既存の知性を凌駕し、超越者とも呼べるターミナルが生まれた。真実かどうかはさておき、一応納得の出来る範囲ではある。しかしハジメ達にとって気になる単語があった。

 

「『花』…?」

「この世界には嘗て、調整役の女神がいた。しかしデータを見る限り、エヒトに弑されこの世界を乗っ取られたようだな。そして最後の足掻きで作ったのが『花』だ」

 

どうやら名前は存在せず、植物に似た性質を持つことから便宜上そう呼んでいるらしい。そしてターミナルは無表情だったのが、少し疲れを滲ませる表情へと変化した。

 

「これがまた厄介でな。完成させる前に女神が事切れたものだから、中途半端に強い暴走体と化してしまった。私の尽力によってここ最近はなりを潜めていたのだが、エヒトの阿呆が考え無しに手を出して『花』が再起動し、再び世界の侵蝕を始めてしまったのだ。まあ、エヒトの方も大ダメージを被ったらしいが」

 

まるで残業に呼び出されたサラリーマンのような雰囲気だ。得体が知れない存在ながらもどこか親近感が湧くハジメ達。するとターミナルは香織を指差す。

 

「…?」

「君の右目に生えているのは『花』の分体だ」

「!?」

「じゃあ、香織は…」

「安心しろ。驚嘆に値する事だが、白崎香織は自我を、そして理性を保っている。デボルとポポルにも聞いたが、現時点で『花』との共存は達成されている。この状態を保てる限り、直ちに自我が崩壊するような事にはならない」

 

その言葉に多少安心するハジメ達。しかしハジメは基本的に悲観思考だ。今の状態が永続的に続くとは到底思えなかった。ターミナルもその懸念は当然という反応をする。

 

「無論、何もしなければ君の意識は『花』に飲まれるだろう。陳腐な表現にはなるが、力に抗うには強い精神力が必要だ。安易に救済や力を望むような精神では、君は既に『花』に飲まれていただろう」

 

ここにきてまさかの根性論である。しかしながらそう単純な話でも無いようで、今の香織の人格を保っているのは『人間』である事に執着をしているからであるという。そのため融合している『花』もそれを遵守している。もし彼女が「全てを滅ぼしたい」という願いを掲げていればまた違った結果になっただろうとの事だ。

 

「僕達を機械へと変えた存在、『パニシング』とは何ですか?」

「『花』によって生み出された進化促進プログラムだ」

 

ターミナルが口にした答えに沈んだ表情になるハジメ。

 

「そうですか…そして、進化に適応できなかった者は…」

「それは、君の方が良く知っているだろう」

「そうですね…」

 

進化に適応できなかった者は死ぬ。更に運が悪ければ理性を失い、ただ暴れる金属塊となる。進化の終局は死だ。故に、全ての存在は滅びるようにデザインされている。

ハジメが思考に耽っていると、ハジメの胸、ちょうど心臓の辺りに香織の耳が押し付けられる。

 

「また悲観的な事考えてるんだろうけど…敢えて言うね。不安がってたって、何も見つけられないよ。私は、君が自他共に認める怪物になったとしても愛してるから。君の心音が聞こえる限り、ずっと。それが世界を欺く答えだとしても」

 

香織のこの行為には意味があった。ハジメが病室の住人だったころ、病気の伝染のリスクを少しでも減らすために粘膜を介した接触は禁じられていた。よって、この『ハジメの心音を聞く』という行為が二人のキスの代わりだったのだ。

そして、対抗するというよりは同調するようにユエが後ろから抱きついてくる。

 

「私はユエ…太陽の光を盗んで輝く月。カオリの居場所まで奪いはしない…だけど、太陽と同じ光でハジメを癒す」

 

三人の世界が展開される中、赤い少女は暫く放置してから声を掛けた。

 

「そろそろ本題に移りたいが」

「え?まだ何かあるんですか?」

「最後だから安心しろ。尤も、現状の君達にとっては最大の問題だが」

「…?」

「端的に言えば、君達を現在よりも大幅に強化することになる。私がパニシングを解析して創り上げた『昇格ネットワーク』を使えば、現時点よりも圧倒的に優れた力を得ることができる。そして、白崎香織に取り憑く『花』の力を制御が容易な範囲まで分散する事が出来る」

「ほう?」

「『花』のエネルギーは分体とはいえ非常に強力だ。そのまま放置すればいずれ持て余すだろう。君自身が昇格者となれば制御の成功率は上がる。さらに『花』に連なる力を持つ昇格者が増えればエネルギーは分散され、安全性は高まる。悪い話ではないだろう?」

 

確かに魅力的な話だ。愛する人を助け、自分は力を得る。だが往古来今、強力な力には代償が付き物と相場が決まっている。富を得るのならば物資を、権力を得るのならば犠牲を、名声を得るのならば自分自身のアイデンティティを代償にしなければならない。悪魔との契約で魂を抜かれる話は最早一つのジャンルとして成り立つほどにメジャーだが、どうせこの話もその類だろう。

 

「はぁ、デメリットはなんです?」

「そう言うだろうと思っていた。いいだろう、教えよう。暫くは身体に筋肉痛程度の痛みが走るとか、制御に失敗すれば被害が甚大になるとか…細かく挙げればキリが無いが、君達にとって何よりも気がかりなのは、『人間性の喪失』だろうな」

「………………」

「ネットワークに接続し昇格者となれば、自ずと『人間』という存在からは遠ざかる事となる。肉体的な変異は勿論、長期的に見れば精神性にも少なくない影響が発現する。人間と機械が同一の存在でいられる道理は無い」

 

ハジメ達は俯く。ターミナルは「やはり無理か」と思う。予測していた事ではあった。ターミナルは機械生命体の知性の集積の結果生まれた概念人格、つまりは創られた存在であり、生物に存在する自己保存本能や感情と言ったものは(皆無ではないが)希薄だ。しかしハジメ達は違う。彼らは元は人間であり、その事実はターミナルよりもそれらの要素が強く作用する事を意味する。今日の所は諦めるか、とその場を後にしようとすると、ターミナルにとって予想外の事が起きた。突如としてハジメが笑い出したのだ。

ターミナルにしては珍しく、本当に珍しく少々戸惑いながら聞く。

 

「…………気は確かか?」

 

そうするとハジメは笑うのをやめて口を開く。

 

「いえ、どれだけ恐ろしい代償があるのかと思えば、そんな事ですか」

「…?」

「いいでしょう。僕は昇格者となりましょう」

「『喪失』に対する恐怖はないのか?」

「喪失…ね。そもそも人間性とはなんなのでしょうね」

「何?」

「愛、信仰、正義、献身、闘争、残虐性、欲、色情…多種多様な定義が為され、それぞれが間違いとも、正解とも言われぬまま現在まで経過した。そこでふと思ったのですよ。僕が人間でなくなる事で、『喪失される人間性』とは何か。正義感?慈悲?しかし真逆の事象である『七つの大罪』もまた人間性として定義される」

 

そもそも七元徳の一つとされる『正義』とて七つの大罪の候補に挙がっていたくらいだ。慈悲や愛情も美徳だが、行き過ぎれば傲慢や色欲となる。

ならば人間でなくなるとはどういう事だ?殺戮や罪咎でさえも人間性と捉えるのならば、身体を改造され、新たに獲得したアイデンティティも『人間性』と呼ばれなければ可笑しいではないか。

 

『全ての存在は滅びるようにデザインされている』。ハジメは積み上げてきた事の喪失を必要以上に嘆くつもりは無い。何故ならそれは()()()()()()()()()()()()()。悲観主義の極致にも、開き直った末の楽観主義、享楽主義ともとれる価値観だ。この時点で既に人間の枠を逸脱している気がしなくもないが、授格者となってからのものではなく、ハジメが最初から持ち合わせていたものだ。

 

「故に、僕は昇格者となる事に異存はありません。寧ろ、人間性というある種の特異点を観測するのにちょうどいいかもしれない」

 

そもそもハジメは遠くない内に死ぬ運命だった。死とは全ての可能性の喪失。人間性どころの話ではない。香織やユエの為にも『生き抜く覚悟』を決めたハジメに、取れる手段を取る事に対する躊躇など無かった。

 

「というのが僕の結論ですが、お二人は?」

 

しかしそれはあくまでハジメの結論である。二人は違う解を出したのかもしれないし、もしそうだとしてもそれを咎めるつもりは無い。特に香織は地球での生活がある。やや特殊な事情と価値観を持つハジメとは違うのだ。しかし二人の答えは既に定まっていた。

 

「私も昇格者になるよ。生存のためにはそれが最善手だし、なにより、もう『無痛症』にはなりたくないの」

「私の居場所は此処…他は知らない。それに…カオリの助けになるなら、私に躊躇いは無い」

 

最早この問い自体が愚問であったようだ。これから始まるのは異端の力を持った反撃の物語。力を持たない事はハジメの傍にいられない事。そういう意味でも彼女らに拒否の二文字は有り得なかった。

 

「英断を感謝する。特に白崎香織、君が『花』を制御できずに暴走するのは…その、なんだ、困る」

 

「困る」という割には口裂け女のような笑みを浮かべている為説得力に欠けるが、喜んでいるのは間違いない。

 

そしてこの日、三人の昇格者が誕生し、(ティオ)とドライツェントは自らの力が上昇したことを確認するのであった。

 




疲れたのでいったん区切ります。次回はアンケートも実施したメイドロボが出てきます。個人的に今作のハジメの価値観が途中で可笑しなことになっていないかが一番怖い。あとターミナル、お前光輝程じゃなくてもキャラ付けムズイんじゃ。

備忘録

ターミナル:NieR Automataに登場する赤い少女。ゲーム本編の盛大なネタバレを含むため多くは語らないが、今作では若干人間臭い。詳細が知りたい方はググってほしい。おそらく最も驚くのは担当声優であろう。

デボルポポル:Automataと同じく治療、メンテナンスに特化した性能を持つ。今作では香織が『演奏者』であるため、治癒師の代わりである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

反撃ノ始マリ

遂にここまで来た…アンケートに回答してくださった皆さん、ありがとうございました。結果は「連れていく」が圧倒的に多かったですね(笑)。キャラが増えてきましたが、果たして作者はしっかりと描写できるのか…


「僕が『数学者』の技能で演算して導き出した最適解。それが神代魔法の一つ、『生成魔法』だったとは。事実は小説よりも奇なりとはこの事ですかね」

 

オルクス大迷宮を攻略し、生成魔法を手に入れたハジメは意気揚々と武器の製作を行っていた。タブリス戦での過剰使用が祟ったのか『セイン』は壊れてしまい、修理するのも良いがここまで来たら新しく作るのもいいだろう。という事である。

 

独力で生成魔法の領域に達していたハジメだが、それは例えるならばインテグラル無しで無理矢理面積を求めようとしているような物だった。どれだけ最適化しても何処かに無駄が生じてしまうのである。しかし今は『生成魔法』という演算子を手に入れたため、以前よりも効率的に、精密に武器の製作を行う事が出来る。

 

「さて、こんなモノですかね」

 

ハジメは膨大な計算と試行錯誤のもと作り上げた新たな二丁拳銃を持ち上げる。名を『ゼロスケール』と言い、セインとリーブラの機能を同時に満たすほか、挿入するカートリッジによって銃身が合わせて変形するようになっている。イメージとしてはPSYCH○-PASSのドミネー○ーが近い。まさにあんな感じで変形するのである。無論ハジメ(と作者)の趣味だ。戦術性?ねぇよそんなもん。

 

「お、完成したか」

「ええ、何とかね。ご助力感謝しますよ。デボルさん」

「ああ、また用があったら言ってくれ」

 

ゼロスケールはハジメ一人で作ったものではなく、デボルやターミナルの助力を得て完成させた物だ。ターミナル曰く、デボルとポポルは自身の内在データに存在したアンドロイドを再現した結果らしいのだが、二人は現在のトータスから失われたのか、それとも外部の技術なのかは不明だが、ハジメ達召喚組にとっても知らない技術を有していた。それによって今現在のハジメでは少々無理がある技術でも武器に使う(場合によっては習得する)ことが出来た。

 

そして例の如く香織達を放置してしまい、拗ねられてハジメが平謝りする事態も起きている。睡眠が不可欠ではない機械の身体故に、時間を忘れてしまう悪癖は改善する必要がありそうである。因みにポポルには香織やユエの武器のアップデートを手伝ってもらった。そして彼女の治療によって身体状態は安定し、戦闘訓練の許可が下りると、ハジメ、香織、ユエの三人は訓練に明け暮れた。これから始まるのは反逆の旅である。やりすぎるという事は無いだろう。

 

「なんか途中から2対1の勝負になってませんでした?」

「…ハジメ、あなた疲れてるのよ」

「残念ながら肉体的な疲労は存在しないんですよ、この身体。なんでXファ○ルのネタを知っているのか分かりませんが、誤魔化されませんからね」

 

ハジメとユエのやり取りを見ていた香織が苦笑しながら言う。

 

「真面目な話、ハジメくんが強すぎて2対1になっちゃうんだよ」

「ええ、そうでしょうね。途中から攻撃が殺意高いのばかりでしたから。音響弾とかいう新兵器を作る羽目になりましたし」

 

二人の攻撃が容赦なかったのはハジメが強いからである。断じて放置された腹いせではない…と思いたいハジメであった。少々項垂れたハジメはふと足を止める。

 

「…?」

「…ハジメ、どうしたの?」

「この奥、まだ僕達の知らない部屋がありますね」

「本当だ。この壁の向こう側に部屋があるね」

 

香織も『反響定位』により隠し部屋の存在を看破した。ハジメはオスカーの遺体(推定)から回収したマスターキーに相当する指輪を翳してみる。すると壁が動き、奥の空間が現れた。

 

「ほう…?」

驚異の部屋(ヴァンダー・カンマー)だね…」

 

その中は様々な道具やそれを使って創作したと思われる作品が数多ある空間だった。ハジメにとっては貴重すぎるサンプルなので色々と見て回る。墓荒らしと大差ない事をやっているが、状況が状況なので大目に見て欲しい所である。因みにオスカーの遺体(推定)は埋葬してある。なおその時の会話だが、

 

「とりあえずこの遺体を埋葬しなければ」

「…ん。畑の肥料」

「やめて差し上げろ」

「ターミナルの言う通りだよ、ユエ。タブリスなんて配置する酷い人だけど、それじゃただの死体遺棄だよ」

「違う、そうじゃない」

「概念人格にツッコミ入れられるってある意味才能ですね。ちゃんと墓石作って弔いますよ」

 

という物だった。タブリスは配置されたヒュドラが天使化したものなので厳密にはオスカーの意志ではないのだが、それを現代の人間は知る由もない。

とにもかくにも使えるものは何でも使うハジメ達。オスカーの工房を物しょk探索していると、時々変な物も見つけた。例えば『ドラゴン殺せる剣』なる武器とか。しかし最たるものは部屋の一角に安置されていたどう見ても『メイドロボ』としか形容しようのない人型だった。

 

「これ、メイドさん…?」

「…ん。メイドのゴーレム」

「作りかけみたいですね。しかしなんだってこんなモノを…」

 

オマケにこのメイド、無駄に作り込まれている。それこそハジメ達の試行錯誤の集大成『ゼロスケール』と同じ波動を感じるのだ。

 

「オスカーさんって…」

「…ん。重度のメイドスキー」

 

若干呆れている女性陣を他所に、ハジメは無言でメイドを見つめていた。

 

「コンダクター…?」

「ハジメも…メイド、好き?」

 

やや不穏な反応をする女性陣にハジメは答える。

 

「まあメイドが好きなのは否定しませんが、僕が着目したのは…」

 

ハジメはメイドロボの目を指差す。最初は怪訝な顔をしていた女性陣だが、メイドロボの目が微かに瞬いている事に気付く。そして彼女達はハジメが反応した理由に納得する。ハジメは『死んでいるように見えて微かに生きている』存在や『嘗ての息吹を残す廃墟』が好きなのだ。以前の自分に重ね合わせているのか、それとも元からそういう感性なのか、それは本人にしか分からないが。

 

「とりあえずデボルさんとポポルさんに助力を頼みますかね…大丈夫ですよ。ほったらかしにはしませんから。多分」

 

前科二犯が言っても説得力が無いが放置するのも違う気がしたので、二人はハジメの傍を離れない事を条件にメイドロボの修理を許すのだった。

 

 

結論から言うと、ハジメの判断は正解だった。このメイドロボはパニシングの侵蝕を受けており、放置していればいずれ侵蝕体として暴れ出す可能性もあったようだ。

 

「見つけてくれて助かったわ。寝込みを襲われたら大変だもの」

 

とはポポルの言である。とにもかくにもメイドロボの修理が終わり、後は起動させるだけとなった。ハジメがパニシングのエネルギーを注ぎ込むと、機械のメイドが起き上がる。メイドは無表情に周りを見回すと、無機質な声で口を開く。

 

「おはようございます」

「おはよう。今の状況は分かる?できれば貴方についても教えて欲しいのだけど」

 

ポポルが話しかける。メイドは少し首を傾げて口を開く。

 

「回答:私を修理したのはあなた方であると推測。感謝します」

 

そしてそのまま少し静止し、また話始める。

 

「私は、何者かによって開発された人型随行支援ユニットであると推定。しかし、私のログに、製作者らしき存在はいません。推測:何らかのアクシデントによる、製造計画の凍結」

 

どうやら彼女の意識が覚醒したのはこの部屋に放置された後らしい。その時オスカーが生存していたのか、それとも死亡していたのかは不明だ。

 

「…あなたの名前は、何?」

 

今度はユエが問いかける。メイドは再び首を傾げた。その様子は可愛らしくもあるが、やはりどこか機械的だ。

 

「私に名称は存在しません。推奨:本随行支援ユニットを識別するコードネームの考案」

 

名付けを要求されるのは二度目である。しかし今度はハジメではなく香織が思いついたようだ。

 

「ミュオソティス…というのはどうかな」

「みゅおそてぃす…?」

「私達の世界の言語で、勿忘草っていう意味。こうやってお話しできるようになったなら、もう忘れたくないし、私達の事を忘れて欲しくないから…」

 

忘却は神の慈悲であるという。しかし誰にだって忘れたくない物も存在する。特に香織はセイレーンとなってから『自分』を忘れかけた。彼女にはそうなってほしくない、もしくは『忘れたくない物を作ってほしい』という願いが込められていた。

 

「いいんじゃないですかね」

「…ん。私も異存はない」

 

それを受けて再びメイドが口を開く。

 

「受諾:本随行支援ユニットの名称は、ミュオソティスです。要請:私の管理者の情報、及び行動目的の開示」

 

ハジメ達は自己紹介とこの世界の現状、そして自分達の目的が元の世界への帰還である事を話す。ミュオソティスはその間ずっと静止していたが、聞いていないというわけではないようだ。

 

「個体名南雲ハジメ、白崎香織、ユエの行動目的を把握しました。提案:本随行支援ユニットが使う武具の製作」

「え…?もしかして、ついてくるつもりですか?」

「肯定:私の素材は金属です。多少どつかれた程度では張っ倒されませんし、多少フルボッコにされても問題なく動けます」

 

なんか急に饒舌になったミュオソティス。機械的ではあるが、最初と比べると人間臭い。おそらく起動直後は警戒していたのだろう。しかしハジメ達が味方だと分かると「自分役に立ちますよ」アピールを始めた。この手のロボット物の話では感情が皆無というのが定石だが、オスカーの同居人として作られたのなら、ある程度土台となる設定はされているのかもしれない。一人称が「本随行支援ユニット」と「私」で安定しないのも、人間性が皆無という事ではない表れかもしれない。

 

「…とりあえずいくつか武器を作ってみますから、それを使ってみてからの判断ということで」

 

ハジメは目の前の無機質なメイドロボの迫力に気圧されながら武器の製作を承認した。『無言の圧力』という言葉が存在するように、無機質の気迫という物も存在するのである。そしてその間ミュオソティスは香織やユエ、デボルとポポルとの会話を望んだ。

 

 

「なるほど、先程も聞きましたが、あなた方は異世界から誘拐され、奈落に落とされ、そして帰還を望んでいる」

 

ミュオソティスは香織達の話を聞いていた。しかしそれは同情も侮蔑も無い、ただの『情報』を処理する機械のようだった。

ミュオソティスは感情に左右されない。夢などという不確かなものに揺さぶられる事も無く、平常心を失う事も無い。その本質は『道具』であり、そこに感情は不要なのだ。彼女の存在意義は主の利となる事、害を排除する事である。先の『随行支援』の提案も「戦力を増強した方が効率がいいから」という一点のみで採用された。

 

しかしミュオソティスはその性質に反して寡黙というわけではなく、寧ろ饒舌でさえあると言える。オスカーがそのように設定したのか、それとも眠っている間に芽生えた性質なのかは不明だが、時に非常に人間臭い行動を取る事もある。例えば、香織の演奏に対しても全くの無反応というわけではなく、メロディーに合わせて軽く揺れたりもしていた。

寧ろ寡黙なのはユエの方であり、なぜか完全な人工物であるミュオソティスの方が口数が多いという現象が起きている。感情があるのか無いのか、いまいちよく分からないゴーレムだ。

 

「とりあえず色々な武器を持ってきましたけど、アイスブレイクは終わりましたか?」

 

と、そこにハジメが銃や刀剣などの武器を持って入って来る。香織は演奏を中止し、ユエはミュオソティスから逃げるように離れた。どうやらユエの苦手なタイプらしい。

 

「私の提案に対する行動を感謝します。早速、試験運転へと移行します」

「ちょっと待ちなさい。この狭い部屋で振り回そうとするんじゃありません」

 

ここに持ってきたのはハジメだが、まさか即座に振り回そうとするとは思わなかったのである。ここである程度選別し、試運転はタブリスとの戦闘があった部屋でやるつもりだったのだ。しかしこのメイドロボは首を傾げるだけなので、ハジメは種々の武具と一緒にミュオソティスを引きずっていった。

その様子を見ていた香織とユエは「案外アホの子なのかしらん?」と思いながらついていった。

 

 

結論から言うと、ミュオソティスに不得手な武器は存在しなかった。もう少し正確に言うならば、多少の差異は有れど全ての武器をそつなく使いこなすのだ。オマケに戦闘力も高い。三人の内一人とタイマン勝負すれば互角どころか善戦する事もある。

製作者と思しきオスカーがどんな用途を考えていたのか不明だが、このメイドは戦闘メイドの類らしい。

 

「マスター、私に最も適した武器はこの大砲のようです。これとアームに取り付けた銃を所望します」

 

そしてこの戦闘で自分に最も適した武器を選択し、更に自分の身体を改造するつもりなのか、「腕にブレードを仕込んでもいいかもしれませんね」などと言っている。パニシングに侵蝕されていたミュオソティスに昇格者になる事を勧めたハジメ達だったが、彼女は即座に承諾した。因みに紆余曲折あってハジメ達に対する呼び方は「マスター」に落ち着いている。

 

そこからはミュオソティスが旅に同行するのは確定事項となり、後は本人の要望もあって武器のアップデートやら身体の改造やら、ハジメとデボルとポポルは大胆かつ繊細な作業をこなしていった。何というか、起動直後に比べて大分図々しくなったミュオソティスであった。しかし彼女の要望は全てハジメ達の旅の効率を上げるための物だった。そのため香織もユエも嫌な顔はしなかったし、ハジメは芸術家魂に火がついて嬉々として作業をしていた。

 

その後、全ての工程を終えたハジメが香織に食べられ(意味深)、ユエにも食べられてしまった。「まだ考えていたのですが…」と落ち込むハジメに対し、「…香織の許可はもらった。ヘタレなハジメが悪い」と一蹴するユエ。それから毎晩夜戦を仕掛けてくるユエに対し、根負けしたハジメが、

 

「分かりました。最低な成り行きで言っているのを承知で言いますが、お付き合いさせていただきます!」

 

と音を上げた。作戦が成功したユエがしてやったりな顔をしている。香織は止めるどころか推奨する側だったので、正真正銘ハジメの孤軍奮闘だったわけである。やや強引ではあるが、こうでもされなければなんやかんや理由を付けて『二股』という選択肢を遠ざけ続けただろうことは本人も自覚していたため、結果的には良かったのかもしれない、と思う事にした。因みにターミナルはミュオソティスの改造が始まった辺りから「用事がある」と言って隠れ家から外出していた。本当に用事があったのか、それとも隠れ家で起こる騒動を察知して逃げたのか、真実は本人のみぞ知る…

 

 

 

そして二カ月後、ハジメ達は地上へと出る。

 

「では、準備はいいですね?」

 

ハジメが少しだけ前に出て2人と1体の方を振り返る。今のハジメの服装は黒のインナーに黒のロングコート、下には黒のズボンというある意味ではシンプルさの極致とも言えるものだ。機能性と外見の流麗さを合わせた結果『シンプル・イズ・ザ・ベスト』に落ち着いたらしい。何処か退廃的にも見えるが本人は気に入っている。

 

武器の方も改良と製作を重ね、様々な芸術品(アーティファクト)を所持している。やたらと作って持ち歩きは大丈夫なのかと聞きたくなるが、それを解決したのが『宝物庫』という指輪のアーティファクトだった。これは指輪の宝石の中に広大な空間を作り、そこに色々な道具を保存、周囲1メートル以内の範囲で出し入れを可能とする物だ。これによりハジメは主兵装の二丁拳銃『ゼロスケール』を筆頭に歩く武器庫状態である。

 

「私はいつでも大丈夫だよ、コンダクター」

 

香織の服装も奈落に落ちる前とは変わっており、ハジメとのペアルックを意識したのか黒い服に黒のスカートというこれまた退廃的な外見である。

武器は『ワルドマイスター』と『オディリア』で、チェロとヴァイオリン、それから楽器の弓による細剣技を使いこなす。更には音波による広域殲滅も得意としており、ハジメが武器庫なら香織は歩く音響兵器だ。

 

「…ん。私も大丈夫」

 

ユエは出会った時と同じ白い衣装に身を包んでいる。SF作品のパイロットが着ているような服なので体のラインが出てしまっているが、部分的に布のような物で覆われているため問題は無いだろう。

武器は金属粒子を流動エネルギーに乗せて攻撃する『オズマ』で、多種多様に変形し、ユエをサポートする。それこそ敵を穿つ刃にも、自身を守る盾にも出来るのだ。

 

「機体状態、異常なし。いつでも出撃可能です、マスター」

 

最後の一人、ミュオソティスはスタンダードなメイド服だが、最も目立つのはその手に持つ大砲だろう。『ガラティア』という名を持つその武器はガトリングガンにも強力な一撃を放つ大砲にも、敵を薙ぎ払う大剣にも変形する。更にスカートの中には『セイン』と同一の銃を取り付けたアームや大量の手榴弾を隠しており、攻守にわたって隙が無いメイドだ。

 

デボルとポポルは治療やメンテナンス専門であり戦闘力は低いため、旅には同行しない。有事の際にはターミナルが開発した転移装置で隠れ家に戻ってこれるようになっている。

 

ハジメは香織、ユエ、ミュオソティスを見る。これから始まるのは危険な反撃の旅だ。昇格者の武器や力は地上では異端であり、地上の人間達が黙っているという事は無いだろう。兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性もある。更には人間だけでなく神すらも敵に回しかねない。

しかしハジメ達には目的を諦めるつもりは無い。立ちはだかる物は全て排除し、地球へと帰還する。

 

「では行きましょうか。思い知らされる楽園(地上)へ」

 

昇格者達の反撃が開始された。

 




というわけで新キャラ、感情があるようで無いようで少しある(?)メイドロボ『ミュオソティス』です。名前の由来は本文の通りです。基本的な戦闘スタイルはパニグレのカレニーナを思い浮かべてくれれば。

備忘録

ゼロスケール:パニグレのリー乱数の武器。だが今作ではドミ○ーターのように変形する。

ガラティア:パニグレのハカマの武器。本来は大鎌だが、諸事情により大砲へ変更。元ネタはピグマリオンの妻で、彫像から人間になった女性と思われる。

服装:香織はセレーナ嵐音とほぼ同じだが、右目に花が咲いている事と、青の部分が白となっているという差異がある。ユエはルナ銀冠とほぼ同じ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異国カラノ使者

あれ可笑しいな(デジャヴ)。この辺はさっくり終わらせるつもりだったのだが。まあ描写される人間が多いので話が長くなるのは仕方ない。遠藤、恵里、鈴のせっかく作った設定を適当に使いつぶしたくないというエゴでございます。


時間は少し遡る。

ハジメ達がタブリスとの死闘を生き抜き、ターミナル及びデボルとポポルに回収された頃、勇者一行は一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。というのも道順の分かっている今までの階層と異なり人類未踏の階層であることから攻略速度が一気に低下し、それに加え魔物の強さも上がってメンバーの疲労が激しい事から一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

更に同盟国であるヘルシャー帝国より勇者一行を一目見ようと使者が訪れるとの事。雫としては早く香織達の事に結論を見出したかったし、遠藤は『仕事』を完遂させたかったため今回の件は不満以外の何物でもない。しかし王国を代表する勇者一行である以上、こうした外交面の協力を求められるのも仕方のない事ではある。

 

元々帝国は勇者に興味が無く、寧ろ鬱陶しいとすら思っていた。なぜなら帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だからである。

突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ。もっとも、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはないのだが。

 

そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。

しかし、今回の『オルクス大迷宮』攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって帝国側も光輝達に興味を持つに至った。帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、いい時期だと了承したのである。

 

「休日出勤するサラリーマンってのはこういう気分なのかね」

「確かにそうかも。でも鈴はホワイトハッカーの仕事で夜中に叩き起こされた時以上にイラついてるけどね」

「なるほど、だから142cmは溜息が多いってわけだ」

「人の事身長で呼ぶの止めない?」

 

漫才のような会話を繰り広げながら「へええ~ぁあ~」というオッサンみたいな溜息をついているのは鈴と恵里である。雫や遠藤同様、彼女達もこの呼び出しに不満を持っている。そして「厄介な奴らは一カ所に纏めてclick and drag」と言わんばかりに遠藤やクゼリーと一緒に馬車に乗せられている。因みに乗車前にも溜息を吐いていた所、光輝に「溜息なんてついていたら幸せが逃げてしまうよ」とキラキラオーラ全開で忠告され、「溜息ついてない時の僕(鈴)が幸せだといつから錯覚していたの?」というカウンターを喰らわせたという出来事があった。

 

そして馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデルは辺りを見回し、やがて目に見えて落胆、次の瞬間には光輝を睨みつけた。だが悲しいかな、10歳前後の少年の為、凄みは無い。

 

「おい勇者!香織はまだ見つからぬのか!?」

「残念ながら。しかし探索は順調に進んでおり、今回の探索で未踏破エリアである65階層を超えました。この調子なら迷宮全体を踏破する事もそう遠くないでしょう」

「そんな話はどうでもいい!迷宮を踏破しても香織が死んでいては意味が無いのだ!判ったのなら一刻も早く香織を見つけてこい!」

 

ランデルは香織に絶賛一目惚れの最中である。事あるごとに本人なりの猛アプローチを掛けてはいたが、香織からしたら年下の子供に懐かれているくらいの認識だし、隣にハジメがいるのにアウトオブ眼中で話しかけてくるため寧ろ逆効果であった。一応言っておくけど香織はショタコンではありません。

 

「全く窮地に陥った仲間一人救えぬとは――」

「そっちの都合で呼び出しといて講釈垂れてんじゃないよ、マセガキ殿下」

 

ランデルの小言が続きそうだった所に、恵里が苛立ちと嘲笑が半々の声色で文句を言う。彼女の足元からはお馴染みのファイ&カイの他に、3体の四足歩行の球体型ロボット達がワラワラと出てくる。コイツ等は恵里がベヒモス戦後に手に入れた新しい武器であり、やはり降霊術で操っている。

 

一体目は『異合解体ユニット』で、名前はゼータ。折りたたみ式チェーンソーを装備している。高い近接戦闘能力を持っており、光輝程ではないが檜山よりは攻撃力が高い。因みに鈴のチェーンソーの出処はコイツの別個体だ。

二体目は『異合火力ユニット』で、名前はエータ。今度は可動式ガトリングガンを装備している遠距離担当だ。敵の感知範囲外から一方的に奇襲できるためキルレートの上昇に一役買っている。

最後は『異合修復ユニット』で名前はシータ。機械専門ではあるがヒーラーの役割を持つ。自身や味方が損傷すると大量の溶接ロボットを放出し、素早く修復してしまう。また、装備している可変式溶接バーナーは修復にも使われるが攻撃や解体にも使える。前述の二体よりも攻撃力は劣るが十分実戦に使える代物だ。オマケにコイツの存在によって新規の武器の開発こそできない物の、既存の武器の生産の効率が飛躍的に上昇した。

 

そんな異合機械達(遠藤曰く黒豆三銃士)とファイ&カイの登場にランデルは少したじろぐが、まだプライドの方が勝っているのか噛みつこうとする。しかしその前に鈴が背中からチェーンソーを手に持ち、遠藤がナイフとコインで手遊びを始めると「ひっ…」と短く悲鳴を上げて、ハイリヒ王国の王女にして姉であるリリアーナ・S・B・ハイリヒの後ろに隠れてしまった。と言うのも件の死亡報告は勿論ランデルの耳にも入っている。そしてそれを聞いたランデルは激昂し、彼らの元に乗り込み、光輝や遠藤達に罵倒を浴びせた。その程度であれば子供の癇癪という事で流すことも出来た(事実、清水はこっそり居眠りしようとしたし、恵里はペットの機械達と遊んでいた)のだが、

 

『聞けば香織は無能に足を引っ張られて奈落に落ちたそうではないか!そもそもそんな奴を勇者一行として取り扱う事自体間違いだったのだ。無能と判断した時点で国外追放、いやいっそ処分してしまえば良かったのだ!そうすれば―――う、うわぁぁぁぁ!?』

 

処刑を通り越して処分。ハジメを人とすら扱わない発言に加えて、クラスメート達との云々で気が立っていた事もあり、遠藤、清水、恵里、鈴、優花は殺気と共にそれぞれの武器を取り(鈴は悪ノリして『もう…こうするしか…』という悲劇のヒロインのセリフと表情付きでチェーンソーを起動)、ランデルを完全に怯えさせてしまった。武器を取ったのは産業革命を起こせるほどの技術力を持つハジメを『無能』と罵られた事に対する皮肉も含まれていたのだろう。

とにもかくにも、ランデルにとって遠藤達の存在は完全にトラウマだ。自業自得とはいえ完全に怯えているランデルにリリアーナは「先に戻っていなさい」と下がらせると、彼らの方に向き直った。

 

「あっらぁ~、根性無いわぁ」

「まあそりゃ怯えますよね、と」

「一番の原因お前だけどな。チェーンソー結界師」

「あれ、遠藤君いないな、と思っていたら後ろに」

「足付いてるかい?死んだら言いなよ。僕が操ってあげる」

「眼鏡真ん中でへし折って両目にぶっ刺してやろうかコラ」

 

リリアーナは三人のやり取りに苦笑しながらも彼らを擁護する。

 

「あの件について皆様に非はありません。例え子どもでも言っていい事と悪い事がありますし、ランデルにはいい薬でしょう。それよりも…」

 

そう言ってリリアーナは姿勢を正して微笑むと彼らを一望してから優雅なお辞儀と共に口を開く。

 

「お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

そんな彼女の笑顔に男子達(光輝と遠藤を除く)は頬を染める。気持ちは分からんでもない。なにせ相手は生粋のお姫様、容姿も振る舞いも麗しき姫として相応しい教育を受けている。加えてプラチナブロンドに碧眼という特徴も合わさり、正に地球ではお目にかかれないようなレベルの美少女である。

因みに遠藤が動じなかったのは『英国守護の要』とも言うべき上司と常日頃会っていたために立場に一々捕らわれないのと、これまでの付き合いからその笑顔に大なり小なり打算が含まれている事を知っているからだ。そして光輝はというと、

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

「えっ、そ、そうですか?え、えっと」

 

そして光輝が爽やかな笑顔と共に返事をするとリリアーナは顔を赤くする。幼少期から王女としての英才教育を受けた彼女は相手に下心があるかどうかを見定める目もある程度は身についている。だからこそ、この手の気障ったらしいセリフを他の男子生徒が言おうものならすぐにそれを見抜き、社交辞令に留めるが、光輝の場合は本当に下心が感じ取れない。同年代のそうした人間と接するのは初めてな事もあり、たちまち狼狽える。

 

(まあ、勇者や騎士と言えばお姫様は当然の組み合わせ…そりゃ下心も無いでしょうね)

 

下心とは何かを手に入れたい、綺麗な人にお近づきになりたいという望みから生まれる。そして望むというのはそれが手に入らない可能性もあるからこそ抱くものだ。勇者や騎士と王族の組み合わせなど「円卓の騎士」のランスロットとグィネヴィアの不義の恋なども含めれば5億回くらいは繰り返されている。

自分は救国の勇者、ならば姫と親密なのは当然の事であり、光輝自身もそう確信しているからこそ下心などという余計なものは不要なのである。彼の中では香織を救出して幼馴染二人と親友と共に魔人族と勇敢に戦い、リリアーナを含めた人々から称賛と羨望の眼差しを受ける未来を信じて疑っていない…。

実際の所、雫はかなり穿った見方をしており、光輝の内心が本当にそのような状態になっているかどうかは不明だ。しかし一連の出来事で軽く人間不信に陥っている彼女はこう思っていた。

 

(貴方の虚栄心を満たすためのコレクションになるのは御免だわ。『山月記』の詩人のように虎になった貴方に喰われるのなんてもっと嫌よ!)

 

光輝と幼馴染をやっていた時も苛立ちを覚える事は多々あったが、今ではその感情の意味も変わってしまっている。過去に優花が戦輪を光輝にぶつけた時に一瞬だけせいせいした事も否定する気が起きなくなっていた。

 

 

 

それから三日、遂に帝国の使者が訪れた。現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

その言葉に光輝が前に出る。天職勇者なのだからまあ勇者なのだろう。一応召喚された直後よりも精悍な顔つきにはなっており、ここにはいない、王宮の侍女や貴族の令嬢、居残り組の光輝ファンが見れば間違いなく熱い吐息を漏らしうっとり見蕩れているに違いない。帝国が会いたいのはベヒモスを倒したヤツなのだが、まあ第一形態は倒したので間違ってはいない。二足歩行形態と闘う遠藤達の写真は握りつぶされた。()()()()

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので?確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

と、光輝を見て疑わし気な目を向ける使者。そして護衛の一人は遠藤や鈴、恵里を値踏みするように見ている。三人はその視線に怪訝な表情をするが、リリアーナは一瞬だけ黒い笑顔を浮かべていた。

 

「えっと、ではお話しましょうか?どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

光輝は若干戸惑ったようにエリヒド陛下を振り返る。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取る。イシュタルは頷いた。実力主義の帝国に勇者の実力を認めさせる腹積もりだろう。神に召喚された勇者が信仰の薄い国の使者に負けるはずがない、とか思っているに違いない。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 




恵里のペット増殖。どうでもいいが慣れるまで凄まじく歩きづらそうである。そして同時に鈴のチェーンソーの出処が判明。あと今気付いたが遠藤の存在感ありすぎますかね?一応今作ではトータスでも活躍するのでこうなってますが、もし解釈違いという方がいらっしゃったら申し訳ない。

備忘録

異合解体/火力/修復ユニット:パニグレの雑魚敵。特徴は本文で挙げた通りである。一体一体の強さはそれ程でもないが集団で現れるとそこそこ面倒。恵里のペットになってからは嘗ての同族を躊躇なく虐殺してくれるうえ、整備もしてくれる頼もしい仲間である。入手時期はベヒモス戦の後。鈴がコアを引っ張り出し、恵里が悪霊を取り憑かせ仲間にしている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

虚像ノ辻斬リ

遅くなりました。リアルが忙しくて……なんか地上組もハジメ達と同じボリュームの話を書いている気がする。

そして唐突ですが、『ワタシノキオク』にて香織の歌はモールス信号になっており、解析すると『I love you』になります。気付いている方も多いかもしれませんが……


「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。現在の構図を説明すると、光輝は護衛を見た目で判断して無造作に正面から突っ込んでいき、あっさり返り討ちにあったというものだ。この護衛、見た目に反して闘いの技量は凄まじいのである。

光輝は相手を舐めていたのは自分の方であったと自覚し、怒りを抱いた。今度は自分に向けて。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

 

今度こそ、本気の目になり、自分の無礼を謝罪する光輝。護衛は、そんな光輝を見て、「戦場じゃあ〝次〟なんてないんだがな」と不機嫌そうに目元を歪めるが相手はするようだ。先程と同様に自然体で立つ。

 

光輝は気合を入れ直すと再び踏み込んだ。

 

(あの動きは暴力団(ギャング)犯罪組織(シンジケート)のそれじゃない……どちらかと言えば傭兵、それもかなり鍛えられている。帝国は確か傭兵の国だったか……あの護衛、兵士の中でも最強クラスか、若しくは誰かが化けてやがるな?)

 

護衛と光輝の戦いを見ながら相手を観察する遠藤。英国保安局のエージェントである彼は数多くの対人戦もこなしてきた。その経験を基に動きを分析し、護衛がただの兵士ではない可能性に行きついていた。

 

(殺し屋のアレンとは違う。あれは殺人のために最適化された動きだ。俺にも同じ訓練が施されている。どちらかと言えば特殊部隊総隊長のバーナードだな。アイツに中世風の剣を持たせてある程度訓練すればああいう動きをするだろうよ)

 

エミリーと付き合う事になった事を話したときに嫉妬と羨望の眼差しで見つめてきた同僚と、死亡フラグを毎回建てては何故か生還してくる仕事仲間を思い出す遠藤。あとこの異世界召喚という名の誘拐を喜びそうな女捜査官。どうせ帰ったら根掘り葉掘り聞かれるのだろうが、アイツからの質問が一番多いだろうなあ、と考えていた。

 

「わあ、凄いねあの人。光輝君相手に善戦してる」

「ミゲルの顔。いやー、今夜の飯は美味いだろうなあ」

 

鈴と恵里が機械達を椅子にして戦いを眺めている。コンプライアンス的に大丈夫なのだろうか。まあ機械達も嫌がっている様子は無いが。遠藤が考えてる最中に「座っていいの?ありがとー」とかいう声も聞こえてきたし。

そして恵里、日頃の鬱憤が溜まっているのだろう。ステータスでは説明のつかない事態に顔を歪ませているミゲルを見て笑っている。

 

「………………」

 

そんな様子を見ていた龍太郎は無言で三人を見る。龍太郎とて今の自分達の環境、とりわけ光輝の行動の異常さには気づいている。しかし『異常だ』という事は分かっているが、対処法が分からない。光輝は実績を挙げているし、表面上の不具合は起きていない。永山達への冷遇は龍太郎も疑問視しているが、『彼らがもっと努力すればいいのでは』という気持ちも拭えない。

 強化されたベヒモスを倒した時は遠藤達の事を見直したが、その数日後の夜に再び恐怖することになった。

 

 

 

(鈴のヤツ……こんな夜中に一体何して……)

 

或る夜、トイレに起きた龍太郎は夜中に外に出ていく鈴を見つけた。最初は心を入れ替えて修行しているのかと思った。しかし後刻その考えを修正することになる。

鈴は夜の森まで赴き、そこで足を止める。

 

「ストーカーとは感心しないなあ。龍太郎くん」

 

バレていた。一応、龍太郎としては細心の気配操作をして後をつけていたのだが、影の薄さ生涯世界一位を相手にしている鈴には見破られてしまった。バレてしまった以上、龍太郎は当初の目的を果たす事にした。

 

「何やってるんだ? 鈴。修行ならこんなにこっそりとやらなくても」

 

鈴は少し考えて答える。

 

「修行と言えば修行だね。間違ってはいないよ。でも、この修業は割と実益を伴うかな」

 

まるで自分達の修業には実益を伴わないかのような言い方にカチンとくる龍太郎。

 

「俺達だって魔石を取ったり迷宮を攻略したりして強くなって―――」

「反映されるのはいつなんだろうね。まあ、長期的な利益を考えないわけではないよ? でも、些か弱い」

 

 まあ、リリィの受け売りなんだけど、と付け足す鈴。龍太郎はそれに対して言葉を返す事が出来なかった。確かに自分達の修業は対外的に何の利益も生み出していない。だが自分達は魔人族と戦うために来たのであって、それ以外の事まで求めるのは違うではないか。という思いもある。

 実のところ龍太郎の考えは間違っているとは言えない。しかし人間というのは強欲であり、非常に短気だ。個人個人では差異があれど、集まってみればそういう性質が浮き彫りになる。崩壊した論理、苛烈な学生達のテロ行為、灰になった権力者……全て人間の集団によって引き起こされたものだ。

 

「だからさ、龍太郎くん」

 

鈴は片手でチェーンソーを突き立てて地面を抉る。その跡はまるで龍太郎と鈴の間に引かれた境界線のようにも見えた。

 

「鈴達は民衆のご機嫌取りをしなくちゃならないんだ」

 

鈴がそう言った瞬間に複数人の悲鳴と呻き声が聞こえる。そしてそれに付随するナイフの音や、鈴が持つものとは別のチェーンソーの音、銃火器の発射音…それが如実に表わしている事実、それは

 

「あれ? 龍太郎君じゃん。君って深夜徘徊するような年だっけ?」

 

龍太郎が見たのは、盗賊と思しき男の首をへし折りながら軽口をたたく恵里と最小の動きで盗賊を殲滅していく遠藤だった。

そして頭目と思われる大男が鈴に近寄る。

 

「お前は囮か……チビガキ」

「……前半は当たりだね」

「なら、囮らしく死ね!―――っ!?」

 

大男は鈴に大剣による攻撃を仕掛けようとしたが、それは叶わなかった。何故なら鈴が後ろに向けたチェーンソーの凶刃が男の腹部を貫いていたからである。途切れる事の無い痛みと連続的な流血。しかし男は即座に鈴から離れ、チェーンソーを奪う。抜いても失血死するだけであるため、巧妙な力加減で抜けないように退いたのだ。

 

(チビガキの武器は奪った! どうせ俺は助からねえ。なら一人でも多く道連れにっ!?)

 

男は何かに足を引っ掛けて仰向けに転倒する。鈴が男の足元に目立たないように結界を配置していたのである。その一瞬の隙を見逃さず、鈴は刺さっているチェーンソーで上半身を縦に両断した。

 

「ひゅーぅ、一番の手柄じゃないか。鈴」

 

 頭目の首を討ち取った鈴を恵里が口笛と共に称賛する。鈴は無表情で応えた。笑顔ではないのは、殺人を褒められるのは現代の日本人としてはあまり嬉しくはないからだろう。そんなやり取りをしながらも『霊視』による索敵で討ち漏らしが無い事を確認する恵里。

 そしてすっかり忘れていた龍太郎の方へ視線を向ける。当の龍太郎は…

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 

悲鳴を上げて逃げてしまった。まるで怨霊か殺人鬼にでも遭遇したかのようである。事実、龍太郎はそれに近い恐怖を鈴達に抱いていた。

人殺し……日本では外患誘致罪の次くらいには刑罰が重い禁忌。魔人族と戦争をする以上、それを犯すことになるという事実を龍太郎は分かっていなかったのか、それとも分かった気になっていたのか。

いずれにせよ、龍太郎は恵里、鈴、遠藤の所業に怯えてしまった。

 

(あれは……あれは駄目だ……人を殺しといて、まるで壁のシミでも見るみてえな……!)

 

 

「あーあ、逃げちゃったか」

「言っとくけどあれが普通だからね? エリリン。鈴も初めての時は吐いた上に二日寝込んだし」

「そりゃ一般人の学生だからな。死体すら見た事ないだろ」

「学生(笑)……いや、公務員(笑)の遠藤君は手馴れてる感じだけどねえ」

「寧ろ一般人のはずのお前が躊躇いなく殺してることに驚きだな。……実はこっそり何人か殺ってたのか?」

「えー? まあ、社会的には?」

「まあその辺は日本の公務員に任せるとして……あーあ、年内の休暇使い切っちまった。帰ったら職はあるのかね……」

 

三人が談笑していると、付き添いで来ていたクゼリーが話しかける。

 

「使徒様、ご助力感謝いたします。後は我々が始末しておきますので……」

「ああ、任せた」

 

実は遠藤達は時々盗賊の討伐などを手伝っていた。対人戦や夜間戦闘の訓練でもあり、何より人殺しを経験するために。一般人の学生で、殺人を経験していないのは鈴も恵里も同じだ。しかし教官のミゲルは当てにならず、リリアーナやクゼリーの伝手をたどって盗賊などの討伐を行っている。当初は死体の後片付けなどの雑用もやるつもりだった遠藤達だが、それは付いて来た騎士団が行う事になっている。『ただついて来ただけ』という印象を残さないためだ。

 

 

 

そんな出来事があってからクラスメート達と三人の溝は更に深まってしまった。龍太郎が恐怖に負けてこの出来事を光輝に話してしまい、どう捻じ曲がったのか『遠藤達が辻斬りをしている』という噂が流れるようになってしまった。龍太郎は『盗賊を討伐していた』とありのままを伝えたのだが、周りが曲解してしまったのだ。これについては龍太郎自身に非は無いのだが、罪悪感は感じたらしく三人に謝罪に来た。

後にリリアーナが『正式な依頼による討伐であり、三人は犯罪者ではない』という声明を出し誤解は解けたのだが、『人殺しの経験者』というレッテルはクラスメート達との間に溝を作るには充分だった。

余談だが、「檜山はあんなにあっさり許したくせに、頭湧いてんの?」と嘲笑する降霊術師がいたとか。

 

「………」

 

光輝が模擬戦をしている最中、雫もまた三人を見ていた。普段であれば「あんな殺人鬼達に構う必要なんて無いんだ!」と光輝が邪魔するせいで話しかける事が出来なかったが、今なら可能である。

 

「……ねえ」

「「「ん?」」」

「なんで……そんなに平然としているの? 人を、殺してしまったのに」

 

 雫とて魔人族との戦争が始まれば嫌でも人殺しをしなければならない事など分かっている。故に人殺しそのものを咎めるつもりは無い。しかし遠藤達はまるでそれが当たり前のように平然としているのだ。雫にはそれが理解できなかった。

 

「先に言っておくけど、鈴は二日くらい寝込んだからね?」

 

 鈴が一部訂正すると、雫は残り二人を見る。二人は少し考えると、同時に答えた。

 

「「業だな(ね)」」

 

 あまりにシンプルな回答に、雫は絶句する。現代の日本に生きる高校生の業が殺人などと言われたのだから、それも当然だろう。

 遠藤はこれについて議論するつもりは無いのか、「訳アリの公務員ってだけだ」と言ったきり口を閉ざしてしまい(ついでに存在感も消してしまった)、恵里が異合火力ユニット:エータの上で器用に胡坐をかきながら答える。

 

「なんにも可笑しな話じゃないよ。朝の報道ニュースに紹介されるためだけに包丁を研いでる人間だっているのさ。人に優しい雫には分からない話だろうけどね」

「……そう」

「現に見てみなよ、この惨状を。或る意味トロッコ問題の理想的解答じゃないか。多くを助けるには誰かが犠牲にならなければならない。ならば、くだらない倫理観に頭を悩ませるよりも登場人物全員が殺人鬼であることを証明する方が余程建設的だ。さて、一体正義感という名の不確定性原理は誰を選ぶのか、他人事なら面白いんだけどね」

 

正義には信念も何もない。ただ数字に弄ばれるように結果を出すだけだ。と暗に言われた気がして鼻白む雫。しかし光輝の行動を見ていると否定できないのが辛いところだ。そして鈴が口を開く。

 

「鈴達は正式な依頼に則って殺した。慣れる気配は無いけれど、不必要な事だとは思わないかな。ただでさえ、デスゲームみたいな状況なんだし」

 

確かにこの状況は互いに殺し合いを強制するデスゲーム。おまけに通常ならタスクが示されるにも関わらず、今回はそれを達成しても解放されるか分からないというクソゲーっぷりである。なお、鈴達は知らない事だがこの世界にはジグ○ウもドン引きするレベルのゲームマスターがいる。

 

「Aも、Bも、Cも、Dも、EもFもGも全部すっ飛ばして分かり合えればいいのにね」

「現状すっ飛ばさなくても分かり合えてないけどね」

ざっつら~い(That's right)

「「A HA HA HA HA」」

 

酔っ払いみたいなテンションで諦めの会話をする二人。半分自棄になっているのかもしれない。まるで徹夜作業明けの作者のようだ。雫はかける言葉が見つからず暫く立ちつくしていたが、光輝が戻ってきて険しい顔をしていた。

 

「遠藤はいないようだが、恵里に鈴、雫に話しかけるなら人殺しの罪を償ってからにするんだ。そうじゃなければ俺は君達を許すことはできない」

「戦争という名のデスゲームに引きずり込んだ張本人がなんか言ってる~」

 

今の発言は恵里ではなく鈴であり、恵里は「お前そんなキャラだったっけ?」という怪訝な視線を向けている。因みに遠藤は光輝の隣にいる。

 

「俺は人殺しなんて勧めていない! 相手は魔人族なんだ! 人間を殺した君達とは違う!」

「そりゃ僕らだって出来れば殺したくはないよ? でもこの世界の住人は必要としていたんだ。まあトータスで一番安全な所は墓の中だろうし」

「平和主義者が死人しかいないってのもどうかと思うね。鈴は」

「いや、死人も安全じゃないよ。だって至る所に怨念がおんnゲフンゲフンいらっしゃるわけなんだから」

 

正義の発言をブラックジョークで返された光輝は一瞬黙り込むが、すぐに反論する。

 

「君達がやったのは辻斬りじゃないか! 誰も必要としてなんか―――」

「依頼だっつってんだろニワトリ」

 

 恵里、鈴と光輝の言い争いが続く中、それを止めるに値する破壊音が響く。何事かと全員がそっちを見ると、大鎌を携えた金髪縦ロールのドレス姿の女性が仁王立ちしていた。帝国の使者達は頭の痛そうな顔をしている。「ああ、来ちゃったか……」みたいな声も聞こえてきた。

 遠藤達が「誰だよ……」という顔をしていると、護衛に化けて光輝の相手をしていた帝国のトップ、ガハルド・D・ヘルシャー皇帝が答えを言った。

 

「合図するまで出てくるなっつっただろ、トレイシー!」

「余興は終わりまして?お父様」

 

この場に乱入してきたのは帝国の皇女、トレイシー・D・ヘルシャーだった。勇者との模擬戦を『余興』扱いしたトレイシーに光輝やイシュタルが青筋を浮かべるが、本人は訓練場を見渡して、やがて目当ての人物を見つけて高らかに宣言する。

 

「中村恵里! 谷口鈴! 遠藤浩介……あら、いない? まあいいですわ! 私、トレイシー・D・ヘルシャーはこの三名に決闘を申し込みますわ!」

「「「はい……?」」」

 

いきなりのぶっ飛んだ要求に宇宙猫みたいな顔になる三人。リリアーナが見かねて止めようとするが、この破天荒な皇女様は止まらない。

 

「五月蠅いですわ腹黒姫! こうなる事を狙ってあの写真を送って寄越したくせに止めないでくださいまし! 珍しく貴方の思惑通りに動いて差し上げてるんですから、邪魔される筋合いは無いですわ!」

 

エリヒドがリリアーナを見る。あの写真は処分したはずなのに何故、と。

 

「あら? 私はただオルクス大迷宮で起きた異変の情報を同盟国と共有しようと思っていただけなのに、こんな事になってしまうなんて……予想していませんでした。処分したはずの写真が紛れ込んでいたなんて……」

 

 全員が思った。「コイツ、確信犯だ!」と。しかし写真がいつ、誰の手によって紛れ込んだのか明確な証拠がない以上追及はできない。

 

「しかし今だけは感謝いたしますわ! 類稀な強者と闘う機会を得たのですから。さあ、さっさと出てきてくださいまし!」

 

 こうして模擬戦第二幕が始まったのである。

 




はい、まさかのトレイシー殿下乱入。原作よりも早い段階で大鎌を手に入れています。とはいえ久しぶりに書いたからか雑だな。また書き直すかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刹那ノ密室

とりあえずこれで地上編は一端終了です。やはり書く出来事が多く頭がこんがらがる(笑)


トレイシー皇女の乱入により、急遽始まった模擬戦第二幕。存在感を濃くした遠藤が「誰から始めるんだ?」と聞けば、

 

「まどろっこしい事は無しですわ。皆さん全員掛かってきなさい! お父様も、参加していただけますわね?」

 

と、チーム戦で挑むことになった。ガハルドも「マジかよ……連戦じゃねえか」と口ではぼやいているものの、表情は笑っている。光輝との模擬戦が不完全燃焼だったのか、感情が隠せていない。どうやら帝国というのは生粋の戦闘民族の集まりらしい。「夜道に気を付けろ」どころの話ではなさそうだ。

 

「どうする? とりあえず適当に攻撃してみる?」

「鈴はどうにもあの鎌が気になるなあ。どす黒いオーラ放つ武器とか絶対普通じゃないし。遠藤君の影とは違う感じがするんだよね」

 

 今回の模擬戦では鈴のチェーンソーや恵里のペット達の使用は許可されている。何故ならトレイシーも種々のアーティファクトを使う戦術を取るからだ。

 しかし鈴は今回の戦闘ではチェーンソーを多用するつもりは無い。訓練を積んできた戦闘民族を相手に、肉弾戦で勝てると思っていないからである。

 

「とりあえず『伽藍ノ堂』を撃ってみるよ。様子見として」

 

 小声での作戦会議が終わった後、鈴が後ろに下がり、遠藤と恵里が前に出る。

 

「お? 終わったか?」

「そちらの先攻で構いませんわ」

(こっちの手札を探る気か……まあ、それが目的の模擬戦だしな)

 

 光輝や小悪党辺りなら「舐められた」と思い怒りを覚えるだろうが、遠藤は必ずしも先攻が有利とは限らない事を知っている。『相手のミスを誘発する』事が目的の場合、後攻の方が有利に働くケースもあるのだ。

鈴が詠唱を始めると帝国の二人も武器を構え、模擬戦が開始された。

 

「お?」

 

ガハルドは自分達を目掛けて飛来する数個の結界の立方体を見て興味深げにしている。帝国にもこのような結界の使い方をする人間はいないようだ。しかしトレイシーはそれを見て大鎌を振りかぶる。

 

「確かに面白い攻撃です。しかしこの『エグゼス』の前には無力でしてよ!」

 

 トレイシーの言葉通り、『伽藍ノ堂』は大鎌にあっさりと斬られ、構成していた魔力が吸収されてしまったようだ。

 

「なるほどね……あの鎌には魔法を吸収する機能がある、と」

「触れた魔力は吸収されてしまうわけか……だがあそこまで接近するまで発動しないって事は……」

 

 遠藤達が臨時の作戦会議を開いていると、二人から挑発の言葉が飛んでくる。

 

「おいおい、もう終わりか?」

「来ないならこちらから行きますわよ」

 

 既に攻撃態勢に入っているトレイシーに対して、遠藤が応戦しながら答える。

 

「安心しな。まだ始まったばかりだ」

 

そう言ってトレイシーに接近し、マチェットで斬りかかる遠藤。『鎮魂者』の名を冠するハジメ謹製の武器は純粋な切れ味ならアーティファクトに勝るとも劣らない。

 トレイシーの大鎌はリーチが長く、オマケに魔力を吸収するという厄介な代物だが、遠藤は巧みな気配操作と瞬間的に発動する高速移動で懐に入り込む。しかしトレイシーも巧みな足運びで得意距離を保つ。互いに拮抗した闘いがそこには存在した。

 

 一方の恵里はガハルドを相手に機械を用いて闘っていた。ガハルドの武器は長剣であり、光輝戦で見せたようにちょっとした魔法を使う事はあれど、基本は得意武器である剣を使う。遠距離から封殺できればいいのだが、近づかれたら一気に劣勢になる。

 恵里は異合火力ユニット:エータの制圧射撃を基本として、カイや異合解体ユニット:ゼータによる近接攻撃で闘い、ガハルドを近づけないようにしている。

 

「チッ、これじゃ近づけねえ。このまま嬲り殺しにする気か?」

「だって近接戦闘で勝てる気しないもん。それとも皇帝様って女の子をイジメるようなキャラなの?」

「今現在イジメられてるのは俺の方だろうが!」

 

 二人の間にはこんな会話が為されたが、恵里はその態度ほど余裕があるわけではない。この圧倒的に不利な状況でも、ガハルドは攻撃を掻い潜って恵里に斬撃を浴びせようとする。咄嗟にファイによる拘束フィールドを展開して事なきを得たが、それでも油断して良い相手ではない。

 こちらもまた拮抗した闘いだった。

 

 

そしてその間に鈴は魔法の詠唱をしていた。トレイシーが持つ『エグゼス』という大鎌はその刃に触れた魔法攻撃を吸収してしまう。鈴は一見手詰まりのようにも思えるが、直接的な戦闘は他の二人がやってくれるので鈴は補助をするだけでいい。なにも問題はないのだ、と言わんばかりに鈴は短縮したものではなく、『伽藍ノ堂』本来の詠唱を始める。

 

「魅せたもうれ、魅せたもうれ。境界の魔術、古ノ絶盾(たて)現人(あらびと)に許されし力、主を護る最強の城。汚れし汝の贖罪を、虚空(うつそら)に刻み込まん」

 

 かなり長い詠唱である。指パッチンで起動できる遠藤のコイン『ザミエル』とは比にならない程複雑な魔法であることが全員に分かった。ベヒモス相手では意味がないので使わなかったが、今回の戦闘で日の目を見る事になる『伽藍ノ堂』の真骨頂。それは―――

 

「我が谷口鈴の名に於いて―――防御(とじ)ろ! 〝伽藍ノ堂〟!!」

 

 敵や魔力を閉じ込める事である。

 

 

 「うおっ!? 何だ?」

 

ガハルドが自分を巻き込むように展開された結界に驚きの声を上げる。結界は訓練場をまるまる包む大きさでありながら、その質は嘗てベヒモス戦にてメルドを中心とした三人の騎士が同時発動した多重結界を遥かに凌ぐ物だ。

 

「私を……いえ、エグゼスを避けて魔法が展開されていますわ。構造的には多重結界のそれですが、敢えて隙間を開ける事で私達を分断するように展開したのですか……」

 

 トレイシーはフェアスコープを使って『伽藍ノ堂』を分析したが、軽く驚嘆していた。ただ多重に結界を張るだけならともかく、ここまで繊細な調整が出来る者は帝国にも王国にも殆どいない。「たかだか二つ立方体を作っただけじゃないか」という単純なものでは無いのだ。

 そして帝国側は完全に分断され、『スイッチして相手を切り替える』という戦法が封じられてしまった。

 

「まあ、まずは結界師の奴をやるか!」

 

 ガハルドは恵里の一瞬の隙をついて鈴に斬りかかるが、鈴はたった一節の詠唱で立方体を展開し、あっさりとガハルドの剣撃を受け止めてしまった。

 

「な!? たった一節の詠唱で展開出来るような魔法じゃねえだろそれ!」

「抜け道はあるんですよ。色々と」

 

 『伽藍ノ堂』は敵だけでなく魔力も閉じ込めることが出来る。本来なら使った後に発散してしまう魔力を結界内部に留める事で、流石に無詠唱とまではいかないが、通常時よりも格段に効率よく魔法を使う事が出来るのだ。

 鈴は盾にした立方体を飛ばしてガハルドを押し返す。結界魔法は弾丸などと違い、ある程度物理法則を無視した運用ができる。当時のベヒモス相手では力押しで返されてしまうが、人間相手なら有用だ。

 鈴と恵里の猛攻に苦戦するガハルドを助けようと、トレイシーがエグゼスで結界を切ろうとするが、鈴が彼女の動きに合わせて結界を移動させてしまうため、援護に向かえない。しかも突如動いた壁が衝突する事により、ガハルドに追い打ちをかけてしまう。

 

(何か打開策は……っ!?)

 

 トレイシーは『伽藍ノ堂』を破壊する策を考えるが、背後から襲ってきた光線を咄嗟に避ける。エグゼスの隙間を縫うように攻撃され、更に背後からの不意打ちだった為に『回避』という選択肢を取らざるを得なかったのである。

 

「こっちはこっちで……!」

「ダンスの相手を間違えないで欲しいな」

「見るに堪えないステップですこと」

「万一コケてもアンタの尻なら大丈夫だろ」

 

 相手を挑発するためとはいえ、堂々とセクハラ発言をかます遠藤に頬がピクつくトレイシー。相手の策に乗るのは不服だが、まずは目の前の暗殺者を始末することにした。

 

「でしたらお望み通り踊って差し上げますわ、死の舞踏を!」

「おお怖」

 

 長物の特性を生かした竜巻のような回転攻撃で遠藤を攻撃するトレイシーだが、遠藤も完全にとはいかないまでも攻撃を避け続け、足で弾いてエグゼスの攻撃を止めて斬りかかってきたり、気付けば気配が消えて死角から攻撃してきたりと一筋縄ではいかない。

 トレイシーは戦闘の合間を縫ってガハルドの方を見ると、恵里と鈴に押され気味だ。光輝との戦いで見た通り、ガハルドは決して弱くは無い。しかし今回は相手が悪すぎる。近接戦闘主体であるガハルドに対して相手は遠距離戦を得意とする魔法使い二人。しかもある程度独立して動く五体の機械達が相次いで襲い掛かって来るのだ。数の暴力ここに極まれり。

 しかもゼータはガハルドの相手が足りていると見るや、遠藤を援護してトレイシーに攻撃してくる。一体どれだけ自分達の戦術を分析したのか……

 

(とはいえ、このまま負けてやるつもりはありませんわよ!)

 

 トレイシーは遠藤とゼータの攻撃を掻い潜って距離を取ると、エグゼスを結界に向かって()()()

 

「っ!?」

 

 鈴も咄嗟には対応できず、『伽藍ノ堂』に亀裂が入る。そしてそこから魔力が漏れ出し、鈴のアドバンテージが失われた。ガハルドは鈴に詠唱の暇を与えまいと、恵里と機械達の攻撃を掻い潜って剣で斬りかかり、トレイシーもスカートに隠していた黒い鎖のアーティファクトを解き放つ。自ら不規則に宙を飛び、遠藤を躱して鈴を拘束する。鈴は『閃光』で攻撃を防ぐが、ノーダメージとはいかなかった。そして、この勝負は帝国側が一矢報いた時点で終了したのである。

 

「……油断したなあ。大鎌を投げるなんて」

「はあ、はあ、だが帝国のツートップ。それもアーティファクト持ちをここまで追い詰めたんだ。充分だろ……」

「数のアドバンテージがあったにも関わらず反撃されたわけだが……」

「流石に負けっぱなしは性に合いませんわ……」

 

 悔しがる鈴とそれに対して悪態をつくガハルド、自分達の負けを認める遠藤と彼に一発蹴りを喰らわしたトレイシー。しかしその場の全員が疲弊しており、この戦いがかなりの接戦であった事を物語っている。そしてガハルドはニヤリと笑ってこう言った。

 

「悪くねえ闘いだった。お前ら帝国に来ねえか? ハイリヒ王国より好待遇で迎えるが……」

 

しかし遠藤達は揃ってその誘いを断った。自分達にはまだやるべきことがあると言って。

 

「そうか……まあ焦らんさ。だがまあ、お前らみたいな奴がいるなら、『神の使徒』とやらも少しは信用できそうだぜ」

 

 ガハルドはそう言って、ハイリヒ王国との同盟関係を継続すると宣言した。そしてガハルド達が訓練場を出た後に、リリアーナはイシュタルやエリヒドに対してこう言った。

 

「帝国との同盟を継続するための戦力。間違っても()()()わけにはいきませんね」

 

 これで遠藤達の地位は(書類上とはいえ)多少は向上する事になった。

 

 

 その晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下は面倒くさそうに答えた。

 

「勇者は……ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「それで、あわよくば試合で殺すつもりだったのですか?」

「あぁ? 違ぇよ。少しは腑抜けた精神を叩き治せるかと思っただけだ。あのままやっても教皇が邪魔して絶対殺れなかっただろうよ」

 

どうやら、皇帝陛下の中で光輝は興味の対象とはならなかったようである。無理もないことだろう。彼とて数ヶ月前までただの学生。それも平和な日本の。歴戦の戦士が認めるような戦場の心構えなど出来ているはずがないのである。ないのだが……

 

「しかし二戦目のアイツ等は……」

「……あの三人ですか」

「あの影が薄い奴……遠藤だったか? あの動きに判断能力……報告では召喚される前は平和な国の学生だったらしいが、どう見てもそんな肩書じゃねえぞ、アイツ」

「確かに、あの者だけは纏う空気が違いました。学生でも騎士や兵士でもない、まるで殺し屋のような……」

「あながち外れちゃいないだろうよ。それに術師の女二人だ。動きこそ未熟だが、加えてくる攻撃が情けも容赦もありゃしねえ。ついでにあの目を見る限り……もう何人か殺ってるだろうよ。勇者様と違って一切躊躇いが無かった」

 

 たった数カ月であの技量である。これからの成長が楽しみだが、敵に回られたら厄介な事この上ない。ガハルドはそう言った。

 

「まぁ、魔人共との戦争が本格化したら変わるかもな。見るとしてもそれからだろうよ。今は、小僧どもに巻き込まれないよう上手く立ち回ることが重要だ。教皇には気をつけろ」

「御意」

 

 その後、朝練に精を出していた雫を見て気に入ったガハルドが愛人にどうだと割かし本気で誘ったというハプニングがあった。雫は丁重に断ったのだが、本人以上に光輝が反対した。ガハルドの「俺はシズクに聞いたんだ。何故小僧が口を挟む?」という質問に対しては、

 

「雫は俺の大切な仲間で幼馴染です。口を挟むのは当然の事かと」

 

 光輝の言葉を聞き、ガハルドはちらりと雫に視線を向ける。彼女の様子は驚くほど淡白だ。狼狽える様子も、絵にかいたようなイケメンが自分を庇ってくれる事に喜ぶ様子もなく、寧ろ冷え切った視線で彼を見ている。

 

(ハッ、周りの人間との関係すら思い通りじゃねぇと気が済まねぇ輩……いや、自分の思い通りだと信じて疑わねぇヤツか。個人として見るなら確かに関わりたくはねぇわな)

 

 ガハルドの中で光輝は理想論と絶対的な正義を妄信しているタイプだと認識していたが、新たに虚構と現実を同一視し、自分こそが世界の主人公だと無意識化で思っている、という評価も追加された。主人公だからこそ自分の行動は間違えないし、周りの事象は全て自分にとって都合よく最適化される。操り人形の拠り所は糸であると確信し、それを微塵も疑っていない。

 

(戦争が本格化すりゃあイヤでも現実を知ると思ったが、こりゃ望み薄か……やれやれ、一体どんな環境下で生きてりゃ、ここまで歪むんだ?)

 

 その自己中心的な信念がコイツを平和に導くと良いな、などと内心で皮肉を言い、ガハルドは去っていった。なお、自身を鼻で笑われた光輝が暫く不機嫌だったことは言うまでもない。

 ついでに言うなら、光輝は「雫が断ったのは俺がいるからだ。香織が帰って来たら、これからの関係について話し合わないと」と、なんとも愉快な勘違いをしている。香織が〝セイレーン〟となってしまった元凶の一端は間違いなく彼であるというのに。

 

 そしてその様子を見ていた恵里、鈴、遠藤の三人の間ではこんな会話が生まれた。

 

「あの皇帝はなんで直接闘った鈴達じゃなくてシズシズを愛人に誘ったのかな? いや、帝国に行きたいわけじゃないけどさ」

「そりゃ中村は癖が強すぎるし、谷口は……アレだよアレ」

「おい、今何処を見て言った? 鈴とシズシズの何処の部位を比較して言った? ア”ァ?」

「まあそりゃ雫は胸部装甲がご立派ですからねえ。でも鈴も性能は高いんじゃない? まな板並みの硬さだから頑丈だろうsぐふっ!?」

 

 会話のついでに殴打音も生まれた。

 

 そして「目的は果たしたから」と国に帰る帝国一行を見送る時に、トレイシーは遠藤を指差し、「顔は覚えましたわ。首を洗って待っていなさい」と捨て台詞を吐いた。対する遠藤は心底嫌そうな顔をして「very cute(泣けるぜ)」と独り言を呟いた。そんなこんなで波乱の異国訪問は幕を終えた。

 

 

 

 そして勇者一行が王国からの呼び出しでオルクス大迷宮を離れている時、迷宮内には二つの人影があった。

 

「しっかし深い穴だねえ。アレかい? 反逆者の家系図にはモグラでも混ざってんのかい?」

 

 人影の片方は女の声で皮肉を言う。それに対し、もう片方は男の声で諫める。

 

「無駄口は控えろ、カトレア。俺達はこの迷宮を攻略せねばならん。人間族との戦争のため、新たな力を付けろとのお達しだ」

 

 しかしカトレアと呼ばれた方の人物は溜息交じりに言葉を返す。

 

「アンタも真面目だねえ、ミハイル。揃って左遷された身でさ」

「左遷ではない。迷宮を攻略するのは我ら魔人族にとって少なくない恩恵を齎す。ならば命令を拒否する理由は……」

「んで魔物と機械が付いてるとはいえ、ヨルハ部隊二人で攻略かい? 事実上の左遷だろうが」

「む……」

 

 この二人は魔人族の精鋭、アーティファクトで武装した『ヨルハ部隊』の構成員だ。しかし二人の会話は芳しいものでは無かった。

 

「フリード様も昔は気のいい男だったのだがな。いつからか、祖国の繁栄よりも軍部に力を回すようになった……そして提言すれば左遷、か」

「しかしまあ、婚約者同士で放り出されたのは不幸中の幸いか……ねえミハイル、この機に乗じて逃げちまわないかい?」

「またお前は突拍子も無い事を。そのような選択肢が有り得るわけが……」

 

 カトレアの言葉に反駁しようとしてミハイルは気付く。今やヨルハ部隊は魔人族の平和を勝ち取るという目的を忘れ、迷走している。魔人領の未来を憂いた提言は受け入れられる事も無く、このような事態となった。おまけに人件費をケチったのか、監視も無い。

 

「……案外、妙案かもしれんな」

「お? 珍しいね。アンタが乗るなんて」

「しかしやるにしても色々と準備せねばな。最も簡単なのは偽装死だが、中途半端な方法ではすぐにかぎつけられるぞ」

「それならあまり心配しなくてもいいだろ。人間族側にアタシ達に対抗するための『勇者』とやらが召喚されたってさ。ソイツ等の仕業に見せかければいい」

「なるほど、勇者達と交戦し、隙を見て離脱。後はやられたように偽装すれば……しかし勇者はここに来るのか?」

「この迷宮は人間どもの戦闘訓練に使われてて、勇者も利用してるんだと。だからそのうち接敵するさ」

「それは好都合だな」

 

 目隠しのようなゴーグルを身に着けた二人は脱走の計画を立てる。知恵と度胸が必要な綱渡りだが、やる価値はあると信じているのだ。

 

 なお、その後に勇者一行と一悶着あるのだが、それはまた別の話である。

 




何か鈴の出番が多いな。まあ結界術が便利すぎるから仕方ない。なお、トレイシー殿下のエグゼスについてはほとんど知らないので、もしかしたら違和感あるかも。親切な方の情報提供を求めます。

備忘録

鈴の詠唱:DoD3をご存じの方ならピンと来るかも?

ヨルハ部隊:なんか色々ある模様。今作ではこの時期に潜入したという設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物データ

暫くリアルが忙しくて投稿できなさそうなのと、作者の頭の整理も兼ねてキャラ紹介を作りました。


・南雲ハジメ

 

原作の主人公であり、今作でも主人公である。身体が機械化していく『パニシング症候群』という病に罹患しており、転移前は数年以内に死ぬ事が確定していた。そのためどこか生きる事に無気力であり、『全ての存在は滅びるようにデザインされている』という間違ってはいないが退廃的に過ぎる哲学を持っている。

 

宮沢賢治の『よだかの星』を読了後、「よだかのように美しく死にたい」と願い、自らの機転で不良たちから老婆と子供を助けるが、後述する理由によりパニシング症候群の患者は忌避感を持たれており、感謝されるどころか嫌悪の視線と共に逃げるように立ち去られてしまう。また、『美しい死』が難しい事も理解しており、(特に香織という恋人が出来てからは)比較的優先順位は低いようだ。

 

転移前は『ゼロ』という名前で画家として活動しており、その経緯で原作より知り合いが多い。詳しくは『青イ鳥』を参照してもらうとして、自分の絵を使った合法的なテロ計画を遂行しており、原作以上に頭が回る。また『美しい死』を望む割に性格は悪く、シレっと毒を吐く事が多い。しかも無駄に語彙力が豊富なので、言われた側が意味を汲み取れていない事も。

 

また、幼少期にパニシング症候群に罹患した時に、一度山奥の病棟に隔離されている。その時に侵蝕された患者が暴れ出したことに起因する『病棟の惨劇』に巻き込まれており、ハジメの知人を含む何人もの人間を生存のために殺害することになった。ハジメが生きる事に無気力になり始めたのもこの事件がきっかけであり、パニシング症候群に対する世間の評価も差別に近いものになってしまった。そして、差別される中での処世術として普段は敬語を使っている。

 

 

 

・白崎香織

 

 原作では色々と不遇だった少女だが、今作ではメインヒロインに抜擢されている。ハジメが老婆と子供を助けている場面に遭遇し、ハジメを『弱くても他人の為に動ける凄い人』だと思い、恋心を抱く。しかし、『血塗られた過去』『人格者とは言えない性格』『避けられない死』といった負の要素を持つハジメは彼女を遠ざけようとするが、全てを知って尚、香織はハジメを愛すると決心し晴れて結ばれる事が出来た。

 

 また原作との相違点として、香織は戯曲や音楽に傾倒しており、天職も『治癒師』ではなく『演奏者』となっている。転移前からチェロを弾いており、短い時期ながらもフェンシングを教わっていた事があるなど多彩な技能を持つ。機械化してからは音楽用語を会話に織り交ぜるなど、香織にとっての『人間性』は音楽に依るようだ。

 

 なお、ヤンデレではあるがストーカーではない。というよりストーカーする必要が無かった。しかし(時々アンチ対象になる理由である)自分の突撃癖は自覚しており、ハジメが害を被るなら学校では話しかけない事を提案するが、二人は今まで通りに過ごす事が最良であると結論付けた。しかし、ベヒモス戦(初遭遇)にて奈落に落ちたハジメを機械の異形『セイレーン』となって追いかけていったため、ストーカー属性自体は残っているとも解釈できる。

 

 余談だが、香織はハジメの事を「コンダクター」と呼ぶことが多く、同時にハジメも香織の事を「コンサート・ミストレス」と呼ぶことが多い。二人にとっては言葉以上の意味が込められており、他のヒロインとの境界線にもなっている。

 

 

 

・清水幸利

 

 原作では裏切って魔王に殺された少年。今作では階音という人物との出会いなどによって原作ほど鬱屈とした感情は抱えていないが、口は悪い。チェスで全国三位に上り詰める実力を持っているが、ハジメに負けたらしい。しかし劣等感を抱く事も無く、良きライバルとして認識しているようだ。

 また軽度の女性アレルギーでもあり、ただ一人の例外を除いて積極的に女性と関わろうとはせず、『学園の二大女神』である香織と雫にも興味が無い。トータスでもハニートラップ目的のメイドや令嬢に対して冷めた態度を取っていた。

 

 

 

・中村恵里

 

 ある意味原作で最も可哀想だった僕っ娘。詳しい経緯は原作を読んでもらうとして、裏切りの果てに最終的には死亡している。

 ハジメと鈴にゲームを仕掛けられ、改心……というよりは啓蒙を得て味方サイドについている。転移前は図書委員で、ゲームの前は大人しめの女子生徒だったのだが、ゲームの後は毒舌と黒い感情を撒き散らすようになった。

 顔立ちは美人に属するのだが、いかんせん口と性格が悪すぎて男が寄ってこない。しかし本人は人生ソロプレイを満喫しているようで不満は無いようだ。

 

 

 

・谷口鈴

 

 原作キャラだが、今作の地球組では最も謎な人物である。転移前はホワイトハッカーとして活動しており、ハジメのテロ計画の最初の協力者でもある。この二人がどういう経緯で出会ったのかはまだ不明。

 梟とルービックキューブが好きなようで、休み時間などによく弄っていた。恵里に仕掛けられたゲームの中にも梟が登場しており、ハジメの他に鈴が協力していたことが早い段階で分かるようになっていたが、当時の恵里は気付かなかった模様。また、家では本物の梟を飼っているらしい。

 天職は原作通り『結界師』だが結界の使い方は序盤から多彩で、防御、攻撃、妨害とかなり応用が利く。その上、敵性機械生命体から強奪したチェーンソーで近接戦闘にも対応できるかなりの万能型である。余談だが、笑顔でチェーンソーを振り回す様を見られて『サイコパス』のレッテルを貼られている。

 

 

 

・園部優花

 

 原作キャラ。『魔王の愛人』とか呼ばれており、サブヒロインと言えるほどの存在感は無いが、完全なモブキャラというには語弊がある極めて微妙な立ち位置であった。

 今作では原作よりも早くハジメに対して恋心を抱いているが、ハジメには既に香織という恋人がいたため、身を引いている。(とはいえ友人としては接していたようだが)

 上記の経緯から、「自分の恋が叶わないなら、せめて二人には幸せになって欲しい」という願望を持っており、二人を奈落に落とした檜山を深く恨んでいる。どれくらいかというと、檜山が糾弾されている場で死刑宣告するくらいには。そして(明確な証拠があるにも関わらず)檜山を庇った光輝も恨んでおり、光輝に自身の武器である戦輪をぶつけ、更に上段回し蹴りを喰らわせている。

また、作者の第一印象により、ジャズピアニストの属性が追加されており、コンクール入賞などの分かりやすい実績こそ無いものの、実家の洋食店『ウィステリア』の人気上昇に一役買っている。

 

 

 

・遠藤浩介

 

 原作キャラであり、影の薄さ万年世界一位の天職『暗殺者』の少年。原作本編ではあまり登場しない印象に残らない(別の意味で印象に残ってる人もいるかもしれない)キャラだったが、今作ではなんと英国国家保安局のエージェントであり、ハジメがパニシングの侵蝕を受けて暴走したときに殺す役割である。

 ハジメに対しては情を持っている部分もあるが、公私は分けるタイプなので時が来たら冷徹に殺す。

 イギリス人のエミリーという少女と付き合っているが、現在は単身赴任(?)状態である。そもそも遠藤浩介というのも本名かどうか不明なのだ。

 

 

 

・八重樫雫

 

 原作以上に苦労人……というより心がズッタボロな侍ガール。香織がハジメにつきっきりで光輝のフォローを全て一人でやっていたためにこのような状態となった。光輝の事で手を焼きながらも彼女自身も人の闇の部分に対して耐性が無いため、結局ボロボロである。そしてベヒモス戦にて無意識に精神の拠り所にしていた香織を失い、憂鬱が加速している。

 

 

 

・坂上龍太郎

 

 原作キャラで脳筋。光輝の親友で、『拳士』の天職を持つ。熱血や根性と言った少年漫画に出てくるような言葉が大好きで、インドア派で口が回る人間とは相性が悪い。

 鈴の助言もあって今の状況のマズさには薄々気づいているが、雫同様、人の闇に対して耐性が無いのと生来の脳筋気質が災いして決定的な打開策は出せていない。更に嘗ての想い人であった鈴の暗黒面を見てしまい、それまでよりも迷走するようになってしまった。

 

 

 

・天之河光輝

 

 皆ご存じ勇者(笑)。『地獄への道は善意で舗装されている』を地で行く人間だが、本人に自覚は無い。幼馴染である香織の恋人のハジメに敵意を抱いているが、その自覚も無く、本人は善意100%の忠告をしていると信じ込んでいる。何というか、『赦しによって征服する』キリスト教を具現化したような人物。無意識なのか意識的なのか現実を曲解するため、その様を見たハジメからは内心で冷笑され、鈴からは『数世代前のAI』『欠陥品のアンドロイド』扱いされている。

 原作において彼の被害者側の事情が強調されるのもあって、原作及び二次創作の読者からは著しく好感度が低い。他の二次では散々な末路を迎える事もあるが、果たして今作ではどうなのか……

 

 

 

・ユエ

 

 奈落の底に封印されていた吸血鬼。外見は12歳前後だが、実年齢は300歳を超えている。数百年封印されるのに加えて、(封印した人物にとっては完全な想定外だが)パニシングの侵蝕も受けるという二重苦に晒されていた。そのためハジメ達に助けを乞い、それが不可能なら殺してほしいと願った。

 その後、紆余曲折あってハジメの二人目の恋人となる。原作では香織とキャットファイトを繰り広げていたが、今作でそれが起きる可能性は低い。タグで事前に告知しているからだいぶ少数派だとは思うけど、ユエのメインヒロイン展開or香織とユエのキャットファイトを期待していた方がいたらスマン。そういった人は速やかに別の作品の閲覧を推奨する。

 また作者はハーレム展開を書くのが苦手であり、恋人が二人になった時点でだいぶ七面倒くさいと思っている。地味に扱いに困っているキャラであり、終着点がどこなのかは作者にも分からない。

 

 

 

・ミュオソティス

 

 オスカーが作ったメイドロボ。原作では破壊されたが、今作では修理され仲間に加わっている。パニシングの影響なのかオスカーがそのように設定したのか不明だが、自我を持ち会話が可能である。しかし彼女の本質は『道具』であり、受け答えはどこか無機質で機械的だ。

 ミュオソティスという名前は『勿忘草』という意味であり、花言葉の『私を忘れないで』が由来。

 

 

 

・ターミナル

 

 NieR: Automataから参戦した赤い少女。クロス先ではN2とも呼ばれていた。機械生命体のネットワークから生まれた概念人格であり、その存在は既存の知性を超越していると言っても過言ではない。トータスを管理していた女神によって生み出されてしまった『花』を封印しようと尽力していたが、エヒトが余計な事をしたせいで『花』が再起動してしまう。そのため、まずはエヒトを抹殺する目的で戦力を増やしている。

 NieR: Automataの方では主人公及びプレイヤーの神経を逆なでする言動が多かったが、今作では苦労人枠かもしれない。

 

 

 

・デボル&ポポル

 

 NieR: シリーズより参戦した双子のアンドロイド。初登場はReplicantだが、今作ではAutomataの方で登場した彼女達に寄せている。

 治療やメンテナンスに特化した性能をしており、戦闘能力はあまり無い。本来治癒師である香織が転職しているので、ハジメパーティーの中ではヒーラーの役割を務めている。

 ターミナルの内在データから再現した存在らしいのだが、出処が全くもって不明である。

 

 

 

(ティオ)

 

 原作では色々とネジが飛んでいた竜人族の姫。将来的にどうなるかは不明だが、現時点ではマトモである。竜人族の繁栄の立役者であり、その甲斐あって原作よりも高い文明レベルを誇っている。

 漢字表記に疑問を覚えた人もいるかもしれないが、今作のトータスでは日本でいう漢字に相当する文字も存在する、と認識してほしい。

 




とりあえず簡単な主要人物の紹介です。もっと詳しく知りたい方は今作の本編か原作を閲覧ください。後、ハジメ君のイラストを描いてみたので宜しければ概要欄からご覧ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神曲/煉獄篇

お久しぶりです。リアルが少し落ち着いたので投稿を。だけどまた忙しくなりそうなんだよなあ……
因みにハジメの顔付きは色々考えた結果NieR: AutomataのA2よりという設定になりました。更に女顔に近づいた感じですね。


 魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の澱んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメ達の頬が緩む。ミュオソティスの表情は変わらないが、これは地上を知らないが故、そして感情が希薄であるが故だろう。できることならばミュオソティスにも感情という物を手に入れて欲しいと思うハジメ達。合理性という意味では不必要なものかもしれないが、数学と違って無駄を省きすぎるのも考え物である。

 

 やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……洞窟だった。

 

「えぇ~……」

 

 魔法陣の先は地上だと無意識に思っていた香織がガッカリしたような声を上げる。そんな香織の服の裾をクイクイと引っ張るユエ。顔を向ける香織にユエは慰めるように自分の推測を話す。

 

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「あ……」

 

 そんな簡単なことにも頭が回らないとは、どうやら自分は相当浮かれていたらしいと恥じる香織。ごまかしの鼻歌を歌いながら気を取り直す。

 しかしそんな空気に爆弾を放り込む者が一人。

 

「疑問:マスター白崎香織の予測能力」

「うるさいなあ!」

 

 メイドロボのミュオソティスである。一応言っておくと彼女に悪意はない。『道具』として現状を分析した結果がポロっと口から飛び出しただけである。しかし、だからこそ余計に刺さる物があり、香織は涙目で壁に向かって三角座りをしてしまった。ハジメはそんな恋人の様子に苦笑しながら口を開いた。

 

「とりあえず、この辛気臭い場所から出ましょう」

「はぁい……」

 

緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、四人とも暗闇を問題としないので道なりに進むことにした。

途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。二人は、一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメと香織はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 

 ミュオソティス以外の三人はそれを見つけた瞬間、思わず立ち止まりお互いに顔を見合わせた。そして笑みを浮かべると、同時に光に向かって走り出した。

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。しかし三人は向かう先から不穏な気配を感じ、徐々に足取りは遅くなる。それは事前情報に無い死地に踏み込む兵士の言いようのない原理不明の不安に似たものであった。ミュオソティスはそんな三人の様子を見て首を傾げているが、走り出した三人は今では歩いている。そして、洞窟の出口に辿り着いた三人を待ち受けていたのは……

 

「なに……これ」

 

 香織がそんな声を上げる。それは未知のものに対する疑問ではなく、目の前の光景が信じられないといった声色だ。それもそのはず。ハジメ達の目の前に広がっているのは奈落で見た『パニシング赤潮』だったのだから。

 

「地上は楽園ではなく、煉獄と言ったところですか……」

 

 ハジメが神曲ネタを持ち出すが、驚いていないわけではない。しかしここで呆けていても仕方がない。香織やユエの時と同じケースだとすれば赤潮を生み出している元凶がいるはずだ。別にこの世界が崩壊しようが侵蝕されようが他国で起きた震度2の地震くらいどうでも良いが、赤潮は上手く使えば治療薬に転用できる。対応する価値はある。

 

 因みにここは【ライセン大峡谷】という場所であり、断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断する魔境だ。地上の人間にとっては地獄にして処刑場である。

 

 色んな意味で地獄のような場所だが、赤潮の調査のために歩き回るハジメ達。すると、ほどなくして赤潮から出てきた異合生物達に囲まれた。完全に生物というわけではないが、これまで出会った機械生命体達に比べるとかなり有機的な見た目で、植物や海鞘、巨大な蠅といった比較的単純な生物の姿をしている。

 

「どうやら歓迎されているみたいですね」

「ご馳走してくれるわけじゃないと思うけどね、コンダクター」

「……ん。寧ろ私達がご馳走にされる」

「戦闘回路、動作正常。ご命令とあらば出撃します」

 

 植物型の異合生物『ターニップ』が攻撃態勢を取る。

 

「聞かれるまでもありませんね。殲滅しましょう」

 

 ハジメの言葉と共に双方が攻撃を開始した。ターニップが水平にレーザーを放つが、ハジメ達はそれを回避。ミュオソティスのスカートの中から飛び出したアームが持つ銃で掃射し、ユエがオズマによる広範囲殲滅で補助。撃ち漏らしは香織とハジメで対処する。

 巨大化したコバエのような異合生物『スネイル』が香織に突進してくるが、ハジメが朱樺で両断した。ハジメの近接兵装である朱樺は奈落にいた頃は普通の刀と同程度の長さだったのだが、オルクスの隠れ家で改良を重ねるうちに、某片翼の英雄が扱う長刀のようになってしまった。この少年が残酷な天使のように神話になる日も近いかもしれない。

 

「背後がお留守ですよ、コンサート・ミストレス」

 

 ハジメが揶揄うように声を掛けると、香織はハジメに回転攻撃を仕掛けようとした異合生物『オクトパス』(見た目はどちらかというと海鞘だが)にオディリアの演奏による遠隔攻撃をぶつけた。

 

「お互い様だよ、コンダクター」

 

 指揮者と演奏者は戦場で笑い合う。そして異合生物達を掃討したころ、新たな敵が現れた。今までの古生代でも存在し得る単純な生物ではなく、れっきとした人型で、大剣を担いでいる。進化の過程を一気にすっとばして現れたこの人型は『武蔵 玖型』という機械生命体で、熟練の冒険者でなければ危険な敵だ。今回はそれが4体現れた。オマケに赤潮の効果なのか通常時よりも強化されている。

 

「一人一体相手しましょうか。今更あんなのに手こずらないでしょう?」

 

 全員が頷き、武器を構える。一方「あんなの」呼ばわりされた武蔵は、それぞれ大剣を構えて攻撃を仕掛けてくる。

 ミュオソティスが多機能大砲『ガラティア』で一体の剣戟を受け止め、更に砲撃する。自身に備えられた機能で周囲を解析すると、他の三体はそれぞれの仲間の所に向かったことが分かる。

 

「第二形態、アクティベート」

 

 ミュオソティスがそう呟くとガラティアがカシャカシャと変形し、砲口部分が収納され、代わりに巨大なブレードが顔を出す。このガラティアという武器は戦況に合わせて様々な形態に変形させることが出来るのである。境遇が変わってもハジメのオタク趣味は変わらないのか、某神喰らいのような兵装だ。そのうち捕食機能も付きそうである。

 

 武蔵は再び大剣で斬撃を加えるが、ミュオソティスはそれを躱し、ガラティアを振り回してダメージを与えていく。上段でガラティアを回転させて連続攻撃を加えると、流石に危険と悟ったか、武蔵は攻撃を止めて後ろに下がる。そして、下がった場所で回転し、四方八方に斬撃を飛ばしてきた。

 

「第三形態、アクティベート」

 

 ミュオソティスがそう言うと、地面に突き刺されたガラティアは棺のような形に変形する。武器自体がデカいのでちょっと変形するだけで盾になるのだ。強度も申し分なく、例えばクラスメート達の魔法一斉射撃を喰らっても普通に耐えられる。

 

「……いつまで続くのでしょう。この攻撃」

 

 攻撃自体はそれほど脅威ではないのだが、機械であるために疲労が存在しない故か回転攻撃を止める気配の無い武蔵。無理な早期撃破の必要は無いが、徒に長引かせる道理も無い。

 

「敵の攻撃軌道の解析を開始。終了しました。速やかな排除へと移行します」

 

 ミュオソティスはガラティアの盾形態を解除し、大砲形態へと戻す。そして飛来する斬撃を躱し、武蔵に砲撃を加える。武蔵は大剣で防ぐが、その隙はミュオソティスにとっては十分な物だった。彼女はガラティアをブレード形態に移行させ、武蔵に接近する。

武蔵も体勢を立て直し、ミュオソティスに斬撃を飛ばすが、ミュオソティスはそれをガラティアを一振りして弾き飛ばし、そのままの勢いで武蔵に斬撃を加える。武蔵は動きを停止した。

 

「戦闘終了。機体状態:異常なし」

 

 見れば他の三人も戦闘を終え、素材の回収を行っていた。

 

「何かには使えるでしょう」

「……ん。無駄にする道理も無い」

「コンダクター、部屋を片付けられない人の言い訳にそっくりだよ。程々にね」

 

 ミュオソティスも今しがた倒した武蔵の大剣を持って合流する。

 

「何に使うのですか? マスター」

「大剣は武器破壊された時の予備ですね。機械の装甲等は……まあ弾丸の材料は幾らあっても困りませんから」

「武器破壊で思ったけど、よく折れないよね、朱樺」

 

 香織がハジメの長刀を見て言う。この武器は長い上に細い。いくら硬い鉱石で出来ていると言っても力の入れ具合によれば簡単にへし折れてしまいそうなものだ。

 ふと、香織がハジメの胸に自分の手を当てる。刀とハジメの運命を重ねたのだろうか。

 

「形有るものはいつか壊れますよ、須らくね。それは武器においても例外ではありません」

「相変わらずだね……私達は合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)を演奏できればいいけれど、途中で指揮棒を投げないでね? コンダクター」

「……肝に銘じます」

 

 ハジメと香織の退廃的なイチャつきが終わると、赤潮の主を探しにハジメ達は動き出した。先程の武蔵4体は主ではなく、何かを基に赤潮に生み出されただけの存在だった。ライセン大峡谷は処刑場としても使われていたので、処刑された犯罪者を基に作られた存在なのかも知れない。

 

 峡谷を徘徊している最中、何度も異合生物や機械生命体の襲撃にあった。大型の刃を持つ『解体者』という機械や、奈落でも遭遇した『バイオサラマンダー』、上半身のみで這いずる『プロテクター』にも遭遇したが、ハジメ達の脅威ではなく、また赤潮の主でもなかった。

赤潮の元凶は依然として見つからないが、ただ無意味に歩き回っているわけでもない。ある特定の方向に向かおうとすると、敵の密度が上昇する。奈落の恐竜の群れと同じ思考方法で、密度が高い方へと進むハジメ達。高度な誘導という可能性もあるが、まあその時はその時だ。手がかり無しよりはマシである。

 とはいえだ。

 

「密です」

 

 少々辟易した表情でアストレイアの引き金を引くハジメ。確実に目標には近付いているのだろうが、いい加減物量が鬱陶しい。赤潮の力で通常よりも強化されているのが尚拍車をかけていた。

 

「……そろそろ見つかってほしい」

「マスター・ユエ、エネルギー切れでしょうか」

 

 小さく唸るユエに、星戦争の緑色の何某のような呼称で疑問を呈するミュオソティス。それに対してユエは

 

「……そうじゃないけど、終わりが見えないのは苦痛」

 

 と答えるが、ミュオソティスは首を傾げるだけであった。彼女には理解が出来ない感情であったらしい。

 ユエは説明を諦めて索敵に移る。パニシングのエネルギーを辿るという方法で、今までは濃度が希薄で意味を成さなかったが、震源地に近づくにつれて計測可能な程度に濃度が高まってきたのである。

 

「……ん。見つけた」

 

 ユエが手応えを感じたようだ。香織も音を拾い、いよいよ確信度が高まる。ハジメ達はその方向へ進んでいった。

 そして目標地点に近づくと、この赤潮の主と思われる人型を発見した。手には大剣を持ち、こちらを警戒するように赤い目が睨みつけてくる。なぜか頭にはウサミミが付いていた。

 数瞬の間対峙したあと、その人型はハジメ達に襲い掛かる。ハジメ達はそれぞれの方向に避け、それが戦闘開始の合図となった。

 

WARNING   ダルタニアン

 

「ウサギはベジタリアンだって聞いたんですけどね!」

 

 更に追撃してくるウサミミ人型『ダルタニアン』に縦回転の剣技『白夜還流』をぶつけるハジメ。ついでにゼロスケールによる銃撃も加えるが、ダルタニアンには多少傷がついただけでそれ程効いてはいないようだ。驚異的なタフさである。ハジメがその旨を『通達』で仲間に伝えると、容赦なく攻撃が来る。

 

 ハジメがダルタニアンの大剣による横薙ぎを宙返りで躱すと、入れ替わるようにユエがオズマを変形させた斧でダルタニアンに攻撃する。流石に効いたのかダルタニアンは怯み、更にそこに香織のワルドマイスターによるエンドピンの刺突攻撃と、ミュオソティスのガラティアのブレード攻撃が追加される。特に香織は『破壊音響』による防御力をある程度無視した攻撃を加えたため、ダルタニアンにもそれなりのダメージが入る。

 更にそこにハジメのアストレイアによる銃撃も加わった。

 

「……終わった?」

「いえ、やはり驚異的な防御力です。今の攻撃も見た目ほど効いていない」

 

 ダルタニアンは未だに戦意を喪失していない。今度は大剣を振りかぶり、ソニックブームを飛ばしてくる。ハジメはそれを回避し、攻撃後の隙にアストレイアで銃撃、そして閃光手榴弾による視覚妨害を行う。しかしダルタニアンはウサミミが拾う音を頼りにこちらに攻撃を加えてくる。

 

(……視界を奪っても音で感知してくるのか。ん? ウサミミ……?)

 

 香織はその様子を見て妙案を思いつき、それを『通達』で伝える。

 

『私ならダルタニアンの動きを止められるかもしれない! 皆はその隙に攻撃して!』

『『『了解!』』』

 

 香織はワルドマイスターを構え、大音量の演奏を始める。ハジメ達にとっては何という事も無い音量だが、ウサミミを持つダルタニアンは違う。許容できない音量に剣を捨てて苦しみ始めた。ハジメ達はその間に連続攻撃を叩き込む。

 

(このまま押し切れるか……?)

 

 この戦闘に希望が見えてきたハジメ達だったが、ダルタニアンもただではやられない。咆哮を上げると、両手から鉤爪を生やし、強行突破してくる。

 

「っ!?」

 

 ハジメの長刀である朱樺が切断され、ついでに右腕も皮一枚でつながっているような状態にされてしまった。ダルタニアン自身も勢いを制御しきれないのかハジメを通り過ぎて壁に突撃して行ったため、追撃をされなかったのは不幸中の幸いであろう。

 

「コンダクター!」

「ハジメ!」

「……!」

 

 香織とユエはハジメを案ずる声を上げ、ミュオソティスは無言ながらもハジメの損傷具合を判断しようとしている。ハジメはそんな彼女達に返事をする。

 

「『自動修復』で腕は直ります。今は敵に集中を!」

 

 ダルタニアンは壁を飛び移り、こちらを攪乱する。ミュオソティスが砲撃を行うが、

 

「……速いですね。一発掠っただけです。敵の行動パターンの変化を確認、再解析、解析終了」

 

 ミュオソティスはダルタニアンの動きを解析しなおし、再び砲撃を加えると、今度は命中する。しかしダルタニアンは今度はミュオソティスを攻撃対象にし、壁から飛び掛かって来る。更に砲撃を加えるミュオソティスだが、砲弾は鉤爪に切り裂かれてしまった。

 

 ミュオソティスはガラティアを変形させ、盾にするが、ダルタニアンの攻撃が彼女に届く前にユエの高威力攻撃『パニッシュメント』が攻撃者を貫く。更に香織が全力の『破壊音響』を加える。ダルタニアンもかなりのダメージを被ったがそれでも動きは止まらない。再度鉤爪による攻撃をしようとするが、その前にハジメのアストレイアによる銃撃がダルタニアンを穿つ。ハジメの右腕は完全に直ったわけではないが、とりあえず使える程度にはなったので、それを支えにして銃撃したのだ。今も右腕からは循環液(人間においての血液)が流れ続けている。

 

「いい加減に……壊れろ!」

 

 ダルタニアンはそれでも動こうとするが、その前にユエが斧による一撃を加えた。そしてそれがこの戦闘の終結となった。

 




はい、話が進みませんね(笑)。そしてセフィ○スみたいになるハジメ君。一体どこに向かっているのか……まあ少なくとも早々に死んで思い出になるとかいう展開は無い、多分。

備忘録

朱樺:エラい長くなったハジメの刀。某片翼さんと違ってあっさりへし折られたが、これは武器が弱かったのではなく相手が強かった。

ダルタニアン:ライセン大峡谷のウサミミ……果たして正体は誰なのか(すっとぼけ)。名前の元ネタは『三銃士』の主人公。一応言っておくが、元ネタのダルタニアンは男性である。

いい加減壊れろ:NieR: Automataの2Bのセリフ。こう言いたくなる敵がこの先も出てくる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死神ヲ纏ウ悪魔ノ勧誘

今回は字数的には短めです。しかし情報量は中々ですよ。


「やれやれ、この大陸に足を運ぶだけで一苦労じゃのう」

 

 『部分竜化』による黒い翼をはためかせ、人気のない山中にて独り言ちる黒装束の女性がいた。彼女の名は(ティオ)、竜人族を纏め上げる『九龍衆』の一柱だ。『勇者』の調査のために人間族の国を訪れたはいいが、九龍夜航船からは距離が離れており、かなりの長時間を飛行するはめになるのだ。完全に竜化すれば効率がいいのかもしれないが、パニシングとの相互作用で制御が難しいのである。意思を持たぬ殺戮兵器になる趣味は彼女には無かった。

 

(しかし、今は機械の身体であることに感謝するぞえ。以前であれば到着先で眠らねば疲労は回復せぬじゃろうからな)

 

 多少の不便はあったとしても、それを補う程の利益がある。だからこそ、彼女は昇格者となったのだ。しかし眠る必要は無いにせよ、流石に疲れたので休憩していく事にした廷。煙管を取り出し、一服している。

 煙を三回ほど吐き出した時、何の前触れもなく背後から攻撃が飛んでくる。攻撃自体は少し動いただけで躱したが、折角の一服を邪魔された廷は不愉快そうに後ろを向く。

 

「……無粋者めが」

 

 攻撃者は銀髪碧眼の女だ。白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っており、ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。オマケに白い翼を生やして重さを感じさせずに飛んでいる。

 

「〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

「そんなことじゃろうと思うたわ。真、不本意じゃが、お主らの顔は親の顔より見たからのう」

 

 不愉快そうな表情を崩さずに返答する廷。美しいが無感情な〝神の使徒〟は廷の不快指数を上げるだけであったらしい。

 

「減らず口もそこまでです。貴方の無駄な足掻きはここで終わる」

「やってみるがよい。やれるものならのう」

 

 神の使徒は無言で双大剣を構え、常人には捉えられない『神速』で迫り、振り下ろす。しかし廷は焦りもせずに煙管でその攻撃を受け止めた。その結果に神の使徒は訝しむ。

 

(何故斬れない……)

 

 神の使徒が使う大剣には魔力や物質を問答無用で分解する魔法が付与されている。本来であれば少しの抵抗も許さずに目の前の女を両断しているはずであるのに、自分の攻撃は武器ですらない煙管によって防がれている。

 

「お得意の分解魔法じゃろう? とうの昔に対策しておるわ」

「っ!?」

 

 廷の言葉と共に横薙ぎの斬撃が神の使徒を襲う。咄嗟に離れると、煙管を持っていたはずの廷は柄の両端に刃のついた槍を装備していた。

 

「どうした。種が尽きたかえ?」

「……あまり調子に乗らない事です。貴方の武器が如何に高性能であれ、真の神の使徒である私の敵ではない」

 

 神の使徒は銀翼から分離した羽で魔法陣を形成し、

 

「〝劫火浪〟」

 

 発動された魔法は天空を焦がす津波の如き大火。どうやら、属性魔法も使えたようだ。うねりを上げて頭上より覆い尽くすように迫る熱量、展開規模共に桁外れの大火。超広範囲魔法であり、辺り一帯を昼と見紛うほどに照らす大規模なもの。神の使徒は勝利を確信しながらも、油断はしない。この事は主に報告しなければならない。自分達の分解魔法を正面から防ぐ方法を開発したなど由々しき事態だ。

 しかし、そんな神の使徒の腹部を刃が貫く。正面には槍を持つ廷の姿があった。

 

「な…ぜ…」

「あの程度の魔法を防げぬとでも思うたか。木偶よ」

 

 廷は自分の槍に足を振り下ろし、梃の原理で神の使徒を打ち上げて横薙ぎの一閃で両断する。上半身と下半身を分断され、相手の死亡を確認する廷。すると彼女の槍が発光し、煙管へと戻った。

 

「やはり量産型か。華胥(カショ)の肉体にはなり得ぬ」

「ならば貰っていいですか? それ」

 

 自身の独り言に答える声に顔を向ける廷。そこには先程屠った使徒と同じ顔をした女が浮いていた。しかしさっきの相手と違うのは持つ武器が廷とは違うタイプの槍という事だ。

 

「何じゃジュダか。別に構わぬよ。使う充ても無いしの」

 

 この使徒はドライツェントという名も持つが、廷はこの名を呼ぼうとはしない。分解魔法の対策を提供した事に感謝はしているが、やはり神の使徒の名を呼ぶのは嫌なのだ。

 しかし廷はこれ幸いと質問をする。

 

「お主、確か王城勤務じゃっただろう。召喚されたという勇者について教えてくれぬかえ?」

「それを調べるためにわざわざこんな所まで来たのですか? まあ、質問に答えるなら、貴方の脅威にはなり得ない、というのが最適ですね。そこの量産型にも及びませんよ」

 

 ジュダは量産型の死体を回収しながら会話をする。イヴは勇者についてはそれ程評価していない。無論、人間の中では強い方だし、昇格者とすれば更なる力を得る事が出来るだろう。だが精神性が未熟すぎる。アレに力を与える気にはならない。

 

「なるほどのう。しかし局面が動くのは事実じゃ。人間、魔人、そして我ら竜人と深人の同盟。この三者が鼎立する可能性がある以上、調べるに越したことは無かろうて」

「そんなこと言って……本当は物見遊山の口実が欲しかっただけでは?」

 

 廷は否定も肯定もしない。ただ煙を吐いただけである。ジュダはやや呆れながら会話を再開した。

 

「……こちらに充てはあるのですか?」

「まずはブルックという名の街に行こうと思うておる。加百列(ガブリエラ)の知り合いがおるそうじゃからの」

「加百列の? ああ、クリスタベルですか」

「あ奴らの珍妙な集まりも、存外役に立つ」

 

 そこまで会話した所で、死体の回収が終わったイヴが出発の準備をする。

 

「では、私は仕事に戻ります。また機会があれば会いましょう」

 

ジュダはそう言って飛び立つ。残された廷はもう少し煙を吐いてから出発することにした。

 

 

 

「……!」

 

 その兎人族が目を覚ましたのはベッドの上であった。周りに目を向ければ赤髪の二人の女が病室を動き回り、医療器具らしきものの手入れをしていた。そして自分が目覚めた事を認識すると誰かを呼びに行った。

 暫くすると病室に一人の男が入ってきた。えらく中性的で顔だけを見れば女性にも見える。間違いなく『未来視』で見た人物だった。だとしたらもう少女に迷いはない。

 

「お願いです! 私の家族を助けて下さい!」

 

 

 

 ポポルから知らせを聞き、ダルタニアンに取り込まれていた少女の病室を訪れたハジメは、いきなりの要請に少々面食らった。とりあえず敵対の意志が無い事は分かったが、それ以外が全く分からない。

 

「あー……とりあえず落ち着いてください。無理かも知れませんけれど。とりあえず名前でも教えてくれません?」

「ごめんなさい……私はシア・ハウリアと言います。実は……」

 

 椅子を取り出して少女のベッドの隣に座るハジメ。「家族を助けてくれ」などと言われても事情が分からない限り判断がつかない。説明を促すと、シアと名乗る少女は泣きながら事情を説明した。

 

彼女の話を要約するとこうだ。

 

シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

ハジメとしては「折角生まれた希少種なんだから、殺すんじゃなくて有効活用すればいいのに」などと考えていたが、口には出さなかった。

 

故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、とうとう彼女の存在がばれてしまった。普通なら樹海を出るしか選択肢は無い。しかし、彼らを保護する者達が樹海内に存在したのだ。

それは平和的な機械生命体のコロニーで、『パスカル』という機械が中心となって村を作っていた。一族はその村に逃げ込み、機械達に匿われていた。しかしシア達を狙う亜人族達は機械生命体の村までたどり着いてしまった。

 

パスカルは亜人達と交渉するが、決裂。しかし、これは亜人達が血に飢えているわけではなく、単純にパスカル達が信用ならなかったのである。何故なら機械生命体とは基本的に魔物と同じ『外敵』であり、寧ろパスカル達が特異的に過ぎるだけだからだ。シア達を引き渡せば見逃す、という内容ではなく、ハウリアもパスカルの村も殲滅するという考えであった。

和解は不可能と判断したパスカル達は亜人達と闘う判断を下す。平和主義を掲げてはいるが、攻撃に対して抵抗しないわけではない。緊急時の為に存在した武装で亜人達を一度は退けた。

しかし亜人達とパスカルの村は決定的に対立してしまい、樹海内に存在する敵性機械生命体など、予断を許さぬ状況が続いている。

 

そして彼女の固有魔法である『未来視』を使ったところ、ハジメ達の姿を見た。そして助けを求めて単身動いたところ、パニシングに感染したのである。

 

「お願いです。助けて下さい。私達には他に頼るすべはなく、パスカルさん達は本来何の関係も無いはずなのに、私達のせいで危険に晒してしまいました。助けてくれるならなんだってします。奴隷にだってなります。だから、お願いします!」

 

 ハジメとしては答えは決まっている。目の前にいる昇格者候補、樹海の案内人の確保、そして初めての友好的な機械生命体。動かない理由が無い。

 

「いいでしょう。僕は貴女達を助けます」

「……っ! 本当ですか!」

「ただし、貴女が僕達の戦力に加わる事。これが条件です」

「私はその条件を呑みます。本当に……ありがとうございます……」

 

 シアは泣きながらお礼を言った。

 

 

 

 話を終えたハジメはシアの病室から出ると、香織が微笑みを携えて待っていた。

 

「良かった……君が優しさを失っていなくて」

 

 ハジメは怪訝な表情を浮かべる。

 

「他人の弱みに付け込んで自らの利とするように誘導する。世間一般ではこれを悪魔か詐欺師というのですがね」

「頭ごなしに見捨てるような事はしなかったでしょう? 暴走していたとはいえ、敵対したのに」

「……」

 

 ハジメは少し間を置いて発言する。

 

「動く価値はある。そう判断しただけですよ」

「そうだね。そういう事にしておこうか」

 

 ハジメは複雑そうな表情をして「武器の修復をしてきます」と言って去っていった。

 その様子を見ていた香織は彼に聞こえないように独り言ちる。

 

「シア……だったかな。あの子には、恋人ではないにせよ、コンダクターの生きる理由になって欲しいな」

 

 そして香織は俯く。

 

「コンダクターはまだ、タナトスの誘惑を振り切れていないのだから」

 




何かサラッと原作ハジメの行動に対してアンチが入った気がする(笑)。まあ今作の味という事で。
全ての二次を見たわけではないけど、原作と真逆で『死の欲動』に取りつかれるハジメ君は今作だけではなかろうか。
あと強キャラ感が半端ないティオさんですが、個人的にこの小説を書き始めたきっかけとして「ティオをマジの強キャラにしたらどうなるんだろう」という好奇心もありました。

備忘録

深人族:竜人族と同盟を結んでいるらしいが、現時点では詳細不明。

ガブリエラ:パニグレではなくDOD3より参戦。

パスカル:NieR: Automataより参戦。原作でも外敵に対しては攻撃している。

シア:ヒロインになるかは未定(ならないような気がする)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

公共ノ敵

昨夜に深夜テンションで書いたから破綻していないか心配である。一応確認はしたが……

あと、多少の設定変更をしました。詳しくは活動報告にて

ついでにタグをちょっと変えました。


 そこには金属の直方体があった。魔法の使えない処刑場であるライセン大峡谷、360°自然の風景に囲まれたこの場所にポツンと佇む人工物。随分とシュールな光景である。古代文明の遺したオーパーツか、はたまた一枚岩(モノリス)の親戚か。

 

「ちゃんと赤潮は無くなってますね」

 

 直方体の側面が開いて人が出てきた。黒コートに中性的な顔、この物語の主人公、南雲ハジメである。

 

「便利だね。どこ○もドアみたいで」

「あくまで拠点とつなぐだけなので、あちらほど汎用性はありませんがね」

 

 続いて出てきたのは喪服と見紛う黒装束で、右眼に白い花が咲いている少女、ハジメの恋人の白崎香織だ。

 ここまで書けばもうお分かりかも知れないが、この金属の直方体はハジメ達の転移装置である。オルクスの隠れ家での治療やメンテナンスのためにターミナルが開発したものだ。

 

「……でも、すぐに戻ってこれるのは便利」

「肯定」

「ほえぇ……どこに私を運んだのかちょっと疑問でしたが、転移装置なんてものが……」

 

 続いてハジメの二人目の恋人であるユエ、戦闘メイドロボのミュオソティス、そして今回のキーパーソンであるシアが出てくる。

 

「全員揃いましたね。では行きましょうか」

 

 ハジメは全員が出てきたことを確認すると『宝物庫』に装置をしまい、パニシングのエネルギーで動く四輪車を出した。エネルギー源はここに広がっていた赤潮である。

赤潮は、謂わばパニシングウイルスの一つの進化形だ。液体のような形質ではあるが、本体はウイルスである。すなわち、『餌』を用意すればおびき寄せる事も可能であり、然るべき『入れ物』を用意すれば勝手に住み着く。そうしてハジメはこの辺りの赤潮を除去し、エネルギーに転用したのだ。因みに餌は魔物の魔石から作った異重合核であり、入れ物は浸食された鉱石の容器である。

 

「? どうしました? シアさん」

 

 四人が乗り込む中、シアは心配そうな表情で佇んでいた。

 

「あの、先程皆さんにお伝えしていなかったことがあって……ここに向かう途中で帝国兵達に出会ったんです。一度捕まりそうになって、身体が変異するのも構わずに無我夢中で逃げたのですが……」

「まだ残っているかもしれない、と」

 

 帝国人のような人間族にとってシアのような亜人は奴隷にする対象だ。この辺りにいた理由は訓練なのか巡回なのか不明だが、シアを格好の的と見たのは間違いない。とはいえシアの話が本当であれば、目の前で異合生物に変異したようだし、余程の馬鹿でもなければ撤退しているのでは? と思いかけたが、ハジメは異常現象に対する調査という事で帝国兵が再び赴いている可能性もあると考えた。

 

「まあ、いたらとりあえず文明的に話してみましょうか。決裂したら……それはそれで方法はあります」

「でも、そうしたらハジメさん達は帝国兵達と、人間族と敵対することになってしまいます。その時、敵対できますか?」

 

 シアの心配は尤もだろう。『未来視』の結果とは言え、やはり不安ではあるのだ。おまけにシア達にとってはパスカルという本来であれば何の関係も無い機械を巻き込んでしまった前科もある。徒に闘争が拡大してしまう事は避けたいという心理も働いていた。

 しかしハジメは特に表情も変えずに口を開く。

 

「問題ありません。貴女がいようがいなかろうが、いずれは敵対する可能性もありますし」

「え……?」

「エーリッヒ・フロムの著作『革命的人間』の一節でしたか……『楽園を追放された人間は、歴史への道に出ていく事を強いられたのである。神話の用語でいえば、人間は帰ることを許されない。実際は人間は帰る事が出来ないのである』。僕達の状況を端的に説明すればこうなりますね」

「え……? え……?」

 

 ハジメは「詳細を知りたければ行きながら話します。なのでとりあえず乗ってください」と促し、彼女が乗ったところで四輪車は発進した。

 

 

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんも香織さんもがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 上記のセリフを口にしながら滂沱の涙を流して号泣しているのはシアである。「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。どうやら、自分は大変な境遇だと思っていたら、ハジメ達が自分以上に大変な思いをしていたことを知り、不幸顔していた自分が情けなくなったらしい。

 

 そして一頻り泣いた後、冷静になって気付いたことを言う。

 

「あれ? 私、『助ける条件は僕達の戦力に加わる事』と言われた記憶があるんですが……」

「言いましたね」

「つまり、世界を敵に回すかもしれない反撃の旅についていくという……」

「そういうことですね。つまり貴女は僕の口車に乗せられたわけです」

「なんってことしてんですかぁ! こんな、いたいけな美少女を騙すなんて! 今更拒む気はありませんけど! でもやってることが詐欺師ですぅ!」

 

 しかしながら自分達のような境遇の者を助ける人間など、やはりハジメ達のような稀有な集団しかいないだろうことは分かっているため、口では詐欺師だ何だと言いながらも内心では途轍もなく感謝している。しかしそうなると新たな懸念事項がシアの中で生まれていた。

 

「でも、私戦闘能力は殆ど無いですよ? なんなら『役立たずシアです!』って名乗れるくらいには弱いんですが……」

 

 どこぞのミーハーな三級呪術師のようなセリフを言うシア。しかしハジメは予想済みだったのか、とある物を宝物庫から取り出す。

 

「これは?」

「貴女が暴走している間にへし折ってくれた僕の武器です。修復するより新しいの作った方が早かったですね」

「え、えぇ……私そんなことを」

「……ん、シアは力が無いわけじゃない。後は制御が出来るようになれば大丈夫」

「その話を進めるためにも、早く依頼の方を済ませねば」

 

 ハジメはアクセルを踏み込んだ。因みにこの四輪車、色合い等はサイバーパンクのそれだが、全体的なデザインは19世紀辺りを連想する、謂わばスチームパンクな物だった。ハジメの趣味が全面的に出たものであり、香織が少し苦笑いしたのは別の話である。

 

 

 

そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。香織が〝反響定位〟で視る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

「ここからは歩きですね」

 

 ハジメはそう言って四輪車を宝物庫にしまう。階段を上る最中、シアは終始不安そうな表情をしていたが、香織が鼻歌という形で精神鎮静化の音を聞かせていたため、いくらかは落ち着いている。

 そして、遂に階段を上りきり、ハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。登り切った崖の上には……

 

「おいおいマジかよ。異変の調査って事で仕方なく来ただけなんだがなぁ~。こりゃ良い土産が出来そうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。

 だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするようにシアを見る。

 

「小隊長! 件の兎人族ってアレじゃねえすか?」

「確かに特徴と一致するな。味見出来ないのは残念だが、まあ連れて帰ってからたっぷり可愛がってやるかねえ。殺された仲間の分も、な」

 

 帝国兵は、兎人族を完全に獲物としてしか見ていないのか、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線をシアに向けている。シアの怯えたような表情なのが原因か、戦闘態勢を取る事も無い。

 シアの盾になるように立ち、「不愉快な物を見た」と言わんばかりに溜息を吐くハジメ。

 

「あぁ? お前ら誰だ? 兎人族……じゃあねえよな?」

「人間ですね」

 

 素通りは無理か、と思い会話に応じるハジメ。厳密には人間ではないが、訂正の必要もないので人間を名乗る。

 

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

「申し訳ありませんが、それは不可能です。彼女にはこれから僕の監視下で働いてもらわなければ。奴隷の所有権は最初に見つけた者ではなく、最初に手にした者が得る。人間の法をお守りくださいな」

 

 ハジメ達の立場を勝手に結論付けて、上から目線で命令してくる帝国兵。粗野な国とは聞いていたがここまで横暴とは、本当に文明人か? と割かし失礼な事を考えたハジメ。だがまあ、彼らは現時点では合法の範囲内で話しているに過ぎない。こちらから攻撃する必要は無いと判断していた。

 一方、思ってもみなかった発言と正論に顔を顰めた帝国兵達は……

 

「……小僧、口の利き方には気を付けろ。痛い目に遭いたくねぇならさっさと兎人族と他の女共を渡せ」

「……それは法から外れた脅迫と解釈してよろしいですか?」

「ああ? 全く、話の通じねぇ餓鬼だな! 良いから黙って俺等の言う事を聞けや!」

 

 最早苛立ちを隠そうともせずに武器を取る。ハジメを殺し、シアと香織達を奪うつもりらしい。

 

 しかし……

 

「〝零度〟」

 

 ハジメに斬りかかった瞬間、身体に力が入らなくなり倒れ伏す男。一瞬にして体温を奪われたのである。

 何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士達だが、すぐに構えを取る。前衛組が剣を持ち、後衛が呪文を唱える。人格面は褒められたものでは無いが、実力は本物らしい。

 だが、それはあくまで人間達の間の話だ。

 

「香織、少々『演奏』を聞かせてあげて下さいな。ユエとミュオソティスでは彼らの首がもげる」

 

 ハジメの言葉と共に、香織がチェロを弾き始める。『演奏』という名の暴力が帝国兵を襲う。

 

「な、なんだ……」

「あ、頭が……痛え!」

「おぇぇぇぇぇ!」

 

 この音自体に殺傷性は無い。しかし香織のチェロから発生し、〝演奏者〟の技能で何倍にも増幅された絶対不快音は兵士達の体調を壊していく。数刻後には頭痛に悶え苦しむ者、眩暈で立つことすら出来ない者、胃の内容物を吐き出す者が量産された。

 もう兵士達に用は無い。そもそも最初から無かったが。

 

「もう、もうやめてくれ! 頭がおかしくなっちまう!」

「では僕達を付け狙わず、存在を秘匿することを約束してくださいな。それとも第二楽章の演奏を依頼しましょうか?」

 

 交渉という名の脅迫である。字面だけ見ればこの上なく優雅だが……

 

「わ、分かった! 約束する! もう付け狙わないしお前らの事を誰にも言わねえ! だからこの演奏を止めてくれ! さっきから、胸まで……」

 

 どうやら不整脈まで引き起こしているらしい。この地獄から一刻も早く抜け出したい帝国兵達はハジメの要求を呑む事を約束し、苦しみの演奏会から解放されたのだった。

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 演奏を止め、優雅にお辞儀をする香織。マナー違反という罪状で不快音を聞かされた帝国兵にとってはこの上ない皮肉であったという。ついでにシアも震えていた。暴走中の記憶は無いが、大音量で一時的に封殺されたことを身体は覚えていたらしい。

 また、ハジメもここまでひどい惨状になるとは思っていなかったため、内心では冷や汗をかいていた。

 

(香織を怒らせるのはやめよう……)

 

 と全員が思ったとか。

 

 その後、今回遭遇した帝国兵達は揃って奴隷や楽器を見る度に動悸と眩暈と吐き気が止まらなくなり、生活にかなり苦労する羽目になったのは余談である……

 

 

 

 帝国兵とのいざこざを無事死者を出さずに(死にかけた者は何人かいたが)乗り越えたハジメ達は引き続き樹海に向かっていた。その中でハジメは溜息を吐く。

 

「どこに行っても公共の敵(パブリックエネミー)か……」

 

 最初は病気による差別だった。それを逆手にとって合法的なテロリストを気取った。香織と恋人になってクラスメート達から嫌われた。トータスに来てからはステータス面で差別を受けた、更には帝国兵とも……思えば周りから好かれたことはあまりない。おまけにこの後は亜人族と対立する羽目になる。『忌み子』であるシアを連れている以上、避ける事は出来ないだろう。

 花に嵐の喩えもある。さよならだけが人生か……

 

「僕ら人間について、大地が万巻の書より多くを教える。理由は大地が人間に抵抗するがためだ……この場合は大地ではなく他人か……」

「サン・テグジュペリの『人間の土地』かな? コンダクターが読んでいた本の中でも、テグジュペリの著作は読んでることが多かったよね」

 

 ユエは二人の会話に聞き耳を立てる。トータスの人間であるユエにはその本の内容は知らず、また転移前のハジメの生活についても知らない事が多かった。今の関係も、トータスに存在する1システムに則ってゴリ押したに過ぎない。ハジメや香織の事をもっと知らなければならないと感じていた。

 そんな中で、香織がハジメの肩に頭を乗せる。

 

「公共の敵、ね。相も変わらず少し偽悪的だね、君は。私は君のそういうところも好き。飾らない言葉に私自身が救われた事もあるし、救いになった人もいる。でも、同時に少し嫌いでもあるの。君が一歩、死に近づいているような気がして」

「……」

 

 ハジメは何も答えず、肩を貸し続けた。一体何を答えられるというのだろう。〝セイレーン〟の一件以降、香織が死を恐れているのは間違いない。しかし人間は勿論、昇格者においても死が存在しない事は有り得ない。だから香織は怯え続けるしかない。

 だが、そんな恐怖から解放したのはハジメの内に巣食う死神(タナトス)だった。死に怯えながら旋律を奏でる少女に、許容という名の安らぎを与えたのは事実なのだ。だから香織は死の欲動を警戒しながらも、それが完全に消える事を望まない。

 

 希死念慮に蝕まれる少年と、生を()き、死を(はじ)く少女。一種の共依存とも言えるだろう。動脈と静脈のように、斬っても切り離せぬ関係だ。

 

 ユエはその様子を見て、もし叶うなら、自分が二人の緩衝材になりたいと思っていた。この二人は危険すぎる。どちらに傾いても、いい結果を出すとは考えにくい。だから、自分が二人を生かすのだと、改めて決意した。

 




「あれ? なんか私忘れられてません?」
「肯定:私もです」

最後の会話に置いて行かれたシアとミュオソティスであった。


 今回はシアや帝国兵とのやり取り、ハジメと香織の共依存、ユエの決意の三本でした。一応香織とハジメを書くに当たってモチーフにしたものの一つに『動脈と静脈』があります。生かそうと酸素を運ぶ赤い動脈が香織で、死に惹かれて二酸化炭素を内包する黒い静脈がハジメです。ユエは心臓の役割ですね。
 社会有機体説の延長みたいな考え方ですが、個人的にこれがしっくりきました。シアもこの集団におけるなにかしらの役割を得る事になりますし、ミュオソティスは『人間の定義』みたいなところに絡んで来る予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

守護スル者

最近、他の方の二次小説をよんでいると、自分の小説は一話一話が短いのではないか? と思うのですが、同時にこれが自分にとってはちょうどよい量であり、適度に小難しい話も入れられるな、とも思うのでこのままでいきます。

あと、Twitterにも書きましたが、ヘーゲルとキルケゴールの思想がマジで難解です。ダレカタスケテ


「クソッ! なんだこれは!」

 

 現在、【ハルツィナ樹海】に住む亜人達は、同じく樹海内にある機械生命体の村を襲撃していた。目的は忌み子とその一族の排除と外敵の討伐だ。この村の村長を筆頭とする機械生命体達は平和主義者であり、話せば分かるタイプの相手なのだが、機械は外敵であると認識する亜人達にとっては関係ない。忌み子も機械もこの手で討ち滅ぼさなければならないと、彼らはそう思っている。

 

 一度目の攻撃は機械達の武器によって阻まれた。しかし元は平和主義の機械達。武器は手入れこそしていたものの、度重なる襲撃に対して十分な装備があるかと聞かれれば、答えは否だ。亜人達の消耗が回復し、再び攻め込まれれば、今度こそ村は滅ぼされてしまう。そして二度目の亜人達の襲撃が開始され、機械達が決死の覚悟で武器を取った時、異変は突如として起こった。

 

「これは、一体……」

 

 樹海の木々が根や枝を伸ばし、亜人達と村を分断するように壁を作る。そしてそのまま村を囲むように防御網が展開された。有り得べからざる光景に、村長のパスカルは声を上げる。敵か味方か分からないその現象に機械達が警戒する中、彼らの目の前に赤い服の少女と赤髪の女二人が現れた。

 

「パニシングは使い方さえ間違えなければ便利だな、ターミナル。植物までこうも改造出来てしまうなんて」

「調子に乗らないの、デボル」

 

 ターミナルと呼ばれた少女は二人の女を見ながら声を出す。

 

「この防壁の性能はどうなってる?」

「少なくとも亜人達の攻撃じゃ壊れない。掠り傷が関の山だ。オマケに傷ついた所からどんどん再生していくぞ?」

「ほう?」

「最終手段、焼かれたって大丈夫だ。機械化した木はそう簡単に燃えないし、あっちが強行手段に出るならこっちだって赤潮でもばら撒けばいい」

 

 それを聞いた少女は中年の男の声で愉快そうに笑う。

 

「パーフェクトだ、デボル」

「そうだろそうだろ痛!」

「何がパーフェクトなのよ……こんなもの作って。管理はちゃんとしなさいよ、デボル」

 

 ポポルがデボルの頭をはたく。不法侵入してきた赤い三人が漫才のような会話をしていると、パスカルが話しかけてくる。

 

「貴方達は一体……?」

 

 その問いに赤髪の女が答える。

 

「ちょっとした援軍だよ。私達の後に、もう何人か来るけどな」

「貴方達は外から? ではシアの、私達の娘の行方は、ご存じありませんか!」

「うわっと! 落ち着けって、ちゃんと話すから」

 

 デボル達が樹海の外からの来訪者であると分かると、濃紺の短髪の兎人族の男が切羽詰まった様子で話しかけてきた。『娘』という単語から自分達が治療した少女の親と分かり、ポポルが事情を話す。

 

「シアさんは無事なので安心してください。私達は、彼女の依頼で駆け付けました」

 

 ポポルがそう言うと、兎人族の男はあからさまに安堵した表情になる。シアの話を聞く限り、未来視で見えた瞬間にここを抜け出したようだから、家族はひどく心配していたのだろう。男も、娘を探しに無計画に外に飛び出せば事態を悪化させるだけだという事は分かっていたために何もできず、歯がゆい思いをしていた。

 

 ターミナル達がハジメ達よりも先に樹海に来ることが出来たのは、偏にこの三人がデータの集合体であるからだ。物質世界への干渉は多少制限され、パニシングが無ければ高度な行動は出来ないが、その分自由が利く事も多い。ハジメ達と違って、転移装置無しでも任意の場所にテレポートする事は十分に可能なのである。

 

「シアに感謝しろよ? あの子がいなかったら、今頃全員お陀仏だったんだからな」

「はい、それはもう……しかし、何故貴方達は私達に手を貸してくれるのでしょう? 私達を助けるメリットが分からないのですが……」

「心配は要らない。こちらも打算があっての事だ」

 

 ターミナルとて、トータスの全ての機械生命体の動向を把握しているわけではない。ターミナルは機械の一ネットワークから形成された概念人格に過ぎず、他のネットワークの事は知りようが無いし、誕生した後も機械達のコミュニティは分裂、進化している。我々人類に世界政府が存在しないように、ターミナルもまた機械生命体の全てを掌握しているわけではないのである。

 それ故に意思疎通の取れる機械生命体の発見と保護は優先される。戦闘にせよ物資生産にせよ、味方が多いに越した事は無い。

 

「さてと、後は亀の到着を待つとするか」

 

 ターミナルは武具の製作等をデボルとポポルに依頼し、パスカルと対話をする傍ら、ハジメ達の到着を待つ。

 

 

・・・・ ・- ・ーーー ・・ -- ・

 

 

「ターミナルから通達が来ました。ハウリア族と機械生命体の村を保護したそうです」

「よ、よかったですぅ……」

 

 ハジメがターミナル側の事情を説明すると、シアは安堵した表情になった。家族の無事が確認された事は勿論だが、シアはパスカル達機会生命体の事も心配だった。機械達が魔物と同じような『外敵』と認識されている事は亜人だろうと人間だろうと変わらないのである。『意思を持つ機械生命体がいる』などという話は信じてもらえないかもしれない、という懸念があった。

 

 しかしハジメ達は意思を持つ機械達の存在にはあまり驚いていない。何故ならターミナルという概念人格が存在する以上、機械が意思を持ち得ることは自明だからである。

 

「そうであれば、こちらも早く樹海へ向かわねば」

 

 ハジメはアクセルを踏み、スピードを上げる。道中襲ってくる魔物や敵は香織やユエ、ミュオソティスが対処している。だがハジメがスピードを上げ過ぎると、すかさず香織とユエから注意が入る。追われているならともかく、ターミナルのおかげで猶予ができた今の状況で無闇にスピードを出す必要は無いからだ。

 

「ほえ~、道中で話してくれましたけど、本当に香織さんとユエさんと付き合ってるんですねえ」

「……ええ、そうですね」

「え、あの、もしかして聞いちゃいけない事でした?」

 

 ハジメの反応が芳しくなかったのに気が付いたシアは、地雷を踏んでしまったのだろうかとあたふたする。しかし、ハジメは「個人的な事情です」とシアに笑いかける。

 

 ハジメは忘れられないのだ。自分の欲の為に傷つけてしまった一人のピアニストの少女を。ユエを恋人にするのを躊躇っていたのもこれが大きな理由であり、いくら地球ではないとはいえ、感情的に納得できない部分があったのだ。

 香織がユエの行動を許したのは、奈落の底で過ごした中でユエが自分達に必要だと感じ、同じ女としてユエの気持ちも理解できるから。そして地球人の倫理観を異世界人であるユエに押し付けないためである。

 

(非情になりきれれば楽なのでしょうがね……どこまでも、中途半端だ。無闇に他人を傷つけるような真似を香織に窘められたのも大きいですが)

 

 ハジメが優花に残酷な宣告をした翌日、病室に来た香織にこの事を話したら、ハジメの行動を窘められ、ついでに泣かれた。ハジメの目的は自分の死を以て多くの人々に爪痕を残す事だったが、香織にとってそんなことはどうでも良かった。この世の誰もがハジメの事を忘れても香織だけは忘れない。

 ハジメの目的も哲学もある程度は理解しているが、そのためだけに徒に他人を傷つけるような真似はしてほしくなかった。香織はそう言って泣いた。ハジメにとって香織に涙を流されることほど応える事は無い。

 

 そんなハジメの内心の自嘲が聞こえたようにユエが口を開く。

 

「……ここは地球じゃなくてトータス。ハジメへの恋を諦めた子には同情するけど、顔も知らない誰かのために遠慮はしない」

「…………」

「……罪と呼ぶなら呼べばいい。恥と言うなら言えばいい。否定はしない。でも、私はハジメの恋人になった事を後悔はしていない」

「……ええ、そうですね。僕は、貴女個人を見るべきだ」

 

 ハジメは改めて決意した表情で前方を見据える。『生きて』いるのは自分だけではない。恋人と言う関係になった以上、彼女達の生を肩代わりするという事でもある。自分の行動を善だと言う気は毛頭無いが、ユエの覚悟を蔑ろにする事だけは許してはならない。ハジメはそう自分に言い聞かせた。

 

 

・-・・ ・- - ・ ・-・

 

 

 それから暫く車を走らせて、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それでは皆さん、中に入ったら決して私から離れないでください。万一はぐれたら大変ですから。行先はひとまずパスカルさん達の村で宜しいですね?」

「ええ、異存はありません」

 

 シアが、ハジメ達に対して樹海での注意と行き先の確認をする。ひとまずはターミナル達やシアの家族、パスカル達と合流しない事には話が進まない。

 シアは続いて言葉を発する。

 

「それと、出来る限り気配は消してほしいです。他の亜人族の方々に見つかると厄介なので……」

 

 シアはお尋ね者だ。見つかった時点で面倒は避けられない。

 

「ええ、承知しています。全員、ある程度は隠密行動できますから」

「敵ならば排除すれば良いのでは」

「……無駄に血を流す道理も無い」

「そうだよ、ミュオソティス。闘うのは最終手段」

 

 ミュオソティスが機械特有の合理的な思考回路で物騒な事を言うが、ユエと香織に窘められる。このあたりも後で教えなければ、と思うハジメ。

 そんなやり取りの後で、香織の技能で音と気配を消す。

 

「!?」

 

 シアが少し驚いた表情をするが、これには訳がある。元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。この技能だけであれば地上にいながら奈落の魔物達に匹敵すると言えば優秀さが伝わるだろうか。

 

 しかし香織が弓を振った瞬間に、ハジメ達の気配を認識できなくなった。兎人族の索敵能力をもってしても見失いかねないのである。ハジメ達は人間でありながら自分達の強みを凌駕されたのだ。自分は本当にハジメ達に並び立てるのか、と一抹の不安を抱えながらも提言する。

 

「あの、すみません、もう少し気配を濃くしていただけると……ここまで薄いと私でも見失っちゃいます」

「あ、ごめんね。よいしょ……こんな感じかな?」

「はい、結構です。それではいきましょう」

 

 シアの号令と共に準備を整えた一行は、シアを先頭に樹海へと踏み込んだ。しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、シアの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

 順調に進んでいると、突然シアが立ち止まり、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。無論、ハジメ達も気付いている。シアは緊張の表情を浮かべるが、ハジメは無造作にゼロスケールを取り出して何発か発砲する。当然、音は無い。

 

ドサッ、ドサッ、ドサッ

「「「キィイイイ!?」」」

 

 直後に三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹踊りかかってきた。

 しかしユエが手を翳すと、三匹の猿は刃に貫かれる。オズマを変形させた刃が敵を刺殺したのだ。

 

「あ、ありがとうございます」

「まあ、思ったよりは弱かったです」

「凄いですね……」

 

 その後も、時々魔物に襲われたが、ハジメとユエとミュオソティスが静かに片付けていく。樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。余談だが、ミュオソティスのスカートの中からナイフやら銃やら色々取り付けたアームが出てくるのにシアが驚き、ハジメ達に質問したが、ハジメ達もよく分かっていないので答えに困った。なお、香織は気配と音を操作するのに専念してもらったため、戦闘には参加していない。

 

 しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。シアはせわしなく耳を動かし索敵する。そして何かを掴んだのか、顔を青ざめさせた。

 

 ハジメ達も相手の正体に気が付き、特にハジメは面倒そうな表情をしている。「人生を支配するのは幸運であり、英知にあらざるなり、か」となにやら悟りを開いているが、そんな悠長な事を言っているハジメにシアは正気を疑うような顔をするが、指摘する前に接敵した。

 

 その相手の正体は、

 

「お前……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。




いつにも増して短いですが、一回ここで切ります。

ハジメと香織とユエの関係ですが、今作は「傍から見たらハーレム状態でも、本人達からすればそれほど単純な問題ではない」というのをしっかり描きたいと思っています。私自身ハーレム作品は書くのが苦手で、ありふれのヒロインの扱いは哲学書の解読以上に悩んでいたりします。
昨今の小説ではハーレム展開も一般的になりつつあり、ヒロインが主人公に好意を抱いて割とすぐに侍るという展開も多く見受けられます。それが悪いとは言いませんし、それはそれで気分がいいのでしょうが、書いてる側からすると単純につまらないし、繰り返すとマンネリ化します(個人の感想)。なのでハーレム展開に見えて、実は本人達それぞれと他人から見た視点が違っていたり、ヒロインも主人公も苦悩したりする、というのが今作の恋愛模様です。

因みにターミナルの「パーフェクトだ」は中の人ネタです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

利用スル者/サレル者―甲

前回は文字数に対する意見、ありがとうございました。当分はこのままでいこうと思います。

ここから亜人族との交渉に入っていきます。とはいえ大まかな流れは原作と変わらない部分も多いのですが。ただ、今回はハジメ達に同行しているのがシアのみなので、原作でのコミカルなやり取りは無いです。


 樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物は裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

(村に近づいたことによって亜人達の戦闘部隊と遭遇してしまったらしい……)

 

 ハジメは現状をそう分析した。確かに不都合ではあるが、これはこれでやりようはある。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め!」

 

 シアを視界に捉えた亜人の表情は更に険悪なものになる。今のままでは話し合いは出来そうにないと見たハジメは、香織に何かを耳打ちする。香織は少し表情を曇らせるも、やむなしと頷いた。

 

「長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かッ!?」

 

ドパァァァァン!

