テテテーテテイオー (haguruma03)
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「どこ、ここ?」

ボクの口からそんな言葉が漏れたのもしょうがない。なぜならボクはいつの間にか真っ白な部屋にいたからだ。

 

ボクの服装は寝間着、目の前には3つの扉がある。

 

それらの扉にはプレートがつけられており、それぞれ『専属』『湿度』『スピカ』の文字がかけられていた。

 

ワケがわかんないよ

『専属』?『湿度』?『スピカ』?

 

扉につけるには合わない単語たち

 

ワケわかんないのはそこだけだけじゃない。

そもそも、こんな部屋にボクが来た覚えはない。

ボクはぼんやりとした意識を手繰り、思い出す。

 

この部屋で目を開ける前の記憶は、確か入学式を終え、初めての寮生活が始まり、同室となったマヤノトップガン……そういえばマヤノって呼ぶことにきめたんだっけ

そんなマヤノとおしゃべりして、好きなこと、夢のこと、憧れのことを話しながら眠った記憶がある。

 

つまりこれは…

 

「夢ってこと…?」

 

ボクがそう呟くと、ぼんやりとしていた意識がはっきりした。

それと同時にこれが夢だとボクははっきり認識できた。

 

そういえば眠る前にマヤノトップガン…マヤノが言っていた。

夢の中で夢と認識できる特別な人がいることを。そしてそんな人は夢を自由に作り変えることができるのだと。

 

『だからマヤは夢でブーンって飛ぶの結構好きなんだぁ〜』

『時々指をパチンって鳴らして風景を変えたりしながらね』

 

そんな事を言ってたっけ

 

つまり、ボクもまたその特別な人間なのだろう

 

「まぁ、テイオー様ならこんな事、お茶の子さいさいだね」

 

ボクはそう自慢げにふふんと息を鳴らすと、こんな辛気臭い部屋をもっといい部屋にするべく指をパチンと鳴らした…

……パチンと鳴らした

………あれ?

「あれぇ?なんで…?」

 

いくら変えようとして見ても夢が変わらない。

 

…どうやら、認めたくないけれど、ボクはまだ未熟で夢を思い通りに変えることができないらしい。

 

「む〜」

無性に悔しくて、つい唸ってしまう。

 

まさかトレセン学園に入って、最初のつまずきがこんな事だとは思いもしなかった。

だけどいくら唸っても状況は変わらない。

 

はぁとため息をつき、ボクは3つの扉を再度見る。

 

 

……なんとなくだけどわかってはいた。

夢だと認識した時、この3つの扉を開けなければこの夢は終わらない事を。

 

なんでトレセン学園に入学して初日からこんな目に合わなければならないのだろう?

そんな陰鬱とした気持ちがボクの心に浮かぶけど、ボクは両手で頬をパチリと叩き気合を入れた。

 

いくら鬱々としてもしょうがないし、そんなのボクらしくない

ボクは無敗の三冠バになるトウカイテイオー。こんな事で怖気付くわけがない。

 

早速ボクは一つ目の扉「専属」を開いてみることにした。

 

さて、部屋の中に何があるんだろう…?

 

 

 



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テテ

「…ほぇ?」

 

「ありゃ…?」

 

扉を開けると、そこは入学時学校見学で見たトレーナー室であった。

だけどボクがびっくりしたのはそこじゃない。そのトレーナー室には僕がいた。

暇そうにパイプ椅子でくつろいでいる僕がいたのだ。

ぱっと見僕とどこも違いがわからない僕が……いや、よく見たら違う。

ボクよりも体が、アスリートとしての肉体が完成しているように見える…

 

「君は…僕?」

「君こそ…ボク?」

 

互いに同じ言葉を聞いてしまうけど、ボクはなんとなく確信があった。

 

この目の前の僕は……未来のボクだ

多分未来のボクも気がついたのだろう。何か納得したような顔をしている。

 

「あ〜もしかして過去の僕?」

「そっちこそ、君。未来のボクだよね?」

 

やっぱり向こうの僕もわかってた。

…ってこれってどういう事?タイムスリップ?未来視?それともボクの妄想?

 

ボクは頭を悩ませるけど、目の前の僕はそうじゃなかった。

 

「なるほど〜。つまり無敗の三冠バであるこのテイオー様に過去のボクが助けを求めて来たってわけだね!!わははー!!」

 

未来の僕が偉そうにない胸を張って……って!?

 

「無敗の三冠バ!!?」

「そうだぞ。ワガハイは1度も負けずにクラシック三冠どころか春シニア、秋シニア三冠をとった無敵のテイオー様だぞぉ!!」

 

そう未来の僕はふふんとボクに告げる。

 

聞く人が聞けば嘘のような話。無敗でクラシック、シニアの三冠をとるウマ娘なんて物語の中でしか聞いたことがない。だけどボクにはわかる。ボクだからこそ、目の前の自分が嘘を言っていない事を。

 

この精神はボクと変わらないように見えるけど肉体が完成しているこの僕はそんな夢物語を達成したのだ

 

ボクの羨望の視線に気がついたのか、未来の僕はさらに自慢げに告げてくる。

 

「しかも、つい先日URAファイナルズも優勝し、桐生院とミークとの因縁に決着をつけたのだー!!」

 

…URAファイナルズ?

 

「ちょ、ちょっと待ってよ未来の僕」

 

僕は聞き慣れない単語を聞き、自慢げに語り続ける未来の僕の言葉を止める

すると未来の僕は、ニコニコと笑いながら応じてくれた。

 

「ん〜?なんぞよ?」

 

「URAファイナルズって…何?」

 

未来の僕が固まる

ニコニコとしていた表情がまるで石像みたいに固まっちゃった

 

ちょっと面白いけど、続けてボクは未来の僕に質問を続けてみた。

 

「ミークってだれ?」

 

「ほぇ!?」

 

「桐生院ってなに?」

 

「うぇ!?」

 

未来の僕が次々に表情を変えていく。

そして最後にはポカンと口を開けて惚けていた…なんかアホっぽい

 

あ、動いた

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!!URAファイナルズだよ!入学式の時に理事長が言ってたじゃん!!」

 

「言ってないけど」

 

「ミークだよ?あのハッピーミークだよ!?同級生でどこにでも走れる万能ウマ娘の!トレーナーのライバルで友達の桐生院の担当ウマ娘の!!」

 

「…?」

 

「うっそぉ…」

 

未来の僕が頭を抱えている。

 

だってしょうがないじゃないか、URAファイナルズもハッピーミークも桐生院も聞いたことがない。

それに…

 

「トレーナーが付いてるんだね。てっきり一人かと思っちゃってたよ。やっぱりトレーナーって必要なんだね」

 

ぽつりと僕はつぶやいた

 

「……え?」

 

すると未来の僕は愕然とした表情で、信じられないものを見るかのような目でボクを見て来た

 

……何だよぉ

 

「え、ちょ…ボク…トレーナーいないの?」

 

「…?そうだけど…?」

 

ボクはそう返事を返すけど、僕の視線は変わらない

そんな目で見るなよぉ

君もボクなら気持ちわかるでしょ?

 

そしたら未来の僕が突然、ボクの肩を掴んで揺さぶり始めた。

 

「だ、だ、だめだよ!!トレーナーがいないと勝てないよ!!」

 

「え?でも無敵のテイオーなら…」

 

「トレーナーあっての無敵のテイオー様なの!!」

 

未来の僕がガタガタと揺らしてくる。

うわわわわ、そんなに揺らさないでよ

 

「やだ!やだ!!僕じゃないボクが負けるなんて許せない〜!!僕は無敵のテイオー様だぞー!!」

 

そう言って未来の僕が駄々っ子のように、バタバタと床に寝そべり手足をばたつかせ始めた。

 

……これが未来の僕なのかぁ

なんか気持ちがガックシと落ちた気分になっちゃうよ…

でも、これでクラシックシニア三冠で無敗なんだよね……

 

それを認識してしまうとボクは、なんかそんな未来の自分の姿に、落胆と希望を混ぜ込んだような視線で未来の自分を見るしかなかった……

 

あ、シニアが終わってるってことは3年経ってるってことだから…

3年たってもこの体型かぁ…

 

 

 

数分後

未来の自分を落ち着かせ、二人で自身の経歴を話して見たところ、一つのことがわかった。

どうやら、この未来の僕がいる世界は、少しボクのいる世界と違うらしい。

この未来の僕は入学後すぐに専属トレーナーと出会い、契約して共に切磋琢磨し、トゥインクルシリーズを走り抜いたらしい。

そしてその間にトレーナーの友人にしてライバルの桐生院葵という、こっちの世界にはないと思う名門トレーナー一族である桐生院家の一人娘とその愛バであるハッピーミークという向こうでは僕の同級生であるウマ娘と戦っていたらしい。

 

ボクとしては、ほぇ…としか言いようがない

URAファイナルズもハッピーミークも聞いたことがない。それにボクの入学式はそんなトレーナーと出会いすらしなかった。

その事を未来の僕に言うと、全てが終わってしまったかのような絶望した表情で床に倒れ伏せてしまった。

ぐったりしているその姿は、しなびたナマコのような、力のない姿だった。

 

「そんなにトレーナーって必要なの?」

ボクは今にも気絶しそうなほど青い顔の僕に聞いてみた。

 

正直トレーナーなんて、日程やトレーニンングメニューさえ作ってくれれば誰でもいいと思っているボクとしては、同じ存在である未来の僕がここまで絶望していることが奇妙に見えていた。

 

すると未来の僕は突然起き上がり、きりりとした表情で僕に人差し指を突きつけてきた。

 

「ぜ〜〜〜〜〜たいっ!!必要!!」

大声で僕はそう言うと僕を叱るように話を続ける

 

「トレーナーが僕のために必死にトレーニングメニューを作ってくれたから、僕はここまで強くなったの!」

 

「それってトレーナーなら誰でも…」

 

「ちっっっっがう!!僕のトレーナーが僕のためだけに僕だけをみて作ったトレーニングメニューだからこそいいの!!」

 

「…??それってボクのトレーナーなら当然なんじゃ…」

 

「当然じゃない!!」

 

ボクの疑問を遮るように僕は言い切る。その表情はどこか怒っているようにも見えるが、ボクの知るどのボクとも違う表情だった。

 

僕は言う

「僕が信じた、僕を信じる人のトレーニングだからこそ、僕はそのトレーニングを必死で取り込むことができる。トレーナーが僕の夢を信じ、ともに目指しているから、僕は夢をつかめた。三冠…いや、どのレースでも一人で勝てるほど、ターフの戦いは甘くない。トレーナーが僕を信じて、僕がトレーナーを信じていたから、僕は無敗の三冠バ、無敵のテイオー様なんだよ!」

 

僕はそうボクに言い放った。その言葉は嘘偽りがなく、僕の確信を持った心からの言葉だった。

 

