私のグリードアイランド (葉隠 紅葉)
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第一章
1話
事務所に居た最後の男が倒された。手に持った鉄バットが虚しく音を立てて転げ落ち、部屋の隅へと転がっていく。やがて男自身も事切れたかのように地面に倒れこむとそのまま気を失った。そんな男の最後を確認すると彼、イレイザー・ヘッドはそっと溜息を零した。
それはヒーローらしからぬ男であった。ボサボサとした長髪、くたびれた黒調のコスチュームに身を包んだ男の名は相澤消太。対
「こちらイレイザー、鎮圧に成功。応援求む」
『流石だなイレイザー・ヘッド。相変わらずお見事な手際で』
「茶化すな、それよりそっちは問題あったか」
『いいや、無事に人質の救出にも成功だ』
「そうか…なら良い。それで例の方の手がかりは」
『…いいや、ここにもさっぱりだ』
「……」
今回作戦を共にした同僚のヒーロー、電話口の相手の返答に対して思わず眉をしかめてしまう。おかしい、あれだけの被害者と大きな事件だ。だというのにここに至るまでまったくと言っていい程手がかりが見つからないだなんて。自身が身に着けた捕縛布で暴力団の団員を縛り上げながら相澤は心中でつぶやいた。
神隠し事件
一般人がまるで神隠しのように消えたことから名付けられたこの事件。ある日を境に、幾人もの人間が痕跡一つ残さずに消えていく。不審に思った警察とプロヒーローは共同戦線を張り、巨大な捜査網を敷いた。
結果、痕跡は何一つ見つからず。
当初はワープ系の個性を持った人間達による大規模な誘拐事件と考えられていた。とはいえ、それにしては人質として何かを要求するわけでもなく、また消えた人間の金品なり財産なりを奪っている訳でもないのだ。このヒーロー飽和時代、そして文明が進んだ電子監視社会である。痕跡一つ残さずにこれだけの人間を連れ去る等不可能といっても過言ではない。
余りにも不可解なこの事件。今週に入っただけで更に12名もの人間が消失したのだ。マスコミはこぞってこの話題を取り上げるし、人々はこの姿なき誘拐魔に怯えきっていた。やはり不可解なのは…犯人の情報が一切不明な事だ。犯人の情報も、目的も、そこから救出された人間がいるのかどうかすらも。全てがまるで霞のようにはっきりとしないのだ。
今回のこの暴力団事務所の調査もつい先日にこの事務所近辺で人間が消えた事から捜索をする事が決定したのである。犯人に直結する手がかりが見つかるとは思っていなかったが…イレイザーヘッドは苛立つように通信用インカムを弄りながらサイドキック達や共闘しているヒーローたちの通信を待っていた。
ふと部屋の隅へと視線を傾ける。その部屋の隅にはもう一つ別の部屋があった。言いようのない違和感が相澤を襲う。そのまま注意を払いつつも、相澤はその部屋へと通じる扉へ手をかけた。どうやら鍵はかかっていないようだ。
ほんの少しの抵抗感とともに、ドアノブがかちりと音を鳴らして回った。それはあまりに簡素な空間であった。部屋の中には物一つおいてなく、部屋の隅には塵一つ堕ちてはいなかった。そして部屋の中央には一つの机がおいてあり、その机の上には……
「ゲーム機…?」
それは一つのゲーム機であった。見たところ随分と古い世代のゲーム機のように思える。名称は確か…ジョイステーションだっただろうか。
最早4世代も5世代も古い随分と旧式のゲーム機であるが、隠れだけゲー(隠れた良作品&そのハードにしか登場しない作品)が多いとの事からマニアには堪らない逸品である。今の時代からすれば、相澤自身プレイしたこともないような古いゲーム機だ。
『ゲーム機がどうかしたのか』
「暴力団の部屋にゲーム機だけが置いてある…妙だな」
『彼らだってゲームくらいするんじゃないか?』
「随分と古いゲーム機だぞ…それにこの部屋だけ異様に綺麗すぎる」
そうなのだ、血と埃にまみれた暴力団の事務所。隣の部屋には飲みかけた酒瓶やら菓子の袋が乱雑に置かれていたり、脱ぎ散らかした衣服が辺りに散らばっていた。にも関わらず、このゲーム機がおかれた空間だけが妙に綺麗な…いや、綺麗すぎるのだ。
ふとゲーム機に近寄って観察を行う相澤。見たところ、このゲーム機は新品同様だ。古いゲーム機に特有な傷や劣化に伴う焼けの現象が極めて少ない。言葉にしにくい、奇妙な感覚を味わう。ともあれ、このゲーム機も押収品だ。後のことは警察官達に任せるべきだろう。
「こちらは既に全員捕縛布で拘束中だ」
『分かった、サイドキックへの連絡と警察への連絡だな』
「あぁそうだな。それと一応救急車の手配も…」
ふと会話に意識を向けながらそっと手で机に触れてしまう。相澤自身も無意識下での行動だったのだろう。彼はその危険性を理解しないまま、その行為をしてしまう。その行為がトリガーとなってジョイステーションにセットされたとあるゲームソフトが起動してしまった。
ゲーム機に触れながら話し込む
ゲーム機に、触れてしまう
「とにかく警察に連絡を…なっ!?」
『どうした!おい…返事をしろっ!』
「か、身体が…一体これはっ!!?」
ジョイステーション本体に触れた部分から力が吸い取られる。まるで生気を吸い取るように、全身の力が見る間に抜けていく。相澤は反射的に手を引こうとするものの、手で触れた箇所はピクリとも動かなかった。まるで鎖で縫いつけられたように動けない彼の左腕。そうしてイレイザーヘッドは…相澤消太の身体はあっという間にこの部屋から消失してしまった。
何もない空虚な空間に
ゲーム機のロード音だけが響き渡る
それはかつて多くの念能力者達を引きずり込んだ悪夢のようなゲーム。中に入ったが最後、そのゲームプレイヤーは現実には戻れないとまで言われた幻のゲーム。部屋の中には一つのゲーム機だけがおかれている。そのゲーム機に挿入されたゲームディスクには『GREED ISLAND』と刻印されていた。
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2話
「グリードアイランドへようこそ、プレイヤー様」
「あ?」
「御案内役を務める、イータです。どうぞお見知りおきを」
ふと、目が覚める。相澤は見たことも無い空間に立っていた。壁一面に刻まれた謎の象形文字に、びっしりと埋め込まれたコード類。壁の模様は時折点滅を繰り返しており、地面からは時折妙な光源からの光が漏れ出ていた。
中でも目を引くのはまるで巨大な筒のように囲まれたその空間の中央部である。そこには宙に浮いた椅子がありその椅子には一人の少女が座っていたのだ。随分と特徴的なヘッドギアを着けており、その機械の端々からは美しい銀色の髪が見える。
その美しく整った顔立ちは人間味が薄く、にっこりとほほ笑む様はまるで人形のように現実味が少なかった。この部屋の妙な雰囲気と合わせるとどうだろう。随分とタチの悪いSF映画に出てくる電子空間のようではないか。
「ここはどこだ?」
「はい、ここはグリードアイランド。旅人達が集う欲望の島、グリードアイランドです」
「正直に吐け、目的はなんだ。暴力団の仲間か」
「これよりゲームの説明を行います。大切な説明ですのでどうぞお聞きください」
「お前達が集団誘拐事件の犯人か?お前の個性についても正直に答えろ」
「まずは指輪の授与を行います。利き手を前へと差し出してください」
「説明が遅れたな。俺はプロのヒーローだ……正直に吐かない限り、お前達を誘拐事件の関係者としてみなし、武力行使をせざるを得ない。もう一度言うぞ。お前らの目的を吐け」
「私共は旅人達の案内人。皆様への御案内をするのが役目です」
「…あぁそうかい。言い訳なら後で事務所でたっぷりと…っ!?」
地面を蹴り飛ばし件の少女、イータへと走り寄り拘束することを試みるイレイザーヘッド。瞬間、彼はいきなり地面へと膝をついてしまった。馬鹿な、個性を発動する瞬間など無かったはずだ!混乱する彼に対してイータはにっこりと微笑みながら会話を続けた。
「この空間ではオペレーターへの武力行使はゲームマスターによって禁じられています。もう一度先程のような暴力行為をなされますと規約違反としてペナルティーが下されますが宜しいですか?」
「……」
「はい、理解して頂けたようで何よりでございます。それでは再び説明を行いたいのですが構いませんか?」
「…ここはゲームの中か?」
「はい、ここはグリードアイランドです。貴方様にはこれからゲームをプレイして頂きます」
「…続けろ」
不愛想にそうつぶやく相澤。先殿彼女の会話から推測するに条件発動型の個性であることは間違いない。個性を行使したのは目前の彼女ではなく別の誰かの可能性もある。ワープ系の個性、それから体力を奪う個性。敵に回すと非常に強力な個性である。きっと今のこの状況も監視カメラか何かで随時観察されているに違いない、あまりにも厄介だ。
彼女は言った、ここはゲームの世界であると。つまりはそういう体裁なのだろう。狂っているとしか思えぬ言動である。だが彼女には厄介な能力があるのもまた事実、ここは一度奴の言うごっこ遊びに付き合うふりをして情報を集めなければならない。
なによりも誘拐事件に関与しているのなら人質がいる可能性がある。ひとまずはこの連中のたわごとに付き合って情報収集する必要がある。そう考えた相澤はいつでも動ける態勢を取りながら彼女へと言葉の先を促した。
「それでは…ここはグリードアイランド、数多の人間達の欲望がうずめく島です。貴方はここにひと時の夢と冒険を求めてやってきた旅人です」
「……なるほどな」
つまりは、そういう設定なのだろう。幻覚を見せる個性とやらの可能性も浮上する、ここまで手の込んだいたずらをする以上は眼前の奴は狂人で確定だ。
相澤は苛立つように貧乏ゆすりを繰り返しながらそっと女と、それから自身の周囲を可能な限り観察し続けた。もしも商品のタグやら窓からの景色、犯人たちが身に着けている証拠品の一つでも落ちていればそこから足跡が追えるのだが…残念な事にその空間は塵クズ一つ落ちてはいない密室であった。
周囲を隈なく観察しながらも決して自身から目を離そうとはしない挙動不審な男に対して微笑みながら、イータは自身の懐から箱を取り出した。掌サイズの小さな箱が、宙を漂い相澤のもとへとやってくる。その箱の中には、これまた美しい装飾が施された指輪が一つ入っていた。浮遊系の個性までもっているのか…、と相澤は小声で小さくつぶやいてしまう。
「この指輪を身に着けてください」
「……拒否したらどうなる」
「はい、ペナルティーとなります」
「……」
しぶしぶと彼女の言うことに従う相澤。その指輪には見たことも無い象形文字がびっしりと刻まれており、どことなく地方民族の工芸品でも彷彿とさせるデザインであった。自身の人差し指に、無言のまま嵌めてみる。不思議とその指輪は彼の人差し指にぴったりとはまるサイズであった。
「このゲームのセーブデータは全てその指輪に記録されます。決して紛失されないようにご注意ください」
「……続けろ」
「このゲームでは、その指輪を嵌めれば、どなたでも使える魔法が二つあります。それでは指輪を嵌めた手を前方へとかざし’ブック’と唱えてください」
「’ブック’……あのなぁ、一体これで何が…っ!?」
突如、空中から本が現れる。それは見たことも無い文字が刻印された本であった。中央には連なるような円が幾つも並んでおり、その周囲には四つの小さな三角のマークが並んだ特徴的なデザインが装飾されている。
馬鹿な
あり得ない!
一体どういう手品なのだろうか。思わず本を握りしめ動揺してしまう。これも幻惑系の個性なのだろうか。しかし、この本の手触りも指先の感覚も、どう見ても現実にしか思えない。にもかかわらず彼がブックと唱えるたびに目前の本は消失したり、また出現したりを繰り返す。
「このゲームは指定されたカードを集める事が目的です。そちらの
「本が…あり得ない…」
「ページをめくって頂けますか?番号が割り振られたカードポケットを御覧下さい」
「……これか」
「その一冊の本で指定ポケット100枚・フリーポケット45枚分のカードを収める事ができます。プレイヤーの皆さまは指定ポケットカードを100枚、コンプリートする事で見事ゲームクリアとなります」
「…まさか、これは本当にゲームなのか」
「はい、グリードアイランドは皆様に楽しんで頂く為のゲームですよ」
全力で頬をつねる。無論、頬をつねったことで相澤は鈍い痛みを感じてしまう。この頬の痛みこそが夢ではないことを彼に証明する。だが、それならば尚のことおかしい。この空間も、宙に浮いている女も、突如現れたこのも、全てが現実という事になってしまうのではなかろうか…。
皮肉なことにここに来ることなった経緯は全て覚えている。謎のゲーム機に触れた事で、全身の力が抜けた事も。自身が消えゆく瞬間の部屋の光景も。最早全てが異常であった。最も異常な事はこの目の前の光景が、相澤自身が
異形型を除く全ての個性は相澤ならば消す事ができる。ならば、消す事ができない目の前の超常現象は本当に個性によるものなのだろうか…
「……1つだけ聞かせろ。もしも、これが本当にゲームだとして…既に中に入った人間はいるのか」
「はい、現在211名の人間がゲームをプレイしています」
「に…211名…」
200名以上もの人間がこの狭い空間にいるとはとても思えない。ならば、別の空間へと送り込まれてこの狂人達の言うゲームとやらに参加させられているのかもしれない。ゾクリとした怖気が相澤に走った。目の前にいる奴らは善悪を通り越した狂気だ。絶対に許してはならない
「はい。そのうちのほとんどのプレイヤーが始まりの街から出る事も出来ていません」
「…なるほどな。そういうやり口か…っ」
「このゲームに入った場合、プレイヤーの皆様は’とあるアイテム’を手に入れるか。またはゲームをクリアするまで元の世界へと帰還する事はできません」
「…ゲーム内で死亡した場合はどうなる」
「はい、ゲーム内での死は現実世界での死を意味します。その場合プレイヤーデータは消去されます。
「そうか分かった。お前らの薄汚い魂胆はよく分かった」
はっきり言ってこれはあまりにも非日常的であった。これが一体どんな個性なのか、そもそもどのような原理であれば再現できるのか。それらも一切が不明なこの状況。仮に電子的な…それこそ魂を操る個性があったとしよう。そのことを加味してもあまりにも不可解で不可思議な現象だ。だが何にせよ、目の前にいるこの女達の目的は分かった。
この女は一般人へ危害を加える事を楽しんでいる
つまり、憎むべき快楽殺人者の類だ
相澤の心は決まる。被害者がいるのなら、助けを求める人間がいるのなら。立ち上がるのがプロヒーローなのだから。まずは情報収取だ、機を見て外にいるヒーロー達へと連絡を取ってしまえば、晴れてこの狂人共は
「まっていろ
「それが貴方のお望みなのでしたら。改めてようこそ、グリードアイランドへ」
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3話
「これは…驚いたな…」
溜息を、つく。相澤の目の前にある光景はどうみてもゲームのものとも思えなかった。ここにくる直前までは幻惑系の個性の可能性も疑っていたのだが…大自然が広がる草原に降り立った時からそんな希望はとうに捨てていた。まるでアフリカのサバンナを思わせるような大草原。この頬をなでる風も、踏みしめる大地も、とても幻惑や
思い切り、走り抜ける。始まりの塔を叩いて材質を調べたり落ちていた石ころを可能な限り遠くまで投げる。無論、それで景色がペイントされた壁が確認出来る訳でもなく、幻惑が解除されたりだのといった事もない。そこに広がっているのはどこまで現実の光景であった。相澤は今度こそ、気落ちしたように地面に寝そべった。
「……そろそろ30分か」
あの
相澤が消えた事を不審に想い、あの事務所にだれか駆けつける。そうしてゲーム機に触れればこの世界に来ることも可能なはずだ。事件直後まで同僚のヒーローと会話をしており、ゲームの件についても会話している。あの優秀な同僚ならばあるいは…この始まりの塔からもうじき誰か来てもおかしくはない。
「……行くか」
そういって草原から立ち上がる相澤。ゲームをスタートした人間が別の箇所から現れる可能性もあるし、時間が等間隔で流れているという保証が有るわけでもない。最悪の場合ゲームで百年過ごしても現実では1時間も立っていない…だなんて浦島太郎のような現象が起きても不思議ではないのだ。考察を重ねても答えが出ないのなら、これ以上時間をかけて待ち続けるのは非合理的だろう。そうして相澤は腰をさすりながら小さく、一歩を踏み出した。
そして始まりの場所からほどなく、獣道のような場所を見つける。不自然でない程度に整備された道路だ。まるでここを行けとばかりに馴らされたその道筋に対して眉をしかめながら、相澤は歩き出す。
ただ、歩き出す。時間にして10分程度だろうか。ほどなくすると遠目から建物の景観が現れだしたではないか。その道を辿ってほどなくすると、彼はとある街へとたどり着いた。
それは巨大な街であった。ヨーロッパのような街並みであろうか、まるでフランスのパリあたりでも彷彿とさせるようなどことなく洋風の街であった。
北欧風の建築群であった。2Fから3F建て程度の小さな建築物が群れるようにして並んでおり、そのどれもが橙色やライトイエロー色といった明るい傾向の塗装色が施されていた。街を歩くNPCも髭を蓄えてパイプを嗜む老人や会話を楽しむ少女たちといった個性的な人物ばかりであった。
「『たずね猫』を見つけてくださった方に『呪われた幸運の女神像』と少額の謝礼金を差し上げます……か」
おしゃれなカフェテリアの横に張られた掲示板を眺めながらそうつぶやく相澤。どうやらここではこの掲示板に張られた小さな用紙がクエストに該当らしい。中世風の小説で冒険者にクエストを紹介するギルドのような役割なのだろか。新聞紙を読んだまま没頭する恰幅の良い中年男性の隣で相澤は無言のままその掲示板を見つめた。
ふと空を見上げてみる。すると、街の入口付近の垂れ幕には見たことも無い象形文字が連なっているのが観察できた。そっとその文字に集中してみると、驚くべきことにその文字の意味する内容がすっと頭に浮かんでくるのだ。
『懸賞の街アントキバへようこそ』
「…まずは情報収集か」
溜息を、つく。そうして彼は再びとぼとぼと肩を落としながら歩き出した。どうやら捕縛布やスマートフォンといった道具はゲームマスターにとって異物であると判断されたらしい。ここには持ち込むことすらできなかったのだ。ともあれ、ここが本当にゲームの世界であるならばまず序盤はゲームの情報を集める事が先決であろう。
「ゲームなんて学生の頃以来全くやってないんだが…」
どうやら肩を落としている理由はそれにあるらしい。彼自身、このゲーム大国日本の産まれである。RPGと言わず有名どころのゲームには一通り触れてはきた。とはいえそれも小さな子供の頃の話である。いつしか成長するにつれゲームとは疎遠になっていき、高校に入るころには自然とテレビゲーム等卒業してしまったのだ。
もしもここに友人である山田がいれば心強かったのだが…そう一人ごちながら彼はアントキバの街を歩いて行った。
「アイヤー!お兄さん旅人アルか!」
「現実へ戻れる方法について、何か知ってるか」
「’現実へ戻れる方法’?なにアルか、それ」
「……いやなんでもない」
店員である中華服を着た女からの、聞き飽きたセリフに眉をひそめる。どうにも情報収集が芳しくないようだ。このゲームの情報、カード、現実へと帰還できるアイテムに関してNPCである街の住人に根気よく聞いているのだが帰ってくる返事は決まって「〇×?なんだそりゃ」であった。どうやら特定の会話にしか返事をしないルールとなっているようだ。
こうして街で入った小さな中華料理屋の中で彼は溜息をついた。そんな男に対してNPCである中華服を着た女は朗らかな笑顔と共に楽し気に他の客に対して注文を取っていく。その様子を眺めながら、相澤は小さな声でブックと唱えた。その本から街で収集したとあるカードを手に取ると、彼は改めて小さな声でこう唱えた。
「ゲイン」
呪文を唱える。するとその呪文に応じてカードが実体化しとあるアイテムが彼の掌へと戻った。手のひら大に収まるそれは…
No.21449 石
入手難易度: H カード化限度枚数:∞
道端にあった何一つ変哲のない石である。そっと掌でなでれば石特有の感触があるのが分かる。もう一度ゲインと唱えるものの何も起こらない。どうやらこれもまたルールらしい。一度ゲインと唱えた物はもう二度とカード化しないようだ。
「おそらくは攻略にはこれが関係するのか…次は武器の入手か」
RPGの定番で言えば「情報収集」→「雑魚モンスター狩り」→「武器を入手」→「更に強い敵へ挑む」といったプロセスが一般的である。ここでは石、のように武器を入手してゲインして使用。そしてその武器で戦うというといった順序がこのグリードアイランドでの攻略定番の流れなのだろう。独り言をつぶやきながら、思考にふける相澤。
そんな彼のもとへチャイナドレスを身に着けた女がやってきた。弾けるような笑顔をした彼女はニコニコと嬉しそうな顔をしながら相澤に料理を持ってきた。
改めて、目の前の女を観察する。彼女は紅く、中華風の竜の装飾が施されたチャイナドレスを身に着けていた。深いスリットからは女性の脚や太ももがちらりと見えており、頭部は
よく出来ている…どころではない。NPC自身が定型の行動や特定の会話しかしないという縛りがあるからこそ判別できた。が、その縛りすらなかったらどう見ても普通の人間としか思えないのだから。相澤自身、ここに来た当初は出会う人間全てに話しかけ回ったものだ。
ここグリードアイランドでは彼女同様に、NPCの造形は凝った外見をした人物が多かった。相澤自身、幾つかの店で全く同じ外見をした派生NPCを見なければとても信じられなかっただろう。とはいえよくよく見れば特定の動作を繰り返していたり特定の言語にしか反応しなかったりと、特徴自体が丸きり無いわけでもないらしいのが救いである。
「アイヤー!おまちどさんネ!ラーメンアルよ!」
「…どうも」
中華娘の持ってきたラーメンをずるずるとすする。ゲームに来てまでラーメンかよ、と思わなくもないが先程の小クエスト<困っている老人のお手伝い>程度では小銭程度しか稼げなかったのだ。そもそもゲームの世界だというのに腹は減るし、身体は疲れるしでもう訳が分からない。
VRゲームというものを究極的に突き詰めていけばこのような世界が産まれるのだろうか。そうレンゲを動かしながら考察を行った。ともあれ、まずは定期的な収入先の確保と情報収集である。
「アイヤー!またお姉さん来てくれたアルか!」
「あはは…い、いつものでお願いします…」
ふと店の入口から声がする。その声の先へと視線を向けると先程こちらにて接客をした店員ととある一人の女がいるのが見えた。店員の弾むような声とは裏腹に、その女は疲れきったような表情をしながら肩を落としながらとぼとぼと、相澤の隣のカウンター席に座った。
この女…どこかで…
そう思った相澤。ふと彼の視線を感じたのだろう、その女も相澤の方を見返した。交わる視線、2,3秒の後、女は突如大きな悲鳴をあげた。
「あ、貴方…イレイザーヘッド!?イレイザーよね!!」
「…けほっ!?」
口に含んだラーメンを思わずむせてしまう。突如こちらににじりよってきたその女は相澤の肩を抱きながら大きな声で問いかけてきた。両肩を掴んでゆさぶるように、その女は今にも泣き出しそうな顔で更に問いかけてきた。
「ごほっ…だ、誰だお前は…」
「あぁ良かった…応援が来てくれたのね…漸く助けが…っ!」
「だから一体誰だ!というか一体何を…っ!」
「私よ、ウワバミよ…っ!」
「ウワ…バミ…っ!?」
「気が付いたら
スネークヒーロー ウワバミ
個性『蛇髪』を持つプロヒーローであった。彼女は自身の髪に蛇を宿した異形型のヒーローであり、その蛇特有の感知機能から偵察や潜入任務を得意とするヒーローである。なによりも彼女の目を引くのはその持ち前の美貌である。様々な企業の広告やCM出演も担当するアイドル活動に長けた女であり、男性や若い女性からの支持が高いプロヒーローである。
相澤自身も何度か仕事で接点を持った事もある。ある…のだが、これは一体どういう事なのだろうか。相澤の目の前では彼女の特徴であった蛇髪が消えていた。ただの、普通の無個性となってしまったウワバミが涙を零してすすり上げるようにして泣いていた。
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4話
「お前…ウワバミか…?その恰好…いや、個性はどうした…」
泣きじゃくる女に対して相澤は問いかける。確かにプロヒーロー自身も何人もこの事件の捜索に参加していたし、行方不明になったヒーローの存在も何人か聞いていた。ここにもプロヒーローがいる可能性は考えていたのだが…なにはともあれ、まずは彼女から事情を聞くべきだろう。
中華料理屋で一人すすり泣くウワバミに対して相澤はそっと水を差し出すと、そのまま会話の続きを促した。
「ここでは個性は使えない…私たちは強制的に無個性になるの」
「む、無個性に…?まさか、異形型も含め全ての人間が対象なのか…っ!?」
違和感自体は感じていた。プロヒーローもいるかもしれない、何より一般人にも強い個性を持ったヒーロー志望や職業で個性を生かしている人間も多く存在しているのが現代の個性社会である。
にも関わらず、全くゲームを攻略した人間の話を聞かないからと不審に思っていたのだが…まさかそういうカラクリがあったとは。相澤は苦い顔をしながら会話の先を促した。
「他にプロヒーローはいないのか?」
「二人いたわ…ただ」
「ただ?」
「一人は殺された…この街を出てすぐの渓谷でモンスターに噛み殺された」
「……そうか、もう一人は?」
「分からないわ…彼が殺された後にモンスターに囲まれたんだけど…その時に助けられたはず…」
「そいつの名前は?姿を見たんだろう」
「見た…はずなんだけど。分からないわ」
「分からない…?」
「彼女の背後しか見えなかったの…身分証明用のヒーローバッジは身に着けてたからヒーローであることは間違いないと思うんだけど…」
「……」
いまいち要領を得ない説明である。ともあれ彼女の話によるとこのゲームには既に三名以上のプロヒーローがおり、そのうちの一名は既に死亡<<リタイア>>したという事だろう。とすると…このゲームにはやはり死のリスクがある敵との戦闘があり、そして自分たちはそれに個性を使えぬまま対応していかねばならないという事になる。非常に厄介な事態であった。
彼女自身もよく分からなかったというヒーロー。つまりそいつは元々は異形型のヒーローなのだろう。ここに来て無個性となった事で姿が変わり、ウワバミにもその正体が分からなかったという事だろうか。
会話から察するに女らしいが…ともあれ、まずは件の彼女となんとかして合流することを目指さねばなるまい。
「とにかく動けるヒーローは俺達しかいないんだ…お互いに協力するぞ」
「そ、そのことなんだけど…もうちょっと人が来るまで待たない?」
「は?」
「個性も使えないなら…私たちはただの一般人だもの…だから…っ!」
「もう一遍、そのふざけた台詞を言ってみろ」
つい、語気が荒くなってしまう。机に拳を叩きつけて怒りを露わにする相澤に対してウワバミはびくついたように身体を縮こめてしまった。そんな彼女に対して相澤は尚も言葉を続けた。
「俺たちはプロヒーローだ。個性の有無なんて関係ない…一般人が救助を待っているなら行動するのは当たり前だろうが」
「あ、貴方は外の化け物共を知らないからそんな事言えるのよ!!」
「……」
「わ、私の目の前で…彼が……振り返ったときには彼の身体にはもう首がなくなってた!残ったのは脚一本だけで…それすらもいつの間にか消えてしまって…っ…それで…」
ウワバミが嗚咽を交え、ボロボロと涙を流しながら主張する。彼女自身の言うことも分からんでもない。目の前で同僚を殺されたのだ、現在の彼女は怯え切っていた。ヒーロー飽和時代とも呼ばれる現代社会、ヒーローたちは相性のいいヒーローやサイドキックと協力をする事が日常的である。ましてや偵察や諜報といった分野が得意とする非戦闘系のヒーローであるのが彼女だ。
異形型である彼女が突如無個性になってしまったのである。産まれ持った時から在った個性が、無いのだ。精神的に脆くなっているのも、無理はないのかもしれない。
PTSD、精神的なストレス障害。戦場帰りの兵士や犯罪被害者がかかると言われる病、俗にいうトラウマである。ヒーローとて人間なのだ。挫折することも、トラウマを抱えて恐怖する事も当然なのだ。
けれど
だからこそ許せなかった
「ここで待っていれば救助隊が来るはずよっ…だから私と一緒に…」
「その救助隊が来るのはいつだ?一週間後か、それとも一か月後か?」
「……」
「俺はここに来る道中、何人かプレイヤーを見てきた…なら分かるだろ、ウワバミ…」
瞳が死んでいた
イレイザーヘッドが声をかけた人々。主婦・学生・サラリーマン。中には警察官なんて存在もいた。彼らは生まれて初めて個性を使用できないというこの極限的な状況におかれ、パニックを引き起こす寸前であったのだ。
個性が扱えず、わけのわからぬ空間に連れてこられて生活を行う事が出来るものなどそういない。それを思えば、むしろこれまで良く持ったというべきなのだ。
出会った瞬間涙を流すもの、助けを乞うもの。いまだに救援をよこさない政府やヒーロー達に対して怒りを露わにするもの。実に様々な人間達がいた。だがその誰もが…皆…瞳に不安と恐怖を抱えていたのだ。それを見て、相澤は決心したのだ。どんな手を使っても彼らを救うのだと。
「プロは個性が強いからプロなんじゃない…どんな状況でも諦めないからプロヒーローなんだろうが」
「……」
「それを忘れた今のお前はただの腰抜けだ」
「……無理よ、個性が使えないなら…私たちなんて…」
「それでも出来る事は有るはずだ…きっとな」
そう言って、店を出る。背中に感じる痛いほどの視線を背負いながら、相澤はそっと店の引き戸に手をかけた。澄み渡るような青空が心に染みわたる。女のすすり泣くような声と、空になったラーメンの器だけがその場に残された。
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5話
この現代社会において個性の恩恵を受けていないものは限りなく少ないであろう。皆多かれ少なかれ個性の恩恵を受けているものだ。ましてやそれがプロヒーローともあれば猶更である。
『ヘルフレイム』のエンデヴァー
『ファイバーマスター』のベストジーニスト
『樹木』を操るシンリンカムイ
いずれも紛うことなきトップヒーロー達である。彼らは多かれ少なかれ、否というよりもその全てが個性を活用しヒーローへと至ったのだ。断言できる、ただの無個性では彼らはヒーロー足りえない。もしも彼らが個性を使用できなくなれば、全員がヒーローとしての活躍をすることは出来なくなるだろう。
その点で言えばイレイザーヘッドである彼、相澤消太がこのゲームに迷い込んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。少なくとも彼は個性に依存していないという類まれなケースだったからだ。
彼の個性は『抹消』。目で見たものの個性を消失させるという強力にして独自の個性を所持しているからだ。彼の戦闘形態は敵の個性を抹消し、接近したのちに捕縛布を使用するというスタイルである。つまり…彼はこのヒーロー社会において例外とすら言っていい、戦闘力に直接『個性』が影響しない貴重な存在なのである。
だが、このゲームに入った際には自身の手元にあったはずの捕縛布は消失していた。おそらく、武器の類はこのゲームには持ち込めないのかもしれない。だがそんな戦闘に秀でた彼も目的地である魔法都市マサドラへと辿り着く事すら出来ないでいた。彼は汗をぬぐいながら自身の数km背後で佇むアントキバの街の方角を眺めた。見渡す限りの岩、岩、岩石の景色。茶色い渓谷の世界から、彼は抜け出すことが出来ないでいた。
アントキバから山を越え、北へ80km程まっすぐ進むと湖がある。その湖沿いに進む事こそが魔法都市マサドラへたどり着ける正規ルートである。つまり、相澤自身が辿ってきたように、道中山賊が出てくる山を経由したルートの方が比較的危険が少ないのだろう。その点を考えるとウワバミ達は一体どのルートから攻略を行っていたのだろうか。
道中出てきた山賊はまだ良い。対人戦闘等相澤の
相澤はこのヒーロー社会においては『個性に依存しない』という最も稀有な存在であることは先程述べた。だが、そんな彼でもこのゲームの攻略は非常に難を極めた。
最初の方に出会った敵『一つ目巨人』に関しては、なんとか倒すことができた。4mから6mの大きさはあるだろう複数人の一つ目巨人。巨大な棍棒を持ったいかにもな
「…クソっ」
思わず悪態をついてしまう。自身の目前で剣を構える
渾身の力を込めた前蹴り、だがそんな攻撃は眼前の鎧騎士には通じなかった。まるでダメージなどないと言わんばかりにまた立ち上がり、攻撃を繰り出してくるのである。
攻撃自体は単調である。避けて、反撃を繰り出すことはそう難しくはない。問題なのはそんな鎧騎士が自身の目前に
(最初から随分とハードなゲームじゃないか…作った人間の神経はどうなってるんだ)
当たれば骨折では済まなさそうな威力である。今もなおこちらを殺す気で剣を振り下ろしてくる鎧騎士の攻撃をなんとか躱す相澤。こちらの攻撃が全く通じている気配は無い。つまり、一定以下の攻撃は無力化されるという事だろうか。脳内で考察を重ねながら必死に生きる道を探す。
そんな中突如、鎧騎士の動きが止まる。彼らは動揺したかのようにびくりと身体を凝固させるとそのままばらばらと音を立てて崩れ始めた。な、なんだ…一体…。突如崩れた敵キャラに対して相澤はいぶかし気に見つめながらも油断なく構えを続けた。
ドシン
ドシン
突如鳴り響く土鳴り音。どうやら音の正体は背後からなってきた物らしい。相澤は戦闘によって荒げた呼吸を整えつつ、そのままふと背後を振り返ってみると…
「おいおい…冗談だろ…」
呆然とつぶやく。相澤の目の前にいたのは…山のように巨大な爬虫類であった。
全長30m…いや40mはあるだろうか。とても正確に分析している暇などない。全力で渓谷を道なき道を駆け抜けるイレイザー。そんな彼を今にも飲み込まんと大口を開けながらその巨大なトカゲが駆けてきた。『メラニントカゲ』Eランクのモンスターである。
もともとグリードアイランドとは念能力者がプレイする前提のゲームである。念能力者とはつまり、オーラを自在に操ることの出来る超人という事である。つまり、彼らの身体能力は常人の比ではないのだ。
だがこのグリードアイランドは何らかの影響を受けたせいか本来のゲームの仕様とは異なってしまったのだ。本来は念に目覚めた人間が発をする事でオーラを認識。オーラを発した対象者を別の場所へと強制移動させるという仕組みである。つまりは発という行為をトリガーとしてこのゲームは起動する。
それに対しこの並行世界転移したグリードアイランドは「手で触れた人物のオーラを認識し、触れた対象者を強制転送させる」という非常に厄介な性質へと変化してしまったのだ。
オーラ自体は全ての生命に存在する…つまり、手で触れたら最後、二度と出る事の叶わぬ悪夢のゲームとなってしまったのである。念能力者であっても苦労するこの序盤の敵は、個性すら使用する事のできなくなったこの世界の住人にとってはまさしく鬼門なのである。
死ぬ気で駆け抜ける
本来このモンスターは非常に独特のオーラを発している為、そのオーラを見分ければ戦闘を避ける事ができる。仮に遭遇しても『絶』を使用すれば簡単にプレイヤーを見失うという救済措置も施されている。だが勿論、念はおろか『オーラ』についてすら知らない相澤にとってはあまりに強すぎる敵であった。
「おいおい…なんて馬鹿げた威力だ…」
呆然としたままつぶやく。メラニントカゲが頭から突撃した結果だろうか、相澤の目前ではあれほど巨大で頑丈で会った岩壁に巨大な孔が空いていた。音を立てて崩れていく大量の岩に囲まれながら相澤は自身の肉体に活を入れ、その場からの脱出を試みた。当然、敵がそれを見逃す筈もない。メラニントカゲは大口を開けながら哀れな餌へと迫った。
「食われてたまるか!!」
「グゥォオオオン!?」
本からゲインした石をトカゲの目へと投げつける。成人男性の渾身の力を込めた一撃にたまらずひるんでしまうメラニントカゲ。無論、その程度で念で作成されたこの敵が倒せる訳もない。怒りを露わにして周囲にある岩壁ごと相澤を押し潰さんと試みるメラニントカゲ。
当然、むざむざと殺されるイレイザーではない。メラニントカゲが標的を見失った事を確認したとたん、相澤は近くの岩場に飛び込んで息を殺して身を潜めた。痛いほど鳴りやまない心臓の鼓動を無理やり押さえつけながら岩場の陰から敵を注視した。
「ハァ…クソっ…あれがこのエリアのボスか」
相澤が、そう勘違いをしてしまうのも無理はない。あの巨体、あの戦闘力である。表の世界に出れば間違いなく凶悪な敵指定され、プロヒーロー達による集団討伐対象とされる事だろう。皮肉な事は、メラニントカゲがこのゲームではEランク(最低ランクから三番目)程度の敵という事である。とにかく一度街へ街へ戻らなければ…っ!そう相澤は決心しそのまま走り去ろうとして…
「…なっ」
死角から迫りくる2体目のメラニントカゲに気が付かなかった。そのメラニントカゲは今にも相澤を飲み込まんとばかりに大口を開けていた。ぬちゃぬちゃと粘液を引く化け物の巨体とその口腔に、ゾッとする相澤。そうして、その哀れな男をそのまま飲み込もうとメラニントカゲは進撃を始め…
「うらっしゃぁあああああ!!!!」
「っ!」
突如横から弾丸のように飛び込む褐色の人物によって蹴り飛ばされるメラニントカゲ。一体何が起きたのだろうか。喜びよりも困惑が勝ってしまう。そんな中、場に飛び込んで来たその彼女はにやりと笑うと、メラニントカゲに対して挑発のようなジェスチャーを行った。
「きな!私が相手だ!!」
彼女の挑発に当てられたのだろうか。勢いそのままに体当たりを繰り出そうとするメラニントカゲ。そんな奴の突進を、
弾丸のような速度で飛び出す。恐ろしき速度でメラニントカゲの巨体を駆け上がった彼女は、そのまま空中で一回転を行い…奴の背中めがけて強烈な回転蹴りを繰り出した。
ハイエンド脳無すら唸らせた強靭な一撃である。それはメラニントカゲが纏ったオーラすら上から吹き飛ばすような恐るべき威力であった。その一撃にたまらずノックダウンしてしまうメラニントカゲ。彼は抵抗虚しく、そのまま彼女の手によって一枚のカードへと変化させられてしまったのであった。
もう何がなんだか分からん、そんな困惑中の相澤に対してメラニントカゲを蹴り飛ばした彼女は高笑いをしながら勝鬨を挙げた。
「ハッハー!巨大トカゲゲットだぜェ!!」
「グゥッ……お、お前は…」
「うん、誰だお前?
振り返る、彼女。そこにいたのは一人のプロヒーローであった。ヒーロー:ミルコ。個性『兎』を持つ、若手の中ではトップクラスの実力者である。特徴的な兎耳とはち切れんばかりの肉体美が特徴的な彼女。だが相澤の目の前には本来の兎耳と身体能力を失った彼女がそこにはいた。
<正史のGI>
・(発をトリガーとして)対象者内に存在するオーラを認識。対象者を別場所へと対象者を強制移動させる
・セーブが出来なくても良いなら何人まででもプレイ可能
<並行世界版GI>
・(身体の一部分が触れる行為をトリガーとして)対象者内に存在するオーラを認識。対象者を別場所へと強制移動させる
・プレイできる人数は限定
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6話
懸賞の街アントキバにも夕暮れは訪れる。太陽が落ちかけたころ、街並みは変わり、周囲には飲食の為の出店や軽食の為のベンチが現れだす。街灯が灯り出す頃を目安に、突如地面から屋台やゴミ箱等が出現し始める。どこからともなく太鼓やハーブの音楽が鳴り出し、周囲にはエスニックな音楽が流れ出すのである。
実に異国情緒溢れる景観である。あらゆる文化が入交じりここでしか見られぬ光景となっている。肉が焼ける心地よい香りと酒に興じるNPC達の笑い声が溢れてくる。そんな中、出店の一角のベンチに座った相澤は悲痛な声をあげた。
「Eランク…だと…っ!?」
メラニントカゲE-100
『牛をも丸のみにする程の巨大なトカゲ。押されるだけで気絶してしまう程の敏感なほくろが背中にある。それを隠すためか全身が大小様々な斑点模様でおおわれているのが特徴。そのほくろは’とあるエネルギー’によって覆われている』
カードテキストにはそう記されていた。あの巨体でトカゲとは一体…いいやそんなことよりも気にするべきはこのランクである。Eランク、それはつまり最低ランクからそう遠くない階級。つまりは雑魚敵という事である。あれだけ苦労して得たものがEとは…相澤は髪をかきむしって爆発しそうな苛立ちを無理にでも押さえつけた。
自分は彼女に助けてもらえなければ死んでいた、それも最低にほど近い雑魚敵に。その事実に苛立ちを隠せない。ウワバミに対して大口を叩いた自分に、それでも成しえなかった己の弱さに腹が立つ。今もなお笑顔でモンスター肉にかぶりついているミルコに対して改めて礼を告げながらも、相澤は尚もカードテキストを注視し続けた。
「……」
「どうした?肉喰わないのか?強くなれないぞー」
「……後で食べる」
ミルコからの言葉に空返事を行いながら、相澤はカードの一文に着目した。とあるエネルギー…またである。この単語が出てくるのは実に三度目だ。これがゲームであるとするならば、冒険を始めたばかりの己が弱いのは当然である。もしも正当な攻略法があると仮定するならば。やはりこのエネルギーとやらが攻略の為の鍵となるのではなかろうか。
溜息をつきながら、ミルコが購入してきた小さな肉の串焼きへと手を伸ばす。匂いを嗅いでみるものの、なんの素材の肉なのかすらも分からない。明らかに豚や牛でないことは間違いなのだが…。ともあれ香ばしい香りに美味そうにかかった茶色いタレが彼の食欲を擽ってしまう。
なぜゲームの世界で腹が減るのだろう、そう想いながらも空腹には勝てないのが人間だ。胃袋に食べ物を収めながら彼はぽつりと独り言をつぶやいた。
「やはりとあるエネルギーってのを突き止めるのが先決か…」
「とあるエネルギー?なんだそりゃ」
「…お前までゲームのNPCみたいな事を言うな。このカードに記されているテキストの事だ」
「ふーん、ちょい見せて」
ミルコに対してカード化したメラニントカゲを手渡す。おそらくこれを売ったところで大した金額にもなるまい。街の住人から聞き出したカード化限度枚数とランクの関係に関して思い出している相澤に対してミルコは小首を傾げながら怪訝な表情をした。
「うん?…んんぅ~…どこに書いてあんだよ」
「最後の一文だよ、ほくろはとあるエネルギーによって覆われているって書かれているだろ」
「書いてないぞ」
「は?」
「だからここだろ、ほら。ほくろは【オーラ】によって覆われているって書かれてるぞ」
「オーラ…?」
ミルコから返却されたカードを再び読む。無論、それでカードテキストが変更になるはずもない。一切変わりのないカードを改めて注視しながら相澤は深く思考する。
彼女が嘘を言っていないとすれば…まさか、読む人間によってテキストが変わるという事だろうか。そんな事があるのだろうか。物は試しと相澤は
「’ブック’」
「おぉ急にどうした?」
「いいから、こっちも読んでみろ」
「んー別にいいけど…。一つ目巨人、巨人族の中で最も巨大な種族。弱点の目にはオーラを纏っていない」
「ならこのマリモッチのカードは」
「オーラによって超高速で移動するボール状の生き物。オーラの有無で速度と軌道が変わる」
「…テキストの意味が違うな。おれは『とあるエネルギーによって』としか読めないし、二つ目のテキストは書かれてないから読む事もできない」
「うん?…つまり、どういう事だ?」
「俺とお前で条件が違うって事だ。何らかの条件…フラグって奴か?それとも何か別の…」
そういってまた一人思考にふける相澤。カードテキストの周囲に刻まれた神字やカード自体にオーラによって刻まれた文字である。既にオーラに目覚めたミルコと相澤では読む内容が異なってくるのは当然であるとも言えた。
実は念能力…というよりも、オーラの力を目覚めさせるには幾つかの方法がある。まずはゆっくりと起こす方法。これは瞑想や禅によって精神の感覚を研ぎ澄ませる事によって、自身の体内に存在するオーラを自覚する事によって徐々に精孔を開いていく方法である。
そしてもう一つは激しく起こす方法。つまりはオーラを伴った外部刺激である。実はこのゲームにおける敵はオーラを込められた念獣の概念に近しい存在も多く、また意図的にオーラを発して攻撃対象者の精孔を刺激する役割もあるのだ。
これはゲームマスターであり、ゲーム制作者であるリストが「どんな初心者であっても意思さえあれば攻略しやすいように」と意図的に設定した弱者救済措置でもある。
つまり、攻撃を受ければ受けるほど『オーラに目覚めやすい(成長しやすい)肉体』になるのである。
これにより例え外法によって念能力に目覚めた物であれ、知識のない師や独学によって念に目覚めた事で精孔の開き具合が整っていない者であれ。戦闘行為を重ねていけばより丁寧に質の良いオーラを産み出す事が可能となっていくのである。そしてこれは、まだ念に目覚めていない者ですら例外ではなかった。
ともあれこれは外法である。ましてや念に目覚めていないヒーロー社会の住人達にとっては間違ってもお勧めできる手法ではないだろう。ミルコのようにオーラを使えなくとも桁外れた身体能力が無ければそのまま敵に押しつぶされて殺されるだけであるのだから。その事を知らぬ相澤は尚も思考を重ねる。
(俺と彼女で何かが違う…いや、そもそもミルコの身体能力は高すぎないか…?)