 

 虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメの腕が跳ねあがり、真上に向かって銃撃した。しかも香織の技能で発砲音を増幅した上で、だ。

 理解不能な現象に亜人達が硬直する。それを見たハジメは口を開いた。

 

「失礼、このままでは会話も出来そうになかったので威嚇させてもらいました」

 

 ハジメは笑顔だ。一触即発のこの状況で笑っていられるその精神性に、亜人達は理解不能な恐怖を覚える。

 

「とりあえず文明的に話し合いといきましょう。どうやら()()()()()()会話できる知能はあるようですし」

 

 『魔物と違って』という部分を強調するハジメ。魔物と同じ力を持つという理由でシアを差別した亜人達に対する皮肉だろう。

 亜人達は恐怖を抱きながらも、どうにか攻撃できないかと隙を探るが、それに気付いたハジメの笑顔はさらに深くなり、

 

ドパンッ!

 

 自分のこめかみを撃ち抜いた。突然の自殺行動にシアは悲鳴を上げ、亜人達も驚愕するが、ハジメは笑顔のままその場に立っていた。そして頭から循環液を流しながら口を開く。

 

「このように、シアさんを含めた僕達は殺すことができません。よって、闘うという事は推奨できませんね。貴方達が無駄死にするだけだ」

 

 ハジメの頭の傷は既に殆ど修復されている。『殺せない』という言葉が真実であると痛感する亜人達。ハジメが周囲を囲んでいる者達を視線で牽制すると、彼らは手を出せなくなった。

 

「……一つ聞きたい。何が目的だ?」

 

 少しすると、隊長格らしき男が問いかけてきた。とりあえず会話をする気にはなったらしい。ハジメとしてはどう答えたものかと思案していた。しかし、此処は正直に答えるしかない。

 

「機械生命体の村へと赴こうかと思っておりまして」

「な…んだと? 貴様、何を企んでいる!」

 

 やはりこうなるか、とハジメは溜息を吐く。まあ当然だろう。敵対勢力の元へ行くと言われて動揺しない方がおかしい。

 

「何も企んでいませんよ。少なくとも貴方達に危害を加える気は無い」

「だが、機械どもの村へ行くというのだろう! それが危害でなくて何だというのだ!」

「攻撃を仕掛けたのはそちらでしょう? 相手には対話をする意図があったにも関わらず。ああ、貴方達の個人的な感情はこの際無視します。考えて分かる事でもありませんし。少なくとも出会い頭に敵意をぶつけてきた貴方達と、対話の意図がある機械、どちらが安全かと言われれば、後者です」

「…………」

「欲を言えば機械達への攻撃を止めて欲しい所ですが、別に強制はしません。多少僕達の手間が増えるだけですし。運が良ければ、いえ、運が悪ければ、また戦場で相見えるかもしれませんね」

 

 虎の亜人は答えに窮した。ハジメは変わらず笑顔だ。しかし目は笑っていない。先程威嚇目的に使った武器、機械生命体も似たような物を持っていたが、亜人達の目の前の男が持つ物は機械達の武器の性能を軽く上回るものであると戦士の勘が告げている。

 

 そう、勘だ。ハジメの目を見た時から隊長格の男は攻撃を仕掛けようとはしていない。何故なら自分たち全員でかかったとしても勝てる未来が見えないからだ。虎人族の腕力は亜人の中でも上位に位置する。本来なら線の細いハジメなど一捻りにできるはずだった。

 

 しかし自分達が攻撃を仕掛けたが最後、目の前の男に蹂躙される未来しか見る事が出来なかった。

 

(死神……)

 

 それが虎人族の男がハジメに抱いた印象だ。トータスの人間領の住人にとって『神』とは通常エヒトの事を指す。しかしハジメの纏うオーラはエヒトとは違う死を司る神、『死神』を連想させるものだった。

 

(この件は俺の手には余る。ここで一斉に襲い掛かったとしても奴には敵わん……しかし、機械に与する人間を野放しにするわけにはいかない)

 

 虎の亜人は、フェアベルゲンの第二警備隊隊長だった。フェアベルゲンと周辺の集落間における警備が主な仕事で、魔物や侵入者から同胞を守るというこの仕事に誇りと覚悟を持っていた。その為、例え部下共々全滅を確信していても安易に引くことなど出来なかった。

 虎の亜人は掠れそうになる声でハジメに要求を伝える。

 

「この件は一警備隊長の私ごときの手には余る。本国に指示を仰ぐ。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

 冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、ハジメは少し考え込む。

 虎の亜人からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。樹海に侵入した他種族は問答無用で処刑されると聞く。今も、本当はハジメ達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ、ハジメという危険を野放しにしないためのギリギリの提案。

 結局ハジメはその要求を受ける事にした。機械生命体の村やハウリア族だけでなく、大迷宮の探索も控えている。この機にフェアベルゲンの住人と話をつけておくのは得策と言える。

 

「分かりました。お手数おかけします」

 

 そして伝令を見送って一言、

 

「賢明な判断をお待ちしております。お互いの利益と、安全のためにね」

 

 と笑顔で宣うハジメに、一部は恐怖と敵意が混じった表情を浮かべた。

 

(ひとまずポーンとナイト、ルークは侵攻を停止できたか? 後はビショップとクイーン、そして、チェックメイト)

 

 その中で、ハジメはチェス棋士の友人を思い出しながら今後の算段を練っていた。

 

 なお、ハジメが警戒を解いた今なら、とシアだけでも処断しようと視線を巡らす亜人もいたが、彼女の傍にいたミュオソティスがスカートの中から銃やナイフ付きのアームを出現させ、更には香織が音波を飛ばして牽制したことで事なきを得た。

 

 

 

そして暫く経ったあと。

霧の奥から、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族(いわゆるエルフ)なのだろう。

 

ハジメは、瞬時に、彼が〝長老〟と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何と云う?」

「南雲ハジメ……名がハジメです。貴方の名は?」

 

 ハジメは依然、死神の目をしていた。目の前の男は先の虎人族のように怯える事は無かったが、やや頬を引き攣らせていた。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。お前さんの要求は聞いている。機械生命体への攻撃の停止、ハウリア族の引き渡し、そして樹海の深部に存在する大樹の探索だったか」

「ええ、そうですよ」

「気になるのは最後の要求だな。何故わざわざ大樹へと行きたがる?」

(先の二つはノータッチ……?)

 

 亜人族の現状を揺るがす二つの要求を聞き流し、最後の物だけを聞き返すアルフレリックに違和感を覚えるハジメ。とはいえここで嘘を吐くのは悪手だ。

 

「真の大迷宮攻略のためですよ。現状大迷宮である可能性が高いのが、その大樹です」

 

 その言葉に、先の警備隊長が疑問の声を上げる。

 

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

 

 ハジメはそれを否定する。

 

「その解は完全では有り得ません」

「なんだと?」

「第一に、此処の魔物は弱すぎる。少なくともオルクスはこれの比ではありませんでした。第二に、大迷宮という物は〝解放者〟が遺した試練です。亜人族が挑戦者だった場合、簡単に深部に到達できる。これでは、大迷宮の存在意義と矛盾します」

「ちょっと待て、〝解放者〟とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家ですが」

 

 目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝しみながら返答するハジメ。一方、アルフレリックの方も表情には出さないものの内心は驚愕していた。なぜなら、解放者という単語と、その一人が〝オスカー・オルクス〟という名であることは、長老達と極僅かな側近しか知らない事だからだ。

 

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……証明できるか?」

 

 あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。ハジメは表情を動かさずに〝宝物庫〟からオスカー・オルクスの指輪を取り出す。

 アルフレリックはその仕草に不気味さを覚えつつも指輪を確認するが、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう」

 

 アルフレリックの言葉に、虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。ハジメもそれに賛同した。

 

「他の二つの条件に付いても、話し合わねばなりませんしね」

「その通りだ」

 

 そう言ってフェアベルゲンに向かうアルフレリックについていくハジメ達。ターミナル達に「亜人達と話をつけてくる」という旨の連絡をしながら、ふとアルフレリックの声を拾う。

 

「これで、無益な争いが終わればよいのだが……」

 

 どうやら亜人族も一枚岩ではないようだ。

 

 

 

 フェアベルゲンに向かう最中、ハジメがまた色々と考えていると、香織がハジメの袖を掴んで言葉を吐き出す。

 

「出来れば、あまりああいう事はしないで」

 

 香織の声は泣き出しそうなくらいに震えていた。死なない事が分かっているとはいえ、恋人としてはあまりあのような光景は見たくない。

 

「出来る限り他人を傷つけない方法を選んだんだろうけど、あんな方法を取るくらいなら、そんなの考えなくていいよ」

 

 香織にとって最優先するのはハジメの事だ。顔も知らない他者などより、余程大切だ。

 

「だから、やめて」

 

 ハジメはユエの顔を見る。言葉は発していないが、香織と同じ心情であることは表情から読み取れた。その刹那の間に、香織はハジメの手を握る。銃など持たせたくないのかもしれない。

 

「……分かりました。安易にあのような事はしません」

 

 ハジメがそう言うと、香織は少しだけ安心したように微笑んだ。




一回切ります。まあ、なんというか……な回でしたね。

ハジメの自傷行為:お前そういうとこやぞ……という部分が如実に現れた瞬間。とはいえウチのハジメに限らず再生能力高いキャラって平気で自傷行為するよね。そしてクロス先の事を考えると香織もなぁ……

死神:以前からちょいちょい出てきた死の欲動(タナトス)。どうやら他人にも観測できるようで


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

利用スル者/サレル者―乙

話が細切れですみません。原作よりキャラも話し合う事も多いから整理しながら書くと此処で切らざるを得ないのです……


 濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。行き先はフェアベルゲンだ。ハジメと香織、ユエ、シア、ミュオソティス、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先の伝令は相当な駿足だったようだ。亜人族の身体能力が高いというのは本当らしい。

 

 しばらく歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。

 

 ハジメが、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は〝比較的〟という程度だが」

「なるほど。四六時中雨や霧が続くと鬱病の発症率が上昇するというデータもありますし、納得ですね」

 

 どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。暫くは樹海の中にいなければならなかったので朗報である。他の面々も、霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

 

 そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の〝国〟というに相応しい威容を感じる。

 

 ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

 この世界では亜人は人間に差別されているが、亜人から見た人間というのもベクトルは違えど、そう大差は無いのかも知れない。別にそれの善悪について論じる気はハジメには無いが、面倒な事だと溜息を吐く。

 

 門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

 ハジメ達がポカンと口を開け、その美しい街並みに見蕩れている。ハジメに至っては絵を描くために位置取りをしようとしている。すると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やシアも、どこか得意げな表情だ。ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「センス・オブ・ワンダーという奴ですね。レイチェル・カーソンの言っていた事が初めて理解できた気がしましたよ。美しい街だ」

「空気も美味しいし、私は此処に住みたいな」

「ん……綺麗」

「マスター、センス・オブ・ワンダーとは何ですか?」

「言語化するのは困難ですね。敢えて言うなら、『神秘や不思議さに目を見張る感性』でしょうか。ミュオソティスにも、そのうち分かる時が来ますよ」

「そうですか……」

 

 掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよく振っている。

 

 ハジメ達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

―・-・ --- -- -- --- -・ ・・・ ・ -・ ・・・ ・

 

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 現在、ハジメ達は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、ハジメがオスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。

 

 アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だという。

 

 日本の神道の八百万信仰のようなものだろうか、とハジメは思った。『一神教と違って自然発生した宗教という印象があり、不自然さによる悪寒は感じないな』などと、地球やトータス全域を敵に回すような思考を弄ぶハジメ。

 

 ハジメ達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。まあ、口伝などだいたい抽象的なものなのかもしれないが。

 

 【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、僕は資格を持っているというわけだ」

 

 アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、機械生命体の件も合わせて今後の話をする必要がある。

 

 ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシアとミュオソティスが待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、シアを睨みつけていた。

 シアは部屋の隅で縮こまり、ミュオソティスがシアを護るようにガラティアとスカートの中から生えた銃を握ったサブアームを展開している。ミュオソティスには余程の事が無い限り武器を展開しないように言ってあるため、これだけでただ事ではないという事が分かる。

一応、虎人族の者達はハジメの死神のような目と強さを覚えていたために、周りを止めようとはしたが振り切られてしまったようだ。

 

 ミュオソティスはハジメ達に気付くと、非常に端的に情報を提供してくれた。

 

「報告:亜人達の敵対行動を確認。要請:対処方法の指示」

 

 ミュオソティスは既に戦術回路を起動させようとしている。一言殲滅の指示を出せば、昇格者としての戦闘能力を発揮し、この場を蹂躙するだろう。

 ハジメは周囲を見渡して彼女に指示を出す。

 

「現時点では攻撃の必要はありません。しかし、武器の展開は継続したままでお願いします。指示を出した時に即時戦闘に移行できるように」

「受諾:了承しました」

 

 言われた通りに武器を持って警戒するミュオソティス。

 周囲の亜人達はハジメ達に気付くと一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? 兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

 しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そしてハジメを睨む。

 

 フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

 

 アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

 

 ……というより、忌み子を排除するというのも掟の一つなのだろうが、リューティリスという神代魔法の使い手の存在がありながら、何故このような掟が制定されたのか地味に疑問である。

 オマケに亜人族達は忌み子の排除という掟には従っておきながら、口伝の方は軽視しているらしい。無論、亜人とて感情はあるし、この状況だけを見てとやかく言えるほどハジメは亜人族については知らないが。

 だが、この状況だけを切り取るなら、掟とは絶対的な法律のようなシステムではなく、長老達の匙加減で決まる恣意的な物であるかのようにハジメの目には映っていた。

 

(醜いな……)

 

 基本的に冷静沈着な愉快犯であるハジメにしては珍しく、この状況を明確に不快だと思っていた。パニシング関連の被害者という仲間意識もあるだろうが、彼はシアを気に入っていたし、仲間として受け入れたいと思っている。

 そのような人間に対し、自身の感情の胸先三寸で扱いを決められるというのは、ハジメを以てしても不愉快極まりないのである。

 

 とにもかくにも、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。最早理屈など有って無いような物なのかもしれない。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 いきり立った熊の亜人が突如、ハジメに向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 ミュオソティスだけは戦闘態勢を取ったが、ハジメが手で「介入の必要無し」と合図を送る。その様子を香織とユエだけは目視していた。

 

 そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、ハジメに向かって振り下ろされた。

 

 亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シアと傍らの香織達以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となったハジメを幻視した。

 

 しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

―――ドパンッ

 

 ハジメが指でコインを弾き、それを銃撃すると、熊人族の男の前に煙幕が張られ、距離感を見失った男の拳はハジメには当たらずに空を切る。

 コインの正体は遠藤も使っていたアーティファクト『ザミエル』だ。当初は雑談の種でしかなかったのだが、作ってみたら意外にも使い勝手が良かったので自分用にも作ったのである。改良の結果、魔力ではなく衝撃によって作動するようになっている。

 

「くっ! 何だ、これは!?」

 

 煙を払いながらハジメを探す熊人族。しかし、彼が見つける前にハジメが背後に回り込む。

 

「Q.E.D」

 

 そんな声が聞こえた瞬間に、熊人族の男の身体に力が入らなくなる。ハジメが『零度』によって相手の体温を急速に奪ったのだ。

 『これは証明されるべき事であった』そう言ってハジメは熊人族の男を無傷で制圧した。とりあえず実力者であることは証明できましたね、そんなメッセージが聞こえてきそうな雰囲気に誰も何も言えなくなる。

 

 その中でハジメは一人呟いた。

 

「やはりこの手(零度)に限るな」

 




次回からいよいよ話し合いですね。アルフレリックが何を考えているのかとか、この辺で書きたいと思ってます。
そして前回から学習して自分を傷つけない方法で制圧したハジメ君であった。

備忘録

ザミエル:遠藤やハジメが使ったコイン型アーティファクト。実は優花も使える。魔力や衝撃で起動し、種類によって爆破、煙幕、光線などの多彩な攻撃や妨害を実行できる。予備動作が少ない、一度に大量に持ち運べるなど利点が多く、ネタ武器のつもりがそこそこ活躍してしまった。

そしてこれは宣伝なのですが、ハーメルンに新作を投稿しました。良かったら読んでいただけると有難いです。そして感想も……

https://syosetu.org/novel/294974/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

利用スル者/サレル者―丙

まーたリアルが忙しいですよ。暫く書いてられなさそうです。この辺りからだんだんNieRっぽさを出したいと思っております。


 周囲の亜人達が熊の亜人(名前はジン)を運ぶ中、言葉を発した者はいなかった。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人が、文字通り手も足も出ず瞬殺されたのであるから無理もない。おまけに彼を下した人間であるハジメは無感情な目で周りを見ており、「まだやります?」と言うように首を傾げたりするものだから余計に恐怖を増長する。

 

 唯一、アルフレリックだけは「やはりこうなったか」という顔をしており、ハジメに対する敵意や怯えは無い。しかし、時折何かを悔やむように表情を歪ませる事があった。過去に〝忌み子〟に関する事で何かあったのかもしれないな、と思うハジメ。

 とりあえずハジメは話し合いを再開しようとアルフレリックに話しかけようとする。しかしそれよりも前に部屋の扉が乱暴に開けられた。

 

「お祖父様! シアは、シアは無事ですの!?」

「アルテナ!? 一体どこから聞きつけて……それより肩を掴むな、揺さぶるな! 年寄りを労わらんか!」

「あ、ごめんなさい……」

 

 お年寄りを揺さぶってはいけない、大切な事だ。アルテナが己の行動を反省する一方、ハジメ達は「どちら様ですか?」という表情と共にアルフレリックとアルテナを見る。尋常でない程シアの事を心配していた辺り、味方と見て良いか? と思いつつも、亜人族と一悶着あった後なので警戒はしている。

 とそこにまた新たな声が上がる。

 

「アルテナさん……?」

 

 アルテナの名を呼んだのはミュオソティスの背後に匿われているシアだった。ミュオソティスは首だけを後ろに回して尋ねる。

 

「味方ですか?」

「ひぃ!? は、はいぃ、アルテナさんは味方ですぅ」

「どうしましたか」

「ミュオソティス、首だけ後ろを向いたら普通は怖いよ」

 

 香織がミュオソティスの行動にツッコミをいれる傍ら、ミュオソティスは少しだけずれてアルテナにシアの姿を見せる。すると、アルテナは安心したように崩れ落ちる。

 

「生きていてくださって本当に良かった……また、あのような悲劇を起こさずに済んだのですね……」

 

 アルテナのその言動に、やはり忌み子関連で何かがあったのだと確信するハジメ。思った以上に複雑で、きな臭い件に首を突っ込んでしまったか、と少し憂鬱になるものの、投げだす事はしない。社会に喧嘩を売る……いや、売られる事は得意だ。どうせこのトータスという大地は、ハジメという人間に抵抗するのだから。

 

「年かな……魂にも脂肪が付くものだ」

 

 アルフレリックが小さく呟いたのを、香織の耳は拾っていた。

 

 

・ ーー・ ーーー ・・ ・・・ -

 

 

騒動の後、アルフレリックが何とか執り成し、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(俗に言うドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックとアルテナが、ハジメと向かい合って座っていた。アルテナがいるのは、本人曰く次代の長老としての社会勉強のためであるとの事。ハジメの傍らには香織、ユエ、シア、ミュオソティスが座っている。

 

「僕達の要求は三つ。一つ目は機械生命体の村への攻撃の停止、二つ目はシアさんとハウリア族を見逃す事、三つ目は大樹周辺の探索の許可です。それさえ認めていただければ僕達はフェアベルゲンに敵対する理由は無くなりますし、ここに来る理由も同様。しかし、先のように襲撃されれば、反撃せざるを得ません」

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

 グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

 先程の下手人であるジンは現在ここにはいない。原典と違い、身体的な後遺症などは残らなかったが、全く強そうに見えないハジメに歯が立たずに敗れた事にプライドをズタズタにされたらしい。

 

「トータスの住人は人間も亜人も、初対面の相手にやたらと攻撃的ですけど、そういう文化なんですか?」

 

 最初に攻撃してきたのはジンであり、やってることは忌み嫌う人間と変わらないという遠回しな皮肉に、グゼは一瞬鼻白むも、すぐに声を大にして反論する。

 

「き、貴様! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

「だから何だと言うのでしょうね。僕の生は、其処此処に陽の光も落ちたとはいえ、恐ろしい嵐のようでありました。嵐に歯向かうためならば、僕は破滅の撃鉄を起こしましょう。何度も言いますが、先に仕掛けてきたのは向こうです」

「……」

「牢記しておいてください。僕達にとって、あなた方の生命は恐ろしく安いという事を」

 

おそらくグゼはジンと仲が良かったのではないだろうか。その為、頭ではハジメの言う通りだと分かっていても心が納得しないのだろう。ハジメの烏羽玉の瞳に気圧されながらもしつこく食い下がろうとするが、

 

「グゼ、そのくらいにしておけ。彼の言い分は正論だ」

 

 アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

 

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

 そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目でハジメを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。ルアは長老衆の中では若輩のようで、それほど思想は凝り固まってはいないのかもしれない。その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックがハジメに伝える。

 

「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対ではない……と?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな……」

「それで?」

 

 アルフレリックの話しを聞いてもハジメの顔色は変わらない。すべきことをしただけであり、すべきことをするだけだという意志が、その瞳から見て取れる。アルフレリックは、その意志を理解した上で、長老として同じく意志の宿った瞳を向ける。

 

「お前さんを襲った者達を殺さないで欲しい。お前さん達の実力ならば可能だろう?」

 

 ハジメは『通達』を使い、口を開かずに仲間達と会話した後、

 

「分かりました。恨まれる覚えはありますからね。しかし、殺意を持つ相手に手加減などして、鼠を追い詰めた猫のように噛みつかれては敵いません。なので、交換条件として他二つの要求も受け入れて下さい」

「「「何!?」」」

 

 危険な要求を聞き入れる代わりに、他二つの要求も聞き入れるように言うハジメ。

 

「ふざけた事を言うな! 忌み子とそれを隠した一族、そして外敵たる機械は処刑する、既に決定した事だ!」

 

 それに対し、ゼルやグゼは怒鳴りながら抗議してくる。殆どの長老達が似たような様子を見せてくる辺り、長老会議とやらで決まった事なのだろう。

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

 

 無情な宣告に涙声で容赦を求めるシア。しかしゼル達はそれを聞き入れる様子は無い。ハジメは溜息を吐いて言葉を発しようとするが、その前に大きく凛とした声が響く。

 

「いい加減にしてくださいまし!」

 

 それはアルフレリックの傍に控えていたアルテナの物だった。普段の彼女からは想像の出来ない、憤怒を伴った表情に長老達は気圧される。

 

「皆様揃いも揃って、口を開けば莫迦の一つ覚えのように忌み子忌み子と…! シアが、彼らが貴方達に何をしたというんですの!?」

「それは……」

「答えられませんわよね。だって貴方達は、物心付く前に〝忌み子〟を処刑し、ひっそりと生き延びた者達も虐殺したのですから。分かります? 彼らは襲った者の顔すら知らなかったのですよ」

「虐殺……?」

 

 アルテナの言葉にハジメ達が疑問を浮かべる。するとアルテナは絞り出すように話し始めた。

 

 元々、現在のフェアベルゲンにおいて忌み子の排除は全員が支持しているものでは無いのだという。掟が制定された当時は、魔力を持つ者達への惧れもあって問答無用に処刑する事が多かったが、しっかりと教育すれば魔法を使いこなし、外への対抗手段になり得ると分かってからはその風潮も下火となっていた。

 

 しかし、時代が変わっても一部の亜人達は迷信のように忌み子を排除すべしという思想にとり憑かれていた。そして過激派達の不満が最高潮になった時に、事件は起こった。

 過激派達は、魔力を持った亜人を片端から虐殺していったのだ。その時の彼らの目は、自分達の仲間を甚振った憎き人間族に向ける物と同じ目を相手に向けていたという。

 

 この事件のあと、忌み子を保護し指導するという意見を言う者は殆どいなくなった。理由は魔力持ちの亜人に対してではない、過激派達への恐怖である。彼らに異を唱えるような事をすれば、次に殺されるのは自分達かもしれない。そんな思考の基、誰もが口をつぐんだ。

 

 アルフレリックが宥める中、涙を浮かべて怒りをぶつけるアルテナ。ジャンヌダルクのような彼女に気圧される長老達を見ながら、ハジメ達もまた、内心で怒りを覚えていた。

 

(どこまでも醜く、人間らしいな……)

 

 まるっきり、魔女裁判やホロコーストと同じ現象だった。蛇蝎の如く人間を嫌う亜人が、意図せず人間の負の歴史を再現する。これほどの皮肉がどこにあろうか。

 

 とりあえずこのままでは話が進まないため、ハジメは声を掛ける事にした。

 

「あのー、盛り上がってるところ悪いんですけど、僕から一つ、ある事実を語ってもよろしいですか?」

「なんだ!?」

「単刀直入に言うと、貴方達がシアさんの事を殺害するのは不可能です」

 

 あまりに自然にハジメの口から出てきた言葉に、長老達は訝しむ。

 

「どういう事だ? 我々が忌み子を処刑しようとするのを、貴様が止めるという事か?」

「いえいえ、物理的に不可能という意味です。首を落とそうが、心の臓を貫こうが、瞬く間に再生します。僕が頭を撃ち抜いた時と同じように」

 

 ゼルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。ハジメの不死性は部下から報告を受けていたのだ。

 

「なんなら証拠を……いえ、やめておきましょう。汚くなるし」

 

 再び手癖(?)で銃口を頭に向けるハジメだったが、雷を纏った龍と般若の表情をした風の精霊(エーリエル)に威圧されるような感覚を覚え、その手を下ろした。

 その様子を見たアルフレリックは少しだけ笑うと、よく通る声で言った。

 

「私としては南雲ハジメの要求は全て受け入れたいところだな。元々、無益な出兵と処刑には反対だったのだ」

「アルフレリック! この戦いが無益だと!? 馬鹿も休み休み言え!」

「故あっての事だ。先方に敵意は無い。良き隣人となれたかもしれないというのに戦いを挑んだ結果はどうだ? 物資は食いつぶされ、戦士は怪我を負った。そしてシア・ハウリアについてはそもそも殺す事など不可能と来ている。要求を拒むことはフェアベルゲンにとって百害あって一利なしだぞ」

「ぐぬ……しかし!」

 

 本心がどうであれ、建前上はフェアベルゲンの未来を憂いての事だ。その理由が潰された以上、ハジメの要求を呑まない理由は無い。上手い物だとハジメは思った。アルフレリックは元々、今となっては意味の無くなった悪法の改善の第一歩にハジメ達を利用したのである。

 

 再び長老達の言い争いが始まりそうになった時、部屋の扉が荒々しく開かれる。

 

「ち、長老様方! 大変です!」

「何事だ! 今は会議中だぞ!」

「構わん。状況を知らせろ」

 

 ゼルが扉を開けた亜人を一喝するが、アルフレリックは説明を促す。

 

「は、はい! 襲撃です! 亜人のような何かがフェアベルゲンを襲撃しております!」

「なに? 亜人のような何かとは何だ、ハッキリ言え!」

「分かりません! 形は亜人のようなのですが、身体は機械のようで……」

 

 その場の全員が顔を見合わせた。一方、その状態に心当たりのあるハジメ達は立ち上がる。

 

「現場に案内してくれます? 僕に少し心当たりが」

 

 相手の亜人は人間に対して一瞬躊躇うが、背に腹は代えられないと案内する。そこで彼らが見た物は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の一部が銃のような機械と化した二人の亜人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

WARNING   ドンナー シュラーク




最後の亜人達に関しては次回に詳しく書きますが、チェン○ーマンに出てきた銃の魔人みたいな感じをイメージしてください。

備忘録

エアリエル:シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する風の精霊。クロス先のネタでもある。

僕の生は~:ボードレールの詩をアレンジしたもの。中原中也の詩『羊の歌』にも登場する。

アルテナ:原作よりも健全だが、私の作品の登場人物らしく若干口が悪い。今作ではシアと知り合い。

ドンナー&シュラーク:ありふれ原作のハジメの武器。別に原作に隔意があるわけではない。詳しくは次回


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶弾ノ復讐者

お久しぶりです。リアルが一段落したので投稿します。投稿頻度に関しては……おそらく今までよりも減少すると思います。


 案内された現場でハジメ達が見たのは、身体の一部が銃のような機械と化した二人の亜人であった。それぞれ片腕が自動小銃のようになっており、拳銃が突き刺さっているかのような頭部には(種族までは判別できないが)動物の耳のような物が付いている。

 

「痛イ……痛イ……ドウシテ……殺ス」

「痛イ……殺サレタ……痛イカラ……殺ス」

 

 二人の亜人、『ドンナー』と『シュラーク』は絞り出すような声を出す。二人の身体の一部である銃口からは煙が上がっており、街の一部には破壊の跡がある。今のところ死傷者は出ていないようだが、放置すればその限りではないだろう。

 どんな弾丸をぶっ放したのか知らないが、建物には人の身長くらいの直径を有する大穴が開いていた。ただの銃にしては攻撃力が高すぎる。

 

「コンダクター……あれって……」

「侵蝕体ですね……」

 

 過去の惨劇のせいで一目見ただけで侵蝕体かそうでないかが判別できてしまう事に辟易するハジメ。

 ふと横を見ると、アルテナが絶望の表情で打ちひしがれていた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……! あの時、助けられていたら……!」

 

 彼女の口から零れるのは懺悔の言葉。先程の「殺サレタ」という発言と合わせて考えると、あの銃の亜人達は過去の虐殺の被害者なのだろう。いつだか恵里が「トータスで一番安全なのは墓の中」的な発言をしていたが、どうやらこの世界は死者にすら鞭を打つようである。

 

 と、亜人達の片割れがハジメ達に銃を向ける。発砲後のクールタイムが終わったらしい。

 

「逃げて!!」

 

 香織が演奏者の喉で叫ぶ。警告の声は野次馬たちにも響いたらしく、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

「アルテナさん、貴女も早く逃げて下さい」

「ハジメ様は……?」

「彼らに引導を渡します」

 

 ハジメはドンナーの右腕から放たれた銃弾を『超速演算』で見切り、朱樺で切断する。しかし弾丸の威力は凄まじく、余波だけで軽い衝撃波が発生していた。

 

「逃げなさい。早く……!」

「わ、分かりました!」

 

 懺悔するのは結構な事だが、状況が状況なので中断させる。ハジメの言葉を聞いたアルテナは立ち上がり、シアと共に逃げていった。本来ならシアに力の制御を教えたいのだが、次から次へと問題が起こるため実現していない。

 

「大丈夫ですか? 香織」

 

 ハジメは傍らの恋人に問いかける。目の前にいるのは生前の意識を残していると思われる侵蝕体だ。つまり、香織は初めて殺人を経験する事になるかもしれないという事である。ハジメの問いは、香織がその事実を許容できるのかという事だった。

 

「……正直に言うと、怖い」

 

 返答の内容は、ごくありふれた少女の気持ち。この世界に来るまでは争いとは無縁で、原作と違い、光輝が戦争の参加を表明しても名乗りを上げる事が出来なかった。理由は、ハジメの話す『病棟の惨劇』の内容があまりにも鮮烈であったためだ。争うとは、殺し、殺されるとはどういう物かを恋人を通して理解してしまったからだ。

 

 しかし、香織は亜人達を前にしても、武器を手放そうとはしなかった。

 

「でも、逃げない。ここで逃げてしまったら、私はもうコンサート・ミストレスを名乗れない」

 

 ハジメはその様子を見て、喜びと哀しみの入り混じった表情を浮かべる。

 

「では、生きましょうか。地獄へと」

 

 殺し合いが幕を開けた。

 

 

 

「忌み子が……!」

 

 逃げ惑う亜人達の中で、悪態をつく者がいた。ハジメに長老をのされた熊人族である。この状況下で他人の悪口を言っていられるあたり、亜人族最強種だけあって神経は図太いようだ。

 この熊人族は『虐殺』に手を貸した一人である。彼ら自身は過去の行いを虐殺だとは思っていない。むしろ、罪の自覚の無い罪人に挑んだ聖戦とすら思っている。行動原理がまるっきり自分達を差別する人間達と同じだが、彼らは気付いていない。もしくは気付いた上で敢えて目を逸らしているのか。

 いずれにせよ、彼らはこの襲撃の原因が自分達自身にあるとは思っていない。差別者が聞くドンナーとシュラークの銃声に、相手の逆恨み以上の意味は見出せなかった。

 

(そうだ。アレは必要な暴力だ。それを見苦しく足掻くだけでなく襲撃まで仕掛けてくるとは、どこまでも卑劣な……!)

 

 このままこの思考に固執出来たら、この男は幸せであったろう。しかし、その責任転嫁をぶち壊すような光景が目の前に広がっていた。

 

「嘘…だ」

 

 逃げる亜人達の前に立ちはだかるのは、機械と化した別の亜人の軍団だった。そして、

 

「皆……どうして……」

 

 機械化されていたのは人間達に殺された自分達の戦友。つまり、忌み子でも何でもない亜人達だった。予想外の事態に誰もが硬直する中、機械達に声をかける者がいた。

 

「おい、お前達……俺だ、ジンだ」

 

 他の長老に促され、一緒に逃げてきた熊人族の長老、ジンである。ジンは機械と化した同胞に一縷の望みを掛けて話す。

 

「お前達が帰ってきたことは嬉しく思う。今少し厄介な事が起きているが、それが片付けば宴を開こう。お前達に会いたい者達もたくさんいる。だから、故郷に帰――」

 

 ジンが言い終わる前に、機械は彼に攻撃する。嘗てはジンの部下だった熊人族の戦士。しかし、機械と化した相手に、ジンへの親愛は皆無であった。

 いくら熊人族が最強種とはいえ、機械と化した同種族の攻撃をまともに喰らえばただでは済まない。

 

「!?」

 

 だが、ジンに機械の攻撃が届く事は無かった。何故ならユエがオズマの攻撃によって機械を倒したから。

 

「な、何を……!」

「……アレらは敵。機械が亜人の皮を被ってるだけ」

「だ、だが……!」

 

 今度はミュオソティスがガラティアの砲撃によって機械達を殲滅していく。それを見た亜人達は、ユエ達を糾弾し始め、幾人かは石や木の棒を投げつけてきた。

 

「やめて……やめて!」

「家族を殺さないでくれ!」

「この……人殺しが!」

 

 それを見たユエは、表情を歪ませて、しかし淡々と説明する。戦死し、業病にとり憑かれた家族を助けたい気持ちを理解できないわけではない。しかし、ユエにそれを実行することはできない。

 

「……昇格者だって、私達だって全能じゃない。過去に死んだ者達は蘇生できない」

 

 封印され、時代から弾き出され、置いていかれてしまったユエ。出来る事なら、過去の友人知人を蘇らせて一緒に暮らしたい。しかし、稀代の魔法使いであるユエでさえ、それは不可能なのだ。

 

「……もう一度言う。アレらは貴方達の家族や仲間じゃない。過去に死んだ者達は蘇らない。アレらは私達や貴方達を脅かす脅威。だから、殲滅する」

 

 亜人達は尚もユエ達に言い募るが、「やめんか!」とアルフレリックが一喝した。

 

「彼女の言う事は正論だ。現実を見ろ、諸君」

 

 最年長の長老の声と、ユエ達の強さに何も言えなくなった亜人達。ユエ達を弾劾していた彼らは、皆避難所に向かった。

 

「家族……」

「……?」

 

 機械達を殲滅した後、ミュオソティスが呟いた。自分達を糾弾する亜人達の中に「家族」という言葉を発した者がいたのだ。そして、ミュオソティスはそれに首を傾げていた。

 

「私の思考プログラムの中に『家族』という単語は存在します。しかし、道具として生まれた私には、その意味を理解する事ができません」

「……」

「私を創った方は、何故、『家族』などという概念を私に伝えたのでしょう」

 

 ミュオソティスの製作者と思しきオスカー・オルクスが、どのような意図で彼女の思考プログラムを設定したのかは分からない。死人に口なし、何らかのアクシデントで製造計画が凍結されたのだろう事は分かったが、その他の記録も無い。

 

 しかし、服装については個人的な趣味が含まれていたとしても、人の形を取らせた以上、そこには『道具』以上の価値を見出そうとしたことは確かだ。そして、隠れ家で四六時中一緒にいるとなると、それはやはり『家族』という概念が最適だったのかもしれない。

 

「……」

 

 ユエは基本的に、過去の事には興味がない。過ぎ去った日々は序幕と同じ。再演される事もなく、ただ風化していく。手の届く範囲で消さない努力はするが、消えてしまった物をわざわざ取り返そうとは思わない。

 過去について悩むミュオソティスに、ユエは声をかける。

 

「今は……分からなくてもいい」

「……?」

「……これから知っていけばいい」

 

 それが過去の名を捨てたユエの、過去について思考する機械へと掛ける事の出来る、精一杯の言葉だった。

 

「……分かりました。マスター・ユエ」

「……ん。今は、ハジメ達の援護に向かう」

 

 一人と一体は、仲間の元へと向かった。

 

 

 

 飛来する弾丸。そしてそれを長刀で切断する青年。ドンナーとハジメの二人である。『超速演算』で弾丸の軌道を予測し、正確に切る。どうやら弾丸は電磁加速されているらしく、通常の弾丸とは比にならない速度と威力を有している。

 一発でも当たれば大ダメージだが、当たらなければどうという事は無いと言わんばかりに攻撃を凌ぐ。

 

「グゥ……!?」

 

 そして、発射後のクールタイムを狙って香織がワルドマイスターで攻撃を仕掛ける。細剣による素早い連撃と、チェロのエンドピンによる刺突攻撃などを織り交ぜ、ドンナーを翻弄する。相手が弾丸を放とうとして隙を晒した時、香織は『狂嵐ジュンフォニー』で相手に連続した衝撃波と電撃を与える。弾丸を電磁加速する相手の性質上、電撃が吸収されないかが多少心配だったが、杞憂に終わった。

 

 香織はさらに続けて『狂嵐ジュンフォニー』を放つ。ドンナーにそれなりに攻撃が加わったと同時に、ドンナーの攻撃力が下がった。やけくそで放った電磁加速の弾丸はいとも容易くチェロに防がれ、香織は仰け反りもしない。

 

 ドンナーがその事態に困惑していると、香織は次に『雷跳のフーゲ』と『磁場のロンド』を続けざまに行使する。今度は香織の攻撃力が上がり、先程までとは打って変わって一撃一撃が重い。

 

(良かった、成功して。ようやく作れた私の譜面)

 

 今、香織が使った技は『ヴィブラート』という演奏者の技能だ。戦闘を一つの音楽に見立て、自分の譜面を演奏する。或る旋律では敵の力が弱まり、或る旋律では自分の力を強める。アンサンブルの中のコンサート・ミストレスのように、あるいは音楽を彩るカデンツァのように戦場を支配する。

 

「コイツ……強イ……!」

 

 ドンナーは相方のシュラークの助けを待っている。自分や相手が窮地に陥った時はお互いに助け合う。それがこの二人の戦闘スタイルだった。しかし、いつまで待っても相方の助けは来ない。

 怪訝に思ったドンナーは一瞬の隙をついてシュラークの様子を盗み見る。そしてドンナーはその光景に驚愕した。なんと、シュラークはピラミッド型の結界に閉じ込められ、動きを封じられていた。

 

「……!」

 

 さらに、ドンナーは違う角度から何者かによって狙撃された。無論、狙撃手はハジメである。

 

「遅くなりましたね、コンサート・ミストレス」

 

 シュラークを閉じ込めているのはハジメが作ったアーティファクト『ザミエル』。ジンに使った物は煙幕を張る物だったが、今回は相手を拘束する結界を作り出す物だ。魔法のエキスパートであるユエの協力で、鈴の『伽藍ノ堂』を参考に製作した。

 

 アーティファクトを使った戦術により、二対一の状況に持ち込んだハジメ達。ここからドンナーに対して猛攻を仕掛けようとしたその時―――

 

「ぐぅっがぁ!?」

 

 何かに香織が弾き飛ばされた。ハジメは困惑しながらも、香織の飛ばされ方から敵の位置を算出し、アストレイアで銃撃を加える。

 

「へえ、やるね。一発喰らっちまった」

 

 そこにはハンマーのような物を担いだ亜人の女がいた。ドンナーやシュラークと同じように身体は機械と化しているが、会話をすることは出来るらしい。

 ハジメは香織の様子も気になったが、時間稼ぎのために会話をすることにした。

 

「何者です?」

「復讐者だよ」

 

 女からはハジメ達と同じ『昇格者』の気配がしている。シュラークも結界を脱出し、形勢は逆転してしまった。ユエ達が駆け付けるまで時間を稼がねばならない。

 

「つまり貴女は虐殺の被害者ですか」

「そうさ! アタシ達はただ生まれてきただけなのに、人の事捕まえて処刑だなんて、ひでぇ話だと思わねえかぁ!?」

 

 それについては反論しようがないので素直に同意しておく。

 

「ええ、本当に、酷い話だ。部外者の僕ですらそう思いますよ」

「あっはは! アンタ本当にそう思ってるんだねえ。アタシと同じ目だ。勝手に嫌われて、この世を憎んでる。さっきの女は恋人かい? 危なそうだから殴っちまったけど、エラくツラのいい美人じゃんかよ。受け入れてくれたってわけだ」

 

 会話は成立している。交渉の余地はありそうだ。

 

「貴女の復讐相手はフェアベルゲンですか? もしそうなのであれば、僕達の事は見逃してくれませんかね」

「確かにそうだねぇ。アタシの復讐相手はフェアベルゲンだ。試しにアイツ等の家族の死体使って機械兵を作ってみたんだけどよぉ。アイツ等、アタシ達の事は平気で殺しておいて、自分の家族の顔した機械は『殺さないでくれ』だってさ! もう家族は死んでるってのに」

「……」

「でもねぇ、アタシ達がフェアベルゲンと同じくらい憎んでるモノ……アンタ達人間族さ。ご期待に沿えなくて悪かったなぁ。つうわけで、見逃してなんかやらねえよ!」

 

 そう言って女はハンマーを振り上げる。

 

「アンタも直ぐにあの女の所に送ってやるよ!」

 

 しかし、ハジメはそれに狼狽えるでもなく、冷淡に答えた。

 

「話し過ぎです」

 

 ハジメがそう言うと、女の足元から赤黒い流動エネルギーが飛び出し、女を突き刺す。

 

「ぐはっ!?」

 

 更に大砲による集中砲火が女を襲う。ハジメが待ち望んでいた援軍、ユエとミュオソティスが到着した証だ。女は悔しそうな、だが何処か楽しそうな口調で話す。

 

「……やられたね。流石に分が悪いから退かせてもらうよ。運が良けりゃ、いや、運が悪けりゃぁ、また何処かで会うかもね」

 

 女はそう言ってドンナーとシュラークを抱えて去っていった。

 

 ハジメは周囲に敵がいない事を確認すると、香織の元へ駆け寄る。ハンマーで殴られた香織は、酷い有様だった。頭から血を流し、身体は歪に曲がっていた。

 

「待たせてすみません、香織。すぐに治療を―――」

「待っ……て、コンダク……ター」

「喋っちゃだめです! 今すぐデボルさん達の所に連れて行きますから!」

「身体が……変……なの」

 

 香織が絞り出すような声で自身の異変を伝える。その直後、香織の右目の花が突如として膨らんでいく。やがて花が香織の顔よりも大きくなり、膨張が止まった時、何の前触れもなく香織の眼の花から真紅の血が噴き出し、それと共に血塗れの手が飛び出した。あまりの事態に流石のハジメも動けずにいる。

 

 駆け付けたユエ達も言葉を出せずに硬直し、ただただその光景を眺めている中、香織の絶叫と共に花から()()()()が這い出して来る。血塗れで服は纏っていない。その後も、頭、上半身、下半身と花から香織が生成される。そして、噴き出し続ける赤い液体と共に、遂に香織の全身が飛び出した。胎盤やへその緒は付いていないが、まるで赤子の出産のようである。

 

「あ……」

 

 眼の花から這い出した香織は、旧い自分の身体を抱きかかえるハジメと、ユエ、ミュオソティスを見る。そして、次に血塗れの自分自身を見た。

 

「あ……あ……」

 

 そして、あまりにも惨い再生をした自分に恐れ慄く。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 誰もいないフェアベルゲンの街に、演奏者の少女の絶叫が響き渡った。

 




ひっでえ話だな色んな意味で。なんか文章力も下がった気がするし。

備忘録

ドンナー&シュラーク:再度明記しておくが、このネーミングに深い意味はない。ただ単にありふれ要素の一つとして名前を出しただけである。

ヴィブラート:一応クロス先の技。音を揺らす技法で、弦楽器だけでなく歌の技能でもある。カラオケで緑の波のような加点記号を見たことがある人もいるのではないだろうか。演奏者の技能の範疇を逸脱している気がしなくもないが、どうしても納得できない方は『花』の力ってことにでもしといて下さい。

香織:DOD3知ってる人なら大体わかるかも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆弾魔ニ捧グ

何か書いてたら出来ました。短めだけど、他の話を無理矢理詰め込んでも蛇足感が半端ないのでここで切ります。


 香織は狭く生暖かい暗闇の中にいた。何者かに殴られた後に意識は暗転し、気付けば四方八方から心音と共に身体を圧迫する肉の箱に閉じ込められていた。香織はその中で胎児のようにうずくまりながら、自分の置かれた状況に恐怖していた。

 

(暗いよ……怖いよ……助けて、コンダクター)

 

 助けを求めようとしても、「身体が変」という曖昧な言葉しか口から出す事が出来ない。そのような恐怖から逃れる為か、自分をエーリエルに置き換えてみたりした。

 エーリエルとは、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』に登場する風の精霊だ。エーリエルは罪人として島流しにされた魔女シコラクスに召使にされていた。しかし、穢らわしい仕事が出来ず、魔女の怒りを買い、裂かれた松の木に閉じ込められてしまった。裂け目に挟まれ十二年、島にやってきたプロスペローに助け出されるまで苦しみ続けた。

 

 肉の牢と樹木の裂け目では苦痛の度合いは前者の方がマシかも知れぬ、しかし香織の恐怖と不安はエーリエルに勝るとも劣らない物だった。そんな中、自分を救うプロスペローを待ち望む香織に一筋の光が照らす。

 香織は居ても立っても居られず、その光に手を伸ばした。ようやく出られる、コンダクターに会う事ができる、その一心で外に出た香織が見た物は、旧い自分の身体を抱きかかえるハジメと、血塗れの自分自身。

 不安から早まる動悸は心音か胎動か。人間や昇格者では起こり得ない現象、有り得べからざる未知に、香織は恐怖し、悲鳴を上げた。そしてそのまま、意識を失った。

 

 

 

「ここは……」

 

 香織の眼に映ったのは木と鉄で作られた部屋。暗闇を照らすのは常夜灯のようなランプだった。そして、その部屋の中で、厳密には香織が眠っていたベッドの隣にある椅子に座るハジメの姿を捕らえた。

 

「目が覚めたみたいですね」

「……っ!」

 

 眠っているかのように目を閉じていたハジメの口から言葉が発せられ、驚く香織。眠っているならその間に逃げてしまおうと考えた香織だが、その案は水泡に帰した。

 

「ここは機械生命体の村です。村長のパスカルさんは快く受け入れて下さいました。あ、あの後シアさんは回収しましたよ、ユエが」

「そう……なんだ。それは良かった。じゃあ、私はもう行くね」

「行くって何処へ?」

 

 香織は言葉に詰まった。こんな異常を抱えた自分が何処へ行くというのか。クラスメイトの元へ戻るか、いや、光輝は現実を見ないし、クラスメイト達からは迫害されるだろう。自分が一部の女子からよく思われていない事は自覚している。なにより、親友である雫にこれ以上のストレスを与えたくなかった。雫があの光景を見たら、今度こそ廃人になってしまうかもしれない。

 

 でも、そう言うしかなかった。ハジメの元から離れるには。

 

「今、深夜ですよ。借金も無いのに夜逃げとは、笑えない冗談だ」

 

 香織は自分の迂闊さを呪った。ショックで気を失っている暇など無かった。脇目も振らずに走り去ってしまうべきだった。

 

「そもそも逃がす気はありませんよ、香織」

 

 香織は名を呼ばれて、怯えたように肩を震わせる。その場から動くことが出来ずに、ベッドに乗り上げ自分に近づいてくるハジメを離そうとする。

 

「いや……いやっ……来ないで……来ないで……っ」

 

 もし、ハジメに自分が異形だと拒絶されたら二度と立ち直れない。ハジメを『コンダクター』と呼び、依存とも呼べる愛を向ける香織は、彼に悍ましい再生を見られたことすら苦痛だ。その上ハッキリ拒絶されてしまえば、死ぬに死ねないこの身体でどうやって生きろというのか。

 何も知らない第三者からすれば利己的と評するかもしれないが、ティーンエイジャーの少女からすればごく普通の恐怖といえるだろう。ましてやあの後である。

 だがハジメは近づくのを止めず、香織の目と鼻の先まで辿り着いた。どんな罵詈雑言を吐かれるかと身構える香織。手は掛けられていた毛布を握りしめ、目は強く閉じられている。

 

「……!」

 

 しかし、ハジメの行動は香織の予想していた物とは違った。唇には柔らかい感触、目を開けばハジメの顔が目の前にあった。ハジメは香織にキスをしていた。

 香織は驚き、咄嗟に離れようとするが、ハジメに抱きしめられているために身動きが取れない。時間にすれば1分にも満たない、永遠にも似た一瞬の時間が終わると、ハジメは香織を抱きしめながら耳元で囁く。

 

「香織と離れるなんて、それこそ嫌ですよ。例え貴女が発する音波でバラバラに引き裂かれたって、離してなるものですか」

 

 その言葉に香織の堰き止めていた感情が溢れる。

 

「私だって……! 私だって、大好きだよ! コンダクターと、ハジメくんと離れたくなんて無い! でも、あんな……悍ましい姿を見せて、嫌われたらって……拒絶されたらって思うと、怖くて……!」

 

 香織は涙を流しながら己の不安を吐き出す。人は未知の物を恐れる。自分ですら理解できずに恐怖する物を、他人が恐れないはずがない。少なくとも香織はそう思っていた。しかし、ハジメは指を当てて香織の言葉を止める。

 

「それは過去の貴女を冒涜する言葉だ。パニシングに侵された僕に、生き残るために人を殺めた僕に、愛を告白した貴女を貶す言葉だ」

「……!」

「貴女が〝セイレーン〟となった時も、花から貴女が出てきたときも、貴女への愛情が薄れた事は無かった。僕の心は、何処までも狂気的な貴女への思慕で溢れている。貴女はどうだ? 僕が機械と化し、人間から遠ざかる中、何を思っていたのですか?」

 

 香織の答えは決まっている。彼女にとって、その問いへの解など一つしかない。

 

「……聞かないでよ。ずっと愛してる。君が怪物になったって愛してる。君がこの世の全ての人から忘れられたって、私は覚えてる……!」

 

 香織はハジメのためならば、塩辛い海に沈み水底の泥の上を這いまわる事も、身を切るような北風を乗り回すことも、霜で凍てついた大地の中に潜り込むことも厭わない。松の木の裂け目から救われたエーリエルは、プロスペローに尽くす。身体も心も、全てコンダクターに捧げる。それが香織の答えだ。

 

 一頻りお互いの愛と哀を貪った後、香織はハジメに寄りかかった。そして素直な恐怖を口にする。

 

「私、一体何になっちゃったんだろう。人間じゃないし、普通の昇格者でもない。本当に、怪物になっちゃったのかな」

 

 腕の中で震える香織に、ハジメは仮説を話す。

 

「詳しくは分かりませんが、香織は『花』の分体がとり憑いている特殊な状態です。身体が著しく損傷した場合の防衛機能ではないかというのが、ターミナル達の仮説ですね」

 

 香織が出てきた旧い身体の方は、香織が気絶している間に赤い粒子となって新しい身体に溶け込むように消えてしまった。『花』については依然として謎が多い。今回の事も、今まで知らなかった未知の性質が顕になっただけなのかもしれない。

 

「そうなんだ……」

「でも、貴女はやはり香織ですよ。今までの事も覚えているようですし、何より僕の魂がそう言っている。全くもって非論理的ですがね」

「ふふ、数学者さんにしては乱暴だね」

「たまにはいいでしょう。この命題は自明だ」

 

 二人は抱き合ったままベッドに横たわる。起き上がっている時よりも、二人の距離は近づいているように感じた。

 

「どうしても不安なら、人間や昇格者以外の物に例えてみましょうか。例えば、夏の日などに」

「ふーん?」

「貴女は素敵で穏やかだ。荒々しい風は月の可憐な蕾を揺らし、夏の仮初の命は短すぎる。太陽は時に暑く照り付け、黄金の顔が暗く翳る時がある。美しい物は皆いつかは衰える。偶然か、自然の成り行きによって刈り取られる。だが、貴女の永遠の夏は色褪せない。貴女に宿る美しさは消える事は無い。死神に死の影を彷徨っているとは言わせない。永遠の詩にうたわれて時と合体するならば、人が息をし、目が見える限り、この詩が生き、貴女に命を与え続ける限り」

 

 ハジメの言葉に香織は微笑む。

 

「シェイクスピアのソネットだね」

「ええ、貴女が僕に勧めた詩の一つだ。今思えば含みの多い内容ですね。『美しい物は皆いつかは衰える』とか、死神のくだりとか……よく理解しているなあ、僕を」

「君って案外ロマンチストなんだね。悪いけど、君や周りが思っているほど、私は君の事を理解してないよ。深く理解できればいいとは思っているけど」

 

 ハジメは詩的な演奏者である恋人の現実的な見解に苦笑する。『夢見がち』などと評される事もある香織だが、中々にリアリストな面も持ち合わせているのだ。

 

「でも、貴女については夏の方が鮮明に思い出すのは本当です。二人で夏祭りに行った時、浴衣姿ではしゃぐ貴女に、僕は心臓発作を起こしそうだった。小型爆弾でも仕込まれてるんじゃないかというくらいに、爆発寸前だった。その夜の花火大会で、打ち上げ花火を背にして笑う貴女は、紛れもなく爆弾魔でした」

「嬉しい評価だね。あの頃の私は、君の複雑怪奇な心を爆破したいと思っていたもの。本当はキスだってしたかったけれど、病に侵された君はそれを拒んだ。私の心はショートして、ずっと火花を散らしていたのに。だから私は、君にテロを仕掛ける事にしたの。やっぱり恋と芸術は爆発に限るね」

 

 二人はベッドで語り合う。ただ情事で愛し合うよりも、満たされている気がしていた。

 

「……脱線し過ぎましたね。最初はなんの話だったか」

「いいじゃん。この銀河鉄道は私達二人しかいない。第三宇宙速度で、ベテルギウスまで行こうよ。君が憧れていた夜鷹にも会えるかもしれないよ」

 

 指揮者と主席演奏者、爆弾魔とテロリストの二人の語らいの当初にあった恐怖は、お互いの心から消えていた。

 




私の作品の恋愛って基本難解なんだよな。あんまり簡単に片付けたくないという私の心理が働いているのかもしれない。
最近作者がシェイクスピアの『テンペスト』を買ったのもあって、香織の言う事が更に難解になるよ、やったね(頭痛)

とりあえずこの二人は自分達が思ってる以上に頭のネジが外れている事に早く気付いた方がいい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怒リノ葡萄

もう週末しか更新できない……それも時間と体力があればって感じですからね。しかも一話で進む速度が遅い。続きを楽しみにしてくださっている読者の方々には本当に申し訳ない。

今回は廷とクラスメイトsideです。ハジメ達の話も気になるとは思うのですが、ここで入れとかないと挿入する機会が無いんですわ……

あと、優花の武器の名前を変更しました。


「此処か……」

 

 ブルックという町の一角、一軒の服屋の前に佇む黒い人影。竜人族の指導者である九龍衆の一柱、(ティオ)だ。普段は書類の山や宴の際の演説などに忙殺される彼女が此処にいる理由は、異世界から召喚されてきた者達の調査だ。そしてその一環としてある人物に会うためにこの町へと赴いた訳だが……

 

「奇怪な町であった。通る度に踏んでくれだの蹴ってくれだの罵倒してくれだの……挙句の果てには会ったばかりの妾に対して求婚してくる輩もおった。断れば襲い掛かって来るわ……字面にすると笑えるが、住めば仕事とは別の意味で忙殺されそうじゃ」

 

 無論、襲い掛かってきた男は軽くいなしておいた。こっそり竜眼を使って威圧しておいたが、この町の雰囲気を考えると、そう遠くない内に同じような目に遭いそうである。対処が出来るからといってあまり頻繁には遭遇したくないと思う廷であった。

 

加百列(ガブリエラ)め、こうなる事を見越してわざと分かりにくい地図を書きおったな……」

 

 廷はこの場にいない友人に毒づく。ついでに、そこそこな頻度でこの町を訪れていたであろう友人の頭が少々心配になってきていた。更にこの町を住処にしている件の人物もどうせ変人だろう、という面倒な予感がしている。廷は若干覚悟を決めて扉を開く

 

「邪魔するぞえ」

「あら~ん、いらっしゃい。随分美人な方ねぇん。来てくれておねぇさん嬉しいぃわぁ~」

「……」

 

 二メートルを超える巨体、動く度に脈動する筋肉、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。加百列が珍妙な集まりに顔を出している事は知っていたが、これは予想を上回っていた。

 この時点で少し帰りたくなってきた廷だが、とりあえず会話を試みる。

 

「……廷九龍(ティオ・クラルス)じゃ。加百列の友、といった方が分かりやすいかの。お主がクリスタベル、で良いか?」

「あらん、本当に来たわん。あの子の友達なんて本当にいるのかしらと思っていたけれどん」

「……ハッ」

 

 どうやら加百列はイマジナリーフレンドを呼んだと思われていたらしい。確かに性格はキツいが、そのような事をするはずがない事は分かっているため廷は笑った。向こうも分かっているのか、本気で言ったわけではないらしい。

 

「でも、びっくりしたわん。喋り方は変わっているけれど、美人で気立てが良さそうじゃない。加百列の言っていた印象と大分違うわねん」

「……参考までに聞くが、奴は妾の事を何と言っておうた?」

「もう一人の……ラングランスちゃんだったかしらん? と同じで、くだらない事を気にする面倒な女だと言っていたわん」

「妾もラングランスも、様式美を重んじる人間じゃからのう。奴から見れば面倒に映るのじゃろう。それはそれとして……後でしばく」

 

 自分の知らない所でネガキャンをされていた事実を知り、頬が引き攣る廷。反面、自分ともう一人の友人、ラングランスの事を曲がりなりにも友人と認識している事に妙な感心を覚えていた。後、喋り方についてはお前に言われたくない、と思う廷だったが言葉には出さないで置いた。

 

「それで、用件は何かしらん? あの子の友達ならサービスしちゃうわよん」

「異界から召喚された者達の情報が欲しい。それに折角じゃ。服を一着見繕ってくれんかえ?」

「お安い御用よん」

 

 その後、クリスタベルの店で買った服に身を通し、彼女?からの情報を頼りに行動を開始する廷。

 

「ホルアドか王都にでも行ってジュダを冷やかしてやろうかとも思うたが、まずは作農師の方を訪ねてみるかのう」

 

 廷はそう言って煙管から煙を吸い、吐き出した。

 

 

 

 一方、香織が悪夢のような再生をし、ハジメがそれを慰めていた頃、光輝達が訓練をするオルクス大迷宮の近くのホルアドの町の郊外で一人の黒装束の青年が歩いていた。彼の名は遠藤浩介。学生の振りをしているが、正体はハジメが暴走したときに殺す任務を負った英国のエージェントである。

 

「お……」

 

 遠藤は突如夜の闇に紛れて飛来した石の槍を避ける。キッチリ頭を狙ってきた辺り、相手は本気だ。しかも、避けた槍が飛んで行った先の木が砕け散る。どうやら攻撃力上昇の付与魔法がかかっているらしい。

 

「待ち伏せか……今度は俺が狩られる側ってわけね」

 

 一歩間違えれば死んでいた状況の中、遠藤は楽しそうに笑う。ようやく事態が思う方向に転がったという顔だ。

 襲撃者がその顔を不愉快がったかは知らないが、今度は遠藤の足元から幾つもの土の槍が飛び出す。遠藤は難なく躱し、そのうちの一本をナイフで切断する。すると今度は大柄な人影が遠藤に飛び掛かる。だが、それも彼を倒すには至らずに逆に拘束されナイフを突きつけられてしまう。

 

「今までで一番良かったぞ」

 

 飛び掛かって来た人間、重戦士の永山重吾を拘束しながら遠藤は呼びかける。すると闇の中から土や石による攻撃を仕掛けた土術師の野村健太郎、魔法を付与した吉野真央、治癒師の辻綾子が出てくる。

実は遠藤は永山パーティーの依頼で彼らに稽古をつけていた。そしてこの間に出した課題が『どんな手を使っても良いから俺を仕留めてみろ』だった。最初は「舐められている」と思い一斉に攻撃を仕掛けた永山達だったが、遠藤には手も足も出ずに負けてしまった。そして何度も敗北し、今夜試したのが待ち伏せによる奇襲だったのである。

 

「追い詰められた獲物は頭を使うもんだな。いいぜ、もっと使え。ハイな時でもクールに動かせ」

 

 称賛と指導を同時に行い、更に彼らの欠点を話していく。

 

「土の槍が脆過ぎだ。勇者並みの耐久値を持った奴なら貫けない。それと永山、攻撃が少々素直すぎる。先読みしてくれと言ってるようなものだ」

「アンタ、『先読』の技能持ってたのか……?」

 

 遠藤は無言で自分の頭を示す。「ただの頭脳プレーだ」というメッセージに永山達の顔が悔しそうに歪む。

 

「だがまあ、最初にやった時よりは断然良い。明日は王城に戻るらしいし、今日はここまでだな」

 

 遠藤はそう言うと踵を返して帰っていく。その言葉に安心した永山達だが、直後、野村の肩に土の槍が刺さる。

 

「うっ…ぐあ……!」

「健太郎君!」

 

 辻が急いで槍を抜き、治癒魔法をかける。敵襲を疑い周囲を警戒する永山達だが、其処にいたのは何かを投擲したように腕を出した遠藤だけだった。どうやら先程切断した土の槍を投げたらしい。

 

「騙したのか!?」

 

 卑怯な手段に憤慨する永山達だったが、遠藤は飄々と答えを返す。

 

「狩人が獣の言葉を信用するな」

 

 これから戦争をする魔人族は意思と知恵を持つ〝人〟だ。こういう騙し討ちだって平然と使ってくる。卑怯だなんだと罵ったところで相手からすれば負け犬の遠吠え以上の意味は持たない。理不尽な話だが、戦場とはそういう理屈がまかり通る場所だ。

 その後、永山達は最大限警戒をしながら宿に戻ったが、あれ以来攻撃は無く、この日の稽古は終わりを告げた。

 

「子犬風情が粋がりおって……」

 

 部屋へと足を進める遠藤に悪態をつく者がいた。生徒達の教官であるミゲルだ。自分の仕事を横から掠め取るだけでなく、エヒト神の恩恵であるステータスを蔑ろにする指導をする遠藤を、彼は良く思っていない。

 

「先に職務放棄したのはアンタだろ。俺は見捨てられた憐れな子羊達に恩恵を授けただけだ。アンタの言うステータスという手札を生かせるようにな。いや、或る意味では盗んだのか? 生贄を」

 

 遠藤は皮肉気に云う。相手の顔は増々不快気に歪むが、遠藤は何処吹く風だ。ミゲルが何を言おうが、永山達への指導が失敗しているのは紛れもない事実だ。ついでに言えば、これはリリアーナからの依頼でもある。生徒達の現状と遠藤の特殊な経歴を知った彼女が、遠藤に生徒達の指導を依頼した。リリアーナは恵里や鈴、クゼリーにも同じような依頼をしているが、やはりエージェントとしての経験を持つ遠藤が最も優秀だった。

 

「フン! 罰当たりめが」

 

 捨て台詞を吐いて去っていくミゲルを遠藤はただ見ていたが、少しの間の後、瞳孔の収縮した眼で言葉を吐き出した。

 

「いつか咬み殺してやる」

 

 決して大きな声ではなかったが、静かな夜にはよく響く。そしてその声を聞いた者は、首筋に猟犬の牙が添えられたような錯覚を覚えた。

 

 

 

 そして翌日、オルクス大迷宮で訓練をしていた面々は王城に戻っていた。理由は訓練ばかりだと勇者の力を疑う者達が現れるため、要するに力を示すために呼び戻されるのだ。

 

「あほくせ~」

 

 そう呟いたのは恵里だ。鈴や遠藤も同じなのだが、勇者の力が見たいならホルアドまで来やがれ、と思うし、こんな権威ぶった方法を取らずとも実践訓練と称して盗賊や魔物でも狩らせればいい、と思っている。まあ、勇者は盗賊の討伐は断固拒否するだろうが。

 なんにせよ、そんな理由でハジメと香織の捜索が中断されるのは不愉快である。また、それは雫も同じであるようで、迷宮を離れてから落ち着かない様子を見せている。

 

「まあ、ちょっとした政治ショーなんだろうよ。場所も人員の配置も、観客に畏怖を与えるように作られている。まあ、手が込んでりゃいいってわけでもないが……」

 

 遠藤達は光輝を不安そうに見る雫と龍太郎を見る。雫は昔から、龍太郎は最近になって光輝の様子に危機感を持ち始めたのだ。鈴の助言が遅まきながら効果を発揮し始めたのだろう。

 

幸運(グッドラック)に踊らされる人間ってのは、案外憐れなもんなのかもな」

「あら、此処にいたのね」

「お?」

「影が薄すぎて谷口のチェーンソーがなきゃ気が付かなかったな」

「言ってろ」

 

 光輝の演目が終わった後、遠藤達に話しかけてきたのは優花と清水だった。遠藤達は知らなかったが、作農師として各地で農地改革をしている愛子と、闘えないながらも何かがしたいという生徒達で結成された愛ちゃん先生護衛隊も一時王城に帰還していたようである。

 尤も、優花と清水は勇者に危害を加えた危険人物として厄介払いされていたのだが。

 

「ユウカリン~、旅の話とか聞かせてよー」

「そんなに優雅なもんじゃないわよ。言うなれば、『怒りの葡萄』見学ツアーって感じね」

「スタインベックの本かい? たしか、ダストボウルでオクラホマの畑が機能しなくなって、仕事求めてカリフォルニア来た家族の話だろ?」

「そう、自然災害やら魔物の襲撃やらで耕作不可能になった土地が多くてね。王都とかは煌びやかだけど、一歩踏み出せば飢餓に魔物に屍の山」

「畑を直した先生は崇め奉られてた。俺らもおこぼれで感謝されたが、正直虫の居所が悪かったね。本来なら俺らの食事を用意する余裕なんざ無いだろうにさ」

 

 どうやら訓練に参加していないからといってストレスと無縁というわけではないらしい。しっかり貢献できてはいるが、見ていて愉快な光景ではなかった。勿論愛子は優花や清水が言ったことは気付いている。しかし、自分を慕う生徒達を護り、同時に人助けも出来るという状況は悪いものでは無いのは確かだ。

 

「だがまあ、危機感が無さすぎるって言えば否定は出来ないんだよな。魔物とか盗賊とかは俺や園部なんかが排除してるから、余程の事が無けりゃ大丈夫なんだが」

「あれでしょ? 君達が警戒してるのは人間、特に訓練してるクラスメイト達」

「正解だ谷口。南雲をあれだけ嘲笑ってた連中の所に先生は帰ってくるわけ。本来なら明日は我が身と恐れなきゃならねえ」

「あの人に生徒を疑うのは無理でしょ。まずは生徒の味方ってのがあの人の信条だし。生徒が悪意に塗れてるってのを信じるくらいなら天動説論者に鞍替えするだろうさ」

「だよなぁ……」

 

 割と言っているが、別に清水達は愛子の事を嫌っているわけではない。寧ろ人格面では尊敬に値する人物だと思っているが、どうやっても自分達の雰囲気には合わないという事も察せられてしまうため少し距離を置かざるを得ないのである。

 その話題を最後に全員が一度黙り、少しの間を置いて優花が話し始める。

 

「そういえば、各地を回っている時に南雲や香織の情報を集めてたんだけどね」

「結果は?」

「イパネマの魚」

「何も無かったんだね……」

 

 イパネマとはブラジルの地名だ。ビーチが有名であり、『イパネマの娘』という曲名を聞いたことがある人も多いだろう。しかし、イパネマという言葉の語源は『汚れた水』という意味だ。そこに魚がいるかと聞かれれば、答えはNOだろう。

 

 

 恵里、鈴、遠藤、優花、清水の五人はなんとなく一緒に行動している。他のクラスメイト達と一緒にいる気にはならないというのもあるが、地球にいた頃からハジメと香織を含むこのグループで行動することは多かった。それぞれ思想を共有しているわけでも、少年漫画的な仲間意識を持っているわけでもないが、居心地がいいのは確かだ。

 

 いや、多少の仲間意識、誰かが危害を加えられれば憤りはする程度の物はある。しかしそれだけだ。学園祭前のクラスのような一体感は無い。いわば彼らは独立した個人(スタンドアローン)集団のような何か(コンプレックス)を形成しているに過ぎない。しかしそれでいいのだ、と彼らは思っている。思想を共有していないからこそ、変な仲間意識が無いからこそ、彼らは共存できるのだから。

 

「そう言えば優花、君は南雲君の事が好きなんだろ?」

 

 唐突に恵里が優花に無遠慮な質問を投げかける。教室ではThe ツンデレな態度を取っていた優花だが、返事は意外にも冷静な物だった。

 

「……ええ、そうね」

「あんまり動揺しないんだね」

「今となっては隠す気無いもの」

「ふーん……まあいいや、話を戻そう。何、君の立場から見て香織は恋敵ってのに該当するわけだけど、そこんところどう思ってるのかなー、と」

 

 確かに優花から見れば香織は恋のライバル、おまけに過去譚の『風ト共ニ去リヌ』を読んでくれた方には周知の事実だろうが、割と重めな出来事もあった。これらの事から、ハジメの恋人である香織を敵視している可能性は誰でも思いつくだろう。

 

「ああ、別に香織を責めるつもりは無いわよ。ただ彼女が先に出会ってただけ。結局地球で一番強いのは物理法則なのよ。どれだけ意志が強かろうが、私は過去に遡る力は無い。ただそれだけ」

「意外とあっさりしてんだねえ。つまんねえやつ」

「正解したときの五歳児みたいな反応するのやめてくれるかしら。それに香織の事もそんなに嫌いじゃないし。あの子とは楽器屋で楽譜買ってるときに出会ったんだけどね。そこで意気投合したのよ。南雲との一件を話したら謝ってくれたけど」

 

 それを語る優花はとても楽しそうだった。香織を恨んでる様子も無く、さらにはハジメに対しても恨みよりも好意が勝っているかのような口ぶりだ。

 

「ついでに言えば南雲の事も恨んでないわ。今本人を目の前にしたら感情を抑えられる気がしないけれど、それは好意であって怨恨じゃないわ……だって、アイツが芸術に命かけてる姿、大好きだもの」

 

 そう口にする優花の顔は笑っていた。無理をしているわけでも嘘をついているわけでもなく、本心からそう思っている表情だという事を、他人を騙し続けていた恵里は見抜いた。

 

「この戦輪の名前、『イエスタデイ』って名付けたんだけどね。南雲が最後に作ってくれた私への贈り物。もう死んじゃったのかもしれないけど、それでも私の中では、彼との思い出は常に昨日に更新される。手に取るように、昨日のように思い出せるわ」

 

 その言葉を聞いた恵里は「ハッ…」と鼻で嗤うような仕草をした。

 

「なるほど……アンタも既にトチ狂ってたってオチか。あれ? この中だと僕って結構まともな方じゃない?」

「おう驕り高ぶるなよ、座敷童」

「幽霊使って暗殺してやろうか? 根暗野郎」

 

 傍から見たら、特に愛子が見たら「仲が悪いのか?」と思われそうな会話を最後に、優花が愛ちゃん護衛隊の様子を見に行くと言った。優花は他四人と違い、宮崎奈々や菅原妙子などの友人がいるため様子が気になるのだろう。

 特に止める理由も無いし、この時は全員暇だったのでついていく事にした。

 

 

 

 クラスメイト達がよく集まるサロンに赴いた優花達。そこで見たのは、憔悴した様子の護衛隊とその他の居残り組、教師の愛子、そしてそれを囲んで罵声を浴びせる生徒達だった。

 




今回は久しぶりに長い話(三文小説家基準)を書きました。
勇者が王城に戻って来る展開には無理があるか? まあ、多少のご都合展開は許してください。
タイトルの『怒りの葡萄』は本作オリジナルのトータスの現状を表すと同時に、今現在神様の盤上の上である彼ら全体の事でもあります。元ネタはスタインベックの著書と黙示録。
あと勇者アンチって書いてあるけど、香織の方が酷い目に遭ってる気がする……

備忘録

廷九龍:廷が名前で、九龍が名字。中国語っぽい名前だが、姓名の書き方はトータス式。船の名前に自分の家名が付いているのは、本人としてはやや複雑な気分である模様。

クリスタベル:廷からすれば友人の知り合いなので、顔合わせは今回が初。

ラングランス、加百列:続報をお待ちください。ラングランスは漢字表記ではないので竜人族ではない、とだけ。加百列については、クロス先の関係で同名キャラが二人いる為、どっちなのか予想してみてください。

遠藤:永山達に訓練を施しているが、割と酷い事もする。意外と本性は獰猛かも?

イエスタデイ:優花の戦輪の名前変更。元ネタはビートルズの曲で、失恋がテーマである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鯨ト鳥

今回はついにあの人物が登場します! ようやくNieRクロスっぽくなってきたぜい……


 ハイリヒの王城の廊下にて二つの人影が歩いていた。一人は教会の修道女、もう一人は聖職者のような黒装束、そして双剣を装備していた。

 

「しかし驚きましたよ。こんな時期に〝来訪者〟とは」

 

 修道女が黒装束に話しかける。彼女の名はドライツェント、もしくはジュダ。嘗てはエヒト神の手先として動いていた女だが、今は裏切ってターミナルに協力している。

 

「すまないな。まさか私も、いきなり『異世界』に来る事になるとは思っていなかったよ」

 

 ドライツェントに返事をする黒装束。白髪でアシンメトリーな髪形をした女で、可憐な見た目に反してその雰囲気は歴戦の戦士を思わせる。黒装束も、見る人が見れば戦闘用に改造されている事が分かるだろう。

 

「この世界の人間は排他的ですからねぇ。特に魔人族との戦争を控えたこのデリケートな時期に来る余所者なんて、下手すれば裁判も無しに殺されますよ」

「ハッハッハッ、クソ悪魔とドンパチやった次は、私一人で国と戦争か。それはそれで面白そうだが、年寄りには荷が重いな」

「勘弁してくださいよ。貴方の場合、本当に出来るでしょうが。『授格者』の力を以てすれば、時間は掛かるにせよ最終的には貴方が勝ちます」

「『授格者』か……死んだはずの私がそんなものになっていたとはな。生前から揶揄されていたが、いよいよ名実ともに不死身に近づいたわけだ。パトリックの奴、どんな顔をするか」

 

 ドライツェントと黒装束の女はある人物に会うために廊下を進んでいた。二人ともすれ違った男の半分以上が思わず振り返る程度には美人なのだが、誰も二人の事を気にする様子は無い。何故ならドライツェントが認識阻害の魔法をかけているからだ。余程高度な感知能力でも持っていない限り、二人の存在に気付くことは出来ない。

 

「だが、まさか地獄まで捜しに行って終ぞ見つからなかったアイツが、此処にいると分かっただけでも儲けものだ」

「今は魔人族との戦争に駆り出される一歩手前ですね」

「……やはり滅ぼしてしまおうか。このクソ王国」

「やめて。やるにしてももう少し後にして」

 

 二人が物騒な会話をしながら廊下を進んでいると、突如として爆発音が響いた。

 

「今のは?」

「敵襲……ですかね。王城が攻め込まれる事は滅多にないのですが……」

 

 訝しむ二人の側を逃げ惑う人々。そしてそれを追いかけるように巨大なシロフクロウのような機械が現れる。そして襲撃者はドライツェント達に気が付いたらしく、羽のような散弾を飛ばしてくる。

 

「おい、私達の姿は認識されないんじゃなかったのか!」

「あくまで人間と魔物相手です。機械には効果が無いんですよ!」

 

 攻撃を回避しながら文句を言う黒装束の女に、ドライツェントは認識阻害魔法の欠点を伝える。女は舌打ちしながらも、愛用の双剣を装備した。

 

「ちょっと暴れていいか?」

「駄目といっても暴れるでしょうに……とはいえ非常事態です。目を瞑りましょう」

 

 戦闘許可を求めながら既に武器を装備している女にドライツェントは呆れながら答える。それに対して、女は少しだけ笑い、シロフクロウの突撃を回避、そして双剣を敵に叩きつける。更に、双剣を交差させる斬撃を二回与え、敵に攻撃をさせる隙を与えることなく斬り上げ、浮き上がったシロフクロウを斬撃で叩き落す。続いて素早い連撃を加え、双剣の柄頭同士を接続し、そのまま強力な回転攻撃を行った。

 一連の攻撃でシロフクロウは地に落ち、機能を停止している。

 

「思ったより脆かったな。私が生き残れそうで何よりだ」

「……途中までは同行します。好き勝手暴れられても困るので」

 

 二人の女は目的地へと急いだ。

 

 

 

 時間は少し遡り、機械達が襲撃してくる前の事。愛ちゃん護衛隊の面々は王城内のサロンに来ていた。特に理由は無い。ただ、辺境の生活の貧しさに慄き、そして闘いへの怖さから外敵の対処を殆ど優花や清水に任せてしまった自分達の無力さを慰め合いたかったのかもしれない。

 

「優花っち、怖かったね……」

 

 最初に口を開いたのは優花の親友の一人である宮崎奈々だ。彼女は自身の親友に怯えていた。以前は少々変わり者ではあるものの、そこを除けば至って普通の女子高生であった。だが、ハジメの死をきっかけに彼女は変わってしまった。

 

 何度も身体が壊れるような訓練をし、敵と見れば魔物だろうが盗賊だろうが戦輪『イエスタデイ』で切り刻み、投擲用のナイフで確実にトドメを刺す。一切無駄のない洗練された動きで敵を殺害していく様は奈々や妙子にとって恐怖となった。親友を変えてしまった『闘い』を彼女達は恐れた。

 

「それを言ったら清水だって……」

 

 次に声を発したのは愛ちゃん護衛隊の男子、相川昇だ。

 清水はクラスの中では目立たない生徒だ。だいたいラノベかチェスの指南書を読んでいる、彼らに言わせれば陰キャ。クラスカーストは低く、クラスメイトと関わりもしないし関わってくる事も無い。

 

 しかし清水もまた、優花と同様に人が変わったように敵を薙ぎ倒していく。ハジメが作った『黒ノ書』による変幻自在の魔法。まるで戦場をチェスの盤面であるかのように操る戦術性。しかも『闇術師』という魔法系の後衛職であるにも関わらず、なぜか剣の扱いが上手い。これはとある人物から「鍛え直してやる!」と半強制的に剣術の指南を受けていたためなのだが、他の生徒はそんな事を知る由も無い。

 

 敵も怖いし味方も怖い。そんな状況に置かれた彼らは現状から前進も後退も出来ずに、ただ傷を舐め合っていた。

 

 そこへ、光輝のショーが終わり、前線組がサロンへと入って来る。彼らは特に護衛隊に話しかける事はしなかったが、あからさまな侮蔑を向けていた。護衛隊の生徒達はそれを受けて、雪でも掛けられたように縮こまる。

 

「アイツ等ってさ、なんで訓練サボってても許されてるんだろうね」

 

 前線組から発せられた一片の悪意。誰が発したかもわからない小さな声。しかし、悪意はウイルスのような潜伏期間も無く、恐るべき速さで感染していく。それこそ、インフルエンザなど比にならない速度で。

 

「それな。アイツ等だけ甘やかされてるよね」

「戦うのが怖いんだっけ? 凄いよね~、それが免罪符になるんだ」

「意気地なし」

 

 前線組の口から次々と悪意が発せられる。教官から褒められ、特別扱いを受ける彼らに歯止めは聞かない。麻薬のように心地よい攻撃は、容易く人を狂気に染める。

 

「やめなさい!」

 

 そこへよく通る声が響く。

 

「そんな風に他人を馬鹿にしてはいけません!」

 

 それは愛子の声だった。彼女は教師として、生徒を正しい方向に導こうと声を上げる。しかし―――

 

「「「………………」」」

 

 生徒達から向けられたのは純粋な疑問の目。そしてその後発せられるのは―――

 

「だってサボったら怒らなきゃじゃん。掃除サボったら怒るでしょ?」

「学校の校是だって『勤勉』とか書いてあるじゃねえか。何で俺らが怒られんだよ」

「親父だって言ってたぜ。働かざる者食うべからずってな」

 

 それは現代日本の学校生活に則った、彼らの行為を正当化する論理。無論、教師である愛子も同じような事を教えたことはある。生徒達の攻撃性に愛子も信じる『正しさ』が上乗せされたことで、彼女は言葉を発せなくなる。しかしそこに別の声が響いた。

 

「いい加減にしなさい! そもそも戦争への参加は志願制のはず。強要は許されないわ!」

「雫の言う通りだ! アイツ等が戦わなくて済むならそれでいいじゃねえか!」

 

 それは雫と龍太郎だった。雫は香織を失った経験から戦いへの恐怖を理解できていたし、龍太郎は鈴達の盗賊討伐を目撃した事で、戦いが綺麗なものでは無い事を学んだ。故に、戦いを強要するような考えは殆ど無い。寧ろ自分だって逃げ出したいくらいだ。

 と、そこへ新たな声が届く。

 

「皆やめるんだ! 彼らを責めたって何も解決しない! ここはどうやって彼らの恐怖を無くし、戦いに復帰させるかを考えるべきだ!」

 

 それはクラスを纏め上げる光輝の声だ。一見護衛隊を擁護しているように思えるが、その実は彼らを戦場に引きずり出す言葉だ。

 

「おい光輝! いくら何でもそりゃねえだろ!」

「そうよ! 歴史で習ったでしょ? 日本でも強制的に自衛隊に入れられることは無いわよ!」

 

雫と龍太郎が反論するが、光輝には届かない。

 

「でもこの世界の人々が困ってるんだぞ! それを見捨てるなんて、人の心は無いのか!」

 

 まるで聖書に登場する救世主のような理屈でクラスメイト達を戦いに駆り立てようとする光輝。しかし、誰もが十字架に磔にされ、手足を釘で打たれたくはない。救世主は復活するという話もあるが、ロマン・ロランが言うように、復活の前には死が存在するのだ。そして光輝はその行為を当然とし、そうしない者を悪とした。

 

 そして、クラスメイト達は救世主の神託に魅せられ、悪とされた罪人を詰る。幾多の歴史が証明するように、正義にとり憑かれた彼らの暴走は止まらない。殺人犯が人間を射殺し、さらに四発の弾丸を撃ち込むことは悪行であるかもしれない。しかし殺人犯がそうすることは自然であった。

 更に人数が増え、ミゲルまで加わっていよいよ収集が付かなくなった時、彼らの足元に床を抉りながら戦輪が転がって来る。無論、それを投げたのはこの場に到着した優花だ。

 

「おい、園部……」

「ごめんなさい。あまりにも五月蠅いから黙らせちゃったわ。だってアイツら、ラジオを最大音量で流したって喚き続けるわよ」

 

 優花がそう言って指を動かすと、戦輪『イエスタデイ』はその場で回転し、床を更に抉った後彼女の手に戻っていった。『投術師』の基本的な技能は『投げた物を操る』事だ。つまり、彼女が一度触れ、『投げる』という動作によって離れた物体は彼女の手に戻るまで制御下に置かれる。投げて戻すまでが投術師の技であるため、それぞれの動作で一々呪文等を唱える必要が無いのだ。

 

「何をするんだ、園部さん!」

 

 当然、光輝は憤慨するが、優花は飄々と言い返す。

 

「アンタって私の逆鱗に触れるの好きよね。モビィ・ディック」

「モビィ……何を言っているんだ?」

「『白鯨』……」

「は?」

「ハーマン・メルヴィルの小説よ。その中で、エイハブという人物はクジラに片足を食いちぎられた。そしてそのクジラを悪魔の化身とみなして、報復に執念を費やす狂気と化した……そのクジラの名前が、モビィ・ディック」

 

 クラスメイト達も愛子も、ミゲルでさえ誰一人、言葉を発する事が出来ない。優花の発する怒りと狂気に呑まれていく。その中でも光輝は気丈に言葉を発する。

 

「お、俺がそのクジラだと言うのか! 俺は人を喰ったりなんてしていない! それより君は何なんだ! 地球にいた時から思っていたが、君は協調性が無さすぎる! 自分の趣味に付き合わせて周りを振り回すだけでなく、最近は南雲みたいな奴と一緒になってよからぬ集まりに顔を出してるじゃないか!」

「良からぬ集まりって何の事かしら。もしかしてそこにいる遠藤達を含めた集まりの事? まあいいわ」

 

 どうでも、と付きそうな調子で優花は話す。

 

「ハリスのグリーンランド航海記曰く、最初にクジラを発見した水夫は報酬が貰えたそうね。でも、私は報酬なんて無くとも目の前のモビィ・ディックどもを狩ってしまいたいわ。私の想い人と友達を殺した奴……それを裁きもせずに許した奴……そしてあまつさえ、私の親友を悪意の的に貼り付ける奴!」

 

 優花は笑顔だった。だが目は笑っていない。

 

「エイハブはクジラの骨で義足を作ったけど、私はアンタ達の骨で何を作ろうかしら。ナイフ? それとも、関節で繋げてイエスタデイの鎖にしてしまおうかしら」

「いい加減黙れ! 俺はお前みたいな悪趣味で冷酷な奴には負けない! 皆を救うんだ!」

 

 優花はその言葉を聞いて、調子はずれの笑いを零す。あまりにも的外れな光輝の言葉に限界が来たようだ。

 

「皆を? この状況でよく吠えるわねえ? それに私は冷酷なんじゃないわ……頭に来すぎて笑っちゃってるだけよ。私をブラッディ・マリーにしたのは、貴方よ」

 

 光輝がいよいよ聖剣を構えようとした時、突如サロンの壁が崩れる。鈴が咄嗟に展開した結界のおかげで怪我人はいないが、突然の事態に困惑する者と、いち早く警戒する者に分かれた。

 そして破壊された壁の方を見ると、そこには翼開長五メートルにもなる黒い機械の鳥が飛んでいた。

 

「バカな! オルニスだと!? こんなところにいるはずが……」

 

 ミゲルが口にした『オルニス』、巨大な鳥のような機械生命体で、生息地は北の山脈の深部で、基本的に人里に降りてくる事は無い。ましてや大結界に守られている王都に現れる事など有り得ないはずだった。そして、この鳥はベヒモスと同等以上の脅威度を孕んでいる。北の山脈の探索が進まない理由の一つであり、見たら逃げる事が常識となっている。

 

「大丈夫だ。俺達ならやれる! 皆でアレを倒すぞ!」

 

 光輝がパニックに陥りかけたクラスメイト達を纏め上げる。限定的ではあるが、こういう時には役に立つ男だ。そして遠藤達五人も戦闘態勢を取る。どうせ逃げても追いかけてくるのだから、闘うしかない。

 それぞれが戦うか逃げる準備をした時、オルニスが鳴き声を上げる。すると、部屋に複数の機械が召喚される。

 

「なにこれ!」

 

 クラスメイトの一人が悲鳴のような声を上げた。実は上位の機械生命体は他の機械を召喚する能力を持っているのだ。なお、その仕組みは解明されていない。

 部屋に湧いた機械達を倒していく生徒達。その間に愛子や居残り組が避難する。そして、雑魚の殲滅と愛子達の避難が終了し、いよいよ戦闘が始まった。基本的にはオルニスが繰り出す雷撃と突風を防ぎつつ、近づいて来たところを光輝達が攻撃するという戦法で立ち回る。

 

「いける! 勝つぞ!」

 

 しかし、オルニスもやられっぱなしではない。一度大きく距離を取ると、エネルギーをチャージし、一際大きな電撃を放つ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!」

 

 鈴の結界もあって被害は軽微だが、衝撃が重く、光輝達が立て直すのに時間がかかってしまう。その間に、オルニスは突風を引き起こす。

 

「喰らいなさい!」

「グァ!?」

 

 しかし優花はその風を利用し、イエスタデイによる強力な一撃をオルニスにぶつけた。怯んだ相手に更に清水の展開した相手を穿つ魔法『黒ノ槍』による連続攻撃が炸裂する。

 

「よし、復帰したぞ!」

 

 再び光輝達による攻撃が始まった。雫と龍太郎も光輝と連携してオルニスを攻撃していく。そして、いよいよ倒せそうだと皆が思った時―――

 

「グァァァァァァァ!」

 

 オルニスが一際大きな声を上げ、身体が変異し始める。それを訝しそうに見つめる光輝達だが、優花達は嫌な予感がし、一斉に攻撃をする。

 しかしそれは一歩遅く、そこには一回り巨大化したオルニスがいた。そして、オルニスは一度距離を取り、強力な電撃をチャージする。

 

「っ!? まずい!」

 

 放たれた電撃は鈴の結界によって防がれた。しかし建物自体が余波に耐えられず、光輝達のいる場所が崩落したのだ。唯一足場を作れる鈴は、今結界を展開中である。咄嗟に対応できず、光輝達は階下に落ちていった。

 

「天之河君達は!?」

「一応生きてる」

「良かった……もっと器用に結界を操らないとなあ」

「反省は後。まずはアイツをフライドチキンにしないと」

 

 自分の未熟さを反省する鈴だが、恵里に戦闘に集中しろと引き戻される。優花がオルニスの次の攻撃が来る前に戦輪を投げようとするが、その前にオルニスに飛びつく人影があった。

 

「ハッハッハッハッハッハ!」

「誰だ……?」

「おい、この声……まさか!」

 

 清水がその人物の声に反応する。その表情は驚愕に染まっていた。その人物はオルニスを斬りつけ、清水達のいる場所に飛び移る。

 

「楽しそうじゃないか、ええ?」

階音(カイネ)……さん?」

 

 聖職者のような黒装束に身を包むその人物は、清水の地球にいた頃の、友人以上の関係を持つ女性だった。

 




このクラスメイト外道展開。二次創作では割と定番で、他の作者様の作品と似てしまうというのもあり、極力別の作風を心掛けたかったのですが……
結論から言うと無理でした。どうやってもこういう展開に収束するんですよ。ステータス偏重主義者とかも遠藤達の闘いやキャラ描写を描くには必要で、合理的にパーツを当て嵌めていくとこういう話になるんですよね……
一応クロス先にもこういう話はありまして、パニグレの『凍てつく闇』という話に出てくる人間達がこんな感じなんですよ。最終的には和解してますが、彼らの最初の守林人に対する態度はひどい物でした(味方サイドの主要メンバーの一人に「救いようが無い」と言わしめるほど)。今回の話はこの辺を基にして書いている部分もあります。

そして暗い話はこれで終わりにして、とうとうクロス先のNieR: Replicantの主要人物であるカイネさんが登場しました! 彼女の今作での立場は次回以降に説明します(なんで漢字表記なのかとか)。
今話のセリフから、少なくともありふれ世界の『地獄』をほっつき歩けるだけの実力はある事が判明しています。(『地獄』についての詳細が気になる人はありふれアフターの深淵卿第二章を読んでみてください)

備忘録

オルニス:原作のハジメのアーティファクト。鳥型のドローン。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵攻スル機械

今回はかなり長いです。要素を詰め込みまくったので。


「クソッ、早く皆の所に行かなきゃいけないのに……!」

 

 現在、光輝は敵を前に歯噛みしていた。オルニスの攻撃により床が崩落し、階下に落とされてしまった。更に悪い事に雫や龍太郎、他のクラスメイトともはぐれてしまった。そして彼の不幸はこれだけでは終わらない。今対峙している人型の機械生命体『武蔵 玖型』が今までの敵とは一線を画す強さなのだ。

 

 武装は大剣一本だけなのだが、一撃一撃が必殺の威力を持ち、武蔵自身もかなりの防御力を誇る。そしてここは王宮内であるため、下手に大技を放てば二次被害が起きかねない。

 

「くっ、またか……」

 

 さらに、武蔵は回転しながら衝撃波を乱射するという厄介な攻撃も行ってくる。遠距離から封殺されるうえに、近づいたとしても相当考えて攻撃しなければ回転する大剣の餌食となってしまう。

 光輝は攻撃力も防御力も高いが、反面少ない攻撃力で戦う事は苦手だ。そういう場面は他のクラスメイトに任せていたために、そのような戦い方が不得手なのである(とはいえ、役割分担が出来ているという意味では称賛するべきだが)。

 

「機械のくせに……なんて卑怯な」

 

 己の優位性を生かして戦う武蔵に悪態をつく光輝。武蔵が意図してこの状況を作り出したかは不明だが、あまり失敗を経験していない光輝は自分が苦境に陥ると何かに責任転嫁するという悪癖がある。今回に関して言うなら、仮に武蔵が地の利を生かして戦っているとしても戦場ならば当然の行動なのだが、光輝からすれば『卑怯』という評価になるのだ。

 

「大丈夫か!? 光輝!」

「遅くなってごめんなさい!」

「雫! 龍太郎! 来てくれたのか!」

 

 光輝ははぐれた仲間の増援に笑顔を見せる。とはいえ雫も龍太郎もかなり消耗している。雫は蜘蛛型の機械『異合探査ユニット』に、龍太郎は重い拳を撃ち出すナガミミウサギのような機械にそれぞれ苦戦させられていた。どちらも奈落で出現した個体よりは弱いが、彼らにとっては強敵である。

 

「これで形勢逆転だ。勝つぞ!」

 

 光輝達は武蔵 玖型の討伐に王手をかけた。

 

 

 

「本当に……アンタなのか? 階音(カイネ)さん」

 

 清水は目の前の光景が信じられないといった顔だ。それもそうだろう、本来ならば地球にいるはずの自分の知人が何の前触れもなく現れたのだから。「敵が見せた幻影か?」などという可能性も考え始めた時、オルニスが強力な電撃を放つ。

 

「その問いに答えてやりたいところだが、まずはアイツをスクラップにしないとな!」

 

 階音と思しき女は双剣を構え、接近してきたオルニスに突撃して行く。

 

「死ね死ね死ね! テメェの汚ねえ※△☆をギタギタに刻んでやる!」

「服装を見た感じ聖職者よね、あの人……口汚さがずば抜けてるんだけど」

「間違いねぇ、階音さんだ……あの口の悪さは誰にも真似出来ねえ」

 

 妙なところで清水が確信度を上げている。その間にも黒ノ書を使った詠唱はしていたらしく、〝黒ノ槍〟をオルニスに放っている。

 オルニスが再び電撃を放つが、飛び上がった優花がイエスタデイで受け止め、それを相手に投げ返す。優花の技能の一つ、〝蛇喰〟だ。敵の攻撃を武器で受け止め、自身の糧とするか武器に纏わす。術者の手に触れた物は、まるで蛇が獲物を丸呑みにするように制御下に置かれてしまう。それが例え、敵の放った攻撃であっても。

 

「ほう、中々面白い事をするじゃないか、アイツ」

「園部は芸達者だからな。攻守ともに隙がねえぜ」

 

 階音と清水が優花の技について会話をしている。清水は護衛隊の旅の最中に優花の修業にも付き合っていたのだが、〝蛇喰〟に大層苦戦させられた。〝黒ノ槍〟だろうが〝黒ノ手〟だろうが問答無用に丸呑みにされ、優花を強化してしまう。結局、剣技と吸収されない〝黒ノ処刑〟でなんとか隙を作っての辛勝だったが、この先も勝ち続けられるかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。

 

 清水が在りし日を思い出していると、オルニスの攻撃を結界で防いでいた鈴がぼやき始める。

 

「ねえ、こいつベヒモスより強くない? 明らかに攻撃がエグいんだけど」

「土壇場で進化しやがったのかもな。これ以上進化される前に〝伽藍ノ堂〟で一気に攻めちまうか?」

「人数少ないならそれもアリなんだけどね。こんだけ集まってるんだし、鈴には防御に徹してもらって僕達で攻撃した方がいいんじゃない?」

 

 作戦会議をしている間にも、遠藤にオルニスの機銃攻撃が向けられる。

 

「それもそうか」

 

 遠藤は急いで障害物の影に隠れ、そこからザミエルのレーザー攻撃をお見舞いした。一方、鈴の発言を聞いた前線組のクラスメイト達はというと、

 

「冗談じゃないわ! あんなの相手に天之河無しで戦えって言うの!?」

「こんなところにいられるか! 俺は逃げるぞ!」

「おうおう、盛大に死亡フラグを立てていったな……(バーナードじゃあるまいに)」

 

 一応、遠藤のイギリスでの仕事仲間であるバーナードの名誉のために言っておくが、彼がこの手の死亡フラグを立てたことは一度も無い。

 護衛隊をあれだけ詰っておきながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった前線組。光輝の存在が無ければ統率の取れない烏合の衆に過ぎなかったのである。

 

「やれやれ、僕はこんなところにいられないな。先に帰らせてもらうよ」

「便乗すんじゃねえ、中村」

「冗談だよ、冗談」

 

 村上春樹作品のような口調で便乗する恵里に清水が苦言を呈する。しかし本気で逃げるつもりは無かったようで、下僕であるファイに指示を飛ばし、三角形の拘束フィールドをオルニスの周囲に展開する。

 それに階音が双剣で斬りかかり、さらに双剣を連結して強力な攻撃を加える。連結した時の攻撃はある程度距離が離れていても届くようで、攻撃を避けて離れた階音が問題なくダメージを与えていた。

 

「お?」

 

 遠藤が戦闘中にふと目に入った光景に感心する。それはオルニスが召喚する機械達を殲滅していく永山パーティーだった。他のクラスメイトのように逃げ出さない辺り、遠藤との特訓は無駄ではなかったようだ。

 

 闘いは苛烈さを増していく。オルニスの攻撃手段は電撃、強風、機銃、レーザーと多彩だ。まるで遠距離攻撃のバーゲンセールである。隠密からの奇襲攻撃を旨とする遠藤と近接攻撃主体の階音は相性が悪い。両者とも遠距離攻撃手段は持っているが、人には向き不向きが存在するのだ。

逆に遠距離攻撃を主体とする優花や清水は相性がいい。

 

「小さな狩人よ 敵の悉くを撃ち滅ぼさん 〝襲蜂〟」

 

 優花が無数のナイフを飛ばし、オルニスに殺到させる。一本の威力はイエスタデイに劣るが、数が多ければ脅威だ。それこそ、大量に集まったミツバチがスズメバチに勝るように。ナイフの蜂の群れに群がられるオルニス。数が多く、オルニス一体では対処できないでいる所に、更なる攻撃が襲い掛かる。

 

「〝黒ノ手〟」

 

 背後で詠唱をしていた清水が魔法を発動した。本から複数の腕が伸び、それが統合され巨大な一つの腕となった。そしてそれがオルニスを殴りつける。それでもオルニスは最後に一矢報いようとするが、

 

「〝百舌鳥〟」

 

 オルニスに刺された無数のナイフが敵を穿つ。相手に刺したナイフに魔力を流し込み、強烈な刺突攻撃を加える投術師の技能だ。しかも今回はナイフがオルニスに無数に刺さっている。結果、敵は木端微塵となった。

 

「ヒュー♪ 今回のMVPは園部と清水だな」

「私が駆け付けるまでも無かったか? 少し不完全燃焼だぞ」

 

 遠藤がラストアタックを称賛し、階音は少し不満そうに愚痴をこぼした。そして、そんな階音に近づく人影が一人。

 

「アンタ……本当に、階音さんなのか? だとしたら、何でトータスに……」

 

 階音はその言葉を聞いた途端、清水を殴りつけた。

 

「ぐはっ!?」

「『何で』だぁ!? そっちこそ突然いなくなったと思ったら数カ月も連絡一つ寄越さずに何処ほっつき歩いてやがったんだ! 私がどれだけ心配したと思ってる! 私が教えたチェスでも剣技でも私の上を行ったお前が、この程度の事態に対処できねえとは言わせねえぞ!」

 

 闘いの後に響き渡る怒声。しかし、彼女の言葉が本気で清水の事を心配しての物であることはその場の誰もが悟った。

 階音はさっきまでとは一変して優しい声色で話しかける。

 

「だが、ここには私が来た。もう、お前を見失う事は無い。ましてや死なす事など、絶対に無いからな」

 

 その言葉を聞いた清水は、床に倒れたまま口を開く。

 

「連絡しなかったのは……まあ、悪かったよ。尤も、出来る状態でも無かったがな。それに、『死なさない』だぁ? アンタの拳を受けた時、一瞬目の前に川が見えたぜ」

 

 そこまで言うと、清水は起き上がり、階音の目の前に立った。

 

「だが、来てくれたのは嬉しかった。そこは素直に礼を言うぜ。ありがとう」

 

 清水と階音は笑い合った。お互いに口は悪いが、それでも仲が悪いわけではない。そのような関係を象徴するようなひと時であった。

 

「常日頃嫌味しか言わないお前から、こうも素直に礼を言われるとはな」

「たまにはこういう事だってある。あと、剣技は今もアンタの方が上だ」

「一度私を打ち負かしただろ」

「まぐれだ。実際アレ以外は一回も勝ててねえよ」

 

 清水と階音が談笑していると、「化け物め!」と彼らを罵る声が聞こえた。感動の再会に水を差され、二人以外も含めてその声の方向を向くと、彼らを指差しているのはミゲルだった。

 

「ああ、いたんだ。ごめんねぇ? 忘れてたよ」

「この化け物め! 異端者め! アレを此処に呼んだのは貴様らだろう!」

「何言ってんだアイツ」

「それに、そこの女は詠唱も無しに魔法を使っておった! 魔物と同じ力を持つ異端者だ!」

 

 ミゲルは階音を指差してなおも喚き続ける。階音が使っていた魔法とやらは双剣を連結しての剣戟の事だろうが、王国の保管するアーティファクトでも似たような事を出来るものはある。証拠も何も無いこの状況では、こじつけ以上の意味は持たなかった。

 

 血走った眼で叫び続けるミゲルだが、それも長くは続かなかった。遠藤がザミエルによる攻撃でミゲルの頭部を撃ち抜いたからである。

 

「戦場における士官の死因の二割は部下による殺害だとよ。ヴァルハラで死因を聞かれた時、そう答えておきな」

 

 遠藤はそう言ってザミエルをしまい、そして周りを見回す。しかし、この場にミゲルの死を悲しむ者も、遠藤の罪を糾弾する者もいなかった。

 

「流れ弾だな」

「流れ弾だね」

「死を悲しんでやれるほどの思い入れは無いな」

 

 ミゲルの死因はレーザーによる射撃。オルニスが放ってきた攻撃にも存在するものだ。ついでに恵里がファイなどで目撃者がいない事も確認していた。これで遠藤の所業は闇に葬られる。

 

「さて、残りの機械共を殲滅するかね」

「その必要は無いみたいだよ。階下に落ちたK達とか、逃げ出した奴らが殲滅したみたいだね」

 

 その後、意気揚々と戻ってきた光輝だったが、オルニスは既に撃墜された後だった。また、ミゲルが死んだことを大層悲しんでいたが、遠藤達にはどうでもいいことであった。

 

 

 

 その夜、雫は部屋で落ち込んでいた。理由は二つある。一つ目は自分の無力さだ。遠藤達がオルニスと闘っている間、自分は召喚されてきた機械達を捌くので精いっぱいだったのである。誤解が無いように言っておくが、決して雫は訓練をサボっていたわけではない。

 

しかし、いくら訓練をしても鈴や恵里、遠藤や優花や清水との実力差は開くばかりである。試せることはすべてやったが、どうにもこの状況を打破できない。今では雫の武器である『黒ノ誓約』も以前よりも重く感じるようになってしまった。

 

 二つ目に至っては、もはや説明不要かもしれないが……彼女の幼馴染である天之河光輝のことである。簡単に言えば、ミゲルの死によって正義感の暴走に拍車がかかってしまったのである。あのような人物でも前線組にとっては良き師匠であったのである。特にミゲルの聞かせる『正義の味方が活躍する』ような物語は光輝の心を捉えて離さなかった。

 

 もし、シェイクスピアの作品やトゥーランドット、魔弾の射手などのオペラを愛する香織がこの場にいればミゲルの語る話の違和感に気付けただろう。なぜなら、その話はミゲルが聖教教会に言われて、光輝の正義感を刺激するために聞かせている物で、不自然に美談に捻じ曲げられている物だったのだから。

 

 地球に出回っているオペラや戯曲という物は、それらが須らく美談で構成されているわけではない。例えばトゥーランドットは、他人を信頼できないが故に約束を反故にしようとする姫が登場する。他にも、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』では、領地を奪われた主人公、プロスペローがエーリエルをこき使っていたり、魔法で嵐を起こして船を沈めたりしている。また、ジャンルは少々変わるが、ミュージカルにもなった『レ・ミゼラブル』は主人公と警官、王国と革命軍、法と正義……それらが論じる立場によって変幻自在に姿を変える。犯罪者である主人公、ジャン・バルジャンを捕まえようとするジャベールは法の観点から見れば正義の味方だが、ジャン・バルジャンに救われた人間達からすれば絶対悪とすら言えるだろう。

 

 ミゲルの聞かせた話はそれらの負の要素を殆ど排除した物であり、登場するとしても正義に下る絶対悪としてであった。

 そして、光輝は増長してしまった。今までにも増してハジメを裏切り者と決めつけるようになり、オルニスの襲撃の後、戦闘前の言動から優花を殊更敵視するようになった。雫や龍太郎がいくら言っても、「彼女は危険だ」「間違った道に進もうとする園部さんを正さなきゃならない」と彼女に突っかかる。終いにはどの話に影響されたのか「決闘だ!」と優花に挑み、〝蛇喰〟で技を丸呑みにされ、〝襲蜂〟で蜂の巣にされ、〝百舌鳥〟でノックアウトされていた。光輝の高いステータスと、優花が急所を外したことにより致命傷では無かったものの、手痛いしっぺ返しをくらったのは間違いない。

 

「もう、どうすればいいのよ……」

 

 雫は泣き出したかった。しかし彼女の涙腺は機能してくれない。泣き方など、とうに忘れてしまったのだ。

 その時、彼女の部屋の扉がノックされる。一瞬、光輝か? と震える雫だったが、次に聞こえてきた声で考えを改めた。

 

「八重樫、ちょっといいかしら」

 

 その声は優花のものだった。雫は一瞬躊躇う物の、結局彼女の入室を許可した。

 

 

 

「想像以上に酷い有様になってるわね」

 

 部屋に据え置かれたテーブルを挟んで優花と向かい合う雫。テーブルに置かれたのは二人分のグラスと一本の酒瓶だった。優花が「良かったら一杯どう?」と持ち込んだのである。

 

「まあ、アンタからしたら私も頭痛の種なんでしょうけど」

 

 そう言ってグラスに口をつける優花は、謎の色気を纏っている。自分と同い年のはずなのに何故酒がこんなにも似合うのか、雫は本気で疑問に思った。

 

「毒とか入って無いから大丈夫よ。現に私が平気で飲んでるでしょ」

 

 優花はその様子を見て、雫が毒殺の心配をしていると思ったようだ。半分は冗談かも知れないが、全く飲まないのも悪いと思ってグラスに口をつける。17歳の飲酒は日本では違法だが、トータスでは合法だ。

 

「園部さんは、トータスに来てから何度もお酒を飲んでいるの?」

「飲んだり料理に使ったり、色々よ。でも、アルコールに耐性が付くにつれて、嫌な事を忘れさせてくれるものでも無くなってしまったわ」

 

 そう言ってグラスに酒を注ぐ優花。『嫌な事』とはハジメの事や光輝の事だと悟った雫は一気に居た堪れない気持ちになる。

 

「ごめんなさい……光輝の事も、南雲君のことも」

「八重樫って、日記帳とか付けてたら365日『今日はあまり良くない一日でした』とか言う意味不明な反省から始まっていそうよね」

「ぅ……」

「え? 図星だったの? そりゃ香織が頭を悩ませるわけだわ……」

 

 優花は溜息を吐いて雫に話しかける。

 

「あのね、私はアンタに謝って欲しいわけじゃないわ。なんか愚痴でもあれば聞くわよ、程度の気持ちだったんだけど」

 

 その言葉を聞いたが最後、雫の心は決壊した。一度愚痴を吐き始めたら止まらなかった。それを優花は酒を片手にずっと聞いていた。アルコールが入ったからか、雫はいつもよりも

饒舌になり、一頻り愚痴を吐き出した。

 そして最後に、優花とハジメの事について気になっていたことを聞いた。

 

「園部さんは、その、南雲君の事が好きなのよね……」

「あら、恋バナできる程度には持ち直したかしら。そうよ、大好きよ。きっと南雲があのまま地球で死んだとしても、私は彼の事が忘れられずに、マドラーとロックグラスをパートナーに一人寂しく場末のBARで酒飲んでたわ」

 

 そして暫く優花の惚気話が続いた。雫も話を聞きたがり、カクテル名に合わせた二人きりの演奏会の部分は特に真剣に聞いていた。

 そして、お互いに話す事が無くなった時、優花が本題を切り出そうとした時、部屋のドアが勢いよく開けられる。

 

「雫!」

 

 部屋に入ってきたのは光輝だった。表情を見れば雫の事を本気で心配していた事は分かる。そしてテーブルの上の酒を見て盛大に顔を顰めた。

 

「レディの部屋にノックも無しに入るなんて、随分なマナーね。ジェントルマン」

「園部さん、君は雫に何をしようとしていたんだ! しかもこんな酒まで飲んで……!」

「私はレズじゃないから安心しなさい。あと、トータスでは酒は合法よ。法律書は分厚いけど打撃武器じゃないんだから、読んできなさい」

「そうよ光輝、彼女は私に何も―――」

「戦闘前の言動を忘れたのか! 彼女はマトモじゃないんだ! こんな奴と二人きりになって良い事なんかない!」

「礼儀がなって無いのはアンタの方だけどね」

 

 光輝はステータスに物を言わせて強引に優花を追い出した。まるでこっそり飼われていた野良犬を放り出すような扱いである。

 

「ちょっと! 私の酒返しなさいよ! 私物なんだけど!」

「これは俺が処分しておく! 未成年が飲んでちゃいけないものだ!」

「合法だっつってんでしょうが鳥頭!」

 

 優花が何を言っても光輝は聞く耳を持たない。いっそ扉を蹴破るか、と優花が実行しようとしたところ、

 

「優花! 大変です! 今すぐ来てください!」

 

 尋常でなく慌てた様子のリリアーナ王女が駆け寄ってきた。優花は舌打ちしながらも彼女を見る。どうやら波乱はまだまだ続きそうである。

 