ボクは目の前の僕を精神年齢は同じだけど肉体が完成したボクだと思っていた。

だけど違う、それだけではない。

この僕は、共に同じ夢を歩む人を見つけれたのだ。

だから僕はあんな…あんな何かを、夢を、トレーナーを信じている表情をして僕を怒ったのだ。

僕だけじゃない、共に夢を追った人を侮辱するような言葉を吐いた僕に怒ったのだ。

 

それが同じ存在だからこそ、ボクは僕を理解できた。

 

だけど……

 

「う〜ん…何と無くわかるけど、今の僕にはわからないや」

 

そう、ボクはその信念をまだ実感できない。

僕が間違った事を言っていないのはわかる。だけどそれをボクは心から信じることができていなかった。

それはそうだ、なぜならボクは体験していないからだ。

はたしてその僕の信念が、ボクに適用されるのか…それで僕が強くなれるのかわからない

 

「うーん…」

僕が頭を抱えて悩み始める。

 

 

…まぁ仕方がない事だ。

おんなじボクとはいえ、色々と違うことはお互いの話でなんとなくわかった。

 

だが、それを僕は納得がいかなかったらしい

 

 

「なら…」

 

「なら…?」

 

「なら、勝負だ!!」

 

そう僕が言った時、周囲の光景が一瞬にして変わった。

 

トレーナー室からトレセン学園の練習用ターフへと、いつの間にかボクと僕は瞬間移動していた。

 

変わったのは光景だけではない。

服も変わっている。

ボクの服装は、寝間着から体操服に、そして未来の僕の服装は勝負服へと変わっていた。

その服装は赤を基調とした、ヘソ出しどころか腹出しの活発な冒険者風、まるで不死鳥を思わせるような勝負服であった。

 

これが、この未来の僕の勝負服なのか…

 

「じゃあ、スタートは『位置について、ヨーイ…ドン!』でいいよねボク」

僕がレース前の準備運動をしながらそう言ってニヤリと笑う

 

その表情はすでに勝ちを確信とした生意気な笑みであり….ボクを完全に舐めきった笑みだ

…あったまきた

たとえ未来のボクとはいえ、そんな笑みを向けられたらボクも黙ってはいないよ

 

「へ、へへ〜ん。ここでボクが勝ったら、僕が無敵のテイオー様だね」

 

ボクも同じく準備運動をしながらお返しにニヤリと笑い僕に視線を向ける。

 

だけど、僕はポカンと口を開けていた。

まるで何を言っているのかわからないかのように

 

「…?勝てないよ?」

 

「そんなのやってみないと…」

 

「勝てないよ?」

 

僕の疑問符が耳に入る。その声は僕が何を言おうが声色が変わらない。まるで当たり前のことを言っているように言葉を続ける

 

「だって僕は無敵のテイオー様だよ?」

 

僕が言い聞かせるようにボクに語りかける。

当然のことを教えるように…

 

「え…あ…」

 

何…この僕…本当にボクなの?

そんな考えが頭に浮かぶ。

 

この目の前の僕は負けを考えてもいない。

それどころか負けるはずがないと確信している。

 

もしかした『負ける』という事柄が頭の辞書にないのかもしれない

 

これが…これが、トレーナーと共にトゥインクルシリーズを走り抜き無敗であった僕なのか。

 

「じゃあ、始めよう…準備はいいよねボク」

そう言って僕が…いや無敵の帝王が構える。

 

ああ…嫌でもわかる。ボクだから…自分だからこそ分かる。

目の前の僕はボクの肉体としての一つの完成形だ。精神年齢は同じぐらいだけど、体はボクの極地の一つだ。

 

絶対負ける。

カイチョーと模擬レースをする前と同じ感覚がボクを襲う

 

絶対に負けるレース

結果がわかりきったレース

 

 

…だけど

 

「まけても吠え面かかないでね!」

 

ボクはそう言い、僕と同じように構えた

 

ここで逃げたら、ボクは無敵のテイオーになることはできない。

ここで諦めたら、ボクはトゥインクルシリーズを夢を走り抜けることができない

 

ボクは絶対にカイチョーのようなウマ娘になるんだ!!!

 

 

そう意気込み、ボクは正面を見てスタートの合図を待つ。

 

 

すると、クスリと横から笑い声が聞こえた

 

ふと、横を、未来の僕を見る

 

未来の僕は笑ってきた。

まるで何かを思い出すかのように、懐かしむように笑っていた。

 

「うんうん。それでこそ、ボクだよ」

 

無敵の三冠バはそう言い、スタートの合図を声にするために息を吸い込む。

 

 

相手は、カイチョーと同じ…もしかしたらカイチョーを超えるかもしれないベテランウマ娘。

対して僕はまだデビューも決まっていなく、本格化も始まっていないウマ娘。

 

「位置について」

 

下バ評は考えるまでもないだろう。

だけれど…

だけれど……!!

 

「ヨーイ」

 

 

ボクは勝つ!!

 

「ドン!!」

 

ボクはその声を聞くと共に、足を踏み出し…

 

 

「むぎゃ!!」

 

 

白い部屋の壁にぶつかった

 

周囲を見渡すと、そこにはボクしかおらず、無敵の三冠バの姿はない。

 

いざ勝負と、戦おうとした瞬間ハシゴを外されたようなこのモヤモヤとした気分

 

ボクはぶつけた頭を涙目で抑えながら、このモヤモヤを発散する意味も兼ねて叫ぶしかなかった

 

「わけわかんないよー!!!」

 

 



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テテテ

服装は寝間着に戻っている。そして今いる場所は最初の白い部屋。

そんな部屋の中心で、ボクはため息を吐いた。

あの『専属』のテイオーと勝負が始まった瞬間、ハシゴを外されたらたまったもんじゃない。あの勝負はボクが負けていたかもしれないけれど、絶対に糧となる戦いだったはずなのだ。

 

すぐにでも再戦したかったけれど…

ボクはそう思い扉を見る。

 

そこには扉が二つしかなかった。

 

「一回入ったら終わりなんて聞いてないよぉ…」

ボクは文句を言って見るがもちろん返事はない。

 

あの未来の僕、『専属』の僕はすごかった。あれはボクの理想の一つだ。夢の到達点だ。ボクもあんな力が欲しい。

だけれどそのためには『トレーナー』が必要であり、しかもその『トレーナー』はただのトレーナーではなく、共に夢をカケルことができるトレーナーが必要だとあの僕は言っていた。

 

…うーん

でもまだボクにはそれが実感できなかった。

 

う〜む……

……あーもう!!!

 

これ以上考えていてもしょうがない。

うじうじ考えるのはボクらしくない!!

 

早速ボクは残りの二つの扉の前に立った。

残りは『湿度』と『スピカ』

 

『専属』は専属トレーナーがついた僕がいたから『専属』とかかれていた。

だけど…『湿度』?『スピカ』?

 

湿度やスピカがついている僕ってなんなんだよぉ…

わけがわかんないや…でも、扉を開けなきゃこの夢は終わらない。

ボクは意を決して『湿度』のドアノブを掴み、そして開いた。

 

 

 

「ふふふ〜ん♪」

 

「…うぇ」

 

そこにはやっぱり僕がいた。扉の先はボクとマヤノの部屋。その部屋で『湿度』の僕が上機嫌に鼻歌を歌いながら、ベッドに座り楽しそうに洋服を選んでいる。

そんな僕の周りにはいろんな雑誌が開かれたまま置かれ、そんな雑誌の見開きには様々なスポットの紹介や最近はやりのコーデがかかれている。

 

なんというか…その姿はキラキラしていて、まるで恋する乙女のようだ。

 

「あれ…?」

未来の僕がやっとボクに気がついて首を傾げている。

 

「えーと、君が未来の僕…だよね?」

一応聞いてみる。

 

すると未来の僕は少し悩んだ後、合点がいったようにポンと手を打った。

「なるほど、君もボクなのか」

 

やっぱり同じ存在だからなのかもしれないけど、詳しく話さなくてもわかるものらしい

 

…それにしても

 

「僕…なんか変わった?」

 

ボクは未来の僕に疑問を投げかけてみる。

『湿度』の僕は『専属』の僕とはまた違う変化をしていた。

 

髪や尻尾の手入れやセットは完璧、お肌はつやつや、選んでいる洋服もおしゃれなものばかり。

肉体も『専属』の僕に劣るもののアスリートとして完璧に近い体。

 

そして何より、なんと言うか…大人の魅力を感じるのだ。

それは化粧や洋服のせいじゃない。言葉にするのは難しいけれど…雰囲気がキラキラしてる。

 

そんなボクの視線に気がついたのだろうか。『湿度』の僕は微笑ましいものを見るような笑みを剥けてきた。

 

「女の子はちょっとしたきっかけで変わるものなんだよテイオーくん」

ふふんと、自慢げに語る彼女はウインクしながら可愛らしく微笑む。

そんな可愛らしい笑顔でも、どこか色気を感じさせ、同じ存在のはずのボクは混乱してしまう。

 

誰だよぉこの僕…本当にボクなの……?

 

そんな考えがボクの頭のなかを走り回る。

 

…いや、本当にだれ?体型変わってないけど、こんな大人っぽくボクなれるの?

 

ボクが目をグルグルしながら混乱していると『湿度』の僕はポンポンと自分の横を叩いた。

多分横に座れって事なんだと思う。

 

ボクは促されるまま『湿度』の僕の隣に腰掛けた。

 

すると僕が微笑みながら語りかけてきた。

 

「君は…まだ恋をしていないんだね?」

 

「…!?」

 

こ、こここ…恋!?

 

「な、何をいってるの僕!?こ、恋なんて…!!?」

 

 

「僕は恋してるよ」

 

「ぴぇ!?」

 

「恋のダービーまっしぐらだよ」

 

「ぴぃ!!」

 

『湿度』の僕が楽しそうに話していく。

 

こ、こここ恋だなんて!!

 

ボクがあたふたしていると、僕が可笑しそうに笑いまた口を開いた

 

「その様子だと、そっちの僕はまだトレーナーに会ってないんだね」

 

そう語る『湿度』の僕はどこか蠱惑な笑みを浮かべて言う。

 

「と、トレーナー…?」

 

思わず言葉が口に出てしまった。

またトレーナーだ…多分この僕も『専属』の僕と同じようにトレーナーによってこうなったのだろう

 

すると、『湿度』の僕は突然僕の手を掴み顔を近づけて来た!