山のように巨大なトカゲを蹴り飛ばす。現実世界で個性を使用してきた彼女を見てきたからこそ違和感は無かったが、冷静に考えて見ればそれこそがおかしいのだ。
彼女は個性が無効化されなかったのか。或いは無効化された個性を一部取り戻したのか。そしてこの現象にはオーラという存在が関係しているのか。と、相澤は勘違いをしてしまったのだ。
実際ミルコもここに来た当初は全くオーラが使えなかったのだ。が、来る日も来る日も敵と肉弾戦の死に稽古をしているうちに『なんか身体が軽くね?』と知らずのうちに謎のパワーアップ現象を体感してしまったらしい。もしもここに念能力者がいれば、ミルコの身体から湯気のように立ち込めるオーラが目視出来たに違いない。
オーラをコントロールできる、それは即ち身体能力が倍以上に向上するという意味でもある。彼らの世界の言葉を借りれば、『どんな無個性人間でも増強型の個性に匹敵する程の』超人的な能力を発揮する事ができるのだ。
ちなみに、オーラを纏う事で若さを保つ効果もあるので念使いの寿命はかなり伸びる。かの最強の念使い、アイザック=ネテロ氏は130歳前後という年齢でありながらもあの激闘を行うほどの生命力を保っていたのだ。
もしも彼らがこのオーラコントロールに目覚めたまま現実世界に帰還できたならば。本来の個性に加えて大幅に増大した身体能力と寿命、そして個々人だけが持つ念能力を操るというとてつもない存在になれる事だろう。
二つ星のプロハンター、ビスケ氏もこう発言している。念能力修行において『筋の良い人間の身体能力を一カ月で2~3倍にするのは比較的容易である』と。
「なぁーとりあえず食事しようぜ!他のメニューも気になるし、ここはやっぱり追加注文するべきだな」
「おい、人の命がかかってるんだぞ!お前は楽観的すぎる」
「お、この肉うめーな!」
「……」
肉を掴み、笑顔でほおばるミルコに対して相澤は眉をしかめた。ともあれ、彼女の言うことにも一理はあるのかもしれない。この何も分からない状態で一分一秒を悩んだところで仕方ない、まずは情報収集だ。救援がいつ来るかも分からない以上は、ゲームクリアには自分たち二人で挑まねばならない。そのためには肉体を健康に保つ事が不可欠だろう。
精神の病は治るまでに時間がかかる、同僚を化け物に食い殺されたというウワバミが使い物になるか分からぬ以上はミルコの機嫌を取って友好な関係を築かねばならない。仲たがいするよりかはその方がよほど合理的というものなのだから。
まぁ今は食事をとるべきだな。
そうしてミルコに勧められた肉を相澤自身もほおばる。料理の味は憎らしいことに、最高の焼き加減と抜群の塩加減であり、控えめに言って美味であった。美味いな、とぽつりとつぶやく相澤に対してミルコは笑顔で返答をした。
悲観主義よりかは楽観主義の方が幾らかマシか、そう考えた相澤はそのまま水の詰まった杯へと手を伸ばす。彼女の底抜けの明るさにのせられつつ、相澤は久々に暖かい食事を取った。
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7話
「’ブック’」
本を取り出しながら自身のコレクションを眺める相澤。先程入手したガルガイダーを取り出す。名前の響きからして貴重な武器だと思ったのだが…。出てきたのはなんとも厳つく不気味な姿をした魚であった。
肩を落とす。だがいつまでも落ち込んでいる暇など彼にはない。気持ちを切り替えた彼はその目的地へと向かう。向かっている先はこのアントキバに建てられた教会である。オーラ、おそらくこれが攻略においての鍵となるだろう。ほんの少しだけ晴れやかな気分のまま彼は教会の前まで来た。
【オーラの事が知りたければ教会まで行きな】
情報屋に言われた言葉を思い出す。どうやらここで、漸くオーラの謎について知ることが出来るのかもしれない。相澤はそっと眼前の建物を見つめるのであった。それは随分と古めかしい教会であった。白い壁にはガラス窓が嵌められており、中央には巨大なステンドグラスによる絵がはめ込まれている。厳かな雰囲気を持つ建物は、聖堂と呼ぶに相応しい威厳を兼ね備えていた。
「おや、お祈りですかな」
教会の扉を開く。するとそこには随分と体格の良い神父が居た。彼は黒衣に十字架をあしらえた恰好をしており、いかにも聖職者といった姿をしている。
相澤は溜息をつきながら階段を昇り教会の扉を後ろ手で閉める。内装はカトリック調というのだろうか。絨毯が敷かれ、いくつかの礼拝用の長椅子がおかれている。長椅子には静かに祈りを捧げている老人や女のNPCの姿が幾人も見受けられた。相澤は本から幾枚かのカードを取り出すとそれを神父に見せながらこう問いかけた。
「とあるエネルギーについて知りたい…」
「おぉ探求人でしたか…それではどうぞこちらへ」
神父が手招きをする。どうやら歓迎をしているようだ。これもまたプログラミングを施されたNPCの動きというやつなのだろうか。淀みなく動くその足取りに違和感は感じられない。やがて彼らは小さな部屋へとたどり着いた。
これは…祈りの部屋という奴だろうか。キリスト教をベースとしたように見受けられるそのデザイン。
中央には天使のようなモニュメントが存在し、部屋の隅には幾つかの香を炊かれた香皿やら水壺が置かれていた。神父はそこで振り返ると、おごそかに相澤に対して言葉を告げた。
「オーラとは即ち生命エネルギーです。全ての魂が持つ生命の源です」
「続けろ」
「オーラの力に目覚めれば、きっと貴方は超人的な力を得る事が出来るでしょう」
「…一般人がオーラに目覚めるにどうすればいい」
「
「なるほど、精孔ね」
「おぉ貴方の精孔は閉じてしまっている…宜しければ私が開けて差し上げましょうか」
(来た…っ!)
内心で笑みを隠すことが出来ない相澤。話から察するに、これこそがこのゲームを攻略する鍵なのだ。武器でも道具でもなく、オーラと呼ばれるゲームのスキルを用いる事で攻略を進めていくのだろう。漸くだ、漸く本格的な攻略を行う事ができる。
この教会、実は本来は没データとして処理されるべき筈であった施設である。本来は精孔が開き切っていなかったり、不調な人間の為に精孔を整えるために造られた施設である。であるのだが、流石にそれはプレイヤーに甘すぎるとのゲームマスターの意見から、作成途上で正史において閉鎖された施設でもある。なぜだかこの世界の住人が触れた際には、その没データまで復活してしまったらしいが。その理由とは一体…。
ともあれ、思えばここで相澤は気が付くべきだったのだろう。あまりにも話が美味すぎやしないかと。そうして相澤はその事実に気が付かぬままぜひお願いしますと神父に先を促すと…
「ではコースを選んでください」
「は?」
「Aコースは50000J。Bコースは300000Jとなっております」
「ぶん殴るぞお前」
教会の癖に金を取るのか
そもそも料金高すぎないか
そう心の中でごねる相澤。内心では怒り心頭である。こちとらさっさとこんなクソゲーのイベントをこなして一般人を救出したいのだ。ましてやBコースなど全財産をはたいてもまだ足りやしないではないか。
貧乏ゆすりを抑える事ができない。そのまま彼は苛立ちを声に交えながら神父にどういうことかと更に問いかけた。
「ちなみにコース内容はどうなってる」
「はい、Bコースの場合は祈りの部屋にて瞑想を行って頂きます。薬効を煎じた飲み薬を飲んで気分の落ち着く各種リラックス効果のあるアロマが満ちた空間。その空間にて祈りを捧げる事によってゆっくりとオーラをなじませていく物でして――」
「期間はどの位かかる」
「平均して数週間、中には一カ月以上かかるケースも在りますが本人の才能によってこの期間は大きく前後して――」
「Aコースでやれ」
「…宜しいのですか?確かに短時間で目覚める事は出来ますが、激しく起こすパターンでは身体に負担とリスクが生じますが…」
迷いなく、即答を行う相澤。一カ月も待って等いられれなかった。ここで追記をするならば、瞑想によって一カ月で目覚める事ができるのならばそれは異常とも言って良い程の素質と成長速度である。あの天性の才能を持つと言われるズシですら、全身の精孔を開けるのに三カ月かかった。更に【纏】をマスターするのは追加で三カ月もかかったのである。つまり、念とは誰でも扱える代わりにそれなりの時間と覚悟が必要な技術なのである。
ここで相澤はミスを犯す。これは念に目覚める際の外法にあたる。もしも念についてきちんと知識があったならば高い料金を払ってでも瞑想によってゆっくりと起こす方を選ぶべきだったのである。なぜならばこの外法には明確な死のリスクが伴うのだから。
ちなみに天空闘技場ではこの外法と呼ばれる手法が用いられる。悪意を纏った念による一撃、それは容易に人間の肉体というものを壊してしまう。200Fクラスまで昇りつめられる程の鍛え抜かれた武闘家でさえ、この手法によって半身不随や臓器不全、各種身体能力の欠損などが起きている。
また、キメラアントによる選別という手法の際にもこの外法と呼ばれる手段が用いられている。一般人に対して外法を用いた場合、99%が死別するとまで言われている。
もしもこの外法を可能な限り安全に行うとすれば、攻撃をする際に悪意や意図を表面化させぬ程の並外れた経験・卓越したオーラコントロール・そして何よりも才能が必要になるのである。
だが、そんな事情を欠片も知らぬ相澤。まだここをゲームの世界であるとしか思っていないのだろう。あろうことかAコースを選んでしまう。これは最早『自分の事など殺してくれて構わない』とまで主張するのと同義であろう。
「そういうゲーム的なご都合はいいから、早くやれ」
「分かりました、では御覚悟下さい」
「あぁ?覚悟って大げさすぎや…」
瞬間、言葉が途切れてしまった。神父の渾身の威力が籠った全力の掌撃が相澤の心臓を穿った。
オーラを伴った渾身の一撃、それはまるで眠っている赤子を揺さぶって強制的に起こすような行為である。後遺症が残るし臓器や各種肉体器官に悪影響を及ぼす。無論、死亡するリスクすら起こりうる。
それは地獄のような苦しみであった
全身を筆舌に尽くしがたい衝撃が襲う。強制的に起こされた体内のオーラが、身体に無理やり挿入された神父のオーラが、相澤の中で狂わんばかりに暴れまくる。
発狂せんばかりの苦しみが彼を襲った。地をのたうち回る相澤。彼は腹を押さえて、嘔吐物をまき散らしながら転げまわる。
それ以上に悲惨なのはオーラである。一秒ごとに自身の中から膨大なまでのエネルギーが放出され、宙へと消えていくのが感じられる。このままでは死んでしまうのではないか、そう思いながらも激しい苦痛と衝撃に耐えるので精一杯であった。気絶する寸前、彼が見たもの。それは憎たらしい程に良い表情でサムズアップを行う神父の笑顔であった。
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8話
「以上でB班の報告を終えます」
時は、とある日まで遡る。それは警察署内部に設けられた巨大な会議室であった。第二会議室と刻印されたその空間には難十個ものパイプ椅子と長机が置かれている。なかでも目を引くのは壇上に備え付けられた巨大プロジェクターだろう。
幾人ものヒーローとそれ以上の警察官たちが椅子に座り、会議を行っていた。皆、配られた手元の資料とプロジェクターを眺めながら、会議に積極的に参加する。塚内は改めて、その熱気と熱意に感激しながらも、会場に集ってきたプロヒーローや警察官達の為に説明を行った。
「現状をまとめます。現在消えたヒーローは4名です」
ラビットヒーロー 『ミルコ』
スネークヒーロー 『ウワバミ』
車輪ヒーロー 『ライドスター』
抹消ヒーロー 『イレイザー・ヘッド』
この4名が行方不明となっていた。警察署内やヒーロー達の間でも意見が分かれていたものの、現在では非常に強力な移転系の個性を持った犯人達の仕業であるとの考えが主流であった。
車輪ヒーロー『ライドスター』彼の両脚には頑丈な車輪が備わっており、個性を発動する事で自動車並みの速度で移動できるというプロヒーローでもある。個性を生かした格闘にも特化した存在である。
その彼が、誘拐された。彼ならば例え単独でも事件現場から逃げ切れる筈だとの同僚の証言から、それが出来ない状況にある。つまりそれだけ戦闘や捕縛に特化した強力な個性を集団による、大規模な犯罪集団である可能性が出てきたという事だ。
イレイザーヘッドやミルコも脱出を出来ていないという事は、それができないだけの集団による事件という事なのだろう。敵は我々が予想する以上に強力で凶悪なのではなかろうか。
それだけではない、相澤やライドスターが身に着けていた常時発動型の位置発信機が不能になった事から、電波に関する個性を使用している可能性も浮上してきた。電気や電波に関連する個性というのは貴重であり、強力でもある。
プロヒーローすら脱出を拒む戦闘型個性
電波の活動を阻害する個性
最低でもこれらの個性が合致して協力し合っているのである。電波が拾えぬ島なり地下空間に囚われている可能性。しかも、その生死すら分からないのだ。
そして何より…一般人やプロヒーローを誘拐してまでする一切の意図が不明。誰が、何のために行っているのかまるで分からないのである。ヒーロー排除を目的とした
ましてやこれだけの数の警察官とプロヒーローが探しているのに未だ有力な手がかりすらつかめていないのだ。塚内はマイクを握りしめながら、会場に集った人々に対してとある録音を聞かせた。
「イレイザーヘッドが消える直前の通信の様子がこちらです」
【ゲーム機…?】
【ゲーム機がどうかしたのか】
【暴力団の部屋にゲーム機だけが置いてある…妙だな】
【彼らだってゲームくらいするんじゃないか?】
【随分と古いゲーム機だぞ…それにこの部屋だけ異様に綺麗すぎる。とにかく警察に連絡を…なっ!?】
【どうした!おい…返事をしろっ!】
【か、身体が…一体これはっ!!?】
通信が途切れる。言いようもない、不穏な空気が部屋に流れた。溜息交じりに、塚内は尚も言葉を重ねた。
「通信は以上です。お聞きの通り、彼は
相澤のケータイと財布
机の上に置かれたアンティーク調の机
古い旧式のゲーム機
「我々は暴力団の事務所にあった物品を押収し、その中に奇妙な物を見つけました」
「それがこのゲーム機だと?」
「はい、そうです。そしてゲームソフトを警察署まで回収し、中身を確認。それをテレビ画面につないだ所…以下の画面が現れました」
「これは…一体どういう事なんだ?」
プロヒーローの戸惑う声が聞こえる。資料を固まったまま、塚内自身も改めて書類に印刷された写真を眺める。それはゲーム画面を直接カメラで撮影したものである。
旧式特有の荒いグラフィック画面、ドット調の画面にはゲームのタイトル名らしき『グリードアイランド』なる文字と2人分の名前が刻まれていた。
『イレイザー・ヘッド Now Playing』
「もう一人プレイしている人間は暴力団の団員であることが判明しました。ここから先は別の方に説明をして頂きます」
「警察官の井淵です。こちらのゲームに関して資料を別紙にてまとめましたので御覧ください」
塚内に変わって、別の警察官が舞台に立つ。塚内からマイクを受け取った井淵はそのまま僅かばかりの緊張感を伴って説明を続けた。目前にいるのは名だたるヒーロー達である。これだけの人数がそろっていれば、きっと何が起きても大丈夫だと。そう安心感を抱きながら、彼は自前でそろえた資料を眺めた。
「――といった事情から、現在はウワバミ氏とライドスター氏が捜索していた付近を再調査…なんと2台目の同名ゲームソフトが見つかりました」
「同名…つまり同じゲームソフトが誘拐事件の犯行現場にあったと」
「グリードアイランド…トイ・ランドを始めとした公式ネットショップにアクセスしてみましたが一軒も
「ゲーム年鑑はどうだ?あれならこれまでに市販されたゲームが全て記載されているはずだが…」
「該当する者は有りませんでした」
「つまり…個人で造った同人作品という事か?」
「はい、現在コミックマーケットやゲームマニアに問い合わせている最中です…」
「アタシからもいいかしら…大切なのはゲームの中身ではないのでは?つまりグリードアイランドとは犯人からの犯行声明文のようなものではないかしら」
「我々も同様に、その可能性が高いと考えています」
プロヒーローからの問いかけに塚内が答える。態々ゲーム画面を通して誘拐した人間の情報を表示させる意味はない。つまり犯人たちはゲーム機を通して伝えているのではなかろうか。
彼らは預かった
彼らは我々の遊戯に囚われているのだと
態々ゲーム風を装って回りくどいメッセージを伝えている事である。動画や犯行声明文を通して意思表示をするのは情報割れ対策だろうか。なにせ、見たところはどこでもあるような、普通のゲーム機である。
ともあれ、謎のゲーム機にばかり固執しても仕方ないのは事実だろう。相澤は説明を終えた井淵から改めてマイクを受け取ると、そのまま通常捜査に関する報告と会議の内容を進めた。敵がどのような個性であれ、これだけ大量の人間の痕跡を消し去る事など不可能なはずなのだ…。今必要なのは人海戦術である。そう彼は信じながら言葉を続けた。
「現在は各地方や各警察署に問い合わせている所です。怪しい集団や、誘拐された一般人・プロヒーローの目撃情報がないかどうかを確認中であり…」
「後手後手だな、我々の方でもっと先手を打つ必要がある」
「しかし、相手は
「それが甘いんだ、こういう輩は時間を与えると戦力を整えられて厄介だぞ」
「その点についてはご安心を、既にスペシャルアドバイザーを招集しました…彼らならきっと大丈夫でしょう」
突如部屋に入ってきた人物に、討論を行っていたヒーロー達は思わず、視線を見合わせる。その空間に入ってきた老人は、黒いスーツを着こんでおり物静かに微笑みながら佇んでいた。彼の胸元を注視してみると、どうやら何か身に着けているようであった。その彼の装着したバッジには、見慣れぬ紋章が備わっていた。
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9話
魔法都市マサドラ。ここは髭を蓄えた老人やいかにもといった風貌のローブを身に着けた魔法使い達が住む魔法使いの為の都市である。無論、彼らはこのゲームの為に造られたNPCだ。だからこそ、無精ひげを生やした長髪の、頭を抱える成人男性に態々声をかける物好きなど居るはずもなかった。
「目当てのカードが出ない…」
カードショップの前のベンチにて、すっかり多くなってしまった溜息をつく相澤。通算9度目ともなるカード購入、どうやらめぼしいカードが手に入らなかったらしい。
目当てのカード
それは
魔法都市にあるカードショップの店員に聞いた、現実世界へ戻る為の方法の一つである。この呪文カードを使えば対象プレイヤー1名を現実世界へと帰還させる事が可能らしい。それを聞いてから相澤とミルコはこのカードを入手すべく粉骨砕身の労力を払っているのだが…どうやら成果は芳しくないようだ。
ちなみにカードはすべて袋詰めとなっており、中身は見えない。速い話がガチャガチャである。3枚入りが一袋となっており、値段は10000Jである。中身は絶対に見えず、全種類から三枚だけ入手できる仕様となっている。恐らく低いランクの
このゲームが意図する事は何となく分かる。
だがプレイヤーの大多数がこの魔法都市までたどり着けていない現状を見ると、ゲーム制作者はどんな超人を基準にしてゲームを造ったんだと怒鳴りつけてやりたい気分になってしまう。というか現状では入手したカードの大半が役立たずなのだからそんな反応にもなるというものだ。
ともあれ、目標は見つかった。現在行うべきはゲーム外への脱出を行い、外部へ救援を求める事である。相澤は気落ちした身体に活を入れながら、ゆっくりと立ち上がった。彼は一枚の呪文カードを取り出すと、そのままつぶやくように呪文を唱えた。
「
ここ数日ですっかり慣れきってしまった行為を重ねる相澤。マサドラへ着いた当初こそこうした
光の矢となって宙を移動する。ほんの少しばかりの移動時間の後、目的地へとたどり着く。どうやらミルコはマサドラの近隣にある無人の村に居たらしい。住居の中で椅子に座りながら水筒を飲んでいた。水を飲みながら本を整理する手を止めるミルコ。彼女は相澤の姿を確認すると嬉しそうに笑みを浮かべて手をあげた。
「お疲れさん、そっちの首尾は…聞くまでもねーか」
「さっぱりだ、
「確率低いらしいからなー」
相澤から食料等の支援物資を受け取るミルコ。無論、マサドラのデパートで購入したカードである。
ミルコはこうして外部でモンスター狩りを担当しているのだ。相澤はというとマサドラでのカードや物資の調達、アントキバでの一般人への金銭的且つ物理的支援、各種情報収取を担当していた。無論、それに加えて時間さえあればミルコと共にモンスターとの戦闘を通して資金集めを行うのであった。
相澤はオーラに目覚めた。それにより戦闘能力は格段に向上した。これまで苦戦したモンスターにも対等以上に戦えるようになった。…が、同時に体力切れなる現象も起きたのだ。
念使いは技術を巧みに利用することでオーラの量を調節するものである。だが今の相澤とミルコに出来るのはあくまで我流の錬もどき、しかもそれすらも長持ちしないのだ。オーラが切れれば一般人とは何も変わらない。現状、オーラを纏った状態で戦えるのは30分が限界であった。
無論、これは彼らが未熟なせいでもある。目的に合わせた正しいオーラの入出力が行えていないのだ。コンビニに行くのにアクセルを全開にして自動車に乗るようなものである。これでは直ぐにガス欠になるのも当然だろう。
その点、ミルコには天性の素質があるのだろう。精孔にググと力を込めることで漏れ出るオーラの量を少なくする技術を会得したのだ。これにより、昼寝や座禅を挟むことで格段に継続戦闘能力を向上させることに成功した。2時間20分、それが彼女が一度の戦闘に費やせるだけの万全の時間であった。
兎という動物的感覚を持つ事による直感。対人戦闘経験に由来する体術への才能。オーラに対する抜群の嗅覚。それらが組み合わさることで尋常ならざる戦闘力を産み出していた。現在の彼女ならば、天空闘技場の200Fクラスでも対等以上に戦えるかもしれない。
だが困ったこともある。
「おっと…」
「…またかよ」
「いつもこうなんだよな…何でなんだろう?」
水筒から水が溢れだすのだ
オーラを垂れ流したままミルコが水筒を掴む、すると水筒の飲み口部分から
ジョボジョボとだらしなく垂れていくその水量は日増しに多くなっていく。しかもその現象は彼女が水筒を掴み続けている限り起きるのである。
ともすれば、永遠に出続けるのではないかと思うほどの量。GI内の水筒は一度購入すれば無限に水が出続けるという便利な機能でもついているのだろうか。相澤からすればなんとも不気味な話であった。
「でも流石にこの量は勿体ねーな…イレイザー!飲むか!?」
「そんなに飲めるかよ」
良い笑顔で、こちらへと振り返ってくるミルコ。そんな彼女に対してそっけない声で答える相澤。同様に、オーラを垂れ流している相澤も又、自身の
振った反動でチャプチャプと音が鳴るばかりである。そのまま相澤は
「でも流石に人手が足りねーよな」
「一般人に助けを求めるって言う例の計画か」
「そうそう、緊急事態だしいいだろ?」
「警察官とかならば良いが…難しいところだな」
オーラの力を手に入れてからは順調な彼女らの攻略。だが絶望的なまでに人手が足りていなかった。ウワバミに対してもこれまでの事情を説明し戦闘に参加してもらいたいのだが…オーラに目覚めるまでに一カ月もかかられたらどうしようもない。一般人への呼びかけやメンタルケア、アントキバの一般人への支援役として、それをまとめる活動は現在彼女が行っているのだ。
それに…こういっては何だが個性が使えぬ女では一般人と変わりはない。彼女自身は元々偵察が得意な非戦闘系のヒーローなのだからそれも無理はないのだが。それなら戦闘経験がある体格の良い男の方がまだ戦えるだろう。だが一般人に死の危険があるゲームに参加して戦えというのも憚られる。…と相澤とミルコは堂々巡りの議論をしていたのだ。
ふとミルコは気が付く。相澤の目にうっすらとクマが出来ているではないか。ミルコは目をパチクリと瞬かせながら相澤に問いかけた。
「なぁイレイザー…お前ちゃんと寝てるか?」
「寝てるよ…いきなりどうした」
「よし、聞き方を変える!お前普段は何時間寝てる?」
「5時間だな…時々仮眠も取ってる」
「…少なくね?私は毎日10時間たっぷり寝てるぞ?」
「お前は寝すぎだ」
大丈夫かと言わんばかりにミルコが問いかける。そんな彼女に対してそっけない声で返答するイレイザー。そんなイレイザーの言葉に対してミルコは尚も問いかけた。
「じゃあ休暇は?ちゃんと休んでんのかよ」
「そんなもん要らん」
「いや、私も休みたいんだって!お前に倒れられたらみんな困るだろ!」
「倒れるような無様なマネなんかしない」
あーもう、と胡坐をかいたまま頭をかくミルコ。どうにも言いたいことが伝わらない。薄々、というよりこうして行動を共にするようにしてはっきりと認識したがこの男は不愛想でぶっきらぼうだ。彼女は苛立つように声を荒げながら尚もイレイザーヘッドに対して言葉を重ねた。
「不器用すぎんだろ!それと辛気臭い顔もやめろ!」
「辛気臭くて悪かったな」
「とにかく2人居るんだからお互い交代で休むべきだろ」
「じゃあお前が休めばいい、俺は働いている」
「そういう事じゃねーって!!」
「とにかく食事も休息も俺は勝手に独りで取る…だからお前も好きにしろ」
「…あーそうかい、じゃー好きにするぞ」
そう言って、彼の腰を掴むミルコ。え、と動揺するのも束の間、突然彼女の手によって相澤は担がれてしまう。まるで米俵でも抱えるかのようにして女性に担がれるその光景は一種滑稽じみていた。その光景に、思わず彼は慌ててしまう。
「よし、一緒に宿屋行って休むか!」
「おい、そんな暇あるか!…というかどんな馬鹿力で引っ張ってんだ!」
「マサドラでうまい飯屋見つけたからなー。イレイザーにも紹介してやるよ」
「だから要らないって…おい!」
彼女の手から逃れようともがく、相澤。だがオーラの質と量で完敗している彼が勝てる道理もない。ガハハと豪快に笑う彼女に対してジタバタともがく相澤。これも彼女なりの優しさ…なのかもしれない。
成人男性をまるで米俵でも担ぐかのようにして住居から出るミルコ。どうやらこのまま移動をするつもりらしい。彼女は本を出すと片手で器用に一枚の呪文カードを取り出した。
「どんな状況でも働くのがプロだろ!」
「いや違うだろ。休めるときに休んで、食える時に
「ま、待て!分かったから一回降ろせ!」
「ハッハー!もう遅い、
相澤の悲しいまでの叫びが木霊する。そうして光状になった彼女たちは呪文カードの効力によってあっという間に魔法都市へとたどり着く。前途は多難、それでも彼女達ならばきっとなんとかしてしまうのだろう。だって彼女たちはヒーローなのだから。
合理主義で不愛想な相澤とおおらかで楽観主義のミルコ。なんだかんだ言ってこのコンビは相性が良いのかもしれない。
~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~
場所は、変わる。それは異様な空間であった。ゲームをプレイする人間が必ず最初に訪れるゲームマスターによる神聖なる場所。そんな空間に、彼女は無理やり連れてこられてしまう。
壁一面に刻まれた謎の象形文字に、びっしりと埋め込まれたコード類。壁の模様は時折点滅を繰り返しており、地面からは時折妙な光源からの光が点滅を繰り返して漏れ出ていた。見たことも無い場所に飛ばされてしまった、その少女は戸惑うように小さく悲鳴を上げた。
年齢は…小学4年生程度だろうか。随分と幼い見た目をした黒髪の少女である。その空間の中央部に居座ったイータが、彼女に対して声をかけた。
「ようこそいらっしゃいました、旅人様」
恐ろしい空間の中で突如かけられた声に、思わずびくついて反応してしまう少女。どうやら随分と
あぁ父親の書斎になど近づくのではなかった。見たことも無いゲーム機に触れてしまった事を今更ながらに後悔する少女。未知のものに対する好奇心よりも、異常事態に対する恐怖が勝っているのは年頃の少女らしい反応と言えるのかもしれない。そんな彼女に対してイータはにっこりと微笑む。その無機質的な笑みは、どこまでも少女を怯えさせた。
こうして物語は進む。それは本来の歴史では起きる筈も無かった奇跡であった。彼女が成長することにより歴史は歪み、やがては別のルートを辿るのだろう。
「貴方の名前をお伺いしても宜しいですか?」
「あ、あの…
これはそんな
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10話
鬱蒼と生い茂る森林の中で、彼女はペタンと座り込む。ここグリードアイランドに来てどれほどの時間が経過しただろうか。彼女は大樹に背を預けてそっと、空を見上げる。本日の天気は晴れ、空には雲一つない晴天であった。
「ここはどこですの…」
あぁ父の書斎に入るべきではなかった。そう後悔するものの、後の祭りである。
森で迷う事1日、思えば今日という日は激動の連続であった。謎の建物と草原に降り立ってから、訳もわからず周囲を歩いてみる。気が付けば、この森林地帯へと迷い込んでしまったのだ。時折周囲を周回するスライムから隠れつつ、さまよう
今も又、物音がすると彼女は怯えるようにして草むらの蔭へと飛び込んだ。ここ数日ですっかり身についてしまった習慣である。もう限界であった、飛び上がりたくなるような恐怖を抱きながら、隠れ潜む。彼女がここまで怯えるのには理由があった。
個性が使えないのである。
最初は何かの間違いだと思った。けれども何度能力をひねり出そうが塵一つ産み出せない。少し前にはハサミであったり箒であったりと簡単な材質や形状をしたものであれば創造できるようになってきた筈なのに…。
彼女は泣き出しそうな顔をしながら必死に力を込めるのであった。電話はない、周囲には頼れる大人もいない。何より個性が使えない。絶望的な状況である。それ以上に問題であったのが…
「おなかが空きましたわ…」
そう、空腹の問題である。
サバイバルにおける三の法則というものがある。食料を取らなければ3週間程度、適切な水分を取らなければ3日程度しか生きられぬという法則である。彼女は以前読んだサバイバルに関する本を思い出していた。知識だけは、ある。父の書斎に籠って色々な本を読んできたのだから。
とはいえ、彼女は生粋のお嬢様である。実家が両家の豪邸でもある彼女には当然、飢えるような経験などない。いつだって彼女が望めばテーブル一杯の御馳走も世界中の甘味も食べられる立場にいたのだ。そんな彼女が現在飢えて野草に手を伸ばそうというのだから、きっと実家の執事やメイド達が知れば卒倒するに違いない。彼女はそれ位空腹なのであった。
もう限界であった。空腹と疲労で森を歩き回ること数時間。ふらふらと消耗した頭で泣きそうになりながら、おなかをさする
「え…この匂い…」
ふと、顔を見上げる。どこからともなく漂ってくる芳醇な香りに思わず喉を鳴らしてしまう。間違いない、この香りは…っ!そのまま彼女は無我夢中で森を駆けていく。転げそうになりながらも必死で駆けたその先にはなんと巨大な樹木があるではないか。
【豊作の樹】がそこにはあった。
林檎が豊富に実った大樹がそこにあった。否、林檎だけではない。ふっくらと膨らんだ桃が、美味しそうに色艶を放つバナナが、今にもこぼれ落ちそうな葡萄が沢山実っている。色とりどりの、様々な種類の果実が所狭しと実っていた。
カードNo.9【豊作の樹】である。ありとあらゆる果実が実る樹木とされており、例えどんなに収穫をしようが次の日にはまた果実が豊富に実るという伝説の樹木である。実はこのカードは指定ポケットNo.9のSランク。
かなりのレアなカードでもあるのだが…実は果実を取るだけならば序盤でも可能である。が、カード化して手に入れるには恐ろしいほど手間と時間がかかるのだが…これはまた後の機会に説明するとしよう。
ありとあらゆる果実が豊富に実る樹木。彼女は無我夢中で果実を収穫し、それにかぶりつく。久方ぶりに食べる食物のありがたみに涙を流して感謝する。今まで食べてきたどの果実よりも美味かった。彼女は夢中で林檎にかじりつき、思う存分空腹を満たしていった。
彼女は大地に大の字になって倒れこむ。これでおなか一杯に食べる事はできた。近くには飲み水として利用可能な泉もあった。ここを仮の拠点としても良さそうだ。そうして人心地ついた彼女はぽつりとつぶやいた。
「近くにけーさつしょ…あるのでしょうか…」
ぽつりと、つぶやく。迷子になったならば近くの大人に助けを求めるべきだと彼女も分かっていた。だが周囲にはそんな助けを求められるような大人などいない。
救援を呼びに行かなければいけない。その為にはどうすれば良いのか、彼女はひょいと起き上がると弾むような声でそれに思いつく。
「そうだ!個性をつかえばいいのですわ!」
ここにくるまで上手に使えなかった個性。だが、それは未知の場所に行って緊張していたからに違いない。それにきっと空腹だったからだろう。おなかが満たされて満足感で一杯の今ならば、何故だか個性が使えるような気がしてしまう。そうして彼女は正座をすると、瞳を閉じて集中し始めた。
想像する
自身が造りたい物の姿を、明確に想像する
遭難用の発煙筒にしようか。それとも大声で助けを求められるように拡声器にしようか。彼女は自身の拙い知識の渦から今の状況に適した物を選び出そうと頭をひねる。記憶の書庫、その中に埋もれたある一つの物に気が付く。
それは状況を救う一手にはなりえない。けれども何故だか、ひどくソレに惹かれてしまう自分がいる。やがて彼女はそれを選択してしまう。心の引き出しにしまっていた大切なそれを、明確に思い出そうと努力する。これを出そう、これしかないと、彼女自身の魂が訴えかけるのだ。それに関わるあらゆる情報を可能な限り思い出す。
形状
大きさ
手触り
色彩
それは大好きな祖母が使っていた一つの道具。祖母といる時間が好きであった。
彼女が裁縫を教えてくれた時間が、自身の為に作ってくれた暖かい料理が、何よりも大切な思い出なのであった。百は無心で祈り続ける。
GIは個性が封じられた空間である、元より創造できる筈もない。けれど彼女はなおも健気に無心となって唱える。それは純粋な願いであった。やがて長考の末に、彼女はそれを産み出してしまう。ぎゅっと固くつむった瞳を開いてみると、彼女の手には
「やった…できましたわ!」
大好きな祖母が愛用していた風呂敷を
無論、ここグリードアイランドでは個性が使用できない。これは八百万が念によって具現化した物である。念にも目覚めていない子供が具現化出来た事を疑問に思う方もいるかもしれない。しかしこれは珍しくはあるが、決して不可能な事ではない。
念の本質を知らぬまま発へと至るのは、特質系の子供にとっては稀にある事であった。本篇での占い士『ネオン=ノストラード』が発現させた
音楽家の天才
歴史に名を遺した偉人
芸術界における著名な画家
他にも【支配者】【超能力者】【仙人】【超人】など、数こそ少ないものの念という知識や訓練も無しに無意識的にこれらの能力を操る事ができる人間は確かに存在する。最もこの世界において、無意識的に発にまで至る事ができるのは非常に稀有な存在ではあろうが。
またもう一つは個性と念能力はどちらも共通性があるという事である。個性は身体エネルギーを元としており、オーラは生命エネルギーから作られる。両者は異なるが、また重なる部分も多い謎に満ちた存在でもある。
ましてや彼女は個性『創造』という何かを作成することにかけては天賦の才能を持つ個性持ちである。別の言い方をすれば、彼女は生まれながらにして長けた特質系よりの具現化系の素質があったという事だろう。
そういう意味で言えば
風呂敷を具現化した彼女。
そうして彼女はほんのちょっぴりの恐怖とそれ以上の好奇心を抱いて行動を起こし始める。生涯使い続ける事になる風呂敷を具現化してしまったことに気が付きもしないまま。
ズシ【10万人に1人の才能】
ゴン&キルア【1000万人に1人の才能】
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11話
彼は優れた分析力と捜査能力を持つ警察官である。オールマイトと旧知の仲でもある彼は、そのプライベートを知る数少ない一人でもあった。そんな彼は今もなお、警察署内にて徹夜で捜査資料を見返していたのであった。
掛けていたベンチから立ち上がる。飲んでいたコーヒーの紙カップを急いでゴミ箱に捨てた彼は部下からの報告に目を見開いて驚愕した。
「相澤さんが見つかっただって!?」
「今朝、例のゲーム機の前で倒れている所を職員が発見…現在は相澤さんを保護して医務室に寝かせています…」
部下からの報告に声を荒げて驚く塚内。そのまま彼は勢いよく顔をはたいて気つけを行うと、そのまま1Fの廊下を歩き出した。時刻は午前、日光がちらほらと窓ガラスから照らし出す時間帯であった。
「は、はい。ですが…」
「どうかしたのか?」
「様子がおかしいのです」
「様子?」
「ゲームの世界がどうだとか、カードによって帰還しただとか…」
「…すまない、なんだって?」
「グリードアイランドに囚われていた。今もなお多くの民間人が囚われているから直ぐに対策チームを呼んでくれ…と。本人は目を覚ました途端…近くの職員にいきなりこう言ってきまして」
「グリー…え?」
「担当職員の話では錯乱状態にあるのではないかと…」
部下である井淵の報告に困惑したように答える塚内。動揺した彼は思わず立ち止まって部下の顔を見つめてしまう。
一体どういう事だろうか。とまあれまずは話を聞いてみないことには始まらない。はやる気持ちを押さえきれぬまま彼は部下を戻らせる。塚内はスーツの上着を握りしめ、急いで医務室へと向かうのであった。
~~~~~~~~~~
警察署内に設けられた医務室に入る。ここは急患や体調を崩した人間に医療的な処置を施す医療空間である。部屋の左奥には、薬品がぎっしりと詰まった医療棚やら書類が収納された色とりどりのファイルが並べられていた。
部屋の中央に備え付けられた幾つかのベッド。その一つから大声で言い争うような声が聞こえた。カーテンの端からそっと中を覗いてみるとそこには件の重要参考人でもあるイレイザーヘッドがいるのが見える。
失礼します、と声をかけるものの彼らから返事は来ない。塚内はコツコツと足音を鳴らしながら、そっとそのベッドの空間へと近寄った。
「根津さん…俺は狂ってなんかいない…っ!」
「分かってるよ相澤君、まぁ落ち着いて」
「いきなりベッドに連れて来られたんですよ!こんな事をしてる暇なんて…!」
「だからこそ、僕たちは話し合う必要があるんだ…塚内君も、良ければ同席してくれないかな」
力強く訴えかけてくる相澤の言葉に対して根津はなだめるようにして声をかける。彼のその言葉に当てられたのか、相澤もまたおとなしくベッドに座った。やはり部下からの報告は正しいのではないか、現在の相澤はとても正常であるとは思えなかった。
ともあれ、まずは事情を聴取である。塚内もまた、近場からパイプ椅子を取り出してベッドの端へと座った。彼の姿を確認した相澤は、塚内にもまた掴みかからんばかりに声を張り上げて主張した。そんな混乱した場において、根津だけが冷静に問いかける。
「まずはお互いの状況を確認しあおう…塚内君、警察側の認識を話してもらえるかな」
「…分かりました」
根津からの言葉にうなずく。そうして塚内はこれまでの経緯を相澤と相澤に話した。3週間前に相澤が行方知らずになったこと、プロヒーローを含めた幾名かの消息不明、民間人からの訴えとマスコミの反応等。
ここ最近、警察が掴んだ情報を可能な限り惜しみなく話した。そして今朝警察署内でゲーム機の前で倒れているところ発見した所まで話すと、塚内は会話を切るようにしてそっと相澤の反応を伺った。
「マスコミは騒ぎ立ててますね…残された民間人の悲痛な声やら訴えと共に、ヒーロー達の不甲斐なさを連日報道しています」
「俺を含めたプロヒーロー…ミルコやウワバミ達の扱いはどうなってますか?」
「……長期任務に伴う消息不明扱いだ」
「つまり、死んだものとして扱われていたと…まぁ妥当だな」
自嘲するように笑う相澤。彼自身も同様の意見である。三週間近くも行方知らずになった同僚が居れば、そいつがどうなっているかだなんて薄々感づいてしまうものだ。ベッドの上で胡坐をかく相澤に対して根津が更に問いかけた。
「それで、改めて聞きたいんだけど相澤君達は一体…」
「…ゲームの世界に居ました」
「ゲーム…本当にゲームの中に居たのかい?」
「はい、それがグリードアイランドという場所です」
「ふむ、塚内君から聞いたゲームソフトの名が確かそれだったね」
「仮想現実のような場所でして…現地では数名のヒーローと協力していました。そして
「…バカバカしい!ふざけないでくれイレイザー!」
二人の会話に間を挟むようにして、声を荒げてしまう塚内。もう耐えられなかった。こうしている一分一秒でも民間人が犠牲になっている可能性がある以上、くだらない妄言に付き合ってなどいられなかった。
塚内はパイプ椅子から勢いよく立ち上がると相澤の胸ぐらを掴まんばかりに迫った。力強い言葉で、訴えかける塚内の気迫に根津自身少しばかり気圧されてしまう。
「ふざけてなんか居ませんよ」
「正直に言おう、我々は君が錯乱状態なんじゃないかと疑っている!妙な薬品なり拷問でも受けて気がおかしくなっているんじゃないのか!?」
「つ、塚内君…流石にその言い方は…」
「良いんですよ根津さん、回りくどい言い方よりよっぽど好感が持てる。その方が話が速い」
「まぁまぁ二人とも冷静に…ほら、水でも飲んで落ち着いて」
塚内の気迫に対して相澤もまた表情を歪めて答える。医務室内に、少しばかり緊張した空気が走った。ともすれば言い合いにもなりかねないその空気の中で、一人だけ根津は笑みを浮かべて場に立ち会った。
根津は棚から二つ分のグラスを持ってくる。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した彼は、そっとグラスに中身を淹れる。いくらかの氷を取り出してグラスに淹れた彼は、そのまま二人の間に割って入ると落ち着けるように声をかけて話の続きを促した。
「ふむ、色々と気になる部分はあったけれど、一つずつ話し合っていこう」
「……」
「まず君はゲームの世界に引き込まれた…それはゲーム機に触れたからだったね」
「…そうです。暴力団の事務所でゲーム機に触れました」
「そして塚内君、君たちもそのゲーム機を確認してみたがそんな事実は確認できなかった。無論ゲーム機には触れた状態で、だ」
「根津さん、今はふざけている場合じゃないんですよ!」
「分かっているよ塚内君。であるならば、この場合は相澤君には出来て塚内君たちにはできなかった条件の違いというものがあるはずなんだ」
「条件…?」
「結論から言うよ、それはプレイヤー制限じゃないかと僕は思う」
ジョイステーションには1Pと2P側のコントローラー差し込み口がある。確かにコントローラーとメモリーカードはそれぞれ一組ずつしか刺さらない。彼が確認したゲーム機も、それぞれ2セットついている状態ではあった。
「つまり…これは本当にゲームの世界に引きずり込むための装置であり、それには2人という定員制限があると?馬鹿げていますよ全く」
「なぜそうなっているかは問題ではないよ。現実にこれが存在する以上はどう対処していくかの方が大切だ」
「……」
根津からの言葉に対して腕組みをして無言のまま答える塚内。彼からすればとても正気で聞いていられる会話では無かったからだ。塚内は無言のまま爪をかみしめてしまう。こうしている今も犯人達はのうのうと悪事を企んでいるのかもしれないのだ。ゲームの世界に関する会話など付き合っていられる筈もない。
「改めて確認だが…相澤君、そのゲームの世界と犯人達はどんな関係があると推測できるんだい?」
「…詳細な関係は不明です。ですが犯人達はゲームの世界を造った連中の可能性が高く、彼らはゲームのルールに則って行動している傾向があります」
「無差別ではなく、規則があると…?上手く表現できないがそんな所かな」
「引きずり込まれましたが同時に出る手段も確かに有りました…情報収集の為にもヒーロー達で対策を練って民間人の救出とゲーム内での犯人逮捕を行う必要があるかと」
「外の世界からのアプローチは無理なのかい?犯人をゲーム外へ出た時に捕まえるとか」
「…すみません可能かどうか分かりません」
「…ふむこれ以上はここで話しても仕方ないね。相澤君は報告レポートの作製、塚内君は僕と一緒に救出班のプロ―ヒーロー選別作業を行おう」
「根津さん!こんな会話に付き合ってなんか居られませんよ!」
「まぁまぁ…所で塚内君、このヒーロー達なんかどうかな?」
「だからそんな!…え?」
根津から見せられたスマートフォンの画面を思わず見つめてしまう。画面には電子メモアプリが起動されており、そこには根津が書き込んだテキストが記されているのであった。
『彼は混乱しているかもしれない、今は話を合わせて』と
それを見て思わず沈黙してしまう塚内。身体にくすぶっていた衝動の熱が引いていく。そうだ、彼は単身で誘拐犯に連れ去られていたのだ。心身にどんなダメージを負っているのかも分からない。一体彼らにどんな酷い仕打ちをされたのか…それを思うと声を荒げて問い詰める行為などとても…
塚内は根津と瞳を見合わせると、そっとうなずく。ここでは突き詰める事ではなく、話を合わせるべきなのだろう。相澤から
「よし、それじゃ話をまとめよう。その空間では現実世界へと帰還する方法はごく少なく、中では個性は一切使えない…そうだね?」
「そうです。大半の人間は始まりの街から出られてもいません」
「ふむ、なるほどね」
そういって瞳を閉じて考える根津。腕組みをしたまま、静かに思考を重ねているようだ。30秒ばかり沈黙を重ねた彼は、そっと相澤に対して答えた。
「…色々と関心は持ったが、
「人数ですか?確か211名…いや、あの時の自分を含めると212名ですかね」
「半端だとは思わないかい?」
「…中途半端という事ですか」
「商品というのは売るにせよ作るにせよ、キリが良い数にするものだよ。もっと言うなら半端な数にするメリットがない。普通は50の倍数とか…その方がずっと管理しやすいしね」
「つまり何かの事情で見つかっていないか。破損したか…」
「あるいは何らかの理由から212名という数にしたか、だね。仮にゲーム機を100台限定とした場合…ある仮説が浮かび上がってくる」
「……」
「結論から言うとね、マルチタップではないかと思うんだよ」
「マルチタップ…?」
「そう、ゲーム機でよくある。コントローラーを増やす追加装置だよ。パーティゲームなんかをやる為に付けるものなんだけどね」
根津は語る。ジョイステーションには1Pと2Pがゲームをプレイするためのコントローラーとメモリーカードの差し込み口がある。このグリードアイランドはコントローラー、またはメモリーカードの枚数を認識して人間をゲームの世界へと引きずり込んでいるのではないか、と根津は話しているのだ。
そして、このジョイステーションにはコントローラー数追加の為のマルチタップが存在する。本来プレイするべきコントローラーの部分に差し込む追加アタッチメントであり、更に追加で新たな人間がゲームプレイ可能となるアイテムでもある。
通常では1Pと2Pの2名しかゲーム機ではプレイできないが…これにより追加で6名分の計8名のプレイヤーでの追加遊戯が可能となるのだ。
つまり、警察官達がゲーム機に触れたのは本来は2名までのプレイ人数制限が有る為。この2名がまだプレイしている間は3人目はゲームをプレイする事ができない。その為、彼らは入ることができなかったという可能性があるのではないか、と語る根津。二人の会話に思わず塚内もまた口を挟んでしまう。
「マルチタップ…」
「そう、一台のゲーム機でプレイできる人数は2名まで。なおかつそしてマルチタップを4つ分使えば212名ぴったりにはならないかな」
「つまり…我々警察官が入れなかったのは一台2名までのプレイ制限、またはゲームそのもののプレイ制限に引っかかっていたから?…そんな事があるのでしょうか」
「先程の話と合わせると…そのマルチタップを利用しているかもしれない人間は犯人、またはこのゲームに精通した人間という事にもならないかな」
「死のゲームで帰還できる程の練度を持つのはこのゲームの仕組みに詳しいから。プレイできる人数を増やしつつ裏で何か悪だくみをしている…そう考えると辻褄が合う…のでしょうか?」
「何にせよ、もしも出会えたら詳しい事情を聞くべきかもしれないね…相澤君、大丈夫かい?」
塚内と根津の会話に対して呆然と聞き入っまま一人思考する相澤。もしも根津の仮説が正しければゲーム機に触れたであろう人間がグリードアイランドに引きずり込まれなかった理由にも繋がる。だがそれ以上に危惧すべき事がある。
あの狂った難易度で自分達よりもゲームを攻略している連中がいる。その連中が現実世界に何度も帰還する事で秘密を得て、マルチタップの存在に気が付いたとしたら…相澤はぞっとするような背筋の寒気を感じた。何よりも恐ろしいのはゲームの中にいた自分たちがその存在に露とも気が付かぬこと、気が付かせぬほどの練度を持った連中がいたかもしれないという事だ。
もしもそんな連中が悪意を持っていたら、個性も使えぬ民間人の虐殺など容易な事だろう。ミルコやウワバミ達だって無残に殺されてしまうかもしれない。相澤はベッドから飛び上がるようにして勢いよく立ちあがった。
「速く戻らなければ…ミルコ達が危ない!」
「…その辺りの現状は照らし合わせていくべきだね。とにかく相澤君はこれまであった出来事を報告レポートにしてまとめてくれるかい?その情報を元に対策班内でよく話し合っていこう」
「そんな暇なんてある訳ないでしょう!」
「だからこそ、慎重に行動しなければいけない。個性が使えず人数制限がもしもあるのなら…なおさら僕たちは慎重にならなくっちゃ」
「…」
根津の言葉に、思わず力なく同意する。確かに個性が使えもしない空間である。勢い任せに行動したところで何も成果など得られないだろう。ここ最近起きた不可思議現象の連続に思わず溜息をつく。どうにも自分らしくない行動ばかりしている気がする。肩を落とす相澤に対して根津はそっと問いかけた。
「ゲームの攻略にはオーラと呼ばれる技術の習得が必要になる…確かそうだったね」
「そうです」
「そのオーラって奴がなければ進行はできないのかい?絶対に?」
「不可能ですね。間違いなく死ぬだけです」
「そうか。しかしオーラとは…一体どんな技術なんだい?」
「身体強化のような術です、ゲーム内ではこうやって集中する事で発動を…なっ!?」
そういって身体にオーラを巡らせる相澤。ゲーム世界のスキルの話である、相澤自身も出来るとはおもっていなかったのだろう。開かれた精孔によって相澤の中で徐々にオーラが巡りだす。
手に水が入ったグラスを握ったまま、錬もどきを行ってしまう相澤。彼が集中をした事から、突如中のグラスが音を立てて鳴り出した。
コン
コンコンッ!