スマン、階音の説明はまた今度。いよいよ面倒な事になってきましたね。因みに、冒頭で光輝、雫、龍太郎が戦っていた敵はハジメ達が一度は戦った敵ですね。やはり昇格者は強い。
そして優花の技能は原作で殆ど説明が無かったからほぼオリジナルです。クロス先でも参考になりそうなのDOD3のワンくらいしかいなくて……

備忘録

>咬み殺した遠藤
ミゲル暗殺。ぶっちゃけやってることはベヒモス戦の時の檜山と大して変わらない。違うのは、遠藤がその道のプロという事だ。

>蛇喰、襲蜂、百舌鳥
軽くまとめておくと、蛇喰:相手の技を吸収するが飛来する物限定、襲蜂:無数のナイフで蜂の巣、百舌鳥:相手に刺したナイフで更にダメージを与える。という技。生き物モチーフが多いが、違うのもある。また、蛇喰だけ異彩を放っているが、一応伏線である。

>階音
ぶっちゃけ一番書けてるかが不安なキャラ。詳細はまた今度

>戯曲
完全に独自解釈&結構雑なのであんまり当てにしないように。そして多分今後も使いまわす。

>飲酒可能年齢
あまり具体的には決めていないが、17歳時点では飲める設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蘇ッタ者

今回少し短めです。忙しいので。

そして暫くクラスメイトsideは続きます。同時多発的に色々な事が起こるから書くのが大変です。


 時間はリリアーナが優花に助けを求めに来たところから少し遡る。

 

「では、話そうか。お前に隠していた、私の過去について」

 

 オルニスを撃墜した後、清水は階音にトータスに現れた理由を聞いていた。旧知の人間との再会は嬉しい物だが、それでも何も疑問に思わないわけではない。清水はいくらか疑惑は晴れたとはいえ、今でも本当に目の前にいる人物が自分の知っている女性なのか疑っている。

 

「最初に言っておくが、今からする話は、お前からすれば到底信じられないような内容だ。信じるか信じないかは……お前に任せる」

「頭ごなしに否定することはしないから安心しろ。ただでさえ、異世界召喚なんていうオカルトな事に巻き込まれてんだ」

 

 それに清水の友人のハジメとて身体が機械化していくという現代の医学では理解不能な病に侵されている。ライトノベルの外、現実世界も大概ファンタジーだと清水は思っていた。

 

「そうか……まず最初に言うが、私は本来死んでいるはずの人間だ。階音という名前も、偽名だよ。尤も、本名に日本の〝漢字〟を当てただけだが」

「死んでる?」

「ああ、少なくとも、私という人間は間違いなく死んだはずだ」

「いきなりスピリチュアルな話になったな。実は今まで会話してたのはゾンビでした、とか、いきなりテルミット弾ぶち込んできたぞオイ……」

「フッ、これからどんどん爆破していくぞ」

 

 清水の言い草は傍から見たら罵倒とも取られかねない物だが、これが二人の日常である。なんなら階音の方が色々とぶっ飛ばしている事も多い。

 

「で、アンタはどうやって蘇ったんだ?」

「それを話す前に、まずは私の生い立ちについて話す必要があるな。結論から言えば、私は悪魔によって作り出された人間だ」

「オ前ハ何ヲ言ッテイルンダ」

「本当だぞ。子が出来ない夫婦が悪魔に願って宿らせた子供が私だ」

「にほんごではなそ」

「外国人だな、私は。まあ、にわかには信じがたいだろうが、証拠はあるぞ」

「へぇ?」

「股にアレが付いてる。両性具有という奴だな。分かりやすく言うと、☆○¥&だ」

「言い直さんでいい。てかカミングアウトしていいのかソレ」

 

 カイネさん、この小説R15なんよ。しかし、カイネとて誰にでも秘密を打ち明けるわけではない。地球でそれなりに関わった清水だからこそ話したのである。

 

「まあ、生まれた後は色々あったな。悪魔に頼んで産み落としたくせに、私の姿を見て発狂した両親に殺されそうになったり、そこを悪魔と闘う組織の奴に助けられたり」

「ちょっと待て。両親も大概だが、悪魔と闘う組織?」

「ああ、オムニブスってな。悪魔と闘う人間をエクソシストって言うんだが、それの集まりみたいなものだ。バチカンにある」

「情報量とツッコミどころが比例するとか……ていうかそれもカミングアウトしていいのかよ」

「知らんな。死者を縛る法律は無い」

 

 そう言うと、カイネは少し間を置いて清水に問いかけた。

 

「お前は……私を拒絶しないのか?」

「あ?」

「自分で言うのも何だが、私は普通じゃない。こんな話をすれば、お前が私を拒絶するんじゃないか……そう予想していた」

 

 それを聞いた清水は、少し考えて口を開く。

 

「カイネさんは……俺と出会った頃を覚えてるか?」

「ああ、常に他人に怯えていたな。そしてイライラした私が鍛えて振り回したわけだが」

「そうだ。アンタと出会う前、俺は全ての人間に怯えていた……そしてそれは、今も変わらねえ」

「……え?」

「人間の根底なんてそんなに変わらねえよ。今だって、アンタに対する恐怖は残ってるし、全てを信用してるわけじゃねえんだ」

 

 清水は家族に趣味を拒絶され、小中学校では苛めに遭っていた。その中で他人に怯えるようになり、人間を信用しなくなった。そして偶然見つけた鳥や野良猫と遊んでいたのだが、それもエアガンを持った子供が撃ち殺してしまった。〝友達〟を殺した人間に対する信用は、完全に無くなった。

 

ライトノベルやフィギュアといった物に傾倒していったのは、それらが〝人間〟に撃ち殺されないからだ。本から出てこない限り殺される事は無い。フィギュアもケースに入れておけば、地震や竜巻でも来ない限り壊れはしない。所詮は〝作られた〟美しさ。だが清水はそれで満足だった。

 

しかしその日々も長くは続かなかった。今度は兄や弟がライトノベルやフィギュアといった物を排除し始めたのだ。ようやく外敵から殺されない〝友達〟を得たのに、今度は身内によって脅威にさらされる事になった。

 

「頼むから〝友人〟を殺さないでくれ!」

 

 そう言った清水を見た家族が、不愉快気な表情から恐怖に変わっていったのは今でも鮮明に思い出せる。

 

 結局、その後清水が関わる事の出来た人間は、周りから逸脱していたハジメ達『D坂の思想犯』と、やや強引な手段で自分に迫ってきたカイネだけだった。

 

「基本的に人を信用しない俺が、なんでアンタとここまで深く関わっているのか……本当の所は俺にも分からん。だが、それが成り行きであれ感情であれ、人間不信という状態を上回るモノであるのは確かだ」

「…………」

「だから、アンタがどんだけ変わった過去を持っていようが、俺にはそれを拒絶するだけの感情は有りゃしないんだ」

 

 その言葉にカイネは苦笑いし、そして安心した。

 

「そうか……」

「それで、なんでバチカンにいるはずのアンタが日本にいて、オマケに今度はトータスにいるんだ?」

「まず日本にいた理由だが、これは私にも分からん。エクソシストとして悪魔と闘っていた私は、強力な悪魔と闘って、結果死んだ。だが、私の人生は此処で終わらなかった。私の身体に目を付けたクソ悪魔どもが、私を乗っ取ろうとしたのさ」

「波乱万丈だなオイ……」

「私は最後の力を振り絞って抵抗した。そして、一体の悪魔に噛みついた時、闘いで失ったはずの腕が機械になって蘇っていた」

「機械……」

「ああ、這う這うの体で地獄から飛び出した先はアンタの故郷、日本さ。その時は仰天したね。私が生きていた時代から何十年も時がたっていて、私と同じように身体が機械化した人間達が『パニシング症候群』として恐怖の対象となっていた」

「やっぱりパニシングか……となると、パニシングはその『地獄』とやらから来たのか?」

 

 清水は衝撃的な真実に慄く。カイネの言う事が事実だとすれば、友人を蝕む病魔は『地獄』などというオカルトチックな場所から発生した物である可能性がある。現代の医学では解明できない死の病とされていた物は、ファンタジーの産物であったらしい。

 

「パニシングは伝染はしねえはずだ。だからアンタが震源地じゃねえってのは分かる」

「ありがとう。で、私がトータスにいる理由だが、さっきの『地獄』ってのが関わってくる。お前が失踪した後、私はお前達が地獄にいるんじゃないかと思った。だから捜しに行った。そして、『花』を見つけた」

「『花』……?」

「アレが何なのか、私にも分からん。だが、そうとしか形容しようのない物だったな。自然物とも、人工物とも取れるモノだった。私はそれに近づいて調べようとしたら、この世界に飛ばされた」

 

 何ともまあ、壮大な話だった。追いついた理解が走り抜けていった気分である。詳細はカイネにも分からないそうだが、どうやら地球と地獄とトータスは繋がっているらしい。しかしそれが真実だとするなら、

 

「じゃあ、アンタは地球への帰り方が分かるのか?」

「残念だが、私が転移した場所に戻っても何も起こらなかった」

「そう簡単にはいかねえか……」

 

 簡単に地球に帰ることは出来ない。だが、仮に可能だったとして、清水としてもハジメや香織を見つけてからでないと帰れないため、今すぐどうこうできるわけではないのだが。

 

「話は聞かせてもらったぜ」

「は!? お前いつから……」

「最初からだ」

 

 二人しかいないはずの部屋から第三者の声が響き、カイネが驚く。一方、清水は声の主を察し、呆れながら口を開いた。

 

「盗み聞きとは感心しねえな、遠藤。お前の趣味か?」

「残念、仕事だ」

「チッ、お前がイギリスのエージェントだって話、もう少し真剣に聞いとくべきだったぜ」

 

 遠藤としても、突然現れたカイネという女をノーマークで放置するわけにもいかない。そして何より、

 

「こんな所で会うとはねえ。()()()

 

 遠藤の右腕から刃や仕込み弓が飛び出す。遠藤もまた、パニシングの適合者だった。

 

 

・・・ ・ -・-・ ・-・ ・ -

 

 

 遠藤がクラスメイト達に隠していたことは大きく分けて二つ。

 

 一つは自分が英国から派遣されたエージェントであるという事。もう一つは遠藤が『授格者』、つまりパニシングに適応して生み出された機械という事だ。

 

 元々、遠藤の任務は病棟に隔離されたパニシング症候群の罹患者達の保護と回収だった。しかし、誰もが予想しないタイミングで患者達が暴走、病棟は壊滅状態になった。そして、遠藤の任務は生存者の監視に切り替わった。暴走の兆候があれば殺害、適応すれば拉致し、英国に連れていく。

 

 そして、遠藤自身もパニシングの有用性を量るための捨て石の実験部隊の一人だ。人としての生活が保障される代わりに、任務への拒否権は無くなる。諜報、暗殺、その他諸々を遠藤は幾つもこなしてきた。上層部から用済みと判断されれば消される。そんな綱渡りを遠藤は続けていた。

 

 その事に対する卑下や後悔はない。そもそも死ぬはずだった自分が生きていられるだけで御の字だと思っている。そして、出来ればパニシング症候群の罹患者達にも生きる希望を与えたいとも思っていた。少なくとも、どん底で人生を終えるよりも、汚泥の中で生き続けた方がマシだ、と遠藤は思っている。

 

 そして、ハジメはこの事実を知っていた。だからこそ、テロ計画を立てた。自分の存在が、消されてしまう前に。

 

「へえ、じゃあどうする。私を殺すか、拉致るか」

「安心しろ。今じゃどっちも不可能だ。拉致った所で帰る方法が分からんし、パニシングについての新情報を持ったビッグゲストを殺したら、俺が上層部に消される」

 

 遠藤が上記の事実を所々ぼかして伝えると、カイネが警戒の表情を浮かべる。しかし、遠藤は今すぐカイネに危害を加えるつもりは無かった。

 

「もし地球に帰れたら、アンタ等の待遇は可能な限り良くするように上層部に掛け合うさ。これでも発言権はある方でな。それが、俺に出来る、唯一の贖罪だ」

 

 その話を聞いていた清水は情報量の過剰摂取で胃もたれを起こしそうだった。

 

「いつも一緒にいた奴らがターミネーターだったとはね……笑えねえ冗談だ。映画と違うのはシュワルツェネッガーが演じてないって事だけじゃねえか」

 

 そして、溜息を吐いて遠藤に剣呑な声で問いかける。

 

「とりあえず、お前はカイネさんに危害を加えるつもりはねえんだな?」

「ああ、サンタマリアにでも誓おうか?」

「……完全にお前を信用したわけじゃねえが、お前が俺達の味方でいるうちは協力するさ。トリガー戦略って奴だ。お前を敵とみなしたら、容赦なく歯向かうぜ」

「それでいい、賢明な判断だ」

 

 三人が一応の合意をした時、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

 

「何だ?」

「ブギーマンでも現れたかね」

 

 清水と遠藤の二人がそう言って警戒しながら部屋のドアを開けた時、音もなく忍び寄っていた機械の暗殺者『吊人 参型』が襲い掛かった。

 




説明回ですね。書き始めた当初はこんなに設定が複雑になるとは思ってませんでした……あと、カイネの口調が品がよすぎる。と感じた人もいるかもしれませんが、本家とは家族関係が変わっているため、普段は割と普通です。

清水:過去はほぼ原作通りだが、少し追加されている。

遠藤:何気にコイツも危ない橋を渡り続けているヤツ。因みに捨て石の実験部隊という部分はNieR: Automataのとあるキャラを参考にしている。

カイネ:『鯨ト鳥』でも匂わせていたが、実はエクソシスト。エクソシストについての詳細が気になる方は原作アフターの深淵卿第二章を参照してください。あと、両性具有についてはNieR: Replicantの公式設定である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鼠捕リ

あれ可笑しいな……本当だったらこの話でクラスメイトsideは終わるはずだったんだが。

まあ、人形『タチ』ハ世界最強なので、遠藤とかも主人公って事で許してくれい。

あと、Twitterでも言ったけどパニグレにてセレーナさんお迎え出来ました。やったぜ(クッソどうでも良い自語り)


 『吊人 参型』、傘を被った推定六本腕の人型のような姿をした機械だ。機体の構造は精巧かつ軽便であり、ゆったりとした服の下には細長い背骨が一本あるのみである。完全な死角からの一撃を遠藤が勘で弾き、それを見ていたカイネがぼやく。

 

「なあ、こんなに頻繁に敵に侵入されるほど王城の警備ってザルなのか?」

「カイネさん……ここは侵入してきた側が凄いって考えとこうぜ」

 

 姿を消し、音も無く襲い掛かる攻撃。事実上の完全隠密と瞬身性を持つこの機械を、果たして警備の騎士が防げるかと言うとやや疑問だが、大結界の存在ありきの警備であるため、そもそも王城が攻め込まれる事など想定していないのだろう。

 とはいえ、こういう非常事態に対応するための警備が全くの役立たずというのは些か問題だが……

 

 吊人は遠藤の前から姿を消し、三人は相手の存在を知覚できなくなる。そして数秒の静寂の後、清水の背後に現れ釣り針のような武器で斬りかかる。間一髪、剣で攻撃を弾く清水。

 

「あっぶねえ……」

 

 その後も軽業師のようなぬらりとした動きで攻撃を重ねる吊人。カイネや盗賊などとは違う動きを何とか見切り、対応する。

 

「中国雑技団かよコイツ……」

「この中の誰かがサーカス団にでも恨みを買ったのか?」

「残念ながら記憶にないね」

 

 清水が攻撃を回避するために姿勢を低くした瞬間に、カイネの斬撃が吊人を斬る。しかし致命傷とはならず、吊人は再び姿を消す。

 

「チッ、鬱陶しい奴だ。次出てきたら○□*?¥溶接して額に代わりのモン開けてやる!」

「おい、品が無いにも程があんだろ」

 

 カイネの言葉に清水がツッコむ。とはいえ、姿も気配も音も消えるというのは中々に厄介だ。早急に討伐しなければ被害は拡大する一方だろう。腐敗した王国に舞い踊る機械の乱入、この世界からハイリヒ王国に向けた皮肉であろうか。

 

「皆さん! 一体何があったのです!?」

 

 騒ぎを感知したリリアーナが清水達に駆け寄って来る。三人の安否を問わないのは彼らを無下に扱っているのではなく、「彼等ならそうそうやられないはずだ」という信頼があるからだ。更に言うなら、『D坂の思想犯』でもどうにもならないなら誰も対処できない。

 

「鼠が一匹入り込んだ。招いてもねえのに来る辺り、徴税人の真似事か? おまけに頂くのは俺達の命だとよ」

「わ!? いたんですか遠藤さん……」

「Zombieではあるかも知れんがGhostじゃねえよ俺は……」

 

 来た時には知覚できなかった遠藤の声にリリアーナは驚き、自分の意思とは関係なく消失する気配に悪態をつく遠藤。いつまでも攻撃が来ない辺り、吊人は逃げ出したようだ。

 

「姿が見えない上に逃げ足まで速いのか……突っ込んでぶっ潰すだけじゃ倒せないタイプだな。クソッタレ」

「暴走族みてえな発想何なんだよ、聖職者」

「一応、優花にも知らせます。恵里と鈴は別件で動いてるのでここにはいませんし、彼女は頼りになりますから」

「それもいいが、俺に一つ妙案がある。鼠を捕まえるには罠と餌が入り用だ」

 

 遠藤はそう言って全員に作戦内容を話す。そしてそれぞれが動き出した。

 

 

 

 そして、時間は現在に戻る。リリアーナは優花に作戦の概要を説明した。

 

「……というわけなんです。協力してくれますか?」

「分かったわ。幸いネズミ捕りもチーズも揃ってるわね。そこの部屋に勇者様がいるけど。呼んで来る?」

「おびき寄せたいのは虫じゃなくて鼠ですから、光り輝く者は要りませんよ」

「時々腹黒いわよね……アンタ」

 

 因みに『虫』というのは考え無しに勇者や教会を持ち上げる貴族や神殿騎士の事だ。勇者を使ってあぶり出し、何処かのタイミングで排除するつもりなのだろう。現に、『戦死』したミゲルの真実は話題にすらならない。これ幸いとほくそ笑んでいた姫が早々に根回ししていたのである。ミゲルを慕っていた者もいたが、そうでない者も多い。彼を嫌う騎士達に『戦死』の情報を流せば小鳥みたいに囀り出す。そしてそれが真実となった。

 

 リリアーナが黒い笑みを浮かべていると、彼女を突如現れた吊人の刃が襲う。しかし、これは計算された予定調和だった。

 

「今です!」

 

 リリアーナが掛け声とともに身をかがめると、優花と姿を現した遠藤が吊人を攻撃する。攻撃を妨害され、盛大にスカッた吊人はバランスを崩し、隙が生まれる。そして、その間にリリアーナが障壁を展開した。

 

 これが吊人を倒すための作戦である。いかに姿を消そうとも物体を通り抜ける力は無い。ならば障壁の中に閉じ込めてしまえば逃走を封じる事が出来る。

 囮役を買って出たのはリリアーナだった。遠藤達に比べて弱い彼女が単独行動していれば敵は必ず狙ってくる。敵にそれくらいの知能があるかどうかは賭けであったが、どうやら成功したようだ。とはいえ危険な役である事に変わりは無いため、念の為暗殺者の技能で姿を消した遠藤が護衛についていた。

 

「袋の鼠だな。ハイなタンゴを踊ろうぜ、人形」

 

 遠藤がそう言い、立て直した吊人の攻撃を弾く。そして優花がラッシュを決めようとした時、彼女の背後で突然ドアが開く。吊人に戦輪イエスタデイをぶつけながら優花が後ろを振り向くと、開いたドアの位置にいたのは光輝だった。

 

「これは一体……どういう状況だ!?」

「オイ姫さん、この結界には防音機能はねえのか」

「私は結界師じゃないんですよー!」

「取り込み中よ。貴方は幼馴染でも慰めてたら?」

 

 優花がちょっとした皮肉を込めて言葉を発したとき、背後で吊人が飛び上がり、遠藤に滑空攻撃を仕掛ける。遠藤は回避した後ザミエルの攻撃をカウンターした。

 

「戦闘中なのか? リリィ! 君は早く逃げるんだ!」

「私は囮です。そして鈴と違って結界を維持するためにも動けません」

「囮!? 遠藤! 園部さん! なんてことを彼女にやらせてるんだ! 可哀想に……無理矢理やらされてるんだな!」

「志願したんですよ。遠藤さんや優花の事は信用してますから」

「今助ける!」

「おう会話しようや」

「黙れ遠藤! もうお前の詭弁には惑わされないぞ!」

 

 光輝はリリアーナを助けようと、結界を破壊すべく剣を振り上げた。作戦が水の泡となる前に優花がイエスタデイを当てようとした所、光輝を抑える影が現れる。

 

「やめなさい光輝! 彼らの邪魔をするべきではないわ!」

「だが雫、リリィは無理矢理囮にされているんだぞ!」

「彼女の志願だって言ってたじゃない! いい加減に人の話を聞きなさい!」

 

 そう言って雫は光輝に平手打ちをする。今まで光輝を野放しにしていたからこうなったのだ、それなら自分が彼を矯正しなければならないという信念が雫にはあった。

その思い自体は間違ってはいない。光輝の負の側面から目を逸らしてきたのは、雫が人の闇や悪意に対して耐性が無い事が原因である。ハジメや香織のように哲学や戯曲を学んできたわけでも、鈴のように当たり障りなく躱す術も、遠藤や優花や恵里、清水のように言い返せるほどの外連味も無い。そう言い訳して目を逸らし続けてきた。

 

雫に間違いがあったとするなら、それは彼女の思う以上に光輝は思い込みが強い事、つまり、正解など端から存在しないことだろう。

 

「園部さん! お前は雫に何をしたんだ! 一体何を吹き込んだんだ!」

「どちらかと言うと愚痴を聞かされていた側だけどね。主にアンタに対する」

「そうよ! 園部さんは私を受け止めてくれたわ!」

 

 しかし、自分を否定された(と思っている)光輝は聞く耳を持たない。それはまるで現実を受け入れられずに駄々をこねる幼子のようであった。

 

「あーもう、めんどくさい……リリィ、ちょっと」

 

 優花の提案は光輝を結界の中に入れる事だった。その提案にリリアーナは訝しむ。

 

「……いいんですか?」

「このままだと結界壊して入って来るわよ。その方が大損害だわ」

「それもそうですね……」

 

 その理由に納得したリリアーナは結界の対象から光輝を外す。その瞬間にリリアーナを助けようと結界に入った光輝だが、その目論見は早々に瓦解した。

 

「え?」

 

 宙に飛び上がっていた吊人が光輝に武器を投げ飛ばしたのだ。リリアーナを狙っていても埒が明かないと判断したのか他の者を狙い始めたのだ。

 

「くっ……」

 

 更に、姿を消した吊人が光輝の背後から奇襲をかける。どの攻撃にも致命傷こそ負わないものの、基本的に翻弄されるだけであった。基本的に真正面から攻撃を仕掛けるだけなので、搦手を主体とする吊人とは相性が悪い。光輝とてそれが理解できない程頭が悪いわけではないのだが、いかんせん正義感が邪魔をする。

 

「なんて卑怯な……!」

 

 遠藤と優花が揃って溜息を吐く。雫は光輝を説得しようとしているが、結果は芳しくない。

 

「望む場所に引き寄せたまえ 〝引蜘蛛〟」

 

 優花が隙を見て吊人にナイフを投げ、引き寄せる。これは投術師の技能である〝引蜘蛛〟という魔法で、ナイフを刺した相手を引き寄せる、もしくは刺した場所に自分を引き寄せる魔法だ。かつてはワイヤーでやっていた事だったが、技能が発達した事によってそれが無くとも可能になった。

 

「弾き飛ばせ 〝遊麟〟」

 

 これも投術師の技能であり、触れた物を斥力で弾き飛ばす技だ。通常は投擲攻撃の強化に使われるが、今回は触れた敵に対して発動したのだ。その他、魔法以外の物理的な攻撃を弾くという使い方も出来る。

 

 吊人は壁に叩きつけられ、一時的に動きを封じられる。するとどこからともなく〝黒ノ槍〟が飛来し、吊人に突き刺さった。死角に待機させていた清水に遠藤が合図を送り、魔法を撃たせたのである。無論、結界の防御対象に清水の魔法は指定されていないので範囲外からの攻撃でも普通に通る。

 そしてこの一撃がトドメとなり、吊人は機能を停止した。なお、カイネはまたも不完全燃焼だが、弟子? の活躍が見れたので良しとしていた。

 

「ふう……ようやく倒せましたね」

「お疲れさん。見た目に反して戦場での演舞は華麗だったぜ」

「もしかして口説いてます? 駄目ですよー、恋人さんいるんでしょ?」

「知り合い曰く、男ってのはだいたい万国共通で口が軽いらしい。まあ、俺は恋人って存在がこの世で最も恐ろしいから、そんな勇気は無いがね」

 

 リリアーナと遠藤が洋画のようなやり取りをしていると、疲弊した様子の光輝が突っかかって来る。

 

「おい遠藤! さっきも聞いたがなんでリリィを囮にするような事をしたんだ!」

「だから志願した結果だって言ったでしょ、鳥頭」

「三歩動かなきゃ忘れねえならニワトリの方がマシじゃねえか……」

「園部さんもはぐらかすな! 質問に答えろ!」

「ですから私が志願した結果ですよ。近くに『信用』できる人間もいませんでしたし。まあ、私を狙ってくれる保証は無かったので、もし外れたら別のプランを考えていましたが……とりあえず意味は理解できましたでしょうか。天之河さん達は異世界人ですし、言語が理解できないなら雫に通訳してもらいますが」

 

 光輝はリリアーナ本人の理路整然とした返しに黙り込む。召喚者はもれなく『言語理解』の技能を持っているため、リリアーナの言っている事は理解できてしまう。リリアーナも本人がいない所で誘蛾灯のような扱いをしてしまったので、多少の罪悪感はあるが、主張だけはしっかりとしておく。

 

「なあ、あの無駄にキラキラした思い込みの激しそうな、KKKにでもいそうなガキは何なんだ?」

「天之河光輝。天職『勇者』のスーパーエリートでステータスも一番高い。地球にいた頃は学年トップで文武両道の完璧超人」

「意外と高く買ってるんだな」

「事実は事実だからな。昔はいけ好かないながらももう少し話が通じる奴だったんだがな」

「なるほど……まあ私は関わる気は無いが」

「アンタはそれで良いだろうが……」

「それに、貴方は大人なのに何故遠藤達の行動を野放しにしているんですか!」

「ほーら来たぞー」

「Jesus……こういう時はどうすりゃいい、ておい! 何さりげなく立ち去ろうとしてんだ! この黙示録にも書かれてないような危機的状況で私を一人にするな!」

 

 カイネは焦ったように清水の襟首を掴む。「ギュエッ」という声と共に動きを止められてしまう。清水は心底嫌そうな顔をしながらも、一応は答える。

 

「地震や台風が来たときはどうする。去るのを待つか避難するだろ。川が毎年のように氾濫した時は人間はどうした。別の方向に流れを変えるんだよ」

「OK把握。クソ礼拝もやっとくモンだ。いい知人を得られたんだからな!」

「俺はお悩み相談室の世話焼き婆さんじゃねえぞ」

 

 清水とカイネが漫才を繰り広げている間にも光輝は正義のお説教を続けている。だが正直言って聖職者(笑)のカイネには響かない。おそらく光輝の意見に共感できるのは余程の聖人か馬鹿、もしくは別の方向に吹っ切れた差別主義者だけである。カイネはどれでもないのだ。

 

「とりあえず話を聞け!」

 

 カイネはそう言って光輝を殴りつける。会話が成立しないので実力行使にでたようだ。しかしカイネは失念していた。自分は他人と比べて怪力であったことを。

 

「誰が気絶させろっつったよ……」

「すまん……少し耳を傾けさせるだけのつもりだったんだが、身体まで傾けさせるとは」

「何上手い事言ってんだよ。アンタの拳は人殺せるって散々忠告しただろうが」

 

 光輝は気絶してしまった。幸いな事に脳挫傷ではなく脳震盪なので、暫く待てば起き上がる。とはいえステータスは一番高い光輝を一撃で昏倒させられる辺り、カイネの強さが思わぬ形で知れ渡った瞬間だった。

 

 その後、カイネに謝り倒す雫が(知らない仲ではあるものの)不憫に思えてきたので、愚痴くらいは聞くことにした。そしてそこに優花とリリア―ナも加わり、この場にいる女性陣総出で慰める事になったのは余談である。

 




タグで勇者アンチにしてるのはこういう展開が時々挟まるからです。そして相変わらず雫が不憫である。因みに龍太郎君はナガミミウサギ型バイオニックにボコられた怪我が酷くてベッドから起き上がれません。そしてリリアーナの口が悪い……と思ったけど原作でもこんなんだったような?

備忘録

吊人 参型:パニグレユーザーには或る意味一番有名な悪名高い敵モブ。雑魚敵の分類でありながらその脅威は下手なボスや精鋭型を上回る。読みづらいモーション、事実上の完全隠密や瞬間移動、妙に当たり判定の広い攻撃などに苦しめられた指揮官は多いはず。あと時々タイミング良く消えては構造体の必殺技がスカる事もあるため、とことんシステム上の嫌な所を付いてくる敵でもある。因みに作者は吊人『惨』型と呼んでいる模様。

引蜘蛛:敵や自分を引き寄せる優花のオリジナル技能。上手く使えば色々応用できる

遊麟:触れた物を斥力で弾き飛ばす優花のオリジナル技能。パニグレの常羽の型番でもある。モチーフは麒麟。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叛徒計回リ

クラスメイトsideで何話使うんだよと。そしてまたもや優花さん登場します。いや、書き始めた当初はここまで表に出てくるとは思ってなかったキャラだったので、軽く驚いてます。勝手に動くんだよキャラが。

あと別に原作ディスるつもりは無いのだけど、海外の児童文学だったり自分が持ってる本を読むと、ありふれのクラスメイト達の精神年齢が実年齢ー5歳くらいに見えるバグが起きてます。
愛子先生についてもこれが起こる事があるので、「ああ、私ってひねくれてるんだな」と自嘲してます。


「はぁ……」

 

 オルニス戦の後、食堂で一人溜息を吐く人物がいた。彼女の名前は畑山愛子、二十五歳の社会科教師だ。

 

 彼女にとって教師とは、専門的な知識を生徒達に教え、学業成績の向上に努め、生活が模範的になるよう指導するだけの存在ではない。もちろん、それらは大事なことではあるのだが、それよりも〝味方である〟こと、それが一番重要だと考えていた。具体的に言えば、家族以外で子供達が頼ることの出来る大人で在りたかったのだ。

 

 それ故に、ハジメが戦死し、香織が異形の機械と化して後を追った話を生徒達から聞いた時、愛子は心の底から後悔した。どうして強引にでもついて行かなかったのかと自分を責めに責めた。結局、自身の思う理想の教師たらんと口では言っておきながら自分は流されただけではないか! と。もちろん、愛子が居たからといって何か変わったかと言われれば答えに窮するだろう。だが、この出来事が教師たる畑山愛子の頭を殴りつけ、ある意味目を覚ますきっかけとなった。

 

〝死〟という圧倒的な恐怖を身近に感じ立ち上がれなくなった生徒達と、そんな彼等に戦闘の続行を望む教会・王国関係者。愛子は、もう二度と流されるもんか! と教会幹部、王国貴族達に真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。

 

 結果として彼女の目的は達成され、戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなった。だが、そんな愛子の頑張りに心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、戦争なんてものは出来そうにないが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は皮肉な結果だ。

 

 いくら説得してもそうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。そして、結局押し切られ、その後の農地巡りに同行させることになり、「また流されました。私はダメな教師です……」と四つん這い状態になってしまったことは記憶に新しい。

 

 とはいえ収穫もあった。クラスメイトからの厄介払いという形ではあったが、優花と清水の二人と関わる機会を得られたのだ。はっきり言って、この二人を含むグループは教師の間ではあまり評判が良くない。どこか生徒を管理しようとする教師達にとって、自律的に動き回るハジメ達のグループは扱いづらいのである。

 

 部活動やボランティアといった世間体の良いものでは無い課外活動に精を出す彼らを、一部の教師は不良扱いするほどである。また、ハジメ達が持つ思考が文学的、哲学的、音楽的、芸術的であるために常人には理解が困難であり、他の生徒から孤立しているのも教師達の心証を悪くする結果となった。

 

 以前からそのような教師に反発し、彼らに対して寄り添いたいと思っていたが、ハジメ達の方から避けられていたためにその機会を掴めずにいた。だが、少々望ましくない形とはいえ、その機会を得られたのだ。しかし結果は、

 

「そうですか、よろしくお願いします、先生」

「護衛としての役割は果たしますから、ご心配なく」

 

 という事務的かつ淡白な返答だった。その後も話をしてみたが、どうにも話が噛み合わない。そして、また転移前のように避けられるようになってしまった。愛子にとっては芳しくない結果だが、二人だけに構ってもいられず、他の傷心の生徒に寄り添っていた。

 

 そして作農師としての仕事が一段落し、王城に帰還した生徒達を待っていたのは前線組からの糾弾であった。愛子は彼らの前ではあまりにも無力で、オルニスの襲撃時も逃げる事しかできなかった。生徒達の断裂を自分は何も解決できなかった。その事実が愛子の心に重くのしかかる。

 

「私は教師……! ここで膝を付くわけにはいきません! 大丈夫。今は皆神経過敏になっているだけです。本当は皆いい子達なんですから。ゆっくり関係を修復していけば――」

 

 愛子が一人で決意を固めていると、そこに声がかかる。

 

「大した想像力ですね、()()()()

「うぇ!?」

 

 声がした方を振り返ると、そこにいたのは優花だった。夕食を食べ損ねたらしく、食事を乗せたトレーを持っていた。そして、途中で合流した恵里と鈴もいる。

 

「こんばんは、園部さん。というか『アン先生』ってなんですか! 愛ちゃん先生と呼ばれる事は半分諦めてますけど! でもそこまで省略するのは駄目です!」

 

 本人曰く威厳のある教師を目指しているらしい愛子がぷりぷりと怒る。一方、優花は「皮肉に気付いていないの……?」という、半分呆れ、半分戦慄の表情を浮かべて座る。

 

「別に省略したわけじゃありませんよ。その豊かな想像力に敬意を表してアンと呼んだんです」

「え……それって」

「『赤毛のアン』、ルーシー・モード・モンゴメリの小説です」

 

 『赤毛のアン』の主人公、アン・シャーリーは想像力が豊かな明るい少女だ。その性格故にトラブルも起こすが、基本的には肯定的に描かれ、紛れもないアンの長所として語られる。しかし、優花が愛子に言った物は明らかな皮肉だ。

 

「本当は皆いい子達……か。悪意を以て人を殺して、それに何の罰も与えずに野放しにして、あまつさえ戦えない他人を詰るような奴らが?」

「それは……でも、魔法は誤爆だって……」

「そっか……そう聞かされてるんですね。でも、それは全くの出鱈目ですよ。アレは悪意によって行われた殺人です。根拠もありますよ」

 

 鈴がまとめた、誤爆では有り得ない、という内容のレポートは『D坂の思想犯』全員が共有している。一部を除くクラスメイトは誰も信じない上に、今出しても握りつぶされるだけであるため公表はしていないが。

 一方、愛子は衝撃の事実に戦慄する。教え子の一人が悪意による殺人を犯した、という話はすぐに受け入れられるものでは無かった。

 

「私はアイツらがモビィ・ディック……悪魔の化身にしか思えません。ブラッディ・マリーに侵された私の脳は、アイツ等への復讐心で溢れています。何かのきっかけがあれば、きっと私は堕天する。悪魔が消失した今、私の旋律は狂ってしまった。胸に刻まれた『A』は、たまらなく私をいざなう」

 

 愛子は声が出なかった。愛子の認識では、優花は少し変わっているために周りから孤立し、親しい人の死によって少し塞ぎ込んでいる少女。そう思っていた。だが、優花の狂気は愛子の想像を超えていた。

 ハジメを巡る関係で、周りから三角関係を揶揄される事も多かった優花だが、本質はそんな単純なものではない。恋慕、嫉妬、崇拝、憤怒……一人の人間にこれだけの感情を抱けるならば、それはもはや恋愛の枠には収まらないだろう。愛子の視界の中で、優花の背に悲しき黒い翼が生える。戦輪が天使の輪になる。それは誰からも理解されず、天界を追い出され、悪魔に恋をした堕天使そのものだった。

 

 原典では、優花は愛子を慕っていた生徒の筆頭だった。護衛隊の実質的なリーダーとも言えるほどには、愛子を慕っていたのだ。しかし、この世界の優花は或る意味でゆがめられてしまった。

 予想しえぬ書物に出会い、無知な少女ではいられなくなった。少女の背で羽ばたく翼は、彼女の知らない世界へと連れて行った。そしてその景色に少女は絶望し、堕天し、拠り所を見つけてしまった。

 

 こうして整理すれば、優花が愛子を苦手とする理由が判然とする。天使や神のような視点に立つ愛子は、堕天使にとってはあまり近寄りたくない相手だろう。優花が必要としているのはエンジェルナンバーではなく、悪魔の数字であるゼロなのだから。

 

「これ、Kには話したんだけどさぁ? 今時の地球じゃ宗教家だって神様の愛を説きながら銃を乱射してるわけですよ。なら、高校生が他人への悪意を説きながら罵倒を乱射したって何もおかしなことはないわけですよ」

 

 今まで黙っていた恵里が口を開く。恵里も愛子の事は苦手であるため不干渉を貫いていたのだが、つい口を開いてしまった。一方、愛子はその言葉に唇を噛む。社会科教師であるが故に、恵里の言葉の正しさは理解できてしまう。

 

「そんなことは……いいえ、確かにそうですね」

 

 だがそれでも、愛子はその思想に寄りかかる事を許さなかった。

 

「でも、私は……皆さんの善性を信じています。見捨てることなく、自分達の行いを見つめなおして欲しい。そして、明るい人生を送って欲しい。私はそう思っています」

「……………」

「出来れば中村さん達にも、他者を切り捨てるような寂しい生き方は、してほしくないです」

 

 恵里は作り笑いを消すと、低いトーンで話し始める。それは年若い教師にとって、何よりも心を抉るものだった。

 

「寂しい……ね。桃色の亡霊が纏わりつく僕に、〝孤独〟という概念を説くか」

「中村さん……?」

「僕はね、水銀で満ちた浴槽に浸り続けている愚かさも軽忽さも、とうに知っているんだよ」

「え……?」

「でもね、僕が救われるにはこれしかないんだ。怨恨に寄生され、新宿の喧騒が灰に帰す夢で眠りにつく僕は、体内を蝕む新生物に吐血する。そんな病人を救うのは何か、僕にとっては人生という名の浴槽に満ちる毒性の液体金属だった」

 

 愛子は生徒の闇に後ずさる、まるで瘴気に中てられた健常者のように。

 

「その手の言葉は、水銀の毒に蝕まれる覚悟と共に言え」

 

 瞳孔の収縮した眼で恵里はそう言うと、「用事がある」と言って出ていった。鈴もそれについていこうとして、しかし愛子は鈴に意見を求めた。すなわち、鈴も同じ意見なのか、と。

 

「鈴は先生みたいな人間も必要だと思ってる。でも、華氏451度とまではいかないかもしれないけど、鈴達にとって、その火加減は熱すぎるんだ」

 

 華氏451度は本が自然発火する温度だ。レイ・ブラッドベリの小説のタイトルでもあり、この作品では本が燃やされ、人間達は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のことすら曖昧な形でしか覚える事の出来ない愚民と化していた。

 

 鈴は光輝を筆頭とするクラスメイトや、自分達に五月蠅く小言を言う教師にこの温度を見出していた。愛子はまだマシな方ではあるが、それでも炎に焼かれてしまう。

 

 愛子は鈴の遠回しな拒絶に何も言えなくなってしまった。愛子が無言でいると、夕食を終えた優花が食堂を去る所であった。

 

「……先生がどのような思想を持とうと、私から何かを言うことはありません。しかし、これは経験談ですが、昨日を、過去を喰らっていても、飢えは満たされませんよ。私のように反時計回りの無間地獄に入り浸りたいなら、止めませんけど」

 

 優花の時間は、消せない〝昨日〟で停まり、輪を描くウロボロスのように回り続ける。優花は自らの意思で〝昨日〟という牢獄に自分を閉じ込めていたが、愛子は違う。〝寂しい生き方〟とやらをしたくないなら、貴女は抜け出すべきではないのか。その優花の主張に、愛子は二の句が継げなかった。

 

 

 

「……はあ」

 

 食堂を出た後、優花は溜息を吐いた。先の話し合いは誰も得をしないものだった。誰かが啓蒙を得たわけでも、愚痴を吐けてすっきりしたわけでもない。

 

「こうなるのが分かってるから話したくないのよ……」

 

 優花にとってはこの結果は必然であり、愛子を避け続けていた理由だ。別に愛子の事を嫌っているわけではないが、自分と話しても相容れない事は分かり切っているし、愛子が自責の念に駆られてしまうことも容易に想像がつく。

 優花はサディストでは無いし、見ていて愉快な光景でもないのだ。例えば、優花がそれこそ『赤毛のアン』のような生徒であれば多少は結果が変わっただろう。しかし、そうはならなかったのだ。

 

「ままならない物ね……ん?」

 

 廊下で溜息を吐く優花に話しかけてくる者がいた。それは雫の世話係のメイドであるニアだった。内容を要約すると、意気消沈している雫と話してみて欲しいとの事だ。

 

「情けない話ですが、私ではどうしようもなくて……リリアーナ殿下はお忙しいですし、他に思いつく方もいなくて……」

 

 どうやら想像以上にアレな様子であるらしい。部外者であるニアでは気を使わせてしまい、却って逆効果であるという。

 

「……私も先生の事言えないわね」

「優花様……?」

「なんでもないわよ。とりあえず聞くだけ聞いてみるわ。私でもどうにもならないかもしれないけど」

「ありがとうございます!」

 

 優花が雫を気に掛けるのは、ハジメを追って奈落に飛び降りてしまった香織の意志を継ぐという側面も大きい。結局過去に縋るばかりで、雫本人のことは二の次になっている自分がほとほと厭になる。

 

「ごめんね、八重樫……」

 

 堕天使の懺悔を聞いたのは、応えるように音を鳴らした時計の針だけであった。

 




言い訳:あの後に愛子先生のこと書かないのも不自然かなって……見るも無残な結果になりましたが。とはいえ愛子先生の思想に反論する二次作品があっても良いんじゃないかと思います。賛否両論、何なら否の方が多いでしょうけど。

備忘録

愛子先生:雫に並ぶ本作の被害者。まあ、NieRとクロスしたらこうなるだろうし、私が描く歪んだ世界と捻くれた登場人物の中に放り込んだらこうなるよね、と。ネタバレするともう一回フルボッコにされます。誰かって? 思想犯を束ねるコンダクターですよ。

優花:ほぼ準レギュラーである。本文にも書いた通りの理由で愛子先生とは距離を取っている。とはいえ別に嫌っているとか言うわけではなく、単に思想が合わないだけである。どう考えても厭世的な読書家とは合わないだろ……あの先生は。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂人ノ祭典

クラスメイトsideというよりハイリヒ王国side、今回で終わるかと思ったら終わりませんでした。いや、マジで何話使う気だよと。いつになったらハジメsideに移行できるのか……とはいえ今後の伏線にもなる部分なので手も抜けないジレンマ。


「ミゲル・ワーグナー……死亡」

 

 或る一人の女騎士が、オルニス戦における資料を読んでいた。この騎士はリリアーナの近衛騎士で、それなりの資料を閲覧できる権限を持つ。ただ、今回はそんなものが無くとも閲覧できる『戦死者リスト』であった。ではなぜ図書館の司書に業務終了を延期させてまでこの資料を読んでいるのか。それは自身の過去の教官であったミゲルの末路を確認する為であった。

 

「くっ……」

 

 女性騎士が声を漏らす。悲しんでいるのだろうか。有り得ない話ではない。ミゲルは人によっては良い教官であったのだから。

 

「くふっ……ふふふふっ」

 

 悲しんでいるわけではないようだ。彼女は資料を見て、笑い声を零していた。

 

「あの厳しかった教官が……あっさり死んだ、フフッ、しかも、こんな惨めったらしい死に方するなんて……フフフフッ」

 

 資料には、発見時の遺体はうつ伏せに倒れていたと書かれてあった。経緯については書かれていないのだが、女騎士は敵前逃亡に失敗して背中から撃たれるミゲルの姿を思い浮かべていた。

 実際には暗殺を実行した遠藤が不自然ではない位置に死体を動かした結果であり、うつ伏せであった事は偶然なのだが、女騎士はそれを知りようはずもない。

 

「散々私をいびったバツが下ったんだ……フフフッ……フフッフフフフフフッ」

 

 静かな図書室に調子はずれの笑い声が響く。陰影の加減で骸骨のようにも見える彼女の顔が、物寂しく動いていた。それはまるで、撥条(ゼンマイ)が壊れてしまった仕掛け人形のようだった。

 

「ステータスがちょっと低いからって見下しやがって……」

 

 思い出されるのは過去の日々。女騎士は初期ステータスが同級生よりも低く、そこをステータス至上主義のミゲルに目をつけられたのだ。ミゲルにとって、低ステータスの人間など神に見捨てられた存在だ。この世界の人間が亜人を差別するように、ミゲルがこの女騎士のような人間を差別することは当たり前のことだった。

 

 そして女騎士にとっての地獄が始まった。ミゲルは『修行』と称して過剰な訓練内容を施すか、あるいは雑用に徹させて活躍の場を奪った。おまけに、ミゲルに触発された高ステータスの持ち主、つまり特別扱い組が女騎士を蔑み、罵倒し、暴力を加えた。牛の膀胱で作った血糊入りの水風船を投げられた時など、本気で殺意を覚えた。

 

「ミゲルも、イジメてた奴らも、皆死んで、アハッ、重傷を負って、あははっ、私はこんなに元気なのに、どんな気持ちなんだろー? ふふふっ、アハッ、だめ、もう笑いが抑えられない。アハッあははっフフフフッフフッあははははっフフフッ」

 

 女騎士は奇怪極まる笑い声をあげていた。幾分か血走った、白目がちの狂人のような瞳で夜の闇を見回した。本来であれば、酒にでも酔ったように服を脱ぎ散らかして踊りたい気分であったが、そうする前に理性が働いたようである。

 

「この盾も出番が減ってしまいますね。もう身を護る必要など無いのですから」

 

 『味方対策』で持ち歩いていた盾。殆どの下手人が再起不能なので、大幅に出番が減ってしまった。

 

 女騎士は自分が持つ盾が、戯曲に登場する銀盆のように思えていた。劇の古井戸の中から奴隷がつき出すところの、預言者の生首が乗せられた銀盆であるかのように幻想せしめるのだ。もしミゲルや加害者の生首が乗せられていたらどうであろうか。預言者に恋心を抱く姫は恋を語りながら口づけをしたが、自分なら狂喜しながら蹴り飛ばすだろう。

 

「雫お姉様にプレゼントしましょうか……いえ、お姉様の戦闘スタイル的に邪魔にしかなりませんね。やはり自分で持っていましょう」

 

 地味に雫を慕うストーカー集団、義妹結社(ソウルシスターズ)であることが判明したが、どうやらこの女騎士の中では雫<ミゲル達の戦死であるようで、他のメンバーと比べると冷静な判断を下せている。狂っている時の方が冷静とはこれ如何に。

 

 あれこれ考えている女騎士のもとへ、一人の足音が響く。とはいえそれは彼女のよく知る人物の物だったのでさして驚いたりはしなかった。

 

「……発情期の猫でも入り込んだかと思いましたが、あなたでしたか」

「これはリリアーナ殿下、今日も麗しゅうございます」

「気持ちは分からないではありませんが、通りがかったメイドと待機している司書が怯えています。程々に」

 

 どうやら図書室の外まで声が響いていたようだ。半分呆れた視線を向けるリリアーナに、女騎士は咳払いをして姿勢を正した。

 

「それで、ご用件は何でありましょう」

「メイドや司書を怯えさせるほど元気なあなたに仕事を与えます」

「ほう、なんなりとお申し付けください。この後ベッドに入っても興奮して眠れないでしょうし。それこそ、戯曲に登場する半裸の奴隷のような格好で満足いくまで踊っても構いません」

「喧嘩売ってるなら買いますよ。王女ですから、権力はそれなりにあります」

「それとも恋する殿方の生首をご所望ですか?」

「そんな特殊性癖は持ち合わせておりません」

「では一体何を……」

「そんな品性と精神状態を疑うような命令はしませんよ。あなたにしてほしいのはとある人物の監視です」

 

 

 

「で、あなたが来たわけですか」

「ええ、私は今頗る気分が良いので、雫お姉様から意図的に離されるような命令でも喜んで従うのです」

 

 ドライツェントは目の前の女騎士を見て急速に目が死んでいた。自分達昇格者の計画のために利用しているハイリヒ王国の王女リリアーナ。対価としてハイリヒ王国の安寧を約束した協力関係である。主に、お互いに都合の悪い情報をお互いに揉み消したりしている。ちなみにエヒトの真実はドライツェント経由で知らされている。その時のリリアーナの反応は、

 

「そうですか。ついでに教会も潰してくれません? 邪魔なので」

 

 だった。ドライツェントも薄々分かっていた事だが、リリアーナに信仰心の類は希薄らしい。あの王女は基本的に国のために動いており、そのためなら何でも利用する。稀に雫などの友人も判断基準に入る事があるが、これに関しては特例と考えた方が良いだろう。

 

 とはいえ、リリアーナとドライツェントの間に親愛の感情は無い。あくまでお互いに利益があるから協力関係を結んでいるだけで、それが崩れれば裏切る可能性がある。別にそれに問題があるわけではないし、監視をつけたいと思うのも理解できるが、

 

(どうしてよりによってコイツなんですか)

 

 この女騎士から見れば5歳以上年下である雫を狂信的に慕う義妹結社(ソウルシスターズ)の一人であり、その上、発見時には戦死者リストを見てケタケタ笑っていたらしい。監視を寄越すにしても人選くらいマトモであって欲しいというのは贅沢だろうか。とドライツェントは思った。

 

「たしか今回の任務は王城を襲撃したオルニスの発生源の調査でしたよね、ふふっ、何処へ行くんです?」

「少し神山の方へ。しかし行くのは二人だけではありませんよ」

「ほう? しかしあれだけの襲撃があったのですから、動かせる人間は少ないのでは?」

「あなたと同じく暇を持て余している人間がいるようです」

 

 ドライツェントがそう言った時、二人の元に二つの小さい人影がやってきた。

 

「まさかリリィがオルニスの出処調査に僕達を寄越すとはね。それなりに信用されてるのかな?」

「利用価値があるって思われてるんじゃないの? 同じか」

 

 それは恵里と鈴だった。戦闘の可能性を考えて『神の使徒』である二人を送り出したのかと思ったが、リリアーナの

 

「この国の実態を知る事ができますよ。あなた達には教えて差し上げます。きっと、良く使ってくれるでしょうから」

 

 という言葉を聞くと、「絶対なんか企んでる」という感情になってしまうのだ。彼女は友人という存在を致命的にはき違えている部分がある気がするが、まあ恵里達も人の事は言えないので黙っておくことにした。

 

「お、いたいた。教会のシスターさんと……うわ、雫のストーカーじゃん」

「シズシズに近づく男に嫌がらせしてんでしょ? なんでこんなところにいるのさ」

 

 恵里と鈴は干上がったミミズを見るかのような視線を女騎士に向ける。曲がりなりにも親しくしている雫を悩ませる要因の一つである彼女を快く思ってはいなかった。

 

「ストーカーとは人聞きの悪い。私達は彼女の守護者なのです」

「はぁ?」

「有象無象の男共は、私達に隠れて雫お姉様を穢す。だから私達は改心の機会を与えているだけなのです」

 

 女騎士の姿勢は猫背となっていき、口だけが裂けるように笑いを作る。手は闇の中で蠢くように祈りの形になった。それはまるで、糸によって貼り付けられた蜘蛛のように思えた。

 

「神秘を暴くことは何より罪深い。価値を知る者にこそ守られるべきなのですよ」

 

 女騎士の首が徐々に傾げられる。もう少しで直角に曲がりそうだ。雫の神秘よりも先に、人体構造の神秘に触れられそうである。

 

「いや、そうやって秘密に成り切ってしまえば、それは存在しないのと同義じゃないか。結局のところ、雫本人には関心がないって事だね」

「何とでもお云いなさい。私達は雫お姉様への愛で溢れているのは変わらないのですから」

「こっちは理解のキャパシティが溢れそうだよ。で、名前はなんて言うの? 名無し女じゃ格好がつかないだろう?」

「マクリナ、と申します。良き隣人となれることを、望んでいますよ」

 

 

 

 完全に色物集団な四人だが、こうしていても仕方が無いので調査に赴くことにした。とはいえ王都はそれなりに広く、また道も複雑だ。闇雲に探しても効率が悪い。しかし、ドライツェントには心当たりがあるのだと云う。そして、彼女の案内で恵里達が辿り着いたのは聖教教会の総本部『神山』であった。

 

「え? なに? あのチキン野郎(オルニス)の出処って神山なの?」

「教皇のお爺さん、魔物と機械生命体は不俱戴天の仇みたいな感じで話してたけど、足元から湧いてるんだとしたら皮肉だね」

「これ私は見てしまって良かったのでありますか? 後で消されません?」

「大丈夫ですよ。この情報は一般には公開されていませんから、言っても誰も信じませんしなんなら教会が勝手に異端者認定して始末します」

「世知辛い世の中なのです……」

「それに、あなたの場合は同行者という名目の監視という名目の厄介払いですから何の問題もありません」

「言葉の刃やめて」

 

 現場を見た時の反応は三者三様であったが、全員に等しく驚きの感情が乗せられていた。ドライツェントが機密エリアを仕切っているであろうフェンス扉の鍵を開き、全員に入るように促す。

 

「……もしかしてドライツェントさんって結構なお偉いさん?」

「少なくとも機密エリアの一つにアクセスできる権限は持ち合わせています」

 

 恵里達視点でドライツェントがそれなりの地位を持っている事が判明した後、鈴が溜息を吐いた。

 

「斬り合いでしょ? どうせ斬り合いがやって来るんでしょ? 嫌だなあ」

「笑顔でチェーンソー振り回してるサイコパスがなんか言ってるよ」

「言わなきゃバレない事を言うんじゃないよ。元々鈴はインドア派なの。ハッキングの仕込み以外でそんなに動き回らないの」

「斬り合いになれば御の字ですよ。そうすれば私は痛みを……自己の存在を感じる事が出来る!」

「頭のおかしな奴らの博覧会じゃん! ドライツェントさんだけはマトモだと思ってたのに、あんまりだ」

 

 鈴の嘆きは礼儀正しく無視された。

 




ぶっちゃけ書いてて楽しかった。後悔はしていない。マクリナみたいなキャラって不思議と筆が進むんですよね。因みにミゲルを登場させたのはこの展開のためです。元ネタのイベント知ってる人ならニヤリとできるかも。お疲れ様、教官。

次回は多分戦闘ラッシュかな。

備忘録

マクリナ:前半の戦死者リストを見て笑っている展開は、NieR: Automataの16Dというキャラクターのサブイベントが元になっている。本作では脚色されているが、だいたいこんな感じだった。因みに選択肢でセリフが変わるタイプのイベントであり、これは一つの結末に過ぎない。あと、この女騎士の名前、地味に哲学者の名前である。

マクリナが言っていた戯曲:トータスの住人のセリフなので具体名は出さなかったが、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』が元ネタである。

義妹結社:だいぶ作者の独自解釈が入っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

複製サレタ街

今回でクラスメイトsideは終了します。

タイトルの元ネタはNieR: Automataのステージ&BGM名です。


 フェンス扉をくぐった四人を出迎えたのはレーザーによる射撃だった。

 

「……早速かよ」

 

 オルニス程の威力は無いにしても、おもてなしと殺し合いの区別が出来ていない事には変わりない敵に恵里が悪態をつく。

 

「こんなところにも機械生命体が……こんなフェンス一つで大丈夫なんですか?」

「ちょっとした結界のアーティファクトなんです。余程の事が無い限り破られません。まあ、今回は例外ですが」

 

 傍らで結界魔法を展開する鈴が尤もな疑問を投げかけると、ドライツェントが答えた。どうやらただの金属のしきりではなく、結界魔法が付与されたアーティファクトであるらしい。しかし鈴が少し解析したところ、この結界は中からの脱走を防ぐというより、外からの侵入を防ぐ作りであるように見えた。

 

 とはいえ鈴とてまだトータスに来てから日が浅い。自分の分析結果をあまり信用していない鈴はドライツェントに正解を聞く。リリアーナから、「気になる事はドライツェントに聞いてください」と言われていたからだ。

 鈴の疑問にドライツェントは頷く。

 

「正解です。この先に有るものは露呈すれば王都がオルニス襲撃を超えるパニックに陥ります。故に外部からの侵入を防ぎ、一般人に対して隠蔽する事を第一に作られました。今まではそれでよかったのですが……どうやらそうではなくなる日も近いようです」

 

 どうやらこの先にあるのは国家の平穏を一瞬でぶち壊しにするものであるらしい。今まではアーティファクトなどを使って抑え込んでいたが、それも限界に近付いているようだ。仮にオルニスのような機械生命体があふれ出せば、異世界から召喚された〝神の使徒〟以外対処できないだろう。

 

「あー、なんかシリアスな話をしてるとこ悪いんだけどさあ、なんか団体さんが来たみたいだよ」

 

 レーザー攻撃の主をファイで撃墜した恵里が敵の来訪を告げる。それから間もなく恵里達は接敵し、来客を出迎えるホスト達の正体が明らかとなった。三角形の頭部を持ち、三本の脚を持つ『ハイドロリック』、軽火砲を持つ小型の機械『セントリー』、機翼による短時間の飛行とカメラ部分からの光線照射が可能な『空中監視装置』。

 どれも問題なく相手が出来る部類だ。

 

「ここは私がやります。念の為結界を張り、周囲を警戒しておいてください」

 

 ドライツェントが槍を構え、前衛に出る。マクリナも前衛職なのだが、ドライツェントが下がらせた。

 

「足掻いて見せなさい、ゴミクズが」

 

 ドライツェントはそう言って攻撃を開始する。横薙ぎの一閃から始まり刺突攻撃に派生、更に槍を振り下ろして機械を叩き潰し、横方向の回転攻撃へ移行した後、下から巻き上げるような縦回転斬りで浮き上がり、さらに落下の勢いを利用して地面に槍を突き刺し、電流と衝撃波を放つ。締めに槍を蹴り上げて残心した。

 

「おー、強い」

 

 一方、恵里達はドライツェントの闘いを見て、その強さに感嘆の息を漏らす。自分達が束になっても勝てないであろう闘いを見せられた三人は、敵に回られたら脅威だと思うと同時に「もうアイツ一人でいいんじゃないかな」とどこか投げやりな気持ちになっていた。

 

 一応、ドライツェントが昇格者であるとバレると面倒なので本来の力は出していないのだが、それでも他の三人とは一線を画す強さであるのは間違いない。自分達の仕事は『戦闘の補助』ではなく『監視』であることを再認識した恵里達だった。

 

 しかし、天は恵里達を見放す事はしなかった。

 

「おぉ?」

 

 恵里が突然襲ってきた横薙ぎの一閃に反応し、跳躍して避ける。攻撃が飛んできた方向にファイで射撃を飛ばすが、相手の姿は見えない。

 

「何かいるね……」

 

 恵里は『霊視』を発動し、周囲を視る。すると、今度は攻撃の主が判明した。

 

「敵は槍持った人型。単騎だ」

「エクスカベーターですか……どうにか私でも相手取れそうで何よりです」

「じゃあ任せていいですかね、シズシズのストーカーさん」

「一人じゃキツいですよ、使徒様方じゃないんですから。手伝ってください。あと私はストーカーではありません」

 

 槍を持った人型の機械生命体『エクスカベーター』は一瞬姿を消したと思うと、頭上から鈴に強襲してくる。鈴はチェーンソーで防ぎ、そのまま応戦する。チェーンソーによる縦回転斬りを加えると、エクスカベーターは槍で仕留めようとする。しかし、マクリナの剣と恵里の闇の楔によって妨害され、体勢を崩す。鈴が一気にチェーンソーでトドメを刺そうとするが、エクスカベーターの姿は消えてしまった。

 

「透明化!?」

「いや、『霊視』で見てるけど姿が無いね。逃げたみたいだ」

「アレも危険な敵ですから仕留めておきたかったのでありますが……仕方ありませんね」

 

 エクスカベーターはオルニスやベヒモス程ではないが危険な機械生命体として認知されている。駆け出しの冒険者がこの敵にやられてしまう事が多いのだ。一般人はおろか、訓練を受けた騎士でさえも油断をすればやられてしまう。

 

「ちゃんと全員、生き残っていますね」

 

 雑魚敵を殲滅し終えたドライツェントが戻って来る。三人とも性格はともかく実力はある事に安心していた。

 

「お掃除ありがとう。シスターさん」

「どういたしまして。欲を言えば私もエクスカベーターを相手取りたかったですが、仕方ありません。とりあえず雑魚は殲滅しましたから、先を急ぎましょう」

 

 ドライツェントがそう言った直後、彼女の背後から空中監視装置によるレーザーが飛んでくる。微妙に白けた空気になってしまった。

 

「で、雑魚が何だって?」

「殲滅しました……だいたいは」

 

 

 

 その後も監視装置やセントリー、ハイドロリックなどの襲撃を受けながら進む四人。雑魚狩りはドライツェント以外の三人が担当した。戦闘力的に妥当な判断である。その代わり、厄介な敵が出てきたらドライツェントに丸投げするつもりだ。

 

「むっ」

 

 前方から多数の矢が飛来し、鈴が結界を張る。オルニス相手ではないので短縮した詠唱で十分だった。マクリナは飛んできた矢に見覚えがあったようで声を発する。

 

「エクスプローラーですか……」

 

 弓を装備した人型の機械生命体『エクスプローラー』。エクスカベーターと同等に危険視されている敵だ。恵里達が思っている以上に状況は逼迫しているのかもしれない。

 

「今度は何処にいるのかなー?」

 

 恵里が『霊視』を発動し、襲撃者を探す。しかし恵里が見つける前に、更なる射撃が飛来する。

 

「うわ、地味に範囲攻撃だよ」

 

 攻撃は爆発矢の類であり、少し躱した程度では被弾してしまう。そして、その攻撃の直後恵里が敵影を発見した。

 

「敵発見。9時の方向、距離20」

「あ、本当ですね」

 

 20は20kmではなく、約20mである。常識的に考えれば分かるとは思うが。そして、ドライツェントもその方向を見て敵に気付く。相変わらず四人には矢が飛んでくるが、鈴が結界を張るまでもなくドライツェントの槍によって叩き落された。

 

「アレは私がやります」

「「「お願いしゃーす」」」

 

 適材適所。強い者が強い敵を倒してくれるなら御の字である。恵里、鈴、マクリナの三人は大人しく後方に下がった。

 

「さて……」

 

 ドライツェントはいまだに矢を撃ち続けているエクスプローラーに狙いを定め、雷を纏わせた槍を投擲する。魔法によって電磁加速された槍はエクスプローラーの反応速度を上回り、その威力を遺憾なく発揮した。

 

「———!」

 

 攻撃によってよろめくエクスプローラーに更なる衝撃が襲い掛かる。一瞬で移動したドライツェントが槍でエクスプローラーを貫き、槍がそのまま地面へと突き刺さる。

 

「痛いのでしょう? もっと足掻きなさい、もっと生を求めなさい、さぁさぁさぁ!」

 

 痛みに飢えた修道女はサディスティックな表情を浮かべ、槍を引き抜く。そして、エクスプローラーが矢を放つ前に槍を突き刺し、柄の中点の接続部分を外して双剣のような形にし、そして敵を引き裂くようにその刃を振るった。

 

 しかしエクスプローラーもやられっぱなしではない。ゼロ距離からドライツェントに矢を連射し、彼女の攻撃から逃れようとする。

 

「っ!」

 

 ドライツェントは一度後方に下がり、二本の刃で矢を弾いていくが、一本はドライツェントの右肩に刺さった。通常であれば痛みに呻くか戦闘不能になってもおかしくない傷。しかしドライツェントは笑っていた。

 

「久方振りの痛み……! 最高です。敵は逃げたようですが、まあいいでしょう。どうせ向こうからやって来る」

 

 ドライツェントは矢を引き抜き、昇格者に備わった『自動修復』の技能で傷を治す。一応、既知の回復魔法で治したように偽装しているので仮に目撃者がいたとして問題はない。こうしてドライツェント個人としては満足がいく結果で第二戦は終了した。

 

 

 

「ドライツェントさん何で笑ってるんだろーねー」

「「ねー」」

「怖いねー」

「「ねー」」

 

 エクスプローラーの襲撃の後、神山の機密エリアの探索を続ける四人。しかし、ドライツェント以外の三人は彼女を指差してヒソヒソと話している。理由は彼女が帰って来た時の様子であった。

 

 ドライツェントがエクスプローラーとの戦闘を楽しんでいる間、恵里達は襲い掛かって来る雑魚を片付けていたのだが、戻ってきたドライツェントの表情が問題だったのである。笑顔だったのだ。それもどこか快楽に酔い痴れるタイプの恍惚とした笑みだ。

 

 ドライツェントとしては表情は隠しているつもりだったのだが、長い間感じる事の出来なかった『痛み』という快楽は彼女の予想以上だったようである。

 

「いつになったら私は痛みを享受し……また他者に痛みを施すことができるのでしょう」

 

 これが王城で監視任務に就いていた時の彼女の内心だ。常人から見れば頭がおかしい、実に。

 一応こうなった理由は存在するのだが、それを語るのは別の機会で良いだろう。

 

「そうであったとして、あなた方に何か不利益でも? というか、他人の事を異常者か何かのように話していますが、あなた方も大概ですよ」

「「「え? 何のこと?」」」

「…………」

 

 ドライツェントの目が急速に死んだ。元々平常時は無表情な性質(タチ)ではあったが、今の表情から感じるのは紛う事無き圧倒的虚無であった。もはや一周回って一つの表情として成り立っている。

 

「鈴は至って健全なインドア派の女の子だよ」

「至って健全な女の子は笑顔でチェーンソー振り回したりしないよ。それを言うなら僕は至って健全な図書委員の僕っ娘だ」

「至って健全な図書委員は人の醜態を見て嘲笑ったりしないよ」

「お二人とも語るに落ちてますねえ。その点、私は完璧です。至って健全な雫お姉様の守護者です」

「「寝言は永眠してから言え、ストーカー」」

「「「あ“ァ!?」」」

 

 ドライツェントはもう放っておくことにした。異常者というのは得てして自分が健常者だと思い込んでいるのである。こうなったら一刻も早く任務を終わらせて、この異常者どもから解放されるのが吉だと、自分の事は棚に上げて考えるのだった。

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、ドライツェントからすれば喧しい。無自覚な変人達の談笑は主に『自分は如何に常識人か』を言い争っている物だ。正直聞いていて面白い物でもないため、途中からは聞き流している。だが変人同士気が合うのか会話が終わる気配がない。

 おまけに、

 

「少しは私を楽しませなさいゴミクズが。わざわざ私の邪魔をしに来たくせして碌な痛みも味わえない……とはいえ、目の前の全てを粉々に潰すというのも一興ですが」

 

 敵が弱すぎて彼女の求める痛みが味わえないのである。襲い掛かるは機械ども、しかしその実軟弱者。後ろについてくるは名状しがたき変人ども。そりゃ独り言くらい飛び出るのが普通だ。しかし、それの内容故に後ろの三人の会話が続くのだと本人は気が付かない。

 

 

 

 そして、四人は目的地に辿り着く。そこは神山の途中に開いていた穴から入った場所だ。だが、そこに広がる光景は異様の一言である。目の前に広がるのはトータスに存在する普遍的な街の風景だ。しかし、それら全てが白い物質で出来ていた。談笑していた三人も、その非現実的な光景を前にして少し呆けてしまった。

 

「この街は突如として現れ、そして王都の地下で成長を続けています」

「ふわっとしてんなあ……というか成長? てことは生きてるの? この街」

「時間経過で面積を拡大しているのは確かです」

 

 この街を構成する。白い物質は、地球でいうところのケイ素、炭素と同一の性質を持つ物質を含む結晶体らしい。しかしデータ不足のため詳細は不明とのことだ。

 

 実はドライツェントの情報には三人に言っていない事がある。この街の製作者自体は判明しており、その正体は目下昇格者達を悩ませている『花』だ。しかし、どのような目的を以てこのような建造物を創っているのかは不明だ。

 

「なんか……綺麗だけど不気味だね。生気を感じないというか」

 

 鈴が素直な感想を零す。『色』という概念がほぼ排斥され、どこまでも白が続く街はあまりに非現実的で、あまりに非生命的だ。しかも、この街に存在する物は立方体のような構造物と人工物が殆どだ。

 

 四人は暫く進む。今まで頻繁に襲ってきた敵達が街に入ってから一切襲ってこない事も不気味だったが、こちらからはどうする事も出来ないため黙って進むしかない。しかし、四人を待ち受けていたのは更に異様な光景だった。

 

「え……? 何これ……女の人?」

 

 この街には人間や亜人の女性を象った精巧な人形が点在していた。服装や状態は様々で、地面に横たわっている者、壁にもたれかかっている者、佇んでいる者、寄り添っている者など多岐にわたる。

 

「ドライツェントさん、何これ」

「女性を象った人形です。内部は精密な機械のようでした。詳細はデータ不足故、不明です」

「そればっか」

「一応持ち去ったり破壊するなどは可能でしたが、暫く経ったら元に戻っていました」

「えぇ……」

 

 一気に不気味さが増した。さながら新手の都市伝説といったところか。ドライツェントによれば、この白い街は王都の地下全体に拡がっているという。生気の感じないこの街が、まるで粘菌や植物のような生物的な挙動をする点も、言いようのない気味悪さを感じる。

 

 人形たちの目は開いており、眠っているとも起きているとも、生きているとも死んでいるともつかない。恵里が試しに目の前で手を振ってみるが、反応は無かった。

 

 街を眺めながら街路を進む四人。地上にある王都とまるきり同じというわけではなく、所々違った意匠も見られる。さながら現代に残る中世風の街並みと言ったところか。地球の地名で言うならばガムラスタンあたりが近いだろう。

 

 人形たちのいる区画を抜けると、少し開けた通路に出た。すると前後の通路が白い立方体で組みあがった壁に塞がれた。

 

「っ!」

 

 警戒して戦闘態勢に入る四人。彼女らの予想は的中し、両サイドの建物の屋根から双子のハンター、エクスカベーターとエクスプローラーが飛び降りてきた。

 

「いいねえ、探す手間が省けたよ」

「その通りです。さあ、私に痛みを」

 

 約一名、目的がすり替わっているが些細な問題だ。

 

エクスプローラーの射撃により開始された戦闘。しかし矢はドライツェントの槍に弾かれ、カウンターとばかりに鈴が放った攻撃結界『伽藍ノ堂』が命中する。エクスプローラーは負けじと矢を放つが、槍を地面に突き刺したドライツェントのポールダンスのような動きに躱され、逆に回転攻撃と派生した槍撃を喰らってしまう。

 

鈴とドライツェントが戦っている間、恵里とマクリナはエクスカベーターを相手にしていた。例の如くエクスカベーターは頭上から強襲してくるが、恵里はそれを回避し闇の楔『ディムマトリックス』を撃ち込む。そして楔を戦闘用スレーブユニット『カイ』が起爆する。

 

「ギャース!」

 

 今の悲鳴はエクスカベーターではなく剣で攻撃していたマクリナの物だ。危うく爆発に巻き込まれそうになったらしい。

 

「使徒様! 流石に危ないであります!」

「ごめんごめん、事前に言っとくべきだったね。チッ」

「あれぇ? 今舌打ちが聞こえたような……」

 

 エクスカベーターは槍を振り下ろし、直線上に衝撃波を放つ。恵里はそれを避けるとエクスカベーターは距離を詰めて恵里に連撃を加える。恵里は遠距離攻撃に特化しているため、近接戦闘はやや不利だ。しかし、恵里は使える身体が一人分ではないのである。

 

「行けゼータ」

 

 エクスカベーターの前に飛び出したのは幽霊を憑りつかせて支配下に置いた異合解体ユニットのゼータだ。ゼータは備え付けられたチェーンソーでエクスカベーターの槍を受け止め、隙が生じる。そこに恵里が対象を拘束するトワイライトゾーン『デルタディセント』を放ち、エクスカベーターの動きを止める。

 

「爆発行くよー!」

 

 更に恵里は3本のディムマトリックスを放ち、ファイから三角形の回転刃を放つ『スピニングダスク』を使用させる。トワイライトゾーンのディムマトリックスは起爆し、回転刃によるダメージも加算され、エクスカベーターは大ダメージを負った。

 

 満身創痍の双子のハンターだったが、まだ闘いの決着はつかない。なんと二体の損傷が急速に回復したのだ。

 

「敵はヒーラー持ちか」

 

 しかし、肝心のヒーラーの姿が見えない。ドライツェントが機械の目で、恵里が幽霊の目で探し、鈴とマクリナは二体の相手をする。マクリナは「私は一般人であります~」と泣き言を言っていたが、非常事態故仕方が無い。

 

 すると二人同時に回復薬を見つけたらしく、ドライツェントは槍投げの構えを、恵里も『コラプス』を撃つ準備をする。そして二人のタイミングを合わせて攻撃が開始された。

 

 まず、ドライツェントが投擲した槍が建物の壁を突き破り内部にいる敵を攻撃する。そして、恵里が放った強化トワイライトゾーンに敵は捕らわれ、ディムマトリックスの嵐に晒される。

 

「あっははははは!」

 

 そして恵里の笑い声と共に大爆発を起こした。

 

「やりましたか?」

「やってないね。直前で逃げやがった」

 

 そして恵里達が攻撃していた敵のヒーラーが現れる。それは中央の演算装置らしきものを大小様々な機械が放射状に取り囲む浮遊体であった。

 

WARNING   異重合端末

 

 ドライツェントの視点で警告表示が鳴り響く。これまでとは一線を画す相手であることが判明した。浮遊体『異重合端末』は自身を中心として広がる環状レーザーを数回放って来る。

 

「おうおうおう!?」

 

 四人はどうにかレーザーの隙間を見つけて回避する。異重合端末は二つの三角形のような形態となり、相互をレーザーで繋ぐ。更に回転しながら移動し、四人を轢き殺そうとしてくる。恵里は背面跳び、ドライツェントは跳躍、鈴は結界を張り、マクリナはその中に退避した。

 

 そして、敵は異重合端末だけでなく双子のハンターも存在する。損傷を回復した二体は直ちに攻撃を開始した。エクスカベーターが槍の横薙ぎを加え、エクスプローラーが爆発矢を撃つ。そして、突如として二体の姿が消えた。

 

「逃げたので……?」

「いや、透明化してるだけだね」

 

 見えない攻撃を必死で躱しながら鈴が現状分析をする。双子のハンターは透明化しており、こちらから姿を認識する事は出来ない。幸い、攻撃の直前の気配や恵里の『霊視』の派生技である視界共有の技能『円頓(エンドン)』によって攻撃の予測は可能だが。おまけに、異重合端末の技能『他存在透過』によりこちらからの攻撃も当たらない。

 

「遠藤君製造機かな?」

「本人が聞いたらブチ切れそう」

 

 いずれにせよ、異重合端末を破壊しなければ状況の解決は見込めない。だが、逆に言えば異重合端末さえ破壊出来れば形勢は一気に有利になる。

 四人は異重合端末への攻撃を開始する。しかし、異重合端末は更に形態を変化させ、レーザーを乱射してくる。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」

 

 この攻撃を躱すのは難易度が高いが、防ぐなら結界師の鈴にとっては容易い。恵里が異重合端末にディムマトリックスを放ち、レーザーを中断させる。そこへドライツェントは槍を回転させて下から斬り上げる。鈴はレーザーを防ぐ必要がなくなったため、双子のハンターの攻撃を跳躍して回避、結界で足場を作り一瞬乗ってからチェーンソーで上から異重合端末に強襲を仕掛ける。マクリナも三人に火力は劣るが剣による攻撃を加え続ける。

 

 異重合端末は『瞬身』を使って逃げようとするが、そうは問屋が卸さない。仮に逃げられたとして、ドライツェントの槍投げが飛んでくるだけだが。

 そこで『他存在透過』の制限時間が尽きたのか、双子のハンターの姿が現れる。ドライツェントの槍投げが異重合端末を貫き、恵里のコラプスが双子のハンターに降り注ぐ。しかし二体同時討伐とはいかなかったようで、エクスプローラーが矢を撃ってくる。しかし、攻撃を回避した鈴がチェーンソーでエクスプローラーを上下に両断し、勝負は終結した。

 

「今度こそ……終わりでありますか?」

「多分ね……『霊視』に引っかかってる様子も無いし」

 

 フェンスを越えた時から始まった闘いがようやく終わった。異重合端末に双子のハンター、さらにセントリー、ハイドロリック、空中監視装置、そして闘いに巻き込む形で瞬殺してしまったが、端末によって強化されたそれらの強化体。おそらく間違いないだろうが、この端末がオルニス襲撃の黒幕であることを願いたい気分だ。まあ、後に端末の内在データ解析によりそれが正しかった事が判明したのだが。

 

 四人は満足のいく戦果を持って王城に帰っていった。これ以上この街にとどまっても分かる事も無いので、妥当な判断であろう。他の物語宜しく、帰る行程は全カットである。

 

 

 

四人が帰ってから時間が流れた後、複製された街の人形たちに何かのデータが流れ込む。

 

「インシデントN2———ターミナル 補足」

「特A危険因子 昇格者のデータをインストール」

「作戦最終目標―――昇格者の殲滅」

「「「「『秩序(オーダー)の名のもとに』」」」」

 

 人形たちに、生命が吹き込まれた瞬間だった。

 




はい、盛りだくさんです。とりあえずこれ以上長引かせるのもアレだったので、ここで完結させました。街や人形など伏線だらけですね。そして、ドライツェントの性格も顕になりました。パニグレユーザーの方々であれば何のキャラが元ネタかわかるかも?

備忘録

セントリー、ハイドロリック、空中監視装置:パニグレの雑魚敵。この中のセントリーは全方位射撃を持っているため、思わぬ反撃を喰らう事も。

エクスカベーター:パニグレの敵で『双子のハンター』の片割れ。通称「槍くん」。攻撃範囲が広いのと、頭上からの強襲技をもっているため、よそ見しているとぶっ叩かれる。

エクスプローラー:パニグレの敵で『双子のハンター』の片割れ。通称「矢ちゃん」。個人的にはエクスカベーターよりも脅威度が高い。矢を連射してくるのが厄介で、気付かない内に瀕死になっている事も。

異重合端末:パニグレの敵。本家では攻撃能力を持たず(精々ノックバック程度)、味方の機械体を透明化したり回復したりとサポートが主。しかし今作では攻撃能力が追加され、さらに厄介になった。

円頓:恵里の技能で、『霊視』による視界の解析をリアルタイムで共有できる。名前の元は天台宗の教義で「一切を欠くことなくたちどころに備えることができる」という意味。人気漫画に登場する技名の一部にも使われたことがあるので知っている人も多いかもしれない。

デルタディセント、スピニングダスク、ディムマトリックス、コラプス:パニグレの21号の技。詳細はググってください。一応、過去に登場した際の名前は修正してある。

ドライツェント:他人に痛みを与える事と、自分が痛みを感じる事が好き

オーダー:本作オリジナルの敵。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依存スル弱者ー甲

今回からハジメsideです。まだ序盤なのに長い長い戦いになります。マジでいつになったら完結するんだ……そして、個人的に好きなキャラであるデボルとポポルのパートが長くなっております。あの二人の悲哀や絆の形を表現できたかは分かりませんが、かなり難産でした。


 機械生命体の村にて一つの部屋で二人の人間、いや、二体の機械が目を覚ます。一体は中性的な顔をした白髪の男の機械、もう一体は右眼に花を咲かせた黒髪の女の機械。正確には女の機械は一足先に夢の世界から目覚めていた。そして、男の機械も目を開く。

 

「おはよう、コンダクター」

 

 女の機械、香織は眼を覚ました男の機械、ハジメに挨拶をする。因みに服は着ている。

 

「もう少し君の寝顔を眺めていたかったけれど、起きちゃったね」

「どんな顔をしているのでしょうね、僕は」

「夜に溶け込む顔かな。拒絶せずに、受け入れてる」

 

 香織はそう言ってハジメに口づけをする。

 

「たとえ君が夜に連れ去られても、私は君を離さないから。コンダクターが、私を引き留めたように」

 

 ハジメは香織の瞳に何も言えなくなる。変わりゆくハムレットに狂死したオフィーリアのようになることも辞さない目だ。

 

「ええ、肝に銘じておきます」

 

 

 

 部屋から出たハジメと香織を出迎えたのは仲間であり恋人であるユエ、機械生命体の村に滞在し、防衛と備品の整備を行っていたデボルとポポルとミュオソティス、そしてハジメ達に助けられたシア達ハウリア族だった。

 

「カオリ! 身体は? それに、心も……」

「大丈夫だよ、ユエ。身体は問題なく動くし、心の方も一応は整理をつけたから」

「良かった……」

 

 ユエに拒絶の気配は見られず、ひとまず安心する香織。ユエとしても香織が怖くないと言えば嘘になるが、拒絶だけはしないと決めていた。機械と化す以前に『自動再生』という特殊な技能を持っていたこともあるが、香織の再生はそれとは全く違う性質のものだ。だが、ユエは異常であるがために良くも悪くも見方が変わることの悲しみは知っていた。だから、自分だけは香織に対していつも通り接すると決めたのだ。

 

 ミュオソティスも無表情ではあるが、二人を気遣うような仕草を見せる。出会った時よりも少し人間らしくなっていた。

 

「とりあえず身体機能に異常は無い。だが、かなり特異的な状態である事は間違いない」

「少しでも違和感を感じたら、すぐに言ってね」

 

 デボルとポポルは香織の診断結果を告げ、手遅れになる前に自分達を頼るように言った。ターミナルがいないのは廷やドライツェントのところにいるからだろう。分身できないのは『花』の方の対処にリソースを割かれているからだ。

 

 そして、デボルとポポルは悲しそうに俯く。

 

「あたし達に魂は無い。涙は流せても、心を直す事はできないんだ」

「だから、もし心が悲鳴を上げたら、少し立ち止まって、寄りかかってみて」

「「一人で死のうとだけは、しないでね(くれ)」」

 

 最後の言葉は、ハジメに向けられたものか、香織に向けられたものか。それともこの場にいる全員に向けられたものか。おそらくどれも答えだろう。データの集合体である双子に、生と死の境界線は存在しないと言ってもいい。一人で死ぬとは、一人で生きる事だ。

 

「それは、孤独を避けろという事ですか?」

「違うわ。孤独だと認識できるなら、それは一人とは言わないの」

「本当の一人きりってのは、孤独も痛みも感じないからな。人間に耐えられるもんじゃない。仮に耐えられたとしたら、その時点でどこか壊れてる」

「信用できる仲間が数人いるだけでいいの。全員と仲良く……出来ればいいけれど、無理にはしなくていいわ」

「数人で、いいんですか? その、なんか矛盾しているような……」

 

 最後の言葉にハジメが意外そうな顔をする。香織達も、矛盾しているのではないかと問いかけた。すると、双子の姉妹は少し沈んだ声を出した。

 

「あたし達は複数のデータを基に作られた概念人格だ。そのデータの中に、人間達を管理する者の情報があった」

「その管理者は管理対象全てと仲良くなろうとした。最初は上手くいっていたわ。でも、時が進むにつれ無理が生じてきて、結局、表面上でしかその関係は成り立たなかった」

「それで上手くいけばよかったんだが、そうはいかなかったみたいだな。お互いの不信に繋がって、結局は破綻してしまった」

 

 ハジメと香織はその話が理解できた。『小公子』を書いたバーネットは「批評家が不幸な結末の話を重く捉えるのは知っている。しかし、それでも私は幸福な結末を選ぶ」という旨の発言をしている。だが、これは裏を返せば「創作物の中でしか成り立たない」と悟っているようにも聞こえる。トータスに転移する前、二人はこれについてよく話し合っていた。

 

「それが原因かは分からないけど、私達はお互いしか愛せないようにプログラムされてるみたい」

「お前達に情が無いわけじゃないぞ。でも、一定の境界線は存在するんだ」

「私達は或る意味では孤独なのかもしれない。でも、だからこそこうして役に立てるのかもしれない」

 

 孤独は繋がりの中にしか生まれない。孤独すらなくなった時には、人は壊れてしまう。デボルとポポルはお互いしか愛せないが故に、ハジメ達を気遣えるのかもしれない。愛が完結しているから、余計な確執を生まずに済んでいる面も確かに存在した。

 

「でも、どうしても一人になりたいときは、私達を呼んでちょうだい」

「まあ、あたし達を参考にするかはお前達が決めればいい。だが、こんな命の無い人形で良ければ、愚痴くらいは聞いてやれる」

 

 愛子の考え方と似ているが、一つだけ違う部分がある。それは、『孤独』を許容していることだ。デボルとポポルは基本的に二人で行動する。しかし、互いの思考を完全に理解しているわけではない。そして、二人で行動する事が常に最善とは限らない。時には一人で考える事が近道の時もある。デボルは時々、一人で楽器を持ち出して歌を歌う。ポポルは時々、奈落の隠れ家の図書室で一人で作業を行う。しかし、それでいいのだ。二人は確かにお互いを愛しているのだから。

 

 ハジメは少し考えた後、了承の旨を伝える。

 

「分かりました。その時はお願いします」

「おっと、長々と話してしまったな」

「私達はこれで失礼するわ」

 

 デボルとポポルはそう言って去っていった。植物を改造して作った防壁のメンテナンスだったり、亜人達との戦いで破損した武具の整備など、仕事は山のようにあるのだ。

 ハジメ達がデボルとポポルを見送ると、続いて声を掛けてきたのは濃紺の短髪にウサミミが生えた初老の男性だった。

 

「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。父として、族長として深く感謝致します」

 

そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「……ひとまず礼は受け取っておきます。どういたしまして」

 

 するとハジメの反応にカムは意外そうな表情を見せる。

 

「我々がお礼を言うのが、それほど意外ですかな?」

「そうですね。あなた方を助けたのはこちらにも利があっての話です。むしろ僕は娘さんを利用しようとしています。本質的にはあなた方を迫害した人間と変わりませんよ」

 

 抑揚の無い声で応えるハジメに、カムは納得した表情を見せる。

 

「なるほど、確かにそういう考え方も出来るでしょうな。しかし、我々がハジメ殿に救われたのは事実。それに……情けない話ですが、〝パニシング〟とやらいうものに感染したシアを救う事は我々には不可能でしょう。結果的に、我々は最も幸運な結末を迎えたという結論になります」

「そうですか……」

「シアを、娘を利用するというのも捉え方の問題でしょう。聞けばお互い合意の上とのことですし、シアはむしろあなた方と一緒にいた方が安全かもしれませぬな」

「確かに……そうかもしれませんね」

 

 パニシングに感染して機械と化してしまったシアはハウリア族では救う事が出来ない。ならば救う手段を持つハジメ達に任せてしまうというのは合理的な判断だ。一人の少女のために一族全員で故郷を捨てるくらいだから、かなり情が深いのは誰でもわかる。それゆえに、娘を連れ去るハジメには弾劾の言葉が叩きつけられるものと思っていたが……どうやら予測を外したようである。

 

 ハジメが凪いだ海のような表情をしていると、カムがまた話し出す。

 

「僭越ながら、我々にお手伝いできることはありませんかな? 多少なりとも恩返しをしたいのですが……」

 

 その言葉にハジメは少し考える。そして、結論を出した。

 

「あなた方にはこの後やってもらう事があります。しかし、その前に僕はこの村の村長に挨拶に行かなければなりません。終わったらまた声をかけます」

 

 そう言ってハジメは立ち去ろうとする。しかし、カムを筆頭にシアや他のハウリア族は浮かない顔をしていた。そして、彼らの視線は一様にハジメの顔へ向けられる。なんとなく居心地が悪くなったハジメは彼らに問いかける。

 

「……僕の顔に何か付いているでしょうか」

「いえ、話している間、ずっと無表情だったので……我々が何か失礼をしてしまったのではないかと」

 

 ハジメはハウリア族と話している間、ずっと無表情であった。デボルとポポルと話していた時は最後に笑顔を見せたが、カム達にはそれすらも無かった。機嫌を損ねたと思うのも仕方の無い事だろう。

 

「別に大した理由ではありませんよ。この手の真面目な話で笑うべきではないと思ったから笑わなかっただけです。それに―――」

 

 そして、ハジメは少しだけ笑って続ける。

 

「個人的な見解ですけれど、今の状態で僕が笑顔を見せても威嚇にしかならないでしょう?」

 

 ハジメはハウリア族の人間に対する怯えを感じ取っていた。現に、少し笑って見せると一部は恐怖の反応を見せる。亜人と人間の確執は、一朝一夕で変わる程根の浅い関係ではないのだ。

 

「まあ、これから暫くは樹海に留まりますから、笑顔を見る機会くらいはあるでしょう」

 

 そう言って、今度こそハジメは立ち去った。

 

 

 

「……カオリ、どう思う?」

 

 ハジメが村長の所に向かった後、ユエは香織に問いかけた。議題は勿論ハジメについてだ。

 

「ちょっと問題かもね。私は無理してまで矯正すべきだとは思わないけど。シアはどう思う?」

「えっ、そ、そうですね……私から見たハジメさんは恩人であることは間違いないですけど、なんというか……つい触れたくなるほどの美しさと、絶対に触れてはならないと思わせる恐ろしさを併せ持ってる感じがしますぅ」

 

 本人がいたら「過大評価です」と、それこそ笑ったかもしれないがシアの意見を否定する者はいなかった。デボルとポポルの話を踏まえると、あくまでカム達は『情がある』程度の相手なのだろうし、ビジネスライクに話すのはおかしなことではない。

 

「……ん。私もだいたい同じ。私はハジメよりもかなり年上だけど、ハジメの底は見えない。ミュオソティスはどう思う?」

「回答:実害が出たなら矯正すべきですが、出ていないなら現状維持で良いと考えます」

「やっぱりそうだよね。今は様子見かな……」

 

 言ってしまえばただ第一印象が怖いだけなのでそこまで気にする必要は無いのかもしれない。むしろ、抱えている過去を考えればこれで済んでいること自体奇跡だろう。いずれにせよ、今は様子見という結論に帰着した。

 実は、香織はなんとなくハジメの真相には気付いているが、確信は持っていない。だが、仮にその仮説が間違っていたとしたら、ハジメは香織にすら理解できないだろう。

 

「自己犠牲の大義名分に、私達以外の〝他人〟を使わないと良いんだけど……」

 

 

 

 ハジメは村を歩き、一本の樹に巻き付くように作られた足場を進む。足場には小さな建物が備え付けられており、機械達が住んでいるようだった。地上や奈落で散々襲ってきた機械生命体だが、ここで暮らす様は理性的な文明人そのものだ。

 

「やあ、君ハ人間のようだけド、新顔かな?」

 

 上から声が聞こえた。その方向に顔を向けると、樹に異合探査ユニットが貼り付いていた。

 

「大丈夫だよ。キミに話しかけているのは樹に貼り付いた蜘蛛ミタイナ機械さ」

「こんにちは。村長のパスカルさんに挨拶をしたいのですが、こちらの方で合ってますか?」

「ナルホド、それならこの樹で合っているよ。パスカルさんは他ノ機械と比べて変わった見た目ヲしているから、すぐに分かるんじゃないかな」

「そうですか。教えていただき、ありがとうございます」

「気ニしないで。前にサルトルを村長と勘違いして、小一時間程ジツゾンシュギ? とやらの講義を聞かされた人がいたからね」

 

 『サルトル』『実存主義』という言葉に「偶然か?」と思いつつも、少しだけ興味がある旨を伝えると、探査ユニットは乗り気ではない声を出した。

 

「……あまりオススメは出来ないな。得る物よりも無駄にナル時間の方が多イと思うよ」

「そうですか」

「不思議だね。キミは彼と同類ナ気もするけど、どこか違う空気を纏ってイルな」

「別人ですから」

「それもソウか……」

「教えて下さりありがとうございます。では、また機会があれば」

 

 ハジメは機械生命体に礼を言って村長の元へ向かった。

 

「おお、ご快復なされましたか。私が村長のパスカルです。お伺い出来ず、申し訳ございません」

 

 ハジメは村長のパスカルを発見する事ができた。確かに他の機械とは違った見た目をしており、E.T.とドラム缶を足して2で割ったような姿をしている。今は戦いで損傷した村の整備をしていたようだ。どんな性格なのかと思ったら、とても物腰の柔らかい人物のようだ。

 

「いえいえ、こちらは匿ってもらっている身ですから、僕から赴くのが筋でしょう」

「ありがとうございます。こう言っては何ですが、この村に人間が来るとは思っていませんでした。外の世界の情報はあまり入ってきませんが、我々は魔物と同じ扱いをされているようですので……」

「そうですね……僕からしても基本的に機械生命体は襲ってくる存在でしたから、ターミナルの存在が無ければ、疑心暗鬼になっていたかもしれません。とはいえ、会話が成立するなら話してみる価値はあると思っています」

「ターミナル……あの赤い服を着た少女のような方の事ですね。我々とは違うネットワークから生まれた存在という話でしたが」

 

 その後、ハジメとパスカルはお互いの情報を交換した。特に、亜人達の状況や敵性機械生命体などの内容は綿密に。最後にハジメは気になっていたことを聞いた。すなわち、なぜパスカルの村の機械達は戦うのをやめたのかを。ハジメはターミナルから、「機械生命体とは『花』によって創り出された兵器だ」と聞いていた。無論、イレギュラーが存在する事など有り得ない話ではないが、個人的に興味が湧いたのである。

 

「……私達、機械生命体は何百年も生きています。そして闘いに殉ずる中、何度も仲間を失ってきました。しかし、私が恐れたのは暴力や死ではなく、仲間を失う事に慣れてしまっている自分だったのです」

「……」

「だから、私達は決めたのです。もう、戦わない、と。外の状況を見ている限り、そうも言っていられないようですが……」

 

 パスカルは視線を村の方へ向け、ハジメも同じ方へ目を向ける。そこには、平和に暮らす機械達と、彼らと遊ぶハウリア族がいた。

 

「……嘆かわしい事ですね。貴方達のような存在が、闘いを強いられるとは。僕達は或る意味では疫病神のような物でしょう。何故、匿う選択を?」

「ここ最近、排他的な機械生命体のグループが現れたのです。亜人族の方達も、以前からこの村の存在は知っているようでしたし、貴方達が来なくても、遅かれ早かれこうなっていたでしょう」

「……」

「我々は平和主義を掲げていますが、暴力の波の前ではあまりにも無力です。それなら、出来る限り味方を増やした方がいいでしょう。特にハジメさんのような強いお方がこちらに理解を示してくれるのは、ありがたいです」

「なるほど……なんだか自分が嫌になってきましたね。必要な事とはいえ、僕はこれからハウリア族に戦いを強要するのですから。無表情にもなるってもんです」

「私も似たようなものですよ。平和主義と口にしながらも、戦わざるを得ない状況に嫌になります」

 

 二体の機械はお互いに理解しあったかのように話していた。

 




まず愛子先生ファンの方に謝罪を。関係ない所で刺されまくる先生……ごめんなさい。
言い訳させてもらうと、私個人としては先生の思想には共感できません。私の個人的な事情も無くは無いのですが、出来る限りフラットな状態で考えても彼女の論理は穴だらけであると思ってしまうのです。
さらに、クロス先のNieR: Replicantのコンセプトが『一人のために全てを滅ぼす』なので、先生の思想と真っ向から対立してしまっています。
しかし、彼女の思想にも正しい部分はあると思うので、(今の所ほぼ全面否定に近いですが)違う角度から『寂しい生き方』について考察していくつもりです。クロス先に関わる命題でもあるので、この辺の話はかなり多くなると思います。

備忘録

パスカル:NieR: Automataのキャラクター。平和主義の機械生命体を纏める村の村長。ゲーム本編ではどうなったのかはご自身の目でお確かめください。

デボル・ポポル:今回の話ではNieR: Replicantに登場した彼女達を基にしている。管理者というのはゲーム本編に登場した彼女達を暗示しており(今作では構成するデータの一つという扱い)、孤独について考察した。この考え方はある種の排他主義にもつながる為あまり良い結末にはならないが、全く希望が無いわけでもないはずである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依存スル弱者―乙

ハウリアの訓練回。原作そのままでは瀟洒に欠けるのと、今作のハジメのキャラ性に合わないのでかなり変更されている。


「さて、これから貴方達には戦闘訓練を受けてもらいます」

 

 パスカルの村の一角、目についた岩に足を組んで腰掛けたハジメは、まるでデスゲームの支配人のような口調でカム達ハウリア族に話しかける。その中で、ハウリア族はポカンとした表情を浮かべた。なお、ここにはシアはいない。ユエ達に連れられてパニシングの制御のための別の訓練を受けている。無論、カム達も了承済みだ。

 

「え、えっと……ハジメ殿。戦闘訓練というのは……」

 

 困惑する一族を代表してカムが訪ねる。

 

「無論、そのままの意味ですよ。貴方達は自分自身という賽を人生に投げ込み、そして平穏な日々は帰ってこない。ならば、環境に適応して強くなるというのが合理的でしょう」

「な、なぜ……」

「他に方法を思いつかなかったんです」

 

 ハジメの笑顔にハウリア達は怯えた表情を見せる。嘲笑でも敵意でもないその表情に彼等は遭遇したことが無かった。

 

「しかし、この村は堅牢な壁によって守られているではありませんか。他ならぬあなた方の手によって作られた植物の防壁が」

「だから、自分達が強くなる必要は無い、過去を殺してまで闘う必要は無い。そう言いたいわけですか」

「は、はい……」

 

 ハジメはその表情を見て、少し考えるように天を仰ぐ。そして、解を得たというようにハウリア達を見た。

 

「そうですね……『エリコの壁』の話でもしましょうか」

「何ですかな? それは」

「聖人モーセの後継者ヨシュアはエリコの街を占領しようとしたが、エリコの人々は城門を堅く閉ざし、誰も出入りすることができなかった。しかし、主の言葉に従い、イスラエルの民が契約の箱を担いで7日間城壁の周りを廻り、角笛を吹くと、その巨大なエリコの城壁が崩れた」

「……」

 

 ハウリア族は皆一様に訝しむ表情を作った。今の話と自分達の現状に何の関係があるのかと。

 

「要するに、何者も通さない強固な城壁であってもたかが儀式一つで簡単に崩れ去るんですよ。理不尽でしょう? そして、それはこの村も例外ではないんですよ」

「それは……」

「仮に僕が鋼鉄の壁と杭を作り、敵を足止めして引き裂くような城塞を作ったとしても、それは完全では有り得ない。何故か? 全ての存在は滅びるようにデザインされているからです」

 

 この世に存在する全ての物は不損不滅では有り得ない。人工物はおろか、大気、大地、時間でさえも、いつかは滅びる。自分達だけは安全だ、などという幻想はこの世界では通じない。だから少しでも生き残れるように、『家族を助けるために』強くなってもらう。それがシアと、利用するために助けた少女と交わした契約だ。

 

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

 兎人族は弱いという常識がハジメの言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

 そして、ハウリアの女性が恐怖に満ちた表情でハジメを糾弾する。

 

「あなたには分からないんです……人間族のあなたには、機械となって上位の存在となったあなたには分かりません!」

「お、おい、ラナ!」

「シアから聞きました。あの子は力に翻弄され、常人とは一線を画す存在になってしまったと……あなた達はずっと以前からその力を振るってきたのでしょう!? そんな人に、弱い私達の苦悩なんて分からないんです!」

 

 カムを始め、周りの兎人族がとめようとするが感情が爆発した女性の叫びは止まらない。ハジメとて何の苦労も無しに昇格者となったわけではないし、なってからもそこそこの頻度で争いに巻き込まれているのだが……ハジメの機嫌を損ねる事を恐れたカム達が叫びを止めようとするのを、ハジメは特に何のリアクションも見せずにただ静観していた。

 

 別にパニシングに対する偏見や差別は地球でも受けていたし、この程度でキレていては身が持たない。女性が叫ぶ間、ハジメは脚を組み直したり欠伸をしたり、肘をついて寝そべったりしながらその叫びを聞いていた。半分寝に入っているが気にしてはいけない。そもそも、女性の言う事は何も間違っていない。ハジメは事態に介入した部外者に過ぎず、ハウリア族の気持ちなど分かるわけがないのだ。

 

 数分後、叫び終えた女性を見て、ハジメは口を開いた。

 

「あ、終わりました? 別にもっと叫んでいてもいいですよ。最後まで僕が起きていられるかは……分かりませんけれど」

「ハジメ殿……それはあまりにも……」

 

 こちらに非があるとはいえ、そのあまりの態度にカムが抗議しようとしたところ、ハジメは手を挙げて言葉を制した。

 

「まあ、色々言いたいこともあるんでしょうね。正直それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫そうですけど……そうですね、では僕の過去の話をしましょう。僕が機械になる前の、人間だった時の話を」

 

 そう言って、ハジメは『病棟の惨劇』の話を始めた。一人の少年が巻き込まれた、狂的で陰惨な虐殺劇。この状況で話すと不幸自慢大会をしているような気分になり、自分で不快感がこみあげてくるが、現状最善の手なので話した。

 

「病魔に侵された非力な少年が、生きる為だけに同じ人間を撲殺し、刺殺し、結果生き延びた。そういう話なんですよ。今や僕は機械だが、肉の身体を持ち、赤い血液を宿す貴方達が同じ事が出来ないと? 過去の僕よりも体力も膂力も持っている貴方達が……」

「……」

「僕だってね……昇格者だって万能じゃないんですよ。ゆりかごから墓場まで見守っている事などできやしない。だから現状最善と思われる手で、貴方達を護ろうとしているんです。しかしそれを拒むというなら……仕方ありません。シアさんには依頼は一部完了できないと伝えるしかありませんね」

 

 ハジメの言葉にカム達はハッとした。彼の言葉の意味は、「自分達がシアを見捨てる。もしくはシアに自分達を見捨てさせることになるぞ」という物だからだ。それは、それだけはあってはならない。それは戦う事よりも恐怖すべきものだ。と、彼らは思った。

 

「ハジメ殿……宜しく頼みます」

 

 言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

 

「賢明な判断、感謝いたします」

 

 ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 

 

 ハジメは訓練にあたって村の外に出て、ナイフや小太刀などの武具を渡し、武術の心得は無いが今までの戦闘経験及び自身の演算から算出した合理的な動きを教えた。そして適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませる。ハウリア族の強みは、その索敵能力と隠密能力だ。いずれは、奇襲と連携に特化した集団戦法を身につければいいと思っていた。

 

しかし、流石のハジメも予測できない事態というのは存在する物である。確かに、ハウリア族達は、自分達の性質に逆らいながら、言われた通り真面目に訓練に励んでいる。魔物だって、幾つもの傷を負いながらも何とか倒している。

 

しかしながら、だ。

 

グサッ!

 

 魔物の一体に、ハジメ特製の小太刀が突き刺さり絶命させる。

 

「ああ、どうか罪深い私を許してくれぇ~」

 

 それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。

 

ブシュ!

 

 また一体魔物が切り裂かれて倒れ伏す。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。

 

バキッ!

 

 瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

(これ香織の方が適任だったかな。いや、更に別の方向におかしくなるだけか)

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 いい雰囲気のカム達。ハジメはやる気の無い拍手をする。

 

「とても良いお遊戯会ですね。生きるか死ぬかのこの状況でなければ手放しで称賛したいくらいだ。マハトマ・ガンジーあたりの名言録にでも載せたいくらいです。そして? その大げさな動きの間に受けた傷は誰が治療するのでしょう、どれだけの医療資源を消費すればいいのでしょう。デボルさんとポポルさんに余計な手間を掛けさせたくないんですけど?」

 

 そう、ハウリア族達が頑張っているのは分かるのだが、その性質故か、魔物を殺すたびに訳のわからないドラマが生まれるのだ。この二日、何度も見られた光景であり、ハジメもまた何度も指摘しているのだが一向に直らない事から、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうなのである。

 

 ハジメの絶対零度の声色にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。大声で恫喝するのでも、暴力で屈服させるのでもない圧倒的な冷気を放つ言葉の数々。それを無表情かつ瞳孔の収縮した眼で垂れ流すのである。凍る背筋がオーバーキルされている。

 

見かねたハウリア族の少年が、ハジメを宥めようと近づく。しかし、進み出た少年はハジメに何か言おうとして、突如、その場を飛び退いた。訝しんだハジメは首も視線も動かさずに行動の理由を問う。少年は、そっと足元のそれに手を這わせながらハジメに答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

「お花さん」

「うん! ハジメ姉ちゃん! 僕、お花さんが大好きなんだ! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変なんだ~」

 

 ニコニコと微笑むウサミミ少年。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに少年を見つめている。あと地味に間違えているが、ハジメは男だ。しかし、そんな事を一々訂正する気も起きずに死んだ目でハウリア達に問いかける。

 

「……時々、あなた方が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その〝お花さん〟とやらが原因ですか?」

 

 ハジメの言う通り、訓練中、ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのだ。気にはなっていたのだが、次の動作に繋がっていたので、それが殺りやすい位置取りなのかと様子を見ていたのだが。(存外と才能はあるのかもしれない、と思いもした)

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

 

 流石に思い違いか、と考えるハジメ。しかし、カムの次の一言に戦慄する事になる。

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

「………………」

 

 長い沈黙の後、ハジメは幽鬼のように立ち上がり、近くの花を摘み取り、飛んでいた虫を掴み取った。そして、カム達の前に足を組んで座る。

 

「は、ハジメ殿……?」

「あなた方に聞きます。僕が両手に持っている物、これは何でしょう?」

「い、一体何を―――」

 

 ハジメの意図が読めず、反射的に質問を返そうとするカム。しかし、ハジメはカムの目の前を蹴るように足を組み直し、

 

「これは、何でしょう?」

 

 と質問しなおす。「いいからさっさと質問に答えろ」。そんな意思を感じ取ったカムは見たままを答える。

 

「花と、虫です」

 

 それを聞いたハジメは無表情なまま、カム達にとっては衝撃的な答えを口にする。

 

「違います。これは『物』ですよ。極限まで意味を還元していけば、残るのはそれだけ。『物』という言葉だけ」

 

 ハウリア達に動揺が走る。自分達を助け、村を守る人物はここまで酷薄な人物であったとは、と。

 

「は、ハジメ殿……それはあまりにも……」

「無慈悲、冷酷、薄情……まあこんな所でしょうか? 貴方達が僕に思っている事は。僕とて容認したくは無いが、どうやらこれがこの世界に蔓延する真実のようだ」

「し、しかし……」

「この世界に存在する神が限りなく善良であれ、果てしなく悪逆であれ、我々に非情な運命ばかりを強制してくるという事実は変わらない。神に魅せられた聖者は弱い貴方達でさえ()()()連れ去ってしまう。彼らの目的は破壊でも救済でもない。ただ理想郷を創るだけ。そんなものは在りもしないのに」

 

 ハジメが話す酷薄にして狂気の世界に誰もが戦慄する。そして、フェアベルゲンを追い出された自分達はその世界に足を踏み入れてしまったのだという事実にも。

 

「楽園を追い出された者達は、歴史の道に出る事を強制される。選びなさい、そして、この世界で生き抜く意志を持った者だけが僕の前に立ちなさい」

 

 ハジメの本心としては、彼らの信条を否定したくはない。しかし、それではこの鮮血の見世物小屋(グランギニョル)は生き残る事が出来ないのである。シアからの「家族を救ってほしい」という依頼のために、ハジメは彼らに戦闘を強制する。

 

 その後、訓練は段階的に苛烈となっていったが、脱落した者は誰一人としていなかった。

 




ちょっと冷たく書きすぎたかなあ、と思いつつも『ウチの作風はこうだ』と割り切って出しました。ハート○ン式とやらをやるよかいいでしょう。まあ、ネタバレすると中二病は避けられないんですけど(笑)。いや、あれはあれで面白いから。ごめんね、シアさん。

Q、何でハジメは急に性別間違われた?

A、実はシアも最初は顔だけ見て女性だと誤認していた。その後、香織達と話して男性だと判明する、という流れ。初対面でハジメの性別については話題に上がらなかったので、分かりにくいが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殺サレタ未来

話進まねえなホント……まあ、作者が凝り性だからですけれど。いや、世のハーレム作品を書いている方々は凄いよホント。たとえそれが歪んだ欲望から来たものだとしても形に出来るんだから。私だったら二次創作以外でこんな面倒な事しません。「ああ、めんどくせえ!」って途中で投げます。


「この辺でいいかな……」

 

 村の外の樹海で、ハジメ達とは別の場所で細剣を片手に佇む少女がいた。彼女の名は白崎香織。昇格者と同等の力を持つ亜人の襲撃に会い、致命傷を負った後『花』の力で再生した。あまりに悍ましい再生の仕方に本人は気絶。その後、最愛のコンダクター(恋人)にも拒絶されるかもしれないと恐怖したが、幸いにもそれは杞憂に終わった。

 

(でも、このままじゃだめだよね……)

 

 香織はハンマーのような物を持った亜人の攻撃を諸に喰らってしまった。索敵を怠ったつもりは無かったが、香織とて対応力には限界がある。銃と融合した亜人、ドンナーとシュラークは対処が出来るとはいえ十分に強敵の類である。そのような存在との交戦中に更に敵が増えれば手が回らなくなるのも道理である。

 

 しかし、今後そのような事態が来ないと考えるのは楽観的に過ぎるというものだろう。寧ろ、これからの道筋を考えればこういう事は加速度的に増えていくと考えた方が合理的だ。安直な考えと言われるかも知れないが、対処するためには強くなるしかないだろう。己の弱さに苦悩するのはシアやハウリア達だけではないのだ。幸い、香織の方にも当てがある

 

(じゃあ早速……)

 

 香織は細剣を構え、その後、刺突や斬撃を織り交ぜた連撃を繰り返す。細剣、もといレイピアはその細身の刀身から『見た目重視の華麗な武器』と思われがちだが、実際は戦場で使う事を目的に作られた実用性重視の武器である。また、刺突重視の剣ではあるものの、ブロードソードのような断ち切りを行う事も可能であるとされる。

 

 香織はどこか演劇的かつ実戦向きな動きで身体を慣らした後、いよいよ今回の本題に入ることにした。香織は細剣を振って斬撃を飛ばした後、或る事を同時に行う。

 

「出来た……!」

 

 それは自身の分身の生成だった。これ自体は『暗殺者』である遠藤も可能な事だが、遠藤の分身が影であったのに対し、香織の分身は少々毛色が違う。なんと、彼女の分身は白い植物で作られた人形であったのだ。

 

 無論、人形とは言えただその場に佇むだけではない。この人形は香織の攻撃をトレースし、簡単な動きであればある程度自律して動くことができる。突如としてこのような芸当が出来るようになった理由はハッキリとは分からない。しかし、『花』の防衛機構が咄嗟に働くほどの重傷を負い、〝再生〟を経た事が関係しているのではないか、とは全員に共通する見解であった。

 

 この事はハジメ達に伝え、「何か異変を感じたらすぐに誰かに言う事」を条件に新たな力の探求の許可が下りた。『花』について分かっている事は驚くほど少ない。何が起こるか分からないのも確かだ。とはいえ、既に人ではない身で、よく分からない物の分体がとりつき、更に剣と魔法の世界で戦っている事を考えれば躊躇するのも今更かもしれないが。

 

 とにもかくにも、香織は新たに手に入れた技能を使いこなす事に腐心した。連撃の終わりや技の後に分身を作り、手数を増やす。回避の動作を行った後に分身に攻撃を行わせ、隙を小さくする。極めつけは連続した刺突攻撃の度に分身を生成し、出し終わったら破壊音響と電流の嵐を浴びせ、更に分身の攻撃を加える『ブルーメン・スヴィーテ』という大技。

 

 香織はこの分身生成を有名なミュージカルになぞらえて『ファントム・オブ・ジ・オルケストラ』と名付けた。オペラ座で繰り広げられる恋愛劇を自身の狂愛に、ハジメを縛り付ける自分自身になぞらえるのは一種の戒めか。結局、どのような手段を用いてもハジメと一緒にいる事を最優先にする事は目に見えているのだから。

 

 

 

 樹海の中、凄まじい破壊音が響く。野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹樹まであった。

 

 この多大な自然破壊はたった三人の機械によってもたらされた。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。言わずもがな、ユエにミュオソティス、そしてシアだ。

 

「でぇやぁああ!!」

 

 裂帛の気合とともに撃ち出されたのは武蔵玖型が使っていた大剣による斬撃だ。シアの元々の技能である身体強化にパニシングの膂力が加わり、最早人知を超えた威力となっている。

 

「第三形態 アクティベート」

 

 それを正面から迎え撃つのは多機能砲『ガラティア』を盾の形態にしたミュオソティスだ。それなりの重量を誇る上に人外の力で振るわれた大剣は巨大な盾に防がれる。シアは負けじと連続攻撃を行うが、ミュオソティスの堅牢な守りを突破する事はできない。

 

 しかしこれが時間稼ぎならともかく、ミュオソティスも守ってばかりではいられないため、ガラティアをブレード形態にしてシアに攻撃を加える。しかし、シアはそれにニヤリと笑う。

 

「待ってましたぁ!」

 

 ミュオソティスの防御が薄れた瞬間にシアは大剣を手放し、両手足の爪を展開する。おまけに放たれた衝撃波で少しだけミュオソティスが仰け反り、シアが爪による連撃を加える。

 

(ミュオソティスさんの防御は堅牢、大砲による攻撃も苛烈です。Bモードで倒せなければ後が無い!)