 

「そうだよ!!トレーナーだよ!!!」

 

「うぇ!!?」

 

思わず変な声が出るが、目の前の僕はかまわず早口言葉のように喋り始めた

 

 

「そう僕はトレーナーに恋してるの!!トレーナーは僕の事をなんでも知ってるんだ!!」

 

「な、なんでも…?」

 

「そうなんでも!!ちょっと僕が調子が悪い時も、気合い入れてリップを塗った時も、恥ずかしくてバレンタインのチョコを渡すのに躊躇していた時も、こっそり合鍵を作った時も。な〜んでも気がついてくれる!!」

 

「あ…うん…」

 

「それだけじゃないよ!いっつも僕の為に色々してくれるの!!」

 

「色々…」

 

「そう!色々!!僕の為、僕だけのためにトレーニングスケジュールを作ってくれて、僕のわがままを聞いてくれて、時には僕の事を考えて僕の事を叱ってくれるんだ!!」

 

「ボク…のためだけ?」

 

「違う!!僕のため!!!時々他の子に目移りしちゃうけど、いつもテイオーだけ見てるって言ってくれるんだ!!!」

 

「あ…はい」

 

ボクはただ頷くことしかできない。目の前の僕は目をキラキラ…いや、キラキラじゃないなんか淀んでいるような…

 

「君もトレーナーと出会ったら、僕と同じようにトレーナーを!!……トレーナーを……僕の…トレーナーを……」

 

「え?ちょ、ちょっと待ってよ!突然テンション落とさないでよ!!」

 

突然テンションが急落し、何か自問自答するようにブツブツと喋り始めた『湿度』の僕にボクは驚く

 

いや、驚くと言うか…怖い

 

何か嫌な予感がして、このまま置いておくとよくない事が起こると僕のウマソウルが告げてくる。

 

「え、えっと、君もトレーナーのおかげで成長できたんだね」

 

そんなボクの言葉にうつむき始めていた『湿度』の僕の耳がピクリと動き顔を上げた

 

「君も…?」

 

「…うん、実はさっき違う未来の僕と会って来たんだ」

 

そうボクは言い、『湿度』の僕にさっきまでの事を全部話し始めた

 

 

 

数分後

 

「そっかー、そんな未来もあるんだね〜」

 

『湿度』の僕は、ボクの話を時々首を傾げていたが、最後まで聞き終わり、感心したようにうらやむようにそんな言葉を吐露した。

 

 

「その言い方をするってことは…」

 

「うん。ボクは三冠を差し切って取ることはできたけど無敗じゃない。それどころか怪我で途中で引退しちゃったんだ」

 

「…嘘」

 

「本当だよ」

 

ボクの言葉に僕は寂しそうに答えた。

 

どこかで負けてしまったどころか、怪我で引退。

それは今からトゥインクルシリーズを走り始めようとしているボクにとってはとても怖い言葉。

 

一つの夢は叶えど、もう一つの夢は破れ、そして怪我で途中引退するなんて恐怖でしかない。

それは目の前の僕にとっては実際に自分に起こった事で、その絶望は計り知れなかった事だろう。

 

どんな言葉を目の前の僕に言えばいいのかわからない。

えっと、その…と僕が言葉を選んでいると『湿度』のボクはクスリと笑った。

 

「気にしなくてもいいよもうひとりの僕。引退することになったのは辛いけれど、僕にはトレーナーがいるから」

 

そう言って僕はボクの頭をポンポンと撫でて来た。

 

この未来の僕のその声色は落ち着いており『トレーナー』を信じている声色で、その行動はママがボクを落ち着かせる時にするような仕草で…

この僕が『トレーナー』のおかげで、無敗になれなくても、怪我で引退しても、乗り越えて来たのがわかるようであった。

 

「トレーナーがいたから、乗り越えられたの?」

 

「そうだよ、怪我して走れなくなった僕をトレーナーが元気付けてくれてね。僕もがんばらなきゃって…」

 

そう語る引退バは懐かしむように慈しむように言葉を紡いでいく

 

「それだけじゃなくてね。僕と同じぐらい、もしかしたら僕以上にトレーナーが苦しみ泣いていたんだ…僕のためにね……その時気がついたんだ。ああ、この人はもう僕であり、僕もこの人なんだなって」

 

 

そう喋る僕の表情に過去へのトラウマや苦しみはない。

それとは逆に楽しい思い出を語るように微笑んでいる

 

「だから、もし夢を途中で諦めるしかなくなっても…隣にいてくれる人がいるなら、そこは終わりじゃないんだよ」

 

どこかじっとりとしながらも、ボクにそう彼女は伝えてくる。

もう、この僕にとって負けたことも引退したことも乗り越えて来た過去のことなのだろう

 

それをボクは感じ取る

もう苦しんでなくてトラウマでないなら、一つ聞いてもいいかなっと思い、僕に聞いてみることにした

 

「……どこで僕は負けたの?」

 

そんなボクの問いに、僕は懐かしむような表情で答えてくれた

 

「春の天皇賞だね」

 

「そっか…」

 

僕はその言葉を聞きちょっと落ち込む。

 

目の前のこの僕が弱くないことはボクだからこそ、一目見てわかる。

むしろ『専属』のテイオーには劣るとはいえ、かなりの実力を持った強いウマ娘のはずだ。それはクラシック三冠を獲っていることからわかる。

 

でもそんなウマ娘でも負けるときはあるのだ。レースに絶対はない。どこかで聞いたことがある言葉。絶対なんてターフの上ではありえない言葉なんだろう。

 

「誰に負けたの?」

ボクは、『湿度』の僕を倒したウマ娘が気になり聞いてみることにした。

 

だけど未来のボクは人差し指を口に当て言った

「シー。それは秘密だよ」

 

「えー!!」

 

「だって先に教えちゃったらマックイーンに申し訳ないよ」

 

「…マックイーン?」

 

「……あ」

 

未来のボクはやってしまったという顔をする。

 

ほほ〜ん

 

「なるほどなるほど〜そのマックイーンっていうウマ娘に負けたんだね〜」

 

ボクはそう言いウムウムとうなずいた。

この夢から目を覚ましたら、さっそくそのマックイーンってウマ娘をチェックしなきゃ…って

 

「え?どうしたのさ?」

 

未来の僕がポカンと口を開け…さっき『専属』の僕がしていた驚いていた表情と同じ表情をしていた。

 

「えっ…と。もしかしてマックイーンの事しらないの?」

 

「…?知らないけど」

 

「え〜…入学式の時に会って同級生になったでしょ?あのメジロ家のマックイーンだよ?」

 

「???」

 

「うっそぉ…みんな噂してたじゃないか。あのメジロ家の優秀なウマ娘がきたって」

 

う〜ん

そう僕がボクに聞いてくるけど、さっぱり思い当たらない。

そんな子いたっけ?

 

「えっとメジロ家はわかるよね?」

 

「それはわかるよ」

 

ウマ娘の名家であるメジロ家を知らないトレセン学園の生徒はいないだろう

 

「ならマックイーンは?」

 

「う〜んわかんないや」

 

ボクがそう言うと、僕はなに訝しむように考え始めた。

なんだよぉ。嘘は言ってないぞよ?

 

 

深く考えを巡らせる『湿度』の僕の姿は、『専属』の僕よりもどこか大人びて見えた。

体格はそう変わりないのにそう見えるのは、彼女の表情や雰囲気のせいなのか。それとも夢に躓いたことによって大人になったのかわからない。

もしかしたら恋のおかげかも…ってなんか恥ずかしい!

 

 

「あ…」

 

すると何か気がついたかのような声を『湿度』の僕が口にした。

 

何かわかったの?と聞いてみると、僕はちょっと悩んだ後答えてくれた

 

「さっき『専属』の扉の僕と会った時の話を聞いた時に気になっていたことなんだけど…」

 

「それがどうしたの?」

 

「カイチョーと模擬レースをする前と同じ感覚って言ってたよね」

 

「うんそうだよ?」

 

「その模擬レースはどこでやったの?その時の服装は…?」

 

「え?そりゃあ、トレセン学園の練習場でトレセン学園の体操服でだよ?」

 

「その服装でカイチョーと模擬レースをやったんだよね?」

 

「そりゃもちろんだよ」

 

ボクがそう答えると、僕はズイっと顔を突然近づけて来た。目の前に映る『湿度』のボクの瞳はどこかじっとりとしていて暗い瞳を…ってなにこれ怖い!怖い!!

 

そう思ってボクはつい視線を逸らすけど、僕の質問は止まらない。

 

 

「…それっていつ?」

 

「…え?」

 

「いつ勝負したの?君の今日は入学式の日なんでしょ?なら入学式の日に勝負したの?カイチョーその日絶対に生徒会長の仕事が忙しくて模擬レースなんてできないよね」

 

「そりゃそうだよ、その日会長忙しそうだったもん」

 

「ならいつ勝負したの?トレセン学園の練習場はトレセン学園の生徒しか使えないはずだけど」

 

「それは…」

 

ボクはここで言葉を途切れさせた

 

……確かにボクはいつカイチョーと勝負したんだっけ?入学式の日じゃないのは確か……ってあれ?

 

入学式ってどんな式だったっけ?カイチョーがなにかイイ話をしていたのはボンヤリ覚えているけどそれ以外がモヤがかかったように何も思い出せない。

 

だけど日カイチョーが忙しそうだったのは確かで、その日に模擬レースをする事はないはず…

 

なら入学式より前?

 

…それこそありえない

あの時ボクはトレセン学園の体操服を来ていたし、トレセン学園の練習場で模擬レースをしたはずだ。

練習場はトレセン学園に入学しないと絶対に使えない。

カイチョーはボクのわがままをよく聞いてくれるけど、学校の規則を破るわけがない

 

 

 

…なら、ボクはいつカイチョーと模擬レースをしたの……?

 

あれ…?なんだか頭が混乱してきた

クラクラするし目の前がチカチカする

…それに、どこからか音が聞こえて来た

 

これは……電子音と誰かが泣いてる……

 

 

 

 

 

 

「どっかーん!!!!」

 

「わひゃぁ!」

 

突然耳元で大声を聞かされボクは体を跳ねさせた

 

横を見るとクスクスと『湿度』の僕がいたずらが成功した時のような笑みを浮かべていた

 

「な、なんだよぉ!びっくりさせないでよ!」

 

ボクが怒るけど、『湿度』のボクは反省していないようにまるで子供をあやすように返事をしてくる

 

「ごめんごめん…ちょっと詰め寄ったから怖がらせちゃったかなって思ってね」

 

「怖がってなんかないよ!」

 

「あれ?でもボクがこうやって詰め寄ったら…」

 

そう言いながら僕がまた、ハイライトが消えた瞳で僕に視線を向けながら……って

 

「やめてよ!なんでそんな表情が作れるの僕!?なんかじっとりしてるよ!!」

 

ボクはそう言い後ずさりして僕から離れる

僕はそんなボクをみてクスクスと笑う。

 

「トレーナーと暮らしてたら、いつの間にかできるようになってたんだ」

 

「トレーナーと暮らしてたらって、一体どういう時にそんなのつかうの!?」

 

「そりゃ…トレーナーが僕以外の子を見たり…僕以外の子と会話したり…僕以外の子にアドバイスをしたり…僕以外の子を話題に出したり………なんで?どうしてトレーナー…僕以外の子を気にかけるの?………ねぇ、どうして?」

 

「怖い!怖い!怖い!」

 

瞳のハイライトが消えブツブツと呟き出した『湿度』の僕から思わず距離を取る

 

この僕は『専属』の僕よりも大人な、精神年齢が高い僕だなと思ってたけど、違う…

この僕、今の僕よりも独占欲が凄い!というかなんかトレーナーの事になるとジメってしてる!?