コンコンコンッ!!
突如、グラスに入った氷が震えだす。
「なっ!こ、これは!?」
「あ、相澤君!?」
今度こそ、驚愕する。相澤の個性は抹消であったはずだ!目の前で起きた現実がとても信じられない。塚内は口を唖然と開けてその光景に見入ってしまう。
流石に予想外の出来事だったのだろう。根津もまた、今まで見た事が無いほどに声を荒げて動揺してしまう。震えはまだ収まらない。相澤が手に持ったグラスの中では、今もなお氷と氷が微細な振動を放って小さく震えている。
まるで2つ目の個性のような不可思議な現象…まさかこれがオーラという物なのか!?呆然とした表情で思わず相澤を見つめてしまう。そんな相澤もまた茫然自失の状態で力なくつぶやいた。
「なんでオーラが現実世界でも…まさかそんな…」
オーラは現実世界でも使える…?
そうつぶやく相澤。三人の男達の眼下では、今もなお床に散らばった氷が音を立てて小さく震えているのが見えた。
(プレイヤー人数等)一部過去話の情報を修正済み。
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12話
警察署に一台のタクシーがやってくる。そのタクシーからずしりと巨体を唸らせて降りるその男性は…とても厳つい風貌をしていた。異形型の個性を持つそのヒーロー、白いスーツを身に着けた彼の肌は黒く、口元には引き裂かれんばかりの牙とぎょろりと鋭い瞳が見える。
鯱ヒーロー『ギャングオルカ』であった。
本名
はち切れんばかりの筋肉、逞しい胸板を持つ彼。逆俣の首元は強靭であり、その腕や足腰は見るからに太い筋肉の塊であった。身長は202cmというのだから驚きである。見るものに威圧感さえ与えるその風貌と気色にその場にいた警察官は思わず生唾を飲んだ。
「お、お疲れ様であります!!」
「お疲れ様です」
敬礼をしてくる警察官に対してこちらも頭を下げて返事をするギャングオルカ。そうして彼はそのまま警察官に案内されるがまま、警察署内へと入っていく。彼が歩いたことで、廊下の一部からはミシミシと音が立つ。
警察署内の対策会議室に入る。中では様々な警察官、ヒーロー達がせわしなく活動を行っていた。地図上に印を記載していく警察官。自身の武装とヒーロースーツの手入れを行いながら端末で何かしらの電話を行っている男性ヒーローの姿があった。どうやら、ヒーローたちは交代で例のゲーム機に関する大規模な捜索活動を行っているようだ。
あたふたとお茶を用意している女性職員の邪魔をせぬように静かに入室を行う
「お久しぶりですギャングオルカさん」
「イレイザー・ヘッドか…何時ぞやの事件以来だな」
握手を交わす二人。そんな彼らの元へ一人の男性ヒーローがやってきた。彼は相澤とギャングオルカの姿を確認すると片手をあげて陽気に挨拶を行う。見た目とは裏腹に、随分と社交的な人間なのかもしれない。
「こんにちは。僕も今回の事件に参加させて頂くことになりました」
「ガンヘッド!君まで来ていたのか」
「いやーご無沙汰してます、ギャングオルカさん」
こちらへ来て挨拶を行うヒーロー『ガンヘッド』本来の歴史では麗日お茶子にインターンの際の指導監督を務める男である。個性は『ガトリング』自身の角質を非常に硬度な物質として固め、弾丸以上の速度と威力で発射できるという個性である。
ガンヘッドとギャングオルカもまた同様に固い握手を交わす。そうして一同は相澤が座っていたテーブルへと着席した。自身に手渡された書類を眺めながら、会議に入る。書類は相澤が作製した報告書レポートである。これまでの経緯が書類上にてまとめられているのであった。
「事情ならば電話でも聞いた…にわかには信じがたいが…」
「しかし、事実です。貴方達の力が必要だ」
そういって深々と頭を下げてくる相澤に対してなんとも固い表情のまま返答に困ってしまう
ギャングオルカ
ガンヘッド
この2名が新たに追加される支援チーム。グリードアイランド攻略においては戦闘班を担当する事になった。頭を下げてくる相澤に対して改めて力強い言葉で返答をするギャングオルカとガンヘッド。そうして彼らは打ち合わせを行った。これまで得た経緯を相澤という体験者から実体験を踏まえて聞き出していく。
「改めて確認をしましょう。俺達戦闘班は
「中にいる民間人への支援とケアは支援班の役目だったな。後からやってくる予定の心理カウンセラーと現地人数名の協力を仰ぐとか…」
「えぇそうです。そして同時に他に現実世界へと帰還する方法はないかの情報収集も行います。いずれにせよゲームの攻略には特殊な技術の習得が必要になる」
「そして向こうでは個性が一切使えない…だから我々が呼ばれたのだな」
そういってガンヘッドの方を見る逆俣。ガンヘッドもまた逆俣からの視線に対して力強くうなずいた。
武闘派ヒーロー『ガンヘッド』
GMA(ガンヘッドマーシャルアーツ)の創立者でもあり、あらゆる武術、武道を修めた彼。対人戦闘技術において彼は他のヒーローと比較しても非常に秀でた才能を持っている。身長191cmの肉体に加えて鍛え抜かれた鋼のような肉体を持つ。
グリードアイランド内では純粋な対人戦闘こそ少ないであろうが…それ以上に個性だけに依存しない肉体と格闘派としての技術を持つ事から今回の作戦に招かれた。
ちなみに見た目とは裏腹に繊細な面もあり、お茶目な喋り方や仕草もする。本史においても麗日お茶子からも『この人可愛い喋り方だ…』とまで言われる程である。漫画やゲームといったサブカルチャーも好んでいる事から本作戦に呼ばれたようである。
鯱ヒーロー『ギャングオルカ』
対してギャングオルカは知識と実践経験豊富な万能ヒーローである。プロヒーローランキングでも上位層を維持しており、その圧倒的なまでの強さと優れた能力から「ヒーロー仮免最終試験」の試験官としても採用されるほどの信頼を得ている。身長202cmの強靭なる鯱の肉体を持つ彼は、ありとあらゆる困難を乗り越えてきた屈指の実力派でもある。その豊富な知識と実践経験を生かし、困難に立ち向かう為の実力こそが今回の作戦では求められる。
個性無効化がどう影響するかは分からぬが個性に由来しない肉体と戦闘力を持つ一流の武闘派ヒーロー達である。個性が使えぬ以上は元の身体能力が少しでも高い方が有利であろうとの相澤達の思惑でもあった。
ふと、相澤は視線を壇上へと移す。壇上では台の上に薄型テレビと変換ケーブル、そしてグリードアイランドが繋がれていた。女性の警察官が個性を使用する。どうやら彼女は『念力』型の個性を持っているらしい。
絶対に手で触れないように個性を使い、マルチタップを宙に浮かせたまま慎重にゲーム機へと挿入していく彼女。そしてギャングオルカとガンヘッドの分、追加でコントローラーとメモリーカードを挿入する。ちなみに相澤とセットでプレイしているであろう、同ゲーム機のもう一人の人間は今もゲームをプレイ中である。
メモリーカードとコントローラーを取り外す事が出来るのは現実世界へ帰還したものだけである。そして追加マルチタップは元のプレイヤー側の操縦口に突き刺すのだ。
つまり、もう一つの方はメモリーカードを取り外すことは出来ない。その為新たにプレイできるのは追加で三名のみであるという事である。今もプレイしている人間のメモリーカードはどれだけ力を込めようが絶対に抜くことは出来ない。これも検証済みの事であった。
押収済みのゲーム機からも誰かが帰還すれば更に追加でマルチタップを挿入する事ができる。つまりそれだけ新たなヒーローの追加ができるのだ。ミルコやウワバミと合流し、彼女達を一度帰還させればメモリーカードを抜くことができる。そうして速やかに、新たな人員を投下する事もまた彼らの重要な任務であった。
「それにしてもジョイステーションかぁ…懐かしいなぁ」
「プレイしたことはあるのかガンヘッド?」
「親戚の人たちと一緒にやりましたよ。コンバットウォーズとかワンダーゾーンⅡとか」
「全く分からないな」
「イレイザーさんも僕と同世代なんじゃないかなぁ」
「…まぁいい。グリードアイランドはジャンルとしてはRPGに近いと思う。用心してくれ」
「分かりましたー。任せてください!」
そういって力こぶを造ってポーズをするガンヘッド。どうやらゲームの世界に入れるという事で浮かれている…ようにも見受けられてしまう。ともあれ彼の実力と素性も確かである。ゲームという世界においては非常に頼もしい存在であろう。
一方の
「君を疑う訳ではないし事情に納得も出来ているが…これで本当にゲームの世界に入れるのか?」
「案内役の言う通りなら、最悪俺だけでも入れる筈です」
「案内役?」
「ゲームに入ったときに現れる説明役です。…もしもお二人が入れなかったら俺だけでもまた帰還しますよ」
「そうならない事を祈ろう」
「全くです…あぁ向こうの準備が整ったようだ」
そう言って、後ろを振り返る相澤。会議室の壇上では稼働したグリードアイランドが机の上に置かれている。その様子を撮影するかのように一本のビデオカメラが立っており、画面の様子を会場にいる警察官や今もなお他のゲーム機がないかどうか広域捜索しているヒーロー達もライブ中継で現状を見ているらしい。
相澤はこちらへと振り返る。決意を固めているかのような苦い表情をする彼。彼はこわばった表情のままギャングオルカとガンヘッドに対して言葉を発した。
「もう一度いいます、ゲーム内は非常に危険です」
「分かっている」
「…死ぬ危険もあります。現にヒーローが独り化け物に喰い殺されたそうです」
「
「僕も微力ながら力を尽くしますよ…一緒に頑張りましょう!」
「…ギャングオルカさん、ガンヘッド。どうか宜しくお願いします」
「あぁ、任された」
今度こそ、力強く返事を行う。その言葉に背中を押されたのだろうか、相澤は微笑むようにして笑みを浮かべるとそっと前方へと向き合った。力強い歩みのまま、そっとグリードアイランドへと近寄っていく。その圧に、思わず近くに居た職員は気圧されるようにして後ずさった。
ごくりと生唾を呑むギャングオルカ。幾度となく、作戦前に感じてきたこれまでの雰囲気とはどこか違う空気。改めて、考えてしまう。ゲームの世界…個性が使えぬ空間。
産まれた時から、この身体である。どこまでも黒く、人体とは似ても似つかぬ異形の肌だ。幼少期の頃はこの見た目のせいで差別と偏見を受けてきた。ヴィランっぽいヒーローランキングでは常に上位、子供にはいつも泣かれて近寄る事さえできなかったこの身体と個性である。もしもそれがなくなってしまうというのなら…
「…それでは…先に行きますっ」
「っ!?」
相澤がジョイステーションに手で触れる。その途端、相澤の身体が消えた。一人の人間が跡形もなく消えるという現象、ワープのような個性現象がひとりでに起きたという事態に思わず動揺してしまう。
手で触れた相手を転移させるゲーム機。これもまた発展した個性による現象なのか、それとも全く未知の何かなのか…。自身の身体がこわばっていくのを感じてしまう。
「イ、イレイザーヘッドが…き、消えたぞ!?」
「おい井淵!今のちゃんとカメラで記録したか!」
動揺する警察官たち。これは凄いな…、隣でそうつぶやくガンヘッドの声を聞きながら逆俣自身も息を呑んでしまう。声を荒げて驚愕を露わにする警察官達の傍へ、彼はそっと歩み寄る。未知を恐れて何がヒーローか、彼は腕まくりをしながらそっと壇上へと昇っていく。
「…よし、次は自分が行こう」
「さ、逆俣さん…」
「大丈夫ですよ、塚内さん。任せてください」
そう言って壇上の上に立つギャングオルカ。彼の背後では彼自身の部下達が額に汗を浮かべてその光景を見つめていた。覚悟など、とうの昔に決まっている。彼は安心させるように自身の部下たちへと片手を挙げて答えた。
手で、ゲーム機に触れる。
その途端全身から来るとてつもない虚脱感に襲われる。自身の中の一部が吸い取られて、抜けていく感覚。声にならぬ悲鳴をあげる。それでもなお、彼は雄々しく立ち続けた。眼前を見据えながら、彼はその場にいる全ての人間達に向けて最後の別れを告げた。
「プロはいつだって…命がけだっ!!先に行ってるぞガンヘッド!!」
そう言い残して消えていくギャングオルカ。彼の後にはただゲーム機だけが残されるのであった。
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13話
シソの木。それはグリードアイランドに来る全ての者が訪れる始まりの地である。
そんな始まりの地に立った塔のような場所から、一人の男性が降りてくる。石造りの階段を降りながら彼は顔をひきつらせながらつぶやいた。
「これが…ゲームの世界…?」
呆然とつぶやいてしまう逆俣。それは圧倒されるような光景であった。見渡す限りの大草原、幾つかまばらに生えた木々と草々がどこまでも歪で妙な現実感を演出していた。頬を撫でる風の心地をよそに、唖然としたまま彼はその光景に見入ってしまう。
そんな彼らの元へ相澤とガンヘッドがやってきた。彼らはギャングオルカ…いいや、逆俣の姿を見ると仰天して思わず声を荒げてしまった。
「ギャングオルカさん!?その姿…」
「やはりそうなりましたか…」
「……」
呆然とした様子で自身の手足を確認するギャングオルカ。彼の姿は…ただの人間であった。個性があったころのシャチという個性は消え、今の彼は正真正銘ただの人間である。
見たところ、中東系の顔立ちとでも言おうか。彼の肌は浅黒く随分とホリが深い顔をしている。高く、まっすぐとした鼻筋にダークブラウンの瞳。髭を生やしている所から、渋い顔立ちのダンディーな魅力に溢れる男性であると言えた。まるでトレンディドラマにでも出ていそうな俳優のようだ。
手も脚も、いたって普通の人間となんら変わりない。興味深げに自身の手足を振ったり手でそっと顔を触れるギャングオルカ。
「信じられない…こんなの…まるで…」
「…ギャングオルカさん、とりあえず移動しましょう」
「あ、あぁすまない…動揺してしまった」
「どこを目指すんですか?」
「ここから一番近い街だ、アントキバという街で……ん?」
『他プレイヤーが貴方に対し
ふと、声がする。取り出した相澤の本から、案内役である女の声がした。予め録音した音声か何かだろうか、それはともかく彼は本を開くと二人のヒーローにも聞こえるようにと彼らの傍へと近寄った。
『久しぶりねイレイザー』
「まさか…ウワバミか!もう大丈夫なのか…?」
『おかげさまでね、私もあれから教会へ行ったのよ』
「教会…そうか、お前も既に使えるようになったのか」
「本から声が?というかこれは一体…」
「シー…僕たちは一度静かにしてましょうよギャングオルカさん」
本からする声の主と交信を取る相澤。どうやら通信相手と現状報告を行っているらしい。救援が来たと知らせる相澤の答えに彼女は嬉しそうに声を弾ませた。
『もうすぐ交信終了時間ね…それじゃ
「待て、呪文がもったいないから入手ランクが低い
「…何を言ってるか分かるかガンヘッド?」
「いやーさっぱりですね。これもこの世界のゲーム用語なのかな?」
ガンヘッドが興味深げに相澤の本を見つめる。彼の目から見てもこれはとてもゲームの世界とは思えなかった。そっと地面を手で触れてみる。するとかすかに湿った土の手触りとぬくもりがそこにはあった。この感触は紛れもなく、どこまでも現実的であった。
まるで現実からどこか別の場所へと飛ばされたとしか思えぬのだが…そう考えながらも彼は
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数日ぶりに訪れたアントキバの街並みは相変わらずであった。相澤はその光景にひそかに溜息をつく。好き好んで訪れたくなるような街並みでない事だけは確かだ。それでも時間だけは現実世界と同じように経過しているのが救いであるのかもしれない。
二人の同行者、ガンヘッドとギャングオルカはその光景に驚きつつも見入っていた。とてもゲームの世界には思えぬその光景。街並みでホットドッグを売っている男性も、花を籠に居れて手売りしている少女も、全て造られた存在であるとしったらどれほど驚く事だろうか。
ともあれ、まずは作戦会議である。そのまま街並みを数時間ほど共に散策した彼ら。手に入れた石や飲料水のカードを嬉し気に弄りまわすガンヘッドを連れた彼らは、中華料理屋へと脚を運んだ。相澤とウワバミ御用達の店である。
現実世界でも見かけるような小汚い中華料理屋の内装に少しばかり面食らうギャングオルカ。そんな彼をよそに、彼らは合流したウワバミと共に流れるように指定の席へと座った。開口一番、相澤はガンヘッドに問いかける。
「ガンヘッド…なんでもいい。お前の意見が聞きたい」
「率直ですねー」
「この中ではゲームだのアニメだのに一番詳しいからな」
「うーん…第一印象としては凄く丁寧に造りこまれたゲームって感じですかね」
「…続けてくれ」
水を、飲む。店員からサービスとして持ってきたグラスを傾けながらガンヘッドはその場にいる皆に語りかけるように持論を話しかけた。
「アイテム化が出来るものとそうでないものの境界線…あとは建物の中だとか、人が気にかけない部分まで丁寧に作りこまれてましたね…NPCの会話は少し杜撰でしたけど」
「確かに…NPCに関しては特定の会話にしか反応しなかったものね」
「RPGゲームにおいて重要な要素は幾つもあるけど…中でも重要なのはゲームシステム。つまりレベルアップとアイテムなんですよ。見た所このゲームはそれが非常に丁寧に設定されているんです」
「経験値は分かるけど…アイテムが重要なのかしら?」
「そうだなぁ。特に防御系呪文と攻撃呪文の関係性とか索敵に関する方法は凄いゲームバランスだと思います」
「ゲームバランス…」
「まぁそれは置いておいて…基本的なRPGゲームの流れはこんな所ですかね」
そういってここに来る道中で購入してきた紙に何事かを記入し始めるガンヘッド。これは…紙というよりも羊皮紙か何かだろか。現代ではお目にかかる事などないような随分と質の低い紙をテーブルに広げるガンヘッド。その指の先を、彼らは目で追った。
・倒せない敵と遭遇
↓経験値上げorキーアイテムの入手
↓敵を倒し、ドロップアイテムを確保
↓アイテム&資金の活用の後冒険エリアの拡大
・倒せない敵と遭遇
「良作のゲームは例えそれがどんな初心者であれ、然るべき手順を踏めばクリアーできるようになっている点が共通してあるんですよ」
「つまり…このゲームもそのしかるべき手順を踏めば…」
「クリアとキーアイテムの入手は可能だと思いますよ…まぁまだまだゲームを始めたばかりの初心者の意見ですけど」
ガンヘッドの言葉に思考する相澤。このゲームの場合のアイテム、とはカード化された指定ポケットカードと呪文カードの事だろうか。とすると今後情報を集めたり攻略を行っていくうえで入手した指定ポケットカードを駆使したりする必要があるのかもしれない。
思考する相澤に対してガンヘッドが言葉を弾ませながら更に喋る。彼は自身の指輪をさすりながら呪文を唱えると、彼の呪文に起因してその場に変化が訪れる。
「にしても凄いですよねー’ブック’」
ガンヘッドが唱えると、その呪文に呼応して突如空中から本が現れる。特徴的な図柄が書き込まれた本だ。その本の中には先程の道中や街中で手に入れたコモンカードが入っていた。コモンカードを手にした彼は嬉しそうに言った。
「いやー最新式のVRゲームを遊んでいる気分だ」
「遊んでいるんじゃないぞ」
「分かってますって…というかイレイザーさんに見せてもらったこのカードテキスト怖すぎません?牛を丸のみにする超巨大トカゲとか…」
「それでEランク…下から二番目の難易度の敵だ」
「おっと…やっぱりこのゲーム難易度やばいですね」
アッハッハと冗談なんだか本気なんだかよく分からない言葉を口にするガンヘッド。実際に死にかけた身からすると非常に笑えない冗句だ。きっとこの男もこのゲームの悪質さを目の当りにしたら意見が変わるに違いない。
苦い顔で水を飲む相澤に対して、隣に腰かけたウワバミが場に同席しているもう一人の男性に対して声をかけた。
「ギャングオルカ、貴方も会議に参加してよ」
「おっとすまない…いや、本当にすまない」
片手鏡を覗き込むギャングオルカ。彼は未だに慣れぬ自身の顔に戸惑いを隠せない。彼は机に座ったまま自身の動揺を隠すように手鏡を懐へとしまった。
「まさか自分が普通の人間と同じような姿になるとは…」
「というかこの渋いダンディーなおじさまがあのギャングオルカだなんてまだ信じられないんだけど…」
「自分だってまだ信じられちゃいないさ」
「まぁ気持ちは分かるわ。私も同じ異形型だし」
「君の場合は蛇髪だったな。確か髪の先が本物の蛇になっているという」
「自分の個性なんて産まれた時からあったから…今も不安でしかたないわ」
「自分は…どうだろうな。喜び?それとも困惑か?なんとも言語化しにくい気分だ…」
そう言って再び鏡をマジマジと見つめる逆俣。顔を右に、左に振ったり口元に手を当てて無理やり微笑んでみる。すると鏡の中の男性も同様に笑みを浮かべる。
そんな彼の様子をどこか呆れた様子で見つめるウワバミ。彼女はため息交じりに彼に対して話しかけた。
「まぁ異形型は多かれ少なかれ影響が大きいでしょうね」
「あぁだが、異形型のせいで迫害を受ける同胞も少なくない。そんな人間にとってここは…一種の理想郷になりそうだ」
「…人が死ぬ理想郷だなんて嫌よ」
「む…すまない。無神経な発言だった」
そういって謝罪をするギャングオルカ。そんな彼に対して苦い顔をしながら答えてしまうウワバミ。どうやらまだ死んだ同僚の事をひきずっているようだ。相澤は彼らの間に割って入るようにして話しかけた。
「話がそれているぞ…まとめよう。とにかく俺たちに必要なのは
「そのためにオーラと呼ばれる技術の習得が必須、でしたよね」
「そうだ、俺達戦闘班の最初の目的でもある。とにかくガンヘッド達にはこれから教会へ向かってもらう」
「ミルコは今も
「どの道二人を教会へと連れて行くのが先だ。目覚めるには時間がかかるからな」
「あぁなるほど、先に二人を教会へと連れて行った後に改めて合流ね」
合点がいったとばかりにうなずくウワバミ。彼女は手元の本から幾らかの資金をギャングオルカとガンヘッドに対して渡した。彼女から手渡されたカード状の貨幣に対して興味深げに見つめる二人を尻目に、相澤はここに来る道中で例の女に消されたフリーポケットを憎々し気に見つめた。
『カードをコンプリートすれば三枚のカードを現実世界へと持って帰る事が出来る』
最初に来た当初こそその意味と価値に気が付けずに、あらゆる事態が起きたことで忘れていたがこの三枚のカードというのはとてつもない事なのではなかろうか。相澤は以前ミルコと共に手に入れたカードの一枚を眺めながら考える。
【コネクッション】
『このクッションに誰かを座らせればその人は一回だけ貴方の願いを聞いてくれる。座った人の能力を超えてのお願いは無理』
このカードテキストだけでとんでもない効果である。制限や限界はあるものの、願いを叶えてくれるなど…おとぎ話のような物だ。或いは性質の悪い洗脳系の個性のようでもある。これはゲームのNPCにだけしか使えぬのか、それともフレーバーテキスト…ゲーム上の設定だけの話なのか。
カードや戦力に余裕が出てきたらこれらの要素も検証していく必要があるだろう。もしもこれらのカードが人間に対して本当に使えるのだとしたら…
恐ろしいのはこれだけの能力を秘めていてBランクという事である。まさかそれらよりも更に上位ランクのカードにはもっととんでもない効果を持ったカードがあるのではなかろうか…
そしてゲイン化して使ってしまえばこのゲーム内でも同様に使用する事が出来るという事でもあるのかどうか。これまではミルコと相澤しかおらず、離脱のカードを取る為に必死であった事から指定ポケットの収集と検証など悠長に行っている暇はなかった。だがもしもこれらのカードが悪用される事があれば…一体どれだけの被害が出てしまうのか。
相澤はこの場にはいないマルチタップを使用したかもしれぬ例の人間達の事を思い出していた。もしもそんな存在たちと敵対したら…その時の為にいち早くこのゲーム内での練度を上げて、力を身に着ける必要がある。そう相澤は固く決心をした。
彼らと相澤達が出会う日はそう遠くない。
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14話
八百万が森をさまよって早数日が経過した。近隣を捜索し、時折大樹にまで戻り果実を回収してまた探索を行う。やっとの思いで道に出来た独特の土の痕跡、馬車道を見つけた彼女はそこで腰を落ち着けて待ち続ける事を選択した。
道路にある車輪の跡、それはつまりここを通る人間が居るという事だと予想したのだ。そうしてその道を通りかかった馬車に乗車する行商人を見つけた時、彼女は両手を挙げて歓喜の声をあげたのであった。
その後アントキバの街まで行くという行商人の荷馬車に載せてもらった彼女がアントキバの街に着いたのが数時間前の事である。ヨーロッパのような美しい外観とその街並みに圧倒される。漸く見つけた念願の人が住む街である。さぞ喜んでいる事かと思いきや、彼女の顔は存外に曇っているのであった。
「あ、あの…交番はどこにあるか御存じですか…」
「’交番’?なんだいそりゃ」
「あっ…な、なんでもないですわ…」
店で商品を売っている男性からの返答に肩を落としてしまう八百万。そんな彼女の元へ杖を着いた老人が現れる。ゆっくりとした歩みをするその老人に対して八百万は再び問いかけた。
「あ、あの…ヒーローか警察官はどこにいるか御存じですか」
「’ヒーローか警察官’?なんじゃそれは?」
「…なんでもないですの…」
何度も聞き飽きた返答に対して肩を落としてしまう。もう何度目だろうか。幾度尋ねてもおかしな返事しかしない街の住人に辟易してしまう。街を歩む人間の目つきもおかしい。どこか無機質で機械的な行動。
そこには人間特有の感情や行動の癖などどこにも存在しなかった。
どこか人間味のない行動に、背筋の寒い恐怖すら感じてしまう。まるでたちの悪い夢でも見ているようだ。泣き出したくなる衝動を押さえる八百万
「言葉がつうじているという事はここは日本のはず…ヒーローはどこですの?」
ヒーロー飽和社会とまで呼ばれる現代社会である。定期的にパトロールだって行っているはずなのにこの返答は一体何なのだろうか。ヒーローの存在すら知りえないだなんてあり得ない。思わず祖母の風呂敷を握りしめてしまう。
風呂敷はなくしてはいけないと彼女は風呂敷を何重にも折りたたんでいた。折りたたんだ後は細いバンド状にして自身の右腕へと巻いてある。固く縛ったこの風呂敷が、折れかけそうな彼女の心を支えていた。そんな彼女に対して親切そうな青年が声をかけた。
「君、ヒーローを探しているのかい?」
「し、知ってるのですか?」
「あぁあっちの方で見かけたよ…何人か固まっているのを見たかな」
「ほ、ほんとですか!?どこにいましたか!」
「うーんちょっと分かりにくい場所だったからなぁ…それじゃあお兄さんが近くまで案内してあげるね」
「ありがとうございます!」
親切な男性からの言葉に嬉し気に声を弾ませる八百万。ここで漸く出会えた人間らしい人間である。目つきも行動も、機械的なそれとは違ってどこまでも人間らしさがあった。彼の年齢は…21歳前後であろうか。彼女は嬉しくなってその青年のそばへと走り寄る。
「それじゃあ迷子にならないように手をつなごうか。ここは人が沢山居るからね」
「はい、分かりましたの!」
手を差し出してくる成人男性。彼の手をそっと握り返す。彼の暖かい掌の体温が、八百万の心を少しだけ温めた。彼は優しそうに微笑みながら八百万に対して親切に問いかけた。
「君のお名前はなんていうの?」
「
「それじゃあ年齢は?」
「うーんと…小学生4年生です」
幾つかの質問を問いかける青年。そんな青年の問いかけに対して嬉し気に返答を行う八百万。久々に行った人間らしい会話である。
杖をついた老人の隣をそっと通り過ぎる。そうして青年と八百万はそのまま楽し気に会話を交えながらアントキバの街並みを散策していくのであった。太陽の光に照らされながら、店先にならんだホットドックの屋台から香ばしい匂いが立ち込める。
そんな匂いに連れてつい視線で追ってしまう彼女。そんな彼女を青年が微笑まし気に見つめた。そうして彼女と彼は手をつないだまま15分ばかり歩くのであった。徐々に街の中心部から離れていき、人の姿がまばらになっていく。
「それじゃあ八百万ちゃんは将来はヒーローになりたいんだね」
「はい、学校でもいっぱいがんばってますの!」
「へーそれは凄いね…あっ着いたよ。ここだね」
「へ?」
成人男性が指を指した先…それは
「あ、あの…ここにヒーローがいますの…?」
「うん、中にいるよ。お兄さんと一緒に入ろうか」
「あ、あの…やっぱり私…帰りますの」
「あはは…帰すわけねーだろ」
「なっ!?」
突如下卑た笑みを浮かべる男性。舌なめずりをすると青年は八百万の身体を嘗め回すように見つめた。突如変貌した青年の形相に、八百万は言いようもない恐怖を感じてしまう。そんな彼女に対して青年はニタリと笑みを浮かべながら嘗め回すように彼女の肢体を観察し始めた。
「NPCはヤっても切り刻んでも反応しないんだ、まるで人形みたいでつまんねーんだよな」
「えっ…あっ……」
「だから君みたいな可愛い子が来てくれて本当に助かったよ」
笑みを浮かべる男性。その笑みがどこまでも狂気的で不気味であった。恐ろしいほどの力を込めて握られる事に心底から恐怖心を抱いてしまう。彼女の背筋にゾクりとした恐怖が走る。
まさか…この人間に騙された?あれほど知らぬ人の誘いにのってはいけないと言われていたのに…優しい言葉に騙されてしまった自分に不甲斐なさを感じてしまう。彼女は全力でもがくと必死に大声で助けを求めた。
「い、いや!はなしてください!!」
「こんな可愛い子が捕まるだなんて俺ってついてるな」
「だ、誰か…助け…っ」
「ここには助けてくれるような警察もヒーローもいないさ…全く最高な場所だよなァ!!」
こちらに対して強引に掴みかかってくる青年。その青年の力強さに反射的に悲鳴をあげてしまう。彼女はもがくようにして暴れるものの、青年の手から逃れる事は叶わなかった。
八百万は腕を振り回す。暴れまわって振り回したからだろうか。彼女が腕に巻いていた布切れは徐々に解けていき…やがて一枚の布切れへと戻っていく。そうして青年と少女の間に一枚の風呂敷が現れた。
風呂敷?