 

 シアが今発動しているのは『狂戦形態』、通称『Bモード』と呼ばれる形態だ。パニシングの出力を増大させ、今までとは一線を画す攻撃力を得る事が出来る。しかし決して万能ではなく、攻撃方法が爪であるために超近接戦闘を強いられ、更に攻撃力に全振りしているために防御力が下がり多大な損傷を受けてしまう。そのため回復に時間がかかり、メンテナンスコストも増大するという欠点があるのだ。

 

 使い方次第で自分の首を絞めてしまうモードだが、使いこなせれば戦闘の大きな助けになる。パニシングの使い方の訓練はユエや手が空いたデボルとポポルの指導の下行われ、割と順調に進んでいたのだが、Bモードの存在が明らかになってからは如何にこのピーキーな技を使いこなすか、というのも主題となっていた。

 

「想定外の事態発生 再解析」

 

 一方ミュオソティスは苛烈となったシアの攻撃をガラティアでなんとか捌いているが、時々攻撃を受けてしまい、紅龍自体も損傷が進む。そこでミュオソティスは一度大砲形態に戻し、発砲。その勢いでシアから距離を取る。

 

「逃がしません!」

 

 しかし、シアはエネルギー体で作った爪でミュオソティスを捕らえて引き寄せる。勝負はついたかのように見えたが、戦闘経験ではミュオソティスの方が上手だった。

 

「おぐへぇ!?」

 

 ミュオソティスは引き寄せられる力を利用してブレード形態に変形したガラティアでシアに強力な刺突攻撃を加えたのだ。防御力が低下しているとはいえ、それだけで倒れるほどヤワではないシアだったが、ミュオソティスの攻撃が終了したわけでもなかった。

 

「第四形態 アクティベート」

 

 ガラティアが再度変形し、そこからレーザーが照射される。大砲のように断続的な砲弾を放つのではなく、長時間熱線によるレーザーを照射する形態だ。

 

「う~、また負けてしまいましたぁ」

 

 シアの戦闘続行が不可能となり、今回の訓練は一度終了となった。ユエとも交代で行われているこの訓練は一度もシアの勝利が無い。しかし、原典ではシアが傷を負わせられるかという内容で勝負していた辺り、シアはその辺は既に十分な水準に達している。なにせ、ユエもミュオソティスも無傷での勝利は最初の数回以外殆ど無かったからだ。

 仰向けに寝転がるシアに休憩がてらオズマで遊んでいたユエが声を掛ける。

 

「……シアは成長していないわけじゃない。これなら足を引っ張る事も無いし、仮に私達が助けられなくても自衛は出来る」

「えへへ、それなら良かったです。最初は、臆病な私が果たして戦えるようになるのか不安でした。でも、私でも皆さんの力になれるなら良かったですぅ」

 

 実の所、シアはネットワークに繋ぐだけ繋いで拠点で待っているという手もあったのだ。ハジメは戦力に加える予定ではあったが、無理と判断したらユエや香織が説得してそうするつもりだった。ハジメも一度助けた手前、頭ごなしに否定はしないだろう。

 

 しかし、他でもない本人がそれを拒んだのである。自分が原因で一族を振り回し、更にはパスカル達まで巻き込んでしまった〝忌み子〟のシアにとって、自分が蚊帳の外に置かれた状態で事態が進行する事は何よりも怖かった。だから、ハジメ達についていく事に決めたのである。

 

「……でも、シアが()を上げない事は分かってた。少なくとも、未来視を使って機械生命体の子供を助けようとするような根性はあるから」

 

 シアの異能がバレた理由、それはパスカルの村に住む機械生命体の子供を魔物の襲撃から『未来視』を使って救出したからである。当初はシアも警戒したが、機会生命体の言葉からして子供、それも本気で怯えている事が分かり、考えるよりも先に行動していた。

 

 運悪く他の亜人族に見つかり、魔力持ちと機械生命体への協力という数え役満で追い出されていたのが真相だった。シア自身はこの行動を後悔はしていないが、感情のまま動く事の危険性も学んだ。ユエとしても、そこまで自己分析が出来ているなら一緒に行動しても害は無いだろうと判断したのである。

 

「そう言えば、ユエさんはハジメさんの二人目の恋人なんですよね」

「……ん。藪から棒にどうしたの?」

「そりゃ私だって他人の恋愛に興味くらい持ちますよ。無理に聞こうとは思いませんけれど、恋バナだってしたいですぅ!」

「……なるほど、別に聞かれること自体は構わない。でも、期待通りの答えかどうかは分からない」

 

 いくら異能持ちとは言え、シアも年相応の少女という事だろう。ハジメを巡る奇妙な恋愛関係に興味津々のようだ。

 

「……シアは、私の名前の由来は覚えてる?」

「たしか、ハジメさん達の世界の言語で『月』を意味するんでしたっけ? 素敵だと思いますぅ」

「……ハジメはそんな意味で付けたわけじゃないだろうけど、月は太陽の光を盗んで輝いている」

「え……まあ確かにそうかも知れませんけど」

「私は、封印されて時間に取り残された。数百年の空白で、私は全てを失ってしまった。『過去』は私の記憶の中にしか存在しない。殺された『未来』は、敵となって私に復讐に来る」

 

 殺された『未来』。ユエにとっては、ハジメ達が生きる『現在』のトータスは自身の存在を証明するものが何もない、それどころか、詠唱も無しに魔法を使い、存在しないはずの種族であるユエの周りは敵だらけだ。まさしく、封印によって殺された未来が蘇ってユエに復讐に来ている状況である。

 

「……そんな中で、私は一体どうやって生きればいい? 私が導き出した答えは、『盗んででも愛が欲しい』だった」

 

 月は太陽の光を盗んで輝く。ならば、その通りに太陽の光を盗むことにした。殺された『未来』で生き抜くには、『現在』に砦を作る。ユエがハジメと恋人になったのはそのためだ。この話はハジメや香織にもしているが、彼らは受け入れてくれた。

 

「……勿論、ハジメの事も好き。こんな私を受け入れてくれたのもそうだけど、時々弱った顔をするのも愛おしい。寝顔は時々悪戯したくなるくらいには可愛い。何より、一緒にいて心地が良い」

 

 ハジメを愛してはいるが、純愛と言えるかは世間一般には微妙な所だろう。そもそも、「殺された未来が復讐に来る」という表現自体、大抵の人間からは怪訝な顔をされて終わりである。世間一般の少女たちがときめく恋愛話には程遠いユエの現状。シアの望むような『恋バナ』ではないとユエは思っていた。

 

「話してくれてありがとうございます。何というか……凄い重い話で、正直私なんかが聞いていいのかと思っているのですが……」

 

 しかしシアは幻滅した様子も無く、軽々しく聞いてしまったことを反省しているようだった。

 

「正直言って、ユエさんの苦しみは私には分かりません。でも、『殺された未来が復讐に来る』という事への恐怖だけは理解できます。程度は違えど、私も『未来』を殺した結果が今の状態なので……」

「…………」

「ですから、幻滅なんてしません。寧ろ、言語化された事で親密感が湧きました。私なんかに仲間扱いされても、鬱陶しいだけかもしれませんけど……」

 

 ユエがシアの反応に目を見開いていると、今まで黙っていたミュオソティスが口を開いた。

 

「私がマスター達を観測し続けた結果、ユエを含む三人の間には生存のための協力関係、すなわち、合理的判断以外のファクターの存在が予想されました。私には『愛』という感情を厳密には理解する事が出来ませんが、このファクターがそれに該当する可能性は極めて高いです。根拠:この関係は、打算というには無駄が多すぎます」

 

 機械的な推論ではあるが、どうやら自分達の愛の形を肯定しているらしいミュオソティス。シアの言葉と言い、ユエにとっては救いだった。

 

「二人とも……ありがとう」

 

 蘇生された未来で、吸血鬼は仲間を得たのだった。

 




ユエの内心吐露。原作メインヒロインですが、香織や優花のキャラが濃すぎて存在感の無い人になりかけていたので補強しました。シアも同様。そしてまた小説が難解に(自業自得)

備忘録

ファントム・オブ・ジ・オルケストラ:なんか大仰な名前が付いているが、要は植物みたいな何かで作った分身人形。パニグレのセレーナ・幻奏というキャラが使う分身生成と性質的にはあまり変わらない。自由度はゲームシステムに縛られないこちらの方が上だが。ただ、人形のスペックは本体よりは低いうえに、操れるのは最大6~7体程度が限界であるため、某深淵卿の方が性能面では高い。多分、この名前が今後出てくることはあまりない。

ブルーメン・スヴィーテ:香織の必殺技的な奴。和訳すると『花の組曲』的な意味。元ネタはセレーナ・幻想の『ガラクシア・スヴィーテ』。向こうでは宇宙がモチーフだったが、こちらでは迷った挙句に花をモチーフにした。

Bモード:NieR: AutomataのA2が使用する技で、攻撃力が増大するがものすごい勢いでHPが減る技。攻撃すれば回復するが、A2を操作したばかりのプレイヤーには正直荷が重い。因みに攻撃を喰らったり、HPが一定量まで減少すると解除される。

シア:パニグレのカム・狂犬というキャラが元ネタ。シアの父親も同じ名前なのでややこしいが、混同しないように。今作ではカムの『本能解放』という技が『Bモード』になっている。

ユエ:以前、『ユエのモチーフは心臓』という記述を行ったが、もう一つのテーマがある。それは『現在』。過去も未来も失った彼女は『現在』に居場所を見出そうとしている。また、優花は『過去』、シアは『未来』がモチーフ。シアはヒロインではないが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間/白昼ノ花火

メリークリスマス、ということでウチのハジカオがいちゃつく話を。タイトルからして季節外れだが気にしてはいけません。

本来なら明日か明後日に投稿すべきなのでしょうが、絶賛忙しいので無理です(恋人いないけどね)。

あ、最初に言っておきますが、めっちゃ短いです(休憩に書いてた手抜き小説だからしょうがないね)。


 シア達が修業をしている傍ら、ハジメはハウリア族に魔物を狩って来るように伝え、自分は自分で修業しながら成果を待っていると、彼に近づく一人の人間に気付いた。

 

「調子はどうですか? 香織」

 

 それは最愛の恋人である香織だった。どうやら新技の開発がひと段落したようで、休憩にハジメに会いに来たらしい。

 

「身体は特に問題ないかな。技の開発も上手くいったよ。どちらかと言うと君の方が心配だよ。一人にしたらまたあんな事するんじゃないかって……」

 

 そう言って香織はハジメのこめかみを触る。それほど、ハジメが拳銃で頭を撃ち抜いたことが衝撃だったのだろう。たとえそれでは死なず、本体にダメージが残らない事が分かっていたとしても。香織はハジメと自分の額を触れさせて言葉を紡ぐ。

 

「演奏が聞きたいならいくらでも弾くし、私の身体が欲しいなら何時間でも交わる。なんでも誰かのせいにする、どうしようもない君も愛せるけど……ああいう事はやめてほしい」

 

 香織はハジメの『死』を妨害する。ハジメにとって、『死』は『生』と同義だ。死は生の対極にあるものではなく、生の延長上に存在する、命に組み込まれた一つのシステムに過ぎない。

 それを理解しているにも関わらず、香織はハジメの死を、生を妨害する。それを思うたびに嫌いになり、苦しくなり……そしてまた好きになる。この感情の推移だけで、ハジメは心停止を引き起こしそうだった。彼女が心臓に仕掛けた爆弾は、今日も平常運転である。

 

「……やりませんよ。とは確約できません」

「……」

「でも、僕はこの問題から逃げたくは無いのです。逃げられるものでもありませんがね。きっと、僕はどのような状況にあっても死に惹かれるでしょう」

「……」

「貴女は、こんな身勝手な人間でも愛してくれるでしょうか」

 

 香織は困った人を見るような表情をして、そしてハジメの頭を自分の胸元に抱いた。

 

「香織……?」

「……正直に言うとね? 君のそういうところは大嫌いなの、コンダクター」

「……」

「でも、君がそういう思いを言葉や絵にするたびに私は自覚する。やっぱり、どう足掻いても君が好きだって」

「それ……は」

「私の心音を聞けば分かるでしょう? 君に仕掛けた爆弾は、私の心臓と連動しているの」

 

 ハジメと香織は違う人間だ。それにもかかわらず、ハジメの心を見透かしたかのような言葉に、通常ならあまり良い感情は抱かない。しかし、ハジメは反論する事ができなかった。

 

「薫風が耳を貫いて、汗ばんだ肌と熱を持つ手を蝉しぐれが馬鹿にして、私は熱帯夜に溶けてしまいそうで……嫌いな所は大嫌いで、憎んですらいるけれど、輪廻転生のようにそれすらも好きになる」

 

 同じだ。ハジメが香織に抱いている感情と瓜二つだった。

 

「でも、これで良かったと思うんだ。好きな所だけじゃなくて、嫌いな所もあるくらいがちょうどいいの。ずっとフォルテの音楽は退屈でしょう? ピアニッシモやデクレッシェンド、アクセントだって音楽には必要で、時にはスフォルツァンドがあって、強弱だけじゃなくて、ドルチェやラルガメンテ、カンターヴィレだって存在して、速度はどうしようかな? ラルゴ? アダージョ? それともアレグロかな? いっその事プレストでもいい……色々な音楽を君と奏でたいんだよ、コンダクター」

 

 そして、香織はハジメを自分から離すと不安そうな顔で問いかけた。

 

「こんなに強欲な人間を、君は愛してくれる?」

 

 愚問だ。とハジメは思った。

 

「君が紡いだ言葉を、君が描いた絵を、私は少ない脳と拙い演奏技術でなぞるだけ。こんな酷い人を、君は愛してくれる?」

 

 ハジメは香織を静かに抱き寄せた。そして、どんな言葉よりも雄弁に答えを伝える行為で示した。

 

 二人の唇が重なる瞬間に、二人の幻奏の周りで夜が生まれる。ヒグラシが鳴いて、遠くに見える縁日の屋台に黄昏(たそがれ)て、二人の背後に音も無く熱が爆ぜる。

 

 余分な色を含まない、純粋な熱と光を持つ花火が二人の周りを彩っていた。

 




はい、原作の桃色空間以上に入りづらい二人の世界でした。ただこれが書きたかっただけ。いや、なんというか、ウチの作品の恋人達に桃色空間を当て嵌めるとミスマッチもいいところでして……

しかし、ハジメの頭撃ち抜き事件には一応のケジメは付けました。早い方が良いでしょう。NieRのようなマルチバッドエンド回避のために。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綺麗事ト現実

とりあえず多忙のピークは抜けたので、少しずつ投稿していこうとは思います。また忙しくなりそうですけど。

さて、暗い話は置いといて、NieR Automataのアニメが始まりましたね。2話まで見た感想としては「かなり世界観が再現されている」という物でした。ネットの評価は知りませんが、とても楽しめています。


 修業を終えたユエ、シア、ミュオソティスはハジメの元に向かっていた。そしてその道中、遠目に魔物を狩っているハウリア達を見かけた。

 

「これで、良かったんですよね……?」

「シア?」

 

 シアは自分の家族が魔物達を狩り続ける光景を複雑な表情で見つめていた。元々は虫も殺せないような、気弱で心優しい種族だったハウリア族。それが今では殆ど躊躇いなく魔物を屠り続けている。必要な事ではあるし、一概にどちらが良いかとは論じれない。しかし、自分の行いのせいで変わりゆく家族に、シアとしては一抹の寂しさを覚えるのだろう。

 

「……正直に言って、私はハウリア族のような気弱な種族は見たことが無い」

 

 そのシアの様子を見てユエは自分の見解を語り出す。

 

「ハウリア族が今日まで争いを避けて生きてこられたのは、やっぱりフェアベルゲンが原因。そこにある掟や隠密性がハウリア達を守っていた」

 

 争いが頻発するトータスにおいて、ハウリア達が生き残れたのは間違いなくフェアベルゲンの存在が原因だろう。掟に支配されているということは、裏を返せばある一定の秩序は保たれていたという事なのだから。少なくとも、ハウリア族がこの状況に至るまで争いを避けられるほどの秩序が。

 

「……シアの行動を否定する気は無いし、魔力持ちを理由なく殺した過激派の行動を正しいという気も無い。でも、ハウリア族がフェアベルゲンの庇護下にあったのは事実」

 

 そしてユエは過去を思い出す。突如として全てを奪われ、封印された過去を。

 

「……叔父様が何を成し遂げたかったのか、王位を奪ってまで目指した目標が私には分からない。でも、私はその犠牲になった。何かを成し遂げるなら、何かを変えようとするなら、別の何かを犠牲にしないといけない」

「ユエさんは、それを受け入れたのですか……?」

「……少なくとも、犠牲無しで成果を得ようとは思わない」

 

 シアは顔を俯かせた。理屈としては分かる。おそらく万人がそれを正しいと言うだろう。しかし、感情が追い付くかと言うと、それは別問題なのだ。変わる前の家族を知っているともなれば、尚更である。

 

「……私の選択をシアに強要するつもりはない。答えは、シアが見つけて」

 

 折り合いをつけるにせよ、反抗するにせよ、今すぐに答えは出ないだろう。明確な正解など、有りはしないのだから。

 

「………」

 

 シアとユエが話している間、ミュオソティスは修行するハウリア達を見ていた。

 

(妙ですね)

 

 ミュオソティスは修行を続けるハウリア達、その中の一人に違和感を感じていた。どうにも動きがおかしいのである。小太刀を十字に構えたり、各々が何やら格好つけた動きをしているが、ミュオソティスにとってはどうでも良い事である。

 

(なぜ一人だけが遅れて動くのでしょう)

 

 修業するウサミミ達の中の一人が、平均して0.05秒遅れて動く。偶然と斬って捨てても差し支えないが、戦闘だけでなく日常で行われるだろう動作にも遅れが生じている。まるで変わり続けるアルゴリズムを必死でトレースするコンピューターのように。

 おまけにハウリア達のウサミミが動きに伴って揺れるのに対し、問題の人物の耳は直立不動だ。どうにも作り物めいた気配を感じる。同じく作り物であるミュオソティスのように。

 

(念の為、マスターに報告しておきましょう)

 

 ミュオソティスは『通達』にて、画像データとともにハジメに報告した。

 

 

 

(怪しい人物、ですか。一応、気を付けておきましょう。他の昇格者にも『通達』しておかねば)

 

 ミュオソティスからの報告を、ハジメは真面目に受け取っていた。0.05秒の遅れというのは普通なら偶然か何かですませてしまう。だが、この聖書の内容のような狂った世界では何が起こるか分からない。気にし過ぎという事は無いはずだ。聖書もこの世界も、重度のホラー、スプラッタ映画のファンをも十二分に満足させるほどの強奪、暴力、獣欲、殺人、さらには狂信に溢れているのだから。

 

「……怪しい人、か。気を付けないとね」

 

 傍にいた香織も『通達』を受け取り、神妙な顔をする。元々明るく、素直な性格をしている香織は、ハジメと出会う前には人を疑う事は少なかった。ハジメを、ゼロという画家を通して対面やネットで様々な人間と関わるうちに、そして、様々な文学作品や戯曲に触れるうちに、『人を疑う』という事を覚えた。

 

 これが良い変化か、それとも悪い変化かは分からない。天之河光輝からすれば「悪い変化だ!」と迷いなく言うだろう。もしかすると、八重樫雫も『良い変化』とは思えないかもしれない。だが、世の中には人を騙す存在がいるのも事実だ。生者を底なし沼に案内するウィルオーウィスプや、リア王を騙したゴネリルやリーガンのように。

 

ハジメと香織が待つ場所にシア達三人が現れた。なお、ミュオソティスの報告はシアには伝えていない。自分の家族の中に裏切り者がいるかもしれない、そんな情報は確定する前に伝えるべきではないのだ。

 

「お疲れ様です。どうです? 修業の結果は」

「……問題は無い。私達についてきても、無駄死にする事は無い」

「それは良かったよ。じゃあ、これからは正式な仲間だね」

 

 香織の言葉を聞いて、シアは嬉しそうに表情を綻ばせる。原作のように恋愛感情は抱いていないが、認められるだけでも嬉しい物なのだろう。

 

 なお、後にシアは恋愛感情を抱かなかった理由についてこう語った。

 

「確かにハジメさんは美人ですし、強いし頭も良い。トータスの出身である私には分かりませんが、多くの地球の哲学者の思想をご存じのようです。私の願いも叶えてくれましたし、此処だけ見れば好きにならない理由がありません。でも、ハジメさんが纏う夜のような雰囲気が、私には恐ろしく感じてしまったんです。一度足を踏み入れたら、二度と出てこられない気がして……」

 

閑話休題

 

「そうそう、貴女に贈り物があるんです。加入祝いとして」

 

 そういってハジメは宝物庫から白い大剣を取り出す。形状を見れば正確には大太刀と言った方が良いかもしれないが。

 

「貴女の武器です。敵から奪取したあの武器も性能は悪くありませんが、あまり格好がつかないですし」

「私の武器……」

 

 シアは渡された白い大太刀を見る。柄や鍔なども白と黒で統一された、儀式用か装飾用に思えるほどに美麗なその武器は、明らかに実戦向きの性能を感じさせる鋭さも放っていた。ずっと眺めていると、純白の刀身に魅せられそうになる。紛れもない芸術品だ。

 

「僕は『白ノ約定』と名付けました。気に入らなければ変えていただいても構いませんが……」

「いいえ、とても良い名前だと思います」

 

 シアはそう言うと、白ノ約定を背負った。武蔵玖型の使っていた剣よりも余程彼女に似合う武器だ。ハジメはシアに『家族を救う』という約定を結んだ。そして、その結果が今からやって来る。

 本来なら依頼の達成を喜ぶべき場面で、何故かハジメの表情は微妙な物だった。怪しい人物が一人いるというのも理由の一つではあるのだが、他にも頭の痛い事情があった。

 

「シアさん」

「? 何でしょう?」

「先に謝っておきます。ごめんなさい」

「はい? この後は父様達が合流するんですよね? まさか、何かあったのですか? いえ、さっき生存は確認しましたけど、凄い不安になってきたのですが、何もないですよね!?」

「ねえ、コンダクター。私も知らないけど、何があったの?」

 

 一応、『通達』の内容は伏せて香織が問いかける。ハジメの表情からは『警戒』しているというよりも、明らかに『気まずい』という感情が読み取れた。ハジメにしてはそれなりに珍しい表情なので、ユエも何があったのか気になると言う表情をしている。

 

 四人がそうしていると、件のハウリア族がやってきた。だが様子がおかしい。明らかにシアが知る彼等では無かった。父親に報告したいことが山ほどあるシアだったが、一瞬、それを忘れてしまう程には異様であった。

 

 歩み寄ってきたカムはシアを一瞥すると僅かに笑みを浮かべただけで、直ぐに視線をハジメに戻した。そして……

 

「親愛なる我等が主よ。貴女様より指定された魔物の討伐、完了致しました」

「あ、主?と、父様? 何だか口調が……というか雰囲気が……」

 

 父親の言動に戸惑いの声を発するシアをさらりと無視して、カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 

「一体で良い、と言ったはずですが……」

 

 ハジメの課した訓練卒業の課題は上位の魔物を一チーム一体狩ってくることだ。しかし、眼前の剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、複数体狩ったとしか思えない量である。

 

「ええ、我々は相当量を狩った時点で撤退するつもりだったのですが、運の悪い事に他の個体が押し寄せて来ちまいましてね。退路の確保のため、やむを得ず戦闘を行いました」

「ええ、族長の言う通りです。しかし、元は肥溜めに住むクズ供。慈悲をくれてやるいわれは無いでしょう? 私達の前に立ちはだかったのが運の尽き」

「幸い、墓標には困らねえですぜ? 何せ、何処を見渡しても木が生えてるんですからねえ」

 

 言葉遣いが何処か不穏だ。全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。

 

それを呆然と見ていたシアは一言、

 

「……誰?」

 

 

 

 ハジメとシアの間に氷点下の沈黙が流れる。美麗な剣を送られた時のシアの表情は無限遠の彼方に吹き飛び、今は猜疑と憤懣に支配されている。シアの心情は推して知るべし。すなわち「お前ウチの家族に何をした」という疑問で埋め尽くされていた。

 

「ねえ、コンダクター。貴方は一体何をしたの? 貴方自身のためにも早く答えた方が良いよ?」

「とりあえず生き残れるようにすることが先決でしたから、戦闘訓練を行いました」

「はい、それは承知しています。事前に私には告知されていましたし」

「そして段階的に厳しくしていき、大抵の敵には対処できるようになりました」

「はあ、それで?」

 

 語っているハジメの目が死んでいく。少なくともこの結果はハジメが望んだものではないらしい事は明白である。

 

「こうなりました」

「ならねえよ!!」

 

 ついにシアの感情が爆発した。樹海に彼女の焦燥に満ちた怒声が響く。ハジメの襟を掴み、揺さぶり、「私の家族に何をした、言え、さっさと吐け!」と尋問する。一体どうしたんだ? と分かってなさそうな表情でシアとハジメのやり取りを見ているカム達。先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が殺し屋のような雰囲気を漂わせていた。それも洋画とかに出てくる身体能力がバグった重力が仕事を放棄しているタイプの。男衆だけでなく女子供、果ては老人まで。

 

 ハジメに聞いても埒が明かないと判断したのか、シアはカム達に縋るような疑問を投げかける。

 

「父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 

 シアの問いにカムは、ギラついた表情を緩め前の温厚そうな表情に戻った。それに少し安心するシア。だが、

 

「何を言っているんだ、シア? 私達は正気だ。ただ、この世の真理に目覚めただけさ。主のおかげでな」

「し、真理? 何ですか、それは?」

 

 嫌な予感に頬を引き攣らせながら尋ねるシアに、カムはにっこりと微笑むと胸を張って自信に満ちた様子で宣言した。

 

「戦わねばこの世界は生き残れない。破壊でも救済でもなく、ただ悪とした我々を赦さんとする聖者の行進に抗い、知性体としての矜持を捨てないためにな」

「………」

「無力を呪う声と救いを祈る声……その両方の声を家族が発するのを聞かずに済む。これは願っても無い事よ」

「………」

「主は綺麗事を否定しているわけではないんでさぁ。しかし、実現できない綺麗事はただの世迷言であると気付かせてくれたんですぜ」

 

 ハウリア達の言葉に何も言えなくなるシア。事あるごとに気取ったポーズをするのはともかく、言っている事はまあ、マトモではある。

 

「フェアベルゲンを追い出された時は運命を呪いましたが、捨てたものでは無いようですぜ。まさかこのような女傑と会う事ができようとは」

 

 なお、今の発言の出処は〝お花さん〟を気遣っていたパル少年である。足元の新芽を踏みつけていたが、特に気にした様子は無い。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年へと変貌していた。

 

「パル君! あなたの足元には新芽がありますよ! 今からでも遅くないですから、正気に戻りましょう!?」

 

 どうやら、まだ幼い少年だけでも元の道に連れ戻そうとしているらしい。元の性格を想起させる言葉で必死に呼び止めようとしている。

 

「新芽ですかい……まあ、平和な世になったら考えまさァ。今の状況でそこまで気を回せるほど、俺はまだ強くないんでね」

 

 まるで歴戦の兵士のような事を言うパル少年十一歳。しかし、言っている事は至極真っ当なので何も言えなくなる。そんなシアに対して、少年はさらに追撃をする。

 

「俺は過去と一緒に前の軟弱な名前も捨てました。今はバルトフェルドです。〝必滅のバルトフェルド〟これからはそう呼んでくだせぇ」

「誰!? バルトフェルドってどっから出てきたのです!? ていうか必滅ってなに!?」

「そんなものは俺の情熱から「パル君」……何ですかい?」

 

 意気揚々と演説を始めようとした少年の言葉を遮って呼びかけるハジメ。彼らの難儀な性格はともかく、これだけは訂正しておかなければならない。そんな雰囲気を漂わせている。

 

「僕は男です。女傑という言い方は不適切だ」

 

 ハジメがそう言うとパル少年の顔は驚愕に染まり、

 

「そ、それはとんだ失礼を! 以後気を付けます!」

 

 慌てて謝罪するパル少年。何人かが目を逸らしたので、どうやらハジメの性別を勘違いしていた人物はそれなりにいたようだ。ハジメの目が死んだ。

 ハジメとシアがそれぞれ別の理由で遠い目をしていると、カムから報告が上がった。どうやらハジメに合わせたい人物がいるらしい。

 

「どうやらフェアベルゲンから出てきた者のようでして。ハウリアではありませんが、我々と同じ兎人族です。なんでも我々の元に加わりたいとか……」

 

 カムがそう言うと、ある一人の兎人族の女性がハジメの前に出てきた。

 

「試しにナイフの一本を持たせてみたら上手く扱いましてね。筋は悪くありません」

「は、初めまして、ネム・スクロフです。ハウリアではありませんが、仲間に加えて下さい。そして、」

 

 カムの紹介でハジメに自己紹介をする新参者の女性。だが、次の瞬間に無感情な声と共に持っていたナイフをハジメに向けて振るった。

 

「貴方の命を頂きに参りました。秩序(オーダー)の名に於いて」

 

WARNING FKX-2B ネメシア




とりあえず気弱なハウリア達がどうやって生き残ったのかという考察と、訓練の結果、そして不穏な最後でした。

備忘録

ネメシア:ありふれ原作アフターのメイド集団『フルールナイツ』の構成員の名前。今作では『花』から送り込まれた刺客『オーダー』の一人である。型番は天使文字で表示されており、ハジメ達が持つ『言語理解』の技能でアルファベットに翻訳されたもの。

白の約定:NieR Automataの主人公2Bの初期装備。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命無キ秩序ー甲

前も言った気がするけど、話が細切れですみません。トータス編終わる頃には何百話になっているのか……でも完全に作者のエゴですが、今回の最後に出てくる魔物に関してはやっつけ作業になりたくないんですよ……


「貴方の命を頂きに参りました」

 

 兎人族の女の表情が抜け落ち、無感情にハジメにナイフを振るう。完全な不意打ちだと思った女。しかし、現実は違っていた。

 

「警戒していて正解でしたね……」

 

 女のナイフをハジメがゼロスケールの銃口で受け止めていたのだ。何を隠そう、目の前の女はミュオソティスから報告のあった警戒対象だ。言われてみれば、本来動きに合わせて揺れるはずの耳があまりにも不動すぎる。

 攻撃を止めた銃口から弾丸を射出させるハジメ。女は自分の右手に伝わった衝撃で一瞬だけ体勢を崩すが、すぐにリカバリーしようとする。しかし、普通の人間ならばともかく、昇格者相手にそれは甘かった。

 

「―――!」

 

 ハジメの傍にいた香織がワルドマイスターで強烈な刺突攻撃を加えたのだ。兎人族の女は吹っ飛び、離れた位置にある樹に衝突する。

 

「も、申し訳ございません! 我々が迂闊でした!」

 

 襲撃者を連れてきてしまったカムがハジメに平謝りするが、ハジメは彼を咎めるような真似はしなかった。

 

「結構。どうやらアレは僕達の上客のようだ。貴方達は他の敵への警戒を」

 

 ハジメが女への警戒を行いながらカム達に指示を飛ばす。指示通り彼らが行動する間、女、ネメシアは痛みを感じる様子も無く腕も使わずに起き上がり、不自然な姿勢でハジメ達を見据える。

 

「何者です? 亜人ではなさそうですが」

 

 そもそも生物ですらなさそうだ。ここまでに見せた動きはあまりにも非生物的すぎる。ミュオソティスの言う通り、『そう行動させる』プログラムを打ち込まれた機械と言われた方が余程しっくりくる。敵が情報を明かすかは不明だが、敵について何も分からないままというのも危険である。故にハジメは問いかけた。

 

「私はオーダー。『法王』の命により貴方達を破壊するため、地上にプリントアウトされました」

 

 躊躇いも無く話す女に、ハジメは少々面食らった。

 

「随分とあっさりと話すのですね」

「情報の公開は禁止されておりません」

「では質問です。何故僕達を狙う?」

「狙っているのは貴方達だけではありません。この世界に存在する全ての生命体が殲滅対象です」

「なるほど。『法王』とは何です? イシュタルの事ですか?」

「イシュタルが誰かは知りませんが、私は『法王』の命令によって動いています。貴方達生命体は、この世界を壊し過ぎてしまいました。よって、然るべき者達によって修復されなければなりません。我々の公務にご協力ください」

「無理ですね。結局死ぬのでしょう? 僕らは」

 

 ハジメの言葉を最後に、ネメシアは景色に滲むように消える。そしてその動作を三回繰り返し、ハジメに肉薄しナイフを振るう。間一髪で見切ったハジメは後ろに仰け反り回避し、蹴りを入れるとゼロスケールで銃撃。そしてアストレイアでも追撃する。

 

 香織も細剣による攻撃を加えようとするが、ネメシアはまた滲むように消失し、攻撃は当たらない。そして、香織の背後に回りこんだネメシアは彼女をナイフで切ろうとするも、今度はユエの妨害に会う。そしてネメシアが攻撃を回避すると、地面から生えてきた香織の分身体が攻撃してくる。

 

 ネメシアは頭部に損傷を負い、電子脳と思しき部分が剥き出しになる。少なくとも生物ではない事が視覚的にも確認できた。

 

「オーダーは私だけではありません。他に九体の機体が、この世界にプリントアウトされています。いずれも、貴方達よりもハイスペックな機体です」

 

 分が悪いと悟ったのか、ネメシアは姿勢も直さずにオーダーについての情報を話した。絶望的な状況を説明し、ハジメ達に遠回しな降伏を勧めるつもりだろう。だが、こんなことで動じるハジメ達ではなかった。昇格者を代表して、瞳孔の収縮した眼でハジメが答える。

 

「問題ありません。それら全てを倒しますから」

 

 その答えにハジメの表情にネメシアは一瞬だけロジックエラーを起こした。

 

「倒す? どうやって」

「さあ? 死んだら愛する人に怒られるので」

 

 その答えに、ネメシアはいよいよ理解不能だと悟った。対象を抹殺するべく複数のナイフをハジメ達に投擲する。普通の人間や並の機械体であれば回避する事など不可能な攻撃。結界でも張れば別かもしれないが、データベースに存在する結界魔法はそれなりに長い詠唱を必要とする。マッハ速で飛来するナイフは防げない。

 

「―――っ!」

 

 だが、ハジメは攻撃の全てを掻い潜り、ネメシアの頭部を掴んでいた。そして、『錬成』で電脳部を破壊する。ネメシアの瞳は機械が電源を落とされたように消失し、白目を剥いた残骸が残った。

 

「ちゃんと機能停止してますよね?」

 

 散々I’ll be backをされたハジメは警戒を怠らず、自分達の勝利を確認する。そして、唐突に現れた刺客との闘いはハジメ達の勝利に終わった。

 

「オーダー……」

「ミュオソティス?」

 

 だが、こちらへの影響が何も無いとは言えないようだ。なにやらミュオソティスが悩むようなそぶりを見せている。どうやら敵の発した『オーダー』という単語に引っかかりを覚えているらしい。オスカー・オルクスが作ったと思われる人形である彼女が何故、処刑人気取りの敵に対して引っかかりを覚えるのか。

 

 ハジメには心当たりが無いでもない。オスカーの日記と思しき物には、確かにミュオソティスの機体を作ったという記述は存在した。しかし、閲覧できた情報の範囲内では彼女の人格や魂、別作品風に言うならゴーストの記述は存在しなかったのである。忘れられた後に後天的に芽生えた人格なのか、それとも……

 

「何か、思い出せましたか?」

 

 ハジメがミュオソティスに声を掛けると、彼女は心なしか怯えたような反応を見せた。

 

「いえ、オーダーという単語に、何か既視感を感じました。しかし、それが何に起因するものなのか、私には分かりません。私が何処でその単語を聞いたのか、何故マスター達へ仇為すような予感がするのか。何故、こんなにも『恐怖』を感じるのか」

 

 普段は感情が希薄な彼女にしては、かなり珍しい状態だ。実際、本人も感じたことが無いであろう感情に戸惑っている。未来への不安、それは『現在』を分析し、最適解を導き出す機械には珍しい感覚だろう。データを解析し未来を予測するAIに、将来への不安など有り得ないのだから。

 

「質問です……人間達は、この異常な感情を、何と呼んでいるのですか?」

「………」

 

 簡単に答えてしまうなら、『不安』という答えになる。論理的、統計学的な根拠が必ずしもあるわけではないが、漠然と恐怖感を抱いている状態。下手に答えれば助長する事となるため、慎重な判断が求められる。ハジメが少し考え、彼女に答えを言おうとすると、その前に香織がミュオソティスを抱きしめた。

 

「ますたー……?」

「ミュオソティスは、『不安』なんだね。きっと初めて感じた感覚に、処理が追い付いてないんだと思う」

「『不安』……それが、この異常の正体……」

「敵の言葉に既視感を覚えて、私達を裏切るかもしれない。それに対して怖くなるくらい私達と一緒にいる事が当たり前になっているのは嬉しいけど、それなら今度は不安への対処の仕方を学ばないと」

 

 ミュオソティスは香織の腕の中で首を傾げる。この恐怖に打ち勝つ方法があるのかと半信半疑だ。それに対し、香織は「打ち勝つ必要は無い」と告げる。

 

「そうだね。まず落ち着こうか。悪い事ばかり考えると、そこから抜け出せなくなるからね」

 

 香織は自身の経験を基にミュオソティスに教える。亜人との闘いで自分の肉体が再生した時、香織はかつてないない程に恐怖し、狼狽し、不安に駆られた。ハジメや雫に拒絶される事、未知のものに変貌した自分自身、それらが果てしない恐怖の対象だった。だが、ハジメに受け入れられ、一頻り泣き、夜に溶け込めば、恐怖と共に生きる事が出来た。

 

「恐怖に打ち勝つ場合もあるけれど、まずはそれを観測しないとね。落ち着いて考えてみよう? ミュオソティスは、何を感じたの?」

 

 いまだ感情が不明瞭なミュオソティスは、落ち着くという感覚を論理的に説明する事は出来ない。だが、今の状況を逆算して、先程よりはいくらか冷静に考えられるようだと気付いた。

 

「オーダーという単語について、詳細な事柄は分かりません。しかし、無限に連なるデータの中、その単語を聞いた記憶だけはあります。私の造物主が誰なのか……それは思い出せません」

 

 結局、落ち着いても彼女の記憶が戻る事は無かった。だが、ミュオソティスの出自に関するヒントが一つでも見つかった事は喜ぶべきだろう。

 香織はミュオソティスを撫でながら囁く。

 

「もしまた不安になったら、私達に言ってね。私なら歌を歌えるし、コンダクターなら絵を描いてくれるかも」

「……歌に、絵画ですか?」

「芸術は創造を超えて、命無き者に命を与えるの。例えば景色、例えば音、例えば、迷子のお人形さん」

「……私は、迷子の人形ですか?」

「ミュオソティスだけじゃないよ。私達もいまだ彷徨う機械だもの。でも、それは簡単に見つかる物じゃない。探すだけでも沢山の事を知ってないといけない。だから、君はこれから、沢山の物を観測しないとね」

 

 香織がミュオソティスを慰めている間、ハジメは「こういう部分は敵わないな」と最愛の恋人を見る。『病棟の惨劇』以来、閉ざされていたハジメの心を開いたのは香織なのだ。偶然と時の運だけではなく、彼女の特性なのだろう、とハジメは思っている。一度夢を見始めると実用主義的な側面が欠落するため『突撃娘』などと評される事もある香織だが、逆を言えば『突撃娘』でなければ成し得ない事なのだから。

 

 ハジメが感慨に浸り、「私何もできてません……」と落ち込むシアをユエが慰めたりしていると、瞬間移動してきたターミナルがオーダーの残骸を拾う。ハジメは彼(?) なら何か知っているかもしれないと思い、問いかける。

 

「ターミナル、オーダーという集団について何かご存じありませんか?」

「残念ながら知らん。私とて全ての機械の動向を把握しているわけではない事は依然言った通りだが、どうやら勢力単位で把握できていない敵がいるようだ」

 

 ターミナルが溜息を吐きたいような仕草を一瞬見せた、ように思える。昇格ネットワークの事実上のトップであるはずだが、それに付随して気苦労が多いのだろう。物理的な攻撃には絶対とも言える耐性を持つが、彼とて万能ではないのだ。

 

「私が色々と調べておこう。念の為、他の昇格者にも伝えておかねばな」

「他の、と言うと、竜人族の(ティオ)加百列(ガブリエラ)という人物と、深人族のラングランスという人物、それから元エヒトの使徒、ドライツェントでしたっけ? ああ、後、カイネさんもか。今後関わってきそうなのは」

 

 構成員は昇格ネットワークで検索できるため、ハジメ達も誰が入っているか程度は知っている。一応知人であるカイネがこの世界にいたのは驚きだが、ハジメを憂鬱にさせたのはドライツェントから報告された内容だった。どうやら優花が荒れているらしい、と。ハジメは人生最大級とも言える失態を思い出し、自己嫌悪に陥る。過去に遡る術がない以上タラレバにしかならないが、当時の自分の軽薄さと傲慢さには吐き気を催していた。

 

「まあ、今も大して変わってやしないか……」

 

 ターミナルが消えた後、ハジメが独り言を呟いていると、何やらハウリア達の方が騒がしい。「手に余る敵でも出てきたか?」と正解に近そうな予想をするハジメ。自衛できるようになったとはいえ、彼らの強さは昇格者やオーダーには及ばない。それらと同格の強さの敵が登場すれば抑えられなくなるだろう。

 

「シア! 主! お気を付けください! 敵に突破されました!」

 

 カムの警告が飛び、シアに一つの獣のような影が襲い掛かる。だが、訓練された彼女が致命傷を易々と受けるわけもなく、ハジメの渡した大太刀『白ノ約定』で防いでいた。

 だが獣の方も防がれて終わりというわけではなく、自身の身体に内蔵された機銃からハジメを狙撃してくる。無論、ハジメは弾丸を見切って回避し、逆にゼロスケールによる銃撃を撃ち込んだ。

 

「今度はどちらからのお客でしょう?」

 

 そもそも言葉が通じるかどうか分からなかったが、銃撃によってシアから引き剥がされた狼のような機械は律義にハジメの質問に答えた。

 

「我はこの森に住む獣……お前達の言葉でいうならば、『魔物』という存在だ」

 

 その答えはハジメ達やハウリア達を心底驚かせた。魔物とは意思など持たぬ自然災害である。それが人間にせよ魔人にせよ、そして亜人に至るまで共通認識であるはずだ。それが意思を持ち、そして明瞭な会話をするなど、予想だにしない事であった。

 

 だが、その中でシアの表情だけが別の驚きに満ちていた。

 

「まさか……そんな……」

「? どうしたのですか?」

 

 ハジメやカムの疑問に気付いた様子も無く、シアは目の前の光景が信じられないという声色で、目の前の魔物を見つめる。

 

「あなたなんですか……?」

 

 これは祝福すべき再会か、それとも忌まわしき悲劇か。

 

「ロック……」

 

 その狼は、かつてシアと友達だった魔物だった。

 




はい、次々と敵が出てきます。多分ずっとこんな感じ。

備忘録

オーダー/ネメシア:『法王』なる存在が操っているらしい事が判明。トータスに存在する生命体全てが殲滅対象であるため、残念ながら交渉の余地は無い。パニグレユーザーの方なら所属組織の名前は分かるかも。

ロック:どうやらシアと友達だったらしい。ヒントはNieR Replicantである。一応言っておくが、音楽のジャンルではなく千夜一夜物語に登場する巨大な鳥の名前である。今作においてもクロス先でも狼だが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命無キ秩序―乙

NieR名物、悲しき戦い。


「あなたなんですか……? ロック……」

 

 強襲してきた機械の狼に、シアが話しかける。その声色は目の前の現実を否定する物のように聞こえた。単なる敵対者ではないようだと悟ったハジメは、シアに尋ねる。

 

「お知り合いですか? あの狼と」

「……もう随分と前に、私が拾った魔物です。当時はまだ幼かったので、魔物と野生動物の区別はついていませんでしたが……」

「なるほど?」

「怪我をしていた所を拾って、暫くの間一緒にいました。でも、ある日突然消えてしまったのです」

「………」

 

 機械の狼はシアの言葉に顔を伏せた。ハジメは当時の状況を知らないのでなんとも言えないが、狼が去った理由はなんとなく推測が付いた。少なくとも、狼――ロックがシアに対する愛想を尽かしたわけではないのだろう。寧ろ逆、それなりに好意的な感情は持っていたはずだ。

 

 おそらく、ロックは魔物である自身への評価や、一緒にいるシアへの影響を何らかの方法で察してしまったのだろう。シアか自分か、魔物にとっての優先順位は分からない。だが、自分が離れる事が最善であることを悟ったのは確かだ。

 

 ハジメは機械の狼に問う。

 

「襲撃者……人と時を過ごした狼よ、貴方に一つ問いたい。何故僕達を襲撃したのです? 人間族や亜人族に対する恨みですか?」

 

 ロックは自身を魔物だと名乗った。それならば人間や亜人に数多くの同胞を殺されているだろう。それが原因で恨まれていても不思議ではない。ハジメはそう思ったのだが、ロックの返答は違った。

 

「否、魔物の死はその者が弱かったというだけに過ぎない。同胞を殺されようとも、復讐などという下らぬ真似はしない。お前達は違うようだが」

 

 やはり、魔物と人間の間には価値観の違いがある。野生動物が復讐戦を挑むという話はゼロではないため、少なからず情が芽生える場合もあるのだろうが、人間と比べれば希薄だ。

 

「我はお前達を殺すために来た。『刑死者』とやらがそれをお望みらしい」

「刑死者? 何の事です」

 

 オーダーは『法王』という存在を口にし、ロックは『刑死者』という存在を口にした。地球にも存在するタロットカードを基にしているのだろうか。だとしたらオーダーとロックは同じ勢力に属する別の存在から命令が下されている可能性がある。

 

「さてな、刑死者については我も良く知らん」

 

 だが、どうやらハジメの望む情報は得られないようだ。ならばと思考を切り替え、ロックが取り巻く状況を最低限でも把握することに努める。

 

「命令に疑問も抱かないのですか? パニシングによって得られた進化も発展途上ということですかね」

 

 この狼からはパニシングの反応があった。本来知恵を持たないとされる魔物と流暢に会話が可能なのは、その影響だろう。そして知恵を持つ狼はハジメの言葉に苛立ちを見せた。

 

「逆らえば我の身体は破壊される。不本意だが、従う他に道は無い」

 

 どうやら逆らった瞬間に破壊されるらしい。敵対勢力も機械である事は分かるので、遠隔爆破の方法でもあるのだろう。

ハジメのやる事は決まった。会話をしながらデボルとポポルに『通達』を送る。一方で、シアはどうにかロックを破壊せずに済む方法を模索しているようだった。

 

「ハジメさん、どうか、どうかロックを殺さないで……!」

「どうやって生かすのです?」

「え……」

「だから、どうやって彼を生かすのですか?」

「それは……」

 

 シアはハジメの言葉に言いよどむ。理屈ではロックを破壊せずに事を終わらせる事など不可能であるのは分かっているのだ。シアは助けを求めて香織達を見る。だが、シアの味方はいなかった。

 

「……シア、今回ばかりはどうしようもない」

「ユエさん……」

「……私が王族だったころ、国を保つために大勢の人を殺してきた。時には戦争で、時には法によって……中には私と親しかった者や、私が殺す事を望まぬ者もいた」

「………」

「……割り切れとは言わない。けれど、私達は躊躇いはしない」

「………………分かりました」

 

 シアはユエの言葉に完全には納得していない。だが、他にどうする事も出来ない以上、せめて破壊して弔ってやるのが最善だと思考を切り替えたらしい。ハジメは再度ロックに話しかける。

 

「攻撃しないのですね」

幼子(おさなご)の成長を邪魔する趣味は無い」

「そうですか。ではそろそろ始めましょう? 僕も無駄に引き延ばす趣味は無い」

 

WARNING   ブードゥー

 

(ブードゥー……それが彼の魔物としての名前か)

 

 ロックはその場から跳躍し、落下の勢いを利用して攻撃してくる。狙いはシアだ。せめて最後の矜持として、シアに討たれたいのだろうか。

 

「ごめんなさい、ロック」

 

 ロックというのは幼き日のシアが彼に付けた名前だろう。シアは彼の攻撃を白ノ約定で防ぎ、カウンターする。ロックはシアから離れると、今度は錐揉み回転しながら突撃してくる。かと思えば今度はマニピュレーターのような尾で身体に装着されたブレードを掴み、ハジメ達に三方向の縦回転斬撃を飛ばしてくる。

 

「忘れるなよ。お前達も獲物であるという事を」

「忘れていませんよ」

 

 ハジメはゼロスケールの弾丸を以てそれに答えた。シアはハジメの弾丸で一瞬怯んだロックに大剣による連続攻撃を加える。さらに横薙ぎの一撃を加え、斬り上げ、振り下ろし、飛び上がって二連撃を叩き込み、着地と同時に振り下ろす。

 

 ロックは回避とブレードによる受け流しでなんとか耐えたが、無傷というわけではなかった。

 

「俺は痛みを剥奪されている」

 

 攻撃を終えたシアに対し、ロックは尾を使ったブレードの剣技で攻撃する。不規則な攻撃に更にフェイントを入れてくるため、対処するのは非常に困難だ。だが、シアも伊達に修行してきたわけではない。最も隙の大きい縦回転攻撃の時にBモードを発動し、それに伴う衝撃波でロックを吹き飛ばす。

 

 そしてそのまま爪による連撃を加えた。格闘家のような動きはロックの記憶には無かったため、あまり効果的な対処は出来ていないように思えた。だが、

 

「やるな、亜人」

 

 ロックは突如浮き上がり、一対の翼の生えた人型に変形した。そして魔法によるものか、無数の雷を落としてくる。

 

「シア! 大丈夫!?」

 

 香織はワルドマイスターで、ミュオソティスはガラティアで、ユエはオズマを正八面体にして防ぐ中、シアはどうやって防いだのか。香織は心配になって声を掛けたが、ユエは心配いらないとばかりに余裕の表情である。

 

「大丈夫ですぅ! ユエさんの攻撃に比べたら……!」

 

 シアは耐性の崩れを即解除し、エネルギー障壁を作る『セルフィッシュ』という技によって雷撃を凌いでいた。修行中にユエのオズマによる攻撃をどう防ごうか考えていた最中に生み出した技で、シアにとっては貴重な防御技でもある。

 

「とんでもない成長速度ですね……」

 

 ハジメもまた、ザミエルにて展開した結界の中でシアの立ち回りに舌を巻いていた。たった数日でこの対応能力である。今後の成長が楽しみだ。とハジメは思った。

 

「単独戦闘では勝てんようだな」

 

 ロックは昇格者達の戦闘能力を見てそう呟くと、飛行形態のままその姿が分身した。要するに、ハジメ達も同時に相手取るために頭数を揃えたのである。そして、それぞれが昇格者達に襲い掛かってきた。

 

「ようやく本気ですか?」

「お互いにな」

 

 ロックが翼で斬りつけ、ハジメがそれをアストレイアでカウンターしながら軽口をたたく。アストレイアの弾丸はそれなりのダメージを与えているはずだが、「痛みを剥奪された」という言葉の通り、ロックの動きが鈍る事は無かった。

 

「―――!」

 

 唐突にハジメに電流が襲い掛かる。先程の雷撃のように予備動作は無かったし、ロック自身も何かをした様子は無い。ハジメは状況判断のためにもう一度攻撃をする。するとまた電撃が襲ってきた。

 

(『電盾』か……)

 

 『電盾』とは結界魔法と雷魔法を組み合わせたもので、身体に纏わせた結界を攻撃した者に対して電撃を加える魔法である。異なる効果を同時に発動させるこの魔法は人間族でも使える者はそれほどいない。やはり、パニシングの進化は侮れないものがある。

 

 ハジメが周りの昇格者達を見ると、ロックを中心とした光線放射や、彼に強制的に引き寄せられる吸引攻撃などに苦戦している様子が見えた。だが、タブリス戦の時ほど苦しい顔はしていないため、過剰に心配する必要は無いとハジメは判断した。というかユエは正八面体にしたオズマで回転しながら突進する事で攻防一体の技を行使しており、この戦闘においてはあまり心配は要らないだろう。

 

「貴方は確かに強い。獣特有の変則的な動きに飛行能力、さらに多種の魔法を使う」

 

 ロックが翼によるX字の斬撃を行い、更に獣形態となり雷を纏った突進を行う。それを急接近技である『氷晶』で打ち消しながらハジメは言う。

 

「しかしね……こちらも侮ってもらっては困ります。敵に大人しく殺されてやるほどお人好しじゃない」

 

 『嵐雪』で連続斬りを行いながらハジメは語る。たとえシアが傷ついたとしても、自分は必要ならば敵を殺し続けると。それが自分の哲学に反する物であっても躊躇いはしない。破壊の意味があれば良し、無ければそれを受け入れる。それがハジメの決断だった。

 

 アストレイアの射撃の反動でロックから距離を取りながらハジメは指摘する。

 

「デカルトという哲学者は、『決断の出来ない人間は悟性が足りないか、欲望が大きすぎるのだ』と言った。仮に僕がもう少し欲深い人間であれば、貴方一人で事足りたでしょう」

 

 シアを悲しませない方法を模索するであろうから。この闘いを避けようとするだろうから。だが、そうでは無かった。自らの強欲で自分や恋人達を傷つけるくらいなら、必要な事を実行するまで。それがハジメの正義であり理性だ。物語に登場するような英雄でも、信念に基づいて足掻く主人公でもない。たとえ非人間的と言われようと、冷酷と非難されようと、それを変えるつもりは毛頭ない。

 

「あの幼子(おさなご)が、随分と頼もしい仲間を得たものだ……」

 

 ロックの分身体はそう言って倒れた。一方でシアも、かつての友人に対して引導を渡そうとしていた。

 

「貴方を壊してしまうのは……とても悲しいです」

「…………」

「でも、私はハジメさん達についていくと決めました。ですから、ここで貴方を倒します」

 

 シアは再度Bモードを発動し、闇の手でロックを引き寄せてから爪で切り裂く。

 

「せめて、安らかに眠ってください……」

 

 機能を停止した、初めてできた友達に、シアは別れを告げた。

 




ロック戦でした。初めてできた友達だった彼を殺す事は、シアにとってはつらいこと、でも改めて決意を表明しましたね。ところで、ハジメがデボルとポポルに『通達』していた内容は何なんでしょうね。次回はその辺りを書いていきます。

そして語られたハジメの『理性』。ありふれの二次創作において、ハジメの性格を原作から離す(俗に言う「魔王化回避」)展開はそれなりに多いです。やはりアウトローというか、傍若無人な振る舞いが受け付けない人は一定数いらっしゃるのでしょう。

先に言っておくと、それらを否定するつもりはありません。二次創作を書く上ではしっかり考えなければならない事ですし、それ自体は悪い事でも何でもありません。クロス先の関係でそのような性格にせざるを得ない事もあるでしょう。

しかし、私自身は魔王の「敵なら殺す」というスタンスは間違っているとは思いません。また、信念に反する事を「必要だからやる」という行為も悪とは思っておりません。そのため、ウチのハジメは『物腰柔らかではあるけど、冷酷な手段も取る人間』として書いています。例えばセイレーン戦にて正体が最愛の恋人である香織と分かっても引き金を引いています。

勿論、万人受けするとは思いませんし、ハジメの事を「酷い人間だ」と思う人もいるでしょう。しかし、それがハジメの『理性』なのです。

備忘録

ロック:NieR Replicantに登場するボスエネミー。狼の形をしたマモノで、人間に対して復讐戦を挑む。

ブードゥー:パニグレに登場するボスエネミー。不規則な動きと早めの攻撃派生で指揮官もといプレイヤーを苦しめる。飛行形態と獣形態の二形態を使い分ける。作者的にはかなり苦手な敵。

セルフィッシュ:パニグレのカムの技。通常時は体勢の崩れを解除しシールドを獲得、必殺技でのモードチェンジ時は敵を引き寄せてからの二連撃。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

追迫/ルシフェル

遅くなりました。新作を書き始めてしまったためでございます……

前回はNieR名物の悲しき戦い。今回はどうなるのか……


 闘いの後、シアは友の声を聞いていた。身体は引き裂かれ、ついに頭ばかりとなった機械の狼。しかしパニシングに侵された機械は、この姿になっても生き長らえていた。

 

「奴らは……自由の為に、闘っていると言っていた……だが、俺に自由は無かった」

 

 ロックの声には怒り、諦観、疑問……様々な物が含まれていた。ロックの話によれば、『刑死者』の率いる機械の亜人の集団に捕獲され、爆破機能を埋め込まれた上で戦闘を強要されていたらしい。そして、その集団は『自分達の自由』を目指しているとも。

 

「………」

 

 ハジメはフェアベルゲンを襲った機械の亜人達を思い出していた。虐殺の被害者が生存権を求め、フェアベルゲンに襲撃を仕掛けたというのは、一応筋が通ってはいる。その集団がロックの自由を奪っていたのは、皮肉に過ぎる話だが。

 

「……最後に教えてください。どうして私の前からいなくなったんですか?」

 

 シアとて粗方予想はついている。しかし、本人の口から直接聞きたいのだろう。

 

「……殺された数多の魔物を見れば、お前と我の末路など考えるまでもない。我は自己保存本能に従ったまでだ」

 

 たとえカム達ハウリアが気弱な種族だとしても、ロックからすれば脅威度は他の亜人とそう大差は無い。娘に魔物という危険因子が近づいたら普段とは違う行動を取っていてもおかしくはなかった。

 予想通りの返答にシアは少し苦笑いを浮かべると、改めて口を開いた。

 

「それでも、怪我が治ってからも暫くは一緒にいてくれました。家族以外に繋がりの無かった私にとっては、支えだったんです」

「……そうか」

「ですから、お礼は言わせてもらいます。ありがとうございます」

 

 狼は何も答えなかった。その代わり、自分の死を悟って自嘲するように呟いた。

 

「さあ、殺せ。どのみち、頭部だけでは何もできぬわ。再生もするのかもしれんが、その前に獣に壊されるだろう」

「悪い、村の整備してたら遅くなった。で? あたしは今度は何を直せばいいんだ?」

 

 そこに現れたのはデボルだった。ハジメが戦闘前に『通達』で連絡していたのだが、一体何のためなのか。

 

「幸いと言うか生憎と言うか、仕事は無くなっていませんよ。彼を修理してもらいたくて」

「彼? ああ、この狼? 犬? の頭か?」

 

 デボルはロックの頭部を拾い上げた。そして首の切断面とバラバラに切り裂かれた身体の残骸を見て少し溜息をついた。

 

「修理出来そうですか?」

「すぐにとはいかないけどな。長期戦確定だな、これは」

 

 その光景を見て疑問を持った人物がいる。言わずもがな、シアだ。

 

「ちょ、ちょっと! ロックは死なずに済むのですか!? 修理って一体……!」

「落ち着け! 危うく落とすところだったぞ!」

 

 死を覚悟していた友に関する吉報に冷静さを保てなかったシアは、デボルに掴みかかって問い詰めた。無論、シアの膂力で掴まれたデボルは激しく揺さぶられ、危うくロックの頭部を取り落とす所であった。

 

「ご、ごめんなさい!」

「ふう……ハジメから連絡されたんだよ。戦闘が終わって修理できるようなら狼を直してくれってな。確かに、上手くやれば爆破機能を物理的に破壊する事もできるだろうさ。ここまで上手くいくとは思わなかったけどね」

「じゃあ……!」

「時間は掛かるが直してやる」

「良かった……!」

 

 シアは安心した表情を浮かべると、ハジメにもお礼を言った。

 

「重ね重ね、ありがとうございます……」

「……礼を言われる筋合いはありませんよ。僕はロックを破壊するつもりでしたから。今回は運がよかっただけですよ」

「それでも、何も言わずにはいられないんです! 助けられているのは、事実ですから」

「そうですか……」

 

 シアからすればハジメには何度も救われており、信用度はうなぎ登りである。しかし、ハジメとて全能ではない。病棟の惨劇では知人を救えずに大勢殺した。その後は、一人の少女に治らない傷をつけた……実の所、ハジメの自覚するところでは救った人間よりも傷つけた人間の方が多いのである。あまり過剰に英雄視されるのは良い気分ではない。

 

 ハジメが溜息をついて多少の訂正を入れようとしたところで何かに気付く。

 

「―――っ!」

 

 ハジメは『超速演算』を発動してデボルとシアの二人を突き飛ばす。

 

「きゃっ!?」

「何するん……!」

 

 またもやロックの頭部を取り落としそうになったデボルが抗議の声を上げるが、彼女が見たのは超高速で飛来した人型の物体に組み伏せられ、右腕に取り付けられた丸鋸で削られている所であった。

 

「コンダクター!」

「ハジメ!」

「マスター!」

 

 香織は音を、ユエはオズマを、ミュオソティスはガラティアの砲弾を敵にぶつけ、ハジメもまた循環液に塗れた手でアストレイアを撃ち、敵を引き離す。

 

「コンダクター! 大丈夫なの!?」

「なんとかね……気を付けて下さい。アレの動きは『超速演算』を以てしても捉えられなかった」

「!?」

 

 香織達は驚いて起き上がった敵を見る。昇格者はほぼ全員が持ち合わせている『超速演算』だが、ハジメのそれは群を抜いて演算速度が速い。それこそ、雷速で動く物体さえも視認して対策できるほどである。それが全く通用しない……これまでとは一線を画す敵であると香織達は身構えた。

 

WARNING   ルシフェル

 

(ルシフェル……やはり天使ですか)

 

 タブリス以来の天使の名を冠する敵。オルクス大迷宮の最深部にいた複数の首を持つヒュドラのような天使。攻撃、盾、回復と役割分担をして一つのパーティーのような戦い方をする上に、形態変化して致死性の猛毒を含んだ極光を浴びせてくる強敵であった。いや、ベヒモスに手こずるこの世界の基準ではもはや災厄に近い。

 

(かの敵と同等の強さとすれば苦戦は必至……)

 

 普通ならば絶望するしかない状況だが、迫りくる濃密な『死』の気配に、ハジメの口元は笑っていた。

 

 

 

 目の前の強襲者、ルシフェルはハジメ達よりも一回り背が高い人型で、右腕の先に円盤のような刃が取り付けられている。それを近接武器、もしくは投擲武器として利用しているようだ。そして何より特筆すべき点は敵の動きの速さだろう。『数学者』の頭脳を持つハジメでさえ視認できない程の速度。普通に戦うには無理がある。現に、ルシフェルが通ったであろう場所は地面が抉れ、木々が薙ぎ倒されていた。

 

『厄介だね……』

『ええ、しかし突破口が無いわけでもない。闘っていて分かりましたが、あの速さは恒常的に引き出せるわけではなく、パニシングのエネルギーによって無理矢理引き出したものです』

 

 ルシフェルが何処から来たのかは分からない。しかし、ここまでの移動にエネルギーを使っているなら万全の状態とは言い難い。そして、ルシフェル自身の耐久力が速度に対応できず、少しずつ自壊している事も判明した。

 

(高速移動の反動が本体にマイナスに作用している……)

 

 そして高速移動自体も複雑な軌道では不可能であり、ほぼ直線に限定される。向かってくるのが分かっているなら待ち構えていればいいのだ。物理法則を無視して飛んでくる円盤は厄介だが、それはユエのオズマで慣れている。

 

 稲妻のような軌道で飛んでくる円盤を躱し、それを囮にした本体の強襲をアストレイアで撃ち抜く。ルシフェルは仰け反り、晒された隙にユエがオズマで作った斧で殴りつける。ルシフェルは円盤を複数生成し八方に飛ばすも、香織が音をぶつけて速度を鈍らせ跳躍して回避しワルドマイスターによる刺突攻撃を与える。

 

「―――っ!」

 

 しかしルシフェルもやられっぱなしではなく、香織の攻撃を斥力で弾き飛ばす。だが香織も勢いを殺しつつ着地し、代わりにミュオソティスの砲弾による攻撃がルシフェルを穿った。

 

「……敵も弱ってる。このまま押し切る」

 

 ルシフェルの動きが緩慢になったのを見て、ユエがこの機を逃すまいとオズマによる攻撃を続行し、ハジメもゼロスケールから弾丸を連射する制圧射撃体勢を解除してアストレイアに持ち替える。

 

 だが、ルシフェルの闘いはこれで終わりではなかった。

 

「!?」

「なに、これ!」

「……私達のエネルギーが損失していく!」

 

 ハジメ達のパニシングによるエネルギーが急速に減少した。樹海は霧こそ存在するが、このようにエネルギーを急速に減少させる作用は無かった。ならば、外部からの攻撃という事になる。そしてその攻撃主は目の前に存在する堕天使だった。

 

「エネルギーを吸収しましたか……」

 

 ハジメは異重合核を取り出して不足したエネルギーを補給しながら呟く。他の昇格者も同様の行動を取りながらルシフェルの厄介さを認識する。回復手段がなければそれだけで詰みだ。シアもロックの保護をデボルに依頼して戦線に加わっているが、こんなものがパスカルの村に襲撃を仕掛ければ一瞬で壊滅するだろうと思っていた。

 

 補給が終わったハジメはアストレイアで頭部を狙撃するが、それほど効いている様子が無い。暴走状態のシアにも有効だった攻撃が効かず、さらにはルシフェルは進化を完了させてしまった。

 

 残余エネルギーが解き放たれ、周囲の存在を弾き飛ばす。樹も、土も、一切合切が少しの抵抗も許さずに砕け、めくれ上がり、クレーターが生まれる。その力の奔流の中で、昇格者達は各々の方法で自らの身を守っていた。結界で、音で、巨大な盾で。防御技に乏しいシアだけはユエの庇護下に入っていたが、自力で判断して避難が出来るようになっている辺り、確かな成長を感じる。

 

 そして、エネルギーの奔流が収まった時、その中心部にいたのは絶望の堕天使だった。

 

「うそ……うそだよ……こんなの……」

 

 香織がワルドマイスターを落とし、目の前の現実を否定するかのように(かぶり)を振る。ナイフで出来た翼と背面の十字の入った戦輪を持つ堕天使は、香織と、何よりハジメにとって見覚えのありすぎる人物の姿をしていた。

 

 ハジメは天使を真っ直ぐに見据えて仲間たちに静かに願った。

 

「あの敵は、いいえ、彼女は僕が討ちます」

「……無謀。ハジメ一人で相手が出来る敵じゃない。さっきもアストレイアの弾丸が効いていなかった!」

 

 ユエが現実的な分析をハジメに語り掛けるが、ハジメはそれを肯定しつつも意見は曲げない。

 

「分かっていますよ。自分が莫迦な事を言っていることくらい」

「なら、どうして……」

「この闘いは僕が引き起こした罪だ。だから、僕が終わらせなくてはなりません」

 

 トータスに来る前に、自分が傷つけてしまった少女を思い出しながらハジメは銃を取る。

 

「思う存分、僕に罰を与えなさい。()()()()

 

 復讐に来た殺された過去。壊してしまった少女の貌を持つ天使と対峙しながら。

 




大団円に見せかけてからの絶望の闘いpart2。強さ的にも今までとは別次元かつ知り合いという……大団円が死んだ。

ロックは生き残りました。前回の感想欄で完全にお通夜ムードでしたが、生きてます。今回は更なる絶望が来ましたけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

時ノ傷跡/贖罪

ルシフェル戦


 ハジメ達と深いかかわりを持つ園部優花の顔を持った天使、ルシフェル。この天使が優花本人だったとして、パニシングに感染した原因がハジメ達に有るかどうかは定かではない。言ってしまえば状況証拠に過ぎず、因果関係を結び付けるには少々性急であると言われれば反論は出来ない。

 

 だが、優花が壊れてしまった原因は紛れもなく自分自身であると、ハジメは確信していた。思い上がりと言われればそれまででるが、仮に原因が自分に無いとしてもハジメはこの闘いを放棄する事は無いだろう。悲しき少女の結末を見届ける事が、せめてもの自分にできる贖罪だから。

 

「私も戦うよ。コンダクター」

「香織……?」

 

 一人で決意を固めるハジメに、声がかけられる。その声の主は片目から涙を流す香織であった。

 

「……これは僕の闘いです。彼女を壊してしまったのは僕だ。ならばせめて、僕の手で」

「違うよ。アレが本当に優花ちゃんなら、私だって無関係じゃない」

 

 香織は断言する。優花を傷つけていたのは自分も同じだと。優花が傷ついた直接の原因がハジメの行動であるのは間違いないが、それを知っていながらハジメとの関係を放棄しなかった香織も無関係とはいえない。なにせ、優花の傷心の根本的な原因はハジメへの恋なのだから。

 

「だから、私も戦うよ。私も向き合わなきゃいけない事だから」

 

 ハジメはユエ達の方を見る。ハジメ達の意思は尊重するが、危ないと判断したら介入する。彼女達の表情にはそう書かれてあった。

 

「……分かりました。では、手伝ってください、香織」

 

 ハジメが香織の協力を了承すると、ルシフェルは翼を分離して無数のナイフに変える。ルシフェルの持つ速さなら攻撃できたにも関わらず、話し合いが終わるまで待っていた理由は不明だ。ただ、ハジメ達の事を想う優花が待ってくれていたのかもしれないと、希望的観測を打ち立ててみる。

 

 ルシフェルが無数のナイフを飛ばしてくる。その一つ一つがベヒモスの突進を上回る威力を有しており、王国の騎士団やクラスメイト達が展開する結界や防御では到底防ぐことのできない攻撃。

 

 しかし、香織は音波の壁で攻撃を防ぎ、ハジメは『超速演算』によって最小限の弾丸をゼロスケールで撃ち落としてルシフェルに接近する。そしてゼロスケールによる攻撃を加えるが、それなりの近距離で撃ったにも関わらずルシフェルには軽い傷がついただけであった。

 

(やはり効きませんか……しかし!)

 

 今の攻撃は陽動だ。ルシフェルがハジメに気を取られている間に、香織が『破壊音響』による攻撃がルシフェルに直撃する。強力な振動により装甲が脆くなったところへハジメのアストレイアが火を噴く。

 

(これで多少は削れてくれればいいが……)

 

 見れば、ルシフェルは身体の一部に穴を開けていた。だが、再び周囲からエネルギーを吸い取り瞬く間に修復してしまう。特殊な予備動作も無く、回数制限なども不明、さらには回復手段が無ければ一気に窮地に追い込まれる。

 

「だめ……多少傷ついたくらいじゃすぐに修復される」

「ええ、間違いなく最強の敵です」

 

 ハジメ達が次の打開策を思案していると、ルシフェルは高く飛び上がり、エネルギーを収束し始めた。そして予想される軌道上にはパスカルの村がある。或る程度距離が離れているとはいえ、これまでの攻撃の威力から楽観はできない。

 

「! マズい!」

 

 ハジメと香織は攻撃を回避せずに射線上に立ち、音波と分身に使う植物、そしてザミエルによる結界を何重にもかけて防ごうとする。

 

 その刹那、ルシフェルから極大威力のレーザーが放たれる。昇格者達のエネルギーを吸った攻撃はタブリスの極光をも上回る威力だ。ハジメ達の展開した防御は殆どが破壊され、ハジメに至っては身体の一部が破壊された。

 

 

 

 

 

 優花は気が付いたら実家のレストラン、ウィステリアのピアノの前に立っていた。自分はトータスに召喚されて、その世界で過ごしていたはずだが、いつの間に帰って来たのか。

 

 分からないが、目の前のピアノを弾いてみたいと思った。久しぶりに、地球にいた時のように。

 

 曲目は何にしようか。久しぶりにラフマニノフのジャズアレンジを弾いてみようか。ピアノ協奏曲の難関。自分では手を出さなかっただろう楽曲。ただでさえ難しいのに、ジャズにアレンジまでする。何のためにこんな面倒な事をしたんだっけ。たしか、想い人のリクエストだった。なんでも好きな曲をとは言ったけれど、あまりの図々しさに少し苦笑した。

 

 第一楽章は本来は荘厳な雰囲気で進行する。ゆっくりとした和音連打をクレッシェンドし続けながら打ち鳴らす。でもこれはロシア正教の鐘のモチーフではなく、想い人に楽しんでもらうための物。敢えてラグタイムの雰囲気に寄せてみようか。少しシンコペーションを加えて、アクセントだけじゃない、スフォルツァンドも入れてしまえ。……少しやり過ぎただろうか。

 

 

 

 

 

 レーザーはハジメ達だけでは防ぎきれなかった。しかし、香織が慌てて振り返ると、ユエ達がハジメ達が防げなかった分の攻撃を防いでいた。

 

「村は私達が守る! だからさっさと終わらせて!」

 

 ユエが普段からは考えられない声量で叫ぶ。返事をしている余裕は無かったが、それを了承したハジメは最も高い威力の氷撃『冷華刹那』を放つ。そして、

 

『緋槍・零式』

 

 凝縮した炎の槍を続けて撃った。これはユエから教わった魔法『緋槍』をハジメが計算して再現したものだ。炎を円錐状の槍の形にして敵に放つことで、威力を底上げする事が出来る。

 

 香織もブルーメン・スヴィーテによる斬撃の雨を浴びせるが、幾つかは『遊麟』という斥力を発生させる魔法で弾かれてしまう。だが、そちらに注意が向いた事で緋槍・零式が『蛇喰』に吸収される事は無かった。

 

 ルシフェルは直線状にナイフの雨を降らせたり、不規則に動く戦輪で撹拌したりして、ハジメ達に無数の傷をつける。しかし昇格者達も再生力と即時展開できる防御で対抗した。

 

 

 

 

 

 第一楽章を弾き終わった。改めて思うが、この曲は難しすぎる。第一楽章の第一主題はオーケストラのトゥッティがロシア的な性格の旋律を歌い上げるが、その間ピアノはアルペジオの伴奏音型を直向きに奏でるだけ。だが優花はこれをソロで弾かなければならない。しかも長い。

 

 これが終わったら急速な音型の移行句が続き、変ホ長調の第二主題が現れる。何が鐘だ。ジャズアレンジしてるのもあるが、最早目覚まし時計と言い換えたい忙しさだ。劇的で目まぐるしい展開部は両方の音型を利用して、さらに新たな楽想が形成される。展開部で壮大なクライマックスを迎えると、前までとはかなり違う再現部(マエストーソ)が入って、入念にコーダを準備する。

 

 ふと周囲を見ると、誰かが椅子に座っていた。知らない子達だけれど、聞きに来てくれたのだろうか。だったらもう少し張り切ろう。既に難易度が高すぎて発狂しそうだけど。

 

 

 

 

 

 ルシフェルの凶刃がユエ達に向けられる。ユエがオズマによる障壁を展開しようとしたとき、黒い影がルシフェルの攻撃を遮った。

 

「君が八つ当たりすべきなのは私だよ!」

 

 香織はそう言うと、押し負けそうだった防御に歌で力を付与する。『アッチェレランド』。エネルギーの回転率を上げ、パニシングの力を以て堕天使の攻撃を受け止める。もはや悲鳴のような歌声だが、攻撃は押し返せる。

 

「――――――――」

 

 聞こえてくるのは歌姫の悲鳴か。堕天使の叫びか。

 

 

 

 

 

 優花は第二楽章の演奏に入る前に見知った顔を見つけた。それは香織だ。何故か泣いている。何があったかは分からないが、ひとまず演奏をしよう。

 

 第二楽章は第一楽章と好対照をなす緩徐楽章が弦楽合奏のピアニッシモで神秘的な始まりを告げる。本来はハ短調の主和音から、クレシェンドしながら4小節でホ長調へ転調しピアノ独奏を呼び入れるが、これを一人で演奏しなければならない。速度はアダージョ、アップテンポなジャズとは違い、どちらかと言えばゆったりとしたシャンソンのようになるかもしれない。

 

 でも香織は聞いてくれるだろう。スローテンポが受け付けない体質じゃないし、演奏が終わったらいつも拍手をくれる。だから……いつもみたいに、笑ってよ……

 

 

 

 

 

 香織がルシフェルと闘っていると、ルシフェルは四つに複製した戦輪を香織に飛ばしてきた。四方より迫りくる戦輪は香織の音波の壁すらも叩き割ろうとしてくる。香織が喉を壊す勢いで歌おうとした所、四つの戦輪が弾き飛ばされた。

 

 それを行ったのはハジメだ。アストレイアによる『拡散射撃』で戦輪を叩き落した。本体ならいざ知らず、戦輪を止めるのはそれほど苦労しない。ルシフェルはハジメの方を向いた。口が何やら動いてる。

 

 え ん そ う き い て よ

 

 だがハジメは必要な事をする。優花が自分のために考えたジャズアレンジがある事は聞いていた。それを聞かせたいと、そう言っているのかもしれない。だが、ハジメは未来のために、最愛の恋人と歩むためにルシフェルを討つ。

 

「もう終わりにしましょう……」

 

 アストレイアにパニシングのエネルギーが収束される。パニシングの赤黒いエネルギーが純粋な黒となり、あまりの力に空間が歪み、通常時に比べ指数関数的に威力が増大する。ハジメは自分の中のパニシングの意志に共鳴し、破壊の火花を作り上げる。

 

 

 

 

 

 第二楽章を終えると、また別の人間が現れた。普段は飄々とした態度の、やたらと語彙が豊富な同い年の画家。苦しむ優花を救った想い人。だが、その人は沈んだ顔をしている。香織を泣かせたのはコイツかと思ったが、どうやら二人して凹んでいるらしい。

 

 なんにせよ、此処に来たのは正解だ。今からコイツが聞きたがっていたラフマニノフのピアノ協奏曲、その第三楽章を演奏する。

 

 第三楽章の速度はアレグロだ。アップテンポなジャズ。きっと沈んだ気分でも浮上するだろう。最初に聞こえる第一楽章の循環形式から成るホ長調の旋律。既存の形式にとらわれない自由な旋律。少し悲しくて大人な夜のリズム。それでも楽しくスウィングして、ほら、笑ってよ、いつもみたいに手拍子してよ。もうすぐ終わってしまう。最後のカデンツァに差し掛かった。第一楽章の時は長い戦いの始まりだったけれど、弾いてしまえばあっという間だ。もう終わってしまう。私はあの二人を笑顔に出来ない。なぜ? 私は演奏が終わって気が付いた。

 

 私が本当に聞いて欲しい相手は此処にいない。

 

 

 

 

 

 ルシフェルは黒の一閃に穿たれ、翼を維持する力を失った。ナイフのような羽達を、ハジメは避けもせずに受けた。落ちても足掻く堕天使を、ハジメは凍氷と金属の刃で刺した。最後にハジメの背に戦輪が降り、身体を抉った。

 

「ねえ……南雲……アンタが頼んだ……アレンジが……出来たの……聞いて欲しい……大嫌いな……愛するアンタに」

 

 口から血を流しながら声を発するピアニストに、画家もまた傷だらけで答える。

 

「ええ……聞きましょう……それで少しでも……償いになるのなら」

 

 そして二人は意識を失った。

 




痛いよ。心が。4000字くらいだけど体感では10000字くらい書いた気分。ラフマニノフのアレンジとか適当だけど、私はピアニストじゃないから許してくれ。

備忘録

緋槍・零式:ありふれ原作におけるユエの魔法。それを教わったハジメが自力で計算して再現したもの。

アッチェレランド:香織のバフ技。DOD3のウタウタイモードに近い。歌っている間は香織の力が底上げされる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死ノ味

今回はハジメが割と大変な目に遭います。過去の清算ですね。


 長い眠りから覚めたら病室だった。優花は自分が横たわるベッドと周囲の医療器具を見てそう思った。地球の病室とは違う雰囲気の場所と、妙に現代的な点滴装置などの医療器具がちぐはぐな印象を与える。

 

 意識が徐々に覚醒し、人の気配を感じた優花が横を見ると、もはや想いを隠し切れなくなった想い人が自分と同じベッドに横たわっていた。

 

「南雲……?」

「すみませんね……できれば僕自身が歓迎の準備をしたかったのですが、生憎と起き上がれない身でして」

 

 優花は思い出した。意識を失う直前に見たハジメの姿を。自分のナイフで滅多刺しにされ、戦輪の下で倒れていた想い人の姿を。そして、ハジメを殺しかけてもなお、離れたくないと思ってしまう自分の心にも嫌になっていた。

 

「ごめんなさい……私は貴方を殺しかけた……」

 

 違う。ハジメを殺したいほど憎んでいるのは本当だ。優花の胸に緋文字『A』を刻みつけた男を、許せはしない。だが、それは優花の抑えきれない愛情故だ。殺意と愛情の間で、触れられない傷に愛を見出して。ぐちゃぐちゃにしたくなる。そう思ったら優花の目から涙が出た。生きる事に貫かれて、その心地よさに哭いてしまう。

 

 そんな優花の様子を見たハジメは己の罪を懺悔する。

 

「……あれは僕が受けるべき罰です。僕の血迷った行動が、貴女を堕天使へと変えてしまった。貴女を壊したのは僕だ」

 

 優花の目からは涙が止まらなかった。ああ、どこまでも酷い人だと、機械になってしまった身体で泣き続ける。

 

「謝らないでよ……アンタの事、嫌いになれないじゃない……こんなところで優しくされたら、ますます好きになっちゃうじゃない……!」

 

 もう抑える事などできない。赤熱する『A』の緋文字に身を任せ、優花は泣きながら愛を叫び続けた。

 

―・ーー ・ ・・・ - ・ ・-・ -・・ ・- -・-ー

 

 優花に此処に来た経緯を聞いたところ、大まかに言えば、パニシング症候群に罹って天使となり、ハジメ達のいる場所に飛んできたという事だった。

 

「私、アンタの苦しみを欠片も分かって無かったわ。この病気って拷問みたいね……血管が沸騰するような熱に、鉄分が赤熱するかのような痛み、気付けば爪が剥がれ落ちる……アンタはこんな病気にずっと耐え続けてきた」

「………」

 

 優花は何も答えないハジメを横目で一瞥し、笑みを零して話を続ける。(はな)から返答など期待してはいない。ヘミングウェイの『賭博師と修道女とラジオ』に登場する刑事のように無駄な問答をするつもりはない。

 

「焦熱地獄のような苦しみの中、私は身体が羽のように軽くなった。嘗てない痛みと鳥のように飛び立てる軽さを両方経験する。こんなこと、この先も有るかどうか。アンタも経験したかどうかも分からない。羨ましいかしら?」

「いいえ全く」

「芸術家とは思えない言葉ね。まあいいわ。それで私は飛び立った。理由なんて聞かないでよ? 人類が何故二足歩行なのかとか、それと同じくらいの難題だわ。豹がキリマンジャロの山頂で死んでた理由なんて誰も説明できないもの」

 

 おそらくヘミングウェイの短編である『キリマンジャロの雪』が元だろうと当たりを付けるハジメ。アフリカで狩猟をしていた小説家のハリー・ストリートが脚の壊疽で瀕死の状態にある中で、人生を後悔しながら死にゆく物語。

 

 たしかハジメはこの小説家に謎の対抗意識を抱き、何かを残そうと躍起になった。そしてその過程で一人の少女を傷つけた。当てつけるかのように語られた文学作品に、些かの居心地の悪さを感じるハジメ。

 

 一方、優花は大して気にした風でもなく話を続ける。

 

「それで飛び立った私の前に、告死天使が現れた」

「サリエルか、それともイズライールですか?」

「残念、どっちでもないわ。無表情のくせに勿体ぶった口調で〝神の使徒〟って名乗ってた。皮肉な事だけど、地球の神や天使に似てるんじゃないかしら。嘘だらけの聖典を作っては尤もらしく説教を垂れる〝神〟のようだわ」

 

 ハジメは思わず噴き出した。優花の感想はハジメがオスカー・オルクスの話を聞いた時に思った物と全く同じだったからだ。ターミナルから聞いた、エヒトが作ったとされる使徒。無数にいるらしいそれらの内の一体と優花は遭遇したようである。

 

 被造物は造物主を愛するように創られるというが、神は果たして……神の使徒とは存外と憐れな存在なのかも知れない。地球人は物を考える脳髄によって神を否定した。昇格者の思考に神が耐えられるかどうか、ハジメからすれば見物である。

 

「そいつをどうしたのか……私はあまり覚えてない。『遊麟』って技で羽を弾いて、『貪狼』で喰ったエネルギーを放ったのは覚えてる。後はアンタが作ってくれた戦輪……イエスタデイで削り続けて、返り血に塗れて笑ってた」

 

 『遊麟』は触れた物を斥力で弾き飛ばす技。『貪狼』はハジメ達を苦しめた、敵からエネルギーを吸収する技であると説明を受けた。そして、優花の自覚する範囲では、猟奇殺人鬼のように血に染まって笑っていたらしい。その心情は窺い知れぬ。暴発した破壊衝動か、勝利の美酒の幻覚か、はたまた生き残った安心か。

 

「そして、衝動の導かれるままに、私はアンタの所に来た。心は右に、理性は左に、気付いたらピアノを弾いている夢を見て、傷ついたアンタと一緒の部屋に寝ていた」

 

 ハジメは過去の過ちがここまで尾を引くとは思っていなかった。理性化された軌跡が、合理化された罪が、癌となって優花を蝕んでいた。彼女は二度殺されたようなものだ。一度目はハジメに魂を、二度目はパニシングに人間の身体を殺された。

 

 闘いの損傷で動かない身体を投げやりに寝かせながら、ハジメは出来る限り露見せぬように溜息を吐く。優花の現状ではなく、自分自身の軽薄さに対して。

 そんなハジメの様子を見た優花は挑発するように話し出した。

 

「アンタの考えている事、当ててあげましょうか? どうせ、あの時自分が確りと私を拒絶していればここまで私が壊れる事は無かっただろう、とか考えてたんでしょ」

 

 優花の視界の端で、ハジメの目が驚愕により見開かれたのが見えた。そのまま優花を見るハジメに、優花は多少の優越感を抱いていた。何せ、幻夢の権化のような悪魔(ハジメ)を、自身から見れば下らぬ問題とはいえ出し抜いてやったのだ。

 

「悪いけど、私はアンタが思ってるほど単純じゃないの。確かにあのままあそこで確りフラれてたら、未練を残さずに私は離れられる……それが模範解答なのでしょうね。でも、私は同時に唯一の理解者を失う事になるわ」

「……現状、理解できていませんけども」

「ええ、私とアンタは所詮他人。家族でもない奴に私の全てが理解できるなんて考えてない。でも、私の安らぎはアンタと過ごしている時で、最も望んでいる答えを導き出したのはアンタよ」

 

 ハジメの過失はそんな刹那的な行動ではないと優花は語る。両者ともに病床にあるにも関わらず、ハジメは優花に威容を見出していた。

 

「あのコーヒーを飲みながら、アンタが片手間で質問に答えていた日から、私の胸には緋色に赤熱する『A』の文字が押し付けられていた。でも、タールの海で座礁した私にとっては、それが生の実感だった」

 

 優花の声が澱む。それこそ、タールが喉に絡んだように、煙草に含まれる発がん性の粒子状の成分でも憑りついたかのような声色だ。

 

「これでも私、オーバードーズしそうなくらいには悩んでたのよ? 睡眠薬なんて薬局をハシゴすれば手に入るし、法にも触れない。なら何故その方法を取らなかったのか。一つ目は単純に怖かったから。下手すれば死んじゃうし、決定的に私が壊れてしまいそうだったから。二つ目は……もう言うまでもないわね。アンタという存在に出会ってしまったから。私が違う形で壊されたからよ」

 

 ハジメはあまりの理不尽に声も出ない。優花の言葉が真実だとすれば、絵の納品にウィステリアを訪れたあの日から、ハジメの退路は断たれていたという事なのだから。

 

「理不尽……とでも言いたそうね。ええ、私も自覚してるわ。とても理不尽で、不条理な事を言っているって。でも、もう止まれない」

 

 ハジメは身体に力が入らない事に気が付いた。恐怖などという曖昧なものでは無い、もっと実際的な感覚。まるで、動かすためのエネルギーを吸い取られたかのような。

 

「ついでに、私はアンタにもう一つの理不尽を押し付けるわ。もう気付いているかしら、アンタの身体が不自然に不自由な事に」

 

 優花はそう言うとベッドから起き上がった。未だ起き上がれないはずだと思っていたハジメはその事に驚く。

 

「さっき話したでしょ? 『貪狼』って技。アンタからエネルギーを吸い取った……いえ、奪い喰らったと表現するのが正しいかしら」

 

 幽鬼のような動きで近づく優花に、ハジメはセイレーン戦以来の、絶望に塗れた引き攣った表情を浮かべる。それを見た優花は、むしろ面白い物を見たと言わんばかりの表情を浮かべる。そして、そのままハジメの首を掴んだ。

 

「―――っ!」

「アンタってそんな顔するのね。今日は良い日だわ。私を誑かした悪魔を出し抜いてやった。嘘だらけの聖典も、最終定理の証明も要らない。手も触れずに私の春を散らしたアンタに今度は私が復讐する番よ」

 

 ハジメは声を出そうとするが、首を絞める力が強すぎて不可能だ。炎を踏み、血に塗れた道筋で涙を流す互いを赦す声を止める事が出来ない。優花は首を絞めたくらいでは死なない事が分かっているのか、愛しいハジメの安否を心配する様子は無い。

 

 優花がハジメにまたがる。官能的な気配すら感じさせるその動きを、肋骨の上に天使の槍の切っ先を突き付けられた気分で見上げるハジメ。今となっては意味も無いが、ハジメは過去の自分を再度呪う。入院生活故に名も知らなかったレストランに絵を納品したのが運の尽きだった。

 

「助けを呼ぼうとしても、抵抗しても無駄よ。もう碌に力も入らないでしょうし、首を絞めている以上声も出せない……ここからは、大人の時間ね」

 

 蕩けるような声でそう言った優花は、人間だったころの癖で酸素を求めるように開かれたハジメの口に、己の唇を重ねて舌を入れた。

 

 声が出せない中での、いやに冷たい舌が口内を這い回る感触は、紛れもなく死の味だった。

 




なんか恋愛もののスリラー作品みたいになった。前半と後半でガラリと性格が変わった優花ですが、ハジメも理解していない一面に驚いていました。病床で襲われるとは思っていなかったのでしょうね。そして回想で倒されてしまう神の使徒。

備忘録

貪狼:任意の対象からエネルギーや魔力を吸い取る技。それが何の力であっても喰らってしまう悪食。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天人五衰

今回は昇格者の大まかな全体図が分かります。説明不足な点があったら次回以降に補足していきます。


 優花は首筋に殺意を感じていた。一筋の冷たい感触を与える鉄とも鉛でもない細い金属の刃。それが音も気配もなく突き付けられていた。おかしい、この部屋には自分とハジメ以外にはいない事は確認済みだ。まさかハジメが? いや、彼の肢体は優花の前に力なく投げ出されている。では誰が……

 

「悪い事をするなら、扉の鍵は二度と開かないようにしておかなくちゃ」

 

 素面で恐ろしい事を話す声は優花にとってあまりにも聞き覚えがあり過ぎた。恋敵であり親友、そして、目の前の男の最愛の人。

 

「香織……?」

「貴女の境遇には同情して余りあるけど、今はこれ以上は見過ごせないかな」

 

 優花は香織の天職を思い出していた。『演奏者』。能力は音、もしくは振動への干渉。足音もドアを開く音もさせず、視界がハジメに限定された優花に近づくなど香織にとっては朝飯前だろう。優花は『音がしない』という事の脅威を今更ながらに認識した。視認でもしない限りその存在を知覚する事が出来ない。まるで幽霊のようだ。

 

「ありがとう。でも、もう少し早く助けてほしかったですね……」

「ごめんね。でも今様子を見に来たんだもの」

 

 ハジメが力の入らない状態で言葉を発すると、香織は優花に突き付けた細剣を少し上にずらしてそれに答える。無音の殺意が優花を襲う。細剣の刃が首を噛む蛇となり、香織という名の指揮者が両手を振れば痛みと出血の交響曲を奏でるだろう。

 

「とりあえず、優花ちゃんと私でお話ししようか。きっとコンダクターがいない方が落ち着いて話せるだろうし」

 

 優花は大人しく従った。元より反抗する気も無かったが。

 

 

 

 優花と香織はティーセットが置かれたテーブルを挟んで座っていた。傍らではミュオソティスが本物のメイドのようにカップに紅茶を注ぎ、それが終わると少し離れた所に控えていた。

 

「とりあえず事情聴取といこうかな? 優花ちゃん。君は私のコンダクターに何をしようとしていたの?」

 

 コンダクターという人物がハジメを指す事は優花にも分かった。そして、先程は背後からの奇襲であったため分からなかったが、香織の右眼に花が咲いているのが優花から見える。

 

「貴女が見た通りよ。彼の首を絞めながら唇を重ねていた。狂人と言うなら言えばいいわ。でも、私はハジメに対する愛情と殺意を抑えられなかった」

 

 普通に考えて、優花の言動は支離滅裂であると言っていい。明確に愛していながら同時に殺意を抱くというのは言葉として矛盾しており、常人の感覚では理解しがたい。しかし、香織は特に口を挟むことなく紅茶を飲んでいる。

 

「笑っちゃうわよね。私は彼を愛する身で、彼を殺そうとした……いまや立派な危険因子よ。殺すなら殺せばいい」

 

 優花の自虐とも慟哭とも言える独白。香織はハジメと優花が眠る病室を『盗聴』して得た情報から話すべきことを吟味する。やがてカップを置いて優花を見据えた。

 

「まず、必要以上に罪悪感に苛まれる必要は無いよ。私もコンダクターの事は殺しかけてるから」

 

 香織はベヒモス戦後、セイレーンと化した後の出来事を話した。優花にとって衝撃的であり、そして希望の見える話であった。今のハジメの仲間となっている者達は殆どが最低一度は彼と殺し合っている。それを彼は受け入れていた。

 

 尋常であるならば敵同士となっていてもおかしくはない出来事の数々。己の生命に無頓着なハジメでなければとうに決壊しているだろう。仮に敵同士となっても(内心はどうあれ)必要な事をするだろうが。

 

「結構波乱万丈な人生を歩んでいるわね……」

「そう。だから、貴重な戦力は逃したくないし、それに……」

「それに?」

「個人的にも、優花ちゃんは殺したくないよ」

「……えらく感情的に考えるのね。南雲を保護したいなら愚策よ、それは」

「貴女も私も、この件に関しては徹頭徹尾感情で動いてる。だったら感情的に考えた方が早いと判断したまで。合理的な判断だよ」

 

 合理的に判断した結果が感情による決断とは微妙に矛盾している気がするが、それは考えるだけ無駄だろう。絞殺未遂の理由を考察することも同義だ。

 

「……最後通告よ、香織。私は南雲ハジメを愛している。そして同時に(はげ)しい殺意を抱いているわ。彼を切り裂き引き千切り、病理解剖のように部位を仕分けた後、料理のように食したい……そんな歪んだ願望を持つ女よ」

「殺意というより食欲じゃないかな。それもかなり暴力的な。でも、所々に理性が垣間見えるね。コンダクターには煽情的に映るんじゃないかな」

 

 優花は香織から聞いたハジメの自殺未遂を思い出した。本人も死ぬつもりは無かったそうだが、その後に聞いた話ではハジメは死に惹かれているという。恋敵が香織だけでなく死の欲動(タナトス)とは笑えない話だが。

 

「恋敵と言えば、優花ちゃんはユエの事にはあまり反応しなかったね」

「正確にはどう反応して良いやら分からないというところね。確かに恋敵ではあるけど、私も南雲を愛せるという希望を与えた存在でもあるし」

 

 地球、それも日本の倫理観では男女が一対一で交際する事が常識である。西洋のキリスト教的宗教観と、一人の女に一人の男をあてがう事による治安維持を目的とした極めて形式的な物だったとしても、それが暗黙のルールとして適用されている。そこから逸脱すれば、まるで燃やされる前の本を隠し持っていた思想犯のように、暇を持て余した人民に弾劾される。

 

 しかし、ここはトータスであり、ユエはその中でも王族の身分を持つ者だった。愛妾や側室というシステムによって一人の男に複数の女が愛情関係を示すというのは彼女にとっては普通の事。優花とて個人的な憤りを感じないわけではないが、異世界の異種族であるユエに地球の倫理観を押し付けるのは憚られる。

 

「それに、ユエと私って似てる気がするの。殺された未来が復讐に来るユエと、壊された昨日に縋る私。時を超えて彼を愛するという点において、彼女と私は共通している。……意外なのはアンタよ、香織。独占欲の強いアンタが、複数人の交際を許すなんて」

「独占欲は発動中だけどね。彼をコンダクターと呼んでいいのは私だけ。彼がコンサート・ミストレスと呼ぶのも私だけ。彼が現世に留まり続ける理由の大部分も私。『生』という業苦に彼を浸し続けるのは私だもの」

 

 どこか恍惚とした表情で語る香織。右眼に花が咲いている影響で、どこか欠けた顔に見える彼女がその表情をするのは、歪な美と恐怖を突き付ける物だった。

 優花は少しハジメに同情したくなった。数奇な運命を辿り、絵画によって財と名誉を築いた画家が、本人の気付かない所で女性に追い詰められている。文字通りのデッドエンドと隣り合わせで。

 

(いえ、デッドエンドは救いかしら、アイツにとっては)

 

 単純な感情、善悪、一般的な論理では片付かぬ恋愛。混迷を極めし愛は、何処に辿り着くというのか。

 

「でも、アイツは私を受け入れるかしら」

「この件に関してコンダクターの反対意見や反論は拒否するよ」

「現代人のくせにポル・ポトみたいなムーブするわね、貴女……」

「だから、振り向かせて見せて。フェルディナンドを恋に落としたミランダのように。『死』を彼が意識できないくらいに」

 

 二人の少女は悪の組織の幹部のように笑いあった。一頻り笑った後、香織は優花に一つの疑問を投げかける。

 

「雫ちゃんは……どう?」

「お察しの通りよ。私も原因の一端ではあるのでしょうけど、今にも壊れそうよ」

「そう……」

 

 香織は表情を曇らせた。ハジメについて来た事に一つ後悔があるとすれば、雫を置いてきたことである。しかし、香織にクラスメイトの元へ戻る選択肢は無かった。

 

「雫ちゃんの事は心配だけど、それでも私は戻るわけにはいかない。私は後戻りできないもの。オルクス大迷宮でセイレーンとなった時から」

「そう言うと思ったわ。右眼の『花』、世界の真実、ハジメを含む昇格者の集団、未だ全貌の見えない敵……寧ろ戻れる理由の方が少ないじゃない。言い方は悪いけど、八重樫には良い薬なんじゃないかしら。楽園から抜け出して、歴史の中に踏み出すにはいい機会だわ」

「エーリッヒ・フロムかな? 手厳しいね……でもその通りだと私も思う。こうなる前に雫ちゃんを助けるべきだったのかも知れないけど、私だって万能じゃないんだよ」

 

 香織は握りしめる手に力を入れた。中々割り切れる事ではないが、今は最優先すべき事がある。香織はややあって口を開いた。

 

「実はね――」

 

 

 

「僕は今まで会った人間に対して不信感を抱いていません。僕はこれまで道徳的な観念での罪を犯したことがありません。僕より優しい人はこの世界には存在しません。僕の天職は貴金属と熱を操る事に特化しています……さて、僕はいくつ嘘を吐いたでしょう」

 

 シア、ユエ、ロックはハジメの口から発せられた言葉に驚き戸惑っている。意識が回復したと聞いて様子を見に来てみれば、自己紹介のような正誤問題を出題されたのだから。

 

「とりあえず最後が嘘と言うのは分かりますけど……」

「そもそもお前自体が胡散臭いが」

「……三つめが本当。他は嘘」

「……全部嘘ですよ」

 

 ユエとシアが息を呑んだ。

 

「結局我が正解という事か……」

「三つ目については少々意地悪でしたね。これは僕の経験に基づく確率論ですが、優しい人は自分自身を優しいとは言いません」

「はあ……しかし、それは結局――」

「そして、今の論も嘘である事を宣言します」

「………」

「優しい人間は半ば騙すような形で仲間に引き入れたりしませんよ。それも皆、恋人のため、そして、我々『天人五衰』のためです」

 

 

 

「天人五衰……?」

 

 優花は香織の口から発せられた単語に怪訝な顔をする。天人五衰とは仏教用語の一つであるが、中性ヨーロッパのような文明を呈するトータスにおいてその単語が出てくる意味が分からない。香織は優花の反応に同意しながらも説明を続ける。

 

「天人五衰の説明をするには、まず『代行者』の説明をしないとね。優花ちゃんは『昇格者』についてはもう知ってるよね?」

「ええ、デボルとポポルから聞いたわ。ターミナルって概念人格が創り出した昇格ネットワークに接続する事でパニシングの力を操る事ができる存在。私も該当するって事も」

 

 正確にはパニシングに侵蝕されても十全に自我を保てる点も重要だが、大筋は合っているので話を進める。

 

「その昇格者の中でも、より高次の存在。それが『代行者』。通常より高い権限を持ち、資格を持つ者にパニシングの力を使用する権利を与えることも出来る」

「なんか……凄い存在ね。ごめんなさい。その程度の感想しか出てこないわ」

 

 優花は昇格者となってから人間だったころを遥かに超える力を己の内側に感じていた。もはや全能感と言っても良いほどの途轍もない物だ。気を抜くとそれに呑まれてしまいそうなほどに。それすらも上回る存在とは、既に想像の埒外である。

 

「現在存在している代行者は五人。そして、その中にコンダクター……ハジメ君も選ばれた」

 

 優花の背に悪寒が走る。弱っていたとはいえ、自分はそんな存在を殺しかけていたのか、と。香織はその様子一瞥して話を続ける。

 

「そして、コンダクターを含む五人の代行者を『天人五衰』と呼称している。それぞれが個々に動いているけれど、実態はこの大陸内外に勢力を伸ばす巨大組織だと思って」

 

 なお、名前についてはハジメが話の流れで発した言葉をターミナルが気に入り、代行者五人を筆頭とする組織名に採用した。六道最高位の天界にいる天人が長寿の末に迎える死の直前に現れる五つの兆候を指す言葉だ。地獄で受ける苦悩も十六分の一に満たない程の苦悩を感じるとされる。

 

 どんな会話の流れでそんな単語が飛び出したのか全く以て不明であるが、或る意味ハジメらしいと優花は内心で苦笑した。

 

 

 

「代行者……天人五衰……」

 

 シアはハジメから聞かされた単語を反芻する。ライセン大峡谷にて助けられた時から薄々感じてはいたが、やはりとんでもない事に巻き込まれてしまったようだと嘆息する。

 

「僕はそれに『選別』された。昇格ネットワークを起点とする巨大組織の一隅となって動く事になるでしょう」

 

 代行者に選ばれたとはいえ、ハジメ自身の力は話に聞いた他の代行者達には及ばない。皆国や組織の代表であり、戦闘経験もハジメ以上に積んでいる。『要請』があった場合、おそらく断るという選択肢は無い。

 

「天人の世の終焉を告げる……現段階の目標はエヒトの抹殺です。そのために、この樹海どころか、トータス全土を血で染める事も厭わない可能性すらあります」

「………」

「曲がりなりにも保たれた楽園のキャンバスを流血と死によって染め上げる。我々の行動はそのような惨劇を齎す可能性すらある。そして、貴方達は既に逃げられない状況下に置かれている」

 

 

 

 香織の説明を聞いた優花は戦慄した。デッドエンドに追い込まれていたのは自分自身でもあったのだ。しかし、それでもハジメを愛してしまう。尽くせることに喜びを感じる自分がいる。どうしようもなく壊された優花は、気を抜くと蕩けた表情をしてしまいそうだった。

 

「だから最終確認というより、事後報告になるけど、」

 

 

 

「「貴方達には世界の終焉を担ってもらう」」

 

 ハジメと香織が告げた言葉は残酷だ。規模で言えばトータス全土を巻き込んだテロ行為とも言える。巨大組織『天人五衰』。ユエ、シア、ロック、優花はその手指として動くことを半ば強制された。

 

 だが、それに対して異議を唱える者は誰一人として存在しなかった。

 




おそらく全体的な組織の規模は分かったと思います。今回、シアは特に恋愛感情を抱いていませんが、ハジメの元に馳せ参じる事となります。『戦力として加える』事は契約の範疇ですから。因みにハジメが代行者になったのはシアと出会う前です。あの時既に選別は始まっていた。他の代行者はそのうち出てきますが、誰かを予想してみてもいいかも? 一応名前は全員出ています。

備忘録

代行者:パニグレにて昇格者よりも高次の存在とされ、昇格者を『選別』する存在として描かれる。戦闘力や権限は通常の昇格者よりも遥かに高い。

天人五衰:エヒト抹殺を現段階の目標に掲げる組織。代行者五名を筆頭とし、(文字通りの意味も含む)水面下で勢力を伸ばし続けている。或る意味では『世界の終焉』を掲げるテロ組織とも言える集団。名称が名称なのでパクリと言われないか心配だが、これ以上に適切な名前が思いつかなかった。元ネタは本文に有る通りの仏教用語である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒死病時代ノ饗宴

ようやく村から出発です。シアやハウリアの修行とか、優花襲来とか、天人五衰とか色々ありましたからね。

それからどうでも良いですが、スマホでパニシングと打つと高確率で出てくる『パニ寝具』。どういう演算の結果これが予測変換に上がるのか真剣に教えて欲しい。アイネクライネナハトムジークなどもそうだが、全部カタカナというのは中々辿り着かない結論なのでしょうか。


「なるほど。貴方の考える実存主義とはそう言うものですか」

「ああ、実存は本質に先立つものだ。人は、自分があろうとする姿以外には有り得ず、また、夢とは閉ざされた想像界においての完璧な実現であり―――」

 

 ハジメは治療が終わった後、ミュオソティスとともにパスカルの村に住むサルトルという機械生命体と話していた。きっかけはハジメが『サルトル』という名前に興味を持ったことである。パスカルもそうなのだが、地球に実在する哲学者と同じ名前なのである。さらに、機械生命体のサルトルが主張している『実存主義』とは哲学者のサルトルが主張している物と同じなのである。

 

 偶然の一致か、はたまた何か意味があるのか、現時点では分からない。しかし、どちらかと言えば無神論的な思想であるにも関わらず、宗教が広く伝わるこの世界で主張する存在がいるとあっては興味を触発されないはずも無い。従って、ハジメはサルトルという機械生命体に話を聞くことにしたのだ。

 

 なお、優花、ユエ、ロックは最初から興味を示さず、シアは「あの人? という表現が適切かは知りませんが、苦手です」と来たがらなかった。そして香織は話の途中で気分を害して立ち去ってしまった。

 

 その理由と言うのが、サルトルが女性の機械生命体からもらったプレゼントを「ただのガラス玉」「役に立たないガラクタ」と発言し、それに対して香織は形容しがたい形相をして去っていった。扱いに困るプレゼントを貰ってもどうすればいいのか分からないという理屈自体は理解できないわけではない(地球においても切った髪や爪をプレゼントとして与えるなどの度が過ぎる行為もあるので一概に悪とは言えない)が、一生懸命プレゼントを考えて渡した女性達に対して酷薄すぎるのではないか、という気持ちなのだろう。

 

 そして、それなりに長い時間がかかったサルトルの実存主義についての講義は終わった。

 

「どうもありがとうございます」

「私の講義は参考になったかね?」

「ええ、非常に」

 

 ハジメは短く礼を伝えると、話の最中ずっと首を傾げていたミュオソティスとともにサルトルの元から立ち去る。

 

「ミュオソティス、彼の話を聞いてどう思いました?」

「……そうですね。論理の正しさを否定する事はできません。しかし、当たり前に存在する物をわざと難解な言葉を使って説明しているような印象も受けました。質問です。このような事を、『機械的』というのでしょうか?」

 

 ハジメは少し驚いてミュオソティスを見た。昇格者の中では元々人間ではない事も相まって最も機械に近い印象を受けるミュオソティスだが、オーダーの一件以来少しずつ感情が表出するようになった。そして、そんな彼女からすればサルトルの言動は『機械的』に映っていたという感想になるのだろう。

 

 正に人形のようだったミュオソティスにおいては驚くべき進化だ。

 

「まあ、哲学なんぞそんなものだ、と結論付けてしまうのは簡単なのですがね。それでは味気ないので少し話しましょうか。学問である以上、対象の本質を深く穿つ必要があります。難解な言葉とは、基本的にその過程で生まれる物であり、それによって定義された物と別の物を区別することが目的です。多少の例外はあれどそんなもんでしょう」

「はい、オルクスの隠れ家にて保管されている書物にもそのような分類が為されている物は存在しました」

「そして、難解な言葉を定義したからと言ってそこが終着点ではないのです。それを使って更なる理論を生み出したり、抽象概念を現実に適用したりするのです」

「はい、マスターは神代魔法を様々な分野に使用しています」

「分かりやすい所ではそれですね。そして、サルトルは実存主義という学問を自らの生で実行しようとしているのでしょう」

 

 ミュオソティスはそこで首を傾げた。

 

「疑問:その行動に、意味はあるのでしょうか」

「そればかりは何とも……我々の世界の古代の哲学者の生き方は自身の思想そのものであり、現代では狂人とすら呼ばれる人生でした。ではそれに意味があったかというのは、人生の終着点を迎えるまでは分かり得ない。更に言えば、本人以外には理解できない物かもしれませんね」

 

 哲学者や偉人の名は後世まで語り継がれているが、彼らにとって意味のある事であるかは分からない。あのサルトルという機械生命体が、その生の果てに何を見出すのかは不明だ。最も論理的に見えて、実は感情に任せて動いているのかもしれない。

 

「おっと、香織達の元へと着きましたね。お話はこれくらいに致しましょう」

 

 ハジメは不機嫌そうな顔をして座っている香織のところへ歩いていく。ハジメの接近に気付いた香織は立ち上がり、そっと彼の手を握った。何やら平時と違う反応をする香織に少し訝しみながら手を恋人繋ぎにする。

 

「恋愛って、なんだろうね……」

「どうしたんです?」

「さっきのサルトルという機械生命体のファンだっていう女性達に会ったんだけどね……」

 

 香織の話によると、サルトルの家を出た所で彼の事を好いている機械生命体達に会ったのだという。彼女らはサルトルの事を「ミステリアス」「クール」「物知りで頼りになる」と評しており、サルトルの辛辣な発言さえも好意的に受け取ってしまう。サルトルは彼女達の事を見もしないにも関わらず。

 

「彼女達を批判するのは簡単だけれど、結局、私も似たようなものなのかも知れないと思って。雫ちゃんを筆頭に『突撃娘』なんて呼ばれたりするけれど、恋に盲目という意味では間違ってないんだよね……」

 

 ハジメは少し溜息を吐くと、(おもむろ)に香織の頬に手を添え、唇を重ねた。

 

「こ、コンダクター……?」

「少なくとも僕は貴女に愛を返しているつもりなのですけれどね、コンサート・ミストレス」

「そ、それは……」

「僕としては盲目であって欲しいですね。僕も貴女の事となると感情的になりますし。それでも足りないというのならば、一体どうすれば良いでしょう。ねえ、ミランダ?」

 

 ミランダとは、シェイクスピアの戯曲『テンペスト』の登場人物だ。彼女の住む島に訪れたファーディナンドに恋をし、ファーディナンドはミランダの父親であるプロスペローの試練を乗り越えて結ばれる。

 

 ハジメの愛が足りないと香織が言うなら、ハジメはどんな試練でも受けるつもりだ。自分の発案ではないとはいえ、複数の女性を愛している身で盲言を吐いているというならば、彼女の不安を消すつもりでもある。とはいえ、香織の不安はそのような物質的な思考のみに囚われた物ではないのだという確信も同時に持っており、このようなアプローチしかできない自分をハジメは少々情けなく思っていた。

 

 だが、それに対する香織の答えは

 

「充分だよ」

 

 お返しの接吻であった。

 

 

e6849be381afe8a880e89189e381a7e8aa9ee3828ce3828be3818b

 

 

 ハジメ、香織、ミュオソティスの三人が仲間との待ち合わせ場所に着くと、ユエ、シア、優花、ロックが退屈そうに待っていた。

 

「遅かったわね。バカップル」

「集合時間には余裕で間に合っているはずなのですけれど」

「これからいよいよ敵地に乗り込もうってのに、暢気な物ね」

「ユウカから聞いた。闘いの前に恋人とイチャつくのは特大の死亡フラグだって。今まで考えた事も無かったけど、封印される前はそんな光景を見たような気もする。もしかして緩やかな自殺?」

 

 ハジメのもう一人の恋人である優花が口火を切り、また同じく恋人であるユエがそれに便乗する。死亡フラグなどという地球特有の語彙をユエが知っている理由は優花に教わったからであるらしい。仲良くできているようで何よりだが、余計な知識を教えないで欲しいと思うハジメであった。

 

「闘いの前に逢瀬を嗜んだところで何が変わるものですか。神は天にいまし、世はこともなし。それだけでしょう」

「ハジメさんって悲観主義者なのか楽観主義者なのかよく分からないですぅ……」

「突き抜けた悲観は楽観です」

「煙に巻こうとしてません……?」

「失敬な。れっきとした哲学者の言葉ですし、僕も同意しています」

「少し、よろしいですかな?」

 

 ハジメとシアがある程度気心の知れた会話をしていると、昇格者達にシアの父親であるカムが話しかけてきた。

 

「まずは我が主の快復を祝福いたします。そして、娘であるシアの門出も。我々ハウリアはパスカル殿の村を守護する役割を全うする所存でございます」

 

 カムを始めとするハウリア達はパスカルの村を守る任に着いた。完璧な弱者ではなくなったとはいえ、昇格者と比べればどうしても戦力としては劣る。故に大樹への案内人はシアとロックに任せ、他は残留する事になったのである。尤も、外には敵性機械生命体が跋扈し、亜人族による襲撃の可能性もゼロではない以上、ある程度の戦力は残しておく必要があった。

 

「樹海の情勢は平時とは異なっております。道筋そのものはシアやロックの案内があれば迷う事は無いでしょう。しかし、道中に何もなく通してくれると考えるのは楽観に過ぎると愚考致します。主の強さについては今更疑ってはおりませんが……どうかシアを、宜しくお願いします」

 

 それは父親として当然の感情。娘を戦場に送り出すという行為において、心配するなという方が無理な事である。

 

「はい、任されました」

 

 故にハジメはその態度を正面から受け止める。逃げも隠れもしない声色であった。それに対してカムは頭を下げ、「ご武運を」といってハジメ達の視界から消えた。

 

「良いお父さんだね」

「はい……!」

 

 香織の言葉に、シアはハジメから渡された大太刀『白の約定』を背負って答えた。

 

「では、出発しましょうか。聖者の凱旋か、あるいは、亡者の怨嗟に満ちる旅路を」

 

 パスカルには既に出発の旨を伝えてある。少しだけ長くとどまったこの村に、一時の別れを告げる時が来た。

 

 

 

 深い霧の中、ハジメ達は大樹に向かって歩みを進めていた。中性ヨーロッパのような文明のトータスの街中では目立つ集団だが、霧の中で行動していると不思議と水墨画のような景色に溶け込んでいる。

 

 ロックはデボルに修理された後は黒い大型の狼のような見た目となった。パニシングとの親和性を高める黒色の物質を使っているために以前とは色が変わってしまっており、「塗料で直すか?」と聞かれたが、本人は色にこだわりは無いようで「別にこのままで構わん」と答えていた。武器は爪や投げナイフなどの他にチェーンソーが追加され、戦闘力も上がっている。

 

 シアはキャミソールのような衣服に脚部がほぼ露出するような短さのショートパンツ、鉤爪を使うために四肢の半分から先は再現された皮膚ではなく機械部分が露出しているという、戦闘スタイルもそうだが、二重の意味で防御面を犠牲にしている服装である。そのような服装でありながら卑猥さを感じさせないのは、持っている武器やモノクロの色彩で統一された流麗さや、数日とは言え修行によって引き締まった表情によるものだろう。

 

 最後に、優花はヘソ出しの服を着て脇腹の片側を隠す大きくスリットの入ったタイトスカートのような物を身に着け、ニーハイブーツ……のように見える機械的な脚を片側だけ露出させている。シアほど露出が多いわけではないが、脇腹や脚部が片側だけいわゆるチラ見せ状態となっており、動きやすくはあるが控えめに煽情的な服装となっている。

 

 だが、優花を見た時に一際目を引くのは彼女の上半身程の大きさを持つ戦輪だろう。中心点に交点が来るように挿入されている十字により、磔にされた罪人のような印象さえもうける。

 

「改めて見てみると女の子ばかりですねえ……」

「言い方! 僕が集めてるみたいに言わないでくれません?」

「俺は雄だが?」

「ロックは人型じゃないのでノーカンですぅ。しかもこの中の三人と恋人関係にある以上、言い逃れは出来ない気がするんですけど」

「あなた僕に対してだけ図々しくありません?」

 

 家族を変貌させた元凶であるハジメにはやや棘のある対応をするシア。とはいえ、ハジメとしても不思議なのである。特段自分の事は人格者だとは思っていないハジメは三人から向けられる好意に気付きこそすれど、理由については完全に納得できてはいない。簡単に言えば、計算の結果は判明しているが、そこに至る数式、或いは証明が判然としないのである。

 

「というか、ユエ関しては旧知の仲というわけでもなく、直前に殺害予告までしてたんですけどね」

「「うわぁ……」」

「優花にシアさん、引かないで。以前話したような状況ですぐに信用しろって方が無理です」

「確かに、怪しすぎるのは私も認めるよ。でも、あの言い方はないんじゃない? サスペンスな言葉選びはコンダクターの美徳でもあるけれど、欠点だね」

 

 一応、ユエの事情――殺された未来が復讐に来る。それから自分を守るためにハジメと恋仲になった、という話はハジメも聞いている。しかし、一種のボディーガードを目的とするなら恋仲にまでなる必要は無い。むしろ依存に近い関係になる事は悪手ではないか? とすらハジメは思っていた。だが、そんなハジメの様子を見たユエは疑問を察して答える。

 

「ハジメを好きになった一番の理由は、私をちゃんと殺してくれそうだったから」

「え……?」

 

 シアはその言葉に吃驚し、ユエをまじまじと見つめた。普段の振る舞いからして、殺されそうになって喜ぶ性癖の持ち主には見えなかったからだ。

 

「私は生きたまま封印され、孤独と業苦を味わった。仮にハジメから信用されなくなったら、きっと彼は危険因子を生かしはしない。どんな手段を使っても殺してくれる。利用する価値を失った私を中途半端に生かすほど甘い人間じゃない。きっとこの業苦を、終わらせてくれる……! そう確信したから、好きになった」

 

 シアは自分の愚かさを恨んだ。ユエの不死性や封印の話は自分も聞いていた。にもかかわらず、ユエの苦しみには気付くことが出来なかった。だが、ユエはシアを励ます。

 

「無理に理解しろとは言わない。きっとそれが正常だから。でも、それで嫌いになったりしないから安心して」

「ユエさん……」

 

 シアは改めてハジメ達を見つめる。香織や優花からも話を聞いたが、これは恋愛関係などで総括できる程、単純な関係ではないということを思い知った。光と見紛う程の闇、人間性を超越した感情、生物学的な定義に依らない生と死……あまりにも複雑すぎる関係だ。

 

「黒死病時代の饗宴」

「はい……?」

「僕達の世界の戯曲です。ささやかな死への抵抗を描いた」

 

 アレクサンドル・プーシキンの戯曲『黒死病時代の饗宴』。地球人でその名を知らぬ者はいない疫病、ペスト。黒死病とも呼ばれるその病は猛威を振るい、パンデミック当時の世界人口の22%が死亡したと推計されている。この戯曲は親しい人をこの病気に奪われた人間達がその悲しみを癒すために開いた宴を描いたものだ。

 

 宴を止めに来た神官の倫理では人は救えず、壮烈な言い争いと『ペストを讃える歌』の悲壮感が目立つ。ハジメはたとえ倫理に反していようと、彼女達を愛すると決めていた。

 

「罰の(くびき)より解き放たれ、魂を救われんことを。(とが)与うるが神の業だとするならば、僕は罪によりて抵抗します。きっと、誰にも理解はされぬでしょう。故に、僕は同志を愛するのです」

 

 静かであるが厳然たる決意を込めた声。業苦を生き抜き、理不尽に与えられた罰に抵抗するその姿勢は、恋愛感情を抱いていないシアにも美しく映った。今一度、シアはハジメに付き従うのだと決意をした。

 

 

e38182e38289e38286e3828be7be8ee5beb3e381afe58d81e68892e38292e7a0b4e3828be38193e381a8e381aae38197e381abe381afe5ad98e59ca8e38197e38188e381aae38184

 

 

 やや哲学的な会話をしながら進む事十五分後、心配されていたような戦闘は起きず、一行は大樹の元に辿り着いていた。

 

 大樹を見たハジメの第一声は、

 

「これはなんとも退廃的……いえ、或る意味神秘的、とも言えますが」

 

 ハジメ達が目の前にした大樹は枯れていた。大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 シアが大樹についての解説を入れる。地球、もとい日本でも枯れている大樹を御神体として祀る事はある。後世では観光名所になっているという点も同様だ。ハジメは大樹の根元に歩みより、一つの石板を見つけた。アルフレリックから概要は聞いていたが、今の所相違点は無い。

 

「オルクスの扉と同じものですかね……」

「……ん、同じ紋様」

「オルクスにも同じものがあったの?」

「最深部の隠れ家にね。同じメカニズムだとしたら同じような方法で開く可能性は高いけど」

 

 しかし、石板の表面に指輪を近づけてみても反応は無い。パニシングによってどこかしらおかしくなっている可能性もあるが、とりあえず『手順を間違えている』と仮定して方法を模索することにした。

 

「皆……これを見て」

 

 石板の裏に回ったユエが何かを見つけた。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。すると、石板が淡く光り出した。

 

 ツキヨタケを彷彿とさせる光は次第に収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「感想:もったいぶった文章」

「それを言ったらおしまいですよミュオソティス。それにしてもどういう意味なのやら」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

 

 シアの発言に全員がなるほどと思った。確かに、ここまでそれなりに面倒な手順を踏んできたが故にその意見には説得力があった。また、『再生の力』とはユエの『自動再生』や昇格者の『自動修復』の事かと予想したが、空振りであった。

 

「枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことでしょうかねえ」

「確かに、目の前の枯れ木を再生させる必要があるのかも。さながら御伽噺のように、枯れ木に花を咲かせる必要があるのかな?」

 

 ハジメと香織の意見に全員がなるほどと思った。

 

「ここまできて入れない事は残念ですが、他を当たるしかないでしょう。何やらけったいな鍵が必要なようですし」

「……最初から簡潔に書けばいいものを。何故このような回りくどい書き方をする」

 

 ロックが人間の考える事は理解できないと溜息を吐く。ミュオソティスも同意見であり、魔物や機械にはやや理解しがたいものであった。

 

「まあ、人間とはこういう物であると思う事ですね。後は、微量ながら悪意を持つ人間に対するカモフラージュの役割を果たします。我々の世界でも、暗号という形で情報を隠蔽したりもしますからね」

 

 ロックは「そんなものか」と吐き捨てたが、ミュオソティスは『暗号化』というプロセスを例えに使われた事により理解したようだ。文学的か数学的かはともかく、これも軽い暗号の例である。

 

 いずれにせよ、ドレスコードを多々違反しているためにこの迷宮には挑戦する事ができないのは明白である。現時点では他を当たるしかないだろう。

 

「何だかRPGやってる気分ね……」

「「「「あーる・ぴー・じー……?」」」」

「ロシアの対戦車擲弾ですか?」

「違うわよアホタレ」

「冗談です。南雲ジョークですよ」

「……馬鹿はほっといて、RPGっていうのは参加者が各自に割り当てられたキャラクターを操作して、架空の状況下において与えられる試練を乗り越えて目的を達成する目的の遊びよ」

「へぇ~、ユウカさん達の世界にはそんなものがあるんですね」

 

 優花の何気ない一言に異世界出身の四人が疑問を持ち、ハジメの微妙なジョークをスルーして優花が説明する。オルクスの隠れ家にあった娯楽用のゲームは殆どがストラテジー型のゲームであり、トータスにおいてRPGはあまり見かけない。

 

 閑話休題

 

 シアがウサミミを立てて周囲を見渡しながらポツリと呟く。

 

「しかし、道中何も遭遇しませんでしたねぇ。村にいた時や向かう時は結構な頻度で何かが襲い掛かってきたモノですが」

「安心するのはまだ早いですよ、シアさん。僕達の世界にはこういう言葉がある。『行きは良い良い、帰りは怖い』」

 

 ハジメがそう言った瞬間、霧の中から機械生命体の集団が襲い掛かってきた。

 

「そういうことですか……」

 

 シアが零した言葉と共に、昇格者達は戦闘態勢に入った。

 




人数も増えてきて書くことが増えたため、割と簡単に5000字を突破するようになってきた件。16進数で稼いでいる気がしなくも無いが、NieRっぽさは多少出ているのではないだろうか。そして、ハジメを巡る人間関係だが、本編中でも書いたように単なるラブコメやラブストーリーというよりは思考実験の領域に片足を突っ込んでいる。なろうアレルギーの方にはハジメが殆ど努力せずにハーレム関係を築いているように見えるかもしれないが、寧ろ付き合う女性の数が増えるという事はこの作品においてはそれそのものが『業』なのである。

備忘録

サルトル:NieR: Automataに登場する、パスカルの村に住む機械生命体。ゲーム内において『サルトルの憂鬱』というサブイベントで関わる事になる。元ネタは実在するフランスの哲学者であるサルトルと思われ、女性達との不可思議な関係はボーヴォワールとの契約結婚が元ネタと思われる。

シア:NieR: AutomataのA2のような見た目だと思ってほしい。A2は塗装が剥げてあの見た目になっているというアンドロイドならではの設定となっており、衣服の類は殆ど身に着けていない。逆説的にシアの方が露出度は控えめだったりする。

優花:見た目についてはドールズフロントラインというゲームのアルケミストという登場人物を元ネタとしている。当初は武器と同じくDOD3のキャラクターから取ってこようと思ったのだが、違和感が半端なかったために没となった。パニグレの方でも似合う服装が見つからない中、偶然見つけたこのキャラを元ネタとした。

黒死病時代の饗宴:本編中でも書いたが、ハジメ達の関係は死や理不尽への抵抗である。ハジメは死を愛するが、それは死へと抵抗する為であり、死を通して生を見ている。ペストを讃える歌を歌いながら病魔に抵抗する登場人物たちと重なる部分が多い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

首無シノ天使

まだまだ樹海編は続きます。今回は久しぶりに戦闘描写。多分次回以降も戦闘。

最近様々なありふれ二次を見ていて、ハジメの扱いに皆さん悩んでいるのだなあ、と思いました。魔王のままだったり、ちょっと軟化していたり、そもそもいなかったり。結構少年漫画的な主人公になっている場合も多いですね。

私の作品では、『魔王』である事は間違いありませんが、暴威や理不尽の象徴ではなく、悲哀や孤独、さらには原作とは別ベクトルの冷酷さを持たせています。NieR Replicantがクロス先に入っている時点でこうならざるを得ない。


 機械達が霧の中から現れ、ハジメ達に襲い掛かる。斧を持った中型二足歩行の機械生命体や恵里のお供である異合ユニット達、そして、初遭遇の球体に羽が生えたような飛翔体『ウィルプス』もいる。

 

「今、中村さんってああいうの連れてるんですか?」

「ええ、捕獲して降霊術で仲間にしてたわ」

「便利だね、降霊術」

 

 機械生命体がハジメ達を目掛けて飛び掛かり斧を振り下ろすが、ユエがオズマを同じく斧に変形し弾き返す。すかさずロックが縦回転のチェーンソー攻撃を仕掛けた。

 

「さて、僕達も動きますかね」

 

 ハジメがそう言うや否や、優花がハジメに対してナイフを複数本投擲する。しかし、あらかじめ予期していたようにハジメが身を捻って躱し、反対にハジメが背後に回した手で銃を発砲。結果、ハジメと優花の背後で敵が撃ち落とされた。

 

「また、殺されるかと思いましたよ」

「一本でも当たれば面白かったのに」

 

 「当たらないとは思うけれど」と優花は付け加えた。仮に避けきれないとして、銃で撃ち落とされるだけだろうという確信が優花にはあったのだ。ルシフェルとしてハジメと闘った時の記憶は朧気ながら覚えており、そしてその強さは鮮烈に身体に刻まれている。

 

 また、仲間として本格的に同行するよう事が決まった時、ハジメや香織達が優花の戦闘スタイルを確認するために試合をしたのだが、ハジメに対してだけやたらと殺傷能力の高い攻撃が飛んでくるため、愛情という名の殺意は健在のようだ。香織はハジメの自業自得として黙認しているが、本格的にハジメを殺そうとすれば止めるだろう。とハジメは信じたかった。

 

「それにしても、今回も数が多いね」

 

 香織が『磁場のロンド』を放ちながらぼやく。ライセン大峡谷の赤潮の時、集団戦法で責められた事を覚えているのだ。一体一体は大したことの無い強さでも数が集まれば脅威となる。

 

「……ん、長引かせる事に得は無い。早々に殲滅する」

 

 ユエはウィルプスの光線攻撃を首を動かして避け、異合火力ユニットの散弾を浮遊移動で回避するとパニシングを増幅させ『殲滅モード』へと移行する。移行時に異重合エネルギーによる範囲攻撃が発生し、その後は常にニードルの雨を降らせながらオズマを変形させた様々な武器による強力な近接攻撃を連発する。

 

 何より特筆すべきはモード発動中のユエの防御力だろう。ユエの身体はパニシングの異重合体で構成され、驚異の軽さと防御性を併せ持つ。金属の鎧のように重さで動きが鈍る事も無く、ルシフェルの全力の攻撃でもなければ傷をつける事も叶わない。シアやミュオソティスのような強力な攻撃手段を持つ昇格者でさえ掠り傷をつける事が精いっぱいの代物だ。

 

「相変わらずユエさん強すぎるですぅ……」

「実を言うと我との戦闘でも使われた。直接闘ったのは分身体とはいえ、何も効かないというのは初めての経験だったな……」

 

 弱点と言えばあまりに強大なエネルギー故に長時間の連続発動が至難の技という程度である。シアは白ノ約定で異合解体ユニットを両断しつつ吹き飛ばしながら感心していた。

 

 やがて、ユエの猛攻により敵が殲滅された頃、ユエはシア達に近づきこう言った。

 

「……称賛は素直に受け取っておく。でも、これも絶対的な性能を持ってるわけじゃない。標準的な機械生命体は屠れても、精鋭や天使は化け物」

 

 ユエは自分の力を過信してはいない。タブリスやルシフェル、ダルタニアンなど強力な敵との闘いが油断を削ぎ落していく。おまけに、ライセン大峡谷においては魔力程ではなくとも、微弱ながらエネルギー分解作用が確認された。決して、万能の技ではない。

 

「分かりました。肝に銘じます」

「そうだな。我が味わった絶望がユエに降りかからんとも限らない」

「……ん、いい子」

 

 パニシングはトータスに存在する魔力とは全く別のエネルギーであることが判明している。かなり雑に捉えるなら、熱力と位置エネルギーくらい違う。どちらもスカラーに分類されるエネルギーでありながら発生原理が全く違う物とでも言おうか。

 

 しかし、本来トータスに存在しなかったエネルギーであるために、性質について分かっている事は少ない。そして、エネルギー体である以上、魔力のように弱体化、もしくは無効化される可能性もゼロではないのだ。

 

「では引き締まったところで、改めて出発いたしましょ―――」

 

 ハジメがそう締めくくろうとした所で、何処からともなく飛んできた極光が彼に降り注いだ……ように見えた。

 

「何度も奇襲を喰らってたまるものですか……」

 

 ハジメはその場から跳躍して攻撃を回避していた。戦闘終了後、もしくは最中に奇襲を受けるのはこれで何度目か。ハジメもつくづく運が無い。

 

 樹海の木々に混じってタブリスでも生えてきたのだろうか。オルクス大迷宮最深部に住まう天使を彷彿とさせる極光だが、今回は違ったようだ。下手人は首の無い有翼の人型。首の無い天使が複数の輪を従えて現れた。

 

「ちょっと……嘘でしょ……」

 

 優花が敵の姿を見て呻く。敵の姿は暴走した優花と対峙した〝神の使徒〟と名乗る存在にそっくりだったからだ。記憶の中で頭部を破壊した事は覚えていたが、その状態でも生きているとは想定外だ。また、腕も切り落とされているようで、二つの輪にそれぞれが制御される形で浮遊していた。

 

「ターミナルが言っていた、分解能力を有するエヒトの使徒でしょうかね」

 

 敵の持つ一つの巨大な輪から再び極光が放たれ、それを回避しながらハジメが呟く。大迷宮と思しき大樹は攻撃によって損壊されながらもひとりでに再生されていく。パニシングの気配は感じないが、おそらく何らかの魔法的処置が施されているのだろう。

 

「……ごめんなさい。これは私の責任だわ」

 

 優花がハジメ達に謝罪する。暴走していたとはいえ、敵を見逃したのは自分の責任だと。しかし、ハジメ達は優花を責める事は無かった。

 

「所詮、最後の悪あがきですよ。世の中大抵、こんなものです」

「そうだね。私達がすべきなのは、あの天使に受難曲(パッション)を捧げる事」

 

 そもそも暴走状態でそこまで気にかけろという方が酷である。I’ll be backしてくること自体が非常識なのだから。普通は頭部を吹き飛ばしたらおしまいである。ハジメ達が冷静なのは今まで散々死にかけてきたからに過ぎない。

 

「ありがとう……」

 

 優花はお礼を言うが、ハジメは神速で迫ってきた腕による剣撃を『超速演算』全開で回避していた。とにもかくにも目の前の敵を倒さねば始まらない。

 

 

WARNING   オレステス

 

 

 首無しの天使は自身が持つ幾つもの輪から分解魔法の付与された光線を縦横無尽に打ち出す。さながら蜘蛛の網座敷のように、油断すれば檻に囚われ消滅させられるだろう。おまけにオレステス本体が持つ技能『神速』により、時折『超速演算』でも捕らえられない速さで移動してくる。

 

「e5bcb1e38184e381a7e38199e381ade38082e5ada4e78bace381aae88085e38288」

「だって。何か反論ある? コンダクター」

「〝一つの思いは無辺を満たす〟とでも言っておきましょうか」

「ポエム読んでる場合ですかね!? で、どういう意味なんです?」

「例えドングリの実に閉じ込められていようと、私達は広大な宇宙の王である。そう言いたいのかな?」

「……そういうことです」

「答えになって無いんだから……」

「報告:難解」

「為せば成るということです。行きますよ、同志諸君」

 

 二本の腕の剣舞を躱してそれを銃撃するハジメは敵味方の質問についでに答える。頭部が無いのにどうやって敵が言葉を発しているのかは不明だが。そして、背後から天使の輪が迫るが、アストレイアの銃撃で一つをずらし、脱出する。

 

「どれだけの極光を放とうとも、私達の夜は明かせない」

 

 香織が光線の合間を縫って高速移動から成る強烈な細剣の刺突攻撃を行い、さらに立体機動的な剣舞を披露する。前者は『夜鳴のターゲリート』、後者は『蝶舞のセレナーデ』という技だ。

 

『夜鳴のターゲリート』は高速移動による刺突攻撃というシンプルな技であり、その分派生が容易であることが特徴である。今回はそこから複雑な立体機動を成す『蝶舞のセレナーデ』を派生させた。この二つを含む香織の一部の技は瞬間的な速度であれば、オレステスの『神速』をも上回る。

 

「なんて速さ……敵も味方も。アルコールなんて飲んでたら一瞬で回りそうだわ。飲んだ事は無いけれど、ドラッグもね」

「とか言いながら貴女も凄い速さで移動しましたけど?」

 

 もう一人、『神速』を上回る速度を出す昇格者が存在する。それは優花だ。ルシフェルの時と負けず劣らず。『遊麟』と『引蜘蛛』の合わせ技で攻撃を掻い潜り、戦輪『イエスタデイ』を躍らせる。

 

 その他、ロックの突進技やシアのBモードなど、速さだけなら神の使徒とタメを張れる昇格者は存外多いのだ。

 

 と、その時、オレステスが輪を拡大させ、そこから何かを召喚した。出現したのはエクスカベーターとエクスプローラー、通称『双子のハンター』であった。

 

「……めんどくさい」

「機械体の召喚もできるのか……」

 

 オレステスの技能がまた一つ明らかになったところで、彼女(?) の独立飛行する両腕から分解魔法の極光が放たれる。無論、それに当たる昇格者達ではなかったが、今回は少し事情が違う。それに合わせてエクスカベーターが頭上からの急襲攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

「しゃらくせえですぅ」

 

 普通なら回避後の隙を狙った攻撃に被弾してしまうところだが、数日間の修業によって成長したシアは片腕だけ展開した爪で反撃する。

 その後もハジメに対してオレステスの光線とエクスカベーターの槍の横薙ぎ一閃、更にエクスプローラーの弓による射撃が襲い掛かるが、高速移動の剣技『氷晶』で光線を掻い潜り、飛び上がって槍を躱しエクスカベーターにゼロスケールを乱射、更に空中で身を捻って矢を回避し、アストレイアによる狙撃をエクスプローラーに喰らわす。

 

「背後がお留守よ、ハジメ」

 

 ハジメの攻撃で怯みきっていなかったエクスカベーターが再度攻撃を仕掛けようとするが、優花のナイフと更にそれを起点とした『引蜘蛛』による接近、そしてエクスカベーターの頭上から叩きつけた戦輪『イエスタデイ』によって敵は吹っ飛ぶ。

 

「殲滅開始」

 

 また、ユエが再度『殲滅モード』を起動し、攻撃の雨を降らせる。

 

「無意味!」

 

 その横でロックがエクスプローラーの矢を噛み砕きながらチェーンソーによる攻撃を仕掛ける。獣である事による身軽さと機動力を惜しみなく発揮している戦法がこの戦場に噛み合っていた。

 

「私は大砲だけではありませんよ」

 

 この中で大型の武器を持つミュオソティスは分解攻撃の雨霰の中では不利に思われたが、スカートの中のサブアームに取り付けられた銃により攻撃の合間を縫うような射撃を披露していた。

 

「攻撃ルートを見つけました。高出力作戦回路 アクティベート」

 

 やがて敵の攻撃の間に一つのルートを発見し、多機能砲ガラティアの第二形態、ブレードにより強撃を加える。

 

「第五形態 アクティベート。ロックオン 解析」

 

 ミュオソティスは更にガラティアを変形し、冷気弾を放って敵を凍結させる。オレステスには効かず、また分解魔法によって一瞬で解除されてしまうが、その一瞬が敵にとっての命取りであった。

 

「貴方達に終結(コーダ)を!」

 

 香織がワルドマイスターによる範囲攻撃『終嵐のコーダ』を実行する。音速で迫る破壊の波が双子のハンターの命を刈り取った。

 

「……敵の視野範囲外への逃亡を確認」

「オレステスは逃げましたか……」

 

 だが、オレステスは形勢不利と悟ったのか戦線離脱していた。仕留めきれなかったのは不安要素の除去に失敗したことを意味する。〝神の使徒〟がパニシングによって機械化した敵など、弱いはずがないのだから。

 

「部屋に沸いたゴキブリを見逃した気分ね……」

「ゴキブリも嫌いだけど、厄介さならあっちの方が上だよ」

 

 ゴキブリは生理的嫌悪感を抱きはすれど、命に関わるわけではない。逃げ足が神速の敵と言うのは意外と厄介である。敵にとって有利な場所に逃げ込まれたら目も当てられない。

 