 

トレーナーの事を語り始めた時やあの瞳を見た時、あれっ?って思ったけど…やっぱりちょっと…いや、かなり怖い!!

 

未だ自問自答している『湿度』の僕の様子を伺いながら、ゆっくりとドアへと僕は足を進めていく

 

このままここにいたら危ないと、ボクの心のなかのカイチョーが叫んでる

 

 

するとまた、「あ…」という何かに気がついたような『湿度』の僕の声が聞こえ…視線があった。

 

「ぴぇ…」

 

思わず小さな悲鳴が口から漏れる

僕が暗い瞳でボクをじっと見つめていたのだ。悲鳴をあげるのも無理はないでしょ…

 

そしてそんなボクを見つめながら『湿度』の僕は口を開いた

 

「そうだ…ボクに僕のトレーナーを取られる前に白黒つけよう」

 

「なんで、そうなるの!?」

 

ボクの口から悲鳴とも言える抗議の声が吐き出される

 

「だって…君が僕って事は、僕と同じようにトレーナーに出会って『僕』のトレーナーを、ボクが好きになって捕まえようとするって事でしょ?」

 

「わけがわからないよー!!」

 

こんなところにいられない

ボクは慌てて部屋から逃げようと、座っていたベットから床に飛び降りた

 

 

バシャン

 

足元から水音が聞こえる

 

ターフの感触が足の裏、靴底を隔てて感じ取れる。

 

あれ?と思いあたりを見渡すといつの間にか周囲の光景は変わりボクの服装も体操服に変わっていた。

ここはトレセン学園のターフ。『専属』の僕と勝負しようとした時と同じ場所。

 

違うのは天気と場の状態。

天気は雨、場は重バ場

 

そして『湿度』の僕の服装も変わっていた。

 

青を基調としたドレスのような勝負服。

『専属』の僕の勝負服が冒険者のような服ならば、こっちはウエディングドレスのようなどこか大人の色気を感じさせる服装。

 

そしてそんな服を着る『湿度』の僕は……めっちゃ重い空気をまとっていた。

それは雨に濡れた青いドレスだけが原因ではない。

まるで引き摺り込むような、決して逃さないというようなじっとりした念を纏っている。

 

こんな存在に後ろから追われたらまともな走りができるわけがない。コンディションがぐちゃぐちゃにされてしまう。

 

これが、三冠を差し切った帝王の姿。

 

ボクの一つの未来

 

 

「じゃあ、スタートは『位置について、ヨーイ…ドン!』でいいよねボク」

 

『湿度』の僕が『専属』の僕と同じ事を言う

 

『専属』と違うところは、その表情が…真顔で瞳が暗いってとこ…

 

「えっと…勝負するのはイイけど…勝負するだけだよね?なにか罰ゲームとかそれ以外の目的があるとか…えっと、つまり、ボクが負けるとひどい目にあったりしないよね?」

 

一応、念のため、ボクは彼女に聞いて見る

 

すると『湿度』の僕は真顔から笑顔で…って目が笑ってない…そんな笑顔で答えてくれた

 

「そんなのはないよ。ただ普通に勝負するだけ…ボクが刺し斬るだけだよ」

 

「…今、『差し切る』のところ発音おかしくなかった?」

 

「そうかな?僕ワケワカンナイヨ」

 

「嘘だ!!!絶対『差し切る』じゃなくて刺して斬るだった!」

 

「刺して斬るだなんて…そんなのこの小刀でやらないよ」

 

そういって『湿度』のボクが懐から小刀を取り出す

ボクは迷わず悲鳴をあげる

 

「なんでそんな危ないもの勝負服についてるの!?」

 

「ライスだって勝負服についてるし」

 

「わけわかんないよぉー!!」

 

ボクは手足をジタバタして抗議するが、僕はクスリと笑うだけで答えてくれない

 

このままだと刺し斬られる!

そんな恐怖から、どうここから逃げるか頭を働かせるが…

 

「位置について…」

 

『湿度』の僕は止まらない

 

「え、ちょっとまって!」

 

 

「ヨーイ…」

 

ダメ!!待ってくれない!!

え?このまま走る?

 

いつものように先行で?

でもこんな重い空気を当てられてまともにボク走れるの・・??

 

追いつかれたら刺して斬られるかもしれないんだよ???

 

そんな思考が頭を瞬時に駆け巡るが、時間がない

 

 

そしてボクは、わけがわからないまま、構えた

 

こんなところで…こんなところで……

 

 

「ドン!!」

 

「刺されてたまるかぁぁぁぁむぎゅ!!」

 

 

 

そしてボクは白い部屋の壁に激突した

 

 

 

 

 

 




前を見ても隣を見ても
そして念のために後ろを見ても

そこにボクの姿はない

「ちょっと怖がらせすぎちゃったかな?」

よく無意識にトレーナーに向けてやってたら、いつの間にか故意にできるようになっていた瞳のハイライト消しを元に戻し僕はクスクスと笑った


レースが始まったら消える事はなんとなくわかっていた。
ちょっと残念だけどここはそういう夢なのだろう。


そしてこの夢の目的は…

「『無敗の三冠バであるこのテイオー様に過去の僕が助けを求めて来たってわけだね!!わははー!!』っかぁ。もう一人の僕、無敵の九冠バは言うことが違うねぇ。直感でわかったのかな?」

僕はそう呟き、過去のボクが言っていた『専属』の僕の言葉を復唱した。


なんでこんな不思議な事が起こってるのかわからない。
というかそもそもウマ娘なんてわからないことばっかりだ。
見えない友達、シラオキ様、未確認飛行物体、突然現れるゴルシ温泉旅館、発光するトレーナー
いちいち考えても仕方がない。

でも、この夢はあの過去のボクのための夢なのだと言う事はわかる。
そして過去のボクがどうなっているのかもある程度推測できる。
これもトレーナーのために日々知恵を絞っている賜物だ。

そして推測できるからこそ、僕は伝えたい事を全部伝えたからボクをさっさと次の僕へと送り出したのだ


「ま、トレーナーを取られるわけじゃないなら幾らでも協力するけどね…でもまぁ、時間があまりない事ぐらい先に教えてくれてもいいじゃないかなぁ?」

そうぼやいて見るが、これを起こした誰かからの返信はない。

ま、わかってた事だけどね

「じゃ、やることやったし。僕はちょっと好きにさせてもらうよ」

そう言って僕はターフを一人で走りだす。
もう怪我で、骨折で走れなくなっていたと思っていたターフを走る。

これは夢だ。現実ではない。
だけど、それはとても気持ちよく。


ちょっと目から雨粒がこぼれ落ちた。




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テテテーテ

助かったといえばいいのやらなんとやら

ボクはホッと一息をつきながら座り込んだ。

 

確かに三冠バである『湿度』の僕と勝負できなかったのは残念で仕方がない。

だけど、もしあのまま勝負していたら……

………ううぅ、これ以上考えるのはやめておこう…

 

でも、まぁ、それは置いておいて…

 

ボクはそう思い、視線を扉に向けた。

 

そこには最初は3つあったはずの扉が一つしかない。

 

『スピカ』

 

そう書かれた扉は、ボクが開けるのを待つかのようにそこに存在していた。

 

 

それにしても『スピカ』とはなんだろう?

 

『専属』は専属トレーナーがついた無敵の僕だった。

 

『湿度』はなんかジメッとした雰囲気を時折醸し出す僕だった。

 

なら『スピカ』は…キラキラした星みたいな雰囲気を出せる僕…?

 

「いや、さすがにそれはないかなぁ…」

 

ボクはそう独り言を言うがもちろん返答はないし、答えは見つからない。

 

ならその答えはどう見つけるか。

 

それはいたって簡単。

 

「じゃ、開けよっかな」

 

ボクはそう言い、床から立ち上がり、『スピカ』のドアノブを握った。

 

『専属』の僕はボクの夢の果てであり、そのためには共に夢へと掛ける人が必要だと教えてくれた

 

『湿度』の僕は夢の途中で走れなくなっても、共に寄り添ってくれる人がいるならそれは終わりではないと言った。

 

なら、『スピカ』の僕は、何をボクに示してくれるのだろう…?

 

ボクはそんな事を考えながら、ドアを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鼻腔を擽るのは芝の匂い。

少し寒さを感じさせる肌寒さ。

 

「…あれ?」

 

そんな夜のトレセン学園の練習場、ターフの上にボクは一人ポツンと立っていた。

空には月と星々が光っており、練習場を照らす大型照明がなければ、ここは真っ暗だっただろう。

 

 

それにしても…前と違って未来の僕がいない。

あたりを見渡してもいるのはボクだけであった。

 

まさかだけど…

すでにお星様になっている僕…とか言わないよね……?

 

そんな嫌な予感にボクは背筋を震わせる。

 

死んだ僕とか見たくないし

もしそうならどうやって会話すればいいのさ!