つい最近では見慣れなくなってしまった古びた道具を見つめてしまう。首をかしげる青年に対して八百万は大きな声で叫んだ。
助けを求めても周囲には誰もいない。彼女の叫びなど、誰にも届きはしないだろう。そんな誰も聞くことのない願望を、その古びた風呂敷だけが聞き届けた。彼女の強烈な願望によって、その風呂敷は能力を得てしまう。
「
「て、てめーいきなり何を……なにィっ!?!」
彼女の願望によって
風呂敷は突如巨大化する
男性の声が、途切れた。突然自身の肉体を覆えるほどの巨大な布にまで巨大化した布に、仰天する。慌てて後ろずさり逃れようとする青年。3m…5m、風呂敷は巨大化し、男の脚から頭までびっちりと包み込んだ。
まるで蜘蛛の巣に囚われた餌のようだ。そうして男はじたばたと哀れにもがいてしまう。ビクビクと惨めに布切れの中で動く男性の身体は…やがてぴくりとも動かなくなった。
そこは光も、音すらも届かない世界。やがて青年の存在はこの世界から痕跡一つ残さずに消えてしまう。後には再び小さく縮小した、手のひらサイズの巾着状態の布切れだけが残った。
【
具現化された風呂敷にありとあらゆる物を包み込み、包んだものを小さく縮小する事が出来る能力である。金庫一杯の宝物も、人が乗った車も、対象物を包み込めるほどに大きくなり、あらゆるものを包み込む
特徴的なのはその万能性である。この風呂敷に触れればあらゆる物は即座に無力化され、包み込まれてしまう。殴りかかってきた人間がほんの欠片でもこの風呂敷に触れてしまえば…それだけでこの風呂敷の餌食にされてしまうのだ。
利便性と稀少性からあの幻影旅団からも高く評価されている。団長【クロロ=ルシルフル】があの世界でも最強の能力者でもあるゾルディック家を相手にする際に迷わず使用する程の強力な念能力なのである。
その能力を何故彼女が使えてしまったのか。並行世界においての妙な縁でも出来た結果なのか、それは誰にも分からない。確かな事は、彼女は本来手にするはずのなかった能力を得てしまったという事だけだろう。
「えっ…き、きえた…?」
人間が一人消えていなくなるという現象に尻もちをついたまま混乱する八百万。バクバクと鳴り止まない心臓を無理やり押さえつけながら彼女は弾けるようにして立ち上がる。そのまま彼女は廃屋から逃れるように全力疾走を行った。
怖くなってその場から立ち去ってしまう八百万。最早全てが恐怖であった。彼女は無我夢中で駆けていく。そんな彼女の後を一人の男性が隠れるようにして見ていた。どうやら一部始終を目撃していたようだ。彼はかけていた眼鏡を押し上げると絶の状態を保ったまま追跡を行った。
5分程、八百万は必死で走り抜ける。アントキバの街の端、泉が吹き出している広場へとやってくるとそのまま彼女は倒れこむようにして地面に腰をついた。胸元を押さえて荒れ狂う呼吸をなんとか押し付けながら、彼女は泉の傍に設置されたベンチへとこしかける。
そんな彼女の元へやってきた男性。彼は彼女の前方からゆっくりと、けれどはっきりと大きな声量で声をかけた。
「こら、見ていましたよ」
「ひぃっ…!!」
「全く、オーラを具現化出来るという事は君も相当な念能力者なのでしょう?逃げるなり何なりもっと他の方法もあったでしょうに…」
「こ、今度は一体なんですの…!?」
「念能力者が一般人に能力を行使するのは感心しませんよ。まぁあの状況では正当防衛でもあり仕方ない部分もあったでしょうが…」
ゆっくりと、諭すように声をかける男性。まるで教師が子供を説教しているかのようなその光景、しかし現在の彼女にとってはいきなり現れた未知の男性である。当然、まともな心理状態になどなれるはずもなかった。
耐えきれずに嗚咽を漏らし始める八百万。まるでせき止めていた堰が切れたかのように、泣き出してしまう八百万。痛いほど握りしめた拳の上に、ボロボロと彼女の涙が零れ落ちた。
「も、もうやだですのぉ…っ」
「え?いえ私は責めている訳では…な、泣かないでください!」
もう限界であった。突如地面へと崩れ落ちるようにして泣き出してしまう八百万。べそをかきながら大声で泣き出してしまう彼女。そのまま家族の名を求めて泣き叫んでしまう。
「も、もうこんな場所いやですわ!…おうちに帰りたい…っ!!」
「済みません!決して私はそんなつもりで言った訳では――」
「うぅ…ひっぐぅ…あぁぁっ!!…」
「君もどうか泣き止んでください…っ!」
「おい、そこで何やってんだ不審者」
そんな実に混乱した場面に、相澤がやってきた。どうやら八百万の悲鳴を聞いて駆けつけてきたようだ。オーラを纏ったまま屋根の上を走ってきた彼は少しばかり呼吸を乱しつつも、少女と彼の間に割って入るようにして着地した。
相澤はその男性に対していぶかしげな視線を向けるといつでも動けるようにと拳に力を込める。そんな相澤に対してその男性は慌てるようにして弁明を行った。
少女の前で慌てふためく眼鏡をかけた男性。その男は白いシャツに黒いズボンを身に着けていた。彼は困ったように苦笑をすると相澤に対して穏やかな口調で返答を行った。
「え、いやぁ私は怪しいものでは…」
「いや見るからに怪しいだろ…というか何者だお前は」
「えーと今名刺を…あぁ名刺はないんだった!どうしましょう?」
慌てて自身のポケットをまさぐる男。それはなんともだらしのない男性であった。男の服装を見てみると、なんとシャツの片側がズボンからはみ出してしまっているではないか。
彼はふにゃりと柔らかい笑みを浮かべると、八百万と相澤に対してにこやかに自己紹介を行った。
「私は…ウイングと言います。どうぞお見知りおきを」
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15話
アントキバの街はずれにある赤いテラスが特徴的なカフェテリア。そこはこのゲームに強制的に連れてこられた住人たちにとっても味が良いとの事から評判となっている店でもある。
幾つもの白いテーブルにウッドチェアが並んだその空間。店の外では燦燦と輝く日光の元、彼らはその店先に居た。一つのテーブルに、彼らは同席する。
テーブルの上には美味しそうなパスタと豆から引き立いた上質なコーヒーが並んでいる。そんな中、眼鏡を掛けた男性、ウイングは申し訳なさそうに彼らに対して頭を下げた。
「面目ないです…」
彼女と相澤の話を聞いて自身の判断が間違っていた事に気が付く。危うく少女が乱暴を犯される所であったという事からウイングは目で見て分かる程に落ち込んでいた。彼は申し訳なさそうに相澤達に向けて語る。
「兄妹というには違和感も有りましたし…妙な気配もあったので少し跡を追けていたんです」
「それもどうかと思うがな」
「なにせこれほど明確にオーラを具現化できるほどの念能力者です。普通に戦ったり逃げる事位なら出来ると思ったのですが…」
「こんな幼い子だぞ…そんな器用な事出来る訳ないだろ」
「あはは…普通はそうですよね。普通は…」
「あぁ?」
「い、いえ…念能力者は見た目の年齢だけでは分からない事もありまして…」
そう行って肩を落として少しばかり意気消沈するウイング。
「ともあれ、彼女には怖い思いをさせてしまったようです…申し訳ない」
「俺にじゃなくてこの子に謝ってくれ」
「えぇ、八百万さんにも…見過ごしたり勝手に跡を追けて、大変怖い想いをさせてしまいました。本当に申し訳ありません」
「むぐむぅ…べつにかふぁいませんの」
「…お前は全部食ってから喋ろ。女の子がはしたないだろ」
パスタを夢中で口いっぱいにほおばる。彼女からしてみれば数日ぶりのまともな食事、である。お嬢様らしくない行動をとっても仕方ないだろう。相澤から指摘を受けた彼女は頬を赤らめて恥ずかし気な表情を浮かべてしまう。八百万は気まずさをごまかすようにナプキンで口をぬぐった。
ちなみに、出会った当初こそ乱暴される寸前でもあったことから大泣きしていた彼女。ウイングの穏やかな話口調と相澤のヒーローライセンスを見たことから漸く泣き止んで、今ではすっかり元気を取り戻していた。
嬉しそうな表情で元気いっぱいにパスタや前菜を食べていく八百万を横目で見ると、相澤はウイングに対して言葉を投げかけた。
「それでアンタがさっきから言ってる念能力ってのは何なんだ」
「え?」
「だから念とかなんとか」
「貴方達が今使っているものですが…」
そういって困ったように首を傾げるウイング。彼の目から見れば相澤と八百万の身体からは確かにオーラを纏っているのが良く見える。
無論、出ているとはいってもそれも中途半端な物だ。心源流拳法師範代の彼からすれば、練り出すオーラの質も量も稚拙にすぎるものだ。
達の悪い外法による被害者であるのかと想い話をしてみるものの、オーラを使用しておきながら念の存在すら知らないというのはどういう事なのだろうか。ウイングは八百万の為にスープの追加注文を行いながら、自身の意見を述べた。
「まずはお互いの事情を話し合うべきではありませんか?」
「…確かにそうだな。だがその前にアンタが何者かどうか教えてくれませんかね」
「おっとこれは失礼、私は…
「NGO?」
「はい、普段は海外で難民支援活動を行ったりしているんですよ」
そういって楽しそうに自身の仕事について語る彼を相澤はいぶかし気な表情で見つめる。彼は普段は海外の発展途上国へ行き、難民の為の支援を行っているらしい。食糧支援や住居の提供、現地の子供たちに対して識字や算学の教育を行ったりと幅広い分野で活動を行っているらしい。
今回は仕事の一環でとある国へと講義の為に出かけた際に、オカルトマニアの知人からこのゲームの存在について聞いたらしい。人が消えてしまう不思議なゲーム機があるから意見が欲しいと言われ、その調査の際にゲーム機に手が触れてしまったとの事だ。
どうにも嘘くさく思えて仕方がない相澤。ともあれ、聞いた法人の名前は自身も聞いたことあったような覚えもあるし、活動内容も聞いた限りはごく自然である。むしろ世間一般では立派だと評価されるような仕事内容だろう。相澤は少しばかり不審に想いながらも自身の経緯を話し始めた。
無論、全てをありのままにという訳ではない。こちらの事情を少しごまかした状態で、相澤は事情を語ったのである。ヒーロー協会、行方不明事件、これまでのオーラに目覚めたと思われる事件について要所をごまかした状態で説明を行っていく。一通り話し終えると、ウイングは深く頷いた。
「なるほどにわかには信じがたい話ですが…納得はいたしました」
「他の国でもグリードアイランドによる被害者がいるのか?」
「日本が主流だとは思いますが。この街の住人の様子を見ると…」
「……厄介だな」
コーヒーを口に含みながら考える。日本だけの現象とも丸きり信じきってはいなかったが…まさか海外でも例が確認できる程とは。このアントキバの住人でも外国人が幾人か確認は出来ていた。が、アントキバの住人に関してはウワバミに管理を任せていたので詳しくは知らなかったのだ。
相澤は報告すべき事項を頭の中でまとめながら珈琲を口に含む。そんな彼に対してウイングは視線で伺うようにして話しかける。
「しかしその様子では応用技はおろか基礎の四大行すらも知らなそうですね」
「そもそも念とは…オーラとは一体なんなんですか?」
「オーラとは誰しもが内に秘めている生命エネルギーの事ですよ」
「…そこまでは聞きましたね」
「’纏’から始まり’錬’を覚え、’絶’を経てそして’発’に至る……それ即ち念であると」
「……」
「そして発に至ったオーラこそが新たな能力の発露となる。私たちはこれを念能力と呼んでいます」
「念能力…それを扱うものが念使いか」
「えぇそうです。貴方たちはまだ念能力の真価を欠片も理解出来ていません。その恐ろしさもね」
「…言ってくれますね」
「事実ですから。念を駆使すれば…こんな事もできます」
そういって彼はテーブルに備わっていたカトラリーボックスに手を伸ばす。スプーン、フォーク等が詰まったその長方形の箱から一枚のナプキンを取り出した。どこでにもある白い、変哲の無いナプキンである。
いぶかし気な視線を向ける相澤の目の前で、ウイングはナプキンにオーラを込める。徐々に増していくオーラに比例して、ナプキンそのものの硬度もまた上昇していく。そして軽くスナップを利かせてテーブルの隣にそびえたつ大樹に向かってソレを投げ飛ばし――
「おいおい…嘘だろ…」
「今のはただ念を込めただけですよ」
そういってクスリと笑みを浮かべるウイングに対してひきつった表情を浮かべてしまう相澤。なんという事だろう。その大樹を見てみると柔らかい筈のナプキンを投げられた事によって深々しい傷跡が付けられていた。
(ナプキンが中心部にまで貫通している…っ!)
大樹の表皮を軽々と貫通し、その中心にまで深く突き刺さっているナプキン。巨大な斧を力いっぱいに振り下ろさなければここまで深々と突き刺さることもないだろう。
自身の手元にあったナプキンを確認してその柔らかさにゾッとする。
「これは一体…」
「この程度で驚いてはいけませんよ…八百万さん、先程使っていた例のものを出していただけませんか?」
「え、ですが…」
「大丈夫です、貴方ならきっと出せますよ」
「…いいんですか?」
「はい、私が許可します」
ウイングの指示に対して戸惑いながらも答える八百万。彼女は右手に力を込めて瞳を閉じると、そのまま宙に向けて腕を突き出した。彼女に込められたオーラによってその念は発露していく。やがてそのオーラは徐々に形をまとっていき、やがては一枚の風呂敷へと変貌していく。
唖然とする相澤に対してウイングが眼鏡を押し上げながら問いかけた。
「相澤さん、これが何に見えますか?」
「…布だ」
「はい、正解です。より正確には風呂敷といった方が正しいでしょう。しかしただの道具ではありません」
「グリードアイランドの何らかのアイテムなんじゃないのか?」
「いいえ、まさか。これは彼女自身のオーラによって具現化した物ですよ」
「は?」
「オーラは強化したり、別の何かを創造する事も可能なんです。そして創造したものには特殊な能力を付与する事ができる…こんな風にね」
「なっ!?」
そういって彼が
まるで巨大なアメーバのようにグニグニと姿を変えるその風呂敷。見る見るうちに傘を飲み込めるほどに大きくなり、そうして包んだものをすっぱりと覆ってしまうとそのまま風呂敷は包んだ物ごと縮んでしまう。見る見るうちに縮んでいき、やがては数cm程度の大きさにまでなってしまった。
「どうやら風呂敷に触れた物をその性質問わず全て閉じ込める事ができるようですね。そして包んだ物をそのまま小さくもできる…と。
「こ、これが念能力…?」
思わず呆然とつぶやいてしまう相澤。念とはただ身体能力を強化させる物ではなかったのか。
個性にも、様々な物が存在する。それでも自身の個性から逸脱した能力などは備わってはいない。ましてや彼女の本来の個性は創造というではないか。創造したものが勝手に能力を身に着ける…?これではまるで二つ目の個性の発現にも等しいではないか。
全く違う系統、異質な能力。これまで培ってきた常識とは外れた理の存在に、戸惑いを隠せない相澤。きっと無意識だったのだろう。彼の口からは知らず知らずのうちにぽつりと、ついその言葉が漏れ出てしまう。
「これと同じ事が…俺達も出来るのか…?」
「その質問にはYesでもあり限りなくNoでもあるのですが…ともあれもうお分かりでしょう」
「……」
「分かりますか?中途半端に学んだ念能力など誰かを傷つけてしまうだけです」
そういってこちらを真剣なまなざしで見つめてくるウイング。その視線に対して思わず言葉を返すこともできない。この技術は劇薬だ。社会へ、世界へ絶大な影響だって与えかないのではないだろうか。彼の言葉は念に対する知識も経験も不足している自分に対する忠告だろう。
だがここで疑問が生じてくる。プロヒーローである相澤だって見たことも無いような技術と異能である。
2人の間に無言の緊張が走る。そんな相澤とウイングの両者を見つめて八百万。彼女は困惑したように間に入ると力強い言葉で主張した。
「あ、あの…これは’ねん’という物ではなくわたしの個性ですわ」
「…なるほどそれは申し訳ない。ちなみに八百万さんの個性とは一体?」
「わたしの個性は『創造』です!とってもべんりな個性なんですの!あ、あの…これって個性が進化したってことですよね!」
「…えぇそうですね、きっと君の個性が成長したのでしょう」
「やりましたわ!これでわたしもヒーローになれるでしょうか!」
「うーん、それはどうでしょう。きっと沢山お勉強しなければいけませんね」
「でも…お勉強もすきですわ!一杯がんばりますの」
そういって顔をほころばせて喜ぶ八百万。そんな彼女を微笑まし気な表情で見るウイング。この男を信用すべきか否か、まだ決心できないでいた。そんな相澤の目の前でウイングは肘でわざとテーブルからフォークを落とした。
あっとわざとらしく声をあげるウイング。そのまま彼は困ったように頭をかくと八百万に対して申し訳なさそうにお願いをした。
「おっと済みません…八百万さん、フォークを落としてしまったので店員さんに替えのフォークを貰いに行っては頂けませんか」
「はい?分かりました」
「ありがとう…一本だけでいいですよ」
店員さんに相澤も視線で後を追うとレジの方へと行ってフォークを貰いに行くのであった。彼女に対して礼を述べながら、行く末をそっと視線で追うウイング。彼女が店の奥へと行ったのを確認するとウイングは相澤に対して改めて向き合った。
どうやら彼女が居る場所ではしにくい話をするつもりらしい。彼は少しばかり声量を落として相澤に対してそっと告げた。
「さて…先程聞いた通りです。彼女は念能力に目覚めてしまった…彼女自身は個性だと勘違いしているようですが」
「…彼女の個性がゲームマスターに偶然奪われなかった可能性もある。それが何らかの形で変質した可能性も」
「念使いである私が保証しますがそれはあり得ませんよ。貴方の言う
「……」
「それに話はまだあります。これを見てください」
そう言って懐から小さな包みを取り出すウイング。あれは…先程の八百万の創造した風呂敷だろうか。それは巾着状の形をしており、手のひらに乗るような小さなサイズをしていた。視線で話の先を促す相澤に対してウイングははっきりと告げた。
「彼女と出会った時の経緯はお話しましたね?」
「まさか…この中に?」
「はい、先程話した件の男性が入っています」
「…まだ生きているのか?」
「おそらくですが…機会を伺って彼女には能力を解除させなければいけませんね」
自身の手にオーラを纏い、二つの棒をまるで箸のように駆使しながら器用に巾着状の風呂敷を掴むウイング。この中に人間がいて、しかも生きているか死んでいるかも分からないとは…。
「男性の生死の確認、包んだ物品が破損するのか否か。調べる事は山程ありますが…まず第一に彼女に念能力をコントロールする術を身につけさせねばなりません」
「そうしなければ現実世界でも同じ事故が起こりえると?」
「現在あなた方の周囲には念について詳しい方はいません、その詳しくない技術で事故でも起こされたら大変でしょう。それは彼女の将来にも関わってきます」
「能力が暴走して人が巻き込まれたら大変…確かにな」
「はい、彼女が現実世界へ帰還する前に…念に関する修行が必要です。それも念に長けた人間から」
「…それが貴方であると?」
「そうです。私、こう見えても
そういって自信をにじませた笑みをするウイング。相澤からすればオーラとはゲーム内での技術だ。しかし警察署へ帰ったときには確かに使えた技術でもある。この矛盾…いいや、謎は一体どういう事なのだろうか。
つまり、念とは元々現実世界にあった技術でもあるという事ではなかろうか。犯人たちはこの技術をなんらかの形で知って、それを利用してこのゲームを造った…?いいや、この男が犯人達そのものだという可能性だってある。
「念能力は学べば誰でも習得できます。…だからこそ、それを学ぶものには責任が伴う」
この男が犯人とその関係者である可能性も否定できない。むしろその可能性の方が高いのではなかろうか。接触してきたタイミングといい話の内容と言い、あまりにも怪しすぎる。
「……」
眼前の男は何かを知っている、それは間違いない。念に関する事。そしてこのグリードアイランドや犯人たちの正体に関しても。
ここで捕縛して尋問するか?
そう想い、僅かに身体を強張らせる相澤。テーブルの下では彼に気づかれぬようにと密かに拳と両足に力を込める。そんな彼に対してウイングは苦笑しながら答えた。
「まぁいきなり言われても信じられませんよね。良ければ取引をしませんか?」
「…内容にもよる」
「そう難しい話ではありませんよ。彼女とあなた方に念について講習を施します。対価は…現実世界に戻った時に一仕事頼みたいのです」
「仕事?」
「えぇそうです。そちらである人を探してほしいのです。ただそれだけですよ」
そういってにっこりと微笑むウイング。なぜだか憎めない笑顔であった。彼の人柄に、ほんの少しばかり毒気を抜かれてしまう相澤。
もしも念とやらに精通しているのなら…ここで戦闘を仕掛けるのは返り討ちに合うだけで愚策だろう。手を出すならば学びきった上で複数人で奇襲を仕掛けるしかない…。
そこまで考えて相澤は深い溜息をついた。何よりここで彼との繋がりを逃す事は出来ない。相澤は渋々といった表情で彼の提案に応じるのであった。
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16話
アントキバの街から20分程度歩いた場所には森林地帯がある。様々な種類の樹木があり、近くには食べられる果実や動物もいないという事から人間にとっては何も見どころがない空間である。そこのすこしばかり開けた空間に彼らはいた。
木と木に囲まれた空間である事から彼らの秘密の修行を覗き見る住民もそこにはいない。相澤はその場に集った仲間をそっと横目で伺った。ミルコ、ウワバミ、八百万。こうして思えば随分と不可思議なメンバーだ。ミルコとウワバミに至っては現実世界ではとんと縁がなかったというのに、今ではこうして共に修行する仲になったとは…。
そんな彼らを指導するのは眼鏡をかけた謎の男性ウイングである。謎の男から指導を受けるという行為、半ば誘拐同然で連れてこられた少女の件で随分と揉めるかと思ったが、相澤の杞憂をよそに彼らは随分と仲が良くなっていた。
知識がないよりかはあった方が良いだろとのミルコの鶴の一声もあり、晴れて講習会の実施が決まる。こうしている今も彼女達は今も和気藹々と、かつ真剣に修行に取り組んでいるのであった。
「そうです、もっと丹田辺りの精孔の位置を自覚してみましょう」
「ん…こうかしら?」
「えぇ上手いですよ。相澤さんはどうですか?」
「ダメだな…この絶ってやつは難しすぎる」
そう言って頭をかく相澤。精孔を開くならばともかく意図的に閉じるのがこれほど難しいとは…。先程から開いたり閉じたり、意図的に精孔を刺激したりと自らの感覚を研ぎ澄まそうと試みているのだがどうにもかんばしくなかった。
そんな彼らに対してウイングは顎に手を当て考える。ふむ、と唱えると彼は彼らに対してより具体的に身になるようなアドバイスを行った。
「それではお二人とも、ガスコンロをイメージしてみましょう」
「ガスコンロ?」
「えぇそうです。自分の肉体がガスコンロであり、オーラとはガスの事です」
スイッチを捻る事で点火し、レバーを回す事で火力を調節する。そしてガスの元栓を閉める事で絶を行う。特に精孔を閉じる際には頭の中で実際に元栓を閉めるイメージを持てと彼は言う。
ウイングの理解し易いんだかよく分からない説明に苦笑しながらも指示に従うウワバミ。先程彼から受けた纏と絶について改めてその説明を思い出す。
絶とはその逆。肉体から流れ出ているオーラを精孔より完全に絶つ事である。これにより、人間が無意識的に放っている気配すらも絶つ事が出来る為、隠れたり尾行したりする時にも役に立つ。また、回復力を大幅に増幅させる事も可能である。
言われてみれば、成る程とも思う。
ちなみにこの事を体感的にいち速く理解したのが八百万であった。彼女の纏はこの中の誰よりもゆらぎが少なく、まるで穏やかな小川のようになだらかであった。そんな彼女の様子をウワバミが嬉しそうに見守った。
「あら、
「でもあの人には負けてますの…」
「まぁアレに比べたらね…うん…」
二人の視線の先では森林地帯で暴れるミルコが居た。よほど覚えが、いや才能が合っていたのだろう。ウイングの指導をまるで乾いたスポンジのようにして吸収してしまったミルコ。数時間も立たぬうちに彼女は正しいオーラコントロールを学習してしまったようだ。
オーラとは生命の源。纏を行えばそれだけ身体能力は桁違いに上昇する。攻撃力も、防御力も、素早さもすべてのステータスが上昇するのだ。
かつて強化系であるウボォーギンは殺傷能力の高いライフルを頭部に喰らってもピンピンとしていたという。つまりは特化型のステータスになりがちな個性に比べ、念とは汎用性に優れた異能なのである。まぁ彼の場合はかなり特殊な事例ではあるが。
身体があまりに軽い。大樹が音を建てて崩れていくのを横目に彼女はなおも空中での疾走を続ける。どうやら大樹同士を蹴って高速で移動しているらしい。時折肉体がぶつかるような音がする事からも体当たりの練習でも行っているのだろうか。時折彼女の高笑いが聞こえる事からも、随分と機嫌が良い事が伺える。
「アハハ!サイコーだなァ!!この感覚は久しぶりだッ!」
「はい、兎山さんもそこまでにしてくださいね」
手を叩いて兎山ルミの行動を止めるウイング。彼の呼び止めに渋々応じたミルコは相澤たちの傍に戻ると軽く呼吸を整える。あれだけのことをしておきながらまだまだ体力には余裕がありそうだ。そんな彼女達に対してウイングは次の修行の指示を行った。
「では今度は4人でもやってみましょう皆さん、オーラを練っていただけますか」
「オーラを…錬って奴ですか?」
「えぇそうです、皆さん自由な態勢を取って頂いて構いませんよ…それでは、始め!」
ウイングの言葉で各自覚えたばかりの錬を行う。相澤も又そっと直立しながら瞳を閉じて指示に従う。どうにもどこかファンタジックな感じであり、いまいち現実味が感じられないのだ。指示に従いなんとか力をひねり出そうと試みるが…自分だけでは上手くいっているのかどうかも分からなかった。
「八百万さん、力いっぱいに両手で握りこぶしを作る必要はありませんよ、もっと脱力をしましょう。…あと瞳をぎゅっと固くつむる癖も治しましょうね」
「あぅぅ…」
「相澤さんはオーラにムラが出来ています、脚先のオーラが少なすぎるのでもっと全体を馴染ませるイメージを持ちましょう」
「……はい」
「はい、そのままの態勢で…あと30秒です」
やがて、時間が経過し終わりの合図を告げられる。その合図と同時に地面に倒れこむ八百万とウワバミ。かくいう相澤も腰に両手を付けて大きく呼吸を荒げていた。
深呼吸をしながら呼吸を整える。息も乱していなかったのはミルコだけであった。ミルコは倒れている二人に手を差し出すと優しく声をかけた。
「おいおい大丈夫か?ほら、水やるよ」
「あ、ありがとう…結構疲れるわねこれ」
「レンって全力疾走を行っているみたいだよなー」
「言いえて妙ね…でも個性の使い方と似通っている部分はあるかも…」
「ほぉそうなのですか?自分は
「え、えぇ…そうですね?」
ミルコから水筒を受け取るウワバミ。呼吸を整えるウワバミに対してウイングは疑問に思ったことを問いかける。少しばかり会話に違和感を感じるウワバミも、疲れからか水筒の中身を飲むことに集中してしまう。
彼らの会話から察するにどうやらオーラと個性の使い方には重なる部分も多いらしい。あるいはミルコや八百万が異常なまでに念の使いに長けているのもまた、そのような事情があったからかもしれない。
そんな会話を隣でうっすらと盗み聞いている相澤。そんな彼らに対してウイングはにこりと笑みを浮かべながら語りかけた。
「さて次の修行をする前に…まずは皆さん、両手を前に出して貰えますか?」
「両手を…なんですって?」
「各自右手と左手を自由な形で組んで下さい。なに、ちょっとした心理テストのような物ですよ」
そう言われてウイングの指示に従う女性陣。相澤もまた、困惑しながらも手と手を繋ぎ合わせる。左手の手首を右手で掴み、そのまま左手を包み込むような形である。
相澤のつなぎ方を見たミルコは首をかしげながら彼に対して近寄った。
「あん?お前変わった組み方してんなイレイザー」
「そういうミルコは…なんだそりゃ、握手みたいな形だな」
「普通こんなんだろ…ってあれ?」
ミルコ達の方を見てみると彼女たちは全く違う手の組み方を行っていた。八百万とウワバミは…右手の指と左手の指を交互に絡まるという、まるで修道女が祈りを捧げているような姿勢であった。
たかが手のつなぎ方でこうも性格が分かれるものかと関心する相澤。そんな彼らの手の様子を見て回りながら観察するウイング。彼はそれぞれの手を見て、興味深げにうなずいた。
「今のはオーラを練る際のイメージの参考になります」
「言っている意味がよく分かりませんが…」
「傾向をおおまかに判別したのですよ。オーラを練る際は幾つかの傾向に区別できます」
「このように傾向によってオーラの練り方は変わっていきます…では今度はそれをイメージして再び錬を行ってみましょうか」
そういって傾向とそれぞれのオーラの練り方を具体的に指示するウイング。どうにも彼の指示によると腕の組み方によって以下のようなオーラの練り方があるらしい。
「相澤さんはオーラを空中からかき集めてそれを支配するイメージを持ちましょう…無色の空気に自分という色を付けていき支配域を徐々に広めていくイメージです」
「空中からかき集めるイメージですね、分かりました」
「或いは空っぽの風船に
ウイングの言葉に頷いて納得をする相澤。相澤は瞳を閉じて両手をゆるく前方へと突き出す…そのまま静かにオーラを練り始めた。先程までの不安定なオーラよりも確かに、はっきりとしたオーラの練り方にウイングは嬉しそうに頷いた。
「センセー、私はどうだ?」
「ルミさんは
「あの、先生…私達は」
「八百万さんと
「オーラの海から…」
「まずは小さな器で少しづつ掬う事、やがて慣れていけば大きな器で一度に大量のオーラを掬い出す事もできます。まずはオーラを一定量抽出する事を目標にしましょうね」
「はい!」
ウイングの言葉に片手を挙げて元気よく返事を行う八百万。随分と正直で純真な子供である。かつて教えてきた心源流の門下生達を思いだす。
ウイングはコホンと咳ばらいをするとその場にいる者たちに向けて問いかけを行った。
「
「えっと、オーラを安定させる事かしら…?」
「はい、正解です。スイッチを入れ替えるように機械的に出力を行えるようになる事も目指しましょうね。そしてもう一つ意味があります」
「はいはーい!一度にたくさんのエネルギーを出すことですわ!」
「ふふっその通りです。オーラは使えば使うほど総量が増えますし…効率的な扱い方も覚えていきます。『安定と総量の上昇』まずはこの2点を心がけましょうか」
ウイングにほめられた事で満面の笑みを浮かべる八百万。彼女に尻尾でもあればきっと左右にびゅんびゅんと振り続けている姿が良く見えた事だろう。ウイングは彼女たちに対して更に具体的に指示をする。
「この一連の行為を1セットとし、一日10セットを目安に行いましょう。ですがオーラの質と量の向上を無理に目指すのではなく、まずは自身のオーラを安定運用できる事を目標にしましょうね」
「おっしゃー!気合入ってきたな!!」
「勿論、これは基礎訓練です。他の修行も並行して行っていきますよ」
ウイングの指導は…なんというか非常に安定感があった。修行というよりはまるで授業のような感覚であった。裏打ちされた知識と確かな経験の元による指導。
まずは状況を自身と対象に認識させ、何が不足しているかを認識させる。指導方針を明確にし、それを行う意図と共に説明を行う。
時折生徒に対して質問を問いかけるようにする事で受動的な授業にさせない。能動的に学ばせる事で知識と経験の定着を促しているようだ。
そして具体的な物をイメージさせ、力のコントロールを行いやすくさせる行為。アドバイスも行いつつ自身の思考する幅をもたせる。その教え方に相澤はそっと息を呑み――
……いやいや
アンタNGO法人の職員だったよな
教えるのうますぎないか?
教え方があまりにも洗練されている気がしてならない。まるで何十人と指導してきたかのような口ぶりである。随分と教え方の前提となる知識体系が確立しているとしか思えない。
怪しさを感じつつも日々進歩していく自分に何とも言えない充足感すら感じてしまう。相澤はそっと握りこぶしを造り、傍にあった木に向けてボクサーのようにストレートパンチを放った。
木に拳がめりこむ。ずしんという重苦しい振動によって大量の木の葉が堕ちる中、相澤はその光景にしばし感慨を感じてしまう己を自覚していた。かつてあれほど焦がれていた増強型の個性を手にしたかのような感覚。個性を手にしたばかりの子供のような感覚である。この力をもっと伸ばしていけば…一体どんな事ができるのだろうか。
徐々に確実に強くなっていく自身の肉体とは裏腹に、やはりどこかきな臭い想いは隠せない相澤なのであった。
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17話
こちらをうるうるとした上目遣いで見上げる八百万。その視線につい罪悪感を感じてしまう…訳もなかった。相澤は自身の腰にしがみつく八百万に対してぶっきらぼうな態度のままそっけなく告げる。
「おい、離れろ」
「……」
「あら凄い…見事にひっついてるわね」
相澤の腰にしがみついて離れようとしない八百万。ミルコが彼女の腰を掴んで放そうと試みるがまるで離れようともしなかった。これではまるで丸太にひっつくコアラのようだ。
どうやらまだ自分も修行がしたいとの事らしい。相澤とミルコはこのまま残ってウイングと共に修行を行う。が、八百万は年齢が幼いためここで修行は一時中断させるべきとウイングが語ったのである。
念においては安定した精神力が不可欠である。ましてや家族とも離れたこの状況では根を詰めて指導を行っても余計に効率が薄れてしまう。彼女には子供らしく遊び、ストレスを発散させるだけの時間と心の余裕が必要だとウイングが判断したのである。
幸いここには未知の物で溢れており観光名所としては十分であろう。修行を行い、余った時間を観光を行ったり遊ばせることで彼女自身のストレスを発散してもらおうという大人たちの配慮であった。
だが本人からすれば憧れのヒーロー達に修行を付けてもらえる機会でもある。まるで爪弾きにでもされているかのような児童特有の疎外感を感じてしまう。或いはまだまだ彼らと一緒に修行をしたいという背伸びをしたい年頃の感覚なのかもしれない。
「……」
「いいからお前は遊んで来い」
「……ッ…」
「…無視はするなよ」
自身の腕を相澤の腰元に回して全力で抵抗を試みる八百万。そんな八百万に対して相澤はわざと、大きく溜息をついた。だいたいなぜ自分に執着するのだろうか。ウワバミでもミルコでもいいし、教えを受けているのはウイングだろうに…。
八百万は小学生である。現代の小学生がたった数日でも家出をしただけで警察沙汰である。ましてや八百万の家は彼女の証言と言動から相当の資産家の可能性が高い。
幾ら念に関する修行が必要とはいえ、そんな家庭の出身である彼女を数カ月単位で放置したまま隠し続ける事などとても出来ない。現実世界ではどのような騒動になっているのだろうか…。というよりも倫理的に考えて彼女のような子供は今すぐにでも現実世界へと帰還させるべきである。
とはいえ、念に詳しい人間はこの場ではウイングしかいない。その彼も現実世界へ戻っての指導はとある理由から難しいとまで言っているのである。諸々の事情を鑑みて数週間…なんとか時間をひっぱって数週間のみの指導で最低限の事故を起こさぬ程度の講習を施すという事になったのである。相澤は呆れたように彼女に対してこう告げた。
「じゃあ遊んでこなくていい…その代わり仕事をしてこい」
「し…ごと…?」
「そうだ、お前にしか出来ない任務だ」
「任務ッ!」
「作戦実行においては情報が大切だ、街の様子を自分の目で見て俺に報告してこい」
「分かりました!行ってまいりますの!」
相澤の言葉に弾けるような笑顔を見せる八百万。こいつチョロすぎないか?将来悪い男にでも騙されそうな予感がする。
まぁ彼女との付き合いなどあと数週間もしないうちに終わりか。そう考える相澤は愛想笑いを浮かべるとそのまま彼女に対して手を振った。そんな相澤と八百万をウワバミが苦笑しながら見ていた。
ウワバミは彼女の手を引いていく。流石に日本のプロヒーローでもないウイングと八百万を二人きりにするのはまずいという事でヒーロー達が交代で彼女の面倒を見る事に決まったのである。
何かあれば呪文カードによって直ぐに飛んでいく事も出来る。今の自分たちがするべきは、より念という物の練度を上げる事である。そうしてこのゲームの攻略と情報収集及び、犯人達の調査を行っていく事が必要だ。
嘘も方便
合理的虚偽という物である
~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~
「さて…それでは六系統の判別から行いましょうか」
「系統があるって事は教えて貰ったけど…詳細は全然分からないままなんだよな」
「余計な先入観を持たれても困りますからね」
「…系統って言うけどさ。そもそもどうやってそれを知るんだよ」
「
「
「えぇそうです。その前にお二人は四元素の考え方は御存じですか」
ウイングの言葉に腕を組んだまま首をかしげるミルコ。相澤もまたウイングの言葉に対して疑問を浮かべながらも彼の説明に対して聞き入った。
4元素とは古代ギリシアにおいてエンペドクレスが提唱した理論である。世界とは四つの元素から構成されるという。即ち「火、風、水、土」の4つの要素である。大地も空も海も、生命を含めたあらゆる事象はこの4つ要素から構成されている。それらが循環、相互干渉を繰り返す事で世界は成り立っているという思想である。
この思想は世界各国でも同様にみられる。ローマ、イスラーム世界、錬金術思想が広まったヨーロッパなど。またこの4元素に4つの性質の組み合わせや第5元素としての『エーテル』の存在を提唱したアリストテレスという存在。「火・水・木・金・土」の5元素からなるとする五行思想とも言われる理論が中国でも存在したり等、その拡大解釈理論は多岐に渡る。
つまり、生命エネルギーでもあるオーラはこの4元素思想に大きく影響するという事である。即ち4元素、とりわけ火と水は最もオーラの影響を受けやすい。
火見式では火を灯した蝋燭にオーラを込める事でその人間の六系統を判別する。
火が大きくなれば強化系
火の温度が変われば変化形
火の色が変われば放出系
火の形が変われば操作系
火や蝋燭、周囲に不純物が現れれば具現化系
蝋燭の土台やその他の変化が現れれば特質系
このようにして炎の変化によって判別するのが火見式である。しかしこの方法では細かい系統の判別が行えないというデメリットがある。特に変化形とは炎にオーラを作用させる事によって火の温度に変化を促す系統である。火の温度による色変化は下記のように分かれる。
赤:約1500度
黄:約3500度
白:約6500度
青:約10000度
緑色であったり黒色であったりと色の変化があれば放出系だと判別できる。が、上記のような温度による色の変化があった場合は放出系なのか変化形なのかが分からない。青い炎を出した場合、その人間が変化形なのか、放出系なのか分からない。そもそも藍色やサファイアブルーの可能性もある。つまりこの方法では単純な判別が難しいのである。
かつては一般的に利用されていたという火見式。蝋燭や火種を用意する不便さや強化系による火事が起きやすいという問題点から、次第に安全で効果も判別しやすい
「まぁ今回も
「よっしゃー!」
グラスを用意し、その中に水筒から取り出した水を注いでいくウイング。そうして彼は周囲においていた一枚の葉っぱを浮かべると相澤とミルコに対して向き合った。
方法等といった説明は既にウイングから受けている。ミルコは腕まくりをしながらニヤリと笑みを浮かべた。瞳を閉じる。そうして彼女はコップを両手で包みこむように手を添えるとそっとオーラを練り始めた。
彼女のオーラによって、徐々にそのグラス内の水の状態は変わっていく。ビチャンと音を建てて堕ちる水滴。やがて彼女が瞳を開けると…グラスから零れ出るほど大量の水がそこにはあった。
「これは…何系だっけ?」
「私と一緒ですね、兎山さんは強化系です」
「強化系…おぉ!響きが恰好良い…っ!」
「道具や生命の持つ性質、働きを高める能力です。攻守に優れ、戦闘においては最もバランスの取れた系統であると言えるでしょう」
「身体能力とか筋肉を高めるっていうのは分かるけど…道具?」
「はい、こんな事が出来ます」
「うぉおおお!!すっげーー!!!」
そういってウイングはレストランから拝借したナイフと、人間の腕程もあるような太い枝を取り出す。彼はそのままそっとナイフを枝に押し当てる。すると…ナイフによって枝がすっぱりと切れたではないか。まるで太刀で斬ったのではないかと見まごう程の、ツルツルとした見事な切り口であった。
強化系によるナイフの強化。この場合はナイフ自身が持つ斬るという属性、刃物自身が持つ性質の強化とでもいうのだろうか。その太刀筋に興奮するミルコをよそに、相澤自身もグラスの前に立ってみる。
そっと固唾を呑む。そうして相澤は少しばかり緊張した面持ちでオーラを練ってみる。かつて抹消という個性のせいで味わってきた苦労の数々を思い出す。可能であれば自身の弱点でもある多戦闘や範囲攻撃が可能な能力が良いと、そう願いながら。その想いにグラスが答えるかのように変化を帯びてきた。
「これは…」
「葉っぱがかすかに動いています…相澤さんは操作系ですね」
「操作…」
「自身のオーラを消費して物質や生物を操る系統です。自由自在に武器を操ったり対象に命令を施して操ったりする事ができますよ」
「出来れば強化系が良かったんだが…自身の系統を変える事は出来ないんですか?」
「残念ながら、系統は変える事ができるのは一部の例外を除いてありません。ま、その事も後で話しましょう」
「操作系…正直あまり強そうな気がしませんね」
「とんでもない、操作系も優れた系統ですよ」
グラスの中の葉が僅かに揺れる。先程のミルコの変化に比べればあまりにも貧弱な動き方である。錬の精度が整っていないウワバミ達はまだ系統判別も行えないとは言っていたが…自身もこれで上手に水見式とやらが行えているのだろうか。
「操作系と具現化系は戦況を覆す一手を創り出せる事にあります。例えどんな強敵、どんな状況においても場を切り崩す
「……」
「全ては使いようです。足りない物を求めるのではなく、今有る自分の長所を伸ばす事が大切なのです」
「自分の長所…」
「貴方自身が何を操りたいのかをよく考える必要がありますね。ひいてはそれが貴方自身の、貴方だけの念能力にも繋がるでしょう」
そういってウイングは微笑んだ。彼の言葉に相澤自身も押し黙ってしまう。かつて目の前で親友を失ってからどれほど後悔を重ねてきただろうか。この新たな力を積み重ねれば、失ってきた物にも手が届くのだろうか。
自分は一体何を望んで何を求めているのだろうか。その答えはきっとこの先にあるのかもしれない。
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18話
ふと、目が覚めるとその男性は見知らぬ部屋にいた。男は数秒ほど呆然としてしまう。慌てて周囲を見渡すものの、そこが何らかの部屋であるという事以外は何も分からなかった。
「あ、あれ…ここは」
「おい」
意識が混濁している。自分はなぜこんな場所にいるのだろうか。そう困惑している男性に対して後ろから、相澤が声をかけた。その声色の恐ろしさに、反射的に凝固してしまう。男性は恐る恐る後ろを振り返ると――
「今の状況、どこまで把握している?」
「な、何がなにやら…僕は何もしてないですよ?」
「とぼけるな、お前が子供に手を出そうとした事はもう知っている」