「まあ、今はアレについてはどうしようもありません。一応パスカルの村やアルフレリックさんには報告しておきますか……」

「そうだね……それしかないよ……」

「とはいえ、次に僕達の目の前に出てきたら問答無用で、潰す」

 

 優花が発生の間接的な原因となってしまったオレステスを仕留められなかったのは気がかりだが、現状出来る事は無い。せめて世話になった人物に報告だけはしておこうとハジメが言い、香織がそれに賛同する。希望的観測に過ぎないが、あくまでオレステスの狙いは自分達であるような気もしていた。

 

「まずは樹海から出ましょう。我々の本来の目的のために」

「ハジメさん……その事なんですが……」

 

 とにかく樹海から出る事を優先して動くことに決めた。しかし、シアが芳しくない顔をする。

 

「どうしたのですか?」

「急に方向感覚が分からなくなってしまったんです……樹海を出る道が見つかりません」

「なんですって?」

 

 唐突にシアが方向感覚を見失ってしまった。亜人族は霧の中でも迷わないのだが、今回ばかりは事情が違うらしい。

 仕方が無いので、シアの見つけた道のままに進むことにした。黙っていても事態は好転しない。暗夜行路ならぬ暗中模索、五里霧中の樹海の中を練り歩く昇格者。

 

 そして昇格者達が辿り着いたのは、巨大な古城だった。

 




また過去が追いかけてきましたね……因みにですが、(最近やたらと死にかけるから分かりにくいけど)ハジメ達の戦闘能力はかなり高い設定です。少なくともこの時点で神の使徒とやり合えるくらいには。ステータスに換算したらどれくらいになるのかは不明ですが、同時点での原作のステータスは超えていると思われます。私はステータスの数値を列挙する作業が死ぬほど嫌いな事にこの作品の序盤で気付いたので今後ステータスプレートが出てくることはおそらくないです。

備忘録

ウィルプス:パニグレの敵。緑色のスニッチのような形状をしている。光線発射の予兆が分かりにくい。

殲滅モード:パニグレのルナのコアスキル。ゲームでは発動中は無敵となるが効果時間が切れた直後に攻撃を喰らう事も。

オレステス:優花と交戦した使徒がパニシングで復活したもの。頭部が無く、両腕が分離し独立して動く。また、複数の輪を攻撃に使う。名前の元ネタは原作のハジメのアーティファクトで、空間を繋いでゲートを作る事が出来る。

夜鳴のターゲリート:パニグレのセレーナ嵐音のQTE技。ゲーム内では雷属性の地味な一撃だが、今作では使徒を上回る速さの刺突攻撃に。

蝶舞のセレナーデ:パニグレのセレーナ幻想の技。立体的に移動し多角的な斬撃を浴びせる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深キ者

今回は名前だけ登場していたオリキャラがいよいよセリフ付きで参戦します。そして今作のトータスの概略も書きました。複雑すぎてキーボードクラッシャーになりかけましたがね(白目)


「機械教会……か」

 

 ハジメ達を襲撃したオーダー、ネメシアの機体及び残存データを解析していたターミナルは、その結果を見て呟く。オーダーの製造元はターミナルにとっても未知の相手……という訳ではなく、旧知の存在であった。尤も、直接相見えたわけではなく、ラングランスという昇格者から得た情報だが。

 

 機械教会とは、その名の通り機械によって作られた宗教組織だ。この世界に有る宗教という人間の行いを模倣し、信仰心によって得られる団結と推進力によって築かれた集団。信仰対象は『セージ・マキナ』という概念人格であるとされる。

 

 確定できないのは、情報提供者のラングランス自身がセージ・マキナの姿を明確に見た事がないからだ。しかし、出会った時の状況からして概念人格の類である事は間違いないという。そして、機械教会という集団がその存在を信仰し、独自の文化形態を成していることは事実であるらしい。

 

 機械教会の幹部達は地球にも存在するタロットカードのアルカナの名を冠しており、ロックの口から発せられた『刑死者』、オーダーに命令を下しているとされる『法王』はこの集団の所属と考えて良いだろう。

 

「上下関係はある一定の知性を持つ集団における〝業〟であるという事か」

「ええ。そして、集団として、組織として確立した後は本来の目的を忘れてしまった」

 

 ターミナルの問いに、ラングランスはそう答えた。信仰心を基に団結と推進力を得た機械の集団は、ある程度の発展を機に目的を見失った。彼らの求めるセージ・マキナは神託を告げず、己が意志もなく団結力だけを強めた集団は、目に見える上下関係や、その場凌ぎの目的に固執していった。

 

 やがて、セージ・マキナからの神託が下されたという機械が現れた。これにおいて真偽は重要ではない。〝正しさ〟の奴隷と化した機械達は、それに一も二も無く従った。『この世界の生命を殲滅せよ』という命令に。

 

 ただ一人、ラングランスを除いて。彼女はセージ・マキナがそのような命令を出す事は有り得ないという事を知っていた。そして、セージ・マキナ自身もそれを否定していた。だが、その嘘はいっそ奇妙なほどに機械教会に広まり、セージ・マキナは『偽物』と断定された。

 

「貴方達の闘争に、意味はあるんですの? 意志は? 論拠は? この果てしない闘いの果てに、何が待ち受けているのか、分かっていらして?」

 

 そのラングランスの問いに、答えられる者は存在しなかった。ラングランスはそれを見て、機械教会から離反した。当然、教会側がそれを許容するはずも無い。

 

「……最後に一つ問います。貴方達は私が深人族の長であったことを御存じのはず。その深人族の居住をも滅ぼすつもりですの?」

 

 それでも機械教会は、『異端者』は速やかに排除するべきと、ラングランスや深人族を抹殺しようとした。もはやセージ・マキナの意志も何も有ったものでは無い。

 

「では結構です。私は退いたとはいえ深人族の長であり、脅威となる存在を排除してきた粛清部隊の隊長でした。貴方達を、深人族の敵とみなしますわ!」

 

 だが、事態はそう簡単には進まなかった。ラングランスに与えられた名は『死神』。彼女は既に個としての戦闘力で集団に迫る程の強さを持っていた。機械教会を全滅させることは叶わずとも、追撃部隊をいなしながら逃げる事は可能であった。

 

 結果、彼女は目的であった逃走を成功させ、機械教会は戦力を大幅に削がれた。セージ・マキナは自分の無念を嘆いていたが、ラングランスは何とか世界機構とも呼べるネットワークの海に逃がす事に成功した。

 

 以上がラングランスから聞いた顛末だ。これが真実だとすれば、その機械教会が再度動き出したという事だろう。

 

「ハジメには連絡がつかん。だが、他の昇格者達には伝えねばならんな。新たな敵の登場を」

 

 ジャミングされているのか、ハジメ達には連絡がつかない。先手を打たれた可能性もあるが、それでもやらないよりはマシだ。ターミナルはハジメ以外の天人五衰の代行者達を代表とする昇格者に通達を送った。

 

 

 

「……承知いたしましたわ。敵の殲滅に移行します」

 

 ターミナルからの通知を受け取った深人族の女性、ラングランスは作戦の変更を決定した。

 

 機械教会から離反した後、ラングランスは自らの古巣である深人族の住処に戻っていた。深人族とは深海に住まう種族であり、海人族から独自進化した存在だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いていたり、指の間に水かきのような膜がある事は海人族と同じだが、肌は陶器のように白く、人間族とも魔人族とも、また通常の亜人族とも異なる特徴を持つ。

 

 さて、前述の通り海人族は魚類の特徴を持つ亜人だ。しかし、ハイリヒ王国から公に保護されている。理由は、大陸に出回る海産物の八割を提供しているからだ。差別しておきながら使えるから保護するという現金な話だが、国の運営などそんなものなのかもしれない。

 

 だが、深人族は別だった。その外見から人間に恐れられ、さらにエヒトからは神敵と神託が下されてしまったのだ。だが、人間は深人族を滅ぼす事は出来なかった。

 

 理由は単純だ。人間の魔法や技術力では彼らの住む深海に征く術が存在しなかったのである。常時かかる途轍もない水圧、そして地上を遥かに上回る強大な機械体の数々。人間族はそれらに対抗する力を持っていなかった。

 

 そして、よしんば彼らの居住地に辿り着けたとしても、純粋な戦闘力や技術力でも深人族には敵わない。そもそも、深人族の存在が露見した理由は海人族が住むエリセンという町の近海に出没した強力な機械体を討伐した事が原因である。それに敵わない人間がそれを討伐した深人に敵う訳も無かった。

 

「ごきげんよう。人間族の皆様方」

 

 深海からの遠隔映像という人間族からすれば異次元の技術力を以て、昇格者となる前の、当時の深人族の国家元首であったラングランスは人間達に警告を(おこな)った。映像越しにも関わらず、彼女が纏うオーラは全ての兵士や神殿騎士達に威圧感を与えた。

 

 なにせ、彼女は国家元首でありながら裏切り者や強大な敵を屠り続ける粛清部隊の隊長でもあったのだから。高貴な振る舞いと戦場に立つ者としての強さを兼ね備えていた。そして、ラングランスは映像越しに人間達を見下ろしながら言葉を紡ぐ。

 

「私が貴方達に要求するのは停戦、そして友好ですわ。愚かで無意味な問題の発生は防ぎたい。これが人間族、そして私達の一致する意見でしょう? 無論、ただでとは言いません。私達と友好を結べば、深海にて採取した資源を提供いたしますわ」

 

 映像に映った資源は地上や近隣の〝浅瀬〟では入手が困難な物ばかりだった。難病に対する特効薬、地上の魔物から産出されるものに比べて段違いに品質の良い魔石。おまけに相手には地の利があり、人間族はアクセスする事すら不可能に近い。普通に利益勘定で考えれば停戦は決議されるべきである。

 

 だが、一度神託が下された人間達に『撤退』の二文字は有り得なかった。ラングランスは念の為、数日間の猶予を与えるつもりだったが、人間族は深人族殲滅を取り消す事は無かった。

 

「なるほど。そちらの意志は分かりましたわ。しかし、一つだけ忠告しておきます。戦略論において、一度敵対した相手に対しては徹底抗戦する事が理論最適解とされている事をお忘れなきよう。では、いずれ戦場にて」

 

 そう言って映像は途切れた。結果は人間族の大敗だった。深人族の地の利と技術力を生かした闘い方に、人間も、そして助太刀に来た〝真の神の使徒〟と名乗る存在も海の藻屑と化した。

 

『かの国民共同体(コモンウェルス)または国家と称する巨大なリヴァイアサンは人間の技術により造られる』

 

 後の世にて異邦の少年、南雲ハジメがこの話をターミナルから聞いた時、思い浮かべたのはこのホッブズの『リヴァイアサン』の冒頭であったという。深人族の叡智は遂に海という怪物をも味方につけ、襲い来る地上の土人形(人間)、そして蠅の王の家来(真の神の使徒)を蹂躙した。そして、人間族は深人族を神敵としながらも停戦せざるを得なかったのである。

 

(しかし、海は常に味方となるわけではない……種の存続を賭けた争いは、終わりのない死闘と呼ぶに相応しい物でした)

 

 ラングランスは人間との闘いを制した。しかし、深海における終わりのない戦いの末に彼女は殉職した。しかし、彼女はそれでもいいと思っていた。不滅の国家が存在しないのと同様、不死の人間もまたいない。自分が死に殉ずることにより時代は動き、国家は更なる発展を遂げる。それがラングランスの願いであった。

 

 しかし……

 

(あの深海での殉職の夜。光の届かぬ洗練された闇の中の一戦が、この剣杖(けんじょう)を握る最後の夜になると信じておりました)

 

 ラングランスは蘇ってしまった。海に生かされ海に還る。その神聖なる輪廻転生は叶わなくなってしまった。だが、座して五衰に甘んじるつもりは無い。死という光を無くした『死神』は、闇の神髄を探求する資格と義務がある。

 

 死に損なった自分に絶望していた彼女にとって、居場所を提供したセージ・マキナは良き友人であり、光だった。しかし、それも暴徒によって壊されてしまった。

 

(闇無き光が有り得ないように、破壊無くして創造は有り得ません。しかし、機械も人間も、そして神も、破壊の先には何も見ていない)

 

 世界の、天人の世の終焉を告げる組織『天人五衰』。この組織だけが、破壊の先に創造を見据えている。嘘で塗り固められたこの世界で、ただ一つ真実を見ている。セージ・マキナが今何処にいるのかは分からない。しかし、ラングランスは黙って海流に呑まれるつもりはない。

 

「この世の嘘は、もう終わりにしなくては」

 

 無残に切り裂かれたオーダーの残骸を前に、『代行者』ラングランスはリヴァイアサンの瞳を宿していた。

 

 

 

 一方、ハイリヒ王国のホルアドでは光輝達の迷宮訓練の合間を縫ってトータスの歴史についての座学が行われていた。今やっているのはちょうど深人族と人間族との闘いの部分であり、深人族は資源を独占するばかりか人間族に仇為す敵として教えられていた。

 

「酷い……人の命を何だと思ってるんだ」

 

 その歪曲した話を聞かされた光輝は正義感によって深人族達に憤りを覚えていた。特に、正面から戦う事もせずに海という絶対的に有利な場所で人間族を蹂躙し、徹頭徹尾見下すような態度で人間族と接していた当時の深人族の指導者、ラングランスには憎悪を募らせていた。

 

「この世界には悪が溢れすぎている……魔人族に深人族に……俺達が呼ばれた理由が改めて分かりました。必ずソイツ等を倒して、世界を救って見せます!」

 

 光輝の頭の中からは、深人族が国家というコミュニティを形成できる知性体であるという事は抜け落ちていた。そして、あまりにも人間族が被害者であるかのように語られる話に違和感を覚えた様子も無い。

 

 雫や恵里達はこの話に違和感を覚え、龍太郎は詳しくはよく分からないながらも親友の様子に危機感を覚える。しかし、この場では何も言えない。教鞭をとる教師の狂信者じみた態度を見れば、この話に異議を唱えれば『異端者』だのなんだの言われてデッドエンドになりかねない。

 

 人間族に都合のいい話と光輝の正義感への賛美がほぼ全てと言っても良い授業が終わり、それぞれの自室へと帰っていく。光輝は他の生徒達をしつこく自主練等に誘ったが、

 

「だァァァうるっさい! アンタの脳内が絶賛麻薬パーティー開催中なのは重々分かったともさ。しかしながら人間には活動の限界時間がある。なんで人類どころか生物という存在において睡眠という行為が淘汰されてないか分かるか? それが必要だからだよアンドロイド野郎!」

 

 という恵里の雄叫びによりお開きとなった。光輝が目を吊り上げて言い募ろうとした所を雫が張り手をお見舞いし、龍太郎がヘッドロックして引き摺っていった。

 

 そして自室に帰還し、同室の恵里が寝た所で鈴は自分の中に眠る()()()()()()()に話しかけた。

 

『Hello, セージ・マキナ』

 

 それは自分の意識と同化している『セージ・マキナ』という存在だ。いつからなのか、正確には分からない。だが、昨日今日ではなくかなり幼少の頃から共にあった存在だった。当初はセージ・マキナに身体を譲り渡した所を家族に見られ、両親のいない寂しさから別人格でも作り出したのかと疑われた。結果として両親と一緒にいる時間が長くなったのは鈴にとっては僥倖だったが。

 

 実の所、鈴もそう思っていた。脳内で会話が成り立つが、『異世界で機械に信仰されていた』という話はあまりにも非現実的であり、自分の頭が作り出した御伽噺であるという方が納得できた。

 

 だが、実際にセージ・マキナの言っていた異世界にやってきてしまった彼女は、否が応でも信じざるを得なくなってしまった。幸い、彼(彼女?)は寛容である。これだけ疑っても聞かれた事にはしっかり答えてくれるのだ。

 

『ん? どうしたの? 鈴』

『多分、さっきの授業の内容は君にも聞こえてたと思うんだけどさ』

『うん』

『あの話はどこまでが本物なの? どうにも都合よく編集されてるような気がしてさ……』

 

 セージ・マキナは少し逡巡してから答えた。

 

『少なくとも、ラングランスはあの教師が言っていたような女性ではなかったよ。優しく、非情で、とても美しく聡明な人だった』

 

 死ねずに絶望していたラングランスと海底で出会ったセージ・マキナ。姿を持たない存在であるが故に面と向かって話す事は出来なかったが、それでも彼女は信じた。だが、優しいだけの女性でもなかった。機械教会にてセージ・マキナの右腕となってからは、セージ自身には下せなかった非情な判断を躊躇いなく下した。

 

 ラングランスはサディストではなかったが、国家元首と粛清部隊隊長を務められるほどの合理主義者でもあった。セージ・マキナはその姿を尊敬し、『死神』の称号を与えた。

 

 機械教会が敵に回った時も、自分とセージ・マキナを逃がす最適解を導き出して見せた。その話を、逃げた先で見つけた少女の意識海の中で語った。

 

『機械教会の話はもうしたよね?』

『うん、半信半疑だったけどね』

『ラングランスは時に物凄く冷酷にもなれる。私の優しさのせいで命が消えてしまいそうになった時は、躊躇いなく剣を振るんだ。昔に言われたよ。優しさや正義は時に凶器になるって』

『あー、うん……天之川君の天敵だね。間違いなく』

 

 正義を妄信する少年にとって、存在自体が許されない類の人間である。仮にラングランスがセージ・マキナの言う通りの人格者だとしても、出会ったら対立は避けられないだろうと思っている。

 

 同じような理由で畑山愛子にとっても好ましくない人物だろうと鈴は思っていた。何故なら、ラングランスは〝寂しい生き方〟を躊躇いなく選択する人種だからだ。日の当たる場所を歩けない宿命を背負う人間の事は、愛子には理解できないからだ。

 

 きっと、ラングランスは日の当たらない深海の中で生きようともがき、自らの手を汚す事を選び、愛によって違う誰かの愛を殺し、そして死に場所を求めた。どれ程の業苦をその身に背負っているのか、鈴には想像もつかない。

 

『鈴も本当はセージの目的を達成したいんだけどね。自由には動けないからさ』

 

 目下のとっかかりは王都の地下に拡がる白い街だ。セージ・マキナはかつての機械教会の本拠地に似ていると言っていた。だが、ドライツェント同伴の下に何度か探索してみた物の、女性型の人形以外は発見できなかった。街はまだまだ未踏破領域があり、その全てを探索する事はこの時間では不可能だった。

 

 それに、あまり怪しい動きをすると、誰かから目を付けられる可能性もある。セージ・マキナから聞いた機械教会の前例もある以上、鈴は迂闊に動くわけにはいかなかった。

 

 こうして、トータスを渦巻く勢力達はまるで流動体のように変化していくのであった。

 




二章で様々なキャラが動くので書くのが大変である。そしてようやく登場のオリキャラであるラングランス。ハジメと似ているようで、経験では上を行っています。ハジメ達に影響を与える面もありますが、光輝の師匠役になってもらおうかなと。アンチとタグに書いてあるとはいえ、ラングランスが彼を放置するのは不自然ですし、あまり彼にとって都合の悪い事ばかりが起こるのもね。いや、光輝にとっては正義を否定してくるから都合が悪いかも知れないけど。

備忘録

ラングランス:オリキャラ。国家元首と粛清部隊の隊長という二足の草鞋を履いていた器用な奴。信念等を馬鹿にしているわけではないけど、過信はしていない。少し気だるげなお嬢様口調で話す。名前から誤解された方がいるかもしれないが、女性である。元ネタはパニグレのビアンカというキャラクターに色々混ぜた感じ。

深人族:大枠は本編で語った通りであり、人間族及びエヒトの使徒を退ける軍事力を持つ。

機械教会:パニグレに登場する団体で、セージ・マキナという機械に対する信仰心でなりたった集団。詳しくはパニグレwikiを参照

セージ・マキナ:パニグレにて機械達に啓蒙を与えた存在。今作では鈴と身体を共有している概念人格として登場。詳しくはパニグレwikiを参照


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天人ノ世ノ終焉ヲ告ゲル者達

遅くなって申し訳ございません。


 時間は少々(さかのぼ)り、ハジメ達がオルクス大迷宮の隠れ家で過ごしていた頃の事。

 

「おや、また品質が上がりましたね」

 

 一人のドレス姿の少女が、優雅に紅茶を飲んでいる。身なりからして高貴な身分である事は一目瞭然であり、傍には当然のようにメイドが控えていた。

 

「紅茶は九龍から仕入れた物にございます。品質は年々向上しておりますが、それに比例するかのように値段も上昇しております」

「おやおや、しかし、この紅茶は王室だけでなく、今や貴族界において主流となりつつあるブランド。多少値段を高く設定しても買い手はつくのでしょう。現に、需要は低迷するどころか、むしろ上昇しているのですから」

 

 この会話だけを聞けば、何の事は無い、ごくありふれた貴族と使用人の会話だ。

 

 異常なのは少女と使用人を取り巻くこの状況である。

 

 少女が紅茶を飲むテーブルのある、虚空に浮遊する正五角形の床の辺にそれぞれ階段が伸びており、それらを支える柱の類は一切無い。さらにその周りには、天井に床、壁を這う階段、床に取り付けられた扉に窓と、上下左右の概念を無限の彼方にぶっ飛ばした空間が展開されている。

 

 ついでに、大小不揃いな戸棚やら引き出しやらプレゼントボックスやらが不規則に見えて規則的に配置されており、一部の床や壁はチェス盤のような一松模様になっている。

 

 まさにエッシャーの絵画、奥行き反転図形、カフェウォール錯視、エビングハウス錯視、無限階段、フレイザー錯視……と、脳が騙される光景の博覧会である。さらに無駄にファンシー、というか少女趣味な内装のせいで、慣れない人間が入れば後天的に不思議の国のアリス症候群でも発症しそうな空間だ。

 

「しかし、遅いですねえ。呼び出したのは向こうですのに」

「皆様中々お忙しい方々ですから……」

「おっと、噂をすれば、誰かいらっしゃったようですよ」

 

 少女と使用人が話していると、階段の一つを上って来る足跡が聞こえる。トータスの人間族の間では聞かない独特な衣擦れ音に、少女は相手の正体を察する。少女の展開する異空間を集合場所に指定した人物の一人が現れたのだ。尤も、直接的にこの空間に転移させたのは少女の方なのだが。

 

「ようこそお越しくださいましたわ」

「息災のようで何よりじゃ。しかし、この部屋は歩きづらくて叶わぬ。もう少しどうにかならぬのかえ?」

「あらひどい。これでもリリムと相談しながら頑張って作りましたのよ?」

 

 着物姿の女性はおもむろに煙管を取り出すと、すぱぁ……と一服し、言葉を紡ぐ。

 

「まあ、百歩譲って敵に攻められにくいという点だけは評価しようかの。どれ、紅茶を出してくれぬか」

 

 『代行者』(ティオ)九龍(クラルス)。トータスにて最強の財力を持っているともされる九龍衆、その実質的首領。膨大な資金力、軍事力、技術力で策謀を企む正体不明の秘密結社。それがトータスにおける彼女らに対する認識だ。むしろ、その三文小説の悪党のような非現実感から都市伝説に近い扱いであり、殆どの者は実在を信じていない。

 

 いわんや、とうの昔に滅びたはずの竜人族が再起した姿であるなど夢にも思っていない。

 

(今、目の前にその首領がいらっしゃいますけどねー……)

 

 少女も初対面時は半信半疑であったし、竜人族と聞かされた時は驚きもした。それなのに相手は呑気に自分の所で採れた茶葉で作った紅茶を飲んでいる。

 

「そうそう、貴女が望む情報はしっかりと仕入れてきましたよ」

「それは有難い事じゃ。お主の協力が無ければ、この計画は大幅に長引いていたじゃろうし」

「帝国の情報は暫しお待ちを。トレイシー殿下ったら、闘いの熱が冷めないようでして」

「良い。まずはお主の王国からじゃ」

 

 廷は朗らかに笑って返す。竜人族はそれなりに、気が長い。しかし少女は警戒するように廷に問いかける。

 

「しかし意外でしたよ。まさか私達ハイリヒ王国の益になる事を、貴女がするなんて」

「怨みによって滅ぼすと思うたか? まあ、それも考えないでは無かった。人間族が我らにした乱暴狼藉、決して許す気にはなれぬ」

 

 そこまで言うと、廷は竜の瞳となり少女を見据える。少女は少し気圧されながらも笑みを崩さなかった。

 

「特に、神に盲目的に従うだけの猿畜生共に我らが故郷を荒らされた事は、歴史上最大の汚点と言っても良い」

「ほう……つまり、条件次第では裏切るということでしょうか」

 

 廷はそれに否定も肯定もしなかった。ただ瞳を元に戻し、紅茶の杯を呷っただけである。

 

「しかし(わらわ)は妙案を思いついた。我ら竜人族の再起に、人間族を利用してやろう、とな」

「ほう……」

「幸いにも実行できる手立てはあった。ターミナルより与えられた人工知能『華胥(かしょ)』も大いに役に立ってくれた。今では弄月(ろうげつ)の傍らに一献を嗜む余裕すらある」

 

 九龍衆は大陸外の隠れ里に移り住んでから、長い時間をかけて人間族に流通する商品の利権を掌握していった。主に大陸外の珍しい品を売りさばいたり、人間族の商会を買収したりと言った具合に。

 

 隠れ里が『九龍環城』と呼ばれる大都市となり、第二の拠点として九龍夜航船が作られてからは、初期よりも更に簡単になった。遭難した人間族の商船を案内し、甘い汁を吸わせ、品物の流れを九龍衆がコントロールする。

 

 また、その場では靡かずとも問題は無い。竜人族は人間よりも遥かに長命であり、その時果たせなかった目標は百年後にでも果たせれば良い。そうやって竜人族は人間族の生活基盤に侵入していった。仮にも神敵認定されている以上、正体が露見しないように細心にだが。

 

「誰も彼もが、剣や魔法を撃ち合うばかりが戦争と思うておる。なればこそ、人間族の生命線を握るのは存外に容易かったぞえ」

「とはいえ、私達の生活の質が向上したのは確かですけれど。この調子でどんどん掌握なさってください。私達もその恩恵に与っている身ですし」

「ふ、ふ、ふ。お主も中々に悪よのう」

「楽しそうですわね……」

 

 廷と少女が談笑していると、異様に肌の白い海人族のような女性が呆れたように二人を見下ろしていた。全体的な服装は英国貴族か、もしくは海賊のようにも見え、黒い口紅と胸元の真紅の薔薇のコサージュが目立つ。

 

「さながら幽霊船の船長じゃな」

「ご挨拶ですわね、竜人の長よ。確かに、(わたくし)は嘗て『死神』などと呼ばれておりましたが」

 

 気怠(けだる)げなお嬢様口調で話すのは『代行者』ラングランス=イシュマエル。海底国家アトランティスの現国家元首。かつて神や人間の軍勢と闘いながらも滅ぼされなかった人物だ。

 

「ようこそお越しくださいました、ラングランス様。まさか、過去の英雄にお会いできるとは思っておりませんでしたわ」

「英雄……ですか。人間族には悪評ばかりが広まっているものとばかり思っておりましたわ」

「ええ確かに。しかしながら、私達のような聖教教会を疎む人間からすれば英雄です」

 

 九龍衆が財力最強だとすれば、アトランティスは技術力最強と言った所だろう。一部の技術は神代魔法すら上回ると言われている。

 加えてラングランス本人の実力も推して知るべし。空白期間がありながらアトランティスの国家元首に返り咲けるのだから。

 

「私のシャーロットOSが有用であるという事でしょう。人間族との闘いの勝利にも大きく貢献いたしましたもの」

 

 シャーロットOSとはラングランスに組み込まれている特殊な演算システムだ。神代魔法の一つである再生魔法を基礎としており、限定的ながら時間に干渉する事が出来る。また、アトランティスの前線基地にも同様のシステムが組まれており、かつての闘いで人間、神の使徒双方を苦しめた水害を任意で引き起こせるという超性能を有している。

 

「しかしながら、それお主がいなくなったらどうする気じゃ?」

「ご安心を。既に後継者の育成は始めておりますし、何人かは実戦投入が可能なまでに育っておりますわ」

「全く抜け目のない事じゃな。流石は年増と言った所か」

「………」

 

 ラングランスは廷の揶揄には答えず、ただ半眼で睨みつけただけであった。そして紅茶に口をつけ、「それにしても……」と話す。

 

「今回の集まりの議題は新たなる代行者の誕生であったはず。肝心の人物は何処にいらっしゃいますの?」

「最初からいたぞ」

 

 いつの間にか赤い服の少女、ターミナルが席についていた。そもそも物理法則などに左右されない存在なのだから、どの時点で来ていたかというのは考えるだけ無駄ではあるのだが。しかし、ターミナルはこの場の全員が知っている。ならば件の人物とは誰なのか。

 

「おや、失礼。久しくこういう物は見ていなかったものでして、家主の許可を取って見物していたのですよ」

 

 四人の床下から声が聞こえてきた。何の事は無い、最初から足元にいたのである。四人が上って来た階段を裏から下り、逆さに立っているというだけの事であった。

 

「満足致しましたか?」

「ええ、とても。良いインスピレーションをいただきました」

 

 その人物の立っている足元の床が取り外され、虚空で反転して四人と同じ向きに直る。なお、この空間からどんなインスピレーションを得たのだろう……と、廷とラングランスが怪訝な目をしていたのは余談である。

 

「お初にお目にかかります、代行者の皆様方。この度、新たに末座に加えていただく」

 

 十代後半の少年の姿をした昇格者が慇懃に礼をする。

 

「南雲ハジメと申します」

 

 五人目の代行者が誕生した知らせであった。

 

e7b582e3828fe3828ae381aee5a78be381bee3828a

 

「天人五衰、ですか」

「ええ、或る意味ではこの世の終焉を掲げるこの集団に、相応しいかと」

「なるほどのう、其方の故郷には面白い宗教があるものじゃ。天人ですら、死の間際の苦悩から逃れられぬとは。ふ、ふ、ふ、愉快々々」

 

 少女の展開する異空間にて、代行者達が自分達の寄り合いの名前を考えていた。組織といえば組織だが、公的には存在しない集まりなので名前など決めなくてもそれはそれで良かった。しかし、ハジメが何の気なしに口にした『天人五衰』という単語を全員が気に入ったために、そのまま昇格者達の組織の名前となってしまった。

 

 そんな雑談も終わり、ハジメがやや神妙な面持ちで話しを切り出す。

 

「しかしながら、僕は一つ疑問があるのです」

「ほう?」

「僕達の目的はあくまで、元の世界に帰還する事。すなわち、この集団以上に好条件であれば乗り換える可能性があるという事です。そのような存在を組織に引き入れると?」

 

 ハジメの疑問に、四人は尤もな顔をする。ハジメの心はトータスには無く、地球に帰る目途が立てば天人五衰に属する理由が無くなるのだ。

 

 しかし、廷は優雅に茶を飲みながら、悠然とその問いに答えた。

 

「なに、此処に集う代行者の目的など、最初から揃ってはおらぬよ」

 

 ターミナルは『花』の無力化、廷は竜人族の存続、ラングランスはアトランティスの守護と、目的はバラバラである事を廷が告げる。

 

「そして、その全てにおいて障害となるのが神、エヒトなのですわ」

 

 ラングランスがそれに続けるように話す。そこまで言えばハジメにも理解できた。すなわち、エヒト討伐という目的が重なっている以上は協力する事が効率的である、と。

 

「なるほど……そして、あなた方は僕達の帰還に協力してくださるということですか」

「ああ、構わぬ。こちらとしても優秀な戦力は欲しい。故に(わっぱ)にはもっと強くなってもらわねばならぬ。人間の中では見どころはあるが、まだまだ技術も戦力も未熟じゃ」

「これは手厳しい……」

 

 ハジメは廷の評価に苦笑する。相対した時から分かってはいたが、仮にハジメが廷やラングランスと闘えば、まず間違いなくハジメが負ける。財力、技術力、戦力全てで劣っているのだ。

 

「とはいえ、少数で大迷宮を攻略したその手腕は評価に値するがのう」

「しかし、必ずしも助けられるとは限りませんわ。(わたくし)は既に重要な任務にアサインされておりますもので。ご不便をおかけしますわね。ごめんあそばせ」

「私も同様ですね。王城では色々と便宜を図る事も可能なのですが、それ以外となると……」

「まあ、元からあまり期待してはいませんよ……」

「事実だが、言っていい事と悪いことがあるぞ。南雲ハジメ」

 

 ハジメが自分よりも強いであろう四人を半眼で眺めながら紅茶を飲む。

 

「皆様からすれば、僕など口の減らないただの小僧でしょう? 適当な穴埋めで代行者にして頂けたようですが」

「あら? 元から椅子の数など決まっておりませんわ?」

「ええ、集まるのが五人だから正五角形にしただけで。必要であれば正十三角形でも正二十面体のテーブルでもご用意いたしますよ?」

「正二十面体のテーブルはいつ使うんですかね」

「テーブルではなく部屋ですね」

「そうですか」

「今ので納得できたのかえ? お主」

 

 やはりと言うか、代行者になれる人間が五人も集まると会話も一風変わったものになるようだ。

 

「て、そんなことはどうでも良いのです。要するに何が言いたいかと云いますとね、僕は皆様のような超人じみた能力は持っていないという事ですよ」

「竜人じゃよ、妾は。超人などという種族は聞いた事も無いわ」

「種族の話ではなくてですね……」

 

 会話自体は楽しいが、一向に話が進まない事に先行きの不安を感じるハジメ。そもそもこの面子と会話が成り立つこと自体が稀少なのだが、ハジメは気がついていない。

 

「ですから、僕は立場的に最も下だと言っているのです。どうでも良い事トータス代表では?」

「ふむ、あまり自惚れ無いほうが良いな、童。其方はその立場では代表になれぬよ。思考回路がエキセントリックに過ぎる」

「というか、なぜそこまで自己評価が低いのです?」

「この状況で自己評価が高ければ、それはただの阿呆です」

「では阿呆になれ、馬鹿者」

 

 馬鹿者が阿呆になったら天才になるとでもいうのだろうか。高圧的な態度でトンチキな事を言う廷に、ハジメは少し笑ってしまった。それを見たラングランスが口を開く。

 

「そもそも、代行者に選別された時点で、著しく劣っているという事は有り得ませんわ」

 

 黒い唇を歪め、深海のような冷めた眼でハジメを見据えるラングランス。

 

(わたくし)、妙に(へりくだ)る人物って嫌いなんですの」

「僕の故郷では美徳とされている態度ですね」

「そういう人物は執拗に物事を自分のせいにしますわ。まるで世界が自分中心で(まわ)っているかのような態度で」

「なるほど、確かに一理あるのう。全ての不幸の原因が自分自身に帰結すると思っているなら、それはそれで傲慢と言える」

 

 日本人にはあまり理解が出来ない考え方かも知れない。そもそも、他者や他種族との軋轢が前提条件として存在するトータスにおいて、ある程度の地位や力を持つ物が不適切に遠慮や謙遜をする事は悪手として定着している。

 

「確かに、日本という名の海賊共和国(リベルタリア)と、トータスという名の猟奇劇場(グランギニョル)では態度を変えた方が良さそうですね」

「ええ、ええ、全てが一変してはならぬという法はありませんから。私とて、ほんの数年前に宗教関連でパラダイムシフトしたばかりですからね」

 

 ハジメはカール=グスタフ=ユングに倣い、自己の外的仮面(ペルソナ)を付け替える事にした。仮面を被った自分もありのままの自分と仮定すれば、それらは全て自分である。

 

「さて、そろそろお開きといこう。我々全員、暇ではない」

 

 ハジメに技術のデータを渡したり、廷にハイリヒ王国の情報を渡したりした後、ターミナルの一言でこの集まりは解散となり、それぞれが異空間から抜け出していく。ハジメも五角形の辺を一部に持つ階段から外に出ようとした所で、家主の少女に話しかける。

 

「工房の件ではお世話になりました。遅ればせながらお礼を」

「いえいえ、こちらも利益があってのことですから。最初に見た時に確信しておりましたよ? この人は代行者になると」

「リップサービスがお上手だ」

「本心です。あなたも玉座の間では視線を感じたでしょう?」

 

 ハジメは苦笑すると、異空間を脱する。それを見た少女は異空間『リリムの部屋』を解除した。テーブルなどの家具や、壁や、窓などが折り紙のように畳まれ、そこには何も残らず、ただ執務室の光景が広がるだけであった。

 

「それでは、私も仕事に戻りますか。ヘリーナ、この書類を届けていただけますか?」

「仰せのままに、リリアーナ殿下」

 

 異空間の主、『代行者』リリアーナは今日も王城で暗躍していた。

 




 他の作者の方々のように悪辣な策というのは思いつかないので、順当に攻略していこうと思います。時系列が前後しているのも申し訳ない。
 なんか構図だけ見るとクビキリサイクル思い出す。

備忘録

廷:原典と違い、高圧的で超がつくほど口が悪い。人間族を猿呼ばわりしたりする。

九龍環城:パニグレに出てきた用語であり、本編12章のタイトルである。ここでは竜人族の国。

アトランティス:パニグレに出てきた場所で、真空零点エネルギーリアクターの一つで、巨大海上都市として登場する。今作では海底に位置している。

シャーロット:ラングランスの元ネタである、パニグレのビアンカ=深痕の推奨意識の名前。

リリアーナ:強さ等を隠していただけで代行者の一人。リリムの部屋については続報をお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生マレ出ヅル意思

どうしてこうなった。

今回の話はそれに尽きます。しかし、どんな形であれ、(一時的には)彼女を救えたので私は満足しております。

タイトルの元ネタはNieR: Automataのサントラです。


「一体……一体どうしてしまったんだ! 雫!」

 

 オルクス大迷宮のある街、ホルアドにて『勇者』天之河光輝の悲痛な声がこだまする。光輝と相対しているのは幼馴染であり勇者の良き片腕であるはず(と世間では認識されている)の八重樫雫だった。

 

だが、どこか様子がおかしい。周囲がよく知る雫は、凛としていながらもどこか優しさを感じさせる人物だった。だが、今では目は剣呑さに満ちており、凛としているを通り越してどこか高圧的だ。

 

 違うといえば見た目も違う。トレードマークであったポニーテールは下ろされたロングヘアとなり、片目が隠れるように前髪が垂らされている。服装も同様だ。剣士という天職である都合上、動きやすさを重視した服装であったのは以前も変わらない。しかし、今はどちらかと言えば、ややファンキーな衣装とでも言おうか。胸元から臍の少し上くらいまで縦に長く亀裂の入った服にミニスカート、自分で施したのかダメージ加工の入ったニーハイソックスに指抜きの手袋。そして、以前の服は白や黒を基調としていたが、今では全体的に紅い。

 

 恵里や鈴は可愛い物好きという雫の本来の趣味を知っているが、それとも全く違う服装である。まるで海外のロードムービーの登場人物とディストピアの女戦士を混ぜ合わせた服装とでも言おうか。

 

と、様子のおかしい雫が少しよろめく。様子を見守る周囲が思わず手を貸そうとするが、その前に雫は自力で体制を整える。そして、見るからに憔悴しきった様子で光輝に話しかけた。

 

「ごめんなさい……光輝……私……もう……耐えられない……」

 

 光輝は目の前の光景を否定するかのように、全霊を以て笑顔を作る。

 

「そ、そうか、疲れてしまったんだな、雫。でも大丈夫、少し休んだらまた前みたいに戦えるはずだ。そう、平気だ。雫が強い女の子だということは俺が一番分かってる。そんな悪趣味な服装は君には似合わな―――」

 

 だが、光輝が言い終わる前に、再び剣呑な雰囲気を漲らせた雫が光輝の胸ぐらを掴む。

 

「し、雫……?」

「アンタみたいな奴が()を追い詰めるから! アンタみたいな奴が()を壊すから! 私みたいなのが生まれたのよ!」

 

 そう言うと、雫は光輝を突き飛ばした。そこには幼馴染やクラスメイトを思いやる優しく責任感の強い八重樫雫の面影は無かった。

 

 むしろ、光輝に向ける目は大切な存在を傷つけた()()に向けられる物だ。クラスメイト達を見る目も同じ。度重なる入院であまり関わることの無かったハジメと違い、雫はそれなりに関わりがあったにもかかわらず、全員に等しく()()を見る目を向けていた。

 

 ご都合解釈など挟まずとも、()()()()()()()なのだ。

 

「お前、雫じゃないな! 誰だ! 誰が雫の身体を乗っ取っているんだ!」

 

 光輝が目の前の現実を否定するかのように叫ぶ。光輝は学年トップの成績を持っている。故に今までの彼女の発言と、目の前の状況を見ればおおよその察しはつく。しかし、光輝にはそれは認めがたい事だった。

 

 その様子を見下ろしながら、雫は口を開く。

 

「私は八重樫(べに)。業苦に苛まれる雫が作り出したもう一つの人格(仮面)

 

 そして、全員を睨みつけて宣言する。

 

「八重樫雫の、誇らしき盾」

 

 

 

e79f9be3818be79bbee3818be381afe9878de8a681e381a7e381afe381aae3818fe38081e6a5ade88ba6e381abe3818ae38191e3828be5ae89e681afe38193e3819de3818ce8829de8a681e381a0

 

 

 

 解離性同一性障害。嘗ては多重人格障害と呼ばれた神経症は、一人の人間の中に全く別の性別、性格、記憶などを持つ複数の人格が現れるという物だ。主に子ども時代に適応能力を遥かに超えた激しい苦痛や体験による心的外傷(トラウマ)などによって発症すると言われる。

 

「それで、今はお前がその状態という事か。雫、いや、この場合は紅と呼ぶべきか?」

「ええそうよ。狂人と嗤うなら嗤えばいいわ」

 

 ミゲルが殉職した事で、再び神の使徒の指導教官となったメルドが紅に問いかけると、紅から肯定の返事が返って来る。メルドから見ても以前の雫の面影はなく、「誰だこの少女は」というのが正直な感想だった。

 

 以前の雫であれば椅子に座るにしても足を揃えて礼儀正しく座るのだが、今の彼女は脚を組んでその上に片肘を付いている。目上の人間に対する態度ではないが、「これは自分も敵認定されているか?」とメルドは暗い気持ちになった。

 

 メルドが戻って来た時、召喚された生徒達の様子はひどい物であった。自分の後任のミゲルが行った指導のせいで、悪い意味での明確なヒエラルキーが出来てしまっていたのだ。生徒達の間でステータスに差がある事が分かった時に、メルドが慎重になったのに対し、ミゲルはそれを助長してしまったのである。

 

(あのステータスの狂信者め! 魔人族ヨルハ部隊の脅威が迫っている中で兵を分裂させてどうする!)

 

 普段は豪放磊落なメルドをして激しく怨嗟の念を持たずにはいられなかった。元々、ミゲルはエヒトから与えられたステータスという物に対して過剰な信頼を置いており、以前からメルドとは馬が合わなかった。ミゲルに手酷く扱われた騎士達をメルドが慰めた事も一度や二度ではない。

 

 とにもかくにも、雫が紅を作り出してしまった原因は間違いなくミゲルとクラスメイト達である。だが、少なくとも一人にはその自覚が無かった。

 

「雫!」

 

 メルドと紅が話している中、その部屋のドアが乱暴に開け放たれる。優花の時と同じく、下手人は光輝であった。

 

「光輝! 今は外に出ていろ!」

「何故ですかメルドさん! 雫は()()助けを必要としているんです!」

「雫を苦しめていた張本人が何を言っている! 光輝、確かにお前の善性や責任感は認めるしそれが必要な時もある。しかし、それを人に強要してはいかん! 雫はお前のその行動によって苦しんでいたんだ!」

「何故ですか! 何を言っているのですか! 雫に起きた()()を俺が直さなくちゃ―――ぶっ!?」

 

 光輝とメルドが言い争う中、雫、いや、紅が光輝を蹴り飛ばした。光輝程ではないが雫もステータスは高い方である。ろくに備えていなかった光輝は見事に吹っ飛ぶ。

 

「本っ当に腹の立つ奴ね……道理で雫が私を生み出したわけだわ」

「雫が生み出した……? どういう事なんだ!? 分かる言葉で説明してくれ!」

 

 紅は悟った。光輝(コイツ)は質問してるんじゃない。自分が望む答えを待ち続けているだけだ。

 

 おそらく、光輝の辞書には『神経症』やら『多重人格』やらという言葉は存在しないのだろう。精神的不調は現実からの逃避に過ぎず、目の前の責務から逃げ出す卑怯者しかならない。自分が鼓舞してしかるべき言葉をかければ、()()()()()()()元に戻るはずだ。少なくとも光輝はそう思っている。

 

 そして、精神疾患などという卑怯者しかなることのない()()に幼馴染であり、高潔で清廉な雫がなるなど、ましてやその原因の一端が自分にあるなどと、光輝は認められないのだ。

 

「お前が雫を乗っ取ったんだろう!? 早く雫を返せ!」

 

 光輝は尚も叫び続けるが、一瞬紅がふらついたかと思えば、今度は見慣れた雫の態度で声がかけられる。

 

「光輝……」

「雫!? 雫なのか!? 良かった……今から部屋に戻ろう。大丈夫、雫は強い女の子だ。すぐに元通りになるさ」

「無理よ。光輝……」

 

 光輝が希望を見出したような顔をするが、雫はそれを否定する。

 

「紅は私が作り出した人格よ。もうこの生活に耐えられないの。壊れた瓦礫の胸に、私が寄りかかられる都合のいい人を作ってしまったの」

「そんな……そんな……嘘だ! 雫はそんな、現実から逃げるような卑怯者じゃない!」

「私は卑怯者でいい!」

 

 雫は絶叫した。もう限界だった。

 

「無力で無意味な自分が、どんなに頑張ってもなんにも起こらない! なんにも解決しない! それなのに、私は涙すら流せない! どんなに哀しくても、どんなに辛くても涙が出ないの! 泣き方が分からないの! 笑顔でいるしか無いの! そんな地獄から抜け出す事すら卑怯だというなら、私は卑怯者で良い……」

「………」

「私は紅と離れたくない! 紅を消したくない! やっと分かってくれた! この世界を生き抜くのに飾る花も、光輝が今までオペラか何かの延長としか見てなかった私の絶叫も、みんな紅が理解してくれたの! ……知らなかった頃には、もう戻れない」

 

 雫の絶叫に、流石の光輝も黙らざるを得ない。解離性同一性障害は、解離反応が延長して起こると言われている。非常に大きな苦痛に見舞われた時に、実際に痛みを感じなくなったり、苦痛を受けた記憶そのものがなくなる事があるが、解離性同一性障害はそれが継続して起こるために発症すると考えられているのだ。

 

 ならば、苦痛の原因がいくら語り掛けた所で今は無意味である。おまけに内容は雫に寄り添った物でもない。

 

 その時、部屋のドアが再び開き、光輝を無理矢理連れ出そうとする人物が現れた。

 

「龍太郎……?」

「すまねえ雫。本当にすまねえ。お前の傷を癒してやれなくて、そんなお前に寄りかかっちまって、いくら謝っても足りねえくらいだ。だから、せめて俺はお前から苦痛の原因を取り除く」

「お、おい龍太郎! 放せ! 俺は雫を……」

 

 光輝が言い終わる前に龍太郎が締め技で光輝の意識を刈り取る。そしてそのまま部屋の外に連れて行った。

 

 

 

 

 

 その夜、雫と紅はホルアドを抜け出していた。メルドに脱走を提案されたのである。

 

「正直、お前が此処にいるのはリスクしかない」

 

 メルドはそう言った。雫にとっての苦痛はクラスメイト達の中にいる限り解消される事は無い。それに、中世における精神病者の待遇は現代ほど良くは無い。

 

「幸い、お前一人なら逃がす手立てはある。この地図に従って出来る限り遠くに逃げるんだ」

 

 ステータスプレートは無くしたとでも言えば再発行はしてもらえる。雫と紅は格好からして別人なのだから、身元が露見する可能性は低いだろうとの事だった。

 

 そして、メルドと恵里、鈴、遠藤の協力の元、雫と紅は逃げ出した。一度雫になってお礼を言った後、ハジメの作った刀、黒ノ誓約を持って地図に従って進んでいく。

 

「一応友達いたのね、貴女」

『ええ、彼らだけは私を受け入れてくれたわ。沢山嫌味と言うか、酷い事も言っちゃったけど……』

「傷ついてる様子無かったけれど。特に恵里? はなんか面白い物を見るような目つきしてたわよ」

『恵里はもう……ああいう子だから』

 

 雫と紅は一つの身体の中で会話をする。雫はもう一つの人格が自分の中に現れた時、本気で恐怖したし、混乱した。だが、紅は敵ではなく、むしろ雫を助けようとする存在だったのだ。

 

『私は紅。貴女の誇らしき盾』

 

 そう言われた時の頼もしさは、雫が今までに経験したことの無いものだった。香織は親友だし、恵里や鈴、優花はやり方はどうあれ自分に寄り添ってはくれた。しかし、誰も紅の代わりにはならないと、雫は確信する。

 

「っ―――!」

 

 雫が脱走劇を思い出していると、世闇に紛れて攻撃が飛んでくる。追手かと警戒するが、攻撃の主はバイクに乗った機械生命体『シュタイフ』だった。運悪く、野良の敵に遭遇してしまったようである。

 

「いや、これは逆にチャンスよ。上手くやれば移動手段が手に入るわ」

 

 刀を構える紅が言う。いくら召喚された神の使徒とは言え、徒歩では限界が有るのだ。シュタイフのバイクを奪えれば、この状況は一気に好転する。

 

『紅! 来るわ!』

 

 雫が紅に注意を飛ばす。背後から現れたシュタイフが紅を轢き殺そうと猛スピードで突っ込んできたのだ。間一髪ローリングで躱す紅。シュタイフが追撃ばかりに銃を撃ってくるが、それも刀で弾く。

 

 その間、雫は紅のアシストをするように詠唱をしていた。詠唱はあくまで魔力を込めるための行為。ならば、自分の中のもう一人の人格が唱えてもいいだろう。

 

「〝深紅・繚乱〟!」

 

 そして、紅がその詠唱によって繰り出される剣技型の魔法をシュタイフにぶつける。相手が向かってくるのだからこちらは待ち構えて迎撃すればいい。そういう発想の元繰り出される疾走居合。シュタイフの本体に傷がつき、紅とお互いに背後に回る。

 

「〝深紅・刀光波〟!」

 

 そして、すれ違いざまに紅が剣波を飛ばす。これも事前に雫が詠唱していたものだ。飛ばされた斬撃はシュタイフの頭部を切り落とした。二重人格者の息のあった闘い方により、本来であれば強敵である存在を撃破出来たのだ。

 

『……案外脆かったわね。今まで闘ってきた印象からしてシュタイフって強敵の類なのだけど』

「道場で散々剣道を習ったじゃない。時には一人で立ち向かった方が効率がいい事だってあるわよ」

『そ、そうね。紅』

 

 紅はシュタイフの身体を放り出してバイクに跨る。本来ならば残骸は処理していった方がいいのかもしれないし、持っていけば何かの役に立つかもしれない。だが、今はそんな時間は無い。

 

「さっさとこれに乗って逃げるわよ」

『え!? でも、私バイクに乗った事無いわよ! 免許も無いし……』

「ここは異世界! そしてこういうのはノリと勢い!」

 

 紅はそう言うと、アクセルを吹かして走り出してしまった。どうやら雫の中に朧げにあるバイクについての知識を使って運転しているらしい。

 

「……私が言うのも何だけど、貴女なんでこんな事知ってるのよ」

『一時期通学用に免許取ろうかと思ってた時があったのよ。結局は電車通学になったけどね』

 

 紅は少し意外だった。可愛い物が好きな雫だから、バイクに乗るという発想など無いと思っていたのだ。

 

『別に可愛い物が好きとは言っても、かっこいい物が嫌いなわけじゃないわ。移動手段としてバイクに乗るくらいの事は考えるわよ』

「確かに、それもそうね(コイツの記憶の中はぬいぐるみだらけだけど)」

 

 紅が雫の言説に一応は納得していると、背後で揺れが起きる。

 

『何!?』

「敵襲よ!」

 

 バイクに乗る紅の後ろから戦車のような機械生命体『ブリーゼ』が迫って来る。その横からは複数のシュタイフが射撃や体当たりを仕掛けようとしていた。

 

「ね? バイクに乗ってて良かったでしょ?」

『確かに、徒歩で逃げ切るのは難しいわね……』

 

 紅が弾丸を躱して、近づいてくるシュタイフに逆に体当たりして刀で切り落としながら軽口を叩く。シュタイフは耐久力こそ低いが、その分敏捷性は高い。いくらステータスが高くとも、人間の足で逃げ切るのは困難だ。

 

 そう、今回の目的は敵の殲滅ではなくあくまで逃走だ。ブリーゼは本来、ベヒモスと同程度の脅威度を誇る機械生命体であり、何故地上にいるのか分からないが、要は逃げ切ればいいのである。

 

『思ったより今の人間族の状況ってマズいのかしら……』

「そういうのは逃げ切ってから考えればいいの! はい、詠唱!」

 

 雫が詠唱をし、遠くから自分を狙うシュタイフに〝深紅・刀光波〟をぶつける。その後、ブリーゼがエネルギー弾を放ってきたが、邪魔な物だけを切り、スピードを落とさずに夜道を走り抜ける。

 

『紅、気を付けて! アイツがレーザーを放とうとしているわ!』

「見れば分かるわ」

 

 バイクにはご丁寧にサイドミラーがついており、それを見ると確かにブリーゼがレーザーを放とうとしている。

 

「ちょっと道変えるわよ!」

『ちょっと、そっちの橋は壊れてるって地図に!』

 

 だが、紅は止まるどころか更にスピードを上げ、壊れた橋を飛び越えてしまった。

 

『私、ハリウッドに出れちゃう……』

 

 誰かこの剣道少女をハリウッドに連れていけ。

 

 さて、ブリーゼは流石に急な方向転換は出来ないのか、背後から追ってくる様子は無い。だが、シュタイフの残党は未だに二人を追っていた。

 

「しつこいわね……」

『ふふふ』

「何笑ってんのよ。気でも触れたの?」

『そうかも。だって、光輝達と一緒にいるより命がけのカーチェイスの方が楽しいなんて、絶対に馬鹿げてるもの』

 

 紅は何も言わなかった。全くもって、その通りだと思ってしまったから。

 

「ねえ、地図の内容覚えてる?」

『これでも記憶力には少し自信が有るの』

「じゃあ、ナビお願いね」

『よし、次はブルックで銀行強盗よ!』

「こらこら」

 

 不実で不毛な自由へ、無限で無謀な明日への、盗んだバイクでの疾走。状況は今の方が危機的なのにも関わらず、二人で一人の少女は笑っていた。

 




 まさかの雫さんが二重人格になった上、バイクを乗り回しております。この展開を予想できた人は絶対いない(自画自賛)。二人組というのもあってボニー&クライドっぽさもある(俺らに明日は無い)。ウチの優花辺りは好きそう。

 ハジメsideをどう進めようか迷ってる間に周りの状況整理だけしようと思ったら、こうなってました。

備忘録

八重樫紅:極度のストレスによって生まれた雫の第二の人格。性格はパニグレのアルファを元にしている。バイクを乗り回すのもアルファの特徴。

誇らしき盾:矛らしき盾。雫に足りなかった攻撃性を以て彼女の盾となる。

シュタイフ、ブリーゼ:原作にてハジメが作ったアーティファクト。前者はバイク、後者は車。

深紅・繚乱、刀光波:パニグレのアルファの技。

誰かこの剣道少女をハリウッドに連れていけ:百姓貴族より。

盗んだバイクで:皆さんご存じ尾崎豊さんの『15の夜』より。

銀行強盗:ボニー&クライド


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

停戦シタ人形タチ

注意:急遽ストーリーを変更したので、つなぎ方がやや雑です。


「どうして止めるんだ! 今攻撃すりゃアイツ等を滅ぼせるってのに!」

 

 森の古城にて、香織に致命の一撃を与えた亜人の昇格者が叫ぶ。相手は彼女らが『刑死者』と呼ぶ存在。機械教会の幹部であった。

 

「兵力が足りないからです。フェアベルゲンはともかく、護衛たる昇格者の一団は脅威。現在の戦力で相対すれば敗北するのはこちらです」

 

 昇格者はその言葉に唇を噛む。香織への一撃はたまたま奇襲が成功したから善戦できただけで、正面から挑めば敗北する事は自分でも分かっているのだ。おまけにロックは自分達の手を離れ、機械教会から送り込まれた援軍であるオーダー・ネメシアは機能停止に追い込まれている。

 

 更に言えば、外部の魔物や機械生命体の脅威に曝されている事は『刑死者』の一団とて変わらないのだ。仮にフェアベルゲンやハジメ達との戦いに勝利したとしても、間髪入れずに自分達の滅亡が確定してしまう。

 

「私とて、闘う事を諦めたわけではありません。今は……待つのです」

 

 『刑死者』は静かに、そう発した。

 

 

 

 

 

 

 ハジメ達は樹海を抜け、他の大迷宮を目指す前に色々と準備をしようと街を目指していた。

 

「何だったのかしらね。アレ」

 

 と呟くのは優花だ。神の使徒の残骸と思われる物と闘った後、ハジメ達は霧に誘導され城のような場所に辿り着いた。しかし、遠目にその姿を確認した瞬間に再び霧によって弾き出されてしまったのだ。

 

「敵も一枚岩ではないという事でしょうか? あそこまで好戦的な態度を取っていたことを考えると、自発的に停戦したとは考えづらい……より上位の権限を持つ者による強制操作と考えるのが自然でしょう」

 

 ハジメ達としても後顧の憂いは断っておきたいため再びアクセスを試みたのだが、それは失敗に終わった。

 

「私達がいなくなった後に侵攻するつもりだったのかな?」

 

 勿論香織の言う可能性も考えなかったわけではない。故にパスカルやアルフレリックに話を通し、守りをより強固にしてから出てきたわけだが。なお、機械生命体の村に施したのと同じような防壁をフェアベルゲンにも作ったのだが、反対する長老達をアルフレリックがなんとか説得した結果である。

 

「我が奴らに囚われていた時、それほど強大な戦力を有していたようには思えなかった。無論、あの機械でない亜人共にとっては脅威だろうがな」

「つまり、兵力が底をついたために停戦したと?」

「そういうことだ。我を失い、オーダーとやらも機能停止状態。更にはドンナーとシュラークとやらいう奴らも半殺しにしたのだろう? お前達の攻撃に対抗できる戦力は他に思いつかんな」

 

 ロックの意見に全員が頷く。それならばいきなり攻撃を止めた理由も頷ける。しかし、ハジメの顔はより険しくなった。

 

「だとしたらより危険ですね。次はより強力な戦力を率いて強襲してくる可能性が高い」

 

 そういう事だ。準備にどれ程の時間がかかるか不明だが、それが出来るとなるとかなり危険である。ただ、現状手出しができないのも事実。故に放置するしかなかった。

 

「一応可能な限りの防御策は講じましたので、今すぐどうこうなるとは思いませんがね……我々もまた、困難な戦局に立たされているようだ」

「………」

 

 ハジメの表情が険しくなり、誰もが黙る。まるで美しき死神の冷酷さを体現したかのような表情であった。

 

「最適解が必要ですね。敵対者は徹底的に潰し、殺す。仮令僕が、冬の魔女となり果てようとも」

 

 高校生になったばかりの頃に香織と話した思い出を交えながらハジメは話す。当時は優花の件もあって、冬の魔女のようにはならないように生きようとしていたが、この世界ではそれは通じない。

 

 そしてシアを一瞬見て、言葉を続けた。

 

「次に会敵したら、逃がしはしませんよ。ゲーム理論において、攻撃してきた相手に対しては徹底反撃する事が理論最適解とされています。このケースでの譲歩は愚策中の愚策と言っていい」

 

 在りし日のラングランスのような事を言うハジメ。代行者となった者同士、思考回路に通ずる部分があるようだ。

 

 シアの方を見たのは、この闘いがシアにとって辛いものになる事を予見したからだろう。亜人を取り巻く闇に向き合う事になるだろうから。しかし、シアは毅然とした態度で返した。

 

「侮らないでください。優花さんに聞きましたが、ハジメさんは『悪魔』なのでしょう? ならば、私の願いと引き換えに私の魂を手に入れたはずです。貴方を裏切る事など、あり得ません」

 

 シアの言葉を皮切りに、仲間達は口々に決意を顕にする。

 

「……私はハジメから離れない。貴方が私を殺すまで」

「私もシアと同じよ。貴方に魂を捧げたわ」

「飯と寝床さえ用意してくれれば文句は無い。だが、同じ条件ならお前の元へ駆けつけるだろう」

「私は、マスターの随行支援ユニット。離反する事は、あり得ない」

 

 五人の後、香織がその遺志を継ぐように話す。

 

「正直、コンダクターがこの世界に来てから冷酷になったのは、少し私の中で引っかかってはいたの。お婆さんと子供を助けた君の優しさも好きだったから」

 

 だが、香織は悲しそうな表情から凛とした表情に変える。それはハムレットの変貌に絶望せず、狂死しなかったオフィーリアのように。

 

「でも、神の国に憧れた自己犠牲で君が殺されるのは、何を差し置いても許し難いの。君のためなら、君のコンサート・ミストレスとなれるなら、私は嵐にもなる」

 

 仮にハジメが己の生命以上に優しさを優先するなら、それは自殺だ。いつかの樹海で、自分の頭を銃撃した時と変わらない。香織にとって、それは裏切りだ。大罪だ。

 

 彼女らの言葉にハジメは深く頷き、目的地へと身体を向けた。

 

「まずは焦らず、しかし確実に戦力を増やしていきましょう。我々が、自らの意思で呼吸が出来るように」

 

 

 

 

 

 

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「あれがブルックの町かな? ターミナルが言ってた」

「天人五衰の代行者の一角である(ティオ)さんの傘下に入ったそうで、我々の話は既に通してあるそうです」

「裏から支配してるって感じなんですかねえ……て、それならこの首輪は要らないでしょう! 外してください!」

 

 シアが自分の首を指差しながら憤慨した様子でハジメに詰め寄る。それもそのはず、シアの首には明らかに奴隷用と分かる首輪がはめられていたのだ。

 

「残念ながら無理です。鍵は捨てましたから」

「はあ!?」

「解毒剤も」

「毒まで盛られてるんですか!?」

「まあ、両方嘘なんですけど」

「なるほど、戦争がお望みのようですね」

 

 シアが白ノ約定を片手に殴りかかろうとした所をユエ、ロック、ミュオソティスが必死に止めている。「止めないでくださいお三方! コイツは一回間伐材と同じ目に合わせてやらなきゃいけません!」と猛るシアは既に三人がかりで止めなければならない程に成長している。

 

「まあ、首輪を外す事に関しては考えなかったわけでもないのですがね……」

 

 流石にシアが不憫すぎると思ったのか、香織と優花にしっかりと窘められた後にハジメが口を開く。耳鳴りが酷いのか頭を傾けていたが。

 

 話の流れが変わった事を感知したのかシアの動きが止まったところで話を続ける。実は首輪をつける理由は事前に説明されていた。奴隷がらみのトラブル除けのためと。

 シアは白髪の兎人族であり、それだけで稀少価値が高い。更には優れた容姿に戦闘力、未来視という固有魔法まで持っている。奴隷としての価値は驚くほど高い。

 

「ブルックの町は九龍衆が一枚かんでいるのはその通りなのでしょう。しかし、公的にハイリヒ王国から独立したわけではないのです」

「あ……」

「そういう事ですよ。いくら味方が運営に関わっているからと言って、ハイリヒ王国の法は適用されます。誰かの所有物という証をつけておかないと……」

「人攫いの雨霰ですね……」

「しなかはりたるうきわざに、をとづれとては小夜嵐ってわけです。勧進帳でも持っていれば良かったのですが」

 

 井原西鶴の浄瑠璃『凱陣八島』を例えに締めくくるハジメ。言うなれば頼朝から逃げる義経の立場なので間違ってはいない。トータス出身であるシアにはよく分からない例えだったが、香織が説明すると合点がいったようであった。

 

「はあ……まあ、魂を捧げると言った手前、これ以上は言いませんよ。ハジメさん達もステータスプレートを偽装しているようですし」

 

 ブルックの町が味方の傘下に入っているとはいえ、クラスメイトその他に対する情報漏洩は別問題だ。そのため、ステータスプレートは適度に偽造してある。具体的には名前と数値を多少弄ってあるのだ。

 

 今表示されている名前はハジメがゲーテ、香織がシャルル、優花がマーガレットとなっている。なお、原典と違い支援体制が充実しているため、ユエ、シア、ミュオソティスのステータスプレートは既に用意してある。ロックはペット扱いとなり、普通の生き物に見えるよう偽装が為されている。

 

「面倒だけれど他にやりようも無いのよね。繁華街這うレッドアイ共の莫迦な行動力は侮れないわ」

「歌舞伎町にでも通ってたの? 優花ちゃん」

 

 優花がわざわざレッドアイと言ったのは羽目を外すのが酔っ払いに限らないからだろう。

 

 と、色々と準備をした後で遂に町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメ達は、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「主目的は食料の補給です。王国内を浪々としておりまして」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメ達のステータスプレートをチェックする。その際、香織の顔を一瞬凝視したが、右眼の花は偽装してあるので単純に美貌に見惚れただけだろう。

 

「まあ、問題は無いな。通っていいぞ。にしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? アンタって意外に金持ち?」

「それほどでも。六人と一匹の旅費程度はありますが……ところで、素材の換金は何処で出来るか聞いても? 手に入れたは良いのですが、使い道が無くて」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「ご親切にどうも」

 

 門番から情報を得て、ハジメ達は門をくぐり町へと入っていく。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

「とても不本意ながら、効果はあったようですね……」

 

 シアが街の喧騒などどうでも良いと言うように不満顔をする。やはり対等な仲間として扱われた後に、奴隷と思われるのは心情的に嫌だったらしい。しかし、ステータスプレートを偽装していたとはいえ、門番はハジメ達に対して特別思う事は無いようだった。やはり、九龍衆の息がかかっているとは言っても末端の職員までは話が伝わっていないのだろう。

 

 と、不満顔のシアにユエが声を掛ける。

 

「……有象無象の評価なんてどうでもいい」

「ユエさん?」

「……大切な事は、大切な人が知っていてくれれば十分。……違う?」

「………………そう、そうですね。そうですよね」

 

 嘗て政治に関わっていたユエだからこその言葉。デボルとポポルも言っていたように、万人からの評価を無理に得ようとした政治家が上手くいった試しはない。その昔、大衆の声を聞き、大衆のために力を振るった吸血姫。裏切りの果てに至った新たな答えは、例え言葉少なでも確かな重みがあった。

 

 そして、香織もその言葉に続ける。

 

「うん、シアの気持ちも分かるけど、やっぱり今はどうしようもないよ。泥黎(ないり)に落ちてしまったら、嘆き歌(ラメント)すら聞こえなくなってしまうもの。私がセイレーンとなった時のように……」

「か……シャルルさん……」

 

 重ねて香織からも説得され、シアは納得した。蒼い月や青藍の空すら見えなくなるのは、耐えがたい。

 

「まあ、いざとなっても見捨てはしませんよ。敵対者には徹底反撃。それが理論最適解ですから」

「他に言う事無かったのアンタ」

 

 街に入る前にも言っていた理論をこの場でも言うハジメに優花が呆れた視線を送る。しかし、シアにとっては充分だったようで顔を綻ばせていた。

 




原作と違って天人五衰が色々と動いているので辻褄合わせが大変です。楽しいですけど。過去話と見比べながら書いています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

演奏スル人形タチ

なんか書きあがったので投稿します。


 冒険者ギルド。もしくは単にギルドとも呼ばれるそれは、西洋モチーフのファンタジー世界なら必ずと言っていいほど定番の施設だ。それはこのトータスでも例外ではないようである。

 

 昨今出回る小説において、ギルドとは荒くれ者の集まりというイメージがある程度横行しているのだが、ブルックのギルドは想像よりも小綺麗な施設であった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。酔っ払いたいなら酒場に行けということだろう。

 

 ハジメ達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ珍しい集団という事で注目されていたが、徐々にハジメの周りの女性陣に視線が向く。そして、女性冒険者の拳からと思われる殴打音が聞こえてきた。香織や優花が歌でも歌おうものなら元ネタ通りのセイレーンとなれそうである。

 

 こういう時はちょっかいを掛けてくるのも定番だが、そう言う事も無い。足止めされないのは幸いである。

 

「おや、珍しいね。大抵の男は美人の受付じゃなくてガッカリするんだけど」

「既に愛も哀も余さず注がれてますからね。双眸(そうぼう)(もと)れば待ち受けるは、頭蓋に咲き散る少女地獄……」

「若いのに随分と渋い言い回しをするねえ……」

 

 受付には恰幅の良い中年女性が出迎えた。彼女の話によれば、美人な受付を期待して落胆する男が多いらしい。どうやらそれは本当のようで、「珍しく説教されてない」という空気が流れてきた。中には「え!? アイツ男だったの!?」という困惑も混じっているようだが。

 

「というか、初見で僕の事を男だって分かるんですね」

「年の功ってヤツさ。随分と苦労してるみたいだけど」

「まあ、向けられるやっかみは多少減るかもしれませんが」

 

 ハジメの冗談に中年女性は笑って返した。実際、このギルドにはアウトローな連中もいるのだが、治安が保たれているのは偏に目の前の女性の手腕に依るものだった。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルドブルック支部へようこそ。ご用件はなんだい?」

「素材の買取りを」

「素材の買取りだね。じゃあ、まずはステータスプレートを出してくれるかい?」

「ほう?」

 

 怪しい筋からの品を買い取らないための措置だろうか? そんな疑問を持ちながらハジメが問い返すと、女性も「おや?」という表情になった。

 

「アンタ等冒険者じゃなかったのかい? まあ、楽器持ってるし楽団みたいだけれど。確かに買取りにステータスプレートは不要だけどね。冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ。全く戦えないってわけじゃなさそうだし、どうだい?」

「なるほど」

 

 ついでに、冒険者になれば様々な特典も付いてくる。生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が取ってくるものがほとんどだ。町の外はいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然だった。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

 

 ルタとは、この世界トータスの北大陸共通の通貨だ。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜることで異なった色の鉱石ができ、それに特殊な方法で刻印したものが使われている。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。驚いたことに貨幣価値は日本と同じだ。

 

「そうですね……では登録しておきましょう。千ルタでしたっけ?」

「そうだよ」

 

 戻って来た六人分のステータスプレートには新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ……というのはやや穿ち過ぎであろうか。

 

 いずれにせよ、如何な籌策(ちゅうさく)があったかは知らぬが、かなり捻くれたシステムであることは間違いない。因みに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だそうだ。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

 

 ついでに女性がハジメに一枚の紙を差し出してきた。書かれている内容は、

 

(アンタ達の事は上層部から聞いてるよ。何か困った事が有ったら私に相談しな)

 

 であった。九龍衆の手が入っているというのは本当らしい。筆談にしたのは、ここに集う冒険者には外部の者も混じっているからだろう。どうやら天職欄にあった〝数学者〟の表記が判別の決め手であったらしい。やはり数学者は自分の他にはいないのか、と思いながらハジメは言葉と筆談の両方に答える。

 

「ええ、そうさせていただきましょう。下人の行方は誰も知らない、などという事にならないように……」

「何かのフレーズなのかい? それは」

「まあ、無鉄砲な若者の末路と言った所です。それで、買取りは此処で宜しいのでしょうか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 人里に来ても通常営業なハジメに、ハイスペックな女性が動じずに話を進めた。一ルタ程度の価値しかないらしい下人一歩手前のハジメは、あらかじめ〝宝物庫〟から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、再びオバチャンが驚愕の表情をする。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

「やはり珍しいのですか?」

「珍しいし良質なものが多いね。樹海は人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

 女性はチラリとシアを見る。おそらく、シアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。それから女性は、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額だ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いえ、十分ですよ」

 

 ハジメは五十一枚のルタ通貨を受け取る。この貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。もっとも、例え邪魔でも、ハジメには〝宝物庫〟があるので問題はない。渡る世間は鬼ばかりと思っていたが、ブルックの入り口を羅生門にせずに済んだようである。

 

「所で、門番の彼からこの町の簡易的な地図を貰えると聞いたのですが」

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。ハジメは数学者であるために、有効的に配置された要素を演算して更に驚いている。

 

「凄まじいですね……これだけで一生食べていけそうだ」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

「NP問題の考証に使えるかも……」

「変な計算始めないでコンダクター」

 

 思わずハジメが意識を明後日の方向に飛ばすくらいに女性の優秀さが半端ではない。何故辺境で受付などやっているのだろう。

 

「そうですか。助かります」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その面子ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 最後まで女性は良い人で気配り上手であった。ハジメはそれにお礼を言う。

 

「何から何までありがとうございます。そのついでと言っては何ですが……」

「ん? どうしたんだい?」

「そこに置いてある楽器は演奏しても構わないのでしょうか? 先程から仲間が気になっているようでして」

 

 ハジメが指したのはギルドの一角に安置されているオルガンのような物だった。無論、気になっているのは優花である。

 

「ああ、クラヴィーアの事かい? あたしが来る前からそこにずっとあるんだけど、中々弾ける人間がいなくてね。別に弾けるなら弾いても構わないよ」

「ですって。折角ですから弾いていけばいいのでは?」

 

 クラヴィーアとは地球におけるピアノのような楽器である。どうやらチェンバロのような機構ではなく、現代の地球でよく知られた打弦楽器の物のようだ。そんなものが壊されもせずに配置されているあたり、かなり治安がいい事が伺える。

 

 女性の言葉を聞いた優花は少し何かを考えたが、結局弾くことにしたらしい。おそらく目立つリスクと天秤にかけたのだろうが、音楽の一つも奏でられないというのでは悲惨で無常に過ぎる旅路という物だろう。

 

「私もベースで参加しようかな。ワルドマイスター持ってるし」

 

 香織も優花の近くで楽器を取り出す。あまり特殊なアーティファクトは衆目に晒さない事にしているが、弦楽器自体はトータスにもあるので問題ないだろう。

 

 ピアニストとチェリストは息を合わせて演奏を始める。最初のグリッサンド奏法で場の空気を掌握した優花は、ジャズ特有のリズム感で聴衆を乗せる事に成功する。アップテンポで跳ねるようなリズム、さらには適度なアクセントで刺激を加える事も忘れない。

 

「何と言うか……凄い子達を連れてるねえ。一瞬でギルドが演奏に飲み込まれちゃったよ」

 

 受付の女性も流石に驚いたようだ。中世ヨーロッパに近いトータスで、ジャズなど存在しないのも要員であろう。だが、ハジメはいくら目立とうとも彼女達の演奏を止める気は無かった。音楽はハジメ達を人間たらしめる重要なピースなのだから。

 

「格好いいでしょう? 耳は勿論、目も離しちゃ駄目ですよ」

 

 ハジメはカウンターに寄りかかりながら彼女達の演奏を聞く。

 

 今演奏している曲は『アイ・オープナー』。「運命の出会い」という言葉が添えられたカクテルの名を冠する、優花が作曲したオリジナルだ。目覚めの一杯を意味する、パンチの効いたカクテル。目の覚めるような曲調にぴったりの名前だ。

 

 一曲目が終わり、演奏が止んだことで「今回はお開きか?」と不安になる観客たち。しかし、演奏者達のテロ行為はまだ続く。たとえ地球人の異世界に対する反抗心が生み出した音楽であれ、人を魅了するには充分すぎるものだった。

 

 二曲目は香織の優しいピチカートから始まった。指で弦を弾き、その短い音はしかし空気を揺らしていく。余韻すらもコントロールされた、天上の音であった。

 

 曲の名前は『ブルーラグーン』。比較的手軽なレシピであるためにポピュラーなカクテルでもある。青の湖という名前の通り、見た目も美しい。『アイ・オープナー』とは打って変わってスローテンポの曲だが、綿密にコントロールされたピチカートと、湖のさざ波のようなゆったりとしたピアノのアルペジオが観客の耳を飽きさせない。

 

 さて、名残惜しいが最後の曲だ。いつまでも油を売っているわけにはいかないし、冗長に過ぎる演奏会は敬遠される。このくらいの長さがちょうどいい。

 

 最後の曲は『スコーピオン』。ハワイ生まれの「サソリ」の名を持つカクテルの由来は、飲みやすいためについ飲み過ぎてしまうから。この曲だけはジャズというよりもタンゴに近いリズム感で構成されている。それもそのはず、優花は『リベルタンゴ』から着想を得てこの曲を作ったらしい。やや激しめの曲調は直前のゆったりとした空気を破壊し、興味を失いつつあった一部の観客の目を強制的に覚ますに至った。

 カクテル言葉は『瞳で酔わせて』。非意図的ではあるが、類稀なる容姿で魅了し、実力も充分に示した演奏者達に相応しい選曲であろう。

 

「アンタ……結構鉄面皮だと思ってたけど、意外と表情豊かだよね」

「そりゃあね。こういう時くらいは素直に楽しみますよ」

 

 ネガティブにポジティブなハジメではあるが、恋人と芸術を愛する心は本物であった。

 

 

 

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

 そう言って冒険者ギルドから出てきたハジメ達。万雷の拍手と、演奏に酔わされた観客たちの視線を背後に、地図を見ながら宿を吟味していた。

 

「今更だけど、演奏会を許可するとは思ってなかったわ。目立つのは得策ではないでしょうに」

「別に……大した考えがあるわけではありませんよ。こういうことくらいしておかないと、我々が此処に集ったという事象が、消えてなくなる気がしたんです」

 

 親しい人を殺さなければならなかった少年の、優花の問いに対する答えは学者らしからぬ抽象的な言葉であった。だが、黒の時代を経験したハジメの言葉は盲言とは片付けられない真に迫ったものがあった。

 




他の作者様が仰っていたのですが、主人公だからって常に正しい行動がとれるわけではありません。今回なら演奏会。「ジャズみたいな曲を弾いてた」とクラスメイトに伝わったら情報漏洩になります。しかし、これは必要な数値です。

備忘録

下人の行方は誰も知らない:いわずもがな、羅生門。

クラヴィーア:名前の由来はピアノのドイツ語をカタカナ表記したもの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遊歩スル人形タチ

へんなひとが出てきます。


「いやー、纏まった金銭が手に入って良かったです」

 

 カバンの中のルタ通貨を撫でながらホクホク顔でブルックの町を歩くハジメ。その満面の笑みは仲間や恋人がちょっと引くレベルだ。

 

「どうしたのゲーテ? どこかに頭ぶつけたの?」

「……シャルルに音波治療してもらう?」

「ハ……ゲーテさんってこんな顔する人でしたっけ……何かに取り憑かれてるんじゃ」

「アンタ方どれだけ僕に捻くれたイメージ持ってるんですか」

 

 偽名で会話する中で、ハジメが心外だと言う顔をするが、それでも「いや、ねえ……」という顔を崩さない仲間達。ハジメは溜息を吐きながら理由を話す。

 

「何の事はありませんよ。地球で画家をしているとき、そして召喚されたばかりで研究費の工面に苦労した時に思ったのです」

「……何を思った?」

「お金って最っ高……」

 

 女性陣が一斉に距離を取った。全員の表情にもれなく「ドン引きです」と書いてある。魔物ゆえに金銭を重要視していないロックと、人の感情の機微に疎いミュオソティスは特に何のリアクションもしていないが。

 

「恋人から聞きたくないセリフ上位に入るよ、コンダクター……」

「お三方、特にシャルルさん。やっぱりこの人はやめた方がいいんじゃ……何かトラブルが起きたらお金で擦り寄ってきますよぉ」

「いや、まあ、最終手段としてはあるかもしれませんけど……」

 

 シアが妙にリアリティのある尾鰭の付け方をする。しかも、ハジメが部分的にとはいえ肯定してしまったため、優花などはあからさまに侮蔑の表情をしている。しかし、香織が放った言葉で空気が変わった。

 

「言っておくけど、お金で許す人は端から相手の事を金ヅルとしてしか見てないと思うんだ。愛も怒りも偽りだよ」

「素敵な笑顔でなんてことを言うんですか、このコンサート・ミストレスは。流石にそれは極論ってモンでしょ」

「悪いけど、私もシャルルの意見に賛成だわ。別に私達ビジネスパートナーじゃないもの。利害を無視して恋人同士になったのに、ここにきてお金でご機嫌取りなんて……ハッキリ言って色々と冷めるわよ」

「……ん。政略結婚でもないのにそんな方法で解決されるのは嫌。安く見られてる気がする」

「あ、はい、ごめんなさい」

 

 恋人達から集中攻撃を喰らったハジメはすごすごと引き下がる。とはいえ、言ってること自体は至極真っ当であるため反論できない。宝石を作れる錬成師のアドバンテージを真っ向から潰されたが、そんなもんに頼るなと彼女達は言いたいのだろう。

 

「まあ色々と言ったけど、切実な問題ではあるわよね。素材が高く売れなかったらどうするつもりだったの?」

「機械化してから無駄に良くなった顔で商売すれば良いんじゃない? ……あ、ごめんね。やっぱりなしで」

「おっふ言葉の棘が凄い」

 

 ハジメは思い出した。怒った時の香織は容赦が無い。とはいえ、自分で言った光景を想像して嫌悪感がこみあげてきたのか、すぐに却下した。

 

「で、どうするつもりだったのよ」

「まあ、支援金自体は有ったので暫くはそれでどうにかするつもりでした。いざとなれば荒稼ぎする方法はありますし」

「冒険者になって依頼を片っ端からこなすとかですか? 確かにハジメさんの強さなら荒稼ぎできそうですけど……」

「もっと楽な方法ですよ」

 

 ハジメの含みのある笑顔を見て、香織と優花は合点がいった顔をする。

 

「またシャッハ(トータス版チェス)で賭けるつもりだったんだ」

「そう言えばやってたわね、清水と。育ちのいい画家が随分な方法を知ってるものだと思ったけど」

 

 当時は必要だから仕方が無いとは言え、恋人がギャンブルに手を出しているのは中々に複雑な気分だった香織。「殺す」だのなんだの言っている時に反対しなかった立場で言っても説得力はないかもしれないが、心情的に嫌である。

 

「とはいえ、アレを思いついたのは僕じゃないんですよね……」

「へえ、じゃあ誰よ」

「リリアーナ殿下です」

 

 香織と優花の顔が引き攣る。何故ならリリアーナは香織と優花も知っていたから。あのTHE お姫様みたいな見た目をした彼女がそんな事情に精通していたとは、という顔である。ハジメと清水も提案された時には同じ事を思ったので、彼女達の気持ちは非常によく分かる。

 

 そして、地球出身の三人は思い出した。リリアーナにお茶会とやらに誘われた時に行われたトランプゲームを。特に女子二人は女子会のようなノリで関わる機会も多かったのでより顕著である。本人は嗜み程度と言っていたが、どう考えてもそんなレベルではないカード捌きだった。

 

「リリアーナさんって、確かこの国のお姫様って言ってましたよね……」

「……ん。ついでに言えば最年少の『代行者』でもある。やっぱり一癖も二癖もあるみたい」

 

 シアとユエもハジメ達の様子から、リリアーナなる人物は一筋縄ではいかないという事を察知したらしい。

 

「そういえば、私の天職って『投術師』だけど、リリィからアドバイスされて強くなったのよね。本当に何者なのかしら、あの子」

「王侯貴族の闇を見た気がするね……」

「というか、ザミエルの原案を考えたのも彼女なんですよね。言われてみれば、まるでカジノで使うチップのような……」

 

 リリアーナ王女の天職が『賭博師』説が持ち上がった所で、とりあえずこの話題は打ち切られた。別に趣味は人それぞれだ。他人である自分達がああだこうだと言うべきではない。そもそもトータスにカジノがあるわけでもなし……

 

「まあ、リリアーナ殿下はともかく、お金の良い所は汎用性が高い割に大して大切に思えないという点ですね」

「それはどういう……」

「大切に思っていたら服を買うのに使おうとは思わないでしょう」

 

 ハジメが指を指した先には服屋があった。もはや地図というよりガイドブックと称すべきギルドの受付の女性が作ったそれを見て決めた店であり、ある程度の普段着もまとめて買えるという点が実に有難い。品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店である。

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 ……店主はかなり強烈であったが。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。オマケにかなり露出度の高い服装だ。ハジメは画家としての仕事柄、変人は見慣れているので大してリアクションは無かったが、女性陣は固まっていた。

 

「て、あらぁ? 貴方達、(ティオ)が言っていた子達ねん」

 

 これは困った。ごく普通ではない変態だ。どうやら廷の息のかかった人物らしい。ハジメは少しだけ服を整えて用件を伝える。

 

彼女(シア)の服を見繕って頂けないでしょうか」

「任せてぇ~ん。ウチの服はリリアーナ殿下だってご満足いただけたんだからぁ」

「なんでこの流れで普通に会話できるのかしら……」

「さあ……変人同士気が合うんじゃない?」

「というかリリィ、ここに来たことあるんだ……」

 

 ハジメの後ろで優花とユエが若干失礼な会話を小声で繰り広げていると、へたれこんだままのシアを店主が担いで店の奥に連れて行った。シアの顔はまるで食料用に売られていく家畜のようであったが。

 

 と、ロックとミュオソティスは店の外に視線を向けている。

 

「どうしました?」

「店の外に不審な反応を検知。予想:何者かによる監視」

「俺も感じた。ここに来るまでも町の住民とは違う匂いがした気がしたのだが、どうやら期のせいというわけではなかったらしい」

「なるほど、では正体を確かめてきてください。ただし、慎重に」

「「了解」」

 

 ロックとミュオソティスは不審反応と匂いを辿って店の裏の路地に入り込む。が、途中で匂いが途絶えてしまった。敵の気配は無いが、警戒して辺りを見回すと場違いな物が目に入る。それは壁に貼り付けられたトランプカードであった。

余談だが、トータスのトランプは地球とほぼデザインは変わらない。番号は1から13まで存在し、ハート、クラブ、スペード、ダイヤといったスートも地球と同じである。

 

「なんだ? これは」

「推測:トランプと呼ばれるカード」

「なぜこんな所にある」

「……不明」

 

 しかし、その貼り付けられたトランプカードにはメッセージが書かれていた。曰く、「お買い物を楽しんで」。

 

 結局、一人と一匹はそれ以外に何も見つけることが出来ずにハジメ達の元へと戻った。しかし、この二人を責めるのは酷であろう。何故なら今回に関しては相手が悪かったとしか言いようがないからである。

 

 

 

 

 

 

「駄目ですよぉ~。女の子のお買い物の邪魔なんて無粋な事をしては」

 

 そう言って謎の空間に投げ出されたのは、樹海でハウリアに紛れて襲撃してきた『オーダー』の一員である機械だった。彼女は自分の身に何が起こったのか分からなかった。何の前触れもなく首に足が絡みついたかと思えば、一瞬でこの妙に少女趣味な空間に投げ飛ばされたのである。

 

「初めまして、オーダー様……それとも『法王』の猟犬様と呼ぶべきでしょうか?」

 

 声がした方向を振り返ると、なんとも奇抜な格好をした少女が脚を組んで座っていた。地球出身の人物であれば「カジノのディーラー」と称するであろう服装に、トランプカードがあしらわれたシルクハットを被り、ダイスの形をしたイヤリングを付けている。おまけに、スリットの入ったミニスカートから覗く脚部の先はブレードのようになっていた。

 

「私はリリアーナ。王女とかやってますけど、別に覚えなくても結構ですよ。冥途の土産にはなるかも知れませんけれど……」

「殺害対象を発見。排除に移行します」

「はぁ……貴方は退屈ですねえ……」

 

 戦闘態勢に入るオーダーとは対照的に、奇抜な少女――――リリアーナは溜息を吐きながら日傘を手に取る。そして、二刀を手に斬りかかって来たオーダーに縦回転させるように日傘を投げつけた。更に、二刀の攻撃を軽く躱すと、宙に浮いた日傘にぶら下がるように降りてくる。かと思えば着地する直前に脚部のブレードで斬りつけてきた。

 

「ソリティアマジックを見たいですか?」

 

 トリッキーな動きに翻弄されるオーダーを嘲笑うかのように、カードを右手から左手に流れるように落とすリリアーナ。ドリブルと呼ばれるカーディストリーのテクニックだが、オーダーはそんなものは知らない。

 

 二刀を構えるオーダーに五枚のカードが投げつけられる。所詮は人間の浅知恵、その程度の攻撃は見切って防いだ、と思えばいつの間にか背後に回られていた。そして振り返って敵を斬れば、そこにはカードが散らばるだけ。

 

「アハアハアハアハ!」

「っ!?」

 

 かと思えば首に脚が纏わりつき、狂気の笑い声と共に人外の膂力で投げ飛ばされる。オーダーは感情の無い眼で相手を見据えるが、リリアーナは呑気にトランプカードを拡げていた。

 

「もし貴方がお望みなら、お茶会でも開こうかと思ったんです」

「何を……」

「格別に甘い御茶菓子と、とても酸味の強い御紅茶で……」

 

 リリアーナは脚を組み直した。口数が少ない相手によく喋るリリアーナでは彼女の独壇場である。さながらそれは、一人遊び(ソリティア)のようであった。

 

「どちらが先に(とろ)けてしまうか、賭けをしようと思ったんです」

 

 笑顔で優雅なデスゲームの事を話しながら、拡げたカードの中から四枚を取り出す。

 

「ですが、終わってしまうためのお茶会は開くことが出来ません。なので、この四枚の中からお好きなカードをお選びください」

 

 オーダーは二刀から斬撃の雨を飛ばした。リリアーナの言葉を聞くに値しない戯言だと割り切って攻撃を仕掛けたのである。

 

「貴方みたいな人ってみーんな同じような反応するんですよねえ……」

 

 オーダーの背後から声が聞こえる。しかし、二度は通じないと言わんばかりにオーダーは滲むように消え、違う場所に瞬間移動した。

 

「あ、でも貴方もちゃんと選んでくれましたね。それは嬉しいです」

 

 意味が分からないとオーダーが相手を見ると、リリアーナは自分を指差している。その先を視線で辿ると、自分の胸元に一枚のカードがあった。

 

「前に襲ってきた真の神の使徒とやらも、貴方と同じような反応をしてましたよ~。感情なんてありませんって顔をしながら、実に魅力的に表情を変えるんです」

 

 リリアーナの独白を聞いている暇など無かった。オーダーはすぐさまカードを弾き飛ばす。しかし、カードはそれほど離れないままに爆発した。選ばれたカードはスペード。込められた属性は氷である。

 

 肥大する氷塊からかろうじて身を護るオーダー。しかし、彼女には第二の攻撃が迫っていた。日傘が旋回しながら彼女を切り刻もうと迫っていたのである。すぐに瞬間移動で逃げるが、それがオーダーが見た最後の光景となった。

 

 縦に割れ、崩れ落ちる視界。オーダーの頭部はカードで切断されていたのだ。オーダーの眼球からは電源が落ちるように瞳が消失し、白目を剥いた死体だけが残される。

 

「まだ神の使徒の方が歯ごたえがありましたねえ……」

 

 あっさりと『賭け』に買ってしまったギャンブラーの王女は、ただつまらなさそうに目の前の敗者を眺めていた。

 

「これくらいならほっといても良かったかも知れません……まあでも、お世話になった服屋さんが荒らされるのも嫌ですし、()()()一つ出すのにそれほど手間もかからないですからいいですけれど」

 

 残骸を空間内にある物置に放り込むと、リリアーナの分身体はカードをばら撒き、それを浴びる。次の瞬間には、もう彼女の姿は無かった。

 




リリアーナェ……マトモな人間が殆どいませんねこの世界。ついでに惚れた相手にかなり辛辣なヒロインズ。

備忘録

リリアーナ:今作ではかなりおイカれあそばしているお方。王女でありながら生粋のギャンブラーであるらしい。元ネタはパニグレのリリスというキャラクター。こちらも賭ケグルっているお方。

トランプ:地球に存在する用語を使うべきではないかもしれないが、書きやすいしその方がギャンブラーというキャラクター性を強調できるので。

ソリティアマジック:ドライツェントも似たような目にあったのかも?

2023年12/7

ハジメ達の会話の中の呼び名を訂正しました。九龍衆の手が入ってるとはいえ、召喚された神の使徒と同じ名前なのはアレだろうと思ったので……もう一度おさらいしておくと、ハジメがゲーテ(『ファウスト』の作者)、香織がシャルル(フランスの詩人)、優花がマーガレット(『風と共に去りぬ』の作者)となっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宿泊スル人形タチ

なんか最近、今作の優花のイメージがくたびれた花魁になりつつある三文小説家。


「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん。」

「ん……人は見た目によらない」

 

 ロックとミュオソティスがトランプの件を報告した後、シアの服を買った一行は強烈な店主改めクリスタベルの店を出た。結論から言うと、クリスタベルの見立ては見事の一言だった。

 

 上衣とスカートが一続きになっているノースリーブのワンピーススタイルの服に、片足だけのニーハイソックス。二の腕には微量のフリルがあしらわれ、露出している部分はバーンアウト・プリントを彷彿とさせる模様があしらわれたシースルー生地の服で覆われている。全体的に白を基調とする服は、偽装用の首輪すら審美的なファッションの一部に見えるのだから見事なものだ。

 

「以前と比べて多少の動きづらさはありますが許容範囲ですう。でも、戦闘になると壊れちゃいますね。ほら、Bモードになったら強制的に以前の姿に戻っちゃいますし」

「まあそこは臨機応変でいいでしょう。デザインさえ記憶すればパニシングで再現も出来るでしょうし」

 

 実は香織やユエやハジメの服はパニシングを物質化させて作った物であり、この技術はユエの武器であるオズマにも応用されている。物は使い方次第とは言うが、本当に便利なものである。

 

 と、次は道具屋を回ろうとした一行だが、どう足掻いても目立ってしまうハジメ達である。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

 

「ユエちゃんとシアちゃん、シャルルちゃん、マーガレットちゃん、ミュオソティスちゃんで名前あってるよな?」

 

 やがて、その中の一人が代表して歩み出てくる。

 

「え、ええ、そうですけど……?」

 

 香織が返事をすると、男は「そうか……」と呟き、一瞬の静寂の後に、

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

「「「「「「シャルル(マーガレット)ちゃん、俺の妻になってください!」」」」」」

「「「「「「ミュオソティスちゃん、俺に雇われてくれ!」」」」」」

 

 事前に打ち合わせでもしたのか、と言いたくなるレベルで全員が声をそろえてそんな事を言ってきた。シアについては奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、まず、シアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。

 因みに、告白を受けた五人はと言うと、

 

「道具屋さんはここが良いかな? あと、ちょっとワルドマイスター用の弦も見たいんだよね。コンダクターが作ってくれた物も良いんだけど、ちょっと違う弦も試してみたいっていうか」

「……シャルルの音楽に対する情熱は凄い」

「今から向かうところと合わせて二軒ですかね? 欲しいものが揃うといいですね~」

 

 見事にスルーを決めている。というか、優花とミュオソティスに関しては言葉すら発さずに無視していた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」

 

 まさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、更に追い打ちが掛かる。

 

「悪いけど、私みたいな料理には陰翳(いんえい)を纏う漆器がお似合いだわ。貴方達みたいな白っちゃけた食器に乗せたら食欲が半減するのよ」

「疑問:目の前の生命体の知能」

 

 優花は谷崎潤一郎の評論のような言で、ミュオソティスは機械故のストレートな表現で返事をする。特に、優花の言う『漆器』とはハジメの事であるのは明白である。正に『陰翳礼讃』を体現するような男なのだから。

 

 しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、五人の美貌は他から隔絶したレベルだ。それが着火剤となり、暴走する輩が現れてしまった。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。五人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。

……何というか、モラルがオルクス大迷宮表層にいるゴリラと大差がない。フリーハグを御所望なら整理券取ってから出直してこいと言いたくなる。尤も、ユエ達は応じないだろうが。

 

 現にユエは冷めた眼付きでそれを躱し、与太郎(よたろう)にも程がある男にツカツカと歩み寄る。そして周囲には第二第三の与太郎(馬鹿な客)が身構えていた。香織や優花を狙う男も勿論いる。なので、ユエは見せしめを行う事にした。

 

 近付いてくるユエに表情を緩める男。さらに熱っぽい瞳でユエを見つめる。

 

「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」

 

 尚も思いを告げようとした男だが、その言葉が途中で止まる。何故なら、指を鳴らしたユエの右手が発火している事に気が付いたからだ。これにはハジメ達も少し驚いている。ユエは吸血鬼らしく自分の血(機械であるため循環液)をある程度操作できるのだが、まさか着火できるとは知らなかった。

 

「あ、あの、ユエちゃん? なんで……右手、燃えて……」

 

 そんな与太郎に、ユエは手とは真逆に冷ややかな表情で無慈悲に告げる。

 

「自らの熱情に焼かれろ」

 

 そう言ったユエは実に緩慢な動きで、ともすれば妖艶とも取れる仕草で男の胸元に燃える右手で引っ掻くように何かを書く。その最中、低い声で何かを歌っているようにも聞こえた。

 

―――― アッーーー!! 

―――― もうやめてぇー 

―――― おかぁちゃーん! 

 

 男にとっては甘美なれど拷問のような時間が過ぎた後、男の胸元に焼き付けられていたのはアルファベットの『A』であった。地球組は、特に優花は見覚えがあり過ぎる物だ。間違いなく、ナサニエル・ホーソンの『緋文字』が元ネタであろう。優花から聞いた話を思い出しながら刻みつけたに違いない。

 

「次に襲ったら胸郭を引き裂く」

 

 ヒュー、ヒューと苦痛の後の喘ぎを口にする男を見て一斉に距離を取る他の男達。ユエとて流石に死者を出すような真似はしないだろうが、たった今行われた所業を見た後でそのような冷静な判断を下せる者はいない。

 

「中々えっぐい事するわね……リアルに緋文字なんて」

「ユエ……なんで歌ってたの?」

「……別に、お情けとして耳からは子守歌が聞こえるようにしただけ」

「うーん、努力の方向性が解散する音楽バンド並に違いますね……」

「寧ろ恐怖を刻み込んだような……」

「ゲーテにもやってあげようか?」

「ご冗談を……」

 

 そんな会話をしながら去っていくハジメ達を男は畏怖を、女性は熱い視線を向けていたが、彼らの気にするところではない。後にハジメ達に〝楽団死期〟という呼び名が付き、冒険者たちを震え上がらせるのだが、それは別の話だ。

 

 なお、襲い掛かった男は『A』の跡が残り、数日間胸元の熱と痛みに苦しむ羽目になったが、それも別の話である。

 

 

 

 道具屋と楽器屋を巡った後にハジメ達が宿泊すると決めたのは〝マサカの宿〟という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。女性陣が激推しだった。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。名前に関しては……トータスの発音を無理矢理カタカナ表記するとこうなるだけで、大した意味はないだろう。

 

 宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のように女性陣に視線が集まる。街中でもそうだったが、大型犬よりもそちらに視線が行くというのは彼女達の美しさを証明しているのだろう。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十代くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊です。この地図を見て来たのですが、記載に誤りはありませんか?」

 

 ハジメが見せたギルドの女性職員特製地図を見て合点がいったように頷く女の子。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 そう言えばあの職員の名前を聞いていなかった事に思い至るハジメ達。キャサリンという名前だったらしい。

 

「一泊でお願いします。食事とお風呂もつけて」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

「ではこの区間で三十分―――」

「三時間で」

「「三時間!?」」

 

 ハジメと女の子が同時に驚くが、香織と優花は譲れないようだ。

 

「カラスの行水にも程があるよ。コンダクター」

「軍隊じゃないんだから、お風呂くらいゆっくり入りたいわ」

「……だそうです」

 

 軍隊はもっと短いと思うが、符号として重用だから使っただけで、別にそれはどうでも良いのだろう。

 

「あ、はい、分かりました。え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 三人部屋と四人部屋が空いてますが……」

「ではその二つでお願いします」

 

 部屋の配分についてはほぼ決まっているようなものであるし、わざわざ公衆の面前で話すような事でもない。事前に確認したがペットの連れ込みは可能であるし、宿からすれば使う部屋さえ分ればどうでも良い事ではある……

 

 と思いきや、対応をした女の子がちょっと好奇心が含まれた目でハジメ達を見ている。年頃的にそういう事に興味があるのだろう。更に、周囲の客も聞き耳を立てている。

 

「あ、私は違いますからね~。というわけで、後は四人でズッコンバッコンするなりなんなりしてくださ~い」

 

 なんとシアが特大の爆弾を落としてから、三人部屋の鍵を持ってロックとミュオソティスを連れて去っていってしまった。上手い具合にハジメ達に注目を押し付けて逃げていった。中々に策士である。

 

 で、残された四人はというと……

 

「まあ……覚悟はしていましたともさ」

「あの子……後でお仕置き」

「恥ずかしがったって仕方が無いわ。どうせ男女比が偏ってる時点でどこ行ってもこうなるわよ」

「マーガレットちゃん……そうなんだけどね。流石にちょっとね……」

 

 しかし、ハジメ達に何が出来るわけでもない。反論した所で火に油である。黙って鍵を受け取ろうとした所で、

 

「……こ、この状況で四人部屋……つ、つまり四人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を三時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんだわ! それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」

 

 女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っている。絶対、翌朝になれば「昨晩はお楽しみでしたね?」とか言うタイプだ。

 

嗚呼(ああ)、汽笛の響き渡る馬喰町が懐かしい……」

「アンタの出身は日本橋じゃなくて新宿でしょうが。現実逃避してんじゃないわよ」

「或る意味、吉原とかの遊郭にでも行った方が恥ずかしい思いしなさそう」

「シャルルまで現実逃避してるわ……」

「……また聞いたことの無い地名」

 

 地球組が盛り上がる中、会話に混ざれないユエがむくれていたが、とりあえず部屋には着いた。

 

 その後、夕食の時間になって階下の食堂に向かったが、チェックイン時にいた客がまだそこにおり、ハジメに嫉妬と羨望の眼差しをぶつけてくる。だが、宿にもあったクラヴィーアの鍵盤に優花が指を叩きつけた事でA○フィールドが発生し、香織も便乗して演奏会で誤魔化した。なお、演奏自体は非常にクオリティの高いものであり、観客は満足したようである。

 

 そして、女性陣が心待ちにしていた風呂の時間なのだが、香織とユエが先に行ってしまい、優花とハジメの二人が同じ部屋に残されていた。男女で分けるでもなく、不可解な分断にハジメが怪訝な顔をしていると、優花がハジメに唇を重ねた。

 

「―――っ!?」

 

 同時に、ハジメの口に何かの液体が流し込まれる。香るアルコールの匂いからして、酒類であるのは間違いない。

 

「蜂蜜酒よ。街を回っている時に買ったの」

「蜂蜜酒って……ん!」

 

 ハジメの口は再び塞がれる。余計な事は言わせないとばかりに。

 

「やっぱり酔えないわね。でもいいわ。こういうのは雰囲気だもの……ねえ、ハジメ。ハニームーンと行きましょう? 旅行という意味になる前の、古代の欧州で使われていた意味の、ね」

 

 古代のヨーロッパでは、結婚の後一カ月の間、新婚夫婦は蜂蜜酒を飲みながら子作りに励むという習俗があった。蜂蜜酒の本来の効能である精力増強と催淫効果はハジメ達には意味を成さないが、それは些細な問題だ。

 

 香織とユエが部屋から出ていった理由が分かったハジメ。そういえば、優花とはしていなかった。風呂の時間が不自然に長いのもそういう事だろう。

 

「ジューンブライドには遅すぎるかしら? でも、時期なんて関係ないわ」

「滅茶苦茶だ……」

「論理、哲学、論考……そんなものは要らないわ。本音と雰囲気以外、何もかも。ねえ、まどろっこしい話は嫌いなの。口移しに奪った貴方の命が、管を巻いて私の胸を殴ってる。まるで苦くて暑い夢のよう」

 

 たとえ痣すら残らぬ身体であろうとも、そう云うかのように優花はハジメの肌に唇を押し付けた。妙に生暖かい空気が水のように流れる優花の髪を撫でる。なおも肌に跡を残さんとする口蛭(くちびる)を離すと、ハジメは優花に接吻を返した。

 

 たとえ周りから見て不義の関係であろうとも、二人が止まる事は無い。地球での常識に囚われ、思ってもいない盲言を吐くなど、それこそ品位を欠く二枚舌という物だ。

 

 一糸乱れぬ着付けに似合わぬ嘘吐きに覆い被さる一糸纏わぬ細雪が、厭に眼だけが冴えるこの夜によく見えた。

 

 どこぞの推理小説家が嘯いた、(ひる)は夢、夜ぞ現というのはあながち間違っていないだろうなと、恋人との夜の度に思うハジメ。だが、視線は強制的に優花に釘付けとなった。

 

「今だけは、私を見て。夏の空気に浮かれても、私はそれを打ち消す雪になる」

 




原作より軟化してんだか荒れてんだかよく分からなくなってきました。あと、ちょっと音楽に頼り過ぎかもしれませんが、まあ暴力に頼るよりいいでしょう。

備忘録

シアの服装ver2:パニグレのアルファの青薔薇塗装が元ネタ。残念ながら日本版では未実装である。ただ、シアには目に花は付いていない。

陰翳礼讃:谷崎潤一郎の評論。日本の文学の底には『暗がり』と『翳り』があると語る。

胸の『A』:優花との過去話にも出てきたナサニエル・ホーソンの『緋文字』が元ネタ。

口蛭:吸いついてんだね。

晝は夢、夜ぞ現:江戸川乱歩の言葉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ phase-1

なんかタイトルの方向性変わりましたが、NieRのサントラでも英語の曲は有るので大丈夫でしょう。なお、このタイトルの元ネタはヨルムンガンドというアニメのサブタイトルです。


「ご存じでしょうか?」

 

 場所はマサカの宿の食堂。一足先に朝風呂を終えたハジメは湯上り姿を晒しており、食事目的の客と思われる男二人がハジメと相対している。

 

「砂糖も塩も、コーヒーですら、一定量を超えると毒になるって」

 

 なにやら話の流れが不穏だ。目の前の男二人は嫌な予感がしていた。

 

「一緒に遊ぼうというなら、致死量チキンレースなんて、どうでしょう?」

「……」

「ああ、我ながらいい案ですね。幸い、この食事処には様々な飲み物があります。言い出しっぺですから、ハンデとして僕は酒類を選びましょうか。ほら、突然死の原因の約一割は酒類が原因であると、何処かの資料で読みましたし?」

「……………」

 

 幽かな笑顔と共にハジメが遊びの内容を提案すると、目の前の男二人は完全に引き攣った顔でハジメを見ている。その後、ハジメは自分達には合わないと判断したのか、その顔のまま男達は去っていった。

 

「ハ……ゲーテさん、あなた一体何をやっているんですか?」

「むしろ、何かされたのは僕の方なんですよね」

 

 話しかけてきたシアにハジメは答える。他の女性陣と同じように朝風呂に向かう途中だったのだろう彼女は、穏やかなのか物騒なのかよく分からない会話を不審に思ったに違いない。

 

 まあ、簡単に状況を説明すると、ハジメがナンパされたのだ。おまけに相手はハジメが女性と勘違いした上で。

 

「それ、ゲーテさんが自分の性別を明かせば直ぐに終わった事なのでは? あんな回りくどい方便を使わずとも」

「明かしましたよ。いの一番に。しかし、先方は僕が男避けに男装していると思われたようで……」

「あー、そういう解釈になるんですね……」

 

 シアもハジメも呆れたように溜息を吐いた。

 

 しかし、湯上りで湿った髪と、困ったように頬に手を添えて首を傾げるハジメはシアから見ても女性にしか見えない。中性的な容姿と、無駄に線が細い身体がそれを助長してしまっているのだ。更には、夜戦(意味深)の影響もあるだろう。

 

「とりあえずその仕草はやめた方が良いと思います。勘違いする人が増えますから」

「おっと……」

 

 ハジメは頬から手を外す。しかし、首は未だに傾いたままなので、髪が顔や首に程よく張り付き無駄に色っぽい。容姿については異世界に来た後に変わったという事をシアは聞いていたが、仕草については筋金入りに見える。こういう手段であの三人は落とされたのだろうかと邪推してしまった。

 

「……なんで首傾げてるんですか?」

「昨夜マーガレットに首の後ろを噛まれまして」

 

 行為の最中に「今夜は消えないわね、歯形」と言っていた優花の顔は、暗闇だと言うのにハジメにはやけに鮮明に見えた。「位置的に首輪に見えるというのは言わないでおこう……」とシアは思ったとか。

 

「とはいえ、ナンパされた時の対処法は確立できましたね」

「へえ……」

「ヤバい奴アピールで向こうから離れたくするんです」

「アピールっていうか完全に殺りに行ってましたけどね」

 

 或る意味暴力を振るうよりも質が悪い解決法に思えるシア。法に触れない範囲で相手を抹殺する方法とか、いくらでも知ってそうである。フェアベルゲンでの冷凍技といい、兎人族程ではないにしろ温厚なのに恐ろしい。帝国兵よりも敵に回したくない相手だ。

 

 なんにせよ、今日はライセン大峡谷を探索する予定である。ハジメは準備をする為に部屋に戻った。

 

「ウチでは致死量超えるほど出しませんよー!」

 

 ……宿屋の娘の抗議を背中に受けながら。

 

 

 

 

 

 

「~~~♪」

 

 優雅な音色がライセン大峡谷に響き渡る。言うまでもなく香織が奏でる物だ。とはいえ、この場所はエネルギー分解作用があるため、武器を兼ねた楽器ではなく鼻歌だが。

 

 とはいえ、まるっきり無意味な行為というわけではなく、迷宮を探すための反響定位を目的としたものである。

 

 このライセン大峡谷を探索するうえでハジメ達は(偽名を使わない事以外に)一つのルールを決めていた。

 

 それは魔法を極力使わない事である。パニシングと魔力は全く別のエネルギーであるため、多少は妨害されるが魔力ほど使えないわけではない。だが、敵の使う妨害手段としてパニシングを無効化してくると言うのはあり得る話だ。故に、ゴリ押しで使えない事も無いが、それができない時のシミュレーションのために色々試行錯誤しようという魂胆である。なお、香織の反響定位は昇格者となってからはデフォルトで使えるため、探査目的なら十分である。

 

「案外どうにかなるものね……」

 

 峡谷の壁を跳び回りながらハイベリアを斬殺していくシアやロックを見ながら優花が呟く。そういう優花も切断性能のあるヨーヨーで敵を屠り続けている。直接触れている場合はエネルギーが分解されない性質を利用して、紐で繋がった状態で彼女の天職である『投術師』を生かせるようにしたのである。

 

「それにしても、お祭りの景品みたいなものを異世界で振り回すとは思ってもみなかったわ」

「たかが玩具と馬鹿にしない方が良いですよ。引力、遠心力、位置エネルギー……ヨーヨーは物理学の集大成ですから」

「ごめんなさいね。ハジメの芸術作品を馬鹿にしたわけじゃないわ。実際、有用だし」

 

 紐で繋がっているという性質を利用して、優花は敵を捕らえる罠や強制的に引き寄せる道具としてもヨーヨーを活用していた。おかげで他の面々が戦いやすくて助かっている。ハジメは「科学の勝利です」と呟いていた。

 

「まあ、紐の殺傷力なら香織の方が勝ってるけどね」

 

 優花とハジメが香織の方を見ると、鼻歌から弦楽器での演奏にシフトチェンジし、ワルドマイスターから伸びる無数の弦に絡めとられた魔物達が次々に切断されていた。

 

 香織の天職である『演奏者』は音に干渉する力を持つ。そこから発展して、例えば弦楽器の場合は弦の振動によって音を出している事に着目する。ここまで言えばお分かりだろう。つまり香織は弦に微細な振動を加える事で糸ノコギリのように使う事が出来るのである。

 

「ミュオソティスは今まで通り大砲ぶっ放してるからいいとして……ユエは何処に行ったのかしら。彼女の性質からしてこの場所と相性悪そうだけど」

 

 此処に来る前に、自分はどう戦おうかと悩んでいたユエを見た優花が呟く。と、上空に黒い影が見えた。それは巨大な鳥のような機械、王都にも出現した機械生命体であるオルニスだった。

 

「あれ? 確かオルニスって北の山脈地帯にいるんだよね? 優花ちゃんの話だと王都にも現れたっていうけど……」

「もはや何処にでも現れるわね……」

 

 だが、オルニスが得意の電撃で攻撃しようとした所、それは直上からの打撃によって遮られた。見れば、戦斧に変形させたオズマをユエが振り下ろしている。

 

「ユエさんナイスですぅ~!」

 

 どうやらシアに怪力によって投げられた後に、落下の勢いを利用して斧の一撃を加えたようだ。ロックを除けばメンバー内で最も質量が軽いからこそできた事でもある。

 

「やっぱりこう言う環境下であると、位置エネルギーは強いですねえ」

 

 ハジメが感心していると、ユエが香織の弦を足場にして斧を担ぎ直す。香織の方もユエが乗っている弦だけは振動を停止させているため、彼女が切断される事は無かった。更に、ユエはそこから飛び上がると同時に、斧の重さによる遠心力を利用して回転し、オルニスに連続攻撃を加える。

 

「死ね」

 

 更に、ブルックでのお仕置きに使った血液を炎上させる魔法〝月映(つきばえ)〟により手刀を加える事でトドメを刺した。なお、月映とはユエの命名であり、封印される前は使っていなかったとの事。

 

「お見事です。分解作用をうまく避けて攻撃していましたね」

 

 地面に降り立ったユエはその言葉に得意そうにする。ライセン大峡谷ではゴリ押しで魔法を使う事も考えたそうだが、それすらも封じられた場合は何もできなくなってしまう事に気付いた。だが、今はハジメ作のアーティファクトであるオズマがある為、それを使って近接攻撃をするという発想に至ったらしい。

 

「封印前はしなかった闘い方だけど、これはこれで爽快」

 

 ……やや戦闘狂めいたセリフが気になるが、まあ前向きなら良いだろう。

 

 と、オルニスを撃破した直後、何かがハジメ達を目掛けて飛び降りてきた。それは三メートルはある二足歩行の機械生命体で、攻防一体の豪腕にシールドの付いた脚が特徴だ。普通の冒険者が出会えば大惨事だろうが、ハジメ達からすればそれ程でもない。

 

「どう料理します? コイツ。暇でしたし攻撃されましたし僕がやってしまっていいですかね?」

 

 振り下ろされる腕を躱しながらハジメは仲間に問いかける。ついでにアストレイアによる銃撃をお見舞いした所で、ミュオソティスがガラティアで攻撃した。聞けば、ガラティアの新機能を試してみたいとの事。

 

「そういえばまだ使っていませんでしたね。では見せてもらいましょうか。ガラティアの新たな性能とやらを」

「アンタが改造したんでしょうが」

「それを言うのは普通は敵に対してだからね」

 

 横から恋人たちのツッコミが飛んでくるが馬耳東風と聞き流す。そんな漫才の横でミュオソティスはガラティアからブレードを引き抜く。

 

「第六形態:アクティベート」

 

 多機能砲ガラティアの第六形態……とは言っても、内蔵されているブレード機構を分離しただけと言えばそれまでなのだが。この形態を作った目的としては、ミュオソティスの敏捷性の向上である。ガラティアは大砲という都合上、一撃の威力は大きいが動作は他の面々と比べると遅くなってしまう。その弱点を補うのがこの砲刃分離形態というわけだ。また、ミュオソティスが仲間からラーニングした動きを試したいという意志も絡んでいる。

 

 敵機械生命体がミュオソティスを踏み潰そうと脚を叩きつける。しかし、ミュオソティスは瞬間移動のような動きを連続で繰り返して回避しながら連続で脚を斬り、更に跳び上がって再び一体化させたガラティアのブレードを振り下ろす。

 

「私の『蝶舞のセレナーデ』が元かな? 今の動きは」

 

 もしくは優花の立体機動が元だろう。

 

 機械生命体は手足を高速で動かし、ミュオソティスを轢殺しようとするが、ミュオソティスは敵を飛び越えるように跳躍し、ガラティアを連射しながら回避した。更に、着地した先で実弾の発射を行いダメージを与える。

 

 機械生命体は動きを止めるが、ミュオソティスはそのまま動き続ける。分離したブレードで二度斬りつけ、大砲を一発撃つ。更に蹴りで相手を怯ませ、一体化させたガラティアで刺突攻撃を往復して加え、再び分離させた大砲を片手で連射し、最後にまた一体化させて特大の斬撃を放って戦闘を終了させた。

 

「戦闘終了、機体状態:異常無し」

「お見事です。かなり使いこなしていますね」

 

 ハジメが言った通り、ミュオソティスは新機能を遜色なく使いこなしていた。ライセン大峡谷での戦い方が確立し、再び迷宮の捜索に移ろうとしたとき、偵察に出ていたロックから通達が入る。

 

「気になるものを見つけた」

 

 との事で、ハジメ達は早速その場に向かった。しかし、そこにあったのは予想だにしないものであった。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

 其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

「こういうのなんて言うんでしたっけ。オジサン構文?」

「せめてギャルって言ってあげなさいよ……」

「ギャルってアレですか? チョベリバだし~とか、フロリダだし~とか」

「認識が雑なんてもんじゃないわね……まあ、私もよく知らないけど」

「これ本物なのかな?」

 

 本筋から脱線しつつあるハジメと優花を横目に、香織が問いかける。とはいえ、偽物という線は限りなく薄いだろうというのがハジメ達の見解だった。

 

 ミレディ〟その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるがファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「あ、でも、微かに聞こえてくる。何かの仕掛けが動く音……まるで巨大なオルゴールみたい」

「オルゴール? 自鳴琴(じめいきん)のこと?」

「独特な感性をお持ちでいらっしゃる」

 

 トータスにも似たような物は存在する。貴族の娯楽として少数ながら製造されているのだ。地球では17世紀に入って登場したが、完全に中世の時代に沿っているという訳ではないらしい。

 

「こっちに来てみろ。不自然な匂いがするぞ」

 

 ロックが言う場所に行くと、なるほど、不自然に壁が窪んでいる。ちょうど人一人が通れそうな大きさだ。香織も反響定位を使って確信した。この奥に空間がある、と。

 

「とりあえず入ってみましょうか」

「未だに何かが動いてる音がする。慎重にね? コンダクター」

 

 試しに壁を押してみると、忍者屋敷のどんでん返しの要領で扉が回転した。

 

「なるほど、押しても引いても駄目なら回してみると」

 

 ハジメとロックが入ったその中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。ハジメの視覚モジュールはその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

 ハジメは〝超速演算〟を発動すると、ゼロスケールの銃撃で悉くを撃ち落とした。なお、アニマル系の攻略者は想定していなかったのか、ロックに攻撃は飛んでこなかった。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

「……もしかしてミレディさんって快楽殺人鬼なんでしょうか?」

「何だそれは」

「殺すために殺す人間とでも言いましょうか。盗みや怨恨などの目的ではなく、殺人という行為そのものを楽しむ人種です」

 

 撃たれた人間の鼓動はデクレッシェンドするだろうが、生き残りがこの文章を見つけたら感情のダイナミクスはクレッシェンドどころか、終着点でスフォルツァンドとなるだろう。

 

「なるほど、だいたいのコンセプトは分かりました。折角ですから楽しむといたしましょう? ダンサー、サーカス、シンガー、ストリッパー……この巨大なオルゴールを伴奏に、機械仕掛けの音楽会(Musica ex machina)を!」

「……快楽殺人鬼は貴様ではないのか、南雲ハジメ」

 

 ただの自殺志願者である。

 




ようやくライセン大迷宮攻略開始です。魔法使えないとはいえ、『演奏者』にとってはボーナスステージかも。完全な物理トラップって事は大なり小なり音がしますし、仮にしなくても反響定位で看破できますから。

備忘録

致死量チキンレース:墜落JKと廃人教師という漫画のネタです。

ミュオソティスの動き:大陸版パニグレとコラボしていたブラックロックシューターの動きを参考にしています。タグいじった方が良いのだろうか。

ユエの動き:今作のユエ、近接戦もいけます。個人的に斧振り回すユエがツボです。

月映:ブルックの与太郎に披露した、血液を炎上させる魔法。言うまでもなくオリジナル技能です。せっかくユエという名前ですし、元ネタの方もルナという名前なので、オリジナル技能は月要素多めにしていきたいところ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ phase-2

ちょっとだけハジメの地球での評価のされ方が出ます。


 ライセン大迷宮はかなり厄介な場所である。

 

 まず、魔法がまともに使えない。谷底より遥かに強力な分解作用が働いているためだ。例えばユエは〝アルマゲスト〟や〝サザンクロス〟のような強力な魔法は使えず、香織も広範囲の〝終嵐のコーダ〟のような広範囲の殲滅技は使えない。魔法に関しては天才的なユエだからこそある程度ゴリ押しで中級魔法が放てるのであって、大抵の者は役立たずになってしまうだろう。

 

「まあ、言ってしまえばそれだけなんですよね。それなら潔く対処法変えますって話で」

 

 しかし、それを知ったハジメに焦りは無い。ハジメは錬成師であると同時に数学者でもある。ハジメ達の住んでいた世界に魔法は存在せず、しかし魔法に近しい文明を発展させてきたのは数学や物理学といった科学だった。むしろ、魔法という未知数を排除してしまった分ハジメに有利に働いているとすら言える。

 

 なお、迷宮内部は、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

 

「無○城……来ちゃった?」

「某鬼狩り漫画の固有名詞を出すのはやめなさいな」

「迷いそう……」

「いいじゃないですか、楽しくて」

「真面目にこの人の精神構造が分からないんですけど。あのウザいメッセージ見た後でこんな様子になります?」

 

 強がりでもなんでもなく、本気で楽しんでいる様子のハジメを見てシアが呆れている。ハジメからすれば、美術館で見たエッシャーやペンローズの絵画のような空間をその身で体感できるこの迷宮は「夢が叶った!」とでも言いたい気持ちで探索しているのだ。

 

 だが、ここは腐っても大迷宮である。ハジメが通路のブロックの一つを踏み抜くと、刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

 ハジメは〝超速演算〟で躱そうとするが、その前に香織に首根っこを掴まれて強制的に引き戻される。

 

「ありがとうございます」

「浮かれるのは良いけど一人で進まないで。機械音がしてるって言おうとした矢先にこれだもん。というか、音波でスキャンしたら案の定罠だらけだし」

 

 ハジメは香織よりも背が高いのに猫掴みのようになっている。そして、自分が我を忘れていたことを自覚したハジメは大人しく香織の後ろについていった。この迷宮ではシアの身体強化と香織の反響定位がかなり重要になってきそうである。

 

「もう、変な所で子供っぽいんだから……」

「いや、本当にすみません」

「あの~、お説教してるところ悪いんですけど、なんか目の前で刃物が降ってませんか?」

 

 シアの言う通り、ハジメと香織の目の前でギロチンのような刃の雨が降り注いでいる。おそらく、先程の回転刃を避けた相手を狙い撃ちしたものなのだろうが、香織は顔色一つ変えずに答えた。

 

「知ってるよ? 言ったじゃん。スキャンしたって」

 

 つまり、裏をかいた罠すら音波で事前に把握して回避していたという事である。魔法が使えないとはいえ、音がまるきり出せないという訳ではなく、ハジメ達が発する声や香織の楽器の音は普通に聞こえる。香織はそれらの反響を聞き取っているのだ。二段構えの殺意と悪意に満ちた罠は一人の演奏者の前に、水の泡となったわけである。

 

「でもなんかちょっと一回切られてみたかった……ごめんなさいごめんなさい掴んでる手に力入れないで」

 

 そりゃ恋人を思って罠を回避したのにこんなこと言われたら首絞めたくもなる。流石に悪ふざけが過ぎたと自覚したのか、ハジメも即行で謝った。シアが小声で「もうわざと放置して何かしらの罠に引っ掛けた方が改善するのでは?」とか言っているが、また香織の手に力が入ったのでやめて欲しいと思うハジメ。

 

「はあ、なんかこの迷宮に来るとテンションが上がってしまいますね」

「テンション上がって死にたくなるってどんな精神状態よ……」

「まあでも、以前と比べて実行に移さない所は成長してるけど」

「ああ、そういえば銃で自分の頭撃ってましたねコノヒト……」

 

 女性陣が口をそろえて呆れの感情を口にする。しかし、香織からすれば口に出す事で実行を躊躇うのであればそれに勝る事は無い……少なくとも香織はそう思っている。

 

 

 

 

 

 

 その後もハジメ達はトラップに注意しながら更に奥へと進む。

 

 今のところ魔物は一切出てきていない。魔物のいない迷宮とも考えられるが、それは楽観が過ぎるというものだろう。それこそトラップという形で、いきなり現れてもおかしくない。

 

「随分と急な階段ですね……」

 

 ハジメが嫌な予感を隠そうともせずに呟く。実際、香織の反響定位には何かしらの仕掛けが存在する事が示唆されていた。

 

ガコン!