 

そんな事をボクは思い、どうしようかと頭を悩ませて……

 

 

ザッ

 

そんな音を立ててボクの横を風が通り抜けた。

 

いや、風じゃない。

横を誰かが走り抜けた。

 

ボクの目の前で一人のウマ娘が走る。

 

鹿毛のポニーテールをたなびかせ、しっかりとした肉つきの肉体を動かし、僕とは違う実直な走りでその少女は走っていく

 

 

ボクは…ボクはその姿に見て動きが止まってしまった

ボクは見惚れてしまっていた。

 

風を切りかけていく彼女。

 

白のベースカラーに青のアシンメトリーデザイン

何処かの皇族を思わせるような王子様のような勝負服をきたその子は気持ちよさそうに走っている。

 

その走りは全力の走りではない。軽い運動のようなランニング。

 

だけど

その走りは逞しく。

その速さは美しく。

その脚は強い思いを背負っているようで力強い。

 

 

そしてそんな力強さを感じさせる彼女の後ろ姿に…

ボクは見覚えを…既視感を感じた。

 

その既視感は、ボクの夢であり、ボクの目指す場所でもある………

 

 

「会長…?」

 

 

ポロリとボクの口から無意識に言葉が溢れる。

 

目の前の彼女は会長と勝負服も体型も違う。

 

だけれども、ボクは彼女の後ろ姿に、誰かの夢を背負い、夢を見せる皇帝の後ろ姿を感じたのだ。

 

 

そんな声が聞こえたのだろうか

走っていた彼女の耳がピクリと動くと、彼女はゆっくりとスピードを落とし立ち止まり、ボクの方向に振り返る。

 

 

「…あれぇ?なんで僕がいるの?」

 

 

僕がいた。

惚けた顔をして、ボクをみて驚いている僕がいた。

 

今まで会ってきた僕のなかで、誰よりも皇帝に近い僕が、帝王がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

数分後

 

 

「ほぇ…それはまたすっごいねぇ。」

 

「え…あっと…うん」

 

「それにしても話を聞く限り色々と大変だったねボク」

 

「えっと…はい…?」

 

「なに僕なのに僕に対して緊張してるのさ〜」

 

「き、緊張なんてしてないよ!」

 

「本当ぉ〜?」

 

ボクたちはターフの脇、芝生の上で一緒に座り、ボクはこの夢で今まであった話を一通り、『スピカ』の僕に話し終え、交流する。

 

興味深そうに、時には相槌を打ちながらボクの話を聞き終えた『スピカ』の僕は、ボクにニコリと笑いながら語りかけてくる……んだけど、どうにも調子が狂い、歯切れの悪い返事しかボクは返すことができなかった。

 

理由は自覚している。

なんというか…目の前のボクが僕じゃないように見えるのだ。

確かに今までの僕達もそうだった。

だけれど『専属』のボクも『湿度』のボクもどこかその精神性や精神年齢はボクとほとんど同じか似通っていた。

 

だけどこの『スピカ』のボクは、そう…うん、なんというか大人だ。

確かに、自分で言うのも恥ずかしいけれど、ボクと同じ、天真爛漫さや元気さみたいな普段の僕を『スピカ』の僕から感じることができる。

 

だけれども、この僕からはそれに加えて、『湿度』の僕のような色気的な意味ではなく精神的に大人というか、なんというか精神的に今のボクよりも格段に成長しているのではないかという雰囲気を感じるのだ。

 

でなければ、会長を『皇帝』を夢見ているこのボクが、この僕を『皇帝』と見間違うはずがない。

 

つまり…そうなのだ

この僕は…

この『スピカ』の僕は

 

今まで会ってきた僕の中でもっとも『会長』に、理想に近い自分なんだ。

 

 

 

なら…

 

「ねぇ…未来の僕」

 

ボクは、僕に聞く事にした。

 

「なんだい?ボク?」

 

僕が返事をしてくれる。

一見ボクと変わらない僕。

だけどこの僕は夢への答えを知っている。

ボクは意を決して口を開く。

 

彼女なら…『スピカ』の僕なら

 

どうやったら『皇帝』のような帝王になれるか知っているはずだから

それを聞かなければとボクは聞かずにはいられなかった。

 

「ねぇ…ねぇ、教えてよ!」

「ぴぇ!」

 

ボクが突然僕に詰め寄よった事で『スピカ』の僕が悲鳴をあげる

だけどそんなの知ったことじゃない。

ボクは僕に対してまくし立てた

 

「どうやったら、君みたいな僕になれるの!?」

「『専属』の僕みたいに一緒に夢へと掛けられる専属トレーナーを見つけて無敵の九冠バになったらいいの!?」

「それとも、『湿度』の僕みたいに、夢を叶えて走れなくなっても、隣にいてくれる人がいたらなれるの!?」

 

『スピカ』の僕は理想だ

理想だから、夢だから、一体どんな生き方を、走り方をしてきて『皇帝』のような『帝王』になれたのか

 

ボクは知りたい…!

 

「一体どんな道を走ってきたの?一体どうやって無敵の三冠バになれたの!?ねぇ、教えてよ!僕!!」

 

ボクはすがるように『スピカ』の僕の肩を掴んで揺さぶる。

夢の到達点が目の前にいるからボクの心は熱くなり、『スピカ』の僕の走ってきた人生が聞きたくなり、答えを知りたいがために心臓がバクバク言う。

 

自分でも今の自分が『掛かっている』のはわかる。

今のボクはいつもの普通のボクではないのも分かっている。

 

だけど、なぜこうも急ぐように縋るように、ボクが『スピカ』の僕に対して焦るように答えを求めているのか、自分でもわからない。

 

だけど、ここで聞かなければならないと、ボクの心が言っている気がした。

 

そんなボクの意思が通じたのかはわからない。

『スピカ』の僕は、自分の肩を掴むボクをじっと見つめた後…

 

 

「イタっ!」

 

パチンとボクの額に痛みが走り、衝動的にボクは額を抑え、僕から少し距離をとった

 

『スピカ』の僕が指をデコピンの形にしながら、ふふんと『専属』の僕のような生意気そうな表情をしている。

 

うぅ…なんでデコピンなんてするのさ!

 

「痛いじゃないか!」

 

ボクがそういい頬を膨らませて怒るけど、『スピカ』のボクは可笑しそうにクスクスと笑った

 

「ごめんごめん。だけど君がそんなに詰め寄るのが悪いんだよ。僕だって驚いちゃうじゃないか」

 

『スピカ』のボクはそういい、自身の隣をポンポンと叩いた。

その仕草は隣に座る事を促してきた『湿度』の僕と一緒であり、『スピカ』の僕もまた同じ存在であることがわかる。

 

そんな仕草にちょっと不服だけどボクはもう一度、『スピカ』の僕の横に腰掛けた。

 

すると『スピカ』の僕が空を見上げた。

ボクもつられて空を見上げる。

 

そこは満天の星空が広がっていた。

月や星々がきらめき、真っ暗な夜空を彩っている。

現実ならこんな大型照明に照らされた場所でこんなに綺麗な星空が見えることはない。

故にこの星空は夢であり、ボクの記憶から流用された星空なのだろう。

 

確かにこんな夜空を、小さな頃にママの職場で、一緒に走る練習をして、ママ相手に勝負して、負けてクタクタになった時に見上げた覚えがある。

 

それと同じぐらい綺麗…ってそりゃ同じに決まってる

夢はこの夢を見ているボクが知っている事しか映像化されないのだから。

あの夜空を記憶の片隅から引っ張ってきているのだろう。

 

 

 

「僕にはさ…専属トレーナーはいないよ」

 

隣から僕の声が聞こえた。

その言葉に驚く。

『専属』も『湿度』も専属トレーナーがいたから、いないとは思わなかった

 

「それは…1人でトゥインクル・シリーズを走り抜けたって事?」

 

「まさか、僕はスピカのみんなとトゥインクル・シリーズを走り抜けたよ」

 

ボクの疑問に『スピカ』の僕は優しい声で否定した。

スピカの……みんな?

 

「スピカのみんなって…」

 

「スピカってのはね、チームの事なんだ」

 

『スピカ』の僕は楽しそうに語り始めた

 

「僕にマックイーン、トレーナー、スペちゃん、スズカ、ゴルシにウオッカにスカーレット、この8人でチーム『スピカ』」

 

「それは、チームで走っているってこと?」

 

「そうだよ」

 

「でもそれだと、同じチームで戦うことになるんじゃ…」

 

「そう、だからチームの皆は仲間でライバル。競い合って高め合ってるんだ。そうやって僕はここまで走ってきたよ」

 

そう語る『スピカ』の僕はとても楽しそうで、信念が強い心がこもった声だった。

 

だけど、この声色…どこかで聞いたことが………あ、そっか

 

ボクはそんな僕の声色で気がついた。

 

ボクはこんな声色に似たものをすでに2回聞いている

この声色は、さっきまでの『専属』や『湿度』の僕たちが『トレーナー』について語っていた時の声色だ。

 

そっか、この僕にとっての『スピカ』は『専属』や『湿度』の僕にとっての『トレーナー』なんだ。

 

一人じゃない、誰かと、またはみんなと夢に向けて走り、ともに寄り添ってきたのだとわかる。

 

『専属』の時は、疑惑の目で見てしまったけど、さすがに3回続けば僕も納得できる。

 

夢に…三冠バになるためには、一人ではだめなのだと。

誰かと一緒に………

 

 

「まぁ、三冠バにはなれなかったけどね」

 

 

………………

……………………え?

 

ひゅっと心が寒くなる。

信じられない言葉が耳に入った気がする。

 

今の言葉が嘘だと幻聴だと思いたい。

だけどボクの耳は確かにその言葉を聞いてしまっていた。

 

ボクは呆然としながら隣に目を向ける。

 

「うん、さっき君は『一体どうやって無敵の無敗の三冠バになれたの』って聞いたよね」

 

そう目の前の理想に最も近い僕は、いや理想に最も近いとボクが思っていたウマ娘は言った。

 

「僕は無敵でもなく無敗でもない、三冠も取れなかったからそれについて教えれないや」

 

そう語る僕は、どこか悲しそうな悔しそうな表情をしていた。

 

「嘘だ……」

 

「本当だよ」

 

ボクの疑問に『スピカ』の僕が答える。

だけど、ボクだからわかる。嘘は言っていない。

 

だからこそボクは信じられない。

なぜこのボクが負けて、三冠が取れなかったのかが

夢がやぶれてしまったのか

 

「な、なんで…?」

 

ボクがそう聞くと、僕は恥ずかしそうに頬を指で掻きながら答えてくれた

 

「実は…三回骨折しちゃったんだ」

 

「こっ…せつ……?」

 

骨折。

ウマ娘達が恐れ怖がるものの一つ。

一回なってしまっただけで選手生命が途切れることもあり、途切れなかったとしても多大な時間の療養期間と辛いリハビリが待っている。

 

それを…3回も……?

 

怖い。

ボクなら…ボクなら心が折れるかもしれないし考えたくもない

 

だけどそんな未来を、この未来の僕は歩んできたのだ。

つまりその未来の僕が歩んだ道は、過去のボクも歩む可能性があるということで…

 

「だから…負けて引退したの……?」

 

喉が恐怖で乾くのがわかる。

それでもボクは僕に聞いた。

 

無敵の三冠バになれず、骨折で引退。

それは、ボクの夢の終焉だから、聞かざるを得なかった。

 

『湿度』の僕と同じように、この僕も引退したとボクは思って………

 

 

「……え?」

 

『スピカ』のボクはポカンと口を開けて惚けていた。

 

……え?

 

その表情はもう2回も見ている

『専属』や『湿度』の僕が突飛な事を言われた時にする表情だ。

 

…え?どういうこと?