「ひぃっ!?ごめんなさい!出来心だったんです!!」
胸倉を掴まれる。恐ろしいほどの腕力で衣服を掴まれた男性はそのままひきつった表情を浮かべながら相澤を見上げる。
どうやら八百万の不思議で便利な大風呂敷に囚われていた男性らしい。八百万が睡眠状態に入った事で自然と念能力が解けたのだろうか。何はともあれ、多少の意識の混濁こそあれどその男性は五体無事な状態らしい。
そんな哀れな男性に対して相澤は自身の素性やこれまでの経緯を放しながら視線で脅しをかけるように男を見下した。
「もう一度同じ事やってみろ…どうなるか分かってんだろうな」
「ど、どうなるんですか…?」
すると部屋の陰からもう一人、眼鏡をかけた男性が突如現れる。どうやら気配を絶って様子を伺っていたらしい。突如部屋に現れたもう一人の男性に対して恐怖の色を見せる男性。
ウイングは薄く微笑みながら壁に手をかける。一体何をするのだろうか。相澤に掴まれたままウイングの様子を観察する男性。そのまま瞳を閉じたウイングが力を込めると…壁には巨大な圧迫傷ができていた。数mにも及ぶような巨大な凹みと傷に唖然とした声をあげてしまう。
「こ、個性…?」
震えるような声色で言葉を放つ。まるで車でも激突したかのようなその痕に、恐怖してしまう。そんな男性に対して相澤はにらみつけるように言った。
「
「もうしません!!」
「よし…なら今からいう事を必ず実行しろ。現実世界に戻っても絶対にやれよ」
そう言いつつ相澤は自身の本から離脱のカードを取り出した。
貴重な離脱のカードを使うのは気が引ける。とはいえ、自治組織がないこの世界に危険人物を放置する方もまた問題であると言える。相澤は男に対して現実世界へ帰還させるからそのまま塚内警部補達が務める警察署に自首するようにと厳命する。
もしも指示に従わなければこの場からとんでもない呪いでもかけてやるぞと脅されると、男は必死に首を振りながら相澤の指示に従う事を誓った。無論、そんな呪いなど掛けられるはずもない。
相澤の離脱のカードは正しく効力を発揮する。やがて数秒の光の後、男はその存在ごとこの世界から消えていく。その光の痕跡を眺めながら相澤は深い溜息をついた。これで漸く懸念事項の一つが消えてくれた。現実世界との細かい情報伝達はできない。あとは現実世界の警察やヒーロー達に任せる他ないだろう。
「ウイングさんの言う通り…睡眠時は強制的に術が解けるのか」
「まぁそれ自体は珍しい解除条件ではないですよ」
「…ともあれ、これで八百万が殺人を犯さなくて済みましたね」
「えぇ、何よりです」
じっと押し黙ったまま男性が消えた痕跡を眺めるウイング。一体彼は今何を考えているのだろうか。眼鏡をおしかけたままじっと黙るように彼がいた場所に佇むウイング。
そんな彼の横顔をそっと盗み見ながら相澤は彼の観察を行った。どうやら未だに心底から彼の事を信頼している訳でもないらしい。
やがてウイングは部屋の隅へと移動する。そのまま扉のドアノブに手をかけるウイングに対して相澤は声をかけた。どこへ行くのかと尋ねる彼の問いかけに対してウイングは軽やかにこう答えた。
「少しお酒でも買いに行こうかと…どうかしましたか」
「いいえ、別に。一人で行動するのは危険では?」
「街へ出かけるだけですよ。あっ、相澤さん達の分も欲しいですか?」
「要りませんよ…明日も速いんで俺は先に眠ってます」
「そうですか、それは残念です。」
相澤のそっけない返答に苦笑するウイング。そのまま彼は足音もたてずに器用にこの部屋から出ていく。今は深夜と言ってもよい程の時間帯だ、きっと数室離れた部屋では女性陣やら件の少女は眠っている事だろう。ウイングはそのまま一切の音もたてぬまま静かに廊下を歩くと屋敷から出ていった。
玄関の扉を開けて、屋敷から外へと出る。そのまま彼は五分ばかりアントキバの街を歩いたのち、呪文を唱えると本を取り出した。人影すらもいない小さな木陰のベンチに腰かけながら彼は呪文カードを取り出した。
【スピリットに対して
呪文を使用するウイング。数秒の後本を通して、スピリットなる人物から応答が来た。どうやら仲間に連絡を取っているようだ。その声の主は同時期にこのゲームに入った男性らしい。少しばかり笑いを交えながら、交信先の男性はウイングに対して軽やかに挨拶を交わした。
『よう、そっちの様子はどうだ?』
「順調ですよ、そちらも無事で何よりです」
『そうかい。じゃあ経過報告と行きたい所だが…今から会えないか?』
「
『現物を渡したい。それにやって貰いたい事もあってな』
「なるほど…?それでは今から向かいますね。
『ソウフラビの赤い屋根がある例のバーにいる。
訪れたことのある街まで移動する事ができる
光の弾丸となって移動する。
そのまま少しばかりの時間の後、彼はとある街並みへとたどり着く。どうやらソウフラビの街の外れに居るらしい。そのまま彼は視線を前方へと向けると…そこにはカウンターチェアに腰かけた一人の男性が店の中に居るのが見えた。
彼の視線の先にはスピリットなる人物がいた。無論、彼がゲーム内に入る際に適当に付けた偽名である。その人物は中年層の男性であり、随分と大柄の男性であった。グレーのシャツと赤いネクタイを身に着けた特徴的な男性。
目元にお洒落なサングラスを身に着けている彼。彼はタバコをふかしながらウイングの事を見つけると、片手をあげて陽気に挨拶を行った。
「ようウイング、一緒に一杯やらないか?」
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19話
バーカウンターに座ったモラウが上機嫌のままグラスを傾ける。バーから見える窓の景色からは心地よい海のさざ波が聞こえ、穏やかな雰囲気を醸し出していた。時刻は深夜、港町ソウフラビもすっかりと月闇に染まっているのであった。
ウイングもまた、グラスを傾ける。酒と煙草をこよなく愛するこの同僚の身体からはほのかに香水と煙臭い香りがした。そっとアルコールを口に含みながら、ウイングは隣にいる彼に対してそっと問いかける。
「所で
「あいにく
魚のツマミを食しながら、上機嫌に答えるモラウ。モラウ=マッカーナシと言えば北欧ではかなり名を馳せていた有名人である。かつてイタリアで個性「煙」を持って活躍していたプロヒーロー、それが彼であった。確か聞いた噂では表の世界で名を馳せた結果、その腕と実力を見込まれてハンター協会に引き抜かれたらしい。
彼のようにプロヒーローからハンター協会へと引き抜かれるケースは珍しくもない。というよりも才能があればハンター協会には様々な業界から人材の引き抜きが行われる。ヒーローでも元
そう、この世界でもハンター協会は存在する。最も並行世界においては都会の一等地に巨大なビルまで建て強力な念能力者を2000名以上備えていた巨大な組織であったのに対し、このヒーロー達が存在する世界においては隠れ住むようにして小さなビルを持つだけの組織になってしまっていたが。
並行世界とは比べ物にもならぬ程規模が縮小してしまったハンター協会。一体この世界においてはなにが起きてしまったのだろうか。
念能力
かつてこの
これにより念能力者達は独自のコミュニティを築き上げた。裏社会において絶大なる影響すらもった彼らを人々はハンターと呼び、いつしかそんなハンターと呼ばれる戦闘に関するプロフェッショナル達はハンター協会という組織を立ち上げた。だがそんな社会も突如終わりを告げる。
個性の発現である
事の始まりは中国軽慶市。発光する赤子が発見された事から全てが変わった。この赤子の存在を契機に世界各地で超常的な能力を持つ存在が次々と現れる。そして世界の治安が…秩序が乱れてしまったのだ。影ながらこの治安悪化に対して活躍し、社会秩序形成に務めてきたハンター達。だが皮肉なことに個性絶対主義ともいうべきこの社会においては排他的な思想が流行した事が仇となる。
元々才能がなければオーラを感知するまでに何年もの時間がかかり、念能力の発露に至っては10年以上もの時間がかかってもおかしくない異能である。誰でも一定の年齢がたてば使用できる個性の方がより簡素であり実用的ですらあった。
だが、矛盾するようでもあるがやはり念というものは非常に強力でもあった。敵にすると恐ろしく厄介であり、味方として育てるには手間と時間がかかるこの異能。この力が後の社会の常識となってしまえば漸く落ち着いてきたこの個性社会の基盤そのものが揺らいでしまう。
かつて時の権力者達はこの念能力という物に恐れを抱いていた。なによりも超常黎明期という地獄が、人々の恐怖を煽り思考を狂わせたのだ。結果、あらゆる場所で排斥運動が起こる。そして念能力の衰退が始まって既に120年近い年月が経った。
間を悪くして【とある災厄】が起きたことが念能力者達にとって致命的な打撃となる。この【とある災厄】によって数多くの念能力者達が殺され、劇的にその人数と影響力が減少してしまったのだ。
そしてその後、更なる追い打ちをかけるかのようにおきた犯罪者集団による念能力者の虐殺が始まる。今ではハンター教会に所属する念能力者は200名にも満たない。あとはただ廃れていくだけの存在となっていた。
「ハンター協会の反応はどうですか?」
「揉めてるな。改革推進派と保守派で今も議論の真っ最中だ」
「ブシドラ=アンビシャスですか?」
「それと例の二人だな。脱会長派さ」
二つの事件によってハンター協会の権威は失墜、及び念能力者の数が劇的に減少した。その組織の立て直しを図っている間に世界はあっというまに個性社会を形成した。ヒーローという存在が産まれてまがりなりにも秩序が産まれてしまったのだ。
改革推進派は一般社会への一部【念】に関する情報の開示、及び素質ある念能力者の徴収と教育を行う事でハンター協会の立て直しを図ろうと試みる一派である。念能力者の存在が増えれば、悲願でもあったハンターライセンスの復活ができる。ハンターという職業が世界に返り咲き、形骸化していた権威と力がまた戻るのだと。
一方の保守派は『もうヒーロー達が社会で活躍してるしそれでいんじゃね?』と主張する会長とその思想を支持する派閥である。あとは血と技術を絶やさぬようにしつつ、裏社会でこっそりと生きていこうという事だ。ヒーローにもヴィランに属さない第三の勢力としていつか来る災害の日に、社会を陰から支えていくべきであるとの主張である。
なにせ念能力は劇薬である。強すぎる薬が毒にしかならぬのと同じことだ。念能力が一般社会にも公になってしまえばこの曲がりなりにも安定したヒーロー達による個性絶対社会の崩壊にも繋がりかねない。現状、念について知っているのはハンター協会以外では拠点を置いているヨーロッパ社会、その極々一部の政治家とスポンサー企業の幹部のみであった。その彼らですら、念について全てを知っている訳ではない。
「…無理もないですね。両陣営にとっても想像外の出来事だったでしょうし」
「まぁな。というか誰が想像できるんだ?こんなもん」
慎重にならざるをえず終わることのない議論を重ねるハンター協会、理事会の老人達にとってはまさに衝撃。寝耳に水といった出来事だったに違いない。なにせこのグリードアイランドは個性の有無や強さを問わずに関わったものを飲み込む魔のゲームである。ましてやそれが世界中に散らばっているのだから。これでは近いうちに念の存在そのものが世間にばれてしまう。
頭を抱えたハンター協会は絶対数が減っているハンター達を可能な限り集め、このグリードアイランド内へ放ったり、世界中で情報収集や事態の沈静化を図っているのであった。きっとこうしている今も世界中ではハンターたちが寝る間も惜しんで活動に明け暮れているに違いない。
モラウや他のハンター達のようにハンター協会に対して絶対的な忠誠心を持っている訳ではないウイングとしてはどこか他人行儀な話でもあった。お金を貰って依頼された以上は情報収集という与えられた役割をこなす事位は勿論行うが。
「しかし何度見ても凄いなこのグリードアイランドは。造った奴は狂ってる」
「
「ゲームって形式にした事がどうかしてるよな。一体何を考えてこんなものを…?」
溜息をつくモラウ。彼からすれば堅気の人間をも無差別に巻き込むこのゲームの存在は許し難いものなのだろう。ウイングからしてもこのグリードアイランドを作製した人物の意図も目的も読めない事がなによりも不気味であった。
ウイングとモラウは知らない。並行世界において作製されたグリードアイランド。ジンを初めとした超一流の念能力者達が11人も集って造ったこのゲームがたった一人の息子を強くするために造られたとは知らない。まぁ資金集めの為であったり、とある大陸を攻略するためのシミュレーションを想定してもいるという別の理由もあるのだが。
ゲームの基本コンセプトにおいては各種のプロフェッショナル達が分割して役割を担当している。人物やモンスターの行動は数百にも及ぶ基本プログラムとランダムプログラムを混ぜ合わせて造られていた。
また建物や各種ゲームイベントには何万という神字が隅まで埋め尽くされている念の入りようである。これだけの数の神字と電子プログラムを複合的に織り交ぜたそれは最早狂気さすら感じる。だがこんな事をして作成者には一体どれだけのメリットがあるのだろうか。そんなものを世界中に無償で散らばらせるだなんて…。
衰退した技術しか知らぬこの世界のウイングとモラウにとっては気が狂っているとしか言いようがないゲームであった。ゲームについて関われば関わるほど、その底の深さと完成度の高さに畏敬の念を抱いてしまう。
最も、彼らは根本から勘違いしていた。このゲームを作製したのは並行世界の念能力者であり、このゲームをプレイしているのはこの世界の住人である。だがこのゲームを並行世界からこの世界へと持ってきたのは別の存在、とある男の手による物なのだから。
これから事態は変化する。世界は、加速度的に変革を余儀なくされるのだ。
秘匿されていた念という存在によってこの個性社会はその男の望むがままに変わっていくのだろう。AFOもOFAも、ヒーローも
かつてヒーローと念能力者の大量虐殺を行い【とある災厄】を引き起こした彼という存在に。
A:ハンターハンター世界のウイング『心源流所属のプロハンター。現在は弟子としてズシを育成中』
B:ヒーローアカデミア世界のウイング『心源流所属のハンター。ただしハンターというのは肩書だけであり、形骸化。普段はNGO法人の職員として働いている』
AとBは並行世界の存在でありそれぞれ独立して存在。ただし実力も知識もA世界線のウイングの方が遥かに強いと思われる。
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20話
「極めつけにこれだ。個性の没収とオーラの徴収だな」
モラウの言葉に、思わずウイングもまた自身の身体の事を考える。このグリードアイランドは膨大なまでのプログラムと恐ろしく緻密な神字と念能力の複合的要素から成り立っている。だが念能力である以上はそれを動かす元となるエネルギーが必要である。
車にとってのガソリン。家電にとっての電気。それこそがエネルギーである。このグリードアイランドの場合は『ゲームに参加した人物の個性、または体内オーラを3割徴収する』といった所だろうか。
正確な仕組みまでは分からぬが強者から弱者まで、等しくオーラを徴収されている事からこれこそがゲームにおける参加権なのだろうか。
或いはオーラそのものが徴収されたからこそ正確な身体操作が要求される個性が使えなくなっている、という解釈もできるのかもしれない。それにしては異形型などの例外もある為、結局の所どういう法則の元ゲームが行われているのかは誰にも分からぬが。
「モラウさんの個性といえば…」
「煙さ」
今は使えないがな、そういってガハハと笑うモラウ。彼は元々一定量以上の煙を放出し、それを煙幕のように張ったり煙の一部を物質状態に変える事が出来るヒーローであった。
彼がハンター協会に引き抜かれ、念能力という物を覚えた際に直感したのは煙の個性の強化であった。即ちより強力で柔軟な煙操作こそが自身の得るべき能力であると直感したのである。自身が操作系統の能力者であった事もあり、他の念能力と比較してかなり速く発を習得できた。
このように、自身の個性を生かして念能力へと応用した場合必要なメモリと上達速度は乗算的に上昇する。つまり、0から習得するよりかは遥かに容易く能力を会得することができるのだ。これを仮に個性類似強化型とでも言おうか。
八百万がこのグリードアイランドに来ていきなり能力を具現化できたのはこの法則のせいである。彼女が普段から何かを産み出すという行為を個性で行っていたから、何かを産み出すという念能力を容易に行えたという意味でもあるのだ。ウイングは悩まし気に溜息をつきながらそっとつぶやく。
「やはり個性と念能力はかなり重なる部分が多いのでしょうか」
「そういやウイング、
「……」
「おっと、気に障ったなら謝るよ」
「…別に今はどうも思っていませんよ」
モラウの言葉に対して気落ちしたように答えるウイング。口調と矛盾するようではあるが、今の彼は本当にこの無個性の事については気にしてはいなかった。
かつて無個性が原因で親戚から捨てられ孤児になっていたウイング。当時の両親は既に事故によって死別しており、彼は行く当てもなく放浪とする日々を送っていた。目的もなく、夢も持てず、ただ日々を過ごすだけの無情な日々。そんな人生をただ過ごしていた彼。
そんな最中に敬愛すべき師に拾われたのだ。そのまま彼女の祖国、アイジエン国に連れていかれたウイングは心源流拳法と念に関する技術を彼女から教わったのだ。あれ以来、ウイングの人生は劇的に変化した。
故に、ウイングの忠誠心は師にある。彼女の勧めでハンター協会にこそ所属しているものの、協会と心源流拳法のどちらを取るかと言われれば迷わずに後者を取る。並行世界線における彼とは違い、この世界におけるウイングにとってハンターとはその程度の存在でしかないのだ。
とはいえ、近年ではNGO法人に所属したりハンターとしてのフリーランスの活動を行ったりと幅広い分野で働いてもいるのだが。
ちなみにNGO法人として活動する傍ら念に関して素質がありそうな孤児や成人がいればその存在をハンター協会へと報告する。つまりヘッドハンティングのような役割がウイングの仕事でもある。無論その際は本人とハンター協会の双方の合意が必要となる、極めてホワイトな職務である。
本来の仕事を隠すために所属し始めたNGO法人。当の本人は世界中を見て回ったり、難民として困っている人々の役に立てるこのNGO業を存外に気に入っているとの事は公然の秘密である。
「話を戻しましょう、それで私に何をさせたいんですか?」
「あぁこれだ」
「それは…?」
ソレを取り出したモラウ。ウイングは、彼が手に持つソレを眺めてつい首を傾げてしまう。彼は一体何を言いたのだろうか。そのまま次のグラスに酒を注ぎながら、彼はモラウに対して話の先を促した。
「これがあれば簡単にゲーム外へと帰還出来ちまう。
「しかしそれだけでは…あぁなるほど」
「それじゃ都合が悪いからな。他の連中に気づかれる前に対策する必要があるだろ」
「そうですね、巻き込まれた人々には申し訳ない事ですが」
ソレを自身の手に持ちながら苦笑するモラウ。ソノの存在を見て少しだけいぶかしげな表情を向けた者の、直ぐにその意味をウイングは察する。
ゲーム外…いや、このグリードアイランドからの離脱方法には二つある。離脱の呪文と港からの脱出である。故にこの方法は三つ目の方法にあたるのだろう。
確かにこの方法を使えば前者二つを使う理由が無くなる程、効率良く大量の人間を離脱させる事ができるだろう。それも低コストかつ確実に、である。
しかしそれではハンター協会にとっては都合が悪い。もしも今ゲーム内で生きている全ての住人が一気に現実世界へ帰還させられたら世界では未曾有の大混乱が起きる可能性だってあるだろう。これまで消えていた世界中何百人という人間がこの場所について語ってしまえば…
ハンター協会の会議と対策の結論が出るまでは、少なくとも世界にとってはこのゲームの存在を受け入れるだけの時間的な余裕が必要なのは当然だ。ウイングは自身の本を取り出しながら『とある作業』を行った。
この作業を行っておけば他の人間に対する対抗策となるだろう。確かにモラウ一人では行えない行為だ。今日、ウイングの事を誘ったのはこの行為をさせるからだったに違いない。その行為をしながらモラウは彼に対して諫めるような口調で話しかけた。
「しかし念の事を教えるのはいいのか?勝手な行動は慎むべきだろう」
「遅かれ早かれどうせ知られてしまう事でしょう」
ウイングの行動に対して眉を潜めるモラウ。相澤や八百万に対して念の指導をしていることについて言っているのだろう。モラウからすれば念についてどのように情報を開示していくのか、それをまさに上層部の連中が話し合っている最中に現場の人間が勝手に情報開示するのはまずいのではないかと言っているのだ。
彼の言う事は至極最もである。とはいえウイングが指示を受けたのはグリードアイランド内の情報収集のみである。彼は現在、ハンター協会員としてではなく、心源流拳法師範代として指導を行っているのだから。
「どうせいつか知られる事です。それなら日本のヒーロー達とコネクションでも作っておいた方が後々活用できるかもしれないでしょう」
「それが勝手だと言うんだ。それを判断するのはお前じゃなくて
「それに、これはハンターとしてではなく心源流師範代としての判断です。心源流では師範代級以上の者の判断により、『念に関する情報の開示と指導を許可する』と規則で決まっていますし」
これも事実である。ハンター協会現会長と心源流には深すぎる繋がりがあるのだ。師範代以上の役職の人間の自己判断で指導を行う事は可能である。弟子に近い形になるし、もしもその人間が念に関してべらべらと口外したり念に関して不用意な事件でも起こせばその責任をとらざるをえないが。
もっとも、このゲームによって事態は変わる。身も蓋もない言い方をすれば、ハンター協会よりも敬愛する師が教えてくれた心源流の方がウイングにとっては大事なのだ。有能な人間に予め唾をつける位の行為は許されるだろう。
そんなウイングの心境などお見通しとばかりに、モラウは口角を上げると彼に対して問いかけた。
「あぁ建前は分かったさ、で本音は?」
そういってニヤリと笑うモラウ。どうやら全てお見通しらしい。彼の笑みに溜息をつきながらウイングはその作業を行う。そんなウイングの肩を肘でつつきながらモラウは意地の悪い笑みを浮かべつつ問いかけた。
「お前程の男がらしくない行動をするもんだ…そんなに気になる奴でもいたのか?」
「…えぇ何人か居ましてね」
「ほぉ!さぞ将来有望なんだな」
「否定はしませんよ。今から鍛えれば相当の念能力者になりそうですし」
正直に答えるウイング。八百万という少女の実力はあの年齢ではとびぬけている。相澤も気になる。なによりも…
そこまで考えた所で二人の作業は終わる。無事に終えた事で増えたソレを見ながら、満足げに頷くモラウ。彼はそれらをあるべき場所に収納しながら大声で笑った。どうやら酒も回って随分と機嫌が良いらしい。彼は懐から一本の煙草を取り出すと上機嫌に火を付けた。
「よし…作業は完了だ。これで十分だろ」
「しかし、これでも時間伸ばしにしかならないのでは?」
「それでもいいさ、一カ月…いやあと三週間も伸ばせれば俺達なら攻略寸前までいける。その頃には上の連中の話し合いも終わってゲーム内外問わず本格的に行動できるだろうさ」
煙草をふかしながらモラウは答える。彼が吹き出した煙が形を変えて、バーの天井付近で留まった。窓から吹き抜ける風によって、煙は宙へと消えていく。その白雲を目で追いかけながら、ウイングはそっと溜息をついた。
もう後戻りはできない。これから世界は嫌がおうにも変わらざるを得ないのだろう。ハンター協会、念能力、ヒーロー。速すぎる時代の変革に、自分はどのように対処していくべきなのだろうか。今もなお行方をくらませてしまった自身の師の事を考える。美容のために亜細亜の温泉に浸かってくると言い残して消息不明となった彼女。
彼女の強さから生死の心配こそしていないが…弟子としてはもう少しまめに連絡位してほしいものだ。亜細亜と言っていたから中国か韓国、日本のどこかの国にはいると思うのだが…。彼女の姿を想い浮かべながらウイングは独り酒を呑む。
「変わりますね、時代が」
「変わるな、間違いなく」
タバコをふかしながら海を見つめる。時代の変革と男達の心境とは裏腹に、海はどこまでも深く透き通るように美しかった。
個性類似強化型(感想欄にてこの名前について考えてくださった方がいたのでその御方のアイディアをお借りして書かせて頂きました。感想欄にて書いてくださった匿名様、ありがとうございました)
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21話
アントキバの街角、すっかり相澤をはじめとした現実世界からやってきたヒーロー達御用達となった中華料理屋の中に彼らはいた。食堂の一席で女性がすすり泣く。見た所20代後半といった年頃の女性だろうか。彼女は嗚咽交じりに相澤に対して懇願するように訴えかけていた。
「嫌です!ここから離れたくないです…っ!」
「わ、分かったから。泣くのはやめてくれ…」
彼女の口調に、相澤はひきつった表情をしてしまう。どうやら修行の合間に民間人の様子を伺いに来たらしい。女や未成年がいたら優先して離脱の呪文で現実世界へと帰還させるという決まりになっている。
だから彼女にも同じように現実世界へと帰りたくはないかと尋ねただけなのだ。ただそれだけで目の前の女性はいきなり号泣をし始める。そんな女性に対して相澤は困惑していた。
どう考えても人選違いである。一度出直そうかと思うが目の前の女性がそれを許さない。彼女は嗚咽交じりに涙をぽろぽろと零していた。
相澤とてヒーローであり、男である。泣いている女性をそのままにするのも気が引けてしまう。彼は目前の女性に気が付かれぬように小さく溜息をついた。
「現実には戻りたくないっていうのは元々の環境のせいか」
「はい、私の個性が…異形型、女郎蜘蛛なんです」
「そうか…分かってるとは思うが確かにここでは個性が使えない。いざという時に悪い奴が出たら個性が使えるヒーローがここにはいないんだぞ」
「それでもいいんです…それがいいんです…っ!」
そういってぽろぽろと涙を零しながら自分の事情について語る女。どうやら彼女は自身の個性のせいで不幸な人生を歩んで来たらしい。自身の事を醜いと思っており、怯えた表情やおどおどとした態度から随分と内気な性格であることが伺える。
傍から見ても彼女自身が形容する程醜い訳ではない。至って普通…いいや、十分美人と形容されるような女性であるように見えた。だがそれはここグリードアイランドに来た影響の結果なのであろう。
彼女の話を要約するとこれまでの人生で良い事などなにも無かったらしい。なにせ女郎蜘蛛である。独りの女性が背負うには中々に厳しい個性であるかもしれない。
クモ目ジョロウグモ
他種と比較してかなり大型の蜘蛛であり、その黄色と黒、巨大な体躯は見るものを恐怖させる。
雌の大きさは3cm程度にもなり、大きな足や1m近くにもなる網糸を含めるとかなりの威圧感を与える。
派手な見た目から多くの女官の中でも上位に位置する上臈が由来ともされるこの生物。その派手で個性的な見た目から遥か昔から人々の記憶に残り続ける生物であり、時には美しい女の姿に化けて人々を喰らう妖怪にすら例えられる事すらあるという。
「元々現実世界での私は…中央に目玉が集合しており、左右に二つ…合計で八つの目玉があったんです」
「お、おう…」
「おまけに身体は2m近く。男性よりも大きくて身体能力も高いからいつだって敬遠されてきました」
頭の中で想像してみる。女郎蜘蛛というと黄色と黒模様が特徴的な巨大な蜘蛛である。蜘蛛は腹や尻にも独自の器官を持っており、きっと彼女自身にもその特徴が反映されていたに違いない。
身長が2m以上あり八つの目玉を持った女性…現実世界へ帰還したがらないのも無理はないのかもしれない。
一時期は外へ出られないほど精神を薄弱してしまったらしい彼女。そんな彼女の苦すぎる日々をアルコールの匂いと共に無理やり聞かされる相澤。完全に飲み屋で泣き疲れたOL女の図であった。そんな彼女に同情しながらもつい顔がひきつってしまう相澤を誰が責められるだろうか。
「それで社会に出て働き出した途端、ナンパ男に引っかかったと…」
「だって初めて愛してるって言われたんですよ!?」
「分かったから落ちついてくれ…」
「初めて彼に誘われて…そのままあの人とキスをしたときに…」
「その時初めて毒の個性に気が付いたと…」
女郎蜘蛛は確かに毒を持っている。JSTX-3という毒を持っており、仕留めた獲物に対して用いる事で神経物質に作用する毒を注入する。人体には影響が出ない程度の弱性の毒ではあるものの、彼女のような個性持ちの場合、どんな強さの毒になるのかは分からない。
「慰謝料を請求されました…個性を使用した
「……」
「そのお金を払うために借金したり、身体を売れと脅されたり…」
「……」
「もうどうしようもなくなって…その話をされたやくざの事務所内で逃げ出そうとしたんです。倉庫まで逃げ込んで…気が付いたらここにいたんです」
やくざの事務所で脅迫されたという彼女。性的な意味なのか、毒という薬物を売る為に実験体にされそうになったという意味なのかは分からない。いずれにせよあまりにも胸糞が悪い話である。しかしここでもまたやくざというワードが出たことに相澤は気が付く。
このグリードアイランドというゲームに関わった人間は暴力団に対して目的を持っていた?それとも裏の世界に公布するために彼らを利用した?彼女の話を聞きながらそっと情報を整理する。
それにしてもやくざの事務所の倉庫内とは…そんな所にこんなゲームが本当に放置してあったのだろうか。何はともあれ彼女の話は、自他ともに認めるアンダーグラウンドヒーローにとっては重すぎた。これが香山先輩あたりなら、自身の経験談も踏まえつつ彼女を慰める事だって出来たろうに。
生憎こういうケースにうってつけのウワバミやらミルコは既に一度現実世界へと帰還している。ガンヘッドとギャングオルカはいまだに修行中である事を考慮すると自分が対応するしかないだろう。プロヒーローとして彼女になんと言葉を掛けたらよいのかと内心頭を抱える相澤。
「少しいいか」
すると、どこからともなく男性が寄ってくる。どうやら相澤達の会話を盗み聞きしていたらしい。20代前半といった年齢だろうか。随分と若く見える青年といった様子の男性であった。彼は相澤と女性がついているテーブルに座るといきなり話し出した。
「あんたヒーローなんだろ?それで俺達を現実世界へと返そうとしてるって所か」
「…まぁな。それでアンタは?」
「俺は毒島っていうもんだ。GMTの会長をやっている」
「世界標準時刻か?」
「いや、
「どんな略語だ、分かるか!」
「まぁ聞けよ。俺の元々の個性は毒ガスだ」
「毒…?」
そういって自身の過去を話し出す彼。代々毒にまつわる個性をもっており、父の毒と母親の小さな風を産み出す個性があわせってこうなったとの事である。そういって語りだした彼の人生、一言で言えば悲惨に尽きるものであった。
ただ息を吐く、それだけで毒ガスが体内で精製されてしまうらしい。個性が発現した時から特注ガスマスクを付ける事を強制された彼、彼の生涯は常にガスマスクが共にあったとの事。
「小学校の頃とか悲惨だったぞ…なにせおれだけ毒ガス個性のガスマスクだ。給食の時は独りで別室に移動された。席替えの時に隣になったらそいつに悲鳴を挙げられたよ…同級生達は
「……」
「家族以外とはまともに会話もしなかった。今思えば苦しい青春時代だったな」
そういって自嘲するように笑う男性。個性に振り回される例など珍しくもない。珍しくもないが…だからと言って彼のような存在を見過ごしてよい筈もない。
相澤はそっと彼の話を聞いた。せめて彼の話を最後まで聞き届けるべきだと、そう思ったのだ。隣にいる彼女は時折切ない表情を浮かべて肯定していた。個性に苦しまされてきた物として共通する部分があるのだろう。
「学校を卒業した俺にはまともな就職先なんてなかった。非合法スレスレのゴミ回収やら清掃の仕事位しかなかったんだよ」
それでも就職したことを家族に喜ばれた彼。せめて与えられた職業は一生懸命とこなそうとした。周囲の人間達の視線やら声に惑わされることなく、懸命に業務に励んだ彼。だがそんな生活も突如終わりを告げる。
食事をする際は細心の注意が必要となる。食堂で食事を取るなどもってのほか。空気の換気が十二分に行る場所で行わなければならないからだ。
ある日彼が、公園のベンチで独りで食事を取っている時に子供がやってきた。小学生程度の小さな子供だ、その子供は毒島が食べている物が気になったのだろうか。そのままその児童は彼のそばへとそっと近寄り…結果倒れてしまった。
「俺の毒ガスを吸って倒れたんだよ。通りがかった民間人が即座に通報、そのままヒーローは俺を押し倒して拘束したよ。監視カメラもあったから言い訳はできないぞなんて脅しながらな」
「裁判の結果は有罪。『自身の個性の危険性を十分に認識しておきながら意図的に個性を使用したから』だと。笑えるだろ」
執行猶予はついた。それでも彼の地元では相当大きな新聞沙汰にもなったから会社で働けなくなったらしい。周囲からの圧力もあり、退職を余儀なくされた彼。そんな彼はいまだに退職したときの会社の連中の顔が忘れられないという。
「そいつらの顔が分かるか?怒ったり、ニヤニヤと笑ってバカにするような顔だったと思うか?違うんだよ」
「会社の連中はほっとしたような顔をしてたよ。厄介ごとを抱え込んだクソが自分から消えてくれてよかった、清々したって顔だった。それが何よりも自分の心に効いたよ。あぁこの世界に俺の居場所なんてないんだなって」
「いっそ本当にテロでも起こそうかと思ったよ。ガスマスクだけ外して電車にでも乗れば一発さ。けどできなかった…したくもなかったって感じかな。もう人間そのものに嫌気が差してたから」
人生そのものに嫌気が指した毒島。彼はそのまま生活保護を申請し、家に引きこもる。職もなにもかも失ってしまった彼。そんな彼がある日見つけたのがこの未知の世界への扉であった。
「異世界へ通じる扉がある…なんて噂があったんだ。裏ネットで評判になり始めててさ」
「あっ、私も似たような話をオカルトサイトで見たかも…」
「アンタもか…とにかく俺は借金してこのゲーム機を購入してみたんだ。それで藁にもすがる思いでゲーム機に触れて…この世界へとやってきた」
ガスマスク無しで初めて誰かと食卓を囲んだ時はマジで泣きそうになった、そんな彼の言葉に思わず無言のまま押し黙る相澤。非常に重苦しい雰囲気のテーブルであった。
「俺にはその女性の気持ちがよくわかる。痛いほど、よくな。俺たちは今まで人間じゃなかったんだ。人間らしく生きられなかった事が、ここで初めてできたんだ」
「……」
「俺たちは
そういって頭を下げてくる毒島。そんな彼に対して相澤は思わず無言のまま返事に困ってしまう。元々死の危険を含んだゲームである。こんな場所から一刻も早く一般人を返すべきである…と理性では考える。
だが彼のような個性持ちからすればどうであろうか。現実世界に居所がなかった人間からすれば漸くできた居場所である。そんな人間から安寧の生活を取り上げる行為は本当に正しい行為なのだろうか。
…いいや、ここには敵がいない。が、それと同時にヒーローもいないのだ。もしもここで事件や事故が起きればそれに対処できる個性持ちの人間もいない。結局のところ本当の意味でも理想郷などどこにも存在しないのだ。そんな事を思考する相澤の背後からとある独りの男性が現れた。
「うぅ…よく言った…っ!」
「…ギャングオルカさん?」
「自分も個性のせいで苦労してきたんだ…他人事にはとても思えない…」
ギャングオルカ、である。テーブルの背後から涙を流しながら現れた彼はそのまま手拭いで自身の涙をぬぐう。相澤のつぶやきに対してつい反応してしまう女性と毒島。
「ギャングオルカ?」
「ギャングオルカ!?この渋めのダンディーなおじさまが!」
動揺する二人。彼らからすれば異形型のあこがれでもある鯱ヒーローである。アンダーグランドが専門の相澤よりもよっぽどアイドル性とカリスマ性が強い、まさしくあこがれのヒーローであった。テレビや雑誌でも見たことがあるような有名人物にあってテンションが上がっている二人をよそに、相澤はそっと彼に対して問いかけた。
「ギャングオルカさんはなぜここに…?」
「ウイングさんとの修行もひと段落してな。応援にきた」
「…なるほど。でも俺たちの仕事は民間人を現実世界へ帰還をさせる事ですよ」
「分かっている…だが、無理して現実世界に戻らなくてもいいんじゃないか?」
「ギャングオルカさん…」
「一度考慮してくれるだけでもいい…彼等が漸く見つけた居場所なんだ、簡単に奪って良いのだろうか」
そう熱心に訴えかけてくるギャングオルカ。その瞳に、口調の強さについ黙ってしまう。異形型…いいや、個性によって迫害される人間の気持ちは同胞にしか分からない物があるのだろう。
それはきっと、これまでもこれからも相澤には理解しきれない感情に違いない。そうしてその傷を癒すことも。
「彼らを後回しにして、他の連中を優先して救出…それが譲歩です。それ以上の判断は現場からはできないので…細かい判断は上の連中にしてもらいましょう」
「おぉ!ありがとうイレイザー!!」
「何か言われたら、貴方にも警察やらヒーロー協会に報告だけはして貰いますよ」
「勿論だ…ありがとう」
固く頷くギャングオルカ。そんな彼に対してあくまで冷静に返答を行う相澤。相澤からすれば帰りたくないなんて連中より帰りたがっている人間やら女子供の方が優先度が高いというだけの話なのだが。
涙ぐむ女性とそんな女性に対して肩を叩いて励ます毒島。うまく行けば、彼らの第二の人生はここから始まるだろう。個性を取り上げられたことで皮肉にも平等な世界となったこの場所で彼らは一体何をおもうのだろうか。
後日、彼らは恋愛都市アイアイで素敵な恋人を見つける…のかもしれない。
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22話
グラントリノ、本名を酉野空彦と言う。そんな彼は現在甲府市のとある住居に拠点を構えていた。
とある平日の事である。彼はリビングに設えたソファに腰かけながらゆっくりとお茶を呑んでいた。穏やかな午後の昼下がりであった。そんな最中に突如来客用のベルの音が鳴る。どうやら客人らしい。
開いた扉から独りの男がやってきた。まるで骸骨のようにやせ細った彼は申し訳なさそうな顔を浮かべながら中にいる空彦に対して謝罪した。
「お、遅れてすみません…」
「良い。気にするな俊典」
どうやらここに来る道中で事故に合っていた人々の救出活動を行っていたらしい。そう、目前の骸骨のようなこの男、彼こそがNo.1ヒーローオールマイトなのである。オールマイト改め八木俊典が自身の前に座ったのを確認すると、空彦は口火を切るように話しかけた。
「今日呼んだのはちょっと電話ではしにくい話でな」
「盗聴を警戒しての事ですか?」
「全てだ、ちと厄介ごとに成るかもしれないんでな」
グラントリノの言葉に首を傾げるオールマイト。だが、そんな彼の表情もとある物を目にすると一変する。どうやらそれは…一枚の写真であるらしい。
写真の中にはとある一人の男が写っていた。グラントリノは懐からそれを取り出すと彼に対してそっと差し出した。
写真の裏に書かれた情報から察するに数日前、宮城県仙台市で観測されたらしい。その写真の男を見て目を見開いて驚愕するオールマイト。彼は震えるような口調でグラントリノに対して問いかけた。
「こ、この写真の男…彼を一体どこで…?」
「宮城県の仙台市だ。何か事件を引き起こしたって訳じゃない…ただ調べた奴が俺に対して何か情報はないかと聞いてきたんだ」
「……」
「国際犯罪者データベースにかけたがどうやら此奴は第一級の犯罪者らしい。だが、犯罪記録には詳細が何も残っていなかった。この時点で不自然すぎる…どうにも闇が深い気がしてな」
犯罪者データベース。指紋、犯罪歴、身体情報ありとあらゆる情報が記録され永遠に補完される。無論、個性を初めとした戦闘力も例外ではない。にもかかわらず彼に関するありとあらゆる情報が記録されていなかった。
そんなデータベースに男の顔だけが載っているという不自然な事態。
ただトップクラスに危険な人物であるとの情報。デッドオアライブ。彼の生死に関わらず殺害まで許可されているという恐ろしさである。通常敵といえど人権は保証されている。殺害許可などヒーロー、ましてや国から降りるはずもない。にもかかわらず見つけた場合軍事力を以てしても彼の殺害を認めるとアメリカを初めとした先進諸国が認めたらしい。
「一時期は海外に飛びまわっていたお前だ。この男についても何か知ってるんじゃないのか?」
「彼は…一度戦った事がある相手です」
「そうか
疑う事なく、そう口にするグラントリノ。彼はお茶に湯を足すために給湯ポッドに手をかけながら話しかけた。目の前にいる男はNo.1ヒーローである。当然、彼が戦ったというのなら捕縛したのだろう。ならば情報がないのは一体どういう事なのだろうかと。
彼は二人分の茶を淹れながら話の先を促した。額に大きな汗を浮かべたオールマイトは言いにくそうに、彼に対してこう告げた。
「いいえ違います。勝てなかったのです」
「は?」
「私が
手が、止まる。お茶を呑もうとしていた手がびったりと止まり、思わずオールマイトの顔を見つめてしまうグラントリノ。今なんといったのだ。彼の言葉を脳内でもう一度再生し、その意味を理解し困惑する。
「全盛期のお前をか…?」
「…はい」
思わず絶句する。俊典の言葉にひきつった表情を浮かべるグラントリノ。全盛期のオールマイトを返り討ちにした相手だと?一体どんな馬鹿げた強さを持つ相手なのだと。
これには誤解が生じている。実際には全盛期のオールマイト以上の戦闘力を持つ実力者である。その実力者こそが、かつて米国とヨーロッパ諸国において暴れまくった猛者。ヒーローと念能力者を粛清して恐怖を轟かせた男なのである。
ヒーロー482名
念能力者557名
これだけの存在を壊滅させた男である。それも集団ではなく、たった独り。単独で行った歴史上初の最大殺害数である。他にも軍用戦車、軍事用ドローン、爆撃機など彼が破壊したその被害総額は莫大な金額となる。
アメリカの軍事力27%
ヨーロッパ連合軍の戦力22%
これだけの戦力をたった一人で削り切ったとすら言われているが…真実は誰にも分からない。無論、この数字ですらも全てではない。
当時のヨーロッパ諸国はこの馬鹿げた戦力を持つ彼という存在を秘匿した。たった一人に負ける軍隊などに誰が投資をし、安寧を預けられるというのだろうか。この事が公になれば国家の存続にも関わる。
当時の政府達は彼の存在を秘匿し、事件の存在をデータから抹消した。S級犯罪者として記録だけは残し、いつの日か人類が彼を討伐する事を夢見て。
当時AFOの脅威がアジア全域にまで広まっていた悪の全盛期である。この脅威にアジアが震え、一丸となって迎えていた同時期にヨーロッパでは彼が猛威をふるっていたらしい。故に手が、情報が回らなかった。裏を返せばAFOの脅威に対してヨーロッパから応援の戦力をよこせなかったのはそういう事情があったからなのだろうか。
そんな謎の人物がここ日本の、東北地方に現れた。これは一体何を意味するのだろうか。グラントリノは硬い表情のまま目前でうつむく彼に対して問いかけた。
「率直に聞くが…この男を倒すにはどうすれば良いんだ?」
「全盛期の私以上の戦力を持てばあるいは…」
「実質不可能じゃないのかそれ…」
オールマイトの言葉に押し黙る。馬鹿げた話である。全盛期のオールマイトの強さなど子供でも知っている。弾丸よりも早く駆けつけ、倒壊する摩天楼のようなビルを平然と押さえる。蹴りだけでモーゼの如く海を割り、打ち付けた拳の風圧だけで天候すら変えたこの男。
そんな男が全力を出しても勝てなかった…?