 

 嫌な音が響いたかと思うと、いきなり階段から段差が消えた。かなり傾斜のキツイ下り階段だったのだが、その階段の段差が引っ込みスロープになったのだ。しかもご丁寧に地面に空いた小さな無数の穴からタールのようなよく滑る液体が一気に溢れ出してきた。

 

「んなこったろうと思いましたよ!」

 

 ハジメはそう言うと、朱樺を斜面に突き立てて落下を防ぐ。他の面々も各々の方法で落下を防いでいた。しかし、香織の反響定位によると、この付近に通路は無いらしい。

 

「てことはこのまま落ちるしかないって事? 助からないデスゲームってことかしら」

「まあ、なんにせよ進んでみましょう。どちらにしろ、登るのは困難ですし」

 

 香織の弦や優花のヨーヨーの紐を使って懸垂下降の要領で降りていく。暫く下っていくと、お決まりのように最後は落とし穴になっていた。とりあえず、弦を蜘蛛の巣のように張ってその上に立つ。

 

「うっわ……」

「きも……」

 

 何の気なしにその下を見た事を後悔する女性陣。カサカサカサと、そんな音を立てながらおびただしい数のサソリが蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。正直、大して脅威は感じないが生理的嫌悪感はこちらの方が上だ。

 

「なんか釣り堀みたいですね」

「奴らは大して美味くはなさそうだがな」

 

 呑気な感想を漏らす錬成師と狼はほっといて、女性陣は下を見たくなくて、天井に視線を転じる。すると、何やら発光する文字があることに気がついた。既に察しはついているが、つい読んでしまう。

 

〝彼等に致死性の毒はありません〟

〝でも麻痺はします〟

〝存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!〟

 

 わざわざ発光するリン鉱石の比重を高くしてあるのか、薄暗い空間でやたらと目立つその文字。ここに落ちた者はきっと、サソリに全身を這い回られながら、麻痺する体を必死に動かして、藁にもすがる思いで天に手を伸ばすだろう。そして発見するのだ。このふざけた言葉を。

 

「……致死性では無いのですか」

「いや、充分凶悪ですよ。想像してください! 身体を無数のサソリに這い回られるんですよ!」

「それだけですか? 僕なら更に重水か溶解液で満たします。もしくは可燃性の液体で満たし、火を放つ……」

「じゅ、じゅうす……?」

「同位体元素で構成された、通常よりも比重の重い水です。その性質故に潜るのは困難であり、しかも人体に有害で多量に飲むと死にます」

「……………」

 

 シアには科学の知識が無いため、ハジメの言葉を正確に理解する事はできなかった。しかし、それでも人を苦しめながら殺す方法を次々と語るハジメに恐怖せざるを得ない。

 

 だが、ハジメの恋人達はそれで気分を持ち直したようだ。なんだ、そう考えると案外甘いと。

 

「正直、もっと残酷な罠なんて地球にいくらでもあるよね」

「徒党を組んだ小市民どもの悪意に比べたら屁でもないわ」

「なんかゴーゴリの『外套』みたいなこと言い出しましたね」

「間違ってないでしょ。クラスメイトの醜態を見た後じゃ、余計にそう思うわ」

 

シアは自分の出自は相当特殊な自信がある。それでもこう思わずにはいられない。

 

 この集団でマトモなのは自分だけか……と。

 

 

 

 

 

 

 その後も(ハジメ曰く『甘い』)殺人遊戯は続く。とある部屋では天井が丸ごと落ちてきた。やはり物理的なトラップといえば位置エネルギーが最も利用しやすいのだろう。

 

「地球製のものと違って、変に棘とか付けていないのは良いですね。あくまで圧殺が目的であり、逃げ道を塞いでいる……」

「なんで冷静に評論できてるんですか……」

「既に抜け出しているからです」

 

 ハジメの言葉の通りであった。天井が降って来た段階でハジメが『超速演算』を発動。引き延ばされた時間で全員に通達をし、危機を脱した。なにせ全員が昇格者である。ハジメ程ではないにしろ、かなりのスペックで演算できるのだ。

 

「完全に自由落下だね。何かの装置で動いてるわけじゃないから、私の『反響定位』も役に立たない」

「しかし、だからこそ我々に対抗の余地があった。この部屋の高さは5メートル程度。落下までにかかる時間は重力加速度を10として一秒ですか。これくらいの時間があれば僕にとっては十分です」

「まあ、レールガン見切れるしね、コンダクター」

「因みに、重力加速度は実際には9.8程度なのでもう少し長いです。計算式はt = √2h/gですから」

「何言ってんだかよく分かりませんけど、誤差の範囲ですよねソレ」

 

 単位については和訳した結果という事で勘弁してほしい。そもそもハジメが引用している計算式自体、地球でのメートル法や時間の単位を前提としているのだから。重要なのは天井が落ちてくる時間なのだ。

 

 とはいえ、単位云々を置いといてもシアには細かい数学の話は分からないし、どちらにしろ落ちてくる時間はごく僅かである。つまり、普通は死ぬ。

 

〝ぷぷ~、気取ってやんの~、ダサ~い〟

 

 そして実は迷宮に入ってからは恒例となっている煽り文を発見した。どうやら全てのトラップの場所に設置されているらしい。ミレディ・ライセン……嫌がらせに努力を惜しまないヤツである。

 

「気取る事も出来ないなら黙っていなさいな」

「コンダクターがなんか悪役令嬢みたいなこと言ってる……でもちょっと分かるかも。チェロを持って舞台に上がったら、その場を制するには『気取る』しかないもの」

「そうね。ピアノを弾いた時、時々誰も聞いてない事が有るわ。そういう時は指を鍵盤に叩きつけてロック音楽でも弾けば嫌でも視線が集まるわ」

 

 狼のロックが一瞬返事をしかけるが、どうやら自分の事では無いようだと思い直した。

 

 なんにせよ、せっかくミレディが考えた煽り文も、感性がROCK過ぎる芸術家と演奏者のせいで形無しである。そう考えると原典でのハジメはかなりの常識人だったのかもしれない。実際、ユエもシアも「正論ではあるんだろうけどちょっとついていけないです……」みたいな表情をしている。言葉こそ発さないが、ユエも静かにイラついていたようだ。

 

「でも優花ちゃんの考え方って割と昔からあるんだよね。作曲家のハイドンは演奏会で眠ってしまう観客に腹を立てて『びっくりシンフォニー』なんて曲を作ったくらいだし」

「そうよ。私がやった事なんて可愛い方だわ。違う国のアーティストなんか下着姿でピアノを弾いたなんて話もあるくらいだし」

「皆さんがいた地球って平和な世界なんですよね!? 私の中の地球像がどんどん凄い事になっていくんですけど!?」

 

 シアが叫ぶように言うと、ユエも首を縦に振って同意した。地球、特に日本は平和である事は間違いない。むしろ、ぶっ飛んだ行動をしても法律に反しない限り咎められないのが平和の証だろう。下着での演奏は外つ国の出来事であるし、法律的にも少々グレーだが……

 

「事実は小説よりも奇なり……たかだか十余年しか生きていない僕の想像なぞ、軽く超えてくれる」

 

 何故か口調の時代が逆行したハジメが嘯いたその後も、進む通路、たどり着く部屋の尽くで罠が待ち受けていた。突如、全方位から飛来する毒矢、硫酸らしき、物を溶かす液体がたっぷり入った落とし穴、アリジゴクのように床が砂状化し、その中央にワーム型の魔物が待ち受ける部屋、そして煽り文。

 

「疑問:何故マスター・ユエとマスター・シアは怒っているのでしょう?」

「人類は未だ頭蓋の囚人であるという事でしょうね」

「マスター・ハジメも同様に?」

「ええ、しかし、思考が天国へと到達したことの無い者は真に芸術家ではないという事です」

 

 ハジメとミュオソティスの間で何時ぶりかの哲学的会話が繰り広げられていた。ミュオソティスは少し考えると、独自の考察を返した。

 

「つまり……思考が別次元に飛んでいるために俗世の感情に振り回される事は無い、と」

「纏め方に悪意がありませんかね」

「すっごい嫌な奴みたいになってるわね間違ってないけど」

「まあ、コンダクターの思考回路がエキセントリックなのは地球にいた時から変わらないから……」

「今そんな事どうでも良いんですよ後ろ見やがれ!」

 

 シアの鋭いツッコミが炸裂する。なお、今の状況はだだっ広い通路で大岩に追いかけられているというものである。原始的でありながら確実に逃げ道を塞ぐという、これまた力学的エネルギーを利用した凶悪なトラップだ。

 

 なお、ハジメ達は普通に逃げている。破壊しに行っても良いが、無駄に消耗する事も無かろうという、若さの足りない思考回路故に。

 

「アッハッハッハッハッハ!」

「……ハジメ、とうとう壊れた?」

「元からでしょ」

 

 前言撤回、純粋に楽しんでいるだけかもしれない。何せ映画のセットのような仕掛けが次々に襲い掛かって来るのである。命がけという状況すらハジメにとってはスパイスにしかならない。

 

 結局、通路の終点に有った大穴を飛び越え、香織が事前に探知していた対岸の通路に飛び乗って事なきを得た。機械の身体であるために肉体的疲労など存在しないはずだが、疲れ切った様子のユエとシア。無論、精神的疲労である。

 

「………」

 

 背後で落ちた大岩が煙を上げて溶ける。穴の底は溶解液で満たされていた。

 

「それでですね……」

「いや、後ろの惨状はスルーですか?」

「ええ、今までにもありましたし、強いて言うなら飛び込んだら投身自殺と入水自殺のどちらになるんだろうってくらいで」

「ああ、そう……」

「やらせないからね? コンダクター」

 

 結局、ミュオソティスが話を聞きたそうにしていたのでハジメは話を続けた。トラップはアトラクション感覚であり、煽り文はミュオソティスの感情理解の教材にしかならない。少しミレディが憐れに思えてきたシアとユエだった。

 

「つまるところ、信奉者のいない芸術家が世人から何と呼ばれるかという話なのですよ。残念ながらこれは狂人と呼ばれる。すなわち、芸術家というのは自身の内在する狂気を商品化しているわけです。しかしながら、この話には大前提が存在します。その狂気を楽しむ人間がいるという前提がね。それによって製作者の狂気が初めて世人に知れ渡る事となる」

 

 つまり、少なくともハジメは、作品という狂気の拡散装置無しに世人に理解しえない狂気を頭蓋の内に孕んでいるという事である。いや、この言い方は正確では無いかもしれない。人間の頭蓋の内に観測できない事象を、ハジメは己の内に存在する通常観測できない虚数次元を作り出す事によって観測している、という事だ。そしてその観測した宝を金に換えている。故にハジメは承認欲求が希薄なのだ。

 

「だからこそ、怒りの感情が存在しない……?」

「いいえ、怒りや悲しみ自体は存在しますし、僕も認知しています。ただ、大多数の人間と感情の入る引き金が食い違っているだけです」

 

 ハジメは少し悲しそうに言った。それは裏を返せば大多数の人間と分かり合えないという事なのだから。しかし、ハジメはそれでいいと思っている。万人に好かれようとするのは無謀であり、それは己ばかりか他者の人格すらも否定する破滅の序章である、とすら思っているのだ。

 

「まあ、こんな奴だから学校では嫌われていたわ。私は救われたけれど、『好かれなくても構わない』『他者からの承認を必要としない』『自由に自分の人生をデザインする』というスタンスを隠そうともしないもの。だからある種の人間にとっては頭に来るんでしょうね」

「そして、学校という空間はその種の人間が大多数だった。でも、コンダクターが奏でる旋律(狂気)に魅せられた人間は、ドライな価値観からは想像もできない程深いつながりになるの。自らコンサート・ミストレスとなった私のように」

 

 優花と香織がハジメの人間関係について補足する。『深いつながり』というのは何も恋人関係だけではない。例えば恵里や鈴のような友人であったり、清水やカイネのような遊び相手であったり。しかし、香織はしっかりと自分の立場を強調して話していたが。

 

 また少し考えてミュオソティスは口を開いた。

 

「今すぐに全てを理解する事は不可能です。しかし、この話題は考える価値が有ると判断。思考のリソースをこの命題に割き、後に結論を出すという行為を申請します」

「結構です。簡単に理解されてもつまらない」

 

 ハジメ達は再び迷宮攻略に乗り出した。

 




 自覚してる狂人は手に負えない……というのは置いといて、私は原典での転移前のハジメのライフスタイルは全面的に肯定する所存にございます。別に校則を破っているわけでもなし、何が問題なのでしょう。不真面目さですか? それでだれが実害を被ると言うのでしょう。他人の期待に応える義理は、原則存在しません。授業中に寝ていたら教師は不快に思うかもしれませんが、それは教師の課題であってハジメや我々が考えるべきものでは無い、というのが私の考え方でございます。

 絵画についても、ハジメはたまたま商売道具に出来るのが自分の画力と発想であっただけで、違う適性があれば違う職業に就いていたでしょう。他者からの承認を求めての行動では無いのです。今作では数年後に死が確定していたという状況も後押しして、その一面が強調されていると思ってください。

 或る意味では、光輝とは違う方向性で自分自身を主人公とし、ルールには従うがルールにしか従わず、誰よりも自由で、自分が面白いと思う方向へ運ぼうとする理性的で愉快な狂人……それが今作のハジメです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ phase-3

今回は作者が少しふざけました。全体的にギャグ回になりそうだなライセン大迷宮。まあ、ウル編が構想考えてる段階でもう辛いんでね……


 ハジメ達が順調に迷宮を攻略している間、この迷宮の主はその様子を見て頬杖をついていた。

 

「なるほどなるほど……反響定位か。確かに魔法が使えない中でトラップを事前に把握して回避するには手が限られる。にしてもこれは盲点だったな~。この発想は流石に思いつかなかったよ」

 

 魔力を使わずに純粋な音波で探知し、トラップを事前に回避する。その発想は神代魔法の使い手である彼女の思考の外にあった。しかし、ただではへこたれないのがこの人物。むしろ嬉しそうに手を考えていた。

 

「お嬢様、我々が迎撃いたしましょうか?」

 

 思考する主に、機械の執事から申し出が入る。しかし、彼女はその申し出を断った。

 

「いんや、ロシュっちは予定通り『薔薇の荘園』に来たら戦闘に入って。彼等への攻撃の第一波はあの子達に頼むとするよ」

「御意」

 

 そう答えて執事は『荘園』と呼ばれるエリアにテレポートした。ターミナル様様だと彼女は思う。欲を言えば解放者の生き残りが自分一人になる前に、もっと言えば自分達が神に挑むときに誕生してほしかったが、無い物ねだりをしても仕方が無い。迷宮のシステムの一部に援助を貰い、この時代となっても自分が生きていけるように色々と手配してくれた。先程の執事もその一つである。

 

「さてさて、あの子達の本来の運用方法とは違うけど、むしろ活躍の機会を拡げてくれた事にお礼を言うべきかな? さあ、攻略者達よ! キミタチの試練はここからだ!」

 

 退屈な日々に倦んでいた迷宮の主、ミレディ・ライセンは久しぶりの刺激に喜びの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 一方、迷宮を攻略しているハジメ達だが異変は突然訪れる。

 

「? どうしました? 香織」

 

 香織が耳を押さえて突然立ち止まった。そして、何度か目を閉じて何かを試した後に諦めたのか、頭を振ってハジメに話しかけた。

 

「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、とりあえず良いニュースから話すね?」

「なんか遠藤君みたいな喋り方ですね」

「いいから。とりあえず良いニュースなのだけど、とても綺麗な音楽が聞こえてきたの」

「そう……で、悪いニュースは?」

「私の反響定位が妨害されてる」

 

 全員の口が閉じる。今までスムーズに攻略が出来ていたのは香織の反響定位によって事前に罠を看破できたからだ。そのアドヴァンテージが今失われた。

 

 と、その時、入り口でも見た石板が突然ハジメ達の前に出された。

 

〝キミタチ中々やるねぇ~。解放者であるワタシの想定を上回った事は素直に褒めてあげるよ。で・も? そんなことで攻略できる程この迷宮は甘くな~い! のである! せっかくだから難易度を一段階上げてしまおう。さ~てさて蝙蝠ちゃん達。お得意の探知を封じられた場合、キミタチはどう動くのかな? 無い知恵を振り絞って頑張り給え!〟

 

 と、過去最長の文章が書かれていた。どうやら流石に反則だと思われたのか、手を打たれたらしい。さながら運営から調整が入ったソシャゲのように。

 

 なお、ハジメ達は知らない事だがこの迷宮の主は一応の救済措置を考えている。これは試練を与える『迷宮』であって、侵入を拒む『要塞』ではない。本来課す必要の無い試練を課している以上、詰まってしまったら緩和処置を取るつもりだ。

 

 しかし、ただではへこたれないのは昇格者も同じだ。大迷宮を一つ攻略し、異形と化した仲間を何度も倒した少年少女は、しぶとい。

 

「ふーん、そういうことするんだ……じゃあいいよ。潔く対処法を変えるから」

 

 香織はユエ並みの半眼となってワルドマイスターから弦を伸ばす。そして、それを周囲に伸ばしていった。

 

「カオリさん、一体何を―――」

「シー」

 

 シアが香織の意図を汲み取れずに質問をするが、ハジメが指を唇に当て「静かに」と合図する。そして暫くすると、香織は糸を自分の元へ引き戻した。

 

「うん、やっぱり罠だらけ。今から場所を言っていくから、しっかり避けてね」

「え? 今ので周囲の状況が分かったんですか!?」

 

 シアが驚いているが、種が分かればシンプルで、弦から伝わる振動を介して索敵を行っただけだ。

 

「だけど精度も範囲も今までには劣るから、慎重に行動してね。特にコンダクター」

「肝に銘じておきます……」

 

 香織の声が少し冷たい。勝手にはしゃいで突っ走って掛かったらもう助けないよ、というメッセージだろう。どちらが指揮者(コンダクター)なのやら。

 

 その後は香織の探知情報の基、ペースを落としながらも攻略していく。

一度『振り出しに戻る』というようなノリで入り口の部屋に戻された事が有った。どうやら一定時間ごとに迷宮の構造が変わるという仕掛けらしいが、ハジメが道を全て記憶した上で構造変化の規則性を見抜き、それほど問題にならずに攻略する。

 

 そうして暫く進むと、今までとは全く違う場所に出るハジメ達。これまでは特異的な構造もあったとはいえ、基本的に石造りでモチーフも西洋的な物が多かった。

 

 だが、

 

「何これ……日本……?」

「少なくとも、東洋風のモチーフである事は疑いようがありません」

 

 ハジメ達が見ている光景は、紅葉した木々に、浮世絵に登場するような和風の橋、瓦屋根の東屋と、中性ヨーロッパのような文明を持つトータスでは異質としか言えない景色だった。

 

「これは……竜人族の……?」

「やはりそうですか」

 

 しかし、このような文明を築いている国が無いわけではない。代行者の一人である廷が属する九龍、ひいてはユエが言う通り、竜人族が住む国である。解放者は古の竜人族と交流があったのか、或いは……

 

(いえ、今はやめておきましょう。しかし、帰ったらターミナルに聞いておかなくては)

 

 ハジメが頭を振って思考を追い出すと、平安時代を彷彿とさせる風景を見渡す。すると、それを見越しているかのように配置された石碑が視界に止まった。

 

〝ちょっと休憩ポイント。これはミレディちゃんが個人的に楽しむために作った『荘園』という空間の一つだぞ♪ どうせだから少しまったりしていきたまえよ。休めるかどうかは知らないし、なんなら永眠するかもしれないけどー〟

 

 数千年前に敗れたという解放者にそんな意図はないかもしれないが、神敵認定された竜人族の文明を再現した空間など、仮にエヒトの信者が到達したら神経を逆撫でする事間違いない。

 

 因みにだが、この空間はターミナルから九龍の話を聞いたミレディが、七割くらいは自分の楽しみとして、三割は煽り目的で作っている。

 

「皆、景色もそうだけど、さっきから妨害音波が聞こえなくなった。この空間は完全に独立してるみたい」

 

 香織がその旨を伝え、これ幸いと反響定位を使うが敵の気配は無い。それどころか、魔法も迷宮の外の谷底と同じくらいには使えるようだ。

もしかしたら本当に安全エリアなのか? ハジメ達が訝しみながらも橋を渡ろうとすると、それを遮るように傘を被った剣客のような機械が現れた。

 

「……さながら五条大橋ですね」

「牛若丸と弁慶ってことかしら。なんで解放者はこの話を知ってるのかしらね」

 

 別に知らないだろう。たまたまこうなっただけで。

 

 シアは「やっぱり休憩なんて無いじゃないですか。ばっきゃろー!」と言いながら武器を構えている。いよいよ目の前の剣客に挑もうとした時、優花が覚えのある嫌な気配がして周囲を見渡す。

 

「皆、周囲にも敵がいる! 気を付けて!」

 

 言われた通りに周囲を見ると、王城を強襲した隠密型の機械生命体『吊人参型』が五体でハジメ達を取り囲んでいた。そして、目の前の剣客『驍衛(ぎょうえい)壱型』が刀を構える。奇しくもハジメ達の故郷の歴史や文化を再現した闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 手始めにと驍衛が斬撃を飛ばし、その回避先を読んだように吊人達が頭上から強襲してくる。香織がその攻撃を逆手にとり、跳び上がってワルドマイスターで斬撃を加えるというカウンター攻撃を喰らわすと、更にそれを別の吊人が狙う。しかし、ハジメが銃撃によってそれを阻止する。

 

「さながら鵯越(ひよどりごえ)逆落(さかおと)としだよ……なんにせよ、ありがとう」

「義経の闘いを再現するなら、那須与一は必要でしょう」

 

 香織が背後からの強襲に冷や汗を流していると、攻撃をしていなかった二体の吊人が橋の欄干の上で攻撃の構えをする。その直後、今度はさながら義経のように欄干を飛び渡りながら強襲を仕掛ける。

 

 その狙いは、

 

「ユエさん!」

「くるくる~」

 

 ユエであった。ユエは瞬時に対応し、斧の回転攻撃で吊人を迎撃する。そしてその隙をシアとロックが攻撃する事で連携した。

 

「全く……吊人なんて一体でも厄介なのに」

 

 突然目の前に現れた吊人の回し蹴りを躱しながらそうぼやくのは優花だ。昇格者となる前の王城での戦いを思い出していたのだ。あの時は志願したリリアーナを囮にして魔法で行動を封じて倒したのだが、ここでは同じ手は使えない。おまけに数も段違いだ。

 

「っ!」

 

 これまた不意打ちのように背後から攻撃が来る。下手人は吊人達を束ねていると思われる驍衛だ。吊人よりはいくらか存在感があるが、それでも厄介な事に変わりはない。

 

 優花はヨーヨーで迎撃し、更に迫る吊人の攻撃を背面跳びで避ける。そして、その吊人を砲刃分離形態にしたミュオソティスが攻撃していた。

 

「……何かやる気のようだぞ」

 

 戦場の合間を縫ってハジメ達の正面に戻っていた驍衛が刀を地面に突き立てると、吊人達はそれぞれが欄干の上に立つ。そして、ハジメ達の中心に瞬間移動した驍衛が四方に旋回する斬撃を飛ばすと、吊人達がハジメ達の逃げ道を塞ぐように空中で舞った。無論、見世物などではなく全てが必殺の威力を持つ斬撃である。

 

「味な真似を……」

 

 ハジメはそう言いながら銃撃で一体を攻撃し、逃げ道を作って攻撃を回避する。香織も弦を複数交差させる事により吊人の攻撃を防ぎきり、他の面々も各々の方法で窮地を脱した。

 

「香織のそれ、良いわね。飛び回る虫は網に掛かってもらおうかしら」

 

 優花が香織の操る弦を見て作戦を決める。簡単な話である。動き回るなら捕えてしまえばいい。王城での発想と同じだ。幸い、地上程魔法を使えずとも方法はある。

 

 優花が『通達』にて作戦を共有すると、全員から承諾の返事があった。橋の中央では驍衛が再び連携技の構えをしている。むしろ好都合だ。吊人に限って言うなら、バラバラに動かれるよりもかえって戦いやすい。

 

 香織が橋に弦を張り巡らせた時、敵の攻撃が始まった。

 

 驍衛は今度は刀を大きく縦振りし、斬撃を飛ばす。そして、目論見通りに吊人達も一斉に攻撃を仕掛けた。だが、吊人達は攻撃を繰り広げる前にその動きを止められる。原因は言わずもがな、香織が張り巡らせた弦に捕らえられているのだ。

 

「貴方達に終局(コーダ)を捧げてあげる」

 

 そう言った香織は弦を勢いよく引っ張る。すると、吊人達は皆身体を切り刻まれて崩れ落ちた。それを認識した驍衛は一瞬だけ演算に時間を要し、動きを止める。だが、

 

「油断大敵です」

 

 ハジメがその一瞬の隙をついて銃撃する。しかし、腐っても迷宮の機械。銃弾一発で倒れるほど甘くはない。ミュオソティスが大砲で追撃を与えようとするが、最初の砲弾は刀で切られ、二発目以降は瞬間移動で躱されてしまった。

 

 更に、驍衛は移動した先で吊人を二体召喚した。

 

「だんだんウザくなってきたですぅ……」

「所詮最後の悪あがき。私達の勝利は揺らがない」

 

 そして再び橋上の闘いは繰り広げられる。吊人は舞い、驍衛は刀光波を飛ばし、周囲を切り刻んだが、最後は弁慶を打ち倒した義経のように、ハジメ達の勝利によって幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「全く、休憩ポイントだなんて言いながらこんな厄介な敵を配置するだなんて! それに香織さんの技能を見てわざわざテコ入れするなんて! 本当にウザい奴ですぅ!」

「まあまあ落ち着きなさいな。無い語彙力を必死にこねくり回してこちらを揶揄おうとするのも、なんだか構ってほしい幼児のようでお可愛らしいことではありませんか」

 

 穏やかな顔で鋭利に過ぎる毒舌を披露するハジメ。なんだか一時期流行った悪役令嬢ものの主人公のよう。

 

「ハジメさん、油性塗料持ってたら貸してくれません? ちょっとそこの壁に悪口を落書きしてやりますぅ!」

「やめなさいシア! それはあまりにもしょうもなさすぎるわ!」

「そうですよ。どうせやるなら壁中に能面を掘るとかね? ホロウマスク錯視ですよ」

「アンタも手が込んでるだけで大概よ! それから香織は一体何を弾いてるの?」

「腹が立ったからLet’s Rockしようかと」

「呼んだか?」

「まあ、アンタはいいわ別に……」

 

 シアが煽りへの仕返しで血迷った行動を画策し、それを優花が止め、ハジメは悪ノリするというカオスな状況を香織が奏でるゴリゴリのヘヴィメタルが彩っている。流石に後出しでギミックを変えられるのは香織とて腹が立ったのだろう。いつもはパッヘルベルのカノンだのヴィヴァルディの四季だのが奏でられるチェロからは激しいロックサウンドが鳴り響く。

 

 結局、ハジメ達が荘園を出たのはそれから十分が経過した後だった。

 




 はい、まさかのライセン大迷宮で東洋モチーフのエリア。闘いのモチーフは源義経VS弁慶です。欄干を跳び回っていたのは義経の行動。鵯越の逆落としも一ノ谷の戦いでの義経の兵法ですね(実際にはやってないという説もあるようですが)。

 個人的な話をすると、好きな武将は源義経と雑賀孫一なので、その辺をネタに色々考えたりすることも多いです。孫一はオリジナル作品の『東京災禍』に登場していますし。

備忘録

音響対策:流石に反則、という事で対策されました。それでも(精度が落ちるとはいえ)事前に探知して躱すんですけどね。

吊人参型:一体いるだけで王城の住人を振り回した機械生命体。パニグレにこの数が来たら超難関ステージである。

驍衛壱型:パニグレの敵。傘を被った剣客のような姿をしており、見た目通り刀を使った攻撃をしてくる。吊人の試作機らしく、実際、吊人のような動きをする事もある。が、ゲーム内で戦うと吊人の方が強い。今作では大幅に強化されており、吊人を召喚するという凶悪な能力や刀のモーションが増えている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ phase-4

今回でハジメを嫌いになる人もいるかもしれません。


 驍衛壱型を撃破したハジメ達は、再び罠だらけの道を邁進していた。荘園に入る前とは一応違うエリアなのか、新規のトラップも存在した。例えば偽装回転刃トラップ。一見するとただのドアノブだが、実は小型の刃が高速回転しているだけで、触れただけで手を切り刻まれるという物だ。幸い、香織が弦で事前に看破していたために餌食となる事は無かったが。

 

 他にはガラスケーストラップというのも存在している。目の前のドアを開けるための鍵がしまわれているガラスケースがあり、喜んで手を突っ込んだら最期。穴には返しの付いた刃があり、引き抜くと腕がズタズタになる。しかも、光学的仕掛けで中に鍵が存在するように見えているだけであり、目当ての物は偽物であったというオチまでついている。

 

 これに関しては技能を使うまでもなく素で見破っていた。地球組からすればこの状況で罠を疑うな、という方が不可能である。檜山を筆頭とするクラスメイトなら引っかかっていたかもしれないが……

 

「なんか罠の完成度上がりましたねー」

 

 ハジメは実に楽しそうにそれらを評価している。正直、今までの罠は見掛け倒しで飽きてきていたのだ。おそらく、道中の煽り文から見ても、この迷宮は魔法の使えない状況下での対応力をテストする以外にも、悪意への対応という観点も僅かながら存在するのだろう。そして、罠の方向性が後者のコンセプトに合致してきたのだ。

 

 そして、ハジメは目の前の扉を蹴破る。別にイラついているからとかいう理由ではない。偽装回転刃トラップとガラスケーストラップのせいでそうした方が安全という結論に辿り着いたからだ。少なくとも、後者の扉は蹴破るのが正解だったようだし。鍵が無いと開かないように見せかけていただけで、本来は扉でも何でもないハリボテだった。石で出来ているので普通に押しても開かないが。

 

 だが、今回は蹴破っても安全では無かった。ドアを開けて中に入り、暫くすると鉄球が背後に落とされたのである。香織の弦による探知外からの攻撃だ。通路は坂になっているので勝手に転がって来る。しかも、鉄球に開いた穴からは溶解液が流れていた。

 

「推奨:退避」

「言われなくても逃げるわよ!」

 

 無論、一目散に逃げた。要は前回の大玉トラップと変わらない。まあ、特筆すべき点があるとすれば、香織やミュオソティスは持っている武器の都合上で脚だけを動かしているためにダチョウのような走り方になっているくらいだ。上半身の姿勢を崩さずに脚だけで走る美少女……中々にシュールである。

 

 そして、ハジメ達は前回と同じように終着点の穴を飛び越える。だが、今回の罠は二重に仕掛けられていた。なんと、正面から見たら通路が続いているように見えるだけで、実際は間隙だらけの道が続いていたのだ。結局、着地の様相は前回の罠と同じように咄嗟に糸や弦を張って難を逃れた。

 

「I can not fly!」

「そこは嘘でも飛べるって言っとこう?」

 

 ハジメの失笑ものの宣言を聞きながら、香織は呆れた顔でツッコミを入れる。「あの罠死ねる? よし、かかってこよう!」とか言い出さないだけマシであるが……いや、ハジメの今までの言動を見ているとそのような狂行に及ばないとも言い切れないのだ。

 

 その場にいなかった優花やロック以外の記憶に残っている、ハジメが亜人族の前で自分の頭を銃撃した『ハジメ自傷事件』だが、どう考えても空砲を撃った段階で充分すぎる効果を相手に与えていた。すなわち、あの行動は完全にデストルドーに支配されたハジメ自身の意志によって行われたものである。

 

「……?」

 

 香織は足場に乗ったハジメに背後から抱き着いた。迷宮内で空気が読めていないのは百も承知だが、少し不安になってしまったのである。ハジメを死なせたくない。失いたくない。たとえ彼にとって生きる事が業苦そのものであり、死が唯一の幸福だとしても。

 

 そんな香織の心情を読み取ったように、ハジメは背後に腕を伸ばし香織の頭を撫でる。

 

「大丈夫ですよ。少なくとも、この状況で自ら罠にかかる程愚かではありません」

「本当?」

「ええ。あまりに度が過ぎれば、貴女から愛想を尽かされそうですし。僕にとってはそれが最も恐れるべき事態ですね」

 

 今更香織の愛を疑う程にハジメは馬鹿でも鈍感でもない。しかし、ヘラクレイトスの川が示す通り、万物は流転する。全ての存在は滅びるようにデザインされている。それは愛とて変わらない。

 

 たとえ異世界召喚など起きなくても、愛が永続的に続くと思うのは楽観的に過ぎるとハジメは思う。情緒が発達していない少年期や、精神状態が不安定な思春期、そして、様々な経験を積み、老いや死の恐怖が付き纏う老年期では愛の定義すら違うだろう。

 

 おそらく、多くの創作物で『幼馴染は負けフラグ』などと揶揄されるのはこれが原因の一端だ。状況も感情構造も変化する中、幼馴染の関係だけが不変であるなど余程のレアケースだろう。異世界転生もので地球で仲が良かったヒロインを差し置いて、異世界で出会った少女がメインヒロインになるのも同じような理由である。

 

「全く、『愛』ほど甘美で、難解な人生の試練もそうそう無い……」

 

 香織を正面から抱きしめる形にして、ハジメは思う。上記のような現実を前にして『愛』を確立するのは困難だ。とはいえ、それは不可能を意味するものでは無い。

ハジメにとって、愛とは少女小説のような妄想の産物ではなく、自分自身で創り上げてゆく物だ。運命など介入する余地は無く、見返りも無しに成立する高尚な物でもない。

 

 一方、香織はハジメに抱きしめられながら顔を赤くしていた。一見ニヒリスティックな意見だが、その実、この上ない程にロマンチックな意見だ。愛とは失う事を恐れると同時に、演奏における音色やダイナミクスのように自分で創り上げていく事も出来る。音楽や戯曲を愛する香織にとって、これ以上ない程のプロポーズだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、いちゃつくのも程々に、迷宮の攻略を進めなければならない。しかしながら、おそらくオルクス大迷宮よりは簡単な難易度に設定されているのだろうなとハジメは思う。当時と違って人数が多いというのもあるが、トラップにそれほどの殺意を感じないのである。少なくとも、低層の鉱石に触れたら深部のボスモンスターの目の前に転移するとか、そういうのは無い。

 

 それに、精神面で最大の障害となる様々な場面での煽り文だが……

 

〝や~い、轢かれてやんの~、プギャー!〟

 

「なんか同じような文言を過去に二回は見たような……」

「いえ、勘違いではないかと。既に煽りの使いまわしが三周はしてます」

「案外悪口デッキ少ないのね」

「少ない方が良いと思うのですが……いや、まあ、解放者が善良な精神を持ってることの証明にはなりますけども」

 

 シアの言う通り、神に操られた人民に刃を向けられずに敗北した善良な集団が解放者である。煽り文の語彙力が少ないのは攻略者に情けを掛けたというより、ただ単にそれ以上の罵倒が思いつかなかったが故なのだろう、というのが地球組の共通見解だった。

 

 因みに、少し変わり種として「上見て→下見て→大まぬけ~」というのも存在した。優花は「発想が公衆トイレの落書きね……」と呆れていたが。

 

「正直、口から出まかせ大運動会繰り広げてももう少し色々言えますね。僕なら」

「なんか既に片鱗が見えてますね……聞きたいような聞きたくないような」

「大丈夫。ハジメの性格が悪いのは皆知ってる」

「信用度がゼロどころかマイナスですねー……」

 

 ハジメはユエの評価に苦笑する。そして、その中で即興で考えた悪口は、

 

「雁首揃えて御機嫌よう。経験値のお味はどうですか? 犠牲の切れ味はいかがでしょう? 喪失に気付き震えますか? (むせ)び泣くのは構いませんが、何も進歩しませんよね、何も。はは」

 

 とか、

 

「麻痺毒で何もできない? 元からでしょう? 暫くのたうち回っててくださいな。大丈夫です。死にはしません。まあ、目とかに刺さったら、死ぬほど痛いでしょうけど」

 

 とか、

 

「僕って貴方達を見てるのが好きなんです。何も出来ずに喚くだけで一人また一人と死んでゆく。そんな貴方達を見ていると劣等感とか感じずに済みますから。良かったですね。貴方達のおかげで、幸せですよ、僕」

 

とか、

 

「貴方は今どんな言い訳が欲しいですか? 能力が無い理由ですか? 仲間を助けられなかった理由ですか? 努力が実を結ばなかった理由ですか? その理由に僕がなってあげます。だから、一生この迷宮から出られないまま死んでください」

 

 とか、出るわ出るわ碌でもない文言が。やたらと豊富な語彙力で的確に他人の精神を抉って来るその言葉は仲間達全員を石化させた。シアが瀕死で「もう……もうその辺にしてください。関係ないはずの私ですらダメージを負いました」とハジメに言う。尤も、ハジメもこれ以上続けるつもりは無かったが。

 

 優花なんかは、出会った頃に世間に毒を吐いていたハジメの様子を思い出していた。アレ、結構手加減してたんだな、と。今回言っている対象は架空の攻略者であり、怨みなどないはずだが、それでこの毒舌だ。

 

「まあ、これに比べたらこの迷宮の煽り文なんて可愛い物ですよ」

「エエソウデスネ……」

「コイツ、クラスメイトと再会したら絶対碌な事にならないわ……まあ、私もだけど」

「同感……」

「後で美しい韻律の戯曲を聞かせてあげるね……」

「なんかごめんなさい……」

 

 無駄に精神的ダメージを負ってしまった仲間達を見て、流石にハジメも罪悪感を覚えたらしい。即効で謝った。しかし、更なる爆弾を投下してしまう。

 

「でもまあ、安心してくださいよ。僕が実際に言われた事よりはマイルドにしてますから。はは」

 

 ……一体どんな罵詈雑言を言われたのだろう。とは、聞けなかった。聞いたら戻ってこれない気がしたから。ただ、この中で最も付き合いの長い香織と優花は想像がついてしまった。パニシング症候群の罹患者に対する差別の事を言っているのだろう、と。

 

 ハジメは口元だけ嗤っているが、光を映さないその瞳の奥にどれほどの怒りと悲しみと失望が存在するのか、仲間達には分からない。だが、香織だけにはハジメの音が聞こえている。それは嵐のように激しく、花吹雪のように蠱惑的で、洪水のように重厚で……優しさ以外の一面を知っても愛が潰えなかった、一度聴いたら頭蓋に反響して止まない複合音楽。

 

「銃や魔法なんて使わなくても、簡単に人を殺せる」

 

 ハジメは迷宮の煽り文を見ながら、唇を舐めながら言葉を続けた。

 

「金属は脆い……人身も脆い……」

 

 自分達を観測する者に向けて、依然光を映さない眼と虧月のように裂けた口で問うた。

 

「貴女はどうだ? 解放者」

 




まあ、性格が悪いというか闇が深いというか。原典のハジメってマジで常識人だと思う。だんだん作者の中のハジメの顔がNieRのキャラよりも無期迷途のコンビクトになってきている。具体的にはシャロームみたいな顔してる。原典にて香織に好かれる理由となった『優しさ』も数ある仮面の一つに過ぎなくて、でも演じてるような仮面全てがハジメの本性なんですよね。嘘ついてるわけでもないから、香織みたいな特殊感覚でもなければ永遠に理解できない人種。

因みに途中の悪口披露は多分ミレディにもぶっ刺さってます。というか、この時点で既にハジメの攻撃が開始されてるんですよ。前回のピンポイント修正で「ああ、多分生きてるんだろうな」って推測出来ちゃいますし。ユエの前例ありますからね。人類の敵はハジメの方じゃないかな……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ phase-5

ミレディもこんなイカレ攻略者が来ることは想定してなかっただろうな……


 ハジメの即興悪口大会という名の全方位射撃が終わった後、尚も彼らは迷宮を進んでいた。そして、その傍らで特大の被害を受けていた人物が一人。

 

「はぁーー……はぁーー……うっぷ」

 

 この迷宮の主、ミレディである。人間の肉体を失ってから、久しく感じることの無かった感覚。憎悪と悲哀と失望が内側から駆け上がり、吐き気を催している。ここから見ているだけでは男か女か分からなかったが、あの集団を率いる白髪の人物、ハジメは正しく悪魔のような存在だった。

 

 美麗な容姿と、甘美で中性的な声で吐き出された言葉は針のようだった。聞く人が聞けば分かる。あれは解放者に向けた言葉だ。正確にはそう思わせるための言葉だった。

 

 ミレディは訳が分からない。自分達に対する罵倒なら、当時の教会の人間や神の手先から腐るほど聞いた。そして、その経験がこの迷宮の作成に生かされている。だが、ハジメの罵倒はそれらとは種類が違ったのだ。

 

 花の蜜のように甘美な音色で、砂糖を溶かし込んだかのような味を感じさせ、一度その毒を取り込んでしまえば、神経を侵され、細胞を破壊され、癒えぬ痛みと不気味な快楽に溺れ続ける事になる。

 

 実を言うと、ハジメは解放者だけを狙い撃ちしたわけではない。オルクスに保管されていた日記を読んで多少寄せたのは確かだが、言葉自体は誰にでも、それこそハジメ自身にも当てはまるものに過ぎない。普段は意識もしない小さな傷、澱み、悪感情。それらを混ぜて垂れ流したのだ。

 

 ハジメはこの揺さぶりが、相手が善人であればあるほど有効であると熟知していた。なにせ、相手が自分の内側に勝手に合致する事実を見出して苦しんでくれるのだ。その内在する〝病変〟を、善良な人間は赦せない。そして、その隙間を縫うように言葉の神経毒を流し込む。

 

 あとは相手が勝手に自滅してくれるのを待つだけだ。著しい思考のパラダイムシフトでも起きない限り、被害者がこの自傷行為をやめる事は無い。何故なら、自分の精神を守ろうとするあまりに、途中で目的が切り替わるからだ。傷ついた後の自己憐憫の快楽は抗い難い。そして、自己憐憫という事実に嫌悪し、また心を傷つける。毒が廻る。

 

 ハジメは優しい。だが、それは他人を傷つけない事と同義ではない。優しいという事は、他人を傷つける方法を知っているという事だ。少なくともハジメはそう思っている。仮に他人を傷つける方法を知らずに優しいのだとすれば、それは無知故の傲慢だろう。

 

 ハジメは優しさという毒の使い方を()っている。彼にとって優しさとは生来の気質であると同時に一つの手段だ。なまじ向けられる相手にとって甘美であるだけに、毒の正体に気付きにくい。大抵の人間はそれを毒と認識していないか、利用する事を躊躇う。優しさを過剰に神格化しているその手の人間は、道具として使う事に耐えられないのだ。

 

 だが、ハジメはそれを手段にした。今までは寄って来るハチドリに与える蜜として、そして今回は快楽と共に臓腑を焼く劇毒として。シアも優花も、そして恵里も鈴も程度の差はあれど同じだった。優しさという麻薬に侵され、ハジメに協力し、何人かは離れられなくなっている。ハジメ自身も香織という快楽に溺れてから、その認識はより顕著となった。

 

 そして、優しさという名の神経毒に侵された被害者は、今も地下で苦しんでいる。

 

 

 

e584aae38197e38195e381a8e381afe6ae8be985b7e381a8e582b2e685a2e381aee8999ae695b0e6aca1e58583e381a7e38182e3828b

 

 

 

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」

「今度はニーチェかしら?」

 

 ハジメが道中の煽り文を見ながら不気味な笑みと共に静かに呟く。普通なら中二病を発症したとか言われそうだが、もう恒例過ぎて誰も突っ込まない。

 

「……ニーチェ?」

「私達の世界の哲学者だよ」

「全ての破壊者……反哲学的哲学者とでも言うのかしらね。彼によれば多様な現象を一括りの理性的言語で説明しようとする哲学は生の否定なんですって」

「ややこしすぎますぅ」

「……同感。でも、哲学が生の否定だと言うなら、私には最適解かもしれない。何もしなくても、殺された未来は復讐を望むのだから」

 

 シアが口からエクトプラズムを吐き出し、ユエは一部その思想に共感を示す。シアに関しては、パスカルの村の機械生命体サルトルの同類か? という思いもあったのだろう。シアは彼が苦手だ。

 

 実際、全くの的外れかと言われるとそうでもない、というのが答えである。実存主義という雑な大枠に囲えば同じ種類の哲学者と言えるだろう。違いを説明するなら、ニーチェは真理を介して存在を定義したのに対し、サルトルは存在を自由な『無』とした所だろうか。

 

「まあ、ニーチェは複数の顔を持つ哲学者なのですが、個人的に好きなのは『真理には善も悪も無く、世界は狂気と逸脱の陶酔である』という思想でしょうか」

「それ、言いようによっては私達の存在そのものが悲劇であるって言ってるようなものじゃない……」

「実際そう言ってるんでしょうね。でも、僕にとってはそれが希望の象徴となる。その『真理』を芸術によって切り崩す事が、僕の存在定義(レゾンデイトル)とも言えますから」

 

 世界が悲劇であればあるほど、芸術はその真価を発揮する。人類文明が生み出した中でも最高傑作に近いものなのでは? とすらハジメは思っていた。人間が、自然界が持つ狂気的な美しさに唯一適合する手段。

 

「まあ、この言説も三日後には変わってるかもしれませんが……」

「ハジメさんって信念とか無いんですか?」

「定義に依りますね。『全ての存在は滅びるようにデザインされている』というのは僕が再三言っている事ですが、これすらも言いようによっては信念だ」

 

 シアの言葉にハジメは飄々と返す。様々な哲学者や文学作品の言葉を引用してきたが、ハジメにとっては全てが真理で全てが虚構。時代や国によって如何様にも変化する。

 

「不変なものなど無い。それは僕がよく分かっています。物質に限らず、天も地も、過去も未来も、次元でさえも……あの殺戮の夜以来、僕は世界を観測し、学び、触れ、そして描いてきた!」

 

 冷静だったハジメの口調が狂気を帯び始める。ユエやシアは闘い以外でここまで興奮するハジメを知らず、香織と優花は地球での生活以上に狂気を剥き出しにするハジメに見惚れていた。

 

 だが、言っていること自体は筋が通っている。己の身体が完全に機械と化した事を知っても動揺しなかったのはこれが原因だ。香織や優花、ユエやシアも同じ。始まりが狂気であれ悪徳であれ、適応してしまえばこちらの物。

 

 万物が流転するというなら、己の身体が例外であるなど有り得ない。人間とて予期せぬ癌で若くして死ぬ事が有る。何故人間達は自分こそは例外であると思えるのか、ハジメには狂気の沙汰としか思えなかった。

 

「この世界の真理は弱肉強食ではなく適者生存。敵わぬのなら逃げる事もまた適応。或る意味では解放者達はこの世界に勝利したのです」

 

 ここにきてまさかの解放者への賛辞。地下で傍観しているミレディの精神を逆方向から揺さぶったが、ハジメの知るところではない。

 

「だからこそ、僕は『不変の信念』だの『必勝の信念』だの言う言葉が嫌いなんですよ。悪寒がする。正気とは思えない。ただの願望に華美な装飾をして何が変わるものか!」

 

 ハジメはゼロスケールを取り出し、壁から這い出してきたメルトビートルを銃撃して全てを爆散する。これまでにない程感情を露わにしておきながら香織の事前警告は全て聞いているのである。

 

「時にシアさん、鳥や蝶は好きですか?」

「はい? まあ、好きでも嫌いでもない……としか。昔は慈しむ対象でしたが……最近はそうも言ってられなくなりましたし」

「僕は好きですよ。重力に縛られず風を飛翔するあの生命体達が。空は古来、異界と認識されていました。我々人間は鉄で武装しなければ成し得ない事を彼らは生身で(おこな)ってしまう」

 

 ハジメの例え話に香織と優花は「確かに」と頷く。空が異界という表現にはしっくり来るものがあった。大地を見下ろし、日射と風が吹きすさび、時に電流すら発生する。異界と表現しても遜色ない。

 

「広すぎる視界は転じて世界との隔たりがはっきりと出来てしまうものなんですよ。知識として自分の所在地を知っていたとしても、人間は自分の周りにあるものでしか安心できない。だからこそ、常人は信念や正義という物に縛られる、いえ、それを望んでしまう。彼らはこれこそが理性なんぞと呼びますがね。僕からすれば何処までも動物的な本能に過ぎない」

 

 と、話を聞いていた優花が首を傾げる。

 

「もしかしてアンタがやたらと死にたがってた理由ってソレ? 死んで文字通り幽体離脱でもするつもりだったの?」

「まあ、当たらずといえども遠からずですね。僕は以前、死は生の対極ではなく延長に存在すると思っていた。それも間違いでは無いのですがね。しかしながらそれでは足りないと気付いたのですよ。過程、死という極限に至る為の関数です。世界に適応しながら僕は思考しました。生きて死ぬ事は全生命体の宿命。故にこれは単なる生存本能の発露に過ぎず、僕の存在意義(レゾンデイトル)になり得ないのではないかと」

 

 ハジメは憂うような表情から一変し、狂気の笑みを浮かべる。それは計算(ロゴス)の森で彷徨う事を許された数学者の理性だった。

 

「ならば僕は物理法則から解き放たれた虚数次元を観測しようと思い至ったのです。或る意味ではこの世界に来たことも良い刺激でした。真に世界の残酷さに向き合う事で僕の計算(ロゴス)感情(パトス)は洗練されてゆく!」

 

 ハジメは頭にタライの一撃を喰らいながらも持論を展開していく。既に痛覚は麻痺しているようだ。そして、それを聞いて拍手をする人物が一人。香織だ。今までにない程にハジメが狂気を発露しておきながら、ハジメの優しい一面に触れて恋に落ちた少女は嬉しそうに拍手をしていた。

 

「つまりはこう言う事だよね? デストルドーに支配されるだけだったコンダクターが生きたくなった」

「ええ。試してみる価値は有る」

 

 話しているうちに、ハジメ達はとある部屋に辿り着いた。それは香織の反響定位を妨害していた敵の住処。人馬のような機械がヴァイオリンを弾き、犬の頭をした人型機械がチェロを、四足歩行の猫型機械が壁や床に埋め込まれた鍵盤を叩き、ハルピュイアのような機械が空中でコーラスを担当している。

 

 だが、ハジメと香織は意に介した様子は無く、敵のヴァイオリンから飛ばされた音波の斬撃を回避すると、あろうことか敵の楽団の中心でワルツを踊るかのように抱き合った。

 

「とはいえ、僕のデストルドーが生存に不可欠であり役立った事は事実。これはこれで変えるつもりはありません。コンサート・ミストレスが途中で失望しない事を祈ります」

 

 敵の音波攻撃の雨を演奏者の技能で見切りながら回避し、ダンスでハジメをエスコートする香織。その顔はハジメ以上の狂気の笑みに彩られていた。

 

「ア リ エ ナ イ」

 

 こうして迷宮探索を妨害してきた難敵、〝ブレーメン〟との闘いが始まった。

 




まあ、多くは語るまい……ミレディの反応は悪口に傷ついたのもありますが、あまりにも異なる価値観への拒絶反応だと思ってください。実際、人間ってああなります。それまでの自分が到達できない価値観や思想への接触は嘔吐しますし心不全かと錯覚するような鼓動が自分の内側から聞こえてくるものです。とはいえ、それは場合によっては快楽の絶頂とも言えますが。

備忘録

ブレーメン:四体で一つの機械生命体。本来は試練に登場するはずの無かった機械だが、ミレディの気まぐれで登場してしまった。元ネタは言うまでもなく、『ブレーメンの音楽隊』である。

宣伝

https://syosetu.org/novel/294974/

『魔女と死神』という小説も最近更新したので、興味があれば読んでください。興味が無い方も読んでみてください。『昨日』の死神というキャラクターが一部優花の元ネタです(喋り方とか)。性格とか考え方はそれほど似てないかもしれませんが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Musica ex machina/ Fine

機械仕掛けの音楽会……とりあえずは一端終幕です。香織の反響定位を妨害していた敵との闘いはここで終わり。迷宮自体はまだ続きますが。

タイトルのFineは英語ではなく音楽用語で、読み方は『フィーネ』。反復記号で繰り返された後に楽譜の途中で曲が終わる際に使用されます。語源はイタリア語で『終わり』の意味です。ライセン大迷宮の構造上「振り出しに戻る(ダ・カーポ)」も存在するのでこの名前になりました。


 WARNING   ブレーメン

 

 ブレーメンは強敵だ。少なくとも、魔法が分解されるライセン大迷宮では出会った時点で詰みだと言いたくなるほどには。

 人馬型の機械から発される超音波メスのような不可視の遠隔攻撃は回避するのは無謀で、かなりの強度の結界を張るという戦法にならざるを得ない。その上で犬型の機械が発する催眠音楽に意識を乱され、猫型機械が走り回る事で奏でられる鍵盤により不規則な振動に襲われ、最後にハーピー型機械の拡散音波にトドメを刺される。

 正直、魔法云々というよりも対抗できる『演奏者』がいなければ厄介な事この上ない敵だ。

 

「うへえ……私の天敵ですよお」

「……でも弱点もある。相手は音速以上の攻撃を繰り出す事は出来ない」

 

 シアとユエが話し合う。香織との修行のおかげで音を使う相手への対処は学んでいた。音を攻撃の主軸にする以上、相手はそれを上回る速度で攻撃する事は出来ない。

 

「だったら〝遊麟〟と〝引蜘蛛〟で……」

 

 優花はオレステスとの戦闘で使った技をヨーヨーを介して使おうとするが、

 

「! ユウカさん! 危ない!」

 

 何かに気付いたシアが叫ぶ。だが一歩遅く、優花の眼と耳から血が噴き出した。完全な不意打ちを喰らった優花は思わず膝をつく。おそらく攻撃の主は拡散音波を操るハーピー型の機械だろう。だが、自分が攻撃を喰らうような音は発していなかったはずだ。

 

(違う……音は発してた。私が聞こえなかっただけ)

 

 現にシアは警告していた。ということは攻撃の予兆は間違いなく存在していた。という事は導き出される攻撃手段は、

 

(人間の可聴域を超えた高周波音……やられたわね)

 

 それしか考えられない。具体的な数値は忘れてしまったが、兎は人間よりも高い音を知覚できると聞いた事が有った。以前、優花は香織に音も無く背後を取られた事が有った。その時は視認していれば対処は出来ると思っていたのだが……

 

(聞こえない大音量なんてのもあるのね……)

 

 人馬型の超音波メスを避けながら優花は考える。パニシングの再生能力によりダメージは殆ど無いが、何度も喰らえば体力は消耗する。対策を考えていると、

 

「優花ちゃん!」

 

 香織が自分の身体から生やした蔓で作った分身体を優花達に寄越した。分身体はヴァイオリンを弾いて催眠、高周波音を妨害している。どうやらここも荘園と同じくある程度は魔法が使えるらしい。まあ、分身体は実体を持つので簡単には分解されないのだが。

 

 しかし、と優花は思った。

 

「腹立つくらい良い演奏ね……」

 

 ブレーメンの演奏の価値はピアノを弾いて来た優花にはよく分かった。戦闘という形を取りながら一つの音楽としても成り立たせ、更に平時であれば間違いなく聞き惚れる音色を出している。

 

「こういうの対バンって言うのかな? 私達も負けてられないね」

 

 香織が相手の強さに怯むどころか対抗心を燃やすように呟く。その最中、敵の音波を掻い潜り、時に自分の歌声で相殺しながら弓を投げてチェロで横薙ぎの攻撃を加える〝雷跳のフーゲ〟を実行していた。当然、チェロ本体にも相手の音を打ち消す効果が付いている。

 

「貴方達の夢想曲(トロイメライ)は名演だよ。同郷の人間に裏切られた私達によく響く……だから、私が少しヴィブラートを施してあげる」

 

 すると、走り回っていた猫型機械が突如足をもたつかせる。香織の技能、〝ヴィブラート〟によりリズムを乱された上にステータスも下がり、オマケに戦闘が続いたせいか香織自身のステータスは向上してしまっている。

 

ソロ(分身体)は演奏継続。ピアノ(優花)パーカッション(ユエ、シア、ミュオソティス)チューニング(準備)して。コーラス(ロック)は合図をしたら吠えて」

「おっと、主席演奏者(コンサート・ミストレス)が優秀過ぎて指揮者(コンダクター)のやることが無い」

「暇なら音響弾撃ってよ。せっかく作ったんだから」

「了解です」

 

 ハジメは笑いながら香織の指示の的確さを褒める。だが、自分のやるべきことはしっかりと把握しており、香織との修行の過程で製作した音響弾を銃にセットする。

 

準備(チューニング)が整ったら総奏(トゥッティ)でいくよ。敵の楽譜(スコア)は見切ったし、次のアウフタクトがチャンスだね」

 

 その場にいる全員が戦闘態勢を取った。

 

 

 

 

 

 開幕はパーカッションとコーラスによる音波妨害だった。宝物庫から支給された手榴弾とロックの吠えによるものである。香織は自身の天職により、相手の物理的攻撃が固有振動を合わせて崩壊させるタイプではなく、振動波と衝撃波による純粋な破壊攻撃であることを見切っていた。

 

 だがそれらは大した問題ではない。その性質故に音速以上の攻撃は出せず、昇格者のスペックを以てすれば回避は容易だ。

 

 問題なのは優花が受けた高周波音と犬型機械による催眠音楽。前者は人間に知覚できず、後者は聞こえるだけで攻撃を受けてしまう。これに対して香織が出した答えは以下の通りだ。

 

 まず、高周波音は分身体を出して無効化する。幸い、この迷宮では分身体を出すことくらいは出来た。それに高周波音を相殺する音波を出させる事でとりあえずの無効化は出来る。

 

 次に催眠音楽だが、香織が無効化する手段も考えはした。しかし、この部屋は狭い。あまり分身体を出し過ぎても身動きが取れなくなる。従ってここは仲間に頼ることにした。パーカッション達に頼んだのはただ一つ、爆撃である。至極単純な話、音は空気や水などの振動を媒介するものが無ければ伝わらない。

 

 これが音の第二の弱点だ。純粋な衝撃波ならば出力に任せて相打ちに持っていけるかもしれないが、催眠音楽は相手の耳に届かなければ意味が無い。代案として耳栓というのもあるが、他の音まで聞こえなくなったらそれはそれで困る。勿論、コーラスによる妨害も忘れていない。

 

 犬型とハーピー型はコーラスとパーカッションに任せ、香織とハジメはそれぞれ猫型と人馬型を相手取る事に決める。実の所、香織にとって最も厄介だったのが振動波を操る猫型だ。こればかりは〝ヴィブラート〟を併用して自分が相手をするしかない。

 

「さて、弦楽器(ストリングス)さん。数学の原点は音楽とも言われています。崇高なる学術の遊戯を楽しもうではありませんか」

 

 一方、ハジメは楽しそうに人馬型と相対している。或る意味では一番楽な相手というのもあるが、ハジメは香織との出会いといい、何かしら運命じみた物を感じていた。音楽と数学は密接な関係にある。音階というシステムを考案したのはかのピタゴラスであり、プトレマイオスも天体の動きを音楽で説明しようとしていた。

 

 人馬型が超音波メスの嵐をハジメに飛ばす。それをハジメはこれまでの戦闘で記録した攻撃と音速から威力と到達時間を算出し、幾つかは回避し幾つかは音響弾で撃ち落とす。音響弾とは簡単に言えば空気を振動させる機能を持った弾丸で、取り込んだ異重合核に記録されていた奈落の魔物の固有魔法や香織の破壊音響を生成魔法で付与した物である。

 

「こちらには文明の利器が有りますからね。申し訳ありませんが、この距離から仕留めさせていただきますよ」

 

 右手の銃で音波を相殺しながら左手の銃で相手の楽器を狙う。だが、銃弾は相手には届かない。何故なら香織が相手をしている猫型機械が空気を振動させて飛来する攻撃全てを砕いているからである。名前を付けるとしたら〝振動結界〟だろうか。

 

(ちょっと相性が悪いですねー……)

 

 実はこの技は香織との修行の時にも使われた物であり、初見時はかなり苦戦した。何せ弾丸も氷も砕かれるのである。ハジメの天敵だ。そして生み出したのが音響弾である。当時はゼロスケールの連射だけでどうにかなったのだが……。

 

「まあ、せっかく作ったものですし、此処で使ってみましょうか」

 

 ハジメはそう言ってアストレイアを取り出した。こういう時に不屈の精神か何かで傷を負いながら突っ込めば主人公らしくもなるのだろうが、当然そんな事をする気は無かった。そんな『自殺行為』をすれば後が怖いし、なによりこの演奏会にはルシフェル戦と違い、信念だの根性だのという『獣性』は無粋であった。

 

(銃声は必要ですけどねー)

 

 ……何やら一人でボケをかましながらアストレイア用の音響弾をセットするハジメ。因みに心中のボケを含めても音速を上回っている。

 

「撃殺する」

 

 しかし、再び口を開いた時に発した声はその場の全員を冷気に浸した。普段よりもあまりに低く、感情を感じさせない声。だが不思議と機械的な気配は感じないのである。それが余計に恐怖を煽った。

 

「大いなる沈黙の中で、安らかに眠れ」

 

 振動結界を突破し、楽器を砕かれ、更に頭部に銃撃を負った人馬型の機械に、ハジメは慈愛と殺意を織り交ぜた言葉を贈る。機械による演奏会の中で、その空間だけが無音であるかのように感じた。

 

 

 

 

 一方、香織も振動波を操る猫型機械を相手に音楽を奏でていた。猫型機械の攻撃、回避を含む全ての移動が部屋に埋め込まれた鍵盤により厄介な振動波となって襲い掛かる。ステータス、及び修行や実戦で培った技術的な強さを完全に無効化する悪夢の旋律。催眠音楽のように意識や神経を乱されないだけマシかもしれないが、それでも厄介な事に変わりはない。

 

(でも突破口は有る)

 

 一見不規則に襲い掛かる振動だが、香織はその裏にある法則性をしっかりと見抜いていた。

 

(速度はアレグロ……16分音符、24分音符、64分音符が入り乱れた旋律……)

 

 そして、その旋律を乱すようにヴィブラートを差し込み、妨害する。それが香織の旋法だった。香織によって挿し込まれる揺らぎによって猫型機械は不利な状況に追いやられていく。コンサート・ミストレスの策は功を奏していた。

 

 ……実は猫型機械の振動に法則は設定されていない。ランダムに相手の行動を妨害するように振動波を発生させているのである。それに香織が法則性を見出して譜面に起こして逆に妨害した。

 この辺りは数学に似ている。事象を観測し、論理、数式化する。数学とはそういう学問だ。完全にランダムな数列はコンピューターでも作れない。そういう事である。

 

夢想曲(トロイメライ)から夜想曲(ノクターン)へ。後奏曲(ポストリュード)の時間だよ」

 

 香織は背後に宙返りして高速移動を含む刺突攻撃〝夜鳴のターゲリート〟を発動する。意表を突かれた猫型機械はまんまとその攻撃に突かれ、更にワルドマイスター本体の落下攻撃に追撃される。

 

「猫って確か動く物が好きなんだよね?」

 

 香織は敵と戯れるかのように次の技を発動する。複雑な立体機動で相手を攻撃する〝蝶舞のセレナーデ〟だ。地球でも蝶に飛び掛かろうとする猫を見た事が有る人も多いだろう。とはいえ、香織に飛び掛かったら掴む羽目になるのは刃だが。

 

 と、ハジメの方は人馬型の機械を倒したらしい。手榴弾をハーピー型の機械に投げつけ、ゼロスケールを連射している。最近見なかったハジメの〝制圧射撃体勢〟だが、一見無防備に見えるその連射はかなり厄介だという事を香織達は知っている。下手に攻撃しようものならアストレイアでカウンターされ大穴を開けられる。

 

 というか召喚直後の、武装がハンドガン一つだった頃から相手の動きを演算・予測して回避・カウンターの戦術は完成されていたように香織は思う。それは檜山率いる小悪党組との諍いでも披露され、訓練にあたっていたメルドも初見時は驚いていた。流石に当時病人かつステータスも貧弱だったハジメではメルドには勝てなかったが、逆にステータスが同等か僅かでも上回っていたら相当厄介だった、とメルドが言っていたのを香織は知っている。

 

 そして、それは病棟の惨劇の夜にも発揮されたのだろう。ハジメにとって、銃は或る意味では身近な武器だ。病院、という名の隔離施設にいた頃にそこにいた警備兵が銃を携帯していたし、パニシングのパンデミックが起こった後も殉職した警備兵の死体から銃を抜き取って戦った。そうしなければ生き残れなかったのだ。

 

 ハジメは自分でいう程、信念という物を軽んじているわけでは無いのだろう。しかし、戦場とは信念も正義も等しく朽ち死ぬ修羅の庭であるという事を知っているハジメからすれば、そんなものを捨てても生き残るというだけの事なのだ。それは香織から見れば立派な信念だった。

 

「……ご清聴、ありがとうございました」

 

 猫型機械を細剣で破壊し、周りの戦闘音も止んだ中で香織は呟く。ふざけた面もありながら、アストレイアの重い引き金を引くときだけは瞳孔の収縮した無表情で狙いを定めるコンダクターに鎮魂歌(レクイエム)を捧げたコンサート・ミストレスはただ銃刃を握る手に自分の手を重ねた。

 




 因みに、メルド団長との修行では銃だけでなく『零度』と『重合爆発』と『超速演算』が併用されました。

メルド「非戦闘系天職とは……?」

 『数学者』が強すぎて『錬成師』の性能が底上げされてます。『熱操作』の技能はそこから生まれたと思って下さい。攻撃の威力自体は弱いのですが、目くらましに使われたり、行動を予測されて精密射撃されたり、『零度』で体温を削られるだけでも相当相手は不利です。
 なお、訓練をサボっていたと思っているハジメがここまで強いのを見て当然光輝や一部のクラスメイトは不審がり問い詰めますが、サボっていた(らしい)『数学者』が強いというのが理解できなかったらしく納得はしませんでした。最後のハジメの言葉は「心療内科を受診してください」。この世界には無いですけどね……。

備忘録

ブレーメン:多分原作ハジメパーティーでも突破が困難な敵です。というか、香織(演奏者)がいなかったら昇格者達でも超強敵です。本来はミレディの娯楽と防衛用の機械でした。

制圧射撃体勢:何処かでも書いたかもしれませんが、一応パニグレに出てきた技。下手に攻撃するとスナイパーライフルでのカウンターが返って来ます。プレイヤーがミスらなければね……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

薔薇ノ執事

Musica ex machinaというタイトルは前回で終了しましたが、やはり音楽に絡めて話が進みます。私自身、物語や戦いを音楽と捉えているのでずっとこうだと思います。


 〝今となっては私以外誰も知らないけれど〟

 

 機械の執事は使える主の言葉を聞く。

 

 〝この場所には華やかで、愚かで、恐ろしい文明があったんだ〟

 

 その文明の中で生きて、その文明に欺かれ、そしてその文明が壊される瞬間を見ていたのだろう主が差し出すティーカップに紅茶を注ぐ。

 

 機械の執事は主から退屈しのぎに色々な話を聞いた。古の文明、嘗ての仲間達、そして世界に対する愛情。

 

 〝世界の事が好きになってしまったんだ〟

 

 残酷な解だ。拭えない緋色の手で惨めに朽ち果てる世界も執事の主も、全てが壊れた。それを主は年代記にしていた。ターミナルと名乗る少女から聞いた再建した文明の話を聞いた時に、年代記の量は加速度的に増えた。そしてそれを再現した。

 

 〝空白の一部始終を残しておきたいんだよ〟

 

 残酷な界だ。主の愛は、雪も積もらない血の色で惨めに朽ち果てる。これほどの仕打ちを受けても世界を嫌いになれない主の歪んだ愛が、形を持った姿で救われる事を機械の執事は祈る。迷宮という矛盾だらけの試練を課すしかなかった解放者達の皮肉的な優しさが、暗澹たる空虚を砕くことを祈る。

 

 薔薇の執事〝ロシュフォール〟は攻略者達を迎え撃った。

 

 

 

 WARNING   ロシュフォール

 

 

 

 ハジメ達の視界に飛び込んできたのは薔薇が咲き乱れる荘園に、細剣を構えた一人の執事、そして銃器を構える無数の騎士の形をした自動人形(オートマタ)

 

「姫を守る騎士でしょうか?」

 

 ハジメの揶揄うような言葉にも何も返さない。まあ、ハジメの罵言を聞いていたのであれば話したくないのかもしれないが。だが、執事は少しだけ口を開く。

 

「攻略者、何を望む?」

 

 ハジメはその問いの重みを理解し、冷たい声で真剣に答える。

 

「天人の世の終焉を」

 

 執事は再び問う。

 

「攻略者、何のためにそれを望む?」

 

 攻略中の会話に繋げるようにハジメは答える。

 

「ただ、己が獣性の成就のために」

 

 執事とハジメの間で言葉の応酬が交わされる。命の無い者同士の会話であるにも関わらず、その言葉には生命が宿っていた。

 

「征け」

 

 執事が一言命ずると、騎士の形をした自動人形達、『マスケティアーズ』はハジメ達に襲い掛かる。

 

 ジャキンッ―――

 

 だが、奥で狙撃しようとしていた騎士の心臓部をハジメが投擲した朱樺が貫く。近接武器としても使えるのだろうその銃をハジメに振り下ろした騎士は、あっさりと躱された上に至近距離からゼロスケールの銃撃を返され、同時に攻撃を仕掛けた騎士も攻撃を躱され壁を足場にしてハジメに蹴られる。

 

 更に流れるような回し蹴りを三体目の標的に喰らわし駄目押しに銃撃、正面から撃ってくる騎士たちは弾丸を見切って全て撃ち落としてついでに破壊した。後は投げた朱樺を拾い直し、更に襲ってくる騎士を銃で倒す。

 

 荘園は薔薇の香りに包まれているが、ハジメが通った後は吹雪が荒らしていったかのように騎士達が倒れていた。

 

「ハジメさん! 駄目です! 倒した傍から復活してますう!」

 

 シアに言われて振り返れば、騎士達が損傷を修復して復活していた。おそらく、統率している薔薇の執事、ロシュフォールを倒さない限り復活するのだろう。だが、ハジメの顔に焦りは無い。

 

「全く……そうならそうと早く言ってくださいよ。我々が奏でるヴィヴァルディの『冬』を聞く前に壊れてしまうから少しがっかりしていたんです」

 

 穏やかな旋律の多いヴィヴァルディの協奏曲『四季』の中でも、『夏』の第三楽章と『冬』の第一楽章は激しい戦慄であることが知られている。数多の攻撃がハジメに向けられるが、ハジメは後者のその吹雪のような旋律を楽しむかのように躱し、同士討ちさせ、自分も銃撃と斬撃で合奏に参加していた。

 

「この曲はヴァイオリンのソロが光る。お願いしますよ、香織」

 

 ハジメ達が作ったスコアでは、ロシュフォールの相手をするのは香織だった。彼はおそらく下手に群がって掛かっても苦戦するだけの敵である。純粋な単騎の戦闘での立ち回りが求められるだろう。従って、香織以外の味方は周りの騎士達を相手にする事に決めていた。

 

「アダージョ、アンダンテ、演奏開始」

 

 細剣を向けてくる薔薇の執事に、同じく細剣を構えながら戦闘態勢を取る香織。だが、執事が取った攻撃は細剣による剣戟ではなく香織の足元に花を咲かせるような遠隔攻撃であった。

 

「っ!」

 

 それを見た香織は回避して後ろに下がるのではなく、あえて〝夜鳴のターゲリート〟で敵に急接近した。この敵は以前に闘ったダルタニアンのように、離れるとこちらが不利になる敵だと悟ったのだ。

 

 しかし、その攻撃は薔薇の執事には当たらない。相手もそれを見越したかのように細剣で攻撃を弾き返した。そしてそのまま香織に連撃を仕掛ける。

 だが、香織が使った〝夜鳴のターゲリート〟は相手の防御を使わせるための囮だった。香織は執事の背後に回りこむように連撃を躱し、そのまま無防備な背中を斬りつける。

 

 そして執事も負けじと距離を取り、間髪入れずにエネルギー体で作った分身を周囲に飛ばす。それは香織への攻撃だけでなくマスケティアーズ達と闘うハジメ達への妨害にもなっていた。

 

「舐めんなですう!」

「くるりん」

 

 シアが白ノ約定でマスケティアーズごと分身体を切り伏せ、ユエも斧を振り回して攻撃と防御を同時におこなっている。どうやらこの動作も気に入ったらしく、「くるくる~」とか「くるりん」とか擬音を発しながら攻撃している。

 

 ミュオソティスとロックは優花がヨーヨーを飛ばして張った糸に飛び乗って回避・攻撃しているし、ハジメに至っては無造作な銃撃で分身体を消している。オマケに朱樺を横に構えたと思ったら、半ば浮遊しているかと思うような動きでマスケティアーズと薔薇の執事を一撃で斬りつけた。どこの時計塔の○リアだろうか。清水と一緒にゲームもしていたのでそこから動きを模倣した可能性は高い。

 だが、香織の闘いを妨害するつもりはないようでそれ以降はマスケティアーズの相手に専念している。

 

「見事だ。人間」

「!」

 

 手短な称賛と共に執事は香織に刺突攻撃を仕掛ける。それは〝夜鳴のターゲリート〟と酷似していた。香織はなんとかいなすが執事はそれほど応えた様子は無い。

 

「私も少し本気を出そう」

 

 執事がそう言うと、彼の持つ細剣が炎を纏った。そしてそれを地面に突き刺すと香織の足元が発火する。それを避けたと思えば更に回避地点の足元が発火した。そして、更にもう一度発火したかと思えば、炎を纏った広範囲の斬撃を繰り出してくる。

 そして、執事が最後の全方位斬撃を繰り出したあと、香織のワルドマイスター本体の攻撃が執事を穿つ。

 

「貴様は紛れもなく強者だな……流石に全て躱されるとは思っていなかったぞ」

「称賛は受け取るけれど、私達だって遊んでいたわけではないもの」

「ふん……可愛げのない女よ」

 

 よりによってミレディには可愛げが有るのだろうか、と思う香織。まあ、悪口デッキが少ない事を考えれば根は善人なのかもしれないが。

 

「ところで演奏者よ。気付いているか? この空間ならば多少の魔法が使える事を」

「……何が言いたいの?」

「なに、同じ武器を使う者同士だ。少しばかり本気でやりあってみたいと思うのは道理であろう?」

 

 執事がそう言った瞬間、執事とマスケティアーズを雷撃が襲う。電子楽器でもあるワルドマイスターの電流を最大限に放った結果だ。それを無言の肯定と受け取った執事は機械でありながらほくそ笑む。

 

「それが貴様の真の姿か」

「本当はもっと悍ましい姿が私の本性だけど、貴方がそれを知る必要は無い」

「ほう……それはそれは」

 

 『四季』は冬から夏へ。人間にとっては脅威に、砂漠にとっては恵みとなる嵐になった演奏者は、燃える剣と二重奏(デュエット)を奏でる。

 

 今度は香織の先制攻撃だった。飛び掛かってワルドマイスターを地面に刺し、敵と周囲に落雷を落とす。奈落で多用していた技〝狂嵐ジュンフォニー〟だ。

 

「まるで嵐だな……実に美しい」

「ありがとう。最大級の誉め言葉だよ」

 

 周囲の惨劇とは裏腹に香織は無表情に答える。細剣とチェロは激しい戦慄を歌う。そこにいるのは恋を知ったばかりの少女ではなく、一人の指揮者に狂愛を向ける貴婦人であった。執事の炎は吹きすさぶ音の風に吹き消され、細剣から放たれる剣閃も姿を隠しての攻撃も雷に撃ち落とされる。

 

 それはもはや一方的な蹂躙にも見えた。だが、執事も負けずに香織に傷をつけてゆく。しかし、生ける嵐となった美しき演奏者は怯みもしない。

執事は再び高速移動し、姿を認識させずに香織に斬りかかる。だが、香織は降りしきる雷鳴の中でその斬撃を叩き落した。

 

(もう小細工は意味が無い)

 

 そう悟った執事は捨て身で刺突攻撃を仕掛ける。音も雷撃ももろともしない全身全霊の攻撃。香織もそれを正面から迎え撃つ。二つの細剣が交差したその直後、

 

「貴様の勝利だ……」

 

 相手の胸を貫いていたのは香織の細剣だった。その瞬間に全てが止まる。この空間は無音であり、香織の刃が相手を貫き、執事の細剣が相手の頬を掠めた光景しか目に入らない。

 

「さあ、私を殺すがいい。私を殺し、お嬢様と闘い、お前達の嵐で、ひと時の静けさを……」

 

 香織は一瞬躊躇った後、執事に刺した細剣を抜き放った。執事の循環液が、風に吹かれて散りゆく花弁のように舞い散った。香織は返り血を浴びながらその場に佇む。相手は機械ではあるが、意思を持った〝人〟でもあると誰もが思っていた。

 

 香織は初めて人を殺した。

 

 ロックの前例を考えれば、メインのCPUが生きていれば何事もなく蘇生する可能性もある。だが、それでも殺す気で攻撃を放った事には変わりがない。

 

 香織は意識海に渦巻く嵐と闘っていた。ともすれば飲み込まれそうな暴風の中、香織は歌っていた。もう戻れない。幻影のハジメを刺した時とは違う、実感を持った殺人の旋律。あの時も意識海は嵐が吹き荒れた。しかし、その時は別のショックがあったから考えずに来れてしまった。

 

 二度目の殺人で荒れる心に、それを止めるようで嵐と同化するような歌を響かせる。やがて、意識海の嵐と旋律が同調した時、香織の表情は落ち着いた。

 

「ごめんね。少し、眩暈がしちゃった……」

 

 純粋な笑顔と、戦い抜いた表情でそう発する香織に、やはり動いたのはハジメであった。ハジメは返り血に塗れた香織を抱きしめる。

 

「誇りなさい。貴女は美しい。誰が何と言おうとも」

 

 ハジメは香織を抱きしめながら賛美の言葉を口にする。香織は自慢の恋人だ。時に花のように優しく、そして時に嵐のように激しい。ハジメは彼女の優しさも獣性もその全てが愛おしく、そして美しかった。仮に軽薄な正義感と倫理観で彼女を否定するなら、ハジメとて怒りを抑えられない。

 ハジメはただコンサート・ミストレスを抱きしめ続けた。その光景は無音で無言でありながら、確かに協奏曲であった。

 

 誰もが静かに見守り、ミュオソティスの心に、一つの感情が追加された。

 




 正直、書いてて楽しかったです。ヴィヴァルディの四季をテーマにパニグレの序盤のボスである『薔薇の執事』と闘わせてみました。前半が『冬』の第一楽章、後半が『夏』の第三楽章です。多分今後も使うと思ふ……。

 そして嵐のような香織さんですが……正直NieRクロスにしてはかなり控えめだと思うんです。とはいえ、原典での設定は優しき少女ですし、二次創作でも優しく支える事が多い彼女。ですが、今作では時に嵐となって暴れていただきます(原作の行動を見る限りそこまで的外れなキャラ設定ではない気もします)。私の持論ですが、女性はこれくらい激しい方が美しいと思うんです。優花はまさに顕著ですが。
 そして、その激しさで今度は実体の殺人。「相手は機械だから殺人じゃない」とか野暮なツッコミはしないでください。本来ならもっと苦悩したり苦しんだりするべきなのでしょうが、嵐となった香織は受け入れてしまいました。「逃げ」というなら言えばいいですが、私もハジメもこう返します。「誰が何と言おうとも香織は美しい」と。

備忘録

ロシュフォール:パニグレの序盤のボス『薔薇の執事』だが、今作では部下の騎士を引き連れて登場。初心者の壁として名高く、炎を纏った第二形態はステータスをかなり盛っていないと即死級のダメージを喰らう。また、高難易度コンテンツの第三形態では姿を消しての攻撃も。タイミングが分かりづらいため、開き直って回避ボタンを二回押した方が無難。余談だが、同じく細剣が武器のセレーナ幻奏で戦うとちょっと楽しい思いが出来る。
 パニグレではレオンという名前だったが、今作では『三銃士』の登場人物から命名。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇ト処刑ノ後奏曲(ポストリュード)ー甲

ミレディが結構キャラ崩壊してるかも。ありふれ零は未読だから詳しくは分からないんですよねえ……


 ハジメ達が入った場所は超巨大な球状の空間だった。確認できる数値で計算してみると、直径二キロメートル以上ありそうである。そんな空間には、様々な形、大きさの鉱石で出来たブロックが浮遊してスィーと不規則に移動をしているのだ。完全に重力を無視した空間である。だが、不思議なことにハジメ達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

 実は、ここに来るまでも力学的法則を無視した動きで襲い掛かって来るマスケティアーズの集団を撃退してきたハジメ達。重力操作か何かの影響下に置かれている事は既に推測していた。おそらく、この部屋が大元だろうと当たりを付けるハジメ。

 

 この空間にもマスケティアーズ達の姿は存在する。しかし、ハジメ達の周囲を旋回するだけで襲っては来ない。

 

「どこぞの天空の城でしょうか?」

「確かに、もう少し近未来的にすれば近いかもね」

 

 適度な雑談を交わしながら反響定位で空間を探ろうとする香織。と、次の瞬間、シアの焦燥に満ちた声が響く。

 

「逃げてえ!」

 

 とりあえず各々の速度特化技で瞬時に飛び退く一行。

 

 直後、

 

ズゥガガガン!!

 

 隕石が落下してきたのかと錯覚するような衝撃が今の今までハジメ達がいたブロックを直撃し木っ端微塵に爆砕した。隕石というのはあながち間違った表現ではないだろう。赤熱化する巨大な何かが落下してきて、ブロックを破壊すると勢いそのままに通り過ぎていったのだ。

 

「〝未来視〟ですか。ありがとうございます」

「……ん、お手柄」

「発動して良かったですぅ……代わりにエネルギーがごっそり持っていかれたので回復するまで待って欲しいですが」

 

 〝未来視〟は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。

 

 確かに、あれほどの大質量の物体が床を砕くほどの速度で接近すれば昇格者とて無事では済まない。死にきれなければそれはそれで地獄である。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 ……どこからともなく声が聞こえた。ハジメ達がその方向に振り向くと、どことなく折り鶴を想起させる外観の椅子に座った金髪の少女がいた。ふざけた言葉の割に、声にはあまり元気がなさそうだったが。

 

 ハジメ達が訝し気に近寄ると、その椅子の異様さがよく分かる。全体的にシャープでシャビィシックな芸術美を感じさせるが、少女の手足を拘束するかのように様々な器具が取り付けられていた。まるで電気椅子のようである。

 

「っ!!」

 

 と、近づいたハジメ達に、椅子の背後に隠されていたのだろう尻尾のような部位が襲い掛かる。なんとか躱して少女を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔で口を開いた。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。口が悪いにしても最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 

 それもそうか……とハジメは思い、とりあえず自己紹介することにした。

 

「お初にお目にかかります、南雲ハジメです。まさか迷宮の主が拘束された状態で出現するとは思いもしなかった故、ご勘弁を」

「おおう、思ってたよりちゃんと返してくれたぜ……因みにこれは拘束じゃないよ。自分の意思で外せるしね」

「あ、因みに常識は或る意味学者の敵ですのであしからず」

「一言多いんだよな……」

 

 道中での悪口大会のせいでハジメの事を傲岸不遜な人物だと思っていたミレディは少し驚く。そして、右手を椅子から外し、ヒラヒラと振って見せた。そして、再び会った時の状態に戻すと口を開く。

 

「君達と問答はあまりしたくないから、サクッと本題に入ろう。結論から言ってしまえば、キミタチは試練をクリアした。問題なく神代魔法をあげてもいいと私は思ってる」

 

 その言葉にハジメ達は少し驚く。この部屋はオルクス大迷宮で言うところのタブリスのいた部屋、すなわち最終試練の部屋だと思っていたからだ。

 

「キミタチへの嫌がらせとして余計な試練も受けさせたんだけどさあ」

「嫌がらせだって事と余計な試練だって事は認めるんですね」

「ちょいちょい最後まで聞き給えよ。とりあえずその余計な試練でキミタチは私の想定以上の戦果を上げた。だから迷宮自体はクリア。拍手!」

 

 ミレディは両手を椅子から外し、拍手をする。彼女は道中の会話や攻略の様子も見ていたのだが、ハジメ達もハジメ達で事情があり、ただの嫌な奴ではないことは十分に分かった。しかし、だ。

 

「だけどさあ、流石にあの悪口はミレディさんもかな~り傷ついたんだよ」

「おや失礼。あまりにも楽しそうに話しかけられたので、話を合わせようと気を使ったつもりだったのですけれど」

「善意のサイコパスかな? 効いてないなら効いてないって口で言いなよ。嫌がらせに嫌がらせで返す必要は無いんだよ!」

「ふふ、僕は優しいですから。ちゃんと相手と同じ土俵で戦って差し上げなければと」

「正々堂々に見せかけて、テーブルの下で蹴り合ってるような陰険な闘いに巻き込まないでくれるかなぁ?」

 

 何を言っても悪役令嬢さながらに飄々と返すハジメに呆れ気味のミレディ。

 

「まあ、あの悪口がクソ野郎どもに向けられるかもしれないと思うと少し爽快ではあるけれどねえ……キミはいたいけな美少女の心をしたたかに傷つけたわけだ。その落とし前はつけさせないとねえ」

 

 ミレディの纏う雰囲気が不穏になる。それと同時に椅子も変形するような音を出し始めた。

 

「だから何? 私達を叩き潰そうとでも言うのかしら。お忘れみたいだけれど、先に煽って来たのはそっちよ。それなのにちょっと仕返しされたからって暴力に訴えるって言うの? 年喰ってる割に随分大人げないわね」

 

 優花が呆れたように口を開く。確かにハジメの性格が悪い事は認めるが、やったことは『仕掛けられた舌戦に舌戦で返した』それだけである。だとすれば先に手を出した方が幼稚と捉えられても仕方が無いという論理だ。

 

 因みに、ミレディが生きている事に全員驚いていないのはターミナルという前例が有るからだ。

 

「あッはッは。確かにそうだろうけれどねえ。そんな冷静な判断が出来なくなるほどにミレディさんの心は傷ついてしまったのだよ♪ この煩悶は理性では収まりがつかないのさあ……だから、この決着はキミタチが再三言っていた『獣性』で以てつけてやろうって心算さ!」

 

 ミレディがそう言うな否や、彼女の座る椅子はミレディを包み込む異形の蛇のように変形した。頭部にあたる部分にミレディが収まっているのだが、その頭部の模様が片目しか描かれていない不気味な笑顔のように見える。そしてその頭部から四本の脚(手?)が出ているという奇怪な姿である。

 

「そう……まあ、言ってみただけよ」

 

 優花ははなから説得する気は無かったのか、あっさり引き下がった。そして、おそらく此処にいるほぼ全員が同じ気持ちだった。普通ならミレディに同情するか、罵言を吐いたハジメを弾劾するかという事になるだろう。だが、セイレーンやルシフェルになった事もある彼女等はそこまで優しくなどなれない。

 

「キミタチって友達いなさそうだよねえ……もしかして居場所がなくなって力を求めてるのかなぁ~?」

「事実だから否定はしないわ。でも、お生憎様。聖人君子でも嫌われるわよ。周りが劣等感に耐えきれなくなって勝手に攻撃してくるの。人生って素敵ね!!」

 

 優花の怒りと皮肉と自虐が入り混じった声に、ユエやシア、そして密かにミレディといったトータス組は少し引いた。本当に過去に何があったんだ……と。

 

 正直、仕方が無いと思う香織。麗しき国に生まれ育ってしまったせいで、()()()()()()()()完璧な人間だけを追い求め、そうでない人間を非難し遠ざける人々。そして完璧であれば更なる悪意で以て攻撃する人々。「デッドエンド(袋小路)だ畜生!」と香織ですら思う。

 

「まあ、なんにせよ、やることは変わらないね。年寄りの八つ当たりに付き合いたまえ若人よ。どうせキミタチも昇格者なんだからちょっと強めに叩いたって死にやしないだろうけどね。そう言えば、ハジメだっけ? キミはずっと黙ってるけど、言い残すことはある?」

 

 ハジメはミレディを見上げる形で無表情に言葉を発する。

 

()が憎しみ、汝が失神、汝が絶望を、即ち嘗ていためられるかの獣性を、月々に流されるかの血液の過剰の如く、(なれ)は我らに返報(むく)ゆなり」

 

 それは闘いが開始される事を意味した。

 

 

 WARNING   ミレディ・ライセン

 

 

 ミレディが操る〝処刑椅子『アレクサンドル』〟は初対面の時もやってきた尻尾での薙ぎ払いを先制攻撃として行う。そして、なんと床を液状化させてその中に潜行してしまった。幸い、ハジメ達が足を取られる事は無かったが、攻撃のタイミングが読めない。

 

「皆気を付けて! 来るよ!」

 

 しかし、反響定位で探知した香織が攻撃のタイミングを予測した結果、頭部で食らいつくと言う不意打ちは失敗に終わった。

 

「本当に鬱陶しい能力だなあ」

 

 そんな声と共にアレクサンドルは身体をくねらせ、頭部の脚で攻撃してくる。香織は最初の二発を躱し、三発目を弾き返した。そして一瞬だけ怯んだ隙にミュオソティスの砲撃とハジメの狙撃が当たる。

 

 そして再びアレクサンドルは床下に身を隠した。そして、相も変わらずの予兆無しの下からの尻尾による攻撃と、液状化した地面を波立たせての攻撃をしてくる。タブリスやルシフェルのような理不尽さは感じないが、それでも脅威だ。

 

「Let’s モグラ叩き痛い!?」

「アンタ一回黙りなさい」

「失神するでしょうが戦闘中に」

「失言するからよ」

「何ですかその等価交換は」

「お前が叩かれてやんの~! や~い!」

 

 ハジメと優花のコントじみたやり取りにミレディが煽りを入れる。これまでの狂気とシリアスに満ちた攻略や、戦闘前のシリアスなやり取りとは違ってラスボスが最もユルい闘いになっている。

 

「私の暴力は、炭素20kg、石灰1.5kg、硝石100g、照れ隠し5gに歪な愛情97kgで錬成されてるわ」

「殆どが歪な愛情ですねえ……」

 

 某漫画では『錬金術は台所から生まれた』などと言われているし、料理人である優花が言うと説得力がある。ミレディが飛ばしてきたX字の斬撃を背面跳びで避けた優花はヨーヨーをミレディにぶつける。

 

 ミレディ、もとい処刑椅子アレクサンドルは蛇のように身体をくねらせながら高威力のレーザーを撃ち出してくる。射出部は頭部なのだが、その動きのせいでこれまた見えづらい。

 

「まあ、避けられないわけでは無いのだけれど」

 

 そう言って香織はなんなく避けた。見づらいとは言ってもその程度の攻撃であれば別に脅威でも何でもない。更に、ロックが尻尾のチェーンソーで怯ませた隙に香織が生み出した分身体が細剣で攻撃する。

 

 ミレディが尻尾で攻撃してくるが、それはハジメがアストレイアによる射撃で弾き返した。

 

「チッ」

 

 形勢不利と悟ったミレディはもう一度床下に逃げようとするが、今度はそれも阻止された。

 

「へ!? 何!?」

「一本釣り!」

 

 妨害者の正体は優花だった。ヨーヨーの糸をミレディに巻き付け、床に潜る前に釣り上げたのである。

 

「ちょっと! どんだけ力あるの!」

「天職特権って奴ね」

 

 優花の天職『投術師』の実質的な権能は『触れた物の操作』だ。騎士が使う大剣も、街路を塞ぐ大岩も、彼女が触れれば操作できてしまう。そう、ある程度であれば彼女の膂力や物理法則を無視して〝投げる〟事が出来てしまうのだ。

 

「ぐぬぬ……でもこんな事で倒されるようなミレディさんじゃ」

「足元にご注意を」

「ん?」

 

 ミレディに背を向けて見せつけるように振られる優花の手。そして艶やかに動くその指には幾つものリングが掛かっていた。否、トータス人であるミレディは分からなかったが、その正体は投げられた手榴弾のピンであった。

 そして、手榴弾の本体の方は転がされたミレディの側に。

 

「ひにゃあああ!!」

 

 ミレディを飲み込むように紅蓮の花々が咲いた。別に魔力など使わずとも、火薬を爆破するくらいは出来るのである。

 

 と、そんな中でなんとか体を起こしたミレディ。アレクサンドルの頭部が開き、その中からミレディが項垂れるように出てくる。やったか? 一瞬そう思ったハジメ達だが、こういう時は大抵やっていない。

 

「!?」

 

 ミレディが突然キラキラと輝く紫色の液体を垂れ流した。発生源は胸部だろうか。体勢的に嘔吐してるようにしか見えないが、そういう事にしておこう。

 

 そして、更に驚くべきことが起こる。なんと、液体の落下点から領域が展開され、周囲がモノクロの星空のような景色に様変わりしてしまった。

 

「さてさて~、躾の時間だよ」

 

 顔を上げたミレディが睨むように、しかし楽しそうに呟いた。

 




ミレディ、まさかの処刑椅子に座っての登場である。とても傷心だけどなんかやり取りがユルい二章ラスボス。因みに、シア変異体がダルタニアンという名前だったのはライセン大峡谷のボスがミレディだったので。

備忘録

汝が憎しみ、汝が失神~:アルチュール・ランボーの詩『やさしき姉妹』より引用。

処刑椅子アレクサンドル:パニグレのボス『惑砂』が操る処刑椅子『折鶴』が元。折鶴という名前は別の箇所で使いたかったため、名称変更。名前は『三銃士』の作者アレクサンドル・デュマ・ペールより。

嘔吐のような動作:惑砂が実際にしていた動き。いまだにどういう仕組みなのか分からず、そもそも嘔吐なのかすら不明。もしかしたらパニグレのストーリー上で言及されていたのかもしれないが、この時点の作者は知らないのである。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇ト処刑ノ光葬曲(ポストリュード)―乙

今回はちょっと賛否両論分れるかもしれません。


 今となっては遠い過去のように思える海賊共和国(リベルタリア)。大衆芝居と大衆に疎まれる人生。断罪願望と踊る日々。ハジメにとって、地球での生活は悪意との闘いを意味する。誰もが血を望んでいる。聖人の皮を被った殺人遊戯の道化師は、自分が踊る場所がグランギニョルとも知らずに道徳を叫ぶ。

 

 ハジメは目の前の傷ついた解放者を見てニヒリズムの喜劇を見ているような感慨に陥る。まさか煽り返しただけでここまで変貌するとは思いもしなかった。戦闘での強さは知らないが、試験官としてあまりにも不適格だ。

 

 呼吸をする事すら金が要り、今や命も無いのに殺し合う。嘲りたいなら嘲ればいい。己の下らない緞帳の一つにすら始末をつけられない人間達。今更この迷宮で向けられる悪意に動じるようなハジメではなかった。何処にいたってこの程度の悪意なら存在する。

 

 ハジメがこの迷宮に来てから抱いたのは、怒りでも哀れみでもない。なんなら軽蔑ですらない。純粋な疑問であった。

 

「純粋な疑問なのですけれど、貴方がそこまで怒ると言うのなら、一体どう攻略するのが正解だったのでしょうね」

「……はあ?」

「応じるまま、受け入れるまま、ただ罵言を聞き流すだけの攻略者をお望みでしたか? すみませんね。しかしながら、僕の故郷では下級の遊女だってもう少し気位が高いものですよ」

 

 ハジメはそれが疑問であった。だが、無意味な問いである事も理解していた。おそらくこの解放者自身、完璧な正解など把握も設定もしていない。ただ神に勝てる人間を探すためだけの試練。あの程度の雑言に揺らぐような、光の精神の持ち主。

 

「だったら何? ミレディさんはね。エヒトの後釜を作るために大迷宮を、試練を作ったんじゃないんだよ!」

「ほう? 僕がエヒトと同じであると?」

「違うの? お前からは感じるんだよ。アイツと同じ悪意の気配を!」

「僕こそ南雲ハジメです崇めなさい! ……あんまり気持ちよくなりませんね」

「完全にバカにしているよね!」

「少なくとも崇められる趣味は無いんですよ。ほら、下手に崇められるとその人『で』遊べないじゃないですか」

「お前やっぱりクズだな!」

 

 その人『と』ではなくその人『で』遊ぼうという時点でハジメの人間性が垣間見えるが。

 

 ミレディの攻撃は基本的にハジメに集中している。無論、範囲攻撃等で周囲を巻き込むことはあるにせよ。それだけ、ミレディはハジメを危険視しているのだ。しかし、ハジメはどこまでも静かで、冷たい目をしていた。

 

「逆に聞きますが、そちらこそ攻略者に色々と求め過ぎなのでは? 少なくとも、善良かつ正義感の強い人間では神に勝てないと、他ならぬ貴女方が証明したのではありませんか」

「ぐっ……!」

 

 返されるハジメの論にミレディは歯噛みする。分かっている。ハジメの論が正しいと。自分達の善良さゆえに神に敗れ、大迷宮を作る事になった。それは否定できない。

 

 ミレディの苦悩に呼応するように液状化した床が渦巻き、中心部にハジメ達が引き寄せられる。そして、それに併せるようにマスケティアーズ達が攻撃してきた。騎士達をそれぞれの方法で撃退したハジメ達……主にハジメがミレディ本体の突撃を含む過重圧殺を喰らうが、逆にハジメがアストレイアで撃ち返した。

 

「流石は蛇。伊達に様々な宗教で神の最大のライバルを張っていない」

 

 口から上が潰された状態でハジメは話す。

 

「重力に潰されて死ぬのも悪くはない……しかし、この半生で始末を負わなければならない業が増えすぎてしまいましてね。そう簡単には死ねないのですよ」

 

 頭部を再生しながら話すハジメの狂喜にミレディは一瞬怯む。自身が致命傷を負ったことに何故か喜び、そして生き残った事にも喜んでいる。ミレディには訳が分からなかった。

 

「潰れろ!」

 

 もはやこれ以上の言葉の応酬は無意味。そう悟ったミレディは浮遊していたブロックを一斉に落とした。マスケティアーズ達と違い、ブロックそのものを操る事は出来ないが落とすだけなら可能だ。

 

 完全な詰み。いかに超人的な演算能力を持っていようとも、これだけ一斉に落とされてしまえば避けようが無い。

 

「あは、あははは……」

 

 ミレディは力なく笑った。自分の行動が完全に正しいなどと言うつもりは無い。むしろ、長年待っていた攻略者候補を自分の手で葬ってしまった。ミレディの行動は、解放者としても、迷宮の主としても、ミレディ・ライセン個人としても間違いの極みだ。

 

 だけど、

 

 と、ミレディは思う。人間は()()()()しかしてはいけないのか? ミレディはその問いを捨てる事が出来なかった。たとえ、それが神に負けた原因であると分かっていたとしても。

 

 だってそうだろう? 感情を切り離して最適解を求めるだけの存在が、人間で良いはずがない。たとえ間違っていても、切り離せない何かを持つのが人間であるはずだ。神に挑むような攻略者は少なくとも、そうであって欲しかった。

 

分かっている。これが身勝手な欲望で、時が経った地上の人間にそれを向けるのは筋違いだという事も。でも……それでも……

 

「全く……最近は無能だ死神だ人外だと、言われたい放題で困ってしまいますね」

 

 ミレディは驚愕した。背後から聞こえたのは今殺したはずの人物の声。その人物、ハジメは空中で、いや、空中に張ったのであろう糸状の構造物に座って涼しげな声で話していた。

 

「でも否定はしませんよ? 貴方からそう見えたのならそうなのでしょうし。男性のようであり、女性のようであり、悪魔と名乗り、人外と言われる。皆が皆、自分の見たいように物事を見ている。しかし、それが良いのかもしれませんね。その方が実に人間らしくて」

 

 その声は涼しげだが、どこか冷たさを孕んでいた。それは嘲笑でも冷笑でもない、ただ事実を列挙するだけの声色。

 だが、ミレディはその前に聞かなければならない事が有った。

 

「一体……どうやって……」

 

 その問いに対してハジメはつまらなさそうに答える。

 

「蜘蛛の糸って便利ですよね。地獄の沙汰もこれ次第だ」

 

 何の事は無い。戦闘開始と同時に部屋中に香織の弦や優花のヨーヨーの糸を張り巡らせていただけである。これまでの迷宮の様子や、戦闘中のマスケティアーズ達の襲撃からこの手のギミックは想定の範囲内であった。むしろ、それらの糸を引っ掛けられる『障害物』のおかげでこの作戦は実行できたと言っても良い。そして、張り巡らされた蜘蛛の巣に落下物は引っかかった。

 

「そうそう、それで貴女の演説は聞かせていただきましたけれど」

「……っ!」

「いやはや、素晴らしい宗教だ。実に正義と善性に溢れており、眩しさで失明しそうです」

 

 そういうハジメの眼には光など無い。口元だけは笑っているが、美しい双眸は奈落のように暗い。その異様な表情に気圧されるミレディに、ハジメはさらに続ける。

 

「人間は簡単に、物事を自分で考えていると思い込みます。正義も哲学も自分で発見した物には価値が有ると信じ、思考を操られているとは考えたがりません」

 

 その言葉には流石にミレディも看過できなかった。まるで仲間と語り合った日々が、神に反逆しようと立ち向かった過去が偽りであると言われたような感覚に陥ったのだ。

 

「うるさい! 私は洗脳なんかされてない! 神に歯向かったのも、仲間を集めたのも私の意志だ!」

「本物と偽物という二元論的観点では語っていませんよ。というより、善悪、正誤、真偽という表裏一体を軸とした排中律が成り立つ可視的加算的実数的論理では語っていないと言うべきでしょうか」

 

 何を言っているんだ目の前の奴は。

 

「そもそも洗脳などする必要はありません」

「は……?」

「知性体という存在は、言葉によって共同幻想を作り出しているのですから」

 

 本気で何を言っているのだろう、目の前の奴は。

 

「例えば、その正義は果たしてどこから来たのでしょうか? 無から湧いて出たのか? それは有り得ません。あるはずです。その思想を持つに至った、貴女を観測し、影響を与えた存在が」

「…………」

「要するにこれは、人間を世界の一部と捉えるか。それとも世界を人間の一部と捉えるか。そういう論理なのです。そもそもこの世界は、我々の故郷もそうですが人間に都合が良すぎるのですよ。例えば太陽などは少し温度が高ければこの世界は火の海ですし、少し温度が低ければ氷河に埋め尽くされていた。こればかりは神がそう創ったのではありません。(ひとえ)に観測者が貴女であり、人間であるからです」

 

 ミレディは戦慄した。そんなの……見ているすべてが不確かなものだと言っているような物じゃないか。

 

「ええ、そこには善も悪も無く、そして数値や言葉すらない。ただの無数の確立演算が行われているに過ぎないのです」

 

 ミレディはハジメの話に夢中になるあまり、致命的なミスを犯していた。

 

 背後から迫る強襲に気が付かなかったのである。

 

「ぐっがっ!?」

 

 ミレディを大質量の衝撃が襲う。それはミレディが落とした巨大なブロックだった。

 

「投げられるのは武器だけじゃないわ」

 

 その攻撃者は優花だった。なんと、ブロックを『投げて』きたらしい。

 

「時間稼ぎに付き合って頂きありがとうございました」

「っ! 中々考えたみたいだけど、そんなんじゃミレディさんは―――」

 

 ハジメの言葉で、先程までの語りが全て自分を包囲するための時間稼ぎだったことに気付くミレディ。音も何もしなかったのは、おそらくあの演奏者の仕業だと推測できる。やはり恐るべき能力だ。

 

 更に、投げつけられたブロックの上からユエが斧を振り下ろしてくる。ユエ自身の見た目の割にかなり威力が高い。そして、飛び上がって斧を投げつけてきた上に、更にその斧を拾って追撃してくる。

 

「アレなのね! 結構ガチで殴って来るタイプなのね!」

「……本来は魔法が得意だけれど、小賢しくも封じてくると言うのなら、斧で叩き割らねば不遜であろうという物」

「あ、結構ヤバいや……」

 

 確かに道中でも斧を振り回してはいたが、あくまでシアが攻撃主体でユエはサポート程度とミレディは思っていた。会話からしても明らかに魔法使いタイプであるユエはこの迷宮においては不利などというものではない。だが、ユエはミレディの想定を上回る。小さな体で斧を振り回すその姿は充分に脅威である。

 

「こっちだって負けてねえですぅ!」

 

 一方でシアもBモードを発動し、人外の速度と膂力でミレディを強襲する。ミレディが処刑椅子を使って竜巻を起こすが、それはガラティアを盾形態にしたミュオソティスに防がれてしまう。

 

 マスケティアーズをけしかけようにも大半は糸に絡めとられ、残りはロックが引き裂き食いちぎっている。

 

「私は先程の論拠に意見があります」

「……何?」

「貴女の言う人間性とは、貴女が知識と経験則によって定義されたものと推測します」

「だったら何だってのさ!」

 

 ミュオソティスの言葉に条件反射に噛みつくミレディ。時に取り残されてしまった彼女にとって、もはや過去の信念しか救いが無いのだろう。

 

「私はこれまで、自分自身の本質は『道具』であると認識していました。しかし、マスター達は私を人間として扱う事が有ります」

「んん?」

「そしてマスターの話を聞いて、そして過去に私自身が『不安』という感情を体験して思ったのです。いわゆる『心』とは、『人間性』とは、人間が勝手に定義したものです。血液と肉体によって構成された思考と、人為的に集められた無数のデータとチップによって構成された思考によって引き起こされた事象に本質的な違いが無いとしたら、貴女方人間は何を以って、その価値を認識しているのでしょう?」

 

 ミュオソティスには悪意はない。そしてその言葉は糾弾ですらない。機械だからこその、残酷なほどに純粋な疑問だ。だが、宗教にせよ信念にせよ、何かを信じる人間にとっては劇毒だった。

 

 ミレディはハジメの、ミュオソティスの言葉を認めるわけにはいかなかった。自分が培った信念が人為的に創られた可能性があるなど、あってはならない事だった。

 

 だが、ハジメ達はミレディに怒り狂う間など与えない。

 

「!? また演奏者!」

「はい、演奏者です」

 

 次の攻撃者は香織だった。エネルギーが霧散しないようにワルドマイスターがミレディにぶつかった瞬間だけ破壊音響を使っている。相変わらず音は聞こえず、他の敵を捌いている間に無音で攻撃されるのは厄介でしかない。

 

「私からも一言どころじゃないけど、いいかな? 正直、貴女の言っている事は分かるよ。コンダクターは確かに危うい。挙げればキリがないけど、確かにそう思うだけの根拠はある」

「……へえ? 惚れた相手に随分と辛辣じゃん」

「別にコンダクターの事を全肯定してるわけじゃないからね。でもその上で言わせてもらうね? ……だからどうしたって言うの?」

「は……?」

「たかが性格が悪い程度で、たかが快楽に溺れた程度で、たかが憎しみに囚われた程度で!たかが愉悦に歪んだ程度で! 人間性が壊れるものか!!」

「!!」

 

 ミレディは香織の気迫に戦慄する。その言葉には誰よりも明確な怒りを感じた。それはトータスに転移する前から感じていた、狭量な人間達に対する怒り。少しの狂気も愉悦も悪意も認めない、そんな傲慢で脆い人間達に対する憤怒。

 

「きっとこの先も、私達を弾劾する声は数多ある。『冷たい』だの、『自分勝手』だの、『狂ってる』だの、色々言われるんだろうね。良いよ。好きなだけ罵ればいい! そんな程度で壊れるような人間性ならこっちから願い下げだ!!」

 

 香織はその勢いで〝夜鳴のターゲリート〟を繰り出す。それはロシュフォール相手に見せた嵐のような姿よりも強大な力を感じさせた。

 

 そして、香織の怒りの攻撃の横でハジメがアストレイアを構えていた。そこに笑顔はなく、ただ相手を撃ち抜く瞳だけが存在した。

 

「以上。証明終了です」

 

 そうして放たれるミレディを撃ち抜く弾丸。

 

 それが到達するまでの一瞬でミレディは悟った。

 

 目の前の奴らは人間ではない。彼岸の存在。人間性を超越した何か。

 

 (ああ……コイツ等はきっと……世界を滅ぼす)

 




 社会通念ボッコボコだよ……いや、まあ、NieRとかを題材にする時点でこうならざるを得ないんですけどね。因みにハジメの言説は京極夏彦さんの著書を参考にしました。

 今回は個人的に疑問に感じていた『解放者は何を求めていたんだ?』というものを書かせていただきました。ありふれ零は未読なので、そこに書いてあったら申し訳ないのですが、迷宮の試練だけを見てる限り、正解に当てはまりそうなのが原作のハジメ以外にいなさそうというか、かなり限定された人間しか不可能ですよね。特に精神面の試練。

 とはいえ、ミレディの扱いはかなり悩んでいたんです。ただ主人公に賛同するだけってのも彼女のキャラクター性に合わないと言うか。なので色々とガチでバトってもらいました。正直、彼女以外でハジメとここまで争える存在ってヒロインズとシアを除いていないと思うんだ。

 後はまあ、全体的に『信念』という概念への疑問というか警鐘も今作のテーマですね。魔王化回避とかにも絡んで来る話ですけど。
 先に言っておくと、別にそういうありふれ二次の存在を否定しているわけではありません。ただ、NieRやパニグレだけじゃなく色々な小説、戯曲、アニメ、映画、ゲーム、そしてリアルでの体験を踏まえてどうしても思うのが、「その程度の事で揺らぐほど人間性はヤワな物じゃないだろ」という考えなんですよね。多少矛盾する行動を取ったくらいで揺らぐほど薄いものを信念と呼ぶのか? みたいな。まあ、完全に私の主観ですし、異論は認めますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐ノ奏デル小夜曲(セレナーデ)

 今はオリジナル作品の更新部分より少し飛んだ箇所を書いていますが、それを見るとこの作品はかなり理性的に書いている事を再認識しました。

 やはりシェイクスピアやセレーナさんのバフが凄い。


「とりあえず、キミタチには神代魔法をあげるよ」

 

 激しい闘いの後、ミレディは思い切り不服そうにハジメ達に告げる。案の定、ミレディも昇格者でありハジメが放った弾丸では死ななかった。しかし、ハジメ達の猛攻により処刑椅子『アレクサンドル』は戦闘続行不可能なダメージを被ってしまったのだ。

 

「ここでミレディさんが渋ってもいつかキミタチは辿り着きそうだしね。そこのツインテールちゃんは既に片鱗が見えるしさ……」

 

 ユエの事である。街や峡谷では違ったが、それ以外では浮遊移動をしていたのだ。ミレディが操る神代魔法の影を疑うなという方が無理である。

 

「この神代魔法は……量子魔法ですか?」

「……量子が何かは分からないけど、ミレディさん達は重力魔法って呼んでたかな」

「粒子と波の性質を併せ持つ、とても小さな物質やエネルギーの単位ですね。推測するに、これは自然界に存在する根源的なエネルギーに干渉する魔法でしょう。少なくとも重力と電磁気力に干渉する力はある。後は『強い力』と『弱い力』がどうなっているかという話ですが……まあ、今は考えるのはやめておきましょう。世界が滅ぶ」

 

 ハジメの小難しい解説の後に発された言葉に、ミレディは少し驚いた。何故ならハジメ達は目的のためなら手段を選ばず、しかもそれを笑顔でやるような人物に見えていたからだ。

 

「あのねぇ……確かに僕は善人ではありませんし、必要とあらば手段を選ばないでしょうし、貴方達のような信念も持ち合わせていない」

「ハジメ……言ってて悲しくならない?」

「しかし、不必要な事をするほどに愚かではないつもりです」

 

 ユエの指摘をさくっと無視してミレディに自分達のスタンスを明確にするハジメ。確かに冷酷ではあるし、ファウスト的衝動に支配されている事は認めるが、エヒトのように面倒な事をするつもりは無い。敵対したら徹底的に遊ぶつもりではあるが。

 

「……どうやらキミタチの評価を少しだけ上方修正するしかないみたいだね。まあ、依然不気味で、何考えてるんだか分からないってのは変わらないけど」

「きょすうじげんのとりになりたいです」

「支離滅裂にしか思えない理論を語るのをやめろ! 頭が狂う!」

 

 ミレディが悲鳴を上げながらハジメを止める。香織達は流石にミレディに同情した。量子力学を始めとする物理学や数学を収める学者は、リアルや創作物の垣根を超えて変人が多い事は知っているが、その変人の理論を聞かされる側はたまったものでは無いだろう。

 

「まあ、キミタチを徹底的に潰す事でターミナルちゃんの計画を間接的に止められないかな、とも思っていたんだけどさ。どうやら、キミタチが何かをするまでもなく世界は滅亡しそうな状況みたいだし」

 

 やはり、ターミナルを始めとする『天人五衰』の計画には全面的に賛成はしていなかったのだろう。人を操り、抵抗の手段を削いだ上で戦う。それは憎きエヒトのやっていた事と大差無い。

 

 ……尤も、天人五衰の計画が先人である解放者達の『失敗』から考え付いたものであることは、これ以上ない皮肉となってしまっているが。

 

「あくまで悪逆なる手段は最後に取っておきますとも。まあ、この魔法があれば幾らでも悪い事が出来そうですが」

「刺し違えてでも潰しておくべきだったかなぁ!?」

「蝶の羽ばたきで、嵐を起こしてみるのはどうでしょう?」

「サラッとミレディさんも使ったことが無いような方法を口に出さないでくれるかな!?」

 

 地球でも、あくまで例え話の範疇で終わる荒唐無稽な事象。しかし、目の前のコイツは現実にそれを引き起こす事ができる……ミレディはそのような予感を持っていた。少なくとも、ハジメは重力魔法に対してミレディを上回る知識と発想を持っている事は確かなのだから。

 

「羽ばたいてくれるであろう蝶に感謝を」

 

 片目を閉じて茶目っ気たっぷりに言うハジメを見て、ミレディはツッコミを諦めた。何をするつもりなのか、何を考えているのか、何を知っているのか一切分からないが、聞く必要も無いだろうとミレディは断じた。どうせ聞いたところで理解できぬ。

 

「まあ、あのクソ神をぶっ飛ばす過程で何か困ったら私の所においでよ。出来る範囲で助けてあげるから」

「随分とご親切ですね。先程の荒れようとは大違いだ」

「勘違いしないでね。より良い結末を迎えるにはそうした方が団栗(ドングリ)の背比べレベルでマシだと判断しただけ。何さ。過重力圧殺すら平然と生き残って来るって」

 

 無闇に敵対しても勝てるかは不明。その上、勝てたとしても少なくない損害を被る。ならば相談しに来た時にミレディの意志を滑り込ませた方が合理的だと判断したのだろう。

 

 何とか聞き出すことのできたハジメの天職である『数学者』。常識に対して脅威となり、非常識に対しては死神となる、恐るべき天職。少なくともミレディの知る限り、トータスには存在しない天職だ。技能である『超速演算』『最適化』『理論最適関数』によって全身を潰すつもりで放った過重力圧殺が最小限のダメージで切り抜けられてしまった。

 

 『数学者』の本質は『事象の観測』であるとはハジメの言である。数列、物理現象、人々の動向……そう言った世界の事象を観測し理屈をつけるのが数学者という存在だと。

 その理論で行けば、仮に未知の攻撃であっても即座に『観測』して対応し、今みたいに魔法を手に入れれば、人間離れした演算能力で使いこなしてしまう。実際、ルシフェル戦ではユエに教わった〝緋槍〟という魔法を計算で再現していた。

 

 実際、香織の武器であるワルドマイスターの前身であるウーベルチュールは、当時の錬成師達にとってはラピュタテクノロジーも良い所であったのだ。

 

「まあ、古巣では無能扱いされてましたけど」

「はい……?」

「当時は戦闘能力もステータスも皆無でしたからねー。はっはっは」

 

 何の冗談だよ。と、ミレディはハジメ達を見るが、香織や優花の反応を見るにどうやら本当の事らしいと分かり、唖然としてしまう。

 

「コンダクターのステータスが一般人より低いから期待外れだったみたい」

「加えてトータス人では『数学者』の意義が理解できなかった上に、もう一つの天職である『錬成師』はありふれ過ぎてて侮られてたのよ」

「いや……ええ……」

 

 ユエとシアがミレディに同意するように頷く。以前ユエが言っていたように、病人であるならどんな手を使ってでも延命させるべき人材であることは神代魔法の使い手であるミレディには一目瞭然だった。

 

 一応これには理由があり、現在のトータスでは学問がそれほど発達していない。今の文明を維持するための必要最低限のものは存在するが、この戦乱の世では無駄な学問を収める者は怠け者の烙印を押される事すらあった。それは政治に関わる王族も例外ではなく、必要以上に物を学ぼうとするリリアーナを白眼視する者達も多い。

 

 結局、ハジメの重要性を真に理解していたのは当時関わったトータスの人間の中ではリリアーナとメルドだけだったという事である。特にリリアーナ、どれだけクレイジーな思考回路をしていようとも、最年少の代行者の座に伊達に就いてはいない。

 

「揃いも揃って脳筋ですよねえ、人間達は……」

「……まあ、ハジメの性格が悪いのは事実だし」

「時々何言ってるか分からないことあるし」

「典型的な『集団行動できないヤツ』ではあるのだけれど」

「何ですか? 新手の嫌がらせですか?」

「それでも協力を頼まれればしていたし、人を利用することはあっても貶めたり、苛めたりすることは無かった」

 

 それは結果論に過ぎない。と、ハジメは思う。根本的に人間に興味が無いから、表面上は優しく接しているように見えているだけだ。悪意を持つ必要が無い。感情を殺して冷徹である必要が無い。そもそも感情が動かないのだから。

 

 もしくは、本質的に自分以外の人間を見下しているからそのような態度を取れるだけともハジメ自身は考えている。自分よりも下の者に抱くのは憐み。悪意でも、敵意でもない。下に見ているから、言おうと思えば悪口も平然と言える。

 

 だが、香織はそのハジメの意見すらも分かっているという顔で言葉を紡ぐ。

 

「少なくとも、私はコンダクターの本質がどんなものであれ、彼と共に旋律を奏でる」

「へ、へえ……? 随分と狂信的じゃないか。やっぱりエヒトに似てるんじゃない?」

「そうだよ。私の愛は狂信と原理は変わらないと言われれば、反論はできない」

「……!」

「私はコンダクターの全てを知らない。彼は私の全てを知らない。全てを知る事は誰にもできない。だからこそ……新たな旋律を知ることが快楽になる。そうだよ。私が愛したいから愛してるの。劇毒すら甘美に感じるほどに」

 

 たとえハジメが人を助けるのをやめたとして、香織の愛は揺らがない。死にに行かれるより余程マシだ。ハジメが他者を見下しているとしたら? 香織自身の方が見下している。ハジメが自身の行動の最優先事項に存在する事は揺らがず、その他との間には越えられない壁がある。

 

「愛は『落ちる』ものじゃなくて、当事者同士で創るもの。知らない一面を知ったから嫌いになるなんて、そんな物欲じみたドライな関係と一緒にしないで欲しいな。ゼロから愛を創り上げて、一人称視点を超えた共同体感覚を得る。それが、ニヒリズムの嵐が吹き荒れる私達の世界で、人生という舞台に立ち続ける方法」

「…………」

 

 ミレディはそれなりに長い時間沈黙した後、諦めたように言葉を発した。

 

「キミタチの言葉は劇毒だね。その生き方を貫くだけで無数の人間が傷つき、キミタチを排除しようと襲い掛かる。だって喉から全方位魔法攻撃してるようなものだもん」

「そうじゃなくても敵に回る奴はいるけどね」

「知ってる。ミレディさんの言葉はキミタチにとって反論ですらない。キミタチが幸せになるためにはどう足掻いても他者を傷つけるしかない上に、他者の幸福を定義する事を傲慢だとして忌み嫌う……結構結構。でもね? キミタチみたいな自立した人間ってのはそう多くないんだよ。この宗教という病が蔓延する世界じゃね」

「自立や孤独が悪だと言うのならどうぞ。我々はその弾劾の嵐をすらエネルギーへと変えるだけだ。まあ、仮に完全無欠だとしても、『欠点が無い』という事実が欠点となってしまいかねないのが対人関係の恐ろしい所ですが」

 

 相変わらずネガティブにポジティブな奴だ。ハジメの宣言にミレディは溜息を吐き、天井から下がって来た紐を引っ張って自分は上に逃げる。

 

 その瞬間、轟音と共に四方の壁から途轍もない勢いで水が流れ込んできた。正面ではなく斜め方向へ鉄砲水の様に吹き出す大量の水は、瞬く間に部屋の中を激流で満たす。同時に、部屋の中央にある魔法陣を中心にアリジゴクのように床が沈み、中央にぽっかりと穴が空いた。激流はその穴に向かって一気に流れ込む。

 

「嫌な物は水に流すに限るね☆」

「つまり我々の態度も水に流してくれると」

「チガウヨ?」

「地味に嫌な片付け方ね……」

 

 ハジメがアホな事を言っている最中、もはや怒る気力もなさそうな一行は大人しく流されておく。一々この程度で怒るのが馬鹿馬鹿しい。というか無駄に精神的体力を使いたくないのである……やはり若さが足りないのかもしれない。

 

 ハジメ達が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。そしてミレディは部屋に残された物を見て唖然とした。

 

「ナンダコレ……」

 

 それは水を凝固させて造られた氷の彫像であった。ハジメの技能である『熱操作』とミレディから貰った重力魔法を組み合わせて造られた芸術。貰ったばかりの重力魔法を使用している事にも驚きだが、この際それはどうでもいい。

 

 その彫像は樹であった。しかし、近寄ってみれば目や顔や手などの人体のパーツがあしらわれている。更に、枝からは絞首台にぶら下がっているような紐が幾つも垂れ、その枝に乗った無数の人面の鳥が樹を啄んでいる。それが無駄に高いクオリティで再現されているのだから、見ているだけで正気度を削られる。

 

 ミレディは再度嘔吐を堪え、攻略者に向かって叫ぶ。

 

「嫌がらせに嫌がらせで返す必要は無いっつってんだろアノヤロー!!」

 

 ハジメのちょっとした仕返し。『この木なんの木自殺者の樹』を喰らった被害者が泣きながらそれを片付けていた。全く以て、演算能力の無駄遣いである。

 

 

 

 

 

 一方、汚物の如く流されたハジメ達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。機械なので溺れはしないが、壁に激突するなどして無駄な損傷を負う事を抑えるべく身体をコントロールする。

 

 そして、暫く流される内に、どこかの泉から間欠泉の如く噴き出される。そして、陸に上がったハジメが発した言葉は、

 

「ふむ……入水自殺は出来ませんね。この身体では」

「もういっぺん溺れてくる?」

 

 という、自殺マニア全開な言葉だった。香織が物凄い形相をしているのはもはや恒例行事だ。

 

「場所が玉川上水であれば太宰治のパロディにもなりましたが……」

「よりによって自殺方法をパロディしないで」

「因みに、溺死は焼死に並んで最も苦しい死に方とされています」

「へぇ……そういうのってどうやって比較してるのかしらね。被害者の苦しみ方とか?」

「諸説ありますが、溺死について言われているのは『死ぬのに時間がかかるから』という理由ですね。息が出来なくなって、脳に酸素が行かなくなって、心停止して……という過程を辿って死ぬのに10分くらいかかるそうです」

「ハ……ゲーテさんの一番の敵って魔物でも機械でも人間の悪意でもなく、その希死念慮では?」

「因みに、具体的な方法まで考えている場合は『自殺念慮』と言います」

「余計駄目じゃないですか!」

 

 ハジメの関心事が溺死>>>>ミレディの嫌がらせ、な事に呆れるしかない仲間達。

 

 そして、諸用を済ませ、ブルックの町へ帰る途中だった宿屋の看板娘、ソーナ・マサカと服屋のクリスタベルはハジメ達の会話を聞いて「うわぁ」という顔になっていた。休憩していた場所の近くの泉から飛び出してきた時は勿論驚いたが、今では会話の内容にドン引きしてしまっている。

 

「あのー……死ぬにしてもウチの宿で首吊らないでくださいね?」

「全力で自重させます!」

 

 香織の力強い宣言が響き渡った。

 

 

 

 

 

 その夜、ハジメと香織は夜空に落ちていた。遥か下の方にブルックの街が見えるが、街の住人からはハジメ達を肉眼で捉える事は出来ないだろう。正に空はミッドナイトブルーの密室だ。

 

「確かに、ここなら二人きりだね、コンダクター」

 

 手に入れた重力魔法の試運転も兼ねて、真夜中の空中散歩デートに香織を誘ったハジメ。制御を誤ると大変な事になりそうだが、帰ってから散々自分で試したので問題はない。半日でどうやったのかって? 天職『数学者』の演算能力は常人の三倍や十倍どころではないとだけ言っておこう。

 

「ん……」

 

 上空を吹き荒れる風が、静かな狂騒曲(ラプソディ)を奏でる。二人を取り巻く夜風に口づけを。

 この時に、言葉は不要だった。真夜中の小夜曲(セレナーデ)。今は何も言わないで欲しい。黙って輝く星たちでさえ、今だけは歌を紡いでいるようで。

 

 二人は飛んだ。あるいは落ちていった。風に乗り、回遊魚のように空を自由自在に動き回る。当然ながら、二人の足元には床など無い。だが、香織のエスコートでワルツを踊る二人には些細な事だ。

 

 一頻り踊った後に、香織は尋ねる。

 

「ねえ、コンダクター。もしかして、ミレディさんに言われた事や、私が言った事を気にしているの?」

「……少なくとも、考える価値はあるかと」

 

 ミレディはハジメ達の前には様々な困難が立ちはだかるだろうと予言した。ハジメからすれば数学の公式と大して変わらないレベルの事実だが。再三言っている通り、どのような生き方をした所で敵に回る人間はいるし、誰かからは悪だと後ろ指を指される。

 

 だが、ウィリアム・ブレイクも言っている通り、美徳など十戒を破ることなしには存在しえない。群衆から批判された程度で在り方を変える、イソップ童話のロバを売りに行く夫婦になるつもりは無かった。

 

「コンサート・ミストレスにとって僕の存在が不幸になるなら、目の前から消えるか、死ぬかくらいはしようと思う程度には、良識と重い愛を持っていますからね」

「本当に君はポジティブなのかネガティブなのか分からないなぁ」

 

 それを聞いた香織は、ハジメから手を放すと、

 

 儚げな笑顔で落ちていった。

 

「ちょっと……っ!?」

 

 ハジメは慌てて墜落し、彼女に追いすがって香織の手を掴む。すると、今度は香織は抵抗せずにハジメに抱き留められた。

 

「花はアイリス、君は嘘吐き」

 

 香織は優しげな声で、ハジメの耳元で囁いた。

 

「落ちても死なない事を知っているくせに、無意識レベルで私を引き寄せるコンダクター。君が私を手放すなんて、出来るわけがない」

 

 ハジメは何も否定できなかった。香織が怪我をするのも嫌だとか、そんなものはただの詭弁でしかない。

 

「そもそも、ミレディさんは根本的な勘違いをしているの。愛は世界なんて救わない。愛し合っていた当事者だけ。そして私は、それを望む」

 

 香織はハジメにキスをした。

 

 ハジメはその覚悟を正面から受け止めたうえで、香織を更に抱きしめた。そして二人で墜落していく。

 

 それは二人で生きる決意を込めた心中だった。

 




 やっぱり話が合わないミレディとハジメ一行。そもそも根本的に考え方が違うから妥当ではあるのですが。善悪も人間性も超越している以上、説得も不可能なんですよね。とはいえ、原作キャラと軒並み話が合わないわけじゃなくて、廷とかリリアーナとかは普通に接してます。

備忘録

蝶の羽ばたき:実際にやる予定。正確には蝶ではなく鳥ですが。

各キャラの人生論:これくらい破滅的でもいいような気がします。特に恋愛は。そのせいで割を食う原作キャラが増えてしまうのが難点ですが……

自殺者の樹:ダンテ・アリギエーリの『神曲』より。

溺死議論:『墜落JKと廃人教師』という漫画で有った展開を組み合わせてパロディにしました。私自身は、あれくらい陰鬱で適当な方が生きやすいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王女ト云フ女

 今回は久々に王女と側近の話です。今思えばドライツェントの正体というか出処って、説明したとも説明してないとも取れる状態でしたね。もう察している方も多いかと思われますが、改めて何処かで説明するかもしれません。


「はぁ……意外と強固ですねえ。教会という組織は」

 

 王城の執務室で代行者、リリアーナは溜息を吐いていた。理由は『賭け』に負けてしまったからである。一人の神殿騎士をカードにして、〝召喚された神の使徒〟というチップを上乗せしてみたのだが、結果はあまり芳しくなかった。