 

そんなボクの表情に合点がいったような顔で、『スピカ』の僕はボクに教えてくれる。

 

「なるほどね、まぁ確かにボクのいうように引退しようかと思ったけど、さっき言ったじゃないか。僕はスピカのみんなとトゥインクル・シリーズを走り抜けたってね」

 

君はおっちょこちょいだなぁ、だなんて言いながら僕はボクに言った。

 

「確かに僕は一回心が折れたよ。でも僕は諦めなかった。諦めなかったんだよ」

 

『スピカ』の僕はそうは言い、ウインクをする。

 

その表情に暗い影や絶望は感じない。

夢破れたはずなのにその顔は前を向いている。

 

3回もの骨折というボクなら心が折れるかもしれない事柄。

 

だけど、この僕はそれすらも超えてここにいる。

 

無敗は消え。

三冠も逃し。

三度の骨折を超えて、目の前の彼女はここにいる。

 

…信じられない

……信じられなかった

 

「……んで」

 

「ん?どうしたの?」

 

僕が微笑みながら聞いてくる。

一つも暗さを感じないその表情で。

 

信じられない。ありえない。

 

なんで……なんで!!

 

「なんで!そんなふうになれるのさ!!」

 

ボクは僕に対して叫んだ。

叫ばざるを得なかった

 

「無敗にもなれなかったんだよ!?三冠にもなれなかったんだよ!?それに3回も骨折したんだよ!!」

 

ボクは拳を握り込み、僕に訴えかける。

 

無敵の三冠バになれなかった。それに加えて3回も骨折した。

夢破れ、三回も選手生命を殺す可能性のある大怪我をした。

普通なら諦めるはずだ。諦めざるを得ないはずだ。

 

でも、目の前の『スピカ』の僕はトゥインクルシリーズを走り抜けたのだ。

そして…

 

「なんで…なんでそれなのに、『皇帝』みたいになれなかったはずなのに、そんなに『皇帝』みたいになれるのさ!!」

 

ボクの声が夜のターフに響く。

 

この『スピカ』の僕は、今まで見てきた3人の僕の中で最もカイチョーに『皇帝』に近い僕だった。

 

信じられない。分からない

夢破れているはずなのに、憧れの『皇帝』になれなかったはずなのに

どうやって3回も骨折から復活できたのか。

どうしてこうも『皇帝』に近いのか

まったくボクには分からなかった。

 

ポタリと音がした。

続いてその音が続いていく。

 

何かと思うと、視界が潤んでいるのにやっと気がついた。

ボクの瞳から涙が溢れていた。

頬を伝う涙が地面を濡らしていく。

 

分からないだけでボクが泣くことはないはずなのに、ボクの瞳からなぜか涙が溢れていた。

 

その涙はボクの胸中から溢れ出る感情によって誘発されているのがわかる

 

なんで?どうして?

なんで君は諦めなかったの?

どうして夢破れたのに『皇帝』みたいになれているの?

 

そんな嫉妬とも疑問とも…救いを求めるかのようなボクにも分からない感情が溢れてくる。

 

わからない。

わけがわからない……

 

 

「ほら、落ち着いて…ゆっくり深呼吸して」

 

突然ボクは抱きしめられた。

そして、落ち着かせるように背中をポンポンと叩かれる。

 

「……うん」

 

ボクはぐずりながらも息を吸い、感情を落ち着かせる

 

息を吸うごとに、暴れていた感情が少しずつ落ち着いていく。

4、5回息を吐いた時には溢れていたボクの感情は少しまともに戻っていた。

 

ボクが落ち着いたのを認識した『スピカ』のボクが笑った

 

「自分を慰めるなんて、僕初めてだよ」

 

そんな僕に対してボクも小さく笑う

 

「ボクも、僕に慰められるなんて初めてだよ」

 

そう言って二人してクスクスと笑う。

 

 

そして笑い終えると、『スピカ』の僕は言った

 

「ボクが『皇帝』みたいって言われるのは嬉しいけど実感ないなぁ…」

 

「最初君を見た時、ボク見間違えたんだけど……」

 

「え!本当!?」

 

「本当」

 

「それは嬉しいなぁ」

 

そう言って喜ぶ『スピカ』の僕を見ながらボクは訪ねた

 

「ねぇ…聞かせてよ。なんで夢が破れてたはずなのに諦めなかったの?」

 

静かな夜の芝の上を、今度は落ち着いた口調のボクの疑問が響いていく。

その疑問に対して、『スピカ』の僕は何かを思い出すような懐かしむような表情で、そしてはっきりとした信念を心に持って『スピカ』の僕は答えてくれた。

 

「周りのみんなが僕に希望をくれたってのもあるし、夢が破れてなかったからだよ」

 

「…え?」

 

思わずボクは聞き返す。

だって彼女は…

 

「無敵にも三冠にもなれなかったんでしょ?夢は全部破れて…」

 

「それも夢だろうけど、本当にそれだけだったの?」

 

僕がボクの言葉を遮り聞いてくる。

 

「ボクは誰になりたかったの?」

 

その問いにボクは答える

 

「それは…ボクは『皇帝』に…」

 

「そう『皇帝』みたいになりたかったはず」

 

「…でもそれは無敵の三冠バになれなかったから」

 

「『皇帝』は無敵の三冠バだから『皇帝』なの?それなら『専属』の僕は『皇帝』だった?」

 

「……いや、『専属』の僕は強いけど『皇帝』じゃない」

 

「そう『皇帝』は、ボク達が憧れるウマ娘は、誰かの夢を背負い、夢を見せるからボクたちは憧れたんだ」

 

『スピカ』の僕は、ボクに優しく言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

その言葉を聞き、僕の脳裏に一つの映像が浮かび上がる。

 

テレビに映された1つのレース。そこにはボクの視線を捕らえて離さない『皇帝』の姿があった。その走りに、その力強さに、ボクは憧れたのだ。こんなウマ娘になりたいと思ったのだ。

 

その時、ボクは『皇帝』の戦績を知らなかった。ママにこのウマ娘は『会長』だと教えて貰うまで『皇帝』について何も知らなかった。

 

そっか…

ボクの心に一つの答えが浮かぶ。

それに気がついたのか『スピカ』のボクは答え合わせをするように答えを教えてくれた

 

「あの日…小さなボク達は、カイチョーを見てこんなウマ娘になりたいと憧れた。だからそんな『誰かの夢を背負い、夢を見せる』ウマ娘になりたいという夢は、無敵の三冠バになれなかったボクでも終わってない」

「そしてそれを応援してくれる人が、諦めないでと心配してくれる人がいてくれるから、僕は諦めなかったんだよ」

 

『スピカ』の僕はそう言い優しく微笑む

 

その表情から、彼女が今まで掛けてきた人生の重みと、仲間達への信頼を感じることができる。

 

 

そうだ、ボクは会長みたいになりたいと思った。

だけれど、それは戦績だけじゃない。

その姿にも憧れたのだ。

 

 

 

だから……ボクの夢もまた、『スピカ』の僕のように終わっていないのだ

 

 

……

………?

……あ、そっか

 

 

「そういうことかぁ〜」

ボクは『それ』に気がつき思わず天を仰いだ。

 

今の言葉は、『スピカ』の僕が教えてくれた答えだけじゃない。

この夢と僕について理解……いや、思い出したから思わず溢れた言葉だった。

 

 

夢を思い通りにできない。

それはそうだ、完全に覚醒してなかったのだから

 

なんでレースが始まった瞬間元の白い部屋に戻るのか

そりゃあ、そうだよ。

 

トレセン学園の生徒達が行うレース中の競い合いなんて、まだボクは体験したことがない。

トップアスリートの勝負中の動きを間近で見るなんて『皇帝』しかボクはまだ知らない。

 

 

夢はこの夢を見ているボクが知っている事しか映像化されないのだから。

最初の一歩に躓いたボクがまだ知らない事は、夢で映像化されない。

 

 

 

 

だけれど、そんな謎解きみたいなことなんてどうでもいいや

 

今大事なのは、ボクがこれからどうするかだ。

どう夢へと駆けていくのか。

夢を諦めないでいられるのか。

 

それが一番大事なんだ。

 

僕は立ち上がり、うーっと声をあげ伸びをする。

やっと目が覚めたような、迷いを振り切ったような気持ちのいい感覚がする。

 

 

「もう行くの?」

 

『スピカ』の僕が聞いてくる。

その表情から、彼女がボクを理解していることは理解できた。

 

やっぱりボク同士だから大体のことはお互いに理解できるみたい

 

「うん、ボクはもう行くよ。これ以上待たせちゃうとみんなを困らせちゃうや」

 

「そうだね。あんなことしたから、起きたらいっぱい怒られるだろうけど頑張ってね僕」

 

そういうと『スピカ』のボクはいたずらっ子のように笑った。

 

そんな言葉にボクは、ちょっと気分が落ちて……って!!

 

「え、もしかしてボクの記憶わかるの!?」

 

思わずボクが聞くと、僕は答えた

 

「多分君の夢が覚め始めたせいだと思うけど…少しおぼろげに君の記憶を把握できるよ」

 

「えぇー!!やめてよぉ!」

 

「大丈夫大丈夫。ほとんど見えないから」

 

「……本当?」

 

「……引き出しの裏のあれは…ちょっと恥ずかしいけど」

 

「ねぇー!!」

 

ボクが怒り僕の事を捕まえようと走るが、僕はすぐに起き上がり走り逃げ始めた。

 

ボクは必死に走り、『スピカ』の僕はゆっくりとスピードを上げて逃げて行く。

 

 

「ねぇ!!ちょっと聞きたいんだけど!」

 

目の前を走り逃げる僕が聞いてくる。

『スピカ』の僕のスピードが、走り方が軽いランニングフォームから、どんどんアスリートのような走り方に変わって行き速くなって行く。

 

…たぶん、これが最後の会話になるだろう。

 

「なに!?」

 

ボクは全力疾走し、息を荒げながら返答する。

そんなボクを後ろを振り返りながら見て、『スピカ』のボクはニヤリと笑い、最後の質問をボクにぶつけた

 

「君のママの名前を教えて!!」

 

その質問の意図はわからない。

理由を問うほど息に余裕がない

だけれど、答えないという選択肢はボクにはなかった。

 

ぐんぐんとスピードを上げる僕に対して、ボクは全力で走り、その答えを叫び…

 

 

「むぎゅ!!」

 

 

白い部屋の壁にぶつかった。

 

 

最後のボクの答えが『スピカ』の僕に届いたかはわからない。

だけど、最後の瞬間

 

彼女の表情が、なにか面白いことを聞いたかのように変化したのは確かだった。

 

 

 



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テテテーテテイオー

1、

 

真っ白な天井が見える

 

いや…本当に天井なんてあるのだろうか?