「そいつはAFOじゃないのか…?顔や姿を変えただけかもしれんだろう」
「いいえ、断言できますが完全に別人です。戦力だけなら私達以上の存在です」
「強さはAFOやOFA以上だとっ!?どんなバケモンだ!」
「同じ種族であるとはとても思えぬ位強く…何よりも巧いのです」
「ぎ、技術か?」
「技術、経験、学習速度…そして才能。全てが同じ人間とは思えぬ程に優れていました」
グラントリノは深く、溜息をつく。この男にここまで言わせる相手がいるなどとは。すっかりと冷え切ってしまったお茶を端へと寄せながら彼は大きく息を吐いた。こんな時に下らぬ嘘をつくような男ではない。そんなこと、誰よりも知っている。
「そんな奴の存在をなぜ黙っていたんだ…」
「彼との戦闘の後、AFOが襲ってきたのです。警察も政府も、国民も…みなが敵達の来襲に怯えその対応に精一杯の時代だった為…」
「だからと言って説明しないのは…まぁ過ぎたことか」
確かにAFO以上の存在がいると聞いて穏やかで居られるものなどいないだろう。話を聞くにその例の男が活動していたのはヨーロッパらしい。ここアジア、中でも日本では一切の活動を行っていなかったというのだから優先すべき脅威に備えたというのはおかしな話ではない。
そもそも報告自体は然るべき機関に行っており、公表しないと決めたのは当時の政府首脳と総理大臣の判断らしい。現在でも彼の存在を知っているものは極々僅かであり、その全貌を把握している者に至っては皆無である。
これはそうなるように彼に追従する者たちが裏工作を行った結果でもあるのだが…。ともあれつくづく権力者というものはろくな判断をしないものだ。
AFOの討伐が成功したら彼を倒しにいこうと決めていたのだが、俊典はその戦闘の結果大傷を負いリタイア寸前に。やがて例の男は表舞台から姿を消した為詳細が分からなくなったという。
「問題はそいつの目的だ。今、なぜこの国に現れたかだな」
「彼はこう言っていました。腐った存在に鉄槌を下す。粛清と制裁によって変革を促すと」
「理想主義者か…厄介だな」
この手の手合いの人間は自分が間違っているとは認めないものだ。正義感やら信念が強いまじめな人間が拗らせるとこうなる。オールマイトは勝てなかったという悔しさに、ヒーローとしての責務を果たせなかった己自身の弱さに顔を歪めていた。
実際彼の存在を知っていれば評価は別である。彼と戦闘を行い、五体満足無事で逃げる事が出来ている時点でオールマイトは十二分に凄いと評価できる。超人とすら言えるだろう。
それだけ彼という存在の強さは断絶している。彼はおよそ種族というもの、否生物としての次元からして異なった存在なのだ。
「一応ヒーロー達に警戒だけはさせておくか」
「グラントリノ…もしも彼を見つけたらその時は私が行きます」
「…話を聞いた限りでは全盛期を過ぎたお前では無理だ」
「しかし…っ!」
「なぁにヒーロー飽和社会とも呼ばれているんだ。皆が協力すれば越えられぬ壁などないさ…Plus Ultraだろ?」
声を強くして主張するオールマイト。そんな彼に対してグラントリノは力強い顔で答えた。気たるべき次世代も育ってきている。頼れるヒーローも多々存在している。彼は信じているのだろう。この国に住むヒーロー達が協力すれば、と。かつての過ちと苦しみを、自分たちはきっと乗り越える事ができるのだと。
彼らは知らない。例え何千人というヒーロー達が束になってかかろうとも、彼を倒すことは不可能であるという事を。
彼という存在は最早この世界においてはバグにすら等しい。この脆い世界という存在は彼の気まぐれだけで成り立っている事を。
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23話
時間は数日前まで遡る。場所は宮城県仙台市。この東北地方のとある場所に、彼は降り立った。山中の道路に備え付けられた街灯が周囲を照らし出す。男は大樹に背を預けながら夜空に浮かぶ月と星々を眺めた。
周囲には煩わしい民家や人の影など一つもない森林、事を起こすには絶好の場所であった。時刻は深夜、美しい月明りと心地良い風に黄昏ながら彼はそっとその瞬間を待ち続ける。
それは実に整った容姿をした男であった。見た目は東洋人なのであろうか。黒目、黒髪をした彼の姿はまるで青年のように若々しい。すらりと伸びた脚に逞しい筋肉を帯びた彼の身体には、無駄な肉など何一つ存在しない。
そんな彼の視線の奥から、一台の車がやってくる。どうやら囚人用の護送車らしい。そしてその護送車の前後には、ヒーロー達と武装警察官が何人も乗車している武装車まで在った。黒く塗られ、幾つもの防弾装備と鉄格子を備えたその護送車。それは彼の目的である彼女が運ばれている車でもあった。
レディナガン
本名を
彼はそっとポケットから【弾丸】を取り出すと、そのまま自身の指で弾くようにして押し出した。驚くべき速度と威力である。その二発の弾丸は音を置き去りにして、護送車の運転席へと撃ち込まれる。
「ッ!?」
「おっ、おい…急にどうしっ…!」
それが運転手達の最後の言葉となる。運転手と助手席に座っていた彼等は弾丸を頭蓋に撃ち込まれた事によって気絶してしまう。ハンドルは不能となり、護送車はコントロールを失う。中にいる乗員もろとも、護送車はガードレールへと勢いよくぶつかった。
彼が放った弾丸とは特殊繊維が練りこまれたゴム弾である。たかがゴムと侮るなかれ。熟練の念能力者ならば例え消しゴムの切れっぱしであろうとも、念で周囲をコーティングする事でBB弾程度の硬度にする事だってできる。きっと彼が放ったこの時の弾丸はライフル弾にだって匹敵するのだろう。
彼は念でこのゴム弾を飛ばしたのだ。
護送車の異変に気が付いたのだろうか。車の前後からヒーロー達が慌てたように護送車に駆けつけてくる。いずれもトップクラスのヒーローと特殊武装携帯が許可された武装警察官である。彼等ならば、例え敵の集団が襲い掛かろうとも撃退できた事だろう。だが今回は相手が悪すぎた。
「襲撃だっ!皆警戒を…ッ」
「一体何が…!」
「ビートマックス!ミスアクア!護送車の様子を…ッ!?」
次々と、倒れる。まるで瞬間移動のように突如目の前に現れた男の襲撃に対してわずかでも反応できたのはたった数名のヒーローだけであった。放たれる火炎弾、激流のような水圧攻撃。繰り出されるヒーロー達による個性攻撃に対してわずかに半歩身をよじるだけでいとも容易く避けてしまう男。
そのまま手刀を彼らの首元に繰り出す。恐ろしく早い手刀、彼らが見逃してしまうのも無理はない。ほんの僅かの間に、たちまちヒーロー達を無力化してしまう男。だがヒーロー達は血の一滴も流していない。これだけ強いにも関わらず、命を奪っていないのは一体どういう理屈なのだろうか。
地面に倒れ伏すヒーローと警察官達をつまらなそうに眺める男。
そのまま彼は護送車まで歩いていく。そっと護送車の扉を開くと…そこには四肢を拘束された女性がいた。まるで腕を折りたたむようにして背後に組まれ、目元には巨大なアイマスクと猿轡を噛まされた彼女。そんな彼女は身じろぎ一つしないでその場に佇んでいた。
彼女のそばにそっと近寄る。男は彼女に聞こえるように、穏やかにつぶやいた。
「君を助けに来た」
「……」
「今からこれを外す…暴れるなよ」
そういって彼女の拘束具を外していく彼。オーラを込めた今の状態ならば、また外部からも操作も同時に行えばこの程度の拘束具などいとも簡単に外せてしまう。そうして彼は彼女の手足の拘束を、アイマスクを外した。先程とは違い、晴れて自由の身となる彼女。
瞬間、レディナガンは目前の男に向かって殴りかかった。風切り音すら発生する渾身の殴打。無論、そんな攻撃を真正面から受ける男ではない。顔面に向けて打ち付けられた拳を軽々と掴むと、彼は溜息をつくようにつぶやいた。
「そうじゃれつくなよ」
「っ!お前も私を殺しに来たのか…」
「いいや、全く」
そういってこちらを見つめる男。そこにはなんら感情が含まれていなかった。きっと彼にとって今の状況は昼下がりのコーヒーブレイクとなんら変わらない平穏な物なのだろう。彼女を恨む人間は表にも裏にも多い。てっきりその筋の人間かと思ったのだが…。
レディナガン…いや、筒美火伊那は舌打ちをすると自身の右肘からライフルを展開させた。そのまま周囲を伺うようにそっと息を潜める。男に警戒しつつも壁に背を付けて辺りを伺う筒美に対して、彼は呆れたように声をかけた。
「何をやってるんだ?」
「…車の前後に護送のヒーロー達がいただろ」
「あぁそいつらならもう全員倒した」
「は?」
「20秒程度かかったかな…案外強かったよ」
彼からの返答に思わず唖然とした表情で彼を見てしまうレディナガン。確かに、周囲には彼女と彼以外に気配は一つたりともない。彼女は車から外へ出ると…確かにそこには何人ものヒーロー達がいた。地面に倒れ伏し、まるで眠るように気絶しているではないか。彼女はその光景を見て無言のまま顔をひきつらせた。異変を音で感じてから数分だって経過していないだろうに…。
この男はたった独りでこれだけの戦力を排除してしまったという事だろうか。護衛に来ていたヒーローと武装した警察官合計十数名にも及ぶ集団をたった20秒で討伐しただと?見知らぬ男に対して警戒心をはねあげる筒美。彼は筒美に対してなんの気なしに、軽い口調でこう誘った。
「俺のアジトへ来い。食事と寝床を提供しよう」
「……」
「あぁ、後始末は知り合いがやってくれる手はずになっている。君は何も心配しなくていいさ」
「……っ!!」
「おいおい、いきなり人に銃口を向けるなよ」
「お前の目的は何だ」
「勧誘だよ。したい事があってそれに君も協力して貰いたい。ほら、分かりやすい理由だろう?」
そういって肩をすくめる男性。どうやらくだらない嘘はついていないらしい。こんな状況になってしまった以上は、すぐにでもこの場を離れるべきだろう。レディナガンは眉を潜めながら男を観察した。
顔はいかにも優男といった風貌である。まるで穢れも知らぬような、純粋な瞳。その見た目と顔の造形から、おそらく男が東洋人であることが伺える。まるでティーンズ雑誌のモデルにでも居そうなその風貌は、きっと街中で声でもかければ女が幾らでも釣れそうな程に整った容姿をしていた。
だが一方で矛盾するようだが、肉体の体つきはどこまでも武闘的であった。筋肉の付き方、身のこなし。歩き方一つとっても熟練した武闘家のソレであった。日本でプロヒーローをしていた彼女だが、こんな怪しい男は見たことがなかった。彼女は溜息をつくと、彼に対して問いかける。
「大体私はあんたが何者かも知らないんだが?」
「おっとこれは失礼」
「
「これでも元ヒーローなのだがね…ふむ」
そういって軽く考え込む男。何を考え込んでいるのだろうか。男はほんのわずかばかり考え込むとそのまま少しだけ微笑んだ。ゾクッとするようなオーラを身に纏ったその男はにこやかに微笑みながら、彼女に対して自己紹介を行った。
「仙水…今は仙水忍と名乗っておこうかな」
そういって彼はにこりと微笑んだ。どこまでも純粋で無垢な瞳。それが彼が持つ異様な不気味さを引き立てた。月明りの元、彼らは出会う。本来ならば起こりうる筈のなかった邂逅が歴史に歪を生んでいく。
仙水忍。かつて数多の念能力者とヒーロー達を粛清した男である。そして同時にこの世界にグリードアイランドを持ち込んだ存在でもあった。彼がこの並行世界において何を求め、何をしてきたのか。それはもうじき、明らかになる。
仙水忍。『幽遊白書』魔界の扉編に登場。この頃から『領域』『異能力者』といった存在が出始める。作中において念という概念や言葉がはっきりと出始めた章でも有名。
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24話
「俺も元ヒーローだった…君と同じだな」
珈琲を淹れながら男は語る。食事を取って人心地付いた彼女、レディナガンはそんな男を眺め、ぼんやりとその背中を見つめていた。背後しか見えないがすらりと長い手足、整ったバランスの良い体躯。ヒーローよりもモデルか俳優の方が似合ってそうだ、だなんて事を想いながら。
そんな彼女の様子など露知らず、彼は尚もキッチンに立ちながら語り続けた。キッチン、といっても廃ビルに隠すようにして備え付けられた隠れ家である。設備など簡易的な調理器具と保管庫がある程度であり、たかが知れているものだ。こうしている今だって割れた窓からは小さく夜風が吹きすさんでいた。
「アンタみたいなヒーロー見たことがないんだが」
「本拠地はヨーロッパだからな。ヨルビアンという国で育ち、EUのヒーロー協会に所属していた」
「ヨルビアンか…」
「ヒーローとしてはまぁ…そこそこ名が通っていたよ。悪を憎み、正義を貫き人を愛す…自分で言うのもなんだが模範的なヒーローだったな」
珈琲がたんまりと詰まった瓶を掴みながら微笑む仙水。こうしている今も、まるで友人に話しかけるような気軽さで犯罪者であり自身に話しかけてくる。先程まで警察やヒーローと戦闘していた者とはとても思えない。
「世の中には善と悪があり、自分は正義の人間なんだと。そんな安易な二元論に疑問すら持たなかった」
「……」
「戦争も良い国と悪い国が有ると思っていたんだ。可愛いものだろう…さ、珈琲でも飲もうか」
そう言ってマグカップを片手に微笑む仙水。今更だがこの男、結局何者なのだろうか。名前も見た目も東洋人だし…結局年齢も素性もよく分からないではないか。判別できるのはその強さだけだ。勝てないと、レディナガンにおぼろげながらイメージを抱かせるほどの強さ。
そう、かつて彼はあまりにも強すぎる力を持ち、誰よりも純粋な精神を持つ男であった。故にヒーローになった、それだけである。食事をしていたレディナガンの座席の前に座った彼は、そのまま軽く笑みを浮かべる。さっきまで戦闘を行っていたとは思えない。脱獄犯を目前にして、なんと落ち着いた態度なのだろうか。
ヒーローとして活躍していた所を見込まれ念能力者としての指導も受けた仙水。彼は念能力という概念においても比類なき才能を示したのだ。ヒーロー協会とハンター協会から実力を見込まれ、次代を担う人間として大いに期待されていたのだ。完璧な精神を持つ超人、世界は…人類はこれで繫栄し安定する筈であったのだ。
「だが違っていた、俺が護ろうとしていたものですらクズだった」
「……」
「人間という同じ生き物としての血がこの身体に流れている…その事実にすら耐えられなくなった。だから殺すとそう決めた」
「…人間を?」
「あぁ殺した。全てをな」
そういって何気なしに応える。まるで気にかけていないといった軽い口調、それが彼女にとって更に恐怖と違和感を与えた。だがこれも並行世界の彼の所業を知っているものからすれば何らおかしな事ではない。きっと彼は純真だったのだ。人として生きるには、あまりに純粋すぎたのだ。強すぎる光が闇を産むように、純粋な存在が変じた時の振れ幅が大きかったという。ただそれだけの事。
白が黒に転じるように
善が悪に転じた
言ってしまえばそれだけの話だ。並行世界において仙水が霊界探偵を辞めたように、この世界の彼もまた同じような末路を辿ったという事だ。かの並行世界と違う要因は様々だ。この世界には妖怪はおらず、友人も恋人もおり…そして何よりも最愛の親友「
それがこの世界の彼において致命的な要素となった。全てを失って壊してもいいと思わせてしまうほどの、言ってしまえばこの世界線が犯した最大のミス。サイドキックであり、最高の親友でもあった彼と共に見たのはとある地獄であった。そして…その地獄の最中で樹を失った。
それがどんな光景だったかは誰にも分からない
何故ならばその場にいた全ての存在を仙水が殺し尽くしたからだ。後からやってきたヒーロー達がみたものは幾重にも飛び散った人間の肉片であったとされている。されている、といったのはその肉片と呼べるものが僅かにしかなかったからだ。
その場にいたとされるヒーローや政治家達はおろか年若い少年少女達、後進国の住人や敵達はどこへ行ったかすら皆目見当もつかない。これは想像でしかないが…きっと並行世界の彼が見たものと同じような物を彼もまた見てしまったのだろう。
それから彼は黒の章と呼ばれる映像を求めた。【黒の章】人間の陰の部分を示した犯罪録である。強姦、虐殺、拷問、殺人、殺戮。この世で最も残酷で非道なものが何万時間という量で記録されている人類史が残した負の遺産。噂ではこのデッドコピーが裏の世界で数億単位で取引されているとすら言われている。
そして黒の章を見た彼は壊れてしまう。言葉にしてみればただそれだけの話だ。念を教えてくれた師を、故郷に暮らしていた友人を、かつて愛を語り合った女を、関わってきた人間達全てを殺した。故郷に残っていた痕跡と呼べる全ての物を壊し尽くし、そして孤独になった。
同僚であったヒーロー達を殺し、止めに来た警察官達を殺し、殺しに来た軍人達を殺し返した。そうして彼はヨーロッパでは稀代の殺人鬼として語られるようになった。
何か明確な目的があった訳ではない。ただ人間という物に嫌気がさし、そんな人間を滅ぼし尽くすのにヒーローと念能力者という物が邪魔になったのだ。
そうやって大切だったものを壊せば何かが変わると信じていた。いいや、大切だったものを失う事で彼は知りたかったのかもしれない。
自分が何を求めて戦っていたのか
己は何が欲しくて生きていたのか
そうして人という種族に嫌気が指した、そんな時に彼が現れたのであった。
「オールマイト…俺が初めて苦戦した男だ」
そういって脳内で思い返す。仙水にとってそれは初めて体験する出来事であった。なにせ初めて己に匹敵しうる程の実力を持つ存在である。生涯で初めて感じる戦闘の愉悦。浦飯幽助と殺し合った別次元の仙水のように、この世界の仙水もまたオールマイトと出会えたのだ。
衝撃波で天が切り裂かれ、大地は粉々に砕けた。地震・嵐・津波…災害のような、だなんて陳腐な言葉でしか言い表せないような別次元の戦いであった。そんな戦いが三日三晩も続いた。戦いの最期、地面に倒れこむ彼に対して仙水が優しい声色で問いかけた。
【俺の勝ちだな】
【……】
【最期に…言い残した言葉はあるか?】
全身から夥しいまでの血液を垂れ流す八木俊典。全身の骨折は数十か所に及び、臓器損傷をしていた。壊れた右腕を押さえつけるように、ねじ曲がった右脚で持ち堪えていた彼。彼は全身傷だらけの身体で仙水に向かって立ち向かう。そうして彼は…仙水に対して懇願するようにこういった。どうか思いとどまってくれないか、と。
【そのまま他人を
【……】
【だから思い出してくれ…かつて人に愛され、誰かを愛せた貴方なら出来るはずだ。もう一度、その愛を誰かに向けることだって…きっと……】
そういって、彼は静かに気絶する。まるで失神するように地面へと倒れ付す彼。そんな彼の言葉に動揺し、思わず立ち止まってしまう仙水。思えば随分と勝手な言葉だ。仙水の事情も知らずにのんきに愛と正義を訴えかける等と。だがそんな彼に対して、仙水は止めを刺すことが出来なかった。
恨みごとを言ってきた
汚職をする政治家、犯罪を犯すヒーロー。強姦や殺人、暴力…詐欺や恐喝を行う人間達。汚いものを見て、見て、見続けた末に仙水が見た物は誇り高き英雄の姿であったのだ。それは心底まで透き通るような誇り高き黄金にも等しい善の精神であった。
話に聞き入ってくれている彼女を見つめながらそっとその時の興奮を思い返す。思えばあの時、きっと自分は生まれ変わったのだろう。人間というクソを煮詰めた負の存在の中で確かに光輝いていた誇り高き精神が、彼の中の何かを呼び起こしたのだ。それは確かな感動であったのだ。
「俺はそれを美しいと思った」
「…オールマイトを、か?」
「あぁ。彼のような生き様が俺には眩しく思えたんだ」
そう、つぶやく仙水。彼はそれを見て美しいと想ったのだ。
彼の精神の気高さ
その心の有り様が
まぶしく、尊い物に思えた。そして何故そう思ったのかを知りたくなったのだ。だから彼は人を殺すことをやめた。
ヒトというものは尊いのかもしれない
そのほんの僅かな可能性に、もう一度かけてみたくなったのだ
余談ではあるが、もし彼がオールマイトに出会わなければこの世界の人間はとうに殺し尽くされていたのかもしれない。そうして彼は表舞台から去っていった。自分が本当に欲していたものは何かを、もう一度探すために。
「そんな時に二人の人間に出会った」
「天沼とAFOだ」
「そこから俺の人生は変わった」
【
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25話
「天沼月人…その男が何をやったんだ?」
「彼はまだ子供だよ。だがそうだな…計画には欠かせない存在だ」
「計画ね…それに私も参加しろと」
「そうだ、まぁ断ってくれてもかまわないさ」
「……」
「これは俺の直感だがね。君からは昔の自分と似た匂いを感じたんだ」
「…はっ、そうかよ」
珈琲をすすりながら仙水に問いかける。2杯目の珈琲はすっかり冷え切っていた。窓から覗ける夜月の明るさに目を奪われてしまう。あぁタルタロスに居た頃にはこうして穏やかに月夜を眺める事などできなかったなと。
愁いを帯びた瞳で夜空を見上げるレディ・ナガン。そんな彼女に対して仙水は軽く微笑みながら手元の電子端末を操作していた。連絡を取っているのは…仙水が言っていたお友達とかいう奴らだろうか、まぁこの男の交友関係になどさして興味もないが。
話を戻そう。この世界線の仙水はかつてオールマイトとの戦いの後、虐殺を止めた。そして彼はもう一度考え直したのだ。人類は滅ぼすべきか否か。オールマイトのような輝きを持つ人間は他にいないのかと。天沼と出会ったのは彼が焦燥の旅に出かけた時の事である。
天沼月人
年齢11歳、B型。11月7日産まれ。共働きの両親との3人暮らしを行っている、平凡な人間。そう、全く持って平凡な少年である。この日本ではどこにでも有りうるようなありふれた日常を行っていた彼。天沼の個性は「増強」。ほんの少し、自身の能力を増強させる個性である。仙水がどうして彼に目をかけたのか、或いは彼がどうして仙水と手を組むようになったのか。その詳細は分からない。
仙水が彼の持つ異能の才に気が付いていたのか、はたまた並行世界故の縁故か。なんにせよ月人もまた、この社会に対して漠然とした憤りのようなモノを感じていた。
周囲の人間の愚かさ、それに同調できぬ自分。自身の中でくすぶる何か。言語化できぬ一連の感情に対して仙水は真摯に向き合い、月人に対して問いかけたのだ。一緒に世界を変えてみないか、と。
その後とあるツテによって知り合ったAFOに対して仙水が取引を行ったのだ。彼に対して相応しい新たな個性を与える事を。そうして与えられた幾つかの個性、これががっちりと当てはまったのだ。まるで欠けていたピースがあてはまるように、彼に対して眠っていた【ゲームマスター】の才能が目覚めたのだ。
AFOも
天沼も
仙水自信すらも
恐らくは誰も予期していなかっただろうイレギュラーな事態が発生した。或いは彼もまた天性の念能力者というものであったのかもしれない。なにはともあれこの世界線の彼が本来は目覚めるはずのなかった異能
それこそがグリードアイランド
存在するべき筈でなかった幻のゲームだったのだ。
本来の世界線、幽遊白書において彼の異能はゲームを再現する能力であった。グリードアイランドの本当の正体は仙水にも分からない。分からないが…彼の目的に合致する事は容易く認知できた。それは実際にプレイをすればする程その深みと価値を理解をする。これは念能力者を育成するに長けたゲームであると。はるか遠くの未来か過去か。あるいは並行世界か、誰かが作製したゲームへとアクセスした結果の異物だと。
「結局お前は何がしたいんだ…お前の目的は何なんだ?」
「もう一度人間という存在を見定めたいのさ」
「人間を?」
「あぁそうだ、俺は世界に対して問いかけたいんだ。グリードアイランドはその切っ掛けにすぎない」
筒美の問いかけに対して返答をする。仙水が浮かべるその表情は真剣であった。どうやら覚悟はあるらしい。並々ならぬ彼の雰囲気に気圧されるように、彼女も又押し黙ってしまう。
個性
それは産まれながらに定められた障害だ。個性が有るが故に人同士の間には差が生じ、そこに差別が産まれる。個性が無ければ産まれなかった栄光と繁栄の裏には、個性のせいでおきた悲劇と苦しみが存在するのだ。今の社会はこの個性という歪で不確かなバランスによって成り立っている。その均衡はふとした拍子にあっけなく崩れ去ってしまう程に脆いものだ。
だがもしも念能力という概念が広まれば、この社会は一変する。
今のハンター協会による管理と制限された上での秘匿技術ではない。グリードアイランドを通して行われるそれは、無差別に行われる選別にも等しい行為だ。個性が使えぬ空間だからこそ、そこには平等な世界が産まれる。なにせこのグリードアイランドは人間を放りこめばあとは勝手に死ぬか、念能力者へと目覚めさせてくれるのだから。それも従来の方法とは段違いに早く、強力な念能力者が産まれやすくなるという桁違いに異質な環境なのだから。
そこから人類は生き残り、念という概念をまた別の人間へと広める事だろう。その連鎖は終わる事のない変化の連続だ。
きっと新たな社会が構成される。その存在こそが、仙水が視たかった社会そのものなのだ。人は非常時にこそその人間の本質が現れる。ならばきっとその社会こそが仙水が追い求めていた答えと人類の可能性を見せてくれるのだろう。
人を傷つける為に念能力を学ぶものも出るだろう
人を守るために念能力を学ぶものも出るだろう
新たに得た能力で犯罪が行われディストピアのような社会が産まれればそれも良し。或いは念能力という可能性を手にした人類が、新たな秩序を形成するのかもしれない。利権に走る者、私利私欲を求める者、他者を慈しみ守る者。個人も組織も国も全てが変わらざるを得なくなる。
その時に人の本性は曝け出される。ある意味個性社会の黎明期の再現にも等しいかもしれない、違うことは個性とは違い、念能力はその意思さえあれば誰でも習得と技術の向上が可能という事だろう。
その時に産まれた人間の秩序。それが善であるのか悪であるのか。オールマイトが示した人間の輝きという物がそこにはあるのか。それこそが仙水の追い求める【光景】なのだ。
「人の本性が見分けられる。人が本質的に善なのか、或いはやはりどうしようもない悪なのか…な。俺はその答えが知りたい」
故に、広めた。このゲームの存在を暴力団や反社会団体に広めたのだ。彼等からすれば不都合な人間を影ながら殺し、死体の処理までやってくれる便利な存在としか思わぬだろう。だが、やがて人々がこのゲームの本質に気が付けばあとは勝手に広まるだけだ。まるで病原菌のように、裏と表の世界を通して徐々に感染し広まっていくのだ。
どうかしているな
彼女は彼に対してそう思う。異能だのグリードなんちゃらだのという事を鵜呑みにしたとしてだ、まちがっても社会全体を狂わそうだなんてのはまともな人間が考える事ではない。なまじ思想だの理想だのを持ってるから一層タチが悪いものだ。
だが彼の思想はレディナガンの願望にも似ている。ヒーロー(個性)に依存しない社会の形成。それはまぎれもなく現代社会の否定だ。
念能力
グリードアイランド
訳が分からぬ事ばかりだが、あの冷たい監獄の中にいるよりかはマシだろうさ。そういって彼女は自嘲交じりに溜息をついた。
「異能が使える人間はまだいる、君にも念を習得して働いてもらうぞ」
「…ま、いいか。どうせ行く当てもないしな」
「それでは拠点を移そう。そこで俺の仲間達を紹介するよ」
「はいよ…ところでだが」
そういって部屋を出ようとする仙水。そんな彼の背中に対して彼女はそっと問いかけた。
「人間の本質が悪だったらどうするんだ」
「その時は滅ぼすさ、この俺が一人残らず始末する」
その言葉の冷たさに、思わず動揺して見つめてしまう。あぁなんという事だろうか。振り返った彼の表情はうっすらと微笑んでいるではないか。彼が薄く微笑んだその表情にはどこまでも無機質で冷たい瞳があった。
AFO:念能力という物事態に興味を抱いたが個性扱いで吸収する事も出来ないし、その異能の習得事態に数年単位の時間がかかる。また能力の研鑽には10年近くもの時間がかかる事からあまりに使い勝手が悪い個性の亜種能力程度に考えている。
彼が遭遇した念能力者があまりにレベルが低く、本当の意味での念能力者の真価を知らなかったせいでもある。ただしグリードアイランドの存在自体は仙水によって隠されている為まだこの騒動の全貌を知らないらしい。
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26話
照りつける太陽というものは例えどの世界にあっても煩わしく、そして生命に欠かせぬものらしい。例えゲームの中であっても現実同様にまばゆく照りつけるその陽光の下に彼はいた。拠点としている街とホテルからさほど離れていないその森林地帯にて、彼は鍛錬を行っていた。
意識を集中させる。徐々に自身の肉体にオーラが通っていくのを自覚する。まるで血液のように、自身の体内を駆け巡るエネルギー。もっとだ、まるで火薬を扱うかのように神経を集中させるギャングオルカ。
思えばこうして能力を発動させるという行為は久しい。自身の個性は異形型である。あまり意識せずとも能力の発動自体に苦労したことはない。だからこそ新鮮な感覚だ。日々めきめきと向上していくこの感覚は癖になる。座禅を組みながら丹田に意識を張り巡らせる、そんな彼に対して突如一人の男がやってきた。
「ギャングオルカさん!やりましたよ!!」
「うぉっ!?」
背後から大声をかけられたことで気がそがれてしまう。溜息をつきながら、ギャングオルカはそっと彼の方を振り返った。背後に立っていたのは弾けるような声をした男、ガンヘッドであった。
「いきなりどうした、ガンヘッド」
座禅を中止し、地面に手を付きながらそっと立ち上がる。修行を中断されて少しばかり不機嫌そうだ。だがそんな彼の様子を知ってか知らずかガンヘッドはなおも声をかけた。
「これですよ!これ!」
「これは…?」
「このカードがあれば全員救えます!」
そういって自身の本を見せてくる彼。どうやら解析の結果が身を結んだらしい。ガンヘッドが行っていた調査で良い結果でも出たという事なのだろう。
マサドラの魔法都市へと行き呪文カードを収集する。そうして離脱のカードを収集していたヒーロー達だったのだが、カードには無論アタリもあればハズレもある。そうして出たハズレのカードを定期的に使用したり他の使い道がないか研究していたのが彼なのである。
解析
指定した番号のカードの説明を視る事ができるこの呪文で調べたカードにアタリがあったらしい。その内容を視たギャングオルカは息を呑んだ。それはまさしく自分たちが望んでいたカードだったからだ。
「挫折の弓…っ!?」
「そう、この指定ポケットカードです!」
「な、なるほど。確かにこのカードがあれば…っ!」
【挫折の弓】
カードNo86 ランクA
装備すると弓の数だけ
なるほど、確かにこれが使えれば従来の離脱のカードよりも遥かに効率的に人を現実世界へと退去させる事が可能だ。だが、これだけでは…興奮しているガンヘッドに対してギャングオルカは眉をひそめながら静かに告げた。
「だがこれだけでは10人しか離脱させられないだろう…今このゲームには数百人もプレイヤーがいるんだぞ」
「いいえ、違うんです。その問題は大丈夫なんです」
「なに…?」
「
「なんだかにぎやかね」
「ウワバミさん!ウワバミさんも聞いてください!これでみんなゲームから脱出できます」
きょとんとした顔で首をかしげるギャングオルカ。そんな彼らの元へウワバミがやってきた。どうやら交代の時間らしい。彼女は部屋の中に入ると興奮した様子で話をしている彼らの元へ歩み寄ってきた。いぶかしげな表情をする彼女達。だがガンヘッドからの説明を受けるとなるほどと納得をした。この方法であれば、大勢のプレイヤーを救う事が出来る。ギャングオルカは深く頷くと手をたたいて喜んだ。
「そうか!なるほど」
その方法とはこうである。プレイヤーAの本の中身を全て仲間のプレイヤーに預け、中身を空にする。Aの本に【挫折の弓】だけいれる。Aの本に対してBが
なおこの方法で使用しても複製したカード自体はコンプリート対象に含まれる。ゲームとしては正規の手段で入手したとみなされるのである。ゲインとして使用する事も問題なく可能なため、並行世界のプレイヤーにとっては必然とも言えるテクニックでもあった。また、余談ではあるが同様の方法として擬態(トランスフォーム)と呼ばれる呪文カードを使用するテクニックもあるが…こちらは入手難易度はAであり、実現難易度は高くなる。
ともあれこの方法に早期の段階で自力で気が付く事が出来たのはガンヘッドが持つプレイヤーとしてのゲームスキル故にかもしれない。挫折の弓を複製し続ければ…このゲームのプレイヤーを全員退出させる事だってきっと可能だ。
「やるべき方向は決まってきたわね」
「あぁイレイザー達にも知らせて行動しよう」
「となると後はこのカードの入手を最優先ですね!さっそく
「ちょっと待って…
「え、なぜです?他のプレイヤーなんか居ないでしょう」
「いいからやってみて。呪文カードに余りはあったはずでしょう」
「は、はい…」
渋々ウワバミの助言にしたがうガンヘッド。
疑問に想いながらも呪文を行使するガンヘッド。時をまたずしてゲームマスターである少女の声がし、呪文結果がガンヘッドの本に反映される。その行使結果にぎょっとして動揺してしまう彼。なんということだろうか。その本にはあまりに無慈悲な結果が載せられていた。
「そ、そんな馬鹿な…」
「どうした?」
「11本は既にカード化済み…だそうです…所有者は2人のゲームプレイヤー…」
「まさか…とすると」
ガンヘッドからの言葉にギャングオルカ自身も消沈とした様子で応えてしまう。彼の言葉が正しければ…他にも着実にゲーム攻略を行っているプレイヤーがいるという事だ。そしてそいつらはこのカードの価値と呪文カードの仕組みにいちはやく気が付いたという事だろう。2人が分散して複数枚もっているのは強奪対策かはたまた…
ともあれこれで事態は前進した。ヒーロー達からすれば挫折の弓をもっている人物は非常に強力な実力を持っているという事である。この事件の犯人かもしれないし、例えそうでなくとも協力を仰げればこの謎の解明にも役立つだろう。
彼らに接触をするか
呪文カードでカード争奪戦を行うか
ヒーロー達は選択を迫られていた。
なお、呪文カードを占有していたのはスピリッツを含めたハンター協会組である。ハンター協会からすればゲーム外への大量の一般人の出入は混乱をまねくため抑えておきたいという意思の元行われた事だったのだが…なのだがそれが今回は裏目に出た。
新たな価値と社会の形成を目論む仙水
念の価値に気が付き始めたヒーロー達
今後の方針を決めかねているハンター協会
この世界の行く末はどうなってしまうのか。それは誰にも分からない。
「この場合はどうなるんだ…」
「おそらく…カードを独占している連中に使用させればカード化が出来るはずです。」
「或いは…呪文で奪うか…あぁそれでこんな名前だったのか」
「……?」
「違和感を持ったのは攻撃呪文と防御呪文の枚数と関係性、それからカード化限度枚数が少なすぎる点です」
「確かにそうね、200名もの人間が行動しているのに上位ランクのカードは数十枚もカード化出来ないなんてあまりにもバランスが悪すぎる気がするわ」
「けれどそれらは全部前提条件が違っていたとしたら…」
「つまりはプレイヤー同士による貴重なカードの奪い合いが前提というゲーム…だからこのゲームのタイトルがグリードアイランド(強奪の島)なのか」
大きなため息をつく一同。果たして彼らが念願のカードを手に入れる事ができるのか否か。事態は急速に進み始めていた。
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27話
すっかりおなじみとなった懸賞の街アントキバ、その一角に佇むカフェテリアの中に彼らはいた。白いテラスに腰かけて、穏やかな昼食と午後の一杯を堪能する。相澤はかたひじを付きながら食事に勤しむ百に問いかけた。
「…うまいか?」
「むぐむぐぅ…美味しいですの」
「…そうか」
どこまでも不器用な会話をしてしまう相澤。気分は休日に娘と行動を共にする父親といった所だろうか。彼はテラスに腰かけながらゆっくりとカップを傾ける。どこまでも真っ黒な珈琲とは対照的に、向かいに座った彼女、八百万百は真っ白なミルクとカルボナーラを食しているのであった。
どうやら昼食の最中らしい。彼らが拠点としている場所からはもっとも近いここは懸賞の街アントキバである。そっと視線を傾けるときまりきった行動を取るNPCに混じっておっかなびっくりに店主とカードで買い物を行う中年男性がいた。また別の方角ではベンチに座って
「相澤先生…あの人たちは一体…」
「ここのシステムに気が付き始めたんだろうな。感の良い奴はそろそろ行動しはじめるか」
「はぁ…なるほど?」
「あと先生って言うな。俺は別にお前の教師でもなんでもない」
「じゃあお師匠?」
「……それはもっとやめろ」
目元にクマを作った男性、相澤は珈琲を呑みながら百の言葉に返事をする。最近はウイングからの指導の元、めきめきと念能力の鍛錬を行っている彼女。そんな百は他のヒーロー達とも積極的に指導を願い、幅広い実力を身に着けているのであった。そんな教育の一環からか、何度注意をしようがしばし彼らの事を先生といったり師匠といったり…まぁそこは些細な事だろう。
相澤の視線は件の若い男性二人に向けられていた。いつまでもここに籠りきりという訳にもいかないだろう。若くて行動力のあるやつならぼちぼちゲームシステムにも気が付き始めるだろう。或いは念という存在にすら…
念能力
ここに残留を決めた連中はコミニティを築くことを選んだのだ。GMT…現実には戻りたくないの会である。名称こそふざけているがその実態と彼等彼女らの悲劇を知っている身としてはとても揶揄する気分にはなれなかった。あの毒ガスの個性を持っていた彼が名誉会長としてここでの暮らし方や本システムの情報をコミニティ内で共有しはじめているらしい。
そう、ここには定職も生活を共にできる人間(NPC)もいる。酒やギャンブルといった少数ながらも生きていくのに不自由しない程度の娯楽だってあるのだ。かの世界のハンター、モタリケを初めとした帰還難民達もこのアントキバで定職を見つけて中には妻子を儲けた例もあるのである。つまり何が言いたいかと言えばここで生活することは決して不可能ではないという事だ。或いは、個性に悩まされぬグリードアイランドは個性によって悲劇にあってきた人間にとっては楽園とも呼べる…のかもしれない。
ともあれ彼らに念能力に対して知識を与えてもいいものかどうか、それは相澤達の間でも意見が分かれていた。自立生活の為にはここで生きていく力が必要だが街から出なければモンスターとエンカウントする必要もないのだから。結局のところ現実世界の上司たちの判断をあおぐという結論で流れたのである。
とはいえそれはこちらの事情、自分たちで気が付く可能性は大いにあるだろう。そうなったらどうなるのか、どう変化してしまうのか。それは相澤にも分からなかった。穏やかに照りつける午後の日差しとは裏腹にどこまでも陰鬱な気分を引きずってしまう。バツが悪そうな顔をしたまま、彼はそっと眼前の百に対して言葉をかけた。
「くどいようだがあれは使うなよ」
「私の念能力ですか?」
「あれは危険だからな」
「分かりました!ウイング先生とヒーロー達の前以外では使いませんの!」
「…あぁそうだな」
例え現実世界であっても絶対に使うなよ
そう口に出かけてしまう言葉。その言葉をぐっと押し止めて、彼はごまかすように自身のを操作する。ヒーロー達に相談して彼女の念能力に関する記憶を消してもらう事だって考えた。が、ギャングオルカを初めとした、他のヒーロー達に断固として反対されたのである。彼女の記憶を操作するのは人権に反すると。
相澤からすれば彼らの甘い考えに辟易としてしまう。強すぎる能力など誰かを不幸にしかしないだけだ。ましてや念能力などという爆弾を小学生に持たせるべきではないだろうに。そこまで考えて相澤はもやもやとした気分を振り払うように頭を振った。
情を移してどうする。
責任が持てないなら深く関わるべきではない。
自分の成すべきことだけを考えよう。パスタを美味しそうにほおばる彼女の事など放って他人に任せてしまえばいい。そんな事をつらつらと考えながら、相澤はそんな彼女の事をそっと横目でみやる。
残留する住人達
211人という半端なプレイヤー数
グリードアイランドのクリア報酬
考えるべきことは山ほどある。そして念能力が今後の社会や世界に及ぼす影響を考えると嫌でも憂鬱になるというものだ。大人になってしまえばその影響の大きさに気が付いてしまうのだから。間違っても誰もが満足するようなハッピーエンドになどなるまい。ふと、その言葉が口をでた。
「お前はどうしてヒーローになりたいんだ?」
ぽつりとつぶやかれた相澤のその言葉に、思わず百は首をかしげてしまう。相澤からしてみれば疑問であったのだ。確かに創造という個性は強力な個性だろう。この年頃の子供は誰だって一度はヒーローに憧れるものだ。そんな彼女は目を輝かせながらヒーロー達にひっつく様を、相澤は危険視していたのだ。
わざわざ死ぬ危険だってある職業に付く必要はないだろう。家が裕福であろう彼女ならば猶更だ。自分でも上手く言語化できぬ思考にもやもやとした想いを感じてしまう。そんな相澤に対して彼女はあっさりと、何気なしに答えた。
「困っている人の一番そばにいられるのがヒーローのはずだから…そんな人達の助けになりたいんです」
「…困っている人を助けたいだけなら警察でもなんでも幾らでもあるだろ。この際だからはっきりと言うがヒーローなんて茨の道だぞ…嬉しい事の百倍はつらい事ばかりだ」
「でも嬉しい事もあるんでしょう?」
「さぁどうかな…」
「…それでも自分にその力があるのなら、それを困っている人の為に使いたいですわ。この街で色んな人を助けていた貴方みたいに」
「……」
「困っている人を…見て見ぬふりなんてしたくありませんの」
屈託の無い顔を浮かべてそう述べる彼女。子供特有の甘ったるい幻想だ。それでもその顔が、過去と重ねて思い返してしまうのは何故だろうか。似ているな、なんてぽつりとつぶやいてしまう。きょとんとした顔を浮かべる彼女に対して苦笑気味に返事をした。
「昔の友人を思い出しただけだ」
「先生って友達いたんですの!?」
「ほっとけ」
ごまかすように、手元に広げられたメニュー表へと視線を移す。確かに自身はこの街でよく人助けを行っている。それは現実世界にいた自身ではあまり考えられないような出来事だ。これまでのアンダーグラウンドの戦闘ヒーローとして仕事を行っていた。現場にかけつけ、用が終ればすぐに退散する日々の繰り返し。
泣いている人間の世話は他人に任せる方が効率的だ
傷ついた人間の手当は救急隊員に任せた方が合理的
そういって他人と交流を拒んでいた日々。確かにここでは人手が足りないだろう。だから仕方なく自分がやっている、ただそれだけだ。それ以外に理由だなんて…そういって考える。
心に残ったシコリのような感情だ。これまでの自分ならばここまで他人と接しようとしただろうかと。泣いていた蜘蛛の個性を持つあの女性や目の前の八百万のように、きちんと接して悲しみをまぎらわせてやりたいなどと考えただろうかと。そう考えて、相澤はハッとしたような表情を浮かべた。珈琲を持つ手がとまる。あぁそうか、自分はきっと…
「猫を……助けられるようになりたかったのかもな」
「猫…?」
「あぁ…ハハっ。なんだ我ながら馬鹿らしい話じゃないか」
自嘲気味に笑ってしまう。なんだからしくない行動ばかりとっていた自分の中の矛盾に、目の前の彼女の言葉で漸く気が付いたのだ。きっと自分は学生の頃の過ちにひきずられていたのかと。
そう、学生の頃道端で捨てられていた子猫。そんな子猫を救えずに…けれど見捨てる事も出来ずにいた過去の自分。いつまでたっても半人前。いつかどこかへ届くのかもしれない、けれどどこで、どう在りたいのかも分からない。そうやってうじうじ悩んでいた自分の前で颯爽と猫を救ってみせたアイツの姿。
大人になってからは自分の仕事ではないと言い訳をして他人と積極的に絡むのを避けていた。いいや、きっと恐れていたのだろう。心の中では俺もアイツのようにありたいと、困っている人をさっそうと駆けつけて救って見せた親友のようにありたいと、そう願っていたのだろうに。