 

「ステータスや神殿騎士という物への不信感を植え付けたまでは良かったのですけれど。そこから先は鳴かず飛ばず……ミゲルというあの男も、存外役に立ちませんねぇ。虫けらが」

 

 リリアーナは侮蔑の表情や声色を隠そうともしない。世界の真実をドライツェントに知らされてから、聖教教会を『国を腐敗させる癌』としてしか認識できなくなっていた。

エヒトに対してだけは「話が合いそう」とか思ったのは内緒である。叶うならば賭博について談義してみたいとも思うが、先方は少々エレガントに欠けるのでやっぱり話は合わないかもしれない。とかも思っている。

 

「教会を内部から瓦解させるには、別の手を考えなければならないようですねえ」

「まーた碌でもない事考えてますよ。この姫」

 

 そんなリリアーナに話しかけたのはドライツェントだ。教会のシスターの服装をした謎の女。その正体はリリアーナを含む一部の人間しか知らない。

 

「ドライツェントには申し訳ない状態ですね。私のやり方がこんなんですから、痛みを求める貴女には生殺しでしょう」

「まあ、それはこの際諦めてますよ……実際、ここで油を売っている時間も悪くはありません」

「これ見よがしに酒瓶を放置するのをやめていただけるなら、どうぞご自由に」

 

 ドライツェント本人は王城にいる限りは最高級の住居と食料が手に入るので、これも悪くは無いと思っている。しかし、その生活はもうじき終わるとリリアーナは予測していた。

 

「もうじき終わる、となると、何かしらの襲撃があると? やってきそうなのは……『法王』や『星』あたりですか」

「ラングランスに次ぐ『死神』や、ヨルハ部隊を率いている『剛毅』などもいますからねえ」

 

 ドライツェントとリリアーナは機械教会の敵対者を挙げていく。魔人族襲撃を人類の危機だと聖教教会は声高々に叫んでいたが、実に今更だと二人は思っている。人間族の危機など無数に存在するし、今までハイリヒ王国が無事だったのは九龍衆やアトランティスの援助があったからだ。聖教教会さえいなくなれば、大手を振って力を借りられるというのに……九龍衆を率いる竜人族は聖教教会が『神敵』認定しているので、公的に盟約を結ぶ事は出来ない。アトランティスを造っている深人族もそうだ。

 

 だが、無い者をねだったところでどうしようもない。今は出来る事をするしかないだろう。

 

 この内、『法王』と『死神』は今は考えなくていい。『法王』の配下であるオーダーは対処可能であるし、『死神』も寄せ集めの軍隊に過ぎず、大した脅威ではない。将来的に強くなったらどうするとか言われてもどうしようもない。起こってもいない事について責任は取れないのだ。

 

 目下の問題は……

 

「『剛毅』と『星』ですねえ。前者はエヒトのテコ入れが入るでしょうし、後者は大元を叩くのが困難ですから」

 

 ただ、魔人族がどう出るかは粗方予想がついているのでまだ大丈夫だ。最も懸念すべきは『星』である。

 

 〝衛星型天使 サハクィエル〟

 

 大気圏外を飛行する機械の要塞。そこから送り込まれる軍勢〝白塩化レギオン〟はかなりの脅威だ。オマケに本体は存在地の関係で人間族には接近すら出来ず、サハクィエル自体も空中要塞のような防備だと言う。

 

 アトランティスの設備でそれを観測したデータが送られてきた時、リリアーナは珍しく卒倒するかと思った。あの黒星を失墜させるにはアトランティスと九龍衆の協力と、それを妨害する聖教教会の排除が必須である。

 

「やはり邪魔ですねえ。聖教教会」

「まあ、こう言う事情があるから、一部の召喚者を使ってステータスへの不信感を植え付け、あらゆる手を使って聖教教会、ひいてはエヒトへの信仰からの乖離を促しているのでしょう?」

「ええ、彼らさえいなくなれば、誰も文句は言わないでしょう? お金で平和を買っても」

 

 リリアーナは黒い笑みを浮かべる。実を言うと、リリアーナにとってハジメ達の召喚は全くの想定外であり、計画が頓挫する可能性すら秘めていた危険な物であった。だが、それも結果的にはプラスに働いている。

 

 優秀な人材の引き抜きも成功し、ミゲルという人材を使った教会の内部からの崩壊も実にいい形で遂行した。メルドや雫には苦労をかけてしまったが、アフターフォローは欠かさないつもりである。

 

 召喚された勇者達は……残念ながら戦力になりそうも無かった。確かに一般人に比べたら強いが、ベヒモス程度に手こずっているようではオーダーにすら敵わない。おまけに光輝の性格とそれに追従するだけの大多数。

 

 全員をリリアーナやハジメ達と同じ昇格者にするか、同党の戦力を持たせる案もあったのだが、彼らの精神性を考えるとそれは悪手だった。火薬庫に火種を持って、それも自分自身にも爆弾を巻きつけて突撃する事も無い。如何にクレイジーなギャンブラーといえども、自殺願望は無いのだ。言い方は悪いが、猿に火を持たせるわけにはいかない。

 

 そもそも、一部とは友人になれたとはいえ、リリアーナにとっては召喚された神の使徒達は敵なのである。下手をすれば国家を瓦解させかねない程の。たとえその過程において生じうる汚名や悪評を度外視してでも排除しなければならない存在だった。

 

「とはいえ、聖教教会の瓦解については次の手を打っています。今度は〝作農師〟というチップを賭けて」

 

 作農師である畑山愛子の護衛についているのは神殿騎士だ。重要人物につける護衛としては、まあ妥当だろう。しかし、この状況では教会の崩壊を助長するきっかけにしかならない。

 

「なるほど、貴女はどう動くつもりで?」

 

 ドライツェントの問いに、リリアーナは少しだけ笑い声を零した。

 

「動くまでもありません」

 

 王女は机に広げられたトランプの中から〝女王〟と〝道化師〟を取り出すと、その前にコインを置いた。

 

「穴だと分かっていても、彼女等は落ちずにはいられない。愛子さんにも、そろそろこちら側の考え方を身に着けてもらわなければなりません」

 

 君主や指導者にとって最大の悪徳は、憎しみを買う事と軽蔑される事である。

 

 前者はリリアーナに当てはまる事は本人とて承知している。だが、多少の憎しみや悪評を買う程度であれば君主としては掠り傷に等しい。古今東西、国民の持ち物——財産や名誉を奪わなければ指導者として憎悪を向けられることはそうそうないが、王族という立場はそれをやらざるを得ない時がある。

 

 だが、軽蔑は話が違う。これは愛子に当てはまってしまうものであるとリリアーナは分析している。軽蔑というのは、指導者の気が変わりやすく、軽薄で、女性的で、小心者で、決断力に欠ける時に生じるものである。

 

 リリアーナは愛子が軽薄であるかは知らないが、他の特徴が全て当てはまってしまうことを危険視していた。傷心の生徒を戦争から引き剥がす手腕には感心したが、逆に言えば指導者として〝尊敬〟に値する行動は殆ど無いと言っていい。おまけに、その行動も臣下としての忠言に近いものであり、彼女が指導者として適しているかは別問題だ。

 

「ふぅ……〝善人〟を利用する事にかけては、貴女の右に出る者はいませんね。エヒトすら上回りますよ」

「まるで〝利用〟を悪い事かのように言っちゃって……我々にとって、〝利用〟とは〝信頼〟を意味します。そうでなくとも彼等彼女等は破滅的な方向に向かいがちですもの。これでも雫と愛子さんは出来る限り救いたいとは思っているんですよ? 雫には分身体も送りましたし」

 

 とはいえ、送り込んだのは分身体だけだ。リリアーナ本人は王城から動いていない。分身体を出せるのは最大四体までなので、数に物を言わせた物量戦は出来ないが、使えるのが自分の身体だけではないというのは実に便利である。

 

 と、噂をすれば影というが、どうやら敵が襲来したようだ。

 

「おや、敵襲ですか?」

「今回は敵の隔離は完璧ですよ。ほら、貴女を罠に嵌めた時の応用です。オルニスの襲撃以降、急ピッチで作り上げた防衛システムですよ」

 

 毎度毎度王城を壊されてはたまったものでは無い。前回の襲撃は結果的にリリアーナにとって良い方向に持っていけたものの、壊された設備や人的被害、使われた武器等、財政面で圧迫をかけ続けるのだ。

 

「お金ばっかり出ていくんですから」

 

 それに、今サハクィエル等の存在が知れてしまっては困るのだ。オルニスが襲撃しただけであのパニックである。それよりも強い白塩化レギオンが襲来するなど知らせてしまえば、それだけで国が滅びかねない。聖教教会を排除し、頼れる戦力が存在する事を公開してからでなくては勝てるものも勝てない。

 

「今回は私本体が行きます。仕事の休憩時間で終わらせますよ」

「私もご一緒してよろしいでしょうか。敵に苦痛と死を与えるのが、楽しみですから」

 

 リリアーナはドライツェントの言葉に笑顔を返した。

 

「一体残らず玩具にして差し上げなさいな」

 

 

 

 

 

 二人が訪れたのは王城の上空。リリアーナのトランプを用いた偽装魔法で隔離した空間の内部だった。

 

「天気が荒れていますこと」

 

 リリアーナが襲来した刺客に対して皮肉を言う。現れたのは先程まで話していた白塩化レギオンだった。

 

 天から降って来たのは人間大の大きさをした剣のようなレギオン『シーラス』と、隻腕をブレードのように変形した浮遊する騎士のようなレギオン『ストラトス』の群れだった。

 最も基礎的なシーラスですら、嘗て王城を強襲したオルニスと同等か上回る強さを持っている。

 

(いや)ですねえ……頭上の敵を排除した所で私の成果は一の二乗。報われないったらありゃしません」

「厭ですねえ……貴族のお嬢様は無駄口が多くて」

 

 ドライツェントの言葉に、リリアーナは含み笑いを浮かべた後に青い舌を出した。シーラスが剣の身で刺突攻撃を繰り出してくるが、リリアーナは既にそこにはいない。狙った標的は日傘をさして浮遊するように降り立っていた。

 

 更に別のシーラスがリリアーナに斬りかかるが、リリアーナはその場でターンするようにブレードとなった脚部で撃ち返す。なお、服装も貴族のドレスではなくカジノのディーラーである。

 

「うふふ」

 

 リリアーナは更に日傘を旋回させるように飛ばし、複数のシーラスを巻き込むように斬りつけた後、予備動作無しでカードを飛ばし起爆。更に飛ばしたカードの元に瞬間移動し日傘で斬りつける。

 

「さて、私も痛みを享受するとしましょうか……」

 

 ドライツェントは背後から強襲してきたストラトスを回避するように跳び、長槍を空間の疑似的な地面に突き立ててポールダンスのように一回転した後に、槍を引き抜いて斬撃をお見舞いする。

 

 ストラトスは負けじと刃を振るい、ドライツェントを少しだけ傷つけるが、彼女は弱るどころか艶のある笑顔を浮かべる。

 

「嗚呼……良い……もっと私に痛みを与えなさい。そうでないなら、私が最上級の苦痛と死を与えましょう!」

「うわあ、変態」

 

 リリアーナがドライツェントの様子を見て軽く引いたような反応を見せる。だが、そんなブーメラン極まるリリアーナの反応などお構いなしにドライツェントは槍を振るう。

 

 ストラトスの三方向に飛ばしてくるエネルギー弾を軽く躱して槍で刺突攻撃をしたかと思えば、中央で槍を分離し二刀流で制圧する。付与されている分解魔法のおかげで相手の装甲を無視して攻撃できるので、それほど労せずして制圧できた。

 

「以前から思ってましたけど、どうして分解魔法を直接使わないんです?」

「え? そんなことしたら痛みを感じられないじゃないですか」

「…………」

 

 どうやら痛みを感じる為だけに攻撃の手を抜いていたらしい。頭がおかしい、実に。筋金入りの変態だったドライツェントに呆れるしかないリリアーナ。まあ、こんなんでも自分よりはマシなのかな、とも思っているが。

 

 と、ドライツェントは抗議するようにリリアーナに向けて話す。

 

「私は! 嘗て人形だった私は! 己の存在を確信できる痛みを味わいたいだけなのです!」

「側近の人選を間違えたかもしれません。君主失格ですねえ、私は」

「人間失格の間違いでは?」

「事実ですから否定はしませんよ」

 

 己の異常性など、リリアーナは重々承知している。その異常性故に、彼女はギャンブラーじみた性格にならざるを得なかったのだから。ただ、人の間に溶け込むために。何かを賭けている時だけが、リリアーナを人間たらしめるものだった。

 

 レギオンの残骸を片付けながら、リリアーナは思う。今ハジメ(代行者)と行動を共にしている香織や優花は、リリアーナの事を殺したいほどに恨むかもしれない。だが、指導者として最大の悪徳である『怨みを買う事』を考慮してでも、教会や召喚者を排除する必要があるのだ。

 

 大事業を成し遂げる場合は、人々の怨みや嫉妬心を抑えるために共同体が危機に瀕している事を伝える必要がある。だが、国が瓦解しない範囲の可能な限りで伝えても教会と王国は変わらなかった。

 

 であるならば、リリアーナは酷薄な指導者となるしかない。

 

 そして、リリアーナ個人として、曲がりなりにも友人と呼んでくれた香織や雫、優花を裏切り、利用する事に対する罪悪感は……

 

 

 

 

 

 

 欠片も感じる事が出来ないのだ。

 




 正直、顔の良さと正当な理由(現代日本の倫理観を持ち込んではいけない)で許されてるけど、やってることは腹黒いとか言うレベルではないリリアーナ。まあ、或る意味私の作品ではいつものことなのですが。因みに言ってることはマキャベリの言説を参考にしています。

 さて、いっそ清々しい程の悪役令嬢ムーブをしている王女様。どうやら召喚された光輝達(代行者になる前のハジメや、香織、雫といった曲がりなりにも友人として接していた者達も含む)を単なる外観誘致としか思っていなかったようです。敵とすら断言していますし。

 おまけにブルックでも見せたギャンブラーじみた性格は、更にヤバい本性を隠すためのヴェールという闇の深すぎる情報も明らかになりました。元ネタのキャラクターの情報がまだ少ないのもあって、作者によって様々に保管されてしまっています。

 また、今回の白塩化レギオンという敵、及び衛星型天使サハクィエルについてですが、前者はNieRに登場したレギオンという存在を元にしており、このレギオンは白塩化症候群という現象の成れの果てです(だったはず……)。後者はパニグレのメインストーリー九章『黒星の失墜』にて登場した、パニシングに侵蝕された国際宇宙ステーションが元となっています。

 セレーナファンである私にとっては、ある種悪夢の始まり的な章でもありましたが。

備忘録

シーラス:白塩化レギオンの中で最も基礎的な種。人間大の剣のような見た目をしている。これ一体でかつて王城を強襲したオルニスと同等の強さを持つ。名前は『巻雲』のラテン語学術名。

ストラトス:シーラスに次ぐ基礎的な種であるレギオンで、パニグレに登場した『聖堂守衛』という敵を元に設定した。名前は『層雲』のラテン語学術名で、正確な発音はストラ『タ』スなのだが、語呂が悪いので変更。

 日傘を武器とするリリアーナに雲の名を冠した敵が襲い掛かると言う状況。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カイネ/軋轢

敵と皮肉をインフレさせ過ぎて残留組の耐久力がスペランカー並なのよね。


 街道を走る馬車があった。だが、どう見ても旅行という雰囲気には見えない。というか纏う空気が霊柩車のそれである。乗り込んだらあの世に連れていかれそうだ。

 

「園部さん……どうして……」

 

 その馬車は〝作農師〟、畑山愛子を乗せた馬車だった。護衛として派遣された神殿騎士も口を挟めない程に、愛子と生徒達の空気は重く沈んでいた。

 

 原因は園部優花の失踪だ。白崎香織の時と同じように数多の金属片を身に纏い、機械の堕天使となって愛子の元を離れてしまった。清水やカイネでも歯が立たず、全てを薙ぎ払って彼女は巣立った。

 

 愛子は生徒の訃報だけでもショックを受けていたのに、心に傷を負っていた優花や清水には避けられて更に気を病み、更には優花の失踪である。

 

「気に病むな……とは言わん。だが、これは避けようが無かった。遅かれ早かれ、あの子は巣立つ運命だった」

 

 カイネは愛子にそう言った。どれほどの慰めになるか、分からなかったが。

 

 カイネとて、昨日まで普通に話していた人物がこのような形でいなくなれば精神的にダメージを負う。だが、悪魔との闘いの中で戦死者が出る事は珍しくなかった。慣れと言ってしまっては語弊があるが、精神面での耐性はついている。

 

 そして、それは清水も同じだった。二十にも満たない身で、四度も親しい者の死を経験すれば気の持ちようも変わって来る。一度目は友達だった猫が子供に撃ち殺された時。二度目は妹をパニシング症候群で失った時、三度目はハジメと香織が奈落に落ちた時、そして四度目は優花の失踪。

 

 特に妹は……ヨナの死は立ち直れない程の精神的ダメージを与え、『壊れない友人』であるフィギュアや『理不尽な死が訪れない穏やかな小説』であるライトノベルなどの収集癖を加速させる事になった。

 

 そして、ハジメを恨んでいながら感謝している理由でもある。妹を殺したとも、助けたとも言える男だ。心中は複雑などという物ではない。

 

 だが、ハジメを恨むのは筋違いという物だろう。少なくとも清水は、「病院に行けば直るかもしれない」などというデタラメを言って手放した自分を恨むので精一杯だった。当時は年端も行かぬ子供で、後になってから明治、大正時代の結核のような不治の病を持つ人間が辿った末路を知ったとしても。

 

「もう遅えんだよ……何もかも」

 

 まさか自分が自分自身に、追放系ライトノベルの主人公みたいな事を言うとは思っていなかった。だが、恨む対象は、軽蔑する対象は自分だ。唯一仲良くしてくれた妹を手放したのは、他でもない自分だ。病気になった途端に露骨にヨナを嫌悪する兄を断罪する気力も無かった。

 

「大丈夫か? 幸利」

 

 過去を思い出しているとカイネから声を掛けられた。以前ならば考えられないが、彼女も多少は変わっているのだろう。

 

「大丈夫だ。というか意外だ。張り手の一つでも飛んでくるかと思ってたぜ」

「フン……流石に私もそこまで鬼ではない。これでも元聖職者なんだぞ」

「昔は容赦なく引き摺って引っぱたいてた癖に」

「お前……まるで私が血も涙もない女みたいじゃないか」

「実際そんな感じだったぞ」

「コイツ……」

 

 カイネは清水を軽く蹴った。とはいえ、本気で怒っているわけではなくじゃれ合いの範疇だが。事実、カイネは笑っている。

 

「懐かしいなと思ってね。アンタん家で世話になってた日々が」

「私の家というか、教会だがな。あそこの双子の管理人が慈悲深くて助かった。じゃなけりゃお前も私も、とうの昔に雨ざらしか土の下だよ」

 

 逆に、カイネが清水家にお邪魔した事もあった。幸利の兄は「底辺(幸利)とつるむのはやはり不良女か」「あんなのに構うのはやめるべきだ。ラノベやゲームなんかに現を抜かすようなヤツと一緒にいても人生を棒に振るぞ」などと開口一番に嫌味を言ってきたが。

 

「楽園を追い出されたアダムは生涯食べ物を得ようと苦しむ。塵に過ぎないお前は塵に還る、か。随分な事を言うな」

「な、何だよ……」

「こっちのセリフだ」

 

 幸利の兄は、カイネの言葉を理解できなかった。

 

「世間の代弁者を気取るなら、聖書の内容くらいは知っておけ。いまだに世界一のベストセラーだと言うじゃないか」

 

 世間一般で認められている物や学校の成績に繋がる物の価値はあっさりと認め、それ以外を排他する幸利の兄。その兄を〝聖書〟という同じく『世間一般に認められている物』で言い負かしたのだ。中々に痛快な出来事である。

 

 なお、この会話は日本語で行われているため、神殿騎士達には理解できていない。だが、理解できる人間からすれば癇に障るのも仕方の無い事で、

 

「なんで……なんでそんなに朗らかに会話できるの!?」

 

 清水とカイネの会話に喰ってかかったのは優花の親友であった宮崎奈々だった。元から前線組からの圧力で憔悴していた護衛隊。そこに最強戦力の一角である優花の失踪だ。しかも親友だった宮崎奈々と菅原妙子には耐えがたい出来事だ。

 

 そして傷心のままに、精神が回復している二人に攻撃するのは或る意味では仕方の無い事なのかもしれない。

 

 しかし、

 

「勘弁してくれ……こっちだって疲れてるんだ。談笑くらいさせてくれ」

 

 本気で疲れたようなカイネの言葉は、その場のクラスメイト達の逆鱗に触れるには充分だったようだ。

 

「疲れたって何!? 南雲やアンタ達と話してると人の心を知らない機械を相手にしてるみたいだよ! 人の友達がいなくなったことを『疲れた』の一言で切って捨てて! いくら強いからって、そう振舞う事が他人を傷つけるってどうして気付かないの!?」

 

 またか……とカイネは思った。トラウマを『武器』として使用し、他者をコントロールしようと目論む人間。教会で懺悔室にいると、この手の人間には時折遭遇する。

 

 『弱さ』を曝け出せば免罪されると勘違いし、剰え、強者を悪とし弱者を絶対的な善へと仕立て上げようとする。連中の論理に従うなら、自分達は強くなる事すらも許されない。

 

 カイネはこう言う人間が嫌いだ。弱者でいる事を否定はしない。だが、他人が救済される事をまるで悪魔に魂を売り渡す外法かのように言う人間が心底嫌いだ。

 

 思わず声を荒げようとするカイネ。しかし、それを清水が止めた。

 

「悪かったな。一緒に落ち込んでやれる人間じゃなくてよ」

 

 だが、止めた清水も声に怒りを滲ませていた。

 

「お前らと同じ反応をしていない人間が悲しんでいないと思ったか?」

「そんなの……じゃあ何で闘えるの!?」

「そうやって向き合ってるからだよ」

 

 清水の主張はシンプルだった。ただ『死』に対する向き合い方が違うだけだ。()いても嘆いてもヨナは帰ってこない。それを経験しているからというだけなのだ。

 

「白崎が言ってた……To be, or not to be.だったか? ハムレットのセリフらしいな。結局の所生きるか死ぬかだ。それが残された俺達にとっての、血塗れの使命」

 

 別に天之河光輝のように死者を忘れているわけではない。死者を哀しみ、追悼する心を忘れたわけでもない。だが、生きていかなければならないのだ。

 

 転移前から事あるごとに『死』を口にしていたハジメも、本来の目的は『生きる』事だ。『死』を以て、己の生を定義づけようとしていた。

 

 しかし、傷心の少年少女にそんな論理は届かない。

 

「何だよそれ! 結局お前らには血も涙も無いって事じゃないかよ!」

「アンタ達は悪魔に心を売り渡したんだ! 絶対そうだー!」

「お前らなんか人間じゃねえ! そんなに冷酷な人間なんかいるはずがねえ!」

 

 その言葉に暴れ出そうとするカイネを抱き留める形で必死に止める清水。『黒ノ手』まで使って彼女を抱きしめる。こうしてみると、カイネはとても華奢だった。とても悪魔との闘いを経験していたとは思えない程に。

 

 清水の胸に顔をうずめる彼女は、泣いていた。

 

「私達は……強くあることすら許されないのか? 過去に思いを馳せて談笑する事すら許されないのか!?」

 

 愛子に助けを求める事を清水は考えたが、肝心の愛子が傷心しており、止めようとはしているのだろうがそれはあまりにも弱々しかった。こんな場所にカイネを縛り付けている自分が、清水は心底憎かった。

 

 飛び交う野次の中、清水はカイネに耳打ちする。

 

「南雲と白崎の捜索と、園部への義理のために此処にいたが、もう終わりにしよう。折を見て二人で逃げようぜ」

「それは……でも、いいのか?」

「捜索だけなら二人でも出来る。カイネさんを苦しませてまで、こんな所にいる必要なんかねえ……!」

 

 確かに、言葉を選ばなかったカイネにも非は有るかもしれない。だが、彼女なりに死者や過去に向き合おうとしているのに、自分勝手な感情論で彼女を詰るクラスメイト達に憤りを感じているのは清水だって同じなのだ。

 

 脱走はウルの街に着いてから、皆が寝静まった夜に決行する。足手纏いがいない分、むしろ今よりも楽になるかもしれない。

 

「ありがとう……」

 

 カイネから暴れる気配が消え、ただ清水に抱き留められるだけになった。カイネだって人間なのだ。限界はある。強くあることすら許されないなど、地獄よりも劣悪な環境だ。

 

 カイネは自分より遥かに年下の男にもたれかかる。いつの間にかこんなにも成長していたパートナーに。だが、少しくらいは甘えても良いだろうか。力では圧倒的にカイネが勝っているが、精神面ではいつもそうとは限らないらしい。

 

(今だけは……甘えさせてくれ。その代わり、困難が降りかかったら、私はお前の刃となる)

 

 弱さを見せたら見せたでやはり飛んでくる野次を聞き流しながら、カイネは決意を新たにした。

 




 少し短めですが、詰め込みました。原作では愛子先生の説明回でしたが、カイネと清水の説明に。あと、原作と同じく失踪の下準備ができましたね。カイネさんにとってありふれ世界って地獄だと思う。人間性ってなんだ(哲学)。

 いや、この世界って弱者への当たりも強いけど強者への当たりも強いんですよね。クラスメイト達の反応がマジNieRシリーズ。AutomataよりはReplicantに近いかな。弱者に寄り添えないのは欠点かもしれないけど、人間、限界はあります。

 感想、高評価をよろしくお願いします。あんまりこう言う事は言わない方が良いのかと思ってましたが、言った方が良いようで……オリジナルの方でも言おう、うん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

廷/王者

「ネズミが……! ここで潰す!」

 

 竜人族再起の証である九龍の都市。その中枢である九龍環城の一角で相対する二体の機械。片方は龍の頭と筋骨隆々とした体躯を持つ機械『茯神(ブクジン)』。人工知能『華胥(カショ)』の台頭に納得しない者達が造り上げた、叛徒の殲滅機械。

 

「ほう……面白い。九龍衆の長の孫である妾を『ネズミ』呼ばわりしたのはお主が初めてじゃ」

 

 もう一方は九龍を治める集団の幹部、竜人族の姫、(ティオ)であった。目の前の敵は彼女等の兵を薙ぎ倒し、中枢にまで迫っている。だが、この危機的状況にて廷が抱いていたのは、強者と相対した喜びであった。

 

「姫様、加勢いたします」

 

 廷の従者である縁璃(ヴェンリ)が廷を助けようとするが、廷はそれを手で制した。

 

「良い。あの者は妾一人で相手をしよう」

 

 その言葉に縁璃は驚く。そして少し哀しくもなった。本人にそんな意図は無いのだろうが、従者として必要無いと言われた気分だったのである。そんな縁璃に廷は困った顔をして言った。

 

「そんな顔をするでない。お主は妾の従者にして第二の母であることは変わらぬ。故にお主にはやってもらいたいことが有るのじゃ」

 

 縁璃はその言葉に顔を上げる。目の前には笑顔。高貴にして時に苛烈、そして竜人族の中でも首位に近い戦闘力を誇る主の優しい笑み。

 

「お主には露払いを頼みたい。妾が強敵との戦闘を邪魔されぬよう、雑兵どもを片付けてもらいたいのじゃ。これも、妾が勝つ為、そして九龍の為よ」

 

 それを聞いた縁璃は「承知いたしました」と了承して場を離れる。武器となる番傘と二刀を携え、主の命令を実行するべく敵の元へと向かった。

 

「さて、待たせたな。叛徒よ」

 

 廷は両端に刃の付いた薙刀、『碧光(へきこう)』を構えて茯神に向かい合う。

 

「せっかくここまで来てもらったのじゃ。妾が直々に相手をしてやろう」

 

 その言葉を挑発と受け取ったか、茯神は廷よりも早く攻撃を仕掛ける。廷はそれを易々と碧光で受け止めた。そして、

 

「フッ……」

 

 槍の下を潜り、位置を変えて蹴り上げる。茯神の拳は簡単に弾かれた。だが、茯神は衝撃波を飛ばす回し蹴りを放って来る。

 

「簡単には倒れぬか」

 

 廷はそれを躱すと、三度瞬間移動をして茯神に斬りかかる。逆に茯神はそれを豪腕で防ぐと、廷に掌底を喰らわせ、更に廷はそれを躱して碧光を二度叩きつける。

 

 茯神は一度距離を取り、地面に落ちていた瓦礫を投げつけ、廷がそれを切り裂く。が、それ故に次の攻撃への対処が遅れ、茯神の尾に巻かれて飛ばされる。

 

 壁に叩きつけられた廷に茯神は次々と瓦礫を投げつけた。

 

「弱し」

 

 されるがままの廷に対し、茯神は侮蔑の言葉を吐く。だが、投げつけた瓦礫が切り裂かれ、突如として現れた極楽鳥のような物が茯神に竜巻を浴びせる。

 

「この程度で勝ったつもりかえ? 叛徒よ」

 

 鳥の後に現れたのは無傷の廷。身体どころか、服さえ破れていない。それは茯神の攻撃が全く効いていない事を意味した。

 

〝鉄騎出征〟

 

 直後、猛スピードで廷が走り出し、茯神に碧光の一撃を加える。あまりの重い一撃に茯神は分が悪いと悟り、一度離れる。そして跳躍して着地と同時に廷に拳をぶつけた。おまけにただの殴打ではなく衝撃波を水増ししている。通常ならば潰れるか、避けたとしても衝撃波に当たってしまうだろう。

 

 だが、

 

徽羽(キウ)!」

 

 いつの間にか屋根の上に退避していた廷は徽羽と呼ぶ極楽鳥に急襲させる。これは電脳空間に住まう情報知性体、廷達が霊獣と呼ぶ存在だった。

 

「小癪なぁ!」

 

 吠えた茯神が廷を目掛けて飛び掛かる。その拳は屋根を破壊したが、廷には当たらない。

 

「何処を狙っておる」

 

 そんな言葉と共に茯神に蹴りが降りかかる。その余裕な態度が癇に障った茯神は直ぐに復帰し、廷に殴打の雨を浴びせた。だが、廷は手に持つ扇で降り注ぐ拳の雨を悉くいなしていた。

 

 そして、茯神を突如として雷撃が襲う。

 

「ぬぅ!?」

 

 予想外の攻撃に蹈鞴を踏む茯神。その間に旋回する扇が茯神を切り裂き、いつの間にか真上に移動していた廷が碧光を振り下ろす。更に投げられた扇が極楽鳥、徽羽となって茯神に襲い掛かった。

 

「ほれほれ、ネズミ如きの攻撃、防いでみよ」

 

 残心する廷の傍らで、エネルギーを収束させる徽羽。そして、その次の瞬間、

 

〝翠越天風〟

 

 茯神の周囲を巻き込んで破壊する極大威力の竜巻が襲った。既に自分の周りに人がいない事を確認しているからこそ、遠慮なく出せる災害級の技。重量級の機械に数えられる茯神とて、吹き飛ばされないようにするのが精一杯であった。

 

「今ので塵と化さぬか。丈夫な事じゃ」

 

 廷の言葉に茯神が周囲を見渡すと、周りの建物は塵と化していた。そんな中で無数の傷を負うだけで済んだ茯神は確かに丈夫であると言える。

 

「さて、降伏する気になったか?」

 

 だが、茯神は廷の攻撃に負けず劣らずの衝撃波を周囲に飛ばすと、戦闘の続行を宣言した。

 

「所詮は……! 虫けらァ! 今日が貴様の最後だ!」

 

 それを見て、廷は尚も愉しそうな表情を浮かべる。

 

「そうでなくては……! クックック……(たぎ)る展開になってきたではないか!」

 

 そう言って廷は屋根の上で扇の舞を始める。その姿はまるで、茯神に見せつけるようであった。蹂躙の風を生み出した者が舞う姿は、たとえ心を持たぬ機械であろうと美しいと言わせるに違いない。

 

 茯神が防御姿勢を取っていると、廷の頭上に巨大な龍が現れた。それは九龍の都市の何処にいても目に入るであろう巨体と、否が応でも気配を感じざるを得ない存在感を持つ、廷が従えるもう一体の霊獣。時に槍となって廷を助けるその龍の名は、碧光。

 

「っ!」

 

そして、龍の咆哮と共に神の審判と見紛う雷撃が落とされる。翠越天風の威力を目の当たりにした茯神に慢心は無い。人工筋肉を最大まで活性化させ、その攻撃を躱す。

 

「アレを潰すには、儂一人の力では無理か!」

 

 茯神は先の衝撃波で崩れた建物から落下してきた鐘を担ぐ。この鐘は時を知らせると共に、敵襲時は武器として使う為の物であった。

 

「自らの家に備わる武器で! 沈むが良いわ!」

 

 大砲のように担いだ鐘から、前方に拡散するように音響攻撃が放たれる。しかし、廷はそれを難なく躱すと、槍に戻した碧光で落下攻撃を仕掛ける。

 

「甘い!」

 

 だが、今回は茯神の方が上手だったようだ。廷の攻撃を鐘で防ぐと、地面に下ろしたそれを拳で叩く。

 

「ぐはっ!」

 

全方位に撒き散らされる破壊音響に、流石の廷もダメージを負った。耳や眼から循環液が流れ、口からも吐血する。だが、そんな状態でも廷の顔に浮かぶのは焦りでも苦悶でもなく笑顔だった。

 

「面白い」

 

 廷は碧光を再び龍の形に変化させ、先の物とは比べ物にならない咆哮をさせる。目には目を、歯には歯を、音波には音波を。それが廷の出した答えだった。

 

「これでも倒れぬか!」

 

 茯神は音波攻撃を諦め、金を廷に投げつける。扇で弾き返す廷だったが、流れるように茯神の拳が迫っていた。

 

「ぬ!?」

 

 だが、それでも廷は倒れない。扇を持つ方とは逆の手で茯神の拳を受け止めていた。流石にこれには驚愕を隠せない茯神。そしてその一瞬の隙に廷は蹴りを喰らわせた。

 

「…………」

 

 茯神は咄嗟に腕を交差させる事で直撃を防ぐ。更に、わざと飛ばされる事で距離を取る事に成功した。

 

 片や廷は追いかける様子も無く、優雅に扇を開いている。茯神は悟った。相手と自分にある絶望的なまでの力の差を。もはや尋常の技では意味が無い。目の前の女に勝つには全身全霊の技を繰り出すしかないのだと。

 

「ウグァァァァァァァ!!!」

 

 茯神は目の前の女を殺すべく、今の自分が使役可能な全てのエネルギーを集中させる。それと共に、廷の周囲をマグマのような熱が取り囲む。

 

「ほう……」

 

 それでも尚、廷に焦りの表情は見られない。むしろ感心するような表情すら浮かべている。

 

「焼かれて落ちろ! 炎帝―――――!!!」

 

 茯神の言葉と共に廷をマグマが飲み込んだ。大迷宮の一つであるグリューエン活火山のそれに劣らない熱、噴火と見紛う程の災害級の威力。廷が起こした竜巻と同等の攻撃が彼女を襲う。

 

「…………」

 

 これほどの攻撃をしておきながら、茯神に安心するという選択肢は無かった。むしろ、これで倒れてくれという祈りの言葉すら思い浮かべていた。

 

 だが数秒後、

 

「……良いものを魅せてもらった」

 

 茯神は自身の敗北を悟った。

 

「猛き、美しき力じゃ。気に入ったぞ」

 

 炎の中から現れたのは、服に焦げ跡一つない、無傷の廷であった。

 

 

 

 

 

 

 過去の回想から帰った茯神は夜航船を見渡す。戦いに負けた茯神は廷の配下となった。茯神が寝返った事により、最大の戦力を失った叛徒は驚くべき早さで敗北。首謀者達は極刑となった。

 

 自身の創造主を喪った茯神だが、その仇に仕える事に抵抗は無い。創造主と言っても顔すら殆ど知らず、廷との闘い以上の記憶にはなり得なかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そんな茯神の目の前に現れたのは、着物を着た妖狐のような存在だった。外形は人型なのだが、腕が人間のそれよりも多い。地球人であれば阿修羅や千手観音と形容するだろう。更に、逆立つように生える髪のような部分は狐火を連想させた。

 

 この存在こそが竜人族を繁栄に導いた人工知能『華胥』、そのアバターである。

 

 茯神にとっては創造主たちが忌み嫌っていたものという意味でも記憶にある存在だ。

 

「大事無い。少し過去の事を思い出していただけだ」

 

 茯神は短く答えると、華胥は嬉しそうな顔を見せた。どうやら、華胥の本質は優しく善良な存在であるらしく、茯神のような友達が出来た事を喜んですらいた。あの荒神のような女が従う存在と聞いて、どんな奴なのかと思っていた茯神だったが、或る意味拍子抜けであった。

 

 それでいて、竜人族を繁栄に導いているのだから見上げたものである。汚れ仕事を廷や他の者が担っているからでもあるが。

 

「お前の部下は今頃大陸にいるらしい。鍛錬の相手がおらずつまらん」

「ふふ、茯神は廷と何度も手合わせしていましたものね」

 

 今の所は敵襲も無い。茯神は華胥との談笑に余暇を費やす事にした。

 




 こんなことしてるから話が進まないのである。

 呪術廻戦の戦闘シーンを見て思わず書いてしまった。でも、今まで名前だけ出ていた華胥が初登場したので、無意味な回ではない……と思いたいです。

感想、高評価よろしくお願いします。

備忘録

茯神:パニグレのボスエネミー。格闘技全振りのサイバー龍人。原作では機械を人間の支配から切り離していたが、人間の罠にかかり記憶を失ってしまう。

華胥:竜人族を繁栄へと導いた人工知能。パニグレでも九龍が開発した人工知能として登場。一応コイツもボスとして登場するのだが、今作で見せ場は有るのか……

縁璃:ありふれアフターに登場したティオの従者兼乳母と同一人物。持っている武器はパニグレのキャラクターである『睚眦(ガイサイ)』を参考にしている。実は過去話にもひっそりと登場している。

霊獣:電脳空間に存在する情報知性体。ターミナルや華胥、デボル・ポポルと本質は近い。

碧光:パニグレの曲の武器。今作では霊獣が化けた姿であり、本来の姿は雷を操る龍。

徽羽:パニグレの曲のペット(?)。今作では扇に化ける。本来の姿は鳥。

鉄騎出征、翠越天風:パニグレの曲の技。

炎帝:今作オリジナルの茯神の技。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

灰鴉

 なんか久しぶりに書く気がします。

 クロス先のパニグレには構造体という機械達が主に活躍するのですが、様々な理由で身体を変える事が有ります。そして、今回はそれを持ち込もうと言う魂胆です。

 あと、今作のハジメの刀と二丁拳銃+αというスタイル……完全に崩壊:スターレイルのカフカですね。



「ふふっ、あなた達の痴態、今日こそじっくりねっとり見せてもらうわ!」

 

 上弦の月が時折雲に隠れながらも健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せていた。その光は、地上のとある建物を照らし出す。もっと具体的に言えば、その建物の屋根からロープを垂らし、それにしがみつきながら何処かの特殊部隊員のように華麗な下降を見せる一人の少女を照らし出していた。

 

 スルスルと三階にある角部屋の窓まで降りると、そこで反転し、逆さまになりながら窓の上部よりそっと顔を覗かせる。

 

「ふむ、首吊り死体は無いですね。嫌ですよお、実家が事故物件だなんて。売り上げも下がりますし良い事なしです。て、それも重要ですが、今回はあの男女比偏りまくりな人達がどんなアブノーマルなプレイをしているのか、ばっちり確認してあげる!」

 

 ハァハァと興奮したような気持ちの悪い荒い呼吸をしながら室内に目を凝らすこの少女、何を隠そう、ブルックの町〝マサカの宿〟の看板娘ソーナである。明るく元気で、ハキハキしたしゃべりに、くるくると動き回る働き者、美人というわけではないが野に咲く一輪の花のように素朴な可愛さがある看板娘だ。町の中にも彼女を狙っている独身男は結構いる。

 

 そんな彼女は、現在、持てる技術の全てを駆使して、とある客室の〝覗き〟に全力を費やしていた。その表情は、彼女に惚れている男連中が見れば一瞬で幻滅するであろう……エロオヤジのそれだった。

 

「くっ、やはり暗い。よく見えないわ。もう少し角度をずらして……」

「瞼にバターは塗った?」

「この角度なら……それにしても静かね? もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」

「ジグ、ジグ、ジグ、墓石の上」

「もしかして遮音魔法? 一人は演奏者だったし……」

「真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ」

「くぅう、小賢しい! でも私は諦めない! その痴態だけでもこの眼に焼き付け………………」

 

 繰り返すが、ここは三階の窓の外。ソーナのようにアホなことでもしない限り、間近に声が聞こえることなど有り得ない。ソーナは一瞬で滝のような汗を流すと、ギギギという油を差し忘れた機械の様にぎこちない動きで振り返った。そこには……

 

 黒い衣装を纏った、何故か右眼に花が咲いている香織が薄ら寒い笑みを浮かべて立っていた。

 

 足元には花のような折り紙を象った金属の何かがあり、香織はそれに乗って浮いている。それが尚更この事態の現実感を狂わせていた。

 

「あ、これ? コンダクターが作ったアーティファクトでね。『折鶴』って言うの。紙を折るように色々な形に出来るんだって」

「は、はは、凄いですねえ……」

「凄いでしょう? 他にも、コンダクターはこの世界の旋律を利用して、様々な器楽曲(インストルメンタル)を作っている」

「あ、あはは……そうなんですかあ」

 

 香織とソーナは顔を見合わせると「ははは」「ふふふ」とお互いに笑い始めた。但し、香織は眼が笑っておらず、ソーナは小刻みに震えながら汗をポタポタ垂らしているという何とも対照的な笑いだったが。

 

「だからこそ、静かな夜の雑音は排除しないとね」

「ひぃーー、ごめんなざぁ~い」

 

 ソーナは速攻で謝った。言葉の数々が不気味であるし、見た目も不気味であるし、何をされるか分かったものでは無い。好奇心の赴くままにあの手この手で覗きをしようとしていたソーナだが、流石に何度もやられるとハジメ達とて対処せねばならない。

 

 なお、ハジメは王都にいた時にも使っていた『精密錬成』『理論最適関数』などの技能を総動員して新兵器の開発に勤しんでいる。転移装置でオルクスの地下やパスカルの村に戻る事もあるが、飯が美味いため、優花が技術を見習おうとしているのもあって宿を利用している。あと、何気に転移装置を動かすのもそれなりにエネルギーを使う為に、迂闊に乱用できないのもある。

 

 香織は下を見る。そして釣られて下を見たソーナは鬼を見た。満面の笑みを浮かべた母親という鬼を。

 

「ひぃっ!!」

 

 ソーナが気がついたことに気がついたのだろう。ゆっくり手を掲げると、おいでおいでをする母親。まるで地獄への誘いだった。

 

「いやぁああーー!!」

 

 今までのお仕置きを思い出して悲鳴を上げるソーナだった。

 

 

 

 

 

 香織はソーナを母親に引渡し、宿の部屋に戻った。香織が乗っていた『折鶴』は分解され、花の形から香織達が良く知る折鶴の形に戻る。そして、その鶴たちは香織の最愛の人の元へと飛んでいった。

 

「お疲れ様です、香織」

 

 振り向いたのは右目がやや隠れる前髪の少し上に蝶の髪飾りを付けた女性……に見える男性だった。夜に生える白く長い髪はシアと同じだが、ウサミミが無い事と前述した髪飾りで判別がつく。

 

「そちらこそお疲れ様、コンダクター。身体は大丈夫?」

 

 香織は身体に触れながらその人物、ハジメを労わる。今では新兵器の開発に精を出しているハジメだが、ライセン大迷宮から帰った後に機体を換装していたのだ。

 

 実を言うと、換装の案自体はルシフェル戦の後から存在はしていた。原因はタブリス戦における、所謂『限界突破』に身体と演算能力が付いていけなかった事である。乖離していく身体と意識が摩擦反応を起こし、ハジメに様々な負荷を与えている事が精密検査で判明したのだ。

 

 例を挙げると、必要以上に増幅された希死念慮である。ハジメにとって希死念慮とは生きるために切っても切り離せない道しるべのような物だ。何故なら死とは生の対極ではなく、生に組み込まれた機能の一部だからである。

 

しかし、ハジメの中で制御できない程の希死念慮に襲われる事が度々存在した。簡単に言ってしまえば、適合しない身体への拒絶反応である。その対象は自己を超えて他者へ、具体的には地上へ旅立つ前のオルクス大迷宮の魔物に向けられた事が有る。

 

「その傷では死ぬまでに数分はかかります。きっと地獄の苦しみでしょう。その業苦から解き放って差し上げます」

 

 そして、ハジメは魔物を射殺した。だが、ハジメの行為はそれでは終わらない。「なんて贅沢なんだ」と憎悪と愉悦を滲ませながら死体を執拗に銃撃していたのだ。その時はその場にいた香織が細剣で銃を撥ね飛ばして止めた。

 

「死体を無駄に撃っちゃ駄目」

 

 そして、これがハジメの機体換装の案のきっかけとなった。以来、ハジメはデボルとポポルに設計を頼んだ後、自分は希死念慮を抑える訓練をしていたりする。シアやミレディをドン引きさせ、自分の頭を銃で撃ち抜くという凶行に及ばせた希死念慮はアレでも抑えられていたのだ。

 

 そして、その事実が判明してからハジメの機体換装は優先的に行われるようになった。戦闘訓練以外はハジメの意識海の安定を図る方法を模索した。とはいえ、いつまでも油を売っているわけにもいかない。

 

 ただスペックを向上させるだけの換装ならまだしも、意識海に直接関わる換装となるとより慎重になって時間がかかる。推し進めるにはデータも不足しており、やや危険ではあるが、半ば見切り発車のような形で地上へ旅立つことに決まった。

 

 そして、ルシフェル戦、ミレディ戦などのデータを経て完成されたのが現在のハジメの機体である。演算能力を引き上げ、それに身体がついて来られるように機体エネルギーの配分や演算能力転送調整パーツの機能が強化されている。

 

 更に、身体の急速な変化に意識海が変異しないように細心を払って換装された。ハジメ自身は身体が変わっていく事に抵抗は無いものの、やはり大小問わず医学的な拒絶反応は起きてしまうのである。

 

 機体の名称は『蝶葬』。意識海の嵐を終息させ、物質世界にハリケーンを呼び起こす機械である。

 

「ええ、身体は大丈夫ですよ。むしろ、以前よりも調子がいい。あ、そうそう、貴女が動いてくれた甲斐あって、『折鶴』が完成しそうです。重力魔法を付与する事で空を飛ぶことは勿論。電磁気力を利用する事で折り紙のように形を変え、周囲の気体や液体に干渉する事も――――」

 

 子供のような目で新兵器の事を語り出すハジメに、香織はその言葉を止めるように口づけをする。全ての音が消える。水音すらしない辺り、本当に言葉を止める事だけが目的のようだ。

 

 ややあって、香織はハジメから唇を離す。

 

「ごめんね。今は、新兵器の話とか、どうでもいいの」

 

 むしろ、今は最も聞きたくない話かもしれない。殺戮兵器の話など。ハジメを狂気へと誘う芸術品の話など。

 

 ハジメはその意図を汲み取って、香織の頭を撫でる。

 

「問題ありませんよ。少なくとも、以前ほどの死への欲動は無い」

「それなら良いのだけれど……もし、自分でも制御できないほどの衝動に見舞われたら、その時は、絶対に止めるから。君の、コンサート・ミストレスとして」

 

 相手が魔物だったとはいえ、見過ごすにはあまりにも凄惨な出来事だった。心理学に関わらない一般人が思い浮かべる反社会的サイコパスの行動として、鳥獣を毇傷するという物が存在する。

 

 魔物を殺すこと自体はトータスでは珍しくも無い。が、魔石や素材を採取するでもなく、銃弾という資源を投げ打ってまで、死体を棄損した。これがサイコパスのように遺伝で決定した、先天性の素質だと言うのなら話は変わって来るが、少なくともハジメの場合はそうではない。

 

 誰の目に見ても、何らかの精神的異常が生じているのは間違いなかった。

 

 だが、ハジメはライセン大迷宮にて「適者生存」を提唱していた。その『異常』が、恒常的になり、正常とすることがトータスへの適応である可能性は捨てきれない。ならば、あの場で止めた事は、今後の立ち回りにおいて、いや、ハジメの意識海において多大なる損失である。

 

 などという机上の空論を、香織は是とするつもりは無い。そのような撥条を刺された機械のような生き方をするには、ハジメは自我が強すぎる。そこまで至れば、あらゆる存在にとって、ハジメは脅威だろう。しかし、その完璧な生には創造の余地は無く、また進化の余地も無い。代行者となれるほどに進化できるハジメにとって、それは自滅である。

 

 よって、これは総てが香織のエゴというわけではない。人生という名の組曲における今楽章の拍子を見誤った、指揮者を正したに過ぎない。

 

「ええ、オーケストラは指揮者がいなくても成立します。しかし、コンサート・ミストレスまでいなくなれば、それは一気に瓦解する」

「邪魔者、とは思わないんだね」

「そこまで心が狭くはありませんよ。赤い糸を固結びにして、首を締め合った仲ではありませんか」

 

 一度殺し合ったくらいでは解けない愛。延命のために枷をつける恋人を、身体が変わっても愛してくれる恋人を捨てるわけがない。ハジメと香織は、相手の首に手を当てて、機械が作り出す偽りの鼓動を感じていた。

 

 

 

e38193e381aee4b896e7958ce381a7e6adbbe381afe697a5e5b8b8e381a0

 

 

 

「…………」

 

 冒険者ギルド:ブルック支部の扉が開いたとき、扉の開閉音と来客を告げるベル以外の音が消え失せた。入口に立つのは六人と一匹の人影。滞在中にすっかり有名人となってしまったハジメ一行である。

 

 そして、ギルドの喫茶店で思い思いの時を過ごしていた冒険者達はハジメ達、主にハジメを見て言葉を失う。

 

 ここでハジメの容姿を改めて解説しておこう。機体の換装によって、冒険者たちが良く知るハジメではなくなっているのだ。

 

 まず、長くても肩までだった髪が背中まで伸びている。髪が伸びたにしてもこの短期間でどうやって? という疑問が生まれるが、冒険者たちにとっては完全に女性にしか見えなくなったことの方が重要なのだろう。

 更に、蝶の髪飾りが更に女性らしさを増している。

 

 次に服装だが、こちらは以前と同じ黒のロングコート、と思いきやプリーツ部分に蝶の羽のような白い模様が装飾されている。……なお、ハジメの体格に合わせて作った結果、完全にレディースのデザインとなっている。

 

 因みに、今は出していないが二丁拳銃であるゼロスケールにも蝶のような装飾が施され、片方が白に塗装されている。

 

 因みに、この外見はささやかながらトラブルの抑制につながっている。

 

 というのも、香織達を手に入れる目的で決闘騒ぎを起こす住民が換装前にも何人も存在したのだ。倫理観が中世レベルなだけあって、かのエヴァリスト・ガロアのように恋の相手を巡っての決闘という物は普通に存在するらしい。また、この頃になるとハジメが男であるという事実はそれなりに広まっているのもある。

 

 尤も、恋人を景品扱いされるのは嫌だし、そもそも面倒というのもあって、ハジメは相手の唇に指を当てて〝零度〟で急速冷凍する事で対処していた。

 だが、ハジメが蝶葬機体に換装してからは、決闘という話になる前に「えっ、はっ、えっ……?」と盛大に思考をバグらせてくれるため、諍いが起きなくなった。今後も『女性だけのパーティー』と認識され、この手の諍いは減るだろう。ナンパされる回数は増えるかもしれないが……

 

「おや、今日は全員揃ってるね」

 

  ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通りキャサリンがおり、先に声をかけた。キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、香織と優花の二人か、ハジメ一人だからである。

 

「ええ、明日には街を出るもので。別れの挨拶を、と。部屋も貸していただきましたし。後は、道すがら可能な依頼があれば受けようかと」

 

 ハジメは宿だけでなくギルドでも部屋を借りていた。ゼロスケールや折鶴のような小型の物ならともかく、流石にアストレイアなどの大型武器の実験は宿でやるわけにはいかない。それをキャサリンに話した所、ギルドの部屋を無償で貸してくれたのだ。

 

 因みに、優花と香織はギルドで演奏を披露していた。キャサリン曰く、このおかげで平常時よりも活気があったそうな。無償で部屋を貸してくれたのは九龍の影響以外にもこう言う面もあったのだろう。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「いくら数学者だからって決闘を挑まれるのはね……計算勝負ならともかく」

 

 因みに、原典と違いハジメはクリスタベルに情欲の視線は向けられていない。どちらかと言うと心配の視線は向けられていたが。やはり、ハジメが纏う気配はある程度以上の経験を積んだ者からは相当異質に映るらしい。

 

 また、ハジメ達の来訪をきっかけにブルックの町にはいくつか派閥が出来ているらしい。原典と同じような集団もいれば、違うのもいる。

 例を挙げると、『お姉様方と姉妹になり隊』は原典通り存在するのだが、これがハジメを排除しようとする人間もいる問題集団なのである。ナイフを持って突っ込んで来たりした者もいた。だが、それに競うように『ゲーテ(ハジメの偽名)は女性だから問題無い』と主張する派閥が現れしのぎを削っている。機体換装してからは後者が増えたようだ。

 

「悪いけど、私はお姉様とやらになるつもりは無いわ」

 

 特に妹になりたがる少女達が多かったのは優花だった。ジャズを響かせるその姿は、なるほど、少女達の憧れの的になるのだろう。同級生や教師からは敬遠される、女子高生の身の上で纏う荒んだOLのような気だるげな雰囲気も、情熱を加速させる材料にしかならなかったらしい。

 

「前も言ったけど、活気が有ったのは事実さね。アンタはもう少し羽目を外す方法を知った方が良さそうだしね」

「ゲーテさんはもうだいぶ外しているような気が……」

「まあ、ちったあ明るくなれって事さね。で、何処に行くんだい」

「フューレンです」

 

 そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 

 フューレンとは、中立商業都市のことだ。ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが、その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地だ。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……とはいえ、アンタ達全員が受けても文句は言われないだろうが。どうだい? 受けるかい?」

 

 キャサリンにより差し出された依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。中規模な商隊のようで、十五人程の護衛を求めているらしい。

 

「ふむ……どうします?」

 

 荷物持ちを個人で雇ったり、奴隷を連れている冒険者もいるため、料金は増えないがハジメ一行全員がついていっても問題は無いとキャサリンは言う。

ハジメは仲間達に意見を求めた。ハジメ達だけなら車を持ち出せばいいため、馬車に合わせる必要は無いと言えば無い。

 

「……急ぐ旅じゃない」

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「たまにはラグタイムっていうのも一興じゃない?」

「そうだね。曲にはリタルダンドも必要だよ、コンダクター」

 

 ロックはマイペースに欠伸をし、ミュオソティスは動作で了承の意を伝えた。

 

「との事なので受けましょう」

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

 

 ハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、キャサリンが香織達に目を向け、「泣かされたらハジメをぶん殴ってやる」というような激励をし、ハジメにも「泣かすんじゃない」と釘を刺していた。……既にミュオソティスを除くそれぞれと最低一度は殺し合っているのは言わないで置いた。

 

 キャサリンの人情味あふれる言葉に特にシアは嬉しそうだ。この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。もちろん全員が全員、シアに対して友好的というわけではないが、それでもキャサリンを筆頭にソーナやクリスタベル、ちょっと引いてしまうがファンだという人達はシアを亜人族という点で差別的扱いをしない。土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろシアにとっては故郷の樹海に近いくらい温かい場所であった。

 

 そんなハジメ達に、キャサリンは一通の手紙を差し出す。

 

「あんた達、色々厄介なものに取り巻かれてるからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

 キャサリンが何者なのか不明だが、手紙一つでギルドの上層部を動かせるらしい。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「そうですか……ではありがたく頂いておきましょう。蝶が嵐を起こせば、鳩が収めてくれると信じて」

「よく分からんが、素直でよろしい! 死ぬんじゃないよ! 特に蝶の坊や」

 

 更に、ハジメは正式にパーティー名を登録しておくことにした。〝楽団死期〟などという不穏な名前が囁かれているようなので、たとえ事実だとしても名前は変えておかなければならない。世間を渡るには多少の嘘は必要だ。

 

 ハジメ達は自らを〝灰鴉〟と名乗った。白でも黒でもない世界に、鴉たちは飛び立つ。

 




 或る意味タイトル回収の回でした。クロス先の。そして、ハジメの意識海を安定させるために機体を換装したら女に磨きがかかりました(?)。念の為言っておきますが、ハジメは男です。

備忘録

希死念慮:衝撃なのは、今までの言動で『抑えられていた結果』という事である。

折鶴:ありふれ原作で言うクロスビットに対応。オールレンジ兵器だが、折り紙のように形を変え、組み合わせることも出来る。ハジメが数学者である故に生まれた兵器。元ネタはパニグレの惑砂の武器である、〝処刑椅子:折鶴〟。

蝶葬:ハジメの新たな機体。既に名前から察している方もいるかもしれないが、元ネタはLobotomy Corporationに登場する幻想体(アブノーマリティ)『死んだ蝶の葬儀』、の力を纏ったアンジェラ。何の事か分からない人は『死んだ蝶の葬儀、アンジェラ』で検索してみてほしい。だいたいそんな姿である。

灰鴉:クロス先であるパニグレの正式名称『パニシング:グレイレイヴン』と、作中に登場する軍の執行部隊〝灰鴉小隊〟より。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永久ナル制裁

少し久しぶりの投稿。あんまり話は進まないかも。


 翌日早朝、正面門にやって来たハジメ達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやらハジメ達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来たハジメ達を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさか残りの奴らって〝楽団死期〟なのか!?」

「マジかよ! 嬉しさと恐怖が一緒くたに襲ってくるんですけど!」

「見ろよ、俺の手。さっきから震えが止まらないんだぜ?」

「いや、それはお前がアル中だからだろ?」

「というかアレ? 完全に女パーティーだっけ? 男が一人混ざってたって聞いたんだけど」

「俺は一人処刑されて代わりが入ったって……」

「マジかよ……流石は〝楽団死期〟だぜ」

「お、おい、深入りするのやめとこうぜ。秘密裏に消されちまうよ……」

「好き勝手噂してくださってどうも」

 

 どうやら〝灰鴉〟という名前は定着するのにかなり時間がかかりそうなうえ、噂に尾鰭どころか背鰭も胸鰭も付いて一人泳ぎしているようだとハジメ達は溜息を吐く。ただ、厄介な人間が寄り付かないという目的自体は果たされているので、やや複雑な心境である。

 

「……ごめんハジメ、やり過ぎた」

「まあ、僕の見た目が急に変わったのも影響しているのでしょうね」

 

 意識海安定のため、できるだけ早急に機体換装する必要があったのは確かだが、時期を見誤ったかもしれないと少し後悔している。

 

ハジメ達が複雑そうな顔をしながら近づくと、商隊のまとめ役らしき人物が声をかけた。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ええ、これが依頼書です」

 

 ハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「ええ、報酬の分は働きますので」

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

 モットーの視線が値踏みするようにシアを見た。兎人族で青みがかった白髪の超がつく美少女だ。商人の性として、珍しい商品に口を出さずにはいられないということか。首輪から奴隷と判断し、即行で所有者たるハジメに売買交渉を持ちかけるあたり、きっと優秀な商人なのだろう。

 

 その視線を受けて、シアが「うっ」と嫌そうに唸り、ロックを盾にするようにしてハジメよりも後ろに下がる。ユエのモットーを見る視線が厳しい。ついでにロックはモットーに向けて牙を剥き、ミュオソティスはスカートの中のサブアームを起動する準備をしている。

 だが、一般的な認識として樹海の外にいる亜人族とは、すなわち奴隷であり、珍しい奴隷の売買交渉を申し出るのは商人として当たり前のことだ。モットーが責められるいわれはない。

 

「ほぉ、随分と懐かれていますな…中々、大事にされているようだ。ならば、私の方もそれなりに勉強させてもらいますが、いかがです?」

 

 その言葉に、ハジメはゆっくりと首を傾げ、瞳孔の収縮した眼と口裂け女のような笑顔で答える。その動きがあまりにも非人間的で、モットー含めた周囲の人間はハジメの首が本当に落ちたのではないかと錯覚した。

 

「やや大げさですが、この際はっきり言いましょう。たとえどこぞの神が欲したとしても、手放す気は有りません。ご理解を」

 

 後ろで優花が「ウイスキーと蜂蜜を混ぜたみたいな声ね……」とやや引き気味に言っていた。

 

「…………えぇ、それはもう。仕方ありませんな。ここは引き下がりましょう。ですが、その気になったときは是非、我がユンケル商会をご贔屓に願いますよ。それと、もう間も無く出発です。護衛の詳細は、そちらのリーダーとお願いします」

 

 ハジメの発言は相当危険なものだった。下手をすれば聖教教会から異端の烙印を押されかねない発言だ。一応、魔人族は違う神を信仰しているし、歴史的に最高神たる〝エヒト〟以外にも崇められた神は存在するので、直接、聖教教会にケンカを売る言葉ではない。だが、それでもギリギリの発言であることに変わりはなく、それ故に、モットーはハジメがシアを手放すことはないと心底理解させられた。

 

 そして、モットーが去った後のハジメ達の会話だが。

 

「相変わらずハッタリかますの上手いわね~」

「あ、あの……ゲーテさん。嬉しい事は嬉しいんですけど、あそこまで言って大丈夫だったんでしょうか?」

「別に平気でしょう。マーガレットも言っていますが、ハッタリは多少大げさに言うくらいがちょうどいいんです」

「ですが……」

「問題なんてものは問題にしたい人間だけがするものです。現に、冒険者たちはある種のエンターテインメントとして見ているようですし」

 

 ハジメが護衛仲間の方を指し示すと、

 

「すげぇ……女一人のために、あそこまで言うか……痺れるぜ!」

「流石は楽団死期だ。最初は葬儀屋みてえな陰気な奴らかと思ってたが、見直したぜ」

 

 と、むしろ絶賛されていた。冒険者は日々の食い扶持や問題ごとにかかりきりの為、あまり神について考える事は多くないのかもしれない。あと、妙な噂で敬遠されているのは気になっていたが、案外隠れ蓑として優秀かもしれないとも思っている。

 

「ふふ、どうかどうか、僕に非情な選択をさせる事の無きよう……この場から笑顔が消えるのは悲しいですからねえ」

「さっさと行きましょう? 葬儀屋(アンダーテイカー)

 

 冒険者の評価を聞いて優花はおふざけでハジメをそう呼んだが、あまり冗談に思えない周囲の商人と冒険者であった。

 

 

 

 

 

 ブルックの町から中立商業都市フューレンまでは馬車で約六日の距離である。

 

 日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三回目。ハジメ達は、フューレンまで三日の位置まで来ていた。道程はあと半分である。ここまで特に何事もなく順調に進んで来た。ハジメ達は、隊の後方を預かっているのだが実にのどかなものである。

 

この日も、特に何もないまま野営の準備となった。冒険者達の食事関係は自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。

 

 そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。

 

 そんな話を聞きながら食事をしたりしながら、残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

 

 最初にそれに気が付いたのは香織。やや遅れてシアとロックも気付いた。

 

「敵襲です! 数は百以上! 森の中から来ます!」

 

 その警告を聞いて、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。

 

「くそっ、百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

 

 護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。百以上ともなれば物量で押し切られ、護衛は難しくなる。いっそ大半を足止めに回して商隊だけでも逃がすか? と考えた所、

 

「我々がやりましょうか?」

「えっ?」

 

 ガリティマは、ハジメの提案の意味を掴みあぐねて、つい間抜けな声で聞き返した。見れば、ハジメはアーティファクトのような物を両手に持ち、他の人員もそれぞれ戦闘の準備をしている。

 

「この程度であれば、理論上殲滅可能です」

「い、いや、それは確かに、このままでは商隊を無傷で守るのは難しいのだが……えっと、出来るのか? このあたりに出現する魔物はそれほど強いわけではないが、数が……」

「問題ない。滅びを、与えてあげる」

 

 ガリティマは少し逡巡する。一応、彼も噂でユエが類希な魔法の使い手であるという事は聞いている。仮に、言葉通り殲滅できなくても、ハジメ達の態度から相当な数を削ることができるだろう。ならば、戦力を分散する危険を冒して商隊を先に逃がすよりは、堅実な作戦と考えられる。

 

「わかった。初撃はユエちゃんに任せよう。仮に殲滅できなくても数を相当数減らしてくれるなら問題ない。我々の魔法で更に減らし、最後は直接叩けばいい。みな、わかったな!」

「「「「了解!」」」」

 

 ガリティマの判断に他の冒険者達が気迫を込めた声で応えた。それを横目に、ユエはオズマを起動する。

 

「ユエ、一応詠唱しておいてください。最悪、〝圧縮詠唱〟とか言ってごまかせますが、無駄に面倒を増やす事も無いでしょう」

「……詠唱……詠唱……?」

「……もしかして知らないとか?」

「……詠唱の概念は知ってる。ちょっと文言を考えただけ」

「そうですか。では、お願いします」

「接敵十秒前ですぅ!」

 

 そうこうしている内に、シアから報告が入る。ユエは、右手をスっと森に向けて掲げると、透き通るような声で詠唱を始めた。

 

「Fainter, dimmer, stiller, each moment, now night. 〝永久なる制裁〟」

 

 ユエの詠唱が終わり、魔法のトリガーが引かれた。まず敵の頭上に現れるのは無数の剣。そして、魔物達を一カ所に吸い寄せる重力フィールドだった。商隊を襲う魔物も、本能的に逃げようとする魔物も、一匹たりとて逃れる事が出来ない。

 

「な、なんだあれ……」

 

 それは誰が呟いた言葉だったのか。目の前に魔物の群れがいるにもかかわらず、誰もが暗示でも掛けられたように天を仰ぎ、魔物達に降り注いでいく剣の雨を凝視している。護衛隊にいた魔法に精通しているはずの後衛組すら、見たことも聞いたこともない魔法に口をパクパクさせて呆けていた。

 

 だが、ユエの魔法はこれだけでは終わらない。

 

 彼女の左右にオズマの一部と思われる黒球が一つずつ現れる。そして、その黒球から無数の巨大な槍がとめどなく放たれた。それは例えるなら赤黒い激流。

 

「うわっ!?」

「どわぁあ!?」

「きゃぁあああ!!」

 

 広域一撃必殺の〝アルマゲスト〟と違い、こちらは対物量の継続攻撃と言ったところか。魔物達は黒の災害の前に為す術なく貫かれてゆく。切断音と轟音を響かせながら、黙示録のように魔物という名の葡萄たちを摘み取って行く。目の前の全ての魔物を蹂躙すると、黒い幻月は消滅した。

 

 隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。敢えて言うならば、抉られ切り裂かれた大地だけが、先の幻月から放たれた豪雨が確かに起きた現実であると示していた。

 

「……ん、少しやり過ぎたかも?」

「何です? 今の魔法は。アルマゲストとはまた違うようですが……」

 

 ハジメとしてはアルマゲストを数発放って殲滅するものと思っていたが、予想の斜め上を行く現象を見せられたので軽く驚いている。

 

「アルマゲストの術式も入ってるけど、例の魔法を組み合わせてみた」

 

 言われてみれば、二人で魔法術式の解析や開発をしている時にそんな物を見た気がする。なお、その時の二人のやり取りは、

 

「なるほど、この式が最適解ですね」

「……ん。流石ハジメ。強いし頭もい「あ、失敗」」

「やり方間違っとるがな貴様」

 

 とか言うものだった。

 

「因みに詠唱は聞き間違いじゃなければ……」

「……ん。香織から聞いた詩」

 

 マックス・ウェーバーの『夜』。香織が寝る前に口ずさんでおり、ユエに教えた地球の詩の一つだ。

 

 結局、注目を集める事になってしまったが、百を超える魔物を片付けた時点で目立つだろう事は自明の理なのであまり気にしない事にした。

 

 〝永久なる制裁〟は重力フィールドを生み出す〝アルマゲスト〟や球体状のエネルギーを操る〝メビウスバンド〟、ニードルで刺し切り刻む〝茨の裁き〟を組み合わせ、更に重力魔法で威力を増幅したユエのオリジナル魔法だ。それによって、本来は短時間で終わるそれぞれの攻撃が継続的に続くという絡繰りである。

 

 とはいえ、偽装した詠唱を抜きにしてもそれなりにエネルギーを消費する上に、速攻で発動できるという点では合成前の魔法が勝っている。使いどころを選ぶという事だ。

 

 と、焼け爛れた大地を呆然と見ていた冒険者達が我に返り始めた。そして、猛烈な勢いで振り向きハジメ達を凝視すると一斉に騒ぎ始める。

 

「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」

「ち、地上に月が……昼が夜に……あ、夢か」

「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」

「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」

 

 ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。「ユエさま万歳!」とか言い出した冒険者達の中で唯一まともなリーダーガリティマは、そんな仲間達を見て盛大に溜息を吐くとハジメ達のもとへやって来た。

 

「はぁ、まずは礼を言う。ユエちゃんのおかげで被害ゼロで切り抜けることが出来た」

「……ん。自衛も兼ねてるからお礼は不要」

「はは、そうか……で、だ。さっきのは何だ?」

 

 言うまでもないが、〝永久なる制裁〟の事である。

 

「……オリジナル」

「オ、オリジナル? 自分で創った魔法ってことか? 上級魔法、いや、もしかしたら最上級を?」

「……創ってない。複合魔法」

「複合魔法? だが、一体、何と何を組み合わせればあんな……」

「……それは秘密」

「ッ……それは、まぁ、そうだろうな。切り札のタネを簡単に明かす冒険者などいないしな……」

 

 深い溜息と共に、追及を諦めたガリティマ。ベテラン冒険者なだけに暗黙のルールには敏感らしい。肩を竦めると、壊れた仲間を正気に戻しにかかった。

 

 

 

e5a5bde5a587e5bf83e381afe78cabe38292e38282e6aebae38199

 

 

 

 ユエが、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

 

 フューレンの東門には六つの入場受付があり、そこで持ち込み品のチェックをするそうだ。ハジメ達も、その内の一つの列に並んでいた。順番が来るまでしばらくかかりそうである。

 

 ハジメ達は許可を取った上で馬車の屋根でティータイムを嗜んでいた。勿論、紅茶を入れているのはミュオソティスである。彼女があまりにも暇そうだったので、ハジメが気を利かせたのだ。本人も嬉しそうである。

 

「まったく豪胆ですな。周囲の目が気になりませんかな?」

 

 モットーの言う周囲の目とは、毎度お馴染みのハジメに対する嫉妬と羨望の目、そして、女性陣に対する感嘆と欲情の目だ。流石大都市の玄関口。様々な人間が集まる場所では、女性陣も単純な好色の目だけでなく利益も絡んだ注目を受けているようだ。何なら見た目が女性的になったハジメももれなく対象である。屋根の上で横座りしていれば、ハジメが男であると信じる者は殆どいない。

 

「正直、外見で寄って来るというのであればどうしようもありませんから。僕が他人の脳髄を改竄できるわけでも有りませんし」

 

 物騒な事を言いよる。或る意味正論なのは間違いないが、モットーは苦笑いした。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

 

 さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットーだったが、ハジメだけでなく、仲間達、ヴァイオリン型アーティファクト『オディリア』で演奏をしていた香織までもが無言の主張をしてくる有様に、両手を上げて降参のポーズをとる。

 

「それでご用件は? まさか、断られた商談を推し進める為でもないでしょう?」

「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 野営中に手品のように色々と出していたハジメだったが、流石に物理的に不可能な量だと感づかれたようで、〝宝物庫〟の存在も薄々気づいているらしい。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。無理もないだろう。

 

「これ以前にも何度か言われた気がしますが、譲る気は有りませんよ。残念ながら隣人に齎す奇跡など、持ち合わせていませんから」

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

 

 モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように言葉を発すると、ハジメはゼロスケールの銃口をモットーの額に押し付けた。蝶のあしらわれた白い銃身は、感情を感じさせない笑顔と共に牙を剥いている。

 

「それは宣戦布告でしょうか? しかし、ご安心を。貴方は救済されるでしょう。死という名の福音によって」

 

 冷たい音楽的な声色で、慈愛の笑顔でモットーの死を予告するハジメ。確かに「どうせバレる」とアーティファクトの存在はあまり隠していないハジメ達。だが、業病に罹患せしハジメ達を見逃すほど世界は優しくは無い。くだらないことを考えて愚策を取るくらいならば、このようにしていた方が何かと得だ。

 

 遠回しに「死は救済」と主張する危ない人物を前に、モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。

 

「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」

「残念ですねえ。僕では貴方を救えないようだ」

 

 本気なのか冗談なのか分からないハジメの言葉に、モットーは肩で息をしながら話す。

 

「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「商魂逞しいですねー」

 

 「では、失礼しました」と踵を返し前列へ戻っていくモットー。なお、ハジメ達には未だ、さっきよりも強い視線が集まり、商人風の男が指差しながら何かを言っている。

 

「やがて来るは、鮮血のヴァレンタインでしょうか」

 

 ハジメはそう言いながら茶菓子を摘まんだ。

 




 意外と原作っぽい言動もしてるハジメでした。まあ、「死は救済」とか原作の彼は絶対に言わないでしょうが。

備忘録

永久なる制裁:ユエの魔法で、元ネタはパニグレのルナのボスとしての行動パターン。パニグレではエネルギー弾を破壊する事で妨害できる。妨害が間に合わないと複数のスピアの雨を降らせてくる。

ユエの詠唱:マックス・ウェーバーの『夜』より。和訳すると、「より暗く、より幽かに、より静かに、今ここに、夜は訪れる」。まあ、魔法は派手だったけど。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍スル秩序

毎度の如く賛否が分かれそう。


「なるほど。魔物の襲撃は失敗しましたか」

「はい。しかし、対象の戦闘力は判明。計画の続行を支持します」

 

 フューレンに着いたハジメ達を眺めながら二人……いや、二体が瞬きも無く会話をしている。一体はギルドの案内人のような服装をしており、もう一人は宿屋のスタッフのような服装をしていた。

 

 機械教会『法王』麾下の抹殺部隊『オーダー』である。今日も今日とてハジメ達、ひいては昇格者達の抹殺計画を話し合っていた。

 

「まずは私が対象をウルへ誘導します。或る貴族へ意図的に情報を渡しました」

「では、私はウルへ戻り、計画の最終段階へと移行します。しかし、FKX-3O-アイヴィーの抹殺対象も同じエリアに向かっています」

「問題ありません。いざとなれば連携を取りましょう」

 

 そう会話を締めくくり、FKX-5S-サルビアとFKX-6O-プリムラは姿を消した。

 

 

 

e7a7a9e5ba8fe381aee5908de381aee4b88be381ab

 

 

 

『やはりそうですか? ミュオソティス』

『はい。樹海にて接敵したネメシアと名乗る機械。それと同系統の存在であると推測します』

『俺も賛成だ。あの女からは同じ匂いがする』

 

 フューレンの冒険者ギルドに着いてから、ハジメ達が〝通達〟及び〝圧縮会話〟で目の前の脅威を確認する。傍目には普通に歩いているだけだが、昇格者の演算能力のもとで作戦会議が行われていた。

 

 フューレンを案内するというギルドのサービスを教えられ、その通りに進むと件の女がいた。周りの人間は気付いていないようだが、接敵経験のあるハジメ達にはまる分かりだった。

 

 『オーダー』。ハジメ達の抹殺に動いている機械。

 

『マスター、いつでも戦闘に移れます』

『準備だけはしておいてください。ただ、暴発はしないように。我々が不利益を被る可能性が高い』

『『『『『了解』』』』』

 

 ハジメ達が近寄ると、案内人の女は自分からハジメ達に近寄ってきた。いつでも戦闘に入れるように準備だけは水面下で整え、話し合いに臨む。モットーの時は人目に付かない場所で脅迫行為に及んだが、この衆人環境では分が悪い。

 

「フューレンへようこそ~。どのような案内をご希望でしょうか?」

「とりあえず宿を探したいですね。長旅の後でして」

「でしたら、観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

 

 フューレンは四つのエリアに分かれている。この都市における様々な手続関係の施設が集まっている中央区、娯楽施設が集まった観光区、武器防具はもちろん家具類などを生産、直販している職人区、あらゆる業種の店が並ぶ商業区がそれだ。

 

 というような案内を聞きながら、ハジメ達は警戒を緩めない。樹海というある種閉鎖的な空間とは違い、堂々と衆人環境に存在している以上、相手の出方が読めないからだ。周囲の視線を無効化できる手段が有るのか、見られた所で構わないのか……

 

「(目的の場所に誘導するつもりでしょうか?) では、オススメの宿を聞いておきましょうか」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「(誘導はされない、か) とりあえずご飯が美味しくて、お風呂が有れば文句はありません。ペット可も追加で。後は責任の所在が明確な所がいいですね。なに、連れが目立つものでして。以前滞在した街では襲撃まがいの事もされましたから」

 

 『襲撃』の部分を強調して皮肉気に案内人、否、オーダーを見るハジメ。相手は動じた様子は無いが、まあ、機械だから大して表情が動かないだけかもしれない。

 

 その後も、仲間達の要望を聞いたり細かい話し合いなどをしていると、状況が動いた。今までよりも強い視線を感じる。今までで一番不躾で、ねっとりとした粘着質な視線が向けられている。……しっかりと性別を勘違いされたハジメも含めて。

 

 体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。

 事実は小説よりも奇なりというが、ここまで絵に描いたような悪徳貴族然とした人物がいるという現実にハジメは多少驚く。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それと他の女はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

 喉に悪霊でも詰まっているのだろうか。どもっている割には随分と憎まれ役が堂に入っている。臆病なんだか勇敢なんだか分からない。

 

「ふむ、貴方、もしかして算数が苦手ですか?」

「な、何が言いたい?」

「彼女ほどの奴隷がその程度の値段で買えるわけが無いでしょう」

 

 建前上、シアは奴隷である。まあ、服装とかを見る限り、明らかにこの世界の奴隷の扱いではないが。

 因みに、案内人は微動だにしない。とは言っても、エラーによって静止しているわけではなく、想定内であるかのような反応。目的が不明だ。ハジメ達を引き離すにしても、この貴族では些か力不足であろう。

 

 悪徳貴族が手近にいたミュオソティスに触れようとした所、

 

「ひぃ!?」

 

 と情けない悲鳴を上げると尻餅をついた。周囲のテーブルにいた者達ですら顔を青ざめさせて椅子からひっくり返り、後退りしながら必死にハジメから距離をとり始めている。

 

 それもそのはず。なんと、突然ミュオソティスの首が180度回転し、更に床にゴトリと落ちた。なお、打ち合わせも何も無かったため、ハジメも少し驚いている。

 

『何をしているんですか? ミュオソティス』

『ヤバい奴アピールで向こうから離れてもらおう作戦です』

『いや、確かに僕そう言いましたけどね?』

 

 限度がある……とハジメが言おうとした所、ユエが突然オズマに貫かれて倒れた。無論偽装である。機械である故に体温は無い。死体に偽装するというのは妙案であるかもしれない。

 その後も、ギロチンによって首を切断されたように倒れ伏す優花、壁や天井に糸を張り、それに絡めとられたかのように血を流す香織と殺人ショーが続く。全て偽装だが、ハジメは彼女達の裏の目的を察していた。

 

(確かに、これは中々来るものがありますね……)

 

 ハジメの希死念慮に対する当てつけだ。ミュオソティスのポンコツ行動に悪ノリしてハジメに「自分達はあの時こんな思いをしていたのだ」と暗に体験させているのだ。その証拠に、屍体に扮した彼女達の首がミュオソティスを除いて残らずハジメを見ている。

 

 にしても身体を張り過ぎであるが。当てつけに偽装死を選ぶ当たり、彼女達も大概である。原作からして過激な行動が多い香織はともかく、ユエと優花も同調する辺り、彼女等の人間性も大分限界と見える。

 まあ、地球でも人体切断マジックとかあるので、あまり気にしない方が良いかもしれない。ついでに言えば評判もあまり気にしない方が良いかもしれない。

 

「お、おい……アイツら〝楽団死期〟じゃ……」

「メンバーを処刑してるってのは嘘だと思ってたが、本当なのかよ!?」

「嫌だぁああ! 死ぬにしてもあんな死に方は嫌だぁぁ!!」

 

 周囲が阿鼻叫喚である。あと、ハジメ達はもはや〝灰鴉〟と名乗っても誰も認識してくれないだろう事も分かる。

 単純に暴力や威圧で対処しても、ここまでの結果にはならないだろう。百戦錬磨の冒険者であっても、日常崩壊系のホラー演出には耐性が無かったらしい。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

 

 悪徳貴族が護衛として雇っていたのだろう冒険者の男に命令する。だが、

 

「いや、やめておこう。流石に己の命までは金に出来ん」

 

 と、立ち去ってしまった。後で聞いた話によると、あの男は金さえ払えば犯罪まがいの事もするらしく、『金好きのレガニド』と呼ばれるほどだったが、己の命と天秤にかけて逃げ出したようだ。先に言った通り、仮に暴力で制圧していたら違っただろうが。

 

 誰もが硬直していると、おもむろに静寂が破られた。ハジメが、ツカツカと歩き出したのだ。ギルド内にいる全員の視線がハジメに集まる。ハジメの行き先は……

 

「ひぃ! く、来るなぁ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「空は鳥のため、海は魚のために有る如く、下劣な者には軽蔑を」

 

 そう言って、ハジメは〝零度〟で周囲の気温を冷やす。ついでに、「彼女等の美しき屍体が腐っては大変ですからねえ」と追加しておく。勿論演技だ。なお、一瞬戸惑っていたシアが、「うわぁサイコパス」と今では軽く引いていたが。

 

 ホラー演出に寒気、ハジメの殺人鬼さながらの言動に、悪徳貴族が白目を剥いて気絶する。熊に死んだふりは効果が無いとされているが、この貴族には効いたようだ。

 

「あ、気絶しました? 皆さん、そろそろ起き上がっても構いませんよ」

 

 ハジメがそう言うと、いつの間にか切断された首やら流血やらを綺麗に片付けた仲間達が、何事も無かったかのように椅子に座る。それを見て、ハジメは事態の収拾にかかった。

 

「さて皆さん、我々のサプライズ演目、お楽しみいただけましたか? 今回は彼らを遠ざける為にこのような形を取りましたが、皆さん、事実無根の噂に騙されないように。面白いですけど」

 

 ハジメの言葉に冒険者たちが一斉に震え上がる。声があまりに冷静だったのが逆に怖いのだろう。

 

「いやあ、殺人って疲れるじゃないですかぁ。初めてやった時なんて二日寝込んだって話も聞きますし? 感謝の言葉も無いならやる意味なんて無いですよ」

 

 「なんで息をするようにサイコパスな言葉が出てくるんですか?」とシアが香織達に聞くと、「ホラー映画の殺人鬼の真似でしょ」と返って来た。実際、このようなトラブルが続くと困るので、牽制の意味合いもあるが……

 

「では、場所を移動しましょう。願わくば、治安が改善されている事を祈って」

「あ、あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

「心中すれば事情聴取無効になります……?」

 

 どうやらギルドは逃がす気は無いらしい。今回はオーダーの方が一枚上手だったようだ。

 

 

 

 

 

 その後、ハジメ達はウルという街に向かっていた。なんでも、ギルドを事故物件にしようとしたことを不問にし、更にはギルドのフューレン支部が総力を挙げてハジメ達の後ろ盾になるとまで言い出したのだ。正直、前者に関しては絡まれた時点で終わっているが、気にしてはいけない。形式は理屈に勝る。故に世間は理不尽だ。

 

「冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングの知り合いの救出、もしくは遺品の回収……ね」

 

 支部長の話によると、

 

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

 

 要約すると、捜し人はクデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

 だが、彼に冒険者の素質は無かった。

 

 それを見抜いたイルワが、北の山脈の調査依頼を引き受けたパーティーに話を通した。そこそこ危険な場所へ行って悟って欲しかったのだという。やや回りくどい方法に思えるが、そのような方法しか通じないと思わせるような頑なさがウィルなる人物にはあったのだろう。

 

 北の山脈地帯は、一つ山を越えると殆ど未開の地になっており、高ランクの冒険者でなければ到底依頼をこなせないとか。

 

「我々のランクは〝青〟ですが?」

「キャサリン先生の手紙には君達は充分以上に強いと書かれているよ。何せ、ライセン大峡谷を探索できるくらいだしね」

 

 イルワ曰く、

 

「彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね」

 

 とのこと。なお、キャサリンの手紙にはハジメ達だけでなく、昇格者組織〝天人五衰〟の存在を遠回しに示唆する内容も書かれており、それに対しても手を貸して欲しいと書かれていた。

 

 ハジメ達とて天人五衰の一遇。組織の為になるというのであれば行くしかない。というのが今の状況だ。

 

 とはいえ、

 

「オーダーの存在を前提に考えると、やはり少々作為的な気配もしますよねえ……」

 

 悪徳貴族の登場に全く動じていなかった案内人のオーダー。この出来事が全て予定調和だとすると、ウルに向かうのは敵の籌作(ちゅうさく)に嵌まりに行くような物だ。

 

「だけど、支部長さんの心音や話すトーンに不自然な所は無かったよ。少なくとも、ウィルさんについて、彼は嘘は言ってない」

「そうなんですよね。流石にそこまで作り込んでいるのは現実的ではない。仮に嘘なら直ぐに確かめる方法は幾らでもありますし」

 

 香織の言葉にハジメは頷く。それこそ、クデタ家に確認したり、やや強引ではあるが資料を盗み見るなど方法はある。少なくともこの計画がオーダー単独の物であり、ギルドが裏で糸を引いているという事は無さそうだ。

 

 無理をしてでも潰しておくべきだったか? と、ハジメは思案する。衆人環境や逃亡のリスクを考えて攻撃を仕掛けなかったハジメ達だが、その判断は間違いだったかもしれないと考えていた。

 

「まあ、ターミナルの情報によれば(ティオ)さんが同じくウルに向かっているようですし、いざとなったらタカりましょう」

「堂々とタカる宣言するのはどうなんですかね」

「どちらにせよ、情報が無さすぎて判断つかないわね。行ってみて、ヤバけりゃ逃げる。今はこれしかないわ」

 

 完全に強者である廷にタカる気でいるハジメと、ヤバかったら即逃げる算段を立てる優花に他の面々は呆れ半分、感心半分で苦笑いする。

 

「合理的と言ってくださいな」

 

 ハジメが冗談めかして返す中、一行は分かれ道に差し掛かる。そして、

 

「ヤバい、道間違えた」

「前見て運転してもらっていいですかね!?」

「何なんですかこの道は。ディンキン図形のD型みたいな形して」

「十割君が悪いからね? コンダクター」

 

 トータス人だけでなく地球人にも分かりづらい喩えをしながらハジメが道に八つ当たりをしていると、香織からツッコミが入る。

 

 だが、道を間違えたおかげでハジメ達は思わぬ出会いをすることになる。

 

 Uターンしようとしたハジメ達の前にバイクに乗った深紅の人物が現れる。正面から現れたその人物はドリフト走行をするようにハジメ達の前に停まる。

 

 紅い服に身を包み、白い髪を振り乱すその人物は―――

 

「雫……ちゃん?」

 




 分かってたことだけど、ウルは原作以上に荒れる予定です。プームとレガニドは……正直ダルかったので死んだふりでやり過ごしました。どうせこの後腐るほど敵が出てくるし、人間関係荒れるし。

 そんな事よりもまずは雫(紅?)ですね。何してんのかと思ったらこんな所にいました。まあ、分かるのは相変わらずバイク乗り回してる事ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深紅トノ再会

 今回の話とは何も関係ないですけど、かなり前の話でハジメのステータスプレートにレベルXという表記をしたのですが、何やらLeet表記で『無限』を使う事もあるとか。なんか一時期ステータス無限みたいな設定の話が一部界隈で盛り上がってましたが、今作においてそんな意味は有りません。


 逃げ続けた。

 

 目の前の現実から、人間関係のしがらみから、自分にはどうしようもない、既に崩壊していた友人関係から。

 

 自分達はワンセットのような扱いを、外からはされていた。光輝、龍太郎、雫、香織……その四人でいる事は絶対条件だった。誰かが増えることはあっても、この四人が欠ける事は無かった。雫はそれで良いと思っていた。

 

 だが、その安寧が不自然に続いている事が、そもそも人間関係が歪んでいる事の証左だったのかもしれない。

 

 自分達は小学校の頃から一緒だった。いや、香織は後から入ってきたが、他の三人はそれ以前から一緒だった。成長して環境が変わっても、精神構造が変わっても、一緒にいた。だが、その薄氷のような関係に亀裂が入った。

 

 香織に恋人が出来た。

 

 相手は光輝ではない、南雲ハジメという人物だ。光輝はひどく動揺していたし、香織は自分達よりも恋人であるハジメの事を優先するようになった。

 

 それが、自分達の関係が崩壊する序章とは、雫は思っていなかった。或る種、侮っていたのだろう。多めに見積もっても、過ぎ去りゆく青春の1ページとしか思っていなかった。自分達と比べて浪漫主義者で子供っぽいと思っていた香織の恋。風の噂で聞いたり、創作物で見るように、中学生の恋など自然消滅すると、心のどこかで思っていた。

 

 それが間違いだった。

 

 香織は急速なまでにハジメとの関係を深めていった。談笑して、喧嘩して、寄り添って、両親まで公認で……聞いているだけでも疑いようが無い程に深い恋人付き合い。

 

「目を覚ますんだ、香織! それは一時の気の迷いだ! 君の人生を無駄にする行為だぞ!」

 

 光輝が香織にそう言った時の、雫をして恐怖すら感じる、香織の冷淡な表情はよく覚えている。チェロを持って舞台に立った時とも違う、一周回って狂気すら感じる佇まい。雫は香織が、自分達よりも遥かに年上に感じた。

 

「まあ、天之河君の言う事も全否定はしないよ。本当に私がハジメ君の事を好きかどうかなんて、論理的には証明不可能。深層心理を無理矢理覗き込む架空の技術でもない限りね」

「そ、そうだ! だからそんな無意味な関係は―――」

「だからこそ敢えて言うね。私の恋は自明だよ。例うならばこれは魂。彼と過ごして高鳴る鼓動は心不全を起こしそうなシンコペーションで、彼を思って流す涙は別れを惜しむターゲリート、彼に話しかける声は私だけの、彼に捧ぐアリア。私の中に流れる旋律こそが証明だよ」

 

 あまりにも美しく、恐怖すら覚える。誰が見た所で疑いようが無い愛。目の前に居るのは自分と同じ女学生でも、恋を知ったばかりの少女でもない。

 

激情に燃える貴婦人。

 

 それが雫の、香織に対する印象だった。香織の事を親友だと思い続けていたのは事実だが、同時に、名状しがたい恐怖を覚えてもいた。

 

 その恋人であるハジメもまた、雫にとっては恐怖の対象だった。紳士的で本を貸してくれる反面、全てを見通す冷酷な眼を持っているかのような振る舞い。本人が聞いたら「過大評価です」と一笑に付すだろう印象を、雫は本気で抱いていたのだ。

 

 彼のコミュニティは異質だった。統一された思想の下に集まっているわけでも、仲良くしようと集まっているわけでもない。歯車のように連なり精密に動いているかのような、ランダムに配置された駒のように支離滅裂に動いているような得体のしれない集団。それぞれが孤独で、それでいて集団として成り立つグループ。

 クラシック音楽と文学、絵画、ジャズと料理、宗教、ハッキングと精通している分野もバラバラ。何故崩壊しないのか不思議だ。

 

 雫がこのような印象を抱いた理由としては、光輝のグループという或る意味完成された集団に居続けた影響と言える。少なくとも当時は完璧で完成された集団しか知らなかったが故の拒絶反応。そして、雫の周りではそれが普通だった。

 

 ハジメのグループは周囲の生徒からだけでなく、教師からも煙たがられていたのがその証拠だ。誰も彼らを理解できなかった。周囲の目には、ハジメ達こそが薄氷の上に立つ人間達にしか見えていなかった。

 

 だが、先に関係が崩壊したのは光輝のグループだった。

 

 誰も、本人達ですら予想していなかった結果だった。完成されていた集団。だが、それ故に脆かったのだ。成長と共に変化する環境と精神構造に耐えられる屋台骨では無かった。

 

 誰も気が付かなかったというだけで、少しずつ軋んでいたのだろう。そして、香織の事実上の離脱を機に、一気に崩壊した。

 

 早い話が、終わっていたのだ。光輝達のグループは。そして雫は、その瓦礫を必死に寄せ集めて、自分と周囲を誤魔化し続けた。親友に対する恐怖を忘れるために。

 

 

 

 

 

 紅は雫によって生み出されてから、彼女の視点で世界を、他人を見ていた。正直、紅は雫の事を愛してはいる。そのように作られた人格だからだ。他者との軋轢に耐えかねた雫が、安らぎを得るために生み出した存在。造物主は被造物を愛さないというが、少なくとも雫は紅に執着してはいる。

 

 だが、紅を以てしても雫の全てを肯定する事は出来ない。擁護できない部分も存在はする。が、それを指摘するのは自分の役割ではない。そもそも必要があるかも疑問だが。

 

 紅は雫の内側から、彼女が恐怖を抱きながらも親友と呼ぶ香織という少女に抱き着くのを眺めていた。紅から見て、香織というのは未知の存在だ。果たして敵か味方か。光輝という、味方の顔をした潜在的な脅威という前例が存在する以上、慎重に見極めなければならない。

 

 

 

 

 

「「どちら様ですか?」」

 

 相対して疑問をぶつける二人がいた。一人は蝶葬機体となったハジメ、もう一人はファンキーな服装となった雫である。

 

「い、いやいや! あなた南雲君なの!? どこからどう見ても別人じゃない!!」

「そちらこそ、随分と趣味が変わったようで」

「い、いや、これは私の趣味というよりは……」

 

 それぞれが自己紹介した後、あまりにも変わり果てたお互いを見て驚き合っているのだ。また、お互いが此処に来た経緯もある程度は話した。

 

「そっか……逃げ出せたんだね、雫ちゃん」

「一番の朗報はそれよね。メルドさんの指示もあったとはいえ、八重樫が『逃げる』という選択をした。日記の冒頭が意味不明な反省から始まる貴女からすれば大きな進歩だもの」

「ああ……高校入ってもそんなだったんだ。雫ちゃん。昔から何度もテレビのニュースも他校の自殺も君のせいじゃないと言っていたけれど」

 

 香織はそう言った後に、自嘲するような表情となった。

 

「まあ、雫ちゃんを見捨てた私に言う資格は無いけれど」

「そ、そんな……見捨てただなんて」

「少なくとも、雫ちゃんよりもコンダクターが優先順位として上にいたのは間違いないもん。むしろ、会ったら恨み言を吐かれるとすら思ってたし」

「…………」

 

 香織は香織の人生を生きた。真っ当に恋をして、真っ当に芸術に生きた。そして、その結果、親友を見捨てた。そしてそれは、今後も変わらないのだろう。

 

 同時に雫は、香織の何を恐れていたのか、今この瞬間に判然とした。雫は、香織が自分の人生を歩めることを理解できなかったのだ。それを再認識して、雫は云う。

 

「でも、やっぱり私は香織を恨む事なんてできないわ。香織は自分の人生を生きただけ。助けを求めもしなかった私が恨むのはお門違い」

「雫ちゃん……」

「少し変わりましたね。憑き物が取れたというか……」

 

 そんなハジメの言葉に、雫はなんだかおかしくなってしまった。

 

「そうね。或る意味そうとも言えるし、憑かれてるとも言えるわ」

「? どういう事?」

 

 意味が分からず、香織は聞き返す。

 

「これは、説明するよりも見せた方が早いかもしれないわね」

 

 雫はそう言うと、少しふらついた。そして、体勢を整えると今までとは全く違う声色で口を開く。

 

「初めまして、雫の友人の皆さん。私は八重樫紅。いつもなら誇らしき盾と言うけれど、曲がりなりにも友達みたいだからしっかりと紹介するわ。八重樫雫の第二人格よ」

 

 その瞬間、時が制止した。

 

 

 

 

 

「つまり、貴女が、雫ちゃんの苦しみを和らげてくれたんだね」

 

 紅の登場から少し時が経った後、香織が戸惑いながらもそう口にすると、紅は意外そうに香織を見る。

 

「……意外と冷静なのね。もっと狼狽えるか、必死になって否定するかと思っていたわ」

「ああ、うん、驚いてはいるよ。実際、今も体内の異重合核の鼓動が不整脈起こしてる」

「不整脈起こしたらそれはだいたい死んでるわよ」

「でも、一応多重人格っていうものの存在は知ってる。ロボトミーや電気治療が有ったような時代でも無いんだから、変な排他意識は持ってないよ」

 

 雫のような解離性同一性障害や、同じく精神疾患である統合失調症の発症率は百人に一人だと言われている。日本の人口が一億人だと考えると、決して低くは無いというのが分かるだろう。ハジメや香織、異世界の住人であるユエやシアにとっても他人事ではない、誰でも発症する物だ。

 

 それを聞いて、紅は本気で驚いたようだ。

 

「貴方達はかなり危険な思想を持っているようね……褒めてるのよ?」

「たとえ褒めてなくても否定はしないよ」

「特に、あの天之河光輝とかいう奴より、雫は安らげそうだわ」

「「「ああ……」」」

 

 ハジメ、優花、香織の三人はどこか納得したように空を見上げた。そして、同時に何があったのかもある程度察した。

 

「或る意味、彼は世間の価値観を代弁してるでしょうね……トータスどころか、現代日本ですら優性思想や弱者排斥主義のようなものは根強い。僕としては、死という生命を定義するに切り離せない、ある種の安息すら排斥しようとする所に、どうしようもない汚辱を感じますが」

 

 受け入れず、かといってその通りに振舞えばそれはそれで排斥する。現代社会の、歪で不健全で不健康な精神の有りようを痛烈に批判するハジメ。それは間接的に天之河光輝の行動を批判する物であった。

 

 尤も、本人は否定するであろうが。ハジメから見れば、そして歴史と哲学から見れば光輝のやっている事はカルト教団や負の遺産を数多く残したファシストと変わらない。違うのは、後者は半ば自覚的にやっているのに対し、光輝は無自覚にそれを行っている事だろう。

 

 一方で香織は、

 

「ごめんね? 何か、何も感情が動かなくなっちゃった」

「ええ……もう、見るだけで真顔だって分かるわ」

「うん、何だろうね。本当なら怒りとか哀しみとか、抱くべきなんだろうけど、何も……無いや」

 

 香織の中で、もはや天之河光輝は感情が動く対象ですらなくなったらしい。目の前に本人がいないというのも影響しているのかもしれないが、感受性が豊かな演奏者から感情を奪う程の存在、恐ろしい。

 

「だけどまあ、天之河君本人に会ったらその限りでは無いかもしれないけれど」

「なるほど、さながらクレッシェンドのように感情が再起されると」

「スフォルツァンドかな、どちらかと言うと」

『言葉だけ切り取るといつも通りだけど、奈落に飛び込む前の狂気的な虚無の笑顔してるわ……』

 

 紅の内側で雫が香織の表情に怯えている間に、今度はハジメ達の話となった。やはりというか、かなりぼかして話しても雫にはショックだったらしい。意識海の中で阿鼻叫喚だと紅が話していた。

 セイレーンとなった香織のその後はまだ良いとして、右眼から再生した一件や、ルシフェルと化した優花の部分はかなり応えたようだ。親友や話を聞いてくれた優花が悲劇に見舞われたというのは、やはりしんどいのだろう。

 

「私はそんなに悲観してないけどね。First Deathを彼に捧げられたわ」

「First KissじゃなくてFirst Deathって……私も大概な性格してると思ったけど、貴女だいぶ狂ってるわね」

「誉め言葉ね」

 

 芸術家と音楽家に対して『狂っている』は誉め言葉となる事も多い。今回の場合はハジメへの狂愛が傍目に見ても分かるという事に喜んでいるのだろうが。

 

 そして、ハジメ達が今後の予定を話し合おうとした所、

 

「っ!!」

「おやおや……」

 

 雫が逃げ出した夜に出会った戦車のような機械生命体『ブリーゼ』と『シュタイフ』が襲来した。

 

「話し合いは後にした方が良さそうですね」

「ずっと追いかけてきたみたい。どれだけしつこいのよ……! 『狙いは私よ。だから逃げ』雫は黙ってなさい!」

「僕達も見つかった時点でアウトですよ。逃走が解決にならない以上、殲滅するしかありません」

 

 それぞれの乗り物に乗って逃げるように走らせるハジメ達。雫が自分達を見捨てるように声を上げるが紅が黙らせた。そして、見つかった以上は自分達も無関係ではないと主張するハジメ。

 

 眼前のハジメ達に攻撃を仕掛けようとするブリーゼだが、その前に優花の戦輪『イエスタデイ』が炸裂した。

 

「私暇ですねえ……あ、そうだ」

 

 シアが車から飛び降りて、ライダーのような姿の機械生命体『シュタイフ』を大剣『白ノ約定』で一刀両断すると、バイクを奪って闘いに参加した。温厚な兎人族とは一体。なお、紅は「考える事は皆同じなのね」という顔をしていた。

 

「さて走りましょうか。ルート666を」

「あ、私それ言いたかったのに」

 

 ハジメと優花の漫才を皮切りに路上の闘いが幕を開けた。

 




 シチュエーションが完全にFF7とか言ってはいけない。何気にありふれ原作にはなかった乗り物で走りながらの闘い。次回はそれを書いていこうと思います。

 あと、『勇者アンチ』のタグは外そうかとも思ってます。一応、勇者君がそれなりに絶望する展開を用意しているので、警告の意味合いで付けているのですが、なんか私がわざわざそういう表現しなくても勝手に自滅しそうというか……これがNieRの力か。おのれヨコオ(筋違いにも程がある怨み)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

失踪者タチノ疾走

 今章、戦闘が一番の癒しまである。


 戦車のような機械生命体『ブリーゼ』。重量級の敵が機動力も得ているとなるとかなり厄介だ。雫と紅の話によると、目撃した攻撃は荷電粒子砲のようなレーザー攻撃だけのようだが、道という逃げ場が限定された状況では脅威である。弱点が無いわけではなく、その巨体と質量故に急な方向転換は出来ないようだが。

 

「この先に急カーブとかってあったりします?」

「回答:地図を見る限り、その可能性は低いです。推測:カーブを利用した敵の排除は現実的ではありません」

「なるほど。正面からやり合うしか無いようですね」

「道が広いのがまだ救いって感じね」

 

 ハジメ達が走る道はそこそこ主要な交通路というのもあり、ハジメ達が乗る車とブリーゼ、更に雫やシアが走らせるバイク、そしてシュタイフの群れが走っても支障がない程度には広い。

 

 近くに寄ってきたシュタイフを銃撃で倒したハジメは、突っ込んで来るブリーゼを避けるようにハンドルを切る。何をする気なのかと思ったブリーゼはハジメ達の進路に対車両機雷を撒き散らしてきた。

 

「ハジメ、回避に専念して」

「言われなくとも!」

 

 ハジメは短いながらも異世界で鍛えたドライビングテクニックを披露する。意外と何とかなるものだ。それでも脅威となるものは優花や飛行形態となったロックが敢えて爆発させ、被害を防いでいる。

 

「ハジメさん! 地面だけでなく空を飛ぶものもあるみたいですぅ!」

 

 少し先行しているシアが注意を飛ばす。見れば、飛行特化に改造されたらしきメルトビートルが群れを成してハジメ達に襲い掛かろうとしていた。

 

「アレグロ、プレスト、演奏開始!」

 

 が、それは香織の『振動防壁』によって撃墜される。周囲に物体を破壊する音を発生させ続け、疑似的に防御をする技。雑な力技に見えるが、攻防一体となるため便利である。

 

「僕と香織は回避と防御に専念した方が良いようだ」

 

 ハジメがそう言って爆炎を切り抜けると、ブリーゼが一行に接近して炎を噴き出しながら回転する。ハジメは敢えてブレーキを踏んで距離を取り、ユエがオズマで攻撃した。

 

「シア、今!」

「合点承知ですぅ!」

 

 攻撃が止んだ瞬間にシアがウィリー走行でブリーゼに急接近して『白ノ約定』の一撃を加えた。ブリーゼは片側を地面から離し、シアを踏みつけようとするが、シアの機動力の方が上回っている。そして、隙だらけのもう片側に紅が刀で斬撃を加えた。

 

 と、今度はブリーゼから紅に赤いレーザーポインターが向けられる。嫌な予感がした紅は後ろに下がって反対側に移動。予想通り、紅がいた位置に機銃による掃射が行われた。

 

「近くは手薄ってわけじゃないのね」

『力はともかく、厄介さはベヒモスなんかより上かも』

「とはいえ、対処不可能な攻撃は今の所無いわね。八重樫が見たレーザーみたいな攻撃はヤバそうだけど」

 

 尚も飛ばされる機雷やメルトビートルをナイフで片付けながら優花は独り言ちる。この程度であれば実に楽しいドライブだ。

 

「楽しんでいる所悪いが、新手だ」

 

 だが、ロックの一言で全員の表情が引き締まる。なんと、ブリーゼが新たに二体の機械を召喚したのだ。その機械の名は『ファイアーファイター』。爆発物と火炎放射を軸に闘う機械。

 

「焼畑農業を行う気のようで。サルバトール・ダリのように炎に巻かれる日も近い」

「縁起でもない事言わないでコンダクター」

「……炎は私が防ぐ。出来る限りファイアーファイターを殲滅して」

「その作戦を指示します」

 

 四方に火炎放射をしてくるファイアーファイターにミュオソティスがガラティアによる砲撃を加える。

 しかし、ファイアーファイター側も今度は爆発物を投下して対抗してきた。おまけにブリーゼは機銃掃射まで行ってくる。

 

「末路はサルバトール・ダリかボニー&クライドってわけ。随分と愉快な二者択一ね」

「燃やされるか蜂の巣にされて死ぬか。銀行強盗をした覚えは無いんですがねえ」

 

 ハイになった二人が洋画さながらのジョークを離しているが、ツッコミ役はいない。そして、シアと紅でファイアーファイター二体を倒す事になり、炎と機雷を掻い潜って接近するバイクの二人。

 

「懐に入ってしまえばこっちのもんですぅ!」

 

 シアはバイクの車体を傾けてファイアーファイターの下に滑り込み、白ノ約定で致命傷を与える。ファイアーファイターはハジメ達の背後で爆散した。

 

「ヤエガシさん……でしたっけ? 手伝います?」

「気持ちはありがたく受け取っとくけど、今は最高にハイになってるから要らないわ!」

「……地球人ヤベェ人しかいねえですぅ」

 

 雫は後天的におかしくなったが、ハジメ、香織、優花と性格がちょっとアレな者達しか見ていなかった故に雫も素でヤバい奴なのかと身震いするシア。流石は()()()()の親友、とかも思ってしまった。

 

 とはいえ、シアもこの乗り物を楽しいと思ってしまっているのは否定できない。

 

 一方、紅は道が谷底のような地形に入ったことを確認すると一瞬だけ笑い、

 

「いいわね。景気付けに上から雷落としてやろうかしら!」

 

 全員が「は?」という反応を返す間に、紅はなんと壁を走ってハジメ達やブリーゼの上から見下ろす位置に登り詰めた。

 

「どれだけ乗り回してんですかあの人は」

「わあ、雫ちゃんが走り屋になっちゃった」

 

 ハジメ達が感嘆の声を漏らすが、紅は刀に電流を纏わせファイアーファイターに雷撃を浴びせる。三回ほど落雷に遭ったファイアーファイターは為すすべなく爆散した。そして、紅を狙撃しようとするブリーゼだが、

 

「やらせないわ!」

 

 再度、今度は刀だけでなくバイクや自身に電流を纏った紅が上からブリーゼを強襲。特大の雷撃を喰らわせた。

 

「なんか思ってたより八重樫さんが強い件」

「……昇格者ほどじゃないけど、人間にしては異常」

「少なくとも機械化はしているのでしょうね」

「雫ちゃんを抱きしめた時、体温を感じなかった。間違いないと思う」

 

 全員の結論は「八重樫雫は既に機械の身体となっている」というものだった。とはいえ、眼前の敵をどうにかしなければ話し合いもできない。

 

 見ればブリーゼが最終兵器である荷電粒子砲を放とうとしている。流石にアレを喰らえばハジメ達も無事では済まない。

 

「っ!」

 

 優花が戦輪イエスタデイをぶつけ、妨害を試みる。結果、発射の方向を変える事には成功し、荷電粒子砲は壁に向かって放たれる。だが、それによって壁が崩落した。ハジメ達は『振動防壁』によって守られているが、シアと雫は……

 

「わわっ!?」

 

 シアは落石に対して慌てて剣を振ろうとするが、

 

「〝深紅・刀光波・雷〟!」

 

 紅が電流を纏った刀を振り、飛翔する斬撃とそれに伴う雷撃で落石を一掃してしまった。

 

「生きてるかしら?」

「あ、はい、何とか……」

「しっかりしなさい。途中下車は出来ないわよ!」

(生粋の走り屋かな……?)