壁も床も天井も真っ白であるがゆえに、そこに天井が存在するのか怪しく見えてくる。

どこまでも白さしか映らない光景を見ながらボクはボンヤリと白い部屋の床で寝転んでいた。

 

 

やっぱりというか予想通り、勝負が始まるとこの部屋に戻ってきてしまった。

だが予想通りだとはいえ残念であることは変わりない。

 

これは夢だ。

夢であるのなら、ボクが会話した3人の僕たちはボクの脳が作り出した妄想の産物である。

 

でも、ボクは彼女たちがボクの妄想の産物だなんて一ミリも思えなかった。

 

そういえば、パパやママにウマ娘には時折、こういった不思議な体験をすることがあると聞いたことがある。

 

あの時は話半分に聞いてたけど、どうやら本当にあったらしい。

びっくりだね

 

 

そんなことを思い出しながらボクは体を起こした。

 

すでに最初にあった3つの扉は存在しない。

だけど3つの扉があった壁と反対側の壁に新たな扉が出現していた。

 

 

なんとなくわかる。

あれは出口だ。

 

ボクはぐいっと伸びをして、ゆっくりと出口の扉に近づいた。

 

あの3つの扉と同じ形の扉。

これを開けるとこの夢は終わり、現実がやってくる。

すぐにでも開けて、ママやパパ達を安心させないといけない…のは分かるのだけど……

 

絶対ママとパパ怒ってるよねぇ…

 

それを考えるとちょっと気分が重くなる。

 

心配性のママとパパだ。

ボクが起きたあと、泣いて喜ぶけど、ひと段落したら絶対に叱るのは目に見えている。

 

今回の件は、だいたい思い出したから分かるけれど、ママもパパも怒髪天なのは当然だ。

普段あまり怒らないパパが怒ると怖いし、今回のママは現役時代のプレッシャーをボクにぶつけながら怒ってくるだろう。

 

それが当然で、結局のところ自業自得なのは理解しているけど、気が重くなって扉を開ける動きが鈍くなるのは許してほしい…

 

はぁ…

なんて軽いため息をつきながらボクはドアノブに手をかけて……

 

「…ありゃ?」

 

そこで1つのことに気がついた

 

この出口の扉はあの3つの扉と同じ形の扉だ。

だけどこの扉のプレートには、3つの扉と違って文字が書かれていなかった。

つまり白紙のプレートであったのだ。

 

まだ、何も書かれていない真っ白なプレート。

 

つまりこの扉は、まだ『専属』も『湿度』も『スピカ』も、何者も書かれていない扉ということだ。

 

やっぱり、ボクの未来はまだまだ定まっていないらしい。

それは怖くもあるが、嬉しくもある。

ボクはまだ夢を駆けれるのだ。

 

「う〜む......?あ、そうだ!」

 

 

ボクはいい事を思いついた

 

それは最初きた時は失敗した行動。

だけれど、今のボクはあの時と違って完全に意識は覚醒して記憶を思い出している。

だから、今度は失敗しない。

トウカイテイオー様は二度失敗しないのだ!

ふふんとボクは胸をはり、おもむろに指をパチンと鳴らした。

 

すると、白紙のプレートに文字が浮かび上がる。

 

「これでよし!!」

 

 

浮かび上がった文字は

『専属』でも『湿度』でも『スピカ』でもない一つの名前

 

『トウカイテイオー』

 

ボクがこれからどうなるかはわからない。

でも、何があろうとも、何があっても大丈夫だ

今のボクは言うなれば初期状態、『プロトタイプ』だ。

『プロトタイプ』であるがゆえに、今から何者にでもなれる。

 

『専属』の僕はボクに共にかける人の大事さと無敵の三冠バの勇姿を見せてくれた。

『湿度』の僕はボクに共にいる人の大事さと夢が終わっても歩いていける姿を見せてくれた。

『スピカ』の僕はどこまでも諦めない姿勢とボク達の夢の原点を思い出させてくれた。

 

なら、ボクはどうする?

『専属』のように『湿度』のように『スピカ』のようになる?

 

…それは違う。

ボクはボクだ。

僕とボクは同じ夢を共有するボクだけど、ボクじゃない。

あの3人がそれぞれ違ったように、ボクもボクだけの道を走って、夢へと突き進む。

 

そして…あのボク達に負けない『トウカイテイオー』になってやるんだ!!!

 

 

ボクはそんな、新しい夢を抱えて扉を開け放った。

 

 

 

 

2,

 

「ある所に一人のウマ娘がいた

その少女は物心つき始めた小さな頃、テレビに映された一人のウマ娘を見たことで彼女の運命は決まった。

 

『レジェンドウマ娘の歴史』という名の番組で映された過去のレース。

そのレースの勝利を勝ち取った一人のレジェンドウマ娘の走りは、少女の心を虜にした。

力強く圧倒的な強さ、全てを魅了するような走りをする、自分と少し様子が似たそのウマ娘のことが知りたくて少女は熱心にその番組を見たが、まだ幼い少女には漢字の使われた番組テロップを読むことも、難しい話をする解説者の言葉もイマイチ理解することもできなかった。

だから彼女はリビングで書類仕事をしていた母に聞いた

「ママ!!!このキラキラしていて、とってもキレイなおんなのこだれ!?」

問われた母親は目をパチクリし、テレビを見て誰のことを言っているのか確認すると、恥ずかしそうに娘に告げた

「この子は『皇帝』で『生徒会長』だよ」

その時の母親は、キラキラとした瞳を向ける娘が照れ臭かったのかもしれない。だから少し外した説明をしたのだろう。

その結果、彼女にとってそのレジェンドウマ娘、『コウテイ』=『カイチョー』となった

まぁ、すぐに父親が、『皇帝』について熱く盛大に語り、過去の学園の行事や私生活を余すことなく撮影したビデオを持ってきたことで少女は『カイチョー』の正体を知り、母親は茹で蛸のように真っ赤になったわけだが。

 

そんなわけで少女は憧れの先も夢も『カイチョー』になり、努力した。

引退したとはいえ母親を導いたトレーナーであった父に指導してもらい、優秀なウマ娘であった母からも様々なことを教わった。

少女は走るのが好きだった。休日は母の勤めるトレセン学園によく遊びに行き、誰も練習場にいない時間、トレセン学園の職員である母にお願いして一緒に練習場を走ったりした。

誕生日にもらった、シューズやトレセン学園のジャージは未だに少女の宝物だ。

 

そんな少女の姿は多くの現役トレーナーの目に留まり、入学前から少女は多くのトレーナーたちにスカウトされていた。

 

少女には才能があった、環境も良かった、努力を続けられる強い心もあった。

だが運がなかった。

不運は起こるもので、トレセン学園入学数日前に少女は事故にあってしまったのだ。

事故後病院で告げられた重度の骨折。それは少女の心にヒビを入れるには十分であった。

 

だがそれで折れるほど少女は弱くない。

なんとかトレセン学園の入学式に出席した。

 

でも彼女の心は常に上の空だった。

現生徒会長の祝辞の言葉を聞いても、思い出すのはビデオでみた『カイチョー』の姿。

 

そして未来のライバルとなる同級生たちは皆、全快状態の少女と良い勝負ができそうなほど鍛えられており、そして目標を目指して瞳を煌めかせているウマ娘ばかりであった。

 

少女は気がつけば式は終わり寮に来ており、同室となった子とおしゃべりをしてその日は床に就いた。

 

だが少女は眠れなかった。

未来のことが、このまま夢を叶えることができるのかが不安で眠ることができなかった。今の自分で同級生たちに勝てるか不安であった。

だからなのか、寮からこっそり彼女は外出し、夜の学園をランニングし始めた。

 

少女は、この不安を走って吹き飛ばしたかった。

だから彼女は走った、なれない道を、灯りのない夜道を、骨折した足を引きずってランニングしたのだ。

 

そんな条件が整い、それに不運が加わるとどうなるか。

あとは言わずもがな。

 

数十分後少女は噴水の前で倒れていた。

彼女が足の痛みを感じながら最後に見たのは。三女神の像。

助けて…と最後に少女はつぶやき、ゆっくりと目を閉じた。

 

だが次に彼女が目を開けた時、彼女は不思議な夢の中にいたのだ。

そうその夢こそ、無敵のトウカイテイオーの始まりである!!!!!」

 

 

「テイオーちゃん、テイオーちゃん、マヤその喋り方、テイオーちゃんに全くあっていないと思うよ」

 

「うぇ…」

 

「有名な人の自伝を語るみたいにしゃべるのはいいけれど、それを語るテイオーちゃんにまだそんな威厳を感じないから微妙かな〜ってマヤは思うな〜」

 

「ぇ〜…」

 

怒涛のように繰り出されたマヤノの意見にボクはうなだれてしまう。

 

ボクが病院に運び込まれてから数ヶ月、雲ひとつない晴天の日、いつものように病室でリハビリメニューをこなしていると、マヤノがお見舞いに来てくれた。

一旦リハビリを休憩してマヤノとおしゃべりをしていると、マヤノがボクについて知りたいと言って来てくれたので話をして見たら、格好良さげに語ったボクの語り口にどうやらマヤノはご不満のようだった。

 

だとしてもさ、微妙ってそこまで言わなくてもいいじゃないか…

ボクは無敵のテイオー様(予定)だぞぉ…

 

そんな考えを胸中に抱きながら、ウジウジしていると、マヤノがまた口を開いた。

 

「テイオーちゃんに威厳がまだない事は置いておいて」

 

「おいておかないでよ」

 

「それよりも、その不思議な夢って?」

 

マヤノがボクの言葉を無視しながらワクワクした表情をボクに向けてくる。

あそこまでボクが自信満々に語った『夢』のことが気になるのだろう。

 

ボクはそんなマヤノに対してニヤリと笑った。

 

「それはもう、すっごい夢なんだ」

 

 

あの夢を見てから数ヶ月。ボクはまだデビューできていなかった。

多分今年は無理だと思う。デビューは来年だ。

本当なら、ボクの体の「本格化」が始まった今デビューするのがベストだったんだけど、今年はリハビリで精一杯だ。

 

ボクの足は日常生活に支障が出なくなるぐらいまで回復して来た。だけれど、レースに出られるまでは全然回復していない。それにレースに出られるまで回復したとしても、前のようなスタイルで、速さで走る事は不可能だろうってお医者さんが言っていた。

それはボクだけじゃなくて、ママやパパ、それにトレセン学園の多くのトレーナーや生徒が知っている。

入学式の日に救急車で運ばれるというインパクトのある事をしたわけだからそれは当然だし、噂もされる。

よく生徒からは哀れみの視線を向けられたりするし、それに入学する前、ボクが事故に遭う前までスカウトに来ていたトレーナーたちが一切来なくなった。

 

周りの人がよく言っている。おそらく来年デビューしたとしても、無敗や三冠どころか一勝も難しいだろうって。

 

そんなのボクが一番わかってる。

でもだからって諦めるつもりは一切ない。

 

レースの厳しさや、過酷さ、残酷さを知っているママやパパから、無敵の三冠バ、『皇帝』のような戦績になれる可能性は限りなく低い事を泣きそうな目で告げてきた事は今でも覚えている。

 

確かにそうかもしれない、でもそう告げられた時、ボクはママたちに宣言した。

 