「そうか、やっぱり俺は…あいつに憧れてたのかもな」
他人の将来まで背負えないと勝手に決めつけて拒絶を選んでしまう。それを不器用な優しさだ、なんて歪んだ自己解釈までして。白雲朧、あいつが生きていたらどうしていただろうか。道端で雨に濡れた子猫の為に自分まで濡れてしまうような優しさを持つアイツなら、きっと。
そう考えるとほんのちょっとだけ、心が晴れた気がした。戦闘向きの個性ではないからと、明るい性格ではないと決めつけていたこれまでの自分。
そんな自分はこの場所で何か変われるのだろうか。気が付けば自然と、ぽつりとつぶやくように言葉を重ねていた。
「……この後は別の街にでも行ってみるか」
「いいんですの!嬉しいです!」
「たまには…らしくない寄り道も悪くないかもな」
そういって微笑む相澤。空には雲一つない青空が広がっている。彼はそっと不器用な手つきで彼女の頭を撫でてやる。きっと馬鹿みたいに明るいあいつなら、目の前の彼女に対してそう接するはずだから。
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第二章~after 5 years~
28話
桜の花弁も散りだした頃合いの今日この頃。幾つかの雲の切れ間から覗く穏やかな春の陽光に照らされながら雄英高校新1年生である彼らは集団移動を行っていた。彼らが目指しているその場所。巨大なドーム型に建築されたその建物こそが、ここ雄英高校が誇る巨大演習施設【USJ】であった。
USJ
「なぁ…うちの担任って本当にヒーローなのか?」
つぶやかれた上鳴電気の言葉。そんな彼の台詞に思わず八百万百がぴくりと反応してしまうのは、無理もない事なのだろう。そんな八百万の様子に気が付く事もなく、上鳴は隣にいる女生徒【蛙吹梅雨】に対して尚も言葉を重ねた。
「ちょっと失礼じゃないかしら」
「でもよぉ蛙吹だってそう思うだろ」
「梅雨ちゃんって呼んでいいわよ…でも確かに気になる話題ね。八百万ちゃん、貴方もそう思わない?」
「え!?あぁー…そ、そうですわね…」
突如蛙吹から話を振られてしまう。そんな彼女の言葉に思わず視線をおどらせ動揺しながら返答してしまう八百万。指をもじもじとさせながら当たり障りのない返答を行う彼女に対して詰め寄るように上鳴が言葉を返した。
「雄英に居る位ですもの。あの人もきっと凄い人に違いないですわ」
「えー無精ひげ生やしてるし全然強そうに見えないぜ」
「それに今日までなんにもヒーローらしい事しなかったのも事実よね…」
蛙吹と上鳴の言葉に思わず顔をしかめてしまう八百万。それも無理はない、この世界線は本来の史実とは少々異なった経緯を辿っているのだ。
入学式と個性把握テストを行った彼等。とはいえ、グリードアイランドにて様々な体験をしたせいだろうか。この世界線の相澤が最下位を離籍させるなどという不条理な事を起こらせるはずもなかった。入学式を終え所定のガイダンスを終えたのち、ただ淡々と運動テストを行って終わっているのだ。
日本史上最高峰のヒーロー養成教育機関、そう伝えられてきた彼等。数多の志願者達の中からくぐりぬけてきた彼らにとってあまりにもまっとうすぎる学園生活だったのだ。相澤自身も積極的に自身の噂の否定、つまり実力を示そうとしなかったのもこれに加担した。
プレゼント・マイク
ミッドナイト
セメントス
そしてオールマイト
何れも名だたるヒーロー達である。ましてや隣のクラスのB組などあのブラッドヒーロー【ブラドキング】に率いられているというのに自身の担任はよくわからない中年男性なのである。しかもその男性は寝袋にくるまって無精ひげまで生やしているのだ。これでは実力その物も疑われるというものだ。
本当は強くないのではないか
ハズレの教師を引いてしまったのではないか
俗な言葉ではあるが、A組の生徒達がそんな感情を抱いてしまうのも無理はないだろう。そんな一同に対して、一人の生徒が近寄ってきた。彼は彼女たちの会話に加わるように、軽い口調で言葉を紡いだ。
「確かに上鳴の言う通りだな」
「轟さん!貴方まで」
「実力が伴っていない人間に指導を受けるなんて時間の無駄だろ」
「そ、そんな言い方…」
「でも事実だろ。プロヒーローに指導を受けられるっていうのはここに来た立派な理由だ」
「……」
「なのに入学してから今日まで他の高校とあんまり変わんないしな。担任だってやる気があるんだか無いんだかよく分からない」
「……あの人の実力ならちゃんとあります」
轟の率直な言葉に対して、ぷいっと顔をそらしながらふてくされるように呟く八百万。事前にグリードアイランドの事、何よりも自身を初めとしたヒーロー達との関係については他言するなと指導をされている彼女からすればそれが今放てる限度の言葉であった。
ともあれ、それは教師たちの裏事情である。彼等からすればむしろなぜ八百万が担任教師をかばうような発現をするのかが分からないのだ。思わず首をかしげてしまう蛙吹。そんな一同に対して上鳴が声を弾ませながらこういった。
「担任と訓練指導の先生は別なのかも…けろっ」
「まぁどっちでもいいじゃん。それよりも今日はいよいよ…」
「ハッハッハ!諸君おまたせ!今日は私が講習を担当しよう!」
「きたぁー-!オールマイトだ!」
両手を挙げて大いにはしゃぐ上鳴。一様に目を輝かせる生徒たち。テレビで何度も見かけてきた、あの憧れのヒーローである。まるでアイドルにであった子供のようにはしゃぐ彼等。事実、彼らにとってはまぎれもなくアイドルであり文字通りのヒーローなのだろう。
文句なしのNo1ヒーロー。正義の象徴がそこにはいた。腰に手を当てて大きく胸を張るオールマイト。その威風堂々たるたたずまいに。さぁ今日から輝かしい高校生活が始まるのだと、彼らはその期待に胸を躍らせている。
ちなみに件の相澤はというとオールマイトが用意し忘れた授業に必要な教材、担架や安全用ハーネスを倉庫から取り出しに行っていた。本来は13号とオールマイトが用意するはずであったのだが伝達事項のミスか、或いは本人の単純ミスかで用意し忘れていたらしい。教師失格だとオールマイトは相澤に対して平謝りしていたとかなんとか。
『相澤君…本当にごめんね…』
『別にいいんで、先に授業を始めちゃってください』
額に汗を浮かべて深く謝罪をするオールマイトに対して何の気なしに答える相澤。この判断が良くも悪くも起こり得る筈の歴史を大いに狂わせた。本来辿るべき筈の歴史軸から大きく異なり、物語は別の道を辿っていく。
この後彼らは悪意に晒される。
どうしようもない悪意
とほうもない悪意に
敵連合が、やってくるまであと五分
―--------
―-----
敵は待ってはくれない
奇しくもそれを自身の身で痛感する若き彼等。ヒーローの蕾達はどうしようもない悪意に晒された。敵連合襲来。本来の史実とは幾つか異なる点も存在する。まず第一に担任教諭の存在。ここにくるまでに授業に必要な道具、安全帯等の装備を倉庫から取り出すために少々離脱した点、最初からオールマイトがいる点。そして何よりも…
「……」
突如現れた謎の敵。黒いワープホールのようなもやもやから降り立った一人の男。青年とまで形容できそうなその若い男性こそが死柄木弔であった。身体に身に着けた幾つもの不気味な手、青白い肌から覗く瞳がどこまでも貪欲に不気味に笑う。
脳無の存在であった。
生徒集団、その上空から突如発生するワープゲート。そんなゲートから現れた脳無は地面に着地すると同時にその二つの巨椀を地面へと叩きつけた。そう、ただそれだけの話だ。ただそれだけで生徒達は分断されたのだ。
突如現れた悪の存在から生徒を守ろうとした13号は不意打ちによってやられてしまう。たった一発の剛腕によって地面に生じるクレーター、そしてその中心部で横たわる13号。この間わずか5秒である。何が起きたか分からない、そんな生徒達に対して更なる猛腕がふるわれようとし、
「みんな、逃げろ!!」
「きゃぁあああああああ!?」
脳無の剛腕を肉体全体で受け止めるオールマイト。衝撃を受け止めたことで、地面には大きなヒビが幾つも走ってしまう。ビキビキと筋繊維が断裂していく音、生徒たちの悲鳴のような声。額に汗を浮かべる正義の象徴の姿を、死柄木弔がにやにやとした笑みを浮かべながら見守った。
「オールマイト!!危ないッ!!」
緑谷出久の言葉に反応をしてこちらに噛みつこうとする脳無の顎に掌底を喰らわせるオールマイト。時間をかけてはまずいと、培った長年の経験が鳴らす警鐘に従わんとする彼。幾つもの連撃を重ねていく。それはあまりにも単純にして至高の腕力の姿。真正面からの殴り合いであった。
打撃が、強靭なる敵にのめりこむ。オールマイトの連打が敵の巨体をえぐりぬき、歪めていく。拳と拳がぶつかりあう風圧だけで押し飛ばされてしまいそうになる程の衝撃。一発ごとに放たれる拳の弾丸が空を切り裂く度に爆発音のような音が戦場に鳴り響く。強靭なるアッパーが、敵の顎元にクリーンヒットした。
「す…すげぇ…っ!」
呆然とつぶやく上鳴の言葉に誰もが沈黙したまま同意してしまう。あぁそうだ、これこそがヒーローなのだろう。晒される脅威に、悪意に対して一歩も引かずに全力で立ち向かうこの姿。そして全てを薙ぎ払う…これこそが人々の象徴なのだと。
「うぉぉおおおおッ!!!!」
「グォ…!?」
「スマァー--ッシュ!!!」
巨体の腹に突き刺さる必殺技。その余りの衝撃から上空彼方へと飛ばされていく脳無。彼の悲鳴のようなうめき声と共に、彼方へと消えていく。やがて天上へと到達しそのまま…。なんてパワーだと、誰かの呆然とした声がどこからか聞こえてくる。思わず肩で大きく呼吸をするオールマイト。
戦いをした反動故にだろうか、彼は臓腑から押し寄せてくる吐血をぐっと押し堪えるとそのまま不敵に笑みを浮かべた。悲しい性である。たとえ半死半生の傷を負おうとも、背後に救うべき人がいる限り彼は弱みを見せまいとするのだから。そんな彼に対して生徒たちは大きな歓声をあげた。
「オールマイトすげー!!」
「っ!君たち、今すぐ避難を!いやそれよりも教師たちに連絡を…っ!」
「オールマイト先生!13号先生の出血が酷すぎます…っ!それに携帯は不調で電波が…っ!」
手を震わせながら答える生徒、そんな生徒に対してオールマイトは慌てることなく冷静に対処しようする。視線は未だに動こうとしない謎の男へと向けたまま、彼は生徒達へと指示を下した。
「八百万君、今すぐ布を創造して貰えるかい!飯田君は個性を使用して今すぐ学校へ向かうんだ!他の皆も個性の仕様を許可する!防衛体形を取るんだ!」
「分かりました!」
オールマイトからの指示に遅まきながらも従う彼ら。八百万も又白い布切れを創造し、直接圧迫止血法にて13号の出血個所に布をあてがう。あまりにも拙い手つき、それでも彼らは生き抜くための術をまっとうすべく努力していく。
じりじりと汗を流しながらも、意識だけは悪に屈してはならないと。生徒たちは不安と恐怖を押し殺して敵へと立ち向かい始める。そんな尊い努力をあざわらうように、死柄木弔は声をかけた。
「あぁやっぱり正義の象徴様はすごいなぁ。それに生徒達だって…間抜け面晒して立ってるだけかと思いきや…やっぱり将来有望なんだな」
「……」
「そういう奴らってさ…クソ目障りだよな。あぁうん……だから今のうちに潰すべきなんだよな」
ぶつぶつと陰鬱な独り言を呟く死柄木。その得体のしれない様子に、女生徒が怯えたような表情を見せる。オールマイトはそんな生徒達をかばうように前方に立つと死柄木に対して勇ましく声をかけた。
「さぁ君の自慢の部下はもう倒したぞ。出来れば降伏して貰いたいのだが」
「降伏…降伏ね」
「あぁそうだ。君達が何の目的で来たかは分からないが今ならばまだ…きっと」
「あぁ流石だよ正義の象徴…だけどさ」
にやりと笑う死柄木。あぁそうだ、このヒーローがたった一体の脳無にやられるはずがない。だからこそ、用意してきたのだ。『先生』の言う通りに、保険を用意してきた彼にとってこの事態は想定の範囲内であったのだ。彼は引き裂かれんばかりに深く口端を上げると不気味に笑みを浮かべた。
「秘密兵器が一体だけとは言ってないだろ」
「う…そ…」
その姿を目撃してしまい、思わず漏れ出た生徒の悲鳴のような絶望の声。そう、彼の背後のワープホールから降りてきた新たな2体の脳無。それこそが死柄木が用意してきた保険であったのである。あぁこの顔が視たかったのだ。オールマイトですら苦労した相手。それが更に2体もやってきたのだから。さらにダメ押しとばかりに彼は指を鳴らす。その合図によって脳無が降りてきたゲートからやってくる更なる絶望。
それは38名ばかりなる野党の群れであった。
強盗、強姦、殺人。あらゆる犯罪を行ってきた札付きの悪達。果ては戦闘狂いの強個性者など。その素性や経歴を不問にして全国からかき集めてきた生粋の悪党達である。刀や拳銃、あらゆる武装を施したその悪人たちの姿に、今度こそ生徒たちは唖然としてしまう。
「おっと俺達も忘れたもらっちゃ困るぜェ!」
「ぐひひ…ガキどもだ…若い女もいる」
「……臓物ハ俺ガモラウ」
筋肉隆々の半裸の男性が、舌なめずりをしながら女生徒達を眺める。その下劣な思考と欲望を隠そうともしなかった。周囲にいるものもまた同様だ。目出し帽を身に着けていたり、返り血まみれの衣服をみにつけていたり。どこまでも醜く、歪な集団であった。最低のクズ共を率いた死柄木は両腕を高く掲げると響き渡るように宣言をした。
「俺たちは本気だよ…本気でお前らを殺しにやってきたんだ」
「いかん!!」
「さぁ始めようかヒーロー共。死ぬ覚悟はできたか?」
「クソがッ!!!!」
「やられっぱなしは性に合わねぇ…っ!」
個性を使用して両腕に爆火を灯らせる爆豪。轟もまた全力で個性を使用する準備を整える。一触即発、今まさに戦いの火蓋が切られようかというその瞬間に彼は現れた。
「やれやれ、遅刻だなんてするもんじゃないな」
彼は勢いよく地面に飛び降りると、そのまま生徒達をかばうように敵連合の最前線へと降り立った。誰かの呆然とつぶやく声。唖然とする敵連合、そんな集団たちのど真ん中へと降り立った彼はゆっくりと捕縛布を構えると穏やかな声色で語りかけた。
「もう大丈夫だ」
「相澤先生…っ!」
「俺が来た」
八百万の声に対して反応をする。そのまま彼は背後にいる生徒たちに対して安心させるかのように声をかける。たった一人の救援者。だがその一人はこの場に居る誰よりも強く、特異な能力を秘めている。
イレイザー・ヘッド
彼が、やってきた。
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29話
「なんだぁこいつ」
「へへっ馬鹿が…またノコノコ現れやがったぜ」
刀に舌なめずりをしながら相澤を見下す一人の異形型敵。だがそんな嘲笑の視線など露知らず。彼はゆったりと歩きながら捕縛布を取り出す。よどみのない動きである。そのまま彼はそっと背後にいる彼女達に向けてそっと告げた。
「今から’錬’を使う…意味は分かるな?」
「っ!?」
「”発”は使うな。お前も”錬”を使って身を守れ」
「レン…?」
そういって敵達へと向き合う相澤とそんな彼の言葉に心中で頷く八百万。あえて名前を指定しなかったそれは、念を使える者にのみ通じるメッセージだ。そしてこの場でそのメッセージを正しく受け取れたのは彼女、八百万百だけである。彼女はそっと丹田を巡らせてオーラを練り始めた。
一方、そんな彼女とは対照的に懐疑的な声を出してしまった轟は思わず苦い顔を浮かべてしまう。周囲の生徒もまた同様であった。状況は考え得る限り最悪である。いきなり現れたこの男がこの状況を打開出来るとは到底思えなかったのだ。轟は舌打ちをしかねんばかりに顔を歪めてしまう。
一体なにをする気なのか
その場に居た全ての者がそう考えた次の瞬間、戦場に形容しがたいプレッシャーが張り詰める。場の空気が一瞬にして狂気へと変貌した。
「キャァッ!?」
そう悲鳴が出たのは後ろにいたとある女生徒であった。この場合、声が出るだけ良かったと形容するべきだろう。なにせ目の前にいた
その場に張り詰めたプレッシャーが心身にとてつもない負荷をかける。まるで心臓を握りつぶされているかのような衝撃。直接敵意を向けられていない男子生徒ですら、過呼吸のような状態を引き起こしてしまっているというのだから一体どれほどの圧迫感なのであろうか。
「な…なんだよこれ…」
誰かが呆然と呟く。それが生徒か敵によるものだったのかは分からない。まるで刃物を首筋に付きつけられたような殺気と恐怖。ふと自身の掌を覗いてみると、べたつくような汗をかいている事が分かった。それは形容しがたい恐怖であった。
相澤が行ったことは至極単純な事、即ち念を全力で練ったのである。かつて天空闘技場でヒソカが二人の少年に対して行った事と同じだろう。全力の錬によるオーラを、敵に向けて叩きつけたのだ。
【邪念をもって無防備の人間を攻撃すればオーラだけで人を殺せる】
これはウイングによって伝えられた教えである。5年間鍛えに鍛えた相澤の念は熟練の…とは言わずとも相応の念使いとしての実力を持つ。最早彼にとって念を持たぬ敵等ただの烏合の衆にも等しい。
彼が全力で錬を行い、そこに少しばかりの敵意をアクセントとして加えればただそれだけで多数を圧倒できる。それはあまりにも異質で暴力的で…何よりも圧倒的な力であった。
相澤が錬を行ったのと同様に八百万もまた全力で錬を行う。生徒たちの前線にたち、自身の拙いオーラを膨らませて生徒達を守るように包み込んだのだ。無論、彼女のオーラ操作は相澤のそれよりも拙い。しないよりはマシ程度のあまりに拙いオーラ操作だが、それでも効果は確かにあった。相澤自身が敵意を生徒に向けていない事も相まってか生徒達の恐怖は多少は軽減されているようだ。
悲惨なのは敵達である。念を持たぬものにとってオーラを叩きつけられるというその行為は、例えるならば極寒の中全裸で凍えるようなものだ。誰かが両手から武器を落としてしまう。膝をついて顎をガクガクと震わせて恐怖に怯える彼等は最早、牙を折られた獣に等しい。また一人、誰かが地面に向けて顔から崩れ落ちていく。
「さて、後はお前か」
「グォォオ!!!」
だがどうやら脳無にはプレッシャーが通じなかったらしい。いや、通じたからこそだろうか。怯えた恐怖を隠すようにして雄たけびを挙げながら相澤に向けて走り出す脳無。だがそんな脳無の攻撃を相澤は軽やかに躱していく。オールマイトと互角に殴り合った、あの暴力的なまでの乱打が相澤へと襲い掛かったのだ。
右腕の打撃―――― スウェーで避ける
左腕の薙ぎ払い―― 飛び上がって避ける
豪脚による前蹴り― 踝へと拳を叩きつけて衝撃を上空へと逸らす
それは実に軽やかな動作であった。その行為に恐怖など微塵も抱かない相澤。彼は極めて冷静にその攻撃を見極めると冷徹に対処を行っていく。危なげなく避け、時折反撃を行うその技は熟練の領域ですらあった。彼は元よりアンダーグラウンドヒーロー。対人、対敵戦闘にかけては誰よりも長けているのだから。捕縛布を脳無の頭部にまきつけて動きを阻害させた所で緑谷出久が大声をあげた。
「思い出した…彼はイレイザーヘッドだ!」
「イレイザーヘッドって…確かアングラ系ヒーローの…」
「個性は抹消!視ただけで相手の個性を消滅させる抹消ヒーローッ!」
「個性は消滅って……冗談だろ?あの動きはどうみても増強型だろ!?」
「そのはず…なんだけど」
上鳴の悲鳴のような言葉に緑谷もまた動揺する。どうみてもそこらの増強型も顔負けな程の動きである。身体能力を増強させているならばともかく。相澤が脳無の身体に放ったパンチの衝撃と打撃音はオールマイトにも匹敵しそうな勢いである。捕縛布を使い鮮やかに攻防を繰り返していく彼らを視ながら緑谷は呆然とつぶやいた。
「凄い。脳無の攻撃を紙一重で躱している…」
「でもそれだけでは決定打が…っ!」
『……アイ』
ぽつりと何かを呟く相澤。その感覚に、死柄木は思わずぞくりとした恐怖を抱いてしまう。
何かやばい事が起きる
そう直感した死柄木は急いでもう一人の脳無に対して突撃を命じる。相澤に注意が向いている今ならばと感じたのは当然の事である。一方の生徒達もまた相澤の攻防に目を奪われていたのだろう。故に脳無への対応が遅れてしまう。
生徒たちに向けて弾丸のように突撃する一体の脳無。その危険性にオールマイトと八百万だけが気が付いていた。彼女は他の生徒達を守るように前線に立つとそのまま彼女は念を込め始めた。今は緊急事態である。相澤によって止められたものの今こそ自身の念能力を発動させる時だと彼女は瞬時に判断をする。
「オールマイト先生!私に任せて下さい」
「いかん!だめだ八百万君…なっ!?」
「えっ…?」
突如大きな布切れを創造した八百万。それはこの戦場にあまりに似つかわしくない巨大な布、いや風呂敷であった。彼女はまるでスペインのマタドールのようにその風呂敷をかざす。その危険性を脳無が正しく理解できる筈などなかった。あぁなんという事だろうか、巨大な剛腕が彼女へとふるまわれてしまう。あのオールマイトとですら互角に戦ったあの剛腕である。彼女程度の体躯等簡単に消し飛ばされてしまうだろう。その悲惨さに目を背けるように反射的に目をつむってしまう麗日。
「…え?」
そうつぶやいたのは誰の声だったのだろうか。驚くべきことに、脳無の身体がその風呂敷にふれた途端消えてしまう。文字通り消失してしまったのだ。
相澤の方もまた動きがあった。相澤がつぶやいたその瞬間、何かが彼のバックパックから飛び出したのだ。その飛び出した何かは主人の命令によって素早く飛び跳ねると一早く脳無の咥内へと飛び込んでゆく。反射的に口を閉ざすもののもう遅い、ぎょっと瞳を見開く脳無に対して相澤はニヒルにつぶやいた。
「美味いだろう。存分に味わえ」
脳無の中でソレが暴れる。喉へするりともぐりこみ、胃の臓腑へと入り込んだソレは念によってコントロールされたとある動物である。相澤の指示と与えられたオーラによって強化されたソレは、主人の命令に忠実に従う。そうして敵の体内で存分に暴れまくるのだ。
どんなに強靭な生物でも体内から暴れられては敵わない。胃の臓腑へと噛みつき、体内の筋繊維を喰らわれるのだから。念によって身体能力を向上させられたその生物は最早生物兵器にも等しい。やがてぴくりとも動かなくなった脳無の身体が地面へと横たわった。
無論、傍から見れば何が起きたのかすら分からないだろう。組み合っていたと思えば突如地面に倒れこんでしまったのだから。
「勝ち確だったじゃないか…なんだよ…なんなんだよォ!」
「…」
髪をかきむしって怒りを露わにする死柄木。万全に準備を期したというのにこの結末。個性社会に順じてきたきた彼らにとってはあまりに異質で異常な事態。地団太を踏んで動揺してしまう敵連合のリーダーに対して緑谷はわずかばかりの憐みすら抱いてしまう。
「ふざけんなよチート野郎がぁ…!!」
脳無を失った死柄木の声だけが虚しくその場に響き渡った。
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30話
あぁなんとか上手くいった
八百万は自身の心臓が高鳴るのを感じてしまう。興奮のせいか顔をほてらせ、額には一筋の汗を流していた。一歩間違えればこちらまでやられていたと、事が終わってからその危機の重大さを漸く自覚する。
ふと自身の右手を見てみると、中には念能力で捕獲した
捕獲をした後にオーラを垂れ流す事で何かが変わるのかまでは分からない。それでも気休め程度の価値はあるだろう。或いはその気休め、自身の中の価値観こそが念能力においては肝要なのかもしれない。そうやってほんの一心地息をついた彼女に対して一人の男子生徒が詰め寄った。
「おいテメェ。今何ヤリやがったんだ」
どうやらその男子生徒は同級生である一人の少年のようだ。彼の名前は確か…爆轟勝己だっただろうか。驚いた八百万は彼の方を振り返る。すると、こちらの方を憎々し気に見つめる彼がそこにはいた。
「な、なにがですか?」
「…てめぇの個性は創造のはずだろ!どういう事だって聞いてんだよ!」
「あ…その…」
彼からの詰問に視線が泳いでしまう。ふと背後の同級生たちを見てみると彼等もまた困惑したような表情を浮かべているのが見て取れた。風呂敷を創造、これはまだ理解できる。個性把握テストでは自身の個性は創造であると確かに公言したし、念能力やオーラの類は一切使用しなかった。
だが風呂敷に触れた物を収納する、ましてやそれを掌サイズに収縮させる。それはまぎれもなく異質な能力だ。創造の個性の応用というのは少し…いやかなり心苦しいかもしれない。顔を引きつらせて答えに詰まる八百万。そんな彼女に対してさらにもう一人の生徒、轟焦凍が問いかけてきた。
「俺からもいいか。お前の個性は創造と聞いてたが…今手に持ってるそれは何なんだ」
「と、轟さん…」
「もしかして…最近流行りの”ダブル”って奴なのか?」
「っ!」
「もしそうなら事情が聞きたい」
「え、えーと…それは……」
轟からの鋭い指摘。その指摘につい視線が泳いでしまう。
ダブル。それはつい最近現れた新たな概念。つまりは個性に合わせて新たな能力、または発展能力が現れるという現象である。近年、ごく一部のプロヒーローが本来の個性とは大きく逸脱した能力を発動している事から一部のマスメディアがこぞって取り上げている内容でもあった。
ミルコの”増強”
ガンヘッドの”放出”
他にも幾つかのプロヒーロー達がこの”ダブル”の能力を使用し、活躍し始めているのである。中には見た目すら大きく変わるダブルを身に着けたものまでいるというのだから驚きである。
これまでの戦闘スタイルからの変化はファンや特定メディアの間で大いに騒がれた。無論、二つ目の個性など医者や学者達からすれば起こりえない話である。度々起こる討論番組でも都度否定されていた。また、本人たちもこぞってこの現象については口をつぐんでいる為、真相は一般大衆には分からなかったのだ。
最も念能力、ひいてはあのゲームの一端に触れてしまった八百万にとってその正体はなんとなく予想がつくものではある。あるのだが、現実世界へ帰還した際に絶対に公言するなと相澤を初めとしたヒーロー達に口止めされている。なんと彼女自身にも定期的に監視までついているのだ。そういった理由からも彼女がここで公言なぞできるはずもなかった。
あぁ失敗した。
彼女が心中でそうつぶやいていると、ふとどこかから助けの声が聞こえてきた。どうやら彼女の担任教諭の声らしい。そっと振り返ると、遠くで男性教諭が手を挙げているのが見て取れた。
「八百万、ちょっとこっち来い」
「す、済みませんですわ!相澤先生が呼んでますので!」
「あっ!おい…っ!」
その時に相澤からかかる救いの声。堪らずに逃げ出すようにかけていく八百万。済みませんですわ、お二人ともと。心中で謝罪をしながら離れた場所へと移動する。移動をしたその先には相澤先生がいた。
周囲を観察する。どうやら敵の親玉は移動用の個性を使用して別の場所へと逃走したらしい。周囲には地に倒れ伏す幾人もの敵と謎の怪人だけが残っていた。もう連絡は済ませているらしい、どこからかあわただしく聞こえる背後の声を背に、八百万は相澤へと向かい合った。
どうやら相当の御冠の様子だ。彼は無表情のままじっとこちらを見つめてきた。相澤の厳しすぎる視線につい縮こまってしまう八百万。そんな彼女に対して彼がそっと言葉を投げかけた。
「あの時俺はなんて言った?」
「緊急事態でしたのでついとっさに…」
「……」
「す、済みません…」
八百万の返答に対して大きく溜息をつく相澤。彼からすればイレギュラーな事態ばかりで溜息の一つもつきたくなるというものだ。この場合はヒーローの弱さを嘆くべきか、用意周到な敵の狡猾さを憎むべきか。
敵の襲撃によってすっかり荒れ果ててしまったusjの設備を眺める彼。相澤はそれとなく視線を脳無へと向けながら八百万に対して語りかけた。
「発は使うなと言ったろう」
「……」
「
「…済みません」
相澤の言葉に対して力なく答える八百万。全く持って正論である。彼女はまるで叱られた子供のように肩を落として気落ちしてしまう。きっと彼女は相澤に対して成長した姿を見て貰いたかったのだろう。せっかくここ、雄英高校で再び合えたというのに件の男性はこちらの事を無視するのだから堪ったものではない。他の生徒たちの手前あの事件について尋ねるだなんて無神経な事が彼女に出来るはずもなかったのだ。
とはいえあの場合は非常事態、とっさに身体が動いてしまった彼女を責めすぎるのも酷というものだろう。そう考えた相澤はそれ以上彼女に言及する事を辞める。味方を守るためにとっさに行動してしまう、それは紛れもなくヒーローの最たる素質であろう。特に彼女の念能力は近接戦闘においては絶大なまでの効力を発揮するのだから、あの場面においては確かに有効であった事は間違いない。
彼女のおかげで、脳無という貴重なサンプルが手に入ったとでも思うべきか。相澤はそっと視線を八百万へと向ける。彼女が手にもつその小さな風呂敷はもぞもぞと時折動きながら彼女の手から逃れようと試みている。相澤は苦い顔をしながら言葉を紡いだ。
「あの大型
「この状態ですと…私が寝ない限りは一日程度は確実に保ちますわ」
「改めて聞くが…中からは出られないんだよな」
「大型哺乳類でも試しましたので大丈夫かと」
「…よし、ならいい。警察の護送車両が来るまで待機してろ」
近くにいた警察官に合図をしながら手元の電子端末を操作する相澤。一方八百万はどことなく居心地悪そうに身じろぎをした。
「そ、それまで授業は?」
「できる訳ないだろ。…いいか、絶対にその風呂敷は手放すなよ」
「それよりも生徒達へのフォローをしませんと。使っておいてなんですかどう言い訳をしたら…」
「お前の個性の一端とでも言っておけ。後は知らん」
「そんな投げやりな…」
「どう言い訳してもいいが
「あの!相澤先生のあの念能力は…」
「言う必要があるか?」
力強い言葉で拒絶を示す相澤。話は終ったとばかりに電子端末へと目を向けてどこかへと連絡を行っていく。いや、ちょっと待ってほしいと。そんな彼に対して八百万は両手で拳を握りこんで相澤に詰め寄った。
「酷いです。というか結局グリードアイランドはあれからどうなったんですか!?」
「おい、その単語はこっちでは使うな」
「私がいなくなってからもう何年も経っている筈です。相澤先生は今もあの世界に行っているのでは!」
「お前を現実世界に戻してから一回も行ってない」
「うそですわ!」
「この際だからはっきりと言うがあれは事故だ。もうあんな場所の事は忘れて…学生らしく本分を全うしてろ」
「……あの、所でこの敵は死んでるんですか」
「死んではいない」
ふと、思い出したように問いかける八百万。先程まで剛腕をふるっていた怪物級の存在である。いつ起き上がるかも分からないその化け物に対して怪訝な表情を浮かべてしまうのも無理はないだろう。おそらくは相澤の念能力が関係してるとは思うのだがこれは一体…。
そんな彼女、いや遠巻きから視線を向けてくる生徒たちの事を相澤は意図的に無視をする。自身の念能力の効果はよく知っている。こうして話している今も、意識の隅では脳無の体内で油断なくとぐろをまいて警戒している毒蛇の姿が分かるのだから。
それが相澤が新たに開発した念能力である。オーラによって捉えた小動物を使役し、自在に操る事が出来る操作系能力である。これは操作している動物が見聞きした情報も操縦者に共有できるという非常に優れた能力でもあった。自身の能力が操作系であると、彼がそう自覚した時に直感して思いついたのが動物の操作であったのだ。
動物に諜報活動を行わせ情報収集を行う。それはプロヒーローである相澤からしても非常に稀有で優れた能力であると思われたのだ。ネズミや蜘蛛に建物内を散策させ、鳥に上空から監視を行わせる。それが叶えばこれほど有用な能力もそうない事だろう。中でもこの念能力を会得した際に相澤が好んで使役した生物は毒蛇、マムシであったのだ。
マムシ
爬虫網有鱗目クサリヘビ科マムシ族に分類されるソレはここ日本においてはメジャーな生物である。
全長は60cmにも成長し、非常に優れた赤外線感知器官を備える地上生物である。
マムシはハブと比較し2倍から3倍もの毒性を秘めている。が、毒そのものによる死亡例は少なく迅速に血清を投与すれば数日で回復できる程度の毒でもある。つまり相澤にとっては都合が良かったという事だ。毒というものは上手く扱えば極めて効率的な武器になりうる。それを自身のオーラで強化し、自在に身体まで操れる動物が放つともなれば猶更である。
マムシは臆病な性格。念によって操作されていなければ基本的に自分から他者を攻撃する性格でもない。またやたらめったらに動き回らずじっと堪えて獲物を待つ「待ち伏せ型」の蛇でもあるため仮に逃げ出したとしても比較的捕まえやすい、とまぁこうして条件を挙げてみると彼にとっても非常に都合が良い生物であったのだ。
故に、相澤は戦闘時には爬虫類用の小型携行ケースを持ち歩くようになったとの事。ちなみにこのケースはサポート科の人員達と相談した上で制作した特注品らしい。また、ペット用タグを埋め込んでおり、対象のマムシの居場所は常に追跡できるようにしているとの事。当然、血清も万全の備えとして常に携帯している。
地を這わせ情報を収集し、いざという時に戦闘を行う。その際に毒牙を使用する事で即座に敵を行動不能へといざなう一連の必殺技。これこそが念能力を学んで数年、相澤が探し求め好んで使用し続けている戦闘スタイルである。
学び舎に毒蛇なんて持ち込むなよ、と言われればその通りであるとしか言えない。それでも彼が蛇を持ち運んだのは文字通り虫の知らせというものであろうか。それとも近日噂されている例の噂によるものか。相澤は誰にも聞かれぬように深く、大きな溜息をついた。
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31話
放課後の校舎に居ると人はどうしてこうもノスタルジーに襲われるのだろうか。人気のない静けさは得てして人に孤独を感じさせるものだ。
時刻は夕刻、すっかりと日が暮れ夜へと差し掛からんとする頃合いであった。オールマイト…いや八木典則は医務室のベッドの中からそっと窓の景色を眺めている。どうやら彼はまた怪我をしたらしい。
帰りがけ、大型フェリーをハイジャックする犯罪者集団がいたのだ。授業によって活動限界時間を越えてしまった八木。彼はそれでも全速力で現場に駆けつけ、ハイジャック犯を確保しようとしたのだ。確保自体は無事に済んだものの、その際に彼は銃弾をその身体に受けてしまったらしい。幸い大事には至らなかったものの、こうして入院する事になったとの事である。
すっかり生徒達がいなくなったこの空間、雄英高校の医務室に残されたのは最低限のスタッフと警備員だけだ。先程彼の治療を行ったリカバリーガールも帰ってしまったのだから、いよいよもって孤独である。
自身の肉体が正常であったならば
彼は自身の拳を痛い程握りしめる。血が出んばかりに固く、硬く握りしめた拳を黙ったまま彼は見つめた。すると、この医務室にドアをノックする音が響き渡る。彼は驚きながらも反射的に許可を出すと、そのドアからは彼もよく見知った友人が現れるのであった。その友人の不安そうな顔を見て、八木は顔をほころばせた。
「今、入っても大丈夫かい?」
「やぁ塚内君。こんばんは」
「…傷は大丈夫かい?」
「ハハ、ふいに一発貰ってしまったよ。昔はこんな真似しなかった物だけどねぇ…。老いる自分が嫌になるよ」
「……」
「それにこの間はこの学校に襲撃を許してしまった…本当にふがいないよ」
「けど君はしっかり生徒達を守ったそうじゃないか」
「まさか、同僚の相澤君と八百万君が居なければ…もっと被害が出ていたかもしれない」
「けれど君なら絶対に諦めない、きっと全員を命がけで守ったはずさ」
「そうかもしれない…でもね、もう私は駄目なんだ」
「……っ」
「頑張ってはみたんだけど…もうとうに限界なんだよ」
そういって自身の上衣をめくる八木。彼の曝け出された肉体を見て、塚内は大きく息を呑んだ。あぁなんという事だろうか。それはおよそ、まともな人間の身体とは思えなかった。胃袋は痛々しい程ズタズタに引き裂かれ、胸元部分には大きく残酷なまで巨大な手術根があるのであった。
以前視た時よりも傷の具合が更に悪くなっている。どうやら、八木は再び手術を行ったらしい。そしてそれは…そうしなければ生きる事すら叶わぬ事を意味している。彼のカルテを視た時の衝撃を未だに思い出す。これが正義に身を捧げた男の、残酷な末路なのかと塚内はそっと息を呑んだ。
「生きているのが奇跡だと…別の医者にもそう言われたよ」
「オールマイト…君は」
「私の命はもう長くないだろう。残された時間は…予想よりもずっと短いのかもしれない」
「……」
そういって彼は力なく微笑んだ。末路を受け入れた者の…悲哀に満ちた実に悲しい笑顔であった。この生涯に悔いはない…等とは言わない。それでも成すべき事を成し、誇りと愛に溢れた人生であったと今ならばそう言える。だからこれは仕方ない事なのだと、八木はそう想い心底からその末路を受け入れたのだ。
心残りがあるとすればそれは自身の個性。OFAを託した緑谷少年の事である。それだけではない、後進のヒーロー達、これからの時代を担う若者達。後は彼等に一つでも多くの何かを残してやりたいとただひたすらにそう願っていたのだ。
一つでも多くの経験を
一つでも多くの知識を
それを伝える事こそが残された使命であると彼は考えているのだ。だからこそこんな身体になり果てようとも、常人としての活動時間が短いにも関わらず教師になったのだ。
だというのに肝心の授業には参加できず、この間は学校に襲撃してきた敵にやられかけた。授業だって新米教師同然だ、上手く行く事の何倍も失敗ばかり。そして今ではこうして惨めな老体を晒している。八木は自分のふがいなさが我慢ならなかった。ぐっと痛いほど固く握りしめたシーツの端からは、彼が吐いた血痕が見て取れた。
「もしも…」
「うん?」
「もしも一度だけ、自分の怪我が治せる手段があるとしたら…君はどうする?」
「……」
塚内からの問いかけに思わず困惑してしまう八木。仮定の話ではあるが、この身体が治せるのならば自分はどうするだろうか。健康で正常な身体に戻れるのならば…自分はきっと全財産を差し出したって惜しくないだろう。そんな奇跡のような手段が在るとすれば…あぁそうだ。自身の答え等とうの昔に決まっていた。彼は一切の躊躇いなく、そう言い切った。
「その時は他人に譲るかな。私よりもそれを必要とする人に」
一切の迷いなくそう、言い切る。その時の彼の表情はいつも通りの笑顔であった。オールマイト、正義の象徴とまで言われたあの誇らしい笑顔。例えやせ細り、血を吐き続けながらも彼らしさを損なわぬあの笑顔だ。そんな彼の表情に、塚内もまた苦笑するように声をかけた。
「あぁそうだね、君はそういう人だ。だからこそ皆…君の事が大好きなんだ」
「ハハッ、照れるじゃないか。私をおだててもサインしか出ないぜ!」
「そんな君にプレゼントがあってね」
「え、大阪出張のお土産かい?」
「違うよ…はい、これ」
「これは…」
「今の君に必要なものだ」
「これは…玩具のカード?」
やせ細った手で塚内からその何かを受け取る八木。それは一言で言うならば玩具のカードであった。上部に女性のイラストが描かれており、下記には何かしらのテキストのような物が描かれている。更にその上部にはカードの番号と【SS‐3】というアルファベットが描かれていた。
塚内とは長い付き合いであるが、彼がこのような物を好むとは初めてしった。八木はそのカードに書かれたテキスト内容を見てみる。
17 (SS-3) 【大天使の息吹】
瀕死の重症 不治の病
なんでも一息で治してくれる天使
ただし姿を表してくれるのはたった一度だけ
カードの内容にはそう書いてある。それは掌におさまる程度の小さなカードであった。まるで子供が扱う玩具のようなチープさとどことなく不可思議な香りを放つ奇妙なカード。八木はその内容を見て苦笑してしまう。それでも大切な友人からの贈り物だ、彼は軽く微笑みながらその一枚を受け取った。
「ありがとう、大事にするよ」
「いや、いたずらで渡した訳じゃないんだ。それを手に入れるのにイレイザーヘッドやミルコ…他にも大勢のヒーロー達が協力してくれたんだよ」
「な、なんだって?それは一体…」
「その話をする前に…君に秘密にしていた事があるんだ」
「えっと…」
「そう、秘密だ。この事件の事を話したら君はきっと一目散に飛び込んでしまうと、そう思ったから我々は言えなかったんだ。君ならその重傷を押してでも誰かの為に駆けつけてしまうから」
「……」
「全て話すよ。でもその前にやるべき事がある…あぁちょうど良いタイミングで来たな」
「失礼、こちらにオールマイトは居ますか?」
「ギャングオルカ…?あ、あぁこんばんは」
ふと、来客が訪れる。ドアの向こうからノシリと巨体を揺らしながら訪れたその漢は、八木と塚内の方へと歩いてきた。どうやら彼はギャングオルカらしい。身長2m2cmという巨体にして厳めしい顔をした彼は、近年では更に実力を伸ばし切っての実力派としても大人気である。
手を差し出してくるギャングオルカ。八木は動揺しながらも、その彼の手を取って挨拶を行う。そもそもこの場にギャングオルカが来た理由が不明である。少々不思議に想っていると、塚内は八木に対して声をかけた。
「今は少し忙しくてね…他の皆は今でもゲームをプレイしているんだ。あいにく僕はこのカードの使い方をよく知らないしね」
「ゲ、ゲーム?」
「今から起こる事はゲーム関係者以外は見るべきではないのだろう。だからこれは僕たち…いや、君を慕うヒーロー達から送る恩返しなんだ。ではギャングオルカ、宜しくお願いします」
「承知した。それではオールマイト、そのカードを貸してくれ」
八木から手渡されたカードを眺めるギャングオルカ。そう、これはヒーロー達が死に物狂いで手に入れた希望なのである。今もなおゲームをプレイしている一部のヒーロー達が時間と犠牲を払ってゲームをクリアし、手に入れたもの。数年という歳月を払って手に入れた希望なのだ。
ギャングオルカの中ではほんの少しだけ不安がくすぶってしまう。ゲーム内では散々に利用してきたこのスペルカード…本当に現実世界で使えるのだろうかと。ふと隣に視線を向けると、塚内が少し不安そうにこちらを見ているのが分かった。八木もまた、困惑したように彼らの間で事態を見つめている。
逆俣はその光景を見てほんの少しばかり口端を上げてしまう。なんてことはない、普段通りにやればいいだけだと。彼はいつも通り、普段グリードアイランドに潜っている時と同様に宣言を行った。
「ゲイン」
そうつぶやいた、その瞬間カードから光が溢れ出す。あまりにもまばゆい、その閃光。目を焼き尽くさんばかりの光の衝撃に、八木は思わず目を覆ってのけぞるように逃げてしまう。反射的に目をつぶり…そして目を細めながらも目を見開いてみるとそこには…。
天使
天使としか形容できぬ何かがそこに居た。八木は呆然と口を大きく開けながらその天使の存在感に見入ってしまう。それは全身から光をまき散らす美しい女の姿をしている。背中には羽を漂わせ、頭には二つの輪を身に着けていた。
大天使…
誰かがそうつぶやいた。或いは自身が知らずのうちに言葉に出していたのかもしれない。そう、塚内から貰ったカードには確かにそう書かれていた。個性では有りえない現象。それは紛れもなく超常現象であった。
ふと隣を見てみると、塚内もまた口を開けて呆然とその光景を見つめていた。無理もあるまい、それは個性社会に染まり切った彼等にとっては起こらざる奇跡の光景なのだから。そんな中、その天使はそっと瞳を開くと、そのままその美しい口を開く。まるで天上の楽器のように滑らかで清らかな美声で、彼女は傍観者達に問いかけた。
【わらわに何を望む】
「対象を八木俊典。彼の体の全快を…悪い所を全部治して貰いたい」
【お安い御用。ではその者の身体を治してしんぜよう】
天使が口を開く。彼女は祈りを捧げるように両手を合わせると…そのまま八木に向けて呼吸を吹きかけた。オーラがその空間に降り注ぐ。光の粒子となって美しく散ったソレは、彼の身体を駆け巡りその効力を遺憾なく発揮した。
「ッ!」