 

 そう言ってウィリー走行してスピードを上げる紅。実はノリにノッているのは雫も同じだったりする。

 

 そして、再び荷電粒子砲を放たれる前に決着をつけるべく動くハジメ一行。優花、ユエ、ミュオソティスが一斉に攻撃し、シアが重撃を加えてブリーゼの体制を崩す。

 

 そして、

 

「〝リヴォルブ〟」

 

 傍に有ったジャンプ台のような岩で跳びあがり、雫が雷を纏って体当たりのような一撃を喰らわせる。

 

 流石のブリーゼも耐久力が限界に達したらしく、無残に爆散した。

 

「ふぅー……カーチェイスも悪くないけど、ようやく倒れてくれたわ」

 

 しかし、ハジメ達の関心は倒した敵よりも八重樫紅・雫に向いていた。聞きたいことがあるのは、こちらも同じである。

 

 

 

 

「じゃあ、無我夢中で逃げている間に、機械になったんだ……」

 

 香織は雫から彼女の状態を聞いた後、沈痛な面持ちで答えた。彼女の話によると、猛スピードでバイクを走らせていた所、身体が焼けるような痛みが走った。だが、下手に倒れれば最悪魔物の餌食である事や、当時は一刻も早くクラスメイト達から逃げようと思っていた事から、雫は更にバイクを飛ばしたらしい。

 

 本来ならば有り得ない事だが、空気中の微粒子と自身の身体が摩擦で燃え、セントエルモの火の中を走っているような錯覚に陥った。そして、気付けば身体が機械と化しており、雷撃を操れるようになったのだという。

 

 とりあえずは、本人はあまり苦痛を感じていなかった事だけが救いか。

 

「素直に祝福は……できないかな。そうなっちゃったら、私達と一緒に来ることが最善の策になると思う。もしかしたら、クラスメイト達と一緒にいる以上の苦痛を味わう事になるかも」

「むしろこっちから頼みたいくらいよ。大げさかもしれないけど、身体が変異していく恐怖も、身体が焼けるような痛みも、クラスメイト達と一緒にいるよりよっぽど楽だったもの」

 

 自分達の旅が苦難と業苦に塗れている事を香織は伝えるが、雫はそれでもついていくと決めた。雫一人なら闘わずに過ごす事もできないわけではないが、ハジメ達としても戦力は欲しい。

 

「というわけで、雫ちゃんを昇格ネットワークに接続したい。良いかな。紅さん」

「……雫がそれで構わないというなら、私からは何も言わないわ。あと、呼び方は無理にさん付けじゃなくていいわよ」

「そう、じゃあ、紅ちゃんって呼ぶね」

「ふっ、新鮮ね。その呼び方でいいわ」

 

 香織は代行者であるハジメに転移装置の使用と昇格ネットワークの接続の許可を求める。

 

「ごめんね? 正直に言って、今は、ウィルさんのことはどうでもいいの。依頼に失敗したとしても、私は雫ちゃんを救いたい」

「ええ、分かっていますよ。こちらとしても戦力が増える事は歓迎ですし」

 

 ハジメはその願いを了承した。一応、雫を転移させた後は移動できるものの、不測の事態が起きれば停止する事を余儀なくされるだろう。だが、それでも異議を唱える者はいなかった。

 

「じゃあ、新参者だけど、よろしくね。ユエさんに、シアさんに、ミュオソティスさん、だったかしら」

「……ユエでいい。さっきのバイク捌きは見事だった」

「私もシアでいいですよぉ。是非ともバイク友達になりましょう!」

「新たなマスターを登録。よろしくお願いします」

「一応我もいるぞ」

「あ、ロックは喋る狼です」

「……本当に異世界って感じね。皆、これからもよろしくね」

 

 

e58d94e8aabfe680a7e381aee38182e3828be4babae99693e3818ce7949fe3818de6ae8be3828be381aee381afe79c9fe79086e381a7e381afe381aae3818fe6b395e58987e381a7e38182e3828b

 

 

「はぁ、今日も手掛かりはなしですか……清水君、カイネさん、一体どこに行ってしまったんですか……」

 

 悄然と肩を落とし、ウルの町の表通りをトボトボと歩くのは召喚組の一人にして教師、畑山愛子だ。普段の快活な様子がなりを潜め、今は、不安と心配に苛まれて陰鬱な雰囲気を漂わせている。心なしか、表通りを彩る街灯の灯りすら、いつもより薄暗い気がする。

 

「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性は十分にある。お前が信じなくてどうするんだ」

 

 元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊隊長のデビッドだが、周りの生徒達の表情は暗い。清水とカイネを追い出したのは自分達だ。そして、最大戦力を失ったにも関わらず、旅自体は以前よりも快適なのが尚更皮肉である。それでも愛子は捜そうとしているが。

 

 クラスメイトの一人、清水幸利が失踪してから既に二週間と少し。愛子達は、八方手を尽くして清水を探したが、その行方はようとして知れなかった。町中に目撃情報はなく、近隣の町や村にも使いを出して目撃情報を求めたが、全て空振りだった。

 

 清水やカイネの強さからして、事件に巻き込まれた可能性は低い。王国と教会には報告済みであり、捜索隊を編成して応援に来るようだ。清水も、魔法の才能に関しては召喚された者らしく極めて優秀なので、ハジメの時のように、上層部は楽観視していない。捜索隊が到着するまで、あと二、三日といったところだ。

 

 かけられる気遣いの言葉に、愛子は内心で自分を殴りつけた。事件に巻き込まれようが、自発的な失踪であろうが心配であることに変わりはない。しかし、それを表に出して、今、傍にいる生徒達を不安にさせるどころか、気遣わせてどうするのだと。それでも、自分はこの子達の教師なのか! と。愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いですし、カイネさんもお強い方です。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です! お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 全員、大して清水達の行方は心配していなかったが、気合の入った掛け声に生徒達も「は~い」と素直に返事をする。騎士達は、表面上は青少年の健全なその様子を微笑ましげに眺めた。

 

 愛子達は、自分達が宿泊している宿の扉を開いた。ウルの町で一番の高級宿だ。名を〝水妖精の宿〟という。昔、ウルディア湖から現れた妖精を一組の夫婦が泊めたことが由来だそうだ。

 

 全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打つ。

 

 極めて地球の料理に近い米料理に毎晩生徒達のテンションは上がりっぱなしだ。見た目や微妙な味の違いはあるのだが、料理の発想自体はとても似通っている。素材が豊富というのも、ウルの町の料理の質を押し上げている理由の一つだろう。米は言うに及ばず、ウルディア湖で取れる魚、山脈地帯の山菜や香辛料などもある。

 

 美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達のもとへ、六十代くらいの口ひげが見事な男性がにこやかに近寄ってきた。

 

「皆様、本日のお食事はいかがですか? 何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」

「あ、オーナーさん」

 

 愛子達に話しかけたのは、この〝水妖精の宿〟のオーナーであるフォス・セルオである。スっと伸びた背筋に、穏やかに細められた瞳、白髪交じりの髪をオールバックにしている。宿の落ち着いた雰囲気がよく似合う男性だ。

 

「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」

「それはようございました」

 そして、フォスは表情を曇らせて言った。

 

「この状況で伝えるのは心苦しいですが……実は香辛料を使った料理は今日限りとなります」

 

 何人かの生徒がショックを受けたように聞き返すと、彼は訳を話し始めた。

 

「何分材料が切れてしまいまして……ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」

 

 何でも、採取場所に魔物の群れを見たようで、現状採集が出来ない状態だという。

 

 フォスは、「食事中にする話ではありませんでしたね」と申し訳なさそうな表情をすると、場の雰囲気を盛り返すように明るい口調で話を続けた。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 食事を共にしていたデビッド達護衛の騎士は一様に「ほぅ」と感心半分興味半分の声を上げた。フューレンの支部長と言えばギルド全体でも最上級クラスの幹部職員である。その支部長に指名依頼されるというのは、相当どころではない実力者のはずだ。同じ戦闘に通じる者としては好奇心をそそられるのである。騎士達の頭には、有名な〝金〟クラスの冒険者がリストアップされていた。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。〝金〟に、こんな若い者がいたか?」

 

 その一団は話しながら近づいてくる。

 

「やれやれ……結局夜までかかってしまった」

「その……ごめんなさい」

「別に構いませんよ。貴女の一件が無かったとて、有効数字にはカウントされない程度の誤差です」

「そうよ。これでも飛ばした方だわ。一歩間違えば地獄行きってくらいには」

 

 その会話の声に、愛子の心臓が跳ねる。それは行方不明になったはずの生徒達の声。それだけで、愛子や生徒に行動を起こさせるには充分だった。

 

「八重樫さん! 園部さん! そして、南雲君ですか!?」

「今の声……優花っち!?」

 

 相手を確認する余裕も無く、愛子と優花の親友の二人は大切な者達の名を叫ぶ。

 

「…………」

 

 なお、相手の方は愛子達を一瞥すると一様に人生に疲れ切った表情を見せた。また、愛子達の方も戸惑っていた。あまりにも記憶と違うハジメ達の姿に、一瞬思考が停止する。そしてその間に雫がフッと倒れ込み、かと思えば紅が身体操作を受け継いだ。

 

「……ねえ、今からでも宿を変えないかしら。ブリーゼなんて比じゃ無いわ。人生最大級の不運(ハードラック)(ダンス)っちまってるわよ!」

「……そうですね。聞きたいこともありますが、精神衛生上その方が良さそうだ」

 

 そしてそのまま幽霊のようにフェードアウトしようとしたところ、

 

「ちょ、ちょっと! どこに行こうとしてるんですか! とま、止まりなさい皆さん! 何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、直ぐに皆のところへ戻らなかったんですか? 皆さん! 答えなさい! 先生は誤魔化されませんよ!」

「黙秘権を行使します」

 

 と言っても愛子は放してくれず、ハジメ達は仲良く憂鬱で吐きそうな表情をしながら席に着いた。まるで徹夜続きで疲れているのに飲み会に引っ張り出された会社員やOLのよう。……仕事と異性と死生観(芸術観も含む)の話しかしない時点で間違ってもいないかもしれないが。

 

「お久しぶりですね。先生……」

 

 ハジメは死んだ目で、天人五衰として活動する中で面倒しか引き起こさないであろう相手に再会の挨拶を投げかけた。彼の脳内では、目の前の相手をどう盤上から外すか、または排除が必要になるかを演算していた。

 




 とりあえず雫合流。そして既に機械化してましたよ、と。香織や優花の例を考えると条件満たしてますしね。そして、ここからが修羅場じゃ……というか次回の構想練ってるけど優花が回を追うごとに草臥れたOL化してる。まあ、今回は全員がそうなりそうですが。因みに限界というか、『強がるのが得意な女性』は時に徹夜して出力してます(笑)。

備忘録

雷を使う雫:パニグレのアルファ準拠です。最終強化はまだですが、深淵ノ紅機体で雷使ってると思ってください。

リヴォルブ:アルファの補器のアクティブ技。

ファイアーファイター:パニグレの敵。最初期から登場するが、見る機会は少ない。攻撃頻度も少ないが、火炎放射は避けづらいため、ある程度のダメージは覚悟してゴリ押した方が早いことも

不運と踊っちまった:特攻の拓という漫画のセリフらしいですね。フレーズだけ知ってました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翅無キ身ノ悲シキ哉ー甲

タイトルは与謝野晶子の『人知れず』より。


「あららら……こんな所にいた。雫さんは移動手段を手に入れていたわけなんですねえ。そりゃ私が捜してる範囲じゃ見つからないわけです。たまたまウルに用がありましたが、僥倖ですね」

 

 ハジメ達が愛子に捕まっている中、リリアーナ(の分身体)はウルの街に降り立っていた。雫の捜索を諦め、先に仕事を片付けに来たが、たまたまお目当ての人物もいた事に歓喜する。

 

「さて、私は一足先に(ティオ)様に会いに行くとしましょう。後で彼も合流するでしょうが、打ち合わせもありますしねー。何処まで情報を開示するとか」

 

 軽い口調でリリアーナは独白し、その後には消えゆくトランプだけが残されていた。

 

 

 

 

 

「優花、何が欲しいですか?」

「ピアニッシモ・ディアス・メンソール」

「料理の話です。というか吸った事ないでしょ」

 

 一方で、ハジメ達は愛子を目の前に料理を吟味していた。優花がだいぶ限界そう……というか地球組は全員が抗争敗北三日前のマフィアのような顔をしている。白、黒、赤で統一されたその服装が並ぶ絵面は、ともすればフィクサーの集まりとも見えるが、或る意味鈍感な愛子は「先生、怒ってます!」と実にわかりやすい表情でテーブルをペシッと叩いた。

 

「皆さん、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、今までどこで何をしていたんですか?」

 

 愛子はハジメ達に奈落に落ちた後の説明を求めた。が、まさか護衛たる神殿騎士のいる前で天人五衰について話すわけにもいかない。代行者の一人がリリアーナである以上、エヒトにも片鱗程度はバレている可能性もあるが、自分から話す理由にはならない。

 

 よって、ハジメ達の軌跡は話さない事が最善なのだが、それでは相手は納得しないだろう。

 

「香織や優花が辿った運命は皆様ご存じでしょうが……堕落した不条理に声を枯らして喘ぐ彼女らを破滅の運命より救済いたしました。時に殺し合って、ね。松の木に閉じ込められたエーリエルを救い出したように」

「…………」

 

 ニルシッシル(異世界版カレー)を食べながら、胃もたれしそうな重い話を展開するハジメ。

 

「また、僕も落ちて以降、希死念慮が増長してしまいましてね彼女らがいなければどうなっていた事か……」

 

 あまりにも重い話題に、愛子は話題の転換を図った。生徒の話は最後まで聞くつもりだが、これでは精神が持たない。

 

「そう言えば、そちらの初めて見る女の子たちは……?」

 

 初めて見るという事は、ユエとシアの事である。二人はそれぞれ名乗る。

 

「ユエ。ハジメの二人目の伴侶」

「シア・ハウリアですぅ。ハジメさんの……部下、ですかね?」

「部下……? それよりも二人目の伴侶って……」

「言葉通りの意味でしょうね。因みに私もハジメの伴侶」

「コンダクターは私も含めて三人恋人がいますから」

 

 ユエから飛び出した衝撃的な告白に愛子は衝撃を受けた。そして、それを肯定するように優花と香織が声を上げる。何でもない事のように、数学の法則のように淡々と。

 

「な、な、三股……!? 南雲君! 貴方が直ぐに帰ってこなかったのは遊び歩いていたからなんですか!?」

「学習指導要領にはニワトリを教員として採用するべしと書かれているんですか?」

「でも三股なんて! 不純です!」

 

 だが、四人は大して気にも留めない。

 

「求めよ。さらば与えられん。ゴートの女王タモーラのように舌と手を切り落とすわけでもなし、彼女達の情欲は満たしてやらねば」

「皆で幸せになるにはこれしか無いんですよ、先生。中途半端な倫理観で誰か一人を選別すれば、もれなく全員が不幸になります。教師という職業が、生徒の人生に悲劇を脚色する物でないならば、見逃して頂きたいですね」

「彼はブラッディ・マリーとなった私を慰めてくれた。ガムシロップを流し込んで、ウォッカを中和したの。私は酔うわ。甘やかな毒を口移しで飲ませて」

 

 とりあえず闇が深い事しか分からない。恋愛経験皆無の愛子にとって、甘美で戯曲的でアングラな恋愛譚は早かったようだ。なおも言い募ろうとする愛子に、ユエが音を立ててグラスをテーブルに置き、絶対零度の瞳で言葉を発する。

 

「殺された未来が私に復讐に来る。その御大層な哲学で私を救える? 月だけが我が旧友たるこの世界で、私を殺せる?」

「……っ……!」

「死に抵抗し、業苦と傷を慰め合う黒死病時代の饗宴を妨害しに来た神官は、果たして我々の救いになり得るでしょうか?」

「………………………………狂ってる」

 

 言葉を発したのは護衛隊の誰かか、それとも愛子か。もはや過呼吸を起こしそうな愛子だが、教師としての矜持が彼女の口を開かせた。

 

「ど、どうして……戻ってこないのですか?」

「血の巡りの悪い人ですね。このような価値観を持つ我々を貴女方は受け入れられないでしょう? 事なかれの大衆心理には彼女達は耐えられない」

 

 〝事なかれの大衆心理〟という痛烈な批判は強かに愛子や生徒達を打ちのめした。そして、純粋な笑みと疲れ切った笑い声で優花が口を開いた。

 

「ねえ、ねえ、もういいでしょう? 私をこの呪いから解放してよ。どうして先生は私達を教室に縛ろうとするの? 耳心地が良いだけの御伽噺(フェアリーテイル)を垂れ流して……もう嫌よ。私、生きたまま腐っちゃうわ」

 

 宿に入る前よりも無造作に見える髪に、それこそ煙草でも加えていそうな優花。こんな状況では、彼女の心を癒すジャズも奏でられない。

 

「で、でも……皆さん同じクラスで……同じところから来て……全員が戦争に参加しなくても……一緒に……!」

 

 それを聞いて優花はリズムの狂った笑い声を上げた。どれくらい理性を保っていられるか、それとももう狂っているのか、彼女自身にも分からない。

 

「それこそ私には関係ない……偶然同じような場所に生まれて、ただの確率論と一抹の作為によって40人詰め込まれただけの教室で……都合よく全員と友達になれるわけないでしょう」

「そ、れは……」

「ねえ、私、これでも頑張ってたのよ? 周りに合わせようとして、ショーペンハウアーの言う通りに4分の3は自己放棄をして……何が得られたのよ。引き攣った表情筋と青天井の批判だけ。ジョン・コルトレーンを聞いてるってだけで腫れ物扱い。『白鯨』開いてたら可愛げが無いって言われたわ。可愛げが無いって何よ。どうせ流行りのもの聞いてたら今度は弛んでるとか言うくせに。人類史上ここまで馬鹿馬鹿しい戦争なんてある? いつも歴史の授業でディスってる第二次世界大戦なんかよっぽど崇高に見えるわよ」

 

 優花はそこまで言うと、一息ついて再び静かに話し出した。

 

「戻らない理由なんて簡単な話よ。人間関係に嫌気が差したから」

「そう……ですか……とてもつらい思いをしたんですね。しかし、今は皆ナイーブになってるだけで、きっと、園部さん達の話も聞いてくれるはずです」

「話を聞いてくれる? 私は聞き飽きたわ。ワオキツネザルだってもう少しマトモにコミュニケーション取れるわよ。地球じゃブランデーすら飲めないから無に縋るしか無かった」

 

 なお、紅は静観していた。目の前の畑山愛子という教師は、彼女には正直よくわからない人物という認識である。とはいえ、雫の盾となるように作られた彼女にとっては判断基準はシンプルだ。彼女は雫にとっては脅威となり得る。結局、クラスメイトと関わる事は悪手である。

 

「そういえば、清水はいないんですね」

「……!」

 

 優花が護衛達を一瞥して、敢えて敬語で聞く。

 

「はい……カイネさんと共にいなくなってしまって……」

 

 そして、愛子から経緯を聞いて、ハジメ達に戻りたいと思う者は皆無だった。

 

「はっ……感情に任せて最大戦力を追い出したわけですか。ではやはり、僕達が戻ったところで同じ結果となるでしょう。仮に僕達が協力した所で、そちらは僕達を歓迎していない」

「同感ね……檜山の一件もあの体たらくだもの。ノルウェイの森を聞いてるなんて理由で後ろから刺されかねないわ」

 

 ハジメ達は眼前に顕現したディストピアを避けるという選択で満場一致した。期待の声に答えたとて、傲慢だとかほざくのだろう。もはや視界がエーテルのように輝いているのは愛子だけである。彼女が感情論で捲し立てたとしても、昇格者達にとって虫の羽音以上の意味にはなり得なかった。

 

「おい、お前達! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ! 特にそこの戦輪使い! お前はこの任務を裏切ったというのに温情で見逃してやっているんだぞ!」

 

 その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだ。彼と彼の部下にとって、愛子は任務の垣根を超えて愛する女性。なんでも、小さな体で奔走する姿に尊敬と愛らしさを感じたらしい。そんな女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。

 

 それに対し、優花は死んだ目で答える。

 

「私が一番冗談であって欲しいと思ってるわ。でも事実なのだから仕方ないでしょう? それに裏切りって……確かに蒸発したのは謝るけれど、私だってパニシングに感染したのは晴天の霹靂だったわ。てっきり戦死扱いだと思っていたのだけれど……そう、裏切りなのね」

 

 実は優花は護衛隊を襲った賊と闘う中でルシフェルとなり、護衛隊の目の前で飛び立った。そのため戦死扱いだと思っていたのだが(少なくとも裏切りよりかは都合が良いだろう)。見れば愛子は首を横に振っており、神殿騎士や護衛隊の一部は優花ではなく、彼女の力の象徴たる戦輪『イエスタデイ』を忌々し気に見ていた。

 

 ああ、なるほど、すなわち力を得る事は大罪であり、それを得た者は弱者に還元する事で贖えという、クラスメイト内の弱者が集まる愛ちゃん護衛隊の中で生まれつつある思想だった。かといって、強ければ清水やカイネのように排斥されるが。

 

 そっくりそのまま逆になっているというだけで、弱者は適正に関係なく自分達と共に戦えと言った彼らを苦しめたクラスメイト達と同じような思考過程を辿っているのが最高に皮肉だ。

 

 ノブレス・オブリージュと言えば聞こえは良いが、限度という物が有る。第一、強者が弱者を庇護・救済する事が義務なら、弱者は強者にそれが出来る環境を提供するのが義務だ。

 実際、これが求められる貴族は領民の税で生活する事が保障されている。むしろ、誰よりも高い報酬でもなければこんな面倒な事を誰がやるのか。

 

「ぐぬ……小生意気な屁理屈を……」

「〝屁理屈〟〝生意気〟〝言い訳〟……相手を支配するための常套句ですね」

 

 ハジメの皮肉に視線を泳がせるデビット。反論材料を探し、シアを見て表情を歪める。

 

「薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 シアは侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれた事により一瞬だけ身体を震わせるが、ロックの事を戦術的に斬り捨てようとし、戦闘を演奏会と称し、見敵必殺を最適解とするハジメの事を思い出し、あの冷たさに比べたら屁でもないと持ち直した。

 

「デビットさん! なんてことを……」

「愛子も教会から教わっただろう。魔法は神より授かりし力。それを使えない亜人共は神から見放された下等な種族だ」

 

 よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ている。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。

 

『……シア、大丈夫?』

『事あるごとに自殺未遂する、頭蓋の囚人を気取りながら思考が天国に到達したと宣う狂人を相手にしているとどうでも良くなってきますね。傷ついてはいますけど……フェアベルゲンでされた事と大差無いというか……定型文ですか? という皮肉が思い浮かびました』

『おう……慣れって怖い』

 

 今のシアは亜人ですらない事と、故郷での扱いと狂人の部下となった事と、昇格者となってから意識海を安定させる訓練をしてきたからか、原典よりもメンタルが強化されているシア。

 

 余談だが、昇格者はパニシングを十全に制御するため、意識海を安定させておく必要がある。現に、ハジメはその理由で機体換装まで行った。

 

 ハジメはその様子を見て、シアのケアはユエに任せておくことにした。というか、余計な口出しをすれば藪蛇である。

 

「喧しいですよ。奴隷をどう扱うか、決定権は所有者たる僕にある。礼儀を指摘する前に分を弁えるべきでは? まあ、ご自分の頭蓋が全てであると錯覚している貴方には、難しいお話かもしれませんが」

 

 幽鬼のような笑みを浮かべてデビットを煽るハジメ。凡そ人間の表情ではないが、仲間からすれば見慣れた物だ。

 

「き、さま……」

「良い表情ですね。まるで獣だ」

 

 デビットから放たれる殺気に、ハジメは一層喜ぶような表情を浮かべる。そして、亜人を差別する神殿騎士に特大の皮肉を向けた。

 

「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」

 

 無表情で剣に手をかけ、ハジメをシア諸とも斬ろうとするデビット。しかし、その前に香織が自分のグラスをなぞる。

 

「な……が……っ!」

 

 嫋やかな指先をグラスに触れさせ、摩擦によって共鳴させて音を出す。そして、香織の〝演奏者〟の技能で音を増幅させ、さらにその対象をデビットら神殿騎士に向けた。凶器と化したグラスハープの音色はデビットを吐血させ、目や耳から血を流させた。

 

 直接の加害者でないデビットの部下達も威嚇程度に向けられる鎮魂歌(レクイエム)。修行をしたエリートの騎士達が耳を抑え、神経を侵されて苦しむ。突如繰り広げられるホラーシーンに護衛隊達と愛子は怯える。

 

 引き起こされているのが、香織の指とグラスから奏でられる美しい旋律であるのだから余計に怖い。グラスが一つしか無いのに多種多様な音が奏でられるのは、やはり演奏者の恩恵であろう。

 

 やがて、香織は指を離し、静かに呟いた。

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 それを合図に、ハジメ達は席を立った。もう話す事などないと言わんばかりに。

 

「これで分かったでしょう、僕達が戻らない理由は。貴方達と行動を共にする事は、吹雪のアンデス山脈上空を赤いテールランプ一つで夜間飛行すること以上の難行だ」

「でも、でも……!」

 

 しかし、尚も言い募ろうとする愛子をユエが冷たい声で咎めた。

 

「……ハジメは自分の人生を歩み、自分の能力を自分の好きなように使う権利がある。そんな事は考えれば子供でも分かる。議論の余地すらない」

 

 そして、宿を出ていった。最後に、愛子達に向けて声を発したのは紅だった。

 

「アイツ等に追い出されたはみ出し者のクラスメイト達……雫も擁護に回るほどの境遇……実を言うと、条件さえ良ければあの蝶の男から乗り換える選択肢もあった。でも、駄目ね。結局、この集団も雫を摩耗させるだけだわ」

「貴方は……八重樫さん……ですよね?」

「あら、知らなかったのね。そう言えば、私が生まれた日に貴方達はいなかった……知らないはずだわ。じゃあ、改めて名乗っておくわね。私は八重樫紅。雫が作り出した第二の人格。そして、雫の誇らしき盾」

 

 護衛隊は〝盾〟のお眼鏡には適わなかった。そう言い残して去っていった。

 

 愛子はその背中に、声を掛けることが出来なかった。

 




 うん、地獄か。なお、これでも抑えました。これ以上言ったら愛子先生マジで自殺しかねないので。話が破綻してまう。今回は協調性とか、ノブレス・オブリージュとか軽々しく口にする事への皮肉も多分に含まれています。実は村上春樹の『ノルウェイの森』えお参考にしている部分もあります。

備忘録

ピアニッシモ・ディアス・メンソール:煙草の銘柄の一つ。女性に人気だとか。アメスピと迷いましたが、こっちにしました。優花は吸ったこと無いですけどね。

ジョン・コルトレーン:モダンジャズを代表する、アメリカの有名なサックス奏者。ジャズ好きである今作の優花らしいチョイス。

地味に原作よりもメンタル強化されてるシア:ライセンでのハジメの悪口大会とか聞いてると、ね。嫌な慣れですが。

まるで獣だ:兎の亜人であるシアを差別するデビットに対する最上級の皮肉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翅無キ身ノ悲シキ哉ー乙

 えー、今回は愛子先生とリリアーナのファンに怒られそうです。そして、ありふれ二次でたまに見る『人として~』みたいな言説にトータス人の視点から解釈してみた展開も入っています。


「えー、つまり、畑山教諭の主張を纏めると、我々は同じクラスなのだから一緒に行動する義務があり、我々は彼らの元に戻るべきであると……」

「「なるほど。つまり死は救済ってことね」」

「僕が言うのもアレですけど、とりあえず彼らを避ける方向で考えましょうね? 死なずに済む方法を」

「今世紀最大の〝おまいう〟だけど同意するよ。コンダクター」

 

 ハジメが現状を分析すると、雫と優花は死んだ目でいつものハジメのような事を口走り、ハジメがツッコみに回るという珍事が起きていた。

 

 そして、ハジメが出した結論は、

 

「えー、歯に衣着せず言葉を選ばずに言うと……〝邪魔〟という事になるのでしょうね。彼女は」

「邪魔……ですか」

「ええ。力は無くとも目障りで、出来る事なら消してしまいたい」

 

 シアはハジメのその声色に少し怯える。ロックの時と同じように、ハジメは冷酷に他者を選別した。『代行者』。昇格者を選別する上位存在。神殿騎士の侮蔑など足元にも及ばない在り方。

 

「とはいえ、排除するには理由が足りず、デメリットも大きい。かといって此方に取り込むことも困難……」

 

 仮にも重要人物である愛子。現時点で排除するにはリスクが大きい。かといって天人五衰に勧誘するにしても、あの精神性では三日と持たないだろう。それに、愛子を取り込んで実質的に無力化しようにも、護衛隊だけでなく前線に立つクラスメイトや引きこもっているクラスメイト、王国や教会など障害が大きい。王国だけであればリリアーナの強権発動で何とかなるかもしれないが、他は望み薄だ。

 

「だとすれば、もはや興味を失わせる以外にないだろう」

「それが出来たら苦労しないんだよなあ。なぐを」

「他者への没頭は、それが支援にせよ妨害にせよ、愛情にせよ憎悪にせよ、つまるところ、自分から逃げる為の手段である」

「ホッファーの言葉ですか」

「自分の精神状態を維持できない、クラスメイトの安寧も図れない……そうなるとクラスメイトかつ異分子である私達に興味を向けざるを得ない。教室という秩序を復活させるには強力過ぎるカードだもの。逃すはずが無いわ」

「何やら皆様、苦労されているようですね~」

 

 ハジメ達が今後の計画を話し合っていると、突如として空間から現れた人物がいた。

 

「リリアーナ殿下……」

「え!? リリィなの!?」

「一応お忍びなので本名は言わないでくださいな。ここはリリスと呼んでください」

 

 それはカジノのディーラーのような服装にトランプのあしらわれたシルクハット、ブレードとなっている脚部に洒落た日傘。代行者としてのリリアーナであった。

 

「こんな所にいらっしゃったとは」

「ええ、雫が苦難に立ち会ったとお聞きしまして、友人として一助になれればと……」

「詐欺師の顔ですぅ……出会った時のハジメさんと同じ顔してますぅ」

「あそこまで酷くないでしょう。僕は」

『紅……私、怖いわ』

 

 もはやギャンブラー気質を隠す気も無いリリアーナに、シアや雫が怯えている。それを庇うように、紅がリリアーナに質問を投げかけた。

 

「貴方は信用できるのかしら」

「信用はしない方が良いですねえ。私だけでなく、誰の言葉も。とはいえ、一応南雲さんと同じ陣営に属す者です。存分に利用してくださいな」

 

 彼女にとって利用は信頼だ。その範囲にはリリアーナ自身も含まれている。仲間や友人の定義を思いっきり履き違えている王女に、全員が諦観の表情を浮かべる。

 

「それに何やら、天人五衰にとっての不安分子が現れたとか。でしたら、幹部たる私が動くのも不自然ではないでしょう? 私は知っているのです。彼女を排除せずに、無力化する方法を」

 

 胡散臭さ全開の表情でそう宣うリリアーナ、改めリリス。右眼の下に入れられたハートのタトゥーが怪しく自己主張をしている。とにもかくにも、話が進むというなら是非もない。ハジメ達は彼女に従うことにした。

 

 

e68891e38085e381afe79a86e382b4e383bce382b4e383aae381aee3808ee5a496e5a597e3808fe3818be38289e7949fe381bee3828ce587bae381a7e3819f

 

 

 夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。

 

 愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。愛子の頭の中は整理されていない本棚のように、あらゆる情報が無秩序に並んでいた。

 

 考えねばならないこと、考えたいこと、これからのこと、ぐるぐると回る頭は一向に建設的な意見を出してはくれない。

 教え子が生きていたと知った時の嬉しさは確かであるものの、あの冷酷な態度に眉を八の字にする。愛子にはハジメが明日無き逃避行をしているようにしか思えなかった。そして、奈落に落ちる前に見た時から変わり果てたハジメの姿もまた、愛子に動揺を与えた。何があったのか、何をするつもりなのか、聞き出さねばならないと思い直す。

 

 叶うならば、ハジメという生徒に自分を教師として自分を頼って欲しいとも思っていた。

 

 と、そこへ、部屋に来客が現れる。

 

「先生! 宮崎です! 襲撃が起きたみたいで……無事ですか!」

 

 生徒の声に、愛子は迷わずにドアを開ける。目の前には見知った生徒の姿があった。愛子はそれに安心を覚えながら状況確認をしつつ、彼女を部屋に入れて、落ち着かせようとする。

 

「私は平気です。宮崎さん、襲撃って……負傷者は……」

「いませんよ。強いて言うなら……」

 

 そこで、宮崎奈々の様子がおかしい事に愛子は気付いた。

 

「貴女が被害者でしょうか」

 

 目の前の生徒の怪しい笑みと、敷き詰められたトランプが裏返るように部屋の様子が変わっていく状況に、愛子はひどく動揺した。目の前の超常現象に目を白黒させる愛子に、生徒の姿をした何かは愉快に話しかける。

 

「ふふふ、あはははは! さて、それでは問題です。私は誰でしょーーーうか?」

 

 宮崎奈々の姿がハート、ダイヤ、クラブ、スペードと敷き詰められたステンドグラスのように揺らぐ。現れたのは、道化師のような服装の少女だった。抑えきれない狂気と愉悦の表情……だが、彼女の双眸は何も、愛子も映していない。

 

「あ、貴女は誰ですか!? 生徒の皆さんは!? 宮崎さんは!?」

「質問しているのはこちらです。でもまあ、事前情報なしというのはゲームの公平性を欠きますね。因みに貴女の大事な生徒達は無事ですよ。髪の毛一本、傷つけてません。ミヤザキさんも、今は旧友と話している頃でしょう。万一にも疑われることの無いように、アリバイが存在する人物に変装しました。私って優しいですね」

 

 声だけは楽しそうに話す少女に、愛子は二の句が次げなかった。相手の正体も、目的も分からない。ただ一つ、自分は絶対に相手には敵わない事だけが分かった。

 

「さて、私の正体に気付くヒントを与えましょう。貴女が此処に来る前に話した離反者達。私はその一隅です」

「一隅……彼らは組織として動いているということですか」

 

 シアに対する部下という発言に合点がいく愛子。彼女はハジメが率いる部隊の一員なのだろう。

 

「勘違いしてほしくはありませんが、私は金目的でも、ましてや貴方達の殲滅が目的でもありません。この段階で捨てるには惜しいカードですからね」

 

 躊躇いも無く、人をカードと呼び、殲滅をちらつかせる少女。会話の最中、彼女は手でトランプをドリブルしている。むせ返るほどの少女趣味が散りばめられた部屋が、今は不気味に見えて仕方が無い。

 

「我々が求めているのは、沈黙と無関心だけです。今後、南雲ハジメとその一団に関わろうとする行為はお勧めできませんね」

 

 その言葉に、愛子は反射的に反発する。謎の異空間に閉じ込められている事や、正体不明の相手に謎の問答を強いられていることなど頭から抜けていた。

 

「そんな……! 生徒に何が起きたか知る事も許されないんですか!?」

「世の中には知るべきでない事も多いという事です。しかし! 今夜、私達『代行者』の権限によって特別に! 一部の情報を開示する事が叶いました! この情報を貴女がどうしようと、我々が咎める事はありません。正に大出血サービス! 教会に通達するも、市民に言いふらすも思いのまま! 種と仕掛けだらけの暴露大会、どうぞお楽しみくださいな! あ、因みに、私が遊んでいたダイスの目は幾つでしょう?」

 

 愛子は終始楽しそうに語る少女に言いようのない恐怖を感じていた。なお、少女の方は踊りながらダイスでジャグリングをしていたようで、愛子はようやくそれに気付いて唖然とした。

 

「因みに、六つ全部6ですねー。駄目ですよぉ、相手から目を離しちゃ」

(もう訳が分からない……)

 

 愛子は見ている物が真実なのか虚構なのか分からなくなっていった。しかし、少女の演説は続く。

 

「そして、今回、貴女が最も会いたがっている人物も連れてきました。はい、助手ー、拍手と共にご登場をー」

「本当に良い趣味してますね……貴方」

 

 突如、壁の一部が再度裏返り、ハジメがやる気のない拍手をしながら登場した。ハジメは主催者の少女、リリアーナ改めリリスに呆れたような目を向けるが、ライセン大迷宮での所業を聞いたら、誰でもリリスとハジメが同類としか思えないだろう。

 

「な、南雲君……? 先生達のことはどうでもよかったんじゃ……」

「一応言っておきますが、戻る気はありませんよ? ただ、放置しておいても厄介な事になりそうですからね……」

 

 生徒のはずなのに、相手に攻撃の意志は無いはずなのに、愛子は目の前の二人が怖くてたまらない。ハジメは実像なのか、それともリリスが作り出した虚像なのか、判断がつかない。

 

「秘密は甘いものです。義侠心に駆られて暴くそれは特に。故に、我々は貴女に恐怖を与える事にしました。愚かな好奇を、忘れるような」

「愚かな……好奇……? 先生は……先生は、貴方達がただ心配で……!」

「たとえ一騎当千の機械人形(オートマタ)であっても、我々の行動を妨害した者は救済されました。このままでは畑山教諭にも、大いなる沈黙を与えなければなりません」

「…………」

 

 救済、大いなる沈黙、これらの言葉の意味が分からない程に愛子は愚かでは無かった。そして、生徒を残して死ぬわけにはいかない彼女は、二人の要求を呑むしかない。

 

「そして、突然ですが先程の問題の答えを発表します!」

 

 ハジメに続き、リリスがハイテンションで話し始める。突然の大声に驚く愛子。どこから取り出したのか、日傘でバトントワリングのような事をしながら、空いた手で帽子を押さえポーズを決めている。

 

「我々の正体は叛神結社〝天人五衰〟! 昇格ネットワークに連なる葬送の機械にして、天人の世の終焉を告げる五指」

 

 この世界で神と言えばエヒトの事を指す。それに歯向かうという事。そして話されるこの世界と神の真実。

 

「なんか神様って言っても、行動原理は人間的ですよね。この盤面を維持しようと思える執念は評価したいです。私なんてこのお部屋で可愛いリリムと遊ぶだけで手いっぱいですもの」

 

 リリスが目を向けた先には、ギョロギョロと人間には出来ない瞳の動かし方をする頭が少しだけ覗いている。不思議の国のアリス症候群を発症しそうな部屋だが、輪をかけて訳の分からない存在が住み着いているらしい。

 

「な、南雲君は、もしかして、その〝狂った神〟をどうにかしようと……旅を?」

「まあ、そうなりますかね。ついでに言えば組織として動いている以上、目的の為に生じる犠牲は許容せねばなりません」

 

 ハジメが孤独ではないという事は分かったが、平然と他者を犠牲にする旨の発言は教師として許容できない。もっとも、自分もこの世界の事情より生徒達を優先しているので、人のことは言えず。

 

「さて、これで種明かしはおしまいです!」

「僕達は僕達で目的がありますので。先生の熱意は認めますが、やはりこの件には首を突っ込まない方がよろしいかと。一人の大人として賢明な判断をお願いします」

 

 だが、愛子は納得しない。「何が不満なんだ」という不可解な顔をするリリスを差し置いて、愛子が話す。

 

「南雲君、これだけの情報では先生は安心できません。むしろ、反社会勢力に取り込まれたとしか思えないんです」

「まあ間違ってはおりませんが……」

「リリス、ここは僕にお任せを。正直、反社会勢力も仲良し社会勢力も関係ありませんよ。そちらに属するよりも天人五衰に身を置いた方が有利だと判断したまでです」

 

 それでも何かを言い募ろうとする愛子に、ハジメは根本的な問いを投げかける。

 

「貴女が我々に行おうとしているのは……〝庇護〟ですか? それとも、〝支配〟ですか?」

 

 確かに組織の制約もあって情報をあまり開示できないとはいえ、愛子の〝生徒〟への執着は異常であるかのようにハジメには思えた。

もはやハジメ達がクラスメイトの元へ戻る事は双方にデメリットしか生み出さない。これまでの話でそれが嫌という程分かったはずなのに何故。

 ハジメが導き出した結論は、愛子が無意識に自分達を〝支配〟しようとしているのではないかという物だ。相手に『こうあるべき』という理想を押し付ける事は、ある種の支配と言える。

 

 愛子にとって、ハジメを含む生徒達は明るい進路に向けて生きる者であり、そうでないならば更正しなければならない。そしてそれは生徒達のためである。

 

 一見おかしなことを言っているようには思えない。むしろ、教師としては模範的だ。否、模範的に過ぎると言うべきか。しかし、それも行き過ぎれば他人の人生を縛る事になってしまう。

 

 愛子の行動の裏に有るのは、明るい未来への導きか、それとも他人を型に嵌める支配か。

 

 ハジメは思考の渦に捕らわれた愛子を一瞥し、リリスに言ってここを離れることにした。

 

「今一度、賢明な判断をお願いします」

 

 そう言って異空間は解除され、ハジメとリリスは空間の一点に吸い込まれるように消えていった。

 

 

 

 

 

 愛子との問答が終わった後、ハジメとリリスは話し合っていた。リリスにとって、愛子の言動は不可解であるという。

 

「何故あそこまで生徒という存在に執着できるのでしょう? 生徒のためという割には望んで巣立った者を引き留めようとする。何がしたいんでしょう?」

「正にその質問を僕もしたわけですが、推し量るに、人間は自分の視野の限界を世界の視野の限界だと思っている……という事でしょうね」

 

 ショーペンハウアーの思想を引用して暫定的な解を導き出すハジメ。しかし、リリスの疑問は終わらない。

 

「いやぁ、正直、南雲さんの世界の住人って不思議なんですよねぇ。天上の戯曲と錯覚するような言説がまかり通っている割には人が死んでも何とも思わなかったり、自立を妨害したりするじゃないですか。生きるために行動を促したかと思えば、生きるために他者を排除する事を否定したりする。〝信念〟や〝人間性〟というお題目まで持ち出して。なんか……何でしょう? お人形さんでも育てたいのでしょうか? 我々トータスの人間からするとあまりにも非人間的なんですよ」

 

 リリスもトータスの中ではかなり異質な人間ではあるが、確かに、トータスの人間から見れば地球人は不合理で非人間的に見えるのかもしれない。

 実際、ハジメにとっても『死や終焉を否定する』現代の文化は不自然であり不健康であり歪んでいると言わざるを得ない。愛子のような『自立恐怖症(無論公式の病名ではない)』はその現代文化が生み出した茫洋たる病の一症状に過ぎないのか。

 

 いずれにせよ、ハジメの考える事では無い。今は宮崎や菅原と話している優花も含め、ハジメ達は教室という名の場所から巣立ったのだから。

 




 今回のリリアーナ、元ネタが芋づる式にバレそう。空間接続、口調、少女趣味の異空間……因みに、これはバレるだろってワードが一つあるんですが、それはまだ言わないでおきます。まあ、途中の16進数を解読すれば分かるかもしれませんが。因みにリリアーナのヤバい所は、今回は悪意とか殆ど無く(有っても力を見せつける牽制程度)て、純粋に楽しませようとしてこうなった所(善意のサイコパス)。
 あと、〝リリム〟の元ネタももしかしたら分かるかも(ギョロギョロという擬音がヒント)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼キ空ヘト名残鳥

 久しぶりにブルーバード聞きました。良い曲ですね。キラキラしたメロディながら哀愁も感じるというか。


 ハジメ達や愛子が泊まる〝水妖精の宿〟の食事処で、一人の少女が酒を飲んでいる。いや、纏う気配と色気からして大人の女性、それも疲れ切ったOLのそれなのだが。その人物は、来客の訪れを察知すると、グラスを置いてそちらへと目を向ける。

 

「来たわね、奈々、妙子」

 

 それは優花の親友である宮崎奈々と菅原妙子であった。事前に手紙で呼び出し、改めて別れを告げる為に、優花は一人で飲んでいた。一応、再度明記しておくが、17歳における飲酒はトータスでは合法である。

 因みに、この場所を選んだ理由は無い。強いて言うなら酒を飲まずにやってられる自信がなかったからだろうか。

 

「優花っち……本当に……生きてた」

「良かった……良かったよぉ」

 

 優花の前で親友二人は泣き崩れてしまった。最大戦力を追い出してまで嘆いていた親友の死が覆ったのだから、当然ではあるが。優花は暫く好きなようにさせることにした。

 

 そして、二人が泣き終わった後に改めて用件を伝えることにした。

 

「私の生還を喜んでくれることは嬉しいわ。でも、私は貴方達の元に戻る事は出来ない」

 

 その言葉に奈々と妙子は暗い顔をする。理由は分かっている。自分達が清水達を感情に任せて追い出したからだ。強い者は排斥されると、他ならぬ自分達が行動で示してしまった。だが、護衛隊達が清水やカイネと共存する事は不可能なのだろう。

 

 死生観も生き方も違う。強者と弱者……純粋に生きる世界が違うのだ。深海魚が浅瀬に行ったら衰弱するように、生存域が相容れない人間。

 

「少なくとも、私の心情は完全に清水寄りね。死への向き合い方なんて人それぞれだわ。滂沱の如く涙を流す人間もいれば、私のように荒れる人間もいる。清水やカイネさんのように粛々と生きる事で向き合う人間だっている。それに善も悪も、冷酷も残酷も無いわ」

「…………」

「自分が持ってる感覚を他人も当然持ってるって考え方はやめた方が良いわね」

「それは……分かってるけど……でも……」

 

 それはこの場にいない愛子にも言いたい優花だった。あの教師は自分が共感できない話題になると極端に役に立たなくなる。おそらく論理ではなく感情で考えているからなのだろうが。

 

「若者の会話は『共感』ばかりで疲れる」

 

 というセリフが登場したのは何の作品だったろうか。優花やハジメは大いに頷きたいものだった。論理を置き去りにして感情だけで話が進む場は、苦手だ。愛子は生徒の味方であることが信条らしいが、どちらかと言えば精神年齢が女子高生と大差無いだけでは? と優花は思っていた。だからこそ、生徒の味方でいようと思えるのかもしれないが。

 

「私の態度が冷たいと感じたなら、やっぱり私は戻るべきでは無いわね。きっと、貴方達が優しさや感情と定義する物は、一生理解できないでしょうし」

「そんな……優花っちは虚しくないの!?」

「ハジメの時は明確に檜山が殺したって知ってるから怒りがそっちに行くけど、飛び立った私の時みたいなケースだったら、葬送のジャズを奏でて、それを死者への鎮魂とするわ。少なくとも、ハジメが病気で死んでいたらそうするつもりだった」

 

 転移前、ハジメの病死が確定していた時に弾くと決めていた曲は幾つかある。香織と二人で、セットリストを話し合っていたものだ。優花は彼をイメージした料理を作り、鎮魂のジャズを奏でて死と向き合うのだろう。

 

 一方、奈々と妙子は信じられないものを見たかのような、理解できない存在に遭遇したかのような顔をしている。離れていった友人達から言われた言葉を思い出す優花。

 

「こんな時でも、君は顔色を変えないんだね。やっぱり、君には友情も感傷も分からないのか」

 

 まあ、その人物が定義する友情や協調は分からないのは確かだ。単純に友情やら協調やらで優花が出力する行動や感情が違うだけなのだが。あまりにも違い過ぎると、他人には鉄面皮や冷徹な女に見えるらしい。

 ハジメの前での反応など、我ながら分かりやすいと思うのだが。

 

「今更虚しくなんてないわね……少なくとも周りの人間とは相容れなかった。それは間違いないもの。ビジネス以外で失敗した人間関係を続ける意味って……ある?」

 

 地球には70億人の人間がおり、トータスにも幾百万、幾千万の人間がいる。その中で失敗した人間関係を続ける意味が、優花には分からない。そういう意味では、優花は集団に混じるのに何処までも向かない人間なのだろう。特に、ビジネスが絡まない学生の友人関係というものは。

 

「そっ……か……ごめん、優花っち……私……優花っちのこと理解できない……」

「私も……理屈は分かるけど……そこまで割り切れないよ……」

 

 優花はそれに対して、黙って酒を飲むだけだった。話こそ聞いているが、否定も肯定もしない。そしてややあって、優花は口を開いた。

 

「私は、自由でいたいのよ、きっと。嫌われても、友達を失っても、飛ばずにはいられない。そういう鳥なの。空の蒼さを、雲の白さを知ってしまったら……もう鳥籠には戻れない」

 

 無責任と言うなら言えばいい。だが、蒼い蒼いあの空を、自らの翼で、そして大空を吹く風に乗って飛ぶ感覚を知ってしまった鳥は、二度と巣には戻れない。優花はそう確信していた。

 

 

e584aae88ab1e381aee4b88de6809de8adb0e381aae69785

 

 

 夜明け。

 

「…………」

 

 朝靄が立ち込める中、ハジメ達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。因みにリリスは他にも用事があり、別で動いている。

 

 そんな具合に生きようようと行方不明者の捜索に行こうとしている、ハジメ達の前に立ちはだかる複数の人影。その正体に気が付いた雫と優花は急速に眼が死に、ハジメとは作戦失敗を悟り名状しがたい表情で首を傾げた。

 

「あは、あは、あは、まあ……まずは話を聞きましょうか。何ヲシニ来タ」

「コンダクター? 落ち着こう? ダガーみたいな顔になってるから」

 

 ハジメが漫画家と共作していそうな殺人鬼も斯くやという仕草で問いかける相手は愛子と護衛隊達。一瞬、気圧されたようにビクッとする愛子だったが、毅然とした態度を取るとハジメと正面から向き合った。

 見れば、奈々と妙子は此方に謝り倒している。一応理屈としては優花の言に納得していた二人。愛子を止めようとしたが振り切られてしまったという事か。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

「とりあえず大脳いじくりまわされるか遭難で厄介払いされるか好きな方を選んでください」

「ハジメが壊れた……」

「普段のハジメさんの理性ってだいぶ頑張ってたんですね……」

 

 香織がとんでも無い事を口走るハジメを宥めている間、優花が代表して愛子に答える。

 

「却下です。単純に足の速さが違いますし、第一、これ以上関わったら命の危険が及ぶと警告されたんですよね? どういう神経してたらその行動が取れるんですか?」

 

 表面上は理性的に会話を試みる優花だが、背後では戦輪が回転している。もはや決裂した場合は実力行使に及ぶしかないと悟っているのだろう。

 

「皆さん、先生は先生として、どうしても皆さんからもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、皆さんの言う通り、この町でお別れできますよ……一先ずは」

 

 これ以上何を聞こうというのか、ハジメ達には本気で理解できなかった。昨夜散々、ハジメの独断ではなく組織の都合上説明できないと言ったにも関わらず、この体たらくである。

 

「先生の中には生徒が自分の足で立つという発想は無いんですか?」

「え……」

「私達は巣立ちました。教室という名の鳥籠から。今はこの世界で生きていくために様々な存在に頼りながら活動しています。教師というのは生徒の自立を支援する存在であり、間違っても妨害する存在では無いという認識でしたが」

 

 優花の言葉に愛子は一瞬、痛い所をつかれたように顔を歪める。しかし、それでも意見を曲げる事は無かった。

 

「確かに、生徒が自立するならそれは喜ぶべき事です。でも、皆さんが先生にすら話せないような活動をしていると知ったら、それは容認できません」

 

 教師にだって守秘義務はあるだろうに、何を言っているんだコイツは、とハジメ、香織、優花、雫(紅)の全員が思った。

 

 色々と言葉を尽くしてはいるが、結局、小さな愛子にとっては空はあまりに広く、恐ろしいものなのだ。だから飛び立つという発想が理解できない。飛んだうえで突き抜けるという行為など、もはや狂気である。小さな籠の中でずっと、囀っていることを疑わない。

 

 籠に入れられた鳥は、野生の厳しさを知らずに長く生きる事が出来るかもしれない。だが一方で、飛ぶことも出来ずに人に閉じ込められた鳥は精神的負荷により弱り、病に侵され早死にする事もある。

 

 鳥と人の生活環境は違う。人にとっては適切な温度でも、鳥にとっては猛暑かもしれない。或いは極寒かもしれない。人にとって最適な光量は鳥にとっては眩しすぎるのかもしれない。

 

 そして、ハジメや香織、雫や優花は檻を開き飛び立った。四人にとって、檻はただの拷問器具だ。クラスメイト達は、教室は、昇格者達の美しさを損なうだけの出来の悪い牢屋だ。

 

 だが、そのような理屈を懇切丁寧に説明した所で愛子は理解しない。彼女は何処までも善意と感情で動く人間だ。というか、優花と雫が壊れ行く実例を目の前にしてこれなのだからもはや何を言っても納得はしないだろう。

 

 いっそ、教会やらから追われる事を覚悟で強行突破するか? という考えになるハジメ。確かに面倒だが、逆を言えばそれだけだ。逃げ切る自信はある。何より、ハジメ達には教会に属するドライツェントや、それ以上の規模を誇る九龍やアトランティスが存在する。現在教会が放置されているのは、確実を期すために後回しにされているに過ぎない。それに、九龍やアトランティスの協力が得られずとも、最悪ハジメ達の外見自体を変えてしまえばいい。

 

 と、ハジメが色々と考えていると、香織がハジメの袖を引っ張る。

 

『コンダクター、ちょっと私に考えが有るんだ。否応なしに先生に目を背けさせる方法。運便りだけど、北の山脈地帯では絶対に何かしらのインシデントが起きる。それを見せれば……』

 

 そう言って、昇格者全員に情報を共有する香織。それは、自分達が経験している戦闘を敢えて見せ、愛子達の手に負えるものでは無いと納得させるという物。確かに、実際にその目で見せれば認識も変わるかもしれない。

ただ、危険度は否応なしに上昇するだろう。それだけ危険な出来事であれば、愛子を守るのも容易ではない。しかし、百聞は一見に如かず。やる価値は有るかもしれない。

 

まあ、ウィル・クデタの二の舞になるかもしれないが、それならそれでいいや、みたいな思考が既にハジメ達に漂っている。

 

 そして、ハジメ達は愛子と護衛隊の同行を許した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、愛子達はそれを見る事になる。

 

 巨大な蜥蜴のような魔物と相対している一行。その魔物の攻撃から愛子達を庇った香織が身体を歪に屈折させて愛子達の前に投げ出される。彼女の顔には死者にしか存在しない特徴がありありと浮かんでいた。

 

 だが、地獄はこれで終わりではない。香織の右眼から生える白い花。偽装が剥がれて初めて愛子達の目に触れる『花』。そこから鮮血が噴き出す。そして、そのまま血に塗れた香織が這い出してきた。

 




 実は、ウル編を書くに当たって、『籠から、巣から飛び立つ鳥』という構図は確定していました。空は広すぎると脚を掴んで引きずりおろそうとする愛子+護衛隊、翼で飛翔し風に乗って飛び立つハジメ達。風というのは天人五衰を指します。
 私が愛子先生に対して何が疑問って、教師として動いていると言いながら、教師として最もやってはいけない事をやっている点です。ああ、一応言っておくと生徒との恋愛の事じゃ無いですよ? 恋愛関係になろうが最終的に一人の人間として自立すりゃいいんですけどね。生徒の自立を妨害するのは地球でも駄目よ。

>大空を吹く風に乗って

 優花は別に自分一人で何でもできると思い上がってるわけではない。風を利用する事も知っている。

>目から誕生Season-2

 この辺は次回詳しく書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黙秘ノ狂騒曲

「…………」

 

 車で山脈地帯に向かう現在、ハジメ達の間には沈黙が漂っていた。話せることは全て昨夜に話している。もはや適当にあしらうのも飽きたのだろう。仮にも社会人だというのに守秘義務や企業秘密という物が存在する事を理解していないらしい。

 

「南雲君! 何故無視をするのですか!」

「何度もお答えしています。機密事項を除いて話せることは全てお話ししました。これ以上質問を続けるのであれば、組織に対する敵対行為とみなします」

 

 何がそこまで愛子を動かしているのか、ハジメには理解できない。何者かに脅されているのかとも考えたが、どうやらそういうわけでもなさそうである。地獄への道は善意で舗装されている。人が狂気に取り憑かれるのは、悪意よりも善意によって動くときだろう。

 

「我々の計画は外部に話す事を許可されていません。貴女がそれを強要した場合、全員が死ぬかもしれませんね?」

「し、死ぬ……?」

「僕も、貴女も、生徒達も。好奇心は猫をも殺すのですから」

 

 ハジメと愛子が錐台の切り分けかウロボロスのような会話を繰り広げていると、ユエが〝通達〟で優花と香織に話しかける。

 

『……ねえ、何故愛子はハジメの話を受け入れない?』

『さあ……庇護欲が暴走しているのかしらね。属してる組織が認められないって言うけど、昨夜ハジメが話した内容と今の私達の身なりからしてかなりの支援体制があるのは明白なのだけれど』

 

 ユエも優花と同じ意見だ。曲がりなりにも王族だった彼女は、身なりや仕草で相手がだいたいどのような人間なのか察する事が出来る。ハジメ達はみすぼらしい恰好をしているわけでもないし、機密事項を除いて天人五衰については話している。ユエからすればリリアーナと同じく『何が不満なんだ』という印象だ。

 

「南雲君! 先生は心配なんです! 金払いや待遇だけが良くても〝優しさ〟や〝心〟の無い組織に属する事を先生は許容できません! 生徒達を利用するだけの組織なんて百害あって一利なしです!」

「マスター、お気持ちを一言でどうぞ」

「辟 易 舌 戦」

「ありがとうございました」

「現代社会の闇を体現したかのような技を生み出さないで」

「真面目に聞きなさい!」

 

 これ法的に取り締まったりできないのかな、と真面目に考え出したハジメ。いや、本当になんらかのハラスメントに当たりそうなのだが。

 

「あのねえ、先生。何らかの組織に属するって考えた時にまず気にするのは、属する事に利益が有るか否かでしょう。結果に対して正当な報酬が支払われ、その結果を出すための支援が有る。おまけに目的は違えど同じ結果を求めている。これ以上の条件を探す方が難しい」

「でも、それはお金を使って利用されてるだけで……!」

「利用する。大いに結構です。僕も組織を利用している。こんな状況下ではお互いに利用し合うのは至極当然です。相手は戦力も財力も技術力も持っている。属しているだけでその恩恵を受ける事が出来るんですから使わない手は有りません」

『やっぱり思考回路が似てますよ。ハジメさんと王女様』

 

 ハジメはこの部分はリリア―ナに賛成している。利用とは結局、協力だ。双方向に利用する事を耳障りのいい言葉に言い換えているに過ぎない。シアのいう事も尤もだろう。

 

「逆に、先生が仰っているのはやりがい搾取というものでは? 誠意と信念だけでは生きていけません。肉を削ってパンと化し、血液を赤ワインに変えるおつもりでしょうか?」

 

 ハジメはそう言ったきり口を噤んだ。別に、誠意や信念、友情や協調といった概念を真っ向から否定するつもりは無い。ただ、属する集団くらいは選ぶ。しかし、教室以外のコミュニティを知らない愛子にはそれが理解できないのだ。

 

『ユエ、さっきの言説に一つ追加するわ。根本的にアホなのよ……あの人』

『根本的にアホ……』

 

 優花の辛辣に過ぎる言葉にユエは少し驚くが、納得できる部分もあった。おそらく、一度こうと思い込むとそれ以外が見えなくなるタイプであり、勉強は出来るのかもしれないが根本的な部分で思考が繋がらなくなる。

 

 愛子は何も知らないのだ。利益勘定も、それに付随する倫理も、気怠くて済む人間関係も、何も知らない。集団に適合し、社会に適合できない人間とでも言おうか。

 

無意味な競争(ラットレース)一抜けただけでここまで言われますかねえ……集団から独立やら退職やらするのは地球だって同じでしょうに」

 

 ハジメは地球での経験から、人間が同じ集団に生涯属するとは限らない事を知っている。ハジメとしては、「失敗したら教えてください。嘲笑いますから」くらい言われて円満(?)に別れる程度でいいじゃないか、としか思えないのだ。

 

 護衛隊の内、奈々と妙子は愛子を止められなかった事を謝りながら、優花にもたれかかって寝てしまい、男性陣はハジメの冷酷な言葉に恐れと反発を持ち、愛子は何度目かの衝撃を胸に目的地についていた。

 

「さて、どう捜しましょうか」

「私がやった方が良いんじゃないかな。一応、コンダクターの折鶴も展開して上からも見てね」

「仰せのままに。コンサート・ミストレス」

 

 香織がワルドマイスターで演奏をして〝反響定位〟で捜索。更にハジメが映像をリアルタイムで脳内に映しながら上空より折鶴で捜索するという作戦を展開した。

 

 なお、そんなハジメ達の後ろでは、

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」

 

 まあ、人間では無いので間違っているとは言い難い。

 

 要するに、愛子や護衛隊達の体力が無さすぎて疲労困憊なのである。本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。ただ、ハジメ達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

「貴女はもう少し……自身やその周りに気を使うべきかと。それが難しいというのなら、その命が最も適切な時に最大の役割を果たせるよう、仕向けるしかありませんね」

 

 だいたい愛子の性質が分かってきたハジメ。理論による説得が不可能なら、その性質を利用して行動を操作するしかないか? と、チェスの駒でも見下ろすような口ぶりで話す。

 

 愛子達がその言葉に慄いていると、ハジメは黒い棺のような物を〝宝物庫〟から取り出す。先の言葉もあり、護衛隊達が警戒するが、棺から現れたのは大量の小型機。ハジメが作った〝折鶴〟の大群だった。この棺は折鶴達の住処。兵器格納庫や空母のような役割を果たすアーティファクトだ。折鶴は〝宝物庫〟から直接召喚する事も出来るが、予め折鶴を詰め込んだ棺を配置して遠隔で起動して敵地のど真ん中に大量に折鶴を放つことも可能だ。いざとなったら盾にもできる。

 

 元々は大量の折鶴を整理して保管するために作った入れ物だったのだが、どうせなら兵器として運用しようと機能を追加したものである。ハジメや仲間が傍にいなくても機能するというのがミソだ。

 

 名を〝黒ノ哀悼〟と云う。……流石にこの依頼では不吉過ぎるので呼ばないが。

 

「〝折鶴〟はどれくらい使うの?」

「試運転も兼ねて50機程動かしてみようかと」

「……試運転で動かす数ではない」

 

 ハジメの演算能力を以てすれば昇格者となる前でもこのくらいは動かせたと語るハジメ。昇格者から見ても馬鹿げているハジメの演算能力に仲間達も舌を巻く。

 

「まあ、思えば日本刀を計算で正確に再現できる程の技能持ちだもの」

「あくまで再現で、刀匠の作ったものには遠く及びませんがね」

 

 紅とハジメの話す内容に護衛隊達は〝数学者〟の能力を過小評価していた事に気付いた。計算(と論理)に特化した天職。その力は一般人の数倍から数十倍の力を持つ召喚されたクラスメイトからしても〝異能〟と呼ぶに相応しい力だろう。

 

「アンタはステータスプレートに表示されない特技が多すぎんのよ。ミゲル辺りは率先して嫌いそうね」

「ああ、ステータス偏重主義の……正直、こんな脳筋な項目しかないプレートで何を量ろうってんでしょうね」

 

 ステータスプレートの項目は筋力、体力、耐性、敏捷、魔力、魔耐とものの見事に肉体的特徴に寄っている。演算能力が高いという点は『敏捷』に反映されてもおかしくないのだが、演算強化による動きまでは反映されなかったようだ。

 

「せめて知能指数とかあれば良いんですが……」

「知能指数の信憑性は地球でも懐疑的だけどね……でも、トータスで学問や音楽が発展しない理由の一端ではあるかもね」

 

 と、何やらその会話を聞いていて我慢ならなくなった者がいるらしい。護衛隊の男性陣だ。

 

「何だよ……嫌味かよ……」

「嫌味に聞こえました?」

 

 ステータス最弱であったハジメを下に見る事で無意識に己を保とうとしていたクラスメイト。特に、同胞からも排斥された護衛隊達は負の選民意識が育ってしまっていたのだ。

 

「はっ、嫌味だろ! ええ、ええ、そちらはお賢くお強くいらっしゃいますよ! 馬鹿な俺達を嘲笑ってんだろ! 奈落に落ちる前の態度に報復してんだろ! そうだろ! そうだって言えよ! 『知能指数の項目が無い』だってさ!」

「た、玉井君、落ち着いてください……」

 

 愛子が弱々しく止めるが、効果は無い。ハジメは折鶴を操作しながら玉井の質問に答えた。

 

「別に報復は考えていませんね。人によっては考えるのでしょうが、僕は興味が無いです。ハムレットのように亡霊に唆されたわけでも有りませんし。あと、僕は賢いというよりは1を1と認識出来るだけだ。どちらかと言えば、ごくありふれた人間です……………………まさか、天才は天才であり天才であり天才である、なんて馬鹿な事は考えていませんよね?」

 

 なお、傷口に塩を塗った上に火に油を注いだらしい。後ろで騒ぐ声は更に激化していた。愛子がその野次を解決できないと悟ると、別のアプローチを試みた。すなわち、ハジメに説得を試みたのである。

 

「南雲君、繰り返し無茶を言っているのは承知ですが、彼らの気持ちも考えてあげて下さい……彼らはとてもナイーブで」

「なるほど、能力や強さを持っているのは罪だというわけですか」

「そうではなくて……」

「僕は他者の頭蓋の中身まで解明する事はできませんよ。他者の人格を踏みにじるつもりは無い。自分の機嫌は自分で取っていただかなければ」

 

 ハジメは溜息を吐いて続ける。

 

「きっと、僕らは貴女のコミュニティに属するには欠陥が多すぎるんでしょうね。世間は強者と賢者と天才以外の全てに寛容だ。或る意味では天之河君に同情します。一般的な人間に幸福と思われ、またその相手を纏めるというのは実に大変のようですから」

 

 これまでに散々難癖をつけられてきた光輝に対して、ハジメは同情した。なるほど、カリスマというのも楽ではない。

 

「そう……私は雫を苦しめたあの男には憎悪しか無いけれど」

「傍から見てる分には面白いですよ。まるで列挙法でグルーのパラドックスを証明しているかのようだ」

「……それ褒めてるの?」

「……なんだか、ハジメやカオリの世界の住人はあまり幸せそうに見えない」

「我々は幸福でいる事よりも、周りに幸福と思われることに苦労しているんですよ」

 

 最後の発言は愛子に対する特大の皮肉と言えた。もはやトラブルメイカーと言って差しさわりない程の障害と化している。

 

「コンダクター、人間が音波に引っかかった。この川の上流の滝の裏」

「美しきコンサート・ミストレスは優秀ですね。それにしても、いい川だ」

「入水自殺に、とか言いませんよね?」

「まさか。二度も同じ過ちを犯すほど愚かじゃない」

「だったらそろそろ成功させなさいよ。人間関係を」

「失敗から学べるのは成功の秘訣ではなく、同じ失敗をしない方法です」

 

 護衛隊はスーサイド・コメディを聞いても憮然としたままで、或る意味毅然と泰然とした態度で唖然とする愛子を差し置いて言い放った。

 

「なんだよ。死にたいのかよ……そんだけ強くていいご身分だな」

「時候の挨拶のように糾弾してくるではありませんか。殺人事件からも時効は撤廃されたというのに」

「ハジメ……くだらない事言ってないで敵に集中して。お客様だわ」

 

 どうやら、徘徊していた敵性体に遭遇してしまったようだ。恐竜のような身体に足脚の虫のような脚。『バイオサラマンダー』の進化系である『シュラーゲン』だ。

 

 シュラーゲンはハジメの目の前に肉薄すると、エネルギーの散弾を飛ばしてくる。〝超速演算〟で躱すも、二体目が迫っていた。ハジメは朱樺で目の前の相手を攻撃して攻撃を逸らし、もう一体に牽制の銃撃をする。だが、銃撃されたシュラーゲンは敏捷性を生かして回避してくる。

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

 

 護衛隊が恐慌状態に陥った。「うん、暫く放っとこう」と全員が思った。下手に関われば共倒れである。

 

「ハジメさん! 攻撃しても躱されます!」

「向こうから攻撃してくるのを待ちましょう。攻撃の性質上、あちらは我々に接近せざるを得ない。しかしユエさん、念の為広域殲滅を」

「……ん!」

 

 敵は二体で、香織の反響定位でも増援は無い。しかし、早く片付けるに越した事は無い。

 

 ユエが広域殲滅魔法『アルマゲスト』を放つ。しかし、シュラーゲンは易々と範囲外へ逃れてしまった。が、

 

「証明終了です」

 

 ハジメがゼロスケールの銃撃によって二体同時に仕留める。一度では動きを止めるだけで倒せなかったので数発一気に撃ち込んだ。

 

 これで戦闘は終わったかのように思えたが、更なる不運がハジメ達を襲う。

 

「香織! 危ない!」

 

 大質量の攻撃が香織と護衛隊を狙う。そして、香織は生来の優しさから護衛隊を庇った。その結果……

 

「そんな……そんな……」

 

 歪に折れ曲がった香織の体躯。死人にしかない顔面の特徴。愛子の行動が発端で、生徒が死んだ。そして、クラスのアイドルのような存在であった香織の死は護衛隊にも響く。しかし、この世界はそんな生易しい終焉など与えない。

 

「っ!」

 

 香織の身体が跳ねる。右眼の花が肥大し、鮮血と共に手が生えた。腰を抜かす愛子達の目の前で更に勢いを増す流血。それと共に這い出してきたのは血に塗れた香織。手足や胸元が機械で、どこか非人間的な動き。香織は一糸纏わぬ姿だが、情欲や共感性羞恥を感じる余裕は無い。

 

 敵すら慄くその再生は、護衛隊達に耐えられるものでは無かった。

 

「い、い、ぎ、ぎゃあああああああ!!」

 

 失神、発狂、阿鼻叫喚。地獄が顕現した。

 




 何も語るまいさ。

備忘録

シュラーゲン:元ネタはありふれ原作のハジメの武器。

黒ノ哀悼:空母のようなアーティファクト。元ネタは死んだ蝶の葬儀


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君死ニ給ウコト勿レ

「白崎……さん?」

 

 不自然に折り曲がった体躯。光を映さない眼。物を言わぬ口。

 

 自分の目の前で、生徒が死んだ。おまけに、自分達を庇って。屍体の目は何物も映さない。しかし、無理矢理について来た自分達を恨んでいるかのように愛子には思えた。教師としての職責を全うした(と思っている)結果、生徒が死んだ。

 

 それだけで茫然自失となるには充分だったが、惨劇はこれだけでは終わらなかった。

 

「……………………」

 

 眼の花から血に塗れた生徒が這い出してきた時、愛子はこの狂気の光景が現実だとは直後には認められなかった。護衛隊の生徒は誰もが白目を剥いているか、過呼吸になって必死に酸素を取り込んでいる。

 

「幽霊でも見たような顔だね」

 

 香織に纏わりついた血が彼女の服を形作っていく。以前は葬儀屋のような印象を持たせた黒装が、今では血が酸化した結果のようにしか思えない。

 

「だから散々警告したのにね。ここまでの事になるとは予想外だったけど」

 

 そう言って、香織は正面の敵に相対した。目の前の敵は「やめてくれ」「助けてくれ」と呟いている。だが、香織は即座に切り捨てた。とりあえず殴るのをやめてから言って欲しい。

 

 だが、その闘いは一枚のカードによって終わりを迎える。

 

「だから言ったじゃないですかぁ。我々に関わらない方が良いって」

 

 カードを当てられ逃げ帰る大蜥蜴。日傘を使って降りてきたのはリリスだった。

 

「ごめんなさい。彼氏さんの方じゃなくて。あの魔物、私達が元々マークしてた魔物なんです。実際に相対したのは初めてですけどね」

「香織! 大丈夫ですか!」

 

 ハジメが香織の安否を確かめ、慰めるように撫でる。その様子を見ながら、リリスは愛子達に向き直って話始めた。

 

「こういうの、試合に勝って勝負に負けた、とか言うのでしょうかね。もう関わるのはやめておきましょうよ。これ以上賭ければ、貴女のチップすら失いますよ?」

「チップって……貴方、人を何だと思ってるんですか!」

「いいじゃないですか! ギャンブルにおいてチップは傷つかない事が保障されてるんですよ?」

 

 愛子は目の前の相手に話が通じない事を悟った。思えば、このリリスこそが生徒を連れ去った存在なのだ。

 

「あなたは……あなたは何なんですか! 生徒達に何をさせる気ですか!」

「忘れちゃいました? 我々は叛神結社〝天人五衰〟です。とはいえ、今南雲さんは我々の指示ではなく、別の組織の要請で動いているようですが」

 

 リリスは優雅に日傘を差しながら新兵装である銃を愛子達に見せつける。

 

「何だそれ……銃?」

「ええ。南雲さんに作ってもらったんです。役に立つかは分からないと言われましたが、実に良い武器ですね」

 

 リリスはそう言うと愛子達の背後に迫っていたシュラーゲンを撃ち抜く。発射されたのは弾丸ではなくトランプだった。

 

「このように、我々は力を貸してもらえるほどには関係は良好ですし、我々も彼らを支援するほどには財力も戦闘力もあります。対して、貴方達はどうでしょう? 我々以上の支援や協力が出来るとは思えないのですが」

 

 リリスは貧弱なカードしか持たない愛子達を嘲笑う。愛子は自分をディーラーだと思い込んでいるが、その実ギャンブラーですらない。賭けの席に座る資格すら持ち合わせていないのだ。

 

「彼が必要としているのは実利的な利益です。身も蓋も無い事を言えば、信念だけで生き残れるほどに、このゲームは優しくはありませんから」

 

 リリスは銃を横薙ぎに振るように連射する。愛子や護衛隊達にはかすりもせず、後ろのシュラーゲンや、シーラス、ストラトスといったレギオン達を正確無比に撃ち抜いていった。

 

「ご安心ください。私がしっかりと、ウルの街まで送ってあげます」

 

 異空間に収容して運搬、などという真似が出来れば良かったのだが、残念ながら異空間を展開した後はその場からの移動が不可能になってしまう上、空間内から見た外の世界は無条件で時が止まってしまう為、隠れてやり過ごすという方法は取れない。便利なのか不便なのか分からない能力だった。

 

『南雲さ~ん、車、貸してくれませんかねぇ。私、王女なのに徒歩で帰宅ですよぉ』

 

 内心でそんな悲しい独り言を吐きながら、リリスはウルの街を目指した。

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね。清水君」

「なんだ、生きてたのか。南雲」

 

 一方、リリスに愛子達を押し付けたハジメ達は依頼されていた捜し人であったウィル・クデタと、愛子達の元から去った清水とカイネがいた。ひとまず、ウィルはユエとシアに任せ、この中では最も因縁のあるハジメが話している。

 

「ヨナの所に逝っちまったのかと思ったぜ」

「幸いにも、というか、生憎と言いますか、どうにも現世に留まらなければならない理由が増えまして」

「はん……いい気味だぜ。お前が苦しんでるだけで生きてる価値は有るってもんだな。百万ドルの名画にも勝る眺めだ」

「酷いですねえ」

 

 一応は清水の妹の仇ということになるハジメ。聞いた時はショックも受けたし、ハジメを憎みもしたが、無責任な言葉と共に妹を送り出した自分も同罪と言えば同罪だという認識が清水には有った。ハジメは自分の代わりに手を下したに過ぎない。

 

『ええ、よく覚えていますよ。暴走した彼女の首を締め、へし折る感覚はね……』

 

 そう言ったハジメは、清水に殺される事で一生を終えようとしたのだろう。清水の実家から盗んだ包丁でハジメを刺そうとした時、彼は全くの無抵抗であった。そして、ハジメが刺される直前に清水を止めたのはカイネだった。

 

「まさか、貴女がこの世界に来ているとは思いませんでしたよ。地球ではお世話になりましたね、カイネさん」

「悪魔と相乗りしたら案外どうにかなったぞ。まあ、私が意図したわけじゃなくて運任せだったが」

 

 何故清水を止めたのかと言えば、カイネは一人になりたくなかったのだと語る。清水の本当の目的に気付いた時、殆ど無意識に彼が持つ包丁の刃を握っていた。思えば、片手で清水を止められていた辺り、既に彼女は授格者だったのだろう。

 

 一方、どんな事情であれハジメの殺害を止めたカイネに香織は感謝している。自分が出会う前に復讐を目論んでいた清水に対しては良い感情は持てていなかったが、いざ自分がセイレーンとなってハジメを殺しかけた立場になると複雑な心境というのが現状である。

 

「てかお前随分見た目変わったな。言われなきゃ本人だって気付かねえくらいには。というか南雲ハジメを名乗ってる別人って言われた方が納得できるぞ。てか白崎は分かるが、園部と八重樫までいんのかよ」

「色々ありまして。その辺りは落ち着いたら話しますよ」

「あのー、すみません。昔話に花咲かせてるとこ悪いんですけど、こっちも多少は気にしてあげて下さい」

 

 シアの声に全員が振り返ると、ウィルが泣きながら懺悔をしていた。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

「えぇ…これどういう状況なんです?」

「なんでも、自分を守ってた冒険者パーティーがとある魔物にやられて壊滅。何とかこの洞窟まで逃げてきたは良いものの、その魔物が喰った冒険者達の声で呼びかけるもんだから精神やられてんだよ」

 

 因みに、清水達は護衛隊を脱走した後に機械の軍団に負われ、多勢に無勢、三十六計逃げるに如かずと同じ洞窟に逃げ込んだらしい。古今東西、純粋な数で責められるのは具合が悪いと相場が決まっている。

 

「まあ、特徴からしてさっきの大蜥蜴のような魔物でしょうね」

「ああ……追復曲(カノン)を演奏してあげるのが楽しみだね」

 

 一度殺された香織が無表情にそう吐き捨てた。清水がそれに続けて現状報告を捕捉する。

 

「んで、カイネさんがなけなしの聖職者としての経験を頼りに慰めてたんだが……どうやら変な方向に拗らせちまったらしい」

「なるほど……」

 

 と、ハジメがリリアーナから〝通達〟を受け取った。なんでも、トランプを撃ち込んだ魔物から情報収集をした所、数万の魔物の大群が迫っているとか。

 

「どうやら問答無用で退避せざるを得なくなったようですね」

「退避って事は……ウルの街か? あの先公ども、まだいんのか?」

「ええ」

「前方には数の暴力、後方には弱者ハラスメント……愉快な二者択一だなぁ、オイ」

「三番目の選択肢は、座して死を待つのみ、ですかね……冗談ですよ」

「面白くもねえし笑えねえよ。おーい、嘆くにしても避難してからにしようや」

 

 ハジメが無表情で提示した三番目の選択肢になりそうなのが笑えない。ハジメはウィルに近づいて話しかける。

 

「というわけで、この場に留まるのは自殺行為です。尤も、それが本望だった場合は見なかったことにしますが、どうします?」

「「『こらこらこらこら』」」

 

 ハジメの提案に、香織と優花と雫が待ったをかける。その間にカイネがツカツカとウィルに近寄り、胸ぐらを掴んで平手打ちをした。

 

「え……あ……?」

「行くぞ」

 

 ウィルは困惑している。さっきまで表面上は穏やかに話を聞いてくれていた女性が、急に豹変したかのように暴力を振るってきたのだから。ただ、今は他に方法が無い。下手に話しかけてこれ以上時間をロスするわけにもいかない。

 

 なお、清水は鉄拳や膝蹴りが飛んでこなかっただけ温情は有ったな、と、殺人未遂の日を思い出して遠い眼をしていた。

 

 

 

 

 

 ウルの街に着いたハジメ達だが、ウィルが憔悴しながらも魔物の大群の下りは聞いていたのか、街の役場に突撃し、更に少し後に着いた愛子達がその情報を保証したため、役人達はてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 

『いかがいたしますか? リリアーナ殿下。何やらこの地にて用事があったようですが』

『ええ、しかし、敵の規模がそれなりに強大ですねえ。言っておきますが、私の仕込みではありませんよ? 純粋に敵の攻撃です』

『住民を貴女の異空間に隔離するという方法は?』

『能力が強力過ぎる弊害とでも言いましょうか……隠れてやり過ごすという方法は取れないんですよ』

 

 騒ぐ神殿騎士達や護衛隊、住民を他所に、ハジメとリリスは作戦を話し合う。殲滅戦を決行するにしても住民がいてはどうしようもない。

 

『南雲さんは依頼を遂行してください。いざとなれば私と(ティオ)さんが事態を終息させます』

『ありがたい。では一足先に退避するといたしましょう』

『身も蓋も無い言い方をすれば、貴方はそもそも計画に組み込まれていませんからね。貴方が此処にいる事自体、イレギュラーなんですよ』

 

 リリスの言に従い、ウィルをフューレンに届けることにしたハジメ達。それをウィルに伝えると、彼は目に見えて狼狽した。

 

「な、何を言っているのですか? ハジメ殿。今は、危急の時なのですよ? まさか、この町を見捨てて行くつもりでは……」

「迎撃するにせよ、街を遺棄するにせよ、避難は必須でしょう。敵の規模からして、迎撃戦となっても余波で被害が出る可能性が高い。計算結果をお見せしましょうか?」

「そ、それは……そうかもしれませんが……でも、こんな大変な時に、自分だけ先に逃げるなんて出来ません! 私にも、手伝えることが何かあるはず。ハジメ殿も……」

 

 〝ハジメ殿も協力して下さい〟そう続けようとしたウィルの言葉は、ハジメの冷めきった眼差しと凍てついた言葉に遮られた。

 

「我々は明確な作戦行動に基づいて判断を下しています。街は最悪見捨てる事になるでしょうが、避難すれば人は助かります。また、先程も申した通り、殲滅戦を決行するにしても住民が障害となる。貴方が軽率な判断で残留すれば事態は悪化の一途を辿ります。より多くの人を救うためなら、貴方を拘束する用意もある」

 

 それを聞いて、黙っていられなかった人物がいた。魔物の情報をリリス経由で知った愛子である。その表情には決然とした意志が見て取れた。

 

「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか? このままでは、きっとこの美しい町が壊されるだけでなく、多くの人々の命が失われることになります」

「……話聞いてました? 命を失わないように避難を促そうとしているわけなんですが」

「しかし、街が破壊されれば多くの人々が苦しむことになります。今、この世界で生きている以上、この世界で出会い、言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくない。そう思うことは、人として当然のことだと思います」

 

 ハジメが理性で語る中、愛子は感情で語る。おそらく、その尺度で言えばお互いに間違いなど無いのだろう。ハジメは組織としての作戦の話をし、愛子は人間の理念の話をしている。

 

「南雲君。君は昨夜、絶対日本に帰ると言いましたよね? では、南雲君、君は、日本に帰っても同じように大切な人達以外の一切を切り捨てて生きますか? 君の邪魔をする者は皆排除しますか? そんな生き方が日本で出来ますか? 日本に帰った途端、生き方を変えられますか? 先生が、生徒達に戦いへの積極性を持って欲しくないのは、帰ったとき日本で元の生活に戻れるのか心配だからです。殺すことに、力を振るうことに慣れて欲しくないのです」

「……」

「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制するようなことはしません。ですが、君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を切り捨てるその生き方は……とても〝寂しい事〟だと、先生は思うのです。きっと、その生き方は、君にも君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいから……他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊いそれを……捨てないで下さい」

 

 ハジメはその言葉を聞いて、そして理解した上でこう返した。

 

「つまり、貴女はこう言いたいわけですか。どうせ死ぬなら人間らしく死ね、と」

「っ!? そうではなくて……」

「殺す事に慣れて欲しくないから魔物を殺してこい、という、まあ実に哲学的で感動すら覚える論考はともかくとして、このような状況下では最悪の事態というのは想定せざるを得ないのですよ。すみませんねえ、悲観主義者で」

 

 ハジメは感情で物事を考える人間が嫌いになりそうだった。無論、感情でしか解決できない問題があるのはハジメとて知っている。しかし、今はその時ではない。

 

「論点を整理しましょう。つまり先生は、大勢を救うためなら僕の親愛なるコンサート・ミストレスを赫い惨劇に浸す事を躊躇うなという事でしょうか。浅学ゆえ存じ上げませんが、人間ってそういう者でしたっけね」

「それは……」

「因みに、僕の所属する上層部は国のためならば街一つは平気で見捨てるでしょうね。まあ、その時も今も避難は促すでしょうが。今の貴女の論理に従うならば、僕達に街を見捨てる以外の選択肢は無くなります。だって、身近な少数よりもその裏にいる大数を救え。貴女が言ったんですよ」

 

 愛子の誤算の一つは、天人五衰を見くびっていた事だろう。機密事項であるゆえにハッキリとは伝えなかったが、九龍、アトランティス、ハイリヒ王国と三つの国が関わっているのだ。愛子の論理に従うなら、迷いなくウルの街を見捨てるのが最適解となる。

 

 そして、もう一つはハジメと愛子で人間の定義が違う事だ。ハジメは万象の本質が空だとまでは言わないが、人間の定義という物を断定してはいない。不変の物は存在せず、それは人間性もまた同じ。故に、歴史上の残虐非道な独裁者であれ、それは普通の人間なのだ。

 

「園部さん! 貴方からもなんとか……!」

「ハッキリ言いますけど、先生、私もコンダクターの意見に賛成です」

 

 優花に助けを求める愛子だが、それを制するように香織が発言した。その表情は虚無。怨みも、同情も無い。それに愛子が慄いていると、香織が美しい声で心臓を抉る。

 

「正直言って、驚きました。先生の論理にではありません。先生が所属する陣営に対する無理解と、そこから導き出される絆の浅さにです」

「それは……どういう……」

 

 未だに要点を掴んでいない愛子に、香織は絶望のアリアを聞かせていく。

 

「私は迎撃に参加する事自体には賛成なんですよ。組織に貢献するという意味でも。しかし、今は避難する事が最適解であると思っています。理由は貴方達の存在です」

「え……?」

「お忘れかもしれないんですけど、私達、そちらの陣営から二度攻撃されてるんです。一度目はオルクス大迷宮で、二度目は宿屋にて貴方の護衛から攻撃されました」

 

 淡々と事実を述べる香織に、愛子は反論する術を持たない。一方、香織の表情は狂気的に美しくなってゆく。

 

「ねえ、先生、何故三度目が無いと言い切れるんです? 今までのそちらの接し方を見て、何故私達が協力できると思ったんです? 〝寂しくない生き方〟をしているんですよね? どうして、力を使い果たした私達の眼球を抉り出し、鎖で繋がないと断言できるんでしょうか? 答えて下さい」

 

 単純に、愛子が善人だからだ。だから、香織や聖書の内容のような発想をしないのだろう。地球なら苦笑程度で聞き流せても、トータスではそうはいかない。愛子から返事が返ってこない事を悟った香織は背を向けてハジメの元に歩みを進めた。

 

「まあ、色々言いましたけれど、彼が孤独になったとしても構いません。私がずっと愛し続けますから。だから私がコンダクターに求める事はただ一つです」

 

 そして、社会科教師にはトドメともなるこの言葉で締めくくる。

 

「君死に給うこと勿れ」

 

 日本では有名な反戦の詩。寂しくならない事如きの為にハジメを死地に向かわせる。それは香織にとって悪業以外の何物でもなかった。

 




>タイトルの元ネタ

 与謝野晶子の反戦の詩『君死に給うこと勿れ』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔王

 タイトルの元ネタはNieR: Repicantより『魔王』


 愛子がハジメ達の言葉に打ちのめされていた頃、街の外に何かが着弾した音が聞こえた。街の住人や愛子達は何事かと様子を見に行くが、リリスだけは待ち望んでいたものが来たことへ喜びの表情を浮かべていた。

 

 いざそこに行ってみれば、そこにいたのは煙管を持った和装の麗人。更に連なるは黒衣に身を包む長身の男性や龍の頭を持つ筋骨隆々とした人型、番傘と二刀を持った女性、そして薙刀を装備し、笠を被った十数名の戦闘者達だった。

 

「が、加百列(ガブリエラ)殿! これは一体どういう事か!」

 

 ウルの町長が何やら顔見知りらしい黒衣の長身の男性、名を加百列というらしい人物に問いかける。すると、加百列は何でもない事のように答える。

 

「約束通り、援軍を連れてきたのよ。私達と商売をする代わりに、危機に陥ったら戦力を提供する。そういう契約だもの」

 

 妙に女性らしい口調で話す加百列は、集まった者達の中に敵意を隠そうともしない神殿騎士を認めて面倒そうな顔をした。

 

「その身なり……神敵たる竜人族か……! 町長殿、此奴らと契約を結ぶ価値など有りませぬぞ! それどころか、教会から異端認定を受ける行為だ!」

「しかし……」

 

 町長に詰め寄るデビットに対し、話しかけたのは和装の麗人、(ティオ)であった。

 

「まあそう責めるでない。作農師を以てしても補いきれぬ兵糧に、日々の食い扶持や日用品、未開の地の開拓に戦力まで提供するとあれば、その誘惑に抗える為政者などおらぬよ」

 

 廷は煙を吐き出し、更に追撃を掛ける。

 

「おまけに、眼前に迫る強大な敵に対し、教会は碌な戦力も用意できておらぬようじゃからのう。これだけ条件が揃っておれば、誰も文句など言わぬ。金で平和を買おうともな」

 

 つまりは、札束でウルの街を買い叩いたという事である。神の威光以外の物を示さぬ教会よりも実利的な利益を取るのは指導者としては当然だ。それも、作農師を上回るほどの支援ともなればなおさらである。

 

「……この事態をどう対処するのか疑問でしたが、なるほど、天下の睚眦(ガイサイ)部隊であれば可能でしょうね」

「ええ、流石に最高戦力をブッ込んで来るとは思いませんでしたけどねえ。てっきり嘲風(チョウフウ)辺りを派遣してくると思っていたのですが」

 

 嘲風部隊は九龍において外征や海洋活動を中心に動く部隊である。夜航船に並んで環城を離れた地点における前線部隊と言える。一応言っておくが、嘲風は弱いわけではない。過去に環城の領海に侵入した上に攻撃してきたヘルシャー帝国の軍隊を一方的に叩きのめす程には強い。

 

 ただ、廷直属の部隊である睚眦が強すぎるだけである。

 

「おのれ……この神殿騎士を侮辱するか!」

「ほう、ではお主らが魔物の大群を制すことができるのかえ?」

 

 廷としては純粋な疑問として聞いたのだろう。何処に属しているにせよ、戦力となってくれるのならばありがたい。まあ、竜人族の歴史から言って、教会の騎士に対して何も思うところが無いというのは嘘になるが。

 

「……蝶の男に続いて貴様も神殿騎士をコケにするか。ならば良いだろう。エヒト様に、そして愛子に捧げるために鍛えたこの剣、受けてみるがいい!」

 

 理性を失った目で廷を見るデビットは廷に斬りかかる。廷の腹心や睚眦部隊が一斉に戦闘態勢を取るが、廷は「良い」とそれを制すると、持っていた煙管でデビットの剣を受け止めた。

 

「なっ!? ハイリヒにおいて最高級の品質の剣だぞ! 武器ですらない煙管で……!」

(摘まめばへし折れそうな剣じゃが、それも大人げないか?)

 

 少し考えた挙句に、結局煙管で押し返した廷。デビットはその膂力に抗えず、蹈鞴を踏んで後退した。

 

「さしずめ、その作農師の護衛と言ったところか。しかし、脆い盾では踏み台にすらならぬぞ」

 

 その言葉に激昂した騎士達が一斉に廷に斬りかかるが、廷は既に意にも返さずに街の様子を眺めていた。なお、騎士達の相手は番傘を差した女性、縁璃(ヴェンリ)や睚眦達が相手をしている。

 

「男って、馬鹿ね」

 

 後ろで見物している加百列がそう零し、龍の頭の茯神は腕を組んで憮然としていた。この二人では騎士達の首がへし折れると考えているのだろう。

 

 見れば、縁璃の番傘を変形した刃による不意打ちで二人の騎士の体勢を崩していた。

 

「しかし、まだ避難は終わっておらぬのかえ。未曽有の大災害という割には呑気な事よのう。可能な限り街への被害は抑える心算じゃが、これでは余計な犠牲まで生まれかねんぞえ」

 

 実際、ウィルをフューレンに帰そうにも、この混乱では限りなく困難である。

 

「というか、(わっぱ)は何故ここにおる」

「逃げ遅れました」

 

 ハジメが廷に事の経緯を説明すると、廷は鼻で笑って「不運な事じゃな」と零した。

 

「あの……」

「ん?」

「どうにか、この街を傷つけない方法は無いものでしょうか?」

「お主は……洞天より召喚されし作農師か」

 

 廷は愛子に向き直って再度煙を吐き出した。一応は街を救う意志のある廷ならば、避難が完了せずとも街を守り切れるのではないかと一縷の期待を寄せるが。

 

「残念ながら望み薄じゃな。敵を討つには、浮雲を裂き、大地を穿つ力が必要じゃろうて。街への被害は抑える心算じゃが、人がいるとなれば話は別。街路や家屋のように補充の効くものではあるまい? おまけに、妾達からすれば随分と脆い存在でのう。雷鳴一閃、百敵滅殺などと謳われる妾も、そこまで万能ではない」

 

 冷徹に現状を分析する廷に、愛子も俯くしかない。その間に、廷は加百列に指示を飛ばした。人民を誘導し、避難させる指示である。

 

「面倒だけど、やるしか無いわね」

「今後のお主の仕事も楽になるかもしれんぞ? この闘いが終わり、この街が復興したと喧伝すれば、我等九龍の評判を無視は出来なくなるじゃろうて」

 

 そして、傍らの愛子を指して続ける。

 

「いざとなればこの女を使うが良い。作農師としての評判は上々じゃ。民草を説得するのには適しておるじゃろう」

「え、わ、私にそんな力は……」

 

 しかし、自分の功績と評判に自信なさげな愛子の姿を見て廷は怪訝な顔をし、そして笑った。

 

「今の言葉が謙遜でないとするならば、紛うこと無き魔性の女じゃな」

「え……?」

「天然で、特に特別な努力も演技もせず、その愛嬌と仕草、そしてそれを慕う者共……うむ、昇格者などより余程妖怪じみておるぞ」

 

 何かショックを受けたような表情の愛子。ただただ善意で動いていたと思っていた自分の行動が、知らず知らずのうちに他人を操作していた。そんな彼女を他所に、廷は最後の言葉を投げかける。

 

「どちらにせよ、お主の戦闘力はからきしであると聞く。大人しく避難し、我らに戦場を明け渡す事じゃな」

 

 廷にそう言われて加百列の元に歩く愛子。今の彼女には、どんな言葉もアスベストのように精神を蝕んでいった。その影響なのか、後に避難所に辿り着いた時に身体がふらつき、通りすがりの赤毛の双子に抱き留められる。

 

「て、おい、アンタ大丈夫か?」

「貴女達は……?」

 

 抱き留めた人間は事前に情報を手に入れていたのか、愛子にとって最も繋がりやすい情報を提供する。

 

「南雲ハジメの知り合いだけど……具合が悪いなら相応の処置は出来るわ」

「南雲君の、知り合い……」

 

 今しがた新たにこの地にプリントアウトされてきたデボルとポポルに体調の心配をされるが、しかし、持って生まれた(さが)なのか、自分の行動の是非を聞いてしまう。それに対する二人の答えは……

 

「結果的にアンタの願いは叶いそうだけど、それがどんな結果を齎すかは、詳細には分からない。でも、その答えは、今宵誕生する〝魔王〟の御心にあるだろうさ」

「ま、おう……?」

「ええ、他勢力の協力ありきとはいえ、こんな事態を解決できる南雲ハジメに民衆が抱く印象は、恐怖か畏敬だわ。二度と、対等な立場とは思われなくなる。本人がどんな意思を持っていようと」

 

 その言葉を聞いて、今度こそ幻想が壊れた事を知った愛子。自分の行動がハジメを〝寂しい生き方〟へと誘い、それ以前にも自分達を庇って香織が致命傷を負った。

 

「私は……教師失格ですね」

 

 

 

 

 

 その頃、廷やハジメ一行、リリアーナは街の外に防壁を立てていた。

 

「〝錬成〟様様ですね。相手よりも低い位置で戦うのは愚か者の兵法。その不利もこれで少しはマシになりそうです」

「あの貴族を逃がすだけで、お主が逃げる余裕は無さそうじゃからの。どうせなら手伝ってもらうぞえ」

「やれやれ、何処の国でも王族は人使いが荒い……」

 

 なお、この防壁はハジメがバイクを走らせて錬成して作ったものである。ハジメがいないなら別案も有ったのだが、いるなら使うのだ。

 

「まあ、それほど心配はするな。お主は仲間と自分自身を第一に考えればよい。あまり睚眦を見くびってくれるなよ?」

 

 見れば、神殿騎士達は全員のされて避難者に混じって運ばれていた。睚眦の中では一般兵であっても神殿騎士を余裕で倒せる程度の強さは持っているらしい。廷の後ろに並ぶ加百列と縁璃を除いた睚眦部隊の面々は歴戦の戦士の風格を有しており、実際ステータスだけならハイリヒ王国やヘルシャー帝国の兵士を超えている。

 

「まあ、そんな相手から融資の提案があれば、そりゃ断りにくいでしょうよ。僕もそうですし」

 

 廷はハジメの言葉に不快感を示すかと思いきや、鷹揚に頷きながら肯定した。

 

「妾達の行為は言うなれば、金をやるから尻尾を振れと言っておるに等しい。それを厚遇と取るか不遇と取るかは、享受する側の立場、価値観、精神状態等に大きく左右されるじゃろうな」

 

 他人の弱みに付け込む、謂わば、足元を見る行為に難色を示す者は多いだろう。しかし、外交とは、商売とはそういう物だ。需要を調査し、それに見合う供給を用意する。今回で言えば、廷はウルの街が求める戦力や食糧と言った需要を供給したに過ぎない。

 

「敵に回るというならそれはそれで構わぬ。そうなった時は我が九龍の牙で噛み砕くのみじゃ。世界を愛し、友好を呼び掛けても良いが、それに固執しては解放者と同じ。先人の失敗からは、学ぶべきじゃろう」

 

 それが本当に皮肉なのだとハジメは思う。解放者達の善性が廻り廻って、彼らの忌むべき存在を生み出した。

 

「長さ七尺余寸、雲には届かず、地に刺さりて蚊の鳴くような音を出す。そのような武器に頼る事こそが、断天の悲願を成し得る為に必要とは……確かに、〝寂しい〟ことであるな」

 

 然るべき素材を使い、然るべき霊獣を取り憑かせ、然るべき者が使えば浮雲を裂くことも、大地を穿つことも出来よう。しかし、それはこの世界において目的を成就するためには力が無ければ不可能であることを示していた。

 

 そして、その独白はハジメと愛子の会話を少し前から廷が見ていたことを同時に示してもいた。

 

「この街と次に相見えた時、妾は敵か味方か、生きておるのか死んでおるのか、首か五体か、果たしてどちらであろうな。しかし、そのような些事に気を取られておっては、共同体の首脳になどなれぬよ。戦場洗礼、鉄騎出征を命じるこの身が寂しさを、孤独を恐れていては、何者もついては来ぬ」

 

 廷は語り終えると、煙管を薙刀に変えて未来の敵へと向ける。

 

「さて、未来の〝魔王〟、親愛なる共犯者よ。この万世に銘を打つ籌策(ちゅうさく)、その一端を、担ってもらうとするかのう」

 




投稿し始めて百話記念という事で、魔王登場……ですかね。まあ、既に一話投稿してるけど、百話記念にかこつけて自作とのクロスを進めてもいいかも。

 確か、ハジメが〝魔王〟とか呼ばれ始めたのってこの件がきっかけですよね? 先生は寂しい生き方を否定して、結局最後の枷を外してしまったかのような印象が有ります。

 備忘録

睚眦、嘲風:パニグレの九龍衆の名前より。元ネタは竜生九子と思われる。

縁璃:ありふれ原作にて登場した廷の従者の女性。今回は睚眦部隊の隊長を担っている。実は、廷が睚眦部隊を連れてきたのは、「そろそろ縁璃が臍を曲げそうだから」という理由もある。武装はパニグレに登場した睚眦を基にしている。

加百列:パニグレでは冷酷な昇格者であったが、今作ではもう一つのクロス先であるドラッグオンドラグーン3の影響でオネェになっている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人物データー更新(修正)

 話が思いつかないため、人物データの修正、再投稿でお茶を濁す三文小説家。


南雲ハジメ:

 

 原作の主人公であり、今作でも主人公である。つい最近、意識海の安定を図るために『蝶葬』機体へと換装した。知識もそれに対する考察も膨大であり、処理能力も人外の領域に至っているが、その分意識海への負担は計り知れない。

 

 原作ほど苛烈な行動はしないが、他の二次創作程優しくも無い。悪人ではないが完璧な善人と言えるかも微妙。

 

 と、ここだけ書くと中途半端なキャラクターに見えてしまうが、ハジメ本人はかなり独自の判断基準に則って行動しているため、二元論的な価値観で測ろうとする事自体が不毛であるとも言える。

 

 ただ、原典よりも行動は穏やかな事が多いが、言い回しが無駄に難解なのと基本的に冷静に動くので、何を考えているのか分からない不気味さは常に纏っているもよう。実際、香織を含め彼の思想を完全に理解できている人物は現時点において一人もいない。

 

 しかし、ゲーム理論に則り『攻撃してきた者に対しては徹底反撃』というスタンスは原典と変わらない。仮にゲーム理論を否定されたとしても、今度はマキャベリの君主論でも持ち出してくるだろう。

 

 なお、原作において香織がハジメを好きになったきっかけである『優しさ』だが、今作のハジメは「死は救済」と思っている節があり、優しさが暴走した場合は殺人鬼になってしまう。

 

 そもそも、ハジメは信念という物をあまり重要視しておらず、結局は願望の強化形でしかなく何ら根拠を伴わないものをそこまで妄信できることを不思議がっている。ハジメからすれば常人が人間性や信念という言葉を当て嵌めるものは、自己保存の意志に従った動物的な本能に過ぎず、彼らが主張するような強固な物でも不変の物でもない。まして、真理であるなど有り得ない。それが唯一絶対の真理であると信じ込んで行動する常人こそが狂人とすら思っている(この辺りはドストエフスキーなどの文豪が元ネタ)。

 

 (ティオ)やラングランスを除いてパニグレ本家の昇格者に最も近い思考回路をしているとも言える。

 

 戦闘力は原典以上であり、例を挙げればミレディの過重圧殺を即座に分析、生存ルートを演算し最小限のダメージに留めている。天職『数学者』の根幹が〝演算能力の強化〟というシンプルであるが故に対策の立てづらいものであり、廷を以てして「どのような力を持っておれど、観測、知覚不可能な事象や時間軸からの攻撃は厄介極まりない」と評している。強者揃いの天人五衰の中でもリリアーナと並んで危険視されている能力。

 

 本編ではミレディに精神攻撃を仕掛けたり、愛子に毒を吐いたりとやりたい放題だが楽団死期……もとい灰鴉の頭目として頭を酷使しているため、『カッコイイ変態』くらいのキャラにはなっている……はずだ。

 

白崎香織:

 

 原典での不遇枠であり、今作のメインヒロイン。大枠は以前に『人物データ』で語った状態と大差無いが、二度の『再生』を経て恐怖に図太く……もとい鈍感になっている部分がある。

 

 原典での狂気的な愛情は相変わらずであり、天職やポジションを除けば原典からの乖離が少ないキャラクターと言えるかもしれない。

 

 戦闘力は相変わらずで、音波という広範囲かつ不可視の攻撃は現時点でも猛威を振るっている。近・中距離攻撃も細剣や放電、斬弦など技のバリエーションが増えており遠近共に隙が無い。弱点と言えば一部を除いて音速以上の攻撃ができないことと、真空空間に放り込めばある程度無力化できること程度。

 また、反響定位による索敵や無音の行動など厄介な特性も多く、仮に敵対すれば彼女を下すのは容易ではない。

 

 ハジメに対しては愛情の他にも呆れのような感情も抱いており、彼の被害者のアフターケアを行っていたりもする。ハジメは意図的に他者をいじめるような人間ではないが、如何せん思想が尖っている上に毒舌家でもあるため、耐性の無い人間は精神にダメージを受けるのである。武勇を以て才とする側面がある割には変なところで弱みを見せるトータス人や原作キャラにおいては完全に負の方向に作用している事も多い……香織は解毒剤としての立ち回りを余儀なくされている。尤も、必要があれば劇薬にもなれる人間だが。

 

 また、非殺傷性の攻撃手段が豊富である為かハジメに制裁を加える事が多い他、暴徒の鎮圧を行う事も多い。

 

ユエ:

 

 彼女もあまり変化は無いが、ハジメに対しては原典ほど純粋な愛情は抱いていない事が判明。

 

 また、封印された事によって時に取り残された事を『殺された未来が復讐に来る』と表現し、ハジメ達に自分を守る最後の砦、そして、いざという時の介錯人の役割を期待している事が判明した。

 

 生い立ちから『死は救済』という価値観を持っており、思考回路的にはハジメに最も近い人物とも言える。

 

 戦闘ではアーティファクト『オズマ』によるものが目立ち、近接戦闘が苦手という弱点を克服している。事実、ライセン大迷宮では斧を振り回していた。更に、自らの血液を発火、炎上させ攻撃に転用する技も持っている。

 また、炎や雷の形を取っていた原典とは違い、赤黒いニードルや斧などの形を取って攻撃してくるため見かけの殺傷性は大きく向上している。

 

 香織とは相変わらず仲が良く、架空の詠唱をでっち上げる際に彼女から教わった詩を引用したりしている。

 

園部優花:

 

 原典ではモブとサブヒロインの間というだけであまり出番は無かったが、ジャズピアニストであったりアメリカ文学オタクであったりと原典から大きく乖離している。

 

 転移前からハジメに恋をしており、香織の存在を知って諦めていたが、結局受容者であるハジメから離れられずにいた。それがハジメが生死不明状態となった事で暴走。天使『ルシフェル』となり、彼らを強襲する。戦闘の間に彼女が見ていた幻影はハジメから依頼されたラフマニノフのピアノ協奏曲第二番のジャズアレンジを恋人や友人達に披露しているというものであった。

 

 また、転移前から人間関係に悩まされていたらしく、愛子の前では不満が垂れ流されていた。学校の生徒や教師の前ではジャズや本の話題を自粛する事を半ば強制されているようなものであり、それは緩やかに、しかし確実に彼女の精神を蝕んでいた。

 

 それ故に、物質的には同年代でも恵まれた方であるにも関わらず幸福を感じる事が出来ないでいた。そして、それらの経緯から他者に対してはビジネスライクな振る舞いをする事もあり、大半の人間からは冷徹な女だと思われている。

 

 トータスに来てからはかなりの酒豪となっており、裏でオリジナルの料理酒を作成してもいる。また、転移前から自分が作った曲名をカクテルにしたり、(何故か)煙草の銘柄を知っていたりと高校生にしてはやや不健全かもしれない。

 

 戦闘力は原典と違って非常に高く、天職『投術師』の根幹が〝触れた物の操作〟であることに気付いてから恐ろしいスピードで実力を伸ばした。ナイフや戦輪を変幻自在の軌道で飛ばすほか、武器を介して敵の魔法攻撃を吸収、更に天使となった事による権能か無条件で敵のエネルギーや魔力を吸収して攻撃転用、ライセン大迷宮のブロックなどの大質量の物体を投げる、触れた対象を斥力で弾き飛ばすなど割とやりたい放題やっている。弱点は(エネルギーの吸収を除いて)触れられなければ発動しないという事か。

 

 上述の天使化によって愛ちゃん護衛隊からは戦死ではなく裏切り者扱いされていた(デビットがやや大げさに言っただけの可能性もあるが)。更に、能力の高さから危険視や嫉妬の視線に晒される事も多い。

 

シア・ハウリア:

 

 原典では二番目のヒロインである兎人族の少女。今作では出会い頭に侵蝕体『ダルタニアン』となってハジメ達を強襲した。

 

 その後は既に昇格者となっていた事もあり原典よりスムーズに仲間入り。しかし、半ば騙し討ちに近い形で引き込まれたからか、ハジメに対する恋愛感情は存在せず、詐欺師呼ばわりしている。

 

 それでも家族や友人のロックを救ってくれた事には恩を感じているようで、ハジメ達と行動を共にしている。しかし、同伴者が想定を上回る変人ばかりのためツッコミ役に回る事が多い。地球人はヤベーヤツ、という認識も密かに生まれ始めている。

 

 戦闘では大剣を振るい、更なる身体強化を施す『Bモード』の使用により爪での攻撃に移行して更なる破壊力を得ることも出来る。しかし、防御は捨てた形態のため、メンテナンスコストが増大するという弱点が存在するが、逆を言えばこれ以外に制限らしい制限が殆ど無いのが恐ろしい所である。

 

ロック:

 

 シアの友人だった狼の魔物がパニシングによって知性を得た存在。『刑死者』によって操られた状態で登場するが、ハジメ達との戦闘とほんの少しの幸運によって生き延びる事に成功する。

 

 出自が魔物であるため人間に対してあまり興味が無く、愛子やミレディとハジメ達の問答もどうでも良さそうに聞いていた。しかし、シアに対してだけは彼なりに情を持っており、慮って行動する事も。

 

 あまり目立たないが、斥候役を担ったり別動隊で敵の仕掛けを破壊したりと何気に活躍している。

 

ミュオソティス:

 

 オスカー作のメイドゴーレムが昇格者となった存在であるが、ソフトウェアは外部からの流入である可能性が高まった要注意な人物。

 

 言動に関しては相変わらずであり、機械故のトンチキな行動に走る事も少なくない。が、情緒が未発達であるが故の鋭く哲学的な問いはハジメを以てしても頭を悩ませ、ミレディに対しては軽く精神攻撃となった。

 

 最近、『不安』を体験したことによって、やや情緒が発達した。

 

 戦闘は『ガラティア』と呼ばれる多機能砲を用いる。最近、砲刃分離形態が追加され機敏に動くようになった。

 

パスカル:

 

 平和的な機械生命体が集まる村の村長。争いそのものよりも、仲間を失う事に慣れてしまう事に恐れを抱いたために平和主義者となった。が、村を守るためそうも言ってられなくなった。

 

サルトル:

 

 村の住人である機械生命体で、帽子が目立つ。女性からはモテるらしい。常に実存主義について考えているが、ハジメ以外と会話が成立しない。

 

八重樫雫/紅:

 

 原典と変わらず苦労人だったが、遂に壊れる。自分を守る第二人格『紅』を作り出し、勇者パーティーに波乱を巻き起こした。

 

 その後脱走し、ハジメ達と行動を共にする。その頃には命がけのカーチェイスをクラスメイトと共にいる事より楽しいと感じたり、パニシングの苦痛をクラスメイトとの関係より下に見るなど、順調に壊れている。

 

 第二人格の紅は雫よりも攻撃的な性格をしており、協調性は皆無。パンクでロックな服装を好むが、実は雫は恥ずかしがっている。基本的に判断基準はシンプルであり、雫にとって害になるなら排除に動き、有益ならひとまず行動を共にする事もある。

 

 このような経緯で周囲からは心配されているが、精神状態自体は安定していたり、幸か不幸か昇格者となるさいに多少苦痛が軽減されていたようだ。尤も、二人いる故に耐えるのが容易というだけで痛み自体は変わらないようだが……

 

 刀とバイクを用いた戦闘を行い、主に電撃を操る。

 

リリアーナ・S・B・ハイリヒ:

 

 原典では主人公に忘れ去られ、扱いも雑だった王女。しかし今作ではマトモ度合いを犠牲に所属組織の幹部にまで上り詰めており、登場機会が増えた。

 

 性格は表向きは善良な王女様と云った風に振舞っているが、取り繕わなければ人をチップにしたうえに国政や自身の暗躍をギャンブルとして楽しむヤバい女である。この状態となった彼女はハイテンションかつサイコパスな行動が増え、敵を無邪気に異空間に閉じ込めてはゲームを楽しむように戦う。

 

 彼女にとって『利用』とは『信頼』であり、現代日本のオトモダチ感覚で付き合えば痛い目ではすまない。さしずめ、君主合格・人間失格とでも言うべき人物。

 

 戦闘では主に日傘とトランプを使い、一筋縄では攻略できない。また、ハジメが作成したトランプ銃を用いる事もある。

 

 カジノが存在しないトータスにおいて、何故かカジノチップに酷似したアーティファクトを考案した事がある。あまり本筋と関係が無いのでネタバレしてしまうが、昇格者となった後に閲覧した旧時代のデータを基にしているようだ。

 

 しかし、そんな奇々怪々な性格すら、彼女の本性を隠すためのヴェールに過ぎないのだった……

 

清水幸利:

 

 闇落ち要素が多すぎて一周廻って真人間になってしまった裏切り者。

 

 病棟の惨劇においてハジメによって妹のヨナを殺害され、復讐を企てた事もあったが、カイネに止められ今では和解している。本人なりに精神状態には区切りをつけたらしく、基本的に冷静に立ち回る。しかし、それが護衛隊の中で不和を招いてしまう事になる。

 

 戦闘では魔法の他に剣も使い、遠近両方で立ち回る。

 

カイネ:

 

 NieR: Repricantより参戦した。

 

 清水の一番の理解者であり実質的な保護者でありパートナー。地球では教会で働いていたようだ。清水の復讐を止め、今では一緒に過ごしている。また、理解を示さない清水の兄に、聖職者ならではの皮肉で応酬した。

 

 かつてはエクソシストとして悪魔と闘っていたが、戦死したはずが機械となって生き延び、トータスに転移していた。本人曰く悪魔によって作られた人間であるらしく、両性具有なのはそれによるバグのようなものであると語る。

 

 口が非常に悪く、放送禁止レベルの下ネタが平気で飛び出す。それは清水に対しても例外ではなく、セリフが伏字だらけになることも。

 

 戦闘では双剣を用いて闘い、ちょっとした魔法のような攻撃も行う。

 

畑山愛子:

 

 優花やハジメの変貌によって最も被害を受けていると思しき新任教師。

 

 原典と同じようにクラスに戻って欲しいと言ったり、寂しい生き方をしないでほしいと道徳心に訴えたが、草臥れたOLと化した優花にこの世の終わりであるかのような顔と共に拒否され、ハジメからは哲学的皮肉と共にバッサリ切られる。

 

 そもそも、他者との交流を必要以上に行わないハジメと他者との交流を是とする愛子では思想が真っ向から対立しており、愛子の提案を受け入れる利益がハジメ達にとって皆無だったという点も大きく不利に働いている(むしろ不利益ばかりが挙がる始末)。

 

 ハジメの思想を否定できるだけの強力な反証か、実利的な利益を一つでも示していれば違ったかもしれない(尤もそれは最低条件であり、常人が定義する人間性を獣性と捉え、意図的に逸脱するという思考回路をしているハジメにどれほど効果があるかは未知数。仮に総合して天人五衰に不利益が及ぶならやはり説得は不可能)。

 

 勇者にも言える事だが、彼女に必要だったのは少しばかりの自分本位さ、冷酷さ。言い換えれば、ビジネスライクな付き合い方を知る事であったのだろう。原典を読む限り、隣人同士の人間関係が希薄な都市ではなく、周囲に合わせる事を是とする傾向の強い田舎の出身であることも影響しているかもしれない。

 

 善悪と賢愚は何の関係も無い。彼女はただ、善くあろうとしただけであった。

 




以前に投稿した物から説明を追加しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

厳粛ナル哀悼―movement-1

この辺の魔物殲滅戦が何気に癒し説在り。作者的に。


 ウルに魔物の群れが押し寄せる数刻前、ハジメは香織の膝枕で眠っていた。目を閉じ、四肢から力が抜けきったその寝姿は人間と相違ない。

 そこに睚眦部隊の人員を配置し終わった廷がやってきた。

 

「おや、休憩中であったか」

「戦闘前に悠長とは思いますが、どうか寝かせてあげて下さい」

「良い良い。敵が来るまでは寝かせておけ」

 

 香織は傍から見たら恋人の逢瀬にしか見えない状況が廷の不況を買うのではないかと心配したが、廷は笑って済ませた。リリスの話ではかなり冷厳な人物という印象だったが、存外寛容なのかもしれない。

 

「童の天職の根幹は演算能力の強化。確かに、人間共には理解しがたい……否、評価されがたい物であろうな。そして、ステータスこそ代行者の中では脆弱じゃが、根幹がシンプルかつ凶悪であり、それ故に対処は難儀を極める。どのような力を持っておれど、観測、知覚不可能な事象や時間軸からの攻撃は厄介極まりないからのう」

 

 一息ついて、ハジメの頭を撫でながら廷は続ける。

 

「しかし、それ故に意識海への負荷は計り知れぬ。機体自体のスペックを向上させて尚、行動不能な時間が発生する程にな」

 

 廷はハジメの弱点を正確に見抜いていた。脳を酷使した人間が睡眠を要するように、膨大な量と速度で演算を行うハジメには休息期間が必要となる。機械故に味方は見落としがちで、更に敵からも気付かれにくい脆弱性。

 

 ややあって、香織は口を開いた。

 

「私、本当はコンダクターに戦いに参加してほしくはありません。それに、優しさや勇気という物を彼に与えるのも怖いんです」

 

 嘗て、ハジメの優しさに触れて好きになった香織からは少し意外な発言かもしれない。しかし、それにはしっかりとした理由がある。

 

「コンダクターは、優しすぎるんです。あまりにも優しすぎるから、自分や他者から苦痛を完全に取り除くことを考えました。考えて……しまったんです」

 

 色々と複雑な理論や哲学を語ってはいたが、元を正せば至ってシンプルな発想であると香織は語る。自分や他者から苦痛や不幸を取り除くにはどうすれば良いのか。哲学の至上命題の一つ、『幸福』に通ずる部分でもある。

 

「そして、彼は全てから救済されるには『死』以外有り得ないという結論に達してしまいました」

 

 実際、パニシングの患者が地球にて救済されるには『死』以外に有り得なかった。しかしハジメとて、その経験から一足飛びにその結論に至ったわけではない。持ち得る、そして手に入れ得るあらゆる知識と思想を用いて思考し、検証した。

 

 だが、『死』以外の方法は見つからなかった。苦痛を取り除く、安息を与える、それらの行為を可能にするには常に死が纏わりつく。

 

 ハジメは死に執着しているのではなく、消去法的に考えてそれ以外の方法が見つからなかったのだと香織は語る。

 

「万物に遍く死を……元は優しさによって培われた行動や価値観が、独善的な救済に集約されてしまった。病室で笑顔と共にその思想を語られた私は、言葉を失いました」

 

 まだ青年どころか少年の域を出ていないハジメが純真無垢な笑顔で語ったその救済は、同い年の香織を戦慄させた。後に〝魔王〟と呼ばれる少年が垣間見せた利他の精神、人類への献身。それは人類殲滅の思想だった。

 

「……訳もなく、『止めなきゃ』と思いました。私が望む通りにコンダクターを支配する行為と言われれば、反論は出来ませんけれど。畑山先生を始めとする、『優しさ』や『勇気』を信奉する人を拒絶したのもそれが理由です」

 

 仮に『優しさ』を極めてしまえば、ハジメは人類に死の救いを与えるだろう。仮に『勇気』を極めれば、やはり人類の殲滅の為に動くだろう。『寂しくない生き方』、利他の精神、それを遂行するには虐殺者となるほかない。

 

 そして厄介な事に、その理屈を語ったところで大抵の人間は納得しない。何故なら、普遍的な人間にとっては死は救済とは対極に存在するものだからだ。だから、愛子や光輝にハジメを説得する事は不可能である。

 

 全く以て皮肉な事だが、逆説的にハジメが自己中心的に生きているうちは常識の範疇に収まるのである。どれだけ奇行をなそうとも、どれだけ弾丸のような言葉を放とうとも、人類殲滅シナリオよりかは幾らかマシであろう。

 

『私は人類がどうなろうがどうでもいい! 仮にハジメ君の言う通りだとしても、君が、壊れちゃうよ……』

 

 そんな壊れた思想を語るほどには、ハジメは既に壊れているのだろう。しかし、それが善行であれ悪行であれ、ハジメも世界も壊れてしまうであろうことは想像に難くなかった。ハジメにとっては、人を救うも殺すも同じ結論なのだろう。

 

 だから、香織は第三の道を与えることにした。すなわち、人類なんて、善性なんてどうでもいいと少しずつ刷り込んでいったのである。

 

 虚空で不確かで虚飾で、心に存在するのが信念も何も無い虚無であっても良いじゃないか、我儘で良いじゃないか、エゴばかりで良いじゃないか……そう吹き込むたびに、香織は自分が塵になっていく気がした。灰になっていく気がした。爪が、腕が、眼が、声が、心臓が、霧に、空になっていく。

 

 きっと、これは褒められた行為ではない。しかし、他者に尽くした先に迎える終焉より、自己中心的に生きて終わる方が少しは素敵だろう。そんなどうしようもない理念のもとに、香織はハジメに尽くした。

 

 世界の終焉を視野に入れた天人五衰に所属しているのも、クラスメイトを救うよりも多少はマシな結果になるというだけの理由である。

 

 廷はその話を黙って聞き、そして同意した。

 

「実は、妾も似たような結論に達した事がある。利他の精神を発揮すればするほどに、行動は独善的に、自己中心的になるのじゃ。反対に、妾が私利私欲によって動いた事がきっかけで莫大な利他行為となった事もあるしのう……この不可解な業は呪いか罰か、数百年生きておる妾にも分からぬわい」

 

 香織がこの話をした理由は、人生の先達である廷ならば何かしらの答えを期待できると思ったからかもしれない。しかし、そんな彼女を以てしても暫定的な答えすら出ない。

 

 他者の為に命を間引く事は、自己の為に敵を滅するより崇高な事か? そう思えたら楽なのだろう。善性や道徳を疑いもせずに受け入れられればそれは幸福であろう。しかし、善性や道徳の果てに存在する物が救いのない物であった場合、それは世に言う悪行と大差無いのではないだろうか。

 

「さて、そろそろ敵が来る頃ですかね」

 

 そんな話をしていると、香織の膝からハジメが起き上がり山脈の方を見据える。その傍らで香織の手を取りお礼を言った。

 

「すみませんね。寝てしまって」

「娘にも言ったが構わぬ。配備や準備は全て終わっておるでな」

「ええ本当ですよ。第三障壁まで作りましたからね。もはやどんな敵が押し寄せるんだか戦々恐々としておりますよ」

 

 ハジメ達は背後に並ぶ二枚の防壁を見やる。エリコの壁のように頑丈な防壁が今乗っているものも含めて三枚。これだけあっても街への被害は発生するであろう想定の敵が今から押し寄せるらしい。

 

 ハジメが装備の点検をしていると、優花とユエ、そしてリリスが戻ってきた。

 

「ただいま。街の住人は全員追い払った……んっんっ、避難したわよ」

「……この状況で『故郷を離れられない』とかいう奴いたけど、ハッキリ言って邪魔。黙って死ぬだけなら良いけど、連鎖的に私達まで被害を受けかねない」

 

 防壁まで作って大げさと思うかもしれないが、敵が律義に壁の向こうから来るとは限らない。上空から直接兵器や魔物を投下してくる可能性だって大いにある。そして、敵はそれが可能である。

 

 故に、住人は作戦行動の邪魔にならないように全員を避難させ、各ポイントにそれぞれ人員を配置した。幸い、それなりに人数も戦力も多い。

 

「触らぬ神に祟りなしと言いますが、この世界にいてこの組織に属する以上は触らぬ神にダル絡みする必要もあるわけで」

「エキセントリックな自殺方法ね」

「ならせめて万全の状態でやりたいじゃないですか」

 

 なお、今回はリリスの展開する異空間は使わない予定らしい。なんでも王都に似たような防御措置を講じているらしく、あまり大規模な物を展開してタネが露見するのを防ぎたいとか。

 

「まあ、どうにもならなくなったら使いますよ。もうバレてる可能性もありますしね」

 

 何処からバレるのかという問いはあまり意味を成さないとリリスは語る。裏の性格など完璧に隠すのは不可能に近いし、リリアーナ王女を排除するためなら敵に情報漏洩する位普通にやるのが人間である。

 

 また、正面の壁に配置するのはハジメ、香織、優花、ユエ、廷、リリスの六人である。他は側面から攻めてくる敵や街を直接攻撃してくる敵、隠密行動をしてくる敵の対処に割り振られている。

 

「おっと、作戦会議が終わったところで敵がおいでなすったようです」

「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「何です?」

「なんで今の一瞬で腕が五本になってるのよ」

 

 六人で話し合っている間にハジメの腕が三本増え、うち二本は後ろ手に棺を抱えており、一本は首と背中の間から真後ろに伸びていた。

 

「まあ、増えたというか外付けのアタッチメントなんですけどね。なんか腕二本じゃ足りなくなりそうだったので」

「それで実際に腕増やしたのね……」

「それで、その棺は何が入ってるの? 黒ノ哀悼とは別の物みたいだけど」

「朱樺やアストレイア等の武器一式ですね。まあ、収納以外にも機能はありますが」

 

 尤も、この腕や棺は宝物庫に仕舞っておくことも出来る。しかし、今回のように出しておく方が便利な事もあるのだ。現に、二本の手で棺を開き、もう一本の手で武器を取り出している。

 

「て、それは良いから早く迎撃しないと」

「慌てる必要はありませんよ、香織。既に攻撃は開始されています」

 

 見れば、ハジメが配置した数々の黒ノ哀悼から無数の折鶴が魔物に向けて飛来している。千や二千はゆうに超えているだろう小型機の群れを直接操作しているハジメの演算能力はやはり昇格者から見ても人並外れている。

 

「吹雪は終焉の使令なりて」

 

 折鶴の群れが通った後に全てを凍てつかせる吹雪が過ぎ去る。折鶴の周囲の気体を操り、局所的に天候を操作したのだ。

 

「生者は歯ぎしりしながら罰を憎む」

 

 折鶴によって作られた乱層雲が凍てついた魔物やそうでない魔物を雨で進路を遅らせ雹や落雷で滅ぼしてゆく。

 

「しかし赦しは慈悲に非ず」

 

 また別の場所では炎属性の最上級魔法〝蒼天〟に匹敵するような炎を展開していた。ハジメがユエと共に魔法を解析、演算して再現した〝蒼天・零式〟を折鶴によって更に再現したのだ。

 

「齎すは悲劇最果ての顫音(せんおん)

 

 かと思えば折鶴が竜巻を作り、炎をも巻き込んで周囲の全てを滅ぼしてゆく。その規模は日本であればビル数棟は軽く吹き飛んでいる程。そんな規模の現象が手を変え品を変え各地点で同時多発的に発生している。

 

 事前に黒ノ哀悼を配備するなどの準備有りきとはいえ、殲滅力は圧倒的な力で茯神を一方的に叩きのめした廷も少し驚くほどであった。

 

 これが大量の小型アーティファクト〝折鶴〟による攻撃。総じて〝厳粛なる哀悼〟と呼ばれている。敵を蹂躙する様を哀悼と呼べば、少しは崇高なる行為と思われようか。

 

「さて、正面の粗方は削りましたが……」

 

 香織の反響定位には上空からの攻撃や側面からの隠密部隊、更には大雑把な攻撃を掻い潜ってきた正面からの敵もいる。

 

「ここからが本番のようですね……」

 

 ハジメ以外も戦闘態勢を取った。ウルでの闘いはまだ始まったばかりである。

 




 もうハジメが名実ともに死んだ蝶の葬儀になってきました。見た目や技名からして隠す気ないし。何処に向かってんだろ。おまけに側だけならともかく理念自体もそっち寄りという。

備忘録

ハジメ:優しさに従うと殺人鬼になる。とりあえずこれだけ覚えておいて欲しい。仮にコイツが寂しくない生き方を選択したら人類殲滅に舵を切っていた。クソメンヘラがよ……

厳粛なる哀悼:小型アーティファクト〝折鶴〟によって為される一連の行為。流石に全て直接操るのは効率が悪いため、ある程度の規則性を確立するために行動命令となる言葉が設定されている。が、普通にランダムに動かす場合もあるのでやはり化け物。行動命令となる言葉は全て合わせるとハジメが作った詩になるとか……

吹雪は終焉の使令なりて:言葉通り、吹雪を起こす。しっかり気温も下げていくため、敵が生物であれば体温が急激に低下する。そして凍るので動け無くなる。

生者は歯ぎしりしながら罰を憎む:乱層雲を作り出す。直接的な攻撃は雹や落雷だが、雨で行動阻害したり、前述の吹雪を作る補助にしたりもできる。

しかし赦しは慈悲に非ず:炎によるシンプルな熱攻撃。重力魔法で周囲の気体の分子運動を加速させるなどの操作を加え、発熱や燃焼を引き起こしている。

齎すは悲劇最果ての顫音:折鶴を周回させ、竜巻や台風を引き起こす。周囲の炎を巻き込むことも可能。

汝を見つけるは月明かりを撫でる協奏:行動命令となる文言は登場していないが、ウィルを探していた時に使った。偵察目的で動かす場合に使う。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

厳粛ナル哀悼―movement-2

 実はハジメ達視点を継続するか一端別視点挟むかで悩んでました。あと、悩みというか自慢ですが、今作のハジメ達は多芸すぎて弱点があまり無くて展開に困る事が……いつかの話で『ウィークポイントが少ない超バランス型パーティー』という感想を頂きましたし。ただ、こうでもしないと芸術的な技の描写って出来ないので、私の作品は他作品のように弱さに歯噛みするよりも美しさを追求するスタンスを取りました。戦闘や精神にある程度余裕が無いと芸術って生まれないので。


「これで殲滅出来たりしてません?」

「リリスよ、この程度でレギオンやヨルハ部隊が殲滅できるわけなかろう」

 

 リリスが楽観的な願望を口にするが、敵はそう甘くはない。そして、この襲撃の裏には魔人族の精鋭〝ヨルハ部隊〟が存在していることも調べが付いていた。オーダーが関わっている可能性が高かったが、どうやらそう単純な話ではなさそうである。

 

 現に、空からシーラスやストラトスといったレギオンが投入されている。どれだけ高く重厚な防壁を作ろうとも、衛星軌道上から兵士を投下されれば意味が無い。街の方に直接被害が生じていた。

 

「ここは私が行きますね。わざわざ別働隊を動かす程の敵ではありませんし」

「そうか。まあ、別働隊は別働隊で会敵したようじゃ。確かにお主が行けるならその方が良いのう」

 

 そう言ってリリスは敵の迎撃に動く。元々は正面の敵を排除するための配置だが、このように臨機応変に動かす事も重要だ。

 

「こちらにも来たようですよ」

 

 見上げれば、シーラスとストラトス、更に刃で作られた羽を持つ女性のような人型が浮かんでいた。その敵の名は〝ジェニタス〟。翼は下級のレギオンを生成し続け、本体も高い攻撃力を誇る厄介な敵だ。

 

「〝永久なる制裁〟」

 

 ユエが嘗て行商隊を守った技でジェニタスが生み出す兵士を撃ち落とす。百や二百の魔物なら殲滅して余りある技だが、レギオン相手ではそのようにはいかない。今はまだ勝っているが、ジェニタスの数が増えれば処理できなくなる。

 

 更に、ジェニタスが背中から攻撃を発射した。それは落下式の対地レーザーであり、攻撃を妨害するユエを焼き尽くさんと多段発射されている。

 

「ユエ! 下がって!」

 

 しかし、香織の声を合図にユエはその場から離脱する。代わりに香織の〝終嵐のコーダ〟が全方位の音響破壊を以てジェニタスとその兵士に大ダメージを与える。更にはハジメが右側の二本の腕でアストレイアで銃撃(左側は二丁拳銃で別の敵に応戦していた)し、瞬間移動した廷が薙刀で横薙ぎ、更に下から二度斬り上げてジェニタスを追い詰める。

 

 最後の悪あがきにジェニタスは粒子砲を放とうとするが、廷に突き刺され阻止される。

 

「刃の上で舞い上がれ!」

 

 そして足で梃子のように跳ね上げられた薙刀がジェニタスを更に傷つけ、流れるような横薙ぎでトドメを刺された。

 

「空母タイプか……結構面倒なの投入してくるわね」

「まあ、数で圧倒する戦術では効率的と言えますからね。僕もやってますし」

「ん。考え無しで戦える相手じゃない。一応まだ出力は上げられるけど……アレ一体じゃないでしょ」

「因みに、更に上がおるぞ」

 

 廷が北の山脈を指差すと、楕円形の巨大な機械が浮いていた。初見の敵だが、ハジメ達には不思議と馴染みがある。言ってしまえばその形は地球で一定周期で話題になるUFOにそっくりなのだ。

 

 なお、もはや説明不要かもしれないがそのUFOからは夥しい数の敵が投下されている。この機械の名前は〝ニンボストラトス〟。超巨大な空母である。また、

 

「おっと……」

 

 ニンボストラトスの前方中心部が発光する。ハジメ達全員が嫌な予感を認識した直後、案の定、荷電粒子砲と推定されるレーザーが放たれる。そして、その攻撃が止んだ後、

 

「わお、第一防壁が分断されましたねー……」

 

 防壁の中には結界を発生させる仕様にしたコイン型アーティファクト〝ザミエル〟を内蔵していたのだが、防壁はレーザーの軌道に沿って破壊されていた。

 

WARNING   ニンボストラトス

 

「これあっという間に街まで到達するのでは?」

「じゃな。故に妾があれを撃ち落として来よう。ここは任せたぞえ」

「簡単に言ってくれる……」

 

 しかし、他に方法は無い。ハジメ達に防衛は任せ、廷達は空に飛び立った。

 

「あ、そうだ。餞別です」

 

 飛び立つ直前にリリスが指を鳴らす。すると空に穴が開き、大量のチップ、のように見えるザミエルが降り注ぐ。眼下の敵達は電流による妨害や爆撃によって一部が殲滅されてゆく。

 

 しかし、眼下に広がる敵の群れは未だに勢いを衰えさせていない。

 

「アダージョ、アンダンテ、演奏開始」

 

 今度は香織がワルドマイスターを構えて少しだけ宙に浮く。そして、楽器を奏でる事で敵に向かって三度の帯状の電撃と音波攻撃を行った。香織の技の一つ、〝雷鳶のワルツァ〟だ。

 

 ハジメ達が天人五衰に本格的に加入した後、香織は与えられた権限を使ってとあるデータを閲覧していた。

 

それは九龍衆の一角、〝囚牛〟と呼ばれる部隊。

 

 聖教教会でいうところの聖歌隊と言えばわかりやすいだろうか。音楽や演舞を担当する集団であり、戦闘を行うことも出来る。その映像の中で、部隊長と思われる女性が琵琶を手に宙で舞うように演奏していた姿が香織の心を捕らえて離さなかった。

 

 あまりにも美しいと思ったのだ。それまであまり触れてこなかった東洋の楽器を学んでみようと思うくらいには。そして、自分の戦闘(音楽)に取り入れようと躍起になって練習するくらいには。

 

 宙に浮く事自体は重力魔法で簡単に出来たが、戦闘に取り入れるのにはそれなりに苦労した。

 

 その後、同じ人物が簪を外して武器として扱う映像も閲覧し、途中から合流した優花ともども黄色い歓声を上げていたりもする。

 

「弦の調(しらべ)は連綿と」

二重奏(デュエット)を申し込んでも良いでしょうか。コンサート・ミストレス」

「喜んで。コンダクター」

 

 ワルツを演奏し終えた香織に、ハジメが連携技(デュエット)の申請をする。香織はまるで人魚のようにハジメの周りを一周すると、次なる演奏の準備を整えた。

 そして、ハジメが敵に向かってゼロスケールを乱射する。その銃撃に合わせるように香織がアップテンポな旋律を奏でた。

 

「〝胡蝶のデュエット〟」

 

 弾丸は敵に向かう途中に蝶の形のエネルギーを纏い、やや曲線的な軌道で敵に襲い掛かる。そして、先程の折鶴での攻撃に匹敵するような大爆発を次々と起こした。

 

 ハジメの兵器と香織の演奏を合わせた美しき破壊の二重奏の完成である。

 

「ハジメ。余韻に浸ってるとこ悪いけど、手伝ってもらえないかしら。流石に同時相手はきついわ」

 

 かけられた声にハジメが振り向くと、優花が空から直接送り込まれてきたジェニタスと機械生命体が寄り集まって出来た〝大型戦車〟と相対していた。確かに、これは辛い。

 

「初撃は重く、でしょうか?」

「そうね。同時に撃ちましょう」

 

 優花はそう答えると、一本のナイフを起点に炎を弓のように象る。それをまるで射手のように引き絞った。同時並行で、ハジメは持っていた棺を変形する。こちらもアストレイアを中心に添えた巨大な弓のような形だ。ゼロスケールを持っていない三本の腕を巧みに動かし、敵に向けてそれを構える。

 

 そして、両者の準備が整ったことをお互いに把握すると、ハジメは戦車に、優花はジェニタスに同時に放った。

 

「完璧な射線でした」

「ええ。惚れ惚れするくらい」

 

 優花が放った技は〝火鼠(カソ)〟投擲物を弓のように引き絞り、威力を増大させる技だ。それによってジェニタスはナイフ一本で大砲に撃たれたかのようなダメージを負っている。

 ハジメのアストレイアも同様に、普通にライフルとして使うよりも高い威力を叩きだしている。今はまだ研究段階だが、理論上は通常の8128倍にまで威力が上昇すると予想を付けている。残念ながら今の状態ではパニシングの補助を入れても武器やハジメに少なくないダメージが入ってしまう為に実用的ではない。今はとりあえず試運転も兼ねて8倍にして撃ってみた。

 

『ルシフェルと闘った時にはパニシングの収束により通常の4.5乗の威力が出ていましたが、安定しない上に僕にまでダメージが入りました。怪我の原因の半分くらいはそれが原因でしょうね』

 

 と、いつかハジメが話している。そこまでしないと止まらない敵だったのだ。ルシフェルとは。

 

 そして、嘗てのルシフェルが再び話しかけてくる。

 

「戦車の相手はそっちに任せていいかしら」

「ええ。優花はジェニタスの撃破を」

 

 大量のエネルギー弾を撒き散らす戦車に対し、ハジメは銃撃で応戦する。その傍らで、優花はシニヨンヘアのようにしていた髪から簪を引き抜いていた。

 

 嘗てハジメに貰った簪。囚牛のデータを閲覧した後にハジメに戦闘用に改造してもらい、単なる装飾品ではなく新たなる刃として新生した思い出。

 

 逆手に持ったそれをジェニタスが生み出したストラトスに向かって横薙ぎし、跳躍して上のシーラスに一閃、更に着地した後は先のストラトスに簪を刺して引き寄せ、戦輪イエスタデイの一撃を加える。

そして最後にイエスタデイを迂回させるように飛ばし、自身は簪を持って逆方向に動く。イエスタデイに合流するようにシーラスとストラトスを切り裂いた後、本体のジェニタスに急接近、再び簪を刺し、遅れて飛んできたイエスタデイに切り刻まれるように位置を調整する。

 髪を振り乱しながら闘うその姿は、さながら名画のようであった。

 

「さようなら」

 

 優花が指を鳴らすと、最初に〝火鼠〟で刺したナイフが深くジェニタスを貫いた。オルニスへのトドメに使用した〝百舌鳥〟である。

 

「!」

 

 何かに気付いた優花は簪を戻しながら背面跳びした。大型戦車を一刀両断したハジメの長刀〝朱樺〟が迫っていたのである。

 

「失礼」

「問題無いわ」

 

 実際、ヘアスタイルを整える程度の余裕はあった。この『簪近接格闘スタイル』とでも言うべき闘い方は道中の特訓やライセン大迷宮でも地味に使用しており、優花の中では確立されている。(投術師=中~遠距離攻撃という先入観から、初めて使用した際に香織やユエ、シアはかなり面食らっていた)

 

 優花が残心していると、今度は奈落にいた熊型の機械が群れで押し寄せていた。

 

「どちらがお好みで?」

「私はユエの援護に回るわ。害獣の駆除は任せたわよ」

「承知しました」

 

 ハジメは背面の腕で朱樺を担ぎながら、弓にせずにアストレイアを取り出す。そして、優花が戦輪を熊に投げ、ハジメはユエが相対する敵に向けて発砲すると同時に後ろに下がり場所をスイッチした。

 

「ハジメじゃなくてごめんなさいね」

「別にいい。ユウカの戦闘スタイルも興味深いし」

 

 優花とユエが軽口を叩き合っていると、新たな敵が現れる。瞬間移動して虚空から滲み出るように現れたのは『エクスキューター』。二刀を持った人型の機械生命体で、この瞬間移動により戦線を攪乱する。

 

「遊ぼうじゃない」

 

 優花が再び簪を引き抜くと、エクスキューターの斬撃を簪で受け流すと、人間でいう所の腹の部分に強烈な蹴りを加える。更にその勢いを利用して逆さになるように跳び簪とイエスタデイによる回転攻撃をぶつけた。ついでに投擲ナイフも何本か刺しておく。

 

「……あれで実用性があるんだから不思議」

 

 ユエはそれを見ながら独り言ちた。特訓の最中、中距離戦を挑まれる中で臨機応変に近接攻撃を加えてくる優花の戦闘スタイルは初見で対応するのは困難を極める。簪を武器にするという、ユエからすれば奇想天外な戦闘スタイルだがしっかりと実用性が有るのだ。

 

 などと回想をしていると、ユエにもエクスキューターの瞬間移動が襲い掛かる。しかし、ユエはオズマを変形させた剣で弾き返す。長引かせても得が無いと判断したユエは剣を指でなぞり、自身の血液を纏わせた。

 

〝虧月剣・血戒〟

 

 興が乗って自分で名前を考えてみた。悪くない。そう思いながら、攻撃を弾かれて隙を晒しているエクスキューターに斬りかかる。エクスキューターは間一髪避けようとするが、血液によって伸長された斬撃に狩られた。そしてすかさずユエの背中から伸びた蠍の尾のようなものによって刺されたエクスキューターの循環液は吸い取られてしまった。

 

 ルシフェル戦を経て、優花程とはいかずとも効率よく血や循環液を奪取できないかと考え、機械と化した自分の身体を生成魔法で改造した。これならば相手に物理的なダメージを負わせ、拘束した上で回復ができる。

 

 ユエが自身のアイデアに浸っていると、今度はナガミミウサギのような機械も現れた。

 

「ユウカ、代わって」

「分かったわ」

 

 敵を攪乱できるのはエクスキューターだけではない。破壊された一枚目の防壁の上に敵を誘導しながら戦闘スタイルを敵に慣れさせないために定期的に入れ替わる。それはボードゲームのようであり、緻密に計算された数学であり、芸術的な演舞でもあった。

 




 やりたい放題である。この機に解放しようと思ってた戦闘スタイルが次々と出てきました。ついでに敵も。


備忘録

ジェニタス:パニグレの修道女のような敵。刃の集合体である翼から雑魚を大量投入してくる。元ネタは母雲

ニンボストラトス:NieR: Automataに登場した大型飛行体のような敵。今回のボスの一体。元ネタは乱層雲。すなわち雨雲である。

大型戦車:NieR: Automataより。機械生命体が寄り集まって戦車の形をしている。

エクスキューター:パニグレより参戦。本家では特筆すべき点の無い雑魚敵だが、今作ではワープ能力が追加された。

雷鳶のワルツァ:パニグレのセレーナの技だが、今作では帯状の電撃+音波×3という攻撃になっている。

胡蝶のデュエット:ハジメとの合技。射出される銃弾に合わせて旋律を奏でなければならないため、非常に難易度が高い。

4.5乗:強いが安定しない自爆技に近いもの。なお、小数点を取るとカプレカ数の一つとなる。

8128倍:完全数の一つである。ハジメが完全に強くなればこの値を出せるかもしれない。

火鼠:優花のオリジナル技能。元ネタは呪術廻戦の宿儺。

アストレイア:棺型のアーティファクトに接続すると弓になる。

虧月剣:ユエのオリジナル近接剣技。

簪:『風ト共ニ去リヌ』でハジメがあげた簪。武器となった。

ユエの吸血器官:原典より効率よく血を吸える。が、絵面は大変惨い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。