「ボクは諦めないよ」

「たとえこの怪我が長引いても、無敗になれなくても、三冠バになれなくても、なかなか勝てなくても、ぜ~ったいに諦めない」

「ボクは諦めず走り続ける。そしたらそんなボクを見て、誰かが僕に夢を見てくれるかもしれない」

「ボクはそんな誰かに夢を見せられるウマ娘になるのが夢なんだ。だって…」

 

「それがボクにとっての『皇帝』だから。」

 

その宣言を聞いた時、ママたちは驚いた顔をした

そりゃあそうだ、ボクはずっと無敵の三冠バになるとしか言ってなかったからね。

突然そんな事を言ったらびっくりするに違いない。

 

まぁ結局最後、ママ達は前と同じ、ボクの夢を応援してくれた。

ありがとうと何回言っても足りないぐらい感謝してる。

 

「ねぇねぇ、テイオーちゃん。すごい夢じゃわからないからもっと詳しく教えてよー!」

 

マヤノが頬を膨らませてむくれている。

ボクはそんな可愛らしいマヤノを見てクスリと笑った

 

 

「あー!!またテイオーちゃん大人っぽい表情してるー!」

 

「…え!?本当!?ボクそんなに大人っぽい!?」

 

「…またちびっ子テイオーちゃんに戻っちゃった」

 

「なんだとぉ!誰がちびっ子テイオーだ!」

 

ボクはそう言ってマヤノとじゃれ合う。

 

すると病室の扉がガラリと開いた。

扉を開けて入ってきたのは二人、

ボクのママと………ボクのトレーナー。

 

「ねー!!聞いてよテイオーちゃんのママとトレーナーちゃん!」

 

そう言ってマヤノが二人に駆け寄って行く。

 

 

そう、トレーナー。ボクの担当トレーナーだ。

あの日、三女神の像の前で倒れていたボクを最初に見つけて病院まで運んでくれた人。

入院した後もよくボクのお見舞いにきてくれて、話し相手になってくれるだけじゃなくて、リハビリメニューも作ってくれた人だ。

そして、そんな入院状態のボクをスカウトしてくれた変人でもある。

 

まだトレーナーになったばかりの新人なのに、自分で言うのもあれだけど、よくこんな育成ウルトラハードの今のボクをスカウトしたものだと思うし、変な人だなとよく思っている。

でも、ボクの夢を信じ応援して共に歩んでくれるこの人をボクは信用していた。

 

…この気持ちがあの夢で見た、僕達が抱いていた気持ちなのかもしれない。

 

そんなボクのトレーナーはボクの傍に座った。

ちなみにママはマヤノを叱っている。どうやらマヤノは学校をサボってここにきたようだ。

よくそんな状態で、トレセン学園で働いているママに駆け寄れたねマヤノ……

 

そんなマヤノにボクが呆れた視線を向けていると、トレーナーがボクに話しかけてきた。

なになに…ほぅほぅ、トレーナーもマヤノと一緒でボクが見た夢を聞いてみたいんだ。

 

そこまで言うならしょうがない!

このテイオー様が語ってしんぜよう!!

 

ボクはふふんと自慢げに胸を張る。

 

そんなボクを見て、お説教から逃げ出したマヤノが興味津々に戻ってきて、それを追ってママも近寄ってくる。

 

 

思い出すのは夢で出てきた3人の僕

あの3人には信念があった。

『トウカイテイオー』を遂行する強い心の柱があった。

だからあんなに強くなれたんだ。

 

あの3人は、ボクの憧れで、目標で、

 

そして越えるべき壁なのだ。

 

 

さて、どこから話そうか

 

あの3人のトウカイテイオーの話を…

 

 

 

 

 

<完…?>

 

 

 

 

 

 

 




*蛇足

「…え?」

「ん?どうしたのママ?まだ話し始めたばかりだけど」

「いや、何でもないんだテイオー」

「え〜、本当?」

「本当だよ。ささ、続きを教えてくれないかい?」

「ん〜……あ、マヤわかっちゃった!!テイオーちゃんのママも同じ夢を見たことあるでしょ!」

「えぇ!本当!?」

「あ、いや、その…」

「ボク聞きたい!一体どんな扉があったの!?」

「マヤも聞きた〜い!」

「あ〜…それは…」

「……」

「……」

「…………『ションボリ』『駄洒落』『アイススケート』」

「…え?」

「『ションボリ』『駄洒落』『アイススケート』だよ…テイオー……」

「……」

「……」

「……」

「……えっと、なにそれ?」


この世には理解できないハジけた事柄が存在する。
それがボクの今日の教訓だった。




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トウカイテイオー

芝の匂いが鼻腔を擽る。観客の声援が耳に入る。妙に体が軽く、今の自分が最高のコンディションであるのがわかる。

 

「…あれ?」

気がつくとボクはゲートの中にいた。

着ている服はボクの勝負服。

あたりを見渡すと、そこは見覚えのある光景で…あ、ここ中山競バ場だ。

 

すぐにボクは気がついた。

そりゃ気がつくよ、だって今日ボクはこの競バ場を走り終えた。

トゥインクルシリーズの最後を飾る有馬をボクは走り終えたのだから。

 

あのレースはとても満足のいくレースだった。最高のレースだった。

心残りなんて一つもない。

 

…でも、ならば何でボクはこんな夢を見ているのだろう?

 

今回のレースどころか、トゥインクルシリーズで走った全てのレースに心残りのあるレースなんてボクはない。

 

だから、もう一度やり直したいなんて思うはずもなく、こんな有馬を再現した夢なんて見るつもり全くないのに何で……?

 

 

ガシャン

 

 

ゲートが閉まる音が聞こえた。

音は3つ。

誰かが発バ機に入った音だ。

 

いったい誰が…

 

ボクはそう思い、そちらに目を向けて……あぁなるほど

 

ボクは3人を見て納得した。

 

どうやらさっきボクが考えていた事はある意味間違いだったらしい。

確かに走り抜けたトゥインクルシリーズに心残りはない。

全部全力だった。

戦った全ての勝負に悔いはなかった。

 

だけれど、戦えなかった3つの勝負がボクにはあった。

勝負ができなかった心残りが3つあった。

 

思わず笑ってしまう。

前といい今回といい、本当にこの夢を…いや、彼女達と勝負できるボクは幸せだなって思う。

 

なんたって、こんなレース、今までいた全てのウマ娘にとって初めてに違いない。

 

 

「おぉ、前と違って余裕があるねボク」

負けを知らぬ、赤い勝負服を着た『最強』のウマ娘が生意気そうな笑みを浮かべる

 

「…ん、やっぱり。トレーナーの匂いがするねボク」

恋を知った、青い勝負服を着た『最愛』のウマ娘がじっとりとした空気を纏う

 

「…君も走り抜けることができたんだね、ボク」

諦めない心を持ち、夢を掛けた白い勝負服を着た『最高』のウマ娘が優しげな視線を向けてくる。

 

3人ともベテランのウマ娘達。

同じ夢を持ちながら全く違う道を歩んだアスリート達。

同じ所と同じぐらい違う所を持つ、似てはいるけど違う存在。

 

そんな彼女らがボクに同じ視線を向けてくる。

 

それは出会った時に、心くじけそうになっていたボクに向けていた視線とは違う。

好敵手へと向ける眼差しだ。

 

ボクは今、彼女達にとって敵として見られている。

同じ場所に立つ存在、自分を負かすことができる存在として見てくれている。

 

 

それがボクはとても嬉しかった。

 

彼女達に言いたいことは山ほどある。

感謝したいという気持ちは溢れるほどある。

あの後どうなったのか、どうトゥインクルシリーズを走り抜けたのか、一緒にお喋りしたい気持ちは止まらない。

 

けれども、それは後回しだ。

今はやるべきことがある。そして言うべきことがある。

それは…

 

「ボクが、一番のトウカイテイオーだ」

 

ボクはそう言い、構え前を向く。

ボクの挑発といってもいい言葉に返信はない。

代わりに聞こえるのは同じように構える音が3つ。

 

ボクは見なくてもわかる。

ボクも僕も僕も僕も、笑っている

 

最高の相手、最高の場所、最高のコンディション。

勝負の舞台としては完璧な舞台だ。気持ちが高ぶって止まらない。

 

あぁ、勝ちたい、勝ちたい、君たちに勝ちたい!!

 

次の瞬間ゲートが開いた

 

ボクは我先にゲートから飛び出し、叫んだ

 

「さぁ、勝負だぁあああああ!!」

 

 

 

<完>

 

 

 

 

 

 

 

 




*あとがき

この度は『テテテーテテイオー』を読んでいただき本当にありがとうございました。
そして、誤字脱字報告、感想、評価をしてくださった皆さん本当にありがとうございます。

正直ここまでお気に入りが入った作品は初めてなので、こんなに人が見てくれたのはとても嬉しく、感激いたしました。
日々いただく感想や評価、誤字報告に力をもらいました。

今年は色々と忙しく、全くSSかけていなかったところに、ふと空いた時間ができたので、何となく思いつくままに描いた作品が、今まで書いたSSの中で一番人気になるなんて思いもしていませんでした。
まさか3月に書いたハリボテエレジーSSを追い抜かすことになるとは…

長編を書くのが苦手で、執筆速度も遅い私ですが、また次回の作品などで出会うことがあればその時は宜しくお願いします。


*プロット

『このSSを書いたわけ』
ボボボーボボーボボ読み返してたら頭の中でテテテーテテーテテという単語が思いついた。
たまたまその時に時間があったので久しぶりにSSを書いてみた。
なんで『テテテーテテーテテイオー』じゃなくて『テテテーテテイオー』になったかというと、そんなに長い話とそんな数の様々なテイオーを出して話をまとめる気力と力量がなかったから。

ボーボボ期待して見に着てくれた皆さんごめんなさい。


『主人公テイオー』

テテテーテテイオーの主人公。
元ネタはネットで見たウマ娘の超初期案だと思われる『プロトタイプテイオー』
『皇帝』が母親って書かれてて、アニメから入った身としては割とびっくりした。
あと、割と感想欄で『プロトタイプテイオー』を知っている人がいてびっくりした


『専属テイオー』
我らがアプリテイオーが元ネタ
アニメみたいに成長するかと思ったらまさかの、最後まで我輩テイオー様でちょっと笑ったけど、これはこれで可愛い
よく育ててるけど、チャンミで使う機会がなかなかなくて悲しい。
あと赤テイオー欲しい。


『湿度テイオー』
二次創作でよく書かれるしっとりテイオーが元ネタ
とはいえ、あまり重くヤンデレなのは違うな〜と思ったのでマイルドに。
ウエディングテイオー待ってます

『スピカテイオー』
言わずものがな。アニメテイオー。
何度見ても二期ウマ娘は神アニメ。




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