最初に異変を感じたのはギャングオルカであった。明らかに、オールマイトの内在オーラ量が跳ね上がったのだ。まるで乾いた大地に水を注ぐように、その空っぽの身体に溢れんばかりに降り注ぐオーラ量は尋常ならざる量である。八木も又、その異変を全身の肌で感じ取る。
「おぉっ!こ、これはッ!!」
身体に何かが蘇ってくる。空っぽであった筈の臓器が、胃が満ちていく。音を立ててその存在を再構築させているのだ。ドクドクとうるさい程に鳴りやまぬ心臓の音が、悲鳴を上げそうになる身体に染みわたる。
呼吸器官半壊
胃袋全摘出
かつてそう診察された彼の身体。その身体が恐ろしいほどの速さで回復していく。ミキミキと音を立て筋肉に張りが戻ってくるのだ。やがて彼の身体には艶と張りが戻っていき、生命のエナジーに溢れていく。
骸骨のようにやせ細っていた漢などもういない。くぼんでいた眼孔が、傷だらけの手足が瞬く間に修復されていく。全盛期同然にまで膨れ上がり、一秒ごとに蘇っていく自身の肢体の感覚に彼は無言で酔いしれる。
同席していた二人も又、その光景に見入ってしまう。重傷であった病人が、瞬く間に筋骨隆々の逞しい男性へと成っていくのだから。まるで時間の巻き戻しのような光景、それはまぎれもなく奇跡の光景である。塚内もまた心中で涙を流していた。誰よりも頑張り続けた友人に漸く訪れた奇跡の光景に、彼は静かに見入る。
八木が着ていた衣服が、音を立てて破れさる。そうして彼はまるで大木のように太く強靭な二本の脚でベッドの淵から立ち上がる。そして筋骨隆々の逞しい腕で自身の肉体を熱く抱きしめた。そこに居るのはまぎれもなくNo1ヒーローの姿であった。ゴールデンエイジと呼ばれ、正義の象徴とまで崇められた強靭な肉体がそこにはあった。そして彼は取り戻す、健康で健全な…完全なる身体へと。
「私が…全快した私がッ!戻ってきたッッ!!!!」
涙を流して床に膝をつく、正義の象徴。そんな彼の姿を二人の友人が暖かく見守った。
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32話
グリードアイランド内に存在する、懸賞の街アントキバ。その街からほどなく離れた場所に岩石地帯が存在する事は以前述べた通りである。そのエリアは渓谷と巨岩が跋扈する、言わば褐色の世界であった。植物が一切生えていない不毛のモンスター生息エリアとしてゲームプレイヤーには知られている。
かつてはここでゴンやキルア達が一つ目巨人やリモコンラットと対峙していたのは記憶に新しい。なにはともあれそんな岩石地帯に彼はいた。
彼の名前は轟炎司。日本の第一線で活躍するプロヒーロー「エンデヴァー」である。身長195㎝、118kgの彼は体躯にも恵まれた戦闘特化ヒーローであった。そんな彼もまた、少し前からここ、グリードアイランドでプレイしているプレイヤーの一人なのであった。
彼、エンデヴァーにとってゲームとは子供が遊ぶ物であった。自身の子供たちが幼い頃は小さなビデオゲーム機で遊んでいたのをちらりと視た事を記憶していたが、言ってしまえばその程度だ。成人して以来そのような物にはとんと無縁な人生を送っていただけに、こうして自身がゲームの世界に居るという事態は彼にとって予想外の事であった。
ゲーム、と聞いて彼が想像していたのはVRゲーム機のような体感型遊戯であった。だがテレビのニュースで見たことがあるようなソレとはまるで違う。というよりもどう見ても現実にしか思えない。彼はどうにも、このグリードアイランドという存在が好きになれなかった。彼は苛立つように上空を忌々し気に見つめる。
どうやらここ、グリードアイランドにおいても昼夜という概念は存在するらしい。本物同然の太陽が街から離れたここ、地平地帯にも等しく光を降り注ぐ。簡素な衣服を身に着けた轟炎司の身体を焼き尽くすように照らした。周囲には何もない、その空間。かさついた土と硬い岩壁に覆われたその空間は、まるでアメリカのグランドキャ二オンのようでもあった。
「ふぅぅ……」
深く、長く息を吐く。それはまるで武道における基礎修行のようだ。彼は瞳を閉じて全身に力を込める。ただ悲しいかな、それはただ力を込めているだけであった。やがて、筋肉を緩めると彼の体内に込められたオーラが霧散する。彼は少々汗ばんだ掌を眺めながらぽつりと呟いた。
「この程度か…」
「エンデヴァーさん…そろそろ休憩された方が良いのでは?」
「先に帰ってくれ、まだ少し鍛えたい」
「しかし…」
「構わない。いざとなれば渡されたスペルとやらを使う」
自身に対して忠告をしてくれたヒーロー。そんな仲間の忠言を無視するように、エンデヴァーは再び一人で立ち尽くす。訓練を見守っていた男性ヒーローは少々心配そうに見つめるものの、彼の言葉どおり先にアントキバの街並みにある仮拠点へと帰還するのであった。
轟からすればきっともどかしかったのだろう。個性が通じぬこの空間、それでも彼がそこにいるのは何かしらの手がかりを掴む為だったのだから。
エンデヴァー。彼がなぜここグリードアイランドにいるかと言うと、それは政府より密命が下ったからである。これまではNo2ヒーローとして活躍していた為か、彼はこのグリードアイランド事件には関与していなかった。政府からしても公私共に忙しいエンデヴァーを徴集する理由が見いだせなかったのだ。
なにせ個性が使えない空間である。エンデヴァーを投入した所で無駄死にするだけだと思われたのだろう。だがそんな事情も最近では変わってきた。
それは中に閉じ込められたヒーロー達の帰還と調査報告によって研究が進んだ事。これによって生きて帰れぬ死のゲームから変わったのである。また、何よりも例の集団が現れた事であろう。それにより事態を重く見た政府によるグリードアイランドへの戦力投入が決定したのである。
更なる力を望んでいた彼がオーラの秘密に気が付いた時、この地に降り立つ決心をしたのは無理もない事だろう。
だが、入って早々に彼は現実に打ちのめされてしまう。個性が使えない、話には聴いていたが想像以上に厳しい空間であった。メタバース、或いはVRのような物をイメージしていたのだがこれではまるで現実世界そのものだ。
現在ではヒーロー達が率先して一般人の避難と衣食住の充実を行ったため、環境は遥かに良くなったらしい。少なくともイレイザーヘッドを筆頭に第一陣達が暮らしていたころよりも遥かに効率的になったらしい。が、それでも依然としてこのゲームは死のリスクを含んだ高難易度のゲームである。
この空間に入って最初、始まりの街でカードの使い方、ゲームのルール・モンスターの情報や出現位置などは拠点でブリーフィングを元にした情報共有を行っている。彼が望めばすぐにでも通信によって他プレイヤーと会話をすることができるし、同行によって他のプレイヤーと合流する事もできる。
ちなみにこの世界に住みつく事を選んだ団体もいるらしいが…まぁ彼等の事を語るのは後の機会にするとしよう。ともあれ、エンデヴァーにとって関心事項など一つしかない、即ちオールマイトである。オールマイト、正義の象徴。誰もが認めるNo1ヒーロー。彼を越えるただそれだけがエンデヴァーの目的だ。
彼を越える為の力
新たな力
それは彼にとって実に魅力的な言葉であった。強力な個性の有無、それはこの個性社会における人生をも左右する何よりも重要な要素である。かつては個性婚、それによる強力な個性のかけ合わせまで願った過去が有る轟炎司。そんな彼が新たに第二の個性を手に入れる事ができるのならばどれほど強くなれるのだろうか。
だが念という物を実際に経験して感じた事は落胆であった。こんな程度か、という冷たい感想。たしかにこのオーラという力は使い勝手は良く、汎用性も大きいのだろう。だが、最大出力は自身の個性よりも遥かに劣る。ただの増強的個性、としか思えなかった。
控えめに言って外れ個性である。彼は早くもこの空間に来た事を後悔し始めていた。
「……」
オールマイトの事を考えながら彼はそっと思考にふける。最近消息を不明にした彼は一体どこで何をしているのだろうか。そんな彼の眼前に誰かが現れた。崖の上から視線を下して見てみると、それは一人の女性のようであった。いや女性、と言うよりも随分と幼く見える…どうやら年頃の少女のようらしい。
「ッ!」
その少女の存在を認識した瞬間、彼は駈け出していた。個性が使えぬその空間で、彼は全速力でかけていく。彼女の背後から迫るモンスターの影に、いち早く気が付いたからである。
山のように巨大なトカゲの存在に、その少女は未だ気が付く様子がない。このままでは、あの少女はきっと喰われてしまう事だろう。彼は叫ぶように大声を上げた。
「逃げろッ!!」
彼の叫びに呼応するように漸く彼女は振り返る。それは美しい容姿をした少女であった。シルクのように滑らかで、流れるような金色の髪をした少女。整った目鼻立ちをしている彼女は髪をツインテールにまとめている。ふわふわとしたレースのついた衣服を身に着けている事からも、戦いとは無縁の存在のように思われる。こんな場所になぜこんな少女がいるのか、そのギャップに気が付く暇もないまま彼はなおも駆け続ける。
だめだ、喰われてしまう。彼女は未だ遥か遠く、例え自身がかけつけたとしてもかの敵を倒すことができるかどうか。だが、例えそれでも構わない。せめて、彼女だけでも逃がさなければならないと、そう判断を出来たのはNo2として培ったプロヒーローたる経験か、それとも己の中の英傑さ故か。
個性さえ使えれば…っ!そう想いながら全力で駆けつける彼の目の前でそれは起こった。
巨大なモンスターが、突如上空に吹き飛んだのだ。
「なっ…!?」
メラニントカゲが悲鳴をあげながら宙へと浮かぶ。恐ろしい程巨大な打撃音が彼等の周囲に轟いた。そのトカゲはくの字に折れ曲がりながら地面に巨大な跡をつけていく。その巨体が地面でバウンドする度に、小さな地鳴りが響き渡った。それはあまりに異様な光景であった。
彼は絶句してしまう。個性が使えないこの空間であれだけの質量を持った存在を吹き飛ばせる。その馬鹿げた光景に、絶句したまま驚いてしまう。そんな彼の事を、振り返った彼女がいぶかし気に見つめ返した。
「うん?誰よあんた」
「……」
これが念を教えてくれる師との出会いになるのであった。後に生涯付き合う事になる最強の師弟。その始まりの瞬間であった。
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33話
懸賞の街アントキバにはいつだって夕暮れが訪れる。太陽が落ちかけたころ、街並みは変わり、やがて街の周囲には飲食の為の出店や軽食の為のベンチが現れだすのだ。街灯が灯り出す時刻を頃合いに、突如地面から屋台やゴミ箱等が出現し始める。それに伴って街内を闊歩するNPCも異なった服装を身にまとうのだ。
どこからともなく太鼓やハープの音楽が鳴り出し、周囲にはエスニックな音楽が流れ出すのである。まるでお祭り、縁日のような賑わいを醸し出すそこは現実世界から来るプレイヤー達にとっての憩いの場となる。ここでは食事も休息も、ほんの少しの娯楽も存在する夕暮れの街なのだから。
実に異国情緒溢れる景観である。あらゆる文化が入り交じりここでしか見られぬ光景となっている。どこからともなく肉が焼ける芳醇な香りが漂い、周囲には酒に興じる人々の笑い声が流れてくる。そんな街並みのとある店に彼等はいた。テラス席に座ったその三人は随分と異質な見た目をしていた。
一人は金髪で筋肉隆々の男性であった。はち切れんばかりの大胸筋、太く逞しい両足。彼の上腕二頭筋は膨れ上がっており、来ているシャツを押し上げていた。加齢により少々衰えている物の、それは紛れもなくNo1ヒーロー【オールマイト】であった。そしてそんな彼の隣に腰かけているのは金髪の美少女であった。
シルクのように美しく、端正な顔立ちをしたその少女。彼女の透き通るような肌には一切のシミがなく、その顔の造形はモデルも顔負けな程に整っている。まさに非の打ち所の無い美少女であった。そんな彼等…いや、オールマイトに対してエンデヴァーは強い口調で問いかけた。
「何故貴様がここにいる!オールマイト!」
「まぁ落ち着いてエンデヴァー…この焼き鳥食べるかい?」
「喰うか!」
「あっ…ビスケさん!一応みんなで乾杯を…」
「せんと言ってるだろうが!だからその子供は誰なんだと聞いている」
そういって苛立ち交じりに拳を握るエンデヴァー。背丈の大きい成人男性である、彼が険しい顔をするだけでそこらの女子供なぞ怯えてしまう事だろう。だが一方のビスケはというと、そんな彼の様子に一切惑わされる事なく、彼女は呑気に料理へと箸を伸ばしていた。
彼女は頬に手を当てその美味に酔いしれる。異界の料理に舌包みを打っているその様子だけを見ると幼い子供のようにしか見えなかった。だがエンデヴァーは彼女のソレに気が付いている。彼女の行動には一分の隙すらない事に。
彼女が箸を向け、食事を行うその動作。それらの行為には一切の隙と呼べる物がなかったのだ。人間というものは食事と睡眠…及び排泄時など生理的な行動を取る時にはどうしても無防備になるものだ。
だが、彼女にはその隙と呼べる物が存在しない。例えどのような事態に陥ろうとも彼女は瞬時に適切な行動を取るだろう。まるで武道家そのものと言った佇まいにエンデヴァーは内心舌をまく。そんな中、彼女が口を開いた。
「そりゃ私が指導役についたからよ」
「指導役…?」
「そうよ、念のスペシャリストとして派遣されたの」
「まさか例のなんちゃら協会とやらのか」
「そうよ、オーラの使い方と念をオールマイトに指導しろっていう
「……」
「その事については私からも説明するよ、エンデヴァー」
オールマイトは彼女の空いたグラスに飲み物を注ぎながら、エンデヴァーに対して説明を行った。どうやら、彼もつい最近このゲームの存在を知り、この世界にやってきたばかりらしい。オールマイトはその逞しい腕でビスケとエンデヴァーに対して料理を取り分けながら静かに語り出す。
オールマイトの言葉によると日本政府とハンター協会は共同戦線を張る事に決めたようだ。彼の言葉に対してエンデヴァーはピクリと反応を示す。
「仙水…と呼ばれる恐ろしく強い男がいる。彼の為に対策チームを組む必要があったんだ」
「仙水…聞いたことがない名だな」
「恐らく彼の事を詳しく知っている人間はいないだろう。彼と直接対峙して生き残っているヒーローはごく僅からしい」
「……」
「…私達は備える必要があるんだ。これからの変革する時代に」
そう重く発言をするオールマイト。聞くとこの為だけに彼は特別休暇を取ってまでゲームに来たらしい。雄英学校の教職員でもあった筈の彼だが、再び鍛えなおす事に決めたらしい。事情の変化と政府からの要請…はたまたその両方の理由の為か。
ハンター協会からは協会員の派遣、及び念の指導を行う事。そして日本政府はその対価として協会への金銭的支援とオールマイトの戦力派遣を行う事が決定したらしい。
一連の事情、そこまで話し終えたオールマイトは溜息をつきながら食事に箸を伸ばし始めた。どうやらよほどその仙水と呼ばれる男が気にかかっているらしい。一方のビスケはというと焼き鳥を嬉しそうに頬ばりながら夕暮れに佇むアントキバの街並みに視線を向けている。おいしそうに二本目の焼き鳥に手を伸ばす彼女、ビスケは何気なしに言葉を返した。
「それで私が選ばれたって訳だわさ」
「だわさ…?」
「そうよ、
「ま、ともかくそういう訳だからこれからよろしくね!」
「どうでも良いが貴様、随分と機嫌が良くないか?」
「HAHAHA!健康になって最近ハイになってるからね!」
「健康…?」
「うん!体はもう絶好調!まさか私も不治の病が治るとは思わなかったよ」
「いや、待て!不治の病とはなんだ貴様!?」
「…あっ」
つい、うっかりと口を滑らしてしまうオールマイト。思わぬ失言に、額から汗を流してしまう。そんな彼に対して、エンデヴァーは詰め寄るように問いかけた。彼が拳をテーブルに叩きつけた事により、机上の料理がわずかに動く。彼の怒声に対しても、周囲のNPCはなんら反応する事はなかった。
ちなみにハンター協会はというと対仙水戦によって減った戦力の補充、及び金銭的支援を求めて日本政府に打診を行ったらしい。此度のグリードアイランド騒動で主軸となっていた日本は金持ちの国であり、数多のヒーロー達が集うヒーロー大国でもある。そしてその頂点に立つのがNo1ヒーローオールマイトなのだ。彼らがオールマイトという存在に目を付けるのは至極当然の事だろう。
なにせ仙水忍との三日間にも及ぶ死闘を繰り広げた男である。これは例え熟練の念能力者であっても真似できぬ偉業である。これまでの活躍からしても、彼は貴重な戦力と成り得るだろう。そんな彼がもしも念を覚えたならば、と協会の上層部が考えるのも無理はない。
きっとハンター協会は彼に念を覚えて貰い懇意の関係になれれば上等とでも思っていたのだろう。或いは、ヒーロー界のNo1が協会員の元、念を学んだという事実こそが或いは重要なのかもしれないが。
だが、そんな打診に困ったのは日本政府である。極々一部の上層部、及び関係者しか知らぬことだが彼は既に重症によりリタイア寸前の存在であった。一月後に死んでもおかしくない身。両組織間での会合の末、故に藁にもすがる思いでこのグリードアイランドのリターンに手を出したのだ。
オールマイトの完全復活
それこそが仙水を倒す鍵になると
そうして派遣されてきたのはハンター協会からやってきた熟練の念能力者達である。彼等によってゲームの攻略は劇的に進んだ。そんな念能力者達と共にプレイをしたのは相澤とミルコを初めとした初期にプレイを開始したヒーロー組であった。彼等に揉まれ、対人訓練を繰り返した結果、ヒーロー達の念能力は飛躍的に向上したらしい。
ゲームをプレイした際に得られた2枚のリターンこそハンター協会によって優先的に確保された。が、残りの一枚枠として日本政府とプロヒーロー達は大天使の息吹を確保したという事らしい。そしてその虎の子の大天使の息吹によってオールマイトは全盛期の肉体を取り戻す…とまぁここまでが日本政府の事情である。
健康になったのも束の間、彼はこのゲームに参加する事になる。彼が協会から派遣されてきたビスケット=クルーガー氏と出会ったのはつい数日前の話であった。OFAの譲渡の件は既に両組織の上層部には伝わっているらしい。この件については一悶着あったのだが…それはまた別の機会に後述する事にしよう。視点を彼等へと戻す。エンデヴァーはオールマイトに対して詰め寄らんばかりに大声を出した。
「つまり、瀕死の重症であったと…貴様!なぜ黙っていた!!」
「…済まない、これに関してはまだ詳細は明かせないんだ」
「くぅ…まぁ良い!これでまた第一線に戻るのだろう?」
「まぁそうだね…うん」
「話終わったー?ワインを追加注文するけどあんたらは何か欲しいのある?」
「あっ私はお茶で!」
「俺は水で良い…じゃない!お前は未成年だからアルコールは駄目だろうが」
楽し気に会話をする筋肉隆々の男性と金髪の美少女。そんな彼等に対して苛立ち交じりに告げるエンデヴァー。成人が酒を注文するのは構わないが目の前の少女が酒を注文するのはいかがなものだろうか。オールマイトこそこの事に対して注意をするべきはずだろうに。エンデヴァーはビスケの手からメニュー表を取り上げると苦々しく言葉を紡いだ。
「そもそも貴様は何故そいつに敬語を使っているのだ」
「そりゃこれから念を教わる訳だし…あとこの人、私達より年上だから」
「…は?」
オールマイトの思わぬ言葉に、思わず呆然とする。ちょっと待て、どういう意味だと。その姿はどう見ても少女にしか見えなかった。エンデヴァーはひきつった表情を浮かべながら、オールマイトに対して小声で問いかけた。
「…どうみても10代なのだが」
「うん、私も腰ぬかしそうになる程驚いた。でもこう見えても57…」
「オホホ…今何か言ったかしら」
「じょ、女性に対して年齢の話は失礼だったかな!」
ビスケのおしとやかな微笑に対して、汗を浮かべながら背筋を伸ばすオールマイト。笑顔の裏に隠された恐ろしい
「これも念とやらの能力か?或いは回復系統の個性持ち…細胞を1つ単位で若返らせているのか?」
顎に手を当てながら考察をする彼。少々まとはずれな意見をする辺り、やはり彼は天然と呼ばれる轟焦凍の父親なのだろう。
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34話
すっかりおなじみとなった初期ステージ、モンスターが出現する峡谷に彼等はいた。岩と聳え立つ崖に囲まれたその場所は、正史においてゴンとキルア達が修行を行った場所でもある。教わる人間こそ違えど、ビスケという有能な師が同じ場所で指導を行うとはやはりこれも因果というものであろうか。
風に交じって砂臭い土煙が立ち込める。幸いここは大きな崖に囲まれた渓谷である。修行のための道具には事欠かさない事だろう。頭の中で今後の修行の流れを振り返りながら彼女、ビスケット=クルーガーは赤褐色の岩石に腰かけた。
こうしている今も彼女は周囲に『円』を張りながら淀みなく気配を探っている。定期的に修行場所周辺の探索は怠ってはいないが…どうにもこの場所では人間そのものが少ないように思える。やはり念を扱える正規プレーヤー数は未だにかなり少ないようだ。そうして彼女は目前の男性に対して尚も講義を続けた。現在彼女が教えようとしている技術は念能力における応用技『流』である。
「流」
それは念使いにおける必須の技術である。これは体内におけるオーラ比率を変化させ、自在に配分・操作を行うスキルの事でもある。念の戦闘においてこのオーラの攻防力移動とは戦闘における生死をも左右する、まさに基本にして奥義なのである。これほど経験とセンスが要求される技術は他にはないだろう。
『オーラの総量を増やす事』
『オーラコントロールを精密に行う事』
この二つを身に着ける事こそがオールマイトとエンデヴァーの当面の目標であり急務の課題なのであった。彼女はつらつらとそらんじるように言葉を紡ぎながら金髪の男の方へとふりかえった。
「っていう事なんだけど…話聞いてる?」
「ちょ、ちょっと待って…下さ…」
「あんた…身体なまりすぎなんじゃないの。もう病気は治ったんでしょう?」
「そのはずなんですがね…あはは、年齢のせいかな」
「あんた…もう一回それ言ったらぶっ飛ばすわよ」
地面に片膝を付きながら、荒げた呼吸を整えようとする八木俊典。無理もない、ここでは個性の類は一切使用が出来ないのだ。培った豊富な戦闘経験を持つ彼ですらも、この新たな異能力を手名付けるだけで精一杯なのだ。むしろ年齢を鑑みれば純粋な身体能力でよく動けている方である。
「もう一度やるわよ…錬!」
「っ!」
「判断が遅い!錬に1秒も時間をかけちゃだめよ」
彼女の言葉に慌てて姿勢を正す八木。全身を自然体へと保ちながら、淀みなくオーラを練り上げる。個性戦闘におけるプロフェッショナルである彼であるがやはり失敗なく、とはいかぬものらしい。彼は額に汗を浮かばせながら懸命にオーラの精製を行う。
思えば個性とは電気のような物なのかもしれない。スイッチを入れさえすればとりあえず発動はできる。あとはいかにしてその出力をあげるかどうかだ。だが一方で念能力はやはり別物だ。
言うならば念とはガソリンのような物。いかに上質なエネルギーをいかに素早く、大量に練れるかが鍵となる。そして練り上げたガソリンを爆発させる事で驚異的な現象を発生させるという行為。そこに個体差というものはない。どこまで純粋に、どれほど熱意を込めて鍛錬をしてきたかが如実に現れる世界なのだ。彼はぎゅっと硬く、痛い程拳をにぎった。
「オーラが荒くなってる…もっと爪先から足の裏隅々まで意識を込めんのよ」
「…はいっ!」
「それじゃ最もオーラの濃い部位の-5%のオーラで攻撃を行うわ…構えなさい」
「「堅ッ!!」」
そういって全身に込めたオーラを全力でとどめる八木。二人は堅を行ったまま、組み手を行いはじめるのであった。そう、堅。これもまた念使いにおける基本である。
「堅」
それは纏と錬を組み合わせた複合応用技である。通常よりも遥かに多いオーラを生成しそれを全身へととどめる技術。これにより本体の攻防力は遥かに上昇する。それこそ銃弾を受けようともびくともしない桁違いの防御力を得るだろう。また攻撃面に関しても同様である。
硬よりは防御力が落ちるがこれこそが最も実践的な防御である。訓練を積めばオーラの総量が増し防御力も増す 。念使い…いや、対個性戦闘においてもこの堅の習得は必須技術であると言えた。しかし当然の事ながらこれがまた難しい。
ウボォーギンを思い出してほしい。彼は脳天にライフル弾を受け、時にはマフィアが放ったバズーカをも片手で受け止めて見せたのだ。これは彼が非常に優れた強化系能力者であるが故であるが、それだけではない。分厚くまとったオーラの鎧というものがいかに強靭なものであるかを表しているのだ。無論、その分その技術の習得と維持は大変に難しい。
なにせまともな鍛錬を積んでいなければ5分とだってスタミナが持たないのだ。通常時に比べて数倍もの速さで消費されるオーラに対していかに冷静に保たせるか。センスと経験が要求される所以はそこにある。
ビスケは八木の前腕へオーラを固めた拳を撃ち込んだ。まるで鋼の塊をうちつけられたかのようなその衝撃は筆舌に尽くし難い。その痛みに反射的に彼はオーラの生成がおろそかになってしまう。すかさず彼女は八木の腹部に自らの掌底を叩きつけた。どこまでもえげつない一撃である。痛みを伴わなければ学ばないとは彼女の言葉でもあった。
「判断が遅い!何が起きようとも急所のオーラは絶っちゃだめだわさ!」
「まだまだ…っ!」
「オーラの移動と精製はコンマ単位で行いなさい。無意識下でも行えるように!」
「はいっ!」
「帰ったぞビスケ!もう一度組み手だ!!」
熱の入った指導を行うビスケとオールマイト。白熱しながらも実の入った修行を行う彼等の元へ、一人の男が戻ってきた。むきむきの筋肉に武骨な顔立ちをしたその男、エンデヴァーは呪文カードによって彼等の元へと「
自他ともに認めるNo2ヒーローが買い出し…いや雑用を行っている等と彼を知る者達が聞けば一体どんな顔をする事だろうか。彼を心酔しているサイドキック達、なかでもバーニンあたりはひきつった表情でも浮かべてしまいそうな物だ。だがそれでも本人はこの境遇に対して不満を言わなかった。
それは日々ごとに強くなっていく自分の存在故か。はたまた誰よりも認めた…憧れた男と共に修行を行っているからか。彼はヒーローとして過ごしていた生活とはまた異なった、とても充実した時間を過ごしていた。最も、本人はその事を意地でも認めようとはしないだろうが。
「ふんっ…随分としごかれたようだな。No1ともあろうものが情けない」
「いやいや…これからもっと成長していくつもりだよ」
「その頃には追い抜いてやる…ビスケ、次は俺の番だ」
腕を組みながら不遜な態度を取る轟。そんな彼の言葉にビスケは苦笑しながらもうなずいた。薄々分かっては居たことだがエンデヴァーには突出した才能はないのだろう。だがそれを補えるだけのモノが彼にはある。例え実力が不足しようともそれを鍛錬によって補おうという、煮えたぎるような熱き意思がある。どこまでも不器用な男だと彼女は思う。だがその不器用さ…年齢に見合わぬ青臭さは嫌いではなかった。
「了解。それじゃ俊典、あんたは休んでなさい」
「わ、分かりました」
一方のオールマイトには絶大な才能がある。無論、OFAという絶大な力をコントロールしてきた実績がある彼である。今でこそ病み上がり…全盛期の戦闘経験に比べた不足感が否めないがいずれそれすらも取り戻すだろう。1度の戦闘、ビスケの忠言によってそれを巧みに呑み込み自身への糧としていく彼。1を聞いて10を知る…とまではいかぬが生徒としては極めて模範的と言えるだろう。
なにせ日本を代表するNo1・No2ヒーロー達である。その戦闘経験も背負っている重みも違う。存外望まぬ修行であったが予想以上にのめりこんでいる自分がいる事を自覚するビスケ。
無論、二人がおこなっているのはまだまだ拙いオーラ技術である。熟練の念使いであるビスケとは比較するのもおこがましい程の未熟さであった。だが彼等の意思は純粋な程に眩しく一途であった。殺し殺されが日常茶飯事のハンター達とはまた違った生への輝きがそこにあった。まるでそれは宝石のように輝く眩しいきらめき。鍛え上げればどのような色彩を放つのか、根っからの宝石ハンターでもある彼女は今から楽しみで仕方なかった。
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35話
もう幾たびも目にしてきたグリードアイランドの太陽。その太陽が頂点に達しようかというその時に、彼等はその場所にいた。すっかりおなじみとなったこの修行場所では今日も彼等はビスケの下修行を行う。じりじりと照りつける日光に晒され、だらだらと汗を垂れ流しながら修練を行う彼に対してオールマイトが声をかけた。
「ねぇエンデヴァー…そっちの石使って良い?」
「自分で取ってこい」
「そんな硬い事言わないでよ。私たち修行仲間じゃないか」
「誰がいつ仲間になった!たまたま一緒になっただけだ!」
「あんたら仲良いわねー…」
二人のヒーローがもくもくと作業を行う。彼等は腰かけながら、何かを熱心に打ち付けているのであった。一体何を手にしているのだろうか、彼等の掌に注目してみるとその中にあったものは…岩石であった。この周囲にどこにでもあるような、赤褐色の石であった。
石割り
それは強化系における系統別修行、その初歩の初歩である。自身が手に持った片手で掴める程度の石を用いて1000個の石を割り切る事を目標とする修行である。この場合の石とは、自身の念を周にて強化したモノを用いる。
片手を振り上げ、石に対して石をぶつける。言ってしまえばただそれだけの作業である、だがそれが難しい。打ち付けるインパクトの瞬間に周りの攻防力を100にし、それを維持するという行為。精神的な疲労に耐えながらも念をいかに持続的に、正確にコントロールできるか否かを鍛える修練でもある。
「だいたい…この間から妙に馴れ馴れしいぞオールマイト」
「いや誰かと修行するのって新鮮で…なんか学生時代を思い出すなって」
「気色悪い事を言うな!あと年齢的に俺と貴様を一緒にするな」
「実年齢なら私達ほとんど一緒みたいなものじゃないかなぁ」
彼等は軽口をはさみながらも、黙々と作業を行う。その行為には一切の手抜きは存在しない。彼等は淀みなく石を打ち付けただひたすらに割っていく。彼等の周囲には何十、何百もの破壊された石が積みあがっていくのであった。
この修行、天性の才能を持つゴンとキルアですらも当初は苦戦した修行である。なによりも精神的な疲労と繊細なパワーコントロールが必要とするこの鍛錬。だが意外な…というよりも妥当とも言うべきか、彼等はあっというまにそのコツを理解したのであった。
なにせ日本を代表するNo1ヒーロー達である。第一線で活躍してきた彼等はその戦闘経験も尋常でない位豊富である。呑まず喰わずで戦い続ける事など日常茶飯事であった彼等にとって、戦場におけるストレス対策や精神コントロールとは呼吸をするに等しい行為。最早一流の念使いにも匹敵する程のそれは、まさに熟練の領域と言っても過言ではない。
個性コントロールにおいて最高峰の技術を有する二人である。オーラという異聞な能力であってもたちまちコントロールのコツを掴んだ二人にとってこの程度なんら障害ではない。熱心に修行を行う二人に対して、ビスケは本に収められたカードの整理を行いながら声をかけた。
「この辺りは流石はプロヒーローって所ね。うん、上出来上出来」
「いえいえ!教えが上手いからですよ!」
「でも俊則、回数を重ねるごとに念の精度が微妙に落ちてきてるわ。その辺り炎司の方が上手いわよ」
「分かりました、ビスケさん!」
「そして炎司。あんたは変化形よ。第一系統ではないけど強化系も戦闘においては大切な分野だからね。実践を意識しながらもっと気合入れなさいよ」
「あぁ分かっている」
「オーラをもっと薄く纏わせるイメージで…量と同じ位密度を高めて一度の質を上げなさい」
そういって時折実践的な指導を交えながらも彼等は着々と修行を重ねていく。彼等の周囲には放置された石が山のように積みあがある。散らばった残骸を一か所にまとめ、放棄しまた割っていく。黙々と行いながらもどこまでも手慣れた様子で行っていく。
この一連の行為ももう始めて5日目ともなるのだから慣れてきて当然だ。箒と塵取りで周囲の掃除を行いながら、エンデヴァーはビスケとオールマイトに対して問いかけた。
「しかし本来は1日に1系統の修行らしいが…それでは間に合わないのではないか?」
「そうねぇ、現実世界の方もきな臭くなってるらしいし」
「むぅ…そうですね。現実世界で警察とヒーロー達が集めてくれた情報によりますと…」
「脳無だったっけ?それ以外にも随分と大きな陰謀が動いていそうね」
以前のオールマイトの報告によると現在の日本では随分と裏社会がざわついているらしい。海外からの異常な資金の出入、海外暴力団による犯罪事件数の増加。中には明らかに念の概念に目覚めたと思われるような事件も発生しているらしい。個性では説明もつかぬ不可思議な現象に、学者やマスコミがこぞって騒ぎ立てているらしい。
事情を知らぬ一部の警察やヒーロー達はこの一連の事態の対応に追われているようだ。本来であれば念能力による犯罪を粛清するのがこの世界におけるハンター達の仕事でもあるのだが…いかんせん人手が不足しているらしい。或いは、このグリードアイランドによる事態の急変化はハンター協会やヒーロー達が想像していた以上に深刻で増大な物だという事だろうか。
半端な知識を得た人間の教えでも受けたか、或いはこのゲームの現実帰還者から何かを教わったか…。こうしている今も現場では何か只ならぬ、不穏な空気が流れ始めているのであった。
「脳無って奴…そいつ強いの?」
「2体も入れば小規模の街ならば壊滅できるでしょう。なにせありとあらゆる打撃…物理攻撃を無効化する厄介な敵です」
「ふん、そこらの雑兵では歯が立たないという事か。だがやりよう等幾らでもある」
エンデヴァーの言葉に対して苦い顔をするオールマイト。確かに彼の言う通り、物理攻撃が効かぬのならば別の方面からアプローチをするのが有効だろう。だがそれだけでは駄目だ、脳無の恐ろしい所は量産が可能という事だ。
もしも戦闘力をアップデートされながら何十体と量産されたら…それだけで被害はどれほど増えてしまう事だろうか。何か…やつらに対する絶対的な対抗策が必要となるはずだ。思わず黙り考え込んでしまうオールマイトとエンデヴァーに対して、彼等の師は何気なしに言葉を告げた。
「そうね、予定より少し早いけど…並行して発の修行も行いましょうか」
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36話
「念能力の開発…いよいよか」
「えぇ予定よりだいぶ早いけど…先に最低限戦えるだけの念を教えた方が良さそうだし。二人の素質は悪くないもの」
「……」
「炎司の系統は変化系…それを加味して今から言う質問に答えなさい。あんたは何がしたいのか」
「何がしたいか?」
「ほら、石割りの手は止めないの。そもそも炎司の個性って生体エネルギーを炎へと変換して発動しているのよね?」
「あぁその認識で正しい」
「ならオーラに関しても同様の筈、これは大きなアドバンテージよ」
「変化系…ならばオーラを何に、どのように変化させるかという話だな」
「そう、普通ならオーラを変化させるのはとても大変な作業なんだけどね」
そういってビスケの言葉に頷くエンデヴァー…いや、轟炎司。彼の個性はヘルフレイムである。これは身体中から業火を噴出させる事ができるという非常に強力な個性でもある。その最大出力はこの個性社会においても比類なきレベルであり、紛れもなく地上最強火力を誇る。
足の裏からバーニアのように炎を噴出したり、その業火によって敵を殺傷することなく捕縛できるようにとミリ単位での出力調整も行える。これもまた、強い個性にかまけずに彼が日ごろから最大限の努力を重ねた結果でもある。
だが一方でその噴出による熱エネルギーは消失することはない。つまり、彼はその火力の強さから長時間の戦闘活動が行えないという致命的な弱点を抱えているのである。
戦闘の際は彼は自身のサイドキック達に消火器を携行させている。そして非常時には自身の身体に消火剤をかける事で強制的に冷却状態を保ち、戦闘復帰を行っているのだ。無論、普段はこのような事態に陥らぬように常に個性に大幅な個性制御を行っているのだが…もしも最大火力を連発する必要があった場合、身体にこもった膨大な熱エネルギーの処理は必ず必要になるだろう。
何を望むかと言われれば…無論決まっている。この弱点を補う事こそが望みである。
「念能力は大別すると二つよ。つまり長所を伸ばすか、短所を補うか」
「……」
「炎司の場合は更に火力を伸ばすか、別の何かを会得するかね」
「短所を補うといっても…そんな事ができるのか?」
「出来るかどうかじゃなくやりたいか否かだわさ。念能力と言われてアンタはどんなイメージを持ったの?何を望むの?」
「…継続戦闘力を持続させる事。つまり熱処理の方法だ」
「個性を使うと身体に溜まるっていう膨大な熱エネルギーね。それじゃその対処法としてどうしたら良いと思う?」
「む…自身の系統と素質から慎重に決めていくのではないのか?」
「型に囚われたらだめなのよ。こういうのは直感なんだから浮かんだイメージを重視しなさい」
ビスケの言葉に一人考え込む。確かに自身は現実世界…ヒーローとして活動する際はサイドキックに消火剤を持たせて無理やり冷却活動を行っていた。だが、冷却というのはあくまで手段であって目的ではなかった筈だ。それではいけない、もっと深く冷静に分析をする必要がある。であれば自分が真に望むべきは…
「熱エネルギーの変換…いや再利用だな」
「じゃあその為には何が必要かしら」
「…その質問はどういう意図だ?」
「教え子が口答えするんじゃないっての。ほらほら」
「……」
「ただ1つだけヒントを与えるとすれば…この問いは変化系単体でつかうか、具現化系や強化系を併用するかに関わってくるのよ」
そういってさりげなく道標を与えるビスケ。仮にここで最適な念に対する知識を教えれば、より実践的な念能力を彼に身に着けさせることは可能である。しかしその場合、最適であるとするのはあくまで一般例でありビスケにとっての最適となる。念能力の場合はそれが必ずしも正しいとは限らないのだ。
刃物と聞いて刀を想いうかべる人間もいれば包丁、ナイフを想いうかべる人間もいるだろう。人手ある以上はそこに必ず個人差による価値観の差異が生じる。
要はその人間がその存在に対して、いかに強い思い入れを持てるかどうかにかかっているのだ。そしてそこに優劣は存在しない。何故ならばその人間にとってはそれこそが正解なのだから。
例えば熱エネルギーを宝石のようなものに具現化してそれを捨てる。これならば身体に溜まった熱エネルギーを効率よく排除出来るだろう。或いは自身の耐熱性能を強化して活動を行う、でも構わない。手段なぞ幾らでもあるのだ。
或いは冷却材スプレーや廃熱剤を具現化する事だって、もっと言うならば念に拘らず熱伝導率の高い武器やサポート道具を開発させる事だって間違いではない。ましてや念能力においては自身の魂、感性によって大きく左右されるのだから。
これまで過ごしてきた時間と人生における価値観こそが正しき解となりうるのだ。だんだんと煮詰まってくるイメージ。自身の願望を脳内で思考を巡らせる彼らの元へ、オールマイトが声をかけた。
「あのー私は…」
「俊典の念能力の開発は今はやめとくべきね、水見式やったら強化系だったし」
「そ、そんな!」
「だいたいアンタ凄い個性を使えてたんでしょうに。今更炎が出せたり水を操作出来たりして嬉しいの?」
「…他人の芝生は青く見えるものなんです」
「ふーんそういうものかしら」
産まれた時から無個性のビスケにとっては良く分からぬ概念である。結局のところ付け焼刃の念能力を身に着ける位ならば徹底的に武とオーラを鍛え上げた方が余程マシというものだ。驕った能力者は一発の弾丸と一個の爆弾に敗北するものなのだから。裏社会を生きて酸いも甘いもうんざりするほど味わってきたビスケにとっては自明の理である。
自分も格好良い異能力が使えるかもしれない、そう考えていたオールマイトは思わず肩を落としてしまう。まるでコミックブックに憧れる少年のような仕草に思わず苦笑してしまうビスケ。彼女はそれとなく、彼に対して事実を伝えた。
「別に意地悪して言ってるんじゃないわよ。ただ念能力に関しては一生モノ、安易に決めるのは良くないって話よ」
「エンデヴァーのように明確に使用意図が定まっていれば…という事でしょうか」
「それだけじゃないけどね。でもま、一個だけ伝授してあげる」
「で、伝授ですか?」
「そ、今やっている修行の完成系よ」
そういって手袋を外すビスケ。彼女は何気なしにすたすたと歩くと、とある岩壁の前へと移動した。突然の行動に、オールマイトは首をかしげてしまう。一体何をしようとしてるんですかと、そう問いかけようとしたその時、周囲には夥しいまでのオーラが集まりだした。
「っ!?」
「なっ…ビ、ビスケ…?」
息を呑み絶句するオールマイト。いなその隣で思考にふけっていたエンデヴァーすらも顔をひきつらせる。念能力者として昇り始めた彼等。だからこそ理解してしまう、その絶大なまでの実力差に。
どうやらビスケが’錬’を行ったようだ。達人である彼女が錬を行う、ただそれだけでこれ程の威圧感を与えるとは…。この張り詰めるようなプレッシャーは何とも形容しがたいものだ。
例えるならば…極寒の地で薄着で凍えているようなものだろう。彼女を中心に周囲に漂うその絶対的なオーラの密度は、ただ放たれるだけで絶大なプレッシャーとなりうる。エンデヴァーもまた、無言のままただ静かに生唾を呑み込んだ。
「オーラを生成し、流によって全身のオーラを拳に集中させる。つまりこれまでやってきた事を組み合わせると…」
彼女は力を込める。両足を大地に根ざし、精神統一を行っているようだ。その一挙手一投足ごとに馬鹿みたいに膨大なオーラが更に膨れ上がっていくのだ。それは恐ろしい、いやおぞましい程のオーラ量であった。そのエネルギーを身にまとった拳を、そっと振り上げる。そのまま彼女は巨大な岩壁に向けて殴った。そう、ただ武骨に殴る。言ってしまえばそれは、ただそれだけの行為であった。
「破ッ!!」
瞬間、その途方もない量のオーラが弾けた。鼓膜を破壊せんばかりの爆音が周囲に轟く。それは例えるならばダイナマイトだろう。爆薬を数十個束ねたとしてもここまでの破壊力は産めないであろうその破壊の威力。それはオールマイトが放っていた天候をも変えうるスマッシュにも匹敵しうる一撃であった。
何十m、大きく首を曲げなければ見上げる事すら出来なかった巨大な岩壁。その岩壁には彼女の拳によって、大きく抉れたクレーターが生じていた。まるで小さな洞穴かと見紛うばかりの巨大な空間がそこに産まれる。
「ま、ざっとこんなもんかしら」
「……」
「硬…念使いが放つ極意の一撃よ」
硬
それは4大行と各種技術を複合した応用技である。特定部位の攻防力を飛躍的に上昇させる事で絶対的な攻撃力を産み出す絶技である。『纏・錬・凝・絶』これらを複合的に体得する事で得られるそれはまさに念における奥義である。
錬と纏が足し算とするならばこの硬こそは乗算である。この威力に肉体が持つ本来のスピードと破壊力を乗せれば…その攻撃力は文字通り桁違いに上昇する事だろう。例え破壊する事に特化した個性でも、ここまでの威力を持つモノはそう多くない。
「俊則に発は不要といったのわね、強化系には小手先の能力は不要って意味でもあるのよ」
「す、凄い…」
「強化系に必殺技は不要…ま、あんたならいつか出来るでしょ」
そういって不敵に笑うビスケ。その笑みに、見せられた念能力の奥深さにオールマイトはゾクゾクとした武者震いのような感覚を味わっていた。既に個性はかの少年へと託しており、かつては死という末路すら受け入れていた自分。だがそんな己でも…この力があれば、再び戦う事が出来るのだと。硬く握りしめた拳と決意を胸に、オールマイトは再び苦難な修行を再開するのであった。
「しかし驚きましたよビスケさん…流石は強化系ですね」
「俺もビスケのような強化系が良かったな…」
「いや…私は変化系よ?」
「えっ」
「えっ」
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